八  忍惣太(しのぶのそうだ)醉(えふ)て西洞院(にしのとい)を鬧(さわが)す

忍惣太(しのぶのそうだ)はさきの頃(ころ)。薩陀山(さつたやま)にて危(あやう)きを脱(のが)れ。愿哲(ぐわんてつ)とともに伊豆(いづ)の山家(やまが)

を徘徊(はいくわい)して。長月(ながつき)のはじめに。武蔵(むさし)へ立越(たちこえ)んとて。相模路(さかみぢ)に出(いで)。道(みち)すがら巷(ちまた)

の風聞(ふうぶん)を聞(き)くに。年来(としころ)鎌倉(かまくら)より追捕(つひほ)せさせ給ふ。忍(しのぶの)惣太といふ兇賊(きやうぞく)。いぬる

月某日(それのひ)。三河國(みかわのくに)矢矧(やはぎ)にて。伊庭(いばの)十郎胤時(たねとき)に生拘(いけどら)れたりしに。その夜(よ)影江(かげのえ)の旅

宿(りよしゆく)に於(おい)て。胤時(たねとき)主従(しやうじう)を欺(あざむ)き殺(ころ)し。忽地(たちまち)逃亡(にげうせ)て往方(ゆくへ)しれず。よりて鎌倉(かまくら)より

國々(くに/\)へ公文(こうぶん)をなして下(くだ)され。穿鑿(せんさく)いと厳重(げんぢう)なりといひ罵(のゝし)るにぞ。惣太聞(きゝ)て

ふかく怪(あやし)み。われはさるおぼえなきに。かゝる流言(りうげん)して油断(ゆだん)させ。不意(ふゐ)に搦捕(からめとら)ん

とするの謀計(たばかり)ならん。しかれば鎌倉(かまくら)に程遠(ほどとお)からぬ。武蔵(むさし)に到(いた)らんはその〓(弓+京)(わな)

に係(かゝ)也。さはあれぬかといへば。愿哲(ぐわんてつ)もげにと諾(うけひ)て。二人もろともに途(みち)より

取(とつ)てかへし。ふたゝび西(にし)を投(さし)て走(はし)る事(こと)数日(すじつ)に及(およ)び。伊賀(いが)伊勢(いせ)の間(あはひ)に且(しばら)く

躱居(かくれゐ)て。その年(とし)の霜月(しもつき)に。大和路(やまとぢ)に出(いで)て洛(みやこ)に上(のぼ)り。ある日の夕(ゆふ)ぐれに。

愿哲(ぐわんてつ)を将(い)て。西洞院(にしのとい)なる酒店(さかや)に到(いた)りて。半日(はんにち)の醉(えひ)を盡(つく)し。つと走(はし)り出(いづ)るを。

主人(あるじ)遽(あはたゝ)しく引(ひき)とゞめて。こは酒(さけ)の貨(あたひ)を忘(わすれ)てや行(ゆき)給ふ。いと慢(そゞろ)なりと呟(つぶや)けば。

惣太(そうだ)點頭(うなづき)て。けふは持(もち)あはしたる銭(ぜに)なし。かさねて来(く)るときに与(あた)ふべし。といひ

かけて出(いで)んとするを。主人(あるじ)引(ひき)とめたる袖(そで)を放(はな)さず。御身(み)が声音(こはね)を聞(き)くに。関東(くわんとう)の

人とおぼし。洛(みやこ)は定(さだ)めて旅(たび)なるべし。いづ地(ち)に宿(やど)かりて〓(おは)する。名告(なのり)たまへ。

人をつけて参(まい)らすべうもや。といひもをはらざるに。惣太(そうだ)声(こゑ)をふり立(たて)て。さて

も怪有(けう)なる奴(やつ)かな。かばかりの銭(ぜに)を債(はた)らんとて。旅宿(りよしゆく)を問(とふ)ことやある。その義(ぎ)

ならばすべきやうありといきまきつゝ。忽地(たちまち)拳(こぶし)を握(にぎり)かためて。片頬(かたほ)も側(ゆがむ)ばかりに

〓(石+殷)(はた)と打(うち)たふし。踏(ふみ)にじりて動(うごか)せず。酒保(とうじ)小厮(こもの)なんど。この形勢(ありさま)をみて。且(かつ)驚(おどろ)き

且(かつ)怒(いか)り。主人(あるじ)を救(すくは)んとて立(たち)さわげば。愿哲(ぐわんてつ)奮然(ふんぜん)として押隔(おしへだて)。小厮(こもの)がもてる

朸(あふこ)を舊(うば)ひとりて。置(おき)ならべたる酒(さけ)の〓(缶+瓦)(もとひ)を悉(こと”/\)く打碎(うちくだけ)ば。数(す)十斗(と)の酒(さけ)ながれ

わたりて。門(かど)に泉(いづみ)を湛(たゝへ)たり。惣太はなほ武(たけ)りに勃誇(たけり)て。端近(はしちか)なる火桶(ひをけ)を

取(とつ)て投出(なげいだ)すに。その火(ひ)障子(しようじ)に飛(とび)ちるにぞ。衆皆(みな/\)いよゝ驚(おどろ)きまどひ。打消(うちけさ)ん

とて走(はせ)まはる間(ひま)に。そと愿哲(ぐわんてつ)に注目(めくばし)して。いちはやく出去(いでさり)けり。むかし枹竹子(ほうちくし)

いへることあり。百尋(ひやくじん)の室(いへ)も分寸(ぶんすん)〈○ハヅカ〉の〓(風+火*3)(かぜ)〈ヒヨウ〉より焚(やけ)。千丈(せんぢやう)の坡(つゝみ)も一蟻(いちぎ)〈アリ〉の穴(あな)より

潰(つぶ)る。うべなるかな老幼(ろうよう)最(もつとも)心(こゝろ)を用(もちひ)て慎(つゝしみ)おそるべきものはこの災(わざはひ)なり。惣太等(ら)

が悪虐(あくぎやく)さらに比(くらべ)んに物(もの)なし。さる程(ほど)に祝融(しくゆう)俄頃(にはか)にあれて。一院(いちいん)〈後鳥羽(ごとば)〉の御所(ごしよ)

も程遠(ほどとお)からぬに。事(こと)急(きう)なれば御車(みくるま)たてまつるまでもなく。吉田少将惟房(よしだのしよう/\これふさ)。院(いん)

を負(おひ)たてまつり。殿上人(でんしようびと)少々(しよう/\)供奉(ぐぶ)して。高倉(たかくら)を東(ひがし)へ御幸(みゆき)なしまゐらせける。

まいてや皇妃(くわうひ)以下(いか)の女官(によくわん)たちは。おもひ/\に出(いで)たまふ。かゝる折(をり)しも平九郎盛景(もりかげ)

は。女児(むすめ)亀鞠(かめきく)が。久(ひさ)しく病(やみ)て起臥(おきふし)も自在(じざい)ならざるに。近隣(きんりん)に祝融(しくゆう)の愁(うれ)ひ

ありて。いかにともせんすべなければ。ふりたる葛籠(つゞら)へ亀鞠(かめぎく)を入(い)れて楚(しろ)と背負(せお)

ひ。東(ひかし)の巷(ちまた)を投(さし)て遙(はるか)に脱(のが)れ去(さり)。やゝ富小路(とみのこうぢ)まで来(き)まければ。やをら葛籠(つゞら)

を扛(かき)おろし。一息(ひといき)せんとて汗(あせ)押拭(おしぬぐひ)たるを。愿哲(ぐわんてつ)は物(もの)ありとみて。途(みち)よりつけ来(き)たり。つと走(はし)りかゝりて葛籠(つゞら)に手(て)をかくれば。平九郎大に怒(いか)りて。襟上(えりがみ)

掴(つか)みて引戻(ひきもど)し。こは不敵(ふてき)なる盗賊(とうぞく)かな。人も人によるものを。可惜(あたら)命(いのち)をうしなひ

そと罵(のゝし)りて。刀(かたな)を閃(ひらめか)しつゝ切(きら)んとすれば。愿哲(ぐわんてつ)は石(いし)をかいとりて。はらり/\と投(なげ)

つくるを。平九郎物(もの)ともせず。透間(すきま)もなく切(きつ)てかゝれば。かなはじとやおもひけん。足(あし)に信(まか)

せて迯走(にげはし)るを。いづ地(ち)までもと追蒐(おつかけ)たり。忍(しのぶ)の惣太(そうだ)は。少(すこ)し後(おく)れてこの處(ところ)を過(よぎ)

るとて。路(みち)のほとりに重(おも)やかなる葛籠(つゞら)のあるをみて。密(ひそか)に歓(よろこ)び。押(おし)なほして

負(お)ひゆかんとする折(をり)しもあれ。忽地(たちまち)後方(あとべ)に足音(あしおと)して。人夥(あまた)出来(いでく)ればは。序(ついで)あし

かりけりと驚(おどろ)き〓(目+條)(あはて)。終(つひ)に葛籠(つゞら)を捨(すて)おきて走(はし)り過(すぎ)ぬ。さても少将惟房(しよう/\これふさ)は。

後鳥羽院(ごとばのいん)を負(お)ひ奉(たてまつ)り。からうじてこの街(ちまた)までまいりしに。失火(しつくわ)も輙(たやす)くうち

滅(しめ)りたれど。しかるべき公卿(くぎやう)はいまだ追著(おひつき)たてまつらず。あまりにかろくして

みえさせ給へは。御迎(おんむかひ)の御車(みぐるま)を待(まち)あはして。還幸(くわんこう)なしまゐらせばやとて。霎時(しばらく)路傍(みちのべ)

に立在(たゞすみ)て。情由(ことのよし)を聞(きこ)えあげ奉(たてまつ)るに。院(いん)もいたく走(はし)らじて。頻(しきり)にもの苦(くる)しくおぼ

せしかば。まづこゝにて憩(いこは)んに。いづれへなりともおろし居(すへ)給へと仰(おふせ)ける。されど一枚(ひとひら)の

平九郎盛景(へいくらうもりかげ)は

亀鞠(かめぎく)を葛籠(つゞら)へ

扶入(たすけい)れ火難(くわなん)を避(さけ)て

富小路(とみのこうぢ)まで

来(き)たる折(をり)しも

愿哲(ぐわんてつ)葛籠(つゞら)を

奪(うばゝ)んとあらそふ

忍惣太(しのぶのそうだ)は少(すこ)し

後(おく)れてこの処(ところ)を

よぎれりける

蓆(むしろ)だになくて。地(つち)を踏(ふま)せ奉(たてまつ)らんはいともかしこし。いかにせまじと思ひたろたひて。

みれは何ものか遺(わすれ)けん。ほとり近(ちか)う一ツの葛籠(つゞら)ありけり。このうへなどへ居(すえ)奉(たてまつ)るべし

とて。おの/\朝服(ちやうふく)の袖(そで)を離断(ちぎら)して葛籠(つゞら)の上(うへ)にかさね掛(かけ)させ。これを假(かり)の〓(しとね)

として。やがて其処(そこ)へおろし奉(たてまつ)れば。怪(あやしむ)べし。人ありとおぼしくて。葛籠(つゞら)の裡(うち)にて

頻(しきり)に呼(よ)ぶ声(こゑ)す。院(いん)は申すもさら也。惟房(これふさ)以下(いか)の徒(ともがら)大に不審(いぶかし)みて。連忙(あはたゝし)く抱(いだ)き

あげ奉(たてまつ)らんとするとき。忽地(たちまち)御車(みくるま)きしらする音(おと)ちかく聞(きこ)えて。月卿雲客(くものうへびと)

夥(あまた)御迹(おんあと)を慕(した)ひまゐらせ。やうやく参(まい)りあひければ。惟房(これふさ)朝臣(あそん)すなはち御車(みくるま)へ

うつし乗(の)せ奉(たてまつ)らる。後鳥羽院(ごとばのいん)は。目今(たゞいま)葛籠(つゞら)の裡(うち)にて。女子(をなご)の声(こゑ)せしを。いと怪(いぶかし)

くおぼせしかば。彼(かれ)何ものにかあらん。ひらきて裡(うち)をみよと宣(のたま)はするに。六位(ろくゐ)の

官人(つかさ)うけ給はりて。件(くだん)の人を扶出(たすけいだ)せば。年紀(としのころ)二八ばかりなる女子(をなご)にて。いと窶(やつ)れ

たれど。その嬋妍(あてやか)なる容止(かほばせ)は。雲(くも)の上(うへ)にも又比(たぐひ)なき美人(びじん)也。正(まさ)に是(これ)富小路(とみのこうぢ)

の名(な)に負(おひ)て。亀鞠(かめぎく)が發跡(なりいづ)べき時節(じせつ)到来(とうらい)やしたりけん。一院(いちいん)御車(みくるま)の裡(うち)

よりみそなはして。何となく愛(めで)させ給ひ。惟房(これふさ)朝臣(あそん)を近(ちか)く召(めし)て。彼(かれ)が父(ちゝ)は

何(なに)ものなりや。その素性(すじよう)を問(とへ)かしと仰(おふ)すれば。惟房(これふさ)歩(あゆ)みよりて。亀鞠(かめきく)に對(むか)

ひ。汝(なんぢ)は何人の女児(むすめ)にて。何の故(ゆゑ)ありてこゝにそ捨(すて)られたる。縁故(ことのもと)を審(つまびらか)に

申スべしと聞(きこ)え給ふに。亀鞠(かめきく)は事(こと)の形容(ありさま)をみて。こは尋常(よのつね)の御車(みくるま)にあら

ず。もし主上(しゆじよう)にましまさずは。院(いん)などにて〓(おは)すらめと思ひて。しば/\眼(め)を斜(なゝめ)にして

媚(こび)を献(けん)じ。手(て)を地上(ちしよう)におきて申やう。わらはは白拍子(しらびやうし)にて亀鞠(かめきく)と呼(よば)れ侍(はべ)り。

父(ちゝ)は武士(ぶし)の浪人(らうにん)にて。原(もと)は信濃國(しなのゝくに)の住人。仁科二郎平盛遠(にしなのじらうたいらのもりとを)か族(やから)に赤石(あかし)平九郎

盛景(もりかげ)と申ものなり。わが身(み)久(ひさ)しく心痛(しんつう)の病(やまひ)によりて。起臥(おきふし)も自在(じざい)ならざるに。

今〓(雨+↓月)(こよひ)近隣(きんりん)に失火(しつくわ)あるをもて。父(ちゝ)盛景(もりかげ)わらはを葛籠(つゞら)に扶入(たすけい)れ。みづから背負(せおひ)

て走(はし)り出(いで)たる途中(とちう)。盗賊(とうぞく)に出(いて)あひぬとおぼしかりつるが。それを追行(おひゆき)や

しぬらん。こゝには見(み)え侍(はべ)らず。しかるに只今(たゞいま)人ありて。葛籠(つゞら)の上(うへ)に尻(しり)をかけ

給ふかと思へば。忽地(たちまち)こゝち清々(すが/\)しくなりて。病(やまひ)頓(ひとえ)に愈侍(いえはべ)りぬと申す。惟房(これふさ)聞(きゝ)て。寔(まこと)に至尊(しそん)の玉體(ぎよくたい)に布(しか)れ奉(たてまつ)れば。彼(かれ)が病(やまひ)の立地(たちどころ)におこたりしといふを。

故(ゆゑ)あるかなと感激(かんげき)して。縁由(ことのよし)を聞(きこ)えあげ奉(たてまつ)るに。一院(いちいん)仰(おふせ)けるやう。彼(かれ)が父(ちゝ)は

前年(せんねん)身(み)まかりたる。仁科盛遠(にしなもりとを)が族(やから)なりと申せば。零落(れいらく)〈○オチブレル〉せりといふとも平人(たゞうと)には

あらず。朕(われ)彼(かの)女子(をなご)をみて捨(すて)がたきおもひあり。汝(なんぢ)彼(かれ)を養(やしな)ひて姪(めい)とし。御所(ごしよ)に

まゐらせかし。この事を委(ゆだね)んことの惟房(これふさ)が外(ほか)にありともおぼえず。朕(わ)がこゝろを

得(え)て。よきに計得(はかりえ)させよと。密(ひそ)やかに仰(おふせ)しかば。惟房(これふさ)朝臣(あそん)眉(まゆ)を頻(ひそ)め。こは浅(あさ)まし。

十善(ぜん)の君(きみ)として。賤(いやし)き白拍子(しらびやうし)などに。玉體(ぎよくたい)を汗(けが)され給ふべきかは。只顧(ひたすら)思食(おぼしめし)

かへさせ給はん事こそ願(ねが)はしけれとて。なほ言語(ことば)を竭(つく)して諫奉(いさめたてまつ)れば。院(いん)御

気色(みけしき)あしうみえさせ給ひて惟房(これふさ)何をか申す。むかし白河院(しらかはのいん)は。賊(しづ)の女子(をなこ)を

召(めさ)れて。鐘愛(しようあい)比(たぐひ)なかりき。祇園女御(ぎおんにようご)是(これ)なり。今の女子(をなこ)はそれに勝(まさ)りて。ふかく

卑(いやし)み嫌(きらふ)べきあらず。且(かつ)汝(なんぢ)養(やしな)ひて進(まゐ)らせんに。なでう世(よ)に怪(あやしめ)らるべき。再(ふたゝ)び

諫(いさむ)る事(こと)なかれと宣(のたま)ひて。惟房(これふさ)に青侍(せいし)二人を従(したかは)して。こゝより身(み)の暇(いとま)を

給はり。やがて還幸(くわんこう)なし給ふ。惟房(これふさ)朝臣(あそん)は。なほ御所(ごしよ)までも参(まい)りて。諫奉(いさめたてまつ)

らばやとて。しばし御車(みくるま)を目送(みおくり)つゝ。とさまかうさま思ひたまたひ給ひしか。

一院(いちいん)は日来(ひごろ)大臣(だいじん)の諫(いさめ)をも聴(きゝ)給はず。よろづ御心(みこゝろ)の随(まゝ)に挙動(ふるまひ)たまふなれば

惟房(これふさ)などが申とゞむるとも。諾(うけひ)給ふべからず。まづ院宣(いんぜん)にしたがひ奉(たてまつ)りて後(のち)

にすべきやうもあらんと深念(しあん)して。青侍(せいし)一人(いちにん)を残(のこ)しとゞめ。今(いま)にもあのこの

女子(をなご)を尋(たづぬ)る人あらば。潜(ひそか)に惟房(これふさ)が第(やかた)へ案内(しるべ)せらるべしと聞(きこ)えおきて。今

一人の青侍(せいし)には。亀鞠(かめきく)を扶掖(たすけひか)せ。北白川(きたしらかは)へ帰(かへ)り給ふ。途(みち)にて惟房(これふさ)の家隷(いへのこ)ども。

主(しゆう)の迎(むかひ)にとて。まいれるに行(ゆき)あひ給ひし程(ほど)に。忽地(たちまち)従者(ずさ)〈○トモビト〉夥(あまた)にぞなりにける。

亀鞠(かめきく)はからずも

後鳥羽院(ごとばのいん)に咫尺(しせき)し

たてまつり病(やまひ)頓(ひとえ)に

おこたりてわが

うへを申に院(いん)その

色(いろ)に愛(めで)給ひ惟房(これふさ)

に仰(おふせ)て四辻(よつゝぢ)の

御所(ごしよ)へ召(めさ)れ

ける