Flipped

Wendelin Van Draanen Random House 2001214ページ

 

―ブライスを一目見た瞬間、わたしはときめいた。彼の青く、美しい瞳にわたしの心臓は止まりそうだった!

―ジュリにはとにかくうんざりだ。突然、僕の生活に押し入ってきて、自分のやり方を押しつけようとする。僕のことは放っておいて欲しかった。

 

小学二年生の時に出会ってから、ずっとお互いに対して正反対の感情を抱いていたジュリとブライス。中学に入って、様々な事件や経験を通して、二人はそれまでとは別の姿をお互いの中に発見し、相手への見方が変化していく。

二人の物事や周囲の人に対する見方が変化していく過程を一緒に体験することで、成長することは痛みを伴うことであると同時に、周りの景色や身近な人々を再発見することであることを教えてくれるヤング・アダルト小説。

 

梗 概

Ⅰ すれ違い -プラタナスの木-

僕、ブライス・ロスキーは小学校二年の時、ベイカー家から道を挟んだ向かいに引っ越してきた。そして、その日からうんざりするようなジュリとの関係が始まった。ジュリは頼んでもないのに勝手にトラックに乗り込んで、引越の手伝いをしようとした。自分の手が絶対に必要だと信じこんでいる。その後も、誘いもしないのに毎日のように遊びに誘ってきた。とにかく彼女はおせっかいやきで、マイペース、周りの空気を全く読めない奴だった。小学校時代は学校でも家でも、ジュリにからまれ続けた。僕はいかにしてジュリを避けるかを考え続ける日々を過ごした。

 中学に上がると、丘にあるプラタナスの木をめぐってある事件が起きた。僕はその木に全く興味はなかった。ジュリに一緒に登ろうと誘われたこともあったけど、断った。ある朝、通学バスの停留所に着くと、トラックとチェーンソーを抱えた作業員数名が木の下にいるのが見えた。見上げると、ジュリが木のかなり高い所に座ってる。男たちはジュリに向かって、木から降りるように叫んでるが、ジュリは抵抗して降りようとしない。木のこともジュリのことも全然好きではなかったけど、ただ、ジュリはあの木が大好きだってことは僕にも分かった。一緒に登って欲しい、と僕に向かって叫ぶ声が聞こえた。僕は一瞬考えたけど、結局ジュリの訴えを無視して通学バスに乗り込んだ。でも、学校にいる間もジュリのことが頭から離れなかった。授業が終わって、家に帰る頃、作業員たちはまだチェーンソーで木を切っていた。僕も一緒に木に登るべきだったのだろうか……。なんだか、心が落ち着かなかった。

その晩、おじいちゃんに部屋に呼び出された。おじいちゃんが僕たち家族と一緒に暮らすようになってから一年半も経っていたけど、ほとんど会話を交わすことはなかった。突然呼び出されて何だろうと思ったら、ジュリのことが知りたいらしい。地元の新聞の一面でジュリと木のことが取り上げられていて、おじいちゃんは興味を持ったようだった。ジュリとは友達じゃないと言う僕に対して、とにかく偏見を持たずに読んでみなさい、と言って新聞を差し出した。なぜか僕はイライラして、部屋に戻ると新聞を机に押し込んで、さっさと寝てしまった。

● ● ●

 わたしはジュリ・ベイカー。あの日、ブライスを見た瞬間、わたしはときめいた。一目見た瞬間、心臓が止まりそうになった。こんな気持ちになったのは初めてだ。わたしの心をつかんだのは、彼の目だ。青く、黒いまつ毛にふちどられていて、息をのむほど美しい。そして、わたしはブライスとのキスを想像して、うっとりした。小学校二年、三年とわたしはブライスの近くにいたくて、たくさん会いに行っては遊びにさそった。ブライスは色んな用事で家にいなかったりして、一緒に遊べることはほとんどなかったけど。高学年になって、遊びにさそうことを我慢するようになった。ただ、ブライスのことをそっと見守ることにしたのだ。

わたしは小さい頃から、庭のポーチで絵を描いているお父さんの隣に座って、おしゃべりをするのが大好きだった。五年生になると、お父さんは段々分かりにくいことを言うようになった。「光の当て方が一番大事なんだ」とか「絵は単に部分の寄せ集めではなくて、それ以上のものなんだよ」とか。わたしが本当にその意味を心で理解できるようになったのは、プラタナスの木に登ってからのことだ。

丘の上にあるプラタナスの木は今までに見たどの木よりも大きかった。うんと高い所まで登るようになったのは五年生の時だ。きっかけはブライスの凧。彼の凧が木の上の方でひっかかってしまった時、わたしはブライスの力になれる絶好の機会だと思って、上まで登って、彼の凧を救出した。その後、枝に腰かけ、周囲を見渡すと……最高の感覚がわきあがってきた。まるで雲の間を飛んでいるような感覚。そしてお日様とはらっぱ、ザクロと雨の香りが風にのせらせて広がってくる。わたしは、お父さんが言ってた「絵は単に部分の寄せ集めではなくて、それ以上のものなんだ」という意味をやっと心で理解することができた。そう、プラタナスの木から見えた景色は、単に屋根と雲と風とたくさんの色を寄せ集めただけのものでは決してなかったから。わたしはその日から機会を見つけてはプラタナスの木に登るようになった。中学生になって、ある晩わたしはお父さんにプラタナスの木のことを全て話した。木から見える景色、どんなに素晴らしい気持ちになるかということを。お父さんに一緒に木の登ってほしいと伝えると、週末に登ろうと言ってくれた。

翌朝、木に登ると、下から変な音が聞こえてきた。トラックに移動クレーン、チェーンソーを抱えた作業員が見える。作業員の一人はわたしに、木からすぐに降りるように言った。この土地の所有者がここに家を建てるために木を切ることにしたのだという。わたしはパニックに襲われた。とにかく木を切らせることはできない。警官に消防隊、みんながわたしを説得したけど、絶対に降りたくなかった。でも、お父さんが駆けつけて、全てが終わった。お父さんはクレーンに乗って、わたしの所までやってきた。わたしの安全より価値のある景色なんて無いんだよと言って、わたしを降ろし、家に連れて帰った。

それから泣きっぱなしの二週間が過ぎた頃、お父さんがわたしの部屋にやって来た。タオルで覆って、何かを持っている。お父さんは木のことを話し始めた。わたしは、いつか忘れることができる、所詮はただの木なんだからと言うと、お父さんは話しを聞いてほしいと言った。「あの木の上にいるときに感じたことをずっと覚えていてもらいたいんだ」そして、タオルを取ってわたしに絵を渡した。そこにはわたしの木があった。わたしの美しい、雄大なプラタナスの木。枝の隙間からさし込む日の出の光と風を感じることができるようだった。木の上の方には女の子が座っていて、風を頬に受けながら遠くを眺めている。喜びと、魔法と共に。わたしはのどを詰まらせながら「ありがとう」と言うのがやっとだった。そしてその日から、周囲の事に対する見方が変化し始めた。

Ⅱ 戸惑い -卵をめぐる事件-

ジュリが家の庭で育てた卵一箱分を毎週、それも二年間にわたって、もらっては捨て続けることがどんなにひどいことか、分かってはいたけれど、僕はそうするしかなかった。ジュリが卵を持ってきたあの日、僕はジュリの目を見て、悪いけどいらないよ、ときっぱり言うことになっていた。それが、ジュリの卵をめぐる家族会議で出た結論だった。ベイカー家の庭は鶏の糞だらけだったと僕がうっかり口にしたせいで、母さんはサルモネラ菌のことを心配し始めたのだ。父さんは僕に、ジュリを怖がらず、しっかり目をみて意思を伝えろと言った。でも、朝七時にジュリがいつもの調子で「おはよう、ブライス!卵を持ってきたわ」と言って入ってきた時、寝ぼけていたのか言おうと思っていた言葉はでてこなかった。そして僕はもらった卵を……そのままキッチンのゴミ箱に捨てた。

ある日、僕はミスった。ある朝突然、ジュリはまた卵を持ってやってきた。僕は受け取った。でも今回はゴミ箱がいっぱいだったから、満杯のゴミの上に卵をのせ、ゴミ箱を玄関まで移動させた。すると、玄関の前にはジュリがまだ立っていたのだ。ジュリはゴミ箱に身を乗り出して、卵に傷一つついていないことを確認した。僕は庭が荒れていたのを見て、サルモネラ菌に感染してないか心配だった、と説明した。ジュリはこの卵は近所に売っているのに、と言った。そして、涙を流して、走って家に戻って行った。卵なんて欲しいとも必要だとも好きだとも言ってない。なのに……僕は自分が最低の奴だと思う気持ちを抑えられない。泣いているジュリを見たのは初めてだった。僕はジュリ・ベイカーは泣くことのない強い子だと思ってた。なぜ僕はジュリに最初から自分の意思を伝えられなかったのだろう。ジュリの気持ちを傷つけるのがこわかったから? それとも……ジュリのことが、こわかったから?

Ⅲ発見 -知らなかった、家族のこと-

卵の一件がきっかけでわたしはうちの家庭の色々な事情を知ることになる。まず、家は借家だったということ。フェネガンさんという方から借りているそうだ。彼は賃貸契約の際に、庭を修復すると約束したらしいけど、結局それは実行されなかった。だから家の庭はぐちゃぐちゃなままのだ。人の所有地をお金をかけて手入れするなんて理にかなってない、というのが庭を何とかきれいにしたいと訴えたわたしに対するお父さんの返事だった。そして、デビッドおじさんのこと。よくお父さんとお母さんの会話に出てくるデビッドおじさんは知的障害をかかえていて、お父さんが頻繁に会いに行けるように、州の施設ではなく、ずっと費用のかかる民間の施設に預けてた。わたし達一家の家計が苦しい原因はデビッドおじさんにあったのだ。わたしはそういった自分の家族の複雑な事情を、全然知らなかった。

でも、とにかく庭のことは何とかしなきゃ。わたしは既にあるものを使って庭の修復をしようと決意し、作業を始めた。翌日、作業中に後ろから声がした。「なかなか大変な仕事ですね、お嬢さん」振り返ると、ブライスのおじいさんだった。彼は何も言わず、作業を手伝い始めた。ブライスのおじいさん――今ではチェットとファーストネームで呼ぶようになった――がわたしを手伝い始めたのは例の卵の一件のことを申し訳なく思っているからだろうと思ってたけど、それはわたしの誤解だった。彼は何も知らなかったのだ。卵の一件を話すと、チェットは残念そうな表情を浮かべた。そして、わたしを手伝ったのは、わたしを見ると亡くなった奥さん、レニー、のことを思い出すからなんだと言った。「レニーだったら、君と一緒にあの木に登ったはずだ。木の上に一晩中座っていたはずだ」それを聞いて、わたしの心は一気に開いた。わたし達は作業をしながら、たくさんの話をした。わたしはプラタナスの木のことを話した。わたしが言った「全体は部分の集合よりも大きい」の意味をチェットは分かってくれた。そして、こう付け加えた。「でも人間に関しては、全体は部分の集合よりも小さいこともある」わたしは、ブライスのことを考えた。つい最近までは彼の全体は部分の集合よりもずっとずっと大きいと思ってた。でも、彼が卵を捨てたことを思い出すと、本当にそうなのか分からなくなった。

● ● ●

おじいちゃんと父さんはベイカー家のことである晩、言い争いをした。父さんがジュリの家の庭が荒れていることを信じられないとばかりに言うと、おじいちゃんはジュリのおじさんは知的障害を抱えていて、民間の施設に入れているために経済的に苦しいのだと説明した。父さんは「遺伝子の欠陥」だと言った。おじいちゃんは声を震わせながら、言った。「遺伝子とは何も関係がない。ジュリのおじさんは産まれる時に首にへその緒が巻きついて、首が締められたせいで、脳に障害が残ってしまったのだ」それを聞いて、母さんは取り乱し、泣きながら部屋を出て行った。父さんも母さんの後を追っていった。

僕は母さんが取り乱した理由が分からなった。おじいちゃんは説明してくれた。母さんは、僕が産まれたときにへその緒で首が絞められていたことを思い出したのだ、と。担当医はとても優秀だったから僕は助かったものの、ほんの少し判断を誤っていたら僕のその後の人生は全く違ったものになっていただろう、と。僕は頭が真っ白になった。さっきの父さんのジュリのおじさんに対する見下したような言い方を思い出しながら、不安がわきおこってきた。僕が脳に障害を持ってたら、それでも父さんは僕を息子とみなしてくれたのだろうか。それとも役立たずだと思ったのだろうか。ジュリの父さんのように、ぜいたくを犠牲にしてでも僕の面倒を見てくれたのだろうか。

その晩、僕は例の新聞を引っ張り出して、ジュリと木についての記事を初めて読んでみた。ジュリについての部分は、なんといえばいいのか、とにかく、深い内容だった。あの木に座ることはジュリにとって真剣な、哲学的なことだったのだ。木の上に座る感じがどんな感じだったのか、僕の友達が絶対に使わないような哲学的な表現で語っている。全体は部分の寄せ集めよりも大きい、と。僕は彼女の箇所を何度も読み返した。一体ジュリはいつからこんなことを思っていたんだろう。彼女の賢さはオールAとかそういう次元じゃない。何年間もずっと僕はジュリのことを避けていた。なのに、今はジュリのことが頭から離れない。この記事に載っているジュリの写真から目をそらすことができない。

Ⅳ未来へ -ブライスの決断-

わたしはその日、ジョンと一緒にランチを食べていた。「人気の男子生徒とランチを共にする権利」を競り落と すという、うちの学校特有の変わったチャリティーイベントで、わたしは自分で推薦したジョンとランチをする権利を競り落としたのだ。他に手を挙げる女子がいない中で、わたしは自分で推薦したジョンにみじめな思いをさ せるわけにはいかなかったから。ブライスは対照的に、推薦された男子の中でも最高額で、しかも二人の女子に競り落とされていた。ジョンとランチを食べてたら、同じ部屋で女子二人とランチを食べてたブライスが突然こちらにやってきて、ちょっと来てほしいとわたしを呼びだした。「彼が好きなのか」とブライス。「そういうんじゃない」とわたし。気まずい沈黙の後、ブライスはわたしの手をぎゅっと握って、自分の方に引き寄せた。そして顔を近づけてくる。教室は静まり返り、その場にいた生徒全員がわたし達を見ていた。わたしはパニックになって、ブライスの手を振りはらい、席に戻った。

 家に帰ってからも、混乱する気持ちは静まらなかった。ブライスとのキス、それはわたしがずっと夢見てきたことだった。なのに、今のわたしは混乱して、頭の中はごちゃごちゃだ。わたしの様子を心配したお母さんに、打ち明けた。「わたし、ずっとブライスのことが好きだった。でも、彼のことを全然分かっていなかったの。彼の美しい目と笑顔に心を溶かしてたの。でも今はそう思わない。彼は中身は臆病者なの。だから、もう彼の表面的な部分にはつられないようにしようと決めたのよ」ブライスは何とかわたしと話したいようだった。家に訪ねてきたり、電話をしてきたり。でも、ブライスと顔を合わせる気分には到底なれなかった。そんなわたしを見て、お母さんは言った。「ジュリ、なにもブライスと結婚しなきゃいけないわけじゃないんだから、彼の言いたいことを聞いてあげたらどう?」

 一週間後、ブライスが何かの苗を抱えて、わたしの家の庭に入ってきた。わたしはお父さんに、ブライスに庭に入らせないで、と訴えた。お父さんは「わたしが入ってもいいとブライスに許可を与えたんだよ。いいから見ていなさい」と言う。わたしは苗を見て、気が付いた。彼は木を植えようとしてる。プラタナスの木を。ブライスは大きな穴を掘って、苗を植え、水をやり、周りを片付けて家に帰っていった。わたしは彼が帰った後も、何時間もずっとソファに座って、木の苗を見つめていた。わたしはこの小さい苗が百年後に大きく成長した姿を想像した。女の子が木に登る。わたしと同じような感動を経験するのだろうか。木に登ることで、彼女の人生もわたしと同じように変わるのだろうか。

 ブライスは何を思いながら苗を植えたんだろう。ブライスはさっき、自分の部屋からこちらに手を振った。わたしも思わず、手を振り返した。お母さんの言う通りかもしれない。ブライスと知り合ってから、もう何年も経つけれど、考えてみるとちゃんと会話をしたことがなかった。ブライスのことをもっと知るべきなのかもしれない。いつかお父さんが言っていたように、「適切に光を当てて」。

 

 

感 想

新しい体験や出会いを通して、主人公である少年/少女の物事に対する見方ががらっと変わるというのはヤングアダルトの小説にはありがちなテーマかもしれない。しかし、この小説のユニークな点は、同じ経験について、ジュリとブライスのそれぞれの一人称の語りが交互に繰り返されながら物語が進んでいく点だ。それによって物語が冗長になることもなく、むしろお互いの感じ方や見える世界の違いが浮かびあがることで、物語に深みを与えている。前半はジュリとブライスのお互いに対する対照的な感情が、小学生ならではの直球で素直な口調で書かれている。相手の気持ちを読むことがまだ得意でない小さな二人の気持ちのすれ違い様はかなり極端で、思わず笑ってしまう場面も多い。そして後半、お互いの家族のことが詳細に描かれるようになってからは、家族間の口論など緊張感のある場面が増えていく。家族や友人を物語に巻き込み、テンポよく話が展開されるため、読者を飽きさせない。

後半、家族や友人など身近な人、無条件に信頼していた人に関する新たな発見に、時に目を開かれ、時に傷つく二人。目を背けたい事実をどう受け止めて、進んでいけばいいのか。ティーネージャーだけでなく多くの人がしばしば直面するこの重い問いに対して、最後のブライスの行動、ジュリの受け止め方は、一つの希望のある可能性を提示してくれる。

著者ウェンデリン・V・ドラーネンは、高校教師を経た後に作家デビュー。カリフォルニア州在住。エドガー賞を受賞したサミー・キーズシリーズなど、これまでに数多くの児童書を上梓している。本書は映画化されており、米国では2010年に公開された。

Yuki Sato