最適な構文とは
二項対立がもたらすもの
日々、構文を書き、発信するロゴストロンユーザーの中には、「発信したことがそのまま叶った」という体験をする人が数多くいる一方で、「ネガティブなことや、発信したこととは真逆の事が起った」という経験をする人も少なからずいますし、構文を紙に書く場合でも同様です。

 このように、構文の内容とその実現結果が真逆になってしまうメカニズムについて説明しましょう。

 私たちは何かを実現したいとき、あるいは現状に問題、悩みなどがあるとき、それを克服するために構文を書きます。

 例えば、金銭的に不自由だったとして、「私は、最高の臨時収入が入った。」と構文を書いたとしましょう。するとこれは、「お金がない」という偏った意識から「お金が沢山ある」というもう一方の偏った意識へ移行しようとする構文といえます。

 しかし、「お金がある・ない」という偏った二つの意識の中心には「お金を自由自在に使った」などの安定したありようがあるはずです。

 両極に偏った意識同士のことを二項対立と言いますが、二項対立のうち、どちらかの意識に偏った構文は「意図したこととは反対の結果を生む可能性」を秘めています。これは、片方の偏りを選択することで、必ずもう一方の偏りを生み出す、という二項対立の構造のためです。

 例えば、「勝ち組」という意識は、同時に「負け組」という意識を必要とします。「私は、出世した。私は、勝ち組になった。」と構文を書いた場合、同時に「本当は今、私は勝ち組ではない、負け組である。」という思いを自分の意識に向かって発することになってしまうのです。

 実際、構文と反対の内容が起きるのは「反転する構文」を発している場合がほとんどで、構文の裏に隠された自分本来の意志が実現しているとも言えます。このように、「最高の結果になった」は、「最悪な結果」を生む可能性があります。

 また、「余裕で一番の営業成績を収めた」という構文は、他者を蹴落とさなければ達成されません。他者の意志を阻害する構文を発しても、実現しなかったり反転した結果を引き起こすことに繋がりやすくなります。

最高ではなく最適な構文
以下の構文は、一見素晴らしいものに見えます。

私は、最高のパフォーマンスを発揮した。
私は、最善を尽くした。
私は、より多くの収益を得た。
私は、最も素晴らしい絵を手に入れた。
私は、誰よりも多く褒められた。

 しかし、これらは「偏り」もはらんでいます。より多くを望み、他者と比較を続ける限り、いつまでも今の自分は足りていない、という思いに支配されるからです。

 一方で、「最適な状態であること」は、どの場合においても望ましいことです。「ちょうどよい」「足るを知る」といった言葉があるように、多すぎず、少なすぎずという状態が望ましいのです。

 しかし、例えば「体重」であれば何キロが一番いい状態かは、その時と場合に左右されるので、明確には分かりません。そのため「最適」と表現するのです。

 「最適」は構文作成の基本的な表現です。その理由は、善悪・大小・好き嫌い・貧富などすべての二項対立を超えることができる表現が「最適」だからです。

 良いでも悪いでもなく最適な状態。
 大きいでも小さいでもなく最適なサイズ。
 好きでも嫌いでもない最適な関係。

 後に「階層」について学びますが、意志を実現するためには、意識の階層を上げる必要があります。そのためには、この「二項対立」を超える意識を持つ必要があるのです。

 次のような、高低、優劣、多少、一番などの偏りを表す言葉はすべて「最適」と表現します。

最高 → 最適
最善 → 最適
より多い → 最適な
誰よりも優れている → 最適な
一番 → 最適

平等で最適な構文
よく、「『私は、試合で優勝した』という構文を発信していいですか?」
という質問をいただきます。

 ロゴスプログラミングの大前提は自由意志です。また、この宇宙はすべて自由意志でできていますので、「~してはいけない」ということはありません。

 ただ、残念ながら、実現する意志の書き方として最適な構文であるとは言えません。

 「相手チームは負けました」という意味のこの構文を見た場合、相手チームの選手は決していい気持ちはしないでしょう。あるいは、「私は、一番の営業成績を獲得した。」と発信していることをライバルが知ったらどう感じるでしょうか?
 
 自分にとっては「良い」が、相手にとっては「悪い」。良し悪しを含むこの構文は、まさしく二項対立に陥っています。

 そして、二項対立を含む構文は実現しない、もしくは反転する可能性があることをお伝えしました。二項対立を含まないことが最適な構文の条件の一つです。最適な構文かどうかを判断する基準は、非常に単純です。
 
  誰に見られても恥ずかしくない
  構文を見たすべての人が気分を害する心配がない

 これが最適な構文です。次のような構文を考えてみましょう。

私は、競合他社を出し抜き、一番の成績を収めた。
私は、職場で一番美しい女性になった。

 これらは最適な構文ではありませんので、書き換えてみましょう。
 
私は、競合他社を出し抜き、一番の成績を収めた。
→私は、競合他社と最適な関係を構築した。私は、最適な成績を収めた。

私は、職場で一番美しい女性になった。
→私は、最適な美しさを身につけた。

 幼稚園や小学校の運動会でもない限り、全員が「一番」ということは絶対にありえません。よって「一番」を求める限り、他者と競い、争うことになり、不安や怒り、恐怖などから逃れられません。しかし、誰も気分を害さない「最適」という言葉は、私だけでなく、全員にとって最適であることを意味しているのです。

 誰にとっても最適で平等である構文は、「私」を主語にして、「私」の意志の実現を宣言していながら、その内容は公のものになっています。
 
実現しやすい構文=誰にとっても最適な構文

 実現しやすい構文を書く意識のあり方は、自然と公の精神に繋がっています。

〈ワーク〉 反転しない構文
反転しない構文は次のうち、どちらでしょうか。※主語の設定は済んでいるものとします。
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次の構文が反転しないように書き換えてみましょう。
「私は、職場で一番の成績を収めた。」
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