書初機嫌海(かきぞめきげんかい)

むかしの西鶴(さいくわく)が筆のまめ/\しき。

世の中のよしなし言(ごと)が。

つもり/\の胸算用(むなざんよう)。

来る春の千代の松坂。

こえわづらひし事どもを。

教訓のがてら文章(ぶんしよう)に書出たるを見るにも。

かの紫(むらさき)とかいひしむかし人を。

前(まへ)だれたすきの世にあらせば。

あかしや須磨の塩(しほ)じみたるかたりぐさを。

人情(にんぜう)のかぎりいひ出なんものをともおもはるゝぞかし。

これはそれらの数(かず)にもあらぬが。

ゆく年の尻(しり)わらひな猿(さる)手がうを。

まだかけ/\とすゝむる人もあれど。

老ぼれがらるゝむかし口には。

まづ初春の筆はじめまでに。

機(き)げんかいなことを。

ひとつふたつのみ

  天明ひつじの年む月

                  洛外半狂人漫言

  書初機嫌海(かきぞめきげんかい) 上

   むかしにほふお築土(ついぢ)の梅

天下太平国土安全(てんかたいへいこくどあんせん)。

おつとり百七八十年このかた。

大宮ばしら動(うこ)きなき御代(みよ)の有がたさ。

かゝる御ン時にうまれあはせて。

何くらからぬあまりに。

親のうみ付ぬ口がしこい事を。

隣丁(りんてう)の市儒(しじゆ)の許(もと)でさへづりならひ。

ついよう治(をさ)まつた御代じやと。

誰も聞えるやうにはいはひで。

尭年(げうねん)じやの三ン代の治(ぢ)じやのと。

人の耳に入ぬやうにいふて。

たゞ太平とは贅(ぜい)たくの俳名となる。

其尭(げうねん)三代など云は。

太羹(うまいもの)もまいらず。

衣(き)もの履(はき)ものやぶれねば更(また)こしらえず。

茅茨(のきば)も不剪(やりばなし)にして。

外聞(くはいぶん)をかまはせられぬ代(よ)なりしとや。

又象牙(さうげ)で箸(はし)をこしらへたから。

てつきり玉の杯(さかづき)もとなげかれしは。

さてもまづしい国の人心や。

御(み)国の今では。

ウニカウルでけづらせても。

けつく杉くろもじよりいやしめ。

玉のさかづきとは利休をしらぬや

つかなとあなどるには。

それらにおどろくはづもなし。

儒者達(じゆしやたち)は心せばく。

引あはぬ異国(いこく)のむかし話(ばなし)を信(しん)じて。

かたむくろなる論(ろん)も今はよしなし。

かゝる御ン時には。

奢人(おごりて)をあてに衣服調度(いふくてうど)をこしらへて。

世過するもの幾万人ぞ。

ねずみ算用(ざんよう)にましてゆく世の人を。

皆耕(たが)やさせてとは。

富士(ふじ)も筑波(つくば)も比枝愛岩(ひえあたご)も。

残りなく引ならしても。

猶人数にはたらぬ田畠(たはた)なるべし。

歯朶(しだ)ゆづり葉いかいたはけの丹波道を。

京の町あてにして毎日荷(にな)ひこむ事。

おびたゝしき年々の暮のにぎはい。

是を神代(かみよ)からある吉例のやうにいふて皆する事なれば。

正月はめつたに神代(かみよ)めく物に。

哥れんがの人のいひはやせど。

すきと其むかし/\にはあつた事でもないげなり。

福徳(ふくとく)びんぼうのぎゑんは。

もとから国の人の愚智(ぐち)とんよくからしはじめた事じやと。

ある物しりのいはれたを聞し。

いかさまそれはそうかして。

大かたは荊楚歳時記(けいそさいじき)とか云書(ほん)にある事多(おほ)し。

二三十年前までは。

門々(かど/\)の松竹大路(おほぢ)にそびへ立て。

かざり海老(えび)かざり炭(ずみ)。

だい/\穂だわらの色おかしくとりあはせて。

ことし藁(わら)のしなへ三尺にあまれるしめ縄(なは)。

ゆふ切かけて軒ごとに引はへしに。

はつ東風(ごち)のそよめきて。

えもいはれず福々(ふく/\)しき物なりしに。

いつしかそれらの事すたりゆくさまにて。

さばかりの大かざりは。

武家(ぶけ)がた。

何がしの長者(ちやうじや)。

あるひは呉服(こふく)の現銀店(げんぎんだな)。

芝居(しばゐ)の大木戸のみに風義(ふうぎ)のこりて。

商人職人(あきんどしよくにん)の門々(かど/\)は。

子(ね)の日めく小松をはしら根に打つけ。

かざり縄もつい輪(わ)にして。

門の口に引かけてす事。

何も/\さらさつとした世のさまを見て。

門徒宗(もんとしう)には。

むかしから是らの事をせぬゆゑに。

あら有がたや。

世の人皆常(ぢやう)ぼん常(ぢやう)ひがんのことはりをわきまへしは。

御宗旨(こしうし)の繁昌(はんじやう)じやと。

偏頗(へんば)なよろこびごともおかし。

又ある国学者(こくがくしや)とか言ふが。

何事もそろ/\太古(おほむかし)の質朴(すがた)に立かえるを見よといはれし道理に。

是らも引付て云たい物なれど。さら/\そうでわあるまい事。

世の繁昌(はんじやう)につれて。

人のさいかくも。

とつくりとそろ盤(ばん)と談合(だんかう)して。

無益(むやく)の事ははぶいてせぬ事よと見えたり。

何とおもひめぐらしても。

むかし/\には立かえりもすまじく。

又立かへりとむない物なり。

いにしへの天子様のおあがり物を延喜式(ゑんぎしき)で見れば。

いけた物はひとつもなし。

今は年の市じまいに薄塩(うすじほ)きりて。

若狭(わかさ)もどきのすはり鯛(だい)など。

万事の物ごのみかくなりぬ。

福寿(ふくじゆ)の文字さへあれば。

何にても求めるぎえん世界(せかい)なれど。

うまくくひのみして。

あたゝかに着(き)ふくれん事をむねとし。

くはれぬ門松かざり縄には銭をついやさぬ人ごゝろの。

むかし/\には似(に)もつかぬ物ぞ。

さばかり物事のはぶかれゆくにも。

さらにうつり給はぬはお築土(ついじ)の内にて。

よろずの事いにしへをしたはせ給ひ。

有職(ゆうしよく)の御家にそれ/\の旧(ふる)きためし共をもとめ給ひ。

三百年前の朔旦冬至(さくたんとうじ)の御ン儀式(ぎしき)までおこし出させ給ふは。

さても有りがたき太平のあまりなりけり。

九重(こゝのへ)の門(かど)のしりくめ縄。

なよしのかしらひいらぎらと。

貫之(つらゆき)のいはれしには。

其世の春もほゞ推(おし)はからるゝ也。

今もしかるやいなや。

御垣(みかき)の内なる事はしらるまじき事なり。

丁人百姓の家には。

柊葉(ひらぎば)にとりそへて。

鰯(いはし)のかしらにてすますを。

それらの手あてにては。

財布(さいふ)かたげた鬼(おに)は何のおそれなく入来りて。

払ふかはらはぬのけん脈(みやく)をはやくうかゞふなり。

はらひ場(ば)の旦那手代が居ずまひはもとより。

大釜(おほがま)の上のすゑ餅(もち)のはぜおとり。

荒神松(くわじんまつ)の枝ぶり。

釣(つり)さげた塩鰤(しほぶり)の大小。

内義の髪(かみ)かしら。

畳(たゝ)のおもてがへ。

薪棚(きだな)の薪(き)のつみやう。

足(た)るたらぬしらぬ丁児童女(てつちこめろ)が。

正月/\とうれしかる横顔(よこがほ)の何となうこさびしいに。

是なん内ばらひの家と黒ぼしさしたがへぬが。

当世の商人也。

人間の種(たね)ならぬ竹のそのふの末葉までも。

世のうきふしにつれて。

あるないの苦はあそばす事かもしらず。

それにつらなり給ふ雲のうへ人も

代々(よゝ)富さかえ給ふがあり。

又まづしくておはせしも。

一国一城のむこ君にさだまらせ給ふより。

めき/\と御かつ手なほらせられて。

五歩(ごほ)に一楼(いちろう)。

十歩(じつほ)に御はらへらせられても。

何時しらずに山海(さんかい)の物をすゝめ奉るけつかう。

其段になりては。

金一両は六十目するものとおぼえた下子(げす)心とはちがふて。

いふにいはれぬたふとい所が有よし也。

かゝる御あたりの春むかへには。

年々の御嘉列のほかに。

ひさしくすたれたる事やはあると。

家の記録(きろく)をかんがへさせられて。

何事もおこし出させ給ふ。

御(おん)一族(ぞう)広(ひろ)きかぎり。

まづ衣(きぬ)くばりおぼしよらせ給ふ。

松がさねよりして桜山吹のかさね花やぎたるまで。

風流(ふうりう)のかぎりを物ずかせられつゝ。

此春の御ことぶき。

よろづ御(み)こゝろゆかせ給ふよと見ゆる。

是をまかなはせらるゝお里かたの役人。

いかに眉(まゆ)をやひそむらん。

年々のお江戸くだしのほかに。

是だけはの手あてを打こえた事共。

銀主共(ぎんしゆども)に足(あし)もと見られて。

前月(ぜんげつ)おどりじやの手代口銭(ごうせん)じやのなんのかのと。

酢(す)にひけ粉(こ)にひかれて。

忠心の胸(むね)をさかさるゝとは露しらせ給はず舅君(しうとぎみ)にもいつの春

よりことない御機げんにて。

ことしは姫がはじめての都の春あそび。

さぞよろこばしうをるであろふ。

ずいぶんと万事とゞこほりのないやうにとりまかなへ。

ほどなう若君をよろこふと聞かば。

此うへの満足(まんぞく)。

其たよりを待びさしく思ふはと仰出さるゝに。

近習(きんじう)をはじめ出仕(しゆつし)の諸武士(しよぶし)かしこまり奉りて。

千秋万歳重畳の御ン吉事をねがひ奉りますと祝(しゆく)し申上る中にも。

御納戸(おなんど)用人のみこゝろひとつに。

去暮(きよくれ)のお物入のうへに。

つゞいて御懐妊(ごくわいにん)とあらば。

はたといかぬさしつかへを。

人の心もしらずにと。

にがわらひして恐悦(けうゑつ)申上る成べし。

又さるよせなき蔵米(くらまい)の納言宰中将(なうごんさいちうじやう)の御かた%\。

わびしくてのみ過させ給へるには。

来る春のまうけも御(み)心ゆかせ給はぬ事のみにて。

おくりむかふと何いそぐらんとひとりごとして打かこたせ給ふ。

北の御方もよろづ心だのみなくのみおぼして。

物思ふと過る月日もしらぬまにとうちなげかせたまひぬ。

姫ぎみたち。

しろき御ン衣(ぞ)もなれあかづきて。

紙の衾(ふすま)ひとへを二(ふた)かたの中にめさせ給ひ。

かなた身じろき給へば。

こなたはあらはにぬがせ給ふ。

御ンたがひにをり/\おきてやすませ給へるを見るにも。

北の方の御(み)心やるかたなし。

わらべ共がふみあけいでも。

くづれこぼれたついぢより犬(いぬ)もかよはぬは。

道理でこそ。

お臺所(だいところ)はへりなし畳(たゝみ)のしかもところ%\やれくさりて塩(しほ)じみたるに。

老たる女房の居かゞみながら。

ひとりのはした女(め)をよびづかひして。

御ンかゆきよくしてまいらせよなどゝいふも。

ふるふ/\寒げなるには。

塩物の骨(ほね)だにも落こぼれてはあらず。

この殿につかへて御侍(みさふら)といふも。

絹がみ下のうらは大かたは反古(ほうご)してつゞくり。

千代絵哥がるたの内職(ないしよく)も。

年々にふけい気での。

しろ物づかへじやのとふられやすかた。

黒がねのン雪踏のしりのちびるほど持あるかねば。

お銭(あし)にはかへがたし。

此さむらいもとは難波がたにて。

よしある人の愛子のあまりに家業(かげう)うとくしかもてゝ親なしのやらこいそだち。

かせきの事はすきと桂馬(けいま)とび。

すこしの風流(ふうりう)からお築地(ついぢ)の御奉公に参りしのち。

難波なる友のもとへ。

便につけていひつかはせる

 雲のうへのありし昔はしらねども今玉だれの内ぞひだるき。

となん聞こえし。

かゝる御あたりにも。

ぜひ暮て行年のあしたは。

空のけしき立かはりて。

うら/\と霞わたれるを。

おもしろと御覧ずる。

御格子(みかうし)参るより。

比枝おろしの雪風さと吹入て。

はげしさいはんかたなし。

老木(おいき)の梅の。

おほかたは花もさかで枯(かる)るよと見ゆるが。

片枝(かたえ)の木末(こずへ)に。

わずかに四五りん春しりがほなるぞまづうれし。

鴬のこゑまだ氷れるには。

物ほしげに聞なされてあはれ也。

かくわびしげにわたらせ給へど。

初春の御ンながめぐさは。

丁人の腹(はら)ふくれ共が口ぶりおよぶべからず。

御ン筆はじめあそばさせ給ふ。

御手のけだかくなだらかなるを見るにも。

此御ン筆つきにては。

何十貫匁。

何百何十両のいやしげなる事(十一才)はのるまじきなれば。

よく/\かの物にはうとまれましますが。

かへりてんごとなき御ンすぢめあらそはれぬ事也けり。

大内に雪御見覧ずるとてめさせ給ふに。

いそぎ参内(さんだい)まします。

春の雪は沓の鼻のかくるゝほどゝ。

むかしの御ン抄物(せうもつ)にしるされたるけふのあしたを。

御供にまいる人は。

いかにわびしと打かこつらんかし。

書初機嫌海(かきぞめきげんかい)上終

書ぞめきげん海 巻之中

 富士(ふじ)はうへなき東(あずま)の初日影

何かと申す御神(がみ)の。

神功皇后(じんごうくわうぐう)に告(つげ)たまふは。

是より西に。

金銀や何やよい物の沢山(たくさん)な国がある。

お苦(く)もじなからおしわたつて物したまへとありし朝鮮国(てうせんこく)は。

今ではまづしい所じやと聞く。

もろこしの神は。

是より東にある日本の国は。

金銀銅鉄(どうてつ)をはじめ。

煎海鼠(いりこ)くし貝昆布(がひこぶ)などいふよい物がえいとあるほどに。

絹布(けんふ)や薬種(やくしゆ)やがらくた書物(しよもつ)まで持わたりてかへ事してもらへと。

やはらかに告(つげ)たまふかして。

年々長崎の津に入朝(につちやう)して益(えき)を乞(こふ)事。

尤あやまつた仕かたなり。

清浄(せう%\)うへなき神にも。

二一天作(てんさく)の道はわすれ給はぬ事と見えたり。

人としてそろ盤(ばん)にうときは。

親のあまたらし彦のをしへなきがなす所にて。

てんつる手なつち足なづちとなりての後に。

くやむとも又かへるべからず。

東海姫氏国(とうかいきしこく)の姫(き)氏は周(しう)の姓(せい)。

荊蛮(けいばん)に走(はし)られた泰伯(あにき)が。

すなはち日本の祖神(そじん)じやと云事。

今に見臺(けんだい)たゝいていひはる人もありときく。

かしこからぬ事なるべし。

ひだりの御ン眼(め)を洗ひたまへば日の神うまれたまひ。

右の御目に月の神うまれ給ふ。

其日の神は女神(めがみ)じやとのいひつたへ。

それでは左が陽(やう)右は陰(いん)のから理屈(りくつ)に又あたらねば。

国土(こくど)ちがひの引あてごともしひてはいらぬものなり。

天竺(てんぢく)は母(はゝ)をたふとむ国じやとやら。

いづこ/\もむかし/\の仕(し)くせのみを。

後(あと)からさま/\とのいひなし。

皆閑人(ひまじん)の我(われ)がしこなり。

おなじ日本の内でさへ。

お江戸の土風(どふう)。

ソナ和郎(やろう)。

お午飯(ひる)はまた出かしないかと。

我夫(をとこ)にむかふて横(よこ)ぎせるのならはせもあり。

京難波の丁人の家にも。

牝鶏(ひんけい)のあしたするを爺娘(とゝかゝ)といふ。

それでも益(ます/\)しんだいの栄えるがあり。

しよせん儒道(じゆだう)といふは士大夫(したいふ)以上のをしへ。

草(くさ)のなびきの百姓丁人。

夫(とゝ)がぬるくば婦(かゝ)がはげしいで。

味噌塩(みそしほ)のみならず。

商売(しやうばい)のかけひきまでぬからぬでわたらるゝ世なり。

魚鳥五辛(うをとりごしん)を喰(くら)はひでも。

有雑無(うざうむ)ざうにけがれた人の腸(くそわた)から出た。

性理格物(せいりかくぶつ)も十二因縁(じゆうにいんゑん)も。

つまり/\の算用づめは人(にん)げん作(さく)にて。

天地の自然(しぜん)にはあらずといふ人もありとや。

国の繁昌(はんじやう)時々西へながれ東へうつる。

河の瀬のかはるに似たり。

天地のきはまりなきは目前(もくぜん)あらそはれぬを。

天理因果(いんぐに)の口たゝきのたえぬは。

人はともあれおのが身過。

米薪(こめたきゞ)は売べき物。

道は売まじき物。

我は売べき米やたきゞを売て。

売まじき道を売まじといはれしもありしが。

さいふて又ぬからぬ売人(うりて)であつたかもしらず。

年の市浅草を日本第一といへり。

春のかざり物。

竹松や何や。

ほうらいのくいつみ物。

神だなかんばしざうに椀(わん)。

組(ぐみ)重ばこ。

和水桶などは売べき物なるを。

其外所(しよ)たい道具。

何によらず市人の持て出た物は。

塵(ちり)も残らず売れること。

繁花(はんくわ)のみの事にあらず。

余国(よこく)とちがふて一年がはり三年づめの諸武家がた。

故国(ここく)に妻子(さいし)をおきて。

寐るに伝内おきるに角助のをとこ所帯(じよたい)。

ながれ川であらふ便器尿瓶(おまるしびん)までさらり/\と買かへて。

又新らしき春をむかふ事也。

万事大まかなひにて出世しやすしと。

上(かみ)がたのならずものは。

不尽(ふじ)の山を跡にしてはる%\とくだるを。

又こゝのしはたしものは。

誂子浦賀(ちようしうらが)の湊(みなと)々にしほたれつゝ。

あるは上(かみ)がたさしてのぼるもあり。

三十年前江戸見た人のいはれしは。

京なにはの水あらひよき女をつれて下つて。

何によらす卓文君子(たくぶんくんし)だしの店(みせ)あきなひを出さばとかんがへしも。

いつのまに。

扇折女髪ゆひをはじめ。

女医師(いし)女相者(さうじや)。

幾田やつ橋の琴指南(しなん)。

滝本りうの手習(てら)屋。

千家(せんけ)の茶手まへじんじようでよいの。

蕉門(しやうもん)の俳諧士(はいかいし)もつよからぬは女なればなどゝ。

見めよきをもてはやせしも。

今ではさらにめづらしからず。

やんがて大名の銀口入(かねくにう)かしつけざいそくに。

松がね油のかをりゆかしく。

口紅粉(べに)の玉虫いろに云まはされやすらん。

それもはやくふりたるかはしらず。

されば元日の大下馬(おほけば)さきのめざましき事。

御溝水(みかはみづ)のゆたけき流の音。

桧垣茶屋(ひがきぢやや)の日影うらゝかなるには引かはりて。

六十余(よ)ヶ国の大小名(たいしやうめう)がた。

御はたもとの数かぎりなく。

東天光(とうてんくわう)おそしと出仕(しゆつし)せらるゝ。

乗輿(じようよ)の御(み)さきあらそひ。

引馬のいなゝき。

人だまひにおしやられじとのはれわざ。

絵にも詞にもかきとらるまじきとなり。

神社寺院(じんじやぢいん)がたの御拝礼(ごはいれい)はいつの日。

四坐(よざ)の御うたひ初(ぞめ)。

けふは花のもとのおれん哥(が)はじめなどゝ。

松の内外(うちと)の御祝儀打つゞきて。

吹風枝をならさず。

よする浪やしまの外までしづかなる御代なりけり。

かく繁昌のおひざもとにも。

よるべなきは猶しまひかぬる暮を。

なげきてのみ。

過す月日もけふあすとなれる師走空(ぞら)の五十三次。

業平(なりひら)に似た旅(たび)人もあらず。

本丁(ほんちやう)の御服棚(ごふくだな)。

新堀(しんぼり)の酒屋など。

損徳(そんとく)のふたつを二本の足にかけてゆきかえる中に。

世にありわぶる難波男の。

誰をあて。

何をたよりとなしのあづまくだりに。

ふるさとのつまらぬづくしもはかられぬ。

むかしは潯陽県(じんやうけん)の菊印(きくじるし)を風雪(ふうせつ)の日の熱燗(あつがん)たのしかりに。

いまは菊川の宿ぎりにわづかの路銭(ろせん)をつかひはたして。

一重(ひとへ)ぬぐべきはかりこともなく。

かち荷(に)ともらひ喰(ぐひ)をないまぜて。

やう/\江戸の町に夜に入てにじりこみぬ。

こよひは節分(せつぶん)の夜にて。

あくる二十七日年内立春(ねんないりつしゆん)なり。

大路(おほぢ)にぎはしく。

厄(やく)はらひの坂東声(ばんどうこゑ)高々とよばゝりゆくもめづらしけれと。

鼻(はな)つまゝるゝもしらぬしんの闇(やみ)に。

何町(なにてう)と云所やら。

もとより尋ぬべきしるべもなく。

寒さわびしさたとへんかたなし。

銭湯(せんとう)のあんどうのひかりまづうれしく立よりて見れば。

人おほく出入て。

湯けぶりの賑(にぎ)はしきを見るに。

よしやこよひの野ぶせりに飢(うへ)こゞへなば。

あすの命もしらぬにと。

つかひのこりの湯代十銭をかぞふれば。

跡の緡(さし)には二三文の手あたり。

まゝの合羽(かつは)のたばこ入におしこんで。

何かなしに御めんなりませ。

ひへものとはまだしもの事なり。

毛(け)の穴(あな)にしみ/\とあたゝまりて。

板間(いたま)に出。

あらこゝろよやと。

かゝり湯の小桶(こおけ)に腰(こし)打かけて。

くたぶれやすめば。

又是よりいづちへとおもふに。

しきりに物がなしくなりて。

古布子(ふるぬこ)の帯(おび)しめ/\。

遠くも来にける事かな。

あはれ都鳥のちかづきもがなと。

此入ごみの人々を見わたす中に。

四十あまりのまづしげなる医者坊主(いしやほうず)あまたふりまはして話頭(はなしかた(形))どりたるをば。

ヲ、それよ。

玉つくりの唐弓弦(とうゆみづる)屋の二番むすこ。

小文才(こもんさい)もありて。

博奕(ばくゑき)かせぎに家出してふたゝびかへりこぬ。

其男なり。

あまりのうれしさに。

さて/\おなつかしやの外には詞も出ず。

かなたよりもやう/\思ひ出して。

是はどうだとこたへられた又の嬉しさ。

つまらぬづくしの物話(ものかたり)を聞て。

あても本銭(もとで)もなくて。

今の江戸へくだるとは馬鹿(ばか)な事。

マア宿へあゆませいと連(つれ)てかへりて。

湯づけふるまふて後の異見(いけん)ばなし。

むかしの江戸は人の心たのもしく。

たのむにひかぬ男気な所でありしとやら。

我らがくだつてもはや十年前にも。

其やうな算用なしを見あたらず。

たゝ何事にも執着(しゆうじやく)せず。

たくはへ下手(へた)なるは自然(しぜん)の土風なり。

欲(よく)すぢにおいては上がたの人にまさり。

なりあがりとは立身(りつしん)の和訓(わくん)とこゝろえて。

御機げん恐悦(けうえつ)おかげ御恩(ごおん)などゝ云詞。

分限(ぶんげん)のわかちなく云て。

我たのみし人のあたまをふまへにして。

かけあがり徳な世となりぬ。

又昔は京奉公人とて。

大名がたのめしつかひは。

皆都ものに定まりし物なるに。

今は江戸のれき/\の丁家(てうか)のむすめを。

我おとらじと藝(けい)をしこみて。

奉公(はうこう)に出す事也。

泥(どろ)水に染(そめ)た紫の都まさりなも有かして。

めさるゝ事専(もつは)ら也。

詞づかひ琴しやみせんの一ふし。

だみたる声はなかぬ也けりと西行法師はよまれたれど。

あづまの鴬のなまるにはちがいなし。

されど手かき哥よみ茶香すころくなど。

又はつまはづれ行義会釈(ぎようぎえしやく)におきては。

都はづかしからぬものにそだつる事。

米といふ物になる欲(よく)せかいなり。

我らが所業(しよげう)とてもその通り。

病家(べうか)と云がより親にて。

薬(くすり)の功験(こうげん)はさしおき。

心やすうてよいの。

話(はなし)がおかしのと。

皆あちのなぐさみになるからのはやり医(い)しや。

大病(たいべう)になりてのしんせつと云は。

出入婆(かゝ)なみの夜とぎの事。

又は一種至来(いつしゆとうらい)といふて時々の亭主ぶり。

暑寒(しよかん)の付とゞけの外に。

髪(かみ)おきじやの元服(げんぷく)じやの。

年賀(ねんが)法事はさておき。

かひ猫(ねこ)の子を産だまでぬからず酒さかなをおくる事の心がけ。

傷寒金匱(しやうかんきんき)の考索(かうさく)よりも第一なり。

又時々金銀の小無心(こむしん)。

遠来(えんらい)の塩辛(しおから)の所望(しよもう)。  

酒の乞飲(こひのみ)などもあいそとなる。

是らの事をたしなみてせぬは。

療治(りようぢ)の巧拙(よしあし)はさしおき。

先は我医士(医士)也と云て。

少名彦(すくなひこ)にも神農(しんのう)にも申わけは有りべし。

さて学問(がくもん)の風も三十年前とはちかふて。

一家(いつか)の見識(けんしき)を立る人なく。

口には素難仲景(そなんちゆうけい)の軽薄弁(けいはくべん)でうりつける事也。

つら/\思ふには。

今は儒者(じゆしや)の論語医家(ろんごいか)の傷寒論(しやうかんろん)。

国学者(こくがくしや)の神代記(じんだいき)。

我はかくと云説(せつ)を一事(じ)一語(ご)でも持て出ねば。

いふがひなき世と云物也是をばかぶき芝居(しばい)の忠臣蔵世界(ちうしんぐらせかい)と云。

由良(ゆら)之介をはじめ。

おひはぎ場(ば)の定九郎まで。

性根(しようね)と云事のないは見物(けんぶつ)の望(のそみ)をうしなふ。

上(かみ)がたとてもかはらぬ幣風(わるぐせ)。

なげかはしき事なり。

すべて関東(くわんとう)人はおとこ気と云が夷(えびす)心にてながくよる陰とたのまれぬを。

誰あてとなくくだりては。

おこせ共が手におちて。

切米給銀(きりまいきうぎん)時ゝの用無心(ようむしん)。

ないがうへをかりあげられて。

情(なさけ)なくつらき事のみのはては。

品川海へさらりこつはいの厄はらひ。

いかになりとも故郷(こけう)の土(つち)。

心だになほらばの恩愛(おんあい)の日のめのさすを待れよ。

我らもながくこゝに住はつべきにあらず。

一仕合(ひとしあわ)したらばと。

聞うちからしきりに上(かみ)がたなつかしく。

どうぞしてかへりたいもの也。

御思案(ごしあん)なされて下されと。

俄(にはか)にいに神のついた涙声(なみだこゑ)。

それなればさいはい。

此むかい角の家に春から滞留(とうりう)の大坂人。

脚気(かつけ)のなやみもやう/\本復(ほんぷく)して。

あしびきの山もこけず。

翌(あす)は立(たゝ)るゝとの事。

是をたのみてとはしり行て。

さつそくに談合しめ。

はさみ箱一荷。

口のうへの御供かたじけなしと礼あつくのべて。

越年(おつねん)ながら春をいそぎの道中。

今夜の七ツ立。

命の親とつきぬくりこと。

いとまごひして門トを出れは。

二十六夜の月しろさしのぼる。

四ツ辻(つじ)の真ン中に。

何やら白き物のあるを立よりて見れば。

三方にしら絹にてつゝみたる物。

しつかりとした手あたり。

何かはしらねどもこけても砂の身の上。

拾ひあげて是は金か。

さてもふしぎ。

およそ百両のつゝみがさ。

まことや厄年(やくどし)にあたらせ給ふお大名がたの厄(やく)おとし。

金(かね)とふんどしを捨させらるゝと云事を聞しが。

もしそれか。

それならば夢ではないか。

夢でもゆめにはせぬ/\と。

おしいたゞきてにきりつめ。

命の親の医(いしや)(者)にさへ。

かうといふたら半分しよはしれた事。

義理もへちまも浮雲(うきくも)助の身の上はと。

やとはれた家へはしりこんで。

心うれしさの気がるなとりまはし。

是はよい人じやとの悦び。

荷物(にもつ)の工面すんで。

八ツ鶏(どり)の声おそしと門出(かどで)の支度(したく)。

亭主にも一礼云て。

荷物かろ/\と駕(かご)に引そひ。

行ゝ品河口にて夜明ぬ。

こゝよりふりかへり見るお江戸の町。

はる%\の所を。

夜に入て来て夜ごめに出るは何事ぞ。

銭湯(せんとう)のあたゝまり。

医者(いしや)の深切(しんせつ)。

拾ふた金の嬉しさが。

夢でもなかつたよい夢ごゝろ。

ふじのすそ野の沖津(おきつ)どまりが元旦の初日影。

はつ霞たな引わたり。

絵で見た山のかたからによつほりと出たまふを。

有がたやと伏拝みつゝ。

故郷へはにしき町の宿までおくりとゞけ。

百両の本銭(もとで)むなしからずかせぎ出して。

今は拾ふたふんどしの加賀や金助とて。

れつきとしたつき米屋。

嶋の内のどこやらと聞し。

書初機嫌海(かきぞめきげんかい)巻之中終

書ぞめ機嫌海 巻の下

  見せばやな難波の春たつ空

年の市人の外に。

むかしは星仏売(ほしぼとけうり)けさう文(ぶみ)うりなどいかなる物なりしや。

我見たといふ人もなし。

蓬(ほう)らいのうちまきの〓煎売(はぜうり)。

二三十年まへまでは来りしに今は若恵比須(はかゑびす)の声のみふけゆく空に初音(はつね)またるゝこゝちす。

是もむかしほどは買人なし。

節分(せつぶん)の夜のたから舟敷寐(しきね)の家も稀々(まれ/\)なり茶せんや筅(せん)と空也寺(くうやじ)の六兵衛太右衛門が手ずさみ。

大ぶくの料(れう)にとて今も求るは。

都はさすがに古き事の捨らずぞかし。

うばらいはゝしやませの赤まへだれ。

お歳末(さいまち)のあつ化粧(げしやう)。

徳介が麻(あさ)かみしも。

すべてのさま田舎(いなか)ならず。

節季候(せきぞろ)がかざしの山草のにぎはゝしきも。

難波にははや捨りしなり。

まだ冬ながら。

野小屋(のごや)の軒に火ともす梅を。

ゆかしと見る窓(まど)の内に。

しやみせんの撥(ばち)おと高からず。

千歳(せんじよ)や万歳(まんじよ)の鳥おひ。

夢に見てさへよいとやの春駒(はるごま)のけいこするは。

かれらが中にも年じまひよく。

春のかせぎぬからぬよと聞なさるゝ也。

国々所々のはて/\にはさま%\なるならはせども有べし。

南部(なんぶ)大とて。

みちのくのとつと奥には。

小晦日(こつごもり)の暮は。

元旦を大三十日にしていはふとなり。

たらぬを忌(いみ)ての事なるべし。

長崎の津には。

年のはじめに。

喇叭(らあは)ふきと云もの。

木綿(もめん)のひとへ上下着(がみしもき)て家々に入来り。

とし徳棚(とくだな)にむかひ音(こゑ)高く籟(ふき)たつる事有。

此湊(みなと)はもろこし船の多く入来るを豊年(とよとし)とすれば。

こゝの福(ふく)の神は異国(いこく)の物の音(ね)を悦ばるゝなるべし。

又ばてれんの絵(ゑ)ぶみ。

正月(むつき)の十日より内にとりおこなふ也。

此事はやくはたさでは。

春の心ものどけからずとや。

もろこしにも福州(ほくちう)といふ地(ところ)には。

国性爺(こくせんや)がはじめおきて。

家々ごとに日本流(りう)の門ー松をたつるとなり世はまじなひの人ごころも。

春のはじめなる事どもは何もかもめでたし。

いづくはあれど難波の大湊(おほみなと)に。

春風春水(しゆんふうしゆんすい)一ッ時に来るのみならず。

野菜(やさい)に四時(しいし)のわかちなく。

瓜(うり)なすびは三四月。

ほしかぶらつく%\しは冬の物。

菊は夏。

水仙は秋の花と。

此頃のわかき人はおぼゆべし。

又人の上にても男女貴賎(なんによきせん)の別(べつ)なし。

とりあげはゞする男あり。

それも久しきものなり。

大峰(おほみね)の女(をんな)せん達(だち)あり。

立役敵(たちやくかたき)やく女形(おんながた)何でもする役者(やくしや)あり。

かぶき芝居(しはい)のせりふ書の借本有。

それをよみきりの夜講(やかう)あり。

はたらき人(ど)に茶ー人あれば。

大師めぐりする医者(いしや)あり。

柳はぬめた花は二朱一ッ片(へん)。

おかしい人と欲(よく)しらずの今ほどはやらぬ事はなし。

ある禅師(ぜんじ)のいはれしは。無欲(むよく)は人のほむる所なり。

有欲(うよく)は人のにくむ所也。

しかれども欲(よく)も道もあらば可(か)なり。

道なくば無欲も奇特(きどく)ならず。

七宝(しつほう)とて仏もたふとみ給ふぞかしなども。今は古風(こふう)にて間(ま)にあはず。

道も奇特(きどく)も論(ろん)なしに。爪(つめ)をのばしてかゝるが当世。今の世に毒薬(どくやく)といふは。薺(なつな)の汁(しる)の事なるべし。

いかさま極楽(ごくらく)世かいの御普請(ごふしん)も。

金銀の柱(はしら)いしずゑ。

馬瑙(めなう)のうつばり珊瑚(さんご)の檻干(らんかん)。

時々のつゞくりもやすうつかぬ家にすませ給ふは。

ほとけもよい物はお好(すき)にちがひなし。

又ある理屈者(りくつしや)のいはれしは。

世(よ)に鉄(てつ)とあかゞねほど益(えき)ある物はなし。

鏡(かゞみ)につくり剣(つるき)にうつ。

鍋(なべ)かま薬鑵(やくわん)毛ぬきはさみ。

こと%\く日用(にちよう)のたすけかたじけなき宝(たから)也。

金銀は鈍物(どんぶつ)なり。

かゞみにしてうつらず。

剣(けん)にうちて切ず。

其外何にしてもそれ/\の用をなさぬを。

いかなれは無上(むじよう)のたからとたふとむ事ぞと思へは。

その無益無才(むやくむさい)の鈍物をたふたみて。

万事の用をなす物をいやしめてつかふが。

むかし/\の人のかしこき定(さだ)めなり。

玉と瓦石(くわせき)のくらい又同じと。

是はそんな工夫(くふう)でもあるか。

さらずとも又自然(しぜん)の事にてもあるべし。

ギヤッとうまれてから三才(さんさい)の童(わらべ)も。

ひかりあると色よきものには目をつける事しぜんの人情(にんぜう)なり。

茶人と云ものゝ秘蔵(ひそう)する道具を見れば。

むかしの塩壷(しほつぼ)物だね入

又はかづらゆひなき山中(さんちう)の桶小桶(をけこおけ)の用なす物を。

二重(ふたへ)のふくさづゝみ三重(みへ)の箱(はこ)。

古金襴広東名物(こきんらんかんとうめいぶつ)のにしき鈍子(どんす)にかへ袋してもてはやす事。

東山殿このかたの病気(べうき)なり。

しかれども金銀玉の値(あたひ)はおよそ権衡(はかりめ)もてつもらるゝを。

此土物(つちもの)のたぐひは其あたひはかりしられぬが。

まことに宝(たから)といふべき物ぞと。

ある数奇者(すきしや)のいはれたる。

是も一理なり。

何となりともいへばいはれて。

さてどふがどうやらしられぬ天地のあいだの事を。

儒者達(じゆしやたち)はめい/\のより所に肘(ひぢ)をはりて他(た)をそしる。

仏門又おなじ。

はじめに首(くび)をさしこんだがぬかるゝ物ならぬいて見や。

よそを論(ろん)ずるはたがひに垣(かき)のぞき学(まな)ばぬかたの道理(だうり)を。

我さいかくでこゝろ得がひはいひつかなき物ぞ。

はじめからよい事にとりついたが其身の仕(し)あはせ。

すなはち福人(ふくじん)なり。

金銀ほしや家蔵ほしやと。

角(すみ)入るからおもひこんだに。

福相(ふくさう)もあらはるべし。

いつも月夜のうか助もほしがらぬではなけれど。

足もとまでとしも暮てこねば何の工めんもせず。

さあといふ日に質(しち)だねさへつきはてゝ。

天 地四 方を思いまぐらせど。

是までの不埒(らち)に皆ふさがり。

万(よろづ)うけよしのあきのかたは心あたりなし。

やう/\思ひよりしは。

近比の酒宴(のみ)出あひ樽井屋の何がし。

是にいふたら金の二角やなどはと胸ざん用して。

大三十日の日も夕かぜのはげしきに。

こゝろざす門に来て見れば。

此家は春の比より手斧(てをの)ぞめして。

霜月の末にうつりたる新 宅。

軒したのしつくいまつ白に。

打水の氷てなめらかなり。

竹の犬垣(いぬがき)青々とぬれ色のうるはしきに。

春はまづ此宿よりも立はじむらんと見ゆるにも。

我ねがふ事のたのもしげなり。

もり砂(すな)かきあげてはうめきたる男に。

御在宿(ごさいしゆく)かと尋(たづぬ)れば。

さやうとこたふ。かつ手ぐちへすぐに通りて。

御見まひ申ます。

先ののどかな暮(くれ)で。

ことに御新宅なり。

重 畳おめでたいと云。

内室(ないしつ)の髪けはひ水ぎは常ならず。

黒小袖(くろこそで)の定紋(じゆうもん)。

下にはもやうゆかしき花いろそめ。

わざと織(おり)のはかた帯うしろにむすび。

桐火(きりび)をけの打ひらめきたるに池田炭(ずみ)のかをりをひかへて。

阿蘭陀(おらんた)じまに紫裏(むらさきうら)のこたつぶとん福らかなり。

会釈(えしやく)よき家主(いはらじ)にて。

ようこそ。

おたがひにおめでたう存じます。

たゝ今湯をひいて居られます。

まづおとほり遊ばせと火鉢さし出す。

茶たばこのついでこゝろよき事のみ。

いまだふき入こそせね。

色つけ普神(ぶしん)のしかも鉋(かんな)たりて。

何となくさわがしからず。

もとより何かしの家相(かさう)をつたへて。

見わたしにひとつとしてぬけた事ない指図(さしづ)にも。

たゞ障子(しやうじ)ふすまのあまりにあか/\としたるぞ。

すこし事さめごゝちす。

春のまうけはさらぬ宿にしもうれしきものを。

此とのはむべも富(とみ)の札(ふだ)買たがりさうな隠居(いんきよ)ばゝ様もなく。

みつばよつばのなゝつべり法度(はつと)。

宝引(はうびき)道中すごろくは三ンヶ日おゆるしの家の風。

よろづにゆかしげなるには。

おのれが木綿(もめん)羽をりの襟(えり)のねぢれて。

まだ髪(かみ)さえ乱がちなるをおもへば。

何となく心ぼそりして。

ことばずくなゝるうちに。

あるじの声湯どのに高く。

手水(ちうづ)もてとよばゝるに。

丁児(でつち)かみのおなご我さきとはしりゆく。

ほどなく湯けぶりをさめて。

着(き)もの羽をりあたゝかげに。

居間(ゐま)より是へお通りとの声陽気(やうき)あまり釜(かま)のにへ音門(かど)の松風にかよひて聞ゆ。

かれ是心おくれ。

今日はお事も多からん。

たゞ今御門前を過て。

打通りは失礼(しつれい)と。

歳末の御祝儀までにおより申た。

是から宿へかへりて。

相応の年をとりまするとのみ。

無心(むしん)の無(む)の字も口へは出ず是はどうぞ。

せつかくのお出。

せいぼの一こん組重(くみぢう)でさし上うといへど。

今あげたとし徳(とく)だなの燈明(とうみやう)のひかりも。

みがき立た客(きやく)ぎせるのきらめきも。

物のにらめるやうにて。

かれは何ぞととふ心もせず。

何ぶん春ながにとはや立て行を。

まづ/\ととゞめても。

なじみの神風がうしろから引きたてるやら。

あはたゝしく逃(にげ)かへりぬ。

この家の有りさまの富貴(ふうき)めかしきは。

猶浪花(ろうくわ)何十万家の中にはめづらしからず。

何がし誰がしのゆ長者の家は。

さるさむげなる人のちらとも出入する事なく。

家内の事はもとより。

諸大名(しよだいみやう)がたの仕おくりもはるか霜月の比のまでに。

何万両何千両何千貫目の御用ども事すみて。

一門別家(べつけ)をはじめ。

出入かた医師(いし)茶師道具屋能大夫。

庭をたちまふ末(すへ)々のものらまで。

それ/\のおくり物。

又妾宅(せうたく)こゝかしこのまかなひ。

年々の記録(きろく)にくはしければ。

それかたの手代が手まはしはやくしたりがほなり。

麁物(そぶつ)かたの老女(ろうぢよ)おとらずとりまかなはるゝに。

御嘉れい有りがたしと。

皆々よろこびの声かまびすきばかりなり。

旦那(だんな)のおつかひがねばかりは年々たらせられぬよしにて。

かゝる上品(じやうぽん)の人も。

暮はくれのならひと見ゆる中へ。

茶屋くるわ芝居ものかそれ/\の下されもののほかに。

恐(おそれ!)ながら無しん状何十通(つう)ぞ。

五両十両二三十両乃至(ないし)百両のとしとり物。

俵(たはら)藤太のおむすめ子米(よね)いち御(ご)れうまでもつかわされねば。

人なみに春をむかへらるゝ事ならず。

此長者(ちやうじや)の門(かど)をば。

まだ礼者も来まじきほどの夜ごめに。

ほと/\とおとなふものあり。

雑煮(ざうに)おそしと店(みせ)に居なみたる手代どもがあやしめて。

誰(た)ソととがむれば。

しはがれたる声(こゑ)して。

渡しは往来(わうらい)のものでござります。

唯今見うけますれば。

此家の上で丹頂(たんちやう)の鶴がまふております。

あまりおめでたい義じやと存まして。

おしらせ申上ますと云入る。

是は吉事とさつそく旦那へ申上れば。

ことなひ御よろこび。

其ものに物とらせいと仰出さるゝに。

とりあえず鳥目(てうもく)三貫文。

ハアありがたういたゝきます。

さても/\おめてたや。

お恵びす若ゑびす。

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書ぞめ機嫌海下之巻終