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西山物語                綾太理つくる

        こがねの巻

山背の国乙訓のほこり松の尾という所に、大森七郎といふものゝふはらから(一母同産){日本紀}みたりまで住けり。

いもとの名はかへといひ、その次なるは惣次となむいひける。

妻ははやくなくなりて、老たる母のおはするを、家は貧(まづ)しけれど、

みたりの子してとにもかくにもかしづき{竹取物語大切に仕ふる也}

まいらせける。

またおなじ里に、おなじ氏の家にて八郎といふものあり。

これもやむを(〓夫)にて{和名抄}、うせし妻のかたみに残しけるまなご

(愛子){万葉}のあるが、その名を宇須美(うすみ)といひける。

是もおなじ貧(まづ)しさにて、世のわたらひごと{イセ物語渡世なり}

もなきまゝに、太刀をあはする{古事記}{日本紀剣術なり}わざなむ

よくしければ、是を人に教えてかそ(幽)けき{万葉}たづ(便)き{万葉}

とはなしける。

七郎はまたひときは其わざにすぐれて、これは弓を射馬に乗ることまでも

よくしけり。

身のたけは六尺二寸(むさかふたき)ばかりにて、太刀もこと更長きをぞ

はきたりける。

又此七郎なりけるをとこは{日本紀}、大森彦七といひしものゝふのはつ(〓)

こ{古事記  紀子なり}にて、八郎とはうから(従弟){万葉}にてなむ

有ける。

さて七郎がはける太刀は、楠正成のぬし、津の国みなと川にて〓破れてうせ

たまひし時、血つきたるつぎの太刀{古事記につむがりの太刀、つむがりは

今〓とがり、太刀は断の義}のはべりしを、彦七とり帰りて我家に残し

おきけるが、そのはつこなれば、今のいえ(家)にとゞまりて、世にふたつなき

つるぎなりとぞいひつたへける。

しかれども楠のぬし惜しむ心や残したまいけむ、是につきてはくさゞ(種々)

{祝詞}くしき{日本紀奇なり}事どもの侍りしことを、世々にいひつたへける

あひだ、七代(なゝよ)ばかり先の七郎なりけるのも、此太刀をさる山寺に

をさめまつりけるより、さるけち{古語  けちの反き也}どもゝ聞えず、

家もとみさかえて、ある大宅(おほやけ)のいへのこ(長臣){万葉}となりて

ときめきけるよしなり。

しかるに、今たから(宝)ほろび、家も貧(まづ)しくなりぬる事のよしは、

此七郎ぞものゝふのみちをみがきて、

今の世のますらを{日本紀  古事記  万葉  大丈夫也}とひとにも称(たゝへ){古事記  日本紀}らるゝ男にてなむあれば、

つら/\おもふに

わが家のたからとするは、

誰かの太刀一ふりなり。

さるをめゝしく{源氏物語  女らしく也}かひなく、

はづかの事におそれて、

山寺にをさめつるこそくち惜しけれ{源氏物語  朽惜しき也}。

たとへ家は貧しくなるとも、

また祥(さが){日本紀  古事記  世に云告なり}ごとの出来(いでく)るとも、

なでふことかあらむ{伊勢物語り  何と云事かあらむなり}。

其太刀とりかへさではなゝくさのたからも(万葉  七宝也)我においてはようなしと、

日比おもひをりしが、

こがねいほひら(五百枚){日本紀}とゝのへてゝ、

彼七代(ななよ)さきの親をさめおきつる御寺にまうでゝ、

「おのれこそ大森彦七のはつ子にてさむらへ。

今こがねいほひらを、

此み寺へをさめ奉らむ。

さてぞまつ(奉)りおけりし太刀は、

我に返しあたへ給へ」とぞねぎ(願)ける。

院のあるじ、

さは能ことこそいで来つれと、

こゝろにはおもへども、

さるけしきもせで、

「こはうべ{万葉  世に云尤也}ならぬ事こそうけたまはれ。

つるぎは正成ぬしのはき給へる太刀なり。

此ひとぞあめが下武士のかゞみとは申ならずや。

さる人のはかせたまへる物なれば、

くさなぎの剣{古事記  以之前刺割  見者在都牟而是者草那芸之太刀也云云}にもたぐ

ふべく此あるじはおもひをれり。

さるけがら(〓)へある物をもて来て、

とほつおやのをさめ置き給へるものすらあるに、

天が下の宝とかへもて住むとは、

此のあるじをおそ(愚)き{万葉}ものとや見たまひつる。

ほ(欲)りする{万葉}こゝろふかきものとやおとしめたまふ」と、

すが/\(清々){日本紀}しきおもゝちして{源氏物語  今云顔付也}、

ころも(袖)で{古語}をかきあはせ、

球をはゞからで申つる事よ。

されど此こがねは御寺に納むとてこそ持(も)て来釣れば、

いかでかもて買えらむ。

今御をしへをうけ給はるに、

ふち(淵)河に捨べき物、

これなり。

わくら(幸)ばに{万葉}みまへにいづみ(泉)こそさむらへ」とて、

ふ(封)むじたるこがねをとき、

みそひら(三十枚)いそひら(五十枚)のかずもいはず、

みぎはの山ぶきの散りかゝるごとなげうちしかば、

あるじたちさわぎて、

「こは物ぐるはし。

たてくはへたる石にあたらば、

たからやくだけなむ。

あれころ/\{古事記}と物にあたる音すなり」と、

かしらをかき、

あしをつまだて、

おとがひをたれ、

唯みなそこをうちまもりつゝ、

うつゝなく見えけるさまをみるより、

七郎つとたちて、

彼太刀をこめおきたりし金戸{万葉  錠さしたる戸}をやぶり、

袋ながらひき出して、

「もとより是は我たからなり。

今こそ持かへるなれ」とて、

とき(速)あしを出して{うつほ物語}にげ出けるに、

あるじ心得がほにて、

「こはおほぬす人かな{竹取に大ぬす人のやつがとも書り}。

ひとやあらざる。

能ぬす人まいりてあるぞ。

いたくな追ひそ。

とらへてにぎりうたむは{古事記  用持捕〓批之字}ほとけのいましめなり」と、

たゞみなそこをうちまもりて、

ほゝゑみてなむおはしけるとぞ。

          かへの巻

七郎なりけるも八郎なりけるも、

太刀あはせてかならずかつべきわざ(術)をなむさとしをりければ、

是をまなぶもの我うし(大人){古事記  万葉}とたゝへたてまつりて、

をちこちつど(集)ひく(来){古語}。

しかるに七郎はこゝろざし高く、

人にくだらざるさが(性){古語}にてあるあひだ、

わざはたぐひなく聞えわたりしかど、

八郎が人ざまのやお(和)ら{源氏物語}なるかたにひかれておほくは此方にのみ

つどひまさりけり。

されど、

七郎はものねたみのこゝろは、

更になきをとこにて、

八郎とはまじはり唯水と魚なし(如)て、

かたみにたのもしく、

貧しさもすくひあひけり。

さてあるほどに、

ひとりの母あやしきまでいた(痛)つ(着)き{万葉  病なり}いできぬるまゝに、

兄弟(はらから)みたりまくらべ(枕方)あとべ(足方){古事記}につかへて、

あるかぎりたすけまいらすれども、

日にけ(異)に{万葉日々也}心ぼそくきこゆれば、

兄もおととも、

いもとがまさか{万葉  今〓はの時と云がごとし}の時とたくはへおけるひとへのきぬまでも、

薬にかへ、

よねにかへなどして、

春より秋ばかりまでは彼をしゆるわざもせで、

是にかゝずらひける{源氏物語}。

これはまさ(正)しに(万葉)彼太刀をとり返したる故に、

けちどもの出くるはしなりなど人々いひあひける。

此母、人と成りよろづいやめき{いせ物語  世に云かたき方}たりしかば

日頃まじ(交)らひうすく、

おなじあは(間)ひのおふな(老女){古語}達すらかゝる時にもより来ず。

八郎が妻なりけるものは、此母のよろず心をくはへて物しやりければ、

「いきてなむあらば」と、

八郎夜昼たちふるまひ(進止){日本紀}て此事をぞくやみいひ出ける。

もとより八郎はと(徒)もがら{〓には弟子をさしていふ}もおほくつどひよるにつけて、

宝もわきみちぬれば、

得がたき唐国(からくに)のかの(人)にけ(参)ぐさ(和)

はとら(虎)とふ神{万葉とふはといふなり}のき(但)も、又真珠(万葉)やうの物もたやすくかひもとめつゝ

、親のごとくになむ仕(つか)へければ、七郎はらからなみだおとして、

「かゝるむく(報)くひはいつの時にかせむ」とぞをろが(拝)み(日本紀)にける。

かくして冬のはじめまでやみて、漸々をこたりはてければ{源氏物語  ーには快気にあて書り}、

はらからのもの、八郎おや子も、

唯あれたる冬の庭に老木(おいき)のさくらのさき出たる心地(ここち)して、

いとめづらかによろ(喜)こぼひ{いせ物語}をりける。

およそ此母のいたづきをりみ{万葉看病也ける日月(つきひ)、

ふたほか(二百日)まり廿日ばかりになむありければ、

兄弟(はらから)のみにてはいとくるしからむとて、

八郎がわくご(若子){万葉}の宇須美を、七郎がり夜も宿らせてつきそはせまいらせけり。

彼うす美かほかたちきよらにて、みやび(風流){万葉}

ごとをこのみ、

歌よみ文かくわざはをさ/\(明直){日本紀  長々の義}

まさるひともなく、

としははたちまりひとつになむなりける。

又七郎がいもとなるは、十まり八つになりて、

こ(是)もまた顔かたちきら/\(端正)しく(日本紀)、みやびの道は此母なむをさなきより教へたて、

たぐひなかりしうへに、

琴ひくわざは、俊陰(としかげ)がむすめ{うつほ物語}にもけおされ{源氏物語気押さるゝ也}まじくなむ有りける。

さてかくてあるあひだに母うまい(熟睡)し{万葉  古事記}、

兄おとゝうちねむるすげ(透)き(万葉)には、

みそ(密)かに(語古)およ(指)び{和抄名なべての指を云}しておもふ事を書かはしなどするを

母はおほに{万葉ほかた也}さとしぬれど、

能あはひなればとなむおもひをりける。

しぐれうち降りて、

庭の紅葉やう/\うつろひ行に、

しわたしたるまがきもこゝかしこうちたふれて、

あれたる宿なれば、

何をなぐさめに見るべきはなけれど、

ちかきは小倉山、

とほきは高尾お(愛)たぎ(岩)の(ママ)山の、

吹はらふおらしににつきて、

白き雲間より濃きうすきもみぢたる中に、

松柏(まつかしは)のみどりなるが、

そめ出せるばかりなりとて、

さうじ(紙格){源氏物語}すこしおしひらきて、

「かれ見給へ{源氏物語}」とて、

かへがしとねなむしかまへたるに、

漸々いざり出て{源氏物語這ひ出る様也}、

「宇須美も〓(こゝ)におはせ。

かへもそこにさむらはして、

いま此おふながふる物語するをなむ聞給へ。

{是より次万葉巻一長歌をとりていふ}むかし大津のみやにあめが下知らすすめらみこと{天智天皇}藤原の鎌足の君に、

『春山(はるやま)のよろづの花のにほひ、

秋山(あきやま)のちゞのもみぢの色、

いづれかまさる』とみことのりありしとき、

額田女(ぬかたのめ)おほきみ{天武の夫人也}御かたへにおはしけるが、

歌をよみてことわりたまふ。

其歌の中に、

『春のはなはいとおもしろけれど、

くさ深ければ入てもとらず。

又秋の葉は折てもしぬ(忍)び(万葉)、

また青きをば置てぞなげ(嘆)く{万葉なげくは長息の義}。

しかは秋こそめで(愛)まされ』と聞え給也。

さる事にはきこゆれど、

此おふなが(癖)ひがこゝ(心)ろ(源氏物語)には、

はるの桜(さくら)はちりやすく、

秋のもみぢはうつろひやすし。

いつ゛れかまことの心とせむ。

人はすがたかたちの物にあらず。

かれ見給へ。

むかつ(向峯)を(万葉)のむらもみぢは、

たとへていはむには、

おもてにしろきおかをつくり、

身には黄なる紫なるをかざりて、

ひと時のさかりをみするがごとし。

是にめでまよふ人は、

誠のいろごのみにははべらず。

此おふなが目には、

群(むら)もみぢに立ならびたる松柏こそ、

たゞまごゝ(真心)ろ(万葉)のをとこ(男)をみ(女)な(古語)なれ。

さるは唐文(からふみ)の中にも、

松と柏の雪のうちに立ても、

其色はかへずとなむはべりと聞け。

我せこ(古事記日本紀夫をいふ)のおきな、

御身のうまれ出たまひし時、

『唐のふみにはさる事こそかき置たれ。

此むすめが名は松(まつ)とや呼む、

かへ(柏)とや呼む』

と、みづからに問ひ給ひし故に、

此おふなおもへらく、

『松は千とせといへど、

雪あらしにまけて折れたふれたるをばいくわたり(度)も見き。

かへといふ木は、

千とせ経るなど、

よみたることも聞かねど、

雪霜にもかまけず「万葉」いとかたき物とおもへば、

此子をばかへと告(の)るべし』申せし也。

うすみにもいとわかきひとにておわす。

むすめもしかなれば、

おひさきいかばかりの事はべるとも、

花もみじの色になめでたまひそ。

今此おふながいへるごと、

雪霜にもかはらぬてふこそ、

うまひと(真人)との「万葉」こゝろなれ。

しかおぼされよ」とあれば、

ふたりはたゞいらへもなくてなむありけるとぞ

          太刀の巻

西の国にしるところ(領所)「古語」もたるひとごのかみ(長兄)「日本紀」坐(おはし)けり。

此守、

つはもの(兵)ゝ道をこのみおはす御心ふかし。

さるよりぞ、

弓射(い)、

馬乗り、

ほこをつき、

太刀をあはするわざの世にこたえたりと聞く人をば、

おほくのよねを給はりて、

おもと(侍士)人「日本紀」をつかはし、

「彼(かれ)ふたりが太刀あはするをためし見よ。

いずれにまれ、

かちたる方をいへの子(家臣)と「古語」せよ」とおほせありければ、

やがてまづ此事をさきだちてしるべ(案内)しけるほどに、

友がらなるものども、

「こは氏(うぢ)の神のひき給ふ能き祥(さが)なり。

こなたや勝(かち)たまはむ。

かなたやかちたまはん」と、

とり/\゛そのよるかたにはとよめき「万葉  鳴・さはぐ也」ぬれど、

世の聞こえは「かならず七郎ぞ、

あやまたずしてかた(勝)め」とこそいひあへりけれ。

さてあらかじめ「万葉  お・ほよそ也」其太刀あわせの日もさだまりしに、

八郎みそかに七郎が(許)り行ていひけるやうは、

「こたびの事、

家のほまれとはいへど、

おなじかひなをもておなじちからをあらそふごとく、

たとへまさりおとりあるも、

其けぢめ{いせ物語分めなり}

をいかにせむ。

たゞ苦しき時になむあたれり。

是につきてたのみ聞えまいらせたきことあり。

そこの御わざは、

ことのきて{万葉  取わきて也}

われにまさりたまへば、

我はかならずうたるべし。

さる時は我ともがらうとみて、

ひとりだも随ふべからず。

しからば我此後、

朝ふゆの糧(かて)にもせまりなむ。

身ひとつにてさむらはば、

小〓(〓)は蜘の巣かく{万葉}とも、

麻のふすまに雪をたのしみ、

人はあらじとほころふ{万葉}べきが、

唯ひとり子にてはべるものゝ、

うれへさまよふ{万葉}を見るにたえじと、

今より是をしのびかねつる。

いよゝさるときになりくたち(降){古語  くたつはくだるなり}なば、

宇須美をそこの御いろ(弟)とゝも

{日本紀  古事記}おぼし、

よしあるひとのむすめをむかへて、

はやくうまごをも見せしめ給はゞ、

此うへの御ひかり

{源氏物語  世に〓威光}

何かはべらむ。

かならず此事御心にしめ(標)

{万葉}おきて

たう(賜)べ{催馬楽}よ」

と聞こゆるに、

七郎うちうなづき、

「こはこなたよりぞ申べき事なり。

そこは常に御ともらがらをあつめたまいて、

此業にをこたり給ふ事なければ、

とかま(利鎌)をもてしげきがもとをうち払ひ

{祝詞}給ふよりも、

いとやすくおぼすべし。

しろしめすごと(如){古語}

春より母のいたづきをみとりて、

こゝろ闇(くら)み、ちから尽き、ほねもたわまり、

筋(すぢ)もゆるまりてはべれば、

なほに{古語}うちまけ奉るべし。

さる時はなほすら世のたゞずまひなく、

日月はあかしといへど、

我ためには照らし給ふまじ{万葉}。

さるときは母弟らも侍り。

そこの御ひかりにあらでは、

誰かはぐゝみ{万葉}たうぶべき。

かへすがえすもこれらの事、

御むねにこめおき給ひてよ」と、

ねもころ(慇懃)

{万葉}に聞ゆるに、

「いな、われこそたのみ奉るべけれ」、

「こはかしこし。

こなたこそ聞えまいらするなれ」と、

かたみにまめまめ(信)しく

{古語}いちぎ(契)

らいてなむわかれける。

ときはしはす望(もち)の日、

大井の川の辺なるおほ野

{万葉}にとばり(幕)ばりうちまはして、

彼(かの)西よりのぼり来たりしおもと人、

解部(ときべ){今市中の事を正す役}

やうものまで、

みだりに入来るひとを払ひて、ひを(柵)りの{いせ物語}そとにもり(守)居けれども、

比事都のうちにもかくれなかりしかば、

かゝるわざ心得ぬ民あきうどまでも、

時をたがへず集(つど)ひ来て、

野づかさ{万葉高きところをつかさといふ}にのぼり、

峰(を)づかさに登(のぼ)り、

木にものぼりゐて、

その太刀あはせのけじめをなむ見ける。

かくて八郎は布かたぎぬ{万葉}袴やうの物までも、

こがねのあるにまかせて縫ひしたてたれば、

人のからもいやまさり、

ふるまひしとやかに立出つゝ、

にしの方のあぐらの{日本〓には床机などにあてゝ書り}うへに腰うちかけて、

むかもゝを{古事記  日本紀  向〓也}け出してなむまち居ける。

七郎は貧(まづ)しきがうえに、

彼はゝのいたづきにつけて、

残れる物をさへ失(うしな)ひつれば、

あらあらしき布かたぎぬに、

はかまの裾はみる(海松)のごと{万葉}かきたれたるに、

ゆふ(木綿)もておりつる衣の、

まよひにまよひ{万葉破たる也}たるを着て、

ひむがしの方より立出ければ、

見る人

「これ貧しの神や。ひとにかゝり(着)て{日本紀}からきめな見せ給ひそ」

と笑ひける。

されど丈高きをとこの目は大久米(おぼくめ)の命(みこと)

{古事記  日本紀  比命眼命利}にもまさりぬべく、

鼻は猿太彦{古事記  日本紀  比命鼻高シ}にしては

すこしひくからむとみゆるばかりなる、

まことにをゝ(雄ゝ)しき{万葉}ものゝふ也ければ、

太刀あはするにもおよばず、

七郎こそ勝むなれと、

おもと人はおもひをりける。

さて太刀はしらかし(白〓)もてつくりたるきたち(木刀)にてぞありける。

かたみ(互)に能ならはしおきたるを持出て、

「や」とこゑを合わせて打あはぜけるに、

八郎がうつ太刀を、

七郎うけとむるとみえしが、

その太刀きだきだ(段々)に折れてつかのみ残れり。

よて八郎はからきめも見ずうち勝にけり。

さて八郎七郎にむかひていけるやうは、

「そこの太刀たわやすく{古語}折れつるうへにてかてるは、

誠のかちにあらず。

今ひとわたり太刀をあらためて、出給へ」

となむ聞えければ、

七郎こたへけるやうは、

「さる事にあらず。勝とまくるは唯、

天(あめ)の神(かみ)のなし給ふ也。

まだち(真剣){日本紀}もをるれば折る時あり。

けふのけじめわたくしならずとおもへばこのかち給ふにはまぎれなし。

我かゝるにはに(場)長居(古語)せむはおもなし」

と{万葉  面目なきなり}いひつゝ、折れたる太刀をひろひあつめて、

あしをはやみにげいでければ、

「見所もなき太刀あはせにぞ有ける」とて、

来し人もほいなげになむあか(分)れ{古語}ちりけり。

後にしてひとのいふを聞けば、七郎がもたるは、

藜(あかざ)にてつくれるたちなりしとぞ。

さて八郎はおほくのよねをあたへられ、

御つかへ人となしたまふべきおしてぶみ{日本紀}

をぞたまはりける{今の証文にあたる}。

又「来むとしのうづきばかりは、

ひとごのかみあづまへ{古事記日本紀}下りたまふべきあひだ、

御供つかふまつれ。

夫までは  にとゞまりゐて、

友がらにも教へをつたへ、

なごりをもをしめよ」となむ、

おほせくだされしとぞきこえし。

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西山物語

あやしの巻

けふの太刀あはせには、たやすく八郎に勝えて、

守の御たゝへにあづからむと、

神々にもいはひべ(斎瓶){万葉  神酒ノ陶也}奉り、

真魚(まな){古語}まうけなどして、七郎が帰をぞ待ける。

しかるにふた太刀もあはせで、

みそ(密)みそにげ出けるよし、

さきだちて人のいひ聞せぬるに、

かなしく朽惜(くちをしく)いひがひなくおもひかゞ(屈)まりて、

神にも御うらみをきこえたてまつりしが、

さるにても人はたがこと(  言){日本紀}いふ物なればと

おもふばかりをそらだのめにて{源氏物語}、

門にはかへはらからをつけ置て、

かへりを待けるあひだに、

七郎かへり来たれば、

「けふのはじめをはりいかにかはべりつる。はやく語り聞せよ」

となむいきまき(息巻){日本紀}あらくせめたまへば、

七郎うけ給はり、

「たとへ八郎なるものゝごときは、

まへうしろにむかふとも、唯ひと太刀にうちはらふべきを、

いかなる天の祥(さが)なりけむ、

唯ひと太刀はせたるが、

太刀はみぎた{日本紀}に折れてたやすくうちまけき。

たゞ是時なればわたくしならずと、

おもいはるけて{古語はらす也}なむ、

まかり帰りぬ」と聞ゆるに、

「さては人のたがことならざりし。

さる事の出来るも、

かの太刀をとり返したるたゝりなり{古語}とおもふなり。

ことにおほくのたからをうしないて、

貧しきめを見る事も、

能事とは申まじ。

なほにみ寺に行て、

その太刀をまつり返してむや」と聞え給えば、

七郎聞て、

「こはおのれが母にしてはかひなき事をの給ひけることよ。

七郎かくやさ{恥}しみ{万葉  今此詞転じて愛る方に云}をうけしうへに、

又しかのたまふごとくせば、

いよゝ{万葉}人々のさげしみをかさぬるなり。

おのれおもふむねあれば、

かならずなくやみたまひそ」とおほまり{大〓}に{古事記}酒をもり{古語}、

ひきうけ/\心よげにのむを、

母もさるものにて、

おもふむねこそあるらめとさとしぬれば、

すこしこゝろもはるけて、

ともに酒をもりてあそびをりけるに、

あやしき事こそいできにけれ。

かたへに置つる刺鍋(さしなべ){万葉}おのれとをどりあがりて屋のうつばりにつく。

「こはいかに」と母もはらからもうち驚くに、

まだ昼なるに、

きつ{古語}のなく声しきりにきこつ。

かへはまぎらして{源氏物語}、

母にひしとよりそひをれば、

惣次はつえをとりて、

彼さしなべをうちおとさむとするに、

なか/\うるしもてつけたるごとく、

こじて{古事記}はなさむとすれどもかいはなれず。

杖をもてうてば、

此鍋(なべ)きつ(狐)の声を出して鳴り渡りける。

「あなにくや、

いかなるけちにかある」ともてさわぐに、

七郎は唯見やりにて驚かず。

母あきれて、

「刺鍋(さしなべ){和名抄銚子}に湯わかせ子ども狐(きつ)にあむさむ」とによび(吟)ける{万葉  さしなべに湯わかせ子どもいちひずの桧橋より来む狐にあむさむ○吟は古語}詞につきて、

そのなべおほごゑをあげ、

「あゝしやこしや」と{古事記  今云をかし也}うち笑いて下におちける。

さてその後は家鳴り声、

すのこうごく事しば/\にて、

昼すらしづかなれば、

火桶すゑ物のたぐひ、

かなまり(金椀){古語}ひさご(柄〓){催馬楽}やうのものもおのれとをどり出て打合などし、

ときあらひ(解洗)衣{万葉  洗濯物也}

あゆひ(脚結){万葉  今云脚半股引の類}袴やうの物も、

さをに懸りながら、

人の行ごとく空にかけりありき、

夜はしもことにくしき鬼どもの集り来て、

鳴りとよます事更にやまず。

七郎も母も、

「こはある事にて、

狢(うじな){日本紀  今云むじな}やうの物のたはぶれあそぶなり。

貧しき家にはかゝるためし、

昔よりあることなれば、

よき俳優(わざおき){日本紀  今云役者やうのもの}どもをすゑて、

なぐさむなりとおもへば、

いと/\おもしろき事ならずや。

なでう{いせ物語  いかなるの意}ものも、

かゝるてわざのいちはやきことはふるまはじ。

彼(かれ)見よ。

目の三ツある物ぞかしこにたてり。

こ(是)をみよ。

首は糸のごとくて、

物にまとひありく女ぞかしこよりく(来)。

さてもわざおきなるかな」とて、

よろづ常のごとくなれば、

此いきほひにひかれて、

惣治もはじめのごとは驚きさわがず。

もとより人にも語るべき事ならねば、

まづしかして日を経るほどに、

ある夜雪たかく降りて{うつほ物語}、

廿日まり六日の夜の月きよらかにさえわたりけるに、

七郎にしのみやこ{朱雀道より西をいふ}に行て、

夜ふけてかつら河を渡りて、

家にかへり来る道に、

こだれ(木垂)たる松{万葉}のはべるそのうへに、

からだはひとつにてかしらの七つあることひ(事負)牛に{万葉}

鼻縄(はななは)はげて{万葉}しづくら(倭鞍){万葉}うちおき、

身には白き糸もてぬひたるかわら(甲){日本紀}を着たるものゝふの、

そびら(向背){古語}にしろきはた(幡)をなむさしたり。

そをみるに、

流れ出たるみづに、

散りうきたる菊の花を、

はなだ色に染出せしが、

月にうつりてさやかにぞみえたる。

七郎心におもひけるは、

此ほどいやしげなる鬼どものをどりありきつるはめづらしからざりし。

此鬼ぞいと心にくきやつなれ。

さまれ彼家のしるしをさしたるは心得ず。

「汝(な)が名のらさね{万葉  のるは告る也、さねの反せなり}。

おのれ是にて聞べし」と、

袴のはしをりて高く帯にかひはさみ、

かたには(堅庭)を{日本紀}ふみならし、

太刀のしり{万葉}そらざまにかへして、

まくり手に{古語}うつか{古語  ながきつかを云}をにぎり、

「いで聞べしや」とぞ大声(おほごゑ){土佐日記}にせめける。

かの鬼かや/\とうち笑ひて、

「なれ(汝)は大森彦七が裔(はつこ)にてあるか。

おのれは汝(な)がとほつおやに、

太刀をうばはれし楠正成にてなむあるぞ。

汝(な)がとほつおやの彦七、

常にその太刀をはたきりしをにくみて、

わがともがら入かはり立かはり、

是をうばはんとたばかり(謀){いせ物語}しに、

かれ{彦七をさす}をば苦しめたりしかども、

さる祈りどもせしにうちまけて、

終にとりかへさであまたの月日を経しが、

いろ/\さとしごと{源氏物語奇怪}、

くしき事どもをふるまひしかば、

是にまけてや、

汝まで七代(なゝよ)があいだは、

我すむ山に置たりしなり。

しかるに汝又こがねを持来て、

山のぬしのこゝろをとらかし、

ふたゝびとりかへせしぞ心やすからね。

又此ほどまで汝が母をなやませしも、

我わざにて、

その後のさとし事も、

外よりなし来る事にあらず。今唯今なほにその太刀を我に返さば、

此後さひはひ来たらむこと、

たなひらをかへすごとくならむ。

かくてもいなまば、

汝が兄弟(はらから)のあひだにたゝり出来て、

此太刀になむさゝれて死ぬべし。

こゝろをなほにいきほひをくつがへして、

我いふことに随へ」

ときこゆるに、

七郎ほゝゑみて、

「こは能きかたきを得つる物かな。

我とほつやは、

みなと河の軍にかちて、

そこのかうべをたまはりし時、

かたへに侍りける太刀をかく捨置て、

くさ%\のえせつはもの{雑兵}どものはきものと

なさむは、

くち惜しき事なりとおもひし故に、

もちかへりて家の宝(たから)とし、

その裔(はつこ)やつがれにいたるまでも、

いやまひたふとは、

天が下にものゝふのうし(大人)と聞こえしそこのいきほいをたふとむならずや。

さるを此太刀に心を残し、

鬼となりてふたゝびあれ(顕){古語}出たるははかなしや。

こゝろひくしや。かゝる鬼らを太刀もてきらむは、

やいばにくそ(糞)を{古事記  日本記  万葉}ぬるがごとし。

唯おもてにつばをはきかけてなむ追ひやらむずる」

と、

ほざきに{古語発言也}ほざいてのり(〓)しかば、

「いな/\。ものゝふの道はさることにあらず。

我しかばねにかうべのなきは、

いくさのならひなれば、

さるにてもいはず。

武士のからだに、

しばしもはける太刀のなかりしとひとのいひつらむ、

其やさしみほねにとほり、

そのいかりあらたまにしみて、今又鬼となりて来たれるも唯これなり。

しか聞も返すまじや」。

「いな/\。さうけたまはるともかへすまじ」。

「いな返せ」。

「いな返すまじ」と、いひあがりてをたけぶ{古事記日本紀}ほどに、

あかつきがたになりやしぬらむ、

河ちどり啼とよむに、

月のひかりはきら/\として

{新古今  暁になりやしぬらむ月影のきよき河原にちどり啼なり}、

しのゝめのそらいとあかくなり行に見れば、

松のうへに白き〓の宿りゐてありけるのみなり。

さてのあやしかりし夜のありさまなりと、

今ぞあさましく{古語  怖ましの意也}

なりて身をふるはかしつゝ家にかへりけるとなむ。

琴の巻

八郎は太刀あはせひうち勝てより、

その名よもやもに{日本紀}たかく、

世の敬ひも日にけに{万葉}まさりぬれば、

おのずからとみにさひはひをなむかさねしほどに、

夜昼となく、

日は七日よるは七夜てふ間、

人をあつめてうちゑらく{古事記}声、

里もとゞろ{万葉}に聞え渡りける。

けふは七郎親子、

おとゝたちも、

まらうどざね{いせ物語  ざねは真也、今いふおもの意}として、

むかへ奉らむと申いれけるに、

母も七郎も心にそまざりしかば、

「風にあたりかしらいたし」となむきこえて、

弟の惣次、

かへ、

ふたりばかりをぞつかはしける。

さあて何くれとなく{源氏物語  今何かと云義}あるじぶり{古語  今云饗応}して、

夜にも入れば、

かへに琴のひと手をなむのぞまひける{まひの反み}。

かへいらへて、

「しろしめすごと、

春より母とじ{古語  とじは称号}のいたはりをみとりてをりさむらふに、

琴とてもちり(塵)かき払ふばかりになむ、

かいやり置し。

そがうへに此とし月、

こゝろゆかぬことゞものみうちかさなりて待るに、

すこしならひ得たるてわざもみなわすれにけり。

おほせにさむらへば、

なま/\{古事記  すゝまざる意}も弾くべけれど、

さしあたりてはかき合ばかりも、

おぼつかなくてなむ」と聞ゆるに、

「そはあだし人の申ことなり。

かゝる中になにの御へだてごゝろか侍らむ。

唯ひとて遊ばして聞え給へ」と、

かの宇須美なるわかうども、

かたへに出てすさめける{古語なぐさむる也}まに/\{万葉今云まゝに也}、

「いとおさなかるべし」といひながら、

峰のましらもより来べくなむ引ならしける{うつほ物語}さて声は、

ほとけのみ国にあるてふ鳥の{伽陵頻哥をさしていふ}、

さへづり出たらむばかりに打あげて、

いかにあらむ日の時にかもこゑしらむ人のひざのへ我まくらせむ{万葉}とうちかへしうたひながら、

目はほそくて、

宇須美が顔をなむうちまもりける。

宇須美は声よくて、

かねていまやうをうたひけるが、

とりあえず、

こと問はぬ木にはありともうるはしき君がたなれの琴にしあるべし{万葉たなれは手馴れなりと、

扇をうち鳴らしてうたひあわせける。

つどひゐけるまらうどだちは、

ゆめにもかゝる事は聞とらざるえみし(胡)ども{古語}なりしかば、

唯よきこゑなりとたゝへて、

引うけ/\呑む事のみす。

中に酔ひなき{万葉}する男なき声にこゑはりあげて、

あなみにくさかしらををすと酒のまぬ人をよく見れば猿にかも似る{万葉}とうたひたるに、

かたへに酒はへ呑まで、

魚(な)をのみつかみてうち食らふをとこ、

「こはやすからぬ歌をうたひ給ふ物かな。

さらばおのれらも、

うたひ舞はむ」とて、

あな見にく、

酒うち呑みてまあかなる、

ひとの顔こそ、

猿とかもみめ、

猿よ/\なぞの猿、

あらしの山の猿ならば、

かほをあらしに吹かれて、

色の赤きは、

さゝぐりを折る時、

谷風や吹あげし、

つるばみ(万葉)をひらふとき、

刈りばねや(万葉  木〓の刈株なり)つきたる、

猿よ/\あかざるとなむまひをさめければ、

「此おぢが顔を猿とばしのたまひつる。

くちをしや。

いかにせむ」とぞ泣ける。

かくうたげ(宴){古語}ゑらぐほどに、皆ひと酔ふして、

さすべき戸もあからさまなりしかば、

風は吹入れてともし火はきえつ。

しもざまの男をみなも、

此ほど夜昼と立さわぎて、

くたびれふしぬれば、

たゞふたりなむ、

天の河原に行合たる心地して、

此ほどこゝろのほかにへだゝりし事ども、

すゑのちぎりをさえ、

神にうけひて(誓約){古事記  日本記}かたらひつゝ、

なへたる{〓には着馴たるをいふ}きぬを引かづき{源氏物語}、

琴をまくらとしてふしけるとなむ{源氏の詞をとり用ゆ}。

文の巻

さて後は是かれにつけて、

七郎八郎が中ぞ、すこしうとく成りにける。

是につきては、ふたりも今までのごと、

かたみにたちいらず。

唯ものゝたよりに書かはす筆のすさみを、

逢ふにかへ{いせ物語 もふにはしのぶる事ぞまけにける逢にしかへはさもあらばあれ}つゝ過すに、春にもなりにけり。

ことだつ日{いせ物語  むつき親族あつまりていほふ日をいふ}なれど、たがひに出入りて酒のみする{古語}事もせずなむなり行に、

いと苦しくのみおぼえける。

さるは琴を枕としけるあかつきを、

おのがきぬ%\とはよめるなるべしと{古今東  しのゝめのほがら/\と明行はおのがきぬ%\に成ぞかなしき}今はたおもふなりけり。

物のたよりあれば、

ちひさきたゝ(畳)む紙に書て{たゝみ紙也、哥集にしか書り}つかはしければ

たちかへるとしのうらゝけさに、

こほれるなみだはとけしやらねば、

梅に来啼くうぐいすの、おもひもなげなるをみるすら、

うらやみおもひたまへられる{古今東  雪のうちに春は来にけり。鴬のこほれるなみだ今やとくらむ}

さてそも芦まのをしのたちはなれたるばかりに、

すまひてなむはべる事をはやくも知らば、

去年の春秋おなじすまひにさむらひし時は、

ありのすさみにて、

あだにやちぎりまいらせし{古今六帖  ある時はありのすさみにかたらはで恋しきものと別れてぞしる  いせ物語  おもふかひなき世なりけりとし月をあだにちぎりて我やすまひし}。

あすは松の尾の御神に、

母とじにあとひて{万葉  あとおひての義}まうづることのはべる。しらぬがほにまう給ふまじや。

人まの{万葉  人居らぬ間を云}はべりてかくなむ。

君にこひあすを逢はむと松の尾の神にたのみてけふを暮しつまた世の中の苦しきものにありけらしあかずは恋に我や死ぬべき{古今六帖}とあるを男いとうれしく、

とみ{左見}かうみ{右見}{いせ物語}するに、

ひともあらざりしかば、

やがてかいしたゝめて、

めのわらはにつてゝ返しける。

春来ぬと、

人はいへどもうぐいすの、

なかぬかぎりはとおもひをしりに、

いとめずらかなるはつ音なりける。

さらばなきつる花は折らでや待まいらすべき{古今集  春来ぬと人はいへども鴬のなかぬかぎりはあらじとぞ思  同  待人も来ぬ物故に鴬の鳴つる花を折てける哉。

うけ給はるごと、

去年にも似ぬ御へだゝりかな。

しかすがに{万葉  今云さりながら也}かくてはやみなむや。

さるはあすなむ此の御神にまうでなば、

霧のまがひにも夢ばかりのあふせははべらむとうけ給はるぞ。

こは是神のしたまふなりと、

よろこぼひに堪ねばとみに答へまいらするなり。

朝靄たちなかくしそ松の尾のした道妹や来まさむまた恋しきにわびてたましひ出ていなばむなしきからのにや残らむ{古今六帖}唯此頃はから(空虚)のように{源氏物語}なりて、

夜も日もわいだめず(弁別){日本紀}、

をりさむらふ。

となむかいとゞめける。

むつき八日になれば、

宇須美は常する神まうでにかこ(托)ちて{古語}つと(〓)めて{古語}いで行ける。

さるにても母なむ、

「けふはこゝち(心中)あしくおぼゆるなれば、

えまいるまじ」と聞ゆるに、

むすめはむねつぶれて{源氏物語}、

人こそさきに往(い)ておはさめとおもふに、

立てもゐてもあられず、

「天つちにたちませる神々たち、

みずからが命をひと時につゞめ給ひても、

けふばかり母のいたづきをなむ、

をこたらしてたび給へ」と、

こゝろひとつにこひ(請)の(祈)み{万葉}けるほどに、

神もめぐ(憐)し{日本紀}

とやおぼしけむ、

漸々午過る{昼過なり}ばかりにこゝちはるけて、

「誠に日もうらゝし{古語}。今よりやまうでむ」と聞ゆるに、

いとうれしけれど、

時のうつりぬれば、

人や帰り給ひけむと、

又うしろめたく{古語  うしろ見たく也、

心もとなき也}もおもひつゝなむ出ける。

さて松の尾にまいりつれど、

おほかたにもえをがまで、

〓にやかしこにやとみれども、

人のおはさぬに、

さてこそとくやしくかなしくて、

なみだのさとこぼるゝ{源氏物語}を、

母見とがめて、

「何をかこゝろよわく物し給ふぞ。〓にはつきなき事なれど、

人のえにしは神のしたまふことにて、

よりし中もかる(離)ゝ{因離二言共に万葉}ことあり。離(か)れしも又よる事あり。

さるよりぞうれしさもかなしさも世のありさまも、

唯これが常なればと、

心をやらむ{古語  今云心ばらし也}より外はなし。かくこそいへみづからも、

生れながらのおば(老女)にもあらねば、

わかき人々の心を、

さとししらぬにも侍らず。さなおもひしずみたまひそ。いかにもしておもふごと、

はからひてまいらせむ。けふなむかく詣(まう)で来しも、

外のいのりにもあらず。ひとのよわみには、

やまひなどこそかゝり来るものなれば、

こゝろをとりなほして、

此おふながあはせむといふ時をなむ待たまへ。

いざ帰るべし」と聞ゆるに、

よし/\しくも{よしみ/\しくの義したしくの意なり}、

のたまふ物かなと聞ゐたり{源氏物語}。さていで来る道のかたへの松に、

彼をとこの筆にて、

哥を書てつけおきたり。見れば片歌{古事記}にて、

  待しとは松に問はさね木のもとに

とあるをみるよりぞ又かなしくてなきける。

わかれの巻

かねてうづきばかりは、

あづまへくだりたまふべしと聞え給ふひとごのかみの、にはかなることに、

「きさらぎすゑか弥生はじめには、西の国よりのぼり来給ふべし。

しかれば、八郎も御供にまいるべきこゝろがまへ{源氏物語  心支度也}いそぎ物せよ」

と、おほせくだされたるに、父はいさましげなれど、宇須美は、ひとしれずかなしくな

むなりける。

かへが許へ、

「かう/\ことせまりぬ。いかにか成りはつべき」

と聞えやりけるに、せむすべなくて、

「此うへは夜るのまぎれにもしのび出て、すゑはかたゐ{いせ物語  乞食様の物}とも

なりはつべきか。

又いかなる淵河にもまぎれうせなむや。

御こゝろだにたがひたまはずは、みづからはしかせむより、外の願はさむらはず」

ときこえけるに、をとこもたゞひとつ心におもひさだめける。

母は此ほど打つゞきて、あやしき夢どもをみるにつけて、娘が痩(や)せおとろえつゝ、物お

もふけしきの、たゞならずあやしくのみおもひしかば、兄おとゝのあらざりけるいとま

に、近くまねきていふやう、

「などて{何とてなり}かこのほどは、いひ(飯)まいらず、髪なども打みだして、ひたすらにやせほそりた

まふぞ。こゝろひとつにこめておもひせまることには、よからぬまよひこそ、出来るも

のなかれ。

かゝる事のつのりには、親にもかなしきめ{古語  めはむねといふ言なり}を見せ、兄

おとゝにも背きはつるためしどもは、数々の物語どもをよみても、さとしたまべきなり。

もしおもひつめたまひしことあらば、死ぬにまさりておもき事は、人のうへにははべら

ず。

親兄おとゝもかくてあれば、いかさまの事ありとも、あしくははからひ給ふまじ。

心にある事はつゝまで、此親に聞えたまへ」と、

ねもごろにの給ふにぞ、真袖(まそで){万葉  両袖也}を顔にあてゝうつぶしにふして、

声たつばかりに泣入りつゝ、

いらへ{古語  いらへはあへ也あへはもてなしなり}も聞えぬを、

母なほこゝろもとながりて{古語}、

「何とてのたまはぬぞ。何事にまれ、親にへだて給ふ事やはある。

そも唐国のことはしらず。

此大やまとの国に、神のうみひろめたひしひとの数、八百日行(やほかゆ)く浜のまさご{万葉集  八百日行浜の真砂も我恋にあにまさらめや奥津しま守}に、

たぐへてよむともおとらめや。

みな親あり子あり、

いろね(兄)ありいろど(弟)あり。

さるものはたこれ、

おのが世々{いせ物語〓には自分をいふ}にて、

いへをことにして住むぞかし。

かくおほきなかに此おふなのみならずや。

そこの親とては此おふなのみならずや。

さるとぼしき{万葉}親子の中も、

いく千世かけてすまふべき此世にはあらず。

ことに親と子はひとよ(世)のちぎりとこそ仏ものたまひつれ。

また世の中の常なき事は、

わかきもあだし野の草葉の露と消え、

老たるが又高砂墨のえの松と、

世に栄え残るならひもはべれば、

此ほどの

ありさまを見るにつけて、

何事も心がゝりにて、

朝夕たのみ奉るみほとけに向ひては、

ひと日もはやく老の身を、

ほとけの御国にむかひ給はれかしとねぎまいらする也。

かゝる心よわさも世のあぢきなさを{万葉  無味の字意にて口にいはれぬ義也}、

身ひとつにせめおもふなりけり」とうち泣々聞え給ふにぞ、

いかなる物のむくひにか、

かゝるほだしにかゝりて{いせ物語}、

親の御こゝろを苦しめまいらする事よと

おもふに、

むねのみせまりて、

いひ出む言葉もなくてあるに、

兄の七郎家に帰り来て、

「こは何事にか親子なきそぼち{日本紀  そぼちは濡るゝ義なり}てやおはす。

〓に七郎が申事を聞給へ。

かねて宇須美とかれが中は、

我も能く知りてはべり。

八郎も又よくしりて侍るを、

わざと知らぬがほにて、

今は世に栄えほこる心つのりて、

ものゝふの道をも忘れ、

おのれにひとたびむくふべき事あれども、

それをもかいやり

かれをも打なぐりて、

ひと時も早く此処をたちさらむこゝろがまへする事は、

おのれあかき心もて{日本紀}なむ見おかつ。

犬じもの{万葉  犬のごときといふ意}八郎を、

妹(いもと)が親と

いやまはせむは、

朽をしきことなれど、

又わかきもののおもひあひたるを、

情けなく

かいはなさむも心なきに似たれば、

おのれ先になか(媒)人(びと)

{催馬楽}をもて、

しか%\聞え置(お)けり。

そが返り事を侍りてのうへに、

やつがれ(下官){日本紀}又おもひさだめぬる事あり。

かへもものゝふの家の娘なり。

さふる子(遊行女婦){万葉}やうのをとこ見たらむごと、

あだになおもひはなたれたまひそ。

此いろねかくあるあひだに、

恥はえこそあたふまじけれ。

なみだもおしのごひ、

髪もけずりて{古語}、

けしき能母君につかへ奉れ」とぞ聞えける。

さて八郎はなかびとをもて聞えつるまゝに、

わざとすゞろげ{いせ物語不慮の意}

なる顔して、

「こはおもひよらぬ事をこそうけ給はれ。

もとより七郎とは、

あだしなかにもあらねば、

かれが母をば我親とおもひ、

わが子をばうまごとも弟ともおもひ給はりて、

是までは過しつれど

おのれは去年(こぞ)のしはす{万葉  としはつるの略語}知りたまふごと、

七郎が太刀あはせに打かち、

今はおほやけの御いへの子となむなりしうへに、

家もかくとみさかえつ。

かれはたけむべ(武家){日本紀}にこそあれ、

頼みまいらする君もなく飯(いひ)ぼ

{日本紀飯粒也}ひとつ我物とてもたるしりところ(領所)もなし。

しかは野伏山ぶしの{拾遺集  山伏も野ぶしもかくてこゝろみつ今はとねりのねやぞ

ゆかしき}たぐひなり。

さるをかれが妹を、

我子のむかへめ(嫡女){日本紀よめ也}とせむは、

千びきのいは(磐石)と{日本紀}ひさごをかけて、

いづれかおもきとはからむがごとし。

たとへ天地(あめつち)はさかさまになすとも{源氏物語}、

此事においてはうけひく

(承引)まじ。

かへりて七郎に、

しかのたまへ」とぞいひはなちける。

なかびともさるものなりしかば、

「こはやすからぬ事をうけ給はる。

なでふ事なき事を、

おしてかく聞えまいらせむ。

御まなご宇須美ぬしと、

七郎のいもとかへをとめ(未通女)とは、

去年よりみそかに

いひちぎらひて、

神にうけひて、

たがはじと書かはし給へる事どもは聞しめさずや。

まづまなごの君を〓にめして{万葉}、

いかなるぞと御心をねぎし{古事記  今云吟味也}

給へ」といふに、

八郎もだ(黙止)もやらず{万葉  〓には今云もだしがたくにあたる}、

宇須美をよび出し、

「なれ七郎がいもとゝうけひつるか。

なほに申さずむば、

此父が名のやさしみも出来(く)べき」とせめけるまゝに、

「さる事けのすゑ{日本紀}ばかりもたがはず。

唯父の御あはれみには、

彼をとめを、

我むかひめとしてたうべよ」とわびける。

八郎大きにいかりて、

「にくきものゝわざかな。

おのれひとり子{古語}にあらずは、

はたゞち(殺害){祝詞}せむずるものなり。

さらば今すみやかに、

かれはつべき文したゝめて、かの許へつかはすべし。

さるこゝろなくば、

父またとほき国にも追ひやらむ{日本紀}。

いで/\、

父とやさかる、

つまとやさかる。

なはに答へせよ」とせめけるほどに、

ちちのことばの、

いとかしこければ、

かなしとはおもへど、

うけひたるしるし文を{〓には起請文にあつる}、

なく/\ま

きこめて、

ながくさかりはつべしてふ文を、

父がまのあたり{古語目前也}に、

わなゝき/\かいしたゞめて、

おくにみつあひによりてつけたる下紐の絶むと更にむすばざりしを{三ツ合の糸は三ツ

組の糸也  出所万葉}とあるを、

此うへはことばなしとて、

なかびとはそをふところにして、

まかむでけるとぞ。

----------$ 西山2.txt ( lines:563 ) -----------------------< cut here

----------^ 西山3.txt ( date:95-05-15 time:00:00 ) --------< cut here

西山物語

露の巻

なかびとはかの文をふところにして、

七郎親子がまへに来たり、

「おぼしめぐらすことまで、

をさ/\うちにほはして{源氏物語}きこえしかど、

なか/\うけひかず。

そがうへにしか/\のりほこりてきこえたまふ故に、

ふたりの君だちの、

みそかに{古語}うけひておはする事どもを、

申出てさむらへば、

わご(吾子){古語}をよび出し、

おしてかくなむかゝせて、

うけひ文までもまきこめさせて、

おこしたまひける。

此うへはやつがれも申ことばなければ、

まかむでゝさむらふ」とかたるに、

母も七郎もけしきをかへければ、

かへはつぎのひと間に聞ゐて、

「や」と声をたゝて泣ふしける。

七郎いもとをよび出して、

「これ見たまへ。

かゝるきにはおもひまよひて、

かひなくくちをしき名をも、

後の世に残すものなり。

心をひとつにきはめて、

親兄にもやさしみなかけたまひそ。

おのれもおもひしめてさむらふ事の侍り」ときこゆるに、

母も、

「をとこをみなの中はよるもかるもかるゝも、

あるならひなればいはむかたなし。

唯八郎がのりほこりて、

おとしめたることこそ堪(た)えがたうおもひ給へらるれ」とて、

むねいたくし給ふさま、

七郎見て、

「しかおぼすむねは、

刀自(とじ)よりもやつがれこそまさりてさむらへ。

此事においてはやつがれ此ほど、

はからひおける事あり。

いかばかりの事ありとも、

かならずそのきはにいたりて、

おどろきおぼすべからず。

いかさまにも恥をたらざるやうに、

はからひつかまつらむ」とてし(退)ぞきぬ{源氏物語}。

さてにはかに、

湯あみ所を掃きよめ{万葉}、

かけてかくとしつらひ置しにや、

湯かたびら{和名抄  〓ゆかた}{今}やうの物までも、

あらたに縫ひしたてるを出し、

いもとにゆあみさせ、

髪あげさせ{万葉  髪あぐるは男みる時の例}、

さて白き絹の衣五つをなむ着せて、

うへにひれ(領巾}なすゆふをかゝぶらせ{頭巾は上代女の冠り物今の絹帽子にあつる}惣治には、

「ゆふげ(夕飯)、

酒などの事よくまうけよ」となむのりて、

いもとが手をとりかみくら(上座)に{日本紀}いざなひすゑて、

まらうどざね(希人実)とし、

母にむかひていふやう、

「しろしめすごと家貧しくなりて後は、

伝え持たる杯(つき)、

陶物(すゑもの){古語}、

文、

巻物のたぐひまでも、

よねこがねにかはるべきほどのものは、

みなうしなひはてゝげり。

たゞ唐鞍(からぐら)一よろひ(具){延喜式}、

唐席(からむしろ)ふたひら(枚)、

韓〓四そなへ(具)、

珠の椀形(もひがた)三くち{延喜式椀の類}、

こは父の惜みたまへる物よとおもひて、

これまではたくはへ持てさむらひしが、

いもとが一代(ひとよ)のきはのほぎ事に{日本紀}、

たばかりかねて此くさ(種)/\”{古語}を母にも聞えまいらせで、

此ほどしろとなしつるに、

みそひら(三十枚)ばかりのこがねを得てさむらふまに/\、

かゝるほぎ事に着むずる衣、

くはへ持べきうつは(器)やうの物までも、

こゝろがまへしおけり。

さて申の刻(とぎ)ばかりにならば、

七郎かれをあとひて、

八郎がり(許)おしてまいるべし。

さるうへにもいなまば、

ふたゝび此世にて此子がおもて、

見たまふべしとなおもひ給ひそ」といふを聞て、

かへもいろねがこゝろ深きをおしをろがみ{祝詞}て、

「かたじけなし(無片気)」と泣ける。

さてしかのたまふごと、

心もきよらにさだめてをりさむらへば、

くちをしきふるまいは見せまいらすまじといひつゝ、

只今よみ置たりしとみえて一くさかいたるを、

ふところよりとうでけるをみれば{源氏物語取出す也}、

色かはることの葉草にたまのをもいずれか露ときえであるべきとあるを母つく%\と見て、

なみだをおさへながら、

かたへなるふむで(筆)をとりて、

もしも世におくれて住まば露の身をいずれの草におきやたのまむ

とかきつけて、

「老のくりごとにははべれど、

我せこののたまひしごと、

此子が名を、

松となむのらざりしことの、

今にてはくやしくおもふなり」と、

のたまひながら

名をせめて松としよばゝ老の身も千とせの蔭にあえなむものを

{あえはあやかる也出所万葉}

「かくいふも心ぼそきはたゞ老のくせなり。

さはいふものゝ、

そこのあとひておはさむからは、

八郎も又、

岩木にはあらじとなむおぼゆれば、

心つよくおぼせ。

何とてさるかなしきめをばみせまいらせむ。

けふはこと更よき日なりと、

うらべ(卜部){古語}の人も来て申せし。

時もうつるべき間はやくほぎごとまうけたまへ」

とせちに{いせ物語}きこえたまふに、

惣治まうけたる夕げ(飯)を、

いや(礼){日本紀}たゞしく持出て、

そなへまいらせける。

さて酒は三わたり{古語}すゝめまいらせて、

時にもなれば、

七郎いそがしたてゝ、

車にかき乗せけるに、

よぼろ(丁){日本紀〓にはやつごやうのものに用う}やうのもの迄も、

それ%\やとひ(古語)おきぬれば、

やがて押立て出むとす。

母おくり出て、

門べにしばし立居つゝ、

とばかり(時計){源氏物語}ながめ出して、

その〓戸のしきみに打ふして、

泣入給けるを、

「こはかゝるほぎ事に、

いま/\(忌々)しき{源氏物語}御なみだかな」と、

はげましたてゝ、

惣冶が肩にかけてかき入れまいらせける。

さて八郎はおのがこゝろのまに/\、

さかり文{〓には去状を云}はかゝせしかどかくておかば、

うしろめたしとやおもひけむ、

ひむがしの京{朱雀道より東を云}にいとこのありけるがもとへ、

人ふたりそへて、

さきにはやつかはしける。

七郎はかゝりしともしらず、

日頃にかはりたる出立して、

つとすのこにのぼるに、

八郎おほひにおどろき、

「こはなでふ事かしかまへたまふ。よもこなたへまうでたまふにてはあらじ。

かゝるすがたはめとり{古語}のほぎごとにてはべらむ。

いずれのむかひめとなりておはするや。さてもにはかの事なり」

と、

あだしぶりて{よそがましきなり}聞ゆるに、

七郎聞て、

「いな、

こはこれのわくごのむかへめに、

まいらせむとてこそ、

あとひ来つれ」

といふ。「こはおもひよらね。さきに中だちの人にきこえまいらせしを、

いかにとか聞とりたまふ。こと、

更宇須美もいとこがりつかはしたれば、

今はこれにもあらず。そはさまれ{夫はさもあれ也}心得もなきに、

おしてかく物したまふこそいとにくけれ。こなたとあらば、

いくわたりのたまふとも、

しかこたへまいらするより外はなし」

ときこゆるに、

七郎いや正しくしていひけるやうは、

「のたまふごと、

ことわりなきにもあらねど、

すでにいもとなるかへ、

そこのまなごと、

しりたまふごとうけひたり。なでふことなきに、

おして父の御こゝろをもて、

返したまひつる。まづかへが罪うけたまはらむずるまでは、

此文はえこそ、

うけいくまじけれ」とて、

袖よりとうでゝなげ返したるに、

八郎けしきをかへていへらく、

「すでに父母の心にそむけるめをさかるは、

ますらをの道なりてふことは、

知り給はずや」と聞ゆるに、

七郎、

「たとへさあるも、

ひと日も此家に住て、

そこにはつかへまいらせず。

いずれの御つかへを見て、

心にかなはずとはのたまふなり」といらふに、

八郎いはむことばなく、

「とへばかくいふとはそこの事なり。

何にまれうけひくまじ。はやくあとひてかへりたまへ」と聞ゆるに、

七郎いろをかへて、

「かくことわりにあたる事もいなみたまふからは、

いづれの耳にいづれの口をもてわいだめきこえ申さむ。

そこと既(すで)にかためまいらせし事あり。

よも忘れ給はじ。

又我太刀のゆくりなく{日本紀  不意の義}折れたりし事をば、

何とかみ給ひき。

そはいふべからず。

こと更宇須美ぬしはひとり子におはせり。

かへまた我ひとりのいもとなり。

いきとしいけるもの、

あはれみのこゝろなからむや。

此うへはたとへことわりなき事なりとも、

めぐしとおもふ心ひとつをもて、

よろづうけひきたうべかし。

七郎かく腰をりて申からは、

此うへはひとことの御答へによりて、

かへもいきてはかへらふまじけれ。

さる〓{万葉}も出(いで)来ば、

そこの御ためにもよからじ。

こゝろをひそめて答へたまへ。

うけ給はらむ」

と聞ゆるに、

八郎かしらを打ふりて、

「おのれさきに何ごとをきこえおきつるか。

事のしげきに打わすれ侍る。

あなかしましのことや。

いつまでのたまふともうけひくまじ」

といひすてゝ、

其むしろをたゝむとするを見て、

かへも今はとおもふけしきみえければ

「いでや八郎よ、

そこにありて此ますらをがふるまふ事をみたまへや」

と、

をたけびにたけびながら、

かへが衣のえりひしと{万葉}つかみ、

ひきよせつゝのけさま{竹取物語}におさへ、

太刀をぬきてたかむなさかをさす{古事記}。

八郎おどろきたちて、

「さばかりとはおもはざりし」

とて、

そのつかをとらむとす。

七郎まなじりをかへし八郎をにらみ{古語}ていへらく、

「なれが犬じものこゝろをもてかくはかなきめを見するなり。

此太刀のかはかざる間に、

はたゞち捨む事はいとやすかれど、

我母ながきいたづきにかゝりし時、

なれ、

人の心をもてみとりくれつるいやに、

命はなれが物となして、

まかり帰らむずるよ」

といひつゝ、

二(ふた)たび三(み)たびさすほどに、

ほぞちなして{古事記  瓜の〓ばなれのごとく也}死にいりぬ。

からだはころぶす{万葉}まゝに捨置て、

「此うへは始をはりうたえの御にはに申さむ」とて出ける。

八郎、

たつをおそしとかへがむなしきからをいだきて、

なみだはふりおちて{古事記}、

しばしありていへらく、

「さてもあへなかりける事よ。

此八郎を鬼となおぼしつらむ。

けものとなおぼしつらめ。

魂(たま)もしからだをはなれ給ずは、

八郎が申事を、

耳にとどめて、

十がひとつも、

うらみをはるけ給へよ。

御身宇須美とけしきある事は、

始よりしりつ。

もとより能あはひなり。

ことさら七郎には、

一たび物のむくひすべき事のはべれば、

わくらばにむかへ奉り、

母君をば親とあがまへまいらせむとおもひゐつるに、

ゆくりなくゆふら(夕占){万葉と者也}のもの入来りしに、

そこと宇須美があはひ、

うらなはせさむらふに、

つら/\陰陽(めを)の相(すがた)をかう(考)がへみていへるは、

『此あはひおほいによからず。

もし逢うときは、

ふたりともに命あらず。

又はなれてすら、

いづれか片々の命はきはまりたり。

これまで、

おほくの人のあはひをかうがへ見つれども、

かゝるくしきあしき御中ははべらず。

はやくさけはなちたまはずは、

わざはひ来るべし』と、

いひをしはべるに、

おどろき、

さるにても、

おもひまうけし事なれば、

天地に祈りかへしても、

そはせまいらせたく、

その後四たびまで占を問ふに、

みなはじめ聞つることばのごとし。

さるはちからなし。

いかにさかるべきてだてあらむと、

こゝろを苦しめ、

夜に日におもひめぐらせしかど、

すきまなきあはひ{源氏物語  むつまじき御中をしか書り}と見つれば、

こゝろのほかにそこの家と、

我まづさかるべきふるまひをみせけるなり。

こはこゝろなきわざなれど、

人として子をおもふは夜の鶴にもおとらめや。

ましてかごじものひとり子{万葉  鹿は子ひとつをうむ物故に冠らすことゝとす}にてなむあれば、

宇須美が身にむくひ来たらむ事をおもひおそれて、

わするゝ時なかりしに、

かゝる事になり行しは、

御身その占(うら)の祥(さが)にあたり給ふとなむ、

おもひはるけ給ひてよ。

又此事をうちあかしてきこゆべうもおもひしかど、

七郎なか/\はふりこ(祝部){万葉  神主也}やうのことばを聞得(きゝう)べきひとにあらず。

しかは我しれもの(愚者){万葉}なりと、

のりわられむもなしとおもひて、

わざと心なくふるまひてし。

猶此うへにもかゝりしてふ{斯々ありしといふ事也}ことは、

我ならで知る人もあらねば、

いよよ{万葉  今云いよ/\也}母ぎみ兄君とはうとくもなりはてむ。

しかして此騒(さわぎ)をしづめて後、

なきあとおばねもころにとひてまいらせむ。

たゞかへす%\も、

今はのきはにこゝろなしとおぼししめたまひつらむが、

おもなくかなしき」とて、

声をはなちて泣けり。

さるあひだに人騒ぎたちて、

入来るおとするに、

さらぬふるまひにもてなして、

なきがらをかいつくろひつゝひと間にやすらひをりけり。

時しもけふは西山のさうづをむかへて、

月なみの祈りを申させてありつるときなるに、

此僧都仁王経をよみさして、

ことのはじめ終りあはやと聞ゐしが、

七郎がふるまひをみるより、

胆(きも)たましひをうしなひ、

御経をば火桶のなかにかいおとし、

おのれは沓(くつ)もはかで、

そこはかとなくにげ出しが、

にし山のこなたかなたを、

日の暮るゝきはみ{万葉}、

いゆきもとほりて{万葉  いは発語行戻る也}、

〓くこゝちつきて、

院に帰りしを見れば、

ふかくしもとはら(〓原){日本紀  しもとは木梢  林原なり}

にやまぎれ入けむ、

裳(も)の裾(そで)も、

ころも(袖)でも、

たゞまよひにまよはし、

脚(あし)はくぞひじりこ(糞泥){祝詞}などをふみつけて、

目はしろめがちになり{竹取物語}、

顔はたゞさあお(青){万葉}になりて、

その後四日いつか、

物もえたうべで、

やみふし給ひけるとぞいひし。

                        よみの巻

かくて、

おほやけの御おきて事はてゝ、

きさらぎにもなりけり。

さきだゝぬくひの八千たびかなしきは流るゝ水のかへり来ぬなり{古今六帖  杭悔の詞をかけ合てよめる也}

これはその頃、

母のよみける〓とて人の物がたらひける。

さて八郎はやがて、

守の御供にてまかり下るべくしけるに、

宇須美その後は頭もあげでわづらひつゝ、

身は朝かげ{万葉  痩たるをたとへていふ}のごとくになむなるに、

遠き国にみちだち(発旅){日本紀}せむこともうしろめたければ、

をこたりはてむまでは、

此家に残しておくべしとこゝろがまへしけり。

されど「此家(や)に起ふしては、

くさ%\おもひいづる事もおほくはべり。

いかなる山里にも立離れたる所に、

しづかにてあらむは、

此うへの願になむ侍る」と聞こ

ゆるに、

ともかくもとて、

さるべきく{医}すし{語古}又よくたすけ見とるべきおもふなどもを、

三人四たりつけて紀伊の郡深くさのさとに、

しづかなるいほりもとめて引うつしけり。

さて弥生にもなれば、

八郎はあづまへくだりにけり。

宇須美はたゞはかなくあへなかりわかれをのみわするゝ時なく、

奥床に{万葉}ひとはしら{日本紀一体といふ義}のみほとけをすゑ奉り、

さてなき人の法の名を、

そのほとけの御胸にかいつけて、

朝夕花をたてまつり水を奉り、

今は、

ひと時もはやく、

天路にまれ{万葉}、

黄泉ぢにまれ{万葉}、

おはさむ所へまいりて、

ひとつはちすのうてなとやらむに、

すまひはてむねがひをのみぞたてける。

家は野辺ちかき{古今集  野辺ちかく家居しせれば鷲の啼なる声を朝な/\きく}ところにて、

水の音もきよく、

心もすみ渡るに、

いさゝむら竹吹風も{万葉  我宿のふく風の音のかそけきこいさゝむら竹の夕かも○いさゝは小也、

ところがらいと物あはれなり。庭のおもてはかきはらはねば、

春の草やゝおひ出て、

それとしらぬ花どものほころびいでたるに、

水せき入れ、

し岸ねには山ぶき咲しなへて、

妻こひそむる蛙のこゑなどもいとちかし{万葉  かはづなく神なび河に影みえて今や咲らむ山ぶきのはな。}日も夕影に{万葉}なれば、

山々は霞み渡りて、

いりあひの鐘のこゑの遠くひゞき来るも、

ありし西山寺々にやあるらむなど、

おもひいづるさへはかなくいとかなし。

とばかり庭にたち出てみれば、

けむりあへる森のうちに、

うぐひすの啼けるを、

春の野にかすみ棚引きうらがなし此の夕ぐれにうぐひす啼くも{うらがなしは心かなし也  万葉}

昼はまだいとのどけくて、

春のひかりはやぶしわかずさし渡れど{古今集  春のひかりやぶしわかねば石のかみ古にしさとも花咲にけり}何のこゝろもなければ、

たゞ青き雲にうちむかひて、

ひねもす(終日){いせ物語}空ながめするに、

うら/\に照れる春日にひばりあがりこゝろかなしもひとりしおもへば{うら/\は今云うらゝかなり  万葉}ともおもひをりける。

友がき{古語}のもとよりはつ桜の枝をはなかめ{今いふ花いけ}にさして{古今集}、露うちなどしておくりけるを、

床のまへにすゑ置て、

つく%\と見るにさえ、

なきてわかれし人ぞ恋しき{後撰集  桜花雨にぬれたる顔みればなきて別れしひとぞ恋しき}ともによび出ける。

さて友だちのもとへ返り事するとて、

ふみのはしに書つけてやりける、

深草の野べの桜しこゝろあらばことしばかりはすみぞめにさけ{古今集}弥生にもなれば、

三十(みそ)まり五日のみのり、

よそまり九日の御法(みのり)なども、

世のひと聞なからむやうに、

こゝろづかひして、

さる山寺をたのみ、

石の塔玉垣やうの事までも、

しか%\きこえやりて、

内にはしたしき尼たち二人みたりにて、

しづかに法華経をなむ千巻(ちまき)よみたてゝ、

供養したてまつらむとぞちかひける。

さて母びとなむいかにおはすらむと、

心さらず{万葉}おもへど、

世のおきてにあひて、

今はさかりはてぬれば、

ひそかにたよりせむやうもなし。

〓々夏にもなれば、

庭の草木いとくらくなりて、

日はこと更くれがたきに、

その事となく物がなしくて{いせ物語  暮れがたき夏の日くらしながむればその事となく物ぞかなしき}、

せむすべなき時は、

ほども遠からねば、

彼すまひける家に行て見れど、

ありし事どものこと更におもひ出るまゝに、

かなしくて出て行くに、

七郎が住なる門辺を、

夕ぐれの人あひにまぎれて{源氏物語}過去しみれば、

人ありとも見えず。

うちしずまりたる古家(ふるいへ)の、

門にはむぐら生ひのぼり、

軒にはしのぶ草うちしげりて、

うずきばかりの若楓のみぞ、

折るひともなければ、

所得がほにひろごりたり。

彼しぐれ降りいでしむらもみぢの頃をしも、

唯今のやうになむおもひ出らる。

さて庭やうの所には、

石などたゝみあげて、

ちひさき山どもつきならべたるは、

かの母のいたづきを、

なぐさめまいらせむとて、

なき人としてしつらひたりしよ。

叉栗柿のわか秧(なへ){万葉}、

梅桃のみづえ{万葉  わかはへの枝也}なども、

ねこじて{古事記}うゑし事もはべるしなどおもふに、

こゝろむせつゝなみだのとゞまらぬに{万葉  わぎも子が植し梅の木見、るごとに心むせつゝ涙しながる}、

妹としてふたりつくりしわが庭(いし山)はこだかくしげく成りにくるかも{万葉}

とふところ紙に、

つかみじかき筆してかいつけて{源氏物語}

ものゝ枝につけて過ける。

こを母見給はゞ、ことになき給はむ。

深草にかへりても、なほさるこゝろひとつになむせめられて、わづらひける。

ほとゝぎすの啼て過ければ、

  ほとゝす啼こゑきけば別れにし故郷さへぞ恋しかりける{古今集}

その後又いたくわづらひふして、

さつきみなつき{万葉}は、

たゞ夢のようになむあかしくらすほどに、秋にもなりけり。

漸々涼しき風出て、

月の影もきよらなるに、

すこし人ごゝち出来(いでき)て、

夜ばかりはせめて起(おき)きあがりつゝ、

しめやかなる火かき照らして、

歌物語などよむに、

我ごとものおもひけるぎともむかしよりおほかりき。

さて寝られぬまゝに、

        秋の夜のあくるもしらず啼く虫は我ごと物やかなしかるらむ{古今集}

こよひはけ(異)におもひ出つゝ、

たゞなみだのながるゝに、

御経ひと巻よみ奉らむと、おもひつゝ奥床を見れば、

虫などのしけむ、みあかしふたところまで消たり。

尼たちもいびきあがせて{源氏物語}ふし給へるに、

火を打出して{古事記}御あかしを照らし、

堤婆品(だいばほん)といふ御巻(みまき)を、こゝろしづかじよみゐける。

さてさとりの道には、おとこをみなの相(すがた)なしてふ事を、

わたつみの神のむすめ(万葉龍女なり)に説たまひし所にいたりて、

燈(ともしび)又ふたところながらくらくなるに、

御経をよみさして立てかけむとすれば、

「火は其間ゝに照さでよ」といふ声す。

さて見れば白き衣(きぬ)を身にひきまとひたるをとめの、

かしらの髪(かみ)はいと黒くてうつぶしにふしゐたり。

「しかのたまふはたそや。

いと闇きに」といふに、

「忘れ草のたねをば、

早くも御心にまかせたまへるなり」とて{古今集いまはとてわするゝ草の種、

をだにひとのこゝろに蒔せずもがな}ほそやかなるかしらをあげたるを見るより、

うつゝなくこゝろくらまりて、

うつせみの世{古語}にあるひとゝおもひまどひけるほどに、

「こはあだしめきたる御ふるまひかな。

まづ此ほどはいづこにや行たまひつる。

御文もきこえず」といふに、

「さればよ、

今住てはべる国は、

けがらひのみおほくて、

人のたよりとてはなきところなれば、

心のほかにへだゝりまいらせしぞ」。

「さるところへは、

何しにまいりたまひつる」ときこゆれば、

しばしさめ%\と打泣て、

「御あたりをはなれて、

何のこゝろをもてかまいるべき。

兄なりける七郎、

わがむねをとらへて『何事も願はかなはず。

はやくまかむでよ』と、

氷なすつるぎをぬきて、

我を追ひはなつほどに、

さかしまになるとおぼえしが、

いと闇らき国に出つる。

さてその国のおそろしき事かぎりなし。

身はきえもやらで、

炎(ほのほ)のうちにあかしくらす時もあり、

又出もやらで、

雪氷にとぢられておきふす時もあり。

あるは又けしからぬ鬼けだもののつどひ来て、

身をきだ/\に食ひさかるゝ時もあり。

まして刃(やいば){古語}にかゝりてうせしものは、

垂氷(たるひ)をそらざまに植なみ(うゑ並)たるごときつるぎの林を、

牛馬(うしうま)の面(おも)なす醜女(しこめ)どもの{日本紀}くろがねのしもとをあげて追ふに、

せむすべなければ、

はせのぼりはせくだる事しば/\なり。

かゝる苦しさは、

此国にては見も聞もせねど、

すこしのすげきにもたちかへり来て、

恋しき人のかほかたちを見る時は、

さる苦しさもうちわすれ、

又その人の御手より、

水をたうべ花をたうべ、

あるはこひしともゆかしとも、

心におもひ詞にのべて給はるを、

影のごとくにつきそひてうけ給はるときは、

彼つるぎをふみ、

ほのほにこがれ、

雪にこほり、

鬼に食ひさいなまるゝ(催馬楽)苦しさも、

此うれしさにひきかへつゝおもひたまへらるれ。

もしいつまでもかくあひみむとおぼさば、

かならずほとけの道にいりてさとりごゝろになかへしたまひそ。

たとへ御身をすみぞめになしたまふとも御こゝろだにはれやらずは、

恋しともおぼす御心につきて、

いくたびもまぼろしの中に、

ありしすがたを見せ奉らむ」といひつゝ、

よりそひぬ。

男いとうれしくて、

「さる事ともしらで、

そのくらくおそろしき国に御ともゝ申さず、

猶さすらはせまいらせし事のくやしさよ。

かくかよひ来給ふにはほども遠かるべし。

その時だにしらば御車にてもまいらせむ。

願わくはさるおそろしき国には帰りおはさで、

いつ迄も〓にとゞまり給へ。

兄君へはいかやうにもとりなし聞え奉らむ」といふに、

又打泣て、

「さうつゝなく坐(おはす)るをみるにつけて、

痛(いと)いたう悲(かな)しくなむ。

今聞えまいらせしごと、

日にちたび夜に百たび、

たとえ御夢のうちにても、

恋しとさへおぼしめさば、

その御こゝろぞよきむかへの御車なり。

たとへほのほの中にさむらふとも、

さるたびごとにはありがよひつゝ御こゝろにそひ奉らむ。

かへす%\吾をめぐしとおぼさば、

御こゝろのさとりをひらきたまふな。

又御こゝろのさとりだちたまふときは、

我かへり来べきたよりなし。

さる時ぞながき御わかれと知りたまへ。

さてかく申すうちに、

黄泉大王(よみのおほきみ)の待せ給ふとて、

したべのつかひの来たちよばふ声すなり。

今はかへりなむ。

あすの夜また人をしずまらせて〓に待たまはゞ、

まよひ来てちぎらひまいらすべし」と、

すご/\とたちて行とみれば、

けむりのやうになむきえうせり。

「こはいずこに行ぞ。

おそろしき国にはなぞかへるなる。

我あとひてまいらせむ。

やよやまたせたまへ」と、

よばひてかけ行かむとするに、

見とりゐけるおふなども「こは夢見たまふか。

いと物ぐるはし」と、

つとよりて袖たもとをとるに、

さては夢なりしかと思へどおもへど、

物のまさしかりに、

いとゞ恋しさのたちまさりて、

かきさぐれども手にもふれねばと、

ひとりごちつゝふしけるとなり{万葉  夢のあひはくるしかりけり驚きてかきさぐれど手にもふれねば}。

ほきの巻

惣治つらつらおもひけるやう、

我あねなるとじの、

あへなくうせし事も、

またく八郎がこゝろのつるぎを、

兄が手にかしてかくはからせたるなり。

あに七郎は親につかふるこゝろのふかきよりおこりて、

太刀あはせにもやさしみを得、

はたうらみのひとたちをもむくひずはあらじと、

こゝろふりおこしおもひけれど、

母に聞え奉らば、

なかなかうけひき給ふまじと、

ひそかに兄七郎にむかひてなむ、

「しかじかおもひたちぬるあひだ、しばしのうちあずまへまかり下るべき御いとまをたまはれ」とぞいひける。

七郎これを聞て、

「そこにしてはことわりあるに似たれど、おほいなる道をもて是をいふ時は、露ばかりもあたらず。

そこの八郎にうらみをむくひむと聞ゆるはわたくしなり。

吾よろず八郎にまけて、あまさへ堪えがたきうらみもむくひずといふは、親をおもむずるなれば、これおほやけなり。

なぞやそれわたくしのいかりをもて、天が下の道をやぶらむや」とをしへければ、

「うべうべ」といらへておもひとゞまりにけり。

さてかくれたる従(ゆ)あらはれたるはなしと、

こと国のますらをものたまひけるがごと、

七郎がかくれしいきほひ、

よもやもにきこえ渡れりける。

さて八郎はこがね千ひらを出して、

寺をたて経ををさめ、なき人のおくつきには、

石をたゝみ珠をちりばめ、そがうへに飢こゞへたるものには、

よねをあたへ布をあたへ、ためしなき御のりを尽しける。

此故にや宇須美やまひをこたりはてゝ、すがすがしくなりにけり。

叉はじめ終をよく知りたるひとの、

「八郎がこゝろなくきこえけるはしかじかの故よしある事どもなりし」と、

七郎親子にもきこえければ、

「さてはさだまれるすぐせ(宿世){源氏物語}なりけるものなりし。

さもしらでうらみつる事のくやしさ」とて、

まじらひもとのごとくなりにけり。

されば七郎がかくれたりしひかり、

終(つい)にのぼる日のごとくなりしかば、

西ひがし北みなみの国の守より、

「われ家の子にせしむ」、

「かれおもと人にせむ」と、

馬をはせ、

車をのぼせて、

むかえたまひしかど、

七郎かつてうけひかざりしかば、

「しからば母をやしなひ奉べき料に」とて、

をちこち国の守より、

こがね、しろがね、太刀、まき物まで、

よき使をもておくりたうびしほどに、

今はならびなきさひはひの人となりて、

その子うまごまでも、

ゆたけくとみさかえ待りしとかや。

こは中つ代にありし事よとて、

人の語らひける。

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