金玉(きんぎよく)ねぢぶくさ序

儒仏(じゆぶつ)おしヘは異(こと)なれ共、理は一(ツ)也。

孔子(こうし)は現(げん)を説(とき)、尺迦(しやか)は未来(みらい)を述(の)べ、それ%\の機(き)に順(したがつ)て切磋琢磨(せつさたくま)の道(みち)を立(たつ)る。

しかれども其規模(きぼ)とする所は、皆(みな)人仁(じん)に義(ぎ)に忠(ちう)に孝(かう)ならん事を思ふのみ。

於是(こゝにおいて)余(よ)も又怪(くわい)をいふ事を恐(おそ)れず。理(り)となく方便(はうべん)となく交(まじ)へ記(しる)しぬ。

是を金玉ねぢぶくさと題する事、金玉は人の所愛。ねぢぶくさの如く常に懐(ふところに)之(を)せば、初学の為に便あらんかと云爾。

何ぞ博厚(はくこう)の人の前に、謗(そしり)を得る事をうれへんや。

  元禄十七甲申初陽吉辰     章花堂

   目録

一 水魚(すいぎよ)の玉(たま)の事

  雨鐘(あまがね)の事

二 蟷螂(たうらう)蝉(せみ)をねらふ事

  霊鬼(れいき)人を喰(くら)ふ事

三 米良(めらの)上(ぜう)うるし

  城(じやうの)伊織(いをりの)助が事

四 ふじの影(かげ)の山の事

  若狭(わかさ)ばゞが事

五 血達磨(ちだるま)の事

  現業(げんごう)の報(むくい)の事

六 里(さと)見よし広(ひろ)が事

  箕面滝(みのをのたき)は天女の浄土(じやうど)

  山本勘介(かんすけ)大度(たいど)の事

七 豊州(ほうしう)専念寺(せんねんじ)の燕(つばめ)

  蛙(かはづ)の蛇(へび)を取(とり)し事

  伊吹(いぶき)山の水神(すいじん)

  鼠(ねずみ)の鉄火(てつくわ)の事

八 蓮{声-耳+石}寺(れんけいじ)の旧鼠(きうそ)

  蜘(くも)の智恵(ちゑ)

  蒲生池(かまふち)の狼(おゝかみ)

  今川義元(よしもとの)鎧(よろい)鳴動(めいだう)の事

金玉(きんぎよく)ねぢぶくさ巻之一

       水魚(すいぎよ)の玉(たま)の事

世に伯楽(はくらく)とて馬(むま)の目明(めきゝ)有て、然(しかう)して後(のち)に千里(り)の名馬(めいば)出、人に聖人(せいじん)の明徳(めいとく)あつて、然(しかう)して後(のち)に賢人(けんじん)あらはる。しかれども人見るに物の邪正(じやしやう)をわかたず。聞(きく)に善悪(ぜんあく)理非(りひ)をしらず。これ同じ目(め)、同じ耳(みゝ)に、正通(しやうつう)偏塞(へんそく)のかはりある事、いか成理(り)ぞや。

  古(いにし)への卞和(べんくわ)は玉石(ぎよくせき)の為(ため)に、二代の君(きみ)に両足(そく)をきられながら、猶すつるにしのびず。終(つい)に良工(りやうこう)にあふて光(ひかり)をみがき出し、世に並(ならび)なき美玉(びぎよく)とせり。然ればたまはつねにあれども、是(これ)を知(し)る人なく、知る人はあれども又さいく人すくなし。爰(こゝ)を以て麒麟(きりん)も伯楽(はくらく)にあわねば、常(つね)の駑馬(どば)に等(ひと)しく、珠玉(しゆぎよく)も良工(りやうこう)なければ瓦礫(ぐわりやく)と同(おな)じ。されば其道に長じ、其妙(めう)を極(きわ)めぬれば、奇特(きどく)成事おゝし。

 一年長崎の町人、伊せや久左衛門方へ唐人(たうじん)来て帰(き)国の砌(みぎり)、内蔵(ぐら)の石垣(いしがき)に小(ちいさ)き青(あを)石一つ有を見て、掘出(ほりいだ)しくれ候やうにと所望(しよもう)す。てい主、やすき御事なれども、此石一つぬけば惣石垣(さういしがき)くづれ、殊(ことの)外(ほか)ざうさに御座(ござ)候間、ふしんの時節(じせつ)のけ置(おき)、かさねて御こしの時(とき)、しんじ申べきよし返答(へんたう)す。

唐人(たうじん)いふやう、かさねて又参る事は不定(でう)なり。願(ねがは)くは只今のぞみのよしにて、則彼(かの)石の代に金子(きんす)百両取出し、これにて普(ふ)請のざうさをまかないくれ候やうにとの事。てい主いよ/\邪智(じやち)<挿絵見開き1丁>まはり、扨(さて)は此石玉石(ぎよくせき)にてかくはのぞみに思ふならんと、さのみ五十両、百両を珍(めづら)しくおもふ身体(しんだい)にもあらねば、おしみて終(つい)にあたへず。

 唐人(たうじん)出船(しゆつせん)以後(いご)彼(かの)石(いし)を掘出(ほりいだ)し、玉(たま)みがきをよんで見せければ、

「玉とは見へねども、いかさま常(つね)の石にもあらず」と申す。

 まはりをかきてみがゝせて見れども、さして替(かは)る事もなく、光(ひかり)も不出(いでず)。後(のち)には大くつして二つにわらせて見れば、中より水(みづ)出て、其内に金魚(きんぎよ)のごとくなる鮒(ふな)二枚(まい)あり。

 さては邪智(じやち)にまよひ百両の銀(かね)を取(とり)にがしぬと後悔(こうくわい)して、彼(かの)石(いし)のわれをすて侍(はべ)り。

 其後かの唐人(たうじん)また来り、金子(きんす)千両出して此石を所望(しよもう)す。あるじいよ/\後悔(こうくわい)して右のおもむきを語る。唐人おどろき、涙(なみだ)をながし、

「我(われ)此度(たび)数(す)千里の波涛(はたう)をしのぎて来(きた)る物は、彼(かの)石を求(もと)めんためなり。御身の心もし千両にて不足(そく)なれば、三千両まではあたふるつもり。則(すなはち)其金(かね)持参(ぢさん)せり」とて、新(あたら)しき箱(はこ)一つに同(おな)じ包(つゝみ)の金(かね)三百入て、上に水魚(すいぎよ)の玉石(ぎよくせき)代と書(かき)付をしたり。

 てい主(しゆ)後悔(こうくわい)のあまり彼(かの)石(いし)の子細(しさい)をとへば、唐人(たうじん)答(こたへ)ていふやう、

「此石を摺(すり)、水極(みづぎわ)一分の間(あいだ)においてみがけば、底(そこ)より光(ひかり)起(おこ)つて、誠(まつこと)に絶(ぜつ)世の美玉(びぎよく)なり。殊(こと)に大さ方面(はうめん)七寸五分十方円満(ゑんまん)なる中(なか)におのれと水(みづ)をふくみ其中(なか)に二疋(ひき)の金魚(きんぎよ)有て、うごく形(かたち)光(ひか)りに和(くわ)し、美(び)なる事世に並(なら)びなし。王侯(わうこう)の心をよろこばしめ、其あたい千万金、我(われ)是(これ)を得(え)て富貴(ふうき)を極(きは)めん事を欲(ほつ)し、はる%\と来朝(らいてう)し、不幸(かう)にして此玉(たま)を不得(ゑず)。是玉(たま)の世に伝(つたわ)るまじき天命(めい)なり」

と歎(なげ)きぬ。

 誠(まこと)にかゝる奇玉(きぎよく)も世に有ならいにや。かの唐人(たうじん)は石垣(いしがき)の中より撰(ゑら)んで、これを玉なる事を知(し)り、其道(みち)をしらざれば、てい主(しゆ)は是(これ)を破(わ)つて、瓦礫(ぐわりやく)となし果(はて)ぬ。

 爰(こゝ)を以(もつ)ておもへば、玉のみに限(かぎ)るべからず。今濁(にご)りたる世にも賢人(けんじん)はおゝく有べけれ共(ども)、能(よき)主君(しゆくん)を得ざれば賢才(けんさい)をあらはす事なく、彼(かの)玉石(ぎよくせき)の唐人にあはざるがごとし。瓦礫(ぐわりやく)と成て、朽(くち)果(はて)なん。是おしむべき事なり。

玉は真宝(しんほう)にあらず。たゞ人は人を知(し)るべき事肝要(かんよう)なり。人のおのれをしらざる事をうれへざれ。人をしらざる事をうれ[へ]よとは、聖人(せいじん)の教誡(けうかい)なれば、今さらいふもおろかなるべし。

 とかく人の君(きみ)たる人は明徳(めいとく)を明らかにして、彼唐人の石を見て真珠(しんじゆ)と知り、伯楽(はくらく)の馬を見て、きりんを知るごとく、臣下の善悪をよく見分て用ひたまふ事、天下国家の幸福(こうふく)ならん。

 むかし虞公(ぐこう)の百(はく)里奚(けい)を用ひ、項羽(かうう)の韓信(かんしん)を失ひしに、恥(はぢ)給ふべきものか。

  讃州(さんしう)雨鐘(あまがね)の事

 讃州高松の城下(じやうか)より五里さつて、西南(せいなん)の方に室崎(むろさき)といふ所あり。後(うしろ)は山に便(たよつ)て峰(みね)峙(そばだ)ち、まへは海に続(つゞい)て浦ちかし。昼は樵歌(しやうか)牧笛(ぼくてき)の声(こゑ)風に和(くわ)してきこへ、夜は漁(ぎよ)歌の声岸うつ浪の音に夢をさまして、誠(まこと)におもしろき風景、矢(め)手に金平(こんぴら)、ゆんでに矢嶋だんの浦(うら)、やくりがだけ、相引の塩、西海の多景(けい)を居ながら両眼(がん)の内(うち)に尽(つく)せり。

 さんぬる天和のころ、高松の御家中に、一国(こく)名取の男色植(うへ)木梅之介とて、いまだ二七の花の盛(さかり)、兄分といひかはせし人、聊(いさゝか)過(あやまち)の事あつて、御仕置に親疎(しんそ)なければ、ぜひなく切腹(せつぷく)おふせ付られ、梅の助へ書置(かきおき)一通(つう)残し、則御ぼだい寺において、いさぎよく武士の本望(もう)成死をとげ侍りぬ。梅の介其節は病気にて此事をしらず。少し快(くわい)気のおりふし、久しく対面(たいめん)せねば、床(ゆか)しく思ひ、

「長/\の病中終(つい)に一度もとひたまはぬ」

なんど恨(うらみ)て、文こま%\としたゝめ、

「是をとゞけよ。」

と下人に渡(わた)しければ、親達(おやたち)かゝる病中に右のおもむきをしらせなば、病気のうへに愁嘆(たん)をかさね、いよ/\病ひさかんになるべし。

此返事いかゞとあんじ煩(わづら)ひ、やう/\一つの謀(はかりごと)をもうけて、

「さんぬる比、上より御使(し)しや役(やく)おふせ付られ、既(すで)に江戸へ発足(ほつそく)の砌(みぎり)、御身へいとまごひの為、これへも来られ候へども、その節(せつ)は御身病気、十死(し)一生の折節(おりふし)なれば、対面(たいめん)させ申事かなひ難(がた)く、我/\曖(あいさつ)のみにて帰(かへ)したる」

との物語。梅の介残ねんなる顔(かほ)つき、

「さてはそれなれば、長/\音づれなきも理り。しかし病ひ本ぶくのおりふし見よとて、一筆の文にても残しおかれぬ所、曲(きよく)もなし」

とて、神ならぬ身の、且(かつ)は恨(うら)み、または恋しく、江戸にての隙入、道中上下の日限、ゆびをおつてかぞへ、

「もはや御帰りも程近し」

と、男色の情(なさけ)の道に、露(つゆ)と消(きへ)し人をまつもはかなし。

其後、病気次第に本復(ぶく)して、けふは温(あたゝか)なればとて、さかやきをそり、身を清(きよ)め、食ごなしの為、杖をさゝへ、病中たび/\見まひに預りし少(しやう)年中間への礼ついでながら、彼人の屋しきなつかしく、まはりて其門ぜんを通れば、ふしぎや屋舗がへありしと見へて、門に我友達の宿ふだ、内をのぞけば、おりふしあるじ立出、梅の介を見付、

「さても永/\の大病御本ぶく、けふは初(うい)立と見たてまつりぬ。まづ少し是へ御入あれ」

とて、ぜひにざしきへともなひ、四方山の物がたり。見れば書院(しよいん)のかゝり庭の木(こ)立、ありしにかはらぬ体(てい)。梅の助何ともふしんはれず、

「さても是はきれいなる所へ御屋舗がへ、いつより是へ御うつり候や」

と問(とへ)ば、あるじの返答(へんたふ)に、

「まへの屋しき主、切(せつ)ぷくの以後、早速此屋舗(しき)拝領(はいれう)いたし候へども、忌中(きちう)五十日遠慮(ゑんりよ)、先月よりこれへうつり、長屋(ながや)のはし%\までいづれも普請(ふしん)ねん入れおかれ、われ/\に過たる大屋しきなれども、当分(たうぶん)しゆふくの世話(わ)もなくあんど致したる」との物がたり。

 梅の介はつとおどろき、くはしくしさいを問(とは)まほしけれど、爰にてとふもはしたなき事におもひ、心をおさめ、あるじへいとまをこひ、彼屋しきを立出。道すがらともの下部(べ)をせめて、くはしくやうすをとへば、ありし次第を語るにぞ、梅の助いとゞ胸(むね)ふさがり、覚悟(かくご)を極(きはめ)、我屋しきへ帰りて、

「扨も藤介殿事、不慮(りよ)成死を致され、かねて死ば一処(しよ)と申かはせし中を、我等(ら)病気ゆへ其節たいめんをだにとげず。さぞやさいごの砌(みぎり)、われら恋しくおぼしつらん。しかれどもしらざる事はぜひもなし。延引(えんいん)ながら今かく聞(きゝ)付て独(ひとり)跡にながらふる<挿絵半丁>時は、衆道の一分立(たち)難(がた)し。不孝(かう)のだんは御めんを蒙(か?う?ふ)り、我も彼霊前(れいぜん)において自害(じがい)をとげ、同じ苔(こけ)の底(そこ)に形をうづんで、生(いき)ては人に恥(はづ)る事なく、死しては彼人へ男色のいき路(ぢ)を立、二世のちぎりを結(むす)びたき」よし。

父母おどろきいろ/\なだめ、

「愁歎(しうたん)のあまり、さ程におもふは理(ことわ)りなれども、死して何の益(ゑき)かあらん。もはや日数(ひかず)も程経(へ)ぬれば、追付(おいつく)事もかないがたし。親のなげきを義理にかへて、かならずおもひとゞまれ」

と、達(たつ)て教訓(けうくん)もだし難(がた)く、竊(ひそか)に屋舗(しき)をぬけ出、彼(かの)ぼだい寺に行、一堆(いつたい)の塚(つか)のまへにて、はかまの上(かみ)おしくつろげ、既(すで)に自害(じがい)に及びし所に、をりふし和尚(をしやう)物かげより此体(てい)をほのかに見付、刀(かたな)をうばひ、やうすをだん/\せんさくのうへ、

「尤一通りは義理にて、それは血気(けつき)の勇(ゆう)のみなり。仁義の道にはかなひ難(がた)し。主(しう)の追(をい)ばら切、親のかたき、兄分の助太刀を討(うつ)は、武士(ぶし)たる人のつねの道(みち)なり。たゞ今これにて自害(じがい)したまふは、忠にもあらず、孝(かう)にもあらず。心中の誠もたゝず。たゞ親へ不孝(かう)君(きみ)へ不忠(ちう)となるのみにて、無益(むやく)の事に命をすつれば、おもふ人の為(ため)にもならず。誠其人の事を大切(たいせつ)に思ひ給はゞ、命をながらへ、修行(しゆぎやう)の功(こう)をつんで跡(あと)をとひ、ついぜんをなしたまはざる」

と、義を説(とき)、道(みち)を立、理非(りひ)分明(ぶんめう)に教化(けうげ)ありしかば、梅の介たちまち悟道(ごだう)発明(はつめい)して、

「さて/\あり難(がた)き御しめし、我身無学(むがく)麁昧(そまい)の小人(せうじん)、ぐちの闇(やみ)に迷(まよ)ひ、仁義にあらぬ死をとれり。此上(うへ)は師弟(してい)のちぎりを結(むす)び、長(なが)く教(をし)へをたれたまへ」

と、父母一門にもいとまごひして、直(すぐ)に此寺にとぢこもり、蛍雪(けいせつ)讃仰(さんがう)の功(こう)をつんで、翌(よく)年三五の月の形(かたち)を機散(きさん)の春(はる)の落花(らくくわ)とともに、終(つい)に翠柳(すいりう)の髪(かみ)を剃(そり)落(おと)して、おしきかなや、紅顔(こうがん)の男色、すみ染(ぞめ)の袖にちり果(はて)ぬ。

 然に此寺も大樹(たいじゆ)のぼだい寺なれば、家中(かちう)よりのさんけいしげく、いにしへの友をさくべき隠室(いんしつ)にあらずと、彼(かの)室崎(むろさき)に来り、一宇(う)を結(むす)んで、昼(ひる)は遠浦(ゑんほ)の帰帆(きはん)に目(め)を悦(よろこ)ばしめ、夜(よる)は松ふく風の音(おと)に心をすまして、親族(しんぞく)の縁(ゑん)を切、世のまじはりを断(たて)ば、おのづから人もとい来(こ)ず、よくもなく怒(いかり)もおこらず、偏(ひとへ)に後生(ごしやう)ぼだいのみを心にかけて、道心けんごに行(おこな)ひすましぬ。

 然るに此所に雨鐘(あまがね)とて、奇代(きだい)の事あつて、雨(あめ)ふればいづくともなく鐘(かね)の音(おと)かすかにきこへて(挿絵半丁)、念仏の声(こへ)はなし。さだめて迷(まよ)ひ変化(へんげ)のわざなるべしとて、所の者もおそれあへり。

 此道心、ふしぎのあまり、

「かやうの事を見とゞけてこそ後(ご)世の疑(うたがい)もはれ、修行(しゆぎやう)の種(たね)ともなるべけれ」

と、終夜(よもすがら)心をつくして、終(つい)に鐘の鳴(なる)元を見届(とゞ)け、其所に印をさして立帰り、翌日(よくじつ)村のものどもあまたやとひ、彼(かの)所をほらせければ、土より四尺程下に楠(くすのき)の板一枚あり。はねおこしてその下を見れば、歳の程四十ばかりのほうし、鼠色の大衣(だいゑ)をちやくし、せうすいとやせおとろへ、まへに鐘鼓(せうご)をひかへ、手に鐘木(しゆもく)をさゝへ、西むきにけつかふざせり。

 人/\おどろき、鋤(すき)くわをすて逃(にげ)ちりぬ。然(しか)れども此道心すこしもさはがず、

「抑(そも/\)御身はいか成人ぞ」

ととへば、彼ほうし、

「我はさんぬるころ此土中へ入定(にうでう)せしものなり。その節(せつ)一国の人民(にんみん)、我に結縁(けちゑん)のため、貴賎(きせん)くん集(じゆ)して歩(あゆみ)をはこぶ中に、よはひ二八ばかりの娘(むすめ)一人(ひとり)、夭桃(えうたう)の露(つゆ)をふくみ、芙蓉(ふよう)の水を出しすがたにて、母親ともに我前へむかひ、一蓮(いちれん)詫(たく)生と手を合てさりぬ。我三界を出離(しゆつり)して愛着(あいぢやく)の念なし。諸論(しよろ[ん])既(すで)につきて此定(でう)へ入ぬ。

 しかれどもさいごの砌(みぎり)、あゝうつくしと、彼娘(むすめ)のあだなる像(かたち)をたゞ一念よそながら思ひしより、見濁(けんぢよ[く])の業(ごう)に引れ、五薀(うん)のかたちいまだ破れず。されば其娘つゝがなく世にありや」

ととふ。道心いよ/\不審(しん)晴(はれ)ず、

「そも/\御身の入定、世にしれる者なし。年号はいづれの歳(とし)、時代(じだい)はいつの時にあたれる」。

彼(かの)ほうしこたへて謂(いふ)やう、

「かまくらの将ぐん義詮公(よしのりこう)の御代、年号(ごう)はこれにしるしぬ」

とて、彼せうごをさし出す。

「さては光陰(くわういん)遙(はるか)に隔(へだゝ)り、三百七十余年を経たり。其娘(むすめ)はとく死せり。今は子孫も世になし」

といへば、入定のほうし、是をきゝ、

「鳴呼(ああ)/\」

といふて目をふさぎ、見て居(い)る内に、肉身(にくしん)くちて霜(しも)のきゆるごとく、四大分散して、たゞ一連の白骨(はくこつ)となる。衣を取あげて見れば、灰(はい)のごとくはら/\と消(きへ)うせぬ。誠に一念五百生けねん無量劫(むりやうごう)、おそるべく慎(つゝしむ)べきは愛着(あいぢやく)なり。

 それより此所に一宇を建(たて)て、彼のせうごを什(じう)物とし、雨鐘と号(なづけ)て今にあり。

金玉ねぢぶくさ一之終

金玉ねぢぶくさ巻之二

          蟷螂(たうらう)蝉(せみ)をねらへば野鳥(やてう)蟷螂(たうらう)をねらふ

人は、まへに欲(よく)有ては、後(しりへ)に来る禍(わざはひ)をしらず。若(もし)其大きに欲(ほつ)する所をおさへて、まづ其事の邪正(じやせう)をおもんばからば、たとへ願(ねが)ふ所はかなはずとも、其なす事に害(がい)はあらじ。博奕(ばくち)は有(う)無の二つなれども、まづそのかたん事をおもふて、身体(しんだい)を打あげ、商(あきない)は先其利をさきに見て、高ひ物をしらず買(かい)おき、盗(ぬすみ)も、まへに得(う)る事を見て、後に首(くび)を失ふ事をわすれ、人とあらそふ時は、我身のよこしまをわする。盤(ばん)上の遊(あそ)びすら、勝(かつ)て益(ゑき)なく、まけて損(そん)なき事なれども、相(あい)手の石をかこはんとて、我(わが)石の切るゝ事をしらず、先へ仕(し)かけん事をのみおもふて、我てまへのつまる事をかへり見ず。

 今度、長崎の町人小柳仁兵衛、一国ききんして、米の相場(さうば)百四十六匁せり。然に、下直なる時の米大分買こみ持(もち)て、それ程の上りを受(うけ)ても、其米を不売(うらず)。隣(りん)家の町人、あまり其欲(よく)ふかきを見かぎり、其町をぼつ立しかば、他(た)町へ行(ゆき)て住(ぢう)せんとすれども、先(さき)%\に是を悪(にく)みて、かねて身体(しんだい)ふうきなれば、方(はう)%\に屋しき求(もとめ)おき、長崎中に以(い)上十七ヶ所の家(いへ)を持(もち)ながら、終(つい)に我家に住する事かなはず。

 せんかたなさのあまり、檀那(だんな)寺へ行て、三日が間、寺にて暮しぬ。然るに、外(ほか)のだんなどもをいひ合て、

「か程の悪(あく)人をかくまいたまはゞ、われ/\は、だんなを引申べし」

と、憤(いきどほ)るゆへ、一人を大ぜいにはかへ難(がた)く、終(つい)には寺をもおい出されて、当分路頭(とう)に立(たち)侍(はべ)りしとぞ。

誠に、善悪ともに十指(しの)ゆびざす所、十目(ぼく)の見る所、是天道の印也。近年草木(さうもく)は不作ならねど、米穀(べいこく)の高直(かうじき)成りしは、皆(みな)有(う)徳なる町人、窮民(きうみん)のうれへをかへりみず、利を得んとて、我がちに買おき、直段(ねだん)上らざれば、いつまでもうらざるゆへ、ぜひなく、しめあげに上れども、久しくかこひし間(ま)に、米の性(しやう)をそんじ、あるひは、銀の歩をついやしてしまふ所、利を得(う)る事すくなし。我(わが)利を得る事すくなふして、人の害(がい)になる事おゝきは、米商人(あきんど)のしめあげなり。

「人を利するものは、天これに福(さいわ)ひし、人を害する者は、天是に禍(わざわ)ひす」

と、聖人(せいじん)のいましめ給ふをわすれ、不義にしてとまん事を欲(ほつ)し、貪(むさぼ)りのみ深(ふか)きは、のみ虱(しらみ)の、人をくらふ事を知(し)つて、還(かへつ)て其身の破(やぶ)るゝ事を知らず。魚(うを)の餌を見て釣針(つりばり)を見ざるがごとし。

 水(み)無月の末(すへ)、涼(すゞ)しき木の枝に蝉(せみ)一疋とまりて、声(こへ)いさぎよく<挿絵見開き1丁>吟ぜり。然るに、かまきり是を見(み)て、蝉をとらん事を欲し、斧(をの)をふりあげて、うしろより忍びよる。野鳥又かまきりをとらんと、其跡(あと)へ続(つゞ)く。鳥(とり)さしまた是を見て、小鳥をとらんと其跡(あと)へのぞむ。

 せみは、おのが吟(ぎん)ずる事を楽(たのし)んで、跡なる蟷螂をしらず。蟷螂(かまきり)は、前(まへ)なるせみをとらん事を欲(ほつ)して、後(うしろ)に野鳥(やてう)ある事をしらず。野鳥は、かまきりを見て、下より鳥さしのねらふ事を知らず。鳥さしは、鳥に性根(せうね)を入て、足元を見ずして踏(ふみ)はづし、岸(きし)へ落(おち)ければ、是におどろいて野鳥(やてう)たち、鳥におどろひてかまきりもにげ、是を見て蝉もとびさりぬ。

 しかれば、世の諺(ことわざ)にも、「蟷螂(たうらう)せみをねらへば、野鳥蟷螂をねらふ」といへり。とかく我欲(ほつ)する事ある時は、まづ其事の邪正(じやせう)を能(よく)遠慮(ゑんりよ)して行(おこ[な])ふべき事也。

    霊鬼(れいき)人を喰(く)らふ

高野山(かうやさん)は三国ぶさうのめい山にて、山の像(かたち)八葉(よう)に闢(ひら)け、八つの峰(みね)峙(そばだ)ち、寺は都卒(とそつ)の内院を表(へう)して、四十九院をうつせり。大師(し)慈尊(じそん)の出世(しゆつ)を待て、奥院(おくのいん)に入(にう)場したまひ、仏法不退転(たいてん)の霊地(れいち)なり。僧侶(そうりよ)三派(は)有て、学侶(がくりよ)、行人(げうにん)、聖(ひじり)となづけ、大衆(しゆ)三段(だん)に分ち、上通・中通・下通とし、上に三つの霊峰(れいほう)あり。ようりう山(さん)、魔尼(まに)山、天岳(ぢく<ママ>)山といふ。是九品(ほん)の浄刹(じやうせつ)を学(まな)ぶ。

世の清悟発明の道人、皆(みな)浄(ぜう)地を求(もと)めて此山に住山(ぢうせん)す。

 中比、学侶下通の寺僧(じさう)、南蔵院(なんざういん)の深覚(じんかく)房とかや申せしは、さのみ蛍雪(けいせつ)の功(こう)をつみたる学者(がくしや)にもあらねど、たゞしぜんと心法おさまり、人我(が)を離(はな)れたる道人成りしが、ある時、くま野へ参詣(さんけい)のこゝろざしおこり、もとより我寺はひん地(ち)なれば、一僕(ぼく)に留守(るす)を謂(いひ)付置(おい)て、三衣ぶくろに道のもうけをおさめ、たゞ一人寺を立出つゝ、熊野の方へおもむかれしに、其日ははやく宿を求めて、一夜を民屋(みんおく)のかりねに明し、翌日(よくじつ)はこゝろしづかに日出て宿を立、とまりさだめず、急(いそ)ぐべき道にもあらねば、たゞ足にまかせて行侍りしに、此近(きん)年こそ久しく天下泰(たい)平にして、野の末山の奥(おく)まで人の行かよはぬ所もなく、おのづから道もひらけ、いつとなく人家立つゞきて、山路にふみ迷(まよ)ふべきちまたもなく、狐狼(こらう)悪獣(あくじう)のおそれもあらねど、そのころは、いまだ兵乱(へうらん)ののち久しからずして、端/\には盗賊(とうぞく)はいくわいし、殊に高野よりくま野への道は、其間山坂のみにして、田畠(はた)すくなし。農民(のうみん)の栖(すみか)もまれに往来(わうらい)なければ、人をとゞむるはたごやもなし。日既(すで)に山の端(は)に入ぬれど、行先に人家も見へず、過来(こ)し跡の村里は遠し。

 いかゞはせんとあんじ煩(わづら)ひしが、

「よしや沙門の身は、かゝる所にこゝろをとゞめぬこそ修行(しゆぎやう)なれ」

とて、道の辺の木の根(ね)をまくらとし、三衣(ゑ)ぶくろをおろして、暫(しばら)くまどみしが、山あいのあらしはげしく身にしみ、こゝろぼそく覚へてねられぬまゝに、

「かゝる山中にはたけき獣(けだもの)ありて、若(もし)こよひ我を喰(くら)ひなば、ふせぐべきたよりなふして、終(つい)にくひころされぬべし。今少先にやどをもとむべき人家もやあらんか」

と、又おきて袋(ふくろ)を首にかけ、たどりつゝ行ば、折ふし九月末(すへ)つかた、月なき夜の足もとはくらし。道はせまふして、巌(いわほ)そば立、雨になだれて木の根(ね)あらはれ、ゆんでの方は峨(が)々たる峰(みね)そびへ、めては数(す)千丈(でう)ふか<挿絵半丁>谷底と見へて、流(なが)るゝ水の音(をと)かすかにきこへたり。

 やう/\二時ばかりして、峠(たうげ)と覚(おぼ)しき所へ出たれば、矢(め)手のかた四丁斗が程に、かすかにとぼし火の影(かげ)見(み)ゆ。

「さればこそ人家はあるなれ」

と、嬉(うれ)しくおもひ、彼火を目当(あて)に、谷へおり、峰(みね)にのぼり、道もなき茨さゝ原を分(わけ)て、彼所に至り見れば、住(すみ)あらしたる一つ家(や)の軒(のき)かたぶき、扉(とぼそ)やぶれて、とぼし火の影(かげ)さへもるにてぞ有ける。

 深覚(じんかく)戸をたゝきて、

「くま野道者(しや)、日に行くれ、宿を求(もとめ)かねて、火の影(かげ)を目当(めあて)にたづね来れり。一夜をあかさせて給はり候へかし」

と申せば、内よりあるじ不審(しん)を立、

「此山中に人間のたづね来るべき道なし。殊に月なき夜の暗(くら)き闇路(やみぢ)をしのぎ来たるものは、さだめて鬼神変化(きじんへんげ)のたぐいにてあるらん。然らば目に物見せん」

とて、鉄炮(てつほう)に二つ玉こみ、火縄(ひなわ)さしはさみ、火ぶたを切て待かけたり。

 深覚(じんかく)、まつたくさやうの者にてなし。高野ぼうしの、くま野へさんけいすとて、日に行くれ、道を失(うしな)ひ、燈(とぼしび)の影(かげ)を便に、是までまよひ来れる次第、ありのまゝに語れば、あるじ、

「さてはさやうにましますか。さぞつかれおはすらん。見ぐるしながら御宿まいらせ度侍(はべ)れども、こよひは我家に亡者(もうじや)あつて、くま野道者(だうしや)は火の踏合(ふみあい)憚(はゞかり)あり。まへなる古家(こや)に休(やす)みおはしませ」

とて、則(すなはち)戸(と)をあけ、筵(むしろ)こも取出し、

「是成とも夜風(よかぜ)をふせぐ便にしたまへ」

とて、あたへければ、深覚(じんかく)申されけるは、

「かゝる折ふし、出家の此所へたづね来るは、さだめて過(すぐ)世の結縁(けちゑん)にてぞおはすらん。権現(ごんげん)へ火(ひ)の不浄(じやう)はくるしからず。一夜の宿をかし、もうじやへのつい善にしたまへ」

と申せば、あるじ悦び、内へいざなひ入て、

「誠(まこと)に今宵(こよひ)はふしぎのちぐうなり。我身は此山中に住、不断(ふだん)鹿(しゝ)さるを取て世を渡(わた)るわざとする身さへ、かやうのくらき夜は、山路(ぢ)を遠慮(ゑんりよ)し侍(はべ)りぬ。殊にあないもしろしめされぬ御僧(そう)の、道にまよひて来り給ふは、さりぬべきえにしこそ」

とて、さま%\もてなし、さて其うへにて語りけるは、

「今宵(こよひ)のもうじやは、我ために妻(つま)にて侍(はべ)りしもの、古歳(こぞ)の初(はつ)秋のころよりこゝちわづらひ、初(はじめ)の程は、さのみ打ふしてなやむ程にも侍らざりしが、日数ふるにしたがひおもり行けれども、かゝる深山(みやま)の鄙(ひな)の住居(すまひ)、たのむべきいしやとてもなく、あたゆべき薬もなければ、たゞ其まゝに打捨(すて)おきしより、次第に食(しよく)もくらはず、形(かた)ちおとろへて、過し夏のころより殊外病(やま)ひおもり、今はの極(きわ)とて親子兄弟よび集(あつめ(ママ))めし事、たび%\に及べり。

 此二三日いぜんにも、正気(き)とり失(うしな)ひ、今を限(かぎ)りと見へしかば、一門(もん)親族(しんぞく)集(あつま)りて、既(すで)に末期(まつご)の水まであたへしかども、定業(でうごう)ならざるにや。又性根(しやうね)つき、此ころは結句(けつく)食もすゝみ、心地(ち)も涼(すゞ)しく見へしかば、親(しん)るいもあんどして、きのふみな/\返りぬ。

 しかるに、今宵(こよい)終(つい)にしやばの縁(ゑん)つきて、かく相果(あいはて)申うへは歎(なげ)くべきにあらず。然ども、此方よりしらせざる内は親類(しんるい)もとひ来るべからず。是より一里ばかり麓(ふもと)の在(ざい)所に親兄弟皆住侍り。何とぞこよひの内に告(つげ)しらせ度さふらへば、我かしこに行て帰らん程、留守(るす)し給はれかし」

と申せば、

「それこそいとやすき間の御事、さう/\告(つげ)来りたまへ」。

 あるじ悦び、火なわに火をつけ、鉄炮(てつほう)うちかたげて出行ぬ。

 扨(さて)深(しん)覚房(ばう)勝手(かつて)を見<挿絵半丁>れば、下女(げぢよ)とおぼしきもの、乳(ち)ぶさの子をいだきてかまどのまへにふしぬ。亡者(もうじや)は納戸(なんど)の角(すみ)に、前にむしろにてあめる二枚屏風(べうぶ)を引廻(まは)し、其上(うへ)に、とぼし火ほそくかゝげたり。

「さなきだに、女(め?)は五障(しやう)三従(じう)の罪(つみ)ふかし。況(いはんや)かゝる深(み)山の奥(をく)に住で、つねに仏とも法(ほう)とも聞(きく)事なければ、一しほぐちの闇(やみ)ふかく、殊につれそひし妻(つま)は、せつしやうを営(いとな)んで渡(と)世とする。邪見(じやけん)の家にかまどを経(へ)て、さぞやざいしやうも深(ふか)く、未来は無間(むけん)奈利(ないり)の底(そこ)にやしづみぬらん」

と不便(びん)にて、光明真言宝鏡印陀羅尼(くわうめうしんごんほうけうゐんだらに)などどくじゆして、亡者(もうじや)にたむけ、側(そば)なる中敷居(しきい)をまくらにさゝへ、暫(しばら)くまどろみければ、何やらん物の鳴(なる)音(おと)に目をさまし、其辺(あた)り見まはせば、彼(かの)むしろ屏風(べうぶ)にかけたる手拭(ぬぐい)を、あなたより引ていにぞ見へける。然ども心法おさまりて、終(つい)に一生物に動(どう)じたる事なく、おそろしいといふ事をしらぬほうしなれば、枕(まくら)ももたげず、さだめて鼠(ねづみ)などのくはへて引ならんと思ひ居(い)たりしに、終(つい)にあなたへ引落(をと)しければ、いかさま不審(ふしん)はれず。立てやうすを見れば、なわ切れて、くわんのふたあき、もうじやのからだ眼(まなこ)をひらき、やせおとろへたる貌(かほ)、額(ひたい)に角立、口をあけ、歯(は)をあらはし、誠に物すざまじきありさま、もし外の人是を見ば、たへ入ぬべき程なり。

 然れども、深覚一念も動(どう)ぜず、業障(ごうしやう)に引れて、臨終(りんじう)にさま%\の悪さうをあらはすはよのつねなれば、平生(ぜい)此者の造罪(ざうざい)の程をおもひやり、一しほ不便にて、しばらく経(けう)をよみ、廻向(ゑこう)して、眼(まなこ)をなでふさげ、棺(くわん)のふたをし、又枕をさゝへまどろみしに、宵(よい)にしらぬ山路をふみ迷(まよ)ひし労(つか)れ出てや、おぼへずね入ける処に、勝手のかたと覚しくて、女の声にて、わつとさけびけるに、目をさまし、枕元を見れば、棺(くわん)はこけて亡者(まうじや)はなし。いか成わざならんと、勝手(かつて)を見れば、彼(かの)もうじや、宵(よひ)にかまどのまへにふし居(い)たる、下女とおさな子との首を喰(くい)切、さゆうの手に引さげ、口より下は朱(あけ)に染(そま)つて、また深覚(じんかく)につかみかゝる。

 深覚彼(かの)屏風(べうぶ)を以て、

「迷悟(めいご)三界城悟(じやうご)故(こ)十方空(くう)本来無(む)東西何処(がしよ)有(う)南北」

と、二つ三つ続(つゞけ)て討ければ、もうじやのからだ、忽(たちまち)あつ鬼(き)さつてたおれふしぬ。

 深(じん)覚おそろしながら、二つの首とともに本の棺(くわん)へおさめて、あるじの帰るを待居ければ、しばらくあつて、戸をあわたゝしくたゝきぬ。うちより、

「誰(たそ)」

と問ば、てい主の声(こゑ)にて、

「たゞ今帰り侍りぬ。はやく戸をあけて給はれ」

と、声ふるひてさけびぬ。深覚(じんかく)、

「さては」

と、戸をあけて、

「自然(しぜん)道にてふしぎの事にあひ給はずや」

と問れければ、てい主申やう、

「されば、われら猟師(れうし)を家業(かげう)として、一生此山中に夜をあかし、月なき夜、猪(しゝ)狼(おゝかみ)をおふて、いか成谷峰(みね)に入ても、終(つい)におそろしき事をしらず。然るに今宵(こよい)、一もんどもの家を出て、半分道帰りし比より、頻(しきり)におそろしく覚へて、跡(あと)より、何やらん物のおふ様に思はれ、いまだちりけ元の寒(さむ)さなをらず」

と、顔(かほ)はなの葉(は)のごとくいろをうしなひ、冷(ひや)あせをながして語りければ、深覚、

「成程其はづの事、内にも留守の間に、ふしぎなる事侍り。納戸(なんど)へ行て御身のつれ合(あい)、もうじやのありさまを見たまへ」

とあれば、てい主いよ/\恐(おそ)れ、

「内には如何やうの事か候や、語りきかせて給はれ」

といへば、

「語るまでもなし。今亡者(もうじや)のありさまを見て、やうすをしられよ」

と、無理(むり)に手(て)を取て、なんどの内へつれ行ば、声をふるはせ、おそれわなゝき、

「ぜひともにやうすを聞せて給はれ。さなきにおいては我もうじやを得見る事あたはじ」

と、臥(ふし)まろびて立ざりければ、深覚(じんかく)申されけるは、

「もうじやは数(す)年御身の皆老同穴(かいらうどうけつ)の閨(ねや)の内に、撫摩懐抱(ぶまくわいほう)のちぎりをこめし恩愛(おんあい)の妻、其うへ三密(みつ)清浄(せう%\)の出家は、身外(しんげ)に被甲(ひかう)護身(ごしん)の印明(いんめう)備(そなは)り、たとへ剱(つるぎ)をふみ、火の中へ入ても、身に刀火(とうくわ)のおそれなく、胸(むね)に阿字(じ)の一刀(とう)を具足(ぐそく)して、生死(しやうじ)煩悩(ぼんのふ)の大じやをだにも切(き)れば、如何成(いかなる)鬼神(きじん)悪鬼も三衣(ゑ)をおそれぬといふ事なし」

とて、衣の袖を覆(おゝ)ひ、手を取て引立、もうじやのありさまを見せければ、ていしゆ涙(なみだ)をながし、

「誠にさんげには重罪(ぢゆうざい)もめつするとかや。聖人(しやうにん)の御慈悲(じひ)、一に此罪業(ごう)をたすけ給はれ。我一念の邪淫(じやいん)に心みだれ、是成下女を愛(あい)せしより、本妻(さい)の女嫉妬(しつと)の思ひに胸(むね)をこがし、明くれねたましくおもひし折ふし、ゐん果のなせる所、下女が腹に此子を〓〓(くわいにん)して、古歳(こぞ)の夏、ぶじに平(へい)さんせしゆへ、本さいのしんゐいよ/\盛(さかん)になり、飲食(いんしい<ママ>)も喉(のど)に通(とを)らず、妬(ねたみ)死(じに)に今宵(こよい)りん終(じう)に及びしが、終(つい)に一念の悪鬼と成り、現(げん)に因果(いんぐわ)をあらはし侍りぬ。我かゝるふしぎを見て、未来の程おもひやられ、あさましく候也。

 是のみにかぎらず、一生物の命を取し殺生(せつしやう)のかず/\、悪業(あくごう)をおもへば、たかき事五岳(がく)に並(なら)び、罪障(ざいしやう)をかへり見れば、深(ふか)き事四涜(とく)に過たり。今是を見て、後(ご)世のおそれに身の毛(け)よだち、一念発(ほつ)起いたし候間、髪(かみ)を剃、御弟子となされ、未来(みらい)を助け給はれ」

と、涙とともに歎(なげ[き])しかば、深覚も哀(あはれ)を催(もよほ)し、親族(しんぞく)の来るを待て、右の趣(おもむき)を申きかせ、師弟(してい)の契(ちぎ)りをなし、くま野よりの下向に、此道心をともなひ帰り、皆人其故(ゆへ)をとへども語られず。

 此ほうし、つねに師をたつとみ、一生大せつに常随(ぜうずい)給仕(きうじ)して、道心けんごに作(さ)善の功(こう)をつみしかば、一念あみだ仏即滅(そくめつ)無量罪(りやうざい)の功力(くりき)によつて、さ程の重罪を消滅(せうめつ)し、りん終(じう)にはめでたきわうじやうをとげ侍りぬ。

 誠に仏種(しゆ)は縁(ゑん)より生(しやう)ずるとかや、あり難(がた)かりける結焉(ゑん)にぞおぼへ侍りぬ。

金玉ねぢぶくさ二之終

金玉ねぢぶくさ巻之三

   女良(めら)の上うるし

君臣(くんしん)・父子(ふし)・夫(ふう)婦・兄弟(けいてい)・朋友(ほうゆう)の和(くわ)したるを、聖人(せいじん)も五倫(りん)とのたまひ、是人の慎(つゝしむ)べき道なり。然ども、夫婦は色愛(しきあい)の理なれば格別(かくべつ)、大(おゝ)かたは君(きみ)無(ぶ)礼に、臣(しん)忠(ちう)をおもはず、父には誠(まこと)の慈(じ)なく、子は親(をや)へ不孝(かう)に、兄弟むつまじからず、朋友(ほうゆう)いつはれり。

 それ人は五倫(りん)を具足(ぐそく)するを以て人倫(じんりん)といふ。若(もし)これをみだす時はちく類(るい)に等(ひと)し。たかきもいやしきも、朋友したしまず、兄弟むつまじからずして、諸道(しよだう)成就(ぜうじう<ママ>)する事難(かた)し。

 一年(とせ)、日向(ひうが)の国、めらといふ所は漆(うるし)のめい所にて、一山余木(よぼく)をまじへず、うるしの木のみ能(よく)しげれり。一郡<ママ>(ぐん)の人皆(みな)漆(うるし)を抓(かい)て、余(よ)の耕作(かうさく)をなさず。しかれども山ひろふして、かき尽(つく)す事なし。

 然るに奥(おく)山へ至りては、道けはしく岩ほ峙(そばだ)ち、人の通(かよ)ひ絶(たへ)たる所あまたあり。さやうの所をこなたより望み見れば、別(わけ)て木の性(せい)よくほこへ、枝葉(ゑだは)茂(しげ)りて、一しほうるし沢山(たくさん)に見へたり。

 然れども道たへぬれば、皆(みな)人望によしなし。誠に人の至らざる所なれば、木の性(せい)よくみちて、己(おの)れと枝(ゑだ)より流(なが)れ出、土へしみ、岩になだれて、山はさながらめなふのごとし。

 此里(さと)に、安左衛門といふ漆(うるし)かき、奥(おく)山へ入て、谷川の流(なが)れのすそに、大きなる淵(ふち)へ、取はづしてかまをおとしぬ。おりふし、此男水練(すいれん)を得ぬれば、かの鎌(かね)を求(もとめ)ん為に、水底(みなそこ)へ入りしに、ふしぎや下(した)は一まいに皆漆なり。人の通(かよ)はぬ山/\より、雨(あめ)になだれ日にとらかされて、往古(わうご)より洪水(こうずい)のたび%\流(なが)れ出たる漆みな此所にあり。

 安左衛門大きに悦(よろこ)び、人にしらさず密(ひそか)に是を取て問(とい)屋へ出しぬ。漆は水に有ては其性(せう)そんずる事なし。殊に水の底(そこ)に年数(ねんす)を経(へ)て、うるしの清(きよ)ふなる事得もいわれず。其うへ毎日大分の漆を出して、暫時(ざんじ)の間に大銀(がね)を出来しぬ。

 近所(きんじよ)の者(もの)ども、かやうのうるしをいかゞして出すぞと、皆/\不審(しん)を立しが、別(べつ)して、弟十兵衛、此事何ともがてんゆかず。数日(すじつ)心をつくして、兄が山へ行(ゆけ)ば、毎日其跡(あと)をしたい、終(つい)に彼(かの)水底(すいてい)に有事を見付、ともに是を取て問(とい)屋へ出し、快(こゝろよ)く大分の銀(かね)をもうけしが、兄安左衛門是を知(し)つて物うき事におもひ、色/\思案(しあん)をめぐらし、さいく人を頼んで、大きなる龍(たつ)がしらを拵(こしら)へ、角(つの)いろこには金銀(きん%\)をちりばめ、誠(まこと)に生(いけ)るがごとくけつかうに仕立て、彼淵(ふち)の水の落合(おちあい)へしづめ、逆(さか)まく水におのれとうごくやうに仕かけ、脇(わき)へのきて是を見れば、上なる岸(きし)には樹木(じゆもく)おい茂(しげつ)て、ほの暗(ぐら)き淵(ふち)の底(そこ)に、彼(かの)大じや紅(くれない)のしたをのべ、まなこの光(ひか)り水にうつり、其すざまじさいふばかりなし。

 あんのごとく弟是を見て、誠の大蛇(だいじや)とおそれ、得とらざりしが、兄安左衛門おのれ独(ひとり)とらん事を欲(ほつ)し、大きによろこんで、則(すなはち)淵(ふち)のはたへ望(のぞみ)しに、かの龍がしらあまりけつかうにこしらへしゆへ、人形(にんげう)とはおもはれず。我ながらおそろしくなりて、其身も是を得(え)とらず、それより家(いへ)へ帰りて能(よく)/\おもへば、

「元我こしらへたる作(つく)り物、是を恐(おそ)るゝは迷(まよ)ひの至り」

とおもひ、又行(ゆき)て見れども、大じやしきりにうごいて、既(すで)に一口(くち)にのまんとする体(てい)なれば、とかく恐(おそろ)しさに取(と)る事あたはず。しかれども、そこなる漆(うるし)何程といふかぎりしられねば、あまりせん方なさに、人に語り、大ぜいもよほし行て見れば、此龍がしらに誠の性根(しやうね)入て、中/\辺(あた)りへ人をもよせず。後には常(つね)に淵のうへに雲(くも)おゝひ、霧(きり)のごとくなる<挿絵半丁2面>毒(どく)気たちて、若(もし)是にふるゝものは、あるひは煩(わづら)ひ又は死(し)す。

 されば仏(ほとけ)の御経(けう)にも、どん・嗔(じん)・痴(ち)の三つを以(もつ)て三毒(どく)の大じやにたとへ給(たま)ひしが、今此安左衛門も、それ程おゝき漆(うるし)を、心せまくおのれが兄弟におしみ、ひとりとらんとせしどん欲(よく)の心法(しんぼう)、彼(かの)大じやの魂(たましい)となれり。あさましいかな。始(はじめ)此うるしを見付し時、たとへこなたより知(し)らせて成とも、

兄弟一処(しよ)に心を合(あわせ)せ<ママ>、ともに富貴(ふうき)に可成(なるべき)を、彼(か)のたつがしらを以(もつ)て威(おど)さんとたくみし心には、直(すぐ)にいろこもはへぬべし。

 いにしへの伯夷(はくい)しゆくせいは、互(たがい)に国をゆづりあいて、末(まつ)代までの美名(びめい)を残し、今の安左衛門は、兄弟不順(じゆん)の貪欲(どんよく)ゆへに、一国へ悪名(あくめう)をながせり。せわにも、兄弟他人の始(はじめ)といへば、おろか成(なる)人は、大(おゝ)かた妻子(さいし)にまかされて骨にくの情(なさけ)をわすれ、兄弟の中はおのづからうとふなれり。

 是五倫(りん)をかくのみにあらず、万事に渡(わたつ)て損(そん)おゝし。若(もし)兄弟不じゆん熟(じゆく)なる人あらば、能(よく)/\慎(つゝしみ)給ふべき者(もの)か。

        城(じやう)の伊織(いをり)の介が事

長尾憲信(ながをけんしん)の小ごせう城の伊織助、十三歳にて見信(けんしん)<ママ>へ召出(めしだ)され、一万石に壱万両づゝの遣金を拝領(はいれう)して、家大きに富(とめ)り。誠(まこと)に天のなせる霊質(れいしつ)なればにや、世にたぐひなき美男(びなん)、けんしんてうあいの余(あま)り、

「常詰(じやうづめ)をさせては、もし気づまりにて病ひもや出らん」

と、二人のよこ目を付て、非番(ひばん)の時(とき)は下やしきへ下(さげ)、独(ひとり)の母(はゝ)へ孝行(かう/\)をつくさせ、恩(おん)をあたへ、賞を施(ほどこ)して、我領地にもかへまじき程に愛(あい)し給へり。

 しかるに、いほり、業平(なりひら)の再誕(さいたん)にや、一国の人民(にんみん)貴(き)となく賎(せん)となく、老(らう)となく若(にやく)となく、愚(ぐ)となく智(ち)となく、男(なん)となく女(によ)となく、一度(ど)此人のかたちを見しものは、れんぼのおもひに胸(むね)をこがし、かなはぬ恋に死をあらそふ。

 其中に、直江(なをゑ)山城(しろの)守が若たう、菅(すげ)半助といふもの、いかなる垣間(かいま)見にや、此人をこひわびて、なみだの床(とこ)のひとりねにじゆつばかゞ思ひの火を吐(はき)、こがるゝ胸(むね)には塩(しほ)がまのけぶりを立り。然れども其身は数ならず、いほりは見信のてう愛(あい)ふかく、いかゞして思ひたへなんとばかりをしらすべき風の便もなければ、何とぞせめて彼(かの)人の家来(けらい)となり、不断(だん)姿(すがた)なりとも詠(ながめ)くらし度、いろ/\と工夫(くふう)をついやし、さま%\にけいこの功(こう)をつみて、髪(かみ)さかやきに、一国名どりの名人となれり。

 誠にいにしへより、芸(げい)は身をたすくるならい、終(つい)に願(ねが)ひ成就(ぜうじう)して、いほり方へ召出され、ふだん姿(すがた)を見るのみか、朝夕(てうせき)御(を)ご<ママ>しをてにかけて、

「命にかけし本望(ほんもう)、ひとへにめうりにかなひぬ」

と嬉(うれ)しく、

「あはれ此人の御身のうへに、いか成大事もがな出来よかし。一番に御為(ため)に死して忠(ちう)と思ひの二つをあらはし、せめては死後(しご)に成ともあはれとおもひしられて、手便(てづから)一へんの御廻向(ごゑかう)にも預(あづか)らば、未来(みらい)も煩悩(ぼんなふ)の罪(つみ)をめつして、二世の願(ねが)ひ、何事か是(これ)にしかん」

と、昼夜(ちうや)まどろむ間もなく、大切(たいせつ)に勤(つとめ)侍(はべ)り。

 いほりも、半助が忠節(ちうせつ)心にこたへて悪くもおもはず、ずいぶん情(なさけ)をかけしかば、半助いよ/\嬉(うれ)しさ限(かぎ)りなく、

「何とぞ思(たけ<ママ>)ひの長(たけ)を知(しら)せ参せ、たとへ無礼(ぶれい)をにくまれ、御手討(うち)に預るとも、かゝる情の人のてにかゝりて、露(つゆ)ときへん命、元(もと)よりの願ひなれば、一筆の玉づさを、いか成隙(ひま)にも」

と、首尾(しゆび)を窺(うかゞ)へども、二人のよこ目昼夜(ちうや)前後をはなれず、尽(つく)す心のかいもなふ、いたづらに月日を過せり。

 ある時伊織(いほり)常(つね)のごとく結(ゆい)立し髪(かみ)をときて、彼(かの)もとゆひをより戻(もど)して見れば、中に細字(さいじ)にかきたる恋の文あり。細くたちてよりこめたれば、並(なら)べて是をよむに、

「思ひの露(つゆ)のきゆるばかり」

と書(かき)とゞめしかば、伊織殊外ふく立して、二人のよこ目に、

「此通を上へ申あげ給へ。我身直奏(じきそう)申べけれども、さやうにて役人たるおの/\の御無(ぶ)念ともなるべきかと、かく御両人よりさう/\仰上られ候やうに」

との事。

 尤二人も、半介が、家来(けらい)として主(しう)をこひし無礼の程は悪(にくみ)しかども、

「此事上へ申あげなば、さだめてからだに墨(すみ)うちして鋸(のこぎり)にて挽(ひか)るべし。其上いほりは一国名取の男色なれば、国中の女わらんべさへめで迷(まど)ふを、いはんや荘年(そうねん)の男ざかりに、彼が身をわすれしも無理(むり)ならず」

とて、まはりに使(つか)はれしものなれば、なじみ尺(だけ)の心の贔屓(ひいき)に不便(びん)をくはへて、

「御腹立(ごふくりう)もつとも。しかしながら、此義を上へ申あげては、半介事いか成うき目にあはんもしれがたし。其うへこなたの形のうつくしさに、かれが迷(まよ)ひぬるもにくからず。とかく私どもさへさたなしにすれば、波(なみ)かぜなふすむ事。其うへ彼(かれ)はこなたの御家来なれば、死罪(しざい)に成とも追放(ついほう)なりとも、心のまゝに行(おこな)ひたまへ。上へ仰上られんは不便(びん)の事なり」

といへば、伊織(いほり)いよ/\腹立して、

「各(おの/\)には、我ら身のうへにあやしき事あらば、たとへかくし候とも、御せんぎを遂(とげ)らるべき役人の、其職(しよく)を守(まも)り給はず、か程の事を還(かへつ)ておん蜜<ママ>(みつ)にしたまんとは、不吟味(ぎみ)の至り、何ともがてん参り難(がた)し。我らは君の御厚恩(こうおん)深(ふか)ければ、忠義(ちうぎ)において私なし。所せん此段(だん)それがし直に申あげ、御目がねを掠(かす)めぬ所をあらはすべし。おの/\にも来り給へ」

と、袴(はかま)をちやくし、駕(のりもの)にのれば、二人はあわて、詞(ことば)なく、かごに従(したが)ひ登城(とうじやう)す。

 いほり御前へ出て、右の通を申上れば、けんしん腹立(ふくりう)浅からず、

「いかやうとも行(おこな)ひやうを伊織にはからい候へ」

のよし。いほり望みけるは、

「私此ごろ数(す)十腰(こし)のあら実(み)をうたせ候へども、いまだ刃鉄(はがね)をためし申さず。心元なく候へば、此もの<挿絵半丁>のからだを以てやい刃の利鈍(りどん)を試(こゝろみ)度よし」

所望しければ、

「とも角(かく)もなんぢ次第」

とゆるしを受(うけ)て、屋舗へ帰り、今日明日(けふあす)はしやうじん日なれば、明後日ころすべきよし。則ち鎗(やり)、なぎなたのあら実(み)をあまた取出し、とぎやをよんでねた刃(ば)を合させ、半介は庭(てい)ぜんの梅の古木(こぼく)へからめ付させ、さて其夜は家老(からう)にいひ付、彼(かの)二人のよこ目を酒ゑんにて大きにもてなし、「誠にけふはおの/\にも御苦労(くらう)。其うへ、御両人の御さし図(づ)を背(そむ)き、さぞ我まゝの至りにおぼしめされん。しかし其段は若輩(じやくはい)に免(めん)じ給へ」

と、元より其家(いへ)富(ふう)きなれば、山海(さんかい)の珍物を調(とゝの)へ、嘉肴美味(かかうびみ)の数(かず)をつくして、さま%\にもてなしけれども、二人は曽(かつ)て満足ならず、

「さて/\形(かたち)に似(に)せぬ情(なさけ)しらず。さだめて今は半介も姿(すがた)ばかりにまよひしを、さぞ後悔(こうくわい)に思ふらん」

と、恋も覚果(さめはて)愛(あい)さうもつきて、中/\酒ゑんもしまざりしを、伊織二人がきげんを取て、大盃(さかづき)をみづからかたふけ、あなたへさしこなたへめぐらし、いろ/\ちさうの誠をあらはし、しほらしくけうを尽(つく)せば、元より伊織五百万石の領分(れうぶん)に並(ならび)なき美少(びしやう)、志賀(しが)寺の聖(しやう)人をも観(くわん)念の床(ゆか)より迷ひ出す程の男色なれば、さすが二人も魂(たましい)をうばゝれ、

「いかさま是は縁につれてこそ戴(いたゞ)け、此盃が千金にも買るゝ物か」

と、意趣(いしゆ)も恨(うらみ)も守べきつとめもわすれて、正体(せうたい)なく酔(ゑい)ふしければ、いほり、

「今(いま)すこし」

としいけれども、二人ともに前後不覚(かく)の体(てい)。家頼(けらい)をよびて、直(すぐ)に其処(ところ)にしとねを蓋(おゝ)はせ、

「さてこよひは下/\までも緩(ゆる)りと休足(きうそく)致し申やうに」

といひ付、夜もふけ、人しづまりて後、彼(かの)ていぜんの古木(こぼく)の本へゆき、平介に詞(ことば)をかはし、

「さぞやけさよりの難面(つれなき)ふるまひ、さだめて情(なさけ)しらずとおぼしつらん。何がさてまゆがみの役なれば、我を大切(たいせつ)におもふ人をにくむべき道(だう)理なし。然れども御身のしり給ふ通り、上よりの吟味(ぎんみ)つよく、二人のよこ目の守(まも)りきびしければ、情をかくべき便もなし。其上そなたの心底(しんてい)は、我手にかゝり死するとも、露(つゆ)恨(うら)みぬ覚悟(かくご)と見届(とゞけ)しゆへ、心の外につれなく当り、もはや可愛(かはゆく)おもはれしあいさうも尽(つか)し給ふらん」

と、彼(かの)いましめをとき放(はな)ち、みづからてを取、ねやへ入れ、

「若(もし)たすくべき首尾(しゆび)なふして、我手にかけてころしなば、未来はかならず兄弟の是けいやくの盃(さかづき)」

とて、おもひもよらぬ御情に、半助夢(ゆめ)ともわきまへず、うれしさとおそろしさとに身もふるひ、申上べき言(こと)の葉(は)もなく、涙(なみだ)ぐみたるばかりなれば、

「はや夜もふけぬ」

とて、錦綉(きんしう)のしとねの内に、終夜(よもすがら)本もうとげさせ、有明(ありあけ)の月もかたぶき、八声(こへ)の鳥の別(わか)れをもよほするに、残る詞(ことば)をきぬ%\につゝみて、又宵(よひ)のごとくに梅の古木(こぼく)へいましめ置ぬ。

 二人のよこ目は夕部(ゆふべ)の大酒に二日酔(ゑい)して、其日もやう/\日出て起(おき)ぬれども、

「かやうの情(なさけ)しらずに気(き)遣ひして、我/\をつけおき給ひ、二人に千石余(よ)のついへ。大名なればこそ跡(あと)もあかね。たとへわれ/\が油断(ゆだん)したればとて、気遣(きづか)ひげの有若衆ならず」

と、それより二人のよこ目も次第に番(ばん)をおこたれば、毎夜(まいや)思ひのまゝに情をかけしかど、我(わが)近習(きんじう)の家来(けらい)さへ曽て是をしるものなし。もはや五夜(いつよ)に及びぬれば、伊織半介に申けるは、

「いせの海あこぎが浦(うら)に引(ひく)網(あみ)も、度(たび)かさなりてこそ世にはもれけめ。もはやこよひが今生のいとまごひ、明日(あす)は<挿絵半丁>首尾(しゆび)よく命をたすけ、此国をついほうすべし。他国(たこく)にて奉公かせぎ、今の情をわすれたまふな」

と、則ち道のたすけに一歩三千下(した)おびの縁(へり)にふくませ、長き別(わか)れのなごりをおしめば、半介なみだをながし、

「さて/\難有(ありがたき)御情、いつの世にかはわすれまいらせ候べき。とかく御手にかゝり相果(はて)ば、けつく思ひはあさかるべきに、命助り只今別れたてまつり、末(すへ)の闇路(やみぢ)をおぼし召やらせたまへ」

と、みだるゝ内にも御ためをあんじて、又いましめのなわを掛(かゝ)り、彼(かの)梅が枝(ゑ)によりそひける。

 いほり其翌日(よくじつ)、

「けふは半介をころすべし」

と、砂(すな)をふるはせ、土壇(どだん)をこしらへ、鎗(やり)やかたなを取出せば、家老(からう)城刑部(じやうのげうぶ)いさめけるは、

「古(いに[し])へより、人の執心(しうしん)をうけて情(なさけ)をかけぬは各別(かくべつ)の事、罪(つみ)におこなふ例(れい)をきかず。それ、恋路(ぢ)には高きいやしきといふ隔(へだて)なし。只今彼(かれ)をころし給はゞ、世上(じやう)の取さたよろしかるまじ。それ、侍(さぶらい)は、たとへ小人ならねども、情をしるが肝心(かんじん)なり。いわんや、君(きみ)にはいろざかり、情なふてはたのもしからず。ひらに助(たすけ)させ給へ」

といへば、二人のよこ目も是を力に、いろ/\とわび言(こと)す。

 伊織、あやまりたる風情(ふぜい)して、

「我は一筋に君(きみ)への忠(ちう)を大切(せつ)に思ひ、人の謗(そしり)をかへり見ず、殺(ころ)さんとおもひしかども、御両人の仰もだし難(がた)し。此うへは如何(いか)やうとも、二人の御意にしたがふべし。とも角(かく)もよろしきやうにはからへ」

といへば、半助がいましめをとき、重(かさね)て此国へ足むけをするにおいては、見合次第(しだい)討(うす<ママ>)ずての旨(むね)申ふくめ、一国を追放(ついほう)す。

 此事国中にかくれなく、扨もいほりは形ににせぬ情しらず、ゑり好(ごのみ)のくまでのと、こがれし男女も恋をさまし、取/\に謗(そしり)ければ、半介他国にて此噂(うはさ)を聞(きゝ)、

「さて/\か程まれなる情知(し)りを、世上にあしくさたする事の口おしさよ」

と、下臈(げらう)の心の悲(かな)しさは、有し次第を独(ひとり)二人に云分(いひわけ)すれば、誠に珍(めづら)しき義理噺(ばなし)と、段/\に語伝(つた)へ、一犬(けん)形(かたち)に吠(ほゆ)れば百犬声(こへ)にほゆる習とて、一家中是ざた、終(つゐ)には見信(けんしん)の耳(みゝ)へ入、嫉妬(しつと)のいかり甚(はなはだ)しく、いほりには切(せつ)ふくさせ、彼半介をたづねられしが、それまでもなく、半助も此さたを聞(きく)よりはやく、越後へ立越、いほりの介が菩提(ぼだい)寺(じ)に来り、彼死跡(あと)にてじがいをとげ、二人同じ苔(こけ)の露ときへ果ぬ。

 後にはけん信も得度(とくど)あつて、いほりが情を深(ふか)くかんじ、

「おしき小性(せう)をころせし」

とて、殊外後悔(こうくわい)したまひしと也。

誠に、

「事は密(みつ)を以てなる。語はもらすを以て破(やぶ)るゝ」

と、智(ち)有人の慎(つゝ)しみけんも、実さる事とおぼへ侍りぬ。

金玉ねぢぶくさ三終

金玉ねぢぶくさ巻之四

  富士の影(かげ)の山

 天文の比、さる公家(くげ)の青侍(あをさふらい)二人、諸朋輩(しよほうばい)の中に別(わけ)て深(ふか)く交(まじは)り、たがひに死(しな)ば一処(しよ)といひかはして、兄弟(けうだい)のちぎりをぞなしける。

 然るに一人のもの、世の盛衰(せいすい)無常なる事を観(くわん)じ、彼(かの)むつまじき朋輩(ほうばい)に語りけるは、

「それ人の世にある百年、三万六千日の光陰(くわういん)は奔箭(ほんせん)下流(かりう)の水の如し。此内に浮雲(ふうん)の富(とみ)をねがひ、如泡(によはう)の宝(たから)をあつめて、若電(にやくでん)の身をやしなふ。万事はみな夢(ゆめ)なり。たれか百年を保(たもた)ん。かゝるはかなき身を名利(めうり)の為(ため)につかはれ、さま%\の煩悩(ぼんなふ)をつみて一生を苦(くるし)むるこそほひなきわざなれ。我こゝに悟道(ごだう)して、長からぬうき世をいとひ、三衣(ゑ)一鉢(はつ)にさまをかへて、あまねく諸国を修行(しゆぎやう)し、めなれぬ事を見て、角(かど)ある心をねり、此度生死(しやうじ)を離(はな)れ、未来(みらい)は永(なが)く真如法性(しんによほつしやう)の都(みやこ)に立帰りたき願(ねが)ひ。然れば日比(ごろ)うらなく謂(いひ)かはせし中のちぎりも、遠(とを)からぬわかれになごりおしく侍(はべ)り。命(いのち)ながらへて二度(ふたゝび)立帰らん事も不定(でう)なれば、思ひ出されんおり/\は、立出(たちいで)し時(とき)を其日として、一遍(へん)の廻向(ゑかう)をもなし給はれ」

と、念ごろに語(かた)れば、彼(かの)人きいて、ともに悟道(ごどう)し、

「さても奇特(きどく)の発起(ほつき)。我とても同じ如露赤<ママ>如電(によろやくによでん)のかりの身なれば、何かはさのみ此世を貪(むさぼ)るべき。いざやともに発心(ほつしん)をとげ、諸国(しよこく)を同行(どうぎやう)してめぐり、みらいまでも一蓮詫生(れんたくしやう)のちぎりをたがへじ」

とて、二人等(ひと)しく髪(もとゞり)をきり、苔(こけ)の袂(たもと)にさまをかへ、一人は名を春知(しゆんち)と改(あらた)め、今一人は春忍(にん)と呼(よび)て、いづれも道心(だうしん)けんごにおこなひすまし、それより直(すぐ)に国/\を修業(しゆぎやう)し、まづ東(たう)国をのこらず見めぐり、奥州(おうしう)の外(そと)のはまより、ゑぞ松まへの浦(うら)/\嶋/\まで、悉(こと%\)く一見し、其年もくれ、迎(むかふ)る春も立、夏も過(すぎ)、秋風も立ば、それより西国(さいごく)行脚(あんぎや)とこゝろざして、一まづ都(みやこ)にのぼりぬ。

 さいわい道の便(たより)なれば、駿(する)河の国において、富士ぜんじやうの志しおこり、彼(かの)山路(ぢ)にさしかゝりぬ。

 抑(そも/\)此山は、扶桑(ふさう)第一の名山にて、上(うへ)には法界体性智(たいせうち)大毘廬遮那仏(びるしやなぶつ)ちん座まし/\、粟散(ぞくさん)辺地(へんち)の浄土なれば、火の踏合(ふみやい)または心の不浄(じやう)なる人ぜんじやうすれば、さま%\ふしぎなる事おゝし。

 然るに二人の道心出家(だうしんしゆつけ)の身は、浄穢(じやうゑ)不二と心得(こゝろへ)、もとより長旅(ながたび)なれば、別行(べつぎよう)別火(べつくわ)のあらためにもおよばず、直(すぐ)に麓(ふもと)の道(みち)を分(わけ)て、山のけしきを望(のぞめ)ば、おりふし、雲(くも)はれて、一点(てん)の霞(かすみ)もなく、峰(みね)は霧(きり)をしのいで空(そら)にあらはれ、道はあきらかに見へて天にかけ橋をつたふ。

 不思議(しぎ)や暫(しばら)く有て、影(かげ)の山とて峰二つに峙(そばだ)ち、道左右(さゆう)に別(わか)れて、何(いづ)れを山、いづれを影(かげ)とわきまへがたければ、二人<挿絵見開き1丁>前後(ぜんご)をぼうじて、ふもとの原をさまよひ、其日もやう/\にくれぬ。

 然れども求(もと)むべきやどりもなく、かなたこなたせし程に、と有山陰(かげ)に杉の生垣(いけがき)をかまへて、物しづかに住なしたる家形(やかた)あり。萩(はぎ)の折戸(をりど)の隙(ひま)より灯(ともしび)の影(かげ)もり出(いで)て人の音(をと)なひはきこへず。二人の法師(ほうし)よろこび、あみ戸を押(をし)あけて、一夜の宿を求(もと)めんと内のやうすを窺(うかゞ)へば、あづまや作(づく)りの板(いた)やをきれいにしつらい、其風流(ふうりう)なるけしき得も謂(いひ)がたし。書院(しよいん)のしやうじをあけ離(はな)して、二十(はたち)ばかりの女房一人、灯(ともしび)の本(もと)に卓(しよく)をさゝへて、見台(けんだい)に草紙(さうし)をひろげ、詠(ながめ)入たるありさま、其うつくしさ世にたぐひなく、八十種好(しゆがう)に三十二相(さう)備(そなは)り、遊仙窟(ゆうせんくつ)の十郎か、宝莱宮(ほうらいきう)の太真(たいしん)か、いかさま上界(かい)の仙女(せんぢよ)なるべし。かゝる鄙(ひな)の山中に、か程(ほど)の美(び)女のすむ事、人間とは見へず。其外には人の住(すむ)体(てい)も見へず、勝手(かつて)とおぼしき所もなし。

 二人の法師(ほうし)おもひけるは、

「さだめて是(これ)は鬼神(きじん)こだまの化女(けぢよ)と成て、道心(だうしん)をさまたげ、もし愛欲(あいよく)の心をおこさば、其たよりを窺(うかゞ)ふてわれ/\を害(がい)せん為に、如此のもうけをしつらい、二人が心をとらかさんとかまへたるものなるべし。いざや立のき、此害(がい)をのがれん」

といへば、春忍(しゆんにん)、

「いや/\かゝる所へ来かゝつて、元(もと)よりかれが変化(へんげ)ならば、たとへ逃(にげ)たりとものがれはせじ。其うへかやうの者(もの)に出(で)あふも、一つは修行(しゆぎやう)の種(たね)なれば、所詮(しよせん)彼(かの)ものに詞(ことば)をかはし、性体(せうたい)を見届(とゞけ)ん」

と、二人ともに書院(しよいん)のさきへ立より、

「我/\は諸国修行(しゆぎやう)の沙門(しやもん)成が、富士(ふじ)ぜんじやうの道にまよひ、其うへ日に行(ゆき)くれ、外(ほか)に求(もとむ)べき宿(やど)もなし。ねがはくはあはれみをたれて、一夜の宿(やど)をかし給へ」

と申せば、女おどろきたるけしきもなく、しほらしき物ごしにて、

「誠(まこと)に諸国(しよこく)しゆぎやうの御僧(そう)、世にたつとき御身なれば、結縁(けちゑん)の為(ため)御宿(やど)参らせ度(たく)侍(はべ)れども、こよひはあるじ遠(とを)く出(いで)て、夜(よ)ふけて帰り候ゆへ、るすに御宿(やど)まいらせん事もいかゞなれば、御いたはしながら、かなひ難(がた)き」

よし、やさしき〓(あいさつ)に、二人の道心(だうしん)気(き)をうばゝれて、

「たとへまよひ化生(けしやう)の者にもせよ、害(がい)せられておしむべき命(いのち)にもあらず。なを/\やうすを見届(とゞけ)てふしんを晴(はら)さん」

と、

「苦(くる)しからずは、あるじの御帰りをこれにて待(まち)請(うけ)申たき」

よし望(のぞ)めば、女申けるは、

「あるじも情(なさけ)しれる人にて、わけて旅(たび)人を痛(いた)はり侍りぬ。殊(こと)に御僧(そう)に御宿(やど)参らせ候事、るすにてもこなたはくるしからず。さ程におぼしめされば、こなたへ御入候へ」

とて、一間(ま)なる座敷(ざしき)へ請(せう)じ、召合(めしあわせ)のふすまを立切(たてきり)、

「それに御やすみ候へ」

とて、又元(もと)の見台(けんだい)に向(むか)ひ、草紙(さうし)に詠(ながめ)入ぬ。

 さて、そのあたりを見れば、夜(よる)のしとねを始(はじめ)、万(よろづ)の調度(てうど)に至(いた)るまで、みやびやかなる事、更(さら)に人間の類(たぐひ)にあらず。ふすまのすき、とほし火の影(かげ)より見れば、かの女のかたち、其うつくしさいふばかりなし。

「さてはいよ/\変化(へんげ)のわざなるべし。さるにても、あるじといふはいかやうの者にかあらん。油断(ゆだん)をせば、彼等(かれら)に服(ぶく)せらるべし」

と、護身法(ごしんぼう)を結(むす)び、九字(じ)を切(きり)かけて、二人ともにすこしもまどろまで、ふしぎの事のあらはるゝを、今や/\とまち居(い)ければ、やう/\うしみつ過(すぐ)るころに至(いた[り])て、いづくともなく轡(くつわ)の音(おと)りん/\ときこゆ。二人あやしみ、

「さればこそ、此山中(さんちう)へ騎馬(きば)の来(きた)るべき謂(いわ)れなし。さだめて是も変化(へんげ)のわざなるべし」

と、気をつめて窺(うかゞ)ひ居(い)ければ、かの轡(くつわ)の音(をと)ぜん/\として近(ちか)くきこへ、庵(いほり)のまへにて鳴(なり)やみぬ。馬上(ばじやう)の人、馬(むま)よりおるゝと覚へて、草(くさ)ずりの音(をと)がら/\ときこゆ。

「扨(さて)はてい主(しゆ)の帰りたるならん」

と、ふすまの影(かげ)より望(のぞ)めば、齢(よはひ)荘年(さうねん)の男(おとこ)、色(いろ)白(しろ)く器量(きりやう)さかんなるが、紅(くれなひ)の鉢巻(はちまき)をしめ、白糸(しらいと)おどしの鎧(よろい)ひたゝれに、白枝(しらゑ)のなぎなたを携(たづさ)へ、あみ戸(ど)をあけて内へ入りぬ。彼(かの)おんな立出、

「今霄(こよひ)の首尾(しゆび)はいかゞ」

と問(と)へば、

「あゝ無念(むねん)。こよひもかなはず」

とて、涙(なみだ)をながしぬ。

 さて、ふみ石(いし)に草鞋(わらんづ)二足(そく)あるを見て、其故(ゆへ)をとへば、女房、

「されば今霄(こよひ)旅(たび)のしゆ行者(ぎやうじや)とて、御僧(そう)二人わたらせ給ふを、結縁(けちゑん)のため宿(やど)し参らせてさふらふ」

といへば、おとこ、

「それはいづくに渡(わた)らせたまふぞ」

といふをきいて、二人の法師(ほうし)、ふすまを引あけ、

「我/\にて候。御るすにて候ひしかども、道(みち)にまよひ、日に行(ゆき)くれ、一夜(や)の宿(やど)を申請(うけ)、たびの労(つか)れを晴(はら)し、ゆるりと休足(きうそく)、かたじけなき」

よし申せば、彼(かの)おとこ、二人のはなしを聞(きい)て、

「さて/\うら山しきおの/\の境界(きやうがい)。誠(まこと)に我らこそ御僧(そう)一宿(しゆく)の結(けち)ゑんによつてざいしやうを滅(めつ)し、おつつけ苦患(くげん)をまぬかるべしと、ありがたく覚(おぼ)へ候」

とて、さま%\にもてなしければ、二人(ふたり)の道心(どうしん)、

「さるにても君にはいか成御方の閑居(かんきよ)にて、かやうの所には住(すま)せ給ふぞや。御名をばなのらせ給へ」

といへば、夫(ふう)婦ともに涙(なみだ)をうかめ、

「申につけてはづかしけれど、それがしは古(いにし)への曽我(そが)の十郎祐成(すけなり)。これなる者(もの)は大磯(おゝいそ)のとら、二人がからだは裙(すそ)野が原(はら)の露(つゆ)ときへしかど、魂魄(こんはく)は数(す)百歳(さい)の苔(こけ)の下に、しんい邪婬(じやゐん)の罪(つみ)に引れて、かくしゆら道(だう)のくるしみを受(うけ)侍(はべ)るなり。さるにても我弟の五郎時宗(ときむね)は、ようせうより箱根(はこね)にすんで、毎日(まいにち)法花(ほつけ)講読(こうどく)の功力(くりき)に引れ、今人間に立帰り、甲州(かうしう)信州(しんしう)二ヶ国(こく)のあるじ、武田晴信入道信玄(たけだはるのぶにうだうしんげん)となれり。然れども隔生即亡(きやくしやうそくぼう)の理(ことは)りによつて前生(ぜんしやう)の事をしらず。願(ねがは)くは御僧(そう)此事を伝(つた)へて、追善(ついぜん)をなし、我(わが)跡(あと)をとはせ、成仏(じやうぶつ)を得(ゑ)せしめたまへ」

と、則(すなはち)印(しるし)に金(こがね)の目貫(めぬき)を片(かた)し取出し、二人の僧にあたへて、

「もはや夜(よ)もいたう更(ふけ)ぬれば、暫(しばら)くまどろみ、つかれをはらしおはしませ」

と、四人一処(しよ)にうたゝねして、松ふく風の音(をと)におどろき、枕(まくら)をもたげてあたりを見れば、四阿(あづま)屋作(づく)りのやかたと見へしは、枯(かれ)野に残る薄(すゝき)となり、あるじの姿(すがた)と思ひしは、苔(こけ)るい/\たる石塔(せきたう)のまへに、二人忙然(ぼうぜん)とおき上りて、ふじ山よりの下向道(げこうだう)に直(すぐ)に甲州(こうしう)へ立越(こ)へ、印(しるし)の目(め)ぬきを以て右の通(とをり)を申上れば、信玄(しんげん)すなはち対面(たいめん)有て、懐中(くわいちう)より目貫(ぬき)をかたし取出し、今の片(かた)しに合て見れば、金(かね)ももやうも一具(ぐ)して、分(ぶん)ごうも違(ちが)はざれば、信玄なみだをながして、彼(かの)幽霊(ゆうれい)のついぜんの為(ため)、千部(ぶ)の経(けう)を書写(しよしや)して、千僧(ぞう)を以(もつ)てくやうし、其後かの二人の僧(そう)をさま%\もてなし、都(みやこ)へおくり帰されぬ。

 されば、信玄(しんげん)程(ほど)の物に動(どう)じぬ大将の、何とて目貫(ぬき)の一具(ぐ)したればとて、世に類(るい)おゝきせうこをもつて、かくまで信(しん)ぜられしぞと、その因縁(いんゑん)を尋(たづ[ぬ])れば、此人たんじやうのおりふし、左(ひだり)の手(て)をにぎり詰(つめ)、いろ/\開(ひら)けども終(つい)に其ゆび延(のび)ず。漸(やう)/\七月めに至(いたつ)て、おのれと始(はじめ)てひらけ、内に此片(かた)しの目(め)ぬきをにぎり居(い)給(たま)へり。何(なに)とぞ子(し)細あるべしとて、深(ふか)く此さたを世に秘(ひ)し給ひしが、今のめぬきと一具(ぐ)せし故(ゆへ)、うたがひもなくせうこに用(もち)ひ給ひしとなり。

 かゝる奇特(きどく)をおもへば、若有聞法者(にやくうもんぼうしや)無(む)一不成仏(じやうぶつ)のためし、難有かりける事どもなり。

   若狭祖母(わかさばば)

 若狭(わかさ)・越前(ゑちぜん)・加賀(が)・能登(のと)・越中(ゑつちう)五ヶ国(こく)の間をはいくわいして、住所(ぢうしよ)をさだめぬ一人の祖母(ばば)有。齢(よはひ)五十ばかりに見へて、かしらは蓬(よもぎ)のごとし。眼中(がんちう)は青(あを)く光(ひか)りて、歯(は)は一まいもおちず。あゆむ事はやうして龍馬(りうめ)もおよばず。ちからつよふして、頭(かしら)に二石(こく)の米(こめ)を戴(いたゞ)き、はしる時は飛(とぶ)鳥(とり)を抓(つか)み、怒(いか)るときは狐狼(こらう)悪獣(あくじう)も恐(おそ)る。さるによつて、不断(だん)山中(ちう)に住(す)み、人とまじはらず。数(す)百歳(さい)いきて、おのれも年(とし)をしらず。冬(ふゆ)はおく山に住(すん)で、かたちを人に見せず。夏(なつ)は里(さと)近(ちか)ふ出て、おり/\見る人あり。かれは人を恥(はぢ)、人はかれをおそる。仙女(せんぢよ)にもあらず。山姥(うば)にもあらず。若(もし)人にあへば、なつかしげに見おくり、五年十年に一度づゝ、人にちか付(づい)て物語する事あり。ふるき世の事をとへば、むかしより越路(こしぢ)にすむと見へて、先は太平記時代(じだい)の兵乱(ひやうらん)、別(べつ)して金(かね)が崎(さき)の落城(らくじやう)、一宮(のみや)親王(しんわう)、并(ならびに)新田(につた)の一族(ぞく)自害(じがい)、由良(ゆら)長はま阿蘇(そ)の大宮司(ぐうじ)がひるひなき働(はたらき)等(とう)、今見るやうに物語す。

 依(よつ)て、世の人、瓜生判官(うりふはんぐわん)が老母(らうぼ)のなれる果(はて)といへど、左(さ)にはあらず。

 近比、越中(ゑつちう)の山伏(ぶし)、越前ひなが嶽(だけ)へぜんじやうし、山中にて此姥(うば)にあへり。山伏よびかけて暫(しばら)く物語し、

「御身は仙術(せんじゆつ)を得(ゑ)しや。何(なん)がゆへにかく長命(めい)なる」。

姥(うば)こたへていふやう、

「我(われ)も其(その)ゆへをしらず。たゞしぜんと命永(なが)く、よはひかたふかず。病(やま)ひもなく、歯(は)もぬけず、めもかすまず、愁(うれへ)もなく、たのしみもなく、欲(よく)もなく、忿(いかり)もおこらず。一夜(や)に百里(り)弐百里の道(みち)をもはしり、行(ゆき)たければゆき、見たければ見れども、空(そら)をとび、水をかけり、通力(つうりき)がましき事は曽(かつ)てかなはず。

 昔(むかし)我(わが)おや若狭の小浜(をはま)に住(すん)で、一人の漁翁(ぎよおう)と親(したし)めり。此翁(をきな)山より出て、浦(うら)に釣(つり)をたれ、毎日我家(いへ)へ立よりて、父(ちゝ)とともに酒(さけ)をのみ侍(はべ)りぬ。ある時(とき)翁(おきな)、『我すむ山中は世話(わ)をはなれ、月のいろも一しほ異(こと)に、風景(ふうけい)おもしろく、其うへ此ごろ異魚(いぎよ)をつり、美酒(びしゆ)をたしなめり。来つて暫(しばら)くなぐさみ給へ』とて、いざなひ帰りぬ。ちゝ、翁(をきな)とともに山中へゆきて見れば、世におもしろき風景(ふうけい)、山のけしき、此国の内とは見へず。さながら唐絵(からへ)に書(かけ)るがごとし。岩(いわ)はみなめなふの玉石(ぎよくせき)にして、五色(しき)の光(ひか)りまじへ峙(そばだ)ち、草木はみな唐木(からき)にして、さま%\のめなれぬ花ひらけり。せんだんの樹間(じゆかん)より異香(いけう)風(かぜ)に和(くわ)してくんじ渡(わた)り、滝(たき)の音(をと)は音楽(おんがく)のしらべに似(に)て、ひとへに仙境(せんきやう)に不異(ことならず)。

 しばらく行て、ちがやの生垣(いけがき)の内に一つの庵(いほり)をかまへ、壁(かべ)も柱(はしら)も皆竹を以て建(たて)たり。其かろらかなる事、有馬(ま)ざいくのきよくろくのごとし。座敷へ請(せう)じて酒を進(すゝ)め、さま%\の目なれぬ菓子を鉢(はち)にもり、誠(まこと)にきれいに住(すみ)なしたる有さま、人間(げん)の境界(きやうがい)とは見へず。菓子をふくめば味(あぢは)ひ口中にみち、酒は玄天(げんてん)の甘露(かんろ)のごとし。暫(しばら)く有て、さかなに、『魚肉(ぎよにく)也』とて、二三歳(さい)ばかりのうつくしき嬰児(ゑいじ)の死(し)がい<挿絵半丁>をまな板にのせ、見るまへにて是を料(りやう)理し、青磁(せいじ)の鉢(はち)にもりてさし出す。『さては此あるじ神仙(しんせん)のたぐひにはあらず、鬼神(きじん)へん化(げ)のわざならん』とて、恐(おそろ)しさかぎりなく、彼(かの)さかなにはてもかけざりしを、『世にたぐひなき珍味(ちんみ)なり』とて、二切れ三きれ、はしにはさみてさし出せば、辞(じ)するもかれが心に背(そむ)かん事おそろしくて、ぜひなく鼻紙(はながみ)へ受(うけ)、喰(く)ふ貌(かほ)して懐中(くわいちう)へ入れ、厠(かわや)へ立(たつ)体(てい)に見せ、それより足にまかせてにげ帰れり。

若(もし)あとよりおつかくる事もやと、あまりのすざまじさに、道にて懐中のさかなを捨(すつ)る間(ま)もなく、やう/\我家へ帰りて気を取失(とりうしな)ひ、暫(しばら)く有て正根(せうね)つき、『彼(かの)肴(さかな)をすてよ』とて、せんさくせられしに、我ようせうの時にて、何心なくはな紙のまくら元(もと)にありしを引ちらしてさかなを見付、三きれともに皆(みな)喰(く)ひ侍(はべ)りぬ。そののち彼おきなも再度(ふたゝ)び見へず。

 あまりのふしぎさに、人あまたいざなひ、彼(かの)山中に入ていろ/\たづね求(もとむ)れども、さやうのあやしき所はなし。

 されば、しばらく造化(ざうくわ)のたくみをうばひなせる仙室(せんしつ)にてやありけん。彼(かの)小児(せうに)の死(し)がいと見(み)へしは、人魚(にんぎよ)といふ魚(うを)の肉(にく)なるべきよし、さる博学(はくがく)なる人の料簡(れうけん)いたされしとぞ。我父これを得(へ)<ママ>ながら、食(しよく)する事あたはず。我ひとり是を食して、寿命(じゆめう)数(す)百歳(さい)を経(へ)たり。まつたく道果(だうくわ)仙術(せんじゆつ)のたぐひにあらず」

とぞ語(かた)り侍(はべ)りぬ。

 誠に人魚(にんぎよ)は不老(らう)不死(し)の良薬(らうやく)とは謂(いひ)つたへたれど、外(ほか)に是を食したりとて長生(てうせい)の人をきかず。されば此異女(いぢよ)の長命(てうめい)なる説(せつ)もさだかには信(しん)じがたし。

 昔(むかし)より仙人(せんにん)とて不死(し)の人あるやうに、和漢(わかん)の書物(しよもつ)どもにかきおきけれど、これこそ其人とて長生(てうせい)の人も不出、世界(かい)に無量(むりやう)の人はみな百歳(さい)より内なり。無常(じやう)の暴風(ぼうふう)は神仙(しんせん)を不論(ろんぜず)。性(せい)をうばふ猛鬼(もうき)は貴賎(きせん)をきらはずとて、五蘊(ごうん)のからだの破(やぶ)れぬといふ事はなし。昔より誠(まこと)の仙人といふは、まつたくからだの長生(ながいき)するをいふにはあらず。人其徳(とく)を賞(せう)して、末代(まつだい)まで名のくちぬを、誠の仙人とす。堯舜(げうしゆん)・文武(ぶんぶ)・周公(しうこう)・孔子(こうし)、仏法(ぶつほう)にてはみだ・尺迦(しやか)などが始(はじめ)にて、其外呉子(ごし)・孫子(そんし)・太公望(たいこうばう)・張良(てうれう)・諸葛孔明(しよかつこうめい)、是等を又武仙(ぶせん)といふ。其人生れてより数(す)千年を経(へ)ぬれど、今に至るまで其美名(びめい)くちず。皆(みな)人仙人の命を永(なが)ふ、生(いき)るとおもふは、大きなるひが事ならんか。

金玉ねぢぶくさ四ノ終

金玉ねぢぶくさ 巻之五

  血達磨(ちだるま)の事

 智(ち)仁(じん)勇(ゆう)、忠(ちう)は士の守(まも)る所なり。勇(ゆう)に大勇あり。小勇あり。忠(ちう)に切あり。儀(ぎ)あり。其可(か)なる所をゑらんで、死(し)すべきに死(し)し、小恥(せうち)を忍(しの)んで、のがるべきをのがる。是大勇(ゆう)なり。又忠切(ちうせつ)なり。命(いのち)をかろんじて人にはづかしめを不受(うけず)。つよきにほこつて、よはきをしのぐ。是血気(けつき)の勇なりとかや。切(せつ)を捨(すて)て、義(ぎ)を守(まも)り、仁(じん)を離(はな)れて、勇をとるは、智者(ちしや)のせざる所なり。しかれども、武士は武威(ぶい)をかゝやかして、人を制(せい)し乱(らん)をしづめ、国家(こくか)を治(おさ[め])る役(やく)なれば、長剣(てうけん)をよこたへ、面(おもて)に勇(ゆう)をはる事、是も出家はしゆつけの役にて、長袖(ながそで)を着(き)るがごとし。此道理(だうり)をしらず。命をかろんじ、死(し)をおそれず。わづかの義理に人と討果(うちはた)し、禄(ろく)のかはりに報(ほう)ずべき身を、私の意趣(いしゆ)にうしなひ、君(きみ)の御用にたゝざるは、金(こがね)を土(つち)にかゆるが如(ごと)し。

 されば、細川(ほそかは)幽斎公(ゆうさいこう)の御時、さる浪(らう)人兄弟、いづれも器量(きりやう)さかんなる仁物(じんぶつ)、当(たう)御家(いへ)を望しかば、ある日御前(ぜん)へ召出され、

「なんぢら二人、武芸(ぶけい)はいかやうの事をかする」

と、御たづねありければ、

「何にても、事に臨(のぞ)んで人の得いたさぬ事を仕り、御用に相立申べき

よし申上る。幽斎(ゆうさい)、二人が骨(こつ)がら勇(ゆう)ゑいなるを見給ひ、たのもしく思召(おぼしめし)、兄(あに)に四百石、弟に三百石つかはされしが、其後(のち)江戸の大火事の節(せつ)、御上屋舗(しき)へほのほかゝり、むさし鐙(あぶみ)に書(かき)たるごとく、大風はげしく、猛火(めうくわ)煙(けふり)をまいてふせぎとめられぬに相(あい)きはまり、大事の御用の道具(だうぐ)は悉(こと%\)く除(のけ)しに、いかゞ仕(し)たりけん、別(べつ)して御秘蔵(ごひざう)の達磨(だるま)の絵のかけ物一ふく、御殿(てん)の床(とこ)にかゝりしを、其まゝにて取わすれ、殊外おしみ給ひ、御きげんあしく見へたまへば、近習(きんじう)のめん/\手足をにぎり、

「いまだ御てんへは焼(やけ)かゝり候まじ。兼(かね)て人の及ばぬ御用を達(たつ)すべきよし申罷有候へば、彼(かの)新参(しんざん)もの二人に仰付られ、へんじもはやく取につかはされ、しかるべき」

よし申上る。ゆうさい、実(げに)もとおぼし召(めし)、彼(かの)兄弟を御(ご)ぜんへめされ、

「今一度御屋しきへ行(ゆき)、若(もし)あやふからずば、取来るべし。しぜん御てんへ火かゝりなば、かならずさう/\帰るべき」

よし。二人は上意をかしこまり、息(いき)をはかりにかけ付て見れば、たゞ今御殿(ごてん)へもえ付(ル)体(てい)。うしろの門をのりこへて、ほのほけふりの中をくゞり、やう/\御てんへ入ぬれば、屋根(ね)は一まいに、めう火なれども、いまだ下へは火ももれず。かのだるまの絵つゝがなく床(とこ)にありしを、早速(さつそく)はづし、くる/\とまき、羽織(はをり)につゝみ出んとすれば、もはや十方焼(やけ)ふさがり、終(つい)に二人はやけ死ぬ。

 火しづまりてのち、さう/\灰(はい)をのけさせ、彼(かの)死(し)がいを見せさせ給へば、兄がてにかけ、弟(おとゝ)の首(くび)を討(うち)、咽喉(いんこう)をくり、腸(はら)わたを引出し、彼(かの)かけ物を羽(は)おりにまいて、其跡(あと)へおしこみつゝ、おのれははらを十文字に切、其口を引あけ、弟のむくろを我腹の中へおしこんで、いだき付て死し居(い)たり。掛(かけ)物を引出し見れば、よく/\はをりにまきしゆへ、絵にはのりもつかざりしが、左右(さゆう)上下の縁(へり)すこしづゞ血(ち)にそまれり。

 誠に二人がいさぎよきしわざ、武士(ぶし)の鑑(かゞみ)なるべきはたらきなれば、殊外御感(かん)あつて、絵(ゑ)よりは深(ふか)くおしみ給ひ、血(ち)に染(そみ)たる掛物(かけもの)を、わざと御しゆふくもくはへられず、かの兄弟が上下着(き)て、此絵を守護(しゆご)するていを絵ざうにうつさせ、ともに三ふく一対(つい)とし、細川(ほそかは)の家(いへ)の血(ち)だるまとて、御家(いへ)の宝(たから)物となり、今に御秘蔵(ひざう)なさるゝよし。

 戦場(せんじやう)に先(さき)をかけ、死(し)をあらそふは、もつとも武士(ぶし)のつねなれども、事急(きう)成めう火の中にて、此絵をすくひしはたらきを<挿絵見開き1丁>おもへば、智(ち)あり、忠(ちう)あり、勇(ゆう)有て、漢(かん)の起信(きしん)が高祖(かうそ)の為に栄陽城(ゑいようじやう)のかこみをとき、楚(そ)の項王に焼(やき)ころされしも、中/\これには及べからず。

  現業(げんごう)の報(ほう)

  仏(ほとけ)善巧(ぜんけう)方便(はうべん)して、六種(しゆ)の群類(ぐんるい)を度(ど)し、衆生三世の因果(いんぐわ)を信(しん)じて、捨悪(しやあく)修善(しゆぜん)のこゝろざしをなす。誠に仏法流布(るふ)の御代とて、老(をい)たるも病者(べうじや)もいとけなきもかた輪(わ)も、畳(たゝみ)の上にて定業(でうごう)の寿命(じゆめう)をつくすは、あり難(がた)かりける事どもなり。世に生死(しやうじ)のおきてなく、人にゐんぐわのおしへなくんば、つよき盤(は)よはきをしのぎ、長きはみじかきをまき、さかんなるはおとろへたるをあなどり、智(ち)あるはおろかなるを欺(あざむ)き、たがひにあらそひ、互(たがひ)にうばい、世は皆(みな)盗(ぬすびと)のよりあひにして、すなをに商(あきない)をし、職(しよく)をいとなみ、耕作(かうさく)をなすものはあらじ。農工商(のうこうしやう)のそれ%\の家業(かげう)をいとなみ、さいしを養(やしな)ひ、親(おや)へ孝行(かう/\)をつくし、他人(たにん)をうやまひ、おのれを慎(つゝし)み、ほしけれどもぬすまず。おしけれどもてばなして、道(みち)に背(そむ)ける欲(よく)をおもはず。あるひはひきやくに渡(わた)して江戸へ遣す金銀(きん%\)もとゞき、大廻(まは)りにつんで長崎(ながさき)まで下す荷物(にもつ)も、おくり状一枚(まい)にて慥(たしか)にとゞくは、みな人ゐんぐわを知(し)り、欲(よく)をおさへ、我まゝをせぬによれり。儒仏(じゆぶつ)のおしへ立(た)ち、天下泰平(たいへい)にして、然(しか)も天道(てんたう)も立、因果(ゐんぐわ)も立り。さればゐんぐわの理(り)は、人物(ひともつ)いひてたがひに応対(をうたい)するがごとし。

 さんぬる貞享(でうけう)年中、芸州(げいしう)広嶋(ひろしま)に大坂や休円(きうゑん)とて、うとくなる禅門(ぜんもん)、実子(じつし)一人有て、然(しか)も男子なりしが、いさゝか心にいらざりけるにや、十三の年かんだうしけるを、いまだよう少なれば、たとへいかやうの不孝(かう)あればとて、かん当(だう)とはがてんゆかず。ずいぶんきびしく仕付(しつけ)をして、行義(ぎやうぎ)を直(なを)させ給へ。我/\もともにいけんをくはへ、けう後(こう)は放逸(ほういつ)なる心も止(やめ)させ、てならい学問(がくもん)をも情(せい)出して、とかく何やうの事成とも、おや達(たち)の御意を背(そむ)かせ申まじきよし、一もん中いろ/\わび事すれども、彼(かの)禅門(ぜんもん)曽てせうゐんの色なく、終(つい)に他人(たにん)を養子(やうし)にして、それに嫁(よめ)を迎(むか)へ、一せきをゆづり、夫婦(ふうふ)ともに法体(ほつたい)をして、うき世のせ話(わ)をのがれ、殊にぼだい心ふかく、不断(だん)参り、下向を所作とし、

「尤実子(じつし)に縁(ゑん)はうすけれども、誠(まこと)に入まいのよき老(をい)の果報(くわほう)」

と、人是をうらやみぬ。

 然るに、彼(かの)かんだうを受(うけ)し実子(じつし)を、暫(しばら)くは親類(しんるい)中にかくまい置(おき)しが 、ぜんもんことの外腹立(ふくりふ)せらるゝにつき、蜜(ひそか)に江戸へ下し、かさねて、

「きげんの直(なを)るまで時節(じせつ)を相まち、勘気(かんき)をゆるさせ申やうに」

と、だんがう極め、慥成便(たより)を求(もと)めて江戸へ下しおきぬ。

 しかるに、此もの成人(せいじん)するにしたがひ、親のこゝろに背(そむ)き、かく一生かんだうを請て、不孝(かう)の罪(つみ)を得し事をざんぎし、終(つい)に江戸にて出家をとげ、学もん情(せい)を出(いだ)し、よき法師(ほうし)となりて、おり/\国への便に、さま%\わび事のふみをのぼせ、

「仏は父母恩重経(おんぢうけう)をときたまひ、聖人(せいじん)は、『刑(けい)のたぐひ三千罪(つみ)ふかうより大(おゝ)ひ成(なる)はなし』と、いましめ給(たま)ふ。わたくし幼少(えうせう)にて御きげんを背(そむ)き、不孝(かう)の身となりし事を後悔(こうくわい)し、せめては、『一子出家すれば九族(きうぞく)天に生ず』とかや承(うけたまは)り、棄恩入無為(きおんにうむい)、しんじつほうおんしやの身と罷成、二親のぼだいをとひ参らせ、御おんをおくりまいらせ候、あはれ御かんきを御ゆるし、老少(らうせう)不定(でう)のしやばにて候へば、御存命(ごぞんめい)の内、今一度たいめん仕たきよし、経文(けうもん)を引、神妙(しんべう)成ふみどもたび%\のぼせ、おり/\は、

「御明(みあか)しにしたまへ<挿絵半丁>かし」

とて、文にすこしづゝ実(み)を入てもおくりしが、いかゞしたりけん、此法師(ほうし)、江戸にて仕(しあわせ)よく金銀をため、京都(と)へりん旨(し)をてうだいに上るよしにて、広嶋(ひろしま)へ来り、おぢ・伯母(をば)・従弟(いとこ)・諸親類(しよしんるい)にたいめんすれば、いづれもよろこび、

「両親(れうしん)ももはや老年。二人共につゝがなき内に、片時(へんじ)もはやくたいめんさせ度おもひしに、よき折ふしの御のぼり、定(さだめ)て親達(おやたち)にも久/\にてのたいめんなれば、さぞ満足(まんぞく)におもはるべし」

とて、禅門(ぜんもん)へ其通([と]をり)をいへば、禅門(ぜんもん)にが/\敷(しく)

「ぞんじともよらぬ事。たとへ出家(しゆつけ)となり、いか程(ほど)出(しゆつ)せいたし候とも、昔(むかし)かれをかんだうせし時、今生(こんじやう)にて再(ふたゝ)び対(たい)めん仕るまじき旨(むね)、かたく仏神(ぶつしん)へちかひを立おき候(そふら)へば、おもひともよらず」

と申せしを、一もんはいふにおよばず、隣家(りんか)の町人まであいさつに入、

「それはあまりかた過(すぎ)たる御分別(ごふんべつ)。その時はやう/\十三歳の時(こと)なれば、よいがよいにも悪ひあしひにもたゝぬ、東西(とうざい)不知のおさなごなり。今不孝(かう)の心をあらため、殊(こと)に出家(しゆつけ)して、あまつさへ正(たゞ)しければこそ、自身(じしん)出(しゆつ)世して長老(てうらう)にまで成たまふ。況(いはんや)出家(しゆつけ)は仏(ほとけ)のかたちなれば、仏(ほとけ)を子に持(もち)給ふ事、此うへの悦(よろこ)びあるべからず。ぜひとも不教(ふけう)をゆるされ候へ」

とて、理(り)をつくして親父(おやぢ)をいけんし、しかと得心(とくしん)せざれども、無理(むり)におさへて彼(かの)僧(そう)をよびよせ、親子(おやこ)たいめんの盃(さかづき)をさせければ、禅門(ぜんもん)ぜひなく、又おや子の縁(ゑん)を結(むす)んで、さすがおんあいの因果(いんぐわ)なれば、貌(かほ)を見てから忿(いかり)の心もやみ、四五十日とゞめてさま%\もてなし、其のち彼(かの)ほうしはまた別(わか)れて江戸へ下りぬ。

 しかるに、それより百日あまりを経(へ)て、彼(かの)禅門(ぜんもん)久円(きうゑん)を大事のめし人(うど)のよし、江戸より御たづねあそばされ、夫婦(ふうふ)共(とも)に江戸へ御めし被成(なされ)候ゆへ、何(なに)ともがてんゆかざれば、

「さだめて人たがへにてあるべし」

と、近所(きんじよ)の者(もの)もさたし、勿論(もちろん)一もんけんぞくは、なを以(もつ)て科(とが)の品(しな)をしらず。国(くに)においてもふしんながら、御せんぎを遂(とげ)られ、

「身に覚へなくば、江戸にて首尾(しゆび)よく申分(わけ)仕、罷帰(かへり)候やうに」

とて、夫婦(ふうふ)ともにきびしき篭輿(らうごし)に入れ、大事(だいじ)の科(とが)人なればとて、宰料(さいれう)もあまた付られ、

「自然(しぜん)、道にてわづらふ事もや」

と、医(い)しやまでをそへ、道中(だうちう)は宿次(しゆくつぎ)に人足五十人づゝかゝり、所(ところ)/\の地頭(ぢとう)より与力(よりき)同心(どうしん)数(す)十人にて、其領分(れうぶん)を通(とを)る間、彼(かの)召人(めしうど)をけいごし、其きびしき事いふばかりなし。

 一もん親族(しんぞく)此体(てい)を見て、

「これは不慮(りよ)成さい難(なん)、さりながら天道(とう)誠(まこと)をてらしたまへば、すこしもきづかいし給ふな。科(とが)なき段(だん)を申ひらき、やがてめで度(たく)帰りたまへ」

禅門(ぜんもん)、

「いや左(さ)にはあらず。江戸より遙(はる)%\めさるゝ事に、何か卒爾(そつじ)のあるべきぞ。思ふに、彼(かの)いつぞやのぼりしほうしが勘気(かんき)をゆるし、おやこのちなみをなしけるゆへ、さだめて天下に並(ならび)なき程(ほど)の大悪事(あくじ)を仕出(しいだ)し、其わざはひが三族(ぞく)に及(およ)び、親(をや)なればかく御たづねなさるゝと覚(おぼ)へたり。江戸へ下(くだ)つて万に一つも助(たすか)りはせじ。これがおの/\への今生(こんじやう)のいとまごひ、かならず悔(くやみ)給ふべからず。とても我身(わがみ)はころさるゝ命(いのち)、いづれもへさんげの為(ため)、因果(いんぐわ)の道理(だうり)ののがれ難(がた)き、慥(たしか)成せうこを語(かた)りきかすべし。是(これ)にて我(が)をおり、おの/\にも悪心(あくしん)あらばやめたまへ。

 我(われ)わかき時、悪性(あくしやう)の数(かず)をつくし、大坂にておやより譲(ゆづ)りの金銀(%\)家財(やざい)を残りなくつくしあげ、諸(しよ)しん類(るい)にもうとみ果(はて)られ、身のおき所のなきまゝに、友達(ともだち)どものあわれみをもつて、僅(わづか)の路(ろ)銭を用意(ようい)し、一まづ身上(しんしやう)かせぎの為(ため)江戸へ下(くだ)つて、十年あまりの光陰(くわういん)をおくりしが、其内(うち)に仕合(しあわせ)わ<挿絵半丁>ろく、一銭(せん)のたくはへも不出来(できず)。あまり故郷(こきやう)のなつかしさに、今一度大坂へ帰り度、路銭(ろせん)なければ中仙道(せんだう)より袖ごひをしてのぼりしが、信州(しんしう)の山中において、今俗(ぞく)にいふ高野(かうや)ひじりの商人(あきんど)法師(ほうし)、東国へ下り、荷物(にもつ)のこらず売しまひ、たゞ今都へ帰ると見へて、明(あき)たるおいを道のかたはらにおろし、前後(ぜんご)もしらずふし居ければ、我心に悪心(あくしん)おこり、誠や此商人聖(ひじり)は大ぶんの荷物を仕(し)入れ、国/\をめぐつて、みやこへ戻(もど)る時には其銀(かね)をはだにつけて居(を)るよし、我此まゝにて大坂へ帰り、元(もと)手なければ何を商(あきな)ふべき志学(しがく)もなし。いざや此ほうしをころし、彼(かの)銀(かね)をうばひとらんと、前後を見れば、おりふし二里三里の内には往来(わうらい)の人かげも見へず。

『よき首尾(しゆび)なり』

と、かたなを抜(ぬい)てまくら元により、既(すで)にころさんとせしが、よく/\おもへば、

『ぬすみは不義(ぎ)の第一。其うへに人をころし、あまつさへ出家といひ、科(とが)にとがを重ね、重罪(ぢうざい)に五逆(ぎやく)をつんで、たとへ長者になればとて、未来(みらい)の程(ほど)もおそろしし。よしや大坂へ帰り、たとへ袖(そで)ごひをせうとも、今生(こんじやう)は僅(わづか)の間、それからそれまでのしやば』

と明(あき)らめ、ぬいたる刀(かたな)をさやへおさめ、まくら元を立のきしが、能(よく)/\思へば、

『江戸に十年余(よ)の星霜(せいさう)をおくり、大坂にていにしへの親(した)しき友(とも)もうとふなり、諸(しよ)親(しん)るいとは久しくちなみを断(たち)ぬれば、せつかく此たびのぼりても、立よるべき心あての宿(やど)もなし。いや/\是は天のあたへ。切ころして銀を取ん』

と、又立帰り、寝貌(ねがほ)を見れば、いかにしても後生(ごしやう)の程(ほど)のおそろしさに、念仏申、あく心をやめ、それより十町ばかりあゆみて、道(みち)すがらおもへば、

『どうでも此銀(かね)をぬすまいでは故(こ)きやうへも帰られず』

と、又引戻(もど)すうしろ神に、

『よしや未来(みらい)は無間(むけん)ならくへも落(をち)ばおち、不便(びん)ながらもかれを殺(ころ)し、これを元手(もとで)にかせぎふやし、追善(ついぜん)にて此おんをおくり、未来のつみをもかろくせん』

と、また立帰り、やうすを見れば、いまだほうし目をもさまさず、よねんなく臥(ふし)居(い)ければ、はるか脇(わき)より目をふさぎ、はしりかゝつて切付しに、あやまたず大けさにかゝり、乳(ち)の下まで切下(さげ)たり。其時(とき)ほう師(し)むく/\とおき、眼(まなこ)を見ひらき、一目にらみし其ありさま、身(み)の毛(け)もよだち、五体(たい)もすくみて、絶(たへ)入程におそろしかりしが、終(つい)に深(ふか)手なればうごきもやらず。見て居(い)る内にいきたへしかば、立よりてはだをさぐり、三十五両の金子をとり、大坂へ上り、安堵(あんど)をすへて、商(あきな)ひも仕合(しあはせ)よく、だん%\にかせぎふやして、今の女房(にようぼう)と夫婦(ふうふ)の語(かた)らいをなし、一人の子(こ)を設(もうけ)しに、彼(かの)昔(むかし)道中にてころせしほうしの形(かたち)にすこしも違(ちが)はず。成人(せいじん)する程、よく/\似(に)ければ、我因果(いんぐわ)にて彼(かの)ほうしの子と生(うま)れ来たる事を知(し)り、恐(おそろ)しく思ひし所に、十三の歳悪(わる)させしを呵(しか)りければ、少(ちいさ)き眼(まなこ)を見(み)ひらき、我をにらみ付たるありさま、彼(かの)聖(ひじり)のさいごににらみたるに少(すこ)しもかはらず。其おそろしさいふ計(ばかり)なく、追付(おつつけ)我命をとらん事をおそれ、何とぞ親子(おやこ)の縁(ゑん)を切度、かんだうを致(いた)せしかども、因果なればのがれなく、勘当(かんだう)をゆるすやいなや、今かやうのあたをなせり。

 先日たいめんの時、成人の像(かたち)をみれば、法しとなりてみぢんも違(ちがひ)ひ<ママ>し所なく、いにしへ殺(ころ)せし聖(ひじり)なれば、我二目と得見ず。眼(まなこ)をふさいであひしなり。此度江戸へめさるゝは、待(まち)もうけぬる因果(いんぐわ)のむくひ」

と、覚語(かくご)を極(きわ)め下りしが、あんのごとく謂(いひ)しに不違(たがはず)、彼(かの)ほうしが重罪(ぢうざい)をおかし、三族(ぞく)を御成敗(ごせいばい)にてしらが首(くび)を討(うた)れしと也。

金玉ねぢぶくさ五終

金玉ねぢぶくさ巻之六

  里見義弘(さとみよしひろ)武(ぶ)を悟(さとり)し因縁(ゐんゑん)の事

 人はおのれを知(しつ)て、不出(でず)不入(いらず)に身をおこなへば、万事について過(あやまち)なし。出過(ですぎ)たるを奢(おごり)とし、たらざるを無礼(ぶれい)とし、分ざいに相応(さうをう)せねば、過てもよからず、たらぬも悪(あし)し。「先王(せんわう)の法服(ほうぶく)にあらざれば、あへて不服(ふくせず)、せんわうの徳行(かう)にあらざれば、敢(あへ)ておこなはず。先王の法言(ほうげん)に不在(あらざれ)ば、あへて不言(いはず)」

と、孔子(こうし)も誡(いま)しめ給ひしなり。

 一年(とせ)、阿房(わ)の国里見義弘、りん国の敵(てき)とたゝかひ、後に和睦(わぼく)して、異国(いこく)の会盟(くわいめい)をまなび、たがひに国ざかいへ出会(であい)、向後(けうこう)意(い)しゆあらざる旨(むね)をちかはんとす。我におとらぬ郎等四五人従(したが)へ、既(すで)に城下(じやうか)を離(はな)るゝ事三里(さんり)にして山あり。谷を隔(へだて)てこなたなるそば道(みち)を通るに、いづくともなく臥長(ふしたけ)十丈斗の大蛇(じや)一疋あらはれ、大きなる牛(うし)を見付て、終(つい)に追(ぼつ)つめ、引まとひ、たゞ一口に飲(のみ)ぬ。

 人/\おどろき、

「あらすざまじのありさまや」

と、暫(しばら)く馬をひかへて詠(ながめ)居(い)ければ、彼(かの)大じや牛をのみしまいて、下なる谷へ下る。さがるにしたがひ、大蛇(じや)の形(かたち)次第にちいさふなり、とんと谷底(ぞこ)へ落(おり)ては、やう/\一尺ばかりの小蛇(へび)となり、草(くさ)むらへかくれんとす。しかるに、空にて鳶(とび)一疋まいしが、此へびを見てつつと下り、蛇を引かけ、二町ばかりあなたなる辻堂(つじだう)のやねにて、たちまちに引さき喰(くら)ひぬ。

 人%\おどろき、

「是たゞ事ならず」

と、不思議(しぎ)のおもひをなしければ、よしひろ申されけるは、

「されば此大じやの、始(はじめ)十丈の形の時は、大きなる牛をだに呑(のみ)しが、変成(へんぜう)諸形(しよげう)の通力(つうりき)は得ながら、今一尺の小蛇(へび)となりては、とびをだに制(せい)する力なし。されば蛇(じや)のみにかぎるべからず。人も大身小身の品あつて、身体さう応(をう)の威(い)をかゝやかし、大身なれば大身の力を用ひ、小身なれば小身の力を尽(つく)す。爰を以て、大象(ざう)兎径(とけい)にあそばず、らん鳳(ほう)けい雀(じやく)と群(ぐん)を同( おなじ)ふせずといへり。

 然るに、我今日会(くわい)めいなればとて、小ぜいにて敵(てき)におもむく。是大じやの小蛇(へび)と成て叢(くさむら)に遊(あそ)ぶがごとし。さだめて氏神(うぢがみ)八幡大ぼさつの武運(ぶうん)を守り給ふ御示現(ごじげん)なるべし。若(もし)敵(てき)と参会(さんくわい)して、一旦(たん)事の変(へん)あらば、小ぜいにて如何すべき」

と、それよりいづれも取て帰し、二度会(くわい)めいに出ざりしとかや。

 誠に大名は大名の行義(げうぎ)をくづさず、居(を)る時は邦境(ほうけう)を守り、行時(ゆくとき)は行列(げうれつ)を備(そな)へ、軍(ぐん)には紀律(きりつ)を示(しめ)し、陣(ぢん)には隊伍(たいご)を調(とゝの)へ、武(ぶ)をはり、威(い)をかゝやかして、盗賊(たうぞく)をおさへ、乱(らん)をしづめ、其国を安泰(あんたい)にして<挿絵見開き1丁>こそ、其家は久しかるべし。若(もし)おのれをしらずして、武家(ぶけ)は公家(くげ)のまねをし、百姓(せう)が侍(さふらい)のまねをすれば、両方ともに礼(れい)にかなはず、終(つい)には家を失(うしな)ひ身をほろぼすに遠(とを)からず。

 とかく、出家(しゆけ)は/\、町人は/\、山伏(ぶし)は/\、いしやは/\と、それ%\の風俗(ふうぞく)を守り、聖人(せいじん)のおきてに背(そむ)き給ふべからざるものか。

  箕面(みのを)の滝(たき)は弁才天(べんざいてん)の浄土(じやうど)

 摂州(せつしう)箕面山(みのをさん)は、ゑんの行者(げうじや)の開基(かいき)、本尊(ほんぞん)は弁才天女、山は峨(が)々として巻石(けんせき)峙(そばだ)ち、滝(たき)はたう/\として布をさらせり。行者(げうじや)びん究(ぐう)無福(ふく)の衆生のために弁才天を祈(いのり)たまへば、八臂(ひ)の天女出現(しゆつげん)まし/\、江州(ごうしう)竹生(ちくぶ)嶋、かまくらの榎(ゑ)の嶋、あきのいつくしま、紀州(きしう)の天の川、ともに日本に五ヶ処(しよ)の天女ちん座の霊地(れいち)なり。

 抑(そも/\)弁才てんの利益(やく)をたづねたてまつるに、本地は十一面(めん)観音(くわんおん)、垂跡(すいじやく)を宇賀神(うがじん)将王(わう)とあらはれ、ふく徳(とく)、寿(じゆ)命、弁才、あいきやうをつかさどり、二世の悉地(しつち)を得せしめ給ふ。十五童子(どうじ)三万六千のけんぞく有て、この尊(そん)しん%\の衆生を守り、どん欲(よく)、きかつ、障碍(せうげ)の三悪神(あくじん)を降伏(がうぶく)まし/\、悪事さい難を払(はら)ひたまふ。爰(こゝ)を以て、此天(てん)信迎(しんがう)の輩(ともがら)は、軍(いくさ)は宝鉾(ほうむ)の御てを借(か)り、富貴(ふうき)は金財童子(こんざいどうじ)の御請取、けんぞくは従者(じゆしや)童子のうけ取、酒やは酒泉(しゆせん)どうじ、百姓はたうちう童子、智恵(ゑ)は印鑰(いんやく)童子、舟持(もち)はせん車(しや)どうじ、問(とい)やは牛馬(ぎうば)どうじ、遊女(ゆうぢよ)申楽(さるがく)はあい敬(けう)どうじ、学問手跡(がくもんしゆせき)の望(のぞみ)は、筆硯(ひん<ママ>けん)だうじ守りたまふ。されば士農工商(しのうこうせう)の輩(ともがら)、いづれか此天の利益(やく)を蒙(かうむ)らざらん。爰を以て一度此尊に帰するともがらは、定業(でうごう)の貧(ひん)をてんじ、当来(たうらい)にては無三悪しゆの御願を蒙(かうふ)る。およそ諸仏(しよぶつの)悲願(ひぐわん)まち/\なれども、さいど利生の方便(はうべん)、わけていちじるきは、大梵(ぼん)光明(くわうめう)如意満誦(じゆ)福徳てん地無上こくう天満じざい王てん女十五童子の御本ぜいに極(きはま)れり。されば弘法大師のさいもんにも、諸仏(しよぶつ)の大事は与楽(よらく)を本とし、衆生の期(ご)する所は福徳を極(ごく)とする。さつたの六度も宇賀(うが)の福田におこり、菩薩(ぼさつ)の万行(ぎやう)も神王(じんわう)の秘蔵(ひざう)より出たりととかせたまふ。たれか是を仰(あふ)ぎ、いづれか是に帰せざらん。

 爰に津国神(かん)崎の住人(ぢうにん)、矢野(やの)四郎右衛門と謂(いひ)し人、親代まで商もはんじやうし、万こゝろの侭(まゝ)なりしが、次第に仕合世におちぶれ、何とぞも一度ふうきをねがひ、定業亦能転(でうごうやくのうてん)の御ぐわんに帰依(きゑ)し、毎年正月七日の富にあゆみをはこび、終(つい)に一の富に突あたりぬ。これよりいよ/\しんがうの首(かうべ)をかたぶけ、同年二月下旬に、礼参りの為(ため)一家の男女のこらずさんけいし、神前において法施(ほつせ)たてまつり、それより奥(おく)の滝(たき)へのぼれば、草木のけしきまでも、実(げに)外(ほか)とは事かはりて、山は箕(み)を学(まな)んで風木の葉(は)を〓(ひ)、滝(たき)はぬのに似(に)て水声(すいせい)碪(きぬた)をうつ。誠に奇(き)なる風景(ふうけい)なり。

 しばらく上の滝つぼのあたりをあなたこなたへ徘徊(はいくわい)して、草を分、わらびを折とて、いかゞはしけん。当年九歳の女子一人、滝つぼへ転(ころ)びこみ、

「やれ/\」

といふ内に、さかまく水に舞入(まいいれ)られて、姿(すがた)も見へずなりにけり。

 夫婦大きにかなしみ、里遠(とを)ければ人をたのみて死がいを上べきやうもなく、其内にはちひろの底(そこ)へしづみつゝ、再(ふたゝ)び影(かげ)だに見へざれば、夫婦上下せん方なく、泣(なく)/\下向し、

「扨も大きなる富だゝり。たとへ御利生にて如何程ふうきになるとても、子を失(うしな)ひて何かせん」

と、明くれ歎(なげ)き、それよりむじやうの心をおこし、

「誠に老(らう)少不定のしやばなれば、さいし珍宝(ちんほう)及(き[う])王位(わうい)、りん命(めう)終時(じうじ)不隋(すい)しや」

と心得、富貴(ふうき)の望もやみぬれば、おのづから家げうもおこたり、次第に身体おとろへ、家もうり、田地にもはなれ、たゝりし富の入れがへもなく、する程の事は仕合あしく、歎(なげ)きの内にも光陰(くわういん)はうつり、はや七年の星霜(せいざう)を経(へ)たり。しかれども、

「貧(ひん)は我(わが)宿習(しゆくじう)のあしさ」

とあきらめ、仏神と恨(うらむ)るこゝろもおこらず、天女(てんによ)しん%\の誠もさめず、明くれしゆ行の功(こう)をつみしが、けふは七回忌(くわいき)の命日なればとて、隣家(りんか)の婦女(ふぢよ)をよび集(あつめ)、こゝろばかりのついぜんをなせしが、ふしぎや庭(にわ)のまん中、三尺四方程うごき出、土龍(どりう)の土を上(あぐ)るごとくに、下よりむく/\とつち起(おき)て、其中より年の程十四五さいの娘一人あらはれ出、身につきたる土をふるへば、人%\おどろき肝(きも)を消(け)し、

「是は如何成わざならん」

と、十方(ほう)へにげちりしが、暫(しばら)くあつて、あるじ夫婦(ふうふ)、近所の人%\あまたともなひ、恐(おそろ)しながら内(うち)をのぞけば、彼(かの)おんな、竃(かまど)のまへに手便(てづから)ちやをくみ、あたりを見みまはし、

「何とておの/\には俄(にはか)に爰を立さり給ひし。今暫(しばら)く語(かた)りたまへ」

と、詞(ことば)をかくる物越(ごし)をきけば、まさしく箕面(みのを)のたきへしづみて相果(あいはて)たる娘(むすめ)なれば、

「さては幽霊(ゆうれい)のあらはれしや」

と、他人(たにん)はいよ/\恐(おそ)れぬれ共(ども)、父母はなつかしく、能(よく)/\見れば、其面(おも)ざし、着物(きるもの)のもやう替(かは)りなく、月日を経(へ)し程成人(せいじん)して、形(かたち)におとろへたる体(てい)も見へず。たとへゆうれいにもせよ、変化(へんげ)にもあれ、我子の姿(すがた)に似(に)し人は、恐(おそろ)しながら嬉(うれ)しさのあまり、側(そば)へ立より、

「さても御身は今此土中よりは、何として出られしぞ。又帰(かへ)るべき中有(ちうう)の魂(たま)か。そなたを失(うしな)ひ、此年月、涙(なみだ)のかはく隙(ひま)もなく、明くれなげき通(とを)せしに、たとへ迷途(めいど)の人なりとも、しばらく此世(よ)にとゞまりて、親のおもひをはらされよ」

と、なみだと共にかきくどけば、娘(むすめ)はけうざめ貌(がほ)にて、

「何、おや達(たち)にはみづからが死(し)せしとや。きのふ箕面(みのを)の御山にて、乳母(うば)や母(はゝ)うへにはぐれまいらせさふらひしより、さてもけつかうなる所へ行(ゆき)、そらには羅(うすもの)の網(あみ)をはり、地には七宝(ほう)の砂(いさご)をしき、銀(しろがね)の山、金の堂塔(だうとう)、こん青(じやう)の川の表に、玉をゑりたる竜龍頭(れうとう)の舟(ふね)数(す)百さう、鼻(はな)を並(なら)べ、錦綉(きんしう)の帆(ほ)をまきかけ、さんご珠(じゆ)の車(くるま)にめなふの櫃(ひつ)をつみ、るりやこはくの牛馬(ぎうば)にかけ、荘(せう)ごん美々(びゝ)敷、あまたの宰料(さいれう)つきたまひ、

『是はなんぢが親の本へおくり届(とゞく)るたからなり。然れども、なんぢが親の過(くわ)この貧業(ひんごう)つよきゆへ、今すこし信心の功(こう)をつみ、宿(しゆく)ごうをはたきつくさせ、おつつけさづけあたゆるなり。はやく帰りて此通(とを)りを親(おや)に告(つげ)よ』

とのたまいしが、あゆむともなくとぶともなく、此庭(には)へ帰りたり。みづから、親の家(いへ)を離(はな)れ、いづくへ帰(かへ)り可申」

といへば、聞(きく)人ふしぎの思ひをなし、彼土中を掘(ほつ)て見れば、上三四尺程は土くづれ、それより下(した)は土(つち)かたく、いづくへ通(つう)ぜし道も見へず。

 扨だん/\に仕合(しあわせ)直(なを)り、あきなひをして、買(かへ)ばあがり、売(うり)たる物はその跡(あと)に下り、耕作(かうさく)をすれば、年に水旱(すいかん)のうれへなく、一茎(けう)九穂(ほ)の五穀(こく)実(み)のり、彼(かの)娘(むすめ)も長命にて、次第にふうきの門(かど)弘(ひろ)がり、病(べう)げん・悪事(あくじ)・さいなんなく、子孫(しそん)はんじやうの家となれり。

 誠に信心(しん%\)けんごなれば、宇賀(うが)のせい約(やく)空(むな)しからず。皆人我宿(しゆく)ごうのあしき事をしらず。そのまゝ願(ねが)ひかなはざれば、還(かへつ)てうたがひをおこし、信心(しん%\)をさますゆへ、御内証(ないしやう)に叶(かな)ひ難(がた)し。富(とみ)だゝりといふ事は、自業(じごう)をはたかせ、あるひは火難(くわなん)、または大ぞん、一度(ど)に過去(くわこ)の余習(じう)をつくさせ、それより富貴(ふうき)をあたへたまふ。難有(ありがた)かりける結(けち)ゑんなり。

        山本(やまもと)勘助入道(にうだう)大度(たいど)の事

 人(ひと)の賢愚(けんぐ)は、其(その)気質(きしつ)の清濁(せいだく)にわかれたる所、既(すで)にそれ%\の天命(てんめい)を受(うけ)ぬるうへはぜひもなし。其中に智(ち)ある人はいふに不及(およばず)。たとへおろかなりとても、日(ひ)ごろ能(よく)たしなみて、事(こと)に当(あたつ)て物に動(どう)じぬは其身の一徳(とく)なり。

 武田信玄(たけだしんげん)の家老(からう)山本勘介入道(にうだう)道喜(どうき)、登城(とうじやう)せしるすに、上(かみ)だい所のいろりに居(す)へたる五とく、おのれとうごき出て、一家の男女おどろき、城(しろ)へ人をはしらせて、道喜(だうき)に其通を告(つげ)ければ、道喜(だうき)使(つかい)にとくとやうすを聞(きゝ)、

「帰(かへ)るまでもなし。さやうの事はまゝ有事にて、先はよからぬ事なり。かならずさたなしにして、下/\にもしらす事なかれ」

と謂(いゝ)て返しぬ。

 其身はしん玄(げん)のまへにて、させる用事もなかりしかど、終日(ひねもそ)もの語(がたり)して、やう/\暮(くれ)に及(およ)んでやしきへ下り、彼五徳(とく)の事はたづねもせず、段/\家頼(けらい)の出て語(かた)るを聞(きゝ)、かのうごきし五とくの方へは目もやらず、さあらぬ体(てい)にて其夜はあかしぬ。

 翌日(よくじつ)非(ひ)番なれば、いづかたへも出ざりしに、又五とく動(うごき)出、けふはきのふに増(まさ)り、二つ並(なら)びし五徳二つ共(とも)にうごきて、後にはいろりよりおどり出、其辺(あたり)へ灰(はい)をちらし、不思議(しぎ)なるありさまいふばかりなし。

 道(だう)喜此体(てい)をつく%\と見て、暫(しばら)く思案(しあん)をめぐらし、奥(おく)よりからかねの五徳を取出し、其おどる五徳とならべおきけれども、是は曽(かつ)てうごきもせず。家(け)らいに謂(いゝ)付て、外より又鉄(てつ)五とくを取よせて、右の五徳とならべければ、是も同(どう)ぜんにうごいて、三つ共に暮(くれ)に至るまで<挿絵半丁>おどりやまず。

 入道とくと思案(しあん)して打うなづき、右の五とくを板(いた)に並(なら)べて、奥(おく)の座しきへ直(なを)させければ、三つともにたちまちしづまりてうごきやみぬ。

 扨それより国中の山伏(ぶし)どもをよび集(あつ)め、

「若いづれもが行力にて、是を祈りとめ候事なるまじきや」

と尋(たづぬ)れば、いづれもおのれをかへり見て、請あふものなかりし所に、はるか末座(ばつざ)なる山ぶし一人すゝみ出、

「我ら師匠(しやう)より伝受(でんじゆ)の密法(みつほう)にて、只今までかやうの事をいのり、たび%\きどくをあらはしたる事御座候」

と申す。

「然らば其方祈り申やうに」

とて、屋舗(しき)にとめられ、則(すなはち)かのいろりの間にだんをかまへ、かんたんくだきて祈(いの)りければ、実(げに)行(げう)力の奇特(どく)と見へて、それより五とく忽(たちまち)におどりやみぬ。

 道(だう)喜やがて彼山ぶしをしばらせ、

「なんぢ何とて我屋しきの五徳をおどらせしぞ。ありやうにはく状すべし。若偽(いつわ)りをいふにおいては、たち所に殺害(せつがい)すべし」

と、痛(いた)く責(せめ)られて、山伏申けるは、

「まつたく外の子細(しさい)さふらはず。如此に五とくをおどらせ置(をい)て、わたくし祈りやめ候は、誠に奇代の験者とおぼし召、向(けう)後御帰(き)依に預り、御領(れう)分の山ぶしの棟梁(とうれう)となり、一国を祈(き)たう旦那(だんな)に引請、ふう貴(き)心のまゝ成らん事を欲(ほつ)し、かくのごとく巧(たくみ)しかども、信玄公の御城内(ごじやうない)へはたよるべき縁ござなく、さいはひ君には御家老(からう)の御事なれば、御城内も同ぜんにぞんじ、料(りやう)理人さい藤五兵衛を語らい、能(よく)肥たる磁石(じしやく)の破(われ)をてん上へはさみ、石の性(せい)にて五徳をはたらかせ、我らきたう致候内に、彼磁(じ)石を取すてさせ申やうに相図(あいづ)を極(きわ)め、我ら運(うん)のつたなさは、事ならざる内に方便(てだて)あらはれ、還(かへつ)てぞんじよらぬ御せんぎにあひ、たくみし事もいたづらになり。しん玄公に崇敬(そうけう)せられん事もかなはず。あまつさへ身のわざはひを引出し侍りぬ」

と、ありのまゝに白状(はくでう)せしかば、道(だう)喜懐中(くわいちう)より彼(かの)磁石(じしやく)のかけを取出し、

「其石は是にてはなきか。なんぢが祈祷(きたう)せし内、五兵衛がとらざる先に我是を取れり。さるにてもふしぎの石かな」

とて、彼おどりし五徳をとり出し、二尺三尺間(あい)を置て此石を以て釣上(つりあぐ)れば、漸(やゝ)もすればとび上て、彼石へ吸(すい)つき、力を入てはなたざれば、たやすふははなれがたし。

 殿上(てんじやう)へあげて畳の上なる五徳を吸(すわ)すれば、石の性(せい)はつよし、五とくはおもし。むく/\とおどり揚(あがつ)て、あやしき事いふばかりなし。道喜彼山伏にむかひ、

「定(さだ)めてまだ外に深(ふか)き子細(しさい)あるべし。今兵乱(へうらん)の節なれば、りん国より当城(たうじやう)の虚実(きよじつ)をしらん為、なんぢを以て忍びに入れ、味方(みかた)の備(そな)へを窺(うかゞ)ふなるべし。真直(まつすぐ)に白状すべし」

と、再三がうもんに及びしかども、別(べつ)の子細(しさい)もあらざるゆへ、

「誠にか程つたなき謀(はかり[こ]と)にて、我を欺(あざむ)かんとせし事、蜘蛛(ちちう)のあみに大鳳(ほう)を待、せうめいが海(うみ)を埋(うめ)んとするに等(ひと)し。然れども、千丈(でう)の堤(つゝみ)も蟻穴(ぎけつ)よりくづるゝといへば、常に小事にも油断(ゆだん)すべきにあらず」

と、それより用心猶以てきびしくし、山伏は死罪(しざい)をなだめ、されども、

「国中には置がたし」

迚(とて)、一国を追放(ついほう)しぬ。

 是より道喜、智謀(ちぼう)ふかき人とさたせられて、いよ/\軍も名高く、隣国の人もおそれ侍りぬ。

金玉ねぢぶくさ六終

金玉ねぢぶくさ 巻之七

  豊州専念寺(せんねんじ)の燕(つばめ)の事

 烏啼(からすなき)が悪(わる)ければ、不祝義(しうぎ)の前表(ぜんへう)といみ、いたちが鳴(なけ)ば火にたゝると嫌(きら)ふ。其外鶏(にはとり)の霄(よい)なき、犬(いぬ)の永吠(ながぼへ)、いづれも人のいみ来りし事なれば、さだめて是も子細(しさい)あるべし。かた田舎(いなか)にては、

「燕(つばめ)の巣(す)かくる家は、其年火難(くわなん)にあはず」

とて、もし例年(れいねん)巣(す)くふ家へつばめの来(こ)ぬ年は、いとふ気にかくる事なり。人さへ明日(あす)の身の上の災難(さいなん)はしらぬ事なれど、かれは未前(みぜん)に是をしつて用心深(ふか)く、火事にあふべき家へは一年まへより巣をせぬとかや謂(いひ)つたへしが、げにさる事もあるべし。

 豊前(ぶぜん)の国小倉(こくら)の専念寺といふ禅(ぜん)寺に、毎年きたつて巣をかけ侍(はべり)しが、ある時住持(ぢうじ)つばめを見て、

「なんぢら鳥類(てうるい)なれども、我寺に来つて巣をかくる事他(た)年、然ども其恩(おん)をおもはず、子ども成長(せいてう)して、一たびとびさつて後、又来たる事なし。但し世話(わ)になんぢらを、とこ世の国より来り、又とこよの国へ帰るといへり。されども是も信(しん)じ難(がた)し。若(もし)なんぢ物しる事あらば、重(かさ)ねて其国の印を取きたり、我うたがひをいせしめよ」

と、たはぶれて謂(いは)れしに、誠是を聞(きゝ)入れぬと見へて、翌年(よくねん)又来りし時(とき)、直(すぐ)に持仏堂(ぢぶつだう)へとび行(ゆき)、仏だんに於(おい)て羽(は)たゝきし、何やらん物をおとせしを、取あげて見れば、豆粒(まめつぶ)ほど有て、物種(だね)と見へたり。

 人%\集(あつま)りて評義(へうぎ)すれども、終(つい)に日本の地にて見なれぬもの<挿絵見開き1丁>なれば、何といふ事をしらず。土地(とち)をゑらんで試(こゝろみ)にうへ置ければ、目を出して、毎日づか%\とのび、枝葉(ゑだは)ほこへはびこりて、瓜(うり)のごとくなる菓(このみ)を結(むす)べり。日(ひ)を経(へ)て見事(ごと)に能(よく)じゆくしければ、

「いにしへ、橘(たちばな)の種(たね)もとこよの国より来れり。是もさだめて仙家(せんか)の菓のたぐひなるべし。いざ破(わつ)て賞翫(しやうぐわん)すべし」

とて、人%\あまた集(あつま)り、一つ二つ破(わつ)て中を見れば、中は柘榴(ざくろ)のごとくして、こまかき袋(ふくろ)数千(すせん)にわかれたり。

 皆ふしぎに思ひ見て居(い)る内に、はら/\と離(はな)れ、ちいさき小蛇(せうじや)と化(け)して、おのれとうごき出(いで)、盆(ぼん)にみち、ざしきへ這(はい)出て、せいすべきやうなし。庭(には)に大きなる穴(あな)をほり、彼(かの)木を根(ね)より引ぬいて、彼(かの)穴(あな)へうづみ、其外のへびどもをやう/\集(あつ)め取つくして、一処(しよ)にうづみ、其上へ火をたき、あくをかけ、重(かさ)ねてはへ出ぬやうに葬(ほうふり)ぬ。

 誠に、燕(つばめ)のすむ常(とこ)世の国といふは、仁義(じんぎ)をしらぬ夷国(ゑびすぐに)にて、蛇(へび)を作りて食物とし、国中に小蛇(せうじや)おゝければ、つばめは是をお?それて日本の地に来り、子を健立(すくだて)て、本国に帰ると、俗説(ぞくせつ)にいひ伝(つた)へしも、かやうのためしをおもへばうたがはしからず。されば、今の燕(つばめ)の此種(たね)を取り来たる事、彼(かの)住持(ぢうじ)のたはふれに、

「迚(とて)も、成長(せいてう)して其国へ帰る物を、子ばかり此国にて産(うむ)といふは信(しん)じ難(がた)し。かさねて常世(とこよ)の国より来たるといふせうこを取きたれ」

と、いわれし詞(ことば)を聞入れて、

「我国にては、蛇(へび)に子を取られ、成長(せいてう)しがたきに依(よつ)て、はる%\此国へ来り、御ごやつかいながら、御寺内(ごじない)を借(か)り、子をそだてゝ帰候。其子細(しさい)は是を見て知りたまへ」

といふ事なるべし。

 誠に、人間鳥獣(てうじう)、境(けう)界かはり、其詞(ことば)は通(つう)ぜざれども、物をかんずる心法(しんほう)は、かれと是とかはる事なし。爰を以(もつ)ておもへば、猟師(れうし)の燕?〓(つばめ)をとる心は、彼国の蛇心(じやしん)なるべし。一切(さい)有情に仏性(ぶつしやう)有事を知て、皆人せつしやうを慎(つゝしみ)たまへ。

  蛙(かへる)も蛇(へび)を取事

 もろこしには、ちんといふ鳥(とり)有て、一さい有情の大毒(どく)なれば、一日に千里(り)をはしる猛虎(もうこ)も、僅(わづか)雀(すゞめ)ほどなるちんを恐(おそ)れて、竹の林を城くはくとせり。竹はまたちんのため大毒にて、薮(やぶ)ある上(うへ)をとびぬれば、おのれと落(おち)て死するとかや。此鳥、江におりて水を飲(のめ)ば、一切諸鳥毒あらん事をおそれて其水をのまず。山より犀(さい)といふけだもの出て、又其水を飲(のみ)ぬれば、毒(どく)を消(せう)せん事をはかつて、それより諸鳥(しよてう)ものむとかやいひ伝(つた)へ侍り。

 しかれども、それは見ぬもろこしのさた。近(ちか)くは蛇(へび)・蛙(かわづ)・蝸牛(くわぎう)の三敵(かたき)とて、かへるは蝸牛(くわぎう)をとり、蝸牛(くわぎう)はへびを害(がい)し、蛇(へび)は蛙(かわづ)を取る事、草(くさ)うつ童子(わらんべ)まで皆人のしれる所なり。

 ある人の庭(てい)ぜんにあれたる泉水(せんすい)あり。水の汀(みぎは)に、あやめ・まこも生(おい)茂(しげり)たる中に、へびあまた集(あつま)り、彼(かの)泉水にのぞんで、毎日蛙(かへる)を二つ三つとらぬ日もなく、見るに気の毒(どく)なれども、何(なに)とせいすべきやうなく、一切(さい)有情(うじやう)のそれ/\の業(ごう)をはた/\事をかんじて暮(くら)しぬ。

 然るにいつぞのころより、蛇(へび)おゝく死して、池(いけ)の辺(ほとり)に、からあまたわだかまれり。何にとらるゝ体(てい)も見へねば、ふしぎの事に思ひしに、ある夕ぐれ、いづくともなく、三足なる蛙(かわづ)一疋(ひき)とび来て、水の汀(みぎわ)なる薄(すゝき)の影(かげ)にてしきりに鳴(なく)。其声(こへ)をきいて筑(つき)山の岩(いわ)のはざまより、大きなるへび一疋(ひき)はい出て、此蛙をとらんとす。蛙(かへる)は鳴(なく)に正根(しやうね)を入れて、後(うしろ)へ蛇(へび)の臨(のぞむ)事をしらず。上(うへ)なるちんより是(これ)を見て、気の毒(どく)さに、へびをおいのけ、蛙(かわづ)を助んと下(した)へおりける、其間に、蛇(へび)とびかゝつて蛙に喰(くい)付ぬ。

 さては、もはやとられぬとおもひ、其まゝにして上(うへ)より詠(ながめ)居(い)ければ、しばらく有て、彼(かの)へびは死(し)し、蛙(かへる)は還(かへつ)てつゝがなく外(ほか)の所へ飛(とび)ゆきて、又元のごとくに鳴(なく)。

 しかる所に、此声(こへ)をきいて、いづくともなく、又少(ちひさ)きへびはひ出て、そろり/\とねらいより、あいちかく成て、彼(かの)かへるにとびかゝり、既(すで)に喰(くら)ひ付所を、かはづ居直(いなをつ)て、まへ足をあげ、へびのあぎとを討(うち)けるが、此蛇(へび)したゝかておいたる体(てい)に見へて、のびちゞみくるしげにのたれ廻(まはつ)て、終(つい)に死(し)せり。かへるは、別(べつ)の子細(しさい)なく、又外(ほか)へのきてまへのごとくに鳴(なく)。

 あるじ何ともふしんはれず。

「大きなる蛙(かへる)の少(ちいさ)きへびにとらるゝはつねの事なり。然るに此蛙はちいさくして、大きなるへびをとれり。但(たゞ)し三足(そく)の蛙(かへる)は、足(あし)に子細(しさい)がな有か」

と、立よりて見れば、三足にはあらず。常(つね)の四足(そく)の蛙(かわづ)成りしが、足(あし)に少(ちひさ)き蝸牛(なめくじり)をはさみて、三足(ぞく)にてとびあるき、へびのとびかゝつてくい付んとする時(とき)は、彼(かの)なめくじりをまとひたる手(て)をのべて、へびのあぎとへさしこむ。へびは貪(むさぼ)りの心(こゝろ)深(ふか)く、とび付やいなや、跡先(あとさき)をかへり見ず、いづくにもあれ細(ほそ)ひ所へ、早速(さつそく)くらい付、此毒にあたり死すると見へたり。

 窮鼠(きうそ)還(かへつ)て猫(ねこ)をかむと世話(わ)にいひ伝(つた)へしが、されば今のかわづも、あまりへびにとられ、せん方なさに、中間にて大ぜい評義(へうぎ)し、一疋(ひき)智勇(ちゆう)備(そなは)りたる蛙(かわづ)、此謀(はかりこと)を用ひ、あまたのかへるの死をすくふと見へたり。

 国(くに)は国主(こくしゆ)のまゝ、天下は天子(し)のまゝなれども、上(かみ)道(みち)を失(うしな)ひ、餓(うへ)たる民(たみ)をあはれまず、しいせたぐる事つよければ、ひ馬(ば)鞭(べん)すいをおそれずとて、やせたる馬(むま)に重荷(おもに)をおふせて、おへどもゆかぬごとく、民(たみ)も国の仕置(しおき)を用ひず。かへつて法度(はつと)を背(そむ)<挿絵半丁>き、右の馬(むま)の鞭(むち)をおそれざるやうに、きびしき成敗(せいばい)をもかへり見ず、不義(ぎ)をおこなひ、盗賊(たうぞく)をなして、国天下を乱(みだ)せし事ども、和漢(わかん)両朝(れうてう)に其ためしおゝし。

 かやうの事を鑑(かんが)み、一人の栄花(ゑいぐわ)の為(ため)に衆(しゆう)を害(がい)せぬやうに、下(しも)をあはれみ、仁政(じんせい)を施(ほどこ)したまはゞ、国家(こくか)は万/\世に至(いた[る])まで長久ならざらん物か。

        伊吹(いぶき)山の水神(すいじん)

 江州(ごうしう)伊吹山(いぶきやま)には百草(さう)あつて、いにしへより端午(たんご)の朝(あした)、皆人山に分(わけ)入、和薬(わやく)をもとむ 。

 守(もり)山の宿(しゆく)に、玄仲(げんちう)とて医者(いしや)あり。ある時(とき)薬草(やくさう)を求(もと)むとて、彼山へ入りしに、いづくともなく猿(さる)一ひき来り、裾(すそ)をくはへて引ければ、玄中こゝろにおもひけるは、

「さだめて世につたはらざる名草(めいさう)有て、是を知(し)らしめんため、かくはするならん」

と、猿(さる)の道引かたに行ば、遙(はるか)おく山に至(いたつ)て、一つの洞(ほら)のまへに数(す)十疋(ひき)のさる群(むらが)り集(あつま)れり。見れば、其中に一ひき妻猿(めさる)あつて、たゞ今さんにのぞめり。しかれども、難産(なんざん)ゆへ、これをすくへとて、我を迎(むか)へしと見へたり。をりふし、懐中(くわいちう)にさんの薬并にはやめを所持(しよぢ)しければ、是をあたへしに、事ゆへなく、早速(さつそく)平(へい)さむしたり。玄仲(げんちう)それより立帰らんとするに、来りし道をわすれしかば、彼(かの)さるに迎(むか)ひ、

「是より里に出る道をしらず。なんぢ我を迎(むか)ふる智恵(ちゑ)あり。我を道びいて、始(はじめ)のごとく里までおくり返(かへ)せ」

といへば、始迎(むか)へに来りし猿(さる)、立て送(おく)らんとす。既(すで)にわかるゝに及んで、中にも古(ふる)きさる、座を立、難(なん)ざんをすくひし恩(おん)を謝(しや)すると見(み)へて、一つの香ばこの口を能(よく)ふうじたるを取出し、玄中にあたへて、かならず口をひらきたまふなといふやうすに見へければ、玄仲、

「此ふたを明(あけ)まじきや」

と、問(と)ふ。彼(かの)さるうなづいてさりぬ。それより道をわけ、ふもとへ下(さが)り、

「もはや、是より先(さき)はまがひ道もなし」

とて、彼おくりの猿(さる)をもどしぬ。心ぼそく独(ひとり)道をもとめてたどり出しに、かたはらに大きなる淵(ふち)あり。其まへを通(とを)る時は、やう/\暮(くれ)に及びしが、彼池水(いけみづ)俄(にわか)に動(どう)ようして、水中(すいちう)より五斗俵(たうべう)のごとくなる物あらはれしに、玄中(げんちう)おどろき、たましひも身にそはず、観音普門品(くわんをんふもんぼん)をとなへ、〓(ぐわん)じや及(ぎう)ぶくかつとこゝろに念じて、息(いき)をばかりにはしり、やう/\にして麓(ふもと)の里にいたり、ある人家(じんか)に入て家(やど)をもとめければ、あるじふしんを立、其ゆへをとふ。玄中右のおもむきをくはしく語りければ、あるじ聞て大きにおどろき、

「扨もせうしなる事どもかな。其池にはぬし有て、神霊(しんれい)はなはだ猛(たけ)し。若(もし)人しらずして池の辺(ほとり)に至(いた)れば、かならず彼(かの)大じやにとらる。もし、たま/\希有(けう)にして其場(ば)をのがるゝといへども、一度彼かたちを見たるものは、終(つい)にとられずといふ事なし。御身もこよひ中にはとられ給ふべし。痛(いた)はしながら右の仕合なれば、死人に宿(やど)を参らする事かなひがたし」

といふ。玄中(げんちう)せん方なく、

「しかれども最早(もはや)夜(や)ゐんに及び、宿を不得(ゑず)ば、いよ/\其害(がい)をのがるゝ事あたはじ。せめては、家(いへ)の内にて、ともかくも成りさふらはゞ、後(のち)の世(よ)までの御ほうしなるべし。爰(こゝ)をあはれみおぼしめせ」

と、ひたすらになげゝば、あるじもあはれの事に思ひ、

「さ程に思召さば、われ/\一家のものは他所(たしよ)へうつり、御身ばかり此家に宿し参らせ候べし。ずいぶん仏神(ぶつしん)へきせいをかけ、のがるゝやうに祈(いの)り給へ」

とて、一家の男女、隣家(りんか)へ行(ゆき)、家(いへ)ばかりを借(かし)あたへぬ。

 玄中、彼家に心ぼそく、たゞ一人燈(とぼしび)をかゝげ、先(さき)に山中にて猿(さる)のあたへし香ばこを取出し、

「是はかならずふたをひらくなといひしかど、たとへ如何(いか)なるたからにもせよ、今霄(こよひ)かぎりの命なれば、あけて中のやうすを見ばやとおもひ、ふうを切、ふたをあけぬれば、中より少(ちいさ)き百足(むかで)一疋(ひき)這(はい)出て、壁(かべ)へつたひ、まどへ登り、いづくともなくはいうせぬ。夫(それ)より次第に夜ふけ、夜半(やはん)のころ過るまで、別(べつ)の子細(しさい)もなかりしが、既(すで)にうしみつ過るころに至て、彼(かの)まどの外(そと)にて、おびたゝしく物のひゞく音(をと)し、家もうごくばかりなれば、

「はや、変化(へんげ)に命をとらるべき刻限(こくげん)になりぬ」

と、性根(しやうね)も身にそわず。ひとへに普門品(ふもんぼん)を読誦(どくじゆ)し、命の終(をわ)るを待(まち)居(い)けれども、別(べち)の子(し)さいもなく、家鳴(やなり)もしづまり、しのゝめもたな引ければ<挿絵半丁>、辺(あたり)の民家(みんか)より人あまた集(あつま)り、

「さるにても、こよひのたび人は、水神(すいじん)のために命をとられぬらん」

と、彼(かの)家(いへ)に来り、やうすを見れば、つゝがなくいねぶり居(い)たり。

 皆(みな)人ふしぎの事(こと)に思ひ、彼まどのもとを見れば、宵(よひ)に香(かう)ばこより出たる百足(むかで)、一尺ばかり成小へびをくわへて、百足もへびもともに死(し)せり。いかなる事とも其故(ゆへ)をしらず。

 それより、彼(かの)池(いけ)に悪神(あくじん)たへて、近隣(きんりん)の村里(そんり)永(なが)くわざはひをまぬかれたり。

   鼠(ねづみ)の鉄火(てつくわ)の事

 洛陽(らくやう)ぎおんの社僧(しやそう)に、天性(てんせい)鼠(ねずみ)を愛(あい)せし法師(ほうし)あり。つねに米をまき、食(しよく)をあたへてなつけしかば、人をもおそれず、昼(ひる)も出ておゝく集(あつま)る。然ども、家内(けない)の下(した)%\までをせいし、かたく是をおはしめず。不断(だん)米をまきて餌(ゑ)にとぼしからねば、鼠おゝしといへども物をあらす事なし。元(もと)より猫(ねこ)は寺(てら)の近所(きんじよ)へもよせねば、寺中の鼠ども、いたちにおはれて皆(みな)此寺へにげ来れり。

 しかるに、如何(いかゞ)したりけん。ある日、住持(ぢうぢ)の秘蔵(ひざう)せられし紋白(もんじろ)のけさ一でう、鼠(ねずみ)にくらはれて、以(もつ)ての外に忿(いか)り、

「悪(にく)き事かな。我かれを愛(あい)し、餌(ゑ)をあたふる事数年(すねん)、終(つい)に今まで何(なに)を引(ひか)れし事もなかりしに、如何(いか)にちく類(るい)なればとて、ずいぶん不便(びん)をくわへし其おんをしらず、還(かへつ)てかく物に害(がい)をなす事のうたてさよ。爰(こゝ)を以(もつ)ておもへば、みな世上に猫(ねこ)を飼(かい)、升(ます)おとしをして、人の嫌(きら)ふも断(ことはり)なり」

とて、それより、米をもまかせず、鼠(ねずみ)の引べき物を用心(ようじん)して、ふつとかれを愛(あい)する心(こゝろ)やみしかば、寺内(じない)の鼠、餌(ゑ)にかつうへしと見へて、一日、数(す)千疋(ひき)むらがり出、大きなるかはらけをくはへ、座しきのまん中へ直(なを)しおき、口%\に水をふくみ来り、彼(かの)かわらけへ吐(はき)出せば、初(はじめ)の程は焼土(やけつち)へ水うつやうに、悉(こと%\)くしみこみしが、後(のち)には次第(しだい)にしめり合(あい)、水八分(ぶ)程(ほど)たまりし時(とき)、床(とこ)の上(うへ)なる紙(かみ)一束(そく)を、あまた集(あつま)り、或(あるひ)はいたゞき、あるひは捧(さゝ)げ、又はくわへ、又は引て、彼(かの)かはらけの側(そば)まで終(つい)に引付、大小の鼠(ねずみ)不残(のこらず)皆(みな)北向(きたむき)に並(なら)び、一疋(ひき)づゝ右のかはらけの中へはいり、四足(そく)を水にひたして紙(かみ)の上へ飛(とび)あがり、左(ひだり)の方(はう)へおりて、みなみむきに並(なら)びぬ。都合(つがう)八十一疋(ひき)の鼠、八十疋(ひき)まで如此(かくのごとく)して、ぬれ足(あし)にて右の紙をふめども、曽(かつ)て其足跡(あしあと)つかず。しまひに当(あた)りたる一疋の大鼠、不笑%\に立て、おのれが番(ばん)なればぜひなしといふ体(てい)にて、土器(かはらけ)の水(みづ)に足(あし)をひたし、彼(かの)紙(かみ)の上へとびあがれば、おびたゝしく足跡(あしあと)ついて、紙一二帖(でう)水にひたせり。是を見て、残る鼠(ねずみ)どもむらがり寄(よつ)て、終(つい)に彼(かの)大鼠をくらひ殺(ころ)しぬ。

 是(これ)、俗(ぞく)にいふ、鉄火(てつくわ)の吟味(ぎんみ)なるべし。終(つい)に、おのれが中間(なかま)にて、彼けさをくい破(やぶ)りたる大鼠をせんぎ仕出(しだ)し、住持(じうじ)の目(め)のまへにて、其罪(つみ)を正(たゞ)し、仕置(しおき)に行(おこな)ひ、皆それ%\の住家(すみか)/\帰りぬ。

 住持(じうぢ)是をかんじ、

「誠(まこと)にちくしやうなりといへ共(ども)、物をしる事、人間(にんげん)におとらず。物をしるものは、かならず恩(おん)を知(し)れり」

とて、又元のごとく米をまき、餌(ゑ)をあたへて、いよ/\是を愛(あい)しぬ。

 誠に、物のせんぎは、人間に取ても、いにしへより難(かた)き事にして、奉行(ぶぎやう)頭人(とうにん)の智(ち)をつくせり。然るに、今かれが罪科(ざいくわ)有をゑらみ出せし成敗(せいばい)の作法(さほう)、還(かへつ)ておろか成(なる)人間には増(まさ)るべきものか。

金玉ねぢぶくさ七終

金玉ねぢぶくさ巻之八

  蓮磬寺(れんけいじ)の旧鼠(きうそ)の事

 武州(ぶしう)川越(かはごへ)蓮磬寺(れんけいじ)といふ寺に大きなる旧鼠(きうそ)有て、近所の猫(ねこ)どもをかくれば、還(かへつ)てにげ退(のき)、終(つい)に是を取事あたはず。ある人、かたのごとくの逸物(いちもつ)なりとて、まつくろ成ねこ一疋つれ来り、件(くだん)の鼠(ねづみ)に合せければ、如何さま、よの猫にかはりけるにや、鼠是を見て、急(きう)に逃(にげ)けるを、ねこ頻(しきり)に追(をつ)かけければ、鼠立帰て、ねこをにらむ。ねこ、とびしさつてたがひににらみ、牙(きば)をあらはし、眼(まなこ)をいからし、うなりさけんで争(あらそ)ひしが、ねこも卒尓(そつじ)に得かゝらず。鼠(ねづみ)は元よりしゆびを見て隙(ひま)あらばにげんとす。たがひに進(すゝ)むも退(しりぞ)くも不叶(かなはず)。既(すで)にくれに及びけれども、たがひにせうぶつかざれば、見物の人是をわけんと欲(ほつ)して、ねこを呼(よべ)ども退(しりぞか)ず。鼠をおへば、棟(むな)木へあがり、ねこにおはれては取て返し、あるひは破風(はふ)をくゞつて屋根(ね)へ出、まどより入てはむな木へおり、夜に至れ共たがひにわかれず。終夜(よもすがら)にらみ合ける眼(まなこ)の光(ひかり)はかゞみのごとく、うなる声は寺中へひゞいて物すざまじく、よからぬ事に覚しかば、鼠(ねづみ)をおい、猫(ねこ)をおへどもやねにあがり、殿上(てんじやう)をつたひにくればおい、おへば取て返(かへ)し、たがひにあらそふ声に、寺中の人/\終夜ねぶる事あたはず。

 よく日(じつ)夜(よ)あけてもいまだせうぶをけつせず。そら高(たか)ければ、ねこをとらゆる事もかなはず。其まゝ置(をけ)ば、いつ果(はつ)べき勝負(せうぶ)とも見へず。人/\あきれて、よく日(じつ)も終日(ひねもす)聞(きゝ)つたへて、見物の人集(あつま)り、くれにおよべども、たがひにわかれず。

 如此あらそふ事、三日三夜(や)して、四日目の辰(たつ)の刻(こく)に、鼠棟(むな)木よりすべり落(おち)て死(し)しければ、ねこもつゞいておりんとす。棟木の上を七八尺程はしりしが、中途(ちうと)にとゞまり、下へおりず。如何(いかゞ)しけるぞと詠居(ながめい)ければ、時刻(じこく)うつれどもおりざるゆへ、ねこぬしよべどもうごかず。眼(まなこ)も光らざれば、ふしぎにおもひ、梯(はしご)をかけて上り見れば、棟(むな)木に爪(つめ)を立てすくみ死(し)したり。もし鼠(ねづみ)にくらはれて手など負(おい)ぬるかと見れども、ねこも鼠も一ヶ処(しよ)の疵(きづ)もなし。

 たがひに身をかこひ、用心(ようじん)してすゝまず退(しりぞか)ず。もし一方に油断(ゆだん)の隙(ひま)あらば、鼠はにげんとし、ねこはくらひ付んとして、昼夜(ちうや)四日、気をつめ性(せい)をつかせしゆへ、鼠はそらより<挿絵見開き1丁>おちぬ内に、はや棟(むな)木のうへにてにらみじにゝ死して下へ落(おち)、ねこもせうぶにははやかちぬとあんどせしゆへ、下(した)へおるゝ事あたはず、労(つか)れ死(し)せしと見へたり。

 されば、如何(いか)なる霄寝(よいね)まどひも、ばくちをうつては夜(よ)の明(あく)る事をしらず。寒(かん)の内にも、すまふをとれば、はだかにてあせをながしぬ。物のあらそひ程おろか成(なる)事はあらじ。あそぶ心より七情(じやう)の気(き)を労(つか)らかし、五臓(ざう)をそんじ、病ひを生ず。命を失ひ、身を滅(ほろぼ)して、何の益(ゑき)かあるや。

 今のねこの、鼠(ねづみ)を得(ゑ)とらぬとても、主(しう)にすてらるゝにもあらず。とりたればとて、何をおん賞(しやう)に預(あづか)るにもあらねど、たゞ自然(しぜん)とおのが役(やく)なれば、取(と)らん事を欲(ほつ)し、既(すで)に其ために死(し)すべき身をわすれて、それまで気を詰(つめ)しと見へたり。

 誠に、ちく生(しやう)すら義の心あり。武士の戦場(せんじやう)にて先(さき)をかけ、てきの首(くび)を取は、仕(し)おふせぬれば、恩賞(おんしやう)に預(あづか)り、よし討(うた)れても君への忠と成り、又は栄花(ゑいぐわ)を子孫に残し、勝(かつ)てもまけてもそんのない事なり。それには、命をおしんで、敵(てき)にうしろを見せ、君へは不忠(ちう)となり、子孫(しそん)には面(おもて)に垣(かき)させ、其身のはぢをかへり見ず。是らはさ程に何のためにおしき命ぞや。

 但(たゞ)し、命をかろんずるのみ手がらにもあらず。死(し)は一心の義に向(むか)ふ所にして、やすく、生(しやう)は百慮(りよ)の智(ち)を尽(つく)す中にまつたければ難(かた)し。何程勇(ゆう)はさかんにても、死をかろんずる人は、誠の武道(だう)にあらず。武士の道は、進むべき所にしてはすゝみ、退(しりぞく)べき所は退き、生(いく)べき所にはいき、死すべき所に死して、名誉をあらはし、忠(ちう)に備(そなふ)る、是誠の武勇(ぶゆう)なり。

 諱信(かんしん)、淮陰(わいゐん)にて巴夫(ひつふ)のまたをくゞりしかども、後には、百万ぎの大将と成り、魏(ぎ)のさう/\は、敵(てき)におはれて歩(かち)立になり、士卒(しそつ)にまぎれて逃(にげ)侍りしを、てき是を知つて、

「歩武者(かちむしや)の中に、ひげの長きがさう/\なるぞ。ひげ長き武者(むしや)をくみとめよ」

と、よばゝりければ、けはしき敗(はい)軍の中にて、ひげまでを剃(そり)、にげしかど、終(つい)に三国をしたがへて、七廟(べう)をかゝやかせり。

 是等(ら)は皆、小恥(せうち)を忍(しの)んで大勇(ゆう)をとり、死すまじき所に難(なん)をのがれて身をまつとふするなり。良将(りやうしやう)名士といふは、力を以(もつ)て人とあらそはず。智恵(ちゑ)を以(もつ)て戦ひ、血気(けつき)を退け、謀(はかりごと)を好む。将(しやう)は社稷(しやしよく)をおもんじ、士(し)は忠を重(おもん)じ、国家のあやうい所は守り、主(しう)の危(あやう)ひ所にては命を捨(すて)て戦(たゝか)ひ、高名(かうみやう)しておん賞(しやう)を貪(むさぼ)らん事をおもはず。それまで下されし録(ろく)のために身をほうぜん事を思へば、軍神のめうりにかなふて、天然とふしぎの働(はたらき)をするものなり。

 又は、身のため子孫(しそん)のためにするも誠仁義の勇(ゆう)にあらず。たゞおんの為(ため)、忠(ちう)のために、命をかろんじ、身をかへり見ぬを以て仁義の勇士とす。死(し)すべき所をのがれ、逃(のが)るべき所に死し、又は死をおそれ、命をおしみ、忠(ちう)をかき、恩をおもはず、仁義を離(はな)れ、はぢをわすれ、盛(さかん)なる敵(てき)にかうさんして、おとろへたる主(しう)をすつるは、彼逸物(いちもつ)の猫(ねこ)よりはおとらんものか。

  蜘(くも)の智恵(ちゑ)の事

 人は、五尺のからだに方寸(はうすん)の心法あつて、いろ/\の欲をおこし、さま%\の謀(はかりこと)をなせり。尤人は万物の霊(れい)なれば、いふにおよばず。五分の虫にも寸の魂(たましい)ある事あきらけし。

 ある人、庭ぜんのさゑんを〓し、朝毎に出て、其根(ね)に土かひ、青(あを)葉を詠(なが)む。或夕暮、蜂(はち)一疋とび来て、桃(もゝ)の枝(ゑだ)なる蜘(くも)の巣にかゝれり。くもは是を見てとびかゝり、糸をくり出してまとはんとし、蜂(はち)は針をのべ、くもをさして網(あみ)をのがれんとす。彼人杖(つゑ)を以て巣(す)を破(やぶ)り、蜂を放(はな)しければ、いづくともなくとびうせぬ。

 此くもいかゞ思ひけん、枝より糸を延(のべ)て、下なる蕗(ふき)の葉(は)へ舞(まい)おち、葉の縁を一遍(へん)廻(まはつ)て中へ入り、内より糸をしめければ、彼ふきの葉しぼんで、袋(ふくろ)の口をしめたるがごとし。所/\葉の行あはぬ辺(あた)りをばあつく巣をはつて、おのれは其内にこもれり。

「ふしぎの事をする物かな」

と詠(なが)め居(い)ければ、暫(しばら)く有て、右の蜂(はち)友(とも)を二三十ひき卒(ひき)来て、彼桃の木をかぶより枝(ゑだ)までさがせども、右のくもを求(もとめ)かねて、糸をつたい、臭(か)をたづね、終(つい)にくものかくれたるふきの葉に群(むらが)り集(あつま)り、十方より針を<挿絵半丁>のべてふきの葉(は)ごしにさし通(とを)し、

「もはや仕返(しかへ)しをして本もうとげぬ」

と、はちは悉(こと/\)くとびさりぬ。

 立よりて見れば、蕗(ふき)の葉(は)は鹿子(かのこ)のごとく穴(あな)あきて、あみの目を見るが如(ごと)し。

「さだめて中なる蜘(くも)はみぢんにもや成らん」

と、少し破(やぶつ)て中をのぞき見れば、上より糸をのべて中にまい下り、四方上下の葉(はを)離(はな)るゝ事一寸あまりにして、さ程まはりより蜂のさしたる針は一筋も身に不受(うけず)。終(つい)に害(がい)をまぬかれたり。

 此智恵(ちゑ)をかへり見れば、五尺の人は還(かへつ)ておよばず。もししいて是を人に比(ひ)せば、蜂(はち)のまた来らん事をさつしたるは、長良が奇謀(きぼう)に等(ひと)しく、ふきの葉を城(じやう)くわくとせしは、楠(くすのき)がちはやの城を守(まも)りしに不異(ことならず)。

 誠(まこと)に、一さい衆生(しゆじやう)悉有(しつう)仏性(ぶつしやう)如来(によらい)常住(じやうぢう)無有(むう)変亦(へんやく)とは、かやうの事を説(とき)たまひしものか。

  菖蒲池(かまふち)の狼(おゝかみ)の事

 天地の変(へん)造化(ざうくわ)の巧(たくみ)のさま%\にあらはすところのしんら万像(まんざう)、一つとしてふしぎならずといふ事なし。天に日月のめぐり、地に草木(さうもく)の生(しやう)じ、火のあつくして物を焼(やき)ほろぼし、水の冷(ひやゝ)かにして魚(うを)を生じ、土の万物(ばんぶつ)をふくみ、鉄石(てつせき)のかたくして火を出し、鳥のそらをとび、うをの水をかける。あるひは雷(かみなり)鳴(なり)、大地(ち)ふるひ、雨露霜雪(うろさうせつ)ふり、うしほわき、風ふき、春はかすみ、夏はあつく、秋(あき)は霧(きり)たち、冬(ふゆ)はさむく、人の物謂(ものいひ)、からだの働(はたらく)、惣(さう)じて一さいの事を心を付てあんじて見れば、世界(かい)はみなふしぎにてかためり。ちかく、人の生(むま)れ、又は死する、是いづくより来り、いづくへさり、我身は何の縁(ゑん)によつて生じ、何時縁つきて、又いづくへ帰る。過去(くわこ)は何にて、未来(みらい)は何に成るといふ事をわきまへず。三世了達(れうだつ)の仏の智恵(ちゑ)は各別(かくべつ)、凡夫(ぼんふ)の料簡(れうけん)にて是をさとる事あたはず。いわんや其外のふしぎをや。たゞし、一さいの有情(うじやう)は、体卵湿化(たいらんしつけ)の四つを不出。あるひは腹(はら)の内より形(かたち)をそなはりて生(うま)るゝ者もあれば、たまごにて生れ、後(のち)にかたちのそなはるもあり。又はうるをひの中より陽(やう)気にむされて湧(わく)もあり。物の形を化(け)して、生(しやう)をかへたる類(たぐい)もあり。それ%\の業(ごう)に引れて、それ/\の像(かたち)を受る。

 此外に、変化(へんげ)のものありて、時/\おのれが天に受得(うけゑ)し像(かたち)を変じ、人の眼(まなこ)をまどはす事あり。是変化の誠に其像<挿絵半丁>を変ずるにや。迷(まよ)ふものゝ眼(まなこ)の変ずるにや。むかしより、智徳(ちとく)ある人の狐狸(きつねたぬき)に化(ばか)されたるためしなし。大かたは、其明徳(めいとく)のあきらかならぬより、物に動(どう)じて眼(まなこ)まよひ、かれは化(ばか)さねども、こなたより化さるゝにや。さりながら、禽獣(きんじう)の夭怪(ようくわい)をなす事、一がいになしとも謂(いひ)がたし。

 越前(ゑちぜん)の国、大野郡(ごほり)、菖蒲池(かまふち)の辺(あたり)へ、狼(おゝかみ)おゝく出てあれ、人の通ひたへたりし刻(きざみ)、ある出家(しゆつけ)、かまふちの孫右衛門方へ志(こゝろ)して往(ゆき)侍(はべ)りしに、其日は狼(おゝかみ)殊外はやく出て、見れば跡(あと)先におびたゝしく数十疋徘徊(はいくわい)す。此僧(そう)、往(ゆく)事も還(かへる)事もかなはず、進退(しんたい)きはまつて、ぜひなく、大木のありしにのぼりて枝の上に一夜をあかさんとす。

 日の暮るにしたがひ、あまたの狼、皆此木の下(もと)に集(あつま)り、上なるほうしを守りて、一ひきのおふかみ、人のごとく物いひ、

「かまふちの孫右衛門が嚊(かゝ)を呼(よん)で、談合せば、よろしき謀(はかりこと)あるべし」

といふ。いづれも尤と同心して、一疋いづともなくかけ往(ゆき)しが、しばらく有て、大きなる狼一ひき、彼(かの)使(つか)ひとともに来り。木の下(もと)により、上なるほうしを見て

「別(べち)の子細(しさい)なし。我是をとるべし。肩車(かた[く]るま)にのせてさゝげよ」

といへば、

「我も/\」

と、後(うしろ)の股(また)に首さし入て、次第に捧(さゝげ)しかば、程なく僧のきわに近づきぬ。

 彼僧せん方なく、折ふし守り刀を持しかば、是をぬいて払(はら)ひしに、上なるおゝかみの正中(たゞなか)を切たり。夫より崩(くづれ)おちて、狼ども悉(こと%\)く帰りさりぬ。

 夜あけて是を見れば、果(はた)して牛(うし)程なる狼一ひき死せり。扨、孫衛門方へ往(ゆき)ぬれば、

「こよひ、女房、厠(かわや)へゆくとて、いづくともなく出しが、今に帰らず」

とて、上を下へとかへしたづねぬ。

 ほうし、かくすも便なさに、道にてのありさまをくはしく語れば、孫衛門、始は誠とせざりしが、あまり女房の行衛をたづねかねて、彼(かの)木の下(もと)へ人をつかはして見すれば、大きなる狼死し居たり。又こなたなる道もなき山の端(は)に衣類(いるい)を皆ぬぎおけり。

「さては、我本さいは、とく是にとられぬらん。此ほうしの害(がい)するにあらずんば、我もこれにとらるべし」

とて、女房の親里へ其だんをいへば、しうと中/\がてんせず。

 此事せんぎに及びしが、女房孫衛門へ嫁(か)して八年になり、則当年七さいの男子あり。はだをぬがせて見れば、背筋(せすじ)に狼の毛(け)生(おひ)たり。是を以て、舅(しうと)も得心(とくしん)し、

「扨は、我家にて誠の娘(むすめ)はようせうの時にとられぬるにこそ」

とて、それよりせんぎを止(やみ)侍(はべ)りぬ。

 其子孫(しそん)にいたるまで、代(だい)替(かは)りても、背中(せなか)の毛(け)はたへず。同所(どうしよ)大野町大井六兵衛方にて、其狼よりは三代目孫の背中をはだをぬがせてくわしく見侍りしなり。

  今川の鎧(よろい)鳴動(めいどう)の事

 礼記(らいき)にも、

「国家(こくか)正(まさ)に起(おこ)らんとするに貞祥(ていしやう)あり。国家正にほろびんとするに夭(よう)げつあり」

とかや宣(のべ)たまひしが、誠に、大人の滅(ほろび)る時は、かならず其きざしまへにあらはるゝ事也。聖人(せいじん)なんぞ亡語(もうご)をのべたまはんや。然ども、是を知ると知らぬとは、おのれが賢愚(けんぐ)によれり。其国をほろぼし、その家を破(やぶ)り、其身を失(うしな)ふに到(いたつ)ては、跡(あと)に悔(くやめ)ども、後悔(こうくわい)先にたゝず。夭(よう)は徳(とく)に不勝(かたず)といへば、もしあやしき事を見る時は、天よりしめし下さるゝ禍(わざはひ)の前表(ぜんへう)ぞとこゝろへ、ずいぶん身を慎(つゝしむ)にしくはなし。

 するがの国、今川義元(よしもと)、敗軍(はいぐん)の砌(みぎり)、近習(きんじう)の人/\、

「此度の一戦(せん)に勝利なき事、昨日より皆/\しれり」

と語る。其故(ゆへ)は、君の秘蔵(ひざう)し給ひし鎧(よろい)、何事もなきに、櫃(ひつ)の内にておのれと鳴(なり)初、鳴出しは少しづゝがら/\となりしが、後にはおびたゝしく、やう/\二時ばかりして鳴(なり)やみぬ。家老(からう)のめん/\、智ある人は、

「是たゞ事ならず」

と、君(きみ)を諌(いさ)めて、

「明日(あす)の軍、味方利あるべからず。今少し時節(じせつ)の至らんを待給へ」

と、諌(いさ)めしかども、佞人(ねいじん)ども、愚蒙(ぐもう)に迷(まよ)ひ、其理非(りひ)は明らめずして、然も其詞(ことば)はたくみに、

「国家まさにおこらんとする時にも貞祥(ていしやう)ありといへり。今、味方、武威(ぶい)さかんに、向ふ所を席(せき)のごとくに巻(まき)せむるに、とらずといふ事なく、戦(たゝか)ふて、かち給はずといふ事なし。此度の合戦(かつせん)に勝利(しやうり)を得て、家を起(をこ)し給ふべき前表(ぜんへう)ならん。其うへ、鳴(なる)事は吉(きつ)にして、凶(けう)にあらず。雷(らい)は天になつて百里をおどろかす。今君にもいきほひ五畿内にふるふて、天下をおどろかし給はんとのしるしなるべし。か程の吉瑞(きちずい)を何の恐るゝ事あらんや」

といひしかば、義元(よしもと)是に順(したが)ひ、終(つい)に賢臣(けんしん)の諌(いさめ)を用ひず。家をほろぼし給ひぬとなん。

 それ、好事(こうじ)もなきにはしかずといへり。たとへ、天から小判がふらふとも、常(つね)にあらざる事は、夭怪(ようくわい)としるべし。額(ひたい)に一角(かく)ある馬を見よふとも、とかく目なれぬあやしひ事ならば、これ天道より凶(けう)を示(しめ)し給(たま)ふ所と心得て、よく/\其身を慎むべきものなるをや。

寳永七庚寅九月吉祥日