十三  澤石淵(うるしがふち)の悪棍(わるもの)怒(いかつ)て少年(しようねん)を鞭(むちう)つ

かくて斑女前(はんによのまへ)梅稚丸(うめわかまる)は。粟津(あはづの)六郎勝久(かつひさ)に郷導(みちのしるべ)せられて。鳥越(とりこへ)の郷(さと)

ちかく来(き)給ふに。斑女前(はんによのまへ)は通夜(よもすがら)の心(こゝろ)つくしに。痞(つかへ)さへ發(おこ)りて。いたく悩(よかやみ)給へ

は。粟津(あはづの)六郎は。小草(をくさ)苅布(かりしき)てしばし憩(いこい)しまゐらせ。なほさま”/\に介

抱(かいほう)す。梅稚(うめわか)は又。薬(くすり)を進(まゐ)らすべき為(ため)に。清水(しみづ)を汲(くま)んとて。茫々(ぼう/\)たる春(はる)の野(の)を。ゆけども

ゆけども迯水(にけみづ)の果(はて)しなきまで索(もとめ)給ふに。忽地(たちまち)いとおどろ/\しき荒男(あらをとこ)。木蔭(こかげ)よ

りつと出(いで)て。梅稚(うめわか)に猿轡(さるくつは)とかいふものを銜(はま)せ。。かろらかにかき抱(いだ)きつゝ。かすみがくれに

走(はし)り去(さり)しかば。六郎遙(はるか)にみて驚(おどろ)き怒(いか)り。草葉(くさば)踏(ふみ)しだきて追(おひ)ゆくに。斑女前(はんによのまへ)は

胸(むね)うちさわぎ。やよ勝久(かつひさ)。とく追畄(おひとめ)てよと呼(よ)びかけつゝ。おなじ野(の)もせをたどり給ふ。

さる程(ほど)に粟津(あはづの)六郎は。路(みち)五七町追(おひ)ゆきしが。忽地(たちまち)彼(かの)荒男(あらをとこ)をみうしなひ。頻(しきり)に

焦燥(いらたち)て。木(こ)の蔭(かげ)叢(くさむら)の中。すべて物(もの)のかくらふべき処(ところ)はおちもなく索(たづね)めぐる

に。終(つひ)に逢(あは)ず。斑女前(はんによのまへ)の事も又心もとなけれは。やがて舊(もと)の路(みち)へ立(たち)かへれは。とり遺(わすれ)

給へるとみえて。松梅(まつうめ)の鏡(かゞみ)。草(くさ)の〓(衣偏+因)(しとね)の上(うへ)にありて。その人は坐(ましま)さず。こはいかにとま

す/\〓(目+條)(あはて)て。しば/\呼(よひ)まゐらすれど。只(たゞ)谺(こだま)のみ應(いらへ)するにぞ。われながら鈍(おぞ)ましく。

山田(やまだの)三郎がいくたの心を竭(つく)し。妻子(やから)を殺(ころ)して救(すく)ひ奉(たてまつ)りし主君(しゆくん)を。われ忽地(たちまち)

に奪(うばゝ)れて。何の面目(めんもく)かあるべき。已(やみ)なん/\とひとりこち。刀(かたな)を引抜(ひきぬき)て既(すで)に腹(はら)を切(き)

らんとす。浩処(かゝるところ)に笠(かさ)ふかくしたる旅客(たびゞと)二人(ふたり)。行樹蔭(いちりづかのこかげ)より走(はし)り出(いで)。勝久(かつひさ)過(あやまち)せそ

と。呼(よ)びとむるをみかへるに。前(さき)にすゝみし弱冠(わかうど)は。松稚丸(まつわかまる)にてありければ。粟津(あはづの)六郎。

或(ある)は驚(おどろ)き。或(ある)は歓(よろこ)び。且(しばら)く死(し)を止(とゞま)りて。まづ斑女(はんによ)梅稚(うめわか)の事。山田(やまたの)三郎鳰崎(にほさき)玉柳(たまやぎ)等(ら)が

事を聞(きこ)えまゐらせ。始(はじめ)は箇様〃〃(かやう/\)なり。をはりは如此〃〃(しか”/\)の形勢(ありさま)なれば。とても

忠義(ちうぎ)を全(まつたう)することあたはじと思ひたえ。今こゝに及(およ)べる折(をり)しも。はからず恙(つゝが)なき尊顔(そんがん)

を拝(はい)し。歓(よろこ)ぶかひもなか/\に。申とく言語(ことば)もなき。身(み)の過(あやまち)こそ面(おも)なけれと。打(うち)しをれ

て申にぞ。松稚(まつわか)聞(きゝ)てふかく愁(うれ)ひ。光政(みつまさ)一家(いつけ)の忠義(ちうぎ)によつて。救(すく)ひ得(え)たる母(はゝ)と弟(おとゝ)の

ふたゝび虎穴(こけつ)に陥(おちい)ること。天(てん)なり命(なり)。さればとてこのまゝに止(やま)んや。心(こゝろ)の限(かぎり)索(もとめ)て。救(すく)ふ

べくは救(すく)ひ。もし救(すく)ふばからずは。仇(あた)を撃(うち)て後(のち)に。ともかうもならんこそ。丈夫(ますらを)の志(こゝろざし)ならめ

われいぬる頃(ころ。比叡(ひえ)の辻(つぢ)にて源五(げんご)が徒(ともがら)に撃(うた)るべかりしを。鳰崎(にほさき)が兄(あに)赤塚(あかづか)の軍介(ぐんすけ)といふ

ものに救(すくは)れ。母(はゝ)と梅稚(うめわか)の行方(ゆくへ)をしらん為(ため)に且(しばら)く美濃(みの)尾張(をはり)の間(あはひ)に立(たち)しのびて。やゝ

けふこゝに来(きた)れりと物(もの)がたりて。軍介(ぐんすけ)が義(ぎ)あつて勇(たけ)きを稱讃(せうさん)〈○ホメル〉し。軈(やが)てこれを引あは

し給へば。粟津(あはづの)六郎は。只顧(ひたすら)に嘆賞(たんせう)〈○ホメル〉し。この兄(あに)にして彼(かの)女弟(いもと)あり。寔(まこと)に御辺(ごへん)兄弟(きやうだい)は。世(よ)に稀(まれ)

なる義士(ぎし)烈女(れつぢよ)なり。今(いま)情由(ことのよし)を聞(きゝ)て。汗顔(かんがん)〈○ハヂイル〉にたえずといふ。されど軍介(ぐんすけ)は聊(いさゝか)も誇(ほこる)を

なく。恩(おん)を禀(うけ)て恩(おん)を報(ほう)ずるは人の常(つね)なり。それがし妹(いもと)鳰崎(にほざき)に別(わかれ)てこゝに小十五年。彼(かれ)恩

粟津(あはづの)

六郎鳥越(とりこえ)の

曠野(あらの)にて

梅稚丸(うめわかまる)を奪(うばひ)

去(さ)られ斑女前(はんによのまへ)を

みうしなひ自殺(じさつ)せんとして

はからず松稚(まつわか)軍介(ぐんすけ)にあふ

義(おんぎ)の為(ため)に死(し)せりと聞(きく)を。わがよろこび生前(しようぜん)の對面(たいめん)に勝(まさ)れりといひて。更(さら)に歎(なげき)

の色(いろ)をみせず。粟津(あはづの)六郎もこれに勵(はげま)され。ふたゝび手分(てわけ)して。斑女(はんによ)梅稚(うめわか)を尋(たづね)

まゐらせんとぞ議(ぎ)したりける。抑(そも/\)梅稚(うめわか)を奪去(うばひさつ)たる荒男(あらをとこ)は。忍(しのぶ)の惣太(そうだ)也。件(くだん)の

惣太(そうた)いぬる年(とし)洛(みやこ)にて事(こと)をしいだし。麻羽(あさは)の愿哲(ぐわんてつ)とゝもに。この武蔵(むさし)に逃下(にげくだ)り

て。隅田村(すたむら)の東(ひがし)なる。漆(うるし)が淵(ふち)といふ処(ところ)に躱(かく)れ住(す)み。行(おこな)ひます/\残暴(ざんぼう)にして

彼此(をちこち)の女子(をなこ)を畧(かどはかし)賣(うり)けり。しかるにこの日。惣太(そうた)は。梅稚丸(うめわかまる)のつぼ折姿(をりすがた)にかひつくらひ

て。笠(かさ)ふかくし給ひたるを。真(まこと)の女子(をなこ)なりとみてければ。湯島(ゆしま)のほとりより跟

来(つけきた)り。清水(しみづ)を汲(くま)んとて。ひとり舊(もと)の路(みち)に立帰(たちかへり)給ふを。矢庭(やには)に掻抱(かきいだき)て。直(たゞ)に漆(うるし)

が淵(ふち)へ走去(はしりさ)りぬ。このとき愿哲(ぐわんてつ)も。とし十二三なる女子(をなこ)を拐挈(かどはか)し来(きた)れるを。一條(ひとすぢ)の

棒(ぼう)を取(とつ)て。只顧(ひたすら)罵(のゝし)り懲(こら)す処(ところ)へ惣太(そうだ)は慌(あはたゝ)しく帰(かへ)り来(き)て。門方(かたべ)より梅稚(うめわか)を〓(石+殷)(はた)

と投入(なげい)れつゝ。その身(み)は家(いへ)の真中(たゞなか)に掌手(むづ)と坐(ざ)して。愿哲(ぐわんてつ)に對(むか)ひ。さてもけふは幸(さち)なき日

なり。たま/\夥(あまた)の金(かね)になるべき女子(をなご)かと思ひて奪(うば)ひ来(きた)りしは。見(み)よ。男(をとこ)の女(をんな)に

妖(ばけ)たるなり。もし稚童(ちご)などに徴(もとむ)る和尚(おせう)あらば。價(あたひ)廉(やすく)とも遣(や)るべしといふ。愿哲(ぐわんてつ)聞(きゝ)

て。われも西(にし)の堤(つゝみ)にて。この女童(めのわらは)只(たゞ)一人(ひとり)を得(え)たり。這奴(しやつ)まだ〓(竹+↓如)(かご)狎(なれ)ざれはにや。動(やゝも)

すれは走(はし)り去(さ)らんとするが憎(にく)さに。打(うて)ば又かしがましく泣(なき)て已(やま)ず。われは今より

湊(みなと)の便(たより)聞(きゝ)定(さだ)めて。よき相手(あひて)にあらば。これが事を談合(だんこう)すべし。兄貴(あにき)かならず奔(はし)

らせて。化骨(むだほね)折(を)らせ給ふなといひも果(はて)ず。遽(いそがは)しく出去(いでさ)りけり。惣太(そうだ)はじろ/\と

左右(さゆう)を見回(みまは)し。やよ女童(めのわらは)。いたくな泣(なき)そ。翌(あす)はよき家(いへ)に給事(みやづかへ)さして。白(しろ)き赤(あか)き衣(きぬ)。

三ツも四ツも被(き)すべきぞ。又(また)男童(をのわらは)は。火(ひ)を焚(たき)水(みづ)を汲(くみ)。柴(しば)を樵(かり。門(かど)を掃(は)け。汝(なんぢ)何(なに)の故(ゆゑ)に

か女(をんな)の衣(きぬ)を被(き)て。あやしき打扮(いでたち)したる。われ頃日(このごろ)聞(きく)ことあり。〓(人+尚)(もし)その人ならん

には。こよなき獲(えもの)なり。縁故(ことのもと)は緩(ゆるやか)に問(とふ)べし。さて終日(ひねもす)走(はし)りていたく疲労(つか)れたり。

汝等(なんぢら)わが後方(あとべ)に来(き)て。臀(ゐさらひ)より跖(あとたち)まで。打(うち)もし捺(さすり)もせよ。さらば一睡(ひとねふり)せめといひ

かけて。枕(まくら)掻(かき)よせ。長(なが)やかにうち臥(ふ)せば梅稚丸(うめわかまる)は敢(あへて)固辞(いなみ)給はず。彼(かの)女童(めのわらは)がなほ潜

然(さめざめ)と泣居(なきゐ)たるを。目(め)をもてその心をしらし。諸(もろ)ともにあるじが後方(あとべ)に立廻(たちまは)り

たゆげなる御膝(おんひざ)の上(うへ)に。惣太(そうだ)がむくつけき毛臑(けすね)を載(のせ)て。白(しろ)く細(ほそ)やかなる手(て)してあちこち

と打(うち)給ふ。嗚呼(あゝ)痛(いたま)しきかな。きのふは金屋(きんおく)鶏障(けいせう)の下(もと)に養(やしなは)れて。蓮府槐門(れんふくわいもん)

の貴族(きぞく)を友(とも)とし。けふは村落(そんらく)茅舎(ばうしや)の中(うち)にとらはれて。田夫野人(でんぶやじん)の奴隷(やつこ)とな

り。珠玉(しゆぎよく)を泥中(どろのうち)に投(とうじ)て。しばし光(ひかり)を裹(つゝ)み。黄金(わうこん)を砂(いさご)の底(そこ)に交(まじへ)て。人にしら

れん事を怕(おそ)れ。是(これ)をさへ堪忍(たへしの)び給ふ。御(み)こゝろの中(うち)こそ哀(あは)れなれ。惣太(そうだ)はいとも

どかしとて。足(あし)をもて梅稚(うめわか)を撲地(はた)と蹴(け)たふし。又女童(めのわらは)をも蹴(け)たふして。つと

その身(み)を起(おこ)し。汝等(なんぢら)は物(もの)の用(よう)にたゝぬ奴(やつ)かな。捺(さす)れといへば。蟻(あり)の友(とも)の度(と)わたる

やうに捺(さす)り。打(うて)といへば。鶴(つる)の雛(こ)の銜(ついばむ)ごとくにうつ。かくてはいつまでも。わが疲労(つかれ)をわ

するゝをはさら也。たえて目睡(まどろむ)ことを得(え)ず。かく/\汝等(なんぢら)にはたのまず。われ今(いま)一盃(いつはい)を

傾(かたふけ)て。快(こゝろよ)く睡(ねふる)べし。さもなき奴(やつ)ばらに腰(こし)をうたせんとて。却(かへつて)疲労(つかれ)をましたりと罵(のゝしり)つゝ。

柱(はしら)に掛(かゝ)りし瓢(ひさご)をとつて走(はし)り出(いだ)しが。又立(たち)かへつて戸(と)を引(ひき)よせ。外面(とのかた)より鎖(とざし)〈○ジヨウ〉を楚(しか)

とさし固(かため)て。堤(つゝみ)を東(ひがし)へいそぎゆきぬ。梅稚(うめわか)はつく”/\と。身(み)のゆく末(すゑ)を思ひ給ふに

も。憂(うき)は亦(また)われのみならず。女童(めのわらは)が蹴(け)られたるまゝに。よゝと泣(なき)て起得(おきえ)ざれば。やがて

引起(ひきおこ)してさま”/\に勦(いたはり)慰(なぐさ)め。汝(なんぢ)は元(もと)何國(いづく)のものにて。何地(いづち)にてか勾引(かどはか)されたる。

父母(ちゝはゝ)は何とかしつる。世(よ)の常言(ことわざ)に同病(どうびやう)相憐(あひあはれむ)とぞいふ。われには匿(つゝむ)べきにあらず。郷貫(くにところ)を

申しらせ給へとて。叮嚀(ねんごろ)に問(とひ)慰(なぐさめ)給へば。女童(めのわらは)やゝ涙(なみだ)をとゞめうれしき人の仰(おふせ)か

な。わらはは洛(みやこ)ちかく住(すめ)る人の子(こ)なるが。近属(ちかごろ)父(ちゝ)のゆくへなくなりて。母(はゝ)もわが身(み)も故

郷(ふるさと)を追放(おひはな)され。父(ちゝ)にあふこともやとて。母子(おやこ)二人(ふたり)遠(とほ)く東路(あづまぢ)に迷(まど)ひ来(き)ぬ。しかるに

けふ。この川下(かはしも)なる堤(つゝみ)にて。前(さき)の男(をとこ)が醉(えひ)たるおもゝちして。わりなくわらはを将(い)て

ゆかんといふを。そはさせじとて。母(はゝ)の争(あらそ)ひ畄(とゞむ)るを打倒(うちたふ)し。わが身(み)を引提(ひさげ)て来(きた)り

し也。母(はゝ)は持病(じびやう)に積(しやく)もあり。父(ちゝ)にはあはず。わらはには別(わか)れ。思ひほそりて死(しに)給はめ。

なほそれまでもなく。世(よ)をうらみ身(み)をはかなみ。淵瀬(ふちせ)に投(しづみ)給はずやと。おもへ

ばいとゞ悲(かな)しとて。声(こゑ)を惜(をしま)ず泣(なき)にけり。梅稚丸(うめわかまる)はみしよりも。聞(きけ)ば憐(あはれ)もい

やまして。いかに女子(をなご)こゝは鬼(おに)の栖(すみか)なり。虚々(うか/\)居(お)らば忽地(たちまち)に。活地獄(くわつぢごく)に堕(おと)され

て。遂(つひ)に一生(いつしよふ)を誤(あやま)つべし。彼等(かれら)が帰(かへ)り来(こ)ざる間(はし)に迯去(にげさ)りて。母(はゝ)にも逢(あひ)。父(ちゝ)をも

索(たづね)よ。われも又虜(とらは)れてこゝにあるべきものならず。誘(いざ)とて帯(おび)を楚(しか)と締(むす)ばし

門(かど)の戸(と)引(ひき)ゆかんとし給ふに。外面(とのかた)より鎖(とざし)たれば。たえ開(ひら)くべうもあらず。背門(せど)も

又かくてあれば。正(まさ)に是(これ)網(あみ)の魚(うを)。〓(竹+↓如)(かご)の鳥(とり)に異(こと)ならず。こは何とせんとて躊躇(ためらひ)

給ひしが。ふりたる紙窓(あかりまど)の。格(こ)も一ツ二ツ破(や)れたるあり。こゝよりこそと思ひて。まづ

女童(めのわらは)を抱揚(いだきあげ)給ふに。今(いま)さらに物(もの)おそろしく覺(おぼえ)て胸(むね)うち騒(さわ)ぎ。女童(めのわらは)はなほ

足(あし)さへ跋(ふみ)まどふを。とかくして扶出(たすけいだ)し。右(みぎ)よ左(ひだり)よと指示(さししめ)し給ふに。はやみえず

なるまで走(はしり)ゆけば。續(つゞい)て潜出(しのびいで)んとし給ふ折しも。門(かど)の戸(と)ぐわらりと引(ひき)あへるに

驚(おどろ)きてみかへり給ふ。片頬(かたほ)へ瓢(ひさご)を投(なげ)つけたり。是(これ)あるじ惣太(そうだ)也。時(とき)に惣太(そうだ)大に

哮(たけつ)て。梅稚(うめわか)の襟上(えりがみ)かい〓(爪+國)(つかみ)て仰(のけ)さまに引たふし。〓(周+鳥)(くまたか)に似(に)たる眼(まなこ)を瞋(いから)し。狼(おほかみ)に

似(に)たる声(こゑ)を高(たかく)し。この畜生(ちくせう)。膽(きも)太(ふと)くも女童(めのわらは)を放遣(はなちや)り。その身(み)も迯支度(にげしたく)をす

るにこそ。縦(たとひ)女童(めのわらは)は迯(にが)すとも。いかで汝(なんぢ)を奔(はし)らすべき。近曽(ちかごろ)吉田少将惟房(よしだのしよう/\これふさ)が孤

児(せがれ)。松稚(まつわか)梅稚(うめわか)とやらん。その母(はゝ)斑女前(はんによのまへ)とゝもに。洛(みやこ)を逃亡(にげうせ)て。奥州(おうしう)へ赴(おもむ)くよし。これ

を捕(とらふ)るものには。夥(あまた)賞銭(ほうび)を賜(たまは)らんとて。処々(しよ/\)に榜文(ふだ)を出(いだ)し。その人を索(もとむ)る事

は。牛打童(としうつわらは)。網引(あびき)する蜑(あま)が子(こ)も。たえてしらざることなし。われはじめより。汝(なんぢ)が異(あやし)き

打扮(いでたち)をみて。彼(かの)松稚(まつわか)ならずは。必(かならず)梅稚(うめわか)なるをしる。しかはあれ。いまだその相

貌(かほかたち)を認(みし)らねば。まづ腰(こし)を捺(さすら)して試(こゝろみ)るに。その為(なす)ところ全(まつた)く平人(たゞひと)の子(こ)に

あらず。なほ委細(くはしき)をしらん為(ため)に。酒(さけ)を買(かふ)と偽(いつは)り。里(さと)にゆきて是彼(これかれ)問定(とひさだむ)れ

ば。汝(なんぢ)が年庚(としのころ)。梅稚(うめわか)の骨相書(にんさうがき)につゆ違(たがは)す。今はいかに陳(ちん)ずるとも脱(のがれ)がたし。惟

房(これふさ)が孤児(せがれ)なりとはやくいへ。梅稚丸(うめわかまる)とはやく名告(なの)れ。とくいへ。とく名告(なの)れと

いきまきて。藤巻(ふぢまき)の桿棒(よりぼう)を閃(ひらめか)し。骨(ほね)も摧(くだけ)よと打(うち)かくるを。梅稚丸(うめわかまる)は潜脱(くゞりぬけ)

潜脱(くゞりぬけ)。かくし持(もつ)たる小太刀(こたち)を抜(ぬい)て。しばし柱(さゝへ)給ひしが。惣太(そうだ)が焦燥(いらつ)てうち

こむ棒(ぼう)を。かよはき肘(かひな)に遮(さへぎり)りぬ。終(つひ)に小太刀(こだち)を打落(うちおと)され。肩腰(かたこし)のきらひな

く。打(うた)るゝ灸処(きうしよ)に目眩(めくるめ)き。撲地(はた)と倒(たふ)れて死(しゝ)給ふ。浩処(かゝるところ)に外面(とのかた)に。〓(ま)ちかく

人の来(く)る音(おと)すれば。惣太(そうだ)は鞅掌(あはて)て梅稚丸(うめわかまる)に。蒲團(ふとん)うち被(かく)る程(ほど)もあらせ

ず。京家(きやうけ)の武士(ぶし)とおぼしきが。従者(ともびと)二人に呼門(おとなは)せ。上坐(かみくら)におしなほりて惣太(そうだ)に

對(むか)ひ。われは赤石判官(あかしのはんぐわん)恩顧(おんこ)の老黨(ろうだう)。松井源五純則(まつゐげんごすみのり)なり。忍(しのぶ)の惣太(そうだ)うけ

給はれ。汝(なんぢ)が家(いへ)に吉田少将惟房(よしだのしよう/\これふさ)が孤児(せがれ)。梅稚丸(うめわかまる)を舎蔵(かくまふ)こと。慥(たしか)に知(しり)て来(きた)れ

るなり。陳(ちん)ずることなく彼(かれ)を出(いだ)さば。一旦(いつたん)合體(がつたい)の罪(つみ)を放(ゆる)べ。夥(あまた)の賞銭(ほうび)を賜(たま)

ふべし。とく/\といそがせば。惣太(そうだ)聞(きゝ)て呆(あき)れ果(はて)。それがし全(まつた)く梅稚(うめわか)を舎蔵(かくまへ)る

にあらず。けふ鳥越(とりこえ)の曠野(あらの)にて。女(をんな)の衣(きぬ)を被(き)たる美少年(びせうねん)に行(ゆき)あひぬ。その為体(ていたらく)

いと怪(あや)しけれは。引(ひき)ずり来(きた)つて穿鑿(せんさく)すといへども。彼(かれ)一應(いちかう)に實(じつ)を告(つげ)ず。威(おどし)の

棒(ぼう)の灸処(きうしよ)に當(あたつ)て忽地(たちまち)に息絶(いきたえ)たり。?しもの梅稚丸(うめわかまる)ならん歟(か)。いざ實検(じつけん)し給へ

とて。被(き)せたる蒲團(ふとん)を引退(ひきのく)れば。源五(げんご)みて大に驚(おどろ)き。これ疑(うたが)ふべうもあらむ梅

稚(うめわか)なり。やをれ惣太(そうだ)。梅稚(うめわか)は朝敵(ちやうてき)惟房(これふさ)が子(こ)にして。重(おも)き罪人(つみひと)なるを。なでう〓(手遍+玄)(ほしいまゝ)に

打殺(うちころ)すの理(ことわり)あらんや。者奴(しやつ)はやく縛(いましめ)よと下知(げぢ)すれば。二人(ふたり)の従者(ともびと)走入(はせいつ)て。左右(さゆう)よ

り縄(なは)をかけんとするを。惣太(そうだ)は突除(つきのけ)拂退(はらひのけ)て。ほとりへもよせ著(つけ)ず。源五(げんご)大に

焦燥(いらだち)て。太刀(たち)引抜(ひきぬひ)て衝懸(つきかく)れば。惣太(そうだ)はやく身(み)をひねりて。靹(つか)をしかと握(にぎり)と

め。刀尖(きつさき)より鍔元(つばもと)まで。得(とく)とみくだしてふかく不審(いぶかし)み。あら心(こゝろ)も得(え)ぬ。この刀(かたな)に

自他平等(じたびやうとう)即身成佛(そくしんじやうぶつ)と鐫(えり)つけたり。こは何人(なにびと)より得(え)給ひし。縁故(ことのもと)をしらせ給へ。われ

梅稚丸(うめわかまる)

憐(あわれん)て浅舩(あさふね)

を脱(のが)し去(さ)らし

遂(つひ)に忍(しのぶ)の惣太(そうだ)

に打(うち)ころされ給ふ

も亦(また)いふべき事ありと叫(さけ)びて。刀(かたな)を丁(てう)と突放(つきはな)せば。源五(げんご)も又これを怪(あやし)み。この短刀(たんとう)は。

われ洛(みやこ)を出(いづ)るとき。主君(しゆくん)赤石判官盛景(あかしのはんぐわんもりかげ)ぬし。手親(てづから)これを預(あづけ)給はり。松稚(まつわか)梅

稚(うめわか)なほ虎狼心(こらうしん)を逞(たくましく)して。王命(わうめい)に伏(ふく)さずは。これをもて首(かうべ)を打(うち)おとし。洛(みやこ)へ

上(のぼ)せよと仰(おふ)せし也。しかるに汝(なんぢ)。刃(やいば)を見(み)て怪(あや)しむ事却(かへつて)怪(あや)しといふ。惣太(そうだ)聞(きゝ)て彼(かの)

赤石判官盛景(あかしのはんくわんもりかげ)と稱(せう)する人は。はじめの名(な)を仁科平九郎盛景(にしはへいくらうもりかげ)とはいはずや

と問(とふ)に。源(げん)五點頭(うなつき)て。寔(まこと)に汝(なんぢ)が問(とふ)ごとく。わが主君(しゆくん)の原(もと)の名(な)は。仁科(にしな)平九郎と申

せり。汝(なんぢ)いかにして是(これ)をしりたるぞといへば。惣太(そうだ)から/\と打笑(うちわらひ)。しからば赤石判官(あかしのはんくわん)はわが父(ちゝ)也。汝等(なんぢら)はわが家隷(いへのこ)なり。こは無禮(ぶれい)ならん。とく下(さが)り居(お)れといひも

あへず。源五(げんご)等(ら)三人を撲地(はた)と蹴退(けのけ)て。上坐(かみくら)に無津(むづ)と推(おし)なほり。われむかし総角(あげまき)の

ころ。その刀(かたな)を携(たづさへ)て。駿州(すんしう)喜瀬川(きせがは)なる。父(ちゝ)の家(いへ)を逐電(ちくでん)し。既(すで)に六年を経(へ)たる秋(あき)の

なかばに。ある夜(よ)薩陀山(さつたやま)にて。父(ちゝ)盛景(もりかげ)ともしらず。挑(いど)み争(あらそ)ふ時(とき)彼(かの)刀(かたな)をうしなひ。終(つひ)

に誤(あやまつ)て千仭(ちひろ)の磯(いそ)に輾落(まろびおつ)といへども。身(み)を傷(やぶ)るに至(いた)らず。天明(よあけ)て後(のち)。行李(こり)に著(つけ)たる

牌(ふだ)をみて。はじめてその人は。父(ちゝ)なるを暁得(さと)れり。しかりしより以来(このかた)。たえて親同胞(おやはらから)

の往方(ゆくへ)をしらず。近曽(ちかごろ)世(よ)の風聞(ふうぶん)を聞(き)くに。亀鞠(かめきく)といふ白拍子(しらびやうし)。後鳥羽上皇(ごとばじようくわう)の寵(ちやう)

を得(え)て。彼(かの)父子(おやこ)の威勢(いきほひ)。摂政(せつしよう)関白(くわんはく)家(け)にも勝(まさ)るといふ。わが妹(いもと)の名(な)も又亀鞠(かめきく)とは呼(よ)

べど。件(くだん)の亀鞠(かめきく)は。赤石氏(あかしうぢ)なりと聞(きこ)えし程(ほど)に。よもわが親同胞(おやはらから)なるべしとは思ひも架(かけ)ず。いよ/\ふかく

世(よ)を潜(しの)ぶ。忍(しのぶ)の惣太(そうだ)が在処(ありか)をば。いかでか父(ちゝ)もしり給はん。時(とき)なるかな。われ今(いま)梅稚(うめわか)が首(かうべ)

を打(うつ)て洛(みやこ)へ上(のぼ)らば。これにましたる家嚢(いへづと)なし。さらば上洛(しやうらく)の用意(ようゐ)せん。汝等(なんぢら)供(とも)せよ

かしと説示(ときしめ)す。言語(ことば)も更(さら)にほとりかなり。源五(げんご)聞(きゝ)て冷咲(あざわら)ひ。問(とふ)におちずして語(かた)るに

おつるとは汝(なんぢ)が事(こと)也。われ實(まこと)は松井源五(まつゐのげんご)にあらず吉田(よしだ)の家(いへ)に因(ちなみ)ある。江州(ごうしう)赤塚(あかつか)の

軍介(ぐんすけ)と呼(よば)るゝもの也。又従者(ともびと)に打扮(いでたつ)たる一人(いちにん)は松稚丸(まつわかまる)。又一人は吉田(よしだ)の忠臣(ちうしん)粟津(あはづの)

六郎勝久(かつひさ)なうをしらずや。さきの時(とき)浅草(あさくさ)にて。梅稚君(うめわかきみ)を汝(なんぢ)に奪(うば)ひ去(さ)られ。斑女前(はんによのまへ)

もゆくへなくなり給ひしかば。勝久(かつひさ)進退(しんたい)究(きはまつ)てみえたる折しも。松稚君(まつわかきみ)その処(ところ)にゆきあ

ひ給ひ。われも亦(また)この君(きみ)に従(したがつ)て。江州(ごうしう)よりこゝに来(きた)れば。勝久(かつひさ)ぬしの物(もの)かたりによつて。

斑女前(はんによのまへ)梅稚丸(うめわかまる)の一五一十(いちぶしゞう)を審(つまびらか)に聞得(きゝえ)たり。さる程(ほど)に汝(なんぢ)を索出(たづねいだ)して。梅稚君(うめわかきみ)を救(すく)

ひまゐらせんと議(ぎ)する処(ところ)に。逆臣(ぎやくしん)松井源五純則(まつゐのげんごすみのり)。十四五人の兵士(つはもの)を将(い)て。松稚

君(まつわかきみ)を追(お)ひ来(き)たる。時(とき)に一人の老翁(おきな)源五(げんご)が来(く)べき路(みち)に立(たつ)て。草(くさ)を結(むす)びあはし。草(くさ)を結(むす)びあはして

待(まつ)ともしらず。源五(げんご)が徒(ともがら)一炯走(まつしくら)に追畄(おひとめ)んと鬩(ひしめけ)ば。忽地(たちまち)草(くさ)の罠(わな)に跌(つまづ)き。象棋(しようぎ)たふし

に轉輾(ふしまろぶ)を。吾(わが)儕(ともがら)これを撃取(うちとり)。軈(やが)て源五(げんご)を生拘(いけどり)ぬ。その時(とき)。松稚(まつわか)彼(かれ)が残逆(ざんぎやく)を責(せめ)て

首(かうべ)を刎(はね)。件(くだん)の老翁(おきな)が好意(こゝろざし)をよろこび聞(きこ)えて。その名氏(みやうじ)を問(とひ)給へば。老翁(おきな)答(こたへ)て。われ

は江州(ごうしう)比叡(ひえ)の辻(つぢ)の道祖神(さへのかみ)なり。いぬる月(つき)某日(それのひ)。この逆賊(ぎやくぞく)。夥多(なかま)の虎狼(こらう)をもよほ

し。主君(しゆくん)を射(い)て殺(ころ)さんとして。剩(あまつさへ)神輿(みこし)を射(い)たり。よて汝(なんぢ)が黨(ともがら)を祐(たすけ)て。神罰(しんばつ)の

掲焉(いちじるき)をしらしむ。且(かつ)梅稚(うめわか)を奪(うば)ひ去(さ)りし癖者(くせもの)は。盛景(もりかげ)が葉子(ふこうのこ)忍(しのぶ)の惣太(そうだ)といふものぞ。彼(かれ)年来(としころ)夥(あまた)の女子(をなご)を拐挈(かどはか)す。暴悪(ぼうあく)たえて比(たぐ)ふべきにものなし。家(いへ)は漆(うるし)

が淵(ふち)にあり。おの/\はやく行向(ゆきむか)ひ。源五(げんご)が如此々々(しか”/\)の故(ゆゑ)によつて。盛景(もりかげ)より豫得(あづかりえ)

たる。短刀(たんとう)をもて彼(かれ)を誘(いざな)はゞ。事おのづから顕然(げんぜん)たらん。個(たゞ)定業(ぢやうこう)は神仏(しんぶつ)も救(すくひ)がたし。

惜(をしむ)べし挿頭(かざじ)の梅花(ばいくわ)。開落(かいらく)十六年(ねん)ならんとは。といひをはり。忽地(たちまち)にみえずなりぬ。

わが主従(しゆうじう)神勅(しんちよく)の灼然(いたちこ)なるに感佩(かんはい)し。且(しばら)く汝(なんぢ)を試(こゝろみ)ん為(ため)に。源五(げんご)が徒(ともがら)の太刀(たち)衣

装(いしやう)を取(とつ)て。われは源五(げんご)に打扮(いでたち)。松稚君(まつわかきみ)と勝久(かつひさ)ぬしは。従者(ともびと)に打扮(いでたち)。この短刀(たんとう)〈○ノタチ〉を

もて誘(いざな)へば。汝(なんぢ)果(はた)してその實(じつ)を吐(はけ)り。いざ松稚君(まつわかきみ)梅稚君(うめわかきみ)の仇(あた)。思ふ随(まゝ)に撃(うち)給へと

申て自他平等(しだひやうとう)の短刀(たんとう)を逓(わた)しまゐらせ。やがて後方(あとべ)に居(ゐ)かはれば。粟津(あはづの)六郎は。

腰(こし)に著(つけ)たる袱包(ふろしきつゝみ)より。源五(げんご)が首(かうべ)をとり出(いだ)し。刀尖(きつさき)につらぬきて高(たか)く指(さし)し掲(あげ)。

主(しゆう)に引副(ひきそひ)詰(つめ)よせたり。そのとき松稚丸(まつわかまる)は。惣太(そうだ)をしばし〓(日+児)著(にらみつけ)。みよ奸賊(かんぞく)源五(げんご)は

既(すで)に誅(ちう)したり。われ今(いま)弟(おとゝ)の仇(あた)を報(むく)ひ。又(また)父(ちゝ)の仇(あた)たる。盛景(もりかげ)亀鞠(かめきく)を討(うた)んと欲(ほつ)す。

臆(おく)せしか。などて勝負(せうぶ)を決(けつ)せざるぞとて。いきまきあらく責(せめ)給へば。惣太(そうだ)は只(たゞ)呆(あき)れ

に呆(あき)れ。忙然(ぼうぜん)として居(ゐ)たりしが。今(いま)は脱(のが)れぬ所(ところ)也と思ひたえ。刀(かたな)の靹(つか)に手(て)をかく

るをも。半(なかば)までも抜(ぬか)せず。忽地(たちまち)惣太(そうだ)が首(かうべ)を打(うち)おとし。やがて粟津(あはづの)六郎。軍介(ぐんすけ)

等(ら)とゝもに。梅稚丸(うめわかまる)を抱起(たすけおこ)し。さま”/\に勦(いたは)りて呼(よ)び活(いけ)給へば。梅稚(うめわか)やうやく甦生(いきいで)て。細(ほそ)やかに見開(みひら)き給ふ。眼(め)の裡(うち)に玉なき涙(なみだ)を含(ふくみ)。兄君(せうときみ)恙(つゝが)なくてましま

せしか。六郎母公(はゝぎみ)はいかにし給ひつると問(とひ)給ふに。粟津(あはづの)六郎は。いよゝ面(おも)なくて。はか”/\

しく應(いらへ)もせず。松稚丸(まつわかまる)は惣太(そうだ)が首(かうべ)を掻(かい)よせて。やよ梅稚(うめわか)。御身(おんみ)が仇人(かたひと)はわれ立地(たちどころ)

に撃(うち)とりぬ。痛(いたま)しや。御身(おんみ)既(すで)に肉(にく)破(やぶ)れ骨(ほね)摧(くだけ)たれば。とても薬餌(やくじ)の済(すくふ)べうも

おぼえず。もしいひ遺(のこ)す事あらば。聞(きこ)え給ひてよと宣(のたま)へば。梅稚丸(うめわかまる)いと苦(くる)しげ

にて。智(ち)もなく勇(ゆう)もなき梅稚(うめわか)が臨終(りんじう)に。何事(なにごと)をか申べき。しかはあれど。わが身(み)こゝに

来(き)つる時(とき)みれば。彼処(かしこ)の出崎(でさき)に一株(ひとかぶ)の柳(やなぎ)あり。ねがはくはこの樹(き)の下(もと)に。骸(から)を〓(病垂+坐)(うづめ)て

給はれかし。出家(しゆつけ)せば。五戒(ごかい)をたもち。人をも済(すく)ふべかる我(われ)故(ゆゑ)に玉柳(たまやぎ)が命(いのち)を隕(おと)せし事。

いと便(びん)なくも罪(つみ)ふかし。しかれば彼(かれ)が名(な)にしおふ。柳(やなぎ)の下(もと)に埋(うづま)れて。ながく望(のぞみ)を果(はた)

さすべし加稱(しかのみならず)かしこけれど。わが父(ちゝ)の乳名(おさなゝ)を柳王(やなわう)と申せしと聞(きけ)ば。是彼(これかれ)柳(やなぎ)に由縁(ゆかり)あ

り。さは青塚(せいちやう)のぬしとなりて。白楊(はくよう)の蔭(かげ)に睡(ねふ)るとも。母(はゝ)の歎(なげき)の面(まの)あたり。只(たゞ)見(み)るごと

く思はれて。いとゞ悲(かなし)く。侍(はべ)るめり。又父(ちゝ)の形見(かたみ)なる宝鏡(みかゞみ)は。今なほ挟(おさめ)て懐(ふところ)にあり。

しばらくもわが影(かげ)をとゞめつるものなれば。これを母御(はゝご)に進(まゐ)らせて。今より後(のち)は梅

稚(うめわか)とも。〓(亦+↓肉)(みそな)はせと申させ給へ。聞(きこ)ゆべきは是(これ)のみと。宣(のたま)ふ声(こゑ)も息(いき)きれて喞々(かごとがま)しき虫(むし)の

音(ね)の霜(しも)に衰(よは)るに異(こと)ならず。あへなく縡切(ことき)れ給ひけり。時(とき)しもあれ愿哲(ぐわんてつ)は嚮(さき)に

梅稚(うめわか)の脱(のが)さし給ひける女童(めのわらは)を引抱(ひきかゝへ)。息(いき)も吻(つき)あへず走来(はせく)るをそれが母(はゝ)なりとおぼ

しくて。年紀(としのころ)四十(よそぢ)にちかき女(をんな)が。かへせ戻(もど)せと呼(よ)びかけつゝ。遙(はるか)に後(おく)れて追蒐(おつかく)る。愿哲(ぐわんてつ)

これをみかへるもせず。つと裡(うち)に跳入(おどりい)れは。彼(かの)女童(めのわらは)は軍介(ぐんすけ)をみて。喃(なう)わが父(ちゝ)と叫(さけぶ)を

松稚丸(まつわかまる)一刀(いつとう)に惣太(そうだ)

が首(かうべ)を打(うち)おとし

軍介(ぐんすけ)立地(たちどころ)に愿哲(ぐわんてつ)

を殺(ころ)して梅稚丸(うめわかまる)

の仇(あた)を報(むく)ふ

軍介(ぐんすけ)は聞(きく)もあへず。奮然(ふんぜん)として走(はし)りかゝり。只(たゞ)一刀(いつとう)に愿哲(ぐわんてつ)を乾竹割(からたけわり)に切倒(きりたふ)せり。

そのとき母(はゝ)はからうして走(はしり)つきとみれば夫(をつと)軍介(ぐんすけ)が。癖者(くせもの)を切(きつ)て捨(すて)。血刀(ちがたな)引提(ひさげ)て

立(たつ)たれば。且(かつ)驚(おどろ)き且歓(よろこ)びおそる/\ほとりちかく踞(かとま)りて。さていふやう。比叡(ひえ)の辻(つぢ)

なる道祖神(さへのかみ)の祭礼(さいれい)に。御身(おんみ)は天狗(てんぐ)に〓(爪+國)(つかま)れ給ひしと聞(きこ)えし程に。女児(むすめ)浅舩(あさふね)と

ともに通夜(よもすから)泣(なき)あかし/\たるに。それは虚言(そらごと)にて。實(まこと)は松稚丸(まつわかまる)を伴(ともな)ひて。往方(ゆくへ)なく

なりつる也。こは憎(にく)しとて。詰朝(あけのあさ)。朝家(みかど)より官人(つかさ)夥(あまた)出来(いできた)り。忽地(たちまち)家(いへ)を破却(はぎやく)して。

近江(あふみ)の住(すま)ひを許(ゆる)されねば。いとゞ悲(かなし)くも便(びん)なくて。御身(おんみ)に環會(めぐりあは)ん為(ため)に。浅舟(あさふね)

を将(い)て東路(あづまぢ)に迷(まど)ひ来(き)つ。剩(あまつさへ)けふこの渡(わたり)にて。浅舩(あさふね)を奪(うばゝ)れ。悲(かなしみ)に悲(かなしみ)をまして

彼此(をちこち)を索呻吟(たづねさまよひ)しに。浅舩(あさふね)迯(のが)れ来(き)たりければ。うれしと思ふかひもなく。前(さき)の

男(をとこ)が行(ゆき)かゝりてふたゝび女児(むすめ)をかい〓(爪+國)(つかみ)て走去(はせさる)を。追(おひ)ひつゝこゝに来(こ)ぬるといふ浅舩(あさふね)は又(また)梅稚(うめわか)の死(し)し給つるをみて驚(おどろ)き悲(かなし)み。嚮(さき)にこの人。わらはをさへ脱(のが)さし給へ

は輒(たやす)く迯去(にげさり)給ひつらんと思ひしに。あへなくも殺(ころ)され給ひぬるに。あな痛(いたま)しとて泣(なき)

にけり。軍介(ぐんすけ)つく”/\と聞(きゝ)て。松稚丸(まつわかまる)に申スやう。彼(かれ)は僕(やつがれ)が妻(つま)にて。浮草(うきくさ)と呼(よ)び

これは女児(むすめ)にて。浅舩(あさふね)と名(な)つけ給。しかるに浅舩(あさふね)が。梅稚君(うめわかきみ)に扶(たすけ)られて。一(ひと)たびとこゝ

を脱去(にげさり)し事。軍介(ぐんすけ)が身(み)にとつては敢(あへて)幸(さいはひ)ともおぼえ給はず。彼(かれ)もし残(のこり)とゞまりて

梅稚君(うめわかきみ)の命(いのち)にもかはり進(まゐ)らせなば。斯(かく)面(おも)ぶせなる思ひはせじとて。只顧(ひたすら)後悔(こうくわい)したり

しかば。松稚丸(まつわかまる)宣(のたま)ふやう。軍介(ぐんすけ)は義(ぎ)に仗(よつ)て。われを救(すく)ふにその妻子(さいし)を顧(かへりみ)ざれは。梅稚(うめわか)は

又軍介(ぐんすけ)か女児(むすめ)を憐(あはれ)み。これを脱(のが)さして身(み)を殺(ころ)すに至(いた)る。善(ぜん)にかならず善(ぜん)の

報(むくひ)あり。悪(あく)に亦(また)悪(あく)の報(むくひ)ありて。惣太(そうだ)は終(つひ)に討(うた)れたり。われ故(ゆゑ)に権(しばら)くも。浮草(うきくさ)浅

舩(あさふね)をやらんを苦(くる)しめたるこそ。いと惜(を)しけれと宣(のたま)へば。粟津(あはづの)六郎洟(はな)うちかみ梅稚君(うめわかぎみ)

横死(わうし)の事はすべて六郎が一身(いつしん)に係(かゝ)れり。それさへ後(のち)の忠義(ちうぎ)を思へば。おめ/\と存

命(ながらへ)ぬる。胸(むね)くるしとはいかならん。察(さつ)し給へとて悔歎(くひなげゝ)ば。軍介(ぐんすけ)いと理(ことはり)なりと思ふにぞ

鳰崎(にほさき)玉柳(たまやぎ)がはかなき物(もの)かたりを。浮草(うきくさ)浅舩(あさふね)に説(とき)しらせ。人みなしめりがちなる

に。天(そら)さへ雨気(あまけ)つきて。永(なが)き春(はる)の日(ひ)も暮(くれ)なんとすれば。松稚(まつわか)は粟津(あはづの)六郎。軍介(ぐんすけ)等(ら)

に仰(おふせ)て。惣太(そうだ)等(ら)が屍(しがい)源五(げんご)が首(かうべ)を。川原(かはら)へ投捨(なげすて)て押流(おしなが)さし。軈(やが)て梅稚(うめわか)の携(たづさへ)給ひし。鏡(かゞみ)

を取(とつ)て懐(ふところ)に挟(おさ)め。遂(つひ)に亡體(なきがら)を舁出(かきいだ)さして。遺言(ゆいげん)に任(まか)せ。出崎(でさき)なる柳(やなぎ)の下(もと)に葬(ほうむ)ら

し給ふ折(をり)しも。思ひもかけず月林寺(ぐわつりんじ)の仲圓(ちうえん)阿闍梨(あじやり)。二人(ふたり)の徒弟(とてい)を将(ゐ)て。行脚(あんぎや)し

給ふにあひまゐらせ。松稚(まつわか)并(ならび)に以下(いか)の人々(ひと/\)驚(おどろ)きあやしみ。いかなる故(ゆゑ)ありて老躯(ろうく)

を厭(いと)はず。かく旅(たび)をはし給ふぞと問(とふ)に。阿闍梨(あじやり)答(こたへ)て。われ汝等(なんぢら)兄弟(きやうだい)の事いと

心もとなさに。陸奥(みちのく)行脚(あんぎや)と披露(ひけら)しつ。その往方(ゆくへ)を見究(みきはめ)んとて来(きた)りしに。ゆ

くりなくもこの処(ところ)にて。環會(めぐりあふ)うれしさと宣(のたま)へば。松稚(まつわか)も又その好意(こゝろざし)の浅(あさ)からざるを

歓(よろこ)び聞(きこ)え。わがうへ。母公(ぼこう)の事梅稚丸(うめわかまる)横死(わうし)の事。すべておちもなく告(つげ)給へは。阿闍梨(あじやり)は

ふかく哀悼(いたまし)み。二人(ふたり)の徒弟(とてい)とゝもに讀経(どきやう)引接(いんぜう)して。亡魂(ぼうこん)を吊(とふら)ひ次(つぎ)の日彼此(をちこち)の道俗(どうぞく)

を相語(かたら)ひて。一七日夜(いつしちにちや)の大念佛(だいねぶつ)をとり行(おこな)はせ給ひけり。時(とき)に順徳院(じゆんとくいん)の承久(じやうきう)二年(ねん)春(はる)

三月十五日梅稚(うめわか)年才(ねんさい)〈○トシ〉僅(はづか)に十六〈一説に十三才〉一朝(いつちやう)野人(やじん)の為(ため)に枉死(わうし)して。玉樹(ぎよくじゆ)を墨水(ぼくすい)

の南岸(なんがん)に埋(うづみ)。ながく路人(ろじん)行客(こうかく)の衣襟(いきん)を濡(ぬ)らさしむ。哀(あは)れはかなき世(よ)の中

なり。