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「聖なる」ものの証明

~世間と出世間のボーダーライン~

聖なるものの証明

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知識と智慧の世界

  • 知識に頼る世界は俗世間です。
  • 智慧の世界は聖なる(出世間)の世界です。
  • 知識とは五感から入るデータを頭で合成して概念を作ることです。
  • 智慧とはありのままに真理を発見することです。

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知識

  • 確かなものではありません。
  • 知識によって「見解」を作る。
  • 如何なる見解にも反対の意見も現れる。
  • しかし、人は自分の意見に執着して、その意見が正しいと固執します。
  • 知識によってこころが汚れる。

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智慧

  • 真理の発見なので見解は成り立たない。
  • 従って、反論はないのです。
  • こころは清らかで、一切の固定観念、先入観から離れない限り現れません。
  • 智慧によって、人格は完成する、煩悩はなくなる。解脱に達する。苦しみを乗り越える。

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学ぶ世界

  • 俗世間も仏教も学ぶことを推薦する。
  • しかし、両方は似てないのです。
  • 頭に、意見、概念、経験などを貯めることは世間的な学びです。
  • ありのままに、見える能力を育てることは仏教的な学びです。

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学ぶ世界

  • 俗世間は、欲、怒り、慢などの感情が増える学びかたをします。
  • ものに執着するために、権力を握るために、物質に、また、存在に執着するために知識を獲得します。
  • 仏教の学ぶ世界で一切の執着を捨てます。
  • 存在に対する執着を必ず捨てます。

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善悪の問題

  • 俗世間に善悪から離れることはできません。
  • 身をまもるために、また、怯えによって、悪から苦労して離れることもあるが、機会があれば罪を犯します。
  • 俗世間は、悪と感情に溺れています。
  • 苦しみをなくす目的で苦しみを作るのは俗世間です。

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聖者の学ぶ世界

  • 俗世間の学問と仏弟子たちの学問は違います。
  • assutavā puthujjano ariyānaṃ adassāvī ariyadhammassa akovido ariyadhamme avinīto, sappurisānaṃ adassāvī sappurisadhammassa akovido sappurisadhamme avinīto 
  • 聖者に学んだことがない、聖者が説く真理に対して理解がない、仙人に学んだことがない…。

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聖者の学ぶ世界

  • 知識と智慧の差を中部経典No.1で詳しく語られています。
  • 例えば、俗世間は、pathaviṃ pathavito sañjānāti; pathaviṃ pathavito saññatvā pathaviṃ maññati, pathaviyā maññati, pathavito maññati, pathaviṃ meti maññati , pathaviṃ abhinandati. Taṃ kissa hetu? ‘Apariññātaṃ tassā’ti vadāmi.

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聖者の学ぶ世界

  • Yopi so, bhikkhave, bhikkhu arahaṃ khīṇāsavo vusitavā katakaraṇīyo ohitabhāro anuppattasadattho parikkhīṇabhavasaṃyojano sammadaññā vimutto, sopi pathaviṃ pathavito abhijānāti; pathaviṃ pathavito abhiññāya pathaviṃ na maññati, pathaviyā na maññati, pathavito na maññati, pathaviṃ meti na maññati, pathaviṃ nābhinandati. Taṃ kissa hetu? Khayā rāgassa, vītarāgattā.

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聖なる世界に挑戦

見解を乗り越える訓練

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知識からスタートする

  • 知識を得る時も「理解能力、自らの判断」が必要です。
  • 先入観から離れて、理解する訓練するのです。
  • 物質、世間の思考などを学んでも良いが、生きるとは何かと学んだ方が智慧が直ちに現れる。

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心の汚れを気にする

  • 心を汚さない、ある汚れもなくすという目的で聖者の世界を学ぶのです。
  • ですから、日常の生き方でも、こころが貪瞋痴で汚れないように、生き方を調整する。
  • それは、道徳・戒律をまもることです。
  • 道徳がなければ、智慧は現れません。

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聖なる道

  • 煩悩・執着が減るように、煩悩・執着をなくすように、現れないようにと気を付けて生きるのです。
  • 完全に執着がなくなってしまうことを目的にする。
  • 貪瞋痴がなくなるように、弱くなるように、感情に誘惑されないようにと注意して生きることが聖なる道を歩むことです。仏道です。修行です。

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ボーダーライン

  • 私見は私見としてみて、反対の意見もあると知る。
  • 意見に執着しないで、いつでも新たなデータが入る次第、意見を調整する。
  • 「一切は無常である」とは真理であると理解し納得する。
  • 因果法則を理解する。

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聖者の世界・出世間

  • 自我、エゴの錯覚が消えたところで、俗世間の次元を超えているのです。
  • 真理を発見して、こころから、一切の疑がなくなって、曖昧・優柔不断などが消え、落ち着くのです。
  • こころにこの改革が起きたら、仏弟子で、聖者なのです。

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聖者の世界・出世間

  • 怒りと欲が減ったところで、二番目のステージの聖者になります。
  • 怒りと欲が完全になくなったら、三番目の聖者になります。この世には還ることはない。
  • 「自分という実感さえも成り立たないと発見し、無明は完全に砕いて、智慧を完成したら、四番目の最終ステージの聖者です。阿羅漢です。

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聖なる世界の内容

  • Dasayime, bhikkhave, dhammā ekantanibbidāya virāgāya nirodhāya upasamāya abhiññāya sambodhāya nibbānāya saṃvattanti, nāññatra sugatavinayā. Katame dasa? Sammādiṭṭhi, sammāsaṅkappo, sammāvācā, sammākammanto, sammāājīvo, sammāvāyāmo, sammāsati, sammāsamādhi, sammāñāṇaṃ, sammāvimutti– ime kho, bhikkhave, dasa dhammā ekantanibbidāya virāgāya nirodhāya upasamāya abhiññāya sambodhāya nibbānāya saṃvattanti, nāññatra sugatavinayā’’ti

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聖なる世界の内容

  • 仏陀の教えにしか観られない、必ず離欲、安穏、寂清、解脱、涅槃に導く十の事柄があります。
  • 正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定、正慧、正解脱です。
  • この言葉の意味は、一般論的ではなく、経典の定義通りに理解しなくてはいけないのです。
  • この項目はariya magga(聖なる道)でもあります。

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此岸・彼岸

  • ‘‘Kiṃ nu kho, bho gotama, orimaṃ tīraṃ, kiṃ pārimaṃ tīra’’nti? ‘‘Pāṇātipāto kho, brāhmaṇa, orimaṃ tīraṃ, pāṇātipātā veramaṇī pārimaṃ tīraṃ. Adinnādānaṃ kho, brāhmaṇa, orimaṃ tīraṃ, adinnādānā veramaṇī pārimaṃ tīraṃ. Kāmesumicchācāro orimaṃ tīraṃ, kāmesumicchācārā veramaṇī pārimaṃ tīraṃ. Musāvādo orimaṃ tīraṃ, musāvādā veramaṇī pārimaṃ tīraṃ. Pisuṇā vācā orimaṃ tīraṃ, pisuṇāya vācāya veramaṇī pārimaṃ tīraṃ. Pharusā vācā orimaṃ tīraṃ, pharusāya vācāya veramaṇī pārimaṃ tīraṃ. Samphappalāpo orimaṃ tīraṃ, samphappalāpā veramaṇī pārimaṃ tīraṃ. Abhijjhā orimaṃ tīraṃ, anabhijjhā pārimaṃ tīraṃ. Byāpādo orimaṃ tīraṃ, abyāpādo pārimaṃ tīraṃ. Micchādiṭṭhi orimaṃ tīraṃ, sammādiṭṭhi pārimaṃ tīraṃ.

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此岸・彼岸

  • 殺生、盗み、邪淫、嘘、噂、粗悪語、無駄話、異常欲、異常怒り、邪見は此岸です。
  • 不殺生、…、正見は彼岸です。
  • Sammādiṭṭhiに達することは聖なる世界に入ることなのです。

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智慧とは SAMMĀDIṬṬHI なに?

  • Sammādiṭṭhi sammādiṭṭhī’ti, bhante, vuccati. Kittāvatā nu kho, bhante, sammādiṭṭhi hotī’ti
  • 「正見、正見」と言われています。尊師、正見とはなんでしょうか?
  • Dvayanissito khvāyaṃ, kaccāna, loko yebhuyyena – atthitañceva natthitañca.カッチャーナ、有(在る)と無という二つの極端に世間が嵌められています。

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智慧とは SAMMĀDIṬṬHI なに?

  • Lokasamudayaṃ kho, kaccāna, yathābhūtaṃ sammappaññāya passato yā loke natthitā sā na hoti
  • カッチャーナ、この世の生起をありのままに、正しい智慧で観るならば、この世に対する「無」という極端がなくなる。
  • Lokanirodhaṃ kho, kaccāna, yathābhūtaṃ sammappaññāya passato yā loke atthitā sā na hoti
  • この世の滅を…「在る」という極端がなくなる。

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智慧とは SAMMĀDIṬṬHI なに?

  • Upayupādānābhinivesavinibandho khvāyaṃ, kaccāna, loko yebhuyyena.
  • カッチャーナ、この世はほとんど、見解に執着して、見解を追い求めているのです。
  • Tañcāyaṃ upayupādānaṃ cetaso adhiṭṭhānaṃ abhinivesānusayaṃ na upeti na upādiyati nādhiṭṭhāti – ‘attā me’ti.
  • あらゆる見解に執着してはならない。これは「我」であると思ってはならない。

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智慧とは SAMMĀDIṬṬHI なに?

  • Dukkhameva uppajjamānaṃ uppajjati, dukkhaṃ nirujjhamānaṃ nirujjhatī’ti na kaṅkhati na vicikicchati aparapaccayā ñāṇamevassa ettha hoti. Ettāvatā kho, kaccāna, sammādiṭṭhi hoti.
  • 生起するのも、滅するのも「苦」であると、自分で体験して発見することで、疑を乗り越えた揺らがない智慧が現れます。これが「正見」です。

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智慧とは SAMMĀDIṬṬHI なに?

  • それから、在る、無しの極端を避けて、中正の真理を語られるのです。
  • それは、「これがあるからこれは起こる」などの因果法則の説法です。
  • 四正諦、因縁、無常・苦・無我を知ることは智慧であります。
  • 発見する人は「聖」です。

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集約

  • 心が実体論で働くあいだは俗世間です。
  • 実体論が完全に消えて、現象は因縁によって一時的に現れて、消えるのだと発見したところで、聖なる世界です。
  • その目的を目指して努力する人は「道の人」です。
  • ボーダーラインとは道の人のことです。

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ご清聴を感謝いたします

生きとし生けるものが幸福でありますように

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三宝のご加護がありますように