附録(ふろく)

或人(あるひと)問(とふ)。叟(そう)が毎歳(まいさい)著(あらはす)ところの稗史(はいし)。すべて烏有先生(うゆうせんせい)に托(たく)して勧懲(くわんちよう)の

捷径(ちかみち)とす。今(いま)この梅柳新書(ばいりうしんしよ)も。亦(また)その類(たぐひ)なるべし。梅稚(うめわか)の事もつはら謡曲(ようきよく)に伝(つたふ)るをも

て。世(よ)の人口(じんこう)に膾炙(くわいしや)すること久(ひさ)し。しかれどもふるく物(もの)にしるせるをみず。叟(そう)何(なに)

に据(よつ)てこれを作(つく)る。余(よ)答(こたへ)て云(いはく)。梅若物語(うめわかものがたり)〈写本〉といふものあり。今(いま)罕(まれ)に伝(つた)ふ。こは

中葉(なかつよ)の人(ひと)の筆(ひつ)するところとおぼし。角田川(すみだかは)の謡曲(ようきよく)はこれより出たるなるべし。

亦(また)万里居士(ばんりこじ)が梅花無盡蔵(ばいくはむじんさう)に梅若(うめわか)の事(こと)を論(ろん)ず。この外(ほか)に所見(しよけん)なし。但(たゞ)秋夜

長物語(あきのよながものがたり)に梅稚(うめわか)の事みえたり。しかして世(よ)に傳(つたふ)るところと遙(はるか)に異(こと)なり。こゝに

抄出(せうしゆつ)して後人(こうじん)の批評(ひひゃう)を俟(まつ)のみ。

 秋夜長物語(あきのよながものがたり)に云(いはく。後堀河院(ごほりかはのいん)の御宇(ぎよう)。西山(にしやま)の膽西上人(せんさいしようにん)。もとは北嶺(ほくれい)東塔(とうたふ)

 の衆徒(しゆと)。勧学院(くわんがくいん)宰相(さいしやう)律師(りつし)教戒(きやうかい)といへり。教戒(きやうかい)いさゝかなる思ひありて。山(やま)を

 出(いで)て他(た)に住(すま)んとしけるが。さすが醫王(ゐわう)山王(さんわう)の結縁(けちえん)もすてがたく。同坊(どうぼう)同侶(どうりよ)の

 わかれも名残(なごり)をしくて。あかしくらしけるが。あるとき石山(いしやま)に七日こもりて通夜(つや)す。

 その夜(よ)の夢(ゆめ)に。美少人(びしようじん)をみて。こゝろに忘(わす)れずうかれありきしに。三井寺(みゐでら)の邉(ほとり)

 にて雨(あめ)にあひて。聖護院(せうごいん)の御坊(ごぼう)の庭(には)に立(たち)よれり。しかるところに。二八ばかりの美

 少人(びしようじん)花(はな)を手折(たをり)てたゝずみ居(ゐ)たり。是(これ)は三條(さんでふ)京極(きやうごく)に住(すみ)給へる花園左大臣(はなぞのさだいじん)

 の子(こ)。梅若(うめわか)と申にてぞありける。律師(りつし)が夢(ゆめ)にみたるおもかげにすこしもたがはねば。

 いよ/\思ひまさりつゝ。かの少人(しようじん)のつかへる童(わらは)をかたらひ。文(ふみ)をおくりければ。少人(しようじん)その

 心をあはれみ。律師(りつし)を招(まね)きて一夜(ひとよ)あひけり。これより後(のち)律師(りつし)。山(やま)にかへりても猶(なほ)

 恋慕(れんぼ)のこゝろやまず。ふししづみてあかしくらせり。梅若(うめわか)此(この)よしを聞(きゝ)て。かの人

 はかなくなりなば。なからん跡(あと)を問(とひ)てもかひなし。たとひしらぬ山路(やまぢ)なりとも。だつね

 ねけんと思ひたち。童(わらは)一人(ひとり)を倶(ぐ)して出(いで)けれども。あゆみなれぬ道(みち)につかれて。

 辛崎(からさき)の松(まつ)のかげにやすらひ。あわれ天狗(てんぐ)こだまなりとも。われをといて比叡山(ひえのやま)へゐて

 のぼれかしなどいふ所(ところ)に。年(とし)たけたる山伏(やまぶし)来(き)て。いづちともなくうばひゆきぬ。梅

 若(うめわか)うせたりとて。山門(さんもん)三井寺(みゐでら)大にさわぎ。山門(さんもん)の衆徒(しゆと)教戒(きやうかい)律師(りつし)以下(いか)。如意嶽(によいがたけ)

 より乱(みだ)れ入(い)り。三井寺(みゐでら)に火(ひ)をかけてやきはらひぬ。その後(のち)梅若(うめわか)帰(かへ)り来(き)にけ

 れば。わが事(こと)故(ゆゑ)に佛閣(ぶつかく)殿舎(でんしや)。火災(くはさい)に罹(かゝ)りしを悲(かな)しみ。泣々(なく/\)文(ふみ)を書(かき)。童(わらは)にもた

 せて律師(りつし)につかはし。瀬田(せた)の橋(はし)の下(もと)に身(み)を投(なげ)てむなしくなれり。律師(りつし)

 まどひ来(きた)り。はかなき骸(から)を岩(いは)の狭間(さま)より尋出(たづねいだ)し。血(ち)の涙(なみだ)をながせともかひなし。

 その夜(よ)やがて葬(ほふう)りおさめ。遺骨(ゆひこつ)を首(くび)にかけて諸國(しよこく)修行(しゆぎよう)し。亡跡(なきあと)ねん

 ころに吊(とひ)にけり〈以上秋夜長物語〉

按(あん)ずるに長物語(ながものかたり)に年(とし)たけたる山伏(やまぶし)。梅若(うめわか)を奪去(うばひさ)るとあるを取(とつ)て。後人(こうじん)松若天

狗(まつわかてんぐ)に奪(うば)ひ去(さ)らるゝと作(つく)りかへたる歟(か)。亦(また)教戒(きやうかい)律師(りつし)。梅若(うめわか)の遺骨(ゆひこつ)を携(たづさへ)て諸國(しよこく)

修行(しゆぎよう)すとあれば。武蔵國(むさしのくに)墨田川(すみたかは)の畔(ほとり)などにもて来(き)て〓(病垂+坐)(うづめ)。しるしに柳(やなぎ)を栽(うへ)。

その後(のち)叡山(えいざん)の因(ちなみ)に山王権現(さんわうごんげん)と祭(まつ)りしにや。さはいへ秋夜長物語(あきのよながものがたり)といへども。男

色(なんしよく)鶏姦(けいかん)。うきたる説(せつ)どもを輯録(しうろく)せしものなれば。これを本説(ほんせつ)とも定(さだ)めがたし。

蟠龍子(はんりうし)は世(よ)にいふ愛護若(あいごのわか)の事。彼(かの)長物語(ながものかたり)の梅若(うめわか)に因(よつ)て作(つく)り設(まうけ)たるもの也

といへり。余(よ)が往(さき)に著(あらは)したる俳諧(はいかい)歳時記(さいじき)梅稚塚(うめわかつか)大念佛(だいねぶつ)供養(くよう)の條下(でふか)にこれ

らの説(せつ)を引(ひか)ず。彼(かの)書(しよ)は倉卒(そうそつ)の際(あはひ)に稿(こう)じをはりしかば。考(かうがへ)もらしたるもなほ多(おほ)かり。

亦(また)問(とふ)。都鳥(みやこどり)は伊勢物語(いせものかたり)業平(なりひら)の詠哥(ゑいか)に名(な)たかきをもて。世俗(せぞく)墨田川(すみだかは)ならでは

なき鳥(とり)也とおもへり。墨田川(すみたかは)ならでも。都鳥(みやことり)をよみたる石所(ところ)ありや。答(こたへ)て云(いはく)。

都鳥(みやことり)は彼(かの)川(かは)に限(かぎ)らず。外(よそ)にも夥(あまた)よめり。八雲御抄(やくまみせう)に。みやこ鳥(とり)はすみだ川(かは)なら

らで京(きやう)ちかき川(かは)にもありとしるし給へり。この事(こと)既(すで)に蟠龍子(はんりうし)の辨(べん)に審(つまびらか)なり

その古歌(こか)左(さ)のごとし。

 後拾遺集(ごしういしう)に。和泉(いづみ)にくだり侍(はべ)りけるに。都鳥(みやことり)のほのかに鳴(なき)ければよめる。和泉式部(いづみしきぶ)。

  ことゝはゞありのまに/\みやこ鳥(とり)みやこの事をわれにきかせよ

 この歌(うた)家集(いへのしう)にもみえたり。又古今著聞集(こゝんちよもんしう)。少将内侍(しよう/\のないし)の哥(うた)に

  春(はる)にあふこゝろや花(はな)のみやこ鳥(とり)のどけき御代(みよ)のことやとはまし

 十六夜日記(いさよひにき)に。すみだ川にこそありと聞(き)しかど都鳥(みやことり)といふ鳥(とり)の。はしとあしと

 あかきは。此(この)うら〈相模〉にもありけりとありて。阿佛(あぶつ)。

  ことゝはむはしとあしとはあかざりしわが住(すむ)かたのみやこ鳥(とり)かと

 頓阿草庵集雑(とんあさうあんしうぞう)

  あれはてし是(これ)や難波(なには)のみやこ鳥(とり)今(いま)も堀江(ほりえ)の川(かは)に鳴(なく)なり

蟠龍子(はんりうし)は頓阿(とんあ)が歌(うた)をもらせり。なほこの外(ほか)にもあるべし。

亦(また)問(とふ)。木母(もくぼ)と稱(となふ)る寺(てら)は。梅若(うめわか)の梅(うめ)といふ字(じ)を分(わかち)たりとおぼし。しかれども梅(うめ)は

 毎(ばい)に从(したがひ)て母(ぼ)にあらず。母(ぼ)に从(したがふ)ものは栂(とが)なり。木母(もくぼ)を梅(うめ)とする事。たしかなる説(せつ)

 ありや。答(こたへ)て云(いはく)。俗説辨(ぞくせつべん)に湖海新聞(こかいしんぶん)を引(ひい)て曰(いはく)。北朝(ほくちやう)山濤(さんとう)字(あざなは)致遠(ちゑん)。赴召(おもむくめしに)宋神

 宗(そうのしんそう)問(とふて)曰(いはく)。卿(なんぢ)自(より)2山路(さんろ)1来(きたる)云云(しか/\)上(かみの)曰(いはく)自(より)2山路(さんろ)1来(きたらば)。木公(もくこう)木母(もくぼ)如何(いかん)。濤(とうが)云(いはく)。木公(もくこう)正(まさに)倣(むかへ)

 歳(としを)。木母(もくぼ)正(まさに)含(ふくむ)春(はる)。木公(もくこうは)松(まつ)。木母(もくぼは)梅(うめ)也(なり)。稱(かなふて)旨(むねに)除(ぢす)2中書(ちうしよに)1

今(いま)按(あん)ずるに。梅(ばひ)あるひはこれを〓(木+冉)(なん)といふ。〓(木+冉)(なん)音(おん)は南(なん)。説文(せつもん)。又(また)爾雅(しが)釋木(しやくぼく)等(ら)

にみえたり。史記(しき)貨殖傳(かしよくでん)に。江南(こうなん)〓(木+冉)梓(なんしん)を出(いだ)すとあるも梅(うめ)の事也。冉(ぜん)と母(ぼ)と字(じ)

形(ぎやう)相似(あいに)たり。。冉(ぜん)を母(ぼ)に誤(あやま)るは。毎(ばい)を母(ぼ)に誤(あやま)るかいまたしるべからず。。かゝれる梅(うめ)を

木母(もくぼ)と稱(せう)する事。後人(こうじん)の杜撰(づさん)にあらず。その稱来(となへき)たる既(すで)に久(ひさ)し。栂(とが)は和(わの)俗字(ぞくじ)歟(か)。

字書(じしよ)にはたえてみることなし。木母(もくぼ)精舎(しようじや)の名目(みやうもく)われこれをいかにともいひがたし。

梅若(うめわか)の梅(うめ)といふ字(じ)を分(わかち)たらんとおもふは推量(すいりやう)の説(せつ)なり。よしや梅(うめ)に因(よつ)て

名(な)つくるとも。神宗(しんそう)梅(うめ)を木母(もくぼ)とす。なほ別(べち)に故(ゆゑ)あるべし。

右(みぎ)無用(むよう)の辨(べん)に似(に)たれども。聊(いさゝか)或問(わくもん)を附録(ふろく)して。もて好古(こうこ)君子(くんし)の一〓(口+劇)(いちぎやく)に

備(そな)ふ。余(よ)が管見(くわんけん)。なほ僻説(へきせつ)おほかるべし。この書(しよ)乙丑(きのとうし)の冬(ふゆ)。十二月上浣(じやうくわん)はじ

めて草(さう)を起(おこ)し。今茲(ことし)丙寅(ひのえとらの)正月下浣(げくさん)稿(こう)を脱(だつ)す。おなじ年(とし)の七月

廿三日。更(さら)に校正(こうせい)すとて。巻(まき)のをはりにかいつけ都(つ)。

    蓑笠隠居 (印) (印)

飯台曲亭翁。嘗所著之稗史。文思奇絶。義理深妙。乃

擇畫者而圖之。擇剞〓(厥+刀)而刻之。繍梓既成。翁手親校

正。蓋曲亭翁。家號瀧澤。名觧。字瑣吉。別號著作堂。亦

稱蓑笠隠居。世人呼為馬琴子。本房毎歳得其所著

以刋布。翁著述最多。僅録十之二三。呈教云〓(人+↓小)。

  曲亭主人著編題目   仙鶴堂識

○戯子名所圖會    己未冬出 全三冊

○小説比翌文     癸亥冬出 全二冊

○復讐奇譚稚枝鳩   甲子冬出 全五冊

○四天王剿盗異録   乙丑冬出 全十冊

○墨田川梅柳新書   今年新版 全六冊

○巷談因果経     今前   全五冊

頼豪阿闍梨怪鼠傳(らいごうあじやりくわいそでん)   来ル卯の十二月本うりだし申す

○曲亭主人著述目録    近刻披露總一十部

袈裟御前七帖法語(けさごぜんしちでうほふご)

女郎花頼風傳 本朝金石縁(ほんちやうきんせきえん)

宋素経異聞録 漢和撫子草紙(からやまとなでしこさうし)

照手姫松月奇編(てるてのひめせうげつきへん)

松浦佐用姫石魂録(まつらさよひめせきこんろく

真間手姑名紅葉諺歌(まゝのてこなもみぢのわざうた)

名家徳四才子傳(めいかのとくしさいしでん)

雲絶間請雨紀聞(くものたえまあまこひきぶん)

姿ノ姫心ノ鬼 百合稚栄枯物語(ゆりわかゑいこものかたり)

由良湊貝津物語(ゆらのみなとかひつものがたり)

藝善種栄曁湊造悪業辱小

〓(麻+↓公)栄辱全醸自己古今来

一因果

       ?花青洋(印)(印)

  ○墨田川梅柳新書畫者〓(厥+刀)人目次

    繍象       葛飾北斎 筆 (印)

    剖〓(厥+刀)  酒井米補 刀 ※(印)

    江戸本町筋通油町

 文化四年丁卯春正月發行

    書肆鶴屋喜右衛門