むかし、武山の葛鼠法師、風雅を難波の浅生庵にちぎりて、しば/\蕉翁のものがたりをつたへ、稿して洛の重寛に附し、是に東西のむかしがたりを増さば、かならずや板すべしとぞ。其後、越の都因坊ありて、賀の金城に遺れる事ども、伊勢よりやまと路の物がたりを加へて、西南北越の新語を補ふに、滑稽の世説ともいはむと巻てふところに喜べども、東武は深川のわたりもゆかしきにや、予が草庵の反古を乞ふに、おなじ意にかいあつめたるを撰り出て、前話に二の町なるは破り、雨夜のともし火ちかふ取ほど、机のうへに一巻とはなりぬ。かくて、蕉門頭陀物がたりと題し、かの重寛が子にかへしあたふるのみ。

        寛延辛未九月

                        武城吸露庵  印(凉〓之印)

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芭蕉翁頭陀物がたり目録

        △おきな北枝がもとにやどる并秋風の句談

        △翁行脚物がたり并藤の吟

        △翁古人の句評并いなづまの吟

        △翁去来が文通の答

        △翁近江行脚并路通入門

        △翁小町の附句

        △其角野坡に句を問ふ

        △義仲寺の法筵并其角侠客(けうかく)に威を振ふ

        △其角三井寺に登る二章

        △支考還俗

        △支考福寿草の花に観ズ

        △支考非亮へ文通并乙由の句評

        △支考八夕暮の第三を案

        △支考童平をさしはさんでよしの山に登ル

        △支考乙由が附句を奪ふ

        △惟然坊俳狂并許六天狗集と題ス

        △惟然坊むすめにあふ并時雨の吟

        △奈良の梅月おもとが恋

        △丈草・去来・支考・野水・越人、石山に会ス

        △杉風翁の喪をつとむ并支考と絶交

        △嵐雪以下四輩を評ス

        △野坡流行

        △野坡盗人にあふ并発句

        △野坡早春の吟をしらる

        △李由笠塚をきづく

        △許六癩を病并万子に見

        △万子翁にまみゆ  翁北枝に留別

        △酒堂梅の鎰の集をあづかる

        △鬼貫貧にせまる并路通が事

        △凉兎変化に遇

        △凉兎辞世

        △麦林椿の落花に対しし月花の姿情を悟ル

        △支考麦林と才をたゝかふ

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蕉門頭陀物がたり

        △おきな北枝がもとにやどる并秋風の句談

はせをの翁、越路を歴て秋の半金城に入、北枝がもとに旅寝して、夜すがらのものがたりに、ある夕此句を得たりと、

        あか/\と日はつれなくも秋の山

北枝難じけるやう、まことに此句意は今一、二里の道をかゝへ、秋の野良はおしむべく、日は又はやくかたぶかんとするに、霜枯たる袖に夕附日、遠山松もくれなゐなるはまばゆき峯の夕日といはむ。されど山といふ字、すはりて過て気色の広からねばと言に難問味アリ、翁うなづきて給て、さればこそ金城に北枝ありと名に高き其人也。我秋の風と案じたり。さりやこの秋の風は身にしむ夕の情を尽し、あか/\と日はつれなくも入果し風ぼう/\と肌にあたる。爰に旅人の姿なからんや。もしはじめより風といはゞ、聞得る人なからんかとしばらく山と断し、是北枝子をしらざるの罪也。三神ゆるしおはしませと、それより断金の交に乃ぶ。

        △翁行脚物がたり并藤の吟

ある人、おきなにものがたりせるは、貴坊は宋祗のあとを追、雲に別れ水に伴ひ、いづちを宿とさだめ給はず、行脚いづれの日かおかしかりき。翁ほゝゑみ給て、旅せぬ人はさこそおもはめ。行脚は苦楽を翼とす。けふははれて笠軽く、けふはしぐれて袖重き、曇子の夜着、草の枕ひきかはり移り行も、もどりてこそおかしけれ。奥の細道降つゞきて、泥にとりつく杖を力に曽良はつかれて行べくもあらず。我は笠じまをみんといふ。同行も又腹あしき事あり。况、煤掃にゐどころをおはれ、あるは鼎をかきならしてなさけなき日もあるぞとよ。旅はやよひの末つかた、卯月なかばこそけしき立ておぼゆ。一とせ大和路に分入て、負へるものに道をつられ、永き日影をたどり暮し、なにがしの宿をからんとするに、むらがらす森にいそぎ、野山はいたう霞たる画にもよく似たる哉と、ゆきあひたゝずむかなたの垣に〓藤のおどつかなく咲かゝりたるをみて、

        くたびれて宿かるころや藤の花

かくいふ句のうかみたる、我ながら二なくおぼゆ。これらのけしき旅の栄花ともいはむ。

        △翁古人の句評并いなづまの吟

秋のはじめ、暑さいやまさりて、降かむる雲の昼はむらがり、夜はこゞもりておそろしげなるに、稲妻のくだけちる夕暮がたに浴みして、ゆかたながら物うちしき、椽の柱にもたれよりて、むつまじきどち古きをかたる。いなづまやくだけてもとの入所  よく人のしりたれば、そのころの名句ともいはん。されど、発句のけしきをしらず談話味あり。我今此ながめありとて、

        いなづまや闇のかなた行五位の声

        △翁去来が文通の答

又ある物がたりに、老ても春はまたるゝものから、師走のあはたゞしきに、〓るゝ身はことに指折て明るをいそぐ。春のおもしろきは、山里あるは又田舎にあり。一とせのはかりごとは鋤鍬にうつぶき、いとまなき身の、とし暮てよりまへふかく、帯かたうしめて、雪駄をならすもことはりぞかし。

          山里は万歳おそし梅の花

去来へ此句ををくられし返事に、此句意二義に解すべくさふらふ。山ざとは、風さむく梅の盛にまんざいのきたらん、どちらもおそしとやうけたまはらん。又山ざとの梅さへ過るに、万歳どのゝこぬ事よと京なつかしき詠や侍らん。翁この返事に、その事とはなくて、去年の水無月五条あたりを通りさふらふに、あやしの軒に看板をかけて、はくらんの妙薬ありとしるす。伴ふどちおかしがりて、くわくらんの薬なるべしとあざ笑候まゝ、某答候は、はくらんやみが買候はんと申しき{翁ノ答。味アリ}。

        △翁近江行脚并路通入門

おきな一とせ、草津・守山を過て、松陰に行やすらふ。かたへをみれば、いろしろき乞食の草枕涼しげに、〓はれやかにけやりて、高麗の茶碗のいと古びたるに瓜の皮拾ひ人、やれし扇に縄をひながら、一ねぶりたのしめる也。あやしくて立どまりさしより給へば、目をひらき又ふさぎ、鼾なをもとのごとし。さはなにものゝはふれにたる、おして名をきかまほしく、目のさむるまで腰打かけ、

          昼〓に昼寝せふもの床の山

折からの吟も此時也。所は琵琶の海ちかく、比良のねおろし薫りはれば、なみ木の古葉こぼれかゝりて、蝉の声あたりをさらず。涼しと思ふほどに、空たけたり。おのこずと起あがり、何夢やみつらん、〓を打ってひとりゑみゐたる、猶ゆかし。松風聞了午睡濃とはさとれる人の口すさびなるを、今此人をみる事よと、こゝろをきせられ、ちかく寄てしか/\゛のあらましをとふ。おのこいとをかしがりて、君の宝を費すものは剣の下に眼をふさて、襟にひやりとさめたる夢は、鴉の糞にてありし物を、むかしを手枕にたのしむ身は、八珍の舌打より瓜の皮の蟻をはらって、朝夕無味の禅にほこる。御坊もしらざる所也と、白き歯をあらはして笑ふ。翁荷へる昼〓をひらひて、このめしのいとしろく味ことにすぐれたるも、人の食を乞へるは同じ。我も亦乞食也。たとへば、やはらかなるしとねに夢み、こまかなるきぬに身をつゝむも、もとより我ものにあらずとしらば、この松がねも相おなじく、かづける薦もひとしからん。只、元をしるとしらざると、実に見ると仮にみると、是を迷悟の二義ともいふ。おのこもし我にしたがはゞ茶碗を旅籠屋の膳にかへ、こもをかり着の小袖にかへ、廓の夢を風雅にかへて、老の杖をたすけよや。楽又その中にあらん。おのこうなづひて、翁にむかひ、その昼〓を給らんと、清水にひたして是をくらふ。首を叩て曰、誠に此飯五味を欺き、咽に甘露を通すがごとし。実、雪の日は寒くこそと、むまきはむまきにきはまりたれば、けふより御坊のことばにそむかじ。さもあれ、むかし腰折をこのみ、みそひともじの数をもしる。御坊笑ひ給ふなとて、矢立を乞て、扇にしるす手つたなからずみえて、

        露とみるうき世を旅のまゝならばいづこも草の枕ならまし

翁歎じて曰、我伊城につかへし時、洛の季吟がうた枕をたゝき、しきしまの道にいざなはれし。今は俳諧のみじかきに遊んで、生涯の計とす。汝に我頭陀をかくす事なし。日も暮ぬ。しりへに来れと、それより師弟のあはれみふかく、しばらく蕉門の人なりしか{路通絶交ノ事後に見へたり}。

        △翁小町の附句

尚白に物がたりありしは、うき世の果はみな小町なりと云附句、久しきよりその趣向ありて、むなしくおもひ入前句もなかりし。いつぞや正秀会の席にて、坂ひとつ見上て杖に物おもひ  と云前句あり。是にこそとおもひかへせば、まさしく小町の姿あれど、句中の実をあらはす事かたし。そのゝち撰集の思立に、さま%\に品かはりたる恋をして  と聞えたれば、うれしとばかりにその句を入る。これぞうき世のあだなるより百とせの姥に色をさましたる、我宗の寂といひ、俳中の教ともいふ。若き二三子よく聞べしと、顔うるはしかりしとなり。

        △其角野坡に句を問ふ

炭俵撰集の時、其角が、

        秋の空尾上の杉にはなれたり

と案じて、野坡にむかひ此句いかんかみるやと問。野坡曰、何ともいふべからず、只秋のはれたるけしき、空に一点の雲もなしと。其角喜んで巻頭に定む。

        △義仲寺の法筵并其角侠客(けうかく)に威を振ふ

其角、翁の終を見置き、初七日の法筵、義仲寺に聚会す。大津の智月、なさけある尼にて、路通が不興をふかくかなしみ、翁終焉ちかきころ、いろ/\と言葉をつくし、ゆるすのひとことは得たれども、門人路通を疎んずれば、此席に昇る事あたはず。寺の敷居も越がたくて、智月、乙州をもて連中をなだむ。其角答けるは、路通が罪かろんずべからず。されど此愁時もことなり。碑前の焼香はゆるすべしとして、すげなう席にすゝめざれば、路通、智月がうしろに忍び、しほ/\と庭を廻るに、会筵の徒四十余人、いづれもつばきを吐てみむかず。路通、憤をおさへかねて、大津の侠客をかたらひ来り、此席を犯さんとす。其角文台を躍越て、十徳の袖高くはさみ、まくり手に短剣をぬひて、侠客に立ちむかふ。支考・丈草たもとにすがれば、酒堂・正秀侠客をふせぐ。其角、声胴より発してひゞき乳乕のごとし。我、湖中に人となつて、今は天下の城府に家居す。抑武城に日本橋あり。日本の人その橋を過ざるはなし。其橋を過るもの、その角が名をしらざるはなし。やうやく大津壁の鼠穴に住んで、牛のよだれに命をつなぐ。さかやきの青瓜ざね、厠に芽を出す二葉冶郎、是を誹諧にはあばれといひ、削かけにはあくたいと云。汝らさらずんば物みるべしと、いきほひ忠盛の子のごとし。侠客腕のふときをさすり、我誉にのゝしつて去しとぞ。

        △其角三井寺に登る二章

法筵事終て、正秀・酒堂等が亭に遊ぶ。ある夕、大津の人々にいざなはれて、三井寺に参る事あり。瀬田の夕日かすかに残つて、粟津は真柴たく烟の中に、朧々と暮かゝる。さるは帰れる花をおしむかとみえて、此寺の晩鐘もなし。さゞ波は畳のごとく、うかめる鳥まなく立て、こぎゆく舟のあとにかはり、四山落葉して、遠きを極。煙波何処可消愁とうちずして、のぼり/\て山門に到。

        からびたる三井の二王や冬木立

なにしをふ撞楼に登りて、

        凩やかはる%\に鐘つかむ

此二章世にひゞきて、芭蕉第二世とはさゝやきあへる。明る日、正秀が亭に会す。人々あつまりて、きのふの二章、感にたへず。今宵の巻頭いづれにか定めん。其角是を聞て、義仲寺もあたり近し、我凩の吟においては、翁もふたゝび目やひらき給はんといへり。

        △支考還俗

支考ひとゝなり他にことなり、気億は胸に刻めるごとく、工夫は一黙の中にあり。身は誹諧の小技にありてこゝろは青雲の外にのぼる。此人ぞ蕉門の逸物也。はじめは許六に睦びふかく、笈日記撰せし比は、彦根の一巻夜光のごとく、天下の俳諧をてらさんなど、許六へ文通もありし也。後才を闘つて隔るされば老師のもとに衣鉢をかへし、我は還俗して遊ぶなりと、

        蓮の葉に小便すればお舎利かな              支考

と因果撥無の吟を残ス。

        △支考福寿草の花に観ず

あるとしの春、福寿草をいけて左右に愛し、此花をみる。はじめ一輪光をはなつて、後しぼめば次の茎にひらき、その次又さかりをつぐ。支考つら/\観想して、人間の子孫このごとく、我風流もかくのごとし。されば金剛の色をひらくとも、此花につぐ枝なくんば、久しき愛物とはいふべからず。我俳諧はつぐ人もあるべし。文章は伝ふまじ。さらば、東花坊の名を削て、其門人に変体し、師道を広むる手段あらば、その門人も又我にて注をあらはし、解を加へ、三世の変化を尽さんとしきりに思立しと也。

        △支考非亮へ文通并乙由の句評

支考金城の非亮へ文通せるは、ことしはみのゝ山家にかくれ、東西二花の風流をためす。

        芋よりも我名立らんけふの月

        ちかづきの顔みなうつる月見かな

かく案じ置候所へいせの乙由より文通に、

        やがて染る山を晒すやけふの月

と申来り候。かやうの手づま愚老も閉口に及候。まことに風雅はあやしきものにて、次第に理屈に沈淪する也。おほどやかなる吟、一向おもひかけず候。定て金城の事ニ候間、此句いせより申来候半と存候。

        △支考八夕暮の第三を案

支考、八夕暮の集を撰むに、いづくも秋のはしに探幽と云ワキに第三を案じ入、只月と云句なからましやと、朝にあふむき夕に俯し、食をたち席ワキにつけず。かくする事三日にして、

        細ひにはあかぬと月の空に消て

しばらく此句に俳狂して、玉を拾へるものゝごとし。又四句め心に入らずと其夜も臥さず、あくる夕に、

        水を一桶汲んでおかばや

凡句を安ずるといふは、深く入てあさきをもとむ、下手は無用の工案に入て王手飛車手を安ずるごとし。句作は、捨てとる所あり。はやく取捨の用をしらんにはしかじ。

        △支考童平をさしはさんでよしの山に登ル

支考、美濃の草庵にこもり、雪になり行梢をながめて、初雪の句を案じつゞけ、よしの山の一句を得たり。

        哥書よりも軍書にかなしよしの山

支考時におもへらく、此吟雑にして名所の法を違へず。我に一生の句なければ、是を以名句とせんに、天下誰か舌をくださむ。されど、その場にあらざれば、人の信を起す事かたしと、童平へ申遣しけるは、ことしの雪のおもしろき、しきりによしの山をおもひ出ぬ。春立ば、相伴なひ大和路に行脚せん。吾子ゆかんやいなやといふに、童平も是に同じ、春もきさらぎの末つかた、よしのゝ麓にさかりを待えて杖をひいて、ちもとにかゝるかくれ松は雪間のごとく、一目千本の雲井を分て、吉水院に登りみれば、南帝の昔今さらにして、古戦のあとに涙をそゝぐ。日もこゝろぼそく木の間にかくれ、谷の水音むせぶがごとし。支考・童平立ならんで、石上に尻かたげすれば、同者の声々、人家を求め、花のいづこにふすらんとみゆ。支考時に頭をあげて、我天下の絶唱を得たり。聞べしや/\と彼句を高らかに吟ず。童平眉をはつて曰、いみじきぬす人かな。よくも/\たぶらかして、我を行脚の奴とはなせり。此吟全く孕句也。早くしらば来らじ物を。支考打ゑみて、

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童平が背中をたゝき、あなかしこ、もらすべからず、と口を〓て山をくだる。

        △支考乙由が附句を奪ふ

団友を評者として、支考・麦林会を催す。其夜は点をあらそひしに、

        老僧の顔を仏師にみせて置く

という句あり。此句に印なからんやと各きもを冷したるに、釈教のにさしあひありと、執筆その句を戻したれば一座よろこびてきをひ出ぬ。すでに一おもて過行ほどに、

        ぬぐふてとつた板はかゞみに

といふ前句いでぬ。支考声をあげて、

        老僧の顔を仏師にみせてをく

と付たり。麦林いとむらいなりといへば、見龍が曰(支考ガ別号)、此句名句也。是吾子がもどりたる句なれば、さもしくも二たびせじ。しかれば、一生のすたり句となる。我欲は句をおしむなり。

        △惟然坊俳狂并許六天狗集と題

惟然坊俳狂して東西に走り、句をうたふ。雪には芭蕉の句を作て、鉢たゝきにうかれ、花には浄瑠璃のふしにかけて、西行庵の門にたゝずむ。破れたる簔と笠に筑紫の雨風を凌ぎありきて、所々紀行の吟あり。

        水さつと立ばふわ/\ふうわふわ

        水鳥やむかふの岸につういつい

        長いぞや曽根の松風寒いひぞや

        彦山の鼻はひこ/\小春かな

        しぐれけりはしり入けり晴にけり

かくのごとき吟多し。持かへつて彦根にいたり、許六に紀行をあたへて曰、吾子此集に題すべしや。許六けうとくおもひながら、彦山の句を巻頭とせば、天狗集の名づくべし。坊うれしがりて立出ぬ。そのゝちの事なりけむ、

        名と利とのふたつみつよつ早梅花仏

        梅花あかひはあかひはあかひはの

此二章はことさらに世に聞ふ。

        △惟然坊むすめにあふ并時雨の吟

あるとき誓願寺の門にふして朝霜に〓皮居たるを、其子なるものあゆみかゝり、此ほどたづねあたらざりしが、こゝに狂ひおはするよとて、めでたき夜のものをかさね、すそをかこひ、枕をかゆ。坊こゝろよくあたゝまりて、日のあかきまでねつき、みかへりのせずぬけ出しが、我娘の嫁し居ける尾城へ入て、其町を過ければ、娘たもとにすがりてはなさず。このほどのおこたりをわび、おそろしきありさまをなげく。坊そのかほをつら/\まもり、硯おこせよといひて、

        両袖にたゞなにとなくしぐれかな

        △奈良の梅月おもとが恋

奈良の京に住ゐける元梅がゆかりに、おさなき時はおもとゝよびて、あてやかにいとらうたし。としたけなさけふかう人にもしのばるゝ此より、糸竹の道はこゝろしづかならずと、元梅に風雅を学び、翁の行脚をも見送りしが、おなじ所に軒をならべて、梅月といへるおとこ、是も元梅にかしづきて、としいまだ若く、すきたる心もかしこう、女のあはれむべきがらにて、たがひにかくす事なく行来し、あるはまがきを隔て物がたりす。いつしか心うつろひけれど、くちなしの色にだも出ず、うち/\と過るほどに、秋になりにけり。女、

        おもふ事星には遣らじ梶の文

とほ句して、垣ごしに吹やりつゝ、はづかしうてかたぶきゐたり。おとこうれしくおもひながら、そのうらにものかきて、女の心をぞためしける。

        なら坂やこの梶の葉のうらとはむ

女すこしうらみたるさまにて、蕣のつぼみたるをひききり、短冊にそへてをくる。

        きるからにこのあさがほを小指とも

おとこうなづきあひて、こなたにおもふかぎりをもかたり、ふかくなり行くほどにうらむるわざのいできて、たがひにはかなくなりしともいひしか。

        △丈草・去来・支考・野水・越人、石山に会ス

五輩打つれて石山にのぼる。やよひのつもごりなれば、京の花ざかりはみな過にけり。山の桜はまださかりにて、霞のたゝずまひもさだめなく、鳥むしも心してともに暮行春をおしむ。去来曰、誹諧はよしなきものかな、風景の奴となつて心上のほだし止時なし。されば、それもしらずこれもしらず手を拱て閑居する人には、はるかにおとりぬべきわざならん。丈草が曰、法すら捨べし。いかに况や非法をやと、金剛経に説をかれて、捨よとは教也。森羅万象みなまぼろし、爰に至て何をか捨ん。捨んとするもの又一物、捨んとするに一物なしと捨たるは、金剛の体也。我は捨たるうき身ならねば、念仏もよし、誹諧もよし、漕来る舟も観念ならば、このさゞ波の春のけしきほだしともなれ、痼疾ともなれ、我は山石をたのしむ者也。野水・越人いかんかおもへる。両人たゞうなづく。支考が曰、風雅は名聞の器也。我はうき世を相手にして誹諧の名に狂はん。

        △杉風翁の喪をつとむ并支考と絶交

杉風は蕉門の子貢也。よくつかへよく敬て、翁の赴音を聞とひとしく、我職の魚鳥をうり捨、門を閉、簾をおろし、中陰おごそかにつとめ、長慶寺に発句塚をいとなみ、其後支考と交をたつ。かれは芭蕉の名を售て、風雅を銭にす。あさましの坊や。もし東武に脚を入ば、両脚をきり折らんと老を〓て〓しとぞ。

        △嵐雪以下四輩を評ス

嵐雪は其角にももれず、東武の人の程を知て、又蕉風をもうしなはざれば、よく遊べる人ならん。

史邦・正秀よくつとめたり。

弧屋、野店集に組して幸に名を得たり。

曽良もしかなり。

        △野坡流行

野坡は寿を全して、浪花に野坡ありとはいはれたりしが、西国の俳風に化し、しばらくは流行す。

        △野坡盗人にあふ并発句

ある夜、雪いたうふりて、おもての人音ふけゆくまゝに、衾引かづきて臥たり。あかつきちかうなって、障子ひそまりあけ、盗人入来る。娘おどろいて、たすけよや人々、よや/\と打なく。野坡おきあがりて、ぬす人にむかひ、我庵は青氈だもなし。されど、めし一釜、よき茶は一斤は接得たり。紫折くべ、あたゝまりて、人のしらざるを宝にかへ、あけがたをまたでいまば、我にも罪なかるべし、と談話常のごとくなれば、盗人も打やはらいで、誠におもてより見つるとは、貧福金と瓦のごとし。さらばもてなしにあづからんと、ふくめんのまゝならびゐて、かず/\の物がたりす。中にとし老たるぬす人、机の上をかきさがし、句のかけるものを打広げたるに、

                            草庵の急火をのがれ出て

        我庵の桜もわびし烟りさき                                                    野坡といふ句を見付、この火いつの事ぞや。野坡が曰、しか%\の比也。盗人手を打て、御坊に此発句させたるくせものは、ちかき比刑せられし。火につけ水につけ発句して遊び給はゞ、今宵のあらましも句にならん。願くは、今きかん。野坡が曰、苦楽をなぐさむを風人といふ。今宵の事、ことにおかし。されどありのまゝに句に作らば、我は盗人の中宿也。只何事もしらぬなめりと、かくいふ事を書てあたふ。

        垣くゞる雀ならなく雪のあと

        △野坡早春の吟をしらる

野坡ひとゝせ初春の吟に、

        ほの%\と烏くろむや窓の春

此句、世に鳴事ありて、いみじきほまれとはなりぬ。

        △李由笠塚を築ク

李由は許六とむつびぶかく、扇行脚のたすけともなり、四梅廬の風流をよび、笠塚の追福のこゝろのまゝなり。いでやその笠はよしのゝ行脚に狂筆せし桧木笠に桜の吟也。

        △許六癩を病并万子に見

許六はじめ芭蕉庵にくだり、蕉門の奥儀を伝へ、文章は我ちからを加へて支考と撰集の沙汰に乃ぶ。後病にかゝつて、人に面せず。たま/\面して風雅を問んとたずね来る風人あれば、屏風をしきりて俳談す。金城の万子馬を発して許六に〓せん事を願ふ。聞乃ぶ万子いかで屏風を隔てんやとて、ふとんながらかきすへられ、あかき障子にさしむかふ。眉たゞれ落て、予譲ともいふべし。ひめもす蕉門の伝をかたり、めのわらはに酒をもらせ、万子にいつて曰、我此病あつてより子に恥、妻にはづ。けふ公にまみへて、露もはぢず。是全公の徳也。公、俳諧のわざをならふ、支考を以師とすとも、此蕉門の伝における公の師は又我也。我たべて公に投ぜんと、かはらけこぼるゝばかりに引うけ、三度して万子にあたふ。唇欠落て、酒咽にもる。臭気人にせまつてたまるべうもあらず。万子近くによって、かはらけをとり、よゝとのんで舌をならす。其色かぶろに酌とらせて、朱雀の花に向ふがごとし。許六涙をおさへ、まことに風雅の大丈夫なり。かゝる人になにかおしまん。我此病天にして余命いく程もなしと、長別のことばを残して入りぬ。

        △万子翁にまみゆ  翁北枝に留別

万子は金城に録をはんで、弓矢の中に風雅をたのしむ。その比、翁金城に頭陀をおろし、久しく北枝が徒に遊ぶ。けふは犀川を見かへりて、小松のかたに赴くと聞、万子むちうつて長亭を凌ぎ、漸松任の駅にして翁の杖をすがりとゞめ、俳談夜をこめて別る。北枝はしばらく伴ひゆきて、送別の涙を落せば、翁もてる扇を出し留別の吟を与ふ。よく人のしれる事也扇は京骨に萩を画り、北枝死後希因が手に有。

        △酒堂梅の鎰の集をあづかる

酒堂はよく翁につかふ。あるとき翁梅の鎰といふ集を作てみづから写し、酒堂にあたへ、此封をしてほどくべからず。門人二十余輩の評をきはめ、百年後の俳諧を論。我家の未来記也。さるはこの梅の時を得て、末世に桜の鎰を合せ、梅に匂ひ桜のよそほひ、正風の花実大にとゝのはむと、あつく封じて酒堂が筥にひめ置り。翁の死後猶ふかく守り、生涯是をひらかざりしが、酒堂なくなりてより、むすめ愁にかしらおろし、山かげの庵にこもる。日月たつまゝに、野坡の門人たりし洛の風之をたづね、南無天満の大字のかれもの、そのほかおきなの真跡にそへて、かの篇も伝へおさむ。蕉門の徒、此集をみざらむや。

        △鬼貫貧にせまる并路通が事

難波の濁江に咽喝し、みじかきあしの葉陰にふして、床に逢はたのしめども、一女のやしなひこゝろの外に今は鬼貫の名をかくし、朝夕の烟をいとふ。昔は花洛に遊吟して、翁と画讃の遊せしも、その人東西に〓をならし、我はよしあしに身をひそめ、釜中の魚の水をしため、みなしろなして長物なければ、ともし火のかげに一通をしたゝめ、一貴一賎交をみるといふ。それもまづしきひがみといはん。きのふは門に車馬をつなぎ、けふは雀の巣にあらされ、餌にあたふべき一粒もなく、今日にせまり侯間、只今自殺に及侯。なきあと人をさはがせじと、此一条をのこし侯。御存知のむすめひとり、鼻に木の実のきずもあらず、なさけある人すくひとつて、若菜にあさらひの水をくませ、雪には堀口の枯芦を折せて薪水手のまゝに御遣給れかし。蓬生のひめとおとしめと給ふなと、書とゞめて称名す。娘おどろいて刃にすがり、やよやまて我死なん。いといけなうして母をみず、父のふところに人となれり。我きく、刃はあだをさし、うらみを切る。此ゆへにこそ国をおさめ、身を守る日の本の宝とや。いまだきかず、貧にせまり子をたすけ、たふとき父をころすものとは。よしなやな、我あれば父の貧、父の愁かさぬるの罪となる。ひたすら川たけのながれにしづみ、代をとつて孝にかへんと、よゝとないて声をおしまず。時にあれたる戸をたゝき、頭陀おもく杖をひいて、久しく面せざる路通来る。親子あわて面を可へ、刃を箱におさめながら、むすめはかたへにまぎれ入ぬ。鬼貫その事をつゝむにしのびず、しか%\の事をかたれば、路通も雨のごとく涙落て、人の行衛のはかなきを歎じ、鼻打かみていへりけるは、死すへからず、売べからず、父をすくひ、子をすくふ我ひとつの術ありと鬼貫幸が耳に口を合す此隠事察スベシ。そのゝち鬼貫幸を得て、にぎ/\しくは世をされども、しれるものはうき名をうたひ、路通は似せ筆の上手といはれて、社中の憤をうけしなり。

        △凉兎変化に遇

凉兎は其性おほどかにして、誹諧は拍子を覚、いせに団友斎の名ある事は、よく人のしる所也。中国に游び、北越にさすらふ。秋の比ならん、おもひ立て心づくしの山路に分け入、雨一通り過て日はまだ暮まじとおもふ空のみね高うそめかゝり、雲の行来もよそよりはやきが、心細き谷水をわたり、小笹原しめやかに合羽のすそけはらかして、ゆく/\あとをふりかへれば、大地をはなるゝ事三尺ばかり、長さ丈余とみゆるものゝ、赤きいろ炎のごとく、風をおこし、さかさまに立てうごともなく飛ともなく中にはなれてちかづき来たる。凉兎たましゐきへて、肌粟のごとく、襟寒うなつて呼んとするに声をしらず。我あしに手をかけて一歩づゝ前にすゝむ。かくしてうしろにあつて、水さつとなり、木かやうごき、物ひし/\と聞ゆ。ふりかへれば、その物をみず。こゝちすこし我身にもどりて、汗をしぼり、人家に入ば、あるじ凉兎がおもてをうたがふ。凉兎しか%\の変化をかたる。あるじ打わらひて、世にいふばけ物にあらず、此山の蚯蚓也。凉兎猶おどろく。あるじかたりけるは、蚯蚓山の土をくらつて、としふれば、土気を起し空に飛。かならずやけふのごとく雨はれし夕つかたは、いくつともなく出ありき、沢蟹を打つぶし、その蟹の脳を吸。西国に多き事なり。このみゝずは、おそるべし。故いかんとなれば、蟹の大さ三尺四尺、大にして丈余にいたる。背には苔むし、木草を生じ、目の光天を射る。はさみをあげ、足をのべて人をくらふことまゝ多し。蚯蚓はかれを打うぶして、却て人をすくふなりと、あやしき物がたりに乃べるとぞ。

        △凉兎辞世

凉兎病の末つかたいひをく事のあはれなれば、門人枕に立より、さばかりの団友斎辞世の句なからんや、がてんがいてかとはげませば、凉兎目をひらき、高らかに、

          がつてんじや其暁のほとゝぎす

かく吟じながら、あかうきのその杜宇とやせんといふに、乙由かたはらにありて、爰に何をか輪廻せん、其暁のほとゝぎすと、打あげてとなへたば、曽北筆をとりてしるしぬ。

        △麦林椿の落花に対しし月花の姿情を悟ル

この麦林は、川崎にむまれ、家とみ職めでたけれど、宝をあつめ、利をみる事をしらず。おさなきより真栄方印に筆意を伝へ、風雅は芭蕉の門に遊んで、はじめはさびしみの間をかんがみ、風雅は実を守りにありと、情より案じ入けるが、春の比わらはべの、落ちる椿の花を拾い糸につなぎ遊ぶのをみて、俳諧の姿をさとり、一句の変化をしれるより、天下に名人の号は得たり。さればその談話に、落ちる椿多き中より、白きは捨て赤きを拾ふ。乙由わらはべにたはぶれて、などや色ある花を愛さば、白きとて捨べからず、赤きも白きも打ちあはせて、紅白をたゝかはしめば、うつくしき色あらんと、何となくをしへしが、我風流もかくのごとく、柳桜を交へてこそ春の錦とはよめる也。さらば、月花は情にあらず、すがたにうきたるものなるはと、爰に発句のあつかひを転ず(工夫味アリ)。

        △支考麦林と才をたゝかふ

支考、麦林の留主に来り、床の柱にたはぶれけるは、見龍発句麦林に及ばず、麦林附句見龍に及ばずと、大筆にしるして去りぬ。そのゝち、見龍が来れるのを待て麦林の日、我発句貴坊に勝たるは、あらためていふべからず、附句猶まされり、と云。見龍やすからず思ひて、さらば我即席に前句を出して附句を聞ん。麦林いとやすしと答ふ。見龍時に難ぜんと、礫のごとくいひかけたるその中に、

        まつ黒に白紅(シロクレナヰ)にぐる/\と                  見龍

          車の牛の雪に夕ばへ                                      乙由

いま一句所望といふに

          宵やみに巻源平の籏

又一句聞かんといふに

          頭巾でしのぶ傾城の裾                                    乙由

見龍舌を巻ながら

        やれ/\とたすけたふあり怯(コハ)ふあり                  見龍                            はしりかゝつて岸につまだつ                              乙由

        珊瑚珠のわれて飛ンだをふしんがり                          見龍

          門から逃る鰒(フグ)の臆病                              乙由

いずれも前句の息をつぎあへねば、見龍口をとぢて、見龍発句麦林に及ばず、見龍附句麦林におよばずと筆を加へて帰しとぞ。

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洛東に毛倫あり。口を閉て風雅を説ずとて、又浪花にある事ひさし。

風雅は無言太子と称。秋もむら鳥のわたる比なるべし。

龍安寺のいづみおもひ出るまゝに、九月十五日、野山のけしきをふみわくるとて、かの毛倫と道を同ふしつゝ、きぬがさ山のもとに古を語。倫、稿を出し、かれは武の袋が述せるもの也。一巻の文章、擲に金の声あり。二条わたりの書肆寛次なるもの、予に跋せよと責。我はいちぐらに画を売事せちなり。ことばを練にいとまあらず。公は意を柔管に托する人歟。風雅は同志のために説べし。袋がために跋せずんば、無言も亦何のやくかは。句章のしらべ、染画の筆意、和漢三千里を隔じと難じて、押付に後序のぬしとはなしぬ。

          辛末九月

                                              浪花洛橋        印  (洛橋)

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                      京都寺町二条上ル

                              井筒屋庄兵衛板