[麻知文1]

ま地不美

昔ふる郷に在し時、八月十四日、八幡山の神祭見に詣てよめる歌、

        秋風は、日にけに吹ぬ、しら露は、朝に夕へに、浅芽原、玉と見るまて、置そふと、人のかたれは、うつせみの、世渡る業の、暇あらは、いきて見ましと、思ふ空、安からなくも、たまさかに、出立けらし、堀江川、舟きほつゝ、夕河の、みをさかのほり、漕ゆけは、秋は最中の、十日余り、四日の夜よしと、月影は、高くさし出ぬ、伊駒山、常居る雲は、秋風に、はれみ曇りみ、岸つたふ、水陰草に、鳴虫の、声をし聞けは、かにかくに、秋そかなしき、衣手に、露はそほちて、浪の道、遠くきにけり、ぬは玉の、夜さへ更ぬれ、月読の、光のさやに、見さくれは、我心さす、やはた山、神さひ立り、この夜らや、神いさめすと、宮つこ等、まゐりつとひて、白妙の、袂振はへ、須米神の、出ましの道は、岩かねの、こゝしき道そ、級立る、さかしき美坂、平らけく、あゆみゆくめくり、神遊ひの、三くさの笛は、春鳥の、百千の声と、打ならす、鼓の音は、天雲の、よそにとゝろく、神の音の、をちに聞えて、諸人の、心そすめる、掛まくも、たふときろかも、皇神の、遠きむかしを、倭文手巻、くり言はせん、しらぬ火の、筑紫の蚊田に、あれましゝ、そが跡とめて、里の名を、うみとたゝへて、永き代に、いひつきけらく、大神の、おほみ心は、遠しろき、河内の国の、軽島の、あきらの宮に、天の下、治めたまへは、たく衾、しら伎の国も、ことさやく、百済もこまも、草木なす、風に靡きて、としのはに、八十船うけて、貢物、奉るなへに、唐土の、賢き道の、ふみともを、読て聞ゆと、から人も、つかへまつれは、万代の、今のうつゝに、つたへ来て、大御代毎の、すめみまの、神なからしも、みはかりに、えらひとらして、国民を、ゝさめたまへは、そか法に、天の益人、益も、さかゆく事は、この神の、大み心そ、言まくも、かしこけれとも、かけまくも、たふとかり、しぬのめの、ほから/\と、天の原、朝霧こもり、出る日は、此いつきます、ゝめ神の、とほつ御祖と、あかめます、大日るめの、神なから、あま照します、御影そと、あく世もしらず、拝みつるかも、

ある人、度々せうそこするに、世の業のいそしさに、かへり言聞えす過せしかは、事やはある、あしきには罪かうふりてん、と云こせしかは、打驚きて云やる、

        中ゝに我怠りをしるへにてうれしき人の心をそ見し

と云てかいつくるを、かたへにある人の見きゝて、口はいとかしこく頼まれものになん、といふ。いとも鼻しろむへくなりぬ。

都のあはた山のへに、小西の何かしと云人は、しは/\もいきとふらはねと、物のことわりわきまへたる人にて、をかしきかたらひ人也しか、年ころやみ/\て、むなしく成たる後に、其子の手向くさ給へと、乞来たりしかは、

        老か身にうれしとそ聞子規死出の山にも友は有けり

是を人の聞て、情なくよみたり、といひくたしつる由にて、其子も腹あしく云と聞えしかは、かへしてよ、といひやりつれど、かへさす。後は音つれもこす。物のこゝろふかうおほし入らぬ人は、中々なる心して、老たる人をもいひたくたすよ。翁も若き時は、しかりけんかし。

荷田信美か新室をことふける哥

かけまくも、かしこけれとも、いはまくも、あやにたふとき、すめみまの、神の尊の、御心を、たひらの宮と、さためまし、御代の嗣々、玉松の、千歳なせれは、枝葉おひ、根はひゝろこり、あま雲の、上につとへる、臣達の、末にまゐてゝ、夜の守り、昼のつかへに、雲に乗る、竜の尾をふみ、鵲の、橋をわたりて、かしこしと、身をたしならぬ、汐干の、か田の氏人、いさをあれは、此大宮の、とのへなる、鴨の川岸、ふみならし、岩ねとりなみ、真木柱、えつり壁艸、はこひもて、作りし家は、さき草の、さきく真さけく、うみの子の、末のすゑまて、住つかん、はしめおこせは、大鳥の、羽かへはせしな、河の辺の、(以下欠、反歌まで、『藤簍冊子』巻二に所収)

麻知文

        門ひろき人のなさけを見きくには交はりかたきものにさりける

となん、すゝろにおほしなるは、かうやうのしれ人には、はたあしき神のつくと云なる。ふる郷なから、あまりに去離れて、人気とほき井中にいきて住けり。しはしとおもひしか、六とせ経にけり。其とし月の事とも夢のやうにて、皆忘れにけり。母しうとめいとほしく、こゝにてむなしくならせ給ぬ。身の罪さすかに人はせめ聞えねと、おのか心のとかむれは、いたうやみふして、ほと/\まなこひとつひかりを失ひてけり。年も改りぬ。

        のとかなる日影はもれてさゝ竹にこもれる庵も春は来にけり

又のとしの春のあしたには、

        我こそは面かはりすれ春霞いつも伊駒の山にたなひく

さて、こゝにもすみはつましきくせちとも、一つふたつ出きにけれは、打泣て、

        むすふより荒のまさる草の菴をうつらの床となしやはてなん

と伝つゝ思煩ひにけり。つきそふ人はみやこのうまれにおはせは、いさ給へ、とすゝろきたつに、れいの神のさそふにやあらむ、いそきまとひて来にけるか、浦島の子のためしに、とひよるかたも、絶て無かりけり。雲の波たつ粟田山の麓を、又南禅寺の内にすみかへしか、神のさそふまに/\、都の内にても、をちこち住わふる、人わらへなる事なん、ひとの国に来ても、猶やまさりける。友も二人みたり、問かはし、いきかひしけれと、たまあへるはえもとめあはさりけり。小沢蘆菴と云翁は哥よむ人と、かねて聞知たりけれは、荷田の信よしにいさなはれてとひゆく。翁、待とりたるやうに、あるしゝ給へりき。思ひかけぬ昔物かたりなとも出きて、いとなつかしきものにかたりあひにけり。橘の経すけも参りあひて、翁さうの琴、つね亮やまと琴、かきあはせて遊ふ。所から面しろくおほえしかは、信美に筆代らせてよみけり。

        山さとのふた木の松の声あひて秋のしらへはきくへかりけり

二木とは、此軒に喬くおひかはせるをいひよせたりける。翁、かへし、

        山陰のふたきの松の秋のこゑ人に聞るゝ時もまちけり

世継直員と宇治の里にいきて、河の流に茶を煎んとて行。この道ゆきふりは、直員の筆とられしは、それにかこつけて、何事も忘れたり。たゝこの橋の絶たりしを思へは、おほよそ四十とせ余りなるけふ又打わたるは命なりけり。

        つくるなり宇治の川瀬の橋柱むかしにかへる浪のおとかな

        かけたえは神もむなしき名のうさにわたりまもらせ兎道のはし姫

河岸の家にやとりて、此流をくみて、かんはしきを烹る。いと心ゆく遊ひ也。

        おそくとも月をはまたんやまさとのねよとの鐘はつかぬやとりに

月も出ぬ、

        わひしらにうちの橋本やとかりて秋の夜わたる月をみるかな

        朝日山とかけの家くらけれはひかり夜ふかきあり明の月

とくおきて、川のおもてをみれは、

        風もなき朝たつ霧のそれをさへさそひてくたるうちの川なみ

平等院のきしつたひを、みなかみにのほりゆくに、人のうちむれたるは何ならんとみれは、この河かみより流くる柴たき木を、小舟あまた乗出て、手ことに拾ひあくるになん有ける。かかるわさいまた見きかす。川に臨みてひとつ屋のあるに入て物とへは、水かみ四五里はかりの山ゝより、柴車といふ事して、峰岡よりころひおとすか、ゝくなかれくたると云。いとめつらかなる事を、けふ来あひて見る事よ。

        おもひきや峰のこり柴氏河の波にまかするならひありとは

        なかれあひて岩にしからむ柴焼木滝つはやせもよとはありけり

いといひときかたけれと、心にしるすはかりにとてなん。

信美の家に人ゝつとひて哥よむにいきあひて、森の夕時雨を、

        かた岡のもりて日影はさしなから木の葉をさそふゆふしくれかな

まらうと問きて、此哥を書てよ、と云。いひつとおほえねは、いなみてかゝす。彼翁かよしとほむれは、人めでつ、あしといへは、いふかひなきものにいふとそ。いみしきほまれ有人になんおはす。ひか/\しき田舎心には、おのれよしと思えぬは、人のほむるにもしたかはす、あしといふとも又。

南禅の真乗院の雪岡、あつまにくたらるゝに、馬のはなむけす。

        ふるさとに住てあらましを何に此みやこに人の別れしにこし

荷田の信郷来て、めつらしく都の春をむかへらるゝ事よ、客中の歳暮をよみてきかせたまへ、あすまうてん、とてかへられぬ。試みらるゝにやとひか心すれと、日暮てのふよしのとひこしに、筆取てよとて、つゝめき云、いにしへふり、

        うつせみの、世は海にかも、我はもよ、棚無小舟、おき辺ゆかは、風をいたみか、おきつかい、とりかてぬかも、ありそへは、浪のさわけは、辺つかいも、とりえぬかもや、人皆は、しかにはあらしを、我はもよ、世のしれ人そ、浪速江の、あしの八重ふき、ひまもなく、物をそ思ふ、心から、すみかさためす、草枕、たびとあはれと、都人の、見らくをやさし、みな月の、暑き昼はも、夏虫の、ほ虫の衣、ひとへこそよき、夜るはもよ、露にぬれつゝ、秋されは、ひちこそまされ、天河、あふきて見れは、月影は、盈てそかくる、我齢、吾世もしかそ、なか月の、夜寒になれは、雁かねの、おほふ翅に、もる霜に、はたへ氷れと、冬衣の、神も守らす、やれくたつ、しくれの雨の、ふるころも、身にとりまとひ、ぬる夜稀に、わひつゝそふる、しかはあれと、世は海なれは、大船に、真楫しゝぬき、わたりする、人のうけきも、喜ひも、我はしらすえ、三冬つき、春はちかけと、西の市に、立も走らす、ひんかしの、市にもゆかす、足曳の、山への家に、庭雀、うすゝまりをり、堅塩を、取つゝしろひ、さす鍋に、湯わかしくみて、あら珠の、来経ゆく年を、むかふとやきく、

  右寛政五年夏六月、漂然来于京師、茲冬十二月廿八日夜戝賦之

清風瑣言の興宴によめる歌の中に、陸樹声か撰ひし茶候を、

        涼台  暮はまたおのか世とてや打はらふ露のうてなに月すみわたる

        僧寮  御名となふ隣きかれて山ふかき寺の長屋はあはれなりけり

        道院  雲風に乗て遊へる人すらもつひのやとりはありとふものを

        松風  松かせの音になれにし心には塵もすゑしとおもひこそしめ

        竹月  たかむらの枝葉こもれる下途に光くたけて月のさやけさ

        行吟  花山にけふは入なん春鳥のさまよふ声をしるへにはして

        把巻  余所はまた暮もはてぬを森陰にふみゝる人の窓のともし火

又、茶侶七類の中に、

        翰卿  鴬の声のあや啼やとりには文好む木の花咲にけり

        墨客  かちの葉に心をのせて水茎のそこはかとなき跡にまかさん

        緇衣  すみ染にたちぬふわさのなくもかなうき世の門はあけすあらまし

        逸老  懸すてし破れ車のこし方をおもへは高し九重の門

        散人  花鳥のいろにも音にもほたされていとまある身の暇なきかな

        <軒〓中超軼世味者>いつちにか世をは避へき大内山木かくれて秋の月をこそ見め

        <喫茶三〓不可過>あかてしも春のこのめを摘みて煎じて心は秋の水とこそすめ

やよひ十五日、嵐山の花見にいきしに、相しれるかれ是いきあひ、月かけて河辺にあそひをり、

        大井河くたす筏のあとたえてゆふへの波に花散うかふ

        大ゐ河きしの桜の影暮れて月に成ぬる波の光は

上田咸幸か北山の別荘に遊ひて、

        ほとゝきす待をならひと夕かけて山のいほりに長居せしかな

南禅のやとりに、垣のもとをこまの滝の末のなかれて過るを、芦庵か、

        君かすむ宿の水おときゝつれは濁るこゝろもあらはれにけり

是かかへし、

        我庭のさゝれ石こす谷みつのすむとはかりは人めなりけり

八月十五夜、蘆庵のいほりに人ゝつとひて哥よむ。五月雨をさくりえて、

        さみたれにすまのとまやの芦すたれたれこめてけふも暮ぬとそ見る

暮秋庚申の夜、のふよしの許にあそふ、

        枕にはよらぬ習ひのこよひしも秋のわかれをかねてをしまむ

信美かへし、

        たかやとも枕をとらぬこよひとて行秋さへもとまらさりけり

松かさきこゆるほとしくるゝ、

        しくれの雨はやくそふりく大日枝や小比叡にかゝる雲と見しまに

昔ゐなか住せし時の事とも、思出ぬるまゝにかいつくる、

        おもふ事ありとはなしに悲しきは秋のならひのゆふ暮の空

        此ゆふへ雁なきわたる山城のふしみのわさ田かりやそめ劒

難波人の、野はこの此いかにと云こせしかは、

        玉と見る秋の露はらぬきとめん拾ひやおかむ来ませ我兄子

ある人のもみしおしたる紙幾ひら贈りて、物書てよと乞に、一ひらかへす、

        いろもなき枯生の宿の朝戸をはおしてもみちの散くへきとは

箕面山瀑布歌

        神代より、いひ継けらく、天つちの、始の(以下欠、『藤簍冊子』巻一に「遊箕面山歌」として所収)

麻知文2

          妻を失ひし后河内にゆける記

          亡友をおもふ記

          大和めくり紀行

寛政丁巳の冬十二月十五日と云日、我うはらの尼、とみのやまむなしくなりぬ。こいまろひ、足搨しつゝなけとも、すへのなさに、野に送りて烟となしぬ。ひつ木の内にかいつけたるくり言、

        つらかりし此年月のむくひしていかにせよとか我を棄けむ

蘆庵のもとより、とふらひきこゆ、

        老らくのひとりおきふす悲しさを我身のうへにおもひこそやれ

こたふ、

        起ふしはひとりとおもふを幻にたすくる人のあるかゝなしき

度々聞えられしかと、歎きのひまなさに忘れつ。いかにしてかあらんとすと、しる人のかきりは問こしも、月日たちては音つるゝ人もなし。さるへきにこそと思ふ/\、

        あはた山あはれと人のとひこしも跡なき空の風のしら雲

なき人の書おきたる物らを、人ゝのとむらひ草に取くはえて、八条の大通寺の内に、実法院と申御寺に納め侍りき。いともすへなく、身を捨ん海川やいつこと、おほしめくらすほとに、月日過にけり。心にもあらでとは、実に翁か為に人のゝたまへる也けり。平瀬のすけ道のめの、尼に成て河内の国の故さとにいにて住か、時々ことかよはせるに、難波にくたりし便に、一人とひゆく。道のほとににはかにむら雨の降来て、いとわひし。

        いこま根の雲は嵐に吹落てふもとの里をこむるあま霧

待とりたるものに、あはれなる事共かたりあひつゝ、かたみに袖をしほりて、日比とゝまりをる。さぬる秋はなき人とこゝに来て遊ひつるを、おほしいつるにも、いと物うくなくさむ事こそなけれ。

        かりわひぬ宿は昔の春なから身にあき風のしむこゝちして

        夢に見え現にさらぬ俤はかはらぬやとにあれはなりけり

        身はおなし家にありとも物思ふ心をいつちやとりかへてん

春も暮かたなるに、

        さくら花ちるを心のはてにして残る日数の春は春かは

卯月の廿日まりより、かた/\の光をさへ失なはんする、いとかなし。まめ心なるうはら、むすめと名つくるよしある尼、おもひかけぬ人ゝの、右ひたりに在て、我こゝにと云。いとたのもしきも、はかなき身をひとり言するたに聞せしとするなん、いと苦し。

        有わひぬ憂身なからの年月のけふより後をすむ世いかなる

難波にくす士の許に扶られてゆくたよりに、又河内にとひいきて日比在ほと、雨ふらす、田うゝるわさいかな覧、昔の人にならひて、雨を乞哥よみたまへと云。あなしれ/\し(以下欠)

  〔前文欠《『岩橋の記』「み山路のいつ鴬に身をかへて花」に続く》〕のこすゑに我は遊へる

        さくらさく山道にけふはくらさなんよしや吉野の花はちるとも

竜門山

          懸泉絶壁下、渓鳥披雲聴、強欲尋仙室、幽深肌骨冷。

よしの山如意輪寺の谷の花を見つゝ、御寺に詣つ。堂のうしろに、建武の帝の御はか所あり。陵のたゝすまひ、いとかんさひて拝まれたまへり。こゝも御牆の内つ国とは申せと、いとはるけくこふかきところにて、守へき僧ともはいつちにけん、堂には仏たにすゑ奉らす。こたまなと云おそろしき物や、住かはれる。桁、うつはり、承塵、すへて蛛の網にこめられて、いとすさましな。万里小路殿の御いさめおほしにかなはせたまはゝ、かゝる所にはふらし奉らんやは。大まへの塔婆を見れは、去歳の八月十六日なん、四百五十年の御国忌なる。

        み山の日影もゝれぬした露に数そふ涙とゝめかねつも

宮滝と云所こそ、いにしへ離宮のたゝせしわたりなるふへき。所のさま、世にゝす面しろし。昔よしのゝ宮を題してよみし歌おもひ出るに、ところのたゝすまひ、いさゝかうつし出たるやうなれは、よしとにはあらねと、かい出つ、

        名くはし、よし野の国は、山つみの、守りてませれは、山なみの、よろしき国そ、よき人の、よしと見ましゝ、滝津瀬は、きよきかふ内そ、しかれこそ、大みや人は  春花の、さきのをゝりに、鴬の、声なつかしみ、秋霧の、はれぬまよひに、かはつ鳴、瀬毎ともしみ、いきかひて、見れともあかす、あそひせし、秋津の小野の、とこ宮は、常世にあらで、夏箕川、なかるゝ水の、立やかへらぬ、

        み舟山常ゐる雲のつねならばたきのみやこはいまもあらぬか

にしかふの滝をせいめいのたきと云は、せみの滝と云へく云人あり。そゝや、みやこ方にも、蝉の小川、日くらしの滝なと呼も聞ゆるは、是か鳴声に似たりとてや名つけゝん。こゝもいとさや/\しく落る水の音の、しか聞まかふには、

        おひすかふ峰かとけきは落たきつ谷の木末の蝉の諸声

上市のやとりにかへるとは、

        ゆふ河のみかさやまさる妻よふと瀬々のかはつの涙ひまなき

葛木山のふもと辺つかくて、朝町と云所を過る。炭かまの煙くゆり立たるに、雨打そゝきて、いとおもしろし。

        朝まちて霞なからも降雨に烟をそふるさとのすみ竈

古き哥に、朝妻のかた山きしに霞たな引、と見えしはこゝにや。所のさまかなへるを朝まちとは、よこなはりやしけむ。

かつら城の高間山のふもとなる長柄の里長は、我いと子なるを、年月うとく(以下欠)

(前文欠)この父の助道は、よろつをおのかまゝに有しか、四そち足ぬほとより、あつき病ふして在ほとに、思ひ懸ぬにはあらねと、

        我こそとおもひさためて捨し世の人におくれんものとしらすて

岡雄鳥か妻のはかなく成にしに、よみて贈し歌、

        夏過て、秋は来ぬらし、吹風の、めにし見えねは、朝影を、涼しと人の、夕暮は、寂しかりけり、荻の葉の、音はさやきて、きり/\す、鳴声きけは、いにしへの、人のあはれと、いひ継し、時には成ぬ、其秋の、あはれちふ事を、我のみの、身にしおふかは、妹なねは、秋たつ空の、すゝろにも、よみちふ国を、何しかも、故郷の如、立ていにし、むなしき牀に、とゝまりて、いかにせよとか、男しもの、腋夾みたる、はらからの、緑子と共に、泣子なす、したひなけかひ、こいまろひ、足摺しつゝ、まとふ覧、人こそあはれ、あすよりは、いかにせましや、年月を、長くともひて、かたらひし、事のくやしき、妹なねは、よみちふ国に、さき立し、うなゐはなりに、逢見つゝ、手たつさはりて、遊ふらん、面影をたに、見まくほり、枕によれと、いねかてに、夢も結はす、荻の葉に、秋かせさやき、蟋蟀、なくよひ/\の、さね牀そあはれ

雄鳥は玉あへる友なりしか、是もまた昔の人と成んたりき。是をいためる哥よみしかと、忘れたり。又、桑名の雅言と云しは、いとたのもしき友なりし。是もはかなく成たるを、悲しひをしめるあまりに、一日一夜哥よみて手向しか、其歌ともかきけちて失ひつ。翁もやみ/\て世に在ふるかあひたに、人はおほく死ぬものなりけり。

故さと人池永秦良か、こゝに来て日ころ在ほとに、雪のふる夜、哥よみて聞せよ、と云に、筆とらせて、ともし火かゝけそむるより、夜中にいたりてやむ。それか中なる哥、

        ふる郷のなには江いかに寒からむかもの河原に雪のふれゝは

        とふといひし人はとはすて初ゆきに(以下欠「とはれぬ人のとひもこそくれ」以下、異文ながら『秋翁雑集』十六オに続く文あり)

(前文欠)心を山のおくになさはやと思へと、えなさゝりけり。

夢に六のけちめ有事を、くはしめきて云も、なへては愚さのわつらふにや、うつゝの夢てふなん、ましてやる方なき心の迷ひなりける。

        幻の人のゆくへをたつぬれはおのか心にかへるなりけり

霜こほり、風いたう身にしむ夜、れいの寐さめかちなるにも、しはしまとろむやうなる枕を、おとろかしてくる人あり。誰ならん、かしらもたけてみれは、此三とせかほと、我をいたはりつゝ、めのとのやうなりしうはら也。難波よりまうのほりし後は、ぬるきこゝちして打しはふき、かり初ふしに日比過せしか、よくこそ問来たれ、いたおほつかなかりしを、と云。いとかたしけなく、いかにおはしつらむ、心もとなくてのみ過い侍りしを、こよひめつらかなる御使してまうて侍りし、たゝ今いきて住つきたる処に、ゆくりなくいきあひ奉りしかは、御有さま、かつ御むすめの御事、吾もまめ心して御宮ちかへし奉りしやうを、もつはらに物かたり聞え侍りしかは、いとうれしき事、御いとほしさをおほししらぬにはあらねと、国のさかひ有て、たゝ物のへなたりいきて見奉覧とも、又こゝに迎へたいまつらんとも、すくよかにはえおほしたゝすなん。そこには四十九日かほと、かしこにいきかひてん。便につけて文ひとつまゐらせよ、とてたまひつる。猶のたまひつれと、忘れつ、と云てさゝけ出せるを、とりて抜きて見れは、にひ色のこまやかなる紙に、れいのことえりなくまめ/\しけに書すくめたり。

しはし見奉らぬほとゝおほしゝを、このまめ人のかたるは、三歳をなん過い侍るとか。こゝには春秋と云時もなく、年月とかいひて指折かゝむるわさせねは、垣ねの忘艸おふしたつるにもあらてよ、墨の江の小浜の蜆、あきてたに見えさせ給はぬ御目の、いといたうかなしきを、常の御言にいさきよく、ほと/\海川にも入てんなと、こちたく聞えたまへるを、うたてく耳過し侍りしを、今はいきす玉なとのさそひ出覧、いとおほつかなくおもふ給へらるゝになん、御むすめのみ心にたかへりとて、ないたまへる、人の心ゝなるは其面の如し、と常にかたり言に教へきこえ給へるものを、世にたまあへる人やはある。手をゝれは十といひつゝよつを歴て、御宮つかへし奉りしほとにも、かうしさいなまれ、からくおほえしも幾そたひそや、たゝ見はなち給はぬをこそ、かたしけなきものに、老よろほひつゝつとそひ奉りしは、松のみさをのをしへにならふにはあらで、身幸ひなく落はふれたまふいとほしさの、ひとすちをなん、ふかうおほししみぬるものを、いかにせよとか、我を捨けん、いと身にあまり、かたしけなうゝけたまはり侍る。おに/\しとて、人のいむなるをもおほし知つゝ、たふましき御本しやうこそ、いともすへなけれ。御よはひたかく、世にしられ給ふ事をさへ、むこにいひあはめたまふを、誰もあたらしく聞えたまふ也。御ひかり、くす師の御とく見たまへるを、おもふに御世も猶しはしあらせたまはんを、人に立ましらす、山こもりして、時ゝなやませたまふかいとほしき。物狂ひといふ名、はやうよりとり給へる、いで御心なる世も出こしものを、かういへはみ仏に物きこえ奉るためしそかし。いともかしこけれと、このうとん花のたよりに、くり言たと/\しうも聞えたいまつる。

        よもつ坂千曳の石もとりやらむあなうこきなき君かこゝろ

はいとも/\おに/\しうもこそ。

よみはてゝ、いまは国たかひつれと、野中のしみつもとの心さしのまゝなるそ  、いとかたしけなき。よろつよくねんしてんといへ、竹のねくらのめなし鳥も朽をしく、返事聞えてはとて、この文のうらに、たゝことみしかくて、

むかし人のいへる、国を去、うからやからにうとく、家わさをもせす、遊ひてかへらさるは何人そや、是を狂蕩の人と云、又才能にほこり、名を世にかかやかさむ事をつとめ、おのれをいかにとも知らぬは何人そや、人は是を智謀の士と思へり、此ふたりはあひともに道を失ふそ、といへりき。翁、いつれこのふたつをのかれねは、人のためにみしかきさえをくるしまんよりは、我は狂蕩とよはれてあそはへをらん。ひとつたにうれたきまなこを、見はたけて何せんに、死はやすしとも聞。たゝいまたゝおひゆかん。国へなたりてはいふかひなし。

          とりはなつちひきの石のやすけくはこえむよやかてよもつひら坂

是奉れ、相むつましくて、翁をまてといへ、と云。うはら打かしこまりて(以下欠『藤簍冊子』巻六の「よもつ文」には、以下に若干の文章あり)

(前文欠『藤簍冊子』巻二「歳晩夜坐感懐」の半から)あし原の、久堅の、天の益人、おのか世の、よけきに飽ねは、かなしひを、むかひの丘の、桜花、咲のをゝりに、ぬは玉の、一夜の風に、散か過ぬる、その花の、みさかりの如、安見しゝ、国のはたてに、仰き見て、阿部橘の、とこ宮と、思ひたのみて、夜の守、昼のまもりの、をとめ等か、赤裳引はへ、神の如、つかへませしを、この年は、なにその年そ、あら玉の、きへゆく月日、暮はてゝ、月も隠れぬ、其月の、入ぬるか如、闇の夜なす、黒き御車、とゝろこし、よみちふ国に、出ましの、御供の人は、鶴はみの、にふ色衣、にふゝにそ、あゆみやつかると、をろかみの、心もあらねは、よは車、挽れも出す、葎生の、門さしこめて、此夜らを、守てそあかす、懸まくも、かしこけれとも、玉きはる、命何せむ、老か身に、かへてしもかと、三冬つき、あすを春とも、おもほえす、あはれ/\と、この夜らを、歎きて明す、かしこけれとも、

        立さへしよもつ平坂岩くえてとほらふ道といつかなりけん

        弱くるまとほろふ道そたのまるゝ老かこゆへきよもつらひ坂

        うつし身の世の人数にあらぬ躯は又くる春に面ふせなる

            右寛政七年十二月廿九日夜

          国母御葬送之大路、与寓居相近、因有此作、

年かへりて、む月のおほやけ事とも、皆とゝめさせたまふか、二月の朔日を始に、しく/\行なはせたまふ事、もり聞たいまつりて、

        年きれとおもひし花も咲にけりにほひおくれて見ゆるものから

禅林寺にて、

        桜さくこの山陰の夕雲空さへ花のいろにゝほひて

        桜はなうれしくもあるか此夕嵐にかへて小雨そほふる

難波人武禅の絵に、初夏晩来微雨と云かたを、人ゝに乞て書せつる哥、

                                                      澄月

        よしやふれこの夕くれはほとゝきす旅たちぬへき雨もよの雲

                                                      盧庵

        縁そふこさめやくらき木のもとにほの見えそむる窓のともし火

                                                      蒿蹊

        舟とむる江の波暮て打そゝく雨にまたれつやま時鳥

                                                      立斎

        橋みゆる野川の末のなつ木立暮ゆく色も雨をふくみて

        ゆふつけて水に音なくふる雨は卯の花くたすはしめなりけり

信美の家の屏風に、殿つくりの上を、子規鳴てわたる、

        との守のとのい人かも滝口に名乗て過るさ夜ほとゝぎす

高山に雪つみ、月空にすむ、

        しら山をおろす雪吹の風の上に冬の夜なかの月すみわたる

曼倩か桃の子を偸みて、袖にかくすかた、

        すましきはぬすみ也けり幾千年のちの世まても名はきえすして

陶淵明、菊を見る、

        秋菊の露のおきふし安き身をなと世に出て立やまとひし

うら嶋子を、

        ふるさとゝ思ひしものを年へてはしらぬ国にも我はきにけり

僧の窓のもとに、文机にふみつみおきて観念するかた、

        披き見はふみもまとひと成ぬへしおもひさためんこゝろひとつに

常磐子の、雪の中に子とも三人をいたきて、立わつらへる、

        降雪に羽くゝみかぬる夜の鶴かなしき声もあめに聞えむ

紅葉散たるに、鹿の足跡あり、

                                                      蘆庵

        この秋もゆきてかへらぬあと見れは我さへそ音に鳴ぬへらなる

                                                      蒿蹊

        もみち葉はたゝ散しけや棹しかのあたをさつ男のめにたてぬまて

        暮てゆく秋をゝしかの跡とめてみ山に我もかへろとそなく

老さりては、命たにをしからぬものに、常には云めるを、目のいたみはかりおろそけならす、又故さとにいきて、くす師のしるし見むとす。この比の冷やかなる風にあてな、といましめられて、近き野山の色いかな覧、ゆかしけれと、朽をしくこもりをり。雁鳴て時雨打そゝき、すゝろさむく、ねさめかちなるよひ/\、こゝなる尼に筆よらせて、目を閉て、いにしへをおほし知る事こそかたけれとてなん、やとりの軒の山、分迷ひし野路のをちこちをはしめに、しらぬ国々をまてもとめありく、いとまめ/\しとや心みられん是はた物くるほしきさかの煩はすにこそありけれ。それか中なる哥とも、

        稀にこの秋くはゝれる年なれはいつち散らん風のもみち葉

神崎の遊ひ宮木か塚をたつねてよめるうた、

        空蝉の、世わたるわさは、いそしくも、はかなかりけり、立はしり、高きいやしき、おのかとち、はかれるものを、ちゝの実の、父や捨てけむ、はゝそはの、母の手離れ、世の業は、多かるものを、何しかも、心にもあらて、たをやめの、操くたけて、しなか鳥、猪名の湊に、よる船の、〓枕して、よひ/\に、かはる妹夫は、波のむた、かよりかくより、玉藻なす、なひきてぬれは、おれたくも、悲しくも有か、ゝくてのみ、有はづへくは、いける身の、いけりともなしと、朝よひに、うらびさふしみ、年月を、息(二十六ウ)つきわたり、玉きはる、命もつらく、末遂に、此かん崎の、川くまに、夕しほ待て、よる波を、枕となせれ、黒髪は、たま藻と靡き、むなしくも、過にし妹か、おきつきを、をさめて世世に、かたり次、いひつきけらく、この野への、浅茅に交り、露おける、しるしの石は、たか手向そも、

遊女か事、円光大師の伝記に見ゆ。水に入て後に、屍を橋のもとに波のよせたれは、ゆり上の橋となん、呼つたへたる。源平盛衰記に、神さきの橋と有か、本の名付なり。三十年前、雨久しく降さりしかは、河の水かれて、昔のはし柱六七つまて、河洲にかしら出せしを、里人にあとらへ、一かしら二さか足す挽切せ、物あまたに作らせて玩ひしか、人の乞ままにあたへて、今は板一ひらをなんととめたる。是に書付たる、

        みな底に年を古江の橋はしらあらはれてまた世世をわたらん

高雄山にて、

        おく山のいはかきもみち此ころの朝に霜おきゆふへ散つつ

とがのをにて、

        そめはてて風にまかする紅葉をあかすたたすむ橋の見わたし

庵すみいとわひしき此

        さむき夜をあかしかねてそけさ見れはいこまか嵩に雪のつもれる

としの暮ぬるに、

        よの中にさはらで年はくれにけり八重むくらさへ枯しかきめは

        かそふれは年はおほくもつみぬるを猶をさなきは心なりけり

とし立日、難波人のとひこしに、あるしすへき物もなけれは、かゆきようしてまゐらするつけ物に、

        春たちてまつとふ人に摘てまし園のわかなの雪のしたもえ

垣ねの梅ちり、うくひす啼、

        木つたひて花こきちらす鴬の羽ふきは雪にならひそめけん

平瀬の児達を、めのと等かしつきて野に出けるに、雨の降けれは、やとりに立よられしに、母刀自の許へいひやる、

        春のゝに遊ひそめぬるひな鳥の翅しほれて小雨そほふる

ふん月十七夜の月を、三井の高きに登りて湖水に望めは、

        照月の影は波もてくたけとも光は海をわたるさやけさ

あくる日は湖上の楼に遊ひて、

        白雲に心をのせてゆくらくら秋のうな原おもひわたらん

神な月の比、奈良の故さとにいきて、

        もみち葉をとめつゝくれは春日野の男鹿の牀に我もやとれり

        かすかのゝ時雨のゝちのけふなれや山はみなからもみちしにけり

滝坂と云処のもみち見に行。こゝのたき河は、大和志に、能登河としるされたり。古き歌に、水そこさへに照まてに三かさの山は咲にけるかも、と見ゆるをおもふに、所のさまさるへくおもほゆ。

        能登川のゝとにはあらで落たきつ岩切とほし水のゆくなり

佐保山に遊ふ、

        かみな月、時雨の常に、佐保の内は、露おきみたる、こゝに来て、いにしへもへは、草木すら、しなへうらいぬ、大伴の、靱とりおふと、名におひし、ますらたけ男の、家居せし、山辺の道に、袖ぬらすかも、

又一とせの春、大和なるゆかりの人をとふとて、出立つ。やまと河のわたりを、かし原の郷よりこゆるに、

        一葉よりうかへならひし河舟をつなくきしねの春の青柳

[麻知文3]

秋翁雑集

        (前文欠『藤簍冊子』巻二「散はてゝその木ともなき」に続く)冬枯れに一葉名残の色は見えけり

        はふり子か清むる跡に木葉散て神のみたらし氷ゐにけり

        苫掲て夜のほとみれは友船のそなたしくれて波さわく也

        霙ふり夜の更ゆけは有馬山ゐて湯の室に人のともせぬ

        大原の丘のお神かふらす雪やまと国原道もなき哉

        箱根路の雪ふみ分けて真しらねの不二の高嶺を空に見るかな

        おもひしも聞しもゝのか冬深き雪の下なる越のたひ寝は

        大君の御鷹あはすと狩杖の音のたかしもよ野路のふし原

        御幸待て野山の神もちかふらし鳥たちもらさぬ朝かりの場

        広沢の水にうきねてをし鳥のはね切おと聞夜さむしも

        真木たてるあら山中の池水にうき寐あまたのをしかもの声

        大倉の入江の小舟こけはたちかへれはうかふ鴛鳧のこゑ

        田なかみの河辺の家に宿からむ網代の波に千鳥しはなく

        御名となふ夜居の法師かあけ衣明ていつとも誰かとかめむ

        かそふれは年はあまたにつみぬるを猶をさなきは心なりけり

            天

        八百万千よろつ神の神こともあめ先なりて後とこそきけ

            星

        闇たにもしのふさはりとさやけきは天のかゝせ男あやしき神也

            曉雲

        よしの山雲にまかへる花さけは花にもまかふあかつきの雲

            雲

        晴くもる人の心にくらふれは雲のまよひはかことなりけり

            霧

        朝きりの海の玉藻と見しは此梺に茂き杉のむら立

            露

        巻向の桧原さやきてふく風にはつせをとめの袖かへる見ゆ

            塵

        小車の塵なる我や九重の道にはたてと人に見えすて

            山

        法の師の吾たつ杣をはしめにて比叡の山彦よはぬ日も無し

            竜門山瀑布

        音たかき竜の門より雲出てよそに滝なすゆふたちの雨

            夏の不二を

        消てふる雪か散けんふしのねのすそ野の原の夕立の雨

            都

        神なからえらひさためて国つちをたひらの宮は今さかり也

            旧都

        いにしえの高津の宮にたつ民は万代まてと造りけんかも

            禁中

        おもへとも思ひやはえむ色に香にひたりの桜みきの橘

            里

        こゝのへに隣りてすめるさと人は宮なれてたゝ物はいふなり

            市

        うね火山梢にさわく朝鳥のさきにむれたつ軽の市人

            温泉

        この秋は伊よのゐて湯にやとりして礒へのたつの声を聞かな

            海

        越の海は浪たかゝらし百船のわたりかしこき冬は来にけり

        わたつみのそこともしらぬとまりして袖には波のかけぬ夜もなし

            津

        大伴の津守にとへは波たかし御ふね出さむけふならなくに

            浜

        あなさひしさそひ出ても妻こめんたよりにたになき蔵無しの浜

            渡

        橋こそは絶しまゝなれ長柄川夜さへわたせるふな〓の音

            島

        名もしらぬ沖の小島のとまり舟ゆふ波さわき秋の風吹

            滝

        散花は春のみなわに跡きえてとはに流るゝみよしのゝ滝

            池

        路ゆかはとひてもみませ笠縫の真すけ刈てふ真野の古池

            池漕舟

        かふ内なる狭山の池の広けれは秋田かりつむ舟も見えけり

            船

        から〓を五手にたてゝ四のふねわたせし御代の例しのはゆ

            野渡無人舟自横

        冬枯の野川の風を身にしめてあはれやひとりわたりよふ人

            山院

        をはつ瀬の寺の長屋の仮枕夜ころなしめる鐘の音哉

        久方の日のたてぬきに春秋をあやに織なすたく機の神

        霞たちめもきり原のわか駒のはむとする/\草はもえけり

        風はやき山はけしきの立かへて横河の杉に霞棚曳

        この里は梅の林にこめられて薫るものともしらす顔なる

        うめの花風にちる毎鴬の笠とられたるこゝちやはする

        おもふ人こんといふまに梅花けさの嵐に散初にけり

        春雨は是にそいとふ紅のやしほの梅はさめもこそすれ

        こち風のけぬるき空に雲あひて木の芽はるさめ今そふりくる

        けふいく日はれぬ雲間にのとかなる日影をこめて春雨そふる

        いつはらぬ春の日数をかそへきて山の桜は咲初にけり

        みよしのゝ花遅けなる年たにも河瀬おほろに月は霞める

        しはしとてたゝすむ花に逢坂の関はゆふへの戸さしせしかな

        夕日影かゝやく峰のさくら花けふも見さけてくるゝ庵哉

        時鳥鳴へく成ぬ花はみな散せし雨の空の余波に

        み吉野の岩の陰道春ゆけは滝つかふ内に花散うかふ

        あすもこん菫花さく春のゝの林かくれに雉子しはなく

        みよしのは青菜にかはる岩陰に山下照しつゝじ花さく

        吉の河蝦妻よふ夕暮に宿かる我もひとりねにして

        神松にかゝれる藤も手はふれむいでや引てふ大ぬさにして

        宮の内は男をみなも白妙の衣ゆゝしき夏は来にけり

(前文欠)なくなん聞えたる。荷田の信美、橘のつね亮等にいさなはれゆく。翁待とりたるさまにあるししたまへり。昔かたり聞ゆへき事もおほし出て、いとむつましかりき。翁箏の琴、経すけやまと琴、かきあはせつゝ遊ふ。ところから面しろくおほえしかは、信よしに筆代らせてよみけり。

        山さとのふた木の松の声あひて秋のしらへは聞へかりけり

二木の松は、此軒に喬くおひかはせるをいひよせたりける。翁かへし、

        山陰のふた木の松の秋のこゑ人に聞るゝ時も待けり

世継真員といふ人と宇治の里にいきて、河の水に茶を烹んとていく。この(以下欠『麻知文』十オ・十ウに異文あり)

(前文欠)いきあひたり。森の夕時雨と云を探得て、

        かた岡のもりて日影はさしなから木の葉をさそふ夕しくれかな

人とひ来て、此哥を書てよ、と云。いふかし、いかで聞給へる、とゝへは、この此蘆菴の聞て、よしとのたまへるは、と云。おのれはいひつとも思はねは、いなみてかゝす。かの翁かよしとほむれは、人めではやし、あしてへは、いふかひなき物に云とそ。いみしきほまれ有人になんおはす。ひか/\しきゐ中こゝろには、おのれよしとおほさぬは、人のほめ言にも従はすそある。あしといふとも又。

荷田の信郷来たまひて、めつらしく都に春を迎へたまへるに、客中の歳暮をいにしへふりによみて聞せ給へ、あすまうてゝん、とて帰りぬ。試むにやと、れいのひかめれは、信美の暮てとはれしに、筆とりてよとて、つゝめき云、

        うつせみの、世は海にかも、我はもよ、棚無小舟、おき辺ゆかは、風をいたみか、おきつかい、取かてぬかも、ありそへは、波のさわけは、辺つかいも、とりえぬかもや、人皆は、しかにはあらしを、我はもよ、世のしれ人そ、浪速江の、蘆の八重ふき、ひまもなく、物をそ思ふ、心から、すみか定めす、草枕、たびとあはれと、都人の、見らくをやさし、水無月の、暑き昼はも、夏虫の、ほ虫の衣、ひとへこそよき、よるはもよ、露に濡れつゝ、あきされは、ひちこそまされ、天漢、あふきて見れは、月影は、満て(以下欠、後文、『藤簍冊子』巻二、『麻知文』十五オ以下にあり)

        (前文欠)老の色は見えける

        うめの花今いく日をとおもひしに風をさそひて春雨そふる

        きさらぎや八重咲梅の紅にうたて灰さす野への芥火

撰ふとはなしに、空なるをかいつくれは、よしとおもへるにこそと、人とかむる。いみしき恥見するとも何とかこたへん。

清風瑣言の興宴によめる歌の中に、陸樹声かえらへる茶候に、

  涼台  暮はまたおのか世とてや打払ふ露のうてなに月澄みわたる

  僧寮  御名となふ隣聞れて山深き寺の長屋はあはれなりけり

  道院  雲風に乗て遊へる人すらもつひのやとりはありといふものを

(以下欠『麻知文』十六ウ以下に後文あり)

やよひ十五日、嵐山の花見にゆく。相しれる人かれ是いきあひ、月かけて河へにあそひをり、

        大井川くたす筏の跡たえて夕への波に花散うかふ

        おほゐ河きしの桜の影くれて月に成ぬる波にひかりは

呉春の紙絵に不二の嶺をかきたるに、哥よめと人のもとめ来たる。見れは、あまり墨の跡きえて、物ともわかねは、

        ゆきて見ぬ心つからやうつし絵の富士は朧の月の夜さくら

いとあしくいひし事と、ゝりかへさまほしき。

曼倩か桃の実を偸みて袖にかくせる、

        すましきはぬすみ也けり幾千とせ後の世までも名はきえすして

陶淵明、菊を瓶にさして見るかた、

        秋きくの露のおきふし安き身をなと世に出て立やまとひし

浦嶋子を、

        ふるさとゝ思ひしものを年経てはしらぬ国にも我は来にけり

上田咸幸か北山の家に遊ひて、

        ほとゝぎす待をならひと夕かけて山のいほりに長居せしかな

                                                                                    南禅のやとりに、垣のもとをこまの滝の末のなかるゝを、蘆菴かよめる、

        君か住やとの水音きゝつれは濁るこゝろもあらはれにけり

是かゝへし、

        我庭のさゝれ石こす谷みつのすむとはかりは人めなりけり

        大原の里の中道秋ゆけは青葉ましりにもみちゝりしく

        あらち山関路の北のもみち葉に雪かしくれか雲の立まふ

        朝戸明てやとりの野へを見わたせはちかき林にもみちいろつく

        津国の昆陽野をゆけは露霜に小草花さき葉はもみちせり

        軽の市にあへるをとめかかさす枝は畝火の山のもみちなるらし

        この比は心を染ておもふとちおくりそかはす庭のもみち葉

        いろわきて拾ふとすれは夕くれの落葉に誰もこゝろ残して

        山寺の門の谷川音たえてさゝれに交る岸の落葉は

又ある人、野はこの比いかに、と云こせしかは、

        玉と見る秋の露はらぬきとめむ拾いやおかん来ませ我せ子

これらよしとておほし出されと、むかししのはしさになん。

暮秋庚申の夜、信よしの許にて、

        枕にはよらぬならひのこよひしも秋の別をかねてをしまむ

のふよしかへし、

        たか宿もまくらをとらぬこよひとて行秋さへもとまらさりけり

松かさき過るほとしくるゝ、

        しくれの雨はやくそふりく大比叡やをひえにかゝる雲と見しまに

池永はたらか、雪の降夜、哥よめといふに、筆とらせて、ともし火かゝせそむるより、夜中にいたりてやむ。それか中なる、

        ふる郷のなには江いかに寒からむかものかはらに雪のつもれは

        とふといひし人はとはすて初ゆきにとはれぬ人のとひもこそくれ

        あふみの海やそのみなとのとまりふね雪にこき出んかたもしられす

        大そらを打かたふけてふる雪にあまのかはらはあせにけんかも

        鳥の音はふりつむ雪にうつもれて野寺の鐘のおとさえわたる

        みよし野に入けむ人も雪ふれはこゝろほそしとおもひきゆらん

        うくひすもなかぬ木末にふるゆきを花と見つゝも春そまたるゝ

        呼かはす声をしるへに夕こゆる山路しもしらす雪のふれゝは

        手にむすふいつみの杣かうつ手斧ほと/\雪に音たえにけり

        根芹おふ田井の水渋の色なからこほれるうへにつもるしらゆき

        千とり鳴さし出の礒をふりうつむ雪も身にしむ汐の山風

        手にすうる鷹の羽吹に雪散て交野のかれ生わくるかり人

        ひきすてし山田のひたの縄くちて守にしまゝのゆきのした庵

        声をのむ鶴の毛衣はらひあへすあかつきかけて雪はふりつゝ

        上つ枝もしつえもともにゆふしての雪ふりかゝる神のさかき葉

        木の葉うく阿迦井は雪に埋れてほとけのつかへけさそをこたる

        汐ならぬ汀こほりてしかの浦や雪となみとのけちめをそ見る

        みやこへにかよふくるまの音たえて轍のあともゆきふりうつむ

        但馬なるゆきのしら浜冬くれはなほふりまさる雪のしらはま

        昆陽のゝにやとりてましをかき暮しふるゆきかなしゐなのふし原

        山棲かよひあかつきのおこなひのこゝろあかるきまとのしらゆき

        鯨よるうら山松につもる雪波にけたれて又もふりつむ

        あかほしのあかつきうたふまひ人のうちふる袖にふるやあわ雪

        ふるゆきのみのしろころも打かさねとしあたゝかにかたるやま里

        たに波道にうち越くれは峰も尾もてる日なからにはたれ雪ふる

        庭もせにつもるをかでとよひは見しあかつきおきの雪のふりはも

        春山を夢に見し夜のあかつきは花のはやしにゆきそふりける

        降晴て雪をひかりにてる月はおなし空ともおもほえぬかな

        山鳥のひとりそぬれは朝戸明てこゝろさむくもゆきを見る哉

        つゝみなくかへらむ旅そ手向山ぬさとくたけて雪はふりつゝ

        ふなきほふ音も聞えすほり江川かき暮しふる雪のゆふへは

        ひらくやと冬の北まとあけみれはふふめる梅に雪のかゝれる

        みなせ河さゝれに雪のふりつみぬはるの水花したかよふらし

        うくいすのこゑ高砂のをのへよりゆきを残して春風そふく

        千里ゆく旅ははるけしはつゆきも残るも道の空になかめて

        春のゆきあかきにくたき信濃なる菅のあら野の駒いさむなり

蘆翁のもとより、いかになかめつるとて、

        かつさきてかつ吹ちらせ花よりも花なる庭のしら雪

かへしは、

        さくとちる風の流のあやしきは空めの花の林なりけり

        難破人礒にかる藻のうち靡きかよりかくよりしのふむかしを

されと、今はやう/\忘れゆくめるは、あつまの御蔭のかたしけなきにん。

しはす十五日と云日、我尼とみの病にはかなく成ぬ。こひまろひ、足摺しつゝ、泣ともすへのすへなさに、野に、送りて烟となしぬ。せめてひつ木の内にかいつけたるくり言、

        つらかりし此とし月のむくひしていかにせよとか我をすてけむ

蘆庵のもとより、とひきこゆる、

        老らくのひとりおきふす悲しさをわか身のうへに思ひこそやれ

こたへは、

        おきふしはひとりと思ふを幻にたすくる人のあるかゝなしさ

度々聞えたまひしかと、歎きのひまなさに、皆忘れつ。いかにして世にはあらんとすると、しる人のかきりはとひこしも、月日たては、やう/\音つるゝ人も無し。さるへきにこそとはおもふ/\、

        あはた山あはれと人のとひこしもあとなき空の風のしら雲

なき人の書捨たる物二巻、人のとむらひ給へるにとりくはへて、八条の大通寺の内に、実法院と申に納め侍る。いともすへ無く、かつ身を捨ん海川やいつこと、おほしめくらすほとに、月日過にけり。心にもあらでとは、誠に翁か為に人のゝ給へる也けり。

平瀬の助みちのめの、尼に成て、河内の国のふるさとにいにてすむか、時々言かよひて聞ゆるに、難波よりひとりとひゆく。むら雨のにはかにふりきて、道のほとからく、いとわひし。

        いこま根の雲は嵐に吹おちてふもとの里をこむるあま霧

待とりたるものに、あはれなる事ともかたみに袖をしほりつゝ、かたりつゝ、しはしとゝまるほとに、春も暮ぬ。

        さくら花ちるをこゝろのはてにして残る日数の春は春かは

かくて卯月のはつかまりより、かた/\の光をさへ失なはんする、いとかなし。まめ/\しきうはら、むすめと名つくへき尼なと、おもひかけなき人ゝの(以下欠)

        (前文欠)風にさやくはおのれのみこそ

        相坂のゆるさぬ関にやとりして時雨をしばし過しつるかな

        雪ふると見しはしはしのあか時に軒端おとある雨の玉みつ

        夜のほとに降しや雨の庭たつみ落葉をとちて今朝は氷れる

        ひらくやときのふは見しを降雨にこほりてふふむ庭の梅かえ

        ひと夜あけは春と鳴なる鴬の雨さむけなる竹のやとりに

きたなけれと、おほく打出しかは、此岡の神の耳かしましくやおほし給ふらむ、あすの夕さりより雨ふる。されと、哥のしるしそとて、事ふれありく人も無かりし。

        (前文欠)やへむくらさへ枯しかきねは

年立日、難波人のとひこしに、あるしすへきものも無し。されと、せめて粥きようしてすゝむとて、

        春たちてまつとふ人に摘てましそのゝ若菜の雪のしたもえ

うめの花ちり、うくひす鳴。

        木つたひて花こきちらす黄鳥の羽ふきは雪にならひ初けむ

子の日近き岡にのほりて、

        ひくからに松の思はんいつまてと末たのみなき老かよはひを

平瀬の児達を、めのとらかしつきて野に出けるに、雨の降けれは、やとりに立よられしに、其母覩自の許へ云やる、

        春のゝに遊ひ初ぬるひな鳥の(以下欠、下句、『妻を失ひし后河内にゆける記』に「翅しをれて小雨そほふる」)

        (前文欠、『藤簍冊子』巻二「送佐々木真足東行哥」)あな珠は、ふたつやはある、天にます、玉のおやちふ、神わさに、作りみかきて、立出の、嶺にとこしく、積雪の、光かゝよひ、走出の、麓の海の、田子の浦に、ゆふ花さけり、みすまるの、玉拾はすは、波の穂の、ゆふ花つみて、浜つとに、もてこ我せ子、かへりこむ日は、見ぬ老か為、

釈の玄光と云人の不二の高きを賦したる詩に、この国のみならす、三国にくらふる山無しと云しをおもひ出て、このついでによみける、

        田子のうらや千尋の底にはしり出の富士は仰きて高きのみかは

此山の事は、いさゝか異なる説を書おきたるを、こゝには著はさす。

        (前文欠、『藤簍冊子』巻一「遊箕面山歌」の末尾)ふみとゝろこす、いかつちの、音にまかへれ、この山を、うしはく神の、荒御魂かも、

滝のかたに、紅葉の色こくて一木生たり。

        うつせとも影はとゝめす落滝ついは垣もみちいろふかきさへ

野村のふもとかめをうしなひしに贈る哥、

        難波かた、角の松原、万代に、おひつきけらし、その枝の、はしきをふすひ、千代かけて、家のかさしを、玉はやす、武庫の山嵐、はけしきに、吹やし折し、汐さゐの、鳴尾の海の、高潮に、とりてやいにし、うつせみの、世は常かくを、梓弓、引もとゝむと、(以下欠)

[麻知文4]

        筆のすさひ

妙法院一品の宮より、かたしけなくも、御たい賜りしに、よみて奉りしか、こゝにとゝむへからぬものに聞侍りしかは。されと、ひとつふたつは、忘れぬまゝに、人にもかたり出たるを、手習ふついてして、

            花林朧月

        桜さく春のはやしは久かたのつきのかつらも花雲して

            西山夏雲

        ゆふごとに峰なす雲はくつをるゝ花にあたごのあらきやま風

此哥を蒿蹊難せしは、かしこくも今上の御せうとの宮にてまします、崩るゝと云詞、忌へきかとなん。老ひとり言して、是は無名抄に、人めつゝみもくつれけり、とよみて出せし。宮中にては、崩の字つゝしむへしと、判者のいはれしに傚ひておしやるよ。さるとき世にあたりては、さま/\心用ふへきも、つかへ奉る人ゝのうへ也。(若文字もて崩るゝと書りとも、用意なきをとかめすともあれかし。崩御と書ても、神さります、神あかり、又、神かくれ、雲隠れませりとよむこそ、古言なれ。くつれますとは、いふ事を聞す、判者のいにしへに暗き歟。さらすは、阿諛の人也。くつるゝと云語は、頽、〓等の字も有て、一義ならす。仮字もてくつるゝと書んには、何のはゝかる所かあらむ。はた御とかめをかうふらさりし也)

            竹岡涼風

        虚たかき夏の月夜は風のおともさやかくすずし岡のたかむら

            翠池浮鴨

        おかの羽の青波たてゝ冬の池にこゝらうかふる鳧といふ舟

            雪峰寒月

        あり明の月のひかりもうつもれて峰しろたへの雪のふりはも

            枯草原晨霜

        此あさけ茅生も薄も枯ふして霜のはら野はみるへかりけり

            蕭寺清鐘

        あかつきはうれしとを聞かねの音をゆふへのてらにあはれすゝめる

            竹窓夜雨

        ねさめてはふみゝるまとに植竹の葉をうつ夜半のむら雨の音

            風松渓樵歌

        呼かはしゆふへはかへる柴人の声かなしもよたにのまつ風

        これら人はよしとも聞ましきを、又御たいの中に、ひとつふたついふかしく思侍るを、みそか言してなん、罪いとかしこし。

            陀峰彩霞

        是はあみたか峰に霞かゝれりとは、誰もこゝろ得てよみて奉りしを見る。霞と云字の義、借たかへし事は、今は人皆知る事なるを、彩霞と有には物たかへれは、其心してよむへき也と。前によみて奉りし人ゝの哥を見れは、慈延のみ紅にゝほふこゝろを云しはよし。其陀の人ゝ、かすみとのみよめるは、いかにそや。

            青田乱蛙

是は春の題にはいかにそや。人ゝの(四才)哥、春山の水田に影うつる、又、沢田のあら草の茂きを云。そも青田とは、夏の田面ならてはことたらす、且乱蛙も、其比のかまひすき声也。鎌くらの大臣の、

        さみたれに小田のますら男いとまなみせき入る水に蛙なく也

是や此題には叶たらめ。ひとり蒿渓か苗代を云しは、ややゝちかき(四)物にて、猶尽さすそある。いかゝせん、老も是に傚ひて、

        苗しろの青やきわたる水口にゆふへとゝろき蛙鳴也

とは云しかと、心もゆかすて奉りし也。おのか思ふに叶ひたらんには、

        植はてゝ青やきわたるさ苗田に

と夏になしてよまゝし。

              曲塢秋草

此塢を、人ゝ蛙くろなとゝよみて奉りしは、如何そや。塢は土を積て高くも低くも築なせなる者也。大かた、門の左右大路を〓みて、つい立たる也。松塢、竹塢、梅塢なと云詞、常に見る所也。又、〓と通して軍を屯せしめる備へ也。漢安帝遣兵屯河内と云に、〓を築せし也。菫卓か万歳〓と云も、守禦の備へ也。又、呂蒙、孫権にすゝめて、水口に作らしめんと云諸将云、岸に上がりて賊を撃、足を洗て船に入ん、何そ是によらんやと。蒙云、戦ひ必百勝無し、邂逅に敵に追せまられて江に臨む時、是あらはやす/\と船に入へしと。孫権是を用ひて、水口に築しめたりと也。さらは、歩騎共(六)に隠ゝるはかりの物也。老是を思ひて、芝土を築めくらすとよみて奉りし也。是はかしこ言也。しるすへからぬを、既に薨去あらせしかは、御ろくに綿幾むらも賜しかは、いとかたしけなくて、独ことに、

        うつゆうの真木綿のわたを玉くし笥二むら山の雲とみなして(六)

又、御筆の不二の図に哥たてまつれ、とおほせたうひしかは、よみて奉る、

        ふたつなき山ときゝしあうき観るこのうつし絵にいつれ高けむ

哥はさら也、めくら者の、御もとめにいなみ奉らす、書けかし奉る事よ。

          くはへて奉れる、

        難波かたうら州の鳥の目は暮てゆふへの波に跡やなからむ

又、倚松菴と申御たい賜はる。是は大庭に作らせたる御あそひ所と聞て侍る。こたひはおもふ心、有ていなにたいまつるを、しひてとおほせたうふ。さらはおそれあれと、御絵一ひら書せてくたし給はらんには、とおそる/\申奉る。哥よまは御筆とらせたまふへく、いと忝く、やかてよみて奉る、

        月かゝる松かね枕倚ふして庵つくるへくおほし成けむ

さて乞奉るは、おのか無腸と申名の由にて、蟹かゝせてくたし給へと。此もとめのまゝに、紙絵一ひら戴て侍る。御絵、今は香火院の西福精舎に納奉る。なき跡煮ては、老か肖像にとおもへはといふ事、呉春か申上しかは、よくもたはかりつるよ、と打ゑみつゝおほせ事有しとなり。是いよゝかしこし。

正親町三条新中納言公則卿の御需にて、土佐日記読て聞え奉るに、よみはてかたに、御賑ひともの打つゝき給とて、春にと御使たまはりしかは、承り侍る、かく奏したまへとて、

        春かけてからき潮路のふみなれは年のこなたや泊りなるへき

又召るゝあすのよひに、雪いと深しとて、御使ひあり、御哥たまひたり。今忘れたる。たゝ末の御詞は、

        あすはと兼て思ひきえにき(行間書入、たのめこし心もよはのしら雪に)

御返しも申つれと、ゝもに思出す。

        (行間書入)かへし、君みむとたのめしをけさのしら雪にしらすや老かおもひきゆとは

春のはしめに奉る、

        春はまつこなたかなたに君をいはふわかなつむ野ゝ雪のむらきえ

かたみの上に、すこしく雪をつみて奉りし也。

二月の比、御まへの薄こを梅にゆひそへてたまへる、

        みせはやとおもふはかりに日数さへ移らふ花は折もあやなし

こたへ奉る、

        うつろはぬいろ香を見れは君により花の日数はかことなりけり

八月のはしめつかたより、いたう病心したまへりき。しすかに日ころ過し給はゝと思たまへれは、老かと心残りなる事はてしてんと、かふ内の山里に出立つ。望の比、御暇申て、たゝ今還りこん、と申上にゆきぬる後、かの山こもりの所へ、難波風の吹つたへ来て、終にはかなくならせ給し、と御内の人ゝより告聞えらるゝ。九月朔日の夜となん。夢ならはやと思ふに、はたあらさりき。

        かゝらむとおもひしらねはしはしとて告げし別を永きわかれに

        中ゝに都は遠し追ゆかむ君しはしまてよもつ坂路に

此春賜へる逍遥院実隆公の御手つから合わせたまひし、やま人、黒ほうの二くさを、上つゝみに御筆してかい付たまひしを、こゝにもて来たりしまゝに、御たむけ草にくゆらせ奉るなへに、

        をしからぬ君か御ために焼昇す煙かへしはうたてくもあるか

又、翁かゝねてもたるめう香五くさにくはへて奉る、

              名残袖

        ひるまなき君に別れのなみた川けふそ名こりの袖は朽ぬる

              はた

此春賜へる逍遥院実隆公の御手つから合わせたまわし、やま人、黒ほうの二くさを、上つゝみに御筆してかい付たまひしを、こゝにもて来たりしまゝに、御たむけ草にくゆらせ奉るなへに、

  をしからぬ君か御ために焼昇す煙かへしはうたてくもあるか

又、翁かゝねてもたるめう香五くさにくはへて奉る、

  名残袖

  ひるまなき君に別れのなみた川けふそ名こりの袖は朽ちぬる

  はた手

  ゆふ毎に立出てみるいこま山雲のはたてを面影にして

  八木

  神祭る宜禰かさゝくるしらけいよねしらけいとはす君はませしを

  無名

  久堅のあまつゝかひの名なし雉ねなきあしともしらで別れし

  老木花

  名もつらしかた枝はつかにめはる木の花とみられん老か身の末

御かたみにとて、蘇芳染の御かり衣くたしたまはりぬ。いとかたしけなく、是をいかにせん、なみた払あせす、

  身におはぬ天の羽衣手にさゝけおくかたもなくまとひぬる哉

いまそかり御時に、おのれ老てめくら者の、やくなき物に散残りたるふみ三箱奉るにくはへて、

  今はたゝ老波よするくつれ岸ふみとゝめよとたのむ君かな御かへし、

  よしあしをわくるしるへも難波風なには思はすかひあれとこそとて

              竹裏館

        すむ人のあれはそ竹のおく深く日影もらさぬ苔のしたみち

              竹瓦

        あさなさなすゝしくもあるか露走る竹のかはらの簷のたま水

              竹筏

        岩間おちて波とくたくるたけいかた水馴のさをもひとつ緑に

              松

        心あるかた山きしの庵かな月かゝれとてまつは植えむ

        嶺の松かよひたえては玉琴のいとすごきまて月は澄けり

        ことの絃をたかいくすちと定けむ松のしらへは風のまに/\

        冬深み霜にはたへぬ松の葉も凋むほとなき春はたつらし

              画竹

        もとすゑをうつしもはてぬ竹なれはうへも千ひろといふへかりけれ

              馬

        ものゝふのかたかひなれし若こまのあかきいさめる狩りの朝戸出

              犬

        昼たにも垣もる犬の声たつるかた山きしの松の戸さしは

              狐

        この丘に住て千歳を古きつね見ぬ世かたりを今のまさしに

              竜門の滝

        おとたかきつの門より雲出て余処にたきなすゆふ立の雨

              よしのゝ西河の滝

        おひすかふ峰かときけは落たきつ谷の木末に蝉のもろこゑ

是はせいめいの滝と呼は、せみの滝を呼たかへしにや、と云人あり。蝉の小川と云も、

むへ水の音のさやめきもて名つけゝ

              よしの川の蛙

        ゆふ河のみかさやまさる妻よふと瀬ゝのかはつの涙ひまなき

かつらき山の麓へに、朝町と云所を過る。炭かまの煙くゆり立たるに、雨打そゝきておもしろ。

        朝まちて霞なからも降雨にけふりをそふる里のすみ竃

古き哥に、朝つまの片山岸に、とよみしはこゝにや。所さまかなへるには、朝まちは後によこなはりぬらんかし。

              三和山

        うま酒の、みわの山は、桧原の、しみさふる山、いむ杉の、木たる山かも、立出の、峰そ宜しき、走出の、麓もさかゆ、春かすみ、かくさふへしや、時しくの、山のあらしに、朝晴わたる、

              反歌

        味さけを三輪ほりすゑていはひにし神のみ室の山はこの山

鷹むち山こゆる坂路を、いもかたむけと云。むかひの峰に、たかとりの城さゝけ上たり。まへの谷は、桜花、松におひましりて、見るめあやなり。こゝの岩ねにしはし腰うたけて、友人に云、

        さくら咲山路にけふは暮さなむよしや吉のゝ花は散とも

        深山道のいつ鴬に身をかへて花の木すゑに我はあそへる

              あすかの里

        飛鳥風吹たえしより故さとのゆふ暮かすむ春のよの月

かつら木や高ま山のふもとに、長柄といふ所の里長は、我いとこなるを、とし月疎くて過しぬ。今はかたみに老ゆくまゝに、すゝろなつかしうて問よる。さいつ年とへと云し契、なとや忘れん。されと、怠りの年月も久しかりけり。

        岩橋の中やたえんの一ことはけふを懸しよかつら木の神

            信よしか家にて、森の夕時雨と云たいに、

        かた岡のもりて日影はさしなから木葉をきそふ夕しくれかな

或る人問来て、此哥書てよ、といふ。いかて聞たまへる、と云へは、此ころ庵のきゝて、よしとのたまへるは、と云。いひつともおほえねは、いなみて書す。彼扇かよしてほむれは、人めてはやす、あしといへは、云かひなき物におるとや。ほまれかたき人にてこそおはせ。ひか/\しき田舎心には、おのれかよしと思へは、人のほむるにも、又あしと云とも。

かすかめ何某か、六十の賀をいはへと云。いなむつれと、村瀬の博士かしひて申さるゝにそ、

        亀山のをのへにたてる玉松のまつとはなしに千代は経ぬへし

おくりて後、とし経て、金槐集をよみて見たれは、

        たつのゐる長柄の浜の

とありて、末はまたく同し。おとゝの御哥によみ合せし事、おそれあり、〓よろこふへし。彼屏風には、是をとりかえてよとて、こと哥をよみて、さきなるを取収めぬ。

            氷を

        空さえて氷にけりな打よする波をかへさぬ志賀のうら風

後、西行の哥を見出たり。

        風さえてよすれはやかて氷つゝかえる浪なきしかのから崎

またく同じ意也。よて捨たれと、是は老かよみ得たる也と、独ほこりをりぬ。

            春月

        みしま江や玉江の水も濁る也かすみてうつる春のよの月

人云、あつまの千蔭か哥に、

        底にこる戸根の川戸の曙はかすめる月のうつる也けり

聞しらすやとなん。しらすよみ也。されと、此哥とゝのはす。底といはてもよし、又、曙夕のけちめたしかならす。老よみ勝たり。よておのか哥は捨す。

栗田山のふもとなる、小西何かしと云人の身まかりしを、其子のたむけの哥もとむるによめる、

        老か身に嬉しとそ聞時鳥死出の山にも友はありけり

よろつのことわり辨へたる人にて、をかしきかたらひ人也しかは、かくよみし也。是を人の聞て、うれしきとは情なくもいひたりしなどいひし由にて、其子腹あしく云と聞しかば、かへしてよと云やりつれど、返しもせず、後はおとづれもこず。物の心深うおほし入らぬ人は、さるさだめも云也き。

                                        七十六歳餘斎

                                        再併書  (花押)