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インターネットと�国際人権法の接続�〜表現の自由、プライバシー、暗号化〜

2021年10月27日 IGF 2021国内事前会合 D1-3� ITジャーナリスト�星 暁雄 (ITと人権、ブロックチェーンなどに関心を持つ)

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今回のお話

  • 「インターネットアクセスは人権である」
  • 2011年〜2016年にかけて議論が盛んに
  • 結論
    • インターネットにアクセスする権利
    • コンテンツを自由に発信、閲覧する権利
    • プライバシー

以上が人権(Human Rights)の不可分な一部として

認められた(ただし暗号化の権利は議論中

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人権についての注記

  • 90年代〜ゼロ年代を経験した日本人がよく耳にした「ものの言い方」は「普遍的な正義などない」「文化が変われば価値観、倫理観も変わる」といった言説だったが……
  • 1948年いらいの国際人権法の原則:「すべての人」が決して奪えない尊厳、決して奪えない権利(人権)を持つ。�政府、企業、個人は他者の尊厳=人権を守る義務()がある。�人権は不可分。フルセットの人権が地球上のすべての場所ですべての人に対して守られなければならない
  • 人権は法だけでなく、SDGsESG、「ビジネスと人権」(ダイバーシティ&インクルージョン)、「誰ひとり取り残さない」などの概念、言説のルーツ�※ 政府の義務(国際法、国内法)、企業の義務(ESG等の法規制および自主規制)、個人の義務(倫理=不完全義務)は扱いが異なることに注意

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国境を越えるもの:

国際人権法とインターネット

  • 国際人権法
    • 1948年 世界人権宣言(UDHR)(すべての人の権利=人権の理念を明文化)
    • 1966年 国際人権規約(国際条約としての法的拘束力)
      • 経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約A規約, 社会権規約, ICESCR)
      • 市民的及び政治的権利に関する国際規約B規約, 自由権規約, ICCPR)
    • 1993年 ウィーン宣言及び行動計画(人権は分割不可全世界で普遍的と宣言)�※ UDHRは中ロ含む全世界が合意。ICESCRは米国ら未批准。ICCPRは中国ら未批准
  • インターネット
    • 1966年 ARPANET計画開始
    • 1982年 TCP/IP標準化
    • 1986年 IETF発足
    • 1990年 インターネット商用化
    • 1991年 World Wide Web発明
    • 1998年 ICANN設立
    • 2006年 Internet Governance Forum (IGF)設立

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表現の自由と、その規制の条件

(国際人権規約・自由権規約(ICCPR)より)

第十九条

1 すべての者は、干渉されることなく意見を持つ権利を有する。

2 すべての者は、表現の自由についての権利を有する。この権利には、口頭、手書き若しくは印刷、芸術の形態又は自ら選択する他の方法により、国境とのかかわりなく、あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け及び伝える自由を含む。

3 2の権利の行使には、特別の義務及び責任を伴う。したがって、この権利の行使については、一定の制限を課すことができる。ただし、その制限は、法律によって定められ、かつ、次の目的のために必要とされるものに限る。

(a) 他の者の権利又は信用の尊重

(b) 国の安全、公の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護

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国際人権法と日本の法体系との接続

日本国憲法�第九十八条 ②�� 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。

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議論の前哨戦

  • 2000年、エストニア議会はインターネットへのアクセスを基本的人権とする法案を可決 https://www.csmonitor.com/2003/0701/p07s01-woeu.html
  • 2009年、フィンランドは、すべてのインターネット接続には少なくとも1Mbpsの速度(ブロードバンドレベル)が必要であるとする法令を可決   http://www.finlex.fi/en/laki/kaannokset/2009/en20090732
  • 2010〜2011年、ジャスミン革命(チュニジアの民主化運動)と「アラブの春」でインターネットが重要な市民活動のツールに。各国政府はインターネット遮断など実施�→ インターネット上の表現の自由(言論の自由)に関する議論が活発に

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国際的な議論と合意の流れ

  • 大きな流れ
    • 2011年、国連特別報告者Frank La Rueによる報告書 [1]�(インターネットと「表現の自由」についての論点をほぼ網羅 ←今回の主題
    • 2011年、 IGF/IRPC「インターネットのための人権憲章と原則」(暗号化に言及)[2]
    • 2012年、Vinton Cerf がNew York Timesに寄稿したエッセイ「インターネットアクセスは人権ではない」[3](インターネット技術は国連機関などで統制すべきではない)
    • 2013年、CACM掲載の論文「インターネットアクセスは人権である」[4]�(Vinton Cerfの誤解を正す内容)
    • 2014年、NETmundial Multistakeholder Statement[5] において「人権はオンラインでも確保されるべき。例えば表現の自由、集会・結社の自由、プライバシー権、アクセシビリティ」と明記(インターネットコミュニティが合意)
    • 2016年、国連人権理事会が「オンラインの人権は、オフラインの人権と同様に保護されなければならない」と決議 [6]
    • 2016年、GDPR(EU一般データ保護規則)制定。プライバシーを人権の一部と定める

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論点1 検閲への懸念

  • 2011年、「表現の自由」に関する国連特別報告者Frank La Rueの報告書から、論点をピックアップして示す
  • インターネットが持つ性質は、個人が思想や表現の自由の権利や、他の人権を行使し、社会全体の進歩を促進する(インターネットは人権擁護と発展に有効である)
  • 国際人権法はインターネットにも適用可能�(検閲は表現の自由= 人権の侵害にあたる
  • 各国政府による人権の制限、侵害(オンライン検閲など)を懸念�内容:ブロッキングフィルタリング正当な表現の犯罪化仲介者責任、知的所有権法に基づくものも含めたインターネットアクセスの遮断サイバー攻撃プライバシー権やデータ保護の不十分さ

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論点2 規制対象コンテンツ

  • 人権(表現の自由)を正当に制限できるコンテンツ
    • 児童性虐待資料(児童ポルノ)
    • 名誉毀損
    • 大量虐殺の直接的かつ公的な扇動
    • 差別、敵意、暴力を扇動するヘイトスピーチ
  • ブロッキングは原則として避ける
    • 知的財産権法に違反している場合を含め、ブロッキングは避けるべき。対象が十分に絞れず、必要性と比例性の原則に反する不釣り合いな手段のため。ただし児童性虐待資料は「明確な例外」、ブロックだけでなく供給の規制も検討

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論点3 規制の条件

  • 国際人権規約 自由権規約(ICCPR) 第19条3項により表現の自由は制限できるが、そのためには次の条件を満たす必要がある
  • 明確で誰もがアクセス可能な法律によって規定されていること(予測可能性透明性の原則)
  • (i)他人の権利または評判を保護するため、または(ii)国家の安全、公共の秩序、公衆衛生もしくは道徳を保護するため、いずれかの目的を追求するものでなければならない(正当性の原則)
  • 必要性が証明され、目的を達成するために必要な最も制限の少ない手段でなければならない(必要性の原則、比例性の原則
  • 政治的、商業的、またはその他の不当な影響から独立した機関によって、恣意的でも差別的でもない方法で、濫用に対する十分な保護措置をもって適用されなければならない

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論点4 匿名化、暗号化

  • 実名投稿の強制は、人権侵害が頻繁に行われる国で匿名で表現する能力を損なう
  • 暗号化技術の使用を制限するべきではない。インターネットユーザーが恣意的な監視から身を守る能力を低下させる
  • 多くの国で、誰が個人データへのアクセスを許可されるか、何に使用できるか、どのように保存すべきか、どのくらいの期間保存すべきかを規定したデータ保護法が不十分である
  • 表現を犯罪化するべきではない。人権義務に反するおそれ

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その後の発展

  • 2017、RFC 8280 人権プロトコルの検討 [7]�(インターネット技術研究のコミュニティIRTFから、技術と人権の接点についての考察が登場。匿名化、暗号化にも言及)
  • 2019年、Contract for the Web [8] https://contractfortheweb.org/
    • 最新、完成度が高いインターネット人権憲章 ()
    • ティム・バーナーズ=リーらが策定。600人以上で公開討議、World Wide Web Foundationが公開
    • 企業市民がそれぞれ守るべき原則から成る
    • フランスドイツ, Google, Amazon, Microsoft, Facebook, Twitter, DuckDuckGo, GitHubらが支持�※ 将来的に国際法、国内法に組み込んでいく狙い。現時点では明文化された理念

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2016 国連人権理事会の決議より

  • 1. 世界人権宣言(UDHR)および国際人権規約・自由権規約(ICCPR)の第19条に基づき、人々がオフラインで持つのと同じ権利がオンラインでも保護されなければならないこと、特に表現の自由が守られなければならないことを確認する。
  • 2. インターネットのグローバルで開かれた性質を、持続可能な開発目標(SDGs)の達成を含む様々な形での開発に向けた進歩を加速させる原動力として認識する。
  • 10. 国際人権法に違反して、オンラインでの情報へのアクセスまたは情報の拡散を意図的に阻止し、または混乱させる措置を明確に非難し、すべての国に対し、そのような措置を慎み、または中止するよう求める。�(注:検閲やフェイクニュース拡散を非難
  • 11. 寛容さと対話を促進することを含め、インターネット上で差別や暴力の扇動を構成する憎悪の擁護と闘うことの重要性を強調する。

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Contract for the Webより(その1)

■政府が守るべき原則

原則1 すべての人がインターネットに接続できることを保証する

原則2 インターネットは常に利用可能な状態に保つ

原則3 人々の基本的なオンラインプライバシーとデータの権利を尊重し、保護する

■企業が守るべき原則

原則4 すべての人がインターネットを手頃な価格で利用できるようにする

原則5 ユーザーのプライバシーと個人データを尊重して保護し、オンラインでの信頼を構築する

原則6 人類の中で最良の人々を支える技術の開発と、最悪の事柄への挑戦

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Contract for the Webより(その2)

■市民が守るべき原則

原則7 ウェブ上のクリエイターやコラボレーターになる

原則8 市民の対話と人間の尊厳を尊重する強固なコミュニティの構築

原則9 ウェブのために戦う

(ここは市民が共有するべき倫理規範である点に注目)

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結論

  • 国連人権理事会やインターネットコミュニティでの5年にわたる議論の結論:
    • インターネットアクセスは人権
    • インターネット上の表現の自由は人権
    • プライバシーは人権
    • 人権を規制するなら法律(※)を作るべし

※ 予測可能性、透明性、正当性、必要性、比例性の原則を守り、独立機関が濫用への保護のうえ運用すること

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結論の続き:法規制について

  • インターネットのアクセス制限�(ブロッキングなど)
  • コンテンツ規制�(SNS発言削除やアカウント削除など)
  • これらの規制は人権の制限。国際人権法によれば人権の制限を企業が恣意的に行うことは認められない。立法のうえ法規制するのが本筋�(例えば、独、仏のSNS規制法。一方、米国はBig Tech企業による自主規制の形を取り続けている)

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「暗号化の権利」は議論中

  • 2011年「表現の自由」に関する国連特別報告者報告書は「暗号化を制限するべきではない」と指摘
  • 2011年IGF/IRPC「インターネットのための人権憲章と原則」はプライバシー権に「匿名化と暗号化の権利」「監視からの自由」を明記
  • 2016年国連人権理事会決議や2019年Contract for the Webでは、プライバシー権は明記するも匿名化、暗号化は明文化されず
  • 2017年のRFC8280では、暗号化、匿名化の必要性の問題意識あり

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追補1:独、仏のSNS規制法

  • 2017年、ドイツで「ネットワーク執行法」成立
    • SNS上のヘイトスピーチやフェイクニュース対策を法制化
    • ドイツ刑法に基づき明らかに違法なコンテンツは、申告を受けてから24時間以内に削除を義務付け
    • 法⼈・団体には最⼤5,000万ユーロの過料
  • 2018年、フランスで「情報操作との戦いに関する法律」成立
    • 主に選挙期間のフェイクニュースを取り締まる法律
  • 「人権の不可分な一部である”表現の自由”を規制するには法的根拠が必要」という考え方に沿っている

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追補2 参考文献

1) Frank La Rue, Report of the Special Rapporteur on the promotion and protection of the right to freedom of opinion and expression, May 16, 2011

https://www2.ohchr.org/english/bodies/hrcouncil/docs/17session/A.HRC.17.27_en.pdf��2) UN Internet Governance Forum (IGF) ;The Internet Rights and Principles Dynamic Coalition(IRPC), The Charter of Human Rights and Principles for the Internet, 2011

https://internetrightsandprinciples.org/charter/

3) Vinton G. Cerf, “Internet Access Is Not a Human Right,” The New York Times, January 4, 2012

https://www.kean.edu/~jkeil/Welcome_files/Internet%20Access%20Not%20a%20Human%20Right%20NYT.pdf

4) Stephen B. Wicker, Stephanie M. Santoso, “Viewpoint: Access to the internet is a human right,” Communications of the ACM, vol.56 no.6, June 2013

https://dl.acm.org/doi/fullHtml/10.1145/2461256.2461271

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追補2:参考文献(続き)

5) NETmundial Multistakeholder Statement, April 24, 2014

https://netmundial.br/wp-content/uploads/2014/04/NETmundial-Multistakeholder-Document.pdf �(翻訳として https://www.nic.ad.jp/ja/translation/governance/20140424.html

6) United Nations Human Rights Council (UNHRC), “UNHRC Resolution on The Promotion, Protection and Enjoyment of Human Rights on the Internet (A/HRC/32/L.20),” ORAL REVISIONS of 30 June, 2016 https://www.article19.org/data/files/Internet_Statement_Adopted.pdf

7) Niels ten Oever, Corinne Cath, RFC 8280 Research into Human Rights Protocol Considerations, October 2017 https://datatracker.ietf.org/doc/rfc8280/

8) World Wide Web Foundation, Contract for the Web, 2019 https://contractfortheweb.org/

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