八文字が草紙。其磧自笑の戯作多かる中に。近世俗間の模様有とあるまゝの序に。鶴翁が糸口引そめし。伝授車の綱手にすがりて。商賈のそろ盤形機書出れば。親〓{父↓多}の吝嗇質気は其中に求めたりと見ゆ。

石磨藝に親の財を空し。悪所がよひに家蔵を失ふ。むす子の我まゝ形気やむ時ぞなき。

それ諌かねし忠心の手代形気。母おやかた気の愛憐もよむにさこそと感あり。

又小むすめの婚婿待で。こがれまいらせの偸ならひ。若紫の歌舞妓子に思はくよするまで。偖もかしこしや。

狸老が筆談。真似てまねゑんか。誠にまねられず。

荒にし我軒は。いつしか浮浪子の中宿となりて。長き代のかたみにはあらで。荒唐世説を。いはざれば夜食の腹ふくるゝよと。宵よりつどひて七つの鐘聞く夜はあまたゝび。

それが中にゑるとはなくて。当世てかけものゝ厚薄の情。おかしきありはかなき有。編て冊とし。故によりて妾容気と号く。

されば二老が文理は五まきに猶名残ぞおしまる。

此弊言かぞふればはたちに余り。撰めば一ツとして採ものなし。偶なぐさむ一ふしは。さても/\八文字が糟粕。これを除き是を棄て。そゞろにものにして十種に充しめ四巻に已ぬ。

自笑をしれる人は嘲みなん。自笑を知らざる人は見ずも棄べし。

〓に明和丙戌の冬

             和氏訳太郎

               述ぶ

世間妾形気   一之巻

   目録

         汲てしられぬ

 第一 人ごゝろ  朧夜の酒宴

         転びあふたお手枕は

          山科の紙蚊帳

             元日の捨ひ子が

  第二  ヤアラめでたいな  福力三人の

             聟がね一人に

              得心の男妾

             ぼつとり者は取て

 其二 織姫の  置の玉手箱喰明た

             あれ鼠を

              はらひ給へ蚕の

                   守り神

 一 人心汲てしられぬ朧夜の酒宴

恋せじと御たらし川にせし御祓神はうけずも成にけるかな。

むかし伊勢加茂両社の斎宮をたてられし例。

彼六条の御息所が。

伊勢まで誰か思ひおこさんと。

もてはなたれたるすね詞も。

かち人のわたれば濡る業平のへ自だらくより。

今も在原の氏なる人はお影参りもならぬよし。

恋に和らぐ国の風俗も。

たはれ過しの浮世之助は。

無筆むくつけの角内にも劣りやせんと。

残口が艶道通鑑のおもむきに洩たるは必くり言成るべし。

天子に十二人諸侯に七人と聖人の任せ米。

いづれ家勢相応に。

三千の後宮でも有てつまる勘定ならそれが果報といふ物よ。

たとへ町人百姓でも淫欲の外に一人でことは足らぬがち。

先ッ女房は大黒ばしら其家のたて物とするは。

夫は外に[手+上→下]に出れば。

女房は内をまもる。

それにこそさまゞあるなれ。

容色がよければ手づゝなり。

世帯かしこきは口さがなく。

縫針好は尻おもたし。

病身ならねば法会だち。

こゝらをもつて見るときは。

外聞手利人挨拶。

世帯敷金閨の花。

それ/\の女房を凡十人ばかりまでは。

誰しも持たい物ならずや

春秋に次妃と策し。

武家にはお国様とうやまふ京洛中の妾種。

蒔た一粒が万米の五人扶持に。

数百両の捨金のあたゝかな暮し仕ても。

娘さへ産みやあての槌。

世はならはせの隣づからも。

うらやみこそすれ恥ならず。

腹かさぬ子の義理へちまなく。

似我蜂のそだてがらに。

延る背丈の肩越た借金も。

済ますあだての外にはなければ。

本ンの親がうらみもせず。

されば万巻の仏経を地中にしき。

四神擁護の王城に生るゝ人の心意気。

加茂川の水のすみ濁る芥屑藻屑に。

染やすきわざくれも。

汚う〓で清う暮せとなり。

こゝに都しら河に桜戸の中将とかや申てやんごとなき方のおはしける。

御筋目もめでたき時めき給ふが。

和哥管絃有職に長じ。

唐土の文の道も博達におはすあまり。

情のみちもかしこく。

あまたなれむつれさせらるゝ中に。

花園といへる新命。

年は廿に一ツ二ツ〓からぬ才発ものの白くあぶらつきたるにとんと打込で。

大内の勤めことしげき外に。

間がな透がなぬれ衣の足がさわればお妾と定まりて。

しんぞ可愛がらせ給ひけり。

今参りの雑掌真葛半平とて。

唐も倭もないまぜの弁舌もの。

中将殿のお伽にちかふ参りて。

今日殿の御所で遊ばした暁に寄恋の御詠は。

及ばずながら感じ入ました。

定家の骨法に後京極殿の幽艶。

花実一体の風体。中/\となた様も御批判はござりますまい。

先日一位様へ進ぜられました。

禅院の梅の七律も。

干鱗元美を一ツ変せられました御発明の句調。

まことに殿様は和漢に秀させ給ふと申物でござりますと。

さしつけたる追従に。

あま口ならぬ中将殿も聖天の油責成る弁舌に蕩されて。

出るに半平居るに花園と寵愛出頭只此二人にとゝまりぬ。

比しも春の弥生中の八日余り。

前栽の花散がてに咲乱れて。

やり水に風の小皺もなく。

寺々の夕ぐれ告る鐘の音に。

山の月もやゝおそくして。

雪かとぞ白くさし出る影の。

松に桜にうつろひて。

春の夜のながめ一しほ心うきたちて。

花園が膝を枕にして。

半平に酌とらせつゝ。

今昔の物語とりまぜて。

石川のこまうどに帯をとられてと。

うたひ興じさせ給へば。

半平も御前ン酒が額面にわき上りて。

申殿様。

催馬楽より朗詠より。

私が陰し芸を差上ましよと。

扇しやにかまへて宮古路がいたづら節。

伝兵衛さんのう我夫と。

呼どさけべと河風に。

声をとられて。

聞へぬかいのう。

我夫恋しと。

首打ふりての思ひ入れ。

殊更の御機嫌にとり上る小盞かたふく月の夜半になれども。

中/\臥戸に入らせ給ふ気色もなく。

いかう更たやら風もひやゝかに覚ゆる。

なんぞあたゝかに煮た物で〓酒一ツほして寝ようとのお物好に。

畏つたと半平が御台所へ立てゆけど。

最早勝手はころ/\とあそこや爰に転寝の。

料理人水仕男が鼾に寝言こきまぜて。

今こそゆめのどうぶくらなれば。

引越してもうつゝなし。

宵の御膳の残もやと厨ごそ/\尋ぬる内の待遠さ。

まことに此半平は何して居るぞ。

花園見てこよと欠びまじりに仰らるれば。

ほんによほどの間御前のお待かねはお道理。

自よんで参じましよと。

つい立て勝手の方へあゆみ出。

半平殿何してぞ。

殿様のお街かね

朧月夜に煮る物もないかやと秀句まじりの酒機嫌に色香まさりて憎からぬけはひに。

半平心ときめきて。

幸あたりの人も性根なければ。

胸だくみして。

是は花園様追付それへ参りますに御覧じませ此通リに皆ねふりこけてたはひなしゆへ。

私が手づからの庖丁をと只今献立の隙入。

それに付ていつそはと思ふて居たによい首尾と。

やにはにひたと抱付は。

これあの人は酒か過てかめつそうなと。

声立る口をおさへて耳にさしよせ今宵しもたなさがしと夕月のおほろけならぬ契りとそ思ふ此屋敷へくるからほれて/\此不埒。

一夜までのなさけをとおしつけわざのぬれ衣。

それが宿世のあくゑんにてこゝやかしこの小くらがり。

おてきならでとしめられてあのくちがしこい男めと。

うそのまことにたらされて身につく程の可愛さも。

つまらぬ末のとれ合中。

もし知れたらばあふな物爰をすつかりぬけて出て。

いづくの里の住居でも。

女夫といふてくらすたのしみはどうあらふと。

せき切た男の詞花園か思案にもいかさまかう成るからなれば。

いづくまてもと思へども。

内裏上臈もどうやらといふふしにて。

在所古町の住居でも所在なうては過られず。

それはといへば何事も本銭しがくなうては手すさみありとて又つまらす其工面さへ出来たなら鬼住里へもゆく心。

爰を思案して下されと。

急な所へぬけめなきは妾形気の京女半平これに吐息をつぎ。

いかさま是はもつともな気のつけ所。

其工面こそ第一なれきつと発明いたすなりと其夜はそれてわかれしが。

又あけの夜の〓によき才覚を設たり。

明日の昼此には御用達の掛屋より金子五十両持てくる筈。

すなはち某が名をいふて来るべし。

そなたそこらをぬからずに。

取次顔にちよろまかして置るへし。

それで二人が命綱。

菜摘水汲暮そならこゝを退てのたつぎもあり。

先ッは今宵の才覚はおれやそなたの身の廻り。

油元結紅粉小櫛梅の御守よ香包とさらへ込たる小風呂敷。

持るゝたけはと儒書和哥集。

切紙伝授職原式。

我の主のゝ差別なく。

三ッ四ッ二ッとりあつめ。

盗根性の小夜がらす打かたげてぞ出にける。

あくる日の昼時に。

こくめいらしき手代風の男。

一腰に袴いためつけて。

頼み上ますと案内乞て式臺にかいつくはへば。

花園は今朝よりも今やとの侍ごゝろに。

はやくも聞付て。

玄関の障子ほそめにあけて誰いづれよりと尋ぬれば。

かの男両手をつき。

私は三条室町の御用達。

白銀や金七手代共でござります。

昨日御賄方御用とて真葛半平様をもつて仰付られました。

金子五十両持参仕りました。

半平様に御目にかゝりお渡し申たう存ますると申せば。

成程其事は半平の沙汰して居られた。

今日は殿の御名代に上鴨北野へ参詣せられたればかへる程はしれまい。

自が事は殿のお部や花園といふ者。

御用の物みづからが取次で進ぜうとあれば。

是は/\恐れ多いお部屋様とも存ませず慮外のお目見へ。

しからばあなたへ差上ますと。

封印かたき金五十両。

式臺にさし置て立帰りぬ。

程なく半平も立かへりて。

扨右のはとさゝやけば。

首尾よしとしらせの目づかひに心おち付て。

其日の暮るを待こがれ裏門よりもしのび出。

手に手をとりて西ひがし。

どこがおちつき所ぞと。

外しら露の御所育ち。

たのみも夢の粟田口。

蹴上の水にぬれた同士。

これが昼日の岡ならば人がとがめて御廟野ぞと。

小夜の狐火つまゝるゝを。

しらぬ女の浅はかさ。

恋のうはもり山科に。

兼てるべにかり置たる藁葺のひとつ家。

軒端も店もすかんひん。

風は来次第の古柱。

ひじきものさへあら莚三枚。

きのふの玉の臺にはちと替損な住居なり。

花園心をおとしつけて。

先ッは二人がねがひのまゝに此所は来た事ぞ。

其五十両の本銭にてなにする気ぞと。

女心のさきのさき成るひと状に。

半平爰でわ腰をすへ。

是まではつむいだが何をかくさう此しだらと。

ぐはらりほどけば石瓦。

これはどうぞとあきれ果て。

吐胸に魂も消ぬるばかり。

半平がいふやうは。

さすが女のうはがしこく。

金と思ふてちから草ひかれ爰まではしり来て。

当惑はもつともなり。

しかし能思ふても見よがし。

あの尻ぬけの中将殿に。

大まいの五十両を引あてなしに用達てよい物か。

よしそれならば罪に罪。

恋にはゆるすかたもあり。

貧の盗みも盗みなれば。

金ネと出かけては尻むつかし。

おれはそなたに首だけ游いで居るなれば。

あつぱれ五器も提る気なれど。

そなたには尻くゝり。

逃代なしにはいやといふ。

色と銀との手詰にてあるまじき光棍ことも。

そなたをおびき出すまでの手くだ。

少々本銭があればとて。

竹釘一本ン箸かたし削る手職はもとよりも。

肩に枴の之小商ひさへすへしらねば。

身過のたつぎはあてもなし。

二人暮さうばかりなり。

しかれども爰は東海道のさしくちにて。

往来しげき逢坂の関路なれば。

本銭入らずの茶店を出し。

そなたもお園と名を替させ。

われらが少しの絵心に。

所がらの大津絵画てと世渡りの手段かねてあり。

心おとすな世の中に無録の人はないとやら。

それもそうよと明らめて。

女夫茶店の竹床几はんなりとした信楽茶。

よこす絵筆や腰をれ哥も。

憂もわするゝ口だんばく。

春過て夏は来にけり痩世帯。

空の暑さは凌ぎよけれど。

山梨の薮蚊を防ぎ兼て。

売残したる史記一チ部を。

手細工の紙蚊帳に。

継目はなれぬ女夫中とうらやむうわさも一トむかし。

        二        ヤアラめでたや元日の捨ひ子が福力

百とせに一とせたらぬつくも髪われを恋らしおもかげにみゆ。

堪られぬ物。

灸の端のかゆきと。

老女房のしたゝるきとは。

清少納言の目こぼし。

むかし/\若狭の国に八百比尼とて。

千とせちかきまて春秋を見過せし人の物がたり彼国に跡をとめてあがめ祭れるためしあれども。

これらは喰た人魚の霊につかはるゝ。

借やかして本家とられたるの道理。

実に神仙の人といふものにはあらじ。

其国の隣なる丹後の宮津の町に。

浦嶋寿斎とて一郷に隠れなき老医。

其先祖は水の江の浦嶋が血脈にて。

凡比津に百の代をかさねて住こし。

めでたき家なれば。

人の用ひもおろそかならぬあまり。

代/\長命にて田畑の物生りも一とせの賄にあてゝ。

楽/\とした暮し。

なに不足なき身なれども。

浮世の月満れば〓る習ひにて。

寿斎丁年七十才まで設けしかど。

皆/\〓褓より廿までの内にて。

一人も取とめず死はて。

女房もかさなる患に六そじをこしての病つき。

おなじく過ゆかれけるにぞ。

寿斎のちから落し。

かゝるめてたき血脈のたえなんをなげきかなしめども。

〓目かけに子種とるべき年にもあらねば。

養子の望みにわかに方々聞合すに。

あの家はとんと子が育ぬといひはやして。

誰とりあへる人もなし。

今はすべきやうとてなく。

途方に暮れゆく年の足も。

今四五日にせまりて。

松立注連飾る春の設けの若/\しさきへ。

我身につもる年月を何いそぐらんとおかしからず。

殊に今年は大三十日に節分とりませたる年しまひ。

軒並よりはやく片付て。

暮やくれずにいはやす煎豆に花咲こともあるぞと。

思ひなをして寿く門には。

やあらめでたいな浦しま太郎は八千歳と。

此家にはさし合な文句も悪くちならぬを。

寿斎が耳にとまり。

厄はらひのあだ口にまでいはふ家の規模。

七世の孫の代まで。

むかしにかはらぬ俤と今にいたりてのかたり草。

其竜宮は何たる所で年のよらぬ国ぞ。

竜宮城の娘はこちの先祖の嫁なれば。

一ッ家といふても〓れぬ中。

ことに此里の切戸の磯に立竜灯の松は。

年ことに大三十日の夜には。

竜神燈明をあげ給ふ事目前に見る所なれば。

いまだに便りのなる所。

いざ今宵あの松の下に立こへて。

竜神に近より。

我おもはく家のためなるみさほをかたり。

子孫長久をはからばやと。

思ひ立より家内へは。

文殊様へ年篭り。

知恩寺殿て年をとると。

何気なき顔に我家を出て礒つたひ。

犬堂鶏塚を打過。

片枝の松の下道闇く。

星のひかりにすかし見て。

雲に聳し一ト木こそ。

年月見なれし松ならめと。

この下かげの下臥。

風ふきわたす天の橋立物すこく。

浪のたちゐる音さへ竜宮の神使や出くると。

待くらす夜の心清て。

松が根枕寝るとなき夢心に。

更ゆく風の浪を起し。

此世目なれぬ人の。

古き金燈篭に灯火をてらし。

跡よりあてやかなる乙女の。

浪の上を静に歩み来て。

松の下に立より。

人あるを見て随神大きに憤り。

竜女こゝに来り給ふ。

何者なればとおそろしき眼を見出してにらみ付ければ。

寿斎あはて地に臥て。

罪をゆるしたまへと泣わぶる。

燈の光りにそれと見て。

竜女の御声やはらかにいかなれば年高き人の。

此寒き夜にかゝる荒いその浪枕ぞと御尋ねに心生出て。

しか/\の物語り。

家の為にこそ此願ひを。

老が身のなげきをあはれと思し召給はれと。

涙にしみ%\とのくり言。

竜女もむかしなつかしく。

扨は浦嶋殿の血すしの人か。

太郎殿を此土へ送りしもあかぬ別れ。

其いりわけといへば。

遠き釈迦の御国。

もろこし日本。

我竜の国とて。

浮世の義理にかはりなし。

さればこそ年の夜毎に爰に詣来るも。

この松を其俤のしるしと頼みて永き未来の明りをてらすせめてもの手向草。

むかし恋しき今宵しも。

そなたに逢し嬉しさよ。

家の為なる望みにまかせて。

家の接木をゑさすべし。

比一ト品はみづからが情を磨く玉手箱。

あやまりて開き給ふゆへ。

はやくも比土を去りたまふ。

其後はしばらくも放さでありしかたみ。

今得さする子の齢をひめて。

家に久しき寿きをさざれ石の苔むすまでと。

心をこめてあたふるぞ。

爰は伊勢路の浦ならねば。

ふたみに明る事なかれと箱を渡して別れを告。

燈篭を松にかけさせ浪の都に帰り給ふと見て夢さめぬ。

寿斎不思議のあまりにあたりを見れば。

さきの玉手箱はそこの岩根にありて。

授るとありし子種は見へず。

かゝる正夢の端こそあらめと。

彼箱を家土産の袖のにしきと戴き/\て。

立帰る空ははや明ゆく春の光り。

横雲に色そひてのどやか成る。

町はまだほの%\のかはたれ時に。

ものもうの声ならで。

ホギヤア/\と子の泣声。

まさしく我軒端とと走り寄て見れば。

まだ産のまゝなる子をば。

おさだまりの蜜柑篭。

寿斎大きに悦びて抱きあげ。

竜神の御めぐみ。

家に久しき賜と戸を推て入るよりも。

いつもならぬ元朝の寿きに家内の賑ひ。

女子なれば其まゝお春とよびて。

うどんげの花さき草の。

三ツ葉四ツ葉の比よりおとなしく生立。

春をむかへ秋を送りて。

十八の初花までに育し寿斎は。

今年八十八の升かけをきりて。

先祖の浦嶋が数とりの賀振廻に。

引続て聟どりの定め。

久美の町にふるき。

入江屋甚太夫が二男甚蔵といふをもらひ。

かさね%\成る悦び。

家屋敷田畑まで残りなくゆづり渡し。

今は世の中に心残りとてもなく。

其秋こゝちすぐれぬとて。

二三日よろつにおもげなるが。

老病の名もずかでたうとき往生をなしにける。

勘蔵養父の医業を受つぎて。

忌中の月代を其まゝに四方髪の厚びたい。

長羽織にはみ出し鍔の。

医者柄はよけれども。

我身しらずの不養成。

婚礼してから十年余り。

小いさかひ一ッせず。

殊に同ィ年女夫の火吹ちからさへなく成りて腎虚火動といふものに病伏。

三十五才の年はやくも世を去りければ。

女房お春が悲しみ。

ともにもとのかこち言さへ。

月日につれてうとき習ひ。

今度の聟は由良の舟乗伝三郎とて。

荒けづりなる骨組が思はしと。

若死にこりた物好の恋男。

入聟といふ日和をよく勘へて。

女房に真切てあしらふ楫取の名人には海ならば海。

山ならば山と。

人のうらやむ女夫中のむつまじさ。

成相寺の本堂久しき大破にて。

当住ことに再興の大願を発し。

鉢を飛せて身をこらし給へども。

片田舎の勧化柱一本の施主さへまれ成るによりて。

出開帳の思ひ立。

目当は京大阪とこゝろざして。

所々の舟開帳大きにはつみ。

ずつしりとした納り。

回向袋米。

都合して百三十俵ばかり。

下の関へ水揚。

伝三郎身を投打ての世話人。

本尊什物は先へ出船させ。

我は下の関に残りて奉加米売払ひて跡よりと。

宮津の女房へこま/\とのことづてして十日斗の逗留幸ひに由良までの便船ありて。

五月始めつかた。

中国の地を放れしに。

白はへ日和して乗出せしそらのにわかに陰て。

出雲沖にて高波山をかくし帆柱を折れて。

東南の風に吹立られ。

生死の海そこはかとなく流れゆきぬ。

難船の便り月をこへて由良宮津へも聞へて。

お春が驚き。

もしや活て戻らるゝ事もやと。

たしかな便りにあらねば心ゆりもせず。

案じ暮して其年もくれ。

明る年も又暮て。

あしかけ三年といふ物そよとのおとづれもなければ。

今は海に沈みしにきはめて。

また入聟のせんさく。

あちこちと聞内に出入の按摩とり六右衛門といふ者。

もとは此宮津の足軽奉公人にてありしが。

久しき眼病よりお暇をもらひて。

すべき手職もそこひ目の薄き眼力につとまらず。

按摩をとりならひて杖を頼みの元手入らす。

お春が痞をさすり覚へて。

手入足入毎夜の咄し伽。

足手の達者な男は外〓より難義もおこると。

目の不自由な六右衛門に注文きはまりて。

表向の祝言はほうな仕合せと宮津中のとり沙汰。

前の夫伝三郎があたる三年に。

初めての仏事。

七日/\も百ヶ日もひとつにして。

三回忌も吊ひ。

船誉入水信士なまいだ/\と。

同行寄て百万遍の最中へ。

不思義の命たすかりて夫伝三郎三年ふりにて立帰り。

内へ入よりそれと知りて扨は死だとおもふての法事か女房どもさぞ泣たであろ。

同行衆いかゐ御苦労千万出雲沖から大きな陰に出合て。

帆柱楫も折れ。

船中皆覚悟きはめて。

風次第の命。

三十日余西北の方へ吹付られ。

其間米粮は喰つくし。

積合わせた油粕をかぢりて。

漸と命をつなき山を見付て漕よせましたれば。

そこは福州といふ国で。

唐人どもが見つけ。

所の王様へ連れて出。

通辞をもつていさゐを聞届け。

百日の余とめられて。

そひから北京といふ都へ送られ爰に又百五十日余りの逗留。

そこから朝鮮へおくられこゝにて又二百日余の船待して。

対馬へわたり。

何やかやとの隙入あたる三年の今日

漸と戻つた。

珍しい国の咄しはゆる/\と致しませう。

先ッ長/\の留主いかゐ御世話と。

たくりかけて咄す内より。

同行中のびつくり。

お春が当惑。

死なしやつたと思ふて。

後夫を持ましたと打つけて言にくゝ。

六右衛門はそこ気味わるふ挨拶なし。

皆/\顔を見合せて吐息をつぎ。

誰何といふ者もなければ。

講頭の幾野や藤左衛門といふ分別者。

見かねて罷り出。

先ッは御堅固で久々の帰国。

此上もなきめでたい事。

それにつき気の毒なお春殿。

其元の事を泣こがれて。

三年の此春まできつと待てござつたれど。

いつそに風の便りもなければ。

死めされたに究めて。

春の末つかた。

爰に居らるゝ六右衛門殿もやもめの事。

殊に按摩は先/\の寿斎殿のめされた医者のはし。

似よりな事にて談合極まり。

しつかゐ人に入られました其元の事忘れぬ證拠は。

今日の法事。

そこへ戻つて見へたゆへ。

差あたつて当惑の躰。

だまつて居てもつまらず。

年役に咄しますると聞内より。

伝三郎大きに腹立。

不心中者密夫と前後も聞わけぬ憤りに。

声あらくなりて刃物ざんまい。

六右衛門は目かゐ不自由の身。

皆様よろしく御挨拶をと。

をろ/\と涙ぐむ。

お春は汗になつて返答なし。

同行中寄てかゝつて。

伝三郎を抱すくめてはたらかせず。

藤左衛門暫らく思案して。

是は伝三殿の短気といふ物。

手前が了簡を聞つしやれ。

其元の胸のすむやう。

六右衛門殿も落付手段。

お春殿も二人の夫へ云訳のしやう。

お気には参るまいなれど。

愚案の通り申て見ませう。

先ッ難船にて生死の知れぬ其元を。

三年待て居られたればお春殿のふ心底ともいはれますまい。

又六右衛門殿も先ンの人が戻られたとて。

私はお暇申ませう。

是でゆるりとなされませと出ていぬる内もなし。

三人の尤を一ッにして丸う治める時は。

もとの通り伝三郎殿は此家の名前につき。

お春殿と夫婦に成り。

相続をいたさるへし。

又六右衛門殿の事は。

此隣の借屋を明させて。

万事此内よりの賄。

お春殿妾分になりて事を済さるべし。

心外にも思し召されうがかうした間違ひと其元の目の不自由なに免じて。

こらへさつしやれと。

事をわけたる挨拶に。

何が扨伝三郎殿さへ得心ならば私はと。

おとなしき詞にむかふ刃なく。

其まゝに治まりて。

伝三郎はもとの夫婦。

六右得門は男妾。

女房一人に二人のますらを。

友しら髪まで意恨なく打語らひ。

七十三と六十八で二人の夫はすきゆきしかど。

お春はやつぱり廿四五の女房ざかり。

玉手箱の千とせをこめし浦嶋が血脈と。

聞人感羨みぬ。

媒婆かかけあるきて。

身代の能器量の能。

いつまても年のよらぬ受合の女房と。

いひまはつて聟ゑらみ。

是ばかりは媒口ならず

 三、織姫のぼつとり者は取て置の玉手箱

夏の夜は浦島が子の箱なれやはかなく明てくやしからまし。

唐の則天皇后といふは。

天性の淫乱にて。

文皇高宗の二皇を追たをし。

白馬寺の懐義和尚の精進料理に喰つき。

張氏兄弟が男ぶりになつまれて。

其身七旬にかたぶきても。

浅づけ程の皺もよらず。

若き昔にかわらで油ぎりたる俤は。

お春が身の上によそならず。

三人の夫を喰殺しても。

みめかたちはもとより心の若/\しさ。

一ツとして古びのこぬは。

我ながらもめんのような玉手箱の奇特と。

神酒を供へ燈明をてらして。

弥〓の代までもかたち替らで。

よい男百人も持しかへさせ給へと。

朝夕いのるかひ有りて。

成相寺の住持の甥多門。

幼少より京学にのぼせしが。

今年廿五才にて本国なつかしく下りしを。

すゝめこみて伯父坊の媒。

儒は宇野三平が書生。

医門は古法を信じて傷寒論に憶説(

をくせつ)の見識自慢。

爰らまれなる博識に。

上京風のいたり仕出しな男ぶり。

お春深くなづみて。

此人こそはいつまでも年よらであれかしと。

玉手箱がま一ツほしい心入れ。

されば医者と干蕪は若いうちには賞翫せず

汗吐下ばい毒の古方は人恐れて。

後藤流とやらいふものは。

荒療治てこわい物じやげなと。

田舎形気にかてつけねば。

銭と間とを友として久世戸の文珠に日詣。

門ン前の茶店にきせる一本のたのしみ。

知恵の餅思案酒に祇園南禅寺の葛だまりなつかしく。

橋立に遊びて一盞の酔のうち。

試作に自負をあらわし夕日の浦に舟をよせては。

細川幽斎が移しうへし吉野山にむかしを感じつゝ。

心のゆくまゝ成るたのしみにも。

まかせぬは縄手石垣の色酒。

寝まきの油くさきも宿の大夜着にまさりておかしき物をと。

大切がる女房に聞さぬやうのひとりごとは。

ねられぬ夜ざえのたのしみなるべし。

されば此宮津の地は。

いにしへいかなる織姫の跡とめて。

かゝるすさびを伝へけん。

都の西陣におとりなき織殿。

五百機たてゝきりはたりてふ。

丹後ちりめん丹後縞。

色なる絹のかぎりを織出せる。

夏びきの手引の糸くり女とて。

此里の女原。

小姫の比より蚕のわざになれぬれば。

自然に育も雛びず。

なよなか成る立ふるまひは。

田舎に京の女房ぶり多かる中にも。

ちかき岩滝村の小染とて。

器量はもとより心だて出過ずしめり豆ならぬ仕出し。

今小式部といひはやして近郷の名うて者。

いつの比よりか多門に見そめられて。

都の水に角とれて木折ならぬ手くだに仕かけられ。

十二夜のたはふれも度かさなりて可愛さもまし。

小染が兄は金太郎といふ漁人

おもてぬきに対面し。

ゆく/\までも見放すまじ足下のおゆるし有るならばと。

浮気ならぬ相談さらりとすみて。

上宮津のかたかげに薮がくれなる妾宅。

筧の音のとく/\と枕に響く小夜のかね言。

此しつほりは都にもあらぬいたりと。

心ゆりして契りしに。

天の口が隣のみそこし婆が鼻の下へ宿替し。

壁の耳にはゑさがりが出来て。

女房お春がほむらとなり。

付つ廻しつの悋気も。

心ばかりは老女房のしなせに小腹はたてど。

小糠三合の聖語耳の底にありて胸をさすり。

十日一月通ひ路をたちて納得させんと。

敷居一寸出ずに居れば。

女房の機嫌はよけれども。

小染が方に心をいり。

此まゝにして捨給はゞ。

いつそ死ぬると芸気のなき田舎娘の一筋をあしらひかね。

そなたを捨てよい物か。

去にても山の神が稟気のつらにくさ。

もしやつれてもはしらうかと。

此比は引取りて銭一文の自由もさせねば欠落せんにもあだてなし。

恋の道の発明は女こそさかしきに。

何とした物であろうと。

さすがの学者も此道にゆきつまつたる溜息に。

小染も涙をとゞめて。

始めより主あるお前の事なれば。

まさかは死ぬると極めてをりますけれども。

さきの世で女夫にならるゝも嘘かして。

お花半七仏といふも終におがんだ事もなし。

お春様の事は話しにも聞ました。

いつまで生てござつてもお年のよらぬ不思議なおうまれ。

よそ並の人ならば。

もはや七十はかりのかみ様であらふのに。

それなればお前と私シは世間はれて。

思ふまゝに女夫に成り。

此悲しみはござるまいとのくやみ言。

いか様替つた女房を持て。

つらい稟気にせたけられ。

こちばかり年のよる事よ。

因果人とは此二人じやと。

手に手を取てかこち涙に目もあはで。

あれる鼠の物さはがしく。

何をかぢるぞ夜もすがら耳にかゝり。

とつつをいつの知恵袋。

ほどけし趣向に心うきたちて。

まだ夜深きに別れを告。

かならずよい左右聞すべしと。

帰る足に町口のくだものやで。

地黄煎玉二ツ三ツ袖にして宿に帰り。

何げなきもてなしにてお春にむかひ。

かりそめの浮気にしばらくもそなたの心をくるしめし事。

今更恥ずかしき次第。

誤り入て小染が事は。

けふこそまことに兄が方へ送り戻し。

外へ縁につくる筈。

此事さらに偽りならずと誓言だてにお春が心はれ渡り。

いつ/\よりも機嫌よく。

寝酒の床に心ゆりて。

よく寝入しを伺ひてそつとぬけ出。

彼地黄煎玉を取出し。

神棚の玉手箱にぬすくり付て。

さらぬ体に帰りて臥ぬ。

其夜もこして二夜三夜。

むつましき相床も明の鳥に起されて。

是は昼じやと起きたつ傍に。

かはり果たるお春が俤に大きに驚き是はどうぞお春/\とゆり起されて欠びまじり。

何としてけはしいおひなりやうと。

起あがる拍子に腰がつくり。

あゝどうやら致しましたと。

いふ声さへおかしく。

一夜のまにそなたの姿かはりしはどういふ事ぞ。

先ッ鏡をと取出してあてがへば。

私が姿が何とせしとふたを取てさしむかへば。

あら悲しや。

きのふまで油ぎりたる女房の。

たちまちに頭は夜半の霜を戴き。

ひたいに老のなみ打よせて。

腰に梓の弓さへはるに力なく。

百とせちかき嫗の姿に。

お春は夢かとばかり。

何ゆへに此有様。

いつまで草のとし波。

誰なすわざに此悌。

あがめ祭れる玉手箱を開きしはお主ならでと。

恨みつたゝきつ泣くどけば。

多門さら/\覚へなし先ツ其箱を改めんと神棚より取をろせば。

いつのまにかは鼠穴。

一文餅程喰あけたり。

是はいかな鼠のしわざ。

にくし/\と多門が詞に。

手に取みればこは浅ましや。

かぢる物こそ多きに。

此箱を喰ざまはと。

或はいかり或は泣。

箱を打付打ちたたきて。

涙に老をかみませたるくり言。

思へば敵は鼠ぞと。

恨みはかれにとゞまりて。

地獄落し升落し。

後は夜ごとにまどろみもせで。

鴨居膳棚走りさき。

手づかみの鼠狩に。

近所隣の悪くち。

猫いらず鼠取婆といひはやしぬ。

多門お春にいふやう。

かゝる事も皆前世の因縁誰をか恨みん。

今よりは女房の名を取をいて我為には養母と。

勝手だらけの孝行ぶり何といらへん九十九髪。

いはでもこもる恨みの涙。

今はに残す言にも。

我死しても有ならば。

一念のとゞまる所。

世の中の鼠のかぎり。

殺しつくさである物かと。

いかりさけびて死なれしより。

此婆の霊を祭り。

お猫様と尊敬して。

鼠よけの守り神。

塚の石をとりて家に祭れば。

まさに鼠のあれぬよし。

蚕飼する家ごとに悪鼠の難をたすかりけると。

幾野あたりの人には聞し。

            一之巻 終

世間妾形気   二之巻

              所は山路の肝入

 第三 雛の酒    嬶が附親

              音を入レ忍びの

               勤は夫のための

                   仮着

             二百両は明た口へ

 第四 敷金の  焼餅やうま過た

             媒も跡は火のふる

                両国の花火

              寺参りりは

 第五 若後家の   てつきり

              仕立物屋が

                宿替

              うはさの高い

                東山の

                  六本ン杉

  一、雛の酒所は山路のきも入嬶が附親

こゝにしも何匂ふらん女郎花人のものいひさがにくき世に。

なりのぼれとも。

もとよりさるべきすぢならぬは心かだましく。

譏り口勝て。

己が利口をふるまふとて。

つれそふ夫のぬかりをかぞふるなど。

多くはぼさつまはりの足もめ肩うてから。

ずるずる/\の奥様なり。

在所の甥に跡やつて下されと。

脚布のしめくゝりより。

いつしかー家の中もむちまじからぬ品に成るは膳の箸。

妾と飯蛸はあれで果る物にして。

女房は表向の呼むかへをこそねがはまほしきわざなれ。

難波の梅のみばへより色づきつはる妾種。

一三四よりめき/\とをいくろしく。

前うしろ見る心つくより。

宮芝居見あるきて。

丁稚役者に思はくの小いたづら。

親の身にも。

今時からき世にぢんき巻しても。

百を三文のむすび昆布結はしても。

一日に廿か三十のつまみ銭。

まめしげのない手仕事さすのみか。

〓なし子の政道にあらぬ気もせをやかふより。

じやんぎり鍋へ入る事なれば。

ひは茶の木綿布子青梅縞の類。

繻子の裏打帯まとはして。

氏なふて玉の輿の足代。

かどや町の按摩取は去御屋敷から扶持の来る咄し。

釣鐘町の糊やの娘の産だ子が本町の何屋殿の代取成るよし。

うまいづくしの口車に乗らぬ者もなく。

それ/\の生れだちに品定まりて。

年季。

半季。

月切。

うち切と。

思ひ/\の色〓ぎ。

一割の両口銭。

五節句の付届け。

塩鯛牛房添て鏡すゆるを上の品として。

かさね草履一足あらひ金のたばこ入。

蜜柑饅頭の手土産まで。

出る息なしの世渡り。

多かる中に。

上町のすみどりや。

天満に茶碗屋の狐婆。

嶋の内の備安。

順慶町の人形屋など。

此道に名だゝる肝入の兀頂。

同し流れを西堀に汲てしる。

山路のお菊とて隠れなきしてもの。

けふしも長月菊の節句とて。

六そじ過ぬる身も女の数とて。

雛祭りおぼめかしくものして。

客あるふきさうぢ。

伯母様のけふはよう呼て下さんすと。

お梅小吟お石おすがさそひあふて。

足袋やのお露さんはお腹が痛いとて。

ようお礼いふてといふてゞござんした。

それは残り多い事。

さあ/\皆上つて。

お雛様をいはふてと。

人よりのよき住居さへおく口かけて十六畳六枚屏風引廻したる雛館によりたかりて。

ついまつむべ山の遊び。

寺子けのぬけぬ声に上の句のそら覚へも。

いづれなまめかしきけはひには。

大象もよくつながるゝ髪の出来をほめあふより。

雛介金作の評判あこぎに。

後は身の咄ししみて。

お常さんにいふて笑ふ事がある。

跡の月お前と一所に目見へした。

平野町の涼風堂といふ扇屋の旦那め。

きついぜいこき。

こゝ生れとは見へぬ。

いつ引くこして此難波の住居ぞ。

京はどこらとあてずいな事ぬかすゆへ。

どうしてそれが見へますへ。

わたしは伏見の生れ。

わけありてとゝさんに生わかれ。

帰らしやるを待間に。

三右衛門町の伯母さんを頼みに。

かゝさんと一所に下つてさんじたと出ほうだいにいふてのけたれは。

伏見が古郷で親父に生わかれとあれば。

大かた宇治の黄漠へすはる後住のむかひに。

唐か天竺へ供にやとはれたといふやうな事でかな有ふず。

長の留主さし詰りての此奉公でこそ。

色気のけても頼もしづくなら。

そなたおふくろ二人までの賄ひ何程の事ぞ。

仕つけもせぬ身でしらぬ人の機嫌とるはさぞかし。

しんぞ口から出した詞はひかぬ男とぬかすゆへ。

其詞につけこんで哀れらしう。

いゑ/\とゝさんは去年の四月に。

山上様の戸明とやらいふ事に参り。

天狗につかまれさんして。

それから今に便りがしれませぬ。

御鬮にも八卦にも。

命が有て一度は戻らしやんすと申ますゆへ。

悲しい中にもはかないたのしみ。

かゝさんは持病に頭痛が有て。

月のうちに五日七日は枕のあがらぬお人ゆへ。

わたしが女の身でやる方もなく。

恥かしい奉公を致しますと涙まじりにまことらしうやつたれば。

それは不便な身の上。

聞た上は見捨ぬぞ。

きつと世話してやる事じや。

頼もしうおもへとぬかすのが。

半分の半分に聞ても。

一月と二月はかゝりをらふと思ふたのに。

其翌の朝。

銀一両で侘言しに来をつたげな。

憎さも憎しと。

此間とゝさんとつれ立て御霊様へ参つたとき。

平野町を心がけて通つたら。

一間ン半口のきたなゐ扇屋。

店のはなで銭なら五文の事を芋売と喧〓して居をつたを。

きつとにらんでこましたらあつちにもわしを見てから。

これ芋屋。

天狗につかまれたと思ふて五文弱みをくふぞとぬかしくさつたと咄せば。

それは憎てらしい事で有たなあ。

お梅さんのいひじや通りに。

茶屋のおやまが来る粋よりもこぬやぼがしにくいといふげな。

流れを立てる者のいふ事はそれにちがふた事はない。

靭の干鰯屋の番頭といふ者。

新町嶋の内がよひに親方の手前二三度も不埒な品も有たとの咄し。

今はきつとしまりて其家の白鼠。

すいもあまいも知りぬいて居る相手ゆへ。

こちから何もかも打あけて実づくしの寝物語り。

月に六日の定めの外にもまはらねばならぬしかけ。

明晩われら手すきなれど。

是へ参つてもてつきり。

上町の伯母様へ灸すへにとおことはりの有そうな事。

いかさまそもじたちの背中には生灸のたやされぬ義理合ゆへ。

おのづと達者で。

一月に五六人もお勤めなされても跡のいたまぬと申物と。

憎てらしいわる口なれど。

さすがに太夫遊びもした程有て。

此たばこ入をもてといふて国分一たま添てくれたが。

拾匁より下にはつかぬくれ物と出してひけらかすれば。

花やのおすが手枕ながら。

お前がたにいふてをく事がある。

長堀の石屋とて六十ばかりのかた蔵。

兀天窓黒紬の衿まき。

いつも白茶の木綿羽織に紋はたしか丸の内に抱柊。

すみどりの紙入に文字替りの銭をこはぜにつけて居る

親仁。

それは/\。

六日の勤めを三日にことはりいふても。

身の痛みに成るつよさ。

もし其親仁なら始めからことはりいふて戻りなされと。

口/\のそしりはしりがはしりもとへ聞へて。

あるじのお菊料理ごしらへも大かたに座敷へ出て。

さきにからの咄しは打ちとけてのいさばらしとはいひながらあまり成るかげ口。

人も聞ぞかし。

さる事なくてさへ。

色柄にぎりて揚やのかしかりの諸わけにはまりたる衆は。

妾者はかへりて実なき仕出しと一概に定めらるゝ事も

無理ならず。

妾はもと地女にて。

宿の妻にひとしく。

はやり詞しらず。

口舌不得手にて。

生娘の心もち。

ことに初目見へはいつも嫁入の夜の恥かしみ。

なじみかさねては実すくなからず一ト際しめやかならでは心のとまる物

ならず。

茶や者は多くの客にあふを全盛として。

妾者は一人の男にまもらるゝをおのがさかへとする物ぞ。

只かゝさんの為に恥ずかしい奉公を致します。

お心替らずお見捨なうよりはせりふ有まじき物を。

さま%\のはでな詞づかひ。

はすはな物ずきより。

かへつて茶や者の第二におちて。

地女のまこと仕出しはどこへかゆき。

終に人のさげずみにあふ事ぞ。

此道のかく成りゆくは。

よせてはかへる浪枕月切とのみ思ふてよりの事。

ゑようにする奉公ならねば。

三人五人にもかゝらねば髪かしら足袋までのつばめあはぬ事是非もなし。

灸すへにゆくの芝居見にゆくのとありべかゝりのうそも。

今更とがむるぐちな世界にもあらねば。

新らしき手くだにも及ばず。

只おぼこに誠ふかく見ゆるには。

月もかさなりてかはゆく成り。

長に極めて浮世小路砂原の住居より。

後は宿の妻とも成りのぼらるゝは。

茶や者のいきはりより出るとは格別の事そ。

かならず/\一月切のかけ流し成る心いきはよろしからぬ事と。

長談義の最中へ。

お菊様お宿にござりますかと男の声。

どなたぞと立出て。

是はしたり。

おれん様の所の久七殿。

ようこそさあかけさんせとあいくろしきあいさつに手をつかへ。

お上に申て居られまする。

今日は菊のお節句めでたう存ます。

此菊の花は高津の植木や吉介方より。

お雛様にとくしました見事な花ゆへ。

筒のまゝにおくりまする。

又此重の内もお雛様へ供へましてあらしましたれど。

少しおすそわけ申まするとさし出す。

加賀笠ほどな大菊にそへて。

時代蒔絵の重箱に。

虎屋伊織が金糖もち五十。

是は/\まあお珍しいけつかうなお菓子見事な花さつそく賞くはん致しましよう。

此間は何やかやにまぎれてお見廻も申さぬが。

お上にも御機嫌はよござりますか。

幸ひこちも雛様のお神酒。

内かたのようなけつかう酒ではなけれど。

一ッまいつて下さんせと。

有りあふとさん盃にもてなせば。

久七是は有がたい。

左様ならお辞義なしに一ッたべます。

いつそこの茶碗に致しましやうと一ッのんでの機嫌上戸。

内にも酒は朝ぬつとおきるから寝ますまで。

出入の道具屋衆や医者衆が相がはりに見へて。

盃の出つゞけ。

毎日三斗といふ酒のいらぬ日はござりませぬけれど。

私共は吸物の下たいたり風呂たいたりして。

一向ゆるりと一ッ下されます隙がござらぬ。

いかさま人の果報と云ものはけつかうな物。

手前のおれん様のやうなうまい身ぶんと申ては。

広い大阪にもたんとござりますまい。

不断ちりめん羽二重を。

五ッ六ッづゝ引かさねてちよつとどれへござるにも手竹輿にめして黒土ふまず。

芝居はいつも初日チ桟敷を西の三四軒めに極め。

歓進能月見花見と。

気に入た末社衆を引つれてのお出。

内にござれば琴三味せん。

香茶の湯と取かへ引かへてのおなぐさみ。

裸人形につぶれます〓ばかりが。

三ッ井伊豆蔵へ一ト節季に五十両づゝのお払ひ。

御自身のおめしなさるゝお小袖はもとよりの事。

帯は折てたゝめば折目がつくとて帯箱といふ物をおあつらへなされましたに。

此繁花の地でもない物はないに極まりました。

長サ一丈一尺幅一尺八寸の嶋桐の一枚板。

せんじ詰つて佐渡とやらいふ遠い国へ挽に参りましたげな。

中/\本家の方の奥様でもあのやうな楽はなされまい。

あんまりお隙なゆへ。

此間も旦那様と何やらいさかゐが出来まして。

茶の湯の茶碗をおれん様が取てほつてわらしやりましたか。

跡できけば紅葉五器とやらいふ名の茶碗で。

七八十両程する物と道具や衆の咄し。

わたしらがからだを葬礼ごみに売ても。

其茶碗のかけでもない事と。

心があぢきなう成ましたと咄すにぞ。

扨も/\聞てさへ咽のかわく事。

あの子はでつち打出した出世。

お世話申た私まで嬉しうござります。

其茶碗はわれても沢山な御身躰なればくるしからぬが。

其ようないさかゐ遊ばして。

旦那の御機嫌がわれずばと。

菊が案じて居たと申て下されと。

二人が物語りを。

月君たち聞入て顔見合せてうらやむ所へ。

四十五六ばかりの女房の。

こゝらあたりにすまの浦の塩なれ衣しみたれし。

古袷の上におびさへせず。

前垂の紐引しめて。

かご嶋下駄の音せぬやうに内へ入て。

伯母様此間はいかゐ御やつかいに成ましたのよ。

それからお礼に出ませうと存じたばかり。

其あけの日はどうか腹がにがりまして出ませなんだが。

それから三四日もこちのお人の腫物がわづらひまして。

手がはなれませぬゆへ。

忘れちやをりませぬ。

おづ/\腰をかくれば。

お菊も茶を汲てさし出し。

それからわしも便りしたかつたれど。

節季前なり何やかやで不沙汰ばかり。

そして内かたのはすぐれもせずか。

ほんにお前はいかゐ苦労をしてじやのうといふに。

彼嬶打涙ぐみて。

いかさま此やうにつらい世を渡りますのも皆お主のばちてかな。

悲しいあまりのお咄しを致します。

こちとら女夫は藝州広嶋にて何の何某といふ三百石どりの家にをつて旦那のお手がかゝり。

お妾に成ました。

こちのお人はお草履とりの奉公人。

ふと申かはしてお国を立のき。

大坂へまいつた。

なじみのないにこちのお人が今の湿病。

いづましゐ病じや。

人ばたらきもならず。

けふ此此のめいわく。

恥かしい事も忘れて。

伯母様のやつかいに成ります。

又こよひはお客様にやくそく致した夜なれば。

小宿まで出まする。

たび/\ながら伯母様の着物かして下されといふより。

是をとて出して着する昼此なる糸嶋の薄綿。

黒繻子の中幅帯にしかへさして。

此間もいふて置た通り。

さきへは去浪人衆の死わかれといふてある程に。

其口のちがはぬやうにとお菊がさしづ心得ました。

皆様これにゆるりと咄さしやりませよと。

出て行うしろ影に。

皆/\哀れをもよほしぬ。

此女房男の長わづらひより忍びのつとめ。

一月定めて銭壱貫文の内を。

口入に四百の口銭。

扨も世はさま%\のある物やとおかしくもかなし。

  二、敷金の二百両はあいた口へ焼餅屋

蜘の囲にあれたる駒は繋ぐともふたみちかける人はたのまし。

外婬の謗り。

男女ともに慎むべき第一なから。

薫る蚊遺りの夕涼み床。

小夜の巨燵の手そゝぶり。

あじやらが真実の浮気勝なる世の中。

今は貴布禰の山風に鉄輪のともしあふたねば。

嫁入の輿も宇治橋を大手ふつてぞ通りぬ。

日本武の尊の吾妻としたはれしより。

東とよびて。

水くさからぬ人心。

ずんと惚たと出かけてはみさほ〓きお江戸の意気張。

葭原品河の諸訳はもとより。

地女てもまさかその。

列女がいのちの塵芥。

捨てられた物てはあるまし。

伝馬町の呉服所。

本家は伊勢の出店にて。

白子屋の三郎七。

大名方の御立入多く軒ならびの一番手といふ大商人。

堀ぬき井戸の底しれぬ身躰に。

旦那三郎七三十に足らぬ若鳥なれど。

十露盤にぬけめなきかけひき。

しかも頑愚気質にもあらず。

折/\は大門ンのむかひ挑灯舟宿の紙花など角のとれた取捌。

いやでなけれどなづみもせす。

産れながらの粋方なれば押きる猪牙の一夜流れなる色よりはと。

いつの間に取よせしぞ。千住の借座敷に。廿三四の姫うるり。

薄雪仕出してぬるからぬ立ふるまひ。

おすみとつけしも所がら。名にし河辺の都鳥にも恥ぬ器量の自慢とぞ聞へし。

どこも此身は御退屈。隙ふさぎ成る縫くゝり。

帯に房つけ笠の紐。

紅絹の小猿に豆巾着の手なぐさみ。

十{火+主}香茶の湯琴三味線。

どれ友となきつれ%\に。

堺町木挽町の芝居へも。狂言のかはるごとに。

一度もかゝさぬ幇間には。駿河町の富士屋八左衛門とて。

京大坂はおろか。府中三国の色酒まで。しゆみこんだ野等道具や。

なれ過た黒羽織の脱げばまゝよのしこなし風。

昼夜をわかずはまりこみて。三郎七がお髭の塵とり。

半太夫のつれ弾。

伊勢音頭は旦那の事じや。其ふしがいきませぬとあぢな所を堪能さして。

心やすくなる程おすみには遠慮がちなる挨拶も。

幇間功ある男なりけり。

此座敷のかい隣なる焼餅屋伝介。壁あはせの事とて毎日の見廻も生物に気づかひげない親仁なれば。

勝手廻りのそここゝを如在だらけの忠義者。

二人の下女が陰口も八左衛門様はよい気だて。

あの伝介の慾面と憎みたてたるもことはりなり。

ある時三郎七伝介一人つれ立て浅草の観音参りの道すがら。

扨親仁そちにきまつて談合せねばならぬ事がある。

外でもないおすみが事。倦たといふではねからないが。

今度我らも長崎へ繻子ちりめん織物の類がたんと入津したに付て。

一下り下つて来るが終半季ばかりと思へど。

上方も見物がてら。凡一年は隙どるつもりゆへ。

おすみが事もとても女房にするではなし。

爰は一段よい仕廻所と思うて居る。

たんとの事はせまいなれど。

二百両そこらはつけて片付ふといふ胸。

親もないあれが事いつそそなた親分に成て。

縁につけてくれまいかとぼつかりといはるゝに。

伝介興をさまし。

旦那それは誠えでござりますか。

私はとんと途方を失ひました。

一年二年お留主で御座りましやうと。

はゞかりながら私がお預り申ますれば。

お案じなさるゝ事はござりませぬ。

左様な事をおすみ様のお聞なされたらば御当惑なされましやう。

御座興ならば旦那お道慾でござりますといふを。

いや/\座興でないぞ真実じや。

留主心もとないとての事にもあらず。

女房子のある我ら事。

末かけてともならぬ品。

おすみが為もよいなれば是非にたのむぞ引しはせぬ。

扨そこに又我らが手段といつぱ。

あの富士八もいつまて寡で居よゝり。

似合の縁なり気うちもしれた中なれば。

あの男に遣はしたい此思案はどうあらふ。

女房でも持したら向後家業も精出すであろ。

すれば互の為といふ物。

此詞反古にしては我ら一分たゝぬなり。

きつと世話してたもろかと。

偽りけのなき談合に。

旦那の思し召極りましたら。

私は世話致しうち。

とくとお定め遊ばせ。

いや/\我らはちがはせぬ。

おすみにとくと呑こますうち。

そちは始終をしらぬふりと。

あらまし内證かためつゝ。

別れて宿へかへりけるが。

其事終に伝介が媒介にて。

親分やら仲人やらで。

丸うおさまる道行にも。

八左衛門が数遍の辞退。

粋に似合ぬかた蔵と。

三郎七がしゐぶんに。夢ならさめなとかしこまる。

おすみも幾たびか。主様に放れて外へとてゆく心はなし。

高麗唐土のお留主でも。幾とせなりとまつ心。

それもお赦し

なきならば。よしや此身は墨染の。尼となりても女の道は。

そむくまじぞと泣くどくを。そうではないぞさりとては。

世になき例じや有まいし。心底きつと嬉しいと。

これもすかしつわりくどきに涙の中の得心なり。扨日を定めておすみが手道具。

箪笥五棹夜具三荷。櫛笥琴箱松明行器。

あらましざつと十八荷に。二百両の敷金も。跡の跡まで頼もしい。

諸訳じやと。伝介が足かぎりに分ン一致す爪だくみ。

旦那が昨日おつしやるは。表向の嫁入格式だての訳ならねば。

おすみをさきへ入りこまし。跡は我らが呑込みて。諸式も送り遣はせよとのお心付。

これもつてよい手つがひ。先ヅ婚礼の日は何日。

上段なるとは嫁取よし。おすみは駕にて綿帽子。

伝介がせんだく袴。糊けのある仲人顔に引そふて。

駿河町の富士屋方へなりこめば。八左衛門も出むかひ。

待女郎も花聟も。かね合したる寡住。

盃のざゞんざに三国一の果報者と。

伝介がもつれくだ。南無三かんじんの事を失念したりと。

懐中より一封を出し。是はあらたまつたやうなれど。

跡から参る荷物の目録。

今夜盃の上で披露せよとて渡されしと取出せば。

是は丁寧ななされかた。

いで拝見と封〆切て開きみれば目録にはあらず。

一ツ書の文なりけり。

一  おすみ事。

 とし月不便をかけ遣はし候所。

 我ら目を掠八左衛門と竊にこんたん致し候て。

 すなはち隣伝介諸事呑込み申候事たしかに聞届け候。

 早速わけだち致し申候はんと存候へども。

 我ら名も立候事なれば此度大やうに取はからひ致し候事過分に存られべく候。

一  此諸訳のはじめは。

 当六月両国の花火見物。

 舟にて我らまかり出候所。

 本家より御屋敷方急用申参り。

 手代ども差越候ゆへ。

 すぐに駕にて同道致し候時。

 八左衛門に舟の留主預け申候。

 其夜の仄くらがりが不埓の発旦に候。

 申さずとてもそなた二人共心に有之候事。

一其後座敷にては我ら参り候程もはかられず。

 又は召使の女共が、手前をはゞかり。

 八左衛門こんたんにて。

 隣の伝介方を神かけて頼み。

 中宿に致し候。

 伝介義貧慾の義理しらずゆへ。

 わづかの袖の下にほだされあるまじき不埓を受込み候。

 当八月伝介方内普請。

 店まはりのつくらい。

 竃などつきかへ候も。

 おやすみまかなひにて出来候よし。

 其節聞とゞけ候。

一当八月。

 召使の下女たけ事。

 其訳けどり候ゆへ繻子の帯一筋遣はしこまづけ候へども。

 猶口がるき者ゆへ心元なく。

 九月の出かはりに今十日ばかりの所。

 不つとめのよしにていとまつかはし候事。

右のあらまし一々聞届け申し候へども。

右申ごとく微細にしらべ候ては。

我らかへつて一分のすたる品に候へば。

よく/\こらへ此方より縁に取組申候。

其段きつと恩がましく候間。

三人共おろそかに存申さるまじく候。

しかし着替手道具はせめてもの胸ばらしに候ゆへ。

一ッも遣はし申さず候。

二百両の枕金尤偽りに候。

もはや今夕手代共に家内取払ひ申付候是にて済ませ候段かへす/\仕合成る旁に候。

むくひの程わきまへらるべく候以上

    九月廿八日                      三郎七

           八左衛門殿

           おすみ殿

           伝介殿

よみおわりて三人とも途方にくれて物もいはれず。

土器酒のほろ酔も。

蝶花形の夢とさめて。

糠悦びの花聟に。

丸のはだかの嫁護御寮。

手ふり棒仲人と。

これを合わせ三々九度。

面目なさか又とたまらず。

身上すつきり駿河町の住居疵持足。

三郎七が発明。

さりとは手段もあればある物。

  三、若後家の寺参りはてつきり仕立物やの宿替

極楽の玉の台のはちす葉に我をいざなへゆらく玉の諸。

彼志賀寺の老法師が。

修験の月の明らかなるも。

情の道にはぐれては。

闇のやみなるたゝずま居。

初音のけふの玉はゞき。

手に取るからに妄執の雲消て又正覚に立帰りしは。

仇惚ならぬ誠より真の道も得やすしとかや。

女房ざかりの二ツ髷が手折る樒はかざしの桜。

阿〓のそゝぎも思ひざしの酒事と見ゆる凡僧の心ならば。

真如の月は見えぬ筈のもの一念の往生も不の字なるべきか。

然れども牛馬は食わぬものと心得たるはまだしものとりゑぞかし。

京の東辺建仁寺町に仕立物や吟七とて一間ン半口に折障子さしこめたる。

家内は姉のお糸という若後家と二人寡の過やすき世帯方。

近比西京よりの引こしなれば近所隣もなじみ薄く。

うゐ/\しき所がらにも。

姉のお糸が器量のうわさ。

年は三十でもあろふか脊格好爪はつれ中肉なれど尋常にて。

寝起からも笑ひ顔のすき通る髪のかかり。

あれが後家かと見るたびに。

喉かはかさぬはなかりけり。

しかも心だておとなしきやら。

朝夕の仏檀に過ゆかれし人の菩提を念比に〓ひて。

すきさへあればそろ/\と。

知恩院誓願寺にあゆみを運ひ。

水晶の念珠につたふ涙の神妙さ。

思はくよする人もあまた有中に。

寺方の和尚談義僧。

後家とさえいや舌なめすりましてお糸が色よきに現ぬかして。

俗めらに打て取られぬさきにと千束の文ことばの媒。

仕立物に事よせて。

白無垢づきん。

袈裟衣。

ゆがんで成ともくるしからす。

姉御の手際がゆかりぞと。

爰かしこから持せく中に。

東山の六本杉とて名うての悪僧。

滅法寺堕落院無仏庵梵妻寺淫乱寺殺生坊各々ちこくの釜焦連中。

お糸にふかく思ひ川心をよする始より。

まさりをとりもあらずして。

雨につけ風につけ。

無事をとはせの送り物。

櫛香包南草入

不祥帽子の返事でもせめてはいふて黒紬。

つむがるゝともよしや其。

君が名による糸嶋の。

物ならなくに気づよやと。

負ずさらすに口説けり。

お糸も始めの程にては。

この浅ましの恋衣と。

情らしきいらへもせざりしが。

あまり切成る此人々の志。

一度は捨し身なれども。

恋てふ人も墨染を。

色にかへてのかこちごと。

身をまかすとも未来の種と。

心の紐は解ながらどれへどうともいはれぬしだら。

此身はいづれ様へなりと。

まかせ参らす心なり。

そなた様方の御中へ。

身一ツなげ出し候へは。

よきにとばかりの返事なれば。

六人の和尚打よりて。

我こそ先ンの思はくなれ。

愚僧かなづみ深かりし。

そうはさせぬと角芽たちて。

常陸帯のゑにし引ぱり合に事はてねば。

とかくは君が思ひざしのお盞それが輪廻の切リ所。

恨みはせじとかこちけるを。

弟の吟七もてあまし。

いづれも様のお志浅い深いもあらざれば。

姉貴もとんと当わく。

爰は私が存じ付。

たとへば一年十二月を。

二タ月つゝ六人様にふりわけの御契り。

かたみ恨みのないやうは。

南無阿みだ仏の六字のもみ鬮で。

前番後番の月を定めましたらばどうござりましやうぞとしたり顔にいひ

出せば。

六人の和尚横手を打て。

さりとは知恵かな粋方かな。

それで我らが一分はたつといふ物じやが。

お糸殿さへとくしんなら。

我/\は一蓮詫生。

それに否応いふ者なしと。

しこりかゝつた談合に。

お糸もつんと恥かしながら。

とかくとうとも片付られぬ義理なれば。

あなた方の思し召何しにもれます心ならすと。

さつぱりこんたん極まりて。

其月/\の客坊もち爰が出家ぞ悋気すな。

はて褌一筋で寺開く法もあれと。

天窓も中も丸う成りて。

打こんじたる夜咄しのあたり月が亭主方。

泥亀どぢやう貝焼のあばれ喰。

衣は人目あればと。

銘々箪笥一棹づゝ。

吟七が方に預け置。

皆一躰の黒小袖に長羽織。

頭巾すつほり打かぶりて宮川町の宵ぞめき。

非番の月は外抃ぎ。

罪もむくひも忘れ果たる遊びなりけりある夜吟七六人にむかひ。

扨いつれも様のお心やすう御出下されまするにつき。

私が内證の械もふり廻しやすう成りましたも。

全くお影と兄弟とも悦んでをりまするに。

近所のそねみつよく。

又しても私どもを寄合て咄しまするに付ては。

あなた方の事を何角と申ますげにごさります。

それではお寺のお名が立まする段。

気の毒に存ますゆへ。

爰をとんと宿替して人目すくなき所をかり。

ひそかにお出なさるゝを。

目だちませぬこんたんが致したう存ますると。

おとなしきいひかた。

はて扨気の細いわろ達。

我/\は少しも厭はねど。

兄弟の心に住にくふ思ふてなら。

どれへ成りとも変宅めされ。

いか様にこちとらも少しは世間を厭へとて。

さつそくに取しまり。

吟七が聞出したる。

二条新地の町はづれ人さびしき表家をかり受て。

とやかくと取しつらひたる内普請も。

六ヶ寺の立合物好。

いつ比が家移りと取急いでぞ催しける。

時しも秋の盂蘭盆会。

棚経の世間役も仕廻るれば。

町おどりの賑しさに。

なんといづれも家移りの夜の一趣向。

揃え浴衣の雀おどりで。

奴仕立の客ぶりはどうあらふ。

こりや新しいと浮でうし。

奴鬘に編笠の紅絹紐は。

頭香にかへて燃たつ色の緋衣ならぬちりめんの腰繻絆。

丸ぐけ帯の引結びに。

それヱ/\やあとさの高声は。

たれか知識と白河橋より。

三条通りを河づたひ。

二条新地の妾宅へおどりこんで。

お糸吟七どうじや/\かたづいたか。

我ら今宵の一趣向家移りの寿きをふみかためる。

これを来て見よかしのゑ。

さあ滅法寺始めんかと立さはぐを。

お糸は一向そしらぬ顔に物いはず。

これは兄弟喧〓かの。

二人ともすまぬ顔色。

腹立給ふなこれ君よと。

しなだれかゝるを吟七取て突倒し。

大あぐらに眉をしかめて。

こなた衆はどこから来て。

家移りの取捜した所へ。

仕組おどり所望にない。

そして人の女房を取らへて不〓千万。

嚊あのわろたちは近付かと取てもつかぬ挨拶に。

お糸も尖り声にて。

ほんにおかしい衆じや。

ぬしのある身を取らへて。

なめ過たものいひ。

気違ひか門たがへかとみす/\成るいひかたに。

六人ながら肝をつぶし。

こりや吟七そりやどふしたいひぶんぞ。

一ツたちそい達は兄弟の筈ではないか。

其上今まで此連中の世話に成て。

此家移りの普請も誰が影で出来たとおもふ。

まんざらのやり仕事にかけうとしたとて。

それ喰よう

こりや吟七そりやどふしたいひぶんぞ。

一ツたいそち達は兄弟の筈ではないか。

其上今まで此連中の世話に成て。

此家移りの普請も誰が影で出来たとおもふ。

まんざらのやり仕事にかけうとしたとて。

それ喰ようなこちとらではない。

屋財家財をあけ渡し。

丸裸で出る気なら。

いがみ成りとかたり成りと。

勝手次第と口/\に罵るを。

吟七大きにいかり。

何といふぞ。

こちの内に有る道具がどうしてわごれ達の物じやぞ。

たしかな証拠うけ給はらふと。

大ごゑになりわめけば。

お糸が背戸へ走り出て。

やれ御近所の来てたまはれ。

あばれ者が来ましたと。

泣声によびたけるにぞ。

相借屋の者ばら/\と。

寄て来る人がらのすさまじさ。

雲つくやうなあら男。

先つ門しめよ一人もいなすなと。

理非もわけずにたゝき立れば。

おどり笠奴かづら。

すつぽ/\と脱た跡は殊勝げのなき坊主あたま。

奴こそいよ/\僧ども。

町所を聞て断はれと。

口/\にいひ立れば。

先ツ/\いづれも待てたべ。

我/\は一寺の住職。

かたり言いふやうな者にあらず。

是には訳のある事なれど。

かうみす/\の争ひを。

今更しらべる程ぞなれば。

我/\が表向もすまぬだら。

是吟七お糸。

女夫とは今が聞はじめ。

むごいめに合したの。

出家六人たまにかけて。

未来の程も思へよと。

無念涙にくもり声。

まだ口きくか光棍ども。

其なりで一寺の住持とは腹いたし。

はて殊勝な住持達。

物をいはすな引剥と。

相賊ども一時に寄てかゝつてむき鬼灯。

褌一ツでほいちらせばほう/\逃てぞかへりける。

かゝる工みもあらをそろし。

当世の髪切後家。

釣るとおもうが釣らるゝで。

遠慮ぶかいは持かける。

町よりお寺の小くらがり。

無常のあらし恋風に。

たうとい所が迷はする。

扨此吟七が致しかた。

憎さも憎しと思へども。

声立られぬ内兜を。

見すかした工面には力及ばず。

明くれ心にくよ/\と。

忘れぬあまりに問ひ合せば。

たばかれたも尤なれ。

北野西陣にかくれなき。

千本ン搗のお糸とて。

寺/\の柱くさらしそれなれば断はりと。

皆得心はしたりしが。

やつぱりそこに居る事かと。

余所ながら通つて見れば二条新地にありし住居。

六棹の箪笥が元手にて。

釣ならべたる古手店。

小袖類おどり浴衣。

御出家方御ぞめき鬘ありとは。

さりとはむごいぞ気つよいぞ

                     二之巻 終

世間妾形気   三之巻

   目録

                 矢たけ心も

 第六 武士の     つまる所は金

                 討にうたれぬ

                  敵に尋ね逢た

                    部やめぐり

                 日本一の大湊に

 第七 米市は       買積の思ひ入

                 空だのめなる身の末は

                      八丈の海賊

                 定めなき世は

 其二 二度の勤   蜆川の淵瀬

                 書置のまことを

                  反古にせぬ女

                       髪結

     一 武士の矢たけ心もつまる所は金

いで人は言のみぞよき月草のうつし心は色ことにして。

人によりて法をとくといふ詞。

仏も聖人も同し思し召成るに。

いかなれば菎蒻色の親仁。

越中ふんどしはかけども義理はかゝず。

死ネがな目くじろに取溜たる金屎から生まれた息子。

西川が枕絵に声がはりして。

手習ひより眉なしの本ン詰をこなす発明は。

打たゝきのこは異見にてはゆくまじ。

色小白ううらやかなる生れ付は。

女の方より十露盤はぢかせてをかねば。

一日もはやく器量よき嫁をよびてあてがふべし。

女房に忙たる男の身躰持崩すはまれ成る物ぞ。

孔子は盗跖に生肝をぬかれんとし。

〓遂良は武后の為に刑せらる。

木折の異見より。

親は慈愛の道をうしなひ。

子は不孝のゆびざしにあふぞかし。

方便の空言は釈迦のおゆるし。

おやまのにせ癪野郎の素股とらするもあながちにしかるべからず。

今の世に妾者の色品多き中に。

部屋めぐりといふ名目の女は。

在江戸の武士方の部屋/\へ呼よせられて。

酒あひに琴三味線扇の一手。

する程の藝さしてしほらしみもなく。

たつしや一へんの仕こみ。

大かた器量も十人並よりはうちばにて。

郡内紬の類に縫紋の。

いつかうつきりとせねども。

まづ第一には武家方の挨拶をよく間に合せて。

国ゝの訛り詞くせを聞わけ。

万事行義がましければ。

吉原へ手の届かぬ方の寵愛に預かる事なり。

此筋の名うてものに。

かへり討の繁野といふ者あり。

其名のいはれを知りたる人に尋ねしに。

去ル北国大名の御家中に。

熊谷次郎太夫とて。

千石頂戴の家柄。

いまだ四十に足らぬ人物なれども。

物堅き事石部金吉にて。

忠義専らの武士。

殊に万事発明なれば。

江戸勤め久しく年をかさねて御大切の役目を承はる。

此次郎太夫天性倹約を勘要として。

金銀を貯ふる事いにしへの岡左内にもひとしき癖あれども。

さすがに武士たる道をまもりて頼もしき志は深かりけり。

かく久しき在番のうちにも。

いまだ日本提の舟やどに流れよりし事なく

品川へとばす三枚肩はどこの御屋敷の早打ぞと尋ぬるむくつけにも。

折にふれては壮年の夜床さびしく。

ひそかに出入の菓子屋をまねきて声をひそめ。

其方常/\懇意に物語りを致すにつき。

誰/\よりも頼もしく存まかりある。

それに付て我心腹の煩ひを咄し申す。

かならず他言めさるれば拙者武士道の恥辱に成り申す事。

拙者Ⅱ十四才の秋より江戸在番仰付られ。

今年にて十三年。

御本国にをる妻は某Ⅱ十三の時婚姻調ひ。

わづか一年夫婦同しく臥同しく喰ひたるのみなり。

恥ずかしながら長夜などには古城の事を思ひ出して鬱/\としてたのしまず。

然れども武士たる者の廓遊所などへ忍びあるく事。

もし相知れる人にもあはゞ一生の瑕瑾悔るともかいなく。

品によりて切腹を致さねばならぬ事もあるべし。

高禄をいたゞき重き主命をまもる身の恥べき第一ならずや。

又妾なとを召抱るものならは本国の妻方へ聞へても。

放埒と思ふところもめいわく。

爰をもつて其方に密々に相頼みたきは。

何とそ不行作になき女の刀さす道理も知りたる者あらば。

一二会の鬱散を遂たし。

大切の金銀なれども此密事におゐて多少の費はいとふましと。

赤面汗を流して語らるれば。

菓子屋上総おかしさをこらへ。

何事を仰付られますと存をりましたに。

左様の義ならは何よりいとやすき御用。

今晩明夕の間にも御注文相調ひまする事と申上れば。

次郎太夫にがり切て。

これ/\其方は何と心得られしぞ。

売女やうの望みならば即刻にも間に合申べき事。

お江戸広しとて左様の女早速に尋ねあたるべきか。

一月二月遅く成りてもくるしからず。

某が名の出ぬやうこそ大事なれ。

不用意に事をはからひ。

汚名先祖に致す事なかれと。

石に根継なるいひかた。

上総かしこまり。

旦那はかやうの義御案内にこさりませぬゆへ。

左様に思し召は御尤。

只今江戸にかぎらず。

京大坂駿府にも御在番の方々の御酒の相手。

お寝間のあけおろしまで致します部屋めぐりと申女。

一年一月ないし一夜二夜にても。

謝義を定めて参ります者がごさります。

是をお伽に指上まする胸ゆへ。

早速にお受申たのでこざりますといへば。

次郎太夫横手を打てはて珍らしい説を聞しかな。

左様の弁なる女のある事。

只今か聞はしめ。

実/\太平ならでは其類の身過する者有へからず。

誠に治世のありがたき事ならすや然らば其中にて随分はすはならぬ女を。

先ッ一夜会合いたしたし。

其上にて又/\再会の夜をはかるべし。

此謝礼には干菓子一斤思い切て調ふべしと。

一廉心心をはられし所が金百疋には付られず。

是にてもうらぬよりはと。

御用仰付られ有がたいを百偏程いふて帰り。

早速に口入を頼み。

かの繁野を一夜百疋の相対にて。

ひそかに次郎太夫方へ通達すれば。

過分のよし仰られて手筈を定め。

浅草の観音前に小宿の世話まで。

菓子屋受こみ逢せしに。

繁野いづ方にて聞しぞ次郎太夫がよい物たんと持て居る事よく知り。

初会にはしんじつにうれしがらするもてなし。

次郎太夫ことの外に感心し。

又かさねてと別れしより。

忘られぬ所ありしか四五度にも及びし日に。

繁野涙をはら/\と流し。

誠にかやうな恥かしき宮仕へを致しまするも。

深きわけありての事。

此程より厚きお情に預かりまするに付まして。

あなたのやうな誠あるお侍様を終に見ませぬ。

お頼もしい所を見こみまして。

私が身の一大事をあかしたう存ます。

何事によらずお得心下されませうやといへは。

実ある武士と見て頼みたきとある義。

刀の手前聞捨にも成りがたし。

命は主君に奉りし物。

金銀は万宝の第一沢山にはせぬ物。

其外の事ならば何事にてもうけ給はり届けてくれんとある詞に。

手を合わせてよろこび。

先ッはさつそくのお受有りがたう存ます。

然らば一大事を明しまする。

一通りお聞なされて下されませ。

もと私わたしは三州の生れ。

先祖は岐阜中納言殿の御内にて百々越前守とて忠功の武士。

岐阜落城の節。

搦手の大軍河田川に責よするを三千の小勢にて三度まで

かけなやまし。

終に打死せし大剛の家。

父なる百々弥三兵衛まで六代之の浪人。

然るに浅井藤八と申侍。

何の意趣ありてか。

父を闇打にして立退く。

聞とひとしく母諸ともかけつけ申候へども。

もはや行方しれず死骸のそばに落ありし小柄を証拠に。

顔も容もしらぬ敵を女の身として七年が間付ねらへども。

尋ねあふべきやうもなし。

江戸は諸国の武士の入こみ所と。

母諸とも此地へ移りしかど。

浪人の家ことさら女の身。

朝夕の煙もたへゞなれは。

一つは敵を尋ぬるため又一つにはまことあるお侍を見かけ。

助太刀をも頼みません為にこそ此浅ましい身と成りくたりしなり。

これまで多くの武士にも逢ませしかど。

あなた様のやう成る誠のお侍様を見受ませぬ。

哀れ不便とも思しめさば。

我/\親子が力ともなりて。

一太刀恨みさして給はれと。

一部始終を物がたれば次郎太夫最前より諸手を組で聞入しが。

手を打て大きに感し。

さすが武士の胤とて女には希成るたくましき性根。

我を武士と見ての頼みもだしかたし。

刀冥理とも/\に探し出して討すへし。

外に少しの手かゝりもなきかと尋ぬれば。

何も心あたりはなけれども父の最期に抜合されしと見へて刀の切先に血がしたふてこさりました。

)がしたふてこさりました。

すれば相手も手を負しと申もの。

刀疵のある者こそと。

帯紐といて肌をさぐりますれども。

いまだ尋ねあたりませぬといへば。

尤々神妙なる計略。

此後とても敵を尋ぬる手がゝりなれば。

多くの武士に枕をかわすべし。

先祖も正しき其方。

かくまでいやしきわざをするとは思ふべからず。

晋の豫譲は炭を呑で其身を変じ。

伍子胥は道に飢て食を乞。

はげしきかな孝成るかな。

此一包は其方が母へ寸志ぞと。鼻紙にひんねぢて金子壱両。

いつまでも見捨ぬぞ。心おとすないそをれといさみすゝんで帰らるゝ。

されば此敵討うさん成る事。

あの屋敷にも。此家中にも。助太刀を頼まれ者幾人といふ数をしらず。

熊谷次郎太夫が傍輩。岡部六之介といふ侍。

前の丁子屋丁山に。所望せぬ小指ももらいし男。

色友達の夜咄しに。繁野が敵うちのうわさ。

次郎太夫が心を尽して不便を加へるまで聞出し。

てつきり此女くせものと。脇より伝手こしらへて問よれば。

四五会すむと。はやくだんの助太刀を頼み出し。

私が父は京の堀川にて。静四郎兵衛と申て薙刀の名人。

弟子の中に渋谷藤作といひし侍。

武芸の奥義を伝へぬを恨みとて。父四郎兵衛と寝ごみへしかけ。

蚊帳の四すみを切おとして。だまし打に討て立のきました。

私は其時は三ツ四ツの比ゆへ。前後もわからず。其敵の顔も見しらず。

かゝ様の懐にだかれて。敵討の手がゝりに此江戸へ下りました。

貧しきあまりにかやうな勤め致しますも。一ツは敵にめぐりあはふかとそれをたのしみ。

あはれ助太刀と成りて。敵のありかを尋ねて下さんせと取付て泣出せば。

六之介さてこそとおかしく。扨はそちは静四郎兵衛の息女か。

其時は誠に乳呑子にてありしゆへ見忘れたが。

いかさま稚顔残りてあり。

其方が志の切なるを感じて我本名を申聞すなり。

我こそそちが付ねらふ渋谷藤作成るぞ。

すなはち証拠はそちが父四郎兵衛を討し時。

寝ながら一刀はらひし切先。

我内股に切付けられて其疵久しくなみなやみしかば。

今に跡の付けたりしをこれ見よと。

横根のなをりし癒口をまくりかけて見せ。

さあ立ちあがつて勝負せよときつさうを替てかゝれば。

繁野は口から出次第の敵討。

うつ心もとよりあらふ筈もなし。

さしあたつて返答も出ず。

扨はおまへがとゝさんを討んした藤作様か。

顔みぬさき忙ました。

もはや敵うつ気はごさんせぬ。

かえり討ちにして下さんせと。

帯解て包付きしもおかし。

よく/\聞けば此女

ゆしまの天神にて軍書講尺する朝倉一東といふ者の娘成るよし。

此うわさ広くなりて。

かえり討ちの繁野とて。

部やめぐりの名うて者。

誰しらぬ人もなかりし。

  二 米市は日本一)の大奏に買積の思ひ入

鯨とるかしこき海の底までも君だにすまば波路しのがん。

心は法界にして無量なるものながら。

一念のよる所多くは恋にとゞまりて。

銘々身分相応の仕過しせぬ人もなけれど。

それが中にもそろばんあり果報有りて身のおさまりよく狂ひやむ事ぞかし。

船車にもつまれぬ思ひの。

うたてくも間ちがひて。

親の譲り塵灰残らず人の物になして。

はては町々御評判の今宮の心中と。

草双紙の口ずさみにかゝるなど。

其身にてはそこまでゆかねば。

生てもの義理あるとは見へたり。

其もとは皆金づくならで外成るはすくなし。

さらば金さへあれば世の中に何かまゝならぬ事なきとて。

銀子もうけの心付そめて。

立出て峰の雲。

花の都の四条五条に所せきまで建ならびたる商人。

皆腹の中から十露盤蛸のある人心。

あれかこれかと見れども是ぞよき銀の蔓といふべき手業も見へず。

只燃る火の中にも涼しい風が吹物といふ。

禅宗のさとりのやうに思ふて居ねば。

今時の商人心のゆりる物にもあらず。

江戸は身上の定めかやと哥にうたふ本ン町駿河町さへ。

昔とはことさびて。

千両の堀ぬき井戸も近年ほらする家も見へず。

ましてや子店商人の釼の刃を渡る世の中の姿。

そろばん詰のちゑ才覚にもうけあるべきとも思はれず。

まだしも大阪の堂嶋の米市こそ千里一はねの大商ひ。

六十余州の大小名の身躰を受こみて。

日本国が一ト所へよるとは。

よい事する時のやうな詞偽りならず。

千三百六十軒の米仲買。

米方両替五十軒。

ひとつにして千百十軒の仲間。

随分ちいさう積りて一軒に五人口。

一人五匁雑用に当ても。

年分に壱万二千七百貫目の歩口銭おさまらでは過られぬ所。

それにつく仲衆働人といふ者。

草〓しめはきて。矢立拭はなさぬ人柄に。

嶋の内曾根崎新地の悪所狂ひにつかひ捨ろ銀。

一節季に壱貫目づゝは何程の事にもあらず。

道頓堀の芝居どもが。

顔見せの初日の三ばん太鼓を。

夜半過ても打やまず。

櫓下といふ名目の銀子を。

今と成りて雲の裏までかりあるきても出来ぬ所。

此人柄の中より北といふ字を先へ立て。

十貫目箱二ッ。

ずつしりとしたいきごみ。

三番叟によいよ/\の声かけさするなど又となきためし。

それをつかふ上たる人の心いきはからうべし。

ある人の岡目に。

六十日に二万貫目の銀。

此嶋へ落てこねば。

此所の諸商人まて門ド松立てものまうの声聞事ならず。

爰こそ人の出世の種うゆる土地と見立て。

出かけて見れば。

いかにも万事大まかにて。

有るなきをくるしまず。

さあつまらぬといふ時は。

拾匁にとちめん棒をふりて大三十日の夜半ごろに。

道具やの戸をたゝきて。

仏壇戸棚を置質の談合。

敷て居る畳も。

一畳を三分のかり賃。

銀受取て売渡したるしるしに。

箪笥の小引出し一ッツぬいていれば。

はや元朝の寿き。

年ン礼にくる人の見るも恥かしと。

ぬいて去し引出しの跡に。

女房の前だれかけて人目繕う中にも。

丹後の一番鰤は是非大がまの上にぶらつかす事ぞかし。

扨わつと寄る初相庭より。

もの十日にはさらりと小払まで残りなくすめきり。

春に春をかさねて八千代の寿き。

又百貫目とらまへる事珍らしからず。

是扶桑第一の都会。

唐土の長安洛陽とても。

此所に似つゝもあらね。

鋤鍬の柄のゆに成るまでつかふたとていつかはと

無分別おこして。

池田に隣る桜塚に。

才太郎とて所ふるき大百姓。

舟渡し二ツこへて五里に近き道を。

田畑家蔵のこりなく持ち運び。

堂嶋の人の雪路のうらにつけてしまいし事。

今更に夢さめしとて。

物がたき在所の一家は人外と覚えてよせつけず。

堂嶋通ひの内になじみかさねて。

身躰しまふ足代にもなりし。

蜆川の女郎岸屋の藤野といふを身請して。曾根崎の裏町に。

朝顔咲る垣根の内池田山の愛宕火居ながら見ゆる座敷をかりて。

桜塚より米商ひの足やすめにと。しつらひ置し住居に身をよせて。

飛鳥川のあすをいかにともあだてなく。なじみ深きお藤にさへ身の上を打明けかねて。

心を沖の日和見に。渡辺橋に立明しつゝ。何をあてなる浮雲の空だのめ成る身のあぢきなく。

よく/\いはじと忍びしさへ。

けふと成りてはつまらぬ尽し。

聞てお藤が胸打さわぎて。

涙より外に詞もなく。

才太郎いふやう。

そなたのしんてい常/\あだならぬ志。

一ツとして忘れはせぬ。

かう仕果せしは長からぬ縁のかぎりにやあるらめ。

京の親達へ一トまづ帰りて。身のかたづきの談合もあれかし。

今とてあかぬ中なれども。

さらに心は残すまじ。

逢見ぬとても心替らず互に身のゆくすへを神にいのりて。

よき音信をきくまでのたのしみぞと。

心おちたる男の詞に。猶も涙せきあへず。

扨も/\世の中に勤めせし身は女の浅ましきかぎりにや。

年月お世話に成りまいらせて。

あはれ我心の底をうらなくも見せしらせ申せしとこそ思ひしに。

只今のお詞にて。今に流れの身は誠すくなきすさびを思しとゞめて。

かゝる事をもいふて下さんすなれば。

聞へませぬといふ恨みさへ。

我身に恥て申されず。

つとめてをりましたふしより。

いつお心に違ひし事もなく。

まことを尽しましたればこそ。

つらき公界をのかるゝやうになされては下されしぞかし。

落目には隙取らふと。

よその女中はいふてかしらず。

私ばかりは其やうなさもしい心露ばかりももたねば。

勿体ないながら恨みませんより外に心のやる方なし。

京の親達とて真実のでもなし。

たとへ血をわけて下さつたのにもせよ。

かなしい奉公に売て下さる心入。

ことさら丸八年も隔たりては。

親とは名ばかり頼もしうも思はれず。

又ぞや勤めせよとあるとて。

夫にはなれし女の身。

親の為なら是非もなきならひなれば京へとては帰る心夢さらなし。

お心たしかに思しかえて。

又御出世の時を待て下さんせ。

お前さへ御得心ならば。

私が身をばもとの流れに沈め。

今までの親方さんに何もかも打明て。

からるゝだけはかりまして成りとも。

お身のくろまる御恩報じか致しましたいと。

実のまことに涙をそへていひ出れば。

才太郎も嬉し涙身にしみ通りて。

さりとは志の程かたじけない。

そういふてたもる程。

又奉公をさす事が男の身では口惜い。

忘れはせぬぞと手を合わせての悦び。

お藤は我身をそれに極めて。

もとの親方へ二度のつとめ。

岸屋栄五郎といふ男。

粋といふ字には命でもと思いこんだる生まれ付。

さつそく呑こみて。

五十両かして心のまゝの奉公。

才太郎は此金を肌につけて。

命二ツと思ひこみ。

おのれ人並成るべきか。

しばしの憂目は凌ぐとも。

親の恩より義理の恩。

金さえあらば報ずる物と。

生れ付たる大掴み。

心の矢猛はる%\と。

江戸のよしみを頼みにて。

伊勢や尾張の海面に。

過行方の恋しさは。

胸にあまれど腹さびしくて。

忍び涙にかれいゐの。

ほどへにけりな旅衣。

きつゝなれにしつまからげ。

錦よみなす蔦楓も。

金の蔓なら眺もあかじ。

あかね眺もあかじ。

あかぬ眺の山は富士の根いつとてか。

帰る日をなんたのむの雁の。

君が方にぞよるとなく。

あゆみつゞけて十日旅。

仙臺川岸に紅紐の八兵衛といふ大名奉公人の口入あり。

此男は桜塚の生れ。

所で子口も利たる者。

伊丹の牛市に。

男づくのいきさきにて二三人に手傷を負せ。

江戸へ立のきて五六年このかた に居くろめて。

頼もしづくの世渡り。

やう/\に尋ねあたりて。

内に入れば是はどうしたおくだり。

薄〃/\様子もうけ給はり。

いかゝと案じてをりました。

扨お下り思し召はと頼もしげなる詞に力を得。

あらましの物語り。

先ッはおしたく風呂にめせと。

心一はいの親切。

旅草臥しばらく休息と。

枕かりて横になるあたまの上へ。

落かゝるやうな声して。

唐犬びたいの男。

親方おらは大膳大夫殿へなら有付べい。

今一口の長尾殿へはよしなさい。

とても十両や十五両の給分ではなら茶ぶつかけの銭にも足らない。

 にねまつた野郎も奉公人殿か。

見た所が大がい寸ンにはかゝるべいが。

上方野郎はなまじらけて。

おかちにも道具にも親方の骨折だと。

跡さきなしにきをふところへ。

廿四五の庸医檳榔子染の木綿衣装。

羽織着物一対に。

小脇指の柄糸きれて油じみたるもいぶせき人柄。

御亭主昨日は始めて。

段々のお世話。

今朝より手前相応の口も申て参らぬかと尋ぬれば。

さればさき程相馬様から。

外科本ン道かねて。

十両に二人扶持と申がいふて来てござれど。

おのぞみには足りますまいといへば。

それはなんぼう末々の療治でござると申て薬種やの埃飲しても置れませぬ。

手前が身分を賄ひまして。

薬種膏薬の出所もござらぬ。

又よろしい口もござらばと出てゆきぬ。

才太郎亭主にむかひ。

しらるゝ通りの我ら。

高五百石にあまる田畠。

五とせの夢と失ひて。

身すがらと成りくだりしはいふてかへらず。

とかく大びらな銀子まうけして。

今一度古郷の松が見たし。

当地の案内かつてしらねば。

とかく力は貴様ぞとぶらさがりたる詞。

いかにも呑込ましたれど。

私も此地へ下りまして。

きざみたばこ上塵紙のかたげ売。

日に八九里づゝの道を足を棒にかけ廻りましても。

小商ひのはかもゆかず。

ことに諸色の高きにおはれ。

水道の泥水さへ呑るゝ事にあらず。

うろ/\と致すうち。

此家の死跡に入家致して。

此入レ口商売。

只今の江戸なか/\大づかみ成る事小本銭にては見へわたらず。

通り町の大商人は多く京伊勢近江よりの出店にて。

地のをゐたちは希なり。

千両設けやすく千両出やすし。

淀河の水の味お忘れなく江戸の濁り水の御しんぼうはもとより。

いつ御出世ともはかりがたし。

とかく爰は思し召をかへられてお上りなさるゝが上分別と。

実ある諌いかさまと思ふ程力落て。

途方にくれたる躰。

八兵衛思案をめぐらして。

折角のお下り。

まんざら手ふり棒にてお帰りなさるゝも残念。

此隣に私内外の懇意。

八丈絹の買出しする仁あれば。

是へ御談合なされて。

八丈物の思ひ入レはいかゞといふに。

才太郎悦び。

当世上方に八丈縞の時花折から。

せめてそれをともみ立ての相談。

隣家の男頼もしく。

幸ひ八丈へ出船の此なれば。

才太郎も同船にて伊豆の国なる八丈に漕渡り。

好める縞模様思ふまゝにゑらみて。

五十両の金有たけの思ひ入れ。

上り日和の手つがひよく。

名もしらぬ礒辺に泊り舟せしに。

其夜の九ツばかりにあやしき小舟一艘こぎ付て恐ろしげなる男五六人。

氷のごとき物を抜持てこなたの舟にとび乗。

是は此わたりの海賊なるぞ。

命をしくば荷物を渡せと。

声/\に罵りければ。

船中あはて騒ぎて逃まとふをはやく艀に乗てさるべし。

命や取るべきかとにらむ眼に。

心消%\として。

才太郎と水主一人。

艀に飛乗て。

礒にこきよせて人をしらず道もわかず逃まどひて。

足にまかせけるに。

やう/\夜明て。

爰はいづくにやと尋ぬるに。

伊豆の内にて御崎といへる所成るよし。

扨も浅ましやかくまで悲しき事の続く物かは

 三   二度の勤めなき世の蜆川の淵瀬

さりどもと待し月日も過ぬればこや絶はつる始め成らん。

去にても命の二ツある物にしあらば。

一ツは捨て愁をたちてん。

一ツは世に残りて恋しき人にみやづかへせねばやとかこちたるはとてもなるくり言(こ

と)。

生は難死はやすし。

生てならぬ事の。

いかにあの世まゝなるべきや。

金は世の宝にてかへりて人を損ふと。

あながちにいふべからず。

人一生に福あり禍あり。

死なでつまらぬ大三十日ぞと思はゞ。

伊勢へ年篭りと出かけべし。

三月の二日には天王寺に経供養の舞あり。

五月の際には賀茂の足揃より上りて避へし。

七月は大文字の送り火。

九月八日桂の宮の相撲会泉涌寺の舎利会。

皆これ神仏の御めぐみ。

命は捨ずとも此厄難のかるゝ方はあるぞかし。

蜆川の岸屋の藤野は。

其後才太郎か音づれを待くらして。

つとめもおかしからねども。

親方栄五郎が残る所なき深切のうれしさに。

奉公に陰ひなたなく。

友傍輩にも情を尽してなれなじみければ。

其誠あるもてなしを感じぬ者もなかりけり。

ある日朝迎ひより藤野をはじめ皆々帰りて。

いつものごとく一ッ所に打よりて。

憎い可愛いの人ごと。

笑ひをつくりて咄し居る所へ。

小女郎のおつる走り来て。

藤野さん旦那さんのお呼なさつてといふより。

何の御用ぞと立てゆけば。

栄五郎。

そなたにひそかに咄す事あり。

こちへとつれて二階の小座敷へともなひ。

声をひくゝしてとくと心をおとしつけて聞べし。

そなたの夫の才太郎殿事は不慮なる事にて相果られしぞ。

定めて聞ておどろくへしといふをまたで。

それはいつのいづくにていつの日にあなたのお耳には入し事ぞと。

心も空になりて尋ぬれば。

成程此文飛脚が投入て行しより。

我も今朝こそ知りたるなれ。

よみて聞さん。

心をしづめて聞れよと。

袖より一通を取り出して。

誠に片便りながら一筆申入候。

拙者事不覚悟より存よらず御情の御取はからひに預り。

殊更格別の御深切など粗うけ給はり。

放埒の身ふかく恥入候。

しかし人界の定めは前の世よりやくそくある事もかねて聞をきし

にまかせ。

心やりをも致し有之候。

藤事厚き志より。

二度浅ましき公界につながせ候段

 【191.TXT】

今更に候へども悲しきかぎりに候。

女たる道の誠はあの方にとゞめられしが。

をのこの情は露ばかりも我身には思ひよらず候

いかにもして今一たび世の人にかすまへられたく存候より。

いひがひなき金ともかへり見ず物見付たるがましく。

はる%\と故郷をはなれ候事。

世にしたがひてかくも愚には成りくたり候。

あはれ苦しき事をも凌ぎなば。

めでたき日をむかへんとのみ思ひはかり候ものを。

今は其心さへかきうせたるは。

世の因果とある因果。

此身をひしとはなれず。

終に命のきわのくり言に及び候

一当夏の末。

其地を出候て。

江戸仙臺川岸に頼もしき人の方に落付申候より。

立身のたくみ夜も眼をとぢず心にとゞめ申候へども。

土地に委しからず。

只うち見に心かけ候ては。

京難波に替りたるすぎはひもあらず候。

宿の隣なる人。

伊豆の八丈の絹買業を手馴れておはし候にすがり。

あの嶋へ渡り。

絹どもあまた買あつめ。

先ツ一たびのほりてと舟出急ぎ候所に。

伊豆の沖の名さへしらぬわたりに泊り舟せし夜。

海賊といふ者におどされて候て。

積たる荷ども残らずうばひ取られ候。

その者どもの手にて死なんず命にて候物を。

をろかにもからうじてよしなき命を逃まどひ候事。

後にこそ浅ましく存候。

今は世の中の望みも綱きれて。

親々の罰せられ候とまで思ひしられ候まゝ。

古郷近き所よりは。

人しらぬ遠き国こそせしめて恥ずかしめのすくなきまゝ。

伊豆の三嶋にて此文認め。

我は此暮にかならず身を終り申候。

此事藤方へも申遣はしたく候ひしかども。

いとゞ物思ふ身はいたかな吹そともうけ給はり候物を。

何事もこなた様まで申入候。

我事はかく朽果候とも。

身にある罪の身を責るなれば。

例珍らしからず候。

只藤事方は二とせばかりのなじみにて。

いまだ未来の事までは言なぐさむ月日にもあらず候に。

しほらしき誠を思ひつめて。

我為に又のつめて。

我為に又のつとめを致しくれ候段。

永き未来までもわするゝ時はあるまじく候。

我死ゆきしと聞候物ならば。

其まゝかれも死はつべきやうにも思ひとり候はん。

其事によりてこそ此くり言をも申入候。

いまだ大恩あるこなた様方に年も残りて。

おのれまゝならぬ身に候なれば。

自害など致し候は。

其身を盗て恩をむくはず。

死ゆく夫まで人でなし物にいたし候事。

草葉のこなたより願はざるふしに候。

とても過る者のかへる道はなく候へば。

よく/\物を弁へて。

仇なる命をすて申候はぬやうに。

御申聞せ可被下候。

もし御詞に付申さず候て。

横死致し候はゞ。

あの世にて行合候とも物をも申まじく候。

又は死なれぬ命を悲しみ。

とみに尼法師などにも成りて。

跡とふらひ候とも。

恩と義理とを忘れたるまことなき回向は露ばかりも受申まじく候。

其訳とくと御申聞可被下候。

只過ゆく身の願秘には。

此心をよく/\聞わけ。

こなた様への奉公おこたりなく。

末々年ンもあき申候はゞ。

丈夫を見立て嫁し。

其上にての一遍の回向をこそ頼もしく存申候。

幾重にも此詞をまもり候はぬ物ならば。

永き夫婦と思ひ入候まことも情も草の上の露。

朝日にあふ霜と消るばかりの契りに候。

くどくも御申聞可被下候。

わざと藤方へは文ともおもひよらず候。

これしもしらせ申さぬこそ。

をのことは存候へども。

そこまでは思ひ捨がたく候。

頼みなき者の身の末。

よく/\御情の御介抱こひねがひ候つきぬくりこと申とゞめ候巳上

   霜月十三日の朝

                         才太郎

    岸屋栄五郎様

よむうちより藤野が悲しみいふばかりなく。両眼よりなみだわき出るがごとく。只いふ詞もさだかならで物ぐるはしく見へにける。

栄五郎も不便さかぎりなく。暫く案じていふやうは。

死ぬるにも死なれぬ心の内。

推しやりて申聞す事有り。

涙をとゞめてよく聞べし。

流れをたつる身は末ひとつをたのしみとして。

さま%\心にすゝまぬけはひをもつとむる事ぞ。

あまた人つかひし中には。

よきとあしきとの志多く見来りしに。

そなた程なる女ゴらしき人を見ず。

才太郎殿の節義も感じてもあまりあれども。

此書置にくれ%\いひをかれしは。

ひたすらに我方への義理を思ひ過しての事なれば。

われさへ赦す物ならば。

且は嘆くにも及ばず。

生て成りとも死でなりとも。

是までまもりし貞女の道。

今更あやまる事なかれ。

生る死ぬるの二ツより。

外に心をみたすなと。

男をみがく亭主が一言と。

夫のおもき遺言と情の道の二筋いづれ涙に見へわかず。

只手を合せておがむばかり。

栄五郎立上りて。

女子共持仏へ燈明をあげて一本花を立かへよ。

藤野が居やる小座敷へ誰もゆく事無用。

折ふし襖ごしに用があらばと尋ねてやれと。

そこ/\に気をつけて。

仏間に入て看経の声いと殊勝なり。

藤野はそこに夢うつゝともなく。

其日の暮るまで泣倒れしが。

夫の文をくりかへし/\よみかへして。

始めて心を取なをし。

親方の前にあゆみ来りて。

さき程の御詞。

あまりなるお慈悲ふかさに冥加の程もおそろしく存ますから。

才太郎様の書置に只あなたの御恩を忘るゝなと。

くれ%\申置給ふ心と引くらべまして。

うへが上にも有がたう存ます。

其お情をくみわけまする程。

猶さら死まする所にあらねば。

遺言にしたがひ。

数ならねどもきつと御恩を送りたう存ます。

只いつまでも御見捨なく頼み上ますると。

物のわくる事。

さすがに川竹のいきぢより出て地女の及ばぬ所。

栄五郎大きに感じ入て。

何にもいやんな呑こんだ。

おどろき入し心底。

其心ならばけふよりは。

四十九日が間つとめには出さぬぞ。

小座敷へ引きこもりて。

才太郎殿の未来の為。

経を写して追善しや。

七日ごとには旦那寺の和尚をよんで。

あみだ経を供養すべしと。

残る所なき深切。

あんまり勿躰なうござりますと。

声をあげての悦び涙。

親方夫婦にたすけおこされ。

其夜より二階なる小座敷に閉こもりて。

髪すきなをし小袖をあらため。

硯を清めて机にむかひ。

昼となく夜となく。

てらす灯の思ひのけふり。

胸のあまりて空にたつを。

みせばや富士の峰にまがへて。

吾妻の方にむかひつゝ。

観音経の倭文字。

心ぼそさはかぎりなし。

月日の関路はやくも過て四十九日が内つとめおこたらず。

思ひのまゝにとふらひて。

其夜一夜を通夜にあかして。

人よりはやく起出て。

常/\よりも心かろく。

友傍輩に立交りて。

此程はすきとやうすも聞ませなんだが。

誰さんはどうぞ。

かれさんはいつ見へしかと。

笑ひたはふれて打遊ぶけはひ。

きのふと替る立ふるまひに。

親方夫婦猶/\哀れをもよほしぬ。

髪化粧いつよりもでにつくりすまして。

其夜よりのつとめ前にこゆるもてなし。

誰といふとなく此沙汰。

此里にひろがりて。

其心いきにほだしを打ぬものなく。

今は全盛ならぶ者もなかりし。

金を積ても身請せんと。

あふごとにせむる客あれども。

御志は忘れませぬ。

さら/\偽りにてお心をなぐさめまするではなけれども。

此事はかさねて申出して下さんすなと。

いくたびいふても同じいらへに。

心をいりて。

親方栄五郎へいひ入るれば。

藤野事はちと様子ござりまして。

たとへいか程の身の代を下されても。

お心にまかせつかはしまする事叶ひませぬと。

ちり灰つかずかてつけねば。

腹たてちらす客もあり。

わけこそと木折ならぬ人は粋といふたぐひ成るべし。

春秋の紋日おくりむかへて。

定めし年ンも首尾よくつとめ。八畳敷の宿〓入。

木綿布子に前だれ引きしめくだのたすきりゝしげに。

身のすぎわいは此里の女髪結。

一生やもめで身をかため。

才太郎が追善をねんごろにとふらひしは。

毛唐人の書し列女伝にも。

此かく成るはあるまじ。

扨此女かみゆいという事。

敵討御未刻の太鼓という浄るりに。

なんぼ広い大阪でも。

男のとりあげ婆と女の髪ゆいはないと書しは。

四十年そこらのむかし成るに。

何事もさかしく移りゆくは色里のすがた。

是も風流のひとつならんかし。

                 三之巻終

世間妾形気  四之巻

   目録

            心はてりふり

 第八 息子の   しれぬ狐の嫁入

            つまゝれた尾の

             玉つくりは

               親里

                奢は末の

 第九 一人娘の  かれた黄金竹

                赫夜姫にはあらぬ

                 今の世の

                小町形気

            身をしぼる

 第十 貧苦に   油扇の絵

            水の流と人の身は

             しれがたき深草の

              哥比丘

   一、息子の心は照降しれぬ狐の嫁入

諏訪の海氷のうへの通ひ路は今朝ふく風に跡たえにけり。

信州諏訪の湖水は。

年毎に三冬の時いたりて氷千尋の水底に徹りぬれば。

野狐其上をはしりて。

旅客輿馬の塗を曳。

又春気地中より冒き〓る頃。

野狐かゑりてゆきかひをとゞむとなり。

彼陰獣恩のために酬ひ。

冤を懐きてとふためし。

ふるき夜話につきずしも。

ちとせの後の鳥井数にはいさほしを立てたうとくも見へぬ。

西行が花の匂ひも日にみがくとよみたる玉造は。

家居たてせばまりて。

旅店の朝もよひ。

唐弓の弦うつ夕ぐれ。

難波の里のふるき俤も。

此わたりには残りて見ゆ。

梅はちりがてに彼岸桜の此も違へず。

天王寺の大法会。

けふしも結願とて。

六十あまりの老女の隠居めきたるが。

小僕児に巾紗物もたせて。

旦那寺の因縁ばなしに日もかたふき。

まだ春ながら野風の寒きに心せかれて。

真田山の下道をかへる薄暮の木陰より。

年の比廿二三の女房。

其美しさしほらしさ。

こきん綿に抱帯かいしよげに引結びて。

静にあゆみ来るに。

人すくなき道をばわかい女中の供もつれず大胆なと。

見かはす顔に小腰をかゞめ。

申/\御隠居様。

なれ/\しい事ながら。

あなたをお慈悲深い御方と見かけまして。

お頼み申上たき品。

一通りお聞なされて下されしうへ。

お聞届け下されますならば。

まことにうへなき御恵みと。

いと心妙に思ひ沈みたる風情。

見た所が銭銀の無心いひそうな身の廻りにもあらず。

終の見もせぬ女中のしみ%\としたお詞。

年寄に相応の御用ならば何なりとも聞きて進ぜませうに。

先其訳はと尋ねられ。

頼もしきお詞にあまへまして。

あからさまに申上ます。

かならず人にはお話下されまじ。

恥かしながら私は。

この野辺に百とせをかさねて住まする狐でござりますが。

去秋の末産ました子狐。

此ごろ人に取られました。

其子が鳥屋町へ鳥目三百文に買取られましたゆへ。

夜昼啼あかしてばかり暮しまする。

今は命も終るばかりの悲しみゆへ。

かりに人の容と成りて。

これぞと頼もしげなる人を待てをりまするに。

あなた様のお年恰好と申。

殊に後生参りのおかえりなれば。

此悲しみをおなげき申たらばと。

先程よりのお願ひ。

人ならぬ身の哀れさを御推量遊ばして。

何とぞ我を買戻して給はらば。

生々世々の御慈悲。

この御恩報じには何事にても一ッのお望みは叶へませんと。

黄なるなみだを流して頼みけるに。

老女もほろと涙ぐませられ扨/\不思議な哀れな話を聞く事かな。

子の可愛いは人間育生に替る物か。

かならず心やすかれ。

あすはいかにもその鳥屋町を尋ねて。

何程にても買戻しておませうそといはるゝに。

それはまことか。

あら嬉し。

此程のうさをけふぞ忘れ草なれ。

とてもの御慈悲にあすの暮かた。

此野まで御あゆみ下されませ。

先程も申すごとく。

此御恩には何事成りとも一品はお心にまかせ申べし。

日も暮きり候へばとて念比に礼をなして。

畦道を小走りに。

菊菜畠の中へ見へず成りにける。

供の僕児がこわがるを。

力をつけて手を引たて。

玉造りの町を横切に。

内平野町の本家に帰られけるが。

其夜は目もあはで。

明ると其まゝ手代太兵衛をひそかに呼ていひつけ。

鳥屋町をせんさくすればはたして此比生捕しとて。

子狐の繋れ居るを。

五百文より六貫までに付あげて買取り持帰れば。

隠居の悦び。

誰にもしらすなと口どめして。

我小座敷へかくし置。

なでつさすりつ食物をあたへなどして。

其日の暮やくれずより。

件の子狐を久三がふところに抱せつゝ。

真田山の下なるきのふの木陰に立やすらへば。

あんのごとく母狐。

ありし姿にて立出来りて。

物もいはず伏おがみ/\。

子狐を抱き取りて。

嬉しげ成る顔ばせにて。

地に跪きかしらをうなだれて深く恩をむくふありさまに。

隠居も大かたならぬ悦び。

先はそなたの望み叶ひてさぞ嬉しからん。

それにつゐてきのふそなたのいふた詞に。

何成りとも一品の望みは心にまかさうとありしゆへ。

其詞に付て頼みたき事有り。

其訳といふは。

わしが事は内平野町にて日光屋和三郎といふ人参の問屋なるが。

今の和三郎といふはわしがひとり子にて。

今年三十二に成りまする。

器用発明は町内の誉もの。

去年今橋辺りより嫁をもらひてもはや世に不足なき身と。

わしは隠居しました所に。

何とした仏様のばちでやら息子和三郎。

其嫁を嫌ひて。

去状つけて親里へいなしました其をこりといふは島の内の藝子に深うなじみ。

此春身うけして。

爰から程ちかき上塩町囲うてあるからの事。

此比はいつそ商売の勘定もうはの空にて。

昼夜妾の所へはいりこめて。

一向内にとては尻すはらず。

若代なり手代共も多い事。

家の主がそれでは身躰も心もとなく。

さま/\異見すれど。

唐の倭の引言に口がしこくいひぬけて取あへず。

さらば其妾を内へいれうにも。

一家世間の思はく。

茶屋者は嫁にも成りがたし。

頼むといふは爰の事。

何とぞそなたの通力にて妾と手のきれるようにして。

又外より似合しき縁組もあるやうに。

まもつてさへ下さらは此上もなき恩がへし。

きのふも旦那寺の和尚様に異見してもらひたさに。

其訳を話がてらの天王寺参り。

今は如来様も脇に成り。

此事のみ心すまず願ひこんだ後生も水にならふかと悲しうござると。

真実に子を思ふ親の慈悲。

狐も感じ入てやう/\に頭をあげ。

お心やすう思しめせそれ程に子を思ひ家を思ひての御身労。

仏神の加護ばかりにても思し召の通りに成りませいで。

此お情の御恩報じにきつと思し召にまかせまする。

かならずしるしを見すべきぞ。

今はとて立上がり野干の姿もあらはさず。

角結びの綷帯に尾をかくして。

女房ぶりしほらしく。

宵月夜の朧に真田山の方へかきうせにけり。

久三は始終を見入聞入て。

扨も替つた狐じや。

去しなには是非に箔置の杖かたげて畜生足と出かけそうなもの。

富十郎が葛の葉の正真を見る事と。

たのしんで居たのに。

中/\尻のあたりのよせ皺引のばして。

尻声もかはゆらしい鴬ごゑ。

とんと呑こまぬ女房。

あの狐の子も持ていんで薬喰にするか。

又は黒焼にして髪生薬にするのではござりますまいかと不思議がるを。

はて扨そんな悪口いふ物か。

狐は執心の深いもの。

ことに頼み置たる事もあるぞかし。かならず宿へ帰りしとてわんざん噂もすまいぞとし

かりつけ。

狐がことばを頼みに心まめしう急ぎて宿に帰りける。

実も其言瑞あるかな。

一子和三郎は。

去年のいつよりか。

ふと道頓堀の水遊びに游ぎそめて。

岩井風呂の小袖といふ芸子に。

夜昼の居つゞけ。

愚智な悋気からいひあがり。

いつそ身請の談合しめて。

身の代の三百両に。

あのゝものゝ道行に。

まきちらす山吹の道具立には埒せぬ事もなく。

先ッは此春の二の替りと親方の悦び。

眉おろさせて上塩町の座敷住居。

妾珍らしき水の出端。

宿の妻さへ去こくりての無理気まゝ。

老母のいかりも憎さ可愛さの涙川。

かゑりくるかに取ついての理詰づくしも。

うはの空ふく恋風に。

たちゐる雲の足とまらで。

我屋を旅の一夜もまれ成る枕の海。

はやくも瀬となりて。

ある朝母の看経の終るを待てかしこまり。

暫くも御心に違ひて。

段〃の不行跡やう/\始めて夢さめ。

きつと分別致し。

袖が事は早/\暇遣はして。

向後は店の勘定ぬかりなく。

せめてものお心やすめ。

是までの不孝御免下さるべし。

しかし本妻義は一旦離別状遣はしたるうへ。

我心なをせしとて。

今更あらためて呼戻す事も心外なれば。

外〃にて似合しき縁を聞たて。

天晴御安堵させます間。

何事も御宥免と本心にかへりたる和三郎が言ぶん。

隠居大きに悦び。

其心にし聞うへは。

何をか後世の障りならん。

茶屋者てさへあらずは何人の娘でもくるしからず。

一日もはやく初孫の顔を見せてたもと。

世に嬉しげなる有さま。

是こそ狐の恩がへしと其まゝ僕児下女引つれ。

玉造り真田山の稲荷へ。

御膳百燈の賽し。

和三郎は其日より。

勘定場にはへぬきの商人形気。

上塩町の妾宅は。

しばしの栄花とさめ果て。

世帯道具に片付代五十両。

いつち行けん郭公。

雲井のよそに帰りけり。

常脈のお出入医者信多快庵。

したり顔に隠居へ来り。

私存じたる西国の浪人衆。

青葉半之介殿と申が。

玉造り辺に蟄居せられてござる。

息女おたね殿と申が当年十八才にまかりなられ。

容儀発明さすがに武家の育がら。

しかも両親に孝行なる事日本の孝子伝。

金の釜の堀出し嫁。

今日和三郎様へもちよとお咄し申たれば。

手前ははなはだ気伏したれども。

母の思はくいかゞとの義ゆへ。

其まゝ是まで伺公仕つたと。

いきりかゝつて物語れば。

それはまあいかゐ御真切。

殊に系図正しき浪人衆とあれば。

娘御の行義はさぞかし。

和三郎さへ得心ならば。

私はもとよりの事。

一時もはやうとてものお世話と。

かさね%\の悦び。

又両社の稲荷様へ御湯神楽のお礼参り。

神の結びし縁にや。

結納の往来も事おさまりて。

三月廿一日は稲荷様の御縁日なればと。

婚礼の日はお母老の望みにて俄の設け。

普請上塗の干るまなき。

苗代時の風寒み。

てら/\日和に降る小雨も清めの雨といはひ哥。

むべも富けり其夜の設け。

媒人信多快庵案内にて。

舅青葉半之介夫婦。

五十有余の友白髪。

嫁の乗物舁入させて。

おの/\座につけば。

介副加への役/\の女中。

立かはり入替り。

節用集の式作法。

お供のくわい介こん蔵まで。

おめでた雑煮の腹鼓。

うつおさまりし三々九度に。

隠居の母ためつすがめつながめ入て。

よう思ひ出せば狐の子買て戻した。

真田山の白子女郎。

是は不思議とあきれた顔に。

嫁のおたねも恥かしそうに指うつむいて挨拶出ず。

いさお休みと快庵が引取つてのきり盛に。

立てゆくうしろから。

尾は見へぬかとお母老の疑ひも。

心一ツに日はたちて。

よく/\聞合せたれは。

嫁の親里青葉半之介といふは。

玉造りの黒門に。

屋根草おふる軒のつま。

よめ菜川苣たんぽゝも。

いつを春成る荷ひうりして。

青菜勘兵衛といるその日すぎ。

藝子の小袖がおやもと成るよし。

お母老はじめて夢かさめ。

これ和三郎。

嫁女の広めしやるなら。

小豆の蒸飯に油あげ七ツばかり添て配りやと。

にがり切ていひ付られぬ。

 二、一人娘の奢は末のかれた黄金竹

あかなくに月のうつなる薬もか老をかくして幾秋も見む。

錦繍万花にいはく。

后〓が慾のかぎりなく。

はからずも得し仙薬を。

ものした物がものしらるゝ。

其盗人は千年もと契りをこめし妻かねが横着。

奔月〓身月中仙とは。

不心底のうはもり。

夫を尻に敷金かなゆつすり持て来りつらん。

又赫夜姫がむかし咄し。

八月の十五夜に天津空よりむかへの輿。

帝に不死の薬をすゝめたるは。

出尻あらさぬ心妙を。

世に珍らしく書残せり。

然れども此二女がふるまひ。

むさいさもしい凡情にて誹なづをいふべき事ならじ。

我福分を以て其福分を損なう奢ものでも。

身一生にある果報なら削ても落べからず。

迂作と聞てはおとし咄しさへせぬ正直ものが。

貧乏神の中宿と成るは。

天数のまゝならぬ世の中説法僧の付こみ所。

因縁とも業障ともお口にまかせて仰らるべし。

又女は氏なうて玉味噌のあぢしらぬ身と成るは。

天地のめのこ算にはつれたやうに思はるゝぞかし。

河内の牧方天の河の辺りに。

平戸梶右衛門とて有徳なる浪人あり。

常のすぎはひに謡の指南して麦豆綿の礼物(れい

ぶつ)に。

心やすく世を渡りける。

女房のお琴ある夜の夢に。

鵲の橋の上でかけ盤で茶漬喰と見て。

お腹のかさ高くなり。

終に女の子を産落せしより。

父梶右衛門此子の名をお橋とつけて。

撫つさすりついつくしみ。

千箱の玉と育しが脊たけ延るにつれておいくろしく。

器量発明只ならぬ生れ立なれば。

父母の嬉しさかぎりなく。

此草中であらふとも。

生先をこそ頼みなれ。

紡績はおしへたとて迚も賎しきわざくれぞ。

手書物よみ瑟のくみ。

十五や六のはや覚へに。

おしゆる親がはだしにて。

逢人ごとに自慢の鼻は屋の棟よりも高かりし。

近郷のとり沙汰。

天の河の梶右衛門殿に天人を産れたげな。

いや観音の化身じやと見に来る人も多かりけり。

麦刈草引ク小娘さへ十五六ははぢけ時。

ましてやかゝるしやれ者が。

洗い磨きも小かしこく。

前うしろ見る智恵つけば。

あそこからも爰からも嫁入の口はさま%\に。

耳かしましくいひ来れど。

土百姓のふつゝかさ。

油気のなきそゝけ鬢。

娘かいや気二親がやらぬ気に。

どの談合も取あへず。色付て来たずんばい桃手折らせじとぞまもりける。

二親の思はるゝは。

とても此片里にては頼もしい聟がねも有まじければ。

京のたゞ中を聞合して。

天晴都の男ぶり。

それもゑらみに撰てと。

子に狼狽る夜の〓。

家内の下人諸道具まで。

すつぺらぽんと町の座敷をかりて引こしの明日より。

お橋が縁の事のみにて御忌御影供の人だちへ二親が引そふて娘自慢のおはの空〓。

物好小袖につくりすませし品かたち。

京にも希な雛人形。

よいや大名道具めと。

誉られた一ト言が。

梶右衛門の耳にしみ付て。

我も昔はよしある家。

一人娘をむざ/\と。

無禄の人にくれるとは。

思へば心外のいたりなりと。

それから思案が打替り。

大名目見への思ひ入。

それも余所なみ同前に。

扶持給金の望みなく。

発端からお国様といはして見たい慾目には。

誰きもいろふといふ人なく。

娘ももとが世間みずを。

あたやかしたる育がらに。

かな草子の端%\を聞はつりたるいき過者。

男ゑらみは親一倍にて。

着類手道具人遣ひも。

法慮なき栄曜沙汰。

襟垢つけばむさいとて。

あたりの人にやりちらす。

此やうな仕入染は縮緬なりやとて着らるゝかと。

噛さき引裂すね者も。

育た親があやまりにて。

異見いさめも聞ばこそ。

母のなげき梶右衛門が後悔。

愛慾に心みだれて。

かゝるてんばに仕あげしは。

親の仕付がわるさゆへ。

支離な子が可愛いと。

あの行末はどう成る事と。

縁辺の望みもどこへやら。

浪人の貯への田畑に薮のあての実も。

内証からの旱損水損。

十荷の嫁荷も着潰して。

いつの間にやら明箪笥の。

くわんともちんともいかぬあげくに。

梶右衛門が心痛にてころりと行し京の土。

母のお琴が悲しみは推量してもあまりあり。

今はさらりとつまらぬぞ。

どうする心と引よせてのとひ状に。

お橋はいかな弱りなく。

器量自慢の鼻のさき。

かく成りました事なれば。

私が身を妾奉公になりと参りまして。

お母様に不自由はさせませぬ。

お前も私も乗物で。

神参り見物に出るまでは致しませいで。

はゞかりながら案じてばし下さんすな。

君傾城に沈みてもあら/\しい打着などは。

着せます事じやござんせぬと。

小町形気のはねぎり者には取つく所もなかりけり。

さて奉公の口入には。

河原町の花屋嚊とて。

名うてのすつぱが駆あるきて。

中立売の大金持。

春木徳右衛門といふ大尽を釣かけ。

かう/\した訳ある娘御。

器量育は私が口で千日千夜申たとていひ尽されぬ美人草。

藝は万能に達してござる。

母御一人で役害なし。

其又母御の心入。

いぜんが思ひやられまする。

あのようなお子が手入らずで。

此すばやい京中にござつたは。

旦那様の御果報。

私も口入冥加に叶ひましたと申物と。

古狸が弁にまかせて。

木に餅のなるいひかたに。

それは急に見たいまで。

外へしらすな其替りに。

嬶の骨は盗まぬと。

何角なしに一角はづみ切た談合に。

いつ何日に則娘御の方へあなたを御共いたしましよ。

是も東山辺でと申たら。

京の道は石高でひろいにくいとむつかるゆへ。

左様ならばと。

御共致して参る筈に約束申て帰りました。

そりやどう成りとゝ打つれ立てほんと町の借座敷

先ツ私が案内申ましよ。

玄関へおあがり遊ばせと。

勝手口へ嚊は這入る。

春木大尽はつつほりと立て居らるゝ内より。

十四五の小〓。

先程よりお待遠にござりませう。

暫くおひかへ遊ばされませと。

時代蒔絵のたばこ盆も。

朝脈の療治人あしらいに。

いか様嚊がいふ通り。

たゞものではないわゐのと。

見ぬ恋に待退屈。

又入替りて廿ばかりの〓が。

塩瀬の巾紗に持添て。

是は御寮人の手前渋うござりますれと。

一服召上られて下さりませと指出す茶碗ものんこの赤手。

口取は大文字屋のすはま。

心ある饗応に。

是はけしからぬ高情者。

てんとたまらぬ御馳走と。

心は空に釣上られ。

今か/\と脊中には。

汗を催して待かけけるに。

旦那様お性が尽ましよと。

嬶がしらせの七度半。

繻珍の蒲団正面に敷捨て。

入る〓に引ちがえて出るお橋が勿躰。

襠さばきしとやかに。

春木が方へは目もやらず。

お内義太義とふうわりと座につけば。

思はずしらず春木大尽。

はつと頭をさげたるもおかしかりき。

お橋しとやかに。

初めての御めもじ万事は内義によろしうとばかりにて。

是蘭内義の帯が垢付ていぶせいとれぞ一筋進ぜてといひ付れば。

はいと答へて広蓋にわたり繻子の〓帯。

仕ふるしたれど初めてのしるしまで。

あなたへ御ゆるりとお休み遊ばしてと。

ついと這入て仕廻ひける。

春木大尽荒胆をぬかれ。

門口へ出るやいな。

扨嚊の咄しよりは。

見事で高情で。

近年の大堀出し。

給金はいか程でも我ら世話いたすなり。

きまつて跡から戻りやれと。

足も地につかず帰られけるが。

さつそく首尾なりて。

座敷も住馴たれば其まゝに。

手生秘蔵の箱牡丹。

比翼の鳥は閨の酒事の焼肴。

連理の枝の爪楊枝。

可愛いとしの夭とれとはこんな中をやいふならし。

されどもお橋が取じめもなき栄曜気ずいは日増夜増にて。

此蝦夷錦はあつくろしい。

浅黄印金の夏帯が拵たい。

はらげ髪には一角獣の水櫛がよからふか。

火鼠の蒲団はあたゝかそうなと。

見た人さへ希な物好には。

金の山でもくすしかねぬ妲妃褒〓が生れがはり。

さすがの大尽よはらせられて。

さりとは可愛いやつなれどあの奢にはたてあはれぬ。

妾も身躰ありてこそ。

あらしようやと逃じりにて。

花やの嬶あれはけしからぬ気ちがひ。

人の栄曜も程ある物うか/\とは世話がならぬ。

キヤマンの入レ歯してくれといふまでは。

いかな身躰もつゞきはせぬ。

江戸の店へ下つてもとらぬとなりと。

回国に出て行衛がしれぬと成りといふて逃てたも。

此後もかゝりては恐らく京にはあるまいぞ。

あら勿体なの妾やと。

身ぶるひしてさらば/\。

お橋も此手をはなれてより。

見に来る人もあるなれど。

聞合してはこり須磨の。

しほぬれ衣濡人もなく。

さそふ水さへあるぞならば。

手鍋もさげたい心でも。

浮草の根もたえはてたすたり者。

ながめせしまにふるされて。

売ぐひなれば肌さむし。

苔のころもを我にかさなん。

京もいつしか立退て。

其後はかいくれに行方もしらざりしか。

小野寺の門前に。

卒都婆屋の女房がたしか其お橋じやと。

いふた人がありしとやら。

   三、貧苦に身をしぼる油扇の絵

さま%\にかはる願ひをいのるてふひとつまことを神やうくらん。

人と生れて思ふ事なきものはなひに。

それも気のはたばりに高下ありて。

一本の枴で百貫目屋敷を荷ひ出す上根あれば。

譲りの金箱いつしかかき餅入レにする息子あり。

おのれやれと褌しめた事の。

九ツ梯子七ツはあがらるゝ物ぞかし。

恵心僧都は仏にならんとのみ願ひて胸つぼに白蓮がはへたるよし。

聖人をまねぶ人の鼻の下は日々に長く成るにたがはし。

ぬれ手て伯母の死跡のこけこみしと。

山の芋の鰻に成るはおのれしらずの理外。

気でくゑといふたとへはかいなぐりがたし。

されは男山のむかし一時をくねる女郎花の跡たえて。

髭牛房のむくつけなる名所となりぬ。

淀野ゝ真こも草五月の粽の外にはいひ出る事なし。

伏見の呉竹のみぞ職人のよるべと成るはおかし。

砂川といふ辺りに小店をかりて。

夏冬なしに油扇の絵千枚画て一匁五分。

筆の命毛はかなくも親子四人口。

さのみむさふも住あらさず。

背戸の朝顔葉鶏頭を。

目鏡ながらのなかめに渋茶のたのしみ。

心は貧しからねども。

鼻のさきの桃山のさかりを見る事なく。

大路を往来にのみ春を知りていくとせか過ぬ。

相借屋五軒いづれもきりつめし世わたり。

壁隣は六十も既にかたふく禅門。

ひとりの息子を板橋町の文珠四郎へ弟子にやりて。

今二とせの年ン明をたのしみに楊枝けづりていざり仕事いと侘し。

其隣なる寡男は烏とともに朝戸を出て高瀬の舟曳。

西隣はかんてん草にて三嶋海苔を仕出せし親仁。

井戸のはたの家は。

守随の秤竿に目をもりてこまかなる身過。

独り居の嚊なん撞木町のやり手の果にて。

今に前巾着を放さす。

なれし事とて小娘の口入。

泥町中正嶋で折ふしは弐三十目とかたまつた銀をとれば。

此借屋中にて塩物をたやさぬ暮し。

いつれこのあたりには大三十日に掛乞の声を聞ず。

氏神のまつりに挑灯出した事なし。

貧しうしてたのむといへるふる語もかゝる所にやあるらめ。

扇画工の伊右衛門もとはそとした武士の果にて貧苦にわろびれず。

二人の娘をもてり。

姉はお瓶妹は木幡とて十七と十五の春の梅桜。

いつれも器量すぐれて心たてもしほらしく。

二親に孝行なるふるまひさかしければ。

親々のいつくしみ深く。

とても我は老ゆく身。

弓も刀も望みなし。

生さきある娘には貧苦の境をのがれさせて。

人らしき者の宿の妻となすならばと。

朝夕の看経に即現長者身得度者を深く念して他事なし。

女房は煮焚の間に賃苧をうみ。

二人の娘は近所の嚊達にさそはれて。

一里にちかき小倉の里へ。

鴬の餌小魚十串さして二文。

さすがに都ちかきとてはかなきいとなみもいやしからず。

同し種にさへ心はひとつならぬ物ぞかし。

姉のお瓶は稚き時よりおとなくろしく。

神仏を信じ。

小倉通ひの道すがらに豊後橋の古道具やで。

つれ/\の鉄槌抄を十八文に買て朝夕手を放さず。

〓親の看経につゐて観音経よみならふより万にさう%\しからず。

妹のこはたは弁口ものにて。

毎日の行戻りに中正嶋の色屋の店に足をとめて。

三味線の心がけはやり諷に耳をかたふけて。

間がな透かな煙筒を取て稽古の指づかひ。

相借屋の肝いり嚊が咽ずんばいうつて。

祇園か嶋原へやらば黄な物たんとに成る代物と。

樫竿古糸かけて。

我もむかしはお町にてかぢりならひし。

五尺いよこの手拭。

よし野の山を雪かと見ればを教へ。

折がな色奉公廓の活計をうそ八百とりまぜてすゝめこまれ。

稚心に八文字がふんで見たく。

年よりは前うしろ見るいき過者。

〓親の心に叶はず何とした因果て゛あの下作者には育てしと。

女房をうらむれば。

女房は又相借屋の嚊を恨みて中よからず。

いつそ妾ものにして大名方へ出さばと夫婦談合しめて。

はじめの角を笑ひにかくして。

口入嬶をたのべば。

口が明たと嬶が悦び。

京中の妾口入をかけ廻りて。

尋ぬれば又広ひ事。

諸国の大名方より妾の器量〓好年ばいまで。

絵図にして幾口といふ事をしらず。

毎日五人三人目見へのなき事もなし。

奥御用の役人目鏡をたのみに絵図に引合わせて。

器量はよけれとも痩肉にて子はあるまじき格好とつきさませば。

あの子の母御は有馬の人で。

あちに伯母があれば湯治がてら一年もいてござつたれば。

御懐妊の所は受合ますと出ほうたい。

年ばいとて合点せず。

侍形気忠心形気。

けがな黒〓一ツちがふても大事の役目を仕損じると覚へて。

笑ふ時に歯茎が出るの。

髪の中にはすねがあるのと。

絵図あふは希なれども。

又相応にはけてゆくもおかし。

此役人第一に脇臭に鼻のはやきを手柄とする事ぞかし。

木幡もあちこちと目見へに出れど。

三筋足らぬ所ありて思はしき口もなし。

去ル北国方の高家より御注文の器量風俗。

姉のお瓶に寸ン歩も違はず。

しかも大金を出さるゝよし。

口入〓目を光らして伊右衛門夫婦に咄せば。

先ツすゝめて見ませんとお瓶をよんで。

出世なりことによりて我らも武士の家を起す事もあるべし。

そちさへ得心ならばと合点のゆくやうにいはるれど。

おかめはあぢな望みにて。

成程おまへ方の御出世の事なれば。

直にあいと申たき物ながら。

私はとかく尼に成りたい望みにて。

かね/\心に誓ひましたれば。

是ばかりは不孝の段御ゆるし下されませ。

其替りには好て居やる妹をやつて下さんせと。

よほど望みこんだ顔ばせ。

終に親にさからはぬ心入レに是一ツの事しかりもならず。

又より/\にもと其夜はいひやみぬ。

妹はもとよりきうくつな大名奉公望みにあらず。

口入嬶をもつて二親へ茶や奉公の訴詔。

浪人形気にあゐそうつかして。

とても性根魂のくさりたるめらうめ。

高家の奉公思ひもよらず。

勘当ぞと゛忿りの涙。

母親の心にて。

表は不通にしてよろしくお世話をと。

年季親判も〓親へしらさず。

嶋原の桔梗屋へ五年百両の定め。

身の代は其まゝ親方に預け置て。

娘が不自由にないやうにと。

世間ンに子を売る親とはきり替つた慈悲心も。

さすがに氏素性は恥かしき物なり。

爰に伏見にとなる深草の里に。

かすかなる庵を結びて。

観念修行の若僧あり。

三密の牀に一衣の起臥心かろく。

真如の月に煩悩を洗ひて。

あれば喰ふなければ寝る気さんじ。

末世も末法ならぬ出家なりけり。

朝ごとの頭蛇に人の門ト/\に米はよべども。

錫杖をならすばかりにて一遍の念仏をも申さず。

さゝげたる鉄鉢に一首の狂哥をはりつけたり。

  南無あみだほとけの御名のたうときもしらぬ昔が仏なりけり

かくして無言の大行を発しければ。

人みな哥比丘とよびはやしてたうとむもの多かりける中に。

伊右衛門が娘のおかめことさらの帰依にて一にぎりの奉施に無量の心をこめ。

女は罪がふかいとやら助けさせ給へと伏おがむ信心は。

年に似合ぬ殊勝さを。

哥比丘深く感じ給ひて。

おかめを見ればにつたりと打笑はせ給ふも。

いつとなく信心の実かよいて浅からぬ仏縁なるべし。

いつの年にや五月雨のはるゝ間もなく。

十日あまり降つゞきて。

吹晴す風雲さはがしく。

昼さがりより近江の吹越とて。

高波山のごとく。

宇治槙の嶋六地蔵小倉八幡も一面に。

伏見の船場問屋旅舎の軒もすでに波打よせて。

子を負ひ親の手をひき逃まどふ声あはれにも悲し。

箪笥長持桶子桶の流るゝ事を美正しく夥しく。

是は/\とあきるゝばかりなり。

折ふし西国方の大名二たかしらまで。

舟どめに四十五日の御泊り。

家中小者は日永の退くつに鑷工合のゆるぐまで。

かゝる時にこそ墨染撞木町の賑はひめづらし。

筑紫の大守萩山殿の御家老。

伊万里新左衛門といふ武士。

供人あまた召しつれて。

藤の森稲荷山へ殿の御代参にまいらるゝ道すがら。

宝塔寺前にてかの哥比丘を見るより大きに驚きて。

御行衛いかにと尋ねまいらせしにと詞をかけて走りよれば。

物をもいはず逃らるゝを。

衣の袖はやく取てうごかせず。

三ケ年いぜんお国を立退給ひてより。

大殿さま御前様の御歎き。草をわかつて御跡をしたひ参らせんと。

御附人の誰々は今に本国へも帰らず。其御歎きにつゞゐて。

弟君鶴吉様は疱瘡の御脳みをもく。

終に早世遊ばされ。

今は御代嗣も絶なんと。

猶/\御悲しみ深く。又々御有家を尋ね参らせんと。

諸家中幾組をか出し候所。

不思義に今日御顔を拝し参らす事。

御家運の尽ざると申物。

一旦の御不孝は大願の思し立。

しゐては家国を亡す極悪人同前。

いかに仰らるゝとも放すまじと。

家来を走らせ追々の注進に。

諸武士櫛の歯を引がごとし。

哥比丘涙を流したまひ。

今は大願を立んとすれば。

かへりて国の讐と成りて。

不孝の罪永劫にいたる。

よく/\三世の諸物にも見放されまいらせしとの御悔み。

すは御得心ぞと無躰に乗ものに移しまいらせ。

大殿への御対面。

御親子めでたくお国入。

舟諷ざんざめかして筑紫にくだらせ給ひけり。

御還俗めでたく一国の悦び。

大殿は御隠居なされて。

哥比丘今の御名は萩山鹿之介殿と申て。

仁義五常の明君。

かゝるありがたき御胤を一日もはやくとすゝめ申せば。

吾思ふかたありと。

伏見の砂川なるお瓶が方へ手づから御筆しめされて。

 道しるべせし深草の哥比丘は鶉となりて今ぞ音になく

いそぎまいらすべきよし。

親伊右衛門へ使者のおもむき。

おかめも不思議のゐんゑんといやおうなしに笑のまゆ。

はじめからお国御前とあをがれて御男子を設け。

よろこびに悦びをかさぬるめでたさ。

妹の木幡も伏見の古里に。

楓屋松右衛門といふ屋根板屋の有徳なる人に受出されて。

宿の妻と成りければ。

親伊右衛門の機嫌なをりて。

表むきの舅いり。

萩山殿より五百石の御とりたて。

むかしの武士にかゑりしも。

治る御代のかたり草成けり。