墨田川梅柳新書(すみだがはばいりうしんしよ)巻之六

                                 東都 曲亭主人著

   十五  因(いん)を説(とき)果(くわ)を示(しめ)す楊柳塚(ようりうちやう)

斑女前(はんによのまへ)は。その夜(よ)すがら梅稚(うめわか)の墳墓(はか)に對(むか)ひて。たえず念仏(ねんぶつ)して坐(おはす)れば。夜(よ)は既(すで)に

深(ふけ)まさり。帰雁(きがん)〈○カヘルカリ〉稀(まれ)に飛(とん)で行客(たびゞと)の腸(はらわた)を断(たゝ)し。潮水(ちやうすい)岸(きし)を洗(あらふ)て。旅宿(たびね)の枕(まくら)を驚(おどろ)か

す。星(ほし)落(おち)て漁火(いさりひ)遠(とほ)く。鐘(かね)度(はたり)て春鴎(はるのかもめ)〓(者+↓羽)(はたゝ)く。今往古等(こんわうこらの)幾春秋(いくはるあきぞ)。花開(はなひらき)紅葉散(もみぢちり)て

流水(りうすい)委(よど)む間(ひま)なし。観(くわん)ずれば夢(ゆめ)の世(よ)寤(さび)れは又(また)夢(ゆめ)の夢(ゆめ)たるをみず。弥陀仏ゝゝゝ(みだぶつみだぶつ)と唱(となへ)給ふに。

怪(あや)しいかな。忽地(たちまち)墳(つか)の下(もと)に声(こゑ)ありて。もろともに念仏(ねんぶつ)す。あな不審(いぶかし)とて口(くち)を〓(つぐみ)給ふに。

彼(かの)念仏(ねんぶつ)も忽地(たちまち)止(やみ)又(また)弥陀仏(みだぶつ)と唱(となへ)給へば。弥陀仏(みだぶつ)と唱(とな)ふ。こは墳(つか)ぬしか。谺(こたま)かと。疑惑(うたかひまど)へば

眼前(まのあたり)。柳(やなぎ)の蔭(かげ)に朦朧(まうろう)と。立あらはれしは梅稚(うめわか)なり。斑女前(はんによのまへ)みそなはして。流(なが)るゝ涙(なみだ)泉(いづみ)

のごとく。逆縁(ぎやくえん)の回向(ゑこう)には。迷(まよひ)の雲(くも)の立おほひ。煩悩(ぼんなう)の浪(なみ)高(たか)くして。真如(しんによ)の月は影(かげ)も

見(み)ず。闇(くら)きもりなほ闇(くら)き。道(みち)にや呻吟(さまよひ)給ふらん。庚莫(さもあらばあれ)なつかしき。わが子(こ)の面影(おもかげ)

今こゝに。しばしもみるぞうれしきとて。携(すがり)よらまくし給ふに。立(たつ)とはみえて糸遊(いとゆふ)の

くるしきまでに引(ひき)も得(え)ず。梅稚(うめわか)すこししりぞきて。不孝(ふこう)の子(こ)先(さき)だちまゐらせて。

御歎(おんなげき)の色(いろ)あまり。深(ふか)くみえさせ給ふが。痛(いたま)しければ。因果(いんぐは)の脱(のがれ)がたき道理(どうり)をしらし

まうして。ふはに思ひ断(きら)し奉(たてまつ)らばやとて。假(かり)に空蝉(うつせみ)の売(から)をかへして。見(まみ)え侍(さふら)ふのみ。

夫(それ)生前(しようぜん)に無智(むち)の凡夫(ほんぶ)も。死(し)して神霊(しんれい)となるときは。過去(くはこ)を知覚(ちかく)し未来(みらい)を明察(めいさつ)

す。倩(つら/\)惟(おもひみ)れはわが家(いへ)三代(さんだい)忠義(ちうき)篤質(とくしつ)にして。或(あるひ)は薄命(はくめい)〈○ノシアハレ〉に係(かゝ)り。或(あるひ)は殃危(わざはひ)にあへ

る事甚(はなはだ)故(ゆゑ)あり。言(こと)長(なが)けれど聞(きゝ)給へ。むかし高倉院(たかくらのいん)の承安(じようあん)年中(ねんぢう)に天下(てんか)旱魃(かんばつ)して

魚鼈(ぎよべつ)は泥(どろ)に吻(いゝさは)き。行人(こうじん)は野(の)に斃(たふ)る。時(とき)にわが曾祖(ひおほぢ)。神祇〓(宀+大)(しんきさくみ)卜部朝臣惟永(うらべのあそんこれなが)といひし

人(ひと)。奏(そう)すらく。伝(つた)へ聞(きく)武蔵國(むさしのくに)豊嶋郡(としまのこほり)浅茅(あさぢ)が原(はら)に池(いけ)あり。又この池の上(ほとり)ふりたる

松(まつ)と梅(うめ)あり。両樹(ふたき)の枝(えだ)。水(みづ)の上(うへ)にさして。その下(した)に三ツの亀(かめ)。甲(こう)は鐵(くろがね)のごとく。腹(はら)は銀(しろかね)に似(に)た

樓するに攵住美燦方六云斉衡三年九月云云従五位下卜部惟貞姓をも部宿称とたまふ又釈日本紀真書に正安四年二月人當郷卜部朝臣為永とあり卜部のはじめ宿称なるを是にあらためて朝臣をたまはりたるもの歟

るあり。今この亀(かめ)を焼(やい)て卜筮(うらばみ)し。その血(ち)を劍(つるぎ)と鏡(かゞみ)に〓(血+刃)(ちぬら)して。龍神(りうじん)〈○ハタツミ〉を祭祀(まつり)給はゞ

立地(たちどころ)に雨(あめ)ふるべし。蓋(けだし)劍(つるぎ)の形(かたち)はこれを〓(月+繊-糸)月(みかづき)に表(ひやう)し。鏡(かゞみ)の形(かたち)はこれを望月(もちづき)に表(ひやう)す亀(かめ)

は北方(ほくほう)の神(かみ)にして。玄武(げんぶ)と稱(せう)するこれなり。夫(それ)玄(げん)は水(みづ)。北(きた)は陰(いん)。月(つき)は純陰(じゆんいん)の精(せい)にして。

宜(よろしく)陰雨(いんう)をいたすべしとまうす。帝(みかど)諾(うべな)ひ給ひ。相國(さうこく)清盛(きよもり)に仰(おふせ)て。浅茅(あさぢ)が池(いけ)の霊亀(れいき)を

捕(とら)し給ふ。こゝに此(この)ころ彼(かの)三ツの亀(かめ)。惟永(これなが)の夢(ゆめ)に来(きた)つて告(つげ)て云(いはく)。今度(こんど)の旱魃(かんばつ)は。清盛(きよもり)

暴虐(ぼうぎやく)にして。臣(しん)その君(きみ)を凌(しの)ぐの象(しよう)なり。平族(へいぞく)もし言(こと)を謹(つゝし)み。行(おこなひ)を改(あらた)め。君(きみ)を厳(たつとみ)

忠(ちう)を竭(つく)さば。祷(いのら)ずして雨(あめ)ありなん。抑(そも/\)わが族(やから)。彼(かの)池(いけ)に栖(すむ)こと数(す)千年(ねん)。一旦(いつたん)淫祠(いんし)〈○キモナキマツリ〉の為(ため)に

焼(やか)れんは。いかでか悲(かな)しからざるべき。御身(おんみ)速(すみやか)に奏(そう)しからんと。わが族(やから)を救(すく)ひ給はずは。その

祟(たゝり)児孫(ぢそん)に及(およ)ぶべし。強(しひ)て一言(いちげん)を告(つげ)て。救(すくひ)を徴(もと)む。といふかとおもへは。愕然(がくぜん)として夢(ゆめ)は

覺(さめ)ぬ。惟永(これなが)半信半疑(なかばしんじなかばうたがつ)て。心(こゝろ)はまだ決(けつ)せざるに。次(つぎ)の日武蔵國人(むさしのくにうど)。三枚(さんまい)の霊亀(れいき)を進(たてまつ)り

しかば。已(やむ)ことを得(え)ず。良工(りやうこう)〈○ヨキサイカ〉に二面(めん)の鏡(かゞみ)と一振(ひとふり)の刀(たち)を作(つく)らし。彼(かの)亀(かめ)を焼(やい)て卜筮(うらばみ)し。又その

紅涙(こうるい)

柳(やなぎ)に

そゝぎ

冤魂(べんこん)

因果(いんぐわ)をしめす

血(ち)を鏡(かゞみ)と刀(かたな)に〓(血+刃)(ちぬ)りて祷雨(あまこひ)するに。雨(あめ)を得(え)たる事三尺(さんじやく)。萬物(ばんもつ)甦生(そせい)し。諸民(しよみん)歓楽(くわんらく)

す。さる程(ほど)に惟永(これなが)朝臣(あそん)。一時(いちじ)に面目(めんもく)を施(ほどこ)すといへども。夢(ゆめ)の告(つげ)こゝろにかゝれば。彼(かの)短刀(たんとう)

に。自他平等(じたびやうどう)即身成佛(そくしんじやうぶつ)の八(やつ)の文字(もんじ)を鐫(えり)つけさし。鏡(かゞみ)とゝもニ嵯峨(さが)の亀山(かめやま)

なる。古寺(ふるてら)に寄進(きしん)せしを。平基盛(たひらのもともり)〈清盛の子〉寺僧(じそう)に購得(あがなひえ)て秘蔵(ひそう)し。その子

左馬頭(さまのかみ)行盛(ゆきもり)に伝(つた)ふ。今の鏡(かゞみ)と短刀(たんとう)これなり。しかるに次(つぎ)の年(とし)。惟永(これなが)朝臣(あそん)過(あやまち)あつて

官職(くわんしよく)を止(やめ)られ。剩(あまつさへ)その身(み)も随(したがつ)て世(よ)を去(さり)にければ。祖父(おほぢ)惟通(これみち)。弱冠(わかき)より彼此(をちこち)を

漂流(ひやうりう)し。治承(ぢしやう)のはじめふたゝび洛(みやこ)にたち帰(かへ)りて。左馬頭(さまのかみ)行盛(ゆきもり)に扶助(ふぢよ)せられ。文治

元年(ぶんちがんねん)。八島(やしま)の敗軍(はいぐん)に。行盛(ゆきもり)彼(かの)鏡(かゞみ)と短刀(たんとう)を惟通(これみち)に与(あたへ)て。孤(みなしこ)を托(たく)せしより。此(この)両種(ふたしな)は

からずしてわが家(いへ)にかへり。刀(かたな)を授(さづけ)て兄弟(きやうだい)と稱(せう)し。鏡(かゞみ)に因(よつ)て夫婦(ふうふ)となる。これ亀(かめ)の

祟(たゝり)いよゝ児孫(ぢそん)に及(およぶ)へき張本(きざし)にて。一期(いちご)の禍福(くわふく)これが為(ため)に醸(かも)せり。且(かつ)浅茅(あさぢ)が池(いけ)の

二樹(ふたき)を模(も)して。鏡(かゞみ)の背(うら)に鋳(い)なしたる。松(まつ)と梅(うめ)とは同胞(はらから)の松稚(まつわか)梅稚(うめわか)が栄枯(ゑいこ)の係(かゝ)り。

又(また)自他平等(じたびやうどう)の短刀(たんとう)を惟永(これなが)霊場(れいぢやう)へ寄進(きしん)すといへとも。遂(つひ)にその舊(もと)に返(かへ)すること。先人(せんじん)

〈惟通(これみち)惟房(これふさ)〉行稚(ゆきわか)を出家(しゆつけ)せさせんと欲(ほつ)すれども随(したが)はず。梅稚(うめわか)を法師(ほふし)にせんと欲(ほつ)すれども

果(はた)さず。その名(な)さへ亀(かめ)と呼(よ)べる毒婦(どくふ)の為(ため)に。わが家(いへ)をたふさるゝ祥(さが)にして。みな彼(かの)霊

亀(れいき)の祟(たゝり)也。この故(ゆゑ)に我(われ)に徳行(とくこう)あれども衰(おとろ)へ。彼(かれ)に悪行(あくぎよう)あれども栄(さか)ふ。又是(これ)因果(いんぐわ)

の道理(どうり)にあらずや。且(かつ)祖父(おほぢ)惟通(これみち)内侍所(ないしところ)を救(すく)ひとりたりし功(こう)によつて。わが父(ちゝ)一旦(いつたん)

家(いへ)を興(おこ)し給ひしことなど。なべて鏡(かゞみ)の因縁(いんえん)を引(ひけ)り。しかれども曾祖(ひおぢ)の餘殃(よおう)を祖

父(おほぢ)と父(ちゝ)との修善(しゆぜん)に購盡(あがなひつく)し。彼(かの)亀(かめ)今はわが家(いへ)の護神(まもりかみ)ともなり。兄君(あにきみ)〈セウトキミ〉遠(とほ)からずし

て父(ちゝ)の仇(あた)を報(むく)ひ。家(いへ)を興(おこ)し給ふべし。今生(こんじやう)に善(ぜん)を修(しゆ)する人の末世(らいせ)に人その善(ぜん)

を返(かへ)し。過世(すくせ)に悪(あく)をなせし人は。今生(こんしよう)に人その悪(あく)をかへす。忠臣(ちうしん)用(もちひら)れす。才子(さいし)の不幸(ふこう)

なるも憤(いきどほ)るべからず。すべて貧富(ひんふ)得失(とくしつ)を。われ一生(いつしよう)の事として。世(よ)を憤(いきどほ)るはその見(けん)

狭(せま)し。賢才(けんさい)の人薄命(はくめい)なりとも。過世(すくせ)あしかりけりと思ひて。いよ/\善事(ぜんじ)を修(しゆ)さば

子孫(しそん)は必(かなら)ず栄(さかふ)べし。さるによつて。盛景(もりかげ)亀鞠(かめきく)等(ら)が。一朝(いつちやう)に威勢(いきほひ)を得(え)たるも

怪(あや)しむに足(た)らず。これ併(しかしながら)彼等(かれら)今生(こんじよう)の積悪(せきあく)。来世(らいせ)の報(むくひ)を俟(また)ず。その欲(ほつ)する所(ところ)

大なれはなり。わが母(はゝ)みづから悟(さとつ)て。煩悩(ぼんなう)の絆(きづな)を脱離(だつり)し。衣(ころも)を墨田河(すみたかは)の墨

染(すみそめ)に更(かえ)て。世(よ)を浅茅(あさぢ)が原(はら)の草(くさ)の門(と)に厭(いと)ひ。ながく象教(しようきやう)に心(こゝろ)を委(ゆだ)ねたまはゞ。

自他成佛(じだじやうぶつ)の誓(ちかひ)むなしかるべからずと告(つげ)をはり。墳(つか)の後(うしろ)にのるとみて。風(かぜ)に拂(はら)ふ

柳(やなぎ)の露(つゆ)の霏々はら/\)と顔(かほ)にふりかゝるに驚(おどろ)き覚(さめ)給へは。是(これ)假寝(かりね)の夢(ゆめ)なりけり。

そのとき斑女前(はんによのまへ)は。はじめて因果(いんぐわ)の道理(どうり)を開悟(かいご)〈○ハツメイスル〉し。寔(まこと)に梅稚(うめわか)は。わが為(ため)の善知

識(ぜんちしき)なりとおぼせしかば。天明(よあ)けて後(のち)。仲圓(ちうゑん)阿闍梨(あじやり)。松稚丸(まつわかまる)并(ならび)に以下(いか)の人々(ひと/\)に。夢見(ゆめみ)

し首尾(はじめをはり)を物(もの)かたり。速(すみやか)に尼(あま)となりて。浅茅(あさぢ)が原(はら)に住果(すみはて)んと思ふよしを告(つげ)給ふ

に。衆皆(みな/\)彼(かの)因縁(いんえん)を聞(きゝ)てふかく感悟(かんご)〈○サトル〉し。さてはこの殃危(わさはひ)。一世(いつせ)の浮沈(ふちん)にあらず。

月日(つきひ)はわが為(ため)に照(て)らし給はぬかと思ひしに。天運(てんうん)循環(じゆんくわん)して栄達(ゑいたつ)遠(とほ)からざるをし

る。たのもしくとぞ歓(よろこ)びあへりける。かくて斑女(はんによ)の前(まへ)は。梅稚丸(うめわかまる)の新願忌日(しんぐわんきにち)〈○シヨナヌカ〉に。仲圓(ちうゑん)

阿闍梨(あじやり)の弟子(でし)となりて剃髪(ていはつ)し。法名(ほうみやう)妙亀尼(みやうきに)と申ける。少(すこ)し盛(さかり)は過(すぎ)給へど。散(ちり)

もをはらぬ前(まえ)の姿(すがた)を。墨染(すみそめ)の袖(そで)にかえ給ふ。いと殊勝(しゆせう)なる發心(ほつしん)ぞかし。既(すで)に

大念佛(だいねふつ)も。供養(くよう)結願(けちぐわん)せし程(ほど)に。次(つぎ)の日妙亀尼(みやうきに)は。人々(ひと/\)に送(おく)られて。浅茅(あさぢ)が原(はら)

に到(いた)り。池(いけ)のほとりをみ給ふに。汀(みきは)の二樹(ふたき)も松(まつ)のみ栄(さかへ)て。昔(むかし)の子(こ)だちなるべく

あれど。梅(うめ)は枯(かれ)けん迹(あと)もなし。是(これ)も二人(ふたり)の子(こ)どもらが栄枯(ゑいこ)を示(しめ)すかとおぼせは

かくぞ口遊(くちすさび)給ひける。

  ありし世(よ)をみぎはの松(まつ)に諷(うたは)せてしるしの梅(うめ)はくちや枯(かれ)ぬる

  かくばかりわが俤(おもかげ)はかはりけん浅茅(あさぢ)が池(いけ)に水かゞみみて

さて何処(いづこ)にか住(すむ)べきと議(ぎ)し給ふに池(いけ)にそふて。近(ちか)ころ何がし法師(ほふし)が締(むすび)すてき

りしといふ草菴(くさのいほり)ありけり。これ究竟(くきやう)なめりとて。松稚丸(まつわかまる)は。粟津(あはづの)六郎軍介(ぐんすけ)等(ら)

に仰(おふせ)て。里人(さとびと)に彼(かの)空庵(あきいほ)を購(あがなは)せ。俄頃(にはか)に蜘蛛網(くものす)かき拂(はら)ひ。薦布(むしろしき)まはしなどし

て。尼公(にこう)を入れまゐらせたり。しかるにいと怪(あやし)かりしは。嚮(さき)に衆皆(みな/\)池(いけ)のほとりに立

在(たゝずみ)けるとき。松稚(まつわか)の携(たづさへ)給ひし。松梅(まつうめ)二面(にめん)の鏡(かゞみ)。自他平等(じだびやうとう)の短刀(たんとう)とゝもにおのづ

から池(いけ)に跳入(おどりい)り。水中(すいちう)

より一道(いちどう)の白氣(はくき)。陰々(いん/\)と立昇(たちのぼ)り。西(にし)へ空引(たなひき)て消(きえ)たりける

これをみるもの駭然(がいぜん)として驚嘆(きやうたん)す。その時(とき)仲圓(ちうゑん)阿闍梨(あじやり)衆人(もろひと)に對(むかひ)て。つら/\

縁故(ことのもと)を案(あん)ずれば。件(くだん)の鏡(かゞみ)と太刀(たち)は。原(もと)水徳(すいとく)の霊物(れいぶつ)なり。さるによつて。厚澤(あつざは)にて

彼(かの)鏡(かゞみ)の。野火(のび)を滅(けし)とめたる奇端(きずい)などを思ひあはするに。久(ひさ)しく人間(にんげん)に畄(とゞま)るべ

きものにあらず。物(もの)に終始(じうし)ありて。その本(もと)にかへる事。いにしへにもかゝる例(ためし)多(おほ)し。雷孔章(らいこうしよう)

が大阿(たいあ)の劍(つるぎ)。陳仲躬(ちんちうきう)が夷則(いそく)の鏡(かゞみ)。これそのたぐひ也。夫(それ)猶餘(ねよ)を決(けつ)し。妍蚩(けんせん)を辨(べん)

ずるを。亀鑑(きかん)〈○オホイナルカゞミ〉又亀鏡(ききやう)といふ。おの/\今こゝに来(き)たつて。見聞(けんもん)するところ半点(はんてん)

の疑念(ぎねん)なし。しかればこの池(いけ)を鏡(かゞみ)が池(いけ)とも呼(よぶ)べしとて。頻(しきり)に稱讃(せうさん)し給ひしかば

松稚(まつわか)并(ならび)に以下(いか)の黨(ともから)はさら也。尼公(にこう)もげにと點頭(うなづき)て。みづから鏡(かゞみ)が池(いけ)の妙亀尼(みやうきに)と物(もの)にも書(かき)つけ給ひしとぞかゝりければ。仲圓(ちうゑん)阿闍梨(あじやり)は。二人(ふたり)の徒弟(とてゐ)を将(い)て。叡

山(えいさん)にかへり給ふ。そのとき粟津(あはづの)六郎は。松稚丸(まつわかまる)に申すやう。君(きみ。松井源五(まつゐのげんご)を討(うち)とり

給ひ。軍介(ぐんすけ)亦(また)盛景(もりかげ)が間諜者(しのびのもの)を殺(ころ)してより。たえて洛(みやこ)の制度(さた)を聞(き)かずと

いへども。この処(ところ)は世(よ)を潜(しの)ぶに便(たより)よからず。とく陸奥(みちのく)へ下(くだ)り給へかしと申す。松稚丸(まつわかまる)

聞(きゝ)給ひて。われもはじめは只顧(ひたすら)奥州(おうしう)へ赴(おもむ)くべう思ひしかど。盛景(もりかげ)等(ら)既(すで)に暁得(さとつ)

て。もつはら彼(かの)地(ち)を穿鑿(せんさく)するかとおぼし。しかるを虚々(うか/\)と彼処(かしこ)に到(いた)らんは。却(かへつて)

危(あやう)し。只(たゞ)彼(かれ)が心つかざる。洛(みやこ)ちかき深山(みやま)などに躱(かく)れて。時(とき)をまつべう思ふ也と宣(のたま)へば

六郎も軍介(ぐんすけ)もしかるべしといふ。こゝに於(おい)て軍介(ぐんすけ)が妻(つま)浮草(うきくさ)と。女児(むすめ)浅舩(あさふね)を残(のこ)しと

どめて妙亀尼(みやうきに)に冊(かしづ)かせ。松稚(まつわか)主従(しゆうじう)三人は。尼公(にこう)に別(わかれ)を告(つげ)て。仲圓(ちうゑん)阿闍梨(あじやり)とゝもに

浅茅(あさぢ)が原(はら)を立出(たちいで)つゝ。松稚丸(まつわかまる)は吉蘇路(きそぢ)に赴(おもむ)き。阿闍梨(あじやり)は東海道(とうかいどう)を経(へ)て。叡山(えいざん)

斑女前(はんによのまへ)祝髪(しくはつ)

して妙亀尼(みやうきに)と

法号(ほうごう)し鏡(かゞみ)が池(いけ)

の畔(ほとり)に草庵(さうあん)を

徴(もと)め給ふころ

松梅(まつうめ)の明鏡(めいきやう)

自他平等(じだびやうどう)の

宝劍(ほうけん)水中(すいちう)へ

跳(おど)り入(い)り終(つひ)に

迹(あと)なくなりぬる

こそふしぎなれ

月林寺(ぐわつりんじ)に帰(かへ)り給ひける。こゝに亦(また)山田(やまだの)三郎光政(みつまさ)は。いぬる夜(よ)。梅稚丸(うめわかまる)御親子(ごしんし)

を。粟津(あはづの)六郎に委(ゆだ)ねて平尾(ひらを)の宿(やど)りを落(おと)しまゐらせ。母(はゝ)春雨(はるさめ)が白骨(はくこつ)

鳰崎(にほさき)玉柳(たまやぎ)の屍(しがい)を。その暁(あかつき)に葬(ほうふ)りていそがはしく家(いへ)を奔去(はしりさり)。まづ潜(ひそか)に

松井源五(まつゐのげんご)が事を聞(き)くに。彼(かの)源五(げんご)は。二級(ふたつ)の贋首(にせくび)を携(たづさへ)て。旅宿(りよしゆく)に帰(かへ)

り。天明(よあけ)てこれをみるに。梅稚丸(うめわかまる)と思ひしは。老狐(ふるきつね)の首(くび)にして斑女前(はんによのまへ)も又

真(まこと)のものにあらねば。且(かつ)驚(おどろ)き。且(かつ)怒(いかつ)て。ふたゝび山田(やまだの)三郎が家(いへ)に走向(はせむか)ふといへ

ども。光政(みつまさ)はやく逐電(ちくでん)して。その往方(ゆくへ)をしるものなし。よりて四方(しほう)に部(こわけ)して

彼(かの)主従(しゆうじう)を索(たづね)る事。ます/\厳重(げんぢう)なりと風聞(ふうぶん)す。そのとき光政(みつまさ)思ふやる。斑女

御前(はんによごぜん)梅稚君(うめわかきみ)には粟津(あはづの)六郎が従(したが)ひてまいりつるに。今(いま)は遙(はるか)に落伸(おちのび)給ひぬらん

只(たゞ)心もとなきは。松稚丸(まつわかまる)の御ゆくへなり。いかにもして彼(かの)君(きみ)に環會(めぐりあひ)。郷導(しるべ)し

て追(おひ)つかせ奉(たてまつ)らばやとて。この日(ひ)は戸田(とだ)の北(きた)在家(ざいけ)にふかく潜(しの)びて日(ひ)を暮(くら)せ

しに。俄頃(にはか)に心持(こゝち)あしうなりにければ。心ならずもこゝに廿日(はつか)ばかり保養(ほうよう)し。病著(いたつき)

やゝおこたり果(はて)たれど。思ひの外(ほか)に日を過(すぐ)せし程(ほど)に。とても此(この)わたりにて。松稚丸(まつわかまる)

にあひ奉(たてまつ)るべうもおぼえず。さらは陸奥(みちのく)へ走(はせ)まゐらんとて。遂(つひ)に隠家(かくれが)を出(いで)て。

墨田川(すみだがは)のこなたなる。浅茅(あさぢ)が原(はら)を過(よぎ)るに。はからずも鳰崎(にほさき)が嫂(あによめ)なる。浮草(うきくさ)母子(おやこ)

が柴(しば)の門(と)のほとりに立在(たゝずめ)るをみて。こはいかにとうち驚(おどろ)き。伴(ともなは)れて裡(うち)にのほり。

斑女前(はんによのまへ)は尼(あま)となりて。持仏堂(ぢぶつだう)にさし向(むか)ひ。看経(かんきん)して坐(おは)しければ。ます/\不

審(いぶかし)み。やがて近(ちか)うまいりて踞(かしこま)る。尼公(にこう)は光政(みつまさ)をみかへりて。鉦(かね)うち止(やめ)。汝(なんぢ)何(なに)と

してかく後(おく)れつるぞと問(とひ)給ふに。光政(みつまさ)答(こたへ)て。それがし彼(かの)日(ひ)。松稚君(まつわかきみ)にあひ奉(たてまつ)らん

為(ため)に。戸田(とだ)の北(きた)在家(ざいけ)に立(たち)しのぶ折(をり)しも。俄頃(にはか)に心持(こゝち)あしうなりて。進退(しんたい)自在(じざい)

ならず。心の外(ほか)に日を過(すぐ)し。やうやく病著(いたつき)おこたりし程(ほど)に。陸奥(みちのく)へ下(くだ)らんとて此処(こゝ)

を過(よぎ)り。はからずも異(こと)なる御姿(おんすがた)を見奉(みたてまつ)りて。更(さら)に思ひ惑(まど)ひ給と申す。ときに

妙亀尼(みやうきに)は。梅稚丸(うめわかまる)枉死(わうし)の事。忍(しのぶ)の惣太(そうだ)が事。松稚丸(まつわかまる)軍介(ぐんすけ)とゝもに。松井源五(まつゐのげんご)を

討(うち)とり。その日惣太(そうだ)を殺(ころ)して。梅稚(うめわか)の仇(あた)を報(むく)ひ給ひし事。仲圓(ちうゑん)阿闍梨(あじやり)。粟津(あはづの)

六郎。浮草(うきくさ)浅舩(あさふね)等(ら)が事。且(かつ)遺言(ゆひげん)にまかせて。梅稚(うめわか)を墨田河原(すみだかはら)の南(みなみ)出崎(でさき)なる

柳(やなき)の下(もと)に葬(ほうふ)り。彼(かの)幽魂(ゆうこん)の告(つげ)によつて。鏡(かゞみ)と短刀(たんとう)の縁故(ことのもと)を知(し)り。因果(いんぐは)の道理(どうり)

を暁(さと)りて。尼(あま)となり。この池(いけ)のほとりに住果(すみはて)んと思ひ給ふ。一件(ひとくだり)の事(こと)を。首(はじめ)より

尾(をはり)まで。おちもなく物語(ものかたり)給へば。光政(みつまさ)は聞(き)く事(こと)毎(ごと)に嗟嘆(さたん)して。梅稚丸(うめわかまる)の横死(わうし)を悲(かな)

しみ。玉柳(たまやぎ)が故(ゆへ)をもて。柳(やなぎ)の下(もと)に葬(ほうふ)られんと宣(のたま)はせし事。光政(みつまさ)が生前(しやうぜん)の面目(めんもく)

にして。女児(むすめ)が死後(しご)僥倖(さいはひ)なりとて。不覚(すゞろ)に感涙(かんるい)にむせび。さて浮草(うきくさ)に對(むか)ひて。

思ひもかけぬ再會(さいくわい)をよろこび聞(きこ)え。只顧(ひたすら)軍介(ぐんすけ)が侠気(きやうき)を嘆賞(たんせう)〈○ホメル〉して。浅舩(あさふね)

にも名告(なの)り會(あひ)。やがて梅稚丸(うめわかまる)の墳墓(はか)にまゐり。その終焉(しうえん)にあはざるを悔歎(くひなげ)

き。その夜(よ)は浅茅(あさぢ)が原(はら)の草(くさ)の菴(いほ)に。来(こ)しかたゆく末(すゑ)を語(かた)りあかし。詰朝(あけのあさ)浮

草(うきくさ)浅舩(あさふね)に。尼公(にこう)の介抱(かいほう)を叮嚀(ねんごろ)に頼(たのみ)おきて。妙亀尼(みやうきに)に身(み)の暇(いとま)を申し。松稚丸(まつわかまる)

に追(おひ)つき奉(たてまつ)らんとて。西(にし)を望(さ)して立出(たちいで)けり。しかれども洛(みやこ)ちかき深山(みやま)に身(み)を

かくさんと宣(のたまへ)るとのみ聞(きこ)えて。その往方(ゆくへ)も定(さだ)かならず。只(たゞ)あふを限(かぎ)りとおもひ

究(きはめ)て。大和(やまと)河内(かはち)伊勢(いせ)伊賀(いが)摂津(せつゝ)丹波(たんば)の山々(やま/\)にわけ登(のぼ)りし程(ほど)に。その年(とし)は既(すで)

にくれて。あくれは承久(じようきう)三年の春(はる)近江國(あふみのくに)にあらふる。高峯(たかね)々々(たかね/\)を攀登(よぢのぼり)。ある日

比良(ひら)が嶽(たけ)にわけ入れば。いと怪(あや)しくも。谷(たに)を隔(ひだて)て。頻(しきり)に木刀(きだち)をうちあはする音(おと)。谺(こだま)

に響(ひゞき)て聞(きこ)えけり。