書初機嫌海

むかしの西鶴が筆のまめ/\しき。

世の中のよしなし言が。

つもり/\の胸算用。

来る春の千代の松坂。

こえわづらひし事どもを。

教訓のがてら文章に書出たるを見るにも。

かの紫とかいひしむかし人を。

前だれたすきの世にあらせば。

あかしや須磨の塩じみたるかたりぐさを。

人情のかぎりいひ出なんものをともおもはるゝぞかし。

これはそれらの数にもあらぬが。

ゆく年の尻わらひな猿手がうを。

まだかけ/\とすゝむる人もあれど。

老ぼれがらるゝむかし口には。

まづ初春の筆はじめまでに。

機げんかいなことを。

ひとつふたつのみ

  天明ひつじの年む月

                  洛外半狂人漫言

  書初機嫌海 上

   むかしにほふお築土の梅

天下太平国土安全。

おつとり百七八十年このかた。

大宮ばしら動きなき御代の有がたさ。

かゝる御ン時にうまれあはせて。

何くらからぬあまりに。

親のうみ付ぬ口がしこい事を。

隣丁の市儒の許でさへづりならひ。

ついよう治まつた御代じやと。

誰も聞えるやうにはいはひで。

尭年じやの三ン代の治じやのと。

人の耳に入ぬやうにいふて。

たゞ太平とは贅たくの俳名となる。

其尭三代など云は。

太羹もまいらず。

衣もの履ものやぶれねば更こしらえず。

茅茨も不剪にして。

外聞をかまはせられぬ代なりしとや。

又象牙で箸をこしらへたから。

てつきり玉の杯もとなげかれしは。

さてもまづしい国の人心や。

御国の今では。

ウニカウルでけづらせても。

けつく杉くろもじよりいやしめ。

玉のさかづきとは利休をしらぬや

つかなとあなどるには。

それらにおどろくはづもなし。

儒者達は心せばく。

引あはぬ異国のむかし話を信じて。

かたむくろなる論も今はよしなし。

かゝる御ン時には。

奢人をあてに衣服調度をこしらへて。

世過するもの幾万人ぞ。

ねずみ算用にましてゆく世の人を。

皆耕やさせてとは。

富士も筑波も比枝愛岩も。

残りなく引ならしても。

猶人数にはたらぬ田畠なるべし。

歯朶ゆづり葉いかいたはけの丹波道を。

京の町あてにして毎日荷ひこむ事。

おびたゝしき年々の暮のにぎはい。

是を神代からある吉例のやうにいふて皆する事なれば。

正月はめつたに神代めく物に。

哥れんがの人のいひはやせど。

すきと其むかし/\にはあつた事でもないげなり。

福徳びんぼうのぎゑんは。

もとから国の人の愚智とんよくからしはじめた事じやと。

ある物しりのいはれたを聞し。

いかさまそれはそうかして。

大かたは荊楚歳時記とか云書にある事多し。

二三十年前までは。

門々の松竹大路にそびへ立て。

かざり海老かざり炭。

だい/\穂だわらの色おかしくとりあはせて。

ことし藁のしなへ三尺にあまれるしめ縄。

ゆふ切かけて軒ごとに引はへしに。

はつ東風のそよめきて。

えもいはれず福々しき物なりしに。

いつしかそれらの事すたりゆくさまにて。

さばかりの大かざりは。

武家がた。

何がしの長者。

あるひは呉服の現銀店。

芝居の大木戸のみに風義のこりて。

商人職人の門々は。

子の日めく小松をはしら根に打つけ。

かざり縄もつい輪にして。

門の口に引かけてす事。

何も/\さらさつとした世のさまを見て。

門徒宗には。

むかしから是らの事をせぬゆゑに。

あら有がたや。

世の人皆常ぼん常ひがんのことはりをわきまへしは。

御宗旨の繁昌じやと。

偏頗なよろこびごともおかし。

又ある国学者とか言ふが。

何事もそろ/\太古の質朴に立かえるを見よといはれし道理に。

是らも引付て云たい物なれど。さら/\そうでわあるまい事。

世の繁昌につれて。

人のさいかくも。

とつくりとそろ盤と談合して。

無益の事ははぶいてせぬ事よと見えたり。

何とおもひめぐらしても。

むかし/\には立かえりもすまじく。

又立かへりとむない物なり。

いにしへの天子様のおあがり物を延喜式で見れば。

いけた物はひとつもなし。

今は年の市じまいに薄塩きりて。

若狭もどきのすはり鯛など。

万事の物ごのみかくなりぬ。

福寿の文字さへあれば。

何にても求めるぎえん世界なれど。

うまくくひのみして。

あたゝかに着ふくれん事をむねとし。

くはれぬ門松かざり縄には銭をついやさぬ人ごゝろの。

むかし/\には似もつかぬ物ぞ。

さばかり物事のはぶかれゆくにも。

さらにうつり給はぬはお築土の内にて。

よろずの事いにしへをしたはせ給ひ。

有職の御家にそれ/\の旧きためし共をもとめ給ひ。

三百年前の朔旦冬至の御ン儀式までおこし出させ給ふは。

さても有りがたき太平のあまりなりけり。

九重の門のしりくめ縄。

なよしのかしらひいらぎらと。

貫之のいはれしには。

其世の春もほゞ推はからるゝ也。

今もしかるやいなや。

御垣の内なる事はしらるまじき事なり。

丁人百姓の家には。

柊葉にとりそへて。

鰯のかしらにてすますを。

それらの手あてにては。

財布かたげた鬼は何のおそれなく入来りて。

払ふかはらはぬのけん脈をはやくうかゞふなり。

はらひ場の旦那手代が居ずまひはもとより。

大釜の上のすゑ餅のはぜおとり。

荒神松の枝ぶり。

釣さげた塩鰤の大小。

内義の髪かしら。

畳のおもてがへ。

薪棚の薪のつみやう。

足るたらぬしらぬ丁児童女が。

正月/\とうれしかる横顔の何となうこさびしいに。

是なん内ばらひの家と黒ぼしさしたがへぬが。

当世の商人也。

人間の種ならぬ竹のそのふの末葉までも。

世のうきふしにつれて。

あるないの苦はあそばす事かもしらず。

それにつらなり給ふ雲のうへ人も

代々富さかえ給ふがあり。

又まづしくておはせしも。

一国一城のむこ君にさだまらせ給ふより。

めき/\と御かつ手なほらせられて。

五歩に一楼。

十歩に御はらへらせられても。

何時しらずに山海の物をすゝめ奉るけつかう。

其段になりては。

金一両は六十目するものとおぼえた下子心とはちがふて。

いふにいはれぬたふとい所が有よし也。

かゝる御あたりの春むかへには。

年々の御嘉列のほかに。

ひさしくすたれたる事やはあると。

家の記録をかんがへさせられて。

何事もおこし出させ給ふ。

御一族広きかぎり。

まづ衣くばりおぼしよらせ給ふ。

松がさねよりして桜山吹のかさね花やぎたるまで。

風流のかぎりを物ずかせられつゝ。

此春の御ことぶき。

よろづ御こゝろゆかせ給ふよと見ゆる。

是をまかなはせらるゝお里かたの役人。

いかに眉をやひそむらん。

年々のお江戸くだしのほかに。

是だけはの手あてを打こえた事共。

銀主共に足もと見られて。

前月おどりじやの手代口銭じやのなんのかのと。

酢にひけ粉にひかれて。

忠心の胸をさかさるゝとは露しらせ給はず舅君にもいつの春

よりことない御機げんにて。

ことしは姫がはじめての都の春あそび。

さぞよろこばしうをるであろふ。

ずいぶんと万事とゞこほりのないやうにとりまかなへ。

ほどなう若君をよろこふと聞かば。

此うへの満足。

其たよりを待びさしく思ふはと仰出さるゝに。

近習をはじめ出仕の諸武士かしこまり奉りて。

千秋万歳重畳の御ン吉事をねがひ奉りますと祝し申上る中にも。

御納戸用人のみこゝろひとつに。

去暮のお物入のうへに。

つゞいて御懐妊とあらば。

はたといかぬさしつかへを。

人の心もしらずにと。

にがわらひして恐悦申上る成べし。

又さるよせなき蔵米の納言宰中将の御かた%\。

わびしくてのみ過させ給へるには。

来る春のまうけも御心ゆかせ給はぬ事のみにて。

おくりむかふと何いそぐらんとひとりごとして打かこたせ給ふ。

北の御方もよろづ心だのみなくのみおぼして。

物思ふと過る月日もしらぬまにとうちなげかせたまひぬ。

姫ぎみたち。

しろき御ン衣もなれあかづきて。

紙の衾ひとへを二かたの中にめさせ給ひ。

かなた身じろき給へば。

こなたはあらはにぬがせ給ふ。

御ンたがひにをり/\おきてやすませ給へるを見るにも。

北の方の御心やるかたなし。

わらべ共がふみあけいでも。

くづれこぼれたついぢより犬もかよはぬは。

道理でこそ。

お臺所はへりなし畳のしかもところ%\やれくさりて塩じみたるに。

老たる女房の居かゞみながら。

ひとりのはした女をよびづかひして。

御ンかゆきよくしてまいらせよなどゝいふも。

ふるふ/\寒げなるには。

塩物の骨だにも落こぼれてはあらず。

この殿につかへて御侍といふも。

絹がみ下のうらは大かたは反古してつゞくり。

千代絵哥がるたの内職も。

年々にふけい気での。

しろ物づかへじやのとふられやすかた。

黒がねのン雪踏のしりのちびるほど持あるかねば。

お銭にはかへがたし。

此さむらいもとは難波がたにて。

よしある人の愛子のあまりに家業うとくしかもてゝ親なしのやらこいそだち。

かせきの事はすきと桂馬とび。

すこしの風流からお築地の御奉公に参りしのち。

難波なる友のもとへ。

便につけていひつかはせる

 雲のうへのありし昔はしらねども今玉だれの内ぞひだるき。

となん聞こえし。

かゝる御あたりにも。

ぜひ暮て行年のあしたは。

空のけしき立かはりて。

うら/\と霞わたれるを。

おもしろと御覧ずる。

御格子参るより。

比枝おろしの雪風さと吹入て。

はげしさいはんかたなし。

老木の梅の。

おほかたは花もさかで枯るよと見ゆるが。

片枝の木末に。

わずかに四五りん春しりがほなるぞまづうれし。

鴬のこゑまだ氷れるには。

物ほしげに聞なされてあはれ也。

かくわびしげにわたらせ給へど。

初春の御ンながめぐさは。

丁人の腹ふくれ共が口ぶりおよぶべからず。

御ン筆はじめあそばさせ給ふ。

御手のけだかくなだらかなるを見るにも。

此御ン筆つきにては。

何十貫匁。

何百何十両のいやしげなる事はのるまじきなれば。

よく/\かの物にはうとまれましますが。

かへりてんごとなき御ンすぢめあらそはれぬ事也けり。

大内に雪御見覧ずるとてめさせ給ふに。

いそぎ参内まします。

春の雪は沓の鼻のかくるゝほどゝ。

むかしの御ン抄物にしるされたるけふのあしたを。

御供にまいる人は。

いかにわびしと打かこつらんかし。

書初機嫌海上終

書ぞめきげん海 巻之中

 富士はうへなき東の初日影

何かと申す御神の。

神功皇后に告たまふは。

是より西に。

金銀や何やよい物の沢山な国がある。

お苦もじなからおしわたつて物したまへとありし朝鮮国は。

今ではまづしい所じやと聞く。

もろこしの神は。

是より東にある日本の国は。

金銀銅鉄をはじめ。

煎海鼠くし貝昆布などいふよい物がえいとあるほどに。

絹布や薬種やがらくた書物まで持わたりてかへ事してもらへと。

やはらかに告たまふかして。

年々長崎の津に入朝して益を乞事。

尤あやまつた仕かたなり。

清浄うへなき神にも。

二一天作の道はわすれ給はぬ事と見えたり。

人としてそろ盤にうときは。

親のあまたらし彦のをしへなきがなす所にて。

てんつる手なつち足なづちとなりての後に。

くやむとも又かへるべからず。

東海姫氏国の姫氏は周の姓。

荊蛮に走られた泰伯が。

すなはち日本の祖神じやと云事。

今に見臺たゝいていひはる人もありときく。

かしこからぬ事なるべし。

ひだりの御ン眼を洗ひたまへば日の神うまれたまひ。

右の御目に月の神うまれ給ふ。

其日の神は女神じやとのいひつたへ。

それでは左が陽右は陰のから理屈に又あたらねば。

国土ちがひの引あてごともしひてはいらぬものなり。

天竺は母をたふとむ国じやとやら。

いづこ/\もむかし/\の仕くせのみを。

後からさま/\とのいひなし。

皆閑人の我がしこなり。

おなじ日本の内でさへ。

お江戸の土風。

ソナ和郎。

お午飯はまた出かしないかと。

我夫にむかふて横ぎせるのならはせもあり。

京難波の丁人の家にも。

牝鶏のあしたするを爺娘といふ。

それでも益しんだいの栄えるがあり。

しよせん儒道といふは士大夫以上のをしへ。

草のなびきの百姓丁人。

夫がぬるくば婦がはげしいで。

味噌塩のみならず。

商売のかけひきまでぬからぬでわたらるゝ世なり。

魚鳥五辛を喰はひでも。

有雑無ざうにけがれた人の腸から出た。

性理格物も十二因縁も。

つまり/\の算用づめは人げん作にて。

天地の自然にはあらずといふ人もありとや。

国の繁昌時々西へながれ東へうつる。

河の瀬のかはるに似たり。

天地のきはまりなきは目前あらそはれぬを。

天理因果の口たゝきのたえぬは。

人はともあれおのが身過。

米薪は売べき物。

道は売まじき物。

我は売べき米やたきゞを売て。

売まじき道を売まじといはれしもありしが。

さいふて又ぬからぬ売人であつたかもしらず。

年の市浅草を日本第一といへり。

春のかざり物。

竹松や何や。

ほうらいのくいつみ物。

神だなかんばしざうに椀。

組重ばこ。

和水桶などは売べき物なるを。

其外所たい道具。

何によらず市人の持て出た物は。

塵も残らず売れること。

繁花のみの事にあらず。

余国とちがふて一年がはり三年づめの諸武家がた。

故国に妻子をおきて。

寐るに伝内おきるに角助のをとこ所帯。

ながれ川であらふ便器尿瓶までさらり/\と買かへて。

又新らしき春をむかふ事也。

万事大まかなひにて出世しやすしと。

上がたのならずものは。

不尽の山を跡にしてはる%\とくだるを。

又こゝのしはたしものは。

誂子浦賀の湊々にしほたれつゝ。

あるは上がたさしてのぼるもあり。

三十年前江戸見た人のいはれしは。

京なにはの水あらひよき女をつれて下つて。

何によらす卓文君子だしの店あきなひを出さばとかんがへしも。

いつのまに。

扇折女髪ゆひをはじめ。

女医師女相者。

幾田やつ橋の琴指南。

滝本りうの手習屋。

千家の茶手まへじんじようでよいの。

蕉門の俳諧士もつよからぬは女なればなどゝ。

見めよきをもてはやせしも。

今ではさらにめづらしからず。

やんがて大名の銀口入かしつけざいそくに。

松がね油のかをりゆかしく。

口紅粉の玉虫いろに云まはされやすらん。

それもはやくふりたるかはしらず。

されば元日の大下馬さきのめざましき事。

御溝水のゆたけき流の音。

桧垣茶屋の日影うらゝかなるには引かはりて。

六十余ヶ国の大小名がた。

御はたもとの数かぎりなく。

東天光おそしと出仕せらるゝ。

乗輿の御さきあらそひ。

引馬のいなゝき。

人だまひにおしやられじとのはれわざ。

絵にも詞にもかきとらるまじきとなり。

神社寺院がたの御拝礼はいつの日。

四坐の御うたひ初。

けふは花のもとのおれん哥はじめなどゝ。

松の内外の御祝儀打つゞきて。

吹風枝をならさず。

よする浪やしまの外までしづかなる御代なりけり。

かく繁昌のおひざもとにも。

よるべなきは猶しまひかぬる暮を。

なげきてのみ。

過す月日もけふあすとなれる師走空の五十三次。

業平に似た旅人もあらず。

本丁の御服棚。

新堀の酒屋など。

損徳のふたつを二本の足にかけてゆきかえる中に。

世にありわぶる難波男の。

誰をあて。

何をたよりとなしのあづまくだりに。

ふるさとのつまらぬづくしもはかられぬ。

むかしは潯陽県の菊印を風雪の日の熱燗たのしかりに。

いまは菊川の宿ぎりにわづかの路銭をつかひはたして。

一重ぬぐべきはかりこともなく。

かち荷ともらひ喰をないまぜて。

やう/\江戸の町に夜に入てにじりこみぬ。

こよひは節分の夜にて。

あくる二十七日年内立春なり。

大路にぎはしく。

厄はらひの坂東声高々とよばゝりゆくもめづらしけれと。

鼻つまゝるゝもしらぬしんの闇に。

何町と云所やら。

もとより尋ぬべきしるべもなく。

寒さわびしさたとへんかたなし。

銭湯のあんどうのひかりまづうれしく立よりて見れば。

人おほく出入て。

湯けぶりの賑はしきを見るに。

よしやこよひの野ぶせりに飢こゞへなば。

あすの命もしらぬにと。

つかひのこりの湯代十銭をかぞふれば。

跡の緡には二三文の手あたり。

まゝの合羽のたばこ入におしこんで。

何かなしに御めんなりませ。

ひへものとはまだしもの事なり。

毛の穴にしみ/\とあたゝまりて。

板間に出。

あらこゝろよやと。

かゝり湯の小桶に腰打かけて。

くたぶれやすめば。

又是よりいづちへとおもふに。

しきりに物がなしくなりて。

古布子の帯しめ/\。

遠くも来にける事かな。

あはれ都鳥のちかづきもがなと。

此入ごみの人々を見わたす中に。

四十あまりのまづしげなる医者坊主あまたふりまはして話頭)どりたるをば。

ヲ、それよ。

玉つくりの唐弓弦屋の二番むすこ。

小文才もありて。

博奕かせぎに家出してふたゝびかへりこぬ。

其男なり。

あまりのうれしさに。

さて/\おなつかしやの外には詞も出ず。

かなたよりもやう/\思ひ出して。

是はどうだとこたへられた又の嬉しさ。

つまらぬづくしの物話を聞て。

あても本銭もなくて。

今の江戸へくだるとは馬鹿な事。

マア宿へあゆませいと連てかへりて。

湯づけふるまふて後の異見ばなし。

むかしの江戸は人の心たのもしく。

たのむにひかぬ男気な所でありしとやら。

我らがくだつてもはや十年前にも。

其やうな算用なしを見あたらず。

たゝ何事にも執着せず。

たくはへ下手なるは自然の土風なり。

欲すぢにおいては上がたの人にまさり。

なりあがりとは立身の和訓とこゝろえて。

御機げん恐悦おかげ御恩などゝ云詞。

分限のわかちなく云て。

我たのみし人のあたまをふまへにして。

かけあがり徳な世となりぬ。

又昔は京奉公人とて。

大名がたのめしつかひは。

皆都ものに定まりし物なるに。

今は江戸のれき/\の丁家のむすめを。

我おとらじと藝をしこみて。

奉公に出す事也。

泥水に染た紫の都まさりなも有かして。

めさるゝ事専ら也。

詞づかひ琴しやみせんの一ふし。

だみたる声はなかぬ也けりと西行法師はよまれたれど。

あづまの鴬のなまるにはちがいなし。

されど手かき哥よみ茶香すころくなど。

又はつまはづれ行義会釈におきては。

都はづかしからぬものにそだつる事。

米といふ物になる欲せかいなり。

我らが所業とてもその通り。

病家と云がより親にて。

薬の功験はさしおき。

心やすうてよいの。

話がおかしのと。

皆あちのなぐさみになるからのはやり医しや。

大病になりてのしんせつと云は。

出入婆なみの夜とぎの事。

又は一種至来といふて時々の亭主ぶり。

暑寒の付とゞけの外に。

髪おきじやの元服じやの。

年賀法事はさておき。

かひ猫の子を産だまでぬからず酒さかなをおくる事の心がけ。

傷寒金匱の考索よりも第一なり。

又時々金銀の小無心。

遠来の塩辛の所望。  

酒の乞飲などもあいそとなる。

是らの事をたしなみてせぬは。

療治の巧拙はさしおき。

先は我医士也と云て。

少名彦にも神農にも申わけは有りべし。

さて学問の風も三十年前とはちかふて。

一家の見識を立る人なく。

口には素難仲景の軽薄弁でうりつける事也。

つら/\思ふには。

今は儒者の論語医家の傷寒論。

国学者の神代記。

我はかくと云説を一事一語でも持て出ねば。

いふがひなき世と云物也是をばかぶき芝居の忠臣蔵世界と云。

由良之介をはじめ。

おひはぎ場の定九郎まで。

性根と云事のないは見物の望をうしなふ。

上がたとてもかはらぬ幣風。

なげかはしき事なり。

すべて関東人はおとこ気と云が夷心にてながくよる陰とたのまれぬを。

誰あてとなくくだりては。

おこせ共が手におちて。

切米給銀時ゝの用無心。

ないがうへをかりあげられて。

情なくつらき事のみのはては。

品川海へさらりこつはいの厄はらひ。

いかになりとも故郷の土。

心だになほらばの恩愛の日のめのさすを待れよ。

我らもながくこゝに住はつべきにあらず。

一仕合したらばと。

聞うちからしきりに上がたなつかしく。

どうぞしてかへりたいもの也。

御思案なされて下されと。

俄にいに神のついた涙声。

それなればさいはい。

此むかい角の家に春から滞留の大坂人。

脚気のなやみもやう/\本復して。

あしびきの山もこけず。

翌は立るゝとの事。

是をたのみてとはしり行て。

さつそくに談合しめ。

はさみ箱一荷。

口のうへの御供かたじけなしと礼あつくのべて。

越年ながら春をいそぎの道中。

今夜の七ツ立。

命の親とつきぬくりこと。

いとまごひして門トを出れは。

二十六夜の月しろさしのぼる。

四ツ辻の真ン中に。

何やら白き物のあるを立よりて見れば。

三方にしら絹にてつゝみたる物。

しつかりとした手あたり。

何かはしらねどもこけても砂の身の上。

拾ひあげて是は金か。

さてもふしぎ。

およそ百両のつゝみがさ。

まことや厄年にあたらせ給ふお大名がたの厄おとし。

金とふんどしを捨させらるゝと云事を聞しが。

もしそれか。

それならば夢ではないか。

夢でもゆめにはせぬ/\と。

おしいたゞきてにきりつめ。

命の親の医にさへ。

かうといふたら半分しよはしれた事。

義理もへちまも浮雲助の身の上はと。

やとはれた家へはしりこんで。

心うれしさの気がるなとりまはし。

是はよい人じやとの悦び。

荷物の工面すんで。

八ツ鶏の声おそしと門出の支度。

亭主にも一礼云て。

荷物かろ/\と駕に引そひ。

行ゝ品河口にて夜明ぬ。

こゝよりふりかへり見るお江戸の町。

はる%\の所を。

夜に入て来て夜ごめに出るは何事ぞ。

銭湯のあたゝまり。

医者の深切。

拾ふた金の嬉しさが。

夢でもなかつたよい夢ごゝろ。

ふじのすそ野の沖津どまりが元旦の初日影。

はつ霞たな引わたり。

絵で見た山のかたからによつほりと出たまふを。

有がたやと伏拝みつゝ。

故郷へはにしき町の宿までおくりとゞけ。

百両の本銭むなしからずかせぎ出して。

今は拾ふたふんどしの加賀や金助とて。

れつきとしたつき米屋。

嶋の内のどこやらと聞し。

書初機嫌海巻之中終

書ぞめ機嫌海 巻の下

  見せばやな難波の春たつ空

年の市人の外に。

むかしは星仏売けさう文うりなどいかなる物なりしや。

我見たといふ人もなし。

蓬らいのうちまきの〓煎売。

二三十年まへまでは来りしに今は若恵比須の声のみふけゆく空に初音またるゝこゝちす。

是もむかしほどは買人なし。

節分の夜のたから舟敷寐の家も稀々なり茶せんや筅と空也寺の六兵衛太右衛門が手ずさみ。

大ぶくの料にとて今も求るは。

都はさすがに古き事の捨らずぞかし。

うばらいはゝしやませの赤まへだれ。

お歳末のあつ化粧。

徳介が麻かみしも。

すべてのさま田舎ならず。

節季候がかざしの山草のにぎはゝしきも。

難波にははや捨りしなり。

まだ冬ながら。

野小屋の軒に火ともす梅を。

ゆかしと見る窓の内に。

しやみせんの撥おと高からず。

千歳や万歳の鳥おひ。

夢に見てさへよいとやの春駒のけいこするは。

かれらが中にも年じまひよく。

春のかせぎぬからぬよと聞なさるゝ也。

国々所々のはて/\にはさま%\なるならはせども有べし。

南部大とて。

みちのくのとつと奥には。

小晦日の暮は。

元旦を大三十日にしていはふとなり。

たらぬを忌ての事なるべし。

長崎の津には。

年のはじめに。

喇叭ふきと云もの。

木綿のひとへ上下着て家々に入来り。

とし徳棚にむかひ音高く籟たつる事有。

此湊はもろこし船の多く入来るを豊年とすれば。

こゝの福の神は異国の物の音を悦ばるゝなるべし。

又ばてれんの絵ぶみ。

正月の十日より内にとりおこなふ也。

此事はやくはたさでは。

春の心ものどけからずとや。

もろこしにも福州といふ地には。

国性爺がはじめおきて。

家々ごとに日本流の門ー松をたつるとなり世はまじなひの人ごころも。

春のはじめなる事どもは何もかもめでたし。

いづくはあれど難波の大湊に。

春風春水一ッ時に来るのみならず。

野菜に四時のわかちなく。

瓜なすびは三四月。

ほしかぶらつく%\しは冬の物。

菊は夏。

水仙は秋の花と。

此頃のわかき人はおぼゆべし。

又人の上にても男女貴賎の別なし。

とりあげはゞする男あり。

それも久しきものなり。

大峰の女せん達あり。

立役敵やく女形何でもする役者あり。

かぶき芝居のせりふ書の借本有。

それをよみきりの夜講あり。

はたらき人に茶ー人あれば。

大師めぐりする医者あり。

柳はぬめた花は二朱一ッ片。

おかしい人と欲しらずの今ほどはやらぬ事はなし。

ある禅師のいはれしは。無欲は人のほむる所なり。

有欲は人のにくむ所也。

しかれども欲も道もあらば可なり。

道なくば無欲も奇特ならず。

七宝とて仏もたふとみ給ふぞかしなども。今は古風にて間にあはず。

道も奇特も論なしに。爪をのばしてかゝるが当世。今の世に毒薬といふは。薺の汁の事なるべし。

いかさま極楽世かいの御普請も。

金銀の柱いしずゑ。

馬瑙のうつばり珊瑚の檻干。

時々のつゞくりもやすうつかぬ家にすませ給ふは。

ほとけもよい物はお好にちがひなし。

又ある理屈者のいはれしは。

世に鉄とあかゞねほど益ある物はなし。

鏡につくり剣にうつ。

鍋かま薬鑵毛ぬきはさみ。

こと%\く日用のたすけかたじけなき宝也。

金銀は鈍物なり。

かゞみにしてうつらず。

剣にうちて切ず。

其外何にしてもそれ/\の用をなさぬを。

いかなれは無上のたからとたふとむ事ぞと思へは。

その無益無才の鈍物をたふたみて。

万事の用をなす物をいやしめてつかふが。

むかし/\の人のかしこき定めなり。

玉と瓦石のくらい又同じと。

是はそんな工夫でもあるか。

さらずとも又自然の事にてもあるべし。

ギヤッとうまれてから三才の童も。

ひかりあると色よきものには目をつける事しぜんの人情なり。

茶人と云ものゝ秘蔵する道具を見れば。

むかしの塩壷物だね入

又はかづらゆひなき山中の桶小桶の用なす物を。

二重のふくさづゝみ三重の箱。

古金襴広東名物のにしき鈍子にかへ袋してもてはやす事。

東山殿このかたの病気なり。

しかれども金銀玉の値はおよそ権衡もてつもらるゝを。

此土物のたぐひは其あたひはかりしられぬが。

まことに宝といふべき物ぞと。

ある数奇者のいはれたる。

是も一理なり。

何となりともいへばいはれて。

さてどふがどうやらしられぬ天地のあいだの事を。

儒者達はめい/\のより所に肘をはりて他をそしる。

仏門又おなじ。

はじめに首をさしこんだがぬかるゝ物ならぬいて見や。

よそを論ずるはたがひに垣のぞき学ばぬかたの道理を。

我さいかくでこゝろ得がひはいひつかなき物ぞ。

はじめからよい事にとりついたが其身の仕あはせ。

すなはち福人なり。

金銀ほしや家蔵ほしやと。

角入るからおもひこんだに。

福相もあらはるべし。

いつも月夜のうか助もほしがらぬではなけれど。

足もとまでとしも暮てこねば何の工めんもせず。

さあといふ日に質だねさへつきはてゝ。

天 地四 方を思いまぐらせど。

是までの不埒に皆ふさがり。

万うけよしのあきのかたは心あたりなし。

やう/\思ひよりしは。

近比の酒宴出あひ樽井屋の何がし。

是にいふたら金の二角やなどはと胸ざん用して。

大三十日の日も夕かぜのはげしきに。

こゝろざす門に来て見れば。

此家は春の比より手斧ぞめして。

霜月の末にうつりたる新 宅。

軒したのしつくいまつ白に。

打水の氷てなめらかなり。

竹の犬垣青々とぬれ色のうるはしきに。

春はまづ此宿よりも立はじむらんと見ゆるにも。

我ねがふ事のたのもしげなり。

もり砂かきあげてはうめきたる男に。

御在宿かと尋れば。

さやうとこたふ。かつ手ぐちへすぐに通りて。

御見まひ申ます。

先ののどかな暮で。

ことに御新宅なり。

重 畳おめでたいと云。

内室の髪けはひ水ぎは常ならず。

黒小袖の定紋。

下にはもやうゆかしき花いろそめ。

わざと織のはかた帯うしろにむすび。

桐火をけの打ひらめきたるに池田炭のかをりをひかへて。

阿蘭陀じまに紫裏のこたつぶとん福らかなり。

会釈よき家主にて。

ようこそ。

おたがひにおめでたう存じます。

たゝ今湯をひいて居られます。

まづおとほり遊ばせと火鉢さし出す。

茶たばこのついでこゝろよき事のみ。

いまだふき入こそせね。

色つけ普神のしかも鉋たりて。

何となくさわがしからず。

もとより何かしの家相をつたへて。

見わたしにひとつとしてぬけた事ない指図にも。

たゞ障子ふすまのあまりにあか/\としたるぞ。

すこし事さめごゝちす。

春のまうけはさらぬ宿にしもうれしきものを。

此とのはむべも富の札買たがりさうな隠居ばゝ様もなく。

みつばよつばのなゝつべり法度。

宝引道中すごろくは三ンヶ日おゆるしの家の風。

よろづにゆかしげなるには。

おのれが木綿羽をりの襟のねぢれて。

まだ髪さえ乱がちなるをおもへば。

何となく心ぼそりして。

ことばずくなゝるうちに。

あるじの声湯どのに高く。

手水もてとよばゝるに。

丁児かみのおなご我さきとはしりゆく。

ほどなく湯けぶりをさめて。

着もの羽をりあたゝかげに。

居間より是へお通りとの声陽気あまり釜のにへ音門の松風にかよひて聞ゆ。

かれ是心おくれ。

今日はお事も多からん。

たゞ今御門前を過て。

打通りは失礼と。

歳末の御祝儀までにおより申た。

是から宿へかへりて。

相応の年をとりまするとのみ。

無心の無の字も口へは出ず是はどうぞ。

せつかくのお出。

せいぼの一こん組重でさし上うといへど。

今あげたとし徳だなの燈明のひかりも。

みがき立た客ぎせるのきらめきも。

物のにらめるやうにて。

かれは何ぞととふ心もせず。

何ぶん春ながにとはや立て行を。

まづ/\ととゞめても。

なじみの神風がうしろから引きたてるやら。

あはたゝしく逃かへりぬ。

この家の有りさまの富貴めかしきは。

猶浪花何十万家の中にはめづらしからず。

何がし誰がしのゆ長者の家は。

さるさむげなる人のちらとも出入する事なく。

家内の事はもとより。

諸大名がたの仕おくりもはるか霜月の比のまでに。

何万両何千両何千貫目の御用ども事すみて。

一門別家をはじめ。

出入かた医師茶師道具屋能大夫。

庭をたちまふ末々のものらまで。

それ/\のおくり物。

又妾宅こゝかしこのまかなひ。

年々の記録にくはしければ。

それかたの手代が手まはしはやくしたりがほなり。

麁物かたの老女おとらずとりまかなはるゝに。

御嘉れい有りがたしと。

皆々よろこびの声かまびすきばかりなり。

旦那のおつかひがねばかりは年々たらせられぬよしにて。

かゝる上品の人も。

暮はくれのならひと見ゆる中へ。

茶屋くるわ芝居ものかそれ/\の下されもののほかに。

恐ながら無しん状何十通ぞ。

五両十両二三十両乃至百両のとしとり物。

俵藤太のおむすめ子米いち御れうまでもつかわされねば。

人なみに春をむかへらるゝ事ならず。

此長者の門をば。

まだ礼者も来まじきほどの夜ごめに。

ほと/\とおとなふものあり。

雑煮おそしと店に居なみたる手代どもがあやしめて。

誰ソととがむれば。

しはがれたる声して。

渡しは往来のものでござります。

唯今見うけますれば。

此家の上で丹頂の鶴がまふております。

あまりおめでたい義じやと存まして。

おしらせ申上ますと云入る。

是は吉事とさつそく旦那へ申上れば。

ことなひ御よろこび。

其ものに物とらせいと仰出さるゝに。

とりあえず鳥目三貫文。

ハアありがたういたゝきます。

さても/\おめてたや。

お恵びす若ゑびす。

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書ぞめ機嫌海下之巻終