A | B | C | |
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1 | 年 | 自衛官合祀拒否訴訟公判関係 | 靖国問題関係 |
2 | 1967年 | 2月・第1回靖国国営化阻止 ・建国記念の日反対2.11集会開始 3月・津地裁、地鎮祭違憲訴訟合憲判決 | |
3 | 1968年 | 1月12日・中谷孝文交通事故による公務死 (自衛隊岩手地方連絡部釜石出張所勤務) | |
4 | 1969年 | 6月・靖国神社法案第61国会に初提出・靖国法案に反対し、各地で抗議集会、ハンストが行われる。 8月・同法案廃案 10月・天皇・皇后靖国神社創立百年記念大祭に参拝 | |
5 | 1970年 | 4月・靖国神社法案、国会に再提出(廃案) | |
6 | 1971年 | 5月22日・自衛隊山口地方連絡部粟屋総務課長、九州各地連に「殉職自衛官の護国神社合詞(祀)について」照会文発送、回答を得る。 9月10日・(長尾証言によれば)山口県護国神社長尾誠宮司は、中・四国・九州各地の「先進」護国神社に殉職自衛官について照会状発送 | 1月・靖国神社法案三たび国会へ提出(廃案) 5月・名古屋高裁、津地鎮祭違憲訴訟違憲判決 |
7 | 1972年 | 3月23日・自衛隊山口地方連絡部阿武二曹、中谷康子を訪問、殉職証明書要求(使用目的を告げず) 4月3日・再度訪問 4月5日・阿武「故孝文を護国神社に合祀するため」位記・勲等を聞く。中谷合祀を拒否。阿武「上司に報告する」と言って帰庁。 7月5日・山口県護国神社らの合祀通知、中谷宅に届く。 7月6日・中谷、地連に抗議。 7月22日・地連安田事務官、中谷に「隊員の志気を鼓舞するために、隊員の死生に誇りをもたせるために合祀した」と述べる。 7月27日・山根地連部長「中央から取り下げるよう指示があったから少し待って下さい」と中谷に電話が、結局取り下げず。 10月14日・日本基督教団西中国教区牧師ら地連に合祀取り下げ要求。 | 5月・靖国神社法案、四たび国会へ提出(廃案) |
8 | 1973年 | 1月22日・中谷康子、山口地裁に合祀申請取消と慰謝料請求の訴提起、(被告=国及び隊友会) 5月 被告隊友会答弁書 8月4日 被告国(自衛隊)答弁書 8月15日 被告国準備書面1 訴状に対する反論 8月16日 第1回公判。政教分離原則と信教の自由をめぐり憲法論で対立。 10月20日 被告隊友会山口県支部連合会準備書面。連合会は社団法人隊友会であり原告主張「権利能力なき社団」山口県支部連合会は存在しないため却下すべき。/被告隊友会他山口県支部連合会準備書面1。 10月22日・第2回公判。合祀手続きは、自衛隊が行った点を裏付ける照会文書(秘密文書)の提出をもとめる。/原告準備書面1。 | 4月・靖国神社法案、五たび国会へ提出。 9月・継続審議となり審議凍結。 12月・靖国法案の審議凍結解除。 |
9 | 1974年 | 1月28日・第3回公判。傍聴券交付につき不公正配布があったので原告弁護団が出廷拒否。/原告側弁護士人証の申出 5月9日・第4回公判。秘密文書隠匿を追求。 7月25日・第5回公判。 11月21日・第6回公判。「秘密文書見当たらない。よく探す」旨自衛隊回答。 | 4月・衆院内閣委で靖国法案を自民党単独採決。各地で抗議集会、ハンスト。 5月・靖国法案衆院本会議で自民単独採決。抗議、ハンスト声明。 6月・靖国法案廃案 |
10 | 1975年 | 7月17日・第7回公判。防衛庁事務次官通達提出。自衛隊幹部への尋問開始。最初の証人山口地連援護係長安田柾への尋問。自衛隊と隊友会との関係、照会文書を見たと証言。 11月17日・第8回公判。安田柾2回目の尋問。原告側迅速な審理を要請。 | 8月・三木首相、武道館は公人、靖国参拝は私人、千鳥ヶ淵へは公人として拝礼。(敗戦記念日に初めて首相が靖国参拝) ・三木首相。全国戦没者追悼式(日本武道館)の標柱の文字(「全国戦没者追悼之標」)を「全国戦没者之霊」と変更。 |
11 | 1976年 | 3月11日・第9回公判。3回目の安田証言。自衛隊、隊友会、神社は一体であり、死生に誇りを持たせるための合祀であること判明。 7月1日・第10回公判。自衛隊の主張崩壊。成果を収めた阿武一曹への尋問。浜田裁判長と右陪席裁判官転出、横畑裁判長に。 9月2日・第11回公判。粟屋総務課長を尋問。“秘密文書”は認める。 10月28日・第12回公判。福田一清隊友会会長への尋問。山口地連自衛隊職員関与の合祀申請の事実関係明らかとなる。 12月2日・第13回公判。福田隊友会会長に対する2回目の尋問。 | 2月・箕面忠魂碑違憲訴訟提訴。 6月・英霊に答える会結成。 |
12 | 1977年 | 3月10日・第14回公判。元地連部長長蜂郁郎と山根克己に対する証人尋問。 6月30日・第15回公判。故孝文の父中谷之丞と竹下地連部長証言。 10月13日・第16回公判。証人和田昇治元13師団長への尋問により合祀の政治的・軍事的背景を引き出す。 11月24日・第17回公判。 12月22日・第18回公判。林健二に対する国。隊友会側反対尋問と中谷康子本人尋問。「自衛隊は又も夫を引き裂いていった」と涙にむせぶ証言。 ・東京出張尋問非公開の決定通知をうけ公開要請。 | 7月・箕面忠魂碑慰霊祭違憲訴訟提訴。 ・津地鎮祭違憲訴訟で最高裁合憲判決(5対10にわかれる) |
13 | 1978年 | 1月10日・第19回公判。中谷康子の最終証言。 ・鑑定人追加申請採用。 ・出張尋問公開の要請。 2月23日~24日・第20回公判。東京地裁にて鑑定尋問。 23日・林茂夫(軍事評論家)村上重良(宗教学者) 24日・高柳信一(憲法学者) 6月15日・第21回公判。合祀は宗教上の行為の自由の濫用─原告側提出の準備書面に基づいて口頭陳述。 9月21日・第22回公判。結審。原告側弁護団全員口頭陳述1時間半。被告側弁護人陳述1分。 ・横畑典夫裁判長に公正裁判要請。 | 8月・福田首相、靖国参拝、「内閣総理大臣」と記帳、首相専用車使用。公職者随行。 10月・A級戦犯、昭和殉職者としてひそかに合祀。 |
14 | 1979年 | 3月22日・第23回公判。全面勝訴。 1.合祀申請は自衛隊と隊友会の共同行為の認定。 2.政教分離原則違反。 3.宗教上の人格権認める。 4月4日・控訴を断念するよう抗議したにもかかわらず、国側は一審判決を不服として広島高裁に控訴。 10月17日・控訴審第1回公判。中谷康子の陳述と弁護団の弁論。 | 6月・元号法成立。 |
15 | 1980年 | 2月25日・第2回公判。控訴人の誤りをつく。 ・合祀取り消しの付帯控訴状提出。 5月26日・第3回公判。中谷康子側から「宗教上のプライバシー侵害」「隊友会の行為に準じる」等の新しい主張。 11月16日・第4回(東京出張尋問)東京地裁にて、隊友会側申請証人として山口立元隊友会常務理事尋問。 ・中谷康子側鑑定人奥平康弘(憲法学者)に対する尋問、プライバシーの権利を説く。 | 8月・初めて参院議長靖国参拝。 ・鈴木首相参拝 ・閣僚大挙参拝 |
16 | 1981年 | 5月21日・第5回公判。山口出張尋問。山口県護国神社長尾宮司に対する尋問。 8月31日・第6回公判。長尾宮司の矛盾突く。 ・隊友会合祀申請取り下げの意志を放棄と答弁。 11月30日・第7回公判。中谷康子側最終弁論。 | 3月・岩手県靖国公式参拝決議違憲訴訟提訴。 4月・みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会、大挙参拝。 |
17 | 1982年 | 6月1日・広島高裁判決。勝訴。 1.合祀申請は自衛隊と県隊友会の共同行為の認定。 2.宗教上の人格権の認定。 3.政教分離原則違反の判断。 4.県隊友会の当時者能力を否定。 6月12日・中谷康子側、勝利宣言。上告せず。 6月14日・国側上告。 8月25日・最高裁第一小法廷係属。 | 3月・箕面忠魂碑違憲訴訟で大阪地裁違憲判決。 4月・「戦没者を追悼し平和を祈念する日」を閣議決定。 6月・愛媛玉串料公費支出違憲訴訟提訴。 7月・栃木玉串料公費支出違憲訴訟提訴。 8月・長崎忠魂碑管理費公費支出違憲訴訟提訴。 ・鈴木首相靖国参拝公人とも私人とも明らかにせず。 11月・箕面忠魂碑補助金訴訟提訴。 |
18 | 1983年 | 3月・箕面忠魂碑慰霊祭訴訟で大阪地裁違憲判決。 6月・大阪地蔵像違憲訴訟提訴。 8月・靖国違憲訴訟連絡会議結成。 | |
19 | 1984年 | 8月・閣僚の靖国神社参拝に関する懇談会(靖国懇)発足。 | |
20 | 1985年 | 2月・建国記念の日を祝う会の国民式典に中曽根首相出席。 8月・靖国懇、報告書を官房長官に提出。 ・靖国公式参拝に反対する集会、声明あいつぐ。 ・中曽根首相、靖国公式参拝、「内閣総理大臣中曽根康弘」と記帳し、本殿で1礼、玉串料のかわりに供花料として公費から3万円を支出。 9月・中国、北京大学の学生、靖国公式参拝に抗議し、デモ。 ・中国外務省、靖国公式参拝避難の公式声明発表。 ・栃木県玉串料公費支出違憲訴訟取り下げ。 11月・播磨靖国公式参拝違憲訴訟提訴。 12月・大阪靖国公式参拝違憲訴訟提訴。 | |
21 | 1986年 | 4月・滋賀県献穀祭違憲訴訟提訴。 5月・大阪地蔵像違憲訴訟、大阪地裁合憲判決。 8月・九州靖国神社公式参拝違憲訴訟提訴。 | |
22 | 1987年 | 3月4日・最高裁大法廷回付。 | 3月・岩手靖国・玉串料公費支出・違憲訴訟で盛岡地裁、合憲判決。 7月・箕面忠魂碑慰霊祭違憲訴訟で大阪高裁、合憲判決。 |
23 | 1988年 | 6月1日・最高裁大法廷判決逆転敗訴(1対14) 1.原判決を廃棄し、第一審判決を取り消す。 2.信教の自由を妨害するものでない限りと「寛容」を強要。 | 11月・九州靖国神社公式参拝違憲訴訟(被告中曽根元首相)福岡高裁憲法判断回避(確定) |