[前文次]なり、おきよ」とて、足にてふみたれは、たそや、ねむたきに、といひて目すりたり。

ぬす人付木たつね出て見たれは、あからさまに物なき家也。

さて相たかひに目見合つれは、しる人なり。

「いかに/\」ととへは、「この頃ひと屋より出て、また一夜も幸ひなくて、このかたはら町をありきしに、ふと戸明たれは入たるに、おのれかことき貧乏神の宿なり。こよひ寒し、酒はなきか」といふ。

「いかて酒あらん」。

「さらはこの銭にて買てこよ」といふ。

妻もさるものゝ妻にて、「いとよき人の来たまへり」とて、酒かめ提げて、いそき出つ。

さて、物かたるに、「ひと屋の中に徳はまたとれりや」と問う。

「渠は首おちてこそ出へし」なといふほとに、妻は酒かいて、賄の魚一きれとりあはせてかへり来。

これをのみあかして、夜あけぬれはいぬとて、「あまりにいたはし、この銭くれんよ」とて三百文はかりあたへて出しとそ。

此はくち打めは、時々我店に来て、紙よ油よと買にくる御とくいにてこそおはしけれ。

我わかき時は、文よむ事をしらす、たゝ酒のまてもすみかをのらになして宿にはゐぬ事也。

父は物よく書きて、度ゝいましめたまへは、時ゝ机にかゝりて手習はしむ。

友とちのわかくもあらぬ男来て、これは何事そ、学文とやらをするか、無分別なりとて、机のむかふに胡坐くみて、机にありし左り板の文徴明か千字文をひらき見て、くりかへしつゝ、さても/\むつかし、此終にある年号と本屋の名をなりと、すつはりとよみたし、と云しなり。

父をさいたて奉りてより、母のいさめにおそれて、紙の商ひ事をする中に、火にてやけて家亡ひたれは、母と妻とをこゝかしことまとはせつゝ、四十よりゐ中すみして、くす師を学はんと思ひ立たり。

夜もねす昼はまして、やう/\物よみならひ、其こゝろをも、師につきておろそけなからこゝろ得ぬ。

母にいさめられて難波にかへり、くす師と也、病ましこりてんなと、しらぬ事をこかましくいひのゝしりて人をいつはるほどに、福の神のつきたるにや、四十七といふ年の暮に、家ひとつもとめて、あらたにつくりなをし、はしめて母のわらひ顔をたまへりき。

されと、しらぬ業を心つかひしたれは、五十五と云歳に病をうれひて、又田舎にはい入たり。

母を二十とせはかりの昔におくりたてまつりて後は、よろつほしきまゝに、妻は尼となりて、みやこのうまれなれは、京にとてすゝみたて(る)につきてまよひ来たる。

尼はとみの病にて死たり。

すてにことし一めくりのとし月をおもへは、何しにかくてありけんと、ひとり思はるゝのみ。

くす師はつたなけれは、又思し立す、歌すきてよみ習ひたれと、是も人にをしふる事をしらねは、ひとりことして心をなくさめをりしに、ある人の我よみし哥又文ともつらねて、つゝら冊子とて六冊ののふみを木にあらはせられし也。

世の人よみて、さても/\むつかしく、おのかまゝなりやとて、其かたらひふしん屋は、宝失ひたりしとそ。

是はよき事なりし。

是に心をいさめられて、今は文も歌も玩ふましく成ぬ。

されと、其後も五とせかほとのあた言とも、又つゝらにこほるゝはかりいひ出たり。

いとはつかしとて、七十五歳の今やう/\思ひやみぬへしとて、筆すてつ。

夏泊庵という人の云、隠士名をこのむ、著書立言は名をこのむかあまり也とや、たゝ名に走らさるをよし、といはれたり。

今はしるへき足もたゝす、枝にたすけられて、五六丁をありくはかり也。

なには人のいかにしてあそふや、この春は花もよく咲て、嵐山、たいこなとにもあるきしつらん、いとうらやまし、といひこしたり。

こたへて云、石川丈山は、かも川こえぬともうされしは、心にふかき旨ありし由なり、我はしら河の石橋〓てたゝいてもわたらぬ方かかち/\といふ、といひてかへしたり。

月も花もめくらて、足よわきには何の心もあらす、庭の軒にさし入よひ/\の光、垣めくるたに水の音、松風竹のさやき、鳥むしの友多けれは、いつこには出たゝん。

銭一せんたくはへねは、ぬす人も入らす。

戸さうしは夜もさす事なし。

死なんと思へとえしなす、さして死にたくもなし。

くふ物のうまきにいさなはれて、年をこゝに又三とせ住ふりたり。

さても有ものは命なりけり、とひとり言してあるのみ。

父、雨夜のさふしさに酒あたゝめさせて、酔こゝろやおかしくおほしけん、むかし物かたりして聞せたまへりき。

我実の親は、丹波の何かし殿に先祖よりつかふまつりし人也、心あら/\しく、ふと宰臣にむかひて云ましき事云つのり、暇乞して難波のしるへ求てさまよふ出たまへり、市民に交りてわたらすへき事しらせ給はねは、たくはへもやかてむなしく成て、いとわひしかりしを苦に病て、母は死にたまへりき。

父の名満朋、我は満宜、弟を満高といひけり。

父の俗称は茂兵衛、我は茂助、弟は治蔵といひし。

氷上郡の上田村より出て、何かし殿につかへしとそ。

多田源氏の末にて、満の字を侵して付たる也。

父いかにしてわたらいせんと、始てうちかたふきたまへり。

其頃、おほやけに、手書者日やとひして召るゝ事ありき。

我是に日々に参りて、二銭目の御たま物をたまはり、父も弟も飢さりき。

父もほとなく世を去たまひしかは、またわかきをとて、人にすゝめられて、五花堂嶋の何かしと云商人の家に養はれて行、弟は、本国の氷上郡に黒井と云里の、一族の酒つくりて賑はゝしき家の子に成にたり。

さてこの家の父は、酒このませ給て、心たけ/\しくおそろしかりつれと、いぬへき家もあらねは、よく御心をとりてつかへ奉りき。

目つふれたまひては、いよゝ酒のみくらしておはしき。

享保のうの年、火のもえほこりて、城市大かたやけ亡ひたりき。

野ちかき所なれは、家夫とも運ひつみはへて父を守らしむるに、大の男にてましければ、夜にまきれ、兜のかたちしたる頭巾を冠せて、長矛つきてたゝせ給へる。

いかなるぬす人も、えうかゝふましかりける。

二日二夜もえほこりて、やう/\に静まりぬ。

雨いとつよくふりて、皆人泣まとふさま哀なり。

父の御ために足駄もとめあるくに、東の本願寺の前に焼のこりたる家二三軒の中に、一所あした商ふ家なりけり。

やかて入て買もとむる中に、ふと心つきて、此店にあるかきりを買とりて、弟の丹波より来あひしと二人か荷ひかつきてかへりし。

やかてならす、是を二人か荷ひて、下駄めせ、あしためせ、と高らかに呼あるくほとに、たゝ二時はかりに売つくして、利を十貫文はかりかつきて帰りし。

いとうれしきに、又何をか商はんと思ひめくらして、丹波のふるさとへ弟か走りかへりて、たはこの葉を二荷はかり買て、人におはせてかへりたり。

父の目なし鳥さへいとよしとて、羽まきといふ事、さくり手にしたまへり。

酒のあたい多くなりぬと、悦はせしこそうれしけれ。

是にて又金七両はかり徳つきたるをもて、もとの業にとりつき、紙油商ひしか、福の神や入らせたまひけん、五年はかりに、たからつみ入たる蔵をもたりけり。

父なくなりたまひて、家はます/\さかえしかは、二千両といふ黄金、はしめてとしの暮につみて見たり。

汝は幸いある者そ、これを多くして先祖につかへまつれ、とのたまへりき。

我はいとけなきに養はれて、今廿二さいと云時、姉のよからぬ者とみそか事して家を出たまひしに、直/\しき父にておはせしかと(は)、いかりつよくて、かうし絶ん、とのたまひぬ。

我云、姉は実の御子なり、我は捨てられたるをひろひてたまへりけれは、此家つくへき者にあらす、もし姉かうしたまはゝ、吾も御いとまたうへよ、と申。

父たの(のた)まへるは、実とあらぬと何かは、たゝ心直き者につかするは、聖人のをしへ也、さるともいなせし、とのたまへりき。

いとかたしけなし、さらは姉の御事は我まゝにゆるしたまへとて、みそかにかよひゆきて、世わたりの事はかり合せしに、姉は福果ある人にて、家とみさかえたりけり。

今はとて、父に申てかうしゆるしたうへよ、と申。

父よろこひて、わたらひは何すとも、世をやすくわたらんには罪なしとて、ゆるしてもとの親子のたいめをせさせたりき。

父よりさきに姉は死たまひ、ちゝもおいつきてなく成たまへは、我若きものから、わたらひ心おそくして、家は火に亡ひ、たからは人にうははれ、三十八といふ歳より、泊然としてありかさためす、住わつらふほとに、母もなく成たまひては、おのかまゝにしありかんとて、都には来たりき。

故郷をさり、六親をはなれ、産業なきものは、狂蕩の子と云。

智略にて家をおこすも道にあらすと、聖人はをしへたまへりきとそ。

智略なき性に心いらんよりは、狂蕩と呼れておのかまゝならんとて、かくて老くつるまてはありけり。

いと長物かたりなから、ふと筆にいはせて、心ゆかするなりけり。

雨伯陽云、神代一巻尊重せすはあるへからす、其事奥幽遼〓、きはめすして可也、しひて其的確をもとむる者は無識也、といはれしはよし。

ちかき頃、神代かたりをつたへ得しとて、さかしけに説聞えし人ありき。

是は、きつね、狸ならすて、人の人を魅する也。

其をしへの中に、わきて笑ふへきは、月日は此国にてなりたる神にて、万邦をてらし給へは、此御光にあたらん者は、千万里をいとはすかよひ参りて、君と申てつかふへき者そと。

蛮の国の制にてゾンガラスと千里鏡もて月日を見れは、日は火の炎たてゝもえ上るに同しく、月は池波の風にたちさわきに似たるよ。

目鼻も何もなし。

さるを神代かたりとて、神か人かわきなくいひちらしたる人、妖の生れ出たるなりき。

人の人を魅すると云も、かくさかしけなる事のみにもあらす。

我家を失ひて、くす師の業を十五年かあひたつとめしに、若きより学ひし(ら)ぬ事なれは、さくる/\おほつかなき事のみなりき。

行はれぬか幸ひなり。

中に、走馬疳を見あやまりて、いたいけ(な)る娘ひとりをころしたり。

親は我見あやまりともしらて、定業とて後々まてもしたしく招かれしは、心中いとはつかしき事也し。

拙業なれは、わつかの年をわたりてやめられては、世ののら者となりて、哥よみ文かきてあそふほとに、是はいつはりて人にをしへこそせね、さかしけにいひほこり、又古き事ともを我しりたるやうに注かき論し出て、木にゑらせたる。

今はとりかへさまほしき事のみ。

この頃題してよみたる中に、はかせをかそふれは、猶千たりにはたらさりき。

海の外にも名は聞えしか、又法師を有を捨て、無に入よとてをしへてそ、我は有に入くひのみをしつと、たはれ言して笑ひき。

はかせ法師さへに、其外の囈技の人々皆人に魅せられて、又人を魅して世はわたるなりけり。

あな水の淡々しき交りやとそ思ふ。