怪談全書巻之一

  望帝(ばうてい)(前書巳有之不及再書)

鼈令(べつれい)と云ふもの荊國(けいこく)の人なり。

死して其屍(しかばね)ながれて江水にうかび、又(また)人となりて、蜀(しよく)の國へゆく。

蜀の王望帝(ばうてい)にまみゆ。

直人(たゞひと)にあらざれば望帝、位をゆづりて、鼈令を宰相(さいしやう)として、やがて王として、望帝のがれゆく。

死後に化(くわ)して鳥となる。

其名を杜宇(とう・ほとゝきす)とし、又杜鵑(とけん・ほとゝきす)と號す。

杜鵑、子をうむとき諸鳥(しよてう)みなその子をかふ。

是はむかし蜀の王の魂なりとて、うやまひあはれむ故なり。

或は杜鵑、己(おのれ)が卵(かひこ)を諸鳥の巣の内に入れて、かはしむとも云へり。

蜀王本記(しよくわうほんき)と云ふ文(ふみ)にみえたり。

倭歌(わか)に〓(うぐひす)のかひこの中のほとゝぎすとよめるも、この事にや。

詰汾(きつふん)

柘跋詰汾(たくばつきつふん)は、北方のえびすなり。

山澤(さんたく)へ出(いで)て狩をする時、天より一つの車の下(くだ)るを見れば、みめよき女あり。

みづから天女也と云ひて、詰汾(きつふん)とあうてかたる。

翌日(よくじつ)天女云ひけるは

「我は天命(てんめい)をうけてきたれり。

明年一めぐりの時、再会(さいくわい)すべし」

とて、相別れてゆく。

詰汾(きつふん)約束のごとく、又さきの所へ行いてかりす。

彼(かの)天女あまくだりて、一人の男子(なんし)をあたへて

「是(これ)君の子なり。

子孫代々(よゝ)帝王となるべし」

と云ひをはりて去る。

其行方(ゆきかた)をしらず、此男(なん)子、つひに王となりて、神元(じんげん)皇帝と號す。

故(かるがゆゑ)に世にいひ傳へけるは

「詰汾皇帝には、しうとなし。

神元皇帝には母方(はゝがた)なし一と口ずさめり。

古今めづらしきことなり。

此神元皇帝を魏の王のはじめとす。

天下を二つにわけて江南(かうなん)を南朝(なんてう)とし、江北(かうほく)を北朝(ほくてい)とす。

北朝のはじめは北魏なり。

北魏代々(ほくきよゝ)王となりて十二代つヾき、百五十年の間、國をたもてり。

{後魏書にも北史にもあり}

王〓(わうじゆん)

後漢(ごかん)の王〓と云ふ人、或時に京(みやこ)へのぼりける路次の旅宿、人なき所にとまりけるが、一人(ひとり)病に臥せる者あるを見て甚だあはれみければ、病人(びようにん)の云ふやうは

「わが命(いのち)、片時(へんし)の間(あひだ)なり。

腰に若干(そこばく)の金(こがね)あり。

與ふべし。

よきやうにとりおき給へ」

とありしかば、王〓(わうじゆん)、いよいよあはれと思ふ。

彼(かの)病人死す。

王〓其金をわけてよく葬(はふむ)り、相殘れる金を棺(くわん)の下にをさめておく。

これをしる人なし。

王〓、後に亭(てい)の長(ちやう)となりて行くときに、たちまち馬一匹はせ來つて、亭の中に入る。

其日大風(たいふう)吹いて一つの綉被(とうひ)をおとす。

王〓あやしみて其所(ところ)の守護に申す。

守護これを王〓にあたふ。

其馬にのりて京(みやこ)へ到る。

其宿の主人見て

「この馬、いづくより來るや」

と問ひければ、王〓、馬並に綉被のことを告げ、くはしく彼(かの)病人のことをかたりければ、主人これをききて

「これ奇特(きどく)の事なり。

君陰徳(いんとく・かくれたるとく)ありて、かヽる事ある也。

かの病人は我子金彦(きんげん)と云ふものなり。

我しらずして恩をむくひず。

天より君が陰徳をあらはすなり」

と云ふ。

王〓これによりて名をあげ官位(くわんゐ)にのぼる。

{後漢書にあり}

伍子胥(ごししよ)  (此亦有前書不可再書也)

伍子胥(ごししよ)は呉王夫差(ごわうふさ)の臣也。

呉越(ごゑつ)合戦ありて越王をいけどる。

越王の臣范蠡(しんはんれい)、さま%\の謀(はかりごと)をめぐらしければ、呉王つひに越王をゆるす。

伍子胥諫むれどもきかず。

越王本國に歸り、西施(せいし)と云ふ美女をすヽむ。

呉王是を愛して政(まつりごと)におこたれば、伍子胥又いさむ。

呉王きかずして、いよ/\まどひて醉(ゑ)へるが如し。

伍子胥しきりにいさむ。

呉王いかりて伍子胥を殺し、鴟夷(しい)と云ふ皮ぶくろに入れて水にしづむ。

其靈(たましひ)果して水神となる。

其しづめらるヽ處は錢塘(せんたう)と云ふ江(え)にて、毎年八月、大(おほ)いなる潮のさす所なり。

其時、伍子胥形をあらはし白馬素車(しろきうましろきくるま)にのりて、水上にうかび出づ。

これを見るもの、皆おどろかすと云ふことなし。

伍子胥出づれば潮甚(うしほ)だ急に、なみたかうして、堤(つゝみ)をやぶり、岸をくづすこと多し。

これによりて、伍子胥を英烈君(えいれつくん)と號(なづ)けて祭るなり。

其岸の上に廟(やしろ)を立つ。

伍子胥死して後、越より終(つひ)に呉をほろぼす。

{呉越春秋並に方奥勝覧にみえたり}

淳于{林+分}(じゆんうふん)

唐(たう)の淳于{林+分}(じゆんうふん)が家の南にふるき槐樹(くわいじゆ)あり。

{林+分}(ふん)其木の本(もと)にて、友(とも)人と酒を飲んで醉伏(ゑひふ)す。

友人つれて家に帰る。

{林+分}夢にみるやうは、黒き衣きたる使者兩人来りて、「槐安(くわいあん)国王の使者也。

むかへたてまつるために来る」

と云ふ。

{林+分}車にのり使者と同道し槐樹の本(もと)にいたり、穴の中に入る。

大いなる城あり。

其門に大槐安国(だいくわいあんこく)と云ふ額をかけり。

一人の奏者出(そうしやいで)て、「{馬+付}馬遠来(ふばゑんらい)」

と云ふ。

{馬+付}馬とは王の婿となるべき者を指して云ふ詞(ことば)なり。

即ち{林+分}(ふん)を引いて殿上(でんじやう)に入る。

主人の王とおぼしくて、白衣(しろきころも)あかき冠(かむり)をきたる人、一人(ひとり)出でてまみゆ。

{林+分}これを礼拝す。

王の曰く

「我娘瑤芳(えうはう)を君にあたふべし」とて、数十人の女、音楽を奏し火をともし、{林+分}を導いて金翠(こがねみどり)をかざれる障子(しやうじ)を重々(じう/\)開き、一所(ひとつところ)にいたる。

一人の女(むすめ)あり。

金枝公主(きんしこうしゆ)と名づく。

其形(かたち)天人のごとし。

金枝公主は即ち瑤芳がことなり。

礼をなし契(ちぎり)をむすぶこと日久し。

あるとき王の曰く

「我国の南柯郡政(なんかぐんまつりごと)をからず。

君を其所(そのところ)の太守(たいしゆ)となすべし。

即ち官人に命じ、金玉錦(きんぎよくきん)を出し供奉(ぐぶ)をつくろひ車馬をとヽのへ、瑤芳をそへて同道せしむ。

其母もいでて餞(はなむけ)し送る。

瑤芳をいましめて曰く、「淳于{林+分}(じゆんうふん)、氣つようして酒をこのむ。

汝其(それ)夫婦たり。

よくやはらかにしたかび、つかへよ」

と云ふ。

既にいひをへて、南柯郡にいたる。

人々出て迎ふ。

{林+分}政(まつりごと)よきによりて郡中治(をさま)れり。

其間(あひだ)二十年に及べり。

王これをよみして{林+分}に官位を授く。

五男二女をうめり。

榮華ならびなし。

此時瑤芳病死す。

{林+分}悲(かなし)みて是を盤龍岡(はんりようかう)に葬るときに、王も夫人も臣下を召しつれ路次(ろじ)の行儀を引きつくろひて来つて是を弔(とむら)ふ。

{林+分}既(すで)に王の婿(むこ)と成り威勢(ゐせい)甚だ盛んなり。

此時俄に人の申す

「仔細ありて、王{林+分}を故郷へかへすべし。

親類に対面しかるべし。

生めるところの男女(なんによ)は、我孫のことなれば、心安(やす)かるべし」

と云つて、二人の使者を指添(さしそ)へ、{林+分}を送りて本の穴より出づ。

夢さめて見れば童子帚(どうじはヽき)を持ちて庭をはき、友人客人(かくじん)は榻(しヾ)に坐せり。

日いまだ暮れず。

{林+分}客人(かくじん)とおなじく彼の槐樹(くわいじゆ)の本(もと)を尋ね見れば、一つの穴あり。

其内ひろく、ほがらかにして人の出入(しゆつにふ)すべきほどなり。

其上に槐(くわい)多し。

城廓(じやうくわく)の形、宮殿の体(てい)に似たり。

蟻多くある事数をしらず。

其内に白き羽(はね)赤き頭(かしら)の大蟻あり。

即ち槐安国王(くわいあんこくわう)なり。

又一つの穴を通つて南へ指したる枝の方に蟻多し。

即ち南柯郡(なんかぐん)なり。

又一つの穴わだかまりて龍蛇(りゆうじや)の形の如し。

高さ一尺ばかりの墳(つか)あり。

即ち盤龍岡(ばんりようかう)なり。

{林+分}(ふん)あやしく思ひて急にその穴をふさがしむ。

其夜、風雨俄におこる。

夜あけてこれを見れば蟻みなうせて行方をしらず。

{陳翰が大槐宮記に見えたり}

  呂球(りよきう)

呂球(りよきう)と云(い)ふ人(ひと)は東平(とうへい)と云(い)ふ所(ところ)の人(ひと)なり。

富人(とみびと)にて貌(かたち)うるはし。

船(ふね)にのりて曲阿湖(きょくあこ)に到(いた)る。

風(かぜ)に値(あ)うて行(い)くことあたはず。

船(ふね)をまこもの間(あいだ)にとゞむ。

一人(ひとり)のわかき女(おんな)、船(ふね)にのり來(き)て菱(ひし)をとるを見るに皆(みな)荷葉(はすのは)を衣(ころも)とす。

呂球(りよきう)問(と)うて「汝(なんじ)は人(ひと)にあらずや。

何(なに)ゆえに荷葉(かえふ)をきる」と云(い)ふ時(とき)に女(おんな)おそるゝ色(いろ)あり。

答(こた)へて「古人(こじん)荷葉(かえふ)をさして裳(も)とする事(こと)を、君(きみ)はしらずや」と云(い)ひて、船(ふね)を廻(めぐ)らし棹(さお)をさし去(さ)らんとす。

呂球(りよきう)いそぎ弓(ゆみ)を引(ひ)き矢(や)をはなってこれを射殺(いころ)す。

即(すなわ)ち一(ひと)つの獺(かはをそ)なり。

其船(そのふね)はみな浮草(うきくさ)をあつめて船(ふね)の形(かたち)につくれり。

扨(さち)叉(さ)むかひの岸(きし)に一人(ひとり)の老女(ろうじょ)あり。

呂球(りよきう)が船(ふね)のすぐるを見(み)て問(と)ひけるは「君(きみ)さきに湖中(こちゅう)にて菱(ひし)をとる女(おんな)を見(み)ずや」と云(い)ふ。

呂球(りよきう)「その女(おんな)はやがて我(われ)があとにあり」と云(い)ひて叉(さ)矢(や)をはなって老女(ろうじょ)を射(い)る。

即(すなわ)ち古(ふる)き獺(かはをそ)也(なり)。

呂球(りよきう)この二(ふた)つの獺(かはをそ)を得(え)て船(ふね)よりあがる。

其所(そのところ)の人(ひと)、皆(みな)申(もう)しけるは「此邊(このへん)に菱(ひし)をとる女(おんな)あり。

其貌(そのかたち)人(ひと)にすぐれたる故(ゆえ)に、より/\來(き)つて人(ひと)とちぎりをむすぶ事(こと)を知(し))る」と云(い)ふ。

(幽冥録(ゆうめいろく)に見(み)えたり。)

  偃王(えんおう)

徐國(ぢよこく)の王(おう)の宮女(ぐうじょ)、懐妊(くわいにん)して卵(かひこ)を生(う)めり。

これをあやしみ不吉(ふきつ)なりとして、水邊(すいへん)にすつ。

一人(ひとり)の老母(ろうぼ)あり。

其家(そのいえ)に犬(いぬ)あり。

犬(いぬ)の名(な)を鵠倉(こくさう)と云(い)ふ。

水邊(すいへん)に出(いで)て彼(かの)卵(かひこ)をくはへ來(き)つて、老母(ろうぼ)に示(しめ)す。

老母(ろうぼ)奇特(きどく)のことなりと思(おも)ひて、あたゝめければ卵(かひこ)ひらいて小兒(せうに)あり。

まさしく偃(ふ)せり。

骨(ほね)なくして、うつぶせるゆえに偃(えん)と名(な)づく。

徐國(ぢよこく)の君(きみ)これを聞(き)いて、これを呼(よ)んでそだて養(やしな)ふ。

成人(せいじん)して智慧(ちえ)あり。

慈悲(じひ)の心(こころ)あり。

徐國(ぢよこく)の君(きみ)位(くらい)を譲(ゆず)りて政(せい)を行(おこな)はしむ。

即(すなわ)ち偃王(えんわう)と名(な)づく。

鵠倉(こくそう)病死(びょうし)せんとする時(とき)、俄(にわか)に角(つの)はえて九(ここのつ)の尾(お)あり。

元來(ぐわんらい)龍(りよう)の化(け)して犬(いぬ)となりたるならん。

偃王(えんおう)是(これ)を埋(うづ)みをさむ。

後(のち)の世(よ)に狗龍(くりよう)と〓すと云(い)へり。

{事文類聚(じぶんるいじゅう)に載(の)せたり。

偃王(えんおう)は周(しゅう)の〓王に當(あたって)〓を〓しければ〓王兵(へい)をつかはしてこれを亡(なく)す。}

  韋叔堅(ゐしくけん)

桂陽(けいやう)の太守(たいしゅ)韋叔堅(いしくけん)年若(としわか)き時(とき)いまだ官位(かんい)にのぼらず。

家(いえ)に犬(いぬ)あり。

人(ひと)の如(ごと)く立(た)ちてゆく。

家人見(かじんみ)て「凶事(きょぅじ)なり。ころさん」と云(い)ふ。

叔堅(しくけん)「この犬(いぬ)めづらし。人(ひと)のまねをすること凶事(きょうじ)にあらず」と云(い)ふ。

其後(そのご)、叔堅(しくけん)冠(かむり)をぬぎて榻(しゞ)の上(うえ)にかく。

犬(いぬ)これを戴(いただ)きて走(わし)る。

人(ひと)みなおどろき「ころさん」と云(い)ふ。

叔堅(しくけん)きいて「犬(いぬ)あやまりて冠(かむり)にふれあたる。

何(なん)の咎(とが)かあらん」と云(い)ふ。

又(また)あるとき犬(いぬ)かまどの前(まえ)にて火(ひ)をたくまねをす。

人(ひと)いよ/\あやしむ。

叔堅(しくけん)見(み)て「我家(わがや)の人(ひと)、いま田(た)にいでて耕作(こうさく)す。

犬(いぬ)其人(そのひと)の隙(ひま)なきを見(み)、火(ひ)をたくなり」と云(い)ひて、毎度(まいど)あやしまず。

かゝるところに、犬(いぬ)ほどなく自(みずか)ら死(し)す。

つひにたゝりなし。

叔堅(しくけん)果(はた)して高位(こうい)にのぼる。

風俗通(ふうぞくつう)と云(い)ふ文(ふみ)に見(み)えたり。

古人(こじん)の詞(ことば)に「怪(かい)を見(み)てあやしまざれば、其怪(そのかい)おのづから止(や)む」と云(い)へり。

げにさもあるべし。

  馬頭娘(ばとうらう)

蜀(しょく)の國(くに)のむかし蠶叢(さんそう)と云(い)ふ王(おう)あり。

五帝(ごてい)の内(うち)の少昊(せうかう)の時(とき)に當(あた)つて、蜀(しょく)の國(くに)女(おんな)あり。

其氏(そのうじ)を知(し)らず。

其父(そのちち)人(ひと)のためにとらへらる。

其家(そのいえ)に馬(うま)あり。

女(おんな)其父(そのちち)を思悲(おもひかなし)み、ものくはず。

其母(そのはは)これをうれへて諸人(もろびと)に誓(ちか)ひけるは「父(ちち)を得(え)て歸(かえ)らん者(もの)には、この女(おんな)をあたへて妻(つま)とせしめん」と云(い)ふ。

彼馬(かのうま)この事(こと)をきいてふるひ躍(をど)り、繩(なわ)を引(ひ)ききり馳(は)せていづ。

日(ひ)をへて父(ちち)の所(ところ)を尋(たづ)ねて到(いた)りければ、父(ちち)即(すなわ)ち馬(うま)にのりて復(かへ)る。

この馬(うま)いなゝいて物(もの)をくはず。

母(はは)前(まえ)の誓(ちかひ)を以(もっ)て父(ちち)にかたる。

父(ちち)是(これ)を聞(き)いて「人(ひと)に誓(ちか)ひて馬(うま)に誓(ちか)はず。

如何(いかん)ぞ、人(ひと)を畜類(ちくるい)にあはすることあらんや。

縦令(たとひ)我苦(わがく)をすくふ功(こう)ありとも、誓言(せいごん)はたてがたし」と云(い)ふ。

馬(うま)はなはだあがきくるふ。

父(ちち)怒(おこ)つてこれを射(うち)殺(ころ)す。

其皮(そのかわ)をはいで庭(にわ)にはりつく。

俄(にわか)に風吹(かぜふ)きて其皮(そのかわ)むくれあがりて、彼女(かのおんな)を卷(ま)いて、何方(いづかた)へゆくとも知(し)らず飛去(とびさ)る。

十日許過(とおかばかりす)ぎて、皮(かわ)またとび來(き)つて桑(くわ)の木(き)の上(うえ)にとゞまる。

其女化(そのおんなか)して蠶(かひこ)となりて、桑(くわ)の葉(は)を食(く)ひ絲(いと)を吐(は)きいだす。

絲(いと)を以(もっ)て絹(きぬ)をおること始(はじめ)なり。

或(ある)ときこの女(おんな)、其馬(そのうま)に乗(の)り雲(くも)を凌(しの)いで天(てん)にのぼる。

相従(あいしたが)ふ男女(だんじょ)數十人(すじゅうにん)あり。

父母(ちヽはヽ)をかへりみて「我身義理(わがみぎり)を忘(わす)れざるによりて、天(てん)より命(めい)じて天人(てんじん)となす。必(かなら)ず心安(こころやす)むべし。

重(かさ)ねて天降(あまくだ)りて什〓(じゅう〓)綿竹(めんちく)徳陽(とくやう)三所(さんしょ)にすむべし」と云(い)ふ。

是(これ)より毎年(まいとし)蠶(かいこ)をいのる者(もの)四方(しほう)より群〓(くんじゆ)す。

其後(そのご)所々(ところどころ)一此女(いちこのおんな)の像(すがた)を造(つく)り、馬(うま)の皮(かわ)衣(き)せて馬頭娘(ばとうらう)と名(な)づく。

(蜀(しょく)の國(くに)經(けい)に見(み)えたり。)

  韓朋(かんほう)

韓朋(かんほう)が妻(つま)みめよし。

康王(かうわう)これを奪(うば)ひとる。

韓朋(かんほう)大(おおい)に恨(うら)むときいて、王(おう)これをとらへていましむ。

韓朋(かんほう)いよ/\怒(おこ)って自害(じがい)す。

彼妻(かのつま)、ひそかに己(おのれ)が衣裳(いしょう)のもろきやうに調(しら)へて、王(おう)に従(したが)ひ高(たか)き臺(うてな)にのぼり、忽(たちま)ち身(み)をなぐ。

諸人(もろひと)驚(おどろ)いて衣(ころも)を引(ひ)いてあげんとすれば、衣(ころも)ちぎれて臺(うてな)の下(した)におちて死(し)す。

其帯(そのおび)をとりて見(み)れば、我屍(わがしかばね)を韓朋(かんほう)と一所(いちしょ)に埋(う)められんことを願(ねが)ふと書附(かき)けたり。

王甚(おうはなは)だいかりて別(べつ)に穴(あな)をほりて埋(うめ)む。

夫婦(ふうふ)の墳(つか)二(ふた)つ相望(あいのぞ)めり。

幾程(いくほど)なきに、梓木(しぼく)二(ふた)つの墳(つか)に生(しょう)じ、根(ね)は下(しも)に交(まじわ)り枝(えだ)は上(かみ)に連(つら)なる。

連理(れんり)の木(き)と申(もう)すべし。

又(また)鴛鴦(えんあう)ありてその木(き)に飛入(とびい)り、朝暮(てうぼ)になきかなしむ。

時(とき)の人(ひと)この鳥(とり)は韓朋夫婦(かんほうふうふ)が魂魄(こんばく)の化(け)したるなりと云(い)へり。

{捜神記(そうじんき)に見(み)えたり。韓朋(かんほう)又(また)は韓憑(かんひょう)とも号す。}

  元緒(げんしょ)

呉王孫權(ごおうそんけん)が時(とき)に永康(えいかう)と云(い)ふ所(ところ)の人(ひと)、山(やま)に入(い)りて一(ひと)つの大龜(おほがめ)を見(み)て、とらへしばりて持(も)ちて歸(かえ)る。

龜(かめ)俄(にわか)に人(ひと)のものいふごとくにて

「あしき時(とき)に出合(であ)ひて、人(ひと)のためにとらへられる」と云(い)ふ。

諸人(もろびと)きいてこれを怪(あや)しむ。

これを呉王(ごおう)にたてまつらんとて船(ふね)にのせて行(い)くとき、越里(えつり)と云(い)ふ所(ところ)に止(とゞま)る。

船(ふね)を大(おお)いなる桑樹(くわき)の本(もと)につなぐ。

其夜(そのよ)桑(くわ)の精(せい)の聲(こえ)ありて、龜(かめ)の名(な)を元緒(げんしょ)と呼(よ)んで「汝(なんぢ)何故(なにゆえ)にかくのごとくなるかや」と問(と)ふ。

龜(かめ)答(こた)へて「我(われ)とらへつながれてまさに烹殺(にころ)されんとす。

然(しか)れども何程(なにほど)の山(やま)の薪(まき)をきりてにるとも我(われ)を殺(ころ)すことあたはじ」と云(い)ふ。

桑(くわ)の曰(いわ)く「孫權(そんけん)が臣下(しんか)に諸葛格(しょかつかく)と云(い)ふ人(ひと)あり。

博學(はくがく)にして物(もの)をよく知(し)る。

必(かなら)ず我(われ)をくるしむることなかれ」と云(い)ふ。

龜(かめ)聞(き)きて「多言(たげん)して若(もし)もれば汝(なんぢ)が身(み)に災(わざわい)およばん」と云(い)ふ。

〓にして閑(しづか)におとなし。

都(みやこ)にいたりて孫權(そんけん)に進上(たてまつ)る。

孫權(そんけん)是(これ)を大(おお)いなる鼎(かなへ)に入(い)れて煮(に)さしむ。

多(おお)くの薪(まき)を燒(た)いてにれども龜(かめ)本(もと)のごとし。

諸葛格(しょかつかく)を呼(よ)んでこれを問(と)ふ。

諸葛格(しょかつかく)「これは年久(としひさ)しき桑(くわ)の木(き)を薪(まき)として烹殺(にころ)すべし」と云(い)ふ。

時(とき)に龜(かめ)をたてまつる者(もの)、先(さき)に龜(かめ)と桑(くわ)と問答(もんどう)することを言上(ことあげ)す。

孫權(そんけん)即(すなわち)彼(かの)桑(くわ)をきりよせ龜(かめ)を煮(に)るとき、やがてたゞれて煮殺(にころ)さる。

これに依(よ)りて、龜(かめ)を煮(に)るには桑(くわ)の薪(たきゞ)を用(もち)ひ又(また)龜(かめ)を名(な)づけて元諸(げんしょ)と云(い)ふなり。

{異苑(いえん)に見(み)えたり。}

  欧陽{糸+乞}(おうやうこつ)

梁(りょう)の武帝(ぶてい)の大同(だいどう)年中の末(すえ)に、欧陽{糸+乞}(おうようこつ)の兵(つはもの)を率(ひき)いて南方へ赴き長楽(ちゃうらく)という云ふ所に至り、乱を平げて深く険阻(けんそ)に入る。

{糸+乞}(こつ)が妻(つま)色白うして顔(かお)よし。

其所の人の曰く「君何ゆえに美女を携へてこゝに至るや。

此地に鬼神あり。

必ず美女を盗む。

往来(ゆきき)の人まぬかれがたし。

能くもまるべし」と云ふ。

{糸+乞}(こつ)きいて疑(うたがわ)しきながらも、夜に入って兵(つはもの)をよびて家をとりしまはし、其女を奥深くかくして下女(しもをんな)十余人をならべ番とす。

其夜事なし。

明夜(あくるよ)に及んで、風吹きて天くもり夜半すぎてしずまる。

守る者くたびれて仮寝(かれね)す。

忽ち物におそはるゝ如くにして、目さむれば女既に見えず。

門戸(もんこ)の局(とぼそ)はもとの如くにして、出づる所を知る事なし。

門外(もんぐわい)ちかく深山(しんざん)なれば尋ぬべきやうなし。

夜(よ)明けて後も其跡なし。

{糸+乞}(こつ)甚だいたく怒つて「女を得ずは歸るべからず」と誓ひ、いつはりてう病ありと云へて軍兵(ぐんびやう)をとゞめ、毎日四方を尋ね嶺(みね)を越え渓(たに)を傳ひ、険しきを凌(しの)いで是をもとむ。

月を経て百里ばかり外にて、叢(くさむら)の上にて彼女の履(くつ)一つを得たり。

雨露(あめつゆ)にぬれたりといへども履の形疑ひなし。

{糸+乞}彌(いよいよ)かなしみ彌(いよいよ)尋ぬ。

健(すこや)かなる兵(つわもの)三十人をえらび、武具を持(もた)たせ糧(かて)を負(おは)せ深山(ふかやま)にわけ入る。

十日余(あまり)ありて、我家の外(ほか)二百里計(ばかり)と思(おぼ)しき所にて、南に当つて一っの山あり。

高くしげれり。

其下に渓水(たにみず)有りて流廻(ながれめぐ)る

木を編(あみ)連(つら)ねて厳竹(がんちく)の間(あいだ)渡る時に、女の笑ひもの云ふ声はるかに聞ゆ。

苔(こけ)をなで葛(かずら)引きて上(のぼ)れば、あやしき木、めづらしき花あり。

緑の苔(こけ)生じて青きこと毛氈(もうせん)を敷くが如し。

東(ひんがし)に向つて石門(いしのもん)あり。

女数十人うつくしき衣装をきて、遊び戯(たはむ)れ歌うたふ。

人を見て驚く気色(けしき)なく、立ちどまりて「何ゆゑ来るや」と云ふ。

{糸+乞}(こつ)つぶさに其故をかたる。

彼女(かのじょ)互に相見て嘆いて「其婦人はこゝに来つて既に三月過ぎたり。

今病(やまひ)に臥して床にあり導いて見せしめん」と云ひて、其門に入る。

木を以てとびらとす。

其中廣(ひろ)うして堂の如くなる所あり。

床(ゆか)の上に綿をしく。

{糸+乞}が妻は石の茵(しとね)を重ね、さま%\の食物充(みち)満(み)つ。

{糸+乞}ちかづき見るとき、妻一目(ひとめ)みて手を振って「急ぎのけ」と云ふぃ。

其外の諸女申しけうは「我ら君の妻とこ、にあり。

其久しきものは十年に及ぶもあり。

此鬼神(きしん)はよく人を殺す。

百人兵具(ひゃうぐ)を帯(たい)し来ると云へども、制ことあたはじ。

鬼神今地行せり、其かへらざる前(さき)にはやくのくべし。

もし美酒(よきさけ)二斛(こく)犬十疋麻(あさ)敷(す)十斤あらば、我を君と相謀つて鬼神を殺さし。重ねて来らん時は、晝より後にいたるべし。

早くいたる事なかれ。

今より十日を以て日限り(ひのかぎり)とす」と約束し速にかへらしむ。

{糸+乞}聞いて急ぎ退出(しりぞきい)づ。即ち酒と犬と麻を得て、約束のごとくにゆく。

先の諸婦人、ひそかに出(いで)て語りけるは「鬼神(きしん)酒を好む。

必ず酔ふときは、己がちからをためさんとて五色の練(ねり)を以て、手足を床に結付(ゆひつ)けしむ。

一度(いちど)にをどれば絹皆ちぎる。

若(もし)三幅(ぷく)を合せて縛るときはとけがたし。

今絹の中(なか)へ麻を入れ、縄としてこれを縛らば、鬼神の力にても解くべからず。

彼が一身みな鉄(くろがね)のごとし。

只〓(ほその)下(した)五六寸常にこれをおほ>ひかくす。

此所武具を用ゆべし。」と{糸+乞}に云ひ聞かす。

又其側の一つの巖を指して「是は鬼神の食物(しょくもつ)ををさむる所なり。

此ところにかくれて、鬼神のかへるを伺ひ待つべし。

酒をば花の下(もと)に置き、犬を林中(はやしのなか)の所(ところ)所(どころ)の置くべし。

時分を待つて、まねかば出でよ」と云

{糸+乞}其教(おしへ)のごとく息をしづめて相まつ。

申刻(さるのこく)ばかりに練(ねり)の如くなるもの飛来つて、洞(ほら)の裏(うち)に入る。

暫くありてうるはしき髭(ひげ)ある男、長(たけ)六尺余り、白き絹を衣(き)、杖をついて数多(あまた)の女を引具(ひきぐ)していづ。

犬を見てをどりかかりて、是をとらへてひきさき食(くら)ふ。

飽くまで食ふときに諸女我さきにと酒をすヽむ。

歓び戯るヽこと甚だし。

漸(やうや)く飲むこと六七斗ばかりにて酔(え)ひければ、諸女其手を引いて洞(ほら)に入る。

歓び笑ふ声洞(ほら)の外へきこゆ。

やヽありて、婦人出(いで)て{糸+乞}を招く。

{糸+乞}すなはち具(ぐ)を持ちて入る。

大なる白猿を見る。

其四足(よつあし)、床(ゆか)につながれたり。

人を見て縄をとかんとすれども、解くことあたはず。

其眼(まなこ)ひかりて電(いなひかり)の如し。

{糸+乞}が兵(つはもの)競ひかヽりておこれを伐つ。

鉄石(てつまき)にあたるが如し。

戈(ほこ)を以て其臍(ほぞ)の下をさす。

刃(やいば)深く入りて血の出(いづ)る事流るヽが如し。

即ち大にさけび欺いて云(いは)くこと天の我をころせるなり。

豈汝(なんじ)が力の及ぶところならんや。

汝が妻既にはらめり。

其子を殺すことなかれ。

賢王(けんわう)に遇うて必ず其家を大いにせん」と云ひ畢って死す。

{糸+乞}其ある所の財物を探り求むるに、世間(よのなか)に希(まれ)なる物までもあらずと云ふ事なし。

賓剣二振名香数(ふたふりめいかうす){角+斗}(こう)あり。

盗みとる所の女つかまれてある者、十年すぎて色衰ふるときは行方(いくかた)をしらず。

ことにあやしき事なり。

毎朝(まいてう)手あらひ帽子(ばうし)をかぶり白き衣を著(き)、白き〓(うすもの)をうはおそひにし、寒をも知らず。

身の白毛(しろきけ)ながさ五六寸余(あま)りあり。

又古文(こもん)のごとくなる字の木札(きふだ)をよむ。

何事と云ふことを知らず。

よみをはり石の上にしさおく。

又剣を舞(まは)し身を振ふこと電光(いなびかり)の如く、其影まろきこと月の如し。

定れる食物なし。

常に菓(このみ)を食(くら)ひ尤も犬をくらふ事を好む。

その血を吸うてこぼさず。

午(うま)の時過ぎて他山(たのやま)へ飛行(とびゆ)く。

半日の間に往来(ゆきき)すること数(すう)千里、盤(くれ)におよびて必ず帰る。

日々(ひび)かくのごとし。

求むる所かならず得ずと云ふことなし。

一夕に数多(あまた)の諸女と通(かよは)した戯(たはむ)るゝこと多しといえども

残らず眠ることもなく、物云ふことも懇(ねんごろ)なり。

しかれども其形は大なる猿也。

此物既に千年の封命う(ほうめい)にて、今{玄+玄}(ここ)に死なんと云ふことをかねて知るとなし。

{糸+乞}財物(ざいもつ)珍物(ちんぶつ)諸女をとりてかへる。

其内に己が妻なりと知るものあるには、これをかへしあたふ。

{糸+乞}が妻明年子(みやうねん)をうめり。

其形猿に似たり。

梁(りやう)の世ほろぶときに、陳(ちん)の武帝(ぶてい)兵(つわもの)を伴(ともな)ふ。

故に{糸+乞}(こち)が子をかくしやしなひて、難(なん)にまぬかる。

{糸+乞}が子さがしくして、後に成人し文字を知りよく物をかきて其名をあらはす。

{江総が白猿伝に載せたり}

怪談全書巻之二

  李〓(りくわん)

唐(とう)の元和(げんわ)年中(ねんじゅう)に李〓(りくわん)と云(い)ふ者(もの)、永寧里(えいねいり)より安化門外(あんくそもんぐわい)に到(いた)る。

其路次(そのろじ)にて一の車(くるま)の過(す)ぐるを見(み)る。

銀(しろがね)を以(もち)て飾(かざ)りて甚(はなは)だうるはし。

白牛(しろうし)にかけたり。

相従(あいしたが)ふ女二人(おんなふたり)、白馬(はくば)に乗(の)り白衣(ころも)を著(いちじるしく)てかほよし。

李〓(りくわん)の子(こ)なれば法度(はっと)を知(し)らず、相(あい)したがひ行(い)く。

日暮(ひく)れんとするときに騎馬(きば)の女(おんな)申(もう)しけるは「君(きみ)いま我等(われら)を見(み)るや賎(いや)しうして醜(みにく)し。

車(くるま)の内(うち)にある人(ひと)こそいとよけれ」といひければ、李〓(りくわん)「見(み)んことを求(もと)めん」と云(い)ふ。

彼女(かのじょ)馬(うま)をはやめ車(くるま)に近(ちか)づき、笑(わら)って李〓(りくわん)をかへり見(み)て云(いは)く「我(われ)すでに車(くるま)の内(うち)へ申(もう)しき。

付(つ)いて来(きた)りたまへ」と云(い)ふ。

李〓(りくわん)慕(した)ひゆく。

異香(ことなるか)の芬々(ふん/\)たるをきく。

日(こ)くれて奉誠園(ほうせいえん)に到(いた)る。

かの女(おんな)いひけるは「車(くるま)の中(なか)の人(ひと)、この東(ひがし)に〓居(すまい)す。

君(きみ)は暫(しばら)くここにやすらひ玉(たま)へ。

己(おのれ)やがてきたり迎(むか)わん」と云(い)ふ。

李〓(りくわん)馬(うま)を路次(ろじ)に留(とど)めてこれを待(ま)つ。

暫(しばら)くありて、一人(ひとり)の女(おんな)門(もん)を出(いで)てこれを招(まね)く。

李〓(りくわん)が人馬(じんば)を安邑里(あんいふり)に遣(つかい)して宿(しゅく)せしむ。

夜(よる)に入(はい)って年(とし)十五六(じゅうごろく)計(ばかり)の女(おんな)みめよきが、白(しろ)き衣(ころも)を着(き)て出(いで)てまみゆ。

李〓(りくわん)歡喜(よろこび)の餘(あま)り止(とゞ)まって一宿(ひとやどり)す。

夜明(よあ)けて出(いづ)れば、己(おのれ)が人馬(じんば)きたりて門外(もんがい)にあるを見(み)る。

即(すなわ)ち暇乞(いとまごい)して歸(かえ)る。

李〓(りくわん)家(いえ)にかへりて俄(にわか)に腦痛(なづきいた)む。

暫(しばら)くの間に益々(ます/\)痛(いた)む。

辰巳(たつみ)の刻(こく)の間(あいだ)に至(いた)って脳(なう)敗(やぶ)れさけて死(し)す。

家人(かじん)あわて驚(おどろ)いて「昨夜(さくや)宿(やど)せる所(ところ)はいづくぞ」と問(と)へば、供奉(ぐぶ)の人(ひと)具(つぶさ)に云(い)ひけるは「李〓(りくわん)は異香(いこう)をきくと申(もう)されけれども、我(われ)らが鼻(はな)には腥(〓)き匂(にほい)はなはだしかりき」と云(い)ふ。

家人(かじん)いそぎ人(ひと)を相具(あいぐ)し昨夜(さくや)の處(ところ)へ行(い)きて見(み)れば、枯(かれ)たる槐樹(くわいじゅ)の中(なか)に大蛇(だいじゃ)蟠(わだかま)りたる跡(あと)あり。

其樹(そのき)をきりてほりうがてば大蛇(だいじゃ)はやにげて見(み)えず。

數多(すうた)の白(しろ)き小蛇(こへび)ありけるを皆(みな)打殺(うちころ)す。

又(また)李〓(りくわん)と云(い)ふ人(ひと)、蛇(じゃ)の化(か)して女(おんな)となりてたぶらかしける時(とき)は、家(いえ)に歸(かえ)って病(やまい)に臥(ふ)し、もの云(い)ふうちに、衾(ふすま)の内(うち)、その身(み)冷(ひやゝか)にきえうするとき、人(ひと)其衾(そのふすま)をかゝげて見(み)れば水(みず)たまりて、李〓(り〓)が頭(かうべ)ばかりきえ残(のこ)りけるとなん。

(説淵(せつえん)に見(み)えたり)

  歙客(せふかく)

歙客潜山(せふかくせんざん)を行過(ゆきす)ぐるとき、蛇(へび)の腹(はら)腫(は)れふくれて、草(くさ)の内(うち)をはひもろよふ。

一(ひと)つの草(くさ)を得(え)てこれを咬(か)みわりて、腹(はら)の下(した)に敷(ひ)いてすりければ、脹滿(ちゃうまん)いえて常(つね)の如(ごと)し。

蛇(じゃ)走(わし)りさる。

客(かく)の心(こころ)に此草(このくさ)は脹滿腫毒(ちゃうまんしゅどく)を消(しょう)する藥(くすり)なりと思(おも)ひとりて、箱(はこ)の中(なか)に入(い)れおく。

一夜(いちや)旅宿(たびやど)りするとき隣(となり)の家(いえ)に旅人(たびびと)ありて病(やまい)痛(いた)む聲(こえ)きこゆ。

客(かく)ゆいてこれを問(と)へば「腹(はら)はりて痛(いた)む」云(い)う。

即(すなわ)ちかの藥(くすり)を煎(せん)じ一盃(いっぱい)のましむ。

暫(しばら)くありて苦痛(くつう)の聲(こえ)なし。

やまひいえたりと思(おも)へり。

曉(あかつき)に及(およ)んで水(みず)の滴(したゝ)るこゑあり。

病人(びょうにん)の名(な)を呼(よ)べども答(こた)へず。

火(ひ)を曉(とも)してこれを見(み)れば、其人(そのひと)の血肉(ちにく)皆(みな)とけて水(みず)となり、骨(ほね)ばかり残(のこ)りて床(ゆか)にあり。

客(きゃく)おどろきあわて、未明(みめい)に走(わし)り行(い)く。

夜明(よあ)けて亭主(ていしゅ)これを見(み)て其(その)故(ゆえ)を知(し)ることなし。

其(その)のこる所(ところ)の藥(くすり)入(い)れたる釜(かま)みな黄金(おうごん)となる。

不思議(ふしぎ)のことなり。

潜(もぐ)るに彼人(かのひと)の骨(ほね)を埋(うず)む。

年(とし)を経(へ)て赦(しゃ)をおこなはれければ、彼客(かのかく)歸(かえ)り來(くる)って此事(このこと)を語(かた)るゆゑに、世人(よのひと)傳(つた)へきけり。

(春渚(はるなぎさ)記聞(きぶん)に見(み)えたり)

彼蛇(かのじゃ)は小兒(せうに)を飲(の)んで腹(はら)ふくれたるなるべし。

此草(このくさ)は人(ひと)をけすくすりなるべし。

本草網目(ほんさうかうもく)に海芋(かいかん)と云(い)ふ草(くさ)を練(ね)りて黄金(おうごん)に作(つく)ると云(い)へり。

此草(このくさ)の事(こと)にや。

  帳守一(ちゃうしゅいつ)

帳守一(ちゃうしゅいつ)大理(だいり)となる。

大理(だいり)は訟(うつたへ)を聞(き)き罪(つみ)科(とが)を定(さだ)むる官(かん)なり。

守一(しゅいつ)慈悲(じひ)ありて死罪(しざい)に行(おこな)うべき者(もの)を云(い)ひことわり、ゆるし放(はな)す者(もの)おほし。

或(ある)とき白髪(しらが)の翁(おきな)あり。

來(くる)って守一(しゅいつ)を拜(はい)して云(いは)く「己(おのれ)は生(い)ける人(ひと)にあらず。

大理(だいり)のあはれみによりて、死罪(しざい)をゆるされたる者(もの)の父(ちち)なり。

其恩(そのおん)を報(はう)ずべき様(やう)なし。

若し(もし)のぞみ求(もと)むることあらば是(これ)をかなへん」と云(い)ふ。

此時(このとき)天子(てんし)勅(ちょく)ありて〓(ほじし)を諸人(もろびと)に賜(たま)はることあり。

其所(そのところ)の男女(だんじょ)多(おお)く出(いで)て見物(けんぶつ)す。

守一(しゅいち)その中(なか)の美女(びじょ)を見(み)て、これを得(え)んと思(おも)へども便(たより)なし。

前(さき)の翁(おきな)を呼(よ)んで「如何(いかが)すべき」と問(と)ふ。

翁(おきな)「これは安(やす)き事(こと)なり。

然(しか)れども參曾(まじはりあ)ふこと七日(なのか)の間(あいだ)過(す)ぐべからず」とむ云(い)ふ。

即(すなわ)ち閑(しずか)なる所(ところ)をえらび幕(まく)をはり帳(ちょう)を設(〓)く。

軈(やが)て彼女(かのじょ)きたる。

驚(おどろ)いて「こゝは何(いず)れの所(ところ)ぞ」と云(い)ふ。

守一(しゅいつ)と翁(おきな)と其側(そのそば)にあり。

女(おんな)を欺(あざむ)いて「此所(このところ)は天上(てんじょう)の淨(きよ)き所(ところ)なり」と答(こた)ふ。

やがて守一(しょいつ)と相通(あいつう)じ悦(よろこ)び交(まじわ)ること甚(はなは)だし。

七日(なのか)に至(いた)って翁(おきな)きたりて其目(そのめ)を〓(お)うて送(おく)りかへす。

守一(しゅいつ)潜(ひそか)にかの女(おんな)の家(いえ)を伺(うかが)はしむれば、其家人(そのけにん)言(まう)さく「我家(わがいえ)の女子(じょし)病(やまい)なく頓死(とんし)して、人(ひと)を見知(みし)らざること七日(なのか)ありて蘇(よみがえ)る」と云(い)ふ。

彼翁(かのおきな)は幽霊(ゆうれい)なり。

此女(このおんな)にてとりつきけるなるべし。

{異聞録にあり}

  姚生(えうせい)

唐(とう)の姚生(えうせい)と云(い)ふ人(ひと)、御史(きよし)の官(かん)をやめて蒲邑(ほいふ)と云(い)ふ所(ところ)に居(を)る。

子(こ)一人(ひとり)甥(おい)二人(ふたり)あり。

壯年(そうねん)まで愚(おろ)かなりければ、教(をし)ふれどもあらためず。

條山(でうざん)の陽(みなみ)に庵(いほり)を結(むす)びて三人(さんにん)をつかはし、世間(よのなか)の交(まじはり)をとゞめて学問(がくもん)せしむ。

姚生(えうせい)戒(いまし)めて「一年(いちねん)に三度(みたび)その藝(げい)のすヽむをためし見(み)ん。

若し(もし)学問(がくもん)すヽまずんば杖(つゑ)にて打(う)つべし。

必(かなら)ずおこたるな」と云(い)ふ。

三人(さんにん)山(やま)に入(はい)り、其二人(そのふたり)は書(しょ)を見(み)ることなし。

只(ただ)いたづらに日(ひ)をおくる。

數月(すつき)ありて其一人(そのひとり)申(まう)さく「試(こころ)みられん時(とき)いたれり。

如何(いかん)」と云(い)へども、二人(ふたり)承引(しょういん)せず。

ある夜(よ)燈(ともしび)をともし書(しょ)をよむ。

時(とき)に其(その)裘(かはごろも)のすそを引(ひ)くものあり。

襟(もすそ)すでにたるれば引(ひ)く者(もの)あり。

かへりみれば、ちひさき豚(いのこ)なり。

其形(そのかたち)白(しろ)うして玉(たま)の如(ごと)し。

〓書界方(〓しょかいほう)はぶんちんの事(こと)なり。

豚(いのこ)おどろき走(わし)る。

三人(さんにん)とみに火(ひ)をたて尋(たず)ぬるに堂内(どうない)戸(と)ざしけれ〓豚(いのこ)のゆく處(ところ)みえず。

明日(あす)騎馬(きば)の人(ひと)來(くる)って門(もん)をたヽき、〓(むち)をはさみ入(はい)って三人(さんにん)に向(む)かって云(い)ひけるは「夫人(ふじん)の使者(ししゃ)なり。

昨夜(さくや)我(われ)小兒(せうに)、あやまりて君(きみ)にうけたれけども其(その)疵(きず)はやいえたり。

氣(き)づかひすることなかれ」三人(さんにん)挨拶(あいさつ)す。

訝(いぶか)り思(おも)ふ處(ところ)に、又(また)かの小兒(せうに)を抱(いだき)來(きた)り乳母(めのと)かしづきの者(もの)數人(すうにん)傳語(ことづて)あり。

「小兒(せうに)恙(つつが)なし。

故(ゆえ)にこれをみせしむ」と。

眉(まゆ)より鼻(はな)に至(いた)るまで赤絲(あかいと)ひきたるが如(ごと)し。

界方(かいはう)の簾(かど)のあたれる跡(あと)なり。

三人(さんにん)いよ/\恐(おそれ)る。

使者(ししゃ)乳母(めのと)これを慰(なぐさ)めんとて詞(ことば)をやはらぐ。

暫(しばら)くありて夫人(ふじん)自(みずか)ら來(きた)ると云(い)ふ。

三人(さんにん)退(しりぞ)きにげんとする時(とき)、奴僕(ぬぼく)〓(〓)に紫衣(しえ)の者(もの)數十人(すうじゅうにん)ばかり至(いた)る。

屏風(びょうぶ)しとね蓆(むしろ)、かヾやくばかりなるを持(もち)來(くる)って、異香(いこう)さかんなり。

一(いち)の車(くるま)の幕(まく)ひき青(あお)き牛(うし)にかけたる飛(とび)來(きた)る。

騎馬(きば)數百(すうひゃく)前後(ぜんご)に相(あい)したがひ、門(もん)に至(いた)って車(くるま)より下(お)れり。

即(すなわ)ち夫人(ふじん)なり。

三人(さんにん)再拜(さいはい)す。

夫人(ふじん)にこやかに笑(わら)って「小兒(せうに)不慮(ふりょ)に來(くる)ってうたるれども苦(くる)しからず。

其(それ)恐(おそ)れあらんと思(おも)う故(ゆえ)に、我(われ)來(くる)って慰(なぐさ)む」と云(い)ふ。

夫人(ふじん)年(とし)三十餘形(さんじゅうよけい)しづ%\として神妙(しんみょう)なり。

何人(なんびと)と云(い)ふことを知(し)らず。

「三人(さんにん)皆(みな)妻(つま)ありや」と問(と)ふ。

「皆(みな)いまだ娶(めと)らず」と答(こた)ふ。

夫人(ふじん)きいて「我(われ)三女子(みたりのむすめ)あり。

生(うま)れつき悪(あし)からず。

三人(さんにん)にあはせん」と云(い)ふ。

三子(みつご)再拜(さいはい)す。

夫人(ふじん)即(すなは)ち三子(みつご)のために家(いえ)を三(みっ)っ作(つく)る。

程(ほど)なく結構(けっこう)し成就(じょうじゅ)す。

明日かの三女車に乗来(のりきた)る。供奉(ぐぶ)の奇麗目を驚かし、ひかりかゞやき香気芬々(ふん/\)たり。三つの車よりおる。皆年十七八。夫人これを引いて堂にのぼせ、又三子を呼んで婚礼をなす。酒肴(さけさかな)菓子(くわし)種々多し。世間にある類(たぐひ)にあらず。此夕三子三女ともに夫婦となる。夫人こゝにおいて三子に云へらく

「人の宝とする処は命なり。願ふ所は富貴なり。此事百日もらさずは、三子を長命ならしめ高位をきはめしめん」

三子拝謝(はいしや)す。

「但(たゞ)この婚礼によりて学問すたれば、姚生(ゑうせい)が杖にあたらんことを愁ふ」

と云ふ。夫人きいて

「三子心(こゝろ)やすかるべし。学にすゝまんことかたからず」

と云ひて、文宣王(ぶんせんわう)と大公望(たいこうばう)とを招請(まねきこ)ひ文武の道をならはしむ。三子やがて学業のぼりて心さがしくなり、又たましひさわやかに開けて諸事くらからず。天下の大臣とも大将ともなるべき才智あり。かゝる所に姚生が使者粮(かて)を贈る。其体(てい)を見て大に驚き、はしり帰る。姚生その故を問ふとき、使者具(つぶさ)に三子の屋宅(をくたく)華麗の形、相したがふ人々多き事をかたる。姚生きいて

「是たゞごとにあらず。必ず山中ばけ物の迷はせるならん」

と云ひて、急ぎ三子を呼ぶ。三子ゆかんとする時夫人これを戒めて

「必ずいう事なかれ。縦(たと)ひ姚生杖にて打つとも愼(いか)つても、もらすな」

と云ふ。既にして三子到る。姚生そのさがしくなりたると見て、「汝ら山にありて物(もの)の怪(け)につきたるならん。何(いか)なる鬼神なるや」

と問ふ。三子不答(こたへず)。また問へども云はず。頻になじれども不語(かたらず)。つひに杖を以ていくらとも知らずこれを打つ。三子苦痛にたへかねて、具(つぶさ)に始終をもらす。姚生宅(いへ)に三子をとらへおく。姚生が家に一人の老儒(らうじゆ)あり。姚生これを呼んで告ぐ。其人おどろきて

「大なる奇事なり。君何ぞ三子をはたらんや。三子この事をもらさずは、大臣将相(しやあ/\)となりて人臣の位をきはむべし。今既(すで)にもらせり。命(いのち)なる哉」

と云ふ。姚生

「何ゆゑぞ」

と問ふ。時に

「我この比(ごろ)、織(しよく)女〓女須(しゆ)女の三の星を見るにみな光なし。

是三の星人間に下りて三子に福(さいはひ)を興へんとす。然るに三子今この天機をもらせり。三子僅に禍(わざはひ)をまぬかれなば幸なり」。其夜老儒(をうじゅ)姚生と共に三星を見るに光なし。姚生即ち三子をゆるして遣はす。三子山に帰つて三女にあふ。三女はじめより少しも見知らざるさまなり。夫人これを責めて「三子何ゆえに我言を用ひずして、人にかたりもらせるや。三子と永く別る」と云ひて、一盃の湯を飲ましむ。三子これを飲んで愚(おろか)に暗くなること本(もと)の如し。一つもおぼえ知ることなし。先の儒者又姚生に語つて「三星獪人間にあり。此地に遠からず」と云ふ。又潜(ひそか)に其親類にかたりけるは「此三星今河東(かとう)の張嘉貞(ちやうかてい)が家にあたれり」と云ふ。その家終(つひ)に三世将相たり。{説淵にあり}

  潤(じゅん)玉(ぎょく)

梁(りやう)の世に呉興(ごこう)の沈警(ぢんけい)と云ふ人あり。

よく詩を作ってうたふ。

人皆うやまふ。

梁の世亡(ほろ)びて周(しう)の代となりて官位に昇り、秦隴(しんろう)と云ふ處へゆく。

道に張女郎(ちゃうぢょらう)の廟(べう)あり。

張氏のむすめ死して其霊を祭る處なり。

旅人(たびびと)多く酒肴(さけなかな)をそなふ。

沈警(ぢんけい)は水をたむく。

日すでにくれて旅宿(たびやど)にあり。

月を見て歌うたふ時、簾外(みすのそと)にこれをほむる聲あり。

誰と怪しむ所に二人の女すだれをあげて入って、「張女郎が妹(いもと)の使なり」と云ふ。

警(けい)、謝(しゃ)せんとするに、はや女二人来って、「遠路(とほぢ)の旅いかん」と勞(ねきら)ふ。

警「我旅宿(たびやど)のさびしさに聊(いさゝか)詠吟(えいきん)して慰めり。

不思議に女郎の来臨せんとは」二女相ともに笑ふ。

大女申さく「我は張女郎が妹なり。

廬山(ろざん)の男子の妻なり。

小女は衡山府君(かうざんふくん)のよめなり。

我妹なり。

今来って張女郎をとぶらふ。

偶(たま/\)他行(たきゃう)せり。

山中かすかにして閑(しづか)なる夜なり。

我家へきたれ」と云ひて、警が手を取りて門を出、同車して行く。

車を引く馬、はやきこと飛ぶが如し。

はなやかなる家に至る。

警(けい)一つの水門にとゞまる。

吹きくる風の匂(にほひ)さかんなり。

其あたりの粧(よそほ)ひ金玉を以てかざりせり。

暫くして大女郎小女郎共に羊(ひつじ)の車にのりて、水閣(すいかく)のうしろよりきたる。

酒肴(さけさかな)をそなへて警をもてなし管弦(くわんげん)をなす。

尋常(よのつね)の音曲にあらず。

又琴をひき歌うたふ。

大女となふれば小女もうたふ。

警も亦(こえを)助(たすく)音。

音樂漸(やうや)くをはるとき警屡(しば/\)小女を目がれせずして「潤玉

(じゅんぎょく)思ふべし」と云ふ。

潤玉は小女の名なり。

大女これをきいて「履(くつ)もちきたれ」と呼べば、人履(くつ)を取りて出づ。

門をいづるとき、大女云ひけるは「潤玉(じゅんぎょく)沈警と同じくいねよ」と云ふ。

警大(おほい)に悦んで内に入る。

おもと人はや臥具(ぐそぐ)を設(まう)く。

二人の歓(よろこび)甚だ深し。

私語(さゝめごと)半(なかば)なる時おもと人進んで申さく「月に妬(ねたみ)の

色あり。織女にたのもしげなし。

天河(あまのがは)あけなんとす。

時いくそばくぞや。

物語をやめてしづまり玉へ」と云ふ。

警と小女郎と共に臥す。

いと眤(むうま)し。

夜あけんとする時、小女おきて警と共にたてば、大女既(すで)に門に立つ。

警即ち小女を抱(いだ)いてかへす。

軈(やが)て別を告げて互に涙を流す。

警指環(しくわん)を小女金縷結(きんろうけつ)を警に返報(へんはう)す。

大女瑤(たま)の鏡を警におくる。

其相ともに贈答(ぞうたふ)する詩多し。

二女警と門を出(いで)て、車にのりて張女郎の廟(やしろ)に至って、互に手を把(と)って啼(な)いて別る。

警すなはち館(たち)に歸って懐中(ふところのうち)をさぐれば、瑤鏡(たまのかゞみ)金縷結あり。

警この事を主人にかたる。

聞くもの皆あやしむ。

其後再び廟中(べうちう)に至って、神座(しんざ)のうしろにて碧牋(へきせん)を得たり。

小女郎の沈警(ぢんけい)へよせたる書なりとなん。

{説淵に見えたり。大平広記にもあり}

  中山(ちうざん)の狼

晉(しん)の大夫(たいふ)趙簡子(てうかんし)中山に獵(かり)す。

鳥獸(けだもの)を得ること多し。

一つの狼あり。

人の如く立ちて啼く。

簡子箭(や)を放ってこれを射る。

狼其矢にあたりながら走ってにぐ。

簡子怒ってこれを逐ふ。

風塵(ふうぢん)くらく吹いて人馬をわきまへざれば、狼のある所をしらず。

時に東郭(とうくわく)先生驢馬にのり、書を嚢(ふくろ)に入れて路次にてゆき逢ふ。

狼人のごとく物云ひて「東郭(とうくわく)先生我をたすけよ。

急ぎ其嚢(ふくろ)の裏(うち)び入らん」と云ふ。

先生書物を取出し

狼を嚢(ふくろ)の裏(うち)に入る。

頚(くび)をしヾめ尾をまげ四足をつヾめてこれをかくす。

獵人(かりうど)のおひ来るもの其(それ)近し。

先生嚢(ふくろ)の口をくヽり、驢(むま)を引いて路の邊(ほとり)にのく。

簡子(かんし)狼を尋ね来りて、先生に向って「汝狼のある所を知るべし。

申さずんば汝をきらん」と云ふ。

先生平伏して「知らず」と答ふ。

簡子車をめぐらして歸る。

漸く程(ほど)遠くなりければ狼いひけるは「早く嚢(ふくろ)のうちより出べし。

縛られたる繩を解くべし、矢を拔くべし。」

先生嚢(ふくろ)を開いて狼を出す。

いかりほえて云ひけるは「先生我をたすくといへども、我甚だうえたり。

先生の身を惜まず。

我にくはれて我命を救ふべし。

若(もし)しからずは、獵人(かりびと)に殺されんも、飢えて死なんも同じ事なり」とて、口を開き爪を振って先生に向ふ。

先生あわてヽ手を擧げてこれを禦(ふせ)ぐ。

互に草伏(くたび)れて息(いき)つぎあへり。

先生心に思ふやうは、日もし晩れば狼の同類(どうるい)来りて、我をくらはんこと疑なし。

こヽにおいて狼を欺きて「凡人(およそ)は老人に逢うて疑を決す。

我をくらはんこと理非如何(いかん)か問はん」と云ふ。

狼歡(よろこ)んで同道しゆく。

狼うえて舌を出し、早く先生をくらはんとて、路次(みちのほとり)の老木を指して、「とへ」と云ふ。

先生「これは無智の草木也。

問ふとも益なかるべし」狼しきりに「とはば必ず答へん」と云ふ。

先生これに問ふ。

老樹こえありて云く、「狼汝をくらふべし。

我は是杏(あんず)なり。

主人一つのさねを植えて、生じて三年實(み)を生ず。

それより主人家人までに我實(み)をくらふ。

又我實を賣りて利潤(りじゅん)を得たり。

今大木となる。

主人我枝をきりて薪(たきヾ)とし、又我を斬って材木とせんとす。

主人我を植えたる恩あれども我をきりそこなふ怨(うらみ)あり。

然らば先生狼に恩あれども、狼また先生にのぞむ所あらん」と云ふ。

狼聞いてをどりかヽりて先生をくはんとす。

先生「これは草木なり。

人の老いたる者に問はん。

急にくらはれんや」と云って、又同道し行く。

狼一つの牛を見て「これに問へ」と云ふ。

先生「これは畜類なり。

たとひ問ふとも益なからん」と云ふ。

狼しきりにすヽむ。

先生また事の子細をのべてこれを問ふ。

老年(らうぎう)答へけるは「狼汝を喰(くら)ふべし。

如何となれば我が少(わか)き時力つよし。

主人我愛してよく養ふ。

耕作(かうさく)するとき力を出(いだ)す。

又我に車をかけ、重き物を積んで引かしむ。

一年中の衣食我によりて調(とヽの)へ、年貢(ねんぐ)課役(くわやく)われによりて償(しゃう)す。

今我が老いたるを見て野外にすつ。

骨やせて石の如く、涙(なんだ)いでて露のごとく、涎(よだれ)たれて拭ひがたし。

皮毛(かはけ)はげて疵いまだいえず。

主人其妻と相謀つて、我肉をば脯(ほじし)にすべし。

皮をば滑(なめし)にすべし。

骨角(ほねつの)をば切磋(きりみが)きて器(うつはもの)にすべし。

やがて屠(き)るべしと聞ゆ。

然らば我主人に功あれども、主人却って我を殺さんとす。

先生狼に恩ありとも、狼先生を食ふべし」狼聞いて又進んで先生を食はんとす。

先生「何とてあわてたるや。

只いま老人白髪にて杖をつき来るあり。

これを問はん」と云ふ。

即ち進んで跪きて此事の始終を語る。

其上草木に問ひ老牛に問ふ事をも申す。

老人これを聞いて杖を以て狼の脛(はぎ)を叩(たヽ)き「汝あやまてり。

人の恩を受けてそむくは惡事なり。

速に退くべし。

退かずんば汝を打殺さん」と云ふ。

狼色(いろ)を〓じて云(いは)く「老人その始終を知りたまはず。

先生はじめ我を助くるときに、我足を嚢(ふくろ)の裏(うち)におしこめて息を出(いだ)すこと不能

(あたはず)。

また詞(ことば)ながくたりこと云ひて趙簡子(てうかんし)と問答(もんだふ)し、我を譏(そし)ること久しく時刻をうつす。

其心は我を嚢(ふくろ)の裏(うち)に殺して我を市に賣らんとするなり。

然らば先生を食ふべし」老人これを聞いて、先生に向ひて「かくのごとくんば、狼の云ふところいはれなきにあらず。

互に問答して勝たんと云ふ事不審也。

其ふくろに入るときの形(かたち)、苦しかりきや見んと思ふ。

今再び嚢に入れ」と云ふ。

狼うなづきて「入らん」と云ふ。

先生嚢にこれを入れて縛ること始の如し。

老人〓いて云く「匕首(ひしこ)ありや」先生「これあり」と云ひてひ匕首を出す。

老人先生に目を成(な)して狼を刺さしむ。

先生猶豫(ゆよ)して刺すこと能はず。

老人大に笑って、「この狼恩を背(そむ)き汝を食はんとす。

然るをこれを殺しかぬるは慈悲なりと云へども、大なる愚なり」と云ひて、手を擧げ、先生と共に刃(やいば)をとりて、狼を刺殺(さしころ)し、路の上(ほとり)にすてヽ去る。

匕首(ひしゅ)は劍(つるぎ)の名なり。

  魚服(ぎょふく)

唐(たう)の乾元(けんげん)二年に、せつ薛偉(せつい)と云ふ人病に伏して七日、忽ち息たえて死せるが如し。

頻りに呼べども答へず。

心胸(むね)すこし温(あたヽか)なればこれを葬るに〓びず。

人皆とりまはしてこれを守る。

二十日過ぎて生きておきあがる。

其守る人に向って、「我目をまはすこと、幾ばくの日ぞ廿日になりぬ」と答ふ。

また問ふ「各(おの/\此間鯉魚(あひだりぎょ)を殺すや。

其鯉魚は即ち我なり」と云ふ。

諸人驚きて其子細を問ふ。

〓偉(せつい)答へけるは「我(われ)病気の時熱気〓だしうして耐へがたし。

涼しからん〓を求め、杖を衝(つ)いて行く。

既に出て快き〓篭中(かごのうち)より鳥の出たるが如し。

〓く山に入る。

草伏(くたび)れて水辺に到る。

水の清きを愛して水に入っておよぎ遊ぶ。

側(かたはら)に一つの魚あり。

相共に水泳ぐ。

暫くありて人の形なる者、鯨(げい)に乗って出来(いできた)る。

相したがふ魚(うち)多し。

「河伯(かはく)の使者なり」と云ひて我と同じくあそび〓る。

此時我身を見ればひれうろこ生じて既に魚の如し。

諸方の名所の江湖(ごうこ)あまねく行かずと云ふ所なし。

我を名づけて東潭(とうたん)の赤鯉(せきり)と〓す。

〓に飢えて物をはまんを思ふ。

時に趙幹(てうかん)が釣(つり)の餌香(えかんば)しかりければ、これをはまんとす。

然れども我は人なり。

かりそめに魚となりたり。

釣(つり)をのむべからずと思ひて、すてヽ行く。

又〓(しきり)に飢えたり。

我は官人なり、縦(たとひ)釣(つりはり)を呑むとも、趙幹(てうかん)何ぞ我を殺さんやと思ひて餌をはむ。

趙幹我を引きあぐ。

我〓(しきり)に聲をあぐれども、趙幹きくことなく、縄を以て〓(あぎ)を〓いで、岸の上の蘆の間にかけたり。

この時張弼(ちゃうひつ)きたりて申さく『斐少府(ひせうふ)大魚を求む』と。

蘆間(あしのあひだ)に大魚あるを見て携へゆく。

門に入れば圍碁(いご)するを見て、呼べども答ふる者なし。

只長大の魚きたると云ふを聞く。

それより階にのぼれば鄒〓雷濟(すうはうらいさい)二人は博奕(ばくえき)うち

遊ぶ。

斐察(ひさつ)は桃を食(くら)ふ。

皆(みな)大魚到来すと喜ぶ。

やがて厨(くりや)へ〓し膾(なます)にせよと云ふ時、王士(わうし)良庖丁(らうはうちゃう)を持来つて我を〓板(まないた)の上に

置く。

我又さけんで云(いは)く『王士良は我が庖丁人(はうちゃうにん)也。

何ゆえに我を殺すや』と云へども、士良(しらう)敢て聞かず、我頚をきり落(おと)す。

時我すなはち甦(よみがへ)る」と云ふ。

諸人是を聞くに大に驚き、嘆ぜずと云ふ事なし。

趙幹(てうかん)が釣(つ)りたるも張弼(ちゃうひつ)が来つて魚をとるも、斐少府(ひせうふ)が求めたるも鄒〓雷濟(すうはうらいさい)斐察(ひさつ)

三人は、身を終るまで膾(なます)を食(は)まず。

〓偉(せつい)病平愈(へいゆ)して後、つかえて華陽(くわやう)の〓相(じょうしゃう)となる。

{説海に見えたり。人化して魚となりたるを魚服と云ふなり。}

怪談全書巻之三

  袁氏(えんし)

唐(たう)の代宗(だいそう)の廣徳(くわうとく)年中に孫恪(そんかく)と云ふ人、洛中の魏王池(きわうち)の辺(ほとり)に遊ぶ。

一つの大なる家あり。

路(みち)人「これは袁氏(えんし)と云ふ女の家なり」孫恪ゆいて問ふに答ふる者なし。

側(かたわら)に簾(みす)かけたる小(ちひさ)き房(つぼね)あり。

恪入つて伺ふ。

忽ち一女(ひとりのおんな)の戸を開き出(いづ)るを見る

甚(はなはだ)妓(かほよ)し。

恪主人の娘なりと思ひてこれを伺ふ時簾を(か)げて恪を見て驚いて内に入り、青衣(あをきころも)を著たる女わらはを出して「何故にこ、に来るや」と云ふ。

恪「路次を過ごるとて不慮(ふりょ)に来て惑ひぬ。

是を謝せよ」と云ふ。

青衣(せいい)入って告ぐ。

女子出てまみゆ。

恪そのかほよきを見て青衣に語りて「誰そ」と問ふ。

「袁長官(えんちゃうくわん)が女なり」と答ふ。

「未(いま)だ人に嫁せず」と答ふ。

暫くありて又出(いで)てまみゆ。

彌(いよ/\)妓し。

女童(わらは)を出して茶菓(ちゃくわ)をす、む。

「恪はこれ旅人(たびびと)なり。

暫く休息(きうそく)すべし。

求むる所あらば青衣(せいい)に告げよ」と云ふ。

恪喜ぶ。

恪本(もと)より妻なし。

即ち青衣を媒(なかだち)として袁氏を妻とす。

恪本(もと)より貧し。

袁氏が賓を多く得て、車馬衣服かヾやく許(ばかり)なり。

其朋友(ほういう)是を疑ふ。

恪終(つひ)にかたらず。

三四年まで洛中(らくちう)に留(とヾま)る。

恪が親類張閑雲(ちょうかんうん)と云ふ者恪(かく)と対面す。

一夜一所にあり。

張閑雲つら/\見て潜に云ひけるは「恪顔色(がんしょく)よからず。

物の怪(け)つきたるや」と云ふ。

恪(かく)答へて「何事なし」と云ふ。

閑雲申さく「人は陰陽(いんやう)ようけ魂魄戦ふときは其色ち外にあらはる。

いと浅猿(あさま)し」と云ふ。

恪驚いて袁氏を娶る事を告ぐ。

閑雲(かんうん)聞いて「此事なるべし。

速にはからへ」と云ふ。

恪答へけるは「袁氏(えんし)今親類なし。

又さかしうして能(のう)あり。

既に其恩を受けたり。

如何ぞはらはん」と云ふ。

閑雲怒(いか)って「邪気の恩何ぞ受くべけんや。

我に賓劔あり。

物のけ是必ず滅(ほろぼ)す。

その験(しるし)いちじるし。

是を以て示さば彼(かの)邪鬼かならず滅(めっ)せん」と云ふ。

恪其劒を携へて室内にかくす。

袁氏早くさとりて、怒って云ひけるは「汝が貧しかりしを我貨(くから)を與(あた)へ既に夫婦となる。

今恩(おん)を思はず義を知らず。

畜類と云ふべし」恪恐れて赤面し「是我本意にあらず。

張閑雲(ちゃうかんうん)が教えたるなり。

願はくは誓って二心あらじ」と云ひて涙を流すこと雨の如し。

袁氏その劒をとり出してこれを打折る。

もろきこと蓮藕(はちす)をくじくが如し。

恪いよ/\恐れてにげはしらんとす。

袁氏笑つて恪をとゞめて

「訝(いぶか)ることなかれ。

我既(すで)に君に従つて同居(おなじたてる)こと数年を経たり。

心安かるべし」

と云ふ。

其後、出(いで)閑雲に逢うて

「我虎の口を免(まぬが)れたり」

た云ふ。

閑雲

「その劍は何(いづ)くにかあるや」

と問えば、恪具(つぷさ)に其故を語る。

閑雲仰天(ぎゃうてん)して

「我が知る所にあらず」

と云うて恐れて二(ふた)たびきたらず。

十餘年を経て袁氏子(こ)二人あり、よく家を治む。

其後恪長安(ちょうあん)に行いて仕へて官に至る。

袁氏と相共に赴く。

瑞州(ずいしう)に到るときに袁氏申しけるは

「此あたりの江の畔(ほとり)決山寺(けつさんじ)あり。

其寺の僧と相別れたること数(す)十年、此度かの寺に行かん」

と云ふ。

恪即ち薺蕗(せいろ)を供えて寺に入る。

袁氏悦(よろこ)んで二人の子を携へ老僧(らうそう)の房(ぱう)に行く。

導く者なけれも能く案内を知るがごとし。

袁氏碧玉環(はきぎよくくわん)を以て彼(かの)僧に授けて

「是は院中(いんちう)の舊物(きうぶつ)なり」

と云ふ。

僧これを悟(さと)す。

飲斎(いんさい)すぐる時、啼きさけんで苔(こけ)をもみて躍(をど)る。

袁氏哀(かなし)める色あり。

筆をとり詩を作つて壁に記(しる)し了(をわ)り、筆を抛(す)げて二人の子をなでてさめ%\と啼き、恪に向ひて

「是より永く別る」

と云ひて、其著(き)たる衣(ころも)を引裂(さ)き化(け)して老猿となり、飛んで木に躍つて去る。

山の高き所に至つて又跡をかへりみる。

恪驚(おどろ)き嘆(なげ)いて魂(たましひ)を失ふが如し。

暫くありて二人の子を抱いて嘆き哀(かなし)む。

こゝにおいて老僧に問う。

老僧昔思出して申しけるは

「愚僧沙彌(しゃみ)たりし時この猿を養ふ。

玄宗(げんそう)開元年中に来り、猿のさがしきを愛して絹を以て猿にかへて行く。

都に帰り玄宗にたてまつる。

玄宗これを上陽宮(しゃうやわきう)にかひなつけしむ。

安禄(あんろく)山が乱に猿の行くところを知らずと聞いて、今日再び其あやしきことを見る。

此碧玉環(へきぎょくくわん)は常に猿の頭にかけ置きたりし物なり」

と云ふ。

恪いよ/\なげき、船を粧(よそほ)ひ二人の子を携(たづさ)へて帰る。

{太平広記に見えたり}

  {虫+比}蜉(ひふ)

除玄之(じょげんし)が宅にばけ物あり。

玄之其所の花木多く珍しきを愛して栖居(すまゐ)す。

ある夜書を読む。

時に小(ちひさ)き武者数百騎(すひゃくき)、床(ゆか)に上り毛氈(まうせん)の上にて鳥獣(とりけもの)をかりとるまねをなす。

又旗指(さ)したる武者数百騎劒(けん)を帯び弓持ちたる者多く、又幔幕簾(まんまくみす)鍋釜器物(うつわもの)持ちたる者多く出来る。

其中に赤き冠(かぶり)、紫衣著(むらさきのころもき)たる者其供奉(ぐぶ)人甚だ多し。

机(つくゑ)の右に到る。

鐵冠著(くろがねにかぶりき)たる者聲を挙げて

「殿下(でんか)今魚を紫石潭(しせきたん)に見んとす」

と云ふ。

其紫衣(しい)の者馬より下(お)り左右数百人と石硯(いしすゞり)の上にあがる。

紫石潭は玄(げん)之が硯の名なり。

幕を張り筵(むしろ)を敷きて酒宴す。

管絃(くわんげん)を催し歌舞をなす。

玄之あやしんで熟々(つら/\)見れば其形(かたち)分明なり。

又硯の中より数多の魚を釣りいだす。

或は鱠(なます)にし或は羹(あつもの)にす。

紫衣(しい)の者盃をとりて、玄之に向ひて

「我貴(たつと)くして王の位に昇(のぼ)る。

汝貧賎(ひんせん)なり、学んで白髪に至れども飢ゑたる色あり。

我が臣下となり酒宴にあづかれ」

と云ふ。

玄之急(いそ)ぎ書卷(しょけん)を持つてこれを掩(おほ)ひ、燭(ともしび)をとりて焼く。

一つも見る所なし。

其夜玄之が夢に甲胃(かっちう)の者多く来つて云ひけるは

「{虫比蜉(ひふ)王子羊林(やうりん)の澤(さわ)に獵(かり)し紫石(しせき)の澤(さわ)に釣(つり)を垂(た)る。

時に玄之狼藉(らうぜき)して王の車を驚す」

と云つて、大將〓けう{虫+丁}と云ふ者、白き絹を以て玄之が頚をつなぎて行く。

怱ち一(一つ)城門(じゃうもん)に入る。

主人の王怒(いか)つて

「玄之我子(わがこ)を驚す。

刑罰を行ふべし」と云へば、大史(たいし)令馬(れいば)知玄(ちげん)進んで是を諫む。

其詞に

「王子みだりに出(いで)て漁獵(すなどりしかり)す、不敬なり。玄之は罰なし」

と申す。

王怒(いか)つて知玄を斬(き)る。

此時大雨(たいう)俄にふる。

〓(き)飛(ひ)と云ふ者書状を捧げて諫む。

王の心とけて〓(き)飛(ひ)を大夫(たいふ)とし馬知玄(ばちげん)に位を贈り、其子〓どを太使令(たいしれい)の官として、絹五百端(たん)米三百石を賜ふ。

〓ち又書を奉りて諫(いさ)む。

王是を見て悦びず。

時に王悪(あ)しき夢を見ることあり。

即ち恐れて玄之をゆるして車にのせて帰す。

既に衣榻(しみ)に登ると見て、玄之目さめて汗(あせ)流れ衣を濡(うるほ)す。

夜明けて、家人を呼びあつめ西の窓の下の地をほること、深さ五尺餘(あまり)にて蟻の穴あり。

三斛(ごく)入る、許(ばかり)の缶(もたひ)の如し。

即ち火を付けてこれを焼く事、殘(のこ)す所なし。

是より其宅に凶事なし。

  聶隱娘(とういんろう)

唐の徳宗(とくそう)の貞元(ていげん)年中に魏慱(ぎたん)の大将聶鋒(とうほう)が娘を聶隱娘(とういんろう)と号(なづ)く。

生れて十歳の時乞食(こつじき)の尼來つて隱娘を見て、是を悦びこれをとらんと請ふ。

鋒(ほう)怒って尼を叱(しつ)す。

尼申さく「縦(たと)ひ抻衞(しんえい)が鐵櫃(てつひつ)の内にありとも盗みとるべし」と言う。

夜に入って隱娘を失う。

父母大に驚き、人をして尋ねしむれとも見えず。

相對して涙(なんだ)を流す。

五年以後に尼来りて隱娘を送りかえし、鋒(ほう)に告げて「此女に教ふること既になりぬ」と言ひて尼の行方(ゆきがた)を知らず。

父母に人々或は悲み或は喜ぶ。

其習う所を問う。

隱娘(いんろう)答えて「只經を讀習う。別の事なし」と言う。

鋒疑(うたが)ひて頻に問う。

隱娘申さく「眞實をいうとも其疑はんことを恐る」鋒又「眞(まこと)にかたれ」と言う。

即ち言ひけるは「隱娘(いんろう)はじめ尼に導かれて幾(いく)ばく里程(さとほど)を行くことを知らず。

大なる石穴に到る。

中朗(ほがら)かにして人なし。

猿の類甚(たぐひ)だ多し。

彼尼先に二人の女あり。

各(おの/\)十歳。

みなさとく〓

物くはず。

嶮(けは)しき石壁(いしかべ)の上を飛走る「猿の木に登るが如し。

尼薬(くすり)一粒(りふ)を我に興ふ。

又宝剣(はうけん)一振(ふり)長さ三尺許(ばかり)なるを興ふ。

其刃の鋭きこと毛を吹きかけても斬るべし。

二人の女をとヾめて石穴を守らしめ、我を携へて都市に赴く。

其人の科(しな)を一つにかぞへて其頭(こうべ)を刺しきたれ。

人に知らしむることなかれと言ふ。

又羊角(ようかく)の匕首(ひしゅ)を授く。

刃(やいば)の廣さ三寸許(ばかり)白書(はくちう)に都市の中にて人をさせども是を知る者なし。

其頭(こうべ)をとりて袋に入りて歸るときに、薬をかくれば其頭(こうべ)忽ち消えて水となる。

尼又言く「そこの人ゆえなうして人を殺すこと多し」と。

一夜其所へ至り其頭(こうべ)をとりて来る。

尼又言く、「汝がために脳(のう)をひらかん」とて匕首(ひしゅ)を用ひ入る。

脳少しもそこなふ所なし。

尼其匕首を抜いて申さく「汝が術既に成就(じょうじゅ)す。家にかへるべし。後に二十年ありて又逢はんと言ふ」

と委しく語(かた)れば、鋒きヽて恐るヽ事甚し。

時に行方(ゆきかた)しらずして、夜明けて歸ることあり。

鋒其行くさきを問はず。

やう/\疎(うと)きやうになりぬ。

或時鏡をとぐ少(ちひさ)き人ありて来りければ、隱娘(いんろう)「これを我夫とせん」と言ふ。

鋒これをゆるす。夫ゆたかに衣食を興ふ。

数年の後鋒死す。鋒が主人魏師(ぎし)其事をきヽて金帛(きんぱく)を興へて呼ぶ。

数年過ぎて元和年中魏師(ぎし)と陳許(ちんきょ)の節度(せつど)使劉(しりう)悟と中よからず。

隱娘を遣(つか)し其の頭をきらしめんとす。

隱娘ひそかに陳許(ちんきょ)へゆく。

劉悟(りうご)も奇特の智謀ありて此事をさとり、武士を召して急ぎ城北(しろのきた)へ行向ひ「一男一女(ひとりのおとこひとりのおんな)の白黒(びやくこく)の衛(えい)にのりて来らんときに挨拶(あいさつ)し、我相見んために伺はしむといへ」と言う。

武士(もののう)其をしへの如くにして是を迎ふ。

衛(えい)は馬を言うなり。

隱娘夫婦(ふうふ)言ひけるは「劉悟(りうご)は凡人(つねのひと)にあらず。

我が来ることを知れり。これみえん」とのぞむ。

劉悟これを労う。隱娘拝(はい)して「すでに罪を君に得たり。迷惑す」

と申す。劉悟きゝて「左様にはあらず。人々其主君のためにつかふるは皆世間の常なり。

我と魏師(ぎし)と何ぞ別ならんや。

こゝに留(とゞま)って我がためにせよ。必ず疑ふことなかれ」と言う。

隱娘即ち劉悟(りゅうご)は魏師(ぎし)にまされることをし知って、陳居に〓留す。

劉悟「其求めあることをかなへん」と問えば「毎日二百〓を得てことたりぬ」と言う。

一日我に衛(えい)のあることを知らず。

ひそかに彼が布袋の中に、紙にて作れる白黒(はっこく)の衛(えい)二枚あるを見る。

既に一月余り(あまり)ありて劉悟に告げるは「魏師猶(なほ)やむ心なし。

今夜必ず精々〓と言う者を来らしめて、君をも殺し我をも殺さんとす。

我(われ)謀を以て精々〓を殺すべし。君うれふることなかれ」と言ふ。

劉悟本(もと)より大気(たいき)なれば恐るゝ體(てい)なし。

夜半(やはん)過ぎる程に一つの白色(はくしき)飛びひるがへりて、灯火(ともしび)にうつろひ床(ゆか)の四方に打ち合う。

〓くありて一人、首(かうべ)と身と二つに切れて空(そら)よりおつ。

隱娘進出(すすみいで)て「精ゝ〓既にころされぬ」と言ひて、これを堂の下(した)へひき出し、薬をかけゝれば、屍(しかばね)とけて水となる。隱娘また告げけるは「後夜空々(のちのよこううに)〓と言う者きたって君を害せんとす。

空々〓が神〓(じんべん)は我が及ぶ所にあらず。

鬼神も其跡をとめがたし。空(そら)より空に入り形(かたち)なくして影(かげ)をけす。

我もふせぎがたし。但君(ただきみ)は于〓〓(うてんこく)の玉を首(くび)にかけめぐらし衾(ふすま)を以ておほふべし。

我は化(け)して〓〓(べんぼう)と言う微塵(みじん)の如くなる小虫(せうちう)となりて、君の腹中(はらのうち)に入って待つべし。

其外は逃げるる所なし」と言う。

劉悟これにしたがふ。夜半近くなる時ねむらんとすれば、劉悟が項(うなじ)の上に物のひゞく声あり。

かんかんと高くきこゆ。

隠娘忽ち劉悟が口中より躍(をど)り出て、悦びて云ひけるは「君恙(つつが)なし、いとめでたし。空々(こう/\に)兒が人をうつことは、縦(たと)へば逸物(いつもの)の鷹(たか)の鳥を撃つが如し。一たびうつてあたらざれば即ち遥(はるか)にとび去る。其うちはずせることを恥づるなり」と申す。其頚にかけたる玉を見れば、匕首(ひしゅ)のあたりたる疵(きず)あり。誠に危き事ともなり。劉悟いよ/\隠娘を敬ふ。元和八年劉悟京(みやこ)へのぼる。隠娘相従はず、去つて行く処を知ることなし。劉悟死して後、隠娘驢馬(ろば)にのりて京(みやこ)に来つて、其柩(ひつぎ)の前に向ひて啼いて去る。開成(かいせい)年中蜀(しょく)の國の棧道(さんだう)にて隠娘が白衛(はくゑい)にのりて往来(ゆきき)するを見る人あり。其かたち始の如し。其後に隠娘を見たる人なし。何國(いづくに)へか行きけん。{大平廣記に載せたり}

  張遵言(ちゃうじゅんげん)

南陽(なんよう)の張遵言と云ふ人、商山(しゃうざん)へゆく。

館中にやどる夜、くらき所に桓(くわん)の下(した)に一の白き物あり。

人をして見せしむれば白犬なり。

猫の大(おほい)さほどにて爪牙(つめきば)も白く玉の如し。

毛色(けいろ)うるはしくかゞやけり。

遵言これを愛して、名づけて捷飛(せいひ)と云ふ。

とびはしること飛ぶが如し。

常にこれを目前におく。

其僕張志誠(ちゃうしせい)と云ふものに、袖の中に入れてよくなづけかはしむ。

其はみ物皆捷飛(せいひ)が意(こゝろ)にかなふやうにせしむ。

一年餘(よ)ありて志誠(しせい)怠(おこた)るさまなれば、遵言自らそだて、毎度(まいど)いづくへなりとも、行く時袖(そで)にたづさへ、飲食いよ/\怠らず昼夜(ちうや)はなるゝことなし。

四年過ぎて遵言梁山(りゃうざん)へゆく。

日くれ天(そら)曇りて風雨(ふうう)に逢ひければ、奴僕(ぬぼく)と共に大木の下(した)にやどる。

怱ち捷飛(せいひ)を失う。

大に驚いて、志誠(しせい)をして尋ねしむれもあらず、四方へ手を分けて、求むれども見えず。

俄に一人を見る。

白衣(しろきころも)を著其長(たけ)八尺餘(あまり)、形うるわし。

時にくらけれども此人月中(げつちう)に立つがごとく分明なり。

「何(いか)なる人ぞ」

と問へば、答へて

「我は蘇四郎(そしらう)と云ふ者なり。

即ちこれ捷飛(せいひ)也。

君今災難(さいなん)にかゝりて死すべし。

我すでに君の恩を受けたること四ヶ年、其情(なさけ)ふかし。

君を救はんために来れり。

然れども十餘人をそこなふことあるべし」

と云ひて、遵言が馬に乗ってゆく。

遵言、徒歩(かちあゆみ)して従ふ。

十里ばかりありて一つの塚に到る。

白衣(しろきころも)に冠(かふり)きたる者三四人、身の長(たけ)一丈あまり、弓剣(ゆみつるぎ)を持つ。

蘇四郎を見て伏拝して向ふ。

「何故に来るや」

と問ふ。

時に白衣の人、答へて

「是は大王の帖(てふ)をうけて張遵言をとらふ」

と云ふ。

いひをはりて遵言を見付けてにらむ。

遵言恐(おそ)れて倒れんとす。

四郎云ひけるは

「浪籍することなかれ。

我遵言(じゅんげん)と伴う。

暫く去れ」

白衣の人啼悲(なきかなし)む。

四郎遵言と同じく行去る。

又十里ばかり過ぎて六七人の夜叉(やしゃ)を見る。

皆兵具をもつ。

其形銅頭鐵額(あかゞねのかんらくろがねのひたひ)いとおそろし躍(をど)りはげみてあらくたけし。

四郎を見ておのゝき伏拝す。

四郎叱(しつ)して

「何故にこゝにあるや」

と問ふ。

夜叉(やしゃ)皆申さく

「大君の帖(てふ)をうけて張遵言をとらふ」

といひ終って遵言を睨む。

四郎云ひけるは

「遵言は我旧友(きういう)なり。

とらふべからず」

夜叉等同時(どうじ)に伏して地をはひまはり、涙を流し申しけるは

「先の白衣(はくい)の四人かの遵言をとらへ来らざるによりて鐵杖(てつぢゃう)にて五百宛(づゝ)うたれ死生(しせい)知るべからず。

今我らも遵言をとらえずんば皆罪(つみ)にあたりて殺されん。

あはれ遵言をたまはりつれて行かん」

と請ふ。

四郎怒(いか)って夜叉しさりて倒死(たふれし)せんとす。

既にして又しきりにこれを請ふ。

四郎云く

「小鬼(せうき)もししからば誅(ちう)すべし」と。

夜叉啼きさけんでのく。

四郎こゝにおいて

「遵言はや無事なり」と云ふ。

又七八里ほど行く。

兵杖(ひゃうぢゃう)持ちたるもの五十余人出て、四郎が前に列(つらな)り拝す。

四郎「何ゆえに来るや」と問へば、其答ふることさきの夜叉の如し。

又申さく、「さきの夜叉牛叔郎(ぎうしくらう)と名づくる輩(ともがら)七人、遵言をとらえざる罪により法にあてらる。

我等も恐るゝこと甚だし。

願はくは四郎、我らが罪を救ひ玉へ」

と請ふ。

四郎これをきいて

「おい/\我にしたがひ来らば、命をたすからん」

と云ふ。

程なく大黒門(だいこくもん)に到る。

また行くこと数里(すり)にして一つの城あり。

使者(ししゃ)馬に乗って王の旨を申さく

「四郎遠く来る。

我この比(ごろ)つかさどる法ありて、出(いで)てむかへず。

先づしばらく南館(なんくわん)にいこひ玉へ。

やがて拝し迎ふべし」とて、館中に入る。

王使者度々来つて

「張遵言をもよび玉へ」と云ふ。

暫くありて相従ひ行く。

宮殿の体(てい)まことに帝王の居なり。

王衣冠(いくわん)をとゝのへ、出て四郎をむかへて拝す。

四郎答拝(たふはい)す。

其詞(ことば)かる%\しくして唯々(いゝ)と云ふ。

王進(すゝ)んで揖(いふ)して階(かい)に上(のぼ)る。

四郎即ち階に上りて少し揖(いふ)す。

遵言をかへりみて

「如此(かくのごとく)にして可なり」と云ふ。

王又四郎を遵(したが)へて三重おくの殿(でん)に入る。

毎殿(でんごと)かざりひかること盛にして種々珍物(めづらしきもの)を設けたり。

四重殿(しぢうのでん)にて飲食をそなふ。

器物以下(きもついげ)皆世間のある所にあらず。

配膳(はいぜん)をはりて王と共に明樓(めいろう)にのぼる。

四方の柱みな珠を以てかざれり。

即ち酒をすゝむ。

王云ひけるは

「聊か禮酒をたすけんこと如何(いかゞ)あるべき」と、四郎きゝて「苦しかるまじ」と云へば女の樂人(がくじん)七八人その外酒宴にあづかるべきもの十人餘(あまり)出来る。

皆みやびやかなる形なり。

王も四郎も衣服をあらため、快く物がたりすること人間年若(としわか)きもののどとし。

一人の美女あり、四郎戯れければ、其女怒って「我は劉根(りうこん)といへる仙人の妻なり。

仔細ありてここに到る。

君何ぞ容易(たやす)くたはぶれごとするや」と云ふ時、四郎少し怒って巵(さかづき)を以て盤を打つこと一聲にて、柱の上の珠轂々(たまこく/\)とすべり落つれば、暗くなりて見るところなし。

遵言良(やゝ)久しくくらくらとありて醒めたり。

本(もと)の處の樹下(きのもと)に、四郎と馬と一處(しょ)にあり。

四郎云ひけるは「君既(すで)に災難をまぬかれたり。

即ち別れんとす」

遵言申さく「我今深(ふか)き恩をうけて、生を全うするを得たり。

四郎の由緒(ゆいしょ)を知って感戴(かんたい)する所あらん」と云ふ。

四郎きゝて「我これを云ふあたはず。

商州龍興寺(しゃうしうりうこうじ)の縫衲(ほうなふ)老僧に問へ」と云ひをはりて、飛んで空にのぼりて去る。

夜明けて遵言急ぎかの寺へ行きて尋ぬれば、東の廊(ひさし)に衲(つゞれ)を縫へる老僧あり。

禮拜して問ふ。

拒(こば)んで語(かた)らず。

遵言ねんごろに尋ねければ、夜更(よふけ)に及んで云ひけるは「君が尋ぬる所淺からず。

蘇四郎は大星(たいせい)の〓(せい)なり。

大王は仙府の謫官(てきくわん)なり」

遵言又事(こと)をとへども老僧答へずして

「君既(すで)に災難をはなれたり。

はやく帰れ」と云ふ。

遵言明朝(めいてう)再び行いて尋ぬれば、既に其處をわきまへず。

{説淵に見えたり。大平広記にも見えたり}

怪談全書巻之四

  郭元振(くわくげんしん)

郭元振は唐(たう)の世(よ)にかくれなき名将なり。

大臣宰相(さいしやう)となりし人なり。

後に代国公(たいこくこう)と號(ごう)す。

玄宗(げんそう)の開元(かいげん)年中、元振(げんしん)年わかき時に、晋国(しんこく)より汾(ふん)と云ふ処へゆく途中、夜に及んで道を失ふ。

遥に燈(ともしび)の影を見て人家ありと思ひ、行くこと八九里ばかりして、一の宅(いへ)に到る。

其門(もん)廊下(らうか)堂上(たうしやう)にて燈(ともしび)明(あきら)かにして食物をつらねおく。

よめ入する所の體(てい)に似たり。

然れども人なし。

公、馬を廊下の前に繋(つな)ぎて堂へ昇(のぼ)る。

何人の居処(きよしよ)と云ふことを知らず。

俄に一(ひとり)の女子の啼く聲を聞く。

堂中(だうちう)に咽(むせ)び叫(さけ)ぶこと甚だし。

公(こう)問うて「汝は何ものぞ。

鬼か人か」

と云ふ。

女答へて、「我は人なり。

此里に鳥将軍(うしやうぐん)と云ふ神あり。

毎年婦(をヽな)を興へて配す。

若しかヽらざれば災難あり。

故(かるがゆえ)に{女+交}(かほよ)く少女(わかきをんな)を擇(えら)んで遣(つかは)す。

我父、今里人の銭(ぜに)五百貫を受けて我をうり、今夕男女(こんせきなんによ)多く送り来つて酒宴し、我を酔はしめて此堂中にすておき、門をとざして帰り去る。

既に父母に棄てられぬれば、必ず死なんことをかなしみ、啼(な)きなげくなり。

君(君)若し我をたすけたまはゞ、君につかへ奉らん」と云ふ。

公(こう)これをきき、大に憤(いきどほ)りて「其神(しん)の来るは何時(なんどき)ぞ」と問ふ。

「子(ね)の刻(こく)ばかりならん」と答ふ。

公あはれみて「我は大丈夫(だいじやうぶ)なり。

力を出(いた)して救ふべし。

げに叶はざらん時は共に死すべし。

汝を悪鬼(あくき)の手に殺さしめじ」と、たのもしげに云ふ。

女子すこし泣止む。

公即ち西階(さいかい)の上に坐し、其馬を堂の北につなぎ、一人の僕(ぼく)を前に立ておく。

彼(かの)ばけ物を待たしめんためなり。

程なく火ともしたるもの、車馬(くるま)にのりたるもの、紫衣(むらさきのころも)きたるもの来る。

走出(はしりいで)て「相公(しやうこう)こヽにあり」と云ひて進む。

又黄衣(きのころも)のもの二人来る。

是も走り出て、「相公(しやうこう)こヽにあり」と云ふ。

公聞いて心の中(うち)に、我必ず宰相(さいしやう)とならんことを、鬼神すでに知ると思うて、此ばけ物にかたんと悦ぶ。

此時かの神来り入る。

さきだちたるもの「こヽに相公あり」と告ぐれば、弓矢戈劒(ゆみやほこつるぎ)をもちはさみて東階(とうかい)の下につく。

公即ち僕(ぼく)を以てすヽみて「郭元振(くわくげんしん)対面せん」といわしめて、挨拶す。

神(しん)きヽて「元振何ゆえにこヽに到るや」と問ふ。

公(こう)答へけるは「神今夕(しんこんせき)めでたき婚禮ありと聞く故に、来つて賀せんとす」神悦(よろこ)んで、坐して公に向ふ。

飲食して歡笑(よろこびわら)ふ。

公(こう)語らく「神常に鹿の脯(ほしし)を喰(くら)ふや」神(しん)のいへらく「此処(ところ)にまれなり。

珍味あひがたし」と答ふ。

公いふらく「我すこしきの脯あり。

天子の御廚(おんくりや)より得たり。

刮(き)つてすヽめん」と云へば、神(しん)これを悦ぶ。

公、起(た)つて脯(ほじし)と小刀とを取つて、けづりて小器にすえて取らしむ。

神(しん)其手をのべて取らんとす。

公(こう)見てよき時分(じぶん)なりと思ひ、其脯(ほじし)を投げ其手をとらへて、腕をきり落す。

神(しん)あつと云ふ聲ばかりして走る。

相従ふばけ物も、一時に驚き散ず。

公衣(ころも)をぬいで彼(かの)手をまとひ包みて僕にもたしむ。

四方を見めぐらせども、寂(しづか)にして眼(まなこ)にかヽるものなし。

公(こう)其門をひらいて、かの女子(じよし)にせよ」と云ふ。

女子出来る。

年十七八向つて「ばけ物の腕(うで)きり落したり。

其許(ばかり)にして{女+交}(かほよ)し。

女子拝(はい)して云ひけるは血の跡をとむ。

ばけ物必ず死すべし。

「誓つて君の{立+女}(せふ)とならん」天やう/\汝はやく命(いのち)をまぬかれたり。

出(いで)て飲食明けくればかの腕を見るに猪(い)の蹄(ひづめ)なり。

かヽる所に哭泣(こくきふ)の聲きこえて、人々来るを見れば、女子の父母親類并に里人の棺(くわん)を昇来(かききた)つて、屍(しかばね)をとりをさめんためなり。

公(こう)と女子とのいきてあるを見て、あやしみ問ふ。

公具(つぷさ)に子細(しさい)を語る。

里人の皆(みな)怒(いか)つて「此地の霊神をそこなふこと、何事ぞや。

これ此処(ところ)の鎮守(ちんじゆ)なり。

年久しく祭つて女をあはせ奉る。

若し少しも惰れば、風雨おこり雷電ありて災(わざはひ)をなす。

如(いかん)何ぞ旅人の身として、我らがあがむる明神をやぶるや。

公を殺して神を祭らんか、但し縣吏(けんり)に訴へて公(こう)をとらへんか。」

と、云ふことかまびすし。

公きヽて申さく、「各年老いたれも事によりて初心(しよしん)なり。

神徳あれば人に福(さいはひ)を興ふ。

患(うれへ)あるものをば救ふ。

これを鎮守とす。

毎年久しく人を牲(いけにへ)とするは悪鬼(あくき)なるべし。

真(まこと)の明神ならましかば、猪蹄(いのひづめ)あるべからず。

かヽる淫妖(いんえう)の邪獣(じやじう)は、天地の間の大罪(たいざい)の畜類なり。

我今正理(しやうり)を以て是を誅(ちう)す。

今より此処に女をたむくる患(うれへ)なかるべし」と云ふ。

諸人、これをききて、げにもと思ひて公の教(をしへ)にしたがひ、兵具并に鍬鉗(せうそ)をもち、彼(かの)血のひきたる跡をたづね、二十里許(ばかり)行いて、大なる塚穴(つかあな)に到る。

血の跡分明(ふんみやう)なり。

かこみてこれを掘り、穴の口に薪(たきヾ)をつみ火をつけて焼く。

その光によりて伺へば、穴の中廣(ひろ)うして大なる宅(いへ)の如し。

一つの大なる猪(い)、前足なく血に塗(まみ)れて臥せり。

烟をつき走(はし)り出(いで)て倒れて死す。

里人(さとびと)各々(おの/\)喜びて公を賞(もてな)す。

公これをうけず「我何ぞ猟師(れうし)のわざをせんや。

只(たヾ)その害を除(のぞ)くまでなり」と云ふ。

彼(かの)女子即ち父母親族に申さく「我本より殺さるべき罪なし。

五十萬の錢(ぜに)を貧(むさぼ)つて、畜類に興へて殺さんとす。

公(こう)の力によらずんば必ず死すべし。

父母に殺されんとして、公にいかされたり。

今より此地を去って、公に従ふべし。」

と云つて、涙を流して公(こう)にしたがふ。

公さま%\すかしけれども止まらざれば、即ち其意(こヽろ)に任せて召具(めしぐ)し、後数多(あまた)の子を生めり。

公の大臣の位(くらい)に昇(のぼ)り{宀+辛}相となるべきことを、鬼神即(すで)に知るときは、人貴賎(きせん)は前方(まへかた)より定まると見えたり。

宰相となるべきほどのひとを、悪鬼邪鬼も妨げず。

{説淵にあり又唐小説にも見えたり}

        候元(こうげん)

候元は上黨郡銅{革+是}縣(しゃうたうぐんどうでいけん)の樵夫(せうふ)なり。家貧(まず)しうして薪(たきヾ)を売るを以て業(げふ)とす。

  唐の乾符(けんふ)の巳亥(つちのとのい)の年其縣(あがた)の西北の山に入りて薪をきり、谷のほとりに休(いこ)ふ。其側(かたはら)に大石あり。形屋宅(をくたく)の如し。候元(こうげん)これに向って大息(おほいき)ついで、己(おのれ)が苦労(くらう)することを恨む。時に石さけひらけて洞(ほら)の如く、其中に一人の翁(おきな)あり。白髪にて鳥帽子(えぼし)を著(き)、杖(つえ)を衝いて出づ。

候元驚きあわて、禮拝(れいはい)す。翁これをみて

「我は神君(しんくん)なり。汝何をか嘆くや。富貴(ふうき)を願はゞ、我にしたがい来れ」と云ふ。

翁洞(ほら)に入る。候元(こうげん)従ひゆく。

数十歩許(ばかり)にて別の世界の如く珍しき草木(くさき)あり。怪しき山水あり。谷を過ぎて門に入る。うるわしき家あり。候元を引いて飲食(いんしょく)せしむ。世間にて見ざる所の物なり。翁退(しりぞ)いて後、童子(どうじ)二人出(いで)て、候元を引きいれ浴(ゆあみ)せしめ、新しき衣冠(いくわん)を著せて亭(てい)に昇る。又筵(むしろ)を地に敷いて跪(ひざまづ)かしめて、扇秘訣(ひけつ)の事を侯元にをしへさずく。侯元本より愚なりしが、こゝに至して一たび聞いてわするゝことなし。扇戒(いまし)めて云ひけるは「汝少(すこ)しの幸あれ、いまだ敗(やぶ)るべき氣(き)殘る所あり。能く敬むべし。若し不義を謀り(はか)無道(ぶどう)を企てば、必ず亡びし。今暫く(しばらく)歸るべし。もし再び逢わんと思はゞ、信(まこと)の心を以て來つて石を拓くべし。對(こた)ふるあらん。」

侯元禮拜して出づ。一人の童子をして、これを送らしむ。既に洞(ほら)を出れば、其大石、穴ふさがりて本(もと)のごとし。侯元(こうがん)がぎりおける薪すでに見えず。

  家に歸れば、父兄驚き喜んで、「既に一旬になりぬ」と云ふ。

其衣服のうるはしく、気分のはげしきを見てこれを怪しむ。侯元此事かくしがたきことを知って、家人に云ひ聞せて、閑(しずか)なる室中(しつちう)に入って其術を鍛錬す。一年許(ばかり)にて成就しければ、萬(よろず)の物を變化(へんげ)し、鬼神をよび草木(さうもく)土石をも動し、しらかして騎馬とし兵具とす。こゝにおいて、其處(ところ)の年少(わか)く勇める聚(あつ)めて武者(むしゃ)とし、旗を列(つら)ね鼓(つづみ)を鳴(なら)し行列を調え(ととの)、既に國主(こくしゆ)の如し。みずから賢聖(けんせい)なりと稱す。官を立て、左右の大將とし、軍兵(ぐんひょう)の名を稱す。毎月朔日(ついたち)その形をつくろい、行ひて神君(しんくん)へ参詣す。神君、いましむるに

「必ず兵亂(ひやうらん)をなすなかれ」と云う。

  庚子(かのえね)の年に至って、薮千(す)の兵をあつむ。其の處(ところ)の人恐れて大将高公潯に告げ訴へ、即ち兵をもって候元を撃つ。急ぎ馳せて神君へ申す。神君対へけるは

「我先に既に云ひ教へき。旗まき鼓をとどめて向ふべし。心をしづめてかろ/\しく戦ふことなかれ」と云ふ。

候元これを聞きて、うけがふといへども、其心に思ふやうは、「我奇特神邊の術あり。少敵すら禦がずんば、大敵をば如何せんや」と云ひて、里に帰って兵を集めて用意せしむ。其夜高公潯が軍兵寄せ来る。候元千餘人を率いて衝うてかゝる。初勝ち後にまた擒られて、上歌薫に倒り獄中にとらはる。守る者甚だきびし。上薫は高公が居る所なり。一朝候元を見れば、枷の中に燈豪計ありて候元なし。術を以て縄をとき枷をといて逃れ出て、夜半計りに銅鞍へかへり、急ぎ神君へ参詣して己が罪を謝す。神君怒って

「汝果たして我教にそむく。今日不慮に免れたりと云ふとも、いくさき必ず刑罰にあはん。我門徒にあらず」と云って、かへりみずして洞にはいる。

候元歎き優ひて出て、重ねて行きて頼りに石をたゝけども、石も開けず、答ふる者もなし。候元が術斬く衰えたり。

  然れども其徒薫あるゆえに、其年の秋、兵をおこして併州の騎馬武者来って、これを園む。候元が術、終に奇特なし。候元をとらへて、これを陣中に打ちきる。其徒薫、皆にげさる。

  後漢の帳角帳帳魯が妖術を以て人をまどはし聚め、五斗米師と虎して大乱を起し、晋の孫恩が邪術を以て、兵をあつめ謀反し、戦負けて水に入りて死したるも、此類なるべし。誠にいましめ懲らすべきことなり。

  頼省幹(らいせいかん)

宋の世の頼省幹(らいせいかん)は無雙(ぶさう)のよくだう者なり。

頼建寧(らいけんねい)と云ふ處の人也。

邪術(じゃじゅつ)を以て人を殺して鬼を祭る。

其家に蛇をかひ養ふこともあり。

其鬼(き)ひそかに兼(かね)て頼(らい)に吉凶を告ぐる故に、其うらなふこと違(たが)はずとなん。

浙中(せつちう)と云ふ處にて、年(とし)十歳あまりの女子を求めてやしなひ置き、これを鬼(き)にそなへて祭る。

此母常(つね)に心経(しんきょう)をよむ。

故(かるがゆえ)にかの女子、陀羅尼(だらに)の呪(じゅ)を讀んでわすれず。

或時かの女子を牲(いけにへ)にそなふ。

身をきよめ粧ひて人なき室中に入り、其戸(と)をとざしおく。

女子必ず死すべしと思い切って居(き)るほどに、夜半許(ばかり)に天井の窓より光物(ひかりもの)かゞやき来る。

女子恐(おそ)れて、一身に他念なく急々(きふ/\)に掲諦掲諦(ぎあていぎあてい)と唱ふ。

其口の中より光(ひかり)出ければ、彼(かの)ばけ物少し退く。

又進み来る時、女子いよ/\急に唱ふ。

口の中の光大にして、ばけ物の光と相當る。

ばけ物はたとたふれて起きあがらず。

其室往来(わうらい)の街(ちまた)に近き處なり。

夜番(やばん)の武士(もののふ)通る足音をきヽて

「あなおそろし。

人を殺す者あり」

と高聲(こうじやう)に叫ぶ。

武士(もののふ)きヽつけて人を呼びあつめ、壁をやぶりて女子を引出(ひきいだ)し

壁の下の物を見れば、大なる白蠎(はくまう)死したり。

即ち頼(らい)をとらへ、其家人(かじん)をからめて責問ふ。

遂に白状す。

頼(らい)が額をきざみ墨を入れ罪のしるしとして、海外の遠處(えんしょ)へ配流(はいりう)し、其家を没収(もっしゅ)す。

説略に見えたり凡そ人の心一にして眞實の敬(うやまひ)あれば、鬼神もおそるゝ道理あり。

況んや〓蟒(じやまう)ばけ物の類(たぐい)をや。

呪文(じゅもん)によりて然るにはあらず。

性理字義(しゃうりじぎ)に此理(り)を云へり。

又唐(たう)の傅奕(ふえき)は高祖太宗(かうそたいそう)の時の人なり。

西域(せいいき)の沙門(しゃもん)きたりて、幻術をさしはさみ、口より火を吐出し、人をまどはす。

天子きゝて怪しみ給へば、傅奕(ふえき)申さく「我に向って火を吐かしめ御覧ぜよ」と奏す。

彼沙門(しゃもん)火をはきかくる時、傅奕たゞしく立って「乾(けん)は元亭利貞(げんかうりてい)」と唱ふるに、沙門忽ち倒伏(たふれふ)して、おきあがらず。

是によつて妖(えう)は人によりて起る。

邪は正(しゃう)にかたざることを知ると云へり。

(唐叟にあり)

  玉眞娘子(ぎょくしんらうし)

程廻(ていくわい)は伊川(いせん)の末孫(ばつそん)なり。

宋の紹興(ぜうこう)八年、臨安(りんあん)の後洋(ごやう)の街(ちまた)に居住す。

其門に簾(みす)を垂れて路の隔(へだて)てとす。

域とき燕の如くなる物飛来つて、外(ほか)より入りて堂壁(だうのかべ)につく。

家人これを見れば、一人の美女長(たけ)五六寸ありて甚だうるはし。

人を見てさわがず。

物云ふこえ細くかそかなれども、聞きて皆わきまふ。

自ら「我は玉眞娘子(ぎょくしんらうし)と云ふものなり。

偶(たま/\)こゝに来る。

人の崇(あがめ)をなすことあらず。

能く我につかへば福(さいはひ)あらん」と云ふ。

家人即ちその壁(かべ)に付けて小龕(せうがん)を作り、香火(かうたわ)をそなへてつかふまつる。

玉眞(ぎょくしん)あらかじめ吉凶禍福(きっけうくわふく)を語る。

皆しるしあり。

是を聞き及ぶもの、多く来り見る。

家人に銭(ぜに)百を授けて龕(がん)をひらかしむ。

往来(わうらい)絶ゆることなし。

一年許(ばかり)ありて飛去る。

其行く所を知らず。

{説略にあり玉眞は一女の名にあらず。

神仙の女をほめて云ふ時に玉眞と号す。

娘子は女子のことなり}

陰摩羅鬼(おんもらき)

宋の世に鄭州(ていじう)の崔嗣(さいし)復(ふく)と云ふ人あり。郭城(くわくせい)の外(ほか)の寺に入りて、法堂(はふだう)の上に休息(きゅうそく)して眠る。俄に物の声ありて、崔を叱す。崔驚(おどろ)いて起きて見れば、鶴の形にて色黒く、目の光ること燈火(ともしび)の如にして、羽をふるひて鳴声(なくこえ)たかくあらし。崔恐(おそ)れて、廊下へのいて伺へば忽ち見えず。明朝(みやうてう)この事を寺僧(じそう)にかたる。僧答(こた)へて「こ、に左様(さやう)のばけ物なし。但し十日以前、死人を送(おく)り来ることあり。かりに収め置きたり。若しそれにてもあらんや」と云ふ。崔都(みやこ)に至つて開宝寺(かいはうじ)の沙門(しやもん)に告げければ「蔵経(ざうきやう)の中(なか)に、初めて新(あらた)なる屍(しかばね)の気変じて如れ斯(かくのごとし)。これを陰摩羅鬼(おんもらき)と号(なづ)く」と云へり。{清尊録にあり}

怪談全書巻五

  三娘子(さんらうし)

唐(たう)の〓州(へんじう)の西、板橋店(はんけうてん)と云ふ所に、三娘子(さんろうし)と云ふ女あり。

孀(やもめ)にして居ること三十余年、子もなく親類(しんるい)もなし。

数間(すけん)の屋に居て、食物を売るを以て業(げふ)とす。

然れども家甚だ豊(ゆたか)にして驢馬多くあり。

往来(わうらい)の諸人、車馬もたざる者はきたりて、驢馬を買ふ。

其あたひやすうして是を売る。

これにて旅客おほく聚(あつま)る。

元和年中、許州(きよじう)の趙季和(てうきくわ)と云ふ人、東都に行かんとする時、この所に寄宿す。

旅人六七人、さきだち到る。

趙季和(てうきくわ)はおそく到る。

三娘子よく饗(もてな)す。

諸客(かく)よろこんで酒をのむ。

季和(きくわ)は下戸(げこ)なりといへども、其座中に交る。

亥の刻ばかり、皆つかれて臥せり。

三娘子入つて戸をさし燈(ともしび)をけす。

季和(きくわ)独(ひとり)いまだねいらず。

壁を隔てゝ、三娘子が物をうごかす声を聞いて、透間(すきま)よりこれをのぞけば、火をともし箱の中より鋤耒(すきくは)をとり出し、一の木牛(うし)、一の木人形、各(おの/\)六七寸ばかりなる物を、竃(かまど)の前におき水を吐く。

其木人形はしり行き、牛を牽來(ひきき)て耒(くは)を以て床の前の地を掘り耕(たがや)す。

又箱の中より一包の蕎麦(そば)をとり出しこれを植ゆ。

やがて花さき、そば熟す。

是をかりとりて、七八升(しょう)あり。

又小(すこし)き臼(うす)にてすりて粉(こ)となす。

即ち木牛、木人形、并(ならび)にすきくはを箱の中へ收む。

蕎麦をとり焼餅(やきもち)六七枚に作る。

しばらくありて、鶏鳴(けいめい)に至つて、諸客出(いで)んとするとき、三娘子早くまず興(お)きて、かの焼餅(やきもち)を床の上に置き、客(かく)に食(くら)はしむ。

季和(きくわ)これを見てむなさわぎし、暇乞(いとまごひ)して出づるまねして、潜(ひそか)に門外よりこれを伺(うかゞ)へば、諸客皆焼餅(やきもち)を食ふ時に、地に倒れて驢馬の鳴くまねして即ち形(かたち)変じて驢馬となる。

三娘子あまたの驢馬を牽いて馬屋のうしろへ入れて、諸客の財宝を悉くとり納む。

季和(きくわ)つく/\見て人に語らず。

珍しき術(じゆつ)なりと思へり。

月を経て後、季和(きくわ)東都より帰り、この所にいたらんとする時、豫(あらかじ)め蕎麦(そば)の焼餅(やきもち)を作り、其大小(だいせう)、さきに見たる所のごとくす。

板橋店(はんけうてん)に至りて、また宿を仮る。

三娘子、悦びて饗(もてな)すこと始の如し。

此日、季和(きくわ)答へて「明朝(めいてう)早く出づべし。焼餅(やきもち)の點心(てんしん)せよ」と云ふ。

三娘子「これはやすきことなり。よくしづかにねむれ」と云ふ。

夜半(やはん)過ぎて、季和(きくわ)ひそかに伺へば、三娘子がする所、先(さき)の日の如し。

夜明けて三娘子、食物菓子(くわし)をそなへ、焼餅(やきもち)数枚(すまい)を並べ置く。

別物(べつもの)をとらんとする時、季和その隙(ひま)を見て、走つて三娘子が餅(もち)一枚をとりて、己(おのれ)が餅一枚にとりかへて、季和物食(ものくら)ふ時に三娘子に向つて「我も亦焼餅(やきもち)あり。

主人の餅を残(のこ)して、他の客人にくらはしめん」と云ひて、先(さき)にとりかへたる己が餅を見知りて食(くら)ふ。

三娘子茶をさゝげて來る。

季和云ひけるは「己が餅一つ主人、試みに食(くら)へ」と云ふ。

主人「くらはし」と答ふ。

季和(きくわ)先の替へ置きたる主人の餅を、我手より出(いだ)しとりて与ふ。

主人これを口に入るゝとひとしく、三娘子うつぶき臥し驢(うま)の鳴くこえをなして、即ち変じて驢馬(ろば)となる。

其力すくやかなり。

季和これに乗つて出づ。

その木にて作れる人と牛とをとると云へども、其術を知らざればすることあたはず。

季和、この驢(うま)に乗つて所々(ところ/\)を往來(ゆきき)すれども、つまづくことなし。

毎日ありくこと百里計(ばかり)なるべし。

其後四年、この驢(うま)にのりて華山の廟(べう)の東に到る。

五六里許(ばかり)の路次(ろじ)にて一人の老人にあふ。

老人、手を打(う)つて笑つて「板橋(はんけう)の三娘子、何故に驢馬の形となるや」と云ひて、驢(うま)をとらへて季和に云ひけるは「彼(かの)人、罪ありといへども、君に逢うて、はづかしめらるヽこと甚だし。

あはれなるかな。今よりゆるしはなて」と云ひて、老人、両手(ふたつのて)を以て驢馬の口鼻(くちはな)の邊(へん)より、これを引きさきければ、三娘子その驢(うま)の皮の内より躍出(をどりい)づ。

即ち本(もと)よりの三娘子なり。

老人に向つて礼拝し畢つて、走去(はしりさ)る。

其行く所を知らず。

  薛昭(せつせう)

唐の元和の年の末(すえ)、薛昭(せつせう)と云ふ人あり。

或る人、仇(あだ)を報ひ、人を殺して來る。

昭(せう)其人をかくし、金を与えてにがす。

此事あらはれて、県(あがた)の廉使(れんし)、追ひきたりてさがす。

昭(せう)あらはれて流さる。

路次(ろじ)にて田山叟(でんさんそう)と云ふ旧友(きういう)に逢(あ)ふ。

年老(としお)いていくつになると云ふことを知らぬ人なり。

昭に向つて「君は義人(ぎじん)なり。母の敵(かたき)うちたる者をかくせり。我同道(われどうだう)しゆかん」と云ふ。

又申さく「此薬(くすり)一粒(りふ)をあたふ。能く病を除(のぞ)き、不食(くらはざれ)ども飢ゆることなけん。

これよりさき、道の北のしげりたる林にかくるべし。禍(わざはひ)をまぬかるヽのみにあらず、美人に必ず逢ふべし」と云ふ。

昭走つて入る。

此処を蘭昌官(らんしやうくわん)の旧跡(きうせき)と号(なづ)く。

追者(おふもの)尋ぬることあたはずして去る。

その夜、月あきらかなるに美女三人來つてものがたりし、酒を飲む。

昭(せう)これをきいて、田山叟(でんさんそう)が云へる美人は是なるべしと思ひ、急(いそ)ぎ出づ。

三女おどろきて「何人ぞ」と問ふ。

昭つぶさに事の故(ゆえ)をかたる。

即ち同座(どうざ)して茵(しとね)をしく。

昭その三女の名を問ふ。

其長(ちやう)を雲容張氏(うんようちやうし)、其次を鳳臺蕭氏(ほうたいせうし)、其次を蘭翹劉氏(らんげうりう)と云ふと答ふ。

酒酣(たけなは)なる時、劉氏(りうし)申さく「今夜の客にたまさかに逢へり。双六(すごろく)打つて勝ちたらん者むつべし」と云ふ。

雲容(うんよう)が采(さい)の目かちたり。

即ち薛昭と枕ならべよと相さだむ。

又互(たがひ)に盃(さかづき)を飲みあうて婚礼の儀とす。

昭拝謝(はいしや)して問ふ「女郎は何国(いずく)の人ぞや。何ゆえに此処(ところ)へ來るや」と。

雲容答(こた)へて云ひけるは「我は楊貴妃(やうきひ)の侍児(しに)なり。霓裳羽衣(げいしやううい)の曲(きよく)をまなびて、玄宗皇帝(げんそうくわうてい)の門前にて舞ふたりき。楊貴妃(やうきひ)、詩作つてさづけらるれば、それを歌ひて繍嶺宮(せうれいきう)に侍(はべ)り、皇帝も詩を次ぎたまうて寵愛(ちようあい)せらる。

時に玄宗、申天師(しんてんし)と道術の事をかたりたまふを、貴妃(きひ)と我と潜(ひそか)にきヽ、又茶薬(ちややく)を申天師にすすむることもありき。天師我が求むるによりて、〓雪丹(ほうせつたん)一粒(りふ)をさづけらる。

是を服せば縦(たと)ひ死すもくつべからず。

魂魄(こんぱく)とヾまりて後(のち)百年ありて、生ける人に逢うて相交る。

再びうまれ地上(ちしやう)の仙とならんと云ふ。

我死してこヽに埋(うづ)められて後、今既に百年になりぬ。

申天師(しんてんし)の詞(ことば)のしるし、今夜のことなるべし。

昭聞いて「申天師の形はいかヾありしや」と問ふに、其答ふる所のあやしき貌(すがた)、即ち田山叟(でんさんそう)と異ならず。

昭大に驚いて、田山叟は即ちこれ申天師なることを悟れり。

三女相共(あひとも)に詩つくり歌(うたうた)ふ。

昭もまた和(くわ)してうたふ。

歌ひ終りて、やう/\鶏鳴(にはとりなく)を聞く。

三女すヽみて枕につかしむ。

昭起(た)つて雲容(うんよう)と共に室中に入る。

甚だ狭(せば)し。

閾(しきひ)をこえて漸(やうや)くひろし。

鳳台蘭翹の二女ともに暇乞(いとまごひ)して去る。

燈(ともしび)あきらかにして、侍女立並(しぢよたちなら)ぶ。

帷帳(いちやう)ぬひものをはる。

昭と雲容(うんよう)と同じく臥して互いによろこぶ。

既に日をかさねて、朝暮(あけくれ)をしらず。

雲容(うんよう)申さく「我すでに蘇生す。されども衣服ふるく破れたり。新衣(あらたなるころも)を得んと思ふ。

我臂(ひち)に掛けたる金(こがね)をもちて、行いて衣を買へ。」と云ふ。

昭恐れてうけがはず「県吏(けんり)にとがめられん」と云ふ。

雲容申しけるは、「おそるヽことなかれ。我が白絹(しろききぬ)を持行(もちゆ)くべし。

若しとがむる人あらば、この絹を首(かうべ)にかづくべし。見る人あらじ」と云ふ。

昭これを受けて出(いで)て三卿(さんきやう)の市(いち)に趣(おもむ)き、衣服に代へてゆく。

夜に及んでさきの穴の邊(ほとり)に到る。

雲容出て、門邊(もんへん)に待ちて笑つて引いて入るとき「我が棺(くわん)を開かば、即ち起(た)たん。」と教ふ。

昭そのをしへの如くにしければ、雲容真(まこと)に甦(よみがへ)る。

其ありし処をかへりみれば、帳(ちやう)も宅(たく)も皆なくなりて、一つの大穴(おほいなるあな)に葬具(さうぐ)ある迄なり。

其内の宝物(たからもの)を取りて出す。

雲容と相共に、金陵(きんりやう)と云ふ処へ行いて棲居(すまい)す。

其貌(かたち)おとろへず。

二人ともに申天師(しんてんし)が薬を服する故なるべし。

申天師が名を元(げん)と云ふ。

  巴西侯(はせいこう)

唐(たう)の玄宗(げんそう)の開元(かいげん)年中に、蜀(しよく)の国の人張〓(せん)、盧渓(ろけい)と云ふ所より故郷へ帰る路次、巴西(はせい)と云ふ所にて日すでに暮れぬ。

馬をはやめて行かんとするときに、人あり。

路の邊(ほとり)の山路(やまみち)より出来(いできた)つて申さく「我主人、客の日くれて宿なきを聞いて、むかへたてまつらんとて、己(おのれ)これまで到る」と云ふ。

張〓(ちやうせん)問うて曰く「汝が主人は此ところの太守歟(たいしゆか)」答へて曰く、太守にあらず。巴西侯(はせいこう)なり。」

張〓(ちやうせん)即ちしたがひ行く。

山に入ること百歩計(ばかり)にして、一つの門あり。

朱塗(しゆぬり)にして甚だ高し。

人多く、甲著(かぶとき)たる者めぐりまもる。

国君(こくくん)の家と云ふとも、これに過ぐべからず。

又行くこと数十歩(すじつぽ)にして一所(いつしよ)に到る。

彼(かの)使者、張〓を門外にとヾめて「先づ入つて主人に申さん。暫く待て」と云ふ。

漸(やヽ)久しうして出(いで)て〓を導いて入る。

主人裘(かはごろも)を著(き)、貌(かたち)甚だあやしく、堂(たう)の上に立てり。

うつくしくよそほへる者、左右(さう)に侍(はんべ)る。

〓入りて拝す。

主人揖(いふ)す。

即ち曰く「我これ巴西侯(はせいこう)なり。此山に住むこと数十年、たま/\客(かく)の通ることを聞いて、むかへ奉つて暫くとヾめて、もてなさん」と云ふ。

〓拝謝す。

即ち酒宴を設(まう)く。

其器(うつはもの)皆珍しき華麗(みやびやか)なる物なり。

こヽにおいて人を遣し、六雄将(りくゆうしやう)、白額侯(はくがくこう)、滄浪君(さうろうくん)、五豹将(ごはうしやう)、鉅鹿侯(きよろくこう)、玄丘狡尉(げんきうかうい)を招いて云ふやうは

「今日(けふ)、まれの客(かく)來つて、酒宴せよ」と云ひやる。

六人やがてきたる。

黒衣(くろきころも)を著たる者あり。

一々礼拝(れいはい)す。

白額侯(はくがくこう)は錦(にしき)を著(き)、白き冠(かむり)をいたヾき、形はなはだたけし。

滄浪君は青き衣(ころも)を著、五豹将(ごはうしやう)はまだらなる衣をきる。

鉅鹿侯(きよろくこう)はつヽれを著て頭(かつら)に三つの角(つの)あり。

一人づつ拝するごとに巴西侯もまた答拝(たうはい)す。

各(おの/\)東西南北に列坐(つらなりざ)す。

酒を飲み音楽を奏す。

又十余人の美人出て、歌ふもの舞ふもの管絃(くわんげん)あり、酒半(なかば)なる時に、白額侯(はくがくこう)かへりみて、張〓(ちやうせん)に向つて「我、今日いまだ夜食(しょく)せず。

客よ、我ために食せしめんや」と云ふ。

〓答へて「我、いまだ君の食物のいはれを知らず」と云ふ。

白額侯(はくがくこう)が曰く「只客(かく)の身をくらはしめよ。別の味(あちはひ)を求めず」と云ふ。

〓恐れて退かんとす。

巴西侯(はせいこう)これを見て「いはれなし。此酒宴の悦(よろこび)に何ぞ客の心にさかふことあらんや」と云ふ。

白額侯(はくがくこう)笑つて曰く「我たはむれて云ふのみなり。誠に左様にはあらず」

暫くありて洞玄先生(とうげんせんせい)と云ふもの來つて門をたヽき「物申さん」と云ふて、黒衣(くろきころも)きて頭(かしら)ながく身の形広き者一人、入つて拝す。

巴西侯呼(はせいこうよ)んで坐せしむ。

やがて「何故にきたるや」と問ふ。

洞玄先生(どうげんせんせい)答へけるは「我はよく占(うらな)ふ者なり。主人の憂ひすらんことを知る。

かるがゆえに、これを申さんために來る」と云ふ。

時に「座上(ざしやう)の客人(かくじん)、謀ることあり。今これを除かずんば後に必ず害あらん」と云ふ。

巴西侯(はせいこう)怒つて「此悦(よろこび)の酒宴に何事の憂(うれひ)あらん。是を殺せ」と云ふ。

洞玄先生重ねて云ふやうは「我言(ことば)を用いずんば、我も死なん、各(おの/\)も亦死なん。後に悔ゆとも叶(かな)ふべからず」と云ふ。

巴西侯怒つて、終に洞玄先生を殺す。

夜半(やはん)に及んで、ことごとく皆酒に酔うて搨(たふ)にふせり。

〓も亦うたヽねす。

天まさにあけんとする時、忽ち目さめて見れば、我身、大なる石龕(いはほ)の内に伏(ふ)せり。

その中に繍(にしき)の帷(い)幕(ばく)を張る。

種々の宝(たから)のもてあそびものあり。

一の大猿、形人のごとくにして酔(え)ひて地に伏(ふ)す。

是巴西侯(はせいこう)なり。

又一つの熊、前に伏(ふ)す。

これ六雄将(りくゆうしやう)なり。

又其まへに白き項(くび)の虎、酔(え)うて伏(ふ)す。

これ白額侯(はくがくこう)なり。

一つの狼あり。

是滄浪君(さうらうくん)なり。

又、一つの豹(へう)あり。

是五豹将(しやう)なり。

又一つの鹿、一つの狐あり。

その前に伏す。

これ鉅鹿侯(きよろくこう)、玄丘狡尉(げんきうかうき)なり。

みな同じく酔伏(えひふ)して正体(しやうたい)なし。

又一つの亀、その龕(いはほ)の前に死す。

即ち先(さき)にころす所の洞玄先生なり。

〓これを見て大に驚き、急ぎ山を出、馬を馳せて里人(さとびと)に告ぐ。

里人相集り、百人あまり弓箭(きゆうせん)をとりて山に入りて、其所に到る。

猿(さる)忽ち驚いて啼きさけんで「洞玄先生が諌(いさめ)を聞かずして、今果してかくの如きか」と云ふ。

諸人其龕(がん)をとりまき悉くこれを殺す。

その隠してたくはへたる所の珍物を記し、事の子細を太守に申す。

これよりその憂なし。

{説淵に見えたり。大平広記にもあり}