---------^ 折々草1.txt ( date:95-05-15 time:00:00 ) ------< cut here

をり/\ぐさ  春の部

        大和山城の宮跡をいふ条(クダリ)

大和の国は殊更(コトサラ)に古(ふる)き宮跡(みやと)の多(おほ)きに、唯物のしたはしき所也。いつもはあれど、年かへりて四方のけはひのどやかに、霞わたれる山川をみれば、古き哥どもの心ばへも思ひあはされ侍る。

先柏原(かしはら)の宮跡(みやと)はそことしもあらねど、宇祢毘山の立る其わたりにこそと見いづるに、ふりたる森なども侍らず。なめて田に畠にすきかへしたりとみやるに、高さし野はいづらと問へど、さだかにしれる人もなし。又明日香(あすか)川は今も流(なが)るめり。むかし此宮所(みやこ)を藤原に移(うつ)したまひて後、故郷(ふるさと)をおもふとふはし書にて、

        年月もいまだ歴なくに明日香川瀬々に渡せる石橋(いははし)もなし

と聞えつれば、其きはだに侍るを、まして今の大御代に移り来(こ)しいくたの月日には、水こそ唯絶(たえ)ぬ物なれとおぼゆ。春日(はるび)の打きらひたる川のべに出てみれば、芹にかあらむ、ゑぐにかあらむ、わらはべどものむれゐて摘む。さるは、

        たわやめの袖吹かへせ明日香風都を遠みいたづらにふく

と志貴の皇子のよみ給ひしも、荒行宮跡(あれゆくみやと)をおぼしてなりける。天の香具(かぐ)山・耳成(みゝなし)山もみな同じ所にて、うねび山とは三栗(みつぐり)を引放(ひきはな)ちてさしおきたらむばかり也。さるは香具山は姫(ひめ)山にて、宇祢毘・耳成は男(を)山なれば、かのかぐ山をあらそひしに、阿菩(あぼ)の御神(おんがみ)、是を鎮(しづ)めたまはむとて、みふねを走らせて播磨の国までわたりませしと、中の大兄(おほえ)の御哥にはみえつ。又ちか比加茂の県主、春のはじめの哥に、

        みわたせば天(あめ)の香具山うねび山あらそひ立る春がすみかも

とよめるは、古き意をも得、ことばもしらべも今ざまの事には侍らず。

奈良の宮跡(みやと)は、あるが中にもいと近く、何ごとも新らしき心地せらる。春日山を見てぞ、

        きのふこそ年は暮しか春霞春日の山にはや立にけり

と侍る哥をおもひ出ぬときもはべらず。

山城の国乙訓(おとくに)の郡長岡(ながおか)の宮跡(みやと)は、何事も残らず。いと短かりしかばさることにや。桜花さかりなる比、小塩(をしほ)山にまうでゝ、花山の君のみはか所ををがみて(拝)侍りけるなへに、をちこち見ありきはべりし時、

        久しくもしろめさねば長岡の宮跡は春の草おひにけり

いとつたなけれど、こゝにしてよみ侍りき。

        平(たひら)の京をいふ并両頭の蛇(をろち)を見し条

平(たひら)の京(みやこ)は、長安(にしのみやこ)はなくなりて洛陽(ひがしのみやこ)のみぞ残りにたる。さるも今は川より東に多くの家なみしきたれば、何事もいとにぎびて、山の桜咲これ比は人さはに東山(ひんがしやま)にのぼりてみる。あがたわたりならば、けふはいとさぶしき山踏(やまぶみ)して、花なむこひありきしと、人にもかたらふべき山所(やまどころ)也。

さて北野に立(たち)ませる天満御神(あまみつおんかみ)は、いとかしこくおはしまして、人皆のねがふまにゝ守(も)らせ給ふなれ。生学(なままなび)の人、此御神の事を聖廟(せいびゃう)と書きしをみき。いかに心得て侍りけるにやあらむ。仁明の御時、北野に聖廟を建給ふ事のよしは紀(ふみ)にも見えつ。

さて、梅の花紅(あか)き白き散り過て、桜もやゝうつろふ比、北野より比良野にまうでゝ侍りけるに、所のわらはべが頭(かしら)の両(ふたつ)ある〓{虫+也}(おろち)を楚(しもと)にかけて、打扣きて侍るを見き。猶ちかくてみれば、二つの〓{虫+也}(おろち)にて、大きなるかたがちひさきを呑みて侍るに、おのが尾先を喰(くひ)やぶられて、かれが頭のさし出たる也けり。是をみる人の中に老人の居(をり)て、

「彼(かれ)もとより頭の二つ有(ある)物にはあらず。みなかゝることしてなる也。是見たる人は福(さひはひ)をうしなふとなむいへば、なほに打殺(ころ)してよ」

と云。

是は孫叔  (そんしゅくごう)とふ人のをさなき時しけむ事を聞しりて、此老人(おいびと)はいひしならむ。さるは痛(いた)く打扣きつるまゝに死(しに)けるを、そがまゝに捨おきて、童(わらは)どもは往(いき)あかれぬ。あとにてみれば、いまだにうごめきて侍るほどに、杖(つえ)の先に引かけてもちいでゝ侍れば、二つの頭は跡先(あとさき)にまひうごきて、中々いづしかりしかば、人の見ぬ薮原(やぶはら)に放やりて侍りし。いかになりつらむ。

        江戸の根岸(ねぎし)にて女の住家(すみか)を求(もとめ)ありきし条

むさしなる江戸の春べそ、いとも/\にぎびにたる。

松竹立ちわたすなども、異所(ことところ)には似ず。大きなる、小さき家のかぎり、門(かど)べは唯常葉木(ときはぎ)の林なせり。川のいと広きに、行かふ舟どもゝ、春のかざりはおふなし/\しわたしたれば、見るさへぞのどやかなる。根岸といふ所は北東(きたひがし)にあたりて、町並(なみ)をさかりて、山のしづくのあがたなれば、水の心も清く、家居などもしめやかにて、竹垣(たかがき)柴垣(しばがき)のみを便(たより)に、しをり戸(ど)しかまへたる住か(すみ家)どもなり。

春立二日といふ日、友がき

「いざ」

といふに、そのわたりをによびありきける。

日はいとのどかにて、高き木むらは霞わたり、ひきゝ岸べは柳もえ出て、うぐひすも引あげてなく也。くまある径を打めぐりて行に、はかなきしをり戸なれども、見入のいとよし/\しく住める家の園には、椿のいろ/\に咲出たるさへ、いとあらはなれば打みゆる。

此友がきしばし立どまりて、

「此家なりける隣なりしか」

とてのぞきみて、頭をうちふり、

「爰にもあらず。そも是はあやしきかな」

などひとりごちて侍るに、

「そこは何事をのたまふや」

といへば、

「いとくしきことの侍り。いでかたらむ」

とて、道をばやをらあゆみながら、

「さるは去年の霜降月(しもふりづき)廿日まり三日にか侍りし。此あたりにはあらねど、日比物いひける女(おみな)の、やう/\あきがたになりて侍るもとへ、今夜(こよひ)はいきてことわりなきくぜちどもをいひかけて、相はなれむとおもひしかば、いそぎて此道を通り侍りしに、日の暮るゝに、雪のいたく降出(ふりいで)しかば、笠やどりせむしるべも侍らず。此あたりに行なづみてさむらひしを、正しに今見入つる家の隣なりし。いやしげなきおふなの出来(いでき)て、

『いづこにおはす人ぞ。笠なしにしていかでおはさむ。蓑(みの)かして参らせむ。しばし立よらせ給へ』

ときこゆるに、いとうれしく、そも山姥(やまうば)にてはあらじとおもひて、つきて入れば、打見しよりは住居(すまゐ)もいときららかにはき清めて有に、

『こなたへ』

ときこえたり。いとおもひがけねば、我は唯簀子(すのこ)に腰(こし)打かけて、

『いそぎてまうづる方の侍るに、此まゝに居さむらはむ。かの蓑(みの)はかし給へかし』

といへば、

『すこしたのみ参らせたきことも侍るに、さな居(をり)給ひそ。ひたぶるに』

とて、女(め)の童(わらは)の清らなるがいでゝ、袖にすがりて引ば、黙(もだ)もならでつきて行に、出居(でゐ)とおぼしき所はいと香ばしうして、壁(かべ)には秋のゝけしきおもしろくかいつゞけたり。

さてをれば、物引まはして中にふし居たるをみなの、さだかにはみえねど、年のほど廿あまりなるが、すこし枕をあげて、おもはゆげに物いひかけたるけはひ口つきいとけだかく、こゑなどもにほやかにて、なほ人゛にあらずとみゆるに、いかなる事につきてたかき人のかゝる隠(かく)れはしておはすなめりと、すゞろにおしかはかれども落居(おちゐ)ず。うかゞひてはべるを、先(さき)にしるべせしおふなのいできて、

『是なるはみづからがひたしまゐらせし君にておはせ。爰にかくおはする筋(すぢ)は、今なむかたり出べきことにも侍らず。唯今ゆくりなくそこを申入て侍るむねは、しこつ(醜)犬(いぬ)の飛(とび)出て、み足(あし)のかた/\をくひけるを、そこに居あはせて侍りける人々のかいはなちてたまはりし。血(ち)もいたくながれて、からきめ見たまひける故(ゆゑ)に気(け)ものぼりおはしたるならめ、人心地もなくておはせしを、やう/\物にかきのせまいらせて、是まではみともして侍る。人のいふをきけば、犬にくはれたる病人(やまうど)は世にむつかしき物になど。さるけにや、ねちの御心も侍りて物もまいらず、かく打ふしておはすなり。そこは御(おん)くすしにこそ。よきみくすりたうべて立所(たちどころ)にしるしみせたまひてよ』

など、わりなく聞えけるに、みればすこしおもゝちもほてりてなやましげなり。

『こはおもひがけね。けふにかぎりて人もめしつれず、袋ももたし侍らず。されどかく俄のことには用うべき薬の、いさゝけながら懐(ふところ)にはべるを、先試に参らせむ。みあしはいかに侍る。うかゞはばや』

といへば、

『げにも』

とて、かたへにさむらふわかうど達の立そひつゝ、表(おもて)は金(こがね)の糸もて花紅葉をぬひかさねたる唐のきぬに、裡(うら)はこき紅をあはせたるに、綿(わた)さはに入たる夜(よる)の物の裾(すそ)を少し押まきて、

『みあし出させたまへ』

といへば、はづかしげにてさし出したる、いと白くつや/\しき脛(はぎ)の細やぎたるまで、けしうはあらぬ人也と打守るに、それとみゆる疵(きず)もあらねば、

『いづこがあやまち給へる所にて』

と問へば、おふな打ゑみて、

『物はぢし給ふ也。今すこしうへのかたに侍るよ』

とて、白きあやのきぬのなよやかなるを、二重(ふたへ)ながらおしまきて侍るをみるに、ふくらかなるむか(向)もゝ(膊)のいたくはれ出たるに、牙(きば)にくひあてたりとみゆる疵のあともはべるを、よくみとりて、

『今老刀(おいと)自ののたまひしごと、いとむつかしき物には侍れど、さは病(やまひ)したる犬のくひたるをいふなり。こはさる犬にもあらぬが、ざればみてくひたるならむ。今参らするみ薬(くすり)を付(つけ)て、物に巻(まき)ふたぎておきたまはゞ、近きほどにはおこたり給ふべし。おのれ又かさねて参りてうかゞひ参らせむ』

といへば、みなうれしがりて、

『直(なほ)々に頼み(たのみ)まいらせむ。こゝは何事につけても、便あしく侍る所なれば、神田(かみた)なる柳(やなぎ)が原(はら)のわたりに、御いとこのおはすがもとへ、今二日(ふつか)斗のあひだにはうつり給はむ。

さてそこの御住所(おんすみどころ)もうけ給はりおきて、こなたよりむかひ参らせむ。

しるしおきたまへ』

とて、うづたかく蒔絵(まきえ)したる硯(すゞり)のはこに、かれたる墨(すみ)のいとこまやかなるをすりのべて、まぢかくさしおきたり。

また同じかた蒔(まき)たる箱に、八(や)しほりの紐(ひも)の房長(ふさなが)くたれたるをときて、内なるみちのく(奉書)紙をとうでゝ、よきほどにさしおきてしぞきぬ。

かゝるふるまひを見るにぞ、つたなくゆがみたる鳥(とり)のあとをかい残さむは、いとくちをしかりしかども、心高(こゝろだか)にかいなぐりて、

『かさねては此所へうけ給はらむ』

と申おきて、まかむずとすれば、あるじぶりきこえむとて立さわぎ聞えしかども、かの事のかた心にかゝりて侍るに、雪もはれければ、蓑(みの)もかりうけで走(はし)り出しが、さるにてもゆかしき人には侍るよと、道すがらもおもひつゞけて行に、夜に入ぬれば、石にふみあて、雪に踏ぬきなどして、酉の三つばかり、からうして妹がりつきにけり。

さておもふまに/\いひふるまひて、いたくふけぬれば、其の夜はそこに丸寝(まるね)して、あかつきかへりにけるが、風の心地(こゝち)に煩(わづ)らひつきぬれど、かの笠やどりせし夕暮の雪なむこゝろにしみて、かのむかへきこえむと有しを、けふ/\と待わびて侍るに、終(つひ)に音もせで年も暮(くれ)にければ、あまりに物のゆかしく侍るに、そこをなむそゝのかしまいらせて、かくまいりにたり。

いとあわたゞしかりしかば、その家のさまは露もおぼえず。

唯隣なるは、庭のべに椿のいろ/\に咲きほこりて侍りしことゝ、黒木(くろき)もてふきたる屋根にしをり戸しかまへたるとは、よくおぼえにたり。

其家はさだかにて侍るに、かのとなりは跡(あと)も侍らず。

たしかに見しよりは三十日(みそか)斗のほど也。

そがほどに家もけめや、垣も消(け)めやとおもひしほどに、先(さき)にも立どまりてつら/\見入て侍る也。

さこそおもへ、所をたがへたるにや。

かゝりとしらば、うつらむといひし家の名、又いかなる人とつばらにもきゝおかましを。をしき事したり」

とてくやむ。

「さばかり正しにおぼえたらば、かの椿の咲きたりし家に行てとはゞ、家もこぼちてうつりたらむも、猶又行先も聞得べし」

といふに、げにもとて立いりつゝ、外(と)の方にこはづくりして、「すこし物うけたまはらむ」

といへども、いらへなし。

「常(つね)の時(とき)すらあるに、初春のいや申に参らむ人も侍る物を」

と打さゝやきて、

「此主(あるじ)は昼寝(ひるね)かしたるならむかし。声高(こはだか)にいへ」

とて、なほこはづくりて、

「ものうけ給はらむ」

といひいるゝに、こたへねば、くるす戸のすこしひらきたるをから/\と押開(おしあけ)て、顔(かほ)さし入つゝ、

「頼まいらせむ」

といへば、ふるおばが顔さしむけて、二つの耳に指をさし当(あて)、

「物たかくの給へ」

といふに、こは耳しひ也。

「ゆるさせ給へ」

といふさへひゞく斗にいひて、ちかくさしよりて、しか/\のよしをとへば、おばきゝて、

「けふはさるみたちへ初春のいや聞え奉らむとていき給ひし也。人ふたりまでめしつれたまへば、おばがひとりかくもりて侍る也」

といふ。

さてはいまだに移りたまはぬにやと、又よくとひかへしぬれば、

「此方(こなた)のとのはみくらもりの下づかさにて侍るが、今は家をも名をもわ子(こ)にゆづりて、かくしづかにて住給ふ也」

といふ。

さてこそ聞(きこ)えぬなれ。

さるにても聞(きゝ)おふさばやとおもひて、こゑを盤渉(ばんしき)の甲(かう)にとりて、

「隣(となり)の家はいつの比うちこぼちて侍る。住(すみ)給ふ人はいつの程にいづこへかうつり給ひてけるよ」

とゝへば、少し聞とりしにや、老下(をいした)よゝませて、

「さればよ、おばがかしらはをとゝしの春そりこぼちてける。又爰へは去年(こぞ)の秋よりうつりてさぶらふ」

といらふに、腹だゝしく、今はかひなければ、よし/\とうなづきて、小声(こごえ)にて、

「狸(たぬき)おばよ、しこつおばよ」

といへども、更にもきかず、和(にこ)々として、

「湯なむ一つ参らせむ」

とて立を、いときたなげなれば、打わらひて出ぬ。

さては所をたがへたる也とて、かゆきかくゆき、椿の咲たる庭や侍、黒木もてふけるかどや侍ると、みれども/\侍らず。

あまりにのぞきありくを、人の見とがめてぬす人にかとおもふさますれば、

「今はおもひすてよ。さるにてもいたくうゑたるに、椿もとめありかむより椿もちひうる家もが」

と、をかしからぬを打わらひて、かへる路に出ける。

「かくまでみるに家もあらぬはいとあやし。犬にくはれたりと有からは、をさ/\毛のむく/\とはへたる脛なりけむよ」

といふに、

「いな/\、人の脈(みやく)にてうかゞひつることはたがはじ」

といひ勝(かち)て、たゞ夢の中に相見つる人を、したふばかりになむこひわたりける。

        荘子を好める人を云条

隅田川のこなたに浅芽が原といふ所あり。

其わたりにいほりしめて、年久しく住めるひがおぢの有ける。

此おぢ、唐事(からこと)をこのみて、何ごとにも唐々といふくせなむ侍り。

中にも荘子(そうじ)が風俗(てぶり)をめでゝ、心さへ身さへ唯是になむなれとぞ学(まなば)ひける。

それにつきては、常にはかなくをかしきふるまひども多かり。

春もきさらぎの末つかたに、おのが住あたりの畠(はたけ)どもには、青菜(あをな)の花咲みちて有に、かはひらご(蝶)の多く飛めぐるを見つゝ、かの無我有(むがう)の郷(さと)といひけん境(さかひ)をおもひめぐらして、つら/\見をりけるが、いとうらゝにさしわたる春の日影にこゝろよくあたゝまりつれば、ねむたくなりてや、しば/\うなづきけるが、終に打たふれてねにけるを、友どちの中に物あざむきする男の来たりあひて、此おぢのねいりたるをよき事とおもひ、かはひらごひとつをとりて、羽がひを少しなやめて飛行(とびゆく)まじくし、そとぬきあしをしておぢが胸(むね)のあたりをねらひて打こみ、我は此方(こなた)の一間に立かくれて、そらねをしてうかゞひ居るに、おぢはやがておきあがりて、おもしろき夢や見つらむ、ひとりごちつゝ、

「あや/\、我は今無我有(むがう)のさとに遊び居(をり)しよ。実(まこと)にしかり、実(まことに)しかなり」

とて、頭をうごかしてよろこぶさましければ、猶ひそまりて見をるに、かのふところになげ入たりしが、胸(むね)のあたりにはひあがりて、ゑりにとりつきなどし、羽(はね)を打あはせてとばむとするさまを見付て、

「さてな。我や是(これ)か、これが我なるか」

とて、しばしみをりしが、手にとりすゑて、かの羽がひのいたみたりし所を見付、

「是こそ夢のまに/\少しもたがはね」

とて、膝(ひざ)をうちておどろきうごく。

さるはとびそこなひて空より落(おち)つる夢や見つらむとおもふに、をかしくなりたれば、口をふたぎて逃かへりしとなむ。

        真間の天古奈(てこな)の考を云条

真間のてこなが事をよめる哥、万葉集にはをちこちみえたり。

扨、

「此てこなと云は名にあらず。果(はて)の子といふ事にて、今いふ末の子也」

と、古きよりいひ教(をし)へしは、さ言(いは)むもうべなれど、我友何某(なにがし)、是をたはぶれにいとをかしう考へたる事侍り。

さるは、

「みちのくの人なべて蝶の事をてこなと云。是をかはひらごといふは、新選字鏡(しんせんじきやう)といふ書(ふみ)に侍(はべ)るやまと言也。

されどいづこにても是をかはひらごといふ人さらになし。

てこなといふは今も専らみちのくの人はいふなれば、もし此かたが古きよりいひつぎし名なりけむ。

唐言(からこと)いり交りてこそ蝶(てふ)とはいへ、それがさきにやまと名のなき事やははべらむ。

さて考へたるは、真間のてこなは此女の名なるべし。

これをてこなといふは、今女の名にてふといふ名の侍るがごとし」

と。

此かうがへ、たはれたるさまには侍れど、いと安らかにきこえ侍る。

          蝶に命取られし条

みちのくの人かたり侍りき。

ある国の守に仕(つか)はれける武士(もののふ)の、生(あ)れながらかのてこなをきらひて、常(つね)にいふ、

「春(はる)はおもしろき物(もの)なれど、てこなが飛(とび)ありくぞうたてあるかな。いづこ行べきともおもはず」

とて、よき日にはこもりをり、雨のしとゞにふりくらす日には、花見むとてぞいでありきける。

友どちこれをあやしみて、

「ことものかな。実に癖(くせ)ならばあしき性(さが)なり。ためしてやみむ」

とて、春の雨のつぎてふる比、

「花みて酒のみせばや」

といひ遣(やり)りぬれば、来たれり。

みなゑひすゝみたるはしに、かの男をば議(はか)りてひと間に入れおき、戸をさしかためて、てこな三つ四つとりおきて侍るを放ちいれければ、此男大ごゑを出し、

「あなや、ゆるしてよ」

とさけびて、あなたこなたにげありく音しけるが、しばしして音もなくなりにたり。

「さこそ癖(くせ)は直りつらめ」

とてひらきてみれば、のけざまにたふれて死ゐたり。

人々あきれてかいおこし、薬などいへども、手足氷りて死いりぬ。

さてみれば、放ちたるてこなどもは、鼻の孔(あな)にはひ入て、これらもともに死をりけり。

甥(をい)、弟(をとゝ)などもはべる人にて、後はかゝる事としりけれど、かたきといひ出む筋にもあらねば、そのまゝになりにけり。

              吉野山をいふ条

花ぐはし吉野、とさへよめるは、いと古きよりの事なれば、むかしゆこの山はしかありけむ。

おのれ三十年(みそとせ)ばかり先に参りて侍りけるに、世に千もとの花、かくれ松などいふあたりは、峯も谷も唯花にのみうもれたりしが、近比行てみれば、さる所もはらゝにて、松にぞ桜はかくるべくはべる。

ましてをちこちの谷峯(たにみね)は、よしのとおもふばかりの花はなし。

此木はよはひのいとみじかきものにて、四十年(よそとせ)の雪霜(ゆきしも)は歴がたき木にぞといふ。

実にさることなるべし。

又まうづる人のあれば、此山のわらはべどもが桜の若苗(わかなへ)を売(う)りて、旅人に「これうゑさせよ」といふ。

さるは心なき人までも、此山の名にめでゝかの苗をかひもとめ、老木につがむかまへをばしおきて通る也。

今とてもしかすれど、人の心よからずなりにたるけにや、かひもとめてうゑさすれば、まのあたりにうゑおきて、其旅人の行過るを待てそれをば引ぬき、あとより来たる旅人に又しかいひてうる也。

二わたりもしかすれば、苗は終(つひ)に枯(かれ)て侍るに、また異所(ことゝころ)の若苗(わかなへ)を引来(ひきき)てかく到(いた)すほどに、こゝもかしこも若木の桜はなくなりにたり。

かくて年月(としつき)の経(へ)ゆかば、吉野は名のみになむなりくたすべきなめり。

  こゝぞいにしへは行宮(かりみや)も多(おほく)はべりて、代々の天皇(すめらみこと)のいでまさせける所也。

さるよりぞ古き跡をちこちに侍りて、其事としも残らねど、奈良より上つかたの哥によめる所々いと多し。

是は万葉集に侍れば、あまねく人のしらぬなめり。

名のみさへそこと残りたるはすくなし。

又建武(けんむ)の天皇(すめらみこと)は此山に都(みやこ)を建(たて)まして、歴応(りやくおふ)のはじめまでおはしましぬれば、これらにつきて新(あた)らしくいひつたへし所共をちこちに侍り。

さて、此山の名ぐはしき所どもしるしたる冊子(さうし)どもにも侍るまゝに、そこといひ立て、「吉野にてこゝ見たまはぬ事やはある」などいふ。

その一つは、いかなる所にかとおもへば、清(きよ)き河原(かはら)と名づけたる所有。

此詞はよしのにもよめる哥有。

又いづこにてもさることなればよめる哥あり。

しかるに、こゝとのみ名にとゞめていひつぎしはおろか也。

おのれらちか比参りて侍る時、そこにては哥よみなどいひのゝしる人にも逢(あ)ひき。

其哥人(うたよみ)も、「かの万葉集にも見えて侍る清き川原は見給ひしや」などとひ給ひしぞをかしかりし。

こは越(こし)の中(なか)の国にありそ海といふ名所(などころ)の侍るが如(ごと)し。

さるは大伴(おほとも)の家持(やかもち)の卿、越中(えつちう)の守(かみ)にて此国に下り給ひし時、天平一八年長月廿五日、弟(おとゝ)の君、都にて失せ給ひしを嘆き給へる哥に、

  かゝらむとかねてしりせば越(こし)の海のありその波もみせまし物を

と侍るなどにて、万葉集をそこばかり見おぼえし人の、ありそは越中にこそあなれとおもひ、又物(もの)にも書てつたへしならむ。

ありそはあらいその詞をつゞめていふなれば、いづこにまれあらいそにむかひてはしかよむ也。

ありその詞はなべて万葉の哥には多く、こゝにもかしこにもよめるなり。

すべての其詞のもとをわきまへず、今をもておぼえ違(たが)へたるは、海とへば潮海(しほうみ)の事とのみおもひ、島といふもいそといふも、みな潮海のべのことなりとおもふ故に、いにしへの哥をみてはおもひまどふこといと多し。

さるは荒山中(あらやまなか)に海ともよみ、大和の国に海原などもよめり。

さはいかにとなれば、うの詞は大(おほい)なる事をいひ、みは又水(みづ)のことなれば、大なる水を海とはいふ也。

島は又水中(みなか)に侍る陸(くが)をいひ、いそは石(いし)なれば、庭(には)の島輪(しまわ)とも是をよみ、「君が家の池のしらなみ磯(いそ)にふり」などもよめる也。

沖(おき)もへもまたさのごとくて、沖は奥(おく)なれば水中(みなか)のかなたをいひ、辺(へ)は方(へ)にて岸(きし)方をいふ。

後の物なれど土佐日記にも、「塩海(しほうみ)のほとり」などは書るならずや。

其外かゝる事の多き中に、源氏物語に侍る事を名所(などころ)として侍るこそはかなけれ。

かくのゝしれば、物しりだちて我ながらいとしこ也。

  赤間(あかま)の関(せき)の阿弥陀寺并平家蟹(あみだじならびにへいけがに)をいふ条

長門(ながと)の国赤間(あかま)の関(せき)の上(うへ)の山に、阿弥陀(あみだ)寺といふ寺の侍り。

爰には治承(ぢしやう)の先(さき)の天皇のみかた(御像)一柱(ひとはしら)を中(なか)のへ(重)にすゑたてまつり、又めぐりの壁(かべ)には八十伴雄(そとものを)のかたを絵書(ゑがき)、亦とのへの壁には、保元の御代のさかえより文治の御代のおとろへまでを、つばらにかいしるして侍り。

又上なる山にみはか所とおぼしきには、いとちひさくしてしるしの石の多く侍るが、くえかけて文字も見えず。

きさらぎのはじめにまうでしかば、紫震殿(ししんでん)のかたに立わたしたるちいさき宮の前(まへ)には、梅の花のかすかに咲てはべるなども、むかしおもふばかりなり。

そこなる法師の出て、何くれといひはやす中に、豊臣大閣(とよとみたいかく)のみ哥とて、

        もゝしきのあれたる宮に咲梅はむかしの春をわすれざりけり

        花散し跡をあはれとことゝへば袖も昔に帰る浪かな

其外いひけるがおぼえず。

此所にて平家蟹(へいけがに)といふものをうる也。

其中にいと赤き物は必(かなら)ずまなじりさかのぼり、いかれる面(おも)ざししたり。

又しろきものは面(おも)ざしも又いとなだやかなり。

おのれ此赤間の関に汐のかなふを侍て五日六日(いつかむゆか)はべりて、所につけたる古(ふる)物語りどもきゝしなへに、此蟹の事を聞しが、淡(あは)の海にも侍り、そこにては武文蟹(たけぶんがに)と云よし也。

其外も西の海にはこち%\

侍りとぞ。

さて其蟹の面のさまを見わきて、白くもし赤くもす。

赤きものは酒もて煮たる也と云。

又面のいかれるとなだやぎたるとは此蟹の雌雄(めを)なりといひし。

さるは白(しろき)かたをば公達蟹と名付て旅人にはうる也、と語りき。

        人をたのみて飛び入し鴈をいふ条

きさらぎ十日ばかり、越(こし)の前(さき)の国板取(くにいたとり)といふあたりを旅行しけるに、雪いと高し。

「此雪いかばかりの高さは侍る」と問ふに、「十丈あまりなり」といふ。

いかにしてさははかりしれりとおもふに、常見る大木(おほき)のうれが、真柴(ましば)などみるたびに、雪のつもうれるうへに、余りて侍るをもて、そればかりの丈(たけ)なりとは云也。

雪はおもしろき物にて、松の小枝(さえだ)にかかりたるあかつき、しののめのうら葉にふりしく夕ぐれなどは、花にまさりておもほゆるを、かくつもりたる山路(やもじ)にては、人の命をもとるべきものは雪なり。

かまへてきさらぎ斗は、かのつもれる雪は氷りながら土をかいはなれてくえおつる。

これを雪国には雪なだりといふ也。

さる時は麓(ふもと)の家村(いえむら)をうもらし、柱梁などをさへうちたふし、あまたの人、是にうたれて死ぬること、年々にあなりといふ。

さるかしこき事をききしる人は、やどりをばまだきに出て、氷の消まじき時にあゆみ、日のさしのぼりてあたたけくなれば、さる高山の常陰ならぬ所をもとめて、昼より先(まづ)やどりをこふなり。

またさるさどりをこふにも、大路(おほぢ)の雪は軒(のき)やりも高ければ、遥かに人屋を見下ろして大声(おほごえ)を出し、「やどりせむ。

借(か)し給へ」といへば、よもつ下べより打あふぎて、「道の伴ひはいくたりにてさぶらふ」など云を、「ただ見給ふばかりの伴ひ也。

かりではいくら参らすべき」と、又大声にいへば、「かかる雪の中の住居して侍るに、何まいらせむものもなし。

ときほどにしたまへ」といふさへかすかに聞ゆ。

さて谷の底にはひ下るばかりに家(いへ)の外(と)に下りて、先火(まつび)を乞(こ)ふにぞ、真柴(ましば)はぬれにぬれて火はつかず。

烟は立ちこめて、いぶせき事いふかぎりなし。

さて、落間(おちま)のすみに鴈(かり)を三つと真鴨(まがも)を二つなむ、かたまにふせてかひおけり。

「こはかかる旅人(たびびと)にたうべさせかまへにや」といへば、「さることにはあらず。

彼(かれ)らはよく時をしりてはべる鳥なれども、西南(にしみなみ)の国のはやく春づきし年は、時をたがへて、まだきに北国(きたぐに)をさしてかへり来る故に、翼(つばさ)有て空はゆけども、さすがに八重山の雪のみを見つつ飛こゆるに、とく下(お)りて物はまむとすれども、野も岡(をか)も川もひた白にて、何はまむ所もなければ、飛かへらむとしつつ、空にいざよふ時、かの雪国にはべる吹雪(ふぶき)といふあらしの吹出(ふきいで)て侍るに、天路(あまぢ)まどひて、少しも人家(ひとや)ちかからむ所にとびくだりてやすらふなり。

日比は人をおそれて高く飛鳥(とぶとり)なれども、さるときは其人をおもひ頼みて、かくちかづくがかなしく侍り。

是も十日ばかり先(さき)のあらしに、我家(わぎへ)の外にくだりけり。

此隣(となり)にも、先の家にも、三四五(みつよついつ)つは落ち侍るを、みな我ごとくにして、稲をはませてかひてさむらふ。

やうやうのどけくならば、隣なるも先のも、これなるも、ともにして放(はなち)やむらと申あはせてさむらふ」とかたる。

よき心かなとはおぼえける。

        雪なだりにあひて命をのがれしぬす人の事

我ともがらのかたりき。

上(かみ)つ毛(け)の国より越の国に越(こえ)る道に、三国峠(みくにたふげ)といふが侍り。

越の国何某所(なにがしところ)の守(かみ)、江戸におはせる間(あひだ)に、其国其所の者がことなる盗(ぬす)みしつるを、とらへさせて、春む月の末に国へ遣はされて責(せめ)とはすことの侍るに、多くの守部(もりべ)をつけてかの峠(たふげ)を遣はされしに、雪は高く道もなきに、又春の雪のいやふりに降りしけど、かかるめし人(わど)つれたればいづこのとどまりをるべきにもあらず。

かろうして行に、山を下(くだ)れば深(ふか)き谷の有て、そこは丸橋(まるはし)を打わせたる所にて、常さへもむつかしきといふ道なるに、かのふりかさなりたれば、ことにからきを、めし人はかまたに伏(ふせ)たれば、人ふたりが荷ひてまさきにくだる。

しりに立て十人(とたり)あまりの人の下るに、山をくだりつきぬとおもう時、かの雪なだりぞ、山のくえたるばかりに鳴とよみて落くるに、人はみな深き谷の底につきおとされたり。

さる上(うえ)になだれし雪のかさなりたれば、みな行所もしらずなりぬ。

かのぬす人荷ひたる男も、ふたりながらつき落とされて雪の下にうせけるが、いかにしけむ、ぬす人伏(ふせ)たるかぞ一つ残りにたる。

さてかの盗人は、今のさわぎにおのれも谷の底にいりけんとおもひて侍りしが、少し物のあかりのしけるよりみれば、うづ高き雪の上に我ひとり残りて、あたりには人もなし。

よき事とおもひて、腰にとりつけたる縄(なは)を押きり、かたまをば踏破りて、出つゝみれば、はつかに木のうれの出てはべりけるに、かたまはかかりてとまりゐけり。

さてはからき命をひり(拾う)ひつるかな、とよろこび、日もくるるに、旅人のさまにいひかすめて其夜はやどり、明ぬれば心ざす方へまぎれうせける。

さるにてもよからぬ癖(くせ)なむなほらで、そ(其)より三年ばかり立て、人もしるまじとおもひしかば、故郷(ふるさと)に立かへりて有間、又事にかゝりてとられて、終(つひ)に殺(ころ)されぬといふ。

かの囚家(ひとや)にこもりて居る間に、「かゝかることにゆくりなくいのちはまぬがれたりしことの侍りし」とかたりしとなむ。

        哥ぬす人とて追出されし条

東(ひんがし)の二条に住ける若人(わかうど)にはべりしが、二親(ふたおや)なくなりてより心そゞろに成りて、業(なり)の事どもは捨ておき、唯そことなくうかれありく事を好(このみ)ければ、やからどもつどいて、「さる心得(こころえ)にては家(いへ)をもうしなひ、終(つい)に身もはろぼすべし。

さることも必(かならず)ひとりにて侍る故也」とて、とにかくにきゝつくろひて、よきよめをむかへて侍りけるに、しばしはさもせでをりしが、よき家主(いへもり)こそいでにけれとおもふさまにて、こたび遠(とほ)き野山に交(まじ)り、夜(よる)もとまりて、雨などのふれば二日(ふつか)も三日もかへらで侍るに、おのづから人もみすてゝ、わたらひごともうとくなるにまかせて、家にあればよからぬ事どもきくとて、内(うち)には足(あし)もとめずいでありく。

嵐(あらし)山の桜散過て、小室(をむろ)の花よしというさかり、一日(ひとひ)も落(おち)ずいきたりしが、或日、花の陰(かげ)にひとり立伏て遊びをるかたへに、帳(とばり)うちまはしてよし/\しき女達(をんなたち)の、男だつものは童(わらは)どもさへ遠ぞきてさむらふに、たゞしめやかに汲(くみ)かはして、暮(くれ)なばなげの、などによび(呼)つゝ、花の陰を立さりがたりしたまふさま也。

いとゆかしければ、とばりのほころびたるに目をすこしさしよせたるを、おもとめとおぼしきおふなの、まだきに見付て、「さなのぞき給ひそ。あらはにて入給へ。くるしからず」ときこゆるに、かゝる事には馴たる奴(やつ)なれば、はゞからでくゞり入リつ。

「よくこそ」とてみきすゝめ給ふに、こは猶しもなれば、心すさみになるべきふしはをかしくいひさわぎ、そら物語りとり交(まじ)へて盃(さかづき)の数(かず)めぐるに、をみなたち珍らかにきゝなして打すゝろび給ふ中に、上坐(かみくら)におはすが、年のほど十まり八つ九つにも侍らむと見ゆるが、主(ぬし)の君ならむ、けだかくにほやかにて、折々おふなが、耳に物のさゝやき給ひて打ゑみし給ふに、おふなもうなづきなどす。

かのそゞろ人、いよゝそゞろに酔ほこりて、声をかしくうたひなどするを、是彼(これかれ)とこのみもし給ひて、になく珍らかにしたまふさまなり。

夕暮にもなれば、花の下風(したかぜ)も打かをりて、夕影のさやかなるに、御人のけはひもてりそふ(照添)ばかりなるを、かゝるも世にはおはしけるよと、梢(こずゑ)の花はなきものにおもひなりて有を、おふな袖引ならして、「耳おこしたまへ」といふに、心はしりしてさしよせたれば、「あしき事はあらじ。あすの夕がたにかう/\して参り給へ。所はそれのそれ也。必(かならず)たがへ給はでよ」と聞より、唯夢の心地して、「けふはいずれの星(ほし)にあたりて、かくよめきを見聞かな」と口にさへ出るを、おふな「いと/\みそかなり。

さかり(離)ては居れど、男共もさむらひて侍るを」とてかしこがる。

さて、暮やしぬらむ、人もこそあかれちれ。

「さはかへらせ給ひて、明日(あす)の夕(ゆふべ)なむ」ととり%\にいへば、男はまかり出ぬ。

又の日はとくおきあがりて、「今夜(こよひ)はよき人のみもとに哥よまむ人々をめす也。

おのれもよみ人にとられて侍る」など、こと%\しくいひならして、かたちは髪よりはじめ、かほ、手(て)、足(あし)、耳(みみ)のそきべまでもかいあらふに、湯には三度(みたび)まで入りて、になきけそふ人となりて、衣(きぬ)などは有のこと%\とうでゝ、少しも新(あたら)しからむをゑり着て、夕暮のまぎれにと有しそれのかどをさして走(はし)り行(ゆく)に、いひをしへに違はず。

扨臣(おみ)の木の大きやかのなる垂枝(たりえ)の、いたくらきもとに立かくれて侍るに、折々かきならす琴のひゞきなども遠からねば、かの住給ふ御あたりにやなどおしはからるゝに、門引ひらきてむかひ入るゝ人もなし。

今朝(けさ)より昼(ひる)ばかりまでふりつる雨のしたゝりは梢に残りて、風の吹ならすごとにひやゝかにこぼれ落るにぞ、肩裳(かたすそ)をぬらして、今にか唯今にかと立待ほどに、酉(とり)の三ばかりならむ、なまおふなのこは音(ね)にて、門も明ず、「おもてにそれの人や立給へる」ときこゆれば、うれしくて、「さいつ時より参りて、此森のしづくに立ぬれてさむらふ」といらへすれば、「いとよし。

今すこしまたせた給へ」とて入つ。

先(まず)事は違(たが)はざりけりとたのもしくおぼゆるより、少し心も落居、かのぬるゝも何ともせで待に、又更に音もなし。

月おそき夜半なれば、いとくらくて、人は見付(つけ)ねど、犬や吼来(ほえこ)なむとおもひかしてゐたり。

さて戌(いぬ)の時二つを告(つぐ)る時守(ときもり)の鼓(つゞみ)のきこゆるに、いよゝ心せかされて、風のおとなひのさやときこゆるにも耳かたぶけたり。

さてあるに、おくの方たやよりしめやかに沓(くつ)の音しのびやかにして、鍵(かぎ)にやあらむ、ころ/\と鳴(なる)音(おと)などもして、此方(こなた)ざまに来(く)るあり。

これなめりとおもふに、かのきゝしれるこゑして、「よく待(また)せつる。

うへにはしづまらせ給ふに、やう/\人気も遠(とほ)ぞきて侍れば」とて、金戸(かなど)をやを(和)らひらき、てをとりて引入るゝに、常世(とこよ)の洞(ほら)にいざなはれし人の心もかゝりけむと、打すゞろきて、花のかをり来る林をめぐり、水鳥の立(たち)さわぐ池の辺を行(ゆく)とおもふに、つちのいたくふみぬけば、裳(も)をば高くまき上(あげ)たれど、かのよくとぎあらひし脛(はぎ)なればおもなからず。

又中のみかどの侍るに、沓もしとゞになりつればぬぎ捨(すて)たり。

又中のみかどの侍るをも打こえて、からがきおもしろくしわたしたるに、山吹(やまぶき)の咲ひろごりて侍るに、まなごのいと白く、玉なむしきわたしたるとみゆる庭のおもてを踏てゆけば、いと高くつくりかまへたる家の欄(おばしま)には、光(ひか)るかねをのべて所々はりまはしたりとみゆ。

きよらなるきざ橋(はし)のもとに、「爰に」とをらせたり。

おふなは内に入て、しばしして、ゑぼしざまのもの、又上(うへ)のきぬなどみゆるは白きあさ衣(ごろも)にてあるを、もて来て、「その御すがたにては人の見とがむるを、これめして此わらうだの上にあぐみ、此はゝきを前に置(おき)てをらせよ。

もし此あたりを官人達(つかさびとたち)の来あはせ給ひて、『さむらはすは何人ぞ』とのたまはゞ、『我(われ)は散花を惜しみてさむらふ者也』とこたへ給へ。

さて後、此おふながはかり参らせむ。

かく闇(くらく)しては人もこそ見とがむれ。

ともし火まいらせよ」とて、火を前後(まえうしろ)にいとあかくして立(たて)たれば、今はけそふ心もなくなりなりて、こははれやかなるしのび事かな、をかしからずとおもてへど、せむすべもなくてをるに、沓を高く引ならして、黒(くろ)きうへのきぬきたる人の、こゝ過給ふとみえつるが、立どまり給ひて、「それにさむらふはなぞの者ぞ」ときこえたまふに、かの教(をし)へたまへるは爰(こゝ)よとおもひて、「散花(ちるはな)を惜(をし)みてかくさむらふ者也」といらふに、「心有かな」とのたまひて、かたほにゑみて過させ給ふほどに、先よくもしたりとひとりおもひてをるに、又彼方(かなた)ざまより、赤きうへのきぬ着たる人の、爰(こゝ)過(すぎ)させ給ふさまなるが、又立とどまり給ひ、「それに侍るはなぞの者ぞ」とのたまふ。

「是は散花を惜みてかくさむらふ者也」といらへ奉れば、「心あるかな」とのたまひ、ふりむきてほほゑませたまへば、立(たて)わたしたる御(み)かうしの内には、女達(おみなたち)のこゑにてえもたへず打笑はせ給ふに、声をおさへて逃行音(にげゆくおと)も打きこえたり。

さては女達のおはす所も近(ちか)かりき。

大かたにあざむきつれば、今は来て見とがめむ人もあらじとおもひてをるに、こたびは青(あを)きうへのきぬ着(き)て、楚(しもと)をもたせたる人の、間(ま)じかくおはして、「かくさむらふはなぞの者ぞ」とのたまふ。

「これは散花を惜みてかくさぶらふ者也」と申せば、「いと心有かな。

さは哥をこそよまめ。

一くさつかふまつれ。

是にて聞べしや」と有に、おどろきまどいて、いかにこたへまいらせむとあきれたるつらつきを、みかうしの内にはどどとわらふこゑす。

男は汗にひぢて、こころには願(ねがひ)を立、一首(ひとくさ)よみえせてたまへといのるに、おそくなれば楚(しもと)もたるおぢが、

「哥よみえずばまぎれたる者なり。おこなひてや見侍らむ」

などいふに、むねさわがれて身もふるい出るに、古き哥にもあれ、おもひ出ばはしゝかいなほしていひ出む物をとおもひめぐらすに、遊屋(ゆや)といふ諷(うた)ひの中に侍るが胸にうかみたるを、かかるものの中に侍るはたかき人達(ひとたち)はしり給ふまじ、唯此際をのがれ侍らむ間也、とおもひとりて、「よみえてさむらふ」と申す。

「さらばよめきかむ」とあるに、春雨のふるはなみだか桜ばな散るを惜まぬ人しやは有  と、唯そのままに打あげたれば、「さてこそぬす人なれ。

彼方(かなた)のみかどより追出し侍らむ」とて、楚(しもと)もたるおぢが、力を出してかしらより打べくす。

男あわてて、

「何もぬすみしつるおぼえは侍らず。ゆるさせ給へ」

とわぶれば、

「今のよめりといふ哥は、大伴の黒主の哥にて、古今集にはゑらまれたり。さらばおのれは哥ぬす人にあらずや。いでまかれ、いでまかれ」

とて、きたる物をはぎとりて追(おへ)ば、あなたこなた逃まどいて、こけまろぶさまを、男をみなのこゑして、今はつつみなく高ごゑに笑らひ給ふに、心もつかねば、口をしき恋のあだ人ども也とおもひながら、いたくおはれたるに、うゑこめたる木の枝に顔をばつきやぶられなどして、やうやうにかどの外に逃出れば金戸(かなと)あららかにしむる音して、又内にはどどと笑ふこゑしたり。

「いとからしや。

狐のしたるなめり」とおもひて、帯(おび)などもとけみだれたればむすばむとするに、ふところよりしろがねにてあるが三ひらまでこぼれ出たり。

「是は石也。

狐の性(さが)見あらはさむ」とて、やがて家にかへりて、火をあかくしてみるに、なほにそれ也。

「心ふかき奴かな。

しからば物に入れおきてあすなむ見あらはさむ」とて、いとくたびれたれば、「湯づけたうべらむ」といふに、めのあるじは常の事なればにくがりもせで、いふがまにゝしてねさせつ。

其夜はしばしばねおびれなどして、いたくうめきふし、つとめておき出て、かのさが見あらはさむとて箱をひらくに、かはらず。

「是は松の青葉のてふすぼらせたるにはたへずして化(ばけ)あらはすといふなれば、しかせむ」とて、竃の神にそなへたりしを引きぬけて、火つけてけむらかすに、さらにもかはらねば、此うへは踏鞴(たゝら)にかけて見るばかりぞとて、かなだくみの家にそれからむとて参りけるよし也。

        梅が代(しろ)といふ香の名を付し条

香をきくことを好める人、深く此道にほれまどひて、人の世の中は唯此香炉の中に有り。

さるは、香を聞て悉(ことごとく)能(よく)知る(し)、といふことを常(つね)ごとにし、沈外(じんぐはい)といふ教へをうけては、天(あめ)が下(した)の政(まつりごと)も此外をもれじなど、愚(おろか)におもひまどへる人に、其友成りける人語りけるは、「群芳譜(ぐんぼうふ)とふ書(ふみ)の中に、苦楝樹(くれんじゅ)に梅を注げば又のとし必(かなら)ず黒き花をひらくといへり。

しかして見たき物にぞ」

といふをきき、何事もして見る癖(くせ)なむ侍るうへに、ほりする心の深かりければ、是もし黒き花さかば、市に出してこがねにかふべしと、心の中にふかくよろこぼへど、其苦楝樹(くれんじゅ)とふ木のおぼゆかなくて、所の物しりにとひければ、「それはあふちの事也」と申さす。

「さる木はいづこに侍るや」ととへば、「玉水(たまみず)の里に多く侍りしとおぼえつ」と教ゆるに、「しからば玉水(たまみず)には我いとこの侍るに、今より参りて先ひとき継ぎ(つぎ)て試み(こゝろ)侍らん」とて、俄に足結(あゆひ)しめて、小倉堤(おぐらづゝみ)を南(みなみ)さまに走り、唯一時といふに行つきて、大汗をのごひてあるに、「何事にかゆくりなくおはしたる。

春日の御祭り(おんまつ)にか」などいへば、「さることにはまいらず。

御庭に苦楝樹や侍る。

少し継穂して試たき事の侍るに、海の穂もて参れり」といふ。

主(あるじ)おもひがけねば、「是は何事ぞ。

さるむつかしき名もたる木は侍らず。

聞たがへ給ひつらむ」といふに、あまりにいそぎたりしかば、物しりのをしへたりし名はとく忘れ(わす)たる也。

「まことに苦楝樹(くれんじゅ)にては侍らざりし」とて頭をひねれどもおもひ出ず。

其日はおそくなりつれば、夜はやどりて、又の日のあかつき、人をしたてゝかの物しりのがりとひ遣りければ、あふちと書てきつるに、是也しとて、「あふちやもちておはす」といへば、「さる木も侍らず」といふ。

「御庭にあらずば、此所には多(おほく)ある木也と京(みやこ)の物しりののたまひつる。

きゝてたべ」といへば、をちこち問あわせて、「此所の物しりの申さすは、あふちは、栴壇(せんだん)の事にて侍る、苦楝樹と申名は聞も及ばずと申さす也。

いかに違ひてきゝ給へるならむ」といふ。

さる所へ此ところのくすしの来たり合せて、「苦楝皮(くれんひ)といふ薬の侍る。

その苦楝皮は黒き実(み)のなりて、京(みやこ)わたりの女(め)のわらはだちは是にはねすげてつき給ふもくろじの成木(なるき)也」といふ。

「その木こゝに侍るや」といへば、「いな、さる木は侍らず」と云に、是も彼(かれ)もいとまぎらはしくなりて、しばしいざよひしが、「さるにてもかく参りて侍るに、先其栴壇にまれあふちと心得て継てみむ。

御庭にや侍る」といへば、「栴壇ならばそれらの木はみなそれにて侍る。

いづれなりともつぎて見給へ」といふに、若木の一尺ばかりまはるを、木の本を伐(き)らせて、もて行し梅の穂をならひしまにまに継(つぎ)て、「やがて黒き梅の花をみせ参らせむ」とて、其日も其所にやどり、「此木のかたへには童(わらは)べどもはよぎてたべ」などいひ頼みて帰りしが、廿日ばかり過て、いかに侍らむ、みて来ばやとおもひて、珍らかなる物をつとにして、「先つ比のいやも聞えまほしくて、又くだりさむらふ」といふに、あるじの先聞え(まづきこえ)侍らむは、「のたまひしごとく、人とてはかたへにもよせず守(まも)りてさむらふに、はや十日斗先(さき)に皆かれて侍り。

来むとしの春、つぎなほしてみたまへ」といふに、ちからなく、「さるにても其根(もと)の木をたべ」とて、自鋤(みづからすき)もて行て、太(ふと)き根の所を挽切(ひきゝり)て、もてかへりて屋根に打上げてほしおきたり。

さて後、打かきて是をたくに、をかしき一ふしのかをりしたりければ、梅が代(しろ)といふ名を付て、自(みづから)たゝへてもたりけりとなむ。

        鴬の巣にほとゝぎすの子もたるを見し条

江戸なる高橋(たかはし)といふあたりに、やごとなき君の御別荘(なりどころ)の侍るを守りてをらす人のかたりたまひき。

やよひの末に木間深(このまふか)き所に、うぐひすのしばしば行かよひけるを見れば、巣をつくりおきて侍る也。

よき事したり。

これがひなをとりてかはむとおもひて侍りしに、あるときほとゝぎすのまだ鳴立ぬがひとつ飛来て、其巣のわたりをうかゞふさましけるを、此方(こなた)にかくれて見をるに、うぐひすは出て居(を)らざりしかば、此ほとゝぎす心のまゝに巣をのぞきみて、まだかひごにて侍るを觜(はし)にくはへて、四つ五つはべりけるをひたのみにのみてけり。

にくきやつかなとおもひて猶見をりつれば、しばしゝて、おのれが口よりいと赤きかひご唯ひとつをかの巣に吐入(はきいれ)て飛去(とびさ)りぬ。

是ぞかの、「うぐひすかひごの中のほとゝぎす」とよめる事ならむとおもひて、此先(このさき)いかにあらむと待(まつ)に、やがて月のつごもりがた、ひゝとなく声のしけるほどに、うぐひすは猶行かよひて養(ひた)すさま也。

卯月はじめにもなれば、からだのいと大きくなるまに/\、巣にあまりて、巣には足をのみすゑて立居たり。

かの親とおもふうぐひすより見ればはるかに大きなるを、いとかなしくするさまにて、小さき虫などくひもちて来るに、子は大きなる羽をひろげ、長き嘴(くちばし)を打ひらきて其餌(ヱ)をくはむとするに、鴬は我頭(かしら)さへ口のうらにさし入てのまるべうすれば、のちは少しおぢてや、我は巣のうへなる枝にをりて、ゑは落し入てくはせける。

やう/\巣をはひ出る比になれば、うぐひすは先に木づたひてほとゝぎすをならはせけるに、羽も長くなるさまなれば、飛てや行かむとおもひて、やがて是をとりてやしなひけるとぞ。

        蜜の蜂に成りしをいふ条

吉野の奥(おく)には蜜蜂(みつばち)といふ物をかひて、多くの蜜(みつ)をとる事をす。

是れを養(か)ひし人のかたりき。

先是をもとめむには、あるべくおもふ山の木かげをもとめありきて、やう/\見出てこれとらむとおもふ時、衣(ころも)をばぬぎて、頭(かしら)よりはじめて手足のうらまでも残るくまなく蜜をぬりたらはして行なり。

さて其巣をとらむとするに、蜂どものおほく飛(とび)出て、其人をさすとて身にひしとつけども、其蜜の香をかぎしりて、おのれが友としおもふにや、少しもさゝずといへり。

さて其巣をば我家に持かへりて、蜜(みつ)のしたゝりをとりうるに便よからむところをはかりて、物につりおけば、蜂はおのが住所に定て、年々につくり広(ひろ)げて、後は釣鐘(つりがね)斗の大きさにもすなりといふ。

又其巣の中には、正(まさ)に親(おや)としうやまふ蜂の侍るにや、中(なか)のほどに住をる一つは、飛いづる事もなく、穴(あな)もゆたかにして住むなり。

口のかたはしのかたには、数(かず)もしれず住居(すみヰ)て、朝(あした)より夕(ゆうべ)に到(いた)るまではをちこちに飛行(とびゆき)て、花の匂(にほ)ひを羽がひにつけて、もてかへりて巣の中(うち)に入る也。

これを巣に侍る蜂どものくひてゆばりするが、そのしたゝるぞ蜜也といへり。

よく馴(なれ)てみるに、飛行たる蜂ども飛かへりて、巣の穴にいらむずる時は、穴(あな)の口に大きなる蜂どもの守り居て、かの花の匂ひをもてこざるをば、せめにせめておひかへす也。

すこしにても持(もて)来たらむをば、たやすく穴の中にはいるゝ也とぞ。

実によく物おぼえてさむらふ虫也といへり。

しかいへば、蜂の花につきてあるをみるに、みな其花の黄(き)なる匂を足につけて飛行物也。

これぞかれらが役(えたす)なりしよ。

またかの蜜とふ物ぞ、いとあやしきものになむ。

是は正に見き。

おのれしりて侍る人の、よき蜜を久しくたくはへてもてりしに、二重の蓋(ふた)して侍るに、事有てうへなる蓋をこじはなちたるに、下なる蓋をばくひやぶりて侍りけるにや、細(ほそ)き穴二つまで明て、是が中より小さき蜂共のはひあがりて侍るに、いとあやしがりて、そのふたをもひらきたれば、蜜はかたまりよりて、其色ながら皆かたまのかたせる巣の穴になりて、高きひきゝ、いと多打(おほく)かさなりて、其中には蜂の子のいくつもつきて侍りし也。

又其底なるはゆた/\としてたゞよへるに、半より上はみなかくかたまりよりたり。

此まゝにおきなば、終(つひ)にはかはきて、残りなく巣になむなるべき物也。

かへすがへすもあやしき虫にぞ。

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折々ぐさ  夏の部

        姨捨山をいふ条

卯月のはじめ、信濃なる松本にいきて、久しくそこに侍りて、又越の国へと志して行に、其所より伴ふ人も侍りて出ける。

月の末なれば、花はみななくなりて、野山のいと青きに、五月(さつき)というふつつじ花(つつじばな)のやう/\咲出たる、このもかのも石(いわ)の隅に火をきりかけたらむばかりにて、遠目に見るなむいとよき。

唯山をのぼりくだる道なれば、やすらひ/\行に、峯には白き雲の立居て、松の木むらの見えみかくれみするなどこそ心ふかけれ。

呼子鳥の声は我々に立添ひて鳴ばかりになむ、いとちかき。

さるは、「佐保の山路をのぼり下りに」とよめるも、かゝる旅行(たびゆき)のをりにか侍りけむ。

さて松本より善光寺までは、十まり六つの里を過行なれば、ひと日には参りがたうて、とにもかくにも道の中にてやどりはもとむべしとおもひて侍るに、いそぎてもゆかねば、日のいと長き此ながら、未のしり申のかしらにかあらむ、西の空のみあかくなりにて、日影のいとまばゆきに、能き宿りもとめてしがなとて山をくだる。

何とかいふ山里の、並(なみ)てはあらねど家むらの多く侍るが、若葉の森のくま/\゛に立つゝ゛きたり。

田をみればひぢりこかきならし、畠(はた)をみれば麦のいと青く栄たるに、穂などはいと白くて、夕風の吹にそよぎあへり。

又家居ちかき庭のべは、芥子の花の白き赤き咲わたしたるなど、心遣(や)りなるに、見れば出居(でき)などもしかまへて、畳どもゝ敷て侍りとみゆる家のあるに、やどりを乞ひて、其夜は明かし侍る。

水の音のいとちかきは谷川なるべし。

ふけ行まゝに聞けば、水鶏(くひな)ともおぼえぬ鳥の、いと細きこゑして枕べちかく鳴なり。

何にか侍りけむ。

廿日あまりひと日の月は、山のはをはなれて、雲もなき中空にさしのぼれば、姨捨山もほどちかきに、明日(あす)の夜の月をさへおもひける。

麦の秋といふ比しもは、麦を刈りをさめて、稲の刈場(かりば)に似て侍ればいふなめり。

さるのみにも侍らず。

風のこゝろ、雲の行来、月の光りまでも、心づからや夏としもおぼえず。

もとよりいと寒き国なれば、かくしてみるさへに葉月ばかりの夜るのさま也。

かの松もとよりあともひしも風流(みやび)好む男にて、「こよひの月を詠(よむ)べくおもふ也」とて、いねでありければ、「ふし居たまはむよりは」とて格子(こうし)どもをひらけば、ねぶたげにてひたひ押上(おしあげ)ておき出けり。

酒好(この)む男にて、「かゝるときは一盃(ひとつき)たうべてこそよき〓もよみ得め。

月も花も是なくては」と、さのみに面白がらぬを物荷(にな)ひて参りし男の、次にふし居けるが、さいふ声に目をさまして、〓もうまいしける事よ。

空もしらみて侍るに、あるじどもはなどてまうけはせぬぞ」などのゝしりて、ゆばりに出て、つく/\と空を打あふのきて、「今夜の月のまだこゝにおはすれば、あかつきにはあらぬ也。

格子(こうし)のしろきにあざむかれたり」とて、又寝むとするを、かの酒このむが、「ひとつきもとめてよ」といへば、男が「いづこも鼾(いびき)のなかなり。

いかにして得む」といふ。

「いな、得がたき時に得るこそ得(う)るなれ。

月夜よし。

いざふたりいきて酒売(さけう)る門(かど)を扣(たゝ)かむや」といへば、これも、「いな舟の」にや、むく/\とおきて帯しめなどす。

「さるにても此門をひらきて出ば、此旅人は借代(かりて)にともしくて夜にまぎれて逃出(にげいで)たりと、あるじどもが立さわがむもうしろめたけれ。

唯何となく時を違(たが)へたる顔にて、主達(あるじたち)に朝げのまうけし給へとて起さむがよきしわざなり」と、似なき方便(てだて)をおもひ得て侍るに、「文殊(もんず)也」と称(たゝ)へて、主どもをおこせば、此方(こなた)のいひさわぐをきゝて、先つ比よりめはさまして居りければ、かの文殊(もんず)もあからさまに聞をりぬらむ、いとむつかしきこゑして、「此あたりは冬などは寒く侍るに、行来の旅人たちのゆくりなく酒をこひ給ふ事の侍るに、おのれらまでも其かまへして、濁(にご)れる酒などはいかにも造(つく)りてもちさむらふ。

又よき酒を湛(たゝ)へてもてる家なども侍り。

今より先(さき)は物のなづみて侍るに、さるかまへどもしたる家は、先(まづ)此わたりの山中(やまなか)には侍らず。

明日(あす)行給ふ姨捨山ふもとに、八幡(やはた)などいふ家村のあなるには、今ももたりし人侍らむ。

今夜(こよひ)は堪(たへ)てしづまり給へ。

まだあかつきまでは時の三つばかりも残りたらむ。

おのれらはくたびれてさむらふ」といひて、是も外(と)に出てゆばりまりて、入りてねにけり。

今はかのてだてもあからさまにきかれたれば、かさねては唯ひそめきてねにけり。

あかつきにもなれば、山霧(やまぎり)打きらひて小雨(こさめ)のそぼふるに出たり。

おなじ山道なれど、今朝(けさ)は寒げなるに、くるしくも侍らず。

巳の時ばかりにも侍らむ、日の影のほのかにて、ぬれたる草木のうら葉にきら/\とさしわたりたり。

さるは蓑(みの)などは脱(ぬぎ)て荷はせなどす。

やまひとつをめぐりて、くだるさまに行道あり。

人きたるにとへば、「こゝぞ姨捨山なり」といふ。

「打見あぐる山にこそとおもへりし」といへば、「それは麓(ふもと)よりのぼる道也。

これはうしろより下り給ふになむ。

此山のなかばのほどにて侍るが其山なり」といひて教へて過ける。

さて下りゆけば、唯まろき峯にて、岩などおし立たらむさまにて侍るがそれ也。

姨が岩になりしなど、おろかなる事いひをしへたる石も侍り。

又寺ざまなる家も一(ひと)つ侍り。

何のみ所も侍らねば、くだるに、「爰は田毎(たごと)の月とて、都人もおはして見たまふ名所(などころ)也」といふをみれば、小山田の立かさなりて侍る所也。

此田面(たのも)は、向峯(むかつを)に月ののぼれば、こゝには影のいくつも移(まま)りて侍るなどいふなれど、これみむとてふりはへ来(こ)し人の、よく見とゞけて侍るが物がたるをかねてきゝし。

さるはなき事にぞと申せり。

何事も聞しにはとおもひてくだり侍りて、麓(ふもと)より打あふぎてみれば、実におもしろき山のさま也。

かゝる高き所に姨をば捨おきて、「慰(なぐ)さめかねつ」とよめりけむなどおもふ也けり。

時にもあらねど、

  月みれば衣手寒し更科や姨捨山の峯の秋風

とよみ給へるぞいとめでたき。

月あかき秋の夜にてみたらむには、此御哥いか斗光りをまさまし。

よべはこ々にて此夜の月をとおもひたりしが、此長き日をいたづらに暮しなむとおもへば苦しくて、先おもふ方へぞいそぎていきける。

  伊勢の能褒野に石文を建る条并井倭建命のみ哥をあげつろふ

いせの国鈴鹿郡能保野(すずかのこほりのぼの)は、倭建命(やまとけのみどと)のかくれませし所也。

其陵(みささぎ)とて侍るは、亀山より道のほど一里(ひとさと)あまりの北にあり。

村をば長沢といふ。

陵の事をば、所に久しく武備(たけび)の社とは申つぎけり。

何故にしかいふとふよしも侍らず。

むかしより此曠野のつかさとおぼしき所に、松などおひて侍るところを、武備の御神と申て、葉月十まり六日といふには、必(かなら)ず所の人多く出て、是の御前(みまえ)にてすまひをとり、即是を武備の御祭(みまつり)とはせり。

か々る事いと久しき間に、ある人の、「こ々は倭建命(やまとだけのみこと)の陵(みさ々ぎ)也」といひ出て、終(つひ)に所の守(かみ)より神税(かんちから)ざまの事、もしたまひ、松杉なども俄(にはかに)にうゑなみ、拝(をが)み殿(どの)、鳥井などまでもよし/\しくし給ひき。

さてより後は、まれ/\まうづる人なども出来、貴(たか)き君達よりも人遣されてことをいのらせ給ふ時なども侍り。

かくなりてより、はつかに三十年計には過ずとなむ。

おのれら、卯月の末大御神拝(おおんかみをが)み奉りて侍りけるなへに、妹らもゐて、此陵に詣で侍りけるに、道もあやしからず。

川なども二(ふた)所まで侍るが、いと浅くてかちよりわたりき。

さてまうで侍るに、こ々だくの年月を歴(へ)ねば、松杉などこそ若けれ、野は実にあら野にて、いづべよりいづべまでを能褒野といふかぎりも侍らねど、た々三里(みさと)ばかりの間は山もあらで、そこはかとなし。

今は家村もをちこちにいでき、高き岡は畠(はた)にはりし、低(ひき)き谷は田にすきたれば、草の生ひたる野良にも侍らねど、陵のわたり、見わたさる々ばかりは大野也けり。

さすがにたけくおはせし命(みこと)の、か々る所にいきなづみ給ひ、国しのびまさせて、

  はしけやしわぎへの方ゆくもゐたちくも

とはよませ給ひけるなめりとおもふに、時しもあれ、卯の花くたしふりつぎて侍るに、雨ばりの雲も立まよひて、空さへぞあはれなる。

秋にも侍らねど、草のいと深ければ、細声(ほそごゑ)に鳴(なき)とよむ虫までも、こ々にしては心ありげなり。

宮居のいと古く神さびて侍る所(ところ)はいづこにも侍れど、おほくは作りかへなどし、或はこ々らすみつきて侍る家ども々侍るより、名はいと古くて、所の新(あたら)しきのみぞ多(おほ)かる。

こ々は唯(た々)むかしのさまなる大野の中に、みはかめきたるつかさの侍るより外は、たとへあるもふつ々かにて、万づきら/\しからず。

家とては薮原(やぶはら)の中に、はふり(祝子)のかすかに住なしたまへる計也。

是彼(これかれ)いとたふとくおもふに、祝子(はふり)のがりいきて、「陵の広前に、はしけやしの御哥一(ひと)くさを石にゑり付て建(たて)まくほりするに、所の守へもかくと聞え上(あげ)させよ。

かさねて參り来むまでにさたしおきたまへ」と申て、其夜は長沢(ながさは)の村にあやしきやどりして、むかしおもふ哥ども詠(よま)むとて、夜すがらいねず。

                                                                    あかつき、人を頼み、関(せき)のうまやまで出る道をしるべさせていきける。

是は三里ばかり也といふ。

猶おぼつかなき道には侍らず。

雨のふり出しに、からうして其日は坂の下にやどりて、明れば、近江(あふみ)路にとひよる人の侍るに、あらぬ道をめぐりて、晦日(つごもり)になむ家にはかへり侍りき。

「いまだ所の守(かみ)よりのさたもきこえ侍らず」とあるに、唯建(たて)奉らむ石などは見ておきて、かへりにけり。

次の年五月に、「さたは平らかに果(はて)し」と祝子(はふり)の申こし給へるに、又いきて、こたびは七日斗もとどまりて、願(ねが)ひしまに/\建(たて)まつりける。

五月十まり六日、かの千引の石を、多くの人して川のべより引上げて、此あら野をもて来るに、夜にもなれば、松ともしつれて立とよみ、御前に引きよせて侍りける時は、大なる篝(かがり)をいく所にもたきて、百(もも)まりやその人ら広まへにをりて、みきたうべて此陵を伏あふぐさまなどぞ、昔此尊ここにかくれませしをりなどもかかるさまなりけむなど、おもひつづけ侍りて、たぐひなきありさまにおぼえける。

又、此尊み足をあやまち給ひて、みのの国にて、今はさめが井といふに入ひたし給ひしかば、少しみこころのさめ給ひぬるに、やう/\あゆませ給ひて、今は当芸野(たぎの)といふあたり、同じく三重のさと、杖(つえ)つき坂(ざか)などを過給ひて、小津(をず)の前(さき)にて一つ松のみ哥詠したまふと侍る。

又此長沢(ながさわ)といふは、昔は長瀬(ながせ)といひけるにて、をわたりまして神さりましぬと侍れば、正(まさ)に此わたりまではおはしましたりしならむ。

さるを、今それといひつたへ侍る所の名をもて、いまでませし道の程をかうがへ侍るに、当芸野(たぎの)より三重の里、三重より小津(をず)の崎(さき)といでましては、あとべにもどりませしさまなれど、いと古き御代の事なれば、山の崎(さき)、岡(をか)の隈備(くまび)はくえ落て海はあせて今ある道ともなりつらむに、いづこを其いでましの道とか定め侍らむ。

さるを物しりだちてかやかくいふ人の、或は「道のほど心得がたし」「陵のさまいかがなり」「ここにては侍らじ」「かしこなるこそそなれ」など、今をもていはむはことをこのむなれ。

ここに高宮(たかみや)といふあたりに、みささぎだちたる所の侍りて、そこには沢なども侍るを、「めぐりに池をほらせて白鳥(しらとり)をはなちたまふとあるによく叶ひし」などといへど、それは日本紀(やまとぶみ)にこそしかあれ、古事記(ふることぶみ)のかたには、倭(やまと)にます后達(きさきたち)、御子達(みこたち)下りまして、陵を作りますとのみ侍りて、かの池をほらせ給ふことは侍らず。

しかはいづべをそれともわいだめがたし。

唯、熱田(あつた)の記を考ふるに、

        をとめの床のべに我おきし剣(つるぎ)の太刀其太刀はや

とうたひおはらせ給ひ、鈴鹿川(すずかがわ)の中(なか)つ瀬をわたりたまひ、たちまち行水にしたがひませり。

時に三十年(みそじ)の御齢也(おんよはひ)と侍り。

其瀬を号て後瀬(のちせ)といふは、今訛(よこなまり)りていふ長瀬也(ながせ)と侍り。

其長瀬は今いふ長沢にて、己に長瀬の神と申ぞ、そこにたちませる。

又古き人のかたるに、其長瀬の御神と申は、近き比(ころ)までも倭建(やまとだけ)の命也(みこと)と申て侍りしとぞ。

さるは此熱田(あつた)の記によりてみるに、此所に神さりませし事はいちじるく、陵は又、かの高宮に侍るがそれなるべきもしらねど、それもこれと定りたるいへは、何をかしひごとにいひつらむ。

また「はしけやし」の御哥は、日本紀をもてみる時は、御父天皇(おんちちのすすめのみこと)日向の国にいでませしとき、此片哥を発句(はっく)とし、次の二くさの御哥をば一くさりとし、あわせて一くさの長哥として出せり。

古事記のかたには、此尊、能保野にいたりまし、国しぬびましてよませ給ふと侍りて、「はしけやし」の片哥一くさ、又次なるは長歌にて2首也。

さるは是らもいにしへの事なれば、いずれをそれとわいだむべしといはむか。

しかれども、地(つち)海山(うみやま)も入れかわり、高き低きも移り行物なれば、久しき跡などは今をもてむかしをわいだむる物なれば、書(ふみ)の面(おもて)をもて正しはべらむに、何かたがひ侍らむ。

ことに古事記は日本紀よりも先(さき)にて倭言(やまこと)のまに/\しるせる所おほく、日本紀(やまとぶみ)は其後にて、専(もは)らに唐言(からこと)をとり入れ給えば、倭ごとをさたせむには古事記(ふるこたぶみ)のかたぞより所多からむ。

ことに此三首の御哥は、一首(ひたくさ)/\とよみとめ給ふ御ことばあの聞え侍るに、こは古事記によりて三首の御哥とし、又みことの御哥とするは、詞の上におきては正に叶へり。

又其御哥のみ心も、已(すで)に御病のはげしきにのぞみて、国しぬびませる御心もいとあはれに、又、「命全けむ人は」とよませ給へるなども、かく御病にせまらせ給ふ時のみことばなることはいちじるしくはべる。

こと更、此みことの御哥、数おほく記の中には見え侍るを、是彼むかへてみるに、御くちつきもおなじく侍るなり。

さるは熱田の記の中に、御哥とて二首はべり。

これはさも侍らむ。

何れにもその〓のしらべにて侍る也。

              鳴海等を見遺れば遠しひたかちに此夕汐にわたらへむかも

              あゆちがたひかみあねこはれ来むと床去らむやあはれあねこは

上の御哥は宮酢媛のみもとにおはしてよみ給ひ、次の御哥は甲斐の国にて此媛をこひ給ひてよませ給へる也と侍り。

或人の日、「此尊の御哥に短哥のはべるはなし。

皆長哥と片歌也。

そがうへに此御哥がらをみるに、言は古くて、しらべは御くちつきに侍らず。

これ競宴の哥にも侍らむか」と。

されどこれらのことえおしひていひがたきむねは、柏原の天皇の大御製に、葦原の茂こき小屋に菅畳いやさや敷て我ふたり寝し、と侍るは、ことに、其比の御哥ともおぼえぬ也。

まして伊須気余理比売の御哥に、佐井川ゆ雲立わたり宇称〓山木の葉さやぎぬ風ふかむとす

うねび山昼は雲たい夕されば風ふかむとぞ木の葉さやげる

此二くさなどは、藤原の宮風俗ともきこえ侍る。

こは尊時より御代は十つぎ計の上つかたにおはしましぬれど、かかる御哥も侍るをおもへば、かの熱田の記に侍る尊の御哥も、かやかくしひごとにはいひけちがたく侍らむ。

さて、ことのついでにいふ也。

古事になれざる人は、近比のことすらあるに、いと古き御代のことを、「是は今めきたり」「是は古ばりたり」など、何をしるしにいひののしることぞとおぼさむ。

さる鏡ひはいひがたし。

唯野中の清水にて侍る也けり。

              龍石をいふ条

大和の国上品寺とふ里にいきてあそび侍るに、此主物がたりしき。

主のいとこは、同じ国高取とふ城下に土佐といふ所に侍り。

久しくおとずれざりしかばいかむとおもひて、みな月望計、いとあかつき比なれば、寅の時に出て往ける。

道は三里ばかりなれば、明むとするころは参りつくべしとおもひ行に、そこへは今五丁ばかりにて、やうやう東のそらしらみたるに、「いとよくも来たりぬ。

少しやすらはばや」とおもえど、此わたりは皆野らにて、芝生の露いと深く、ひた居にをりかねたれば、と見かう見するに、草の中によき石の侍るを見出て、いきて腰かけむとおもへど、〓などや多からむに、ここえもて来むとて、手を打かけて引に、みしよりはいとかろらかに侍る。

大きさは二尺斗にて、鈍色せる石也。

こを道の真中にすえて、清らを好む癖の侍るに、手試のいと新らしくてもたるを其上に打しき、さて腰かけたれば、此石たわむさわにて、衾などを畳み上て其上にをる計におぼえたる。

くしき事とはおもへども、心からにや侍りけむと、事まくをりて、火打袋をとうでて火をきり出し、下部にもたばこたうべさせなどし、稲どもの心よげに青み立たるを打見遺りて、しばし有間に、朝日のいとあかくさしのぼる。

いざあゆまむとて立て、道二丁計行に、汗のしとどに流れて唯あつくおぼえけり。

清水に立よりてかほなどあらひう侍るに、何となくくさき香のたへがたうしけるを、何ぞとおもえば、かのたなごひにいたくしみたる香也。

何に似たるかをりぞとおもふに、〓の香にて、そがふへにえにもいはじくさき香のそひたるなり。

「こはけしからぬ事かな。

かの石のうへにかれがをり侍りけむ名残也。

さるにても洗ひ落さむ」とおもひて清水に打ひぢて洗へども、中々にさらず。

水に入りては猶くさき香のつのりて、頭にもとほるべくおぼゆるに、たなごひは捨て遣りける。

さて手もからだもものゝうつりたる、たへがたければ、はやくいきて湯あみせむといそぎて、いとこのがりいきつけば、みなまどひして、朝食にかあらむ、物たうべてはべるが、主のいはく、「久しくみえ給はざりし。

かゝるあつき時に、あかつきかけては来給はで、かく日のさかりには何しに出おはしたる」と聞ゆ。

此男きゝて、「寅の時に出て、唯いまふて夜の明てさぶらへ。

主たも今朝食参るならずや」といへば、家の内の人皆笑らひて、「いづこにか午睡してねおびれ給へるならむ。

空は未の頭にてさむらへ。

けふは昼いひのおそくて、唯今たうぶる也」といふに、少しあやしく成りて空をみれば、日さしも実にしかり。

またあつき事も朝のほどならず。

下部をみれば、これも唯あやしくおもへる顔にて、「道には何も程すごすばかりの事はしたまはず。

火をきりてたばこ二吸斗して侍るのみ也」と申すに、主どもが、「それはかのにて侍らむ。

山のふもとにはよからぬ狐の折々さるわざして侍ることの有に」といへば、「いな、狐ともおぼえず。

かう/\なむ侍る事のありて、其香のいまださらず侍るにいたくなやめり。

ゆあみせばや」といへば、主打おどろきて、「それはあしきめにあひたまへり。

かの石は龍石とて、此わたりにはかまへて侍り。

其化物は何に侍るともしらねど、必ず〓の香のし侍るをもて、所の者は龍の化て侍る也とて、それをば龍石とは申す也。

是に触たる人は、疫病して命にも乃者多し。

御心はいかに侍る」といふに、たちまちに身のほとぼり来て、頭もいたく、いと苦しく成しほどに、いとこは薬師なりければ、「こゝろえて侍り」とて、よき薬を俄に煮させ、又からだに香のとまりたるをば、洗ふ薬をもてのごはせなどしけり。

「此家にかく病臥てあらむもいかに侍れば、かへりて妻子どもに見とらせむ」とて、其日の夕つかた、かたまにのりてうめきながらかへるべくす。

又主のいはく、「かのやすみ給ふ所にて見させよ。

必ず其石は侍るまじきに」ときこゆるに、下部ども心得て、「かの石は道の真中にとうでゝ侍りける」とて、行かゝりて見れども更になし。

人のとりのけしにやとてをちこちみれども、もとより石ひとつなき所なれば有べきにもあらず。

「さては化たる成けり。

おのれは下部だけに、地にをりて侍れば、石にはふれざりける」とて、福えたるつらつきしてかへりにけり。

かの男は、八月計までいたくわずらひて、やう/\におこたりはてぬと。

さて後は子共らにも誰にも、「山にいきては心得なく石にな腰かけそ」と教え侍りきと聞えし。

        野守とふ虫の事

信濃なる松代に住人来てかたりき。

其わたりの山里に名高き力雄の侍りて、すまひなどもとりありきけるが、みな月ばかり、是が友どちとふたり山に入りて、柴かりて侍るかへさに、清水の流れ出たる細道の、真〓はひひろごりて、あやしき木陰の侍る所を来るに、ひとりの男は先に立て行、かの力雄はしりに立て、刈たる柴どもは物にゆひつけてふりかたげたり。

下る道なりしかば、かのむつかしきわたりを走り来るに、何にかあらむ、物ふみたる心地するに、真〓原さわぎ立て、桶のまろさばかりなるがおきかへりて、足より肩に打ちかけてくる/\と巻とおぼゆるに、みれば頭は犬などよりも大きくみゆるが、眼の光りあやしくて、我咽(のど)をねらふにや、たか%\とさし上たり。

又尾とおぼしきはそびらをめぐりて、肩(かた)を打こして臍(ほぞ)のあたりまで巻しめて侍り。

此男いさみたる者なれば、事ともなくおもひて、「是はおろち也。

いで、口より引かさむ」とおもひて、荷たる柴をばはなち、左の手をのべて下の腮をひしととらへ、右の手して上の腮をにぎりて引さかむとするに、叶はず。

鎌はもちたりしかど、前なる男の腰にさゝせたればこゝにはあらず。

さるにてもいづち行けむとおもひて、大声をあげてよべば、是はいとかひなき男にて、しかみるよりかたへなる木にのぼりて「あや/\」と見いたるが、「こゝなり」といふ。

「おのれいひがひなき者かな。

其腰にさしたる鎌なむおこせよ。

くやつさいなまむ」といへば、なほも木のうれにをりながら、鎌はぬきてなげおろしたり。

さて足をあげて下の腮を踏かため、左の手にて上のあぎとをもちかへて、右の手に鎌を握りて、「や」と声をかけて、口より咽をかけて二尺ばかりきりさくに、苦しくや有けむ、しめたる尾先をゆるめて、あるかぎりさしのべて地を打扣く事五度計す。

其ひゞきこだまにこたへて鳴とよめり。

さてみるに、此くせ物はいとよわりて侍るに、鎌を上て三段四段にきりはなちぬ。

頭は常ある〓のさまにて、指の六ある足なむ六所につきたり。

丈は一丈ばかりにたらず。

まはりの太き所は桶ばかりも侍りて、頭のかた、尾の方ははるかに細やか也。

さて、頭よりはじめ尾のあたりは、かたへなる谷に打こみ、中にもふとき所をば荷ひて、けふのほまれを親にもみせ、所の者どもをもおどろかさむとて、もちてかへりにけり。

親はいたく老て侍るに、待つけて、「などてけふはおそかりし」といふに、かの一丸なるをとうでゝ、「かゝるめ見しかば、にくゝおもひてかくきりさいなみて侍る。

彼見給へ」とて出すに、親おどろきて、「よからぬ事をばしつる。

是は山の神ならむ。

必ず祟いで来なむ。

おのれが子とはおもはず。

家にないりそ」とておひ出しけるほどに、此男は、「ほめられむとてもてきたるを、おもひの外にも侍るかな。

何の山の神ならむ。

人をくはむずるやつは、たとへ神にまれ命はとるべし。

さるをかくこらし給ふは、おのれが親にてもおはさじ」などいひあらそふを、里長の来たりあはせて、かやかくいひなだめてけり。

扨、その切りてもたるをば見むと云方へは遺して、一日も二日も歴るほどに、いとくさくなりつれば捨つ。

此男もいとくさき香のうつりて、着たるものどもをばとりすて、手も足もあらへども、更に其香のさらで、これにはなやみけるを、くすしのよき薬をあたへて後は、其香やう/\去りしとぞ。

又其くすしの、「是は野守とて、をろちのたぐひにもあらず」と申せしよし。

世に井守・屋守などいふ虫の野にはべるまゝに、野守とはいひけむ。

又此男には何のむくひも侍らざりしが、三とせ歴て後、公よりしめおかれし山に入りて、宮木を盗みたる罪のあらはれ侍るによりて、命を召れけり。

是はそれが仇したる也と、云あへり。

        男をこひて死ける女の事

いとあつき比ほひ、音羽の瀧のべなる寺にいきて一日涼みせむとて、道のほどもあつければ、辰の時ばかりまでに寺まではいきつきなむといひちぎらひける。

若うどのふたりは東の五条にすむ者也。

ひとりは西堀川の三条わたりにすむ者なり。

又是がもとへ、同じ年のほどなる若人なるが、浪花よりよべのぼりて有を、「けふはかゝる遊びするに、いきなむや」とて、ゐて行。

道のほども遠ければ、巳の時ばかりにやう/\に参りつきけるに、五条よりはいとちかければ、かのふたりは先になむ参りつきてをりける。

さて浪花男を引あはせて、「同じ心に侍る人なれば、ゐて参りつる」といふに、五条男どもゝ「よくこそ」とて、先酒を盛りてうらなく遊びす。

又、「一時ばかりも早くきてをりつれば、さびしかりけるまゝに、いろよき遊びどもにこよと申遣しぬるが、唯今にも参りなむ。

そこにも」と聞こゆるに、堀川男も、「道にてしれる方へたちよりて、申おきて侍る。

唯今にも参りなむ」といふ。

「浪花男にはいかに」ときこゆるに、「かう参る事はまれ/\に侍れば、京にしれる人は侍らず。

君達を仲人に頼聞えむ。

よきあそびをえさせ給へ」などいらへて居たり。

「さてもおそし」と侍ほどに、やう/\に来て、かやかくいひさわぎ、糸などしらべてかきならす間に、又堀川男のいひおきて侍りけるも来て、「我友にて侍るが、『物申たき御人を見うけて侍れば、わなみも参らむ』と聞ゆるに、ゐて参りつ」と云。

「こはいとよし。

浪花男のさびしくおぼしたりし物を」といひはやして、「いつが間にかゝるしるべはしおき給ひける」などそゝのかしたてゝ、「いづこにぞ」といへば、「かの遊びがいふは、『志す日にあたりて侍るに、上の山の御仏にまうでゝそこへ』ときこゆるに、めのわらはひとりをつけて、みづからは別れ参りさむらふ。

此所はよく申きかせおきたり」といふ。

「いな/\、人を遣はしてしるべさせむ」「こはよくしたまひつる」などいひさわぎて、女どもふたり上の山へ遣はして、「仏拝みておはさむを。

早くゐてき給へ」とてやる。

女どもの、「誰にておはす」とゝへば、「むかしの名は荻とおぼえつる。

同じ里に居しかばをり/\往あひて侍りしが、浪花の方へときゝて後は、久しく打たへて侍るに、先つかた、いと身つれたるおもゝちにて、つと入来給ひて、『そこのおはする方へみづからも参りなむ。

よくしりまいらせて侍る人のおはしたる。

物申たき事も侍り』と聞え給ふに、『こはよき時也。

我しり参らせし御人の御伴ひにて浪花人のおはしたるが、それにておはさむ。

物がたりは道々聞えまいらせむ』とて打つれて出侍りしに、我家にはおぢおば達其外人多く居て侍りしかども、誰も見おぼえねばかたみに物もいはで、我ひとりかやかくいひて出し。

道すがら物がたりもして侍りしが、何をいひつるか、聞つるか心もとめ侍らず。

猶今の御名もきかず侍りき。

いたけ高く細やぎて、髪のめでたく侍る。

としのほどは廿斗ならむ」といふ。

「さていかなる色をかめしてはべる。

帯は何にて侍る」とゝへば、「それはおぼえず」とて打笑ふ。

「こはうきたる事かな。

道の伴ひ人の何いろめして侍るをもおぼえ給はずとは、あまりにうかれていそぎ給ふけならむ」とて、女どもゝ打笑らひつゝ、「何にまれほどの侍るに、呼て参らむ」とて行ける。

かくいふをきゝて、浪花男は心えぬ顔してかたへにをりしが、「そは我にあひて物いはむとて来つるにか」ととへば、「そこの御事なるべし。

此方の伴ひ給ふ浪花の御かたとて、外にも侍らぬものを」といふ。

「まことにしか也。

いともあやしきかな」とて落ゐぬを、友どち、「これは人しらぬふしのいとも/\深き御ゆゑこそ。

きかまほし」とて打そゝるに、「浪花には侍れど、一ふしもなきよしなし事也」といひまぎらしてあるに、女どもかへりて、「さるかたはいづこにもおはさず。

もしや千手の御方便にてかくしおき給へるならむ」といふに、かのつけて遣りつる女の童もきて、「御仏のみまへにてともに拝み奉りしが、露の間にいづこへかおはしたる、見うしなひて侍るまゝに、此所はうけ給はりおきぬれど、かなたへは申さゞりしかば、いづちへかまどひいき給はむと、かなたこなたいくわたりもたづねてさむらへど、あまりに間もなき事なれば、あやしく、人気もすくなかりしに、そこの堂守などにとひても、『さる人伴ひつるとはおぼえず。

わな身ひとりこそみつれ』などいふに、物のかしこくなりつれば、先告参らする也」といふに、みな唯「あやし」といふ。

かの浪花男はおもひ合する事も侍るにや、外のかたにむかひて仏のみ名どもとなへて、なみだのひたながるゝに、故こそあらめとおもふに、皆声を打ひそめて、何事とはしらねど、仏の御名など唱ふるもあり。

女どもはひとつにこぞりて、袖引合などしていきもせでしばしあるに、かの男は空ながめして、いたく打なげくさまなれば、友どちどもの「何事にか侍りつる。

面もちもあしく、事もあやしくきこえつる。

何事にもあれ、つゝみなくかたりて心を遣り給へ。

ひとりおもひしづむことは万づよからぬ事也。

もとより、心の罪は口に申てほろぼすとなむ。

うけ給はれば、うけたまはりしうへにて、われ/\いかばかりの事もせむ」と、わりなく聞ゆるに、「けふなむはじめて逢奉りては侍れど、この堀川なる男はいとこにて侍るちなみに、これが御友がきと侍れば、何事も隔参らする心もとなし。

それには遊びたちの多くさむらはすれど、是も同じ業にて、誰うへにも侍らむ筋なれば、これがはじめ終り聞え参らせむに、くるしくはおもひ侍らねど、これ申て侍らば、ふりはへもよふし給へるけふの興はなくなりて、あはれなるむかし物がたりきゝ給ふさまにも侍らむに、えこそきこえまゐらせじ。

おのれはまかりて、これより志すとひ事も侍ればなり」といふに、「ひたすらかたり給へ。

大かたにこれらの事にもおしはかりて侍れば、たとへかくし給ふともけふの遊びはとゞめて、われ/\もまかでなむ。

さるよりはかたり給へ。

うけ給はりしうへにて、わくらばに寺にても侍れば、いかばかりのとひ事をもともにつかふまつらむ」とわりなくせめければ、「さらばきこえまゐらすべき間、そがうへは御志のとひ事をも頼み参らする」とて、先涙をおしのごいて、「おもひ出侍るに、月日も忘れず。

四とせ先に、おのれいと若くて、母刀自ゐて京にのぼりて、をちこち見ありき侍りし時、此観世音に詣て侍るは、卯月中の八日なり。

此山のふもとの家にいと貧しくて住ける男のあるは、其妻なむ若かりし時母刀自のかたへにてめしつかひて侍る者にて、今はそこに人の妻となりて侍るを、京へまうでたらば必ずとひよりてと、折々いひおこして侍るに、立よりて侍れば、いとうれしがりて、あるじの翁もいでゝ、あるじぶり似なくするほどに、時もうつりて、暮けるに、神なりいでゝ雨もいたう降を、『いかでかへさむや。

いぶせくは侍れど今夜はこゝに』と、いとせちに聞こゆるに、外のさまにもおはで、母とおのれと、めしつれたるをみなひとりをとゞめ、男どもはやどりにかへして、『明日はつとめてむかへ来よ』と申てある間に、神もしづまり雨もやみて、月のさしのぼるけしきいとおもしろかりしかば、若葉のうつろふ月影に、夜のみてらのさまことにしめやかならむを、『ひとり参りて拝まむや』といふに、『いかでさは』とて、外に人もあらねば、むすめのいとわらべだちたるが侍るをつけて、しるべさせたり。

何の心もなく、手たづさはりてみ山にのぼり、うしろのみてらなども拝みて、ふるおふなのひとりをりける亭の、いよすたれてはべるもとへ立よりて、しばしをりて、雨ばりのしづくの、青菜の桜が枝よりふり落るなど、いとおもしろくおもひ侍るに、此むすめがとかくけふめきて侍るを、『としはいくつにか』といへば、『十まり六つ也』といふ。

丈は細やぎたれば高くも侍るに、いと童しくおぼえて侍るに、こは所がらにて侍る、早くよろづきて侍るなど、心におもひて、きよげに侍りければ、心の外なることもいひひゞかしなどし、『今夜ぞ物のまぎれに』など、道すがらいひちぎらひてけるに、いとあらはなる住居なりしかば、何事もかたらはで、『重ては来む』といひて、明日はとくかへりにけるが、母刀自ゐて参りつれば、おのがまに/\出歩行も叶はで、をしき事したりとおもふに、古郷よりむかえ来て、ゆくりなく浪花にかへりき。

さて後も、若葉の月見し夜はの事心にかゝりたりしが、其年のふみ月、京の便にきけば、翁も妻も俄に病付て死ければ、娘はいとこのかたへ遣はして、其家も人にゆづりて、など聞ゆるに、重てとはむたづきもなければ、うしとなむおもひしに、葉月になりて、業の事いできて京にのぼりしを、先此山にまうでゝ、さる家の隣にてとひしかども、娘のいきたる方はしれる人もなく、とひよらむしるべもなきを、今は、『歩人のわたれどぬれぬ江にしあれば』とによび過けるに、友どちにいざなはれて遊びどももとめにいきける時、ちか比よりいでゝ侍る荻となむきこゆるが有とて、我にえよと云。

『荻ならばいせ人にこそよからめ。

浪花人にはあしかるべし』といへば、『あしともよしとも、一夜のからにをり伏せ給へ』といひてゐてきたるをみれば、それのをとめなりけるに、いとはづかしげにてかほもえあげず。

おのれは、観世音のしたまふ也とよろこびて、『はやくねてかたらむ』といふを、友どちにくむ。

さるにても時うつりぬとて、やがて人けも遠ぞきたるに、かの夜のしづくにそぼちめたりしより、へなりて侍りし月比の事などかたりて、行先をさへいひ出るに、鶏の鳴ばあかれがたくしてかへり、京にとゞまりて侍りし間は、一日一夜もおちず相みて、さて業の事も果たるに、今はせむすべなくて別れてかへりしに、玉章の便もしげくいきかひて、いよゝわすれがたかりしに、長月ばかりに、終に浪花にくだりきにければ、いとうれしくて、それより二とせばかりは唯夢のさまにて相みしを、おのれも親にいたくこらされて、一年ばかり東のかたへおひやられて侍りける間に、かの荻もより所なき事にて、人のこもり妻となりて侍るときゝ、今はにくゝ成りしに、かの夢もさめければ、人々もとりなし聞えしにや、こらしもゆり侍りて、此ほど浪花へかへり侍るに、さるしるべより聞ば、かのをとめは其人にもしたがはず、さる事に定りしより物もくはで、唯ものやみに病て侍るよし也。

さてしのびておこせし文どもゝあまた侍るをみるに、唯あはれなる事どもの聞えて、一度は逢ひて心のほど聞えまほしくとのみ聞しが、此比京へのぼるに、やがてかへりてあらばともかくもせむと申遣しけるに、其返しは、いとよわりて侍るにや、筆もとりあげがたく侍るにとて、人づてに心よわきことづてして侍るを、心にはかゝりつれど捨がたき事の侍るに、きぞの夜船にてのぼり侍りてけるが、夜すがら見る夢も、唯かたへにつきそひ侍るさまになむおぼえ侍る。

さる心がゝりのはべるに、人々と交りて遊びせみ心も侍らねど、此所へとうけ給はりしかば、昔をもおもひ出て、少し心をもはるかさむとおもふ計にて参りしに、おもほえず人々のの給ふ事を聞て、さてはなくなりたれど、ひと度は相みてといひし心の残りてしたひこしにかとおもひてをるに、むねもふたがりて、人々のの給ふ事さへ耳にもわいだめず。

みてらの方をみて侍りしに、唯烟りなどの立ちのぼるごとくにて、おもかげにみえしかば、いとかなしくてほとけの御名となへて侍る間に、きえうせ侍りけり。

あはれなることに」とて、今は声をはなちてなきけるに、男どもゝ頭をたれて、「さてもしかありしか。

おのれらが立ちさわぐにぞ、こともかよひがたくやし給ひつらむ」とてなけば、かのともなひしとおもひしをとめは、「もと見し人なりとおぼして、我をたのみ聞えてこゝまでおはしたる心の、いかにも/\いとほしく侍る」とて、真袖(まそで)を顔(かほ)にあてゝなくに、誰々も身のうへ也けり。「ふかきえにしかな」「あはれの御人の行衛かな」とて、いひ出/\はてしなきに、女どもが、「かくうけ給はりてはしばしももださむや。

みな/\ほとけのみ名をとなへさせてよ。又うへの山に人やりて、跡とふわざねもころにせさせ給へ」など立ちさわぐほどに、をかしからむ、おもしろからむとおもひつゝつどひよりしは、みな法(のり)の友どちとなりて、ひねもすなきくらして侍るに、遊びどもゝ、めをすりあかめしかば、夜にまぎれてなむあかれちりける。

これは其日参りあはせたる五条の人の物がたりにきゝ侍りき。

        越路を旅行せし条

おのれ若かりしより旅ゆきを好(この)みて、多くの旅はして侍りけるに、卯月斗越路の旅行して侍るほど、世におもしろくおぼえたるはなし。さるは其所々の名もわすれて侍れど、心にしみて侍りける事はかいつけ侍る也。弥生末(やよいすえ)の六日といふに、伴(ともな)ひ人京(みやこ)へかへるときこゆるに、我もあともひて出羽の国久保田(くぼた)といふ所より、越(こし)の海べを通りて行旅路(たびぢ)に出ける。此久保田には去年よりいきて、雪の高くつもりたるにかへるべくもあらで、其国にとゞまりをりし也。

さて其日は秋田のさかひを出て本庄の国府にやどる。明れば、伴ひ人のしれる山寺のあるよしにて、道にもあらぬ所をとひもていきて、其山寺に参りける。何とか申ける寺なり。

同じみちのくの中にも、此あたりはなべて雪降国(ゆきふるくに)なれば、やよひのはじめもまだ消(きえ)がてに侍る雪の、俄に月の中(なか)の程よりみるがうちに消わたりたれば、先梅の咲出たる、うれし。そも/\長月ばかりより、雪嵐の絶(たゆ)るひまなくうちつぎてしぐるゝに、此ころとなれば、唯よき日のみつヾきて風もふかず、いとのどけく打霞む計なるは、是らの国がら也。さて柳もいとあさぎしてもえ出たるに、あかき梅も八重の白きも咲出るに、しでこぶし(辛夷)ぞ多くさける。

此花をばこれらの国には田打桜といふなり。此木の咲をみて田を打ちかへす時きぬとすれば、しかこそいへ。さるはかのみてらは、高からぬ山のべに道ありて、それを入りもて行所なり。雪は高山(たかやま)にはみゆれど、此わたりは唯土(つち)のみ黒(くろ)くて、細き流(ながれ)のあるに土橋(つちばし)打わたせるなどには、青き芝生(しばふ)のいとめづらかにおひ出て、野はかぎろひの打きらひたるに、山のねかたは霞(かすみ)わたりて、南(みなみ)うけたる山のべなれば、こと更にあたゝかなり。此比と成りては、ひさしくうまやにつなぎこめたりし馬どもをば放(はなち)たるに、小うまを打つれてめづらしげに大野に立あそぶさまぞおもしろけれ。さて寺なりとおもふふもとに、かすかに山里のはべるが、皆山にかたかけたる家なれば、雪のかゝりて打たふれたる柴垣(しばがき)などは、新しくしめなほしなどし、田(た)畠の業(わざ)もなきときなるにや、のどやかにさし入たる日影(かげ)には、男どものはらばひ居て、何にかあらむ鼻(はな)ごゑにて哥うたふなりけり。又にはつ鳥かけは、いとうるはしく光りたるたり尾(を)を引て屋のうへにのぼりて、ひるの時を告(つぐ)るにや、羽(はね)打たゝきてふり出てなくなむ、心よげなり。野つ鳥きヾしは、木(こ)のめの打けぶりたる林の中にかくれて、是もおとらじとほろゝうちならして鳴声のきこゆなり。なでふ事もなけれど、雪の中にこもりて百日(もゝか)余りうもれ居て侍りしを、かく雪も消て日ざしものどけく、こと更心とヾめぬ旅には侍り、行先(ゆくさき)は京(みやこ)なれば、是を見彼(かれ)をきくにも唯おもしろきとはおもほゆるならむ。

さてみ寺に参つけば、いとちひさくて人気(ひとげ)も侍らず、打しづまりてみゆるに、鐘(かね)なむ打ならす堂は寺のかたへに立て侍るに、きつゝきといふ鳥の来て、かのかねうつ木をば、何くはむとにや、こち/\とつゝきをるぞいとさびしき。

かうしの紙のいたく破れて(や)侍るよりくまなく見ゆるに、みれば老(おい)たる法師の、おくの方に針袋(はりぶくろ)をひらきて糸などてがぬるは、物ぬふにかあらむ。

又南おもてのかうしの内には、十ばかりなる童(わらは)の、机にむかひて手ならふとみゆるが、字はならはで、筆の尻(しり)をかみわりて房(ふさ)のごとくうちひろげ、かうしに飛入て侍る虻(あぶ)をおさえむとにやねらひゐたり。

内よりも人有とみて、老法師のいでゝ、「いづこよりきたり給ふなる。

是の主(あるじ)は此〓に参れり。

今かへりて侍らむ。

こゝにてまたせたまへ。

牛(うし)よ。

」と呼つれば、かの手習ふが、よき人のおはしたりとおもふさまにて、机(つくえ)を押やりてきたり。

「湯のあらば参らせよ」といらへ給ふに、それも沸(わき)てあらぬにや、枯(かれ)たる杉のうら葉をいだきあつめてもてきて、鍋(なべ)の下にさしくべたり。

我伴(わがともな)ひ人の、「やつがれは京にすむ者にて侍り。

此み寺の主はよくしりまいらせて侍れば、唯今故郷(ふるさと)へかへる道のついでなればとひ参らせたり」といふ。

「しかは今夜(こよひ)は此寺にやどらせよ。

ふつゝかなる山寺に侍ればあるじ申さむさまもなけれど、旅なればとおぼして、一夜(ひとよ)も二夜もあかさせ給へ」と、いとねもころに聞へ給へば、「主(あるじ)もおはさぬに」といふに、「おのれは主が法(のり)の師にてさぶらへばくるしからず。

さる御心遣ひはなしたまいそ」と、いとせちなりしかば、わらうぢなどもあゆひなどもときて、「さらば今夜は」とて打あがりたり。

さる間(あひだ)に主もかへり給ひて、になくねもころにしたまふ。

其日もまだ高かりしかば、少しやすらひて、さてうへの山にのぼりて見るに、海もいとちかく、山は高からねば雪もみな消て、つゝじまどもふゝみたるに、椿は色こく咲こぼれたり。

又真紫(ましば)には、黄なる花にて〓をとりつけたらむさましたるが、こゝにもかしこにも咲たるを、「よその国にてはみぬ物也。

名はいかに」と、そこなる人にとへば、「是は此わたりにてはまむさくといふ。

此花は、む月といふには雪氷(ゆきこほり)のうちよりかく匂(にほ)やかに咲出る。

」といふ。

さは今おもへば、先咲(まづさく)といふことをまむさくとはいふならずや。

又かたくりといふ草の花は紫にて、是も雪の下より咲といふ。

これはいとさかりにて、こゝら打みだれたり。

「うぐひすなどはやう/\きのふよりこゑを引上てさぶらふ」などいふが、たゞひとつにて谷峯(たにみね)にのぼり下りて(くだ)おもしろく鳴なり。

日も入りがたになれば霧深く立わたりて、松の色などもいとことなり。

入相(いりあひ)の鐘(かね)を打ならすに、山を下りて夕げなどたうぶ。

さて此寺のあるじもちかきほどに旅立(たびだち)して京には上りおはすと聞ゆ。

よき伴ひなれど、今七日(いまなぬか)ばかりはおくれなむとのたまふに、爰には唯一夜やどりてまかでぬ。

又主(あるじ)の、「けふは蚶潟(きさかた)につき給ひなむ。

さらばかくいふ寺にいきてやどれ」とて、文(ふみ)などつけて給はるに、いと珍(めづ)らかにて出ぬ。

此日ももどやかにて、海の面(おもて)もなぎわたり、舟どもゝ多くうかみて侍るを見つゝ、いとおもしろき山路を行に、蚶潟(きさかた)に参りつけば、ならひて侍るみ寺になむまいりて、そこにもやどりす。

又の日はとゞまりゐて、蚶潟の江に舟うけて遊びありきける。

桜は今をさかりにて、かの、「花のうへこぐ」とよめるなどいふ老木(おいき)なども咲ををりて侍り。

桜もさることなれど、椿の花ぞ異所(ことどころ)には爰にたぐひてみむ所もなし。

鳥海(てうかい)といふ山はいとたかくそびやぎて、雪もまだ白くて残れり。

此江(え)はこもり江にていとあさければ、波風のかしこみも侍らず。

多くの島(しま)々崎(さき)々、をてもこのもにさし出て、見所の侍るに、つゝじはいそまに咲わたりて、桜に立交(たちまじ)りて侍る松などは、、曲がれるもなほきも、唯おのづからのけしきになむ。

あまりにのどけき日也しが、申の時ばかりより打くもりて、一むら雨の降出て侍るに、舟をば蚶満寺(かんまんじ)の庭べにこぎよせて打あがりつゝ、寺のおましに居りてみるに、花ぞいたく散める。

しばしゝて晴たれば、虹のいと高く、山の峯かたにうつろひて侍るに、夕影の霞をへだてゝ、海の面にさしわたるけしきぞいはむかたなき。

夜に入れば、かのやどりこひたる寺にかへりて臥ぬ。

夜むやう/\更るに、風ふきおこりて、浪比高く、岩にくだけちる波の音などは間ぢかく聞えたり。

夜の明るに、みれば空もいとくらく、海のおもてもきぞにかはりていとかしこし。

卯月の一日に侍れど、夏衣とうでむ日ざしもなく、雨さへふり交じりてさむけきに、此寺の主のせちにとゞめ給ひしかど、けふ行道は海をも川をもわたらねばとてまかでける。

此日はいとからきめにあひて、夜に入りて酒田の浜につきてやどる。

又の日はいたくぬれたる衣をあぶりほして、そこにとゞまる。

次の日は空いとよく晴て、あつみなどいふ温泉の侍る所をとほるに、桜、山吹の弥重一重なるが咲ほこりて、峯も岸べも今を春の最中と見るにぞ、鴬も高く鳴くに、蛙は山の下樋にはひ出てやう/\しのび音にこゑ立たり。

さて行に、桃も梨も有るとある花は咲みちたるぞたのしき。

其わたりにも花ぐもりとて、霞わたれる日をばいふ也。

けふはさる日にて、風も吹ぬなりとみれば、さすがに卯月のけしきも侍り。

花を見れば又春のけはひも侍りて、いはむかたなき道のべのさま也。

出羽の国の境に何とかいへる浜べの侍るより、又道の伴ひふたりまで添たるに、打にぎはひてゆく。

祢受が関といふは、越の国と出羽のかぎりにて、こゝは五里計の山路の、家もなき所を行なれば、心得すべき路とて、しるべせむ人をも頼みてけり。

さてこゝは葡萄越といふ山也。

雪は深き所といふに違はず、春の雪ともおぼえず降敷て侍るが、しかすがに卯月なれば、南にむかひたる尾のへは名残なく消わたりて、今ぞ初草のはへ出たるに、かの此比みつるまむさくのはな、かたくりの花など、田打桜といひし花も、心よげに咲みちたり。

ひとへ桜はやう/\にふゝみたるなども侍り。

又西北にむかひたる尾のへの深き谷高き〓(そは)などは、木立も冬のまゝにて、雪氷いまだ消ず、吹わたる風などもいと寒し。

行といくに、葡萄といふ里の、山里には侍れど、いへむらしきなみたる所ぞみゆる。

「こゝは此わたりにかはりて、雪のあさき所也」とて、春のけしきもいとはやきよし也。

まことに春の花はこき交ぜて侍るに、青菜の花なども咲つゞきたり。

又「さいつ比よりつばめなどもわたりてさむらふ」といふが、かなたこなた飛かひて鳴つれたり。

其日はそこにやどり、明れば村上などいふ国府を過て、きのえきのと宝寺などいふ寺にまうづ。

こゝはやへなる桜はちり過て侍りけり。

此越の路は、かた/\に北海をみて、いく日も/\行所なるに、「八百日行浜の真砂」とよみけむも是らの浜べをよみしならむ。

立おくれて帰る雁がねは、いとたかく飛つれて、おもふこともなく唯北にもかひて行とぞみゆ。

行も/\真砂路なれば、かはきたる所はいたく踏ぬくに、しら浪の打かけたるいそまはあゆみよくて、みなさる道をなづさひ行に、くさ%\の色したる貝の来よりて侍を、みやこのつとにもとひろへば、道行のおそくなるに、たへて行なむいと口をし。

何とかいひて侍る野中を行に、あやしくちひさき川に、舟長とおぼしき翁のひとりゐて、「これにのりてくださり給へ。

此河は新潟のみなとにつゞきて侍るが、道は十まりの里をへなりて侍れど、此川水のくだるにつきて舟の行にまかすれば、いとやすくうまいし給ふうちにはつく也。

かゝる舟にのらざる旅人はおぞし/\」と云。

何にまれ浅き川のいとせまきに、かしこき事は侍らず。

「さらばこれ斗の舟手は参らせむ。

のせてよ」といへば、「いとあたらず」といふ。

「是計にては」といへばきかぬ顔してをるがにくゝて、「おのれらは足とふまのを持てあり。

さばかりの舟代をださむより、酒たうべむ人はたうべ、もちいひたうべむはたうぶべし。

彼見よ、おのれどもが足らを」とて、ことにつよく踏ならして、いととく歩行て見すれば、「おひ/\」と呼かけて、「心早き旅人かな。

さるは後にのたまひし舟代に、酒てすこしとりかけて給へ」とて負たれば、立もどりてのりつ。

野中の川なるに、岸の高きがうるさけれど、うちあふのきてぬるには、ひばりの高く飛て鳴がよくみえて、「心遣りなり」といへば、舟長がきゝて、「かのひばりぞ、春は見給ふごとく高くあがりて鳴けども、秋になれば萩すゝきがもとにかくれて、あかつきがたには一こゑづゝにおもしろく鳴なり。

旅人は京がたの人ならば、深草はしり給ふべし。

うづら鳴なる深草山、とはうたひ物にこそ申せ」といふぞをかしかりつる。

此ほか、所につけたるよしなしごとかたりてきかすがなぐさにて、ねもしおきもして行に、少し広やかなる川になりゆくは、かのみなともちかきにやあらむ。

岸べのはたけどもは麦いと高くなりて、穂なども打みだれ、うばらの花どもはいと白く咲みだれたるに、画眉鳥、蒿雀などいふ鳥のすみ居て鳴ぞおもしろき。

夕日のいとあかくさしわたるに、見れば打むかひたる方に、家どもの壁はいと白くぬりわたしたるが、数しらず川のべにしきなみたる所ぞ、かのいひつる湊也といふ。

こゝには横ざまに流るゝ川のいと広かれど、よく馴たるにや、小さき舟にていと安く漕わたしたり。

さて其みなとにやどる。

又の日はあかつき出るに、打くもりていとしづかなる日也。

卯月の八日にて、仏拝む人の衣など着こめて、男女袖はへて行かふも所がらに侍るにや。

指月寺といふ寺のあるに立よりてみれば、いづこもけふはすなる、花もてさゝやかなるみ寺を作り、そが中には仏の産子にておはすをなむ立て、かうばしき水もてひたし奉ることをしおきぬ。

み寺のかたへには、花桜どものうす紅に咲て侍るに、かば桜なども少し散がたには侍れど色よく咲交りたり。

猶行て、弥彦の御神にまうづ。

こゝは木むらいと高く茂りて、神さびませる宮居成ける。

        いや彦のおのれ神さび青雲のたな引日すら小雨そぼふる

と古き哥の侍るは、此宮居をよめる也。

木立も深く山もしめやかなれば、青雲打たな引て、晴たる日にもこゝは小雨のそぼふる也とぞ、実に此森のさま也ける。

それより、こゝに宿りかしこにとゞまりて行ほどに、おもしろき所々も多く侍りしかど忘れにけり。

加賀の国を通る比は、うの花くたしの降つぐに、蓑もほしあへざりしかば、をかしきこともおぼえず。

近江の国福原といふみなとにやどりて侍るに、舟長どもが来て、「今夜舟にのれ。

あかつきには大津にはつくべし」とたばかるを、まことと思ひてのれば、漕もせずおひもせぬ程に、水のうへにうちかけたる油などのたゞよふさまにて、ゆたのたゆたに行程に、やう/\からさきにつきぬ。

此夜ほとゝぎすの鳴て過るを聞しぞうれしかりしが。

        寝言をいふ癖の顕れし条

筑紫の国の守の射部の中に、寝言いふくせの侍る男ふたりまで侍りける。

寒き比はいねもよく、さる癖もをさまりて有が、夏にもなりてことにあつき夜などは、現の時にもまさりて口とく物いひ、いねなどはこけありくのみか、後はおきゐ或は立ありきなどするを、たぐひなき癖也とて国中にきこえわたりけり。

されど常ざまよろしき者どもにて、私の心なく、又射部のわざは此ふたりにならぶかたもなく、これが司なる人の心にも万づ叶ひければ、其くせひとつは苦しからぬ事とてゆるされたり。

さるは後は寝言の名ぐはし人となり、終には守にもきこしめしつけて、唯をかしき事におぼしたり。

又此ふたりは友としよく、はらからのごとく交りて、夜昼さらで遊び居まゝに、夜もかたみにやどりなどしてあるを、かたはらよりかのくせをきくなむ、いとおもしろかりしかば、「彼がふたりやどりあひてある時はかならずしらせよ」など、其家人どもにいひおきて、皆いきてそのねごとをなむきゝゐて笑ひける。

あまりにさることの名ぐはしかりければ、其つかさ人も、さる癖はたぐひなき事也。

聞とゞけておかばやとおもひ、其事となくまねきて、「長雨のいとつれ%\なるに、酒ひとつもりて物語せむ。

今夜は打とけて遊ばせよ」とゆるして、よき真魚どもとうでゝ、女のわらはに立ふるまはせて、いやじひに酒をもりたてれば、此ふたりもいとかたじけなしと思ふまゝに、引うけ/\数もかさねたれば、「酔過ていやなき事などいひ出むもいとかしこければ、まかでさぶらはむ」といふを、「今夜は雨もいたくふるに、夜もふけぬれば次のひとまにやどりてあれ。

夜の間の事も申付たり」などあるに、いよゝかたじけなくおもひて、「しからば今ひとつきふたつき過し侍らむ」とて又うちかさねて、今は眠たげに見えしかば、「我も入てねむよ。

ゆくらといねてよ」など聞えて入りて、扨家刀自もこゝにきて、「かのくせをきゝ給へ」とて、上の一間にみなつどひよりて、かのねいりつくを待をりけり。

此ふたりもいたくゑひすゝみたれば、うちかたぶくより先いびきあはせてねつきたり。

さて唯今にてあらむと待に、四郎という男のかたより、「五郎やおはする、五郎やおはする」と高声に言出たるぞ先をかしき。

五郎鼾をとゞめて、「是にさむらふ。

何事ぞ、あわたゞし」とこたへたるも、唯うつゝに物いふばかり也。

四郎又いびきをとゞめて、「かしらの三ありてつばさのかた羽なる鳥が、彼みよ、空にかけりてくる/\とめぐるなり。

かけ鳥に射ておとせ。

おのれは酔すぎてあるに、彼射当ともおもはず。

そこは一杯うちこぼし給ひてたうべざりしほどに、其おぎのひには彼鳥射あてよ」とぞいひかけたる。

五郎むく/\とおき出る音するに、さる心得していとあかく立あかしたれば、こなたよりのぞくに何事もくまなし。

さておきあがりたるを見るに、目は更に開かず。

丸寝やしつらむ、帯などもかたくしめたりしが、枕におきつる太刀をとりてわきばさみ、つと立あがりて、「いでや、我射あてむ。

まことに空をかけりてくる/\とめぐるよ。

我もし射あてたならば今一杯たうべむやと」といへば、四郎は鼾してうまいしたり。

五郎ひとりごとして、『彼はをらざるか。

ものゝふにかけとりを好みて、おのれはいづこにかまぎれうせたる。

ものゝふのいやはしらざるもの也。

四郎よ/\」と高声にわめきつれば、耳にやいりけむ、是もむくとおきて、「今何とかいひつる。

ものゝふのはいやはよく心得たり。

いでみせむず」などいとたけびていへば、五郎きゝとりたる顔にて、「こはおもしろし。

唯今かの鳥を射あてゝ、さかなにつくりて参らせむ。

それなる大まりにもりて一杯たうべむや。

その事をいひかためてこそ此矢は放つべけれ」といふ。

四郎又聞とりしとみえて、「おのれ又射あてずむばいかにせむ」。

「我もし射当ずむば、此弓矢は段々に折りて、かさねて武士のまじらひはせじ」と云。

「それよからむ。

いで射よ/\」とせむるに、五郎、「さらばそれにてみよ」といひて、物に立むかひて弓引ため、かなぐるさまなどもいづ/\しくして、「彼鳥を射当たり」と立をどり、枕をしかとおさへて、「いとあやしき鳥かな。

是をつくりてたうべさせむ」とて、羽など引ぬくさまにふるまひ、あぶりほすさまなどするを見なむ、たへがたく、唯物狂ひをみる斗なるに、四郎はいとくたびれたるならむ、「明日の夜/\」といひてねたり。

けしからぬ見ものしたりと、とり%\いひさわぎて、人々もしづまり給ふ。

夜明もて行に、かのふたりは早くおきて、よべよりのいや正しく聞えおきてまかでにけり。

さるにてもたぐひなきありさまなりしと、守にもきこえ奉れば、見たくおぼしたるに、御なり所にてうたげしたまふ時、かれらを下屋にやどらせて給ひて、みそかにしのびおはして立ぎゝしたまひ、ものゝすげきにさしのぞき給ふに、かのふたりつとおきあがりて、「国の守は国々におはしませど、我たのむ君にまさりたるはさず」といひ出したるを、守きこしめして、其あとはきかでかへりいらせ給ひて、人々をめされ、「彼らは罪人なり。

めしとりてきびしくとはせよ。

これまで多くの人をあざむきつるぞ」と、みけしきのいとあしかりければ、とらへてせめとふに、「いかにもはじめの程はおぼえざるめごとも申たりしを、人の名委しきと申にのりて、おもしろくおぼえしかば、ふたりして申合せてさむらへ、」と、ことをあからさまにのりてければ、其罪はとがめたまひしかど、射部のわざのまさりたるをばめでおぼして、其まゝにさしおき給ひしに、其司人はつかさにもをりがたかりしにや、ことわりきこえ奉りてかくれにけり。

おのれあづまに侍りしとき、我友のうちに寝言いふ男の侍りしが、人は何ともいはぬに、おのれみづからたゝへて、「我は寝言は申せど、世にあるつたなき筋は申さず。

かりそめにもみやびごと申也」といひしを、心あさき人なりと思ひ落したりしが。

        明和己丑より同じく庚寅に及べる夏のさまを云条

明和己丑の年五月二日、あかつきより打くもりて侍ると見しに、辰の比ほひより、こまかなる砂の小雨のどの降落るさまにてふりける。

空をみれば、雲にはあらでうすくて打くもりたり。

手にもとどゝまり、屋根などにも灰などを蒔ちらして侍るさまにてなむとまり侍るに、油傘をさし出しておけば、いと多くつもりにけり。

何の故ともおぼえず。

文徳実録の中に、「斉衡二年八月戊寅、安房国より言、天雨黒灰、従風〓来、委地三四計分」と。

昔もかゝることは侍りし。

又去年の冬江戸にくだり侍りて、松前の守のみもとに中津の君おはして御物がたりの侍るを、御かたへにてうけたまはりし。

守の給ふ、「それの年それの月、京わたりは黒き灰の降りて侍るよしあやたりが申せり。

やつれがしりて侍るえみすどもの境に、臼が嶽と申が侍り。

いと高き山也。

其いたく焼けてさむらふ。

さるは其〓りの末は西の空にたなびきて侍れりし。

地にてみればいと遠きさかひに侍れど、天にてはからばいと近かるべし。

これはその砂の風にしたがひて参りつらむならめ」と聞え給ひし。

又庚寅の年は、夏になりて雨ふらず、川も池も水はいたくあせて侍るに、後は井の水も侍らざりし。

湖もあせにあせ、又淀川もかちよりわたりき。

さるは天が下のたなつものは皆枯てたえけるなど、こと〓しくいひて侍るに、枯し所もおほかれど、よき所のいと多くはべるに、秋より後はめでたくゆたけきとしにぞと申き。

辛卯のことしは、卯月の半より五月の末まであめふらず。

是もいかにといひさわぎしが、みなずきより雨のをり/\ふりて、去年のさまに池・川・井などに水のつきたる事も侍らず、いよゝ豊年也とたゝへ侍る。

又春よりはじまりて侍りし事は、伊勢の大御神に人々のきそひてまうづる事也。

さて、かのまうづる者は、童なる老たる若き、唯物ぐるひのさまに成りて、ことしまいらではとおもふ心になむるまゝに、業をも忘れ身をも命をもはで、ぬけ出て詣づるほどに、皆旅の心えもせで、居るがまゝ立るがまゝに出ければ、道のほどにさまよひくるしむ者多しときこえ侍りしによりて、京は家毎所毎に、是が旅行をたすくる施しをむしける。

さるより、いせ近くの道のべなるも、よきあしき所までおふな/\さるほどこししければ、をちこちの国々よりも猶々にまうでける。

のちは自馬を牽、自駕を荷ひ、髪をゆひ湯あみなどさする施しどもゝ、心々にしかまへて、暮むずころは立とよむ程に、行来は唯其さわぎにおされて、足よわに侍るなどは大路はえとほりかね、小道より行来せむとするに、それさへ行かひともに立ちふさがれて侍りき。

大和、津の国、河内、丹波、但馬、若狭の人の百人斗づゝ打ちつれて通るに、後は施しせむてだてもつきて、をさ/\やみけれど、かくほどこし有と聞えつる遠き国よりは、たか/\に志してまうでくる。

其中にはいとあはれなる物まうでも侍りき。

又牛など引て参りしも侍り。

犬などは大かた引きつれて侍るに、あゆみかぬるをば肩にも打かけなどして参るも有り。

これらの事につきてはいろ/\くしき神の御光りどもをいへど、いとをさなし。

唯かくおほくの人のおもひ合いて侍るこそくしけれ。

むかしもかゝること侍りしが、其年はめでたくたなつ物もさかえにけりといふ。

ことしも長雨の比はひたてりに照りて、あやしき事といひしかど、かく豊年と聞えつるは又くしきかな。

        若狭の国に頼む主にかはりて犬に喰はれて死ける女を云条

明治六年己丑の年みな月十まり一日の事也。

若狭の国三方郡西津村とふ所に、小松原角左衛門なる娘つなといひけるが、三方郡の刀祢茂太夫とふものゝ家に、愛子の抱守して居りける。

年は十まり四になむ成ける。

さて此日夕つかたに外に出て、主の子をば背におひて、をちこち立ありき居しに、病ひにあたりていとくるしくしける犬の走来て、おへる子をくはむとす。

そゞろ事にて逃べくもあらねば、主の子をのみいみじくかしこくおもひつきぬるに、子をばいちはやく前にいだきとりて、懐におしかくしながら、はらばひて臥にけり。

犬はおもふまゝに其をとめが〓腹をくひ破り、猶もくはむとするを、人のつどひよりて打扣けば、犬は逃さりぬ。

さていたはりかゝへて主の家につれいきて、「いかにか侍る」と問ふに、いとくるしげなり。

「そも此子は何としてたすけしぞ」ととへば、「おのれ御家に参りける時、親にてさむらふものゝいひをしへけるは、御愛子をいだき守りてつかえ奉らば、唯心を加へてかしこみ奉れ、と聞しことのみをおもひて日此侍りけるに、ゆくりなかりしかば、おのれかはりてかく喰るべしなどもおもひめぐらさず。

唯懐にかくし奉らばあやまちはおはすまじとおもひつきたるのみ也」と申す。

さてある間に、ほてり病となりてくるしみけるに、人をしたてゝかれが里なる親に告遣りて侍るに、小松原が妻来たりて、我娘の病ひはとはで、先、「御愛子いかにおはしましゝ。

あやまちやしたまはざりし」と問い侍りけるぞ、いといみじかりける。

かくてくすしを加へて落なくいたはりしかども、終にいえず、秋に成りて死けり。

主も我子の命の親なりといひて、はふむりあつくしてをさめけるに、国の守きこして、たぐいなき者におぼし、ことし辛卯のみな月、其はふむり所をあらため、大路のかたへに侍る西徳寺とふ寺のうちの、人見しるべき所に其おきつきを高くし、忠誠なる志のはじめをはりをつばらにかいしらさせ給ひてけり。

又小松原には、おのが住所のみつぎ奉ることを長くゆるし給ひ、寺にはしろがね五ひらをたばひて、其はか所を朝にきけよくはき清めてよとなむおほせ下されしと也。

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をり/\ぐさ  秋の部

            明和七年庚寅の秋の事をいふ条

庚寅のふみ月十まり八日の夜戌の三つばかり、西の方より丸き二咫ばかりなる火の玉の飛いでゝ、北東をさしてゆく。

月の影のいと白くてあるに、是が光りぞ殊にあかく照りみちて、塵埃だに見えわきつゝかゞよひわたりて通りにけり。

さて是を見しとふ人々ぞおのがむき/\なる。

或人は北野のかたより光り出て室町の一条わたりに落たりともいひ、或人は堀川の二条わたりよりとびあがりて寺町の東に落たりなどもいふ。

おのれらは何にかまぎれて見ざりき。

又加茂川のわたりより見し人は、唯東をさしてひえの山をも飛びこえて通りつなどもいふ。

其後、我友なる石川何某が語りき。

此人其比伊勢の菰野にいきて在りしに、かの光る物は戌の三つ斗ならむ、西北の隅より飛出て、地よりは十丈ばかりも空を北東にむかひて飛行。

其夜月あかゝりしかば、人みないねがてにして外に立てあそび居しほどに、大かたの人はくまなく見き。

ことにゆら/\と飛行しかば、つら/\見しといふ。

さて其むかひたる大きさは菅笠ばかりなり。

横ざまに見しときは油傘のほどしたり。

後より見し時は、炎のひら/\ともえて侍りしは太き薪の末に火つきて侍るばかりに見えしとぞ。

人皆あやしと見るうちに、はるかに飛過て北山のねかたに落たるさまに見ゆ。

さてしばしゝて、どゝと鳴声の谺のさまにてどよめきわたれり。

これ必ず彼が落たりし時のひゞきなりけむ。

世にかく光る物はまれ/\飛ありく物なれど、かく奇き光り物は見も聞もせぬ事と、くち%\にいひてねつ。

しかしてあさての日、同じ国なる桑名の方より人来たりてかたる。

をとつ日の夜の光り物ぞあやしかりつる。

西北の隅より照り通りて侍るが、太度山の峯方に落たりし。

さる時ぞいとおそろしき響きにて、御山は吼とゞろきぬ。

又昨日の旦に成りてみれば、其御山の半ほどに九尺まりにて立る石の、打破たるさまに成りて下をさしてすべり落たり。

又御宮どもは其山の下に立ませば、是が落かゝりたらむにはひとつも残るべき物あらず。

さるを神のしたまふならむ、御宮のうへのかたに、かこみは六寸ばかりにてかすかなる樫の木の侍るに、其大きなる石はかゝりてとまりぬ。

山は級立り。

木はいとよわし。

石はおもく侍るに、かくとまりてむことに侍らず。

先是をくすしみの一つとす。

又二つには、其石のすべり落たる下より、いと古くて太刀とおぼしきがひとふり、斧とみゆるがひと柄、陶の皿杯十枚まり二つ、花瓶にかと見ゆる物ひとつ、又さびくちては侍れど、鏡とおぼしきものの二寸三寸侍るもの廿まり一つぞ出たる。

いづれも今の代に作れる物のかたには侍らず。

さるうへは、そこの祝子達も捨おきがたき事におもひて、つばらにありさまを桑名の守に申、「察しめ給ふべき御使を給へ」と聞え侍るに、御使来たりてつら/\うち見、「後はとあれかゝれ、今の間はあまねく人になみせそ。

祝子が蔵にひめおき給へ」とてかへりけるよし也。

此太度山といふは、桑名の国府よりは北にあたりて、いと高きが侍る、是也。

むかしいせの大御神、此所にしばし鎮坐ましけるよしなど、所にはいひつたへ侍る。

又一目龍とたゝへ奉る神なむ、此御山の主にておはするよし。

是はいける神にておはせば、をり/\飛ありき給ふ也。

さるは或ときは風をおこし雲を巻て照かゞよひ給ふに、是に逢ひまいらせては、舟をそこなひ屋を破られなどするものいとおほけれど、よく人の祈ることを聞しめして、田畠の時をうしなはせじと、雨につけ日につけてさる守りいちじるしくおはすほどに、人皆これをたふとみ奉るよし也。

さるは、かの光りて飛しものもかの一目龍にておはしけめと所の人々はいへりけり。

又かの樫の細枝にとまりて侍りける石の、いかにもあやうく、今にも落くだるべくみえつるに、取除む方便もなくて、祝子ら祝詩申て神のみこゝろを問ひ奉りしに、「是は唯直に上のかたへ押上よ。

事もなくもとのごとくならむ」と、神がゝりてをしへ給ひしかば、おほくもあらぬ人にておしのぼせたれば、かろらかにていとやすくのぼりて、ものごとくすはりけり。

石は二つに破れつるとみえしかど、二つならびて押立る石の九尺ばかりなるかた/\が、さるひゞきにつれてすべり落ける也しといへり。

さて其下より出つるものは、宝物にして祝子がもとにひめおき侍れど、さる故有てあまねく人に拝ませじといふなる。

          同じ文月末の八日の夜の光りをいふ条件

文月末の八日、いとあつかりしかば、我友がき来たりて、「東山の高き所にいきて涼みとらむ。

いざ」ときこえしほどに、妹共ゐて参りける。

其家は左阿弥といふとよき家にて、いづべくもくまなく見わたさるゝに、涼しき風に吹入りて、人々こゝろよく酒うちのみて有に、戌の時斗にも侍らむ、〓にも麓にも人立さわぎて、「北のかたの山に火つきてもえ出たり」といふに、欄に立出てみれば、北とおぼゆる空はひたあかく成りて、家むらの事にはあらず、高山の林どもに火つきてもえのぼるならむと見ゆ。

さはいづべならむ。

くらまの山かとみれば少し遠き方也。

又若狭路の山かと見れば又近しとて、とり%\いひさわぐ間に、かゞよふ光りの幾条も立ちのぼりて、天のかぎりは南をさしてたなびきたるに、「こは火にはあらず。

天の気なり」といひ出るに、此先いかならむとおもひはかられて、人々おぢたり。

さてをかしかりつる興もなく成りたれば、皆かへりいなむとおもふ心のみして走り出ける。

かく赤き気の立のぼりしためしは、古き記にも見え、近き御代/\にも侍りし事とて、物にもかいとゞめ、又ちかきほどなるはおぼえをりつる翁どもゝ侍れとて物がたりするなどは聞しが、まのあたりにかく見つるは、いとめづらかなりける。

京の町々はことさらに立さわぎて、人は西東にはせ通り、時守は鼓を早めてうちありく。

是らも、しばしゝてかの空の光りなりとおもひしよりさわぎは止ぬれど、人皆外のべに立交りて、是はいかなる事ぞとてみる也。

我が家にかへりても、これが末を見まほしくて、いねでみてあるに、赤き気は東の空にめぐるさまにみえて、かの光り出たる条もうすく成行に、此まゝにて事もなく消うすべきなめりとおもひて、子二つばかりまではおき居て寝つ。

そが後若狭の人の来たりしにきけば、そのひの酉の時計より、うすくれなゐに侍る気の北の方にみえて侍るほどに、夕日の名残りにて侍るならむとおもひ居しに、戌のかしらよりいと赤くなるまゝに、かのかゞよひ出る条もいやまさりて侍りき。

海の上は唯血をそゝぎて侍るさまなれば、北の海のさまをみむとて、舟を出し漕いでゝ見れば、三里ばかりより此方の事にて、それより先べはさる気も見え侍らざりしとなむ。

又大和の人来たるにとへば、かの空の赤くなりたるを見しより、国中の人立さわぎて、「京はひた焼にやけうするなり。

その中にいと赤く立のぼる光りは盧舎那ぼとけの堂に火つきたる也」とて、氏族の京にはべるは、それとはむとて俄によそひ立て、走り登らむかまへどもす。

又さなきは、「火の雨といふものゝ降きて、生たるかぎりはなくなる時也。

はかなくおそろしき時ぞ来にける。

是を遁れむには土の室に隠るゝぞよき」とて、古くて侍る穴どもの中に幾日も/\かくれ居て、たうべむものゝかまへなども心きたなくして、もちはこびつゝたちとよむ。

これは異国(コトクニ)にはなき事にて侍るが、大和の国には土(ツチ)の室(ムロ)とて所々に侍るが、皆古へに人の住ひける所也。

さるは石もてうちかこみて、出入(イデイリ)の便(タヨ)りよりはじめて、水など流れ入るまじき方便(テダテ)までも、只今作り立たる斗にて、幾所(イクトコロ)も侍る也。

それを人つたへていふ、むかし火の雨のふり来(コ)し時、人皆此穴にかくれて命をのがれしなりと。

又其火の雨の事は、書(フミ)どもにしかとしるして侍るといふ。

実(マコト)に氷雨(ひさめ)と侍る事を、耳伝(ミゝヅタヘ)に火の雨とおぼえつるは理(コトウ)りぞかし。

さてかく泣さわぐ間に、事もなきことなりとてやう/\にしづまりしと也。

其外、東は松前の人のかたるも、同じ時同じさまなり。

西は長崎の人のかたれるもまたしかり。

唯加賀の人のかたれるぞ、少しことないける。

そは其日暮(クレ)むず比、黒き雲のひとむら海上(ウミノウヘ)にたな引て侍るに、赤き色したる光りにほの%\とみえけるを、夕日の影のさしわたるにもあらず、鳴神の光りにもおはさずよなどみる中に、やう/\夜にいりて、かの光り出る気(キザシ)の天にのぼり海に下(クダ)ると見しより、北ゆ南に立みちにけりとぞいふ。

さは、むかしよりかゝりし事のためしを物しりだちてかやかくいえど、或翁の、「おのれよくおぼえて侍る。

これに違(タガ)はぬ気(キザシ)の侍りし年は稲よくさかえて、国中(クニナカ)ゆたけく侍りし也。

いとよきことにて侍りし」とかたりき。

  狐の母の来たりて金(コガネ)を得てかへりしをいふ条

浪花の浦に、おほくのたからをもちて家とみさかえて侍る男、秋の野らいとおもしろくなりぬときゝ、あまた友どちゐて比良野のかたに行に、こぼれ口といふあたりを通り侍りける時、あやしき家に、何の子にかあらむ、いとちひさきを檻(ヲリ)に入て侍り。

兎(ウサギ)にかとみれば、狐の子にて侍る也。

珍らしくおもひて、「是売(ウ)らむや」といひ入させたれば、主(アルジ)めく男、「是はうりさらむらふ物には侍らず」といふ。

「いかにして得給ひつるぞ」とかさねて問はせたれば、「さいつ比曽祢崎のかたに参りて侍りけるに、夕暮のほどかの森のかたへにて、犬二つが出て一つの狐をくひころして侍りけるに、いとかなしく見しかば、犬をば打扣(タゝ)きて追遣(ヤ)り侍りけれど、其狐は痛(イタ)く喰(クハ)れていき出べくもあらぬさまなるに、眼(マナコ)をひらきて、我をば頼む心の侍りけむ、頭(カシラ)を振(フリ)あげて森の方にむかひて幾度もうちうなずき、其かたに心有(アリ)げにみえてさむらひしほどに、いきて見しかば、榎(エノキ)の木の老たるうつほの中に、此子狐のかくれ居て侍る也。

漸々乳をはなれて侍るほどにてをさなくはべるに、かの狐は此母とみえて乳などもふさやかにたれて侍り。

是は此子をおもひたのむ也とおもひとりしかば、其まゝにいだき持(モチ)て懐(フトコロ)にかくし入れて、其母狐にむかひておのれ申けるは、『いとかひなきわれにはあれど、此子はおふし立ていかにもひたし侍らむ。

又よくおひ立て侍らば、犬など住(スム)まじき〓野(アラノ)に持行て放ちやるべし。

若(モシ)その間によき人に逢ひて社の主ともせむずるなど聞ゆるすぢも侍らば、いかにもよくはからひ侍らむ。

今はうしろやすかれ』と、人に物申ごとく聞えてさむらへば、うれしげなるさまにみえて、いく度もうなづき、目もはなたずふところなる子を打見て侍りしが、肝(キモ)のあたりをいたくくはれたるけにや、直(ナホ)に眼(メ)をふさぎて死ける。

さてあはれなる事かなとおもひ侍るまに/\、そこなる薮原に入りて竹を押きりて、そをもて土をふかくうがち、かれがからだはかくしてとらせぬ。

又かへりては乳(チゝ)もあらねば、飯(イヒ)をねりてやしなひて侍る間に、おひ立てさむらふ也。

彼(カレ)見給へ。

我にはよく馴てさむらふを」とて、檻(ヲリ)の口をひらけば、手につきてざればみなどす。

かの富人(トミビト)、是を見てしきりにほしく成りしかば、「故ある御物がたりかな。

よくもしたまひつる。

これはひたすら我にあたへ給へ。

いとねも比にかいそだてゝ、後は我いへの守り神にいはひて社をも立、神のみ位をも申こひて奉らむ。

さてあたへは申給ふまゝにして参らせむ」とわりなくいひかけしかば、主うれしげにきゝて、「見奉るに、物違へ給ふべき御人がらにも侍らず。

しからば神にいはひて社の主としてたまはらむに、此価とて何をか望み侍らむ。

唯持。

さまれ価参らせでは心ゆかず」とて、さま%\にいひしかども、ことわり厚く聞ゆるに、しひていへば腹あしくしけるを、しからばつかふまつりざまこそ侍らめとて、いやあつくいひきこえて、下部に其檻をもたせ、けふの野遊びはおきて、先いきて是をざればませあそばむにとてかへりにけり。

次の日とり%\にさたして、又の日物よくいひとるべき使に礼幣どもさはにつくらせ、彼得たりし家に遣はしたるに、「其人はきぞの日いづこへか家を移し給へり」といふ。

「いづべにか」と問へども、其家主も「さだかにおぼえず」といふに、いひがひなければ使はかへりにけり。

さるうへはしひてたづねいでむかたもなくて、十日ばかり過行に、かの子狐は人に馴れねば、唯わなゝき居て、物くふ事もともしくするに、いや痩にやせて侍るを、「かくては死ぬべし。

いかにしてこのまむものを」などとり%\いふなかに、たはれ舞まふ男の来たり合ひて、「是は釣狐といふ舞の侍るに、鼠を油に煮てくはせむは、彼がほりする物これに過たるはあらじ。

しかして見給へ」といふ。

人々きゝて、「そこの御家の事とて、をかしくもおもひつき給ひける。

さて鼠は」といふに、俄にもとらへかねて、米ども積入て侍る蔵主にいひ遣りて、「唯今の間によく肥たる鼠をとりて出せ」といひ遣りつるに、蔵主等いとわづらはしとはおもへど、主の仰なりとかしこみて、俄に升を引かけて、彼が飛つかむとき打かへりて是をかゞふりふすらむさまにしかまへて待に、しばし有てはたと鳴る音す。

「そは」とて走りいきてみれば、物ぞいりたる。

「そやつ打ころせ」とて、荒雄どもがとりかこみて升なむ打かへせば、鼬の子の走り出たるに、あやしく臭かほりの息をひりかけたるにや、目口もふたがるばかりになやみて、荒雄どもさへ逃ぬ。

よしなきさわぎかなとて、又しかまへおきて、息をもせで待に、こたびはよき鼠なむ二つまでとり得て侍れば、俄に人走らせて遣はしたるに、かの油に煮て、もていきてくはせ侍れど、まださる物はくひおぼえぬけにや、打ねぶりたるまゝにすておき、唯くらき所にはひかゞみてあるを、人々慰めかねてもてわづらひける。

さて夕暮がたに成りて、年のほど〓には過まじとみゆる色よき女の表に来たりて、「物頼み参らせむ」といひ入て侍るに、「いづべより」と問へば、「いとかすかにて侍る者也。

いづべよりとも聞え奉らじ。

是はさいつ比こぼれ口にて得させてかへり給ひつるものゝゆかりのものにてさむらへ、ときこえつぎてたまはらば、上にもおぼしあたりたまふ筋も侍らむ。

是までからき道をこえて参りつれば、其志をおぼしはかり給ひて、御次なる人をばよけさせ給ひて、正目にあはせ給へ。

かならずなかしこみおぼしそときこえ上させてよ」と、ねもころに申すを、あやしとはおもへどしか%\いひいれて侍れば、主人々をつどはせて、「彼がゆかりと申せしからは、人には侍らず。

先其女はいかなるさまぞ。

何をか着たる。

声はいかに侍る。

手足は何とあなる。

先づこともなく一間に入おきて、皆いきてひそかにのぞきみよ」などいふに、「此方へ」とて一間にむかへ、かうしなどの穴には人々ぬきあししてさしより、打のぞきてありさまをきくに、ひとりが来て申す。

「何ともあらず常の女にてさむらふが、とかくにともし火に打そむきてのみ侍る。

面長にみゆるぞ心からにや」と申す。

又ひとりがきて、「よくのぞきて侍るに、事もなく侍るが、久しく見つめて侍りつける間に、耳のうごきて侍るさまにみえし」といふ。

又ひとりが来て、「とにかくに鼻のほどひこめきて、物臭まはすさまにみえてさむらふ。

是はかの油のかほりをきゝつけたるならむとおぼえさむらふ」といふ。

時もうつり侍るに、此家に古く侍る老人の出て、「なでふ事侍らむ。

人皆かうしのこなたにつどひてさむらはむ間、うしろ安くおぼして其女を此方によび入て、彼が申ことはじめ終り聞とり給へ。

狐おのれいかばかりのわざをかせむ。

かしこみ給ふな」ときこゆるに、ことわりきこえたりとて、「さらばこなたへ」とて、かの女をいざなひ来るに、主たち出て、「いと珍らかにこそ」よいらへば、女いやゝかにして、「自がうへは、彼がためには姨にてさむらへ。

いもとにて侍る者、うひ子設けて侍るを、祖父が方へ参るとてむすめのまだいはけなきをあともひて侍りけるに、情ある御人のきたりあひ給ひて、彼をたすけ、又いもとがなきがらは土に隠し給ひつる。

其後おふしそだて給ひつる間に、此方へとうけ給はり、かゝる大宅にかいそだてたまはゞ、おひさきたのもしく侍れど、此ほど頬らひて侍るよしをほのかにしりて侍るまゝに、なつかしくおもひ給へらるゝに、何事をもしのびて参りつれ。

そとあはせ給へ」といふに、主きゝて、「のたまふこと、我きくに少しもたがはず。

又頬らひて侍る事をもいととくきこし給ひしよ。

此方へ得てかへりしのち、人にも馴ぬけにや、うちわなゝきてのみ侍るまゝに、物もふさにたうべず。

痩ほそりて侍るほどに、此ほどは我々もおもひわづらひて侍る。

かのこぼれ口にすめる人は、とみにつかひをたてゝ礼共きこえ侍りけるに、是は行先しれず住居を移し給ふに、かへし遣らむ所もなく、とかくにもてあつかひて侍る時也。

よくこそ」とて、其檻を取寄て口をひらきたれば、其子はうれしげにて飛出て、女が懐をかきわきて乳を打くはへなどするに、主も立つのぞく人々も唯あきれにあきれて「実にいつはりなきゆかりにては侍るよ」とて、うたがひおもひしもとけて、みなくしき事になむおぼえゐたり。

女やゝなみだをのごひて、「母なき子のかくしらぬ所に参りて居れば、何くれと物おもひも侍るけにや、いと痩て侍る也。

此うへは我にまかせおき給へ。

おふしたてゝ返し奉らむ。

自が妹は乳ほそくかひなきまゝに、外の子はみな死て唯是のみ残りて侍るに、自が乳にてそだてあげて侍るほどに、かく馴ては侍る也。

かやかく聞え奉るも、妹がかたみにて侍るとおもへばなり」とて、ひた泣きになきいるを、人にもたがはじとて、みなあはれになむきゝゐける。

さてしばしして、「こゝにひとつの願のさむらふを、申なやみて侍る也。

先つころ曽祢崎の森にて此子を助け給はりし人は、今事にかゝりていと苦しくしたまふを、我よくしりて侍れど、救ひ奉らむ方便なし。

其方便を我にかしあたへ給はゞ、今夜の中にすくひまいらせて、是子が命をつぎたる礼と、妹がなきがらを隠し給ひしいやとを、ひとゝきに報ひ奉りたうおもひさむらへ」と申す。

「何にもあれうけ給はらむ」ときこゆるに、をみなけしきよくて、「世の人々に報ひ申ことは、よきことはよきをむくひ、あしきことはあしきをむくひ、さるわざはいとすみやかに侍れど、自らどもが力に及ばぬ事のひとつは、世に有る宝のうへにさむらふ。

しひてむくひせむとおもふには、彼方を奪て此方にむくひし、此方をかすめてかなたに報ひする事の侍るは、果はおのれらが罪になむなりて、いと苦しきめを見る事の侍るに、せむすべなければ、此ことをあからさまに聞え奉る。

いま金百枚を出して自にたうべてよ。

是をもち行てむくひせば、かの人たちまちに苦しみをのがれたまひなむ。

もしさる金の数にも及ばで苦しみをすくひ得て侍らば、余れる金はもて参りてかへし奉らむ」と、うはべなくいひはなちたるに、主「いと安き事よ」とて、鍵主を呼びて、こがね百枚封たるまゝにてとうでさせて、女に遣はせば、いやあつく聞えて、「はやまかでなむ。

時もうつりにき。

此子は今申ごとおのれゐて参りなむ。

さまれ道すがらかしこきものゝ吼つきて侍らむ。

おのれはともかうもせむ。

此子におもいなやみてさむらふ」と申せば、げにもとて、かたまごしまうけさす。

さる間にかの舞まふ男、かの油に煮つる物を「家づとに」とてもていでけるぞ、心づきいとをかしき。

女うれしがりて、「よき御玉ものかな。

此かをりに合ひていのちうしなふが数もしらず侍る也」などいらへてもたり。

さてかたま荷ひて来たるに、「曽祢崎の森までおくりなばはやかへれ」などいふ。

女も人々にねもころにいやきこえおきて、のらむとすれば、主しばしととゞめて、「ちぎり参らせしごとく、御社の事もちか%\にいとなみ侍らむ。

いつばかりにか此子かへし給はらむずる」ときこゆるに、「しか作りをさめたまはむまでにはいと安かれ。

おふしたてゝかへし奉らむ。

其事しはたし給はゞ、火を清くし水を清くして、粟、稗、稲、麦、大豆、小豆を煮て、玉〓にはそれを盛、掃清めて待給はゞ、かならずみづからもともに参りきて、長く御家を守り奉らむ。

又参り来つるしるしには、其御社の内を見させよ。

あやしき光りの侍らむずるぞ」とよし/\しく聞ゆるに、いよゝたのみきこえて、かたまをかきいれたれば、かろらかに飛のりける。

さて人々門辺に立送りて、「かたまはしづかに行け」などいひて、又家の内の人には、「今夜の事人になかたりそ。

まことなき人こそかゝる筋はあやしめ」など、皆うれしがりて入てねつ。

さて行とゆくに、夜中過るばかりかの森につきぬ。

「こゝにてさむらへ」といへば、「いと遠き道也。

くるしくおぼしたりけむ。

我は是より参る所あれば、はやく帰らせよ」とて、かたまを出けるが、子をかきいだきて薮原にまぎれいりぬ。

物うたがいせぬ男ども成しかば、そのかたをばふし拝みなどし、身にうへをさへ「頼み奉る」など告おきてかへりぬ。

又家の内はかたく人の口を止て、何事ももるまじくしつれど、かやかくくしき筋どもいひわたる間に、事もなきに其家の男ひとり家出して行衛なくなりにたり。

さるよりぞ、浪花の事なればあしがきの隔もなく、「何某ぞ人にたばかられて金百枚をとられ、そがうへに盗人をば籠にのせて伏をがみて送りたり。

おぞきやつかな」など、いとこちたく聞えわたりける。

後によくきけば、此女の乳にてかひそだてる子狐より、くさ%\のたばかりをしくはへたる事也といへり。

かの姨といひつる女は、こぼれ口にをりつる男の妻にて、曾祢崎のわたりに住てあるを、彼も我も見しとして、いとをかしがりつとなむ。

又にはかに家出つる下部は、彼等にくみしてよろづしるべしたる也とぞいへる。

武蔵・上毛野の二国に水の溢れしをいふ条

武蔵の国小林といふ所に行て侍りし時、文月末の七日、人々つどひて有に、夕だちの雨のあわたゞしくふりきにけり。

此日は人々碁うつとて物しけり。

そが中になま物識がゐて、「夏は夕立がよろし。

されど碁をかこむには吹入れてよろしからず。

みなこなたへしぞき給へ。

紙戸は破るゝに、戸はしめよ」などたちさわぎ、濡たる畳をばたなごひざまの物もて巾などす。

俄なる事は常にも侍るものなれど、此日の雨は唯天の川原の水口をきりおとしたらむ計にて、雨ともなく流下るに、大なるさゝやかなる魚、亀などは幾つも降落たれど、庭べも又海をなせば取るべうもあらず。

しかすがに唯一時にて名残りなくはれぬ。

「是は龍の水を巻たる也。

けしからぬ事なりし」とて、夕つかたになれば人皆いきわかれぬ。

又の日、空よく晴つ。

卅日も同じ空にて暮ぬ。

葉月朔日は朝より雲まよひて、くもりみ晴み、そらさだかならず。

さるを此日俄に旅行すべき心になむなりてより、しばしも其家に居るべしともおもはず。

家の主にむかひて、「けふなむおもひ立事のはべり。

秩父山に行て仏をがまむや」といふ。

主、俄の事也とてゆるさず。

しひてとゞむるを、くさ%\いひことわりて出て行に、熊谷といふ駅につきて、こゝにも心知れる友どちおほかるに、やどりせばやとおもひて或人をとへば、よくこそとて打よろこび、「けふは田の面の日とて、あがたわたりはほぎ事する日也。

こゝにやどりてあらせよ。

もちいひねりてあるじせむ。

先打なびきてねよ」とて、枕どもとうでゝ似なくあへ聞えけるに、うれしくおもひて、一間に入りて心よく寝つきて、申ばかりとおもふにおきて、おもふに、此夜此所に事あるべしと何となくおもひつきて侍に、けしからぬ事かな、物のまよひにこそとおししづむれど、さる心更にやまず。

かゝる時はかならず事あむなれ、いなばや、とおもひて、主に、「いも寝て侍る。

さてこゝにをるべく聞えまいらせては侍れど、打忘れたる事の侍る。

今夜の中に是より三里ばかり先なる高原といふ所の、何某寺までいかではかなひがたきむねの侍る。

今ゆ参りなむ。

明日なむはやくかへりきてかのもちいひはたうぶべし」といひざま、とゞむるをもいらはで、足結など笠などいひさわぎて、いやどもあら/\しくきこえおきて出るを、主は腹あしくして、よき物ぐるひにぞとおもへるさましたり。

日もかたぶくに、足としくして其うまやを出つゝ、道を左りにとりて秩父のかたにむかひてゆくに、よく馴たれど、細き道を入もて、ゆくかたの幾つにもわかれて、尾花かるかやなどのみぞおひふたがりたり。

そこをもふみわけて、今は一里あまりも来つらむとおもひて、日影をみれば、いとくらく成りて雨さへふりこべき空のけしきなるに、西北の方に見ゆる八日見山とていと高きが侍るに、黒き雲の棚引て侍る中より、又いと黒きが帯など指おろしたらむさまにみえて、ゆら/\とかの山のねかたにくだると見しが、其わたりの空は見るが中に墨をすりかけたらむばかりに成りて、先西の風ぞ吹出たる。

笠をとらるまじくするに、唯あとべに吹かへさるゝ心持して、いとあやしき嵐かな、雨やふりこなむとおもふに、あら山のうへより篠をきりかけて投おろすばかりにぞ、いと太き雨の向ふざまにふり出たる、物にも似ず。

                                                          ここは徒事にはあらじ。

龍などのするわざ也。

そが上に神鳴り出ば命も有まじきに、よしなき心迷ひに熊谷をばいでて来つることよと、今はくやしく成り侍るに、かの主、敵にも侍らず、かゝることに打むかひてゆくべきにもあらねば、かへりいきてこよひはかの主がもとにやどらむとおもひて、来し道に立かへり侍るに、又々心走りして、熊谷にはいくまじくおもふに、今朝おもひ立て出ぬる事どもよりおもひめぐらして、たとへ行先にてからきめみむことのはべらむも、かへりてあしきめみむにはまさらむ。

もとよりゆくべきとてぞ出ては来つれ、唯心を一つにして行にはしかじとおもひ定めて、立もどりて行方にむかひたれば、かの西の方より吹風の、雨交じりに吹おこして、蓑なども身に添はず。

笠は手にもたるを、吹とられて頭よりぬれとほりぬるうへに、夜に入ぬれば道も岡もみえわかで、只早川の瀬を踏なす所をわたりて行程に、かすかに火の影のみゆるぞ、かのおもひ立て来つる高原とふ所なり。

いとうれしくて、しるべしりぬれば、小高き山にかゝりて寺の侍る方にむかひて行に、からうして着きぬ。

門を打たゝけど、雨風のとよみにまぎれて、打いらふる声も聞えず。

猶どゝとうてば、ゆばりに出つる男にやあらむ、漸々に聞つけて、「たそ」といふ。

「常にまいり来るものなり。

雨にいたくぬれて侍るに、門をはやくひらきてよ」といふに、聞しりたるさまにて、

「此雨風に物ごのみの旅人や」といひつゝひらきて、是もいたくぬるれば逃入りぬ。

此山の主は老法師にて、さとり立たる人なれば、うはべにも物のたまはず、「若(ワカ)う人(ド)いかに寒くおはさむ。

薪折(タキゞヲリ)くべてあたり給へ。

けしからぬ夜道をばしたまひつる事よ」とて笑ひ給ふ。

「今かくぬれとほりて参りし事は、今朝より心迷ひの事侍りてなむ、いづこにもとゞまり侍らで此みてらまでは参りつきぬ」といへば、主聞(キ)こして、「さるまよひどもは有事ながら、その中には神仏のひき給ひて、あやうき境をものがれ出ることのはべるものを。

かく雨風のさわぐ夜には、かならずあやしき事も出くる物なれば、神仏の手を引(ヒキ)て爰迄はすくひとり給ふならむ。

さこそいへ、今夜此所にことあらむを、そこの命のきはみにて、世をはたしにやおはしたるにかも侍らむ。

といふもかくいふも、皆ゆゑよし有事なれば、身をば心がつかふぞよろしき。

身につかはるゝ心は女などこそあれ、男のうへにはなき事ぞ」とのたまふ。

さて此主は六十余六つ七つばかりのよはひにおはしける。

又姉にておはす老女の、百(モゝ)たらずのよはひに老かたぶきて、髪はおろしたれど、心も常ならず、猫またなどいふ化物(バケモノ)の入かはりて有とふさまにて、声なども人なみならずうちかれて、泣うめく時などは実に鼠どものかしこむべきこはつき也。

眼皮(マカハ)は落(オチ)くぼみ、手足は細(ホソ)くなりて、おどろのしら髪をうちかゞふりたるに、或時ははへありきて物などつかみくらふ事などすなるに、見る人かしこみいめば、今は囚(ヒトヤ)だつ家を二(フタ)さやに作りかまへておしこめたるが、今夜はことになきいさちて、うめきとよむこゑのけしからずきこゆるに、主もくるしくおぼして、「衣などあぶりほし給はゞ、方丈にきたりてしづかに物がたりしたまへ。

いとさびしき折に、よき人得たり」とて入りざまに、「そこは人すくなゝり。

火のあやまちや侍らむ。

もえさしたるはねもごろにけちてよ」となど有に、「雨こそふれ、風のはげしきに、かゝる物のおこたりはよからぬ事ぞ」とて、水などそゝぎかけて、薪(タキゞ)どもの火つきて有かぎり皆よくうちけちて、物などもたうべしかば、湯のわきてあなる鍋(ナベ)ひとつをばもちて方丈に参りて、しばし有間に、子のかしらにも侍らむ、ひときはあらき風のどゝと吹出て、三わたりばかり吹とほるとおぼえしに、くりやの西のひさしに立そひたる大きなる椙(スギ)のひし/\と鳴わたりて、先三本(マヅミモト)までたふれかゝりつるほどに、地震(ナイフル)音にて、柱も〓(ウツバリ)も打ゆがみて、屋根は落かゝりたれば、かの囚(ヒトヤ)だちたる所よりいとかしこき声して、「我をうち殺すよ。

人やなきか。

唯今死ぬる也」とさけぶぞ、先けしからず侍るに、下屋にふしたる男の、起出むとすれども、是も打つぶされて出まどふならむ、「おひ/\」とこたへながら出来ず。

此方よりは、渡殿(ワタドノ)の屋根の柱ながら打たふたれば、いきまどひて有に、仏を居(スヱ)おき奉るかたの堂の屋根は吹放たれて、雨の吹かゝる音は〓なす鳴りひゞくに、行かむとすれども油傘(アブラガサ)もさしあへず。

風は横ざまに吹入て、方丈の壁(カベ)はあるかぎりくえ落て、燈(トモシビ)も皆消(キエ)つ。

とにもかくにも立さわぐのみにて、人も我もせむすべなきに、ふもとの方より男女の声にて、こともわからねど唯さけびのゝしりてかけのぼる音す。

こは川水のあふれ入りたるをのがれて、此寺に逃のぼるならむとて、「続松(ツイマツ)」などいへど、火とては燧(キリ)出さむ方便(テダテ)も侍らず。

今はいかにならむずるさわぎにぞといひをるに、大かたにわめきのぼりて、「御寺の主やおはする。

唯今此世は海となりて、地(ツチ)の底(ソコ)に落いりにき。

まだ此山の残りて侍るに、いき残りて侍る者はかく逃のぼりてさぶらふ。

かゝる間にも汐の立みちて、こゝも海のそきべにまぎれ入りさむらはむ。

さるにても露の間の命はのがれ侍らめ。

先足倉(アグラ)を作りて、堂の上にはひのぼりて侍らば、いかに深き海となるともしばしはのがれまし。

いざ足倉(アグラ)をせよ」とてさわげど、いとくらきに雨風の吹やまねば、何せむともなし。

そが中に親を呼(ヨビ)子を呼(ヨビ)、兄よ弟よなどたづねまどふ声やまず。

寺はいと高けれど、門辺(かどべ)まぢかく水のさし入たるにや、泥(どろ)の海といふものにや成りて侍る。

波の巻(まき)かへりて鳴(なり)とよむ音ぞ、いかなるありそにもたぐふべくあらず。

いかにせむ。

かゝる世のきはみも侍ればこそいひつたへ侍る也。

かくてありとも、夜明(よあけ)もてゆかば物のわいだめ侍らむに、ともかうもせむずるとて、人皆立つどひてある間(あひだ)に、たふれたる軒の下にて、あかつきを告る鶏(とり)のこゑの三声四声打あげて聞えたる。

常はさもあらぬを、かゝる時にきゝてはいとたのもしく珍らしげにて、何となく心もおちゐたり。

さるは大御神(おほんかみ)天の岩戸にこもりませし時、世の中くらかりしかば、常世の長鳴鳥(ながなきどり)をなかしめしと侍るは、かゝる時の事也けむと、いとたふとくおもひあわされ侍る。

人々も是が声をきゝてよりは力得(ちからえ)たるさまして、夜もはや明むずとて待に、東の空のやう/\しらみたるに、四方八表(よもやも)をみれば、遠き山のみはほのかにみゆれど、世は唯そこはかとなく海となりはてゝ、をちこち玉藻(たまも)なすうかみたゞよへるものゝみゆるぞ、森などの杪(うれ)にかも侍らむといふなり。

さて、明行につれて物のあらはれ出るに、麓(ふもと)の家(いへ)むらは秋の薄(すゝき)の山おろしに吹なへたるさまにて、ひし/\とふしたふれたり。

まして人気も侍らぬに、親子、妻、はらから、うからやらかも、ゆくりなく別れうせたるが、今ぞひと時に声を放ちて男ともなく泣いざつなむ、いとあはれなる。

よべまでは住さかえて侍る家の、あともなく流れうせつるも有り。

稲粟(いねあは)は八束穂(やつかほ)にふしたれて、栗柿(くりかき)はたまなす実(み)成りて侍るも、いづちもていきけむ、田も畠も渕瀬にかはり、或はかゝるべき子にはなれ、頼みおもへる夫をうしなひなど、はかなき世のありさまにおもひおどろきて、俄に髪をおろして国々を行めぐるおこなひ人となるも侍り。

或は他の国にいきてつかはれむとて泣も侍り。

かゝるめのまへなる世のさまをもみる事かなと、若き心にさへいとあはれにおもひしみける。

先人々のうゑこゞえてさむらはむをいたはり仕へむとて、大きなる鍋(なべ)にかゆを煮(に)てたうべさす。

午時(ひる)にも成れば、水はをちかたにいき広ごりて、此方は干(ひ)がたになりしに、見れば男女ともわかぬが、木のうれにかゝりて残れるかばねもあり。

をちこち残れるたまり水に、髪などはかきみだれて、「池の玉藻とみるぞかなしき」といはむも有り。

其外、石川の貝に交りて打こやせる人のなきがらはかきかぞふべくもあらぬに、よべのはかなくおどろ/\しかりしよりは、物のあらはにあはれなるさまをみるなむ、たちまさりてかなしかりける。

それが中に、物にとりつきてからき命をひろひて、ゆくりなくかへりしも有り。

或は屋根にのりてふたりみたりがのがれ帰りしなども侍れど、家も垣もなくなりにたれば、いきて世にかたゐの者と成りはてむことよなど、くれ%\といひ出てはてしなく泣も侍り。

又その中にはおもひの外なる宝(たから)をひろひて、やがて家も田畠もかひもとめて、門引ひろげむときほへるも侍り。

これらをや、定めなき世のならひとはいふならむかし。

さて、人のいふをきけば、是より下つかたの国所は、荒川などいふが刀祢(とね)川に流れあひて、こゝらの堤(つゝみ)共あるかぎりくえ落、十里(とさと)斗の間はまことに海と成りて侍り。

その中の家村よりはじめて、宮寺もおほく流れうせ、いける者は野山に住める毛物までもながらへて侍るはあらじとぞ。

此ごろ我をりし小林(をばやし)などいふあたりも大方はながれ失て、熊谷の駅も、堤のくえたりしかば、大かたは水にたゞよはされて、人も多く死つといふ。

しかは我かくまいり来しは、命をのがれむとてなりけるとおもふに、いとたふとかりける。

其後は唯かゝるいま/\しきさわぎのみ、人々のいひのゝしりしかど、書のすべき事にも侍らず。

其中にさるべくおぼえしは、刀祢の川畔(かはべた)に侍る寺の門に、力士(りきし)の形(かた)をいと赤く塗(ぬり)立て作りいれて侍るを、岸のくえ落たるに、寺も崩(くづ)れて川中にながれ出たりしに、かの力士(りきし)は波にたゞよはされて、或時は立あがり、或時は打あふのきなどするが、日の影にてりかがよひて、眼などもことの外ににらまへたれば、

「鬼こそあれ。

山にこもりたるが今唯今流れ来て、岸にはひあがらばいたく人をやくはむず。

からきめをみてよべの水をばのがれたりしに、又かかる鬼にあひて命はうしなふらむ。

あな/\」とて逃げまどひけるよし也。

  伊与の国より長崎にくだる舟路を云条

みな月はじめより、伊与の松山にくだりて侍りしに、かねては長崎に住人といひちぎらひて侍るに、くだらむとおもひて、文月の末同じ国三つの浜といふより舟出したるに、風の心よからずとて、ちかきわたりなるみたらひといふみなとに舟はてて、ひと日ふた日をるに、くだるべき風吹かず。

そが間に、「此方にやどりしてよ」などいふ人の侍るに、舟を打ちあがりて、葉月も十日まりはそこになむ居ける。

さて十六日のあかつき、よき風の吹出しとて、舟人立さわぎて、その湊を漕離れたり。

斎の灘といふはいと広き所にて、漕入れむみなとも見えず。

右の方は吉備の山、安芸の浦辺ぞかすかに其かたにかとうちみゆるに、左りは土佐の山也といふより外は、海原には塵斗の物もみえず。

「いづこをさして追ふぞ」といへば、「西のかたに雲のごともみゆるあたりは、上の関といふ所也。

此波風のそのあたりまで平らかにあらばいとよけむ」といふ也。

秋の事なれば風よくすすみぬれど、海路の遠きにや、日は波の中にいりて暮ぬ。

潮もかなひたればおそろしげもなけれど、夜になりゆくぞ心細くおぼゆるに、東の海ぞうちしらみて、月のいとあかくさしのぼるなむ又なくうれし。

真砂を盛上たらむばかりの磯山ぞここら見えくるに、松のいと青く立さかえたるまでも、月の光りにはくまなかりける。

さはかの湊もちかきにやとおもひて、「ここは」と問へば、「かの雲のさまにみえつる上の関ぞ」といふ。

「今夜はここにはてむや」といへば、「かかる波風のすすむにおはずは、いつかは行かたにつかむ。

いとおもしろきみなとなれど、直にこぎ通るぞ」とて、帆はすこし巻おろして、山に添ひて追ひ行。

こは心なげなれど、舟の上しづまりたると、空のいと清きと、風の心のよきに、ことわりにも侍るかなとおもひて、苫の中よりみれば、いとにぎびたる所にて、ものうる舟どもも漕ありき、湯艚しかまへたる舟などもこぎ来て、「浴せむや」など呼ありくもいと珍らか也。

家並しける磯輪には、多くの船どももかしふりたてて、火焼きて物煮るも侍れば、うたうたひてつどひたるも侍り。

糸を引笛を吹などして、月の清きを打見て、おもふ事もなくてはてたる舟どもをみれば、かかるやどりはせで、又そこともしらず追行らむとおもへど、言に出ばこたびはこらされむとおもひて、船の事は心得顔にして、「今夜の波風に追はざる舟人は、ここの遊行女婦どもにやほだされたるならむ」などいへば、「しかこそさむらへ」といらへて、山もさかり行ば、又帆を巻上て、周防の灘といふにおし出したり。

ここは猶いとひろくて、月にはみえわたらふ近山もなし。

かかる海原にて清き月夜をただにみむやとおもひて、哥どもあまたひねり出しては侍りしが、かいのすべき口つきにも侍らず。

又唯今よみくはへむ事にも侍らず。

  海原は舟こそ月のくまにぞありけれ

となむよみつるさまにもおぼえし。

これまでには大かたの月をもめでしかど、いささけのさはりは侍る物を、久かたの天にのぼりてみる月はかくこそくまもなからめど、人の世の中にて又かかる月をば見むや。

さてめで明さむとおもひて、心つよく苫おし上げたるに、あかつきがたになりやしぬらむ、ちどりなどの鳴つれて行に、はだ寒くおぼえしかば、引入てをるに、心たがひていねつ。

しばしねつとおもふに、かこどもの、「見えくるぞ。

いそがせよ」と打きほふ声の枕上にひゞくに、「何の見ゆる也」といへば、「下の関の山ぞそこにはみゆる也」と云。

「いでみむ。

いづら。

」とゝへば、「西の方にあけぼのゝ雲にまがひていと青きぞそれなる」。

「道はいかばかりに」ととへば、「海のうへにても八里まりは侍らむず。

此風よければ、唯今の間にそこにはつきなむ。

朝食まいれ。

魚をうる舟どもの彼方には漕来。

旅人は銭こそもたらめ。

かれもとめて我々にたうべさせよ。

酒は此方にもたり。

およそ昨日より土踏て参り給はゞ、安芸の国より長門の国までは百里あまりなれば、沓代ばかりもいかばかりか致され給はむ。

そがうへに日は十日斗を歴て、からきめを見ておはしつきなむ。

さるを月を見て、何やらむおもしろげにし、苫かゞふりてあたゝかにいねて、こともなくおはしたるならずや。

彼見給へ。

空をわたる鴈がねだもくるしげに鳴つれては行也。

今行先には早鞆の瀬とて、いとおそろしき汐合のさむらふが、平家の公達、軍にうちまけて海には」といひさしたり。

「海にはいかにしたまひつるぞ」と問へば、哥うたひ出てかいまぎらしつゝ、「此海はいとあらき神のおはします。

舟にては忌言葉どものおほくあ也。

口とくいひすべらせ給ふな」ゝど、何ともいひ出ぬおのれをばいたく〓こらして、唯「魚をかへ。

酒のみてほぎ事せむ」といふに、銭をなげ出したれば、帆をゆるめて舟はたゞよはしながら、かの魚舟を呼立て、「魚は何にか」といへば、釣人にやあらむ、「唯今釣得てさむらふを」とて、三尺ばかりなる〓の、口は袋を打ひらきたるさましたるを、物にひきかけて指上たり。

先是をば銭の数三十まり四つ五つになむかへつ。

「外には何か有る。

」といふに、蛸壷といふものにいりゐていけどられしとふ蛸の、走りありくをとらへ、「是は老法師なり」とて見す。

足などは藤の花打しなへたるさまにて、もたる人の手にまつはれつき、眼は深く光りて、いとにくげにこなたをばにらまへたり。

「こはよからず。

ほりせず」といへば、「いでや、老法師はこなたにていたさむ」とて、かこどもは米にとりかけて、「いざ」とてとらへ引ども、此方の舟にはのらじとて、足は舟ばりにうちかけなどしてかいはなれず。

「こはむかし物がたりに鬼界が嶋の事を書し所にぞ、かゝる老法師のさわぎは侍るを」といへども、舟人はきゝしらず。

つま木にやあるらむ、竃の下よりいとふときをとうでゝ、あらけなくうてば、さすがにしほ/\として此方の舟にはとられにけり。

是をば物の底にうち入て、先かの〓をなむもち出て、とからぬ太刀にかけて切さいなむ。

さる間に火を吹おこして、醤に酒などうちあはせて、事もなくうち入て煮つ。

さて「三里ばかり追はむ道を、よしなきさわぎにおこたりつる」などいひちらして、又帆を巻上たるに、朝風のきほひにぞいととくすゝみ行。

さる間に、かの煮つるをば、赤く塗たる笥のくひちぎれたるさましたるに、魚のみをいとたかく盛て、いひにかてゝ食はす。

折からにや侍らむ、火々出見命の海龍神の聟に成りまして、くさ%\のみあへものめし給ひしも是にはとおぼえて、数よみてうちくふ。

さて行に、「かの早鞆の瀬戸也」といひて、かこども打しづまり、かしこきつらつきしてはへありき、米をば船の舳にもち出てうちまく。

是は海の神をなぐさめ奉る事とぞ。

こゝはうちせまりたる水戸なれば、渦潮たかく巻かへりて、此方彼方の岸べには、岩むらこゞしく立かさなりたるに、これにいふれむ舟どもは、鉄をもて作りたらむもたもつべうはみえず。

さればこそかしこむ也けれ。

右の岸べには住吉の神社ぞ立ませる。

左には早鞆の神社ぞおはします。

今も和布刈の御祭とて侍るが、昔にかはらず侍るとなむ。

さて此瀬戸は、百済の海の汐先と皇朝の海の汐先とながれ合ふきはみとて、爰をわたる舟どもの、ようせでは打かへす事どもの侍るよしなり。

十まり七日の酉の時ばかり、平らかにて赤間(あかま)につく。

こゝには二日ばかりとゞまりて、しるべすべき人をやとひ、五十(いそ)まり有とふ道をば、廿日まり六日といふに長崎に行足(た)らはしぬ。

これらの道行ぶりも侍りしかど、しるさず。

        ひともと薄の事をいふ条

大和国(やまとのくに)に秋の比居りて、奈良にいきかよふなへに、石(いそ)の上(かみ)といふ所を通(とほ)りて、そこにあなる石上寺といふに立いりてみれば、爰はくさ%\いひ立る哥物語の上(うえ)もはべらむに、旅人にみするとて、堂(どう)の後に古井の侍るを、これは業平朝臣のおぐなにておはしけるとき、「筒(つヽ)井づゝ井づゝにかけし」とよみ給へる井のもと也といひ立たり。

又かたはらにひともとのすゝきをうゑおきて、是は井筒とふ謡物に「ひともと薄の穂に出るもいつの名残りなりけむ」とある跡也とてみす。

世にはこゝのみならず、かなたこなたはかなき事をいひ立て、古き跡とて人に見する所々は侍るものなれど、ひともと薄といひならして、此大和にして人に見せば、八千鉾(やちほこ)の神のみうたに、「ひともと薄うなかぶし(*頚頗傾)」とよみ給へる古き跡也といはゞ、心有る人はめで侍らむ。

ことに此御神は、言知主命(ことしろぬしのみこと)をはじめ、美子達(みこたち)ゐてまして、大和の国にまうのぼり給ひて、御哥よみし給ひしことは、古き記(ふみ)に見え侍る。

その中に大和のひともと薄とよみ給へる句(つがひ)の侍なれば、こゝにてあなりといはむはうべならずや。

又その謡物に、いつの名残(なごり)成けむ、と作りしも、かゝる事を(*)おもひえていひしならむともおぼゆ。

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折々草  冬の部

        若狭の国の老女を云条(くだり)

若狭の国三方(みかた)郡早瀬(はやせ)といふ所に、いと貧(まずし)くして住む女の、名は糸(いと)といふが、舅(しうと)の翁(おぢ)につかへ侍りし事のまめだちたるぞ、ためしなきみさほに侍るなり。

此をみな、十(とほ)まり四(よつ)の年(とし)より他(ひと)の家(いへ)に入りて、いとむつかしきふたりの舅を、其愛子(めづこ)なすいたはり(*)かしづきて、手童(たわらは)なす馴(なし)むつびけるほどに、おのづから隣(めぐき)ものにおもひ成にけり。

さて姑(しうとめ)は死(しに)て、翁ひとりになりて後は、いかによすがなくおはすらむとおもひて、ことさらに心を加(くは)へてつかへけるに、翁は七十年(なヽそぢ)ばかりにて、世にいふ老病(おいやみ)などいふけにや、心も愚(おろ)かになりて、いはけなき子のごとく泣いさち、朝夕のたうべものなどは時ならぬものを好(このみ)出して、せむすべきなきことあまた度(たび)なれど、すこしも其翁(おぢ)の言(こと)にたがはずとり作りてまゐらせける。

冬のほどなるに、風吹あれ雨うちしぐれて海のうへもいとあらく、漁夫(いさりを)どもゝ業(なり)をおこたりて、いとかなしくおもひ居(をり)ける比、比翁(おぢ)「真魚(まな)のいとよきをたうべむ」といひ出しけるに、七日斗も日しけて侍るに、真魚(まな)とてはこれらの海辺(うみべ)にはいづべにいきて得むかたもあらず。

さはとてなしともあらずともいはむすべなければ、天地(あめつち)の神にこひのみ、いかにもして真魚をば得てしがなといのりけるに、しるしもあらず。

さまれ海畔(うなべた)を立ありきて見むに、波にうちよせられて侍るなどもなからましやとおもひつきぬれば、いと寒き朝風にふかれて、かゆきかくゆき見けれど、さるものも得はべらず。

「こは我心のきたなく侍るによりて、神の申ことをきこしめさぬ也。

今はせむすべなければ、いかにも翁をいひなぐさめて、そらのけしき海の心のなほり給はむまでは、ともかうも物つくりてまいらせむ」

とおもひしかば、泣々家にかへれば、翁はのりさけびて、「真魚くはむ/\」とぞ泣居ける。

此をみな、かきさすりて、「唯今漁夫どもが舟どもおほくしたてゝ釣りに出て侍れば、此夕なぎにのりては、さはに得てかへりなむ。

時もうつりぬるに、朝食は心よく参りてまたせ給へ。

良き物作りおきてさむらふ」とて、ほし魚などよきさまにつくりてすゝめければ、「さらば夕食にはたがはで真魚たうべさせよ」とて、朝食はくひたり。

いとうれしくおもひて、「衣のいたくひりかけなどしてぬれひぢて侍るを、今の間に洗ひてあぶりほしてきせ参らせむ。

是めせ」とて、ときほどきて侍るものをきかへさせ、かのくさき衣をももちいでゝ、石井の侍るにいきて、そゝぎあらはむとおもひていたちて侍るに、鳶のかけり来て、何にかあらむめのまへにとりおとしたるに、魚のいまだいきてあるがをどりめぐるなり。

いとうれしくてとらへてみれば、二尺ばかりなる鰤子とふ魚也ける。

唯ゆめのさまにおもひなりて、先そをもち来て煮もし焼きもして参らせければ、翁はかぎりなくよろこぼひてけり。

そも/\此をみなの翁につかへて侍りけるまめ心の深きに、神々のめでさせたまふとおもふさまの事のくさ/\くしき事の侍る中にも、此ことをもはらに人いひながしけるほどに、終には国の守きこしめして、いとあつうくかづけものたばひていたはり給ふ。

猶翁が天路しらしてのちも、おひてつかふまつるこゝろはいける時にまさりて、ねもごろに聞えける。

この女は今四十年ばかりに成りて、其所に住みて侍るとなむ。

        雪降国のありさまを云条

みちのくの道の後にいきて、み冬つぎ春さる此まで居たりし事の侍り。

春夏のさまは、越の国の旅行せし条にかいつけはべる。

又こゝに秋のけはいよりはじめてかいしるせるは、文月の末になむなりゆくに、野わきの風おどろ/\しく吹出て、みるが中に稲どもはあからみ行に、虫はこほろぎなどのみ有るが、これらも細声に鳴よわりて、土にも石などにも隠れうせぬる。

茄子、さゝげ、青瓜なども、はやかれに枯まさりて、日にけにいとかなしく、細く小さきのみなり残りて侍る也。

此月さへさるを、まして葉月ばかりは、草葉もはかなげにいろづき、森の梢もみづるなへに、鴈がねいと寒く鳴てわたれば、尾花吹みだれたる川のべには、水蓼などいふ草のうす紅にてあはれげに咲残りたる。

是をはむとて鴈どもの下り居るに、真鴨、刀鴨、鴫などもこ真を住所とかまへて、をちこち立走りて遊び居なり。

さるも雪降らぬ国にわたらむとてこそ、是らの国国を飛こゆるなれ。

かくてぞ二日三日ばかりはとゞまるさまにて、又たかき空にとびあがりて、南の国をさしてわたり行ほどに、此月の末には、さるおもしろき鳥どもは住ず。

池めく沼などには、〓〓にほどりといふ鴨は翼のなき鳥なれば、空よりかけらむ事もかなはず、いとさびしげにとゞまり居て、唯水を頼みにかいくゞりて人にもかくるるを、猟夫どもには心やすくとられてけり。

又鮭といふうをは、子は海にいりて、おとなになれば川をさしてのぼり来るに、簗をうたれて川をさへられたるに、そこまでは来て網にかゝりてとらるゝぞ多かる。

さる網代人のあひしりて侍るが、「彼とらむを来て見よ。

いかばかりもたうべさせむ」といふに、友どちひとりふたりして、夜のことなればいと寒からむにと衣ども多くきこめて、川のべにつくりかまへたる小屋にいきて、やどりて見しに、かの草も枯れはてゝ見所もなき川のべに、しもとおしまげて、かや、尾花など刈ふきたるに入ゐて、かはる/\、網代うちたるうへに作りたる小屋の侍るに、ひとりづゝ守り居て、四手(よつで)といふ網(あみ)を引おろし、かの鮭(さけ)ののぼり入らむを待をる也。

いかに寒からむとおもへど、「これとらむとて待(まち)をるほどに、寒さもおぼえず」といふ。

おのれらはかの川のべのかりほに入ゐて、先火を焼てその得物(さち)を待に、「得たり」とて人を呼べば、走りゆきていと大きなるをとらへてもて来。

さるをひた切にきりて、さまもなく煮やきてくはすぞ珍らかなる。

さて後はせむすべなく、火たくかたへに打なびきて、いねむとすれども、火にむかひたる方はあたゝかにて、そむきたるかたはいと寒し。

さるかりほなれば、あかつきちかく成ほどに、川原風いと高く吹ならして先(まづ)かしましきに、腹のみうちこえて、肩裳(かたすそ)の寒けきをいかにかせむ。

物語ども大声にすれば、魚なむおどろくとてこらさるゝに、ひそめけばかの吹ならす音と波のひゞきにまぎれて、かたみにえきかず。

とにもかくにもなぐさめがたき旅寝にぞ侍る。

霜などのおきわたるにや、いとたえがたくおぼゆるに、さすがの猟雄(さちを)どもゝ間なくたちかはりて、かの網代(あじろ)を守(もる)ならむ。

「はや魚ものぼり来(こ)ぬは、夜明もて行なり」といふに、打しらみたるに見遣れば、遠きも近きも山々はうす雪のふりわたりたりとぞ見ゆる。

扨礼(いや)どもきこえてかへるに、いとさびしき川のべをゆけば、川ちどりは是らの国にも住(すみ)居て、「川風寒みちどりなくなり」などよめるさまは侍るなりけり。

長月にもなれば、菊などはうつろひて、唯しぐれの雨のみぞ時なく降る。

熟柿(うみがき)はいとうまくて有れど、時しもの寒きに、もてはやすべくもおぼえず。

野良をみれば、土大根(つちおほね)を引て土(つち)をうがちて、是が中にたくはへ侍る也。

さなければ氷りつきてたうべがたしといふ。

しかすがに、小春とふ空の少しのどやかにて侍るに、男どもゝ立つどひて、雪がきとふものをぞする。

是はいよすをあみていくへも/\うちかさねて、家とふいへを打かこみて軒深くしおき、それが下を人のいきかよふばかりにしおく也。

いかなればかくするとおもふに、屋の上につもる雪をかき落(おと)して侍るが軒より高くなるほどに、人いきかよふべくもあらずなれば、かくして冬の中(うち)のかまへすなりとぞ。

又庭のべに生たる木などの高からぬは、雪のしたにうもらさじと、いたく物にかこみて雪にあてじとす。

もとよりよき柿(かき)、柘榴(ざくろ)ざまのもの、まして橘のたぐひは、夢にだもみぬ国なれば、めづらかならぬ松、臣(をみ)の木などをことわりなくつくりゆがめて、是を見物(みもの)とする故に、かく玉のごとももてはやすらむ。

雪に逢ひて枯(かれ)ばいかばかりの物かは。

さて長月廿日ばかりになれば、けふもしぐれけふもしけなどいふがまに/\、雪いたく降来て、かの雪垣ぞ所得たる。

さるかまへしたれば、家の内には雪も飛入らず。

三尺四尺(みさかよさか)と降つもりて、夜の間にもうづ高くなれば、人みな屋のうへにのぼりて、かいしきとふ物をもてかきおとすほどに、大路も庭のべもひたうもれにうもれたれば、往(いき)来もたゆべくおもふに、かの軒の下をばわたどのめく通ひ所として、いかにもゆきかふなり。

さる時に成りては、犬こそ打よろこぼひて走りありけ、馬などはうまやに引こめられて、麒麟(きりん)などいふ毛ものゝ老においたるさまして、より所なげにつながれ居る。

庭(には)つ鳥は棟(むなぎ)に飛あがりて、足のみを毛衣につゝみをれど、しかすがにうえておも/\しく飛くだりて、うまやに立ありければ、「かれが糞(くそ)まりぞ馬にはよからぬ也」とて、そこをおひ出されて住所なげに、後は家の内にあゆみ来るをば、「そや/\」としば/\おひさけられて、けうとき声して鳴とよむが、昼狐(ひるきつね)にきかれてねらはれたるにや、夜に入てはゆくりなくまぎれうする事などの侍り。

さるをば、うまやなる奴(やっこ)が取(とり)くらひたるとて、家の若子(わくご)にいたくこらされて、「おのれ狐(きつ)のしたるを、罪おひたる。

くちをし」とて、彼(かれ)をうちころさむなどしかまへて待をば、又昼(ひる)狐にしられて、夜の雪のいと深くつもる折に色よき女などに化(ばけ)て、かのころさむといひし奴をばゐて出て、池の氷をふみわらせ、雪の山を越させなどして、はては高き岸よりつきおとして、かへりて打殺して侍るをば、雪国には吹雪倒となづけて、かゝる死をする人はこゝらある事也とておどろかず。

又友がきつどひて夜などあそびありくなむいとくるしき。

先頭をばいたくつゝみて、やう/\眼のみはかきふたがず、足には藁もて作れる沓をはきて、かの軒の下をこなたかなたつたひゆけども、橋などこえむず所、或は武士たちの家なめたるあたりは、さるわたどのめく所もあらねば、大路の中にいと細き道の踏かためてあるが一筋侍るを、はかまは雪にすりあてゝ行ば、かなたよりも其細道を、爰をば踏たがへじと来るに、いきあひてかたみによけむとはすれど、たちまち深き雪の中にうもれ入れば、いとくるしくおもひて、身をひとへに打ひらきてかたみに行過る。

さて参る門にいたれば、主方より門ひらかむとすれど、今のまに雪の降かさなりて、押どもうてどもあかず。

「しばしまたせ給へ」などいひて内にいりて、いとあつく煮かへりたる湯を桶などにたゝはしもてきて、門のしきみに打そゝげば、雪も氷も一時に消てさとひらきたるに、「こはむつかしくおはさむに、御心深く物し給ふかな」などいや聞えたる、実にたぐひなきいや也。

是らのさまも異国には聞も乃ばぬ事にてあなるを、夜は物のくまもわかねばさもおぼえず。

昼なむ鉾などもたせたる人の行かふに、先のりたる物ぞいとめづらかなる。

こは雪車といふ物にて、箱など見る斗に作りたる下には、樫の細枝をば先のかたを竹の箆などのさまに削て、よくすべりゆくものにしかまへ、其上に侍る居所に入居てひかれ行ぞ男々しからね。

唐絵の巻物などには、夏の代の王のあふれ出たる水ををさめ給ふかたには、かゝる物に打のりて引かれありくかたなどこそ侍れ。

さてある間に、としもくるゝとて春のまうけすなる。

こも又はかなく珍らかなる。

世にいせ海老などいふものなければ、京がたよりくだる舟の便にもていきたるをば、「遠つ祖より持つたへて侍る」などいひて、髭も足もうちをれたるをば、箱よりとうでゝ、かゞみもちいひにそなへて、いとたふとき物とかざり立たる、先珍らかなる。

橘のたぐひは下ざまのそなへにはかざるべき物にもあらねば、たま/\ひとつえたるなどは、ちいろの波間よりとりえたる玉などのさまにもてはやしてかざりつけたり。

さて松竹しわたすには門べの雪をほりうがち、いかにも大きなる松はもて来て立れど、竹の侍らぬ国なれば野竹とて侍るしのをとりくはへ、しめなは引はへつゝ、「かくしわたしては春の心持なむし侍る」とて、のどやかなるかほして立ふるまふに、其夜又いたくふりかさなりて、松竹もたふれ、しめ縄も引きれなどするを、常ある事なれば、いとあしき祥などにもせず。

唯春になむなりては、いと/\けしきかはりたり。

霞もたなびきて侍るなどいふは、雪ふらむとて立来る雲にぞありける。

  太刀かきのわざを試むる人に伴ひていきし条

武蔵の事なりといひし。

太刀かきのわざをよくする人ありて、あまたの徒ども侍りけり。

鎌倉にすむなる男、物ごのみにて是が徒と成り、其わざを学びきはめて、天が下に名ぐはしき男とならむと、心を振おこしてつとめけるほどに、おほよその伝へごとも終りて、おのれもおもひあがりし比、かの大人其男をかたへにまねきて、「汝がわざおふな/\心得てみえ侍るに、いとたのもしく侍れ。

おのれ是まで真太刀をもて生る人に立合ひ、太刀かきして我わざを試しこと折々侍るに、かしこくおもひつる人にはいまだいきあひ侍らず。

此比人のかたるをきくに、洲先といふわたりを夜などゆけば、あやしき人の立出て、ことわりなく人を切殺すなどきくに、さる者ぞ心得て侍らむ。

おのれ今夜夜ごもりに其わたりをいきかよひて、さるえせ者を待べし。

そこをあともひ参せむ間、真太刀もてかき合ひて、直にはだゝちせむずるわざをもまのあたり見ならひて、後の心得にしおき給へ」など、ねもころに聞え給へば、其男打よろこびて、「さる御心ゆるびにあひ参らするは、御徒にしてはいかばかりのほい也。

こよひしかるべし。

御供つかふまつりて、おのれも御太刀の跡をひとたちふた太刀試み侍らむ」といそひ立て申すに、大人も落居たる顔して、「さらばさる心がまへしおき給へ」とて、暮るを待に、神無月成りしかばしぐれの雨の時も落ず降を、「いよゝ物しづかなり。

外に往かよふ人もあらじ」などさゝやきて、やどりをいでゝ行に、深川といふあたりを過て、酉の時ばかりならむとおぼゆるに、洲先といふかたにむかひて細き道を行ば、雨のふりしくにや、いきかよふ人もなし。

此わたりは芦のみ高く生ふたがりて、とかくに行わかるゝ道もなく、唯一筋にて侍るを、南にむかひて行所にてみれば、枯たちたる芦間より、続松にやああらむ、ふりさげたる火の光ほのかにして、此方ざまに来るとぞ見ゆ。

扨きけば、心よげに声をふり出て哥うたひて来る也。

「今夜人もなきに、おのれひとりがほにかゝるさびしき道をあゆみくるは、かの人のいふそれならめ。

こゝに侍居てきりかけむずる。

汝は此芦間にかくれてありさまを見よ」とて、沓などぬぎ捨、裳高く巻て侍に、むかふざまに来る人はかくともしらでいきかゝりけるを、かの大人長き太刀をぬきて、先続松を切りおとしぬるに、其人「心得てあり」といひて、是もいと光るものをぬき出して、かたみに太刀をかきす。

しばし打合せたりと見しに、いづれにかあらむ、後ぎまに逃出てそこともなく走りゆけば、しひてもあはず。

「おのれえせ者かな。

さるかひなきわざをもておのれに太刀あはさむとは、いとおぞし。

此わたりにやかくれ居て侍らむ」とて、いと長くみゆる太刀をもて芦原を切りなみ、とにかくにたづねありくさまするに、いとあやうければ、此方は芦深く立しぞきてかくれ居る間に、「をしき事したり」といひて又もとの道に出て、油傘などひろひとりて、「こはくらき夜にぞ」などいひつゝうたうたひ出て、北ざまに行過ぬ。

さるは逃走りたるは吾大人にあまひてやおら芦間をはひ出て、いづこにかと見遣るに、大人は物かげよりあゆみよりて、「彼がわざはるかに我にまさりぬ。

今しばしうちあはゞ、我葉着られて死なむ。

からきめ見つるかな」といひざま、其男をとらへて、「ことわりなくおぼさむが、そこの命は唯今にせまりぬ。

我今汝が命をうしなふべし。

世に聞えおかまほしくする事はつゝみなくきこえ給へ」というに、男おどろきて、「吾大人吾うし、何ごとをかのたまふ。

おのれ命を参らすべき故なし」といへば、「さるはことわりなしと申せしは是也。

おのれは太刀かきのわざを人につたへて、いくたの月日をか恥らひもせず、又あやまちもなくて、名をば天が下にたゝへられて侍るに、今夜此所にて人と太刀かきし、打まけて逃たりといはれ侍らば、いくるかひも侍らじ。

今夜かゝるさまの侍りしことを、まのあたり見たまふはそこひとりのみ也。

物うたがひふかくすとなおぼしそ。

藤戸のわたりにて佐々木の四良が浦人を切殺して侍るも、おのれが名を惜ての故也。

こよひのありさまは、又其藤戸の瀬踏にはまさりて我恥しのびがたし。

よてそこをころして長く落居むとおもふ斗也。

かくいひ出てはそのまゝにとゞまりがたし。

立合て太刀かきしたまはむや。

直に頭をたれて我にたまはらむや」と、太刀をばぬきもたり。

所は人気もはなれたり。

逃走らむ道もあらねば、其男せむすべなしかと聞えて、「吾大人、いと/\ことわれなり。

人のまさかをもらさじとする事をきゝて自頭を切はなちて死ける大人は異国のえみす也。

我は神ます国の武家也。

何かことわりをきゝてかしこみ侍らむ。

今唯今吾大人に命は奉るべし。

こゝに一言聞えまほしきことの侍るを、大人聞えてたうふべしや」といへば、大人涙をのごひて、「いと/\清き心也。

何事もうけ給はらむ」といふに、其男面を正しくして、「今事にあたればこそ命はいとかろしと申せ、是は唯世のことわりにせまりていふ也。

またさる筋もゆるべておもへば、命にまさるおもき物やは侍らむ。

我又其おもきかたにつきてきこえたてまつらむ。

凡人の世に志を合て交らふは友也。

志をゆるべて交らふは兄弟也。

志を加へて交らふはいもと夫也。

志を忘れて交らふは親と子也。

志をきそひて交らふは大人と徒也。

今吾命をめさむ、我又命を奉らむとする、是其きそひにて侍らずや。

こゝに此きそひをとゞめて、志を忘れて交らひたまはる御心あらば、吾すでに大人の子なれば、吾父の恥を世にもらすべきや。

人としてかたらふべきや。

さるは命をかろしとせず。

いともおもしくして天地の神のみ心をもよろこばせ奉らむとおもふ也。

我又吾命こよひにつきぬとおもはゞ、御心をもていき出て侍る礼の報ひには、いかばかりの御つかへも仕らむ。

よく聞したうべよ」といふに、大人いとよく聞えて、「我わくらばに子なければ、今ゆ志を忘れて相ともにむつび侍らむ。

よし/\しくものたまひけるかな」と打よろこびて、其後のとしをも久しくかさねて終りけりとぞ。

さて其事は、其大人のしたしき友がきのありて、ともに老なみて侍りけるに、かゝりし事が親子のはしと成りて侍るとてかたりしとなむ。

          連哥よむを聞て狸の笑らひしをいふ条

世に化物のいでつるなどいふこそ、彼も是も人の物がたるを耳づてにいへど、みづから其化物にあひつるといふものがたりは必ずなき事なり。

物に書付て侍る事も、おのれかゝる物を見しとて書しはなし。

さてもあればこそ世にはいへ。

こゝにみずから三人四たりまで居あはせて、其化物を見つるといふことを、彼らが物がたりしけるを聞し。

こはむさしの国の事也。

秩父の郡鉢形といふ所は、古き大城の跡にて、今は民どもの住て家対立さかえたけれど、古き堀のあと、築土などのあとも残りて侍るに、おのずから狐狸ざまのものも住つきて侍るが多しといふ。

さて、しはす斗或寺に人々つどひて、夜ごもりに連哥よみて遊び居けるに、そが友の中に口おそき男の侍りて、おのれがつぐべききはにあたればつら/\かうがへいりて、めぐりのおそく成るに、おのづから夜も更けわたりて、ゐなかなればあるじぶりかやくとりつくろふ事もせず。

灯の影もうすく成り、おこし炭も大かたに消て、いと寒くなりまさるに、「こよひは一折にてやまむや」といへど、「夜ごもりによむべしとてつどひたるに、朝烏の鳴てわたらむまではしぞき侍らじ」といひしこる友どちの有て、二のおもての折をよみかけて、又一めぐり二めぐりつぎゆくに、かの男の場に当りてかうがへ入けるが、「おもての見わたしよからず。

次句の意ばへいかゞ」などいひかへされ、とかくにかうがへわづらひて侍るに、口とくいひつぎてわたしける友がきは、ねむたがりて次べに立きて打ねむるもあり。

或はゆばりにたちなどして、人げもすくなく、かの火桶どもは氷なすひえかへりて、丑二つばかりにも侍らむ、夜風いと寒く吹わたる音のするに、かれが口おそくかうがへわづらひたるを笑ふにや、いづこともなく老たる声にて「はゝ」と笑ふ音す。

はじめは友がきどもの次べより笑ふなりとおもひ居しに、打かさねてしり高にとよみい出て、いと高く笑ふに、誰成りとみれども、みな打しづまり居たれば、かたみにあやしと見るに、よく聞ば火桶をうめたる板敷の下にて笑ふ成。

こはいかにとあきれて、よくきけば人にもあらぬ声なるに、「狸ならむ、狐ならむ。

何にまれ性(さが)見あらはさむ」とて、やおらよりて其火桶をぬきて見れば、いと黒き毛物の、犬ばかりなるが飛上がりて、先火をば吹けちて、仏のおはしますかたへさして走りゆきしとおぼゆるに、人皆おどろきさわぎて、俄に火をきり出し、打ころさむかまへして、つまぎざまの物をひきさげて此方(こなた)彼方(かなた)と見るに、さる物はみえず。

戸もしめかぎ(鍵)もかためたれば、いづべゆかむ所もなし。

人々かひなくて、「さまれ夜の明ば見定めむ」とて、跡をばよくさしかため、火桶などももとのごととり入れて火をてらし立て、皆一つ所につどひよりて有(ある)に、かの男は、「化物(ばけもの)に笑はれつる事のいとくやしき。

おのれ朝にならば此報(むくひ)せむ。

友がきちからをくはへてたべ」とて居に、夜も明行(あけゆけ)ばもののくま%\みえわたるを待て、又かの仏のおはすあたりをくま%\みれども、更になし。

「さは是も化(ばか)したるなめり」といひて、戸もかうしも押ひらきて侍るに、仏にそなへたる木実(このみ)は何も残らで、花がめなどは打たふれ、喰(くひ)かけたりとみゆるものは打みだれたるに、「さはこゝにかくれて侍りし物を。

今すこしもとむべきに」などいふを、仏もをかしくやおぼしけむ、頻羅果(びんらか)の唇(くちびる)を打ちひらきて、「はゝ」と大声に笑らひ出たまふに、人々よべのわらひよりは打おどろきて、魂(たま)よわき男は逃去り、つよきは打すゝみて見るに、幾度も大声にて笑ひ給へば、「何にまれ化物(ばけもの)なり。

御首(みぐし)にもせよ打扣きて見よ」とて、長き竿(さを)をとうでゝ打むとすれば、御首の螺髪(らほつ)はいと黒き毛物とかはりて、飛かけりて逃去りける。

「あはや」といふ間にいづこへかまぎれうせぬ。

内にさへ有をとめかねつるに、まして野をさして逃出ぬれば、いづこもとめむ方便もなく、寺の主をはじめ、彼にあざむかれたる事をはらあしくしたまへど、そゞろなる事なれば、その事は唯いひのゝしりて止(やみ)にき。

「さは螺髪(らほつ)に化(ばけ)て居つる。

毛の色黒かりしかば、狐にあらず、狸也けるよ」とさかしらはいへど、いたく狸がたはぶれには逢ひけるなり。

皆うちよりて其跡をかき払ふとて見れば、さかむに仏(ぼとけ)のうづの大御手にはいとくさき糞(くぞ)まりおき、御いなだきにきすめる玉はゆばりたれかけておきつるぞ、うたてにくき奴(やつ)かな。

かの笑はれたる男は、とにかくに其事をいひたてられて、口おそき事の名ぐはしくなりしかば、みづからくやしくおもひて連哥(つらねうた)よむことはやみにけり。

是はその席に居合て狸をかりまはしたる人々のいひけるほどに、人づてのそら物がたりには侍らず。

        狐の魁儡(くゞつ)をたぶらかせし条(くだり)

是も其たぶらかされし人の物語し侍りき。

下総(しもつさ)の国九久里(くゝり)といふあたりのあがたに、魁儡(くゞつ)どもが小さき人形(ひとがた)をまはして、作り物がたりを調にかけて、三条(みくだり)五条(いつくだり)ばかりづゝうたひはやして、ゐなかわたらひしてありくがつどひて、七日ばかり人をあつめて業(なり)しけり。

ことしはたなつ物豊さかえにさかえて、民どもゆたけしといふ年(とし)なれば、男女(をとこをみな)老(おい)たる若(わか)き入りつどひて、それを見物(みもの)にして遊びける。

七日斗は人立こみていとにぎびにけれど、一所(ひとゝころ)なれば一(ひと)わたりづゝ見て侍りけるは、珍らしからずなどおもひて、人気うすくなるまゝに、そこをばたちさりて、又異所(ことゝころ)にいきて業せむなどいひしめしていたるに、夕暮がたになりて、武士(ものゝふ)の下部(しもべ)あともひたるがつと入来て、「さて此ほどは我々も立いりて見て侍りしが、おもしろき事どもにて侍りし。

さてちか%\には異(こと)所にうつりたまはむよしを人もぞいへ。

我つかへ奉る君の、ひそかに此魁儡(くゞつ)たちをまねきて一夜まひうたはせて見たくおぼすに、参りてや給はるべき。

たのみ参らする」ときこゆるに、此業(なり)の事に長(をさ)だつ者いらへて、「我々業(なり)の事にて侍れば、いづこへも参りて仕(つか)まつらむ。

いづこにて侍る」といふに、「ひそかのことにて侍れば所は聞えがたし。

是より南の方にて、三里ばかりも山のかたに入行所也。

いよゝ来たり給はらば明日(あす)の夜にせむ。

猶よき時にむかひの下部ども参らせむ。

さて業(なり)のいやはいかばかりのこがねをまいらせむ」ときこゆるに、「さるあてなるかたのめさるゝにはよく馴(なれ)て侍る魁儡(くゞつ)ども、よき声もたるうたひ人(ど)、糸よく引あはする男どもまでえり立て参らむずる間(あひだ)、金(こがね)ならば五枚(いつひら)ばかりもたまはらむ。

夜ごもりに物がたりを三条(みくだり)ばかりもうたひて、人形(がた)立舞はせて御なぐさみつかふまつらむ也」といへば、「いとよか也」とて、懐(ふところ)の袋よりこがね五(いつ)ひらとうでゝあたへける。

「こは只今に侍らずとても、つかふまつりはてゝ後たまはらむずる」といへば、「いな、くるしからず。

さるは其人形(ひとがた)は衣などのきよらにあらむをのみえり立てもて来たまへ。

明日の夕暮にはむかひおこさむ」などいひて、足とく帰りにけり。

さてかゝることを彼方(かなた)此方(こなた)へいひならしては、よからぬさはりなども出くる物なれば、たゞひそめけとて、其夜も又の日も皆いろにも出ずしてよろづ心がまへしおき、夕ぐれにもなれば、御むかひ来たらむとて待に、よべみえつる人が、多くの火をともさせて先立て来たり、「こよひ今参り給へ」とていそがしたてつるに、しかまへおきてまち居(をり)つれば、かしこまりて打つれて出ぬ。

其わたりにてはおぼえぬ所どもを幾里も打過て行に、「こゝなり」といふ所は、すこし山のすそわにて、松など生ひ茂りたる所也。

扨みれば門(かど)広く立ならべ、軒はいと茂く作りかさねて、桧皮工(ひかはだくみ)ぞ手をつくして葺合(ふきあはせ)たり。

さてかこみをおばせる流れあり。

打わたせる玉橋有(たまはしあり)。

庭はくまも落ずはき清めたるに、白く清らなる石どもを貝をふせたるばかりにおきならべ、並(なみ)たる木には春のけしきに花咲匂ひて、木むら/\には玉(たま)の火架(うてな)に火をともし立たれば、「高しりませる大宮所といふともかゝるうへは侍らじ。

此わたりをばひさしく行かよひて侍るに、かゝる殿(との)のありとふ事はうけ給はらざりしに」と、心におもひおどろきながら、かのしるべせるにつきていれば、左りのかたに引放(はな)ちてたてたるとのゝあるに、「こゝに」とすゑおきて、「舞(まひ)うたふべきかまへとらせよ。

唯今御主がた、御まらうどがた、かなたの殿(との)にうつり給はむ」などきこえていりぬ。

くゞつどもは唯夢ごゞちになむなりて、「もしあやまちしたらばいかなるめかみむ。

おぼえたるかぎりは手をつくし声をつくして舞うたへ。

かゝるとのに参らむとしりせば、おのれらも清らをつくして参らむずる。

あさましのはかまや、きたなの衣や」など、かたみにいひあひて待に、「此一間(ひとま)にまいりてつかふまつれ」などきこゆるに、いりて見れば、舞殿(まひどの)めけるとのにとばり打つゞけ、あぐらざまのものもつくりて、「これにて人(ひと)がたまはせ。

是にのぼりてうたへ。

俄のことなればとりあへぬしわざなり」など有に、かしこまりきこえて、「今唯今つかふまつりはじめむ」とて、

糸(いと)をしらべかけてうたひ出すに、人形(ひとがた)まはし立たるに、むかひの殿にはあてなる人々男女居並(をりなみ)て見給ふ。

下ざまだちたると見ゆるは、いやたゞしく御次にさむらはして、みき(酒)すゝめなど立ふるまふも侍り。

老かゞまりておはすとみゆるに、たすけまゐらせむとて御かたへにつくゑなど奉りて、「御臂(ひぢ)おかせ給へ」と申も有。

衣(きぬ)はかまいときらゝかに打見え、いとくしきかほりなど立みちて侍るに、心も空になりてこゝをまさかとうたひまはしたり。

二条(ふたくだり)ばかりもいたしはてゝ侍るに、かのしるべせるが出て、

「君にもをかしくおぼしめしぬ。

夜もいたく更ぬるにねぶたくおぼせば、これまでにはてゝやすらひ給へ。

つれ%\ならむ。

食(け)をまうけむ」とて、つかへ人たち、いやゝかにをしきを持(もち)出る。

「こはありがたきまでかたじけなし」とて居(をり)なみて有に、落(おち)なくすゑならべてしぞきぬ。

先いひつきのいひぞいと清くしろし。

汁つきは何にか待る魚(な)のみを細(ほそ)つみにして、青菜をさゝやかに切てかけたり。

皿杯(さらつき)には鯛(あかめ)を作りたるに土大根を交ぜ盛(も)りにし、平栗を糸なす切りかけ、鮭(さけ)の氷頭(ひづ)をも氷なす切かけ、於期海苔(をごのり)をくはへて盛(もり)わたしたり。

壷杯(つぼつき)には黒き茸(たけ)、白き芋(いも)に鰒(あわび)をひらめに切て煮こめたり。

次の汁杯(しるつき)には真鴨の油皮(あぶらがは)つける身(み)に午房(うまふゝき)を切かけて、醤(つくりみづ)もて煮(に)こめたり。

平杯(ひらつき)には魚のみをすり丸めて、葛(くず)を滑(なめ)にして盛かけたり。

又葉椀(くぼて)めくものには鱸(すゞき)に鹿角菜(つのまた)を加へたり。

葉盤(ひらて)には押年魚(おしあゆ)、乾鳥(ほしどり)、内子鮭(こゞもりのさけ)など合せ盛にしてすゑならべ、つかへ人いたちかはりて食(け)をすゝめ汁をすゝめ、さて銚子(さしなべ)によき酒をたゝはしもて出て、大碗(まり)をさゝげて盛(も)りたらはし、酒肴(さかな)には雑魚(まぜうを)ををしきにもり、大鰯鮪(たつなずし)を重箱(かさねばこ)に盛(も)り、鮒(ふな)の鱠(なます)を皿杯(さらつき)にもり、腸漬鰒(わたづけのあわび)を玉碗(たまひも)に盛、黄菜(みづふき)の花の含(ふゝみ)をあぶり物にしたるに、長(なが)つ芋(いも)とくわゐを盛加(もりくは)へて物の蓋(ふた)にかいのせ、又熟柿(うみがき)、梨子(なし)、萄子(えびのみ)、削栗(むきぐり)などを、かれたる長女柏(ながめがしは)を打しきたる陶皿(すえつき)に盛りて出せり。

そが間(ひま)には、蜆(しゞみ)を汁にし、細螺(したゝみ)を辛塩(からしほ)にもみたるなど、海鼠腸(このわた)を皿杯(さらつき)に盛(もり)たるなどをとうで/\もち来。

大方にたうべはてたるに、高杯にもちいひざまの物、このみざまの物を盛加(もりくは)へて出したり。

魁儡等(くゞつら)、かゝるめにはいまだ逢ひも見もせねば、唯かたじけなきことにおぼえたり。

さて「御いとまつかふまつらむ」といへば、「夜もいたくふけたり。

おぼつかなき道のほど也。

みなさかみづきておはすれば、池などにもかたふれいり給はむと吾君達うしろめたくおぼしたり。

今夜は此まゝにやどり給へて、朝になりてかへらせよ」とて、をちこちかいつくふろさまにみえて、夜のものゝいとなよやかなるが、光りみちてぬひののもをせるをば、いくつも/\とうでゝ打きせたり。

食(け)はあくまでにたべうて腹のふくれたるに、みきいたくうべたて酔(ゑひ)すゝみたれば、いやもきこえず、打たふすさまに、枕も引よせねずつきたり。

暁ちかく成りて待るに、ひとりなま/\にゑひて待りける男が、そゞろ寒くなりて眼のさめたるに、とばかり見まはしたれば、たてまはしたるかうしどもゝなくなり、ふきわたしたりとみえし屋根などもなくて、星の光のきら/\と見ゆるに、「いねのわろくて御庭にやこけ落(おち)のけむ。

はづかしの事や」とおもひてかいさぐるに、酔人(ゑひびと)どもは高くいびきあはせて事もなくふし居たり。

いとなよやかにめでたき物きせ給ひつるがとおもひて、夜の衣(きぬ)を引立てみれば、かろらやかにていとちひさし。

星の光りに見れば、かの人形(ひとがた)どもに着せたるはかま、かた衣(ぎぬ)をとりはぎて、おのれがうへに打かけたる也。

是はけしからずとおもひてめを定てみれば、松の高きひきゝいばら生ひ交りたる大野良(おほのら)の中にふしゐたるなりけり。

「いでや化(ばか)されたる也。

おきよ/\」といひておこせば、皆おき出て、「何事ぞ。

我(われ)々が家にこそあれ、かゝるとのにめされて、はしたなく物いひ声(こは)高にすなる事などはかしこき事なり。

立あかしの消つれば夜の明むずるひまもなからむ。

しずまれ/\」といふを、「こやつども何をかいふ。

こゝはいづこぞとおもふなる。

此松を見よ。

此おどろをみよ。

此大野らをみよ」などいふに、「やゝ」とおどろき出て見れば、霜いたくおきわたりて風のいとさむく吹わたるに、松などはどよめきて、け遠きあら野の中に、皆人形のきぬ、かりぎぬを打かづきてふしゐたるに、先あくまでにかしこまりをいひてのみくひたるものゝむねになづみ来るさまにて、「馬の古糞(くぞ)やたうべさせけむ。

鹿の〓(みき)やたうべさせけむ。

こはたへず」とて、ぬきすたばらむというもあり、直に酒くさきたぐりをするも有。

そが中には、「何にまれうまかりしに、古糞にもあれ美義にもあれ腹こやしたる」とて、ことゝもせず笑ひ居るも侍り。

  「さばれよべもてきつるこがねは楓の紅葉には侍けむ。

そこにもたらばとうでゝ見よ」。

「まことにとうでゝ見む」とて袋より取出てみれば、正しにこがね五枚也。

「さはいとあやし。

これは化かされたれど、人になかたりそ。

世になもらしそ。

宇計母智の御神の我々にさいはひあたへたまふ也」といふに、いとかしこくかたじけなき心になりて、そことなくふしをがみて、こたびはまことの火をきり出して、かれたるしもとなどおしをりて火たきて、霧にいたくぬれたる肩裳あぶりほして侍るに、夜にほがら/\と明けるに見れば、かのたうべさせつるものは其わたりに打ちかさなりて侍るに、よべの物に何くれとたがはず。

「さはたぐりしつるはくやしからめ」など、心つよきおとこぞいひほこる。

さて見遣るに、林のをちにいへむらとおぼしくてかすかにけぶりの立のぼる所ぞみえたる。

「彼人里ぞ。

いきてみよ」とて、人形ざまのもの荷ひもちて、道もなき所を直にいきつけば、人あまた立とよみて、かしこよこゝよといふ。

「こは何のさわぎにか」ととへば、「今朝なん此五十家長のもとへよめを呼ぶにて侍るが、昨日よりしかまへてつくりたて、煮たて、あぶり立て侍る食のたぐひを、よべの夜中ばかりに何者かいりきて、残りなくぬすみもてゆき、酒なども升の数つくしてとられにたる。

いかなる者かしけむ。

さる具どもゝいきかたなくなりて侍るに、こゝは山里にて真魚どもとめえむ所もなく、夜はすでにあけぬ。

よめは唯今にも入来む。

何をあるじぶりせむさまもなし。

よてかく立さわぐなり」ときくに、おもにあたりて侍れば、皆まぐはせてぬき足をしてそこをばいきとほりにけりとぞ。

其としては業(なり)の事すゝみて、くゞつどもはおほくの宝(たから)を得てよろこびしとむ。其時にかの野中に寝たる人が物がたりしける也けり。

        屁ひりの翁をいふ条(くだり)

北国(きたぐに)の事にやは。をり/\京(みやこ)に行かよふ商人の侍るが、よく京(みやこ)の風俗(てぶり)になれて、うたひ舞をどる遊び事よりはじめて、世に人の面白きちいふ事は何にも馴て侍るによりて、商(あき)じころの筋にはあらず、人にたばかられて多くのたからをうしなひて、今は故郷(ふるさと)にもかえりがたく、浪花(なにわ)のかたにくだりて、相しれる人」のもとに立いりて月日を暦る間に、遊びどもと交(まじ)らひたるに、こがねおほくもたる富人(とみびと)の子が、かの男をおもしろき人也とおもひて、俳優にしていづこへあともひける。

さる比、遊びどもの中に人のにくまひけるがありて、恥かゝせむとて屁ひる薬をひそかに酒にまぎらしてのませけるに、けそふにも似むはぢらひどもして、つひにあしき名の流れければ、身をしぞきにけり。これはかの富人(とみびと)の子が此男にをしへてさせたる也とぞ。そはいかなる薬にかといへば、水花のまさりて流るゝ時、濁(にご)れる水の上にたゞいひて侍る泡沫(うたかた)也。それをとりて物につけて日にほしてさしおけば、石の粉のさまに成てあるを、もち居て酒にひじて、かの恥あたへむとおもふ人にのますれば、屁(へ)にたへで、いかなるいみじき所に居てもあからさまに屁のとよみ出るといふ也。

此男是を試て、くしき薬かなとおぼえけるが、其後さいはひの事いできて、今は面(おもて)をおこして故郷(ふるさと)のもかへるべくおもひければ、二とせばかりして北国にかへり侍るに、うからやから、友がきもよろこびて、先彼(かれ)が俳優(わざおぎ)ざまを、なぞといへば望(のぞ)まひて遊びけるに、日比業(なり)の事につきてしたしく參りかよへる武家(たけんべ)の、二人(ふたり)三人(みたり)もよふし立て遊びすべき家にはいりき。酒のみして心ずさみしたまふに、かの男ぞ参れる。

さてかの薬はかくすべもあらぬ事なれば、日比したしく參りつかふるかたへは、かゝるくしき品の物にてなど聞えおきけるに、いつのほどにか、かの武家の其薬をつくりおかして、もてきておはすともしらず、かの舞をどりて俳優してをる間に、そと盃に入て、「此おほまりにてひとつのまむや。

さるうへにてみやこの風俗一ふしうたひてよ」など有に、何の心もなくて一つたうべたるに、皆酔すゝみたる折なれば、上くらともなく打交らひて、男女入みだれたるに、「いざ舞へ、いざうたへ」と責られて、此男立あがりて、「さらば一手つかふまつらむ」とて扇を打ひらきて立ば、先あやしきおとぞひゞき出ける。

「是はかしこし」といふに、たゞ竹などうちわる音のさまにて、ほゝと響どゝと鳴りてひり出たるに、いとくさき香の立みちたり。

「是はいかなるあやまちぞ。

をかしからず」といひ出人の有に、おのれもあきれて逃出ける。

さて恥はかきつれど、しばしゝて其中に物ぐるはしくなりたる人の出きて、太刀をぬきはなち、ひたきりに切殺すほどに、其席に侍りけるは、命をうしなひ疵をかゞふりてなやみけるとぞ。

かの男、もしさもなくて侍らば、いかなるめにかあひはべらむ。

いたく屁をひりたるに恥て逃かへりし計にぞさひはひ侍りける。

さて後此男のおもひめぐらすさまは、「おのれみやこにいきかひてよくつとめたらましかば、かゝる薬のしるし侍ることもしらじ。

薬をしりたればこそ人にもをしへつれ。

をしへ侍ればこそ我にしかのませたれ。

のみたればこそそこばくの屁はひりたるなれ。

ひりたればこそ恥らひては逃つれ。

逃つればこそわざはひはまぬがれたれ。

是をゆゑよしあることゝは申ならめ。

とまれかうまれ此薬は我命の親也。

さは吾ためにはうたかたには侍らずよ」とて、命長くいきて屁ひりの翁とはいはれけるとなむ。

時は神無月のつごもり成りけるとぞ。

          大高子葉俳人汀砂をつかふ条

大江戸なる大河の辺の南に、大高子葉といふ人住みけり。

此人ふかくおもひはかることの侍りて、月頃名をかへさまをかへて、家はいとあやしくして住みゐける。

神無月のはじめ、時雨のあめしめやかに降りて、木の葉おもしろくもみぢし、菊のはなおとろへゆく頃、いとよかりし友の汀砂といふ俳人、その辺を通りけるが、沓の緒ふみ切りて、いたくひぢりこの附きたるに、是洗はむとて子葉が家にいり来、「今日なむ人の許に連哥よまむとてゆくが、かゝるめにあひてけり。

湯のわきたるあらばたべ」といふ。

子葉でゝ、足槽など物せさせて、「先よう入り給へ。

頼みまゐらせむ事ありて待ちつけし折なり」といへば、汀砂聞きて、「なにごとなる。

長きことならば明日聞かむ。

短き事は今聞え給へ」とて、身をば不立舞の如くして急ぐに、子葉とり押へて、「先ゆくらに居たまへ。

いと長き事なれど、明日とては言はじ」といふに、汀砂「はや聞え給へ」とて急げば、子葉つゝみより旅装の衣一具取うで、又杖笠なども出して、「此事をなむたのみ参らする故に、いと長き事なりと申す也。

おのれ俄の事ありて、山城の国山科の里へ只今ゆ参らむとする時也。

行くは厭はず。

行きてはこゝの事にもだもならぬ筋の侍りて、行かむや否や、居らむや否やとたゆたひおもふにつきて、そこのおはしましなば何所にも事はすみはつる筋なりとおもひて、待ちつけては居りし。

かく申出でぬるからは、否にも諾にも強ひて頼み参らせむ。

此旅の装してこゝよりみちだし給へ。

猶又御庵に申置き給ふ事あらば、やつがれ参りてよく聞え置きなむ。

さて此黄金五枚は山科までの宿代どもの事に充てつ。

又山科に着きき給はゞ、奈良のあたりへ行き給はむ事を頼み参らする筋もあるべし。

そはまたその時によきばかりに御手当どもの事は仕り聞えむ」といふがまゝ、足結取うで草鞋などもさし出して、偏に頼めば、汀砂聞きて、「是はいと面白き御頼事也。

おのれらは唯一葉の風に散るなす軽きなりぞ、此道なれば、さはおもへ。

さらば湯漬賜へ。

食べて行かむ」とて、おかしき片哥など書付置きて、さて旅装するに、子葉は唯短く明地にある文書きて、「此文持て行きて、かの山科の黒木もて結へる門をさして訪ひ行き給へ。

さてその主は、おもふに必友をつどへて碁打ちてあらむ」などいひ教へて、しばし送り出でゝ別れつ。

汀砂は、ゆくりなければ、唯面白き頼事とおもひて、宿代どもゝ心まかせたれば、馬にも篭にも乗りて行き行く程に、山科に着く。

さて柴垣し渡し黒木の屋根葺きたる門あるを、こゝぞとおもひて訪ひて入れば、先碁打つ音の聞えたるぞそれなる。

さて子葉が文を出せば、「此方へ」とて引入れて、「よくこそ来給ひつる。

貧しき住居なれば何もありじぶりも侍らず。

たゞかうして居たまへ。

一日二日の中には、頼み参らすべき事を申さむ」とて、物しみ%\ともいはず、唯碁にかゝりて遊び居けり。

次の又の日、友垣にやあらむ、一巻の下書なる冊子を持て来て、かの主に、「この冊子の名は始何にせむ」と問へば、あるじ碁の一手をとゞめてしばしおもひめぐらしつゝ「これは二つの竹と名ずくるなむよかめれ」といへば、むしろの人々「宜なり」と答ふ。

「さて其冊子を本に刻まむ。

此事を頼み参らせよとて、東の子葉が申しこしつるなり。

我々かゝる事に愚に侍れば、物よく書い改めて木に刻みて世に出し給はれ。

是刻まむ切手人の事は、奈良の町にしか%\申し合せて置きつ。

明日なむ其所へおはしてこれを木に彫らし、さて冊子に作りて、其冊子五十巻を馬につけて此所まで帰り来給へ」と頼みて、又黄金十枚を出して、「是を持て往復の料とし給へ」とて遣りつ。

汀砂やす/\承引き、奈良に行きて暫時留りある間に事果てにければ、頼み聞えし如五十巻を馬に負はせて、我はそれに打乗り、山科に帰りつるに、かの頼みし人々は何所にか旅行せしとて、家は他人ぞ住みゐたる。

汀砂其家の隣に行きて、「何所へかと聞き給ひしや」と問へども、誰一人聞覚えず。

汀砂も口休まず独言ちて、「我をいたく使ひたりな。

よからぬ者共なり。

されど黄金などおこして馬には乗せたり。

いで東に下りて子葉に問ひなば、事は分ちなむ」よおもひかへして、さて霜月ばかり、馬いたく鞭ちて下り着き、先子葉が許を訪ふに、是も何所へか移りけむ、隣にだも知らず。

「是は欺かられたるなり。

さるにても此冊子はまた彼等に逢はむまでの證」とおもひて、我家に持て来て隠し置きつ。

或日芝の方を通るに、ゆくりなく子葉に行逢ひぬれば、「かう/\の事なり。

今は何所に住み給ふぞ。

かの五十巻の冊子は吾許にあり。

御宿を聞き得て参らせむ」問いへば、子葉、「今住む所はしか%\の町なり。

必来やまへ。

違はで其冊子もおこしてよ」など聞えて別れけるに、一日二日過ぎて、汀砂みづから彼の冊子を持たせて、教へける宿を訪ふに、「さる人此方には移り来給はず」といふ。

いよ/\怪しくなりて、此方彼方問ひ歩けども、それに似たる事もあらねば、汀砂は腹立てゝ帰りにけり。

かくして後、師走十まり五日の暁がたに、武士のいみじき姿にて芝の方に通るなりとて、人々走り出て見るに、汀砂も馳せつきて見れば、彼の子葉もさる並の中にあり。

又山科にて主と覚えし男は、その並を統へて後方に立てり。

汀砂これを見て涙を落し、「さるはこの本意を遂げむとて、深く人々の(やつ)したるなり。

何にまれ何所までも行きはかを見む」とて、つきて行けば、たゞ芝を指して行く。

いと寒き暁なれば、酒参せたくおもひて、知りたる酒屋に走り入り、大きなる酒壷に湛へ持ておひいたゞき、その後をもとめ行けば、ある寺に引入りて、門(かど)なむかたくとざして他人(あだしひと)を入れざれば、力(ちから)無(な)くた泣く/\其壷(つぼ)は荷(にな)はせ帰りしとぞ。

  またかくておもひめぐらすに、二つの竹と名づけたる冊子の名は、うちをさまりしといふ謡物(うたひもの)の言葉(ことば)借(か)りつらめと、人にも語りきとぞ。

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