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            序

げにや遠国(をんごく)にて聞及(きゝおよ)びにし宇治の里(さと)、山の姿(すがた)尖(するど)からず、ぼんじやりとして、いはゞよき女(をうな)の立(たて)るがごとく、腰(こし)を廻(めぐ)る雲の帯(おび)、霞(かすみ)の衣(ころも)模様(もやう)よく、しかも御茶所<お>(ちゃどころ)にして、色好(いろこのめ)る人の住(すめ)る所は爰(こゝ)なるべし、川の流(なが)れ絶(たえ)ず、水卓散(たくさん)に、満々(まん/\)たるゐんつうは、金(こがね)花咲(さく)山吹(やまぶき)の瀬(せ)を我物(わがもの)にして、天晴(あつはれ)見所(みどころ)多(おほ)き名所かな、里人(さとびと)の案内(あない)にて名所旧跡(きうせき)残(のこり)なく尋(たづ)ねしに、中(なか)にも源三位<げんざんみ>頼政<よりまさ>の昔語(むかしがたり)を聞<きゝ>て、痛(いた)はしや、さしも文武(ぶんぶ)に名を得(え)し人なれども、跡(あと)は草路(さうろ)の道のべとなりて、行人(かうじん)の口号(くちずさみ)今に伝(つた)へて、茶飲(ちやのみ)物語を書集(かきあつめ)、風流宇治頼政と題(だい)する而已(のみ)、

 めでたい年の

    目出度<めでたい>初春<はつはる>

                  八文字自笑

               作者

                  江嶋 其磧

風流宇治頼政(ふうりううぢよりまさ)   付<つけた>り 抑(そも/\)治承(ぢせう)の夏(なつ)の比(ころ)

                    よしない手管(てくだ)に

                             扇の芝(しば)

   一 之 巻 目 録

第一 名乗(なのり)もあへず身請(みうけ)の先陣(せんぢん)

    歌人(かじん)は心の

      賎(いや)しからぬ育(そだち)より宇治(うぢ)の里(さと)

    男出立(でたち)は

      女の知恵(ちゑ)の深編笠(ふかあみがさ)

    縮緒(しめお)は解(とけ)て

      括(くゝり)のない兄気(あにき)の悪性(あくしやう)

第二 山も里(さと)もおぼろ/\と百坏機嫌(ひやつぱいきげん)

    女郎<ぢよらう>に淡路嶋(あはぢしま)幾夜(いくよ)も通(かよ)ふ千鳥足(ちどりあし)

    身請(みうけ)の立酒(たちざけ)引掛(ひつかけ)て家老(からう)が強異見(こわゐけん)

    妹(いもと)が恋は色に出る紅葉傘(もみぢがさ)指合(さしあい)繰(くら)ぬ兄弟中(なか)

第三 爰<こゝ>を最期(さいご)と金(かね)の才覚(さいかく)

    御褒美(ごほうび)として折紙(をりかみ)の付(つい)た無疵(むきず)の娘(むすめ)

    人手に渡(わた)らぬ新小判耳(みゝ)を揃(そろへ)て

    聞程(きくほど)不審(<ふ>しん)な万両の箱(はこ)入(い)り底(そこ)の知(しれ)ぬ巧事(たくみ<ごと>)

    一 名乗(なのり)も不敢(あへず)身請<みうけ>の先陣(せんぢん)

 其(その)父(ちゝ)薪(たきゞ)を折(さく)、其(その)子(こ)負荷(おいにな)ふことあたはず。おほくは世間(せけん)かくのごとく、四民(しみん)ともに親(おや)の跡(あと)をふまへて、親<おや>の代<だい>より増(まさ)るは稀(まれ)にして、仕崩(しくづ)すやからはおほかりき。

 昔日(そのかみ)文武(ぶんぶ)両道<りやうだう>に達(たつ)し、後世(こうせい)に名(な)をとゞめられし、源三位入道<げんざんみ>頼政(よりまさ)と申<まうす>は、人王<にんのう>五十六代清和天皇の第六の皇子(わうじ)、貞純(さだずみ)親王二代の苗裔(べうえい)、多田(たゞ)の満仲(まんぢう)の子<こ>頼光(らいくはう)三代の後胤(こうゐん)、参河守(みかはのかみ)頼綱(よりつな)の孫(まご)、兵庫頭(ひやうごのかみ)仲正(なかまさ)が子<こ>なり。年久しく地下(ぢげ)にのみして、殿上(てんじやう)のゆるされざりければ、

  人しれぬ大内山<おほうちやま>の山<やま>もりは木<こ>がくれてのみ月をみるかな

とよみてすゝみたりければ、不便(<ふ>びん)なりとて、四位(しゐ)して昇殿(せうでん)をゆるされ、殿上(てんじやう)のまじはりに気をはつてつとめられき。

 身は武(ぶ)の家にそだちながら、心は公家(くげ)にまさり、歌(うた)の道に心をよせ、その時分(じぶん)歌<うた>自慢(じまん)の公家(くげ)衆<しゆ>に、口(くち)をあかせぬほどの歌人(かじん)なるよし、鳥羽院(とばのゐん)聞召<きこしめし>及<およば>れ、宇治川<うぢがは>・藤<ふぢ>ぶち・桐火桶(きりびおけ)・頼政<よりまさ>と、四つの題(だい)をくださせたまふ。一首にかくしてまいらせよと勅諚(ちよくでう)ありけるに、

  宇治川</うぢがは>の瀬々<せゞ>のふち%\おちたぎりひをけさいかによりまさるらむ

と申<まう>されたりければ、君<きみ>御感(ぎよかん)有<あり>て、四つの題の其<その>一(ひとつ)の名所(なところ)を、御<ご>褒美(ほうび)にくだし給はり、宇治(うぢ)の里におゐて、景気(けいき)よきところをすぐつて、五十余(よ)町<ちやう>給<たま>はり、三位<さんみ>をゆるされてげり。頼政願(ねがひ)のまゝと満足(まんぞく)し、すなはち入道<にふだう>して、此<この>地<ち>に風流(ふうりう)なる家(いゑ)造(つくり)、美(び)をつくし常(つね)は爰(こゝ)に住(すみ)たまふゆへ、其比<そのころ>の人宇治頼政<うぢよりまさ>と申<まうし>あへり。

 子息(しそく)源<みなもとの>大夫<たゆふ>判官<はんがん>兼綱(かねつな)は、親にかはつて和歌(わか)の道(みち)には疎(うと)けれども、小歌<こうた>の道は妙(たへ)にして、三筋(<み>すぢ)の糸(いと)にのせては梁(うつばり)の塵(ちり)をおどらせ、目のみえぬ瞽女(ごぜ)を感(かん)ぜしめ、たけきものゝふの心やはらぎ、かたなざんまいといふ事、近比<ちかごろ>ねれぬせんさくと、一生<いつしやう>刃物(はもの)に手を懸<かけ>られたる事もなし。父は弓のほまれ、我は張(はり)のつよい女郎<ぢよらう>を手にいれ自慢(じまん)。猪早太(いのはやた)もたのまずに、取ておさへて九刀(こゝのかたな)さしとをす早業(はやわざ)の達人(たつじん)。

 所は宇治<うぢ>なれば、お茶のよい女郎をゑらんで、六条三筋町<みすぢまち>に花千代(ちよ)といふ大夫と、新造(しんぞう)の水上(みづあげ)より今にしたしく、是<これ>ならでは我妻(わがさい)にせん女はなしと、親かた鳥本(とりもと)や弥惣次<やそうじ>が手前<てまへ>を、八百両にきはめ、手付金<てつけきん>弐<に>百両渡<わた>し、残りは屋形(やかた)へ入<いり>ての上(うへ)にて、渡すべきとの契約(けいやく)のみこみ。さらりと首尾(しゆび)して其<その>日は常(じやう)あげや、さゞ浪(なみ)やが座敷<ざしき>へ、一ツ家<や>の女郎まねきよせ、大夫廓(くるわ)の名残(なごり)の酒(さか)もり。

 「こりやめでたいは」と宿(やど)やの男女太鼓(たいこ)もち迄<まで>、都<みやこ>の辰巳(たつみ)あがりな声して、宇治の里へもひゞく計<ばかり>。よい大臣<だいじん>を釣殿(つりどの)。金銀はつとまきの嶋<しま>。あげやの座敷は小判の花ふり、時ならぬ山吹(<やま>ぶき)の瀬(せ)をなし、花千代さまの置(をき)みやげ、かたおちなしに下々<した%\>迄<まで>、平等院(びようどうゐん)の庭(には)の面(おも)。是<これ>なる芝(しば)の上(うへ)に、もうせんしかせて野<の>がけのこゝろ。前栽(せんざい)の作(つく)り木ねぢ折<をり>、林間(りんかん)に酒をあたゝめ、公用(こうよう)を欠(かい)て昼夜(ちうや)のたはふれ、是<これ>分別(ふんべつ)の外<ほか>ぞかし。、

 爰<ここ>に源太<げんた>兼綱(かねつな)の妹(いもと)、龍田(たつた)の前といへるは、廓(くるわ)にもない上娘(じやうむすめ)。しかも心いたつて情(なさけ)ふかく、歌道(かどう)は母のあやめの前の指南(しなん)にて、女歌仙(かせん)の中へも入<い>らるゝほどのきりやう成<なり>しが、十七の今年(ことし)まで、へや住(ずみ)のひとりね。必(かなら)ず娘自慢(じまん)の親たち、先(さき)えらみして手前に長(なが)をき。是<これ>むしくいの下地(したぢ)ぞかし。

 しかるに姫君(ひめぎみ)、兄(あに)源大夫<げんだゆふ>身持(みもち)のわろきを苦労(くらう)にして、ひとつ心のこしもと四五人いひ合せ、いづれもくまがへ笠にかほかくして、腰巻羽織(こしまきばをり)大小ぼつこみ、男出立(でたち)にさまをかへ、兼綱(かねつな)の廓(くるわ)がよひの御幸(ごかう)道<みち>に待<まち>うけ、是非(ぜひ)に御異見(いけん)申<まう>さんと、往来(わうらい)の人に目をつけて、御帰<かえり>がけをまたれしに、深(ふか)あみ笠(がさ)にもゝだち取<とり>て、よしやがゝりの大小。是<これ>こそ兄(あに)ごにまぎれなしと、づか/\とよりあみがさとれば、兼綱(かねつな)にはあらで御家臣(かしん)渡部党(わたなべとう)競(きほふ)滝口(たきぐち)なれば、姫(ひめ)をはじめ腰(こし)もと共<ども>、

「これは大きなちがい」

と笑(わら)ふて立<たち>のけば、滝口<たきぐち>は龍田(たつた)の前とは夢にもしらず、

「平家方(へいけがた)の若人(わかうど)が、清盛風(きよもりかぜ)をふかして、傍若無人(ばうじやくぶじん)のふるまひする」と、胸(むね)にすへかね、「人の着(き)たる笠を取<とり>て、ちがひしと計<ばかり>にて、御免(ごめん)共<とも>いはず笑(わら)ふてのくは、武道(ぶどう)をしらぬ卒忽(そこつ)もの。さあ『あやまつた』と我<わが>前に手をついて、ことはりを申<まうす>べし。さなくばうぬら一人もいけてはおかぬ」

と、刀の柄(つか)に手をかくれば、こしもとの朝日(あさひ)山、あみがさぬいで

「是<これ>滝口<たきぐち>さん。そさうなされな。姫君なるぞ」

とさゝやけば、競(きおふ)おどろき、笠(かさ)の内<うち>をさしのぞき、肝(きも)をつぶし、

「是<これ>はけうがる御有様<ありさま>。御舎兄(しやけう)源太<げんた>判官<はんがん>兼綱(かねつな)さま、御不行跡(ふかうせき)なと世間(せけん)で噂(うはさ)いたすさへ、聞<きゝ>ぐるしうさふらふに、女中<ぢよちゆう>の御身<おんみ>で此<この>御躰(なり)は、源三位<げんざんみ>入道殿の御息女(そくぢよ)の御身持(みもち)と申<まう>されふか。高位高官(かういかうくはん)の北の台(だい)共<とも>ならせらるべき御身<おんみ>なるに、かゝる異様(ことやう)成<なる>風聞(ふうぶん)有<あり>ては、御一代のお疵(きず)と成<なり>。御婚(こん)礼の妨(さまたげ)とも成<なる>まじき物にあらず。近比(ちかごろ)もつてにげなきふるまひ。つき%\の女中方<ぢよちゆうがた>も不届(とゞき)千万<せんばん>。早<さう>々お屋<や>かたへ御供(とも)して帰らるべし」

と、にが/\しう申<まうし>ければ、姫君涙<なみだ>に袖<そで>をぬらされ、

「女の身持<みもち>に不行義(ぎやうぎ)なと、そなたが異見(いけん)にあづかるも、みな是<これ>兄(あに)様ゆへにてあり。わらはがかゝるすがたして、そなたが笠に手をかけしも、兄兼綱<かねつな>の里<さと>がよひの、おかへりを待<まち>うけて、御異見(いけん)申<まう>さんそのために、女のあられもないすがたにして、そちを兄ごと見まがへ、笠<かさ>は取(とり)ぬ。

 尤<もつとも>御大名(だいみやう)の御子息(しそく)なれば、けいせいぐるひも遊女(ゆうぢよ)あそびも、なされまじき物ならねど、此<この>節(せつ)は折(をり)わろし。

 その方<ほふ>もしらるゝごとく、一とせ小松の内大臣<うちのおとゞ>御病中(びやうちう)に、父(ちゝ)三位<さんみ>の入道殿をまねき、奥州(おうしう)の御知行所(ちぎやうしよ)、気仙郡(きせんぐん)より金(こがね)三万両取<とり>よせられ、『御ぼたいのため、大唐(たいとう)の育王山(いわうざん)へ便(たより)をもつて渡(わた)しくれよ』と、御ぼたい金三万両を父上(ちゝうへ)にあづけ置<をか>れ、世を去(さり)給<たま>ひぬ。

 しかるに『此<この>度(たび)異国(いこく)より、妙典(めうでん)といふ唐人(とうじん)来朝(らいてう)いたせば、此<この>ものに彼(かの)金<こがね/かね>を相<あひ>わたし、重盛(しげもり)ぼたいのために育王山(いわうざん)に一宇(いちう)の堂(だう)建立(こんりう)さすべきあいだ、早<さう>々預<あづか>りの金子<きんす>をわたせ』と、此比<このごろ>父の御かたへ平相国(へいせうこく)より使(つかひ)たて共<ども>、此<この>金子<きんす>いつの間(ま)にかみなに成<なり>、平家へかへし渡さるへき三万両の金<かね>なくては、今屋形<やかた>は手に汗(あせ)にぎり、一家中(いつかちう)手わけをして金<かね>才覚(さいかく)の最中(さいちう)に、きのふとやらけふとやら、子中(こなか)なしたるなじみのけいせい請出(うけいだ)して、屋<や>かたへつれて帰らるゝと、放埒(はうらつ)な兄上(あにうへ)の沙汰(さた)を聞<きく>から、あるにもあられず異見(いけん)のために、此<この>所まで来<きた>りしが、何とわらはが身持(みもち)があしいか。うらめしい滝口のことばかな。

 その上(うへ)近年屋形<やかた>には物入<ものいり>つゞき、御払底(ふつてい)にて、金(かね)かり出<いだ>す役人(やくにん)も、返済(へんさい)の契約(けいやく)ちがい、不埒(ふらち)成<なる>仕(し)かたゆへ、父入道<にふだう>殿へは一銭(せん)の取<とり>かへの仕手(して)もなく、たが才覚(さいかく)をして出<いだ>さふと、家中(かちう)にいひてひとりもなく、父上(ちゝうへ)には御屈侘(くつたく)あそばして、御むねをいためられ、さま%\御思案(しあん)あつての上(うへ)、家来(けらい)に心をはげまして、金<かね>とゝのへさせん方便(はうべん)に、

『此<この>金子<きんす>才覚(さいかく)致(いた)してきたるものには、その褒美(ほうび)として、少知(せうち)をとる者(もの)也<なり>共<とも>、一人のむすめ龍田<たつた>を婦妻(ふさい)に得(え)させ、頼政<よりまさ>が聟(むこ)にせん』

と、一家中<いつかちゆう>へ仰<おほせ>られしに、家来<けらい>下河辺(しもかうべ)藤三(とうざう)清常(きよつね)がすゝみ出<いで>、

『拙者(せつしや)一命(めい)をかけてとゝのへ奉<たてまつ>らん。相<あひ>調(とゝのひ)申<まうす>上(うへ)は姫君をくだし給<たま>はるや』

と、小<こ>づらにくい、とゝさまに釘(くぎ)のうらをかへしたれば、

『大将(たいしやう)に二言(<に>げん)なし。早速(さつそく)むすめをとらせ、一門分(いちもんぶん)にして得(え)させん』

と、墨付(すみつき)をつかはされ、一昨日(おとゝひ)の昼(ひる)から藤三<とうざう>は悦<よろこ>び、とゝのへに屋形<やかた>を出<いで>て、今にかへらず。是<これ>第一にみづからがとむねをついてのしんきのたね。

 若(もし)とゝのへて帰りなば、あのやうないや風(ふう)成<なる>藤三めと、女夫(めおと)にならふか、かなしやと、それもひそかに兄上に物がたりをして、変改(へんがへ)の仕(し)やうもやうの談合(だんかう)もせふとおもひて来たりしが、そなたまでも傍輩(はうばい)の藤三に、今からどのさま付<つけ>すばなるまじきが、何と無念(むねん)におもはれぬか。無念ならば藤三が女房<にようばう>にならぬやうの分別(ふんべつ)をしてたも」

と、滝口<たきぐち>が袖<そで>に取付<とりつき>、兄ごの事は外<ほか>にして、第一此<この>義<ぎ>を歎(なげ)かるゝむすめごゝろぞことはりなる。

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----------^ 頼政1-2.txt ( date:97-03-02 time:22:12 ) -------< cut here

     二 山も里(さと)もおぼろ/\と百盃機()嫌(はいきげん)

 姉(あね)の死()跡(しにあと)へ若(わか)い妹(いもと)をつかはし、年()寄(<とし>より)男()をもたするも、身()代(しんだい)のよいを心()かけて、皆()欲(よく)からの人()心()。世()に金<かね>づまりと、乳(ち)のない子(こ)をはごくむ程<ほど>かなしい物()はなきぞかし。

 内()裏(だいり)さまさへおびやかしたる、鵺(ぬえ)といへる怪()鳥(けてう)を、射(い)ては落(おと)されたれど、三()万()両()といふ金()づまりには、さすがの頼()政()も弓()を伏(ふせ)て、家()来(けらい)の藤()三<とうざう>に秘蔵(ひさう)のむすめをやりて、「どふぞ才覚(さいかく)してくれ」と、口をすぼめてたのむやうな、身<み>のなるはてはあはれなりける物語<ものがたり>。

 競(きほふ)一々承<うけたまは>つて、

「是<これ>は大殿(おほとの)の御思案(しあん)ちがい。

 尤<もつとも>唐(から)の張説(てうせつ)などは、家来(けらい)の中(なか)に、めしつかひの女を恋(こひ)しのぶものあれば、ひそかにかの者(もの)にあたへ、本望<ほんまう>を達(たつ)せしめたまふゆへ、かのもの無二<むに>の忠節(ちうせつ)をなし、大利(たいり)を得(え)られしといふ事承<うけたまは>りつたへて、家人(けにん)に奉公(ほうこう)をはげますべき方便(てだて)に、寵愛(てうあい)の妾(てかけ)などとらされしためしはあれども、金銀才覚(さいかく)の計略(けいりやく)に御息女(そくぢよ)を下々(した<%\>)へくだし給<たま>はるべきとの御約束(やくそく)は、大きなる僻事(ひがこと)。

 殊更(ことさら)藤三は心底(しんてい)のしれぬやつ。末(すゑ)に至(いたり)ては御家<おいへ>の禍(わざはひ)とも成<なる>べき妄臣(ねいしん)。近比<ちかごろ>御短慮(たんりよ)の御思案(しあん)。しかし御気(き)づかひなされまじ。それがしも此<この>比(ころ)かやうにまかり出るも、金子<きんす>才覚(さいかく)のため成<なる>が、近年(きんねん)御払底(ふつてい)ゆへに御借金(しやくきん)おほく、済(すま)したる事稀(まれ)也。御家へとては壱匁<いちもんめ>も御用<よう>に立<たと>ふといふものなく、すご/\かやうに素戻(すもど)り仕<つかまつ>り侯<さうら>へば、いかな/\藤<とうざう>三ぐらゐが幅(はゞ)にて、三万両の事はおいて、三百両もきやつが手さきでとゝのふ事ではこれ有<ある>まじ。是<これ>ばつかりはちつともお苦(く)になされまじ。

 よしやとゝのへて参<まゐ>つても、藤三<とうざう>方(かた)へよめいりをなされぬやうの、それは思案(しあん)もさふらはんが、只(たゞ)きのどくなるは若殿(わかとの)兼綱(かねつな)さまの悪所狂(あくしよぐる)ひ。此<この>三万両の勘定(かんでう)のたゝぬ内<うち>は御遠慮(ゑんりよ)させましたいものにてあり。内々平家の御一門<いちもん>の御沙汰(さた)も宜(よろ)しからざれは、おまへと私(わたくし)一所に是<これ>に待(まち)うけて、兼綱さまをとらへ申、先(まづ)中屋敷(なかやしき)へお共(とも)して、詞(ことば)を尽(つく)して御異見(いけん)申<まう>さん。あつはれ女儀(によぎ)にはおどろき入<いり>たるお心ざし。さやうとは存<ぞん>ぜす、よしない慮外(りよぐわい)の異見(いけん)だて、御免(めん)なされ下<くだ>され」

と、共(とも)に心を同じうし、兼鋼(かねつな)のかへりがけを木<こ>かげにかくれて待居(まちい)たりぬ。

 必(かなら)ず色狂(ぐる)ひにかゝつては、内には水のつくこともしらず、女郎<ぢよらう>太鼓(たいこ)にのほされて、有頂天(うてうてん)になるは兼綱<かねつな>ひとりに限(かぎ)らぬ事。身請(みうけ)の大夫<たゆふ>が手を引<ひき>て、宿(やど)や一家にをくられ、よいきげんで帰られしに、思ひもよらぬ木陰(こかげ)より、龍田<たつた>の前競(きおふ)など出むかふて待<まち>かけたり。御供<とも>に参<まゐ>りし競(きおふ)が弟<おとゝ>、滝口<たきぐち>源之丞<げんのじよう>といふ美童(びとう)一目(め)見てはつと思ひ、酔(えひ)みだれて正体(せうだい)もない兼綱の紬<そで>を引<ひき>、

「申<まうし>若殿さま。あれにおいもと君たつたの前さま、并<ならびに>に私兄の滝口競(きおふ)が待<まつ>てゐられます。こりやたまる事ではござりますまい。ことはりの嘘(うそ)こしらへておかれませ」

と気をつくる。

 さすがは酒の酔(ゑひ)本性(せう)わすれずとかや。強(こわ)いものはたましゐにこたへて、兼綱びつくりせられ、

「南無<なむ>さん。爰<ここ>ではいひぬけならぬ場所(ばしよ)なれば、すぐ化(ばけ)にあそぴにいたと、上(うへ)からもつて行<いく>べし。但<たゞ>し、大勢<おほぜい>つれだちては奢(おごり)の様(やう)でいひわけむつかし。まづあげや夫婦(ふうふ)たいこ共<ども>はこれより帰<かへつ>て休(やす)んでくれ。大夫<たゆふ>ひとりはどふぞわれらが口さきにて、いもとめをたぶらかし、中屋敷へなり共<とも>入置<いれをく>べし。先(まづ)わいらはかへれ」

とあれば、目はやきそれしや共<ども>にて、

「こりや毛虫(けむし)が涌(わい)て来(き)た」

と、ニ言(にごん)もいはず、いとま申<まうし>て立<たち>帰りぬ。

 其<その>内にたつたの前兼<かね>つなの袖<そで>をとり、

「近比<ちかごろ>うつゝなき御有様<ありさま>。往来(ゆきゝ)の見るめも笑止(せうし)なり」

と、ありベかゝりの御異見(いけん)あれば、競(きおふ)は側(そば)より歯(は)がゆがり、

「なまぬるきおひめさまの御ことば。お屋<や>かたには三万両の金の勘定(かんでう)に、大殿さまはおいとしや、御寝食(しんしよく)をわすれられ、お気を悩(なやまし)ておはします。

 家中(かちう)のものは我々をはじめ、質(しち)八おいても此度<このたび>の三万両を立<たて>たいと、是<これ>のみに肺肝(はいかん)をなやましてをりまするに、おもしろさふにけいせいうけ出<いだ>し、白昼(はくちう)に生酔(なまえひ)の御行跡(ふるまひ)。はゞりながら人間の御行儀(ぎやうぎ)とは存<ぞん>ぜぬ也<なり>。

 第一にくきは弟(おとゝ)の源之丞<げんのじよう>め。御異見(いけん)を申<まう>さふとはいたさず、同じやうにおどり狂(くる)ひ、毎(まい)日毎夜御供<とも>を致<いた>し参<まゐ>る事。家をみだす非義非道(ひぎひだう)の妄人(ねいじん)とはをのれが事。生(いけ)ておいては御家の怨(あた)。討(うつ)て捨(すつ)るぞ覚悟(かくご)いたせ」

と、刀に手をかけちかよれば、姫君周章(あはて)源之丞がうしろにおほひ、

「此<この>人をきりやるなら先(まづ)わらはからさきへ手にかけ殺(ころ)してたも。最前(さいぜん)いひし、藤三<とうざう>が女房<にようばう>に成<なる>事いやといひしは、此<この>源之丞と人しれず内々からいひかはせし事あれば、父上の仰<おほせ>でも外<ほか>へとては縁(ゑん)につかぬ所存(しよぞん)也<なり>。 あにさまのお供<とも>につれうと仰<おほせ>らるゝに、主(しう)の御意(ぎよい)を背(そむ)き、『おともは御免(ごめん)』といはれふか。いとしげさふによはひものを歩(ぶ)に取(とる)とやらにて、いふベき兄上にはいはずして、此<この>人の難(なん)にいはるゝは近比<ちかごろ>さもしい心いき。そりや競(きおふ)比興(ひけう)なぞ。とふでもこふでも此<この>人はころさせぬ」

と、泪(なみだ)まじりにのたまひけば、

「こりやよい色の同類(どうるい)出来(でき)た」

と兼綱(かねつな)悦<よろこ>び、

「おもひかけた恋の筋(すじ)はやめられぬ物なるか。なんと妹(いもと)、色の道の切(せつ)なるといふ事を今思ひしつたか。おもひ知(しつ)たら、われらが此<この>大夫<たゆふ>請出(うけだ)したもむりとは思ふてくれぬはづ。今の世に兄弟<おとゝ>がさしあひくるといふ事は前かたなせんさく。只<たゞ>今の一言(いちごん)で源之丞<げんのじよう>とのわけはしれた。此<この>以後は兄が取持<とりもち>あはさふが、大夫<たゆふ>が事はそち引<ひき>うけ、親仁(おやぢ)が前の首尾(しゆび)を繕(つくろひ)、われら北の方<かた>に成<なる>やうに取<とり>なしをたのむ」

とあれば、異見(いけん)の段(だん)はわきへ成(なり)

「ほんに粋(すい)なる兄上。源之丞とさへ夫婦(ふうふ)になされてくだんすなら、晩(ばん)からわしが太鼓持(たいこもち)。三味(しやみ)引<ひき>かけて三筋(みすぢ)町へ、おせ/\でお供<とも>せん。兄(あに)さまたのむ」

と手をあはさるれば、大夫<たゆふ>も物師(ものし)立<だち>ながら、ついちかづきが千年ほどなじんだやうな中(なか)に成<なり>、思ひの外<ほか>に純熟(じゆんじゆく)せり。

 競(きおふ)は我(が)を折(をり)、あきれて物もいはざる所へ、下河辺(しもかうべ)藤三、下人<げにん>あまたに金子<きんす>の入<いり>し箱(はこ)どもをかたげさせ、いきり切(きつ)て上(かみ)屋敷<やしき>をさして急(いそ)ぎ来<きた>りしが、人々を見て

「これは若殿様、ひめ君さま。何ゆへ是<これ>には御座<ござ>あるや」

とうかゞひ申<まう>せば、兼綱見たまひ

「汝(なんぢ)はあまたの金箱(かねばこ)を持<もた>せ来<きた>るは、いか成<なる>故<ゆゑ>ぞ」

と尋<たづね>たまふ。藤三<とうざう>かしこまつて、

「されば、此<この>たび『育王山(いわうさん)への金子<きんす>の勘定(かんでう)急々に侯<さふらふ>ゆへ、家中<かちう>の面々(めん/\)に金子<きんす>調(とゝの)へ出<いだ>せしものには、おひめさまを夫妻(ふさい)にくだしをかるべき』と、大殿さまより仰<おほせ>出<いだ>され侯<さふらふ>に付<つき>、おはづかしながら拙者(せつしや)義<ぎ>、お姫さまの姿(すがた)を見奉<たてまつ>り、あはれ人間(にんげん)と生(うま)れ、あなたのやう成<なる>容儀(ようぎ)よき姫君と、『二世<にせ>までは及<および>なし。せめて一夜<いちや>の枕(まくら)を』と、もつたいない事ながら内々心を懸(かけ)をりしに、夫妻(ふさい)にくだし給<たま>はるべき大殿の御意(ぎよゐ)。

 もし他(た)のものに才覚(さいかく)させ、外<ほか>の人におひめさまをとられては、年来<ねんらい>の思ひ無(む)になれりと、一命(いちめい)を捨(すて)て工夫(くふう)をめぐらし、やう/\今日まてに金高<かねだか>弐<に>万両才覚(さいかく)致(いた)し参<まゐ>りたれば、おそれながらおまへにも、大殿さまの御前宜(よろ)しく御取繕(とりつくろい)あそばされ、いよ/\おひめさまを下<くだ>し給<たま>はるやうにたのみ上<あげ>奉<たてまつ>る」

と、はゞかりなく申<まうし>上<あぐ>れば、兼綱<かねつな>ひめ君競(きおふ)もろ共<とも>に肝(きも)をつぶして、やゝ返答(へんとう)もなかりし中に、競<きほふ>申<まうす>は、

「一万騎(ぎ)ニ万騎(ぎ)の強敵(がうてき)の中へたゞ一人切(きつ)ては入<いり>申<まう>さふが、此<この>節(せつ)二万両といふ金(かね)は、競(きおふ)が力量(りきりやう)にも及<およ>ばぬ事。あつはれひるいなき御手がら。大殿にもさぞ御満悦(まんゑつ)におぼしめさん。先(まづ)爰(こゝ)は途中(とちう)の義<ぎ>、中屋敷も程<ほど>ちかければ、あれにてゆるりと御意<ぎよゐ>を得(え)べし。いざ御出<いで>」

と人々を伴(ともな)ひ申<まうし>て、中屋敷へぞ入<いり>にける。

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----------^ 頼政1-3.txt ( date:97-03-02 time:22:12 ) -------< cut here

    三 爰(ここ)を最期(さいご)と金<かね>の才覚(さいかく)

 「軍場(いくさば)に出<いでて>御馬の前にてのはたらきは、武士(ぶし)の身にめづらしからず。惣(そう)じて死(し)は易(やす)くして軽(かろ)く、生金(せうきん)をととのへて主君(しゆくん)の役(やく)にたつ事は難(かた)うして重(おも)し。今日<こんにち>の上<うへ>にては比類(ひるい)なき手がら。甲首(かぶとくび)を五百七百取<とり>しよりは莫太(ばくたい)の高名(かうめう)。汝(なんぢ)が此<この>度(たび)のはたらきにて、重盛公(しげもりこう)より預<あづか>りの金子<きんす>をたつれば、父入道殿の家もたつといふもの。頼政<よりまさ>にも聞<きか>れなばいか計<ばかり>の悦(よろこ)びならん。さだめて姫も送<おく>らるべし」

と、兼綱感(かん)じて称美(せうび)あれば、たつたの前は案(あん)に相違(さうゐ)のかほつきにて、人をも恥(はぢ)ず、兼綱<かねつな>にむかひ、

「只<たゞ>今おまへの藤三<とうざう>へのお言葉(ことば)では、わしが最前(さいぜん)たのみたる彼(かの)人の縁(ゑん)をさき、あの藤三へよめらさふとのおぼしめしか。たとへ親兄(おやあに)の御意(ぎよい)にそむき、首足(くびあし)をもがるゝ共<とも>藤三方(かた)へは参<まゐ>らぬ心底(しんてい)。

 これ藤三。そなたはおれを女房<にようばう>にほしう思ふて、働(はたらい)てたもる心ざしはうれしけれ共、縁(ゑん)がないやらわらはが心にすゝまねば、みづからが事はさらりと思ひ切<きり>てたも。そのかはりには手まはりにつかふこしもとはどれ成共<なりとも>望次第(のぞみしだい)に妻女(さいぢよ)に送(をく)るべし。父上(ちゝうへ)の聟(むこ)に成<なり>たいねがひならば、娘分(むすめぶん)にしてつかはさるゝやうにせん。かまへてわらはを妻(つま)などゝ心あてにはしてたもるな。今兄上のおまへにてことはり置(をく)ぞ」

と仰<おほせ>ければ、藤三面(おもて)の色をかへ、

「此度<このたび>成<なり>にくき才覚(さいかく)を命かけていたせしも、おまへとそはんためばかりにこゝろをくだきしそれがしに、あいそうもない御ことば。親殿若殿、少々は御不同心(ふどうしん)に御座<ござ>候<さふらふ>とも、君さへお心むくなれば、夫婦(ふうふ)に成<なり>てもたのしみあり。それにかんじんの姫君のわたくしをおきらい有<あり>ては、せつかくいたせし奉公(ほうこう)湯(ゆ)をわかして水<みづ>へ入<い>るといふもの。しからば借(か)り請<うけ>参<まゐり>たる此<この>金子<きんす>を、先様<さきさま>へ只今<たゞいま>帰<かへ>し参<まゐ>るべし。扨<さて>々よしない事にむだほねを折(をり)申<まう>せし」

と、不興気(けうげ)に立<たち>けるを、兼綱<かねつな>しはしととゞめ給<たま>ひ、

「汝(なんぢ)が申<まうす>一とをり至極(しごく)せり。此<この>上は姫に異見(いけん)をくはへ、何分<なにぶん>汝(なんぢ)と婚礼(こんれい)を取結(とりむす)ぶやうにせん」

と、龍田<たつた>の前にむかひ給<たま>ひ、

「其<その>方、今日女の身で男の姿(すがた)に様(さま)をかへ、道迄<まで>出むかひゐたりしは、それがしが色狂(いろぐるひ)、時節(じせつ)あしきに、此<この>中(なか)にてけいせいを請出(うけいだ)さるゝその金(かね)成共<なりとも>、せめては平家の預<あづか>りの三万両のたしにはせず、やくたいもなき身の行跡(ふるまひ)、平氏(へいじ)へ聞<きこ>えば家たつまじと家を大事におもふ気(き)と、兄(あに)を大切(たいせつ)におもふからの事ならずや。

 しからば、今日藤三が妻(さい)に成<なる>まじきといひはれば、手に入<いれ>し二万両用(よう)にたてずに此<この>まゝかへし、育王山(いわうざん)へつかはさるゝ預<あづか>りの菩提(ぼだい)金の返納(へんなふ)ならず、不届(ふとゞき)の至<いた>りとてたちまち家はつぶるゝ也<なり>。

 代々つゞきし源三位<げんざんみ>の家つぶさふともたてふ共<とも>、そちが今の心次第<しだい>。大事の場(ば)ぞ。分別(ふんべつ)せよ」

と、事をわけていひきかさるれば、姫なみだぐみ、

「つらい事をのたまふものかな。かくひつはくのその中でも、身請<みうけ>の金<かね>は才覚(さいかく)して、あの大夫<たゆふ>殿を請<うけ>たまふは、思ふ人とそひたいとおぼしめす心ならずや。我身<わがみ>つめりて人のいたさをさつしたまへ」

と、かほに袖<そで>をあてゝさめ%\となげかるれば、兼綱うなづき、

「尤<もつとも>々。是<これ>は我等<われら>があやまり」

と、しばらく思案(しあん)し、つれ来<こ>られし大夫<たゆふ>花千代をまねき、

「事くどくいひきかすには及<およば>ず。始終(しじう)は只<ただ>今聞<きき>たる通(とを)りの仕合(しあわせ)なれば、是迄<これまで>の縁(ゑん)と思ひ、そちは是<これ>より廓(くるわ)へ帰り、むかしのごとくつとめてくれ。弐<に>百両の手付金<てつけ>は某<それがし>が損(そん)にする。その損(そん)をかへりみず、二世<にせ>のむすびの其<その>方、けふ請出<うけだ>し、けふ又廓(くるわ)へ帰す、我<わが>心ねを思ひやれ。妹(いもと)に家の為(ため)ゆへに心にあはぬ夫(おつと)をもたす上(うへ)からは、我<われ>も又家のためにそひたいそちにそはぬ所が、武士(ぶし)の義(ぎ)といふものぞ。此<この>わけを聞<きゝ>とゞけず、『かへるまい』といふやいな、それがしは此<この>刀腹(はら)へつき込(こみ)切腹(せつふく)するが、ころすかいかすか返答(へんとう)は」

と、刀(かたな)抜(ぬき)かけ「いな」といはゞ早(はや)切腹(せつふく)も有<ある>べき躰(てい)。

「かなしながらも、何がさてかへりませふ」

と、泪<なみだ>にくれ、すご/\出<いづ>れば、

「ヲゝ大夫<たゆふ>、満足(まんぞく)した。随分(ずいぶん)堅固(けんご)でつとめてくれ。命の内にはあふまいぞ。そちがくるわでまうけたる、我<わが>たねまきし撫子(なでしこ)の若(わか)は、木津<きづ>の弥太六<やたろく>といふ百姓<ひやくしやう>にあづけ置<をき>、息才(そくさい)でゐる。気づかひすな。せめてはそちがかたみとおもひ、近日(きんじつ)屋敷へよびとりて、我<わが>手にかけてそだつべし。何事も/\是<これ>までの縁(ゑん)と思ひ、明(あき)らめてくれよ」

と、兼綱<かねつな>もなみだをながしのたまひければ、大夫<たいふ>はかほもあけずして臥(ふし)まろびなき入<いり>しを、

「それたれかある花千代をくるわまでをくるべし」

と、なげきにしづむ大夫を引<ひき>たて、人を添(そへ)て帰されぬ。

 競(きほふ)も二人の心底(しんてい)をさつしやり奉<たてまつ>り、泪<なみだ>をこぼしゐたりしが、『是程<これほど>まで兼綱の家を大事といふ所を、眼前(がんぜん)にて妹(いもと)君にして見せらるゝに、たつたの前のいまだ得心(とくしん)ましまさぬは、弟(おとゝ)の源之丞めが御側(そば)にひかへをるゆへに、きやつに対(たい)していなおふのお返事(へんじ)がない事』と、心中<しんちゆう>に思ひすへ、つか/\と行<ゆき>、

「源之丞<げんのじよう>若殿(わかとの)の目通(めどを)りで切腹(せつふく)をいたすべし。某(それがし)かいしやくして得<え>させん」

と、腰刀(こしかたな)をするりとぬけば、姫はあはてゝ競(きほふ)にすがり、

「成<なる>ほど、わらはがあやまつた。家の為<ため>をおぼしめして、子まである中(なか)をさき、又くるわへかへさるゝ兄上(あにうへ)の御心底(しんてい)をなにしに無(む)にせん。いかにも藤三<とうざう>の妻(つま)とならん。かまへて源之丞に疵(きず)でも付<つけ>てたもんな」

と、歎(なげ)きとゞめ給<たま>ひければ、

「をを、さすが頼政<よりまさ>公のお姫様程<ほど>候<さふらふ>物かな。藤三方<かた>へよめいりなさるゝ上(うへ)は、源之丞<げんのじよう>を殺(ころす)べきいはれなし」

 扨<さて>藤三<とうざう>に向<む>かひ、

「近比<ちかごろ>思召<おぼしめし>卒忽(そこつ)のやうに候<さふら>へ共<ども>、大殿へ申上<まうしあぐ>るに見届(みとゞけ)ずには私の無念(ぶねん)。ちょと箱(はこ)のふた共<ども>を取<とり>、金子<きんす>を改(あらた)め見申<まうし>たし。是<これ>はたがひの念(ねん)と申<まう>す物成<なる>が、いかゞ仕<つかまつる>べきや」

と尋<たづぬ>れば、

「自余(じよ)の事ならば、某(それがし)をうたがひ給<たま>ふかなどゝいひて、中々御前<ごぜん>へ指上<さしあぐ>るまでは各方(おの/\がた)に手をもさへさせ申<まうす>まじきが、幅(はゞ)もない拙者(せつしや)が二万両と云(いふ)小判<こばん>を一日二日に調(とゝのへ)て参<まゐ>りたれば、妹(いもと)君をもらはんため、当分<たうぶん>石瓦(いしかはら)かな箱に詰(つめ)て参<まゐつ>たかと、こなたは各別<かくべつ>、大勢(ぜい)の下々<した%\>存<ぞんず>まじき物ならず。改(あらため)くだされ」

と箱の錠(でう)を明<あけ>、競(きほふ)に吟味(ぎんみ)させけるに、成程<なるほど>まがふ所もなく金(かね)に違(ちがい)あらざれは、只(たゞ)「奇妙(きめう)/\」とあきれて口をふさがぬ者(もの)計<ばかり>にして、此<この>藤三が才覚(さいかく)の思慮(しりよ)の程<ほど>をすいしかね、

「若(もし)は狐(きつね)つかひではないか。小判と見せて柿(かき)のは、財布(さいふ)と見せて馬の沓(くつ)のためしもあり」

と、笑(わら)ふ人も多かりけり。

   一之巻終

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風流宇治頼政(ふうりううぢよりまさ)  付<つけた>り 親(おや)も知(しら)ぬ万両の不足金(ふそくがね)は

                    色里(いろざと)へ槙(まき)の嶋(しま)

   二 之 巻 目 録

第一 養子(ようし)娘(むすめ)の思(おも)はせ振(ぶり)御心(こゝろ)悪(にくう)こそ候<さふら>へ

    果報(くはほう)はねて

      まつ嫁(よめ)の名代(みやうだい)

    聟殿(むこどの)の立腹(りつふく)も

      此<この>器量(きりやう)では色直(いろなを)し

    浮名(うきな)を流(なが)す泪(なみだ)の

      雫(しづく)は亡母(ろうぼ)への手向(たむけ)の水

第二 祝言(しうげん)の下紐(したひも)ときし寺(てら)候<さふらふ>な

    法事(ほうじ)に突出(つきだ)す鐘(かね)の音(ね)はこん/\の盃事(さかづきごと)

    明(あけ)てみて横手(よこで)を打敷(うちしき)の下(した)に真(まこと)の御息女(ごそくぢよ)

    他人向(たにんむき)の盃(さかづき)うけて請(うけ)ぬ親(おや)の勘当(かんどう)

第三 希有(けう)の驕(おごり)と人はいふなり

    宇治<うぢ>の網代木(あじろぎ)顕(あらは)れ渡(わた)る身の悪性(あくしやう)

    返答(へんとう)に鞘(さや)づまる名剣(めいけん)は家(いゑ)の重宝(てうほう)

    算用(さんよう)は知(しれ)ぬ十露盤(そろばん)のつぶれた身体(しんたい)

    一 養子(ようし)娘(むすめ)の思(おも)はせ振(ぶり)御心にくうこそ候<さふら>へ

 「智者(ちしや)も千慮(せんりよ)すれば一失(いつしつ)あり、愚者(ぐしや)も千慮(せんりよ)すれば一得(いつとく)ありといへども、日比(ひごろ)とはちがひ下河辺(しもかうべ)藤三が此度<このたび>のはたらきは、鉛刀(ゑんとう)の一割(かつ)なるべし。鉛(なまり)にて作(つく)れる刀(かたな)も、時によりて不思議(ふしぎ)に能(よき)はづみあれば、一度はよくきるゝ事もある物ぞかし。

 しかれどもいつもかくあらんとたのもしう思ひて、平生(へいぜい)の器量(きりやう)をしらず、今度の働(はたら)きひとつにてよき臣下(しんか)とおもひこみて、娘(むすめ)ごをつかはさるゝは大殿のあやまり」

と、心ある家人(けにん)ども寄合(よりあひ)/\ひそかにさゝやき申<まうし>ける内に、姫君はかねてより競(きおふ)が弟の源之丞<げんのじよう>と、人しれぬふかき中(なか)なれば、藤三(とうざう)が妻(さい)に成<なる>事をきらひ給ひて、夜(よ)にまぎれて屋敷を立出<たちいで>、いづくへか行衛<ゆくゑ>しれずと、上下さはぎ諸方(しよはう)へ手わけをして尋<たづね>申<まうし>けるを、三位<さんみ>入道大きにいかつて、

「親(おや)の命(めい)をそむき、さしも忠臣(ちうしん)の藤三をきらひ家出(いゑで)をする条(でう)、言語道断(ごんごどうだん)曲事(くせこと)也<なり>。家中(かちう)のものは申<まうす>に及<およ>ばず、出入<いでいる>者にも申付<まうしつけ>、見合(みあい)次第(しだい)に姫(ひめ)が首(くび)を打(うつ)て来(く)るものには褒美(ほうび)をあたふべし。若(もし)又、いたはり見のがしにせしと聞<きく>ならば、その者(もの)ともに永(なが)く勘当(かんだう)たるべし」

と、きびしく申<まうし>わたされ、扨<さて>家老(からう)渡辺(わたなべ)丁七(てうしち)唱(となふ)を召(めさ)れ、

「きのふ、悴(せがれ)源大夫<みなもとのたゆふ    げんだゆう>判官<はんがん>兼綱(かねつな)に申付<まうしつけ>、藤三をつけ、金子<きんす>弐<に>万両持参(ぢさん)いたさせ、今壱<いち>万両はしばらく延引(ゑんいん)御用捨(ごやうしゃ)くださるべきの旨(むね)、宗盛公(むねもりこう)へ御ねがひを申<まう>させぬれば、大形(おほかた)は首尾(しゆび)よくして、今明日<こんみやうにち>の中(うち)には六波羅(はら)より帰<かへる>べし。

 それにつき、藤三には姫を妻(さい)にとらすべしと、堅(かた)く約(やく)して墨付(すみつき)までをつかはし置(をく)。六波羅<はら>の使(つかひ)首尾(しゆび)よく仕(し)おほせ帰りなば、婚礼(こんれい)取(とり)むすばんと思ひし処<ところ>に、姫不所存(ふしよぞん)にて家出(いゑで)をせしうへは、何を以<もつ>て藤三にけいやくせし詞(ことば)を立(たて)ん。親(おや)の命(めい)をさむきし娘を、よびかへして妻(め)あはさんも本意(ほんい)ならず。さあればとて藤三が約(やく)は変(へん)じがたし。

 汝(なんぢ)も兼(かね)て知(し)るごとく、我<わが>心中に大望(たいもう)あれば、此度<このたび>藤三へ娘(むすめ)をつかはさずして、其分(そのぶん)に指置(さしをか)ば、世間(せけん)の人、『三位<さんみ>入道は信(まこと)の道なくして何をいひ出<いだ>されても証(せう)にならず、偽(いつは)り多(おほ)き大将』と取沙汰(とりさた)をせられては、をのづから思ひつく人もなく、一大事(いちだいじ)の刻(きざみ)。誓(ちか)ひを立(たて)ていひ出<いだ>したり共<とも>人誠<まこと>にすべからず。しかる時は大望(たいもう)のさはりならずや。

 先<まづ>本意(ほんゐ)を達(たつ)するまでは、信(まこと)の道を切(せつ)にまもるべく思へば、さいはゐ汝<なんぢ>がむすめぼたんといへるは、たつたの前と同年(どうねん)にて、しかも器量(きりやう)風俗(ふうぞく)まで似(に)たるよし。いまだ外(ほか)へ契約(けいやく)もあらざるとや。我<われ>汝<なんぢ>がむすめを養子(ようし)にし、ぼたんといふ名(な)をたつたの前と改(あらた)め、藤三方(かた)へをくるべし。しかる時は、我<われ>約諾(やくだく)を変(へん)ぜず。信(まこと)の道を立<たつ>るといふもの。爰<こゝ>を察(さつ)して汝がむすめを我に得(え)させよ」

とありければ、唱(となふ)心にはあはね共<ども>君命(くんめい)もだしがたく、お請(うけ)を申<まうす>。帰るやいな、娘ぼたんを頼政(よりまさ)の屋<や>かたへ送りぬ。入道欣悦(きんゑつ)有<あり>て、たつたの前と名を改め、おほくの女中をつけて、今までの姫君同前にいつくしみ給ひける。

 殊更(ことさら)今宵(こよひ)はたつたの前の実母(じつぼ)、あやめの前の十三回忌(くわいき)の逮夜(たいや)とて、恵心(ゑしん)の僧都(そうづ)の御法(みのり)をとかれし御寺にて、筒井(つゝい)の浄明(じやうみやう)一来<いちらい>法師、其外<そのほか>三井寺<みゐでら>平等院(べうどうゐん)などの名僧達(めいそうたち)集(あつま)り給<たま>ひ、仏事(ぶつじ)をなして弔(とふらひ)給<たま>ふ。是<これ>によつて一家中の女房<にようばう>達はいふに及<およ>ばず、出入<いでいる>下部(しもべ)の女まで御寺に参<まゐ>りて廻向(ゑかう)をなしぬ。

 御養子(ようし)の姫新たつたの前も御参詣(さんけい)まし/\、法事(ほうじ)を聴聞(てうもん)有<ある>所へ、綿(わた)ぼうしにて顔(かほ)をつゝみし女、牌前(はいぜん)にむかひ涙と共<とも>に拝<をが>みゐるを、競(きほふ)が女房<にようばう>あじろ木見とがめて、

「いまだお姫さまさへ御拝(おが)みもなされぬに、いやしき下部<しもべ>の女の身ですゝみ出<いで>ての拝礼(はいれい)は、すいさんなり」

と引<ひき>たつれば、此<この>女あじろ木がたもとをひかへ、

「うらめしやあじろ木。此<この>たび家出をしたるとがによつて、わらはゝ父上の御勘当(かんだう)はうけたれども、過<すぎ>さり給<たま>ふ母さまには勘当はうけぬもの。『御位牌(いはい)へむかふな』とは見知りごしにどうよくな」

と、泪<なみだ>をながしのたまへば、あじろ木はつとあたりを見まはし、

「最前(さいぜん)からお姫さまとは見たれ共<ども>、大殿の御いかり以(もつて)の外(ほか)にて、『見合(みあい)次第(しだい)に討捨(うちすて)』との仰<おほせ>ゆへ、若(もし)外(ほか)の人が見ましては、おためにならぬと存<ぞんず>るゆへ、わざと『下部(しもべ)の女よ』と、きはめてわらはが申<まう>したるは、おまへと人にしらすまい、こりやわしが才覚(さいかく)也<なり>。仏<ほとけ>の庭(には)とは申せども、おまへの為(ため)にはぢごくの上(うへ)の一足(いつそく)とび。あぶない所でさふらへば、はやおかへり」

とをし出<いだ>すを、

「おろかやな。母上(はゝうへ)の御とふらひに、身をかばふて参<まゐ>らずにゐらるべきか。父上(ちゝうへ)の目(め)にかゝりお手討(うち)にあへば本望(ほんもう)ぞ。伽羅(きやら)があらば一〓(たき)たも。焼香(せうかう)がしたい」

と泣(なき)たまへば、あじろ木も泪<なみだ>にくれ、

「尤<もつとも>なるお心ざしとは思へども、父上(ちゝうへ)さまにお腹立(はらたて)させ給<たま>ひては、御仏事(ぶつじ)の御さまたげ。母(はゝ)ごさまの御菩提(ぼだい)のおためにも成<なる>まじきに、ひらさら帰らせ給<たま>へ」

と様々申せど聞入(きゝいれ)なく、ひれふして泣(なき)給<たま>ふを、新たつたの前見参<まゐ>らせ、それとあらはし申<まうし>てはおためいかゞと、わざとしらぬあいさつにて、

「これあじろ木。下部(しもべ)の女が群集(くんじゆ)に心をうばゝれ、目かなまはしてゐるとみへたり。何をするも善根(ぜんごん)なればくるしうない。此<この>みすの中(うち)へ誘引(ゆういん)して来<こ>られよ」

と、目まぜをしてのたまへば、あじろ木是<これ>にちからをえ、

「そちは冥加(みやうが)にかなふたるもの。おひめさまのおいたはりぞ。こなたへ参<まゐ>れ」

と、たつたの前をつぼねのみすの中(うち)へぞ伴(ともな)ひける。

 すでに法事(ほうじ)もみちて、僧衆(そうしゆ)も皆(みな)方丈(ほうでう)に入<いり>たまへば、今はみる人もなし。

 「心しづかに焼香(せうかう)あれ」

と、新姫君、たつたの前をいざなひ、霊前(れいぜん)にむかはしめ給<たま>ふ所へ、家老(からう)渡辺(わたなべ)の唱(となふ)参詣(さんけい)すれば、女房<にようばう>達(たち)周章(あはて)てたつたの前をかくすべき所なく、導師(どうし)の座(ざ)し給<たま>ふ前なるうちしきの下へ入申<いれまうし>、いづれもさりげなき体(てい)にておはしける。

 唱(となふ)拝礼(はいらい)して仏前(ぶつぜん)にむかひ、荘厳(せうごん)等(とう)を見まはし、『堂内(どうない)へは風も入らぬに打敷(うちしき)のうごくこそ心得<え>ね』と、打敷を引<ひき>あげみれば、いたはしや姫君は身をちゞめておはします。

 唱(となふ)見るよりはつと思ひしが、さあらぬ躰(てい)にてあげたる打敷引おろし、新姫君に向(むかひ)、

「おまへのおためにはおふくろさまの御弔(とふらひ)。余(よ)の人千人万人よりは、真実(しんじつ)の姫君の御廻向(ゑかう)こそ、仏<ほとけ>も悦<よろこ>び給<たま>ふべし。唱(となふ)がかふしておるからは、かまへて新規(しんき)の姫君じやと人におそれて気がねばしし給<たま>ふな。きづかひなしにお心の中でとつくと御廻向(ゑかう)なさるべし」

と、おもて向(むき)はわが娘の新姫君にいひきかすふりをして、心は打敷<うちしき>の下へ通(つう)ずるやうに申<まうし>ければ、つき%\の女房達(たち)も唱(となふ)が今のことばを聞<きゝ>て、皆安堵(あんど)をぞしたりける。

 しかる所へ三位<さんみ>入道入<いら>せ給<たま>ひ、牌前(はいぜん)にむかひしばらく廻向(ゑかう)あつて、新姫君をめされ、

「けふの仏<ほとけ>は其方<そのほう>がため母分(はゝぶん)なれば、わけて廻向(ゑかう)をなすべし。臨終(りんじう)のみぎり、まくらもとへ我<われ>をよび、『子供二人持(もつ)内(うち)に、兄は男なれば跡目(あとめ)に立(たち)てつとむるゆへ、申置<まうしをく>事はさふらはず。たゞ頼<たの>み置<をく>はいもと娘のたつたが事也<なり>。母なき娘はそだち悪(あし)く、万<よろづ>行義(ぎやうぎ)のたがふ事世に多(おほ)し。女の道をしれる女房<にようばう>をそばにつけおかれ、成人(せいじん)の後(のち)、さすがは大内(おほうち)にありしあやめの前が娘ほどありと、今過行<すぎゆく>母が名までをあぐるやうに、養育(やういく)をたのみ入<いる>』と、是<これ>のみいひて果(はて)られしに、心にあはぬ男を持(もた)すと述懐(しゆつかい)して、此度<このたび>家出(いゑで)をしたる事、早(はや)世上(せじやう)にかくれあらねば、もはやきやつが一生(いつしやう)はすたつたり。

 人の親(おや)として子を思はぬものはなし。兼(かね)ては我<われ>より棟(むね)高(たか)き高位(かうゐ)高官(かうくはん)の方(かた)へもよめらせ、姫が威勢(いせい)を見るべしとこそ思ひしに、何しに家来(けらい)を好(この)んで聟(むこ)にしたからん。家を立<たて>たき心から金子<きんす>を才覚(さいかく)さすべき、とゝのへ手の心をはげまさんが為(ため)なれば、家をもおもひ親(おや)の心も察(さつ)しなば、家人(けにん)と妻(め)あはすなんどゝて、恨(うら)みては家は出<いで>ぬはづ。

 すでに今宵(こよひ)の仏<ほとけ>あやめの前は、天子(てんし)の寵(てう)にあづかり、雲(くも)の上(うへ)にそだちし人なれども、勅定(ちよくでう)をおもんじ、公家(くげ)にてもある事か、むくつげなるこの頼政<よりまさ>にしたがひて、十三年以前まで、偕老(かいらう)の契(ちぎり)をこめられ、兼綱<かねつな>たつたといふ子共<ども>をまうけられしうへからは、『母を手本にせず、親(おや)の命(めい)をかろくおもふてそむきしぞ』と思へば、いよ/\腹(はら)もたつ」

と、当前(とうぜん)打敷の下(した)にかくれゐらるゝとは夢(ゆめ)にもしられず、泪<なみだ>をながしのたまへば、たつたの前は打敷<うちしき>の下にひれふし、声をも立<たて>ず泣(なき)給<たま>へば、おそばの女中をはじめ唱(となふ)も泪<なみだ>を流(なが)けり。

----------$ 頼政2-1.txt ( lines:70 ) -----------------------< cut here

----------^ 頼政2-2.txt ( date:97-03-02 time:22:13 ) -------< cut here

   二 祝言(しうげん)の下紐(したひも)ときし寺候<さふらふ>な

 仏事(ぶつじ)もはやおわつて夜(よ)もいたう更(ふけ)にければ、

「三位<さんみ>入道・姫君ともに御帰りあるべし」

と御供<とも>ぶれある所へ、御子息<しそく>源<みなもとの>大夫<たいふ>判官藤三<とうざう>を召<めし>つれられ、御仏事(ぶつじ)みてぬ内(うち)にと御心をいそがれ、六波羅(はら)よりすぐに御寺に入<いり>給<たま>へば、入道、

「いかゞ」

と先<まづ>仏前へ兼綱<かねつな>藤三をめされ、六波羅<ろくはら>の首尾(しゆび)を尋<たづね>させ給<たま>ふに、

「さん候<さふらふ>。『三万両の御預<あづか>りの金子<きんす>の内へ、先<まづ>二万両さし上<あげ>申<まうし>、残る壱<いち>万両は近日<きんじつ>持参(ぢさん)いたすべし。しばらく遅滞(ちたい)の所御用捨(ようしや)なしくださるゝやうに、御取<とり>なしにたのみ入<いる>』と、今日の取次役(とりつぎやく)越中(ゑつちう)の前司(ぜんじ)盛俊(もりとし)をもつて申上<まうしあげ>けるに、平相国(へいせうこく)の仰<おほせ>に、『不足(ふそく)の段(たん)ふとゞきの至(いた)りといへ共<ども>、重盛(しげもり)菩提(ぼたい)のための志(こゝろざし)の金なれば、遅引(ちいん)のところ宥免(ゆうめん)いたす条(でう)、追付(おつつけ)残金相<あひ>立<たつ>べき』のよしにて、別儀(べちぎ)なくおいとまを給<たま>はりまかり帰候<さふらふ>。

 先(まづ)六波羅<ろくはら>おもての首尾(しゆび)も能(よく)さふらふゆへ、母が追善(ついぜん)の仏事(ふつじ)にもあい申<まう>さんと、すぐに此<この>寺へ参し候<さふらふ>所に、御参詣(さんけい)の段(だん)幸(さいはい)と存<ぞん>じ、藤三<とうざう>も供(とも)に召(めし)つれ伺公(しこう)仕<つかまつ>り候<つふらふ>」

とあれば、入道悦喜(ゑつき)有<あり>て、

「『御預<あづか>りの金断(ことはり)も立(たて)ず、取<とり>つかひし』と短慮(たんりよ)なる清盛<きよもり>、いかなるふしぎか申<まうし>出<いで>らるべきと、余程(よほど)気づかひせし所に、別条(べつでう)なく帰らるゝ段<だん>、重畳(てう%\)目出度<めでたい>/\。

 かゝる首尾(しゆび)も、ひとへにそれなる藤三<とうざう>がはたらきなれば、契約(けいやく)の通り、只<たゞ>今姫と盃(さかづき)をいたさする。

 尤<もつとも>やしきへ立<たち>かへり、あらためて婚姻(こんいん)の取<とり>むすびはすべけれ共<ども>、只<たゞ>今もかれにいふがごとく、母(はゝ)末期(まつご)まで姫が事をいひ置<をけ>ば、今日(けふ)の仏<ほとけ>の前で盃<さかづき>をさするは、舅姑(しうとしうとめ)あいならんでことぶきをなす心、寺にて祝言(しうげん)の盃<さかづき>は似合(にあは)ざる事と、若(わか)き人はおもふべけれど、惣(そう)じて婚礼(こんれい)の作法(さはう)は、白衣(はくえ)を嫁(よめ)に着(き)せしめ門火(かどび)を焼(たく)まで、葬送(さう/\)のまなびたれば、寺にてのむすびの盃<さかづき>はねがふてもない事。ちと精進(せうじん)にて窮屈(きうくつ)な」

と、悦<よろこ>びのあまり、入道おどけをのたまへば、女房<にようばう>達(たち)笑(わら)ひのゝめき、「おめでたい」と盃<さかづき>銚子(てうし)を持出<もちいで>、

「先<まづ>姫君お取上<とりあげ>あそばして、聟(むこ)さまへ」

とあじろ木が取持(とりもち)すれば、おもはゆけに姫は盃<さかづき>取上<とりあげ>て、藤三<とうざう>に指(さし)給<たま>ふ。

 藤三盃<さかづき>わざとうけず、片手(かたて)をついて、

「はゞかりながら、御ねがひこれあり。あじろ木どの、殿さまへ御取次<とりつぎ>たのむ」

といへば、入道聞召<きこしめし>、

「取次<とりつぐ>までもなし。聟<むこ>殿の始(はじめ)てのねがひとはいかゞ」

とあれば、

「さん候<さふらふ>。

 此度<このたび>、御真実(しんじつ)の姫君御家出をなされぬれども、御契約(けいやく)をたがへられず、これなる唱(となふ)の娘(むすめ)を御養子(ようし)にあそばされ、先(せん)姫君のお名を付<つけ>られ、わたくし婦妻(ふさい)にくださるゝ段<だん>、生前(せうぜん)の面目(めんぼく)冥加(みようが)にかなふ仕合<しあはせ>。有<あり>がたく奉存<ぞんじたてまつり>候<さふらふ>。

 しかし、拙者(せつしや)、御養子(ようし)のたつたの前と婚礼(こんれい)仕<つかまつり>候<さふらふ>以後、御真実の姫君かへり入<いら>せ給<たま>ひ、又外<ほか>へ御縁(ゑん)に付<つけ>られ候<さふらふ>ては、恐(おそ)れながら、私だしぬきにあひ、一分(いちぶん)すたり申<まうす>段<だん>、聞召<きこしめし>分(わけ)られ、此<この>以後、まことのたつたの前出<いで>られ候<さふらふ>共<とも>、御勘当(かんどう)御ゆるされまじとの御上意(じやうい)を承<うけたまは>りたく奉存<ぞんじたてまつり>候<さふらふ>。

 その旨趣(ししゆ)は、元来(ぐはんらい)先<せん>姫君は滝口<たきぐち>競(きほふ)が弟<おとゝ>、源之丞<げんのじよう>に御こゝろをよせられ候<さふらふ>ゆへに、私をきらはせられ、それゆへ家出をなされしと風聞(ふうぶん)を仕<つかまつ>れば、拙者(せつしや)婚姻(こんいん)相<あひ>済<すん>で後(のち)立<たち>帰らせ給<たま>ひ、源之丞と夫婦<ふうふ>に成<な>らせ給<たま>ふ時は、傍輩(ほうばい)の衆中(しゆぢう)は申<まうす>に及<およ>ばず、国中の者までに、『藤三こそ方便(はうべん)の御勘当<かんだう>を喰(くい)、主人(しゆじん)の聟<むこ>にはならで、同じ家中(かちう)の唱(となふ)が聟(むこ)と成<なり>て、目あての姫君は源之丞にとられし』と、うしろ指(ゆび)をさゝれ、笑(わら)はれん所も口惜(くちおし)く候<さふら>へば、重(かさね)て誠<まこと>のたつたの前を見出<いだ>し候<さふら>はゝ、御断(ことはり)なく拙者<せつしや>方<かた>へ引<ひき>よせ、存分(ぞんぶん)に仕<つかまつり>度<たく>候<さふらふ>。

 此<この>段<だん>、迚(とても)の事に御ゆるしくだされなば、此<この>上<うへ>の御厚恩(こうをん)」

とはゞかりなく申<まうし>あぐれば、入道聞召<きこしめし>、

「親の命(めい)をそむき家出をせし娘を、何しにふたゝび勘当<かんだう>をゆるすべし。親子の旧離(きうり)を切<きる>からは、他人(たにん)も同前<どうぜん>。いふにや及<およ>ぶ。見合<みあひ>次第<しだい>に討捨(うちずて)に仕<つかまつ>れ。我<われ>とても目にかゝらば中/\生(いけ)ては置(おか)ぬ所存<しよぞん>。全(まつた)く方便<はうべん>の勘当<かんだう>にはあらず。念(ねん)に及<およ>ばぬ。見出<みいだ>しなば、勝手(かつて)次第<しだい>にはからへ」

とありければ、

「ありがたし」

と藤三盃<さかづき>を取上<とりあげ>、いたゞかんとする所を、唱<となふ>つか/\と出<いで>、

「是<これ>々藤三、先<まづ>盃<さかづき>をさしおかれよ」

とて、ゑしやくもなく新姫君の打<うち>かけ引取<ひきとり>、上座<  >を引<ひき>おろして、我<わが>つぎにさし置(をけ)ば、入道おどろき、

「唱(となふ)、是<これ>は興(けう)がる仕(し)わざ。酒にばし酔(ゑひ)けるか。不礼(ぶれい)千万聊爾(れうじ)の至<いた>り。主(しう)を侮(あなど)るふるまひ。きつくわいなり」

と気色(きしよく)を変(かへ)ていかるれば、唱<となふ>ちつともさはがす、

「拙者(せつしや)娘のぼたんめを御息女(そくぢよ)たつたの前さまのかわりにくれよと仰<おほせ>ゆへ、すなはち指上(さしあげ)、現在(げんざい)の娘に様をつけ、手をついてお主<しゆう   しう>あしらひに仕<つかまつ>るは、あなたはたつたの前さまにて、外<ほか>におまへの御息女<そくぢよ>さまと申<まうし>てはお一かたもなきはづなるに、今藤三に『見合<みあひ>次第<しだい>に討捨(うちずて)にせよ』と仰付<おほせつけ>らるゝ上(うへ)からは、御勘当の姫君を親子(しんし)の旧離(きうり)はきらせられながら、いまだ御とんぢやく有<ある>なれば、お子でないとは申<まう>されまじ。

 たつたの前さま御座有<ござある>うへに、私がむすめをたつたの前の御名代(みやうだい)に指上<さしあげ>ては置(をか)れぬ首尾(しゆび)。御子がないと有<ある>ゆへに御意(ぎよい)にまかせて指上<さしあげ>んと、相応(さうおう)にひさうせし一人(ひとり)の娘を御養子(ようし)にあげませしが、先(せん)姫君の御血(ち)すぢきれぬ内は、此女はそのまゝもとの拙者<せつしや>が娘。当分(とうぶん)かりのたつたの前には、憚(はゞかり)ながら指(さし)上<あげ>は仕<つかまつ>らぬ。

 是<これ>々藤三。貴殿(きでん)は殿(との)より姫君二人もらはるゝ御契約(けいやく)ばししたまふか。

 そなたを嫌(きら)ふてお家出をあそばされた姫君ゆへに、御勘気<かんき>をなされたれば御辺(へん)がためには、面目<めんもく>ともいひ、本望<ほんまう>共<とも>いふべき也<なり>。其<その>上あらたにたつたの前をこしらへてつかはさるゝは、『冥加(みやうが)にかなふた仕合<しあはせ>、生涯(せうがい)の思ひ出』とこそ思はるべき所に、なんぞや殿の姫君でもない、他人(たにん)のたつたの前までをとらへて、切(き)らふころさふとはほたへ過<すぎ>たる慮外(りよぐわい)もの。御家をまもる某(それがし)なれば、其<その>緩怠(くはんたい)をゆるしおきては、御家来(けらい)の仕置(しをき)たゝず。且(かつ)は家中<かちゆう>への見せしめに、お腰(こし)の物にてためさるべし。

 千万両の金子<きんす>を調(とゝの)へ出<いだ>すも、わが君の御威光(いくはう)をかつてなせば、あながち汝(なんぢ)が一人の働(はたらき)ともいひがたし。あつはれ和殿(わどの)は主従(しう%\)の礼義(れいぎ)をしらぬ無法(むほう)もの。御前<ごぜん>にてあらずは其<その>口とめさす仕<し>やうもあれども、城狐(じやうこ)はふすべずとやらんにて、御ゆるされなきゆへに安穏(あんをん)にしてをく事、ヱゝむやくしや」

ときばをかみて申<まうし>ければ、入道道理(どうり)にふくし給<たま>ひ、

「いかにも唱(となふ)がいふ通り。勘当(かんたう)をするうへはわが娘にはあらざるもの。無益(むやく)の他人(たにん)のむすめせんぎ。頼政<よりまさ>が娘のたつたの前といふはそちならで外(ほか)にはなし。是<これ>は我等<われら>があやまりぞ」

と、みづから立(たつ)てぼたんが手を引<ひき>本(もと)の上座<かみざ   じやうざ>になをされ、打<うち>かけ着(き)せさせ

「いかに藤三。勘当<かんだう>の子の悪事(あくじ)はその親にかゝらぬ習(なら)ひ。しからばかさねて眼前(がんぜん)を通りても手をさゆべきいはれなし。 汝<なんぢ>もねがひのたつたの前を妻(さい)に持<もち>たる上からは、此<この>入道が子でないものにかまふべき筈(はづ)はなし。めでたふ盃<さかづき>仕<つかまつ>れ」

とあらため仰<おほせ>ありければ、藤三<とうざう>も納得(なつとく)して盃<さかづき>取上<とりあげ>、ひとつうけさらりとほしてたつたの前に指(さし)ければ、唱(となふ)又申<まうす>やう、

「只<たゞ>今の御意(きよい)にては、先(せん)たつたの前さまが此<この>場(ば)へひよつと御出<いで>ありても、おかまひ有<ある>まじきな」

 「中々子ではなし親でない。他人(たにん)に何のかまひあらん」

 「藤三殿にも其<その>通(とを)りか」

 「いかにも/\。世界(せかい)にたつたの前といふは此<この>ひめならではないはさて」

 「ヲゝよい了簡(れうけん)尤<もつとも>」

と、詞(ことば)どもに釘(くぎ)をさし、打敷(うちしき)ひきあげ、姫君を出<いだ>し申<まうし>、

 「拙者(せつしや)が娘ほたんめが、たつたの前の御縁(ゑん)むすびの御祝儀(しうぎ)申<まうし>上(あく)べきため、是<これ>まで推参(すいさん)いたせし」

と、わが次(つぎ)の座(ざ)へをしなをせば、入道も藤三も

「是<これ>は」

と肝(きも)はつぶせ共<ども>、詞(ことば)の裏(うら)までかへされて、せふ事なさに不興気(ぶけうげ)な、千秋楽(せんしうらく)をうたひだちに、皆々屋<や>かたへかへられける

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----------^ 頼政2-3.txt ( date:97-03-02 time:22:13 ) -------< cut here

     三 希有(けう)の驕(おごり)と人はいふなり

 抑(そも/\)治承(ぢせう)の夏(なつ)の比(ころ)。平家の一門(いちもん)惣名代(そうめうだい)として、僉儀(せんぎ)のために、越中(ゑつちう)の前司(ぜんし)盛俊(もりとし)、高橋(たかはし)判官長綱(ながつな)、三位<さんみ>入道の宅(たく)へ入来(じゆらい)あれば、頼政<よりまさ>父子(ふし)出<いで>むかひ、先(まづ)広間(ひろま)に請(せう)じ申<まう>さるゝは、『何事にか』と肝(きも)をひやし、家老(からう)渡部(わたなべ)の唱(となふ)、滝口<たきぐち>競(きほふ)、下河辺<しもかうべ>藤三<とうざう>をはじめ、一家中(かちう)並(なみ)ゐたり。

 盛俊(もりとし)申<まう>されけるは、

 「只<たゞ>今両使(りやうし)をむけらるゝ事余儀(よのぎ)にあらず。古(こ)小松大臣(おとゞ)、育王山(いわうざん)こゝろざしの菩提金(ぼたいきん)三万両を、断(ことはり)もなく自由(じゆう)に私用(しよう)につかはるゝ段、不届(とゞき)の至(いた)り。遠嶋(ゑんとう)流罪(るざい)にも仰付<おほせつけ>らるべき御気色(けしき)なれども、ほたいのための金ゆへに、家を潰(つぶ)すは且(かつ)は亡君(ばうくん)内大臣<うちのおとゞ>の仁恵(じんけい)の御こゝろざしにもたがふとおぼしめし、御ゆるされある所也<なり>。

 但(たゞ)し三万両の内弐<に>万両返納(へんなふ)の金子<きんす>も、他所(たしよ)より才覚(さいかく)して渡<わた>さるゝの旨(むね)聞召<きこしめし>及<およば>れ、頼政過分(くはぶん)の知行(ちぎやう)を得<え>ながら、近年金銀払底(ふつてい)の様子(やうす)かた%\不審(ふしん)に思召<おぼしめさ>れ、『右金銀何の為(ため)にすたりゆくや。金銀のひけかた急度<きつと>吟味(ぎんみ)を仕<つかまつ>れ』との御諚(でう)なれば、少<すこし>も陳(ちん)ぜず金銀ひけかたのおもむき、すみやかに申上<まうしあげ>らるべし。

 且(かつ)又(また)かやうに払底(ふつてい)のうへは、持<もち>つたへの道具等(とう)紛失(ふんじつ)有<ある>まじき物にあらず。

 第一世上(せじやう)にかくれなき獅子王(ししわう)の剣(けん)は、鳥羽院(とばのゐん)御秘蔵(ひそう)の御剣(けん)。秋津嶋(あきつしま)に一振(ふり)の名剣(めいけん)たりといへども、鵺(ぬえ)を退治(たいぢ)して御悩(ごなふ)をたすけし、御褒美(ほうひ)にくだし置<をか>るゝといへども、日本に一つの御剣(けん)。頼政拝領(はいれう)はしながら御預<あづけ>けなさるゝ同前。自余(じよ)のものにゆづらるゝ事有<ある>べからず。『此<この>つゐでに、此<この>義<ぎ>も吟味(ぎんみ)仕<つかまつる>べし』との仰<おほせ>なれば、急<いそ>いで御剣(けん)を出<いだ>さるべし」

とありければ、頼政<よりまさ>畏(かしこま)つて、

「下河辺(しもかうべ)藤三鎰(かぎ)預<あづか>りなれは、早(はや)く蔵(くら)より取<とり>出<いだ>し、御両使(りやうし)へ御目にかくべし」

と仰<おほせ>らるれば、藤三承<うけたまはり>て蔵(くら)を明(あけ)、真(しん)ぬりの箱(はこ)を持参(ぢさん)す。

 三位<さんみ>入道箱(はこ)を開(ひらい)て見たまへば、箱(はこ)の中(うち)に御剣(けん)はなし。「はつ」とあきれて兼綱の顔(かほ)を見たまへば、源大夫<げんだいふ>も心得<え>ず同じく見て、父子(ふし)言葉(ことば)なく赤面(せきめん)に及<およ>びければ、盛俊(もりとし)うち笑(わら)ひて、

「『貴殿(きでん)が家の重宝(てうほう)、末代(まつだい)までも怪鳥(けてう)を射(ゐ)て、近衞院(こんゑのゐん)の御悩(ごなふ)をたすけ奉<たてまつ>りしといふ、我<わが>家の感状(かんじやう)の名剣(めいけん)を、いかに三万両の預<あづか>りの金を私につかひなくして、其<その>つくのひ金の才覚(さいかく)に、弐<に>万両に売捨(うりすて)らるゝ頼政<よりまさ>は、よく武運(ぶうん)につきられたる』との御評儀(ひやうぎ)也<なり>。

 則<すなはち>御剣(けん)は六条判官宗信(むねのぶ)が取<とり>つぎにて、主君(しゆくん)宗盛公(むねもりこう)二万両に買取(かいとり)給<たま>ひ、和殿(わどの)が家の宝(たから)は、今宗盛<むねもり>公の御所持(しよぢ)なれば、箱(はこ)の中(うち)をさがされても、ない宝剣(ほうけん)があらふはづはない事」

と、あざ笑(わらひ)てゐたりける。

 三位<さんみ>入道大きにけでんし、下河辺<しもかうべ>藤三をよびよせ、

「汝(なんぢ)此<この>間<あひだ>調(とゝの)へ来<きた>る二万両は、『をのれが才覚(さいかく)調練(てうれん)にて調(とゝのへ)たる』と申<まう>せしが、扨<さて>は鎰(かぎ)を預<あづ>けしゆへ、御剣(けん)をぬすんで売(うり)ぬるか。やい、あの御剣(けん)をはなす程<ほど>なれば、うぬめらに金銀の才覚(さいかく)はたのまぬ也<なり>。三位<さんみ>入道が武士(ぶし)は、をのれめゆへすたつたり」

と、いかれる眼(まなこ)より血(ち)の泪<なみだ>をながし、きばをかんでぞおはしけり。

 盛俊(もりとし)かさねて、

「よし家来(けらい)が心得<え>にて、うかゞはず売(うり)たればとて、藤三が私欲(しよく)にせしにもあらず。此<この>たびの、たて金の弐<に>万両のためにせしうへは、家来(けらい)のとがといふものにはあらざるべし。

 たゞ何ゆへにかくのごとく、金銀は入申<まうす>ぞ。其<その>入口の様子(ようす)をまつすぐに申<まう>さるべし」

とあれば、渡部<わたなべの>唱(となふ)まかり出(いで)、

「主(しう)の美(び)を揚(あげ)悪(あく)をあげぬは臣(しん)たる者(もの)の道にて候<さふら>へ共<ども>、御僉儀(せんぎ)の上(うへ)申<まうし>あげぬは、御上(おかみ)へ対(たい)して慮外(りよぐわい)の至(いた)り。

 近年(きんねん)頼政<よりまさ>払底(ふつてい)いたし、金銀とぼしく罷<まかり>成<なり>候<さふらふ>子細(しさい)は、それなる子息(しそく)源大夫<みなもとのたいふ>判官傾城(けいせい)ぐるひに、金銀を砂(すな)のごとく蒔(まき)ちらされ、放埓(ほうらつ)もなき遊興(ゆふきやう)に、入道の身代(しんだい)にはかにかくのごとく払底(ふつてい)仕<つかまつり>候<さふらふ>」

といへば、滝口<たきぐち>競(きおふ)気色(けしき)をかへ、

「こりや唱(となふ)。汝(なんぢ)がいひ分心得<え>ず。おいとしなげに若(わか)殿の御遊興(ゆふきやう)につかはせらるゝは、正真(しやうじん)のむしやしない。わづかなる悪所金(あくしよがね)。汝<なんぢ>もそれをよく知(しり)ながら、大事(だいじ)の場所(ばしよ)にて、兼綱<かねつな>様一人を罪(つみ)におとす申<まう>シかた。いとふまでこそあらず共<とも>、かさをかけて御両使(し)へ申<まうし>上<あぐ>るは、ムゝ扨<さて>は汝<なんぢ>が娘をもつて、藤三に縁(ゑん)を組(くみ)、一家(いつけ)のむすびをせしによつて、両人して若殿を罪科(ざいくわ)にしづめ、跡(あと)にて御家を自由(じゆう)にせんとのたくみか。おもひともよらぬ事。此<この>競(きほふ)が目(め)の黒(くろ)き内は、中々及<およ>ばぬたくみ也<なり>。たわことを吐(はか)ずとしさつて居(ゐ)よ」

と、たもとを取<とり>て引<ひき>のくれば

「ヲゝ尤<もつとも>なれども、こりや競(きほふ)、かふ爪(つめ)たてゝの御僉儀(せんぎ)の上(うへ)は、若殿はいとはれぬ。汝<なんぢ>がひとりおほうても、金銀の引(ひけ)かたのいひたてなければつゝまれぬ。

 是<これ>若殿さま、もはや破(やぶれ)に成<なり>ぬれば、『是非(ぜひ)に及<およ>ばぬ所ぞ』と御覚悟(かくご)あつて、金銀を皆になされし仰<おほせ>わけ、御両使(りやうし)さまへ仰<おほせ>上<あげ>られ、父入道さままでまきぞへにおあいなされぬやうに、御不行跡(かうせき)な段<だん>々を懺悔(ざんげ)あれ」

と申<まうし>ければ、兼綱、両使にむかひ、

「只<たゞ>今家来(けらい)が申<まうす>通(とをり)。わたくし若気(わかげ)の至<いた>りとて、跡<あと>さきのくゝりもなく、此<この>四五年此<この>かたに凡(およそ)十万両余(よ)もつかひつぶし、今にては臍(ほぞ)をかんで悔(くやみ)てもかへらぬ仕合<しあはせ>。いかやう共<とも>御越度(をちど)仰<おほせ>付<つけ>らるべし。少<すこし>もおうらみこれなし」

と、しほ/\として申<まう>さるれば、両使我(が)を折<をり>、

「さて/\希有(けう)のおごりかな。いづれ天命(てんめい)にもつきらるべき行跡(ふるまひ)。我<われ>々が了簡(れうけん)にも及<およ>ばねば、只<たゞ>今すぐに平家へ誘引(ゆういん)いたすべし。ずいぶん六波羅<はら>におゐていひぬけるやうに工夫(くふう)して申<まう>さるべし。

 貴殿<きでん>つかひ捨(すて)られて、かねの行道<ゆきみち>しれたれば、三位<さんみ>殿にはおかまひ有<ある>まじきと覚<おぼゆ>る間、御安堵(あんど)有<ある>べし。まづおいとま」

と両使は、源<みなもとの>大夫<たいふ>兼綱<かねつな>を中(なか)にとりこめ、六波羅<はら>へ帰らるゝ。 三位<さんみ>入道は『今ぞ親子のながきわかれ』と観念(くはんねん)し、泪<なみだ>に袖<そで>をぞしぼられける。

 渡部<わたなべの>唱(となふ)、先(まづ)藤三<とうざう>を取<とり>ふせ、

「をのれ姫君に執心(しうしん)かけ、殿(との)の聟(むこ)に成<なる>べきため、御剣(けん)をぬすんで売(うり)たりし、御家の怨敵(をんでき)。鋸引(のこぎりびき)にする曲(くせ)もの」

と、高手(たかて)小手をいましめ、

「あつたら娘一人をうぬめにかゝつて捨(すて)たれば、無念(むねん)でむねがもへあがる」

と、つら打<うち>たゝき、中間(ちうげん)に申<まうし>つけ、御国の篭(ろう)へぞ入<いれ>たりける。

 滝口競(たきぐちきほふ)跡(あと)に残つて、唱(となふ)がをくへゆかんとするところを、

「若殿のかたき。覚悟(かくご)せよ」

と、早(はや)打(うち)かけるを、ひらりとはづし

「アゝれうじすな、競(きほふ)。せくな、滝口。是<これ>には子細(しさい)いひわけあり」

といへども、競聞入(きゝいれ)ず、

「兼綱<かねつな>様はをのれが口ゆへ両使引<ひき>たて、平家へ伴(ともな)ひ行<ゆき>ぬる上は、遠嶋(ゑんとう)か追放(ついはう)か無事ではかへり給<たま>はぬはしれたる事。藤三を御家の怨敵(をんでき)と、人めよい縄(なは)をかけ、篭舎(ろうしや)さする根性(こんぜう)で、なせ若殿を悪性(あくせう)ものにはいひたてた。藤三めは御家の怨(あた)、おのれはわかとのゝ敵(かたき)。のがさぬやらぬ」

と打かけるを、唱(となふ)制(せい)しとゞめかね、

「こりや、一言(ごん)いふ間(ま)待<まつ>てくれ。手むかひせぬ証拠(せうこ)には、大小をわたす」

となげ出<いだ>し、

「やうすをしらねば、それがしを、若殿の怨(あた)なりとにくうおもふはことわりなり。

 抑<そも/\>御家に金銀近(きん)年かやうに払底(ふつてい)なるいはくを知(しつ)たか、其<その>引方(ひけかた)を平家ょりきびしく僉儀(せんぎ)せらるゝゆへ、引(ひけ)かたのいひわけなさに、おいとしやわかとのゝ色ぐるひをさいわいに、申立(たて)にいたせしを、兼綱公にも御合点(がてん)にて、御身に引<ひき>うけ覚悟(かくこ)にて、平家へ御出<いで>ありし也<なり>。

 そのひけかたのいはくといふは、高倉(たかくら)の宮(みや)以仁親王(もちひとしんわう)御むほんをおぼしめしたち、主君(しゆくん)頼政を御たのみあるによつて、三位<さんみ>入道御同心<どうしん>あつて、二三年此<この>かた密(みつ)々に陰謀(ゐんぼう)の企(くはだて)あり。

 当時<たうじ>平家さかんなれば、不勢(ぶせい)にては大望(たいもう)達(たつ)しがたし。諸国(しよこく)の源氏をもよほさんと、新宮(しんぐうの)十郎を使(つかひ)として国々へまはし、武具馬具(ぶくばく)兵粮(ひやうろう)、又は源家の残党(さんとう)の牢人(らうにん)どもを、何百人かかくして扶持(ふち)したまふゆへ、大分(たいぶん)の金銀人しれず入事也。

 去(さる)によつて平家のもの共<ども>に、金銀入用<いりよう>のわけをとはれ、返答(へんとう)にこまり、さいわい、此<この>ごろ傾国(けいこく)へかよはるゝを、究竟(くつきやう)の事とおもひ、申<まうし>たてにして、若殿ばかり罪(つみ)におとせば、頼政<よりまさ>入道も此<この>家もつゝがなし。

 しかるときは、高倉(たかくら)のみやのおぼしめし立<たち>も成就(ぜうじゆ)するものとおもひ、おいたはしうはおもひつれども、此<この>ゆへに兼綱<かねつな>公をあしさまには申<まう>せし也<なり>。かまひてうらみてくるゝな」

と子細(しさい)をかたれば、競(きほふ)手を打<うち>、

「我<われ>にも主君の物がたりで、内/\聞てはゐたれども、金銀のひけかたの行道(ゆきみち)の返答(へんとう)には、さら/\心つかざるぞ。あつはれそちは思慮(しりよ)ふかき男かな。たのもし/\」

と、たがひに心をあかしあい、先(まづ)若殿(わかとの)の御やうす心もとなくおぼゆれは、いざ両人『見えがくれに、あとについて行くべし』と、二人つれて六はらへ、しのびてこそは行<ゆき>にけれ。

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----------^ 頼政3-1.txt ( date:97-03-02 time:22:13 ) -------< cut here

 風流宇治頼政(ふうりううぢよりまさ)  付<つけた>リ 一度(ひとたび)は日(ひ)の出(で)の家(いゑ)

                     色(いろ)に曇(くも)る朝日山(あさひやま)

   三 之 巻 目 録

第一 身(み)のなる果(はて)は天竺浪人(てんぢくらうにん)

    絵草紙(ゑざうし)に

              乗(のり)かゝつた心中(しんぢう)の助船(たすけぶね)

    碇(いかり)をおろして

              ゐられぬ女夫(めおと)が寺住居(てらずまゐ)

    亭坊(ていぼう)の饗応(もてなし)は

              槌(つち)で庭大黒(にはだいこく)とは粋(すい)ばまり

第二 子ゆへに親(おや)は煩(わづら)はせ給<たま>ひけり

    子に払(はら)ふ熱火(あつび)は胸(むね)を焼(たく)思ひの薪(たきゞ)

    先非(せんひ)を悔(くい)て頭(あたま)をかく孫(まご)の手(て)にかゝる仕合(しあはせ)

    一ツ盃(はい)機嫌(きげん)で頼(たのま)れた酒(さけ)の神主(かんぬし)

第三 さればこそ大事(だいじ)の事(こと)を御尋(おたづね)の系図(けいづ)

     

    御佳例(ごかれい)の濃茶(こいちや)は薄(うす)からぬ親子の縁(ゑん)

    心を引<ひき>てみる茶臼(ちやうす)廻気(まはりぎ)な女の走智恵(はしりぢゑ)

    母の恵(めぐみ)は子の身の為(ため)に怨(あだ)と成(なる)指出口(さしでぐち)

(一)身(み)の成果(なりはて)は天竺浪人(てんぢくらうにん)

父(ちゝ)は子(こ)の為(ため)に隠(かく)し。子(こ)は父(ちゝ)の為(ため)に隠(かく)す。直(なを)き事其中(そのなか)にあり。源<みなもとの>大夫<たいふ>判官兼綱(かねつな)は。父(ちゝ)入道高倉(たかくら)の宮(みや)にたのまれ参<まゐ>らせ。軍器(ぐんき)のこしらへ兵粮等(ひやうらうとう)の用意(ようゐ)に金銀をついゑぬるを。我<わが>身の悪所(あくしよ)づかひに引請(ひきうけ)。不行跡(ふかうせき)の罪(つみ)にをちて。大小をもがれ。木幡峠(こはたとうげ)よりあはうばらひにあひて。たゞ一人すご/\と。名(な)もなきおろそしき狼谷(おほかめだに)を打越(うちこへ)。山科(<やま>しな)を過<すぎ>て小関(こぜき)あたりに。一来法師(いちらいほつし)の休(やす)み所にこしらへをかれし草庵(さうあん)あり。是<これ>へ立<たち>より一来<いちらい>と相談(さうだん)し。身のかくれ家(が)をきはめんと。柴(しば)の戸(と)をほと/\とたゝかるれば。三平(さんへい)といふ下人(げにん)。たれぞと戸(と)をあけに出<いで>けるが兼綱をみておどろきたる風情(ふぜい)にて内へかけ入<いり>。源<みなもとの>大夫<たいふ>判官さまの御出<いで>なりと申<まう>せば。庵(あん)のうちさはぎ。あけたる障子(せうじ)をにはかにさし。何<なん>とやらんさう%\敷(しき)体(てい)。兼綱ふしんながら外面(そとも)に待(まつ)ておはする時、一来<いちらい>法師漸(やう/\)と出<いで>られ。柴(しば)の戸(と)をしあけ。是<これ>は/\めづらしいおたづね。御家来(けらい)もつれられず。丸腰(まるこし)にてたゞ御一人の御出<いで>は心得<え>がたし。是<これ>は内<ない>々の色狂(いろぐる)ひ。父入道の耳(みゝ)に入<いり>て。勘当(かんどう)といふやうな不首尾(ふしゆび)なせんぎと見えたり。尤<もつとも>わかき時は俗人(ぞくしん)のならひ。一度は色にしそこなふ人もあるが。

貴様<きさま>のはあたまから高(たか)物の大夫<たいふ>にかゝって。盆(ぼん)正月物日(ものひ)/\見事なさはぎときいたれば。笑止(せうし)や追付(おつつけ)内証(ないしやう)に穴(あな)があき。化(ばけ)があらはれふと人にいはずに心でとふらひゐたりしが、とふらひがとゞいて勘当(かんだう)の素懐(そくわい)をとげられしか。常(つね)の事ならばまづ逗留(とうりう)と引<ひき>とめて。御馳走(ちさう)もいたさふが。出家<しゆつけ>の身で悪性(あくせう)なそなたを引<ひき>込(こみ)置<をい>たなどゝ。かたいおやぢが愚僧(ぐそう)までをまきぞへにおもふては。此<この>中(ぢう)寺の破損(はそん)の奉加(ほうか)をいひかけて置<をい>た中(うち)。きげんがそこねてやめになれば。たのむ木(こ)のもとに雨(あめ)がもりて。修覆(しゆふく)延引<えんいん>の至<いた>りにもあらふもしらぬ。五十や百のつかひ銭<ぜに   せん>はたゞ今でも取<とり>かへふ。人の見しらぬ関東(くはんとう)へ行<ゆき>て品柄打(しなえうち)の指南(しなん)なつといたされ。おやぢ手前<てまへ>は愚僧(ぐそう)がより/\申<まうし>なだめて。勘当(かんだう)をゆるさするやうに取<とり>なしをいふべしと。いつもとはちがふて。たゞむしやうにいなしたがるこそくせものなれ。

兼綱<かねつな>ふしんにおもはれ。つねと心の替(かはり)たる法師に。打<うち>あけて此<この>度<たび>のぶ首尾(しゆび)をはなしては。いかゞ有<ある>べしと分別(ふんべつ)したまひ。いかにも/\御推量(すいりやう)の通り親入道の勘当(かんだう)を請(うけ)。たよるべき所なく貴僧<きそう>をたのんで。しばらく爰<こゝ>にやしなはれて居(を)るべきと。胸算用(むねさんよう)して来<き>たりしが。修覆(しゆふく)の奉加(ほうが)のさまたげとある所に長居(ながい)はせられじ御指図(さしづ)にまかせ。関東方(くはんとうがた)へ参<まゐ>らんが。道中にて煩(わづら)ひも出<いで>ぬやうに灸(きう)をして参<まゐ>りたし。三平<さんぺい>たのむもぐさがあらば五六百ひねつてくれ。其<その>間<あひだ>少(ちと)休(やす)まんと。木枕(きまくら)引<ひき>よせ横(よこ)にねてかゝらるれば。法師きのどくさうな顔(かほ)つきにて。もくさと聞<きゝ>て思ひつき。兼綱のはかれたるざうりのうらに灸(やいと)すへ。扇<あふぎ>にてあふぎ立<たて>らるれば。兼綱しりめでちよつとみて。いよ/\心得<え>がたければ。あたりに気(き)を付<つけ>見まはさるゝに。仏間(ぶつま)の下だんの戸(と)に。紅(もみ)うらのふりそではさまつてさしてあり。扨<さて>こそ坊主(ばうず)が表向(おもてむき)は殊勝(しゆしやう)がほに見せかけ。内証(ないせう)の悪性<あくしやう>。三井寺<みゐでら>にては女人<によにん>禁制(きんぜい)の所なれは自由(じゆう)ならず。休(やす)み所と名付<づけ>大黒かくして。しだらくするゑいよう所へ来<きた>るゆへ。最前(さいぜん)よりそれがしをいなしたがるこそ安からね。をのれ坊主(ぼうず)め生恥(いきはぢ)かゝせてやるべしと。起(おき)なをつてこれ/\法師。庵(あん)をあけて出<いで>ておいきやれ。俗(ぞく)でさへ身に過<すぎ>たる悪性<あくしやう>すれば。親(おや)一門の勘当<かんだう>をうくる也<なり>。ましてや出家の女房<にようばう>ざんまい。われら貴僧の師匠(しせう)の名(みやう)代相つとめ。只今爰を追(おひ)出<いだ>してやる間<あひだ   かん>。

早々(さう/\)庵<あん>を拙者(せつしや)にわたし出てゆかれよと。箒(はうき)をつとり振(ふり)上<あぐ>れば。一来(<いち>らい)大きに動顛(どうてん)し。ざれ事も事による。三衣(さんえ)を着(ちやく)する沙門(しやもん)にむかひ。女犯(によぼん)の無実(むしつ)かんにんならず。女人<によにん>を犯(おか)せし証拠(せうこ)を出せと。面色(めんしよく)かはつていからるれば。ぬす人たけ/\しいと。まがほに成<なり>て粋(すい)の目をぬかふとは。おもひともよらぬ事。さらば証拠(せうこ)を見せんと。仏<ぶつ>だんの下の戸(と)をしあけ。いやがる女の帯<おび>とらへ。引<ひき>出<いだ>して見たまへば。わがいもうとのたつたの前。是<これ>はとあきれておはしける。

一来<いちらい>法師あたまをかき。もはや此<この>上につゝむ事も無益(むやく)の至(いた)り。そなたの妹(いもと)は競(きほふ)が弟<おとゝ>の源之丞<げんのじよう>とふかき中にて。そはれぬうき世を恨<うら>み。おとゝひの晩(ばん)かたに。源之丞もろ共<とも>にやかたをぬけ出<いで>。あはた口の山かげにて心中<しんぢゆう>してしぬる所へ。おもはず愚僧(ぐそう)行<ゆき>かゝり次第<しだい>を聞<きゝ>て。両人がさいごをとゞめ。何かなしに二人ながら此<この>庵へつれ来<きた>り。しばらくかくしてやる所へ。貴公<きこう>が来たと聞<きく>やいなや。両人をかくすに廃亡(はいぼう)し。前後揃(そろ)はぬ挨拶(あいさつ)せしは。全(まつたく)く愚僧(ぐそう)が悪事(あくじ)ならず。今一疋(ひき)の若衆<わかしゆ>も是<これ>へ出<いで>て若旦那<だんな>へおめ見へいたされと。白化(しらばけ)に出<いで>らるれば。源之丞はかほをあからめ。うぢ/\として下<げ>だんより這(はひ)出<いづ>るこそおかしけれ。兼綱是<これ>にて安堵(あんど)せられ。いもとめが一命を御すくひばかりにあらず。若<もし>心中<しんぢゆう>して相<あひ>果(はて)なば。上下六文<もん>のよみ売(うり)の絵草紙(ゑざうし)と成<なり>。開帳市場(かいてういちば)のうたひもの。さいもんの口さきに。おやより政(まさ)はよほんほゝなどゝいはれては。親一門のつらよごし。能(よく)こそとめてくだされたれ。かゝる御深切(しんせつ)なる御心ざし共<とも>しらず。清浄(せう%\)成<なる>御僧に。塵俗(ぢんぞく)の悪口(あくこう)御高(かう)免<めん>くだされと。手をもみて侘(わび)らるれば。一来<いちらい>くつ/\と笑ひ。人聞<ぎゝ>よい口上<こうじやう>。親一門のつらよごしといふ事を知(しつ)たるそなたが。色にめで大酒におぼれ。年よられし三位<さんみ>入道殿に立腹(りつふく)させ。勘気(かんき)不興(ふけう)はうけられた。但(たゞ)しけいせいぐるひして勘当<かんだう>得<う>るを。外聞(ぐわいぶん)のよい事と思わるゝか。ゆき所なく野伏(のぶし)に成<なり>。諸人<もろびと  しよにん>に顔(かほ)をさらさるれば。是<これ>こそ大きな親一門のつらよごしとはいふものなり。かさねて悪所(あくしよ)へ行<ゆく>まいとの。きびしい誓言(せいごん)たてられなば。此<この>度<たび>は愚僧(ぐそう)が寺にかけても詫言(わびこと)をして参<まゐ>らすべし。かまえて心を改(あらた)められよと教訓(けうくん)あれば。

兼綱泪(なみだ)をはら/\とながし。有<あり>がたき御異見(いけん)。全(まつた)くそれがし勘当(かんだう)は請<うけ>申<まう>さず。御聞<きゝ>及<および>の三万両の御菩提金(ぼだいきん)の事ゆへに。今日<けふ>平家の沙汰(さた)として。私ばかり丸腰(まるごし)にて追放(ついはう)せられ候<さふらふ>が。かの企(くはだて)に入用の金子<きんす>の僉儀(せんぎ)行々(ゆく/\)一度は有<ある>べし。其<その>時の引(ひけ)かたの申<まうし>わけにいたさんと。心から出<いで>ぬ方便(はうべん)の色狂(ぐる)ひをいたせしに。おもひの外<ほか>におもしろく。方便(はうべん)はわきへなり。真実(しんじつ)大夫<たいふ>がかわゆう成<なり>。始末気(しまつぎ)やんで高<たか>なしに。人よりうへをするやうに。つゐいつからやらうつゝつなく。本<ほん>悪性<あくしやう>に仕(し)こまれて。とてもたらぬ身代(しんだい)に。百両や弐<に>百両。始末(しまつ)するは未熟(みじゆく)の至(いた)り。毒(どく)くはゞ皿(さら)ねぶれじや。いつその事に花千代を引ぬいてしまはふと。寛濶(くはんくはつ)な気に成<なり>て。やめふニもとまらふにも此<この>道ばかりによい程<ほど>といふ程がなく。のぼりつめたる最中(さいちう)に。三万両の金たてよと。平家のさいそくしきりにて。色酒(いろざけ)の酔(ゑい)さらりとさめ。是<これ>身に受(うけ)てよい仕舞(しまひ)と。親仁(おやぢ)が借金(しやくきん)引(ひつ)からげ。皆色づかひのそろばんのつぶしと。人に笑(わら)はれて後(のち)は知恵(ちゑ)なのあはうばらひ。覚悟(かくご)の前

とはいひなから。去(さり)とては力(ちから)のおつるものであり。さぞやおやぢも年よられ心便(こころだよ)りがあるまいと。是<これ>のみ心にかゝり申<まう>せば。法師には此<この>節(せつ)毎日(まいにち)御見舞<みまひ>なされ。父入道をいさめてたべ、扨<さて>いもとのたつたの前は源之丞をめしつれ。早(はや)々屋かたへ帰るべし。

其<その>方<はう>どもはこの僉儀(せんぎ)より前(まへ)に出<いで>たる様子(ようす)なれば、藤三めが悪事(あくじ)あらはれ禁籠(きんろう)せられし子細(しさい)もしるまじ。そちが家出は怪我(けが)の高名(かうめう)。父上は満足(まんぞく)たるべし。ずいぶん今より我<われ>にかはつて孝行(かう/\)につかへよと。始終(しじう)をくはしくかたらるれば。一来<いちらい>法師をはじめ、姫源之丞も是<これ>は/\と泪<なみだ>をながし追放(ついはう)をかなしめり

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風流(ふうりう)宇治(うぢ)頼政(よりまさ)

  付リ 一度(ひとたび)は日(ひ)の出(で)の家(いゑ)

      色(いろ)に曇(くも)る朝日山(あさひやま)

   三之巻目録

 二 子ゆへに親は煩(わづら)はせ給<たま>ひけり

  君(きみ)と臣(しん)とは。義(ぎ)叶(かな)はざればはなるゝ事ありといへども。それ父子(ふし)の道は天性(てんせい)なればはなれがたし。人間(にんげん)はいふに及<およ>ばず。鳥類(てうるい)畜類(ちくるい)にいたるまで恩愛(をんあい)の心限(かぎ)りなき事ぞかし。

  三位<さんみ>入道頼政<よりまさ>は子息(しそく)源<みなもと>大夫<たいふ>判官追放(ついほう)と聞召<きこしめし>。子を捨(すつ)る薮(やぶ)はあれども身を捨(すつ)る薮(やぶ)なしと。いやしきたとへ今身にこたへて。心に心はづかしく。隠謀(いんぼう)の企(くはだて)に入<いり>し金銀を子にかづけて。追放(ついはう)をさせぬる事。親たるものゝ本意(ほんゐ)にはあらねども。宮に頼<たよら>れ参<まゐ>らせ御本意<ほんい>を達(たつ)しさせ奉<たてまつ>るまでは。入道大事(だいじ)の身とおもへばこそ。若(わか)い子に難儀(なんぎ)をかけ。老(おい)の身のかく屋形(やかた)に残りとゞまらるべきやと。人みぬ所にては泪<なみだ>をのみこぼしゐたまふ所へ。渡部<わたなべ>唱(となふ)参上(さんじやう)して。

「申<まうし>上<あぐ>るも御きげんの程<ほど>をしらねども、あまりに御いたましう奉存<ぞんじたてまつる>。おそれながらおねがひ申<まうし>奉<たてまつ>るは。御息女(そくじよ)たつたの前さまの御勘当(かんだう)。御ゆるされおやかたへ入らせられ下されなば。有<あり>かたく奉存<ぞんじたてまつる>べし」

と申<まうし>もあへぬに。

「やれ。ねがひにも訴詔(そせう)にも及<およ>ぶ事か。姫が家出はさすがに頼政<より>が娘ほどありでかしたと。今では褒美(ほうび)をする心ぞ。早くつれて参<まゐ>れ」

とあれば。御次<つぎ>にひかへし競(きほふ)が女房<にようばう>あじろ木。姫君を伴(ともな)ひ罷出<まかりいづ>れば。御親子(しんし)は先(まづ)何の御挨拶(あいさつ)もなくて。悦<よろこ>び泪<なみだ>をぞながされけり。入道のたまひけるは。

「我<われ>あやまって藤三めを忠臣(ちうしん)と一途(いちづ)にのみこみ。秘蔵(ひさう)のそちを淵(ふち)へはめんとせし所に。親にまさってあくにんと見て取<とり>て。きやつをきらひようは家出を仕(し)てくれた。父は晩年(ばんねん)に及<およ>ンで。惣領(そうれう)源大夫<げんだいふ>を失(うしな)ひ。子といふてはそちひとりならではない。ずいぶん孝行(かう/\)にしてくれよ」

と泪<なみだ>ぐませ給<たま>へば。競(きほふ)が女房<にようばう>罷出<まかりいで>。「夫(おつと)競<きほふ>は面目(めんぼく)ないとて御前<ごぜん   おまへ>へは遠慮(ゑんりよ)して。私(わたくし)におねがひをどふぞ申<まうし>てみるやうにと。はゞかりもかへりみずお姫さまのお供(とも)させ。是<これ>まで指越(さしこし)申<まう>せし也<なり>。あはれ御慈悲(じひ)に夫(おつと)が弟(おとゝ)。滝口<たきぐち>源之丞が不届(ふとゞき)をも御赦免(しやめん)なされてくだされなば。有<あり>がたく存<ぞんず>べし」と。かほを赤(あか)めて申<まうし>ければ。入道ふしんなる御かほつきにて。「源之丞が不届<ふとゞき>とはいかやうなる事なるぞ。ゆめ/\我<われ>はしらぬ也<なり>。唱(となふ)は子細(しさい)を知(しつ)たるか。不届<ふとゞき>しらねばゆるすべき事もなし。姫がふたゝび屋<や>かたへ入<いり>たる悦<よろこび>の折(をり)なれば。源之丞も出<いで>よ」とあれば。唱<となふ>さゝへて

「いや是<これ>あじろ木。源之丞に不届<ふとゞき>あればこそ御赦免(しやめん)とはねがはるゝ。その不届<ふとゞき>の子細(しさい)を仰上<おほせあげ>らるべし。但<たゞ>し此<この>姫君家出をなされ。しばらく私の娘ぼたんがかはりにいたせしをり、かやうの御きげんになをらふとは存<ぞん>じよらず。拙者<せつしや>見たてゝ其<その>方<はう>の夫(おつと)競(きほふ)弟<おとゝ>の源之丞を聟(むこ)にとらんと存<ぞんじ>。私<わたくし>方<かた>にて夫婦<めをと>のかたらひ申<まう>せしが。それをかな不届(ふとゞき)と思ひ。競<きほふ>兄弟は遠慮(ゑんりよ)ばししてゐらるゝかそれは今の姫君さまでないときの。凡夫(ぼんふ)の拙者(せつしや)が娘分の時なれば。源之丞が不義<ふぎ>ふとゞきとは申<まう>されまじ。源之丞が不義(ふぎ)ものになればお姫さまにきずがつき。はゞかりながら生(いけ)ものにはなされにくし。近比<ちかごろ>卒忽(そこつ)のねがひかな」

と。心をふくんで申<まうし>ければ。入道早くも聞受<きゝうけ>たまひ「一たび唱(となふ)がむすめとして。源之丞とめあはせし上は。又他(た)へ縁(ゑん)に付<つく>べきやうなし 吉日<きちじつ>をゑらみ源之丞と。あらためて祝言(しうげん)をいたさすべし。しかるうへは此<この>家の跡目(あとめ)なし。若(もし)源<みなもとの>大夫<たいふ>判官が妾腹(てかけばら)の子にてもなきか。母方の筋目(すぢめ)正(たゝ)しくは家継(やつぎ)となして位階(いかい)させ幼少(ようせう)より禁庭(きんてい)の御番の様子(ようす)を見ならはせ。十五よりつとめさせん。兼綱に子の有<ある>様子<やうす>はしらざるか。他門(たもん)より養子(ようし)をし代継(よつぎ)にせんより。同じくは兼綱が子だにあらば。孫に家をゆづりたし。汝<なんぢ>らひそかにせんさくせよ」

と仰<おほせ>ければ。あじろ木承<うけたまは>り「なる程<ほど>御男子(なんし)ましますよし。兼(かね)てより承<うけたまは>りをりますれば。立<たち>帰り夫(おつと)競に御意(ぎよい)のおもむき聞<きゝ>申<まう>せ。僉儀(せんぎ)をいたし若君をもりまして参<まゐ>るべし」と申<まうし>上<あぐ>れば。入道は一しほ悦喜(ゑつき)まし/\て。「源大夫<げんだいふ>を見るとおもはん 早く尋<たづね>て具(ぐ)して参<まゐ>れ」と有<あり>ければ。あじろ木お請<うけ>を申<まうし>罷<まかり>立<たち>て。わが宅(たく)へ帰り夫(おつと)に次第<しだい>をかたりければ。

「しからば吉日<きちじつ>良辰(りやうしん)をゑらんで。若君をお供<とも>して上<あが>るべし」と。俄(にはか)に御小袖<こそで>御のり物新(あらた)にこしらへ。お屋<や>かたへも定日(でうにち)を申上<まうしあげ>。御世継(よつき)さまが御入<いり>ぞと。一家中(かちう)悦<よろこ>びの袖<そで>をかへし。袴(はかま)を着(き)悦<よろこ>びあふこそいさましき。かくて定日<でうび>にも成<なり>ぬれば。若君を御のり物にのせ申<まうし>。養(やしな)ひ親橋姫(はしひめ)の神主(かんぬし)刑部<ぎやうぶ>の大輔<たいふ>。烏帽子(ゑぼし)しやうぞく改(あらた)め。いもと山吹(ぶき)を御乳母(めのと)分<ぶん>にして。おのり物のおそばにつけ。

「かまへて若子(わこ)さまお屋<や>かたへ御入<いり>なされたとまゝ。わらはを内でのやうに。かゝさまとおつしやるな此<この>御出世(しゆつせ)を待<まち>まして。今まで刑部<ぎやうぶ>兄弟がからい世帯(せたい)を苦<く>にいたさず。お七つまで怪我(けが)させませずにそだてましたけに。けふといふ今。わしがひくい鼻(はな)が高<たか>ふなつて。気がいそ/\と成<なり>ます」と悦(よろこ)んで来<きた>る所へ。いやしからざる女房<にようばう>の茶店(ちやだな)一ツ荷(か)にしつらひ。かろ%\と肩(かた)にをき。「名物(めいぶつ)の宇治<うぢ>茶を若君様へあげませんため。けさ程<ほど>より此<この>所に待<まち>うけてをりました。御世継(よつぎ)さまの御やかたへ御入<いり>なさるゝ時分<じぶん>は。むかしから御佳例(かれい)とて此<この>御茶をめし上<あが>られます」と。ゑしやくして申<まうし>ければ。刑部<ぎやうぶ>の大夫<たいふ>見て。

「御吉例(きちれい)とあればいやがならぬ。一文<もん>にのみ次第(しだい)か。そちが立<たつ>るお茶なら定(さだめ)て風味(ふうみ)がよかろ。名は何といふ。所はどこじやよい風(ふう)な茶売(うり)じやな。茶うけに昆布(こぶ)でももつてはいぬか」と。若子(わこ)なぐさめのおどけごと。つき%\の供<とも>まはりどつとどよみをつくりける。茶うりの女承<うけたまは>り。「みづからは此<この>里にかくれなき。通円(つうゑん)と申<まうす>茶やのむすめ。親(おや)通円<つうゑん>は老衰(らうすい)いたし。どなたへもわたしが出てお茶を上ます。承<うけたまは>れば此<この>わか君は源<みなもとの>大夫<たいふ>判官さまのお妾腹(てかけばら)のお子様とや。同じ女でもこんなよいおたねをもうけさせられて。若子(わこ)様のおかげでお腹(はら)をおかしなされたお妾(てかけ)さまは。御果報(くはほう)。御一門<いちもん>までうかみあがらしやりませふ。ほんに爪<つめ>のさきほどあやかるために。そのおてかけさまのおかほがちよつと拝(おが)みましたい。親子(おやこ)ごのお中(なか)は濃茶(こいちや)御出世<しゆつせ>の口切(くちきり)いはふて上(あげ)ませふと。天目(てんもく)あらためてたてゝ出せば山吹<やまぶき>うれしさふなる顔(かほ)つきにて。ようこそいはふてたもつたれ。あのお子うんだは慮外(りよがい)ながらわらはじやが。美目(みめ)にはよらぬ氏(うじ)なふて玉<たま>のやうな若君のお袋(ふくろ)様じや。けなりいかと。白(しろ)ふもないむねをしあけて。乳(ち)を出しかけてひけらかす。これは/\うら山<やま>しや。お気(き)にはかけてくだんすな。あのお子の母御(はゝご)さまなら鳶(とび)が鷹(たか)じやと打<うち>笑(わら)へば。おりや鳶<とび>でも烏(からす)でも。若子<わこ>さまほめてたもれば何ほどかうれしい。コレ刑部<ぎやうぶ>殿わか君の首途(かどんで)に。心よい人にあふて気がいそ/\としまするに。あの人もおやかたへお供<とも>につれて参<まゐ>りませふ。ヲゝ御出世の出花(でばな)じや。茶売(ちやうり)の女もつれてゆかふ。御佳例(かれい)の御茶代(ちやだい)も満足(まんぞく)するほどもらふてやらふと。大勢の中(なか)へをしまぜにつれて屋<や>かたへ入<いり>にけり

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  風流宇治頼政三之巻

   (三)さればこそ大事(だいし)の事をお尋<たづね>の系図(けいづ)

頼政<よりまさ>の御館(みたち)には。世継(よつぎ)の若君入<いら>せ給<たま>ふと。一家中<いつけちう>いさみをなし悦<よろこ>ふ事限(かぎり)なし。かたじけなくも高倉<たかくら>の宮(みや)。三位<さんみ>入道が孫(まこ)に対面(たいめん)なさるべしと入道宅(たく)へ入<いら>せたまへば。頼政生前(しやうぜん)の面目(めんぼく)。且(かつ)は家の規模(きぼ)。有<あり>がたき仕合(しあはせ)と。まめやかに万(よろづ)とりきらめき。心の及<およ>ぶたけ饗応美(きやうをうび)をぞつくされける。しかる所へ滝口<たきぐち>。競(きほふ)兄弟。若君并<ならび>に神主(かんぬし)刑部<ぎやうぶ>大夫<たいふ>。同いもと山吹<やまぶき>おもりとして左右(さゆう)につきそひ御前に畏(かしこまつ)て。競<きほふ>わか君を宮に御目見(めみへ)へいたさせ申<まうす>。扨<さて>入道へ申<まうし>けるは。則<すなはち>わかとの源太郎様義<ぎ>は。当所橋姫(はしひめ)大明神<だいみやうじん>の神職(しんしよく)。是<これ>なる刑部(ぎやうふ)ノ大輔(たゆふ)が妹(いもと)山吹が腹(はら)にやどらせ給ふ。兼綱の御子にまぎれ御座<ざ>なく候<さふらふ>。則<すなはち>刑部<ぎやうぶ>太輔<たいふ   たゆふ>は卜部家(うらべけ)の嫡流(ちやくりう)。母は藤原氏と承<うけたまはり>及<およ>ひ候<さふらふ>。今日より山吹<やまぶき>殿を御乳母(めのと)に頼<たの>み入<いり>此<この>お子お十五まではお側(そば)に相<あひ>つとめ。おもりいたさるべき旨(むね)願(ねが)ひによつて誘引(ゆういん)いたし候<つふらふ>と申<まうし>上<あぐ>れば。入道悦喜(ゑつき)有<あり>て。まことに汝(なんぢ)は冥加(みやうが)にかなひしものかな。

親王家(しんわうけ)のお目通(めどを)りへ出<いで>。おことばにあづかる段(だん)。あつはれ大果報(くはほう)の者(もの)。成人(せいじん)にしたがつて無二<むに>の忠義(ちうぎ)をはげむべしとのたまへば。宮仰<おほせ>出<いだ>さるゝは。無官(むくはん)にては大内(おほうち)の勤仕(きんし)いかゞなれば。源太郎を今日より。源<みなもとの>判官兼晴(かねはる)と改(あらたむ)べし。いそひでゑぼし装束(しやうぞく)を着(ちやく)さしめ。盃(さかづき)をさすべきぞと。有<あり>がたき上意(じやうい)入道面目(めんぼく)ほどこし。競<きほふ>に申<まうし>付<つけ>て早速(さつそく)ゑぼし装束(しやうぞく)に改<あらた>めさせ。宮の御前<おまへ  ごぜん>へ出<いだ>しければ。御かはらけを取上<とりあげ>させ給<たま>ひ。源<みなもとの>判官に下<くだ>さるゝ。入道を始(はじ)め一ツ家(け)中の上下有<あり>がたき仕合(しあはせ)と悦<よろこ>ぶ事なのめならず。彼(かの)通円(つうゑん)がむすめと申<まうし>て茶(ちや)をあきなひし女。御勝手(かつて)より罷出<まかりいで>。おそれながら御訴詔(そしやう)と申上<まうしあぐ>る。

一座(ざ)の人/\肝(きも)をつぶし。ねがひ訴詔(そしやう)は所こそあれ。かゝる大事の御祝義(しうぎ)の場へ女の身で推参(すいさん)な。まかりしされと声(こゑ)/\に申<まう>さるれば。女少シもさはがず訴詔(そしやう)と申<まうす>は身の上(うへ)のねがひならず。御家の一大事を申上<まうしあげ>んため。茶売(ちやうり)と成<なり>て御屋形<やかた>へ入<いり>こみ候<さふらふ>。今日御家中<かちう>御世継(よつぎ)ともてなし給<たま>ふ悴(せがれ)は。源<みなもとの>大夫<たいふ>兼綱<かねつな>様の御子(こ)にてはなく。似(に)せものにて候<さふらふ>。能(よく)/\御吟味(ぎんみ)とげらるべしといひければ。競(きほふ)大<おほい>にせいて。をのれは気ちがひか狐(きつね)つきか。正(まさ)しう兼綱公の若君にまぎれなき段<だん>。此<この>滝口<たきぐち>競<きほふ>が吟味<ぎんみ>をとげての上(うへ)に。大殿さまへ御披露(ひろう)申<まうし>。今日の御ことぶき家中<かちう>の上下<かみしも   じやうげ>いさみをなす所へ罷出<まかりいで>てさまたげをなすは。をのれ人間(にんげん)にてはよもあらじ。先年(せんねん)我<わが>君の矢(や)さきにかけてゐころし給<たま>ふ。ぬえの執心(しうしん)女とぼけて。御世継(よつぎ)に障碍(せうげ)をなすとおぼへたり。猪早太(いのはやた)と傍輩(ほうばい)の競<きほふ>をしらぬか。引<ひき>とらへて蛇(くちなわ)の尾(を)を出<いだ>すが帰るまじきかと。はつたとねめていひければ。ムゝ扨<さて>はよめた。そなたとあの山吹<やまぶき>とやらがせゝくりあひ。ふたりが中(なか)にもうけた子を。さいはゐ兼綱さまは追放(ついはう)にて。御在所(ざいしよ)しれず。お屋<や>かたへとてはおかへりないをよい首尾(しゆび)と。形部<ぎやうぶ>ノ大夫<たいふ>とやらもろ共<とも>に談合(だんかう)して。お子といつはり此<この>お家を。そなた達(たち)が産出(うみだ)した子にとらさふとは。あたゝかなさふうまふはさせまいぞ。尤<もつとも>兼綱さまにてうど。あの悴(せがれ)ほどな御男子(なんし)一かたましませ共<ども>。それは三筋(すぢ)町の女郎<ぢよらう>花千代といふ大夫<たいふ>の腹(はら)からおすべりなされて。今に堅固(けんご)でござるげな。其<その>子のけて兼綱さまにお子といふては玉子(たまご)もない。はゞかりながら是<これ>にゐる競(きほふ)とやらニ。かまへて御ゆだんなされまじ。御家をしてやるたくみもの。ちつとむねがくるしからふと。畳(たゝみ)をたゝいて申<まうし>けるは。不首尾(ぶしゆび)にこそ見えにけれ。刑部<ぎやうぶ>聞<きゝ>てやい女め。山吹<やまぶき>といふ身がいもとに。兼綱さまがお手かけられ。つゐはらんでうんだお子を。似(に)せものとはをのれこそ筋(すぢ)ない事をいひまはる似(に)せ事いひのかたりめよと。大きにいかればヲゝ似(に)せ事いひか似(に)せ物師(し)か。只<たゞ>今証拠(せうこ)をあらはして見すべきぞと。つか/\とより山吹<やまぶき>がむなもととつて引<ひき>すへ懐中(くわいちう)にたしなみし守刀(まもりがたな)をぬき出し。さあ有<ある>やうに白状(はくぜう)せい。源太郎といふわか君のお名は誰(たれ)から聞て来(き)て。をのれが悴(せがれ)につけゝるぞ。その真(まこと)の源太郎さまをうみ出した。花千代といふ女郎<ぢよらう>はみづからじや拝(おが)んでをけ。兼綱さまと馴(なれ)なじみ。くるわでもうけたお子なれば。おぬしの方(かた)へ引<ひき>とり給<たま>ひて。木津<    >の里の弥太六<やたろく>といふ百姓にあづけておかせ給<たま>ふよし。身請(みうけ)したらば一番にむかひまして。お目にかゝらふと悦<よろこふ   よろこん>で。くるわを出<いで>しにわけ有<あり>て。ふたゝび里(さと)へ立<たち>帰り。又もとのつとめをせしが。此比<このごろ>聞<きく>は兼綱さまおかねをあけられ。其<その>申<まうし>わけ立<たち>がたく。追放(ついはう)にあひ給<たま>ふと聞<きく>よりつとめも身にそまず。ひそかにくるわをぬけ出<いで>て。ぬしのござる隠家(かくれが)を。此<この>所へ来<きた>りなば大形(おほかた)しれふと。きのふのくれに。此<この>辺(へん)へ来<き>て子細(しさい)をきけば。源太郎さまが御世継(よつぎ)に。明日(あす)屋形<やかた>へ入<い>らせらるゝと沙汰<さた>するゆへ。お子のおめにかゝらふため。そひよりのたねにもと。日ごろはお茶を挽(ひく)ときら(さた)ふていた。けいせいが挽茶(ひきちや)になふてちかよりしは。似(に)せもの見やうといふ気(き)じやない。

本(ほん)の若子(わこ)を見やふとて。そちたちについしやうをいふたれば。そちがうんだ若君で。刑部(ぎやうぶ)とやらいふかす祢宜(ねぎ)が。いもとじやとひけらかす。是<これ>はくせものくはせもの。吟味(ぎんみ)をとげんとお屋敷<やしき>へまぎれ入<いり   いつ>たは。此<この>せんさくせんためなるぞ。まつすぐにいはずはころすが女めと。刃物(はもの)をむねへさしつければ。山吹<やまぶき>おどろきなふこちの人。いひわけしていのちたすけて給<たま>はれと。色ちがへしていひければ。刑部<ぎやうぶ>こまつて是<これ>/\そさうあそばすな。扨<さて>はおまへは花千代さまか。橋姫(はしひめ)の神主(かんぬし)と申<まうす>はいつはり。まことは木津<    >の弥太六<やたろく>成<なる>が。今日若君おやしきへお入<いり>なさるゝにつき。百姓の手前にて御養育(よういく)と申<まうし>ては。わこさまの威勢(いせゐ)がない。刑部<ぎやうぶ>大夫<たいふ>といふ神主(かんぬし)になり。女房<にようばう>どもをいもとゝいふて。此<この>はらにおやどりあると申上<まうしあげ>よと。皆かうした狂言は。あれなる滝口<たきぐち>競<きほふ>どのゝ御指図(さしづ)。御子さまはまぎれもない本まじりなしの源太郎さま。おまへのお子でござりますと。つゝまず様子(ようす)を打<うち>あければ。花千代はおもはずなつかしさに。そなたは源太か根本(こんぽん)の母はおれじやと取付<とりつき>て。人めもはぢずすゝりあげ。なき悦<よろこ>ぶぞことはりなる。競<きほふ>ははつと言葉(ことば)もなく。さしうつふいてゐたりければ。入道泪<なみだ>をはら/\とながしたまひ。扨<さて>しなしたりぜひもなしと。源太郎が着(き)たるゑぼし装束(しやうぞく)をなさけなくも引<ひき>はぎ。花千代が前へつきやり給<たま>ひ。宮<みや>にむかひて近比<ちかごろ>面目(めんぼく)もなき仕合<しあはせ>。母かためはつとめせし遊女にて候<さふらふ>と。先達(だつ)て承<うけたまは>りなば。もつたいなくもなにしに官位(くはんゐ)をけがし申<まう>さん。ゆめ/\入道ぞんせぬ所はたゞ今御聞<きゝ>の通りなり。やいせがれさぞ子心にどうよくな祖父(ぢい)と恨(うら)むべきかが。

此<この>どうよくなは不便(ふびん)なといふあの母めがさす事ぞ。惣(そう)じて昇殿(せうでん)のゆるされ。殿上(てんじやう)の交(まじはり)するものは。母かたがいやしければお上(かみ)へかくして。筋(すぢ)め正(たゞ)しき取親(とりおや)を名乗(なのり)父母(ちゝはゝ)ともに系図(けいづ)あるものにあらねば。殿上(てんじやう)のまじはりは成<なり>がたく。又官位(くはんゐ)にもすゝみがたし。去(さる)によつて競(きほふ)にそのむね申<まうし>つけし所に。神主(かんぬし)の娘(むすめ)が腹(はら)にやどりしと聞<きゝ>しゆへ。神職(しんしよく)は神司(かみづかさ)。これ則<すなはち>系図(けいづ)なりとよろこんでよび入<いれ>しに。貴賎(きせん)のわかちをいはす肌(はだ)をふるゝ。遊女のけがれたる腹(はら)より出生(しゆつしやう)したる悴(せがれ)めが。三位(さんみ)にもすゝみし頼政<よりまさ>が。家の跡目(あとめ)にいかでもつて成(なる)べきぞ。源<みなもとの>判官の名(な)をけづる。とく/\つれてかへるべし。いまれたる女の推参(すいさん)御座<ざ>どころよごれたり。奥(をく)の亭(てい)へ御入<いり   >と。宮<みや>をいざなひ入<いり>たまへば。刑部<ぎやうぶ>夫婦(ふうふ)はほゐなげにないてゐるより外<ほか>はなし。まことに笑止(せうし)千万<せんばん>と。聞<きく>人汗(あせ)をぞながしける

三之巻終

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 風流宇治頼政(ふうりううぢよりまさ)  付<つけた>リ 間夫狂(まぶぐる)ひの女郎<ぢよらう>と

           名(な)に立花(たちばな)の小嶋(こじま)が崎(さき)

     四之巻目録

第一 夢(ゆめ)の浮世(うきよ)の中宿(なかやど)の女夫(めおと)が働(はたら)き

    若殿(わかとの)といふ名(な)を

      狩衣(かりぎぬ)やぶれかゝる出世(しゆつせ)の門(かど)

    一時(いつとき)の栄花(ゑいぐわ)は

      ながれの身かへらぬむかし

    幼子(おさなご)の死(し)を救(すく)ふ

      出家(しゆつけ)の嘘(うそ)は慈悲(じひ)の方便(はうべん)

第ニ 初旅(はつたび)の底豆(そこまめ)足(あし)は引<ひき>たり篭(かご)は高(たか)し

    男の評判(ひやうばん)取<とり>%\に女の口の嵯峨(さが)のゝ原(はら)

    傾城買(けいせいかい)の伝授(でんじゆ)は身の上(うへ)を懺悔咄(さんげばなし)

    独寝(ひとりね)の娘(むすめ)ご思ひの厚氷(あつごほり)解初(とけそめ)た新枕(にゐまくら)

第三 さすが名を得(え)し太夫(たゆふ)が魂鍛(こんたん)

    貞女(ていぢよ)の道(みち)直(すぐ)には立(たゝ)ぬ六枚屏風(まいびやうぶ)

    張(はり)の強(つよ)い女郎<ぢよらう>も綿(わた)に成<な>ル枕(まくら)の中込(なかごみ)

    夫(おつと)の為(ため)に外(ほか)の男にあふが心中(しんぢう)

   一 夢(ゆめ)のうき世の中宿(なかやど)の女夫(めおと)が働(はたら)き

 牝鶏(ひんけい)朝(あした)する時は。必(かなら)ず家(いゑ)に禍(わざはひ)あり。まことに女賢(さか)しうして牛(うし)売(うら)れぬといへる。拙(つたな)きたとへのごとく。花千代(ちよ)は我<わが>子を世にたてんと。一すじに大切(たいせつ)におもひて。却(かへつ)て出世(しゆつせ)の子のために。禍(わざはひ)をなせり。源太郎は装束(しやうぞく)ゑぼしを入道殿に剥(はが)れ。弥太六<やたろく>夫婦(ふうふ)に取<とり>つき。今の着(き)たやうなる。うつくしい衣装(いしやう)やゑぼしをきせて給<たま>はれ。伯父(おぢ)さまおばさま。あの女が邪魔(じやま)したに。しかつてかへして給<たま>はれと。まことの母を子心にうらめしくおもひて。足(あし)ずりして泣(なき)ければ。夫婦(ふうふ)はいだき上(あげ)てヲゝお道理(どうり)なり御産屋(うぶや)よりうけ取<とり>て。御養育(よういく)いたしたるなじみをもつて。産出(うみだ)した真実(しんじつ)の。我<わが>子よりいとしみふかく。御世継(よつぎ)に立(たて)たさに。百姓の着(き)もなれぬ。ゑぼし素袍(すわう)を身にまとひ。上置食(うはをきめし)の名(な)に聞<きゝ>し。刑部(ぎやうぶ)の大夫<たいふ>とやら名をつき神主(かんぬし)に成<なり>。女房<にようばう>までかり着(ぎ)させて。あつかましい妹(いもと)といふてつれ参<まゐ>りしも。皆こなさまのお為(ため)にした。人かたのみましたとて。恥(はづか)しさふに事触(ことふれ)のやうななりになんの成<な>りませう。おやの身をひづめて成<なり>とも。子の為(ため)にはするならひニ。出世(しゆつせ)の花のさき出<いづ>る所を。よふも/\此<この>やうにはしなされた。母ごではあらで敵(かたき)じやと。夫婦(ふうふ)は花千代をうらめしげにみやりて。くどきたてゝ泣(なき)ければ花千代はきえもしたき心ちにて。泣(なき)入<いり>てゐたりしが。やう/\かほをもたげ。わらはをにくうおぼしめすも。其<その>子をいとしうおもふてくださるゝゆへなれば。打<うつ>成<なり>共<とも>たゝきともして。せめては御夫婦(ふうふ)の御はらをいてくださるべし。みづからが只<たゞ>今のあやまりは。たとへば世の親のてう愛(あい)のあまりに。甘(あま)き菓子(くはし)をとゝのへて喰(くは)せて。疳(かん)を煩(わづら)はせ。却(かへつ)てくるしみをかけしに同じ道理(どうり)。けふ爰<こゝ>へみづからが参<まゐ>らずは。宮<みや>さまよりくだされし。官(くはん)とやらいふけつかうな名をついて。源三位<げんざんみ>家(け)の跡(あと)めにたゞれん物を。悔(くや)しい事をしましたと。かへらぬ事をくりかへし。くどきなげくぞ道理(どうり)なる。

競(きほふ)はしばらく物をもいはずゐたりしが。つか/\と行<ゆき>。源太郎をいだき取<とり>。こなたを兼綱(かねつな)さまの御形見(かたみ)と存<ぞんじ>。世にあらせ奉<たてまつ>り。殿上(てんじやう)のまじはりをさせ申<まうし>。御威勢(いせい)を見るべしと。夫婦(ふうふ)の人をたのみ申<まうし>。神職(しんしよく)といつわりしは。母かたの筋目(すぢめ)を正(たゞ)しう。大殿(おおとの)のお耳(みゝ)に入<いれ>んため。それがしが思案(しあん)にて是程<これほど>までに仕(し)こみし事を。無(む)になせし残念(ざんねん)さよ。かやうに成<なり>行<ゆく>も。こなたの御果報(くはほう)つたないと申<まうす>もの。所こそあれ時こそあれ。宮<まへ>さまの御前<おまへ   ごぜん>にて。ながれを立(たつ)るけいせいの。もうけたる子とお袋(ふくろ)が。証人(せうにん)にまで出<いで>られたれば。もはやかさねて取親(とりおや)して。お目見<めみ>へさせ奉<たてまつ>らんはかりことも成<なり>がたし。しかればこなたは一生(いつしやう)公家(くげ)武家(ぶけ)のまじはりは成<なり>申<まう>さず。

百姓が町人の子に成<なり>てはて給<たま>はんより。それがしがをしへ申<まう>さん。いさぎよく腹切(はらきり)て死(しに)給<たま>へ。しかる時はさすがは源三位<げんざんみ>が孫(まご)。兼綱<かねつな>の子ほどあり。母方(はゝかた)がいやしきとて。跡(あと)めにたゝぬを無念(むねん)に思ひおさなけれども切腹(せつふく)して果(はて)たると。後々末代(ごごまつだい)まで名(な)をあげ給<たま>ふ。武士(ぶし)は名を惜(をし)んで命(いのち)を捨(すつ)るはつねのならひ。父ごさまが何(いづ)かたに御入<いり>有<あり>て。此<この>様子(ようす)を聞<きこ>しめしたり共<とも>。御歎(なげき)はなく。けなげにでかしたういものじやと。却(かへつ)て御まんぞくなさるべし。拙者(せつしや)御介錯(かいしやく)仕<つかまつ>り。すぐに刀(かたな)にて腹(はら)かきやぶり。来世(らいせ)迄<まで>御供<とも>いたすべし。御さいごの御用意(ようい)あれと。をしはだぬがし奉<たてまつ>る所へ。一来(らい)法師宮のおなりと聞<きゝ>て。最前(さいぜん)よりお次(つぎ)の間(ま)まで参<まゐ>られ。始終(しじう)の様子(ようす)を聞<きゝ>ゐられしが。事はや急(きう)に成<なり>けると。やがて飛出(とびいで)こりや競(きほふ)。日こそおほきに高倉<たかくら>の宮さま。御入<いり>あそばす所にて。腹(はら)きらするの死(し)ぬるのとは。狂気(きやうき)したかうろたへものと。先(まづ)わが君を取<とり>給<たま>ひ。

花千代がかほを見て。大きにきもをつぶしヤアそちはいもとのお花か。われこそ兄(あに)の一来(らい)法師よ。やれなつかしやとのたまへば。花千代きよつとしアゝけうとい坊(ぼん)さまかな。わしが兄さまは三河<みかは>の国のといはんとするをこりや/\。三かわの国では有<ある>まい。三井寺<みゐでら>の一来<いちらい>法師であらふが。うろたへて又たわことをつくす。此<この>上のしそこないには。付<つけ>ふ薬(くすり)がない段<だん>ぞ。人次第<しだい>に何事も。うなづいてゐよこりや妹(いもと)。兄(あに)の浮気坊主(うはきぼうず)じやは。そちか産(うん)だ子なれば。愚僧(ぐそう)がためには現在(げんざい)の甥(おい)。ふしぎの縁(ゑん)であふたよな。是<これ>競<きほふ>きかるゝ通り。此<この>花千代はわれらがいもと。母煩(わづら)ひの時分(じぶん)。親父(おやぢ)薬代(やくだい)物入<ものいり>の才覚(さいかく)ならず。愚僧(ぐそう)にかくしてけいせいやへうられたと。此比<このごろ>聞<きゝ>てどふぞ尋<たづ>ねてあいたいがと。心がけし所に。今思はずも対面(たいめん)いたし。しかも究竟(くつきやう)な甥(おい)にまであいまして。是<これ>ほどうれしい事はない。滝口<たきぐち>殿仏祖(ぶつそ)かけていつわりではないぞや。しかれば此<この>子が母(はゝ)かたは一来<いちらい>法師。我<われ>らが先祖(せんぞ)は釈迦如来(しやかによらい)アゝ慮外(りよぐわい)ながら浄飯大王(じやうぼんだいわう)のむすこ筋(すぢ)じや。名字(みやうじ)は釈氏(しやくうぢ)頼政(よりまさ)の孫にせられても。母方がいやしいとはいはれまいと。人をすくふ頓知(とんち)の程<ほど>

こそあさからね。花千代競<きほふ>弥太六<やたろく>。あまりの事のうれしさに。あつと感(かん)じて詞(ことば)なし。かさねて一来<いちらい>申<まう>さるゝは。身がいもとにても。一たびながれをたてたると。疵(きず)をいふ人あるべきが。それは大きな了簡(れうけん)ちがひ。もつたいないたとへなれども。すでに用明天皇(ようめいてんわう)は。恋ゆへにまのゝ長者(ちやうじや)が牛(うし)つかひと成<なり>て。草をかつて山路(さんろ)といふでつちなれども。本(もと)が王さま筋(すぢ)なれば。又おくらゐになをらせ給ふ。一旦(いつたん)けいせいに成<なり>ても。もとが一来<いちらい>法師が妹(いもと)なれば。どこまで行<ゆき>ても一来がいもとにまぎれがない。此<この>理屈(りくつ)にて宮さまも。入道もこまらせ。そのまゝ源<みなもとの>判官にして。此<この>家の世継(よつぎ)にする。いかなれ釈迦如来(しやかによらい)のすじを切死丹(だいうす)ならしらぬ事。いやとはよもや仰<おほせ>られまじ。源太よろこべ。いもとの花千代おそろしい事はない。奥(をく)へこいと打つれだち。いさみて御前<おまへ   ごぜん>へ出<いで>られける

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  ニ 初()旅(はつたび)の底()豆(そこまめ)足(あし)は引(ひい)たり駕()籠(かご)は高(たか)し

 

 浮()世(うきよ)の嵯()峨(さが)とはいへど。金(かね)持(もつ)て隠()居(いんきよ)せふなら爰(こゝ)ぞかし。都()を目()のしたにながめおろし。あらしの山()を庭(には)にとり。桂()川(かつらがは)を泉()水(せんすい)にせき入<いれ>。心までいさぎよく。さくらの春は勿論(もちろん)。松だけの秋。山/\は紅錦(こうきん)の色をなし。京にきかぬ鹿(しか)の声。かへろときけど。樽(そん)の前にかへらん事をわすれ。夜昼(よるひる)のなぐさみ人め希(まれ)なるとつておきの奥(をく)さま。ふところ子(ご)の娘たち。篭(かご)を出<いで>たる鳥の心地(こゝち)して。絹緒(きぬを)の大夫<たいふ>草履(ざうり)めして。当世(とうせい)のこしもと女。お物師(ものし)など打<うち>まじりて。嵯峨(さが)のゝあそび。近辺(きんへん)にすそびんぼうのはつた仙人がなければこそ。通(つう)を失(うしな)ふて下落(げらく)する者もなし。愛宕山(あたごさん)の天狗(てんぐ)共<ども>も。鼻(はな)に水かけていきりをさますほどの美女(びちよ)ぞろへ。心なき野夫(やふ)に見せるはおしい事と。御下屋敷<しもやしき>からねざめ提(さげ)て来<きた>る男が。ほめてのないをほいながるもおかしかりき。天性(てんせい)上品(じやうひん)なる娘ごの。よいあゆませぶりを苦(く)になされて。かいどりまへにして。おかしげなるあゆみぶりの稽古(けいこ)なさるゝ事。そのまゝあれでよいにと。嵯峨(さが)丸太(まるた)見たてに行(ゆく)大工(だいく)が。目かほをしかめてひづみのないお歩行(ありき)ぶりじやとほめて通(とを)りぬ。源太<げんた>兼綱(かねつな)は。

所さだめず心のゆくかたへまかせ。きのふは大津坂本(さかもと)。けふは御室(むろ)から広沢(ひろさわ)の池(いけ)を昼(ひる)見て。月なければ正真(せうじん)の十五夜(や)に。釜(かま)をぬかれし心地(こゝち)と。詠(なが)め捨(すて)て。さがのへ出<いで>。こりや又近江(あふみ)の湖水(こすい)も及<およ>ばぬ秋気色(げしき)。黄絞纈(くはうこうけつ)の林(はやし)色をふくんで。是<これ>は/\上娘。あつはれ見事/\。つき%\の女どもまで。ひとりもいや成<なる>はなくして。あみ笠(がさ)をしあけ。久<ひさ>しうで目に生物(なまもの)を見せる事よ。世にあらば我<われ>らも大夫<たいふ>引<ひき>つれて。虫(むし)のね聞<きゝ>に出(で)かけふもの。あげやでばかり酒のむ事を手がらにして。わけもないゆめのやうな。金(かね)をほついてしまふたと。今いふてかへらぬ事を。此<この>身になればいづれ愚癡(ぐち)には成<なる>物ぞかし。これも歴々(れき/\)の息女(そくぢよ)と見ゆるが。あのつま蹴(け)かへして。隠(かく)しうらを見せらるゝなど。是<これ>みな素人(しろと)女のする事にして。第一男に見られ自慢(じまん)いやなり。かく思へばこそ惜(をし)きかねつかふて。女郎<ぢよらう>狂(ぐる)ひはして来(き)た事ぞかし。あれ/\すそをかなしみ。露草(つゆくさ)をいとふて。足(あし)つまだてゝこしもとが。ありく風(ふう)のいやさ。ゑりのよごるゝに気(き)をつけて。むりに首(くび)かゞむるなど。去(さり)とは心ぐるしき事にぞ有<あり>ける。

見れば善悪の沙汰(さた)もむつかしと。女中へわざと尻(しり)むけ。草(くさ)の上(うへ)に座(ざ)して。いにしへは目にさへ見られざりし。火打(ひうち)といふものふところより出<いだ>し。ほくちにつけてたばこたのしみに。輪(わ)など吹(ふい)てゐらるゝを。むすめご御覧(らん)し。

つき%\の女中に仰<おほせ>けるは。惣(そう)して殿(との)たちは女をみては。おほくよそめもせずに見たまふがならひ也<なり>。ましてみづからは手まはりにつかふ皆たちにも。ずいぶんたしなまして風俗(ふうぞく)までに品(しな)をやらせ。をそらくはよい女どもをつれるはと。人にもいはれたいとおもふて。器量(きりやう)のあしいは供(とも)にもつれぬに。あの男は風儀(ふうぎ)もいやしからず。どふやら風流(ふうりう)なる。色にも心のありさふなていなるに。こちへは目もやらず。わざとうしろむいて。こなたに気をもたすやうな有様<ありさま>。一子細(ひとしさい)なふてはかなふまい。小らんゆきてあたつて見よと。さゝへの盃(さかづき)に錫(すゞ)をもたせてつかはされ。何といふぞあの男が。返答(へんとう)を聞<きゝ>て参<まゐ>れとつかはさるれば。小らん承<うけたまはり>て。兼綱<かね>のそばへしと/\とゆき。おきらいの女中の盃(さかづき)。いやと仰<おほせ>られふもはかりがたけれども。おなぐさみに持<もち>て参<まゐ>れと。おひめさまの御意(ぎよい)をうけて参<まゐ>りました。わたくしにはぢかゝせぬやうに。女中ぎらひでも一つあがつてくださりませと。盃<さかづき>を指置(さしおけ)ば。これはめいわく。女中ぎらひとはたが申<まうし>て。名(な)たてがましい。私<わたくし>大分<だいぶん>女中が好物(こうぶつ)。むかしから好物<かうぶつ>にたゝりなしと申<まう>せども。あまり過<すぎ>て女中の食傷(しよくしやう)仕<つかまつ>りて。此<この>体(てい)になつたものでござるといへば。そのお好(すき)な女に目もかけられず。そむけてござるは。いづれもすぐれぬ色ゆへに。目づいやしに見ぬがましとのお心か。そのいわくが承<うけたまはり>たい。こりや尤<もつとも>な御ふしん。銭もたぬ上戸(じやうご)が。酒屋の門(かど)を目をふさいで通る道理(どうり)とがてんして下<くだ>されといへばそりやさもしいおつしやりかた。

お目にとまつて真実(しんじつ)御執心(しうしん)なとあらば。いづれにてもあの中にいやとは申<まう>さぬ女ども。此<この>お盃<さかづき>おとり上(あげ)あそはしておもひざしになされませと。さすがの兼綱に口あかせぬいひまはし、さりとは地女<ぢをんな>にもこんな粋(すい)もあるものかと。心の中に我(が)を折<をり>。こゝはきやつらに内甲(かぶと)見られぬやうに、あぢな手を打<うつ>が。銭<ぜに>つかふた肝門(かんもん)とかく弱(よは)みを見せざる所と。小らんが顔(かほ)をほつしりと見て。御器量(きりやう)はよいが水くさそうにみゆる。本(ほん)至極(しごく)の情といふを御存<ぞんぢ>なければ。御器量(きりやう)がようても。荘厳(せうごん)のけつかうな御廚子(みづし)の中に仏<ほとけ>のないやうな物で。有<あり>がたい事がない。情の道を稽古(けいこ)なされ。玉に瑕(きず)じやと申<まう>さるれば。

初対面(しよたいめん)に情をしらぬと。わかい身に悪名(あくめう)をおつけなさるゝは。おまへこそどうよくな。情しらずよ。真実(しんじつ)御執心(しうしん)なとあらば。御心にしたがふおんなどもじやと申<まうす>が。これが情をしらぬ身かと。いわせもはてずそれ/\それが浮気(うはき)の情と申<まうし>て。至極(しごく)の情の部(ぶ)へは入<いれ>ず。初対面<しよたいめん>の私が。とをりがけに執心(しうしん)なと申<まうす>に。はやかなへてくださるゝは。かなで申<まう>スときは。いたづらと申<まうし>て情(なさけ)の道ではござらぬ。道理(どうり)でのゝ宮ちかくに遊(あそん)でござる。どふいふても地(ぢ)女房<にようばう>よりけいせいじや。何から何まで手ざわりの違(ちがふ)た物じや。御盃<さかづき>の御礼をゐなから申<まうす>は慮外(りよぐはい)じや。私持参(ぢさん)いたしませふ。御案内(あんない)をたのむといへば。成<なる>ほどお越(こし)あそばせといざなひ申<まうす>。姫君の御前に参<まゐ>りて。かくと次第(しだい)をさゝやきければ。姫君悦<よろこ>び給<たま>ひ。地女<ぢをんな>よりけいせいがよいといふ人にあふて。様子(ようす)が兼(かね)て聞<きゝ>たかりしが。さいはひのおとこを伴(ともな)ひ来<きた>りしと。御機(き)げんよく。兼綱<かねつな>をちかくへよばせられ。みづからは去(さる)御方(かた)と親(おや)たちの縁(ゑん)をむすびをかれしに。さきの殿(との)ごはけいせいに心をよせられ。つねの女はおきらひあるといふ沙汰(さた)を聞<きゝ>しゆへ。どうぞそのけいせいとやらがする風(ふう)をまなび得<え>て。とのごに思はれながくそひ度(たい)心にて。此<この>嵯峨(さが)の下屋敷へ。茸狩(たけがり)といふを名題(なだい)にして。やかたを出<いで>野遊(のあそび)にことよせ。けいせいの道中<だうちゆう>を。此<この>草原<くさはら>にてまなびみれど。よい師匠(しせう)がないゆえか。衣装絵(いしやうゑ)人形(にんぎやう)草紙(さうし)にある。大夫(たゆふ)の風(ふう)のやうにはなくいな物で。われながらあいそがつきる。此<この>風(ふう)を知(しつ)てならば。指南(しなん)をたのむとあれば。兼綱<かねつな>聞<きゝ>給<たま>ひ。けいせいの中にも大夫<たいふ>と申<まうす>は。少女(せうぢよ)の時よりうるはしき顔(かほ)を。猶(なを)手入(ていれ)して湯気(ゆげ)にてむしたて。手に指(ゆび)がねをさゝせ。足(あし)にはちいさき足袋(たび)を。はかせながらねさせ。髪(かみ)はさねかづらの雫(しづく)にすきなし。身は洗粉(あらいこ)たへさず。面躰(めんてい)ぬぐい白粉(おしろい)にして。きわずみ濃(こく)。小まくらなしの大嶋田(しまだ)。首筋(くびすぢ)のをくれをきらひてぬきそろへ。弐<に>尺五寸袖<そで>の当世(とうせい)仕立(したて)。腰(こし)に綿(わた)入(いれ)ずすそひろがりにして。大はゞの帯(おび)むなだかに。前に結(むすび)三つがさねの衣装(いしやう)きこなし。素足道中(すあしどうちう)くり出(だ)しの浮歩(うけあゆ)み。あげや入リの飛足(とびあし)。階子(はしご)のぼりのはやめ足(あし)。情(なさけ)目づかひゑしやくのおもはく。小指(こゆび)をそらしきせるをもち。床柱(とこばしら)にもたれ。右の足(あし)を指(さし)出<いだ>し。内(うち)より下着(したぎ)のゑリをつき出し。かりそめにものべがみ取<とり>て手をふき。用事(ようじ)に立<たつ>事しげからず。ありたけ口あき笑(わら)ふ事をいたさぬが。大概(たいがい)大夫<たいふ>の身持(みもち)なれ共<ども>。

これをみてなづむは。大分<だいぶん>初心(しよしん)の買手(かいて)の時也<なり>。さあ彼岸(かのきし)に至(いた)り/\し大臣<だいじん>は。玄関(げんくはん)つきの化粧(けしやう)には。心をつけず。たゞ女郎<ぢよらう>の心いきにて。身(み)打(うつ)ほどになづむなり。是<これ>は詞(ことば)に出しては申<まう>されぬしな。その時にいたり。その女郎<ぢよらう>にあふてならではしれぬ事。お素人(しろと)の女中がた。千日千夜御まなび候<さふらふ>ても。粋月(すいぐわち)やぼの男数(かず)に。もまれ給<たま>はでは中/\手細工(てざいく)では参<まゐ>らぬ事。お気(き)づくしに御無用になさるべし。但(たゞ)し御いひ名付<づけ>の聟(むこ)さまが。けいせいぐるひなさるゝとて。おまへをむかへて女郎と同じ事でないなどゝ。それいひたてに去(さる)やうな。心だての人ならば。大かたけいせいぐるひの高(たか)もしれた。いまだ未熟(みじゆく)なせんさく。もし御祝言(しうげん)あるならば。その晩(ばん)には気(き)をかへて。おまへからふつて/\ふり付<つけ>給<たま>へ。てきがこなたに気をのまれ。手をあはするは定(でう)のもの。かまへて男の気にいらふと。こちらからまはる程<ほど>。飽(あき)がはやい物なれば。万事(ばんじ)のけいこをやめられ。男の気をのむこんたんあれと。をしへらるれば。姫きゝ給<たま>ひ。くはしきをしへかたじけなし。今御伝授(でんじゆ)をいたしたる。男をふらふも気をのまふも。祝言(しうげん)せふめあての殿(との)ご。色ぐるひの評判(ひやうばん)が。平家へあしう聞(きこ)えまし。追放(ついはう)とやらにあはせられ。行衛<ゆくゑ>がしれね共<とも>。むすんだ縁(ゑん)なりや。行<ゆく>/\はどふせ夫婦(ふうふ)に成<なり>ませふと。たのしんでゐる中にも。あなたは女郎ずきなれば。此<この>乱(らん)さわぎをつゐでにして。いとまなどを給<たま>はりて日比(ひごろ)からけいやくのふかい大夫と。つい一所によりあい女夫(めおと)にならんしよかとそれを思ふてすかるゝやうに。今から大夫<たいふ>のまなびせば。あひました時よからふと。おもひこんでのけいこなるが。なんとあぢきないわしが身の上(うへ)ではさふらはずやと。しく%\泣(ない)てかたり給<たま>へば。兼綱わがみの上(うへ)なればきよつとして。大抵(たいてい)なれば爰<こゝ>は名のらぬところなれど。かわいや。姫がたのもしかけて待(まつ)やうに。女郎<ぢよらう>の風(ふう)まで学(まな)び。あてにしてゐる心ざしが不便(びん)なれば。名乗(なのり)ておもひ出(で)させてやらふと分別(ふんべつ)きはめ。

扨<さて>はこなたは田原(たはら)の又太郎忠綱(たゞつな)どのゝのいもと君。ちくさの前か。はづかしながら我<われ>こそ御身といひ名付<なづけ>ある。頼政が子の源大夫兼綱也。そなたのやうな心中(しんぢう)のよい。女房<にようばう>をはやうむかへず。うか/\とけいせいぐるひに日ををくり。あげくにかふした不首尾(ぶしゆび)の躰(てい)。おめにかけるも面目(めんぼく)なし。此<この>場(ば)はなのらぬ所なれども世にない我<われ>を夫(おつと)とおもひ。縁(ゑん)にもつかす道をたて。そはふ/\と待<まち>てゐらるゝ。心根(こゝろね)がいとしさに。恥(はぢ)を捨(すて)て名のる心は。とても帰参(きさん)は成<なり>がたく。埋木(うもれぎ)と朽果(くちはて)て。花さく身にもあらざれば。是<これ>までの縁(ゑん)とおもひ。いづかたへもよめ入<いり>あれ。さら/\うらむ所存(しよぞん)なし。おいとま申<まうす>と立(たゝ)んとし給<たま>ふ袖<そで>にとりつき。情<なさけ>なきおことばかな。たとへ一所に道にたち。袖乞(そでごひ)をいたしましても。おまへとともにすむ気(き)なるに。外<ほか>へ縁付(ゑんづき)いたせとは。曲(きよく)もなき御仰<おほせ>。さいはひあれに見えし屋敷は。兄(あに)忠綱(たゞつな)が下屋敷。先(まづ)是<これ>へ御共<とも>せんとて。むりに袂(たもと)を取<とり>給<たま>へば。腰(こし)もとお物師(ものし)中居(なかゐ)おはした。ぐる/\と取<とり>まはし。お姫さまをあのまゝでおかふとは。くはぬ殺生(せつしやう)。こちらが身にも覚(おぼへ)がある。けふより外<ほか>へはやりませぬと。おしつゝんで。いやおふなしにお下屋敷へ入<い>レましけり

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    〈三〉さすが名を得<え>し大夫<たいふ>が魂鍛(こんたん)

女は氏(うぢ)なふて。玉の腰(こし)つきひとつにて。御前(ごぜん)さまに尻(しり)のすはる事ぞかし。平(たいら)の宗盛(むねもり)池田風呂(いけだぶろ)のゆやといふ娘を引(ひつ)かき、大かたならずなづまれ。此<この>娘がいふ事なら。丸裸(まるはだか)に成<なり>て。檀(だん)の浦(うら)ですいりしてなつと見せる気。一ッ時側(そば)をはなれ給<たま>はず。此<この>比(ごろ)はほてくろしい同車(どうしや)にめして。清水<きよみづ>いなり加茂吉田(かもよしだ)南禅寺(なんぜんじ)のゆどうふ喰(くい)にも。げうさんな車をとゞろかして。物いはぬ牛(うし)さへたわけをせらるゝと。吠(ほゆ)るほどの大さわぎ。けふは高尾(たかを)のもみぢ見のかへるきに。田原<たはら>の又太郎が嵯峨(さが)に下屋敷があるよし。さいはひ立<たつ  >より一ッ盃(はい)呑(のふ)で通(とを)らんと。けんへいに使(つかひ)を立(たて)て。下屋敷を明(あけ)てをけと。をし付<つけ>わざとは云<いひ>ながら。せふ事なくて姫君は。勝手(かつて)のせばい一間(ひとま)へ。兼網諸(もろ)ともかくれ給<たま>ひ。

どんな時にうせくさると。腰(こし)もと共<ども>は腹(はら)を立(たつ)る。お物師<ものし>中居(なかい)は。お姫さまにゆやとやら風呂(ふろ)やとやら申<まうす>。宗盛<むねもり>さまの鼻毛(はなげ)よみの娘が。一所に参<まゐ>るげな。どんな器量(きれやう)ぞのぞいて御覧(らん)なされませぬかといへば。こりやよい気(き)を付<つけ>られた。よい時分(じぶん)にのぞかふと。勝手(かつて)口のふすまの引手<ひきて>の金(かな)物ぬいて。爰<こゝ>に目をあて。ゆやが来るをまたれぬ。門前(もんぜん)にて車よりおりられ。ゆやの手を引<ひき>。大勢<おほぜい>の女房達(たち)を引<ひき>つれ。座敷へ通(とを)つて。座(ざ)につかるゝよりはや大盃<さかづき>なかば廻(まは)つて。宗盛<むねもり>よいきげんな声して。ゆや此比<このごろ>置(をか)れた女は。供<とも>につれられざりしかととはるれば。爰<こゝ>ながさふでござりますコレ山の井。殿(との)さまのめしますにあれへ参<まゐり>て御用聞(きゝ)やと。粋(すい)なるあいさつ。御用ききやニ物があると。山の井もたゞならぬ女。ゑしやくして罷<まかり>出<いづ>れば。先<まづ>手を取<とり>。扨<さて>もほり出(だ)し(廿三り)ゆやのつかゆる女の中の上物<じやうもの>。こりやちとゆるしをうけずはなるまいと。先(まづ)何かなしに手づけに。頼(ほう)ずりと出<いで>られけるを。勝手(かつて)のふすまからのぞひてゐて。姫君しめ笑(わら)ひにしたまふを何かするぞと。兼綱かはつてのぞひて見給<たま>へば。山の井といふて。宗盛<むねもり>がなぶり物にするは。我<われ>と子中(こなか)までなしたる花千代なれ

ば。大きに肝(きも)をつぶし。扨<さて>は我<われ>追放(ついはう)にあひしと聞<きゝ>。もはや頼<たの>みなき男と思ふて。宗盛にうけられ。ゆやと一所に銭湯(せんとう)に成<なり>て。同車(どうしや)の中(なか)のりしおると見へたり。人でなしの畜生(ちくしやう)めと。口(くち)へは出されず。腹(はら)の中がもんどりかへして。わき出るごとく。勝手(かつて)口にてじだんだふんでも。せふ事のない事ぞかし。座敷より女中が勝手(かつて)へはいり。殿(との)のお休(やすみ)なさるゝが。次(つぎ)の間(ま)にひそかな部(へ)屋<や>などはござらぬか。なくは高い屏風(びやうぶ)をお座敷へ立<たて>たいといへば。兼網出<いで>て。おひとりお休(やす)みなさるゝに。座敷おいてお部屋(へや)たづねは。御床入(とこいり)でもなされますかととはるればムゝこなたは粋(すい)じや。山の井殿と申<まうし>て。此比<このごろ>おかゝへなされた女中が。中/\御意(ぎよい)に入<いり>て。それは/\ゆや様より御てうあい。御帰りな

さるゝまではと。爰<こゝ>で今その山の井殿と。御一所にお休(やす)みなさるゝお床(とこ)の間(ま)の事じやが。部屋(へや)があるかととへば。兼綱むねがくら/\して。いかにも部屋(へや)はござるが。牛(うし)部(べ)屋じや。畜生(ちくしやう)にあやかるやうに。わらでも敷(しい)てあげませふか。田原<たはら>の又太郎は。出合者(であいもの)の宿(やど)はいたさぬゆへ。仮契部屋(けちべや)は拵(こしらへ)て置(をき)はいたさぬと。ねめ付<つけ>られてァゝこわいお人じゃと。奥(をく)へ走(はしり)て行<ゆき>ぬ。兼綱<かねつな>無上(むしやう)に腹(はら)はたてど。宗盛に見知(しら)れてゐる身なれば。座敷へも出られず。立<たつ>たりゐたり歯(は)ぎしみしてぞゐられける。兼綱思案(しあん)し。姫のこしもとたのみて。座敷へ行<ゆき>て山の井といふ女に。勝(かつ)手によい部屋(へや)が有<ある>程<ほど>に。殿(との)さまをつれましてござつても。くるしうない所か。下見(したみ)にござれと。爰<こゝ>迄<まで>よんで来(き)てくれと。ひそかにさゝやき座敷へやられければ。こしもと此<この>旨(むね)山の井へ申<まうし>ければ。どんな所ぞと。つれだちて勝手(かつて)へはいるを。兼綱引<ひき>とらへて。こりや畜生(ちくしやう)め。ちつと肝(きも)がつぶれう。日外(いつぞや)わかれの時。くる(廿四り)わをぬけて出<いで   で>て。ま一度あはねばおかぬぞやと。妹(いもと)たつたが聞<きか>ぬやうに。さゝやいてぬかしたは偽(いつわ)りか。世にない身と聞<きゝ>て。ゆやと同じ身に成<なり>て。宗盛<むねもり>を釜(かま)風呂(ふろ)へ入<いれ>て。あたゝめてやる所存(しよぞん)か。此<この>身に成<なり>てもこりや見よ。起請(きしやう)ははなさねども。もはやその根性(こんじやう)からは。只<たゞ>今破(やぶつ)て捨(すて)るぞと。首(くび)にかけられし守袋(まもりぶくろ)を明(あけ)んとし給<たま>ふを。花千代をしとめ。長(なが)ふいふてゐる間(ま)がない。たつた一口いふほどに。それを聞<きゝ>てむねをやすめて〈ださるべし。いかにも宗盛には。どふぞしてゆやをしおとす程<ほど>に。気に入<いる>がてんなれば。昼夜(ちうや)のわかちはない。何時<いつ   なんどき>でも畏(かしこまつ)た。見事<みごと>に床(とこ)入<いり>いたします。是<これ>がこなさんへの心中<しんぢゆう>じや。おまへとわしが中の源太郎は。御家の世継(よつぎ)と成<なり>て。御屋かたへ入<はい   い>られましたれ共<ども>。獅子王(ししわう)といふ御剣(ぎょけん)がなふては。後(こう)代まで頼政<よりまさ>の家の恥辱(ちじよく)じや。我<われ>存命(めい)の内に。此<この>名剣(めいけん)取<とり>戻(もど)して。孫にゆづりて死(しに)たいが。宗盛が手に入<いり>てからは。金づくではかへすまい。藤三<とうざう>めに頼政が。はらわたを見ぬかれ。一代にない仕(し)おちをしたと。毎(まい)日お悔(くやみ)有<ある>によつて。やかたをしのんで出<いで>。つてをもとめて漸(やう/\)此比<このごろ>。ゆやどのゝこしもと分に有<あり>ついたは。

ずいぶんと宗盛のこしを打<うち>ぬき。その名剣(めいけん)の有<ある>所を聞<きゝ>て。ぬすんで帰る。こりや智略(ちりやく)のいたづら。外<ほか>の男に肌(はだ)をふれぬ心中はたてよいが。かふした大それた事を思ひ立。成就(じやうじゆ)させふとおもふ心中<しんぢゆう>はしにくいぞや。その仕(し)にくい事をするは。こなたへの心中。又は親ごの御心やすめ。ひとつは子のためでないか。随(ずい)分むねをさすつてかんにんして。わしが本意(ほんゐ)をとげた時。でかしたかわいものじやと。たつた一言(ごん)ほうびしてくだされ。かまへて御無事でござりませ。さらばやと座敷へ出<いで>ければ。兼綱跡<あと>をふしおがみ。けいせいではない氏神(うぢがみ)/\と。はらの立<たつ>たほどよろこぴ給<たま>ひぬ

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  風流宇治頼政(ふうりううぢよりまさ)

         付<つけた>リ 宝剣(ほうけん)の威光(ゐくはう)は

            黄金(わうごん)ニ増(まさ)る

            山吹(やまぶき)の瀬(せ)

五之巻目録

第一 是(これ)は前夜(さきのよ)御寝(ぎょしん)ならざる不養生(やうじやう)の御煩(おわづらひ)

    取揚婆(とりあげばゞ)も

     しらぬ産神(うぶすな)の祟(たゝり)

    大将に一本(いつほん)

     さする傘屋(からかさや)の娘が仕懸(しかけ)

    望(のぞみ)を掛(かけ)て北時雨(きたしぐれ)

     一振(ひとふり)の剣(けん)に二人(ふたり)が思ひ

第二 是非(ぜひ)をわかぬ女の意地(いぢ)づく

    外面似菩薩(げめんにぼさつ)内心(ないしん)は修羅(しゆら)のちまた

    たがひにねらふ心の刃(やいば)とぎ立(たて)た懐中鏡(くわいちゆうかがみ)

    曇(くもり)のない心の底(そこ)明方(あけがた)の悦(よろこ)び烏(がらす)

第三 共(とも)に白旗(しらはた)を靡(なびか)す源氏繁昌(げんじはんじよう)

    宇治(うぢ)川の南北(なんぼく)の岸(きし)に凱音(かちどき)の声(こゑ)

    心のいさむ春駒(はるごま)乗(のつ)て来(く)る仕合(しあはせ)の時津風(ときつかぜ)

    治(おさま)る川浪(なみ)豊(ゆたか)に住(すめ)る万民(ばんみん)の悦(よろこび)賑(にぎは)ふ初春(はつはる)

第一 是(これ)は前夜(さきのよ)御寝(ぎょしん)ならざる不養生(やうじやう)の御煩(おわづらひ)

持仏堂(ぢぶつどう)と同じ置(をき)所のない古(ふる)いお婆(ばゞ)が。孫子(まごこ)につたへて。傾城(けいせい)遊女(ゆうぢよ)を女房に持(もつ)事なかれ。第一世帯(せたい)を持(もつ)すべしらず。縫(ぬい)はりの道に疎(うと)く。百の銭(ぜに)よますれば。一畳敷(でうしき)に一ツはい。壱<いち>文づゝならべて。取やりのいそがしき節気(せつき)に。邪魔(じやま)をする事といひおかれしは。取入(とりいつ)てよい事のある。わけをしられぬゆへぞかし。さあ身代(しんだい)ゆかぬといふ。まさかのときにいたつて。身を捨(すて)て。夫(おつと)のためになる貞節(ていせつ)。又地女房の千人よつてもならぬ事。是<これ>いきづくといふにて。女ながらも義(ぎ)をしれるゆへなり。地女とちがふたといふはこんな所じや。いかにも宗盛(むねもり)とねますとは。いひにくひ事をよういひしぞ。貞女(ていぢよ)の道を破(やぶ)つて。思ひ切(きつ)て我<わが>ためにはたらく心底(しんてい)。あっはれ列女伝(れつぢよてん)にもあるまい女と。兼綱(かねつな)独言(ひとりごと)に称美(せうび)したまふを。千(ち)くさの前耳(みゝ)にかけて。

田原(たわら)の又太郎がいもとむすめが。けいせいに心中(しんぢう)のはたらきを。しまけたといふては。兄(あに)忠綱(たゞつな)までの名(な)をれ也と。心の中に思案(しあん)ありて。その夜(よ)は先(まづ)兼つなと。何となく初(はつ)まくらかはして。明(あく)る朝(あさ)からいづくへか。姫君(ひめきみ)様が見へぬとて。大勢(ぜい)の女中。蚊(か)のなくごとくに泣(なき)出<いだ   だ>し。京のおやかたへ人をはしらせと。大きにさはぐ中(なか)に。きよろりともしてゐがたく。殊(こと)に本躰(たい)の姫が見へぬ下屋敷には。しばらくもいられぬ所と。兼綱も爰<こゝ>をぬけ出<いで>。山崎(ざき)のかたへゆかれぬ。

其<その>比(ころ)平<たいら>の宗盛公(むねもりこう)。かりそめのいたはりとありしが。日々(ひゞ)に病気(びやうき)おもり。好物(こうぶつ)の酒もまいらず。熱(ねつ)はなはだしくて。親子(おやこ)はきかれぬほどのうはこと。皆女中と夜(よる)のたはぶれごとのうはさ。小松の大臣(おとゞ)のおわづらひとは。各別(かくべつ)下卑(げび)た物とて。とのゐのさふらひ共<ども>が。わるくちを申<まうし>ぬ。

異国(いこく)の華陀(くはだ)に見せても。腎虚(じんきよ)の外(ほか)見たてはあるまじと。四物湯(しもつとう)がゝりのくすりにて。少し熱(ねつ)もさめ心(ごゝろ)にて。そろ/\杖(つえ)にすがりて。座敷(ざしき)をありかるゝほどになられければ。はやのどをかはかして。ゆやをめし。山の井がみへぬが。りんきしてかくしてひまなどやりはせぬかと。いぢられる所へ。妹尾(せのを)の太郎参(まゐ)リて。たゞ今御玄関(げんくはん)へ。十六七なきよげなるむすめが。五条坂(ざか)の傘(からかさ)屋から参<まゐ>りましたが。此<この>たびの宗盛様のお煩(わづら)ひは。水の減(へり)ではさふらはす。子細(しさい)有<あり>て産神(うぶがみ)のおたゝり。是<これ>をそのまゝ捨(すて)をかれると御快然(くわいぜん)と思召<おぼしめし>ても。又追付(おつつけ)御気色(きしよく)おもります。産屋(うぶや)の事はどなたにも。御存<ぞんぢ>なければ御尤<もつとも>。此<この>だんおしらせ申<まうし>て参<まゐ>れと。親(おや)にて候<さふらふ>かさはり法橋(ほつきやう)。さしこしたるよし申<まうし>て来<きた>りしが。いかゞ仕<つかまつ>るべきやとうかゞひ申<まう>せば。宗盛<むねもり>聞召<きこしめし>。かさはり法橋此<この>方<ほう>ニ心あたり有<ある>事也<なり>。からかさやの娘ならば。とをりものにてあるべし。これへめせとあれば。かしこまつて。則<すなはち>むすめををくへとをしへけり。

宗盛見たまひ。先(まづ)目のはりがよい。からかさやなら油(あぶら)ものつて有<ある>べし。さしあいがないこれへこいと。そばちかくめされ。産神(うぶがみ)のたゝりとはどふしたいはくじや。人にはいはぬ事。実(じつ)たそちが所で。身は生(うま)れたと聞<きゝ>ていれば。産屋(うぶや)のわけは。其<その>方<ほう>が家によく知(しつ)てゐるはづ也<なり>。当病(とうびやう)すみやかに本復(ほんぷく)せば。汝(なんじ)が親(おや)へは過分(くはぶん)の褒美(ほうび)を得(え)させ。そちは身が目をかけてとらすべし。はやく治(ぢ)する子細(しさい)を申<まう>せと有<あり>ければ。むすめ承<うけたまは>り親ども申<まうし>候<さふらふ>は。君御誕生(たんじやう)のみぎり。御取(とり)かへ子(ご)になされんとて。六波羅<ろくはら>より御つぼね。抱(だき)うば女房達(たち)。御むかひに御入<いり>有<あり>て。御産着(うぶぎ)をめしかへさせ奉<たてまつ>り。御乳母(にうぼ)の御ふところへ入参<まゐ>らせし時分(じぶん)。此<この>若君(わかぎみ)御息災(そくさい)延命(ゑんめい)にて。平家の棟梁(とうれう)となし奉<たてまつ>り給<たま>へ。御成長(せいちやう)あつて御大将と御成(なり)あらば。わが家の後(しりへ)に。御産神(うぶがみ)の宮(みや)を立<たて>。御神躰(しんたい)には名剣(めいけん)を以<もつ>ていわゐこめ奉<たてまつ>らんと。産宮(うぶすな)へ祈願(きぐはん)仕<つかまつり>候<さふらふ>所に。法橋<ほつきやう>もとよりかろきものにて候<さふら>へば。御正躰(みしやうたい)にいわひ申<まうす>べきほどの。名剣(めいけん)を求(もと)むる事かなはず。いたづらに只<たゞ>今迄<まで>年月を過(すご)し申<まうす>所に。君御病付(やみつき)の前の夜。白髪(はくはつ)たる老翁(らうおう)。忽然(こつぜん)と顕(あらは)れ給<たま>ひ。汝(なんじ)まろにまことを以て祈願(きぐはん)せしゆへ。ねがひのごとく平家(へいけ)の一門の棟梁(とうりやう)とし。官位(くはんゐ)滞(とゞこほり)なく。右大臣(うたいじん)までのぼせし所に。今に至(いた)るまで宮を作(つく)らず。身躰(しんたい)をこめざる事。産宮(うぶすな)をないがしろにする条(でう)。はなはだ以<もつ>てよこしま也<なり>。是<これ>によつて宗盛が命を取<とり>て。汝が祈願(きぐはん)を空(むな)しうするとの。御示現(じげん)を蒙(かうふ)り候<さふらふ>。翌日(よくじつ)より御病気と承<うけたまは>り。法橋垢離(こり)を取<とり>て。御詫(わび)を申<まうし>。此<この>旨(むね)君へ申上<まうしあげ>奉<たてまつ>り。急(きう)に祈願(きぐはん)をはたし申<まうす>べしと。又御ねがひ申<まうす>につき。此<この>段(だん)わらはに参<まゐ>り。御訴(うつたへ)申上<まうしあげ>よと申付<まうしつけ>候<さふらふ>ゆへ。はゞかりをもかへりみず。女の身にて推参(すいさん)仕<つかまつり>候<さふらふ>と。つぶさに子細(しさい)を申上<まうしあぐ>れば。

元来(もとより)思慮(しりよ)なき宗盛<むねもり>公。いのちをとるとの神の告(つげ)といふにおどろき。さやうの事ならば。とくにも申<まうし>は参<まゐ>らずして。此<この>間<かん   あいだ>くるしいめに大分<だいぶん>あふた。医者(いしや)がまくらをわつたが道理(どうり)。神のたゝりといふ煩(わづら)ひは。医書(いしよ)にもないはづ。それははやく宮(みや)をたてよ。御正躰(しやうたい)の名剣(めいけん)只<たゞ>今汝<なんぢ>に渡(わた)すべしと。妹尾(せのをの)太郎に仰<おほせ>付<つけ>られ。かの頼政の家の重宝(てうほう)。獅子王(ししわう)の剣(けん)を取<とり>よせられ。是<これ>は二万両にとゝのへ置<をき>し。獅子王<ししわう>といひて日本に一振(ひとふり)の名剣(めいけん)。神躰(しんたい)にして産宮(うぶすな)のおはらは立<たつ>まじ。早(はや)く持<もち>てかへり。いわゐこめて我長生(ちやうせい)をいのりくれよと。娘に渡し給<たま>ふ所へ。山の井お次(つぎ)よりまかり出<いで>。

御大切(たいせつ)なる宝剣(ほうけん)を。一(いち)げんの女に。かろ%\しう渡(わた)しつかはさるゝは。卒忽(そこつ)の至(いた)り。みづから御剣(けん)を持<もち>参<まゐ>り。法橋<ほつきやう>とやらに対面(たいめん)いたし。直(ぢき)に相<あひ>わたし申<まうす>べし。わらはに此<この>おつかひを。仰<おほせ>付<つけ>られくださるべしと仰<おほせ>あれば。いかにも/\そちが念(ねん)も尤<もつとも>なり。なんぢ剣(けん)を持参(ぢさん)して。娘とつれだち法橋方(かた)へ参<まゐ>るべしと仰<おほせ>あれば。娘其(その)意(ゐ)得(え)ぬかほにて。山の井にむかひ。是<これ>/\女中わけもしらいで。指出(さしで)過<すぎ>た利口(りこう)だて。惣(そう)じて神は正直(<しやう>ぢき)のかうべにやどり給<たま>ひ。そなたがやうな。うたがひのふかい女のつかひはおきらいなさるゝ。殊更(ことさら)御神物(しんもつ)を取<とり>あつかふは。いまだ嫁(か)せざる女の役(やく)。そちはもはや男の肌(はだ)は。五六百人もうけた。たこずれのした女さふな。罰(ばち)のあたるにかまへて御剣(けん)のそばあたりへよつてたもんな。いま/\しゐと宝剣(ほうけん)取<とり>てをしいたゞき。おいとま申<まうす>と立(たゝ)んとするを。これまちや。手入<い>らずのむすめご。神のわけはしらぬほどに。御剣はそなたが持(もち)成<なり>とも。それは勝手(かつて)にしやれじやが。御前(ごぜん)といひ。大勢(ぜい)の女中の中(なか)で。みづからを男の肌を。五六百人ふれたたこずれのした女じやと。悪名(あくめう)付<つけ>て恥(はぢ)かゝされ。女の一分(ぶん)捨(すて)させた。礼(れい)をいはずにかへさふか。おほくの男に肌(はだ)ふれたわ。そちはどこで見たぞ。平家の大将宗盛様のおそばには。たこずれのした女が。みやづかへすると沙汰(さた)有<あり>ては。是<これ>にづいとなみゐたまふ。女房達(たち)までの恥辱(ちじよく)なれば。此<この>面目(めんぼく)をすゝがせねば。御剣(けん)もわたさぬ。そちもかへさぬ。さあ肌(はだ)ふれた証拠(せうこ)を出しやと。座(ざ)を打(うつ)てはらたつれば。ヲゝ肌数(かず)ふれたは心にとやれ。君のおために久しう立<たて>た。産宮(うぶすな)への祈願(きぐはん)のかなふさまたげをしらるゝは。産神(うぶがみ)はもちろん。お主(しう)へまでのぶ奉公(ほうこう)になるが。それでもとめてかへさぬ気(き)か。こりや宗盛様。此<この>祈願(きぐはん)には魔(ま)がさして。おまへの病(やまひ)はなをるまひ。お笑止(せうし)やといふをきゝ。やれ山の井邪魔(じやま)するな。あの娘がいふ通り。神のつかひは男心をしらぬ女がつとむる事。太神宮のおこら子(ご)が証拠(せうこ)なり。そちは又かいもく男のわけしらぬとは。此<この>宗盛からがいはせぬ人数(にんじゆ)。宝剣(ほうけん)はむすめにもたせ。そちは此<この>宗盛が名代(めうだい)としてつれだち行<ゆき>。法橋<ほつきやう>に対面(たいめん)し。娘が申<まうす>にちがひなく。御正躰(みしやうたい)に仕<つかまつ>るや。直(ぢき)に様子(やうす)を聞<きゝ>て参<まゐ>れ。もしあのものが申<まう>せしニちがひあらは。其<その>時そちが存分(ぞんぶん)にはからふべし。しかる時は。汝(なんぢ)が使(つかひ)をいたさんといひ出<いだ>せし詮(せん)もたつ。先(まづ)は祈願(きぐはん)成就(じやうじゆ)のはじめなれば。穏便(をんびん)に何事も。無事(ぶし)にいたせと了簡(れうけん)ある。大将(たいしやう)の御意(ぎよゐ)もだしがたく。きのどくながらも山の井は。お請(うけ)を申<まうし>おまへを立(たち)。さあ参<まゐ>らふとつれだては。娘は少もゆだんせず。御剣(けん)を腰(こし)にさしてゆく。からかさやへとゆふがほの。五条あたりへまづ出<いで>にけり

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    二、是非(ぜひ)をわかぬ女のいぢづく

娘は御剣(ぎよけん)を帯(たい)して。五条を東(ひかし)へゆくうちにも。つれだちたる山の井を。はづしてにげんと心をくばれども。山の井は又透(すき)あらば。剣(けん)を取<とら>んと心がけ。たがひに心にゆだんせねば。にげられもせずとられもせず。是<これ>かや外面似菩薩(げめんにぼさつ)。内心夜叉(ないしんやしや)にひとしく。にらみあひて行<ゆく>ほどに。五条の町をはなれて。野辺(のへん)に出ければ。娘思案(しあん)し。もとより山の井は此<この>剣(けん)をうばはんため。花千代(ちよ)といふ名をあらため。宗盛につかゆる身。なか/\われをば見のがすまじ。是<これ>までに仕(し)おふせたるはかりことを。花千代にしてとられんはほいなき事。所詮(しよせん)爰<こゝ>にて花千代をうつてすて。兼綱殿へ此剣(けん)をわたし。ながく夫婦(ふうふ)と成<なる>べしと。分別(ふんべつ)きはめあと先(さき)に人なき時を見すまし。腰(こし)なる剣(けん)をぬいて。花千代をきらんとす。花千代は嵯峨(さが)にして。千(ち)くさの前にあはざれば。まことのからかさ法橋<ほつきやう>が娘と心得<こころえ>。此<この>ものヽ手にいらば。此<この>剣取<とる>事かたかるべし。道にてうばひとるべしと。最前(さいぜん)より心がけしが。おもひもよらずわれをうたんとするにおどろき。是<これ>/\何ゆへにみづからを。ころさんとはしたまふぞ。御前にていさかひしを遺恨(いこん)に思ふてきらるヽのか。しからばそれには様子(やうす)あり。一とをり聞<きゝ>てたべ。何をかかくさん。わらはヽ聞<きゝ>も及(およ)び給<たま>はん。源三位<げんざんみ>頼政の御子息(しそく)。源大夫兼綱の妾(おもひもの)。花千代といへる傾城(けいせい)なるが。その御剣(けん)は御家の宝(たから)。家来(けらい)の藤三といふものぬすみ出して。宗盛公へ売(うり)しゆへ。其<その>たからを取<とり>かへし。ふたヽび頼政の家へおさめ奉<たてまつ>らんと。兼綱への心中(しんぢう)に。一途(いちづ)に思ひこんで。つとめの中(うち)にも道をたて。外<ほか>の男とはまことの契(ちぎり)はこめざる身の。此<この>剣(けん)とらんはかりことに。貞女(ていぢよ)の道も起請文(きしやうもん)も破(やぶ)つて。あの宗盛に肌(はだ)をあはせてかたらひし。その計略(けいりやく)むそくにして。そなたへ此<この>剣(けん)おさまりては。とりかへす手だてなく。女の道を破(やぶ)つたる。其<その>かひなくて兼綱殿へ。まあ一度かほがむけられふか。女はあひみたがいなり。貞女(ていぢよ)の道をそむいてなり共<とも>。剣(けん)を取<とり>てわたすれば。男のためじやと身を捨(すて)て。心をつくしたわが心底(しんてい)。ふびんやとおぼしめし。其<その>剣(けん)わらはにわたしてたべ。其<その>かわりには頼政殿より。いかやうな御礼なりと。望(のぞみ)の様(やう)にさせません。最前(さいぜん)わしが此<この>剣を。持(もつ)てゆかんとさヽへしは。道にてはづしうばひゆかんと。おもふたゆへのいさかひぞ。其<その>段(だん)はゆるしてたべ。生々(しやう%\)世々(せ/\)の御恩(をん)にきん。慈悲(じひ)にわたしてくだされと。手をあはせ泣(なき)ければ。此<この>一とをりに今までは。切<きつ>て成<なり>ともにげゆかんと。思ひこまれし心の角(つの)をれ。ふりあげられし剣(けん)をすて。是<これ>ほどに仕(し)よせたる大望(たいもう)なれども。つとめの中(うち)にさへ異男(ことおとこ)に下(した)ひもとかず。立(たつ)てござつた貞女(ていぢよ)の道をすてヽ。兼綱どのヽためゆへに。宗盛公へつかへられし。心ざしがいとしさに。わが身の手がらをこなたへゆづりあたゆるぞ。何をかかくさんみづからは。かさはり法橋<ほつきやう>が娘とはいつはりごと。まことは兼つなどのといひなづけある。田原<たはら>又太郎がいもと。千くさといふ物なるが。嵯峨(さが)の屋敷(やしき)で不慮(りよ)に源大夫さまにおめにかヽり。こなたとのやうすを見た。いづれもお帰リなされたあとにて。けいせいの心中(しんぢう)は。地(ぢ)女とはかくべつと。甘心(かんしん)ありしに気(き)をもちて。そなたにしまけはせまいものと。思案(しあん)をめぐらし。屋敷をぬけ出。鳥辺(とりべ)山に兄(あに)うへの念比(ねんごろ)なる。暁鐘(けうせう)といへる頓智(とんち)の出家(しゆつけ)あるゆへに。此<この>かたへたづね行<ゆく>次第(しだい)をかたり。此<この>剣(けん)を取戻(とりもど)す分別(ふんべつ)を。してくだされとわりなくたのみければ。しばらく工夫(くふう)し。此<この>近辺(きんへん)五条坂(ざか)の笠(かさ)はりこそ。宗盛の実父(じつふ)なれば。此<この>たびの病気(ひやうき)さいはいの折(をり)にてあり。かやう/\にいつわりゆき。剣(けん)をうけとり来られようと。方便(てだて)の品(しな)聞<きゝ>うけて。これまでにしおふせはしたれども。爰<こゝ>をおれて其<その>方<はう>へ手がらをゆづるが。宗盛公へ貞女(ていぢよ)の道を破(やぶ)つて契(ちぎ)られし同前に。みづからが身を捨(すて)て。そなたを立(たて)てやる所が。兼綱どのへの心中<しんぢう>なり。早々此<この>剣(けん)もちて行<ゆき>。兼綱公へわたされよと。さやにおさめてわたさるれば。花千代はしいたヾき。さやうとは夢(ゆめ)にもしらず。最前(さいぜん)からの慮外(りよぐわい)の段(だん)。御ゆるしくださるべし。扨<さて>段<だん>/\の御心ざし。ありがたいと申<まう>さふか。詞(ことば)にはつくされず。申<まう>さばおまへは御本妻(さい)。わらはヽてかけの身にしあれば。わたくし取<とり>て御身さまの。お手がらにこそするはづなれ。さいぜんからさま%\と。心をつくして申<まう>せしは。此<この>剣(けん)外<ほか>へやるまじきと。おもふばかりにねがひしが。いづれの手から参<まゐ>りても。兼綱さまへ納(おさま)れば。申<まうし>うくるに及<およ>ばぬ事。只<たゞ>一刻(こく)も此<この>首尾(しゆび)を。早く御耳(みヽ)へ入<いれ>申<まうし>。御安堵(あんど)ヲさせませんいざさらば。是<これ>よりお供<とも>仕<つかまつ>り。先<まづ>三位<さんみ>入道殿のお屋かたへ参<まゐ>るべし。嵯峨(さが)へはあれより人もつておしらせ申<まうす>べしと。姫君に御剣(けん)を持<もた>せ。今ぞたがひの心の糸(いと)の。むすぼれとけて恋のつな。しめてふたりが満遍(まんべん)に。殿(との)とねんとの約束(やくそく)は。是<これ>ぞ賢女(けんぢよ)の鏡(かヾみ)成<なる>べし

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   三、ともに白(しら)はたをなびかす源氏繁昌(はんじやう)

千丈(でう)の堤(つゝみ)も。蟻穴(ぎけつ)よりくづるゝならひ。高倉(たかくら)の宮の御むほんの事。平家へもれきこへ。一門六波羅(はら)へ会合(くわいがう)ある。此<この>おぼしめし立(たち)は。源三位<げんざんみ>父子(ふし)両家老(からう)。扨<さて>は宮の御めのと子(ご)。六条判官宗信(むねのぶ)ならでは知(しる)人もなかりしに。かくあらはれしは。宗盛<むねもり>公名剣(めいけん)をたばかりとられ給<たま>ひて後(のち)。元来(もとより)此<この>剣(けん)もとめられし最初(さいしよ)は。六条判官(はんくはん)が取次<とりつぎ>にてありしゆへ。宗信をめされ。汝(なんぢ)ならでは此<この>剣のゆき所をしれるもの外<ほか>になし。兼つながたくみにてうばひしか。但(たゞ)し頼政が女を仕立(したて)て。それがしを欺(あざむ)きかたり取<とつ>たか。まつすぐに申<まうす>べしと。度<たび>/\めされてきびしく僉儀(せんぎ)にあひぬ。宗信もとより臆病(をくびやう)第一のものといひ。殊<こと>に此<この>御謀叛(むほん)の事。もらすべき不覚(かく)人と見ゆればかねて御遠慮(ゑんりよ)あるべしと。頼政内意(ないゐ)あるによつて。宮も少<すこし>御へだてある御心にて。御密談(みつだん)の時分は。とをのけられしを。遺恨(いこん)に思ふをりといひ。しらぬ事をせめとはるゝ難義(なんぎ)さに。尋<たづ>ねもなき御謀叛<むほん>の事を口はしりてあらはれぬ。三位<さんみ>入道事のもれぬるといふ事聞<きゝ>付<つけ>らるゝやいなや。唱(となふ)競(きほふ)をめされ。先<まづ>宮を唱<となふ>競<きほふ>三井寺<みゐでら>へ御供<とも>してのくべし。我<われ>は晩景(ばんけい)に及<および>て。手の者ともを具(ぐ)して参<まゐ>るべきぞ。早く参<まゐ>れと仰<おほせ>付<つけ>られ。二人は三条高倉へぞいそぎける。宮はかゝる事とはいまだしろしめされず。蝉折(せみをれ)といふ秘蔵(ひそう)の御笛(ふえ)をもつて。万秋楽(ばんしうらく)をあそばしおはしけるところへ。唱(となふ)競(きほふ)参(さん)上し。御耳(みゝ)もとへよつて右の次第<しだい>をさゝやき申<まうし>て。ひそかに三井寺<みゐでら>へお供<とも>仕<つかまつ>るべしと。宮に薄衣(うすぎぬ)きせ奉<たてまつ>り。御(み)内の女房物まうてするごとくに。ぬり笠(かさ)打ちきせ申<まうし>。唱<となふ>競<きほふ>も青侍(あをさふらひ)の躰(てい)に身をかへ。宮に引<ひき>そふて。裏(うら)の御門より。しのびやかに出<いで>させ給<たま>ふを。御(み)内のもの共<ども>ゆめにもしらず。又例(れい)の長い客(きやく)どもか来りぬれば。お座敷ははてる事にて有<ある>まじ。何を談合(だんかう)しに来<きた>る事ぞ。晩(ばん)までゆるりじやと。御だい所にあつまり。取<とり>あつめの古(ふる)きかるたをたづね出<いだ>し。札(ふだ)あまりにしこつて。よみを打<うち>てゐる所へ。十七八なるみやびやかなる女房。うす衣(ぎぬ)かづき御だい所へ参<まゐ>り。長兵衛<ちやうひやうゑ   >の尉<じよう>長谷辺(はせべ)の信連(のぶつら)どのに。あひ申<まうし>たきと会尺(ゑしやく)して申<まうし>ければ。だい所に並(なみ)ゐたる者ども。やれ信連(つら)が御所<ごしよ>がたの女房さふなが。身持<みもち>に成<なり>て。御宮仕(みやづかへ)がならぬなどいふ。相談(さうだん)に来たさふな。さても見事なものを。いつ時分(じぶん)からふづくり置(をい)たぞ。あぢをやるやつかな。信連(のぶつら)よんであはせと。御次(つぎ)の間にゐるはせべをよびよせ引<ひき>合<あは>す。長兵衛<     >の尉<じよう>覚<おぼえ>なければ。いづかたより来られ。何の用にそれがしをおたづねぞととひければ。みづからは渡部<わたなべの>唱(となふ)がむすめ。ぼたんと申<まうす>ものにて候<さふらふ>が。一たび頼政の養子(ようし)と成<なり>て。家来(けらい)下河辺(しもかうべ)藤三<とうざう>と。夫婦(ふうふ)のむすびのさかづきをいたし。その夜(よ)よめいり仕<つかまつ>るしたくいたし候<さふらふ>所に藤三悪事(あくじ)あらはれ篭舎(らうしや)いたされ。けふあすの内(うち)に首(くび)をはねらるべきむね承<うけたまは>り候<さふらふ>につき。いまだまくらはならべざるとは申<まう>せども。一度夫婦(ふうふ)のむすびの盃(さかづき)仕<つかまつ>るうへは。夫(おつと)にまぎれなく候<さふらふ>ゆへ。みづからは禁篭(きんらう)せられし日より。かやうにかみを切<きり>て。ふたゝび他所(たしよ)へ縁(ゑん)づきを仕<つかまつ>らぬ心底(しんてい)にきはめ

ゐ申<まうし>候<さふらふ>が。何とぞ夫(おつと)藤三の命ばかりをたすけて参<まゐ>らせたく。三位<さんみ>の入道どの又父唱(となふ)どのへ。此比<このごろ>ねがひ候<さふらふ>へども。御家のたからをぬすみ。平家の手へわたせし悪人(あくにん)なれば。何ほどいひてもたすくる事かなはぬと。わらはがねがひ相<あひ>叶(かなひ)申<まう>さぬゆへ。おそれおほき事ながら。宮様へ此<この>段(だん)なげき申<まうし>。たとへは出家(しゆつけ)になされて成<なり>とも。一命(めい)を頼政公より。御もらいくだされなば。有<あり>がたく存じ奉<たてまつ>るべし。此<この>義<ぎ>を御取次(とりつぎ)たのみ申<まう>さんため。御めにかゝりたきと申<まう>せし也<なれ>。お慈悲(じひ)に親王(しんわう)さまへ。よろしく仰<おほせ>上<あげ>られ下<くだ>さるべしと。なみだをながし申<まうし>ければ。信連(のぶつら)聞<きゝ>て。貴殿(きでん)の親父(しんぶ)唱(となふ)どのとは。度(たび)々御意(ぎよゐ)得(え)御心やすく仕<つかまつ>るが。さては唱(となふ)殿のむすめごかや。子細(しさい)を承<うけたまは>りて。あつはれこなたはためしなき貞女(ていじよ)かな。さいはい奥(をく)に御親父(しんぶ)も御入<いり>あれば。ずいぶんねがひて。御ゆるし有<ある>やうに取<とり>もちいたすべし。これにひかへて待(まち)給<たま>へと。御だい所の次(つぎ)の間(ま)にぼたんをまたせをきて。御前<ごぜん>へうかゞひに出<いで>けるに。宮をはじめ唱(となふ)競(きほふ)も見えざりければ。こは心得<え>ぬ事かなと。御殿(ごてん)のくま%\尋<たづね>申<まう>せども。さらに人かげだにあらねば是<これ>たゞ事にあらじと。裏(うら)の御門へまはつてみれば。つねにはさしこめてある門のくゞり戸(ど)ほそめにあきぬ。さては両人をめしつれられ。御しのびの物まうでありしか。さもあらばそれがしをはじめ。御内(みうち)のものにも仰<おほせ>をかるべきに。ふしぎさよと。しばし思案(しあん)し。まことや宮は人しれず。此<この>間<あいだ  >は御心をよせらるゝ女房。

大内(おほうち)にあるよし。我/\には御遠慮(ゑんりよ)有て。扨<さて>は他所より来<きた>るものをめしつれられ。御出<いで>と覚<おぼえ>たり。とかく色の世中。たゞゐるものはまれな事。われらもたゞうつかりとして。おかへりまで待居(まちゐ)んも。あんまり律義過(りちぎすぎ)た事なれば。さいわい唱(となふ)がむすめの牡丹(ぼたん)。夫(おつと)の肌(はだ)をもしらず。

生(いき)ながらの後家(ごけ)つとめるとのいひたて。ひとあたりあたつて見たらば。思ひの外<ほか>によい事にならふもしれず。宮のおめしとて此<この>間(ま)へよび入<いれ>。一好色(こうしよく)やつてみんと。出来分別(できふんべつ)の色心。何となく次(つぎ)へ出。ぼたんどの待<まち>どをにあるべし。宮様の直(ぢき)に様子をきこしめさんとの御事なれば。こなたへ御出<いで>と実(じつ)らしく伴(ともな)ひ。奥(をく)へつれ行<ゆき>。貴<き>さまは一ッ生男をもたぬ心底(しんてい)か。今時は四十五十の後家(ごけ)たちが。かみ切<きり>無紋(もん)の小袖(こそで)をきて。知貞(ちてい)の妙貞<みようてい>のと尼名(あまな)は付<つけ>ながら。寺さがしのいたづらぐるひ。さかりの女もならぬほど。男ぐるひをするをみては。まだはたちにもならぬ身で。なんとして後家がたてられふ。それがしに先陣(せんぢん)して。木戸(きど)打(うち)やぶれとの宮の仰<おほせ>。りんげんにひとしい一汗(ひとあせ)いざ仕<つかまつ>らふと。やがていだき付<つき>ければ。ヱゝいたづらな何事ぞ。はなされよとつきのくるを。宮の御意(ぎよい)をそむかるゝは。朝敵(てうてき)同然。しからばなを城内(じやうない)へをしいらねばならぬ首尾(しゆび)と。むたいにをしふせ。すてに一戦(いつせん)に及<およ>ばんとする所へ。何かはしらず。大勢どか/\とこみ入。やにはに二人に縄(なわ)をかけしが。大将分と見へたるおとこ。ぼたんが髪(かみ)切(きり)ゐる躰(てい)をみて。やあ汝<なんぢ>ら宮なるぞ。縄<なは>かけそ。先<まづ>六波羅(はら)へ具(ぐ)し奉<たてまつ>れ。おそばにをるは謀叛(むほん)をすゝめし家来(けらい)ならん。ずいぶん急度(きつと)くゝりあげ。引<ひき>来<きた>れと下知(げぢ)すれば。ぼたんおどろき。みづからは女にてさふらふといへば。

大将をかうふるそれがしが。はゞかりながらその手をくい申<まうす>べきや。それのり物にのせ奉<たてまつ>れと。むたいに乗(のり)物へをし入る。信連(のぶつら)はたのしみの最中(さいちう)へ。神なりの落<おち>たる心地(こゝち)して。まづこれは何ゆへに。かくはからめ給<たま>ふ事ぞと。様々(さま%\)いへ共<ども>聞<きゝ>入<いれ>ず。さきにをしたて六波羅<ろくはら>へかへりけるが。女にまぎれあらざれば。そのまゝにかへされ。それよりぼたんは出家(しゆつけ)をとげぬ。かくて頼政入道は。兼綱(かねつな)もろ共<とも>三井寺<みゐでら>へ打<うち>立<たゝ>るゝ門(かど)出に。先(まづ)軍神(いくさがみ)の血祭(ちまつり)にいたせよと。下河辺(しもかうべ)藤三を篭(ろう)より引<ひき>出<いだ>し首(くび)打切<うちきり>。すぐに宮のおはします。三井寺<みゐでら>へ参<まゐ>られ。是<これ>にあつては要害(ようがい)よろしからねば。平家の大勢取<とり>かけし時分(じぶん)。ふせぐ事あたはじ。南都(なんと)へ一まづ御ひらきあるべしと。御馬にめさせ奉<たてまつ>り。興福寺(こうぶくじ)へと落(おち)給<たま>ひしが。宮は夜前(やぜん)御まどろみなきゆへに。御落馬(らくば)あつて御気色(きしよく)すぐれず。これによつて頼政が宇治<うぢ>の宅(たく)へ御入<いり>あり。平家と戦(たゝか)ひありける。

平家運(うん)つよくして軍(いくさ)に打<うち>かち。頼政<よりまさ>父子(ふし)自害(じがい)し果(はて)給<たま>ひぬるしるしに。扇<あふぎ>のなりに取<とり>残して。今に扇<あふぎ>のしばとて。平等院(びようどうゐん)らこれあり。其<その>後右兵衛<うひやうゑ>ノ佐(すけ)頼朝<よりとも>公。此<この>みやの御令旨(れうじ)を給<たま>はつて。平家をこと%\く退治(たいぢ)して。源氏一統(いつとう)の御代<みよ>と治(おさ)め給<たま>ふ。千秋万歳<ばんざい>長久の時ぞ目出度<めでたし>

----------$ 頼政5-3.txt ( lines:9 ) ------------------------< cut here