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私的「豊後街道考」(2)

豊後街道に沿って「古代~近世までの歴史」を探求

「豊後街道」

「瀬戸内(海上ルート)

学生時代には全く勉強しなかった「歴史や文化」、

今頃興味を持ち、私的に色々調べた結果をまとめてみた。

写真や説明文は随分省略したので各自で追加で調べてみてください。

                (アラビア数字は写真撮影枚数:1枚は省略)

                   (青枠は後世)

               By薄毛の髭のっぽ2024-11-06現在

「瀬戸内(海上)ルート」

(肥後街道、豊後往還、肥後往還とも呼ばれる)

今回のまとめ分

車(車中泊)や歩きで探求しました

知識のみ

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全体-2:まず全体を俯瞰(19)

小泉八雲記念館(松江市)

ギリシャ生まれの新聞記者(探訪記者)、紀行文作家、随筆家、小説家、日本研究家、英文学者。出生名は英語でパトリック・ラフカディオ・ハーン 。1896年(明治29年)に日本国籍を取得して「小泉八雲」と名乗る。妻の節子。熊本市内に居住跡や記念館がある。

吉田松陰(松下村塾)

江戸時代後期の日本の武士(長州藩士)、思想家、教育者。山鹿流兵学師範。明治維新の精神的指導者・理論者。明治維新で活躍した志士に大きな影響を与え、ペリー艦隊へ乗艦し密航を試みた。

坊っちゃん列車

(松山市)

夏目漱石は熊本に赴任していた。

維新の群像(維新の門)

坂本龍馬脱藩の地梼原町

名護屋城跡(唐津市)

1592年秀吉の朝鮮出兵拠点で総面積約17万平方m(当時大坂城に次ぐ規模)、わずか5カ月で主要部分を完成周囲には全国から集まった130以上の大名の陣跡が築かれた

福澤諭吉旧居・福澤記念館(中津市)

慶應義塾大学の創始者

北里柴三郎の「伝染病研究所」も

羅漢寺(中津市)

住職玄宅の為に初代熊本藩主忠利が「水前寺」を建立。

秋月の乱1876年(明治9年)10月24日に熊本県で起こった神風連の乱に呼応。乃木希典率いる小倉鎮台が秋月党を攻撃鎮静。鉄砲小路からも出兵

三国峠(佐伯市)

古代の官道:

西南戦争古戦場

北里柴三郎記念館(小国町)

R6から1万円札

武蔵初決闘の場(兵庫県)

宮本武蔵生家跡(岡山県)

金鱗湖(湯布院)

夕日に照らされ、金色に輝く魚の鱗を見て、 1884年(明治17年)

毛利空桑が名付けた

宮本武蔵関連

 武蔵の引導石

 武蔵塚

 島田美術館

 座禅石

 雲巌寺

 西の武蔵塚

殿下石3

豊臣秀吉が、1587(天正15)年4月18日、この石で休憩したと伝えられている

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表紙ー3:主な年表

主な出来事を抜粋したもので、抜け漏れや矛盾も感じるかも・・・

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熊本-1:熊本城内外(79)

花畑公園10

古城跡(隈本城跡)

地獄坂4

桜馬場2

城稲荷神社4

千葉城公園7

藤崎台大クス10

大小天守と宇土楼13

愛染院4

現県立第一高校

加藤清正が花岡山方面からの敵を防ぐために造った29門の一つ。

1632(寛永9)年、初代藩主細川忠利公が小倉から肥後に入国した際に従ってきた宥伝が開いた。

代継宮を本庄に遷宮した跡地に、加藤家・細川家の国許屋敷が作られた

1715年加藤清正の家来として熊本に来て、後に商人

長崎でシーボルトの教えを受けた初代・吉田順碩が、伝統薬「肥後の諸毒消丸」を文政年間(1818~30)に発売

兵庫屋本店3

吉田松花堂6

京町

京町は清正公さんのおひざもと

韮山(うるさん)5

(1592,1598)文禄・慶長の役(豊臣秀吉の朝鮮出兵)の際、加藤清正が陣取った朝鮮の蔚山から連れてきた人々を住まわせた

藤崎宮跡

高麗門跡5

花岡山の石を運び出すときに使った急坂

花畑屋敷

明治十年西南の役で焼失

千葉城(旧隈本城)

現熊本県立第一高校

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熊本-1(B)主な京町付近の坂道

丘の上に築いた熊本城は自然を生かした要塞でもあった・・・

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熊本-2:肥後街道(元標~二里木)(36)

里程元標7

新一丁目御門前広場で、熊本からのすべての道の起点。藩の種々の政令を掲示した場所(高札所)でもある。

一里木5

白川沿い2

宇留毛

立田山神宮鳥居

神風連資料館

子飼小幡宮

龍田中学校

二里木

観音坂6

中坂4

立田三宮神社

百間石垣

薬園町名

「潤った場所」、「草木が豊富な場所」、「水が湧き湿っているところ」をあらわした地名ではないかと考えます。(熊本博物館談)。。

百間石垣

代継宮

熊大

放牛

肥後塚&街道

一旦白川におりたらしい

1661(寛文元)年9月、豊後街道の守護神として、現在地に社殿を造営遷座。

一夜堰

観音堂は現在の天守閣の所にあったが清正公の要請で現在地に移されたのでこの名がある。

寛政8年(1796)に,白川が氾濫し大水害に見舞われ,藩主陣頭指揮のもと,その年の8月から年末にかけて造った塘である。あまりに早く造られたというので,人々がこう呼ぶようになったそうだ。

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熊本-3:肥後街道(二里木~四里木)(59)

三里木

塚の本桜並木7

龍田支所

出村2

金木犀並木

武蔵うどん2

武蔵塚公園

ハゼ並木4

赤穂浪士大石内蔵助櫨が第6代城主細川宣紀に栽培を進言

頼山陽歌碑

1818(文政元)年に長崎から大分県竹田に向かう道中で詠んだ自筆の句が記されている

大原阿蘇神社20

境内には「枯木新町」と刻まれた1725(享保10)年の手水鉢

四里木(南方)3

南方

北部の入道水の新地で、旧「南方村」の名残。      東の中尾(旧中尾村)は、南方の新地。

旧弓削村小坂(県道207号線沿いの小坂阿蘇神社がある)からの出村。                         出村:本村から離れて飛び地などにある村。 分村。

杉並木

闇光寺7

恵比寿尊

宿場町として発展した新町(通称枯木町)。商家が商売繁盛の願いを込めて祀ったものと云われ、後に家畜の守り神としても崇められた。

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熊本-4:肥後街道(街道筋以外の菊陽町)(71)

曲手の地蔵7

戸次の六地蔵4

蘇古鶴神社21

入道水菅原神社14

妙見さんのむくのき2

下津久礼六地蔵3

鉄砲小路6

柳水湧水公園

古閑原菅原神社6

「六道」とは、地獄道・飢餓道・畜生道・阿修羅道・人間道・天道をいい、「六地蔵」は、この六道において衆生を救う六種類の地蔵菩薩の総称。

奥に合志三十三観音第17番札所宮内観音堂がある

天保七(1836)年刻印の灯篭あり。

「合志の七水」と言われる一つ(入道水、柳水、引の水、破子の水、杉水、鹿の水、鷲の水)。阿蘇大明神が杖を立てるとたちまち水が湧き出た。

1635(寛永12)年細川忠利公の命により、阿蘇神社より勧請された。細川忠利公が鷹狩りで2羽の鶴を見て決めたらしい

1635(寛永12)年に初代藩主細川忠利公によって設置された鉄砲衆が暮らした集落

今石神社

上津久礼眼鏡橋

鼻ぐり

今石横穴古墳

入道水眼鏡橋

玄蕃橋

古閑原眼鏡橋

梅ノ木遺跡

合志城の支城(山城) 1585(天正13)年島津氏の侵略を受け落城

以前は菊陽町原水を東西に流れる上井手の入道水菅原神社参道に架けられてた

瀬田下井出と津久礼井出の2つの流れに架かっていた菊池郡市内唯一の二連式アーチ橋

上井手に掛かる単一アーチ橋

参勤交代の行列

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熊本-5:肥後街道(四里木~五里木)(95)

日吉神社古宮6

巡検使4

高札所4

光尊寺7

苦竹年禰神社9

(にがたけとしねじんじゃ)

軽便鉄道(大津駅跡)3

円通禅寺16

入道水

日吉神社11

塘町筋3

手永会所跡3

大願寺6

人馬所跡2

大津宿11

御蔵跡

室簀戸口跡

桜の馬場

古閑原

西南の役で扉に鉄砲の穴

五里木2

馬繋石群3

設置場所が歴史とは無関係な場所に移設

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熊本-6:街道筋以外の大津町(109)

若宮神宮(玉岡城跡)8

窪田阿蘇神社14

岩戸神社12

苦竹古宮4

岡本家9

引水菅原神社11

水車小屋(喫茶店)10

第十一代横綱「不知火光右衛門」の墓

江藤家

明神社3

天神森の椋(ムクノキ)10

水月寺10

清正が熊本に赴任する時に通った「殿様街道」らしい

南郷往還の筋だったらしい

参勤交代の折に殿様が休憩したらしい

地下に粉ひき用の水車がある

(大津役場横)

清正が熊本に赴任する時に通った「殿様街道」らしい

幕末時は広大な土地を持っていた。

年1回の解放

大友家の家臣を祖と伝え,その没落後に帰農し幕末期に細川藩の士族となった家である

戦国時代の元亀・天正(1570~1591)の頃、合志郡を支配していた合志氏の家来稲葉氏が、この地「堂面山」に城壁

昔、ここに天満宮があったという

鎌倉初期仁元 (1201) 年に上陣内 (玉 岡) に阿蘇社を勧請して創建された健磐龍命を始めとする阿蘇 12神を祀る神社。室町後期 文明元 (1469)年にここに遷宮

横綱になり、横綱土俵入りの型「不知火型(しらぬいがた)」を作り上げた

森駅4

南郷往還への分岐点

南郷往還入口

なまずの石絵馬

年禰神社に井手の保全を願い水神鯰を納めた絵馬と伝えられている

(大津町歴史文化伝承館)

六地蔵5

1469~1487(文明年間)に建立。熊本~陣内~阿蘇を結ぶ中世から明治時代の道しるべ

大昔の阿蘇の噴火で湧いた湧水の名残だそうな

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熊本-6(B)大津町(補足)

森駅

大津町古図

ろくんぞ

水車小屋(喫茶店)

店内地下に(米とかを粉に曳いた)水車現物が残っている