左派加速主義の思想的文脈とその展開
2024年3月30日
なめら会議
幸村燕
自己紹介
「ぬかるみ派」創刊号
『自己啓発』&『加速主義』特集
加速主義(Accelerationism)とは何か?
一般に、
「資本主義と技術を加速させることで資本主義を破壊する思想」と思われている。
だが、それだと新自由主義の資本主義礼賛や技術革命論と何が違うのか?
加速主義の起源
加速主義はイギリスのウォーリック大学で1995年に結成されたサイバネティクス文化研究ユニット(CCRU)と言うところを起源にしている。ここでは20世紀のフランス思想の研究をしながら、当時の現代文化としてのSF映画やインターネットカルチャーなどの研究が行われていた。
このCCRUの結成メンバーの一人が「加速主義の父」と呼ばれるニック・ランド(1962-)である。彼の思想を中心とした思想が2008年に美学研究者ベンジャミン・ノイズ(1969-)によって「加速主義」と批判的に名付けられた。2010年のシンポジウムで採用。
加速主義の問題意識①歴史的背景
近代以来人類は生産性を向上させながら、フロンティアを開拓し、植民地を増やし、資本主義というシステムを維持してきました。世界は無限に拡大するという「進歩」物語の中にいたのです。
この物語は戦後、いくつかの理由によって終わりを迎えます。
①市場の単一化=グローバリズムの徹底(特に1991年冷戦の終結)
②共産主義の敗北
③宇宙開拓の挫折→1958年のアーレント『人間の条件』との対比
④地球上の全てを人間が開拓してしまった=人新世→脱人間中心
地球から逃げられない人類
第二次世界大戦が終わってすぐの(一九七九年頃まで続く)時代は、科学文化と大衆文化における未来志向な思想の頂点であった。しかし、技術-科学的発展と社会的変容の急進的な交わりについてのこの未来学的な展望は、新自由主義の到来後、すぐにキッチュなレトロ-未来主義への憧れに取って代わられた。これがモダニズムと初期ポストモダニズムが、一般化された時代的病理と呼ぶべきものへと崩壊していく物語である。要するに、技術-社会的啓蒙という道筋の喪失ということである。これはとりわけ、「最後のフロンティア」としての宇宙の喪失として要約されるものだ。一九七〇年代から、ソ連とアメリカの巨大な宇宙計画は、政治的圧力と予算削減の緊張の下で崩壊した。
(Alex Williams, “Escape Velocities”〈https://www.e-flux.com/journal/46/60063/escape-velocities/〉2013,より引用)
資本主義しか出口がない?
アメリカの政治学者フランシス・フクヤマ(1952-)は、冷戦の終結を受け『歴史の終わり』(1992)の中で自由民主主義と自由主義によって歴史は終わりを迎えたと宣言した。
資本主義を乗り越えようとするマルクス主義による「歴史の終わり」は来なかったのである。
資本主義が勝利する=新自由主義の時代=資本主義リアリズム
資本主義の終わりより世界の終わりを想像するほうがたやすい。
マーク・フィッシャーによれば、「資本主義リアリズム」とは「資本主義が唯一の存続可能な政治・経済的制度であるのみならず、今やそれに対する論理一貫した代替案を想像することすら不可能だ、という意識が蔓延した状態のこと」(マーク・フィッシャー『資本主義リアリズム』p.10)。
加速主義の問題意識②哲学史的な背景
加速主義と歩みを共にする思想に「思弁的実在論」という思想がある。
思弁的実在論も加速主義と同じようにゴールドスミスカレッジにて2007年に行われたシンポジウムに起因する現代哲学の潮流である。主要メンバーはグレアム・ハーマン、カンタン・メイヤスー、レイ・ブラシエ、イアン=ハルミント・グラント。
これらの思想は皆バラバラであるが、メイヤスーが「相関主義」と名付けた哲学的な伝統を批判するという点において共通している。
「相関主義」とは?
メイヤスー曰く、「相関主義」とは我々は思考や存在の一項のみを切り離して思考することはできず、思考と存在の相関にのみアクセスできるとするカント以後の哲学史の潮流を指す語である。我々の思考はただ主体と客体の相関の中でのみ対象を思考することが可能であり、認識の外部としての「物自体」は対象化することはできない。対象とは既に主体によって対象化されているものであるのだから、対象化以前の客体を主体の対象化抜きにした対象として捉えることは不可能である。このような前提に立つと、主体と客体の相関は疑い得ぬものとなり、人間以前と人間以後の世界は語り得ぬものとなる。
(カンタン・メイヤスー『有限性の後で』(訳/千葉雅也、大橋完太郎、星野太、人文書院、2016)参照)
ニック・ランドによるカント批判
ランドは「相関主義の先駆け」とも言われるカント批判を記している。
1988年の論文「カント・資本・近親相姦の禁止」では、カントの思想の中に他者を再現なく内部に取り込む資本主義的傾向を見出し、カント思想と植民地主義の関係を書いている。
1992年の『絶滅への渇望』の中では、主にバタイユを論じながら、カントを人間主義(資本主義的家父長制)として批判している。
「実在」にこだわる政治的な理由
加速主義の問題意識③左派の行き詰まり
ソ連の崩壊により、事実上資本主義が勝利した中で左翼の運動はマルクス主義に変わる全体性を持った論理を提示できずにいた。資本主義に上手く乗った人間たちは市場と技術によってグローバルに(飛地的に)展開しているのに対して、左派はデモやオキュパイなどのローカルな対応を行なっており、部分的な問題しか対処できない。要するに、資本主義に対する代替案が描けなかった。
これに対して、左派の加速主義はそれまでの左派運動を「素朴政治」と呼び、左派による技術介入を主張している。
資本主義の内部から資本主義の外部へ
多くの論者が指摘するように、資本主義は自らに対立するものを飲み込むことで駆動する(リュック・ボルタンスキー&エヴ・シャペロ『資本主義の新たな精神』やジョセフ・ヒース&アンドルー・ポター『 反逆の神話〔新版〕: 「反体制」はカネになる』など)。
そのため、資本主義は他の主義とは異なる性質を持っている。このような資本主義に対して、代替案を提示したところで敗北してしまう。そこで、加速主義は資本主義の内部から資本主義を抜け出す手段を考える。
資本主義の欲望を超える欲望
イギリスの元保守派下院議員ルイーズ・メンシュがオキュパイを批判しているトークショーの映像の中で、「オキュパイの参加者はスターバックスに行くし、iPhoneを使っている」と述べている。彼らは資本主義を批判しながら、資本主義の成果物を欲望しているというのだ。
正直、これはそうだろう。今の日常生活を捨てて、資本主義を打倒したいという人はほとんどいないだろう。
そのため、資本主義の内部論理から資本主義を乗り越える「ポスト資本主義」というものが志向される。
ポスト資本主義
マーク・フィッシャーは講義『ポスト資本主義の欲望』の中で「ポスト資本主義」について次のように述べている。
それがポスト資本主義である以上、それは勝利である、すなわち資本主義を経由して現れるであろう勝利なのです。それは単に資本主義に対立するものではありません。それは資本主義が終了したときに起こるであろう何かです。それは今わたしたちがいる場所から始まります。どこか完全に離れた場所ではありません。そのことも含意されている、そうですよね? ポスト資本主義の概念は、資本主義の中から外に出ることで発達するものです。それは資本主義から発展して、資本主義を超えて動いていきます。したがって、わたしたちは完全な他なるもの、純粋な外部を想像する必要はありません。これはポスト資本主義を考えるうえで強調しておきたいことのひとつです。わたしたちは、資本主義からの抑圧を起点にして、それを研究対象にすることもできますが、それだけではなく、資本主義による喜びをも起点にして、対象とすることができるのです。
(マーク・フィッシャー『資本主義リアリズム』p. 49より引用)
ポスト資本主義の要件
左派加速主義のニック・スルネックとアレックス・ウィリアムズは共著『未来を発明する』(原題:Inventing the Future: Postcapitalism and a World Without Work,2015)の中で「ポスト資本主義」を構築するための四つの目標を挙げている。
1 製造の全オートメーション化
2 労働日数の削減
3 ベーシックインカムの支給
4 労働倫理の縮減
ポスト資本主義のビジョン
・ラグジュアリー・コミュニズム(アーロン・バスターニ):フルオートメーション化によって贅沢な共産主義を実現しようという立場。
・アシッド・コミュニズム(マーク・フィッシャー):労働者が皆ヒッピーになり、反労働の倫理を内面化したコミュニズム。
・絶滅:資本主義が自然破壊を続け、地球が崩壊することで資本主義が終わる。
など。
もちろんこれらには批判もある。マルクス研究者・斎藤幸平は『人新世の「資本論」』(2020)の中で左派加速主義の思想が天然資源の問題などを考えていないとしエコロジーの立場から左派加速主義を批判している。
ただ、これまで見てきた問題意識を踏まえて、政治や思想の想像力を見直すという意味で「加速主義」の思想は有意義であるように思う。
加速主義の展開
現在では様々な派閥に分裂しており、
近代における合理性の概念を再構成することで啓蒙と合理性と進歩と科学的探究の概念を結びつけ直す「新合理主義」=啓蒙を再評価
「新合理主義」によって得られた認識の転換を政治経済の次元で実装することでテクノロジーにおける左翼の陣地線を展開していこうとする「左派加速主義」
政治的な次元を括弧に括り形而上学的に資本主義や加速の概念を分析し直す「無条件加速主義」
技術による疎外を徹底させることで自然の概念を解体しようとする「ゼノフェミニズム」
民主主義を解体することで絶対的な自由を手に入れようとするニック・ランドのような「新反動主義」と呼応する立場などもある
おすすめの文献
・木澤佐登志『ニック・ランドと新反動主義 現代世界を覆う〈ダーク〉な思想』(講談社、2019)
・江永泉、木澤佐登志、ひでシス、役所暁『闇の自己啓発』(早川書房、2021)
・マーク・フィッシャー『資本主義リアリズム』(訳/セバスチャン・ブロイ、河南璃莉、堀之内出版、2018)
・マーク・フィッシャー『ポスト資本主義の欲望』(編/マット・コフーン、訳/大橋完太郎、左右社、2022)
・『現代思想2019年6月に号 特集=加速主義──資本主義の疾走、未来への〈脱出〉』(青土社、2019)