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『ちがくぶ!~FIRST MEMORIA ~』

あなたは幸せね。こうして生きていられるんだから。

何度この言葉を聞いたことだろう。

あたしはこの言葉を聞いて、この言葉を子守唄にして、この言葉を刷り込まれて今まで生きて

きた。

それをあたしは、不幸にも不幸と思っていなかった。

この言い方は、少し変かもしれない。

何しろこの時のあたしにとって、生きることはすなわち幸福であったのだから。

物心ついた頃、何の意味もなく酔った父親に殴られた。母は笑いながらあたしを見ていた。

幼稚園に入った。母はお弁当を作ってくれなかった。代わりに家にあった食パンを持っていっ

に帰ると、パンを盗んだと言われて蹴られた。ものすごく痛かった。

そして言われた。

あなたは幸せね。こうして生きていられるんだから、と。

小学生になった。父はあたしをモノみたいに扱った。殴る、怒鳴る、蹴る、殴る。

毎日毎日、それは続いた。あたしの体は、痣だらけになった。そのうちに何も、痛まなくなっ

して言われた。

お前は幸せだな。そうして生きていられるんだから、と。

中学生になった。ある日突然、あの二人が姿を消した。

何日たっても、あの人達は帰ってこなかった。代わりに、知らない人が来た。

出てくる言葉は、金金金金金金金かねかねかねかねカネカネカネカネ。

あの二人は、しこたま借金を残してとんずらしたのだ。

残ったのは、あたしだけ。

ガラの悪い人があたしを引きずって、また言った。

お前は幸せモンだな。借金だらけになってもまだ、生きていられるんだからよ、と。

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そうだ。あたしは、幸せだったのだ。どんな目にあっても、生きているのだから。

だけど、あたしの幸せは、形を変えてまだ続いた。

あたしを引きずる男を、引き止める声があった。

何をしているのか、と。

男は言った。

お前には関係ねぇだろ、と。

声は言った。

関係あるさ。その子は娘の友達だ、と。

でもあたしはその声の人を知らない。見たこともないし、あたしに友達なんていない。

体中ボロボロで、いつも塞ぎこんでばかりで、誰にも優しくしたことなんてなかった。

そんなあたしに、友達なんているわけがない。

男は笑って言った。

じゃあ何か?お前がこいつの借金払うってのか。×××××× だぞ?

男が言っている金額は、あまりに大きすぎてピンとこなかった。それに、あたしの借金じゃな

いし。

声の人はフン、と鼻を鳴らすと、そばの車からトランクを持ち出して男に渡した。

低い声でその人は言った。

端数分はくれてやる。その子を置いてさっさと消えろ。

トランクの中には、ぎっしりとお札が詰まっていた。

男はニヤニヤと笑うと、トランクを掴んで去っていった。

あたしは聞いた。

あなたは誰?

声の人は言った。

君の友達の父親だ。

あたしは言った。

あたしに友達なんていない。

声の人は苦笑して言った。

それは残念だね。君は、友達が欲しくはないのかい?

あたしはまっすぐ目を見て言った。

いらない。あたしは、もう幸せだもの。

声の人が眉をひそめて言った。

厳しいことを言うことになるが、君は今、両親に売られて酷い目にあわされる所だったんだ

?

たしは表情を変えずに言った。

あたしは幸せ。だって、生きているもの。

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声の人が苦い顔をした。

あたしは続けた。

寝るのも食べるのも、痛いのも嫌なのも、全部あたしが生きてる証。だから、あたしはいつで

も幸せだ、って。

声の人は目を閉じて、静かに声を出した。

...夢有。出てきなさい。

車から、女の子が降りてきた。

少し不安そうな顔を覗かせて、髪を二つのおさげにまとめている小柄な子だ。

あたしはその子に、とんと見覚えがなかった。

その子は言った。

ねぇ、むうのこと、知ってる?

あたしは即座に、首を横に振った。

その子は泣きそうな顔になると、唇を噛み締めて手を差し出してきた。

小さく震える手には、少し黒ずんだ小さな髪留め。

その子は言った。

むうね、この髪留めをなくしたの。それをあなたが拾ってくれたんだよ。

そう言われても。そう考えた途端に、思い出した。

確かにあたしは、その髪留めを拾った。

でもこの子に渡してはいない。何も言わずに先生に渡しただけだ。

顔を知るわけもない。会ってなんていないのだから。

名前を知るわけもない。クラスも違えば、友達ですらないのだから。

その子は言った。

これね、むうの宝物なの。なくしたとき、とってもとっても嫌だったの。なんて不幸なんだろ

うって。

あたしは思わず言った。

でも、あなたは生きてるよ。だったら幸せだ。

その子は叫んだ。

幸せなんかじゃないよ。そんなのは、幸せなんかじゃない。

その子は続けた。

むうはね、お礼を言いたかったんだ。大事な宝物を拾ってくれた人に。

でね、お友達になりたいなって、そう思ったの。

だから、だからね。むうとお友達になってくれませんか?

その子は一気に言い終えると、顔を赤くして俯いた。

あたしは思った。この子はいったい何を言っているのかと。

宝物?お礼?友達?

それは、生きることより幸せなの?

痛いことより、嫌なことより、幸せになれるの?

あたしが呆然としているのを見て、声の人が静かに口を開いた。

君の人生を否定する気もないし、価値観を否定する気もない。

だからこそ、今までの生き方を見つめなおしてみて欲しい。

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果たして君の人生は、君から見て、本当に幸せだったのか?

あたしは何も言わずに考えた。

あの人達は言ったんだ。生きていることは幸せだって。

あの人達は言ったんだ。あたしは生きていられて幸せなんだって。

あの人達は。あの人達は。あの人達は。

いつからだったろう。あの人達を、父と母と呼ばなくなったのは。

それを一瞬、考えた途端に、あたしの目からは涙があふれてきた。

泣いた。ただ、泣いた。声もあげず、身動きもせず。

意味も分からず、ただ涙があふれ出てきた。何故か、止めようとは思わなかった。

静かに、静かに、静かに。涙が頬を伝って、落ちていく。

声の人が言った。

幸せは、生きることじゃない。生きて、探すものだ。

どうだろう。私たちと一緒に、探してみる気はないかね。

夢有も、そのほうが喜ぶだろう。

その子が言った。

うん、お家に来てよ。一緒に暮らそ。

あたしは、涙を流しながら言った。

...............名、前は...?

この二人は言った。

私は、清水賢一郎。これから、君の家族になる者だ。よろしく頼む。

むうは、清水夢有だよ。同い年の、中学一年生。よろしくね。

この日から、あたしは、桐原愛美は、新しい幸せを探すことになった。

幸せは、歩いてこない。だから、歩いて探すのだ。

探して。探して。また探して。

その先に何もなかったとしても、探し歩いて終わるのだ。

それがきっと、人間なのだろう。

暗かった。

あたしが微睡みの淵からゆっくりと意識を戻すと、まず最初にそう思った。

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そして、次にこう思った。

熱い。そして、体が重い。

まだぼんやりとした思考回路の中で、あたしは徐々に意識を覚醒させていく。

覚醒などと大仰な言葉を使ってはいるけれど、その実大したことはしていない。

単に、朝になったから起きただけだ。

実に自然な流れである。

しかし、自分の体内時計に信を置くならば、なぜ目の前が暗いのだろうか?

これも単純。布団をかぶっているだけである。

ならば、熱いことと体が重いことは、いったい何なのか?

そのわけは、布団を跳ね除ければすぐにわかることだ。

何しろ、毎朝の恒例行事のようなものだからだ。

恒例行事にしても頻度が高すぎる。ある意味、食事や息をすることと同じくらいのレベルだ。

若干動かしづらい手で。自分の上にかかっている布団をどける。

「くー...くー......」

そこにはいつものように、あたしの親友にして大切な家族。小柄な体格の女の子、清水夢有が

静かに寝息を立てていた。

がっちりとあたしにしがみついて寝ている。熱いのは当たり前だし、体が重いのも当たり前。

小柄とはいえ、人が一人しがみついているのだ。あたしの体格もまた、そこまで大柄ではない。

毎朝の変わらぬ光景に、あたしはくすりと苦笑する。

夢有を起こさないように、静かに自分から引っぺがす。

枕元の眼鏡ケースから相棒たる眼鏡を取りだして装着。視界が一気にクリアになった。

隣の空っぽの布団( 夢有の分だ。寝るときはちゃんとこちらにいるのだが、なぜか朝起きるとい

つもこっちに潜り込んできている) を乗り越えて、顔を洗いに洗面台へ。

起き抜けの寝癖に苦笑いを浮かべて直し、歯を磨いてから台所へ。

昨日のうちに炊けるようにセットしておいたご飯をかき混ぜて、簡単に朝御飯を用意する。

メニューは卵焼きと味噌汁に、昨日の残りの肉じゃが。そして冷蔵庫にあったお漬物。三人分

を手早く居間に用意して、また部屋へ戻る。

服を着替えて、まだくーくー寝ている夢有を起こす。

夢有は朝にとてつもなく弱い。このまま寝かせてあげたいのも山々なのであるが、残念。今日

は学校がある。

心を鬼にして、夢有を布団から引っ張り出す。

そうしたら、布団ごと引っ張られてきた。意地でも離すつもりはないらしい。

蓑虫のように布団に包っている( しかも、あたしの布団だ) 夢有に、ため息をついて一言。

「夢有。起きないと、朝御飯下げちゃうぞ」

「んゆー......それ、ダメェ...」

人間、食欲には勝てないものである。

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目をグシグシとこすりながら、布団の繭から顔を出す。

時々、本当に同い年なのかと思うことがある。気分はお姉ちゃんといったところだろうか。

とにもかくにも、このまま放っておくとまた布団の繭の中へと戻りかねない。

せっかく作った御飯が冷めてしまう。

「ほら、夢有。今日から高校生なんだから、さっさと起きる!」

少し強めに布団を引っ張る。

今度は割とあっさり引っぺがせた。

「ふあぁぁぁ...。おはよ、あゆみ...」

「おはよう。もう、寝癖ついてるよ。お布団は畳んどくから、顔洗ってきなさい」

「ふぁーい......」

ふらふらと洗面所へ向かう夢有を見送ってから、あたしは布団を畳んだ後にまた居間へ向かう。

あたしが幸せを探し始めて、もう三年がたっていた。

中学生を経て、あたしは清水のおじ様のご厚意もあって、無事に高校生になることができる。

お金のことを心配したものではあるけれど、清水のおじ様は

気にすることはない。子供の一人二人、やしなえんでどうする。清水財閥の名が泣くわ。

そういって、笑い飛ばしてくれた。

今あたしたちは、あたしと夢有、そしておじ様の三人で小さな家で暮らしている。

造りは質素な和風の家ではあるけれど、清水のおじ様は日本有数の大財閥、清水財閥の現当主

じ様には、いくら感謝しても感謝しきれない。あたしのちっぽけな一生をかけても、恩を返

し切ることなんてできないだろう。

気にするな、とは言ってくれているのだけれど、やっぱり気にしてしまう。

なんでこんな小さな家に、財閥のトップが住んでいるのかといえば、単におじ様本人が落ち着

かないからだそうだ。

小さくこじんまりとした家で、プライベートくらいは静かに暮らしたい。それが、おじ様の思

いだった。

そんなおじ様を少しでも手助けできればと、あたしは家事手伝いをしている。

もっとも、おじ様は多忙ゆえに家を空けることのほうが多いので、実際は夢有とあたしの二人

暮らしのようなものではあるが。

しかし、今日は違った。

今日からあたしと夢有が高校生になるということもあって、おじ様は昨夜家に帰ってきていた。

だから、今日の御飯は三人分なのだ。

居間に入ると、人数分のお茶を用意する。

ほどなくして、おじ様が居間にやってきた。

「おはようございます、おじ様」

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「ああ、おはよう。いつもすまないね」

「いいえ。好きでやっていることですから」

おじ様が家にいるときの、いつもの会話を楽しむ。

決まってこの会話をすると、おじ様の表情が苦笑したみたいになるのだけれど、それがなぜな

のかあたしは知らない。

でも、いいと思う。だって今、確かにあたしは幸せなのだから。

テレビの電源をつけて、ニュースを見る。

夢有がやってくるまでは、あたしもおじ様もいただきますはしない。

揃っているときはみんな揃ってから。この家での数少ない決まり事だ。

『おはようございます、朝のニュースをお伝えします...』

いつもの眼鏡をかけた男性が、いつものようにニュースを伝え始める。

特別ニュースを見る決まりがあるわけではないが、それでもニュースの一つ二つは見ておいた

ほうがいいと思う。

どんなことがどこであったか。それを知るだけでも何かが違って見えるような気がするからだ。

『......次のニュースです。昨夜未明、柳宮市の宝石店で窃盗事件がありました。警察によると...』

物騒だな。聞いてみると、店の中を夜のうちに荒らされて、300万近い被害にあったようだ。

正直、こういう事件を聞くとあたしを売ろうとしたロクデナシ二人のことを思い出すから、あ

まり気持ちのいいものではない。

まったくもって、あの頃のあたしはどうかしていたのだろう。殴られて蹴られて、幸せだった

なんて考えていたのだから。

おじ様の家に来て、あたしは変われた。理不尽に怒られない。殴られない。蹴られない。

夢有と遊んで、笑って、喧嘩して、泣いて、喜んで。

ああ、あたしは今、とっても幸せだ。

静かな時間の中で、ゆっくりとニュースを見て情報を得ていく。

窃盗事件以外にも、いろいろなことがあったらしい。

最近になって物価が上がってきてるとか、突然何人もの人間が失踪してしまったというオカル

ト染みた事件まであった。

怖いなー、なんて思っていると、ようやく夢有が居間に姿を現した。

「やっと来た。もう、遅いよ。夢有」

「でへへー、ごめんなさーい」

ようやっと目が覚めたのか、いつもの夢有の反応が返ってきた。

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反省の色がまったく見えないのは、まぁいつものことなので気にはすまい。

「あ、パパ。おはよー」

「おはよう、夢有。早く席に着きなさい。せっかくの朝食が冷めてしまう」

「はーい」

夢有が席に着くと、一斉に両手を合わせて、せーのっ

「「「いただきます」」」

まだまだ登校時間までは余裕がある。

今日は確か...入学式をした後にショートホームルームをやって、あとは部活紹介だったかな?

あたしと夢有が入学した高校、七宝院学園は全校生徒が何かしらの部活、もしくは委員会に所

属していなければならないので、部活紹介は入学式と同じくらい重要なものであるらしい。

実はあたしは、中学時代は部活に入っていなかった。まぁ部活に入れるだけの精神的余裕がな

かっただけとも言える。

結局中学校生活はこの清水家の生活に慣れることに終始してしまったので、あたしにとっては

初めての部活デビューということになるのだろう。

どんな部活があるのかなー、なんて考えていると、不意におじ様が話しかけてきた。

「愛美くん。いよいよ今日から、君たちも高校生だね。準備は万端かな?」

「はい、大丈夫です。昨日のうちにもう済ませました」

「結構。夢有は、忘れ物はないな?」

「だいじょーぶ!」

「...ものすごく不安だ。本当に大丈夫か?」

「大丈夫です。昨日のうちに、あたしが確認しましたから」

「ふむ、ならば大丈夫だろう」

あたしの言葉に、おじ様は頷いて味噌汁をすする。

夢有の忘れ物癖は、正直言って常軌を逸しているといっていい。

中学生の時に、かばんを玄関先にまで持っていったにも関わらず、かばんを置いて靴を履くと

いう作業を終えてそのままかばんを持たずに学校に行ってしまったことは記憶に新しい。

しかも一時間目が始まるまで気が付かないというオマケ付きでだ。

それを聞いたおじ様は、もう怒るやら呆れるやらで。それ以来夢有の「だいじょーぶ」をあま

り信用していない。

ちなみにその時、あたしは風邪をひいていて学校を休んでしまっていたがゆえ、それをフォロ

ーすることができなかった。

こっそりクラスであたしのことを「清水の家政婦」なんて風に呼んでいることは知っているけ

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れど、特に咎めるつもりはない。

この家ならあたしは家政婦でも構わないかな、なんて思えるからである。

ほんの三年前までは赤の他人だったのだ。今一緒に暮らしているなんて、これだけでも上出来

すぎる。

自作の卵焼きを頬張りながら、あたしはそんなことを考えていた。

「しかし、愛美くん。今更言うのもなんだが...、君ならもっと上の高校に行けたのではないかね?

何も夢有に合わせなくても」

「あゆみは頭いいからねー」

遠回しに自分が貶されているというのにケラケラと笑う夢有に、あたしは苦笑いを浮かべた。

あまり自分自慢をしたくはないけれど、確かにもっと上の高校を目指すことはできたかもしれ

ない。

中学三年生の時の担任の先生に、七宝院学園が第一候補と言ったら驚かれたものだ。

お世辞にも、七宝院学園は決して偏差値の高い高校ではない。中間クラスより少しだけ上気味

くらいの偏差値である。

特徴といえば自由な校風と、比較的安い学費くらいだろうか。

財閥息女たる夢有なら、もっとお金持ちの高校に行くのかと思いきや、おじ様がそれをバッサ

リと否定した。

曰く、初めから金にまみれた生活を送っていては、ろくなことにならない。

受験を経て、本当に自分に合った、目指した高校に入れるように努力しなさい。そうすれば、

その経験は必ず未来に生きてくる。

とのことだった。

その時あたしはおじ様らしい凛とした物言いに、自然と首を縦に振っていたのを覚えている。

「おじ様。あたしは夢有と一緒に、同じ高校に行きたかったんです。七宝院学園こそが、あたし

の目指した高校なんです」

「...ふむ、どうやら野暮を言ったようだね。そこまでの意思があるのならば、何も言うことはな

い。花の高校生活だ。二人とも、思い切り楽しんでおいで」

「はい、ありがとうございます」

「はーいっ!」

そんな会話を続けてしばらくすると、食事が終わる。

テレビに表示されている時間を見ると、余裕をもって出かけるのにちょうどいい時間になって

いた。

思いの外会話が弾んでしまったらしい。少し急いで食器を片づけて洗う。

そして部屋に用意しておいたかばんを掴んで、家を出る。

玄関先には、夢有とおじ様が先に来ていた。

おじ様の近くには高級そうな車が一台止まっていた。運転手完備の財閥の車だ。

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「ごめんなさい、お待たせしちゃって」

「何も謝られることはないさ。いつもありがとう、愛美くん。夢有、あまり愛美くんに迷惑をか

けないようにするんだぞ?」

「うん!パパも仕事、頑張ってね!」

「ああ、頑張る。では、行ってくるよ」

「はい、お気をつけて」

財閥の車に乗り込むと、おじ様は仕事先へと出かけて行った。またしばらくは帰ってこないの

だろう。

確か、業者との交渉をしにどこか外国へ行くといっていた気がする。

少ししんみりした気持ちにもなるが、とりあえずは振り払うとしよう。

なにせこれから、高校生デビューなのだ。いきなりしんみりもしていられない。

「あゆみー。早く行こうよー」

夢有が無邪気にあたしの真新しい制服の袖を引っ張ってくる。

新品の制服が伸びてしまうのは流石に遠慮したいところなので、その急かしに応じることにし

よう。

「はいはい。それじゃ、行きましょうか」

「七宝院学園へ、レッツゴー!」

春らしい陽気に包まれて、あたしたちは歩き出した。

澄んだ空は、雲一つない快晴だ。何の脈絡もなく、今日はいいことがありそうだ、なんて言え

るくらいに。

清水家での生活は、あたしの今までの生活が嘘だったんじゃないかと思わせるくらいに平和だ

った。トラブルのトの字もない。

こんな風に晴れやかな気持ちで夢有と一緒に歩けるなんて。

ああ、やっぱりあたしは幸せ者だ。

何事もなく七宝院学園での入学式を終えたあたしたちは、一度自分たちがこれから通う教室へ

と移動していた。

予定だと、教室でのショートホームルームを終えてから、また入学式をやった体育館に移動し

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て部活紹介を見ることになっている。

今のところ、あたしはまだどの部活に入るかを決めかねていた。

何しろ今まで趣味と呼べるものはほとんど作ってこなかったのだから、まぁ仕方ないだろう。

少しでも興味があるとすれば、清水家で培ってきた料理だろうか。

うん、家庭科部とか、料理クラブなんていうのがいいかもしれない。

運動はあまり得意じゃないし、堅苦しいのも正直苦手だ。

ほのぼのと夢有と一緒にできる、そんな部活がいいかな。

夢有との他愛ないおしゃべりを楽しみながらそんなことを考えているうちに、あたしたちは自

分の教室へとたどり着いた。

すでに何人かの生徒が中にいるらしい。少し緊張しながら、先に教室に入る。

「でさ、そこの二年の先輩たちがなんかすげーらしいぜ」

「マジでか。オレその部活に入るわ」

早速、教室で見知らぬクラスメイト達が部活の話で盛り上がっているようだった。

何人かの男子生徒が集まって、楽しそうに話している。

「やめとけやめとけ。競争率パネェらしいから」

「競争率とかあんのかよ」

「んー、なんかよくわかんねぇけどよ。そこって入る前に入部テストみたいなのがあるらしいぞ」

「ゲッ。それ勘弁だわ」

入部テストがある部活なんて聞いたことがない。

大方噂の類だとは思うけれど、もしも本当にテストがあるとするならば...。

去年全国大会にまで駒を進めた女子柔道部か、七宝院学園設立以来好成績を収め続けている弓

道部だろうか?

まぁどちらでも、あたしにはあまり関係がなさそうだ。柔道にも弓道にも、ほぼ興味がないの

だから。

夢有も絶対に入らないだろう。どう見てもそんなタイプではない。というより、ちゃんと決め

させないと部活に入らない可能性だってある。

そうなれば半強制的に委員会行になってしまうので、それはまずい。

少しきつい言い方になるが、夢有にそのような仕事が務まるとは到底思えない。重要書類を間

違えてヤギの餌にしてしまうかもしれない。

何としても夢有をちゃんと部活に入れさせないと...。そうあたしはこっそりと決意した。

それにしても、入学したてのあたしたち一年生が『すげーらしい』なんていう先輩がいること

のほうが、あたしには驚きだった。

あたしの認識では、学園の先輩なんてものは部活などの活動を通して知っていくものだと思っ

ていた。

もちろん全国大会で優勝したとか、華々しい実績をもつ先輩ならともかく、そうでない限りは

先輩の知名度なんてそうそう高いものではないはず。

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ちなみに女子柔道部や弓道部の猛者たちは、あたしたちが入学する直前にもう卒業してしまっ

ている。

つまり、『なんかすげー二年の先輩』なんていうものは、あたしたちが知りうるはずのないも

のなのだ。

なにせ、その先輩も去年は一年生。一年で部活を全国大会にまで引っ張っていった、なんての

があれば、それこそ噂だけには留まらないだろう。

これでも七宝院学園のパンフレットは熟読しているし、軽い下調べ程度にながら部活などの成

績にも目を通している。

あたしの記憶には、その二年の先輩に該当する人物がいなかった。しかも『たち』とついてい

る以上は、おそらく複数いるのだろう。

入部テスト、競争率、二年の先輩たち。そして、話をしていた男子生徒が短絡的に入りたがる

部活。

.........ダメだ。該当しそうな部活が思いつかない。

非常に下世話な推測になるけれど、男子生徒が入りたがるあたりを見ると、すごい美人の先輩

なんだろうか。

一応『なんかすげー』の意味にも、競争率って言葉にも通じるけれど...。

容姿端麗という意味合いだけを一般的なイメージで考えると...、華道部とか茶道部あたりだろ

うか?( 多分に和服美人のイメージが強くなってしまったが)

しかしそう考えると、入部テストの意味が分からない。華道も茶道も、何もしていない生徒に

分かるはずがない。

かといってバスケットボールやバレーボールでは、噂になるだけの実績がない。両方ともに、

残念ながら去年は初戦敗退だったはずだ。

軽音部などならまだ分からなくもないが...、去年の学園祭のライブの映像を見る限りでは女子

生徒は所属していなかったように思う。

...あの男子生徒たちが同性愛者であるというのならば、いくらでも話は変わってくるが、それ

は考えないようにしよう。

偏見を持つわけではないが、あたしはやっぱりノーマルがいいのだ。BL本も、まぁ嫌いなわ

けではないけれど。

思考を戻そう。

いくらか考えてはみたものの、結局その『なんかすげー二年の先輩』の正体は、あたしの知識

からは浮かび上がってこなかった。

ぶっちゃけその男子生徒に聞いてみようかとも思ったのだが、やはりちょっと気恥ずかしい。

いきなり見も知らぬ男子生徒に話しかけるのは、あたしにはハードルが少しばかり高い。

これでも割と人見知りなのだ。実を言えば夢有と一緒の高校を選んだのには、この理由の比重

が大きい。

夢有のおかげで、あたしはあたしでいられるのだ。夢有がいなかったら、多分あたしはあの頃

と何も変わらなかったに違いない。

天真爛漫で、忘れ癖が激しくて、自由気ままな、あたしの家族。

教室の席順で、これほど名前順に感謝したこともないだろう。

あたしが『き』で、夢有が『し』。

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それはもうものの見事に、隣同士の席になったのだ。実にラッキーである。

あたしが隣に座っている夢有を見ていると、夢有が頭の上にクエスチョンマークを浮かべて言

った。

「んゆー?どうかしたの、あゆみー」

「んーん。なんでもないよ。それにしても、先生遅いね」

「ふあーぁ...。眠くなってきちゃったよう...」

「寝ちゃダメだよ?初日から寝てたら怒られちゃうぞ」

「ふぁーい」

今にも寝てしまいそうな気配を漂わせている。これは危険だ。

ちゃんと寝ないように気を配っていないと。冗談抜きでこの子は寝てしまう。

中学三年生の頃に、夢有が授業中寝てしまってあたしまでお叱りを受けてしまったことは絶対

に忘れない。

なんであたしまで、と反論したら、清水の世話はお前の役目だろう、なんて返されて、それ以

上反論できなくなった自分がいた。

まったく、とんだとばっちりである。

お前は夢有に甘すぎる、なんて生活指導の先生に言われたこともあるが、言われて本望である。

夢有がいるからあたしがいて、夢有のおかげであたしが存在できるとさえ思っているのだ。

とはいえ、やっぱりどこかしゃんとしてほしい、なんてことも思っているわけで。

夢有が聞いたら怒るかもしれないけれど、娘を持つ母親というのはこんな心境なのかな、と考

えてしまう。

怒るだろうか?うん、多分怒るだろうな。

そんな実にどうでもいいことを考えていると、ようやくもってこのクラスの担任と思しき人が

教室に入ってきた。

若い男の先生のようだ。言っては悪いが、かけた眼鏡がやたらとキザっぽい。

「よーし、全員席についているな。これからショートホームルームを始めるぞ」

先生の宣言に、教室の雰囲気が少し静かになる。なんだかんだ言っても、やはり皆高校デビュ

ーで緊張しているのだろう。

その緊張を感じ取ったのか、先生が柔らかく笑いながら黒板に大きく名前を書いた。

「僕は海棠雄也という。これから一年間、君たちのクラスの担任を務めることになった。よろし

くな」

「「「よろしくお願いします」」」

誰からともなく、クラス中から挨拶が返る。

よかった。高校デビューにかこつけて不良化しそうな、おバカな生徒はこの教室にはいないら

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しい。

そんなのがいたら、夢有に悪影響が出てしまう。それは、どんな手を使ってでも阻止しなけれ

ばならないだろう。

そう、どんな手段を使ってでもだ。

「うん、いい返事だ。じゃあまず、出席番号順に一人ずつ、自己紹介をしてもらおう。まだ部活

紹介の時間まではだいぶ時間があるからな。まずは出席番号いちば」

ん、まで言えたのであれば、このショートホームルームは何事もなく、つつがなく進行しただ

ろう。

だけれども、そうはならなかった。

ここにきての余談であるが、あたしたちのクラスは四組。クラスは全部で十二組存在する。

当然あたしのクラスは三組の教室と五組の教室に挟まれているわけで。

そして海棠先生が言葉を言いきらなかった原因は、あたしの後方。三組の教室にあった。

『うるせぇって言ってんだよ!調子コイてんじゃねぇぞゴミ教師が!!』

突如として、教室越しでもはっきりとわかる怒声兼罵声。

......どうやら、いたようだ。いてしまったようだ。夢有に悪影響を及ぼしかねない、おバカが。

あたしの頭の中が、高校デビューで密かに燃えていた熱を失って、冷めていく。

視線が冷たく、鋭くなっていくのが自分で分かった。

いきなりのトラブルに、教室全体がフリーズしているようだった。

見れば、海棠先生は頭を抱えてため息をついている。

「んーゆー......なぁにー.........?」

いつの間にか寝てしまっていた夢有が、今の大声で起きてしまったらしい。

まったく、あたしに気づかれずに寝るなんて。悪い意味で大したものだ。

「なんでもないよ、夢有。もうちょっと寝てていいからね」

「えへへー、やったぁー.........」

そういうと、夢有はまた夢の世界へと旅立っていった。

こういう時は、夢有の空気の読まなさ加減はありがたい。いつでもいつだって、夢有は自分の

ままにしかふるまわない。

夢有が眠いときに寝てていいよ、といえば、どんな状況でも夢有はまず間違いなく熟睡してし

まうだろう。

だから、教室全体が呆然としていたとしても、夢有の自由気ままな行動を阻害する理由にはな

りえないのだ。

当然、三組の教室で馬鹿騒ぎをおっぱじめようとしているおバカのせいで、夢有に悪影響を与

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えるわけにはいかない。

悪影響を与える前に、なんとしてもご退場願わなくては。

「あー...、しばらく皆、待っていてくれ。少し隣の教室へ行ってくるから」

そういうと、海棠先生は教室を出て行った。

途端に教室がざわめく。何があったんだろう、とか、ヤバいのがいるんだろうか、とか、皆が

口々に言い始める。

さすがに隣の教室のクラス名簿にまでは、あたしも目を通していない。確認しておきたかった

が、覗き見る機会がなかったのだから仕方ない。

あたしは頭を抱えて机に突っ伏した。

失敗した。せめて両隣のクラスは確認しておくべきだった。夢有に何かあったら、あたしはお

じ様に顔向けできない。

まさか隣のクラスなんて身近極まりないところに、悪影響を与えかねないおバカがいたなんて

...

ぁしかし、夢有はいいタイミングで寝ているし、このまま先生が不良おバカを処理してくれ

れば万事解決だろう。

この時のあたしは、のんきにもこんなことを考えていた。もうすでに、そんなことを考えてい

る場合ではなかったというのに。

「あのー、ちょっといいですか?」

あたしは右から聞こえてきた声に、抱えていた頭を離してそちらに顔を向けた。

声をかけてきたのは、夢有とは反対側に位置するあたしのお隣さんだった。

もっとも、あたしはその子に面識がなかったので、少し緊張しながら返事をする。

ひょっとしたら、夢有以外での、高校での初めての友達になれるかもしれない。

「あ、うん。何?」

「えーっと、聞きたいんだけど、そっちの席の子とは、あなたお友達なの?」

あたしの後ろを指しているところ見ると、夢有のことを言っているのだろう。

あたしは首を縦に振って、肯定の意を示す。

「そうだけど...、それがどうかしたの?」

「いや、ついさっきそっちの子がふらふらと教室を出てってしまったから、ちょっと気になって

...

...

..............................................................................え?

ギギギギ、なんて効果音が付きそうな動きであたしが視線を自分の後ろに向けると、そこにあ

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ったのは誰も座っていない座席が一つ。

大失策だ。

「夢有っ!?!」

跳ね上がるように立ち上がったあたしを見て周りが驚いていたが、そんなことはもう微塵も気

にならない。

気にしている余裕は、これっぽっちもないのだ。

急いであたしも教室を出る。後ろでクラスメイト達が何か言っているのが聞こえてきたが、そ

れすら気にしていられなかった。

左右を急いで確認するが、夢有の姿は確認できない。

どっちに行った?いったいどっちに行ったんだ!?

熱暴走しそうなくらいに思考回路を加速させる。まったくもって、大失敗にもほどがある。

なぜ気が付かなかったのだろう。

さっき自分で思考したばかりだったではないか。夢有は自分のままにしかふるまわない。あの

子の自由気ままな行動律は、他の何にも優先されるのだと。

寝てていいよ、といっても、本人が新しい学園を探検しようと思ったら、そっちが優先されて

しまうのだ。

とはいえ半分睡眠状態であることに疑う余地はないだろう。だとすれば、それほど遠くに行っ

ているはずもない。

とにかく走るしかない。移動スピードで勝れば、それだけ早く探せるはずだ。

ただでさえ今、隣のクラスにはどこの誰とも知れないバカがいるのだ。そんなものと接触させ

るわけにはいかない。

あたしはとりあえず走り出した。夢有が厄介事に巻き込まれてしまう前に、なんとしても連れ

戻さなくては。

「うーみゅ...、ここ何処だろ?」

あたしが夢有の不在に気が付いた時には、夢有はすでに教室を出て、絶賛迷子中であった。

まったくもって、本当にまったくもってどうやったのか知らないが、夢有は屋上の給水タンク

の上にやってきてしまっていた。

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もちろん登れないように柵があるのだが、なぜかその用途をまったく成しえていない。実に無

意味だ。

そもそも身体能力は並以下の夢有がどうやって柵を乗り越えたのか、摩訶不思議である。

とにもかくにも、この時に重要なことは、たった三つだ。

まず、この場にあたしがいなかったこと。この時のあたしは夢有を探して闇雲に走り出してい

に、入学式当日の式の後ということもあって、他に人がいるはずもなかったこと。

そして最後に、こういう他に人がいない場所を狙って集まる、ウジ虫のような屑がこの場にい

てしまったことだ。

「おーい、そんなトコに登って何やってんだよ?」

自分の足元から聞こえてきた声に、夢有が下を見る。

そこには入学式を終えて早々、いかにもオイタしそうなバカが何人か厭らしい笑みを浮かべて

夢有を見上げていた。

「んー、わかんない。ここ何処?」

「いや、わかんねぇって言われてもな。とりあえず、ここは屋上だぜ?」

「おくじょー?そっか。んじゃ、きょーしつ戻ろっかなー」

そう言って夢有は給水タンクから降りようとするが、下の不良どもは素早く給水タンクを取り

囲んでしまった。

「どいてよー。むうが降りられないじゃん」

「おいおい、今教室戻ったって怒られるだけだぜ?ちょっと俺らと遊んでけよ」

「遊ぶ?」

「そうそう、気持ちよーくなる遊びだよ」

「......うー...」

「ほら、降りてこいよ」

夢有は降りかけた足を戻して、子猫のように給水タンクの上に縮こまる。

それを見た不良たちは下品に笑いながら、上にいる夢有を引きずりおろそうと梯子に足をかけ

の時だった。

ガチャリ

無機質な音が屋上に響くと、唯一の出入り口であるドアがゆっくりと開いた。

当然、全員の目がその扉の向こうに立つ人間に注がれる。

不良たちからすれば、お楽しみの邪魔をしてくれた奴の顔を見るべくして。

夢有からすれば、あたしが助けに来てくれたのではないかという希望を込めて。

しかし残念ながら、この時のあたしは廊下を走って先生に捕まり、怒られながらも事情を説明

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している真っ最中だった。つまり、そこにいたのはあたしではない。

そこにいたのは、少し紫がかった髪をした女子生徒だった。

校章の色を見れば、その彼女があたしの一つ先輩であることがわかる。

しかし不良たちからすれば、そんなことはどうでもよかったろう。

そんな些細なことよりも、その先輩が柔らかな微笑みを携えた、かなりの美人であることのほ

うが気になったに違いない。

柔らかな雰囲気の中に澄んだ空気のような、一種の爽やかささえ感じさせるその先輩は、ゆっ

くりとした足取りで屋上に入ってきた。

「ヒューッ♪」

「こーんにちは。あなたって、俺らの先輩ですよね?」

「ぜひぜひよろしくしたいんですけどぉ」

新しい獲物に、不良たちはいっせいに矛先を変える。

しかし、その先輩は柔らかな笑みを崩すことなく、優雅な足取りで校庭を見渡せる柵の前に移

動した。

不良たちからすればカモがネギしょってやってきた、みたいな心境だろう。

逃げられる可能性の高いドアの前から、わざわざ一番離れた位置にまで移動してくれたのだか

れこそ、あとは煮るなり焼くなり自由だと踏んだのだろう。

不良どもは先輩を取り囲むように位置をとると、徐々にその距離を狭めていく。

しかし、当の先輩は涼しい顔だ。微笑みに一点の曇りもない。

だけれども、不良たちは気づいていないだろう。

もしもこの瞬間にあたしがこの場にいたのなら、もしかしたら気づけたかもしれない。

その先輩の笑みは聖母のそれではなく、背筋を凍らせるような悪魔のそれであることに。

「あなたたち、名前はなんていうのかしら?」

ようやく、先輩が口を開いた。

まるで誘惑しているかのような艶のある声に、不良たちのテンションが上がっていく。

「いいじゃんいいじゃん。名前なんてさー」

「どうせすぐ深い関係になるんだからよ」

「深いっつーか深くブチ込んでやんだけどな」

下卑た笑い声が屋上に充満する。文字通り見た通りの屑のセリフだ。

しかしそれでも、先輩は微笑みを崩さない。どころか、ますます気色を強めていくではないか。

不良どもは気づいていない。だけれど、その場にいた夢有は本能的に察していた。

このひと、危ない。

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給水タンクの上で猫のように蹲る夢有は、なんとかこの場から脱出しようと一生懸命考える。

普段何もかもをあたしに頼りきりの夢有だ。いつもなら、あたしが来るまで待つことを選ぶだ

ろう。

その夢有が、自発的に逃げようとするほどに、その場の空気は異様だった。

こっそり降りれば無事に教室に帰れるかもしれない。

そう考えた夢有はそーっと梯子のほうに手を伸ばした。

トンッ

しかし、その夢有の目の前に、二本の足が突然現れた。

夢有は思わず目をギュッと瞑るが、しばらく待っても何も起こらない。

恐る恐る目を開くと、二本のスラリとした足がスカートを風になびかせて、その場に仁王立ち

していた。

混乱しながらも、夢有はあれれ?と疑問を抱く。

今、むうの上から来たような...?

ゆっくりと視線を上げていく。翻るスカート。

...スパッツだった。

うん。少し話が逸れた。

夢有が顔を上げていくと、少し癖のある髪を風になびかせた、見知らぬ女子生徒が立っていた。

夢有からは見えないが、やはりこの人も一年上の上級生だ。

しかしそれよりも気になるのは、彼女が背負っている長い棒状の袋だ。

知っている人が見ればすぐにわかるだろうが、それは剣道で竹刀をしまっておくための袋だっ

るで猛禽類のような鋭さを秘めた視線で、不良たちを見まわしていく。

そしてゆっくりと空を見上げると、息を吐くように言葉を放った。

「............よし、殺そう」

実にはっきりと、しかしさらっとその先輩は危険極まりないワードを口から吐き出した。

おおよそ日常の学園生活では本気で聞くことのないその言葉は、彼女の口から出てきた途端に

限りない現実感をその場にいた全員に与えた。

あまりの言葉の冷たさに、後ろで縮こまっていた夢有がさらに小さく丸まってしまう。

「お、おい。あんな子、いたっけか?」

「知らねぇよ。てか、ドア開いてなくなかったか?音聞いてねぇし」

突然現れた剣道部らしき女子生徒を前に、不良たちの間にも動揺が広がっていく。

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そしてその動揺は、無情にもさらに加速していく。

「うひゃー。相変わらず怖いっすね、椿は」

「......仕方がないわ。目の前がゴミの山じゃね...」

不良たちがギョっとして振り返る。

なぜなら自分たちの後ろには、さっき取り囲んだ紫がかった髪の先輩一人しかいないはずなの

が、聞こえてきた二つの声は、どちらもその先輩のものではなかった。

振り返った先には、人影が三つ。

二つ、増えていた。

「しっかし、新入生は元気がいいっすねー。いやいや、あたしもそんな頃がありましたよハイ」

「......トキ。思考回路がおばちゃんになってるわ...」

柵に引っかかるようにしてこちらに顔を出している、トキと呼ばれた赤い髪の先輩の言葉に、

呟くようにもう一つの人影、物静かな雰囲気を纏った先輩から厳しい言葉がかけられる。

しかし気にするべきはその言葉ではないだろう。軽口の類であろうその言葉は、柵に引っかか

るようにして、つまり体半分を屋上から投げ出したような体勢で放たれているのだ。

そして湊と呼ばれた先輩はというと、なんと柵の上に座っていた。

にもかかわらず、平然としている三人に、不良たちの背筋に冷たいものが奔る。

「あー、失礼っすよ湊。あたしの思考回路はいつだって小学生なんすから」

「......まったく自慢になってない。それに、トキにかけ算ができたとは小さな驚き...」

「さすがにひどくないっすか?」

「......九九の二の段。プリーズ...」

「えーっと、二一が二。二二が二。二三が二。二四が二」

「......トキ。二の段を言葉で説明してみて...」

「答えが二になる段」

「......今度昔の教科書を探してきてあげる...」

なんということだろうか。紫の髪の先輩の両隣の位置に突然現れた二人が、急に雑談を始めた

ではないか。

あまりのことに、不良たちの思考回路がフリーズしてしまう。

どうやって現れたかもわからないのに、なぜ雑談?

「はいはい、二人とも。少し落ち着きなさいな。新入生諸君が唖然としてるわよ?」

そしてここにきて、紫の髪の先輩が口を開いた。

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最初からまったく微笑みを崩さないその様子は、すごいを通り越して不気味でさえある。

その言葉に、両サイドの二人、トキ先輩と湊先輩が即座に黙る。

「亜紀。こいつらを斬る許可を。これ以上汚物を御身の前にさらすのは我慢ならん」

「ふふ、もう少し待ってちょうだいな。椿はせっかちさんね」

夢有の前で仁王立ちを続ける椿というらしい先輩の言葉を、やんわりと受け流す、亜紀という

先輩。

ここにきて、不良たちもようやく感づいたようだ。

目の前で微笑むこの女子生徒が、何やら一種の狂気をはらんでいるであろうことを。

「七宝院学園へようこそ、新入生諸君。先生方はどうだか知らないけれど、少なくとも私は心か

ら歓迎するわ」

喜色を隠そうともせずに、歓迎の言葉を述べる亜紀先輩の様子に、不良の顔色が徐々に青くな

っていく。

それは本能的に察した結果だろう。さながら天使のように微笑む目の前の美しい女子が、天使

ではないということを。

天使などではない。これは、誘い騙し貶める、悪魔の類か。

「じゃあ、さっきの質問を繰り返すわね。名前はなんて言うのかしら?そっちの鼻の下のほく

ろが鼻くそにしか見えない茶髪くんからどうぞ」

「なっ!なんてこと言いやがるこのアマァ!!」

下品なうえに、最悪のコンプレックス指摘である。怒るのは当たり前だろう。

「ふふふふ、元気がいいわねぇ。藤崎洸くん?」

「このアマっ......!?」

茶髪の不良は唖然とした。せざるを得なかった。

「なんで、俺の名前...」

「気にする必要があるのかしら?ねぇ、高橋大吉くん。碇良太郎くん。海路道之くん。和智彰

浩くん。阪東礼くん」

名前を呼ばれるたびに、一人一人と顔色が真っ青になる。

なぜさっき初めて会ったばかりの先輩が、自分たちの名前を知っているのだろうか。

不良たちの頭の中ではその疑問が渦を巻き、不安が体を震わせる。

「知らなかったのかしら?それなりに有名よ、あなたたち」

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「ま、マジで?」

不良の一人、和智が不安そうにしながらも、自分の名前がそれなりに知られていると聞いて亜

紀先輩に聞き返す。

思考回路が単純らしい。

「ええ、それはそれは素敵な話を聞いているわ」

「マジかよ...」

「実をいうと、そんなあなたたちを一目見たくて、こうしてここまできたのよ?」

「い、いやー。照れるねー」

さっきまでの不安げな雰囲気が霧散し、単純に褒められて照れているようだ。

その言葉が、褒め言葉であるとは限らないことに気づかぬままに。

「和智彰浩。やたらととんがった髪型のせいで、初めてついたあだ名はティンティンヘッド」

「ブッ!?」

「碇良太郎。小学三年生の頃、初恋相手に告白するも玉砕。理由は本人に相手のリコーダーを舐

めているところを見られていたから」

「ゲボッ!?」

「阪東礼。隠れた趣味がBL本の観賞」

「ガハッ!?」

「藤崎洸。最近買ったちょっち大人な本は、こっそりネットで探した二次元の薄い同人本」

「グベッ!?」

「海路道之。最後におねしょをしたのは中学生になってから」

「ゴバッ!?」

「高橋大吉。未だに一人では寝られずに、時折二歳年上の姉の布団に潜り込んでいる」

「ウヴァッ!?」

亜紀先輩が一言しゃべるだけで、不良たちは一人、また一人と膝を折って屋上に這いつくばっ

た。

「そんな面白すぎるあなたたちを、一目見ておきたかったの。予想通り、すっごく面白い人たち

だったわ」

天使の微笑みを浮かべて、悪魔すら震え上がる所業を平然とやってのける。

一斉に抱えていた秘密を暴露されて、その場の空気が一気に暗ーいものにかわる。

「あはひゃひゃひゃひゃひゃ!みんな変なのー!!」

さっきまで縮こまっていた夢有の無垢な大爆笑に、暗い雰囲気がさらに黒くなっていく。

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いくら自分のままに振る舞うのが夢有とはいえ、さすがにひどいような気がする。

しかしこの時のあたしは、ようやく先生と一緒に屋上に向かって猛ダッシュを始めたばかりだ

ったので、止めることはできなかった。

「て、テンメェ...!」

「よくも...よくもバラしてくれやがったなぁ...!」

「ゆ、許せねぇぜ...!」

和智と碇、そして藤崎が顔を歪ませて腹の底から声を絞り出した。

深い深い心の傷を負いながら、不良たちは立ち上がる。

「ヤルぞお前ら。このアマだけは生かしちゃおけねぇ...」

阪東の言葉に、後の五人が顔を合わせて深く頷く。

「全員、わかってるみてぇだな」

「ああ、まずは...」

ザッ( 阪東が前に一歩出る)

ザッザッザッ( 他の五人が三歩下がる)

「......あれ?なんでお前ら、下がってんの?」

阪東の言葉に、五人はいっせいに自分のお尻を抑える。

「「「「「お前に後ろを見せられるか、阿呆」」」」」

見事なシンクロである。あわてたように阪東が近寄ろうとするが、五人は見事に一定の距離を

保ち続けた。

「待てお前ら!これはあいつの罠だ!!」

「俺はいつも思っていた...。何でこいつはいつも俺らの後ろを歩いているんだろうってな」

「ツルむたんびに隙あらば、と考えていたんだろ?そうなんだろ?」

「今日からお前のあだ名はローマな。けってーい」

哀れ阪東。中学の頃からツルんできた六人の間に、初めてヒビが入った瞬間である。

「誰がローマだこのティンティンヘッド!」

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「言いやがったなクソホモ野郎!」

「落ち着けわっティン。まずはこのアマを」

「お前いつもわっちゃん言ってたよな!?なんでティンに変わってんだよ!!」

「悪い。だんだんお前の髪がティンポに見えてきた」

「ふっざけんなおねしょバカ!」

「ブチ殺すぞ粗チン野郎がぁ!」

「何という下ネタの応酬...」

「オイコラ、リコーダー。何関係ねぇみてぇな顔してんだよ」

「リコーダーいうなシスコン」

「ね、姉ちゃんのことは言うんじゃねぇよ!」

「お前、リアル姉萌えなん?マジ引くわー」

「キモオタは黙っとけボケナス」

「二次元ディスってんじゃねぇぞゴミ野郎!」

「「「「「「やんのかコラァ!!!」」」」」」

そして、六人の仲が崩壊してしまった瞬間でもあった。

実に情けない光景である。

「ねーねー部長ー。こいつらおもろいっすね」

その光景を見たトキ先輩が亜紀先輩に笑いかけるが、当の亜紀先輩の表情が、いつの間にか変

わっていた。

「.........」

この屋上に姿を現したその瞬間から笑顔を崩さなかった亜紀先輩だったが、不良六人が言い争

いを始めた途端、表情を一変させていた。

つまらないものを見た、とでも言いたげな彼女は大きくため息をつくと、乱暴に自身の髪をか

き上げる。

「帰るわよ、皆」

亜紀先輩の口から放たれた、突然の帰還命令。

そして憮然とした表情のまま、屋上の出入り口へと移動し始めた。

「あー?」

「ちょっと待っとけや、クソアマ。こいつらシメたら可愛がってやるからよぉ」

「お前にシメられるわけねぇだろキモオタ」

「よし、お前から殺すわ。永遠にリコーダー舐めてろ変態」

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「変態はどっちだクソ野郎」

当然不良たちがそれを許すはずもなく、亜紀先輩の前に立ちふさがる。

先ほどまでの楽しげな雰囲気が消えた亜紀先輩は、はぁ、とため息をついて立ちふさがった藤

崎を目つける。

「どいてくれないかしら?これ以上面白くないものを見る趣味はないの」

「あのなぁ、先輩さんよ。あんた今の状況分かってんのか?あ?」

「分かっていないのはそちらでしょうに。私が予測した72通りの反応のうち、一番面白味のな

い反応してくれちゃって...。ホント、楽しめないわ」

「おいおい、あんた頭イッちゃってんのかよ。マジキメェわ」

不良生徒の「マジキメェ」発言に目を細めると、亜紀先輩は静かにポケットに手を入れた。

それと同時に、乱暴に屋上のドアが開かれた。

「夢有っ!どこにいるの!?」

廊下でとっ捕まった海棠先生を引きつれて、ようやくもってあたし、桐原愛美が到着したのだ。

あたしの切羽詰まった声に、給水タンクの上にいた夢有がのんきに返事をする。

「あ、あゆみだー」

「夢有!大丈夫!?何もされてない!?」

「んー、平気ー」

よかった、と思うと同時に、あたしに続いて屋上に突入した海棠先生が周りを見渡して状況を

把握しようとする。

「お前たち、何をやって...!なぜここにいる、星河!」

亜紀先輩の存在を確認して、海棠先生が半ば叫ぶように先輩に問いかけた。

「あら、海棠先生。ごきげんよう。新入生の引率、ご苦労様」

「...星河。何をせずに、教室に戻れ。こいつらの処遇は僕が引き受ける」

この時のあたしは夢有のいる給水タンクに視点を固定していたので気づかなかった。

海棠先生の表情が、暴れる肉食獣をなだめすかす飼育員のようなものになっていることを。

「お前たちもだ。神前寺。高瀬川。瀬田」

「えー、あたしらもっすか?ヤダよ、つまんねーっすから」

「......亜紀以外の命令は受け付けない...」

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「然り。ましてこの汚物どもは、私達の頭を侮辱したのだ。生かして帰すものか」

トキ先輩、湊先輩、椿先輩がそれぞれ海棠先生の命令を拒否する。

この時あたしは初めて、いきなり怒っている椿先輩の顔を見たので、正直怖くて泣きそうにな

った。

「星河、頼む。何もせずに戻ってくれ。必ずこいつらには相応の処分を下す」

「んだとセンコー!調子のってんじゃねェぞコラァ!!」

突然の処分発言に、海路が声を荒げて海棠先生に近づく。

しかし、放たれた海棠先生の刺すような視線に思わず足を止めた。

「黙っていろバカども!!助かりたいのなら何もするんじゃない!!」

「お、おいコラ!俺ら生徒だぞ!教師がバカ呼ばわりしていーのかよ!」

「黙っていろと言っている!!星河、頼むから...」

なおゴチャゴチャと騒ぐ不良を一喝すると、海棠先生は亜紀先輩のほうを見て引くように説得

を試みる。

が、いつの間にかポケットから出されていた亜紀先輩の右手に乗っているものを見て、顔色が

変わった。

「ふふふ、引いてもいいのだけれど...。彼、私のことを『マジキメェ』なんていったのよ?」

「よせ、やめろ」

海棠先生の顔色がスーッと青くなっていく。

亜紀先輩の手に乗っていたのは、何の変哲もない、ただの石。

宝石でもなく、かといってきれいな形をしているわけでもない。歪な形をした、赤黒い色をし

た、ただの石だ。

「ねぇ、あなたたち。考えたことはあるかしら?世界って、どれくらいの大きさだと思う?」

突然の質問に、不良たちは皆怪訝そうな顔を浮かべる。

「もちろん決まった答えなんてないわ。でも、考えることはできる。そして、その答えを得るこ

とも」

「お前何言って...」

「その答えの一つを、見せてあげる。私の掌の上にある、世界を」

「よせ星河!!」

亜紀先輩は静かに、たった一言を呟いた。

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「...MEMORIA 」

次の瞬間、あたしの世界は、あたしたちの世界は、いとも簡単に一変した。

「な、なんだこりゃあ!?」

不良生徒、藤崎洸が放った、この世界での第一声がそれだった。

ほんのついさっきまで、あたしたちは確かに入学したばかりの学園の屋上にいたはずだった。

しかし、目の前の景色は、どう見たって学園の光景じゃあない。

いや、それどころか、ここが日本なのか、はたまた地球の光景なのかすらも分からないでいた。

今あたしの目の前に広がっている景色は、どんよりとした空の下に広がる、活火山だったのだ。

夢か幻かとも考えたが、火山ゆえの圧倒的な熱気と活動している証たる小さな地鳴りが、その

可能性を抹消していた。

呆然と辺りを見回すと、不良六人にあたしと夢有。海棠先生と先輩四人は視認することができ

輩たち以外は、やはり呆然としている。

ただ先生の表情は訳が分からないというより、やってしまったとでも言いたげなものではあっ

たが。

「ふふふ、驚いてくれたみたいね。ようこそ、この子の世界へ」

亜紀先輩は手に乗せていた石を指で遊ばせながら、妖艶に笑って言った。

その様子に怖気すら感じながらも、碇が亜紀先輩に向かって叫ぶ。

「ど、どこなんだよ、ここは!?」

「ここは、この子の記憶している世界。この子が生まれた、故郷の火山よ」

普通に聞いていれば、何を言っているのかまったくわからないだろう。

しかし、あたしはなんとなくではあるが分かった。目の前の先輩が「この子」と言っているの

は、手に持っている石のことなのだろうと。

「このアマ、いったい何をしやがった!?」

「ふふふふ。怖がらなくてもいいのに。私は、この子の記憶を開いただけ」

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「記憶を開いた、だぁ?」

訳が分からない、と不良は揃って首をかしげる。

「考えたことはあるかしら?物には記憶が宿るのかどうか」

「や、宿ってたまるかよ。脳みそねーじゃん」

「それは考えた末の答えではないわよ。ただの固定観念にすぎないわ」

「じゃあ...宿るってのかよ」

「少なくとも、私はそう思っているわ。一寸の虫にも五分の魂があるように、路傍の石にも確か

な記憶が存在している。このMEMORIA が、その証よ」

「メモリア...?」

「そう、MEMORIA 。石に宿る記憶を開き、その世界へ移動する力を持つ、異能の総称」

訳が分からない、とあたしは首をかしげた。

やはり夢なのだろうか。しかし、こんないい夢か悪い夢か、判断の付かない夢があるだろうか。

なにせ怖い思いをしているわけでもない。かといっていい思いをしているわけでもないのだから。

どう判断すべきかわからないのは不良グループも同じようで、青い顔色で金魚のように口をパ

クパクさせている。

「私は現実と石の記憶の世界を行き来することができ、また他の人間をこちらの世界に引きずり

込むこともできる。分かりやすく言うならこういうことね」

「お、おい。俺ら、帰れるんだろうな?」

不良の一人、海路が恐れおののいて亜紀先輩に問いかける。

そのことを考えてなかったのか、他の不良もその問いを聞いて顔色を一層真っ青にした。

もしも、このまま元の世界に帰ることができなかったら。それはどれほどの恐怖だろうか。

しかも亜紀先輩は「他の人間を引きずり込む」と言っていた。もしかしたら、理不尽極まりな

いが、帰れない可能性だってあるだろう。

ただ、あたしにはこの言葉が、帰れない可能性に気づかせるための言葉であるような気がして

ならなかった。

「それにしても、素敵な場所だと思わない?大自然の織り成す、破壊と再生をつかさどる限り

なくリアルなファンタズム...。私達人間がどれだけちっぽけな存在なのかを思い知らされるわ」

「答えろよコラァッ!!」

質問に答えようとしない亜紀先輩に、高橋が激昂して叫ぶ。

その瞳にはありありと不安が見て取れる。よく見れば、不良たちは全員が震え始めていた。

自分たちの常識からは外れた所にいる、異常なる異能者。

そんな人間に、自分たちが目をつけられていた。そのことが、不良たちの震えを一層激しいも

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のにしていた。

「あら、変ね。寒いはずはないのだけれど...。震えてるのかしら?」

「お前...いったいなんだってんだよ!なんで俺らにカラんでくんだ!?」

「最初に言ったでしょう?面白いエピソードを持ったあなたたちを一目見たくて来たの、って」

「ふざけんな!そんなことのために、俺らをこんなとこに引きずり込んだのかよ!!」

「ええ、その通り。そして、そんなことが全てよ」

「冗談じゃねェ!すぐ元の世界に帰しやがれ!!」

唾を吐き散らして喚く阪東に、亜紀先輩は平然とこう言った。

「帰れるわよ?割と簡単に」

「「「「「「...へ?」」」」」」

てっきり帰れない、とばかり思い込んでいたのか、不良六人が目を丸くして先輩を凝視する。

「誰も帰れないなんて言ってないじゃないの。早とちりは女の子がやらないと間抜けなだけよ?」

「う、うるっせ!」

恥じ入っているのか、若干和智の頬が赤い。

なるほど。確かに間抜けにしか見えない。少なくとも萌えはない。

「ふふ。じゃあ、元の世界に帰るための条件を教えてあげるわ。頑張ってちょうだいね」

「条件?」

「ルールは至って簡単。この記憶の世界を開いた張本人である私を打ち倒すこと。ちょっとは燃

える展開になってくれるとうれしいのだけれど」

その条件を聞いた途端、不良たちの間にいくらか落ち着きが戻る。

「ほ、ホントにそんな条件でいいんだな?」

「ええ、好きに攻めてきなさいな」

「へへ...、後悔すんなよ?」

この時、あたしは思った。不良さん、それ、どう考えても死亡フラグです。

とりあえずあたしは夢有以外はこの際どうでもよかったので、このどさくさの間に夢有の近く

まで移動していた。

ついでに海棠先生もついてきていたが、それは気にしないでおこう。

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どさくさの間にといえば、いつの間にか椿先輩も亜紀先輩の後ろにまで移動していた。

構図だけ見れば不良六人vs 先輩四人になっているが、ただの学生同士の諍いならこんな風景

ではないだろう。

「部長ー。あたしが行っていいっすか?あの程度なら二十秒で終わるっす」

「待てトキ。奴らは私が斬ると決めている」

トキ先輩と椿先輩が恐ろしいことを平然と言い争っているが、それを当然のように無視しなが

ら湊先輩が亜紀先輩に耳打ちする。

「......亜紀、どうするの...?」

「うーん、そうねぇ。トキか椿に任せても、もちろんいいのだけれど、ちょっとエンターテイメ

ント性に欠けるわね...」

至極真剣にエンターテイメント性に悩む亜紀先輩。どうやらこの人の思考回路は一般のそれと

は少し違うようだ。

しばらく顎に手をやって考えていると、何か思いついたのかポンと手を叩いた。

「うん、決めたわ!せっかくファンタジー向けのステージだものね。これを使わないのはもっ

たいないわ」

「......多分、あちらにとっては最悪の選択...。なんまいだー...」

湊先輩が非常に不吉なことを言って両手を合わせる。

その様子に思わずあたしまでブルってしまった。

「では、始めましょうか。“これは、昔々の物語...”」

亜紀先輩が、ゆっくりと語り始めた。

「“とある火の王国に、六人の勇者様がいました。勇者たちに王様は懇願します。火の山に住む

人食い巨人を打ち倒してほしい、と”」

「お、おい。いったい何の話を」

「“勇者たちは快くその願いに応じました。彼らは勇んで巨人の住む山へと向かいます。そして

ついに、その巨人を見つけ出すことができました”」

その言葉に応じるかのように、亜紀先輩の後ろの地表が大きな音を立てて隆起する。

そして、徐々にその大岩が人の形を成していく。

「な、なんだぁ!?」

「“巨人の体は鉄のように固い黒い岩に覆われ、流れる血は灼熱のマグマ。天を衝く巨体に爛々

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と光る一つ目をしていました”」

亜紀先輩の語る通りに、背後の岩石が形を変える。

全身から噴煙を上げる人の形をした岩の塊は、一つ目をマグマの色にたぎらせて、眼下の不良

たちを見下ろした。

「マジ、かよ......」

「あ、あああ...!」

「“巨人は一声、大きな声で吠えました。勇者たちはこの怪物を、見事打ち倒せるのでしょうか?”」

そして、岩の巨人は曇天に咆哮した。

亜紀先輩のシナリオ通りに、不良たちの悪夢の通りに。

その様子を、あたし達はただ呆然と、ただ映画を見るかのような感覚でしか見ることができな

かった。

現実としてとらえてしまったら、恐怖でどうなるかわからなかったから。

「あ...あゆ、み...」

ギュっとあたしの袖を掴んで縮こまる夢有に、精一杯の笑顔を向ける。

「大丈夫だよ、夢有。あたしが、絶対に守るから」

今のあたしの精神状態だと、この何の捻りもない言葉だけでもういっぱいいっぱいだった。

この言葉を言えたことも奇跡に近いだろう。

震えるな。怯えを隠せ。虚勢を演じろ。平静を装え。

夢有に、不安を与えないように。

「さぁ、ナレーションの役目はここまでね。ここから先の物語はあなたたち六人で紡いでいって

ちょうだいな」

「ちょ、ちょうだいなって...」

「主人公はあなたたち。敵は岩とマグマの一つ目巨人、名前は...『グリムスボトン』でどうかし

ら?」

「そんな、そんなこと言われても」

ニコニコと自分の決めた設定を語る亜紀先輩に、不良たちの目がすがるようなそれに変わる。

しかし、亜紀先輩はそれに応じない。ただニコニコと笑いながら、舞台に上げた不良たちを見

て、楽しんでいる。

「この物語はね、まだ最後のページが完成していないの。真っさらな白紙なのよ」

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「た、頼む。お願いだから、助けてくれ!」

「ハッピーエンドを迎えられるか、はたまたバッドエンドで子供向きの作品じゃなくなるのか。

それはあなたたち次第よ」

「い...い、いやだぁ...!!」

鼻水を流して後ずさる藤崎を見て、亜紀先輩の口元が歪な三日月を作り出す。

「言ったでしょう?この世界は私の掌の上。いうなれば、私はこの世界の演出家なのよ」

「お願いします...!まだ、まだ死にたくないんです!」

「あなたたちはシンデレラボーイだわ。こんな素敵な舞台の主役に抜擢されたのだから」

「誰か、誰か助けて...」

「じゃ、演出家からの命令ね。アドリブで、頑張ってちょうだい♪」

ニッコリと微笑みながら言ったその言葉を皮切りに、岩の巨人『グリムスボトン』が行動を開

始した。

不気味な唸り声をあげながら、ゆっくりと不良たちとの距離を縮めていく。

「く、くるなぁぁぁっ!」

一斉に不良たちが逃げ出そうと走り出した。

が、ほどなく止まることになる。

なぜなら、不良たちの行く手を阻むかのように、地面からマグマの壁が噴出したのだから。

「あっちぃぃぃぃぃっ!」

「え、ちょっと!?逃げれないんだけど!!」

予想だにしない事態に揃って辟易していると、亜紀先輩が静かに微笑んだ。

「あらあら、本番中に舞台から降りようなんて。困った主役さんだわ」

「お願いだよ!助けてくれ!!」

「何度言ったらわかるのかしら。ここは私の掌の上の世界。私がハッキリと、こう在れと望めば

その通りの現象が起こる。私を倒さないと出られないし、死んだとしても出られないのよ?」

「し、死ん...っ!」

サラリと放たれたその言葉に、不良たちが固まる。

今まで意識しないように努めていたであろうそのワードを強制的に意識させられて、不良たち

の理性のタガはいよいよ外れようとしていた。

人間、死の恐怖を前にすれば、理性などそう持ちはしないのだから。

「ほーら、もう範囲に入ってるわよ?」

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「え...」

亜紀先輩のほうに気が行っている間に、グリムスボトンは不良たちのすぐ近くにまで迫ってい

つ目の巨人は眼下の攻撃対象を叩き潰すべく、巨岩の塊となっている拳を、ゆっくりと振り

上げていく。

「ひ、ひいぃぃぃぃぃぃっ!!」

今にも失禁しかねない状態の高橋を見て、先輩はため息をつく。

「残念ね。主人公がかっこよく勝利する、なんていうサクセスストーリーは、今時流行らないの

の奥に冷徹な光を宿してなお微笑みを崩さない亜紀先輩はやはり、あたしには悪魔に見えた。

「そこまでにしておけ、星河!」

ここにきてようやく、あたしの後ろにいた海棠先生が声を上げた。

遅い!と思ったのはあたしだけじゃないはず。

亜紀先輩もさすがに先生を無視して進めるつもりはないのか、グリムスボトンも拳を振り上げ

たままの恰好で固まった。

「本番中に観客が待ったをかけるものではないわよ、先生」

「うるさい。これ以上は流石に看過しかねる」

鋭い視線で先輩を見据える海棠先生の手には、首にかけるアクセサリと思しきものが握られて

いる。

それを見た亜紀先輩が、蠱惑的な微笑みを浮かべる。

「ふぅん。先生、私にディージュを挑むおつもりかしら?」

ディージュ?また知らない単語が出てきた。

挑むってことは、海棠先生が亜紀先輩と戦うのだろうか。

「僕では星河には勝てない。それはわかってる。だけどね、生徒を逃がす時間稼ぎくらいはでき

るつもりだ」

「嫌ねぇ。何もしてない先生になんかしたりしないわよ」

「僕がどうなろうが知ったこっちゃない。彼らを無事解放するんだ」

「入学式も平気でシカトする、指折りの屑を?」

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「だとしても、この学園の生徒であることに変わりはない」

「今時の先生にしては職業熱心なこと」

「熱心さをなくした教師は、もはや教師なんかじゃない。もう一度だけ言うぞ、星河。彼らを無

事に、元の世界に帰すんだ」

どれくらいの時間だったろうか。しばらくの間海棠先生とにらみ合っていたかと思うと、亜紀

先輩が脱力したかのように大きくため息をついた。

「Uninstallation

その一言とともに指をパチン、と鳴らすと、たったそれだけで目の前の風景が一変する。

先ほどまでのマグマ滾る火山も、唸り声をあげる岩の怪物も、一瞬にして消え去った。

代わりにやってきたのは、何の変哲もない学園の屋上。

風に乗って桜の花びらまで舞ってきている。

まさに、平穏そのものだった。

「興が冷めたわ。どうでもよくなっちゃった」

さっきまでとは打って変わってつまらなそうな表情になった亜紀先輩は、悠々と屋上の出口へ

と向かった。

「ひぃっ!?」

その時海路の横を通り過ぎたのだが、悲鳴を上げる海路には目もくれず、亜紀先輩はドアノブ

に手をかけた。

と、ふと先輩があたしのほうを向いた。

「そういえば、巻き込んじゃってごめんなさいね。新入生さん」

「あ、いえ...」

「ん、だいじょーぶ」

「またあとで、部活紹介で会いましょう」

そういうと、亜紀先輩は屋上から去って行った。

思わず「いえ」なんて遠慮がちなことを言ってしまったが、心の中では夢有を怖がらせるなん

てただじゃおかないと息巻いていた。

が、しかし、あのメモリアとかいうわけのわからないオカルト染みた異能力を見てしまった以

上、何かやるわけにもいかない。

困った。

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「たたた、助かったぁ......」

「死ぬかと、思った...」

先輩が退場したことで、不良たちがその場にへたり込んだ。

だが、その安堵はまったくもって長く続かなかった。

へたり込む不良たちを見下ろすように、他の先輩三人がいつの間にか立っていたのだ。

「あぁ?いったい何」

「おい、汚物」

触れれば斬れるかのような雰囲気を全身に纏っている椿先輩が、突然手に持った長袋で不良の

一人の喉を突いた。

「グゲッ!?」

喉をどつかれた和智はもんどりうって倒れてしまう。椿先輩はさらに、倒れた和智の喉を長袋

で屋上に押し付けた。

「ガ、ハ...!」

「お、おい!何やって」

あわてて阪東が止めに入ろうとするが、その手を横から伸びた手が掴んだ。

「いやー、やっぱ大迫力っすよね。部長のメモリアルは」

「......トキ、ルが余計。メモリアよ...」

軽い笑いを上げながら、手を掴んだトキ先輩の間違いを湊先輩がやんわりと指摘する。

しかし、阪東の表情はとてもやんわりとは言えないものだった。

何しろ、トキ先輩に掴まれた自分の腕から、ミシミシなんていう異様な音がしているのだから。

「痛っ!はなせっ...!」

「な、なんなんだよお前ら!」

血管が止められているのか、徐々に右腕の血の気を失っていく阪東を見て、藤崎が声を上げる。

トキ先輩の爛漫な笑顔にすら恐怖を覚えているのか、若干声が裏返ってしまっているが。

「汚物ども。今回は亜紀が見逃すようだから見逃すが、次はないぞ」

「......次は死んでも、仕方ないから...」

椿先輩の低い声の脅しと湊先輩の静かな忠告に、不良たちは揃って震え上がると激しく首を上

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下に振った。

「はっはー。物わかりがいいって得っすよね。うんうん」

朗らかに笑いながらトキ先輩が掴んでいた腕を離す。

そして、ゆっくりと右拳を軽く握った。

「でもでも、もーしまたオイタするって言うんなら...」

にこやかなままに、爛漫なままに、トキ先輩はその拳を屋上に振り下ろした。

ズドン

あたしは耳を疑った。そして、目も疑った。

トキ先輩の拳が当たった場所からは、おおよそ物を殴った音とは程遠い音がしてきたのだ。

殴った音なんかじゃない。これは、とてつもなく重たい何かが、着弾した音だ。

トキ先輩の拳が当たった屋上に、一瞬で蜘蛛の巣状にヒビが入った。

七宝院学園は、決して新しい校舎ではないけれど、それでも女の子のパンチ一つでこんなヒビ

が入るはずもない。

もしもあんな風に殴られたりしたら。そんな回避すればいいだけの恐怖を、瞬時に抱かせるよ

うな迫力を持っていた。

トキ先輩は手近にいた碇の頭を掴むと、自分の顔の前に持ってきた。

そして、底冷えするような声で、言った。

「殴り殺すぞ、クソガキども」

さっきまでの飄々として朗らかな笑顔はどこへ行ったのか。

凶悪極まりない肉食恐竜のような迫力で不良にメンチをきると、とうとう不良の一人が失禁し

てしまった。

歯はガチガチと震えっぱなしだし、もはや不良( 笑) のような状態だ。

まぁ震えているのはあたしも同じわけなのですが。亜紀先輩が去ったあたりであたしも緊張が

解けてしまったのか、そのあとの椿先輩の行動には対応できなかった。

ちなみに夢有はというと、さっきから自分で目と耳を塞いで見ないようにしている。賢い選択

んな先輩たちを見て、海棠先生はお疲れ気味にため息をつく。

「ほら、お前ら。早く部室に戻れ。これから部活紹介だろうが」

「......言われなくても...」

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「む、いかん。少し時間を食いすぎた」

「急ぐっすよー」

先生の言葉に、三人は素直に応じて屋上を去っていく。

さっきまでの喧騒と幻想が嘘のように、屋上には涼やかな風が吹いていた。

「ほら、お前たちも教室に戻れ。こいつらは僕が職員室に連れて行くから」

「あ、はい。......あの、先生」

あたしの言わんとしていることが分かったのか、先生は手でそれを制する。

「放課後にまとめて説明する。今は早く戻れ。部活紹介まで時間がない」

「...分かりました。放課後、どこに行けばいいですか?」

「む...、そうだな。地学教材室はどこかわかるか?」

「はい。学園の地図は一通り見ましたから」

「優秀だな。じゃあ、放課後そこに来てくれ。おそらく、星河たちもいるだろう」

「大丈夫、なんでしょうか」

「大丈夫だ。問題ない」

特に何の意味もなく、激しく不安になった。

「本当だ。星河がアレを使うのは、ああ見えて余程腹に据えかねた時くらいだからな」

先生の言葉に一抹の不安を抱えたまま、あたしはとりあえず夢有を連れて教室に戻ることにし

る途中も会話はほとんどなく、あたしの頭の中ではさっきの幻想のような出来事をただひた

すらに考えていた。

亜紀先輩。石の記憶。メモリア。椿先輩。竹刀の様なもの。湊先輩。トキ先輩。

あたしは直感した。

教室で男子生徒たちが話していた「なんかスゲー二年の先輩たち」というのは、きっとあの人

たちのことだろう、と。

これが、あたしと先輩の、桐原愛美と星河亜紀の出会いだった。

あまりにも衝撃的過ぎた屋上での出来事のおかげで、その後のことはほとんど頭に入ってこな

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かった。

あのオカルト染みた異能力ももちろんそうなのだが、何よりあたしが気にしているのはそれで

はない。

あたしは気になるのだ。あの綺麗な先輩の微笑みが、どうしても悪魔のそれに見えて仕方なく

て。ひょっとしたら自分は、すでにとんでもないものに関わってしまったのかもしれなくて。

考えることをやめたら、怖くて震えてしまいそうになるほどに。あたしはあの先輩を恐れてい

けど、なぜだろう。恐れているにもかかわらず、あたしはあの先輩のことが気になって仕方

ない。

星河亜紀。異能を持つ、異常者。あたしたち一般の人間とは一線を異にする、真正の超能力者。

この七宝院学園の二年生。それ以外の情報を、今のあたしは持っていない。

ホント、どうしてなんだろうか。あの先輩は正直、危険すぎる気がする。どう考えたって、夢

有を近づけるべきじゃない。

なのに、もう一度亜紀先輩に会ってみたい自分がいる。こんな感じは、初めてのことだ。自分

でも自分の意思を図りかねている。

あたしと夢有が教室に戻ってしばらくすると、かなりお疲れな様子の海棠先生が戻ってきた。

一刻も早く亜紀先輩のことを聞いてみたかったのだが、放課後にまとめてといわれている以上、

今は黙る他ない。

予想外の出来事のせいで、自己紹介の時間がなくなってしまったと皆に告げる。

もちろん明日改めて、ということになり、先生はあたしたちを引きつれて体育館へと向かった。

これから予定されていた部活紹介をやるのだという。

しかしあたしの頭の中は、例の先輩たちのことでいっぱいだった。部活なんてものが入る隙間

すらない。

部活のことは何も考えずに、新一年生の列に習って体育館の椅子に座る。

そしてほどなくして、にぎやかな音楽とともに部活紹介が開始された。

前年全国区にまで到達した女子柔道部を皮切りに、それぞれの部活が新部員獲得に向けて意欲

を燃やしている。

だがしかし誠に失礼ながら、あたしの思考回路は完全にあの先輩たちのことで占められていた。

ホント、すいません。

なんなんだ?あのバカげたオカルト超能力者の先輩は。

なんなんだ?あの怖すぎる女侍の先輩は。

なんなんだ?あのパンチ一発で床をぶち壊す先輩は。

なんなんだ?あのいるのかいないのか若干分かりづらい先輩は。

...今少し遠くで『......誰が空気...?』と聞こえた気がしたので最後の一節は撤回しておこう。

これは単なるあたしの感なのだが、あの湊先輩が亜紀先輩を除く三人の中で一番危険な気がす

に理由はないのだが、あの空気の中で、あの先輩たちの中で、雰囲気が物静かのままでいら

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れるというのがあたしの中で引っかかるのだ。

絶対怖いよ、あの人。きっと影の支配者的な何かに違いない。裏ボスである。

椅子に座ったまま一人でそんなことを考えていると、さっき聞いたばかりの声があたしの頭を

現実に引き戻した。

「こほん。次は、私達地学部の紹介をさせていただきます」

あわてて視線を部活紹介のための舞台に向けると、そこにいた。

さっき屋上で見た笑顔をそのままに、あの幻想の中で不良たちを嬲っていた時と同じ微笑みを

携えている、星河亜紀先輩が。

後ろには例の三人の先輩方も控えている。トキ先輩、椿先輩、湊先輩の三人は、ただ目を閉じ

て佇んでいた。

まるで、ここには自分たちにやれることはないと言わんばかりに、沈黙と不動を決め込んでい

...

いや、訂正しよう。他の二人はともかく、トキ先輩は違うっぽい。時折首がカクンカクン動

いているところ見ると、立ったまま寝ているらしい。

横に立つ椿先輩のこめかみがピクピク動いているのを見れば、おそらく間違いないだろう。

なんとなく、あの先輩二人の性格が分かった気がする。

「私達七宝院学園地学部は、主に鉱石、地質学、考古学を中心に、天文学、占星術など幅広く活

動しています。かの偉大な先輩たちの設立から、二十年以上の歴史を重ねてきました...」

意外と真面目に部活を紹介している。いや、意外となどと言っては失礼だろう。まだあたしは、

彼女をことをほとんど知っていないのだから。

そう、まだ判断するには早い。本当に夢有にとって悪影響となりうるかは。

もしかしたら、夢有のボケボケなところを直すいい機会かもしれないのだ。少しは自分でしっ

かり物事を考えてしゃんとしてくれれば、なんて思ってみたりする。

そう思っている間にも、亜紀先輩の部活紹介は続く。先輩の完全に説明オンリーの紹介に、若

干周りが眠そうな雰囲気を作り出し始めた。

いい影響なら別にいいのだけど、もし悪影響を及ぼすのなら...。

自分の思考に、少しだけ目を細める。偶然か気が付いたかは定かではないが、目を細めたその

瞬間、亜紀先輩は確かにあたしと視線を合わせた。

そして、微笑んで言う。

「では、これにて地学部の部活紹介を終了させていただきます。ご清聴、ありがとうございまし

た。石の世界を知りたい方は、ぜひ地学教材室に来てくださいね」

もし知りたい人が行ったのなら、あの世界を見せつけるのだろうか。次は帰ってこれない気が

ひしひしとするのだが...。

入学式から二日目で行方不明者続出とか、冗談じゃない。

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後ろでこそこそと『オレあの部活行ってみるわ』とか言っているクラスメイトの安否が非常に

心配だ。飛んで火にいる何とやらにならないことを、祈るだけ祈っておこう。

もちろん、祈ること以外はしないが。

頭の中でどっかの何かに軽く祈ってからチラリと夢有のほうを見てみると、完全に座ったまま

寝ていた。

...普段なら注意する場面だろうが、今は寝ていてくれたほうがいい。

あの先輩がどう夢有に影響を与えるか、分かったものではない。

もし夢有があんな風に人を嬲って笑う狂人になってしまったら.........。

あたしはおじ様の眼前で首を吊る。それしかない。

どさくさに紛れて先輩を狂人呼ばわりしてしまったことは、言葉のあやということでこの際流

してしまおう。

とにもかくにも、今は夢有をあの狂人に会わせてはならないということだ。

...今背筋がゾッとした気がする。主に先輩たちがハケていった舞台袖のあたりから感じる視線

、まぁとりあえず、放課後の地学教材室にはあたしが一人で行くことにしよう。

夢有には先に帰っておくよう言えばいいし、怖い怖い椿先輩がいるなら夢有だってそんなに行

きたがらないだろうし。

たぶん、大丈夫だろう。

そう思っていた時期が、あたしにもありました。

「......夢有は可愛いわね...」

「えへへー」

どうしてこうなった。

色々と色々と考えている間に時間は過ぎていて、いつの間にやら放課後へ。

隣の席でウトウト舟を漕いでいた夢有に気を付けて、とにかく気を付けて先に帰るように伝え

ると、あたしは席を立った。

自分のほほをピシャリと叩いて、気合を入れる。

いざ、悪魔の巣窟へ。

ある意味魔物に捧げられる生贄のような覚悟を決めてきたというのに、七宝院学園理科館の四

階、地学教材室の扉を開けて今現在。

あたしの目の前で、湊先輩の膝の上で夢有がニコニコとお菓子を食べながら頭をなでられてい

る。

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先に帰るようにって、言ったのに...。

「来たか。桐原」

あたしがどんよりとした空気を発生させていると、先に来ていた海棠先生が声をかけてきた。

無論、亜紀先輩をはじめ、他の先輩方も勢ぞろいしている。

とはいえ、椿先輩はロッカーに寄りかかって床に座ったまま寝ているし( わきに例の長袋を抱え

たままなのは、この際気にすまい) 、トキ先輩もまたイヤホンをつけたままつなぎ合わせた机のベ

ッドで爆睡しているようだ。

当の亜紀先輩はというと、まだ来ていないようだ。教材室のどこを見回しても、あの悪魔的な

笑みは見当たらない。

あの先輩がいないのは、ある意味ラッキーだ。

帰るよう言ったのに、夢有が来てしまっている。となれば、変な影響を与えられても困る。

まだ首を吊りたくはない。ひとまず夢有も安全そうだし、良しとしよう。

あたしがほっとしたのを見て、海棠先生が話し出した。

「さて、何から話したものか...」

「あの、先生。あたしから聞いてもいいでしょうか」

「ふむ、構わないが。何から聞きたい?答えられるものがあれば答えよう」

言質取ったり、というほどのことでもないか。

少なくともあたしは、海棠先生も何らかの形であのメモリアとか言うのに関わってると思って

るし、この際いろいろ聞きだしてしまおう。

「海棠先生も、あのメモリアとかいうのに関係があるんですか?」

「...何故そう思う?」

「あの時、亜紀先輩が『私にディージュを挑むつもりかしら?』って言ってましたよね。そのデ

ィージュっていうのが何なのかは分からないですけど、あの状況で亜紀先輩が引いたってことは、

何か関係があるんじゃないかと思って」

思ったことをそのまま言っただけなのだが、たったそれだけで海棠先生は驚いた表情であたし

を見てきた。

「桐原...。お前、あの状況で星河が言ったことを覚えていたのか?」

「いや、あの状況も何も、あたし直接的に被害受けたわけじゃないですし」

「それにしても、怖くはなかったのか?さっき清水にも聞いてみたが、見事なまでに覚えてい

なかったぞ」

そりゃあね。目と耳ふさいでいましたし。

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だからこそ、あたしが聞いておかないと。聞かなかったせいで夢有に何かあったら、悔やんで

も悔やみきれないし。

「ふむ。しかし、それなら一から説明するよりは早くすむかもしれないな。確かに僕は、星河の

持つ能力、メモリアとは深い関係がある」

「どういうことですか?」

「僕もね、メモリアなんだよ。星河が言っていたろう?メモリアとは、石に宿る記憶を開き、

その世界に移動することができる力の総称だと」

「...ってことは、メモリアを持ってる人は何人もいるんですか?」

「その通りだ。世界に何人いるかはわからないが、確かに存在している」

なるほど。下手をすれば道を歩くだけで超能力者とぶつかる可能性だってあるわけだ。

めんどくさい世の中になったものである。じゃあ、できるだけ知れるところを知っておいたほ

うがいいかな。

「じゃあ、メモリアって何ができるんですか?何か能力使用の条件とかあるんでしょうか」

「すでに体験したから分かっているとは思うが、このメモリアは強力な能力だ。当然いくつかの

条件が存在する。まず大まかなものは二つ。石のリーディング( 読み込み) とフッティング( 個定化)

だ」

「リーディングと、フッティング」

「そう。まず石の記憶を知らなくては何も始まらないからね。石の記憶を読み取る作業から始ま

る。これがリーディングだ。これは石の蓄積してきた記憶量、重ねた年数によってかかる時間が

異なるから、長いものだと何十時間、何百時間も読み取り作業をする必要が出てくる。例え能力

者であっても、ここで挫折する人間は少なくない」

「ちなみに亜紀先輩が持ってたあの火山岩みたいなものは、どれくらいかかるんですか?」

「アレを僕が読み込んだなら...おおよそ十五時間といったところかな」

「え。あんなに小さな石なのに...?」

「実を言うと、これがこの能力の一番の欠点でね。石の記憶を読み取るのは生半可な作業じゃな

いんだ。普通に風景を見て覚えるのとは訳が違う。石が最も強く記憶している場所の風景、色調、

光彩、時間帯、状況、物の配置、その歴史の移り変わり、その他諸々の細かい情報全てを一度完

全に記憶する必要がある。コレのせいで、基本的にメモリアの能力者が使える石の数は大抵一つ

二つまでだ」

「基本的にってことは、例外の人がいるってことですよね?もしかしてそれ、亜紀先輩です

か?」

「驚いたな、そこまで深読みしてくるとは思っていなかった。その通りだ。星河はすでにいくつ

もの石を記憶し、使いこなすことができている」

やっぱり、あの先輩のほうが異常なんだ。思い返してみると、海棠先生の態度がそれを物語っ

ていたと思う。

最初は言葉で何とか止めようとしていたものの、止められそうにないと判断すると挑むような

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態度をとって先輩を引かせた。

あの時先生は『僕では勝てない』とハッキリ言っていた。それに亜紀先輩のほうも、挑まれた

から逃げるというよりは飽きたから引くという風に見えた。

となれば、おそらく亜紀先輩の能力が大人である海棠先生のそれより上ということなのだろう。

...もちろん海棠先生が類まれなる雑魚という可能性もあるにはあるが、それはこの際考えない

ようにしよう。

「...何か今失礼なことを言われた気がするが、説明を続けるぞ」

「はい、お願いします」

何故分かるのだろう?メモリアには読心能力もあるのだろうか。

「リーディングに時間と労力がいることは分かったと思うが、それだけだと石の記憶を開くとこ

ろまでしか出来ない。星河のやっていたように石の世界を自在に操るのに必要なのが、フッティ

ングだ」

「こっちも時間がかかるんですか?」

「いや、こちらはそう時間はかからない。問題はむしろ、石の記憶を操ることそのものにあるん

だ」

「やっぱり、難しいんでしょうか」

「ああ、とても難しい。これには絶対的なイマジネーションが必要になってくる。たとえば星河

の使ったグリムスボトン。あれほどの精度で作るのは、普通は無理なんだ。僕がやったとしたら、

せいぜいあの大きさの半分にも満たないものを作るのが精一杯だ」

「ええと、精神力が必要みたいな感じですか?」

「まぁ、そんなところだ。複数の石を持っていると、せっかく読み込んだ記憶のイマジネーショ

ンが崩れてしまう恐れがある。これもまた、メモリアが石を複数持たない理由でもある」

「基本的には、一つの石のイメージをひたすらに高めていくほうが効率がいいってことですか」

「飲み込みが早いな。しかし、星河はその基本の枠に収まらない。僕が勝てないといったのもそ

のためだ。石一つ対石一つでも歯が立たないのに、二つ三つと使われてはまず間違いなく負ける」

先生のくせに情けない、と思ったのはあたしだけじゃないはず。

しかしそうなると、あのディージュとかいうものが気になってくる。

多分メモリア関係の言葉で間違いないんだろうけれど...。

「あの、先生。ディージュって何ですか?」

「簡単に言えば、メモリア同士の戦いのことだ。滅多に起こるものじゃないんだがな。何らかの

理由でメモリア同士が戦う場合、互いにリーディングした世界を展開することが出来なくなる。

代わりに、フッティングしてイメージしたその世界のものを現実世界に呼び出して戦うんだ。星

河で言えば、あのグリムスボトンがこっちの世界に出てくるということだ」

「えっ、出せるんですか?」

「普段は出せない。だが、ディージュを行った場合に限り、こちらの世界がそのままバトルフィ

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ールドになる。よく伝承や伝説で、竜や怪物が英雄に倒されるものがあるだろう。あれは昔のメ

モリア同士の戦いが目撃されて出来たものだといわれている。ただし、両者の合意があればどち

らかの世界を展開して戦うこともできるけどね。展開したほうが地の利を得ることになるから、

ほとんど行われないけど」

「あれ?でも、メモリア同士だと怪物対怪物になるんじゃあ...」

「何も石の記憶の世界で生み出せるのは怪物だけじゃあない。強いイメージが形を作れれば、剣

や槍、天使や悪魔といったものまで生み出すことができる。通常、イメージするのは武器なんだ

よ。怪物を明確にイメージできるほど、僕らのイマジネーションは強くはないからね」

聞けば聞くほど、亜紀先輩が異常であることが浮き彫りになってくる。

考えてみれば、絵で描くならともかく、モンスターをイメージするよりは武器とかのほうがイ

メージしやすいだろう。ただの剣なら多分あたしでもイメージできると思うし。

初っ端から参考にならないものを見せられていたとは。これはまた予想外である。

「先生。石の世界に引きずり込まれた一般人が脱出する方法なんですけど、亜紀先輩の言ったこ

とをそのまま信用しても?」

あたしの中で割と気になっていたことを聞いてみる。正直、亜紀先輩の言葉をそのまま信じる

には、あの人は胡散臭すぎるしね。

「...いや、正確には少し違う。確かに能力者を倒せばいいのは確かなんだが、普通に打倒しても

意味はない。仮に記憶の世界で能力者を普通に倒した場合、半永久的にその世界に閉じ込められ

たままになってしまう。あくまでメモリアは石の記憶の世界を開く能力だ。世界を強制的に閉じ

るには、きちんとした方法がある」

「方法?」

「ディージュだ。ディージュを行えば、半強制的に記憶の世界は閉じられて現実世界へ戻ってこ

られる」

「え、ちょっと待ってください。ディージュってメモリア同士の戦いだから...」

「お前が考えている通り。通常一般人は引きずり込まれたら最後、記憶を開いた本人の意思か別

のメモリアの介入がない限り、脱出することはできない」

「...その記憶を持っている石を壊したら、どうなるんですか?」

「そこに目をつけるあたり、お前は本当に優秀な生徒だよ。確かに石を壊すことでも脱出するこ

とはできるさ。だが、それはほぼ不可能だ。あの時星河は石を手に持っていたが、普通は石を記

憶の世界のどこかに隠してしまう。これ以上ないくらいに明確な弱点だからね」

「明確な弱点、ですか」

「その点、ディージュを行えばその弱点を出さざるをえなくなる。ディージュの際にはどうして

も手元に石を持っておく必要があるんだ。よって、ディージュに敗北した能力者は石を破壊され、

運が悪ければ命さえも失うことになる」

「だから、滅多に起こらないんですね。得るものは何もなく、ただどちらかが失うだけの戦いだ

から」

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「そうだ。苦心して読み取った石を失うリスクに、命を失うリスク。さらに恨みを買うリスク。

対して得るものは見事なまでにゼロだ。ハイリスクノーリターンなんだよ」

そうか。だから亜紀先輩は引いたのか。先生相手に戦うのが嫌だったというだけではなく、戦

っても何も得られないというノーリターンを嫌ったんだ。

ほぼ確実に勝てるとは言っても、何も手に入れられないのなら負けも同じだろう。

「そしてもう一つ、石を奪われるリスクも存在する。ローディング( 読み奪り) と言ってな。相手

の石の記憶を再読み込みして、乗っ取ることができるんだ。もっとも、リーディングよりも時間

を要するうえ、加えてローディングが完了するまでは他の石は使えず、さらに終わるまで支配権

は相手にあるという欠点だらけの能力だがな」

「支配権って?」

「石のリーディングが完了すると、いろんなことができるようになる。その石の在り処が感知で

きるようになったり、石の周りの状況を把握できたりもする。まぁ自分の石が持ち去られた場合、

ほぼ間違いなく破壊されてしまうんだがな」

「高性能な発信機みたいになるってことですか」

「そういうことだ。だからこの方法はほとんど使われない。せっかく読み込んだ石を捨て駒にす

ることになるからね」

それでは石にかけた苦労に釣り合わないよ、と言って海棠先生は苦笑いを浮かべた。

ここまでの説明のおかげで、とりあえずはメモリアについていろいろ知れたように思う。

正直『知ってしまったのか、じゃあ死ね』くらいの展開になる覚悟は決めてきたつもりだった

のだが、ちょっとほっとした。

だけど、ここまで知ったがゆえに、あたしはあることが気になってきた。

それは、この力を持った人間が何を考えて行動しているのか、である。

一般人がまるで歯が立たない強力な異能力。じゃあ、それを使って、いったい何をしようとい

うのだろうか。

「先生。先生は、その力をどう使うつもりなんですか?」

「ふむ、どう使うか、か。難しい質問ではあるが、あくまで僕の本業は教師であり、この力が必

要な場面なんてほとんどありはしない。強いて言うなら...」

「強いて言うなら?」

「今は、この学園一番の問題児のストッパーといったところかな?」

海棠先生は、ニコリと笑ってそういった。

問題児のストッパー発言に、あたしも思わず苦笑する。

じゃあ、その問題児さんは、この力をどう使うのだろうか。

屋上での一件を見る限り、一般人を引きずり込むことは普通にやっているし、下手をしたら夢

有まで犠牲になる可能性だってある。それだけは許せない。

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なんとかして亜紀先輩の目的を知らなければと決意した矢先、思わぬところからあたしは声を

かけられた。

「ふふふふ。人を問題児呼ばわりして、随分楽しそうじゃない?ねぇ、お二人さん」

扉からもっとも離れた教材室の奥の、鉱石の陳列棚。その前に、その人は突然現れた。

思わず凝視したその人は、たった今話題に上っていたあの人。天使のような微笑みを携えた、

石の支配者。

星河亜紀が、そこに立っていた。

「い、いつの間に」

「いつの間に?最初からいたわよ。ここは私のお城ですもの」

動揺する海棠先生を軽くあしらって、亜紀先輩はゆっくりとあたしのそばまで歩いてきた。

「ようこそ、地学部へ。歓迎するわよ、桐原愛美さん」

やっぱり、自己紹介もしていないのに、あたしのことも知っている。あの不良生徒と同じよう

に。なぜだろう、不気味と思う反面、あたしの中の冷静な部分がこうも思っていた。

なるほど。この人のこれは、相手の精神状態を崩すための一つの手段なんだ。相手がメモリア

であるのなら、これほど有効な方法もない。

相手に明確なイメージを抱かせないためには、余計なことを考えさせて思考をまとめさせない

ことが重要なのだろう。この人は、それを常に行っているに過ぎない。

となると、この人でもっとも気にすべきところは...。

「...初めまして、桐原愛美といいます。情報が早いですね、先輩」

「ふふ。自己紹介が遅れたわね。私は星河亜紀。この地学部の部長をしているの」

情報収集能力だ。事前にあらゆる情報を入手して、相手が最大限動揺する言葉を投げかける。

人はそれだけで思考がまとまらなくなる。まして弱みを握られればなおさらだ。

多分この人は、あたしの過去や今現在の状況、果てには失敗談なんかも手に入れているのだろ

らば、それを知られていることを前提に話をすればいい。

知られて恥ずかしいことももちろんあるが、恥ずかしい以上の状態には決してならない。あた

しの恥の一つ二つ、さらしたところで夢有には何の影響もないのだから。

今は、あたし自身にこの人たちの情報をインストールするほうが先決だ。

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「ちなみに、そっちの机の上で爆睡しているのは神前寺トキ。ロッカーに寄りかかって寝ている

のが瀬田椿。あの可愛い子を膝に乗っけているのが高瀬川湊よ。そして、海棠先生はこの部の顧

問」

「紹介ありがとうございます。ウチの夢有がお世話をかけてすいません」

「いいのよ。清水夢有ちゃんよね?あなたの家族の」

「はい。ところで先輩。ぶしつけで申し訳ないのですが、少々聞きたいことがありまして...」

「そんな堅苦しい口調じゃなくても大丈夫よ。とって食べたりしないから。なんでも聞いてちょ

うだいな」

あたしは一度深呼吸して息を整えると、亜紀先輩を見据えて言った。

「先輩。先輩は、メモリアを使って何をするつもりですか?」

まるで悪魔に対して問答をしているような、怪物に善意を求めているような気持ちで、あたし

は言い放った。

そんなあたしの心境を知る由もないかのように、亜紀先輩はにこやかに笑って答えた。

「何をする、か。なるほど。簡単な問いだわ。私の目的はたった一つだもの」

「その目的は?」

海棠先生とはまるっきり逆の返答に、あたしは思わず足を一歩前に踏み出した。

「ねぇ、桐原さん。考えたことはあるかしら?人間は、いつ人間になったのか、ということを」

「考古学ですか?確か、500 万年か600 万年くらい前にサルと人が分岐したって」

「博識ね。そう、その通りよ。現在もっとも古いとされる化石人類は『アルディピデクス・カダ

ッバ』。今から約580 万年前にいたとされる最古の人類。じゃあ、その前は?」

「前って...サルじゃないんですか?チンパンジー的な」

「ふふ。じゃあ、いつサルは人になったのかしらね?一晩でまるで魔法のように、サルは人に

なったのかしら?」

「そんなわけないでしょう。進化するのに一晩なんて」

「じゃあ、その真実は?きっかけがなければ、生物は進化することができない。新天地を求め

たから?何かから身を守るため?より安全に子孫を残すため?」

「聞かれたってわかるわけないじゃないですか」

少し白熱してきた亜紀先輩の口調にため息をつく。

その呆れたような口調で放たれたあたしの言葉に、亜紀先輩は猛然と食いついた。

「そう、わかるわけがない!タイムマシンがあるわけじゃなし、そんなことは確認のしようも

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ないわ。だけれども、私はそれが、それこそが知りたい!サルが人に進化するとき、その間に

何が起こったのか!はたまた何がいたのかを!」

「それとメモリアと、どういう関係が...」

「ふふふふ。桐原さん。ねぇ、桐原さん。私が求めているのはね、その過程を記憶している石。

この地球に古くから存在し、その全てを記憶し続けている、偉大なるこの星の申し子。『原初の

石』なのよ」

「原初の、石」

「私は様々なことを学んできたわ。そして解き明かしてきた。でもね、サルが人に進化する際に

生じた空白、『空白の記憶( ミッシング・リンク) 』だけは未だ解き明かせていない、大きな謎なの」

「じゃあ、先輩は...」

「知りえる術があるのなら、何を失ったって構わないわ。私はただ、知りたいだけなのよ。サル

が人に進化したその日、何があったのか。サルはいったい何を知ったのか。神の奇跡か、はたま

た悪魔の悪戯か。その真実をね」

屋上での一件でのあたしの亜紀先輩に対する第一印象は、ちょっと危ないだけのクールな先輩、

というものだった。

しかし、ここであたしはそれが間違っていたことを思い知らされた。

この人は、危険だ。本当の意味で、ただただ危険なのだと。

この人はきっと、自分の求めるもののためならそれこそなんでも犠牲にするし、どんな手段で

も使うだろう。

それこそ、どんな手段でも、だ。

何か恐ろしいものを眼前にした子供のように、あたしは思わず一歩後ずさった。

「ふふふ。使いようによっては、それこそなんでもできる力だというのに、なんでそんな馬鹿な

ことに使うのか。なんて普通は思うでしょうね。でも、私はそれで構わないわ」

うっすらと開いた瞳の奥に強烈な光を宿しながら、先輩は言い放つ。

「馬鹿なことにすべてを賭けられない人間なんて、馬鹿以下だもの」

思わず先輩に見入ってしまった。そのほんの一瞬だけは悪魔ではなく、先輩が鮮烈な天使のよ

うに見えた気がして。

一歳しか違わないだけの先輩の言葉は、あまりに強烈なインパクトをもってあたしの中に刻ま

れた。

「さて、とりあえず私の目的講義はこれでおしまい。他に何かある?」

あっという間に元の雰囲気に戻った先輩に、あたしはちょっと面くらってしまった。

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あんな鮮烈な表情もできるんだ、なんて思いながら、あたしは首を横に振った。

さすがにこの一回で完全に信用することはできないけれど、それでも今は信用しておこうと思

んな目を見せられたら、男の子ならコロッとおちているんじゃないだろうか?

あたしでもちょっとドキドキしてるし。

「そう。じゃあ今度は私の番ね」

「え、あたしにですか?」

これまた予想外だ。あたしなんかに何か聞きたいことでもあるのだろうか?

一体何をきかれるのやらと、少し身構えてしまう。

そんなあたしを見て、亜紀先輩は柔らかく微笑んだ。

「そんな大したことじゃないわよ。あのね、地学部に興味はないかしら?まだ新入部員がいな

いのよ」

予想外の返答に、思わずコケそうになってしまう。

本当に大したことじゃなかった。というより、本当はそっちが本題になるべきだったろう。

そもそも今日の放課後は新一年生たちが好きな部活を見学する日だったはずだ。正直、完全に

忘れていた。

となると、もしかしてあたしたちしか来てないのかな?

「他に来なかったんですか?」

当然の疑問に、亜紀先輩は珍しく苦笑いを浮かべた。

「来たのだけれど、誰も彼も椿とトキが気に入らないって追い返しちゃったのよ」

「最悪ですね」

思ったことがそのまま口に出てしまった。

さっきから寝てるだけの二人のせいで部活が危機とか、シャレにもならないだろう。

でも、地学部か。

一応部活紹介を聞く限りだと、あたしでもできそうではあったけど。

星を見るのは好きだし、宝石だって嫌いじゃない。贅沢をしたいわけじゃないけれど、これで

も女の子なのだ。一度はダイヤモンドのアクセサリとかつけてみたい。

ちょっと先輩たち自体に不安はあるものの、あたしと夢有二人でも十分できそうだ。

夢有はすでに気に入られているようだし。

「んー。おふぁしおいひー♪( お菓子おいしー) 」

「......ほふぅ、癒される...」

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特に湊先輩に。湊先輩の顔がタレてるように見えるのは目の錯覚だろう。うん、そうに違いな

いうか、一歳しか違いませんよー。

まぁとにかく、この部活でもいいかな。特に決めていなかったし。

「分かりました。夢有!夢有も地学部でいい?」

「んー。おいしーからいいよー」

理由が理由になってないよ。

「夢有もいいみたいですし、入りますよ。地学部」

「ふふふ、ありがとね」

「いえ、屋上じゃ夢有を助けてもらったようなものですし」

「じゃあ、ちょっと学園長室までついてきてもらえる?地学部に入るに至って、学園長にも話

とかないといけないから」

「え、なんでです?」

部活に入るのに学園長先生に会うなんて、聞いたことがない。

そんなあたしの疑問には、海棠先生が答えてくれた。

「星河と僕がメモリアだからさ。何も知らない生徒が入るにはちょっと不安なところがあるから

ね。本当は学園長から説明してもらうんだったけど、もう説明はいらないから一応報告に行くん

だ」

「...もしかして、学園長先生もメモリアだったりします?」

「いいや。学園長はメモリアの存在は知っているが、一般人だよ。そうそうメモリアになんて会

わないさ。今日が異常だっただけだよ」

すいません。今日この日を基準に考えてました。てっきりこの学園、メモリアの巣窟になって

るんじゃないかと。

「......報告ならお早めに。早く夢有を持って帰りたい...」

「それは許さない。夢有を持って帰るのはあたしです」

割と本気の眼をしていた湊先輩の言葉を両断すると、先生の後に続いてあたしは地学教材室を

出た。

それに続いて夢有も湊先輩の腕の中から抜けて、こっちに駆け寄ってきた。非常に残念そうな

湊先輩を見て、ザマミロと思っていたのはナイショ。

こうしてあたしと夢有、それに海棠先生と亜紀先輩は、揃って学園長室へと向かった。

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数分後、あたしたちは校長室の前にいた。しかし、中には入っていない。

なぜなら、校長室の前にデカデカと『来客中』の文字が張り付けられていたからだ。

さすがに来客中ではどうしようもない。報告は後日にして、今日はとりあえず帰ろうかな。

「どうしましょう、先生」

「おかしいな。今日は特に来客の予定はなかったはずだが...」

訝しげに校長室のドアを見つめると、中から声が聞こえてきた。

『残念ですが、お譲りすることはできません。今日は入学式当日で、少々立て込んでおります。

申し訳ありませんが、お話はここまでということに』

『仕方がありませんね。今日のところはこれで。いずれまたお邪魔させていただきますよ。今日

は突然の来訪、失礼しました』

『いいえ、こちらこそ大したおもてなしもできず』

ガタリと席を立つ音がすると、ほどなくして校長室のドアが開いた。

想像してみてほしい。入学したばかりの高校で校長先生に会うというだけでもかなり緊張する

というのに、校長室の扉が開いた先にまったく見たこともない外国人が立っていたところを。

あたしよりも頭一つどころか二つ以上の身長に、白く気障なスーツ。天然の茶髪に顎下にはシ

ャレた髭まで備えた外人紳士が、あたしの目の前にいた。

「おっと、失礼。lady 」

そう言ってあたしに微笑むと、彼はそのままゆっくりと表玄関のほうへと歩いていき、あたし

たちの視界から消えた。

...なんだったんだろう。あの人。

「あら、海棠先生。何かご用?」

続いて顔を出したのが、我らが七宝院学園の学園長先生。御堂輝先生である。

綺麗な白髪を後ろでまとめた、とても温厚そうな先生だ。この人を前にするだけでどこかほっ

とする。

「学園長。地学部の件で少し」

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「あらあら、また何かやったの。亜紀さん、今日は屋上でオイタしたばかりじゃないの」

「ふふふ、今度は残念だけど違うわ。新入部員が来たのよ」

オイタて。あれは笑い飛ばしていいようなものじゃない気がするのですが...。

しかも亜紀先輩、残念てなんですか残念て。

「まぁ、あの部に入りたいなんて」

すごく驚いた様子の学園長。...早まったかな?

あの部、なんて言い方をするあたり、少なくとも普通の活動をする部じゃないのかもしれない。

しまった。また失策だ。亜紀先輩の異常さに気を取られていて、肝心の部活動内容の真相を聞

くのを失念していた。

「あの部なんて失礼じゃない?ちゃんと地学部らしいこともやってるじゃないの」

「あらあら、ごめんなさいね。前に椿さんとトキさんが運動部を潰して回っていたのがどうにも

印象深くて」

またあの二人か。ていうか、ホントに何やってんだろう。あの先輩たち。

「ちゃんと反省させたでしょ?それより、こっちの二人が新入部員よ」

「ええ、ええ。覚えているわよ。桐原愛美さんと、清水夢有さんね」

...ここの学園では自己紹介の必要がないのだろうか。なぜか毎回名前が知られた状態で進んで

いるような気がしてならない。

そんなあたしの思考を表情から読み取ったのか、学園長は面白げに笑った。

「何のことはないわ。わたしはこの学園の学園長だもの。生徒の名前と顔は、ちゃんと全部覚え

るようにしているだけよ」

よかった。そして疑ってしまってすいませんでした、学園長先生。

では、改めまして自己紹介をば。

「一年四組の、桐原愛美です」

「一年四組の清水夢有!」

あたしたちの自己紹介を聞いて、学園長は満足げに頷いた。

「ようこそ、七宝院学園へ。この学園で好きなことを好きなだけ学んでいってくださいね」

「ありがとうございます、学園長先生」

「それで、地学部に入るにあたって、少しお話があるのだけれど、構わないかしらね?」

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早速本題を切り出してきた。のんびりした雰囲気を持ちながらも、仕事が早そうだ。

しかし、そのことならもう知っているので、説明の必要はない。

「いえ、学園長。すでにこの二人にはメモリアのことを説明してあります」

海棠先生の言葉に、学園長は目を丸くする。

「まぁ。じゃあそのことを知って、それでも入るというの?」

「ついでに言えば、桐原と清水は屋上の一件で居合わせましたので、その能力がどんなものかも

見て知っています」

「まぁまぁまぁ。それじゃあ得難い後輩ということじゃないの。よかったわねぇ、亜紀さん」

得難いんだ、後輩って。まぁ普通はあんな怪物見せられたら逃げるかもしれないけど、夢有に

害を与えないなら別にいい。

何より夢有が逃げてない以上、多分大丈夫だろう。夢有は怖い人には懐かないし。

「ふふふ。それより、学園長。随分とVIP なお客様がいらしてたみたいだけど、いったい何の御

用だったのかしらね?」

「こーら。一生徒が首を突っ込んじゃいけませんよ?」

亜紀先輩の質問をやんわりと笑いながら切り捨てる。しかし、亜紀先輩はやはり、学園長の予

想をあっさりと超えてしまう。

「カール・L ・ヴォルフ。ドイツ生まれのアメリカ育ち。今はシンガポールに移り住み、大規模

なカジノを経営して巨万の富を得ている大物。そんな重要人物がこんな日本の一学園に、いった

い何の御用だったのかしら?」

亜紀先輩、マジパネェっす。すでに誰だかわかってんじゃないですか。やはりこの人の一番警

戒すべき点は情報収集能力だろう。

というか、本当になんでまたそんな大物がこんなとこに来てるんでしょうか?

まして日本は基本的にカジノNG なのに。

あっさりと相手の個人情報をひけらかした亜紀先輩に、学園長は深くため息をつく。

「あなたに隠し事は無意味だったわねぇ。学園の入り口に飾ってある銅像の装飾が気に入ったか

ら、譲ってほしいと言ってきたのよ」

「装飾?ってことは、あの学園創設時に寄贈された『ピジョン・ブラッド』のことかしら?」

「価値があるのは知っているのだけどねぇ。なにぶん学園とずっと一緒にいてくれた大切なもの

ですもの。お断りしたわ」

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確か『ピジョン・ブラッド』って超高いルビーか何かだったような気が...。なんでそんなのが

こんなとこにあるんでしょう。

それに、あんな場所に置いたら盗んでくれって言ってるようなものでは?

いや、確かに赤くて綺麗な石だなーとは思いましたけど。目の前でハトが銅像にフンを落とし

て苦笑したのは記憶に新しい。

そのあと清掃員のおじさんが激怒していたのはそういうわけだったのだろうか。

「ふぅん...。そんなことのためにわざわざ、ねぇ...。確かに宝石収集が趣味とは聞いていたけれ

ど...」

顎に手をやって、亜紀先輩は何かを考え始めた。何か引っかかるところがあるのだろうか。

確かにそんな大物がたかが宝石一つのために来るなんて怪しさMAX ですけど、あたしたち生

徒が気にする必要はない気がする。

「星河。話をこじらせるな。今は二人の入部届けにきているんだろうが」

「はいはい。勝手に進めといてちょうだい」

「まったく...。すまないな、二人とも。星河は一度集中しだすと、他のことを考えなくなるんだ」

「いえ、別に気にしてませんから」

やんわりと海棠先生にフォローを入れる。

しかし、これまでのことを考えてみると、おそらく亜紀先輩は稀に見る天才肌なのだろう。

大分その思考回路が危ないほうに逸れがちではあるが、それは情報収集能力やあのメモリアを

複数の石で使いこなすという話から容易に想像がつく。

ならその行動には何かしらの意味があるのだろう。あのカールさんとかいう人に、先輩が気に

する何かがあるということだ。

「あの『ピジョン・ブラッド』は私が卒業記念にもらおうと思ってたのに...」

「先輩、バカですか?」

思わぬ台詞で台無しになった。というより、先輩に石なんてあげたら即、超能力兵器化しそう

で怖いんですけど。

なぜかこの学園と瓜二つの記憶の世界で、巨大な銅像が動いている様子を思い浮かべてしまっ

た。怖っ!

それからは特に亜紀先輩が変なことを言うこともなく、普通に入部届けにサインして学園長室

を後にした。

地学教材室でしばらく亜紀先輩たちとおしゃべりをしたり、アドレスを交換したりしてから、

荷物をまとめて帰宅する。( ちなみに、トキ先輩と椿先輩はずっと寝ていた。恐るべき睡眠能力で

る)

に帰りつくころには、あたしも夢有もあのカールさんのことはすっかり忘れて、これからの

部活動についていろいろと話をしていた。

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談笑の中で、おじ様から電話があった。アナウンスのような声に邪魔されて聞き取りづらかっ

たが、これから日本を立つという。二週間くらい帰ってこられないらしい。残念。

そして眠りにつく。明日からの新しい生活を楽しみにして。

おやすみなさい。

そうして眠りについて、およそ五時間といったところだろうか。

朝日が顔を出し始めている早朝に、あたしの意識は強制的に叩き起こされた。

というのも、枕元に置いてあるあたしの携帯電話が、けたたましく鳴り響いたためだ。

目覚ましにセットした時間よりも大幅に早い時間だったため、あたしは不満気に自分の携帯画

面を確認する。

そこに表示されていたのは、あたしもよく知っている名前だった。

山岡さん

よく知っている。おじ様の秘書をしている女性の方だ。ちなみにバツ一で子供が一人いる。

っと、そんなどうでもいいことを考えている場合じゃなかった。

どうしたんだろう。山岡さんからなんて、滅多にかかってくるものじゃないんだけど。たまに

あたしからかけて悩み事を相談したりすることはあるけど。

考えていても仕方ないか。とりあえずは電話に出よう。

寝ぼけ眼をこすりながら、あたしは通話ボタンを押して、携帯を耳に押し付ける。

「はい、もしもし。桐原ですけど」

『あ、愛美ちゃん!?よかった、つながった!』

この会話だけで、あたしの意識は完全に覚醒させられた。何しろ、あたしはこの山岡さんがあ

わてているところなど、今まで一度も見たことがなかったからだ。

いつもおじ様のところで、落ち着いて仕事をしている姿しか思い浮かばない。

電話越しでもあわてている様子の山岡さんの声を聴いて、あたしの中には言い知れぬ不安が一

気に立ち込めてくる。

「どうしたんですか?」

『愛美ちゃん、落ち着いて聞いてね』

「先にあなたが落ち着いてください。何かあった...いえ、おじ様に何かあったんですか?」

『そ、そうね!スゥー...ハァー......』

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電話越しに深呼吸。数瞬の間をおいて、山岡さんは静かに言葉を発した。

「落ち着いて聞いてね、愛美ちゃん。賢一郎様が...、失踪されました」

...................................................え?

目の前が、真っ暗になった気がした。

思いもかけぬ言葉に、今度はあたしが我を失うほどにあわててしまう。

「ちょ...ちょ、ちょっと待ってください!失踪って!?」

『落ち着いてちょうだい、愛美ちゃん。賢一郎様が、商談のために日本を立ったことは知ってい

るわよね?』

「は、はい。昨日の夜に電話したばかりです」

『その日本を立つ便に、賢一郎様が搭乗していなかったらしいの。賢一郎様に電話はつながらな

いし、あわてて手の空いてる人を総動員して探しているのだけど、まだ...』

「まさか、誘拐とかですか...?」

『まだ何とも言えないわ。誘拐なら、犯人側から何らかのアクションがあってしかるべきだし...。

警察も秘密裏に調べてくれているけれど、まだ何の連絡もない状態よ』

頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が、あたしの体をグラつかせる。思わず電話を取り落しそ

うになるが、横で寝ている夢有を見て踏みとどまった。

あたしがここで取り乱せば、間違いなく夢有は起きるだろう。そうなれば、このことを伝えな

いわけにはいかない。

その後残るのは、取り乱して泣き喚く女の子二人だけ。何の解決にもならないし、何の意味も

ない最悪のパターンだ。

せめてあたしがしっかりしないと、この先夢有を守れない。

そう考えていると、徐々にあたしの頭が冷えてくるのを感じた。思考回路がクリアになって、

状況を把握するための手順が浮かんでくる。

まずは情報を集めなければならないだろう。今は、山岡さんから聞けるだけのことを聞かない

と。

『あの、愛美ちゃん?大丈夫?』

少しの間押し黙ってしまっていたため、いらぬ不安を山岡さんに与えてしまったらしい。

「大丈夫です。それより、おじ様が姿を消すまでで分かる限りのことを教えてください。できれ

ば、おじ様の目的地と今回の商談内容も。上辺だけでも構いませんから」

『え、ええ。わかったわ』

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情報をよこせ、などと言われて山岡さんも困惑しているのだろうか。あたしの質問にたどたど

しく答えていってくれた。

山岡さんが知る限りの情報をもらい、あたしはお礼を言って電話を切った。また何かわかれば

教えてくれるという。

さて、まずは情報を整理してみよう。

曰く、今日の夜の便でおじ様は、急遽決まった海外の電子製品メーカーとの商談にシンガポー

ルに向かう予定だったという。

普段なら一人二人は一緒に行く人がいるのだが、今回は到着地点で先に行っている部下と合流

することになっていたらしい。

最低一人はお供についていくと山岡さんは言ったそうだが、おじ様は少し話に行くだけだとそ

れを拒否。

あの朝あたしたちと別れてから、夜まで財閥のビルで細々した業務を捌き、それからあたした

ちに電話をしたという。

あの時、あたしは電話口で空港のものと思われるアナウンスを聞いている。つまり、おじ様は

空港には無事到着できていたはずだ。

そうなると、空港で飛行機に乗るまでの短時間の間に何かがあったとしか思えない。

しかし、何があったというのだろう。おじ様はああ見えて空手の有段者だ。銃を突きつけられ

たらどうしようもないだろうけど、空港の中でそんな大っぴらなことができるだろうか?

空港から出立した中に怪しい人物がいなかったかどうかも警察に調べてもらったそうだが、特

に該当者はない。おじ様が出ていく姿も確認されていないし、最後に確認できるのは空港のロビ

ーから搭乗口のほうに移動する姿だという。もし何者かにさらわれたのなら、仮におじ様を眠ら

せたりしたとしても、飛行機に積んで移動できるわけもない。いくらなんでも荷物に人が入って

いたらわかるだろう。

ここまでの考えをまとめると、おじ様は空港であたしたちに電話をした後に誰かに拉致され、

まだこの日本のどこかにいるという可能性が濃厚だ。

考えたくはないけど...、もう殺されている可能性だってある。清水財閥は日本で1・2を争う

大財閥だ。その失墜を狙うふざけた輩も多い。

だけど、それ以上におじ様の身柄は価値があるはずだ。財閥のトップの身柄をそのまま手に入

れられたのなら、殺すよりも生かすほうがいいと考えるに違いない。

突発的な事件に巻き込まれたとも考えられるけど、それにしては空港が静かすぎる。おじ様の

失踪以外には、特に何の事件もない。

本当に可能なのだろうか。大の大人一人を、ましてそれなりに武術をおさめている人間を、何

の騒ぎも起こさずにさらうなんていうことが。

あまりにも脈絡がなさすぎる。

亜紀先輩の言葉を借りるなら、これもまたミッシング・リンクなのだろう。何の脈絡も過程も

なしに、おじ様の失踪という結果だけが残り、そこから状況が進んでいないのだから。

踏むべき過程をロストしてしまっている。これでは考えようがない。

考えろ。何か、何かないのか......。

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頭が沸騰しそうになるほどに思考回路をブン回す。まるでおじ様が突然あたしたちの前から、

手の届かない遠いところに行ってしまったような気がして、あたしは焦る。

............手の届かない、遠いところ?

ふと思い浮かべたそのフレーズが、あたしの頭の中で引っかかった。

今、何か......。

あたしはもう一度横で寝ている( まだ寝ていられるあたり、本当に夢有はすごい。えらくない意

味で) 夢有の顔を見て、ヒートアップした自分の頭を冷やす。

冷静になれ。あたしがここで詰まったら、夢有はもうおじ様に会えないかもしれないんだ。そ

れだけは、絶対に許しちゃいけない。

夢有の頭をくしゃりとなでると、あたしは目を閉じて自分の布団の上で正座する。

ひとまず深呼吸を一回、二回。ついでにもう一度。

よし、落ち着いた。

冷えた頭で、もう一度あたしは考える。

確かに、運さえよければ誘拐自体は可能かもしれない。だがダメだ。

相手の幸運を考えるな。そして、あたしの中での不運をイメージしなきゃ。

あたしの想像しうる最悪の不運って、なんだろう。もちろん、殺されてしまうことが最悪の結

果なのだが、今想像すべきは最悪の過程なのだ。

最悪のミッシング・リンクを、想像する。

............あぁ。最悪だなぁ、これは。

あたしは自分が考えうる中での最悪の過程を考えつき、深くため息をつく。

そしてゆっくりと自分の携帯を開いて、まだあまり多くないアドレス帳から目的の電話番号を

プッシュする。

きっちり三回のコール音をへて、目的の人物へ電話がつながった。

『はい、もしもし』

まだ日が出て間もない早朝だというのに凛としたその声に、あたしは朝早くに電話してしまっ

た無礼を詫びることなく言い放った。

「単刀直入に聞きます。昨夜の空港での一件に、メモリアは関わっていますか?亜紀先輩」

あたしの最悪の想像。それは、人ならざる力を持った異能者が、この事件に関わっているとい

うものだった。

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電話をかけてからすぐに、あたしは夢有に今回の一件の説明を済ませた。

驚くことに、夢有は話を聞くや否や例の『だいじょーぶ!』を出してきたのだ。

パパがそんな簡単にやられちゃうわけないモン、という言葉に、あたしは思わず苦笑してしま

った。

そうか。夢有にとって、おじ様は父親であると同時に、自分を誰より大切にしてくれるヒーロ

ーなんだものね。

この時だけは、夢有の『だいじょーぶ!』を信じてみたくなった。

亜紀先輩はすぐに他のメンバーを集めて、そこで情報をくれると言ってくれた。

場所は七宝院学園の門の前。そこまで言って、すぐに電話は切れてしまった。

今はメモリアが関係している可能性がある以上、先輩さえも十二分に容疑者の一人ではあるの

だが、それでもあたしは行こうと思う。

疑ってこのまま何もしないのは、何もしようとしないのと一緒だ。それならあたしは、その先

が破滅だとしても、前に進むことを選びたい。

とにもかくにも、行ってみないことには何も始まらないだろう。

あたしは夢有と一緒に身支度を整えると、足早に七宝院学園へと向かうために家を出る。

朝早くの空気は澄んでいて、一応学園の制服を着てきたあたしたちには少し肌寒いように思え

た。夢有が手をつないできたので、そのまま向かうことにした。

早足で移動すること十五分。つい昨日入学したばかりの学園の門が見えてくる。

いた。さっき電話したばかりだというのに、初めからそこにいたかのように、当たり前のよう

にそこにいた。校門前に止まっている黒いワンボックスカーに寄りかかるようにして、あたした

ちを待ち構えている。

七宝院学園地学部。その先輩四人が、朝の陽ざしの中で堂々と佇んでいた。

「ふふ、おはよう。桐原さん」

「お待たせしてすいません、亜紀先輩」

お互いに挨拶を交わす。しかし、亜紀先輩はともかく、あたしの硬さはとれない。とれるわけ

がない。

もし亜紀先輩がおじ様失踪に関わっているのだとしたら、これは最悪の一手に他ならないから

の尾を踏むどころか、魔獣の巣に肉もってお邪魔するようなものだ。恐怖するな、というほ

うが難しい。

そんなあたしをよそに、先輩はにこやかな笑みを浮かべて言った。

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「早速だけど、欲しいのは昨夜の空港で起きた清水財閥当主、清水賢一郎氏の失踪事件の情報だ

ったわね?」

「はい。考えすぎかもしれないし、単にあたしの頭が悪いだけかもしれないですけど、それでも

あたしはこの事件に、メモリアが関わっているような気がしてならないんです」

「その根拠は?」

「通常の過程を踏むことなく、おじ様の身柄を疑われる心配なく、しかも完璧に確保しうる手段

だからです。空港とはいえ、トイレなどの監視カメラの死角に入ることは決して不可能じゃない。

その位置に行った時に石の記憶の世界に引きずり込んでしまえば、あとは国内だろうと外国だろ

うと好きに移動させることができる。メモリアのことを知らない普通の人なら不可能と断ずるで

あろう、外国への移動も可能になる」

どうにも短絡的すぎるだろうか?何しろ普通に考えれば、世迷言以外の何物でもない。

本当はもっと現実的に考えるべきかもしれない。例えば、空港内部に手引きした内部犯が潜ん

でいた場合。監視カメラの情報を弄るのは無理としても、どこか人目の付かない出入り口からお

じ様をさらった犯人を外に出すくらいはできるかもしれない。

それに、金を握らせれば話はもっと単純だろう。情報を黙っているだけで大金を目の前にチラ

つかされれば、大概の人間はどうとでもなるに違いない。

しかしそうなると、事を起こす前に周到な準備が必要になってくる。確かにおじ様の身柄はそ

れだけの価値があるかもしれない。しかし、どうにも腑に落ちないのだ。

この失踪事件が誘拐だとするならば、あまりにも結果が完璧すぎる気がする。想定できる過程

と結果のバランスが、あまりにもとれていない。結果が先行しすぎている。

山岡さんの話によれば、向こうとの商談はほんの数日前に決まったばかりのものらしいし、そ

の話し合いの場が決まったのも三日前。それまでは飛行機のチケット一つも予約していなかった

し、どの便を使うかさえも決まっていなかった。

あくまで素人の想像でしかないけれど、その情報を入手してから手を回すには、少しばかり時

間が足りないように思える。第一、警察がその可能性を考えていないわけがない。

素人のあたしが思いつく方法だ。調べていないわけがない。

職員に不審な態度をとった人間がいなかったか、突然来なくなった、または辞表を出したよう

な人がいなかったか。すでに調べているとみるべきだ。

そうなると、あたしの通常の考えは完全に行き詰ってしまう。

しかし、もしメモリアが関わっているとしたら?海棠先生が言っていた、世界に何人いるか

もわからない能力者が関わっていたとしたら?

詰まった答えが、一瞬で氷解するのだ。簡単極まりない解答に縋り付いているだけかもしれな

いけれど、それでもあたしはそう思わずにはいられない。

何より、あたしが情報を求めた時、亜紀先輩はすぐにこの場所を指定してきた。まるで聞いて

くるのが分かっていたみたいに。

それがあたしの最大の理由だ。それほどの広さかは知らないけれど、亜紀先輩の情報網に何か

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あはは。あははは。あはははは。あははははは。あはははははは。あははははははは。あはは

はははははは。あははははははははは。

.........アハ♪

END

あとがき

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!筆者のTB( テラバイト) でございま

す。この物語は、地学部という名の異常集団が織りなす素敵に無敵な大活劇?のような感じで書

き上げたものです。星河亜紀の異常さと異能さ。桐原愛美の持つ歪んだ愛。神前寺トキの隠れた

狂暴性。瀬田椿の凄まじいまでの忠誠。高瀬川湊の底の見えない不気味さ。清水夢有の爛漫すぎ

る性根。それらを少しでも感じ取っていただければ幸いです。この作品が自分にとって、皆様の

目に触れる場所に置く初めての作品であります。つたない文章ではありますが、楽しんでいただ

けたのであれば至上の喜びでございます。これからもっと文章表現力を磨き、様々な作品を書い

ていきたいと思っておりますので、皆様のご記憶の片隅にでもこの作品が残ってくれたらうれし

いです。

それでは皆様。もしも叶うのであれば、次の作品でお会いいたしましょう。

アッディオース!

筆者TB( テラバイト)

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