安楽寺上人ノ伝

洛東しゝ化谷の住蓮安洛寺と云御てらは、いつの代の創場ならん、聞しらす。後鳥羽ゐんの女房、すゝむし、松虫といふを、帝なつかしう召まつはさせたまひしに、いついとまや給はるりてか、法然上人の法のむしろに参りてより、御宮つかへの暇には、朝ゆふまめやかに念仏せしか、ついに宮中をみそかに逃出て、上人の御弟子となりて、かみおろせりき。帝大にいからせたまひ、不律の僧よとくませらる。折から叡山より、法の敵そとて、度々座主に申す。此虚に乗りて、座主又朝廷に奏聞せられたり。事問糾すにもあらぬとて、土左の国に配流せしめたまひし。二尼は此山に庵結ひて、たゞ/\ねぶつして往生を遂しとぞ。二尼の塚あはれ(な)る石二つたてり。此寺の住持は、越前のうまれなるが、こゝにに住せられて幾とせぞ。無檀の貧寺にてあれば、雨雪もいとはず、京に出て飛錫ならし米呼て、心のどかにすまゐしたまへりき。寺はひとり住には、山陰ながら広くて、東は樹陰おひしげり、西は里の中道なり。門を入より御堂にいたるまで、さゞれを敷なで、畳なしいと清らかなり。是は和上の明けくれの心なくさにして、京に出たまひては、鴨川に石をえらびてとりそへらる。猫又に物くはすとてえ、京よりのかへり路に、ニシンとかいふ魚のいとくさきを買て、錫にかけて、人の見るをもこゝろにかけたまはず、もてかへりたまへり。この寺の庭に霧島とかいふつゝじ花いやさけり。人とす、こその春さかりをうかゞひて、ぬす人が残さず切ていぬ。和上腹たゝしくて、其日より市町に出、花のありかはとたづねありかれしに、或寺の門にこの花商ふ店あり。この花誰かに買しととがめたれば、しか/\の者にと告。即いきて捕へ、先寺にこよとて引立らる。ぬす人ゆるさせたまへと、わびしたがひ行。さて寺につれかへりしかど、いかゞさいなまん。夕めしくはせてかへされしとぞ。又こぞの冬か、この春歟、越のふる郷へゆかれしに。、白山禅定おほしたちて、雪の深きに一人登らる。今一峰いたりて、つみし雪の下崩して、谷へ八丁ばかり陥られたり。雪杖ともに落て、かたはらに有しをとらるゝに、左の手は折たり。いかにせんとのみに、又峰にのぼりて拝みはてゝ、下山ありしとぞ。骨継えをむかへて、骨はいくるともとむるに、折たりしかと継へしとぞ、身ごしらへしたまふべしと云。何の身拵へそ、たゝ今このまゝにといはるゝ。医士さらはとて、左手をつかまへていたくするをも、烟くゆらせて木偶人の如し。もろこしの関羽かためしにもと、人云なるといふ物かたり、西福の長老の物語て聞せたまひし。たとくありかたき和尚の、今の世にもあんなる。

                       瑞竜山下

                         七十五翁書

               和上も七十にはなられしかとか、

             文化五年四月この日しるす。[花押]