序

黒狗をとらへて熊胆を取らんとし。いかゞ

して鯵にむら鳥の名はありと疑ひ。座頭の

#槍の稽古。奴隷の鬚嫌ひ。和尚のそろばん

好。大金持の木綿布子。貧乏人の黒羽二重

着て見よかしの寧楽の京の昔語を。書

集めたる反古は。葛篭山に充。いひたき事は

百万が辻子なれど。文雅の甲斐なければ。書つくる

筆の命毛。三筋たらぬ猿沢の池のこゝろ

広からぬ才に任す。春日野ゝ若紫といふは。

木辻鳴川の契情の名にや有けん。三笠山の

かげに立。飴売の甘きこと葉迄を集めしるす

齟齬草。他のふり袖の長すぎたるを正す

手本ともなれかしと

  寛延三ツ         其笑 [順]

           作者

   午の青陽        瑞笑 [亀]

諸芸袖日記後篇

教訓私儘育            一之巻

           目録

 第一 呉服屋の当世嫌は悪ひ模様

              上代染の片意地物はせん方長

              羽織裾もやうのむらさき裏

              さめてもさめぬ手代が仕こなし

 第二 役者の篤実会は仕組の妨

              実事仕は#敵役にてかたき役は

              能ひ家老のかゞみうつり気な

              若殿を追ひ出すは継母の家思ひ

 第三 薬種屋の医者嫌はせう事も内損

              和中散は他力本方ありたけの

              薬を粉にはたく水車の我命

              とらるゝとは思ひの外の幽霊

        (一) 呉服屋の当世嫌ひはわるひ模様

今は昔渡月上人の語録に。盛府を去て園枝を折ば

日韓良升長に帰すと。又水之経には。摩訶拾舟の由来

を説れて。小式部が歌にいや高き花の芳野と此心を読

たるにや。世は元しのびといひ。むかしの風俗。今よりも文雅

質朴の體には聞ゆれども。素襖着てはじかみも売に歩れず

挑灯を棒のさきにぶら/\釣てもありきがたし。物に時あり。人に

勢ひあつて。変に応ずるを。粋とも賢人共いふべかりける。爰

南都若狭井の町といふ所に。昔ぞめ屋元右衛門といふ呉ふく屋

ちよつとした身體なりしが実體にして麁相な物うらぬといふ

名題とをりて。商はんじやうし。次#第に内証あたゝまり。手代多く

かゝへ。京鎌倉をはじめ。諸国に出店を構へ。大格廉ひといふ印に

角の内に大の字を暖簾にそめ入させ。大角屋と諸所にかくれなき

のうれん。現金店の賑ひ。蔵入の喜悦。外のうらやみ。時を得たる

くらしにてぞ有ける。此惣旦那孫右衛門死して後。子共幼少なればとて。

孫右衛門#弟に蘭軒といふ隠遁者の有けるを。手代中より達て

子共衆の成人までと後見にいれけるに。はじめの間は久々隠遁の

身にて風雅を事とし利害のまじはりを去て。売買の沙汰を

いやしめ。兄貴の渡世を。直下に見たる癖うせざりしが習ふより

なれいとやらにて。いつともなく商売の道理がてんゆき。我慾に

せねども。甥共が身體兄貴のゆづりよりは。十双倍にもしてわたし

度願ひおこり兄貴の最初身體を仕あげられしは。むかし染と

いふて。南京染。皿沙染。扇屋染なといふ。今様をはなれて古手に

染なし。上代まれの大内ぎりや。竹屋町織の類を染ものに

仕入。つくり土花うさぎを小もんに仕立られし上ひた物□き

より。めつきりとはやり出して此身上とはなられたり。今よく/\

思ふに。去年より上元にもかへりたれば。次#第に人の気も上代に

かへる道理。当世模様はおのづから時にあはぬ筈なり。さらば人の

気のつかぬ所をもくろみて。もやうものをむかしへかへり。思ひ行しを

肩からすそへばらかのこの藍にそめ入。肩裾もやうの帆かけ船。

むかしは紫うらがはやりしと。うらぎぬもむらさきをのみ仕入。男物は

紋所三寸八分のふさへ輪をそめこみ。中はこくもちにしておき望の

紋いれて。藍のべつたりにてふさく覚悟。惣してむかし絵を

見るに羽織の袖はなはだちいさく。大かたすそに子持すじ二筋

引てあればと。はをり地はのこらず此通にこしらへ。文正のさうし

はちかづきなどを取よせ。女中のきる物もひじの出るくらゐに

ゆきのみぢかきが上代風と心得。幅をせばく織せて。糸目少く

かゝれば。下直にもつくと。ひぢまでの袖口におらせたる事。いく万匹と

いふ数をしらず。むかしはつぎ/\にしたる袋はやりて。女中は必ず

是をもたせし事と。あつたら金らんどんすを。こまかに切くだひて。袋を

ぬはせしこむ事。一万駄にもあまり。むらさきの皮足袋サアといふ時

急にはない物なれば是で高利をとるつもりにて。是は手まへにてはこし

らへず。皮屋へわたして。紫皮の足袋百廿万足あつらへ。ふり袖も古は

みしかゝりし物と。有きたる仕入物も袖下を切て取。何かに此格を持こみ。

身體ありきり。一分自慢に仕こみするを。番頭手代が心元ながりて。

先当分うれる物を仕入ましたらば。よふござりませうとといて見れば。

その方たちは文盲#第一の身ゆへ。天地の機転といふ事をしらず学者の

忝ひは爰の事。書物の上で古今のありさまをかんがへ。時の風俗の

転化を知る。さればこしだけのみじか羽織のはやりしもまだ四拾年には

ならず。いつの程よりか医者は扨おけ。帯せずにありくやうな長羽織

が。はやりいで。のみか蚊のやうなちいさき紋もひしにせねばかなはぬやうに

おぼへし風俗。親共などが代に学者がなかつたゆへ。仕こまずにおひて。

まうけぞこなうたではないかと。理もありそうにいへば。とてもいふて

きかれぬ固意地ものと。手代どもゝあきれはてゝ。とてもの事に麻上下

の仕入を。皆下直に成とも残らずうり払て。素襖の十万具も仕込ん

だらようござりませう。昔はみなすはうきて。小でつちまでが使に

いたそうにござるといふに心付。いかにも/\よい所に気が付たと麻上下

裏付袴。夏ばかまは近代のもの。火事羽織もふすべ革がむかしの法じや

と。羅紗とろめんの仕立を急に売はらひ。こちの思ひつき。外へ

さとられて類の出来ぬ様にとひそ/\と素襖を縫せ。百年ばかり

以前の人が蘇生して。何をいふてきても大かたとゝなはぬ物のない程に

なりければ。南都の本店難波島の内鎌倉の店。其外美濃の出店

をはじめ。国/\へくばりつかはし。正月五日より上代古風御呉服もの

御望次#第現金やす売の大看板。是はめずらしいとちと心ある人/\は。

店さきへたかりて代物を見るに。食たく時。たすきのいらぬ様にこしらへ

たる物かとふり袖のゆきのみじかきをうたがひ。是は何の時のそろへの

はらひ物ぞと。羽織のこもちすじをいぶかりて。買てなければ。是非に

およばず。世間の人の古風をしらぬをあざけり。素襖も五十具や百具は

祭礼狂言のかし物にもなれども。おびたゝしき用意。ひとつもうごかず

春過て夏きにけらし白壁づくりの土蔵ひらいて。土用ぼしにも

ほしつくされぬ。のりごわ成物ども。次#第に蠧といふ虫いり。つみかさねたる

のり気に梅雨の気こもりて色もかはり。星も入て俄にあきるれば

かへらぬ仕合せ手代共いひあはせてうしろみの蘭軒をおひ出し素襖

はすそをきり。両袖をとつて麻上下にして見れども。大もやうにて役に

たゝず。紫うらの絹は。幕地に売て見れども紋が入られずむらさき足袋は

ふべさせて濃かうじにさせて見れども女中たびにしたてするものなれは

すさまじうてはく人なし。なかんづくつぎ/\の袋たはこ入□のぼしてみれば

あまり細工過てついたる物はきれが間に合ぬとつきもどすゆへ一たんおひ

出したる蘭軒を。いろ/\わびことして呼戻し。まづ鎌倉の大店へくだし

店さきにたゝぜて。上代はすはうを着たるゆへ。下には何を着てもめに

たゝず。これ始末の#第一といふより今風のむかしにおとらじわけを講釈て

人をあつめてうりかけみれば。人だち山のごとくなりし□には上代□を

買ふとはいはね共。絹のいとがほしゐ、さらしの切を下されとひとりが買ひ

ふたりが買ふより。しだひに店さき賑ひちいさき子のでんちうばおり

の。馬のりの所へあてたひ程にきんらんの小ぎれをひとつとのぞめばおつと

心得てかの袋をといて相応なるをうつてやり八尺ばかりさらし□□に

なりとも大もやうに染たるがほしうござる小船の艫の間の天幕に致すと

いへばそれこそと素襖の両袖といて是二つでなされば下直に付ますと

大かた此やうな事にてかゝりくち次#第に下直にうる程にサアこぼちうり

じやといふ沙汰に何が手びろき鎌倉の繁昌何がうれぬといふ事なく

そこへもこゝへもばいどりがちに南都の本店諸方の仕過物みな/\取

よせてもたつた二三ヶ月にさらりと売りきりそのゝちは前にこり

はてゝ当世もやうの物ばかり取よせてうるに。とかく安売といふ名が株に

成て。外で弐両にうる物を此店で三両にうつても。地が#違ふゆへと。高直

なをうれしがりめき/\と損をいやし。むかしに倍せし諸所の家蔵。めて

たくさかへ富しとかや物には仕やうもやうのある物かなとさしもの蘭軒

も古風にあきはて元来なでつけも当世風ならすとあつびんにそり立

くろ羽二重にかくしもみうら。むかし吝かりし風俗をやめて。色づかも握る

心になり。めつきりと大尽風の今様男となりけるが四五年すぎてまた

いつとなく絹気を身につけず髪は油と中たがひし。しはきにもどるなり

ふり近所の者共はあなたは一頃は色遊びにも御出なされしが又めつきり

と始末気にお成りなされたは。下地吝ひ人なれば。燼木に火でござると

答へけるにて間違のひとつなるべし

        (二) 役者の篤実会は仕組の妨

荘子をよめば放埒にせねばならぬとこゝろへ。孟子を聞ては□□

たてねばならぬ事と身をもつは論語よみの論語しらずなるべし

律僧の博奕ずき。座頭の鑓げいこ水を見れば顛癇のおこる船人世は

まゝならぬものかは歌舞妓芝居の若女がたといふ物わが内での身持

も。女のやうにくらし。緋ぢりめんのはな緒でなければ。ざうりもはかぬと

いふ心にて何事に付てもしなやかに。つよひことばをつかはず。いやら

しひ程しな/\とせねば。舞台義骨に見へて五十過てもふり袖着て

当て見せる事思ひもよらずむかしの立役の上手といふは。万事大気にして

始末といふ事ゆめにもしらず。節季には台所せばしと。掛乞の寝て

居るもかまはず。色事にうき身をやつし形の名人とかくれなかりし事なるに

に。近年は世界につれて役者もかしこくなり。給金のばす工夫と借金は

まゝよとのけておゐて。家買ふ分別も三分はわが住て七分はかしやにして

をく物ずき。大金とり立る心か自身節季の払のさし引台所にすはり上敷。

銭をなをさせ。そろばんひかへてしかけのせりふ。薪をさい廻して買こみ

たき炭を夏の中にとりこみ置覚悟。色事も利根に取まはして物の

いらぬ仕格。楽屋の弁当もたがひにはれといふ心なければ。有合の肴にしめ

むかしはわざとこしらへて。料理くらべも其身のはんじやうを見せたるたて

なりしかども。かたから歩わけ。たゝき分と。芝居へかゝり二割調銭の算用

をせちがい。なだいばかりでたれが座本やら。しれぬ□りおこりて。わがまゝの

いひがち。狂言つくりもゐせいすたれて。役者よりこしらへて出す狂言を。

所%\つぎあはすまでの役目のやうにて。三番つゞきながら。さつはりと

新しううみ出す事かなはず。その狂言此浄るりをとりあはせ/\。なをかへ

詞をかへて。染なをし物に年月を送る事とは成にき。是狂言つくりの

得作らぬにはあらねども。昔の様に狂言作りにまかせてはおかず。銘々仕たい

事をまんがちに立てわたすゆへなり。内証のゆうびなるは舞台も穏也

内で世智なるは狂言かゝつても小ぜいしなき事。此道のたしなみ。風俗

と花美を先とする職なれば。身持のせんぎへかくる道理はなし。然るに

今時□其棲にすむ粋顔する者共の役者沙汰するにも誰は実體な

物じや。それは始末して金のばしさうなと。芸評はのけておゐて。人

がらの取さたのみなり。その実貞ものは立ものゝ役者より番付うり

木戸にも多くあるべし。芝居といふもの。あの役者は身持の正しき

人じやといふて。ありがたい和尚を信じあゆみをはこぶ様に。見にゆく

物にはあらす。狂言の仕組役者の芸の仕内の上手下手をこそ見に

ゆけ。是も間ちがひかゞみの一ヶ条なるべきと思ふ所に。今はむかし

南都繁昌のみぎり。芝居いく所たちつらなり。色町につゞゐて。

朝はこ□から/\のたいこ。雲にひゞきわたり。桟敷よりさじきは。かすみ

たなびく大かこい。貴賎老若おしもわけがたきにぎわひなりしが。

こに袖#島吉弥といふ女形ありしが。かたちすぐれてうつくしく。見る人

うつゝにやみにまよはぬはなきに。此吉弥十六歳のむかし。梶浦の

日願上人といふ説法者に買れて。むつことの間にま/\法華経の功力他に

すぐれたるわけを聞いれ。信心きもに命じ。次#第に長じて来て謗法の

罪おそろしく。鬼子母神の御かげありがたく成り。七面三十番神にて。わが

宗旨。外の宮寺に参るに及ばぬうれしさ。年のゆくにしたがひ。能き方に

したがひ。いそがしきつとめの隙には。玄義文句を学び科住をそらんじ。

すでに歴々の上人かたをも一本さする経者と成り。酒をくむものは五百生

手なきものにうまるゝとあるいましめを尤とおもふより。座敷へ出ても杯

とりあげず。わがつとめの非道なる事をさとりて。舞台ばかり花の盛に

金まうけをわすれ。契情に成ても。家老の女房に成ても。談義めきし

せりふをたていれ。かやうに狂言する内にも。一人なりともすゝめこまんと。大勢

の見物にむかひ。又しても法花のありがたひ子細をときのべ。声までが

白声に成てきてかたくぎんばつたりより。年々給金のへるもいとはぬ

隣に柴垣林右衛門といふたてものゝ立役。是は又儒学ュせねば文字もなく

仏法信ぜざればありがたひすゑはしらねども。一筋にかたひ心をたてゝ。

高給とれどもあだ銭つかはず役まはりにても。やはらかなる事をあてがへは

人品がそこねるとてうけつけず上下大小はなさぬつめひらきなら

ではせぬ物と。外のやつし事仕を不行跡ものといやしめ。女形をうそ

はづかしうもなうて帽子をかけ。したゝるいことばつきを人中でようも

いはるゝ事とおかしがりぬるもおかし。その身大小さす身にもあらねば。

四方がみでもないに。かずらかけて主でもないものを。わか殿と異見するは

恥かしからぬにやと。女がたからさみするもことはりなるべし。またその

近所に金尾吉右衛門といふ狂言もつくり舞台も上手にて。聖人

の道をまなび。つねに弟子をあつめて四書の講談しけるまゝ。その

たてかたはちがへども。心のかたひが合て。此三人より合/\篤実の咄より

外なく。子供をかゝへて遊女同前につとめさする事。いかにしてもいやしき

わざと。すこしにてもしるべある役者へは異見して。是もやめさせ。いかに

芸者じやとて。不断もみうらを着るはずはなし。大かた人には分のある

ものと。さらしもめんを茶ごもんにそめたる布子に。うらさへ白きもめんの

物にそまぬ本性を表し。此参会ひとり寄ふたりあつまり。名ある

役者八九人も実貞と始末にて。物のいらぬ出あひにくゐつき。おのづから

芝居へすむにも一所にすめば。がくやのつきあひにもたのしみありとて。

はなれては相談せず。座本へはたび/\いかに狂言なればとて。色事をさき

だて。見物衆をそゝのかす様な芸は御無用ととがめ幽霊と申ものが

出ておどるものではござるまい。その上むかしから笛とたいこのどろ/\は

有つけた物なれども。怨霊にさみせんとはいかにしてもすまぬあしらい。

第一いづれの狂言にても。若殿が契情ぐるいなさるゝに。金子の出場なく

それを才覚してやる役を善人にたてゝ。立役のつとめとし。金をつかはす

まいと。いろ/\にしてさまたげするを悪人とたてゝ。#敵役のつとめとする

事。大きなる間違なるべし。心中してしぬるたわけを。よき人とたて。

不孝といひ恥辱といひ。かゝり所もなひ。わかいものゝていを。名人にさせ

て。心中させまいとかゝるものを。とがにんの様つくりなす事。くれ%\

道理にそむき。神仏三宝の照覧もいかゞと役をいぢるゆへ。のちに

上手は上手なれども。あの衆の通にしては。今のるいがしれてある事と。抱へ人

なくなり。たゞあそんでもゐられず。此連中申合せ。そのうへへどう成共

たてゐしだいに成てゐる中役者をいれ。つめはやしかゝへて。たゝきわけ

の顔見せ狂言は。よりあふての相談。仕組代々の家をみだす。もとは

若殿の契情ぐるひよりおこれば。色事仕のわか殿役を敵役とたて。

此若殿へ何とぞけいせいをうけ出してやりたいと。我女房をけいせいに

うつてやり。わか殿へ不行迹をあてがふ家老花岡和田右衛門の役を

道化形ときはめ。わか殿にはなれとむないと。くるわにとゞめ。親殿の

見かぎりにあはする太夫の役は。あく女形とばん付にもしるし。いかにして

も趣向あたらしければ。今日大入明日御出下さるべく候。はり紙は毎日の

事と高ぐくりしてきはめたる。新狂言の番付

         付リ 親殿のきげんをそむく若殿は悪人の色事仕

  儒仏異見鑑                        三番続

   并ニ どうでつぶれる家ならば継ふといふ里の子は器量者

上        契情ぐるひを妨る継母の真実

         付リ 金出してかゝへた女郎を強異見するは□八が道理

中        紙子の里通ひは名字の恥さらし

         付リ 舞つ諷つする所作事は幽霊のおどけもの

下  動楽者に味方する家老の狂性

         付リ 御姫様のあるのにそひたがるは女良のわる意地

            千秋万歳楽

役人替名の次第とよみたるに。初日の大入何ぶんめづらしい仕組と。

上のはじまりをまち兼けるに。いかさま理をおせばあのやうな物でも

あるけれども。いきつまつて退屈おこり。三番目の出ぬ内に。出てゆく人も

あれば。せめて四番目のかどを見たらば。何ぞおもしろい事もあらんかと。

堪忍して見てゐれども。理屈ばつたるせりふばかりにて。ほつと精も我も

つきはて。そろ/\出てゆく人ばかりにて。切には役者と場しきはかり

に成り。初日の木戸の上りあら銭にて弐百五拾貫文。二日めのあがり

たつた三百廿四文いて。木戸のたちまへさへなく/\芝居はつぶれけり。

よしのゝ花はいくたびも雲に見たて。竜田のもみぢはいつにても

錦におりなして詞あたらしく。すがたはふるきをもつて本とすべきよし。

何の道もおなじ事なるべし

   (三) 薬種屋の医者嫌ひはせうことも内損

澹淵水清してはかるべからず。人に物ずきあり。性にひとしからざる

事あるは。禀るところの天賦自然の質なるべしとぞ。是も今はむかし。

南都五条通に佐渡や七郎右衛門といふ薬種問屋。生質て商売に

さとく。近年真偽の薬をわかつて。何をいふて来てもないといふ事

なく。外の問屋からも。遠ひくすりは爰に尋来り。□物も此七郎右衛門

を的にして。買入るゝ程の功者なれば。得意の医者おびたゝしく。仲買小店

の仕送り。諸国注文刺も日々にとぢかゆる程にて。手代小でつち数十

人のにぎはひ。商売がらとて配剤を仕覚へ。問屋ではせぬ事なれ共

病によりて一ふく八文より廿四文までの合せぐすり。なぐさみ半分に

うらせけるも。ちとおもきは店へ出て脈を診てやり。上薬をつかふゆへ

にや。効もはやくてめつきりと時花出しけぬれども。当座売の外。療治

には出ざりけり。春の雨ふりくらして。つれ%\なる時。七郎右衛門つく/\

思ふに。世中に医者といふものなくば。直に薬屋へばかり買に来て

此商売人すべて長者にもなるべし。とり合せて元直壱歩につくり

つかぬ物を五分ぐすり七分ぐすりと。薬代をあてがい。乗物にのつたとて

繻子の羽おりきたとて。それが病気へきく物でもなけれど。それだけ

に薬代も気をはり。品によつては薬三十ふくの礼とて。銀三十枚へ巻物

そゆるなど。第一世上のためでもある程に。何とぞ世界の医者をやめ

にして。薬種屋より直に療治をば。ひつきやうたがひだめといふ物と

思ひつき。何とぞして医者の根をたやし度願ひながら。今どき

都も田舎も沢山なる物は。書出しと医者にて。一町の内に五人三人

またその上に素人療治いくばくかかぎりなきにあぐみ。それより

いつとなく医者を見ては商売のかたきとにくみつめ。素人衆へならば

くすりをうるべし。すこしにてもりやうぢがましき事する者は。門つめ

もふますなとおもてへ申付て。此内へ医者衆ならびに使の者にても

這入るべからずといふ札をものもらい。諸勧進入べからずといふはり紙の

となりへきつはりとめだつやうにはらせければ。仲間からもふしんして。

こちとらが商ひいしや衆と中たがひしてはゆかぬ道理と気違の

様におもへども。いふてきく男でないとめい/\が商売大事に是迄

佐渡屋には大ぶんの医者衆の得意ありとて。手をつき縁を求て

やつて見る心より外にては弥いんぎんに大事がれども七郎右衛門方には医者に

伯父もつた手代までおい出しかへて下男をかゝへるにも。そちはもし医者の

所にくすり箱もち抔はしてゐなんだかと。吟味せねばおかず。次第に

つのつて来て。仲買仲間へも廻状をもつて。医者衆へ商めさるゝ

方は。此方より売申さず候との儀。いづれもきもをつぶし。薬屋が医者へ

あきないせいで何をくふてゐるものぞ。佐渡屋ばかりが問屋ではある

まいしと。壱人も買に来ぬ店の寂さ。どさくさとせし繁昌に

つれて。あはせ薬もうれしが。淋しさにつれては是さへ買手まれに成し。

惣じて医者仲間にてにくみ出せしより。あそこでもこゝでも。本性では

あるまいとの噂に。気のちがふた人の。くすりのむ事は心もとないと。脈診せに

来る人たへはて。是ではゆかぬと。唐人秘密の薬といふ物を。赤紙に包み

此段に成ても子細やまず。それがし先祖は近江の武士出。佐々木の家筋と

四つ目結の紋をすへて。功能おびたゝしく。書付諸方橋々の髪ゆひ床へ

出しておきければ。めつきりとうれ出し。此福にのつて幾蔵かつめて売

のこりし薬種何もかも一所にはたかせ。和中散と板行に念入売子を

わかつて在々へのやすうり。終に仕似せと成り。むかしの富にかへりしとかや

売薬店に仕かへて。何とぞ□領名をつきたき望なれども。日本の国名

を付事外に類が有ておもしろからずと。佐渡屋南蛮の大掾と書付け。

口上の上手を二三人かゝへて。惣じて外への薬は高で七味か十四五味までの

合せ物手まへの粉薬は本草にのつてある薬。木でも草でも。ありとあら

ゆる物。のこらず一所にはたきこみたれは。万病にきく道理。此内それ/\の病

にくすり一味か二味づゝこもらぬといふ事なし。是がほんの他力本方と申

す物ちと。御堂のまへに出店を出してしやべるに。立よるぐんじゆのこし銭

所からとて。他力本方といふ理に安心して信じてのむ心より。きゝめ強く

片店でははたきのこりの香気ある物ばかり。沈香散香もよそより

下直にひろまる名題の二代めは。七之介とて十四歳に成り。親へも似ぬ

すなほ成うまれつきなれば。そろ/\医者衆へもあいさつを。本の薬種

問屋にもどり。随分とくゐを大切にあしらい。親七郎右衛門を無理に一家

より隠居させて。いやがるあたまそらせ。佐々木固庵とあらため。いやがる

をすゝめこんで医者に仕たて。おもやと共にはやりけるが。七之助手代とも

七郎右衛門代より夜に入出あるく事かたく禁制なりしゆへ。遊所へゆく事心に

まかせず。たがひに申合せて。下男に合図させ。かるい所の遊女を。かはり番に

夜に入と内へそつとよび入れ。表二階にとまらせ。夜のあけぬ内に送らせ

て。かへす事およそ十二三年。何の事もなかりしに。ある時太郎介といふ手代。

三棹やのおぎんといふ遊女十八九に成けるをあけてよびいれ。傍輩に

しめしあはせて二階にとめけるが。いかゞ油断しけるにや。夜のあけて近所も

見世をあけぬ所なく。旦那もおきられてから夢さめ。びつくりしても

ぜひなく。よし/\夜に入て帰さばやと。おぎんをわが着がへの入し長持へ

かくし。ひそかにくひ物も持はこばんと思ひの外七之介伯母急病のよし

申きたり隠居のためには姉なれば。たれもゆけかれもゆけと。家内をい

やられ。太郎介もいやともいはれず。二里半あるあけ尾といふ在所へ二階しら

す間もなくかけてゆけば。隠居固庵もかこからせていそぎ往ける。長持の

内には。おぎんうつとしいとひだるいと。心もむせかへり。是は何となる事ぞと。

もだへながら。たいくつねぎりにいびきほそ/\ともれて。下には七之介きゝ

とがめ。店にはたれもないかと二階へあがり。こゝらそうなと何心なく

長もちの蓋をあけんとすれば。思ひよらず内よりくたびれみだれし

女一人。すつくとたつに。はつとおどろき。幽霊とやおもひけん。はしご

ふみはづしてまつさかさま。絶入して息いでねば。下女でつちがさま/\

よべとも。つひにはかなく成にけり。それ死するに六死といふて。品を

わかち。定業に三死非業に三死と立。その非業の中に愕死と

いふはかゝる事をいふにや。此七之介生たるものとはしらず。きはめて幽霊と

思ふておどろき死したる物なれば。冥途黄泉の旅におもむひても。其念離れず

既に閻魔大王の前に至り。その方いまだ此土にきたる者あらず。何として

きたりしぞととわれん時。おもひよらぬ二階にて幽霊にあひおどろひての

頓死とこたふべし。してその幽霊は夜何時に出たるぞと尋られたらば。

さだめて朝飯後の事と答ふるにぞ有けん。いか成ゑんま王も朝飯すぎの

ゆうれい出時のまちがひ聞はじめなるべしと。隠居固庵も立帰りて。跡

を弔らひしとぞ。薬種屋にて医者をいやがるゑせ者の子なれば。幽霊にあふ

も夜るは珍しからず。幽霊のいびきも例まれなる物がたり。是にはかぎらす近年

薬種屋の療治諸方にはやり。針たては本道をきらひ。山ぶしは祢宜を

ねたひ。その根皆我意より出て□我意をはづかしむ。心あらん人は此境に

居るべからず

                                       一之巻終

諸芸袖日記後篇

教訓私儘育            弐之巻

           目録

 第一 契情の律儀も蓼くふ虫

             仕替らるゝ身のうき川竹は

              ふしぎがる密夫の出会武士の

              娘のかたひお石が身の行すゑ

 第二 揚屋の客嫌ひは是非も内儀の心

              金ぶすまのひかりかゝやく様な

              客もよそへゆきと消かゝる身上

              持直す始末咄のつまらぬ亭主

 第三 人の心を引て視る石臼の思ひ付

              扨も其後衒れた財布の銭

              申ばかりはなかりけり無念な世渡り

              奇妙だ/\熊胆売が出世の御国入

  (一)契情の律儀も蓼くふ虫

厳島の米君子の曰軍師の計略。仏の方便。契情のうそは。さし

極りたる道にて。連歌俳諧にもいつはりといふ事を恋に定来れり。

多くの客に枕をかはし。そのかはす客ごとに実あらばその実みな偽

なるべし。されば古語にも縁のあるのが皆誠とも又一説には末の

落端をたれかしるらんとも言々。身體の始末して。いふ事なす事

皆誠より出。端手めかず。律儀なる契情もあらば。出かけて見たいと。

肩から密夫で遇ふ女郎を尋ぬるたわけもあれば。一口にはいひにく

けれども。それ契情遊女白拍子迄も。禿已前がらのとりたて。つとめ

より前は捨にして公界十年とさだめ。大方が廿五明といふて廿五

六がつとめの仕廻時分に立てわる身なれども身上り借銭に年を

切まし客へつくうそを親方家内へもつき習ひ魂段が過ては中途より

仕かへられ。川竹の名をそのまゝつながぬ船にのせられ。伽やらふに身を流す

も多かりき。惣じて此商売亭主はのけ物にて。大かた女のさばく陰国の

風俗。不夜城のならはせ。中にも上作のきれ物を多くかゝへし備前や宗右衛門

とて。難波新町に隠れなき娼宿なりしが。その内に常盤木といへる

太夫。元はさる西国がたの浪人。石部金大夫とて篤行忠信の侍。かり初の

ことばにも。聖人の語を引。浄るり本はうそを作りし物と手にもふれず。

三味せんを見ては。あの引はつてある皮の内には。いくばくの偽をか篭て

世間の子息男。若手代をうきに浮つぶす道具と。目をふさぐくらゐ

のかたくな者なりしが古主の若旦那身持坊埒のはてがお定の紙子

一重。古大和山が面かげをうつし。かくろふ島のなきまゝ。金大夫を頼

に大坂へのぼられしを。むかしの御恩をわすれず。たのもしきおとこにて。

御勘当のゆりる迄は。御心をきなく。拙者内証むきはうけあひますると

近所の小座敷を借て。朝夕の食事まで持はこんでの介抱。又なき

忠信ぞかし。とかく人は隙なほど身の毒はなしながの日をねて計も

ゐられず。みるばかりは大事あるまいと。ふと新町のよみせのひが。もへくゐ

につきそめ。少々のたくわへも遣ひはたし。あてもないかねを借て跡へも

先へもゆかぬ仕合。品によつて命しやうがいにもおよぶほどの首尾を。金大夫

も初て聞。大きにおどろきながら。忠信の男なれば此分にては置れずと。

我身體のありたけかね工面してみても。古き葛篭片箇内は

柿のはのやうな木綿ぶとんも七度洗のつぎ棹の魚釣針。庭訓の古本

軍法の巻の書本一冊。こはばりかへりし。大小の蟇皮。さきの破れし

柄ぶくろも。鍔元せまりし身上には。不相応の書出し一くゝり。錣の

ちぎれた兜にて御尾野矢が末とはしれたれ共。古綿の襟巻にて

首筋さぶがりとはあらはれたり。三社の託宣一ふく正直の頭ニ止らぬ

福をうらみ。隣のあたりからも内証の見えすくもじのかた衣。はた

椀よしの盆も。五枚の内弐枚ふちかけたるかく行灯お内儀の大事がらるゝ

おはぐろ壷まで直打に入て。七百五拾文と申も御馴染だけあり様は

飛つく程の代ものでもござりませねば。又外へもお見せなされて下

されませと。たつてのぞまぬ口ぶり。所詮一ばいにうつてからが。どこの

間にもあらず。行つまつてしあんにまよひて。道なきつとめとは思へ共

忠義にはかへがたしと。十七になるお石といふ娘を。はね切て四拾五両に

うるなといふなの口おしく。先当分はあづけ分と立て。くだんの備前やへ

相談しかけゆく朝迄も。ぶしのむすめといふ事をわすれな。客をだます

べからす。かりそめにも偽うそを言べからず。ぜひにおよばねばうそ人の

なぐさみ物にはつかはせ。よがよなれば町人百姓にははいつくばゝせて

物をいはす身なれどもさだめて客になつて来たらば。無礼なること

多かるべし。左様の素町人にはよはみを見せず。重る出あふときは。

三つゆびついて物をいふほどに。急度きめつけて先祖の名をよごす

べからず。酒ははかりなし乱に及ばずとあれば。大酒の上にて踊リ狂ふ

客あらは。重て出あふ事無用成べし。己に克て礼に復れと。聖人

も仰おかれたれば。わが勝手によいとて。客に紋日をうる事勿れ。うけ

出して女房にせうといふ者あらば。先その男の先祖代々の系図をきゝ

届け氏をあらためて行べし。何ほど結構成身になるとも。かこひ

者手かけ者に成るべからず。おかしうもない事げら/\笑ふべからず。紙も

油も人工をついやして出来る者なれば。是をみだりにつかふ時は。天の

とがめあり。贅いふ客と一座すべからす。傍輩は皆/\うつてゆけ

ども。その方はかり内にゐて。はやらぬ事もあるへし。人しらずしかるを

慍らず。又君子ならずやといへば。たとへ親方の女房が当言いふて外の

女房衆はつゐに内の有明を見やつた事はないに。そなたのおいど

には石臼でもついてあるかして。お茶挽るにさへ尻が重いといぢら

るゝとも。ゆめ/\恥辱と思ふ事なかれと。子を思ふ闇に落る涙を

かくし。門をくりして遣したる女郎にて。つき出しより美眄の

よきと。行儀の正しきを見こみに。太夫に仕立て出しけるが

此太夫の望にて。座敷そゝけず。酒のます。さみせん弾く牽頭

女郎をきらひ。もん作と言末社をいやがり。かぎりの太鼓打出すと

客をすゝめ。親方のお首尾がそこねぬ内早ふお戻りなされ

ませと。主親の目を忍び。出られぬ所をうそ八百いふて。今宵

を。千代の心てたのしんでゐる客を。めつたにいなしたがれば。一度に

こりて二度とは呼すいつはりいはねば勝手廻らず年寄客にあふては

さりとはおたしなみなされませ。孫子達へ御異見もなさるゝ御年で

の里通ひもし内の衆でも見ましてはお為になりますまいと。直ニ

いけんし。若ひ客にあふては。物事に功がないといましめ。道中も控へめ

に。六文字ぐらゐにふめば。やり手がしかれど。人肥たるが故に貴からずとは

そなたの事よとあざけり。是を人につくす誠と心得。みぢん

うそつかぬ自慢に。客のつくべきやうなく。次第にさびしく

お茶をひかるゝ段に成て。親方惣右衛門大きに立腹し。端女郎

に引おろして恥かゝせんといへば。在位の君子は身持もむつかしいに

有徳の君子といふて。かるひ身に成ても心のたゞしき方が徳のもと

ともならんと。親にならいし書物の片端をひくゆへ。切諌にあぐみ

はてゝ。神武以来聞も及ばぬへんくつ太夫。凡日本には有まいと

高麗橋筋に唐物屋徳三郎とて。家名にも似ぬ身上よしにて

人のほしがるもの大分持て。何くらからぬ親仁が唐へ投金して

千里一はねの仕合よく設けられし息子とて物数奇も人に

かはり。とかく世間とちがふた事をうれしがり。春の鴬秋の鹿は正風

體でめづらしからずと。春の山に鹿の音を尋ね。夏の火燵に当り。

寒の内に心太を喰ひ。舟遊びに氷をくだかせ。太鼓持に物やつて

大ぶんのおかねを下さりませいてかたじけなふもござりませぬといへば

あたらしゐとうれしがるゆへ。入間大臣ともてはやし。いそがしい時は

少々不返事にする入間様とて。間違はせでさりとは気のはらぬ

大臣。女郎買ふて揚銭払ふには正風體じやと若や二日払に断言れう

かと。揚屋夫婦が案じるも断ぞかしいつの頃よりか。此正直太夫に

馴初。いかゐやぼてんじやと打こめば感心し。今夜は密夫が来る

程にはやふいんでくださんせといへば。正直者とほめてかへり。肩がつかへ

たといへばもんてやり。足がだるいといへばひねつてやるせなく。底意の

残らぬ女郎かな。玉子の四角なはありもせうが。此様な誠の有女郎は

又とあるまいと。俄に請いだす相談。親方も正直げいせいに埒あぐんて。

少々は立金が不足してなりとも。やつて仕廻ひたいと。仕替の口を聞

最中。是はうまひ鳥がかゝつたと。欲にはかぎりがなくもそつとはり

あいをうけたらば大金も出しさふな大臣と。あげや夫婦にのみ込せ

すべて女郎と申すは偽をいふて御客をのぼせなづまぬ客にもいてゐる

目づかひに。啌をうるのが商売と。はやり歌にさへ諷ひますに。みぢん

も啌つかぬ正直太夫あれぼとの替りを置ふと存ますれば。中/\

はした金では御座りませぬによつて。成程あげませうとも。のふ

嬶と女房に相槌打せて金子せりあげる。いひ返しに述きつて

居る入間大臣大きにせいて。こりやあるじ。是でのみ込と持せ来りし

挟箱より金子。千両耳を揃へて聞も及ぬ身請。家内の者にも

余るほどよい物とらせ。今宵はくるわの名ごりと。家内うちこんじての

酒もり。花車は一つうけた杯を下に置て。そなた禿立からの馴染と

いふではなけれども。心だての艶しひ人じやによつて。外の衆の様にも

思はぬ。尤正直なをわるひといふではなけれど。こちの内に居やつた時の

やうに。ありやうばつかりいやつては。人中の辛抱はならぬ。殊に入間様は

大きな御身體で。内外の衆も大ぶんあるげな。前の御袋様とちがふて

しわひ嫁子じや。そこ/\に心のつかぬ気なしじや。ぐつしやりじや

と。下/\口がさがなく。いひたてられては。たとへ夫婦合がよふても

其身の為にならぬ。とかく内外の衆にも情ふかく。言葉かけ。時

折ふしは何なりとも。あるにまかせて心づけをし。手代衆の夜遊に

出らるゝも見ぬ顔して旦那衆のしからるゝともよしなにとりなし

いふやうに。しやればおのづから発明な嫁子と人のもちゐにあやるもの

じや。仏さまも方便とやらいふて人の為に成啌に罰はあてぬとおつ

しやつたげなと真実の内義の異見に勤の外のうれし涙を流して

悦ぬ女は氏なふして玉のこしとやら町人でこそあれれき/\の奥様

とうやまはれ両親までむこのかげて活計のくらしを。うらやまぬものも

なかりきおやかたの内義の異見をあぢにのみこみ内外の者へ心づけを

せねば人が思ひつかぬと夫にかくして買調へ手玉ほど包たてゝ家内は

勿論出入のもの迄も伊勢の御師が御秡配る様に三日にあげず持て

やれば始のほどはそこ/\に心のついたおく様とうはさせしが余り度/\

の御音近(遣)にいたみ入てどふて本気では有まいともらいながらそしり

ぬ見世の番頭が内へ這入ればいな目つきしてそなたの髪の結ひふりは

誰やらに似てかはゆらしい風じやもし着物がほころびたら女どもに

頼まずとおれにそつといやぬふてやらふほんに女子のなづむ風ぞく

じやと六十の尻むすんで白髪だらけの親仁をとらへてのじやらくら

是ほどにいふたら情ぶかひ内儀□□□と。内外の者も思ふであらふと

朝夕身だしなみと情をかくるくふうに打かゝつて商人の妻に成からは

正直ではゆかぬと益もない事に啌をつき習ひ御出入の屋敷方より

此度若殿の御婚礼につき。呉服の御用あれば只今上屋舗へ急に

ござれと呼にくれは。内義ば手代共を押のけ罷出て主は此間大峰参を

致され舟中で落馬いたしたと申てやう/\駕にのつて下向致され

只今養生最中でござりますれば。急な御用の間には相ますまいと

奥にぴち/\して居らるゝものを。是はけしからぬ事と手代どもゝ

あきれはてゝ居る所へ。北浜の米問屋の手代か来て先達て

借用いたしました銀子を御返済仕ます御改めなされて御請取

下されませといんきんにいへば。又内義が罷出て是は/\遠方をよぶ

こそござりましたぬしも二三日前に急な用事て江戸へ下られました

か申置れますは若当主の内北浜の米問屋から銀を戻さふといふて

来たとも馴染はなけれとたのもしさふな御人じや程にすぐに遣じ

ますると申せといひおかれましたれば御大義ながら持てかへつて下さん

せといへは米屋の手代もがてんゆかずそれは外様の事ではござりませぬか

御入用があるほどに戻しまするやうにと度々御つかい参りましたと様を

押せば内義はまざ/\しい顔してそれは手代共聞たがへて参つたもので御座

りませうくれ/\ぬしがいひ置れましたといふにで不思議ながらまづ

かへつて申きかせませうとかねを持てかへれは内義はあつはれな啌をつい

たとじまん心で居らるゝを手代ともゝ今はたまりかねて親方へかくと

しらせば目をまはすほど肝をつぶされあの米問屋は口入どもが度/\いふて

来たれとのみこまぬ所へ是までかさなんだを播儀が請合じやといふた

ゆへ遣した所に先月方々戻るはづが此月へのびたゆへ此間だん/\さい

そくしてやう/\けふ持て来たを戻すのみならず内に居るおれを

江戸へいたとは大それたいつわり者と日頃のへち大臣もあきれ果

て三下り半を七くだり半に書てさらば/\

  (二)揚屋の客嫌いは是非も内儀の心

合戦と聞ては三十六人の歌合の事かと覚て敵といへば相方の

女郎と心得#槍はおどりの時に入る物大太刀ねりものゝために拵へ

たる物と乱世をしらぬ太平の民のたのしみ十日の風五日の雨あり

がたかりける時代とかや今はむかし奈良の木辻繁昌のみぎり

上のたはらやといふ揚屋実父は柿本の鶏丸といふ連歌師なりしが

一子家業をつぐへき才なく柿の本を竹本にあらため。右太夫と

いふ説経かたりと成。そこよこゝよと旅芝居に利を得て。親の本国

宇治の田原の者なれば。田原を俵屋と書かへ俄にとりたてたる

あげやの亭主に。八郎左衛門と言名は似はぬといへども。子細なことの

好に方人する客の取もちにて。実父鶏丸が跡式家屋敷銀六貫目

に売払ひ。直に米相場へかゝつて。一日増に此かね加増し凡百貫目

内外の身體。さらば此里中になひ見事な普請して。座敷一はいで

外の揚やは見るもきたなひと。客のゆかぬ様にして見せうと。先

三拾貫目をまくら銀にして。八拾貫目の家を。肩から質に入て求め

大座敷へ□寺より払物に出たる兆緞子の廿五のぼさつ。つぎの間は

金ばり付に琢磨の五百羅漢。尤名印あるを求めてはりたり。惣して

南都は。ふるき寺の□□□□□物多き所なれば。□□/\さがし

もとめて。小座敷のふすまは唐絵の廿四孝。合の衝立は大将冠の

舟あそびに海女が玉を取かへすてい。さゞいがら(り)の五郎助が酒によふて

もどりし所をかきしは。雪舟の印ある絵にはうけ取がたけれ共亭主

は気が替つて笑かろふと。物数奇も大方に成就せしかば。仲居料理

人下女。小女郎にいたるまで。一間によびよせ。内普請ものこらず出来

たれば。近ろより客をせうとおもふほどに。そち達も万事に心を付て

座敷の損ぜぬやうに致せ。第一何ほど為になる客であらふとも

わるあがきする客は。断いふて座敷へ通すべからず座頭は元より

按摩取よべといふ客があろふとも。目の見へぬはよぶな。どこへあたつて

なにをそこなはふもしれぬぞ。芸子舞子も太刀はいたり。鑓おどり

するのは。無用にせよ。欄間の透へさはるまい物でない。膳部仕たつるニも

汁のある物はたつふりともるな。こぼれてはならぬと。きつと言つけ。

もし中居小女郎が酒をこぼした過怠三百文。行灯こかさば壱□文

身のあぶらしぼつてもとらねば置ぬ。しよくだいをころりとこかす

が百文つゝと。ざしきの入口のぬり板に大筆にて書つけ。内外のもの

の立居に心をつけて。りんが髪が障子にさはるは。高麗縁によしが

足跡がついたはと。其きうくつさきづかいさ。具足着て一本橋を

わたる心地ぞかし。さあ俵やがふしんが出来たげなと。めつきりと評判

が廻つて。奥も口も客の山をなし。さぞ物数奇な普請であろふ

と。おもひの外金襖にはす池の極ざいじき。いかなる客も此座敷へ

来ては色心うすく成て傾城遊君も何とやらん殊勝におもはれ

後生心がおこるゆへ。切角こしらへて出すうき鯛の吸物も。仏間では

もつたいなひ様なと。吸人がなく。三味せん鼓弓は弾れず。篳篥か

簫ならでは似あはぬ様に成て飲酒戒まで思ひ出され。中途に

かへりし客ふたゝび来らず。親の命日などには俵屋の座敷を思ひ

出して内からおがんてをくも多かりけり。又心なき客はざしきの

金はり付にもかまはず。野郎子供をよんで。居ずまふにふすまを

くわつたりいはせば。亭主は南無三金がはげはせまいかと。つとの所へ鼻紙

を。はさませ。それ酒がこぼれる。畳は慮外ながら備後の上中次卑茶や

の畳の様におぼしめして下されますなと。客をにらみ。上長押の欄間

を鼠がつたへば。天人のあしをかぢらねばよいがと。気遣ひがる顔色を

見て取かゝる所へは気散じにこそ来れ。行儀ならひには来ぬと腹立

じまいにいわれば。亭主もおなじくつぶやいて。ありさまたちの様なぶ躾

な客は見た事もない。五十目や三十目つかふたとて。此金ぶすまがはり

かへらるゝ物か。まだ恵心僧都の三尊のみだを善導大師の口から

吹出してこざる絵かあれども客ぶりのよいわろたちがないゆへ。茶の間

のふろさきへもはつておらぬと。所からとて銭やすにて結構なる物

の買まはさるゝは仏画なれども。遊所の座敷には不相応といふこゝろの

つかざるはその身の銭つかはぬ一失成べし。切角物いれてこしらへたる

座敷をそこなふてもらふ様がないと。めつたに掃たり拭たり。台所

からお客様が御出といへば。胸にきいやりとしてあばれぬ客なればよいが

と思ひ。夜ふけてどや/\と外のあげ屋から。女郎まじくらつき合に

来る客があればあためんどうな。あそびかゝつた所にゐはせいで人の座敷

をよごしにうせくさつたかと。心よからぬあしらいに。吸物のかげんもなげ

やり三方四方からいひたてゝ。不景気なるにまかせ。節季の書出しも

喰込をつけかけねばゆかず〆三百八拾四両五分。外に畳の酒びたし御客

方へわり付て。御一人前廿八両五分。金ぶすまのそこね代六拾八両三分。

くれ縁のふみぬき代まで付かけて。一向客なしに此座敷に楽みたき

心になつて。くるほどの客が苦になり女郎が世話に成ていつとなく

労咳やみだし。後は庭の薪がくづれたらば座敷の襖へ当りはせまいか。

もし化物の所為で料理場のまないたがおどつて出たらば欄間が破れ

はせまいかと。きほいおくれにやせおとろへ。地震雷にも妻子の事は

案せず座敷のいたまん事をのみかなしみ。好物の酒も咽に通らねば。

次第に病症むつかしくなりけるまゝ。その頃愛染院南流法印と

いふ験者のありけるを一門中よりまねいて。亭主八郎左衛門客嫌ひ

に成れしより。かやうの病気にも成り申されたり。いかなる神仏の

おとがめぞ考て下されよといへば。法印つら/\工夫をこらし。金殿

当頭紫閣重ると申卦にあたつて。金殿とは結構な座敷

の事当頭とはかしらにあたるとよみて。あまり結構な座敷を拵へ。

朝夕是が苦に成てかしらいたく。やまひに当ると申事で御座る。

扨紫閣とは紫はむらさきとよみ。閣は二階座敷の事。野郎と申者は

紫のぼうしを着てゐますれば。それが大ぜいかさなり来て二階座敷へ

あがればどこもかもぐわたひしとそこねたがるゆへ。病の根となると申心を。

金殿当頭紫閣重とは申す。一代の離の卦。しかも南の嶺の火性

今年は巽に当つてござれば。つゝしみふかくなるべしと聞て。一門中の

安からぬ事に思ひ。何とぞ陰気のはれて寛闊になられまする様に

御祈祷たのみまするといへば。法印いかにも丹誠を抽んでいのり申べし

しかし御亭主は命乞のため。法体させて隠居させらるべしとの儀。

いづれも尤に思ひ。さいわゐ十五歳になる子のあるを。半元服させて跡目

にたて。八郎左衛門女房女亭主にて客をあしらい。八郎左衛門を大安寺

うらへ隠居させ剃髪十徳にて名も休揚とあらため揚屋休たる

心もしづかに養生しければ。病気も次第に快気するにしたがひ。験ありと

法印も弥加持祈祷怠らず。女房おとらは前に引かへて客あしらいよく

畳は百遍でも表がへのなる物。客の綱をとりはづすなと。すぐれて大切に

馳走しければ。外へちりし客も皆/\此あげやへもどり。内儀の名がおとら

なれば。千里ゆきても千里もどると。昼夜の繁昌金設のたゞ中二年も

たゝぬ間およそに(小)千両のたまり金。家質はいつのむかしに請。料理人

の市兵衛が才覚ものにて。金はりつけ金ぶすますこしにても破れ次第に

めぐつてしまい。青土佐にてはりかへ。ついたても白き奉書にぬりぶち。

寺めかぬ座敷にいつとなく仕替しまゝ気もつまらず客もまさり。

隠居もそくさいにならるゝ事ひとへに愛染院様の御陰と。さま/\に

うやまふる故。此上か大事と百大竜王必知麟の秘法をおこなへば。本復し

たる上に祈り過たる故にや。しのび/\に契情に身をうち。十徳に

すそもやうつけてあたらしいかと高ぶり人つきあひに台所さはたち

おもやの料理人を毎日よびよせどつたくさとさはぎ立て客するおもや

より酒も多くいると家内肝をつぶせは。その客するおもやは誰がゆづり

しぞとせつかくためたる小判のこらず取□(出)し。牽頭末社にまきちらして

我をわすれし大尽あそびしきりに寛闊なる仕こなし中□やといふ

茶屋を定宿とさためざんざめかしてたのしみけるがちよつと酒が溢れ

てもおもてがへせよと十両なげ出し女郎がふすまへよりかゝても油の

ついたをはりかへよと五両なげ出しどこやらむかし気にかゝりしくせを

よそへの花々しきふるまひ。女房おとらはお客の御きげんせい一はいとり

廻つてためても/\隠居のわるづかひに勢根つきはてふと思ひ付て

是は本復めされても。法印様の御きとうがあるゆへ。いのり過て闊に

成過給ふならんとしきりに御きとうをやめになされて下されませいと

たのみにゆきければ。今までのきとうをさかさまにあとへもどすへしとて

百大竜王必知麟を麟知必王竜大百とせめかけ/\いのりいのられ

隠居休揚急に悋かつゐて牽頭にかしておゐた小銭の利をせり

おもやの飯米を見るに小粒で増まいとしかり。隠居だけのつゐへと

おもやへつぼまる料簡坊主あたまふり廻して台所の世話をやき

ものがこげ過る平皿のもりが多ひと。よそであそんで来たたけに事

いふに力が出来て竜大百のきとうのしるしにや来る程な客を

とらへて身體のもちやう始末の仕格をはなすゆへ客も陰気に成て

始まつの第一は契情屋へ来ぬ程の始末はあるまじと悟道し身體の

持様は内をまもるより外あるまじと。出て来る心もやみわが所ばかりか

ゆきつけられし外のあげや茶屋迄に客を取うしなはせしとなん

  (三)人の心を引て見る石臼の思ひ付

夫貧福は天地の道具にて銀をかす有徳人あればそれをかる貧乏

人あり借す人ばかりにて借る人なくんば天斗ありて地の無かことく

世界は有かたし琴に作られて貴人高位の御膝元におかるゝ桐の木も

あり又下駄に作られて奴候の足にかけられ泥土にけがさるゝもあり

何れも桐の木の役はとつむるなり。人もそのごとく己/\が親より

仕にせの家業まつとうつとめて子孫へゆづるが人の道ぞかし世間を

みるに渡世ほどさま%\にかはりて高下のあるものはなし。朝は七つ起して

呉竹の伏見に通ひ。木薪を荷なひ。安き重荷に肩を借て暮る

まで足手をかひさまにはたらいて。やう/\銭百文まうけてからが五十文が

中食につかふてしまひ。さらば内へ戻つて休むかと思へば。夏のみじか夜

も蚊にくはれてわらんずをつくり。女房も木綿がせくつて片ときも

ゆだんなくめうとかせいでさへ。いつ八文が酒を心よくのみし事もなく

夏さむいめをせぬかはりに冬あたゝかなめにもあはず年中大晦日の

心地でくらすもあるにふ断木わたで織しものは身に□ず□には

山海の珍物を味ひ。常釜をかけて挽茶より外はのまず上京の

有徳人につき合。朝茶湯の□会のと。年中振舞に打かゝりて何を家業

にするとも見へず表は格子作りに内庭をとり。妻子にも時々のはやり

衣装を着せ姥の御物師のと置ならべゆたか成くらし定る大ぶんの

扶持でもとらるゝか但は鎌倉に千両屋敷の十ケ所も持て□□て

暮さるゝかと。近所からも不思議を立ればさら/\左様の事にはあらず

何やらちいさき塩辛壷の様なものを金らんの守袋に入て持て出

らるゝと。そのまゝ五十両や百両の金は忽とつて戻らるゝと内証のわけ

しつた人の咄して扨は茶道具をうる人かと日頃のうたがひをはらしぬ

身にお蚕を着て味ひもの喰て銀まうけするが。うら山しいとて親

から仕にせの搗米屋を俄に仕かへて。仕馴ぬ商売にかゝり目もきかぬ

くせになまもの知りにて似せ物をかづき。手代にたをされ。うりがけどられ

急に入合せんと金山にかゝり。博奕に身體を打込。今は二ツちんも三ツちん

もゆかぬ段になつて身體を分散して数代つゞきし家を人の物になし

妻子にうきめをみする事。是みなてい主がしゆがくのあしき故ぞかし

今はむかしの京ならの里に油煙墨を売て上下六人口相応にして

暮しけるが。世間の商人の俄分限になるを見て頻にうらやみつく%\

おもふに。職人ほど埒のあかぬものはなし。親父の代から私等は三代

墨商売をして同じ所に居くろめたといふばかりにて。いつの春じや

とて。所に名たかき八重桜のさかりを見にゆきし事もなく。けふ九重

に匂ふくさ墨に形體をよごしさらば大晦日に払仕舞て。銀の壱千匁

も□す事か粉になるほとはたらひて。やう/\一はいに仕まふて□百目か

三百匁残るかのこらぬ仕合鰤はつけども丹後鰤壱本買事もならず

京大坂に売あまつて捨るほど安ひ時でも。丹後鰤は思ひもよらず

やう/\せんざき鰤を片身買て咽をかはかせ居宅の外に小家一軒

買ふちからもなく。いつもおなし顔で暮す事にぞ口おしけれ。となり

の団屋のむす子は親の代には町内に借家がりして。あはぬ団屋の骨を

けづり。いでのあがらぬ家職を見やぶりわづかの思ひ入の商売から。めつ

きりと身體を持直し。親仁の代の渋団のあおら貧乏も今は

金銀の団にて腰元共にあをがせ。夏をしらぬくらし。さのみ頓智のある

男にてもあらず。らちのあかぬ職人をはやく見限り。商人に成し

ゆへぞかし。われら人にも勝れし気量を持ながら。此まゝにて一生

を送るは。卞和が玉もしる人なく泥中に埋もらせ置がごとし。金銀は

廻りもち。心を付て#稼がは。まうけまじきものにもあらずと。我を高ぶり

何商をして俄分限に成べしと。いろ/\とくふうするにとかく人の立身

すべきは鎌倉なり。名に聞へたる越後屋伊豆蔵なども元は伊勢

近江の生れにて鎌倉にかよひていづれも立身せしなれば。さいわい父方の

従弟が鎌倉に居るにて能便りと。思ひ入をこま%\としたゝめ

三度飛脚に下しければ。早速に返事を上せて。鎌倉も日/\に繁昌

いたせば。諸国の出店多く。五六年も懸て工夫せし仕出しものも

あすは同じ類見世何軒も出来て。しかも手本を見せて工夫する

事なれば。仕出せし方よりも一際よく。直段も一二わりもやすくうり

出して。中/\ほらな金まうけさせず。しかし近年奥#州に木わたを

大ぶん作れば。もしや油かすのやうなものを。舟づみなされたらは宜しかるべきが

よく/\御勘弁あるべしと書上せしを。此油かすのやうなものとにごら

せしには。ふかき心あるべし。油かすならば油かすと書べきを。やうなものと

やうの字を入たる所に。いろ/\と屈託して。若ひ男ながらも鎌倉の

広みに住でそこ/\に心のつきしぞかし。遠路の所なれば。状文の

紛失せまじきものにもあらず。若も人にひろはれ。思ひ付をしてやられ

てはならぬと。夫とはあらはさずわざと油かすの様なものを勘弁せよと

いふて遣はせしは。鎌倉は温飩蕎麦切のはやる所なれば。油糟のやうな

石臼を積下せよとのなぞ/\と。我ひとりがてんし。親代々持つたへし

家を。三千五百目の質に入て。隣あたりへもしらせず。旅用意して京へ

のぼり。白河の石屋と談合し。石臼を多く仕込で難波のうらより

大廻しにて積にけるこそ間#違なれ。舟積せしにより万貫目持の

心になり。手の理へしみこみし墨を。軽石にてみがき正月の礼の時

さへ大事にかけて着ぬ様にせし。茶□の小袖を。不断着て内儀ニも

年頃ほしがりし黒綬子の大幅帯を買てやり。朝夕も美食を好で

木辻のわけ里へ通ひそめ。内には#婢中居を置ならべ。内義もときわ染

の小袖のはつかけの切るゝもかまはず。裾ながに着てわにあしをかくし間所

もおき所を屏風でかこひ。かりそめにも台所へ出ず。ちよつとの用にも

手をたゝいてせんじ茶を台天目ではこばせ。寺参りにものり物にのり

ちらして。腰元お物師を引つれ。縫仕事をするは下%\の事といやしめ。弟子

にも見世の細工を止させ。産神の祭の時さへ喰つけぬ生肴を喰ば。胸

が。なづんて。日頃いやがりし茶がゆを。恋しがるも間違ぞかし。内外の奢に

めつきりと借金も出来て。鎌倉の便を今や/\と待るゝ所へ石臼を

つみし舟。鎌倉ぢかくに成て破船せしとの知らせを。半分よみさして・。目を

廻されしを。やう/\と呼生け。気つけなど呑せば少シ人心地になりて

見れば代物は石臼なれども引上る事もならず。残らず海底にしづみし

なれば。誰をねだろふ事もならず。ほんの石臼で手をつめたる如く。

跡へもさきへも廻らぬ仕合。是非なく買懸りの先%\を集め。思ひ

入の代物をつみし舟。難風にあひ舟破し様子をかたり。とかく拙者が

身の災難諸色買がゝりの内へ此家やしき諸道具を渡し。我等着の

まゝ立のき申せば。宜敷はいぶんなされて下さるべしと断いへば。負せ

かた大きに肝をつぶし。数年家業にせらるゝ墨筆のたぐひをつみ

し舟を破しなどゝあらば。了簡もあるべきが。十方もない石臼をつみし舟

を破しとはのみこまずと。中/\がてんせぬを。町の宿老をいろ/\たのみ。

一門一家にもふしやうの袴を着せて船主舟頭破船せし所の浦手形

を見せて断いへば。中にもこざかしき負せかたが。京へ人をのぼせて。白川

を吟味させしに。いかにも相違なき様子もしれて。少はかし方より納得して。

売余りの代物諸道具かけて。何ほどの直打が有ぞと。此様な割符

事に来馴し古手やが申出して。近所の古道具屋を頼み。やざ/\に

かけてみるに。目当の家は家質の方へとられ。家財ひつさらへて。壱千三百

十四匁。凡借高拾六メ目の内配当して壱歩にも廻らぬ分散。残りは仕合致て

急度相立ませうと。お定りの証文取て事を済しぬ。兎角大だわけの

沙汰に落て。誰がひとりいとしやといふ人もなく。子飼の家頼にも思はぬ

外の主取をさせ。妻子もうき目に大坂の親元へあづけ。其身も所の住居

も成がたく。他国へ行て稼(手上下)で見んと。分散の時のけてもらひし鍋釜を

うり。弐貫斗の銭を財布に入て。独身の気散じは誰にいとま乞する

者もなく。隣辺のしらぬ様に。わざと夜ふかく旅はゞき引しめ引かぶる

三笠山に出し有明の月をふりさけ見て。さりとは慈悲万行の明神様も

聞えませぬ。氏子は千金にも替ぬとの御たくせん。責て百両斗の御利生

があれば此なりには成ませぬと。勿体なくもうらみ奉るぞおろかなり。

我身のしづくのわるき木津川を渡れば。夜はほの%\とあけて。長池の

煮うり茶屋の十文もりで朝飯をしまひ。どこといふ当もなければ。急がぬ

道草の吸つけたばこの新田といふ在所は。蕎麦切の名物とて。昔はやう/\

一軒ならではなりしが。今は軒をつらねて。いづれもいそがしさふな見せつき。

今ほどうどんそば切のはやる事はなければ。せめて此銭だけの石臼を買て

鎌倉へ持下りて立身ののぞみ。人間の浮しづみは七度富貴とて頼まれず。

貧乏なとてさのみ気をくさらさふ物にもあらず。いつ時分から仕合の

なをろふもしれぬうき世。既に大公望は八十になつて立身せられし

ためしもあるぞかし。百になるばゝもかふではてまいといふほどの気性は

見えねど。よほどがんじやうに見ゆるばゝの年頃は六十有余と見へて。竹の

杖にすがり。是も京へのぼると見へて。跡やさきになりて来りしが

九之介が火縄をうつて。こな様は今朝どこから立しやれました。奈良立

にはお早い事。わしは京の六条の娘がやゝ産だと便りしました故。親の

因果で安ひといふ便りを聞ても。顔を見ねば打つきませぬゆへ。玉水

から遠ひ所をのぼります。毎年/\孫がふへてはご板のしやうぶ刀

のと。入らぬ物入が多ひ。来年からうまぬ様に娘にいふてこいと。親仁がむりな

事いやります。いかに親の□けでも。是ばかりは儘になりませぬと。問ず

かたりすれば。九之助もひとり旅のさびしさ。殊にいそぐ道ならねば。そろ/\

と。ばゝのつれになつて行ふ。新田の茶碗酒のねつが廻つて。ふら/\とする

足元を見て駕やりませうといへば。たゞならもらを。我もむかしはのりし身

とて。一杯きげんに所まだらにおぼへし。与作の浄るりを語れば。ばゝも

口ざみせんを弾て二むかし先にはやりし五尺いよこの手ぬぐひを

諷ふてさりとは気のかるひよい道づれと。此ほどのうさも忘れ。わらんず

のひもむすぶ間。此財布をおつと合点とひつかたげ。さりとは達者な

おばゝと我を折嫁のめいわくを。おもひやらぬ用事とゝのへて。さらば代つて

持ませうといへば。久しぶりで大ぶんの銭をかたげ。肩もしまつて中/\

道も苦になりませぬ。伏見迄持てやりませうと。老人のひや水物すき

な。ばゝとは思ひながら。物持たよりから身であるくが心よきに達代ふ

ともいはれず。それなりけりに小倉堤も過豊後橋を五六丁も過て此近所

に。わしが姥がござりますれば。娘が事もしらせて行たふござります。先へ

ござつて下され。跡から追つきませうといひ捨にして行を。夫ならば用事を

しまふて跡からござりませ藤の森までそろ/\と行まする。その財布を

是へ下されといへば。ばゝは肝のつぶれたかほして。こな様のさい布はどれにござる

ぞ。跡の茶屋で鮒のでんがくまいつた時。わすれてはござらぬか。跡へ戻て吟味

なされと。そしらぬ顔で居れば。是はけしからぬせんさくと。血眼になつて

はてわごれのかたげて居らるゝ財布が身どもが財布じやてんがうも事に

より。きり/\とおくしやれと手をかくれば。扨/\そなたは仏體にも似合ぬ

おそろしいたくみする人じやのふ。やれぬす人よ出合/\と大声あけて

わめけば。近所の者も出あひ様子をとへば。みな様聞てくださりませわし

はいなりの者でござりますが。長池のむすこが所から久々便りもなきゆへ

わづらふてばしは居ぬかと。親の事なれば。あんじられてきのふ逢に下り

ましたれば。よふこそ来てくれたといふて食の酒のと馳走した上で。商の

売溜を此財布に入。是を進ぜる程に親仁とのに酒でも買てしんぜて下され

上リたけれどいそがしうて得のぼらぬ。来年の春はのぼらふといふて。此銭をくれ

ました。むす子が精を出してまうけ溜た。身の油を見せて親仁に悦ばさふと

思ふて年よつて重ひ物を持て戻りますアレあの人が道づれになつて

茶を呑ぬか酒はいやかと。念頃にいふて下さるゆへ。扨/\□人じや。奇得

な人じや年寄と思ふていたはつて。下さるゝと。せんど悦びましたが。みな

聞て下されませ此財布はおれが物じやといやります。男ならば年寄ても

歩行荷物といふ事もござれど。女子の身でわけもなひそんな事なんの

しませうぞ。あれは此海道をはいくわいする。ごまとやら灰とやらでござると

ふすぼりかへつて泣たければ。往来の者も是はお婆ゝのが道理じや

生わかいざまで。年寄に銭を持せたとは。浅はかな大がたりめ。往来の見せしめ

に。ぶてよたゝけよと。口/\にわめけば。断いふほど立かゝつて。あごをたゝかせ

なと。手々に棒をふり上のゝしる折ふし年がましき侍の通りあはせて

双方をなだめ町所のさはぎにもなれば。相手の婆さへ了簡するならば。

ゆるして帰されよと。おとなしき推察に町所のさはぎといふに心つきて。

扨々命冥加なぬす人め。かさねて此海道を徘徊せぬ様に片鬢そがふ

の。坊主にしやうのと頭に血の多き若ひ者がいふを。ゆるさるゝ上からは

此儘かへされよと。やう/\旅人の情にてあぶなひ命をたすかりしと

悦びしも間違なれ。杖柱とも頼し銭はかたられ今は鎌倉の望も絶て。

どふして居るやう。久々便りも聞ぬ。耳塚の辺に少の知るべを便りに

尋行しに。かね%\おもふたよりは貧しさふ成暮しとは思ひながら。先

身の上をあらまし語りて。余義なく頼ければ。中/\見かけと違ふて

たのもしき男にて。子細を聞ていかにも請込で世話にしてしんじやう

精さへ出たら独りの事なり。過られぬ事はあるまひと。近所のうらがしや

を借てかけ竃破鍋の宿ばいり。山伏猿廻しと相住して。やう/\と日を

送り。狼を見せる木戸にやとはれ。かつ/\の暮し。西隣は熊の伝四郎とて

年中方/\のほう会に見世を出して。熊の黒焼に啌を八歩まぜて

あぶなひ。渡世をせしが京も住うく北国方によいもふけの筋を聞いだし

近日下るはづなれば幸こなたも仕馴た商もなくば。跡して見られぬかと

桐の木を黒焼にして酒に漬れば。うごく事を教へ。伝四郎といふ名まで

ゆつられ。俄にかます頭巾を着て奇妙なる訛声を作り。熊の黒焼ダア

気付になるべイ血とめになるべイ奥州の者は横な事は申さない上方の

ごとく歌や弁舌で売りや申さないサア酒の内へたんだ芥子粒ほど

入申べい。天目の内がうねり/\と。でんぐりがへるべイを見なりやう。性ぶん

の薬だと。一日しやべつて夕ぐれに。見世をしまひ。宿へ帰れど。やもめ住の

気散じ。誰が戻つたといふ者もなく。誰におれ恐れするといふ事もなく。

ころりと横に寝かゝる所へ。表の戸を扣て。熊の伝四らうどのと申して黒焼を

おうりなさるゝお人は。是でござるかととへば。成ほど爰てこざるがどこからござり

ましたと。ねながらいへば。しからば御免なりませと。戸をあけてはいるは六十斗

の侍。黒ぢりめんの羽織に茶宇の野袴を着し。伝四らうが前に両手を

つき。拙者義は西国方の去御方に仕へ申菊野仙太夫と申者。拙者主人と

申は。則貴殿の御母公子細は申さずとても御聞及あるべし。こなたを生おと

されてより。主人方へ御すへのの御奉公に出させられ。仮初に殿の御手かゝり。

今では御台様と御成りなされ一家中尊敬いたすにつき貴殿事を

思ひ出され殿へ御願を立られ。其元の御行来(参)を手より/\におたづね

ありし所に。只今此所にケ様になされてござるよしを□聞あつて早速

拙者に仰付られ御追に伺ひ仕りしと子細を語れと唐人の符帳聞様で

一ツも合点ゆかず大方それは門違でござりませうとふるひ/\いへば成ほど

其義も御台様御念入られ今は貧しい暮しで居るといふ事なればさだめて

さもしい身をはぢらひおぼへないといふまじきものにもあらねばとくと子細を聞

には及ばぬ名所さへ違なくは御供いたし立帰れと仰付られたれば先/\衣服を

も御□あつてしかるべしと。表へ出てかくといへば。大勢の家来が入込夢にも知らぬ

衣服を着せかへいぢはる者をむりに乗物に乗て対の挟箱歩行若党跡にはじや/\馬

まて引せての御下り。明日はしらず先けふは大名の里の子と尊敬せられしは。男は

氏なうて玉のこししやと相借屋の者が羨しも間違ひなれ

           二之巻終

諸芸袖日記後篇

教訓私儘育                    三之巻

           目録

 第一 神主の後生願ひは数珠の玉串

             講中の男建はあたつてくだくる

              払壇の戸びらあけて見たれば

              紫雲の楽屋入も夢の迷い

 第二 僧の神道好は南無阿弥明神

              帰命無量寿如来にこもる

              神/\のめぐみかけてたのむ袈

              裟と木綿襷のとりちがへ

 第三 女房の力自慢は石の引ちぎり

              男のよはみそすり疵にも気を

              うしなふに引ちがへたる内儀の

              武勇とゝかゝの世の中

  (一)神主の後生願ひは数珠の玉串

千早振紙衣羽織。冬さびたる席銭講釈。月水ながし受合表に

此標ありと丹にて書たるとなりへ。神代巻来ル十一月二日晩よりと押

たる神慮もおそれあるべし。今はむかしならの京五篠あたりに。

飛鳥尾山城といへる弁舌者。神書の本文はすてをき。括宗に仏法

を罵り。地獄極楽はないに極つたなど。あまり珍らしふもなひ

事に息勢をはりひぢの講中次第に繁昌して。榊組木綿幣組

などゝ。門前に市を茄子売まで聞とれて。今まで仏めに化されたが悔

しひと。俄に三種の大秡をさづかり。漸/\に功じて来て。祖父のとき

汗水たらして。細元手の内から。買ておかれし仏壇。打くだひて風呂の

下へ琢磨の筆の観音も。味噌桶の小口ばりに引さき捨るもあり

身體兎も角もする者の聞入しは。急に守屋びいき・になり。座敷

の真中に鳥居をたて。お袋のなきわめいて。きのどくがらるゝをも

かまはず。父親の位牌へ生鯛すへかけ。命日を祭礼と唱へ。心のあふた

友侶をあつめ。飲だり食たり。世間のものゝ仏法にまよふが不便なと

譏るかと思へば。何ぞ思ひがけぬ病苦にあふか。わが子が死ぬるかの時

しきりに思案かはつて・。百日法華またはぬわいだの声。人のきくも

はゝからぬ程に。伝変する類世に多かりける中に。遠州音無大明神

の大祝浜松式部の惣官といふ老人。わかき時より朱子派の儒学ニ

なづみ。窮屈に身をもつを。徳行と心得。もとより神職の事なれば

神道に心をそみ。僧尼を忌仏事を穢とたて。常に火を清め手水に

井戸をかへほしける。序に後妻は京都よりむかへ。かゝる辺鄙には又まれ

なる。ほつとりもの・にて。老のたのしみ閨のつれなさをわすれ。妻は

京産雲の上人にやつかへけん敷島の道に心がけあるより。式部の

惣官も和歌に心をよせそめ。契てかはらぬ恋のふかき中になりけるに。

さだめなきは世のならひ・。此つまに何となく風の心地の様なりしが。薬も

きかず灸もこたへず。次第よはりによはりゆくを。不便さまさる夫心。我つかふる

明神へ。百度参りをはじめ。あけくれはらひ給へ。きよめ給への声たへず。

祈祷丹誠を抽けれ共。かぎりや有けん。終にむなしく成はてたり。式部の

惣官愁嘆にまよひ。寝ても寤てもわするゝひまなみだにのみむせび。

さしも性理の学問になれ。四十にしてまどはずとさへいふに。六十に余りて

心もくらく成。せめてはと越中富山へ縁をもとめ。正真の反魂丹を十包

ばかり火に炬て見れ共。ほろ苦ひ煙の内にありし姿もあらはれねば

たまの在家を尋ねて来いと。下祢宜権の太夫をあてどもなしに□て

見れば。此権の太夫楊貴妃の謡さへしらぬわろにて。玉のありかは竜宮

なるべし。何とぞ讃州志度の浦へくだり海士をたのみて見ばやと心

あてありげにうけがひ。路金したゝかうけ取。讃州さしていそぐ道にて

伊勢の浦辺にても玉をとるよし。一里にても近ひをさいわいに。海士に

尋求れば。大かた此事でかな御座らふと。真珠といふて貝の珠を高直にうり

わたすを。手がら心にかいとり。遠州へ持て帰れば。式部の惣官もあきれ

はてゝ。しかるにもしかりごたへのなき男と思ひ。その真珠火に焼つき

くだひてよく研り。明礬辰砂などにをしまぜ。蜂蜜に和して老眼の

かすみをあらへば。元来真珠なりとて売付しは。浜□の珠□□□滞珠

といふ大毒ある物にて。眼の玉翻回・程いたみ出し。冷水にてあらへども。

熱さめがたく。目をかゝへながら寝所へはいけども。ねるにねられぬに。夜も

ふけゆく頃。くだんの珠のかげにやありけん。又は反魂丹のゆかりにやあり

ぬらん。此世をさりし妻の姿。あり/\とあらはれ。とんとそひ寝のみだれ

すがた。惣官にひしといだきつき。四十九日がその内は。中有にまよふておち

つかぬゆへ。なつかしさのまゝ冥途から。借にきましたと。なみだと共に

かたるうれしさ。死したるものに心ひかれ。今一度あいたいと無理なる願ひ

のくりこといふ。思ひのまよひ□うつゝなく。むつごとに夜もほの/\。人の

見ればあやしめなん。又明晩と帰る袂とらんとすれば。霧霞きへて形は

なき跡に。きぬ引かづいてうつら/\。昼は物にまぎるれども。夜はまつとなく

夢となく。又来るつまのさゝめこと。それより毎夜/\かよひ来るとは人

にもかたらず。打物やせ日のくるゝをまつもせぐるしく。すでに四十九日に成

たる夜。かはらず来る妻のすがた。何とやらんたうとく見へ。今宵はそひね

かなひがたし。みづから天上の果を得て。こよひ天にのぼり成仏せり。

みづからが天へのぼる光を見ていよ/\跡を吊ひ給へかしと。いふかと

思へば。紫雲むらがりたなびきくだりて。妻はたちまち菩薩の體に

光明かゝやき。雲中にさらば/\の声ばかりしてうせにけり。是より式部の

惣官後生おそろしくなり。是まで神道を楯のつゐて。仏法を呵り

たる罪の程をいかゞせんと。念仏三昧に入らんとすれども。社家代々の家法と

いひ。六十余歳までそしり来たりし手まへもあれば。世間への聞へ気の

毒がり。隠居のおくの間に仏だんをこしらへ。是も内のものゝ手まへへは

天竺明神の内社壇といはせ。木でこしらへたる鉦そろ/\たゝいて南無

あみだ/\/\もせめかくる段に成ては。次第に小音にとなへ。心いきばかりの

願以此功徳。至極心やすひ祢宜仲間へうたがはれぬ子細は。死んだる女房共が

毎夜来りて終には紫雲にのり。あの雲のうちへはいりしといふ咄をして

ひらに後生をねがはれよとすゝめければ。して又その雲中へはいらるゝを見

つけ給ふ時。寝床の枕もとには。雨戸障子はさし廻してはこざらなんだる

貴様には外へ出てそらを見られたかととはれてハツと心付。いかさま

まくらもとにて。あまど障子。そのうへ六枚屏風まて引まはしてあり

たれば。雲の中へ入ルが見ようはづがない。又外より妻の来たるべき道も

なければ。扨は恋しさなつかしさの迷ひにひかれし夢であつたかと。切角

たゝきかけし鉦をなげすてゝ。又はらひ給へきよめ給へ。根のすはらぬ

心のまどひ。多くはかくのごとしとなん

  (二)僧の神道好は南無阿弥明神

唯もろ/\の雑行を捨て。正行にきするを以て本とすべし。其正

行にきするといふは。何の様もなく。弥陀如来を一心一向に頼奉ることはり

にあるなり。それ信心をとるといふは。やうもなく。たゞもろ/\の雑行雑

修自力なんどいふわろき心をふりすてゝ。あなかしこ/\といたゞく御文の

ありがたき身にこたへて。報恩謝徳の御礼申上たる信心も。弥陀の名号唱へ

つゝの。つゝのてにはに屈託してどうでもてにはは歌学てなくば行まいと。

歌学者を尋ねまはり。やう/\雲津珍秋斎いふ師匠を聞出し。弟子

入しけるに。はや月次の会に出よとて。兼題をわたしけるまゝ。その日になり

出て見れば。先上座に人丸そこのけの顔して座してゐるは。色まつ黒

に商人のしかもよごれたる布子きたるは。六条の墨屋のよしいづれも

是を六条の黒人どのと高弟にたてゝうやまへば。その次は川東ヱばかり

牽頭もちにはいりこんでゐるのみ坊主。東へゆけばとて東行法師と

名づけ。しぎたつ沢の秋の夕ぐれになれば。旦那衆の待てこざらふと。

当座よみさしてかけでゆけば。こなたは無理に仕立たる当世男□を

ひいて色をおしなびけになびけたがり。なびいたかと思ふ爪音ニは。けち/\

もはぢきころさるゝ楊弓わきばさんてならびしは。さぞ在原の

業平心なるべし。木津の晒布やは。ほの/\と明石ちゞみをそしり。

八百屋のむすこはたゞたのめしめぢより。革茸になされませいと。

会席のこんだてをすゝむるもおかし。かの一向宗の僧。本□坊の会

といはゞやさしき出会ならんと。思ひの外文盲なる寄会米の相場。菜種の

買旬。わけもなき咄ばかりなれば。おもしろからずと見かぎり。和歌の源は

神道成べしさらばさらば神道へかゝつて見るべしと。諸所たゝきまはして神代まき

聞ありき。中臣の秡にうき身をやつしろの神の国に生れて。神の道に

うとき筈はなしといつとなくわが姿の天竺めきたるがうるさくなり。父母

よりうけたるあたまの髪なさけなくもそりこほちける事よと。今さら

くやむ心つよく。なむあアヽヽヽヽみだアヽヽヽも砂かむやうにおぼへ。門徒に

むかつておふみよむもうそはづかしき心になれども。さしあたつて還俗

したればとて肩か口過に成ル程の神道者にもあらねば。墨の衣とみだ

の名号は。世わたりとのみ心得。安心決定はいまはしき事とおぼへ。げぎの荘

厳をいましめ雑行をとゞむる法談しながら内証は神棚こしらへ

標縄曳まはし。幣帛たてめぐらして。八脚の机に玉ぐしたてかけて。

はらひ給へきよめ給へのかしは手。木綿襷も密/\その筋より

ゆるされ朝夕旦那衆へかくしての神拝そろ/\葬礼にゆくこと

むさくけがらはしく成て。代僧をつかはし。自然と仏事麁略になり

ければ旦那衆ニ斎米みあかしもひかへめに成て者さびしく成ゆへうへ一

旦那の丹波や伝助といふがきたりて。何が有がたはなしのつゐでに。何と

第十七十八の御願の通りでござれば。一向専念に他力本願をさへ信

ずれば。仏になる事はうたがひはござりませぬかととへば住持あざわらつて。

それはつも/\御座になられて。きかせらるゝ通り。極楽往生に

すこしもちがひはござらぬ。しかしながらあてにはなされな。そのわけを申

すは阿弥陀如来は右の通の御願でござつても。此世にいきて居る内は

神国でござる。その神国にうまれながら。神の御恩は報ずる心もなくて。

目にも見ぬ後の世だのみ。こなたも商人じやが。ちと利がすくなう

ても現銀にとる方ようござらふがの。高利でも五年目にとる約束

で代物をうりはなしてやるよりも。はるかさきの見へぬ冥途への御礼

ちと了簡して見さつしやれとすゝむる故。此旦那信仰一へんの男なれ

ば。聞入レたる耳くせうせず。埒もない物のとき様かなとあきれははてたれ共

根が商人なれば。かの現銀とかけうりの理に何とやら心まよひ。神道も

ありがたい物そうな。ちときいて見たい物じやと。それより講中へふかく

かくして住持を先生とあがめ。次第につのり。帰命無量寿如来とほかみ

ゑみため。坎艮震巽離坤兌乾なまいだアヽヽヽとりまぜたる二河白道

の境にたゞよひける。此沙汰何処ともなしに講中へやもれけん。斎米はか/\

しく持てこねば。非時によぶ人もまれになり。寺の不繁昌納所の

不手廻しほとんど身上のゆかぬだんに成て。住持思案を仕かへて

内証はともかくも。表向に信を見せんと。俄にはり札をいだし。三七日が間

法談とのふれ廻しヤレこちのお高様に魔王の見いれが追いて。御法談なさ

るゝ様に成つたは。仏の御方便か有がたやノウ歌やと。ばゝもかゝも打連/\

参詣して。堂に充たる人数同宿たち。さきへ出てまづ御経をはじめ

ける内住持は居間にてひそかに八角の壇をかざり。かしわ手打て。十八神道

をやつてゐらるゝ最中。はや本堂にはお経みちて。喚鐘三つ四つ

つき出すに。びつくりして衣引かけ。輪袈裟かけたやらかけぬやら覚へ

ぬ。くらゐに子細らしくまかりいで。お文を箱をひらき。しかつべらしく

帰命無量寿如来帰命とは南無の事。寿如来とはあみだ如来の御事。

各われらと殊勝らしく説かけらるゝを。参詣の人々。よく/\見れば。あまり

心のせくまゝ。輪袈裟と取ちがへて。木綿襷いかめしくかけたり。衣の

うへにかけたるは山伏かと見れば。法談物/\しく説なすてい。何にたとへん

かたなし。あまり人が見るゆへ自分らもふと心がつゐて南無三宝と

思へども。中途にかけがへにもたゝれず。それ諸神諸仏と申は。皆あみだ

如来にこもらせ給へば。法談にかゝり木綿襷はすなはち袈裟と

同じ道理といゝかすめて見る程品あしく仕舞つきがね。満座の同行衆

真も興もさらりとさめはて。旦那寺をかゆるもあれば。一向お住持を

追出したがよかろうと相談するもあるゆへ。今はたまりかねて後住に

きたるべき所化をたづね。銀五貫目に跡式をゆずり。その銀にて ある

在宮のありけるを買とり神主に成ても急にかしらはへかね髪かづら

かけて不断烏帽子をぬがず。もとよりこのむ社壇のつとめ。朝夕怠ら

ぬ修行に氏子たちおどろき入。まへの神主殿は祭でなければ。ゑぼし

着られなんだが。さりとは行義のたゞしき神主殿かな。つゐに烏帽子

ぬがれた事を見ぬ。西行法師の風呂敷包とおなじ格そふなと。前の

坊主の時とは。打てかへての繁昌そろ/\神道の講釈をはじめらるゝにも

下地仕覚へしありがたがらす口癖が益に成てアラ忝やアラありがたや

まほらせ給へ当社大明神と。一向一念にうたがひなく頼とせば息引とらぬ

内から。その身そのまゝ神にぬとのすゝめに。数十年すたれはてし拝殿

もたてなをり。本社のふきかへ鳥居の寄進。さつはりと商売もかへ

て身まい物でなしと。その身も感心して是も神の御方便でかなあらふ

とは。またむかしのくせ・のうせぬことばなるべし

  (三)女房の力自慢は石の引ちぎり

柳橋の渭宗が馬勃論に。旅瞽暗香を捜と書伝へしも実さる

事ぞかし。こゝに猿沢大膳と聞へしは。由緒たゞしき浪人にてたけ高く

肉肥りて立□なら四方髪。常に長大小を好み。角鍔に立鼓マキの

柄頭いかつらしく。鞘は紋たゝきの銀の太刀ごしらへ高のり高くあけ

たる羽織の胸紐も経のごとくふときに総をむすびさげ。鉄骨の

扇も用心と見へて。はじめて見る人はぎよつとする程の出たち成

が。つきあふて見る時のやはらかさ。どうさんせかうさんせの舌つき

なる挨拶。第一夜に入ては一町出る事もこわがり。人と言分するに

思ひもよらず。酒のまざれば心もしづかに。鼠のぐわつたりといふも

びつくり痞をおこし。物懼する事又世にたぐゐまれなれば。なじみ

ては人も気づかいなく。友達も多かりけれどもすこしにても目に

角たつる人へは出合ず見かけ不相応の懦士なりけるが。ある時東大寺の

桜見んとて大勢つれだち。花の下に氈打しかせて。うたひつまふつ

の最中。その頃南都にかくれなき極楽組とて若僧のはした。衆徒

六七人血気にまかせて。事がなふゑとのめりありきけるが。中にも

存在坊主の力元滅他坊の勇活かの幕の内をのぞひてあた聞たくも

ない。間ぬけの謡おきをれたといへば。幕の内には例の衆徒ぞ。さわらぬ

神にたゝりなしと。返答もせずひそまりかへつて居るに。衆徒は□

つのりてあのすみにけつかる方髪こそ聞およびし。かたちに似あはぬ

臆病者よと見くだし。その立派な侍はからだだをしか。なぜ出てつめ

ひらきせぬぞと恥かしめられても。半人まへもない力に體術劍術は

見た事もなければ思ひよらず。しかれども大ぜい勝にのつて出さらぬか。

こしぬけざふらひと悪口してそろ/\幕にも手をかけ。引はづして。

あばれこみそふなるていたらくゆへ。一座の町人などおそれこはがり。日ころ

のけつかうずくは格別。おまへのかたちではちつとばかりねめまはされ

ずとも。幕をあげてぬつと出て下されといへば。しばらくしかみ

顔なりしが。いかゞ思ひけん。はながみ袋。真懐へしつかとおしこみ。羽織

取てちひさくたゝみ。是もふところへおしこみ。しり七のづまではせをり。

大小ぼつこみ二王だちに立て足びやうしとん/\とふみしめ。向の方へ

でるかと見れは幕のうしろかげから。いづれもゆるりと是にござれと。

跡をも見ずして我宿さしてにげかへりぬ。いづれも興もあすもさめ果て

今は仕様もなく。とかく町人ばかりの事でござれば。何事も御免とわぶる

にぞ。衆徒もおかしがり。ひたいをめつたにぬきあぐる男にて的人なれど

どつと笑ふて帰りけるより。此沙汰大和一国にかくれなく。出家にさへ

まけたるとの噂。一分のたゝぬ仕あはせ世上へ顔出しもならぬだんにも

すこしも恥とおもはず。春日の社へ何とぞ此へ怪我いたさぬ様にと。

参詣しける道にて。当麻の太守蓮池左衛門殿お通りにて。御のり物

の内よりお詞かゝり又とあるまじき男つき。使者おとこにめしかゝへたき

とて。浪人の子細御直にくはしく御聞とゞけなされ。新知三百との約束

急に在所へ引こすべきよし。身に取ての面目ありがた涙をながし。

さつそく御請申上て宿に帰り。つく/\思案して見る程に。わが臆病

にては武家のつとめいかにしても心もとなし。何とぞ力量武勇の

女房をもちてありつきゆかばやと。それより方/\をたづねさするに。

元来和州は相撲所にて。丈夫なる男をたづぬれば沢山なれども。

すぐれて力づよなる女すくなく。たま/\ありても力わざをいゝ立によめ入

せうといふものもなくて。気をもみける所に。巴やの秀右衛門といふ銭屋の

妹としは廿八色浅ぐろく。せいもふとりも中肉の十人並。かりそめにも

手代共が首筋取て。くる/\と引廻し。くきのおもしを取自慢の片手

わざ。勧進相撲があれば。きはめて見にゆき。今のもぢりは無理で

あつた。東の方の右あしがうくと。西の方は両足ながら切レてあつた物を。

行事ママちがふた/\と。のちにはおなごたてら土俵へあがつてのせりあひ

大ていの相撲取は取てつきとばし。次第に顔が通つて木戸もたゞ

通る様になり。兄貴の借家の者がわがまゝいふて。家賃おこさぬ

時は。片はだぬいで。ちからこぶを見せかけ。きめつけにゆくをたのしみ

にする段。沙汰に聞へしかば。猿沢大膳大によろこび。手筋をつけて

縁をとめけるに。墨屋の梅といふ。かくれもなききもいり。嬶が聞つけ

仲人口とて取そへ引そへ。いつぞや兄御の所へ高塀をこして。大勢おし入。

ぬす人のはいつた時。かのお妹子が惣/\をせくまい/\とおししづめて

おゐて。庭のかたすみにある廿人もかゝらねばうごかされぬ。大石を。何の

苦もなくかろ/\と引さげて。塀のまへにどつかりとおろし。その石に

こしかけて居ながら。その石を五文取の餅ほどづゝに引ちぎつてはなげ

付ケ引ちぎつてはなげつけ。あめやあられの様になげられしゆへ。盗人共は

きもたましゐも身にそはず。逃たと申事世間によふ人の知た事で

ござりまする仕こしらへは。さのみござらね共。長持五棹と申事でござり

まする程に。大かた是も一所にくゝつてよめごが自身引かたげてござる

で御座りませう。おちからにあはせてはおめしはたさんとあがりませぬおよそ

一日に三升ばん米ではゆくりとあるげにござりまするが。平生のなぐさみ

には。鯖の鮓の生づかりなを二三十づゝあたまからむぢ/\とまいるより

外。物入のないお娘子殿とすゝむれば。さし当つて三百石といふ知行下さるゝ

身にては中なひかねぬうれしさ急に結納をつかはしたき相談しめ

吉日良辰をゑらび。輿入のことぶき三々九度も肩から平皿での

大酒。よめごは綿帽子着ながらはもじそうに一生つれそふ殿様へ

のおなぐさみにと座敷にありあふ碁盤の上へつれて来た十七八

なる腰元の女をのせて。片手わざにさし上二三べんくる/\と持て廻り

今から御気づかひあそばすな。いつぞや東大寺での様子もかげながら

聞てはがゆふござんす。ちかひ内にその坊主めにきゆつともすつとも

いはむやうに仕かへしをいたして。ちじよくをすゝいてしんじませう

といへば。大膳はうれしさうに。万事こちの人たのみ申すと。ひげくち

くひそらして寝床へいれば。よめごも部屋へ入て衣装あらため。千代

のはじめの新枕腹がへればわるひと。茶漬食二三十せんかきこみうがひ

手水身だしなみしてつくる所體も。から相応に大きなしりも。恰好

して目にたゝす。ずつしりとすはれば。大膳も何とやらんうかつに物

いひかね床あしらいがわるくばしめころされうもしれぬとふるひ/\

今からかわゆがつて下されませいと。いんきんにいへばヲヽけうこつこる

ようしやんとちぎるやゑにしなりけらし。大膳何とやらん用事に

ゆきたけれ共。縁づたひながら外のくらきにおそれ。身共は用所へゆきたけれ共。

といふをはや心得。こわい事はござんせぬ。わしが□とゐて進じませうと。□□

とぼしてつれてゆけば大膳様所にゐながらぢよこ□□□□共そこ

ゐらるゝかとさい/\尋る故。ちつ共お気遣なされすと。ゆるりとござれわしら爰にゐる

からはばけ物でも□でも出しだいつるみこめますると。たしかにいふを聞てそれで社武士

の女房なれど。自分の臆病はのけて置てほめたる心ぞおかしけれ扨御約束申し遣当麻

の大主へ引越の用迄事すみ三百石相違なく下し置れ。御使者役に仰付られ諸方つと

むるに。此男はこわい事なけれども。跡で女房の仕かへしにこまつてあなどる人なく段/\

首尾よく中もよく一子出生して両の力やうけにけん六七歳より骨あれ矢相

にして十四五歳の子共に組うち。手習にやれば兄弟子をたゝきふせ。今朝比奈と異名せ

られ十七歳の時格別に召出され。鶴の間の御番仰付られ。十九歳の時殿にお召仕山吹と

いふ女中の名にめでゝ黄金沢山にそへ給はり家とみ繁昌しけるとかやされば父の大ぜん

へらず口にて子は親のそだて様が大事でござるといゝありかれしとぞ刀はのけて□て世

上□の婦にまけて何事も婦□を成る多しおさ/\是と替るまじき事にや

  三之巻終

諸芸袖日記後篇

教訓私儘育                    四之巻

           目録

 第一 風呂屋の風呂嫌ひは質の垢

             隠居のさし出らるゝにはせうことの

              内儀粋なはたらきに客つく

              迎ひ船本知千石に帰り新参

 第二 刃物をこわがる研屋の身のさび

              磁石山の霊夢にすいつゐた

              殿のお望いゝ出してはかへらぬ

              鉄気のぬけがらかしこからぬ寄合

 第三 山伏の祈祷をいやがる産の妨

              役行者の跡をふみぞこなひし

              儒学より/\是を習らふ

              先達の院号水鳥のさんげ/\

  (一)風呂屋の風呂嫌ひは生れ付の垢

風呂たきのその身は煤になりはてゝ。人の垢をばおとす物哉とは

人に異見しながら。その身の不埒なる僧の法談などひとしかるべし。

惣じてから風呂といふ物いつはじまりしともしれず。貴人歴々の馳走

にも用ひ。冬はよくあたゝまり。夏は後の涼しき垢をさる事。みがき上

たるごとく。さつはりとして疝気を治し。痞をおさめ是にいりかゝりては

一日もわするゝ事なき程の物なれども。いりつけぬ物はいがら/\覚へ。うへ

よりおつる湯露にびつくりし。息もならぬととんでいづるたぐひ。其好む

と。このまざるにはあらず。なれたるとなれざるの境なるべし。今はむかし

通り中橋といふ所に。紅葉風呂と聞へしは。家がまへも外にすぐれ。風呂

も大きにあがりばきれいに取たて。かゝり湯もつかひ次第に任せ万事

手びろきこしらへこゝにいり来る群衆。朝から晩までたゆる間なく。

亭主はさる中国ものにて。浪人の後此商売に取かゝり。めつきりと

身體しあげ。内証では貸金の利をたのしみ。湯女下男をきならべたる

にぎわひ。是にすぎたる渡世あらじと悦びけるに。亭主権八。親権左衛門と

いふは。としつもつて六拾三歳。生れつゐてのから風呂ぎらひゆへ。此商売に

とりつくはじめより。達てとめけれども。渡世大事と働くむすこなれば。

やむ事なく取つゐての繁昌なれども。むすこ権八がよ所へゆきたるあと

にては。親権左衛門法體して願西十徳きながら銭場にあがつて風呂

銭をあらため。あづかり物仕らずとは書ておいたれども。それ/\の衣類刃物

はき物ゆかたに目をくばりけるが。元来きらひの風呂なれば。ちつともすきが

あれば。浴人衆をとらへて。おまへがたは無分別な。なぜさい/\風呂には

めしますぞ。毒でござるぞや。第一気をのぼし。身のうるほひをかはかし

はうを引つかせせいをおとし。隙をかゝせ。一風呂なさるゝと。汗をかいておいで

なさるゝからは。身内の汁けをおい出す道理。さて又身をもつた衆は。大勢

のいる中へどぎまぎときれいにもない事。留ゆになされてからが数万人

のいりし此ふろ。ぢやみのこすりつけたおきいた。ひぜんかきのねころん

だ敷こも。又かるひものはたちまち腹がへつて身だいの毒。さま/\あがり

ばではじめてちかづきにおなりなさるゝもはだかでの出合。人にぶ礼

をすゝむる会所と存て。忰めにさま/\異見いたせ共聞いれず。あひやめ

ませぬ。老の身の気苦労おぼしめしやつても下されませいと。しほ/\と

かたれば。浴人衆も何とやら左様にきけば気みのわるい入物といふに。

いかにもよい御合点でござりまする。あの板がもしおれるか。はづるゝかなれば。

下は熱湯三拾石の上り船のかへつたはまだ。運次第でおよぎあがると言

頼みもござらふが。熱湯へおちてはたとへたすかつてからがかたわ者ニ

なるではござりますまいか。しかれば地ごくの上の一足とびと申すは。から

風呂の事でこそござれと聞ては。いかさまいりにくい物と次第にはやりやみて。

一日はざみにたいてもあはず。一ケ月に六さいとして見ても。はか/\しく。人が

来ぬを。おやぢが折/\留主の内に。すゝめらるゝわけとは知らず。此様に

にはかにはやりやむはづはないがと。工夫して見れどもよみがとけず。一向

から風呂をやめて銭湯に仕かへて見ければ。何が下地馴染の浴人衆共聞殿へ

に。ちと遠方からも権八が湯ならば奇麗にあらふと入つどひて。むかしに

帰るにぎはひ。亭主もよろこびの眉をひらきけるに。隠居の願西又

むすこの留主をかんがへて。湯風呂といふ物もさい/\いればくたびれが参つ

てよはる道理人間と申すものがよく/\つよいものなればこそ。蛸でも蚫でも

一たきさつとたいてごらうじませい。しやちばつて死ぬるはしれた事。人は

その場でこそしなね。たびかさなれば次第に死をまねくに違ひは

ござらぬ。その上人のすりこすつた垢をいやがうへにあびにござるは。けがら

はしゐとはおぼしめされぬか。朝夕こゝにゐて見さつしやりませぬゆへ。

何ともおぼしめさぬであらござろうが。わたくしなどが。いつも見て居まする

に。かさかきしつやみはいれぬ法なれども。しりにねぶとのうみだらけな人

や。がんがさはとめられませぬ。ふりがゝりのいりて衆のはだの帯の。そばきり

いろなもめんさへ。つぎのあたつたもござればいふにいはれぬむさいだらけ。

たしなむ人は内でゆをおつかひなさるゝがましと。まがなすきがな。しやべ

るにつけては。ひとりでもいり人のあるがこゝのまうけなるに。内の隠居が

あのくらゐにはるゝからは。どうで人のしらぬむさい事かなありつらんと。

是もそろ/\人ずくなに成。権八もほつとせいをつかし。さらりと店を

とりをき。春日新地といふ所へ引こし。店つきの色茶屋をとりたて。

紅葉やといふのうれん。花やかに普請するを。隠居是も気に入らず。

一たんはとめても見られしかども。風呂屋湯屋からは是より外へうつる

商売はおぼへずと。肩からつかはるゝ女郎三人かゝへ。はつめいな仲居

小めろおきならべて。現銀見世の手まはしよく。すべて新店ははやる

物にて。むかしの湯やのしるべ多く。数年仕にせの大茶屋もおよばず

毎日毎夜女郎を売つめ。是は又風呂屋湯屋の段ではなく。一夜にも

弐両三両の金がまはり。もはや一代は是で楽/\とすむ事よと。それ

までは女房もたざりしが。此商売ばかりは女房なくてはかなはぬ座敷の

とりさばきにて。近所の茶屋に年明の功者な女郎ありときいて。蛇の道

は蛇。おやじの異見かまはずよびいれて。花奢とつきすへ。台所のかけ引は

田原の又太郎も及ばぬくらゐにて。よはき女郎にくすりをのませ。つよきに

あてこときびしくいふて。ながれる客をば仲居にとめさせ。独ものがさず

二階へあぐれば。料理人がちよき/\/\。吸物のあしらいきざむそつをば

明日の下用と麁抹にさせぬに。はた/\と金をためて。次第に女郎の

数もます/\評判よしのゝ花くらべは。此見世なるはとぞめきも通りも

門前に市を梨地の椀家具堆朱の丸ぼん。純子の夜具まで揃へ立し

身上と成しにある時権八用の事ありて鎌倉へくだりし留主を。万事

隠居へたのみ置けるが。客のあるたびに座敷へ出取もとうといはるゝ

をくはしやがおとしよりはおきやく殿がたがいやがらつしやる物ととむれば。

おれをぶ粋ものとおもふか。権八がおれをおれと思へばこそ。頼むといふても

おいたれ。たゞししうとをないがしろにする心かといふ故。いらぬ物とは思へどもハテ

どう成ともなされませいといふにうれしく。客を見つけると二階へあがり。

仲居をちらし女郎の居ぬまに。むかしから女郎ぐるひのすぎて。ろくに

はてた物はござらぬ。くびくゝるか。のたれ死か。ずいぶん首尾ようて謡うたひが

天と見へます高でうそをまろめしつとめ。内証の事を御存じなきゆへ

うか/\と御出なさるゝ。それは/\あいつらがかげぐち。きかれた事じや

ござりませぬ。おまへがたの事をかみゆひべやでいふを。看経しさいて

聞てゐますれば。夕べは八さんが見へたが。わしが方からちといた顔して見せ

たれば。よだれをくつてうれしさうに。そろ/\びんへつばき付て撫られた。

誰があの様なむしくらに思ひつくものがあらうといへば。こちらからはまだ

八は八じやが。横町通の四郎ほどなめ過た客はなひ。かごの嘉兵衛に

きけば。あれが内は二間口じやげなが。妹が酒かいにゆくも。ちろりさげて

出るといの。それに大尽顔しやうくさいなどゝ。かゝつた事じやござりませ

ぬといふを。その八といふはおれが事四郎とは身が事じや扨/\にくひ

めろうめとはらたち仕まひに立て。付もはらはずふたゝびのぞきそめも

せず。此手でゆかぬ客あれば。内は寺まいりといつはり。そのさき/\へ行て

是のむすこ殿是のお手代衆が。手まへへ見へて。やがて心中もしかねられぬ

わけと見へたゆへ。としよりだけに是はほんの内証でおしらせ申すといへば

ちか頃忝いとその客をきびしくおひこんでいださぬゆへめき/\とはやり

やんで権八かまくらヨリ立帰り。ふけいきにあきれ女房にとへば。とかく親仁様

の座敷へお出なさるゝゆへといふに。何ともせう事なく思ひ切て此商売も

やめ。南大門筋に宿をうつし。当分商売なしにくらしける所に表にひき

馬のり物行列おびたゝしく。権八殿は是でござるかと。故郷豊前の家老

並松主膳きたられ。貴殿事此たび大殿の御遺言により。帰参仰付

らるゝ。本知千石との儀なれども。当地より国もとへ罷下るあきんどどもが

貴殿事をあるひは風呂屋湯屋をしてござる共。又は遊女屋をして居召るゝ

とも。わけもない沙汰をいたすゆへ。身共に見とゞけて。その様なけがらはしき

事をだにして居ずば。めしかへせとの御意にて。それゆへまかりこした所に

たとへきのふ迄は何にもせよ。今日此ていを見とゞけたれば。拙者が申わけは

相たつ。さあ/\御用意とすゝむれば古郷へ帰り錦の袖うれしさ限りなく

武士の本望。かねて隠居願西のふろやをさまたげ。湯屋をやめさせ

遊女屋をさせぬ様にせられしは。かゝる時節もあるべきかと。親の慈悲にて

有けるかと。はじめて恩を感心し。身體さら/\としまい。親子夫婦

のり物たてさせ。帰参するこそめでたけれ

  (二)刃物をこはがる研屋身のさび

蛍にひかりなくんば人のために賞状せられずして。又人の手にくるしめられ

まじ。人は才により芸にかゝりて一生をあやまつ事多し。しかりといへ共

其家にうまれて其芸をしらざるは。先祖への不孝なるべし。是もむかし

大磯川岸といふ所に。研屋光右衛門といふ数代伝はりて諸大名へ出入する刀

磨の有けるが。いかなるゆへにか。生れ付て刀脇指をぬいて見る事恐ろしく

鯉口はなせば気もたましゐも身にそはね共。此家業を以そこからも

十人扶持。こゝからも十五人ふち。取あはせて五拾人ふちも下さるゝ仕にせ

今さら残念にて親の跡をつぎけれども。方/\よりあつまる刃物

を。上手の研人共をめしかゝへ。一間へいれて是をとがせ。その身はちよつと

のぞひても見ず。自身のさいてゐる脇指は鯨骨にて。それさへ箔をおし

て。びかつく事をおそれ。さやはしらぬ様に鍔もとをくゝりとめて。用心

しける程なれども。世間へは此事ふかく隠しおふせて渡世しけるに。こゝに

鹿島左右衛門太夫といふ大名より御直に仰付られたき事ある間。明日さう/\

参る様にとの御使者を下されければ。何かはしらねども。もし刀など御みせ

なさるゝのではあるまいか。さりとても又日頃御扶持下さるゝ御家なれば。

参るまじとも申がたく。気づかひながら朝五つまへより麻上下あら

ため。御細工所までつめければ。御腰物奉行伴造酒右衛門出あひて。

今日めさるゝ事御用の筋は手まへ共も存ぜぬが。旦那の直に申つけ

らるゝ儀があるとの儀。まづ是まで参られしよしを申上べしと。近習衆

を以て申上れば。しばらくあつて研屋光右衛門。庭より屏重門の

内へとをせとの儀。かはつた事とは思ひながら。白砂へまはれば。土壇を構へ

四方に水手桶をならべ。警固と見へて侍大勢かこひゐるてい。びつくりと

せしが。さしてころさるゝおぼへなければ。むねをしづめてかしこまりゐる

内。殿左衛門太夫縁がわまで出させ給ひ。代々出入りの研屋光右衛門とはその方

事か。家老共まで度々まいるよし。はじめてあふたと。御懇意なる御意の

うへ。それもてこいとの仰にしたがひ。棒ざやに切づかはめたる刀廿腰ばかり。

御納戸の方より持て出れば。穴門の方より縄つき五人ひきいだして。

土だんに引すへたり。その時殿の仰には。こりや光右衛門此とが人どもは重罪

によつて。あるひは生げさ。又はすへ物にきつて。すぐにためし物にするゆへ。

大切な刀ども。その方にとがせ。作配させんためによびよせたり。用意致す

べしとの儀。光右衛門むねにせまりたゞさへ刃物を見る事おそろしきに

目前のいきげさ。その上ためし物になる刀の研磨が何とならふぞ。是は

まあいかなる悪日に出あはせし事ぞと。うろ/\眼に成て。私儀は今日

かなはぬ精進日でござりますれば。御免下されませと。しりごみするを。御用人

斎藤佐文治。こりや/\光右衛門。年々御扶持下しおかるゝは。いつの為と思ふ

ぞ。此期におよんで研方をつとめまいといふは。畢竟御扶持ぬす人といふ物

じや。此うへにいぢむぢいはゞ。その方ともに土だんへ直すがときめかゝれば。

うしろの方よりは御庭詰の諸役人。そやつにげば打はなせと取廻す故

光右衛門も図法にくれ。がち/\とふるふてゐたりけるが。はてどうで

ころさるゝ命ぜひがない。刃物ぬきはなして。目をまはして死ぬる方が

いたいめせいでましであらうと。たましゐをきはめ。成ほどかしこまりまして

ござりまする。御刀の座研いたしませうとは申上たれ共。つゐに抜て見た

事さへなければ。まして研だ事思ひもよらず。いかゞと案じわづらふてい

よく/\殿にも御見とゞけあつて。御家老衆を以て仰出さるゝは。今日の體

まつたく刀の御用にあらず。刑罪の者ちふも。いづれもこしらへものにて

その方実に刃物ぎらひか。つくり物をかを御覧とゞけの為なり。それ/\

いづれも休息との指図に。いづれも自分縄をうしろ手にむすびかけて

持てゐたる物ゆへ。とくに及ばず。はら/\と立て入れば。光太夫がてんのゆかぬ

顔色を。殿合点のゆかざるは尤。それがし領分の内三枝山といふに磁石あり

といふ夢をつゞけて七日まさ/\と見たるゆへ。役人山奉行を以。さがさすれ

ども。厳石苔深していづれをそれともわかちがたく。方弐里にあまる

山を。石ひとつ/\に鉄をあてゝ。すはせても見がたし。是によりて学者共ニ

申付て。磁石の尋方を吟味するに。鉄気を帯たる人。その石に近付ば

心気を石にうばゝれて。当座に死す。此石里へとり出しては。人の心腑にある

鉄気をうばふ程の事はかなはねども。山に自在する時はうたがふ事なし。

されば人に鉄気のあると。なきとのさかゐ有て。鉄気なき人ははなはだ

すくなく。千人にひとりかふたりかあるものなり。その鉄気なきものは。

鉄をたゞ見てはさもなけれども。是をみかき研て鉄気の光りをいだす

を見ては絶入する事妙なるゆへに。つよくに物をきらひいむ。此鉄気なき

男を山へいれて。さがさする時は。磁石のこのむ鉄にさかふ性なるを以。なにほど

大きなる石にても。磁石にさへきはまれば。おのづからうごき出て。あとへしだる

事。天地の間の不測の理。理外の妙といふ事。ミン広新書にのせたり。左様の

人をたづねもとめて。磁石の御吟味もあそはされよと申により。さま/\と

たづねさせしに。腰物役の内より。代々用を達する研屋光右衛門。我渡世の

刃物をおそれて。うにて見る事さへならぬと。その方ヨリおひ出したる手代が

かげ沙汰のよし。しかれどもとくと直にその様子を見とゞけん為。よび出して

さいせんよりの通りにためし見たる所に。いかにも相違なきてい。此度の

用事をつとめ。磁石の有処をさがし得させば。国の重宝世のまれ事

なるべし。褒美はのぞみにまかさんとの儀。光右衛門はじめていきたる心地し。

色もなをり。其儀ならば急度かしこまり奉り御よし御うけ申あげ。

それより宿に立帰り。磁石山へわけ入用意。終にかやうの事になれざるゆへ。

物の本の端も聞はつりて。古きはなしなど覚へし。ある老人の許へゆき

様に何も心得になる事はござるまいかと尋ければ。かの老人子細らしく。

それこそ伝授のある事にて候へ。かの磁石山と申すは大熱国にて。これを取に

ゆく人。すこしにてもゆだんすれば。てりつけられて直にその人が磁石に

なるゆへ。鉄の車をこしらへ。それにのつてゆき磁石をとるやいなや。あとを

見ずににげて帰る事なり。しかれどもわるふすれば炎気車に徹て

あやうき事多しとうけ給り伝へたりといふはなしを。光右衛門つく/\

聞て。磁石山へ鉄の車とは吸はれにゆく様な物ではござるまいか。もしそれは

木乃伊の咄と取ちがへではござるまいかといぶかり。それより自身の才覚

にて。鉄気のなきものがゆけば磁石が跡しざりするといふより工夫して。

多くの鉄を人歩共に背負はせ。かの三枝山の峠へのぼり。真中につみ重ね

させ番をつけおき。是にては生磁石が飛で来る道理と。四五日仮家を建

て。見あはせ共。いづれの谷からも石のとぶ事はさてをき。木のめも春のうらゝ

かに風もふかねばのこる木葉さへちらねば。さらば鉄気なきそれがしが谷/\

をめぐつて見んと。ちつともくろめなる石の辺を。いろ/\ためしてあるいて

見れども。跡しざりする石もなく。のぞみ次第のほうびもとられず。本の研屋

になりたうても。刃物ぎらひの沙汰。此磁石事よりばつと高/\成て。諸方の

扶持もあがり。磁石にすはれたる身體。あとへもさきへもゆきがたく成し

とかや。夢を信ずる左衛門の太夫殿のおろかさ。書こと/\く信ぜば

書なからんにはしかじとは。ミン広新書の類にや

  (三)山伏の祈祷いやがるは産の妨

役の優婆塞。難行苦行苔の行つもりて。大峰山をふみわけ給ひ。

巡逆の峰入やむ時なく。宝螺ひゞいて都卒にいたり。小篠行人の

功験世にいちじるく。胎内くゞりにうまれぬさきを観じ。鐘掛にうき世の

危路をさとる。修験の達徳清浄院僧都と聞えしは。そのかみ若狭

一国の袈裟頭なりしが。境内ひろくかまへ。常に勧進相撲あやつり狂言

に賑ひ。繁昌かくれなければ。諸人の信仰もつよく。祈祷の頼人門前に

充て。手下の本覚院良覚院玄関につめかけ。御祈祷うけ取帳に

肩癖をつかやし。御礼金の受納帳に舌を巻絹。端物台の黄金。榧の

白銀つみあげたる勝手のよろしさ。衣體のよきにつけては。人の頼も増。

当の潤す身の福ひ。たぐゐあらじと見へける所に。あまり身上のよきに

付て文学なくては世の交りいかゞと。当国に聞へたかき小枝儒平と

いふ見台のもとにしたがひ。四書六経の学問次第におもしろくなる程。

わが家業の祈祷がおかしうなりて。われとわが身兜巾篠懸がうそ恥かしく

成て心にそまぬより。祈りのきゝかね。残切あたまも京鬢になりたき心

なれども。さしあたつて渡世の手綱おもひよらねは。懺悔々々の六根清浄おしめに

八大金剛童子富士は浅間大ほさつの種を。取はづすまじきと。かなり懸に

祈念すれども心の外の修行ゆへ。いつとなくむかしに似ぬ内証。本覚院良覚院

申あはせて。所詮是は儒学めさるゝことからおこりし事なれば。何とぞ儒書の

講釈きゝにやりとむない物と。いろ/\工夫し。あの様な悪所へさい/\こぞつ

ては。世上の聞へと申シ御人體のそこねる事と。茶屋契情屋へゆく様のとめる

ほど。つのりが来て。そなた衆が儒学の忝い訳をしらぬによつてしや。

さらばちと講釈いたして聞さうと。見台引よせ。其鬼にあらずして        ・為政

これをまつるはへつらへる也・と。論語に仰おかれた心は。てうと手まへどもが

先祖てもゆかりでもない役行者をまつる様なものにて。其うへ諸人の

病などを祈祷いたす事。第一病と申ものは。そのわつらひつくすべあつて

その病の根をたゞし。それ相応に薬をこしらへおき。是をのませ。品ニより

て灸針の古法つたはり。是でなければ活する道理なきに。まづ医者をやめ

よとて。きくやらきかぬやら。あてもなき祈祷をうけ取。いかに口過なればとて。

その内に病人よはり。薬の油断に命をうしなふたぐゐすくなからず。是聖人

の仁をおとき置なされし教にそむくにあらずや。加持祈祷にて死ぬる

命が。たすかる物ならば。山伏に死ぬるものはない筈なれども。自身の病気

には医者をたのみて。仲間へいのつてはもらはす。俗家の病はくすりを止

させて。加持の礼を取事。思へば/\儒門のおきてにはづれし儀と。席を

打てのべければ両人もあきれはて返答なく此うへ何とそ僧づ故の

乱心のなをる様に惣仲間をよせて大法をおこなひわか道のきとくを

見せばやと。はやき違ひあしらひにもてなし。組中へ人をまはし。七重に

しめをはり。いづれも法服異形のいでたち。藁人形にて寄偶をたて

大威徳明王の法を修せんと。皆一同に立ならんでいりたつ珠数をおしもん

で。肝胆をくだきいのりけるにも。何とぞ清浄院僧都の乱心をしづめ

たひ給へといへば。僧都はあざわらひて。狂言の様ないでたち。役にもたゝぬ

事をして。異端の虚無寂滅の教を。実と思ふうぬらこそ気違なれと

それよりたがひに気ちがいあしらいに成て。世間からはとちらが違ふた共

目利しかねしとなん。此僧都を信じ。日頃あゆみをはこびて。大峰山上

廿八度大先達の名を悦ひ。その下に小先達。またその下に講中を組て

毎年よし野へわけ入。大先達と成たれば。自身大僧正行尊の様に世上の

人を見くだし。金剛杖をいかめしく。桧木笠に袈裟をかけまくも忝く

も。行者の乗うつらせられてござると。わが身をたつときものに覚へし。権大

僧づの作兵衛といふ肴やのありけるが。常に講中をあつめ。病人を聞付

ては。つてを求てもいのつてやる仕かけ。さあ/\いづれも川へおりてやらずば

成まいと。朝から晩まで家ぢかき川へひたり。南無行者大ぼさ/\とぬれ

たる珠数おしもみ/\。竹の筒をかけさせ。その珠数の総にしみたる水

を手のあかひぜんの汁と共にしぼりこみて。是を香水と名づけ今日は

川はいかふよかつたのわるかつたのと。水のにごるにごらぬにて分ち。其病人

ひとりの為に川の水のよみ濁りもある物とおぼへ。此香水といふ物を病人

にのませ。下地よはりはてた上に若腹などがくだつては大事と。医者が心一はい

その要害をして。療治しておきし所へ。ひへたる水をいたゞかすより大きにはらを

くだし。取かへしのならぬ時は。往生をすゝめたるとの自慢。人もうやまひ俗医と

いふ格にて。たいていの山伏よりは此大せんたちの肴屋の作兵衛を信じ

けるが。清浄院の儒者になられしをなげき。ながくはつとめられまい。然れば

あつたら株をわれらつとめばやと。俄にごそ/\とそり。中ばやしに髪を

たて。よほど金をいれて清浄院へはいれば。その身きらひはてたる山伏姿。

是こそよき後住と。さらりとゆづり。元服して儒者ニなりすませば。作兵衛は

清浄院におしなり。本より好の修験道諸方へ加持にありきける所に。此まへ

南都へきたり。あちこちとすゞかけ姿にてありく折ふし。采女町辺にて

ある町人の下部夕ぐれの事にて。家外へ水をうつとて。かの山伏へさつとかゝり

けれは。大の眼をむいて。行法たつとき身に水をかけたる段。そのまゝにはさし

おかれぬといへば。下男おかしがりて。手まへの麁相でござる。かんにんしてお通り

なされ。したがそのまゝにはおかれぬと仰らるゝが。御出家のお身で何となさるゝ

ぞと。ちときよくる様にいへば。大きにはらたて。いのりころして見せうとの

いゝがゝりになり。見事いのりころさるゝものならばころしてお見やれと

うてつけぬゆへ。だん/\人だかりはかさなる。仕まひのつかぬせんさくに成て

是非におよばず珠数さら/\とおしもみ。それ山伏といつはと人相かはつて

見ゆるゆへ。近所より出あふて下/\の事と申シわかひものゝ事でござれは

御かんにんなされよといふ程のりがきて。いやでもおうでもいのりころすと

いふを。下男きゝかね。山ふしのむなくら取て中に引さけ。どうで祈殺さるゝ

身なれは。ひとり死のうよりは。おのれをころしてさつはりと死んだがましじや。

覚悟せいとのどをしめかけむねをふまへておもひつめたるあり様。山伏

はくるしきこゑにて。のうわかひ人何として人がいのりころさるゝものぞ。

おどしまでに申した事じや。もうゆるして下され。人/\わびて給はれといふ

ゆへ。下男もよいかげんにさいなみ。つきとばしてかへしけるとかや

諸芸袖日記後篇

教訓私儘育                    五之巻

           目録

 第一 内証は知らず表向きは甘ふ見ゆる羊羹大臣

             下戸ながら太夫が色に酔て管まく餅酒盛

              一杯喰され見に歩行掛屋敷の僭上咄

              乱舞に身代を打込だ扇の手親の跡は踏まいぞ/\

 第二 談義僧の色このみは旅篭やの信心

              出女の風俗手をしめて見る

              弟子衆の初学思ひの外の同行か

              ありがたづくめにこまる一夜

 第三 舅は色に逢ふて目の見へぬ嫁の器量自慢

              古筆目利も天窓をかいた西行の歌の物

              よめかぬる舅の心底上からしれぬ綿帽子

              被たはもつけ調法な栄花の花聟

  (一)内証は知らず表向は甘ふ見ゆる羊羹大尽

釈尊飲酒を禁しめ。酒をすゝむる者は五百生が間手のない人間に

生るゝと。しかり給へども。祗陀太子未利夫人には。酒をすゝめ呑しめ

給ふと。経文に慥にあれば。うたがふではなけれど。酒呑ばかりが酌人まで

徳利子に生るゝと。おつしやつた御詞とは。ちと御口が違ふたかと存

ずれと。夫が俗にいふ人を見て法を解の段にて。一がいの説になづむ

べからずとぞ。金銀ほど大切なものはなけれど。水に溺るゝ時は一瓢に

おとり。かへつて身を亡す基ぞかし。女は両夫にま見へずと。異見づまを

かさねぬを貞女といひ。君が一夜の情に。妾が百とせの身を捨るを女の

みさほといふなれど。契情遊女はその裏にて。ひとりでも逢うふきやく

の多きを此職のほまれとし。紅舌万客に嘗させ。笑ふ時有。泣折あり。

一つの心をその日の客の好やうに持なし。きのふは伊勢の客におもはれ。

けふは日向の客に身をまかせ。女郎をしこなしぶりのたはふれも。くどかるゝも

いぢらるゝも。ひつきやうが口過じやと。おもひ流す川竹の内証咄し。あけて

見れば鳥の糞口きたのふ言て客をそしるも多かりき。どふやら外へ

飛さふなわかとりを。嬉しがらすの空起請にてなづませ。夫も誠の血には

あらで。鮗といふ魚の血に墨をまぜてやらるゝよし。内証のわけ知たる

ものゝ語りぬ。指を切といふは。一朝一夕の事にはあらず。親方夫婦

姉女郎。やり手は勿論。町の年寄まであつまり。今大尽のきれめな

時分。此客をとりはづさば。めつきりとさびしうなるべし。誓紙血文で

いかぬ上は。其内用にたゝぬ指を切てやるべしと。惣寄合の談合の上。不断

出入の外科をよびよせ。勝手には気付独参湯をせんじ。松茸の石づきを。

たくわへ。気のつゐた産所人をあしらふごとく。用意して。小指の先を少し

ばかり切てうどんの粉にまふし。そのうへへ血をそゝひで香箱へ入て

遣すを。ありがたがりて祐天和尚の名号よりは大事にかけて。あつはれの

心中じやとおもふ大尽の鼻の下こそ思ひやられぬ。商物の高下を毎日

国々へいふてやる相場帳も。女郎の日文届るも。何も御用はござりませぬ

かと。商人のとくい廻りするも。此ほどは打たへて見へぬうらみをこめて客へ

やらるゝ文も。品こそちがへ少しもかはる事なし。そのわきまへもなく。親より

仕にせの家業をそまつにして。遊里に居ながらあたら身體をつぶす

事あるまじき事ぞかし。兼好法師がつれ/\草にも。家に有たき物は

梅桜松楓と書れしは。風雅一偏の物数奇。夫よりは金銀ぞかし。金蔵

あまた建つゞけしながめは。よし野初瀬にも増りしと。花の都にすみ

ながら。出口の柳は身體を呑るゝ蛇柳と恐れ。芝居辺は金神

とこはがり。祢宜出家にであはねば。奉加帳は手にさへとらず。月/\に

灸をすへて薬をのまねば。医者に近付さへもたず。朝夕ゆだんなく

かせぎて。口にほうばる程の金はあれども。町人は定た禄がなければ。代の

つゞ事まれなりと。歩に廻る家を何ケ所も買ならべ。山を買。田地を

買て。たとへ五十人三十人居喰にしても気遣ひのない様にと。万年の

たくはへせし亀屋常久とて隠れなき分限者なりしが。金銀にても儘に

ならぬは無常の風。七十三の秋とうとい所へ宿替せられてより。一子徳三郎

此跡を丸どりにして。親類縁者の末/\までも。夫/\に所勢わけして。

他人の喰よりも非時の白あへを涙であへて悦びぬむすこは親のこぶい

には似ず。ちとにぶいは才の生れつきなりしが。されども世間の至りづき合ニは

かしこく。一町いづるにも土は踏ず駕のり物にのりちらして。銀の提煙盤

に名の香をくゆらせ。芝居見にゆくにも。茶宇の袴をはなさず海黄色

の服紗に包て替小袖を持せ。付従ふ末社に定紋の羽織をはづみ。

鞠は蹴らねども惣桔梗をゆるされ今日は至極の暮で御座り

ませうと。あたら日の曇を悦へば空ばかり詠めて居る。隣のはる物や

が。ばち当りと腹たつるも断ぞかし歌をよむを雲上なとこころへ

俳諧は下作なとそしり。和漢の茶器の似せ物をかづいて。金銀を

おしまず。久世舞さへ壱番まんぞくには得まはぬものを。名人とそやし

あげて。能装束を買せ。借家をこぼさせて舞台を建させ。勧進

能の銀本させて。すかたんな乱拍子をどふも/\とはやし立て。道成寺

の鐘を入させ。よほど風味のよい旦那とて。羊羹大尽とうやまひ。商人が

そろばん知らず。はかり目おぼへぬを高上なと高ぶり。自慢の鼻に大天狗

またがりて。三枚肩の腰をおすが身體の願以此功徳。西方のわけざとへ

すくいとられ。桔梗やの前の十市を面白がりしが。此大尽殊外の酒嫌ひにて。

御料理に酒塩さす事は。おもひもよらず榊山といふ役者の名字を聞てさへ

酔せらるゝ位なれば。酒もりなどゝいふ事はおもひもよらず。さけの嫌なかはり

に。大ぶんの餅好にて餅もりと名付。小豆の粉もちを。二三万

とりよせ。大さかい重に入てざしきへ持て出。蒔絵の小杯にのせて押へ

ました。おあい仕りませう。手元のあいのと。旦那のおかげで思ふ儘。食悦

せし上に。菓子盆にもりし餅を四五杯もいきなしにしゐつけらるゝくるしさ。

たとへ何ほど。おかねをいたゞけばとて。命があつての身すぎ。さけとはちがふて

サアいやと思ふては一口のもちが口の内。一はいになつて根から/\咽を通らず。

殊に酒は座の興に乗して。壱斗のんでもさのみ人もとがめぬに。十市様ニ

付てゐる引舟の若木が五文どりを五つつゞけて喰たげなと噂せらるゝ

くるしさ。先はくがいの大きなる邪广とくつりあげやをはじめ。惣牽頭中まで。麻

上下を着し。大尽の御前に伺候し。何とぞも餅もりの御遊興をやめられ。

菓子もりになされ下さるゝやうにと。達て願ひ申せば大尽御聞とゞけ有て。

今日よりは羊羹にいたせとの御意。かしこまつてそのまゝ□屋のやうかん

を錫の鉢にうづ高く盛上げ持て出れば。こりやよかろふとめづらしさに

菓子盆の数もかさなれば。是はまた餅とちかひ喰やうはあれども胸がつかへて

のちは口の中が酢になり二日酔せぬものはなかりき。いよ/\さはぎに実が入り

万を大場に出かけ。昼夜の居つゞけに。後朝のあはれもしらず。何が恋やら

情やら。いきのはりのといふわかちもなく。たゝかねをおしまずまきちらす

を。粋と心得。年代記にも乗ほどの身請をして。末代のかたり□にさせん

と俄に大夫を根引の相談。常なれば三百両共いふ場なれども。無間の

かね元もなさるゝ位の大尽様。殊に御名も羊羹様と申せば。いつそ飛で

つるやの千両とよつほど思ひきつて申せばつるやとは名もしらぬ安羊かん

と。見立ての口食かと。大ぶんお腹をたてられ。そこらを亀屋の万両で請出す

との御意。親方もめいわくがりて。左様に大ぶんのおかねをもらひましても

いたし様がござりませぬ。つるやが御意に入ませずは。千両出して千両戻らぬ

虎屋になりともなされませと。中/\がてんせねば。大尽もつよきを出し。

万両より壱銭かけても請出さぬと。口がたふいわるゝを。日頃懇意にする

親方の事なればと。いろ/\と挨拶して。兎角旦那の鼻の下とともに

ながき御寿命も。東方朔が九千両で埒を明て。残る千両を家内の者へ

下され。御名ごりおしいと八百ほど申。暇乞の酒事も過て。大夫を乗物に

のせ。大尽歩行地をひろはせ給へば。あげや夫婦末社中居まで見送り奉りて

くるわよりすぐに嵐山の風景大夫に見せんと。ざんざめかして行れしを。

あげやの二階より常に目なれし山も一しほめづらしくながめ。菜種の

花も井手の山吹に見まがへ。駕を下りて吸付たばこの道草に。げんげつむ

野辺のけしき霞をわけてのぼる雲雀に。今はわが身もかはらざりけり

と。詞の花に色香をふくませ。村の宮の社は大夫さんのやがてやゝさんを

産んす様にと禿の安野が拝むもしほらしかりき。羊羹大尽扇を

取直して。此梅野の里より西はかつら川までの田畑はおれが持地。なんと

すさまじい高もちであらふがと僭上におしへらるれば。米といふものは布の袋

に入て。米屋から持て来るものと覚へ居る末社共なれは。何程のところで

どれほどの高が上るともしらず。めつたにきもをつぶして。定て年貢時分

は。御台所に俵の杉成。らんかうき見るやうにござりませうといへば。されば

その土百姓の頭といわるゝがいやさに。売払てしまつたと。ちりも灰も残らぬ

人のものを。桂川の水が年々あぶれ□しゆへ。親仁の代になん物を入て。歩を

かけて堤を築れしゆへ。今では水損なしの上田とじまんせらるゝも間違ひ

なれ。その御気でなくば。此度の身請はなされまい。とかく大夫様と申は

いきの松原末かけて千代の古道といふ辺。二丁ばかりの高塀のうちが

われらが下屋敷。あのこけらぶきに建続きたるが。□屋敷作り広廻たは

はつとしていやなり。間数のあるこそ気がかはつて面白ひと親仁が

古風な物数奇。金ぶすまに宗達が極ざいしき。古法眼が水入の□に□を

ふるはせ。雅楽介が耕作の間。数奇や宗旦にこのませ。庭は相阿弥こん気を

つくし。扨こちらに高ふ見ゆる亭座敷に。嵐山を居ながらながめ。と取山

のほとゝぎすに。夏をわすれ。広沢の池を我物にして付をながめ。衣懸山

の雪のあけぼの。またあつた物でなしと。咄をきゐてさへ末社どものどを

ならし。申シ旦那此ざしきにて弁当の口をひらき。一つのみかけましたらば

と。そゝりいだせば。されば思ひの外春のけしきのおもしろからぬ所ゆへ譲分ニ

売てしもふて今では人のものに鳴滝を過て三条通りの大屋しき

おもて口か六十間から行は五十六間。家質に入たじまん咄しに。末社共あきれ

はてしあいだ。口をふさぎかねた不明門通りへ駕を廻せと。五条通りの

持屋敷酒株付てながしてしもふた。堀川の牛蒡畑角引まはしたが

本宅玄関の次が勘定場其次の小座敷に風吹柳を古法眼に

出せ。いかに今はやればとて金ぶすま町方には伽藍めいてかたづまると

探幽が雪の山水。前栽のあいに見ゆるくずやぶきが数奇屋石灯篭は

元興寺にあるよりは。よほど古いと。鼠屋が肝煎で判金百枚にて□

出し。親仁が代に万代も手の入ぬやうにと。古木を一本もつかはす。桧作に

銅の戸樋を門程の石に根つぎして。樫作りの土蔵に十ケ所付て売つ

たれば。今はおれがものでは梨本町の大らうじ大払に三十三間の大長屋

見せたれけれども。日もたけたれば。のこりは明日の事にして先けふは三本木

に大文字を見るために。建させた別業を見しやうと七月に鎌倉道者

が京内めぐりをする様に売てしもふた家を僭上に見せあるけば。今も

付したがふた末社中居もいつの間にやら。壱人ぬけふたりぬけて。今は

やう/\大夫とたゞふたりになれば。大夫も昼ぎつねにばかされた心に成て

まつげぬらすも断ぞかし。一日かけあるひてくはねばひだるいといふこと

をおぼへ。大夫ひもじくばあづきもちでも買てやらひといふにぞいよ/\

きつねにおこし付るもおかしかりき。今見れべ北野の宮の定にさすが。大尽の

果とて焼印のあみ笠を打しき。身のなるはてはあはれ成けりと身

の上をかたふて付拍子になつゝみに見る人手を打てわらひぬ。

  (二)談義僧の色好は旅篭やの信心

丹波の名物なれ共父打栗といふ名は。孝心ある人の喰まじき物かは

渇して盗泉の水を飲すとかや。惣じて奈良近所にては女房を大事

がるものを異名して豊心丹とよぶ。その心はととへば。西大寺といふ事となん。

是もとつとむかし旅篭屋を渡世とし往来の人をとめ。又はなじみの

客も来りて。出女あまたかゝへ。河内や和泉やとて軒をならべし繁昌

内証は遊女や同然にて。出女に酌とらせ常のはたごやとはちがひ。肴物も

□□をつくし外に小めろなど出して屏風ひかするたちふるまい

身をしのぶ人。おほくはこゝらにきたりて遊女町の様にざはつく所を

よけたるにぞ。夜にまして□やりなりたるが頃は延慶のはじめかとよ

観静律師と聞へし説法者。興隆寺門前にて唯識論の講釈を

一文不通の俗談も耳にいるやうに和らげて勧化せられけるが。名里高き

に応じ聴衆の所化僧。席をあらそひ凡八九百人も衣の袖をつらね

俗徒縁がはに満て冥加銭をまぎらはしく。ふりかくる面のごとく住持の

満足。律師の外聞。内証のあたゝまるにつれて。律師ひそかに心やすき

弟子の雲徹春海をちかづけ。愚僧此間の説法に。よほど精もつきて

物うき心あり。いづれもしらるゝ通り折/\は妾の所へかよへ共。爰元へ

きたりてより。さりとは仏あしらいにあふて。気のつまるせんさく

何とぞ講釈廻から。そろ/\野外を見にゆく分にて何れへ成共

遊所へ察々ゆきたき物じやといへば。両人の弟子かしこまり。遊所へ

御出あつてはどうしたつき合があるべきもしれず。此寺より十七八町

南へまいれば。南の橋と申所がござつて。いづみや河内やと申すはたごや

分のひそかな色所がござりまするげな。湊村の正念寺へ逮夜にござつ

て。すぐに御とまりなさるゝ分に仰立られ右の所へ御出なさるゝがよう

こざりませうとすゝむれば。是は尤なる儀と。それより心こしらへして今宵

はみなと村へまいるとかの弟子ふたり物なれたる伴僧の願察をつれ

下男の船助に内証いひふくめ紙合羽菅笠をつゝませ尤南のはしは

いでず。大廻りして五六町もさきへぬけ。日もくれ/\になれば。野中にて

おの/\衣をぬぎ紙合羽を着し。しり高くからげて菅笠横に着る

なし旅人のていに成て。そろ/\南の橋へかゝり。とまらんせと引とめ

らるゝ覚悟になりしに此はたごやしゐて人を引とめねばうんてつが

ずつとはいつて。和泉屋は是か。とまりたいといへばソレ名ざして御出か忝い

と。座敷へとをせば態とはいて来たわらんぢ。そこ/\にぬいで。律師

をはじめ。みな/\おくへとをり。女どもがくれば是はいのちとりめと手を

しめ。しりをたゝき。のんやれほと諷ひかゝり。今夜はそなたとねるぞや

と約束しながら。寝はらばうて。坊主じやとおもふて精進ではめいわく

な。いづれも医者仲間が慰たいと。じやれかゝる最中に。亭主権兵衛は信心

第一の男にて。毎日説法の道場に参り。諸出家さへうやまいかしづく

律師なれば。観静を生仏の様に思ひこみたる男なれば。ちらりと見るヨリ

何か見わするべき。払すでに錫をとばしてかたちをかへ。旦那のこゝろを

ためし見給ひしためしもあり。招待してさへ自由には御光臨なきと

聞に御弟子様がたまでめしつれての御経は願ふてもかなはぬ儀と。近□の

同行をはじめ。となりの河内や九兵衛まで。よびよせ。薯藷よ□□

油あげの用意と上を下へうつし。家内の魚類鰹節までを裏の小部やへ

なげ出し。何もうつり香のせぬやうにと言付。麻上下着て同行諸とも

白木三方に御菓子昆布をつゝみのせて。さゝげ出るともしら□そ。手を

たゝいて女をよび。内にいくたりあるぞ。こつちが四人。おとこにもまぶらせては

おかれまい。手をそろへて五人あるやうに。内でたらずば近所にあるを才覚して

おいてたもれといふ所へ。亭主同行こわ有がたき御成りと。かうべを畳に

つけ。珠数をいたしておがめば。律師も弟子もびつくりして。穴があらば

すつこみたき心になれ共。今さらわるびれられもせず。色即是空と

申てと。そろ/\談義口上に成り。俄に紙合羽のていをおもひ出して顔をあかめ。

いつその事やぶれかぶれと。わるじやれに成て来て。是のおまんとやらは

よい女房てござるのうとあれば何れも珠数をつまぐつて。南無あみだふつと

めつた信仰に夜もふけ。無量のやつしごとに心をいためしとなん

  (三)舅は色に逢ふて眼の見えぬ嫁の気量自慢

是も昔の京。春日の里に木津やの太治兵衛とて。繁昌の晒問屋

ありしが。とりわけ春夏は諸国の絹布屋爰に入つどゐ。はんじやう

いふ迄もなかりしが。中頃商内の麻糸もつれて。余程内証にきずも

見へければ。息子の太助発明者にて。勘弁を廻られし。此通りに世間を

はりつめて居ては。金の利にうきあげ。中/\二年とは持こたへがたし

と。いろ/\工風して見るに。惣じての着物につぎを当るといふも

地のそれほどによはらぬ内に心を付て。少づゝの所を補ふてをけば

ひさしくこたへて損ぜぬものなり。夫をそのまゝ打捨置て。惣地の

よはりし時。俄に継を当て。疵を□などするゆへ。又外よりやぶれて

やくにたゝず。兎角用心は前広にして置べき事なり。今此迄の

身體も少目にゆとりのある内に。ふり直す談合?きはめて。一家町内

を頼でかり金の方を年賦のことはり。所にてふるき家の事なね??

いづれも得心してつゝがなく家を立けるより。いよ/\太助商売い性を

いだし。世間の付届けを□め。内証の物入も。めつきりと勘略して。諸事

を半???にする上を。また越前布てしもふほどに心がけ。僅十年

にもたらぬ内に。以前よりは格別に身體を持あげ。以前断いひし方へ。利に

利を添てすまし。隣町に大屋敷を求め中/\商売手広く。諸国へ

新店を出し。世のほめ程?となつて。娘持たる有徳人より聞伝へて。乞聟

にすれども此親仁なんの嫁好みにて。気量は勿論。愛敬があつく。人挨拶

がよふて。親に孝行て。縫針は器用で。女の諸芸一通りをおぼへ親もと

の身上よふて宗旨は代々日蓮宗の娘がほしうござるとたのまるれども

広い世界に思ふ様成事斗はなく。娘の気性がよければ。親元がおもはし

からず。親元がよければ。宗旨が□ふていまだ定りし妻もなかりき。以前

よりは百増倍商内を仕増て。しかも姓よしの息子を。親の心ではいつ

も子供の様に心元ながりて。七十有よで法体もせず。朝から晩まで息子

を叱廻して。当世にあはぬ商の指づ。邪广にはなれども。少も家にためには

ならねど。己がり口?で身體ねぢ直した自慢咄し。内証の事知たる

者がそしるも断ぞかし。ある時親ぢと相口の脇差屋へ庚申待に招かれ。

所からめづらしからぬ。ならちやめしにとうふのねりみそ。ふ塩梅にでんがくの

葛あんを誉。酒も酔ほどのんで。よも山咄し。此間大坂のだうぐやが西行

ぼ歌の物を持下り。見ましたが。尤れき/\衆の極札そへ状抔もござつ

たれども私等は正筆とはえ見ませなんだ。夫ゆへいろ/\とすゝめたれど。

求ませなんだと申さるれば。夫はていかけうのあけはまだの歌のものではござ

らう。われらが方へも持てまいつたが。仰の通りすぐれぬやうに存じました。

西行と頼朝は見わけにくふござれど。ちつとした伝で見ますれば。ついしれ

ますると眉に皺をよせいへば。是は太治殿にはおかくし芸がござる。何とぞ

御伝授が請ましたいと頼るれば。さのみ伝と申てむつかしい事でもござらぬ。

尤より朝は烏帽子狩衣。西行も衣などきてゐらるゝは。各方も御見

しりでござらふ。世間でしれぬと申は。西行より朝。角力をとつている所は。

いかな目利じやも迷惑いたす。夫を見わけまするは。先西行は頭に小さく

頼朝の頭と申せば。大きな方を頼朝と見わける事でござると。でかし顔に

いわるれば。いづれもけうをさまし。わらはれもせぬ首尾。ていしゆもきの毒

さに咄を脇道に廻し。此春ほどたこの下直な事はござりませぬといへば。

足袋やの親仁がたこの足で存じ出しました。近年はあわたびを安ふ

うりますゆへ。此方の商ひも隙にござると。足とつてはなかむやうな事いふ

跡から。木辻の太夫が五百両で身請せられたうはさ。せかいではござるぞ

金を出して持女房もあるに。私の存た春日の社□衆の姪御。幼少の時

から。西国の去方にみやづかへして男の肌とよのせわしき事をしらず年中

琴三味線を引て暮されしが。余り奥方の御気に入て。片時も御側を

はなし給はぬゆへ。傍輩の妬をうけ。気のかたのごとくふら/\と煩れし

ゆへ。京に御暇を願ひしに奥方の惜ませ給へど。達□のねがひゆへ。首尾

よく御暇下さるゝ折から。誰にもいふなとて。金子五百両御袖の下から

下され。此春当地へ上り養生せられしが。今程は透と本復して。此ごろ

始て近づきになりましたが。年の頃は十八九とみへその美しさ小野

小町といふともあれほどにはあるまいと存るくらゐ。病後の気ののぼりか

ひだりの目が少痛とみへて。時々目をしかめらるゝ顔は。一しほ/\

かわゆらしさと。あぶらをのせて咄せば。いづれも口につをためて其跡はと

根どいせらるゝもおかしかりき。伯父貴の申さるゝには。にあはしき所も

あらば。縁につけたく衣装は本より。女の花車道具一通りは何不足

なく持て居ます。其上あれが奥方にいたゞて参つた五百両を。化粧田

に付ますれば。姪が一生気の楽な所へ媒人してくれと頼るれど。幼少の時

から結構な事ばかりみ聞して。さもしひ町人のせち弁なるくらしは

しらず味噌塩薪の全義はいふにおよはず。縫針さへならず米が食に

なるを不思議がり。油火をみては。蝋燭ににて火はともれ。さけにひの

ともるは。今がみはじめとおかしがるくらゐなれば。迚も肝煎てからが。世

帯の間にあはぬ事と。外も聞は致しませぬ。もし療治を当にせぬ

内ふくな医者衆が檀方の大ぶんある門徒寺の口があらば聞て下されと

いへば。先嫁は二段。五百両は呼で見たひものながら。立ふくろびさへぬふ事

がならひではきのどくといへば。年中利算用にかゝつて居るこまかひ

両がへやの親仁が先五百両を一歩に廻すつもりにふして。一年に六十両持仏

堂あしらいに。一生居るものにして置ても大事ないものと。目算するも  

おかしかりき。木津やの親仁此はなしを聞て帰り夜の明るを待かね。

脇差やへ行。夜前お咄の嫁此方へもらひたし。きもいりて下されと頼

るれば。成ほど貴様の嫁になさるゝならば先方にいやとは申されまいが

同じくは無用になされ。気量はよけれども。半分聞なるほど夜前いさい

目のわるひまでうけ合がてんして居ます。御存の通り相応に物ぬひも

ござれば少もくるしからず。兎角気量と五百両にさへ違ひがなくば。急に

肝煎てくだされとの頼み。四五日も過て先様へいひ入ましたが御身體

と申。聟どのゝ発明と申。のこる所はござらねども。気の毒は法花宗の

よし。夫はどふも相談が成りがたいとの返事に。親仁大いにせいて。是□なり

よりし事を宗旨がさしつかへて首尾ならぬ事ならば。今生より仏身□

いたるまで。是迄願ひこんだ後生も無にして仏になるならばと。祖師

の教を破つて。来世は安楽世界に生れ。親子の者は。舎利/\仏に

なるとも嫁ゆへなればかまひませぬと。さりとはしんせつなるいひぶん。

他宗をすゝめこんでわが宗旨に舅も満足がられて。戌の日申の日を

忌て。嫁とりの日を吉日と定め。樽肴巻物を調へ。結納の祝儀も調ひ。

こよひ婚礼とのあらかじめ。息子も一世一度の大晴と。常/\髪ゆひ

次第のあぶらひかずをびん付でいためつけ女子共があらひ裾の糟袋

を尋ね出してみがくもおかしかりき。嫁子の乗物を手ぐるまにして

奥へかきこみ。媒の内義が手をひいて。ざしきへ直られし風俗。たとへる

に物なし。島台につる亀のよはひを祝ひ、銚子くわへの蝶/\に。子孫の

さかへをことぶき。仲人は目出たい尽をいふて。外しらずでござり升れば。

よろしく御頼申ますると。あいさつすれば。親仁は麻ばかまのひざをいらい

いらひ。かやうに夫婦になると申も。二世や三世の縁ではござらねば。たがひに

かはひがりてもらはねば成ませぬ。是にゐまするは我等が忰でござる。今晩

からはとうじの産落した子同然にかはひがつて下されと。とつても付ぬ

挨拶媒人の伝三は気のはやき男にて。今晩嫁子を御もらひなさるゝは

御子息太助殿ではござらぬかといへば。おやぢけもない□で。忰はまだ女房

もたず年ばいではござらぬ。先我等が女房持ねば内がしまりませぬと。真顔

になつていへば。宵から取持に来てゐられし一家衆も。是はけしからぬ

事とはおもひながら。さあらぬかほで是は太治殿息子が婚礼のうれし酒の

過た上に。何かの気あつかひで。気がのぼつた物でござろう。しばらく勝手

立て気をしづめられい。何れもお気にさへられて下されな。今申され

たは座興で御座る。とかく若ひ時からざれぶかふごさると。座興に

とりなさるれば。親仁なか/\合点せず。これ宗念どの誰が頼みも致□□

に。お世話は御無用になされ。若ひ時からなら漬にさへ酔ほどの下戸でござ

れば中/\すいきやうなどいたす親仁でござらぬ。今申たがしん実で

こざると誓言を立ていへば。媒人もあきれはてゝ。さふしたわけを。とり

むすびいたさぬ先にうけ給れば。先方へ申様もござる物をと。少シねだり

口を申せば。さりとは日頃念頃に語りあふやうにもない。こなた迄が其様に

いふて下さるゝ。妻なしなれば道理じやと。此方から頼まずとも。相応の

娘もあらば肝煎でも下さるゝ筈を近頃曲もない言ぶんと。先□事は

さし置て。わけもないつめひらきに。むすこは片身に汗をながし。勝手

立て媒人をまねき。今晩婚礼いたす事は。町内へも披露いたし。近所

にも存の事でござるを。直に今晩同道して帰て下されては。参てゐまする

一門出入の者は格別。先世間へ顔出しも致されぬ首尾。爰は貴様の御了簡で

今晩は先親仁の申さるゝ通になされ。美しう御すまし下されと両手を

ついて頼めば伝三も息子の孝心を感じて。尤御親父の何のわけも言ず

だまされたはにくうござれど。夫を申せば其元の外聞を失はせまするが

きのどくにござる。とかく今晩は先仰にまかせ。何事も明日の事と

やう/\と得心して座敷へいで。嫁御の小袖を召かへさせ改て。杯のとり

むすびさせませうと。嫁をともないて部やへいれば。どふまい納る事ぞと

気遣ふて居た家内も。打たるほふていろ直しのことぶき。嫁は緋繻子

に縫箔の打かけあたりもまばゆひくらゐなりしが。兎角ともし火を背けて

おもはゆげなる風情。親仁は三光の道具を持て。亜蛇ひねる心地にて。目も

はなさず。まもりつめて居られしが。媒人が左の目が少しすぐれぬといゝ

しはものかは。よく/\見れば両眼ともにしゐて。女蝉丸の琵琶もたぬ顔

つき。是いとおやじ肝をつぶして。伝三をとらへ。わごりには此間病後の

上り目がとき%\しばつかるゝ姿は。一しほ/\うつくしいといはれしゆへ

当分のはやり目ならば直らふとおもふて貰ふた所に。見れば両眼共に

潰れた盲女を連て来て。嫁の御新艘のと。人に盲とおもふ?)□

五百両の事は扨をき。千両万両に金が付ても。瞽女を女房にもつ事

ならずとつとゝ連て帰れと気色して腹を立れば。伝三はおどろかぬ顔で

是は御□切の貴様には似あひませぬ媒の我等が左の目がわるいと申からは

右の目は仲人口。□に不断琴三味せんでくらされた申からは。推量もある

はづ。いやしいたとへに仲人口半分と申せば。ごぜは下地から合点の筈を。今更

兎や角申されてはすむまじ。此御新艘の兄貴聞も及で御座ろう。大坂の

男立の親仁ぶん。今朝比奈といふて筋の違ふた事は大に入こともかま

はず。男を立る御人。ぜひ連て帰れならば□兄貴が婚礼の事を聞及び

妹聟の家へ石でも打やつがあらは。首引ぬいてやらふと。わざ/\下られ

たれば。大かたおもてへ参られたでござろう。よんで参らふほどに。直におわたし

なされ。かならず手ぢかな所へわれ物などは置れるな立あがるを。親仁二度

びつくりして。此度爰へ朝比奈とやらがわせてたまるものか。兎角穏便で

事のすむやうにと。一家衆もそれ/\にわびれば。此うへの了簡と申は。とかく

太治兵衛殿と夫婦にさへいたせば。双方にいひぶんはござらぬと聞て親仁あたま

をかき。いかに穏便にすめばとて。めくらを一生女房にもてとはあまりしい

かふせもの。娘の気量と五百両にほれて。先祖代々の宗旨をかへしむくい

かとつぶやきながら。おやといへば又朝比奈を出さふがいやさに。いろ/\と思案

して申さるゝは。よく/\存ずるに。爰は一ツ分別を致かへて。忰と祝言を

致さそふと存る夫をいかにと申に。伝三殿をはじめ一家衆ともに。忰が嫁に

もらひしと思召さふな。夫をぜひわれらがと申も若輩らしうござれば。

兎角をの/\の思召を立ましてとあつ火を子にはらふ親の心と。一家衆も

小づらにくがり。しかし一たん其許の御内ぎと名の付しおへを又むす子の

女房ノウいづれもさふではござるまいかと申さるれば。親仁むくりを起して。

杯もすんだ上ならば。親の子のといふ事もあれぜひ忰と祝言させますと。

声高にいへば。親仁とちがふた律ぎなむす子。となりあたりのきこへを

きのどくがり。親仁のゆるすと申さるゝからは。私の婦妻に下さるゝやうにと。

伝三をたのめば我等はこなたの御内方になさるゝと存て。仲人申たこと

なれば。いろ/\と申はづはござらぬと。さらりと埒あき。又あらためての婚礼

鶴のちとせを亀の万年にいはゐかへ献々の杯事もすみおへや入の

長枕不自由な顔を見るもうるさゝに灯も遠ざけ。さるほどに親仁が

いやがるゝもむりでもなし。前世戒行の拙きゆへに。五體ふぐな女房を

持事と。我身を恨みね入にして。常さへ朝食ができねば。起ぬ男が。床に

名残もなければ。よの明ぬ内から起てだい所へでれば。勝手にはみなおき

そろふて。へや見まひのこしらへ少心ばらが立て。常かまはぬ薪の大

くべをしかるも断ぞかし。嫁のへやには女子共の笑ふ声ほのかに聞へ。

めもないに何を見て笑ふぞと心おかしく。こわい物は見たいかくで。襖の

ひまよりのぞけば。瞽女らしきものひとりも見へず見なれぬ当世

娘が腰元に文書せてゐらるゝ面ざし前の高まどに似てそのうつくしさ

ひとつ/\いふまでもなし。世界の色をひんまろめた艶顔。しかもめのはり

すゞしく。むりやうの恋をふくみし美君。太助もうつゝになつて。こゝはマア

どこじやしらぬと。わが内をわするゝこそけしからぬ。やう/\人心ちつきて。里

からついて来りし□をまねき。あれにござる娘子はたれぞと尋れば。こし

もとおかしがり。おまへはまだ御目がさめぬさふな。よふごろじませ。夕べ御しう

げんなされた奥殿でござりますといへども。さらにがてんゆかず。夫はごぜのはづ

じやがとねをおせば。わけもない事おつしやる。先日頃はちと御目がわるひと

おつしやりましたが。たゞ今はすきとお心よふござりますると。おまへの爺御様

が御むりばかりおつしやるゆへ。伝三様の御しあんで明らかなお目をしばらく

御不自由なされたればこそ。おまへと御夫婦にお成りなされましたといへば

弓矢八まんそのやうな内証のからくりはしらず。誠のごぜとおもふて

あつたら初ものを明神へ備へてのけたと。残念がるこそ間違ひなれ

親仁も様子を聞て肝をつぶし。渡辺の綱が切て戻つた鬼のかいなを

とりかへされしほど力をおとし。はらを立ると。むす子が鮎とりに

行て。印篭巾着をつり上し心ちにうれしがるとは。行戻りのちがひ

ぞかし。夫より夫婦中よく。家業を大事にかけて。うゐの孫を

まうけてより。親仁も心をあらため。八十八の升掻を孫に切らせ

御隠居様とうやまはれて。大果報の老の入まへ。猶いやましの家の

はんじやう。栄花の春こそたのしき

                     五之巻終

  寛 延 三 歳      麸屋町通誓願寺下ル町