彼賢人の中間法度に。偽めきし真はかたるとも。真くさき虚言はつかぬものとや。釈迦の蔵経荘子の南華経。うそのまことの真のうそで。おもはくは我こゝろより出て人の口にかはりゆき。貂となり鼬となる。其尾に喰つく世の噂を。天に口なし。婆嬶のそしりはしりにも。いは猿のいましめをまもれば。こけ狙の指ざしにあふ。さらば尻わらひの戯れ草を朝三暮四の筆まめに書聚めて。題号を。聴耳世間狙とよぶ事は。見猿の人の伽ともならんかし

 明和三年

   いぬのとし                  浪華

                           和訳太郎 [生涯在酒]

諸道聴耳世間猿  一之巻

     目録

一回 要害は間にあはぬ町人の城郭

  先祖の武勇は商のかけ引

  浪人の算盤指南に

  二一天作の五百石

二回 貧乏は神とゞまり在す裏借家

  一人むすめをいけ牲に

  すえそなへた百燈より

  祓ひ出す女房の邪神

三回 文盲は昔づくりの家蔵

  我目利して買道具は

  心もとない凌雲の榜

  隠居の異見に夜は曙の茶器

 一、要害は間にあはぬ町人の城廓

それ治まれる代の弓は弦をはづし。

鎗は鞘に錆ついて。

古道具屋に幾夜へぬらん。

我見ても久しくなりぬるが金百疋にまけてくれみいかと。

一僕つれたお侍が。

その槍でまさかのときは。

殿の御役にたつ事か。

今の世は城より算盤を枕にして。

御馬のさきで銀貸る工面。

今年の二百十日は暴よかし御蔵米を直段よく売払てあつはれの感状に預らんと。

七星壇に風を祈り。

先納銀の催促に町人が詰かけても楼門に琴を{手+曳}しての請こたへ。

これを忠武侯諸訳発明の臣とはいふなり。

昔は町人百姓とても武芸を励しと見へて小西摂津守は堺の町人より。

一国一城の主になりたるとかや。

其末のわかれの家に小西三十郎とて。

今に堺の大小路に角屋敷をかまへし薬種問屋。

あるじの三十郎はいまだ若年ながら。

先祖の武勇をしたひ。

軍学をこのみて不断一刀を佩はさみ。

居間には城取の砂物をつくりて。

兵書あまた机に充満。

あけ暮孫呉が奇計を感じ。

かねては大禄も戴く望み。

万事の物好猛々しく。

一里出るにも鷹匠足袋に武者草鞋。

肌の守袋には一寸八歩の念じ仏。

刀刃段々壊の御誓ひ忘れさせ給ふなと。

すはといふ時身がはりにたつてもらふ心当。

立にも居るにも身を放さず。

店の勘定薬種の高下もしらねば。

近所の付合も絶て。

毎夜の咄し伽には町内の端に店がりして居る。

甲州浪人山本勘六が方へ仕かけてさま%\兵法を論じ。

手前先祖の小西摂津守は売人の家より起りて。

武威を朝鮮国まで輝せし英雄。

其元の先祖山本勘助殿は木曾の山林より出て軍功を北国の雪に積し勇者。

其末のそこもとわれら。

かく御懇意に御出合申すも兵の交りたのもしう存じますと。

威儀をたゞしていひ並ぶれば。

此勘六は武士の腹に生れながら生得釼術を嫌ひ不鍛練ゆへ。

浪人のよすがに手習ひ十露盤の指南して。

どうそ壱貫目くひためたらば商人とも出かけるつもりなれば。

三十郎が軍学咄しすとんと面白からねど浪人といふ名に恥て。

いか様互に先祖は武勇の家。

併摂津守殿は手前先祖勘介よりは御大身ほど有て器量ははるかに勝つた大将かと存じまするは。

今日の其元の身分。

薬種問屋で安楽に暮さるゝといふは是全く先祖の余光。

孔明が八陣の法を残せしに似て天晴の大将。

先祖の勘介などは。

我は発明にもござつたれど子孫の為に才覚のわるい男。

只今私浪人の身過に先祖の家業じやとて柴刈も出来ませぬ。

まだしも眼も足も満足に産れたが仕合。

左様ではござらぬかといはるゝを。

三十郎けしからぬ顔にてそれはどふした仰られ分。

家業の薬種などは町人の所作うらやむに足ず。

又先祖の小西行重は。

もつとも一旦大国は領したれどいはゞ猛将と申もの。

勘介殿は倍臣にて終られしかど名は一天下にかくれなき軍師。

既に手前が居宅を去年建直しましたが。

あの地取を御覧なされて下され。

あれが勘介殿の流義の縄ばりでござる。

大小路通を大手といたし軒高く。

両店にひらきて中をとり放し。

寄くる商人物買を引つゝまんず手段。

横町は搦手。

溝をふかめ。

駒よせひつしとうち。

溝板は夜ゝくり引にいたし置ました。

其外座敷内蔵などにも寸志ばかり計略をはかり置ましたれど。

むさと人に洩さん事を存しまして。

大工日雇どもにも他言いたさせぬため。

神文を取ましたと理屈がましく罵るに。

勘六こらへかねてそれはわるい御合点。

比太平の御代にさまで要害をなされいでも気づかひはござらぬ。

今日の軍法は店の勘定のかけ引。

薬種の高下をはかりて売買めさるゝが孔明より楠より智勇兼そなへた大将と申すもの。

手前などがごとく算学では富士の山をくづして海を埋れば。

何十里が間は田地になりて作ものがいか程あがるとまでは割出しますれど。

元手のない悲しさは比暮しを仕る世には腹心のさびしい程無念な事はござらぬ。

向後は軍学をやめて。

ちと算学をなされたが肝要との異見。

得心せず。

はて扨御浪人とも覚えぬ。

商売のかけ引は手代共がいますれば。

拙者が仕るにおよばず。

帳面も證文も比一腰で相すむ事。

もし約束を変ずる者には心おほへの五郎政宗一尺八寸。

胸もとへさし付て借たからぬの是非を明白に白状いたさせます。

腰の抜たす町人めらの事なれば。

命にかへては陳じ申さぬと兼々謀りをりますれば。

ちつとも心を用ひるに及はず。

はて其元の御先祖勘介殿は左様な卑劣な武士ではなかつたに。

是を思へば楠は三代の忠臣。

鳴呼と嘆じて其後は咄しにもこざりけり。

扨勘六は算学に達して万事発明なる男と。

取次せし者ありて。

去西国の御大家へ五十人扶持にて勘定方を兼て金役人のあり付。

出立の日熨斗目大小立派に伴廻り美々敷。

小西三十郎が方へ案内乞て対面し。

拙者義兼々武篇に疎きとて嘲弄いたされしかど。

かたのことく出世仕りたり。

貴殿にも先達て御異見申たごとく。

向後は町人相応の算術を勤て。

武道をおやめなさるゝが肝要でござる。

お気にはまいるまいながら。

又々寸志を申しんぜると暇乞して出てゆくを。

三十郎鼻であしらひ。

何と手代共見たか。

世には物好な大名があるものじや。

あんな侍に高禄をくれるから。

われらもをつ付天晴の知行で召出さるゝはたしかな事と。

それよりいよ/\兵書に眼をとゞめて昼夜怠る事なく。

倦む日はいつも戎嶋の波涛へ出て真直な針で釣をたれ。

此針に魚のかゝる時こそ目の明た大名がかゝへには来るなれと。

あんだらつくしているうちに。

手代共が寄てかゝつて唐物の買こみ損に。

さしもに山本勘介が縄張も士卒の為に落城して。

今さら夢がさむれば。

一騎うちに打なされてつゞく勢もなく。

一家一門へも面目なく。

堺を立退て大坂の乳母が方へたより。

やう/\残りし軍用金十両ばかりの細元手にて小間物のかたげ売。

是も口がおもたうてはいかず浄るり物真似の一ッもして。

面白おかしういはねばいついても用はないとすげない挨拶ゆへ。

俄に道頓堀へ入こみ役者のこはいろのけいこ。

まだもおれが仕そうなは中村吉右衛門じやと。

立にも居るにも花は三吉野人は武士末世に残る名こそ恥かし。

舅殿後に逢ふと。

武道のいきごみをわすれかね。

是一ッを藝にして得意方をかけ廻れば。

女中方かたかりかゝつて。

こなたはいつもかたくろしい吉右衛門の物まねばかりさつしやる。

ちと富十郎がお初徳兵衛をして見せさしやれと。

せがまれて天窓をかき。

富十郎が女楠でもいたしたら。

うつして御目にかけませう。

心中事はどうも得いたしませぬと断いへば。

いつも/\同じ咄同じこは色ではよい商も出来ぬから。

いつそ田舎へ一{手+上↓下}と思ひ付て。

彼山本勘六を思ひ出し。

其時の異見の深切あの方へ下つて先非を悔て頼んだら引そもないものと。

小間物仕こみて船便りに西国へ下り、

城下へ入て尋ぬれば。

勘六今は段々に出世して五百石の御用人。

案内乞て。

私は泉州堺の町人小西三十郎と申者。

勘六様にはお馴染。

ちと様子ありて下りました。

御逢なされ下されば忝しといひ入るにぞ。

取次して勘六聞届け玄関へ出て対面すれば、

かはり果たる三十郎が姿。

何もいひ出さぬさきに一より十まで涙を流し。

御異見を用ひませずかくの仕合と。

誤つて改たる口上に。

勘六哀をもよほし。

扨々お心のつきやうが遅さにあつたら身上をなくしめされたは残念の至り。

しかし悔みてかへらぬ事。

馴染といひ身共を頼みにはる%\との下向。

随分と家中傍輩へ取次して進ずべしと懇なる詞にぶらさがり。

毎日/\一家中をかけ廻り大分の商ひをして。

かさね%\の御世話忝しと。

一礼述て代金請取る段に。

口次して遣はしたれば此方へ三割の口銭を引申すと算用して渡さるゝに肝を潰し。

是は左様になされて下されてはいつかう足のまいる事。

有やうは此度御世話下されし商ひ惣高て二割そこらの利分。

それを三割お引きなされては一割の損が参りますると。

段々歎ても聞入ずいや/\しらざ半分直といふ事がある。

いはゞ武士の存せぬ小間物。

三割の口銭はわづかな事。

よい利がなくてすむものかといつかう取あへぬのみか。

其後は御用/\とて逢もせねば。

三十郎は一生の口惜涙。

無念や表裏侍めにたばかられた。

過分の御知行をいたゝきながら。

商人のすあいをとるとは武士の風上にもおかぬ奴。

損してすご/\かへらんより一太刀恨みて立のかんと。

義心を鉄石にかためて付ねらへば。

時こそいたれ山本勘六が登城のかゑり。

薄暮の木陰よりおどり出。

手ごろの棒にて乗物を打くだけば主は見へずあき乗物。

こは狼籍と取まく家来をさん%\に打ちらせば。

残りしは乗物と着替ばかり。

智伯にあらぬ琥珀の羽織せめては是をとずん/\に

引さきしは晋の豫譲が思ひ入れ。

われ此賊を討ずんばと天に誓ひ。

毎日/\夜をこめて城下はづれの土橋の上に。

北斗を拝し待あかせど。

馬の沓の流るゝばかりにて。

つゐに黄石公は来らず。

  二、貧乏は神とゞまり在す裏かしや

神は正直の頭にやどり給えば。

仏はは決定住生

とて尻の穴に心を

かよはせ給う。

神仏一〓両部とは

高野大師の口車。

所詮極楽と

高天が原は。

京と大阪の違ひにて。

どちらへいても歓楽の

都なるべし。

たかきやにのぼりて見れば

瓦焼くなる

大阪の上町辺高原といへるに。

神とゞまりて石の上古太夫といふ神道者あり。

もとより唯一の貧乏にて。

天の岩戸めきし炉路の奥に。

雨の宮風の宮に崩れし

窓に科戸の

風を防ぎかねて。

月に四〓の家賃さへ。

遠かみ恵美ためはらひかねたり。

女房はおゆふとて四十に三〓四〓〓たれど。

爪はづれ賎しからず。

夫の神心をうけつぎて

湯津の爪櫛におくれを清め。

いつも八重垣を

出ずにしほたらと。

二人が仲の稲田姫。

今年十五の桂の眉。

名はおしでとつけて世のうきふしの忘れ草。

手足はきやしやに育ても身には

汚れし古袷。

せめて質種あるならば。

雪花菜の神使ひ。

おしいものぎやとこれ沙汰なり。

親古太夫は朝に出て暮るまで人の軒に〓ひたまへ。

清き身過もかほどまで〓た〓の

つまりしは。

もだいつまでぞ八百日ゆく。

浜の真砂の買がゝり。

なせど八百つきせねば。

頼む力も夏過て。

秋の頃よりぶら/\病。

神なし月の末つかた遠く根の国へ帰りければ。

跡や枕にとり付けて。

残る親子がかなしみ哀といふもあまりあり。

野辺の送りもやう/\と何売てやら任まひしか。

けふよあすよと月日はたつ。

中陰てそれからは

背中に腹のさびしさを。

替て一入なみだなり。

此隣に〓声なす邪神。

奉公人の口入に生馬の十兵衛とて。

是も此春女房にわかれ隣づからの寡鴉。

かねて古太夫に娘のおしでを公界させよとすゝむれど。

何喰ひでも一人娘を傾城などには思ひもよらず。

御親切は〓しとちり灰もなくかてつけねば。

堀そこなひし金の蔓と。

咽かはかして暮しけるが。

時こそ来たれと胸工み。

打とけてのつまらぬ咄し。

鬼と思へど問るれば。

かゝらふ嶋のなき身をば涙ごかしに濡られて。

子ゆへの闇にふみかぶり。

ついそれなりのころび寐はこれも神の縁結びと。

隔の壁も打ぬいて表むきの女房。

娘とも親子の盃十兵衛は思ふつぼへ引いれて高原を宿替して。

堀江の場中で二間口娘一人をあての槌。

銀壱貫目かり出して普請もざつと取つくろひ。

おしでは俄に三味線の稽古。

箱風呂の洗ひみがき。

鉢かづき姫が鉢のぬげたごとく。

金のたちばな銀の梨子。

皮薄で色白で顔だちなら物ごしならいはふ所もない上作物。

中間うちの肝入共が打寄て。

十兵衛はどうした奴。

後家の和泉式部をふづくつて穴のある小野ゝ小町を養子にした。

あいつは平の清盛じやと。

さま%\の噂して羨まぬ者もなかりし。

女房おゆうも麻につるゝ蓬ではなふて。

松にまつはる捻藤根性に入かはり。

銀になる娘じやと可愛外に慾心魔王。

崇徳院様ほど爪がのびて。

おしでをしで野と改め。

親の内から自賄の藝子。

時%\は膝もとへ引つけて。

泉五のお客は高麗橋辺の両替やの番頭衆。

年ばいも五十ぢかいとあれば末頼もしい。

なんぼそなたが嫌ふてもつまる紋日は出次第で。

節季はいつも金三両づゝ文箱に入て持しておこしてなり。

折ふしは内へまで仲間の汁で西照庵の戻りしやと。

炙物を送てくれての深切。あんなお方でなければ根がとげぬもの。

抜つかくれついきたがりやる。

福半の足下さんとやらは嶋の内風俗のあばずれ。

此間こちの門通らしやる時おりんがあれじやといふたゆへ。

格子から見たが髪は今はやる竹折髷とやらに。

ひわ茶繻子の胸高帯で。

黒紬の羽織に大名衆の書判見るやうな替紋。

重ね草履の尻の切て有た様子ではたんと汁のたらぬ風俗。

商売は何する人かしらねど。

あの身持では鉄奬付でも袖詰でも杉原一束のあてにはかならぬ。

とてもする勤じや程に男ぶりをゑらまずと。今時はとれる客と身たら眼痴でも鼻かけでも取歯づさぬやうに仕やらねば。

味噌塩のたしにはならぬぞや。

内の者共も心得て福半から人かこふと五度に三度は揚じやといへと。

現在の娘さへさりとはすかさぬ人づかひ。

一人の小女郎が三味線のけいこするを。

われは昼中に高枕して長ぎせるべらりしくはへて。

そりやそこが違ふたと生頬くはさるゝすさまじさ。

中/\兀頂の茶や風呂屋の内儀でも。

あのやうにはないものと町中の取沙汰。

昔の神ごゝろはどこやらゆきて。

長髓彦を踏のばして人挨拶。

天津こづらの憎い女房と誹らぬ者もなかりけり。

亭主十兵衛はいつの頃よりめつたやたらに神信心を仕出し。

生き馬の目もぬくと異名とつた男が心も弱/\となりて。

門口には八岐の大蛇を筒切したやうな注連縄を引はへて。

家内には切かけの幣だらけ。

月に六斎の百燈。

節季の朝でも中〓の

〓を三座づゝあげねば

茶粥にもすはらず。

それにつれて慈悲ふかく〓が家内を追つかへば。

跡へまわつて侘言半分の

猫なでごえ我判入れた奉公人の親が来て。

私も段ゝ不任合で又妹めも出しませねばなりませぬ。

姉がをります親方殿へ成りとも

談合なされて

下さりませと辺頼めば。十兵衛はにがり

切て〓ゝこなたは道慾な心いれじやのう。

姉ばかりか妹まで売て喰ふとは

子の可愛といふ事はござらぬか。

わしも娘が自賄はたらいて居ますが。

どふぞはやう引したいと思へと。

人様の世話になりまだ借金も少ゝあるゆへ。

それまでと思ふています。

こなたの娘も売さへすれば口銭の納る事なれど。

そこをとめる十兵衛じや。

酒もちと止さしやれ。

娘の身の油を呑やうな物じや。

銭壱〓合力しましよ

青物なりと売しやれ。

此後にも姉が方へ無心などいふていくまいぞ。

公界する身の肩がすぼる事じや。

〓塩物でも焼て茶漬進ぜてたもと。

涙もろき事杉本佐兵衛このかた。

〓は大森に出くわした楠の亡魂の

ごとく背中からわめき付。

是あんだら殿よい加減に尽くさしやれ。

口入商売するものが口のはたの飯粒をはらひおとすのみか。

すべもないわろに大まいの銭を合力は何事ぞと畳たゝいてにへかゑるを。

はてそういやんなあの衆もこちらも皆天照大神のお流れじや。

まんざら他人ではなひわいのと何事も神様ごかし。

お伊勢さまへは年に二度づゝ欠さず。

住吉講天神講かけ銭倒れと制しても。

聞耳潰しての信心に。

女房もほつともてあまし。

よう思ふて見ればわし一人あたふたとして*宜神主に奉公するやうなものと思案しかへて横道遊び。

春さきの*蒲なぶりに日が暮ると其まゝ。

袖なし羽織引かけて近所隣の男交くら酒うちくらふて大口咄し。

奉公人の遣ひやうから男を尻に敷自慢。

痔に灸すへてやる気づよい顔まで高なしの下作女房十兵衛こらへかねて。

女のあらふ身持かそなたの今の不行義を前の近付の衆が見られたら。

皆十兵衛が心いきが移つたのとそなたの科はいはひで。

おれが浮名のたつ事じや。そういふ心になるといふも全く神/\の罰と思はるゝ。

ちと神棚でも拝んでお佗申しやと度々の異見に。

おゆう大きに腹を立なんといはしやるぞ。

是が神の罰といふ物なら死れた古太夫殿はどうでござるこなたぐらゐと違ふて神道のちんぷんかんを覚へぬいてゐられたけれど一生乞食同前で死れたではないか。

常/\こなたの役にもたゝぬ神たゝきが気にいらぬ。

伊勢講も百燈も内証の械がまわらいでなるものか。

其信心に遣ひすてる銭はどこから出るぞ。

わしが娘のかげで是程にまで仕出した身上。

こなたの物は一ッもない。わしに向ふて一言もいはしやる事はなろまい。

とてもいふたとて神なぶりはやめる心あるまい。

神道者相応に高天が原に似た所の高原へ出ていにやと。

箒をつとりはらひ出せば。理の当然に力なくすご/\と家出して。

もとの高原へ宮うつし岩戸ごもりの炉路住居。

木綿襷に鈴うちふりて。

遠かみ恵美多目嬶めが為に追出されまし/\てと家/\の軒に立しは目前古太夫が恨みのなすわざと人皆噂は仕たりしが。

男を追出す厄人女房はいつの世にむくふしからぬ。

  三、文盲は昔づくりの家蔵

天子の剣宰相の〓はすでに沽りぬ。

今一ふり元師の〓有。

是を沽人先生ならでと張良の文作にのせられて。

韓信是はめいわくとなめらはれしが。

西蜀への通り札をもらひて。

終に漢家四百年の基をおこせしは子房の目利のはつれぬ所。

なんぞ方寸の器物を見きはめたりとて目利者とはいふべからず。

年〃の相場に身上は棄て北浜の米問屋に。

大豆屋七兵衛とて家つくりも昔ものゝかうとう親父。

家内二十人暮しにて。

降ても照ても年分に千両づゝは延てゆく鼻毛のあまり。

ひとり息子七三郎はあま茶育にて釈迦でもくはぬいき過者。

一度聞た事はちんぶんかんでも〓さねば耳塚と異名を付て息子中でのにくみもの也。

親七兵衛は根から土人形にて世間に何がはやらうとも。

江戸合羽のたばこ入に茶紬の置頭巾にて。

店から〓所のきまりを心がけ。

芝居遊山は身がなまけると嫌ひ。

茶のゑの茶は渋ふて呑れぬと。

一俵十二〓の丹波茶に吉野〓の菓子にて尻のつまりし身持。

朝鮮人を三度見たよりは〓しのない男ぞかし。

か程の老武者根城もよく持かためたれは、。

もはや七十にちかきとて隠居の望み。

法〓して名を大愚と改められ七三郎は七郎右衛門と呼れて。

我代しりやる顔にもつぱら禅学に誇り。

〓済二派の悟禄に眼をとゞめるより。

自然と心高慢米市場に払子をふり立て。

作〓生か千俵売ふ。

〓三千買ふなどゝゑしれぬことばをつかひ。

僕児少夫婦が茶わん一つ破りしをも。

喝と叫んで三十棒を打けるにぞ。

半季究めの奉公人は中戸の客板を打て放参/\と隙をとりにける。

付合が広がるにつけて近頃より夢想国史の流れにふみかぶり。

雪の朝茶春の夜〓しと。

頻に古物好になりて。

生た万宝全書とそやされて目利がる事すさまし。

上町辺の書物屋菊亭といふ発明者。

門口のはいらぬ程な掛物箱を持て来て。

旦那此間はお見舞申ませぬ。

此横物は唐筆でござりますが。

けしからぬ見事に見へますれど名印かまいゆへ誰じややらしれませぬと出して見すれば。

七郎右衛門一〓目見るよりせゝら笑ひ。

そちも此やうな古筆を商はふと思はゞちと心がけたがよい。

是は魏の明帝の築かれし凌雲薹の額じや。

此楼を築く時あやまりて額を釘に打付たゆへ。

文字を書に葦誕といふ能書を轆轤にて釣上て書せられたが。

地より高き事〓五丈ありしよし。

葦誕恐れて白髪となつたとあるが。

其額のまつくりと見へる。

魏と唐とは唐はよほど後じやのに。

唐筆とは書林にいふまじき文盲としかられて。

是はしたり根から存ませぬ。

あなたにお目にかけたればこそきつとわかりました。

是は魏といふ国の人の書たのでござりますか。

私は魏筆といふは贋物の事と存てをりました。

左様なら古い物でござりますお目利の上なればよいやうに買て下さりませといふにぞ。

いか様此文字の震ふた所が面白い。

おれがきはめて安うも買れまい。

金子廿両に買てやらうといはるゝに。

菊亭それでは口銭がこざりませねど。

旦那に見てもらいまして高ふも申されまいと置ていねば。

跡へ壱丁目筋の刀屋が。

旦那あなたでなければしれぬ物が出ましたと。

朱鞘の相口を出して。

是に庵に木瓜の目貫がかけてござりますが。

此紋はまへかどに海老蔵が来た時見ました。

曾我兄弟の紋所かと存ます。

めつたに古う見へますればもし昔の曾我殿がつまらぬ大晦日にまげられた。

質屋の流れではあるまいか。

御覧じて下さりませと指出すを。

七郎右衛門とつてつく%\見て

是を曾我兄弟が所持とまでは気か付けても。

どういふわけといふ事は壱丁目の拵屋の目には及ぶまい。

是こそ曾我の時宗が箱王丸の昔箱根の別当の許にて。

敵工藤左衛門にはじめて対面せし時。

祐経より箱王に遣はせし。

赤木の柄のさしそへじや。

身も格別にはないが出所がおもしろい。

銀〓枚なら置いていにやといはるゝに。

さても/\学文しらぬ者は曾我とまでは気がついても根ぬけがいたしませぬゆへ。

旦那に〓枚で掘出されたと銀受取てかへりぬ。

とかく道具屋でしれぬ物は此先生へ持て来て。

目利して買てもらふとは商人の軍法。

大豆屋の城を売りおとさんとぞ謀りける。

ある時伏見町加賀屋何某が方にて道具会ありて。

諸方の腹ふくれども打寄て〓た道具は持て出。

珍しき物をとかゝりける。

永徳の三幅対。

徳乗が縁かしら。

きぬたの水指。

滝本の自画賛。

浅黄印金が一尺四方。

高麗茶碗。

楊貴妃の天冠

定家卿の鼻〓。

法然上人の尿瓶まで。

それ/\にせりわけて市大きにはづみけり。

かゝる中に六十有余の老人山繭紬の服太に

鼠小紋の羽織も綿のおちつきし人柄。

私もちと払ひたい物がござると二重切の花活に

朱〓器一ツ出されければ。

いづれも見て廻し。

まづ花いけは銀五両におさまり。

茶器は銀弐両よりせりけるに。

いや/\それはあまりなりと引こめらるれば。

段々せり上て金百〓につけければ。

なんと御隠居もふよい直段でござりますが。

お放しなされませぬかと問へば。

いや/\お目に入ねば是非なし。

手前了簡とは大分相違いたすと取あへねば。

はてなあ見た所がさして名物とも見へず。

少/\なれも見ゆればよい払ひ直段であらふにといへど。

たゞ黙然と返事せられず。

大豆屋七郎衛門床脇よりはるかに。

御隠居御道具今一度御見せなされと。

道具屋に取つがせ暫くながめ入て。

是はちと存じよりもあれば私が申請ませう。

御不足ながら金子八十両にまけて下されまいかといへば。

其時老人手を打てさても/\こなた様はお若いが。

道具をお好なさるゝと見へて天晴のお目利。

八十両では売損がまいれど〓ならんでござる道具も衆も。

金百〓相応と仰せられた物を。

飛で大金にお付きなさるゝは。

此道具の素性御覧なされての事なればまけて進せませうといはるゝに。

一座大きに興をさまし是はどうした名物とあいた口ふさがねば。

七郎右衛門したり顔にていかさま千両道具を小金にまけて下さるゝは

甚だ身にとつて大慶にこそござれ。

連城の壁も見るものがござらいでは瓦礫も同前。

これは室町殿の御重宝曙といふ茶器でご

ざりますかと存る。

ちと見所あつて申事じやが左様でござりますかといへば。

いかにも曙の名器でござると〓所から取寄るは。

七重の〓十重の箱に満座の道具や

素人衆も是はとおどろき。

もみ手にて。

七郎右衛門様お目利の名物今一度拝見いたし申たしと懐から

嗜みの塩瀬取出すやら。

手水遣ひに立やら手に取て見れば見る程めつたにしほらしく見へ。

少しのなれといひしまで爰がどうもいはれぬ所と寄こぞりて誉そやすに。

老人かさねて。

お素人方はともあれ歴々の道具や衆がござるが。

いづれもの目利で求めさつしやる衆が大坂中にはあまたござらふが。

今夕の躰ではいつかう目の明た衆は一人も見へませぬ。

向後は七郎右衛門殿をおたのみ申て道具の素性も見習はつしやるが貴様方の家業といふ物じやと。

あくまで悪口せられても一言の返答するものなく。

一座しらけて其夜の会ははて。

皆面目を失ひかへりけり。

是よりも此沙汰が広くなりて京堺にも聞へければ。

去ル御大家より聞およばれ。

其曙の茶器は故ありて先祖より此方の家に所持する所。

又/\此度売物に出たりとは其意を得ず。

しかしいづれか真偽とも定めがたければとて大豆屋へ使者をたてられ。

目利所をもつて改めさせられしに。

並べてはそこばくの違ひにて。

御伝来もたしかに極数札の証拠もあれば。

大豆屋の茶器は丸薬にもおとりて身ゆるにぞ。

又此うはさが広くなりて。

目利が違ひしとて七郎右衛門が異名を目ちがひ先生といひはやしぬ。

隠居大愚此やうすを聞およばれ大きに腹立し七郎右衛門を呼付。

いらざる目利自慢より大分の金銀をつゐやすのみか。

人に笑はれて大恥の名をとりし事。

もと商人の道をわすれたるよりの事なり。

町人は算筆とて外の事はきつとたしなみて家業をつとめ。

無用の目利いたすべからずと席をうつてしかりつけ隠居へかえられぬ。

七郎右衛門跡を見おくり手鼓の中音にて。

ウタイいやしき海士の胎内にやどりてと。

諷はれしはいかゐたわけの。

諸道聴耳世間猿  二之巻

   目録

一回 孝行は力ありたけの相撲取

     抃ぐ肩脊も弟が骨痛

     跡から扇ぐかち荷物は

     小山に近き古市の渋団

二回 宗旨は一向目の見へぬ信心者

     看経に義太夫ぶしは

     こつはゐな二十四輩に

     先子供は白骨の御文

三回 呑こみは鬼一口の色茶屋

    撃てどもならぬ内証は

    冬もはだかの男舞

    笑も道理付髪の門違へ

  一、孝行は力ありたけの相撲取

孔子の参や魯なりと仰せられたは曾子はちとうまひとのわる口

其曾子は孝教の作者なれば

孝行もちとまへめでなけれはならぬ事と

唐絵の竹画く生過者か呑こみ違ひ

茶火ねばなをならぬものぞかし

枝折る栞は誰がためぞと捨らるゝ親の方から

捨ていぬる磔柱めにあんまりな慈悲心

此手の親が世間に多く

河豚の蝶のように切ても突ても煩はぬ息子を

あれは病者なゆへ気ばらしになら何なりと稽古させいと

涎三尺流らかして糟谷宇左衛門かかけ声はこちの息子に似ましたとはよつぽとな甘口

息子の穀つふしに親父のあんたらを俊成卿に点してもらふたらば持とや仰せられん

今時は白い歯見せずに追つかふても

謡屋の夜食腹からはく人の一切買

葬礼のもどりに竹田の新からくり見る程の事は

きやつとうまるゝとしりぬいて居る世の中なり

播州高砂に相生浦之助とて手取の相撲あり

もとよりすきはひの丸はたかにて一銭の貯へなく

尾上の鐘もひだるい腹には響の灘と力士に喰しばつて

寒き夜をあかし潟にいく夜ねざめてくらしぬ。

此浦之助二親に孝行なる事近郷にかくれなく朝はほしをいたゞきて曾根の塩浜へ雇はれ麦一〓の働き。

冬は寒取に生〓のたへるまむなく。

とふぞ親達を安楽にやしなひたいと四十八手の外に身を紛にはたひて身過の工夫。

抃くを追ぬく貧乏神ありて。

此親父は小博〓打て大酒くらひ。

なんぼ有ても堀ぬき世帯底はかとなく負くらせは。

鬼の女房に鬼神とやら嬶衆も同しくなる口にて。

針手もきかぬ石臼嬶。

三度の朝夕の外に間鍋の菜このみ。

陰口かわるいとて近所の茶飲にさへはねのけられても鎌婆かかゝり子をいぢりたて。

小遣銭がたらぬの博〓の元手かすくないのとねすり事のある状。

親に似ぬ鬼のやうな関取も土俵ほどな涙をこぼしぬ。

それさへあるにひとりの弟かふら/\と〓ひだして。

こゝやかしこの身節か痛み。

咽の下に口か明ていつをかきりの湿病ひ。

立な事横へもせず顔も手足ももさし坊の居〓とはこれなんめり。

浦之助が身ひとつて愛染様ほと手足か有ても。

〓もつまらぬ末六十日と。

力足をふみしめて。

気を春さきに大坂の勧進相撲。

何てもしてこいとちや遅しと早々のほりて番付にのせてもらへば。

どこへいてもつきまはる貧乏柱といふ所に。

播州相生浦之助とかいたるはひたるそうには見へざりけり。

其頃の関取は仙台の眼力九州の山揚山転紀州の駆抜伊丹に鬼面難波に唐綱などゝいふ古今の大兵とりでの功者。

東西にわかれて花/\し。

さあ今年はよい相撲じやと近年の大はずみ。高木や橋がしはる程の人群集。

高砂の町人衆も大坂見物にのぼりあはせ此方の在所の相生もとるげな。

とふぞよい相撲に勝がてかし。

国本の外聞もあれ一廉花はとらすぞと。

空色縮緬の羽織に郡内の大縞袷。

金子五両を包ませて。

けふは勝かと毎日/\割子の松川菱になる程力味で居らるれど。

浦之助は親兄弟のづゝなはが足にまとひついて。

いく日も来る日もあくるめなく。

晴天十日物の見事に打付られて。

高砂の外山の霞足たゝず。

国本の客衆も花出す塩もあらざれば。

姫路のおさかべといふ前髪相撲にやつてしまはれぬ。

浦之助は我ながら身をつめつての男泣。

せめて給銀に手はかけじと一両たらずの身の油。

褌にしかとくゝり付。

西国へいぬる傍輩の相撲の着替と゜もをひとつにして。

十二三貫目の足荷持。

顔はやつれて神埼の川中で剥ぐ尼が崎。

わるい時にはとぼ/\と足元見へぬ武庫川やいのれどきかぬ神心。

道理で戎も腰抜の。

芦屋の里も打過て。

かゝる住うき世の中を誰が住吉と兎原の里。

小揚買ふも悪銭ひらなか摩耶颪にはをろされじ。

銭がなほしや求め塚恋もしや/\りもなき身をばいつまで是でいく田河。

運の築嶋ながめしに。

鵯越のからき世を逆洛とはあやにくの。

所の名さへこり須磨や。

明石がた/\ふるひつゝやう/\内へ戻れば。

爺親がにじり出て。

内には火の雨が降ふとかまわず大坂三界かけまはつて長/\の留主に親には不自由なめをさせたが。

定めてよい銀がとれたであろと声かけられて。

をづ/\と褌の下から海士が玉出すようにぬくもつてある

給銀を出して見すれば。

不興顔に上方へ相撲/\といふて大そふたてゝのほつたは是か。

おきをらふ腕なしめ。

此掴み取の世界に大阪の腹はれどもに這つくばふて。

目くさり金の一両やそこら一夜そのはり代もなひ。

不甲斐ない忰を持たゆへ年寄て入米がわるい。

病でをる弟めが達者なら此様には有まいと。

支離所か行基の嘗てやらせらるゝやうな

病ほうけを可愛がつてわめきつけば。

二枚屏風のあちらから鼻声にて。

兄貴戻つてか。

大阪は結構な所で上手な

医者衆がたんとあるげな。

わしが此病には五宝丹とやらいふ薬を飲だら

治るといふた人がある。

代物は金一両ほとじやと聞たが。

買て来て下さつたかといふを。

母親が釜の前で横ぎせるくわへながら。

何のいの。

わが身のことを兄ががまふ気はなひ。

二親が飲代さへ咽じめしてあてがはぬもの。

大かた給銀も金の三両やなどはとれたであろうけれど。

大阪のけんたんやで仇酒食ふてつかひ捨たのでござらふ。

親は〓ぐ子は楽するといふたとひに一つも違ふた事はなひ。

日本一の不考者とはおのれが事じやと。

遠道かけて戻つた息子に。

熱茶一ふく飲さずに責せたげる泥棒親。

こんな道慾な家へありがたい日のめのさすもふしげぞかし。

いかにも私が不器量からおまへ方に不自由させます。

勘忍してきげんなをして下されと。

親/\のつらいほど魂のみかげる底光り。

おもへば今度の相撲は始末ばかりして。

蛸の足一本はつかりとは食なんだゆへ〓〓づかなんだと。

此中での相撲形気。

浦/\の引網を手つだひて〓〓〓の

生ぎちに肉走りて。

踏かためたる足〓の。

大和の御所に花相撲あれば。

前にもこりず旅だちて今度は勝も勝たり七日の相撲拾ひをとりは

取れたども。

高が在所の土竜ども殊に土地に見るしられねば。

山伏の布施ほどな花ほどな花もくれず。

   二回 宗旨は一向目の見へぬ信心者

去浄土寺の説法を聴聞せしに。因果経にお初徳兵へが道行をまぜて、それ娑婆のはかなき事は、たとはゞあだしが原の道の霜一足づゝに消てゆく人の命、死る時はかたびら一枚と、慾ひ惜ひの悪念を離れさせ。婆嬶の臍くりをふるひ出させ、此施物をわるふ請る出家は。七生が間は牛に産るゝとござると。舌もかはかぬ所へ梵妻が安産したとのしらせにおどろき衣もそこ/\にかけ出さるゝを、残つて居た講中が。和尚様。たつた今の説法に。施物を請て悪業をすると牛にうまるゝとおつしやつて。是はどふしたお身持ととらまへて詰かくれば、気はせきながらしら声をつくり、はて扨こなたは衆は凡夫心じやのう、是しきで牛に産りやうなら。此世界は人と牛とがふりわけになつて。米市の外に牛の食物の相場が立ますわいのと。まして此やうな僧に物やる事は雪隠へ銭落したやうなともたとへ給ふべし。

たゞ慎みがたきは婬酒の二ツと親鸞上人の見識。

仏体を得し出家に肴喰せ女房もたせて。奉公をもせよ猟漁をもせよ。

一向一心に念仏すればとくゝめるやうなすゝめかた末世の衆生の心では。経文より座禅より家業のさまたげにならぬのみか。犬の手も人の手といふ時分に注連飾り松立る世話を助かり。

上戸の額面にたとへし暑ひ最中。

びやうぶ引廻して牡丹餅素麺の客衆もなく。

常盆常彼岸のならはせ有りがたいとは是斗ても思はねばならぬ宗旨そかし。

さるによりて在家は信心のあまりに金銀を投うつ事他の宗旨に百倍して。

三百里あちらの仙〓の奥から霜月かけての六条参り。

背負た菰包みの中から小判の御瞑加銭。

取次ぎなしに賽銭箱へ打ちこんで。

涙をこぼしての御恩報じは仮令の信心でゆくものか。

御相伴については一膳三文の白箸を。

我喰た跡を国もとへの土産にして。

一在所のものに戴すれば。

ありがたいとおもふ心からかるい〓の落る事全く阻師の功徳の広大なると申すへし。

河内の柏原に高持の百姓太郎右衛門とて代ゝこの堅門徒。

神棚は雑行とて御祓様も内へいれず。

仏壇は心斎橋で木地から三貫目の誂へ。

御真向様御脇掛皆々祖師の御正筆。

朝夕の看経に二人の息子太郎七清太郎とて廿と十七になるものまでに肩衣かけさせ正信偈のつれぶし。

伜共もありがたふござると同行中へひけらかさるに。

惣領太郎七は仏ぎらひの芝居好。

仏壇へなをると親父の帰命無量を。

こんたんでのゑちやへと鼻哥で間に合せ。

願以此功徳は山アにぞ着にけりまでやくたいもなき仇口。

弟の清太郎は坊主まさりの有がたや。

七首和讃八首和讃のつとめ方五帖一部の御文様にはどこらの何枚めにとふしたおすゝめがあると宙覚へ。

兄の浄るりを気毒に思ひ。あなたの前で鼻〓いふとは信心が決定せぬゆへの事と折ふしに異見すれど。

太郎七はうはのそら親父様はお年よられたれば有がたい筈の事。

我/\が年で仏付合するはあんまり早ひ。

廿八日の精進も祖師様がちか付でもなし。母者人の日さへ精進すればよい事じや。

そちもちと浄るりを習ふて見やお勤のふしのやうな物てはない面白い事じやといふを。

清太郎かぶりをふり。

そんな勿躰ない事いはぬ物じや。

今日斯して居るはみな御宗旨の御影なれば。

親の日は少々落ても御宗旨の日は精進を御逮夜からする物と兄弟がいさかひ。

親太郎右衛門襖を隔てゝ聞ていられ。

扨/\太郎七めはにくいやつじや。

しかしあれが則無宿善とて如来様に御縁のないのでかなあらふと諦てすてゝおかれぬ。

弟清太郎ある時親父の前へ出て。

私はちと御願ひがござります。

祖師上人は越後へ御配流なされてより二十余年の御経廻。

北国の雪に笈を負せ給ひての御苦労はみな御自身のためではなひ。

濁世の凡夫を助けんとの御修行と承はれば。

おまへや私共が安楽に暮しまするも皆あなたの御善根と思へば。

あまり冥加ない事と存ますゆへ。

せめて御旧跡の二十四輩を廻つて来たふござりますと思ひこんで願ふを。

太郎右衛門大きに悦び。

廿四輩は年来の大願で有たれど御縁が薄ひやら是まで出るといふ時節もなかつたに。

若い者のよふ思ひ立めされたとけしからぬありがたりやうにて。

にはかの用意長旅の事なれば路金をしまつせずともと。

着替雨具虫おさへの丸薬足痘の黒焼水の変りのふり出しよと。

残る所なく取揃へて。

下作の小百姓に達者ものをゑらみて。

若い者の事万事をたのむとくどひほどいひ付て。

吉日の首途をみたてゝより。

留主中の看経にも清太郎が無事にて帰りますやうにと。

たのむ木陰に雨もりて。

清太郎は常陸の板敷山で。

山伏の盗人に出あひ路金も着替もさつはりと剥とられ。

主従人同前にて命から/\東海道を逃のぼりて在所へは帰りしかど。

はがれた上にたゝかれた逆さま竹の痛みがつよく。

焼栗の芽も出ずに極楽参りをなしけるにぞ。

親太郎右衛門か力おとし両の手ももがれた悲しみ。

日のたつに付て一家同行への諦)め咄し。

御旧跡廻りから病ついてかへりしも不慮な事のやうに思ひましたが。

是が則信心のいたりましたのでござらふ。

浄土へおすくひに預りましたは不定世界を早ふ遁れた仕合者でござる。

教てかへる子は知識といふは。

清太郎が事ぞと。

悦び涙にふかくむせひ入られける。

此嘆きに引続て兄太郎七に娵合すとて呼とつて置し紀州の根来の姪。

風の心地とて二三日起ざりしが大傷寒にとりつめての臨終是もあなたのおすくひと念比に御礼申せば。

大和の小泉へ娵入して居る中娘の初孫。

はや〓にて取てゆきししらせの便。

内に十年の余飼た赤猫が井戸へはまつて死だまで。

皆如来様のおすくひと。

八万四千の光明の中へ摂取不捨の御ちかひを報恩謝徳の信心他事なかりけり。

ある時隣村の道中に本堂の棟上は。

いつ何日と大坂から舞子藝者を呼よせければ。

物見たけいの草中とて思ひの外の大参り。

柏原の太郎右衛門も講中の一筆なれば天気のよいをよろこび。

精進酒ひとつ過して地築の棒をつきならして。

〓〓の葉箒売たる親仁。

店の端にもしばしは休みと。

皺がれた一節をやらるゝに。

息子太郎七見るより爰でこそ我等が隠し藝を。

親父に見せて驚かさんと。

私も狂言一番いたしませうといへば。

御堂様へ御奉公じや。

何なりとせいとの〓しをうけ。

心得まかせの飛上り。

矢の根曾我の荒事面真赤にぬりこたくり。

金襴の大広袖角〓の大童。

浄るりに合しての思ひ入れ。

見物は口/\に。

よう/\庄屋の一番息子めと誉るを聞て。

親はこゝにと悦ばれける。

太郎七は大音にあゝらふしぎや。

左りの腕のしびれしは。

兄十郎が大礒にて敵工藤にめぐりあひ毒酒を盛と覚へたり。

たとへは此鬼鹿毛千里も飛べ万里もゆけと。

思ひ入の力あしに足代の縄が切て。

高さ三丈ほどの所から真逆さまに踏はづせば。

やれ落たは気がつかぬは薬よ水よの介抱に。

親太郎右衛門はあはて騒ぎ。

忰やあい時宗やあいと呼いけれど。

気はつかず次第に冷て事きれたり。

朝には江戸塗の紅顔も夕べには白骨の身となれりと。

御文様も思ひ出されて。

いかな親父も腰ぬけて御すくひもほどがある。

これは又あんまりなかたづけやう。

此上はわれらひとりのおすくひなれど。

もそつと娑婆に用事があればまあ十年ばかり待て給はれと。

一向一心にぞたのまれぬ。

  三、呑こみは鬼一口の色茶屋

呉越の人は文身とて惣身を彩り衣服のかはりとするは。

漁を常のすぎはいとして水に沈みて世をわたるゆへと聞しが。

江戸の競たて衆は入〓を腕ばかりか。

身うちに竜のまとひついた所背中に眉間尺の首。

尻こぶたに近江八景。

弘法大師がござらば般若経六百巻でも彫てもらひかねぬ血気壮。

それが何の為なら。

上み方野郎はなまぬるいとの力味から。

満足に産れた体を我と支離にならいでも。

男は男で通ればこそ。

江戸中がそふでもなし。

額面に鑷あてぬとて裸百貫の相場は弥勒の代までかはるべからず。

昔より今にいたるまで百敷の都より天さがる鄙の末までも。

替らぬ色は恋衣。

送りかへせば比叡の山風とうたひしも漕わかれゆく室や御手洗の浪まくら。

こゝは名たゝる二挺だて葭原にのみ濡ぎぬを。

そむればかはる品川や。

とんとはまりて深川に。

鬼の喜助といふ寡茶屋。

ふとん二畳にはした枕の漆も〓しとさん盃。

いつでも肴は一種にて座敷といふが釜の前。

七つ階子の恋の坂昼ともいはぬとこ闇に。

たてこめたればうつの山。

夢見る事のならばこそ。

寝かゑるさへ油断すればおちこ地のたつ木部や二階。

隣あたりの思はくにも。

此茶や町のたゞ中に。

あそこで遊ぶ物好はどふした衆ぞとおもへば。

さる事にて、入こむ客の風俗は。

昼さがりし黒羽に落し〓の蝶鮫も掃除のわるい鍔の埃り。

天窓は色/\の竜宮界。

医者俳諧師鼓打のならず客。

三十〓とつかふては。

質種もなき神/\を請こむ亭主が男ぶりは。

競組の目にも堅縞のかます袖。

十服つぎのきせるの烟。

遠慮もなう客の面へ吹かけ。

町所のしれた野郎なら賊でも連て来なさい客にすべい。

畳上てもとらにやおかないといふ筈。

名さへ鬼の喜介なれば。

渡辺の綱でも仕過しのならぬ茶や。

そこへさへよせてくれるを嬉しがりて。

家嶋与左衛門とて四座の末のすかんぴん。

うつ鼓の。

ふつともほうともならずもの。

其中での水遊び。

毎夜喜介が方へ降ても照てもかゝさねど。

遊びは十日に一度のあてがい扶持。

其間は吸物の加減に雷盆のかた相手酒の に

気転をきかして。

をつとよしなの板もと廻り。

いはく有馬の湯の談合と。

口合のいひつゞけに。

親父今宵は拙判官じやと月囃子の謝礼を

包みのまゝに露の間の二階ごもり。

それさへ下から天井裏を椶 箒でせり立られ。

一寸壱わの仕過しがつもれば金の一両あまり。

突やうに催促しられても。

済すあだてのないが定。

遊びも今宵かきりぞと念比に損かけて門口までもよりつかねば。

喜介大きに腹を立見付次第に かくご。

与左衛門が所へ仕かけしに戸は閉よせて留主の躰。

内をのぞけば畳までいつ売払て仕廻ふたやら。

竹簀子に鼠の巣紙屑ひとつ

下駄片足。

残るものとてはさゝ蟹の家ばかりにて与左衛門が影も見へず。

となりの鍛冶屋で尋ぬれば。

宿替てゞもござらぬが内はさつはりと売たてて二三日も戻られませぬ。

取替のござるのならちと御出が遅かつたといはるゝに。

憎さもにくし居所も大かた合点のそんじよそこと。

柳原の古手屋の裏。

正面むいては這入られぬ炉次の奥

幸田嘉兵衛といふ狂言師の表札も

雨じみし引たて戸。

こゝには人の居る躰にてきしれどあかぬ古敷居を。

むりやりに身の這入だけ。

誰といふは与左衛門が声。

いや深川の喜介じやあいに来たと云つゝ見れど真闇がり。

たゞごそつく物音ばかり。

よく/\すかして見れば。

主の嘉兵衛は寒中に古袷。

木兎なつた背中には。

着物に事を柿の本短冊ばりの

二枚屏風をかぶりて。

蓬莱山のすくみ亀。

今一人は与左衛門是はいつその丸はだか。

せめて褌引しめて。

挟ばこ覆の青漆皮。

鼠の喰穴首の入るたけ切あけてそれをすこしの肩ふせぎ。

蛮国の図にもない二人がすがた。

寒さをしのぐ火鉢さへ付木一枚もやしては。

鼻だけぬくい稲妻の。

ひかりのうちに憂やわするゝと。

こゞなりよつても仇口はやまず。

是は喜介よふこそ尋ねて来山伏の豊心丹。

さて拙らにはいかなる寸善尺魔が付まはるやら。

ゑら茄子の大木でかくの仕合。

ちとありの実の判官かあらば御引きあわせたのみきす。

此節肉米沢山のたてに預りたい。

嘉兵御存ないかあの先生ゑら粋じやと粋ごかしのことはり。

逆さまにしてふるふたとて鼻血の外はしたらぬていたらく。

さすがの鬼もあきれはて。

此寒いに馬鹿な頬げた。

盗人に釣だけンど銭百文合力すべい。

酒でも買て喰つたがよいと。

二人が前へころりと投出して跡をも見ずに帰りける。

両人はおどり出かの百銅をさゝけつゝ。

嘉兵衛が音頭に与左衛門がめつたおどり。

しばしかなでゝ餅酒に替一時のきげん上戸ほめきの中に寝入しは。

たのしみ其中になきにしも非ず。

献上鯛一枚が百両もする花のお江戸に是ほどの落武者もあるに違ひはなかりし。

心からこそ身は丸はだかそこらが芸者根性と面白がるも程あるべし。

此与左衛門も其後はすつきりと世間ふさがりて身に倦はてた俄坊主。

こゝに一ト月かしこに十日のかりねのゆめ一とせあまり暮ゆきしが。

身の内の財は朽る事なしと持てうまれた鼓の音。

昔の弟子がたより来てそふではすまぬと打よりて。

さる御大家へ御抱への世話も。

付髪に借着の御目見へ。

さつそくの有付。

始ての御能に。

三番目の松風は。

御扶持の医師石川松庵が小鼓。

太鼓は与左衛門。

太夫も囃子も其日の大出来。

ここぞとうつ鼓にいつのまにやら与左衛門か付髪おちて。

坊主天窓ふりまはすを。

御桟敷きとても気はつかす。

松庵の後見に出し生駒新八といふうろたへた男。

おちた付髪の門たがへ松庵のあたまへむりやりに引付しかど。

もとより心は張弓のいつの間に髪が出来たとも。

むらさめと見へしも今朝みれば松風ばかりや残るらんと撃あげて。

太夫ワキより楽屋へいれば引つゞいて笛小鼓。

付髪の繻小鬢にさしぬき長絹の橋がゝり。

大鼓法躰して緋熨斗目に長上下。

桟敷/\の御目にかゝり思はすどつと閧の声に。

二人とも心付てあたまをかゝへ逃こみしが。

松庵はさすがに老医とて人がらをつくり。

是/\与左衛門殿。

古語にも聖人は桃林に冠を糺

さず瓜田に沓をいれずとこざれば。

其元の付髪が愚老に付てござつても手前が手はかけませぬ。

自身はづしてとられよといふに。

与左衛門痛み入て後にまはりて付髪をはづしつゝ。

さるにても松庵老のくび筋もとの黒さよと。

八しまの謡にわらふて左右へわかれけり。

諸道聴耳世間猿  二之巻

   目録

 一回 器量は見るに煩悩の雨舎り

     ぬるゝ袂に玉だすきは

     小比丘尼がつかふ薙刀

     逃るが勝は町人の奥の手

 二回 見過はあぶない軽業の口上

     鳴て悔しき麝香の見せ物

     乗合に見立られた人相は

     大津八町の打身薬

 三回 雀は百まで舞子の年寄

     どこぞがめいる坊主客に

     いひがゝりの卒都婆小町も

     尻はつまらぬ若衆の惣嫁

  一、器量は見るに煩悩の雨舎り

臨兵闘者皆陳烈在前といふ真言を唱ふれば。

打ちかけた刀の下も潜らるゝとて。

歴々の大将が旗さし物に書て出らるゝは。

戦ひに望みて死をわするゝとは嘘の皮。

それなればこそ一番〓が戦場の高名がしら。

さきへゆくのは酒屋のおかたではなうて心ようはないものなり。

叡山三井寺奈良法師。無理いふてもだゞけても命を捨てのわんばくは。

加茂川の水双六の〓。

おもふやうにはまかせぬぞといつの帝やらのくやみごと。

坊主に天窓はまりける侍。

昔はたんとありしやら。

一来法師が軽業。

武蔵坊が大工道具。

皆天狗まがいの悪僧原。

これを思へば町人百姓ほど昔から今にいたるまでもねざめのやすきものはあらじ。

いやの侍むつかしの尼法師とおもへど京の知積院には坊主のこけら〓

が漬てあり。

江戸の浅草の観音参りは町人は百歩一なり。

何事も広い事を武蔵野のやうなといひならはせしは昔にて。

八百余町に建つまり。

諸大名の御屋敷神社仏閣の花麗はもとより。

所によりて畳一枚が金子一両しても借屋札はらぬ大〓大芝居大叶大小間物大〓麦切と。

何でもかでも大の字を冠りて。

今は気の大きなる事武蔵野のごとしといへり。

両国橋は下総の国へかゝりしゆへかくは名付けしぞと。

江戸初ての見物と見へて京家の武士の。

小者一人に風呂敷包もたせて草履がけ。

菅笠柄袋の外は旅(たび9めかず。

橋をわたりて河水に逆のぼりゆく道の。

河のながれ岸の下草までもしらぬ道の珍らしく。

三巡の明神にぬかつきて。

かの其角が白雨や田もみめぐりの神ならば。

と雨乞せしは此社そと。

心おもしろく気も隅田川の渡し場にいたり。

初めて遠くも来にけるかなとそこら見とるゝ折ふし。

船頭が呼かけてヲゝイ乗のならはやうござれとわめくにぞ。

あはれ都女郎ならばとたはむるゝに。

船頭もぬからず。

なりひらにとは申さぬと漕出しぬ。

梅若が塚しるしの柳にたゝずむうちに。

もし旦那どふやら曇りまたがふらぬうちにそろ/\おもどりなされませぬかといふにぞ。

いかさま日和が落た雨具の用意はなし。

〓てはなろまいと一二丁引かへすにはやぼろ/\と降くれば。

南無三宝と主従二人走りつまづきて。

漸禅宗くさき庵を見付。

まづ雨舎りをと内へ入リて。

御免なれ手前は旅の者でござるが。

俄雨に合羽を持ず難義仕る。

しばらくが内雨をやめさして下されといひ入るに。

釜の前に十三四の小比丘尼の目もとりゝしげなるが居て返事もせず。

奥とり旅のお侍こちへ這入て雨をやめてござりませといひつゝ出るを見れば。

年の比廿四五の尼其うつくしさあてやかさ。

物ごしけはひも賎しからず。

いはふ所のあるは額面に何が出来たやらへつたりと膏薬張てあるのは正真の玉にきず。

もし善光寺の御印文を象鼻の格でつゝんでをくのてはあろまいかと。

見とれながら腰かくれば。

小尼が汲で出す入端。

はてしほらしいといひつゝたばこ四五服ゆらすうちに。

雨は次第にふりしきり。

いつあがりそうな気色も見へねば。

主従途方にくれて居るを。

主の尼気毒に思ひ。

旅の空に雨具もなしにさぞ御当惑。

しかしきつう降ますればござられまい。

見ぐるしけれど庵に一宿なされて。

あす天気に成てから江戸へ御出なされませと。

打とけた詞に力を得。

それは有がたい仕合。

お詞にあまへゆるりと雨をやめませう。

其うちには小止もこざらふ御免ンなれと上へあがれば。

そこは端ぢかまづこちへをと奥へともなひ。

椽の障子をあくれば。

春雨のすみだ河へふりくる気色どうもいへず。

うか/\と咄す内に遠寺の入相。

これはならぬ濡てなりともそろ/\と身ごしらへすれば。

主の尼がどれへござる事そ。

もはや日は暮ますに雨もやみませねば。

是非とも御宿申つもりで茶漬をこしらへさしましたといはるゝに。

それは近比の御深切。

つき上つた事ながら。

一宿御無心申そうかといつそ心が落付て。

家来も勝手にて横にならしやれと木枕。

〓ふござりますと遠慮せぬが下郎のくせ。

数奇や行燈の灯心かき立て。

さあお茶漬と持て出るは宗哲の夜食膳。

心をこめしもてなし。

是は御馳走尼御にもと。

いひつゝ箸をとりて平皿の蓋とれば小鯛の難波煮。

こりやどうじやと見合すうち亭主の尼立出て。

里遠き庵の事なれば何をあげまするもふつゝかな事斗。

ほんのお茶漬さあお箸なされませ。

お見合せなれてござるは。

もしお精進と申やうな事にや。

旅なればくるしうもござろまいと何げなき顔付に。

一ゑんよめねどまゝの皮。

くはぬは損としたゝかにとるこめば。

御酒一ツと燗鍋に添て雲雀のやき鳥。

ぬくめてあげうと火鉢引よせてあふらるゝにいよ/\興さめ。

これはどうでも江戸中のいたづら後家。

いひわけまでに剃こぼち此さびしい所に居るは夜どおしの責念仏。

となりかまはずのお好様。

しかし男の影も見へぬは今夜は寺役でこぬとのしらせ。

それで我等を泊たと見へる。

顔の膏薬もてつきりおどもりの湿の〓。

これをしめる奴も後には鼻落瓜になりをらふ。

さりながらあのうつくしさは又とあるまい。

なんでも今夜は一盃過して酔まきれに。

宿賃をこつちへせしめてくれんと舌なめずりして。

しからばお辞宜なしにたべませうと盃取上て一ツうけて。

持合せましたがあげませうか。

誠に他生の縁とやらことない御馳走にあづかります。

こよひは夜とゝもしつほりと咄ませうと。

少し含ませての挨拶に。

さいたおさへの数重りて何とも尼のあるまじき不身持と思しめそうが。

お侍は都方とあれば一しほ珍しうこのもしう存ましてあられぬおたのみの筋。

聞て給はるかと打〓む顔のにくてらしい程かはゆらしく。

〓は三ッ井の堀ぬき井戸。

夢ではないかと飛立嬉しさ。

今宵の御礼には何事によらず承はりたし。

ことに武士と見てのお頼み。

しんぞ命でもさし上まする所存。

たのまるる〓者は仕合せものと。

膝すりよせてそろ/\と手をとりにかかるを。

飛しさつて身がまへし。

いや油断は仕らぬ。

命でもと仰せらるるは。

真〓の勝負こころみんとの事か。

それとても引は申さねど。

尼がお頼みは竹刀の所望。

御仁〓の奥ゆかしさに御上達の程も思ひはかられて。

未熟の〓はずかしう存ます。

夜長のつれずれに一手お立合下されよ。

御流義は竹の内か関口か。

尼か習ひ得しは柳生流を少しの〓み。

女の義とて遠慮なく踏こんで御立あひ下されよ。

こりや小尼。

其竹刀持てこよと詞の下より持て出る皮まきの竹刀二本。

十文字にさし置て灯を遠ざけ。

主しの後にすはり同し身がまへ。

すはといはばの眼ざし。

旅人大きにおとろき。

私は全く武士ではござりませぬ。

京都下売の町人柳屋権兵衛雅名は里江と申もの。

此度江戸見物に御出入の御所方より帯刀をゆるされ旅ばかりの侍。

遊〓ならば何なりともお相手。

和歌詩作茶香〓三〓漢画もよほど書ます

れど。

兵法は〓をき相撲ひとつとつた事はござらず。

お目利ちがひめいわく千万。

しかしのみこまぬはこなたのお身持。

尼の姿で武〓とは物好がいき過まして思ひがけがござら

ぬとふるひ/\尋ぬれば。

御不審は〓。

わたしは江戸永代堀難波屋何〓が娘。

幼少より武〓を好まして。

さる浪人衆にけいこいたし柳生流一道の印可は残らず伝へてをります。

額面の〓は前まえ月木〓町で競と口論いたし四五人は

見せつけましたれど。

相手は大勢ゆへ此ごとく〓を負ました。

あはれ侍なら此〓ばかりも二百石はたしかなもの其〓から一家共がよりま

して無理に尼にいたしまして此〓へ隠居させましたれど。

好の道ゆへ閑居のたのしみに。

これにいます小比兵にも一手おしへ置ました。

あなぐさみに〓つかふてお目にかけよといふよりはやく。

玉だすきひらりとかけて飛上り。

長押の〓刀石突とんと鞘をはずし。

左右をはらふて水車目のまふ程の早業に。でかした/\。

御覧のごとく小腕には器用にござります。

私も尼になりましてから法師武者の心で。

名は筒井の浄妙の浄の字に弁慶の慶を合せて浄慶と申まする。

卑下なされても其方様の御仁〓で町人とは心にくし。

中/\無手とは見へませぬぞ。

偽てたたきふせんとや。

お立なくば此方からと竹刀おつとり立あがれば。

のうかなしやと主従もろとも横になつて逃て出れば。

春の雨夜のしんの闇こけつまろびつ命から/\。

跡よりも武士たる者の女にうしろを見するかと〓声河風に吹おくり。

耳つきぬけるおそろしさに。

両国橋もいつ渡つたやらやう/\と旅宿へ帰り夜はあけぬ。

きのふにこりてけふは芝居へ。

中村勘三が二の替り見に行しが。

上浅敷にきのふの尼。

役者まじくらの酒もり。

〓はやつぱり人で有たか。

天狗でもないそうな。

  二、見過はあぶない軽業の口上

国に宰相とならずば儒医となりて人をすくはんとあれど。

其すくふといふ事あみだ如来の方へゆずりて。

此度は愚老も大切には存じたれど。

〓は全く昨夜の雨風で時気をうけられたと見へますと。

いはるゝへり口無理でなし。

我ちから一はい是で癒らふとおもふた所はいかにも薬ちがひでない道理。

十四経難経はよむとも脈はめつたに見へぬ物じやげな。

人の手とらまへて尺八籟のゆびつかひ其間に心では。

こゝは三分薬にして来れば。

陳皮独活桔梗の類をたんともらねばと。

胸の内の十露盤が二進も三進もゆかぬ段になりて。

医はそも薬料の官なんぞ死命の官に預からんとは。

さりとはよい逃口なれど。

定業といふ得心があればこそ。

親の敵じや立上つて勝負せいといふてくる人もなし。

近年は売薬が繁昌して。

勧学寮の錦袋円。

富山反魂丹後藤黒丸子大黒屋の地黄丸小田原外郎俵屋ふり出し。

其外数もかぎらぬ薬店。

看板の外に胴木偶あるひは熊の子に気にもすゝまぬ棒捻させ。

ねむり落る梟を撞木につきすへ。

豕を吼して人よせの口上に。

往来の足を止るまでの店ざらし。

飼た鳥獣に親もとがなふて仕合ぞかし。

これや此とよみし逢坂の関路も。

今は大津八丁に立つゞきて。

商家建ならびたる中に。

根元本家みすや針を商ふ家多し。

此店付は間口五間ン十間ンにとり放して。

所がらの大津絵襖。

あけたあちらは座敷でなうて庭前のあふ坂山が行もかゑるも胸づかへた家建。

其中に間口もせばきくすり店打身薬勝劣散と。

松坂に養拙流のふすぼりて文字も見へず。

主は惣髪の老人竹田周益とて。

衆方規矩だのみの庸医。

女夫さへ渇%\の朝夕。

子は一人ありたれど。

取所なき不孝ものゆへ家出のなりに尋ねもせず。

子のない昔とあきらめて一代切の了簡なれば

幸に療もはやらず。

されど仕身薬一服廿四文づゝ。

札の辻の雲助が。

日の岡峠でふみくぢつたがあの薬でよかつたといひ触せば。

矢橋の船頭が船がはで

突腕した痛が一ふくで

〓つたと悦ぶとり沙汰。

誰いふとなくよう売れど。

老人夫婦が手ずさひなれば。

売切す事のみにて。

いつ鍋釜の賑ふ事なく。

目の見へる蝉丸夫婦しるもしらぬも

哀とや見ん暮し成けり。

されは年よりと紙袋は入れにやたゝぬといふたとへ。

腹さびしい事も有しにや

女夫二三日隔てゝ死なれければ。

家主の針屋耳介頼もしい男にて。

跡ねん比に取をいて。

家出の息子が戻つて来る事もやと。

破れ道具医書四五冊

我方へ取へをかれぬ。

去程に家出の息子三平といふは年も三十にたらぬうは気もの。

ふと八丁の出女に思はくかありて。

ないもせぬ親の着そけまで打まげて。

我も内證の借銭に尻つまらず。

あてどなしの欠落。

大阪の長町にしるべを尋ねて落つきしが。

いつかぎりなきかゝり人ゆへ。

あたりの旅篭屋へ身をよせて。

住吉堺への宿ひき口さきのはつめいにて

熊野参りを蟻のつゞく程つれて戻るゆへ。

親方の悦び。

よい者をかゝへて此春は道者衆が

多い利口者しやとほめそやせば。

三平これを鼻にかけ傍輩への

我まゝ。海道の雲介相手に

端た銭のしこり博〓に。

親方の手前二三貫の仕過し。

〓にも又居られぬ首尾。

うまれ付た口松に宿引の間にあひがしみついて。

張儀蘇秦のやりばなし。

舌一枚あれば世界は楽じやと。

一日ぐらしの胴がすはりて軽業の口上に雇はれ。

天王寺の彼岸中。

太夫は長崎仙人〓之介といふ一本綱の名人。

小家がけ高く初日からの大入。

〓叭ちやるめらに三味線を合して。

三平は挺太鼓のおちまぜ。

柿の袴の肩衣ばかりにて。

東西/\。

〓まかり出られましたが此度の太夫。

長崎仙人〓之介と申まして御当地はしめての御目見え。

最初仕りますがかけわたしました一本綱の上にて式三番〓

の一曲。

次に花傘居合の一手。

達磨大師座禅くるま。

獅子の洞入うぐひす谷渡り。

猿の木のぼり大津馬の追がらし。

跡は四本綱渡天の一きよくと声はり上てしやべりちらせば。

軽業もようずるが口上が上手じやと近年の評判。

そこを仕まふてあみだ池の開帳。

天満天神の境内。

京の四条河原の涼みにて太夫仙人〓之介。

京女房の〓の白きに通をうしなひ。

山雀の逆おとしに落て眩〓て跡のとよみ。

思はしい支離もなく。

どせうと思案の最中。

壁隣の油やの絞りを働く男が。

盗猫を引とらへて借屋中わめきつらすを聞より。

ふつと思ひ付て。

其猫わしにもらはかして下されと引さげて戻るやいな。

燃あがる柴火の中へほうりこめば。

苦しさのあまりに飛あがるを。

打こみ投こみて髭も毛もさつぱりと焼はらひ。

口押わりてはり木をかへば。

とばかりのなく音も出ず。

それを針金の網へ追こみて。

此度紅毛から度つた生た麝香はこれじや。

正のものを生でお目にかけるとわめきちらして。

一両十四五文の五種香をめつたにくゆらすれば。

是は珍らしい生た麝香は今見はじめじや。

併とんと猫に毛のないやうな物じやと見て居る内に。

口にかうたはり木がぬけて。

一声ニヤンヲと鳴しかば。

見物はおかしがりて。

此麝香の名は三毛とはいひませぬかと大笑ひにてそれからは虻もたか

らず。

是てはいかぬ大阪の長町へ下り何なりともくろんでと。

翌朝昼舟に飛乗て銭設けの工夫にこり。

うか/\ときせるくわへて居る乗合に。

五人前借切て家来一人。

挟箱一荷の旅人。

いやしからぬ仁躰なるが。

三平が顔をつく%\見て。

貴様はどこでござると尋ぬれば。

私は京都の者急用にて大阪へ下りまするといへば。

されば先程から其元の人相を見て居まするに。

天晴秀才出世する人なれども。

只今の産業何めさるゝかしらぬが。

妖怪に心神を破らるゝ相が見ゆるによりて

お尋ね申す。

天性人の下にたゝぬ身分なるに。

ことの外相を損じめされたといはるゝに。

三平肝をつぶし。

是は不思義何を隠しませうぞ私ももとはそと致したる者の〓

心からおちぶれてわるい身過を致してをります。

今日は大阪の長町へ見せ物のもくろみに下ります。

かやうな事を致しますも不孝の罰と今思ひしりました。

どうぞ人らしい身に成たうござりますが何を致したらようござりますぞ。

つゐでに御覧じて下さりませと頼めば。

怪異になやむ所の相がそれでしれました。

貴様の相も学道がひらひてあればそろ/\医でもめさるゝか。

薬店などもようござらふといはるゝから。

心つきて。

大津の親元の打身薬よう売た仕にせなりしを。

今は過ゆかれしときけば跡はとうなりし事やら。

何でも大津へ是からいて家主にたより其方剤を吟味せんと。

俄に思ひ入がかはりて。

船頭牧方へつけて下され寄る所があるゆへあがりますと。

人相見に一礼いふて伏見へ取て帰し。

大瓶谷を大津へ出て八丁の親里。

針屋耳介方へ行て。

段〃の不埒を申わけのうそ八百。

世帯道具医書ともにこひ受。

打身薬を調合して。

荷物立派にかざり立。

剃下の奴にかつかせて。

大津より京伏見淀鳥羽の端/\まで。

足かぎり口にまかせてしら声のひねり口上。

手前家法勝劣散功能の義は。

第一打身脚気立ぐらみ中風麻痺麻木一切不順の妙薬也。

別して産前産後には神妙の薬能。

其外万病に用ひて功を見ずちいふ事なし。

かやう申せばいづれも様が。

其やうに何病でも利く時は。

世界に医者はいらぬものかと仰せられませうが。

いかにも当時町方の医者衆が。

銀口入嫁入の仲人茶や文のとゞけ処。

初日桟敷の使なさるゝ方〃の医案の薬めし上らるゝは。必竟追はぎ原へ蛍狩にござる同前。

しかれば手前の勝劣散は諸病本腹功験の外心を用ひず。

人を救ふに他念なければお立あひの方々は薬の功能御試みの方々は。

代物お持合せがござらずとお召なされて。

いかにも此薬はあの者が申た通り。

たちまち功を見たと思し召ば。

又々薬お召なさるゝ節。

其代物を遣はされませ。

家伝名法勝劣散と軽業の口上拍子に間にあひは〓次第。

もとよりまや薬にもあらず〓で功を見るもの多く。

日まし夜ましに売ひろめて次第に手前よろしく。

故郷なれば大津八丁札の辻に五間口の家敷をもとめて店つき花/\゛敷かざりたて。

見せ物士から引かゑした出世とて。

屋根に金の〓香を目印とし。

諸国の出店町ゝの取次所。

岡目からも二三百貫の居なしにて。

鈍子縮緬の常服太に金〓の小脇指。

小坊主の僕児つれて。

石山三井の花に明くれ。

此身になりても〓落には長町の宿なし住居。

四も八もくはぬとて。

名を大津屋四茂八と改めて。

世をうらやすに暮すのも。

親の光りは七光り。

大津八丁の勝劣散とて近年の仕出しなるよし。

  三、雀は百まで舞子の年寄

おそろしき物老の化粧師走の月と。

近松門左衛門が筆まめ。

といふ唐音も今は昔と成けらし。

されば女は髪かたちといへどよい年な後家の逆馬に入ての身たしなみ。

きはめて家には加賀の襦袢着た出頭手代があるものなり。

連合の末期に泣くづをれて髪尖切て棺へ〓こみ。

付てもいきたひやうに嘆かるゝ内義の。

もの一年と持こたへの仕たは珍らしい物ぞ。

子を思ひ家を思へは髪切とも尼になるとも。

一家の差図遺言のおもむき。

それをかまはずはやまるは皆徒者の癖ぞかし。

去富家の後家御が六十にあまる十筋毛を。

九万里に羽をのす大鵬ほど〓出して。

紅粉おしろいを〓にすりこみ。

つくりすましての墓参り。

和尚様の精進料理がくひたらず。

寡住の達者づくりに吸付て。

花見芝居にかこつけ臍の下の岩清水をかへほせば。

彼まめ男は三界のならず者にて。

ある夜の出合から我内へ引こみて。

今日より女房にするからいなす事はならぬと。

銀にする気の横倒し。

世取の惣領は生れたちの実躰者常/\母の身持をば世間の口へ手をあてゝ案じ暮しの上なれは。

猶更すまぬと気をもんで。

手代を迎ひにやらるれど。

二日三日の居つゞけに腰ぬかされししみたれ後家。

あのやうにいふてならまだ四五日もいなれまい。

息子の手前もよいやうにいふてたも。

お居間にそつと囁ひて櫛〓鏡〓をおこしてたもと。

どこまでたわけをつくも髪の恥しらが。

漸詫言たら%\で一廉のあつかひ代。

〓にすめしと思へども世間一ぱいこれ沙汰。

こんな母親を持し身は。

実よき鎧に五枚兜を着てあるいても。

突やうでさすやうで〓虫の穴へも入りたかるべし。

それとは事かはりたれど。

京の智恩院の古門前に辰巳屋宇治江といふ舞子あり。

ちよつと聞てはこのもしい名なれど。

三十年まへはよい女房でもありし事か。

ことし五十にあまれども心ばかりはうら若み。

ねよげに見へねば是までに片付もなく。

とやかくするうちに百とせの半婆となりしが。

幼少より縫くゝりに疎く。

今更針のみゝすも通らぬ年で。

裸人形の服も縫ならはれず。

いつまで草のうか/\とやはり宇治江で舞と三味線。

毎日の鏡立に向ひて頭の白くなるのを悔みながら。

それを市宇賀の伽羅煉で。

きんしやう/\の大吉〓のと鰹節あんだやうに結立て。

腰に梓の弓をのしきり。

幅広壱繻の三重廻り。

吉弥結びに金糸の房たつぷりと。

塗下駄に青天井の日傘。

夜目遠目にも女の外科とよりはいひやうのなき風俗。

東石垣の井筒やに山もどりの年寄客。

色気は有ても肝心の所が間に合ず。

わつさりと一ツ飲ふ。

どれそ舞子をと物ずけば。

お客の年には相応と。

花車が差図で宇治江を呼に走らすれば。

いつでも内に入リまいのわるい舞子。

呼に来たかヱイ/\と疝気さすつて衣装に着替。

足もとがあぶないと。

中風の用心に弓張挑灯。

おくらるゝうしろ影のいぶせさ。座敷へ出るといな客は興さめて。

こりやどふぞ。

今日はめずらしい三年ぶりの色遊びに。

皺延しにこそ奇たれ皺くらべにはこぬ。

是なら宿へ帰つて婆と寝酒で楽しみましよと。

盃さし捨てにいなれける。

宮川町の丹波屋で。

三味線継で本調子に合せつゝ。

哥はづかしや人の恨みのつもりきて。

たのむ物には竹の杖泣つ笑ふつ物ぐるひと。

関寺小町を〓ひ出せば。

客は智積院の出家達。

ヨウ/\うたふて/\。

長橋の局へ綸旨受にいたやうなとの悪口に。

一人の和尚が是/\老女。

そもじが〓ふは小町が年寄て物のらいになつた文句。

こなたが弾と正真の小町が出現したやうで気がめいる。

何ぞはんなりとした物をと望めば。

宇治江少しむつとした顔。

不粋な事をおつしやるお方〃。

哥によそへてよ年寄をお嫌ひなされますれど。

たとへ深山の朽木でも花さく春もござんした。

わたしも盛りは過ましたれど。

心の花がかわらねばこそ。

かふしたはなでな勤を致しております。

 墨に染てもお心に色香があるゆへの米交はりなされますのではないかへと打こまれて。

二人の僧起なをりて。

それ地水火風空の五ッは人の体。

心はかわらぬといやれども像も声もかはるからは。

若いよね衆と一口に現世利益はあるまいと。

畳たゝいて詰かくれば。

いへ/\それは猶不粋。

すでに業平さんは。

百とせに一とせたらぬとよみて枕をかはさんしたを世の恋しりとはいふではないかへ。

顔のうつくしいも外面如菩薩の戒めあれば。

老たとて若いとて恋に染れば恋衣。

一念発起菩提心。

色も心無常も心。

いくつに成ても芸子はげい子てござんすといひまくられてぎつちりつまり。

さあ其菩堤心があるならば其年で芸子はせぬ筈じや。

はでな哥うたをふより念仏の一遍も申すが順縁といふ物じや。

それも逆縁なりとうかむでござんせう。

そんならこちらが斯した遊びも成仏得脱するやいかに。

なる程あなた方の墨染もこよひの座敷のこひ衣女郎の手くだも仏の方便と声あらゝかに罵れば誠に名うてのすつぱの皮。

背中の兀し芸子やと僧は天窓をかき/\。

あのげい子迎ひが来たらいなしてたもといはるれば。

宇治江は猶も腹たてゝ

川竹の勤なりやこそあしからめ嬶なら何かくるしかるべき

とおこりちらして帰りける。

扨此宇治江が〓四五の比。

庚申の夜祇園町の一力で大よせの雑喉寝に。

鬼若の弁慶といふ幇間にくどかれて。

たつた一度で其種を孕み。

産おとせしは玉のやうな男の子。

なぜに置きてはこなんだと悔みながらに育しが。

生先ことにうるわしく。

十一二より舞と三絃を仕こみて。

名は石河五郎市と付て宮川町の四匁花。

よい子じやと評判よく江戸の親方が百両に飛付けて談合すれば。

一人子ながら又出世の種にもと十五の春より江戸へ下しけるに。

堺町でも見事な繁昌。

傍輩の子供を売ひしけば。

親方も近年の銀箱と。

朝寝してゐる尻の方へ燈明あげて。

南無高野大師遍照金剛とぞ拝みける。

されば庚申の夜にやどる子はと下世話にいふにちがひなく。

此五郎市とかく手癖がわるく。

客の寝入るを考へて涕紙袋の中を探し。

一歩小玉銀にかぎらず。

目についた物をはづしければ。

寝ごきか浦の客衆も度かさなれば気が付て。

朝がゑりの臺所で亭主にさゝやき。

子供の事なればあながち欲でもあろまいけれど。

かう/\した事ども。

段/\と肝の太らぬうち親方にいはしたらよかろと内證いふて帰らるゝに。

是はけしからぬわるい病ひ捨ておかれぬ品ぞと。

手紙での付届けあそこからもこゝからも何がないかゞないと一犬吼れば百軒の噂。

親方大きに驚きて五郎市が留主のうち文庫をあけて穿鑿すれば薬入香包小柄印篭たばこ入。

小玉銀四五十壱歩二十切蓋のならぬ程おしこんであれば。

あきれ果てのこは異見に当座は聞たやうなれど。

目のゆきやすい閨のうち。

愛想も月の手長猿。

尻からはげてくるなれば迚もなおらぬ根性と見かぎり果て長のいとま。

京の親へも聞へたれば内へもどるな勘ぞと。

なみだを墨にすりまぜてにくし/\のひとつ書。

広ひお江戸に住所。

あらしの夜半も雪の日も布子一単寒ざらし。

あはれいにしゑは翠帳紅閨にいとしがられし尻の穴。

心からとてすぼまりし肩身もせばき浮世やと。

棒薬よりつらきめにあふも此身の錆刀。

ゆきゝの人に袖引て両国橋で若衆の惣嫁。

牛若ならで馬若衆。

今宵で丁ど千人の情も薄きはした銭。

引きとめられて挑灯のあかりにちらと見た顔じや。

たしか堺町の五郎市と立もどりしが気が付て。

腰の巾着あるかと見れば南無三はや仕てやられた。

三之巻 終

諸道聴耳世間猿  四之巻

   目録

 一回 兄弟は気のあはぬ他人の始

     伝受に抛うつ身代は

     かろきが上の麻衣に

     染替し身は三吉野の奥

  二回 評判は黒吉の役者付合

     顔見せはづれた江戸下リは

     時しらぬ富士の峰より

     越にこされぬ五十三次

  三回  公界はすでに三年の喪服

     唐と倭の汐あひは

     暖饅頭屋が女夫中

     そなた百迄名月の丹薬

  一、兄弟は気のあはぬ他人の始

神州五幾七道にわかれてより都鄙の文言に其土地そなはりて。

因幡鴉に伯〓猫。

伊勢人のひがこといふと詠る哥あれば。

山城の人は八十宇治つくともいへり。

国/\郡/\にてちがふ筈は。

一ッ窯の物喰てさへいひごとのたへぬならはせなれば。

人の心同じからざるは其面のごとしといへるもさる事なり。

中にも足曳の大和の国は文字にさへ大きに和らぐと書て。

土あまく山肥て四神相擁の地なれば皇都もあまたゝびこゝに遷し給ふ。

人の心すなほにて仮にも偽をかざらず。

上をたうとみ下を憐み。

行ものは道を譲り耕すものは労を助けあひて。

花の吉野紅葉の竜田。

何に不足なき上国なり。

むかし/\の京寧楽の町に鵜飼や伊左衛門伊兵衛とて色も香もある墨商人軒をならべて兄弟住けり。

兄伊左衛門は幼少より世渡りの心がけよく商売がらとて握り墨の卑吝人。

親の譲りとは三挺がけの身躰にして。

手代十人僕児七人家内三十人余の大賄ひ。

諸国の出店へ下し荷の世話注文のかけ引。

目つらもあかぬつかみどりの繁昌。

若くさ山に桜が咲うが木辻に夜芝居がはじまろうが。

敷居一寸外へ出ず。

春日様は慈悲万行の御誓願なれば商人

の為にならぬ神様と御祭りにも参つた事はなかりけり。

弟の伊兵衛は兄の気質とはそこばくのちがいにて。

生得の簾直より迂作つかず追従ぎら

いにて身持万事に高情をこのみ。

兄の吝嗇を憎みて常/\中よからず。

春は飛火野に若菜を摘みくらし。

夏は佐保川の蛍がり。

洞の楓樹に小鹿の鳴音をそえて秋を感じ。

さむき夜のあられ酒に冬篭りして世事にかゝはらず。

今春太夫につきて扇の一手より芝能に羅綾の袖をひるがえし。

連哥は京の花のもとに入門して風流もつぱらに修行(しゆぎや

う)せられぬ。

此男のくせにて何事を稽古しても最初から論がつき過て。

無要の事に念えお入れて。

金銀を積でも伝授といふ程の事さらへてしまはねば気が済ず。

古今の三鳥三木源氏物語に三箇の伝。

勢語に七箇の大事と残りなく伝え得て。

宗祇法師の髭に香をとめられたは連哥を案

じる便りになる事にや。

もし左様ならば私が髭ものばして〓たきしめましやうかとの執心

に。

花のもとも返答にさしつまり。

いや/\あれは其やうな事ではござらぬ。

宗祇は哥枕に飛びめぐられたゆへ。

はたごやの蒲団のむさいから蚤虱わかすまいための用心で

あつたげな。

以前は髭に油をもつけられしかとわたり奉行の奴めきて

風流ならずと。

香をとめられたるよし。

宗長が書る伝書に。

さだかに其よしをしるしましたとにつこらしくいはるゝを。

伊兵衛甚だ感心して。

珍らしい秘説を承はつた。

それでよめた事がこざります。

町家を往来致して見ますれば。

小間物あぶらなどを商ふ店に髭油と申看板をしるしましたは。

宗長の書を出書にてつけました物と初めて心が付きました。

わつか小間物を商う者すらかゝる風流をいたすものを。

我等が只今までのおこたり恥かしう存まする。

其伝書も御つたへなされ下されませ。

まづ書の標題は何と申ますると尋ぬるに。

宗匠ぬからずされば書の名目は志賀の湖と申が白髭

の神に思ひよられしと見へますと利口せられぬかく風流にくるしみて寝食をわすれ。

をわすれ。

三十にあまれどいまだ女房の沙汰もなく暮さるゝを。

ひとりの母御が心済ず兄伊衛門に談合すれば。

はてほつておかしやりませ。

女房もてとすゝめたたとてあの奢りものが又高情ばつて。

町人百姓の娘は育が賎しい公家衆の御寮人かなもらをふといひましよ。

とてもつまらぬ身上子一人もたぬ昔とあきらめて。

何事も御世話は御無用とちり灰つかず取あへねば。

猶更に心おちつかず。

弟伊兵衛を呼つけて。

そなたもいつまてのひとりねぞ人の家には真柱がなうてはつまらぬもの。

あちこちから似あひの縁もいふて来れど。

まてとりしめて談合も仕やらぬはどうしたおもわくぞ。

一日もはよう呼むかへて初孫を抱してたも第一母への孝行と詞をつくしていはるれど

くしていはるれど。

伊兵衛中/\聞入ず。

母には風流を遊ばさぬゆえ御合点がまいらぬ。

妻子に足をつながれては諸道共に成就いたしがたし。

いにしゑの名ある人は皆家を捨て剃髪し歌枕修行せられました。

既に佐藤則清が西行法師の類あまたある事なれば。

私も兼ては歌枕の行脚の望みでござります。

人は一代名は末代虎は死て皮をとどむと禽獣すら心なきにあらず。

縁辺の事は御免下さるべしと。

更に得心の色目もなければ。

とかく是は手まわりに美しい女をつかはさば自然箸のかかる

事もやと。

京奈良中を吟味して年恰好十七八のぼつとり者。

竹取の翁が百目つけてもらふたやうな器量よしを傍ち

かくつかはせ。

朝夕の給仕寝道具のあげおろしに思ひつかるゝやうにせよといひ含

めてをかるれば。

此女も気に入たら本妻になる事と髪かたちはもとより詞づかひ立居ま

で。

とやかくや姫の立ふるまひに色/\と心をつくせど。

伊兵衛は一心不らん机にかゝり。

兼好がつれづれはよう書たれど。

おのれは伊賀の成仲か娘をてゝくり。

又師直が艶書の下書してやりしなどあるまじき不埒

者清原の俊蔭は一人むすめを方/\からもらいに来れど。

天にまかせてゆるさぬ潔白が気に入たと。

うつぼ物語に首打ふりてお妾が鼻のさきで在宮

の神子見るやうに舞/\すれど。

首筋が白いとも帯の結びさけがかあいらしいともおもはず。

何がないひよるよすかにもと山吹の薄出端を汲でさし出し〓

顔つくりて。

今もしはほがらかな空におひろいも遊ばさず御気づまりなおなくさみ。

御哥でも御詠じ遊ばすかと寄そへば。

伊兵衛目の玉をひつくりかへして。

其まゝ煮へ茶を女が面へざんぶりと打つけ。

こいつなめ過たおれが哥よまうが気まつろうがうぬらがしつた事か。

又しても目のさきを百度参りする程まいつきをるさへあるに。

手代共此女郎めぼいまくれと。

抱て寝る所か生爪はなして山の薯蕷ほりそうな勢ひにと

つてつかう嶋もなく。

お母老は明暮これを苦に病て程なく過ゆかれたれば。

いよ/\兄弟中うとくなり物事ひだり袵になれば。

内蔵の箱伝授もいつの間に明殻となりて。

手代共が引負も筆さきで旦那へ稲をふせ鳥にして。

よい顔で隙とれば。

いつしか塩尻かつまらぬやうになりて。

家屋敷も売りはらひ帳切の席より伊勢が飛鳥川の哥を吟じて。

般若坂の辺に小家をかりての侘住居。

三分むしろの相借家にはうつぼの俊陰に似た人があらばこそ。

業平の密夫がはやりて。

おさへたのつゝもたせのといひ事止ず。

近所隣に物いふ事もうるさく。

こゝにも一二月にて三条口へ宿替すれば博奕の盆家ねたれ者喧〓嘩の相人を切たのと。

さはかしさを聞きたひに。

人外の交はりするかかなしやと。

其後そこにも住かねて。

世人皆濁る我ひとり清りと水涕たれて小うさんにさまよふを。

別家の手代か聞きつけて兄伊左衛門に段ゝの訴詔すれは。

憎い奴ながら一人の弟。

殊に母の末期まで苦にしられたる詞。

かれ是を思ふて。

月に百目の合力をつかはすへし。

其方達うち寄てよきに支配してやるやうにと。

ありかたき兄親の慈悲。

伊兵衛はいよ/\癇癖つよく。

けがらはしや聞とむなや。

心のむさき兄か養ひ。

首陽のわらびは喰はしと。

猿沢の池に耳をあらひてどつちへやら行がたしれず。

別家の者ども驚きて方/\と尋ぬれど。

難破できけば伏見とやら大津でとへは堺にと。

行さきも/\付合ふ人が気にいらすもはや浮世をすてごろもごつそり剃て青同心。

よし野のおくにとりこもりて

 屎ふむやあまりに奥の山ざくら。

とむかしを悔ての独こと。

猪小屋程な観音堂の住居にも。

まだ根済のせぬ事が気にかゝり。

とても沙門の身のうえには。

極楽世界八苦の地獄がある事かない事か。

此伝授がすましたいとおもへども。

尋ぬる知識もなきなれば。

御丈二尺の木仏に夢になりとも示現あれと断食にて責めつければ。

本尊もほうどこまらせ給ひ。

ある夜の暁に鳩の杖もつかず着のまゝにて枕にたゝせ給ひ。

微妙の御声高らかに。

善哉/\牛若丸汝に兵法の奥義を伝へん。

それ地獄遠きにあらず極楽はるか也いそげ/\と。

あやぬけのせぬ御告にいとゞまよひのたねとぞ成ける。

二 評判は黒吉の役者付あひ

笙は鳳凰の声笛は竜のなく音しやとは誰が聞てのたとへごと。

よしそれにしてから鴬松虫のしほらしみもなし。

音楽は太平の調子鼓三絃は殺伐の音なりとある学者の片意地。

それもへち物好きにて。

誠太平の遊び事は三ヶの津の芝居より外あるべからず。

日月は燈江海は油。

風雷は鼓板天地人は一大の戯場。

尭舜は旦。

湯武は末。

操莽は丑浄。

古今来許多」の脚色とは。

大清康熈帝の殿上の柱に書おかれたげな。

天地の大芝居で尭舜は坂田大和山が温潤。

湯王武王は小佐川柴崎がいきごみで。

曹操王莽のあく人方は藤川武左衛門でなければと。

唐の帝の芝居好。

我日の本は神風や出雲のお国がぼんじやり仕出し。

名古や山三が立髪風。

花のみやこの川風に袖打ふりし昔より。

今に四条の櫓幕真葛が原に染あげし顔見せの春げしき。

年/\の上り役者。

霜さきのつめたい銀を。

誰は今年廿五貫目で南側へすんだげな。

北側の江戸役者は七百両じやと口にほうばる高級銀。

嘘かと思へば見ては無理ではないぞ。

唐織の尻からげにそれなりの泥仕あひ。

女形は所作事とて鮫蒲団より見事な襟数。

くるりと廻つて一ツ脱飛あがつては一ツ脱。

繻子も純子も踏だんだく。

三保の浦へ下た天人さへ一尺二拾匁〓の伊勢講の晴着じや。

戻してさへ下さるならば尻まくつて三べん舞ふと泣いたではないか。

それから見れば尤な給銀なり。

其尻からおもひ出した東寺辺のうまれの男真桑瓜程ふとつて居れば。

ある名は呼ずに瓜生と名付。

ぞつこんの芝居好。

夕顔の宿遠からぬ宮川町に小家をかりてちよつこりと座敷一間。

二階も奇麗にしつらふて所からの建仁寺垣に。

海老蔵が発句の紙表具。

打出しての茶やではなく。

芝居真黒の天狗共か二の替りの趣向を三十日まへからの評判。

かく屋見舞の泥亀のたき所女房おりさも加茂川の水に灰汁のぬけた粋の果。

役者も〓へ入こまねは評判をわるふしらるゝがいやさに打解て念比分。

餅つきよあちり振舞よと呼あひ。

女夫喧〓の挨拶節季のはらひの工面までの談合相手。

若い立役制外の女形は清水の朝参りの戻り。

役場仕舞と飛で来て。

おりさを伯母様ンあしらいに涼みの間の色事を呑こんでもらいたい。

瓜生がいふことをちり/\としてこはがり。

酒代なべ焼の取替銘々二三十匁つゝ損かけなぶして江戸大坂へすつぽぬけ。

いかに野郎とて尻くらへな仕うちぞかし。

入こむ客は京中のわるざれ息子。

天窓から足の爪先まで当世につくりますまし。

鳥又の〓さへ寒がつて出ぬ朝の間から川東を飛めぐり。

此玄界谷へはまりこみて。

役者の名も小太の嘉七のと。

番付にない名をいふてくろとがるの油。

それ程役者がたうとふもなけれど。

有やうは我買女郎げい子の間夫吟味。

みづから犬に入ての心つかひ。

思へばやるせのなき事也。

此若い衆打寄て払ひの銀高を見せ合。

どこは遣らいでも瓜生が方ばかりはと銘々高歩の死一倍。

女郎の櫛の無理借此節季は仕廻しが。

又来る鬼日の談合も同しせりふをいひ出せば。

中から一人だつてよう思ふて見や。

瓜生も同し茶屋じやぞやとは。

一山越た理屈詰。

それから無論の先生家なり。

明日は北側の二の替りか出る。

宵から瓜生て飲明してすぐにいかふと下京ての黄金仏四ツ

塚や五郎右衛門に。

付そふ幇間は我物不入とて底なしの酒如来(さか

によらい)どや/\と来迎あれば。

おりさ立出是はとなたもようお出た。

よう此間扇九からおかへりによりなんだなあ。

一鳳がつけに来ました。

さあ其晩はゑら酩酊で駕に乗たもおぼへなんだ。

親仁はどこへじや。

いゑたつた今丁子屋から呼に来ていかれました。

鯉長どんの給銀のあやじやそうにござります。

もうかゑられます。

まあ奥へいきなされと灯をともしてはや持て出る盃は。

あいもかはらぬ富十郎が江戸土産。

棒鱈のこゞりて飲かける所へ。

瓜生戻りていや御出。

今丁子屋の親仁めに一服盛てからすぐに楽やへいて稽古(け

いこ)見て来たが。

何でも今度は請たはいな。

今七めがよう仕をるしかしあの場を前の音右衛門にして。

喜代三がする所を春水あやめで。

団蔵が役を親榊山で見たら面白かろとは。

しろとの評判くろとの幕のうちさしてかはりもないものなり。

四ツ塚大尽芝居咄にうつゝをぬかし。

来春は此連中で江戸の二の替り今団十郎見に下らふじやあろま

いかとそゝらるれば。

瓜生大きに悦びこりやきつと行たい。

栢筵や助鷹屋にかた%\下る約束した。

又道中はさす物じやないあの街道ばかりははじめてならむごいめにあはし

をるぞいと。

馬駕のこなし自慢に。

いかさま瓜生は度/\下つた咄なれば道中案内に同道しやう。

そりや有がたいの薄約束が。

年改りて弥生の空。

四ツ塚屋の東くだり。

連は不入と瓜生に定め。

都をば霞とともに明六ツ立。

瓜生が出立は一番の三度笠に大津脚半浜松のわらぢかけ五

十三次一トまたげの御七里仕たて。

酢でさすやうにいひちらし。

出るやいなや山科のどうはれ茶やで。

此げんこ取の餅はなんぼぞとはたき初。

桑名の渡しではごまの灰に。

秋葉御夢想の薬を金一歩で売付られ。

富士見が原では駕の内からいつも日和がよいとこゝから富

士が見へると咄かくれば。

前肩舁ている男が。

旦那はたび/\上下なされますかしてよう知てござりますといへば。

跡がたの親仁がせゝら笑ひ。

よう知てござる筈じや駕の中で道中付読でござらしやると。

ひどい所を見付けられて。

気ははり弓の矢〓の橋で。

向ふから馬追て来るを。

右へよけて待合す其方へ馬ぼいつけて。

やい上方の白瓜野郎め。

馬のよけやうさへしらずに。

此海道を大手ふつて通りをるか。

胴腰馬にふみをらすぞよと悪口せられて。

あの馬士めも酒くらふやら左り勝手へ追をると。

行さき%\を口先で。

大井河は海道一の曠軍。

こゝではなんでもやつてくりよと一杯引かけて頭ごなしにいて見れど。

一目見てもやる物か。

京のせゝなげさへ水が出るとさはぐに。

およそ一里の川幅に気を呑れてつよいこといふて居る口のうちには。

南無住吉大海神様天神様金毘羅様と臆病の神をろし。

そこへつけこむ河童共。

尻の穴まですいとられ。

七十川を一人に十人前づゝ。

まだしも不入は浪人ゆへ挨拶やらひら侘で不゛難に川は越へぬ。

ゆき/\て駿河の国富士の山にいたりぬれば。

皆/\はじめての見物に肝を潰し。

いかさま比叡の山をはたちばかりかさねしとはよう書たぞ。

聞しよりも見事な山の姿。

瓜生なんと此山の裾を二三日も通る事かと問るれば。

いゑ/\此やうに見ゆれと。

海道のあいだは富士三里とてわづか百五十丁程でござりますと取てもつかぬ間に合。

箱根の関は手判がなふれては京へ戻ると道中双六で覚へた学文。

五十三次はたきちらしておどろき虫の俄病。

これはと皆の介抱に京までの通し駕。

肥太つた廿四貫目。

宮川町のあがり口まで三枚で金七両二歩三百文と。

足もと見られてもしやう事なし。

瓜生の連になすびはならぬとは此時よりのたとへとぞ聞し。

   三  公界はすでに三年の喪服

晋の王義之が師匠は衛夫人といふ女寺屋。

此国にては上東門院の上臈達。

源氏枕草紙栄花物語の作者。

しかくは小野のおつうが筆力どれも/\賢過た言がら。

少々の男は尻に敷きそうな嬶達。

当世はけいせいとても心たらはぬ方が繁昌する事は。

無理いふても腹立ても言わけひとつ口説の切もり。

出来ぬおぼこがこぼさすなみだ一雫が四匁花。

一粒金丹より高直な物なれど。

利目のよき事又とない惚薬。

亡八の親方も今にては抱の太夫に茗荷の子を喰せけるよし。

京大坂の茶や風呂屋が布袋の土人形をまつるもの。

愛敬第一にうだしうなるを願ふゆへとなり。

世は移りかはる難波江の古言。

よしあしとはよね衆の位の事となり新町の三筋に三ツの浦のおもかげ残りて。

磯臭き昔とは替得な留奇楠の薫り。

桃が笑へば柳があゆむ。

中に茨木屋の唐土太夫とてつき出しの美人草。

親はもと長崎の生れ司馬忠庵といふ儒医。

不仕合せより大坂へ引越しておらんだ流の外料を仕かけしに。

幾ほどもなく過ゆきければ。

内義は馴染なき土地にてすべきやうなくひとり娘のおらんといふを

三年切て五十両に公界に沈め。

我は女の按摩とりに心静に世を過しける。

此おらん幼きより爺親の通学を朝夕に聞なれ。

女子には珍しい博学手跡も明人の筆意を得て。

文徴明董其昌が骨肉を書。

名も唐士と付て全盛はすれど。

いまだ親の喪中とて〓の物ずきも一トきはねむりめにて。

上着はねずみちりめんに五岳の真形の五ツ所紋。

黄どんすに印譜の繍帯。

襲は浅黄じゆすに蘭亭の盃流しを肩裾のすり箔。

水櫛の梳鬢は片ゝたる行雲に似て桂(か

つら)のひき眉は繊ゝたり。

我つかふ禿の髪も鬢ずらを結せて名も峨眉少女とよび揚屋の花車をお

幸夫人と称じ初対面の客には座敷へ出て。

立ながら手を拱て中華の礼をなしけるゆへ。

客はすかさず合掌するを。

もうしゝそれは天竺の礼でござりますあなた方はやはり日本の礼を遊はします

がようござりますといひければ。

客はうろたへてモノモウといはれけるもおかし。

馴染かさねて逢客におまへのお字は何と申ますと問ひか

けられ。

字といふ事はしらぬが替名は哥夕といひますといふに

それは文盲なお名。

歌は柯也とて枝葉に風の吹を歌ふと訓じ

てよみます文字。

又夕は月の字の半にて月の初めて出る時は暮に西に見ゆるゆへ。

夕を半月と申ます。

字義ではいつかうつゞかぬ文字でござりますと貶されて。

しからば前の替名は鬼笑といふたそがれに仕ろうといふを。

いゑゝ鬼は山川の神霊なれば何をかわらひ給はん。

いつかう熟字いたしませぬ。

おまへは生質御丈夫なれば叔雄と御付(つけ

)遊ばせ。

兄御のあるには叔の字を御付なさるゝが字例でござります。

韻鏡があらばつゐでにかゑしてあげますにと真言寺へいたやうなかたづ

まるむつ言に。

客は気をつまらして。

能名かしらぬが医者殿のやうなとむつかしがりて。

それぎりに尋ねもせず。

機嫌のそこねた客の方へ血文誓紙は愚痴のいたりと唐紙の二つ切り

一行に。

妾心正断絶君懐那得知(しやうがこゝろまさにだんぜつすきみをおもふになんぞしるこ

とをへん)と筆意をふるふて書くだし。

吉野折敷ほどな印を押ておくれは。

客は何の事やらよめぬながらの負おしみ。

斯いふ事なら其筈じやと機嫌なをして来るものあり。

たま/\小学文のある客はあまたからなじるつもりで。

太夫殿は日本の俗物はおきらひなさるゝに。

やはり揚屋入は八文字じやがあれは俗にはこざらぬかと打こめば。

あなた方は書生さん方と見請ましたが書法に疎ゐおつしやりかたわたしが道中は八文字

をふみかゑして十六点にあゆみますとこたへぬ。

此つとめ方ゆへつゐにかあいひといふ男もなく王照君が胡国のかなしみ。

おもしろからぬ奉公と明暮おもひくらしける。

出入の香具商人住屋吉介といふ男。

もとは京の御所ちかき中川沖之進といふ哥学者の一人リ息子。

若気のならひとて色道より親の不興をうけて大坂へ立のき。

紅粉おしろいの荷ひ売。

好の道とて廓へはまりこみ。

化粧部屋のしやらくら商いに。

ふと唐土が高情なづみ寝ても寤てもわすられず。

折/\はよそながら口説て見れど文盲がつてとあへねば。

此まゝ恋に朽なんもほいなしと。

心のたけを薄雪ふうのちらし文に。

はずかしい事はかない事筆の命毛ぐど/\としたゝめて。

誂への死嚢ぶくろに入れてやりけるを。

唐土ひらき見て口の文ンはよむに及はすと。

恋哥の上ミに下の句を付てぞ戻しける

よし助か文に 枝たかきはなの木末も折れば折る

もろこしか返事にきんくるべいこのきこらい/\

唐音にて其心はよめず。

次に二句詩を賦したり

 青苔〓衣岩猶寒

 白雲似帯山不〓

叶ふやうにてかなはぬ返事。

よし助はおもひにしづみ其詩を和して又いひやりける

 苔衣きいたるいはほはかたくときもきぬ/\山の帯は解なん

わりなくも恋侘て今は玉の緒もたゆるばかりと聞こへしかば。

夫程までわしをおもふてかと心根がかあゆふなりてかへしは例のもろこし太夫

 与君相向転相親

 与君〓〓共一身

と唐詩の古語になつた口。

夢現ともわきかねて。

手の舞足のふみ所をわすれ。

それからこゝの逢瀬かしこの首尾。

しのび/\に契りしが唐も倭もどこへやら。

後は互いの実と実いとし/\の外は文花もなく。

傍輩の目口かはきに見とがめられ。

引舟遣り手が付廻してなこは異見。

おまへばかりはと気をゆるしたに是はどふしたつまらぬ悪性。

全盛出世を望む太夫さんが。

香具やに間夫があると廓中へしれたら。

お客お客もばた/\落ましやう此浮気はやめたまへと責かけてのわり

くどき。

よし助も出入をとめられ。

宵/\ごとの逢坂も関守に見付られじと。

しのぶ程なを思ひはます鏡。見付た所が深い縁。

どふで是なら添れぬ中いづくの浦へも立退て一日なり共夫婦ぞと。

廓をぬけて夜の雁しるべの方にかりねして。

京の友達にたよりゆき。

つまらぬ恋の欠落をかくまはれる気かくまふ気。

一月あまりは過せしが。こゝへも尋ねて来るとのうはさ。

今は都の辰巳なる。黄檗山の門前に藁葺の一軒家。

もろこしが古郷の名によりて。長崎御菓子唐饅頭のやき売して。

貧しきくらしも川竹のうきふしにかへてのたのしみ。

俤のかはらで年のつもれかしと中のよいあまりの願ひごと。

仙家の丹薬に不老不死の歓楽を究むべしと。

妻がおぼへし薬ごしらへ。ちかき桃山の流れこそ武陵の人のまよひ道。

桃源のしたゞりぞと。

丹竃をひらひて服するに聾ほどもきかばこそ。

夫は風のこゝちとてぶら/\とわづらひつけば。

月宮殿へも入るどころかさしつまりての月がこゐ。

月に六日のつとめの中にかあゆい男が出来たのか。

男の介病に倦たのか。

但しは丹薬が利いて仙人になりもしたか。

八月十五日の夜月のあきらかなるに家出してふたゝびかゑらず。

                         四之巻終

諸道聴耳世間猿  五之巻

   目録

一回 昔は抹香けむたからぬ夜咄

    吝嗇にかたまる古狐も

    うま臭ひ趣向の捨罠に

    かゝる遊びは下野の殺生石

二回 祈祷はなでこむ天狗の羽帚

    あがる御鬮にてんぼの皮

    一はいはまる西代の深田は

    それよ昔の猪股の小平六

三回 浮気は一花嵯峨野の片折戸

    大盗人の今同心は

    殊勝げのなき古筆の贋物

    都の錦は故郷のかゑり咲

一 昔は抹香けむたからぬ夜咄

天竺にては班足大使の塚の神。

大唐にては幽王の后。

我朝にては鳥羽院の上臈と化したりしも。

はては那須野の叢にかくれて殺生石となりけるや。

それには事かはりたれど人をとる事他念なき男。

二条室町に店借りしたる川口や礒右衛門といふ町幇間。

呉服所の歴々へ心やすく立入て。

年忘の執持茶湯の勝手を手伝ひ。

酒間の落し咄に腹をよぢらす軽口。

とり付引つけ迂作が上手とて川獺と異名をつけられぬ。

世上は夏過て盂蘭盆もいつしか暮ゆけば。

人も袷の肌にしつぽりと。

夜は次第にながくなりて。御霊祭りの囃子の稽古月の夜すがらひや/\とどこやらのらぬ拍子のあるも。

秋風吹て白雲の飛助達さへ。

今宵は気も進まねばと。

川東のしゆかうもじやみて。

其連中四五人礒右衛門が方へ仕かけて取〆もなき昔咄。

兵法喧{口+花}の仕形から狐狸の子供すかしを。

かの川獺が口拍子にあぶらをのせての面白さに。

毎夜/\礒右衛門が方に市をなして素咄の夜半切。

折ふしには吸物一ッ小半合酒。

麪類のあばれ喰には。

いか程奢ても端た銭のたのしみ。

銘々涼みの仕過しを入あはすつもり。

気のはらぬ遊びには内を出るにも権柄に。

店仕廻ふなら挑灯持してむかひにおこしやと。

家内へ響く程な声して出らるゝ

うしろ影。

朱雀野の朝がへりに日かたけて内入わるふこそ/\と。

常着が火燵にかゝつてなふてもつめたいなりに着替て。

勘定場に吐息ついて居るとは勢ひのちがふものぞかし。

かくして毎夜よる程に。

若いも年寄も打こみに。

軍書の空覚へなる中老。

碁将棋のつよき隠居までさきからさきの咄の中に。

一夜もかゝさぬ新町の有徳人。

平野や七左衛門とて年ばい六十過し吝

らうそくの費をいとひ暮きらぬうちから来て。

去がけには人の提灯と連立て帰らるゝ。

たばこ入涕紙も人のをあてに。

集銭出しの夜食があれば大事の用を忘れたと逃ていぬれど。

振舞とさへいへば蛇の鮓でものがさず。

是はよい所へ参りましたと上座にすはり。

御亭主御勝手は存ぜぬが替ましやうかと千枚張の頬の皮。

にくまぬ者はなけれど年に免じていひてもなく。

銘々雪踏はき替られぬ用心のみ也ある夜雨そぼふりて宵より風だち。

誰もかれもいひ合せたやうに遊び人なく。

やう/\衣の棚の袈裟や墨五郎という男。

七左衛門と只二人にて何となう打しめり利に入た咄なかば。

墨五郎亭主礒右衛門にむかひ。

先夜の趣向は又とない珍らしい事。

どふぞ今一度見ることはなるまいかといへば。

いゑ/\あればかりは度/\はなりませぬ。

併珍事といふて又あのやうな銭のいらぬおもしろい事はござりませぬと。

二人が思ひ出しては珍しがるを。

七左衛門聞とがめ。

銭のいらぬおもしろい事とは耳よりな。

殊に又とない珍しいとあれば。

かたゞ聞遁しにならぬ咄。

どふぞ今一度の御催しに御加へ下されとめつたに羨しがれば。

礒右衛門がいふはま一度見らるゝやうなら是非あなたをと存てをりますれど。

さきが武士の浪人衆ゆえ申たとて最早見らるゝやうなら是非あなたをと存てをりますれど。

墨五郎がさあそうあらふとおもふて居る。

ふと咄かけた事なれば申て聞ましやう。

なれども他言は御無用。

是の亭主の懇意に御出合申す。

東国下野那須野辺の浪人三浦介兵衛殿と申すが。

先祖の秘伝とて狐を釣事が名人でござる事。

ふと礒右衛門の咄で承はり段々所望して見物いたし度よし礒右をもつて申遣はしたれば。

見物とては中ゝ叶はぬが。

幸近日去ル貴人よりたのまれて一疋釣てやらねばならぬ。

其時余所ながら見物に参れと仰こされたゆへ。

其夜亭主と二人右の浪人衆同道にて嵯峨野の方へ参つて釣所を見ましたが。

中ゝ貞五郎や藤五郎が釣狐の狂言見るやうな物ではない。

正真の伯蔵主いうやれの畜生足が人間とは又格別のとり廻し。

罠にかゝるまでのおもしろさどふもはやいはれた物ではないと。

身ぶり交りに咄さるゝを。

七左衛門現をぬかし。

それはけしからぬ珍らしい事。

金の一歩やそこらは入れても見たい物でござる。

どふぞ亭主のはたらきで見物さして下されと段々と頼まるゝに。

礒右衛門あたまをかき。

はてきつい御執心。

然らばどうぞ今一度明日参つて頼んで見ましやうが得心あればよふござりますがと。

其夜は約束かたき石となつて犬追物の杖つきならしかへられぬ。

扨二三日過て礒右衛門は七左衛門が方に来たり。

此間の一義段々頼みましてござりますれば。

浪人衆申されまするは何ともめいわく千万な義。

是は手前が家の一大事の秘伝。

今にもあれ玉藻の前が二度の勤にて御悩ならせられたとき。

安倍清明が祈り除はめされうが生捕事はおもいもよらず。

其時は拙者天晴の知行にいたすつもりで。

かくの仕合ながら時節を待てまかりある。

町人衆の慰みにはちと心外にござれど段々の懇望と有ゆへ。

明晩今一度釣てお目にかけ申そう。

重ねてはきつとなりませぬと。

きつい恩にきせられましたとしたり顔にて咄せば。

七左衛門大きに悦びそれは段々の御はたらき。

左様な思い事を雇ひ賃なしに見物いたすは全く其元のお影ゆへ。

然らはせめて小竹筒提重は此方から持せましやうと。

人心がついてから又とない大気な事いはるれど。

心もとなく。

金銀ではならぬ遊山なれば提重の御肴もちと御念入られまい。

刻限は夜の八ツに御誘ひ申ましよと別れて宿にかへり。

明る夜の丑みつ比平野屋の門をほと/\とたゝけば。

内よりハイと答へて戸を明る。

さあ七左衛門様只今と三人づれ。

浪にんは朱鞘の大小に山岡づきん釣罠持てひかゆれば。

一人は袈裟や墨五郎是は御苦労と挨拶して。

下男に用意のたべ物もたせ跡につけば。

二条通りを東へ川原の仮橋をわたりて。

聖護院の森を目あてに露霜をわけて。

お辰稲荷の宮ちかき所に立とまり。

いつれも是に居たまえ御両人は先達て御案内の通り此方より

呼申までござる事は御無用。

秘伝を行ひますうち見へさちしやると向後の妨(さ

またげ)となりますと。

堅く制して浪人は遠く隔てゝ罠をかけに行ぬ。

跡に三人家来ともに。

冬の夜の寒さに比叡おろし烈しく只は居られず。

先御酒一ッと野風呂のあつ燗堤重取ちらして。

さいつおさへつ待どくらせど何の音もせねば。

礒右衛門退屈して私ひそかに見て参りましやうとさし足して行しが。

又是も戻らず是はいかな事と二人も待兼てそろ/\と行かけしに。

遥むかふの方にて何やら喧〓の声。

そりや相図じやと走りつまづきてかけ付れば。

狐は釣らで浪人助兵衛刀の反を打て声あら/\しく。

扨は三人の者ども身が秘事にしてつゝしむ所を。

礒右衛門が忍びて来りしはちんこの呪を見届ん結構よな。

年かさの七左衛門とやらつそれへ出よ。

無躰に望みて今宵の催しを致して此仕合せは。

汝が所為と相見ゆれば遁すまじと詰かくるに。

七左衛門大きにあはて。

なん/\の誓文町人の義なれば狐釣の伝授覚へて何にいたさん。

とかく〓右衛門がはやまりしゆへとこんくはいのたら%\いふて誤つた稲荷

様の三人が躰。

浪人中/\聞入ずいや/\何事によらず利欲にふけるが町人のつね。

身が秘伝も覚へたら銀もうけにもならんかと思ひ某をたばかりしなり。

弓矢八まん堪忍せぬとおどり上つて鳥井もこへんずいきほひを。

ひらとも侘ことしてやう/\静まりたれど。

まだ眼ざしのおそろしさに。

小竹筒の酒もたべあらしたれば。

墨五郎殿。

どこぞ貴様方のこんゐな料理やがあらば。

あなたを御供したい引あわせて下されと。

日比の吝さも刀におそれて折入て頼めば。

両人畏まつて皆連立て祇園町の一力へなりこみ。

夜の明けぬうちからの酒盛。

浪人も打くつろぎて夜寒をはらふ鶏卵酒に鍋焼よと

社人のいなり喰。

どうもかやうな形で昼中に宿もとへも帰られず。

七左殿とてもの御馳走に芝居を仰付られいと声かけられて。

それは御用捨といはゞ又おこりかねぬいぶり者と。

いかやうにもとしぶ/\に臺所へいひ付いて桟敷をとらせ。

はじまるといな皆ゝ見物すれにば。

世にはに事もある物にて。

芦屋道満の狂言くずの葉の道行。

畜生足にこり果て京より帰る与勘平のやうに小首かたげ。

悪右衛門家来の坊主にしらるゝに気が付てあたまを撫て見られるもおかし。

田鼠化して鶉となる川獺で狐がつれるとはいまだ月令に見あたらず

  二 祈祷はなでこむ天狗の羽帚

京のくらま山の僧正が谷には繞りの石悉く刀(か

たな)の痕あり。

源の牛若が狗賓に出会て釼術をならひ得し所なりといふ。

また唐土の馬鞍山といへる山の石は。

試剣石」とて満山釼をあてし痕のこゝ

にひ等し。

山の名も同し文字にて同し奇石のやまと唐土にはあれど。

牛若といふ唐人の若衆が有事を聞ず。

しかればくらまの古跡はうその皮。

怪力乱神は語らすとあれど。

是も其人のかたみとおもふにぞの猶なつかしき袖の移り香。

故きをしたふ心よりこそ恋も無常も風流もある世なれば。

所詮唐土の馬鞍山も樊噌張飛

などが酔狂ひせし名所ともいふて置べし。

花やこよひのあるじならましとよみし忠度の墳は。

兵庫の西須磨の浜辺駒が林の村中にあり。

其片辺りに高村宮内といふ老医少々は読もすれどとかく匕子が廻らぬと。

近在の療治もかれ%\に。

いつ見ても空色加賀の長羽折に佩ふるしたる柄糸のあかづきかけて塩はふめども。

つとめ甲斐なき親方を。

小平六といふ十八九の剃下小ぢからもある脾腑ざかり。

味噌にも塩にもつかはれて又珍らしい忠義者。

何聞はつつて覚へたやら二君にはつかはじと。

いづくまでもの尻からげ。

今日は二月の初午なれば摩耶参りと心ざし。

主従二騎に銭二十是であらふかしら波の和田の笠松打かぶり。

花隈の城跡より生田の森を横ぎりて。

いさご山にのほれば。

まだ消のこる峰/\の雪より落て布引ぞと滝にしばらくたゝずみて感にたへても酒はなく。

雲内村より摩耶の裏坂をと木の根岩稜すぢりもぢりて漸半腹にのぼるとき。

どこからやひよつこりと旅僧一人出来りて。

其方は宮内なるか。

よき所にてぞ逢たりこなたへ来れといふかと思へば。

たちまち干鰯くさき風おこりて一山の草木を吹飛し。

宮内を引たて虚空にあかれば。

小平六大きにおどろき。

あれよ/\と叫ぶといへどもついてゆく羽も持合さず。

詮方つきてすご/\と宿へ帰り。

ちかき隣へもありし次第を咄しけるに。

天狗の所為は是非なし又帰らるゝ事もやとそれなりに一月あまり暮にけるに。

或夕暮の人顔もたそかれ時に。

表の戸を盤石をもて投付るかとばかり凄じき音のしけるに。

小平六あはてゝ駆出見れば。

主の宮内髪もかたちも茫々然として右の手に独鈷鈴

を持。

左リに引むしれたる鳥箒を持てうつとりと立て居るを見るより。

やれ旦那が帰られましたとあたり隣へわめきちらせば。

宮内様がもどらしやつたかとそこらあたりが寄て来て。

先内へ入ましやれと手ンづもんづに抱かゝへて。

御無事で怪我もなしにおめでたやと悦べと。

宮内つや/\物もいはず倦つかれた躰なれば。

先寝さしましたがよからふと蒲団打きせ介抱するに。

それなりに打ふりかいふり二三日は起ざりしが。

四日めの朝やう/\人ごゝち付て。

小平六に此程の物語り。

彼僧にさそはれて諸国の霊地いたらぬ所なくかけめぐり。

九州にあるかと思へば奥州に遊び。

北国を行かと思へば四国にわたり。

あるひはたのしみあるひはおそろしき事語るにつきず。

彼僧のいへるは汝が長直なるゆへに一ツの法を授(さ

づ)く。

今此独鈷と鳥の羽をもつて教る所の呪文をとなふべ

し。

人間の吉凶外傷不幸の病を治せん

にかならず其験あるべし。

急ぎ家にかへりて人をすくふ善根をなし。

其身も信心多事なかれと。

おしへ給ふと思へば。

其跡は夢のごとくにてかつて覚へず。

我けふより神のおしへにしたがひ祈加持して衆生をすくはん

と。

俄に家内を清めて壇をもうけ朝夕の鈴の音喧く聞へければ。

やれ駒が林の医者殿が天狗につかまれて戻つてから。

見通しの八卦を占やるげな。

なんといな病でも愈しやるげなと近在より日々に人をうつしける。

宮内はそれ/\の加持人を呼出して祈祷をなし。

彼鳥の羽にてあたまより鼻を撫おろす事三遍にして。

其人の気質病根をさす事神のごとし。

前な親仁は家業は桧物やなるべし。

偽かざりなき生れ付きなれども。

是までに我しらず愛宕の杉を切くだきし事あるがゆへ此度の病杉の木のごとく立煩ひをめさるゝなり。

それがしが加持にて平愈は疑ひなし。

次なは船乗の女房と見ゆる。

其方が夫先年難風にあひし時金毘羅へ願立して。

杉苗百本奉納せんといふて今に奉らざる咎にての病気なり。

杉苗が大義なら杉の神箸でも百膳奉納せらるべし。

跡に居る四十ばかりの男は冠付前句付の清書よな。

なんぢに神の咎あり。

今世上にめくら付の前句なんどを天狗俳諧と名付てもてはやす。

是筋なき事に我名を呼とて兼て怒り給う。

向後天狗の二字を除て鳶俳諧となりと申べし。

此御侘に生酒五升持参せらるべし。

是をさゝげて天狗酒盛をすゝめ。

よろしく罪をなだめ進ずべし。

いづれも加持人は燈明代として銀五匁づゝをいてかゑられよ。

是は手前の徳分ではない。

天狗頼母子と申てすぐにあなたへさゝげるのでござると。

未前過去の事ども皮肉に入しごとく占ふに。

皆/\恐れみ謹みて。

匁も/\ふしぎな有難い事でござります。

一ツ御尋ね申たい事はあなたの持てござるは灸やにあるやうな鳥箒。

天狗様に御もらいなされましたら羽団でありそうな物。

鳥箒もあなた方は御持なされます事でござりますかと問へば。

宮内うなづき尤の不審。

是は天狗の羽帚とてずんどかるい末の衆の持せらるゝ物。

羽団はたしないゆへ是を貰ふて来ましたとかたられぬ。

ある時宮内いつ/\の夜は各信心深き人々をゑりて。

我家より讃岐の象頭山へ暫時が内に海上をこゑて参詣さすべし。

しかしあまたの人は神も御苦労なれば打よられしうち一人神前ににて御鬮をとり。

神の御心にあがりし人を参詣さすべしと聞より。

是は奇妙な事ども。

どふぞ御鬮にあたりたいと頭に血の多き若者ども。

それを見よとて老たる人々其夜は暮ぬうちから宮内が方へつめかけける。

さて宮内はいつ/\よりも檀に十二の御燈をてらし。

数の供物塁々とかざり立。

先秘文をとなへ鈴をふり立既に御鬮をとりけるに。

あたりし人は兵庫騎馬の町越中屋善次郎とてちとあま口な男なれば。

もとより殻の智恵袋ふるふ/\出けるを。

宮内手をとりて椽の障子の外へ出して。

又檀にかへりていのりけるに。

ふしぎや十二の灯明一陣の風にぱた/\と消て。

障子雨戸ぐはた/\とすさましく鳴響けば。

皆々あつと玉きれてくらがりに手を取あひ活たこゝちはなかりし。

扨善次郎は障子の外に恐れながら立て居るを。

灯の消たを相図に誰ともしれず。

善次郎を脊に負て闇路をとぶがごとくにはしり出。

是正しく天狗殿と目を閉て心中に南無金毘羅大権現と息をも継ず申うちに。

虚空へは飛あがらで西代村の蓮池のあたり深田の所へおろしけるに。

是はいかにと目を明てみれば。

天狗ではなく薬箱持の小平六なり。こりやどふじやといふ所を物もいはさず力に任せて善次郎を深田の中つきたをしあがる所をふんごみ引ずり揚てはたゝきこみ。

目鼻のわかちなくにぎり拳にてはり廻しければ。

やれ人殺しなるぞ助けよと大声に泣わねけど。

人家は遠し殊に深夜なれば誰かけ付る人なし

小平六声をひそめて。

今宵魔神こなたを象頭山へ暫時の間に

参詣せさせ給ふ。

その間は天狗道の熱鉄の苦を受る事中/\なみ大低

のくるしみならず。

それゆへ魔神来り給ふまであらごなしをしておますのぞといへば。

善次郎かた息になり是が荒ごなしなら其時はさぞ苦しい事で

あらふもはや息が切レるやうなれば。

どふぞ此金毘羅参りは止に仕たいことわりをいふて下されと泣わぶるを。

いや/\それでは講中へ主人の約束が

ちがふて一分立ず。

それともにくるしくば是より帰つて人々には金毘羅山を拝み来りしと。

よい加減に間に合わすなら御詫申してくれん。

それも後日に親兄弟に限其方の口り様/\と語りなば其詞の畢らぬ内魔神来りて引裂給ふべし。

いかにや/\といひつゝ頭をはりまはせば。何ン/\の誓文

人にいふ事にはあらずと段々の口がために。

よろめきながら立ちあがれば又背中に負てはしり帰る。

内には又燈明かくかくとして祈の声の澄みわたる座敷さきを。

手ごろの石をとつて軒口へ打付るひゞきに。

すはやと参詣立騒ぐ所に。

ゑんの障子を明て善次郎髪も着物も泥まぶれにてよろ/\と立ちかへり。

只今讃岐から戻りました。

扨も/\有がた痛い事でござりました。

どなたも参詣なされ度ばやはり舟をかり切て御参りなされませといふを。

小平六が台所よりにぎり拳を見せる顔が天狗よりもおそろしく。

人にはもとより寝言にもいはじとぞ心にちかひける。

誰見て居たやら此やうす翌日より一まいに取沙汰あれば憎い光棍めと近在の荒者どもいひ合せてあばれこみ。

檀も注連も鳥帚も引むしつて捨。

宮内主従を棒ずくめにて追立ければ。

所の住居もならぬしだらほう/\の躰にて大坂へ立のき。

歯薬の居あひ抜あの奴めが討てまいると

主従息勢はつてのおもひいれ。

摩耶の天狗でしくぢつたゆへ今まや薬と出かけるもより所なきにしもあらず

 三 浮気は一花嵯峨野の片折戸

桑名やの徳蔵といふ船頭大年の夜に船を走らせしに。

いづくの沖にてかありけん。

すさまじき雲出て浪風あらく吹しかは船中大きに便りを失ひしを。

徳蔵舟櫓にあがり心をもちひて下知しけるに。

空中より怪しき声していかにや徳蔵。

こよひはいつの夜なるぞと尋ぬれば。

徳蔵少しも恐れす年の夜にて候と答ふ。

妖神又。

汝世に恐るゝ物ありやなしやと問ふ。

徳蔵かさねて世には身過ばかり恐ろしき物はなく候と申せしかば。

ふたゝび声なくして風波しづまり船も思ふ方へ走りけるとなん。

行余力ある時は文をまなぶとやら。

米櫃の底さへ見ゆる山の井のともよみておかしからず。

とかく身過が大切と〓ひで見れど。

諸商売ともに先達の功者ありてあまい

滴の垂らぬ世の中。

親の代から仕にせの家業あはづの森のせいらいでもしらぬ事は

しゆらい倒れ。

かへぬが理詰といふ事はよう知てゐながら。

たゞとるやうな口車。

のるかふぞるか借銭の淵およぎつかれぬ人多し。

見一無躰さつきやくでは設けられぬ銭銀とは後にぞ

思ひ合すなり。

むかしより世を捨る身の置所とて都にちかき嵯峨野の末。

嵐山は名ばかりにて暁の夢も破らす。

名社の滝の音もせで。

丸裸にて喰ずに居よなら此うへもなき隠れ里なれど。

こゝにも季日の滅鬼殺鬼があればこそ。

はや瀬の〓を追あるき腰だけ濡ても口一ツ。

ふさぎ兼たる膝がしらで堀やしつらん硯石の。

窪い所へ水たまらぬ店商ひ。

どこへまはつてもたゞ居てはつまらぬに究りぬ。

筏士よまてことゝはんとよみし大堰川渡月橋

のわたりは嵯峨第一の風景。

こんな所に能女房持てくらしたらと。

思ふは誰しも姉が小路の銀屎息子大黒や富太郎。

島原の菜種のにほひ伽羅の油が鼻のさきへしみ付て。

親の異見手代の忠言いふほど募る居びたれ遊ひ。

弟もあるなればいつそまくり出して仕まふに一家衆の談合

きわまりて。

母御の歎き。

御機嫌のなをるまでは是にて何なりともして辛抱せよと。

百両余りの枕金袖の下から遣らるれば。

勘当の富太郎此金に力を得。

いつそ思案がかたまりて。

是て太夫が公界をひかせ。

手煎じ仕たら兼/\の望みの通りと。

其足で嶋原へかけ出して桔梗やの花野太夫半季にたらぬ末年を。

借金ごみ五十両たのもしづくでもらひしが。

女房は出来ても家がなく。

脇ひら見ずに嵯峨のおく。

妓王寺の辺りを借て面白づくしの宿這入。

残る金ではそなたもわしも紙子仕立。

藤色羽二重に媚茶嬬子の火打。

下には何を白絖の反古染心一ぱい物好して。

富太郎は名を滝口と改め。

花野が名もお笛とかへて。

平家座頭にうたはれたさの風流。

こゝまでは仕ならべしが。

残る金は廿両あまり是喰て仕廻ふはちつとの間と世わたりの心つき。

何にてもいやしからぬ手ずさみをといろ/\と工夫して。

富太郎は嵯峨竹の茶杓を削りお笛には花の露をとる事を教へて浮気がさする夫婦の身過。

入口の紫折戸に千家御茶杓四季花の露と。

世尊寺やうの看板も京からまでは買にくさず。

花の露の香もさめて。

茶杓はいつしか朝催の焚つけに打くべて。

始末といふ事せねばならぬといふ事気がつゐても。

ちびり暮しの明くれは。

名にし嵯峨野の秋の暮壁に鳴く〓。

窓に音ずるゝ棹鹿。

広沢の月も酒がなふてはおかしからず。

桂の錆鮎も十を百文にはよわりて。

今ぞ不自由が身にしみゞと鉦の声は隣の庵の

御坊。

まだ近付にもならねば憂をわするゝよすがにもと。

きせる提て御宿にござりますか。

私は近比となりの庵を借て参りました京の者でござります。

淋しう暮しますゆへちと御咄に参りましたといひつゝ這入ば。

庵主は夕暮の看経。

是は/\よふござりました。

まそつとじや仕廻ますといふ人相六尺ばかりの大入道。

唐犬額の跡もするどく殊勝げのなき物ごし。

扨は名ある武士の果暗君を諫兼ての桑門

と一と入たのもしく。

とやかうするうちにたばこ盆提て立出。

よふこそごさりましたまあ是へと竹椽につくも莚。

四方山の咄がしみてもどこが一つ侍めかぬ詞づかひのいやしさ一円よめねば。

なんと御坊様には幼少よりの御出家とも見へませぬが。

定めて以前は一廉の御知行でも御取りなされましたと

いふやうな御方と見受けましたと

問かくれば。

いや/\愚僧は武士でござらぬ。

隣合せで向後念比にいたすから隠し申さぬ。

おらはもと東海道を働いた無間の鐘介といふて

盗人の張本でござつた。

手下も五十人ばかり有ておそらくは代名でも剥兼ぬけちぶとい性根玉ゆへ。

指さす者もなかつたに。

三年跡の師走の廿四日の夜。

江戸の店の勘定しまふて上る手代と見へ。

百両余りの小判を首にかけて供一人。

夜道かけて急ぎの道中。

府中と鞠子の山中で出つくはし。

供めは大げさにぶち放しすぐに親方めもしまい付ふと切かける刀を。

何の苦もなふ引ツたくりおらを真二ツと切付をるを逃

るひやうしに谷へ転落。

命は助つたかはりに此ごとく左の腕が叶はぬゆへ。

はたらきもやめしらになつての同心者。

しかし今にはたらいてをつたら笠の臺がばれるであらふ。

御手前も御夫婦そうながこゝも不用心な所じや程になん時でもどやがしやれ。

片腕でもまだひとりや二人は朝腹仕事と。

聞てゐるうちから癪の上る身のうへ咄。

さやうなら殊更殊勝に存ます。

いや又盗も捨られた商売ではないげにござりますと。

剛々挨拶して内へ戻れど。

肌刀さいたやうな隣同士とうそ気味わるく。

向ひの庵主は六十有余の浪人。

見かけから実躰な格好。

盗人坊主よりは念比にして大事なひ人柄。

ちと御見舞申ますといひつゝ通れば。

浪人いづくも同し秋の夕飯をねつ/\と喰てゐらるゝにぞ。

是は御時分でござりますにと気の毒がるを。

いや/\苦しうござらぬ御かけなされ。

ちと上られぬかしかし京中とちがふて喰ものは不自由にござる。

ひとり住は御覧なされ。

冷飯がすゑりましたゆへ木香丸を菜にいたすとにが/\しき顔付に興さめ。

扨はこゝもつまりし困窮。

しかし心にくき住なし。

腰をれの一首もよむからの嵯峨住居。

是は咄せる風雅人。

座敷の壁にべた/\と何やら張てあるは。

哥の詠草懐紙でこそあらん。

所がらとて定家卿の小倉色紙をまねびたるはさりとはしほらしき物好と。

よく/\みれば哥てはなく。

南円堂の足代のくさらぬ仕用帳。

木津川のあさくならぬつもり書。

おそろしい事の有状。

是はいかにとおどろくうち浪人楊枝つかひながら。

扨貴様にちと談じ申事がある。

承はれば姉が小路の大黒や福右衛門惣領の富太郎殿とやら。

傾城ぐるひの不埒ゆへ此所の住居めさるゝよし。

もはや本家は舎弟の名前にて。

親父は隠居の身分。

侘言してから傾城つれていなれぬしゆび。

代の替つたは幸い千両ばかり合力申てつかはされい。

其使は拙者弁舌で天晴仕おふせて進ぜう。

なんと思案めされぬかと初対面からわる性根の腰をし。

成程御深切のお詞とくと思案仕りて又御世話にもと。

うぢ/\とした返答を。

はて気の弱いお人。

本家の身上で千両はわづか。

拙者にさへお任せなさるゝと後〃には身上半分は取ておます事じやと。

鑷ひねくつてひらじゐの尖さ。

是はひよんな所へ来た。

どふぞいにたい物じやがと見合せて居る所へ。

先生御在宿かとずつと這入は黒紬の

小豆色。

絵師共見ゆる山水な医者。

扨此間の一休の自画賛は塩梅よふはまつたが。

芭蕉の手紙が文がうま過るといきかねる。

もそつと御気を付られい。

是は其割符と金一両渡して跡のもくらみ。

様子を聞程座にたまられず。

ついとはづして逃帰り。

こり果た嵯峨の奥。

妓王妓女より擬筆士やら追剥やら。

しばしの住居もおそろしく。

我落にきと人にかたるなと。

家主に口どめしてひそかに京へ立帰り。

親ゝの侘言がすみ。

お笛もろとも古郷へは錦の小路の掛屋敷をもらひ。

綿服に仕替ての商ひ形気。

槌て打出すやうな金もうけして大黒や富太郎が長暖簾。

五日の風のそよ/\と。

十日の雨にしつぽりと。

夫婦中よく富昌豊にすめるぞ目でたれ

五之巻 終