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実践コミュニティにおける身体性の意味と機能的特質について理論的考察

目白大学 河野秀樹

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出発点 異文化間コミュニケーション研究における身体へのまなざし

  • 文化間の関係性は現場で何が起きているかを問わずして語れない。

 現象の要因を文化的要素に還元して論じられるのは、文化間のコミュニケーションギャップのメカニズムなど、文化的差異そのものの影響に関わるトピックに限定される。

  • 一方、多文化間の関係生成や協働の実相は、個々の集団の文化的特質だけを見ても見えてこない。

 →むしろ多様なアクターが何でつながり、そこにどういう関係性が生じているのかを見る必要

  • そこで異文化間をつなぐものは何かを考える必要が生じた。

 知的な相互理解?

 対異文化感受性?

 異質性への寛容度?

 多様性への耐性?

 棲み分け?

 →だが、これらは文化的差異とその克服を起点とした、 要素還元的な問いになってしまう。

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  • むしろ、個々の文化集団の文化的特質から離れて、(文化を含む)多様性を内包するコミュニティで何らかの実践を通じて生成する関係性と、そこから産出される知識、価値の特質に焦点を当てることで、文化固有の「構造」の呪縛を脱し、コミュニティが生み出す間文化的な「構造」を論じる視座が得られる。

→そこで、「実践コミュニティ」(Lave & Wenger, (1991)の概念を援用し、協働的実践を通じたコミュニティとしての学習のあり方を分析することで、多文化間協働の実相を論じるための方法上の枠組みが得られると考えた。

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問題意識の所在と発表の目的

 これまで実践コミュニティによる学習プロセスを論じた論考には、同コミュニティにおける身体性の実相とその機能を体系的に示したものはみあたらない。

 そこで、本発表では、実践コミュニティにおける実践知の創出と共有にあたり、身体・身体性がどのような位置づけと意味を持つのか、およびその機能的特質とはどのようなものかを考察する。

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実践コミュニティとは

共通の専門スキルや、ある事業へのコミットメントによって非公式に結びついた人々の集まり」(Wenger, McDermott and Snyder, 2002)

例 徒弟制で結ばれた集団 職人的技能・わざの伝授・習得のための熟練・非熟練者からなる集団

  特定の職業上の目的を共有する職能集団 企業、NPO、社会福祉団体

  興味・関心を共有する任意の実践ユニット サークル、プロジェクト集団、学校?

背景としての認知・学習への状況論的アプローチ

-状況的学習理論(Situated Learning Theory) 

例 社会的分散認知(Socially Distributed Cognition) Hutchins (1993) 

  拡張的学習(expansive learning)Engeström(1987)

  正統的周辺参加(Legitimate peripheral participation)Lave & Wenger (1991) 

 我々の認知的発達とは、個人による知識や技能の蓄積に還元されるのではなく、ある社会的文脈の中で行為を通じてなされる学習プロセスである。

→あらゆる学習は他者との(直接・間接の)相互作用を通じた社会的関係の中で行われる。

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実践コミュニティの3つの成立要件�

  • 《領域》(Domain)

  知識、 情報が交換される対象となる領域

  • 《共同体》(Community)

  実践、交流を行う人々の集団

  • 《実践》(Practice)

  知識を生み出す活動(参加)

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先行研究での実践コミュニティでの学習を支える身体知

  • 実践コミュニティにおける実践とは、共同体内での活動への参加という行為により、(熟練者により代表される)認知・判断・行為の全体的マトリックスの身体化を通じた継続的な学習の過程である。(福島, 1993)

  • 実践コミュニティでは、暗黙知と形式知を結び合わせることで、知識を体系化できる。(Wenger, McDermott and Snyder, 2002)

 暗黙知:ここでは、言語などの記号による形式化のできない経験に基づく知識(野中, 1996)、すなわち、感覚や直感など身体性に深く関わる認知の領域。

 一方、実践コミュニティにはたらく身体知の実相と機能を体系的に論じた論考は見られない。

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身体知としてのハビトゥスと実践コミュニティ

  • 身体を起点とした学習能力を表す概念としてのハビトゥス

モース(Mauss, M.) 身体技法としてのハビトゥス:特定の社会文化的文脈内で固有に構成される身体の用い方。 

ブルデュー(Bourdieu, P.) ハビトゥスとは、身体が構成し、特定の集団や階級に共有される、認知・判断・行為の産出と組織化の原理。 場面により転調

  しかし、両者においてハビトゥスの形成と社会化のメカニズムは体系的には論じられていない。(田辺, 2003, 福島, 1993) 

 実践コミュニティ概念の導入により、ハビトゥス形成の過程がより具体的、視覚的に表現される。(福島, 1993)

例 コミュニティのハビトゥスの媒介物としての「道具」には社会的実践のエキスがコード化されている。

 では、実践コミュニティに共有される身体知としてのハビトゥスを形成し、共有する身体のはたらきとはどのようなものか?

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実践コミュニティにおける身体性の機能を論じるうえでの3つの視座

  • ①個人と環境を結ぶ身体

  • ②個人と個人を結ぶ身体

  • ③「場」の文脈を生み出す身体

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①個人と環境を結ぶ身体

  • 「はたらきとしての身体」である「身」は、環境を分節するとともに、環境により分節されることで、世界を意味づけ、世界に意味づけられる。(市川, 1992)

例 「気分」は世界を色づけすると同時に、外部の状況(環境)により影響される両義性をもつ。

●「身」の「構造」-知覚や行動に向けて身体的要因を内的に統合するための機能

向性的構造 身体の下意識レベルでの統合

  例 ホメオスタシスによる環境への適応(自己作用的)

    自律的「かまえ」による行動可能性への予備条件づくり(外部作用的)  

志向的搆造 身体の意識レベルでの統合

  例 情動(自己作用的) 知覚、行動(外部作用的)

 身体の意識的統合である志向的構造は、下意識的な向性的構造のはたらきに依拠して成立している。

例 知覚は自律神経系、内分泌系(つまり向性性)と関連の深い情動、感情に左右される。

 「我々が対象に没入し『われをわすれている』ときでも、我々は前意識的かつ非措定的に自己を把握している。」(市川, 1992)

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イメージ生成の運動感覚的モダリティ

  • ものの知覚は、対象からの物理的な刺激のみに依存して構成されるのではなく、身体の様々な動きに関連づけられてなされている。心的表象としてのイメージも、単一に視覚的情報処理によるのではなく、運動の図式としての姿勢−情動系に基づいている。(佐々木, 1987)
  • ワロン(Wallon, H.)の「姿勢反応」 イメージは筋の緊張の波といったからだ全体を覆う身体各部相互の運動関係を通じ、これが情動的意味を伴って表象化されることで生じる。

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 社会的関係を含む外部環境の認知と自己把握のあり方は、「身」の下意識的分節機能をとりもつ向性的構造により、前反省的に規定されている。

→このことは、あるコミュニティの環境条件を共有する成員が、環境(つまり物理的・社会的文脈)に関する個々の意識的解釈を行う以前の段階で

外界に対する意味づけが自律的に起きうること

②環境中にある物理的、社会的条件の認知に成員間で類縁性が生じうること

③また、そうした環境への適応形態としてのコミュニティ固有の実践のあり方の共有化が起きうること

への身体論的視座からの理論的根拠となる。

例 同じ職場で働く者どうしが、互いへの恣意的関与とは別な身体的次元で自然と職場の作法、文化を把握・共有し、そこで必要なスキルや心構え、情緒的反応のあり方を自ずと体得していく。

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②個人と個人を結ぶ身体

  • 我々の相互行為は、相互主観的な社会性にもとづいており、その基底には「原初的共生」と呼びうるような自他未分化な前人称的存在形態がはたらいている。(市川, 1992)

→自他未分化な匿名的身体性を支える間身体性(メルロ=ポンティ)が、意識レベルでの相互行為とものごとの共通解釈の基板である相互主観性を可能にしている。

  • 身体性の共有メカニズムとしての同調現象(市川, 1992)

 同調とは、はたらきとしての身体が構造的に同調し合うこと

「同型的同調」他者と同じ身体的志向をとろうとする 同調作用

「相補的同調」互いの志向を補い合ったり、相手に応答する形をとる同調作用

 これらは身体が対象の志向そのものに感応し、その動作を先取りするするかたちで予期的になされる点で、単なる模倣ではない。

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同調に類する身体間の共鳴現象

  • エントレインメント(entrainment) 生理的リズムの相互引き込みを通じた身体的共振作用 

 例 コミュニケーションダンス(Condon, 1976)

  • 危険の存在に反射的に生じる身体の緊張とそれに伴い発する情動反応が、ある種の構えとして瞬時に人間や動物の群れに共有される。(佐々木, 1987)

  • もらい泣きなどに見られる他者の情意が直接的に伝染する現象(山口, 2002)

  • ミラーニューロンを通じた他者の行為の意味と意図の共鳴的理解 (Rizzolatti & Sinigaglia, 2006)

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③「場」の文脈を生み出す身体

  • 生体一般には、上位の統御主体の関与によらず他の生体との動的協力性を通じ集団として独自の機能と行動様式を生み出す性質がみられる(例 発生過程での形態形成、 生体組織の再生)。これは、要素間に自己組織される秩序の生成原理としての「場」のはたらきによる。このことは個体としての人間の集団にもあてはまる。(清水, 1978)
  • 「場」の定義:生体の集団内に自己組織されるマクロな秩序を生み出す原理ないしはそれにより生成される成員間の関係性の枠組み
  • 「場所」の状態を伝える「場」の情報は、集団の成員が存する「場所」の状態を個人に伝える情報として、暗在的に(つまり非記号的情報としての暗黙知として)個々の成員に伝達される。(例 場所の印象、雰囲気) これらは個人の内部に生成する対象化できない情報。

→「場」の情報は、情意、感覚、直感などの身体知として、市川のいう向性的構造のレベルで構成され自己作用的に認知される。

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「場」、「場所」、個人の相関図

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  • 「場」の秩序が成立するためには、個々の成員の振る舞いが「場所」の状態に整合(タテの整合)するだけでなく、個々の成員の振る舞いも相互に整合している(ヨコの整合)必要がある。

  →即興劇モデル 場所の状態の変化に合わせ協働的にシナリオを生成していく

  • この個人間の関係の調整は、観察や分析にもとづく(理知的な)行為の調整というよりは、場所全体の状態に合うよう直感的、感覚的に互いの適切な間合い(つまり整合的関係性)をつくっていく作業となる。

 →タテとヨコの関係を同時に整合させるという、非線的論理による複雑な調整作業では、情報の知的(線的)処理では追いつかない。(因果律の限界)

例 個々の行為選択の自由度が高い集団スポーツでのプレーヤーの位置取り 

  剣士の「見の目」と「観の目」

 こうした「場」的秩序生成における、入り組んだ情報処理の担い手としての身体が想定される。

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事例 助産所における後進助産師の「わざ」習得における身体性

①個人と環境を結ぶ身体

  • 前川(2011)より

 後進の助産師たちが助産の「わざ」を学ぶうえでは、助産所という職場環境に「身を置く」ことが決定的な意味をもつ。

 見習いの助産師たちは、熟練助産師と職場を共にしていることで、日常的な動きを含めて必要な動きがわかるようになり、わざを「身体で『自然に憶えてしまう』」(p. 153)。そこで身につく知識は、「目の前で自分が意図的に探ろうとはしなくても展開」(p. 153)されていく

 臨床現場に身を置いた学びとは、個人に内在する知識というより、 「臨床という場における関係性、文化や風土、雰囲気という特徴に関連づけられる力として経験される」。(p.154)

 

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②個人と個人を結ぶ身体

  • 村上(2011)より

 後進助産師は、熟練助産師が産婦や赤ちゃんに接する際などの姿勢や態度を見ると同時に、助産をめぐる様々な役割を現場で担うことで、それらの要素とお産のわざとの関連を次第に感じ取れるようになるのであり、現場では具体的に「ああしろ、こうしろ」といった指示はしない。それは、画像や言葉による説明だけでは、「その裏に潜んでいる何か」(p. 346)が伝わらないため、わざは伝えきれないためである。

 熟練助産師はわざを伝えているという意識をもっているわけではなく、むしろ、助産に際し熟練助産師が「自分自身を道具として使っている」(p. 350)様子を見せることで、分娩に纏わる価値観、助産師としての信念、覚悟、責任といった主観的要素を伝えることに重点を置いている。後進助産師は、こうした実践を重ねることで、自分自身の助産の型を獲得するとともに、自信を持ってそれが「○○助産所のお産です」と言えるようになる。

  • 前川(2011)より

 助産に関わるわざの知は、「相互主観的で相互行為的な交流そのもの、ないしはそのメッセージの理解」(p. 154)である。

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③「場」の文脈を生み出す身体

  • 原田(2011)より

 熟練助産師と後進の助産婦は、分娩の活動への「参加」を通じて、分娩への互いの「参加のリズム」を作っていく。「リズムに『のって』いるとき、私たちはもはや『動き』(形)をしているのではない。一つの統一された『有様に』自分の姿勢、構えを『同化』させているのである。つまり、感覚を共有できる『共同体』となる」。(p.173)

  • 村上(2011)より

 「みなが掛け声を一緒に行うことで(産婦、助産師に)一体感が生まれる部分があります。ある意味それは感覚の共有なのかもしれません。」(p.354)

 「あくまで呼吸をするのはお母さんであり、助産師がそれに合わせて声をかけていく(…)その間をとりながら、その人がやりやすいように、誘導するような場の作り方をしています。」(pp.354-355)

 後進助産師は、「その場の呼吸が、自分も一体化してできたときなどに(熟練者のわざが)わかる(と感じる)ことが多いようです」(p.355)

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実践コミュニティ研究への身体知概念導入の課題

  • 実践コミュニティ内での認知的分業への対応の限界

 ウェンガーらの実践コミュニティ概念は、元来徒弟制を基盤として理論化されているため、今日の複雑な分業のシステムを記述できるだけの理論の複雑性をもたない。(福島, 2001)

 特に、物理的空間を共有しないかたちで展開する協働実践にどこまで身体性の議論が適用可能かは不明。

→分業部門間の境界が身体知のおよぶ範囲の境界とずれている可能性

  • 政治的、制度的要素の実践への関与と身体知との関連をどう扱うか

 権力構造、制度による拘束条件が組織内外から実践に影響するとともに、身体知の生成、行使にも相互に影響しうる。この複雑さをどう扱うか。

  • 方法論上の問題としての外部からの観察による記述の限界

 身体を通じて認識される実践の態様や社会的関係性の生成プロセスは、経験の場に臨む当事者としての観察者にとっての出来事の意味が問題となる点で、自己と切り離された対象として捉えた客観的記述では描ききれない

→それらの記述は主観を通じた一人称的なパースペクティブからの記述とならざるを得ない。これを学術的文脈にどうのせていくか。

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主な参考文献

市川浩(1992 )『精神としての身体』講談社

ウェンガー,E, マクダーモット,R., スナイダー,W. (2002)(櫻井祐子 訳)『コミュニティ・オ

ブ・プラクティス』翔泳社

河野秀樹 (2022). 「『場』における身体性とコミュニケーション」 岡智之・井出祥子・大塚正之・櫻井千佳子(編) 『場と言語・コミュニケーション(シリーズ 文化と言語使用3)』 (pp. 225-253)ひつじ書房

佐々木正人(1987)『からだ:認識の原点』東京大学出版会

清水博(1978)『生命を捉えなおす』中央公論新社

田辺繁治 (2003). 『生き方の人類学 実践とは何か 』講談社

福島真人(2001)『暗黙知の解剖 認知と社会のインターフェイス』金子書房

ブルデュー, P. 著, 今村仁司・港道隆訳(1988)『実践感覚1』みすず書房

前川幸子 (2011). 「『わざ言語』が促す看護実践の感覚的世界」 生田久美子・北村勝朗(編著)『わざ言語:感覚の共有を通しての「学び」へ』 (pp. 135-162) 慶應義塾大学出版会

村上明美 (2011). 「『生命誕生の場』における感覚の共有」 生田久美子・北村勝朗(編著)『わざ言語:感覚の共有を通しての「学び」へ 』(pp. 335-361) 慶應義塾大学出版会

山口一郎(2002)『現象学ことはじめ 日常に目覚めること』日本評論社

レイヴ,J.・ウェンガー,E(. 1993) 佐伯鮮(訳)『 状況に埋め込まれた学習:正統的廃辺参加』産業図書

Wallon, H(. 1956). Rapports affectifs: les emotions, H. Wallon( Ed.). La vie mentale. Vol.VIII L'encyclopedie

Francaise. 浜田寿美男訳 『ワロン/身体・自我・社会』ミネルヴァ書房