〔天理冊子本〕

はるさめふる/\、けふ幾日ならん。

ふりつぎておもしおもしろ。

れいの筆研とう出たれど、何事をかいふべきことなし。

物がたりざまはまたうひ事にや。

いにしへの事ども、ふみのつかさのしるせしをおもひ出て、たれ問はずかたりて、いつはりはすべきを、我いつはりて又ひとの譌となる。

よしゑよし、世の中の事ども

〈血かたびら〉

明にして、君としてためしなく、和漢の典籍にわたらせたまひ、草隷はもろこし人も推いたゞきて乞もてかへりし也。

此時唐は憲宗の代にして、徳のとなりにかよひ来たり。

新羅は哀荘王のいにしへをしのびて八十艘の貢ぎたてまつるなり。

天皇善柔の御さがにてましませば、はやく春の宮に御くらゐをゆづらまく内々定したまへば、大臣参議参議さる事とゞめまく議りあひぬ。

一夜夢見たまへり。

せん帝の御たからかにけさの朝けなくなる[しかのねさむく鳴]しかの其聲を[聲きけば]きかずはゆかじ夜の明ぬとに打傾きておぼししりたまへり。

又御使あり。

早良親<王>かし原の御はかに罪を謝して、たゞおのが後なきをうたへなげき申さく。

是は御心のたわやぎにあだ夢とおぼししらせたまへども、法師かんやぎ等を[に]祭壇に昇りて御加持まいらせ、はらへしたまへり。

侍臣藤原の仲成・いもうとの薬子等申す「夢に六つのけじめ有は、よきあしきの数さだまらんや。

御心の直きに悪き神のつく也。

」と申て、出雲の廣成におほせて御くすり調せさせたいまつる。

又参議大臣の臣たちはかり合せて、こゝかしこの神社・大てらに御つかひ有。

又伯耆の国に世を避たる玄賓めして御加持まいらす。

此法師を僧都になし昇したまへど、一族道鏡が暴悪をけがしとて山深くこゝかしこに行ひたりき。

七日にして、「妖魔、今はやらひし」とて、御いとまたまはりぬ。

御心すが/\しとて、「尚まゐれ」とみことのらせたまへど、「思ふ所あり」とて、又伯岐の國へかへりぬ。

仲成外臣をさけんとて、くすり子にはかり合せて、さま/\なぐさめたいまつる。

よからぬ事と打ゑみて是等が心をとらせたまひぬ。

よひ/\の御宴歌垣八重めぐらせて遊ばせたまふ。

その御、棹鹿はよるこそ来なけおくつゆの[を]霜にむすばねば朕わかゆ也御かはらけとらせたまひり。

薬子扇とりて立舞ふ。

三輪の殿の、神の戸をおしひらかすもよ。

いく久/\、袖かへしてことほぎたいまつるいよゝすがしくて、朝まつり事怠らせたまはず。

太弟、才学に長じたまたふをみそかにいみて人しらし奏す。

みかど獨言したまへり。

「皇祖酋矛をとりて、道ひらきたまへりき十嗣と申崇神の御時まで、しるすに事なく、さかしき教へにあしく撓むかと見れば、又枉て言を巧にし、代々さかゆくまゝに静ならず。

朕は文よむ事疎かれど、只直きをのみつとめん」とおぼす。

一日、大虚に雲なくて、風條を鳴さぬに、あやし、空に車のとゞろく音す。

空海まゐりあひて、念珠おしすり、呪文高らかにとなふれば、即地におちて倒たり。

あやし、蛮人の空を駈る也。

櫃にをさめて、忌部の濱成行ひて、おちし所の土三尺をほりて神やらひにをらび聲高らかに。

一日、太弟柏原のみはかに参りて、密旨の奏文有。

何の故とも誰つたふべきに非ず。

天皇も一日御はか詣たまへり。

百官百司、みさき追ひ、あとべにそなふ。

左右の大臣・大将・中将、御車のをちこちに弓矢取しばり、御はかせきらびやかに帯たまへり。

百取の机しろに、幣帛うづまさにつみはえ、さか木の枝に色こき交て取かけたる、神代の事もしのばるゝ也けり。

うたづかさの左右の人々、音なみて、三くさの笛の音つゞみのおとに心なきたまへりき。

心なきよぼろさへ耳かたふけり。

あやし、うしろの山よりくろき雲霧立のぼりて、雨ふらねど年の夜のくらきにひとし。

いそぎ鳳輦にて、「我も/\」と、よぼろのみならず、取つぎて、左右の大中将、つらを乱してそなへたり。

「還御」たからかに申せば、大伴の氏人開門す。

「御つねにあらず」とて、くす師等いそぎまゐりて、御くすりたいまつる。

兼ておぼしめす御國ゆつりのさがにやとさらに御なやみなし。

栗栖のの流の小鮎に蕨の岡のわらびとりくはへて、鱠や何やすゝめたいまつる。

みけしきよくてぞ。

夜の月出、杜鵑一二聲鳴てわたれば、大とのごもらせたまひぬ。

空海あしたまゐる。

問せたまふに、「三皇五帝は杳也。

其後の物がたりせよ。

いづれの國かをしへに開ざるべき。

三隅の網の一隅、我にきたれと云[に]しが私の始也。

たゞ/\御心の直きまゝにおぼしゝらせたまへ。

日出て興、日入て臥す。

飢てはくらひ、渇しては飲む。

民の心也」と申。

打うなづかせたまひて、「よし」とのらせたまへり。

太弟まゐりたまへり。

周は八百年、漢家は四百年、いかにすれば長し」とぞ。

こたへ申さく、「周は七十年にして衰へ、漢は高祖の骨肉いまだ乾かずして呂氏の乱おこる。

つゝしみの怠りにもあらず。

」とこたへたまへり。

「さらば、天の時とは、日々に照します皇祖神の御國也。

儒士等、天とは即天を指し、又命禄といふ。

又数の限にもいふ。

是は多端也。

佛氏は『天帝も我につかふ』と云よ。

あな煩し」とうそ吹たまへば御こたへなくてまかん出たまへり。

あした御國ゆづりの宣旨くだりて、故さとゝ成し平城におり居させたまへり。

元明より昔は宮殿の有しさ刀にて、一あしあかりの宮のためしに、茅茨剪らず、甘棠うたず、せんだいのおぼしめしに、いにしへをしのびて、長丘にうつらせたまへりしかど、七代の宮のきらびやかにありしを、咲花のにほふが如く今さかり也とよみしを又思し出たまひて、そこにと定させたまひて、鸞輿きらびやかにて出させたまへり。

宇治にいたりてしばしとゞめさせて御制よませたまへり。

ものの夫よ此橋いたのたひらけくかよひてつかへまでに、是をうた人等七たびかへしてうた<ひ>上る。

「網代の波はたゝねど、けふこゝに千代ゝゝと鳴鳥は河州に群ゐるを」とて、又御かはらけめす。

薬子れいにさゝげ物まゐる。

「歌よめ」とのらせたまへり。

朝日山にほへる空はきのふにて衣手さむし宇治の川波「河風はすゞしきを」と打咲せたまへり。

左中将惟成よむ、君がけふあさ川わたるよど瀬なく吾はつかへん世をうぢならで兵部太輔橘の三陰もよんだい妹にゝる花としいへばとくきても見てましましものを岸の山振、「それは橘の小嶋がさきならずや。

飛鳥の故さとに草香部の太子の宮ならずや」とぞ。

尚多かりしかどもらしつ。

奈良坂にて御夕げまゐる。

「この手がし葉はいづれ」とゝはせたまへば、「それは侫けたる人等にて、忌言なり。

今つかふまつる臣たち、いかで二面ならんよ」とのたまひて、古宮にはそ<の>夜入せ給ふ。

あした御簾かゝげさせて見はるかせたまへば、東は春日・高円・三和山、みんなみは高むち山をかぎりて、西は葛木・たかんまの山・猪こま・二神の峰々、青墻なせり。

「うべも開初より宮居こゝと定たまひしを、せんだいのいかさまにおぼしめして北に遷らせたまひ<し>」と獨ごたせたまへり。

「北は元明・元正・聖武のみはかの立並びさせたまへり」と、杳にふし拝みたまへり。

大寺の甍たかく、層塔の数々をかぞへたまふ。

城市の家居どもゝ又今の都にうつりはてねば、故さとゝもあらぬたたずま仰ぎ見たまひて、先出させたまひ、先出たまひ、仰き見たまひて、「思ふに過し御かたち也。

にしの國に生れて、此みちのく拝まんとて、先出させたまひき。

「思ふに過し御かたち也。

西の國に生れて、このみちのく山のこがね花に光そへさせ給ふ也。

いぶかし」とおほせたまへば、参りあひたる法師が云。

「□□是は華厳経と申にしるせし也。

かたち□□如来のへん□、天に在せては、虚空にせはだかり、又ひそみては、芥子の中に取得たまへりとぞ。

大ぞらをまことの御姿とは申せど、まことの肖像と申は、御あなうらに開元の年号有が三たびの御うつしにて、五尺蜑がたてまつりものも道についえて、その有がたき昔がたり也と申。

兄のみ子にこえて我在んやと刄に伏たまへば、止むことなくて、御位にのぼらせたまひき。

御代あに並びなきひじりのみこと仰ぎたいまつりし。

善柔は損多しと申されしぞ乱世の人の心也。

かしこの纂奪は、禅位をいつはりしいたづら言也。

奈良の人も、臣達は、今一たびたひらの宮に御くらゐかんさせん」とねぎたいまつる。

北のみかどに心を通はす人も有けん、「よからぬ事ぞ」とのらすにぞ。

仲成是につきて、「君のおりゐはしばしの御なやみ也」と申す。

「ふたゝび御代にあらせん」としこづ。

「我兵衛の督也。

奈良山に軍だちしてみいつためさん」と。

又市町のわらはがうたふをきけば、「花は南に先さくものを、雪の北窓心寒しも」とうたふを、北に聞えて、平城の近臣を召て、問たまへば、「是はくすり子・仲成がすゝめたいまつる也。

此春の正月のついたちに、れいの御くすりたいまつるに、屠蘇白さんはすゝめて、度嶂さんを奉らず。

いかにと問せたまへば、君は山河をこえていかで在せたまはぬを、悲し/\」とて、泪を袖につゝみもらしたり。

此時御前にありて聞しより外は、正しき事は知侍らず」と申。

「さらば」とて、官兵をつかはして、即とらへて奈良坂に梟られたり。

葯子は家にこめをらせていましめさせたまへり。

又御子の高丘親王をば上皇の御心をとりて儲の君と定たまひしかど、停させたまひて、「僧になれ」とて、かしらそがせて真如と申奉るは、御才世にこえさせしかば、三論を道詮に授かりたまひ、真言の密旨を空海につたへて、「猶奥あらばや」とて、貞観三年に帰朝有し也。

「此み子の御代しらせたまはゞ」と、みそかには申敢りとぞ。

くすり子おのが罪をくやまずして、怨気ほむらとなりて、ついに刄にふして死たり。

此血の帳かたびらに飛走りて、ぬれ/\とかはかず。

若き者は弓に射れどなびかず。

劔にうてば刄缺ぬ。

たゞ/\おそろしき事となんかたりつたへ申す。

上皇はかたくしろしめさゞりし事なれど、たゞ/\黙してゐたまへり。

御齢五十二まで世にはおはしませりき。

射れど箭折れ、刄にうてば刄缺たりしとぞ。

又御子の高岳親王を春の宮に立させしかど、「僧になれ」とみことのりあれば、即髪をそぎたまひて、鑑真をめして三論を授かりたまひ、又空海に真言の呪術を習ひえさせたまひしかど、「尚奥有べし」とて、もろこしにわたりたまひて、葱嶺をこえて羅越國にいたりて、心ゆくまゝに帰朝ありし也。

「此み子の天のしたしらせたまはゞ」と、上下皆ひそかに申あへりとぞ。

嗟乎/\神のまに/\ならぬ事も有けるものを。

天津處女

嵯峨のみかどの英才、君としてためしなければ、御代おし[排]しらせたまひて万機をこゝろみさせたまふに、もろこしのかしこきふみどもを取えらびて行なひたまへり。

たゞ國つちとゝもに平らかになん。

王臣はもとより、皇女の御うたにも、木に非ずくさにもあらぬ竹のよの、又毛をふき疵をと御口つきこは/\し        男さびたまへば、國ぶりの歌よむ人々は、たゞ口とぢてぞありける。

上皇わづかに四とせにておりゐさせたまひしを下なげきして、とりかへさまほしく思ふ人もつゝしみてひたいをあつめてのみありしが、帝もおぼしやらせて、御弟の大伴のみ子を皇太弟に御くらゐゆづりまして、都ちかき嵯峨ののゝ山ざとに山里にうつらせたまへば、せん帝の平城の結構ををとゞめて、いにしへの跡、しのび申て、瑞がきふし垣の宮に改させたまひしかど、長岡のあまりにせばければ、王臣等の家は奈良にとゞめて、通ひたまへば、是はあまり也とて、今の平安城にうつらせたまふ也。

土を均して百石木つたひたて、豊石真戸くしいはま戸を神々にねぎうけひてうつらせしかど、人の心は花にのみうつりて、いつしか王臣の家も殿堂にかたどりて、老たる物識は、賈諠が三代のいにしへをしのびてすゝめたてまつりしかど、賢臣等諌め奉りて、よからぬ事とて、漢書それの巻に見えたり。

今を仰ぎ奉るぞかし。

上皇、下居の宮にわかう花やぎて、たゞ参るものに、「もろこしのふみよめ。

草隷よく学べ」とて、多くの商舟のた        りにつきて求めさせたまへる中天津乙女嵯峨のみかどの英才、君としてためしなければ、御代押しらせたまひて、萬機をもろこしの賢きに習はせたまひしかば、王臣はもとよりして、皇女の御うたにも、「木にも非ず草にもあらぬ竹のよの」、又、「毛を吹疵を」など、口つきこは/\しくて、國ぶりの歌よむ人はたゞ口とぢてぞ有ける。

上皇はつか四歳にてに、王臣はもとより、姫み子さへ、「木にあらず草にもあらぬ竹のよのはしに我身はなりぬべら也」、又、「毛をふき疵を求む」などゝ、口つきこは/\しく男さびたまへば、國ぶりの歌よむひとは、たゞ口閉てぞ有。

上皇わづかに四歳にており居させしかば、下なげきつして、とりかへさまく思ふ人もつゝしみてひたいをあつめて在しが、帝もおぼしやられて、御弟の大伴のみ子を皇太子に春の宮にうつらせて、わづかにて下ゐさせたまへば、今一たびとりかへさまほしくこそ、帝も思しやらせて、太弟に國ゆづ<り>まして、かしこき叡慮と人皆申あへりき。

やがて下ゐさせて、わかう花やぎたまへり。

もろこしのふみよみて、多くの商船のたよりに求めさせたまひて、空海をめして、「是みよ。

王羲之がまことの筆也」とて、示したまへば、「これは、かしこに在中に手習し跡也」とて、紙のうら少しそぎて見せ奉りしか        、海が筆としるしたり。

妬くこそおぼしたらめ。

五筆和上と言しは、筆のあとさま/\に書せたまひし也。

又儒道はさかりながら仏教のさかえ甚しくて、たまひ、草隷よく学び得させて、多くの海船のたよりに求めさせし中に、空海召て、「是見よ。

まことの王羲之が筆也」と示させたまへば、「是はかしこに在中に手習ひし跡也。

見たまへ」とて、紙のうらを少しそぎて見せたてまつれば、ねたくやおぼし成にけん。

空海が手よく書分ちて、五筆和上といひし也。

皇太弟受禅したまひて、後に淳和天わうと申奉りし。

元を天長と改めさせたまへり。

奈良の上皇は、此秋七月に雲がくれさせたまへりき。

平城天皇と尊号贈たまへりき。

さて、上皇の識度に改りて法令事しげく、儒教専らに取用ひさせたまへり。

されど仏法は衰へずして、君の上に御仏の立せたまへりとて、堂塔年なみに建並び、博文有識僧等つかさ人に同じく、朝にはたゝねど、祭典をさへ時々に奏聞し、おのづから彼をしへに引導せられたまへり。

「いかなれば佛法の冥福をかうむらせたまへば、如来の大智の網にこめられたまふよ」と、人は怪しみけり。

中納   言清丸の高雄山の神願寺は、妖僧道鏡に宇佐の神勅を撓させしに、清丸あからさまに奏せしかば、いかりにたへず、一たびは因幡員外介に貶せしかど、猶飽ずして、庶人となし、あなうらをたちて、大隅の國へ適せらる。

忠誠の志よきに、称徳崩御のゝちに召かへされしかど、やゝ納言に挙らる。

「本国にくだりて、水害を除き、民をやすきに置く功労有しかど」ゝて、いとほしと申さぬ人もなかりし。

神願寺後に神護寺と改しも、冥福の薄きをいかにせん。

今上の正良親王を太子に定あらせて、ためしなき上皇御二方、から國にも聞ぬためし也。

天わう仁明と後に崇尊し奉り、紀元を承和とあらためさせたまへど、儒教相並びて行なはるといへども、車のかた輪の缺そこなはれて行んや。

さて時の人のうたへる歌。

「忠信入死地答固、若矯神勅、則豈可有今日哉。

足のうらのきたな丸てふあだ波を、かけても清き名に流れけり。

さて、政令は、唐朝のさかんにのみ御心かたぶきて、古きふみをよませたまふに、六位の蔵人良峰の宗貞、才学有者にて、帝の御心に叶へりしかば、召まつはせて、「文よめ。

歌は」と、御憐み深くて、いつとなく朝政も問きかせたまへど、宗貞さかしく、政事は片はしばかりも御こたへ申さず。

たゝ/\御あそび敵と日々につかふまつりき。

「年毎の豊明の舞姫の数をくはへさせたまへ。

是は清見原のよし野に世を避たまひし時、天女あまくだりてなぐさめ奉りし。

それは五人の乙女なりし、古きためし也」と申。

色好み給ふ御さがにてましませば、今年の冬を始にて宣旨くだる。

大臣納言の人々、御むすめの中を花をさかせてつくりみがゝせたまひ、御目うつら給ばやとしかまへたまひしかど、詠めすてさせたまふは、伊勢加茂のいつきの宮のためしに、老行までも深窓の内にこもらせたまふ也。

さて、國ふりの歌は、宗貞・在五中将・ふん屋の康秀・大友の黒主・喜撰法師などゝいふ上手出、又女形にも、伊勢の子小町、いにしへならず、今ならず名を後につたへたりき。

帝の五八の御賀に興福寺の僧がよみて奉りしを見そなはして、「長歌は、僧徒に残りし」とて、御感有し也。

今見ればよくもあらず。

人丸・赤人・億良・家持卿の手ぶりにはおとりたりな。

或時、空海を召れて問せたまへる。

欽明・推古の御代に、経典しき/\にわたりて、猶一切の御経には数たらぬとや。

汝が真言の呪はいかに」と問せたまへば、こたへ申さく、の宮きこしめして、「外戚の家也。

国家の祭にあづかるべからず」とて、葛野川の邊の今の桜の宮の祭祀は是也。

かく男さびたまへば、宗貞がよからぬをひそかにゝくませたまへりき。

「伴の健宗・橘の逸勢等、さがの上皇諒闇の御つゝしみの間に謀反有て」と、阿保親王のもらしたまへば、官兵即いたりて搦めとる。

太后、是を、はやなりが氏のけがれ也。

定刑せよ」とぞ。

太子は、この反逆のぬしに名付られて、僧となりて、恒寂と申たまへりき。

「嗟呼、受禅廃立はあしきためしなるを」とて、もろこしの文学ぶ事をにくむ人多かり。

帝は嘉祥三年に崩御あらせて、御陵墓を紀伊の郡深草山についたてゝ、みはうぶり奉りし也。

よて深草のみかどゝ申奉りし也。

宗貞、みはうぶりの夜より行へしらず失ぬ。

是は、太后の御にくみを恐れて、殉死と云事、今はとゞめさせしかど、「此人、生て有まじきに」と、人は云敢し也。

衣だに着ずて、みの笠に身をやつし、こゝかしこにあるきて、初瀬寺の局

「人はわたくしもて天をあやしむ。人わたくしなく□天と同一也。よく思ひて、たゞおのが冥禄の厚薄、冥福の稟得たるにあきらむべし」

と、或物しりの示しを聞たり。

妖尼公

鎌くらの右大将は忠誠の君也。

平治の乱の世を悲しび、建暦の時を得たまひ   て、天のしたをとり修めたまへり。

総追捕使に海内を治む。

しかれども朝につかへて家に私なし。

悲しむべし、三代に後なき事を。

北條がわたくし、遂に時を得て、九代を相続したり。

天豈わたくしに組せんや。

天の長き事、釋氏の何劫も一瞬也。

天ついに神孫をたすけて明々たりといへども、明々たりといへども、神孫私す。

そのわたくしに乗て、足利十三代と云はかなたに変り、こなたに代り、骨肉噛あらそふて、猛獣にひとし。

天是をにくみて、職をうばひ後あらしめず。

大将薨じたまひて、政子の尼公、垂簾の政事に萬民治めらるゝといへども、疑心を抱きては世は乱るゝかと待が如し。

尼公閨房を守らずして、國に私す。

二代は病に夭折したまひて、三代の栄花右府を申て、天はゆるさずといへども冥福に任せらる。

尼公淫を好みて兄弟親子の分無し。

鳥獣の春気を得て相孳むに同じ。

義時の奸智、姉尼公を奸して右府をにくみ、遂に弑逆す。

妖尼公是を罪せずして益愛す。

猶慾情さかりにして近臣をめす。

蓮花六郎は愛すれども白馬寺の僧は召ず。

老臣の中に又えらびてめす。

畠山の荘司、勇壮にして忠誠もつとも私なし。

尼公此人の美を見て目をくはすれども、忠信の英士、何事とも心つかず。

尼公よくはかりて、或夜御使有。

「天下の大事あり。

ひそかに卿の指揮を聞ん」とあり。

荘司も兼て北条の奸計をにくむ。

つかひの跡につきて即まゐれり。

尼公、「老体の夜隠をあつくかたじけなくす」とて、「天も口有べし。

障壁に耳ありといふ。

あの亭に来たれ」とて、雪中の甃磚をしづかにあゆませたまへり。

局たち燭をとりて道をしるべす。

亭は陰翳として、銀色夜尚光あり。

陛に昇れば囲炉の炎気春天にひとし。

「先」とて、かはらけをすゝめて数巡にいたる。

荘司好まずといへども、勇士の腹なれば沈酒に及はず。

しかれども酔中の人也。

局たちとみに群かゝりて、烏帽子をおとし、袍を脱さんとす。

「何事をする」といかれども、退かず。

ついに劔刀をもて帯をたちて、皆逃たり。

尼公いつの間に帽をぬぎてひとへに成て、むずとくむ。

「是は/\」といふほどにさすが陽気発る。

尼公前陰をとりて恣に情をつくせり。

荘司ことばなくて、陛をくだり、装束をとゝのへて、天明を待ずしてはせかへりたり。

其後めせどいたるべきにあらねば、又是をにくみて、ついに亡ぼしたり。

和田・千葉・三浦の老臣、此奸計をきゝて、かた/\相はかりては義時を討んとして又ついに亡さる。

呂氏の奸・則天の婬、高時にいたりて九代にほろびたり。

天は神孫を相守りて私に組せずといへども、神孫又天にわたくしして、足利にせばめられたり。

足かゞの十三代、骨肉相かみて血のかはく間もなし。

私は毒薬也といへども、口に甜ければくらふて斃るゝ也。

是もある博士の翁にかたりたるをこゝに挙ぐ。

〈妖尼公別稿〉

むかし/\じや。

鎌くら殿の御時に三代の世に尼将軍と申て世に珍しき御方、垂簾の政事をとらせたまひて、天の下よく治まり、父の時政は相模の北条へ隠居して、義時の執政として密につゞけ□、又御子の実朝公と相枕の御教訓、近臣の若との原との原も皆めされての御酒機嫌老、臣の中にも畠山の重忠、色黒く、背高く、目鼻あざやかにて、男一疋と云べし。

是は中々承引すまじき人なれば、或夜雪のふかき夜、「一大事、こよひは宿せよ」とて仰下る。

「こゝにては猶人にやもれん」とて、御庭の亭に足かろげに、足駄の音はやくあゆませ給へり。

局ども御跡につきて参れり。

重忠、「大事也」とて、みそかに御跡よりあゆめり。

亭の内はうづまぬ火の気炎々たり。

燭の光かゞやきてまばゆし。

たゞさしむかひて□々と御仰をまつ。

御かはらけとらせて、先たまひて、「雪ふかし。

一つ」と仰下るにぞかたじけなくてかしこみし

目ひとつの神

「あづまの人は夷也。歌いかでよまん」

とぞ云。

相模の国小よろぎの浦人の、やさしくおひ立て、よろづに志深く思ひいたりて、「都にのぼり、歌はよまばや。

道のことわりを究めんには、        き御あたりにまゐりてこそ」とて、「『花の陰の山がつ』と人はいふばかりなりとも」とて、西を指す心しきり也。

「『鴬は田舎の谷の巣なれども、だみたる声は鳴ぬ』と聞ぞ」とて、親に「暇こひて出たゝん」と申す。

「此頃は、文明享禄の乱に、いきかひの道に関して、過書ありとも、時にあたりて通さず。

盗賊、野山に立て、肉をも切くらはんとすといふ」と、しいて諫めしかど、しいて従はず。

母の親のいふ。

「みだれたる世に深く思ひ入たる事ならば、たゞ/\、神ほとけをいのりて行け」と、別のかなしげにもあらぬは、乱たる世の人也。

所々の関所もやすくゆるされて、やゝ、近江の国に入たり。

「あすは都に」と心すゝみたちて、宿まどひ、こゝ老曽の杜の木がくれに、こよひはやどりてんとて、森深く入たちてみれば、風に折たる大樹の朽たをれし有。

ふみこえて、さすがやすからぬ心に立煩ふ。

落葉小枝は道をうづみて、浅川わたるかと露ふかし。

神のやしろあり。

軒こぼれ、みはし崩れて、のぼるべくもあらず。

草たかく、苔むしたる木のもとに、誰かやどりし跡あるを、猶かきはらひて、枕はこゝにと定む。

おひし物おろして心落居たれど、おそろしさはまさりぬ。

喬き木の茂きひまより星の光きら/        しく見ゆ。

月はよひの間にてひやゝか也。

されど、「あすのてけよし」と、獨言して、物打しき眠りにつかんとす。

あやし、こゝにくる人あり。

背高く、手に矛とりて、道分るは猿田ひこの神代思ひ出らる。

跡につきて、金剛杖つき鳴したる山伏也。

その跡につきて、女房のしろき小袖に、赤きはかまのすそ糊こはげに、はら/\とふみはらゝかしてあゆむ。

桧のつまでの扇かざして、いとなつかしげなるかつらを見れば狐也。

あとよりわらはめのふつゝかにみゆる。

これもきつね也。

皆御やしろの前に立たり。

矛とりしかん人、中臣のをらひ聲高らかに申す。

夜まだ深からねど、物のこたふるやうにてすざまし。

神殿の戸あらゝかに明はなちて出るを見れば、かしら髪面におひかゝりて、其乱たる中に、目ひとつかゝやき、口は耳まで切たるに、鼻は有やなしや。

しろき打着にび色にそみたる、是は藤色の無紋の袴、今てうじたると見えたり。

鷲の羽の扇を右手に持て、少しゑみたるがおそろし。

かんなぎ申す。

「修験は、きのふ筑紫の彦の山より出て、山陽・山陰の道々をめぐりて都に出しが、何がし殿の御つかひをうけたまはりてこゝを過るに、一たび御目たまはらばやとて、山づとの宍むらを油に煮こ        したると、又出雲の松江の鱸一尾、あさらけきを鱠に奉らん」とて、いとよかなり。

修験者申す。

「都の何がし殿の、あづまの軍の君に申合さるゝ事のよし承りて、御あつかひに参る也。

事もしおこらば、此あたりまでさわがし奉るべし。

神のりたまふ。

「此國は、無益の湖水にせばめられて、山の物・海の物も共に乏しき也。

たま物にいそぎて酒あたゝめよ」とおふす。

わらは立て、御湯たいまつりし竃のこぼれたるに、木の葉・小枝・松笠かきあつめて、めう/\とくゆらすに、物のくまなく見わたさるゝに、恐ろしさに、笠打かづきてねたるさましたれど、「いかになるべき命ぞ」と、心も空にあがりて、魂けてをり。

「酒とくあたゝめよ」と、おほせあり。

狙と兎が、大なる甕をさし荷ひて、あゆみくるしげに来たる。

「『とく』といひしに」と、かんなぎが申せば、「肩のよわくて」と、かしこみて在り。

わらは[わ]め、事ども執行ひ、大なるかはらけ七つかさねて、御まへにさゝぐ。

しろき狐の酌とりてまゐる。

わらはは、正木づらたすきにかけて、物あたゝめ、まめやかに、上のよつをのぞきて、五つめ参る。

たゝへさせて、「うまし/\」とて、かさねて飲て、「修げん、まろうど也。

打かさねてまゐれ。

あの木の根を枕にしたる若き者   よびてあひさせよ。

」「召す」と女房のよぶに、活たる心もなくてはひ出たり。

四つめのかはらけとらせて、「のめ」とおほす。

是をのまずは命とられんかとて、「多くは好み侍らず」と、やをらのみほしたり。

「宍むらなますいづれもこのむをあたへよ。

汝は都に出て物学ばんとや。

世におくれたり。

四五百年前にこそ師といふ人は有けれ。

乱たる今は文よみ物しる事おこなはれず。

高き人もおのが封食の地はかすめとられて、貧しさのあまりには、『何の道・何の藝技は我家のにつたへたり』とて、いにしへに跡なきいつはり事を設けて、大名の君・富豪の民をあつめて、其ゐや事の財帛をむさぼる世也。

是に欺かれて習ふ事とも愚也。

すべて藝技は、よき人の暇に玩ぶ事なり。

上手もわろものもけぢめは有のみ。

親さかしくて子は得ぬあり。

まいて、文かき歌よむは、おのが心に思ひ得たらん。

人に教へられば、其師の心にてこそあれ。

師につきて学ぶは道のたづき也。

独学は孤陋にあらず。

我さす栞の外に習ひなし。

あづまの人は心たけく夷心して、直きはおろかに、さかしげなるは、ほしきまゝに侫けたり。

好たるにもわろものはあれど、ついには道の奥にいたるべし。

酒のめ、夜深きに」と、のたまへり。

祠のうしろより法師出来たりて云。

「酒は戒破れやすくてさめやすし。

こよひの興にひとつのまん」とて、神の左坐に足たかく結びて居たり。

つらは丸くひらたくてわらは顔したり。

かはらけとりて三つよつほしきまゝ也。

女房たちて、「から玉や、からたまや」と、はうしとりてうたふ。

聲はめゝしけれども打からびたり。

法師いふ、「若き男よ。

修げんにつきて國へかへれ。

足つからさずして、たゞ一時にいたらん。

『親あれば遠く遊はず』と聖人は教へたり。

おのれは今ひとつのまん」とて、杯をかたむけて、宍も鱠もくさしとて、大なる〓{代↓巾}より蕪根の干たるをとり出てしがむつらつき・かたち、絵に見しりたる法師也。

山伏「いざ」といとまたまらんとて、杖とりてたつ。

「一目連こゝに在り」とて、扇とり直して空にあふぎ上る。

猿と兎は手打てわらふ。

山伏待とりて、腋にはさみ、飛かけり行。

法師は、「あの男よ/\」とて哂ふ/\。

袋とりて背におひ、ひくきあしだはきてあゆむ。

法師とかんなぎは人なり。

妖に交れど魅せられず。

かん人の齢はしら髪づきて、いまだ百歳にいたらず。

夜明はなれて森陰の庵にかへる。

「女房・わらはゝこゝにとまれ。

和上の御やどり有ぞ。

あるじして饗膳せよ」とて、いざなひ入て、「何をがな」とて、日なみとり出て見す。

墨くろ/\と数百年の事しるしたりと、たれか見し人の物がたり也とぞ。

今もつたへていづちにか蔵めたらん。

  幾世をかおいその森の下庵のふりし昔の物がたりきく

直して空にあふぎ上る。

猿と兎は手を打てわらふ。

山ぶし待とりて、腋にはさみ飛かけり行。

法師は、「あの男よ/\」とてわらふ/\。

袋とり背におひひくきあしだはきて、から/\とひかせ立て行。

法師とかんなぎは人也。妖に交れど魅せられず。

かん人のよはひはしら髪づきて、いまだ百歳にいたらず。

夜明はなれて森陰のいほりにかへる。

「女房わらはゝこゝにとまれ。

和上の御やどり有ぞ」とて、いざなひ入、日なみを出して見す。

墨くろ/\と数百年の事をしるしたりと、たれか見し人の物がたりしなり。

今もつたへていづちにか蔵めたらん。

  幾世をかおいその森のした庵のふりしむかしの物がたりきく

二世の縁

山城の高槻の樹の葉も散はてゝいとさむし。

古曾部といふ所に、年ひさしく住人あり。

家の子あまた召つかひ、年ゆたか也。

常に文よむ事を好みて、友も求めず。

夜は窓のともし火に心ゆくまて遊ぶ。

母覩自のいさめに、「いざ、寝よとの鐘の鳴也。

父のをしへたまひしに、子ひとつ過れば、文よみて眼いたむる也。

腎氣おとろふともろこし人のいひし。

庭のをしへとつとめよ」。

「承りぬ」とて閨に入。

よひのまも物のおとせずして、目はまだねむらず。

文に心すさびして、詩つくり歌よむ。

雨やみて窓の紙あかし。

物の音絶たるに、あやしく、ほそう鉦うつ音聞ゆ。

「あの音は、さき/\にもいぶかしとおもひながら思ひ捨たり。

こよひは正にこそ」とて、庭におりて、くま/\見巡れば、常には草もはらはぬ所に石一つ捨たり。

此石のしたにこそと聞定めて、あした男等よび出て、「こゝ掘て見よ」といふ。

三尺ばかりほりて、大いなる

二世の縁

山しろの高つきの木の葉も散はてゝはいとさむし。

古曾部といふ所に、年久しく

すゝむ事いとたふとかりけり。

あるじも嫁子出したてゝ喜びぬ。

さて入定の定介と名づけて庭はき男とするより外なし。

古き歌に、「我やどの木末の夏になりしよはいこまの山もみえず成にき」とはよんだり。

今は冬なり。

木の葉おちゝりてはらふにいとまなし。

定介にかはりてよむ。

「いこま山朝はれたりと見し空ははやくもかくす夕しくれかな」母もよむ。

「飛鳥川瀬となりし人の跡はあれどもとめし人のいつの代にか絶し」。

定介心もなければ蛛蜂打ころして心よしとす。

僧なりしもかくおに/\しく成たり。

五とせばかり在て、この郷のまづしきやもめ住に聟にとられ行。

よはひいくつとも己もしらねば、よく女の心をとる。

立はしりてかせげども、佛因のまづしさに家はさむ[ふ]し。

女は腹たつ事時々にて子を膝にすゑて、もとのてゝ様こひしと

海賊

前の土佐の守、紀の朝臣貫之、延長某の年十二月それの日、任はてゝ上りくるに、国人名残をしみて、こゝかしこの津々浦々に進てやう/\漕出たれど、猶海の神や我をとゞむと思ふほどに日数へたり。

又「海賊おひく」と云。

是は任中にいかなるうらみをやと、人々おそる。

「いづみの國までたひらかに」といのる。

こゝに来て船中みなやすき思ひしたり。

黒牛の灘にはて、「今日てけよし。

あすは河尻に」と、人々喜ぶ。

あやし、ちいさき舟一つこぎよすると見るに、恐ろしげなる男の舳にたちて、「前の土佐の守やおはする」と、をらび聲たかし。

「何者ぞ」と咎れば、「是はかい賊にて候。

御跡したひたれど、舟のちいさゝにおくれ候」と申たり。

守、「たいめたまはらん」とて申に、「船やぐらに立て何事をか申すぞ」と問ふ。

「いやあやしみたまふな。

恨報はんとならばいかさまにもすべき。

君達えらびて奉りし古今和歌集の所々にいぶかしき事の有を、問あきらめんとて也。

先、題号はこたへあらば承らんとてはる/\追来たりし。

」酒よき物とりそへて出さるゝを、あくまでくらひて、舷をたゝいて、「滄浪は我足すゝぐ盥也。

纓は我かうぶりし麻苧の乱なり」とて、うたひ終りて、おのが舟に飛うつり、「やんらめでた。

もうそろ」とうたひて、いづちしらずかへりし。

後、都にかへりきて、友則・躬恒・忠岑にかたりてよろこびたまへりき。

其後に又、たれが使ともしらぬ文一章投入たり。

ひらき見たれば、「菅相公論」と題して曰、

懿哉菅公、生而得人望、死而耀神威、自古惟一人耳。

古云、君子者無辜而有不幸、小人者有辜而有不幸、公也貶黜而不免其辜者也。

三清公不用革命而去于適所、又文屋惟時雖挙、清公不容者、固以御父是善公之門弟子而咄不答者私也。

又朝廷而撃藤菅根之面、結其寃、然自古起翰林生而太政官府、黄備公与公惟二人巳。

吉備者当于妖僧立

こたへあらば承らんとて、はる/\追来たりし」とて、酒よき物とりそへて出すを、あくまでくらひて、舷をたゝひて、「滄浪も我盥也。

纓は我かぶりし麻苧の乱よ」とて、うたひ終りて、又おのが舟に飛うつり、「やんらめでた、もうそろ」とうたひて、いづちしらずかへりし。

都にかへりつきて、友則・躬つね・たゞ岑にかたり言にして、よろこびたまへりき。

其後に、又誰つかひともしらぬ文一章投入たり。

開きて見たれば、「菅相公論」と題して曰、

懿哉菅公、生而得人望死而耀神威、自古惟一人耳。

古云、君子者無辜而有不幸、小人者有幸而有不幸。

公也、貶黜而不免其不幸者也。

三善公不用革命之<諌>而去于適所、又文屋惟時雖挙、清公不容者私也。

又朝廷而撃藤菅根之面結其恨者矣。

自古翰林生起而出太政官府者黄備公与公惟二人巳。

吉備者立妖僧立朝、持大器而不傾。

公也寵遇□退遂外藩者也。

然生而人望、死而耀神威者、自古公一人已。

よくろうじたりしは、実に学士の言也。

又云、「公が『以一貫之』の字をつらぬきとよまずして、つらゆきとはいかに。

之の字、こゝにては助音のみ。

之の字ゆきとよむは、『之飛』とよむ所にあり。

つとめよ/\」と書たりし。

「是は誰ならん」といふに、「ふんやの秋津、罪ありて庶人にくだりし也。

其後、行がたをしらず。

学術はあれども文章なし」とかたる人ありき。

貫之甚感働して、学友にかたりて「益とりたる」といひしとぞ。

〈捨石丸〉

財宝も何も一人子の小伝二にまかなはせて、このむ酒のみて明暮遊びけり。

姉娘の尼になりて豊苑比丘尼と名づけて後世の事おこなふなめに、母なければ家の内の事あづかりて小伝次とはかり合せたれば、立入る人あまた、是をぞたのもしき御仏と拝みたりけり。

捨いし丸といふ男、身のたけ六尺に   あまりて、肥ふとり、力人にすぐれて、酒のみても、又世にならびなしといふ。

長者の遊び敵として召れけり。

ある時、酔のすゝみに、「己はえへば野山にふす故に、石すてし如くうまく寝入たらんには、熊狼に出あひて喰はれんが不便也。

此つるぎは我父の山に入て遊びたまへる時に、大いなる熊出ていかりにらみ、歯むきて立向ひしかば、此劔にたゞ一うちに打殺したまふ故に熊切丸とは名付たまひし也。

おのれ酔ふして物に命とられん事不便なり。

是得させん」とてたまはりぬ。

「くま狼は手どりにせん。

鬼や出なん、それもたゞ一うちに討とらんには、おに切丸と呼ん」と左におき、喜びの盃数しらず。

酌にたちしわらはめが「今は三ますに過ぬべし」と哂ふ。

「野風にあたらん」とてよろぼひたつ。

長は見て、「得させし宝剣失ひつらん。

かへるを見とゞめん」とて、しりにつきて行。

はた、流ある所に足をひたしてふしたり。

小伝次、「父の御むかひ」と行て見れば、捨石は臥たり。

枕がみにつるぎ有。

長者「さてこそ」と劔とり上て行を、目さめて、「ぬす人入たり」と高らかに呼はり、奪ひかへすとて、主をもわすれてあらそふに、力おとりたれば、劔持ながらあをむきになりて、捨いしが枕のかたにたをれたり。

小伝次やう/\追つきて、丸を引のけ父をたすけんとすれど力よわし。

丸又小伝次をも捕へてはなたず。

からうじてのが父をいたはりてかへらんとす。

「劔大事の物也。

今はくれじ」とて、柄のかたをつよく握りしに、ぬけはなれたるもしらず。

長者は老の力にたへずして、鞘とりて、「己は日本一の力量ぞ。

武蔵殿と申せしは、西塔一の法師なり」とうたふ。

捨いし、跡をつけて、「衣河へといそがるゝ」。

其ひまに小伝二につるぎ取をさめさせてかへる。

あとに猶立まひて、脛のあたりを切さきたり。

父の面に飛ちりかゝるに、劔をやう/\うばひとりて、面の血ぬぐひ/\御供す。

子に助けられて家につきぬ。

姉の尼、「これは」ととへば、「石めが酔ぐるひして、剣ふりたてゝ、おのれが高もゝをあやまちしに、血はしりてつきたり」といふ。

「あやうき事なりし。

先、衣ぬぎたまへ。

洗ひてん。

休ませたまへ」と云。

父は酔ふして、「いな/\」と云。

屏風かこひておとゞひはかたはらに臥ぬ。

あした、目さめて見れば、口あきて、肌はひえたり。

驚きさわぎて、くす師誰かれ、人はしらせて追々に来て診脉し、「はや、事きれたり。

卒症のしるし見たまへ」とぞ。

たゞ/\、おとどひ、泣に泪なく、共にしなんといふばかり也。

一族、追々よりあつまりて、「今はいかにせん」と、力をつけて、くす士等尼に「薬たうべよ。

小伝二、男ならずや。

心よわし」と、さま/\いさむ。

家の子らいふ。

「はしたなくて、病にや。

又捨石めが疵つけたるにや」といひさやめくを、一郷きゝつたへて、「病ならず。

長者は日頃すくなたまへりし。

いそぎ行て、御をしへをうけよ。

その後には旅にたて」とぞ。

小伝二も「此事心もとなかりしを」と申。

捨石はとり/\の事耳に入て、「主ごろしとて御とがめかうぶるべし。

おそろしとていづちへやゆかん。

先江戸へ」とこゝろざして迯ゆきしが、力量世にすぐれたりしかば、車つかひにやとはれ、すまひ力持に交はりて、ついに劣りたる沙汰なし。

高貴の君、城市の富豪どもの、「捨石といふ、天のしたの大兵出て、相手なし」とて、こゝかしこよりめさるゝ中に、西の國の守何がし殿のいたく喜びて召かゝへらるゝ。

名をいかづちとつけて、雲井にとゞろく御名づけ也。

さて、「本國に御くだりの御供つかふまつれ」とありて御乗物ぞひにつとつきてまいる。

さて又小伝二は、香取のかんづかさのもとに在て、弓馬・鑓・太刀うち・組打までよく学びえたりしかば、「今は御暇申べし。

石はさだめて江戸へくだりたるべし。

すまひとりと成

〈宮木が塚〉

司解しのみならず、ついに庶人となりくだりしかば、かん崎の津に、めのとがよし有て、こゝにはふれ来たりたり。

女も藤原なる家にて、「父につかへよ。

おのがもとにあれ」といへど、此首ほそき人にしたがふは、めの子のいたいけさにえわかれずして迷ひ来たりけり。

もたせしいさゝかの財宝も何も失ひて、わびなきして、ついに空しく成たまひけり。

みはうぶりの事は、もてこし小袖調度賣拂ひて、まめやかにとり行なひたまひけり。

彼めのとは、やもめ住して、人にやとはれ、ぬひ針とりて口はもらへど、御かた/\の為にや及ぶ。

母君は、おさなきを膝にすゑて、たゞ泪のひるまもなくておはするに、めのとが云、「かくておはさば、ひめ君も我も土くひ水のみて命いきん。

いかにおぼしめすや。

此姫きみ、此里の何がしの長がむすめに養はせたまへ。

しるしに黄がね十ひらまゐらせんと申。

家富み、人あまた召つかへて、夫婦の志も都の人恥かしきばかりになんある。

よき聟とりて、後はよくつかへさせんものぞ」とすかいこしらふるに、うきが中のよろこびして、やう/\うけひたまひけり。

遊びと   いふは、いやしき世わたりともしらずして、鳥飼のしろめが宇多の上皇の御まへにめされて、「濱千鳥」とうたひし事のみ聞しりて、めのとによくせよと仰たまひけり。

やがて長がもとへ走ゆきて、「御ためよし」と申たれば、かのしるしおくりけり。

「母君、是見たまへ。

人の失ふ寶を多くつみもて有人也」とて、すゝろぎていふ。

「母が手はなれて一日ひと夜も外にあらぬものから、泣わぶらん」とて、悲しがりてのたまふ。

姫ぎみきゝて、「御ゆるし有所ならば、いづかたへもゆかん。

女はおとなになれば、必人にむかへらるゝとや」と、おとなしくのたまふに、「今は名残」とて、背なで、髪かき上て、さめ/\ないたまふ。

めのと云、「いかにしたまふらん。

しるし納めたまへば」とていさめたり。

かなたの子と思すには、涙とゞめて出たゝしたまへりけり。

何の心もあらぬものから、にぎはしき家に入て、「よき所也」とてよろこぶ。

長夫婦は「いとし子ぞ」とて、物きよくして着せしかば、をさなき心にはたゞ「うれし」とて、その夜より馴むつれて「うれし/\」とのたまふ。

「母きみはあす必こよ」とのたまひしかど、たゞ便のみよき所也。

「うれし/\」といひこされたり。

めのとがいふ。

「此しるしの中を二ひらたまへ。

御父の為におぎのりわざして、今にかへさぬとてせめきこゆ」とて、分ちとる/\いふ。

「我父は此郷のくす士なりしが、物よく知たる人なりし。

すべての秋物するは、周の制に、什が中を二つは得る事なりしとぞ、いにしへのかしこき代のさだめ也」とて、ことわり事いひてとり納めたり。

母ぎみはたゞ、「顔見せよ/\」とたより毎にいひやりたまへども、めのとが中空にして止ぬ。

ひめぎみも、「母の御ゆるしにてこゝにあれば、長夫婦こそ今の親なれ」とて、なほざりにのみ過したまへりき。

宮木といふ名は物しりの付みたりしに、さては御母の事をしらせしものゝありしかとて、尸は波にうかびあがりしをひつ木に納めて、此野づかさなる所にはふりをさめしと也。

宮木がかはねは波にゆられ/\て、神ざきの橋もとによせたりしかば、ゆり上の橋とも円光大師の傳記にはしるされたりし也。

翁、むかし河のみなみの神崎に物学ぶとて、草の庵をむすびて、三とせ在しほどに、一とせの夏、艸木みな枯て、河水も涸つくるよと見るに、この橋の古杙のかしら出たりしを、人やとひて一さかあまり切せて、古き事しのぶ人々に一片づゝあたへたりし也。

或は足利やうの文庫の形つくらせ、翁がこのむ茶箱にもつくらす。

今は人に乞れてとゞめずなりぬ。

歌もよみし也

うつせみの、世わたる業は、はかなくも、高きいやしき、立はしり、おのがどち/\、はからひて、有とふものを、ちゝの実の、父や捨けん、はゝそ葉の、母の手さかり、世のわざは、多かるものを、心にも、あらぬをいかに、たをやめの、操くだけて、しなが鳥、猪名のみなとに、よる船の、かぢまくらして、波のむた、かよりかくより、打なびき、ぬるをうれたみ、悲しくも、かくてしあらば、生る身の、いけりともなしと、朝よひに、うらびなげきて、年月を、息つぎくらし、玉きはる、いのちもつらく、おもほえで、此かん崎の、川くまの、夕しほ待で、よる波を、枕となせれ、黒かみは、たま藻と、むなしくも、過にし妹が、おき<つき>を、をさめてこゝに、かたりつぎ、いひ次けらく、この野べの、あさぢにまじる、露ふかき、しるしの石は、たがたむけぞも

又よめる文庫の歌

  水そこに年をふる江の橋はしらあらはれて又世々にながれん

こは正親町の三条の侍従ぎみの、うい冠のいはひ物によみて奉り也。

〈樊〓〉

けふは午時よりこゝにあつまり来る。

雨蕭々とふりて、跡なし事かたりてたのしがる。

腕こきして口こはき男を「憎し」とて、「己はつよき事いへど、お山にのぼり、しるしおきてかへれ。

帰らずは、力だて止よ」と云。

「それ何事にもあらず。

こよひしるしおきてかへらん」とて、酒<の>み物くひて腹みち、蓑かさかづきて出行。

友だちが中に、老て心有は、「無益の争ひして、渠必神に引さき捨られん」と、眉に皺よせて思ど、追とゞむべくもあらず。

大蔵は足もすぐれてはやく、まだ日たかきに、御堂のあたりにいたりて見めぐるほどに、日はやゝかたぶきて物すざましく風吹たち、桧原・杉むらさや/\と鳴とよむ。

暮はてゝ人なきに、何事もなし。

下山の僧おどろきて、「夜に入、たゞ一人はいかに。

あやし」と、咎めたり。

「大願の候て、こよひはこゝにこもり明す也。

大権現の御慈悲かうむりて、成就あらばやとこそ。

もし御いかりに触て命失なはんには、大悲の御ちかひはむなしかるべし」とて、つらつきすざましくたくまし。

いかなる願心かしらねども、たゞたのめよ/\。

」とて、山をくだらるゝ。

雨はれたれば、みの笠投やりて、火切出し、たばこのむ。

いとゞくらうなりて、「さらば上の山へ」とて、木のくれ闇の中を、落葉ふみ   はらゝかしてのぼる/\。

十八丁といふ道中、「我天狗ぞ」とひとり言して来たり。

御社の前に、「何をかしるしに」とて、見めぐるに、ぬさたてまつる箱の大いなる有。

「是を」とて、かづき上るに、此箱忽手足おひて、大蔵をかろらかに引さけ、空にかけのぼるにぞ、「ゆるせ/\」と叫けべどもこたふべくもなし。

飛かけり行ほどに、波の音の高く聞ゆるに、「今は打はめつらん」と思へどかひなし。

夜はやう/\明たりしかば、神は箱を地に投て、いづちしらずなりぬ。

見わたせばこゝも海邊にて、神の御やしろ有。

松杉かう/\しきが中にたゝせたまへり。

かんなぎならめ、白髪交りし頭に烏帽子かうむり、浄衣馴たる手に今朝のにへつ物、み臺さゝげてあゆみくるが見とがめて、「いづちよりぞこゝに来たりし。

見しらぬ人や」と問ふ。

「伯伎の大山にのぼりて、日暮て神につかまれて、遠くこゝにまゐりぬ」といふ。

「さて、こゝはいづこぞ」とたづぬれ者どもが「大蔵がかへりし」とて、老もわかきも、まして友だちの無益のあらそひせしがあつまり来て、「先物くへ、足洗へ」といふ。

母と兄嫁とは立さわぎて涙のみ也。

父はたゞにら[く]みて居たり。

兄はかまどの前にたばこのみ/\、「命生て、親たちのよろこびをわするな。

今よりはいたづら遊びなせそ」とて、うそ吹ゐたり。

大蔵もこりたる体にて、二おやの心をとりて兄にも詞をかけ、山枴かたげて朝とく出ゆく。

友たちが皆[いふ]「無益の腕こきやめよ」といふに、母がうれしがりて能々念じて心あらためよ。

人なみならぬ力量には、柴刈、木こりて、牛の荷ほどはかづけば、銭多く得たるにぞ。

「酒のめ。

物くへ」と喜ぶ事限なし。

「今は御山にのぼりて、命たまひし御ゐや申さん」といふ。

「けふはのどか也」とて、出したてやる。

「銭たまへ。

物もとめてそなへ奉らん」とて、母にさき立て行。

倉やの中の櫃の内に「たゞ二百文たまへと」いふ。

ひつの内をみれば二十貫文からげたるを、「博奕のまけかへせ/\と友だちがせめるに、此ぜにしばしかしたまへ。

やがて山かせぎして納めおくべし」。

つかみ出すを、「兄が力なるぞ。

我物と思ふか」とてゆるさず。

こたへもせずして、母をかた手にて、ひつの中へ打こみて、足はやにはしり出る。

嫁が見つけて、「其銭いづこへ」とゝどめたり。

これも又片手にて、柴つみたる上へ投上たり。

父は午睡の夢さめて、「おのれ、そのぜにいづくへかもて行」とて、後より抱とめたれど、老の力よわければ引れて行。

兄は杳に見付て枴とりて追ゆく。

谷わたる丸木橋の所にて友だち立むかひて、「おのれは/\」とて、前より組つきたり。

是を足にかけて、谷水のたぎり流るゝ所へ投入たり。

父と兄とを[も]一つかみにして、同じく打こめば、是を見る人、「あれよ/\」といへど、足はやければ取迯しぬ。

里長、目代にうたへ出たり。

「さても/\大罪人也。

関破りし時、刑して追はらふべかりしを」と息まきたり。

「かたちを國々に絵にかゝせて触よ」といふ。

山里なれば絵かく者なしとて、年とかたちをくはしく國々にいへば、「承りぬ」とてたちぬ。

大蔵は韋駄天ばしりに迯のびてつくしへ出たる。

博多の津へ行て、博奕の中に交りて、何のさいはひか銭多く勝たり。

こゝへも「しか/\の大罪人とらへよ」と触ながさる。

此あぶれ者どもゝ、「大三なるべし」とて、目くはせしかばこゝをのがれて、「銭はおもし」とて、黄かね十ひらにかへて、長崎の津へ迯行て、やもめ住のわびしきもとに身をよせたりき。

ばくちに勝ほこり、「財主ぞ」とて、酒に酔ぐるひして、打たゝき、いとつらく、おそろしさに、丸山の揚屋へぬひ事にやとはるゝをたよりに、「かくしてたべ。

我男は鬼なり」とて、わなゝき/\たのむ。

酔さめてよべどもあらず。

「さては、我をうとみて迯出しなるべし。

いつもの丸山へ行しならん」と追ゆきて、「我めをかへせ/\」と、あらくのゝしりたる聲すざましきに、あるじ家の内の者も、こゝにやどりしまれ人も、「いかに/\」と立さわぐ。

さうじ皆けはなちて、こゝかしこと乱入、酒ぶりの取ちらしたるをのみほこり、肴ものゝ鱠も何もくひちらして、気力ます/\さかんにて、又躍りくるふ。

もろこし人の遊ぶ所へ来たり。

屏障けやぶり、

楠公雨夜がたり

  楠公湊川の陣に、夜雨蕭々とさびしきに、近臣をめして、

「面しろき物がたり有。むかし/\、猿が島といふは、はるかなる西國のはてにて、いとにぎはしき所と聞ゆ。そこに

楠公雨夜かたり(猿嶋の敵討)

楠公湊川の陣に、夜の雨蕭々とふりてさぶしさに近臣をめされて、「おもしろき物がたり有。

こよひの興にかたりて聞すべし」とて、茶かきたてさせて、さてかたり給へるは、「むかし/\猿の尻はあかうその事どもよくきけ。

西の國に賑はしき所といふ。

長者の庭に柿の大樹五もとあり。

其垣ね流るゝ谷川に穴ずみする蟹の翁あり。

或時にさる丸かきの木末にのぼりて、よく照たる実を心ゆくまて取くらふを見て、翁立よりて、乞ていふ。

「うまきを一つたうべよ」といふ。

猿丸は心あしくて、「いであたへん」と、大なる石の垣ねにあるをつる/\とはひ下りて、蟹が背に礫うちして、ついに背さけて死たりしを、心よげに、おのれは家に入ぬ。

胎生なれば、疵口よりあまたの子どもはひ出て、もとの谷水に   かへりし。

後にたゞひとつ大きなるが、此子を聞しりて、仇打せんとねらふ事久し。

又垣のへだてをこえて、八十ばかりのうばらあり。

黍の粉の団子をつくりてうまげにくひたりしに、蟹のまなこきら/\しく、両螯をあげていふ。

「およな殿、何をうまげにめさる」とゝへば、「是はことしの垣ねにつくりたるとう黍のだんす也。

ほしくばあたへん」と云。

「先ひとつたまはれ」といふは、やがて取てあたへて云。

「汝が親蟹はいかにしたる。

久しう見ぬぞ」とゝふ。

「されば其事にて候。

去年の秋の事なり。

あの隣の猿丸が柿の子ひとつたうべよと乞しに、柿はあたへずして石のつぶ手打して、親はそこに死て候。

にくし/\敵うたんと思へど、かれは多くの狙どものあつまりをりて、猶我をもつぶ手打せんとするに、今に心ざしをとげざる也」となく/\かたる。

うばらいふ。

「狙は人まねしても、よき事はせず。

仇打せんとならば多くの者をかたらひてうて」。

「しかは心得候へども、水中の穴住海老は、甲を着て鬚の矛取たれど、水をはなれては、おのが輩よりよわし。

魚は海中にこそ人をもとりくらふがありといへど、そとにはいまだいたらず。

到らば又必くらはん。

誰をたのみ、たれをかかたらはん」とて、ふたつのはさみ、八つの足ずりして泣さま不便也。

「いふ所ことわり也。

我はかり事を授けん。

汝がすむ流れには、いつより水そこにしづみたりけん、鋏のさびくさりしあるを、両螯にさゝげて皆めせ」と云。

臼は心ゆくまゝにくひつくしたれば、そこらに糞汁をたれちらしたり。

鋏・金鍼・光、門に入て、猿丸が閨にうかゞひ入る。

長者はしらずしてうまいしたり。

鍼まづ入て、猿がはだへをさす。

「こは何事ぞ。

いたや/\」とて迯いづるを、はさみ、ね屋の口に在て、まめ/\しき右の手をはさみ切たり。

「あ」と叫んで、門の方へはしり出れば、ふん汁にすべりてたをるゝ所を、いし臼軒よりおちて猿が上にどうと音してはたらかせず。

蟹はひかゝりて、「おのれに親をうたれしぞ仇うちおぼえたり」とて、両螯に力を入て猿が首をはさみ剪たり。

此さわぎに群狙はこゝかしこと迯るを、物共追つめ/\てみな殺しにしたり。

猿丸は南朝の帝也。

れいの手のうらがへす叡慮には、君といへどもたのみなしとて、皆敵となる。

それをしたがへらば、黍団子の餌を多くあたへて朝敵の名をのがるゝ足利が侫才也。

されば西の國々には大禄の武士多し。

足利が後又渠が儂に奪ぼされん。

我は忠信の

翁聞つたへた昔、楠公の湊川の討死前に夜の雨のさびしさに、近臣をめされて、「面白いはなしがある。

昔/\、猿の尻はまつかいなばかりでもないぞ。

猿が嶋と云はとつと西の國で、□畠な所じやげな。

柿の木の大木があるを、旦那の猿丸が木の上のとつとさき、そより取にくふと、庭に穴住している蟹、「申/\、旦那さま、それ一つたまわれ」といふたら、「是やるは」といふて、くさつたのを蟹の目をあてに投つけたる。

ぴつしりといふて、目ばかりではない、命もしまふてのけた。

親の腹から子がはひ出て、いつのまにやら成人して、親のかたきうちに出る。

道にて、「蟹殿/\、どこへいかしやる。

おこしの物は何じや」。

「日本一の黍団子じや」。

「一つくだされ。

倶申そか」。

段々大勢になつてかたきの内へしのびこんで、雪隠やら、寝所やら、庭やらにかゞんでいて、迯る所をはさみやら小刀やらして、首はどうと切たげな。

足利の反逆も是に同じ事で、ついに天子を島へ流して弑しなつたといの。

めづらしいではないか。

汝らもようきけ。

ない命はすつぱりと死で名を上よ」といわれた。

子の正行どのも父が討じにと聞て、「お腹めさりよ」とあるを、母御が見つけて、「汝ようきけ。

たのみなき世には有とも、君の為此子といやれ。

我生のびん」。

又正行どのゝ内政が「よめつた夜から帯といた事なし。

おきに入らりませぬか」と問たら、「君のために生てゐる命、何の契約してくるしみを見せん」とありしとぞ。

此内室もついに尼になつて、後生を大事ととむらわれた。

天地の興廃はかくの通りじやぞ。

此物がたりのつい手はやくたいじやほどに。