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食材の表現としての創造

ペルーの現代料理レストランにおける創造の理論

第920回東京都立大学社会人類学研究会

2021年10月8日

東京大学大学院 総合文化研究科 博士課程

藤田 周

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発表の流れ

問い:創造の過程がセントラールの料理人にどのようなものとして�捉えられているか?

3~  先行研究:創造の過程と創造の理論

16~  現代料理史・セントラールとは

24~  例:薬草ノンアルペアリングプロジェクトの過程

35~  試作の過程

58~  セントラールにおける創造の理論

80~  結論

(84~注、参考文献)

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創造についての先行研究

どのように創造がなされるかという問いに対する先行研究 

1. 既存の文化的アイデアの組み合わせ

2-1. バリエーションを生み出す規則に従うこと

2-2. バリエーションを生み出す規則から外れること

2-3. バリエーションを生み出すある規則のなかでバリエーションを生み出す別の規則から外れること

3. 即興

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1)既存の文化的アイデアの組み合わせ

アメリカの文化人類学者Homer Brnett�「すべての革新はアイデアの組み合わせである」(1953:16)

Liepは論集Locating Cultural Creativityにおいて、�創造を「既存の文化的慣習や形式を組み替えたり変換したりすることで�新しいものを生み出す活動」(2001:2)と定義する

cf. Gell 1998

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2-1)バリエーションを生み出す規則に従うこと

ジェルはマルケサンの芸術を事例に、革新が「文化的に規定されたスタイルのパラメーターの内で」、「モチーフや形を関係する形に変換する可能性を規定する制約」の内で起こると主張する(1998:215)。�彼はマルケサンの芸術の場合、反復、回転、複製など12のルールがあると�している。

こうしたジェルの議論は、Wilfによれば人類学において人間の行動の一貫性と変異を説明するのに広く用いられてきたモデルの中に位置づけられる(2013a)。

ブルデューにおいてハビトゥス概念が、新たな状況での行動にスタイル的な一貫性をもたらす、身体化され生成的な知覚と思考の図式(1977)とされる

ボアズにおいて一定範囲内での差異を生み出す文化が芸術のスタイルに引きつけて説明される(1955)

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2-2)バリエーションを生み出す規則から外れること

Liepは、認知科学者Margaret Bodenを援用しつつ、論集Locating Cultural Creativityの序論において、「慣習的な創造」、すなわち、�人間に常に見られるような、一般的に受け入れらた規則に基づいて変異を生み出すことと対比し、「”真の”創造性を規則の大きな再構築と経験�の再編成を伴い、不定期に現れるものとして位置づける(2001)。

こうした発想はWilfによる大学におけるジャズ教育についての民族誌に�おいても見られ、そこでは学生が予測可能とみなされるような即興しか生み出せない身体化された習慣を捨て、演奏者の独自性や差異を表現するような創造的な演奏をする能力を獲得しようとする格闘が描かれている(2013a,2014)。

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2-3)ある規則のなかで、バリエーションを生み出す規則から外れること

Wilfはスタイルの限界を超えるあり方をも制約するもの�「スタイルのスタイル」があることを指摘する。�→ジャズの巨匠の演奏を解析し、複数人のスタイルを自由な比率で混ぜ合わせた演奏をすることができるアルゴリズムは、固定された演奏スタイルを持たないものであるが、コンピューターの演算能力、演奏装置といった技術的なインフラストラクチャーに制約されている(2013a)。

またFriedmanは規則から外れるような創造もまた、意味の世界によって制約されていると主張している(2001)。

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3) 即興

Tim IngoldとElizabeth Hallamは論集Creativity and Cultural Improvisationの導入部で慣習的な創造と本物の創造を区別する立場を――それぞれを即興と革新と言い換えつつ――批判する。インゴルドらによれば、これらの違いは、「一方が既成の慣習の中で働き、他方がそれを破るということではなく、前者はその過程によって、後者はその製品によって、�創造を特徴づけるということ」であり、従来のような見方は「創造を、それを生んだ運動という観点から前方に読み替えるのではなく、その結果という観点から後方に読み替えることである」という(2007)。

そして、人類学者Edward Bruner(1993)の議論を引きながら、規則はすべてのありうる状況を予想しうるものではない以上、人は生の偶有性に即興によって対処しているのだと述べ、素材や作業環境などを含んだ、流動的な世界への対応として即興を位置づける。その観点から、一見従来からの新規性が見られないような過程についても即興であるとされる。

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先行研究から捉えるセントラールの創造

以上の議論は、セントラールにおいても適用できないわけではない。

1) 試作はそれまでに確立されてきた調理法や把握された食材の性質を�組み合わせることで行われる

2) 試作は定型的な味や食感の組み合わせに基づいて食材の組み合わせを探すことでもあり、さらに、例えば生態系に基づくコース料理を提供するように、従来の現代料理の慣習に制約されつつも、それまでの現代料理の規則を外れることでもある

3) 試作の現場は即興に満ちている

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近代的なものとしての創造 

興味深いのは、多くの論者が創造という概念を西洋近代に位置づけていること

リエプは創造の強調を、資本主義がもたらした新たなアイデアによって市場での競争を勝ち抜かなければならない状況に結びつける(2001)

ウィルフは創造の称揚を個人の独自性を強調するロマン主義的な発想に結びつけ(Wilf 2010)、特に芸術家については盗作などを排除し自らの利益を確保するという目的にも関連付ける(Wilf 2013b, cf. Rose 1993)

インゴルドとハラムはものやアイデアを生むこととして創造を特徴づけることを、また実制作に対してデザインを優位に置く創造についての発想を、近代的なものとして批判する(2007)

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リーチ:土地に帰属する創造

もし創造という概念が西洋近代に根ざしたものであるならば、違う場所では異なる創造についての考え方があるのではないか?

ジェームズ・リーチ(2007)は、創造という概念が所有権についての考え方などと結びつきながら欧米で確立したことを指摘した上で、パプアニューギニアのレイテの人々は聖なる音楽や儀礼の変更についての知識の創造の著作権を主張することなく、知識を与えてくれたのは大地とその精霊だと主張することを紹介する。

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文化人類学とは異なる創造の理論の無視 

しかし、創造がどのようなものであるかについての思考=創造の理論が�西洋近代(の一部の領域)以外では異なる可能性について、人類学においてはほとんど無視されてきた

例外として、リーチの議論や、中村冬日(2007)による事例の紹介がある

中村:現代日本の書道において創造が模倣を根源としているとされること、墨や筆についての書家の理論を紹介する

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文化人類学とは異なる創造の理論の無視 

だが、インゴルドとハラムによる即興としての創造を扱った論集に掲載されたこれらの論文は、インゴルドによるそれらの論文の紹介において、即興としての創造について論じたものかのようにみなされる(2007)

リーチによる論文では地面の流動性や、それに対する人々の鋭敏な反応について述べられていないのだが、インゴルドは「レイテの人々が住む土地は、物質の流れや循環の中で形成された、いわば結晶化したような具体的な実体で満たされているわけではない」と即興としての創造が前提とする世界観をレイテに外挿し、「レイテでは、特定の場所にある地面の生成力に敏感に反応することで、人間に新しい歌が生まれる」と紹介する

中村の議論は、「どちらの場合も[現代日本の書道も同論集に掲載されたMall(2003)で検討された南インドのフォークアートも]、固定された点を結ぶのではなく、柔軟に、有機的に、自分の道を見つける。また、どちらの場合も、リズミカルなジェスチャーとして学び、記憶されます。」と即興としての創造の理論に対応する部分のみに焦点が当てられ紹介される

同様に中村自身も、書道の創造の理論を紹介する一方で、同じ論文の結論部では「人間的なエージェンシー(書家とその技術)と事物のエージェンシー(自然と素材)の相互作用により、新しいタイプの書の作品が生まれるのである」と記しており、書道の創造の理論を脇に置き、書道を即興としての創造という人類学の創造の理論に半ば回収している

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発表の目的:セントラールの創造の理論の検討

本発表の目的は、創造がどのようになされているかを問うことではない。それを問うのは、例えば以下の「創造の過程」で紹介するような、試作のための時間を作り出すことや、試作での実際の調理を説明しようとすることであり、こうした過程についてはインゴルドの述べるような即興としての創造という議論がかなりうまく捉えている

対して、本発表の目的は、�セントラールで創造の過程がどのように捉えられているか� =セントラールの創造の理論 を検討すること�実際の試作の過程のすべてに厳密に即しているわけではないせよ、�セントラールの人々に分け持たれている、創造がどのような過程でなされているかの思考を問う

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現代料理とセントラール

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発表の流れ

問い:創造の過程がセントラールの料理人にどのようなものとして�捉えられているか?

3~  先行研究:創造の過程と創造の理論

15~  現代料理史・セントラールとは

24~  例:薬草ノンアルペアリングプロジェクトの過程

35~  試作の過程

58~  セントラールにおける創造の理論

80~  結論

(84~注、参考文献)

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エル・ブジ(モダン料理)

1990年代半ば~

生ハムメロンの「脱構築」:メロンの果汁を、アルギン酸と炭酸カルシウム(人工イクラなどに用いられる)によって球状に凝固させたものを、ハムのコンソメに浮かべたドリンク

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「実験室で見るような」技術の応用と新たな技術の発明、レストランと�独立したラボ

②料理の「脱構築」、少量多品種コースの提供といった新たなスタイル

③体験の重視=レストランを美味しいものを食べる場所から体験する場所へ

←「創造とは模倣しないことだ」�……既存の料理のあり方を疑い、新たな料理を生み出そうとする姿勢

NPR 2008 A Day In The Life Of The ‘World’s Best Restaurant’ https://www.npr.org/templates/story/story.php?storyId=96044667&ft=1&f=1053?storyId=96044667&ft=1&f=1053 2021年10月3日アクセス

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ノーマ(テロワールレストラン、あるいは現代料理)

例:ハーブのブーケ、アリを散りばめたクリームフレッシュ

テロワール(=その土地の食材の味)をモダン料理が切り開いた技術や自由な発想を用いて表現する

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→モダン料理の①技術的な側面や②新しいスタイルを背景として� 土地の③体験が探求される

セントラールはこうした現代料理の潮流を深化させたレストランとして位置づけられる

Dunne, C. 2014.Tips On Staying Creative From Noma Star Chef Rene Redzepi https://www.fastcompany.com/3023231/4-tips-on-staying-creative-from-noma-star-chef-rene-redzepi#5 2021年10月3日アクセス

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セントラール

調査:2019年3月~2020年1月

海から砂漠、アンデス、アマゾンまでを含むペルーの多様な生態系に応じて、�ある特定の生態系で育つ食材同士だけを組み合わせ、同時に提供される数皿の�料理「瞬間」を作る

→生態系を表現するという独特なコンセプト、独特な素材が評価され、セントラールは世界有数のレストランになったと思われる

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世界ベストレストラン50にて2018年6位、ラテンアメリカベストレストラン50にて2018年3位

2019年2月時は、コースメニューのみ17瞬間40皿程度、食事のみ約2万円

Mater Initiativaマテール・イニシアチバ(以下、調査開発チーム)�:生物学者、栄養学者、デザイナー、文化人類学者などによるペルーの自然と食文化の調査チーム

セントラールの食事客にお土産として渡される�イラスト。�標高とその生態系の特徴、そこで育つペルー独自の食材名が書かれている

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赤い岩(Rocas Rojas) -10m

これは寒流の流れる、岩がちな海岸の生態系を表現する料理です。岩の間に育つ亀の手は刻んで、イカ墨の泡を添えています。ホヤの仲間で、赤い身が特徴的なPireは、海藻と一緒にチップスにしました。深みになったところにはマテ貝が住んでいて、ここではその中にalgarroboという木の甘い樹液を加えて作ったクリームを詰めたものを召し上がっていただきます。

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極限の高地(Extrema Altura) 4350m

「これはアンデスのクスコ県に位置するピサックを表現する料理です。そこには多数のとうもろこしの変種が栽培されていますが、そこで収穫されたとうもろこしのうち、4種類を、様々な形と食感にしてお出しします。白とうもろこしのチョクロで団子を、紫とうもろこしで泡を、クリとカンチャというとうもろこしでチップスを作ります。また発芽させたとうもろこしの飲料であるチチャ・デ・ホラ(Chicha de jora)を使ってソースを作りました。さらに、この地域で見られるキウィチャという穀物を、とうもろこしから取った染料で染めて上に乗せてあります。アンデスの山に囲まれた、色とりどりのトウモロコシの生えた畑を想像しながら召し上がってください。」

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ミル

調査:2018年7月~2019年1月

セントラールのシェフとマテールイニシアティバによるアンデスのレストラン。アンデスの一つ地域で育つ食材を組み合わせ、ひとつの節を作る

2018年開店、ラテンアメリカベストレストラン50にて2019年36位

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例:薬草ノンアルペアリングプロジェクト

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発表の流れ

問い:創造の過程がセントラールの料理人にどのようなものとして�捉えられているか?

3~  先行研究:創造の過程と創造の理論

16~  現代料理史・セントラールとは

24~  例:薬草ノンアルペアリングプロジェクトの過程

35~  試作の過程

58~  セントラールにおける創造の理論

80~  結論

(84~注、参考文献)

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ノンアルペアリングとは

ペアリング�:ガストロノミーにおいて、一つまたはいくつかの皿(セントラールの場合は「瞬間」)と同時に提供される、料理に合う�ように選ばれた飲み物

�ノンアルコールペアリング�:アルコールを含まない飲み物からなるペアリング

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薬草ノンアルペアリング試作プロジェクトの開始

開発チームのD、セントラールの創作担当シェフとミルのバーテンダーがビデオ通話を行い、ミルで提供しているような薬草を使ったノンアルペアリングをセントラールでも提供しようということになる

D「このペアリングのプロジェクトは大きな可能性がある。この前ミルでペアリングを飲んだんだけど、食事より印象的なくらいだった

創作担当シェフ「そのアイデアはとても好きだ。このペアリングでは、食材の味をパイナップルとかレモンなど他の味で覆わないようにしたい。説明がなくてもその食材が感じ取れるような。ちょっとくらいおいしくなくても構わない。吐き出しそうになるのは困るけど、でも苦いのも渋いのも経験の一部だから。ここで提供しているのは薬草なわけだし。」

創作担当「あとは、(ミルのバーテンダーに向けて)食材リマで手に入るか確認してほしい。コンゴーナ(薬草)などセントラールでもいくつか買っているものがあるし、そうでないならば売ってくれそうな人とつなげてくれるとありがたい。それがあなたの仕事。とても素晴らしい風味があって、ワオとなったところで、手に入らなければどうにもならない。あとはそんなに保存に気をつかわないことも重要かな。でも量はそんなに必要というわけじゃなくて、一日に5人くらい?だろう。準備としては、たぶん2週間に一回まとめて作って保存しておくという感じになると思う。その方法もわかると嬉しい。」

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試作の計画立案

どのような試作をするか計画を立てる。開発チームのIとDが飲み物を合わせる料理の生態系、味の方向性を勘案しつつ、飲み物の味の方向性、そして使えそうな食材をリスト化する。食材のなかで組み合わせを考える。

ペアリングのプラン用紙を作る。DがExcelで表を作り、左の列から、「瞬間」の序数、料理名、料理の生態系、高度、その生態系でペアリングの主役となりうる食材・薬草やその調理、その中でも有力なアイデアを書いていく。 D曰く、直感的なだけでなく、構造的な考えを使おうとした

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アマゾンの川

アマゾンの熱帯雨林

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Sacha inchi, uña de gato, achiote(hojas), sangre de grado, Chuchuhasi(corteza de arbol), cocona(hojas), huito, name(hojas), sano sano[食材の列挙]

コンブチャ、サトウキビ水

……

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メニュー名

生態系

高度

生態系の中で主役になるもの

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アマゾンの川

アマゾンの�熱帯雨林

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Sacha inchi, uña de gato, achiote(hojas), sangre de grado, Chuchuhasi(corteza de arbol), cocona(hojas), huito, name(hojas), sano sano[食材の列挙]

コンブチャ、�サトウキビ水

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高地アマゾン

高地アマゾン

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……

表1:薬草ペアリングの計画表の一部

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計画立案時のやりとり

昼前の調査開発チームのオフィスにて、Iが試作のための発注を考えている。最近何回かアマゾンに訪れる機会があった私に「アマゾンで花のような香りを持つフルーツは知らない?」と聞く。先日アマゾンに行ったときのことを思い出そうとスマホの写真のギャラリーをたぐる。ココナは?と尋ねると「もうリストにある」と。なぜ花のような香りがいいの?「これはアマゾンの料理と組み合わせるための飲み物で、飲んだ瞬間に、そのフローラルな香りで、わあお、これはアマゾンだ、と思えるようにしたいから」と。以前セントラールで使っていた糸みたいに細くて赤い花弁の花は?「見たことはあるけれど」。ヤーコンは?「いいね」。……チャリチュエロは?「知らない」。バーにあるはずなんだけど、とバーの様子を見るが、ちょうど昼食の時間で人がいない。Aguajeはどう?と。「知らない。どんなの?」「味はちょっとさつまいもみたいで…」「生で食べられる?」うん。突然Iは「…ああ、コポアス!」と叫ぶ。いいね!!!私たちも昼食を食べなければならない時間になり打ち合わせはここでお開き。

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発注

レストラン内に試作に使えるくらいの食材の余剰があるものはわけてもらう。ない場合は、Iが試作部門の注文として倉庫番に必要なものを頼む

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実際の試作、評価、再計画……1

IとDで空いている昼サービス前、昼サービス後に時間を取る。それぞれの食材を三人で手分けして調理し、味見し、感想を共有して議論する。満足できない場合はその場で違う組み合わせを試したり、別の日に試作を続ける

Iは結局花のような香りのアマゾンのペアリングについて、ムシラゴ(カカオの果肉。甘酸っぱい)とヤーコン(甘くシャリシャリした芋)、アマゾンコリアンダーという持ってきた。どうしてその組み合わせなのか尋ねると、ムシラゴの華やかな香りに、ヤーコンの土っぽい香りを組み合わせ、それにアマゾンコリアンダーのハーブの香りを合わせようとした。(アマゾンコリアンダーの代わりに)アマゾンオレガノはどうだろうと提案すると「そうだね、それも分けてやってみよう」と。

Iに、ムシラゴとアマゾンコリアンダーはどう混ぜればよいだろう?ミキサーに掛ける?と聞くと「そうだね」と。特に量の指定はなかったので、ミキサーの目盛りを見てなんとなく200mlくらいムシラゴを入れ、それに対して適当な量のアマゾンコリアンダーの葉っぱをちぎって入れる。数秒間ミキサーにかけ、茶こしを使ってこす。味見するとアマゾンコリアンダーの風味が全然足りないと思った。最初と同量程度の葉っぱを入れた。

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実際の試作、評価、再計画……2

できたものを口にすると、私はアマゾンコリアンダーを入れすぎたとは感じた。「おいしくない?」と嬉しそうなI。入れ過ぎじゃなかったかというと、「これくらい香りが強いのがいい」と。最初にアマゾンコリアンダーのハーブの香りが強くやって来て、ベースにムシラゴが白い花のように香り、その酸味が続き、そのあとにムシラゴの甘みが続くね、と言うと、「確かにムシラゴが白い花という感じだ」と。

とはいえ、私にはムシラゴとアマゾンコリアンダーの香りが分離している感じがしたので、アマゾンコリアンダーの代わりにアマゾンオレガノを混ぜたものを作る。私にとってアマゾンコリアンダーよりバランスが取れたものができた。�アマゾンオレガノの香りはアマゾンコリアンダーのようにすぐ現れて消えるのではなくて、もっと緩やかに立ち上がって持続する、黄色い花のような香りだった。Iに飲んでもらうと「これもいいんじゃない」と。どっちがいいかと尋ねると「どっちもかなあ」という解答。とりあえず試作を続ける

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実際の試作、評価、再計画……3

しばらくすると、Dが来たので試してもらう。いずれの組み合わせについても「まあまあよいね」という反応だった。ふと、アマゾンのフルーツであること、それを注文していたことを思い出したのだろう、Iがアサイーをアマゾンコリアンダーのほうに加える。試すとIもDも「とてもいいね!」「おいしい!」と嬉しそうなトーンで叫ぶ。私もすごくいいと思った。サチャクルアントロ、ムシラゴ、アサイーのそれぞれの強い香りと、アサイーとムシラゴの酸味が組み合わさっていい感じだった。ひとまずこれで完成となった。

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シェフによる評価

試作が一通り完成したところでシェフに時間をもらい、試してもらう。いくつかは気に入り、そのまま採用になったが、いくつかはアドバイスをもらった上で作り直しということになった。とはいえ、シェフはIとDにこれからしばらく別のことに取り組んでほしいから、と一旦薬草ノンアルペアリングの試作は休止ということになった

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試作の過程

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発表の流れ

問い:創造の過程がセントラールの料理人にどのようなものとして�捉えられているか?

3~  先行研究:創造の過程と創造の理論

16~  現代料理史・セントラールとは

24~  例:薬草ノンアルペアリングプロジェクトの過程

35~  試作の過程

58~  セントラールにおける創造の理論

80~  結論

(84~ 注、参考文献)

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試作の資源(人・時間・材料)

試作は主に調査開発チームによって担われている

とはいえそのスタッフも営業や広報、調査などとの兼任で忙しい。特にMaterIAとして調査開発チームのなかに料理の開発に特化したグループが発足し、Iが加わる以前は、試作は創作担当シェフが主に担っており、しかも彼は対外イベントなどで追われていたため、わずかな時間を縫うようにして試作をしていた

調査開発チーム以外のスタッフが試作を行ってもよいとされる。だが、営業とそのための準備をこなした上で時間を作る必要があるので、休憩時間や夜の営業後に試作することになり、日々の仕事が大変であることもあって、実質的にはなかなか試作する時間が取れない

→いずれにせよ、時間を工面する必要がある

材料はレストラン内に余剰がある場合はそれを使い、なければ注文する

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試作が始まるきっかけ1

プロジェクトの一部として

調査開発チームの新規プロジェクトとして、レストランから出る廃棄物を減らすような方策を考えようということになる。レストランのそれぞれの部門から、皮や端材など生ゴミとして捨てられているもののうちまだ何かに使いうるものをリスト化してもらい、それをもとに試作を行った

シェフがお題を出す

ピラニアを使ったチップスは、セントラールの代表的な料理として2019年の半ばまでの長い期間メニューに採用されていた。シェフはそれを変更しようと考え、試作シェフとキッチンの中心的な料理人に試作をするように言い、何人かが試作をしていた。シェフはあるスタッフには「天ぷらをやってみてくれないか」と試作の内容を指定することもあった

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試作が始まるきっかけ2

他の人が試作で作ったものを流用する

私はカニワ(アンデスの穀物)を使って酒を作っていた。その副産物として酒粕ができる。日本ではこれも料理に使うことがあるのだとパティシエに試してもらうと、スフレグラッセ(アイスクリームに似た冷菓)を思い描き、試作することになる

生産者が食材を持ち込む

昆虫食の生産者が倉庫番にコンタクトを取り、レストランを訪れる。何人かのスタッフで虫の入ったタッパーを囲み、アリなどを試食する。ある料理人は「セントラールでは客を怖がらせてしまうから虫は姿のままでは出せないが、粉末にすればよいかも」と言って試作を始めた

アイデアはキッチンにいるうちに思い浮かぶ

創作担当シェフとおしゃべり。レストランで何を調査すればいいのかわからなくなった、驚きを感じられなくなったというと、「一つの場所に居続ければいいんじゃないのかな。試作もそうで、今日はパイチェ(アマゾンの魚)の頭を見て、突然まるごと薪で焼いてみよう、と思った。パイチェの頭を発注して頼んでそうしたわけではない。キッチンにいれば、試作のアイデアは現れる。書くこと、調査することも、それと同じなんじゃないのかな」

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計画:土地から組み合わせを探す1

コンセプト通り、生態系が合うもの、在来種から選ぶ

�料理人Fがパイチェ(アマゾンの魚)の切れ端をチチャ・デ・ホラ(アンデスのとうもろこしの発泡酒)で漬けたものを焼いてもってきた。美味しかった。Dが「問題はチチャがアンデスのものなのに、パイチェがアンデスではないということだ」と指摘する。Fが「じゃあ川エビ(をチチャ・デ・ホラに漬けて)は?」というと、Dが「それは海岸じゃないの?」と。その後、Fが鱒、ペヘレイ(イワシ系の魚)といったよくアンデスで食べられる魚をあげるも、Dがそれは侵略種だと却下。その他にいくつか食材をあげながら考えていると、シェフがちょうどやってきたので何か良いものはないかと尋ねると「川エビはどう?」と。Dが「海岸のものではないの?」と聞くと、シェフは「川エビはアレキパ(アンデス)から来ている」と。川エビをチチャ・デ・ホラに漬けてみることに。

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計画:土地から組み合わせを探す2

土地を組み合わせを見つけるきっかけにする

ミルにて、私がアグアイマント(フルーツ)を使ってスフレグラッセを試作する。これをミルのバーテンダーに試してもらい、何か組み合わるものが、おそらくハーブが必要だと思う、なんだろう、と尋ねる。「アンデスミントだろう、よく同じ畑で生えているから」と答える。また牛乳を山羊の乳に変えることも提案される。ちょうどバーにアンデスミントがあったので、「試してみようよ」とそこにあるアンデスミントをスフレグラッセに単純に乗っけて試してみる。とてもおいしいねとうなずき合う。

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計画:味覚・テクスチャの規則に食材や調理法を当てはめる

おいしいとされる料理を作るための、味覚やテクスチャについての�一般的な規則があり、それに食材や調理法を当てはめていく

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食材とその加工(調理)、その組み合わせとしての料理

料理人は料理を、食材にある調理を施したものである「要素」の組み合わせとして捉えている

パティシエとアマゾンレモンの塩レモンとアマゾンコリアンダーを使った試作しようという話になり、昼営業終わりのパティスリーへ。彼はノートを広げ「まずプランを作ろう」と言う。二人でアマゾンレモンとアマゾンコリアンダーのそれぞれについてどういう調理をしうるかの案を出す。例えば「アマゾンレモンはビスコッティ、いやガナッシュがいいののではないか」という提案があったが、ふと「調理を先に決めるんじゃなくて、食材の組み合わせを決め、それぞれのテクスチャを決め、最後にその食材をどう調理するか決めなきゃいけないんだった」という。「そういうのを考えずに最初から調理まで決めてしまうと、他の食材がうまく決まらなくなってしまう」。

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味の組み合わせに食材を当てはめる

苦味を酸味や甘みで和らげるように、味には基本的な組み合わせがある

(上の引用より前の日)私が試作したアマゾンレモンを使った塩レモンをパティシエに試してもらうと気に入ってくれた。その夜、ロッカールームで「塩レモンの使い方を思いついた」と言われる。「塩レモンと、キヌア(アマゾンの穀物)をポップコーンのように焼いて膨らませたもの、チョコレート、羊のチーズを組み合わせる。焼いて膨らませたキヌアはチョコレートみたいな風味がするから、それとチョコレートと組み合わせて。そしてチョコレートと焼いたキヌアの苦味をレモンの酸味とチーズでバランス取る。苦味に酸味と甘み、クリームを組み合わせる」と。

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テクスチャの規則に調理法を当てはめる

テクスチャにはある程度バリエーションがあると食べていて楽しい

パティシエとアマゾンレモンとアマゾンコリアンダーを使った試作のための食材の組み合わせについて考えている。これらの他に、食材としてマカンボ(アマゾンのナッツ)とチョコレートを使おうと決めたあと、彼は「アマゾンコリアンダーはマカンボ(アマゾンのナッツ)とビスコッティにしよう」と言いながらノートに書きつける。「それから塩レモンはガナッシュ(チョコレートを生クリームと混ぜたもの)について、フレキシブル(シート状に曲げられるもの)にしよう」と。じゃあ、さらにアマゾンレモンの皮をキャラメルでコーティングしたらどうだろう、と尋ねる。彼はアマゾンレモンの皮の実物を触りながら、「けっこう厚いからあまりカリッと仕上がらないかも。うーん……。マカンボと一緒に岩(砕いたナッツを砂糖でコーティングしてまとめたもの)にしてもいいかも」と。ふと私は、カリッとした食感のものばかりじゃないか?と心配になる。「ううん、ガナッシュはゼラチンが入ってるから、滑らかな感じになる。すると、ガナッシュがあって、レモンの岩が合って、ビスコッティが合って…たぶんこれでいいと思う」という

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よくあう香りの組み合わせを当てはめる

爽やかな香りには土っぽい香りを合わせる、生臭い香りはハーブなどの爽やかな香りで覆い隠せるといったよさを伸ばし悪さを消す規則がある

�パティシエと上の試作の続き。突然彼が「どの要素も柑橘っぽくて爽やかなものばかりだね」という。私は、確かに、じゃあヤーコン(甘みのありシャキシャキした芋)はどうだろう、土っぽい香りがほしいのでは?と言う。彼は「うーん、でもヤーコンはあまり好きじゃない。ちょっと甘すぎる」と。続けて、「コーヒー豆はどうだろう。キャラメルでコーティングして、荒く砕いてみては?あるいはコーヒーソースでもいいかもしれない。エスプレッソのもっと濃くしたやつみたいな、それをテーブルでかける。」

私がピラニアを試作していると、料理人のFがやってくる。「おいしいね!でも何かが足りないかよね……あまりピラニアっぽさを感じないからかな」と。でもちょっと生臭いから身を水洗いしなきゃいけなくて、いま3回水洗いしているから、と言う。「じゃあ爽やかなものを組み合わせたらどうだろう。ワカタイ(アンデスのハーブ)やスペアミントとか…。」でもこれはアマゾンの料理だから、というと、他のスタッフが作っていた「ココナ(アマゾンのフルーツ)のお酢はどうだろう」と言われる。

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不可能な範囲を定める規則性がある 

客が嫌がりそうなものはだめ

昆虫食の生産者が倉庫番にコンタクトを取り、レストランを訪れる。何人かのスタッフで虫の入ったタッパーを囲み、アリなどを試食する。ある料理人が「試作してみよう、セントラールでは客を怖がらせてしまうから虫は姿のままでは出せないが、粉末にすればよいかも」と言って試作を始めた

他の料理・飲み物との重複があるとだめ

海藻を使ったノンアルペアリングの試作でよい組み合わせが見つかっていない。DとIの会話のなかで海藻とセロリという組み合わせの案が出た後、それを何で補うべきか案をあげる。パカエ、アグアイマント(いずれも果物)があがるが、Dは「これらは他の飲み物ので使いたいからなあ」と不満そう

既製品との連想が働くのはだめ

パティシエが試作を渡してくる。マカンボ(アマゾンのナッツ)をキャラメルでコーティングしたものをチョコレートでまとめ、アマゾンコリアンダーの粉をまぶす。食材は何?と聞いても「食べればわかる」と教えてくれなかったが、確かに食べればわかった。おいしいね、最初アマゾンコリアンダーの風味がブワッと来て、マカンボが来て、最後はチョコレートが強く感じる、というと、「おいしいんだけど、でも、ナッツをチョコで固めた感じで……こう、スニッカーズみたいなんだよね」と不満そう

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実際の試作・修正 

実際に料理を試作し、食材の組み合わせや分量を調整する

パティシエとアマゾンレモンとアマゾンコリアンダーの試作について計画を練った翌日の昼営業終わり。

�岩(砕いたナッツを砂糖でコーティングしてまとめたもの)を作ろうとする。パティシエに言われたとおり卵白と砂糖をよく混ぜ、そこにバーからもらってきたカニャ(サトウキビの蒸留酒。本当はアマゾンのハーブを使ったジンを使いたかったが、使いかけの瓶がなかった)、ブラジルナッツ、刻んだアマゾンレモンの塩レモンの皮を入れて、オーブンで焼く。だんだん卵白が膨らんできて、レモンを覆い隠していくが、最終的に、卵白が焼けたようなものになってしまった。水分が多すぎたのかもしれないと乾燥機にかけるも、ほとんど変わらなかった。「たぶんレモンの皮からたくさん水分が出てくるんだね」と。私が、レモンの水分が多いなら、そちらをダックワース(ナッツの粉を使った焼き菓子)にしては、と提案するというと、「いいね」と。この日は並行してすでにマカンボ(アマゾンのナッツ)とアマゾンコリアンダーでダックワースを作ってしまっていたが、次はアマゾンレモンとブラジルナッツのダックワースを試してみることに

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評価の基準

重要視されているのは、

①おいしさ:味やテクスチャのバランスが取れていること=味覚やテクスチャの規則

②食材らしさ:その食材に特有の味や香りが現れていること(→ピラニアっぽさを感じられないという批判)

特に喜ばれるのは、試作を通してそれまではっきりと気づいていなかった食材の味や香りが感じられるようになったとき(→ムシラゴの白い花の香り)

Dが「これ試してみて!」とかぼちゃの種を煮出した水に、乾燥させた海藻を浸し、ドライアイスでさらに味を引き出したものをIに渡す。廃棄物削減プロジェクトの一環でかぼちゃの種を煮出した水を作ったとき、ふと気になって海藻を混ぜてみたそう。Iは「んー!いいじゃん!」とよい反応。私もよいと思った。海藻の香りがあったせいか、かぼちゃにはどこか海のような、きゅうりのような青っぽい匂いがすることに気づく

*特に新規性については考慮されていない

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シェフのチェック・アドバイス1

試作の実施者の間である程度試作を行ったあとは、実施者に創作担当シェフが含まれなければ、彼に試食してもらいアドバイスをもらう。そのアドバイスを反映させ、シェフに試食してもらう。シェフはアドバイスを与えて作り直させるか、試作をブラッシュアップすべく創作担当シェフに引き継がせるか、コースの一部としてそのまま採用することを決定する

かまぼこのイメージで、ピラニアをすり身にし、アマゾンコリアンダーとアマゾンレモンを刻んだものを蒸し上げたものを作った。その日は創作担当シェフがいなかったので、ちょうどキッチンにいたシェフに試食してもらう。それをフライパンで焼いてみたり、刻んでその場にあったアマゾンのフルーツのソースと混ぜたりしてみるが、「味はこのままでいい、おめでとう」と言われ、握手を求められる。ただ、創作担当シェフとさらにブラッシュアップを考えるように改善するように言われる

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シェフのチェック・アドバイス2

数日後、創作担当シェフにも食べてもらう。彼も「おいしい」と。「でも、このまま提供するわけにも行かなくて、プレゼンテーションをもっと考えなければならないな」という。(当時提供されていたピラニアの料理のように)ユカのチップスで挟んだらどう?と提案すると、私が言及していた現行のチップスではないが、他の機会に作ったのであろうユカの白いチップスを取り出して、ピラニアのかまぼこをそれに挟んで焼く。シェフが通りかかって食べてもらう。悪くないのだろう。シェフは「皿を決めよう」と言うと創作担当シェフと「皿に高さがあると良くないよね」と言い合いながら、雑多な皿がしまってある棚からパイチェ(アマゾンの魚)で作った皿に乗せて取り出し「これくらいのがいいんだけど、パイチェじゃないし。ちょっと考えてみて」と言う

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過程の行きつ戻りつ 

試作は素材→テクスチャ→調理という順で決めるのが良いとされつつも、実際には行きつ戻りつしながらなされる

パティシエとのアマゾンレモンの塩レモンとアマゾンコリアンダーの試作において、アマゾンコリアンダーはマカンボとビスコッティに、塩レモンはガナッシュに、アマゾンレモンの皮はマカンボと一緒に岩に、と決め、テクスチャのバランスも確認されるも、ふと彼が「どの要素も柑橘っぽくて爽やかなものばかりだね」と言い、使う食材が考え直される

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メニュー採用後の分量調整 

メニューに採用後も創作担当シェフとそれぞれの仕込みの担当のスタッフが相談して、レシピの分量や味付けが変えられることもある

�パティシエで仕込みをしていると、パティシエが「これを試してみて」という。いまデザートのひとつで使われているブラジルナッツの白いクリームだった。「今日レシピを変えたんだ。」どうして?「創作担当シェフが昨日味を確認して、もっとブラジルナッツを感じれられる方がいいと言われて。」レシピは指定されたの?それともあなたが作ったの?「私が作った。どうしてほしいか言われれば私で変えることができる」と。

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感覚の集団性

これまで感覚人類学(Howes, Classen 2013)で指摘されてきたように、�感覚のあり方や評価の仕方には集団性がある

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「ペルーらしい」好悪の違い

おいしいと感じるものに海外出身者はペルーらしさを感じる

ミルにて、紫じゃがいもをふかして荒く潰し、チンチョ(アンデスのハーブ)とヨーグルトを和えたサラダを試作した。ペルー人の料理人には口々に「チンチョの味が強すぎる」と言われ、それを直すような提案をされる。しかし、アメリカ人の料理人は「好きだ、そんなに強いわけではない」と。別の日に彼が野草を使った試作をした際もペルー人の料理人に「苦すぎる」と言われていた。「僕からするとそんなに苦くないのに。まあ、ペルーでは苦い野菜は食べないから」と言う。

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セントラールらしさ

「セントラールらしさ」も試作の判断基準になっている

昼の営業後。調査開発チームのメンバーとオフィスにいると、創作担当シェフが新しい料理を持ってやってくる。はまぐりの貝殻の中にはまぐりの刺し身を並べ、それをルロ(海岸のフルーツ)の淡い黄色の果肉を使ったゼリーで覆ったものに、チャラカ(紫玉ねぎやトマトを刻んだもの)を乗せたもの。調査開発チームのIが、「色味がとても穏やかで、あまりセントラール的ではない。どちらかといえば、ガストン(・アクリオという有名なペルーのレストラン)っぽい」という。創作担当シェフは「そうだね、セントラールで出すならばゼリーをもう少し鮮やかな色味にするだろうね」と言う。実際数日後には、ゼリーにツナ(海岸のフルーツ)の赤い果肉を混ぜ、鮮やかな赤に染めたものを試作していた。

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セントラールらしさの構築:新しい食材の試食

食材や料理に対して料理人が感想を言い合うような機会を通してセントラールでは食材や料理についてのイメージが共有されている

生産者が食材を持ち込んだり、調査開発チームが調査にでかけたりして新しい食材が届くと、料理人が寄ってきてみんなで試食し、味についての感想を言い合い、共有する。中でもその食材が何に例えられるかということが多くの話題となる。

テイスティングに詳しいバーテンダー主導で、トゥンボ(フルーツ)の果肉をミキサーに掛けたものにつき、色の透明度、色のこさ、鼻から入った香り、などを分析し議論させる会が開催されたこともあった

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セントラールにおける創造の理論

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発表の流れ

問い:創造の過程がセントラールの料理人にどのようなものとして�捉えられているか?

3~  先行研究:創造の過程と創造の理論

16~  現代料理史・セントラールとは

24~  例:薬草ノンアルペアリングプロジェクトの過程

35~  試作の過程

58~  セントラールにおける創造の理論

80~  結論

(84~注、参考文献)

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試作の過程

以上では実際の試作の過程を描いてきたが、セントラールの人々において、試作の過程はまとめれば以下のようなものとして理解されている。

1. ある食材(とその調理)を置く:アマゾンレモンを使うことにする

2. その性質を考える:柑橘の香りに着目する

3. その性質から合う食材を探す:柑橘にはアマゾンコリアンダーが合うだろうとみなす

4. 調理法を考え、調理する:アマゾンレモンを絞り、アマゾンコリアンダーをミキサーに掛ける

5. 料理を評価する:想像通りの味がしたり、想像以下の味だったり、想像もしなかった味がしたりする

この過程は、さらに形式化するならば、便宜的に二種類に分けられる過程の複合である

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過程①

食材から味やカテゴリーといった性質、可能な調理法について考えたり、�逆に味や食材のカテゴリー、調理からそれに適した食材について考える過程

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食材

調理法

カテゴリー

食材

調理法

カテゴリー

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食材の味を例える

料理人は頻繁に食材の味や風味を別のものにたとえ、それが試作の基礎となっている

あるとき、料理人Mがかぼちゃの皮を使った試作をしている。具体的に何をしているのかと聞くと、乾燥させたかぼちゃの皮を粉末にしてみたという。「抹茶みたいじゃない?」と言いながら粉を渡される。確かに抹茶の風味がした。数日後、薬草ノンアルペアリングの試作をしていて、Dがかぼちゃの種を煮出した水をIと私に試させてから言う。「かぼちゃの水はとても美味しいでしょう?じゃあ何ができると思う?」Iいわく、「Mが作ったかぼちゃの皮の抹茶を試した?抹茶みたいにとてもクリームっぽくて美味しかった」。Dは私に尋ねる。「どう思う?抹茶には日本では何を組み合わせる?」「牛乳。エスプレッソみたいに扱っていて、牛乳と組み合わせたりする」と答える。

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食材から食材のカテゴリーへ、食材のカテゴリーから食材へ

試作において、食材が食材のカテゴリーに含まれ、さらに食材のカテゴリーから食材が発想される

�薬草ノンアルペアリングの試作にて、パンカ(とうもろこしの皮)を使ったアンデスのペアリングについて計画している。Dは「このペアリングで(他のペアリングでボツになった)青りんごと、いぶしたパンカの煮出した水を使うのは?」という。対してIは、「でも青りんごを入れると(ボツになったペアリングのように)飲み物のなかで支配的になっちゃうんじゃない?」「じゃあ他のフルーツはどうだろう」とD。続けて、「アグアイマント、ヤーコン……ルクマはどう?」とフルーツの名前を上げる。しかしIは、「でもルクマはとても重い味じゃない?」と。Dは「じゃあチェクチェ…いや、カプリでは?」と言う。「カプリ?」「ベリー系の果物」とD。

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食材から調理へ、調理から食材へ

試作において、ある食材からそれに適していると思われる調理法が引き出され、逆にある調理法からそれに適していると思われる食材が提案される

�アマゾンレモンとアマゾンコリアンダーを使ったパティシエとの試作にて、計画をある程度決めたところで彼が言い出す。「ああ、さらに粉があるといいかもしれないね、シェフは粉を使うのが好きだし。アマゾンコリアンダーを乾燥させて粉末にさせるのがいいかもしれない」という。

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過程の複雑性1

もちろん、食材と性質、調理法の往還というのは単純化である

ある調理法を適用するというのは、その調理によって素材から特定の味や食感を引き出すことである

調理法を調理法のカテゴリーに含み、調理法のカテゴリーから調理法を引き出す

先のフルーツを使った薬草ノンアルペアリングのやりとりの続き。Iは「じゃあこれらをコンブチャ(発酵飲料)にするのは?」と提案する。しかし、Dは「コンブチャにする必要性がわからない。それにいまはパンカを煮出した水を使いたいって話でしょ、コンブチャは沸かしちゃだめのでは?」と。Iは「沸かしちゃだめなのは、別々に作って混ぜればいいと思うけど」と返す。さらに少し考えて、Iが「じゃあ蜂蜜酒は?」と言う

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過程の複雑性2

薬草ノンアルペアリングの試作にて。タルウィ(アンデスの豆)の豆乳に、バターとハーブをあわせたいとしていて、紙で計画した段階ではその候補としてクレリ(ハーブ)が挙げられていた。だが、実際に試作しよういう日にはクレリが届かず、とりあえず今あるもので試作してみようとIはマティコ(ハーブ)を合わせようとする。そこでふと「アンデスアニスはどうだろう?」とDがいう。「それもよさそうだ」ということになり、アンデスアニスがあるはずのバーを見に行くと今はない様子。私が「普通のアニスとは違うの」?と聞く。D「だいぶ違う、もっと弾けるような香りがする」と。とはいえ「今のところはこれで」とDはバーからアニスを持ってくる。ドライアイスでタルウィの豆乳にマティコとアニスをそれぞれ混ぜる。マティコを混ぜたほうについては「面白い味だ」と。アニスのほうを飲むと「これじゃない?」とふたりとも声のトーンが高く、嬉しそう。「ちょっとバターの風味が強すぎたかも、もっとピンクペッパーと甘さがほしい」としつつも、何回もうなずく

このように単純化であるにせよ、しかし、人々は大抵は食材とその性質・調理という二分法のもとに上記の過程を捉えている

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食材と、性質と調理法のあいだで相互に引き出し合う過程

以上の過程を単純化しつつも形式化するならば、まず、食材から味や食材の性質・調理法を引き出し、また性質・調理法から食材を引き出すという過程があることがわかる

特に食材の味については、料理人は普段から熱心に把握しようと努めている新しい食材の試食や見慣れた食材を再評価しようとする場には料理人はかなり積極的に参加しようとしている。またその場では、おいしい/おいしくないという評価ではなく、どういう香りであるかの描写がなされる。対して、可能な調理法やその味はそのカテゴリーや実際に生のものを見て味わった感じに基づいて推測されるのみで試しに調理してみるといったこととはない

食材のカテゴリーや、アマゾンレモンに柑橘の香りを見出すなど、慣習的な引き出し方もあるが、乾燥させたかぼちゃの皮から抹茶を引き出すように非慣習的な引き出し方もある

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過程②

食材の性質、調理法についての一般的な規則に則って(調理された)それらの組み合わせについて考え、実際の食材を組み合わせで予想できない味を引き出す過程

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食材

調理法

カテゴリー

食材

調理法

カテゴリー

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1) 性質や調理法の規則の適用

先に確認したように、基本味や合う香り、テクスチャ(これは調理法により決定される)には、それぞれ引き立て合ったりネガティブな印象を補ったりと言ったかたちで料理をおいしくする組み合わせの規則がある程度定まっている

組み合わせの規則の適用は、食材の性質やテクスチャが引き出された時点である程度方向づけられており、自由度は高くない(苦さには甘さや酸っぱさ、柑橘の香りにはハーブ…)

また組み合わせの規則の適用はそれ自体ではほとんど議論されない。柑橘にハーブが合うということは問われず、実際にその組み合わせを実現するのは何か、すなわちハーブの中で適しているのはアマゾンコリアンダーかアマゾンオレガノかという、第一の過程のほうが熱心に検討される

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2) 予測できない試作結果

実際の試作においては、組み合わせの結果は良くも悪くも予測できないものとされる=試作が最初の計画通りに終わることはほとんどない

試作はしばしば食材の未知の味を明らかにする

�薬草ノンアルペアリング試作のムシラゴ(カカオの果肉)のペアリングにおいて、ムシラゴは計画の段階では花のような香りのものとイメージされ、選ばれた。その後、試作を実施し、アマゾンコリアンダーと混ぜてみると、ムシラゴは、花の香りの中でも白い花の香りのものと感じられるようになった。

薬草ノンアルペアリング試作にて。乾燥した海藻を戻した水と、ツナ(海岸のフルーツ)の果肉。先に試していた海藻と青りんごの組み合わせより、私にとってもう少し調和したように感じられた。IとDも、ものすごく良い、という雰囲気ではないにせよ、「まあまあ」とうなずく。この方向で少し続けようということになり、さらに何かを組み合わせようということになる。「酸味が欲しくないか」とD。Iと私も同意し、Iが「レモンを入れよう」と提案する。レモンを絞る。酸味に対して甘さでバランスを取るべく、アルガロボ(という樹)のシロップも加える。レモン入り紅茶みたいな味になったねと誰かが言い、うなずきあう

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評価は調理より食材の組み合わせという点でなされる

興味深いのは、試作の結果が、主に具体的な素材の組み合わせがもたらす効果として評価が行される点。すなわち、試作の結果が素材の調理から評価されることは相対的に少ない

�先のやりとりの少し前。Dが海藻を戻した水に青りんごをジューサーにかけたものを混ぜる。「青りんごが海藻を覆い隠すね」と言い合う。そこにDが彼のお気に入りの試作、黄色唐辛子の種を煮出したものを垂らす。しかし味はあまり変わらず、いまいちだと二人で顔をしかめる。ふとDが「緑のツナ(海岸のフルーツ)はどうかな」と提案する。Iも同意する。

青りんごという食材そのものが問題とされ、青りんごの量や調理方法は問題とならない

:これは料理人には素材の調理による変化がかなりの程度予想可能であるため

→逆に言えば、そういうふうに習熟してもわからないのが味と香りの組み合わせ

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食材の表現

以上のように、便宜的に二種類に分けられるような過程が複合したような過程を背景としながら、セントラールの人々は「料理は食材を表現することだ」と日常的に述べる

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調理は食材の可能性を表現するためのもの

調査開発チームのオフィスで書き物をしていると、シェフがやってきて「最近は何をしているのか」と聞かれる。「麹を作っている、キヌア(アンデスの穀物)で酒を造れるかもしれない」と答えると、「カニワ(アンデスの穀物)がいい」と言われる。セントラールのやることは、「酒」というグローバルな技法をペルーのものに応用してその可能性を表現することだから、ぜひ進めてほしい。ただ、大麦でできるとしても、それよりはキヌアのほうがいいし、でもキヌアはもう他の国でも手にはいるからカニワのほうがもっといい。」

メニューには生態系の名前、標高と、食材名のみが書かれ、調理名は書かれない

評価されるのは、食材らしさ:その食材に特有の味や香りが現れていること

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二つの過程と表現

実際に表現という言葉は二つの過程をかなりの程度捉えているように思われる

アマゾンレモンから柑橘の香りを感じ取ることは、組み合わせの基礎になると同時に、食材の組み合わせにとって有意なものとなる点において、最終的な料理においてアマゾンレモンの特徴として柑橘の香りを示すことにつながる。柑橘の香りからアマゾンレモンを引き出すことも同様。

調理法を考えることもまた、他ではない特定の調理を素材に対して選ぶことであり、それはその調理がもたらす性質を明らかにすることと言える

計画では性質や調理法の一般的な規則に則りつつも、結果としての具体的な食材の組み合わせにおいては食材から予測できない味をもたらす点で、その食材を表すことに深く関わる(また、そのようにして引き出された味は、その後の試作の基盤となっていく)

あるいは、表現という言葉から二つの過程を整理すれば、一方はひとつの�素材の表現をなす過程、他方は組み合わせられた食材の表現をなす過程と言い換えられる

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表現としての二つの過程

セントラールの料理人にとって、創造の過程とは、一方に食材、他方に味や�調理法を置きそれらを相互に引き出す過程と、一般的な規則に則って味や�調理を組み合わせつつそこから事前に予測できない食材の味を引き出す�過程が複合したものとしての表現であると捉えられている

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創造はアイデアの組み合わせではない

以上の過程はアイデアの組み合わせと分析しうるにせよ、セントラールの人々はアイデアの組み合わせとしてはみなしていない。

むしろ自分たちとは独立に存在する食材同士や調理法の組み合わせとして捉えられている

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創造はバリエーションを生み出す規則への従属や逸脱ではない

以上の過程には、

味やテクスチャの規則に基づいて食材の組み合わせを考えるように、バリエーションを生み出す規則に従うこととされうる部分もあるが、食材と、�性質・調理法のあいだでそれらを相互に引き出す過程のように、その理解に�即さないかたちで捉えられる部分もある

また、例えば生態系に基づくコース料理を提供したり、薬草ノンアルペアリングを提供しようとするように、従来の現代料理の規則に制約されつつも、それまでの規則を外れるような創造もあるが、実際に料理を試作する大抵の場面は現代料理の規則からの逸脱は問題とされない

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創造は即興ではない

セントラールの人々は創造に、素材を含んだ流動的な世界に対応するような即興としての側面があることは当然認めるだろう。だが、即興というモデルは採用されていない。また素材への対応というような大雑把な把握よりもかなり特定化されたやり方で素材の表現について考えている

さらに、セントラールの人々は試作の過程と、客に提供する料理の過程を区別しているが、即興として創造を捉えるモデルではそれら過程を区別しない点でも、このモデルは試作の過程についてのセントラールの人々の考えとはずれている

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創造の起源は個人の独自性ではない

新しい料理をどのように作るかと問われると、料理人は「食材を表現すること」によると答える。

もちろん、食材を表現する料理人に創造を帰属させることもできる。実際、レストランを訪れる客にとって、創造は最終的にはシェフに帰属させられるものでもあるだろう。

また確かに、モダン料理・現代料理において創造が個人に帰属させられるような場合がある:料理のスタイルや技法の創造(人工イクラのような技法、生態系に基づくコース、ローカルのアルコールの提供)

しかし、料理の具体的な創造の場面について言えば、料理の起源は食材にあるとされる

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結論

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発表の流れ

問い:創造の過程がセントラールの料理人にどのようなものとして�捉えられているか?

3~  先行研究:創造の過程と創造の理論

16~  現代料理史・セントラールとは

24~  例:薬草ノンアルペアリングプロジェクトの過程

35~  試作の過程

58~  セントラールにおける創造の理論

80~  結論

(84~注、参考文献)

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創造の理論とは何なのか?

セントラールにおける創造の理論において、創造とは、一方に食材、他方に味や調理法を置きそれらを相互に引き出す過程と、一般的な規則に則って味や調理を組み合わせつつそこから事前に予測できない食材の味を引き出す過程が複合したものとしての表現である

だがこの差異は何を意味するのか?本当は創造とは、アイデアの組み合わせ、バリエーションを生み出す規則、あるいは即興から捉えられるべきなのだが、セントラールの人々は創造性について非現実的な見解を持っているということだろうか

そうではない。セントラールの人々が、少なくとも文化人類学者に比べ、創造における素材の表現という次元について理解していること

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素材の表現としての創造というありふれた考え

素材の表現としての創造という考えは、制作者にとって特殊なものではない

ミケランジェロ「全て大理石の塊の中には予め像が内包されているのだ。彫刻家の仕事はそれを発見すること。」(Ackerman 1970)�

にもかかわらず、人類学の創造の理論においては無視されてきた

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近代以降の芸術というモデル

レヴィ=ストロース(1976)は、工芸や未開美術と比べながら、西洋の近代以降の芸術において素材が優先して思考すべき対象としてはほとんど捉えられなくなっていると指摘する

人類学の創造の理論にロマン主義や所有権という西洋近代の発想が絡みついてきたように、素材を重視しない近代以降の芸術の発想と実践が人類学の創造の理論の前提にある

西洋の近代以降の芸術以外における創造について人類学が意味のある理論を作ろうとするならば、人類学は素材の表現について考えなけれればならない、あるいはそれについての人々の理論に向き合わなければならない

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ご清聴ありがとうございました

疑問、コメントなどは amanefjt@gmail.com にお願いいたします

�友人たちと「思考的映像」と仮に呼んでいる、民族誌映像のようでいて�民族誌映像ではない映像を作っています。ご覧いただけると嬉しいです!

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通り過ぎないもの 2021/9/27

撮影、編集:藤田周 �字幕:穂村弘『シンジケート』(1990年、沖積舎)より

https://youtu.be/i7pxi_Wk7Bw

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注:創造Creativityについて

以下で言及する先行研究では一貫してCreativityがどのようなものか問われている。

確かに、Creativityは通常「創造性」と訳されるものであるが、本論ではCreativityに対応する語として基本的には「創造」を用いる。

Creativityという英語が「The use of imagination or original ideas to create something」(Lexico.com 日付不詳)と定義され、創造することを意味するのに対して、

創造性という日本語は、「創造的であること。何かの真似ではない、独自の有用な案を生み出すこと。また、その度合い。オリジナリティ。「創造性を育む教育」などのように用いられる。」(実用日本語表現辞典 2011)と創造することの他に創造的な人の性質をも意味し、また「~性」という日本語は一般に性質や傾向という意味の語を作る接尾辞であって、創造性という語は創造的な人の性質をイメージさせやすい。

しかし、本論やここで参照される先行研究は、創造がどのようになされるものかを問うものであり、創造的な性質という意味合いは少ない。そのため、Creativityに対応する語として基本的には「創造」を用いる。

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注:理論Theoryについて

もちろん、これらの考えがメラネシア人の言動すべての根本的な規則やテンプレートのように存在していると考える必要はない。むしろ、西洋人が個人と社会の関係について考えるやり方のように、これらの考えはメラネシア人が行動の理由や原因について考えるときに現れるのである。それは、彼らの思考が取る(文化的)形態であり、社会的行為の理論に等しい。(Strathern 1998:16-17)

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注:「現代料理」という名称について

エル・ブジやノーマのいずれをも(モダン)ガストロノミーまたは(モダン)料理Cuisineと呼ぶ人もいる

だが、Richard Tresidderはエル・ブジなどと区別して、土地への強い思考を持つノーマなど新北欧料理のレストランを「テロワールレストラン」と呼ぶ

セントラールの調査チームのリーダーもまた、エル・ブジなど、(Modernist Cuisineという有名な本に関連付けられるような)科学や技術への強い志向を持つレストランと自らを区別し、セントラールを現代料理Contemporary Cuisineと呼ぶことを好む

よって本論も、エル・ブジなどをモダン料理、ノーマやセントラールなどテロワールレストランとも呼ばれるレストランを現代料理と呼ぶ

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参考文献

Ackerman, J. S. 1970. The Architecture of Michelangelo.Penguin Books.

Barnett, H.G. 1953. Innovation: The Basis of Cultural Change. McGraw-Hill.

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