第三階層〈複合一人称構文〉
複合一人称とは
前項目のワークから、あなたの本当の悩みと願望が明らかになり、「願望」や「悩み」を生む偏った意識に自分がいることが認識できました。

 しかし、未だに願望と悩みは解消されないまま、「私」と「他者」もそれぞれの思いを抱えたまま、両者は依然としてすれ違っています。

 お互いが相手について感情を発動させているが、相手の心情を考慮しない意識レベルが第二階層でした。このレベルでは、お互いの思いはぶつかるだけで、決して問題の解決には至らないことはすでにお伝えした通りです。

 しかし、おもちゃについてのゆうすけ・あかね兄妹双方の心情が、第三者の立場にいる母親には分かりました。すれ違っている二人の感情やその原因は、第三階層の意識レベルに立つと見えるのです。

 五階層構文は、五段階に分けて自分の視点を上げていきます。意識が偏っているということは近視眼的であるということですので、視点を上げることで、自然と問題と自分の距離も離れ、視野も広がり、意識の偏りがなくなっていくのです。

 第三階層の意識レベルで書く複合一人称構文では、一人称構文・他人称構文で明らかになった自分の心情や状況を認めます。

一人称構文:私は、同僚に私のことを認めさせたいという願望がある。(願望)

他人称構文:同僚が私のことをどう思おうが同僚の自由である。   (相手の心情)
     :私は、同僚から認められていないという悩みがある。  (願望に対する悩み)

 上記の例でいえば、「私は、同僚に私のことを認めさせたい」という願望では、私を認めない同僚は「悪者」扱いでしたが、「同僚が私のことをどう思おうが、同僚の自由である」という視点に立つと、「私を認めてよ!」と同僚に要求するのは、同僚の自由意志を阻害しようとする私のエゴであり、問題は「人に認めてほしい」と思ってしまう自分自身の中にあることに気付きます。

 こうして、「私が辛い思いをするのは他者に責任がある」「他者のせいで私が苦しんでいる」「他者こそが問題の原因だ」という思いから反転して、「すべては私の問題だ」ということが見えてきます。

 自分の願望と悩みを客観視する働きは、自己と他者(他者が介在しない場合もあり)に分離していた願望と悩みを、「私」の中に統合することでもあります。

願望と悩みは自分の中にあることを認める
願望と悩みの統合は、「私を認める」ことで始まります。(カウンセリングにおける五階層構文であれば、(例3)における複合一人称構文は、「そんな自分が浅はかであることを認めた」など、客観視した感想を合わせて述べますが、ロゴスプログラミングでは、「私は、(願望・悩み)があることを認めた。」で十分となります。)

具体例を見てみましょう。

(例1)
願望:妻との関係を最適にしたい + 悩み:妻が私に素っ気ない 

=私は、妻との関係を最適にしたい、という願望があることを認めた。
 私は、妻に素っ気ない態度をとられているという悩みがあることを認めた。

(例2) 
悩み:夫から理解されなくてつらい + 願望:夫に理解してほしい

=私は、夫から理解されなくてつらく思っていることを認めた。
 私は、夫に理解してほしいと思っていることを認めた。

(例3)
悩み:仕事でうまくいかない + 願望:仕事で同僚より活躍して認められたい

=私は、仕事でうまくいかない、という悩みがあることを認めた。
 私は、仕事で同僚より活躍して認められたい、という願望があることを認めた。

=私は、自分の仕事の状況を認めた。(うまくいかないことと、活躍して認められたいことを合わせて認めても可)
 
 このように第三階層の意識レベルから願望や悩みを客観視し、認めるのが複合一人称構文です。願望と悩みを客観視することで、「私」と「他者」の分離を統合し、次の階層に抜けることができます。

複合一人称構文:私は、(願望)を認めた。私は、(悩み)を認めた。

〈ワーク〉自分を客観視する
・前項目のワークでペアにした願望と悩みに対して、それぞれを「認めた」と書いてみましょう。
Your answer
「願望と悩みの両方が自分の中にあると認める」ことには重要な意味があります。普通、私たちは「他者」の変容が願望や悩みの解決のために必要不可欠であると考えています。しかし、他者が私たちの思い通りに動くことはありません。よって問題も解決しませんし、いつまでも悩み続けることになってしまうのです。

 しかし、今、このワークを通じてあなたの願望と悩みは、すべてあなたの中にあると、あなた自身が認めました。そこに他者が関与する余地はないのです。よって、あなたは一人で問題を解決できるということになります。

感情を対消滅させる
「意志は中今に実現する」でお伝えした通り、そもそも願望や悩みは「未来は見えない」という不確定性から生まれるものです。

 「もしもイケメンだったら、人生がもっと楽しくなるだろうになあ。ああ、イケメンになりたい」という願望は、「イケメンになった未来」がどんなものか、今、体験できないために、「きっと今よりも素晴らしい状態になるだろう」という妄想が膨らんでいるため生まれているのです。

 このとき、「イケメンなら人生が楽しい」「イケメンであることは素晴らしい」「イケメンなら人から好かれ、嬉しい」というように、「イケメン」に対してたくさんのプラスの感情が張り付いています。
 
 一方、「自分の顔は格好悪い」「自分の顔のせいで人生がうまくいかない」「自分の顔のせいで自信が持てない」など、「自分の顔」にはたくさんのマイナスの感情が張り付いています。
 
 こうした悩みと願望を生んでいるのは「人生の楽しさは容姿によって決定される」という観念でしょう。

 しかし、容姿が整っているために人から妬まれたり、変な人に付きまとわれたり、あるいはイケメンだろうが自分と同様に何かしら悩みは持っているという事実を知ると、「イケメンである素晴らしい人生」という妄想が晴れ、自分の人生を本当に素晴らしいものにするための要素が容姿ではない、と認めることになるかもしれません。そのとき、本当の自分の人生とは何か、という探求が始まるでしょう。

 あるいは、高級車を多く持っていればそれだけ豊かな気持ちになれるだろうなと想像しても、維持費や税金、メンテナンスの手間という面倒な現実を知ることで、「持ってなくてもいいや」という結論になるかもしれません。

 また、「私は、自分の神経質さがイライラの原因だと思い、こんな自分が心底嫌になっていたが、この性格のおかげで細かいミスを見つけられ、仕事で大きく役立っている」など、悩みにもプラス面があることを知ると、神経質さが自分の問題だと思い、苛立っていた気持ちから開放されることで、かえって自分とうまく付き合っていけるかもしれません。

 このように、願望が叶わなかった場合のマイナス面や、悩みを持っていることのプラス面を書き出していくことで、願望や悩みを生んでいた感情の偏りに対消滅が起こります。

 通常、「願望が叶わなかった場合のマイナス面は非常に大きく、致命的なものだ」「悩みを持っていることのプラス面など全くない」と思い込んでいるものです。

 しかし書き出してみると、願望が叶わないことによるマイナス面は思っているよりも大きくないことや、悩みを持っていることのプラス面もたくさんあることに気づくはずです。

 現代ではマイナスに捉えられ、日常から隔絶される傾向にある「死」ですら、そこから学べることはたくさんあります。「死」の持つプラスの側面が見えたとき、誰もが必ず迎える死への恐れも対消滅し、認識が変化することでしょう。

〈ワーク〉願望と悩みを対消滅させる
・あなたの願望を書いてください。願望が叶うことで、あなたにどんなプラス面があるのでしょうか。そしてあなたはどんな気分になれるのでしょうか。
Your answer
・あなたの悩みを書いてください。悩みがあるせいで、あなたにどんなマイナス面があるのでしょうか。そしてあなたはどんな気分でいるのでしょうか
Your answer
・願望が叶わなかった場合のマイナス面をすべて書いてみましょう。願望が叶わないときのあなたの気分も書いてみましょう。
Your answer
・願望が叶わなかった場合や、悩みを持っていることのプラス面をすべて書いてみましょう。
Your answer
※必ず、「悩み」にもプラス面があります。見つかるまで探してみることが肝心です! 見つからないと思うのであれば、それだけ意識が偏っているのだとお考え下さい。
・悩みにもプラス面があると分かった結果、どんな気分ですか? どんなことを感じますか?
Your answer
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