観念を超えた表現
意志を阻害する観念
意志を発する上で、情緒と同様に意志の実現を阻害する可能性があるもの、それが「かくあるべし」 という観念です。

 私たちが生きる社会には、様々な観念が存在します。
 それは、世間体・常識・教育・慣例・法律などの形で私たちの目の前に「社会」 を存在させていると同時に、著しく私たちの行動に制約を与えています。

「あれをしてはならない。」
「これをしてはならない。」
「こうでなければならない。」
「そうしなければならない。」

 こうした観念を守り、それに従うことは現代社会を生きていく上では確かに「正しい」 行動であり、必要な自己防衛策なのかも知れません。ところがその一方で、こうした観念は意識の偏りを生みます。すると本来の純粋な意志にも偏りが生まれ、意志が実現しにくくなります。

観念の存在意義
「仕事は真面目に行うもの」
 「人には親切にするもの」
 「挨拶は笑顔でするもの」
 「こどもはかわいいもの」

 こうしたものも「観念」であり、取り去る対象だと聞くと、驚かれるかもしれません。私たちが生きている社会は、観念があるおかげでむしろ正しく機能しているように見えます。観念を守っているからこそ、安全に暮らせているのに、なぜ観念を取り除くのでしょうか。

 それは、「観念」が人々を支配する手段として存在しているためです。

 例えば、「人は幸せを追求するものだ。そのためにはお金が必要だ」と聞いて、あなたはどう思うでしょうか?

 こうした価値観にしたがって一生懸命働き、幸せになるためにたくさんの商品を買うものの、一時的な満足感はやがてどこかに消えてしまいます。しかも商品を買うことで約束されていたはずの幸せは結局手に入らないまま、お金だけを消費し続けている、という構図が存在しているのです。

 「観念」は意識の中にしっかりと根付き、あたかも「本来の意志」であるかのように振る舞います。私たちは「正しく」振る舞うことが自分の意志だと錯覚していることがほとんどです。

 特定の行動を「自発的に」行うよう教育され、人々がその暗黙のルールに従うことは、社会を支配する人たちから見ると都合が良いのです。そのため、法律や暗黙の了解といった様々なルールが設けられているのが現代社会です。

 観念とは、外から与えられた価値観であり、人々が持つ本来の意志を偏らせるだけでなく、その実現を阻害してしまいます。

 したがって、構文は観念的な表現を除外して書くのです。

観念を消す
私たちは、構文を作成する際、無意識のうちに固定観念に照らし合わせて、「正しい」 表現をしようとします。

(例1)
私は、礼儀正しい部下を得た。
私は、和を大切にして行動した。
私は、悪いことをしなかった。
私は、いつでも笑顔だった。
私は、あたたかい心を保った。
私は、常に正義感をもって行動した。

 上記は、確かに主語、短文、過去形などの基本ルールを満たしていますし、人として「正しい」あり方です。しかし、「正しさ」を含む時点で二項対立に陥っているため、反転する可能性があります。また、「正しさ」の裏側には、「こうでなければならない」「こうあるべき」といった観念も含まれています。

 そこで、観念を外して考えてみましょう。

(例1-2)
私は、礼儀正しい部下を得た。    → 私は、最適な部下を得た。
私は、和を大切にして行動した。   → 私は、最適に行動した。
私は、悪いことをしなかった。    → 私は、最適に行動した。
私は、いつでも笑顔だった。     → 私は、最適なタイミングで笑顔だった。
私は、あたたかい心を保った。    → 私は、最適な心を保った。
私は、常に正義感をもって行動した。 → 私は、最適な心をもって行動をした。

 「最適」と書くことで、構文の内容が味もそっけもないものになっていると感じるかもしれませんが、「礼儀正しいという表現のほうがいいのに」「あたたかい心と書くべきだ」という思いがまさに意識の偏りであって、私たちがいかに善悪に縛られているかが分かります。

 また、自分の思い込みで定めたルールを「絶対に正しい」ものと認識することで、そこに縛られていることもよくあります。

 「お客には笑顔で接することが正しいのに、今の店員はなんて愛想がないんだ! けしからん!」と感情が動くことはありませんか? このように、どんなことに対しても、「正しい」「間違っている」という判断をしたり、感情が動いている時点で意識が偏っているものとお考えください。

〈ワーク〉観念を外す
以下の図は、私たちが嵌まりやすい観念についてまとめた観念マンダラです。ここに書かれているものはすべて観念です。「これも意識の偏りなのか!」と意外に思われるのではないでしょうか。
それでは「観念の張り付き」を消した構文を考えてみましょう! ※主語の設定は済んでいるものとします。
私は、誰からもいい人だと思われた。私は、誰からも悪い人だと思われなかった。
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私は、いい言葉を使った。
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私は、物を大切に扱った。
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私は、安物買いの銭失いをしなかった。
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私は、清潔感溢れる家に住んだ。
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私は、グループの中で常に主体性ある行動を取った。
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私は、いつでも気持ちの良い挨拶をした。
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