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細胞培養による水産物製造

2020.11版

一般公開用

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FAO水産白書2020: 世界の漁獲漁業と養殖生産量

魚介類の需要増加と水産資源の限界

人口増加と経済発展で海産物の需要は増加しており、養殖の拡大で需要に対応している。

(国別では特に中国とインドネシアが顕著)

10億人がタンパク源を海産物に依存するも、生物学的に持続可能なレベルにある水産資源の割合は、69%に留まっている。

出展:平成28年度 水産白書

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魚介類の養殖の環境負荷

・魚介類の養殖のGHG排出量は、エビを除いて陸上動物ほどではないが、植物性蛋白源より多い

・養殖池の整備がマングローブやサンゴ礁に影響を与える場合がある

養殖エビ

チーズ

養殖魚

豆腐

エンドウ豆

ナッツ 

蛋白源ごとのカーボンフットプリント

GHG排出量: kg(CO2)/100g(製品)

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モノカルチャーと伝染病リスク

ウイルスの蔓延で養殖産業は何度も大きな被害にあっている

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/j.1753-5131.2009.01007.x

※鳥インフルエンザや豚コレラなど、陸上動物も同じリスクを抱えている。

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細胞培養肉 / Cell-based meat

筋肉細胞

バイオリアクター

(大型タンク)

培養液

など

成形熟成

 ⇒出荷

純粋培養肉、「純肉」とも

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細胞農業

Cellular Agriculture

技術は医療

目的は農業

本来は動物や植物から収穫される産物を、

特定の細胞を培養することで生産する方法

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ブリの細胞を培養して得られた魚肉を3Dプリンタで加工、調理したもの(米 Blue Nalu社)

https://www.sandiegouniontribune.com/business/story/2019-12-25/lab-grown-fish-just-got-real-san-diego-startup-shows-off-first-slaughter-free-yellowtail

「細胞水産業」の実例

培養エビ肉から作られたしゅうまい(シンガポール Shiok Meats社)

https://www.channelnewsasia.com/news/cnainsider/lab-grow-stem-cell-based-protein-home-shiok-meats-sandhya-sriram-12511730

2017年、培養マグロ肉のすり身ハンバーグ

(米 Finless Foods社)

https://www.youtube.com/watch?v=cJ-tjfF9LSs&ab_channel=IndieBio

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細胞水産業でのスタートアップ動向

Wild Type(米)

培養サーモンを目指し、総額$16Mを調達している。

https://www.wildtypefoods.com/

Finless Foods(米)

創設者CEOは元New HarvestインターンのMike Selden氏、マグロの刺身を目指すも、すり身や他の高付加価値魚種からの商品化を目指している。

https://www.finlessfoods.com/

Blue Nalu(米)

培養ブリ肉をデモして、Cellular Aquacultureの語を商標登録した。韓国の豆腐メーカーPulmuoneからも出資を受け、韓国での培養魚肉の販売を視野に入れる。20億円ほど調達済。

https://www.bluenalu.com/

Shiok Meats(シンガポール)

エビ培養肉を目指し、総額20億円を調達、日本の細胞農業企業インテグリカルチャー社と共同研究している。

https://shiokmeats.com/

Avant(香港) 培養魚肉、シード未調達

Clean Research NPO法人

UMAMI 創業初期、詳細不明

Cell Ag Tech 創業初期、詳細不明

Cultured Decadence 

培養甲殻類、シード未調達

Seafuture(カナダ) 2019.06解散

最新の動向は多摩大学CRSのニュースレターを参照

https://crs-japan.us17.list-manage.com/subscribe/post?u=4533e9c4c59f04f4cb58daef6&id=5e0f580972

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細胞水産業の技術的課題

¥28,000,000

製造コスト 200g

2013年・研究費込み

細胞の培養方法が未知

魚介類の細胞培養の事例が少ない

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魚介類と陸棲生物の細胞培養の研究環境の差

細胞レベル実験

個体レベル実験

細胞レベル実験

↓�最初から個体

レベル実験

(医療研究

からの知見)

魚介類の細胞培養の

機会とデータが少ない

※牛・豚・鶏での生産インフラが整っても、種類が多い魚介類のそれぞれについて、温度や浸透圧など、諸条件の最適化に1~5年?

※長期的には開発は進むと見られる

将来

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実用化(商品化)に必要な技術要件

1. 安価な培養液

2. 大規模化と自動化

既存の製品

味や食感が同等?

3. 高付加価値化

設備費人件費

培養液

¥2000万/kg

従来の生産コスト

¥200

設備費・人件費

培養液

具体的方策

  1. 食品グレード培養液の使用
  2. 大型培養プラントの開発/建設
  3. 味や食感の再現(生体組織工学の技術)

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より高度な生体組織を作る:「おいしさ」に直結

すり身

「細胞の塊」で十分

培養の低価格化技術

薄造り(シート状)

一定の質感が必要

細胞足場技術

脂肪細胞の共培養

刺身

肉の質感の完全再現

細胞分化の制御技術

組織発生の制御技術

血管誘導技術

技術的到達状況

「 生 体 組 織 工 学 」

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魚介類の細胞培養の研究状況

細胞水産に関する技術情報: 「細胞培養肉の科学」第D部(頁末近く)、「魚介類用細胞培養液」https://medium.com/shojin-meat-japan/%E7%B4%B0%E8%83%9E%E5%9F%B9%E9%A4%8A%E8%82%89%E3%81%AE%E7%A7%91%E5%AD%A6-1e4b5a106efc

・細胞培養技術は医療分野を中心に発展してきたため、ヒトを含む哺乳動物の事例が多く、魚介類は圧倒的に少ない。

・そのため魚介類の細胞培養は、哺乳動物の細胞培養からの差異という文脈で語られがちになる。

・ただし、温度や培養液組成のほかは、使用機材や手順や評価方法を含めて、大きな違いは無い

海魚と淡水魚での浸透圧の調整メカニズムの違い

魚類細胞の培養に必要な成長因子の調査研究事例

Sci Rep. 2017 Mar 6;7(1):78. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28250437/

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細胞水産業による海産物

培養温度は室温付近

小規模養殖での細胞調達(稚魚でOK)

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海水温で細胞培養(熱帯地域)

浮体式大型培養装置

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微細藻類からの培養液の生産

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NASA Omega Project

Offshore Membrane Enclosures for Growing Algae (OMEGA)

https://www.nasa.gov/ames/research/space-biosciences/omega-project

“Sustainable Biomass Production from Microalgae for Food, Feed and Biofuels: An Integrated Approach”

http://dx.doi.org/10.21786/bbrc/9.4/22

藻類培養バッグ

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日本国内での水産資源の状況

・資源評価対象魚種のうち、資源量が低位となっているものは少なくない

・資源の変動で思うように漁業ができない際の海産物の供給源が必要

・養殖が難しい魚種においてもそのような供給源があることが望ましい

細胞の凍結保存によ�る漁獲変動への対応

↓技術に関する参考資料

https://shorturl.at/dzAV0

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日本国内での養殖事業者の状況

・餌代の高騰が経営を圧迫し、小規模な

事業体では特に後継者が育てにくい

・効率が高いとされる「完全陸上循環式」の養殖設備は、数億~数十億円の初期投資が必要で、資本のない事業者は参画できない

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労働環境と経済安定性の課題

労災による死者数(米国) ※通常労働者10万人毎

漁業の労災リスクは大きく、収入が変動しやすい。環境変化で大幅に収入が減ることもあり、収入の安定化は大事な課題。

漁師

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・細胞培養は、漁獲・養殖に続く第3の水産物生産方法にあたる。

・漁業者と養殖業者は、細胞水産業での種細胞供給者となり、細胞のライセンス料を回収する事業が想定される。※ただし細胞の不正利用(海賊版)の防止策も必要

・新たな事業形態により、漁業資源管理の枠組みが変わる可能性がある。

・「初セリまぐろの培養魚肉」など、細胞培養の特性を活かした新たな事業も。

細胞水産業での事業モデルの可能性

養殖

水揚げ

加工

漁獲

細胞

培養

6次化

流通・

製品

種苗

生産

水揚げ

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細胞水産業による新たな付加価値

食中毒の事例の多くを占める寄生虫(アニサキス等)はほぼ排除できる。�細胞培養には無菌環境が必要なため、培養海産物は無菌状態にある。

※出荷後は細菌類が侵入しうるので、輸送や保存の状態には引き続き注意を要する。

オメガ3脂肪酸は健康効果が謳われるが、培養魚肉には含まれないと考えられるので注意。

※自然界では、プランクトンが作ったオメガ3脂肪酸を魚が摂取している。

筋肉細胞のみを培養して毒なし培養ふぐ肉が作れるが、免許制度の改革が必要?

※ふぐ毒はふぐ自身が作るのではなく、プランクトン由来とされる

http://www.fish-jfrca.jp/02/pdf/pamphlet/074.pdf

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残渣処理も含めたトータルでの経済性設計

・頭や骨など廃棄される部位の重量比は50%以上が多く、処理には有償廃棄、魚粉への加工、有用物質の抽出、バイオ燃料化などの事例がある。 https://www.jstage.jst.go.jp/article/suisan/75/1/75_1_93/_pdf

・細胞水産業では可食部位だけを製造するため残渣が出ない?�※培養液のリサイクル効率にも依存する。�・残渣は減るが、副産物事業もできない。

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細胞水産業で可能になる事業モデルの例

2020初競りで1.9億円が付いた「世界で最も有名なまぐろ」

(事前)細胞抽出、

培養魚肉の製造

「1.9億円マグロ」ブランドの世界展開

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細胞水産業の事業モデル設計での論点

培養設備の初期投資コストの試算

(インテグリカルチャー(株)試算 / 2017年)

設備の減価償却は7年を想定、0.6乗則で試算

生産規模 設備費 肉1kgあたり設備費

100kg/月 3000万円 ¥3600

1t/月 1.2億円 ¥1420

10t/月 4.8億円 ¥570

100t/月 19億円 ¥230

1000t/月 75億円 ¥90

初期投資額?

ロジと事業モデル?

種細胞の使用ライセンス:

最終製品価格の5~20%?

不正利用の発見方法?

細胞の増殖能力?

品質保証の在り方?

培養魚肉工場の立地?

第6次産業化?

ブランディングと販促戦略?

などなど・・・

新たな地域ブランドの開発?

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まとめ

・世界的に漁業はその生産量がすでに頭打ちで、需要の増加分は養殖によって供給している。しかし養殖にも環境負荷や伝染病などの課題がある。

・魚介類の細胞を培養して水産物を製造するベンチャー企業が生まれている。魚介類での「培養肉」といえる。

・細胞培養の知見が乏しいことと、細胞培養の単価が高いことが、実現に向けた技術的な課題になっている。

・漁業も養殖も変動が激しいが、細胞培養は安定した需給を実現する第三の生産方法となり得る。

・「細胞水産業」により、新たな事業モデルが想定される。