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ブッダの「寛容」論

~仏教は"おおらかな教え" ですか?~

仏陀の寛容論

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Tolerance of the Buddha

Does the Buddha play to the tunes of others?

仏陀の寛容論

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Toleranceとは?(寛容)

  • 他人の意見、信仰、行動、生き方、生活習慣、主義などは、例え自分自身のそれらと違っていても、受け入れること、認めること、弾劾しないことです。
  • 西洋では流行始めた言葉で、明治時代では日本語にもなったそうです。
  • 寛容なんか全くなかった西洋では、相手の意見、信仰などを弾劾する残酷さに気付いて出来た考えです。

仏陀の寛容論

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古代インドでは

  • Ṛg veda聖典ではこのような下りがあります。
  • 1.164.46c     ékaṃ sád víprā bahudhā́ vadanti
  • 「真理は一つです。賢者は様々な言葉で(それを)語ります。
  • Hindu教の寛容性を語るために必ず引用されます。
  • しかし、Rig vedaは多神教を語るので、同じ神に名前が複数という意味でしょう。

仏陀の寛容論

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寛容であるとは

  • ①.相手のことを我慢する。(怒りが絡む)
  • ②.自分を主張するのは怖い。
  • ③.自分に別に何か意見があるのではない。
  • ④.相手の意見をよく理解出来ない。
  • ⑤.皆に自分の意見を持つ自由がある。
  • ⑥.相手の意見にも一理ある。
  • ⑦.相手の意見は気にするほどのものではない。
  • ⑧.その内、相手も自分を理解するでしょう

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寛容であるとは

  • ⑨.表現と実行の仕方が、違っていても、皆、同じ真理を語っている。
  • ⑩.世は多枝、多様、多色です。
  • ⑪.他の意見に興味・関心はありません。
  • ⑫.批判、否定されるのはやばい。
  • 等々のような理由を挙げられますが、
  • 決してクールな理性的な立場とは言い切れません。

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仏教の寛容

真理と寛容の両立は難しい

仏陀の寛容論

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曖昧で、根性のない寛容はありません

  • Wikipediahttp://en.wikipedia.org/wiki/Toleration
  • 全ての宗教に寛容性があるの如く、書いてます。
  • しかし、寛容でありながら、真理を主張する仏教には問題があるように記してます。
  • しかし、他宗教に対する引用の全ては差別思考に優れているのです。
  • 弾圧、弾劾、裁き、戦争、黒人差別、ユダヤ人殺し、テロ行為、戦争などは聖書の権威で行ってきたのです。

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仏教の寛容性は研究されています。

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Sabbe sattā bhavantu sukhitattā

  • 『生きとし生けるものが幸せでありますように』とは仏陀の戒めです。
  • 差別はありません。
  • このスタンスで生活するとその人生は自ずから寛容的になるのです。
  • しかし、人のことを無視して、無関心でいることは慈しみになるのでしょうか?
  • 他の幸福のために、出来る範囲で活動しなくてはならないのです。

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差別とバイアス(先入観)

  • この二つは寛容の敵です。
  • 仏教は差別をバイアスを無くすことを推薦します。
  • 従って差別主義を黙視しないで、理性に基づいて批判します。
  • 例:バラモンのカースト制度の批判。
  • バラモンの家で生まれたと言う理由で、自分は聖職者だと仏陀を非難した人に、
  • 「人は行為で判断するべきです。バラモン人の仕来りは皆破っていますが、犬はその仕来りを見事に守っているのだ」と説かれる。

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差別とバイアス

  • 人間の人生は行為で決まる。
  • 従って、善行為を行うべきです。
  • しかし、一切は全知全能の神によって創造されて、全てが定められていると、宗教家が説くならば、
  • その人は、人の努力、精進と道徳を否定する。
  • 運命論を語った、Sañjaya BellaṭṭhiputtaMakkhali Gosalaを徹底批判するのです。
  • 「小川に網を掛けると小魚まで破滅になる。サンジャヤマッカリ・ゴーサーラが全ての人々を不幸に陥れる。」※講義ではサンジャヤと述べましたが、正しくはマッカリ・ゴーサーラです。

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身内の間でも寛容性はない

  • 社会問題だけではありません。
  • 家族、親友の間でも寛容性はないのです。
  • 相手を自分の主観で批判するのです。認めないのです。
  • 寛容は家族の中で、友人の間でスタートしなくてはいけないのです。
  • 相手の気持ちを理解する、相手の意見も尊重して聞き入れる柔軟性が欠かせない。
  • こころには mettākaruṇāが欠けている。

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先入観の問題

  • これには精密な努力が必要です。
  • 全ての生命は、認識データを捏造して理解する。
  • Papañca(パパンチャ)です。
  • 自分に見える世界のみが本物という気持ちになります。他人にどのように世界を見えるかは知る方法もなさそうです。
  • 釈尊はありのままに(如実に)観察する修行方法を説かれます。
  • こころから一切の汚れが消えます。

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意見・主義などの対立

  • 仏陀はこのような喧嘩をさけるようにとアドバイスなさいます。
  • 無意味です。それぞれの主観、偏見を言い争っても結論はないし、負けたら悔しいし、勝っても自分が正しいかと分からないし、こころを清らかにする義務に関係がないのです。
  • 政治的な話、軍事に関わる話、世間話などは禁止する。
  • 寛容でいられません。トラブルを招く。こころが汚れる。

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他の批判を聞き入れる

  • パーリ聖典の最初のテキストの最初の経典でこのポイントを語るのです。
  • Dīgha Nikāya, 1. Brahmajāla sutta
  • 釈尊と250人の比丘達がRājagaha とNālandāの間、旅に出ています。
  • 遊行者のSuppiyaも同じ道を歩いている。
  • 彼が、徹底的に仏法僧を非難、侮辱をする。
  • 彼の弟子Brahmadattaという若者が徹底的に仏、法、僧を賛嘆する。

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他の批判に対して

  • 比丘達は夜、このように話合う。
  • 人間の性格は様々ですと釈尊に説かれたのは、まさにその通りですね。
  • SuppiyaとBrahmadattaが師弟関係なのに、互いに正反対の意見を持っています。
  • ここで、釈尊は仏教的な寛容について語ります。
  • 他人が仏法僧を非難しても、あなた方は、 tatra tumhehi na āghāto na appaccayo na cetaso anabhiraddhi karaṇīyā.

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他人の批判に対して

  • 怒ってはならない、居心地悪くなってはならない、こころに悩みが起きてはならない。
  • tumhaṃ yevassa tena antarāyo、それは、あなた方のこころの障害になるのです。
  • もし、貴方たちは批判に対して怒ったならば api nu tumhe paresaṃ subhāsitaṃ dubbhāsitaṃ ājāneyyāthā’’
  • 他人が、正しく批判しているのか、根拠のない批判しているのか知ることはできますか?
  • できませんと答えられます。

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他の批判に対して

  • 反対に仏法僧を賛嘆されても、喜んではならない、舞い上がってはならない。tatra tumhehi na ānando na somanassaṃ na cetaso uppilāvitattaṃ karaṇīyaṃ. 
  • あなた方にとっては、それが障害になります。
  • 賛嘆されたならば、ありのままに、「そういえば、このような特色が我々にあります」と理解すれば十分です。
  • これが、寛容の立場です。

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仏教・俗世間は認めない教え

  • 俗世間の知識では理解出来ない教えです。
  • 超人的な真理を語っています。
  • (世間の流れの)反対の道を説かれています。
  • 伝道は根性が弱くて出来る仕事ではありません。
  • だからこそ、獅子吼という立場で、挑戦的な立場で真理を顕わにするのです。
  • 理性のない愚か者は、「仏陀に寛容性がない。他人の教えを認めない」批判するところです。

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仏陀の立場

  • Dhammapada 320.
  • Ahaṃ nāgova saṅgāme, cāpato patitaṃ saraṃ;

 Ativākyaṃ titikkhissaṃ, dussīlo hi bahujjano.

  • 戦闘に関わっている象が放たれる矢を忍耐するように、私は、人の言いすぎた言葉を忍耐する。なぜならば、一般人にはこころの戒めはないからです。
  • 仏陀の寛容は俗人の寛容と違います。

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宗教の真理・目的

  • 登山する道は沢山あっても、頂上に輝く月の光は同じです。
  • 教えと修行方法は違っても、辿りつく目的はおなじです。
  • 無知な世間が良く謳うプレーズです。
  • 仏教はそれを認めません。神を信仰する宗教の場合は、そのように、考えても構わないのです。
  • 「一即一切」は大乗仏教だけではなく、Hindu教の考えでもあります。

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仏教の目的

  • 生きること、存在そのものが苦です。
  • 渇愛によって、苦が連続します。
  • 渇愛を根絶することでのみ、苦を乗り越えられる。
  • その道は中道である、八正道です。
  • それ以外、解脱に達する方法はありません。
  • 四聖諦と八正道を語っているのは、釈迦牟尼仏陀のみです。
  • 聖者は仏教にのみ存在します。

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仏教の目的

  • Dīgha Nikāya, sutta No. 18, Mahā Prinibbāṇa suttanta, Subhadda pabbajja kathā
  • 釈尊が涅槃に入られる直前、Subhaddaという行者が、宗教は沢山あるが、皆、同じ目的を目指しているのでしょうかと尋ねたのです。
  • 疲れ切っていた釈尊が最後に、仏教だけが真理を語っているのだと、説明します。
  •  Imasmiṃ kho, subhadda, dhammavinaye ariyo aṭṭhaṅgiko maggo upalabbhati, idheva, subhadda, samaṇo, idha dutiyo samaṇo, idha tatiyo samaṇo, idha catuttho samaṇo, 

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仏教の目的

  • この教えにのみ、八正道があります。従って、この教えにのみ、第一の沙門、第二の沙門、第三の沙門、第四の沙門が現れます。
  • (沙門とは解脱に達する聖者のことです。)
  • suññā parappavādā samaṇebhi 他の教えには沙門が存在しない。
  • 八正道を実践するならば、この世にはいつでも、聖者が現れます。
  • と、全く寛容と言えない言葉を語ったのです。

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寛容の纏め

  • 世間が謳っている寛容はたいしたことではありません。
  • 寛容といいつつも、差別と先入観を無視する。
  • こころが汚れなく、清らかであることは真の寛容です。
  • 人格向上を意味します。
  • 寛容はただではありません。修行の結果、達する境地なのです。
  • 人格向上です。解脱です。

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三宝のご加護がありますように

ご静聴を感謝いたします

生きとし生けるものが幸せでありますように

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Jainism

  • Anekāntavāda (Devanagari: अनेकान्तवाद) is one of the most important and fundamental doctrines of Jainism. It refers to the principles of pluralism and multiplicity of viewpoints, the notion that truth and reality are perceived differently from diverse points of view, and that no single point of view is the complete truth.
  • Syādvāda is the theory of conditioned predication, which provides an expression to anekānta by recommending that the epithet Syād be prefixed to every phrase or expression.
  • 1.syād-asti—in some ways, it is,
  • 2.syād-nāsti—in some ways, it is not,
  • 3.syād-asti-nāsti—in some ways, it is, and it is not,
  • 4.syād-asti-avaktavyaḥ—in some ways, it is, and it is indescribable,

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Jainism

  • 5. syād-nāsti-avaktavyaḥ—in some ways, it is not, and it is indescribable,
  • 6. syād-asti-nāsti-avaktavyaḥ—in some ways, it is, it is not, and it is indescribable,
  • 7. syād-avaktavyaḥ—in some ways, it is indescribable.
  • Gautama: Lord! Is the soul permanent or impermanent?
  • Mahāvīra: The soul is permanent as well as impermanent. From the point of view of the substance it is eternal. From the point of view of its modes it undergoes birth, decay and destruction and hence impermanent.
  • —Bhagvatisūtra, 7:58–59[22]
  • Jayanti: Lord! Of the states of slumber or awakening, which one is better?
  • Mahāvīra: For some souls the state of slumber is better, for some souls the states of awakening. Slumber is better for those who are engaged in sinful activities and awakening for those who are engaged in meritorious deeds.
  • —Bhagvatisūtra, 12:53–54[23]

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