東日本大震災の体験を伝えるデジタルコンテンツデザイン(デザマネ4/24レポート)
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提案内容タイムスタンプ学修番号氏名
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東北大震災に関する経験をレビューとして投稿してもらうような、コンテンツを作る。webならではの特性を活かし、投稿はどのような端末からでもできるようにする。スマホのアプリを配信してもいいし、twitterやfacebookなどのSNSと提携してみるのも面白い。人は誰しも自分の経験を誰かに伝えたい節があるので、投稿自体は多くの人から届くと思う。
投稿することに特典をつけてもよいだろう。特典に関して、不謹慎だなどの意見が出るかもしれないが、投稿してもらうことが本質であると考る。

しかし、そのようなシステムだけでは真に伝えるべき投稿が埋もれてしまう可能性が多分にある。
そこで、相互にレビューをつけるような機能やランキング機能をを付ける。そうすれば、伝えるべき投稿が埋もれないはずだ。

また、このようなサイトを作ったところで、エンターテインメント性など「がなければ、人は注目しない。
どうすれば簡単に注目を集められるのか。一番簡単なのは、既存の大手のメディアを利用することだろう。だから、私はこのコンテンツを大型のコミュニティで行いたいと思う。

なにやら既存の携帯端末のソーシャルゲーム会社のようなコンテンツになってしまったが、これが私の考えたコンテンツだ。
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youtubeの震災時の町の様子や、津波の映像をページに貼り付け、
3月11日が日本の大きな転機になったことを強調しつつ、かつ悲惨さ、過酷さを訴えるような文章を書く。 そのうえでこれからの自分たちには何ができるかを考え、専門家の言葉を引用、抜粋し具体的な復興への政策などを挙げていき、最後にこれからの日本にはまだまだ希望があることを自分の考察とともにまとめる。
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今日の授業で取り扱った「疑似同期的な」手法は、震災の悲惨さをよりリアルな形で後世に伝えたり、震災対策のアイディアを広く集めることにも有効だと思います。使用する媒体はYouTube等の映像媒体です。まず、東日本大震災での自分の体験を映像という形で残しておき、ある程度のナレーションや説明字幕などを追加編集して、ストーリーの体裁を整えます。次に今日の授業の木曜映画劇場の宣伝動画のように、その動画を見た人の意見を文字スクロールで表示します。例えば、悲惨な情景が写し出される場面では、実際に被災した世代の生の声がスクロールとして表れます。この動画を見れば、実際に被災していない外国の人々や、未来の世代の人々も被災当時の生の感情を、映像とともに疑似体験できます。また、映像製作者側もスクロールのために集めた他人の意見から(ネット媒体であるため、より広範な意見収集が可能になるはずです。)、自分の置かれた状況や、被災時に自分のとった行動を客観的にみることができ、今後のため反省や新たな防災のアイディアを入手できます。
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 まずはじめに、私は東日本大震災に関する「経験」を伝えようとするとき、東日本大震災で被災した地元茨城の海岸を調査し、それを過去に海岸を襲った津波と比較した動画を作成しようと思う。私の実家は茨城であり、よって今回の東日本大震災により海に沿った多くの地域が被害を受けたのだが、被災の後しばらくして、私は被害を受けた海岸付近を見て回ったのところ、驚いたことに50年以上も前にも地震による大津波の被害を受けていたのだった。しかもその時は今以上に津波が押し寄せてきたらしく、海から3km以上も離れた場所に、当時の津波の浸食を記した石碑が建っているのを見つけることが出来た。
こうした記録が残っているにもかかわらず、地元の人々にあまり知られていなかったのは非常に残念だ。よって今回の津波の被害地域の状況とと過去におきた被災の記録を比較する動画を作り、多数の動画サイトに投稿して多くの人々に見てもらえば、今回の被災経験の印象を強くし、津波に対するより早い対応を可能にすることが出来るのではないかと思っている。
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講義の中でみたように、YOUTUBE等の映像サイトにキャラクターが話しているような映像を作り自分の経験を伝えたいと考える。
課題内容を先生が発表されたときに、「キャラクターに吹き替えた映像を作るにはまだ早すぎる」とおっしゃっていましたが、後世に伝えるという作業は今行わなければならなく、又その伝え方もどの世代にもわかりやすいものでなくてはならない。
芸能人等の人間は、時が経つにつれ忘れられていくものだと思う。
アニメや漫画に出てくるキャラクターも忘れられていくのものも多いが、
一方で、サザエさんやちびまる子ちゃんのようにどの世代にも知られているものもあれば、ピカチューやミッキーなど世界中のどの世代にも知られているものもある。
そのようなキャラクターを利用すれば、時が経ってもその映像は見てもらえると思うし、幼い子や若者も興味を示してくれると思う。
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震災から一年が過ぎ、マスメディアで毎日のように津波や余震などによる被害がつたえらる日々は過ぎたように思うが風化は全くしていない。このような事例を、これまでの授業で扱った人に関心を持ってもらうためのさまざまなコンテンツの中から用いるとすればgooglemapingに飛びつきたくなるきもする、しかしあえて自分はそうではなく最近学んだTWITTERを活用したい。
TWITTER初心者であっても、アカウントをとっていなくてもツィートは気軽にみれるわけで、かくいう自分も見る専門になりつつあるのだが、これだけ注目されているのを生かし、被災した地域の復興に向けてのボランティアや観光スポットの情報を画像などを織り交ぜながらツィートしたものをハッシュタグを用いて見つけやすくする。東北に人が集まりやすくなればよいと思う。
自分は小学生のとき福島に旅行にいったきりなので早くまた足を運びたい。東北でボランティアや消費活動を行うことは今なお必要だ。
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まず今回の議題で一番の課題は、伝え方である。文章なのか、画像なのか、動画なのか。私は普段ならば視覚情報を積極的に用いることを好むのだが、今回に限っては敢えて文章だけの構成が好ましいと思っている。それは今回の震災の実際の画像や映像を見ることは、事実を知る上では重要なのかもしれないが、それは同時に大きなショックを与えかねないからだ。確かに私たちにはその悲惨な状況を理解する義務もあると思うのだが、震災を経験した周囲の人々の話を伝えるのには支障が出かねないと私は思うのだ。
しかし文章で伝えるのにもポイントがある。それは人々の経験談を読ませてはならないことだと思う。これだけ重い話になると、読むのにも重苦しい感じがあるからだ。だからその文章を短く切って動画形式にして文章を“見させる”のである。動画を流しているときにはバックサウンドとしてしっとりとした歌を流すと、より食いつきも良くなるのではないだろうか。このように文章が自然と入ってくるのが伝わり方としても良いのではないか。
 もうひとつは、渡邉先生のアーカイブを活用するのもいいと思う。これをアレンジすることで、どこにいた人がどんな経験をしたのかが分かる。自身の経験を公表した人の場所には地図にポイントが打たれる。それは決して東北の人ばかりでなく、東京の人、もっと遠くに住んでいて、ニュースの報道を見てどういう行動をとった、また海外の人からも投稿があるかもしれない。それを見ることで、ローカルな視点からナショナル、グローバルな視点で様々な人の声が聞こえるだろう。利点はそれだけではない。これを見た東北の人はきっと、「世界のつながり」に気づき、勇気づけられるのではないだろうか。
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私の場合は動画投稿サイトを使います。
無難な伝えかたと思いますが、この時代は生活自体に
YouTubeやニコニコ動画はかなり浸透しているために
より多くの人々に伝えられますし、
SNNが浸透しているためにこのような動画スタイルは
紹介しやすく、話題性を得られれば口コミで瞬く間に広がっていきます。
広めるために利用する動画は各世代別に何種類かに分けます。
講義中に見た捕鯨の動画のようにアニメ調に作ります。
人が出演して議論しあうものでは見たがる人がごく少数どなってしまうので、
このオタク文化が浸透した日本にはやはりアニメ調の動画が
やはり動画を閲覧する人は増えますし、
日本で話題になっているジャンプ系アニメなどを用いれば
アメリカの外国でも人気が高いので、これだけで大国二つの人々を
引き付けることができます。
不謹慎として批判される場合があると思いますが、
内容自体をしっかりとすれば多少は減ります。
そのためにやはりキャラクター間で会話をしている合間に
ちょくちょくと事実の写真などを挟んでいきます。
また明るいアニメよりも、ダークなストーリーのアニメを用いることで
どれだけ辛いかなどもうまく表現できるはずです。
また世代別に何種類かと書きましたが、
これは各世代によってやはり流行りが違うので
より多くの人々に伝えるためには必須となります。
また字幕はもちろんつけます。
音声の編集をすることも考えればどうしても聞きにくくなるところもあります。
また聴覚と視覚を使うことでより鮮明に頭に焼き付けることができます。
そして必ず守らなければならないのが事実を伝えることです。
少しでも多くの人から聞いた話を検証して
話を膨らませすぎず、かといって過小表現をしてしまわぬようにします。
こうすることで災害に関与しなかった人たちにも
このようなことがあったということを鮮明に記憶に焼き付けることができます。
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ジャンル的にはFacebookをうまく活用する。
①アフィリエイトで広告収入を得つつ、イイネの数に対応して義援金を送るシステムを表面的に打ち出す。(外部リンクで広告を踏ませる)
②被災地の画像・映像をUPする。
③心理テスト「被災を受けたらあなたは何タイプ?」(ex,逃げる、叫ぶ、腰を抜かすなど)

→真の目的は心理テスト。テストをやっていると思わせる。質問は工夫を凝らす必要があると思うが、できるだけ被災の現実をすり込ませたい。テストの結果は適当でかまわない。だいたいありきたりな答えで。
大学生は偽善の心と心理テストの好奇心で食いつくと思われる。

                                       以上

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東日本大震災が起きたその時、私は友達の住んでいるマンションにいた。私たちは4階にいて、揺れもかなり大きく、大量に物が落下し、散乱した。
しかし私の住んでいる地域は震源からだいぶ離れており、地震による直接の被害は大したものではなかった。
もちろん揺れに恐怖を感じたし、余震に怯えたりはしたが、今改めて3月を振り返って最も印象に残ったのは震災後の人々の生活である。
「棚が空っぽになったコンビニ」、「蝋燭を明かりにして夜を過ごす人」、「信号のつかなくなった交差点で交通整理をする人」。私はこういったものを写真に収めてそこに詳しい状況説明を入れていきたい。
もちろん地震の直接的な被害が映った映像はインパクトがあり、その地震がどんなものであったかを分かりやすく示す手段だと思うが、人の生活をテーマとした写真を掲載していくことによっても、それが「身近であること」から、それを見た多くの人達が実感できるのではないかと思う。
他にも「自治体の回覧板でまわってきた計画停電地域の一覧表」であるとか、“「とある家族」ぐらいの視点で見た震災”の情報を紹介したい。
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私は東日本大震災の時ちょうど大学の後期入試に向かう電車の中でした。そこで震災にあい帰宅難民となりました。
東北の被災地は大々と報道され後に残る形が多方面で伝えられていくでしょうが、一方都心でも大混乱が引き起こり私のような被災をした人が大勢いることも現代の震災時の状況として伝えれてて行くべきだと、筆者は思います。
そこで、私が考えるツールとして気軽に体験できるバーチャルゲームにおいて、震災時にいかにして目的地にたどり着くか(たどり着けないか)を体験するツールを提案します。
実際に文面で触れるだけでなく、自分でどうにか目的地に向かおうと試みることで、いかに交通網が混乱し街中が機能停止していたことの大変さが身に染みて体験できると考えました。
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これから、ヤフーニュースのようにWebニュースという形で伝える場合について考えていきたいと思う。自分がニュースを読む場合、きっかけとなるには見出しの一言なので、まず多くの人が目にとめてくれるような“わかりやすく”“内容のある”ものであることを伝えられるようなものにするとよいと思う。次に内容については写真と文章、さらに時系列などを用いた表などを織り交ぜて当時の状況が伝わりやすいものにするとよいと思う。最後に読む側は体験をした人からすると第三者で、関係のない人であるため順を追って長々と説明していると途中で飽きられて最後まで読んでもらえない場合も考えられるので、ある特定の場面やセンセーショナルな事柄に絞って記事を書くとよいと私は思います。
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捕鯨反対の環境保護団体のMADのように有名なモノを使うことで代弁者の力を借りて観たり、聞いたりする気持ちを喚起することができる。

USTREAMを使って、被災者の方の訴え、気持ち、状況を生の映像で伝えることによってリアルさを強調する。そうすることで観る人にまだ被災者の苦しみは続いているということを強調して伝えることができると思う。

基本これら2つの方法を混合する。

まず、過去の著名人(各国首相、大統領やスポーツ選手など)が話している映像から部分的に抜粋した言葉を1つの文章になるように編集してナレーション的な映像で東日本大震災の詳細を説明し、現状の紹介へとつながるような言葉を言ってLIVE映像に切り替える。世界への発信ということで日本語だけじゃなくて各国の言葉を用いる。もちろんわかりやすいように言語をごちゃまぜにするのではなく、文章ごとに言語を変える。
LIVE映像については現地だけでなく、他の土地に避難された被災者の方へのインタビュー、被災地の復興状況を主に伝える。
そこから事前に撮っておいた被災者の方のリアルな表情を撮らせてもらい、"We Are The World"をBGMにしてその画像をスライドショーで流す。
最後はフェイドアウトとして画面を黒くし、メッセージ単体で表示する。
そしてまたフェイドアウトして終了。

日本人だけでなく、世界中の人々にとって重い話である東日本大震災。被災者の方の気持ちを考えると、捕鯨反対の映像のように笑いが起こってしまう映像ではいけないと思う。
そのため"interesting"のほうの"おもしろい"映像にするために著名人の映像、音声を使う。うまく編集すれば捕鯨反対の映像のように興味を惹かせることは可能だと思うので、そこで観る人をうまく惹きつけて本題のLIVE映像につなげる。

重いテーマを重いままにしつつも、おもしろく伝えることが今回の場合は重要だと思った。
また、被災者の方の気持ちを編集によってねじまげて伝えないようにLIVE映像を使う。そして偽ることのできないLIVE映像ならインタビューに感情がこもっていればシンプルに気持ちが観ている人に伝わると思う。
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まず、どこで東日本大震災を経験したのかを分類するために地図上にマッピングします。その上で同じ場所で被災した人たちが経験を共有できるよう、経験談を時系列にまとめ一つのストーリーにします。そうすることによって、あの混乱の中で何が起こったのか、また、どうすればよかったのかが見えてくると思うからです。その反省を踏まえることによって、次に震災が起こったときに、例えば駅の職員はどのように誘導すべきかや、情報をどのように流すのかが効果的なのか、など備えることができるようになると思います。その上で地図アプリと連動させ、災害時に宿泊施設となるところのマッピングを表示したり、通行止めとなる道を即座に表示し混乱を防ぎ、また海岸付近では東日本大震災ではここまで津波が来たことを表示したり、近くの津波避難場所までの最短ルートを示すことが出来ると思います。
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どのようにして伝えるか・・・授業で見た「ゲームセンターCX」は有田という皆が知っている人物をトーレスすることで、面白く、楽しく見れたと思う。
だが自分のことになると・・・・・自分自身が有田のようにトレースする対象となっても、それを見る人は「誰だコイツ」ってなるに違いない。やはり皆に親しみのあるやり方じゃなければいけないだろう。
これはどうだろうか。僕の特技の一つがモノマネなので、皆が知っているサザエさんに出てくる穴子さん(CV:若本則夫)のモノマネを組み込んだらいいんじゃないか。穴子さんの声をすべらない話の時のように、ナレーションとして入れてみたりとか。
そうすれば、面白く楽しく映像を見ていただけるような気がする。
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まず、webコンテンツを用いて情報を発信する際に、それがメディアの1つとなっていることを自覚する必要がある。そのため、作るwebコンテンツが伝えたい人々の経験を事実のままに、つまり情報の確実性を持つようにしなければならない。もし確実性の低い情報を発信した場合、情報受信者は”自分の不安を解消するように解釈する”というバイアスがあるため、事実が正確に伝わらない可能性がある。
webコンテンツを編集するとき、作成した自分自身の情報に対する解釈はコンテンツに含めない。伝えたい内容を理解する際、自分の思考においてもバイアスが起こることは否めない。そのため、ただ順序をたてて説明するものを作成していく。
映像などを扱う際、経験者に、どのようなものだったのか、その時どう感じたのか、などを現地に実際訪れて語ってもらった映像を用いる。そして証言をを基にCGやマッピングをつくりよりわかりやすくする。
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 東日本大震災は多くの被害をもたらし、たくさんの被害者が出た。震災によって原発事故が起きたり、津波で家が流されてしまった人がたくさんいることを忘れてはいけないし、これから学べることを教訓として将来に活かしていくことは大事であるが、一年以上たつ今でも当時のつらい思いを抱えたままの人は多い。誰にとってもつらい出来事であった東日本大震災を気持ちの面で乗り越えていくためには、やはり心にゆとりを持ち、前を向いて歩いていくことが大切である。このためには震災を過去のつらい出来事としてだけではなく、前を見て進んでいけるような出来事としてとらえることができる伝え方が有効であると私は考える。
 わたしが考えたものには2つある。1つめは、渡邊先生のアーカイブである。写真集としてもすでに出版されているが、3月11日に生まれた子供たちとその両親の写真とインタビューに基づく文章が書かれた本の内容をアーカイブで表現することでまた新しい表現ができるのではないか。桜の開花マッピングのように時間ごとの変化を追えるようにして11日の何時にどこでその赤ちゃんが生まれたのかをマッピングし、その後どう成長したのかを交えることで震災後も無事に成長していることを伝えることができ、11日に亡くなった方が大勢いる一方で新しい命もたくさん誕生していることを実感できる。遺族や友人などを震災で失った人も、新しい命に未来を託すような気持ちになってもらえれば、少しは前向きになれるのではないか。(これは個人的にとても実現していただきたい内容です)
 2つめはツイッターの利用である。被災者自身の言葉や、実際にボランティアで被災地を訪れた人が感じたこと、励ましの言葉などをbot(自動的につぶやかれるアカウントまたはプログラムのこと)を使って伝えるという方法である。時々ふとした時につぶやかれるので、そのたびに震災に思いをはせることができる。ツイッターは利用者も多く、フォローするのも簡単であるので、東日本大震災に関するbotの存在さえ知ってもらえれば、多くの人に震災の記憶を留めておくことができ、深く印象付けることが可能であると私は考える。これなら前向きになれるものだけでなく、深刻なものなども様々につくって、フォロワーが自分で見たい(見てもつらくならない)ものを選ぶということもできる。
 震災に関するものというのは決して面白いものではないので、自ら進んでこれからもかかわっていこうとする人は少なくない。しかし、上の2つのような手法を用いれば、気軽にかつ分かりやすく易しく表現できるので、より多くの人に関心をもってもらえるのではないだろうか。
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自分自身の震災に関する経験を周りの人に伝えようとした時、私はyoutubeを用いて伝えようとするだろう。なぜならプレゼンテーションなどでもよく言われる様に、ただの文書ではある程度興味を持っているという前提がなければまず読もうと思わないからだ。なので一番人の興味を惹きつける動画という手段を用いてその経験を伝えるのが一番効率的だと考える。
内容としては、自分が体験した出来事とほぼ同じ時間に起こった出来事を画面を半分に分けて同時に流す。それによって個人視点からの「震災」と客観的視点からの「震災」を映し出すことができると思う。一言に「震災」といってもそこには物や人、様々な規模の失ったものがあるはずなので、この個人視点からと客観的視点からのものを同時に流すことには意味があると思う。
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わたし自身、あるいは身の回りの人々の経験をWebコンテンツで伝える場合、
それに加えて解説など詳しい詳細を文章として添えることで伝えようと思う。
しかし、単に伝えるといっても、被災地や被災地周辺など震災の影響を大きく受けた地域と、あまり被害を被っていない地域とで、編集の仕方や文章を変えるべきだと思う。
被災地や被災地周辺の方向けには、こちらでの状況を事細かに伝えるよりも、こちらでの状況は少なめにして、今わたしたちがしてること、これからすることなどを伝えたほうが、受け取る側はより興味がわく。それから、被災地の方々がそこに、してほしいこと、編集について思ったこと、いま何を感じているかなどを書き込めるようにすれば、被災地の方同士でも情報を共有できるほか、間違った情報を指摘できたりできるようになると思う。
あまり被害を被っていない地域の方向けには、こちらでの状況を伝え、それに加えて被災地での状況も伝えることで、自分たちの被害の様子と被災地の被害の様子を比べられるようにしていく。
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 授業で扱った通り、わかりにくい事実よりもわかりやすい虚偽の方が、メディアにさらされる人々には理解しやすいものである。したがって、自分たちの体験をWebコンテンツによって世に知らしめようとするならば、自分たちの経験を虚偽とならない範囲で演出・編集をくわえて興味深く、わかりやすくするべきである。
 授業で取り扱われた「ナガサキ・アーカイブ」の件では本当に伝えたい「原爆の記憶を受け継いでいきたい」という点にのみ焦点を絞り、その他の事実は視聴者受けしやすい設定を演出するために曲げられている部分がある。また震災当時に被災者を装った都内からのツイートがあったということだが、それは「自身が被災者である」ということが人々に訴えかける力があるとされたからである。これには、根拠がなくても人は信じたいものを信じてしまうという私たちの習性が背景にあるのだと思う。YouTubeにアップされた捕鯨動画の海外からの再生数が伸びないのも、日本人以外にも責任があるのだという事実を受け入れたくないからである。
 また、ニコニコ動画で木曜ロードショーを楽しめるのは疑似同期的な多数のコメントにより、私たちは何となくその場の空気に流されてしまうという群集心理を体験しているからである。
 アエラに対する過剰な批判はこれらの要素が合わさってできたものである。放射線に対する恐怖と、インターネット上での個人のコメントの共有により、批判した人々は自分の認識が正しいと思い込んで他者の考えを一方的に否定してしまったのだ。
 よって、私がWeb上に東日本大震災の経験を伝えようとするならば、たとえばニコニコ動画にて最も伝えたい部分を集中的に流す。ニコニコ動画を選ぶのは、自身でコメントをつけやすいからである。一般的に「自演」とよばれる、自分の動画に自分でコメントをつけていくことが必要なのだ。群集心理による拒絶を防ぐため、逆にその心理を利用して自分の動画に興味を持ってもらうといったことが有効であると思う。
 マスメディアでさえも情報の発信に向けてはかなりの編集が加えられているのだから、個人的なメディアではなおさらである。ただし、あまりにも非論理的であったり、悪意がこめられていたりしたものはネチケットを遵守し、差し控えるべきである。
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■Webコンテンツ
スマートフォンアプリ

理由
・なぜアプリなのか
HPや映像作品と違い、操作しながら情報を閲覧できるので、ユーザーが見たいものをピンポイントで見ることができるという利点がある。

・なぜスマートフォンのアプリなのか
スマートフォンはPCよりも手軽であり、電車の中などのちょっとした時でも開くことができるから。

■アプリの内容
3Dで再現された3.11の街を舞台にして、ユーザーが1人のキャラクターを動かしながら、地震の起きた当時の状況を体感する、ゲーム的なアプリケーション。

理由
・ゲームのように操作する楽しさがあったほうが、より多くの人に使ってもらえるから。
 正直、自分はデザイン&マネジメントの授業を受けていなかったら、3.11の地震についてのアプリに興味を持つことなどなかったと思う。また、多くの人々が、堅いアプリをやってみようとは思わないのではないか。ゲームのような、操作の楽しさもあるようなアプリであれば、多くの人々の注目も引きつけることが出来ると思う。
 また、実際の状況を理解してもらうのに効率的であるとも思う。写真などによる資料の閲覧だけでは、被害の大きい場所のイメージだけで災害全体の状況を理解しようとしてしまったりして、実際に被害に遭った人の状況を理解できないのではないか。それに対し、自分が実際に被害地の人物の一人となったバーチャル世界の中で、真実に近い体験を味わうことができるのは利点であると思う。

欠点
・製作が困難
 3Dで、ユーザーがキャラクターを動かして街を歩くことのできるようなアプリは、製作時には大きなプロジェクトにならざるを得ない。その点で現実味は薄いが、将来的には実現できるのではないか。

・資料が少ない
 3Dのバーチャル世界で3.11の状況を再現できるほどの資料はない。なので、ある程度は予測によって作る必要がある。

■その他
「あなた自身、あるいは身の回りの人々の経験」という今回のレポートの趣旨と異なるレポートになってしまったことは大きなミスでした。
それに関しては、僕が福島出身であり、大きな被害にあった人間だという設定で見ていただくことでよろしくお願いします。
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昨年の東日本大震災は、私が経験した災害の中で最も被害の大きいものだった。当時、私は高校の生物室で授業を受けており、山梨県でありながらも強い揺れに驚いたのを覚えている。その時、皆机の下に入り、落ち着いた行動ができて幸いけが人がいなかったことは幸運であった。家に帰る手段であった電車も止まり焦った。家についてテレビをつけて、信じられない光景が映し出されていた時はさらに驚いた。今回の授業の中では、情報の信頼性について学んだ。例えばデマであったり、事実は正しくても表現方法の差異によって生まれる、情報のとらえ方の違いであった。本来、情報を伝えるということは人間が向かい合って話すことによるものだと思う。そこではある程度の間違いはすぐに修正することができ、個人の見解を除けば正しい情報は得られると思う。しかし、メディアが発達した現在では情報の信憑性に関わらず、どんなひとでも簡単に情報発信ができてしまう。Twitterでは特に顕著であり、東日本大震災についてのデマも流れたことがある。
しかし、あれから一年経ってみてTwitterのデマに流されてしまうほど、私たちは東日本大震災について知らないだろうか。例えば沖縄での戦争についての知識と比べてどうだろうか。比較的信頼のおけるテレビで長い間この震災についての情報が報道されたため、私はこの震災について皆知っていることは多いと思う。何より私たちは経験者であるからだ。そして震災についての正しい情報は多くの機関が発表しているインターネットのサイトを見ればわかると思う。
私が伝えたいことは、このような大規模な災害が起こったときの個人の対応の仕方である。その当時、東京は大混乱に陥ったことは知っている。東京の直下型地震も想定されている今、勉強することは多いと思う。また、余震などを多く経験したために地震に対する行動の余裕が感じられる。つまり慣れてしまったのである。再び個人の注意を喚起するためにも、地震への対応の仕方を知るべきである。そこで私はTwitterを使うべきだと思う。Twitterは若い人を中心に利用者が増えており、情報をより多くの人に提供することができる。しかし先ほども挙げたようにデマもある。しかし、地震に対する避難の仕方は誰でも一度は学んだことがある。ただ注意を再び喚起するだけでいいのである。もう一度思い出すための手助けになればいいのである。テレビは一度放送したら再放送することは少ない。Twitterはネット上のコンテンツであり、リツイートをすればその情報は残すことができる。少し大げさだが、Twitterの管理から定期的にその情報を配信することができるようになれば一番いい。しかし、それが難しい。ナガサキアーカイブのように私たち大学生が中心となって配信をしてみることは可能だろう。
より多くのひとに知ってもらいたい情報は、手軽に、正しい情報をコンパクトに伝えることが大切だと思う。
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 授業で渡邊先生が”NEWS 23X”で大分出身を東京出身と紹介された件について、演出の可能性があるとおっしゃていた。それについては、私も演出だと思うし、いち視聴者として東京のほうがひきつけられる。
マスコミについては、震災後、テレビを見ると原発問題は深刻ではないという報道が多くあった。当時の私は、テレビが言っているなら間違いないと楽観的な解釈ではあったが、今では人類史上に残る大事故で当時の発表に多くの間違いがあったということがわかっている。
これらを受けて私は、マスコミの発表は視聴者の行動・思考とどんな関連性があるのかと私は考え、私は当時の自分たちの行動・日本のマスコミの発表・海外の政府の発表・今では明らかになった新事実について、時間軸を縦にして比較するサイトを作りたい。
現時点で残っている当時の自分たちの写真や、当時日本や海外の新聞、ニュース動画、その後のニュースなどを視覚的にわかりやすく提供する。その上で、端的な表現をつかってまとめる。そうすることで、多くの人に興味を持ってもらうようにしたい。
このwebサイトをつくることによって、被災していない被災国の人間の行動、被災国のマスコミ、第三者的視点を総合し、多角的視点から見た事故の取り上げられ方、マスコミと民間人の関わり方を多くの人に伝えたい。
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このコンテンツの目的は、AERAの放射能や震災に関する恐怖を助長するようなものではなく、全世界に向けて、日本が3.11震災を乗り越えて、復旧・復興するストーリーを伝え、日本の強さを強調すること。被災地にボランティアにいった経験を生かし、現地の今を伝える。
このきっかけとしては、中国人の友人に、日本に来たら観光案内するといったところ、しばらくは地震や放射能が怖いのでいきたくない、と言われたことにある。このコンテンツを広めることで、再建する日本、力強い日本の印象にして、危険・怖いの印象をなくす。
使用するコンテンツはYOUTUBEの動画。
世界の人々に伝える際、英語や言語でなく、映像として伝えたほうが伝わりやすいため。写真のスライドショーのような作りにし、同じ地点の写真を時間軸を追ってながすことで、がれきが撤去され綺麗になっていく風景を伝える。その際、炊き出しやがれき撤去などのボランティア風景や現地の人との交流場面も入れる。
なるべく少ないワードで説明を英語で加え、海外の人に見てもらえるようにする。また、この企画をひとりでなく、おおくの人が同じタイトルで同じスタイルでアップロードし、知名度を上げる。アーティストの音楽PVのように複数の動画が連続再生できるようにし、動画はFACE BOOKなどでシェアする。
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 私は高校生のとき吹奏楽部に所属していて、2011年3月は月末に予定されている定期演奏会に向けて練習していた。しかし3月11日、震災が起こり、演奏会が開催できるかどうかわからない状況が続いた。結局5月に延期してなんとか開催はできたが、延期されたことにより出演できなった部員もいた。私はこの経験を通して、それまであたりまえに思っていた「演奏ができるということ」が、実際はとてもありがたいことだということに気がついた。私がこうして震災から学んだ「あたりまえであることのありがたさ」をより多くの人に気づいてもらうために、この経験を伝えたい。
 この経験をありのまま伝えるには、当時の私と同じ視点に立って見てもらう必要があると考えた。そのためには現在の私が書いた文章では、その当時の感情が薄れてしまっていて、ありのままにはならない。そこで私は、当時私がSNSサイト等に投稿した「つぶやき」が利用できると考えた。現在の私の文章で客観的にみた一連のできごとを綴り、その合間に当時のつぶやきをはさむ。これでかなり当時の私の視点に近いところから震災後の私の経験が見られるだろう。
 こうしてつくった文章を読めば、その当時私が何を経験し、何を思ったのか理解してもらえるだろう。ただ、共感してもらえるかどうかは読む人次第だ。いろいろな考え方があるのだから当然である。
 結局「あたりまえであることのありがたさ」というようなものは自分で気づかなければわからないものなので、私にできることは「気づくための手助け」だけである。そして、今回提案した形式の文章は、多少なりとも手助けになると考えている。
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 私は東日本大震災によって避難を余儀なくされた人々に対する救援物資について、募金等を募っているホームページ上に掲載したいと思う。私が掲載したい内容とは、あまりにも汚れている衣類や受け入れが禁止されている生ものの持ち込みが非常に多いという問題点についてである。実際に、物資を受け取ってもらえなかったとの苦情電話が相次いだ。さらに受け入れられた物資の中にも、一定期間保存された後に結局処分されるものがあり、救援物資と”いらなくなったもの”とを混同している人々が目立っている。
 この問題をよりインパクトの強いものにするために、私はあえて人が人へと物資を手渡ししている、一見すると心温まるような写真を使用したい。映像ではなく写真を使用することで、見た瞬間に読者がある程度のイメージをつかむことができるし、読者の目に最初に入るであろうメインの画像から想像される内容とは真逆のことを文章で指摘することによって、この記事を最後まで読んでもらえる可能性も上がるだろう。
 しかし、記事を読んだ人が本当に必要な救援物資まで送るのを躊躇ってしまうことも考えられる。そこで、このホームページにツイッターの機能を加え、避難所の人々が必要としているものをリアルタイムで知ることができるように編集を加えれば、問題点の指摘だけでなく、送る物資の取捨選択にもより効果的だと私は思う。
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私は第2,3回の授業を受けて、同じ映像でもデザインの仕方で全く異なる作品が出来上がるのかと、とにかく関心した。

ゲームセンターCXの映像を見て笑ってる最中は気にとめていなかったが、振り返ってみると、自然と有野やAD東島などのプレイヤー視点で映像を見ていて、「アトランチスの謎」というゲームが最近のゲームと異なって、(私たちの世代からすると)「そんな裏技ありかよ!」とか「難しいにもほどがある・・・」と衝撃を受けるような場面の連続であったために、笑いが絶えない授業となったのかと思う。

これを踏まえて、東日本大震災に関する「自分自身、あるいは身の回りの人々の経験」を伝える文章・映像に対する切り口や編集の仕方について考えたい。

まず、WebコンテンツとしてYouTubeを選ぶ。テーマは、自治体のがれき受け入れ拒否について。第3者から見たら、国の定める放射線量の基準値をクリアしていたり、普通の食べ物に含まれる放射線量よりも少ない放射線量しか検出されないがれきの受け入れを拒否するということは、被災者の心を痛めるものだと、冷静な考えを提示し、第3者の共感を促す。
ところが、それに続けて、がれき受け入れ拒否をする自治体の人から震災を捉える。第3者はそこで、がれき受け入れ拒否をする自治体の人は、風評被害を恐れていて、それを引き起こすのがまさに無知な第3者なのだと認識させる。

私なら、こうして、いかに第3者である自分自身が多くの人を苦しめているのか考えさせるものを作りたい。




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私は今回の課題の「東日本大震災の経験を伝えるWEBコンテンツ」を考えたとき、実際に作るとして一番具体的に思いついたのが、ライブ壁紙を使ったスマートフォンアプリの製作です。

私が考えたのは、東日本大震災当日の14時から24時ほどまでに見た景色をCG等で一時間ごとに再現し、その日の時間と同じ時間の景色が壁紙になる、というものです。画面にはそのときに実際にした行動や感じた思いを述べた、その景色の所有者のコメントも随時表示し、その人の3月11日を疑似体験するのが目的です。
またツイッターと連携し、画面にはつぶやきフォームを用意して、好きなときに感じたことを呟ける(そのアプリのハッシュタグが自動的にくっつく)ようにします。同じ景色を見ている人たちの呟きがリアルタイムで壁紙内に数秒間表示されるようにして、より目の前の景色が生きているかのように感じさせたいです。今週の講義から、同じものを見ている人々のリアルなコメントが流れることで感情が増幅される、ということを体感したので、今多数の人が利用しているツイッターを連携させることで多くの生の声を同時に届けることができるのではと思いました。一番端の壁紙には呟きリストを載せます。
14時から24時以外の時間には、ランダムで震災時の写真や体験談、全世界から届いた応援メッセージなどを表示します。
また、このコンテンツは様々な地域の人の体験を用意することで、文字通りいろいろな目線から東日本大震災を見つめることができます。
メディアで触れることができる切り取られた人々の意見では感じづらい、生の考えを知ることが大切だと私は思います。

「何かを伝える」という目的のもとで作られるコンテンツにおいて、言葉や画像や映像などをそれぞれ適当に使うことで、多くの人々に伝えることが出来るのではないかと思います。そういったことを考えて媒体全てを上手く使いこなすことがデザインなのかなと思いました。
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私はアニメでYouTubeに載せるべきだと思う。このアニメの中で伝えたいのは震災についてが主だが、今日本では主な情報の発信源は東京でありそれがはたしてすべて正しいのか、ただ客観的に伝えているだけで真意を本当に伝えているのかも取り入れる。
このアニメは自分たちで制作し、声優は自分たち。この制作の中で大事なのはできるだけ福島などで被害を受けた人、かかわった人が主で自分はそれをサポートするだけの形で行うこと。そしてアニメの中にマスコミを登場させ被災した人から見たマスコミの印象も加える。そしてその中で私たちの情報の吸収、判断も学べるようにする。
私がなぜアニメにこだわっているかというとテレビでは流せなかったことも伝えることができるからだ。「はだしのゲン」というアニメを見たことがあってその時はまだ小学校3年生だったが戦争の恐ろしさについてよく伝わった。だからまだ被災した人たちのこころは100パーセント回復していないのかもしれないがこうやったほうが伝わるし特に幼稚園児や小学生など次の世代にはよく伝わると思う。
内容が完成してもたくさんの人たちが見てくれないと意味がないので注目させることは、福島、それ以外の地域で被災した人たちが主に作った、自分はただそれをサポートしただけということをはじめの紹介分の箇所に書くこと、そしてタイトルにはキーワード「真意」、「真相」などのマスコミ批判かなと思えるようなキーワードを取り入れること。
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私は東日本大震災の経験を伝えるコンテンツについて、授業中に触れていた映画の予告編のように3分くらいのPVをつくり、アニメのオープニング(音楽は震災のイメージが伝えられるもの)みたいにスタッフロールが出ている所に証言を載せ、途中途中で当時のニュース映像を挟むというコンテンツを考えた。私はそのときの経験を証言だけで伝えるのは分かりにくいので、映像や音楽をまぜることにより、当時感じた漠然とした雰囲気が伝わればよいと思った。
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わたしは東日本大震災が起きたとき横浜にいました。横浜駅から10分の場所にある高校いたところです。横浜駅は電車が動かず大変な騒ぎでした。帰る手段がなく、高校の生徒は皆学校に泊まりました。私は父の車で川崎の自宅に向かいました。普段なら早ければ30分で着くところが、6時間ほどかかりました。
 
この経験から、私・家族・友人のあの日の経験をその他大勢の人々がどんな場所に集まっていたのか、車や電車の動きはどうだったのか、など人の流れを通して伝えたいと思います。自分自身の体験だけでなく周りの状況がわかると、いかに混雑していたか、混乱していたかなどが伝わると考えるからです。
 
地図上に主な人々の動きを示し全体を見てもらい、文章で私自身や周りの人の細かい様子をレポートする形にしたいです。
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自分なら、被災地がどのような状況なのかに重点を置いて伝えます。今の一日の生活の様子を簡単にまとめ、今までと何が変わったかをわかりやすく伝えます。webコンテンツは多くの人が利用しているyoutubeを使います。その際、海外の人も見られるように題名に英語をつけ動画にも英語の字幕をつけます。編集については国やある特定の企業を悪者にするのではなく、多くの人が気になっているであろう復興までにかかる時間や現実的に被災者の方々はどのような決断を迫られ、またどのように決断したのかを中心にして編集します。
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 個人がただただウェブサイトを作ってこのような事について発表しても、他のたくさんのウェブサイトの中に埋もれてしまう可能性が高い。その上文章だと、自分から読もうと思わなければ伝えたい相手に情報が伝わることはない。さらに文章にしてしまうことにより、伝えられたとしても読み手に伝わるのはその経験の一部だけだと思う。
 よって私は動画に加え、視聴者の意見を書き込むことのできる掲示板のようなもので意見を共有できるある種ニコニコ動画にも似たシステムで東日本大震災に関する「あなた自身、あるいは身の回りの人々の経験」を伝えるのも一つだと思う。
 ただ匿名だと誹謗中傷などが残念ながら起きてしまう。それを防ぐためには登録制にすることや運営側がそのような書き込みを見つけ次第削除するなど、どうしても労力、コストがかかってしまう。そのような問題はあるがやはり動画だと視聴者が意識して読んだりする必要なく、掲示板のようなものがあることにより他の人の考えからまた学ぶものがあったり、改めて自分の考えに気づくことができたりすると私は考える。
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東日本大震災の実体験を伝える際、まず1番に心がけるべきことは事実を伝えるということである。当たり前のことだが実はこれが1番難しいということを学んだ。人々に情報を提供しようとするときどうしても主観が入り真実とは少し異なる情報を流しがちである。今回の授業で東日本大震災後に流れたデマの例を見たが人々はあのような未曾有の事態が起こった時、情報の真偽を問う冷静さに欠けるためデマは瞬く間に広がった。またそのデマ(特に原発関連)に対して少しでも不安を取り除きたいという気持ちから攻撃を始めた。だから私はまず真実に忠実な情報を流すということにこだわりたい。またゲームセンターCXというテレビ番組を見てそこから感情移入しやすいつまり自己投影できる映像が人々の心をつかむことを学んだので被災者に実体験を語ってもらうインタビュー映像や津波で流されゆく家々の映像など少し痛ましい映像も取り入れながら感情移入しやすい空間をデザインしていきたいと思う。
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まず、私の考える「伝える」の意味は、言葉などで相手に知らせるという一方的なものではなく、情報を受け継ぎ、渡していくことであるから、震災に関する自分の考えや志向を多くの人に受け止めてもらい、理解されていくことことが重要だ。また、webコンテンツに情報を流し多くの人の目にとめてもらうには、「ナガサキ・アーカイブ」を長崎放送が正確に順を追って紹介するような、少し分かりにくいが当事者(体験者)の間でだけ理解されるものではなく、主に多くの直接体験していない人に向けて分かりやすく、興味を持ってもらえるように発信したほうがいいと私は考える。
そこで、東日本大震災に関するサイトをつくり、東日本大震災に関して何か経験を持つすべての人を情報発信の主役とし、自由に文章・動画・静止画・音声などを投稿してもらう、という誰もが参加できる空間ができたらいいと思った。動画や音声には後から字幕をつけ、耳や目に障害をもった人にも理解してもらえるつくりにしたい。参加型にすることで、一人の人に焦点を当てて一つの意見に偏りがちな紹介をするより、多くの人の証言が集まっているため事実を大幅にまげることを防げると思う。また、このレポートを書く際、「東日本大震災アーカイブ」を見たが、これは震災の経験者にも情報を得る人にとっても、双方に正確な情報を伝えられるwebコンテンツだと感じた。見る人の興味も引け、後世に残せる情報空間ができていてこの手法もいいなと思った。事実の正確さとわかりやすさの両立は難しいようだが、やはり情報は誰にでも事実がわかりやすく、正確に伝わるようにしたい。
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Webコンテンツは、より多くのユーザーが使用している動画サイトを媒体とするのが一番だと考えている。スマートフォンアプリも悪くはないがどうしても使用者層が限定されるのが否めない。
編集は、多少ぶれたり荒くなったとしても、リアリティを重視して直接映像の中の人物の息遣いが伝わるものにしていきたい。
余計な音楽を用いて雰囲気をつくるようなこともしない。
ただし、「映像空間内」で流れている音楽は別だ。たとえ、それが場面の雰囲気を徹底的に壊すにしてもだ。
商業映画ではないのだ。
こうしたコンテンツを作る目的はただ一つ、共感体験を作るこれに尽きるのではなかろうか。
故に、リアリティにあくまでこだわりたい。
例えその場の空気を破壊するような音楽が流れていたら、視聴者はなぜ流れているのかとふと考えることだろう。不快にも思うことだろう。しかし、一見して不可思議に思う映像内の行為者たちの振る舞いについて視聴者が思考を巡らせるその行為そのものが、既に共感体験しようという試みにつながっていくのではないのかと私は考えている。考えていく過程で、彼らの抱えている苦悩に少しでも気づけばこれほど嬉しいことはないだろう。
なお、顔だし等については十分配慮していくことは言うまでもない。
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 私は、今回理解という点について考えました。そして、今の東日本大震災に関する報道は、被災者の話を聞いたり、その時、撮られた実際の映像が多かったと感じます。また、死傷者や行方不明者も数字での表示で分かりにくかったと感じました。そこで、私は現場の映像や当事者の話だけでなく、グラフ化した表示や津波や地震の時の、シュミレーション3D映像などを取り上げたいと思いました。また、それを回線が3G回線が大半なスマホでも重くならないよう現場の解説、自分が被災した時の対処を載せたアプリを作ってもいいと思いました。
 臨場感や恐怖などは十分すぎるほど伝わる現在の報道ですが、やはりそこに隠れた「理解」に苦しむと思います。だから、私はこの方法で情報発信したいと考えます。
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 私は、今回理解という点について考えました。そして、今の東日本大震災に関する報道は、被災者の話を聞いたり、その時、撮られた実際の映像が多かったと感じます。また、死傷者や行方不明者も数字での表示で分かりにくかったと感じました。そこで、私は現場の映像や当事者の話だけでなく、グラフ化した表示や津波や地震の時の、シュミレーション3D映像などを取り上げたいと思いました。また、それを回線が3G回線が大半なスマホでも重くならないよう現場の解説、自分が被災した時の対処を載せたアプリを作ってもいいと思いました。
 臨場感や恐怖などは十分すぎるほど伝わる現在の報道ですが、やはりそこに隠れた「理解」に苦しむと思います。だから、私はこの方法で情報発信したいと考えます。
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 私は東日本大震災の経験を、見る人が思わず感情移入してしまうようなストーリーに仕立て上げて伝えようと思う。

 ゲームセンターCXの例では「アトランチスの謎」という古いゲームを攻略していく過程が大勢の人間に笑いを催した。
 だが、そのゲーム自体が面白いのだろうかというとそうでもない。操作性は難しく、ギブアップもできない。コンティニューという機能もなければ、大した説明もない。それに加え、穴に落ちると隠しワープができたり、自爆をすることで新たなルートが発見されたりと、今のゲームと比べて有り得ないほど難しいゲームだ。このゲームは果たして今の子供たちに受け入れられるだろうか。恐らく、無理だろう。私には弟がいるが、彼も彼の友人たちもゲームが難しすぎると怒って諦めてしまう傾向があるように見える。私もこの「アトランチスの謎」というゲームを自分がやってみたいとは思わない。
 では、何故今の子供たちには到底受け入れられそうにないゲームが、あんなにも多くの笑いを湧き起こしたのだろうか。それは私たちが「ゲームセンターCX」の中の物理的な空間を共有し感情移入できたからだ。
実際、私はアトランチスの謎以外のゲームセンターCXを見る機会があったのだが、そのどれもが狭い空間の中で、有野とADさんによって行われている構図だった。

 この場合は「有野」という一人の何処にでもいそうな「同級生」の「家」、狭い空間に私たちが遊びに行くというような想像が容易くできる。だからこそ、感情移入しやすい。
 逆に捕鯨反対団体に対するMADのようなものは感情移入という面では難しいと思う。もちろん、ドラゴンボールのキャラクターによる「捕鯨反対団体との問題」はシビアな内容のはずだが、かなり親しみを持って理解できた。世界中の人に知ってほしいとYouTubeにあれをアップした人の気持ちも理解できる。
 だが、例えばこの東日本大震災での経験をかの有名な「ドラえもん」や「ウルトラマン」といったキャラクターに話してもらって、果たして共感を得たり、感情移入できるだろうか。
 「東日本大震災」という内容は理解できたとしても、それに対して涙を流したり、無情な自然災害に怒りを感じたりはしないだろう。

 東日本大震災はこれからの日本に受け継いでいかなければならない記憶の一つだと多くの人間が感じている。戦争といった人的なものと違って、防ごうと思っても中々防げない理不尽な自然災害。昨日まであって当たり前だったものが、一瞬でなくなってしまうという恐怖。
 薄れていって、記憶から消してしまうにはあまりにも大きな事件だ。
私が東日本大震災での経験を映像で伝えるとしたら、一人の何処にでもいそうな人間をクローズアップして、その人視点で物語を進めていきたいと思う。

 私自身の話になるが、私は一話完結型のドラマが好きだ。小さいころから親と一緒に見たりもしている。好きな種類で言うと、笑い溢れるドラマや推理物、ラブコメちっくな話だろうか。だが、実際記憶に残っているドラマのほとんどは医療関係のドラマだ。
 がんで余生短い女の人が主人公だったり、お父さんがもうじき死んでしまうと宣告されたり。私は正直そういったドラマはあまり好きではない。見終わった後、自分もしくは自分の周りの人間にそういったことが起きてしまうのではないかと怖くなってしまうからだ。
 偶々見たそんなドラマがずっと記憶に残っている。それを見ながら泣いた記憶もある。逆に面白かった、笑ったといったドラマは記憶にはさほど残っていない。

 感情移入してしまったドラマ、映像は感情移入すればするほど記憶に長く留まるのだと思う。その映像が最初から最後まですべて真実であるのかどうかは気にならない。大切なのは映像によって伝えたい出来事をいかに人の記憶に焼きつけておくかということだ。
 福島第一原発がメルトダウンしてしまったのか、していないのか。放射線は出ているのかいないのか。溢れかえった情報は大きな混乱を招いた。不安を助長するAERAの情報は攻撃対象とされ、その真偽が確認される前に叩かれた。
 だが、実際この出来事は後世に伝えておくべき記憶だろうか。一連のこの混乱が重要でないというつもりはもちろん、ない。
ただ、それ以上に一番伝えるべきことは「福島の原発が事故した」という出来事であり、そのことはどのメディアも伝えていた。
 数十年後、「東日本大震災」を思い出すとき、福島に原発事故があったことはきっと残っているだろう。だが、その原発事故の詳細をめぐって情報の混乱があったことはほとんどの人の記憶に残らないだろう。

 つまり、私が言いたいことは一番大切な大枠を真実として残しておけば、その他の微細なことの真偽はさほど重要ではないということだ。裏を返せば、微細なことが偽りであったとしても、それによって一番大切な大枠の真実が人の気を惹き、記憶に残るならば問題はない。

 だからこそ、私が東日本大震災の経験を伝えるならば、一人の人間に起こった出来事に焦点を絞り、人の記憶に長く残るようなストーリーに仕立て上げたいと思う。
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Webコンテンツを用いるということで、
・テレビやラジオのように放送時間・時期にとらわれないこと
・多くの人が(新聞や本と比べて)気軽な気持ちで見ることのできること
・編集によってより身近に感じられること
これらの特徴を活かしたい。

例えば、講義で取り上げられていたニコニコ動画は、まさにこれら特徴が存分に発揮されている。
動画を見ているユーザーは、それ以前に動画を見てコメントを投稿したユーザーと「擬似同期的」に笑いや感動を共有できるのである。

また、『ゲームセンターCX』に関して、キーワードを使いながら考えてみる。
みんなが楽しめる一番の理由は有野に「感情移入」してしまうことであろう。
それに加えてあと一歩で失敗してしまう(実際はどうかわからないが)という構成も、見ている側を盛り上げる。
さらに、有野に加えてAD東島というちょっと個性的な「キャラ」がいて、有野とのやりとりもこちらの笑いを誘っていた。
『アトランチスの謎』ならではとして、「ワープ」や「無敵アイテム」といった意外なものの登場がさらに惹きつける要因となっていたと思う。

以上を踏まえて、自分が東日本大震災に関して、自分自身や周りの人々の経験を伝えるとするならば、動画を使ってサイトに投稿したい。
その際には、有名な俳優を使って再現VTRを作成したり、プロのナレーターに吹き替えを頼んだりしたい。
多くの人が知っているような役者や声を取り入れることで、それに伴う特徴的な「キャラ」を用いて、様々な人々に受け入れられるようにし、「感情移入」を誘いたい。
そして、ニコニコ動画のようにコメントを投稿できるようにする、あるいはツイッターを利用してそういう場を作って共有できるようにしたい。

もちろん、演出によって、正確な情報を伝えられない可能性も懸念される。
しかし、まずは見る側に興味・関心を持ってもらうことを重要視して、より多くの人に伝えたい。

ただ、東日本大震災に関しては、時間軸はいじらずに順序通りに伝えていくべきであると思う。
地震発生から何時間後、何日後、というように表現することで、見ている人が「俺はこのとき○○をしていた」とか「このとき津波がここまできた」というように、それぞれの経験と比較することができるからである。
こうすることで、見る側の興味も得やすいし、また、動画・コメントを通して、今後の震災に対する備えにつながると思う。
たくさんの人に伝わり、将来にも活かしていけるような形でデザインしたい。
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私は、映像を使って伝えたい。特に幅広い年齢の人が親しみを持っているアニメのキャラクターを使ってみたい。なぜならば、多くの人が興味を持ってみてくれるからだ。また、真実をキャラクターに代弁させることで、シビアな内容も海外の人が聞きやすくなると思う。しかし、キャラクターが代弁することで、その時の経験の雰囲気や、流れが変わってしまうこともあると思うので、その点は注意しなければならないだろう。解かりやすくしようとしすぎることも、気を付けなければならない。このようなことに注意して、私は映像で伝えたいと思う。
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 今回の東日本大震災に関してメディアを通して様々に論じられたり、放送されたりしたのを見たり読んだり、また人の話を直に聞いたりする中で最も強く鮮明に頭に残った事として、実際に被災地へと自らの足で出向くということです。テレビなどの機器を媒介として得られる情報や状況にはやはり限度がありますし、どうしてもそういうものごしだと間接的な感覚でしか今回の大震災を感じれずに、極端な話、無意識にそのまま他人事のように思って時間とともにフェイドアウトしてしまうような気がします。そんな事は、同じ日本に住む者として軽薄すぎると思いますし、また悲しいです。だから自分を実際にその場所に置いてみることで全身で感じることが必要であるそうです。
 僕は今年の夏休みを使って被災地を色々と回ってみることにしました。僕がこのように考えられるようになったのは、恥ずかしながら実際にそういう体験をした人の話をメディアを通して聞いたからです。それまでは、ホントに第三者的な立ち位置でいた気がします。
 だから、Webコンテンツを使用して被災地の状況を映し出したり、現地の人々の暮らしや話をドキュメンタリー的な番組で放送するのでなく、実際に旅行のついででもいいので自分の足で回ってみることを促すことを目的とした内容を発信するべきだと思います。メディアは僕が感化されたように、非常に大きな影響力を持っています。
 まず映像を通して、現地や仮設住宅に住む人々と直にあってコミュニケーションを取る有意義性を伝えます。次は自分たちにも今回と同等、もしくはそれ以上の大震災が来る可能性も考慮に入れて、実体験談を生で聞けばきっと参考になると考えます。視聴者にはなるべく、今回の震災が決して自分達と関係の薄い出来事ではないということを意識付け、そうすれば自ずと足が東北に向くと思います。そのために、近未来に発生するという地震の予測データをもっと掻い摘んで一般の人々に分かりやすく、危機感を煽る内容に編集して発信すべきです。そうしたら今度はそれを、なるだけ多くの人が受信できるWebコンテンツを使って常に発信し続けます。
 こういう風に少しずつ努力をしていけば、意識変化の表れる人たちが多少なりとも出てきて、今度はその人たちが周りの人たちに伝えるという具合に徐々に広がっていけばいいと思います。
 そのキッカケとしてWebコンテンツを使用すべきだと思います。
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今回、東日本大震災に関する体験を他者に伝える際に注意すべき点として、3つの事に重点を置いた。1つ目は分かりやすくということ。2つ目に共感、感情移入してもらうということ。最後になるべく多くの人に見てもらえるということだ。
まず、体験談を読んでもらう際に訴えかける文章が伝わりづらければ意味がないだろう。なので、分かりやすく伝わりやすい文章にする必要がある。具体的には、長々と文章を書くのではなく、自分が主張したい要点を簡潔に書くことだと思う。さらに体験した内容をより理解しやすいものにするには五感に訴えるべきだろう。例えば、視覚に訴えるような映像で見ることにより体験した内容が文章でうまく伝わらなくても、その体験をよりイメージしやすいものになる。次に共感や感情移入できるような文章を作ることで読み手が最後まで読んでくれるだろう。そのためには体験談をストーリー仕立てにしてやることで、感情移入しやすくする。しかしながら、どんなに素晴らしい文章や映像を作ったところで、それを見てもらえなければ、意味はないだろう。だからこそ、それを多くの人に見てもらうためには、どういったWebコンテンツを利用するかということが重要だ。そこで、この条件に満たすWebコンテンツとしては、Twitterが例に挙げられるではないだろうか。なぜなら、このTwitterに書き込むことで不特定多数に見ることになる。また、自分の体験談を語ったうえで、他の人はどうだろうかと第三者に質問を投げかけることで、色々な体験談が書き込まれ、思いもしなかったような体験談が聞くことが出来たり、自分と同じ体験をしている人がいることが分かるので話が膨らむからだ。
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地震の体験を知る際、やはり自分と同じ境遇の体験を知りたいと思うでしょう。なので、地震の体験に当時の自分の状況を示すタグをつけ、条件によってタグ検索できるようにします。たとえば、年齢、地域、震度、時間帯、持病などを登録し、検索者が自分と似た状況の人の体験を調べられるようにします。
また、地震自体の被害だけでなく、地震後の原発関連の経験を伝えることも必要だと思います。まず、計画停電の対象にあった地域は実施時間によってはとても不便な生活を強いられました。この状況を伝えるために、計画停電の様子を地図上に表示することが有効だと思います。日時を指定して停電の地域を確認でき、ストリートビューのように停電の時の町の様子を見られるようにします。可能ならその時間の計画停電でどれくらいの節電ができたのかも表示します。
次に、緊急地震速報の記録から、地震速報によって知らされた震源地、地震速報が届いたときにいた場所、自分がいた場所の震度などを地図上に表示します。それによって、どういう場合に緊急地震速報が届くのか、速報を聞いてからの供え方を考えるきっかけとなると思います。
ここまであげた3つの案どれにも閲覧者がコメントできる機能を付けたいと思います。やはり、投稿者も閲覧者も他の人がどんな感想をもったのか気になると思うので。また、どれもパソコンだけでなく、スマートフォンや可能な限り携帯電話でも見られるようにします。
とにかく、できるだけ多くのいろいろな方に見てもらえるようにデザインすることが大事だと思います。
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 東日本大震災の経験を伝えるにあたり、私は自分も含めてこれからもこのような震災を多く経験するで可能性のある若い世代をターゲットにして、webコンテンツを作りたいと思う。そこで提案したいコンテンツは、無料で主に学生向けのスマートフォンアプリ(あるいはPCゲーム)を利用した、実際の震災の記録を元にしたシュミレーションゲームである。やはり若い世代はただビジュアル化して映像を見せるという形だけでは、興味を示しにくいのではないかと考え、このような形でのWebコンテンツがよりターゲットに合っているのではないかと思う。
 具体的な内容について触れると、これは東日本大震災を経験した者たちの様々な状況を、ストーリー仕立てに編集することで分かりやすく伝えるものである。プレイヤーは、地震や火災、津波といった実際に東日本大震災で起こった事例に直面し、いくつかの選択肢を与えられる。正解の選択肢を選んだ場合には、先のストーリーに進むことができるが、間違った選択肢を複数回選んだ場合にはゲームオーバーとなる仕掛けである。避難経路や食料の入手先などの情報収集も自分で行うように設定し、このゲームによりプレイヤーは、生死を分ける選択肢を選ぶことによって、緊急時にどのような対応をとればいいのかを養うことができると見込める。
 やはり、後から聞いたりマスメディアを通して見ただけでは、時が流れるにつれて、情報は不鮮明なものになっていくものである。だからこそ、実際にシビアでリアルな経験を、形のあるバーチャルな環境で体験できるということは、印象にも残り、自然災害に対する対処策を考えるきっかけになるのではないかと私は考える。だからこそ私は、このスマートフォンアプリを利用したシュミレーションゲームを提案する。
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 人々による、あるいは個人の経験を第三者に伝える際、最も大事であるのはその信頼性であることに間違いはない。それをいかにして分かりやすく伝えるかがキーポイントである。
 私の考えるWebコンテンツは、シミュレーションゲームのアプリだ。ゲームというと、経験(特に原爆や震災)について伝えるには場違いな言葉に聞こえるかもしれないが、アプリなら若者にとって、難しい単行本や歴史文書などよりも、手を出しやすいはずだ。さらに、一番の長所は自分自身が主人公になる点。経験者本人が主役となるより、少しでも自分自身の体験として感じられるはずだ。そしてその方が、記憶に残る可能性も高いはずである。
 これはシミュレーションなので、時系列に沿って説明できる。その中で、経験者本人による文書による説明や、画像、映像を分かりやすく編集し、組み込めば良い。可能であれば時々、選択肢を設ける。プレイヤーは自らが選んだ道により、未来が変わることが分かれば、淡々と進むストーリーに没頭するはずだ。未来が変わる、といったが、ここでの未来は現実ではない。例えば選択肢に「そのまま進む(実際の出来事はこっち)」「もしこの時点で避難していたら」「もし〜していたら」というような名前をつければ、実際の道は明確であるし、予備知識が増えて良いのではないか。ここで間違ってはいけないのは、ゲームでいうギブアップや隠し扉を設けることだ。どんなゲームにも大抵ギブアップはあるが、この”経験の体験”にそれはいらない。隠し扉も同様、真実から離れてしまうからだ。
 以上が私の考えるコンテンツの説明です。
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地震発生当時、津波の被害を直接経験したわけではないが、
それでも強い揺れと、電気、ガスなどのライフラインの供給が止まり、
不安の日々を経験した。
この経験を伝えるために、グーグルアースを用いて、
普通の夜間の衛星写真(光で日本列島がハッキリと認識できる写真)と、
3月11日18時~の関東地方や東北地方の電力供給状況を
照らし合わせた衛星写真を比較できるようにしたり、
3月の原発関連のニュース映像を見比べえて、
当時主流だった事故に関する見通しや、コメンテーター役として
番組に出演していた大学教授の意見の違いなどを
まとめた動画をyou tubeにアップする。
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私は、身近な人の震災に関する経験を伝えるWebコンテンツとして、映像を作りYou Tubeにアップするという手段を選びます。経験者本人を主人公とし、本人の証言、またその証言をもとにした再現ドラマを撮り、証言の合間にドラマを流すといった編集をして映像にする感じです。「経験者を主体とした再現ドラマ」という形をとることで、リアルタイムの映像を見るより、視聴者が感情移入しやすくなると思い、この手段を選びました。
 ドラマの内容は、表現をやや誇張し、悲惨さや大変さを見ている人により強く伝えられるようにします。要点を強く印象に残し、最後まで飽きさせないようにするための工夫でもあります。また、より多くの人に見てもらうために、若干の脚色を交えて編集することで、テンポよく分かりやすい映像に仕上げます。ゲームセンターCXでは時間軸の編集など、実際とは違う構図にすることで、当時を知らない私たちでも楽しめる映像となっていました。
 しかし、大衆向けにするために編集するからといって、目的は忘れないようにします。ナガサキアーカイブのTBS版の報道では、事実とは少し怪しい編集でしたが、「原爆の記憶を継承したい」ということは強く伝えられていました。今回のテーマでは、経験者の思いから逸れるような作りにはしないという注意が必要です。
 実際上手くいくかは分かりませんが、上記のような「映像」という手段が、震災の経験を伝えるWebコンテンツとしていいのではないかと思いました。
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私はアートコースの学生である。私は”全国の生活”と”被災地の生活”、この二つの生活を同時見られるような作品を作り、東日本大震災の日本を伝えていきたい。
私は震災当日、東京の高校にいた。各路線が止まった為、私の高校では学校に宿泊する生徒が多数いた。その中、私は親が車で迎えに来てくれたため家に帰ることになったが道路は非常に混雑していて、普段40分で着くはずの家に7時間かかって到着した。このように東京にも被害が出たため、東京に住む私たちは震災直後、自分たちの事で頭がいっぱいになっていた。そこで私たちは果して、「震災直後の被災地の人の生活を考えられていただろうか」という疑問にぶつかった。
そこで自分たちがどの用にあるべきだったか、また、今後災害が起こった時に被災地以外の地域の人は何をすべきで、被災地の人のために何を我慢しなければいけないのかということを考えられる機会を得るために、被災地の生活と私たちの生活を比べられるようなWebコンテンツをデザインしたい。ここでは、渡邊先生が紹介してくださったデジタルアーカイブ技術を利用したい。まず当時の各地の生活をビデオで撮影する。(当時の生活を再現するのは難しい場所では、代わりに写真を使用する。)そして時間軸を設定し、時間軸に沿って全国の生活が流れるように見れる、Webコンテンツを作る。またデジタルアーカイブにニコニコ動画のような気軽にコメントできる機能を増やせば、個々の気付きが共有物となることができる。これによって今後のシュミレーションがしやすくなるのではないだろうか。
これを用いて、世界に提供すれば震災による混乱が軽減されると私は考えている。震災後の日本は混乱がありながらも、世界から驚かれる程、人を思いやることができた。これは日本が誇るべきところであると思う。この震災を通して、日本だけでなく世界にも震災の時の自分の在り方をもう一度見直せれば良いな、と私は考えている。
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震災を伝えるにあたり、気を付けなければならないことは真実を正確に伝えることだと思う。さらには深刻なテーマとして取り扱わなければならない。伝える方法としてクイズ形式がいいかと思う。具体的には、アプリを使って一問一答で「今回の震災で緊急避難施設として埼玉のなんという施設が使われたか」など問題を出し、選択式で答えてもらうものだ。そして答えには詳しく解説と震災の写真をつける。クイズ形式ということで、普通の動画で伝えるよりも震災に対する関心を持ってもらえる。また動画では常に聞き手が受け身なので最後まで聞いてもらえない可能性があるのではないか。一方でクイズ形式では聞き手が能動的になったり受け身になったり、交互に立場が入れ替わるので聞き手としてはある意味面白く聞くことができる。さらに利点として、答えを間違うことにより改めて震災を学ぶことも可能である。つまりいかに視聴者に飽きさせず関心を持って聞いてもらえるかなのでクイズ形式は大変効果的と思われる。
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 私の父(インフラ系の職業に就く)が震災復興のために、宮城県に昨年4月から約10ヶ月単身赴任をしていたので私も夏休みを利用して女川町、気仙沼、石巻と被災地を見て回った。
 すでにその頃は震災から4ヶ月経過しようとしていたため、瓦礫やその他流された物品はほとんど撤去され各町はほぼ更地になっていたが、道路は深水し、未だ打ち上げられた船・車、倒壊したマンションや家などはそのままの状態だった。そしていたるところにハエがたかっており、異臭が漂っていた。
 特に状況がひどい石巻に言ったときそこに住む老人に声をかけられた。「お前はどこの人間だ?」私は東京からと答えた。そこで、老人は言った。「ボランティアのためなら帰れ。ここにボランティアにくる大学生なんてTシャツ一枚汚さず帰るからな。目的は出会いなんだよ。そんな偽善的な良心は喜ばしくも何ともない。」と。私は一日本人として、被災の現場を見ておかなければ、そしてそこからなにか自分にもできる事が見つかればと思いその地へ訪れた。しかし、このように私がなにかしようとおもっていた「親切」が「迷惑」を感じている人の実際の話を聞き胸が痛くなり涙が出そうになった。
 父も震災復興のためとはいえ、仕事(言葉を悪くすれば商売)のために被災地の人間と関わっているため時たま衝突する事があるとっていた。精神的に不安定になっているうえに実際問題ボランティアでくる学生にそのような人間がいることはたしかだからそう思うのは仕方がないよと父は私を慰めてくれたが この一連の出来事で自分の無力さに失望するとともになにをすればいいのかさえも分からなくなった。
 しかし、このような経験をし、震災の真実の「顔」が見えたのは実際に私がその地へ訪れたから分かった事だった。テレビや新聞そのたメディアを介しただけでは見えないものがみえたことなのだ。
 仙台市内に被災している人とも話す機会があったのだが、彼らは地震の経験を笑い話にしたり、そのころ七夕祭りで大変な盛り上がりをみせるくらい被災地の人々は力強く生きていた。(石巻の老人は私に話しかけながら旅行客用の公衆トイレの清掃をしていた)
 このように(講義でも聞いた通り)メディアというのは断片的且つ自己満足的でイメージの部分の情報しか入ってこない。そこにいる人の感情や実際の生活までは見えてこない。そこで講義にもあったtwitterの活用などでより多くの人の「つぶやき」としての声を集め、真実を割り出すことが必要である。

 
より早く、より広範囲をカバーした内容を伝えるために詳細まで分かるようなニュースを伝えることは難しい。そこで私はテレビに注目した。テレビ局そのものに地元の実情を伝える力をつけるといいのではないかと考える。
その力となるのは「地元」の力。
例えば、「地元」のテレビ局、ローカルテレビ。
ローカルと名前がついているだけあって1−12channelのどの局よりも地元に近く、そして地元の事をよく知っている地元の人々による地元への発信局である。その発信先を全国に替えると良いのではないか?

「地元」のテレビ局
★ホウドウフケン(48都道府県のローカル局に全国発信できる報道時間を与える)

「地元」の人々の声
最近すこしづつみられるようになったSNS的要素を含むテレビ番組。これをニュースにも取り入れる。
twitter連動・ニコ動テレビニュース・番組(smastation!!・携帯大喜利的な)
★報道のほんとう
(あらゆるところで見受けられるニュースに対する疑問や疑念を集め、調査し報道する。つまりやらせの摘発)
★social local
(事実のみを報道し、視聴者にそのニュースに関する事柄をQ&A方式で問いかけを行う・最終的にはその結果をまとめ、報道し直す。discussion要素をニュースにとりいれる。もしくはネット上で意見を収集し、それをまとめた物をニュースとして報道する)

一般人出演テレビニュース(ラジオのテレフォン的なものを)
★face to face(とくにskypeのようなテレビ電話を利用する)

このように実際の声を多く取り入れる手法をニュースなど固い番組にもからめることでよりリアリティを追求していくべきである。
(★はテレビ番組の名前)

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私はこの大学に推薦で合格したのでセンター試験が終わってから入学までの期間に一般入試の人よりも自由に使える時間が多かった。
そこでこの時間を有意義に使いたいと思い、1月下旬に被災地に復興支援ボランティアの一員として行った。
年末のテレビ番組では、
「東日本大震災から10ヵ月が経過しており被災地の復興もある程度進み、震災前の姿を取り戻しつつある」というような旨のニュースを報道していた。
だから、私はボランティアに行っても本当に役立つのだろうか?と思っていたのだけれども、実際に被災地に行ってみると地域によって多少の違いがあるのかもしれないがほとんどの地域ではそれほど復興は進んでいなかった。
ボランティアリーダーの方は
「時間の経過と共にボランティアに来る人の数が減ってきている。
人々の記憶から忘れ去られてしまう事が一番避けたい事態
である。
細く永くでいいからボランティアを続けていこう。」とおっしゃっていた。
私は報道されていた内容と被災地の実情との間に温度差を感じた。
そして今回の講義を受けて、本当にマスメディア=事実を伝える機関という関係が成立するのだろうか?ということにとても共感した。
マスメディアはいかに内容を分かりやすく編集して、視聴者にその番組を見てもらえるように努力している。
正確な情報を視聴者に提供した上で内容を理解しやすいように演出していく必要がある。
しかし今日のマスメディアの報道のあり方だと私達に誤解を与える可能性が少なからずあると私は思う。

そこで私は震災から1年以上が経過しているがまだまだ時間がかかるということをWebコンテンツを通して伝え、ボランティアの人数減少に歯止めをかけるためにGoogleストリートビューを使う。Googleストリートビューで震災後の被災地の様子を再現して、震災前のその地域と比べる事ができるようにする。
そのような手法をとることにより、航空写真のように上からやある一部分の地域の様子からでは分からない被災地全域の様子が私達の目線から理解できて、まるで自分がそこにいるかのように感じ取ることができる。そして、いかに東日本大震災が甚大な被害をもたらしたかをより理解してもらえる思う。
また、そのWebコンテンツ上には様々なボランティア団体のリンク集を貼り付けたり、
活動内容やボランティアをしている写真を載せたりしてボランティアという活動に興味をもってもらえるようなデザインにしたい。
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 今回の講義では、デジタルメディアを通して伝えられる情報の確実性について学んだ。実際に先生が経験された例のように、正しい情報が順序を追って説明されると、当事者にとって本当に伝えたいこととは違った形で人々に届いてしまう。東日本大震災に関する一連の報道の中にも、こういった被災者とメディアの向こう側の人々との間の誤解は少なからずあったのだろう。 
 私が実際にメディアを通して見た被災地の様子はすべて事実だが、それらは情報をデザインしている記者や編集者の伝えたいごく一部の情報であって、被災者が伝えたいことはもっと別にあるのかもしれない。大津波に建物が飲み込まれていく映像だけで東日本大震災をくくってはいけないと思う。
 以上のことを踏まえて、私が東日本大震災の経験をwebコンテンツで伝えるとしたら、一人だけの感想や意見ではなく複数の人々の話を映像または音声で伝えたい。個人の体験も貴重だが、それはごく一面的な情報でしかなく、全体像を見出すにはとても足りないはずだ。これは情報を受け取る側へ正確に経験を伝えるために必要なことだろう。具体的な手段は選ばないが、文章のみ、映像のみではなくできるだけ五感を使うような媒体がふさわしいと思う。震災を全く知らない人々に極力自分たちの”事実”を伝えられることが望ましい。
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私は東日本大震災に関する経験はアプリとして表現する。単純な文章や映像だけでは聞き手の興味は得られない。また、前回の講義でやっていたニコニコ動画やYouTubeのようにおもしろおかしく伝えることも不謹慎である。だから、ゲーム感覚で選択式のストーリーのようにして、聞き手の興味を引き、飽きさせないような工夫が必要だと思う。
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私が東日本大震災の経験を伝えるとしたら、twitterを利用します。まずTwitterで東日本大震災用のアカウントを作り、自分が経験したことを次々に書き込んでいきます。そして自分の家族や友人で協力してくれる人を探し、彼らにもアカウントを作ってもらい相互にフォローすることで、自分だけでなく身の回りの人々の経験も見られるようになります。自分が身の回りの人の経験を代弁するのと本人が綴るのとでは必ずズレが生じると思うので、Twitterという手段は手軽に書き込めるという点で有効だと思います。また、Twitterの利点として若者の利用者が多いことも挙げられます。震災の被害をほとんど受けなかった若い人は、あまり震災のことを重く受け止めていないような人もいるかもしれません。そういった人々にTwitterを通して震災での経験を知ってもらうことは大きなことだと思います。さらに、Twitterの最大の利点はフォロワーが増えていくにつれて多くの利用者に見てもらえるということです。最初は数人規模でもフォロワーが増えれば次第に大きな影響力を持つようになると思います。また、日にちが古くなってしまう前に定期的にWebサイトに内容のまとめを残していくのも1つ有効だと思います。
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News23などの番組を見てやはり感じたのは、長崎・広島アーカイブに出てきた被災者を悲劇の主人公として取り上げている、ということだった。
アーカイブを制作した方からすれば、もともと自分たちの企画で「長崎・広島アーカイブ」を作成したのであって、被災者を悲劇の象徴として祀り上げることは少しも考えていなかっただろうし、怒りを覚えるのも当然だと思う。
しかし、いいか悪いかは別として、被害をうけた側を主体に置くというのは見る方聴く方からすれば、感情移入しやすいし、同情もしやすい。
テレビ局からすれば、視聴者の同情を少しでも勝ち取るために被災者を主体に置いたのだと思う。
ゆえに自分は、今回の震災を誰かに伝えようとするとき、被災者のその時の経験談や、失った家族の話などをまとめ、ウェブに投稿しようと思う。
ちなみに全部文章で書き、被災者の画像も動画も載せない。
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前提 映像(ニコニコ動画)

編集の際に加えること
①初めの30秒ほどにインパクトのある言葉、写真、動画を乗せる
例)津波が引き起こした惨事の様子
理由:一瞬で興味のあるもの、ないものが判断されるからこそファーストインプレッションが必要だから

②問題提起を投げかける
例)なぜそもそもこれほどの被害がおこったのか?
理由:視聴者は受けてであり、頭が働かない。そこに当時sぢゃい式を持たせるために、問題提起を入れる

③読み手とコンタクトをとれるようにする(双方向化)
理由:読み手と接点をつくることで、客観性が生まれる。そして情報が拡散する

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まず当時の心境の推移を偽りなく伝えたいので時系列にそって正しく伝えることとする。そのために映像に当時の心境を解説する文章を添えて進めていく。
手段はスマートフォンのアプリにする。
当時の環境と自身を簡易化した人形を中心として映像を進めていく。人形を用いるのは自身を顔などを正確に再現しリアルに伝えようとするときに、ぎこちない動き、表情によるコメディ要素が生まれるのを避けるためである。時系列に沿った実際の行動を人形がとる。その際にスマートフォンのタッチ機能を利用し、人形を中心として全方位を観察できるようにする。どの時に一体どういったものがどういう動きをしていたのかを伝えられるようにしたい。よってシークバーを設け、ムービー中に何回も巻き戻しが可能にする。
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僕は、第2回・第3回の講義を聞いて、情報を発信する際に一番大事なことは、いかに大勢の人に分かりやすくその事実を知ってもらうかだと思いました。
僕はフィギュアスケートが大好きで、まぁ多分フィギュアスケートヲタクだと思います。それでYouTubeの動画やインターネット上の気になる情報を細かく見たりしています。しかし、テレビでやっているフィギュアスケートの選手のドキュメンタリーなどを見ると、「ほんとにこれだけか?」「それ大事か?」など疑問に思うことがありました。僕がフィギュアスケートヲタクだから疑問に思うだけで、普通にフィギュアスケートを見る人なら多分「はぁなるほど」となると思います。講義中、先生もおっしゃっていたように時間を使えば詳しく一から説明できます。しかし、時間がかかり途中で飽きがくるのでテレビ局は情報を簡単に分かりやすくなるように編集するんだと思います。
このように、僕が東日本大震災に関する経験をwebコンテンツで伝えるとき、大勢の人にわかりやすく伝えることを意識します。例えばチェーンメールみたいにメールにわかりやすく書いた体験談や実際に自分が書いたとわかる証拠となる画像(自分の顔写真と時計)などを貼って発信して、そのメールの上からまた違う人に体験談を同じ要領で書いてもらったりするコンテンツを作って回して行くと、自分の情報だけでなくさまざまな人の情報が加わって、大勢の人に伝わるんではないかと思います。
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 東日本大震災についてのニュースや番組は今までに数多く紹介されてきたことと思う。ところが、今までそうした様子を見てきて、私が感じたことがいくつかある。第一に、映像が大変生々しいということ。もう一つは、あの日の震災から一年経った2012年3月11日のこと、ほぼすべてのテレビ局が、昼夜震災番組を放映していたこと。こうした映像を見て、少なくとも私は食事ものどを通らない思いをした。あの日の震災の映像を見ると気分が悪くなるのだ。こうした人は、なにも私だけではないと思う。実際に身の回りの人たちにも、こうした状況は多く見受けられた。
 こうしたことを踏まえ、私は「あの日」を伝えることに重点は置かず、「あの日」以降の様子についての情報を、多くの人に伝えることを提案したい。
 まず、その情報は、ボランティアの人の取材、被災地で復興に励んでいる人たちの取材をもとにする。次に、これをホームページに日付別、地域別などなるべく多種類の項目ごとで見れるように分類して掲載する。(シーズンによって特集ページを作るのも良い)そして、ホームページのトップには、現地の人のコメントと笑顔(この笑顔というのが重要)の写真を毎日更新して載せる。なぜ笑顔かというと、単にそれは笑顔を見ることで元気が出るからだ。苦痛にゆがんだ顔や泣き顔を見ても、たとえ復興に励む気持ちになっても、元気は出ない。明るくふるまうことで、気持ちも明るくなると私は考えている。
 次に、このホームページを多くの人に見てもらえるように宣伝をする。CM製作に関して私は知識もなくよく分からないが、多くの人が目にするであろうCMでホームページの宣伝をするのが良いと思う。できるだけCMの内容は簡潔にし、多くを語らないようにする。ただ興味を引いてもらえるような、インパクトあるCMにして「続きはWEBで!」という、おきまりのキャッチフレーズで締めくくる。こうすることで多くの人がそのホームページを閲覧するようになると思う。
 何も震災があった日のことを伝えることがすべてではないと、私は考えている。こうして、震災に関する明るい情報をみんなで共有し、お互いに鼓舞しながら復興に励めれば良いと私は考えている。
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ウェブサイトを作ります。

地震発生前の画像と地震発生後の画像を張ります。
また日記のように何月何日どういうことをしたというものを1ヶ月分ほど書きます。
被災地でない場所での活動を調べ被災地から離れた自分の故郷の人々にインタビューしまた主な被災地の人々にもインタビューをし考え方の違いについてまとめます。

映像や画像に関しては実際に撮ったものを集めます

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自分は茨城出身で東北の方より被害は大きくないですが電気は4,5日止まり、水道も一週間以上止まりました。日が沈むとともに家の中も暗くなっていき、とても恐怖を感じました。夜が来るのがとてもこわかったです。電気がとまればいつも情報源にしていたテレビは使えず、ラジオのみがたよりだったが映像による情報は1,2日後にきた新聞を見る間でゼロでした。新聞を見たとき目から涙が止まりませんでした。火の海になった気仙沼の写真。一生忘れられません。親戚は、漁師をしていますが船は転覆し、家も住めない状況になり取り壊しました。テレビなどでは大きなことを伝えることが精一杯で、多くの人が知らないとこにもあの時、恐怖を感じていた人が多くいると思います。あの時とられたビデオや写真などを提供してもらい(地震の傷だけでなくその後の人々の行動(ガソリンスタンドの異常なほどの列など))、第一回目の講義で知ったアーカイブをつかい、グーグルアースにマッピングすればメディアで取り上げられていない場所でもこんなことが起こっていたのかと多くの人につたえられ、被災地域の広さを再確認できると思います。そして地震の恐ろしさを被災しなかった人々に伝えられると思います。あと、今でも復興作業はつづいているがそのことはどんどん影が薄くなっているように思えるので、災害から復興までの過程の写真をグーグルアースに載せれば、どんどん各地で復興作業進んで行っていることもわかり、まだ復興できていないとこもわかり、復興支援がしやすくなると思します。まだまだ、苦しんでいる人々がいることを忘れてはいけないとおもいます。
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メディアは事実を伝えるものだという認識がある。しかし、先生の話のように、‘演出’が加わることにより、事実と異なった印象をもつこともある。だが、演出が少し加わるだけで、人を惹きつける力が増すこともまた事実である。
ゲームセンターCXでは有野を、ニュースでは被爆者の方を主人公にすることで、感情移入の対象をつくっている。そのほうが、単調に事実を羅列するよりも、人の心に入っていきやすいからだろう。
また、シーシェパードという過激な反捕鯨団体へ風刺にドラゴンボールのキャラクターを利用したのは、ドラゴンボールが日本だけでなく海外でも通用するからであると思う。
自身の伝えたいことを、あらゆる考えを持つ不特定多数に伝えるためには、万人に通用する何かが必要であると思う。
そこで、私が東日本大震災に関する「あなた自身、あるいは身の回りの人々の経験」を”Webコンテンツ”で伝えるとき、ひとつウェブサイトを作る。そのサイトの中に、様々な人が投稿できる掲示板、震災に関する映像、現状の報告などを載せていきたいと思う。マスメディアでは伝えきれない、リアルタイムの情報を伝えることが、今は必要であると考える。映像や写真を加え、「○○県○○市の○○○さん」というような見出しをつけたページに、その人に起きた、起きていることを事実に忠実にしたうえで、物語風にした話を載せ、さらにその人と会話もできるようにブログ形式のような掲示板をつける。サイト内に検索エンジンをつけ、地域や団体のキーワードで各ページを検索できるようにもする。
しかし、これだけでは普通の震災に関するサイトとなんら変わらない。ウェブの強みは様々な人が閲覧できるという点だが、検索しなければヒットしないという弱点もあると思う。震災のことを調べよう、知りたい、という人が検索した時にしか、このサイトは目に留まらないということだ。そこで、yahooなどのトップページに出ている広告のように、そこにいつでもアクセスできるようなリンクの広告をつけるのだ。そうすることで、不特定多数の目に触れさせることが可能になると考える。
震災から1年以上経つ今、震災への関心も薄れ、テレビでも取り上げる頻度が減っているように思う。どの程度復興しているのか、何に困っているのか、現地の人の声を聞かねば、実際のところはわからない。しかし大多数の人が、知りたい気もするが、自ら調べようとはなかなか思わないのではないか、と思った。より多くの人に現状を知ってもらい、関心を集めるには、受動的に知れるすべが必要だと私は考える。
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私が普段使うwebコンテンツとして一番身近なものはtwitterやface bookなどのソーシャルネットワークの類であると考えています。 これらのコンテンツではあまり多くの文字数を使った表現をしにくいことからインパクトのある写真とそれを説明する簡潔な文章で身の回りの状況を表現します。
例えば、私自身、震災の当日は家にいて家具など倒れてしまった写真や、家族が帰宅難民となり歩いて帰ってくる時の混雑した道の写真などをソーシャルネットワークに載せ100字前後の文章を表現します。
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私は、「人の視点」からの映像をデザインしたいです。
その人が見て経験したそのままの景色を現地取材もしくはCGで作り出したいです。

東日本大震災からすでに約1年2ヶ月たってしまいました。言い方は悪いですが、今現在被災した方以外の人は3月11日より被災地への感情がおさまってしまっていると思います。
募金や被災地支援の商品販売などはまだ続いていますが、被災した人の助けをしたい!という強い気持ちは、無くなってきてしまったのではないかと思います。全国民に言えることではないと思いますが、全く言えないことでもないと思います。
それは時間の経過というのもあると思いますが、伝え方の問題もあると思います。
私はインターネットでニュースなどを見ないので、インターネット上ではどう流れているのかはわかりませんが、TV上だけでいえば、被災した方の話、今の町の状態、今頑張っていること・・・。
内容はすべて違えど同じような流れを繰り返しています。それでは、見る側を見たいと思わせることは難しいと思います。現に私もその1人です。見たいと思わないということは、興味関心を失っていくということです。
被災地の方がつらい実体験を勇気を振り絞って話をしてくれたからには、その勇気に全力で応えなければならないと思います。それには、今の流れでは不十分だと考えます。

私が適切だと思う伝え方は、「その人の視点」です。
どこに居て、何をしていて、どのような行動をとって、どう逃げ延びたか。これらを「その人が見た視点」で再現したいです。そして、今現在その人がどのような生活をしているのか、という視点もいれます。
この方法が良いと思う理由に、まるで見ている側が体験しているかのように感じれる点、パッと見るだけで興味を惹かれる点が挙げられます。今まではただの傍観者であったとしても、例えば同じ18歳の女の子が津波から逃げる視点を見ることがあれば、一気に自分自身がこの場に居た場合どうだったか、本当に体験したこの人はどうだったか、と考えていくことができると思います。
ただ話を流すだけよりよほどのめり込み、集中し、他人事とは思わなくなると思います。
実体験をした方の話を聞き、見ることは、自身が災害に巻き込まれたときどう行動すべきかに直結することだと思うので、なくてはならないことです。
今現在の決まった放送の形を変えることは、必要だと思います。

私がこの大震災を伝えるときになくてはならないと思うことは、どれだけ自分自身のことのように感じられるか、他人の経験の活かし方を考えられるか、です。
そのために「その人の視点」から東日本大震災を「見る」ということが、必要だと思います。

私は被災していないのでこの「その人の視点」という伝え方があってもいいと提案できますが、被災した方の心境を考えるとまだまだできることではないと思います。
何十年とかかる経験の伝え方として、この方法を挙げます。
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わたしは東日本大震災のことを"webコンテンツ"で伝えるとしたら、文章をただのせるだけではまったくインパクトがなく、見ている人に自分の意見、考えを伝えられないと考えます。だからわたしなら、東日本大震災に関するさまざまな写真、例えば震災による津波によって破壊された家、避難所で生活している人々の姿、福島原子力発電所の破壊されたようすの写真などをスライドショーを利用してゆっくり流し、それを背景にしてそも上から文章をスクロールで流します。
また写真似合うような音楽を流せばより強く自分の意見、考えを伝えることができると考えます。
それをYouTubeにUPすればより多くの人に見てもらえると考えます。
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東日本大震災でうけた経験を伝えようとするとき、その最も重要な意義のひとつは、次に起こりうる大地震、津波に対して被害を受けた経験を生かし、行動できるようにすることだと思う。自分や、身の回りの人々で直接津波や地震によって大きな被害を受けた人は東日本大震災ではいなかったけれども、もし首都圏で大きな地震が起きたときのために、今回自分達はどのように行動し、どこが悪くて、どこがよかったのか、次はどのように行動していかなければならないのか、などをきちんと伝えようとしなければならないと思う。
例えば、今回の震災時自分は家にいた。強い揺れが来たとき、自分は慌ててしまいどうしていいかもわからず、ただ家をうろうろしてしまった。
学校でも散々地震がきたらどうすればいいか教えられていたにもかかわらず、いざ地震がきたら何も出来なかった。 震度6クラスの地震は経験したことがなかったし、大地震に対して何の心構えもできていなかったからだと思う。
自分の震災経験は非常に乏しいものだと思うけれど、 電車に乗っていた人、駅にいた人、外を歩いていた人、 学校にいた人、それぞれの経験を集めて震災当時交通網はどうなったのか、避難場所はどこにあったのか、どこに逃げるべきなのか、などを伝えてもらいそれに写真や地図などを合わせて地域ごとにまとめてwebに載せ、もし震災にあったとき、まずは安全な場所を探しつつ、webで自分はこの場所でどのように行動すればよいのかをいち早く知ることが出来ればひとつの助けになるのではないか思う。
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始めにどのような情報であれ、自分の知っている事実というものはいかなるメディアを使っても正確無比には伝えられない。これは事実を何かを通じて伝えようとするとそこにはどうやっても伝えきれないものもあるし、また言葉を介してではその時点でどこか事実とは違ったことを言っているからである。これはたとえ2ちゃんねるでも在京キー局のニュース番組でも同じことだ。講義のなかで先生が長崎放送とTBSの番組を例に挙げて述べていたが、事実だけを伝えることは困難なのだ。これを踏まえて、自分自身、もしくは身の回りの人の経験をWebコンテンツで伝えようとすることを考える。

まず、「自分自身、あるいは身の回りの人々の経験」というものをWebコンテンツで伝えられることにどんなメリットがあるのかを考える。そのメリットとは、テレビや新聞などのメディアとは違い、見たい人がWebサイトなどにやってきて自主的に見ることができる点だと考える。テレビなどは自分が知りたい情報を知りたいだけ見るということができない。それに対してWebコンテンツというのは自分が知りたい時にサーチエンジンなどを使い検索し、訪れ、そして勝手に情報を得ていくというものである。よってテレビ等での受け手側に興味を持たせる方法とWebコンテンツでの興味の持たせる方法は違うものになる。興味がない人に興味を持たせるのではなく、もともと興味がある人に対してさらにそこから一歩進んだ関心を持たせることに重点をおく必要がある。
よって、私はまず経験というものを簡単にまとめた動画やFlashをページのトップに置く。その際には少し関心の持ちやすいように解釈を加える必要がある。最初の掴みをきちんと行うことにより、興味を持った人をまずは離さないようにすることが重要であると考えるからだ。自分が経験した震災のときの経験(特に最も関心を持たせられそうな被害や揺れについて)がどのようなものであったか、そして震災後にどのようなことがあったかを簡略化、かつ関心を持たせられるような解釈(少しいやらしいことであるが話を盛るなどをする)してFlashなどを使ってまず訪問者に対して見せることをする。そうして次のステップへと進んでもらう。
次のステップへと進んでもらったら、あとは自分の経験を系統立てて、それを分けてより詳しく情報を載せる。ここまで進んでくれたならば、少し話が長くなろうとも最後まで読んでくれる確率は高いので詳細を述べていっても大丈夫であろうと考えるからだ。しかし、それでもまだ全てを載せるわけではない。ハイパーリンクというWebならではの機能を存分に使い、サイトを横断できるようなデザインを施す。そして全ての情報を見せていく。なるべく関心を持ち続けてもらえるように、あえて情報をみてもすっきりしないような文章などにすることによって全てのページを回ってもらえるようにする。これらを行うことによって訪問者に自分の経験を知ってもらうのだ。
最初に述べたとおり、事実だけを伝えることは不可能だ。しかし、事実の中で知ってもらいたいことをピックアップして知ってもらうことはできる。どのような情報が絶対に知ってもらいたいのかを決めて、それを中心に情報を整理して載せていけば、完全に納得はできなくとも、合格点レベルの納得はできる。それさえできれば、きちんとした情報伝達であると私は考える。しかし、合格点レベルの納得とはいえより納得できることには越したことがなく、それができるのがWebコンテンツの強みであるのではないのだろうか。
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講義において、AERAの「放射能が来る」という表紙についてのTogetterまとめを参照すると震災直後、一年経過した後では、「放射能」に対する世論、イメージが変わっているということがわかり興味深いなと思いました。これは、政府の公開する情報の変化によるところが大きいと思います。私自身の考えも大きく変わりました。この私の経験はほかの人もまたしているのではないかと思います。Twitterというのはその時の自身の意見を簡単に述べることのできるツールであり、震災に関することもたくさんの意見が投稿されています。この投稿された意見の中で、震災直後と一年後というのを単純に並べるというだけでも面白いですが、講義で放映された捕鯨をテーマにしたMADのように、親しみのあるキャラクターに代弁させ、意見の変化の原因となる事柄を含ませ、物語形式の映像にしようと考えます。
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東日本大震災が起きた際、静岡県民の私は、東海大地震が起こったときの避難について改めて考えた。
その時に頭の中でシミュレーションした事をスマートフォンアプリで再現して、体験型シミュレーションゲームのようにしたいと思う。
海に近い自分の地域を忠実に再現して、(ストリートビューのように)津波が来る数分間でなにを持ってどの経路で避難場所まで行けばいいのかを、瞬時に判断する力を試すモノに出来たら、実際の地震の時に役に立つと思う。
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やはり、Google Earthが有効だと私は考える。今回の東日本大震災は東北、関東地方では地震や津波の被害が大きく該当する地域の方々は震災の重大さを体感しているが、関西圏の人間は今回の地震の揺れすら感じていなかった人が大半である。これは、阪神淡路大震災でも同じ事が言えるが、日本に住んでいても、日本で起きたことに関する捉え方や重要性の置き方がずいぶん異なっていると思う。そこで、Google Earthを用いて、日本に住む人の震災に対する体験を出来るだけ同じものにしていくということことを考えた。
方法としては、2011年3月11日の日本全国の映像(You Tubeを用いる)、地震があった当時の意見、体験、何をしていたか、などを時間の軸に沿ってマッピングしていく。マッピングするのは、被害の大きかった関東、東北地方だけでなく、被害のほとんど無い関西圏でも同じようにする。
すると、被害のなかった地域ではどのように感じていたのか、テレビなどで津波や地震の被害を知ってどう思ったのか、また逆に被害にあった人々は震災から落ち着くまでの期間どの様に思い、生活してきたのか。
ポイントは時間軸を作るというところにある。ただある資料をマッピングするのではなく、桜マッピングのように時間の経過に沿って各地方の状況をマッピングしていく。
このようにして、東日本大震災が起こったとき、自分の知らない日本ではなにが起こっていたのかが共有できると、これから長期戦になる復興への取り組みを日本全土でバックアップすることが可能になると思うし、また起こりうる自然災害の対策も我関せずの日本人がいなくなると私は考える。
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大地震が起こったのは平日の日中、1日で最も活動的な時間帯だった。ほとんどの家族が離れ離れであったにも関わらず、東京では交通機関が麻痺し、携帯は繋がらず、その日のうちに帰宅できない者がたくさんいた。私の父は中目黒から狛江まで数時間かけて徒歩で帰宅し、友達は近くにあった高校で一晩お世話になったらしい。

生まれてこの方東京を離れて暮らしたことのない私は、東京人としての視点からでしか震災を語れない。私の周りにいる人も、ほとんどが生粋の(あるいはそれに近い)東京人だ。
そこで私は、『東京23区に活動の拠点をかまえる人々が震災当日どのように帰路についたか、またはどこで一日を過ごしたか』に注目してgoogleマップのような地図コンテンツを有効に活用できればいいと思った。

まず俯瞰図では個人がその日たどった道程を分かりやすく一本線で表す。そうすると地図上に膨大な量の情報が散漫することになるので、自分の住んでいる地域や通勤・通学地の他さらに年代・性別など、自分(身内)に近い条件にあった個人を絞り込めるシステムがあればなお良い。
個人を特定したら、その人の目線から望める風景を見たい。徒歩で帰宅した人だとすれば、彼の帰路で目に付いた店舗の情報は確認できるようにしておきたい。物資が豊富であるのは東京の最大の特徴であるものの、災害が起きた際の食料・衣類・生活用品等の供給は、都心部ほど混乱する。必要な物は自分で調達しなければいけない場面も想定できる。
さらに言えば、震災直後の東京で必要性を痛感したのは学校・ホテル等の公共or宿泊施設だ。ほとんどの施設が帰宅困難者に無償で寝場所を貸してくれるのだろうから、活動範囲内にもしものとき頼れる場所があるかもしれない。
個人が語る「怖かった体験」や「何が手に入らなくて困ったか」「どういう知恵が役立ったか」「周りの人々とどう励ましあったか」などの話にも興味がある。
いずれもアイコンをクリックしたら簡単に情報が閲覧できるようにしたい。

人の移動が激しい東京においては自分と縁の深い人がいつも側にいるとは限らず、己の情報量や地理感覚が頼みの綱となっていく。一方で、先のような状況ではたとえ見知らぬ人とでも不安を共有したり、互いに協力しなければならない。

昨年の大震災以降、東京及び関東での直下地震の可能性が示唆されている。人口も建物も最大規模のこの地で大地震が起こったとしたら、歴史的甚大な被害が日本全体を襲うことが予想できる。

災害に対する意識や危機感を首都に生きる人間に喚起できるwebコンテンツがあるとしたら、今の時代にふさわしい有意義な存在になりうると、私は思う。
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  私はスマートフォンアプリとして、『地震脱出ゲーム』というのを作ろうと思います。
 ゲームの始まりとして、主人公がこれから起きる東京大地震の予知夢を見てしまう設定にします。
 ある日青年は東日本大震災のニュースを見て、あまり気に留めず布団に入ってしまいます。その後、青年は東京で起きる大震災の夢を見ます。
 この予知夢の設定は、スマフォに搭載されているGPS機能をもとにして、ゲームをやっている人の都道府県をすべて震源地とした被害予想にします。そのため地震に対する恐怖が増しゲームに臨場感を与えます。
 
そしてここからが試練です。このゲームには二つの試練を課します。
 まず一つ目は、特定人数に避難の指示を仰ぐことです。
 このとき、まず東日本大震災で助かった人の体験談をニュースで流します。これはもちろんキャラクターです。そこに助かるためのヒント(赤字)をいくつか組み込みます。これは記憶力が勝負になります。そして、特定人数との会話が始まります。まず、信用度を得なければなりません。そのため、ニュースで被害者が話していた風景が会話のなかで選択できるようにします。そして何個かの質問に正しく答えた場合に信頼度が100になりそのとき初めて避難指示が出せるのです。この試練には制限時間を用います。
 この一つの試練の役割は、本当に助かる確率のある知識や、どんな被害になるかなど、焦燥感を味わってもらうためです。

 二つ目は避難指示を主人公に直接だし助かるまでHPを残しそれに加え、避難ルートを時間内にクリアすることです。
 このとき、いろいろな場面が選べ、その場のものでどうやって身を守るかが試されます。被害者の話のヒントを参考にして、また自分で考えて行動させ、そのときの傷の負い方で避難場所に着かなければいけない時間が決まり、たどり着かない場合にはタイムオーバーとなり、街が焼け、津波にのまれ、ゲームオーバーとなります。
 避難ルートは、Google Earthを使い避難設定されている場所に徒歩で行ける場所を選び、類似した環境を道に設定し、実際に歩いているようにします。この試練の目的は、自己判断力を養うためと、避難ルートを覚えてもらうためです。

 私は、地震が本当に怖いです。地震なんかで死にたくないです。だから、私は日常的で誰にでも使えるゲームとして地震の恐さ、対策、避難ルートを学べたらいいなと考えました。実際対策や避難ルートを報道していても、興味をそそられません。ただ単に、正確な地図で道を示されたって頭に入ってこないです。だから疑似体験としてゲームを用いました。そしてゲームだからこそ、そこまでリアルに描かなくていいという利点があります。あまりにもリアルだと恐怖ばかりが勝って重要なことが頭に入りません。そのため、被害者はキャラクターですし、映像も少し嘘を入れます。しかし、これが利点となりゲームを楽しめ、学ぶことができるのです。
 
 嘘は嘘でも嘘のままでいい真実というのはあるのです。それが一番うまく表せているのがゲームだと思います。伝えることは伝えるが、ある程度の共感、恐怖、理解、知識が、東日本大震災をもとにしたこのゲームで得られるのではないかと考えています。
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私は出身が青森県県南なので、東日本大震災はとても衝撃的な出来事だった。しかし私の知り合いや家族に被害がなかったこともあり一年が過ぎた今東日本大震災を遠い歴史上の出来事のように感じてしまっている。なぜなら、大震災を大変な出来事として後世に伝えようとする感情を喚起されるようなことがないからではないか。
「震災から一年」などと銘うってTVなどで特集が組まれていたりしたが、私は事実に脚色を加えたストーリー仕立ての報道がどうしても好きになれないし、情報がまったく頭に入ってこない。私と同じような感性を持っている人は多いのではないかと思う。

なので、私が「東日本大震災に関する自分の体験や身の回りの人々の経験をwebコンテンツで伝える」ならばできる限りその人たちが見た景色や感じたように伝えられるようなコンテンツを作りたいと思う。
私や私の家族、友人たちの多くは軽度の被災者であるし、友人の中には親戚が亡くなった人などもいる。その「それぞれの視点からの地震の実際」が伝わるようにデザインしたいと考える。
例えば、その人の立場を明記し(被災したが大きなけがや被害がなかった、車が流された、親戚が亡くなった、など)その人が震災に関して持っていることをできるだけ多く記載する。というような形をとりたい。
もし証言者がそのとき信じていた噂話などで、のちにデマだと分かったようなものでもそれがそのときの証言者が見ていた現実なのでできる限り証言内容には編集を加えず記載する。
そのうえで、証言内容の共通点や相違点なども挙げる。


というような、
【色々な立場や角度から「それぞれから見た東日本大震災の実際」を重ね合わせていくことで、より多くの人が実相を目にすることができるようなwebコンテンツ】をデザインしたいと考える。
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東日本大震災に関して伝える際、私はやはりYouTubeなどのような動画サイトを利用すると良いと考えた。
授業で見たようにゲームセンターCX、TBSのニュース番組では主役がおり、ストーリー仕立てになっていたためとても感情移入しやすかった。
ここから、実際に東日本大震災の被害を受けた方々にお話を聞き、その話をもとに人気の俳優を用いてドラマをつくり動画サイトにアップすれば多くの人々の目にとまるであろうと思う。また、そのドラマはただ地震が起きたところのシーンだけの短いものではなく、その人の生涯からドラマにすると良いと思う。また主役をかえて何本か作るべきである。最後には実際に話を聞いた人の生の声も収録できるとよりよくなると思った。
ドラマを作る際、震災を経験した様々な世代、性別の方に話を聞いて、いくつかの異なる主役をたてることが大事である。自分と同じ世代、性別の方の体験をドラマを通して見れば、自分と重ね合わせることができるため、より鮮明に自分たちの記憶に残すことができると思う。また、違う世代、性別の人が主役のドラマを見ることで、この時この方はこういうことで困ったり大変だったりする、ということが分かり、助け合いの精神が生まれると思う。
このようにドラマ仕立てにすることは事実と異なることを放送してしまうことがあるかもしれないが、私は伝えたいと思っている主題が分かりやすくなり、そして鮮明に人の心に残るのであればこのような情報発信の方法は受け取る側としてはとても良いものであると思った。
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google+やTwitterで被災地で撮影した動画をアップする。被災された人々の今の気持ちや体験談を聞き、被災者の顔写真で虹色の輪を作ってその画像をみんなで共有してもらう。
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東日本大震災後の福島第一原発事故による電力不足のため、都市で電車が運休したことによって、友人が帰宅困難になった経験について伝えたいと私は考える。伝達方法としては、インターネット上に、帰宅難民を主人公とし、帰宅をゴールとしたゲームを設置し、そのゲームに参加することでゲーム感覚で帰宅困難の大変さを多くの人に伝えたいと私は考える。また、そのゲーム参加後、ゲーム利用者に帰宅難民への対処法に関するアンケートを行い、その結果、新しい対処方法が生まれる良い機会にもなると私は考える。



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東日本大震災によって家や家族、友達を失ってしまったしまった。そういう人たちはたくさんいると思う。だが私の身の回りでは、パンやトイレットペーパーが品切れである、学校が休校になった、断水して銭湯じゃないと入浴できない、など、当時は大変であっても今では気に掛けなくなってしまったことばかりである。
その原因は、ニュース等の情報の発信源が原発や津波のことばかりを取り上げていたからだと思う。もちろん、命の危機に関係するもののを重視するのは当たり前だ。しかし、上記に挙げた体験も、震災によっておこった現象である。このように、同じ日本国内であっても被災地とそれ以外の地域を明確に分けすぎたため、原発の問題はまだ続いているにもかかわらず、人々の関心が薄れてきているのだと思う。
そこで私は、身近なことも重要なことも同等に紹介すれば、自分の経験と同様に震災直後の原発への危機感を思い出してもらえるのではないかと思った。
 まず、すべての事柄について時間を追ってスライドショーで日記のように紹介する。日記みたく淡々と提示したほうが、物事の重さの差がなくなると思ったためだ。次に、スライドショーの写真一枚一枚を閲覧できるページを作り、その写真ごとに新たなページを用意しておく(写真をクリックすると各々のページへ行けるようにリンクをつける)。そして、その写真に対して、だれでもコメントできるようにする。関連した写真等もアップできるようにする。初回の講義で登場した「桜マッピング」の「個人個人のちょっとした貢献で、大きな共同作業を形成できる」ことを参考にしている。
 このように、参加することによって共感を得たり一体感を感じれれば、同等に紹介された原発などについても、もっと身近なこととして考えていけると思う。
 
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 私は地震発生の瞬間学校にいて、すぐには帰れず安全確認をしてから、学校に一番近い大きな駅まで集団下校する事になった。当然道路を歩いて駅へ向かったのだが、そのときに最も印象的だったのが先頭を歩く先生が道が分からなくなり近くの人に道を聞く、という事が何度もあったという事だ。学校の先生なら周辺の土地について熟知してると思っていたが実は違ったのだ。結局予定よりも大幅に遅れて駅に到着した。また、駅に着いてからは解散という事だったので、私は家に電話をして待ち合わせ場所を決め、そこで待機していた。しかし道路が異常に混んでおりなかなか親の車が来ない。私と同じような行動をとった人が大勢いたのだろう。待ち合わせ場所が幹線道路沿いの駅だったので大渋滞に巻き込まれたのだ。結局、電話をしてから実に5時間(普段なら15分弱)も経過してから帰宅した。この経験も私の中では印象的だった。ここで私はこの大震災の経験をただ他人に伝えるのではなく、未来にそれをどう活かせるか、という事を考えた。そういった事を考えたとき、ある二つの案が思い浮かんだ。
 先ほどの二つの出来事についてある共通点を見いだせる。それは、どちらも「道路」が関係しているという事だ。私だけでなく多くの人がこのような経験をしたのだと私は思う。地震のような緊急時には自分の知らない道を歩かざるを得ない事が起こりうるだろう。さらに友人や家族などを自宅などに送るために、車を利用する人が多いだろう。しかしそのような考えの人が大勢いると、車の場合は特に、私の経験したような思わぬトラブルに巻き込まれるかもしれない。そこで、私はその問題の解決策となるかもしれないアプリを提案する。一つ目に、それはハザードマップのようなものなのだが、インターネットに接続されているという強みを利用する。例えば、先程述べた事例で言うと、自宅等まで歩かなくてはならなくなった時に目的地までの最短ルートを示すだけでなく、食料やトイレのある施設もそのルート上にあれば示す。また地震発生時での自分の現在地(必要であればいつでも現在地を保存する事が出来る)をその時間とともにリアルタイムで記録でき、それを家族や友人も知る事が出来る、といった機能もつける。さらに自分のコメント付きで、地図上のある場所の被害状況を直接地図上に示せるようにする。そして東日本大震災の時の被害状況もあらかじめ記録(個人がいつでも記録する事ができる)することで、事前に危険な地帯を避けられるようにする。このアプリは渡邉教授のアーカイブシリーズにヒントを得た。そして二つ目に、カーナビに標準装備するアプリを提案する。このアプリは緊急時でも普段でも渋滞が予想されていないルートを優先的に示し、周辺の交通状況や道路の被害をリアルタイムで確認する事が出来るというものだ。また既に渋滞に巻き込まれている場合はネット上にその情報をドライバー自らが発信(口頭での発信も可)でき、それをカーナビの地図上に示す。このアプリにも東日本大震災での交通状況を記録しておき、ドライバーが渋滞を避ける助けとなるようにする。これも渡邉教授のアーカイブシリーズからヒントを得た。
 地震のような緊急時に最も必要とされるのは、おそらくリアルタイムの情報であろう。そしてインターネットこそがそれを供給する最も強い力を持っていると私は思う。その強みを最大限に利用する事で、少しでも地震の被害を小さくする事が出来るはずである。それを考えたとき、私はこれらのアプリはその手助けになると思う。日本は地震大国と言われる程地震の多い国である。だからこそ地震一つ一つの情報が重要になってくる。そしてこれらのアプリにその情報を加えていく事で、地震に強い国家が出来上がるための第一歩となるのではないだろうか。
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今回のデザインマネジメントの課題、どのように取り組むべきか考えてみた。

私は九州出身であり、津波や地震の直接的な被害を被ったわけでも、計画停電などの影響を受けたわけでもない。東北はもちろん、関東の人たちのようなアプローチでこの課題を考えることはやはりただの憶測となってしまう。
前回学んだようなグーグルアースのマッピングを考えるにはリアルが足りないし、そのような考え方では偽善的になってしまうだろう。そうなってしまうことは避けたかった。
過去、九州で地震にあったことは0ではない。しかし今回のような未曾有の大震災、しかもそこに原発、放射能の懸案が重なってくるという事態、直接影響のなかった私がどうアプローチすればいいのか。

震災が起こった当初、テレビ、新聞などマスメディアは連日震災について報道していた。トップニュースとなるのは当然で当たり前であった。
西日本の人たちは、現地が落ち着くまではボランティアに行くこともできず、ただ報道を見て聞いて自分の力のなさを痛感することしか出来なかった。救援物資や募金を送ることでなにかしらの力になっているだろうと自分を慰め、
しかし報道では、それも今の現地のニーズに合っていることであるとは思えなかった。私たちは何ができるのか。大きな力も持たず、仕事を投げ出して駆けつける立場も持たない一般市民の私たちは、同じ日本にいるのに助け合う
ことができないと日々悔しい思いをしていた。
そのせいだろうか、「自分は何の役にも立てない。」「こんなに苦しんでいる人たちがいるのにふつう通りの生活を送るなんて。」と、日本中が【不謹慎】モードになっていったように思える。花見も【不謹慎】、セールや
通常のCМでさえも【不謹慎】という言葉に侵され、被害の少なかった九州でさえも消費が落ち込んだり、人が外に出なくなったりした。震災のニュースが流れる度に自分を責め、加えて、被災地の人たちはもっとつらい思いをしているのに
同情でつらい思いをしているだけなんだともっと責めた。
もちろん、被災地、被災地に近い地域の人たちの方がつらく厳しい現実である。私たちは確かに、ニュースを見て同情しているだけなのかも知れない。
しかし私は考えた。「東日本じゃないなら、あの地震の被害は分からないでしょ?」という言葉をあの日から何度も聞いてきた地域出身だからこそ提案である。

地震の被害にあってない人が、地震の報道を見て聞いて思ったことを書き込みそれを閲覧できたらいいのではないか。
最近も話題になってはいたが、地震についての連日の報道により「被害にあわないで申し訳ない」という人が増えたという。本来ならば、被災者を支えようと思わなくてはならないのに、
先のように思ってしまう人が増えたというのは、直接被害にあってないのに辛い思いをしている、という気持ちを人に言えず悶々としてしまった結果だろうと考える。
そこで、直接被害にあっていない人たちが見て聞いて思ったことを日本、もっと大きな範囲で言えば世界規模で表せば、「このような気持ちで悩んでいるのは私だけじゃない」と感じることができ、その内に抱えた悩みが解消される
手助けになるのではないだろうか。
例えばあるサイトを立ち上げそこに世界地図を示す。世界各地の人に、地震を受けて感じた悩みや心の傷を現在地とともにことらに送信してもらう。編集者はそれを、グーグルアースのマッピングのように地域ごとに貼り付け、
被災地の人たちじゃなく被害をあまり受けなかった人もこんなふうに考えているんだと思えるように編集を行う。ここで重要なのは、悲観的な気持ちに沈んでいかないようにかといってありがちな【絆】なんて言葉で無理やり明るい気持ちにすることもなく
、ただ悩みを持った人たちに寄り添えるような編集を行うことである。
もちろん、被害にあわれた方々にはそのような第三者同士の慰めあいは不快であるかもしれない。しかしインターネットコンテンツを採用した理由は、【見たくない人は見ないでいられる】というネットでの表現方法であるからだ。
今回の大震災は日本中におおきな被害を及ぼした。経済の面、福祉の面、そして精神的な面でも傷は深い。だからこそ、日本人は力をあわせて復興に向かっていくしかもう道はないのだ。

被災地以外の人の東日本大震災についての悩みを共有できれば、きっとその悩みはみんなが抱いているものであると実感でき、それが明日を考えられる力になるのではないか。
批判を恐れずに提案する。
報道が落ち着いた今だからこそ、震災によって日本中が受けた心の傷を癒すメンタルケアを始めなくてはならないと考える。


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 2011年3月11日、今なお鮮明に記憶に残る東日本大震災が起こりました。

 私は当時、受験勉強を本格的に始める前の残り少ない期間を存分に満喫していました。その日常が当たり前のものだと思っていました。しかし地震が起こった日からそれによる社会的な混乱が収まるまでの間に私はその考えが間違っていることに気がつきました。地震が起こった日からの数週間は原子力発電所の事故などもあり、人々の不安は増すばかりで、それはまさに非日常な生活でした。

 この体験をWebコンテンツで人々に伝え、共感してもらうにはどうすればいいのか。この事を考えていた時にふと震災の後に友人達と集まった時の情景が思い浮かびました。私たちは自分があの日から今までの間に体験したことを、語り合い、比較し、共感していたのです。私は「これだ!」と思いました。つまり私は震災前の自分の日常と震災後に体験したこととそれに対するコメントを同世代の日本各地に住む人たちのそれと同じ時系列上に写真等と一緒に並べ、それを比較してもらうことで自分の体験を伝えようと思います。

 このコンテンツには2つポイントがあります。1つは日本各地に住む人々が体験したことを同じ時系列上で見ることができるということです。震災後に体験したことは人それぞれです。家族や友人を亡くし心に深い傷を負った方もいれば、多少揺れを感じた程度の方もいます。そのギャップを一目で認識できるようにすることで人々の経験をより印象強いものにすることができると思います。2つ目は同世代の人々の体験と比較するということです。世代が同じであれば自分とその人の境遇を重ね合わせやすくなるので、お互いの経験に共感しやすくなると思います。また別の世代の人が見たときも、それぞれの人の境遇の共通項を見つけやすいので、比較しやすいと思います。

 今回の課題で私はWebコンテンツで自分の考えを人々に伝えることの魅力と難しさについて考えることができました。これからの情報化社会を生きていく人間として今後もWebコンテンツを有効活用していきたいと思います。

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震災直後、メールやtwitterを通して多くのデマがまわってしまった。自分も送られてきたたメールを多くの人にまわしてしまった。
なぜこのようなことが起こってしまったのか。
当時、TVのニュースやネット上の記事、溢れかえった情報の中から感じられたことは誰かが情報を隠し誰かが嘘をつき誰かが本当のことを言っているということだった。では、人々は何をもってどれが正しい情報だと判断をすればいいのか。
震災後発刊されたAERAの「放射能が来る」という表紙が話題になり議論された。もちろん違う人もいるだろうが、匿名で発言されたものについては便乗して騒いでいるか、批判したいだけにしか感じられない。そもそも不安を煽ってるという考えかたが現実から目をそむけ、なかったことにしようという考えに見える。現場で作業している人からすれば表紙が表している危機感を全国の人にいだいてほしかったかもしれないのだ。多くの人が多様な意見や見解を出したが、立場が違い体験したことが異なれば言う事も変わる。その中から結局は各個人が自分自身で情報を判断するしかないのである。
その判断材料としてwebページを利用する。
ひとつの話題にたいして同じページ上で意見を出せる場を作る。情報の信憑性を増すため、実名顔出しでしか発言できず、公的機関にもそこで発表してもらい、匿名意見に関しては同じページ上の端に小さく表示する。そのことによってデマは発言し辛くなり、公の発言にも疑問や意見をぶつけやすくなる。多くの人が閲覧することで情報を隠すといった行為や現場と本部でのくいちがいがへるのではないだろうか。
ただ、そのページ上で結論をだしてしまったり、公表するべきではない情報を公表せざるおえなくなるのは問題であるため、あくまで見解を示す場であって議論する場ではない。
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WebコンテンツはYouTubeを使うことにする。
 前回の捕鯨問題のように誰もが知っているようなアニメのキャラクターを使って視聴者を増やすことで人々の東日本大震災に対する関心をより一層増すことを目的とする。
人々の対象を日本人だけでなく、外国人にもするため英語の字幕をつける。
 次に視聴者を増やすためにいくつか工夫を加える。
 まずはコメントを記入することを許可することである。作成した動画が興味深いものであればよいコメントがつく。それによって視聴者が多少なりとも増えるのではないだろうか。逆に、悪いコメントがつけばそれを基にして改善することも考慮する。
 そして世界中の人を視野に入れるため英語を多用する。そうすることで検索されたときに作成した動画が発見されやすくなる。
 映像の内容はできるだけ簡潔に、コンパクトになるように心掛ける。あまりに説明が長すぎて言いたいことが伝わらないというのを回避するためである。
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インターネットラジオを用いて伝えてみたいと思います。
ラジオは音に頼ることでしか情報を伝えられませんが、それが却って震災時のリアルさを演出してくれるのではないかとぼくは考えています。内容としては被災した人の震災時の経験を細かく話してもらおうと考えています。

ただ、やはり音声だけでは弱い部分もあるのでインターネットラジオを載せる場所としてウエブサイトを作り、そこに語り手のしっかりとしたプロフィールを載せたり、ラジオがメインなのであくまで参考としてですが、映像が残っている場所の話であるならその映像を載せてみたり、ラジオを聴いた人達が意見の交換を行えるように掲示板を設置することでラジオの弱みをフォローしようと考えています。
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自分であれば授業で見たTBSのほうがはっきり言って視聴者にたいしてわかりやすかった。あれは主張が一貫しており、見ている側が感情を移入しやすいからであった。

なのであれを参考にするのであれば、福島第一原発で働く1人の下請け作業員の人を主役に立ててYou Tubeにアップする。

福島第一原発があのような状況になったのは東京電力の責任であるのは言うまでもないが、東京電力の全社員の責任であるのかと言われればそうでないと私は思う。

利益のためだけに東電上層部は原発を使ってきた。その証明に昨年の夏はあれだけ電気が足りないと言っておきながら、電力不足での停電は無かった。
さらに自分たちはボーナスまでもらっておきながら火力発電にはコストがかかると言って電気料金を上げる。
もっとやることはあるのではないかと思ってしまう。

そんな東電上層部の被害者は原発関係者にもいる。
原発の作業員の方だ。命がけで原発事故の収集にあたっている。しかも最前線は東電の社内ではなく下請け業者だ。

安い給料で働いていてしかも、東電が作った作業員が休める場所には東電の社員しか入れないため下請けは狭いところで雑魚寝。
また被災地に家族がいる作業員は家族のいる避難所に行ったときには、東電の関係者ということでよい目では見られない。自分も東電の被害者であるにも関わらずだ。

このような下請けの方の映像を斉藤和義の「ずっとウソだったんだぜ」をバックに編集してYoutubeにアップしたい。
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東日本大震災の経験を第三者にWebコンテンツでより正確に詳しく伝えるにはまず、地震が起きた瞬間、自分がどこにいたのか、どのような状況に置かれていたのかを第三者に提示する必要がある。その提示の仕方だが、よくあるのは経験者本人がカメラに向かって語りかけるといったものや、現場での写真や動画を映しながらナレーターが経験者本人から聞いたことを説明するようなものが多い。前者は言葉だけが頭に入ってきて状況が想像しずらい。後者は状況はすぐに頭に入ってくるが、経験者本人ではなくナレーターが喋っている分、経験者本人の感情が伝わらない。そこで私が提案するものは、一本の動画形式で画面を二分割し、片方は地震が起きた時に経験者本人がいた場所な写真、片方は経験者本人がカメラに向かってカメラ目線で語ってもらう、というものだ。ポイントは2つある。1つ目は片方の画面が動画ではなく写真ということ。写真だけだと状況はすぐに頭に入ってくるが、そこで一体何が起きてどうなったのかが伝わりづらいが故に、第三者は経験者本人の言葉に、より注意を向けることになる。2つ目は経験者本人がカメラ目線で語るということだ。動画とはいえ、第三者は、経験者本人がまるで自分1人にだけ向けて経験を語っているかのような一種の錯覚に陥ることで、より真摯に話しを聞く姿勢になり、より内容が頭に入ってくるのである。このような方法であれば、第三者により経験内容が伝わるのではないのだろうか。
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東日本大震災の被害状況(写真)をまとめた某スマートフォンアプリが実際に、
アプリストアで販売されてます。制作側は日本語版と英語版の両方をリリースしていたので、自分は、日本語以外の言語も用意することは世界の人々に知らしめることができると思ったし、2バージョンともに売り上げを全額寄付することが明記されていたことで日本だけでなく世界が同情し購入数が増えるとも思っていました。しかし、実のところは、海外向けのそのアプリは日本語版に比べてまったくと言っていいほど売れていないようでした(日本語のほうもそんなに売れてはいなかった)。
自分なりになぜかを考えたとき、被災地以外の人たちが知りたがっているのは
被害の深刻さではなく、復興の過程だと思いました。
なので、もしも自分が3.11のことを伝えていく立場になったときは、
復興過程を画像・映像などでリアルタイムで配信するためにTwitterなどを大いに活用してからアプリ開発すると思います。

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自分が今回の地震の経験を伝えていくのに用いるものとして使うとしたらアプリの「LINE」を考える、このアプリは周知のとおり知り合い同士でチャットや無料で電話できるアプリである。今回注目したのはチャットの部分である。まずは知り合い同士で自分または自分の身の回りで起きた経験を語り合うチャットルームを作る。そして、その人の友達をチャットルームに誘う、そしてまたその友達をという風に人を増やしていく、そして人がどんどん増えていけば、いつか本当の被災者の人もチャットルームに参加してくる日が来ると思われるので、そこで被災地の写真を掲載してもらったり、経験を語ってもらう、そうすれば身近なアプリでリアルな話を知ることができる。これの狙いはLINEという自分の日常的空間に被災地の自分にとっては非日常的空間が入り込んでくるという、つまり今回の地震では自分にとってあまり影響はなかったが、いつか自分にも影響が起こるかもしれないということ感じてほしい。そして参加人数が増えたところで授業でも取り上げられていたドラゴンボールの映像に吹き替えを入れるという手法を取った映像を作りそれをyoutubeなりニコニコ動画なりにupしてそこへのURLを張り付ける。そこで使う作品は「ドラえもん」を使おうと思う。ドラえもんは幅広い世代から慕われているからである。そして最大注目した点は彼は未来から来たという設定である。つまり彼は地震が起きるということを知っているという立場にあったのであるから、未来のことも言える、つまり日本が今後どうなるか知っている、だから動画の最後に「東北は復興する、だから最後まであきらめないで」というフレーズ入れることによって励ましにもなれであろうと思う。そして最初はチャット内だけであったが次第に口コミで広がっていく、そうすることによって東北の震災のことが伝えられるであろう。

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3月11日14時46分、当時高2だった私は栃木県宇都宮市内の高校で授業を受けていて震度6強の揺れに見舞われた。幸い私の地域では大きな被害はなかったが、電車が止まるなど非常事態となった。何とか家に帰るとテレビは震災報道一色であった。Twitterを開いてみるとTLが猛烈な速度で回転していた。日本中がカオスと化している状況の中、不安な気持ちでテレビをただ見ていることしかできなかった。翌日の壊滅した街の映像にはショックを受け、原発が水素爆発を起こしたときは、日本中がどんどん悪化する方向に突き進んでいるとしか思えなかった。あれから一年以上経った今でも、あの頃を振り返ると、東日本大震災が如何に未曾有の危機であったかを、当時の緊張していた気持ちと共に思い出すことができる。

しかしいくら東日本大震災が未曾有の大地震と大津波を引き起こし、戦後最悪の被害を与えたとは言え、被災者ではない人は、これから先数十年もすれば震災の記憶は確実に薄くなり、自然の猛威や災害の脅威を実感できなくなってくる人が増えると予想される(所謂風化)。それでは再び災害に見舞われたとき、被害の拡大を防ぐことが難しくなる。そこで私は、後述するWebコンテンツによって、それを見た人が震災が起こった日以降自分は何をしていたのか、当時の日本社会はどのような状況だったか等、直接被災しなかった人のために、震災の緊張感を再び思い出すことができるようなコンテンツを発信したいと考える。

以上を踏まえ、もし私が自分自身の体験した東日本大震災についてWebで情報発信をするとしたら、テレビ番組のように1時間ほどで完結する動画を制作し、それをYouTube等の動画配信サービスにアップロードして多くの人に見てもらいたいと考える。テレビ番組形式の動画という形式を選択した理由は以下の通りである。一点目は、私の伝えたい震災は映像を媒体として伝達することが最も効果的だと考えただからである。震災の緊張感を再現するには文章や写真よりは映像の方が非常に効果的である。二点目は、1時間という長さで完結するテレビ番組として内容を構成することで視聴者がテレビのドキュメンタリー番組に見入るような感覚で没入感を高めることができると考えたからである。

動画の内容は基本的に、私が地震発生時の身の回りの様子をビデオカメラで撮影した動画や、その他一般人が撮影した様々な動画を頂き、1時間分に圧縮、選別して時系列的に並べて流す(実際には私はそのような動画は撮影していないがここでは撮影したとする)こととし(映像Aと呼ぶ)、日常が非日常に変化していく様子を、最低限のナレーションとビデオカメラが拾った音を直接流すことで当時の臨場感を伝える。そして、その画面の右上には、映像Aと全く同時刻に流れていたテレビ番組を(テレビ局に許可を頂いて)映像Aと同時に流す(映像B)。流すテレビ局(NHK、TBS、朝日、テレ東等)は番組中随時切り替える。更に画面右下には、映像Aと同時刻に流れていたTwitterのTL(#jishin等のハッシュタグ等)を再現して表示する(再現TL)。即ち、地震発生時の映像が映像Aに流れているとき、映像Bでは緊急地震速報が流れており、Twitterでは「揺れてる」「大きい!」といったツイートが表示されていることになる(ただし再現TLは手を入れて視聴者が読める程度の回転率に落とす。デマもできるだけ除く)。

このように番組内で「擬似同期的」に映像Aと映像B、再現TLを流すことで、何年か経って忘れがちな、震災が日本の社会に与えた影響を視聴者が再実感することができるような番組構成とする。これにより、震災の風化を防止する役割に貢献することができる。
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私は「もとの素材は同じなのに人々の関心を引く」という点で大きく異なっているyoutubeの動画とゲームセンターCXの類似例を自分で探し、
同じような結論が得られるのか調べてみました。

そこで見つけたのが
一般にテレビで放送されている津波や地震についての番組と
気象庁が作成した津波防災啓発DVDです。

テレビの放送は実際の悲惨な映像を多く使うこともあり、ショックを受ける方や
専門家などの解説も素人にはわかりづらいという点があります。
そして何より被害にばかり目がいくので
実際に津波が起こった時、人々はどのように行動すればいいのかという説明は
あまりされていないように思います。

それと違って津波防災啓発DVDは
アニメーションに実際の映像も織り交ぜながら
人々が取るべき行動について具体的に説明しています。
インタビューも専門家ではなく、実際に津波を経験した小学生や先生ということで心に響くという面があります。

そして私が感じた双方の一番の違いは
見た後に自分に残る津波に対しての印象です。
テレビ番組は不安を助長される印象を受けましたが
DVDはクイズもあり、津波に対する正しい知識と避難方法を身につけたという印象でした。
また防災マップは地図に避難方向を示した看板の写真を貼り付け、
コメントを書くという手法をとっていたので
Google earthマッピングの紙面版だと思いました。

ずいぶん前置きが長くなりましたが
今回のテーマに対する私の考えは避難場所アプリというものです。
Google earthに避難看板の写真と
現在避難場所に指定されているところで実際に津波が押し寄せた場所などを
人々の証言などを通してマッピングするというものです。
現在地から一番近い避難場所の検索、避難経路の案内、また情報番組で被災者の方がどこの避難所に避難しているか知らせるコーナーがあったので
そこに避難している人の検索ができるとより良いものになると思います。

なぜこれを考えたかというと
日中など自分が普段生活していない場所で自然災害が起こった時
近くの避難場所や地形について知識がなく戸惑うと思うからです。

今回レポートを書くにあたって
本当に私たちの生活は情報によって支えられてるなと
改めて感じました。
デマなどに流されず、うまく情報と付き合っていきたいです。







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まずは、被害状況やその映像などを使って今回の震災の概要を説明。そして本題としては被災者の声を中心に描く。見た人の印象に残るように、You Tubeなどの動画サイトから、被災者が自分の体験を直接しゃべっている映像を使う。(今回の地震の被害は津波によるものが大部分であったが、内陸や高い土地に住んでいる人には正直無縁な話になってしまうからである)さらに、自分のまわりで起きた、例えば放射能が怖くて地方や外国へ逃げた人などについても書く。最後に、震災直後に一時朝日新聞が行っていた"被災地からの声"という、被災者が復興へ向けて元気に笑っている写真とコメントが載っている欄があった。これを見ていると実に元気になれる。ゆえにこれを引用させてもらい、自分が作成するコンテンツの終わりにもってくる。スライド形式でながす。全体の締めとして明るめな音楽とともに軽快な感じでエンディングとする。

重い話題なために、見る人はしんどくなるかもしれないが、BGMを誰もが知っているような明るいものにする。
かつ、被災者の生声でより視聴者に印象を深くし、震災の恐ろしさをその身に焼き付けることをねらいとしてつくる。
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 私が仮に東日本大震災について人々が経験した内容を伝えるならば、津波で流された家や、山積みになったがれきなどの写真や映像を流しながら、人々の体験された内容を文章にして流すようにするだろう。
 私自身この東日本大震災は「現実」をもう一度見つめなおす出来事となった。
現地がどのような状態になってしまったのか、という点を通して、一人ひとりが、もう一度今の自分たちの「現実」をみつめ返す必要があると思う。
 直接現場を見たり、被災したわけではないため、簡単に言ってはいけないと思うが、私はありのままの状態を伝えありのままの体験された内容を伝えることが、私の考える発信方法だ。
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東日本大震災は、我が国に爪痕を深く残し、1年以上がたった今でも人々の記憶に新しい。私の叔父は宮城県の仙台市に住んでいるのだが、壊滅的とまではいかないまでも大きな被害を受けたらしい。東日本大震災をWEBコンテンツとしてデザインするに関して、私はこの叔父にスポットを当てたい。その際には、Youtubeなどの動画配信サイトを用いて、極力私情を挟まずに、客観的に事実を抽出していくことに留めたい。例えば叔父にインタビューをするシーンにしても、私からの質問は、音声を消しテロップとして流すし、被災地の街を巡回するにしても、私の足音や声が入らないように音声を消して流したい。というのも、どうしてもインタビューや街歩きなどを行う際には、私個人(インタビューア)の東日本大震災への考え方などが表に出てしまうが、デザインによって極力それらを消し、客観的に事実を抽出することによって、視聴者に考える余地を多く残すことができるからだ。東日本大震災という未だ日本に傷跡を多く残している事柄については私個人の私情を挟むのは避けるべきであろう。 
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人に何かを伝えるWebコンテンツを作るときに必要なことは、閲覧する人に興味・共感を持たせることだと思う。
ニコニコ動画やyoutubeなどの動画投稿サイトなどは、いわゆる「ネタ」の提供こそ投稿者に委ねているが、その「ネタ」により興味が持てるようなレイアウト(たとえば人気や話題の動画をトップ画面に表示するなど)やコメントによって共感を感じられるように作られている。
もちろん、TVなどの番組でも興味・共感を持たせるコンテンツ作りというのは基本中の基本であるが、Webコンテンツ(この場合では特にウェブサイト)においてはその興味を一番最初にどれだけ感じさせられるかがとても重要なのではないかと思う。
なぜなら、テレビは受け手がテレビを点けてさえいれば勝手に映像と音声が流れ込んできて、初めは興味がなかったのに見ているうちに興味がわいてくることもある。テレビを点けるという行為は能動的であってもその後はチャンネルを変えるときとテレビを消すとき以外は受動的であり、受け手が何もアクションを起こさずとも、コンテンツは先に進んでいくことができるのである。
しかしながら、ほとんどのWebコンテンツはそうではない。受け手側は常に何をクリックし何を閲覧するのかの選択を迫られる。受け手は常に能動的である。したがって、受け手が興味を持たなければ次のページには進んでもらえないし、自分の伝えたいことを伝えることもできない。

以上のことを大前提として、東日本大震災の経験をWebコンテンツでどうやって伝えていくのかを考えていきたい。

まず、テーマについてだが自分は都心部の帰宅困難者についてのWebコンテンツを作ることを提案したい。
自分の周りには地震で直接被災した人間はいない。しかし、親や友達などの何人かは帰宅困難になった。
帰宅困難者については、震災後、たくさんのメディアが報じ、交通機関のマヒや都心部に人があふれ混乱した様子が伝えられ、国や企業には対応への反省が促された。
しかし、東北地方や原子力発電所の被害の大きさに国民の関心が向いていたため、都心部に住む人間が次に帰宅困難な状況にみまわれたときにどのような行動をとればよいのかという反省を得るところまで至らなかったと思う。
また、都心部に大きな災害や事故があれば間違いなく帰宅困難者は出るし、ひとりひとりがどのように行動したら良いのかわかっていない限りはまた大きな混乱が生じるだろう。
自分は帰宅困難になった周りの人たちの経験や意見をまとめ、次の混乱を避けるために有益な情報を伝えるウェブサイトを作りたい。

コンテンツの内容はトップページ、帰宅困難経験者から聞いた当時の様子を写真付き(混雑の様子を撮影している友達もいる)で紹介するページと、帰宅困難になったときにどう対処すればいいのかを経験した人間の立場からアドバイスするページ、そしてサイトに対するコメント欄を設けるという感じがよいと思う。
最初に記したように、一番最初にどれだけの興味を抱かせることができるかがウェブサイトにとっては勝負所なので、トップページには少しショッキングな写真(駅などに人があふれている様子など)を貼り、人の目をひきつける。帰宅困難経験者から聞いた話の中で印象的だったり驚いたことをトップページに引用することで、より興味を抱かせることができると思う。
経験者たちから聞いた話は匿名(もしくはイニシャル)でその人が震災時にどこにいたのかを記載し、どんな様子だったのかを写真とともに紹介する。写真は他のサイトやTVの映像などからも使用して(写真を使用する際には出典を記載)なるべく当時の状況が分かりやすいようにする。帰宅困難で歩いて帰った人がいればどうやって帰ったかを地図で表示(住所を明かすわけにはいかないので最寄りの駅までの道順)できるようにしておくとよりわかりやすいと思う。
アドバイスのページに関しては、聞いた話をなるべく変えない形で掲載する。帰宅困難を経験した人間が何を伝えたいのかを勝手に判断するのではなく、そのまま記すことによって、アドバイスをする人間が伝えたいことをきちんと伝え、それを受け手が次に生かせるようにするためである。時間や文字数に制限のないウェブサイトだからこその利点であると思う。
コメント欄に関しては感想を募集するだけでなく、情報提供も求めていく。自分の周りで帰宅困難を経験したのは多いと言っても百を超えることはないかもしれないが、当時あれだけの人が各地の駅にあふれていたのだからWeb上には何万もの企画困難経験者がいるはずである。そのなかの何人かが情報を提供してくれれば、より多くの場所の状況やアドバイスを記載することができるようになる。
また、コメント欄は災害時に情報提供の場としても使用できるようにしたい。今回の震災ではメールや電話がつながらなくなる一方で、Twitterやウェブサイトの掲示板等は機能していたという。このコメント欄も災害時に情報を伝え合う場所になれば、より多くの人が混乱を回避することができて、サイトの目的に沿ったつかわれ方になるのではないかと思う。

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「震災報道クロニクルの提案」

まず始めに、私自身が体験した東日本大震災について述べる。
私と母は3月11日の朝から2週間海外旅行へ行っていたので、地震や計画停電を全く経験しなかった。大きな地震が、津波が日本を襲ったことはスイスの空港で初めて知る事となった。因に、私の実家は東京で、家族は皆東京に住んでいる。父や姉は、交通、通信麻痺や計画停電など震災の影響を受けた。

旅の目的は、私がスイスに1年間留学していたときにお世話になったホストファミリーを訪ねるためであった。飛行機はスイスへの直行便ではなく、フランスの空港で乗り継ぎをする必要があった。ターミナルを移動するバスに乗っていた時、周りの人々が「TUNAMI」という単語を口にするのが聞こえた。私も母もフランス語は分からないので、なぜ「TUNAMI」の話題をしているのか皆目検討もつかなかった。スイスのチューリッヒ空港に降り立つと私のスーツケースが届いていなかった。どうもフランスの空港で積み忘れられてしまったらしい。スーツケースが届いていないと、空港の職員に話しかけると親切に対応をしてくれた。「どこから来たの?」と聞かれ「日本です」と答えると、「大変だ」と言ってパソコンの画面を見せてくれた。その画面にはとても日本の風景には見えないものが写っていた。「大きな地震が来て、大きな津波が来て、原子力発電所が壊れたのだよ。」と教えてくれた。もし、この空港で地震のニュースを知らされていなかったら、パソコンや携帯などの通信機器を持って行かなかった母と私は、当分の間、日本での出来事を知る事が無かったと思う。

ホテルやホストファミリーの家でテレビ、ラジオ、新聞で情報を見たがどれもひどいものばかりだった。見出しは「死の街、東京」や「死者が流れ着く港」など。連日報道されるニュースでは目を背けたくなるような亡くなられた方々の姿などが生々しく報道されていた。そして、同時に放射能の問題についても討論特番などが組まれ報道されていた。報道の内容を受け、ホストファミリーには「日本に帰ったら放射能が危ない。こっちに残れ。」と言われた。帰りの飛行機でも放射能の影響を考慮してか、若い女性のクルーは一人もいなかった。このような出来事から日本が放射能に汚染されているのだ、と認識せざるおえない状況であった。

私は日本に帰ってきてとても驚いた。私が海外で見た報道より、被害が少ないのではと思える報道ばかりで驚いたのだ。特に原発事故に関する報道が極端に少なく驚いた。放射能汚染に関する報道についても同様である。私は、どのメディアが一番真実に近い事を伝えているのか、どれを信用していいのか分からなくなってしまった。
どの国の報道が一番客観的に報道しているのか興味を持った私は、Facebookなどで、海外に住む友達に各々の国でどのように震災について報道されているかを訪ねた。日本とその他の国とでは大きく報道のされ方が違う事が分かった。日本の報道は「被害は想定外であるが、(なにを根拠にしているか分からないが)大丈夫である。」という報道で、諸外国の報道は「大変な震災で日本は壊滅状態である。放射能の問題は長期にわたるであろう。」という報道が大半を占めていた。中国や韓国は政治的な圧力もあってか、特に日本経済に対して厳しい見解を示していた。

前置きが長くなってしまったが、このような経験から以下のようなWebコンテンツを提案する。
「震災報道クロニクル」
① 様々な国で報道された東日本大震災の内容(主に新聞記事)をデータベース化。
② これらを横軸は地域(国)、縦軸は報道された日時とし並べる。

どの国でどんな報道がされたか、ただ単純に見られるだけでなく、報道のされ方の変化(例えば、津波の被害から原発問題へ報道の中心が変遷していく)も読み取る事ができる。また、私が実際に体験した違和感である各国の報道内容の違いを同時系列で見る事ができ、日本人は自分の国の出来事を客観的に眺める事ができ、海外に住む人も自分の持つ情報を補完しながら震災の実態を読み解けるようになるのではと考える。そして将来的には復興までの日本の動き、世界からの関心の有無も読み取る事ができ、記憶の継承に役立つコンテンツになるのではないだろうか。
このコンテンツはあくまで報道された内容を国別、時系列に並べた震災関連記事のデータベースである。最近人気のSNSの様に挙げられたトピックに個人が意見を書けるようにしては意味がない。個人の意見が書き込まれると、記事がソートされることによって持ち始めた客観性が失われる、と考えるからだ。
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私は3.11当日、地震の起こったまさにそのとき、受験のため東京に来ていました。実はこの首都大学東京に向かっていたところでありまして、『新横浜』から『橋本』までの電車の中にいたわけであります。
そこで地震が発生し、目的地までまだ半分ほどあるあたりで電車が緊急停止したうえ、一時間の待機を余儀なくされました。そしてその後、電車が動きそうもないというので、止む無く線路沿いに目的地まで歩こうと決めたのですが、二駅ほど歩いて『町田』に到着し、バスを拾おうとしたところ、そこで都市機能が麻痺するという状況を初めて実体験したわけであります。
バス停に並ぶ人々が作る長蛇の列と、渋滞に近いバスとタクシーの列、それから駅構内に入れず、備え付けのテレビに流れるニュースをジッと見つめる人々の集団が異常な光景に思えました。
とにかくそこでバスを諦めて、駅から離れて街中に入っていったところ、信号機は停止しているし、コンビニの電気は完全に落ちて、同じように線路沿いに歩く人々がまた列をなしていました。
このときはまだ16時か17時かというくらいで明るかったのですが、それから『古淵』まで歩いていきましたら、到着する頃には真っ暗になっていて、初めてそこで今日は本当に目的地に着けないのじゃないかと恐怖を覚えたと記憶にあります。
そこで漸く電車が終日運休という知らせを聞いて、仕方なしに駅から少し離れた場所でバスを拾うことにしたのですが、またバスの遅延が著しく、二時間待った末にやっと目的のバスに乗れて、『淵野辺』まで来られたわけであります。
さらに『淵野辺』からタクシーを拾おうとしたのですが、これも長蛇の列でありまして、客同士の相乗りがごく自然に起こるほどでありました。
しかし結局私はタクシーには乗れず、最終的には知り合いに迎えに来ていただいて、『南大沢』まで辿り着くことができたのであります。
予定では15時に『南大沢』到着の予定でしたが、結果として到着したのは23時近くであったと記憶しています。
それから身内の家に上がって、テレビを見たとき初めてこの騒動がただの地震騒動で収まるものではなかったことを知ったのです。
私は運よく目的地に辿り着くことができましたが、勿論帰宅困難なまま一夜を明かした人も大勢いるのだろうと思います。
それもこれも、脆弱な都市機能の現れなのではないかと思われてなりません。

私は法学系の学生であります。
法学系には都市政策コースというものがありまして、3.11のような災害を受けて都市の問題点などを洗い出し、解決のための思考力を養う、といったような趣旨のものだと認識しています。
私は政治学コースに進むつもりでありますけれども、事実今ほど都市政策を重視すべき時はほかにないのではないかと思うほどであります。
その点もう一度よく考えて進むべきコースの決定をしたいと思っているわけでありますが、今課題はどのように私の体験を伝えるかということですので、今は前者のことはさておきます。

講義内で教授はgoogle earthを使って長崎アーカイブや広島アーカイブを作成していらっしゃいました。
私もあれと同様のことを、私の体験をもとにして作ってみては良いのではないかと考えました。
たとえば私は3.11のあの日、線路を歩いているときや街の混雑を眺めているとき、駅構内から溢れる人々や止まった信号機、交通整備に徹する警官、街頭が消えて真っ暗な街、そんな景色一つ一つを写真に撮っていました。
それらの写真とネットに普及している当時の写真を切り貼りして、私が辿った道沿いに並べていけば、あの日の状況がより分かりやすく伝わると思うのです。
私がそれを見て感じたことや、そこで偶然知り合った人々との交流を写真と共に紹介するというのは、長崎アーカイブや広島アーカイブと同様に可視化に通じ、よりイメージを明確にすることができるでしょう。
私なら、そうして東日本大震災の経験をデザインし、ネットにアップするでしょう。
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東日本大震災を実際に体験した人々についてWebコンテンツで伝えようとするとき、重要なものは実際に体験した人々の表情だと考える。文章だけをツラツラとWebサイトに載せるだけでは、ひどく、無機質なものに感じるだろう。体験した人の目の動きや表情の変化に映像の焦点を合わせ、編集することによって、その人がどんな想いで東日本大震災について語っているか伝わるだろう。また、東日本大震災が起こった際の映像は流さず、体験した人が語っている所のみをYouTubeで流す。なぜ、YouTubeかと言うと、テレビなどお金が絡んでいる媒体ではある程度編集側の道筋通りになっていて、体験した人々の言葉がそのまま伝えられていない気がする。一方、YouTubeではある程度自由であるため、そのまま伝えられるだろう。

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いまだにこの形式のレポート提出に慣れていないが、頑張って書きたいと思います。とりあえずコンテンツをデザインするにあたり、たくさんの人に伝えていくことを念頭に置きたいと思う。様々なWebコンテンツが存在しているが今飛躍的に使用頻度や需要が増えているのは、スマートフォンアプリであると言えよう。そう考えるとスマートフォンアプリをWebコンテンツとして利用するのは良い方法であると思う。よってそれに沿って話を進めていく。

しかし、ダウンロードして貰わなければアプリにより人々に伝えることは不可能である。なので、まずどうしたらダウンロードして貰えるか考えてみる。目を引くタイトルや内容が必要となってくるので、『震災を忘れてしまった貴方へ』というタイトルの小説形式にしたいと思う。ドキュメンタリーでも良いと思ったが、小説にする際、架空の主人公を出すことで読者は自らを投影しやすくなるのでは、と思いこの形式にしたいと思う。

最後に編集と演出を加える。先にも述べたが架空の主人公を作りそれを取り巻く人たちを私の身の回りの人でキャスティングしたいと思う。主人公は昔からの友人が多く、卒業や引っ越しにより各地に点々としてしまった今でも頻繁に連絡を取り合っているという設定にする。普段は電話やメールで連絡を取っていたが震災により回線が混み合い連絡が取れない。これによりチャットを始めた主人公たちの会話を主にして話を進めていく。とりあえず物語に入り込みやすいように身近な例として主人公を作り上げていく。こうすれば本当の意味で『震災の経験』を近く感じられるのではないかと私は思う。そして、一番重要なのはまだ震災が続いていることである。これを伝えなければいけない。
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