序

鎌倉大系図は。豊竹の葉末ひろき。源判官の子孫蝦夷に伝ふるとの篇なりそれは虚か実かしらねども。海尊仙人がたしかにはなした。物語を書ならへて諸芸袖日記に。続物ならし。信を取て聴給へとは。鼻もうごかさずに

                           八文字

                                  自笑 [亀]

寛保四子の                作者

                                   同

         歳の始                        其笑 [順]

大系図蝦夷噺(おほけいづゑぞのはなし)             一之巻

          目録

第一 仙人といふは費寿の男

    仙人のはなしと鶏卵の四角なは

    ない図な島渡常陸坊が出るまく

第二 薬の価は扨も高いねび観音力

            店にある小判をかけとり水鳥

            うき足のつかひにくひ摩夜商売

第三 船人の身體を敦賀の里

            田舎傾城の道中はとり

            なりが足どり鰍をふみの使

  (一)仙人といふは費寿の男

唐子西が古硯銘を読むに。

筆墨ははたらくによつてよはひ短く。

硯は物にまかせてはたらかぬ故。

寿を保つの説あり。

爰に蝦夷といへるは。

東北方の山島にして。

海につらなり種類多く。

中にも松爾羅邏といふは。

俗にいふ赤蝦夷にして其中央に都し。

むかし日本の名将源義経。

此所へおしわたり給ひしが。

島人その武威に服して。

大わうとあがめ其十六代目を。

占番城瑪璃耶松王と。

唐人の寝語の様な号はつかれけれども。

先祖義経王の遺風を守り。

何事も日本風にして正月の儀式。

雑煮門松はいふに及ず鳥追大黒舞。

徳若に御万歳も。

ちやんひんかんひらふんつんてんと。

語音はかはれども文句はかはらず。

亀井片岡伊勢駿河その外。

義経王より相伝の臣下。

子孫はびこり元日の御ことぶき。

くわんこひうらいはつひうひうと賀しければ。

瑪璃耶松王歓喜ありて。

わが先祖義経王はもと日本にては。

武将頼朝卿の弟なれ共。

讒阻にへだてられ軍功むなしく。

此島にわたり給ふといへ共。

故国をわすれぬ心の操日本の風俗をたつとび給ふ故。

いまに至てその如しといへども。

年月はなはだ遠ざかれば。

取ちがえたる事も多かるべし。

何とぞ当時日本の風をのみこみたる者あらば。

めしかゝへて誤たる事の分を。

正さばやと仰ければ。

権守兼房が末孫。

揶柳太夫松南すすみ出て。

頃日御せん祖義経王を祀らせ給ふ。

波禹李禹皇帝の社へ。

八旬にたけしと見へたる翁。

いづかたよりともなく度々参詣いたし涙をながし拝をいたす故。

祠官等あやしみ様子をとへば。

日本人の由をこたへ。

委はかたらざる由承りぬ。

 かれをめされ御尋もやと申上れば。

何にもせよあやしき儀とそれより。

いつも参詣する時刻をきかせ。

御使として伊勢三郎が後胤。

竜々池音南官まかりむかひければ。

はたして彼翁西陣織の綿純といふ。

まぎら羽織を着し杖にすがり。

社前につくばい拝おはる所を音南官詞をかけ。

貴殿いかなる人なればかくは参拝せらるゝや。

大王よりの御徴なるぞ。

はやく同道申べしといへば。

くだんの翁涙をはら/\とながし。

今は何をかかくし申さん義経公につかえし。

常陸坊海尊といふものなり。

奥州一戦の砌は。

われら事は京都へきゝあはせの事ありて。

まかりのぼりし跡なり。

合戦ときくやいかやかけつけたれ共。

わが君は御うち死とも申すに又は異国へ立のかせ給ふとも申すゆえ。

実否を聞さだむるまでは大事の命と金華山にとぢこもり。

折ふしは富士足柄にかくれて。

わざと仙人になる了簡ではくはね共。

草も木も鎌倉殿の御威勢になびけば。

せうことなさに菓をもつて。

命をつなぎ俗にいふ食ず貧楽が長じて。

気を呑風にまたがる共おぼへずしらず。

五穀を食ざれば身はおのづから軽く。

畢竟氷こんにやくに魂の有やうなものにて。

むかしのこんにやくにておかば。

日数を経てはくさるへきにこゝりたるうへは。

何百年おいてもおなじ理にひとしく。

おもしろいことなければまして世上の用もたゝず。

五穀をくはねばこそなれ。

もしくはゞ仙人ほど世間に費なるものはあるべからす。

むかしは木の葉を。

つゝりあはせても着たれ共。

殊の外損じのはやいものにて。

その身に着る木葉を。

二十荷ばかり里へになひ出て代なし。

今織を買ふて着るが。

寝起にもごそつかいでよいと。

近年のおもひつきでござる。

惣じて日本にむかしより。

仙人とよばるゝは。

生駒仙といふは名あつて実なし。

久米仙人はひよんな所を見て。

まつとかさまの恥をつたへし。

しかればさしあたつて。

拙者より外にこれなしとは。

只とこそ心もつきましたれ。

何とぞわが君の御ありかを尋奉らばやと思ふても。

鎌倉をはゞかり漸藤沢まで出て。

聞あはして見れば頼朝卿三代は尽て。

北条九代の権もほろび。

いまは足利殿一統三代目とかや。

此間の年数いくばくぞや。

わが心にはたゞ六七年の思ひをなせり。

しかれば人の百年は我ための三年。

無益さらに此上の事あるべからず。

その義経公こそ蝦夷へわたり給ふといふ説を聞て。

それさへ察する事ならねば。

通力はないにきわまりしと。

我ながら我をおり。

はる/\此島へわたり。

さまざまに尋てござれば。

義経公の御社とうけ給はり。

かやうに拝参いたし。

此うへは何とぞ仙人を相止ぽつくり往生の願ひてこそござれといへば。

御使にたちたる音南官もよこ手をうち。

しからばなぜ我君瑪璃耶松王へは。

御目見へをねがひ申されぬと問れ。

海尊しほ/\として。

何とも面目ない事でござるが。

義経公御一代に。

是ぞ海尊が手柄といふ程の儀をいたさねば。

書もつたえず仙人になるといふは。

よく/\心をつかはぬものでなければならぬ道理なれば。

武士の上の恥辱此うへあるべからず。

唐土にも仙術といふ事はあれども。

かしこいものはよけて習らはず。

拙者などが覚へず仙となりしは。

死にぞこなひと申ものにて。

術をもつていきたるにてはなけれども。

もし左様にもおぼしめしては。

何とも面目なく御目みへもねがひ申さずとかたれば。

音南官うちうなづき。

長命はめでたい儀なれば。

さのみ卑下なされやうはないとのあいさつ。

そのめでたいわろママといふは。

鼻の下のながい人につける異名。

鶴は千年亀は万年無用の長生。

何の用にたつことぞやといやがるを。

音南官無理にいざなひければ。

瑪璃耶松王御座ちかくめされ。

鼻の下一寸なる人は。

寿百歳のよし聞たり。

そのつもりを以てかんがふれば。

その方はおよそ。

三百歳のつもりなれば。

鼻の下三寸もあるべきに。

思ひの外みぢかきはいかにととはせ給へば。

海尊大きにおかしがり。

はゞかりながらむかしの浦島太郎は。

七百歳をたもつとかやしかれば。

鼻の下七寸なるべし此つもりにては。

顔の長さ七尺なるべし。

まつたくさやうの。

人相によることにても候わづ。

うか/\くらすものは。

自然と長命にござりますれば。

義経公手ひどき合戦の大将なるに。

わたくしかように長命なる事。

何とやらんぶ動のしるしの様に。

おぼしめさんときのどくがればよし/\その論は無益。

是まで方々見めぐりし内におかしさうな事共もあらば。

かたりきかすべしの仰のうへ。

先/\馳走との御事。

仙人あしらいを知たるものなきゆえ。

大體木食上人をあしらふ容にて。

そばきりに大麦の汁。

休息の上まかり出て。

思ひ出し次第にかたること左のごとし

  (二)薬の価は扨も高いねび観音力

南瞻部州大日本。

和泉国堺といふ所に。

法華経第廿五味。

福寿普門丸といふ。

薬をあきなう僧あり。

観世音菩薩を石像にこしらへ車にのせてこれをひかせ。

はさみ箱一荷美々しく荷なはせ。

その身は殊勝げに。

衣の折目たゞしく口上をのべ。

抑此御薬と申すは。

観世音大菩薩の御告によりて。

調合いたしたれば。

病人の信心ぼさつの御内証へかなへば。

是此一ふくの薬。

菩薩の左の御手下へたれてござなさるゝへ。

うちつけて見るにたちまち。

御手にとまれ共所詮ぼさつの。

御力にもゆかぬとの御しめしには。

御手へぬずくりつけてもとゞまらず。

世上にない事ある事引付て。

証拠もない薬をうりつけるとは。

わけのちがひし売薬。

愚僧義は俗縁の資料。

あまる程ある身なれば。

かやうに街巷にて雑喃まはる事。

本意にあらね共。

菩薩の御告もだしがたく。

慈悲の行にてひろめ申す。

望にない人は縁なき衆生。

しゐてはすゝめぬ。

たゞ今きらるゝ人でも。

観ぜ音の御力では。

刀刃断々壊と刃物もおれて。

たすかると申せば。

いはんや病苦を。

すくひ給ふ事をやと。

高らかにいふにぞ。

さま/\の病人こゝにあつまり。

一貼廿四銭づゝの価を出して求るに。

かの僧うずだかく。

はさみ箱の蓋につみ上し薬を。

手にあたり次第。

ぼさつの左の手へなぐるに。

十貼に七ツヽミ八ツヽミ手に引つき。

二包か三つゝみはいかやうにしてもつかず。

下へおちけるゆへ。

諸人奇異の思ひをなし。

あら有がたや忝やと。

薬代の外に冥加銭の。

百文づゝもさし上けるまゝ。

次第にひろまり。

毎日五十貫六十貫の銭をしてやりけるを。

大坂に工面の加兵衛といふ。

芝居掛の男是ほどもうけにくい時節に。

あれ程なる商は外にあるべからず。

そのうへ親代々の医者が。

京へのぼつて数年学問をはげみいろ/\の書物をかんがへてさへ。

さあ治らぬといふだんに成ては。

ゆかぬ病おふきに。

いかに神仏の告じやとて。

夢中の沙汰いかにしても心もとなし。

仏神より薮医者の方が病になりての相談相手にはよいと。

のみこんで居る此世界に。

誰がめつたに銭だして。

買ふやうはなけれども。

観音の手へ引つかすといふ細工ひとつが。

宝の山と見へたり。

是非これは習ひおとして。

広い大坂でひろめたらば。

こどろい無間の鐘よりは増なるべしと。

たつた三里の道ことに。

道頓堀よりははなはだちかければ。

朝飯くふて行けるに。

まだ昼まへに堺へ着。

大小路の辺を徘徊するうち。

そりや観音様の御通りじやと。

人の山見へて残の峰をつみあげ。

観音様夢想の口上滝のごとくなるを。

嘉兵衛つゐてありき。

日も西山にかたぶき。

売薬もそろ/\仕舞時になりて。

売溜の残けふは別して仕合よく。

七拾三貫百四拾八文すぐに両がへして。

小判と小玉銀に引かへ。

はさみ箱もちと観音の車をさきへかへし。

かの僧機嫌よく戎島へまはつてかへるを。

目もはなさずあとよりつけて。

小さびしき所にて袖をひかへ。

貴僧様御くすりのかげにて。

病気本復いたしたるものでござりまする。

此御礼としてひとつの。

奇術をおしへ申さんため。

御ちかづきに成申すといふゆへ。

合点はゆかねども。

それはいかなる術ぞといふに。

途中にては申上がたし。

まづあれに見へたる。

三軒の料理茶屋の内。

いづれへなりとも御入下さるべし。

わたくしの術と申は。

すなはちその座敷にて。

あらはれ申すべし。

かならずものをおふせらるゝなと。

同道してさあいづれへなりとも。

御はいりなされませいといふ故。

なにとやらいなこととはおもへども。

さしかゝりの丸屋といふへはいれば。

亭主花奢をはじめ。

仲居下男にいたるまで。

物いふものひとりもなし。

嘉兵衛そこらにある膳部。

さけさかなを取て僧にもふるまひ。

その身もしたゝかにたべて。

気のかはるやうに。

隣へまいりませうといざなひいづるに。

よう御出なされたといふものさへなきに。

又となりの近江屋にても。

腹存分栄耀喰すれども。

誰とがむるものなしそこも立出。

橋ぎわの両替店へかゝり小判三両引たてゝくるに。

みす/\見て居ながら。

それはといふ人もなければ。

僧も肝をつぶし。

そろ/\眉に唾をぬり。

しりこそばくなりしに猶御なぐさめ申けんと。

浜手の大茶屋へつれゆき。

こゝにてもさま/\の酒さかなをとり出して。

僧をもてなしわたくしの。

おしへ申さんとの術は。

かくのごとくでござる。

何をどうしても人のとがめぬといふ事。

又外にござりますまひがのといへば。

僧大きにおどろき。

かゝる奇術は天竺にもあるべからず。

何とぞ御指南。

たのみたてまつるとのとき。

しからば御手前様の。

観音の御手へ薬の引つくと。

つかぬわけをおしへ下されよ。

引かへにいたさんといへば。

なにがさて/\さいぜん両替にて。

三両の御手際など中/\。

手前の観州[衆]の所作でも。

まいる事にあらずしからば。

たがひに術をかきつけて。

一どきに取かはし申。

拝見はやどもとにていたすべしと。

約束し硯とりよせ。

伝授のむねのこさず。

たがひに書てとりかはしければ。

嘉兵衛うれしく。

ふところにおしこみ。

いとまごひしてかへりけるに。

僧も宝を得たる心地して。

宿所にかへりかの一通をひらき見れば。

一前かとに戎島へゆき。

茶屋四五軒へ相対して。

金子わたしおくべし。

のち程つれを同道して。

何をとりてくひ申すともとがむべからず。

よう御出なされたともいふべからず。

もしつれて来ぬときは。

三分二は返し申され。

三分一はその方の徳たるべしと。

さだめおくべし。

一両替屋の事は。

三両分の銀をまえかどに持てゆき。

小判にして出しおき給はるべし。

後程つれのある時取てかへるとも。

ちとわけがある程に。

物いふてくれらるゝなと約束しておくべし。

尤引き替ちんりんとわたすべし。

右二ヶ条は甚秘伝の事なりといへどもこれを相伝せしむるものなり。

ゆめ/\他伝あるべからずよつてくだんのごとしと書たり。

僧は大きに腹をたてけれども。

何国のたれともしれず。

大切の観音の。

底をたゝかせおつたと。

じだんだふみてもかへらばこそ。

扨また嘉兵衛はかの一通をよみて見しに。

全體は常の石にて。

左の手くびのところばかりを。

磁石にてつくるべし。

さて丸薬に銓[銑]屑をすこしづゝいるべし。

その分は手へついて落ず。

たま/\銓屑をいれざるをも。

まぜておくべし是はおつるなり。

かやうになければ人おもひつかず。

秘すべし/\と書つけたり。

此まゝにやつてはいかゞと。

こゝが工面の名題にて。

狂言作者へ相談しければ。

それを種に思ひつき。

雷神に動といふ。

三番続を仕組。

御家のお姫様あやしき病をうけ給ひしと。

悪人の家老が世間へ披露し。

お姫様の髪を油の中へ。

銅の銓屑をつけて髪につけさせ。

天井の上へ磁石をあげおゐて。

その気にて髪を吸ふゆえ。

髪さかさまに立て。

おそろしき體に見ゆるにより。

嫁入はなるまじきと。

おのれが恋慕より。

外へやらぬ巧の段をこしらへ。

此狂言にて大入をとりしは。

かの綿をあらふ老嫗が寒の内にても。

手のこゞへぬくすりをおぼへて。

洗濯するを聞つけ。

その薬をわづかの金子にて習らひうけ。

寒国へ寒中におしよせ。

軍兵の手に此くすりをぬらせて。

手の亀ママらぬ様にしたるゆへ。

合戦に勝大利を得たるに。

ひとしかるべしとの取沙汰。

是は建久二年の事にてござりました

  (三)船人の身體を敦賀の里

緋縮緬も衣に仕たつれば僧正衣とうやまはれ。

六尺切て女の腰にまとへば。

下紐の名に穢れて。

新しゝといへ共。

衣桁にかけてもおかれず。

緋縮緬にかはりはなけれども。

そのおき所によりて貴賎殊なり。

都では太夫様といふを。

越後では遊君を杓といへり。

いかなる心とぞとへば。

流れを汲むとの心とかや。

又越前国敦賀にては干瓢といへり。

どうした儀といへば。

夕顔をさらすとのこゝろへ。

其干瓢より一段あがりたる女郎をこゝにても契情と名づけて。

島寺町といへるに。

娼宿三軒。

新田義貞金が崎の時。

島寺の袖といふ遊女を。

船にのせてと太平記ににもかきし。

筋目の家/\にて。

衣裳も純[緞]子文繝垢づきしは着づ。

夜具も紅絹の三ツ蒲団はづかしからぬに。

客はととへば北国廻しの。

船頭商人この湊に船をかけて。

千代もとちぎる内。

よい追風が吹くと告ぐるやいなや。

帯もろくにする間なく。

払は船宿へまかせてはわかれゆく。

たのみなきちぎりの中にも。

松前ふねにはじめてのり来たりし。

商人五郎八といへるが。

和泉屋のいわくらといふ女郎の。

道中を見てなづみけれ共。

この五郎八といふ男。

松前にても堅い者と。

立てある十露盤盤者ゆへ。

此たび十八艘といふ船荷の。

惣宰領にたのまれ。

諸方の荷物何事も。

此男に打まかせてのぼすも。

五十三といふ歳のさする事にて。

此中風波あしくこゝに逗留する。

船●よりもむつかしひ者にしてもちゆれば。

人のあそびにゆくをしかりはすれども。

自身はゆかれぬ首尾合。

さらばといへてしのびに。

案内なしの魂胆までは手がとゞかず。

ひとりもやくやと物思ふにつけて。

せめては心のたけをしらせたく。

にじり書するがたよりと成て。

船の炊奴をた[だ]きこみ一ふで。

恋の文をもたせおくりける。

奥に何ぞ歌が書てやりたふてもおぼへず。

それよ/\国もとで。

昆布切の藻右門が庄屋の娘へ。

やられた文に書てあつたと。

思ひいだして逢見ての。

後のこゝろにくらぶれば。

むかしは物をおもはざりけりとは。

あふて後の歌といふ事もしらず。

船人の見ぬ間に。

乾鮭五本そえておくりければ。

岩くら情ある女郎にて。

返事こま/\としたゝめ。

さほど人にむつかしがられ給ふ御身ならば。

案内御たのみもなされがたからんまゝ。

こよひ角屋伝左と申す。

あげやまで御出下さるべし。

まちうけ申さんとの奥に。

これも松前の人さへ。

歌をかいておこしたるに。

歌なくてはいかゞと。

恋の文づくしをさがして。

わが恋は縁の下なる古元結。

たれとりあけていふ人もなしと。

ちらし書にしたるを。

五郎八此歌は返事になる。

歌でないといふ心もつかず。

住吉明神の守りと一所に袋へいれて。

首にかけうれしさかぎりなく。

惣たいわかい衆が風待ひまどるとて。

あそび所へ出かけられて。

心もとない見廻りに往て来ふと。

子細らしくつふをさあとこん夜は。

五郎八殿が見まはりに出らるゝ程に。

たれもゆくなとひそまるをさいはゐに。

くものす染の木綿羽織に。

茜のしぼり裏もみぢかく刃は親重代の貞宗なれ共。

長刀だをしにて間にあはぬ。

藤柄はなしめぬきの。

みをのやより景清が兜かけてとれ。

下緒は結ぶの神の鐘緒ほど。

注文送紙くゝり付て。

袴だれの観音の前よりあがりしが。

敦賀の町にて木綿屋に。

紅ざしさの切々の。

釣さげてあるを見つけ。

しはしたちとまりて思案し。

六尺お八十四文うらつけあげ。

百十四文にかふて。

はしぬいまでもなく。

ちとこゝをかけますると。

帯仕なをすふりにて。

下地の下帯をふところの内にて。

袖くろめさらさのふんどしに。

ゑみをふくみいそ/\して。

角屋をたづねゆくうちに。

はやうそくらがりになれば。

下地のした帯どこそにかくしおゐて。

もどりに取てかへらんと見あはせけれ共。

思ふやうなる所もなし。

たれが家かはしらね共用心の水溜桶をさいはゐにそのうしろなる。

塵芥の内へおしかくしたしかぼうふり虫五六疋と共に。

その水にて口をすゝぎ。

是なでは人の楊枝つかふを見ては。

あれは何のために口中を浚る事ぞ。

あのやうに素糟を除ては。

食物に味が有まいと年々ふ審に思ひし事。

此時さらりと解て。

去々年の大廻しの時。

鎌倉にて小田原外郎。

一粒を一銭づゝといひしを。

世間の費とあざけりしが。

今日のいまに成ては。

一粒一両でも恋したく。

船中でも仮仏壇こしらえて。

毎朝の念仏に用意したる。

大坂御堂の前で買ておいたる。

仏前来段香を口にふくめば。

寂光浄土の香ひと共に。

揚屋へはいれば大かた此わろであらふと。

岩倉が出むかふて五郎さんかへと。

背中をほとゝたゝけば。

ひへきつた身お居風呂へ入たやうに。

五體にしみてはづかしく。

座敷へ通ればあられに

花奢が持て出れば自身●の心地してゐるに。

いわくら杯とりあげ。

思ふ君へあげますとさしもの十露盤男。

たれがおしへね共。

金やるといふ事を自然とおぼへ。

ふところの内で。

何べんかさぐりくらべて見て。

壱両七八分ある小判銀を。

ふたつぎりの半紙のはな紙につゝみて。

顔打あかめ志でござると。

女郎へ打つけにはづむ手もとは。

寺まいりの癖うせずして。

やりながらおがむやうな心になる内。

はや膳部を出しかけたり。

此所海辺にて魚類沢山なれども。

物ずき鄙びて本汁とろゝに。

赤小豆食向ふに壷皿。

たこと油あげの豆腐のこくせう。

引て石王●魚を。

山椒みそのでんがく。

吸物は鱸のすまし。

亭主まかり出て鱸には。

くもわたをいれるとうけたまはりましたれ共。

腸のありそうな。

よい蜘蛛がござりませぬ故。

そのかはりに蟹のわたをいれましたといへば。

五郎八も知た顔にて。

蟹のわたはこのわた共。

所によりて海丹[胆]とも申して。

賞翫いたすものでござると。

どうも吸にくひ物を。

眼をふたいで。

三ばいまで義理にかへける内。

東の山の端へ出ける月のおもしろさ。

五郎八ながめ入て居るゆへ。

発句か歌かをなされますかと。

亭主我をおれば。

五郎八そろ/\庭へおりて。

薄のもとへ立より月を見たり。

薄をながめたりするゆへ。

さてこそ月に薄を。

よみあはせらるゝかと見て居れば。

さはなくしてすすきおしわけて。

小便をしたくうへにて。

月にぬかひ手をあはせ南無阿弥陀仏と。

目をふさいでおがむに。

奥もさめそうな所と。

女郎もお殊勝なと感じ入。

三味線取て江島ぶしをうとふ声はしはがれたれ共。

五郎八が耳には迦陵びんがよりうつくしくろくに居るとて折々。

紅ざらさの下帯見せかけたい心も。

春めきたる最中。

ふとおもひ出して水桶の陰に。

かくしおきし古下帯には。

金壱歩三十両分くゝりつけたるに。

気のせくまゝの仕業と。

それより酒ものどへとをりかね。

いわくらが小歌も耳にいらずこそ。

はつたりとわすれた事がある。

いんで来うと立を。

たつてとむるにめいわくしながら。

たつた今来ませうとはしり出。

すう/\いふてくだんの所へかけつき。

さがして見れども。

さいぜんおしかくせし時。

そばに寝て居る乞食が。

見付て取てのきし故。

合木をさがしてもあらばこそ。

気もきやうらんのごとく。

笹の葉もかたげかねぬていに。

さわげ共くやめども。

そのかひなかりき。

あげやには待かねて。

てうちんとぼさせたずねありき。

やう/\にめぐりあひて。

いやといふをひきずつてかへり。

屏風引まはせば。

岩くらが情に金のこともわすれ。

三十両といふ金を。

うしなひたるよりいつその事。

やけになりてそれより。

ゆくほどにつかふ程に。

かゝり船みな/\。

順風に帆をあげて出てゆけども。

五郎八船十八艘はおかしら故の色ぐるひにて出さず。

たれこわいものもなく。

船頭水主めつたずかひにして。

昆布数子ぼうだら。

わかめあらめ安売に売たて。

十八艘ともに。

乾鮭の眼とともに。

荷主をぬきける程に。

今は故郷へもかへりがたく。

岩倉が二世迄とかひしを。

せめて死出の友と。

心中の談合しかけて見れば。

マア三百両もつてござんせといふ故。

腹と帆ばしらと一所に立て。

宝船にてあてなしにはせ出せばおもりなき故悉破船して。

命から/\皆ちり/\に成て。

行方しれぬ身とはなりぬ。

是より北国者は遊女にあへば。

船を傾けるとて。

傾船殿といふておそれきらひ。

たま/\遊女に金もらふて。

身上を取なしたといふ者と。

山のいもがうなぎになるといふ沙汰は。

はなしはきけ共直に見たものなしと。

上方へのぼる上乗船頭には。

愛敬の守りをかくる事。

かたく法度に定けるとなん

                      一之巻終

大系図蝦夷噺(おほけいづゑぞのはなし)             二之巻

         目録

第一 筆道の誉は両と雨の字の界

    石に入て三分とはかたいぢな筆勢

    台笠立笠に代てもつ大筆わら筆

第二 歌学の宗匠は蛙の歌袋

    井出の山ぶきちりかゝる弟子衆

    ひきとむる思案はふかい池の物好

第三 料理の手際匕先の働

    鍛冶屋の合槌うちよりての

    あんばいこん立数/\数子の吸物

  (一)筆道の誉は両と雨の字の界

契情の船人をおよがせしも。

その道におゐては芸の内なるべし。

それにつゐて物かく事は。

たがひによめて。

事の埒さへあけばすむ事なるに。

所詮書てもよめぬ様に。

うねくるを能書と心得。

七間四方のつぎ紙ゑ。

たつた一字の寿の字を。

かいたとの自慢かゝる大字。

何のためになる事ぞや。

思ふ事を書伝ふるも。

一寸の文字には過ず。

観音の音の字も。

草でかけば七百なれど。

真の時が結句六百じやと。

いふくらゐにさへなくば。

通用の字形の外。

かはりし事はこのむべからず。

大黒屋?兵衛といへるは。

京都にて人もしりたる店商。

帳ともに表書をしてやるより。

めつきりと商売はやり出し。

手代あまた置ならべて。

正月十日戎前後には。

店さきの竹の葉にぎやかに。

大福帳を表紙一はいに。

すみ/\のあかぬやうに書おぼへ。

そろ/\筆道がやつて見たふなり。

虎といふ字の尾を。

ひら/\とうねらせ。

竹の字に節をつけて。

庭のつくり樹を。

台笠立笠に仕立白槙の竜虎に木で眼をつくり。

土でこしらへたる西行のある所でなければ。

ついたてにもはられぬ筆勢。

それが困じて玉板へかゝり。

水書の千字文書おぼへしより。

あたまをそり筆花堂といふ。

朱印のこしらへしより。

帳の表書の頼手次第にうすく成につけて。

王義之道風も非に視る高ぶり。

俗體にては人のうやまひなからんと。

あたまをごそ/\とそり。

橋もわたつて見ねば。

すまぬ世の中と衣やら八徳やらしれぬ姿となり。

弟子取の看板も自筆と共に。

恥を書けるに。

切角よめる手跡を書くずしに来る輩。

こゝにつどひ繁昌につけて。

東山にての大字会。

まえかどよりの催しにて。

その日にもなれば筆花先生。

旦那寺にてかりたる乗物。

辻やとひの三まいがた。

弟子を二行にあゆませ。

藁筆大筆を先長刀のかはりにかづかせ。

あとよりはつゐのはさみ箱へ。

硯毛氈をいれさせ。

一町あまりふらせけるが。

葬礼と取ちがへて。

竜頭のあげでうちん二帳。

昼中にもたせたるもおかしかりき。

扨東山珍阿弥には。

幕をうたせまち受の弟子。

今やおそしとざはめく所へ。

乗物おろせば。

筆花先生上座につき。

杯事はじまりて後。

いづれも思ひ/\に唐紙へのうちつけ書。

壁に張ならべて批判最中。

弟子のうちより。

むかしの弘法大師は。

口と両手と両足に筆をはさみて。

一時に物をかゝれしゆへ。

五筆和尚と今に名たかし。

何とぞ先生にもせめて。

三筆の御名ほどの事を(も)がなといへば。

筆花大きにせいてわが筆法。

弘法大師にまけんや。

さらば曲筆の手ぎは。

いづれものお目にかくべし。

弘法大師に五筆の名あらば。

身共は六筆の奇妙を。

あらはし見せんと。

口に筆をくはへ。

両手両足にも。

筆をくゝりつけ。

此分ては五筆なり。

今一本のはさみ所にこまり。

耳へも鼻へもはさみがたく。

俄に思ひ付て中筆一本。

尻お穴にひつはさみ。

唐紙の上へうつたて。

あまり筆勢をつよくかゝんと。

力をいれけるうへに。

口と両手のはたらき一時にかく拍子に。

しりもちをどうとつきけるまゝ。

しりにはさみたる筆。

軸と共に内へいりければ。

あいた/\と先生目をまはされ。

やれ医者よ祈祷よと。

大さはぎの中にも功者なる男ありて。

外の医者ではゆくまいと宮川町に居る。

痔医者をまねき。

容體を見せけるにむかしより。

禁筆と申事はうけたまはりしが。

穴筆と申はたゞ今がはじめてでござると。

とげぬきの膏薬をはらんとすれ共。

七八寸ばかりの筆が。

さまたげとなりてはられず。

いかゞせんといふ内。

先生やう/\気もつきて。

くるしき息の下よりも。

いずれお世話になされて下さるゝな。

いにしへの王義之といへる能書は。

あまり筆勢つよく。

石へ物を書けるに。

石に入て三分と聞つたへたり。

しかるに現在身共は。

尻に入て六寸あまりなれば。

王義之にもまさりたる所ありと存じ。

たゞ今相はてゝも。

筆道の冥加にかないたれば。

うき世に思ひおく事。

さらにこれなしといへば。

弟子中は一流の外聞と。

師匠殿くるしみをよろこびける内に。

外科筆の軸を引ぬけば。

しばらくわづらひながら。

その弟子中より六筆和尚とうやまひ。

いよ/\信仰あさからざりける。

されば此先生方々よりたのまれ。

看板をのみかゝれけるが。

ある時さる大寺の楼門の。

額をかけながらかくとて。

あしだまりなき所にて。

屋根の上より細引をつりさげ。

六筆先生の。

きる物の襟に鎰をつけて。

くだんの細引にて宙につりさげ。

筆に墨をふくませてかゝせけるに目も眩き心も身にそはず。

こわやあぶなやと思ひ/\額をかきける。

此楼門あまりたかくして。

雨雲ふかき時は額より下に。

雲を見るとて即ち。

雨雲楼といふ額なるに。

先生手はかき得たるやうなれども。

文盲是非なく雨雲楼の。

雨の字のかしらをむすびければ。

両雲楼に成たり。

雨といふ字も両の字も。

もとはひとつとおぼへたるとて。

それより世上に。

両雲先生とよびける。

こわやおそろしやと思ひけるゆへ。

すこしの内に中風気おこり。

手ふるひいだしければ。

道風と同格に成たと。

いよ/\自慢やまざりけり

  (二)歌学の宗匠は蛙の歌袋

やまあと歌は。

人の心をたねとするより。

すぎはゐは草の種にて。

浜のまさごはよみつくすとも。

渡世のたねはよみつくすべからず。

京の中を毎夜ぐる/\尋ねめぐりて。

人のおとした物拾世渡あり。

白水にこもをしたして。

わざとなめくじりをわかし。

壁にはわせて。

贋水晶をつくるものもあれば。

何でなり共わたられぬといふ事なし。

伊勢の山田あたりにては。

鯰一升を銭一文か二文にきわめて。

きさんてありく者あり。

今はむかし随雲法師といへるは。

そのもとすこしの商人なりしが。

敷島の風雅分にては。

洛外にある景地に庵をしめ。

百人一首一部の大意もゆかず。

まして万葉集源氏物がたりに力を用ひず。

廿一代集の撰者をとへば。

手帳出さねば。

返答のならぬ仕合。

へらず口には歌学者と申と。

歌よみと申すがありとは。

その身うたよみじやと。

いはんばかりかた腹いたし。

和歌の会にて座につく時は。

くるりとまはりて平座する事。

束帯にては裾がたゝくれて。

しかるゝゆへなるに。

裾もひかぬ町人百姓の。

会にくるりとまはらして。

飛魚の様にはね廻る事心得がたし。

下帯でも引ずりて。

かくはまはる事にやと見て居れば。

麻上下着ながら。

万事束帯の取さばき坊主分は遍昭。

素性がおもひをなし。

宗匠顔する随雲は。

自身を西行と心得庵号も東行庵と名づけ。

何ぞめづらしひ事をいはねば人がおもひつかぬゆへ。

そろ/\古歌を難じ。

風雅集をそしりその身。

その百分一の場へもいたらず。

源氏物がたりのはなしが出れば。

蛍兵部といふ名は。

光源氏には出来ましたと。

知た顔にいへば一座の弟子ども。

いかにもさやうでござりまする。

うつせみはぬけがらじやと申まする程に。

大かたあほうでかな[?]ござりましつらんと。

取てもつかぬ取沙汰なれども。

ちらかし歌よみじやといふによりて。

扨はそうかといふて。

弟子になるもの多く。

門前市を茄子売肴屋まで。

詠草をしたゝめ添削を乞けるまゝ。

さあ会まへといへば弟子の持て寄る歌の内にて作意のはたらきしを。

貴様の分ではまだ。

此格ははやいといふて。

わが趣向へとりこむ事。

きのふけふ手習の師匠家をしても。

子共に教る謡をおぼへず。

近所の諷屋から。

取売するをしらず。

若いもの共が上手か思ふて。

ならひにゆけば高砂田村の類は。

相応におしへて通れど。

外百番のうちをのぞまれて。

外題さへしらぬうたひにこまれ。

今うち外を御うたひはよろしからず。

内百番をすまされてからの事といふ故。

しからば春日竜神をと。

そこのある箱より。

うたひ本引出してならひかくれば。

此師匠殿春日竜。

つゐにうたふた事なし。

しからばとてしらぬとはいはれず。

さらば一所にうたひましよと。

さしむかひに本を中に置てうたふに。

結句弟子は外にて。

まへかどならひ置たる諷にて。

節譜に滞きこへねども。

師匠殿は所々にてゆきつまらせ。

奥にいたり八大竜王の名の段。

一円によめずやう/\。

弟子に引ずられて。

汗をかいてうたひしまひながら。

弟子のうたひかたに。

小事ママいふたぐひとひとしく。

大かたの事は弟子に習ふて師匠の芸のあがる事。

ためしすくなからず。

随雲法師思案しけるは。

大ていの事では。

今時名はとられずされば。

秀句をひとつよみて。

人丸赤人ともよばるゝ程に。

世につたふべしといろ/\工夫し所詮旅をして。

道中にての百首をよまばやと。

日本廻国いたすと。

近所へいとま乞をし。

奥の間へ引こもりどうやらこふやら。

百首よみたれども。

物三里とゆくことならぬ脚にて。

出れば物入おほしとたれが来ても。

遠方へまいられましたといはせて。

炎天に顔を干つけ。

塩水をこしらへ置。

折々顔へ打て。

浜風にあたりし顔に仕立。

塩水にてぬれたるかおを。

日に干す事六七十日。

面皮うす/\むけて引はる。

いたき事たえがたけれ共。

こゝが風雅をかざる所とかざる所と。

鏡にかけて見れば。

自然とくろみたるには違ひ。

急に日にかけて。

塩水を打ちたるものゆえ。

皺のよりたる事。

ちりめん細工の猿のごとし。

是ではいかゞと。

ぬれ手ぬぐひをあてゝ。

そのうへより火のしをかければ。

やう/\皺はのびけれども。

目口引つりてこたへがたし。

頭陀袋に何ぞ。

めづらしひ物を。

いれたいと尋させしに。

ある人定家卿の物をまいりたる箸じやとて。

かたママし持て居るを証拠はなけれども。

金壱歩に買とり。

蝉丸のつかれし撞木杖と聞て。

逢坂と名づけしを。

銀百目にもとめ。

西行法師寄りつたはりし。

木綿風呂敷なりといふを。

是はちと高直なれ共。

三両にとゝのへ。

まだ是にてもあきたらず。

船板の木ぎれ。

是は人にはつけよあまのつり船と。

小野の篁のよまれし。

そのつり船の古く成たる物と。

別して自慢し夜の内に宿を出て。

夜の引あけに二三町もまはり。

只今まかりかへりしと。

ちとくたびれたるていに。

よろ/\して近所へ立よれば。

扨も/\しほ風におあいなされたゆへ。

御顔がくろみましたといふ時。

はじめておちつき。

百首のよみ歌を。

世上に披露しければ。

めつきりと弟子もまさり。

それより町住心にそまず。

随分ふるびたる百性ママ家の。

屋根わらを買とりわざと。

くずれかゝりたるやうなる。

庵室をかまへ此屋根は。

天智天皇の。

秋の田のかりほの庵と。

よませ給へるやねなるが。

山科辺より取いだせし上[?]所でわざと。

わらをすかしておいて。

雨のもるやうにしかけ。

ふしぎは今に。

露などがもりますると。

畳のくさりたるを人にひけらかしける。

此うへ何とぞ。

人のせぬ事がしたくなりて。

さま/\聞あはすに。

井の出の蛙を水中へ。

一ツにてもいれおけば。

ほかの蛙音をとめてなかずと聞出し。

にはかに雨のふる最中。

玉水へ飛脚をやりて。

井出の蛙五ツとりよせ。

さいはゐ庵室のうしろに。

かしましい程蛙のなく池のありければ。

それへはなち。

山ぶきなど岸にうへかけて。

井出の蛙をはなしたれば。

外の蛙が音をとめしといふ。

歌の趣向を案じ居るに。

まことに蛙一ツもなかざりければ名物はあらそはれぬと思ふて。

かんじ入て居るに。

きのどくや夜に入て。

蛙のなく事まへにかはらず。

今度いれさせたる井出の蛙五ツだけ。

おほく鳴までの違ひにて。

かしましさまさりけれ共。

切角取にやりたる使の手まへもあり。

あれきけ外の蛙まで。

井出のかはづにつれて声が高ふなつたは。

ふしぎではないかとは。

是も趣向のひとつとて。

思ひきやといふ五文字を置て。

あんじて見たりとなん

  (三)料理の手際匕先の働

むかしは胡蘿蔔にて菊をきざみ。

大根にてさくら花をきりたる。

ひやうし物をほめたるに今は細工すぎたる料理は。

何とやらんむさけたちて。

賞翫する人なし。

いかにも馳走なればとて。

魚鳥ばかりつかひつめたる。

手づゝなる献立は。

田舎めきたるとてがてんせず。

あまりうす/\としたるあんばいは。

茶屋めいたりとてのみこまぬ世の中。

とかく客によりて。

物ずきもちかふべし多は亭主の口がつゐてまはるものにて。

亭主から口なれば。

客をもから口にあいしらい。

亭主あまくちなれば。

客をも水あしらいにする事。

大かたいづ方もおなじ事にや。

いかにかはつた事がしたいとて。

蛸の子ごもり。

蜆の水煮も。

賞翫はしがたし。

こゝに都三条辺に。

梅井粋庵といふ医者。

生質て料理をこのみ。

のり物の内にても。

献立のみにこゝろをつくし病人の脈診る内も。

さし身にはあらひ鯉。

い●酒はあまみすぎたれば。

蓼酢などゝの事のみ。

薬の配剤も是にひとしく。

是は証治準縄の方なれども。

是へ生姜一片とは古しとて。

山葵にしかへてさしつすれば病家肝をつぶし。

煎薬にわさびとは。

あまりとんだ事と思へども。

はやり医者のことなれば。

もしや古方にもある事かと。

のませて見るに思ひの外。

むねをすかし食をすゝめ。

効験は医案の外 に見へて。

敗毒散などをもるにも。

十二月のはじめ頃より。

正月二月までは。

独活をつかへ共。

三月過てのうどは世間にも沢山過て。

病人への馳走にならずと。

四月のさし入からは。

独活のかはりに。

竹筍のはへ出しを。

輪ぎりにして用るなど。

上戸と見れば耳[甘]草をいれず。

番椒の粉をいれ。

にがみの有薬を小服にして。

うす/\と出るやうに。

仕かけさすれば。

おの/\わが口にあふより。

病も治し繁昌おびたゝしかりけり。

はやるにしたがひて。

贅言をいへる事つよく身上のよいにつけては。

料理人も名あるをかゝへ。

めづらしい事をこのみ。

心がくる折ふしその隣に。

あまりちいさい家にすめばとて。

世間から異名をつけて。

小鍛冶とよばるゝ小刀鍛冶あり。

銘には日本康小刀宗匠。

石部守来金無ときりけるが。

是も料理をこのみ。

ふいご祭に蕎麦きりを。

うつやうな●げたる物ずき。

いなり明神様も方々にて。

小豆めしはあがりあかせらるべし。

そこをそばきりと切かへねば。

御馳走にならずとのこんだて。

世のゑせものなりけるが。

勝手まで見まへば。

粋庵よろこび是は/\さいわゐ。

たゞ今北国問屋から。

あまりよい数子をもらひました程に。

ふるまひませうが。

しやうゆにしたしてくふか。

あへものにするより外に。

よい思ひつきもなしといへば。

来金無がいへるは。

数子の吸物といふ事。

つゐにうけ給はらず。

何とすまし汁にてなされて。

御らんじませぬかといへば。

是はおもしろいしからば。

わり山椒をしかけさせて。

あんばいよしと。

吸物椀へよそひ出すを。

舌打のうへ数子をくふて見るに。

石か鉄にてつくりたるごとく。

中/\歯のたつべきていにあらず。

ひねくりまはしても。

わつて見ても。

虎狼の牙をもたねば。

かみこなすべきようぞなき。

惣じて数子は。

火にかけてはくはるゝものにあらず。

是物ずきはあたらしけれども。

製法にさだまりありて。

煮てはくはれぬものといふ事をしらざる失なり。

されば医術もそのとをりにて。

薬といふ薬に。

そなへたる製法あり。

是にあたる病ありて。

其場をしらざれば用にたゝず。

酒製塩製童便製など。

おの/\そのそなへある事。

数子はしやうゆがけか。

あへものを製とす。

いづれ此理なきものはあらじ。

しかればいはれざる。

医者の料理ずきは。

医者の製法にあらずと。

ふつ/\おもひきりて。

方薬にのみ工夫をこらし。

つゐに名医のほまれをとりたり。

来金無も大に悟道し。

小刀を打火あぢを発明し。

火につよくかくべき場と。

よはくかくべき所をおぼへ。

上手の名を取けるとなん。

嘉太夫ぶしといふ浄るりは。

きはめてかたいふしなれば。

浄るりながら急度したる。

座敷でかたらすれば。

謡同前にてきく人も心しまり是を契情白拍子がかたれば子細らしうて。

数子の吸物のごとく。

興もさむるなるべし。

国太夫ぶしを。

かたい座にてかたれば。

人がら迄そこねてみゆれども。

女まじくらの所では。

かたる人に色有こゝちぞするなれば。

薬も加減見たて少の違ひにて。

生死へかゝり。

鍛冶も人の頼とする物を。

油断して打べき様なし。

すべて世上の事多く如此となん

                          二之巻終

大系図蝦夷噺(おほけいづゑぞのはなし)             三之巻

          目録

第一 親に不孝な悪者の神道者

    森屋大右衛門が仏壇たゝきわる鉦の音

    ひゞきわたる講釈をきゝ過た了簡

第二 音楽の稽古調子の合ぬ仲間

    曲手まりがかるわざのさはぎと

    わらはれて返答なし地の笛箱

第三 薬の名を言張二人固意地

    和尚の情に若衆の東くだり

    しりの知れぬ旅衣きつい心中

  (一)親に不孝な悪者の神道者

止保加美。

恵美多女。

坎艮震巽。

離坤兌乾。

はらへて給ふきよめてたまふと。

木綿襷とやらを袈裟がけにして。

鈴をふり神道講中。

世上にめだちてたれぞ死がし。

神道の葬礼にして見たやと。

たのしみのひとつにまちうけ。

病人があればとり廻して。

中臣秡くりかけ

\。

責念仏のごとく。

さんげ

\おしめに八大こんがうといふも。

役行者講とかはる事なし。

気のよはき病人は。

気をとりのぼせてせりつめ。

祈祷だのみに。

力をいれざる故。

いかなるつよきものも次第によはりて。

黄泉平坂の伝授。

習はずして。

ひとり合点のゆく場にいたれり。

病のたすける事もじくは。

薬灸針の外は養生なるべし。

祈祷の札守り加持神水をのみ。

香水のかげにてにはかに瀉利。

あとへもさきへもゆかぬ病人おほし。

薬針灸にて病を治するは理あり。

祈祷加持にて治するは妙なり。

妙はとらへがたく。

理はとらへて見るがごときものなれば。

妙をすてゝ眼前の理を識るを。

達人とも智者ともいふべし。

口にとなへて。

祈祷となると心得しは。

たとへその人博識宏才にても。

愚人にまぎれなり[か?]るべきに。

難波南江といふ所に。

耗穂鎌戸といへる神道者あり。

もとは法華坊主なりしが。

還俗して神道と名づけ。

仏法をそしるとて。

なすわざするわざ。

こと/\く仏法のとりおこなひを取て。

人にすゝめ仏壇をくだかせ。

あみだを流し日蓮をくだくに。

人心新花な事はうつりやすく。

はやる事たとへんかたなし。

此弟子に森屋大右衛門といへるは。

八百万仏倒命と。

師家より名をゆるされ。

となへずきにてありけるが。

その親道節夫婦は。

しみこんだる後生ねがひにて。

日蓮宗のかたづくりなれば。

月次の題目講。

年々つとめきたりしに。

大右衛門神道者となりてよりは。

寺参りの小ずかひもわたさず。

社めぐりをなされうならば。

金銀はおしむまいといへども。

謗法の罪のがれがたしと。

親も子も遍屈にまよひて。

いつとも父子不和になりても。

親は子を思ふこゝろのやみにて。

邪見をなげき。

三世をしらぬふ便さいやまされば息男は此神国にうまれて。

異国の人形をあがむる道理なし。

それ程とうとくば早うその尊い。

極楽とやらんへゆかつしやれと。

あらけなくえば。

ヱヽふ孝者めが土も木も皆是。

仏界のものならずや。

おのれそれほどありがたくば。

小祠をつくつて。

はいつておれかしと。

涙と共にはら立らるれば。

神力のそふたる此足こゝろ見給へと。

親ともいはせず蹴つけながら。

神を神ともおぼしめさぬゆへ。

神様たちののりうつりてふませ給ふと。

したゝかなめにあはせば。

ばちあたれとはおもはねどもと。

涙ながら南無妙法蓮花経の。

声もかすみおやじは一間にいりにける。

惣じて神道といふ事は。

秡をよみめつたにいかつに成て。

仏法をそしる事とばかり心得。

ふ孝ふ忠にては道とも法ともいはれざるわけをしらず。

あさましきわざなるべし。

これによりて其たぐひの神道者は。

子が煩ふか女房が。

やまひの床にふするかの時は。

にはかに長数珠くりかけて。

百日法花の願だてする事。

ひとへにしりのよはい男だての如し。

生死人を神となづけ。

榊につゝみて咎もなき亡者を。

簀巻にしたるていたらく。

きのふ死たる死骸に。

神号をつけてとりあつかはゞ。

常々の穢をさり。

清火の吟味もいらぬ事なるべし。

此取あつかひもとかく。

仏家の往生極楽より出て。

高天原に生ずるとの儀。

千巻万巻の書をよみても。

愚なるしるし此うへに有べからず。

近年うは気神道者多し。

ゆだんすべからずとなん。

又天満といへる所に。

年若にて後生願ひの質屋あり。

長屋三郎兵衛といゝける。

仏具とさへいへば金がたをかして。

俗用の物には。

思ひの外金をかさず。

しめしの様な物でも。

仏前の打敷じやといへば。

算用なしに。

アヽもつたいなやといふて。

弐貫の銭はことによりて。

利なしにもかすとぞ。

あまり仏具ずきにて。

身上ふかつてに成たるとき。

日頃たのみ奉りたる。

あみだ如来へたのみかけて見れども。

一ツ銭のたよりにもならず。

すくひたもふとはいつの事かは。

借金のかたへ家財をわたして。

仏具ばかりは取のき。

さる京都の寺がたへ寄付してその身。

出家分になりて暮らしぬ。

此出家分の分の字は。

魚女をはなれぬ名にや有けん。

扨彼ため置たる仏具を。

あらため見るに。

法然上人の鼻紙ぶくろ。

おなじく前巾着。

三途川の姥より。

相伝のせんだく袷などをはじめとして。

七宝の前机。

慈鎮和尚自筆の過去帳。

その外さま/\の物とりあつめ。

寄付の寺主と相談のうへ。

宝物開帳をしめけるに。

群衆おびたゝしかりけり。

その宝物の第一とたつるは。

阿弥陀如来の御印判なり。

劍山もやうの錦の袋にいれて。

是を紙におしていたゞかす。

御礼銭三百文づゝにきはめ。

是をさへ棺桶へいれてゆば。

極楽の東門は断なしにとをる切手なり。

ただし南門西門は番人違ふゆへ。

此切手に金三両づゝ。

立まへ銭といふを出さねば。

通られず万一勝手をしらず。

外の門へかゝりたるときのため。

それもこゝもとにて。

四方とをり切手といふをそへて出せば。

外に百文の端銭か入るなり。

あの方へ行て三両の所をたつた百文とは。

やすひおすくひならずやと。

披露しければ有がたや忝やと。

此せちなる人間添札ともに。

四百文といふ銭をいだして。

いたゞく事山のごとし。

その寺近所に。

そばきりや有けるが。

参詣の人数立かはりいりかはり。

そばきりをくひけるが。

五六人づれにてこゝにいりこみ。

そば切を喰ふ時。

そばきり屋の亭主つく/\と見て。

おまへがた極楽の通り札。

いたゞかつしやりましたそうなといふゆへ。

何としてこなたはそれをしられたるぞといふ。

お顔にあり/\とあらはれてござる。

但しこちらにござる。

若いお人ばかりは。

おいただきなされぬそうなといふを。

これはふ思議じやいかにも。

此男一人はいたゞかぬと肝をつぶせば。

なんとさうでござりませうがな。

そのめきゝとて外にはござりませぬが。

外の御衆とちがひ。

眼つきがくり/\といたしまして。

いかにしてもかしこそうな。

顔つきでござりまするほどによりや。

いたゞきはなされまいといふければ。

一座興さめて立しとなん

  (二)音楽の稽古調子の合ぬ仲間

楽は人の心を和い。

音律の協化をたつとむわざなれば。

たれか用いざらんや。

こゝに伊与の中村に。

安曇左馬允といふ浪人あり。

世わたりなく成てやむ事を得ず。

儒書の講釈に。

弟子すこしあつまり。

理屈ばりたる弁論。

いかゞ思ひつきけん京へのぼりて。

楽人西儀雅楽助に出あひ。

篳篥のけいこ百日ばかりして。

いよへ帰り五常楽越天楽を。

朝から晩まで吹たつるを。

近在よりもつゐに聞なれぬ事ゆへ。

極楽の声がするとおぼへて。

ありがたがる内物ごのみするものありて。

ひちりきの弟子と成。

いつとなく左馬允を。

音楽の家のやうに沙汰し。

寺道場の法事開闢にも。

此弟子をやとひ。

おんがく花をふらせけるに。

その隣村に麸屋の治兵衛とて。

生国南都の者なりしが。

南都は伶人の多き所ゆへ。

自然とひちりきをおぼへ。

百日やそこら京に居たとて。

音律の師範とは片はらいたしと。

左馬允をあざければ。

左馬允弟子よりは。

麸屋は足こそ達者なるべけれ。

分ふ相応なる。

ひちりき沙汰とのゝしり。

いつとなく安曇左馬なれば。

安左馬がた麸治方とて。

当流いきほひをあらそひけるに。

安左馬は物いれたる稽古なれ共。

日数に功なく。

麸治は自然のこなれ共。

取しめたる稽古なきゆへ大かたは牛角に見へける所に。

何ものかしたりけん高札を立て。

一ツ首の狂歌に。

百日の稽古の間まきぞあさましや。

およばぬふじに吹かたんとは。

安左馬此事をふかくうらみ。

大かた是は麸治方より。

立たる物ならんとそねみおこり。

地頭職へ内々より。

ひそかに書付をさし上麸屋の治兵衛がひちりきの調子には。

亡国のしるし。

あらはれたりと申上ければ。

地頭職には何のわけもしり給はず。

蛇のみちはへびとやらんなれば。

安左馬が注進する事なれば。

すておかれずと。

双方ともめし出され。

きつと吟味をとげらるれば。

麸屋治兵衛以の外におどろき。

南都は楽所なれば。

吹おぼへたる芸なり。

左馬允ぐらゐのひちりきにて。

調子を知る事はかなはぬ義といへば。

いふまい/\その方は。

聞どり稽古といふ物なれば。

そのわけもしるまじ。

身どもは京へのぼり。

きつと師をとりての稽古。

伝授あきらかなれば。

調子をわきまへしれり。

その方が調子亡国のしるし顕然たるうへは。

いつはるべからずとのせり合。

何をせうこ何をしるしに。

裁許もなりがたく。

地頭もしばし案じて居給ひけるが。

いずれ此上は稽古伝来次第たるべし。

明日早天にめい/\の稽古筋を。

書立て出べしとの仰かしこまりて。

両人とも家宿に帰りぬ。

稽古の日数はすくなけれ共。

左馬允は師匠取したる物ゆへ。

系統の巻物。

師匠西域ママ氏よりつたはりたれ共。

麸治はさし当つて。

さし出すべき系巻なく。

いかゞはせんと案じわづらへ共。

今さら人だのみして書てもらひなば。

取沙汰あしくやなりなんと。

いろ/\工夫して。

自筆に書つけにはかに。

かまどのうへの煤をとらせて。

水にまぜてひきければ。

いかさま古びたるまゝ。

是こそと打よろこび。

翌日さう/\双方地頭へまかり出けるとき。

左馬允は師伝の書付をさし上げけるに。

麸治も一巻をさし上。

わたくしかたの書付は。

左馬允かたのやうに。

新規に書たる物にてはなし先祖代々の一通おそれながら。

御覧下さるべしといへば。

封をといて一覧めさるれば。

音楽相伝の事。

聖徳太子より此方。

相続相違なきものなり。

若此者の音楽紛敷義。

これあるよし外より訴人御座候て[は?]。

いづかた迄も拙僧罷出。

急度その明らめいたすべく候。

後日のため楽人請状。

仍くだんのごとし。

承久元年七月八日。

麸屋治兵衛殿参る。

天智天皇判と。

しかも判形は。

丸に麸治といふ古文字なれば。

地頭もことばなく。

あきれはてゝしかられもせず。

あまりの事にしばらく。

しらけて見へにける。

おのれかゝる偽り言をする段は。

ふ届なれども。

あまり文盲なる一通ふかきたくみをするものにはあらず。

両人立あひ篳篥を。

ふきくらぶべしとは望む所と。

舌をしめして吹あはせければ。

たれきゝわくる者もなく。

埒のあかぬせんぎに成て。

すまざりける折ふし。

京都より松沢検校といへる琴の上手。

くだりあはせけるをめされて。

此ひちりきを聞せられけるに。

検校にこ/\わらひして。

聞て居たりしが。

いかに田舎なればとて。

あれを音楽じやと申て。

吹ものもふくもの。

御きゝなさるゝ御かたもお方と存る。

其器はちがへ共調子におゐては差別なし。

両人のふかるゝ所は。

京都などにては辻々へ立。

飴売か扨は曲手まり。

かるわざ芝居でふく。

ちやるめらの調子なり。

檀紙も紙奉書も。

紙。

ちり紙も紙なれば。

たとへば京の楽人のふく所が。

檀紙奉書なれば。

せめて此両人がひちりき。

ちり紙にもあたればよけれ共。

その気をはなれたる音律。

大神楽か津島笛のかたが。

はるかましなりいかに音楽を。

とりあつかはぬ所なればとて。

あのくらゐで調子のあらそひは。

人をたわけにしたる儀と。

腹をかゝへてわらへば地頭職も。

にが笑ひになりて。

今聞とをりなれば。

あらそひをやめて。

あめうり曲手まりの相手にはかくべつ。

調子もあはぬひちりきを吹て。

もし人の心に感じたらば。

狂気になるべきもしれずがたく。

指南相やむべしとしかられて立けり。

すべてそのみなかみの芸は。

正義なれ共わずか習ひ得て国にかへり。

其国に蝙蝠の横道者多し。

百日か二百日。

乃至一年二年。

在京して師をとり。

その師説悉く。

覚へたりといふたぐゐ。

大かたゆだんすべからずとなん申上ける

  (三)薬の名を言張二人固意地

鎌倉殿の御内に。

安西の弥七郎といふ人あり。

此人の鑓持に覚内といふ者。

主人弥七郎泉州の。

御代官にのぼられし時。

供にてのぼりある日。

非番なればとて。

方々見物に出けるが。

南の端といふ所にて饅頭屋へはいり。

饅頭ををしたゝか喰けるが。

銭は何ほどゝも問はず。

もはや七ツまへになりたれば。

御舘の門がしまると。

取いそぎかへらんとするを。

亭主は申々まんぢうの代を。

はらふてござりませといへば。

そこ所でおりないと。

出てゆくをそれは。

むたい千万とおしとむる内に。

七ツの鐘きこへければ。

覚内びつくりしたる顔つきにて。

七ツをうてば主人方へはかへられず。

身が主人は安西の弥七郎といふて。

当時鎌倉殿の御出頭。

当地の御名代といふ事は。

うぬども知ておるべし。

銭ならば五十文か六十文の事にて。

ひまどらせかへられぬ様にしたる段。

堪忍なりがたし。

所詮御舘へかへられぬからは。

うぬらをなでぎりにして。

つゝはしるか腹十文字にかき切て。

死ぬるより外はないと。

柄に手をかけてぎしめけば。

亭主はおそれてかゞみまはれば。

近所の者ども。

だん/\おりかさなつて。

是はお奴様のが御尤千万なれ共。

こゝが御相談づくでござりまする。

亭主をおきりなされて。

おまへのおはてなされませうよりは。

何とぞおたちのきなされて下されませい。

是で御了簡と申ではござりませね共。

おのきなさるゝ御路用にもと。

銭三貫文さし出せば。

うぬら此覚内を物とりと思ふか。

いよ/\かんにんまかりならず。

そのうへ亭主めが命。

三貫文はやすい命だサア。

さあこゝへ出さばれ。

たつた一うちだといふゆへ。

又々相談して五貫文より。

七貫文につりあげ。

とう/\金廿両までにわびけれ共。

中々きくべき體にあらず。

そろ/\大肌脱になりていかれば。

家内もてあつかひ三十両といふ金子。

耳をそろへてならべけれど。

蹴ちらして。

せめて五拾両ともぬかさばと。

ぬきはなすべき気色を。

どうなり共いたしませう程にと。

大ぜいたちかゝりて。

とむる拍子に柄ほつきと折て。

竹光のつばもと。

虫の入たるかなしさは。

鍔もせつははゞきもつかともろ共。

そこらあたりをころ/\と。

こけありけば。

今までいきほひたる。

覚内にはかにぐんなりとなりて。

塩々とちからをうしなひ。

うぬらへうちといゝたる。

刃物の正體を見付られ。

きのどくがる様子に。

いづれもうなづきあひ。

三十両の金も勝手へひけば。

覚内はころびありく丸つば。

砂にうづもれたるはゞきなど。

ひろひあつめせめて。

銭二貫文くれられよといへ共。

いらへするものひとりもなく。

合力じやといふて。

銭百文わたしければ。

いかゐおせ話と。

礼をいふていたゞき。

ほう/\そこをたちのきさりける。

竹輿舁などが旅人の直をつける時。

まけてゆけばよいに。

高ぶりぞこなふて貸たふても。

からぬ時のごとく。

物はまけぎわがぬけては。

あとへもさきへもゆかぬものなり。

是につけて京都に。

あまり細うて。

横にはわねばはいられぬとて。

蟹が辻子といふ所有。

此ほとりに松清和尚といふ人あり。

此和尚の咄にむかし近江国。

夜須といふ所に。

ふたりの堅意地者あり。

作兵衛八兵衛といゝけるが。

八兵衛がいゝけるは風をひいた時は。

陳皮に生姜をいれて。

煎じのめばよいといへば。

作兵衛あざわらひて。

陳皮とはあやまりなり。

橘皮とこそいふべけれといふを。

いや/\陳皮がよひとあらそふて。

此あらそひおよそ百日あまり。

かたづかざりしが。

その頃薬学に名を得たる。

杉岡仙達へ正さばやと。

両人ともかけづくにして上京しけるに。

仙達先生は。

他国へまねかれて留主のよし。

是非なく逗留して。

聞あはすに難波よりのぼりたる。

仲村印伯といへるが。

和薬づかひとの事扨は薬の事。

くはしかるべしとて。

是にきはめさせてどちらでも。

まけたる方より金拾両いだす。

約束にさだめけるまゝ。

両人ながらぬけ/\に印伯方へ。

ひそかに行て金弐両づゝ持参し。

一方からは陳皮と。

いふて下されよとたのめば。

一方からは橘皮と。

仰られて下されませいとのたのみ。

両方ながらうけこみおきしが。

翌日になりて両人一度に見まひて。

はじめて来たるていにもてなし。

私はみかんの皮を。

ちんぴと申ますれば。

是なる男は。

橘皮と申されまする。

是はいづれがようござりまするぞ。

明白に仰きかされて。

くだされませいといへば。

印伯きいていかにも。

此せり合は御尤なれども。

双方ともによろしからず。

その子細は半の日は陳皮。

長の日は橘皮と御心得なされよと。

いゝずてにして奥へ入りければ。

両人はあきれはてゝ。

弐両づゝの損になりける。

是も両方が家をはりて。

まけ時をしらざる故なりとぞ。

此松清和尚わかかりしとき。

近所なればふと。

菊沢象次郎といふ。

野郎を買れけるが。

暁ても昏ても。

此君にのみ心をつくし。

舞台衣装より。

内証金まで事闕さぬつゞけやう。

芳野竜田の花紅葉を。

一時に詠る心地して。

たわゐはなかりける故。

象次郎も外の客とちがひ。

大切にあいしらひ。

和尚の望によりて。

起証文をとりかはし。

相たがひにいか様の姿にかはるとも。

老のしらがまでも。

念者若衆の約束たがふべからず。

うき世のならひにて。

万一遠国へへだてすみ。

しなによりて十年廿年。

たよりを絶すとも心中はかはるまじと。

その外いやらしゐ事づくしにしたゝ。

め。

此事をそむき候はゞ。

天神地祗四大天王帝釈天の御罰。

別しては丹後国きれとの文殊。

支利ぼさつのたゝりをうけんと。

血判をして取かはしたる一通。

たがひに守袋におさめ。

いよ/\ふかき中となりける。

しかるに象次郎。

器量一はいの思ひいれにて。

鎌倉の芝居本より。

かゝへにのぼりおもひよらぬ大金ゆへ。

象次郎親方慾には目のない男にて。

さつそく手を打て。

にはかにくだす相談。

和尚此よしきかれて。

さま/\にもがゐて見給へども。

それ程の金子はとゝのひがたきゆへ。

よしや今わかるゝ共。

愚僧もおつ付鎌倉へくだり。

かはらぬ心を見せんと。

涙ながらにわかれけるに。

象次郎はのり物しつらわれ。

のりかけ駄荷物事美々敷。

つゐに鎌倉へくだりけるが。

和尚もはやたまりかねて還俗し。

四条の床がみゆひの弟子となり。

髪をゆひならひ何とぞ。

象次郎がこんげうのつとまる程のいりしゆへにや。

名題のわかいものも。

およばぬほどにゆひならひ。

半年たちて後いさゝかの路金。

腰につけてはる/\鎌倉にくだりぬ。

さておちつゐて。

芝居を見にゆけども。

象次郎は出ず。

是はどうした事と。

三げんの木戸にて聞て見れ共。

その様な若衆は聞もおよばず。

かげことび子にもないといふゆへ。

はてがてんのゆかぬとはおもひながら。

それなりにして逗留する。

宿は鎌倉一番の酒屋にて。

金銀の山をなす身上。

此家の手代に。

しるべありてかゝり居けるが。

此酒屋の亭主は相はて。

後家の身體ちとふけはしたれ共。

まづはよいきりやうといふ物。

此後家縁でかなありつらん。

くだんの坊主落に思ひつき。

しのび/\のちぎりも。

今は困じて一門よりとりもち。

いつとなく此家のあるじとなる。

桐谷屋の清左衛門とて。

しらぬ者なく日月と共に。

象次郎事もわすれ。

栄花時を得たるは。

いかなる前生の宿福にやと。

折々わがでに。

わが鼻をなでゝ見るもおかし。

坊主おちと見られまじと。

何がみがく程にすみをぬかす程に。

根が三十六といふとしなれば。

男ざかりにてひなやかに。

ほつそりとしたる美男。

後家もはなれぬこゝろのおく。

仕合男とは成けり。

手代共十七八人ありけるが。

かたい後家御さまとおそれて。

麁相な事もいゝかねたが。

思ひもよらぬことじや。

あのやうな事ならば。

こちとらがゆだんであつたと。

口をあいて残念がりける。

是はまたまけをしつて。

このまよひでは出家をたてゝも。

役にたゝぬと還俗せし故なるべし。

時なるかな/\

                 三之巻終

大系図蝦夷噺(おほけいづゑぞのはなし)             四之巻

          目録

第一 若衆の功経たは奴野郎の界

    後家の心五ツ六ツにわつて見る枕

    寝みだれ髪のいたづら仲間

第二 木食の恋の使とは不審紙

            はり合て居る侍気かくしかね

            たるそら言利のつよい御詮儀

第三 所化の僧の旅衣かづけられた狐福

            丸薬のはやる事あたかも山の蕷で足を

            月夜に挑灯外聞のなをる仕合

  (一)若衆の功経たは奴野郎の界

桃をわかちし情も色おとろへて変す。

和尚還俗して清左衛門とあらためてより。

かくれなき大身體。

人にうやまはるゝ事。

むかしの和尚のくらゐにあらず。

僧にして人にうやまはるゝと。

俗にして人にうやまはるゝ差別をかんがふるに。

僧は法を施す故にて。

俗は財を施ゆへなり。

法は口先にてすめ共。

財は直に物を出さねばならず。

俗よりは僧を法の旦那といひ。

僧よりは俗を財の旦那といふ。

旦那こゝに施といふてほどこす事なり。

法の施しはつゐに其名きへて。

金銀財宝出しにくいものをほどこすゆへ。

俗を僧より旦那といふ●は。

立児居ざる児迄も。

知りたる事なり。

されば和尚の儀とはちがひ●●●●●光りはつ/\とてらされけるゆへ。

鎌倉中にたれあらぬ人もなかりき。

ある時表の方より頼ませうと。

四十計なる鑓持。

こんのひとへ物もやれそこねて。

かまひげほう髯はなの下にぬりたる墨も。

まぎるゝ程まつくろなる顔色。

尻は六の図までからげて。

革つかの片手まきの大小。

二本そろへて弐百文より上は見へず。

どれからござつたと手代共かたづぬれば。

いや是の御主人にお目にさへかゝれば。

御存の者でごさる。

のがれぬ中のちぎりをわすれず。

わざ/\参つたといふて下され。

たのみ申たといふを。

手代は内へ入その通りいふゆへ。

障子のかげよりのぞいて見れば。

もめんふんどしもそばきり色を一入こして。

律僧の衣に似たれども。

しりのわれめにきめこみ。

山とせいくらへしそふなすてつへい奴なれども。

口わきのほくろむかしにかはらず。

かはゆがりし菊沢象次郎なり。

是はと思ひしがいや/\今此家のあるじと成て居ればあのやうなものに一文でもあると思はれては治りがたしと。

手代に吹こみ主人は遠国へ参られし由をいはせければ。

奴のみこまぬかほにて。

いやお目にかゝらいでも。

あらましおの/\へ申すべいあいだ了簡にあづかるべいと店へあがり。

是の御主人は拙者めとふかい中にて。

たがゐに取かはしたる起請文あり。

いかにいたしても此ざまに成ては。

いらぬものなれば。

此起請文を売申たい。

又いやと申さゝと。

お代官所へ罷出て。

此起請文の文句の通り申たてゝ。

願ふがなんとだといへば。

手代共何の事かはしらねども。

店さきやかましきとめいわくがり。

金壱歩か二歩までならばといひかぬるを。

馬鹿つら共が命かけたる此一通。

身體相応いはゞ。

此家財半分とも思へどもそれはむかしの色がさめて。

ねだりがましう思はれん所か気のどくな。

五百両といふ金子ならでは売がたし。

但又かはぬ心ならば。

身が此内へはいり。

つれそふ心で罷参つたといふを。

店さきおしもわけられぬ程の人だかり。

清左衛門は外聞の気のどくさ。

内儀は何と思はれしにや。

ふいと奥へはいつて。

夜着をかついて引こもらるれば。

扨はむかしの若衆と聞て悋気か。

昔はむかし今は今。

あのていの奴に何の悋気といへどもさらにいらへなし。

店のもやつく事限りなく。

重手代共がそふいふゆすりはくはぬといへば。

書いた物が証拠じやとの詰ひらき。

何とがななる事ぞと。

清左衛門障子のすきまよりきくとて。

障子ぐわつたりとはづれてたがゐに顔を見合せ。

ヤアおまへは和尚様ではごさりませぬかといふを。

なむ三ぼうとにげこむすそにとりつき。

おまへの此所に御ざりませうとは。

ゆめ/\存ませいで。

さいぜんからのねだりこと。

さぞいたづらものじやと。

おぼしめさんはづかしや。

是には段々様子がござりますると。

やつこ姿をわすれて。

いやらしい身ぶりをしてべた/\すれば。

清左衛門一ゑんがてんゆかず。

しかればさいぜんよりのせり合は身共が事ではないかとあれば。

はづかしながらいはねばお前へ立ませぬ。

御そんじの通り京都より。

かゝへられてくだりました時は。

芝居との事なりしが。

案にさうゐいたして。

此家の後家御京へのぼられ。

芝居にてわたくしを見そめられたれども。

いひ出し兼てかへられしが。

思ひやめがたく金子をのぼして請出され。

猿小路にかくまひおかれ。

後家御忍びて御出あり。

心にしたがへとの御事。

おぼしめしは置けれ共色をかざる最中の若衆づとめ。

身持あしく成ては声もかはり。

芸のさまたげとなると。

さま/\断を申したれば。

一生見すてずふうふになるべしとのやくそくにて。

しるしのためにとて。

是此起請文を書て下され。

扨後家御の心にしたがひましたれば。

何じやはしりませぬが後家御ふ機嫌にて。

こなたももうよい年であらうが扨も●ゝにたらぬはし人形のやうな人じやとて。

ぶつくさいふてかへられ。

それより飯料もおこさず。

すておかるゝゆへ。

是非なくそこを立出方々と。

流浪いたしたるなれのはて。

大名衆へ仲間奉公より。

鑓持にまで成なしたれ共。

あまりの渡世がせつなく。

まへは此やうなきたない心はなかりしか共。

世につれてねだり取工面で。

後家御の起請を売に来なした。

おまへにあひしはむすぶの神の引合せかと。

つり髯もしめる斗に泣あれば清左衛門はじめておちつきたれ共。

まつ黒な尻つきつり髯をみては。

いかにもといひがたく気の毒がるに。

でつちあがりの九郎兵衛。

罷いでゝこれ清左衛門様。

最早打明て申まする。

此間はおまへをさし殺して。

死んでのけませうと存ましたが。

思へば主といふ名があれば。

いろ/\と思案しておりました。

其訳は御主人ながら後家御様。

折々わたくしをめされてふかいお情。

外に男は持まいとの御事なりしが。

おまへの御出なされてよりお心かはりし恨。

しよせん一かたなと思ひましたれ共。

たゞ今聞ますれば。

あの奴にもわけが有との事なれば。

今さら恨はござりませぬといへば。

久三庭にて手を打。

扨はおれもだまされたと腹たつれば。

番頭手代の隠居善入。

六十七歳成が宿より来かゝり。

わかい者では名が立ツとて。

みつ/\お心にしたがふたゆへ。

別して腰もかゞみましたと。

いふより家内に男だちたる者共六人。

いづれもいふかいはぬかでこそあれ。

わけのない者はなく。

清左衛門我身にもたのみなくなりて。

さてはりんきで引こんだにてはなかりしと。

興をさますばかりなりけり

  (二)木食の恋の使とは不審紙

建暦のむかし桜町●●の卿。

鎌倉へ御下向あらんとて。

上下のこしらへ最中に。

門玄関へ竹笠を着し。

烏頭付子染の衣かけたる僧来りて。

はゞかりながら此御家中に。

佐々源八殿と申スお侍衆がござらば。

ひそかにお目にかゝりたいといふゆへ。

玄関番其通りをいひつぎけるに。

外様の侍佐ゝ源八罷出ければ。

何とぞ御門外へ出て下されよとあれ共。

源八何とやらん心もとなく。

いや/\御用あらば是へあがられよといふに。

左様ならば式台までおりて下されよといふ故。

いかゞながら下へおりける一家中の人々あまり合点のゆかぬ事と。

次の間の連子より。

立おほひてのぞきけれ共。

はき/\とは聞へがたし。

彼律僧小声に成涙をうかへて。

ふところより文を出し源八に渡すを。

請取まじきと押もどす。

ぜひともと渡せど押かへすゆへ。

ちからなく律僧は。

門外へ立出帰りけり。

源八もわが部屋へはいれば。

傍輩いづれも。

立おほいて訳をとへ共。

聞て役に立ぬ義とてこたへず。

懇なる者共たつて問ければ。

されば思ひもよらぬ事にて。

五条通に春日屋といふ。

大なる酒屋ありて。

金銀庫にみちたれ共男子こらなし。

方々にかけ屋敷あまた持て。

人もしりたる家なるに。

たゞひとり娘ことし十八歳。

しかも美人の聞へあるが。

両親寵愛のあまりに。

いかなる者にても娘が心にさへかなひたる男あらば。

此跡をゆづるべしとの儀なるに。

いかゞしてか拙者を見そめ。

一生つれそふ人は。

あの人ならではないといふゆへ。

両親何とぞわれらを。

養子聟にとりて。

町人がいやならば此身上こと/\く進ぜて。

其方へ娘をおくるべし。

さすれば五六千両の金子は進ぜんと申越たれ共。

町人の聟に成事心にかなはぬゆへ。

さま/\ふ得心の訳を申おくりたり。

其内件の娘は我等を恋やまひにして。

食もすゝまず次第によはり。

今は命もたへ/\なるよし。

先刻来りしは木食の上人なるが。

右の酒屋に信仰して折々見舞ふによりて。

此由を両親が噺したれば。

木食上人それこそいとほしき事なれ。

いかにしても出家の似合ぬ事なれ共。

命のおはるといふ事を聞て。

すくはざるは法にむけり。

さらば娘御にふみをかゝして渡されよ。

源八殿にあひて渡し。

此心入しらさばやとて文かゝして持参し。

われらへくどきなげき。

人の命のおはる事じやと涙をながして申され共。

かやうに主君ある身の。

心に任せぬだんをいふて。

むごう押返したりと。

噺せば皆々手を打て。

今の世にも其やうな。

うまい事がある物かと。

いらやまぬ者はひとりもなし。

扨此事たれいふともなく。

家中一ぱいに成ければ。

家老中聞入レ何とも合点ゆかず。

源八事は今度我君鎌倉御下向の。

留主侍の内なれば。

色事より取より御留主へ。

盗賊などの引入をするたくみもしれず。

もし又源八が申通りが実定ならば。

一生のかたまりといふものなり。

是はすゝめてふうふにすべし。

何ぶん其木食よびにやれとて使をはしらせける。

上人はびつくりせしが。

めされてゆかざるもおそれ有とて。

翌日未明に桜町殿●参りけり。

家老関村伯耆の守。

用人多賀右近罷出て。

木食をひそかなる一間へ入て対面すれば。

上人はおそれ入て昨夕参上致したるをりよぐはいにもあたりて。

めされしにやと心ならず存候といへば。

右近いや/\さやうにはあらず。

いかにしてもめづら敷事ゆへ直にうけ給はり。

品によりてわけの立やうにも。

いたしつかはさん為也とあれは上人涙に扨々忝き仰にて候申上るもいかゞに候へども。

あの侭捨置候ては。

最早命はあるまじくと存。

爰が出家の役と。

おそれもかへり見ず。

昨夕参上いたしたりせつかく文をかゝせて参りたるに。

源八殿取上もなされず。

あまり心づよきなされかたと。

すゝり上々泣ければ。

伯耆守して又其訳は。

いかなる事ぞと念を入て聞ば。

木食いよ/\涙にくれ。

夜前も源八殿へ申たるごとく。

源八殿の兄御佐々外記殿と申すも。

此お家につとめられし所に。

ふ届によりて御いとま給はり。

其後さん/\零落いたされ。

今にては一向のこもかぶり乞食と成下り愚僧が寺へ参られて。

一飯の●●もだしがたくやしなひ置。

出家にもいたし。

鉢持に成リともぞんじたれどもいや/\申ても桜町殿より。

御かまひの人をさし置。

御とがめ有たる時はわが身いとはね共。

当時法義とりたてのみぎり。

思ひの外のさはり共なるべしと。

それゆへひそかに文をかゝせ。

舎弟源八殿へあひに参り。

源八殿をもつておの/\様へ。

わたくしの願ひにいたし。

私方にさし置たる事。

御免の義を申に参りたれ共。

源八殿中々御がてんなく。

今さら兄が乞食に成て居るといふ事。

人に知られてはわが身つとまらず。

此文は請取事ならぬとて。

つきもどされたり。

扨も/\気のつよいお人かな。

舎兄外記事は。

わるい事があればこそ御かまひになりたれ。

出家さする程の付どゝけは取もたれいでは叶はぬ人と。

愚僧も心腹立たるよしを語れば。

両人とも案に相違して。

源八が請あわいでも出家させらる上は。

すこしもくるしからず。

扨々殊勝成●と。

申渡して上人を帰し。

其通評儀して見るに。

兄が零落を   (々//\)隠す事はさも有べし。

人にとはれて酒屋の娘がおこしたふみとはあまり頓速なる間似合。

若い者には邪智が過て。

あやうしとの事にきはまり。

其日御いとま給はりけり。

はじめ聞たと後に聞と。

是程相違な事は。

めつたに又とは。

ござりますまいとぞ申上ける

  (三)所化の僧の旅衣かづけられた狐福

鎌倉扇が谷。

万年精舎の寺僧勧随といへるは。

学問に高ぶり能化をなじり。

其身才有をもつて。

色をこのむ事人に過て。

契情ぐるひの沙汰やむ事なく。

鎌倉を追出され。

丹波国にしるべあればとて。

はる/\のぼる道中金とても。

わづか弐歩の身上かる/\と。

軒に寝橋に夢なして。

すでに三島の宿にかゝりぬ。

こゝに三島一番の身上よし。

入江屋の才兵衛といふ者。

亡父の年忌にあたり。

旅僧を見かけ次第まねき入。

浄土あれば法花有。

八宗九宗入こみて。

思ひ/\の経念仏。

勧随も通りかゝいて。

此所にとめられ法事をつとめければ。

金弐百疋といふ施物をあたへたり。

路金たよりなかりしにと大きに嬉しく。

是を千金とも頼て。

翌朝いとま乞立出けるが。

四五里もゆかぬ内に。

どこともなくらく成て日くれければ。

そこに有辻堂にとまりけるに。

夜も八ツとおぼしき頃申/\とゆりおこすものあり。

たれならんとふりあをのいて見れば。

十八九なる女白きゆかたを着て。

私は丹後国氷上郡兎野村の大百姓。

佐左衛門と申者の娘なるが。

入聟をとりて家督をつがすとて。

すでに隣村より。

たのみを取たる所に。

手代武右衛門と申者とねんごろいたし。

金千三百両盗出し武右衛門とつれ立。

欠落致せしが此宿までつれきたり。

つれてゆかれぬ子細があるとて。

此辻堂にてさし殺し。

此板敷の下へうづみ置たり。

かけ落したる段定めて。

両親御にはにくしとおぼしめさんが。

此由を聞しめさば。

すこしはふびんにもおぼしめして。

御めくみもうすろぐべし。

おまへ御には丹後へお下りといふ事。

くさ葉の陰にてよくぞんじたる故。

是まであらはれ出たるなり。

此かんざしは母人の紋お。

ほらせて下されし物なれは。

くわしく申通ずべしとのかのかんざし請取て。

扨もふしぎと思ふ内に。

夜はほの/\とあけにけり。

それより夜を日につゐで丹州へくだり。

氷上郡をさがしやう/\と。

佐左衛門方へ尋あたり。

右の様子をかたりかんざしを渡しければ。

佐左衛門夫婦は涙もせきあへず。

是と申スも一かたならぬ宿執なるべし。

其死骸を吟味いたし。

武左衛門めを尋出し。

娘がかたきをとり申さん。

まづしばらくは御逗留とさま/\にもてなし。

夫婦相談しけるは。

娘がよく/\の縁なればこそ。

あの僧を頼みたれ此跡目。

たれにやるものなければ。

還俗させて家督をゆずるべしと。

それより日夜すゝめて。

そろ/\髪をのばさせけるに。

勧随も大身體をしてやる事ゆへ。

よくのみこみ。

髪は山伏のやうにながくし。

よい女ぼう持てたのしまんと思ひけるが。

鎌倉表あまり。

麁抹にしてのぼりたれば。

ちよと罷下り跡々迄人のあしくいはぬやうに。

いたしたきといへば。

両親尤に思ひ。

借金などさつはりと。

すまし来らるべしと。

金三百両渡しのり物にて手代下男。

一荷はさみ箱もあたらしきをもたせ。

身は衣をぬいで黒羽二重の。

紋付の羽織脇指何となくさはやかにて。

丹後を立より。

日数程なく三島に着たり。

前かどのぼる時。

金二百疋がもとゝなりて。

道中つゝがなくのぼりたる事なれば。

入江屋の才兵衛方によりて泊ゆかんと。

のり物たてさせ内へはいれば。

家内の者共。

ふしぎさうに見るを。

わが婆のかはりしゆへならめと奥へとをり。

亭主夫婦にあひたきよしをいふゆへ。

罷出れば勧随は先もつて。

百日斗も以前爰元の泊。

お布施とし二百疋下されし金子をもつて。

別条なく国元へ参りし所にいさゝか訳ありて。

立身の還俗いたしたり。

前方の御礼申さん為。

是まで参つたりといへば。

亭主ふしぎさうに。

手前親が年忌をつとめしは。

おとゝひの事なり。

こなたの爰元を立れしは。

きのふの朝なるに。

百日斗とはかてん参らず。

其上そこもとのかしらより。

身うちへまとふてござるは何でござるぞ。

海の藻ではないかと。

いはれてはつとこゝろづきしより。

羽織と見へしは神馬草にして。

さま/\の海草を身まとひ。

南無三ぼうと表に待せし。

手代とのり物を尋さすれば。

かげもかたちもなし。

扨は辻堂にねたるよりのちは。

皆狐の所為なりけるかと。

気はつけ共うつとりひよんと成てたはひなく。

ころりとこけてねいれば。

亭主情ふかき者いて。

さま/\介抱をくはへ。

六七日の後国所を尋て。

おくりつかはせしとなん。

野狐の妖をなす事何の所謂ぞや。

理をもつていはゞあるまじき事なれ共。

天地限りなき物なれば。

限り有理ぜんさくにてはゆくべからず。

勧随はそれより本心になりて。

古郷へ帰りけるが。

たれかいひふらしけん。

此僧こそ狐に出あひ。

けつかうなる薬方をつたへ給ふと。

あそこからもひとり。

こゝからもひとりと段々病人重り。

左様のおぼへなしといふ程。

おかくしなされても隠れがないと。

たつて頼むより是非なく世上流布の木番丸をあはせて。

廿りう入れて文づゝに売にいなり御むさう薬と。

此方からはいはね共外より取はやして。

朝はごんと明六ツをつくより。

群集して買に来り。

暮六ツ限といへ共夜に入まで所望させて下されいの門立たへず。

日々取こむ事三四百貫文にあまり。

我はしらぬ事ながら。

いなり様のおかげさふなと。

庭のかたわきに小社を立てお礼を申せば。

やれいなり大明神の勧随所に。

お住なされたいとのお告が有し故と。

こつちにいさゝかも。

思ひよらぬ義ばかり沙汰して。

ばた/\と俄長者と成たり。

惣じて世間の事。

大がい此やうな物にて。

本人のしらぬ奇妙を。

外よりつけて来るゆへ。

物のとれるがよきに本人も。

それにしておく格のみ多し。

勧随も狐にばかされしをもつて見ればふ幸なれ共。

そのゝち富を得たるは幸なり。

馬を買馬をうまをうしなふ故事。

今にはじめぬ事ながら。

心得ともなるべき事なりと。

ある智者の申侍りぬ

                          四之巻終

大系図蝦夷噺(おほけいづゑぞのはなし)             五之巻

          目録

第一 金山にもほり出し女房

    かたき討とはめいわく千万の詞

    そろへ立たるはかりこと夫婦が智略

第二 やはら取も無念の揚屋

            長刀をつかひぞこなふたふすまの絵

            かきにゆく恥のかはゐや浪人

第三 いづなの妙術是は不思議

            契情坊主さま/\にかゆる姿

            かゞみにかけてめしかゝへ給ふ大名風

  (一)金山にもほり出し女房

物は所に人は友によるとかや。

金山銀山サア是をほるといふ段のにぎやかさ。

第一湯風呂をたてゝ人をいるゝ事。

其山方へ礼金多く出して。

二軒でも三軒でも。

湯屋を立る事なり。

常の方より礼をしているゝ事なり。

爰に九州浦里山のにぎはひ。

金銀の蔓ほりあたりたる悦び。

揚屋も五所に立ならべたり。

下麾といふは土中へ堀入て金を取役。

さきから先へほりぬいて行故。

毒気身にしみて。

長生するためしなし。

凡年数ありてこほん/\と咳出すが相図にて。

死するにきはめたる職ゆへ。

栄耀をつくさせ。

さき/\に遊女をこしらへ置。

酒肴の商人おびたゝ敷いりつとひ。

命をすてゝのはたらき故思い出のなるやうに仕かけたる物なり。

こほん/\と咳がいづると覚悟きはめ。

女房は夫と相対づくにて後夫を持。

此後連と夫婦して。

先の夫死ぬる迄。

やしなひ介抱して。

見届る事次第おくりにて。

たとへばたしかな裏絹に。

よばい表をつけて表はかゆれ共裏は。

四五度までもこたゆるごとく。

女房は一人にて。

夫は四五人つゝせんぐりに。

隠居する事になん。

扨下麾共あらため所にて。

金銀を吟味する故。

持て出る事あたはず。

赤土などに金銀の粉をまぜて。

身うちにぬりよごれたるていにて。

あらため所を出。

すぐに湯屋へゆく時。

湯屋の亭主入口に居て真鍮の箆をしやにかまへ。

入に来る者の肌をぬがせ。

箆にてこそげて見て。

金壱歩と銀三百文やりませうといへば。

それはあまりな事じや。

南口の湯屋で二歩三百文といふたさへ。

安さに爰へ参つた。

とくとこそげて見て。

直をめされよといふ時。

まいちどあちらむかつしやれと。

又々念入所々こそげて見て。

三歩に直がなり。

居風呂へ入やいなや。

嬶も娘も家内がかゝつて。

縄のくゝりたるを持て来て。

身内ををこそけあらひ。

すぐに其湯を居させて。

上水を捨底に沈みたる。

土をゆりて金をとる事也。

中あがりの時。

二汁五菜の料理をくはせ。

又今一風呂入て此度はさのみこそげず。

こゝに左五兵衛といふ下麾。

もとは浪人ものゝよしなれども。

世におちて此山にとゞまり。

山中の功者ぶんとなりけるが。

銭湯より帰り。

こほん/\と咳出しければ。

女房おぎんかなしけれ共。

後夫をもたざれば。

左五兵衛をやしなふ事ならず。

ぜひなく後夫を持思案なりけるが。

懐胎の子は左五兵衛胤也。

身一ツにせまるかなしさ。

やるかたなかりけるに。

此山へいりこむ小間物売の庄八といふ男。

浪人者なりしが。

此女を見そめて。

恋けれども夫あれば心に任せず。

思ひくらしてすごしけるに。

後夫を尋るよし是さいはゐと縁をもとめ。

下麾の職のぞみにあらず。

小間物あきなひにて。

相応に世を渡るべしと。

家入をそける祝言の夜。

奥の間にはこほん/\と咳ばらひ。

扨は聞及びし先夫よなと合点し。

杯すみてねんとする時女房いふやう。

私には親の敵あり。

それをねらふ間此山に入こみたり。

先夫左五兵衛殿へも此訳を噺し。

すはといはゞ助太刀を頼置たり。

左五兵衛殿とても。

武士浪人衆と聞し故。

頼もしくぞんじ後夫と頼むからは。

ちからに成て下さんせといへば。

庄八もつての外とおどろき。

其義ならば夫婦には得成まじ。

扨々思ひよらぬ義と。

肝をつぶしたるけしき。

女房も案の外にて。

お侍のはてと聞しゆへ。

大事を打明て口おしい。

外へ沙汰せられては。

本望のさまたげとなるゆへ遁さぬぞと。

つゞらよりわきざし取出して。

切てかゝれば庄八飛しさり。

成程のみこんだ合点いたした。

さりとては女中にはめづらしい。

心のたしかさおどろき入ました。

他言致さぬといふしるしは。

拙者が助太刀せぬといふ訳を申聞さう。

拙者が兄は斎藤大膳と申せしか西国方に奉公し。

劍術の遺恨によつて。

傍輩笠原豊後といふ者に討れ。

豊後は其場より立さつて行方しれず。

段々付ねらふ所に此山にまぎれ居ると聞出して。

小間物売と成入こみたり。

是によつて外の助太刀がならぬといふ義。

隠す事打明すからは。

たがゐの義と思しめせ。

さらば/\といふて。

出てゆかんとするを。

奥の間よりこほん/\の咳と倶に。

庄八殿しばらく/\。

お手まへの舎兄斎藤大膳を。

豊野松原にて。

二三間やりすごして。

名のりかけて討て立のきし。

笠原豊後とは手まへが事。

貴殿は幼年より他国めされて見しりはあるまじ。

是なる女が親の敵といふは此金山の大領大村右門。

中/\女の手には及ばぬと思ひ。

夫と頼む者を初めより。

助太刀の約束。

身もいかにもと頼まれしが。

かく煩へば頼なき身。

一旦頼まれた段。

立てやりたいが昔の武士気。

サアよつて身をうち。

貴殿の本望を達したる上。

女が願ひかなへてやつて下されよといへは。

庄八顔をしかめ。

たゞ今咄せしは偽りにて。

身が兄の討れしといふ事はない事也。

当座まかないに。

つくりていひし名なるに。

ハテがてんの行ぬ事といへば。

左五兵衛大きにわらひ。

いかにも其通り手まへは。

笠原にても豊後にてもなし。

女房が頼みを聞ず兄の敵ありとは。

よいぬけ句と思ひ。

今のやうにいふたるは。

其偽りをあらはさん為といへば。

女房も同じく罷出て。

性根のすはらぬ人なれば。

先夫をやしなふに心もとなし。

わしに心が有ぶんにての入聟にては。

先夫左五兵衛殿と。

一所に住てのつきあひ。

よからふやうがないゆへ。

武士気のある人かない人かと。

見ん為でござつた。

親の敵の有といふも偽り。

とつとゝ出てゆかしめと辱しめけるとなん

  (二)やはら取も無念の揚屋

勢ひも徳にもかたずとかや。

鎌倉七里が杣に。

大柳貫太夫といふ劍術者あり。

めつたにかさ高に出かけて。

勢ひをとる男なりしが。

物事をしらぬといふ事のならぬ生れつきにて。

何をいふにも七分づゝかさをかけていひければ。

人も是を引て聞やうに成たり。

ある時ねんごろなる。

松岡左膳といふ浪人の方へ。

貫太夫咄に行ける時。

中は藤沢へ振舞に行たる故。

お見舞申さなんだ。

あの方の咄いたして聞せませうと。

いふより又是はいつもの通り。

七分も八ぶもうそであらんと面白からね共いや共いはれず。

それは遠方御苦労でござつたといへば。

されば/\藤沢へ参りたれば。

振舞の亭主は藤沢一番の町人和右衛門と申者なるが。

まずきつい馳走と申すは。

表門より中門まで一町半もあらふが。

五色の砂をまき。

敷台の板がほの/\と匂ひましたが。

ざつとした伽羅そうにござる。

扨たまりの間の八十枚折の襖は。

古金襴ではり詰。

十七間南へとをつて。

大書院へ出ましたれば。

十二間の大床に。

小野ゝ道風一字書の。

三間四方の寿の字。

印もあり/\見へまして。

小野ゝ道風八十五歳の筆とござつて花生は頼朝卿の御細工。

竹は天竺より唐土へ渡り。

其後我朝へ参りたれば。

三国伝来の花生又格別な物でござつた。

扨料理は本汁塩孔雀に南京豆。

向ふにごすの大猪口。

阿蘭陀鮭の子ごもりといふ段より。

亭主は又例の空言噺しと。

聞たいくつしてふかくいねぶりけるが。

貫太夫はいよ/\しきつて咄し。

段々料理ばなしもすみて後。

扨是非ともとまれといひしを。

おして帰りしが。

扨道連はすくなし中村山を通るとて何の科をしたる者にや。

獄門首が二ツかゝつて有たが。

かはゐや烏が其眼を。

せゝつておつたといふ時。

亭主ふつとめをあき。

今に料理咄かと思ふて。

羨敷や身共も其様なめに。

あひたいといふもおかしかりき。

貫太夫ある町人と同道して。

大磯の契情町へ行。

桔梗屋半左衛門といへる揚屋へ行けるに。

半左門ママ座敷へ出て馳走しけるに。

貫太夫亭主に向ひ。

かやうな所へは色々の客が来りて。

ふとあばれまい物てはない。

ちととりでやはら。

稽古あつて然るべしといへば。

近頃忝うござりますれ共。

私風情はつよい者には。

にげたがよいと存ておりまするといへば。

いや/\それでもさきから。

かうむなづくしでも取た時は。

何とめさるゝとむなぐらをちれば。

此半左衛門は蟠虎と異名を取て。

一流のやはら取なれば。

かやうな時はかういたしまするともぎ放して。

庭へ六七間取て投れば。

貫太夫面目なく紀あがつて。

今のは油断した故と。

覚悟して取てかゝれば。

しづんでうしろへとばせける侭。

中の間のしきりの障子をうちぬき。

中庭へ落て頚?をうち。

目口より血いでゝ。

さん/\お體なれば。

此上は勝がたしと見ける故。

其夜は酒にして立帰りけれ共。

無念こらへがたく。

二三日の後長刀を持せ行て。

終に本身の長刀をつかふを。

見られた事があるまい。

ちとつかふて見せませうと。

静形にかまへて長刀をつかふふりにて。

襖はり付障子の隈々。

切て/\切まはし。

壁にも腰張にも疵を付。

せめて先日の。

意趣を晴さんとあばれければ。

亭主半左衛門むつとこれ貫太夫様とやら。

御ひけう千万なナゼ私へお打かけなされぬぞ。

座敷へ疵をお付なさるゝとは。

きこへませぬと。

うでまくりしてかゝれば。

貫太夫びつくりして。

是は長刀のつかひかたじや。

勝負いたしにはまいらぬといふを。

いや/\お手まへ様は。

それでもすむべし。

此半左衛門めが虫がこらへませぬと。

かけより長刀ひつたくり。

柄を取直したゝみかけてさん/\に。

腰のつがひを打ば貫太夫。

起上らんとすれ共。

たゝきすへられてちからなく。

人だかりおびたゝしければ。

いふべき詞なく。

あまり疝気がおこりし故。

かやうに致したらば貴様が腹立て。

たゝいてくれうとぞんじての義と。

にげぼえしてぞかへりしとなん

  (三)いづなの妙術是は不思議

抑いづなをつかふといふ事何者かいひ初けん。

はなす者ありて見たる者なし。

たま/\たばこ盆をありかせ。

傘を懐よりいだすなどの術は狐術にして右の飯綱にはあらずとなん爰に下野国の住人。

八住新五郎といふ男ふと夢にいなり明神の来り給ひて。

いづなの術をさづけ給ふと見てさめければ。

友達に此由をかたり。

友達おかしく思ひてなぶらんと思ひ。

もはやお手まへの姿が。

美女に見ゆるといへば。

新五郎すこしおろかなれば。

扨は女に見ゆるかなむいなり大明神。

たゞ今僧にばかして下されといふを。

友だちきいて是はいかな事。

新五郎はゆかれたぞ思ひよらぬ御出家はいづ方から御出なされましたといふ故。

ばかすてはなふてばかされながら。

自由がなると悦び。

それより日待月待にまねかれ。

あるいは奴に見へて俄に鑓迄があるやうなとなぶれば。

やりを持た心にてふつて出。

太夫が出られたとほむれば。

小づま取ての道中。

ばけすましたといふ心に成ツての身ぶり。

一座興に入てわらへ共気も付ず。

いづなつかはれの新五郎とあだ名が付て。

浮ママ[後]は近在より近国に名高く。

他所にてはかゝる事とはしらず。

付添引添て沙汰しける儘。

一寸有穴よりくゞり。

畳の下へ隠れ。

上よりおさへても見へずと。

ふしぎづくしに成。

かくれなかりければ。

隣国の大名。

近藤美作守殿聞及ばれ。

いづなの術御所望こゝろへ奉り何にても。

御のぞみ次第と申上れば。

まづ契情の道中との義。

あつはれ大夫心に道中不利出せば。

殿もゑつぼに入てわらはせ給ひ。

扨は実事にはあらず。

きやつがおろかなるを諸人が。

なぶりて仕立たる物なるべし。

伽にはくつきやう一の者なり。

やくなしに三百石とらせ。

折々ばけそこなはして。

楽しむべしと。

思ひよらぬ仕合。

ふきつけるさいはゐ。

風おさまる御代のなが物がたり。

御退屈もいかゞなれば。

常陸坊海尊は。

御前を立て退出し。

なを千年の鶴の友。

又万年の亀のあそび。

つきせぬ時ぞ久しき

                   五之巻終

 寛保四年子正月吉日       八文字屋八左衛門板