序

鎌倉の右大将家。御謀のふかきめぐみを。

汲かはす盃の底意なき。佐々木梶原縁者の

先陣をあらそふ。武道の昔鏡。くもらぬ

ふたりの母親の慈悲。千どりは塩焼の娘ながら。

そだちより宇治川の高名。鎧は紫威藤戸

合戦を。ひらがなに記し。盛衰記吾妻鑑の

おもかげと。對の盃のさいたおさへた。間を

正月の翫び草とは綴り侍りぬ

                    八文字

                            自笑 [龜]

            作者    八文字

                            其笑 [順]

    元文六ツの

      酉の年の始

宇治川

    魁對盃                            一之巻

 藤戸海

    目録

第一 恋のはなれ舟に取て見る梶原が思ひ

    延寿と〓〓とは兄弟さしあひくらぬ

    いとこのつまださめ立聞するふすま

    の景高水くさうないは塩やきの娘

第二 宇治川よりまづ千どりがけの先陣

    いとこのてかけにこゝろを沖の石

    ぬれてかはかぬ母親のたもと朽ても

    くちぬ武士のたましゐくらべ

第三 大将の盃のみこみのよい若武者

    合圖にての勝まけはそこのしれぬ

    川波の音おどろくふたりの母の

    おもひはかへしがたき都の使

 (一)恋のはなれ舟に取て見る梶原が思

韓非子の曰。蟆は蛇のために呑れ。蛇は蜒のために滅し。

蜒はまた蟆に亡さるとや。輪廻して相討。周旋して報讎す。

其因その果。車の環なきがごとし。保元平治の合戦に。源

氏勢ひを失ひ。平家の一門夜に倍し。日に増し繁昌して。

官位恣に任叙し。知行心にまかせて。領〓しけるうへ。太政入道

清盛公の息女。入内して安徳天皇をうみ奉り給ふより。一朝

の外戚と仰がれ。権威四海に充溢けるまゝ。君を蔑にし民を

しひたげ。我儘にふるまひけるを。今更鎮むべきは。源家ならず

して誰あらんやと。故帯刀先生義賢の子息。木曽冠者義仲

信州よりはせのぼり。釼尖つよく計義しきりにして。するどく

平家を責つけ。戦ひあたりがたくして。平氏の貴賎都にたまりがたく。〓〓国一の

谷へ落けるまゝに。おそれある御事は。安徳天皇も。平家のためにいざなはれ

給へば。三種の神器も鄙塵に侵され。都は皇位空しく。神寳安んぜずして。

こはいかならん世ぞと。院の御所をはじめ参らせ。月卿雲客御心をなやまし給ふ

うへに。平家に十倍したる。木曽が狼藉。おして左馬頭に任じ。みづから朝日将軍

と号して。公家殿上人を奴婢のごとくあいしらひ。傍若無人の有様。鎌倉に

聞えしうへ。木曽が狼藉しづめよとの。院宣下りければ。前の右兵衛佐源頼朝。

一門ながらゆるし置べきにあらずとて。舎弟蒲冠者範頼。九郎義経を両大

将と定め。数万騎馬の兵軍をさしのぼせられける。すでに此度軍にしたがつて

のぼりし。梶原平三景時が嫡子。源太景季が母。延寿と。佐々木の三郎

盛綱。同四郎高綱などが。母の錦繪とは。姉妹にて。ともに義経の御家来

権頭兼房が妹成けるが。たがひにつまや子共の。軍に立し留守のつれ%\を。

あなたへまねかれこなたへよびて。あつはれ手がらをもせよかしと。神にいのり仏に頼みを

かけて。たよりを待けるが。けふは梶原方へよりて。何となき物語。姉の延寿妹の

錦繪にむかひ。みづからが夫。平三景時殿。惣領の源太も。木曽殿の討手に

くはゝり。そもじの子共衆もともにのぼられしか共。そもじ方には。源三秀義様。かま

くらの惣がためとて残らせ給へば。さぞ力も有べしといへば。いかにも仰られます通。夫

源三殿かまくらには残られましたれ共。諸大名人数をつくして。京都へはせ向はれ。

お側さらずの梶原様をはじめとして。竹田加賀美。山名。稲毛。榛谷。小山。中

沼。結城の一黨。曾我。中村。久下。河原。藤田の輩は。蒲様にしたがひ給ひ。安田。

大内。村上。田代。土肥。長野。佐原。和田。熊谷。平山。天野。小河原。多々良。〓子。

別府を先として。畠山の一類ともに。手前の忰三郎盛綱。四郎高綱悉く

からめ手の御大将。義経様に付添てのぼられしゆへ。かまくら御用心の為とて。

夫源三儀は。昼夜若君。よりとも様の御側につめきりにて。自分の屋敷へ

[挿絵]

a1)佐々木源蔵\相つめる

a2)かばのくはんじや\のりより\討手の大将ヲ\かふむる給ふ

a3)御太刀持

a4)よりとも公

a5)對の盃を\両人へ下し給ふ

a6)かぢはら\源太\盃をいたゞく

a7)両人の大将へ\うつての代官を\云付給ふ

a8)九郎判官\よしつね\かしこまり\ました

a9)〓〓〓〓〓\盃いただく

a10)佐々木四郎\高つな

a11)ほうじやう殿\相〓給ふ

a12)小姓しやく〓

a13)いけがき\するすみ二疋馬

a14)ちゝぶ重忠\聞ゐ給ふ

a15)梶原平三\いくさ大将〓〓

とては。さがれませねば。留守のさびしさは同じ御事でござんすと。會釈すれば。姉

の延寿。子の手がらも同じ事。甥は子といへば。どちらにも手がらさせた

い。それにつゐてことに兄むすこ。源太方へは兄兼房殿のあいさつにて義経様

の御内衆熊井太郎殿娘子をもらはふかといふてゐる事じや。なんとそちの

三郎盛綱までは。唐草といふ内義の有事じやが。弟の四郎高綱には。いまだ

定れる。内室もない事しやが。さいわい宇都宮殿に。よい娘ごがあると聞たゆへ。

こちへ出入。おちよぼといふ女針師が。宇都宮殿へも出入するゆへ。どうぞ肝いりたいと

いふがなんと。似あふた事ではないか。どうぞ源三様へ申て。高綱の留守の内に。究て

をかれまいかと相談せらるれば。マア/\それは耳よりな事でござんす。手前も一

版むすこの定綱。二男の経高には。相應の嫁も手て置ましたうへに。三男盛綱

には。おしりなさるゝ通。ちかい頃嫁を迎へましたが。此よめの兄様伊勢の三郎

と申は。義経様のお側衆なれば。さだめて此度は道中すがい?も心やすう。小舅の

伊勢殿と盛綱とは。しつほりとはなさるゝでござりませふ。いかにも宇都宮

どのゝ娘ごならば。高綱へもらひましたい物でござんすといふを。錦をにつゐて

きたる腰もとのちどり。次の間にひかへしが。むつとしてきてたまられず合の襖

をおしあけ。申シおく様。ソリヤマアなんの事でござりますぞ。四郎高綱様は。何やら

願たてがあるによつて。マア急に女房とてはもたぬとおつしやつて。あなたこなた

から様々の縁をいふて来ても。罸にあたる事いふて下さりますなと。おまへ

の目の前でいひ切てをかせらるゝじやござりませぬか。それにお留守の内に。

よめごのせんさくなされたらば。四郎様の御願さてのさまたげと成。大切な軍

場で。どうしたけがあそばすまい物でもないにと。めつたに腹立れば。梶原

の奥延寿は。ハテきどくな主を大切がるものとほめ給ふに。錦繪色をかへて。

けれう姉さまばかりなればこぞ大事なけれ。四郎高綱が軍中にて〓〓し

やらうとは。あたいま/\しいやつの。あつちへすさるまいかと。次の間へおいやり。小

聲に成て。ソレ聞て下さりませ。四郎高つなと。あの千どりめが念比してをりま

すゆへ。あのやうによめの事といへば。さらへこたへ申て。邪广したがります。四郎もあい

つに首たけと見へましたれども。どうであいつとの縁がきれずば。女房は持ますま

い。どうぞ縁をきらす仕やうは。ござんすまいかといへば。扨も/\四郎もそのやうに

おとなしうなられたか。そなたの乳房くはへて。又してみづから膝へも。尿しかき

やつたを。きのふけふのやうに思ひますに。人なつかしがる病人お。わかい小息子の

そばに。きりやうのよいこしもとは。ゆだんせぬがよいといふが。いか様思ひあたつた

シテマアあの千どりは。侍の娘で付し?ござるかとあれば。サアあれが二字(なうじ)をもかけ

たものゝ娘でござんずれば。ハテないならひではなし。引あげてよめにすまいも

のでもござんせね共といふを。次の間より立聞する。千どりが心ぞかなし

けれ。アノ千どりは備前のもので浦かたの塩やきの娘とやら聞ましたが。十年

切て十二のとしから手前へ参り。ことしはたちかと覚ます。一向けいせいしら

びやいし。たとへいか成いやしきつとめにもせよ。金出してうけ出した所が筋目に

なるゆへ。めをふさいでそはしますれ共。塩やきの娘を内に置て。佐々木四郎

がせらつたのはらませたのと。かまくら中の沙汰に成ては。兄共が聞ますまいと。

わしもいろ/\思案して見る事でござんすといふを。ふすまのあなた成千鳥

は。ヱヽ何のいんぐわに。君傾城にはうられざりしぞ。惣嫁に成と賣てくだされ

なんだ。ふた親がうらめしいと。親の渡世がらとて。しほたれたる涙の袖。ほすべき

やうもなかりけり。姉の延寿は。物事功者にて。それならばとふぞ。あの千どりが

外の男に心のうつるやうにして。四郎に見限らせ。そこで急によめを取たい

物じや。ハテたれぞかりに成とも。ちどりにぬれかゝつて。くどきおとすものは有まい

か。いかさま是は上分別と。女中どしの相談。はかどらぬ上の間の障子をひらいて。こ

ほん/\と咳ながら。刀を杖につき。さかやきばら/\とのび。髭青ざめて出るは。梶原

が二男。平次景高。コリヤ叔母者人よう御出なされました。此度親共兄貴を初め。

そこもとの盛綱なども。木曽の討手に向れ。それからすぐに平家を追討との事。

私も此いくさには立で叶はぬ身なれども。御存の通長/\の病氣。アレ/\又せきが

まいる。こほん/\とせきつめ。最前から寝所で聞をりましたが。四郎高綱へよめ

取の妨に成千どり。ハテいとこどしの為に成事ならば。及ばずながら此平次が。心には

思わね共。くどきおとして。高綱に見かぎり付てさせて見ませう。あまり苦に

なされますなといへば。延寿も錦繪も。四郎高綱に嫁とるために成やうにす

まして。そなたに嫁よぶさはりに成やうな事仕出してたもんなた。それでは頬を

顔へなをすとやらで。何の役に立ぬ事とあれば。其段はお気つかひあそばすし

ますな。たとへ側にねても指もさす事じやござりませぬと十面つくつて

いへば。錦繪につこと笑ひ。指は大事ないが。備前ものじや。わつてたもんなといふて。

マアわしといふ事が。延寿様も爰にじやのにと笑ふて。延寿もろ共平次に打つれ。

奥の一間へ入にける。千どりはとんと心すまず。ふすまあけてかけ出。そこにどつか

とすはつて。むねに取を置思案して見ても打つかず。ヱヽどんな時に木曽殿のむ

おんおこして四郎高綱様まで。延遠方へ引つらんした事ではあるぞ。此様子を文に

したゝめて。四郎高綱様かたへいふてやりたい物じやが。イヤ/\大かた今比は。宇治川と

やらんへついて。軍最中でかなあらふに。ゑいやつとう/\と切あつてゐさんす中へ。、参る身

よりといふ文を出したら。跡でめのぬけるほどしからんすであらふ。ハテなんとせうなアと。

取つおいつなげくびしてゐるうしろより。梶原平次によつと出て。ほうどだきつけば。

コリヤ何事でござんすぞ。四郎高綱様と縁きらすためのかはりことに。おまへがわ

しをなぶらんすはづといふ事は。さつきにあちらから聞て置ました。そんな

手はくいませぬと。にげありくを。平次やよめに成て。わるいがてんじや。せいもんくさ

れ侍みやうりにかけて。そなたにはしんじつとうから。此平次がほれぬいてゐる。

叔母者人が供につれてわせるたびに。見るとくびすじもとから。ぞつとする

ほど心がもだつけ。母かたにつれてはのがれぬていのがれぬ中の。めしつらひとはいへども。麁相

な事いひかけて。ひよつて源三殿から。こちのおやぢ殿へ付とゞけなどが有ては

たまらぬと。瀧の水を筏でとめるやうに思ふて。こらへてゐたが四郎高綱と縁を

きらするかりの男になる役目とは。天のあたへと。母者人やおばきを一ぱいさせ

ておいた。塩やきの娘猶忝い。したゝるうねてもらいたい。ハテ君ゆへにけふまではも

しほたれつゝわぶとこたへよと。しなだれかゝりしは。いやらしかりし有様なり

 (二)宇治川よりまづ千どりがけの先陣

氷糖は堅きに似て。舌にくだかれ。甘き詞の末はとげざる。うはきものゝ梶

原平次。千鳥に思ひこがれし。日比の思ひをあぢな所で。叶はんとよれつもつれ

つくどかるゝ。身には碇するむねの思ひ。真実ならば猶いやでござんすと。ひんと

そむけたるくびすじもとのかはゆらしさ。是こちら向てたもれ。是じや/\と拝む

を。ハテわけもない事なされますなと。にげんとする帯にすがつて。くどきかゝり

ては。いやでもおふでもしたがへねばおかぬ高がくどきおとせと。母者人とその方

が主人おばきとのいひ付なれば。聲たてゝからが大事ない。後ともいはせぬ

約束のため。爰でねてむらひたいとはなさねば。申梶原様ようお聞なされ

ませいや。此度木曽様の討手として。義経様の御手に属し。四郎高綱様とお

まへの兄御。源太景季様のおのぼりなさるゝ時に。御大将頼朝様の御両人へ

名馬を一疋つゝ下しおかれ。いけずきするすみとて。天が下に名高き馬を

くださるゝは。的宇治瀬田にさらへなん時大河に心おくれして。味方すゝみがた

からん時。両人の内此馬に乗て先陣し。味方をいさめてそだてよとの御心にて。

かはらけの盃はわれもせん。御ぬり盃の散かゝるていを書たる。銀だゝみの盃下し

置れ。両人共高名てがらしたらば。軍中にて一盃なし。使をたてゝかまくらへ

此盃をさしもどすべし。はゞかり申すはつねの事也。盃のもやうを見て。水まき

来らば佐々木が手がらとしり。ちる梅来たらば。梶原が高名と悦ばん。はや〓

とくと御いとま給はつてかの盃を鎧の引合せに納めて。向はせ給へば。おいとこどし

といひながら。きついはり合の盃事。どうも此盃ばかりはわきからすけて

あげませう共いはれず。相もかはらず。むねをこがしてゐますに。おまへも兄御様の

御身のうへをあんじなされず。私をくどかんす所じやござんすまいがなといへば。平

次あざ笑ひ。そちは女の事じやによつてしるまいが。惣じて平氏の子共は

平太平次などゝ。名乗法也。身が先祖は平氏なれ共かまくらの権五郎

景政より。源家の忠臣と成来れり。しかるに兄貴を。平太とも名付ずして。

源太とよぶ事は。父平三殿先妻果られて。後妻を尋られしに。権頭兼房

といふ人の妹に。延寿といふが。故左馬頭義朝公の御弟。志田四郎左馬ノ尉

頼賢の妾と成。一子をまうけ源氏の子なればとて。源太と名付。今の

兄貴景季是也。しかるに頼賢は。保元の軍に。討死めされ。幼き子を

抱て。流浪せられし母をよびいれて妻とし。主君へ筋めある子なればとて

我子としてそだてられしか共。源の字を改ずして。源太と名乗せしかども。其

比は平家繁昌のみぎりにて。世にしたがひ時節を見合せて。父平三殿も

清盛へつかへられし皆人が平三殿の子に。源太とはと不審する人あれば。

義朝公の嫡男。悪源太義平殿の御誕生の時。めされし鎧を。世に源太が

産衣といふをまぎらかして。かれが生れし時。義朝公より鎧を下されしゆへ。

鎧親と存じて。源の字をかたどり。源太と申と間にあひをもつて。人口

をふせぎおかれたるに。そのゝち身共が出生したれば。権五郎景政よりぢき

傳の梶原嫡々といふは此平次。景高一たんやなひたる兄貴といひ。

腹はひとつなれば。今更ぼい出されもせず。此度佐々木ニあらそひまけて。面目

なく思ひ。腹でも切るゝか。平家のつよ弓。能登守に射ふせらるゝか。なれ

ば此家は身が丸どりといふもの。何の案ずる事はない。コリヤさうなれば。大

名のおく様じやがと。手をとれば。アイ/\あれおく様のめします。ちよつといて参リ

ませふと立を。どこへ/\ねてもらはねばはなさぬといふを。きのどくがり。いかにも

どう成ともいたしませうが。さすが四郎高綱様へ申わけのない事は成ますまい。

高綱様の宇治川の先陣にまけさんして。かまくらへ得お帰りなされぬといふ事が

聞えましたらば。いかにも御心にしたがひませうと。當座のがれにいへば。それでは兄の

源太が鼻が高ふ成て。身が為にはならぬ共゛。ハテそもじさへ手に入事ならば。

その時いやとはいはせぬぞやと。ことばをつめられ。ひよんな事いふたと思ふ折

ふし。表侍追/\に宇治表より。源太様のお帰りとつぐるに。延寿は心もとなく

立出らるれば。錦繪もとも%\。何事でかな帰られしぞと。端居ちかく出るに。平次

も手もちあしく。もぢ%\として脇の方へかたづけば。千どりもはづかしさふに下

の座にぞなをりける。梶原平三が嫡子。源太景季。旅服を改めず。半臂

の肩折膝下括の袴に。太刀わきばさみ。奥へ通れば。母の延寿。何とて中

途よりは帰りしぞとあれば。叔母の錦繪は。源太がめづらしや。手前の四郎高綱も。宇

治川にてこ高名はせしか。かまくら殿の御盃手がらせしものは。早々さし戻し奉れ

との上意成に。そなたが帰りしはいか成てがらをしてか。御盃をかへし奉るこゝろで

戻られしぞ。なぜ我子の四郎は。御盃をさし戻す。使成共奉らぬぞとあせらるれ

ば。ソリヤこそ兄の源太が先陣して。佐々木の四郎はまけたよなと。うれしさうに千

どりが方をみれば。千どりはあるにあられず。平次様まだどふやらしれぬ事を。

四郎様の先陣なされたら。何となされませうと。腹立ても心の内のやるせなさ。色

にも出る斗也。梶原源太懐中より封じ文を取出し。親人平三殿のお文でござり

ますと。母の前にさしをくを。延寿は取手もおそく。封じめといて。これ/\見さつ

しやれ何のゑんりよもないにと。妹の錦繪と共によめば。我/\したがひ来りしから

め手の御大将。九郎義経公先以御堅固にて。此度の軍もかちほこりとよみて。

両人手を打。扨もうれしや。是/\皆の衆味方のかちじやといの。悦ばしい事では

ないかといふて。次をよみかゝりしが。延寿文をひんまいて。妹の錦繪に見せぬ。

身ぶりを合点して遠慮し。マア平三様御そく才でおうれしうござんしよと。あいさつ

あれば。かくさぬふりにてかくす心のぬすみ讀。思はずうかむ涙をかくし。つゝむとすれ共゛

びつくりせし顔ばせ。見てとる妹の錦繪は。とふにとはれぬ心づかひを。何共思はぬ平次

かげ高是/\兄者人。定て宇治川の岸に望み。向の岸には。木曽の大勢矢ぶ

すまを作つて待かけたる所に。味方はもとよりなれぬ川浪。いくさはむ月廿日あまり

と聞なれば。ひらの高根志賀の山。昔ながらの雪も消。谷%\の氷とけて。水は折

ふしまさるべし。瀬枕大きに瀧鳴て。さかまく水も早かるべきに。大将軍九郎

義経公の御目通りにて。佐々木にかけぬけ。さぞ一番に乗入て。向の岸につき

給ひつらん。御手がら/\と。日比とちがひ兄の手がらをひいきする。いひまはしにハテ

わきからいらぬお世話と。千どりがあせるを耳にも入ず。源太景季まんなかに

おしなをり。扇さつとひらいて。爰に平等院のうしとら。橘の小嶋が崎より。かく申す

源太景季。いとこの佐々木四郎高綱と。馬のはなづらおしならべて。浪をさへ

きらん。瀬にさかふて先陣して。かまくら殿へおそれながら盃をもどし奉らんと。引かけ/\

乗出す。仕合やよかりけん。源太景季一だん斗さきへすゝみ。サアしおうせたるぞと

おふ物語を聞て。錦繪はハアわが子の四郎は。乗おくれしか。かまくら殿へ返盃は

ならざるかと。心ぐるしく見は爰に。心はそなたに行かよふ千どりがかくね。平次が悦び。

兄貴出来た/\と。あふぎ立れば。母延寿。つれあひ平三殿の文に。あおの次が書て

きたと。おしひらいて是見よ源太弟の平次とつきつけて。梶原源太佐々木に一

だんばかりすゝんだるに。佐々木は知謀ふかくして。いかに梶原殿。此川は西国一の大

河ぞや。はるびののびて見えさうぞ。しめ給へといひけれは。源太さも有らんとや

思ひけん。手綱を馬のゆがみにすて。左右の鐙をふみすかし。腹帯をといてぞし

めたりける。佐々木そのひまに。そこをはつとはせぬけて。川げざつとぞ打入たる。

源太たばかられう。水の底には大大綱あるらんといふければ。佐々木さもやとおもひ

けん太刀を抜て馬の足にかゝりける大づな共を。ふか/\。宇治川早し

といへ共。いけずきといふ馬に乗たれば。一もんじにさつと渡て。向ひの岸にぞ打上リ

たる。梶原が乗たるするすみは。川中よりのためがたにかがされ。はるかの下よりうち

上たり。そのゝち佐々木鐙ふんばり立あがり。大音聲をあげて。宇多天皇に九代

のこういん。近江の国の住人。佐々木の秀義が四男。四郎高綱。宇治川の先陣ぞやと

名乗しかば。敵も味方も一度にどつとほめたる時。せがれ源太がめんぼくなさ。岸にひ

かへて義経公のかたあらに居し。此平三がつらまで。人にむけがたく。武士の冥利に

つき果たる源太なれば。此度そのもとへぼつかへすとの文躰。サア何と/\と。母の

しうたん一座のおどろき。錦繪は我子の手がらとび立斗也。千どりはいそ/\と。

聞かしやんせの平次様。四郎様のかたんしたと。おどりあがる斗の悦び。平次は急に

顔ふくらかし。是役に立ずの死ぞこない殿。なぜ其場で腹は切しやれぬ。名

宇治よごしじや。此平次が介錯。サアかくごめされと立まはるを。慮外ものめと取て

つきのけ。武運つたなく面目なしとて。しばらくうつふきゐたりける

 (三)大将の盃呑込のよい若武者

浅智は表に出て賢なるがごとく。深智は〓にめぐつて愚なるがごとしとか

や。梶原源太返答なく。赤面の躰成しが。あたりを見まはし。千どりをはじめ外様

のものを次へたゝせ。母の延寿叔母の錦繪と。弟の平次斗をぞとゞめ。そばぢかく

居より。ひそかにいひけるにぞ。今度かまくら殿より。御盃を下され。はりあひ申

所の相手が。土肥秩父にてもあらば。何条此源太がまけ申さんや。佐々木四郎

高綱ゆへに。あへなくまけて候。其いはれと申は。是にござる叔母者人の御つれ

あひ。源三秀義殿と申は。一たん六条の判官為義公の御養子となられ。

我君頼朝公の御為には。伯父も同前。しかるに手前の父平三景時殿儀は。

義朝公尾張国野間の内海にて。御生害なされし後。天下は平家のた

なごゝろに入し時。是非なく平家にしたがひ。あまつさへ清盛へ取入頼朝公

範頼公義経公とらはれと成給ひし時。清盛へとかく生置ては。後日の

あたとあしくすゝめられしか共゛。御運つよく。池の禅尼の申なしにてたすかり給ひ。今

天下のあるじも同前とならせ給ふ。頼朝公義兵をあげ給ふと聞て。関東の諸

武士。我も/\と思ひつくといへ共゛。土肥の杉山合戦に打まけ給ひ。伏木にかくれ

させ給ひし時。父平三殿よく/\思へば。御運をひらかるべき君成とて是をたすけ

奉りしゆへ。其後めし出されて。昔のごとく御家人に列すべきや筈成を。御大将

頼朝公。いや/\人しれず。清盛にすゝめて。我をころさしめんとせし讒言。

ひそかにつたへ聞て。是を忘れず。土肥の杉山の心ざしは去事なれども。

思へばあやうき命のあたなれば。命を取まてこそなけれ。家を絶し筋目

を没投せしと。源三秀義殿へ仰付られしを。源三殿それはもつての外の思召

ちがひにて候。故左馬頭義朝公なくならせ給ひてのち。ぜひなく平家にした

がひしものは。梶原にかぎらず。工藤佑経をはじめ。今日御家人と称ずる輩。

過半に及ぬ。これら皆源氏の御君達の。御成人を待うけ。時節をうかゞひ

忠おり思はぬ奉公にて候へば。梶原とても其心ざしはかはるべからず。清盛へ讒したる

といふ事は慥成證拠なく。杉山にての忠節はかくれなき事成ルに。是を捨させ給

はゞ。情なき大将と。人/\思ひはなれ候はんと。理をせめて諌言ありしよい。げにもと思召

れけるや。我/\父子兄弟共に。御家人に召出され。佐々木殿よりの御内意にて。餘

のものゝ忠義に十倍せずんば。御うたがひ散すべからずとの事ゆへ。父子申合せ。命

かぎりに奉公せしゆへ。御大将の思召とげ。此度の軍にも。父平三殿は惣侍大将と

成てのぼり給ふ事。ひとへに是源三殿の恩ならずや。しかるに宇治川にて四郎

高綱より先をかけ。高綱に恥をとらせば。家をおこせし高恩は。いづれの所でか

報ぜんと。わざとゆだんし。我一分の恥に引うけ。高綱に高名させしは。佐々木の

家への恩がへし。覚悟の前の恥辱成とかたるを聞て。母の延寿アヽ性根の〓た

つた源太よな。恩がへしにわざとなけたる物ならば。其方がむね一つにて事を済

し。腹にても切べき事を。いかに親子おば兄弟の中なればとても。わざとまけたる

[挿絵]

a1)此ふみは\がてんがいかぬ

a2)ちどり\なんぎ\する

a3)あい/\

a4)こりや\まてちどり

a5)これ/\ちどり\おくへゆきや

b1)源太かげすへ\せんぢんごぢんの\物かたりを云聞す

b2)きのどきな\はなしで\ござんす

b3)かぢはら平次\先ぢんの\はなし聞\むねんがる

b4)ちどり\よろこぶ

b5)さゝ木女房\かぢ原女房\はなし\聞ゐる

c1)湖権太郎\いくさばより\盃の箱持\かへる

といふ事を。口より外へ出して。甥の高綱が一分の立べきか。その身は実の先陣?と

思ひ〓〓てさぞ高名と思ひつらんに。おのれがまけたるいひわけに。打あけて今〓〓〓

天地人我の四智の外に。聞人もあるものをと。妹の錦繪弟の平次〓〓〓〓〓

しからるゝ折ふし。玄関番よりつげしらせて。此度佐々木四郎高綱様の御供して参ら

れし。湖権太只今上がたより帰られ。錦繪様へおめにかゝりたいとて。参られましたと申

にぞ。それこなたへとまねかれて。是も旅の姿のまゝにて罷出。白木の臺に金

に水まき書たる盃をさしのせ。つゝしんで憚ながらおやかた迄罷帰候へ共。大殿

源三様には。御大将様の御所に御つめきりゆへ。是へ参上仕リましてござりまする。

此度若旦那高綱様。宇治川の先陣あそばしと。いひさして。源太を見。何共此

次は申上がたい。あれへ御成下さるべしと。衝立のこなたへともなへば。錦繪はその

方はちいさい時からつかふものなれば。奥へも立入て。遠慮のないものゆへ。内證の

使にはくるしからね共。宇治川の先陣を注進の使ならば。なぜ表だつた。家老?でも

下さなんだそと。きげんあしければ。権太小聲に成。さればの事でござります。此

注進を大殿源三様。御所に御座ありなば。母人様へお渡し申。早々御指上下さるゝやうニ

と申上て。すぐに都へのぼるべし。木曽殿軍に打まけ。粟津が原にてうたれ給ふ

上は。直に西国へおもむき。平家を討んと。範頼公義経公の御相談なれば。一人

も人数もらしがたしとの御事にて。奥むきへも立入る私を。御下しなされてござり

まする。宇治川の先陣。御いとこのあれに御座なさるゝ。梶原源太景季さまと。

馬をならべてあらそひしが。手前の若旦那高綱様。かけ抜て宇治川の先陣

我なりと。名乗給ひし心地よさ。敵も味方もどつとほめし時私共の肩迄しや

ぎ/\する程いかりまして。則御大将頼朝公よりあづかり奉りし。此御盃。先陣仕り

たる者のしるしに。指もどし奉る段宜しく仰上らるゝやうに。大殿様へ?仰上られ下さるべし。

若殿の御待かね。一刻もゆだん成がたし。早おいとま下しをかれよといそげば。錦繪は

衝立をへだてゝ。姉の延寿甥の源太。平次にも聞かしと。遠慮なく。ヤイ権太。

おのれ迄が偽いふか。高綱が先陣は。貰の勝。かまくら中の若手の諸士。慰と立て

武藝のならしに。角力を催しとらるゝを聞に。相對にて勝をうなづくとやらん。沙汰

し笑ふぞよ。御盃は預りくだる。いけずきといふ名馬にはのる。爰でまけては

一分立ずと。あの源太を頼み。親と親の恩を云立にしては。なぜ勝たぞ。敵味方

入乱れ。生死をあらそふ勝負さへ。強きが必ず勝にもあらず。よはきとて又きは

めてまくる道理もなし。いはんや心もしらぬ水中のかけ引。すゝむも跡にをくる

るも。味方とみかたのいさみのあらそひ。運にはなれて笑はるゝ程の事とならば。

すぐに水くずと成はせで。うなづいての先陣に。此御盃を指戻し奉らんとは。

天下の鑑と成給ふべき。かまくら殿を偽りだます心根か。夫秀義殿へいふ

たらば。すぐに切腹といひ付らるゝはしれた事。相對でまけさせた。源太の母

ご延寿様のお心にも成て見よ。コリヤまだ母が慈悲じやほどに。此御盃を再び

都へ称じて帰り。さつはりと垢のぬけた。高名仕直し。今一度改てさしもどし

奉れとあらけなくいひはなち。千どりこしもと共に供の用意せよといへ。姉さま

さらば。源太殿遠方大儀やすまつしやれ。平次殿さらば/\といとま乞すれ共。

取こんだる中なれば。とむるにもとめがたく。ハテきのどきやようござつたとばかり。

延寿のあいさつ。源太が一言いらへもなく平次は千どりがかへるほいなさ。中の口

までおくつて出。しりめづかひにしらする恋。かいるののがるゝ蛇の口。主人の供

して乗物に引そひ。千どりはあたふたととふがごとくに帰けり。ヱヽ手に入た物をアタ

めどい所へ。兄貴がもどつてと。つぶやき/\もとの座に立かゝり。こなたの負

をくろめんため。高綱にまで疵を付るのか。こゝな大腰ぬけがと悪口す

れ共。その方式が知た事でない。だまつていよといふを。イヤだまるまいわいの。梶

原がむすこは。宇治川で大恥さらして帰たといふ噂が。かまくら中へひろがつて

は。大名小名は兄のばか?斗のぼつて。弟の平次は病氣ゆへの〓〓だ。ハテ弟

がのぼつたらば。あつはれ高名せう物を。残念やなどゝいふてあらんずれ共。何も訳を

しらぬみものから。下町人百姓にいあつては。梶原が忰といへば。文殊もはんどく(槃特)も一所に

思ふてゐるゆへ。ひよつと聞たがへて。此平次が恥に成まい物でもない。〓大磯けはい

坂手越へ聞えても。面目ない。いつそこなたが敵に切られて。死んでも仕舞はつしや

れば。打死したとの風説ゆへ。生残る手前の差かまひにならぬ物をと。あざけれども。

耳に聞入ず。源太ひざ立なをし。味方とみかた功を諍は。乱国のもとひ。一たん御上

よりあづかりしこぼれ梅の御盃。今一度罷登て。手がらをはげみ。御盃をかへし

奉るべきや。此まゝにて朽はつべきや。うかゞひ奉らずして。私に腹きらんは。主君を

ないがしろにする私といふべし。御指圖は君の賢慮にありと罷立ば。平次はあきれ

はてゝ。扨も/\つらの皮のあついわろかな。私は宇治川の先陣をいたしませなんだと。

申あげにあづからうとは。のぶといせんさくといへば。母の延寿は何ともとくとは。のみ

こみがたい始終と。つかへをなでゝて居給ひけり

                    一之巻終

宇治川

    魁對盃                            二之巻

藤戸海

    目録

第一 傳授の師を殺すは道の逆櫓の巧

    育王山の黄金耳をちかづくる昔語

    きゝのつよい大将にはりあふてみる工夫

    あとでとりかぬる梶原が赤面

第二 獨高名を舩人との相談

    大将のぬれけははりのつよい腰もとが

    茶碗こぼず涙に誠を見する

    夫の手まへをかくし化粧

第三 長刀にのせた舟底の仕懸

    火口が女房とは夢にもしらはた

    の威光なびかせて心をさぐる

    名将の智謀はかりがたい福嶋の海

 (一)傳授の師を殺すは道の逆櫓の巧

鉄のつよきも。金剛銷のために見がゝれ。犀角のかたきも。人気能

これをとからすとかや。さしも勇猛ならぶかたなしと聞えて。おごる平家を

一戦に西海へぼつくだせし程の。木曽義仲なれ共。範頼義経の軍略する

どく。宇治瀬田にもたゝへかねて。巴棣棠花と聞えし二人の妾も。ちり%\に成。

手塚の太郎も討死し。火口の次郎は平家のおさへのため。摂津国へつかはして

ありあはず。さがみの国の住人。石田の次郎為久が矢にかゝつて。粟津の松

原にて馬よりおち給ふ所を。石田の郎等おちかさなつて。御首を給はり

けるゆへ。一騎當千の今井の四郎兼平も。太刀をくはへ馬よりおちて死

失たる間。院宣有て範頼を〓河守になされ。義経を伊豫守に任じ

て。使の宣旨を給り。五位に叙せられける間世に是を太夫判官殿とぞ

申ける。同正月廿日。両持院参して平家の追討の為に。西国へ發向すべき由を奏

問し。院宣をうけて。すでに下向あるにぞ。究りける。爰に侍大将。梶原平三景時

は。義経の御旅宿堀川の亭へおもむき。平家をせめんいきだち?の評定せばや

とて。家来少/\召つれて。西洞院を南?がしらに馬をすゝむる所に。四条坊門の東より。田舎

武士と見えて。黒草の羽織に。野袴を着し。手挑灯をさげ。頭巾かたふけて行違

しが。梶原がおさへの者にちかづき。あなたの挑灯を見れば。矢筈の紋所なれば。梶

原殿にてはましまさぬかととふに。いかにも旦那は鎌倉殿の第一の出頭。此度の侍

大将梶原平三殿だが。かせ浪人と見ゆる其方ふぜいが。梶原殿とはなめ過た一言。

ナゼ様とはぬかさぬぞと。きめつけられながら相手にならず。馬のさきへまはつて。卒尓

ながらちとお頼申たふ存まする。梶原殿頼れて下されいといふに。さすが名高き

梶原なれば。やがて馬よりおり。侍の頼たいとあるは何事ぞと。礼義たゞしくしてとは

れて。さん候。拙者事は但馬国の住人。箕原の右衛門七と申す。わづかの〓成か幼少

より丹後の切戸に住で舟のかけひきを自由に覚へ。馬にて海を渡す事まで

たんれん致したる故。平家繁昌の時分。すは大切の舟御用といへば。私の勤たる

事にて候。先年小松の内大臣重盛公。もろこし育王山へ。黄金を渡したまふ時。

ひそかに私をめされ。一間へよび入て。外の者共を遠のけ。此度渡す所の黄金

は。平家の一門二世安楽の為なれば。大切の舟成といへ共。〓〓にかならず

障魔のわざある習なれば。海上万里いか成難風にかあふべきと。心許なく

思へり。我和漢の書典は申に及ばず。梵文に至る迄。讀つくさずといふ事

なし然るに張騫が銀河の水原を見究めし時に。あらはせし海陸一致?といふ

秘書に。無方舟といふ舟の仕立をのせたり。是には逆櫓といふ物をたてゝ。

ゆかんとするにも早く。もどらんとするにも自由なるゆへ。難風にあひても

くつがへらず浪をたゝんでもかたふく事なし。此法海陸一致の書。世になき

物にて。只一部残りしを。求て考へしゆへ。外にしる人なし。汝此法を覚へて。

[挿絵]

a1)〓〓〓〓\〓〓〓\矢を\ゐ付る

a2)かねひら\さいご

a3)ふかたへ\むまを\のりおとし

b1)何/\\さかろの一通

b2)まそつと\てうちん上ケよ

b3)おやしきで\御よみに遊ませ

b4)たい〓な\巻物御らん\なされませ

b5)留守の\井戸

c1)かねふき\ひかへゐる

c2)よしつね\いひ付給ふ

c3)龜井の六郎\皆/\げぢ\したがい\着〓〓\する

c4)しづか御ぜん\いくさニ立給ふ

c5)かぢはら\平蔵つゝしんで\御うけと申ス

c6)むさし坊べんけい\相つめゐる

c7)くまい〓郎\つりしたいこ\打よせる

c8)いせの三郎\ぐん兵をよせる

c9)ばんば〓〓\源蔵へ\まろび〓\〓た弓

よく舟を守護し。事ゆへなく育王山に漕つくべしとて。教へ給へり首尾よく。

もろこしに渡て。黄金を納め。勘合の牒を取て重盛公に奉りしかば。御感

のあまり。但馬国比野曽の一郷をくだし給はり。聖人のやうに申せし。重盛公に

は御他界なされし後。平家の侍背尾の太郎。但馬の目代として罷下り。

故重盛公の下し給りしともいはせず。おいたてゝ比野曽一郷を没収せしゆへ。

京都へのぼり育王山へ舟を守護せし段%\を申立て。願ひ候へば。重盛

公の仰とて。検断ありけるは。畢竟舟のり楫取は當座のろくに事たるべ

し。一郷をあて行はんは高名ある武士の事ならんに。過分の申条かなとて。

所をおいたてられ。無念骨髄に入て御所に。此度義経公西海へ御下り

あそばすよし。何とぞ此逆櫓の傳授を申上て。御舩中つゝがなく御かち

どきをあげ給ふ上は。御恩賞として比野曽の郷を下しおかれ面目を

すゝぎ申やうに。御とりなし頼上るといひければ。梶原平三とつくと聞届

それは委細傳授の。書物などもありやといへば。則是に所持仕りし是にて

何事も申に及ばず。かけ引進退心のまゝに。成やうにしるし置たりと。指出ず

を取てさら/\とひらき見。扨竒代の秘傳かな。是を義経公へ申上るは。

其方には過分の禄下さるべし。サヤ/\一所に来られよといひしが。又思案

を仕なをし。いや/\是は平家の大将。重盛より出たる傳といはゞ。気の

はやい義経公。よもや用べきとは仰られまじ。そのうへアノ右衛門七が手か

らにのみ成て。身が功と成事もうすかるべし。もした手前のあいしらひあ

しくは。又もや人に語らんと思ひ取て引よせ。二刀させば。ヤア是は梶原殿

何となさるゝといふを。聲たてなとゑぐりまはし。かたはら成井戸へつきは

め。刀ののりををしぬぐひ。家来共に朽口がためして。馬引よせゆらりとのり。義

経の御座なさるゝ所へぞ急ぎける。かりの宿りとはいへ共。かまくら殿の

御舎弟の住居なれば。物事つき%\しく。梶原平三参上と申入けるに。是へ

お通りなされよと。溜りの間へ通して。武蔵坊弁慶。龜井六郎両人出

向ひ。是は/\梶原殿御九郎に存る。判官殿にも。御對顔なさるべけれ共。

明日拂暁に御出陣ゆへ。御取込なれば用事もありて。仰上らるゝ事なら

ば。取次申さんといふに。梶原むつとして。今日院参なされて。西国へ發向の事

うかゞひ給ひ。いかにも打立よとの院宣は。身共も聞居れ共。明朝御出陣

なる事を。只今まで侍大将承りし。此梶原へ何とて御しらせはなきぞ。

近頃我儘なされかたといへば。龜井の六郎ひざ立なをし。我君へ對し我

まゝ成なされかたとは。舌長成いひぶん。かまくら殿御名代なれば。直に

かまくら殿も同事。明朝未明に都を立事を。今夜八つ過てふれしら

せよとの上意じや。其子細は。爰もとにての油断はかるい事なれども。軍に

望んでゆだんあれば。勝敗のわけめにかゝる大事ゆへ。そのならしの為。には

かにふれて。出陣におこたりあらんものは。急度御しかりなされ。向後を

たしなませて召つれらるゝため也。是を列子?が。内に怠らざるものは。外に勝

事を必とすと。説置たり。それにつきしかがふ御家人の文として。慮外の一

言ときつはをまはしてのゝしれば。梶原あざ笑ひ。いやとよ主君といふには。鎌倉

殿より外に持ぬものを。すべてかまくらを立てより此かた。かまくら殿の御下知とは

相違して。又しても我儘成軍令を出され。少にても道理をいふものあれば。鎌

倉殿も同前とは。何条聞えぬ仰られやうかな。かまくら殿は天下の将軍。その

御幕下つつらなり給ふ判官殿なれば。此梶原も傍輩同前。侍大将をも

承る身に。評談もなく物事をきはめらるゝは。かまくら殿をない物に思召ての

逆意か。きつくわい成と廣言するを。弁慶聞かねて。すべて他国へ軍に出る

に其惣大将かうふる人は閾外の権をまかすといふて。閾より外の事は其大

将の心次第といふ掟也。機にのぞき変に應じては。鎌倉殿の御下知の外

なる事も。なくては叶はぬ道理。わどのがいはるゝ通では。くいぜを守る兎。

琴柱に膠するたとへに似たり。まさしく鎌倉殿の御連枝を。傍輩といふ其方

こそ。上を軽しむるくせ物なれ。サアま一言はき出せ。此弁慶がつかみころして

くれふずと。はぎしみすれば。そのつかみころすといふうてくひ。切おつて見せうと。

太刀に手をかけ。すでに事に成べき所を。小姓の殿?がら内よりふすまさつと

あくれば。上段には御大将義経公。龍がしらにくわがた打たるかぶとをめだれ。

緋おどしの大よろひ。鉢巻には。獅子のいきほひうづだかく付させ。紫地の錦

のひたゝれ。うす雲といふ名釼に。いつ紅葉といふ指ぞへを。になむすびに

むすんでさげ。旗おつ立て床几にかゝらせ給へば。左には権守兼房。紺地の鎧

ひたゝれ。袖ぐゝりして伺公のてい。右にて御おもひもの静御前。きながしに小具

足して。長刀かまへ立たりけり。源八右衛門廣綱。片岡八郎つねはる。伊勢の

三郎義盛。砂糖三郎兵衛の尉次信。同じき四郎兵衛忠信。江田の源三熊井太

郎を初として。昵近のつはもの。いづれも物の具かため。きらほしの如く並居たれば。

さしもの梶原平三も。覚ず頭をさげけるは義経公の威徳也。やゝあつて。いか

に梶原。軍中の機密は。将の方寸にあつて。他にもらさぬを良策といは

ずや。梶原共いはるゝ士が。あらそひていさめをいれずんば。誰が将のあやまりを

たゞさん。鎌倉殿より外に主君なきは。忠臣の肺肝を見する一言。弁慶や

龜井の六郎がいきどほりは。我をたつとむみさほのしるし。双方共にあつはれ感

じ入たり。破軍をくるにも。はや丑の一刻。軍勢をあつむる太皷を打との御諚と。

承つて熊井太郎立あがつて。釣置れし陣太皷を。三の急い打立ればいせ

の三郎貝取なをして。よせ吹にて吹たてける。何が大将の御宿所。近所を

やどりと定て。宿せし諸軍勢。日比義経公のはやり雄成。生質(せいしつ)を知

たる事なれば。甲冑を枕にし。篭手脛當てなどは。かけなから臥たるが。此

しらせに夢をさめし。鎧なげかけ/\。中門より入みちて。門内門外に一寸の

空地もなかりけり。并〓會釈して。何と見られたか。梶原殿わがきみの

御威光のつよきは。則頼朝公の御威光。たがひに主君を大切に存る

からの詞あらそひ。我君の堂々たる上意の上は。心にみつん持申さぬ。貴殿

とても思ひながし申されよといへば梶原は心にそまね共。いかにも其通と。

口にて間を合せながら。心の内には。おのれかまくら殿へ申上て。安穏には立せじ

と。思ひこんだる意地をかくし。畏たるていに見ゆる所へ。梶原が家来。端場

の忠太。鎧鉢巻かき持せ。召の太皷におどろき持参と申を。取て肩に

なげなけ。サア御出陣とすゝむる。心の奥のむやくしさ。并〓片岡出立の

つゞみをめでたく打ば。江田源三御かはらけを奉り。忠信長柄の銚子を捧て。

御酌にたつ時。兼房。三方に三種の肴をくみ。打てかつて悦ぶと奉れば。静

は扇おつ取て。なるは瀧の水と。一曲かなでいさみすゝんで。出陣あるこそたのもしき

 (二)ひとり高名を舩人との相談

軍威天にかゝやき。陣勢地を侵して。九郎判官義経公の御先手。梶原

平三景時三千領騎?を卒し摂津国〓の岸に着けるが。軍兵どもを

〓摩石の邊。六七町の間に宿とらせ。其身は手の者少々召つれ。福嶋

の渡りに尋行て。爰は舩人多き所と聞なれば。功者成ル者を招き。逆櫓

の相談をして。我ひとり大手がらし。惣大将の義経公の威をくぢき。かまくら殿

の恩賞に預らんと。小舩をからせて急ぎけるに西の方より桧垣舩一艘

こがせて。おも舩人と見ゆるは。やつさ羽織のもめんどてらを着し。

舩近くなれば。へさきにつくばひて。それへ見えさせ給ふはもし梶原様の御手

のお衆様方ではござりませぬか。私は福嶋の舩人。すゞめずしの松右衛門と

申者でござりまするが。御大将義経公にも。先刻江口神崎を経て大仁

ごへに福嶋へ御着あぞばされ。それ/\に宿わりいたし。庄屋の与四九方

を。大将の御本陣と定められ。龜井殿。片岡殿。いせ殿。するが殿。むさし

どのなどは。本陣の近所にて。ひしと宿を割付。惣軍勢は。梅田大江

より東の方にさゝへられたり。龜井殿より庄屋へ仰付られ。河内越に梶原

様のおこしなさるゝ筈じや程に。大将の先達で御着のよししらせ申やうに

との御事。夫(ぶ)にさゝれて参候といへば梶原聞て。われ先手をつとめてかへ

つて。大将におくる事。抜群の越度(をちど)に似たれ共。例のはやり雄の大将にて。

軍勢をいたはる事をしらず。今日の訳にさへたてば。明日は脛がおれても

かまはぬ仕かたゆへ。先をこされたといふ物。コリヤ舩人さいはひの所へ来た事じや。

渡部福嶋両浦ともに。人数がつまつて何事の稽古も成まい。身が頼事

聞てくれうならば。かまくらへ申上。所領のぬしにしてくれんず。まづ當座の

ほうびとして。これをくれると。黄金五枚なげ出せば。松右衛門忝いと申上た

れ共。お頼みの様子もしらず。おかねはいたゞきがたいといへば。扨々下郎には

きどくな一言。取立たらば物にも成べきやつと。自分の舩へ招き。小聲に

成。此たび西海へおもむくに付て。舩のかけひき。自由成ため。逆櫓を

立て。かけ引心にまかせたし。その逆櫓のたてやうは。ノウかう/\と傳授の一巻

にのせたる通りを語り。扨身共が手の者ばかり。此用意に及で。手からをせん

と思ふ也。其方此わけをのみこみて。何とぞ我に同意し。逆櫓を舩中にか

くし。すわといはん時。おしたてゝ敵味方に。肝をつぶさせてくれよとあれば。

松右衛門うん共すん共いはず。しばしさしうつふいて居たりしが。ソリヤごゆるされて下

されませい。片刃の太刀にて物を切ば。一念ゆへきれあぢよけれ共。双刃の釼に

てきる時は。一念有て切る事さらに鈍しと承る。仕損じては。舩長のあや

まり。その時はよわい者が。夫にとらるゝやうにて。難儀は私ひとりに極りぬ

と自体すれば。梶原ことばをかけ。それのがすな。承ると舩中の侍ども。

ばら/\と取まはすを。とびしさつて。アヽ是/\卒忽ばしなされなといへ共。梶

原いらつて大切の事を語らせ。今更ならぬといふて。そのまゝにをくべきか。サア

同心して逆櫓を立ふか。立まいかたつた一言の下に首と胴のわかれめだがと。

切刃まはしてねめつくれば。松右衛門やゝ思案の躰にて。御大将義経公めさるゝ舩に

も。逆櫓を立る事で候はゞ。いかにも用意仕らんといふを。イヤサそれでは身が

手がらが身えぬと。いよ/\つえかくる時。サアそこでござりまする。諸軍勢一ツ所

に逆櫓の御用を。私が承りますれば。末代迄舩人の眉目でござりまする。な

れ共御頼なさるゝ筋あ。無にいたさぬやうに。御大将義経公の御舟には。私が

乗て。かこの者共を下知いたし。其許様の御舟とは。はるかにをくるゝやうにい

たし。其許様の御舟には。浦中一二番切の達者な水主(かこ)を。すぐつて入れレ。いづ

れの舟も及ばぬやうに出さすべしといへば。コリヤおもしろう。野からゆくも畔から行

も。人にすぐれて名のあげたき斗だ。サそちがいふ通にすれば。惣舩人がひとつ

に成。身共一人をそだてゝはたらかば。手がらはひんぬきの極上々吉と。そゞろに

悦び。しからば義経公へも。逆櫓の事をすゝむべし。其方が家に傳へし事と申

上ん間。その言葉を合すべしといへば。私の女房共。身躰ふ勝手ゆへ。近い比より

庄屋与四九方にこしもと奉公いたしておりますれば。庄屋のこみこませて。浦中のものに

合点さする事は。矢よりも早し。私とても近き比外の浦より。此浦へ引越たるもの

なれば。おかげで所にも用られ。立身いたしませふあら嬉しやと。梶原が乗し舟とこぎ

つれて。福嶋さしてぞ急ぎける。爰に九郎判官義経公の御陣には。木曽合戦

より打續たる多用といふ。都よりくだりし草臥かた%\にて。おひざもの去ずの

弁慶をはじめ。しばらく休息し。めしつれられし静へは。庄屋の女房乾が御馳走

申上度とて。つき%\の女中もろ共。裏川にてこもち鯊をつらせて。しらさゑびの

ひげもながき。春の日の慰としけるゆへ。義経公たゞひとり。上檀とかりにしつらひ

し一間に。髭ぬき/\舟軍の工夫してゐ給ふ所へ。庄屋の内へ此中から奉公に

出たる。お哥といふ。廿二三成ルくつきりとしたるかくしげしやうのこぢもと。高茶臺

に錦手の茶碗をのせて。お茶あがりませいと。思ひもよらぬ上檀の横ふすま

あけて出たるたをやかさ。義経公もびつくりなされ。扨も見事と見とれ給ふ。色

ふかき御心から。女の出まい座敷といふ御心もつかず。茶碗を左の手にてとらせた

まひ。右の手にてはかのこしもとの手をじつとしめさせ給へば。アレ人が見ませふといふは。

たしかなる口と。いつその事にだきつかせ給ふ時。おはづかしけれ共。今朝是へ御入あ

そばすを。私ふぜいまでおがみ奉りしに。扨もよいとの様やと思ふたが。今にどふも忘

られぬは。能々の因果と思ひ。鳳凰と烏が夫婦に成たがるやうな物じやと。あきら

めて見てもあきらめられず。せめてはお直にお茶成共あげましたふに親かたにも

かくし。そつとあれから参りましたに。有がたいおことばにあづかりまして忝いけれども。

アノ金風折めして。錦のひたゝれ召れたそのたつといお身か。何のわたくしふぜいにと。

もぢ/\いへは。コリヤ命とりめ。ゑぼし着ながらはだかに成まい物でもないと何が久

%\どつとしたあそびをなされぬ所へもつて来た真味の色なれば。急にくどか

れ給ふ。はづみのぼこそせわしけれアイ/\どふなつと此身は。御ぜんにまかせます

心なれども。きのとくは私の夫がござりまして。身上成がたく。わかれ/\に成て。此奉公

いたしますれば。私が死ぬるはいとはね共。大切なおまへのお名が立てはといふに。いよ/\

せきが来て。高で密夫が世界にない事で。此義経が開基に成ルでははあるまいし。かま

うら殿の御名代とあるゆへ。名が立などゝやかましい。兄貴の蒲殿が居らるれば。軍は

つとまる。身はそなたをつれのいて。そなたに扇折ならはせ。身が隅繪書て賣たらば

どこ共なしに判官繪などゝいふて。はやるまい物でもない。元手などは具足ひつに

も入てある。ほんの男が聞つけぬ内に。裏の塀をこして。ふたりつれだち梅田の橋を

かだゝぎの橋と契て。いつ迄もわれとそなたは夫婦じやぞやと無性にそゝらせ

給ふぞきのどくなれ。それはまあ御真実でござりますかいなと。ひつたりといだき

しめ奉れば。義経御心も心ならず。うか/\し給ひ。早/\用意との仰畏りました。かま

くら様の御連枝様共有べきお身にて。わしゆへ身をお捨なされて下さりま

せうとは。忝いとも有がたい共申上べき道がない。拵て参りませふと。ふすま

引たておくへ入れば。義経公横手を打。天人か卉。よふあのやうな美人も有た

物ぞ。大将とよばれたいも。家国のほしゐも。色を去てふつ/\望はないと。あほうの様ニ成てゐ給ひけり

 (三)長刀にのせたがる舟底の仕懸

さいぜんより静は立帰り。めしつかひの女などは。勝手に残し。只ひとり御前へ通らん

と来かゝりしが。此躰を聞付むねにくはつと火をたきて。しばらく屏風のこなたにひ

かへ。サア爰は悋気の三段めと。めつたに腹立入らんとする所へ。表のかたより武蔵

坊弁慶。根の尾鷲尾熊井太郎源八塀をはじめ。御家人入来りて。左右に

わかり座につけば。さすが其中へ出て。存分もいはれずと。かくれて聞ゐる所へ

梶原景時舩人松右衛門を召つれ廣庭につくばはせ。此物は當村の舟長。す

ずめずしの松右衛門と申者にて。御覧の通り。つらにはあざおほく。見所もないほど

むさくろしゐうへに。越えはかする切て。聞にたへずといへ共。不思議成事を覚参り

て舟に逆櫓といふ事を仕覚へ。進退自由のかけ引をなすと聞しゆへとくと

その術をうけ給はりとゞけて。召とれたりと申上れば。義経あざはらはせ給ひ

もろこしの韓信は軍勢の心あとへ自由にのがれぬと思はゞ。一途にむかふへすゝ

んで勝利を得んと思ひ。わたり来りし河/\の橋を焼おとし。少にてもにげば。水

に入て死するといふ理をしらせしかば。にげても死ぬる命をとtgemoの事に。名を

あげて討死せよやとて。すゝみけるゆへ。大に勝て末代まで是を背水の陣とほむ

るにあらずや。いくさには一引もひかじと思ふだにも。あはひあしければ。引はつねの習

成。ましてさゆうににげまふけせんに。なじかはよかるべきや。其方は逆櫓成共かいさま

ろ成共立られよとのたまへば。梶原かさねて。よき大将軍と申は。かくべき所をかけ。

引べき所をも引て。身を全ふし敵を亡すを以て。名将とは申せ。ゐのしゝ武者と

申は。君とするにたらずといへば。例の弁慶片岡をはじめ。又しても過言。もはやゆる

されじと立あがるを。義経公とゞめ給ひ。いか様ゐのしゝ武者といふ所には気がつ

かなんだ。しからば其逆櫓立舟一艘。したてゝ見られよと。いかに舩人松右衛門と

やらん。只今さかろ立る舟を仕立て。某をのせて沖へ漕出して見るべし。その

[挿絵]

a1)かぢ原〓\〓〓\〓〓〓

a2)せんどう\松右衛門を\そくだくの\金をやる

b1)大将よしつね公\こしもと哥を\だまし心を見給ふ

b2)しづか様に\申ませふ

c1)しづかごぜん\こしもと\哥を長刀に\のせ給ふ

c2)いたづらものめ\おもひしれ

d1)せんどう松右衛門\かいに仕込し\刀にてうたんす

d2)弁慶\かぢはらをとめる

d3)大将の\御上意じや\まて

d4)いけては\おかれぬ

d5)かぢ原平蔵\松右衛門を\うたんと\する

d6)松右衛門を\とめよ〓〓〓が\あらふぞ

d7)ひ〓りと\見あらはし給ふ

d8)ぐん兵共\舟にふしんを\立る

利よくんば。梶原が申様にも〓〓べしと。思ひの外に御同意あれば。梶原大きに悦び。

あつはれ名将とほめ奉り。御前を退けば。松右衛門もうれしげに。舩の用意せんとて帰り

ける。いかに弁慶をはじめ一座のめん/\。暫も眼をやすめに。海上へおもむいてはめられ

ぬ事も有べしとの仰有がたく。皆/\次へ退出せり。静はたまりかねさつと入て。これ

爰な大将畜生の人でなしの犬判官様。西海迄も供せふといふて。あられもない

木男斗の中へはざまれ。おまへに命をまかせてをく。わしを指置て。何じや大将

といへれいで大事ない。そなたと扇やをして。夫婦にならふの。梅田の橋をかさゝ

ぎのとは。此口でいはんしたか。是手でだきつけんしたがヱヽ腹が立てどうもなら

ぬ/\とせぶりつけば。つきとばして。ひまやつた都へかへれ。ヱヽわしに隙をやるとな。

浪風も静をとゞめ給ふ事。御ためによからぬ仰となけ共゛。さらにいらへもなく。

高があいたのじや。是のこしもとの哥が姿と。そちを見くらぶれば。珠と燵石

ほどのちがひがある。立てうせいとつかどう?成仰に。はつとつかへ指おこり。さし

うつぶきし斗也。ふすまをあけてこしもとの哥は。殿様/\とよぶ聲に。ムヽ拵て来

たか。義経幼少の時分よりくらま山に住で。怪飛の術に達したれば。背に負てたか

へいをのりこしゆかん。いざ是へといふに。めうとに成かうれしやと。とびついてすでに

ゆかんとする所を。どつこいやらぬと。静がもすそに取付を。あためんどうなと蹴

とはされ。それでもあんまりむごいとすがりついて。お哥を引おろし。コリヤ何事じや。

人の大事の男をめとつてそはふとはのぶとい事といへば。こなさんは白拍子しや

ないか。つとめの身の水くさい心からは。合点がゆくまい。真實のめうとづれ。さぞうら

めしからんといふを。アタ腹の立いひぶんと。たがひにつかみあふを。義経公はわきへ飛のき。

香炉の灰ぜゝりして。名香焼て聞てゐ給ふぞゆたかなる。静はせり合くたひれ。

そばへよりて。おまへには天魔かいれかはりましたかと歎けば。ヤイうろたへもの人の恋

といふ物はな。目にさへぎれば思ひきられぬ物じや。其人がないとさへ思へば。ハテ是非

がないもとの通りそちとの中はかはらぬとの詞を聞とり。心へましたと。静は床に

立かけたる長刀取なをし。覚たかと。お哥が胸さき切さぐれば。はつとくるしみ。静

に取付。尤もでござんす。是には段々様子といふを。脇より義経公詞をうけて。皆まで

いふな。樋口の次郎が女房か妹か。迚の事に有ていに白状せよ。さいぜんつらにいれ

ずみし。聲を作りからして出たる舩人。松右衛門といふは。木曽が家臣。樋口の次郎と

見しはひがめか。此義経が色ふかいといふ事を聞及び。其方を入込。密夫といひ

うけ討んとのはかりこと。よしは打おふせず共義経こそ軍中にて。夫行ものと

不義せしと。天下の笑草とし。武道のたゝぬ様にし。木曽が無念をはらさんと

な。その手はくはぬ/\。身が手にかけて〓すも知たれ共。それで恋をいひかけて?。か

なはぬゆへ。ころしたとか。不義してあらはれさふなゆへに。殺したなとゝ。とかく義経が

立ぬ風聞をして流浪させ。近よつて討んとのたくみと見たるゆへ。静にはげみ

をかけて。ころさせた。弁慶をはじめ殺すべき役人はあれ共。女が女に慮外

〓ゆへ。さすがは義経のてかけ程有て。長刀にかけたと風聞さすれば。軍中へ

静をつれ事?。ひとへに巴山吹をつれしも同前と。惣軍の心をもはけますため。サア念仏

/\とのたまへば。成程さすがは義経様程有て。お目がねの通樋口が女房でござり

ます。夫次郎殿主君のあたを討んとて。身に入ずみしうるしをのみ。かたちを変じ

聲を作り。義経様にちかよらん斗に。様々くらうめさるゝ悲しさに。此やうに成くだ

りましてござります。此心を不便と思召て。次郎殿の侍の立やうになされ下され

ませいと。せつなき息の下より。涙ながらに願ひをいへば。義経公もあつはれとや思召

けん。木曽といふは身か為に従弟の事なれば。他門とあらそふたゝかひにあらず

樋口が事は此義経がのみこんだと。のたまふ詞を浄土のみやげとばかりにて

つゐに息たへ失はてけり。静も涙にくれなばら。悋気にはやりいとしい事しま

したと。ほろりと歎けば。義経公も御ひたゝれの袖をぬらし給ふ折ふし。さかろ

の用意よく候と注進しければ。裏口の露路ぬけさせ。こま下駄ながらに

出給ふに。弁慶片岡鷲尾鈴木?。皆/\に具足にて御供申せば。梶原い

かめしく松右衛門を引つれ。あれに〓〓しに舩を。かりの御召と定め。艫舳に逆櫓を立

ヤツ〓〓/\とおし廻しくる舟へ。義経公召れ候へとすゝむる時に。義経公江田の源三

に仰せてあの舩是へ着させよと。呼せ給ひ。のらせ給ふかと見ればさいなくて

舟底を改させ給へば。もみ穴三所にもうけてのみ口を指たりけり。梶原も初て

びつくり。いひわけなくこそ見えにける。松右衛門今はたまらす。械の内に仕込し刀

取なをし。ま一文字に義経公へ切てかゝるを。弁慶押へだて。長刀にてあしらふ

内。いづれも/\取廻し。あまさじと切結ぶを。梶原平三詞をかけ。此ものは

景時に下されよ。拙者が仕とめねば。義経公へ申訳がないと。太刀を抜てかゝ

れば。樋口太刀をからりと捨。いかにも義経公を海に沈んために。貴殿を

たばかつたれ共。四相をさとる名将なれば。是非に及ず。しかるうへは。手まへが

はかりことにのつて。義経公へ申わけなきは断なれ共。貴殿の手にかゝるべしと

首さしのぶるぞ殊勝なる。梶原平三共いはるゝ者を。ようだましてあほうに

したなあ。思ひしれと。振上る太刀を。義経公をしとゞめ給ひ。今すでに樋口を討ば。

其方も同罪に行はねばならぬ道理。かまくら殿の侍大将をも承る者が。だまされて義経

を海へ沈んとしたといふて。いひわけが立べきかといはれて。ほんに是もさふじやと。太刀を

おさめし有様。笑はぬ者こそなかりけり。義経公かさねて。樋口に向はせ給ひ御ゑぼ

しをぬいで是を〓り是よりはかぶとを着すれば治る代の風折ゑぼし。木曽の

為に此義経が首と思ひ所持すべし。木曽のわすれがたみ駒若とやらんありと聞ケ

共せんぎせぬ。此義経がこゝを思へ此詞を便にて。西国より凱陣を聞ばたづね

来て對面せよ。古今に稀成忠臣。命を必大事にかけよと。おもき仰に樋口の

次郎はつと斗に女房がさいごも悔じと。悦び涙せきあへず。梶原は耳を

そばだて。駒若とやらんを見のがしとは。何でもよい事聞たといふ顔。樋口はわ

かれて立たれば。皆/\やどりに入にけり

                            二之巻終

宇治川

    魁對盃                            三之巻

藤戸海

    目録

第一 軍中の傾情械の廻らぬ梶原が手管

    白光繻と緋縮緬と源平の両襟

    かけ商ひのならぬ假の郭曲出あふたは

    天のあみがさとさつかくる佐々木が懐釼

第二 楊枝やが心を削る二階のさはぎ

    主人の名を揚屋の亭主がむかし語

    きゝのつよい太夫がくろ髪手にまき

    繪の櫛もおれあふて中直りする両人が忠義

第三 弟のとゞめをさしもの源太が涙

    床に梅花をいけてをかれぬ平次が

    悪心あらためて夫婦になるかよひぢ

    がうれしさ様子を聞て手を内輪同志

 (一)軍中の傾情械の廻らぬ梶原が手管

周南に遊女をうたへば。今めかしからぬ道ながら。碓を持てありき。

人の門/\でふんでまはるやうな。自由な世の中。軍中とても只は

をかず。傾情町を立てまはり。さき%\でのあきなひ。けふはあつて

あすのない身と。覚悟のよい武士ほど。命を的に出かける。矢車の

まはりのはやい現銀店。三井より下の四つ井をとくまもなく?。

どん/\/\といへば。花代かけて居る間もないゆへ。屏風を引廻す

時。添寝する傾情の髱と共に。鴎じりにりんと渡すぞせ

はしなけれ。爰に難波楼の岸に。代々住で色商に渡りつけし。

塩屋の通心といへる女郎や。義経公へ願申上て。御軍中へ

傾情店を出しける。その仕様といふは。さき%\泊り%\へ持て

まはり。両軍對陣の時は。源氏へ售る女郎と平家へ賣る女郎を下着の襟

つきにてわかち。白ぬめは源氏。緋ぢりめんは平家と定て源氏へ賣る女郎を

平家へうらねば。平家へつとめさする女郎。源氏へはかしもせず。是内通させぬといふ

しるしを見せて。さみせん引たてさはぎさてければ。命がけのまん中へ是に過たる

思ひ出なしと。上下ざゞめいてたのしみけるも断なり。爰に梶原平次景高は。

病氣ゆへかまくらに残りしが。兄の源太景季が。宇治川の先陣にまけたる事。

いぶかしく思召間。今一度戦場へむかひ。手がらをいたしなをして。預けくだされし

御盃をさしもどすやうにと。かまくら殿の有がたき御了簡によりて。源太再び

はせのぼるに付て。母の延寿のいひ付にて。平次も一所にのぼり。父平三と一所

に成。軍功をはげみ居たるが。あまり氣がつきたりとて。かの夢契町と

名付し。假の傾情町へ。欝散に出かけけるが。何か當座まかなひに手くみ

たる廓なれば。すまふ場のごとく。竹にて惣かこひをして。入口にあみ笠ぢや屋

四五軒立置。かしあみ笠にやき付し極印にも〓といふ字をいわ打?たるぞおかしき。

平次景高あみ笠かりて。ふか%\とかぶり。下部を惣門に待せて。一軒/\見を見めくらし

ける。惣じて格子局といふ差別はなく。いけだめの花筒のやうに。太夫も端も入込

の。大格子。元〆は塩やなれ共。下請にて店をかざりし家/\。軒を並べし炭火の

光にみれば。慥あれは佐々木がこしもと。身が心をかけたりし千鳥じやがと。目をとめ

て見とれてゐけるが。よもや爰へうられてはこまい。見ちがへではないかとみれば。成程

ちがひのないおもざし。モウたまられぬと。木戸口へさしよつて。あなたの位はととへば。こ

との太夫さんでござんすといふに。いか様田舎しばゐへ本のたて物が下つたやうに。

ひとりはつきりと見えしも断と思ひ。お名はととへば。通路様と答ふ。扨こそ

通う千どりに極りたり。さらば日比の本望とげんと。揚屋高嶋やの殿様来

行ば。一見の客取込つれし。戦場の勝手しりにて。コリヤ勝大尽様のお入。

おそらくお幅にはつゞく勢有まい。すゝませ給へ御盃。御吸物膳もかけ

[挿絵]

a1)見せ女郎ふみかく

a2)かぢはら平次\やうすうかゞい\見る

a3)ちどり\太夫と成\かよひぢ

a4)四郎さんの\こ〓に〓たが

a5)たれさんじや

a6)かぶろふしきがる

a7)やりて\つれそい行

a8)高つな紙子\すがた

a9)是太夫どの\/\

b1)かぢ原源太\大小なけ出し\

b2)太夫\かよひぢ\あはてとめる

b3)四郎高つな\くはいけん\つきかける

b4)まづ\御まち\なされませ

b5)〓/\\〓〓んきな

出しはひくな/\とそゝり立て。扨お組ふせなされふと思召。おてき様の。お望

はござりませぬかと問かけける。此時よりはじめて。我わふ女郎をさして。おて

きといふ事はじまりける。平次景高調子にのつて。軍は花をちらすといふ。

コリヤ敵の命は露じや/\。爰を打ぞと紙入取出し。くわつとはづみ。中三ほ

やの通路をよんでくれよとの仰畏て。ソレ中塩屋へ人をはしらせ。お隙が入ば

もらふてこい。つかめ/\と。旦那がころりと首だけじやぞといへば。アヽ/\いま

/\しいと氣にかくれば。ホンニさうじや。いきついてござると。思はずしらす禁

句をいふて。勝手へいれば。花車がもてなし仲居が口あひ。御名はととへば。身が

名は景といふといふに。ハテよう似たお名がある物じや。私方の大事のお

客にも。景様と申すがござんす。ソリヤもし本名かげすへ殿じやないか。いか

にも梶原源太様と申ますといふに。コリヤならぬ身共が兄貴じや。かなら

ず見へたとあはせてくれなと。中二階へぞあがりける。もとの身はかまくら

山の星月夜。人はしらねど庭にすむ。心の内はにこらねど。あだしつとめのうき

枕。夜ごとにかはるさゝめごと。ことはりいふて解ね共。とく下紐より繁昌は。

武士ばかり客のつとめ。義理を感ずるゆへぞかし。千鳥はかたちも名もかへて。

けふもあげやへかよひぢの。名も高しまやと道中の。蹴出しまはゆきすがた也。

跡よりくる古あみ笠に紙子浪人。?眷柳(こり)に入し耳かき楊枝も。つかひすて

たる粹なりと。看板うたぬ斗にて。往来に人なきを見合せ。コレ太夫/\と

手招すれば。かぶろの須广野は目ばやく。それと見付て合圖すれば。遣手の磯が

いそがしげに。又あのあみ笠が太夫さまに。物いひたさうにつけまはす。お名が

たてばわるい。太夫様とつとゝござりませとせりたつるゆへ。心にまかせずすゝ

まぬあしどり。引舟も楫取かねて。漸揚屋に入にける。あみ笠男手を打て。

扨もくさつたり。ハテ何とせうナア。此なりに成ても。わすれねはこそせめては

と。見にくるをれに詞もかけず。しやなら/\は何事ぞ。アヽ思ふまい/\。朽たる

垣をたよりにするは。こつちのあやまり。さらばいんでのけませうと。二あし三あし

立もどつては。いに?にくい/\。にくさもにくしせめて。けふの客の名を聞んと。揚

屋の門に立よりてうかゞふ内。ソレ二階のお客はかげ様といふぞ。御本名は梶

原様。おあいかたは通路様と付てをけ。後に附をあげるためじやといふ聲の

もれ聞えて。コリヤ堪忍がならぬいかにも源太かげすへと身共は。いとこといひ

ながら。宇治川以来しつほりとせぬ中なるに。見知ごしに通路にあふとは

あまりにむごい仕様じや。二人ながら引ずり出して。存分にせずはをくまいと。かけ

入らんとする。うしろより是四郎高綱まつた。早まるまいとだきとむる。ほう

かうぶりの大の男を。ふりかへつて身が名を。知てとゞむるはたそといへば。梶原

源太じやといふにびつくりし。アノ二階成客も梶原。爰にも梶原ハテ合

点のゆかぬ事といふ時源太察する所。弟平次景高成べし。日比千鳥に

心をかけてゐたりしゆへ。つとめの身と聞て。幸に来りし成べし。此場にて

短氣おこして。そなたが大望はどこでとげるぞといへば。高綱あみ笠取て

かなぐり捨。宇治川以来その方はかまくらへくだり。漸此比のぼりしゆへ。對面も

成がたかりしに。ハテよい所で出あふた。ヤアコリヤいとこどしで何の遺恨有てまけたる

宇治川の先陣を。相對の勝負の様にいひなしたるぞ。其方はそれゆへとが

うすく。ふたゝびはつきりとしたる手がらをして。御盃をさしもどせと。のぼり

きたる程の首尾(しゆび)なれ共。此高綱はもらひの勝(かち)といはれては。一分(いちぶん)たゝず。兄(あに)三

郎盛綱法へ母の錦繪(にしきゑ)より文(ふみ)にて申来り。武士(ぶし)の風上にも置れぬ仕(し)

かたと。勘当(かんだう)うけしうへ。軍用(ぐんよう)の金銀萬事(ばんじ)に至(いた)る迄。盛綱法へ取上(とりあげ)

たるゆへ。漸(やう/\)今は楊枝(ようじ)をけづり。耳(みゝ)かきを拵(こしらへ)て。垢(あか)のぬけぬ世渡(よわた)り。その

もとはとへば。其方が舌(した)さきから出たと思へば。出合次第討(うつ)て本望を達(たつ)

せんと思ひしに。思ひもよらぬ對面(たいめん)は。天のあたへと悦びいさめば。源太ひとう

なづしさい)き。いかにもそのうらみはなくて叶(かな)はぬ筈(なれ共。是には段/\子細()の有

といふてすまふ物と思ふか。マヅそのごとく武士がすたり切(きつ)たうへに、子細聞ても

益(ゑき)のない事。其方が父(ちゝ)平三景時(かげとき)は。叔母むこながら大佞人(ねいじん)。此度道中より

此か)た義経公へ對(たい)しての慮外(りよぐわい)。一物(いちもつ)ある心根(こゝろね)と見ぬきおいたり。しかれども

其方斗(ばかり)はさうない心なものと思ひしに。ひきやう千万ないふわけに其身

のなけたるを此高綱(たかつな)がひけに成やうなるいひまはし。名を末代(まつだい)ながす

かたきなれば。ゆるさぬ覚悟(かくご)せよと。懐釼(くわいけん)抜(ぬい)てつつかくれば。源太大小

なげ出しとびしさつて。相手(あいて)にならぬ。證拠(せうこ)一通り聞てのうへ。いかやう共心に

まかせよといへば。あげやの花車(くはしや)立出て。申シ景(かげ)様何とあそばしました。

仰られ事もござらば。まづこなたお入あそばしてのうへの事と。客(きやく)を大切(たいせつ)

がる心づかひ。まづあれへと云ゆへ。大小なげ出したるニ免(めん)じて高つなも一先座敷へ通りける

 (二)楊枝(ようじ)屋が心を削(けづ)る二階(にかい)のさはぎ

一たび笑(えめ)ば二階かたふくかよひぢが百の媚に。平次かげ高腰をぬかして。

くどいて見れ共。昔からならぬに〓つてある事をといふて。座を立やぶりおり

んとするを。コリヤまて。買婦め。色ぢやの恋ぢやのとうつくしういへば。つきあが

りのしたほうげた高?がこよひは此平次が買切ておいた物なれば。さかさまに

這(はい)さうと。〓〓(とんぼうがへり)せいといはふと。かしこまらいで叶はぬ身を持ながらふるの立

やぶるのとはきつくわい千万。外の客とはちとあてがちがいふとたぶさを手

にからまき。あふのけたまに引つけ。引舟かぶろは是はと立よるを一々下へ

取てなげゝれば。ヤレ太夫様をころさんすはと。高嶋やは上を下へとさはぎ

けれ共。此いきほひにおそれて。ちかよる物はなかりけり。通路くるしげに。ヤレ

景高様。わしがかう傾情に成てゐるは。親のためでも。栄耀でもござん

せぬ。佐々木の四郎高綱がよめに氏素性もしれぬ塩やきのむすめは

叶はぬ。いつそ君傾情のたぐひなれば。外に例のあれ共と高綱様の

母君錦繪の御一言が。此耳にとゞまつて。なぜ傾情にはうられなんだと

二親がうらめしく。此度軍中宿%\に傾情屋の催しありと聞て。かまくら

より京へのぼる商人を頼み。忍びのぼりて傾情と成しは。高綱さまと

そひたい斗のつとめなるに。情なや高綱様は。おふくろ様兄ご様の勘當

おうけなされたれ共。せめてのあふせを祈る中にも。毎夜かはる客の数/\

ふかい男のためにつとむるわけをいふて帯紐とかぬ無理なつとめ。外の客

にさへあわぬ此身がどうおまへのあはれうぞ。ころさんすがこわいとて。女

の道がやぶられませうか。ヱヽさたない心でござんすのうといへば。此平次がいひ

かゝちた事。あともどりしたためしがない。いやといへばたつた一思ひぞとしめ

つくり。下座敷には三味線音じめよく。見るにつけ聞につけ。むねにせま

りし数/\の。つらいぞういぞとうたふ慥(たしか)兄の景季の聲。景(かけ)おさへた

綱(つな)むりいかんな。そんなら花奢合をせいとのつきあひ。扨は佐々木も来

てゐるかと。平次底気味(そこきみ)わるく成て。聲をたてなと。口に手をあつり

所にアイ/\/\とかぶろが返事する聲。それでもわしや。二階へお使にゆく事は

こわうこざんす。通路太夫様をお客さんが。ころそといふてゐさんすものと

いふにも。おどろかず四郎高綱縁側へ出て。二階を見あげ。是平次手が

わるい。尤も兄貴も来てゐらるれ共軍中に指合はくらぬ習じや。これへ

来り給へ但それへ参らふかといふ内に。源太は三味線はなさず。一日あはねば

百日にかつたかやもほろぶとやいふにと。撥音(ばちをと)さはやかに聞えて。髪を手にまと

ひながら平次は手首尾(てしゆび)あしく。追付(おつつけ)それへ参らふと申たいが殊外酒に〓酔(うちゑふ)

た。暫く休ませて下され。目がさめたらば参りて。御酒の相手にも成ませふ

と。障子たて切懐(ふところ)より汗手拭取出して。通路が口をくゝり。無理にだき付

て何どいふもかわゆさゆへじやと。おしつけたる恋の仕かけ。したかふまじとせり

あふ両手を。一所に合てはや縄かけんとする内に。内二階よりまはりて。源太

と高つな至れば。さしもの平次身ぶるひしてこそゐたりける。源太つる/\

〓〓〓〓〓平次がふがいなふて引のけニ通路を引たて。口にまはせし手拭をほどき。

ふ所存ものめ。只一打と刀を抜ば。高綱すがつて御尤なれ共。ひつきやうい

はゞ若い人の事でござれば。ほれぬいてのうへは。有まい事共申されぬ。その上

承れは。毅然宇治川の先陣を拙者にこされ。かまくら殿へ御盃さしかへし

がたき所に今一度戦場にのぞみ。然るべき取からをして。何とぞ御盃を

さしもどし奉れとの上意をうけ。其目代(めしろ)のため。御母儀より御舎弟平次

殿を指添てのぼし給ふとの事なれば。毅然慥成勲功をたてゝ。御さかづきを

かまくら殿へ戻し申さるゝ迄は。殺されぬ相手と存ると。とゞむるにぞ。いかさま

御意見尤に存る。何共高綱殿の手前きのどくに存て。右の仕合。以後を

たしなめとつきはなせば。一言もなく刀手にさげ。是兄舎人(あにじやたひと)。母者(はゝじや)人からの目

付てゑすぞへ。それでも切気(きるき)なら切らつしやれいでと。肩いりかして帰りける。

亭主藤作罷出て。仲居かぶろまでしりぞけ。小聲に成。はゞかりながら

源太様へ申上まする。私義は佐々木家代々の家来江州高嶋の住人。馬渕七郎

と申者成が。若気のいたりにて。十ケ年以前浪人いたし様/\流浪いたす所

此度軍中に傾情町御免と聞付。何とぞ源氏方のお歴々様ニちかづき。

主人佐々木家の勘気を願はんための儀。何とそ宜しく御取成(とりなし)といふを。

源太いか様子細はしらね共。コリヤよい場所の願やうじや。高綱了簡はないか

綱とあれば。ハテかれが若気といふは。いさゝの色事なれ共。父源三家中の制

禁きびしく。勘気いたし置たれ共。心底がふ便なれば。父源三秀義に

成かはつて。此高綱がゆるすと申たい物ねれ共。高綱ともに勘気をうけ

てゐる身なれば。力及ず。何成共一つの功を立よ。その内に高綱も申

わけの立やうにして。勘気をゆるさるべし。さあらばその方が義は。身がうけ

とつた。何とぞ一功たてよとあれば。こわ和(やわらか)き御意にあづかりましてござ

りまする何共合点の参りませぬは。源太様とおまへは。宇治川の儀付て

先程も文選にて。おはたしあひもなさるゝ様に聞えしゆへ。私儀は遠慮いたして

女共を出し。まづ座敷へお通りあそばさるゝやうにいたしましたが。暫くの内に

御中なをり。昔にまさりての御懇意。源太様の一言によつて。おまへの先

陣が無に成てる事なれば。御堪忍なされがたい場と。憚ながら私風

情まで口惜う存まするといへば。源太あざ笑ひ。わけは追(おつて)てしるゝで

あらふ。指當つて高綱には。兄盛綱の勘気うけてゝらるれば。金子

もふ自由(じゆう)成べし。然れ共當分は。直にかしても請られぬ義理あり。

其方は揚屋の亭主なれば。客の此景(かげ)がくわつとはづむぞと。金

三百両なげ出し。此金子を其方が主と思ふ方へ。其方かあげ成共

かし成共して通路を身請してそはすべしと聞て。通路が嬉しさ。

兄弟もあれほどちがひのある物かと。ぞく/\すれば。亭主藤作

ははつと斗おしいたゞき。是四郎様。お礼仰られませいといひしが。かぶl

ふつて。右の金子を源太前へ押かへし。高綱殿宇治川の高名のたつ

までは。私とても申請ては。佐々木の家の疵に成まい物でもないとう

けがはぬ顔色四郎高綱ハテ大事ない事をと思へ共自分よりはいひ

出されず。源太が言葉をまち居たり

 (三)弟のとゞめをさしもの源太が泪

大知はかざらず。巨富(こふ)はつくらずとかや。梶原源太景季あたりを

見まはし。其方が心底見えたるゆへ。大事をかたり聞すべし。見か父景時

は。生れつゐて偏執つよく。義経公公の御威勢をねたみ。すでにかまくら

を打立給ふより此かた仰をそむき。謀(はかりごと)をくじかるゝ事数度に及び。

自分の功をたてんとはからるれ共。義経公の智謀に及ぶべき様なく。

これによつて何とぞかまくら殿へ讒言し。義経公をなきものにせんと

ひそかに申聞らるゝは。義経公その身の器量にほこり。かま

[挿絵]

a1)かよいぢ\なんぎ

a2)あゝ\くるしや

a3)女め\ゆかさぬ\かくごしや

a4)やれ人ごろい\であへ/\

a5)かぶろきも\つぶしおちる

b1)二かいはくせつか\さはかしい\なにことじや

b2)かぢはら\さみせん引

b3)むねのかゞみの\ふたとつて

b4)よう/\\ひいたり\語申ス

c1)高つな殿\とめまい/\

c2)藤作あはてゝ\さいふの身請金\ばら/\まき\はしり出る

c3)コレ\源太殿\はやまるまい

くら殿をかまくら殿共思はぬ仕方大し其通りにさしをかば。つゐにはかま

くら殿を亡し。其身天下を掌(たなごゝろ)にせんとの気(き)ざし見えたれば。木曽殿を

亡し。平家を討までは。いかにも重宝の荒気(あらき)の大将なれ共。木曽殿

も平家も亡び終らば。一日もたすけ置がたき次第を家来番場の忠

太にいひ付て。ひそかにかまくらへ入給はぬやうに。早/\御用意しかるべ

しと申上んと思ふとの相談を聞。あまりにが/\敷思ひ。もとよりかく

申す源太は。胡義朝公の舎弟。志田の四郎左衛門の尉頼賢が一子なれ共

梶原にやしなはれて。成人する事なれども。恐ながらかまくら殿共。義経

公共。実に父方の従弟(いとこ)成ゆへ。御連枝御中不破に成なんことをかな

しく思へ共。一たん親と頼し平三景時を。讒者なりと注進せんやうも

なく。さま%\に心をくだき。此御使は中/\忠太にては及べからず。某

罷下つて。密/\かまくら殿の御耳に入んと申せしかば。父景時斜ならす悦。

しかれ共其方此軍中よりかへさば。義経の近習共心づきて。急に大変

あらんもしれがたし。諸人の見る前いて。仕落をして面目を失ひなば。おひ

下したり共沙汰すべし。當分は武士の恥かましく思はん事なれども。君の

御為に我を捨て。此度の使をつとむべしとの事。外の者をつかはして。かま

くら殿誠に聞入給はゞ。義経公無實の罪に落させ給はん。又鎌倉

殿へ実(じつ)ともおぼしめさゝる時は。父平三景時一分の難義。此上

有べからずと。心を両端にかけて。いかにも身の分を捨て。此御使をつ

とめ。父の御心をやすめ申さんとうけがひ。宇治川の先陣。是成佐々

木とのあらそひのり出せしに。はるびがゆりて候と。真実を以て告し

詞を幸に。わさと隙いれのりをくれて。一分たゝずと。父にきつと

目くはせしければ。かゝるふ覚の忰梶原の苗字の恥辱。此度の

いくさは。叶ふまじと。諸軍勢の見る前にて。かまくらへぼつくだされたか。

扨かまくらに立帰り。何ゆへにまけたるぞと。母人にとはれし時。真実

佐々木には馬術おとりしゆへと。いひたりしか共。母人のかたへ。父平三より

おくられし文の恩がへしにまけたるといへともと。かゝれたるをしりし

ゆへ。それと詞のちかふてはと。わざとまけしとの物がたりはいさせしなり。

母の延寿叔母の錦繪へ。打あけて申されぬは。両人共に権(ごん)の頭(かみ)

兼房(かねふさ)の妹なれば。どこからどうもれて。義経公へ通じてはと。父と

申合せて。ふかくかくし。かまくら殿。ちかより義経公軍中。あつはれ

の恩はたらき。君への忠義のこる方なけれ共。偏執の輩有て。

父平三景時にあしく申こむものも候へば。父平三は。ひとへに我君

を御大切に存る心より。真受にうけて。ふとしたる事を。申上られ

ましたものにてもなく候へども。必ず一筋に御うけ下さるべからず。

此事申上んため。先陣にまけて罷下りしは。自然御連枝不破にならせ

給ふ時は天下の大事かと存奉る段。くはしく申上ければ。かまくら殿にも?景

時は一途の忠臣。其方は塩梅の功臣なりと。御感にあづかり。しからば再

びはせのぼつて。盃をさし戻す程の手がらをなすべしとの上意にての

ぼりし所に。四郎高綱に出合。わけをしらねば遺恨の段/\尤におもひ。

最前より座敷にてくわしく物語したれば。高綱も我を折。今こゝにて

高綱が身の立やうにしては。義経公の御ために成まじ。又兄盛綱妻(さい)

は伊勢の三郎が妹なれ共女房の縁にひかれて大事をあかす人では

なけれ共。味方の変を気づかひいせの三郎に申されたるときは。

軍中に同志討出来て平家に七分のつまをあてがふ道理。とかく時

節を見合せ。我身も再び盃をさしかへす程の功を立べしとて。

身共と心を合せあふたり?。此道理をきくと聞わけて。此金子を請

られよとあれば。藤作横手を打は。通路も夜の明たやうに心がさつはりと成

ましてござんすとふかき思案を感じける。藤作はしからば御金は私が申うけ

ます。追付通路様の請状と引かへて参りませうと。立んとする時。最前

帰る躰にて。縁の下に忍びくはしく聞居たる。平次景高とんで出てさううま

い事ばかりはさせぬと。藤作が持たる財布ひつたくれば。どつこいさせぬとくみ

つく所を手ばしかく刀を抜つき遠(とを)さんとするを。心得たると刀持し。うでくび

とらへて御くりかへせば。財布はとけて。三百両の黄金。地にしくばかりなり。

叶はじとや思ひけん起あがつて。最前よりの子細聞届た。父平三殿をあほう

にする。秋にの仕うち一/\に告て思ひしらせん。かまくら殿の御恩賞の内より

出し。此小判をだしぬいて。高綱かたへとらるゝ悋気を中へこめたる詞の下より。

尻ひつからげかけ出すを。藤作すがつて先御待と。とゞむる所をおぼへたかと

指そへ抜て切付る。させぬとはづす表紙に向ふへあまりわれと。我手に指そへ

の大鍔に。肩頬を打てうんとばかりあへなく息は絶にけり。藤作はおどろき。南

無三寳コリヤ源太様の御舎弟様を。私が殺しましては申わえ立かたしと。をしはだ

ぬぐを。源太おしとめ。死骸にまたがりとゞめをさして。佐々木の四郎高綱殿の。奥方と

極りし女中へ。不義を仕かけたる平次景高なれ共。朋輩のよしみを思ひ。手前へくだ

されて。兄の役に手にかけ申段。忝しと一礼すれば重(じう)/\の御芳志忘る時有べか

らずと。高綱も通路も涙をながすばかり也ける所に。陣太皷しきりにうち

たて。一の谷の合戦初り(はじま)しと聞えしかば。源太は床に生たりし梅花取て髪

にかざし。さきがけして宇治川のおくれし名を。取なをさんとかけ出れば。高

綱は通路が身の上たのむと。亭主にまかせ。おなじく我屋に帰りけるは。

こゝろの花に桜もちりかゝつてぞたのもしき

                            三之巻終

宇治川

    魁對盃                            四之巻

 藤戸海

    目録

第一 聟殿を取ちがへたる浅瀬の案内

    母の詞聞て身にしむ塩やきが涙

    ふつてわいた福祥(さいわい)は命の仇(あた)ふた

    あはてる比企の藤四郎が先懸(さきがけ)の催し

第二 取て引よせ二刀(ふたかたな)さすがは佐々木の謀(はかりこと)

    馬にて海をわたしあふ源平の合戦

    勝て兜の緒をしめりめな老母の

    歎き武士をみがく楊枝屋の浦住居(うらずまゐ)

第三 作りあほう智恵は内大臣殿の恩がへし

    親の敵をうつゝのやうな生れつき

    間にあはせかねた刀のねたば

    とぎ出し蒔繪の盃のみこまぬ藤戸の母親

 (一)聟殿を取ちがへたる浅瀬の案内

扨も一の谷の合戦。源平入みだれて鯨波〔義経記岩文111〕天にひゞき。貝皷(はいこ)地を

揺(うごか)しける所に。思ひもよらぬ義経公の逆落に打やぶれ。平家散々(ちり/\)に

成て。めい/\小舩に取乗(とりのり)。西海に落ゆく中にも。安徳天皇を初(はじめ)奉り。

三種の神器をものせ奉りて。波涛に漂ふ事。前代未聞の珎

事なl。梶原源太景季は。平氏の大勢に取こめられ。兜も

打落されて。大わらいの姿と成て。郎等〓騎にうしろを合せ。

むかふものをばまくり切。又め〓〓〓〓〓切にし〓〓ひどくはた

らき。父の景時と。三度わかれて三度あ〓〓〓の懸に高名

し。平家の一方を打やぶり。敵味方に。鬼神なりとほめられければ

則かまくらより下し置れたる。御盃に。箙にさしたる梅花を。箱

生にして。身ちかき家人にもたせ。はる%\かまくらへ下しけるは。面目有てぞ

見えにける。佐々木四郎高綱は。此事をのみうらやましく思ひくらす内に。

日次(ひなみ)早くたちて。一の谷にて討れ給ふ。平家の歴〓〓〓にて首渡しの事

あり。八嶋へ立退し平氏残りなく討亡し。〓ゆへなく三種の神器を。都へ

いれ奉れやとの院宣を蒙り。範頼義経すでに。白籏を西天になび

かせ給ふ。中にも蒲参河守(かばのみかはのかみ)範頼公は。足利の蔵人義兼北条の小

四郎義時。斎院の次官ちかよしをともなひ。侍大将には土肥の次郎実平。

同く弥太郎遠平。三浦介義純を宗徒(むねと)として。和田佐々木土屋佐原我も/\

と發向あり。平家の大将軍には。小松新三位の中将すけもり。同き少々有

盛。丹波の侍〓(ぢしう)忠房。侍大将には越中の次郎兵衛盛次(もりつぐ)。上総の五郎忠光。

悪七兵衛景清を先として。五百余艘の兵舩に乗つれてこぎ来り。備前の

小嶋につくと聞しかば。源氏やがて室(むろ)を立て。是も備前の国西川しり。

藤戸に陣を取たりける。去ほどに源平両陣のあはひ。海のおもてわづ廿五

町斗をへだてたれ共。底はかりなき海上なれば。源氏心はたけく思へ共。舟な

くして力及はず。いたづらに日数をおくりける間。軍兵共退屈して見えける所ニ。

浦の塩やき藤太といふものゝ老母。お強飯(こわ)むしたてゝやき塩は。取〓もの

おて沢山に包み。とり%\の鯛(たい)鱧(はも)和布(め)篭に入て。陣所ちかく来り。此御陣

中に佐々木様と申はござりませぬかと尋るゆへ。行あふたる兵(つはもの)いかにも佐々

木殿の陣所は。あの四ツ目結(めゆい)の捲でおじやると。答ふるを。忝うござりま

すと。幕ぎはへよりて。佐々木様の御内衆へ申上たい事がござつて。塩やき

のばゞが参りましてござるといふに。ハテめづらしい。塩やきに殿の御ちかづきは

ないがと。下部共つぶやきながら。其通申ければ。何にもせよ。是へ通せよとの

事ゆへ。あれへ通りめされと案内せられ。是はマア/\けつかうな。びか/\した

鉄物(かなもの)のきる物めさつしやいた中へ。はげこそげたやうなばゞが。お恥かしけれ共

[挿絵]

a1)平家の\ぐんぜい\舟にのり\皆/\\おちる

b1)かぢはら平三\あせり打て\めらろ?

b2)敵のぐん兵\まつかう\きかれさいご

b3)梶原源太ゑびらの梅\〓等三ぎに\うしろを見せ\切ぬける

b4)そりや切〓かは\/\

b5)平三を\切とめよ

c1)波打ぎはの\うきすの岩

c2)汐花の\藤太さいご

c3)ひだの藤四郎\藤太をさしころす

c4)藤四郎らうじ〓\やうすを\見てゐる

とて。お強飯(こわ)入し飯櫃(めしびつ)したにゑつとこなとおろし。肴物取出して。どなたぞ

盆かしてくつしやれめせと。鯛鱧置ならべ指出せば。佐々木の三郎盛綱見て。

其方はいな成心ざしにて。此佐々木には送り物ずるぞと問れ。ノウおなづかしや。

憚ながら佐々木様と聞ては娘のお濱にあふ心がいたします。ちいさい時から都へ

奉公に出せしに。近江へかゝへられたと聞たれ共。定めて百姓衆の所でかな

あらふと。思ひましたれば。ノウもつたいなや佐々木様というお歴々へ出たとある。

ヤレ果報なものやと悦びおりましたに。承りますれば。かまくらへまでめし

つれられ。御念比にめしつかはるゝよし。その上おまへ様の別して。御不便を

くはへさせられ。御ねまのはしをもけがすと。聞及び。マア浜辺そだち

わけもない。お濱事でござりまするに。あまり有がたさに。此度の

おくだりの内に。もし佐々木様のわか殿はござらぬかと。むすこの藤太ニ

尋ねさせましたれば。いかにも佐々木様の若殿さまも。ござつし〓げや

いなや。お礼申上たく心ざしはかり御侍様かたへあげましたく。此品持参いたし

してござりますといへば。是は慥ニ弟の高綱と。千鳥が事でかなあらふ

に。佐々木のむすこといふにて。取ちがへたるならめと。さしあひきのとくに思ひ。

そのいへ其お濱といふは。千どりと名をかへて。母者人のめしつかひ成しか。欠落

して遊女に成てゐると。いはんとせしが。いや/\爰は大事の所じや。此者を

こまづけ。何とぞ此浦の案内させ。馬にて海をこすべき手だてもやと。急

度心つきしより。顔色(がんしよく)をやはらげ。いかにも/\そちが娘。今は千どりといふて。

心やすくめしつかふ。縁でかなあらふ。たがひに大かたならぬ大ひなれば。そちが

事も尋たいと思ひしか共。大勢の朋輩へ遠慮して。おそなはつた。それ

家来ども馳走を出し奥底なくもてなしければ。是は/\忝い

娘が縁にて。思ひよらぬお歴々様のお盃いたゞく事と。ほた/\として悦

けるを見すまし。盛綱聲をひそめ。此藤戸の渡。ふかさ浅みをしらぬ

ゆへ味方責(せき)あぐんで。日数を送れり。その方がむすこの藤太とやらん

は。此浦になれて塩やく事をすぎはひとすれば。汐のさし引は胸の内に

明から成べし。佐々木が一生の手がら此事にあり。娘が為にもあしかるまじ。

何とぞ藤太をすゝめ。案内させてくれまじきやと。しめ%\と頼るれば。

お気づかひあそばしますな。くはしく案内いたさすべし。もし此事お仕おふ

せあそばざらば。娘を奥様とば憚りなからよもやおすてはなされまい

こよひひそかにせがれ藤太をめしつれられ浅みを能々見おかせへ。はや

おいとまと立帰れば。しからば陣屋へ参る事は。人目あり。其方が家は何

方ぞ尋ねゆかんとの詞に。あれに見えたるうきすの岩の。マア向ひにあた

つて。萱ぶきの家にて候と。娘が立身心うれしく。いそ%\我家に帰りける。

塩やき藤太が家の表に馬乗はなして。魏々(ぎゝ)たる供まいりにて。小具

足したる侍。藤太とは是成かと。よび出し身は源氏方の弓大将。比企の

藤四郎義員?と申者だ。此海の浅瀬を案内して高名させたらば。取

たてゝ千石くれう。まづ當座の褒美成とて。黄金百両さし出せば

是は/\有がたい塩やき風情の。まづしきくらしゆへ母壱人をはごくみかねて。

何とかな楽/\おくらさせたく存ぜしに。思ひもよらぬ天のめぐみ。いかにも

こよひ御案内いたして。あつはれお手がらをさせ申さんとをしいたゞけば。

近比満足/\。其方より外にも。此海の瀬を知たる者やあると。念を入

れば。おそらく私より外にはござりませぬと。答(こた)ふるにぞ。それでこそ身

ひとりが高名には成た物なれ。しからば初夜過にむかふの濱邊へゆ

かん間。あれ迄出てくらいと。約束かため帰りける所へ。母は立かへり。佐々

木様にゆる/\御めにかゝつて来たが。それは/\きつとしたよいとの

ごじやが。娘はいかい仕合ものじや。扨でつかい御馳走にあづかり。でこ

ゑひがまはつたといへば。それはうれしうござりまする。めでたい事はつく

物でござります。内へも金もうけが申て参りましたと。くだんの金子を見

せて。熱気(ねつき)にも冷(ひえ)にり?ならぬ。海の案内すれば。遠国に成事でござる

うへに。指あたつて此小判をくだされ。身の廻りこしらへ。立身すれば妹のお濱

が肩もいかる道理母者人悦ばつしやれと。めつたにうれしがれば。母はひつくりし。

ソリヤまあどなたに頼まれといひもきらぬに。源氏の御侍。比企の藤四郎様に

頼れました。何とめでたい事ではござらぬかといふに。母はむねとゞろき。そな

はひごろ親孝行の心ふかひ人なれば。わらはがいふ事。よもやいやとはな

か/\いやるまいが。いひ出して叶はぬ時は。親子の縁も切る道理。よい/\な

がらへて佐々木様へうけあひし。義理を捨てふより。南無あみだ仏と棚成

かみそりおろして。むねにあつる。藤太あはてゝおしどめ。コリヤ母者人様子

もいはずに。何事でござるぞ。たとへ私が男のすたる事ぞも。親の詞に

はそむかれませぬ。様子をいふて下されませと。何だかたてにとゞむれば。サア

その男を捨さする事が悲しさにいふをいぶかしく思ひて何ぶんかみ

そり員取。先こなたへと老母をいたはり。奥の一間に入にける。

 (二)取て引よせさすがは佐々木の謀(はかりこと)

秋月湖をてらして。銀波高く。海風遠く吹て。金城荒(すさ)むと。古人の作

しことばを。今爰に感ずる。藤戸の浦。渺茫(びやうぼう)として。眼界を究めず

佐々木の三郎盛綱は。人をつれず。只一騎塩やき藤太がわら屋におと

づれければ。佐々木様でござりますかと出るは。最前のばゝが忰千鳥が

兄の藤太ならめと打うなづき。褒美は望にまかすべし。音なたてそ。

味方の陣へ聞えては。明〓手がらの際(きわ)見えずと。さゝやけば。同じくさゝ

やき合て。すでに海岸にのぞみぬ。盛綱此海を馬にて渡すべき

様やあると尋れば。さん候月がしらには東にあり。月の末には西にあり

と申すゆへ。さらばくつわに取付て。渡(わたつ)て見給へと。馬をざつふとのり入

たり。心得て候と。同じくとび入。馬にひつそひ海のなかばにのりいれて。能々

浅みを見る所に。比企の藤四郎義員。約束の刻限成とて。是も壱人忍

びやかに来りしが。はるかに此体を見るよりも。あやしやあれは味方か敵

かとためらふ内に盛綱は海よりあがり。藤太にむかひ。何事も追て/\

といひ捨。陣屋に帰ける。藤太は母の頼み。妹をあはれむ恩愛更に

もだしがたく。佐々木に手引し。浅瀬を見せ。比企殿へは受し黄金

かへさんとする。うしろより比企の義員。くびすじつかんで引とゞめ。氷の

如き刃をぬき。わきつぼよりぐつと通せば。むねへつらぬきくるしむ所を

指通し指通さるれば。気も魂もきへ/\と成所を。其儘海にをし入

つきはめしか共磯にたゞよふを。懐中の黄金引取。太刀にしたひし血

をぬぐひ。さやにとくとおさめしが。ハア早まつた事してのけた。殺さず共

生をき海の案内責さいなんで成共聞べき物を。腹の立まゝに殺した。跡は

何にもならぬ。ヱヽ佐々木に大功立させて。先約の此比企が鼻あいてゐよふか。よい

/\せめての腹いせに。此藤太めを殺したは。佐々木と母がしるやうにして置たい

物じやがと。思案する所に。月影にきらつく物あり。何ならんと取てみれば。佐々

木が鞍の塩手にゆふたる。金紋の四つめ結。ふかみの水にせかれて。ゆるまりしが。

かけあがる時磯に落たるにぞありける。是さいはいと。つきはめたる藤太が

襟がみ取て磯へ引あげ。死骸の側にさし置て。飛が如くに立のきける。

藤太が母は娘のお濱千どりとかへて。立身し似相ぬ事とは思へ共。佐々木

を聟ぞと思ふまちがひ。手がらかなさましたやと。請合帰りしかひも

なく。むすこの藤太は比企の義引に頼れたると聞て。力を落し。様/\

我子に訴訟(そせう)せしに孝行第一の藤太ゆへ比企へ変改(へんがい)し佐々木へ味方し

一たん頼れし筋の立ぬ所へ。自害して成共。母や妹が道の立やうにせばや

とて。覚悟きはめゐたるに。佐々木の盛綱と名乗て尋来られ。すぐに濱

邊へいざなはれしが。夜の傾く迄帰らぬゆへ老の身のあまり心もとなく。子

を思ふ闇は。月夜もむねせかれて。立くらみいく度か。濱邊に出てこゝかし

こと尋れ共。人ひとりもあらざれば。問ふべき人さへ泪にくれ。ほい/\藤太

ほゝいとよばゝれ共。沖のちどり磯打波の音斗して。答ふる聲も有ね

ば。扨は佐々木様の御陣所へかな行けるかと。たどりたどる波打際に。

ヤアおそろしや人の死骸がある。しかも殺されたか。のりが見ゆると。立

退しが。何とやらんそぶりが藤太に似たるは。いかにとこわ%\立より。

能/\みてのう悲しや。コリヤたれが殺した。ヤレ藤太が切られてゐる。たが

殺した。何ものが打たぞ。ま一度物いふてくれよ。我子の戸板と。鳴つ〔まま〕

くどいつやるかたなく。何とせんかたなみにぬれ。ひれふしなげくぞ道理

なる。能々おもへば。宵に佐々木様のよび出し給ひしがと。あたりを見

れば。四つめ結の紋付たる指物あるを見つけ。是は佐々木様の幕に付

てあつた紋所じや。扨は我子は佐々木様。ヱヽあの佐々木が打たるか。殺したる

か。何のうらみ有て殺せしぞや。娘はつれそふ縁といひ。此海の案内せん

とて。出しものをあへなくも指殺せしはそも何事ぞ。扨は藤太が比企殿

への義理を思ひ。浅瀬をおくと教ざりし。恨み成かと心もくるふばかり也。

秋の長夜も星めぐつて。はや明がたに成しかば。源氏の白はた平家の赤

はた。たがひに海をへだてゝなびかしけれ共。渡るべきやうなければ。責あ

ぐんでぞ見えたりける。藤太が母はあはよくば。佐々木にちかづき恨いはんと

磯馴松のかげに忍び〓合ゐるに。平家の方のはやりを兵(つはもの)共。小舟

に乗てこぎ出し。扇をあげて源氏爰を渡せとぞ招きける。源氏の

方の兵共いかゞせんといふ所に。近江の国の住人。佐々木の三郎盛綱と

名乗て。しげめゆひのひたゝれれに。緋おどしのよろひきて。連銭(れんせん)あらげの

馬に金ぶくりん(覆輪)のくらを置て打のり。家の子郎等共に。七騎打入て渡す

を。大将軍参河守範頼見給ひ。あれせいせよとゞめよおのたまへば。當山日出夫の

次郎実平むつあぶみを合せて追付。いかに佐々木殿は。物の付て狂ひ給ふ

か大将軍よりの御ゆるされもなきに。とゞまり給へといひけれ共。弟の四郎

高綱が。宇治川の先陣相對の手がらといふ。悪説をうちけし。佐々木の

家の名をあげんと。いふ事を耳にも聞入ず。渡しければ。土肥の次郎も

制しかねて。ともにつれてぞ渡しける。馬の草わきむながひづくし。ふと腹

にたつ所もあり。くらつぼこす所もあり。深き所をおよがせて。浅き所

に打あがれば。大将軍是を見給ひて。あさかりけるぞ。渡せやわたせと

下知し給へば。三万よきの兵共。皆打入て渡す間。平家の方にはこれを

見て。舟共゛をしうかへ(浮かべ)/\して。矢さきを揃へてさしつめ引つめ。さん%\に射け

れ共。事ともせず。かぶとのしころをかたふけ。くま手ないがまをもつて。

敵の舟を引よせ/\。おめきさけんで戦ふ。一日まゝかひくらし。夜に入けれは平

家の舟は沖にうかひ。源氏は小嶋の地にあがつて。勝どきをこそあげ

にける。昔より馬にて川を渡せし兵多しといへ共。馬にて海を渡す事。

天竺震旦はしらず。我朝には奇代のためしなればとて。多将軍筆を取て。

備前の小嶋を佐々木に給はるよし。感状をぞ下されける。藤太が母は。こな

たの岸に残りしが。武威に恐れて近よりがたく。時節を待て。娘のお濱に

めぐりあひ。我子の敵兄の敵。打て本望を達せんと。なく/\家路に帰り

けるが。何とぞ佐々木を一太刀うらみんと。思ふ泪に日数たちて後。ある

人来り。佐々木といふ人海とやら川とやらを。馬にて先陣したるが。内證ニ

あやのある手がらにて。高名に成がたく。浪人せられ。能々すり切た事

なればこそ。楊枝削て。夫婦つがひに男ひとりつかふて。くはねど高

やうじなれ共。身躰はふな/\する。柳腰の内儀も。今は手せんじにて。

やつれくづをれ。亭主の力一ど?の瘤楊枝も。出ぬくらゐの事でござると。咄

せば。藤太が母ははつとおどろき。夫婦くらさるゝとは。娘のお鼻もかまくらより

のぼりしか。兄が敵を打んとすれば。妹が歎きやるかたなし。妹を不便と思ひ

やれば。兄が恨みは何とせん。悲しみは此身ひとつにせまりしと。歎ながらもよそな

がら様子をうかゞひ。お濱にも対面し。相談せんとそこ/\に取まかなひ。その

佐々木殿夫婦は。何といふ所に住るゝぞととへば。津国?須广といふ所にかくれ

住との教うれしく。商人舟に便舩し。津国さしてのぼりける。扨も佐々木の

四郎高綱は梶原源太との契約あれば。兄盛綱へ何事も打あけて語ら

ざるゆへ。宇治川の先陣まぎらはしく。武士の本意にあらずとて。勘當せ

られしか共。傾城通路。本名千どりを源太が情にて請出し。けづる楊枝

の細元手。一の谷の合戦の後。直に須广にわび住居。時節を待て何とぞ

廻分の高名し。かまくら殿へ御盃を返し奉らばやと。天の時をうかゞひ〓〓

女房千どりもいそ/\とまづしきくらしは苦ともせず。思ふ男とそふて

くらすうれしさ。此比よりはい出の但馬ものちと不足なれ共律義なるを

取得(とりえ)にめしかゝへし。下男の土介を腰もとにも家老にもみそにもしほにも

つかひける。流浪の程こそ笑止なれ

 (三)作りあほう智恵は内大臣への恩がへし

名物太夫桜楊枝と。看板の猿智恵あらんよりは。寧あほうがまし

ならめと。佐々木高綱女房千どり。但馬ものを壱人家来につかひける

が。藝はととへば。餅も酒もすきでござりますといふより外用に立に

としれてあるものを。つかふ高綱が心長さより千どりは結句なさけを

さけてつかひけるに。此下男(しもおとこ)大介。元来正直といへば。よいやうなれども

常やうはたらぬ方にて。途中にて立派に封じたる文をひろひ。是は

見事な状じや。久しう国もとへ便りをせぬ程にやりたい物じやがとよその

名あての状を国へたる位成ぬけ作(さく)成けるが。主人の心にかなひ。奉公しける

そおかしけれ。女房千どりはかい%\しくたすきかけしてすり鉢する音を聞て

扨は雷も此理じやと。大介かしこげに發明する折ふし。高綱奥より出て。

こりや大介。此お盃はそちはしるまい。身が身をはなさぬ大切の御盃

ゆへ。毎日/\河原へ出て東へ向ひ水を汲で御主人様へおめ見へすると思ひ。

一盃づゝいたゞく所に。今日はさん%\疝痛(せんつう)にて難をする間。此お盃

を大事にかけて。河原へ持て行。水一はい汲んで帰るべし。外の物にくみては。

二重に成ゆへ。大切な物なれ共その方にくみにつかはすといへば。かしこまり

ましたと盃うけ取持出けるが。しばらくして立帰り。内へも入らず鳴て〔まま〕

ゐるゆへ。千どりはいぶかり。大介何としやつたぞ。内へはいりやいのう。何し

てゐやるぞとしかるれば。しく/\鳴(ない)てはいりかぬるを。年にこそよつ

たものなれとこぼへるといふ事があるもかと。高綱大聲にてしかり

つけて水汲て来たかといへば。さればその盃の事でござります。水を汲ふと

したれば。取としてながして仕廻ましたと。わつとなくを。をのれそれを落

して。此高綱が何と成物ぞと。刀取出してすらりと抜ば。千どり取付て。

アヽまづ待てやらしやんせ。コリヤ大介念に念を入て。大切なと仰られたに。あ

ほうじやとて。よいかげんな事がよい。ソリヤどこで落した。河下吟味して見

よとあれば。女共役にたゝぬ事いやんな。流(ながれ)川へおとした盃。川下をせんぎし

たとて。何のあらふぞ。盃一つにて手打にする理はなけれ共。かまくら殿へ

一度は指戻し奉らねば。此高綱が侍(さむらい)が立ぬ。ヱヽ是非にも及ばぬ。あいつ

ぶちはなして。腹切てしぬるまでと。はがみをなすぞ断なる。大介なく/\

そのおさかづきは。取落したゆへ。南無〓〔?之〕寳と存。川へ飛込ましたれば。

川下に見しらぬ侍が居て。よい物ひらふたといふて。取ていにました。これ

それは旦那殿の大事の道具じや。戻して下されといふたれば。馬鹿めが川

[挿絵]

a1)宇佐八幡大卉

a2)さん%\ニ\矢をゐかける

a3)源氏の軍勢\かちどき上〓

a4)ぐん兵共\みな/\\さゝ木ニ〓渡る

a5)佐々木三郎\先陣する

a6)とひの次郎うみへ入

a7)〓〓〓〓大将〓〓〓〓

b1)下人大介\刀取出す

b2)それは\何を\しおる

b3)太夫桜やうし

b4)らう母\尋来り?

の中で拾ふた物を。もどせとは何事じやと。突たをされましたゆへ。それを

やつてはならぬと。むさぶりついたれば。こめんどうなやつのといふて。ぶちてう

ちやくして。どこへやらいんでしまふた。ハテ扨力のないものは。つよいものにまける

といふ理を。はじめてしりましたと。どつちやう聲をあげて鳴ければ。さすが

の高綱もあきれはてゝ。川下へながれて海へ落たるとはちがひ。人にう

ばゝれしとあれば。雲にしるのないでもない。をのれを殺しては。相手を見

知たるせんぎのたねがない。をのれをつれて。毎日此邊をありかば。その

盃を取たるやつ。見出さぬといふ事あるまじ。見合次第にそれと告

よといへば。大介涙をしぬぐひ。その侍はあみがさ。又はほうかぶりして。毎日

うろ/\此あたりをのぞきありき。けふも私が盃持て出るあとから。

つけてくるやうにして。河原へ来り。盃を取おとすを。おつとしてやつたと。取あげました。大かたつらも見知てをります。ヱヽなぜに二親は。よわい様ニ

うみ付て置れしぞと。歎けば。よい/\此うへの申訳に其侍見付て告

よとしかられおしかりなさるゝゆへ頭痛がいたします。ちとやすましてくだ

されませいと二階へあがる跡には。夫婦かほを見合。能々武運につきたる

よと悲しむに。二階はぎし/\と物をと聞ゆる。合点ゆかずと高つな

はしご半分のぼりかゝつてのぞけば。大介半櫃より刀取出してねたば

あはすてい。扨は盃のいひわけ立がたしと思ひ。自害するかとかけ

あがつてをしとむれば。飛しさつてよるまい佐々木の四郎お。はしごに

かまはず飛おり。表を指てかけ出るを。狂気せしかと引とゞむれば。邪

广してけがめさるゝなと。つねとはかはりし有様。ヤヽラ合点のゆかぬ。をのれ

何者なれば。高綱が方に忍にゐて奉公し。あほうと成てはかりしぞ。

有やうに申せ。申さずんは生ては置ぬといへば。問ぞ共語聞さん

身が父は但馬国。比野曽郷(ひのそげう)の者にて。箕浦(みのうら)右衛門といふ者成が。

平家の大将小松の内大臣重盛公の御恩を蒙りし所に。平家は西海

にをちくだり給ふゆh。せめて平家への恩を報ぜんため。逆櫓といふ

事を申立て。義経公にすゝめなば。源氏の軍勢心あとにひかれ。一途

にすゝむといふ。勇氣くつれて。平家の勝利とならん物をと。是を義経

公へすゝめんため。わざ/\都へのぼられたる所に。何ものゝ仕わざにや。西洞院

綾小路にて。夜中に殺され。死がいは井戸につきはめたり。其後但州より

それがし罷登りて。此由を聞に。傳授の巻物はいばひとられしと見えて

行方なく。其夜は義経公堀川に一宿の折からなれば。源氏の武士の

所持とはしれとも。誰を相手に敵打べきやうもなく。見合す内梶

原平三景時。逆櫓を義経公へすゝめしと聞。扨は敵は景時かと

思へば。其方か兄の三郎盛綱。藤戸の海に馬にて渡せしとあるかの

傳授の巻物に此大事も見えたれば。是が敵かかれが敵かと。心まよひ

所詮両人ともに打て。腹かつさばかは。ふたりの内に一人敵のないと〓〓〓

あるまいと。思ひさだめたるゆへ。其方かたに奉公し。時節を見あいて

〓に。今日盃をもつて河原へ出しかば。ほうかぶりしたる男。その盃われに

得させよ。弟高綱が。宇治川の恥辱を。身が藤戸の高名にて清め

すゝぎ。かまくら殿へ其盃を。此盛綱が指戻し奉らん。しかれば兄弟

の差別(しやべつ)にかまはず。佐々木という家の面目。此理を申聞したり共。一分

の手がらにもならぬ事と。高綱が不得心はしれた事。それゆへ毎日河

原へ水を汲にかよふ所を。すがたをはへてうばひとり。田からも畔からも。

家のはぢをすゝがん斗なるに。今日その方が持参は。天のあたへと引

たくられたるゆへ。それにて下郎なれ共。主人の申わけなし。しかれども

家の恥と。弟一人とにはかへぬとの御一言が。あまりのがれがたく存ず

れば。此盃はそこもとへ進ずべしとて。渡して帰りしなに。主人の申訳

出奔いたさん。其時かくまい下されよと。詞をつがひ帰りたり。折を見

合せ。親の敵盛綱と名のりかけて。心よくんため。刀のねだば合して

出るを。とめだてして。後悔めさればとふりきるを。イヤサさふ聞ては猶ゆか

れぬ。其通りでお盃を兄貴方よりかまくら殿へ指戻されては。此高綱が

たゝぬ/\といへば。そなたか立もたゝぬも。身はかまはぬ。爰はなせイヤ

はなさぬとせりあふ所へ。頼みませう。佐々木様のひつそくしてござる所は

爰でござりますか。娘のお濱。今は千どりとやら申げにござります。藤

戸の母があいに参りましたといひ入ニける

                    四之巻終

宇治川

    魁對盃                            五之巻

 藤戸海

    目録

第一 軍功の盃合(さかづきあい)は合(あい)の兵士(ものゝふ)の義理

    我子の敵をうつゝの闇くらみきつた

    比企が企(くわだて)引てもひかれぬ高綱が魂

    義を守る石鉄(いしかね)の片岡が酒挨拶(さけあいさつ)

第二 主人の恩を家来が返し矢筈の紋

    ほうかぶりの内は見えぬ心のおく底(そこ)打(うち)

    はたして忠義をあらはす馬渕が誠

    聞て取かぬる梶原が逆櫓の報ひ

第三 悪心ひるがへさする籏色の謀(はかりこと)

    片岡が上使(じやうし)ぶりあつはれな男つき

    よい月夜の鎌倉風(かまくらふう)のみこんで

    さばき給ふ義経公の仁義の掟

 (一)軍功の盃合は合の兵士(ものゝふ)の義理

大いなるかな。親愛切たり親たりといへり。塩やき藤太が母は。子を

思ふ心の闇にかきくれ。お濱にあひたふござりまするといへば。千どり

立出。ヤアかゝ様か。是はめづらしいなつかしうござんしたれど。どうも便の

ならぬ首尾で。申わけもござんせぬといへば。高綱は大介と立あひ

ながら。ヨウござつた。見さつしたる通。取こんだ中なれば。あいさつせぬ。

女房共馳走せいといひ捨て。大助まてやらぬとぎじめけば。その

方がとむるとて見よと。たがひにせりあふ中へ。藤戸の母わけ入て。何かは様

子は存ませね共。マア待て下されませいと。二人が中へわけ入ば。千どりは

よい所へ来て下んしたと。共/\双方をなだめとむるぞ尤もなる。母は

藤戸の陣屋にて。夜中にたつた一度對面せし。佐々木の子息と斗覚て。盛

綱とも高綱ともわきまへねば。老眼にて見覚へかひなく。その上兄弟爪

二つにわらずにその儘の人品骨柄なれば。ヱヽこなたは武士に似合ぬ。アノ

お濱が。縁につれて。藤戸の陣所へ見まひしに。忰藤太に浅瀬の案内させ

よと頼みながら。何の遺恨有て。藤太は殺さつしたつた。藤戸の先陣は

まつたく藤太が案内のゆへなれば。いか成恩をもたぶべきに。思ひの外ニ

一命をめされし事は。馬にて海を渡すよりも。是ぞ奇代のためしでご

ざんす。尤かし妹のお濱を。不便がつて下された恩はあれ共。子の敵なれ

ば。せめての恨みをいわんために参りまいた。コリヤお濱。そちが為にも兄の

かたき。そふではられまい。母と共に敵打の用意せよといへば。千どり指出。

母様夫高綱殿の藤戸へござつた事はない。それは兄ご盛綱さまと

いわんとするを。高綱はつたとにらみ。兄をかばふて身に引うけ。〓〓〓

まいとしかりつけて。して又佐々木が殺したといふ證拠ありやたあおいへば。風呂敷

包より四つめ結の銀(かな)物取出し。忰藤太が死がいのあたりにありしは。こなたの

馬具にうたれし銀物。サア是でもおかくしなさるゝか。所詮一太刀も恨みがたき

いきほひ。せめては此母も諸共にさし殺して。此世の念をはらしてたべと。かつはと

ふしてぞ鳴居(なきゐ)たる。大介は最前から格別の取込と。了簡してゐた。爰はな

せと又かけ出るを。やらじゆかんともみあふ最中。物の具きらびやかに出立し

武士。人数引つれさつと入て。佐々木高綱殿は是でござるかと入を見れば。

義経公のお側衆。片岡の八郎にて。三方に盃すべさせ。義経公よりの上意と

のぶれば。高綱はつとお請申し。只今大介と申男。取はなしがたき事有。

いづれも頼み入るといへば。片岡が同勢共取まいて。警固するゆへ。大介なま

じいに切ぬけたてして。仕損じてはいかゞと。是非なく見合す内に。千どりは

上下取出せば。高綱衣服を改め。平服する時。片岡上座になをり。貴殿

[挿絵]

a1)ちどりが\はゝおや\やうすを見て\よろこぶ

a2)ちどり\すゞの酒\つく

a3)かたおか八郎\さん方盃\出して\やうすを聞〓

a4)ひき藤四郎\さゝ木四郎〓\取ふせられ

a5)さゝ木四郎\さかづきへ\酒うけれん判状\かたおかへ渡す

a6)大助\なんぎ

a7)かたおか八郎が\けらい取まき\せんぎする

b1)大介親の敵打\〓〓やらぬは\おぼへが\あらふ

b2)ヤレ\はやまるな\まて/\

b3)げろうめ\すいさんな

の兄三郎盛綱には。蒲殿の御手に〓し。去ぬる比藤戸の合戦に馬にて海を

渡し先陣めされし軍功誠に佐々木一流の面目。比類なきはたらき。しかるに

先達てかまくら殿より。貴殿へ御指預けの盃を。貴殿に成かはつて。兄の高綱

よりかまくら殿へ指戻し奉り度との願ひ。蒲殿わが君義経公と。御相談

のうへ。此御盃は弟の高綱へ下されたるに。兄の盛綱が手がらにて。指もどし奉

る段。家の面目といふに成ては。其差別なけれども。高綱が日頃の心底

不便なれば。両将かまくら殿に成かはつて。盛綱へ御おさへなさるゝ〓。高綱

預りて。合(あい)をいたし候へとの上意なりといふ内。藤戸の母は。扨は我子を打しは

人たがひにて。あの高綱殿にてなきと得心し。いよ/\心をかせりける。高綱は

つゝしんで有がたき両大将の思召。指當つて手がらいたすべき覚なければ

此御盃の早速に合を仕るべきやいなし。上使(じやうし)片岡殿の御覧の前にて

切腹いたし。是を申わけの合に仕らんと。おしぬぐ肌を片岡とゞめてコレ/\

それでは兄に功をうはゞれたるつらあてに成〓〔殊?〕には両大将の思召は〓に成道理。

犬死に成て。御盃の合にはまかりならず。うろたへめされたる高綱と。しかり付ら

れ。我身に取ては思案も今更つき。弓矢の守神にも見はなされしかと。腹

を切にもきられねば。はぎしみしてぞ泣ゐたる。折こそあれ。又表の方より

案内乞て。比企の藤四郎義員。忍びやかに出立。佐々木の四郎高綱のかくれ

すまるゝは是成か。ひそかに對面いたしたいといひ入ながら。大勢の人かげ見

ゆれば。内へは入らず。表に待受ゐたりける。日比念比にもない比企の藤白

が来たるは。合点のゆかぬ事と思ひながら。片岡に断いふて立出れば。是は/\

佐々木殿久しや/\。御取込の中と見かけたゆへ。急に申入る子細は御自分へ

かまくら殿より下し置れし御盃を。兄ご盛綱殿にうばゝれ。盛綱殿より

今日両大将の御前へ指上られたを見届て罷越た。なんと思召それ

では御自分の一分立申まい。兄としては弟をあはれむこそ。本意なる

へきに。扨/\むごい盛綱の心入。それにつき身共も。藤戸の先陣につゐては。

盛綱に遺恨あり。貴殿のためには武功のかたき。兄ながらものがしがたき筋

なれば。身と心を合せ。ひそかに兄盛綱を闇打にする思案はないかと。小

聲に成ていへば。高綱心得ずとは思へ共。わざと調子にのり。近比忝き御懇

志。いかにも拙者も左様に存れ共。兄を殺して身のたて所といふを。〓〓と

いふて左様の心なれば。打明て申聞さん。梶原平三景時と義経公。不和

なるを幸に。猶も蒲殿をも讒言させ。御兄弟ふ熟のまつたゞ中を見

すまし。我籏をあげて。天下を掌にせんと思ふ企あり。味方だにくはゝり

給はゞ。天下三国一をわけあたゑんためのはかりことを致し置たり。すべて此度

手がらにもれ。又は大将に恨みあるともがらを。そろ/\と口をむしつて。連判(れんばん)

させたる此一通を見られよと。一味連判の一通を出し見せれば。高綱〓て

見るふりして。つか/\と立より。藤四郎をどうど蹴たをし。懐より縄取出し。

くゝしあぐる程に。片岡の八郎其外皆/\立れば。御盃の御合仕らんお盃

と。藤四郎にのつかゝりながらのぞむにぞ。藤戸の母も立聞して。我子の敵は

思ひもよらぬ藤四郎よなと。かけ出るに。千どりも兄様の敵やらぬと出るを。片

岡の八郎おしとゞめ。かまくらへ引たてゝ。御直の御詮議〔異体字〕有べき大罪人。卒爾

すべからずと。三方にのせたり御盃をさゝげ。高綱に渡せば。千どりは心得

錫に酒ついで持て出るを。高綱ざぶ/\と受て。御合仕たるしるしと。

藤四郎が渡せし謀叛の連判状を。片岡にぞ渡しける。最前より大

勢に取こめられ。様子を聞ゐける大介。横手を打。扨は佐々木の三郎

盛綱の。馬にて海を渡されしは。我父右衛門七殿の。一巻の傳にては

なく塩やき藤太とやらんが。案内ゆへとや。早まつたり/\さすれば

逆櫓をたてんといひし。梶原平三こそ父が敵に極つたり。是迄の

麁忽。まつひら御免下されかしといへば。一座の人/\疑ひらけ。いかにも藤

四郎が申たる詞につゐては梶原平三はきつと。此方も吟味のある

男。サア/\打つれて平三陣所へまかりこさんと。打つれ立て行にける

 (二)主人の恩を家来が返し矢筈の紋

佐々木四郎高綱。すでに比企の藤四郎が悪事を見出し。からめ取て首尾

よく合の盃を。兄三郎盛綱方へ持参しければ。盛綱委細に聞

届。両御大将の御憐愍の御下知。いかでかそむき奉らんと。勘気を

ゆるし。たぶ/\と引うけ。御おさへの此盃。今一手かくして指戻し奉らんニは。

梶原平三が奸邪を以て。かまくら殿へ御連枝を讒する条々。明らか

に吟味をくはへ。それを申たてゝ。返盃し奉らんといさめば高綱は一たん

梶原平次を殺せし時。源太景季が情にて。無難にすみたる事を

思へば。その父平三をほろぼす相談にのる事。恩しらずとやいはれん。

しかれ共是は天下の大事にかゝる。かまくら殿への御ためなれば。一分の義理に

かゝはる場ではないと。取つ追つ工夫しけるが。いかゞ思ひけん。何分まづ梶

原方へ御供申べしとすゝむるゆへ。盛綱刀おつ取。兄弟打つれ立出けり。

扨も梶原平三景時は。嫡子源太景季と。指向ひに碁を打て。

陣中のうさをはらしゐけるが。碁石をつかふ詞のはづれ/\にもよふ手?を

切てのつめてのといふてにはを。源太はおさへて。すみに目を持。父が心にまか

せぬ手人?ばり。碁によそへて。父を異見し。何とぞ義経公と和熟な

さしめんと。心がくる所へ。頼ませうといひ入ながら。ずか/\と通る侍壱人?。

門前おもて侍追々とむれ共。つきのけ/\白鉢巻に大小にそりうち。

綾小路にて闇打にせられし。但馬国箕浦右衛門七が一子。大介サア平

三景時殿抜合せて。勝負/\とたけるを。源太かけへだてんとする

間に。大介刀ぬきながし。切てかゝるを。源太碁ばんにてうけとめしばし

あいしらふ所に。平三大音あげ。遠侍(とをさふらい)?共出合やつとよばゝる聲に。むら/\と

立かゝる大勢。見たか大介とやらん。かまくら殿の侍大将。梶原景時を。表

むきにて討んとは。おろか/\。もとより其方が父は。平家の方人(かたうど)。刀にか

けたは忠臣のつねのはたらき。此所にてとりこにし。打殺すは石をもつて

卵をつぶすよりやすけれ共。かりにも親のかたき打とある。志がしほらしい

ゆへ。武道を知たる此梶原。情をもつてたすけかへす。おもてむきにて其

方に刃物を合せては。かまくら殿の御法が立ぬ。時節を見合せて。ひそか

に勝負いたしくれん。それ追かへせとあれば。源太尤もとうなづき。大勢ニ取

まかせて。はたらかせず。陣屋のそとへをくり出し。小屋の假門ひつしとし

めさせ。入たてねば。さしもにはやる箕浦大介。梶原が威勢におされ。門外

にもくねんと立しが。をのれ夜ニ忍び込。本望を達せんものをと。立帰

跡より。大介しばらくと詞をかけ。サア武士の情とは爰じや。勝負せし

くれんと。ひうかぶりにて顔【白ハ】はかくせとも。かくれもなき矢筈の跡は梶原平

三と見かけ。うれしの敵の心やなと。抜合せて切むすふに。双方しのぎを

けづるあらそひ。相打にうたれて。両人共すでに命果にけり。此音に

陣屋より門ひらかせて。景時景季かけ出。両人の体を見るに。大介は

はや息たへ。平三と名のりしほうかぶりの男は。たえ%\ながら未(いまだ)いきは通ふ

と見えたり。何者なれば。佐々木の四郎が。夢契町といふ色町にて。主従の

勘気をゆるしたる。揚屋の藤作。本名は馬渕七郎也。源太是はと枕を

かゝへて。子細をとへば。御舎弟平次景高様。私の殺したるにあらね共。

あやまつての砌。源太様のお情主人高綱難儀にもまかり

ならず。せめては平次様の御跡吊申さんと。召れしに袖を肌身にはな

さず。軍はてば。出家せんと心がけ。まかりある所に。平三景時さまへ

[挿絵]

a1)〓〓〓〓〓〓〓\ひき藤四郎を\いましめ\引立来る

a2)ひき藤四郎\しばられ引すへられ

a3)〓〓〓〓〓\〓〓〓〓〓〓

a4)かぢはら源太\せつふくせんと\いかる

a5)刀打なされても\のみこま?\神文を\御〓〓れ

a6)かぢはら平三\きんてう表て\神文をかく

b1)下人大介\かぢはらと思ひ切付る

b2)あげや藤作\かぢはら平三に\姿をにて〓り\大介を打はたす

c1)片岡八郎\なわとき\かたき打の\せうぶをさする

c2)ちどりが母\とゞめさす

c3)ちどり\あにの敵を打\いさみ悦ぶ

d1)佐々木三郎\盃を箱へ納め\かまくらの\頼朝公へ\さしもどす

d2)かぢはら源太\さかづき〓〓入る

d3)盃の箱を\〓〓りて\かまくらへ下る

盛綱高綱御面談申さねはならぬ大事有とて。追付是へ罷越ども。其時

源太様の心ざしもだしがたく。高綱きのどくに存じ。私にひそかに参り。何とぞ

源太様へ御めにかゝり。御たがひの義理のたつやうに。取はからへと申付まかりこせし

所に。大助敵打のせうふ最中ゆへ。陣幕の外にひかへをり。くはしく立聞仕りし

ゆへ。紋を着せしをさいはいに。大介と打はたし。是にて高綱遠慮なく。武道

のたつやうに御對談申さるゝ道理と。其時の御恩がへしに。御親父(しんぶ)平三様の

御身代りにはて申上は。御たがひに恩も讎(あた)もなき中と思召て。恩對論くだ

さるべしと。いふ詞も次第によはり。つゐにはかなく成にけり

 (三)悪心ひるがへさする籏色の謀

死生命あり。富貴天にあり。梶原景時猛威ありといへ共。讒佞の罪天

の護(ご)せざる所有て。比企の藤四郎思はざる白状にて。藤四郎が謀叛を企つる

大根(おゝね)?も。景時が義経公をそねみ。讒するをさいはいに思ひ付たる所と聞へ

て佐々木三郎盛綱詮議しつめて。かまくら殿へ言上せんといへ共。弟の高綱きの

どくに思ひける所に。馬渕七郎が景時に成かはつて。討死せしによつて。恩がへしの義

理にかゝはらぬ中と成。此よし聞といなや。盛綱高綱比企の藤四郎を引たて。梶

原方へよせ来り。サア/\藤四郎といふ證人ある上は。平三殿陳じ申さるゝみちは

有まい。義経公を讒して。御兄弟不和にせんとの心ね。打あけて申されよ。異儀

に及ばゝ刃上(じんじやう)におよぶと取まはせば。さすがの景時も。色青ざめ返答なく。黙

然としたる時。源太景季罷出。いかにも愚父平三景時いさゝかの了

簡ちがいにて。家来番場の忠太をかまくらへ下す所を。某宇治川の先

陣にまけて。わざとまかりくだり。父が手前は義経公奢(おごり)に長じ。我意をはつ

てかまくら殿を。蔑如(ないがしろ)に思召といふ使にくだりたれ共。かまくら殿へ近付奉り。

全く左様にてはこれなし。父平三はかたいぢにかまくら殿をおもんじての義なれ

ども。義経公に落度なきよし。くはしく申上置たるゆへ。おもてむきはふ首

尾の分なれ共。御内證より御盃をふたゝび預りて。まかり下りたる程の事なれ

ば。其段はいくえにも。かまくら殿の上意をうかゞひ見給ふべし。此事かねて高綱

殿へは咄申たる通なれば。某が心ざしに。父が心底御さぐりに及ばず。此分にす

ませ下さるべし。向後の事は諌言いたし。義経公の御下知をおもんじさせ。二心なき

やうにいたすべし。御聞入もなく候はゞ。景季是にて。さきへ切腹仕らんと。用意

するを。高綱をしとめ。いかにも貴殿の心ざしは。かねて聞をく所也。何と兄じや

人。爰は源太の心ざしに。めんぜらるべき所といふに。盛綱もうなづきて。平三

殿は二心はなきやといふに。何〓扨/\。あやまり入て候。先祖権五郎景政の霊を

かけ。弓矢神も照覧あれ。義経公へ二心は持申まじと。大小抜て禁停?

すれば。佐々木兄弟。此上は申分なし。しからば神文かゝれよと血判すへさせける

所へ千どり同じく母もろ共走来り。藤太が敵比企の藤四郎を下されよと

歎ども。御詮義残る大事の囚人(めしうど)なれば手前共が思案に及ぬ所と。領

掌せぬ折ふし。跡より来たる片岡の八郎かまくら殿への御返盃請取申たんと

おもてより立入立帰りて義経公へくはしく申上し所に。思ひよらずも。比企の

藤四郎が。悪事を見出したる条。高綱が手がらも御感すくなからず。比企の藤

四郎が所持せし。一味連判の一通。御吟味有て。多くの侍損ずる事なれば。

連判状焼捨べし。此恩を思ひ。一旦悪心に組せしものも。善心にひるがへれ

との。ふかきめぐみの御謀なれば。比企の藤四郎は。千どり親子が心まかせにはからふ

べしかまくら殿へは義経公よろしく仰上らるべしとの御事也。扨又只今これにて

聞ば。平三景時殿も。向後義経公へ二心なきとの誓約。めでたし/\。これ

もつて源氏普代の大家。梶原と大将軍の。御連枝義経公の和睦を

はからふ温和の了簡は。盛綱殿の手がらなれば。御盃うけ取申べしと。義

経公に成かはつて。重/\とのべければ。佐々木兄弟眉目をほどこし。盛綱

懐中せし御盃を。片岡にこそ渡しけly。扨こそ比企が縄をといて。つき

はなす間も見せず。兄の敵と飛かゝる。千どりが太刀さき。ひらりとするか

と見る内に。藤四郎頼員〔まま〕は首は前にぞ落にける。母ももろ共立かゝり。子

の敵ととゞめをさせば。佐々木梶原両家の悦び。二枚の盃一度の高名。

宇治川生田の箙の梅ひらく匂ひや源氏の花の。藤戸の海の浅からぬ縁

者と縁者の従兄(いとこ)どし。手がらをするすみ。忠臣の心をくむやいけずきの。

名馬と名士の功競(こうくらべ)名を末代に傳る御代の春こそゆゝしけれ? 五之巻終

    并ニ 源氏の實生(みばへ)吹傳たる青葉の笛

             少年の春濱風に散しほがまの煙

  新版繪入                                    正月二日より

                    敦盛源平桃            全部五巻

  ひらがな讀本                            本出シ置申候

    附リ 平氏の素生包替たる紅葉の狩衣

             壮年の秋弓矢を捨る墨染の袖

  元文六年<酉ノ>正月吉日ふや町通せいぐはんじ下ル町