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「気づき」の迷宮

サティの実践とは何か?

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現象(幻像)世界

  • 私たちの認識・知識・知る世界が現象です。
  • 情報を主観で組み合わせて、作り出した世界なのです。
  • 夢、幻覚、幻、蜃気楼などの例えも使っているのです。

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幻は事実になる

  • 「私は」知っている、感じている、経験している、考えている、理解している、分かっている、調べているなどをします。
  • 人にこれが「事実・真実」です。
  • しかし、それは、主観で作り上げた、合成した、組み合わせた概念なのです。
  • それが知識範囲(認識範囲)です。

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(生命)皆、異なる

  • 何故私とあなたが似てないのですか?
  • 何故私はパンが好きなのにあなたはご飯が好きなのですか?
  • 生命の認識世界が互い違いだからです。
  • 反応も感情も又、互い違いです。

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私だけの世界

  • 自分だけの幻像の世界を作って、それが事実だと思って生きているのです。
  • 私の世界は他人に知ることは、経験することは不可能です。
  • 私の世界が貪瞋痴の感情で汚れて、常に竜巻が起きているのです。

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二次、三次の災害

  • 煩悩は煩悩を作る。妄想は更に妄想を作る。悩み苦しみは更に、悩み苦しみを作る。
  • その上、なぜ生まれたのか、死後どうなるのか、私とは何か、神がいるか否か、魂はある、いいえ、物質だけですなどの思考でも足が引っ張られる。

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二次、三次の災害

  • 他人と戦う、他人を恨む、敵視する。
  • 人と争論する。他人を支配しようとする。
  • 人を騙す、裏切る。
  • 宗教や哲学を作る。儀式・儀礼・行などをする。占い、迷信などに依存する。
  • 夢を作る。希望・願望を膨らます。

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Papañca(現象)の世界

  • 情報を捏造して、自分だけの特有の世界作って、その概念にしがみついて、執着して、「我が輩は何でも知っている」という調子で生きていることは、papañceti(動詞:現象を作る)と言います。
  • 仏陀は、papañcaを破ることnippapañcaを推薦します。

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我は思う

  • ‘‘Mūlaṃ papañcasaṅkhāya,

 Mantā asmīti sabbamuparundhe

 Yā kāci taṇhā ajjhattaṃ,

 Tāsaṃ vinayā sadā sato sikkhe.

Suttanipāta 922

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我は思う

  • この世の何にも捕らわれず、(こころの炎を消して)安穏に達する方法は何ですかと仏陀に尋ねた。
  • その答えの一部はスッタニパータ922の偈です。

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我は思う

  • 「我は思う」とはpapañca(捏造)を作る原因です。
  • その原因を根絶すること。又何かの渇愛が残ったならば、常にsatiがあることでなくすのです。
  • Mantā asmītiー我は思うとは、一切の悩み苦しみの原因です。

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経典から学ぶー中部No.18 (菓子-嗜好品の経)Madhupiṇḍika sutta

  • Daṇḍapāṇīバラモンが釈尊に訊く。
  • 「あなたは何論者ですか?何を語る?」
  • 「人間、天界含むこの世で、神々、魔、梵天、沙門バラモン人間という、誰とも何についても逆らうことなく、欲に対する執着を無くして生きている聖者が、一切の疑なく、一切の後悔なく、存在・非存在に期待なく、又想い(概念)を蓄えることなく、いられる方法を論じています。それを語っています。」

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Madhupiṇḍika sutta

  • バラモンが首を曲げて、ベロを出して、額にシワをたてて出て行く。
  • 釈尊がその旨を比丘達に報告すると、比丘がその言葉の意味を尋ねるのです。
  • ‘‘Yatonidānaṃ, bhikkhu, purisaṃ papañcasaññāsaṅkhā samudācaranti. Ettha ce natthi abhinanditabbaṃ abhivaditabbaṃ ajjhositabbaṃ.

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Madhupiṇḍika sutta

  • 人は捏造した概念を使う理由・原因があります。それに、捕らわれてはならない、喜んではならない。
  • 只、それだけで、(rāgānusayānaṃ)欲の潜在煩悩, (paṭigha)怒り、(diṭṭhi)見解, (vicikicchā)疑、(māna)慢、(bhavarāga)存在欲、( avijjā)無明の潜在煩悩がなくなる。

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Madhupiṇḍika sutta

  • ただ、それだけで、武器を持つこと、戦うこと、物別れ、論争、嫌みをいうこと、両舌、嘘をつくなどがなくなる。
  • ただ、それだけで、悪が残りなく消えてしまうのです。
  • Etthete pāpakā akusalā dhammā aparisesā nirujjhantī’ti.

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Madhupiṇḍika sutta

  • 釈尊はそれ以上語らず出てゆく。
  • Mahākaccāna尊者が詳しく解説します。
  • 眼・耳・鼻・舌・身・意に色・声・香・味・触・法という情報が触れる。
  • 触れたら感じる、感じた者が概念(想)を作る。概念が出来たら思考する。

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Madhupiṇḍika sutta

  • yaṃ vitakketi taṃ papañceti
  • この思考を捏造する。それから、過去現在未来に渡って、捏造概念を使う。
  • 感じた瞬間で「我」が起きているから、papañcaが起きているのです。しかし、妄想することで、貪瞋痴などの感情と混じって悪性のpapañcaになるのです。

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六の津波

  • 眼・耳・鼻・舌・身・意に絶えず入る、色・声・味・触・法とう情報を処理する仕方が間違っているので、幻像・捏造概念ばかり起る。概念を貪瞋痴の感情でしっかりと固めるのです。
  • 激しい悩み苦しみに陥るのです。
  • どうにもならない状態です。

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Ajita行者の問

  • 世は何に覆われている?(無明に)
  • なぜ、発見しない?(疑vevicchāと放逸pamādāがあるから)
  • この状況を固めるのはなに?(妄想の回転です)
  • その危険性は?(苦が起ることが危険です)

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Ajita行者の問い

  • Savanti sabbadhi sotā, (iccāyasmā ajito)

Sotānaṃ kiṃ nivāraṇaṃ;

Sotānaṃ saṃvaraṃ brūhi,

kena sotā pithiyyare

  • あらゆる方向から(こころに)絶えず流れ(津波)が入り込む。どうすれば、止められますか?

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Ajita行者の問(Suttanipāta 1038-1041)

  • Yāni sotāni lokasmiṃ, (ajitāti bhagavā)

 Sati tesaṃ nivāraṇaṃ;

 Sotānaṃ saṃvaraṃ brūmi,

 paññāyete pithiyyare’’.

  • Satiが世のこの流れに対する堤防です。智慧によってなくなります。

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`Sati’気づきの働き

  • Papañca(捏造)、煩悩、妄想、概念のかき回しをストップする堤防として働くのです。
  • 日常で使う「気づき」という語と意味が完全に違います。Awarenessとも違います。
  • 捏造という津波に堤防として働く時のみ、仏道が語るsatiです。

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`Sati’気づき働き

  • 気づきによって、こころの激しい荒波がなくなって、静まってくると、ありのままに知ること(正知)ができるのです。
  • その時の発見は智慧と言います。
  • 智慧が現れたらpapañcaが停止する。一切の苦しみから脱出する。で、終わり。

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正見~正念へ(中部、107)

  • Mahā cattārīsaka sutta
  • 仏道は「正見」が頭として始まります。
  • 俗世間的で善になる正見と解脱を司る正見と二つです。
  • 正見で邪見をなくすために精進する。念(sati)によって、正見に達する。
  • 正見を中心に正見、正精進、正念が働く。

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正思惟

  • 欲、異常怒り、害を与えたくなる感情をなくすことが、正思惟ですが、解脱になると、「一切の思考、概念、論、言語の使用をストップすることです。」
  • そのために精進する。気づきで思考を止める。従って、正見・正精進・正念が正思惟を中心に働く。

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正語

  • 嘘をつかない程度ではなく、解脱の場合は、不善語が生じる衝動をなくす。それに精進して、気づきでなくす。正見・正精進・正念は正語の中心に働く。
  • 八正道の正業、正命、正精進にも同じ形の説明があります。

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Sammā sati→micchā sati

  • 正見で邪見をなくす、正思惟で邪思惟をなくす…正念で邪念をなくす、正定で邪定をなくすとあるが、
  • Satiとsamādhiのmicchāバーションの説明はありません。
  • 気づきは仏教特有の用語で、俗世間の気づきと違うという意味でしょう。

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「気づき」の意味

一般的な気づきを意味するsatiは解脱を司る心の働きという意味で仏教用語になっています。

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Satiの意味

  • 1.解脱に達する修行方法(用語)
  • 不放逸-appamādaは言葉は違いますが、satiと同じ意味です。
  • 2.記憶作用-
  • 人の日常の気づきにはsatiを使いません。
  • おそらく、abhidhammaでいうadhimokkhaという心所でしょう。

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修行としての気づき

  • 四念住(受)経(satipaṭṭhāna sutta)で説かれている方法のみです。
  • 身体に、感覚に、心に、法に徹して気づく訓練です。
  • 実践者は言葉を使って訓練します。

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修行の気づき

  • しかし、言葉は概念であり、妄想であり、捏造(papañca)でもあります。
  • ですから、真剣に、精密に、現在の現象にのみ、確認・気づきを行なうのです。
  • それで、妄想の坑に落ちないのです。
  • それから、自分の身体以外に意識が行かないように、こころを内向きにする。
  • 「正にいま、正にここ」です。Right now, right hereです。

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記憶と気づきがたぶる。

  • 明確に記憶(sati)と気づき(sati)を区別しようとしてないのです。
  • 記憶能力は高く評価します。
  • Satiの反対はmuṭṭhassatiです。
  • 集中力がない、放逸、心は弱い、混乱している、物忘れ、だらしないという意味。
  • ですから、意味は間違う可能性もあります。

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定義

  • Tattha katamā sati? Yā sati anussati paṭissati sati saraṇatā dhāraṇatā apilāpanatā asammusanatā sati satindriyaṃ satibalaṃ sammāsati – ayaṃ vuccati sati.
  • Satiとは?気づき、随念、思い出す、記憶する、呼び出す、混乱してない、念恨、念力、正念です。

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apilāpanatā

  • 注意を呼び出すと言う意味を使って、修行のsatiを説明してあります。
  • 「転輪王の大蔵大臣は毎日王に、どれぐらい財産あるのかと、象何頭…小判何枚…と報告します。」
  • 今、現在の状況を敢えてこころに入れることが、satiです。

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随念-anussati

  • 何かテーマ、対象を決めて、それをこころで追うことは随念です。
  • 受験勉強も随念の一種です。
  • 慈悲喜捨の瞑想、仏随念、呼吸随念などはsamādhī瞑想です。
  • 一神教の神を念じる、呪文を唱える、真言を唱えるなども一様「随念」ですが、

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随念-anussati

  • 妄想・幻像を強引に作ることになります。
  • 四念住経の身に気づくことも、随念の形にもなります。
  • そこで、心が汚れる、幻覚が起る随念は、micchā satiではないでしょうか。
  • 科学者・学者の研究も随念になります。

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正しい気づき

  • 気づきも、随念もダブったりはしますが、問題ではありません。
  • 妄想・捏造をなくすこと、煩悩をなくすこと、集中力が上がってサマーディが起ること、のみが「正しい気づき・正念なのです。

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三宝のご加護がありますように

ご静聴を感謝いたします。

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