墨田川梅柳新書(すみだがはばいりうしんしよ)巻之四

                                 東都 曲亭主人著

   十  天狗(てんぐ)石(いし)を飛(とば)して松稚(まつわか)を救(すく)ふ

少将(しよう/\)惟房(これふさ)討(うた)れ給ひし事(こと)いまだ聞(きこ)えねば。斑女前(はんによのまへ)は粟津六郎勝久(あはづのろうらうかつひさ)と

春雨(はるさめ)の老女(おうな)を呼(よび)つどへて。端(はし)ちかう立出(たちいで)。色妙(いろたへ)に香(にほひ)濃(こま)やかなる庭(には)の紅梅(こうばひ)

を。いとおもしろうながめ給ふ折(をり)しも。田中(たなかの)八郎とかいふ壮士(わかきさむらひ)袍(ほう)の袖(そで)を引断離(ひきちぎ)

られ。烏帽子(えぼし)も打(うち)おとされて。大わらはになりたるが。庭門(にはくち)より走(はし)り入(い)り。椽(ゑん)ばら

に衝(つ)と参(まい)りて。喘(あへ)ぎ/\まうすやう。さても殿(との)には。恩賜(おんし)の御劍(ぎよけん)を懐(ふところ)に

して一院(いちいん)の御所(ごしよ)へ参(まい)り給ひ。潜(ひそか)に亀鞠殿(かめきくどの)を刺(さゝ)んとし給ひするに。機密(きみつ)

忽地(たちまち)に漏(もれ)たりけん。赤石平九郎判官盛景(あかしへいくらうはんぐわんもりかげ)。豫(かね)て力士(りきし)を惟幕(いばく)の蔭(かげ)にかくし

置(おき)。矢庭(やには)に討(うち)とり給ひぬ。この事はやく聞(きこ)えし程(ほど)に。御供(おんとも)なりけるものども

大に驚(おどろ)き。とせんかくせんと周章(しうしよう)す。時(とき)に使(し)の〓(厂+聴)(ちやう)の官人(くわんにん)四方(しほう)よりとり

圍(かこ)み。惟房(これふさ)が家隷(いへのこ)を脱(のが)すなと呼(よば)はりて。既(すで)に搦捕(からめと)らんと鬩(ひしめ)く。さる程(ほど)に

志(こゝろざし)ある徒(ともがら)は。奮撃(ふんげき)突戦(とつせん)して主(しゆう)とゝもに屍(しかばね)を曙(さら)し。下郎(げらう)は迯(にぐ)るもあり。

又おめ/\と生拘(いけど)らるゝもあり。それがしはこの事をしらせまゐらせんために

からうじて脱(のが)れ来(きた)れりと告(つげ)もをはらざるに。衆皆(みな/\)こはいかにとおどろき鞅掌(あはて)

斑女前(はんによのまへ)は痞(つかひ)さへ發(おこ)りて撲地(はた)と倒(たふれ)給ふを。春雨(はるさめ)遽(いそがは)しく扶起(たすけおこ)し。且(かつ)諫(いさめ)且(かつ)励(はげま)して。

さま”/\に勦(いたは)り進(まゐ)らせけり。そのとき粟津(あはつの)六郎膝(ひざ)をすゝめ。近曽(ちかごろ)一院(いちいん)〈後鳥羽(ごとば)〉

亀鞠殿(かめきくとの)に迷(まどは)されおはしまして。非道(ひどう)の御行(おんおこな)ひいと多(おほ)かるを。殿(との)のしば/\

苦諫(くけん)〈○イサメル〉し給ふ事は。粗(ほゞ)人のしるところなり。しかるに殿(との)には。嚮(さき)に院宣(いんぜん)によつて。

叔姪(しゆくてつ)〈○ヲヂメヒ〉の義(ぎ)を締(むす)び。亀鞠殿(かめぎくどの)を四辻(よつゝぢ)の御所(ごしよ)に進(まゐ)らせ給ふ事。元来(もとより)その志(こゝろざし)

にあらず。加之(しかのみならず)彼(かの)婦人(ふじん)の父(ちゝ)。赤石平九郎判官(あかしへいくらうはんぐわん)は。斑女御前(はんによごぜん)の舎兄(しやきやう)。行稚丸(ゆきわかまる)

なり。この人むかし月林寺(ぐわつりんじ)を逐電(ちくてん)し。還俗(げんぞく)して仁科(にしな)平九郎と名告(なの)りぬ。殿(との)

にもはやくその人とは知召(しろしめ)せども。明白(あからさま)にいふときは。父(ちゝ)の志(こゝろざし)を破(やぶ)るに似(に)たり。云(いは)

ざるときは君(きみ)を欺(あざむく)が如(ごと)し。遮莫(さもあらばあれ)盛景(もりかげ)先非(せんひ)を悔(くひ)て舊(もと)の沙弥(しやみ)とならば。いたく

憎(にくむ)べきにあらず。思ふ仔細(しさい)あれば。彼(かれ)が行稚(ゆきわか)なる事(こと)を。斑女(はんによ)にもしらすべから

ずと宣(のたま)ひき。僕(やつがれ)つら/\殿(との)の胸膈(きようかく)を察(さつ)し奉(たてまつ)るに。かゝる悪縁(あくえん)に繋(つなが)れし。

彼(かの)父子(おやこ)が世(よ)を乱(みだ)さんを。みつゝ居(お)らんは不忠(ふちう)なり。所詮(しよせん)亀鞠殿(かめぎくどの)を殺(ころ)して。禍(わざはひ)

の根(ね)を断(たゝ)ばやと思ひ詰(つめ)給ひたらんに。孤忠(こちう)徒事(いたつらごと)となりて。却(かへつ)て朝敵(ちやうてき)逆臣(ぎやくしん)

の汚名(おめい)をとゞめる給はんは。かへす”/\も朽(くち)をしとて。歯(は)を切(くひしば)り拳(こぶし)を握(にぎり)かため。

遺恨(いこん)に堪(たへ)ずみえければ。斑女前(はんによのまへ)も春雨(はるさめ)も。はじめて聞(きけ)る少将(しやう/\)の。仇(あた)は兄(あに)とも

古主(こしゆう)とも。しらで過(すぎ)なばなか/\に。身(み)を恨(うらむ)るまでの歎(なげき)はせじ。こはゆくりなし

浅(あさ)ましうて。夢(ゆめ)とも更(さら)にわきまへず。斑女前(はんによのまへ)は殊(こと)さらに。恩(おん)に背(そむ)き義(ぎ)にたがふ

悪人(あくにん)の妹(いもと)をも。妻(つま)としめぐみ給ひぬる。忝(かたじけな)きを思ふ程(ほど)。面目(めんもく)なきはこの身(み)也。

今はとて手(て)ぢかなる。護身刀(まもりがたな)を引抜(ひきぬき)て。自害(じがい)せんとし給ふを。六郎春雨(はるさめ)

左右(さゆう)より押(おし)とゞめ。こは物(もの)にや狂(くる)ひ給ふ。今朝(けさ)しも叡山(えいざん)へ。松稚君(まつわかぎみ)を登(のぼ)し

給へるは。殿(との)のおもひ給ふ所(ところ)あればなるべし。しかれば阿闍梨(あじやり)へ寄(よ)せたまふ

御書(ごしよ)の中(うち)に。後(のち)の事なども。書遺(かきのこ)し給ふかとおぼし。もし恩義(おんぎ)の重(おも)きを顧(かへりみ)給

はゞ。松稚(まつわか)梅稚(うめわか)の先途(せんど)をもみとゞけ。亡君(ぼうくん)の汚名(おめい)を雪(きよめ)んとはおぼさずやと。

さま”/\諫(いさめ)こしらへ。やがて刀(かたな)をとりかくせば。さてはなほ死(し)するにも死(しな)れず。

とて。いよゝうち泣(なき)給ひける。浩処(かゝるところ)に金鼓(きんこ)遙(はるか)に響(ひゞ)き。外面(とのかた)囂塵(ぎやうぢん)と〓

劇(ものさはが)し。粟津(あはづの)六郎耳(みゝ)を側(そばた)て。討手(うつて)の軍兵(ぐんびやう)はや近(ちか)づくとおぼえたり。一天(いつてん)の

君(きみ)に對(むかひ)たてまつりて。弓(ゆみ)を引(ひく)べきやうはあらねど。しばし禍(わざはひ)を避(さけ)んが為(ため)なり。

それがし殿(しんがり)いたすべし。春雨(はるさめ)は斑女御前(はんによごぜん)の御共(おんとも)して。近江(あふみ)のかたへ落(おち)れよ。と

いそがしつゝ。袴(はかま)のそば高(たか)く引折(ひをり)て。縁(ゑん)つらに立出(たちいで)。田中(たなかの)八郎に對(むか)つて

いへりけるは。御辺(ごへん)必死(ひつし)を脱(のが)れて。火急(くわきう)の難義(なんぎ)を告申(つげまう)す事。賞(せう)するにあまりあり。只今(たゞいま)討手(うつて)のむかふかとおぼゆるに。みて来(き)給へと指揮(しき)すれ

ば。承(うけたまは)ると應(いらへ)もあへず。走(はし)り出(いで)んとする庭門(にはぐち)より。矢(や)一ツ来(きた)つて八郎が

鳩尾骨(むなぼね)摧(くだい)て兵(ひよう)と立(たて)ば。〓(手+堂)(どう)と倒(たふ)れて息(いき)たえたり。吐嗟(あはや)と驚(おどろ)く主従(しゆうじう)が

猶豫(ゆよ)して進(すゝ)みかねたる処(ところ)に。松井源五純則(まつゐのげんごすみのり)。十王頭(じうわうがしら)の臑當(すねあて)に膝鎧(ひざよろひ)懸(ひかけ)

て。夥(あまた)の壮者(わかもの)を引卒(いんぞつ)し。弓矢(ゆみや)携(たづさへ)真先(まつさき)にすゝみ入(い)り。朝敵(ちやうてき)の家隷(いへのこ)と呼(よば)

れて。首(かうべ)を木(き)の杪(うろ)に曝(さら)されんよりはと思ひかへし。官軍(くわんぐん)を俟(また)ずして。われ

まづこゝに向(むか)ふたり。既(すで)に家中(かちう)の老弱(ろうにやく)。われに与(くみ)するは宥(ゆる)し。背(そむ)くは悉(こと”/\)く殺(ころ)せり。やをれ六郎。命(いのち)惜(をし)くは降参(こうさん)して。斑女前(はんによのまへ)をとく逓(わた)せ。みづから迷(まど)はゞ

後悔(こうくわい)せん。いかにやいかにと呼(よばゝ)れば。粟津(あはづの)六郎勃然(ぼうぜん)として大に怒(いか)り。その

田中八郎(たなかのはちらう)逓告(はやうち)して

衆皆(みな/\)はじめて惟房(これふさ)

の討(うた)れ給ひしをしる

松井源五(まつゐのげんご)内應(うらきり)て

斑女(はんによ)を搦

捕(からめと)んと

禄(ろく)を食(はん)でその家(いへ)を斃(たふ)す。傭戸(ようこ)の鼡輩(そはい)。烏合(うごう)の兇族(きやうぞく)。縦(たとひ)稲麻(とうヰ)。竹韋(ちくい)にとり

巻(まく)とも。いかでか六郎を搦得(からめえ)ん。殿(との)の本意(ほんゐ)を遂(とげ)給はざるりしも。汝(なんぢ)が内通(ないつう)したる

にこそ。天罰(てんばつ)思ひしらさんと罵(のゝし)りて。二尺八寸氷(こふり)なす太刀(たち)を抜(ぬき)かざし。群(むらがり)

ひかへし真中(まんなか)へ。會釋(かいしやく)もなく切(きつ)て懸(かゝ)れば。春雨(はるさめ)もかひ”/\しく。長押(なげし)に掛(かけ)

たる長刀(なぎなた)引提(ひつさげ)。面(おもて)もふらず挑(いど)み戦(たゝか)ふ。忠臣(ちうしん)義女(ぎぢよ)の刀尖(きつさき)に。源五(げんご)忽地(たちまち)辟

易(へきゑき)し。一崩(ひとなだれ)に逃走(にげはし)る。春雨(はるさめ)は迯(にぐ)るを追(おは)ず。引かへして遽(いそがは)しく。重器(ちやうき)路銀(ろぎん)

なんどを。一包(ひとつゝみ)として腰(こし)に著(つく)れば。斑女前(はんによのまへ)も一面(いちめん)の鏡(かゞみ)を取(とつ)て袖(そで)に抱(いだ)き。主従(しゆうじう)

もろともに。後門(うらもん)より走(はし)り出(いで)。行(ゆく)こといまだいくばくならず。只(と)みれば一員(いちいん)の

大将(たいせう)七八十騎(き)の士卒(しそつ)を将(い)て。飛(とぶ)が似(ごとく)に馳来(はせき)たり。件(くだん)の大将(たいせう)斑女前(はんによのまへ)とみ

るとやがて。馬(うま)に柏(かしは)れて路(みち)を横(よこ)きり。惟房(これふさ)逆心(ぎやくしん)によつて四辻殿(よつゝぢどの)を鬧(さわが)し

奉(たてまつ)りしかば。立地(たちどころ)に誅(ちう)せられ。その妻子(さいし)を搦来(からめきた)れよと仰(おふせ)を承(うけ)。赤石判官(あかしのはんぐわん)

發向(はつこう)せり。正(まさ)に是(これ)喪家(そうか)〈○イヘヲウシナフ〉の狗(いぬ)網裏(もうり)の魚(うを)。迯(にぐ)ともいづ地(ち)までか迯(にが)すべき。とく

縛(いましめ)を受(うけ)よとぞ呼(よば)はりける。斑女前(はんによのまへ)も春雨(はるさめ)も。絶(たえ)てあはざるわが兄(あに)歟(か)。行稚丸(ゆきわかまる)

かと思ふにも。いとゞ怨(うらみ)はいやまして。一言(ひとこと)の回答(いらへ)に及(およば)ず。なか/\に必死(ひつし)を究(きは)め。

立向(たちむかは)んとする処(ところ)に。粟津(あはづの)六郎勝久(かつひさ)。驀宜(まつしぐら)に走(はし)り来(き)つ。こゝはそれがしにうち

任(まか)せ。白川(しらかは)の山越(やまこえ)して。東(あづま)のかたへ落(おち)給へ。といひもをはらず太刀(たち)閃(ひらめか)して。大勢(たいぜい)

の真中(まんなか)へ。巴(は)の字(じ)十文字(もんじ)に懸散(かけちら)し。西(にし)を打(うつ)ては東(ひがし)を靡(なび)け。蒐抜/\(かけぬけ/\)切立(きりたつ)る。

その隙(ひま)に春雨(はるさめ)は。斑女前(はんによのまへ)を扶掖(たすけひ)き。山路(やまぢ)を望(さし)て落延(おちのび)けり。盛景(もりかげ)これをみて

大に焦燥(いらだち)。あれ討(うち)とめよと叫(さけ)べども。粟津(あはづの)六郎只(たゞ)一人の太刀風(たちかぜ)に。夥(あまた)の軍兵(ぐんびやう)うち

靡(なび)き。小松(こまつ)生(おひ)たる丘(おか)の上(うへ)に。むら/\と迯登(にげのぼ)れば。盛景(もりかげ)も力及(ちからおよ)ばず。終(つひ)に彼処(かしこ)へ

退(しりぞ)きぬ。六郎元(もと)より深入(ふかいり)せず。松稚(まつわか)梅稚(うめわか)の事いと心(こゝろ)もとなければ。やがて雲母越(きらゝごえ)

を投(さし)て引(ひい)てゆく。盛景(もりかげ)は彼(かれ)を討(うち)もらしては。後難(こうなん)量(はかり)がたしといきまき。馬(うま)の頭(かしら)を

立(たて)なほすを。しばし/\と呼(よび)かけて。松井源五純則(まつゐのげんごすみのり)。同志(どうし)の朋輩(はうばい)を領(い)て出来(いできた)り。

惟房(これふさ)が二男(じなん)梅稚(うめわか)は。去年(こぞ)より叡山(えいざん)月林寺(ぐわつりんじ)にあり。又(また)嫡子(ちやくし)松稚(まつわか)は。今朝(けさ)父(ちゝ)の使(つかひ)

して。彼(かの)山(やま)に到(いた)れり。こは惟房(これふさ)豫(かね)て後(のち)の事をおもひはかり。子(こ)どもを遠(とお)く落(おと)

さんとの計較(もくろみ)なるべし。もしそれがしに士卒(しそつ)をわかちて授(さづけ)給はゝ。東(あづま)の果(はて)までも

追懸(おつかけ)て搦進(からめまゐ)らせんこといと易(やす)かりなん。それがし向(さき)に斑女前(はんによのまへ)粟津(あはづの)六郎等(ら)を

生拘(いけどる)べかりしに。手勢(てぜい)多(おほ)からねば心(こゝろ)ならず走(はし)らせたり。曲(まげ)て源五(げんご)が申(まう)す旨(むね)に

任(まか)せ給へといふ。盛景(もりかげ)聞(きゝ)て莞〓(人+↓小)(につこ)とうち笑(え)み。寔(まこと)に汝(なんぢ)が今度(こんど)の働(はたら)き。感(かん)ずる

に堪(たへ)たり。人(ひと)窮(きはまる)ときは却(かへつ)て猛(たけ)く。獣(けもの)窮(きはまる)ときは噛(かま)んとす。かならずしも小敵(しようてき)とみ

て蔑(あなど)ることなかれ。これは是(これ)わが秘蔵(ひさう)の短刀(たんとう)なるを。汝(なんぢ)も豫(かね)てしるところなり。

且(しばら)くこれを預(あづ)くべし。松稚(まつわか)梅稚(うめわか)なほ大君(おほきみ)の御威徳(おんいきほひ)に伏(ふく)さずして敵(てき)する

ならば。これをもて首(かうべ)かきおとし。首級(しるし)を洛(みやこ)へ登(のぼ)せよ。われ亦(また)諸國(しよこく)へ属託(そくたく)して。

者奴等(しやつら)がゆくへを駆(かり)とめん。努(ゆめ)懈(おこた)ることなかれと説(とき)をはりて。自他平等(じたびやうとう)即身成仏(そくしんじようぶつ)

の短刀(たんとう)と。四五十人の士卒(しそつ)をわかちて授(さづく)れば。源五(げんご)は欣然(きんぜん)として領掌(れうしよう)し。短刀(たんとう)

をとつて腰(こし)に服(つけ)。近江路(あふみぢ)を追(おひ)ゆけば。盛景(もりかげ)は惟房(これふさ)の館(たち)を焼拂(やきはら)はせ。まづ事(こと)の

為体(ていたらく)を申さんとて。四辻(よつゝぢ)の御所(ごしよ)へまいりける。この日(ひ)松稚丸(まつわかまる)は。父(ちゝ)の使(つかひ)して叡山(えいざん)

月林寺(ぐわつりんじ)に到(いた)り給ふに。折(をり)しも仲圓(ちうゑん)阿闍梨(あじやり)は。西谷(にしだに)へゆきていまだ帰(かへ)り給

ひければ。松稚(まつわか)は梅稚(うめわか)に引(ひか)れて阿闍梨(あじやり)に謁(ゑつ)し。父(ちゝ)の言語(ことば)を述(のべ)。書簡(しよかん)をとり出(いで)て

進(まゐ)らせ給ふを。阿闍梨(あじやり)すなはち文箱(ふばこ)を開(ひら)き。封皮(ふうじめ)押断(おしきつ)てみ給へば。おもひも

かけぬ遺書(かきおき)にて。盛景(もりかげ)亀鞠(かめぎく)の事。又みづから思ひ定(さだめ)たる一件(ひとくだり)の事を書写(かきしる)し。

もし本意(ほんゐ)を遂(とぐ)ることなくば。いよ/\黒白(こくびやく)を申ものなく。わが一族(いちぞく)をも誅(ちう)せられ

侫心(ねひしん)ます/\時(とき)を得(え)て。世(よ)の危(あやう)き事鶏卵(とりのこ)を累(かさぬ)るがごとけん。奥州(おうしう)に。むかし

惟房(これふさ)が三年(ねん)の任(にん)に。恩顧(おんこ)の國人(くにうど)なきにしもあらず。子(こ)どもらは一旦(いつたん)の難(なん)を避(さけ)

潜(ひそか)に陸奥(みちのく)へ下(くだ)りて國人(くにうど)をたのみ。もし世(よ)の中(なか)乱(みだ)れて。君(きみ)の御大事(おんだいじ)に及(およ)ぶこと

あらば。いそぎ洛(みやこ)へ上(のぼり)て。死(し)をもて忠(ちう)を盡(つく)し。その叙(ついで)を得(え)ば。父(ちゝ)が孤忠(こちう)を聞(きこ)え

あげて。勅免(ちよくめん)を蒙(かうむ)り給へ。その餘(よ)の事は。偏(ひとへ)に阿闍梨(あじやり)の憐愍(あはれみ)を仰(あほ)ぎ奉(たてまつ)る

と書(かき)給ひければ。こはそもいかにというち驚(おどろ)き。件(くだん)の遺書(かきおき)を。彼(かの)兄弟(はらから)にみせ給へ

ず。松稚(まつわか)梅稚(うめわか)かはる”/\に讀(よみ)くだち。周章(しうせう)大かたならざりけり。そのとき松稚(まつわか)

は。梅稚(うめわか)に對(むか)ひて。阿闍梨(あじやり)〓(ゐまさ)ざりしかば。かく時刻(じこく)も後(おく)れ。今ははや白川(しらかは)へ討手(うつて)

の向(むか)ひつらめと覚(おぼゆ)れば。母(はゝ)の事いよゝ心もとなし。われは走(はせ)かへりて母御(はゝご)を救(すく)ひ

進(まゐ)らすべう思ふなり。御身(み)はわが従者(ずさ)〈○トモビト〉を将(い)て。とく落(おち)給へと宣(のたま)へば梅稚(うめわか)聞(きく)

もあへず。こは兄上(あにうえ)の仰(おふせ)ともおぼえず。死(しす)るとも。兄弟(はらから)もろともにとこそ

思へ。などて梅稚(うめわか)をも伴(ともなは)んとは聞(きこ)え給はざると恨(うら)み給ふを。松稚(まつわか)頭(かうべ)をうちふり

て。兄弟(はらから)もろともに死地(しち)につらん事は。謀(はかりごと)の拙(つたな)きに似(に)たり。殊(こと)さら御身は軟弱(なんじやく)〈○ヨハ/\トシテ〉

にして武(ぶ)の道(みち)に疎(うと)し。強(しひ)て不孝(ふけう)なりとて。わりなく

とゞめ。既(すで)に走(はし)り去(さ)らんとし給へば。阿闍梨(あじやり)は頻(しきり)にその勇敢(たけき)を稱〓(口+賛)(せうさん)し。やよ

松稚(まつわか)。下郎(げらう)一人は残(のこ)しおくとも。二人(ふたり)の家隷(いへのこ)は将(い)てゆき給へ。汝(なんぢ)ひとりを放(はな)ち

やらんは。われも又胸(むね)くるしと宣(のたま)はするに。松稚(まつわか)これを固辞(いなみ)がたく。かひ/\しげに

打扮(いでたち)て。はじめ将(い)て来(き)給ひたる二人の家隷(いへのこ)をいそがしつゝ山(やま)を走下(はせお)り給ひ

けり。この二人の家隷(いへのこ)は。鹽屋藤三(しほやのとうざう)。大野小七郎(おほのゝこしちらう)と呼(よば)れて。おぼえあるもの也。

惟房(これふさ)朝臣(あそん)後(のち)の事をおぼして。この二人に供(とも)させ。松稚(まつわか)を叡山(えいざん)へ登(のぼ)し給ひたり

とぞ。さても粟津(あはづの)六郎は松稚(まつわか)主従(しゆうじう)下山(げさん)の後(あと)へ走参(はせまい)りて。阿闍梨(あじやり)梅稚(うめわか)に

見(まみ)え。惟房(これふさ)一院(いちいん)の御所(ごしよ)にて討(うた)れ給ひし事。家中(かちう)の壮士等(わかさふらひら)松井源五(まつゐのげんご)に語(かたは)

松稚(まつわか)

洛(みやこ)へとて

帰(かへ)り給ふの

後(のち)粟津

六郎(あはづのろくらう)月林

寺(ぐわつりんじ)に来(き)て

惟房(これふさ)の

事を告(つぐ)

はれて。主(しゆう)を討(うた)んとしつる事(こと)。赤石判官盛景(あかしのはんぐわんもりかげ)。討手(うつて)として馳向(はせむか)ひ。白川(しらかは)の館(たち)を

放火(ほうくわ)し。亦(また)斑女前(はんによのまへ)は。春雨(はるさめ)に扶掖(たすけひか)れて。東(あづま)のかたへ落(おち)給へる本末(もとすゑ)を。審(つまびらか)に申

せしかば。阿闍梨(あじやり)はさら也。梅稚(うめわか)は父(ちゝ)の横死(わうし)をかなしび。六郎が精忠(せいちう)を賞嘆(せうたん)し

さて宣(のたま)ふやう。阿闍梨(あじやり)西谷(にしたに)へ赴(おもむ)きて。帰(かへ)り給ふ事の晩(おそ)かりし程(ほど)に。父(ちゝ)の遺書(かきおき)

を。今(いま)少(すこ)し前(さき)に披見(ひけん)して。はじめて事(こと)の難義(なんぎ)をしりぬ。又家兄君(いろえのきみ)は。母(はゝ)の事

心(こゝろ)もとなしとて。藤三(とうさう)小(こ)七郎を将(い)て。洛(みやこ)へ走(はせ)かへり給ひしと物(もの)がたりて。件(くだん)の遺出(かきおき)

をみせ給へば。粟津(あはづの)六郎は讀(よみ)もあへず不覚(そゞろ)に落涙(らくるい)し。それがしこゝへ参(まい)る事の

早(はや)かりせば。松稚君(まつわかぎみ)を洛(みやこ)へは帰(かへ)し奉(たてまつ)らざるべきに。今は追(おふ)ともかひあらじ。既(すで)に志賀(しが)

の方(かた)には。討手(うつて)の大勢(たいぜい)うち出(いで)たらんか。しからは松稚丸(まつわかまる)は引(ひつ)かへして。美濃路(みのぢ)へ走(はし)

り給ふなるべし。とかく猶餘(ゆよ)すべきにあらず。とく出(いで)させ給へと申しつゝ。主従(しゆうじう)もろ

ともに草鞋(わらじ)穿(はき)しめて。仲圓(ちうゑん)阿闍梨(あじやり)に別(わかれ)を告(つげ)。笠(かさ)を深(ふかく)し裳(もすそ)を引折(ひをり)。その日の

黄昏(たそがれ)に山(やま)を下(くだ)るに。松稚(まつわか)の残(のこ)しおき給へる下郎(げらう)は。縁由(ことのよし)を聞(きゝ)て驚(おどろ)き。怕(おそ)れ。いづ

地(ち)ともなく迯(にげ)うせけり。粟津(あはづの)六郎この景迹(ありさま)をみて。彼等(かれら)にはありとも憖(なまじひ)に足纏(あしまど)ひ

なり。只(たゞ)斑女御前(はんによごぜん)松稚君(まつわかぎみ)こそおぼつかなけれ。誘(いざ)給へ追(おひ)つき参(まい)らせんといそがし

立(たて)。梅稚(うめわか)を勦(いたは)り引(ひい)て。湖水(こすい)を北(きた)へ走(はせ)たりける。さても松稚丸(まつわかまる)は。鹽屋藤三(しほやのとうざう)。大野(おほのゝ)

小(こ)七郎を将(い)て。志賀(しが)のかたへ赴(おもむ)き給ふに。日もやゝ暮(くれ)なんとして。一叢(ひとむら)くらき

茂林(もりん)の中(うち)より。松井源五純則(まつゐのげんごすみのり)。夥(あまた)の兵(つはもの)を引(ひい)て。ゆくべき路(みち)を遮(さへぎ)り留(とゞ)め。松稚(まつわか)

丸(まる)わく聞(きゝ)給へ。惟房(これふさ)逆心(ぎやくしん)によつて。誅伏(ちうぶく)しし給へる事(こと)。是非(ぜひ)に及(およ)はず。それがし

幸(さいはひ)に赤石(あかし)判官(はんぐわん)の庇(めぐみ)を得(え)て朝敵(ちやうてき)餘類(よるい)の汚名(おめい)を脱(のが)れ。迎(むかへ)まうさん為(ため)にこゝへ

来(きた)れり古主(こしゆう)の好(よし)みに。首(かうべ)をは継(つぎ)てまゐらせん。とく/\参(まい)り給へと呼(よばゝ)れで。松稚(まつわか)

奮然(ふんぜん)として大に怒(いか)り。不忠(ふちう)の匹夫(ひつふ)。主(しゆう)を賣(うり)て〓(艸+宋)利(ゑのり)をはからんときとも。天(てん)いかで

か恕(ゆるす)べき。さらば思ひしらせんと罵(のゝし)りて。太刀(たち)引抜(ひきぬき)て懸入(かけい)り給へは小(こ)七郎藤三(とうざう)も

主(しゆう)に後(おく)れじとてもろともに。鶴翼(くわくよく)魚鱗(ぎよりん)に列(つらなつ)たる夛勢(たせい)が中(なか)へ割(わつ)て入り。喚叫(おめきさけん)で

戦(たゝか)ふたり。源五(げんご)が大勢(たいぜい)に比(くらふ)れば。九牛(きう”/\)が一毛(いちもう)なる主従(しゆうじう)三人。志(こゝろざし)は勇(たけ)しといへとも

輒(たやす)く切脱(きりぬけ)んやうもあらず。とかくして松稚(まつわか)は一方(いつほう)を切(きり)ひらき。つと走(はし)り抜(ぬけ)てみかへ

り給へば。藤三(とうざう)小(こ)七郎は討(うた)れたり。こゝにて死(しな)んは父(ちゝ)の志(こゝろざし)を空(むなし)うする也と思ひ

かへして。湖水(こすい)のかたへ走(はし)り給ふを。敵(てき)透間(すきま)もなく追蒐(おつかけ)て。既(すで)に危(あやう)くみえ給ふ

こゝに比叡(ひえ)が辻(つぢ)に道祖神(さへのかみ)あり。この日二月某日(それのひ)祭禮(さいれい)の霄宮(よみや)なりとて。赤塚(あかつか)

下坂本(しもさかもと)の里人等(さとびとら)。おもひ/\の装束(せうぞく)して。日の暮(く)るを俟(まち)あはし。只今(たゞいま)神輿(みこし)を假

屋(かりや)へ擡出(もたげだ)さんとする折(をり)しもあれ。松稚(まつわか)を迯(のが)すなと。声々(こゑ”/\)に罵(のゝし)りて。夥(あまた)の兵(つはもの)矢(や)を

射(い)かくること。比叡山(ひえやま)おろしに辛崎(からさき)の雨(あめ)吹拂(ふきはら)ふに異(こと)ならねば。里人等(さとびとら)驚(おどろ)き怕(おそ)

れ。神輿(みこし)を捨(すて)て逃(にげ)うせけり。松稚(まつわか)は左右(さゆう)の手(て)に二振(ふたふり)の太刀(たち)を抜(ぬき)もちて。射(い)る

矢(や)を切(きり)はらひ/\。透(すき)をみて腹(はら)を切(き)らんと思ひ給ふ。事(こと)急(きう)にして便(たより)を得(え)ず

吐嗟(あはや)只今討(うた)れ給ふべうみえたる処(ところ)に神木(しんぼく)とおぼしくて。社頭(しやとう)にいくとせの

経(ふ)りたる〓(木+久)(すぎ))の梢(こずえ)より。はら/\と礫(つぶて)を打(うち)かくる事〓(冬+↓虫*2)(いなご)の飛(とぶ)かごとく忽地(たちまち)物(もの)あり

て飛下(とびおり)るをみれば。面(おもて)は夜叉(やしや)のごとくにして鼻(はな)高(たか)く。全體(ぜんたい)金色(こんじき)に光(ひか)りわた

りたるが。手(て)に長(なか)き鉾(ほこ)を引提(ひつさげ)。討手(うつて)の兵(つはもの)を。四角八面(しかくはちめん)に薙(なぎ)たつる。その勢(いきほい)

燦然(さんぜん)として。更(さら)に當(あた)るへからず。源五(げんご)はいふもさらなり。兵士(つはもの)ども大に怕(おそ)れ

こは疑(うたが)ふべうもあらぬ比良(ひら)が嶽(たけ)の天狗(てんぐ)なめり。この〓(木+久)(すぎ)には彼(かの)君(きみ)のをり/\

憩(いこ)ふと聞(きこ)えたり。天狗礫(てんぐつぶて)に打斃(うちたふ)され。可惜(あたら)命(いのち)うしなふなと罵(のゝし)りあひ。われ

先(さき)に迯(にげ)んとするに。足元(あしもと)暗(くらく)して株(くびせ)に跌(つまつ)き。われとわが刃(やいば)に身を劈(つんざ)き

或(あるひ)は途(と)をうしなふて。湖水(こすい)に落(おつ)るものもあり。みくるしかりける形勢(ありさま)なり

たる程(ほど)に討手(うつて)の兵(つはもの)。遠(とほ)く迯去(にげさり)しかば。松稚(まつわか)は不思議(ふしぎ)に必死(ひつし)を脱(まぬか)れ。彼(かの)妖怪(ようくわい)

にすゝみ對(むか)ひて。そも御身(おんみ)は鬼(おに)の神(かみ)か何(なん)の因縁(いんえん)ありて。松稚(まつわか)を救(すく)ひ給ひ

天狗(てんぐ)源五

們(げんごら)を劫(おびやか)して

松稚(まつわか)を

すくふ

しと宣(のたま)へは。彼(かの)もの軈(やが)て。ほとりちかう来つゝ。假面(めん)をかい遣(や)り捨(すつ)るをみれば。

妖怪(ようくわい)にあらず。年紀(としのころ)四十あまりにして。身丈(みのたけ)高(たか)く。筋骨(きんこつ)いと逞(たくまし)き男(をとこ)なれ

ば。いよ/\不審(いぶかし)み給ふ。この男(をのこ)なほ近(ちか)くついゐて申すやう。それがしは赤塚(あかつか)の

商人(あきひと)にて。軍介(ぐんすけ)と呼(よば)るゝものなり。この十五六年(ねん)のむかし。わが妹(いもと)鳰崎(にほざき)と申す

もの。御館(みたち)に給事(みやつかへ)いたせしころ。傍輩(ほうばい)の壮佼(わかもの)。山田(やまだの)三郎と密通(みつつう)し。事(こと)發覚(あらはれ)

て男女(なんによ)もろともに殺(ころ)さるべかりしを。御母公(おんはゝぎみ)斑女御前(はんによごせん)憐(あはれ)みおぼし。密(ひそか)に一包(ひとつゝみ)の

金(かね)を賜(たまは)りて。二人もろともに落(おと)さし給ひぬ。よて鳰崎(にほさき)は山田(やまだの)三郎とゝもに

赤塚(あかつか)に来たるといへども。それがし又その不義(ふぎ)を責(せめ)てよせ著(つけ)ず。彼等(かれら)今は

東(あづま)のかたに住(すま)ひて。鳰崎(にほざき)が産(うめ)る子(こ)も。年来(としころ)になりぬるよし。風(かぜ)の使(たより)に聞(きこ)え

たり。わが身(み)は。民間(みんかん)に人(ひと)となれども。いと弱(よわ)きより。義(ぎ)に仗(よつ)て財(たから)を軽(かろ)んじ。

恩(おん)を報(ほう)ずるに死(し)をだも〓(受+辛)(ぢ)せず。折(をり)あらば吉田(よしだ)の家(いへ)に一臂(いつひ)の力(ちから)を竭(つく)し

妹(いもと)が再生(さいせい)の恩(おん)に答奉(こたへたてまつ)らんとは思ひながら。館(たち)へ出入(いでい)る身(み)にあらねば心(こゝろ)ならす

も夥(あまた)の年月(としつき)を過(すぐ)し給ひき。しかるに今霄(こよひ)縁故(ことのもと)はしらず。忽地(たちまち)松稚丸(まつわかまる)

を迯(にが)すなと呼(よば)はりて。夥(あまた)の兵(つはもの)頻(しきり)に矢(や)を射(い)かけ。君(きみ)危(あやう)くみえ給ふ。このとき

それがし思ふやう。松稚丸(まつわかまる)と聞(きこ)えしは。恩(おん)高(たか)き吉田家(よしだけ)の稚君(わかぎみ)なり。さらば

とて救(すく)ひ進(まゐ)らせんとするに。里人等(さとひとら)〓(おぢ)怖(おそれ)て逃走(にげはし)れば。これを相語(かたらふ)に及(およ)はず。

幸(さひわひ)なるかな。當社(たうしや)神事(じんじ)の霄宮(よみや)にて。神輿(みこし)を出(いだ)したてまつるに。それがし郷

導(みちしるべ)の役(やく)に當(あた)りて。猿田彦(さるだひこ)に打扮(いでた)てり。加之(しかのみならず)。この〓(木+久)(すぎ)をむかしより。天狗(てんぐ)の憩

処(いこひどころ)といひもて伝(つたふ)れば。彼是(かれこれ)早速(さそく)に思ひよせて。潜(ひそか)に件(くだん)の樹(き)に攀登(よぢのぼ)り。

天狗(てんぐ)とみせて這奴(しやつ)らに膽(きも)を冷(ひや)さし。終(つひ)に危(あやう)きを救(すく)ふて。はからずも年来(としごろ)

の志(こゝろざし)をいたせり。家(いへ)には妻(つま)もあり女児(むすめ)もありて。みな心ざま信々(まめ/\)しきものなり。

誘(いざ)給へ。伴(ともな)ひ進(まゐ)らせんといふ。松稚(まつわか)は情由(ことのよし)を聞(きゝ)て。感激(かんげき)斜(なゝめ)ならず。鳰崎(にほざき)が事(こと)

は。わがやゝ跂做(はひなら)ふころなれど。母(はゝ)の物(もの)がたりにてよくその事(こと)をしりぬ。われ

今(いま)家(いへ)壊(やぶ)れ父(ちゝ)誅(ちう)せられて。身(み)をよすべき処(ところ)なしと雖(いへども)。この邉(ほとり)は洛(みやこ)ちかくして。

世(よ)を潜(しのぶ)に便(たより)よからず。且(かつ)汝(なんぢ)が家(いへ)を係累(まきぞひ)せば。妻子(さいし)の歎(なげき)も痛(いたま)し。われは只(たゞ)独行(どくこう)

して。母(はゝ)と弟(おとゝ)に索(たづね)あふべくおもふ也と宣(のたま)へば。軍介(ぐんすけ)ははじめて。惟房(これふさ)朝臣(あそん)滅

亡(めつぼう)の事をしりて大に驚(おどろ)き。しからば舩(ふね)にめされて先(まづ)品村(しなむら)〈比叡が辻より湖水一里の外にあり〉へ赴(おもむ)き

給へ。もし討手(うつて)ふたゝび来(きた)らば。そのたびは迯(のが)れがたし。幸(さいはひ)汀(みぎは)に一艘(いつそう)の小(こ)ぶねあり。

それがし棹(さを)をとつて渡(わた)しまゐらせ。何國(いづく)にもあれ。留(とゞま)り給はんところまで。御供(おんとも)

つかまつるべしとて。信々(まめ/\)しく聞(きこ)ゆれど。松稚(まつわか)は。つや/\これを諾(うけひ)給はず。汝(なんぢ)今霄(こよひ)

家(いへ)にしらせずして遠(とほ)く去(さ)らは。妻(つま)女児(むすめ)がいかばかりか心くるしく思ふらめ。我(われ)苟(いやしく)も

身(み)を脱(のが)れんとて。人の妻子(やから)を苦(くる)しめんやはと宣(のたま)へば。軍介(ぐんすけ)声(こゑ)をふり立(だて)て。それ

がし縦(たとひ)半年(はんねん)一箇月(いつかつき)。家(いへ)にあらずとも。妻(つま)女児(むすめ)が立地(たちどころ)に。餓(うへ)て死(し)ぬることのかは。

家(いへ)を離(はな)れ妻子(やから)を顧(かへりみ)ざるも義(ぎ)のおもむく所(ところ)あればなり。などて女々(めゝ)しき

事を宣(のたま)はするぞと焦燥(いらだち)て。わりなく舩(ふね)に乗(の)しまゐらせ。みづから〓(かぢ)を取(とつ)

て艚(こぎ)だみし程(ほど)に。その夜(よ)の亥(ゐ)の刻(こく)といふに。栗本郡(くりものとこふり)なる。品村(しなむら)に着(つき)にけり。

夫(それ)伎〓(人+両)(ぎりやう)たま/\等(ひとし)きことありといへども。その為(なす)ところによつて。善悪(ぜんあく)迭(たがひ)に

異(こと)なり。昔(むかし)松井源五(まつゐのげんご)が群柏(むらがしは)を殺(ころ)して。これを天狗(てんぐ)に托(たく)せしは欲(よく)也。今(いま)赤塚(あかつか)の

軍介(ぐんすけ)が。松稚(まつわか)を救(すく)ふに。又これを天狗(てんぐ)に托(たく)するは剛(ごう)也。嗚呼(あゝ)彼(かれ)を魔(ま)とせんや。

是(これ)を魔(ま)とせんや。剛(ごう)と欲(よく)とは相似(あひに)て心(こゝろ)を用(もちゆ)る事(こと)同(おな)じからず。譬(たとひ)ば附子(ぶし)の大

毒(だいどく)なるも。症(せう)にしたかつて用(もちう)るときは。寒湿(かんしつ)の聖薬(せいやく)とするが如(ごと)し。瞑眩回陽(めんげんくわいよう)

こゝに至(いたつ)てその能毒(のうどく)をしるべし。