伽婢子序

夫聖人(せいじん)は常(つね)を説(とい)て道ををしへ、徳をほどこして身をとゝのへ、理(り)をあきらかにして心をおさむ。

天下国家(こつか)その風(ふう)にうつり、その俗(しよく)を易(かふ)ることを宗(むね)とし、総(すべ)て怪力乱神(くわいりよくらんしん)をかたらずといへ共、若(もし)止(やむ)ことを得ざるときは、亦(また)述(のべ)著(あらは)して則(のり)をなせり。

こゝをもつて易(えき)には龍(れう)の野(や)に戦(たゝ)かふといひ、書(しよ)には鼎(かなへ)の中に雉(きじ)の鳴(なく)ことをしるし、春秋(しゆんじう)には乱賊(らんぞく)の事をしめし、詩(し)には国風(こくふう)鄭風(ていふう)の篇(へん)を載(のせ)て、後世につたへて明(あき)らけき鑑(かゞみ)とし給へり。

況(いはん)や仏経には三世(ぜ)因果(いんぐわ)の理ををしへて、四生(しやう)流転(るてん)の業(たね)をいましめ、或は神通(じんづう)或は変化(へんげ)の品(しな)品を説(とき)給へり。

又神道(しんたう)の幽微(ゆうび)なる、草木土石にいたるまで、みなその神霊ある事をしるして、不測(しき)の妙理(めうり)をあらはせり。

三教(げう)をの/\霊理(れいり)奇特(きどく)、怪異(くわいゐ)感応(かんをう)のむなしからざることををしへて、其道にいらしむる媒(なかだち)とす。

聖経(せいけい)賢伝(けんでん)、諸史(しよし)百家の書(しよ)すでに牛(うし)に汗(あせ)し、棟(むなぎ)に充(みつ)といふ。

是本朝(ほんてう)記述(きじゆつ)の編(へん)、古今(ここん)筆作(ひつさく)の文(ふみ)、何ぞ只五車(しや)に積(つむ)のみならんや。

中にも花山法皇の大和物語、宇治大納言の拾遺物語、其外竹取・うつぼの俊景(としかげ)の巻をはじめて、怪(あやし)く奇特(きどく)の事共をしるせるところ、手を折て数(かぞふ)るに遑(いとま)あらず。

然るに此伽婢子(とぎぼうこ)は、遠く古(いにし)へをとるにあらず、近く聞つたへしことを載(のせ)あつめてしるしあらはすもの也。

学智(がくち)ある人の目をよろこばしめ、耳(みゝ)をすゝぐためにせず。

只児女(じぢよ)の聞(きく)をおどろかし、おのづから心をあらため、正道におもむくひとつの補(をぎぬい)とせむと也。

その目をたつとびて、耳を信(しん)ぜざるは、古人(こじん)のいやしむ所也。

陰陽(いんやう)五行(ぎやう)、天地の造化(ざうくは)は広大(くはうだい)にして測(はかり)がたく、幽遠(ゆうえん)にして知がたし。

時面(まのあたり)見ざるをもつて今聞所を疑(うたがふ)ことなかれと、云爾(しかいふ)。

        干時寛文六年丙午正月日        瓢水子松雲処士自序

伽婢子序(原漢文)

伽婢子は松雲処士の著はす所ろなり。

凡て若干巻概むね神怪奇異の事を言ふ。

言辞の藻麗なる、吟咏の繁華なる、人口に膾炙する者の勝て言ふべからず。

論語説に曰く、子怪神を語らずと。

茲の書の作、詐を懐て人を欺くの謗を免れざらんか。

云く、然らず。

厥れ士の道を志す者の載籍の崇阿を捜り、礼法の淵源に涵し、言を択び行を択び、善を積み徳を累て、不滅の名を施す。

若し夫れ庸人孺子の詩書を読むことを知らざる、耳博聞の明無く、身貞直の厚無し。

虚浮の俗日々に以て長ず。

偶に精徴の言を聞て首を疾して{桑+頁}を蹙め、啾々焉として退く。

経典の沈深なる、載籍の浩瀚なる、譬へば聾を会して鼓するが如し。

之何の盃か之有ん。

伽婢子の書たる、言新奇を{手+鹿}し、義浅近を極む。

怪異の耳を驚し滑稽の人を説しむる事、寝て得れば之醒め、倦て得れば之舒ぶ。

是れ庸人孺子の好みて読み易く解する所也。

男女の淫奔を言ふが如きは則ち深く誡めん事を念ず。

幽明神怪は則ち理を覈めんと欲す。

君子達道の事に非ずと雖も、願くは庸孺の監戒に便せんと欲するのみ。

  寛文六年龍集丙午正月下澣

                                  雲樵

伽婢子惣目録

第一巻

真上阿祇奈君(まがみあきなぎみ)龍宮(りうぐう)上棟(むねあげ)の文を書(かく)事

文兵次黄金(わうごん)をかして損却(そんきやく)する事 付過去(くわこ)物語

第二巻

堺(さかひ)の長次十津川(とづがは)の仙境(せんきやう)に入事

真紅(しんく)のうち帯(おび) 付桧垣(ひがき)平次二世(せ)を契(ちぎる)事

割竹(わりたけ)小弥太売(うる)妖女(ようぢよを)事

第三巻

浜田(はまだ)与兵衛妻(つま)の夢(ゆめ)を正(まさし)く見る事

蜂谷(はちや)孫太郎鬼(をに)に成事

牡丹灯篭(ぼたんのとうろう)

藤原基頼卿(ふぢはらのもとよりきやう)海賊(かいぞく)に逢(あふ)事

第四巻

浅原(あさはら)新丞(あさはらしんのぜう)閻魔王(えんまわう)と対決(たいけつ)の事

船田(ふなだ)左近(さこん)夢のちぎりの事

遊佐(ゆさ)七郎一睡(すい)に卅年の栄花(ゑぐわ)の事

入棺(につくはん)の尸(しかばね)甦(よみがへる)恠

野路(のぢ)忠太が妻(つま)の幽霊(ゆうれい)物語の事

第五巻

長柄(ながら)僧都(そうづ)が銭の精霊(せいれい)に逢事

鶴瀬(つるせ)安左衛門勇士(ようし)の亡魂(ばうこん)に逢(あふ)て諸将(しよしやう)評する事

富田(とんだ)久内慈悲(じひ)深(ふか)きにより火難(くはなん)を遁(のがる)る事

原(はら)隼人佐(はやとのすけ)鬼胎(きたい)の事

第六巻

伊勢(いせ)兵庫(ひやうご)到(いたる)仙境(せんきやうに)

岩田(いはた)の刀自(とじ)里見(さとみ)義広(よしひろ)に逢て長生(ちやうせい)物語の事

藤井(ふじゐ)清六遊女(ゆうぢよ)宮城野(みやぎの)を娶(めとる)事

蛛(くも)のかゞみの事

長間佐太白骨(はつこつ)の妖(ばけ)物に逢事

[死(しする)難(なんに)先兆(せんてう)]

第七巻

伏見(ふしみ)御香宮(ごかうのみや)絵馬(ゑむま)の事

芦沼(あしぬま)次郎右衛門善悪(ぜんあく)物語の事

飛加藤(とびかとう)が術(じゆつ)の事

小山田(おやまだ)記内(きない)契(ちぎる)幽霊(ゆうれいに)事

桜田(さくらだ)源五津田(つだ)彦八と妻(つま)を争(あらそふ)事

菅谷(すげのや)九右衛門柘植(つげ)滝(たき)川が幽霊(ゆうれい)に逢事

堅田(かただ)又五郎雪白(ゆきしろ)明神(みやうじん)の加護(かご)を蒙(かふむ)る事

第八巻

長鬚国(ちようしゆこく)の事

性海(しやうかい)鹿島明神(かしまのみやうじん)に詣(まうで)て大(だい)蛇を殺(ころ)す事

長谷(はせ)兵部(ひやうぶ)恋(こひ)物語の事

隅屋(すみや)藤次が事

屏風(びようぶ)の絵人形(ゑにんぎやう)躍歌(をどる)事

第九巻

安達(あだち)喜平次狐(きつね)に誑(たぶら)かさるゝ事

下界(げかい)の仙境(せんきやう)の事

中原(なかはら)主水正(もんどのかみ)幽霊(ゆうれい)に契(ちぎ)る事

人面瘡(じんめんさう)の事

丹波国(たんばのくに)野々口(のゝぐち)鬼女(きぢよ)の事

第十巻

守宮(ゐもり)の妖(ばけ)物の事

岡谷(をかのや)式部(しきぶ)が妻(つま)水神(すいじん)となる事

上杉(うへすぎ)憲政(のりまさ)息女(むすめ)弥子(いやこ)の事

窃(しのび)の術(じゆつ)の事

鎌鼬(かまいたち) 付提馬風(だいばふう)の事

了仙(れうせん)貧窮(ひんきう) 付天狗道(てんぐだう)の事

第十一巻

栗栖野(くるすの)隠里(かくれざと)の事

土佐(とさ)の国狗神(いぬかみ)事 付金蚕(きんさん)の事

豊田(とよだの)孫吉が事

七歩蛇(しつふじや)の事

鍛冶(かぢ)友勝(ともかつ)魂(たましひ)遊行(ゆぎやう)の事

大島(おほしま)源五郎が魚鱠(なます)の怪(ばけ)物之事

第十二巻

梅(むめ)の妖精(ようせい)の事

芦崎(あしさき)数馬(かずま)が事

厚狭(あつさ)が死霊(しれう)の事

白石(しろいし)右衛門尉奸{女+某}之事

盲女(まうじよ)を救(すくつ)て幸(さいわひ)をうくる事

石軍(いしいくさ)の事

第十三巻

観世音阿弥(くわんぜをんあみ)能(のふ)の事

伝尸病(でんしびやう)の事

小{虫+也}(こへび)瘤(こぶ)の中(なか)より出る事

幽鬼嬰児(いうきえいじ)に乳(にう)す事

伝尸病(でんしびやう)を攘去(はらひさる)事

{+}〓(こぶ)の中より出(いづ)事

随転(ずいてん)が力量(りきりやう)の事

蝨瘤(しらみこぶ)の事

山中(さんちう)鬼魅(きみ)の事

義輝公(よしてるこうの)馬(むま)言(ものいふ)事

百物語の事

本文表題

巻之一

龍宮の上棟

黄金百両

巻之二

十津川の仙境

真紅撃帯

狐の妖怪

巻之三

妻の夢を夫面に見る

鬼谷に落て鬼となる

牡丹灯籠

梅花屏風

巻之四

地獄を見て蘇

夢のちぎり

一睡卅年の夢

入棺之尸甦恠

幽霊逢夫話

巻之五

和銅銭

幽霊評諸将

焼亡有定限

原隼人佐鬼胎

巻之六

伊勢兵庫仙境に至る

長生の道士

遊女宮木野

蛛の鏡

白骨の妖恠

死難先兆

巻之七

絵馬之妬

廉直頭人死司官職

飛加藤

中有魂形化契

死亦契

菅谷九右衛門

雪白明神

巻之八

長鬚国(ちようしゆこく)

邪神(じやじん)を責殺(せめころす)

歌を媒(なかだち)として契(ちぎ)る

幽霊出て僧にまみゆ

屏風(びようぶ)の絵(ゑ)の人形躍歌(にんぎやうをどりうたふ)

巻之九

狐偽て人に契る

下界の仙境

金閣寺の幽霊に契る

人面瘡

人鬼

巻之十

守宮の妖

妬婦水神となる

祈て幽霊に契る

窃の術

鎌鼬付提馬風

了仙貧窮付天狗道

巻之十一

隠里

土佐の国狗神

易生契

七歩蛇の妖

魂蛻吟

魚膾の恠

巻之十二

早梅花妖精

幽霊書を父母につかはす

厚狭応報

邪婬の罪立身せず

盲女を憐て報を得

大石相戦

巻之十三

天狗塔中に棲

幽鬼嬰児に乳す

蛇瘤の中より出

伝尸〓去

随転力量

蝨瘤

山中の鬼魅

馬人語をなす恠異

恠を話ば恠至

  ○龍宮の上棟(むねあげ)

江州勢多の橋は、東国第一の大橋(けう)にして、西東にかゝれり。

橋より西の方、北には滋賀辛崎もまのあたりにて、山田矢橋(やはせ)の渡し舟、藍津

海津(かいづ)の、上り舟に帆かけて走るも得ならず見ゆ。

南の方は石山寺、夕暮つぐる鐘の音に、山づたひ行く岩間寺(いはまでら)も、程近く

続きたり。

橋より東のかた、北には支那(しな)の里、ここは名におふ蓮の名所にて、六月(みな

づき)の中比より咲きみだるゝ、蓮花(はちす)匂ひは四方に薫じて、見に来る人の心

さへ、自ら濁りにしまぬたのしみあり。

橋の南には田上(たなかみ)山の夕日影、鳴送る蝉の声に、夏は涼しさ勝りけり。

うしろは伊勢路に続き、前には湖水の流れながく、鹿飛(しごび)の滝より宇治の川瀬

に出るといふ。その北には蛍谷とて洞あり。

四月(うづき)の初かたより、五月(さつき)の半ばに至るまで、数百万石(ごく)の

蛍湧出て、湖水の面に集り、或は鞠の大さ、或は車の輪のごとくかたまり円(まる)が

りて、雲路遥かにまひあがり、俄に水の上にはたとおち、はら/\と砕けて水に流るゝ

有さま、〓々たる柘榴花(せきりうくわ)の五月雨(さみだれ)にさくが如くにて、光

りさやかにみだれたるは、又すてがたき眺めなり。

されば世の好事の輩(ともがら)、世俗ともに遊び来て、歌よみ詩つくる、其言葉多く

、口につたへ書に記(しる)せり。

橋の東南のかた湖水の渚(みぎは)にそうて子社(こやしろ)あり。

むかし俵藤太秀郷、此あたりより龍宮に行て、三上の岳のむかでを退治し、絹と俵と鍋

と鐘(つりかね)とを得て帰る。

中にも鐘は三井寺に寄付して、今も其名高く世にのこれり。

後柏原院の朝(てう)、永正年中に、滋賀郡松本といふ所に、真上阿紙奈君(まがみあ

きなきみ)といふ人あり。

もとは禁中に伺公して、文章生(もんしやうがく)の官職にあづかりし人なれども、世

の怱劇をいといて冠(かふり)をかけて引きこもり、此所に跡をとゞめ、心しづかに月

日をぞ過されける。

或日の夕暮に、布衣(ひい)に烏帽子着たる者二人来り、庭の前に〓きて、これは水海

底(すいかいてい)の龍宮城より、迎え奉るべき事ありてまゐり侍べりといふ。

真上おどろき色を替(かへ)て、龍宮と人間と道へだたり、異なり、如何でか行いたる

べき。

いにしへは其道ありしと聞つたへしかども、今は絶へて其跡を知らずといふ。

使者のいふよう、よき馬に鞍おきて門外に〓ぎおきたり。

これにめして赴き給はんには、水漫々として波高くとも、少しも苦しき事あらじといふ

真上怪しみながら座を立て、門に出たれば、その長七寸(たけなゝき)ばかり、太低逞

(ふとくたたま)しき{馬+麗}(くろ)の馬に、金幅輪の鞍おき、〓〓(らでん)の

鐙(あぶみ)をかけ、白銀の〓をつかませて引たて、白丁十余人はら/\と立て、真上

を馬にかきのせ、二人の使者は前にはしり、馬は虚空にあがりとぶがごとし。

真上真下と見おろせば、足の下はたゞ雲の波、煙(けふり)の波〓〓(ぜん/\)とし

て、其外には何も見えず、しばしの間に宮門に至り、馬より下りて立てり。

門まもる者共は、蝦魚(えび)のかしら、〓蟹(がに)の甲(から)、〓(さゞい)、

貝蛤(はまぐり)の殻に似たる、甲(かぶと)の緒をしめ、鎗長刀(やりなぎなた)を

立ならべ、きびしく番をつとむる。

真上を見て皆ひざまづき、頭(こうべ)を地んいつけて敬ひつゝしめり。

二人の使者内に入て後、しばらくありて、緑衣の官人とおぼしきもの二人出て(いで)

て、門より内に引てあゆむ。

門の上には、含仁(がんじん)門といふ額をかけたり。

門に入りて半町ばかり行ければ、水精(すゐしやう)の宮殿あり。

階(みはし)を登りて入りければ、龍王すなはち彩雲(さいうん)の冠(かぶり)をい

たゞき、飛雪の剣を帯、笏を正しくして立出つゝ、真上を延(ひさ)て白玉(はくぎよ

く)の床に座をしめたり。

真上大に敬ひ礼拝して、我はこれ大日本国の小臣なり。

草木と共に腐(くち)はつうべき身なり。

いかでか神王の威を冒して、上客(しやうかく)の礼をうけ奉らんやとうふ。

龍王のいはく、久しく名を聞いて、今尊顔をむかへ侍り、辞退し給うにおよばずとて、

強いて床の上にのぼせ、自ら又七賓の床にのぼり南に差し向うて座したり。

かゝる所に賓客入来り給ふといふ。

龍王又座をくだり、階に出てむかえ入れたりければ、三人の客あり。

いづれも気高(けたか)きよそほひ、此世の人ともおぼえづ。

玉の冠をいただき、錦の袂をかひつくろふて、威儀正しく、七賓の手ぐるまより下りて

、静に殿上(てんじよう)にのぼり、床に坐したり。

真上は床を退きて、金障のもとに隠れうづくまる。

巳に座定まりて、龍王語りけるは、人間世界の文章生をむかへ奉れう。

君たちこれを疑ひ給ふなとて、真上をよびてすゝめしかば、真上出て礼拝するに、三人

の客また礼をいたす。

前の玉座に上り給へと云に、真上辞して曰く、我はこれ一介の小臣也。

いやしきが貴族に対して床にのぼらん事おそれありと、三人の客(かく)おなじく曰く

、誠に人界(にんかい)と龍城と其境隔ちて、通路絶えたれども、神王己に人間をかん

が見る事明らけし。

君これたゞ人ならんや。

こゝに請じ奉れり、何ぞ辞するに及ばん。

早く床に坐し給へと。

真上すなはち床に座す。

龍王かたりけるは、朕(われ)此程新たに一つの宮殿をかまへ造る。

木工頭番匠(もくのがみいたくみ)の司あつまり、玉のいしずゑをすゑ、虹のうつばり

、雲のむなぎ、文(あや)の柱、皆具はりもとめしかども、只ともしきものは、上棟(

あげむね)の文礼拝のことば也。

ほのかに聞つたふ、真上の阿紙奈(あきな)君は、学智道徳の名かくれなし。

此故に遠く招きて請じ奉る。

幸に朕為に一篇をかきて給(たべ)といふに、二人の童子十二三ばかりなるが、髪から

わにあげて、一人は碧玉の硯に、〓竹の管(ぢく)に文犀(ぶんさい)の毛さしたる筆

とりそへ、神苓(しんれい)の灰に、紅藍〓〓(こうらんじやさい)を和(くわ)した

る墨すり堪えてさゝげ、一人は鮫人(かうじん)の絹一丈をもちて、真上にすゝむ。

阿紙奈君辞するに言葉なく、筆をそめて書きたり。

天地の間には蒼海(あをうなはら)を最大(いとおほい)なりとし、生物(いけるた

ぐい)のなかには、龍神(わたつみ)を殊に霊(しくみ)とす。

己に世を潤すの功(いさをし)あり、いかでか、福(さいはひ)をのぶるの恵なからん

や。

この故に、香をたき燈をかゝげて、依(より)いのる。

飛龍(とぶたつ)は大なる人をみるに利(とき)ことあり。

又もちひて不測(はからざる)の述に象(かたど)れり。

維歳次今月今日新(これとしのやごりこのつきこのひ)に玉の殿(みあや)をかまへ昭

(あきら)けく精(くはし)き華(かざり)を誉めり。

水晶珊瑚のはしらをたて、琥珀〓〓(らうかん)の染(うつはり)を掛(かく)。

珠の簾をまきぬれば、山の雲青くうつり、玉の戸を開けば、洞の霞白くめぐる。

天(あめ)高く地厚(つうちあつう)して、南〓八千里(みなみのうちみいやちさと)をしづめ、雨順風調(あめしたがひかぜととのふり)て北の〓五百淵(ふち)ををさむ。

空にあがり泉に下りては、(草+倉)生(かんたがら)の望みをかなへ、形を現はし身を隠しては、上帝(かんすべらぎ)の仁(あはれみ)を祐く。

その威(いきほ)ひ古今(いにしへいま)にわたり、その徳磧〓(さいはひせゝなぎ)に及ぼす。

玄亀赤(くろきかめ)鯉をどりて祝ひ、木魅(こだま)山〓(びこ)ああつまりて賀(よろこ)ぶ。

こゝに歌一曲(ふし)を作りて、〓(ちり)ばめたる梁のううへに掲(あらは)す。

(手+夫)桑海淵落瑠〓宮(ふさうのかいえんきゆうをはじむ)水族〓(足+真)承徳化(すゐぞくへんてんとしてとくくわにしたがふ)万〓唱和慶賛歌(はんらいしやくわすけいさんのうた)若神河伯朝宗駕(じやくしんかくてうそうのが)をさまれるみちぞしるけき龍の宮の世はひさかたのつきじとわしる伏てねがはくは、上棟(むねあげ)の後、百(もも)の福共(さはひ)に致(いた)り、千(ちゞ)の喜偏く来り、〓(たま)の宮安くおだやかにして、〓海(ねだつうみ)平けく治り、天つ空の月日に斎(ひと)しくその限有べからず。

と書て奉る。

龍王大に悦び、三人の客に見せしむるに、皆感じてほめたり。

則ち上〓(むねあげ)の宴を開きて曰、阿紙奈君は人間にありて、末だ終に知り給はじ。

一人(ひとり)は江(え)の神、一人は河の神、一人は淵の神なり。

君と友となり、今日のあそびには更に心をとけ給へ。

何か〓ることあらんとて、杯をめぐらし酒(しゆ)を勧む。

廿ばかりの女房十余人を出し、雪の袖を〓(かへ)し歌ひ舞(まふ)。

その面(かほ)かたち世に未だ見ず。

うるはしくたをやかにして、玉の釵(かんざし)に花を飾り、白き羅(うすもの)に袖つけて歌ふ声、雲に響きつゝ、少時(しはし)舞て退きければ、又びんづら結(ゆう)たる童子、十余人、其うつくしさ雛(ひいな)お如くなるが、〓(からぬひ)のひたゝれに錦の袂を翻す。

歌(うた)の声すみのぼり、染の塵や飛ぬらん。

糸竹(いとたけ)の音に和(くわ)して面白さ限りなし。

舞巳にをはれば、主(あるじ)の龍王よろこびに余り、盃(さかづき)を洗ひ銚子を更め、阿紙奈君が前に置、みづから玉の笛を吹鳴らし、(山+淵)谷吟(かいこくぎん)を歌ひいて後、其座に有ける者共まかり出て、客(かく)の為に戯(たはふれ)の〓を〓せとあり。

〓りて出たる人、みづから郭介子(くわくかいし)と名のる。

これ蟹の精也。

其うたひける詞に、我は谷かげ岩まに隠れ、柱の賓のる秋になれば、月清く風涼しきに催され、河にまろび海に泳ぐ。

腹には〓を含み、外はまどかにいと堅く、二(ふたつ)の眼空に望み、八(やつ)の足またがり、其形は乙女の笑を求め、其味(あじはひ)は兵(つわもの)のかほばせを喜ばし、甲(よろひ)をまとひ戈(ほこ)を取り、沫(あわ)を噴瞳(ふきひとみ)を廻らし、無腸公子(ふちやうこうし)の名を施し、つな手の舞けらし。

とて、前に進み後に退き、右に(馬+丘)り左に走りければ、其類の者拍子をとる。

座中笑(ゑ)壷(つぼ)に入て笑ひにぎはふ。

其次に玄先生(げんせんじやう)と名のりて(馬+丘)出つゝ、袖を〓(かへ)し拍子をとり、尾をのべ頚(くび)を動かす。

是亀の精也。

其歌ひえる詞に、我はこれ〓(めどき)の草むらに隠れ、蓮(はちす)の葉に遊び、書(ふみ)を負(おふ)て水に浮び、網をかぶりて夢をしめす。

殻は人の兆(うらかた)を賓となり道の教をなす。

六の〓(かく)して伏し千年(ちとせ)の寿(ことぶき)を保つ。

気を吐けば糸筋のごとく、尾を曳(ひき)て楽を極む。

青海(あおうみ)の舞を舞(まぶ)べし。

と頭(かしら)を動かし頚(くび)をしゞめ、目をまじろき足をあげ、〓しかなでゝ引入ければ、満座の輩声をあげ腹をさゝげ、おおきふして笑ひいよどみ、興を催す。

其外蝦蜊木玉(えびはまぐりこだま)山びこ、よろづの魚(うを)、おのれ/\が能をあらはし〓をつくす。

巳に酒酣(たけなは)にして酔(ゑひ)に和(くわ)しつゝ、三神の客座をたち、拝謝(をがみまうし)てかへりしかば、主の龍王階(みはし)のもと迄送られたり。

真上(まがみ)袖かきをさめて、たのしみはこゝに極めぬ。

願はくは龍宮城の有様あまねく見せたまへと望みしに、いと易き事とて、階を下り庭に出て歩(あゆま)せらるゝに、雲とぢて何も見えず。

龍王則ち吹雲(すゐうん)の官人を召されたり。

其姿、首(かしら)に七曲(なゝわた)の甲(かぶと)を着し、鼻高く口大なるもの、これ〓(おおはまぐり)の精なるべし。

口をしゞめて天に向ひ吹くければ、世界ひろく平かに山もなく岩(いはほ)もなし。

霧雲(きりくも)数(す)十里はれひらけ、玉の樹庭(うゑき)に列(つらね)うえ、金のいさごを敷渡し、梢に五色の花開け、池には四色の蓮(はちす)さきて、匂ひ又こまやかなり。

廻(めぐ)れば金(こがね)の廊(わたどの)あり。

庭には瑠璃の〓(かはら)をしきたり。

官人を差副(さしそ)へ見せしめらる。

一つの楼閣あり。

坡梨(はり)水晶にて造りたて、珠をちりばめて飾りたり。

是に登れば虚空(こくう)を凌ぐ心地して、一の重(ぢう)にはあがり得ず。

こゝは下輩凡人(げあいぼんにん)の登る事協はず、神通(じんつう)のものこそ行至れと、それより又ひとつの高殿(たかどの)に登れば、側に(国+員)き鏡の如くなるものあり。

きら/\と光かゞやき、睛(ひとみ)をくうるめかして立向ひ難し。

官人いふやう、これは電母(でんぼ)の鏡とて、少し動せば大なる電(いなびかり)出て、世の人の目を奪ふといふ。

又かたはらに太鼓あり。

大小その数多し。

真上これをうちてみんとす。

官人とゞめていふやう、若強く打ならせば、人間界の山川谷平地震鳴(ひらちふろひなり)はためき、人みな〓を失ひ命を亡し、死なずとも耳を失はん。

これは雷公のつづみ也といふ。

又かたはらに〓〓(よいご)の如くなるものあり。

真上これを動かさんとす。

官人又とゞめていふやう、是は〓風(そうふう)の革嚢(かはぶくろ)なり。

これを強くうごかさば、山くづれ岩石飛て空にあがり、人の家は皆吹破れて、四方に散乱(ちりみだ)れんといふ。

その傍(そば)に水瓶(みずがめ)あり。

箒(はゝき)のごとくなる物を上にのせたり。

真上是をとり、水に差し入れて打ふらんとす。

官人おし留(とゞ)めて、是は洪雨の瓶(みずがめ)なり。

比箒に浸(ひた)して強く打ふらば、人間世界は大雨洪水押す流され、山もひたり、陸(くが)は海にぞなりなんといふ。

阿〓奈君とひけるやう、〓これらを司る官人はいづくにありやと。

答て云やう、雷公電母風伯雨師は、極めて物あらき輩なれば、常には獄(ひごや)に押篭められ、心の〓に振舞ふ事かなはず。

若し出て其役を勤むる時は、比所に集り、雨風いかずち電(いなびかり)みな分量ある事にて、それより過(すぎ)ぬれば、科(とが)に行はれ侍べる。

凡そあらゆる宮殿〓閣は、見〓す事かなはず。

それより立帰れば、龍王さま%\もてなし、瑠璃の盆に真珠二〓、氷の絹二疋を帰るさの餞(はなむけ)とし、礼儀あつく龍王階(みはし)に送り出て、官人に仰せて送り返さる。

阿祈奈(あきな)君目をふさげば、空をかける心地して、勢多の橋の東なる龍王の社の前に出(いで)たり。

珠と絹をもちて帰り賓とす。

其後名を隠し、道を行ひ其終る所を知らず。

  ○黄金百両

河内国平野と云所に、文(あやの)兵次とて有徳(うとく)人あり。

しかも心ざし情ある者也。

同じ里に由利(ゆりの)源内とて、生(なま)才覚の男、兵次と親しき友だち也。

松永長慶(ながよし)に召拘(かゝへ)られ代官になり、老母妻子共に大和国に引こしけり。

其まかなひに詰り、兵次に黄金百両を借(かる)。

元より親き友なれば、借伏質物にも及ばず。

こゝに此ころ、細川三好の両家不和にして、河内津の国わたり騒動す。

兵次は一跡(せき)残らず乱妨せられ、一日を送る力もなし。

弘治年中、暫らく物静に成ければ、三好は京都にあり、其家老松永は和州に城を構へ、大に民百姓を貪る。

去ほどに兵次は妻子をつれて和州に行き、源内を尋ぬるに、松永が家にして潅威高く、家の内賑ゝし。

兵次おとろへて形かじけ、おもかはしたり。

その近きあたりに宿かりて妻子を置き、我身ばかり源内に逢てかう/\といふ。

源内初めは忘れたりけるが、故郷名字こま%\と聞て誠にと驚き、酒進めて飲ませながら、借金の事は一言もいはず。

兵次もいふべき序なく立帰る。

妻いふやう、是まで流浪して来るも、源内が恵あるべきかと思ふに、僅の酒飲たるとて、百両の金に替て一言をもいはずして帰る事やある。

の如くならば、我らは頓(やが)て道の傍(かたはら)に飢て死すべしといふ。

兵次これを聞に、理(ことわり)に過て覚えしかば、夜明るを待かね、又源内がもとに行たれば、源内出て対面して、誠に其かみ金子を借たる事今も忘れず、その恩をおろそかに思はんや。

其時の手形あらば持来り給へ、数の限り返し参らせむといふ。

兵次答ていふやうは、同じ里に親しき友と、互に住たる契り浅からねば、手形質物にも及ばず借(かし)奉りし金子なり。

今我刧盗(ごふたう)の為に一跡をうばひとられ、身のたゝずみなき故に如何にも此金子を給はらば、然るべき商買をもいたして、妻子を養ひ侍べらばやと思ふなり。

只今我をとり立るよとおぼして、右の金子を恵み返し給へといふ。

源内打笑ひ、手形なくしては算用なり難し。

されども思ひ出さば、数の如く返し侍らんとて兵次を帰らせたり。

かくて半年ばかりを経て極月になりぬ。

古年をば送りけれ共、新しき妻を迎ゆべき手だてなし。

食ともしく衣うすければ、妻子は飢凍(うゑこゞえ)て、只泣より外の事なし。

兵次これを見るに堪えがたくて、源内が許に行いたり、涙を流していふやう、年すでに推(おし)つまり、新春は近きにあれ共、妻子は飢凍えて又一銭の貯へなく、炊(かしぎ)て食すべき米(よね)もなし。

仮令借(かし)奉りし金子皆返し給はらずとも、年を迎ゆるほどの妻子のたすけをなし給はゞ、是に過たるめぐみはあらじといふ。

源内うち聞て、誠に痛はしく思ふといえども、我さへ僅の知行なれば、今皆返し参らせむ事は叶ふべからず。

明日まづ米二石銭二貫文を奉らん。

是にて兎も角(かう)も年とり給へといふ。

兵次大に悦び我家に帰り、明日かならず恵つかはされん。

侍まうけて此程のわびしさを慰まんといふに、妻子限りなく嬉しと思ひ、夜の明(あく)るを遅しと、其子を門に出して銭米をもちて来る人あらば、こゝぞとよとて待せておく。

須〓(しばらく)ありて内に走り入ていふやう、米を負たる人こそ来れと。

急ぎ出て見れば、其家の門は見向きもせずして打過る。

もし家を忘れて打通るかと思ひ、其米は文(あやの)兵次が家に給はるにてはなきかと問へば、いや是は城の内より肴の代(かは)りに遣はさるゝ米也といふ。

又しばしありて、其子走り入て、只今銭をかたげたる人こそ来れと。

兵次かけ出て見るに、その門口をば空知らずして打通る。

是も家を知らざるかとて引き留めて、此銭は由利源内殿より兵次が許へ遣はさるゝにやと問ば、是は弓削(ゆけ)三郎殿より矢括(やはき)の代物に送らるゝとて過行けば、兵次耻しき事いふばかりなし。

正月まかなひの用意とて、銭米持運ぶ事急がはしきを、引とめ/\尋問に、いづれも源内がもとより出る銭米ならで、一日のうち待暮し、漸(やう/\)人影も見えざりければ内に入ぬ。

油もなければ燈火(ともしび)たつべき様もなく、いとゞ闇き一間の内に、妻子打向ひ、今は頼もしき事もなし、米薪を求むべきたよりもなければ、夜もすがら寝もせず泣あかす。

兵次いよいよ堪かね、口惜しき事かな、さしも堅く契約しながら、我を欺(あざむき)けることよ。

唯源内を指殺して此欝憤(うつぷん)をはらさんと思ひ、夜もすがら刀を研ぎ、源内が門に忍び居たりしが、又思ひ返すやう、源内こそ我に不義を致しけれ、また源内が老母妻子は路頭に立べし。

人こそ我に不義ありとも、我は人をば倒さじものを、天道まこと有らば、我には恵もあるべきものをと、思ひ直して家に立ち帰り、兎角して小袖刀、買しろなして正月元三のいとなみはいたしぬ。

かくて兵次或朝(あした)、家を出て泊瀬(はつせ)の観音まうで、行末ふかく祈り申て、山の奥にわけ入しが覚えずひとつの池の辺(ほとり)に致り、誤ちて池の中に落ちたりしに、其水両方に別れて道あり。

道をつたうて二町ばかり行ければ、城(じやう)の惣門にいたる。

楼門の上に清性館と云ふ額をかけたり。

内に入て見れば、人気もなく物しづかにて、幾年(いくとせ)経たりとも知られぬ、古木の松枝をかはして、生並べり。

廊下めぐりて奥の方にいたり、御殿の階(きざはし)にのぞめども人も見えず、とがむる者なし。

只鐘の声遥に、振鈴の響に加(かわ)して聞えたるばかり也。

兵次余りに飢つかれて、石礎(いしづゑ)を枕として臥て休み居たり。

かゝる所に眉髯長く生(はえ)のび、頭(かしら)には帽子かづき、足には靴をはき、手に白木(しらき)の杖をつきたる老翁来りて、兵次を見て打笑ひ、如何に久しく対面せざりしや、昔の事ども覚えたるかといふ。

兵次おきあがり跪(ひざまづい)て、我更に此所に来れる事は今ぞ初なる、如何でか昔の事とて知べき道侍らんといふ。

老翁聞て、げにも汝は飢渇の火にやかれて、昔を忘れたるも理り也とて、懐より梨と棗(なつめ)とを取出して食はしめたるに、兵次胸涼しく心さわやかに、雲霧(くもきり)のはれ行(ゆく)空に、月の出るがごとく、まよひの暗みな除(のそこ)りて過去の事共、

猶きのふの如くに覚えたり。

老翁の日、汝昔過去の時、初瀬の近郷を領ぜし人なり。

観音を信じて花香灯明(けかうこうやう)をそなへ、常に歩みをはこびしか共、只百姓を貪り、賦斂(ふれん)をおもく課役を茂くして、人の愁(うれへ)を知らず。

此故に死して悪趣に落つべかりし処に、観音の大悲をもつて、悪を転じて二たびこの人間に返し給へり。

しばらく富貴を極めしかども、昔の業感(ごうかん)に困りて、今かく貧(まずしく)なれり。

然るを汝源内が不義を怒(いかり)て、一念の悪心を起せしかば、悪鬼たちまちに汝が後にしたがひ、妻子一家(け)跡なくほろぶべかりしを、又忽ちに心を改めしかば、神明己に是をしろしめし、福神(ふくじん)これに立添ひて、悪鬼は遠く逃去ぬ。

すべて悪業(あくごふ)善事其むくひある事は形に影のしたがひ、声の響きに応ずるが如し。

今より後も苟且(かりそめ)の事といふども、悪を慎しみ善を求むべし。

然らばかならず安楽の地に一生を送らんと教へられたり。

兵次さては此所は人界(にんかい)にあらず、神聖の住所なりと思ひつけて、事のちなみに当世の事をさして問けるやう、今世の中糸の乱れのごとくにして、諸方に側起(そばだち)る者蜂の如し。

いづれか栄えいづれか衰へん。

願くはその行先を示し給へといふ。

老翁答へられけるは、人の心更に〓狼(さいらう)の如く、彼を殺して我立ち、余所(よそ)を打ておのれに合(あは)せんとす。

此故に王法ひすろぎ朝威衰へ、三綱五常の道断えて、五畿七道互に争ひ、国々乱れざる所なし。

臣としては君を謀り、君としては臣をそむけ、或は父子の間と雖も快からず、兄弟忽ちに敵となり、運つよく利に乗る時は、いやしきが高くあがり、小身なるが大にはびこり、運衰へ勢つきては、大家高位もおし倒され、聟を殺し子を殺せば、

一家(か)一族のわりなきも、只危きにのみ心を砕きて、安き暇(いとま)更になしとて、当時諸国の名ある輩、それかれと指を折り、其身の善悪と行末の盛衰を、鏡に懸て語られたり。

兵次重ねていふやう、由利源内今すでに人の債(おひもの)を返さず、己威を保ち勢に誇る。

此者ととても行末久しかるべしやと。

老翁の日、源内が主君まづ大なる不義を行ひ、権威よこしまに振うて、民を虐(しへたげ)世を貪る。

冥衆(みやうしゆ)是を疎み、神霊これを悪み、福寿の籍(ふだ)を削られて、其身〓械(てかせくびかせ)にかゝり、其首に累紲(るゐせつ)の縄をかけて肉(しゝむら)を腐(くたし)、骨を散されん事何ぞ遠からん。

源内又是に随ひ、悪逆無道(ぶたう)なる事譬ふるに言葉なし。

人の債(おひもの)を返さゞる、かれが財物は皆これ他の寳也。

己いたづらに守護するのみ。

今見よ三年を出ずして家連つきて、災来るべし。

汝必ずその災を恐るべし。

源内が家近く住せば悪かりなむ。

京都も静なるべからず。

早く帰りて山科(やましな)の奥、笠取の谷に移り行けとて、黄金十両を興へ、道筋を教へて出し返す。

一里余りをゆくかとおぼえて、山の後なる岩穴より出づることを得たれば、家を出てより三十日に及ぶといふ。

妻子待受けて喜ぶ事かぎりなし。

やがて縁(たより)を求め、山科の奥笠取の谷に引こもり、商人となり薪を出し買(うり)て、世を渡る業とす。

家やう/\心安く、妻子も緩やかなる心地す。

その後永禄庚午の年、松永反逆(ほんぎやく)の事ありて、織田家のために家門滅却せらる。

由利源内此時に生捕られて殺され、日比(ひごろ)非道に貪り貯へし財寳、みな敵軍の得物となれり。

是を聞伝へて年月を数ふれば、僅に三年に及べり。

兵次は今も其末残りて住(すみ)けりといふ。

十津川(とつがは)の仙境(せんきやう)

和泉の堺に薬種をあきなふ者あり。

その名を長次といふ。

久しく瘡毒をうれへて紀州十津川に湯治しけり。

病に相当せしにや、十四五日の間に平復し侍べり。

長次或日思うやう、年此聞傅へし十津川の温泉(いでゆ)の奥には、人参黄精(にん

じんわうせい)といふもの生(おひ)出て、尋ねあたれば多く有りといふ。

此なぐさみに近き所を捜し見ばやと思ひ、僕をば宿にとゝめ、唯一人山深く入しかば、

道にふみ迷へり。

一つの谷にくだりて見れば、美くしき篭の流れ出ければ、此水上に人里ありと思ひ、水

にしたがうてのぼるに、日はすでに暮かゝり、鳥の音かすかにねぐらを争ふ。

かくて十町ばかり行(ゆく)かと覚えし。

岩をきりぬきたる門に致り、内に入て見れば、茅葺(かやぶき)の家五六十ばかり軒を

並べて立たり。

家々のありさま、石(の)垣苔生(おひ)て壁みどりをなし、竹の折戸物淋しく、蔦か

づら冠木(かぶき)をかざる。

犬ほえて砌(みぎり)をめぐり、鶏鳴(なき)て屋(いへ)にのぼる。

桑の枝茂り麻の葉おほひ、誠に住ならしたる村里也。

樵(こり)つみける椎柴、春(うす)つきてほす栗粳(うるしね)、さすがにわびしか

らずぞ見えたる。

人の形勢(ありさま)古風ありて、素袍袴に鳥帽子着て、行(ゆき)還しづかに威儀み

だりならず。

長次が立やすらひたる姿を見て、大に怪み驚きて問ひけるやう、如何なる人なれば、此

里にはさまよひ来れる。

世の常にして知るべき所にあらずといふ。

長次ありのまゝに語る。

こゝにひとりの老人衣冠正しきが、蓬(えもぎ)の沓(くつ)をはき藜(あかざ)の杖

をつきて、みづから三位中尉と名のり、長次に向ひて日、こゝは山深く岩ほそばだち、

熊狼むらがり走り、弧木玉(こだま)のあそぶ所にして、日は暮たり。

此まゝ打捨なば、是ぞ水に溺れたるを見ながら、抜(すく)はざるにおなじかるべし。

こなたへおはせよ、宿かし侍らんとて、家に連れて帰りぬ。

内のていきたなからず、召使はるゝ男女更にみだりならず。

既に一間の所に呼びすゑ、ともし火をかゝげ座定りてのちに、長次問けるやう、此所は

ありとも知らぬ村里也。

如何に住そめ給ひしやらんといふ。

あるじ眉をひそめて、是は浮世の難を逃れし人の隠れて住ところなり。

若しひてそのかみの事を語らば、徒らに愁を催すなかだちならんといふ。

長次あながちに其住初(すみそめ)し故をとふに、あるじ語りけるは、我は平家没落し

て西海の狼に沈みける比より、此所に住初(すみそめ)たり。

我は是小松の内府(だいふ)重盛公の嫡子三位中尉維(これ)盛と云ひし者也。

祖(>おほぢ)父大相国清盛入道は、悪行重畳して人望にそむき、父内府は世を早うし

給ひ、伯父宗盛公世を取て、非道不義なる事法に過ぎたり。

一門のともがら多くは皆奢りを極め栄花にほこり、家運たちまちに傾き、東国には兵衛

の佐(すけ)頼朝、譜代の家人を催して義兵をあげ、北国には木曽の冠者義仲、一族郎

等をすゝめて謀反す。

其外諸国の源氏、蜂の如くに集りけるを、絃にはせむかひ、かしこに責寄するに、更に

軍(いくさ)の利なく、味方の軍兵たび/\に打れて、終に木曾がために都を追落さ

れ、摂津国一の谷に篭り、暫く心も安かりしに、九郎義経が為にこゝをも破られ、一門

の中に、通盛敦(あつ)盛以下多く亡び給ひ、まの当り魂を消し胸をひやし、うきめを

見聞(みきく)かなしさ、生をかゆるとも忘るべき事かや。

とかくする程に、讃岐国八島の州崎に城郭を構へ、一門の人々楯篭りしかば、故郷は雲

井の余所(よそ)に隔り、思ひは妻子の名残に止まり、身は八島に在りながら、心は都

に通ひければ、万につけてあぢきなく、行末とても頼みなしと、うかれ果たる心より思

ひ立て、譜代の侍興三兵衛重景石童丸といふわらは、武里(たけさと)といふ舎人(と

ねり)は、舟に心得たる者なれば、此三人を召具して忍びて八島の内裏(だいり)を出

て、阿波の由木の浦につきて、  をり/\はしらぬうらぢのもしほ草  かきおく跡をか

たみともみよ  重景返しとおぼしくて、  我おもひ空ふく風にたぐふらし  かたぶく月

にうつる夕ぐれ  石童丸涙をおさへて、  玉ぼこの道ゆきかねてのる舟に  心はいとゞ

あこがれにけり  それより紀伊国和歌吹上に浦をうち過て、由良(ゆら)の湊より舟を

おりて、恋しき都をながめやり、高野山にまうでて、滝口時頼入道にあうて案内せさ

せ、院院谷々をがみめぐり、これより熊野に参諧すべしとて三藤(とう)のわたり、藤

代(ふぢしろ)より和歌の浦吹上の浜、古木の杜蕪坂千里の浜のあたり近く、岩代の王

子をうちこえ岩田川にて垢離(こり)をとりて、  岩田川ちかひの舟にさほさして  し

づむ我身もうかびぬるかな  それより本宮(ほんぐう)にまうでつゝ、新宮那智のこり

なくめぐりて、浜の宮より舟に乗り、磯の松の木をけづりて、権亮(ごんのすけ)三位

中尉平惟盛戦場を出て、那智の浦に入水す。元暦元年三月甘八日、惟盛甘七歳、重盛同

年、石童九十八歳生れてはつひに死(しぬ)てふことのみぞ定なき世にさだめありける

と書て世には入水と知らせけれども、今この山中に隠れしかば、肥後守貞能(さだよ

し)跡をもとめて尋ね来れり。

平氏の一門没落して、皆ことゞく壇の浦にて水中に入給ふ。

都に隠れし平氏の一類も、根を断ち葉を枯らしけりと、貞能かたり侍べるにぞ、よくこ

そのがれけれと、かなしき中に心を慰め、田をうゑ薪とり、みずから清風朗月に心を澄

まし、物静(しづか)にしてたましひをやしなふ。

人里断て音づれもなし。

花の咲くを春と思ひ、木の葉のちるを秋と知り、月のいづるをかぞへ尽して、月なき時

を晦(つごもり)とあかし暮らす身となり侍べり。

貞能重景石童丸が子孫ひろごりて、家居を並べて住ける也。

さだめて頼朝世をとりぬらん。

今はこれ誰の世ぞ。

願くは物語せよとあり。

長次大に驚き恐れ、只かりそめの山住(やまづみ)、世の常の事にこそ思ひ奉りしに、

かゝる止事(やごと)なき御身とは、露も思ひよらざりけりとて、首を地につけ礼義を

いたす。

三位中尉、いやとよ、今は然るべからず。

それ/\との給ふに、貞能重景石童丸立出たり。

いづれもその歳六十ばかりに見えたるが、貞能いふやう、迚(とても)うちとけ給ひた

る御事也。

その世の移り替りし事共、語りてきかせ給へと也。

長次居なほりて、さらばあら/\聞つたへし事かたり侍べらむ。

扨も平氏の一門西海の波に沈み給ひ、兵衛佐頼朝天下ををさめ、いくばくもなく病死し

給ふ。

浦冠者範頼九郎判官義経みな頼朝にうたれ、頼朝の子息頼家世をとり、子なくして病死

あり。

頼朝の二男頼家の舎弟跡を治め給ふ。

頼家の妾(おもひもの)の腹に子あるよし聞つたへ、尋出して鶴岡の別富になさる。

禅師公暁(ぜんじくげう)と号す。

和田畠山梶原等が一族此君の時うちほろぼさる。

寛朝卿鶴岡杜参の夜、かの禅師の公寛朝を殺す。

北条義時その跡を奪ひて天下の権をとる。

是より九代にいたり、相撲守高時入道宗鑑、大に奢りて国乱れ、

新田義貞鎌倉をほろぼす。

足利尊氏と新田といくさあり。

足利つひに義貞をほろぼし、その子息義詮(しのり)を京の公方と定め、

二男左馬頭基氏を鎌倉の公方と定め、天下暫くしづかなりしかども、

王道は地に落てあるかなきかの有さま也。

武家世をとりて権威たかし。

後に京都鎌倉の公方不曾になりて、鎌倉の執権上杉の一族、公方を追おとす。

此時に富りて京都の公方も権威を失なひ、諸国の武士たがひにそばだち、天下大に離れ

て合戦やむ時なし。

三好修理大夫其家人(けにん)松永弾正は畿内南海に逆威をふるひ、今川義元は駿河遠

州をしたがへ、国司源具教(ごものり)は勢州にあり、武田睛信甲信(かうしん)両国

にはびこり、北条氏康は関八州にまたがり、佐竹義重は常陸にあり。

芦名盛高は曾津を領じ、長尾景虎は越後よりおし出る。

朝倉義景越前を守り、畠山が一族は河内にあり、陶(すゑ)尾張守は周防長門を押領

(あふりやう)し、毛利元就安芸におこり、尼子義久は出雲隠岐石伯老にひろごり、豊

後に大友肥前に龍造寺、その外江州に浅井佐々木、尾州に織田、濃州に斎藤、大和に筒

井其外諸国群巴の間に党を立て兵を集め、たがひに村里をあらそうて、

攻戦ひ奪ひとる。

古へ安徳天皇西海に赴き給ひし、寿永二年癸卯(みづのごう)より、

今弘治二年丙辰(ひのへたつ)の歳まで、星霜三百七十四年、天子すでに二十六代、

鎌倉は頼朝より三代、北条家九代、足利家十二代、京都の足利今すでに十三代、

新将軍源義輝公と申す也と語りしかば、

三位中将これを聞き給ひて、不覚の涙を流し給ふ。

夜すでに更ゆけば、山の中物しづかに、梢をつたふ風の音軒近く聞えて、

長次が魂すみわたり、涼しく覚えたり。

あるじさまざま酒をすゝめらる。

夜すでにあけて、山の端(は)あかく横雲たなびきて、

鳥の声定かになれば、長次今は是までなりとて礼拝つゝしみて立出れば、

あるじのたまはく、我ら更に仙人にもあらず、幽霊にもあらず。

あほくの年を重ねし事思はざる外の幸ひなり。

なんぢ帰りて世に語る事なかれとて、

みやまべの月は昔の月ながら  はるかにかはる人の世の中

とよみて、わかれをとり内に入給へば、長次は切通しの門を出て、

一町ばかりに一所づゝ、竹の杖をさして記(しるし)とし、

十津川の宿に帰る事を得て、来年の春、酒さかなとゝのへつゝ、

又かの山路に分入て尋ぬるに、たゞ古松老魂に横たはり、

岩ほそばだち茅薄(ちがやすき)しげり、

樵(きこり)の通ふところ鳥の声かすかに、

草刈りの行ところ谷の水流れ、しるしの竹も見えねば、

たずねわびつゝ立かへる。

そもそもこれは仙境の道人なりけん、その類(たぐひ)しりがたし。

真紅撃帯(しんくのうちおび)

越前敦賀の津に、浜田の長八とて有徳(うとく)人ありて、

二人の娘をもちたり。

その隣に若林長門守が一族、桧垣(ひがきの)平太といふもの、

武門を離れ商人となり、金銀ゆたかにもちて住侍べり。是に一人の子あり。

平次と名づく。長八が娘とおなじ年頃にて、

いとけなき時は常に出合ひて遊びけり。平太すなはち長八が姉娘(あねむすめ)を我が子の妻とすべきよし。

媒(なかだち)を以ていはせければ、やがて受けごひけり。

さらば其しるしにとて、酒さかなとゝのへ、真紅(しんく)の撃帯(うちおび)ひとつ娘にとらせたり。

天正三年の秋朝倉が余党おこり出て、虎杖(いたどり)、木芽(きのめ)峠、鉢伏(はちふせ)、いまでう、火燧、吸津(すひづ)、龍門寺、諸方の要害に楯ごもる。

其中に若林長門守は河野の新城に篭りしかば、信長信忠父子八万余騎を率して、

敦賀に着陣あり。木下藤吉郎におおせて、

河野の城をとりかこませらる。

桧垣平太は若林が一門なれば、敦賀にありてとがめられむ事をおそれ、

一家を開けのきて、所縁につきて京都にのぼり、五年までとどまりつつ、

その間に敦賀のかたへは風のたよりもなし。長八が娘は年すでに十九になり、

容顔うつくしかりければ、人皆これを求むれ共、娘更に聞入れず、

みづからいとけなき時より一たび平次に約束して、

今たとひ捨てられたりとも、又こと夫をまうくべきや。

その上平次もし生てかへり来らば、誠に恥ずかしき事なるべしとて、

朝夕は深く引篭り居たりけるが、平次が行方の恋しさ、露忘るる暇なく、

かりそめの手すさみにも、其人の事のみあらまされて、

人しれぬ物思いに涙を流すばかりなり。

つゐに思ひくづをれて病のゆかに臥し、半年余の後つひにむなしく成ければ、

二人の親大になげき悲しみつつ、こしほといふ所のてらに埋みけり。

母その娘の額をなで、平次がつかはしける真紅の帯を取だし、是はいましの夫のとらせたる帯ぞや、

跡にとどめて何にかせむ。

黄泉(よみぢ)までも見よかしとて、むなしき娘が腰に結びておくり埋みけり。

三十日あまりの後、平次すなはち来りぬ。

長八これをよびいれて、如何にと問へば、答へていふやう、

若林長門守が河野の新城に楯篭りしかば、信長公八万余騎にて此敦賀に着陣あり。

もし若林が一族なりとて尋ねいましめられん事を恐れて、とる物もとりへず京都にのぼり、

所縁につきて暫く住居(すまひ)せし所に、打績きて二人の親むなつしくなりければ、

往昔(そのかみ)の契約わすれがたくて、ここに帰り来れりといふ。

浜田夫婦涙を流していふやう、

姉娘はそのころよりそこの御事を思ひあこがれ、

病を受けて去ぬるつきの初めつかた、つひにむなしくなり侍り。

久しく便りのなかりつる事を、さこそ恨み思ひけむ。

これ見給へ、硯のーに書おきたりとて、

なくなく取り出して平次に見せたり。その歌に、

        せめてやは香をだににほへ梅の花しらぬ山路のおくにさくとも

平次是を見るに、我身のつらさ今更に思ひ知られて、

悲しき事かぎりなし。仏持堂にまいり、位ーの前に花香たむけ、

念仏となふれば、二人の親うしろに来りつつ、これこそ汝が恋ける平次の手向なれ、

よく/\うけよとて、ふしまろび悲しみーきければ、平次を初めて家にある人、

皆一同に声をそろへてなきけるもあはれなり。

浜田夫婦いふやう、今は父母もおはせねば、ー身となりて心細かるらむ。

今姉娘の死したればとて、余所(よぞ)にやは見るべき。

同じくは此家におはして、ともかうも身の業(なりはひ)をいとなみ給へとて、

家の後ろに住所しつらひとてとゞめおきたり。

かくて四十九日の中陰とりおこなひ、家こぞりて小塩の墓(はか)にまうでつゝ、平次をば留主(るす)せさす。

下向のとき日すでに誰(たそ)がれに及びて、平次は門に出むかふ。みなをの/\入たりけるに、いもうと娘今年十六歳(さい)なるが、乗(のり)物の内より何やらむおとしけり。

平次ひそかにひろふてみれば真紅の帯也。

ふかくおさめて内に入つゝわが住かたにかえり、ともしびのもとに物思ひつゞけてひとり座し居たり。

夜ふけ人しづまりてのち、妻戸を音づるゝものあり。

戸をひらきて見れば妹娘なり。

そのまゝ内に入てさゝやきいふやう、みづから姉にをくれて嘆きにしづめり。

向に真紅の帯を投しを君ひろひ給ふや。

ふかき宿世わすれがたくして、これまでしのびてまいり侍べり。

契りをむすびて偕老のかたらひをなさんといふ。

平次きゝておどろきいふやう、ゆめ/\あるべき事ともおぼえず。

御父母のなさけありて我をやしなひ給ふだにあるを、ゆるされもなくして正なきことをおこなひ、もしもれなん後をばいかゞせむ。

とく/\帰り給へといふ。

妹大にうらみいかりて云やう、わが父すでにむこの思ひをなし此家にやしなへり。

みづからこゝに来れる心ざしをむなしくなし給はゞ、身をなげて死なんに。

かならず後のくやみをなし、生をかへてもうらみまいらせむといふ。

平次力なくその心にしたがひけり。

あかつきになりて妹はおきていにけり。

それよりはひたすらに暮に来りて朝にかへる。

よひ/\ごとの関守をうらむるばかりうちとけて、わりなく契りけり。

  三十日ばかりの後、ある夜叉来りて平次に語るやう、今までは人更にしらず。

されどもことはもれやすければ、もしあらはれてうきめをやみん。

君我をつれて垣をこえて跡をくらまし給へ。

心やすく偕老を契らんといふ。

平次も此うへはわりなき情のすてがたくして、うちつれて忍び出つゝ、三国の湊に被官のものありける、それがもとに行てかう/\と名のり、頼むよしいひければ、かひ%\しくうけいれて、一年ばかりかくれ住侍べり。

女ある時、いふやう、父母のいましめのおそろしさに、君とつれてこゝには逃来りけれ。

すでに一年の月日を過したれば、二人の親さこそみづからを思ひ給ふらめ。

今はいかにもつみゆるし給はん。

いざや古郷にかへらんといふ。

平次此上はとてつれて敦賀にかへり、まづ女をば舟にをきて、我身ばかり浜田が家にいたり、案内して対面をとげていふやう、さても我さしもいたはりおぼしけるを、御ゆるされもなくまさなきわざして不義の名をかうふりし事、そのつみかろからずといへども、すでに年を重ねぬれば、今はいかりもゆるくなり給はん。

此故にこれまでつれて帰り侍べり。

罪ゆるし給はんやといふ。

浜田聞て、それはいかなる御事ぞ。

更に心得がたしといふ。

平次ありのまゝにかたりて、真紅の帯を取出してみせたり。

その時浜田大におどろき、此帯はそのかみ姉に約束せし時に給はりし物也。

姉むなしくなりければ、棺におさめてうづみ侍べり。

又妹はやまひおもく床にふしてあり。

君とつれて他国にゆくべき事なしとて、舟にとゞめをきたりといふをきゝて、人をつかはしてみするに、舟にはふなかたの外は更に人なし。

是はそもいかなる事ぞとて、浜田夫婦は驚きうたがふ処に、妹の娘そのまゝ床より立あがりて、さま%\口ばしりて、我すでに平次に約束ありながら世をはやうせしかば、をくり捨られて塚の主となされしかども、平次にふかきすぐせ(宿世)の縁あり。

此故に今又こゝに来れり。

ねがはくは我が妹をもつて平次が妻となしてたべ。

然らば日比の病もいゆべし。

これみづからが心に望むところなり。

もし此事をかなへ給はずは、妹が命をもおなじ道にひきとりて、我が黄泉の友とせむといふ。

家うちの人みな驚きあやしみて其身をみれば、妹のむすめにして、その身のあつかひ、物いふ声こと葉は、皆姉の娘に少しもたがはず。

父の浜田いふやう、汝は巳に死したり。

如何でか其跡までも執心深くは思ふぞやと。

物(もの)の気(け)答へていふやう、自ら先世(ぜんせ)に深き縁ある故に、命こそ短かけれ共、閻魔大王にいとまを給はり、此一年余りの契りをなし侍べり。

今は迷塗(よみぢ)に帰り侍べる。

必ずみづからがいふ事たがへ給ふなとて、平次が手をとり涙をながし暇乞して、又手を合せ父母を拝みつゝ、さていふやうは、かまへて平次の妻となるとも、女の道よく守り父母に孝行せよや。

今は是までぞとてわなわなとふるひて、地に倒れて死入たり。

人々驚き容(かほ)に水そゝぎければ、妹よみがへり、病は忽ちにいえたり。

先の事共を問ひけるに、一つも覚えたる事なし。

是によりてつひに妹姉を以て、平次と夫婦になしつゝ、さま%\仏事をいとなみ、姉娘が、跡をとぶらひ侍べり。

これを聞(きく)人きどくのためしに思ひけり。

狐の妖怪

江州武佐(むさ)の宿に、割竹(わりたけの)小弥太といふものあり。

元は甲賀に住て、相撲(すまふ)を好み力量ありて、心も不敵なりけるが、中比こゝに旅人に宿かし、旅館(はたご)を以つて営みとす。

ある時所用の事ありて、篠原堤を行きけるに、日すでに暮かゝり前後に人跡もなし。

只我独り道をいそぐ。

其間、道の傍らに一つの狐かけいでゝ、人の曝髑髏(しやれかうべ)を戴き立あがりて、北に向ひ礼拝するに、かの髑髏地に落たり。

又とりて戴きて礼拝するに又落たり。

落れば又戴く程に、七八度に及びて落ざりければ、狐すなはち立居心のまゝにして、百度ばかり北を拝む。

小弥太不思議に思ひて、立とまりて見れば、忽に十七八の女になる。

その美しさ国中には並びもなく覚えたり。

日は暮はてゝ昏(くち)かりしに、小弥太が前に立て声打あげ、物哀れに啼きつゝ行く。

元より小弥太は不敵者なれば、少しも怖れず女のそばに立寄り、如何にこれは誰人なれば、如何に日暮て、たゞひとり物悲しく啼叫び、いづくをさしておはするやらんといふ。

かの女なくなく答へけるは、みづからは是より北の郡余五(よご)といふ所の者にて侍べり。

このほど山本山の城を責(せめ)とらんとて、木下藤吉郎とかや聞えし大将はせむかひ、其引足に、余五木下(きのもと)のあたり皆焼払ひ給へば、みづからが親兄弟は山本山にして打死せられ、母はおそれて病出たり。

かゝる所へ軍兵打入て、家にありける財寳は一つも残さず奪ひ取たり。

母声をあげて恨みしかば、切殺しぬ。

みづから怖ろしさに草むらの中に隠れて、やう/\に命をつぎけれ共、親もなく兄弟もなし。

頼む陰なき孤子(みなしご)となり、いづくに身をおくべき便りもなければ、今は唯身を投げて死なばやと思ひ侍べるに、悲しさは堪えがたくて、人目をも知らず啼侍べるぞやといふ。

小弥太聞てまさしく狐の化けて、我をたぶらかさんとす。

我は又此狐をたぶらかして徳つかばやと思ひ、げに/\哀れなる御事かな。

親兄弟も皆になりて、立よるかげもおはしまさずは、幸にそれがしの家まことに貧しけれ共、一人を養ふほどの事は、ともかうもし侍べらん。

我家の事心にしめてまかなひ使はれ侍べらば、頼もしく見とゞけ侍べらんといふ。

女大によろこびて、あはれみ思召しやしなうて給らば、みづからがため、父母の生れかはりと思ひ奉らんとて、打連れて武佐の宿に到り、小弥太が対面して、さきのごとくにかきくどきなきければ、妻もあはれに思ひ、ことさら形の美くしきを見て、いたはりいつくしむ。

小弥太露ばかりも妻に狐の事を語らず。

天正のはじめ江州漸(やう)やく静になり、北の郡は木下藤吉郎是を領知し給ふに、石田市令助(いちのすけ)京より下りける次に、武佐の宿(しゆく)小弥太が家に留(とゞ)まり、かの女を見て限りなく愛(めで)まどひ、如何にもして此女を我に与へよと、いはれしかば、小弥太いふやう、歴々の諸大名みな望み給へども、今にいづかたへも参らせず。

それがし身すぎのたよりよろしく宛(あて)おこなひ給はゞ奉らんといふ。

石田聞て、金子百両を出し興へ、女を買いとり打ちつれて岐阜に帰られたり。

女いと才覚あり。

よろづにつきてさか%\しう利根(りこん)にして、人の心にさきだち、物をまかなふ事石田が思ふ如くなれば、本妻をもかたはらになし、只此女を寵愛す。

されども女は少も高ぶるけしきもなく、本妻の心をとりて、みづからは妾(おもひもの)なり。

いかでか本妻の心をそむき奉らんやとて、夜昼(よるひる)まめやかに仕へ侍べりしかば、本妻もさすがに憎からず、ねんごろにいとほしみけり。

出入ともがらにも、ほど/\につきて物なんど取らせけり。

あるひは絹小袖ふくさ物、針白粉やうの類(たぐひ)、いつもとめおくとも見えねど、取出して賦つかはす。

しかも其身麻績(をうろ)つむぎ、物縫ひ、ゑかさ花結び迄くらからず侍べり。

石田が家にこそ賢女を求めけれと取沙汰あり。

半年ばかりの後石田又京都に上る。

女いふやう、必ず忠義をもつばらとして、私を忘れ、千金より重き御身を、小細(ささい)の事に替(かへ)給ふな。

御内の事はみづからに任せ給へとて出し立て、京にのぼらせたり。

京にして高雄の僧、祐覚(がく)僧都に対面す。

祐覚つく%\と見て、石田殿は妖恠に犯されて、精気を吸れ給ふ。

はやく療治し給はずは、命を失ひ給ふべし。

此相それがし見損ずまじといふに、石田更に信ぜず。

我をあざむく売僧(まいす)の妄語、今に始めずとて打笑ひしが、程なく心地わづらひ付き、面(おもて)の色黄に痩て、身の肉(しゝむら)かれて膏(あぶら)なし。

唯(たゞ)うか/\として物事正しからず。

家人等驚き、さま%\医療すれどもしるしなし。

此時に高雄の僧のいひし事を思ひ出して、祐覚を請じて見せしむ。

僧のいはく、此事我更に見損ずまじ。

初めわがいふ事を信ぜずして、今この病現れたり。

仏法の道は慈悲をさきとす。

祈祈を以て是を治(ぢ)せむ、早く国に帰りて侍べし。

我も下りてしるしをあらはさんといはれしかば、家人等驚き、祐覚ともろ友に夜を日につぎて岐阜に帰り、壇を飾り廿四行(がう)の供物(くもつ)、二十四の灯明、十二本野幣をたて、四種の名香をたきて、一紙の祭文をよみて禳(はらひ)していはく、

  維年(これとし)天正歳次甲戊(としのやとりきのへいぬ)今月今日、石田氏某妖狐の為に悩さる。

夫二気はじめて別れ、三才巳にさざし、物と人戸おの/\其類(たぐひ)にしたがうて、性分その形をうけしよりこのかた、品位(しなくらゐ)みなひとしからず。

こゝに狐魅(こみ)の妖ありて恣まゝに恠をなし、木の葉を綴りて衣とし、髑髏(しやれかうべ)をいたゞきて鬘(かつら)とし、貌(かたち)をあらため媚を生ず。狩れどこ〓常に氷を聴て水を渡り、疑を致す事時として忘れず。

尾を撃て火を出し、祟を作(なす)こと更に止(やま)ず。

此故に大安は羅漢の地に奔(はし)り、百丈は因果の禅を詰る。

千年の恠を両脚の譏(そしり)にあらはし、一夫の腹を双手の賜(たまもの)に破らしむ。

粤(こゝ)に石田氏某(それがし)は軍戸の将師、武門の命士也。

何ぞ妄りに汝が腥穢(せいゐ)を施して其精気を奪ふや。

身を武佐の旅館によせて、愛を良家の寝席に興(おこ)さしむ。

汝が状(かたち)は綏々(すい/\)、汝が名は紫(し)々。

式(もつ)て其醜(みにくき)をいひ、唱(となへ)て其恙(はじ)を示す者也。

首丘(しゆきう)は其本(もと)を忘れざる事をいふと雖も、虎威(こゐ)を仮(かる)の奸(かたましき)ことは隠すべからず。

汝今すみやかに去(され)、速かに去(され)。

汝知らずや、九尾誅せられて千載にも赦(ゆるし)なき事を。

誰か汝が妖媚(えうび)をいとひにくまざらん。

もしすみやかにしりぞき去ずば、州郡大小の神社を驚かし、四殺(せつ)の剣(けん)を以て殺し、六害(りくがい)の水に沈めん。

と読(よみ)終りしかば、俄に黒雲棚引(くろくもたなび)き大雨降り、雷電〓しく鳴渡りければ、女はなはだ恐れまどひ、そのまゝ倒れて死けり。

家人等驚き立よりて見れば、大なる古狐なり。

首(かしら)に人のしやれかうべを戴きて落ずしてあり。

此女の手より人に遣はし与へたる物ども取よせて見れば、絹小袖と見えしは皆芭蕉の葉、白粉といひしは糠埃(ぬかほこり)也。

針かとおもひしは松の葉也けり。

石田氏が心地快然と涼やかになり、忽に平復して、此物どもを見るに恠しき事限りなし。

狐の尸(かばね)をば遠き山の奥に埋み、符を押て跡を禳(はら)ひ、丹砂蟹黄(たんしやくわいわう)なんど調合の薬を服(ふく)せしめて、その根本(こんほん)を補ひ、さて武佐の小弥太を尋ねさするに、女を売て徳つき、家を移していづち行けるとも知らず。

まさに狐魅(こみ)よく人を惑はし、祐覚僧都の法験を感歎しけるとぞ。

  ○妻の夢を夫面(まのあたり)に見る

周防山口の城主大内義隆の家人、浜田(の)興兵衛が妻は、室(むろ)の泊(とまり)の遊女なりしが、浜田これを見そめしより、わりなく思ひて契り深く語らひ、つひに迎へて本妻とす。

かたちうつくしく風流ありて、心ざま情(なさけ)深く、歌の道に心ざしあり。

手もうつくしう書けるが、然るべき前世の契りにや、浜田が妻となり、互に妹脊の語らひ此世ならずぞ思ひける。

主君義隆京都将軍の召によりて上洛し、正三位の侍従兼太宰(だざいの)大弐に補任せられ、久しく都に逗留あり。

浜田もめしつれられ京にありけり。

妻これを恋て、間(ま)なく時なく待わび侍べり。

比は八月十五夜空くもりて月の見えざりければ、

  おもひやる都の空の月かげをいくへの雲かたちへだつらむ

とうちながめ、ねられぬ枕をひとり傾けて、あかしかねたる夜を恨み臥したり。

其日義隆国にくだり給ひて、浜田も夜更るまで城中にありて漸(ようや)く家に帰る。

その家は惣門の外(そと)にあり。

雲おほひ月くらくして、さだかならざりける道の傍ら、半町ばかりの草むらに、幕打まほし燈火(ともしび)あかくかゝげて、男女十人ばかり、今宵の月にあこがれ酒宴すると見ゆ。

浜田思ふやうは、国主帰り給ひ家々喜びをなす。

誰人かこよひこゝに出て遊ぶらんと恠しみて、ひそかに立寄り、白楊(やなぎ)の一樹(き)繁げりたる間に、隠れてうかゞひ見れば、わが妻の女房もその座にありて、物いひ笑ひける。

是はそも如何なることぞ、まさなきわざかなと怨み深く、猶その有様をつくづくと見入たり。

座上にありける男いふやう、如何にこよひの月こそ残り多けれ。

心なの雲や。

是になど一詞(ことば)のふしもおはせぬかといふ。

浜田が妻辞しけれども、人々しひて歌よめとすゝむれば、

        きり%\す声もかれ野の草むらに月さへくらしこと更になけ

とよみければ、柳陰にかくれて開ける浜田も、あはれに思ひつゝ涙をながす。

座中の人はさしも興じてさかづきをめぐらす。

かくて十七八と見ゆる少年の前に、さかづきあれども酒を受けざりしを、座中しひければ、此女房の歌あらば飲む(のみ)侍らんといふ。

女房一首こそ思ふ事によそへてもよみけれ。

免し給へといふにきかず。

さてかくなむ。

        ゆく水のかへらぬけふをおしめたゞわかきも年はとまらぬものを

さかづきあるかたにめぐりて浜田が妻に、又歌うたひ給へといふに、今様一ふしをうたふ。

  さびしき閨(ねや)の独ねは、風ぞ身にしむ荻(をぎ)はらや、そよぐにつけて音づれの、絶ても君に恨はなしに、恋しき空にとぶ鴈に、せめて便りをつけてやらまし。

その座に儒学せしとみえし男、いかゞ思ひけん、打涙ぐみて、

  蛍火穿白楊(けいくわはくやうをうがち)         悲風入荒草(ひふうくわうさうにいる)

  疑是夢中遊(うたがふらくはこれむちうのあそび)  愁斟一盃酒(うれへいつぱいのさけをくむ)

と吟詠するに、いかで今宵ばかり夢なるべき。

すべて人の世は皆夢なるものをとて、浜田が妻そゞろに涙を流す。

座上の人大に怒りて、此座にありて涙を流すいま/\しさよとて、浜田が妻に盃を投げかけしかば、額にあたる。

妻怒りて座の下より、石をとりだし投たりければ、座上の人の頭(かしら)にあたり、血走りて流るゝ事滝のごとし。

座中驚き立騒ぐかと見えし。

ともしび消えて人もなく、唯草むらに虫のみぞ残りたる。

浜田大に怪しみ、さては我妻むなしくなりて幽霊の顕れ見えけるかと、いとゞ悲しくて家に帰りければ、妻は臥してあり。

如何にと驚かせば、妻起あがり喜びて語るやう、余りに待わびてまどろみしかば、夢の中に十人ばかり、草むらに酒飲み遊びて歌を望まれ、其中にも君のみ恋しさをよそへてうたひ侍べり。

座上の人みずからが涙を流す事を忌みて盃を投げかしを、みずから石を取て打ち返すに、座中さはぎ立と覚えて夢さめたり。

盃の額に当りしと覚えしが夢さめて、今も頭(かしら)の痛くおぼゆとて、歌も詩もかう/\と語る。

白楊(やなぎ)の陰にして見きゝたるに少しも違わず。

浜田つら/\思ふに白楊陰(やなぎかげ)に隠れてみたりし事は、我妻の夢のうちの事にてありけるとなむ。

  鬼谷に落て鬼となる

若州(ぢやくしう)遠敷(をにふ)郡熊川といふ所に、蜂谷孫太郎といふ者あり。

家富み栄えて乏き事なし。

この故に耕作商売の事は心にも掛けず、只儒学を好みて僅に其片端(かたはし)を読み、是に過たる事あるべからずと、一文(もん)不通の人を見ては物の敷ともせず、文字学道ある人を見ても、我には優らじと軽慢(けうまん)し、剰へ仏法をそしり、善悪因果のことわり、三世流転の教を破り、地獄天堂裟婆浄土の説をわらひ、鬼神幽霊の事を聞ては、更に信ぜず。

人死すれば魂(こん)は陽に帰り、魄は陰にかへる。

形は土となり、何か残る物なし。

美食に飽(あき)小袖着て、妻子ゆたかに楽(らく)をきはむるは仏よ。

麁食(そしい)をだに腹に飽ず、麻衣(あさざね)一重(へ)だに肩を裾に、妻子を涸却(こきやく)し、辛苦するは餓鬼道よ。

人の門にたち声をばかりに物を乞(こう)て、わけをくらひてきたなしとも思はず。

石を枕にし草に臥(ふし)て、雪降れども赤裸(あかはだか)なる者は畜生よ。

科(とが)を犯し牢獄に入られ、縄をかゝり頚(くび)をはねられ、身をためされ、骨を砕かれ、或は水責火刑(ひあぶり)、磔(はりつけ)なんどは地獄道也。

これを取扱ふ者は獄卒よ。

此外には総て何もなし。

目にも見えぬ来世の事、まことにもあらぬ幽霊の事、僧法師巫神子(かんなぎみこ)のいふ所を信ずるこそおろかなれと云ひ罵り、たま/\諫むる人あれば、四書六経(りくけい)の文(もん)を引出し、邪(こしま)に義理をつけて、弁舌にまかせていひかすめ、放逸無慚なる事いふばかりなし。

時の人鬼孫太郎と名付て、ひとつ者にして取合ず。

或時所用の事に付て敦賀に赴くとて、唯一人行けるが、日たけて家を出たりければにや、今津川原にして日は暮たり。

公州北の庄、兵乱(ひやうらん)の後なりければ人の往来(ゆきき)もまれなり。

たやすく宿かす家もなし。

河原おもてに出て見渡せば、人の白骨ここかしこに乱れ、水の流ものさびしく、日は暮はてゝ四方の山々雲とぢこめ、立寄るべき宿もなし。

いかゞすべきと思侘びつゝ、北の山ぎはに少し茂りたる松の林あり。

こゝに分入て、樹の根をたよりとし、すこし休み居たれば、{休+鳥}{留+鳥}(ふくろう)の声すさまじく、狐火(び)の光り物凄く、梢に渡る夕嵐いとゞ身にしみて、何となく心細く思う所に、左右を見れば、人の死骸七つ八つ、西枕南かしらに臥倒れてあり。

庸々たる風のまぎれに、小雨(こさめ)一とほり音づれ、電(いなびかり)ひらめき雷(いかづち)なり出たり。

かゝる所に臥倒れたる屍(しかばね)、一同にむくと起上り、孫太郎を目掛けてよろめき集る。

恐ろしさ限りなく、松の木に登りければ、屍ども木のもとに立寄り、今宵の内には此者は取るべき也とのゝしる間に、雨ふり止み、空晴れて、秋の月さやかに輝きでたり。

たちまちにひとつの夜又走り来れり。

身の色青く角生(おひ)て口広く髪乱れて、雨の手にて屍をつかみ、首を引抜き手足をもぎ、是をくらふ事瓜(うり)をかむが如くにして、飽までくらひて後、わが登り隠れたる松の根を枕として臥たれば、鼾睡(いびき)の音地に響く。

孫太郎思ふやう、此夜又睡り覚めなば、一定我を引おろして殺しくらはん。

たゞよく寝入たる間に逃げばやと思ひ、静かに樹(き)をくだり、逸足(いちあし)をいだして走り逃げければ、夜又は目を覚し、隙間もなく追かくる。

山の麓に古寺あり。

軒破れ壇くづれて住僧もなし。

うちに大体の古仏あり。

こゝに走入て助け給へと仏に祈り、後(うしろ)に廻りたれば、仏像のせなかに穴あり。

孫太郎此穴のうちに入て、腹の中に忍び隠れたり。

夜又はあとより駈入て、堂の内を捜しけれども、仏像の腹までは思ひ寄らざりけむ、出て去ぬ。

今は心安しと思ふ所に、この仏像足拍子ふみ腹をたゝきて、夜又は是を求めてとりにがし、我は求めずしておのづから、得たり。今夜の点心まうけたりとうたうて、から/\と打笑ひ、堂を出て歩みゆく。

かしこなる石に躓きてはたと倒れ、手も足もうちくだけたり。

孫太郎穴より出て仏像にむかひ、我をくらはんとして〓ひ其身にあたれり。

人を助くる仏の結構と〓りながら、堂より東に行けば、野中に、ともしびかゞやきて、人多く〓してみゆ。

是に力を得て走り赴きければ、首なきもの、手なき者、足なきもの、皆赤裸にて並び〓したり。

孫太郎きもをけし、走りぬけんとす。

ばけものおほきに怒りて、我等酒宴する半に座をさます事こそやすからね。

とらへて肴にせむとて、一同に立て追かくる。

孫太郎山ぎはにそふてはしりければ川あり。

ながるゝともなく渡るともなく、むかひにかけあがれば、妖(ばけもの)は立もどりぬ。

孫太郎足(あし)にまかせてゆく。

耳(みゝ)もとに猶どよみのゝしる声きこえて身の毛(け)よだち、人心ちもなく、半里ばかりゆきければ、月すでに西にかたふき雲くらく、草しげりたる山間(あい)に行かゝり、石につまづきてひとつの穴に落入たり。

その深き事百丈(じやう)ばかり也。

  やう/\落つきければ、なまぐさき風吹、すさまじき事骨(ほね)にとをる。

光りあきらかになりて見めぐらせば、鬼のあつまりすむところなり。

あるひは髪(かみ)赤(あか)く、両の角(つの)火のごとく、あるひは青き毛(け)生(をい)てつばさあるもの、又は鳥のくちばしありて牙(きば)くひちがひ、又は牛の頭(かしら)、けだものゝおもてにして、身の色あかきは{青+定}(べに)のごとく、青きは藍(あゐ)に似たり。

目の光はいなびかりの如く口より火焔を吐く。

孫太郎が来るを見て、互に曰く、これ此国の障りとなる者ぞ。

取逃すな。

唯つなげよやとて、鉄の{木+丑}をいれ銅の手械さして、鬼の大王の庭の前に引すゆる。

鬼の王大きに怒りて曰、汝人間にありて、漫りに三寸を動かし唇を翻し、鬼神幽霊なしといふてさま%\我等をないがしろにし、辱を〓ふるいたづら者也。

汝書典に眼をさらす。

中庸に曰、鬼神の徳それ盛なるかなと。

論語に曰、鬼神を敬して之を遠ざくと。

易の〓〓に曰、鬼を一車にのすと。

詩の小雅に日、鬼(き)をなし〓(こく)をなすと。

その外左伝には晋の景公の夢、〓大夫(たいふ)伯有(はくゆう)が事、皆鬼神をいへ

り。唯怪力乱神を言はずと云へる一語を、邪(よこしま)に心得て、みだりに鬼神を悔

る事は何のためぞとて、則ち下部のおにゝおほせて、散々(さん%\)に打擲せしむ。

  鬼の王のいはく、その者の長(たけ)たかくなせと。

鬼どもあつまりて、くびより手足(てあし)までひきのばすに、にはかに身の長(たけ)三丈ばかりになり、竹の竿(さほ)のごとし。

鬼ども笑ひどよめき、をしたてゝあゆまするに、ゆらめきて打たをれたり。

鬼の王又いひけるは、そのものを身の長(たけ)みじかくせよと。

鬼ども又とらへて団子(だんご)のごとくつくね、ひらめしかば、にはかによこはたがりにみじかくなる。

突(つき)立てあゆまするに、むぐ%\として蟹(かに)のごとし。

鬼共手を打て大にわらふ。

  こゝに年老たる鬼の云やう、汝常に鬼神(きしん)をなきものといひやぶる。

今この形ちを長くみじかく、さま%\なぶりもてあそばれ、大なる辱(はぢ)を見たり。

まことに不敏(びん)の事なれば宥(なだめ)あたへんとて、手にて提(ひつさげ)なげしかば、孫太郎もとのすがたになる。

さらば是より人間に返すべしといふ。

鬼どもみないはく、此者を只返しては遷(せん)なし。

餞(はなむけ)すべしとて、ある鬼、われは雲路(くもぢ)を分る角をとらせんとて、両(ふたつ)の角を孫太郎が額にをく。

ある鬼は、われ風にうそぶく嘴(くちばし)をあたへんとて、くろがねのくちばしを孫太郎がくちびるにくはへたり。

ある鬼、我は朱(あけ)にみだれし髪(かみ)をゆづらんとて、紅(べに)藍の水にて髪をそめたり。

ある鬼、我はみどりにひかる晴(まなこ)をあたへんとて、青き珠(たま)ふたつを目の中にをし入たり。

  すでに送られてあなを出つゝ、家にかへらんと思ひ、今津川原(いまづかはら)より道にさしかゝれば、雲ぢを分る両の角さしむかひ、風にうそぶくくちばしとがり、朱(あけ)にみだれし髪さかしまにたちて火のごとく、碧(みどり)の光りをふくむまなこかゝやき、さしもおそろしき鬼のすがたとなり、熊川にかへり家に入たれば、妻も下人もおそれおどろく。孫太郎なみだをな゛し、かう/\の事ありて、此すがたになりしか共、心はゆめ/\かはらずといふに、妻は中中此有様、目の前に直(じき)に見るもなさけなく悲しとて、孫太郎がかしらにかたびら打掛けて、唯なき悲しむより外はなし。

幼(いとけ)き子供は怖れなこて逃げ、あたりの人集りて、手をうちて恠しみ見る。

孫太郎も物憂く覚え、戸を閉ぢて人にも逢はず、物をも食ず打篭り、思ひに乱れて頬ひ付き、遂にむなしくなりぬ。

そののち時々は元の孫太郎が姿にて、幻の如く家のめぐりを歩きけるを、仏事営みければ二たび見えずとぞ。

牡丹灯篭

年毎の七月十五日より二四日までは、聖霊(せいりよう)の棚をかざり、家々これを祭る。

又いろ/\の灯篭を作りて、或は祭の棚にともし、或は町家の軒にともし、又聖霊の塚に送りて石塔の前にともす。

其灯龍のかざり物、域は花鳥域は草木、さま%\しほらしく作りなして、其中にともし火ともして夜もすがらかけおく。

是を見る人道もさりあえず。

又其間に踊子どもの集り、声よき音頭に頌歌(しようが)出させ、振よく踊る事、都の

町々上下皆かくの如し。

天文戌申(つちえさる)の歳(ごし)、五条京極に萩原新之丞といふ者あり。

近きころ妻に後れて愛執(しふ)の涙袖に余り、恋慕の焔胸をこがし、ひとり淋しき窓のもとに、ありし世の事を思ひ続くるに、いとゞ悲しさかぎりもなし。

聖霊祭りの営みも、今年はとりわき、此妻さへ無き名の数に入ける事よと、経読み回向して、終に出ても遊はず、友だちのさそひ来れども、心たゞ浮立たず、門(かど)にたゝずみ立てうかれをるより外はなし。

        いかなれば立(たち)もはれなず面影の身そひながらかなしかるらむ

とうちながめ涙を押拭ふ。

十五日の夜いたく更けて、遊びありく人も稀になり、物音も静かなりけるに、一人(ひとり)の美人その年〓(はたち)ばかりと見ゆるが、十四五ばかりの女の童(わらは)に、美しき牡丹花の灯篭持たせ、さしもゆるやかに打過る。

芙蓉のまなじりあざやかに、楊柳の姿たをやかなり。

かずらのまゆ、みとりの髪いふばかりなくあてやか也。

萩原月のもとに是を見て、是はそも天津乙女の天降りて、人間に遊ぶにや、龍の宮の乙姫のわたつ海より出て慰むにや、誠に人の種ならずと覚えて、魂飛び心浮かれ、みずからおさえとゞむる思ひなく、めで惑ひつゝ後に随ひて行く。

前(さき)になり後(あと)になりなまめきけるに、一町ばかり西かなたにて、かの女うしろに顧みて、すこし笑ひていふやう、みずから人に契りて待侘たる身にも待べらず。

唯今宵の月に憧(あこがれ)出て、そゞろに夜更け方、帰る道だにすさまぎや。

送りて給(たべ)かしといえば、萩原やをら進みていふやう、君帰るさの道も遠きには、夜深くして便(びん)なう侍り。某のすむ所は塵塚たかく積りて、見苦しげなるあばらやなれど、たよりにつけてあかし給はゞ、宿かし参らせむと戯ぶるれば、女打笑見て、もる月を独り詠めてあくる〓しさを、嬉しくもの給ふ物かな。

情によわるは人の心ぞかしとて立もどりければ、萩原喜びて女と手を取組つゝ家に帰り、酒とり出し、女の童に酌とらせ少し打飲み、傾く月にわりなき言の葉を聞くにぞ、今日を限りの命ともがなと兼ての後ぞ思るゝ。

萩原、また後のちぎりまでやは新枕(にひまくら)たゞ今宵こそかぎりなるらめと云ひければ女とりあえず、ゆふな/\まつとしいはゞこざらめやかこちがおなるかねごとわなぞと返しすれば、萩原いよ/\嬉しくて、互にとくる下紐の結ぶ契や新枕、交す心も隔なき、睦言はまだ尽きなくにはや明方にぞなりにける。

萩原、その住給ふ所はいずくぞ、木の丸殿にはあらねど名のらせ給へといふ。

女聞て、みずからは藤氏(ふぢうぢ)のすゑ二階堂政行の後也。

其頃は時めきし世もありて家栄え侍りしに、時世移りてあるかなきかの風情にて、かすかに住侍べり。

父は政宣京都の乱れに打死し、兄弟皆絶て家をとろへ、我が身独り女(め)のわらはと万寿寺のほとりに住侍り。

名のるにつけては、〓かしくも悲しくも侍べる也と、語りける言の葉優しく、物ごしさやかに愛敬(あいぎやう)あり。

すでに横雲たなびきて、月山の端に傾き、ともし火白うかすかに残りければ、名ごり尽せず起き別れて帰ぬ。

それよりして日暮るれば来たり、明がたには帰り、夜毎に通ひ来ること更に約束を違へず。

萩原は心惑ひてなにはの事も思ひ分けず、此頃女のわりなく思ひかわして、契りは千世も変らじと通ひ来る嬉しさに、〓といえども又こと人に逢ふ事なし。

〓て廿日余りに及びたり。

隣の家によく物に心得たる翁のすみけるが、萩原が家にけしからず若き女の声して、夜毎に歌うたひわらひあそぶ事のあやしさよと思ひ、壁のすき間よりのぞきてみれば、一具の白骨と萩原と、灯のもとにさしむかひて座したり。萩原ものいへば、かの白骨手あしうごきしゃれこうべうなづきて、口とおぼしき所より声ひびき出て物がたりす。翁大におどろきて、夜のあくるを待ちかねて萩原をよびよせ、此ほど夜ごとに客人ありと聞ゆ。

誰人ぞといふに、さらにかくしてかたらず。翁のいふやう、萩原はかならずわざはひあるべし。何をかつつむべき。今夜かべよりのぞき見ければ、かうかう侍べり。をよそ人として命生たる間は、陽分いたりて盛に清く、死して幽霊となれば、陰気はげしくよこしまにけがるる也。此故に死すれば忌ふかし。今汝は幽陰気の霊とおなじく座して、これをしらず。

穢てよこしまなる妖魅とともに寝て悟ず。たちまちに真精の元気を耗べらば、薬石(やくせき)・鍼灸(しんきゅう)のをよぶ所にあらず。伝戸癆〓の悪証(あくしゃう)をうけ、まだもえ出(いづ)る若草の年を、老(をい)さきながく侍(また)ずして、にはかに黄泉(よみぢ)の客(きゃく)となり、莓(こけ)の下に埋もれなん。諒(まこと)に悲しきことならずやといふに、荻原はじめておどろき、おそろしく思ふ心つきて、ありのまゝにかたる。おきな聞て、万寿寺(まんじゅじ)のほとりに住(すむ)といはば、そこにゆきて尋ねみよとをしゆ。

  荻原(おぎはら)それより五条を西へ万里小路(までのこうぢ)よりこゝかしこをたづね、堤のうへ柳の林にゆきめぐり、人にとへどもしれるかたなし。日も暮(くれ)がたに万寿寺(まんじゅてら)に入て、しばらくやすみつゝ、浴室(よくしつ)のうしろを北に行(ゆき)てみれば、物ふりたる魂屋(たまや)あり。

  さしよりてみれば、棺(くはん)の表(おもて)に、二階(かい)堂(だう)左衛門尉政宣(まさのぶ)が息女弥子(そくぢよいやこ)、吟松院冷月禅定尼(ぎんせうゐんれいげつぜんでうに)とあり。かたはらに古き伽婢子(とぎぼうこ)あり。

  うしろに浅芽(あさぢ)といふ名を書(かき)たり。棺の前に牡丹花(ぼたんくは)の灯篭(とうろう)の古きをかけたり、疑(うたがひ)もなくこれぞと思ふに、身の毛のよだちておそろしく、跡を見かへらず寺をはしり出てかへり、此日比(ひごろ)めでまどひける恋もさめはて、我が家もおそろしく、暮(くる)るを侍かね、あくるをうらみし心もいつしか忘れ、今夜もし来らばいかゞせんと、隣(となり)の翁が家に行て宿をかりて明(あか)しけり。

  さていかゞすべきとうれへなげく。翁をしへけるは、東寺(とうじ)の卿公(きゃうのきみ)は行学兼備(ぎやうがくかねそなへ)て、しかも験者(げんじゃ)の名あり。いそぎ行てたのみまいらせよといふ。荻原かしこにまうでゝ対面(たいめん)をとげしに、卿公(きやうのきみ)おほせけるやう、汝はばけものゝ気に精血(せいけつ)を耗散(がうさん)し、神魂(しんこん)を、昏惑(こんわく)せり。今十日を過(すぎ)なば命はあるまじき也とのたまふに、荻原ありのまゝにかたる。卿公(きゃうのきみ)すなわち符(ふ)を書てあたへ、門(かど)にをさせらる。それより女二たび来らず。

  五十日ばかりの後に、ある日荻原東寺にゆきて、卿公(きゃうのきみ)に礼拝して酒にえひて帰る。さすがに女の面かげこひしくや有(あり)けん、万寿寺の門前ちかく立よりて、内を見いれ侍りしに、女たちまちに前にあらはれ、はなはだ恨みていふやう、此日比契りしことの葉のはやくもいつはりになり、うすき情(なさけ)の色みえたり。はじめは君が心ざしあさからざる故にこそ我身をまかせて、暮にゆきあしたにかへり、いつまで草のいつまでも絶せじとこそちぎりけるを、卿公(きゃうのきみ)とかや、なさけなき隔(へだて)のわざはひして、君が心を余所にせしことよ。今幸(さいわひ)に逢(あひ)まいらせしこさうれしけれ。こなたへ入給へとて、荻原(おぎはら)が手をとり、門よりおくにつれてゆく。

  めしつれたる荻原が男(おとこ)は、肝(きも)をけしおそれてにげたり。家に帰りて人々につげゝれば、人みなおどろき行てみるに、荻原すでに女の墓(はか)に引(ひき)こまれ、白骨(はくこつ)とうちかさなりて死(し)してあり。

  寺僧(じそう)たち大にあやしみ思ひ、やがて鳥部(とりべ)山にはかをうつす。その後、雨ふり空くもる夜は、荻原と女と手をとりくみ、女(め)のわらはに牡丹花(ぼたんくは)の灯篭(とうろう)ともさせ出てありく。これに行あふものはおもくわづらふとて、あたりちかき人はおそれ侍べりし。萩原が一族(ぞく)これをなげきて、一千部(ぶ)の法華経(ほけきやう)をよみ、一旦頓写(とんしや)の経(きやう)を墓(はか)に納めてとぶらひしかば、かさねてあらはれ出ずと也。

梅花屏風(ばいかのびやうぶ)

天文のすゑ京都の兵乱打続き、三好と細川家年を重ねて合戦に及び、その時の公方

(くほう)は光源院源義輝公、しば/\是を鎮めんと謀(はかり)給へども、威軽く

権薄くして、更に是を用ひ奉る人なし。

こゝに周防の国山口の城主太宰大武義隆は、そのころ従二位の持従に補任せられ、兵

部卿を兼官して、権威高く西海に輝きしかば、公卿殿上人(くぎようてんじようびと)

多く義隆を頼みて、周防の国に下り、山口の城に身を隠し、世の乱(みだれ)を逃れ

京の騒ぎを免がれ給ふ。

然るに義隆久しく武道を忘れ、詩歌(しいか)風詠の遊びを事とし、侫人(ねいじん)

を近つけ国政をないがしろにし、物の上手と言えば、諸芸者多く集めて、書夜栄耀をほ

しいまゝにせられしかば、その家老陶尾張守晴賢謀反して、義隆を追出し長門の大亭寺

に押詰め、義隆つひに自害せらる。

尾張守は、豊後の国主大友入道宗麟が舎弟三郎義長を、山口の城に迎えて主君とし、政

道執(とり)行ふ。

此時に当つて、前関白藤原伊房(ただふさ)、前左大臣藤原公頼(きんより)は、山

口の城を迯出るに度を失うて、流矢にあたりて薨じ給ふ。

従二位藤原親世(ちかよ)は髪を剃りて逃れ出給ふ。

其中にも中納言藤原基頼卿は謀逞しく、しかも諸芸に渡り、絵よく書給ひ、手跡歌の道

に賢きのみならず、武道を心に掛け、馬にのりて手綱の曲を究め、水練に其術を伝え、

半日ばかりは水底にありても物とも思はず、又よく水を泳ぎ潜る事魚の如し。

これは殊更に義隆都に上りける時は、官加階の事よろず執し申給ひて、禁中の事、とか

く懇ろに取まかなひ給ふ故に、此度京都の兵乱にも、別義を以て山口によびくだし参ら

せ、かしずきもてなし、城の外に家造りして置き奉らる。

此上はとて妻妾奴婢(さいせうぬび)までよびくだし、暫くは心安くおはしけるに、俄

に陶(すゑ)が謀反起こりしかば、中納言殿は北の方家人(けにん)等、重宝(ちよう

ほう)の道具ども船に取積み、夜もすがら山口の城を迯げ逃れて、京都を心ざして上ら

れたり。

安芸の国に入て、高砂(たかさご)たゞの海まで漕つけて、風あしければ塩がゝりし

給ふ。

北の方なくなくかくぞ聞えし。

  たゞの海いかにうきたる船のうへさのみにあらきなみまくらかな

夜ふけがた月傾きけるに、中納言殿酒取りいださせ、北の方もろともに少しづゝ打飲

み、破子(わりご)やうの物取開らき、舟人にも食はせなむどし給ふ。

舟人はこゝより一里ばかり東のかた、能地といふ所の者なるが、船に積みたる諸道具

財宝皆金銀をちりばめ、絹小袖多く見えしかば、舟人忽ちに悪心をおこし、今宵此とも

がらを殺し、財寳を奪ひとり徳つかばや、今の世は所々みだれ立て、さして咎むる人も

有まじと思ひ、夜いたく更て月も入はて暗き紛れに、家人等男女三人は海へ投げ入た

り。

中納言殿聞付けて起立ち給ふ所を、後(うしろ)にまはりてはねあげ、海に投入たり。

北の方これはいかにとのたまふを、舟人捕へていふやう、心安く思ひ給へ、君えおば

殺すまじきぞ。

わが子二人あり。

太郎には新婦迎えて次郎にはまだ妻もなし。

わが新婦にすべしとて、舟を出し能地の家に帰り、財寳小袖やうの物出し売りけり。

北の方心地少しあしければ、よくならんまで待給へ。

次郎殿と夫婦になり侍べらんとありしに、舟人嬉しげ也。

九月十三夜、舟人子ども新婦姑打つれて、舟に乗りつゝ出て遊び、夜ふけ方皆酒に酔

(ゑひ)て、前後も知らず臥たりけるを、中納言殿の北の方ひそかに岸にあがり、足に

任せて夜もすがら走り迯げつゝ、夜の明方に狐崎のかれいの山もとにかゝぐりつき

給ふ。

歩みもならはぬ浜路山道を凌ぎ越ゆるに、跡より追手(おうて)やかゝるらんと悲しく

怖ろしく、足はちしほのくれなゐの如く、茨に掻破り石に損ぜられ、兎角して明はなれ

たる霧のまぎれより見れば、林の中に家あり。

門の内に走り入ければ、経読み念仏する声聞え、尼一人立出て、是はこゝもとには見

馴れぬ人なり。

如何なれば朝まだきにかちはだしにて、是へはおはしけると問に、北の方、みづからは

和布苅(めかり)のとまりに住ものにて侍べり。

我夫は去年都に上りてうたれ、孀(やもめ)となりて姑に仕へ参らするに、姑の心はし

たなく、又小姑とらく当り、剰へあらざる濡衣着せて浮き立ち、よる書ものうき事いふ

ばかりなし。

今夜十三夜の月見にとて、家内舟に乗りて酒飲みつゝみづからに酌取らせ侍べり。

過ちて盃を海に落しぬ。

さだめて恐ろしき責に逢ひ侍べらん事の悲しさに、夜に紛れて逃げ走り、是までさまよ

ひ参りて侍べりといふて涙を流す。

尼のいふやう、同じくは是より家に帰り給へ、我等送りて姑の託言すべし。

若し又ここもとにして夫持ち給はんには、然るべき媒を頼みて参らせむ。

とにかくに世の常ならぬ御有さまの痛はしさに申すぞやといふに、北の方更に受こは

ず。

唯尼になしてたべとばかり仰せけり。

尼のいふやう、此所は昔淳和天皇の后、出家して武庫(むこ)の山に篭り、如意比丘

尼と申き。

此人修法のいとまこゝに来り、浦島子が箱を納め、空海和尚を以て供養したまへる寺

なれども、時世移りしかば幽かなる跡となり、其時作り給へる、桜木の如意輪観音の

胸の内に、かの箱を納められ、霊仏にておはしけるに、国の守(かみ)掠め取り、其

家共に焼亡び給へり。

然るに此寺は浜近くして、波の音騒がしく、人影まれに蓬葎(よもぎむぐら)しげりつ

ゝ、たま/\友とするものは、うしろの山に叫ぶ猿の声、前なる潮(しほ)に千鳥の

なく音、松吹く風、岸うつ波、これより外には言問ひ交す者なし。

同行の尼三人何れも五十ばかりの年にて、召使はるゝ侍者の尼も、齢(よは)ひは若け

れどもおこないは巻槙めり。

今君美しき花の姿を墨染にやつし、柳の髪を剃り落として、尼となり給はんは、いと

惜しき事ながらも、愛着執心を切り離れて、誠の道に入ぬれば、身は幻の如く命は露に

似たり。

今出家し給はゞ、坐禅の床に妄念の雲を払ひ、灯明の光に無明の闇を照し、香の煙はお

のずから心法の穢を払ひ、花を摘めばひたすら煩悩の焔凉くなり、朝(あした)には

粥を食(じき)し午(むま)の剋(こく)に斉(ごき)を行ひ、縁に随ひあるに任せ

て年月を送る。

恨もなく嫉みもなし。

心静かに身穏か也。

徒に世にかゝはりて、苦しき物思ひに来世の愁へを求めむよりは、世を厭うて出離の

道を行はんにはまさるべからずと述べられたり。

北の方やがて仏前にまうで、髪切りて剃らせ、法名梨春とぞいひける。

もとより此女房はいとけなき時より、歌草紙読み手ならふ事をのみ、書典を読ては文字

こと/\く覚えし人なりければ、出家して幾程もなきに、内典経論の深き理を悟れり。

院主の尼公も、後には皆此梨春に尋ねてこそ、仏法の理、経論の文義(もんぎ)をも

会得せられけれ。

梨春かくぞ口すさびける。

中々にうきにしづまぬ身なりせばみのりの海のそこをしらめや

まことに仏種は縁より起るとは、これらぞためし也ける。

常には奥深く引篭り聖教(しやうげう)に眼(まなこ)をさらし、容易く人にも逢ふ

事なし。

或日一人の俗来りて、院主の尼公に心ざす事侍べり。

経読みて給(たべ)とて布施物参らせ、一幅の梅の絵を、供養のためとて仏前に打置た

り。

尼公是を取りて屏風におされたり。

梨春是を見るに、まさしく我箱に入たる絵なり。

尼公に如何なる者の奉りしととふに、是は能地の舟人、此寺の檀那のて来る。

世にいふ、此者は人を殺し剥掠(はぎかすめ)て世を渡るといふ、誠か知らずと語る。

梨春さては疑ひなく、彼の舟人よと思ひながら色にも出さず、筆を取りて絵の上に書け

るは、

  わがやどの梅の立枝を見るからに思いの外に君や来まさむ

尼公更に其下心を知らず。

唯美しき筆の跡を誉めたるばかり也。

古歌の言葉を少し引直しける、いと思ひ入りたる心ありけむ。

備後の国鞆(とも)の住人品治(ほんぢ)九兵衛といふ者、子細ありてこの寺に来り、

屏風の絵と歌と何れも不思議の筆跡なりと見咨め、尼公に請(こひ)受けて帰り、わが

すむ所に立てもてあそぶ。

こゝに中納言基頼卿は、敢なく水中に突落され給ひしか共、元より水練の達者なれば、

波をくゞり潮をしのぎて、十町許りの末にて岸にあがり、それより足に任せて備後の

国鞆の浦まで落来り、山名玄番頭が家にいたり、奉公せんとのたまふを、人々世の常

ならぬ有様を見咎め、山名にかう/\といひければ、出て封面し、奥に呼入りこま/\

ととひ開けるに、ありの僵に語り給ふ。

扨は痛はしき御事かな。

京都も未だ静かならねば、上り給ふとも住所あるべからず。

暫くこれにおはして、世の変をも見給へとてとゞめおく。

品治九兵衛は玄番頭が家人なりければ、かやうの物求めたりと物語するに、中納言殿

心もとなく取寄せて見給ふに、覚えず涙ぞ流されける。

山名あやしみて問ければ、中納言殿是は某の書たる絵なり。

此歌はまさしく我妻の手跡也。

たゞの海にて、妻子家人皆水中に沈められし、財宝は残らず舟人の為に取られぬらん。

妻は如何にして命生(いき)けん。

此画(ゑ)は何の故に此歌をかきて出しぬらんとのたまふ。

山名則ち品治(ほんぢ)をめしてつぶさに尋ねければ、院主の尼公(あまぎみ)はじめ

よりの事を語りけり。

梨春に封面してありの僵に語り給へといふに、今は何をか包み侍べらんとて、舟人の

有様語り給ふにぞ、疑ひもなく中納言殿の北の方とは知られけれ。

扨はとて鞆の浦へ呼び迎へ参らせ、中納言殿と対面しては、たゞ夢のやうにぞ覚え

給ひける。

かはる姿とて互ひに衰へ給ふ有さま、今更哀れぞまさりける。

暫く鞆におはしける間に、京都の世の中移り替り、三好松永滅びて、義昭将軍武運開け

しかば、都に上らむどし給ふ処に中納言殿俄にいたはりつきて空しくなり給ふ。

梨春は直(すぐ)に尼になり給ひ、廿日ばかりののち、打続きて夢に中納言殿さそひ来

り給ふと見て、程なく北の方もむなしくなり給ふ。

山名是を同じ所に埋み奉りけり。

中陰にはての日、二つの塚より白き雲立のぼり、西をさして行くかと見えし。

異香(いきやう)すでに山谷にみち/\たり。

時の人奇特の思ひをなしけり。

地獄を見て蘇(よみがへる)

浅原新之〓は、相州鎌倉の三浦道寸が一族の末なり。

才智ありて〓舌人にすぐれ、儒学を専らとして仏法を信ぜず、迷塗流転(めいどるてん)の事因果変化(へんげ)のことわりを聞いては、さま/\言(いひ)かすめて誂(そしり)あなどり、僧法師と〓もうらやまはず、口にまかせて誂謗し、理を非にまげて難じ破る。

其隣に孫平とて有徳なる者あり。

若かりし時より欲心深く、慳貧放逸(けんごんはういつ)にして更に後世を願はず、川狩を好みて常の慰みとす。

ある時心地わずらひて〓にむなしく成りたり。

妻子一門驚き欺きて、願たて祈祈しけり。

胸のあたり末(ま)だ温かなりければ、まず葬礼をばせず、まず僧を請じ仏前を飾り経よみけるに、三日といふ暮方によみがえりて語りけるやう、我死して迷塗(めいご)に赴きしに、其道はなはだ暗し。

又こととふべき人もなし。

かくて一里ばかり行かと覚えし。

一つの門にいたり内に立入しかば、一つの帳場(ちやうば)あり。

冥官(みやうくわん)きざはしに出て我を招きて、汝死してこゝに来る。

妻子〓きて金銀を散らし、祈祈仏事とりどりに営む故に、此功力(くりき)によつて二たび〓婆に〓し遺す也とのたまふ。

我嬉しくて門を出て〓ると覚えてよみがへりたりといふ。

まことに祈祈仏事の功力(くりき)はむなしからざりけりとて、喜ぶ事限りなし。

浅原是を聞て大に〓り笑ひて日、世のむさぼり深き邪欲〓曲の地頭代官どもは、まいなむを得ては非道をも正理(しやうり)になし、物を〓へざれば科(とが)なきをも罪におとす。

此故に富る者は非公事(ひくじ)にも勝、貧き者は道理にも負を取る。

これ此世ばかりの事かと思ふに迷塗の冥官も私あり。

金銀だに多く散じて仏事をだによく営めば、或は死してもよみがへり、或は地獄もうかぶとかや。

貧きものは力なし。

善悪のむくひは、多く銭金を散す人こそ来世も心安けれ。

むかし漢の葦賢(ゐげん)が言葉に、子に黄金万〓(まんえい)をのこさむより、如(しか)じ子に一経を教へんにはといへり。

地獄の沙汰も銭によるべし。

閻魔王も金だにあれば罪は〓す。

葦賢が言葉は全(せん)なしといひて、手をうちて笑ひあざける。

扨かくぞよみける。

おそろしき地獄の沙汰も銭ぞかし

念仏の代に欲をふかかれ

家に帰り、ともしびのもとに唯濁り坐し居たりけるに、怱ちに二(ふたり)の鬼来れり。

其有様すさまじく、身の毛よだちけるに、これは閻魔王よりの使なり。

急ぎ参るべしとて、浅原が雨の手を引たて門を出て走る。

歩むともなく飛ともなく、須〓(しはし)の程に一つの帳場にいたりぬ。

世間の評諚場(ひやうじやうば)の如し。

御殿の奥には大王と覚しき人、玉の冠(かふり)を載き〓(しごね)の上に坐し、〓官はその左右に位に依りて坐せり。

二の鬼浅原を其前の庭に引すゆる。

大王いかれる声を出して、汝は儒学を縡(こと)として仏法を異端と〓(おとし)め、深き道理をしらずしてみだりに誂りあざける。

いでや迷塗の事はなしといふ、此科(とが)口より出たり。

速く抜舌奈梨(はつぜつないり)に遺しその舌を抜出し、〓(からすき)を以て〓返せとの給ふ。

浅原首(かうべ)を地につけて、我更に非道の罪なし。

儒の教を守りて、君臣父子夫妻兄弟朋友の五倫(りん)の道、よこしまならじとたしなみ、天理性分の本然(ほんぜん)を説(こき)て

其徳を仰ぐ。

更に仏道を修(しゆ)せずといふとも、地獄に落べきいはれなしといふ。

大王のたまはく、〓官も私あり。

善悪のむくひは貧富(ひんふう)によるとて、念沸の代に欲を深かれといふ歌は、誰(た)が詠みしぞと怒り給ふ。

浅原答へていふやう、古しへ三〓五帝の世には、天堂(たう)鬼神の事を述べず。

三代の時に至りて、山川(さんせん)の神をまつる事初めてこれあり。

後漢(ごかん)の世に仏法傅り、夫より天堂地獄因果の理を示す。

こゝに於て山川にも霊あり。

社頭にも主(ぬし)あり。

木仏絵像(ゑぞう)みな奇特を現ず。

世の人是に溺れて性理を失ひ、悪をなして改めず、科(とが)を犯してほしいまゝ也。

つよきは弱(よわき)を凌ぎ、富(こめる)は貧(まずしき)をあなずり、親に孝なく君に忠なく、一家(け)睦しからず、財費をむさぼり邪欲をかまへ、義を知らず節をまもらず、利に走りて恩を忘れ、唯金銀だに散(ちら)して仏事供養を営めば、罪深きも科重きも、地獄をのがれて天堂に生ずといふ。

若よくかくの如くならば、悪人といふとも富貴なれば天上に生れ、貧者は善人も地獄

に落べし。

閻魔の庁と〓も、富貴なる悪人大仏事をなせば、浄土に遺すといはゞ、貧者のうらみ

なきにあらず。

是〓直の批判にあらず。

私(わたくし)と言べし。

我この事を思ふが故に、一首の狂歌を詠みて此責に遇ふ。

大王深く察し給へといふ。

大王聞て宣はく、此理よこしまならず。

陳(のぶ)るところ真(まこと)也。

みたりに罪を加へ難し。

此誂りある事は、孫平が仏事祈祈に金銀多く散じたる故に、二たび娑姿に帰されたりと沙汰せし故也。

急ぎ孫平を召来れとの給ふ。

須央(しばらく)の間に孫平を召し来る。

手朷首械(てかせゆびかせ)を入れて直(すぐ)に地獄に遺はし、浅原をば娑姿に送り帰せとあり。

二人の、冥官座を立て、浅原を連れて庭を出る。

浅原言やう、我人間にありて儒学をつとめ、仏経に説ところ、地獄の事を聞ながら信(しん)を起さず。

今すでにこゝに来る。

願くは地獄の有様を見せて、我にいよいよ信を起さしめ給へかしといふ。

冥官聞てさらば司録神(しろくじん)にとふべしとて、西のかた廊下を過て一つの殿(でん)に行く。

善悪二道の記録山の如くに積たり。

冥官しかじかといふに、司録神薄(ふた)を出したり。

冥官をこれとりもち、浅原を連れて北のかた半里ばかり行けるに、銅(あかがね)の

築地(ついじ)高く、鉄(くろがね)の門きびしき城に至る。

黒煙天におほい、叫ぶ声地を響かす。

午頭馬頭(ごずめず)の鬼あまた、鐡棒鐡叉(てつしや)を横たへ、門の左右に立たり。

二人の冥官さきの薄(ふた)を渡し、浅原を連れて内に入て見せしむ。

罪人薮知らず。

獄卒捕へて地に伏せ、皮を削ぎ血を絞り、腹をさき目をくじり、耳をそぎ鼻を切り、手足をもぎて肉をそぐ。

罪人泣き叫び、苦(く)を悲しむ声地にみちたり。

これはむかし人間にありし時、山海に猟漁殺生(かりすなごりせつしやう)を

営みし者也。

又或所には銅(あかがね)の柱を二本立並べ、男と女と二人を傑(はりつけ)

にして、獄卒剣をもつて腹を断(たち)さき、銅(あかがね)の湯を銚子に盛(もり)て流しかくるに、五臓六〓ただれ燃(もえ)てわき流るゝ男も女も只首ばかり柱に残りて泣き叫ぶ。

浅原其故をとふに、冥官答て日、是は娑姿にありし時、この男は薬師(くすし)なり。

此女の夫病深きを療治せしむるに、薬師と女とまさなきみそかごとして、夫に悪しき薬を興へ、女あらけなく富りて殺しつゝ夫婦となりき。

二人ながら死して今此苦(く)を受る(うく)といふ。

又或所には尼法師多く裸にて、熱鉄の地にうずくまり居たるを、獄卒来りて牛馬の皮を着履(きせおほ)ふに、尼も法師もそのまゝ牛馬になる。

是に磐石(はんじやく)を負(おふ)せくろがねの鞭(むち)を以て是を打に、皮破れし肉(むら)そげて血の流るゝ事滝の如し。

浅原又問うて日。

これ人間にあえりし時、尼なり法師となりて、田作らずして飽まで食ひ、機(はた)おらずして暖(あたたか)に着て、形は出家ながら戒律を守らず、心に〓悲なく学道なくして、徒らに施物(せもつ)もらひける者共也。

此故に畜生となりて信施(せ)を〓ふと言(いふ)。

又或所を見れば俗人多く牛馬なりて苦を受く。

これは昔代官として百姓を取〓し、妻子を沽(こ)却せしめたり。

百姓辛苦の脂(あぶら)をはたりとる。

是も施物に同じからずやと言。

最後にある地獄に至る。

猛火(みやうくわ)殊更にもえあがり、薮百人くろがねの地に坐し手朷首械

(てかせくびかせ)をさされ、五〓さながらもえこがれ、熄みちみちたり。

毒蛇(じや)来りて其身をまとひ血を吸。

又鉄(くろがね)の嘴ある鷹飛来り、罪人の肩を踏(ふま)へて眼を喙(つひ)ばみ、肉(ししむら)を引き裂き食(くら)ふ。

泣き叫ばんとすれば、猛火(みやうくわ)のけふり咽(のご)に迫り、苦しみいふばかりなし。

肉〓きて骨現れ死すれば、涼しき風吹来り、又元の如くにして蘇(よみがへ)る。

浅原其故をとふに日、是は往昔(そのかみ)鎌倉の上杉則政(のりまさ)の

子息竜若(りうわか)殿のめのと妻鹿田(めかた)新介、その弟長三郎同三郎助その外親類都合廿人、すでに則政没落の時、主君竜若殿をつれて、敵(かたき)北篠氏康(うぢやす)に渡して降人(がうにん)

に出たり。

主君を殺したる天爵あたり、此廿人みな氏康に殺され、死して此地獄に落ちて

億万〓(おくまんごふ)を経るといふとも、浮ぶ時あるべからず。

其外の輩も皆主君を殺し不忠を抱き、国家を亡ほしける者共也と、こまごまと語る。

其より浅原冥官につれて門を出ると覚えしかば、〓ちに蘇り、隣の孫平は如何にと問ければ、其夜又むなしくなれり。

是によりて、浅原儒学を捨てて建長寺にいたり、参学して醍悟発明(せいごはつめい)

の道人となりけり。

        夢のちぎり

大永の比ほひ船田左右(ふなださこん)といふ者あり。武門を出て凡下(ぼんげ)となり、山城の淀(よど)といふ所にすみけり。心ざま優(ゆう)にしてなさけ深く、しかも無双(ぶさう)の美男(びなん)なり。家(いへ)富(とみ)てゆたかなりければ、人みなあしくもいはず。年廿二になるまで妻をもむかへず、たゞ色ごのみの名をとりたり。

 橋本(はしもと)といふ所に田地をもちければ、秋のすゑつかた、田をからせむとて舟にのりつゝ、ゆく/\橋本の北に酒うる家ありて、すまゐにぎ/\しう、内の躰奇麗に見ゆ。舟田は舟(ふね)を家のうしろの岸(きし)につけて、酒を買(かふ)てのまんとす。あるじ出て、「こなたへ」とてよび入しに、かけづくりにしたる亭(てい)にのぼる。亭の西の方にはふりたる柳枝たれて、紅葉にまじはり、嵐にちりおち、下葉うつろふ萩が露、枝もとをゝにおもげなり。秋をかなしむ虫の声こゑ、おばながもとによはりゆき、籬(まがき)の菊は咲(さき)にほひ、袖のかほりをたれぞとも、あだにゆかしき心地ぞする。北の方を見渡せば、淀の川波うきしづむ、かもめの声はをちこちに、あそぶ心ぞしらまほし。楊枝(やうじ)が嶋もほどちかく、渚(なぎさ)の院もこゝなれや。水野を過(すぎ)て山崎や、うど野につゞく三嶋江まで、たゞ一目にぞ見わたさるゝ。

 あるじ盃出し酒すゝめて、「これは松江の鱸魚(ろぎよ)にはあらねども、かの玄恵(げんゑ)法印が庭(には)の訓(をしへ)に名をほめたる淀鯉(よどごい)の鱠(なます)とて、とりそなへて出したり。又これは呉中(ごちゆう)の蓴菜(じゆんさい)には侍べらねど、貫之(つらゆき)が詠めにつみたる水野の沢(さは)の根芹(ねぜり)にて侍べるなど、心ありげにもてなしければ、舟田あるじの心を感じて数盃をかたふけたり。

 その家にむすめあり。年十八ばかり、いまだいづかたにも縁をむすばず、亭(てい)につゞきたる一間(ま)の部(へ)屋に住みけり。親もとよりゆたかなりければ、哥・双紙(さうし)なんどおほくもとめてよませ、手はすぐれねども物かく事ながるゝがごとし。心ざまやさしくなさけあり。舟田が亭(てい)にありけるを見て、心まどひしつゝ、帳(ちよう)の隙(ひま)よりさしのぞき、あるひは顔(かほ)をみなながらさしあらはし、あるひは帳の外に立、又内に引こもり、又帳より外に出つゝ、恥かしさもわすれて、こがるゝばかりなまめきたり。舟田これをみるに、女のかほかたち世にたぐひなくうつくしく、かゝやくばかりにおぼえて、しらずわがたましゐも女のたもとに入ぬらん、たがひに心を通はせて、目とめを見合せ侍べりしか共、さらに一ことばをいふべきよしもなく、日すでにかたふきしかば、舟田はいとまごひし座を立て舟にのり、わが宿に帰りしかども、たゞその人の面かげのみ、身にしむ秋の風さえて、ひとりまろねの床のうへ、しらぬ涙ぞおちにける。

 その夜の夢に、橋本の酒うる家にゆきて、後(うしろ)の川岸より門に入、直(すぐ)に女の部屋にいたりぬれば、部屋の前にはちひさきつくり庭ありて、さま%\に畳(たゝみ)たる岩ぐみ、峯(みね)よりくだる谷のよそほひ、ふもとよりつたふ道のつゞき、ふぜひおもしろく、山より山のかさなれるに、洲浜(すはま)の池は水きよく、さゝやかなる魚おほくあそび、汀(みぎは)に生(おふ)るしのぶ草、窓(まど)に飛かふ蛍火(ほたるび)の、きえ残りたる秋の暮、すゞむしの声かすかなり。

 軒には小鳥の篭ひとつかけて、たきしめらかしたる香(かう)のにほひ、心もつれてこがるらむ。つくえにはうつくしき瓶(かめ)に菊の花すこしさして、硯ばこあり。床(とこ)には源氏・伊勢物語、その外おもしろく書(かき)たる双紙(さうし)をつみかさね、壁(かべ)によせたる東琴(あずまごと)は思ひをのぶるなぐさめかと、目とまる心地して立たりければ、女はこれを見て、うれしげに近づきうちえみて、舟田が手をとり閨(ねや)に入て、心につもることの葉、百夜(もゝよ)もつきじとうちわび、たがひに契りをかはしまの、水のながれて終(つゐ)にまた、末はあふせをならしばや、しばし人めをしのぶぐさ、その関守こそつらからめなど、さま%\かたらひけるほどに、人のわかれを思ひしらぬ、八こゑの鳥もけうとげに、はや明がたと打ちしきれば、灯火(ともしび)の色いとしろく、窓(まど)の本(もと)に夢はさめたり。これより毎夜夢のうちに行通ひて、ちぎりをなさぬ夜はなし。

 ある夜の夢には、女琴(こと)をひきて想夫恋(さうふれん)の曲をなす。その爪音(つまをと)たえにして、ひゞきは雲路(ぢ)にいたるらむと、いとゞ情(なさけ)ぞ色まさりける。ある夜の夢には、又かの家に行たりければ、女白き小袖を縫(ぬい)たりしに、舟田ともし火をかきあぐるとて、小袖のうへに灯花(ちやうじがしら)をおとして痕(あと)つきたり。又ある夜の夢には、女白がねの香合(かうばこ)ををくる。舟田水精(すいしやう)の玉をあたへたり。夢さめぬれば、香合は舟田が枕もとにあり。わが水精の玉はなし。大きにあやしみ思ひて、

   君にいま逢夜あまたのかたらひを夢としりつゝさめずあらなむ

とうちながめて、あまりに堪(たへ)がたかりければ、舟に棹(さを)さして橋本にゆきつゝ、かの家に立いり、酒を求もとめしに、あるじ出て、舟田をみてはなはだよろこび、内によびいれてこと更にもてはやす。

 かくて物語しけるやう、

「それがしたゞひとりのむすめをもつ。年いまだ甘(はたち)に足(た)らず。去年秋のくれに君こゝに酒のみ給ふとき、むすめ見まいらせしより思ひ初て、つゐに病(やまひ)となり、たゞ欝々(うつ/\)としてねふれるがごとく、ひとりごとするありさま、酒に酔(えひ)たるに似たり。医師(いし)をたのみて治(ぢ)すれども、露ばかりのしるしもなし。陰陽師(をんやうじ)にはらひせさするに、猶おもくわづらひて心地たゞしからず、折々は舟田左近(さこん)と名をよぶ事あり。しかも昨日(きのふ)いふやうは、明日(あす)は君かならずこゝにおはしまさんといひけれども、例の狂気よりいふ事ならんと思ひ侍べりしが、君けふ来り給へり。これひとへに神の告(つげ)給ふ所ならん。ねがはくは君これを妻とし給へ。侘(わび)てすむそれがしの跡残りなく参らせむ」

といふ。

 たがひに名字をあらはし、やがて領掌(れうじやう)して娘(むすめ)の部屋に入ければ、部屋の躰(てい)、庭の面、みな夢に見たるに違(たが)はず。女そのまゝまくらをあげ、心地たゞしくなりぬ。その顔容(かほかたち)、ものいひ、声(こは)つき、いさゝかも夢にかはらず。かくて女かたるやう、

「去ぬる秋のころ、君を見そめまゐらせしより、その物思ひむねにふがさり  面影すでに身をはなれず、夜ごとに君に契るといふ夢をみる事、いかにともいはれをしらず」

といふに、舟田が夢もそのごとくに、袖に灯花(とうくは)の落たる痕(あと)あり。琴(こと)を弾(ひき)たる曲の名、香合(かうばこ)の事、みな夢はおなじ夢也。これを聞におどろき、あやしまずといふことなし。まことに神(たましゐ)の行かよふてちぎりあさからず、わりなきからひととぞ聞えし。

          ○一睡卅年の夢

亨禄四年六月に、細川高国(たかくに)と同名晴元(どうみやうはれもと)と、懾州天王子にして合戦す。

高国敗北(はいぼく)して尼崎まで落行つゝ道せばくして自害したり。

家人(けにん)遊佐(ゆさの)七郎は、牢浪して芥川の村に隠れ居たりしが、京都に上りて如何なる主君にも仕へ奉らんと思ひ、中間(ちゆうげん)一人めし連れて都に赴く。

山崎の宝寺(たからてら)にまうでゝやすみ居たるに、しきりにねふりきざしければ、東に廊下に暫く臥(よし)侍べりし。

夢に見るやう、寺の門前に出ければ、一人の夫男(ぶをとこ)一つの籃に楊梅子(やまも)を入れて休み居たり。

遊佐立寄りて誰が家の者ぞと問(とへ)ば、山崎の住人交野(かたの)次左衛門が家に召つかはるる者也。

交野殿は将軍家に属(しよく)して打死し給ひ、一人の娘おはします。

西の郊(をか)の石尾(いしをの)源五殿は三好に打れ給ひ、今は孀(やもめ)にて帰り住給ふ。

年いまだ廿一也。

母は六十有余にて才覚すぐれ給へり。

一門の末ならば重ねて聟に取り、家督を譲り参らせむと仰ありと語る。

遊佐これを聞て、吃(きつ)と思ひめぐらせば、交野が妻は我が姨(をば)也。

久しく便りうしなひ、何方にありとも聞ざりける。

扨は山崎に住給ふか、尋行て名のらばやと思ひ、男に具(ぐ)して尋行たりければ、姨(をば)にまがひもなく、互に名のり合ひけるに、姨嬉しさのあまり涙を流し、内に呼入れて一族の行衛を尋ね問に、それかれ多くは皆打死して、七郎ばかりわづかにながらへたり。

姨のいふやう、我が頼りとては娘たゞ一人あり。

和殿は又みづからが甥也。

睦く恋しきぞや。

京にのぼらずともあれかし。

聟になして心安く見ばやといふ。

遊佐嬉しく思ひやがて約束し、明日こそ吉日なれとて親しきともがらを呼び集めて、さま%\調(とゝのへ)て縁を結ぶ。

妻の女房を見れば顔かたちみやびやかに美くしかりければ、いとゞ嬉しさ限りなし。

婚礼の用意はなはだ花麗なり。

日ごとに客を集めて酒宴におよぶ。

遊佐も楽しみにほこりて思う事もなし。

或日京都より両使あり。

将軍より召給ふ。

急ぎ上洛しけるに、公方の御気色こゝろよく、すなはち一万貫の所知(しよち)を下され河内守に任ぜらる。

かくて京都に伺公する事二年、其の間に公方の相伴衆(しやうばんしゆ)になされ、威勢高く肩を並ぶる人なし。

すでに御暇給はりて山崎に帰り、要害の地を点じて、家造り夥しう取立たり。

召使ふ上下の侍、出入ともがら敷しらず。

門外には繋ぎ馬のたゆる隙もなく、諸方よりつどひ来る使者日ごとに多し。

早や三十年の星霜を経て、男子七人女子三人をもちたり。

男子四人をば京都にのぼせて、将軍家に奉公せしむ。

女子二人は津国(つのくに)河内の間に遣して、武家の名高き細川なにがしの新婦(め)となし、兄弟を聟とす。

内外(うちど)にかけて八人の孫をまうけ、一家の繁昌この時にあたれり。

かゝる所に思ひかけず、敵三千余騎にて押寄せ、四方より要害に火をかけ、閧(とき)をつくりてせめ入たり。

妻子驚きて泣き叫び、家人は恐れて落うせければ、防ぐべき力なく、腹を切らんとする所に、敵はや打入りて引きくみいけどるほどに、これに組あうて押返し刎返すと覚えて、汗水になりて夢はさめたり。

遊佐起あがりて、中間に今は何時ぞと問(とう)に、日は未だ未(ひつじ)の刻と答ふ。

只一時のあひだに卅年を経たり。

思へば是邯鄲(かんたん)一炊(すひ)の夢、よきもあしきも此世は夢也とさりとて、中間にはいとま取らせ、我身は直(すぐ)に発心(ほつしん)して、高野山に篭りて道心堅固(けんご)の修行者(しゆぎやうしや)となりぬ。

  入棺之尸甦恠(につくわんのしかばねとみがへるあやしみ)

いにしへより今につたへて世にいふ、およそ人死して棺にをさめ、野辺におくりて後に、あるひはうづむべき塚の前に甦り、或は火葬する火の中より甦るものあり。

皆家に帰さず打殺す事、若(もし)は病重くして絶死(ぜつし)する者、若(もし)は気のはずみて息のふさがりし者、或は故ありて迷塗(めいご)を見る者あり。

是等は定業(ぢやうごふ)天年未だ尽ず、命籍(みやうじやく)未だ削(けつら)ざる者なれども本朝の風俗は死するとひとしく、口を納め棺に入て、葬礼をいそぐ故に、たとひ甦るとても、葬場(さうば)にて生(いき)たるをばもどさずして打殺す。

誠に残りおほし。

されば異国にしては、人死すればまづ、殯(かりもがり)といふ事をして、直(すぐ)に葬送はせず。

此故に書典野中に、死して三日七日十日ばかりの後に甦り、迷途の事共語りけるためしを多く記(しる)せり。

それも十日以後はまた甦るべき子細もなし。

頓死魘死(おびへしに)などは心すべし。

されば又葬礼の場にて甦りしをば家にもどさず、打殺すものなりといひ伝ふる事も故ありといふ。

京房(けいばう)が易伝に、至陰為陽下人為上、厥妖人死後生(しいゐんやうとなりかじんかみとなるこれえうじんしせりまたよみがへる)といへり。

死人久しくありて後に甦る事はこれ下剋上(げこくじやう)の先兆(せんてう)なりといふ。

此故に甦りても打殺す事なりと聞こゆ。

大内義隆の家の女房死(しに)けるを、野に送り出し埋まんとせしに、俄に甦りぬ。

打殺さんは無下にかはゆしとて連れて帰りしに、髪は剃り落としぬ。

是非なく尼になり、衣を着て半年ばかりありて、又死たり。

其年果して家臣陶(すゑ)尾張守がために、義隆は国を追出されたり。

永禄年中に、光源院殿の家の下部(しもべ)俄に死けるを、二日迄置けれども生出(いきいで)ざりければ、若き下部(しもべ)ども尸(かばね)を千本に送りて埋まんとするに、怱に甦る。

打殺して埋まんといふに、此者手を合せ泣き叫びて、助けよといふ。

さすがに不敏(びん)の事とて、つれてかへり部屋に置ければ、四五日の内に日ごろの如くなりたり。

その年五月に三好松永反逆(ほんぎやく)を起しぬ。

尸は陰気にして、甦れば陽に成りたる也。

是下として上を犯す先兆也といふが故に、葬所(さうしよ)にて甦りし者は、二たび家にもどさず打殺すと也。

此理はある事歟(か)なき事歟。

さもあれ、死人の一族は残り多く侍らんものを。

  幽霊逢夫話(いうれいをつとにあうてかたる)

野路(のじの)忠太は江州の者也。

妻は同じ国野洲(やす)の郡(こほり)下人の娘也。

一人の娘をうみけれども、半年の後死して又子なし。

永禄のすゑの年、商買の事によりて鎌倉に下りしに、自国他国乱れ立て道中の通路ふさがり、三年あまり帰り上らず。

或夜の夢に我が妻桜の陰に居て、花の散り落るを見て悲しみ泣く、又俄に井のもとを覗きて笑ひけりと、夢さめて恠しみ、易者にとひければ、花は風に依(より)て散(ちり)、井は黄路(よみぢ)をかたどる。

此夢よろしからずといふ。

三日の後たよりにつけてきけば、妻風気(ふうき)をいたはりて死せりといふ。

忠太悲しさかぎりなし。

とかくして江州に帰り、其跡を慕ひ妻が手馴れし調度を見るに、今更のやうに思はれ涙のおつる事隙(ひま)なし。

日ごろの心ざしわりなき中の其後(ご)に及びては、さこそ思ひぬらんと思ひやるにも、なにはにつけてきの欺きの色こそ深くなりけれ。

寝ても覚めても面影をだに恋しくて、  思ひ寝の夢のうき橋とだえしてさむる枕にきゆるおもかげ

と詠じ、わが恋悲しむ心を感ぜば、せめて夢の中にだにも見え来りてよかしと、独言して日をくらす。

此は秋もなかば月朗かに風清し。

壁に吟ずるきり%\す、草むらにすだく虫の声、折にふれ事によそへて、露も涙も置き、あらそひ、枕をかたぶれどもいも寝られず。

はや更(ふけ)かたに及びて、女のなく声かすかに聞えて、漸々に近くなれり。

よく/\聞ば我妻が声に似たり。

忠太心に誓ひけるは、我妻の幽霊ならば、何ぞ一たび我にまみえざる。

裟婆と迷途とへだてありとはいへ共、其かみのわりなき契り死すとも忘れめやと。

その時妻は窓近く来り、我はこれ君が妻なり。

君が悲しみ欺く心ざし、黄泉(よみぢ)にあれども堪えがたくて、今夜(こよひ)こゝに来り侍べりと。

忠太涙を流していふやう、心のうちに思ふ事筆にもなどか書尽さん。

歌につらね詩に作るとても、言の葉の末には残りおほし。

願くは一たび姿を現はして、まみえ給はゞ恨あらじとかきくどしかば、妻なく/\答へけるは、人間と黄泉(よみぢ)と其道別(べち)にして、逢まみゆる事難し。

又現はれて見え参らせんには、君もし疑ひ恠み給はんと。

忠太いよ/\悲しく思ふに、余志子(よしこ)といふ女(め)の童(わらは)を召つれて、妻のかたちほのかに現れ出たり。

忠太問けるは、余志子は三とせのさき故郷に帰りて、むなしくなへりと風の便りに聞侍べりしに、今如何にしてこゝに来りしやと。

余志子答へけるやう、君の御事如何にぞやと起き臥し案じ参らせしかば、思ひの外なる病を受け、故郷に帰りても心地やましさいや増さりて、終にはかなくなりまゐらせたりけれども、黄泉(よみぢ)にして又此君打続きて来り給へば、それに参りて仕へ奉り、今もしたがひ参りたりといふ。

忠太灯火とり内によびいれしにひとりの姥(うば)あり。

あれは誰ぞといへば、妻の言やう、是こそみづからが乳母にて侍べれ。

みぢからむなしくなりしを悲しみて、今は頼むかげなしとて、身を投げむなしくなり、今宵もしたがひ来り侍べり。

生てあるは陽の人なり。

死すれば陰に帰り、道へだにり、すみか替れども思ひし心は替る事なし。

冥官(みやうくわん)すでに君が誠の心ざしを感じ、今少しのいとまをたびたり。千年に一たび逢見奉る嬉しさ、やがて別れん事を思ふに又悲しくこそとて、涙は雨と降(ふ)りにけり。

忠太いふやう、さて死してゆきて後は、何をか珍味の食(じき)とするやと。

妻いふやう、黄泉(よみぢ)は臭(くさく)腥(なまぐ)さきを嫌ふ。

たゞ殊更に用ひる物は粥なりといふ。

忠太是をとゝのへてすゑ渡す。

妻余志子(よしこ)姥(うば)三人ながら口に迎へて食せしと見えし。

夜明けて後見れば、只其侭に残りたり。

妻のいふやう、六とせ其かみ繦褓(むつき)の中にしてむなしくなりける子を見まくおぼすや。

今はおとなしくなり侍べりといふ。

忠太いふやう、其死(しに)ける時わづかに二歳、来世にして年月を重ねて身にうけ侍べるかととふ。

妻答へけるやうは、更に年月を身にうけて積る事人間にかはらず。

さればこそ死して四十九日の中陰、一周忌より初めて五十年忌を弔ふ事、此世の年月にてかぞふる也といふに、死したる子現れ来り、父が前にひざまづく。

その年七歳、かほかたちうつくしく利根(りこん)才智のむまれつき、、おとなしやかに見えたり。

忠太涙を流し髪掻き撫で、これだに此世にあらば妻が忘れかたみとも見るべきを、汝死して後二たび子なし。

汝こゝにあらばさこそおとなしく、我も嬉しう侍べらんに、今夜を限りに又も見まじきや。

あな恨めしとゆかしき者かなとてかき抱かんとすれば、雲煙のごとくにて手にもたまらず、消失せて形もなし。

忠太とひけるは黄泉(よみぢ)にてはいづくに住給ふと。

妻いふやう、君の先祖野路(のぢ)の姓(しやう)のはじめ、第一代は一の座におはします。

其かたち鬼(き)王の如し。

其次々は天地に満帰りて座にあらず。

君の祖父(おほぢ)祖母姉弟(あねおご)おなじ所におはします。

みづからは姑(しうとめ)の右のかたに坐し侍べりといふ。

又問いけるは、かくすみ所定まりて、神霊物知る事侍べらば、いかでもとのかたちの中に立返りて生(いき)給はざるや。

妻答へけるやう、人死して魂(こん)は陽に帰り魄(はく)は陰にかへる。

司名司録(しめいしろく)の官ありて皆しるしとゞめ、かたちは土となる。

更に鬼録(きろく)に載せられて心のまゝに帰さず。

譬へば夢の中には我身のある所を覚えず、魂魄(たましひ)ばかりさま%\の事を見るが如し。

みづから死して後は死せし所も覚えず。

葬礼の場をも知らず。

かたちのあり所をも知らずといふ。

歎き愁へて物語するほどに、夜も深過たり。

又問けるやう、死して黄泉(よみぢ)に集る男女互ひに夫婦となる事ありやといふ。

答へて曰、ある事はあれども、道を知る男は二たび妻を求めず、妻死して後に又行逢て語らひ、貞節の女は重ねて夫を待たず、娑婆の夫死して後に又集りて夫婦となる。

それも心だてよこしまに、みだりに悪を作る者は、死して後、男も女も地獄に落され、夫婦となる事かなはず。

譬へば世の人科(とが)をおかせば牢舎(らうしや)に入られて、夫婦一ところに住む事かなはざるが如し。

みづからをも西の国なる高家(かうけ)の人の妻にせむと計らはれしを、貞潔の心ざしあるゆゑに、逃れてひとり住侍べりといふ。

忠太いとゞわりなく悲しくて、千夜を一夜に今宵は殊更夜も長かれとわびける中より、鳥の声鐘の音、はや明方の横雲より、遠近人の袖見ゆるころになりしかば、妻なく/\小袖の衣裏(えり)をとき、形見に残して、  わかれてのかたみなりけりふぢ衣えりにつゝみしたまのなみだは

忠太涙と共に形見の物受とり、黄泉の中にも忘れ給はずば、是を見て慰めとせよとて、白銀の香炉を取出し、妻に与へつゝ、  なき魂(たま)よことなる道にかへるともおもひわするな袖のうつり香

さて重ねてはいつか逢瀬の時成べきと問(とひ)ければ、今より四十(よそぢ)の年を経て、長き契りを待べき也とて、声も惜まず泣き叫び、出で行く姿はおのづから、朝あけの霧間(きりま)にかくれて失せにけり。

忠太今の世の中あぢきなく、髪そり落し衣を墨に染め、諸国行脚(あんぎや)して住ところを定めず。

後つひには高野の山に登り、経読み念仏して、妻の菩提をとふらひ、一座花台(けだい)の往生を願ひけり。

伽婢子巻之五

和銅銭

京都四条の北大宮の西に、いにしへ淳和天皇の離宮ありける。

こゝを西院(さゐん)と名づく。

後に橘の大后(おほいさき)の宮すみ給へりといふ。

時世移りて宮殿は皆絶えてわづかに名のみ残り、今は農民の住家(すみか)となれり。

文明年中に長柄(ながら)の僧都昌快(しやうわい)とて学行(がくぎよう)すぐれたる僧あり。

世を厭うて西院の里に引篭り、草庵を結びて静かに行はれしに、或日怪しき人尋ねて入来る。

年五十ばかり、其姿はなはだ世の常ならず、いたゞき円(まろ)くして下に角(かど)ある帽子をかづき、直(なほし)衣の色浅黄にて其織りたる糸細く、かろらかに薄き事蝉のつばさに似たり。

みづから秩父(ちゝぶ)和通(かずみち)と名乗りて、僧都とさし向ひ坐してさま%\物語りす。

我は元これ武州秩父郡の者、中此都に上り、それより本朝諸国の内、ゆかざる所もなく見ざる所ものなしといふ。

僧都心に思はれけるは、これまことの人にあらじと推量りながら、しば/\問答して時を移す。

真言三部、両界の曼茶羅、印明陀羅尼(いんみやうだらに)、潅頂(くわんちやう)の事までも、其深き理(ことわり)を陳ぶるに、僧都未だ知らざる事多し。

それより世の移り行く有さま、昔今の事親(まの)あたり見たるが如くに語りけり。

僧都問けるは、君の帽子は本朝の制法に似ず、外円(ほかまろ)くして内方(けた)なるは何故ぞやと。

和通(かずみち)答へけるは、凡そ天地万物のかたち品々ありと雖、つゞまる所は円き方(けた)なる二つの外なし。

我外を円(まど)かに心を方(けた)にす。

天のかたちは方也。

円きは物のかたよらざる所、方(けた)なるは物の正しき所也。

されば我が道(たう)は万物にかたよらずして、しかも万物にはづれず、正しくして曲(まがり)ゆがまず。

これをあらはして頭(かしら)に戴けりといふ。

僧都の日、君の直衣(なほし)ははなはだかろく細(ほそう)して薄し。

是いづれの国より織出せると。

和通答へけるは、是五銖(しゆ)の衣(きぬ)と名付く。

天上の衣は三銖といへども、下天の衣は皆重き五銖六なりといふ。

僧都、さてはいよ/\人間にあらずと思ひて、重ねて問けるは、君まことは如何成る人ぞ名乗り給へと云に、此人打笑ひ、僧都の道心深きによりてこそ来りて物語はすれ、わが名を名乗るには及ばず、よがて名乗らずとも知ろしめされむものを。

今は日も暮がた也、いとま申さむとて座を立て出る。

其(その)行く跡を認(ごめ)て見れば、庵の東のかた二十間ばかりにして、竹籔の前にて姿は見失へり。

明日(あくるひ)里人を頼みて、其所を掘らせらるゝに、三尺ばかり下に一つの箱あり。

其中に銭百文を得たり。

其外には何もなし。

僧都是を取りて見るに和銅通宝の古銭なり。

つらつら思うに、秩父和通は此銭の精なる事疑ひなしとて、地を堀ける里人をよびて、僧都物語せられけるやう、此人の形初めより恠しみ思へり。

今是を案ずるに、昔本朝人王四十三代元明天皇の御宇、七月に武州秩父の郡より初めて銅(あかゝね)を頁(たてまつ)る。

其時の都は津の国灘波(なには)の宮におはしませり。

是によりて慶雲(けいうん)五年を改めて、和銅元年と改元あり。

此年始めて頁(たてまつ)りし銅(あかゝね)をもつて銭を〓させらる。

されば今この和銅通貨の古銭は、其時の銭なるべし。

帽子の外円(まろ)く内方(けた)なるも、これ銭の〓也。

青き色のひたゝれは、これ銅(あかゞね)の衣(さび)ならん。

五銖(しゆ)の重さは、銭の重さをあらはし、和通と名のりしは、和銅通貨の略せる名也。

秩父の者と云ひしは、もと銅の出そめし所也。

それより郡に上り、諸国あまねく巡り見たるといひるも、銭となり諸国につかひわたされし事なるべし。

それ銭のかたち外円きは、天にかたどり、穴の方(けた)なるは地にかたどり、表裏(おもてうら)は陰陽なり。

文字の数四つは四方にかたどり、其年虎をあらはして天下に賑はす宝とす。

銭はこれ足なくして遠く走り、翅なくして高く揚る。

容曲(かほくせ)わろきも銭に向へば笑ひを含み、詞(ことば)少なき人も、銭をみては口を開く。

杜預(とよ)に左傅の癖あり。

楽天に詩の癖あり。

〓光(はんくわう)は銭の癖ありいといへ共、銭の曲癖(くせ)は人毎にあり。

鬼をしたがへ兵(つはもの)をつかふも、みな銭に過たる術(てだて)はなし。

欲深き者銭を見ては飢(うゑ)て食を求るが如く、貪り多き人銭を得ては病人の医師(くすし)に逢に似たり。

まことに宝なりとて打笑ひ、かの百文の銭を分ち里人に興へ、みづから真言佗羅尼となへて供養をとげらる。

里人それより家々賑はひゆたかになりて、僧都を敬ひかしづきしが、後に山名が乱に逢うて里人皆ちり%\になり、僧都も行くがたなく、古銭も皆とり失なへりといふ。

幽霊評諸将(いうれいしよしやうをひやうす)

甲州の郡内に鶴瀬(つるせ)安(あん)左衛門といふ者あり。

そのかみは恵(ゑ)林寺の行者(あんじや)にて、後に安蔵主(あんざうす)と名付しが、武田信玄にとり入て、心ばせ才覚ありければ、俗人になされ小知給はり、鶴瀬安左衛門とぞいひける。

永禄丙寅(ひのへとら)七月十五日、盂蘭盆共(うらほんぐ)の営みしつゝ、甲府に出て家中拝礼(らい)の事相つとめ、日すでに暮がたになりて、恵林寺の快川和尚(くわいせんおしやう)に対面せんとて、西郡(にしごほり)に赴き侍べりしに、いかゞしたりけむ、召つれたる中間(ちうげん)小者(こもの)跡を見失うて、一人も来らず。

鶴瀬只一人ゆく/\恵林寺に至りしかば、門外にて多田淡路守(ただあはぢのかみ)に行逢ひたり。

鶴瀬思ふやう、是は信玄公秘蔵の足軽大将にて、武勇力量すでに家中にゆるされ、名を近国の諸大将に知られ、信州戸隠山に於て鬼を切りたる程の者なるが、去ぬる癸酉(みづのとのとり)極月廿二日に、正しく病死せられたり。

それに只今行逢たるは、若(もし)夢にてやあるらんとあやしみながら立よりければ、いざ恵林寺の庭に五三人集り、聖霊(しやうりやう)祭りの送りを営むによきついでなり。

立入て遊び給へとて打つれて、門の内に入たりければ、寺の庭に莚しきわたし中間小者ばら多く人を待まうくるを覚えて、うづくまり居侍べり。

暫くありて越後の長尾謙信の家臣直江山城守、北条氏康の家臣北条左衛門佐、武田信玄軍法の師範山本勘介入道道鬼(だうき)出来れり。

山本は上座にあがり、直江其次にあり。

北条左衛門其下に坐して、さま%\軍法の事共たがひに物語す。

北条左衛門いふやうは、そも/\武田信玄は、智謀武勇を兼(かね)備へて思慮深く、軍立(いくさだち)いつも堅固にして、兵気たわまず勢ひを失なはず。

敵に向うて戦ふ時は流水の如く、勝軍(かちいくさ)にいたりては晴(はれ)天に星の粲(さん)然たるに似たり。

気象のいさぎよき事水精輪(すゐしやうりん)にたとふべしと雖も、みづから武勇に誇りて、諸将に和(くわ)を求めず、ひとり戦国の間に挿(はさめ)られて、一生さらに敵の為に苦めらる。

其の軍(いくさ)の備へ虚実の勢分(せいぶん)を守るといへ共、更に奇生(きせい)の術を兼(かね)ざる故に、小利を得て大に勝ことなく、戦ひあやふからずして又大なる失(しつ)もなし。

その威は高く輝きながら草創(そう/\)の功を遂げず、只わが領国の境を犯(おか)されざるばかりにして、終に其大業を立て給はずといふ。

山本勘介入道いふやうは、いづれの諸将も皆一徳なきはなし。

たゞ一術を守りて偏(へん)におぼれ、変化無方の理(り)を忘れて、大功を遂げたまはす。

されば長尾(ながうの)謙信は北越無双の猛将なり。

その性強毅(むまれつきがうき)にして健(すくやか)なる事肩を並ぶる人なし。

その身は越後にありながら威勢を東海北陸に輝かし、敵と戦うては破らずといふ事なく、軍立尖(いくさだちするど)にして変化奇生の術(てだて)更に我物として、大軍をつかふ事又我手足を働すが如し。

大敵前にあれども昆虫(はふむし)かとも思はず、急に打て散らす事砂(いさご)をまくが如くにし給ふ。

誰か其鋒(ほこ)先に向はんや。

されども只武勇をたくましくし給ふのみにして、さしもなき小軍(こいくさ)につはものを費やし、後(うしろ)を顧みて内に備ふる固(かため)なきを似て、其身勇義(ゆうぎ)をもつはらとし、軍兵忠信(ちうしん)ありと雖もついに大業なりがたしといふ。

直江山城守つくづくと聞て、さればいづれの諸大将にも、はむる所には其徳あらはれて青天にもあがるべく、そしる所には〓(きづ)出て深淵にも沈むべし。

ほむるもそしるも共に一定(ちやう)しがたし。

彼も一時也。

是も一時也。

たゞ天命に依らずしては大業は遂ぐべからず。

其中に北条氏康(うぢやす)は其むまれ付、もつとも温和(をんくわ)にして能く人をなつけ、篤実にして又道を修め、軍立徐(ゆるや)かにして本(もと)を固くし、敵に勝に刃(やいば)を借らず、わが勢ひを量(はか)りて兵を費さず、天のさいはひを待てあやふき事をせず。

この故に取事は遅しといへども得て之を失はず。

常に権威を内に隠して謙譲を外に施すといへども、時に望みては〓将にしかず。

氏康はたゞ和(くわ)を好みて兵(つはもの)を惜しみ給ひし故に、武勇は更に信玄謙信におくれたるに似たり。

されども守文(しゆぶん)の徳のみすぐれて草創の功業をはげむ事の怠りあり。

こゝを以てつひに大業を立給ふ事かなはずして、其威名いさゝか低(うなだれ)たるに似たりといふ。

其時多田淡路守進み出て、諸将の評議一端その理ありといへ共、我等いかでか名将の奥義(あうぎ)をはからひ知らんや。

定めて深き心あるべし。

それ千丈の堤(つゝみ)も螻蟻(ろうぎ)の穴よりくづるといへり。

信玄謙信氏康は、今戦国の中諸国諸将の間にもつとも秀(ひいで)て、良将の名ありと雖、亦諸国の間に党を結び権を立つるともがら甚多し。

若其中に、謀(はかりごと)不意に起りて、小身の大将に倒さるゝ事あるまじき時節にあらず。

こゝを以て信玄謙信氏康の三将は、鼎(かなへ)の足の如くそばだち、互に威を振ふといへ共、傍らに小身仕出(しいで)の大将を懼れざるにあらず。

近頃(このごろ)尾州織田信長、すでに草創大業の志ありて近国をしたがへ、漸々(やう/\)大軍に及べり。

弘治丙辰の年駿河の今川義元、さしも猛将のほまれありて、しかも大軍なりしを一朝に亡ぼしたり。

信長深く謀り遠く慮(おもん)ばかり、剛強武勇智謀兼備の信玄に対して、親しみ深く縁(えん)をもとめ、伯母を秋山伯耆守が妻となし、其姪を武田勝頼の室(しつ)にいれ、使節ひまなく甲府に遣はし、さま%\音信を尽してひたすら君臣の礼の如く、信玄の機をとり追従(つゐしやう)せらるゝ事は、これ暫く信玄の武勇をなだめ、うしろを心安くして前を打従へんとす。

一には光源院義輝公の御舎弟義昭(よしあき)公をとりたてゝ、義兵を挙ると号して、軍兵を集めて敵を打ち、二には軍の法に本末前後あり。

まづ五畿内の弱兵をせめふせて勢ひを増し、東海北陸の強敵(がうてき)をばなだめて後に討たんとす。

三には中国西海の弱敵には武威を鳴(なら)して大に威(おど)し、東海の剛敵をば謙くだりて宥め、すでに家中漫(はび)こり軍兵多く、人に先立て京都をしづめ給へり。

今の世には大業定めて信長に立べし。

信玄謙信氏康は、徒らに我領国に労(つか)れ死(しに)給はん者をといふに、座中此事を感じける処に、上州蓑輪(みのわ)の城主長野信濃守入来れり。

これは関東の上杉憲(のり)政の家臣、譜代の侍として智謀無双(ぶさう)の者なるが、武田信玄といどみ戦ふ事七年にして、終に病死せしかば、その子息右京進いく程なく。

蓑輪の城を信玄に打取られて没落したり。

然るに信濃守今又此座に来り、左右を見まはしけるに、山本勘介入道は一の上座に居て、最(いと)無礼なり。

長野は会(ゑ)釈もなく勘介入道が座の上(かみ)にあがり、刀の柄(つか)に手を掛ていふやう、山本が傍若無人(ぼうじやくぶじん)の有様こそ心得られね。

汝は如何なる大功をなして今かく高上のふるまひを致すぞやとて、すなはち山本を責(せめ)ていふやう、そも/\汝に三の大罪あり。

世の人更に知らず。

此故に千年の苔の下まで、ほしいまゝに軍道鍛煉の名を盗めり。

今我これを願はして、汝が罪過を隠さすべからず。

山本勘介更に色をも失なはずして、さらば疾々(とく/\)の給へ、つぶさに聞侍らんといふ。

長野いふやう、往昔(そのかみ)信玄若かりし時、色に溺れて国家をわすれ給ひし時、板垣信形(のぶかた)よく諫めて、心ざしやうやく改まり、敵を打ち国を併(あは)する謀(はかりごと)より外に他念なかりし所に、信州諏訪(すは)の祝(はふり)部頼重(よりしげ)降参して旗(はた)下(した)に属(しよく)し、甲府に来りし処に、是を打ちて城(じやう)を奪はずば馬の足を立べき地なし。

然らば信州終に手に入べからず。

頼重をたばかり殺して、信州手づかひの地をもとめ給へと、汝これを勤め参らせ、あえなく降参の人を殺させたり。

窮鳥懐に入れば猟者も殺さずとこそいふに、したがひ来る頼重を打事は無道不仁の心ならずや。

若これは軍道の習ひ智略の一つともいふべき歟、情なき所為(しわざ)これ更に武道の本意にあらず。

虎狼の心に斉しといふべし。

それに頼重が娘容顔美麗なるを以て、信玄すでに色に惑ひ、召入れて妾(おもひもの)にせむ事を思ひて、勘介に密談せられしかば、なにか苦しかるべきといひたりければ、迎ひ取りて妾とせらる。

汝が侫奸(ねいかん)甚だ悪むべし。

人の真性(しんせい)を破り正道を失なへり。

眼前に首(かうべ)を白刃の下に刎(はね)られたる敵の娘を取りてわが妾(おもひもの)とし、他のうれへを忘れておのれが愛に供ふる事は、これ仁者のするところにあらず。

されば汝、其時何ぞ生理を以て諫めざる。

かの妾の腹に勝頼誕生あり。

太郎義信のため継母として、しかも獄侫利根の女なれば、継子義信を悪みてさま%\讒言す。

信玄は知慮浅からぬ人と雖も、色に陥りて心を蕩(とらかさ)れ、讒を信じて義信を殺し、其外普代忠義の家臣飯富(いひとみ)兵部を初めて八十余人の侍、多年奮功のともがら科なくして殺されし事、ひとへに其源(みなもと)は、汝が奸曲を以て諫むべきを諫めず、非道にしたがうて口を閇ぢたる所也。

是一。

信玄の父信虎は強〓不敵の人にして、偏屈無顧の性(しやう)あり。

信玄いまだ晴信といひし時これを追放して、次郎信繁に家督を譲らんとせられしを、今川義元は信玄の舅(しうと)なれば是に心を合せ、信虎を楯(たて)出し、信玄家督を奪ひ取られたり。

信虎は駿河に浪牢して氏康の養(やしなひ)をうけ、かすかなる有様にて月日を送られたり。

後に信玄我身の不孝を思ひ知りて、信虎を甲府に呼返し、孝を尽さんと思はれしを、汝之を諫めて、信虎帰り給はゞ又悪心を以て家を乱さるべし。

只其儘に捨置給へとて今に駿府に流浪(るろう)せさせ、後代までも不孝の名を信玄に残す事、是汝が奸曲不義の所也。

是二。

川中島の合戦の時、今日の軍(いくさ)の支配、勘介よく謀るべしとて軍媒ばい)を任せられしに、徒らに謙信の陣を西条山に見やりて、川端に備(そなへ)を立てず、夜の間に川を謙信に渡され、露ばかりも之を知らず、俄に驚きて備を立てしに、武田方の右は謙信のため左に受けて、打易き所なるを、義信望月(もちつき)なんどいふ〓(わう)弱の大将を右の方に備させ、一時の間に破られたり。

謙信は急にとりひしがんとて、みづから真先に進みて信玄の本陣を切崩されたり。

西条山に向られし軍兵引返してこそ、信玄すでに危きをのがれ、万死を出て一生を全くせられ侍べれ、典〓信繁諸角豊後初鹿(てんきうのぶしげもろすみぶんこはし)源五郎を初て大勢打れたり。

軍(いくさ)は勝に似て。

人数多く失ひ、汝も耻て打死せしは、是もと備へを誤る故也。

何をか軍法鍛煉の師範とすべき。

是三。

然れば汝は三州の牛窪(うしくほ)より出て、武道修行とて諸国を廻り、四国の尾形(をがた)に逢て軍法を伝授し、城どりの縄ばりに大事を得たりといふ。

そも/\汝が縄張の城(じやう)今に至りて何国(いづく)にありや。

今川家に嫌はれて甲府に吟(さま)よひ、信玄に〓られて所知につき、之を花光(ひけらか)して駿河に行たるは若輩の所行、世の笑種(わらひぐさ)となれり。

幸に武田の家に用ひられ、軍法師範の名をぬすみて、星霜は重なれども信玄さらに大業の功なし。しからば汝にをひて亦何の勲功ありといはん。汝は我が敵族也。目前に見ながら相宥、これ地府の大帝ゆるされざるがゆへに、いかにともすべき道なしといふに、山本入道一言の返答にも及ばず、座をしりぞきて長野にゆずる。永野重ねて云やう、諸家の名臣歴々おはすれども、中にも我は一城のあづかり也。此故に一の座を卜侍べり。尾篭のふるまひはまげてゆるし給へといふ。多田淡路守、今は夢/\遺恨あるべからず。万事休し、去ば一夢のごとし。たゞ酒のみてあそび給へとて、酒肴とり出せば、たがひに数盃をかたふけたり。長野うたふていはく、

義重命軽如鴻毛

肌骨今銷没艾蒿

山宜平重淵宜塞

残魂尚誓節操高

  北条左衛門佐うたふていはく、

泉路茫々隔死生

落魂何索貽武名

古往今来几是夢

黄泉峙耳聞風声

  直江山城守うたふていはく、

物換星移幾度秋

鳥啼花落水空流

人間何事堪惆悵

貴賎同帰土一丘

  山本勘介入道は一文不通のもの、たゞ軍道に〓(たんれん)して余事をしらざりしが、今この席につらなりぬれば、わづかに思ふところいはずして止なんやとて、

平生智略満胸中

剣払秋霜気吐虹

身後何謾論興廃

可憐怨魂嘯深叢

  多田淡路守うたふていはく、

魂帰冥漠魄帰泉

却恨人生名聞権

三尺孤墳苔累々

暫会幽客恵林辺

  鶴瀬これを見聞にあやしさかぎりなし。そも夢か、ゆめにあらざるか。庭は恵林寺の庭にして、その事は故人の事なり。しからずは我死して、こゝは又迷塗か。子細を尋ねばやとおもふ処に、貝・太鼓の音聞えしかば、座中のともがら心得たりとて、傍なる太刀かたなをつとり/\、はしり出るとぞみえし、一人も残らず跡かたなく消うせて、鶴瀬たゞひとり恵林寺の庭に座して、夜はほの%\と明たり。

  あまりのふしぎさに、いそぎ甲府に立もどりて、信玄公に対面してひそかに此事をかたるに、信玄あざわらひて、汝はきつねにばかされて、かゝ化事を見たりけるかと、無興し給ひしかば、鶴瀬大きにおそれて、郡内にかへり、みずから筆にしるして箱の中にとゞめしとかや。

焼亡有定限

西の京に富田(とんだの)久内といふ者あり。

若き時よりなさけ深く、慈悲のあつき心ざしあり。

或日家を出て北野の天神にまうでたり。

下向の時、茶店(ちやてん)の床(とこ)に踞(しりかけ)て茶飲みける所へ、十二三ばかりと見ゆる小法師来りぬ。

容(かほ)の色青ざめて痩つかれたり。

久内とひけるは、小僧はいづくの人ぞといふ。

答ていひけるやう、某は東山辺にある者也。

今朝(けさ)より此処彼処使となりて行めぐり、まだ何をも食はず、師匠坊主の命に従ふばかり身も心も苦しき事は、又もあるべからずといふ。

久内聞てかはゆく覚え、餅(もちひ)買(かう)て食はせなんどしけり。

かの小法師も久内もうちつれて茶店(ちやてん)を出て、内野の方に出る。

右近の馬場にして、かの小法師いふやう、まことは我は人にあらず。

火の神の使者として、焼亡(せうまう)火事の役にあづかる。

君はなさけ深き慈悲者なれば語り侍べる。

明日は北野内野西の京皆こと%\く焼ほろぶべし。

君が家は焼くまじけれども、私(わたくし)に是をはからふ事かなはず。

はや縄ばり分量(ぶんりやう)の数に入たり。

君早く家にかえり帰りて、財宝家の具とりのけて他所に移り給へとて、我は又跡より遅く行かんとて失せにけり。

久内不思議の事に思ひ、いそぎ家に帰り、財宝家の具ども持はこび他所に移しければ、人皆あやしみて子細を問ふに、更に語らず。

強てとひければ、かう/\の事と語る。

之を聞(きく)人あざけりわらひて、何条狐にたぶろかされて、有べくもなき事を聞て帰り、あはてふためきて家の具を打はづし、資財雑具(しざいざふぐ)を取り運ぶ。

さだめて普請(ふしん)の料(れう)を費やさんためかなんどのゝしり笑ひたり。

今年三月の比、西の京の住人等、東の京の住人等と酒麹売買(さけかうぢうりかひ)の事につき、座を組みて売(うり)けるを、座を破りける故に公方へ訴へたり。

其時の管領(くわんれい)畠山入道徳本(とくほん)この訴へを聞に、東の方に理(り)ありければ、対決及びて、西の京の方法度をそむく科(とが)に落てまけたり。

西の京の酒麹売る奴原恨みいきどほり、其外のあぶれ者ども多く語らひ、北野の社に集りて入こもる。

管領さま%\申さるゝ旨ありといへども更に聞いれず。

是非に東の京の酒かうぢの者共を打果たさんとす。

是によりて侍所(さふらひどころ)京極なにがしにおふせふくめ、武士を遣はして、かのともがらを搦め捕りて牢獄に入れんとするに、とられじと防ぎ戦ひて、文安元年四月十二日、社に火をかけ自害しけり。

折ふし魔風(まふう)吹いでゝ、社頭僧坊宝塔廻廊一時に灰燼となり、余煙民屋に燃つきて、西の京こと%\く野原となりぬ。

原隼人佐(はらはやとのすけ)鬼胎(きたい)

甲州武田信玄の家臣原隼人佐昌勝(まさかつ)は、加賀守昌俊(まさとし)が子なり。

父当国高畠といふ所より出て、信玄にめしつかはれ度度の勲功を顕しける。

子息隼人(はやとの)左に教へけるは、鳥獣傍虫(とりけだものはふむし)の類(たぐひ)までおの/\一つの得手あり。

一芸なき者はこれなし。

況や人とむまれ、殊更侍たらむ者は、弓矢の事につけては一つの得手をよく鍛煉して、是を以て主君の所用に立て、御恩を報じ奉るべし。

いたづらに俸禄を給はり、飽まで食(くら)ひ暖に着て、邪欲をかまへ義理を知らず、一芸(げい)一能(のう)もなき者は畜生にも劣りて、是は天地の間の大盗賊なり。

日月雲霧(きり)草木までおのおの皆その益(えき)あり。

無芸無能にして、人のため益(えき)なく却て害になる者あり。

かまへてよく心得よと遺言せしとかや。

されば父が後に信玄に仕へて、忠節私なく軍功のほまれあり。

其中に隼人はいつも諸軍に先立ち、敵国に深くはたらき入、時には陣どりの場を見たて合戦の場を考へ、山川谷峯知らぬ所を、案内者もなくて是を悟り、道筋小道までも皆踏分て、先登をいたすにつひにあやまちなく、諸侍みな疑ひを残さずとなり。

他国といへども陣所戦場よく見たて、閑道(うらみち)水の手を考ふるに更にあやまちなき事、神(しん)に通ぜしかと人みな怪み思ひけり。

そのかみ原加賀守が妻は辺見某(なにがし)が娘也。

加賀守は諸方に馳向ひ、陣中に日をわたり月をかさね、家にある事まれ也。

その家は上条(かみでう)の地蔵堂のほとりにあり。

或時妻産にのぞみしが、甚くるしみ悩みて終にはかなくなりしを、加賀守大に歎きながらすべき様なく、法成寺のうしろに埋みて、塚の主となしけり。

妻その死する時、法成寺の地蔵堂に向ひ手を合せ、年月日比念願し奉る、かまへて本願あやまり給ふなとて、地蔵の寳号を唱へてをはりぬ。

加賀守も同じく此菩薩に帰依して、妻が後世みちびき給へと祈りしに、死して百ヶ日といふ夜半ばかりに、八旬(じゆん)ばかりの老僧眉に八字の霜をたれ、鳩の杖にすがり、水精(すゐしやう)の数珠つまぐり、加賀守が家の戸をたゝき給ふ。

開きて見れば、死したる妻よみがへり、老僧に連れられて来れり。

大にあやしみながら内に入て、さて老僧は如何なる人にてましませば、かく有難き御事ぞと問ければ、我は法成寺の内にすむ者也。

こよひあからさまに堂より出しかば、塚にはかに崩れて内より女房の出たり。

何者ぞと問へば加賀守が妻といふ。

此故につれて来る。

よく保養せよとてかきけす如くにうせ給ふ。

不思議の事に思ひ人を遣はして見れば、塚は崩れてあり。

さてはとて粥なんど食はせけるに、初めはうと/\として物の覚えなきがごとし。

漸く七日のうちに日ごろの如くなりしかども、たゞ明らかなる所をきらへり。

次の年男子をうめり。

此子三歳の時、妻或日の暮がた涙を流していふやう、我はまことは人間にあらず。

君と未だ縁深かりし故に、上条の地蔵菩薩、冥官(みやうくわん)に仰せて、たましひをゆるし放ちて、三とせこのかたの契りを結ばせ給へり。

今は縁すでにつき侍べり。

いとまたびて帰るべし。

あなかしこわが塚をすて給ふな。

跡よくとふらひてたべとて、子をばおきながら行かたなく失(うせ)にけり。

塚を見れば崩れたりとおぼえしはまぼろしにて、草茫々として生茂(おひしげれ)り。

地蔵菩薩の御方便申すもおろかなり。

信玄このよし聞及び給ひて、法成寺の地蔵堂を作り改め、供養をとげたまふ。

それより加賀守ふたゝび妻を迎へず、かの男子は原隼人佐なり。

十八歳にて初陣(うひじん)せしより、よろづ神(しん)に通ぜし如く、奇特の事多かりしも、子細ある事なり。

伽婢子巻之六

伊勢兵庫仙境に至る

伊豆の国北条氏康は、関八州を手に入れ威勢大いにふるいて、しかも武勇のほまれ世に高し。

ある時浦に出て遠く南海にのぞみ、澳(おき)の方はるかに眺めやりて仰せけるやう、昔鎮西(ちんぜい)八郎為朝(ためとも)伊豆の浦にながされ、夕暮かたに鳥のかけりて、澳をさしてゆくを見て、さだめて海中に島ぞあるらん。

しからずば鳥のかけりて、夕暮かた沖におもむき飛べきやとて、舟を出して鳥の飛(とび)行方にこぎ行しかば、鬼のすむと云ふ島に至りぬ。

これ今いふ八丈が島成べし。

それよりこのかたは、誰人の渡りしとも聞えず。

願くば誰か八丈が島にゆきて、その有様見て帰る人あるべきやと仰せければ、坂見岡江雪(さかみをかかうせつ)伊勢兵庫頭両人すゝみ出て、我等かしこにおもむき、島の躰よく見てかへり侍らんと、いとやすくうけごひ、大船(たいぜん)二艘(そう)をこしらへ、江雪兵庫両大将として同心二十騎づゝさしそへ、吉日をえらびて海にうかび、南をさして押し出す、心のうちこそはるかなれ。

伊豆のおきには七島ありと云り。

いづれとは知らず島近く押寄せしところに、俄に風変り浪高くあがりて雪の山の如し。

江雪(かうせつ)はとかくしてひとつの島につきてあがりしかば、年ごろ聞伝へし八丈が島につき、島のありさま人のよそほひよく見めぐりて帰りぬ。

兵庫頭は吹放されて南を指してゆく。

夜るひるさかひもなく十日ばかり行ければ、風すこし吹よわりひとつの島に流れよりたり。

岸にあがりて見れば、岩石そばだちて、青きは碧瑠璃(へきるり)の如く、白きは珂雪(かぜつ)の如く、黄(き)なるは蒸粟(むせるあは)に似て、赤きは紅藍花(かうらんくわ)に似たり。

其外種々の奇石、日本の地にしてはいまだ見ざる所也。

草木の有様又めなれざる花咲き木(こ)の実(ろ)結べり。

あやしき人磯近く出たるを見れば、かしらに羅の帽子をかつぎ、身にはもろ/\の草木おりつけたる直垂(ひたたれ)に、花形(かた)つけたるくつをはきたり。

年のころ廿ばかりなるが、色甚だ白く、まみ毛高く鉄〓(かね)黒うつけて、かたちはもろこし人に似て、物いひは日本の言葉に通ず。

兵庫頭を見て大にあやしみ、如何なる者ぞと問ければ、兵庫ありのまゝに語る。

此人いふやう、こゝをば滄浪(そうらう)の国と名づく。

日本の地よりは南のかた三千里に及べり。

是より観音の浄土、補陀洛(ふだらく)世界も程近し。

いにしへ淳和天皇の御時に、橘の皇后の仰せによつて、恵蕚僧都(ゑがくそうづ)といふ法師ばかりこそ、かの補陀洛世界には渡りけれ。

そのついでに此島に船をよせて物語せられしと聞伝へたり。

さしも遥かなる海上(かいしやう)をしのぎてこれまで来れる、さぞや疲れ侍らん。

こなたへわたりて心を休められよとて、家につれて帰り、九節(きうせつ)の菖蒲酒(しようぶしゆ)、碧桃(へきたう)の花蕊酒(くわずいしゆ)をいだし、玉の盃(さかずき)をもつてこれをすゝむ。

兵庫頭数盃(すうはい)を傾けしに、神気さわやかに覚えたり。

あるじ物語する事、保元平治のあひだの有様、今みるやうにのべきこゆ。

その家の有様金をちりばめ玉を飾り、家材雑具(ざふぐ)にいたるまで、みな此世の物とも思われず。

床(とこ)の上に方(はう)二尺余りの石のせて又七宝のいさごを敷たり。

その石谷峯の道分れ、滝の白玉とび散るかあり。

松風石(しようふうせき)と名づく。

内外透通(すきとほ)りて玉の如く、色は青く黄なり。

七宝の盆にとあやしまれ、たゞ水音の落たぎらぬぞ石の紋(もん)とはおぼえけれ。

まことに絶世の盆山(ぼんさん)也。

石の腰(こし)より一本の松生出て、高さ一尺七八寸もありなむ。

年ふりたるかたち、さこそ千とせの春秋をいくかへり知(しり)ぬらんと、昔の事を問はまほしきに、枝の間より涼しき風吹き出て、座中に満ち、枝かたぶき葉うごき〓々(さつ/\)たるよそほひ、九夏(きゆうか)三伏(ふく)気もおのづからさめぬべし。

〓(たいまい)の帳台には馬脳(めなう)の唐櫃(からひつ)あり。

大さ三尺ばかり。

その色茜(あかね)の如くにして、鳥げだ物草木の図いろ/\に彫(えり)つけたるは、更に人間の所為(わざ)にあらず。

又かたはらに一つの瓶あり。

大さ一石(こく)あまりを入べし。

其色紫にして光かゞやき、内外透(すき)とほりて水精(すゐしよう)の如く、厚(あつさ)は一寸ばかり、軽(かろ)きこと鳥(とり)の毛をあぐるに似たり。

内には名酒をたゝへて、上清珍歓礼(じようせいちんくわんれい)といふ簡(ふだ)を付たり。

その傍(そば)に大さ二斗(とう)をうくべき壷あり。

その色白く、光り輝けり。

内に名香をいれて、龍火降真香(りうくわかうしんかう)といふ簡(ふだ)あり。

又百宝の宵(すりくず)を擣篩(つきふるひ)て壁にぬり、〓(たま)の柱こがねのとばり、銀の檻高(おはしま)く見あぐる木+串+女あり。

降真台(こうしんだい)といふ額をかけたり。

庭のおもてには目なれもせぬ草木の花咲乱れて、二三月の比の如し。

孔雀鸚武+鳥のたぐひ、其外色音(ね)面白く名も知らぬ鳥多く、木々の梢、草花の間に鳴さえづる。

十五間の厩(むまや)に立ならべたる馬共、或は毛の色緑(みどり)なる、或は紺青色(こんじようしき)なる、その中に又連銭(れんぜん)なる白き黒きさま%\の名馬、いづれも五寸(き)六寸(むき)、みな龍馬(りうめ)のたぐひなり。

その飼(かふ)ところの秣(まぐさ)は、〓(ちがや)に似て白き花あり。

更に余の草まじへず。

碧瑠璃(へきるり)の色をあざむく〓なつめ、秦珊瑚(しんさんご)の光りをうつす栗、みなその大さ梨の如くなる、枝の間(ひま)なく生(なり)こだれたり。

垣の外を見れば金闕(きんけつ)銀〓玉木+婁紫閣、鳳(ほう)の瓦(いらか)、虹の梁(うつばり)雲をおかして立並べり。

音楽雲にひゞき、異香〓(いきやうみきり)に薫ず。

山際に行て見れば、峰より落つる滝つぼに湛へたる水みどりにて、流て出る川瀬のかたはらに池あり。

二町四方もありなん。

其水はなはだ強くして金銀といへ共沈まず、石を投げれども猶水の上に浮(うき)あがる。

此故にくろがねを以て舟を造り、国人これに乗りて心を慰む。

水底のいさごは皆金の色也。

井出の山吹水にうつりおのずから金花(こがねはな)咲(さく)よそほひ、今ぞ思ひ合せらる。

水中に魚(うお)あり。

其色赤くしてこがねの如く、皆おの/\四の足あり。

其あたりは広き野辺なり。

金色の茎(くき)に紺青色(こんじようしき)の葉ある草多し。

葉の形は菊に似て牡丹の如くなる花あり。

花の色黄色にして内赤し。

白き糸の如くなる蕊(しべ)ありて糸房(ふさ)の如し。

風すこしふけば、其花動きめぐりて蝶の飛ぶに似たり。

国中の女はこれをとりて首(かしら)のかざりとす。

十日を経(ふ)れども萎(しぼ)まずといふ。

およそ国中の男女いづれもよはひ廿(はたち)ばかりにて老人はひとりも見えず。

其顔かたちのうるはしき事日本の地にはいと稀なり。

兵庫同じくは此所にすまばやと思ひしかども、主君の仰せによりて舟を出し、風に放されてこゝに来り、世にたぐひなき事を見つゝ、此まゝ帰らずは不忠不義の名をよばれ、身の後までも恥を残す事も口惜し。

如何にもして古郷に帰らむと思ひ、あるじにかく/\といひければ、あるじ大に感じて、さらば陵波(りようは)の風を起して送りまゐらせん。

是まで来り給ふしるしには、馬一疋鸚鵡一羽を舟に入れたり。

それより暇乞して舟にのりければ、栗〓(くりなつめ)やうの物おほく青磁の鉢にもりてあたえ、ともづなときて押出せば、順風徐々(じよ/\)として吹起る。

すでに帆を引上(あぐ)れば、一日の程に伊豆の浦につきたり。

舟よりあがりてまづ城中の参りしかば、氏康はもはや病死あり。

氏政世をとりて国家を治めらる。

兵庫大に嘆き悲しみ、涙とともにかの島の物語りして、昔垂仁天皇の田道(たゐち)の間守(まもり)に仰せて、常世(このよ)の国につかはし香菓(かくのみ)をもとめ給ひし、是今の橘也。

すでに採りて帰りしかば、帝(みかど)は早や崩御まします。

間守(まもり)大に嘆き悲しみ、わが心ざしの至らぬ故也とて、なき死(しに)侍べりといふ。

氏康すでに病死ありて只今かへり来る事、これ心ざしを失ふ也とて腹切て死(しに)たり。

兵庫頭が物語を書とゞめ置れてのちに世に広まれり。

長生(ちやうせい)の道士(だうし)

安房(あはの)国里見義広(よしひろ)は、武勇を以て国家を治め、其(その)威やう

やく盛りならむとす。

そのころ朝夷郡(あさゐなのこほり)より老翁一人めしつれて城中に来る。

其年を尋ぬれば、さらに数百年に及ぶというて年の数をば覚えず。

髪鬚(かみひげ)は白きを変じて黄金糸(わうごんし)の如く、眼の色碧く耳長し。

顔色はいまだ五十ばかりの男にて、髪は垂(たれ)て坐すれば地にたまり、名を問へば

岩田刀自(いはたのごじ)と号す。

後鳥羽院の御時に信州奈須野の狩に、三浦大輔(みうらのおほすけ)に具(ぐ)せられ

て狩場(かりば)に赴く。

九尾(きうび)の狐を殺せし事、砒霜(ひさう)の殺生石を砕きて人数多く毒に中(あ

て)られ、大熱狂乱して死せし事、今見るやうに語る。

其時年十八歳、狩場の跡に父母兄弟皆死せしかば、是をものうき事に思ひ山に篭りて道

を修す。

いつ方ともなく仙人とおぼしき人来りて薬を授けたり。

一粒(りふ)の青丸(せいぐわん)を服せしより、身もかろく心もさわやかになりし所

を、かの仙人我を召連れて空をかけり、太山の峯に行。

その所はいづくとも知らず。

七寳の床の上に坐せしめ、丹栗(たんりつ)の赤き栗、霞漿(かしやう)の霞の漿(こ

んづ)をあたふ。

我これに酔(ゑひ)て死せしかば、玄天の甘露(かんろ)〓合ばかりを飲(のま)せし

に、酔さめて心いさぎよし。

其時仙人語りけるやうは、汝鶴亀を見ずや。

気(いき)を伏(ふく)し息をしづかにす。

此故に神気耗散(がうさん)せず命至りて長し。

又病ある事なし。

今より九十年の後、雨眼の色青くなりて光りあり、よく闇の中にも物を見るべし。

一千年にして骨を易(かへ)、二千年にして皮を蛻(もぬ)け、毛を易(かゆ)べし。

これより二たび形衰へず、よはひかたぶかず、命更に限りあるべからず。

およそ世の人、内には七情(じやう)の気欝滞(うつたい)し、外には風寒暑湿に陥溺

(くわんでき)し、色をほしいまゝにし食を〓(かん)りにす。

心火たかぶり君火(くんくわ)乱れ、内に五臓六府をこがし、九百分の宍(しゝむら)

を爛(たゝら)かし、外には四十九重(へ)の皮、八万の毛の孔(あな)空しくひすろ

ぎ、十四の経(けい)十五の絡(らく)皆もぢれゆるまり、三百六十の骨つがひこと%\

く離れ、諸病これより生じ、〓命此故に縮まり、終に百年を保つ人生に稀也。

其外もろ/\のうれへよろづの悲しみ、かはる%\心をまとひ縛る事、夏の虫のともし

火に入が如し。

名のため利のために物思ひ絶る事なし。

流れの魚の毒餌(ごくえ)をはむに似たり。

いたづらに魂(たましひ)つかれ精(せい)くづをれ、わづかに方寸の胸の間に妄念(

まうねん)の波高くあがり、たがひにねたみそこなふ事たけきけだものよりもはげし。

此故に仏経には世界を以て火宅(くわたく)と名づけ、道教には此身を以て大なるうれ

への元とす。

すでに是を〓かるれば人の世の中を見れば、沸湯(にえゆ)の如くすさまじく覚ゆ。

何ぞ身をすてゝ其間に置くべきや。

すでに三尺の形を練(ねり)て一寸の心をみがく時は、天にのぼり地に入、雲に乗り水

を走り、千変万化更に無方にして飛行自在(ひぎやうじざい)なる事、たとひ万乗の君

も及ばず。

まして世の常の人誰か之に勝らむとて、其方を教へられしに、我それより〓国の山中に

帰り、深く篭りて習ひ侍べり。

食は松の葉をとり茯苓(ぶくりやう)をくらひ、薬は又兎糸子茅根(ごししばうこん)

を求め、石をねりて膏(あぶら)を取り、霜を煮て飴となし、百花の露を凝(こら)し

て是をねり、しば/\服(ぶく)するに、長く五穀を断(たつ)。

更に飢(うゆ)る事を覚えず。

心を松風朗月に嘯き〓(りよう)水(すゐ)に慰むれば、欲もなく怒りもなしといふ。

義広問はれけるやう、我も又この仙術をつとめば習ひ得べきやと。

答へて曰、心を沈めてわが物とし、色を遠ざかり欲を離れ、味ひうまき食をしりぞけ、

楽しみも悲しみも只これ一つにして心にとゞめず、徳を施してかたおちなくば、自然に

天地の恵みにかなひ、日月とひしく寿(ことぶき)ながく侍べらん。

目にみだりに見ず耳みだりに聞かず、声みだりに出さず、身みだりに使はず。

行もとゞまるも立もふすも、只みだりにせず、常によく守るべしといふ。

義広きゝて、扨は是人間の交りは此道のさはり也。

さはりをのけてつとめんとすれば鹿猿(しゝさる)のごとく也。

しからば長生(ながいき)して詮なしとて、さま%\食をすゝむるに刀自更に食(くら)

はず。

只酒よくのむといへども酔(ゑひ)たる色なし。

其形をかしげに見苦しき事を、若き女房達大に笑ひしかば、刀自打笑ひて、女房達くや

み給ふなとて指ざしけるに、十七八廿四五ばかりの女房達十五六人、俄に変じて姥(う

ば)となり、膚(はだへ)は鶏の皮の如く、背(せなか)は〓(さめ)の鱗に似たり。

髪白く色黒う腰かゞまりしかば、女房達大に驚き歎き悲しみて、涙は雨の如。

是ゆるし給へと手を合せ詫び言す。

刀自、さて懲(こ)り給へとて又指さしければ、もとの姿となりたり。

義広大に怒りて、刀自を殺さむ事を謀られたり。

刀自先立て是を知りつゝ、君此心ざしあり。

国運久しかるまじ。

今より五百月の後、必らず横さまに〓あらむと書おきて、坐を立かと見えし。

二度その行きかたを知らず。

追て国中の山々くまなく求むるにこれなし。

義広曰、五百月は四十余年也。

我なんぞそれまでの命あらんやと。

然るをよく/\見れば、百の字にはあらで箇(か)の字也。

果して五箇月の後、北条氏康のために〓野台(かうのたい)にして敗漬(はいせき)し

けり。

そも/\岩田刀自は生国如何なる所とも知らず。

誰がしの子とも聞えず。

又その終る所も後に知る人なしといふ。

遊女(ゆうぢよ)宮木野(みやぎの)

宮木野は、駿河の国府中(ふちう)の旅屋(たびや)に隠れなき遊女也。眉目(みめ)かたちうつくしく、手よくかきて、哥の道に心をかけ、情の色ふかゝりければ、近きあたりの人これをしたひ、風流(ふうりう)のともがらこと%\くこれになれざるをうらみとし、好事(かうじ)のものみなこれにちぎらざるを恥とす。此故に中古このかたにはたぐひなき遊女(ゆうぢよ)なりとて、いにしへの虎御前(とらごぜん)になぞらへ力寿(りきじゆ)にくらべて、たかきいやしきおなじ心にもてはやしけり。

八月十五夜若き人々此家に入り来て、月をもてあそび歌よみけるに、宮木野かくぞいひける。

        眺むればそれとはなしに恋しきをくもらばくもれ秋の夜の月

        いく夜われおしあけがたの月影にそれと定めぬ人にわかるゝ

此歌まことに我身にとりてさもあらめと、一座のともがら或は笑ひ或は感じけり。

其座にありける人の中に、藤井清六といふ者あり。

先祖は国司の家人にて京家の者なりしが、此所に住つきて地下にくだり、田地あまた持て富栄え、今その末に及ぶまで、府(こう)の間には富裕の人といはれ、殊更清六は風流を好み情深き者也。

父はむなしくなり母一人あり。

みづから妻もなくひとりすみて、いとゞ物かなしき秋の月に嘯き、今宵しも此座につらなり、宮木野が此歌を聞くに、見めかたちといひ才智かしこきにめでゝ、旅やのあるじに価多く出し宮木野をこひうけて妻とせり。

藤井が母是を聞て、府中には人にもさがらぬ家督(かごく)なれば、如何ならん名もある人の娘をも迎へて、我新婦(よめ)とも見ばやとこそ思つるに、遊女を妻とせむはこれ本意なけれども、よしや我子の見るべき面倒を、今は如何にいふとも詮なし。

早く呼入れよとて家に迎へとりて見るに、みめかたち美しきのみならず、心ざま優にやさしかりければ、母限りなく喜び、たとひ大名高家の娘なり共、生れつき人がましからずは何にかせむ。

この女は如何なる人の末にも侍べれ、たぐひなき女の道知れる人ぞや。

我子のまどひめでけるこそことわりなれとて、世にいとほしみかしづきけり。

宮木野は今はひたすら姑(しうとめ)につかふること我まことの母の如く、孝行の道更にたぐひすくなうぞ行ひつとめける。

京都に叔父あり。

清六が母のため弟(おと)也。

頻りに心地煩ひしかば、死べく覚えて人をくだしていひけるやう、清六をのぼせ給へ、

いひおくべき事侍りといふに、母かぎりなく悲しく思ひ、急ぎ上りて見よ、みづから女

の身なれば飛立ばかりに思へ共そもかなはず。

和殿は男なれば何か苦しかるべき。

その有様見届けて給(たべ)といふ。

清六いかゞすべきと案じわづらふ。

宮木野いふやう、老母の思ひ給ふところ、此たび京に上らずば、ひとつにはみづからに

心とゞまりて叔父の事を忘れたりといはん。

ふたつには母の心にそむく不孝の名を受け給はん。

只上り給へ。

さりながら老母すでに年高く病多し。

君はる%\の都に行給はゞ、昔の人のいひ置し、事をつとむる日は多く、親につかふる

の日は少なしとかや。

西の山の端(は)に入かゝる月の如く弱り給ふ母なれば、必ず一足も早く帰り給へとて、

すでに門出の盃とりかはして、又逢べき道ながら、わりなき中はしばしの別れも悲しく

覚えて、宮木野なみだをうかべて、

        うたてなどしばしばかりの旅の道わかるといへば悲しかるらむ

と詠じければ、清六もかくぞ口すさびける。

        つねよりは人も別れを慕ふかなこれやかぎりの契りなるらむ

とて涙にむせびければ、母きゝて、

「あないま/\し。

やがて帰るべき道を、是まで名残ををしみける事よ」とて、

出したてゝ京にぞ上せける。

すでに都にのぼりしかば、叔父(をぢ)ことの外にいたはり、つゐにはかなくなりぬ。

子ありけれどもいとけなく侍べりしかば、妻の一族(ぞく)に財賓(ざいほう)こと%\くあづけ、此子よくそだて給へとて跡の事とりまかなひ、それよりやがて国にかへりくだらんとせし処に、諸国のうちみだれたちて、所々に関(せき)をすへ往来(わうらい)の人を通路(つうろ)せさせず。

あるひは国ならび郷(がう)つゞき、たがひに出あふて軍(いくさ)する事毎日に及べり。

清六も心のまゝに道をも過得ず、旅やより旅やにうつり、ここかしこせしほどに、一年あまりになりけり。もとより通路たやすからねば、たがひにたよりを絶て生死(いきしに)の事も聞えず。

さる程に府中の母は我子の久しく帰らざるを心もとなく、朝夕に恋悲しみ、かゝるべし

とだに知るならば、のぼすまじき事にて侍べりしを、悔(くや)しくも遣はして、生(

いき)たりとも死(しに)たりとも聞ざる事こそ悲しけれとて、只泣きになきつゝ、重

き物思ひのやまひとなり、床に臥して日をかさぬ。

宮木野これに事(つか)へて夜(よる)昼の別ちもなく、薬といへ共みづからまづ飲(

のん)で後に参らせ、粥といへどもみづから煮て進め、神仏に祈り、我身を替りにして

姑(しうとめ)の病をいやし給へと祈りけれども、更にしるしなし。

〓年ばかしの後今ははや此世の頼みもなくなりければ、姑すなはち宮木野をよびて、我

子すでに都に赴き、世のみだれに道せばくして久しく便りなし。

我又重き病に苦しむを、新婦(よめ)として我に仕へ給ふ事、誠の子といふとも如何で

かくあらん。

孝行なる事世にたぐひなし。

今は心に残る事もなし。

此恩を報ぜずして命むなしくなる也。

和君必ず子を産み給はん。

我は孫をも見ずして死なむ。

其子和君に孝行なる事、又今和君の我に仕へて、こまやかなる如くなるべし。

あなかしこ。

天道物知る事あらば、此言葉たがふべからずとて、そのまゝ絶入りてよみがへらず。

宮木野悲しみ深く、涙の落る事雨の如し。

葬礼の事取まかなうて、七日々々のとふらひ其分限に過たる此物思ひに、髪かじけはだ

へ痩せて、よその見るめもあはれに覚えし。

永禄十一年武田信玄駿州に発向して、府の城にとりかけ、民屋(みんおく)に火を放ち

て焼たてければ、今川氏真は落うせらる。

武田方の軍兵家々に乱れ入て、乱妨分捕(らんばうぶんごり)して狼藉いふばかりなし。

宮木野が眉目(みめ)かたち美しかりければ、軍兵ども捕(ごり)ものにして犯(おか)

し汚(けが)さんとす。

宮木野奥深く逃こもりみづから縊(くび)れて死侍べり。

兵共その貞節をあはれみ、家のうしろの〓の木の本に埋みけり。

いくほどもなく、駿府(すんぷ)は武田の手にいりてしづかになり、道ひらけて通路(つうろ)たやすく、海道(かいだう)の諸大将も和ぼくせし比なれば、藤井清六やう/\にして国にかへりければ、駿(すん)府のありさま替りはて我家には人もなし。

柱傾き軒崩れ、草のみ茂くあれまさり、老母宮木野はいづち行けむとも知る人なし。

門に出て見れば、年比めし使ひける男出来れり。

是をよびて尋ぬるに、老母いたくわづらひ給ひけるを、宮木野我身に替らんと神仏に祈

り、昼夜付添うて看病せしに、其甲斐なく果給ふ。

其後武田信玄のために府中を追おとされ、今川氏真公は行方なし。

宮木野は敵軍の手に身をけがされじとて縊(くび)れ死(しに)給ふを、兵ども其貞節

を感じて、後の〓の木(こ)もとに埋みしと語るに、藤井かなしさ限りなく、血の涙を

流し、なく/\かばねを掘起して見れば、宮木野が顔かたちさながら生てあるが如く、

肌(はだへ)の色おとろへず。

藤井はもだえこがれ、絶入/\歎け共甲斐なし。

それより母の墓とひとつ所に葬りつゝ、墳(つか)に向ひて花香たむけて口説(くどき)

けるやう、君は平生才智かしこく、心の色深し。

人に替りて身のおこなひよく道を守れり。

たとひ死すとも世の常の人には同じからず。

されば久しく音づれの絶しも我咎(とが)ならず。

心にまかせぬ浮世のわざ也。

黄泉(よみぢ)の底までも物知る事あらば、一たび我にまみえ給へとて、明れば墓にゆ

き、暮れば家に歎きて、二十日ばかりに及ぶ。

月くらく星あらはなる夜、藤井ひとり灯(ともしび)かゝげて坐しければ、宮木野が姿

は影の如くにして出来り、君が心に念願する所を感じて、司録神(しろくしん)にいと

まを乞うて現れ来るとて、始終(しじう)の事共なく/\物語して、すご/\と立居た

り。

藤井これを見るに悲しみ今更にて、わが老母に孝行ありし事、其身を殺して貞節をまも

りし事まで感じて泣ければ、宮木野いふやう、みづからもとより官家高門の娘にあらず。

あだにはかなきながれの身となり、人に契りて心をとゞめず、明がたに別れて名ごりも

知らず。

色をつくろひ花を飾りて旅人に眩(てら)ひひさぎ、身はさながら路(みち)の上(ほ

とり)の柳、坦のもとの花、ゆきゝの人に手折られむ事を思ふ。

姿をなまめき言葉をたくみにして、きのふの人を送りては今日の客(かく)を迎へ、西

より下れば西なる人の婦(め)となり、東より上れば東(あづま)の人の妻となり、う

きたる舟のよるべ定めぬ契りをかはし、すみつきがたき恋にのみ月日を送りしを、君に

逢てまことの妻となり、昔の習はしを捨てゝ正しき道をおこなはんとす。

思ひかけずかゝる禍に逢事も前世のむくひ也。

さりながら貞節孝行の徳により、天帝地府(ちふ)我を変じて男子となし、今鎌倉の切

通しに富裕の家あり。

高座(たかくら)の某(なにがし)と名づく。

君こゝに来り給へ。

明日生れ侍べる也。

君には逢はゞ笑ひ侍べらん。

これをしるしとし給へとて霧の如くきえうせたり。

藤井いよ/\歎きながら、七日の後鎌倉に行て高座(たかくら)の某が家に尋ね入て、

此間生れし子やある、子細侍べり、見せて給(たべ)といふに、まづ胎内に廿月あり。

生れてより今に至り夜(よる)昼なきて声絶ずとて出し見せしかば、此子莞爾(にこ)

と笑ひて、それよりなきやみて又声たのしめり。

藤井ありのまゝに物語しつゝ、一族の契約して、往来(ゆきゝ)の音信(おとづれ)た

えずといふ。

蛛(くも)の鏡(かゞみ)

永正年中の事にや、越中の国砺並(となみ)山のあたりにすむ者あり。

常に柴をこり山畑を作り、春は蚕(かひこ)を養うて世を渡る業(わざ)とす。

蚕する比は猶山深く入て、桑の葉を買もとめ、夏に至れば又山中の村里を尋ねめぐり、糸帛(いとわた)を買あつめ、諸方に出し、あきなうて利分(りぶん)を求む。

山より山をつたひて深く分入ところ、谷深く水みなぎりて渡りがたき所多し。

或は藤葛の大綱を引渡し、苔の両岸の岩根大木につなぎ置く。

道行(ゆく)人この綱に取つき水を渡る所もあり。

然らざればみなぎる水矢よりはやくして押流され、岩角に当りてくだけ死す。

或は東の岸より西の岸まで葡萄蔓(ずる)の大綱を引張り、竹の篭を懸け、道行人を是に乗せ、向ひより篭を引寄する。

その乗(のる)人もみづから綱(つな)をたぐりて伝ひ渡る。

もし篭の緒きれおつれば、谷の逆巻く水に流れ、岩に当りて死する所もあり。

五月の中比砺並(となみ)の商(あき)人、糸帛(わた)を買(かふ)ために山中深く赴きしに、さしも険しき谷に向ひ、岸は屏風をたてたるが如く、水は藍(あゐ)をもむに似て、

大木はえ茂り、日影もさだかならぬに、谷のかたはらに径(わたり)三尺ばかりの鏡一面(おもて)あり。

其光り輝きて水にうつりて見えたり。

かのもろこしに聞えし、楊貴妃帳中の明王鏡(みやうわうきやう)、〓州張〓(へんしうちやうき)が神恠鏡(しんくわいきやう)といふともこれにはまさらじ。

百練(れん)の鏡こゝに現れしや。

天上の鏡のおちくだれるや。いかさまにも霊鏡なるべし。

岩間を伝ひて取りて帰り徳つかばやと思ひ、其あり所をよく見おほせて家に帰り、妻に物語りければ、妻のいふやう、いかでか其谷かげにさやうの鏡あるべきや。

たとひありとても身に替へて宝を求め、跡に残して何にかせむ。

もし足をあやまち水に落入らば、悔むとも甲斐なからん。

只思ひとまり給へといふ。

商人いふやう、更にあやまちすべからず。

未だ人の見ざるあひだに早くとりをさめて徳つかばやとて、夜の明るを遅しと刀を横たへ出て行。

妻こゝろもとながりて、召使ふ男一人我子と共に三人、鉄垢鑓鉞(さびやりまさかり)なんどもちて跡より追て行。

山深く入て谷に向へば、白き光り輝きまろく明らかなる大鏡あり。

商人谷の岩かどを伝ひ、其光のあたり近く行かと見れば、大音あげてさけび呼ぶ事只一声にて音もせず。

妻と子と驚きて谷にくだりければ、商人は蚕の繭の如く糸にまとひ包れて、大なる蜘蛛の黒色なるが取り付きてあり。

三人のもの立かゝりて鑓にてつきおとし、鉞(まさかり)にて切倒し刀を以て糸を割(さき)破りしかば、商人は頭(かしら)の脳おちいり、血流れて死す。

その蜘蛛の大さ、足を伸べたるかたち車の輪の如し。

妻子なく/\柴をつみ火を鑽(きり)て踟蜘を焼ければ、臭き事山谷に満ちたり。

夫(をつと)の尸(かばね)をばとりて帰り葬(さう)しけり。

其かみより鏡に化(け)して、をり/\人をたぶろかしとりけるとぞ。

白骨の妖恠

長間(ながまの)佐太は濃(ぢよう)州の者也。

文亀丙寅(ひのへとら)の年、公方の軍役(ぐんやく)に駆(から)れて京都に上り、役果てゝ後も国に帰らず、わすれてもまた手にとらじあづさ弓もとの家路をひきはなれてはと詠じて道心おこし、都の北、柏野のかたほとりに、

草の庵を結び、さすがに乞食(こつじき)せんもあまりなれば、北山に行て柴といふものを買受けて、都に出て売しろなし、少しの利を求め、餅(もちひ)くひ酒かうて打飲みつゝ、庵にかへる時は尻うちたゝき歌うたひ、

或時は房(てら)に行て庭の塵を掃治し、仏前の〓(ほこり)をはらひ、日暮て道遠ければ堂の軒に夜をあかし、明れば又柴をになひ売りけり。

〓染の帷子(かたびら)一重(ひとへ)だに、肩すそ破れ侍れども、心にかゝるすべもなし。

土岐成頼(ときなりより)が家人石津の某(なにがし)といふものは、同国のよしみを以て、小袖ひとつ銭三百文を〓へて、時々はこゝへおはして食事をも受け給へといふ。

佐太是をとりて庵に帰りしが、四五日ありて銭も小袖も皆返していふやう、物をたくはゆるといふは、妻子のある人にとりての事ぞや。

我は思ひ離れて妻子もなし。

身ひとつは行先を泊りと定め、食事はあるにまかせ、物事に心をとゞめねば、楽しさいふばかりなし。

然るを此小袖銭を庵におきぬれば、外に出ては早く帰らんと思ひ、出る時には戸をたて、盗人にとられじと用心に隙間なく、此程のたのしみこと%\くうせはてたり。

只これ程の物に心をつかはれむは、誠に〓間しからずやとて返し侍べり。

或日北山に赴き帰るさ遅く、蓮〓野にさしかゝりては夜半ばかりと覚ゆ。

道のかたはらにひとつの古塚(ふるつか)ありて、俄に両方にくづれ開けたり。

佐太は心もとより不敵にして、力も強かりければ、少しも驚かず立とまりてみれば、内よりひかり出て、あたり迄輝く事松明(たいまつ)の如し。

一具の白骨ありて、頭(かうべ)より足まで全くつゞきながら、肉もなく筋も見えず。

只白骨のみかうべ手足つらなりて臥し(ふし)てあり。

其外には何もなし。

この白骨俄にむくと起上り、佐太にひしといだきつきたり。

佐太はしたゝか者なれば、力にまかせて突きければ、のけさまにたふれて、頭(かしら)手足ばら/\とくづれちり、重ねて動かず。

火の光も消えてくらやみになりたり。

如何なる人の塚とも知れず。

次の日行て見れば、白骨くだけ塚くづれてあり。

後に佐太は其終る所を知らず。

死難先兆(なんにしすのせんてう)

享(かう)徳年中に、細川右京大夫勝元が家人、磯谷(いそのや)甚七といふもの〓寝を致しけり。

其妻面(おもて)に出たれば、誰とも知れざる人右の手に太刀を引そばめ、左の手に磯谷が首をひつさげて走り出て去けり。

妻大に驚き恐れて内に入て見れば、磯谷は前後も知らず臥(ふし)てあり。

妻は胸つぶれ手足なえて、只夢の如くに覚えたり。

かくて驚かしければ、磯谷ねふりを覚まし起あがり、我夢に或人それがしの首うちきりてもち去とみたり。

怪しくも心にかゝる也とて、やがて山臥(ぶし)を雇ひ夢ちがへの法をおこなはしむ。

其月の末に主君勝元が、将軍家に御いきどをりをかうぶる事ありて、是を陳じ申さんが為にとがを家人におふせて、是非なく磯谷が首を切らせ、これをもつて我身のとがをのがれたり。

伽婢子巻之七

絵馬之妬(ゑむまのねたみ)

伏見の里御香(ごかう)の宮は、神功皇后の御〓(みべう)也。

もとより大社(しや)の御神なれば、諸人あゆみを運びあがめまつる。

常に宿願あるともがらは、絵馬を掛け湯を参らせて祈り奉るに、願ふ事むなしからず。

この故に、神前にかけ奉る絵のかず多く、繋馬挽馬帆(つなぎむまひきむま)かけ舟花鳥草木、又其中に美女の遊ぶ所なんど、様々の絵あり。

文亀年中に都七条辺の商(あき)人、奈良に行かようて商買する者あり。

九月の末つかた、奈良を出て京に帰りける。

秋の日のならひ程なくひくれて、小椋堤(をぐらつゝみ)を打ちこえて伏見の里に付きたれば、はや人影もまれになり、狐火は山際(ぎは)に輝き、狼の声くさむらに聞こえしかば、商人物すごく覚えて、御香の宮に立入り夜を明かさむとす。

拝殿に臥(ふし)て肱(ひぢ)を枕とし、冷(さやか)松風の音を今夜の友と定め、幽かなる御灯(ごこう)の光をたよりとして暫くまどろみければ、人、あり枕元に立寄りて驚ろかす。

商人起上がりて見れば、青き直衣(なほし)に烏帽子着(き)たる男ありていふやう、只今止事(やごと)なき御方こゝに遊び給ふ。

少し傍(かたわら)へ立のきて休み給へといふ。

商人心得ぬ事と思ひながら、傍にのきて見居たれば、美女一人女(め)童(わらは)を召つれ拝殿に昇る。

むしろの上に錦のしとねを敷き、灯火(ともしび)かゝげ酒さかな取出し、かの女かたはらを見めぐらし、商人うづくまり居たるを見て少し打ち笑ひ、如何にそこにおわするは旅人なりや。

道に行暮て、それならぬ所に夜を明すは、侘しきものとこそ聞くに、何か苦しかるべき、こゝに出て遊び給へといふに、商人嬉しくて、恐れながら這出つゝかしこまる。

只近く寄て打解け酒飲み給へとて、しとねの上に呼びて打向ひたる気はひ、誠に太液(たいえき)の芙蓉未央(びやう)の柳、芙蓉はおもての如く、柳は眉に似たりといひけむ陽貴姫は、昔語りに聞き伝ふ。一たびかへりみれば国を傾け、二たびかへりみれば城を傾くと云ひし李夫人(りふじん)は、目に見ねばそも知らず。

これは如何なる人のこゝにおはしけむ。如何なる縁ありて此座にはつらなるらん。

夢か夢にあらざるか知らず。

我ながら魂浮かれて、更にうつゝとも思われず。

女の童(わらは)も十七八其顔かたちならべてならず。

眉墨の色は遠(とほ)山の茂き匂ひをほどこし、白き歯は雪にもたとふべし。

腰は糸を束(たば)ねたるが如く、指は筍(たかんな)の生出たるに似たり。

物いふ声いさぎよく、言葉さすがにふつゝかならず。

主君の女房盃とりて商人にさしければ、覚えず三献(こん)をうけてのみければ、女の童箜篌(くこう)を取出して弾く。女房は東琴(あずまごと)取出させ、柱(ことぢ)たてならべ調子とりて、さゝやかに歌うて弾(ひき)けるに、商人魂飛び心消えて敷き杯を傾け、其此世にはやりし波枕と云ふ歌をうたふ。

声よく調(との)ほり曲節(ふし)おもしろきに、琴箜篌(きんくこう)のしらべを合わせければ、雲井に響き社頭にみちて、梁(うつほり)の塵も飛ぶばかり也。

商人大に酔てふところをさぐるに、白(びやく)銀花形の手箱あり。

之を女房に奉る。

又〓〓(たいまい)琴爪一具を包みて女(め)の童(わらは)に興へ、手をとりて握りければ、女の童〓爾(にこ)と笑ひて手をしめ返しけるを、主君の女房見つけて、妬(ねた)む色外に現れつゝ、あやにくにさのにまふきそ松の風我しめゆひし菊のまがきを

とてそばにありける盃の蓋をとりて、女の童が容(かほ)に投げつけしかば、破れて血流れ、袂も衣裏(えり)もくれなゐになりければ、商人驚きて立上がると覚えし、夢は覚めたり。

夜あけて後、懸並べたる神前の絵を見るに、錦のしとねの上に美しき女房琴を弾き、其前に女の童箜篌(わらはくこう)を弾きける。

其かたわらに青き直衣(なおし)に烏帽子着たる男坐して有り。

女(め)の童(わらは)のかほ、大に破れたる痕あり。

夢のうちに見たりける容(かほ)かたちに少しも遠はず。

疑もなくこの絵に書たる女の、夢に戯れ遊びけるが、絵にも情のつきては、女は物妬(ねたみ)ある事こゝに知られたり。

そも/\この絵は誰人の筆といふ事を知らず。

廉直頭人死司官職(れんちよくのごうにんしゝてくわんしよくをつかさぐる)

芦沼(あしぬま)次郎右衛門重辰(しげとき)は、鎌倉の管領上杉憲政公(のりまさこう)の時に、相州藤沢の代官として病によりて死す。

芦沼が甥三保(みほの)庄八と云者其跡に替りぬ。

芦沼は一生の中、妻を持たす妾(おもひもの)もなく、只其身を潔白に無欲をおもてとしさして    学問せるにもあらず、又後世を願ふにもあらず。

天性(むまれつき)正直正道にして百姓を憐み、少しも物を貪る思ひなし。

それに引替へ、庄八大に百姓を虐(しいたげ)げ、欲深く貧りければ、此人久しく続くべからずと、爪弾きして悪み嫌ひけり。

庄八或夜の夢に、怪き人来りて其面(おもて)に怒れる色あり。

付従ふ者十余人手毎に弓〓長刀もちたり。大将顧みていふよう、三保庄八が悪行つもれり。

高手小手に絞めて首(かうべ)を刎ねよといふ。

其時に伯父芦沼来りて、庄八が所行まことに人(にん)望に背けり。

其科(とが)かろからずと雖も、まげて許し給はらん。

然らば髪を剃り侍べらんと云ふ。

大将少し打笑ひ、汝が甥なれば憐み思ふところ理りなきにあらず。

但し今よりのち日比の悪行を改めて、善道に赴くべき歟とありしに、庄八恐れて怠状しければ、大将すなわち我が見る前にして髪をそれとて、剃刀を取出し、押えて剃落しぬ。

かくて夢さめしかば、かしらを探りて見るに、髪はみな落て枕もとにあり。

是非なき法師になされたり。

妻子これを見て泣悲みけれ共甲斐なし。

庄八は暇乞うて、心(しん)も起らぬ道心者となり、光明寺に篭りて念仏唱へ居たり。

或夜芦沼入来れり。

庄八入道夢の如くに覚えて、扨如何にして来り給ふよと云へば、芦沼云やう、汝入道して仏法に帰依しながら、ついに我墓(はか)所にまうでたる事なし。

明日かならす参りて卒塔婆を立てよといふ。

さていかに書て立べきと問(とふ)に、硯を請ううて書たり。

其文字皆梵形(かたち)にしてよむ事かなはず。されば人間と迷途(めいど)と文字同じからず。

是は光明真言也。後(うしろ)に書くべきは我戒名也。

我死して地府(ぢふ)の官人となれり。

汝日比悪行を以て私を構へ、百姓をせめはたり、定(さだめ)外に賦斂(ふれん)を重くし、糠藁(ぬかわら)木竹に至るまで貪り取ておのれが所分となし、恣に非道を行ふ。

此故に疎まれ人望(にんまう)に背き、天帝是を悪みて福分の符を破り、地府是を怒りて命の籍を削り、悪鬼たよりを得て禍をなす。

汝かならず縲紲(るいせつ)の縄に縛られ、白刃の鋒(きつさき)に掛かり、身を失ひ命を亡ぼし、其あまり猶妻子に及ばんとす。

我是を憐み出家になして禍に替へたり。

然るを我恩を思い知らず、終に墓所(むしよ)にもまうでずと責(せめ)ければ、庄八一言(ごん)の陳(ちん)ずべき道なし。

酒を出して勧めければ、飲たりと見えて却て故(もと)の如し。

庄八とひけるやう、君已に地府の官人となり、又何事をか職とし給ふ。

芦沼答へけるは、此人間にして区一徳一芸ある者、心だて正直慈悲深く私の邪まなきは、皆死して地府の官職にあづかる。

たとひ勝れて芸能あるも邪奸曲にして私あり、君に忠なく親に孝なく、誠を行はざる者は、死して地獄に落つ。

後世を願うといへども、我宗に着(ちやく)して他の法をおとしむる者は、是やがて謗法罪(ばうはふざい)なれば、たとひ強く修行すれども、死して地獄に落る也。

然ればわれ常に慈悲深く百姓を憐れみ、君に忠を思ひ邪欲奸曲を恐れ、私をかえりみず正直正道を行ひし故に、今地府の修文郎(しゆぶんらう)といふ官にあづかり、天地四海八極の人間の善悪をしるし侍べり。

青砥(あをど)左衛門藤孝(ふじたか)、長尾左衛門昌賢(まさかた)以下我その数に加られ、修文郎の官八人あり。

楠正成細川頼之は武官の司(つかさ)となり、相模守秦時最明寺時頼入道は文官の司なり。

其以前文武官職のともがらは、皆辞退して仏になり侍べり。

今は文武の両職になるべき人なし。

されば毎日地府の庁に来る者、日本の諸国より市の如く見ゆれ共、皆不忠不義不孝奸曲なるともがら、我が知れる人ながら、私には贔負(ひいき)もかなはず、地獄に送り還す。

其ふだを出すも痛はしながら是非なきなりといふ。

庄八とひけるは、生たる時と死して後とは如何ならんと。

答へて曰、別に替る事なし、され共死する者は虜にして生たる時は実するのみ也。

又問けるやう、然らば魂二たびかばねの中に心の儘に還り入(いら)ざるは、如何なる故ぞや。

答へて曰、例へば人の肘(かいな)切落すに、落たるかいなに痛なきが如し。

死してかたちを離るれば、其体は土の如く覚え知る所なし。

又問けるやう、此春世間に疫病はやり、人多く死す。

是如何成故ぞといふ。

芦沼が曰、三浦道寸その子荒次郎は、正直武勇の者とて暫し地府に留め、武官の職に補せらるべき所に、謀叛を企て人をとりて我軍兵にせん為に、恣に厄神(やくじん)を語らい疫病を行ひし所に、其事顕れて、北帝(ほくてい)これを捕へて地獄に送り遣はし給へりといふ。

又問けるは、生(いき)たる時にくき怨(あだ)を死して後に害すべきや。

答へて曰、迷途の庁には生(いけ)るを守り死するを憐み、殺す事を嫌ふ故に、此世にして敵なれども、死して後には心の侭に殺す事かなわず。

其中にもしはわが敵の亡霊(まうれい)を見て、是におびえて死する者は、元これ悪人也。

地府より是を戒められ、其敵を遣はして命を奪ひ給ふもの也。

今は夜も明けなむ。

かまへて道心堅固なるべし。

邪なる道に入て地獄に落る事なかれとて、立出るとぞ見えし、姿は消失せぬ。

庄八今は浮世を思ひ離れ、念仏怠たらず来迎(らいこう)往生を遂げにけるとぞ。

飛加藤

越後の国長尾謙信(ながをのけんしん)は、春日山の城にありて、武威を遠近に輝かし給いける所に、常陸国秋津(あきつの)郡より名誉の窃盗(しのび)の者来れり。

しかも術品玉(じゆつしなだま)に妙を得て人の目を驚す。

或時さま%\の幻術を致しける中に、ひとつの牛を場中(ばなか)に曳出し、かの術師是を呑み侍べり。

一座の見物きもをけし、奇特の事にいひけるを、其場のかたはらなる松の木に登て見たる者ありて、只今牛を呑みたりと見えしは、牛の背中に乗り侍べりとよばゝるに、術師腹をたて、其場にて夕顔を作る。

二葉より漸々に蔓はびこり、扇にてあふぎければ花咲出つゝ、忽に実なりけり。

諸人かさなり集り足をつまだてゝ見るうちに、かの夕顔二尺許になりけるを、術師小刀を似て夕顔の帯(ほそ)を切りければ、松の木に登りて見たる者の首切落されて死けり。

諸人奇特の中に怪みをなし、眉を顰めたり。

謙信聞給ひ、御前に召して子細をたづねられしに、幻術の事は底をきはめて得たり。

手に一尺余りの刀を持(もち)ては、いかなる堀塀をも飛越し城中にしのび入に、人更に知らず。

此故に飛加藤(とびかごう)と名を呼び侍べりといふ。

さらば試しに奇特をあらはし見せよとの給ふ。

今夜直江山城守が家に行て、帳台に立置たる長刀取て来れとて、山城守が家の四方に隙間もなく番をおき、蝋燭を間ごとにともし、番の者男女ともに、おくはし皆まだゝきもせずして居たりけるに、内には村雨(むらさめ)とて逸物(いちもつ)の名犬あり。

怪き者を見ては頻りに吠怒り、然も賢き狗にて夜(よる)は少しも寝ず

屋敷のめぐりを打まはり/\

猪のしゝといへ供物のかずとも思はぬ程の犬也。

これを放ちて門中の番に添えたり。

飛加藤己に夜半ばかりにかしこに赴き、焼飯(やきいひ)一つ二つ持て行かと見えし、犬俄に溺れ死す。

かくて壁をのり垣を越えて入けるに、番の者半(なかば)ねふりて知らず。

暁がたに立帰る。

帳壷に有し長刀、並に直江が妻の召使ふ女(め)の童(わらは)の、十一になりけるをうしろにかき負て、本城に帰り来るに、女の童深くねふりてこれを覚えず。

番の輩ねふるとはなしに少も知らず。

謙信これを見給ひ、敵を亡すには重宝(ちようほう)の者ながら、もし敵に内通せばゆゝしき大事也。

この者には心許して召抱え置く者にあらず。

たゞ狼を飼て飼(かふ)てわざはひをたくはふるといふものなり。いそぎうちころせ」とのたまふ。

直江(なをえ)すなはちわがもとによびて、めしとりてころさんとはかりけるを、加藤これをさとりて出ていなんとするに、諸人これをまぼり居たればかなはず。

加藤いふやう、「なぐさみのため、面白き事して見せたてまつらん」とて、錫子(すゞ)一対(つい)をとりよせ前にをきければ、錫子の口より三寸ばかりの人形廿ばかり出てならびつゝおもしろくをどりけるを、座にありける人々目をすまし見けるほどに、いつのまにやらむ加

藤行さきしらずうせにけり。

後に聞えしは、甲府の武田信玄の家にゆきて、跡部大炊助につきて奉公を望みしに、古今集をぬすみたる窃盗(しのび)に手ごりして、ひそかにうちころされしといへり。

  鬼谷に落て鬼となる

若州遠敷(ぢやくしうをにふ)郡熊川といふ所に、蜂谷孫太郎といふ者あり。

家富み栄えて乏き事なし。

この故に耕作商売の事は心にも掛けず、只儒学を好みて僅に其片端(かたはし)を読み、是に過たる事あるべからずと、一文(もん)不通の人を見ては物の敷ともせず、文字学道ある人を見ても、我には優らじと軽慢(けうまん)し、剰へ仏法をそしり、善悪因果のことわり、三世流転の教を破り、地獄天堂裟婆浄土の説をわらひ、鬼神幽霊の事を聞ては、更に信ぜず。

人死すれば魂(こん)は陽に帰り、魄は陰にかへる。

形は土となり、何か残る物なし。

美食に飽(あき)小袖着て、妻子ゆたかに楽(らく)

中有魂形化契(ちうのたましひかたちけしてちぎる)

尾州清洲(きよす)といふ所に、小山田記内(おやまだきない)といふ者あり。

或夕暮に門に立て外(そと)を見居たりければ、年の程十七八と見ゆる女顔かたち世の常ならず、美しくなべての人とも覚えざるに只独り西の方より東に行く。

明る日の暮方門に出しかば、又かの女西より東に打過る。

記内も又近きあたりにては美男の聞えあり。

女つら/\記内を顧みて、心ありげながら打通る。、〓て四五度に至りて、又夕暮に門に立たりしかば、女則来る。

記内立よりて女の手をとり〓れて、君はいづくの人なれば、日暮毎にこゝを打通り、いづ方に行給ふと問ば、女さしも驚く色なく打わらひ、みづからが家は是より西の方にあり。

所用の事あありて東の村に行也といふ。

記内こゝろみに手を取り内に引入んとすれば、更に否とも云はず。

やがて親しみつゝ、その夜はそこに泊りてわりなく契りつつ、夜の明方に暇乞しつゝ立帰る。

又いつか来まさんと云へば、女は人目を忍ぶ身の、其日をさして必ずとは契り難しとて、

  なほざりに契りおきてや中々に人の心のまことをも見む

と云ひしかば、記内は歌までやはと思ふに、かく聞ゆるにぞ、いとゞわりなく覚えて、返し、

  いひそめて心かはらば中々に契らぬさきぞ恋しかるべき

かくてきぬ%\の別れの袖、又朝露にぬれそめて、なごりぞいとゞ残りける。

四五日の後夕暮に又来りぬ。

今は互に打とくる、其下紅のわりもなく、結ぶ契りの色深く、よひ/\ごとの〓守も、恨めしきこゝちして、後には夜ごとに来りけり。

記内いふやう、かほどにわりなく契る中に、なにか苦しき事のあらん。

君が家こゝもとに近くば、我又君がもとに行通ひ侍らんものをといふ。

女答へけるは、みづからが家ははなはだせばくしていと見ぐるし。

いかにして人を待うけ、一夜をあかすべきよういもなし。

そのうへみづからが兄は、今はなき人となり、その妻やもめにて内にあり。

此あによめの目をしのべば、中々心ぐるしく侍べりといふ。

記内きゝてげにもとおもひ、いよいよ人にもかたらず、ふかくしのびてちぎりぬ。

  此女は又たぐいなき縫張に手きゝなり。夕暮ごとに来て、夜もすがら記内が小袖やうの物あらひすゝぎ、縫たてゝ着せ、あるひは麻績つむぎて、うつくしくほそき布をり立て着せければ、見る人これは世の常の布にあらず。筑紫の波の花、越後の雪曝といふとも、これほどにはよもあらじと、ほめぬ人はなし。後には見めよき女の童一人をめしつれてかよい来り、これも又手きゝ也。かくて半年ばかりの後は、昼もとゞまりて、めのわらはとおなじく絹ををり、縫立て記内に着せ、家の中よろづ甲斐%\しくとりまかなひけり。記内云やう、夜るさへ忍ぶ身の、昼だに帰り給はずは、もし嫂の思ひとがむる事あるべしといふ。女のいふやう、いつまでしゐて人の家の事、さのみにしのびはたさむ。君の心も又いかならん。すゑたのみがたけれ共、ひたすらわが身を君にすてゝ、かくこゝには通ひ来る也といふに、記内いとゞうれしさかぎりなく、めでまどひけるもことはり也。

  ある夜女来りて、いつにかはりうれへ嘆きたる色みえて、そゞろに涙をながしてなきけり。記内とひければ、されば今までは君に思はれまいらせ、みづからもわりなく頼みし中なれども、わかれはなるべき事出来て、そのかなしさに涙の落るといふ。記内大におどろき、君とわれ、千とせを過るとも、心ざしは露かはらじとこそちぎりけれ。いか成ゆへにわかれはなるべきといへば、女は、今は何をかつゝみまいらすべき。みづからは飯尾新七がむすめ也。年十七にて病によりてむなしくなり、明日はすでに第三年にあたれり。死して中有にとゞまる事、三年をかぎりとす。三年過ぬれば、その業因にまかせて、いづかたになりとも生を引ておもむく。今宵かぎりのわかれと思へば、かなしくこそ侍べれとて、しきりになきかなしみければ、記内は幽霊と聞ながらも、このほどの情をおもふにおそろしげはなく、たゞかなしき事かぎりなし。夜もすがらねもせず、女房は白銀のさかずきひとつ、玉をちりばめたる花瓶のちいさきにとりそへて、君もしわすれ給はずは、これをかたみに見たまへとて、

        おもかげのかはらぬ月におもひいでよちぎりは雲のよそになるとも

とて、なく/\わたしければ、記内も色よき小袖に白き帯とりそへて、女にあたへつゝ

        待いづる月の夜な/\そのまゝにちぎり絶すなわがのちの世に

とかきくどき、なきあかし、鐘の声遠くひゞき、鳥の音はやうちしきれば、おきわかれゆくたもとをひかへて、さるにても、なきかげのうづもれ給ひし所はいづくとたづねしかば、甚目寺のわたり也とこたへて立出ると見えし、跡かたなくうせにけり。

  記内あまりに堪かね、甚目寺のほとりにいたりけれども、そことしるべき塚もなし。今すこしその所よくとふべきものをとおもへど、くやむにかひなくて、

        たのめこしその塚野辺は夏ふかしいづこなるらむもずのくさぐき

とうち詠じ、なく/\日暮がた家に立かへり、そのおもかげをおもふに悲しさかぎりなく、つゐに病となり、日をかさねて薬をものまず、たゞとく死して此人にめぐりあはんとのみいひて、程なく身まかりぬ。

死亦契(しゝてまたちぎる)

大和の奈良に桜田源五といふものあり。

年廿五になり、父母を失ひ、いまだ妻も無くて只独りすみけり。

源五が舅(をぢ)津田長兵衛といふもの一人の子あり。

年廿四五なり。

彦八と名づく。

源五彦八は従兄弟なりければ、したしく侍べり。

或時源五東大寺にまうでゝ帰るとて、猿沢の辺にて、奇麗なる乗物に女のりて、男一人女二人を召つれ、池のはたに乗物をたてさせ、煎餅を砕きて池に入れ、魚に食はせて慰みける。

其さし出せる手の白く美くしき、指は笋(たかんな)の如く爪の色は赤銅色(しやくごうしき)にて、肘(かひな)のかゝり不束ならず。

源五立とまりければ、内より乗物の戸を開き、暫く源五が顔をまぼり、巳に立て帰る。

源五これに随うて行ければ、三条通といふゑに、筒井某(つゝゐなにがし)といふ者の家に入りたり。

源五是を見そめて心惑ひ、さま%\たよりを求めて聞ければ、父は筒井順昭(じゆんせう)に属(しよく)して河内の軍に打死す。

母やもめにて只この娘一人をやしなうて住けり。

娘の乳母(おち)は、源五もとより知たる者也ければ、是に近づきていろ/\たのみけり。

乳母も源五が美男にして然も有徳(うごく)なるを以て、是に逢せばやと思ふ。

まづ一筆のたよりを傅へんとて、紅葉がさねの薄えふに、中々言葉はなくて、いさり火のほのみてしより衣手に磯辺のなみのよせぬ日ぞなきとかきて遣はしたり。

乳母(おち)是を姫君に見せしかば、顔打あかめ袂に入れて立退(の)きぬ。

然るに如何なる者か知らせけん、源五が舅(ゐだ)津田この娘の事を聞て、我子彦八が妻にせむと思ひ、なかだちを入て娘の母にいはせたり。

津田も武門の末也。

世もよかりければ、うけごひて頼みをとりたり。

娘はこゝち煩ひて、つや/\湯(ゆ)水をだに聞入れず。

母云やう、津田彦八と云人に縁を定めたり。

心を引立よ、近き比にかの方に遺しなんといふ。

娘更に恨みたる色あり。

乳母(おち)に語りけるやう、源五が許にこそ行かまほしけれ。

其彦八とかや何せんに、只死したるこそよからめとて、猶薬をだに飲まず。

母悲しさの余り乳母に心を合はせ、源五にかくといひて、娘を盗み取らせたり。

源五大に喜び、乳母と妻をつれて奈良をば立のき、郡山といふ所に隠れ住みけり。

津田又ゆきて娘を迎取らんと云。

母なく/\いふやう、此間誰人かかどはしけむ、乳母と共に行方なしといへば、わが甥の源五が心を懸けしと聞たり。

盗みて隠れぬらんと大に怒り腹立、其間に娘の母死したり。

跡の事は母の弟(おごゝ)是をまかなふ。

源五夫婦余所(よそ)ながら野辺の送りに出つゝ、いと忍びたりけるを、津田彦八見付て跡をしたひ、郡山に行て家よく見届け、立帰りて父長兵衛に語る。

長兵衛すなはち奈良の所司代松永に訴へて対決(たいけつ)に及ぶ。

源五いふやう、それがし前に契約して頼みを遺はせしといふ。

娘の母は死たり。

いづれとも知りがたし。

されども津田が頼みを遺はしける事は、なかだちたしか也。

源五にも理有りといへ共、此娘をとゞむる事法にそむけり。

只津田がもとに返し遺はせとあり。

力なく女房は彦八に取られぬ。

娘も乳母も此事を病として、打績き二人ながらむなしくなれり。

源五が事をや思ひけむ。

さりともと思ひしまでの命さへ今はたのみもなき身とぞなる

彦八いと悲しく、妻と乳母が墓所をひとつ寺の地に作りて跡を弔ひけり。

さるほどに源五は妻を取られて後は、よろづあぢきなく其面影を忘れ兼つゝせめては風のたよりの音づれだに聞えぬは、此女も彦八にわりなくなりて、我をば忘れぬらんと恨めしく思ひて、なびくかと見えしもしほの煙だに今はあとなき浦かぜふくと打詠めをる。

其暮がた門をたゝく。

開きて見れば妻の女房の乳母也。

櫛鏡入たる袋を前に抱へて、只今我君こゝに走り来り給ふといふ。

源五うれしくて門を開き内に呼入しに、女のかたちそのかみにも替らず。

余りの事に夫婦手を取て嬉し泣になきけり。

斯て其故を語る。

君の事つゆ忘るゝ事なく、彦八の家にあるにもあられず忍出て逃げ来れり。

日ごろの願ひ今巳にかなひ侍べりといふに、源五堪がたく喜びつゝ偕老のかやらひ今更なり。

彦八が家人ある時郡山に行て、源五が門を見いれたりければ、乳母何心なく立出たるを見つけ、走り帰りて彦八に告げたり。

彦八が父は去ぬる月死たり。

彦八きゝて怪み、それは正しく死して埋み侍べりし。

如何に世に似たる者こそあれ。

人違へにてぞあるらんといふに、正しく見損ぜずとあらがひけり。

彦八行て垣にひまより覗きければ、女は鏡をたてゝけさうし、乳母は其前にあり。

彦八内に突入て源五に対面し、女も乳母も此春うちつゞきてむなしくなりしを、寺に送り同じ所に埋みしに、今こゝに来り住む事の怪しさよといふ。

源五も奇特の事に思ひ部屋に行て見れば、女も乳母も行がたなくなりて跡も見えず。

二人ながら云やう、さては幽霊の来りけるにこそ、源五彦八打つれて寺にゆき、塚をほりて見れば、女も乳母も形ち少しも損ぜず、只生たる時のごとし。

やがてもとの如くに埋みて、源五彦八共に高野山に篭り、道心おこして二たび山を出ず。

菅谷(すげのや)九右衛門

天正年中に、伊勢の国司具教(とものり)公をば武井(たけゐ)の御所とぞ云ける。

民部少輔具時(ともとき)は国司の甥(をひ)にて、南伊勢の木作(こづくり)といふ所にすみ侍べり。

此郎等に柘植(つげの)三郎左衛門、滝河三郎兵衛とて二人の侍あり。

武勇智謀ある者なりければ、時にとりて名を施しけり。

然るに国司具教その甥民部少輔、おなじく奢り(おごり)を極め国民をむさぼり、侫奸の者に親しみ、国政正しからざる故に、行末頼もしからずと思ひ、柘植と滝川二人心を合はせ信長公に属(しよく)せしめ、国司を亡ぼし、すなはち勧賞(けんじやう)をかうふり、立身して権を取り威を震ひけり。

其ころ伊賀国に一揆(き)起り、近郷のあぶれもの、武井の城(じやう)の余党ども多く集まり、要害を構へて楯こもり、土民百姓を悩まし国郡村里を掠(かす)めしかば、信長公、早く是をせめほさずば大なる難義に及び、諸方の手づかひ障(さはり)とならんとて、軍兵を差向けられし所に、城中強くして人数多く損じける中に、柘植(つげ)滝川二人ながら打れたり。

是によりてあつかひを入られ、終に信長公に随ひけり。

其後一年ばかりを経て、信長公の家臣菅谷(すげのや)九右衛門、所用ありて山田郡(のこほり)に行ける道にて、柘植滝川に行合たり。

菅谷思ひけるは、此二人は正しく打死したりと聞しに、是は夢にてやあるらんと怪しみながら、立向ひ物語するに、柘植云やう、久しくて対面す。いざこゝにて酒ひとつのみ給へとて、召連たる中間に仰付けて、小袖ひとつ持せ酒屋に遣はし、質物として酒取よせ、むしろを借(かり)て道端の草むらに敷かせ、柘植滝川菅谷三人打向ひて、数盃を傾けたり。

滝川云やう、昔もろこしの諸葛長民と云人は、劉毅(りうき)が殺されし時これがために軍兵を催し、乱を作さんとして未だ思定めず。

かくて曰、貧賎なれば富貴を願ふ。

富貴になればかならず危き事に逢ふ。

其時又元の貧賎にならばやと思ふとも、是も又かなふべからず。

腰に十万貫の銭を纒ひて、鶴にのりて楊洲に登るといふ。

思ふ侭なる事はなし。

武士(ものゝふ)と生れ、其名を後代に傅ふる程の手柄なき者は、必ず耻を万事に残す事いにしへ今ためし多し。

遠く他家に求むべからず。

織田掃部はさしも勲功を致せしか共、終に日置(へき)大膳に仰せて誅せられ、佐久間右衛門は、信長公草業の御時より忠節ありけれ共、忽に追はなたれて耻に逢たり。

歴々の功臣猶かくの如し。

まして其外の人更に行末知り難しといふ。

滝川がいふやう、下間(しもづま)筑後守は越前の朝倉に方人(かたうご)して、木目(きのめ)峠の城に篭りしを、朝倉うたれて後、平泉寺に隠れて跡をくらまし、醒悟発明の道人となりて、梓弓ひくとはなしにのがれずは今宵の月をいかでまちみむ

と詠ぜしは、名を埋みて道(だう)に替たり。

荒木摂津守が家人小寺官兵衛は、主君の逆心を諌めかねて、髻きりて僧になりつゝ、四十年来謀戦功

鉄胃着尽折良弓

緇衣編衫靡人識

独誦妙経詢梵風

という詩を題して、世を逃れたるもたふとしや。

此二人は其身逆心の君に仕へながら、終によく禍を免かれたり。

是智慮の深きに侍べらずやといふ。

柘植うち笑ひていふやう、此輩は我等のため耻かしからずや。

いで其伊賀の一揆ばら、謀はつたなかりし者をといふ。

滝川、いや其事は只今又いふべきにあらず。

思へば口惜きに、たゞ酒のみ給へ菅谷殿とて、互に盃の数かさなりて後、菅谷二人に向ひて、如何にかた/\゛、日来(ひごろ)は、数奇の道とてもて遊ばるゝに、今日の遊びに一首なきかといふ。

さればとて打案じつゝ柘植(つげの)三郎左衛門、露霜ときえての後はそれかとも

          くさ葉より外しる人もなし

滝川三郎兵衛、うづもれぬ名は有明の月影に

        身はくちながらとふ人もなし

とよみて、二人ながらそゞろに涙を押拭ひけり。

菅谷歌の言葉いとゞあやしく、又この有様心得がたく驚き思ひて、いかに日ごろは武勇智謀を心に掛けて、少しも物事によわげなき気象のともがら、只今の歌のさま哀傷ふかく、涙を流しけるこそ怪しけれといふに、二人ながら更に言葉はなく大息(いき)つきて嘯きつゝ、酒已になくなれば、今は是までなりとて座をたち、暇乞して〓町ばかり行かと見えしが、召つれたる中間ばらもろ友に跡なく消うせたり。

菅谷大に驚き、伊賀にて打死せし事をやうやう思ひ出したり。

日は山の端に傾き鳥は梢にやどりを争ふ

人を遣はして酒うる家に質物とせし小袖を取寄せて見れば、手にとるやひとしくぼろ/\と砕けて土ほこりの如くになれり。

菅谷いそぎ〓りて密かに僧を請じ、二人の菩提を吊ひけると也。

雪白明神

長亨元年九月将軍源義照(よしてる)公、みづから軍兵を率して江州に発向し、坂本に

陣をとりて、佐々木六角判官高頼(たかより)を攻めさせらるゝに、高頼ふせぎかねて

城を落て、甲賀郡の山中に隠入りたり。

高頼が郎等堅田又五郎といふものは、武勇ありて力量人に勝れ、然も常に仏神を敬ひ、後世を願ふ心ざし浅からず。

観音普門品(ふもんほん)一辺(へん)弥陀経(みだきやう)一巻念仏百辺を似て毎日

の所作とす。

巳に大将高頼城を落ければ、又五郎も力なく、むかふ寄手(よせて)に切りかゝり、終

に大軍の中を切りぬけて、安養寺山の奥に落行たり。

かくて日暮たりければ、いづかたに出べき道も知らず。

かたはらに一つの薬屋あり。

谷陰に立ながら内には人なし。

まづ此家に隠れ居たれば、軍兵二十騎ばかりの音して、まさしく後陰は見えしぞ、さだ

めて伊賀路にかゝりて落行けむといふを聞けば、我を討とめんとする追手の兵也。

されども隠れ居たる家には目もかけず、やう/\遠ざかり行く。

今は心安しと思ふ所に、又人の打過る音の聞えしかば、ひそかに窓より覗見れば、一人

の女房その齢四十ばかりなるが、勢(せい)細く高し。

褐色(かたいろ)の中なれたる小袖着て、手に美くしき袋もちて、堅田又五郎殿はこゝ

に在するやといふに、又五郎をもいはず忍び居たり。

女房打笑ひて、何をか怖れて忍び給ふぞ。

少しも苦しき事なし。

我はこれ当国栗太郡(くりもとの)におはします、雪白の宮の御使いとして、君が心安

くせんとて遣はされたり。

ゆめ/\疑ひ給ふな。

君常に慈悲深く神仏を敬ひ、後世を求めて怠りなき故に、其心ざしを感じて雪白の明神

守り給ふなりとて、すなはち持たる袋の緒をとき、焼餅(もちひ)とり出して食(くは)

せ、小き瓶に酒を入れてとり出して飲せけるに、又五郎大に飽(あき)みちて、かたじ

けなく有難き事譬へんかたなし。

女房いふやう、此窓の前、庭の面に、横筋一つ書つけて、今宵夜半ばかりに怪しき物来

りおびやかさん。

君構へて恐れ動き給ふな。

是をのがれて後は、行末更に悪しき事あるべからずとて、帰るかとみえし、銷(けす)

が如くに失せたり。

案の如夜半ばかりに怪しき光ひらめき輝きて来る者あり。

又五郎さればこそと思る。

窓より覗きければ、身のたけ一丈あまりの鬼、赤き髪乱れ白牙(きは)くひちがうて、雨の角は火のごとし。

口は耳元までさけて、眼(まなこ)の光鏡の面に朱をさしたるがごとし。

爪は鷂(くまたか)の汝く、釣の皮を腰富(こしあて)とし、直(じき)に内に馼入らんとするに、かの女房庭の土に書きたる筋を見て、大に恐れるまなこのひかりいなびかりの汝くひらめき、口より火を吐て立やすらひ、力足踏みて饗(どよ)みける。

其有様身の毛よだち、魂きえて恐しといふも愚か也。

鬼すでに筋を越(こゆ)る事かなはず、怒りを抑へてかたはらに立寄りし所に、軍兵又十騎ばかり追求りて、又五郎は此家に隠れしと聞ゆ。

出よ/\と責めけるに、かの鬼かけ出て馬上の兵を囲み、馬を踏殺して食(くら)ふに、足にまかせてにげうせたり。

夜己に明方になれたれば、鬼も消えうせて物静か也。

立出て見れば馬のかしら人の手足、血まじりに散(ちり)みだれ、よろひ甲(かぶと)太刀皆ひき散らしてあり。

又五郎終に逃るゝ事を得て、それより伊勢にくだり、白子と云所より舟に乗り、駿州にゆきて今川氏親(うぢちか)を頼みて身を隠し、後にその終はる所を知らず。

伽婢子巻之八

長鬚国(ちようしゆこく)

越前の国北の庄に商人あり。

毎年松前に渡りて蝦夷(えぞ)と販売(あきなふ)に、多く木綿麻布(あさぬの)を遣して昆布(こんぶ)干鮑(ほしあわび)に替て、国に帰り出し売るを業(わざ)とす。

或年舟に乗て松前に渡るに、俄に風変り浪高く、檣(ほばしら)をれ梶(かぢ)くだけて吹放されつゝ、漸(やう/\)にしてひとつの島に寄せられたり。

人心地少しつきて舟をあがりければ、五町ばかりにして人里あり。

其所の人は髪短かく鬚(ひげ)長し。

物いふ声は日本の言葉に通ず。

或家に立入て国の名を問へば、長鬚扶桑州(ちようしゆふさうしう)といふ。

国主を問ば、是より一里ばかりの東に城郭ありと教ゆ。

彼(かしこ)に赴き惣門を過て見れば、国主の本城とおぼしくて門の構へ築(つい)地高く、石垣は削り立たる如し。

門のほとりに立よりければ、門を守るもの一同に出て大に敬ひ、奥のかたにいひ入たりしに、衣冠の躰(てい)世に見なれざる出立(いでたち)したる者はしり出て、殿中に請じ入りたり。

宮殿はなはだ花麗にして、きらびやかなる事いふばかりなし。

紫檀くわりん白檀(びやくだん)なんど入違へ、沈香(ちんこう)金銀をちりばめ交へて立たり。

錦のしとねを敷き、国主立出て対面す。

大日本国の珍客只今此所に来れり。

我等辺国のえびすとしてものあたり請じ参らす事、是幸ひにあらずやとて、一族にふれめぐらすに、皆おの/\来り集る。

いづれも出たち花やかなれ共、勢(せい)短く髪かれて、鬚ばかりは長く生のび、腰少しかゞまりて見ゆ。

座定まりて後に、緑の蔕(ほぞ)ある色よき〓一つ、はらめる黄なる膚(はだへ)の栗、紫の菱(ひし)、くれなゐの〓(みづふき)、青(せい)乳の梨、赤壷(せきこ)の橘を、瑠璃の盆水精(すいしよう)の鉢にうづたかく積て出したり。

膳には野辺の初雁(はつかり)、沢沼(さわぬま)の〓(かもめ)、鳴鶉(うずら)、雲雀、紫〓(しきやう)、青蓴(せいじゆん)、渓山(けいざん)の筍(たかんな)、〓沢の芹、数を尽して出しそなふ。

葡萄珠崖(しゆがい)の名酒に茱萸黄菊(しゆゆくわうきく)を盃に浮べ、誠に妙(たえ)

なるあるじまうけ、其味ひ更に人間の飲食にあらず。

されども海川のうろくづ蛤のたぐひは、一種の肴もこれなし。

商人いぶかしくぞ覚えたる。

国主の曰く、我に一人の娘あり。

願くは君是にとゞまり給へ。

配偶(はいぐ)の縁をむすび奉らん。

栄〓いかで極まり有らんといふに、商人大に喜び、ともかうも仰せに随ひ奉んとて、数盃(すはい)を傾け侍りしに、今宵は月巳に満(みち)て、光四方に輝きて明らかなる事白日の如し。

これぞ我等の酒宴遊興を催す時なりとて、満座のともがら舞かなで歌ひどよめく。

かゝる所に姫君出給ふ。

付したがう女房達廿余人、何れも花を飾りもすそを引てねり出たれば、沈麝(じんじや)の薫(かほり)座中にみちたり。

商人これを見るに、かたちはたをやかにうるはしけれ共、女にも鬚あり。

商人甚怪しみて悦びず、古風の躰(てい)一種を詠みける。

  さくとても蕊(しべ)なき花はあしからめ

          妹(いも)がひげあるかほのうるはし

国主聞きてえつほに入て笑ひしかば、満座かたぶきて腹をさゝげたり。

娘と女房達は世に耻かしげ也。

此夜より商人に一官を進めて、司風(しふう)の長とぞかしづきける。

身の栄花にたのしみを極め、国中敬ひもてはやす故に、鬚ある妻になれそめて三年(みとせ)を過れば、男子一人女子二人をぞまうけたる。

ある日家こぞりて泣き悲しみ、妻甚だ愁へ欺く歎く。

城中打ひそまりて色を失へり。

商人驚きて妻に問ければ、泣ゝ答へけるやう、きのふ海龍王(かいりゆうわう)の召によりて、我父巳に龍宮城に赴き給へり。

命生て二たび帰り給ふべからず。

此故に歎き悲しむ也といふ。

商人大に仰天して、其は如何にもはかりごとあらば逃るゝ道侍べらむや。

然らば我たとひ命をすつる共何か顧るべきといふ。

妻のいふやう、此事君にあらずしては、禍を逃れて安穏の地に帰り給ふ事かなふべからず。

願くは龍宮城に赴き、東海の第三の迫戸(せと)第七の島長鬚国、巳に大禍難に依(よつ)て今より衰微に及ぶべき也。

憐みを以て首長(しゆうちよう)を放ち返し給はゞ、宜しく太平安穏の政道なるべしとよく/\の給はゞ、龍神よこしまなし、必此歎きを引かへて喜びの眉を開かん。

然らば一足も早く赴きて給へとて、声もをしまず泣ければ、商人もなさけの色に心引かれて急ぎ出立、花やかに装束して、十人の侍五人の中間二人の道びきを招連れ、龍宮城に赴き、舟に乗りてしばしの間に着きて、浜おもてを見れば皆金銀のいさごにて、国人は衣冠正しく、かたち大にして天竺の人に似たり。桜門にさし入て見れば、七賓荘厳(しようごん)の宮殿、其さまは常寺の如し。玉のきざはしに慎しめは、司風の長とは汝の事か、今何故に来れると問ふ。

商人こま%\といひければ、龍神すなはち海府録事を召して勘(かん)がへさせるに、龍宮城の境内に左様の国はこれなしといふ。

商人重ねていふやう、長鬚国は東海第三の迫戸(せと)第七の島にあたれりと。

龍神又勘〓せさするに、暫く有て録事(ろくじ)すなはち本帳を考へて曰、其島は蝦魚(えび)の住所也。龍宮大王の此月の食料に富てゝ昨日召捕たりと申す。

龍神笑ひて曰、司風の長はまことに人間ながら、〓のために魅(はか)されたり。

我は海中の王なりといへ共、食する所の魚鳥生類(しようるゐ)、皆天帝より布(しき)さづけられて、日毎に其数の外に、〓りて生類(しようるゐ)を食する時は、必ず天の責を受けて禍ひあり。

況や我等数の外に、漫りに食する事かなはず。

さりながら今はるばるこゝに来れる人の心を破るべからず。

数の定めを耗(へら)して参らせむとて、内に入て司膳掌(しぜんしよう)に仰せて、商人をつれて料理台盤所(だいばんところ)を見せしむるに、〓(くじか)の胎(はら)ごもり、熊の掌、猿のことり、兎の水(みづ)鏡、五種の削物、七種の菓(くだもの)、〓則(きそく)花形かざり立て、鳳髄(ほうずゐ)、獅子膏(かう)、青肪(ほう)、白(はく)蜜、其外海陸(ろく)のうちあらゆる珍味、心も言葉も及ばれず。

黄金(こがね)の釜、白銀(がね)の鍋、あかゞねの〓を並べ、傍なる籃の中に蝦五六頭(づ)あり。

大さ三尺あまり、色はさながら濃紫(こむらさき)にして卑下鬚甚だ長し。此商人を見て涙を流す事雨の如く、〓りに蹕躍(はねおど)りて、其ありさま助け給へと云はぬばかり也。

司膳の司のいふやう、是こそ〓の中の王なれと。

商人きゝて不覚の涙を落す。

龍神かさねて使を立、〓の王を赦し放ち、商人をば送りて日本に帰らしむ。

其夜の曙に能登の国鈴の御崎に付たり。

岸にあがりてうしろを顧れば、送りける使は大龍となり、波を分て海底に隠れ、商人は本国に帰りて、筆に記して人に語り傅へしと也。

邪神(じやじん)を責殺(せめころす)

常州笠間郡の野中に小社あり。

後(うしろ)は筑波山の嶺しげりて日影くらく、前には沢(さわ)水底深くして藻はびこれり。

常に雲覆い小雨ふりて凄まじければ、人皆此神の霊(りやう)はなはだ猛しとて恐れ仕へて、此社の前を通る者は散米御供神酒(さんまいごくうみき)なんどを、此村里にして求め携へて、神前に供へて打通る。

若しさもなければ忽に雨風荒く、雲霧(きり)おほいて神則ち崇りをなす。

明徳年中に濃州谷汲寺の僧、性海(しやうかい)とて学業を勤るに心ざし深く、兼ては北陸を修行し、相模の国足利の学校に行ばやと、思ひ立て、寺を、出つゝ越路(こしぢ)に赴き、巳に常州の地に至り此社の前に休む。

本より諸国行列の僧なれば、袋に一物(もつ)の貯へもなし。

只礼拝誦経(じゆきやう)して法施(ほつせ)奉り、十町ばかり過行ける所に道に踏迷ひ、かなたこなたせし間に俄に大風吹起り、砂を揚げ石を飛ばし黒雲覆ひ霧立こめ、うしろより物の追かくる心地しければ、怖ろしく覚えて見かへりけるに、異類異形の者二百ばかり頻りに追い掛くる。

此僧、扨はばけ物のため、只今死すべし。

力及ばぬ事と思ひ一心に観音普門品(ふもんほん)を誦(じゆ)し、足に、任せて走り逃げゝれば、風止み雲収まり空晴て、追かけし者も見えす。

辛うじて鹿島(かしまの)明神の社へかゝぐり付たり。

神前に跪き、般若心経七返普門品三編を誦して神に祈るやう、先の社に法施(ほつせ)奉りしをば受ずして、却て怨(あた)をなさんとせしは邪神の社か、如何なる子細なるべき。

又是我身に誤りありて神の咎め給ふや。

願くは明神此事を示し給へと念願して、日暮て身も労れければ傍に臥たり。

その夜の夢に神殿の内陣ひらけ、錦の斗帳(ごちやう)をあげ玉の簾を中捲く(なかは)きて、内に明神坐(ざ)し給ふ。

左右には末社の神、位に隋ひてその所々に坐(ざ)す。

大灯明(だいごうみやう)内外に輝きて白書の如し。

性海恐れて庭に下り、頭(かうべ)を地に付て礼拝す。

俄に一人朱(あか)き装束して鳥帽子引こみ、きばはしに出て日、汝神前に法施奉る。

神威高く神慮快く受け給ふ処也。

然るに汝今神前に訴へ奉る処、速く裁断あるべしとて内に入りたり。

暫らくありて数十人空を翔りて行くと見えし。

白髪の翁一人を召して来る。

黒き帽子被り青き袴着たるを、庭の面に引すゑたり。

奥より仰ありけるやう、汝も一方(はう)の神なり。

何ぞ国家人民を守護せざる。

剰へ敬ひをなす道ゆき人をなやまし、みだりに禍を現はし、然も此道人法施を以て神に回向す。

是又何の供物といふともすぐる物あらんや。

却て迫(せめ)おびやかしころさんとす悪行のくはだて甚だ法に過たり。

其科のがるべからずとあり。

官人出て断誡(ことわりいま)しむるに、老翁かうべを地に付けて言上しけるやう、それがし大蠎{虫+也}(まうじや)の為に押領せられ、久しく社壇を奪われ、わづかに傍なる樹の根をすみかとす。

我力いたりて弱くかの大(虫+也)(じや)を制する事かなはず。

世を護り人を譲るべき職を忘れ、只我身の置所だになし。

されば此年ごろ雲を起し雨を降らし、霧〓ひ風荒く災をなして、人の供物を求むる事は皆大(虫+也)のしわざ也。

某のとがにあらずといふ。

官人責めて日、さやうの事あらば何ぞ速く此所に訴訟せざるやと。

翁答へていふ、此大(虫+也)世にある事年久し。

或時は妖(ばけ)て形を現はし、人を悩まし、或時は居ながら災をなす。

其通力自在成る事いふばかりなし。

山中に棲む鬼神野辺に留まる悪霊、みな是に力を合せ、毒(虫+也)魑魅(こだま)みな是に随ふ。

某こゝに参りて訴へせむとすれば捕へて押し入れ、更にすみかの外に頭(かしら)をも出させず。

只今めしければこそ是までは参り侍べれと。

其時神殿より勅有、官人はやくかしこに至りて、其大(虫+也)を召捕て来れと也。

翁申すやう、妖怪通力巳に備り、是に力を合する者多し。

官人赴くとも物の数とすべからず。

たゞ神兵大軍を差向けられ、攻伏せ給はずしては、たやすく従ひ奉べからずといふ。

さらばとて大将の神に軍兵五千を差そへて、野社に向けられたり。

三時ばかりの後数(す)十の軍鬼ども、大木を以て白(虫+也)の首を舁(かき)て庭に来る。

その大さ五石ばかりを入るゝ甕(かめ)の如し。

鬣(たてがみ)乱れて糸の如く、口はうしろまで裂て、怒れる眼は鏡の面に朱を指したるに似て、ふさがずして死したり。

官人すなはち性海に向ひ、忝くも当社明神は当国第一の神司(かみつかさ)として、汝の訴よく裁許し給へり。

とくゝとて座を立しむ。

性海礼拝して座を立と覚えて夢さめたり。

身の毛よだち汗水になり、奇特の事に思へり。

夜明けてまた彼道に赴きて某所を見れば、社も鳥井も暁倒れて塵灰(ちりはひ)となり、あたりの木草皆砕け折れて荒れ果たり。

あたり近き村に立ち寄りて問に、村人皆いふやう、今宵夜半ばかりに雷電おびたゞしく、風ふき迷い雨落ちて、某中に軍さする声きこゆ。

怖ろしさ限りなし。

黒雲の内に火もえ出て、やしろ鳥井一同に暁崩れちり灰となり、一つの白き大(虫+也)某長廿丈ばかりなる、死してかうべなし。

其外五丈三丈の(虫+也)共、数を知らず重り死して、臭き事限りなしといふ。

是を考ふれば今宵夜半に、夢に見たる時分なり。

性海それより相州足利に行て物語せしとぞ。

歌を媒(なかだち)として契(ちぎ)る

永谷(ながだに)兵部少輔といふ人あり。

一条戻橋(もごりはし)のほとりに居住す。

年廿一歳極めて美男のほまれあり。

色好みの名を取り、才智人に越え常に学問を嗜み、三条坊門の南万里小路(もてのこうぢ)の東に、北畠昌雪(しやうせつ)法印とやか儒学に長ぜし人の許に行通うて、学業を勤め講筵につらなる。

神紙官のわたりに富裕の家あり。

其かみは山名が一族なりしに、武門を出て都に居を古め、名を隠して秘かに身修め、すべて大名高家に通路を致さず。

娘たゞ一人持たり。

牧子(まきこ)と名づく。

年十六七ばかり、顔かたち世にたぐひなく、絵書き花結びたちぬふことに手きゝて、しかもよろしかねども歌の道に心を懸け、情の色深く、花にめで月にあくがれ、紅葉の秋、雪の夕、折にふれ事によそへて、歌よむ嘯きて心を痛ましむ。

ある時兵部書を懐ろにして、万里小路にまうでける。

道のついで牧子が家のつい地のもとに休みて、少しくづれたる所より内を覗きければ、時しも春のころ、柳の糸枝たれて桜の花錠び、ひわ、こがら、争ひ囀づり、其の傍に座敷しつらひ、簾(すだれ)掛けたるを半まきあげ、ひとりの女はし近く居て子袖縫ひけるが、針をとゞめ打傾きて、

  ほころびてさく花ちらば青柳の糸よりかけてつなぎとゞめよ

兵部其姿を見て此歌をきくに、限りなくめで惑ひ、心も空になり足元たどたどしく、思ひの色深く染みて堪かねたるあまり、暫し立休らひて覗き居たりければ、牧子は是をも知らず庭に下りたちて、つい地のもとにめぐり来て兵部と目を見合せしかば、又なくあてやかなる美男なり。

牧子是を見るに心移りて、此人にあらずは誰にか枕を並びの岡、時雨に染(そむ)る紅葉ばの、色に出つゝかくぞ云ける。

  我門のそともにさける卯の花をかざしのために折るよしもがな

兵部いよ/\堪かね、聞書(きゝかき)のためもちたる矢立取出し、歌二首を雑紙(ざつし)に書つけ、小石につなぎ添へて投入れ侍べり。

  いのちさへ身の終(をはり)にやなりぬらむけふくらすべき心地こそせね

  入りそむる恋路はすゑやとほからむかねてくるしき我こゝろかな

牧子これを取あげ、二返し三返し詠みて、いつしか心あこがれ、短冊(ざく)取出し歌を書き、石につなぎて投出し侍べり。

  あぢきなし誰もはかなき命もてたのべばけふの暮をたのめよ

兵部これを取て家に帰り、其夕ぐれを侍けるぞ久しけれ。

夜にいりてかの方に赴き、つい地をめぐりて見れば、桜の枝一つつい地より外にさし出て、花田の打帯一筋、縄のやうなるを懸け置きたり。

兵部心得てこれを手(た)ぐり、築地を越えて下り立ければ、春の物とやおぼろの月、東の山の端に出て、花かげ庭にうつり、そら薫(だき)の匂ひにあわせていとどしめやかなり。

是はそも人間世(せい)の外、三(みゆ)の島、十(とを)の洲(くに)に来にけるかと怪しみながら、忍夜の習、身の毛よだちて凄じくも覚ゆ。

女は宵より木のもとに侍侘び、兵部を見て、うつゝともおもひ定めぬあふ事を夢にまがへて人みかたるな

兵部とりあへず、また後の契りはしらず新まくらたゞ今宵こそかぎりなるらめ

といひければ、牧子打恨みて、君と契り初め侍べらんには、千歳ののち、こん世も同じ契り絶まじとこそ思ひ侍べれ。

如何にかく頼みなくはおぼす。

みづから命かけて、心を余所に移すことは夢あるまじきを、親のいさめてみづからを責め給ふとも、君ゆゑ死なば恨みはあらじ。

たのまづばしかまのかちの色を見よあひそめてこそふかくなるなれ

と俊成卿の詠み給ひけん歌の心を思ひ給へといふ。

宮仕への女わらはに仰せて、酒取とせて兵部にすゝめたり。

巳に夜更け人静まりて物音も聞えず。

兵部密かに、こゝの家は誰人にておはすると問ふ。

女物語しけるは、二人の親は山名の支族にて侍べり。

久しく武門を離れて財賽ゆたか也。

一族の中大名多く侍べれ共、交りちなむ事もなし。

只身を修め名を隠して世を打過し給ふ。

みづからたゞ一人娘にて又兄弟なし。

甚だいとほしみ深く、別(へち)にこの花園をこしらへ部屋をしつらひ、春の花秋の月に心を慰め給ふ。

親のおはする所は、少し隔りて侍べりなどいふに、兵部少し寛(ゆる)やかに覚ゆ。

世にもれむ後の浮名を歎くこそ逢夜も絶えぬおもひなりけれ

女返し、ながれては人のためうき名取川よしや我身はしづみはつとも

かやうに語らひつゝ、かたしく袖の新枕、交すほどだに有明の、つきぬ言の葉とり%\に、はや告げ渡る鐘の声、うちしきる鳥の音に、起き別れゆく露涙、雲となり雨となる、陽壷のもとぞ思はるゝ。

兵部、ちぎりおくのちを侍べき命かはつらき限りの今朝のわかれぢ

女返し、

くらべては我身の方や勝るべきおなじわかれな袖ななみだは

兵部は桜の枝を伝うて、朝またきに家路に帰りても、心そゞろに学道も身にしまず、暮るをおそしと出て夜毎に通ふ。

或日兵部が父問けるやう、汝は学問に物憂き心の付き侍べるかや。

朝(あした)に家を出て暮(ゆふべ)に帰り来る事は、是学問を勤めて其道を行はむ為なり。

然るを汝此頃は、日暮になれば家を出て、暁方に立帰る。

是何事ぞや。

必ず軽薄濫行(らんぎやう)のたぐひを求めて、人の壁をこぼち墻を踰して、正なき拳動(ふるまい)するかと覚ゆ。

その事顕れ侍べらば、身は生ながら泥淤(どろどぶ)に沈み、名はそれながら塵芥(ちりあくた)に汚され、世になし者となり果つべし。

若又語らふ女、定めて高家の娘ならば、必ず汝が為に門戸を汚され、其身浅間しくすたれ給はんのみならず、罪科は定めて我門族に及ばむ。

其事極めて大事也。

今日よりして門より外に出べからずとて、一間の所に押篭めて、殊の外に戒めたり。

女はゆふべ/\花苑(その)に出て待けれ共、廿日余り更に音づれなし。

女思ふやう、飛鳥川の淵瀬(せ)さだめず、変り易きは人の心なれば、又ゆきかよふかた有て、我をば思ひ捨たるにや。

又は病に臥して、いたはりつゝ侍べるやらむと、童を遣はして密かに聞(きか)せしかば、かう/\押篭められ侍べりて、出入ともがらもこととひかはす事かなはずといふ。

女聞て歎きに沈み、重き病になりつゝ、思ひの床(ゆか)に起き臥し、湯水をだに聞入れず、時々は思ひ乱れし言葉の末、物狂はしきこともあり。

肌へかじけ色衰へて物悲しく、只涙をのみ流す。

さま%\薬を求め神(かみ)仏に祈れども、露ばかりもしるしなし。

今はこの世の頼みもなく見えしかば、ふたりのおやなげきて、思ふ事ありけるやととへども、さだかにこたへもせず。

箱(はこ)のそこに兵部が歌ありけるを見出して、大におどろき、わらはをちかづけて問ければ、ありのまゝにかたる。

おやきゝて、たとひいかなる人にもあれかし、いとおしきむすめのおもひかけたらむには、なにかくるしかるべきとて、やがてなかだちをもつて、かう/\といはせければ、兵部が父のいふやうは、我子すでに器用(きよう)あり。

学をつとめて官(くはん)につかへ、親のあとをつがすべきものなり。

妻もとめて身をくずをらすべきや。

その事はいまだをそからずといふ。

牧子が親かさねていひつかはすやう、日比に聞およぶ兵部少甫は、今わづかにひそみかくるゝとも、つゐにこれ池にあるべきたぐひならず。

さればわがひとりむすめに縁(えん)をむすばれむには、我が家又誰かその跡をのぞまん。

残りなくゆづりて兵部を子とせむとて、はや吉日を選びて兵部を呼て聟とす。

娘心地をどりたちて、なやみすでにをこたりぬ。

兵部、        いのちあればまたもあふせにめぐりきてふたゝびかはす君が手まくら

女かぎりなくうれしくて、        初月(みかづき)のわれて見し夜のおもかげをありあけまでになりにけるかな

  かくて比翼のかたらひ、今は忍ぶる関守の根もなかりし所に、細川山名の両家権を争ひて、応人の兵乱起り、京都の大家小家皆焼亡び、諸国の武士都に集り、乱妨捕物狼藉いふばかりなし。

女をば薬師寺の興一が手に捕物にして、その顔かたちの美しきを以て、犯し汚さんとす。

牧子大に呼ばゝりけるは、みづから死すとも、田舎人(ゐなかつど)の穢き者にはなびくまじ、たゞ殺せよといふに、軍兵等怒りて女をば刺し殺しぬ。

兵部は兎角して逃れ隠れ、某年の冬暫く京都静まりければ、都に帰り来れば家はやけて跡なし。

妻が家に行て見れば人もなし。

父は山名が手に属して討死し、母は盗賊にはがれて殺さる。

兵部たゞ一人牧子が部屋にたゝずみ、涙にくれて居たりしに、その夜夢の如牧子帰り来る。

是は如何にとて手を取組み涙を流す。

女いふやう、みづから君と別れちり/\になり、武士(もののふ)の手にかゝりあへなく殺され、尸(かばね)を道のほとりに曝し、憐れと見る人もなし。

みづから貞節の義に死せしことを、天帝憐れみ給ひ、君が心ざしに引れて、今現れ参りたりといふに、兵部悲しき中に、なき人に逢事の嬉しさを取加へて、涙は雨の降るが如し。

夜もすがら語らふ。

暁方(あかつきかた)になりければ、兵部なく/\、思はずよまためぐりあふ月かげに

かはるちぎりをなげくべしとは

女返しとおぼしくて、行末をちぎりしよりぞ恨みまし

かゝるべしともかねて知りせば

そゞろに泣焦れて別をとり、影の如くになりてうせにけり。

兵部は是より発心して東山の寺に篭り、幾程なく病に取結びて終にはかなくなりぬ。

人みな聞傅へて、憐れにも奇特の事に思へり。

  幽霊出て僧にまみゆ

隅屋藤九郎は楠が一族として、畠山右衛門佐義就が手に属し、嶽山の合戦に比類なき手がらをあらはし、つゐにうち死して名を残しけり。其子藤四郎おなじく義就に属して、応仁元年御霊(ごりやう)の馬場(ばゞ)の軍(いくさ)に、畠山左衛門督政長(まさなが)が陣中より放ちける矢にあたりてうたれたり。父子二代すでに義就に忠をつくしければ、そのよしみふかく、河内国門間(かどま)の庄を、藤四郎が舎弟(しやてい)藤次、生年五歳になりけるに知行せさせ、父藤九郎が妻と同じくすみ侍べり。

其比諸国順礼(じゆんれい)のひじり、たゞ一人このわたりに来り、日すでに暮(くれ)ければ、宿かるべき村里をもとめて、門間の郷(がう)ちかく田の畔(くろ)に立やすらふ処に、笛の音かすかにきこえ、漸々に付づくをみれば、年のほど十四五とみゆる少年、いふばかりなくうつくしきが、髪からわにあげ、うすげさう〈薄化粧〉にかねくろく色白く、まゆほそくつくりたるが、白き浄衣(じやうえ)にはかまきて、たゞひとり畔(くろ)をつたふて来りつゝ、ひじりを見ていふやう、和僧(わそう)は何故にこゝにはたゝずみ給ふと問(とふ)に、ひじりは、是は諸国順礼(こくじゆんれい)の修行者(しゆぎやうじや)にて侍べる。道に行暮て宿をもとめむためたゝずみ侍べるといふ。少年すこし打わらひて、世の中しづかならず。いかでかたやすく宿かす人あるべき。たとひ出家也といへども、若は敵のはかりごとかとたがひにうたがひをいたす時節也。あしく立めぐりて人にとがめられ、あえなき命をうしなひ給ふな。今はゝや夜も更がたなり。それがしが部屋に来りて一夜をあかしたまへとて、ひじりと打つれて、ひとつの家に行いたり、表の門は番の者も臥(ふし)ぬらん、こなたへいらせ給へとて、裏の小門よりひそかに内に入てみるに、こゝぞそれがしの常にすむ所とて、一間(ま)の部屋に入たり。

内には持仏堂ありて阿弥陀の三尊を立て、前なる机には浄土の三部経あり。

十二行(かう)の供物燈明かすかに花香を供へ、位牌の前には霊供(りやうぐ)そなへて、いと尊(たふと)き有さま也。

聖なにとなく殊勝に覚えて、暫く経読み念仏す。

少年のいふやう、まだ宵の事ならば御内(みうち)の者に仰せて、非時(ひじ)の料よくしたゝめて参らすべきに、夜更け人静まりてすべき様なし。

旅の労れを休め、飢えをたすくる御為に、此(この)霊供を参れせむといふ。

聖(ひじり)は何か苦しかるべきとて、霊供の飯(はん)を二つに分て、少年と聖と食ひ侍べり。

ひじり問ひけるは、こゝは如何なる人の御家ぞ、和君は御名を何とかいふと尋ねしに、少年答へけるは、それがしの父は隅屋藤九郎とて、武勇の誉れありしが、去ぬる岳山の軍に討死せり。

それがし兄弟二人其跡を継ぐといへ共、弟にて侍べるものは未だ幼少也。

それがしだいに年にも足らねば、唯まづ母に育てられて月日を送る事にて、名をば藤四郎と云ひ侍べり。

今宵尊きひじりに宿かし参らするも、他生の縁浅からぬ故なれば、それがしたとひ空しくなるとも、後世をとうて給(たび)かまへとて、そゞろに涙を流しければ、ひじり聞て、如何にかくは仰せありける。

君は誠に莟む花のまだ咲出ぬころほひ、さしも末久しく栄え給はん老さきある御身ぞかし。

ひじりは年傾きたる者なれば、しらずけふもや、浮世の限りなるべきといへば、少年は、いやとよ、武士(ものゝふ)の家に生れて、名を惜み功を顕さむとするには、命は草の露、夕を待たでも消やすく、頼みがたく侍べればかく申すぞ。

そこに待ち給へる過去帳に、それがじの名を書のせ給へとて硯を出す。

聖は、あら心得ずや、年にもたり給はねば、何のわかちもなくかやうに望み給ふか。

過去帳には死去たる人の名をこそ記せ、さらば御望みを背くも無下(むげ)なり。

逆修(しゆ)に書のせて武運の長久を祈り奉らんと云ければ、児(ちご)うち笑ひて、それは兎も角も御心に任させたまへといふ程に、此児(ちご)まなこざし俄に変り、苦しげに息つき出し、何ぞ只いまぞや心得たりとて、傍(そば)にたてかけたる太刀おつとり、障子を開き立て出るぞとみえし、跡もなくうせにけり。

ひじりはきもをけし、立出て見れどかげもなく物音も聞えず。

不思議の事に思ひながら、暮て帰るべき道も知らず、持仏堂の前に坐して夜を明かす。

巳に明方になりければ、藤九郎が後家其外家にありける一族、皆起出て持仏堂に参りて見れば、色黒く痩かれたる法師一人仏前ににあり。

こはそも如何なる古盗人の忍び入たる歟(か)、古狸の化けて居たる歟、からめ捕て子細を問へとひしめきたり。

ひじりは少しも懼るゝ色なく、まづ静まりて子細を聞給へとて、初め終りの事ども語りければ、さては藤四郎殿の亡魂あらはれ出給けむと、今宵位牌の前に残りてあり。

母は余の悲しさに位牌の前にひれ伏し、声を限りに泣き叫び、さても去ぬる正月十九日、京都御霊の馬場にして、流矢にあたりて打れしが、今日巳に百ヶ日に及べり。

此世に残りて憂き物思する、みずからにはなどや見えこざるとて引かづきて歓きしが、あまりの事に堪かね、聖を憑(たの)みて髪を剃り、尼になりつつ菩堤を深く吊ひげると也。

屏風(びようぶ)の絵(ゑ)の人形躍歌(にんぎやうをどりうたふ)

細川右京大夫生元(まさもと)は、源の義高公を取立、征夷将軍に拝任せしめ奉り、みづから権を執り其威を逞くす。

或日大に酒に酔(ゑひ)て、家に帰り臥すしたりしに、物音をかしげに聞えて睡りを覚まし、かしらを抬げて見れは、枕本に立たる屏風に古き絵あり。

誰人の筆とも知れず、美しき女房少年多く遊ぶ所を、極彩色にしたる也。

其女房も少年も屏風を離れて立並び、身の丈五寸ばかりなるが、足を踏み手を拍ちて歌うたひ、おもしろく躍りをいたす。政元つく/\其歌をきけば、さゝやかなる声にて、

  世の中に、恨みは残る有明の、月にむら雲春の暮、花に嵐は物うきに、あらひばしすな玉水に、うつる影さへ消えて行、

とくり返し/\歌うて躍りけるを、政元声高く叱りて、曲者共の所為(しわざ)かなと云はれて、はら/\と屏風に登りて元の絵となれり。

怪しきこと限りなし。

陰陽師康方(おんやうじやすかた)をよびてうらなはせければ、屏風の絵にある女の風流のをどりに、花に風と歌ふ。

総べて風の字慎みなりといふ。

永正四年六月の事也。

其次の日政元、小人潔斉して愛宕(あたご)山に参篭し、偏へに武運の長久を、勝軍地蔵にいのり申されたり。

廿三日の下向道(げかうだう)に乗たる馬、巳に坂口にして斃れたり。

明れば廿四日我家に於て風呂に入けるに、その家人右筆せし者敵に内通して、俄に突入つゝ政元を刺殺したり。

康方が、風の字つゝしみありと云ひしが、果して風呂に入りて殺されしも、兆(うらかえ)のとるところ其故あるにや。

伽婢子巻之九

狐偽(きつねいつはり)て人に契(ちぎ)る

安達(あだち)喜平次は江州(がうしう)坂本にすみけり。

たま/\公方に参候(さんこう)して帰る。

僕(ぼく)二人に馬の口取らせ、中間二人を召しつれ、白河より山中越にさしかゝる。

日巳に暮れ方になる。

道より南のかた神楽岡(かぐらをか)の西にして、年の比十七八と見ゆる女性(によし

やう)顔かたち美くしきが、桜花に小鳥のいろ/\縫たる紅梅裏の小袖のすそかいとり

、草むらをあなたこなたして荊(いばら)の上を打越え、道に踏み迷ひたるが如し。

安達これを見て、如何なる高家の娘なるらんと怪しみつゝ、近く歩ませ寄りたれば、此

女性袖を以て顔をおほひ、足元は石に蹉きしば/\ころびまろばんとす。

安達人を遣はして、是は如何なる御方なれば、此日の暮方めしつるゝ者もなく、かゝる

所に立めぐり給ふといはせけれ共物云はず。

又重ねて人を遣はし我が乗たる馬を引せ、道行なずみ給ふも見奉るに痛はしくこそ覚え

侍べれ。

此馬に召されて、いずく迄も御すみかに帰り給へ、送りて奉らむと云はせければ、女性

嬉しげに顧みて馬にのる。

安達抱きのせしに、その軽き事うすものゝ如し。

近く見れば世にたぐひなく、光り出るばかり麗はしきが、まみ気高くかたちたをやかに

、袖の薫りの香(かう)ばしさ、なにはにつけてもなべてならず。

白玉か何ぞとあやしまれ、此人の為ならば露と消ゆるとも、根はあらじとぞ覚えける。

安達は馬の尻に付き静かに歩ませ、もとの道を京の方に帰りしに、一町ばかりにして、

忽ちに女の童(わらは)五六人田中のかたより走り出て、あな浅まし、此暮かたとりう

しなひ参らせしかときもつぶれ胸とゞろき、かなたこなた尋ね参らせしぞやとて、馬に

添うて南をさしてゆく事二町ばかりにして、年ごろ六十ばかりの男、息もつぎあへず、

先より尋ね奉りし、まづ御心安く侍べり。

扨此御馬かし給ふは思ひ寄らざる御情かなといふ。

安達いふやう、此御方道に踏迷ひ給ふ故に、御いたはしく思ひ奉り、某乗りたる馬奉り

、是迄送り参らせたり。

是より又坂本に下り侍べる也と云へば、かの男いふやう、姫君今日は田中といふ所に遊

び給ふを、座中酒もり久しくて、興に乗じて独り立いで道に迷ひ給へり。

はや日も暮たり。

坂本までは中中にかへりつき給はじ。

よき便りなればこなたに入て一夜を明し給へといふ。

安達それは誠に御芳志たるべしとて、南のかた三町ばかり行ければ、茂りたる一構(か

まへ)あり。

其内には家居つぎ/\しく奇麗に立て、梅桜桃季(すもゝ)の花咲つゞき、藤の棚山吹

の垣、池にはあやめかきつばたもえ出て、庭のおもて泉水のかゝり、世にある人の住か

と見えたり。

襖障子幾間も立切たる書院廊下を伝うて小座敷に行至る。

その奥には、唐の日本(やまと)の花鳥つくして書きたる絵の間あり。

安達すでに玄館(げんくわん)より上りければ、あるじの女房其年四十ばかり、世にけ

だかく見ゆ。

召使ふ女のわらは七八人を隋へ立出て、思ひも寄らずまれ人の客を受侍べり。

姫たま/\出て遊びし侍べり、酒に酔たる事を痛み座を逃げて道に迷ひ、君に行逢奉ら

ずば、若は狼きつねのたぶろかし、若は盗人に脅かされなん。

よくこそ送りてたびたまへ。

それご如何にももてなし奉れとて、親しくもてかしづく。

しばしありて酒(さけ)肴取したゝめて出す。

あるじの女房盃を取り安達にまゐらせ、とても今宵は遊びあかして浮世の思出とせむ。

姫が姨(おば)も是におはす、出て酒すゝめたまへといふに、廿四五ばかりの女房はな

やかに出立て、打笑ひ立出しを見るに又世に稀なる美人也。

安達、是はそも仙境に来れるか、天上にのぼれるか、如何なる雲の上といふとも今宵に

勝る時はあらじと、嬉しくもふしぎ也。

酒巳に酣(たけな)ほにして安達は数盃を傾けたり。

主の女房いふやう、姨(おば)と双六うち賭(かけもの)定めて遊び給へとて、黒檀に

紫檀、檳(びん)榔まじへちりばめたる盤のめぐりには、源氏の絵書き、水牛象牙黒白

の石、蒔絵の筒(ごう)に賽(さい)とり添へて出したり。

安達と姨とさし向うて打けるに、賽の目を争ひ、時々姨の手をとらへ、無理をいふも心

ありや。

遊仙屈(いうせんくつ)に張文潜(ちやうぶんせん)と十郎娘(じやう)が、双六うち

てかけもの>せし事を書(しろし)ける筆の跡もなつかしくて、安達勝ければ沈香(ぢん

かう)五雨を出し興ふ。

姨又勝ければ安達出すべき物なく、かうがいを抜きて出したり。

巳に夜明方になり、東の山のはしらみ明けて人の音なふ声聞ゆるころ、家の内俄に驚き

あはてふためき、盗人の入来るぞやといふに、主の女房、安達をうしろの門より推出せ

ば、姨もゆきかたなく立隠れたりと覚ゆるに、安達一人かたくづれなる山際の穴の内よ

り這ひ出たり。

芽離(つはな)れ菫咲きて松の風高く吹、谷の水遠く聞えたり。

かけものに渡したる笄はなく、取りたる沈香はさしもなき木の片(きれ)なり。

初め女性の道を踏み迷ひしを、安達馬より下りて、後(しり)につきて行かと見えて影

もなく失せにしかば、中間小者(ちゆうげんこもの)ばらたづねめぐり、只こゝもとに

て見失ひぬとて、あまりに尋わびて、大なる穴のあるを見つけて、鋤鍬(すきくわ)を

かりよせ堀崩しけるを、盗人入来ると驚きける也。

こゝはいづくぞと人に問へば、神楽岡のうしろ也といふ。

狐のたぶろかしけるにこそ。

下界(げかい)の仙境(せんきやう)

昔太田道潅、武州江戸の城を築きて居住せらる。

此地に水乏しき事を苦しみけり。

其比舟木甚七とて富裕の町人あり。

堀抜の井戸を作らんとて金堀を雇ひ、人歩(にんふ)を入れて堀らするに、凡半町四方

、深き百丈ばかりに及べども水なし。

金堀底に坐し休みつゝ、静に聞けば、地の中に犬のほゆる声、庭鳥のなく音、かすかに

響きて聞ゆ。

怪しく思ひて又四五尺堀りければ、傍に切通しの石の門あり。

門の内に入て見れば両方壁の如く、甚だくらくして見え分かず。

猶道を認(こめ)さぐりて一町ばかり行ければ、俄に明かになり、切とほしの奥の出口

より空を見上ぐれば、青天白日輝き、下を見おろせば大なる山の峯に績きたり。

金堀其峯におり立て、四方を見めぐらせば、別(べち)に天地日月明らけき一世界なり

其山に績きて谷に下り峯に登り、一里ばかりゆきて見れば、石の色は皆瑠璃の如く、山

関(あん)には宮殿(くうでん)楼閣あり。

玉を飾り金を鏤(ちりは)め、瑠璃の瓦瑪瑙の柱、心も言葉も及ばれず。

大木多く生(おひ)ならびて、木の形は竹の如く、色青くして節あり。

葉は芭蕉に似て紫の花あり、大さ車の輪の如し。

五色の蝶その翼大さ団扇(だんせん)の如くなるが、花に戯れ、又五色の鳥その大さ鴈

(がん)の如く、梢に飛翔り、その外もろ/\の草木、何れも見なれぬ花咲き実(み)

のり、岩のはざまより二道(ふたすじ)の滝ながれ出る。

一つの水は、色清き事磨立たる鏡の如く、一つの水は色白き事乳(ち)の如し。

金堀やう/\山を下り、麓より一町ばかりにして一つの楼門に至る。

上に天桂山宮(てんけいさんきう)と云額を懸けたり。

門の両脇に番の者二人あり。

金堀を見て驚き出たり。

身の長五尺余り、容(かま)の美はしき事玉の如く、唇赤く歯白く、髪は紺青(こんじ

やう)の糸の如し。

みどりの色なる布衣(ほい)、黒き鳥帽子着たるが、走り出て各めけるは、汝何者なればこゝに来れると。

金堀ありの侭に語る。

その間に門の内より、

装束きらびやかに容(かほ)うつしく、

艶(つや)やかなる事酸〓子(ほゝづき)のやうなる者二十人ばかり出て、

けしからず臭く穢らはしき匂いあり。

如何なる事ぞとて番の者をせむるに、

番の者恐れたる気色にて、

人間世界の金掘、

思ひの外なる事によりて迷ひ来れりというて、

子細をつぶさに語る。

其時奥より照輝(てりかがやく)ばかり緋(あか)き装束に、

金(こがね)の冠(かふり)を着たる人出ていふやう、

大仙玉真君の勅定(ちよくぢやう)には、

其金掘をつれて遊覧せしめよとあり。

先の〓人輩うやまうてうけ給はり、

番の者に仰付たり。

まづ金掘をつれて、

清き水の〓に行きて身を洗はせ、

色白き水の〓に行て口を〓せたるに、

其水甘き事密の如し。

思ふさまに飲ければ、

酒に酔(ゑひ)たるが如くにして、

暫くありて心すゞやかに覚ゆ。

番の者引きつれて山間(あひ)をめぐるに、

宮殿(くうでん)楼閣皆谷ごとに立つらなれり。

只門外より見いれて内に入事かなはず。

斬て半日ばかりにして、

山の麓に又一つの城に至る。

楼門の上には黄金(わうごん)を以て、

梯仙皇真宮(ていせんくわうしんきう)といふ額を懸けたり。

水精輪(すゐしやうりん)の所成(じやう)金銀の壁、

玳瑁(たいまい)の垣琥珀の欄干、

白玉(はくぎよく)の鐺〓〓(こじりしやこ)の簾(すだれ)、

真珠の瓔珞(やうらく)、

五色の玉を庭のいさごとし、

いろ/\の草木名も知らぬ鳥、

まことに奇麗厳浄(ごんじやう)なることいふばかりなし。

され共門の内には入られず。

さこそ内のには善つくし美つくして、

言語(ごんご)たえたる事の有らんと思ひ、

扨こゝは何処ぞと問ふ。

番の者のいふやう、

是皆もろ/\の仙人、

初めて仙術を得ては、

まづ此所に来りて七十万日の間修行を勤め、

其後天上にのぼり、

或は蓬莱宮(ほうらいきう)、

或は藐姑射(はこやの)山、

或は玉景崑〓(ぎよくけいこんらう)なんどに行て、

仙人の職にあづかり官位を進み、

符〓印咒(いんじゆ)薬術を究め、

飛行自在の通力を悟り侍べる事也といふ。

金掘問やう、

己に是仙人の国ならば、

人間世界の上にはなくて、

下にあるは如何なる故ぞや。

番の者答へけるは、

こゝは下界仙人の国也。

人間世界の上には、

猶上界仙人の国ありとて見めぐらせ、

汝早く人間世界に帰れとて、

白き水の滝につれて来り、

又其水を飽くまで飲ませ、

元の山の頂に登りて、

初めの大門の前にして、

奥に奏し入りければ、

玉の簡(ふた)金の印を出されたり。

是を取りて金掘を打つれ、

もとの岩穴の口に出るに、

門々皆開けたり。

送りける番の者いふやう、

汝こゝに来りては暫し半日の程と覚ゆるとも、

人間にては数(す)十年を経たりとて、

元の穴に入りければ、

又闇くして道も見えず、

只風の音のみ聞えて、

駿河(するが)の国富士の麓の洞より出て、

大に驚き怪しみ、

江戸に帰りて、

太田道潅の事を尋ぬれば、

それははや百年以前也。

井を掘らせられし事は聞伝へたる人もなく、

又其跡もなし。

人改まり家立かはりて、

本城には大に栄えたり。

我家を尋るにいづくとも知れず、

一族の末も聞えず。

つらつら思ふに、

長禄元年江戸の城始りて、

今弘治二年丙辰まで一百年に及べり。

金掘更に人間を願はず、

五穀を断ちて食せず、

木の実をくらひ水を飲み、

足に任せて修行す。

数年の後富士の岳(だけ)にてある人行逢たり。

後に其住所を知らず。

  ○金閣寺の幽霊に契る

中原主水正(もんごのかみ)は、美男の誉れありて色好みの名をとり、生年廿六に及びて定まれる妻もなし。春の花に憧れては風を憎み、秋の月に嘆きては雲をかこち、官に仕へながら浮れありきて、心を物ごとに痛ましむ。

大永乙酉弥生ばかりに、思立て霞を分つゝ、北東の山路にさすらひ、暮ゆく春の名残を慕ふ。

北白川桧垣(ひがき)の森、桜井の里氷室(ひむろ)山、岩倉谷きつね坂、八〓岡(やしほのをか)比叡横(よ)川片岡の森、鬼が城大原音無(をとなし)の滝、志津原朧清水(おぼろのしみづ)市原野辺、暗部(くらぶ)山を打めぐり鹿苑院(しかをんいん)に行至る。

世に金閣寺と号す。

征夷大将軍源義満公、この地に家づくりして移り住み給ひしも、薨去の後直(すく)に

寺となし給へり。

庭の築山泉水の立石、まことに古今絶景の勝地として、たぐひなき所なり。

中原こゝまで浮かれ来て、日巳に暮らして朧月東のかたに出れば、春宵の一刻其価を誰

か千金とは限りぬらんと、花に移ろふ月の光に、木の本も立ち去りがたくぞ覚えし。

里の家に宿は借りけれ共いも寝られず、砌(みぎり)をめぐり苔路を踏んで金閣のもと

に至りぬ。

去ぬる元永十五年、義満つ公の薨じ給ひしより既に百十八年、そのかみさしもにぎ/\

しかりけるも、君おはしまさずなりけるより、すむ人もやう/\稀になり、礎傾き柱朽

ちて、僅に金閣のみ昔の色を残したり。

主水は軒に立ち寄り欄干によりかかりて、昔を思ひ今を感じて、ふけゆく月に打うそぶ

きつゝ、古木の嬰花少し咲たるを見やりて、

        嬰花いざ言問わん春の夜の月はむかしも朧なりきや

かゝる所にひとりの女、その齢(よはひ)十七八と見ゆるが、半者(はしたもの)一人

召具して閣のもとに来れり。

桂の眉墨雲のびんづら、たをやかなる姿かたち、美しさ心も詞も及ばれず、いふばかり

なくあてやかなるが、如何なる事ぞと忍びて見ければ、此の女房いふやう、金閣ばかり

は故のごとくにして、庭のおもては風景変らず。

但時移り世変わりそゞろに昔の恋しきのみ、おもひつゞくるこそ悲しけれとて、泉水の

ほとりに休らひて、津守(つもりの)国基花山に行きて、僧正遍照駕古跡のさくら散り

けるを見て詠みける古歌を吟詠す。

        あるじなき住みかに残る桜ばなあはれむかしの春や恋しき

主水正此の吟声を聞きに、胸とゞろき魂きえて、心もそぞろにまどひつゝ、うつゝな

き中より、

        さく花にむかしを思ふ君はたぞ今宵は我ぞあるじなるもの

とよみて立ち向へば、女房さらに驚く気色なく、いとさゝやかななる声にて、初より和

君此所に在する事を知侍べりて、みづからこゝに来りて見え参らする也といふ。

大にあやしみて其名を問へば、女こたへていふやう、みづからは人間に捨てられて巳に

年久し。此の事を語り侍べらば、和君さだめて驚き怖れ給はんといふに、主水正此言葉

を聞きて、扨は是人間にあらず。山近く木玉の現われしか、狐のなれる姿か、然らずば

幽霊ならんと思ふに、形の美くしさに心解けて、露おそろしき事なし。

如何でか驚き怖れ侍べらむ、只有のイ+尽に語り給へといふ。

女房いふやう、みづから畠山氏の家に生まれ、いにしへ義満公この所に引篭り給ひし時

宮仕へせし者なり。

年二十にしてむなしくなり、君の御哀哀憐み深くてこの院の傍に埋み給ふ。

今宵は追福の御事によりて、従一位良子禅尼の御許に参りぬ。是は義満公の御母にてお

はします。

その座久しくて、今暫くここに出来り侍りとて、半者(はしたもの)に仰せて筵(むし

ろ)しとねを取敷かせ、酒菓(くだもの)をめし寄せ閣の庇に向ひ坐して、今夜の花に

今夜の月、如何で空しく送り明さむとて、酒のみ語り遊ぶ。

半者歌ふたひ、盃の数重なれり。

女房打かたぶきて、

        明行かば恋しかるべき名残りかな花のかげもるあたら夜の月

と詠みて打涙ぐみけるを、主水正心ありげに思ひて、

        いづれをか花は嬉しと思ふらむさそうあらしとをしむ心と

女房袖かきをさめて、君はみづからが心を引み給ふと覚ゆる歌ぞかし。

世をさりえ久しく埋もれし身の、又立返り君に契らば、死すとても朽果てはせじと睦ま

じく語らひける程に、月は西の嶺にかくれ、星は北の空に集まる頃、西の庇に移りて、

女房わりなく思ふ色あらはれ、暫しもろ友に枕を傾けしに、春の夜の習ひ程なく時の移

りて、鳥の声三たび鳴きつゝ、花より白む横雲の嶺に棚びくころになれば、互に涙を拭

ひて起き別れたり。

昼になりてそこら見めぐらせば、院の傍に古(ふり)たる卒都婆(そとば)ありて、苔

むしたる塚に朽残り、塚の左に小さき塚並べり。

是はしたもの其ころ悲しみて打続き焦がれ死せしを、人々憐れがりて、同じ所の塚の主

になしたるとなり。

主水正憐れにも悲しくて、家に帰らん事を忘れ、又其夕暮れに閣のほとりに立ちめぐれ

ば、女房もあらはれ出て、手を取り組み涙を流して語るやう、みづから君が心の情を感

じて、只其夜の契をなし、かづらきの神かけて、昼を厭ふぞ心憂きなど言ひければ、男

も何かをば厭ふとて、只うば玉の夜ならで、契をかはす道なしとや。

よひ/\ごとを待も苦しきに、誰を人目の関守になし、忍ぶ嘆きをこりつむべきなど語

らひ、是より夜毎にこゝに出逢ふ。

二十日ばかりの後は昼も出て語り遊ぶ。

主水も官に仕ふる身なれば、都に帰りて日毎に行きかよふ。

終に或日雨少し降りけるに、昼行きて出あひ、女房を連れて京の家に帰りて、ひたすら

常に住み侍り、其身持ちよろづ慎みて、物言ひ言葉のしな才知有り、主水が一族にまじ

はりを親しく、内外に召使ふ女童まで、恩を興へ恵みを厚くし、隣家の姥(うば)まで

も随ひいつくしみ、此女房に心をとけずと言ふ事なし。

衣(きぬ)縫うふわざ物かきうとからず、かろ%\しく他人にまみえず。

まことに主水は淑女のよきたぐひを求めたりと、人皆羨みけり。

かくて三とせの後七月十五日、女房いふやう、半者(はしたもの)は、我住ける方の宿

守(やどもり)せさせて残しおきぬ。

さこそ待ちわぶらめ、今日は金閣に行きてこととひ待ち侍らんとて、酒とゝのへて主水

女房を打ちつれて行く。

日巳に暮れて、月さやかにして東の山に出れば、池の蓮(はちす)は南の池に開け、柳

は枝垂れて露を含み、竹は風にそよぎけるに、半者出むかうていふやう、君巳に人間に

返り遊ぶ事巳に三とせにして、たのしみを極めながら、御住みかをば忘れ給ふかと恨め

しげに言ひければ、三人つれて閣の西の庇に行て、女房なく/\主水に語るやう、君が

情の深きに引れて、三とせの月日は、隙ゆく駒の陰よりはやく打過て、猶飽くことなき

契りの中らひ、今宵を限りに永く別れ参らせむ。

みづから黄泉(よみじ)の者ながら此の世の人に馴れるゝ事、宿世(すぐせ)の縁浅か

らぬ故ぞかし。

今は縁つき侍べれは別れをとり参らする也。

若又是を悲しみて強ひてこゝに留まりなば、冥府(みやうふ)の咎めも如何ならん。

君をさへ悩まし侍べらん禍必ず遠かるまじとて、互いに涙を流しつゝ袂も袖も絞りけり。

巳に暁の八声の鳥も打ち〓り、鐘の音響き渡りしかば女房立ち上がり、蒔昼の箱に香炉

をいれて、これは此程の形見とも見給へとて、なく/\別れて古塚の方に行く。

猶も名ごり惜しみて立ち戻り見かへりて、煙の如く焼失せたり。

主水胸焦がれ身悶えて悲しき事限りなく、血の涙を流して慕へ共かなはず。

家に帰りて僧を請じ、法華経よみて吊ひ、一紙の願文を書て供養を遂げ侍べり。

其詞に、

  維霊(これみたま)は、生まれてよきたぐひ郡(ともがら)にこえ、妍(かほとま)

すがた仙(やまひと)に似(にれ)り。

花の鮮(あざやか)なる玉のうるはしき、みなこの霊(みたま)の形(さま)にうつせ

り。

住昔(そのかみ)金(こがね)の扉(とほそ)に宮仕へ、如今(いま)は荒れたる墳(

つか)に埋もれり。

篠薄(しのすゝき)のもとに住み狐兎のゆくに忍ぶ。

花落ちて枝に返らず、水流れて源に来らず。

日かげ傾き月めぐれ共、精霊(くはしき)は泯(ひた)けず。

性(たましひ)もの識ること長(とこしなへ)にいます。

魂を返す術(たむけ)はなしに姿をあらはす功(いさをし)あり。

玉のさし櫛くれなゐの袿(うちぎ)は、色うるはしくにほひ残れり。

松の千歳常盤(ときは)かはらず、喜びを同じく偕(とも)に老なんことを思ひしに、

如何に逢(あう)て又別れたる。

雲となり雨となりし朝なゆうなのうらみ歎くにその跡を失へり。

しるしの塚(つか)に向へども、声をだにまだ聞かず。

後の逢瀬いつか継(つが)ん。

雁の声わづかに悲しみを助け、蛍の光只愁へを弔ふ。

姿隠れなさけ絶て、むなしき空に霧ふさがり星くらし。

心の底は糸のみだれ、涙の色くれなゐを染て、悲しみの中に経読み花を手向く。

霊(みたま)よくうけ給へ。

鳴呼悲しきかな痛ましき哉。

こひねがはくはよくうけ給へ。

ともす火やたむくる水や香花を魂(たま)のありかにうけて知れ君

主水正是より官職を辞退して、独り淋しき床に起き臥し、只此人の面影のみ立離れず、歎きに沈み侍べりしが、二たび妻をも求めず、小原の奥に引篭り、終に其終る所をしらず。

人面瘡(じんめんさう)

山城の国小椋(をぐら)といふ所の農人(のうにん)、久しく心地悩けり。

或時は悪(を)寒発熱して瘧(おこり)の如く、或時は遍身痛み疼(ひらゝ)きて通風の如く、さま%\療治すれ共しるしなく、半年ばかりの後に、左の股の上に瘡(かさ)出来て、其形人の貌(かほ)の如く、目口ありて鼻耳はなし。

是より余の悩みはなくなりて、只其瘡の痛む事いふばかりなし。

まづ試に瘡の口に酒を入るれば、其まま瘡のおもて赤くなれり。

餅飯(もちひはん)を口に入るれば、人の食ふ如く口を動かし呑みをさむる。

食をあたふれば、其間は痛とゞまりて心安く、食せさせざれば又はなはだ痛む。

病人此故に痩せ労れて、しゝむらいたみ、力落ちて骨と皮とになり、死すべき事近きにあり。

諸方の医師聞伝へ、集りて療治を加へ、本道外科皆その術を尽くせども験(げん)なし。

こゝに諸国行脚の道人此所に来りていふやう、此瘡まことに世に稀なり。

是をうれふる人は必ず死せずといふ事なし。

され共一つの手だてを以ていゆる事あるべしといふ。

農夫いふやう、此病だに愈(い)えば、たとひ田地を沽(こ)却すとも何か借かるべきとて、すなはち田地をば売しろなし、其価を道人に渡す。

道人もろ/\の薬種を買集め、金(かね)石土を初めて草木に至りて、一種づゝ瘡の口に入るれば、皆受けて是を呑みにけり。

貝母(はいも)といふものをさしよせしに、その瘡すなはち眉をしゞめ口をふさぎて食(くら)はず。

やがて貝母を粉にして瘡の口を押開き、葦(あし)の筒を以て吹入るゝに、一七日の内にに其瘡すなはち痂(ふた)づくりて愈たり。

世にいふ人面瘡(じんめんさう)とは此事なり。

人鬼(をに)

丹波の国野々口(のゝぐち)といふ所に、与次といふ者の租母(うば)百六十余歳になり、髪甚だ白かりければ、僧を頼みて尼になしけり。

若き時より放逸無慚なる事ならびなし。

与次巳に八十あまりにして子あまた有り。

孫も多かりしを、かの祖母(うば)は与次を我が孫なりとて、常に心にかなはむ事あれば、責いましむる事小児ををどし叱るが如くす。

され共与次がため祖母(うば)の事なれば、孝行に養ひけり。

此うば年巳に極りながら目も明かにして針の孔(みゝ)をとほし、耳さやかにして私語(さゝやく)事をも聞付け侍べり。

年九十ばかりの時歯は皆ぬけ落ちたりに、百歳の上になりて元の如く生(おひ)出たり。

世の人ふしぎの事に思ひ、いとけなき子持(もち)ては、此祖母にあやかれとて名をつけさせ、もてなしかしづき侍べり。

画の内は家に在りて麻(を)をうみ紡(つむ)ぎ、夜に入ぬれば行先知れず家を出る。

初の程こそ有けれ、後には孫も子も怪しみて、出て行跡をしたへば、此祖母立帰り大に叱りどよみ、杖は突きながら、足はやく飛が如くに歩む。

更に其ゆく所定かならず。

身の肉(しゝ)は消え落ちて骨太くあらはれ、両の目は白き所色変じて碧(あを)し。

朝夕の食事は至りて少なけれ共、気象は若き者も及ばれず。

或時より画も出て行くに、孫曾孫新婦(ひこよめ)なんどに向ひて、我が留守に部屋の戸開くな、必ず窓の内をさし覗くな。

もし戸を開かば大に怨むべしといふに、家にある者共怪しみおもふ。

又ある日昼出て、夜更くるまで帰らざりけるに、与次が末子(ばつし)酒に酔て、何条(なでう)祖母の部屋の戸ひらくなと云はれしこそ怪しけれ。

留主(るす)の紛れに見ばやと思ひ、密に戸を明けて見ければ、狗のかしら、庭鳥の羽、をさなき子の手首、又は人のしやれかうべ手足の骨、数も知らず簀(すがき)の下に積重ねてあり。

是を見て大に驚き、走出て父にかくと告げたり。

一族集りていかゞすべきと評議する所へ、祖母(うば)立帰り、部屋の戸の明きたるを見て大に恨み怒り、両眼まろく見開き光り輝き、口広く声わなゝき、走り出て行かたなく失(うせ)にけり。

恐ろしさいふばかりなし。

後に近江山のあたりに薪こる者行あひたり。

其さま地白のかたびらをつぼをり、杖をつきて山の頂に登る。

其速き事飛がごとく、猪(い)のしゝを捕へて押伏せたるを見て、おそろしく身の毛よだちて逃げかへりぬと語りし。

かの姥なるべし。

生(いき)ながら鬼になりける事疑(うたがひ)なし。

守宮(ゐもり)の妖(ばけもの)

越前の国湯尾(ゆのを)といふ所のおくに、城郭の跡あり。

荊棘(けいきよく)のいばら生茂り、古松の根よこたはり、鳥の声かすかに、谷の水音物すごきに、曹洞家褊衫(そうこうかへんさん)の

僧塵外首座(じんぐわいしゆそ)とかや、この所に草庵を結びて、座禅学解(がくげ)の風儀を味ひ、春は萠え出る蕨ををりて飢をたすけ、秋は嵐に木の葉をまちて薪とす。

近きあたりの村里より、檀越(だんをつ)まうで来ては、その日を送る程の糧(かて)をつゝみて恵む事、折々はこれありと雖も、多くは人影もまれ/\也。

されども書典(しよてん)を開きて向ふ時は、古人に対して語るが如く座禅の床にのぼれば、空裡(くうり)三昧(まい)に入て、おのづかららさびしくもなし。

ある夜ともし火をかゝげ机によりかゝり、伝灯録(でんごうのろく)を読み居たりければ、身のたけ僅に四五寸ばかりなる人、黒き帽子をかぶり細き杖をつき、

蚋(あぶ)のなくが如く小さき、声にて、我今ここに来れども、あるじなきやらん、物いふ人もなく、静かに淋しきことかなといふに、

塵首座(じんしゆそ)もとより心法をさまりて、物のために動ぜざるが故に、これを見聞くにおどろき恐れず。

かの化物怒りて、我今客人として来りたるを、無礼にして物だにいはぬ事こそやすからねとて、机の上に飛び上がる。

塵首座扇をとりて打ければ、下に落て、狼籍の所為(しわざ)よく心得よとて、大に叫びつゝ門に出て跡かたなし。

暫くありて女房五人出来れり。

その中に若きもあり姥(うば)もあり。

何れも身のたけ四五寸許也。

姥(うば)かいふやう、わが君にの仰せに、沙門たゞ一人、淋しきともし火の下に学行をつとめらる。

早く行向うて物がたりをも致し、又仏法の深きことわりをも問答して慰めよとあり。

此故に智弁兼備(そなへ)たる学士こゝに来りければ、何ぞあらけなく打〓して耻を見せたる。

我君たゞ今こゝに来りて、子細を尋ね給ふべき也といふに、其長(たけ)五六寸ばかりなる人、腕をまくり壱臂(ひぢ)を張(はり)手ごとに杖をもちて一万あまり馳せ来り、蟻の如くに

集り塵首座を打に首座は夢の如くに覚えて、痛むこといふばかりなし。

その中にまた一人、あかき装束して鳥帽子着(き)たるもの、大将かと見えてうしろに控えて下知して、沙門はやくこゝを出て去(さる)べし。

出去らずば  が目鼻耳を損ずべしといふに、七八人首座が肩に飛びのぼり、耳鼻にくひつきければ、塵首座これを払ひ落として、門の外に逃げ出つゝ、南の方の岡に登りて見れば、一つの門あり。

これはそも見馴れざる所かな、まづこゝにたちよりて今夜をあかさんと思ひ、門外近くさしよりければ、うしろより一万あまりの人立かへり、塵首座捕へて咄(どつ)とつき倒し、門の内に引入たり。

門の内にも七八千ばかりの人敷、身のたけ五六寸ばかりなるが、すきまもなく立外並び足り。

大将又かへりていふやう、我  を憐みて、伽(ごぎ)をつかはし慰めんとすれば、かへつて損害をなす。

その罪まさに手足をきりて償ふべしといふ。

敷百人手ごとに刀をぬきもちて立かゝる。

首座大に怖れ惑うて、それがしおろかなるまなこをもつて、その恵みを知らざる事、その誤りまことに少なからず。

後悔するにかへらず。

たゞ願はくは、罪を  したまへといふに、さては悔む心あり。

さのみにせむべからず。

なだめて追返せといふ声聞えて、門の外(そご)へ突き出さるゝと思ふに、寺の小門の前なり。

堂に立てかへりたりければ、灯火は消え残り、東の山の端(は)しらみてあけわたる。

余りの不思議さに、門のあたりを尋るに更に跡なし。

東の方に少し高き郊(をか)のもとに穴有て、守宮(ゐもり)多く出入するを怪しみ思ひて、人多く雇ひてこゝを掘らするに、漸々(せん/\)に底広し。

一寸ばかり掘ければ、守宮(ゐもり)集りて二万ばかりあり。

中にも大なるもの、その長(たけ)一尺ばかりにして色赤し、これすなはち守宮(ゐもり)の王なるべし。

村人の中に、一人の翁(おきな)すゝみ出て語りけるやう、古しへ瓜生(うりふ)判官とて武勇の人あり。

この所に城を構へてしばらく近辺を従へ、新田義治(よしはる)に心を傾けたり。

その根源は、判官の舎弟に義鑑房(ぎかんぼう)とて出家あり。

新田義治を見まゐらせ、極めてたぐひなき美童なりければ、これに愛念を越し、兄の判官をもすゝめて義兵を舉げしかども、遂に本意を遂(こけ)ずして討死したり。

義鑑房が亡魂この城に残りて守宮(ゐもり)になり、城の井(ゐ)の中にすみけるが、年経て後、その井のもとくづれたりといひ伝へし。

さては疑ひなく井のもとの守宮、今すでにこの妖魅(えうみ)をなす覚えたり。

早くとり  はずば、かさねてまた災ひあるべしといふ。

塵首座(じんしゆそ)一紙の文をかきていはく

云越(こゝに)虫あり。

蛤{虫+介}と名づく。

かしらは〓に似て四つの足あり。

鱗こまかにして背(そびら)にかさなり、色黒くして尾長し。

石龍(とかげ)子をもつて部類とし、〓蜒をもつて支族とせり。

あるひは泥土水(どろみず)の底にかくれ、あるひは頽井の中にむらがる。

然るに今この土窟に蟄して、ほしいまゝに子孫を育長し、その巨多こと何ぞ〓ふるに百千をもつて尽さむや。

月をわたり年をつみて、たちまちに変化妖邪(へんげえうじや)のわざはひをなし、漫(みだり)に人の神魂(たましひ)を銷(けさ)しむ。

これ何のことぞや。

爾而(なんぢ)生(しやう)を虫豸(むしち)の間に托し、質(かたち)を〓〓(へびみつら)の属(たぐひ)によせて、暫く十二時虫(ちう)の名ありといへども、亦三十六禽(きん)の員(かず)に外(はづ)れたり。

よく蝎蠅(かつよう)を捕(とり)て蝎虎(かつこ)の美名あり。

よく一日のうちに身の色変りて折易(せきえき)の佳〓ありといへども、守宮(ゐもり)のしるしを張華が筆に貽(のこ)し、変情のなかだちを王済(わうせい)が書にしるす。

これ皆嫉妬愛執をもつて爾が性とす。

〓聞(まことにきく)爾はそのかみ釈門の緇徒(しこ)、一朝卒然として男色に〓(めぐる)めき、つひに行業(ぎやうごふ)をすてゝ武勇をはげまし、〓悶して死して這虫(このむし)となれりといふ。

鳴呼酥(そ)を執(しつ)せし沙弥(しやみ)は酥上の虫となり、橘を愛せし桑門は橘中(きつちう)の虫となる。

これ上古の〓(さゝ)に伝ふ。

爾色に淫してまたこの虫となれり。

其の性既に色を繕ふの能あり。

人の悪む所世の戒むる所、何ぞ漸愧の心なく、剰へかくの如くの恠異をなすや。

早く心を改めて正道に赴き、生を転じて真元に帰れ。

とよみければ、是にや感じけん、数万の守宮皆一同に死たふれたり。

人皆不思議の思ひをなし、たゞ此まゝ捨べき事ならずとて、柴を積て焼たて灰になし、一丘を築てしるしとす。

それより後二たび恠異なし。

妬婦(とふ)水神となる

山城の国の郡は橋より東にあり。

宇治橋より西をば久世郡(くせのこほり)といふ。

宇治橋の西のつめ北の方に橋姫の社あり。

世に傅へていふ、橋姫は顔かたちいたりてみにくし。

この故につひに配偶(はいぐ)なし。

橋の南に離宮明神あり。

昔夜な/\橋姫のもとに通ひ給ふ。

その来り給ふ時は、宇治の川水白波たかくあがりて、すさまじき事いふばかりなし。

されば明神の歌に、

夜や寒き衣やうすきかたそぎの行あひのまに霜やおくらむ

とよみ給ひしとやか。

然るに宇治と久世と、新婦(よめ)をとり声をとるに、橋姫の前を通り、橋を渡りて縁をとれば、久しからずして必ず別離する也。

このゆゑに今に到りて両郡縁を結ぶには、橋より北の方槙(まき)の島より舟にて川を渡る事也。

これは橋姫わが容貌(かほかたち)の悪しくて、ひとりやもめなる事を怨み、ひとの縁辺を嫉(ねた)み給ふ故なりといへり。

それにはあらず、昔宇治郡に、岡谷(をかのや)式部とて富裕の者あり。

その妻は小椋(おぐら)の里の領主村瀬(むらせの)兵衛といふ人のむすめ也。

物嫉み極めて深く、召し使ふ女童(わらわ)まで、少し人がましきをば追出して、たゞ五体不具の女ばかりを家の内には集め使いけり。

余所(よそ)の事をも、男女のわりなき物語を聞ては、そのまゝ腹立ち怒りて食更に口に入れず。

ましてわが夫の事は悋気(りんき)ふかくせめかこちて、門より外に出さず。

岡谷ももてあつかうで、去(さり)もどさんとすれば、我にいとまをくれて去(さり)たらんには、鬼になりてとり殺さんなど、すさまじく罵しりけり。

年をかさぬれども子もなし。

岡谷つねには双紙をよむ事を好みて慰(なぐさみ)とす。

源氏物語の中に、物嫉み深きためしには、六条の御息所(みやすどころ)は死して鬼となり、髯黒大臣(ひげくろのおとど)の北の方は物狂はしくなれり。

これ皆物ねたみ深きためしとて、後の世迄も名を残せし。

是等は恐ろしながらも眉目(みめ)かたち美しかりしといへり。

たとひ悋気深くとも、和御前(わごぜ)もみめよくはありなむ。

さのみにたけ%\しう嫉み給ふなといふに、女房大に腹立ち、みめわろきを嫌ひて、又こと女に心をうつさんとや。

この姿にてみにくければこそ男も嫌ひ侍べれ、生をかへて思ふまゝに身をなし、心定まらぬ男を思ひ知らせんとて、髪はさかさまに立ち、口広く色あかうなり、まなこ大に血さし入たるが、涙をはら/\と流し、座を立て走り出つゝ、宇治川に飛入たり。

水練を入て求むれ共死骸も見えず。

岡谷驚き、平等院にしてさま%\仏事とり行ひけり。

七日といふ夜の夢に、妻の女房来りて岡谷にいふやう、我死して此川の神となれり。

橋を渡りて縁を結ぶものあらば、行末必ず遂(とげ)さすさまじとて夢はさめたり。

これより橋を渡りて縁を結べば、必ず別離するといへり。

船にて川を渡すにも眉目(みめ)わろき女には仔細なし。

顔かたち美しき女の渡れば、必ず風あらく波たちて舟危しといふ。

此故に新婦(よめ)を迎えて川を渡すに、波風なきときは新婦(よめ)のみめ悪(わろ)からんと、諸人これを知るとかや。

祈(いのり)て幽霊(いうれい)に契(ちぎ)る

上野(かうづけ)の国平井の城は、上杉憲政(のりまさ)のすみ給ひし所なるを、北条氏康これをせめおとし、憲政は越後に落行て長尾謙信をたのみ、二たび家連を開かん事をはかり給ふ。

平井の城には北条新六郎をいれおかれし処に、城中に一間の所あり。

金銀をちりばめ、屏風障子みな花鳥草木いろ/\の絵を尽し、奇麗なる事いふばかりなし。

庭にはさま%\の石を集め、築山泉水その巧をなし、築山に績きたる花岡には、春より冬にいたる迄、  つゞく草木の花さらに絶間なし。

是はそのかみ、憲政の息女弥子(いやこ)青年十五歳、みめかたち世にたぐひなき美人にて、心のなさけ色ふかく、優にやさしかりければ、見る人聞(きく)人みな思をかけ心をなやます。

憲政はいかなる高家権門の輩にも合せて、家門の縁を結ばんとおぼして  愛深く、別(べち)にこの一間をしつらひおかれし所に、家人白石(しろいし)半内といふ小性、たゞ一目見そめまゐらせ、心地惑ひて堪(たへ)かね、風のたよりにつけて文ひとつまゐらせしに、此事あらはれ、半内ひそかに首(くび)をはねられたり。

その後百日ばかり過てむすめ弥子、日暮がた俄におびえて絶入給ひ、ついに空しくなり給へり。

さだめて半内が亡魂のしわざならんと聞傅へし。

新六郎この物語を聞て、たとひ幽霊なりともかゝる美人に逢て語らはゞ、さこそ嬉しからまし。

今生の思いで何事かこれにまさらんと、しきりに思ひそめて、朝夕は香をたき花を手向(たむけ)て、人知れず恋慕の心つきて祈りけり。

ある日の暮がたに、いづくとも知らず女(め)の童(わらわ)一人来りて、新六郎に向ひていふやう、わが君はそのかみ此所にすみ給ひしが、君の御心ざしにひかれてこれ迄あらはれ、只今まゐり給はんに君対面し給ふべきやというて、きえうせしが、暫くありて異香(いきやう)くんじて、先の女の童につれて、一人の美女築山のかげより出来れり。

その美しさ、此世の中にあるべき人ともおぼえず、天上よりくだれる歟(か)神仙のたぐひかと見るに、中々目もあやなり。

新六郎、これは聞及びし〓子(いやこ)の幽霊なるべし。

日ごろ我念願せし所ひとへに通じけり。

鬼を一車にのすと云事はあれど、何かすさまじとも思はん。

契をかはして思ひを述べんには、人と幽霊とは同じからずと雖も、なさけの色は死と生とはかる事あらじものをと、女の手をとり引いれて、時うつる迄かたらひけり。

女すでに立帰らんとするとき、自らこゝに来る事をあなかしこ、人に洩し給ふな。又暮を待給へと契りて、

底深き池におふてふみくりなはくるとは人に語りばしすな

とうち詠じ、庭に出てゆくかと見れば、そのまゝかたちは消え失せたり。

次の日の暮がたに又来れり。

暁かへりては夕ぐれに来る事六十日に及べり。

ある日新六郎、家人を集てさま%\物語のついでに、女のいひし事を打ち忘れ、此事を語り出しけり。

家人等奇特の事に思ひて、壁をほりてのぞきけるに、女来りて物語すれどもその姿は見えず。女(め)の童(わらは)と見えしは伽婢子にて侍べりし。

女ある夕暮来りて、大に恨み歎きたる有様にて云やう、何とて洩し給ふなといふ言葉をたがへて、人には語らせ給ひしぞや。此故に契は絶て、かさねて逢事かなふべからず。

これこそこの世の名残りなれとて、

しばしこそ人め忍ぶの通ひ路はあらはれそめて絶はてにけり

となく/\詠じければ、新六郎涙の中より、

さしもわがたえず忍びし中にしもわたしてくやしくめの岩はし

女はなく/\金の香合(かうはこ)ひとつとり出して、君が心ざし  らで思し給はゞ、これをかたみとも見給へとて渡しけり。

新六郎も珊瑚琥珀金銀をまじへてつなぎたる、  珠一連をとり出し、これは見給ふべき物とはなけれ共、黄泉(よみぢ)のすみかには身のたよりとも御覧ぜよかしとて、女の手に渡しつゝ、さるにても又あふべき後の契を、この世の外には何時とか定め侍らんといへば、今より甲子(きのへね)といふ年を待給へとて、涙とゝもに、雪霜のきゆるが如くうせにけり。

新六郎つきぬなごりの悲しさに思ひむすぼゝれ、心なやみ形ちかじけたり。

〓師(くすし)此事を聞て薬を興へしかば、月をこえて病いえたり。

後にある人語りけるは、憲政の愛子こゝにすみて俄におびえ死せり。

これは此むすめを思ひかけし小姓白石半内が、怨みて殺されし亡魂のしわざなり。

憲政こゝにおはせし間は、空くもり雨ふる時は、半内が幽霊いつもあらはれ見えしと也。

此程はその事絶て、見し人もなしといふ。

新六郎これを聞に、すさまじく思ふ心つきけり。

或日空くもりて雨雲うちおほひたる暮がたに、年のほど廿ばかりの男、やせつかれたるが髪うち乱し、白きねりぬきの小袖に、袴着て紫竹(しちく)の杖をつきて、泉水の端にすご/\と立たるを見て、新六郎太刀を抜きて向ひければ、きえ%\となりて失せにけり。

これより僧を請じ、一七日のうち、水陸(すゐろく)の斉曾(さいゑ)をいとなみて弔ひしかば、これにや怨も解けぬらん、重ねてあらはれいづる事なしとかや。

窃(しのび)の術

甲陽武田信玄、そのかみ今川義元の聟として、あさからず親しかりけるに、善元すでに信長公にうたれて後、その子息氏真(うぢざね)、少し心のおくれたりければ、信玄あなづりて無礼の事共多かりし中に、

今川家重宝と致されし定家(ていか)卿の古今和歌集を、

信玄無理に仮(かり)どりにして返されず、

秘蔵して寝所(しんじよ)の床に置かれけるを、

ある時夜のまに失なはれたり。

寝所に行くものは譜代忠節の家人の子供五六人、

其外は女房達多年召し使はるゝものゝ外は、

顔をさし入て覗く人もなきに、

たゞ此古今集に限りて失(うせ)たるこそ怪しけれ。

又その他には、名作の刀脇指金銀等は一つもうせず。

信玄大に驚き申信両国を探し、

近国に人を遣しひそかに聞もとめさせらる。

此所他人更に来るべからず。

いかさま近習(きんじう)の中に盗みたるらんとて、

大に怒り給ふ。

古今の事はわづかに惜むにたらず。

ただ以後までもかゝるものゝ忍び入を、

怠りて知らざりけるは無用心の故也と、

をどり上りてはげしく穿鑿に及びければ、

近習も外様も手を握りて怖れあへり。

飯富兵部が下人に、

熊若というもの生年十九歳、

心利(きき)てさが/\しく、

不敵にしてしぶとき生れつきなり。

そのころ信州割峠(わりがたうげ)の軍に信玄馬を出され、

飯富おなじく赴きしに、

旗棹を忘れたり。

明日卯の刻には飯富二陣と定められしに、

日は早や暮れたり。

如何すべきと案じ煩ひしを、

熊若すゝみ出て、

それがしとりてまゐらんとて其のまゝ走り出たり。

諸人さらに実と思はず。

かくて二時ばかりの間に、

やがて旗棹取て〓り来る。

さていかにして取来れると問はれしに、

熊若いふやう、

早くとりて来らんと思ふばかりにて、

手形をも印をもとらずして甲府に走り行ければ、

門をさし固め、

中々人の通路をかたくいましむる故に、

壁を傅ひ垣をこえ、

ひそかに戸を開くに更にしる人なし。

やがて亭に忍び入てとりて来り侍べりといふ。

飯富聞きて、

これより甲府までは東路(あづまじ)往来百里に近し。

是をゆきて〓るだにあり、

まして用心厳しき所を、

人知れず忍び入ける事よ。

定めて此問の古今集もこの者ぞ盗みぬらん。

後に聞えなば大事成べしと思ひ、

熊若をかたはらに招き、

汝かゝるしのびの上手、

道早きものとは今まで露も知らず。

此ほど信玄の定家の古今を盗みたるは汝かといふ。

熊若答へていふやう、

それがしはたゞ道を早く行て、

忍びをする事をのみ得たり。

しかれば我いとけなき時より君に召し使はれ、

故郷の父母いかになりぬらんとも知らず願はくは我にいとま給はり、

故郷に返して給はらば、

其盗みたる者をあらはし奉らんといふ。

それこそいと易けれ。

いとまはとらすべし、

かの盗人を捕ゆる迄は沙汰すべからずとて、

割が峠〓陣(がいぢん)の後、

熊若をもつてこれを覘(うかが)はせしに、

西郡においてたゞ一人ゆく者あり。

早き事風の如し。

熊若立ちむかひ物いふ間に、

後より捕へて押し伏せたり。

熊若に欺かれて恥みる事こそやすからね。

古今を盗みける事は、

信玄公の寝(ねや)を見んため也。

あはれ今廿日をのびなば、

甲府をば亡すべきものを、

運の強き信玄公かな。

我は上州蓑輪の城主、

永野が家に仕へし忍(しのび)のもの、

もとは小田原の風間(かざま)が弟子也。

わが主君の敵なれば、

信玄公を殺さんとこそ計りしに、

本意なき事かな。

此上はとく/\我を殺し給へとて申しうけて殺されたり。

古今集をば、

都に出してうりけると也。

熊若はいとま給はりて、

西国に下りけりといふ。

鎌鼬(かまいたち)付提馬風(だいはかぜ)

関八州の間に、鎌(かま)いたちとて怪しき事侍り。

施風(つじかぜ)吹おこりて、

道行人の身にものあらくあたれば、

股のあたり竪(たて)さまにさけて、

剃刀にて切たる如く口ひらけ、

しかも痛み甚だしくもなし。

又血は少しも出ず。

女〓草(ぢよすゐさう)を揉てつけむれば一夜のうちにいゆといふ。

何者の所為(わざ)とも知り難し。

たゞ施風(つじかぜ)のあらく吹てあたるとおぼえて此うれへあり。

それも名字正しき侍にはあたらず。

たゞ俗姓卑しき者は、

たとひ富貴なるも是にあてらるといへり。

尾濃駿遠(びぢようすんゑん)三州の間に、

提馬(だいば)風とてこれあり。

里人あるひは馬に乗りあるひは馬を引てゆくに、

施風起りて砂をまきこめ、

まろくなりて馬の前にたちめぐり、

車の輪の転ずるがごとし、

漸々(ぜん/\)にその施風(つじかぜ)おほきになり、

馬の上にめぐれば、

馬の鬣すくすくとたつて、

そのたてがみの中に、

細き〓の如く色赤き光さし込み、

馬しきりにさをだち、いばひ嘶(いなゝき)てうち倒れ死す。

風その時ちりうせてあとなし。

いかなる者の業とも知人なし。

もしつじ風馬の上におほふ時に、

刀をぬきて馬の上を払ひ、

光明真言を誦(じゆ)すれば、

其風ちりうせて馬も恙なし。

提馬(だいば)風と号すといへり。

了仙貧窮(れうせんひんぐう)付天狗道(てんぐたう)

釈の了仙法師は播州賀古郡(かこのこほり)の人なり。

いとけなくして父母におくれ、郡(こほり)の草堂に篭りて出家し、十七歳して関東のおもむき、相州足利の学校に三十余年の功を積(つ)み、

内外二典(じてん)に渡り、

神歌(しんか)両道にたづさはり、

博学多聞(もん)の名をほどこし所々の談林に遊ぶ。

論義〓舌ありて、

諸人皆かたぶき伏(ふ)して、

更にこれに敵する事かなひがたし。

然ればその天性逸哲狂(むまれつきいつてつしやうきやう)の風あり。

命分甚だ薄く、

一重の紙衣(こ)をだに肩にまつたからず。

墨染の衣は袖破れ、

その日を暮すべき糧(かて)に乏(ともし)し。

此故に学智の功はかさなりながら長老上人にもならず、綱位(かうゐ)の数にもあづからぬ平僧にて、年月を重ぬるまゝ名利(みようり)の心さらに絶えがたし。

みづから深く嘆きて曰く、了仙よ/\汝学問よく勉めて才智あり。

心ざし冴なく名は世に聞こえながら、いかに身一つを過わび一寺の主ともならざるやと。

又みづから解して曰く、安然は堂の軒に飢えて桓舜は神の社に祈りし。

これ道義の不足ならんや。

役(えん)の小角は豆州にながされ覚〓(かくばん)は根来(ねごろ)に苦しみし。

これ行徳のおろそかなるにあらず。

教因は僧戸封禄ありて安海は綱位にいたらざりし。

これ智と愚との故ならず。

沙弥は温かぬ。

これ才能の不敏なるによらんや。

これすでに過去世の因縁なり。

儒には天命といふ。

了仙不幸にして此そしりをうく。

何ぞ因果の理に迷うてみだりに名利を求めんやとて、みずから問答して心を慰みけり。

人のおのれを用ひざる事を憤る思ひ胸にふさがり、天文の末の年鎌倉にして病死しければ、妙光寺のかたはらに埋みたり。

所化の伴頭栄俊といふものは、学問の友として久しく断金の契をいたせしが、ある時藤沢辺に出ける道にして、了仙に行合たり。

漆塗の手輿にのり白丁八人にかゝせ曲〓(きよくろく)びかう朱傘(しゆからかさ)おなじく白丁にもたせ、同宿七八人うるはしく出立、雑色(ざふしき)に先を沸はせ、さゞめき来るよそほひ、往昔に替りて巍々堂々たる事、ひとへに国師僧正の儀式に似たり。

了仙は九条の袈裟に、座具取そへて身に纏ひ、桧扇(ひあふぎ)さし出し、和僧は栄俊ならづやとて輿よりおり下り、手をとり涙を流して昔今の物語りす。

栄俊いひけるは、君と別れ隔たる事わづかに半年ばかりの間に、よくみづから綱位たかく青雲の上ににのぼり、封禄あつく朱門のうちに交わり、衣服袈裟の花やかなる出たち、手輿同宿のさかんなる有様、まことに学智秀でたる所、心ざしを遂げる時也。

僧法師の本意はこゝに極まれり。

羨しくこそといふ。了仙答へて曰く、我今一職をうけて勉め行ふ。

更に隠すべきにあらず。

その形勢見せ奉らん。

こなたへおはせよとて、光明寺の堂に行到る。

人さらに見咎むる事なし。

夜すでに後夜に及ぶ。

了仙語りけるは、我つねに慢心あり。

然れども更に非道をなさず。

平生貧賎なる事を怨み憤りて、因果の理としりながらこれに惑へるを似て死して天狗道に落ち学頭の職に選ばれ、文を綴り書を考えてその義理をあきらめ伝ゆ。

わが天狗道は魔道なりと雖も、鬼神に横道なきが故に、人をえらび器量によりてその職をつかさどらしむ。

人間はたゞ賄(まかなひ)を以てひいきをなし、追従軽薄の者をよしと思ひ、外の形を用ひて、其才能をいはず。

是によりて公家も武家も出家も、同じく追従軽薄奸曲〓邪をもつて官位奉禄に飽満(あきみち)て、よき人は皆その道の正しきを守る。

此故に人をへつらはず軽薄なし。

こゝをもつて長く埋れて世に出ず。

麒麟はいたづらに糞車をかけられて草水に飢渇(うゑかつ)え、驚(ど)馬は時を得て豆粥(とうじゆく)に飽たり。

鳳皇は{木+只}(わらたち)の中にすみて、鴟梟(とびふくろふ)は蘭菊の間にさえづる。

こゝをもつて公家も武家も出家も賢者は、頚(くび)やせて髪かれつゝ、溝涜(かうとく)のほそみぞにころび死すれども知人なく、愚人奸曲の輩は世にあはれて時めく也。

これより風俗悪しくなりて、治れる時は少なく乱る日は多し。

わが天狗道はたゞよくその器量をえらび、その職をあてがふに誤らず。

凡そ世の人貴賎をいはず、少も慢心ある者は皆死して魔道に来る。

その中に君に不忠あり、親に不孝するものは、必ず大きなる責を受け、善を積み徳を施せし者は、皆その幸ひをかうぶる。

輪廻(ゑ)因果のことわり皆偽りならず。

天子公(く)卿武士出家、世に名を知られたる輩、わが道に入て、或は大将となり或は眷属となり、世の人の心だてによりて、或は障〓(げ)をなし或は守護をなす。

それ太上は徳をたて、その次は功をたつ。

その次は言をたつ。

これ死して久しけれ共朽ずといへり。

我は徳もなく功もなし。

こゝに論場(ろんじよう)に言(ごと)を立しも、今すでに無きが如し。

その慢心のむくひを見給へとて、堂の庭に飛出たる姿を見れば翼あり。

鼻高くまなこより光り輝き、すざまじき形に変ぜし所に、嘘(そら)より鉄(くろがね)の釜ふら/\とおちて、其中に熱鉄の湯わきかえる。

それにつゞきて法師一人くだり、銚子に熱鉄の湯をもりいれ、盃にいれて了仙に渡す了仙怖れたるけしきにてこれを飲み入るゝに、臓腑もえ出て下に焼けくだり、地にまろびてうせにければ、堂にありし白丁も同宿も皆きえうせて、夜はほの%\とあけ渡れば、光明寺中の堂にはあらで、榎(え)の島の浜おもてに栄俊一人坐したり。

それより帰りて仏事いとなみ、堂心深く後世を、怖れ、諸国行脚して菩提心を祈りけり。

伽婢子巻之十一

隠里(かくれさと)

播州印南(いなみ)といふ所に、内海(うつみの)又五郎とて武芸をたしなみ、弓馬の道に稽古の功を重ね、然もその心根(ね)きはめて不適者なり。

或時思ふやう、片田舎に世を過さんには、人のため名をしらるゝ事あるべからず。

都にのぼり赤松を頼みて、公方に宮仕へ奉り、世の変に任せて立身せばやと思ひ立て、京都にのぼりしかば、赤松は身まかりたりと聞ゆ。

さては力なし。

後藤掃部(むもん)が宇治にありといふ、こゝに行て頼まんと思ひ、足に任せて尋ね行。

日すでに暮かゝり、道に踏迷(まよ)ひて草原小坂(くさはらこさか)をさし越え/\、栗栖野(くらすの)といふ所に出たり。

遠近(をちこち)人に物申すべき影も見えず。

猿の叫ぶ声かすかに聞え、狐のともす火あたりにひらめく。こゝに一つの堂あり。

古へ太元帥(たいげんすゐ)の法おこなひける所とて、今も太元堂と名づく。

柱朽ちて垣傾き、木の葉ちりつもり軒(のき)破れ、まことに物凄き所なれども、行先も定かならず、立帰るべき道も覚えねば、堂の縁にあがりて夜を明かす。

亥の刻ばかりに東の山際より、松明(たいまつ)ともして人多く来る。

漸々に近付つゝ太元堂に向ひて歩みよる。

又五郎思ふやう、かゝる所へ夜更けて来る者はばけものなるべし。

然らずば盗人ならんと怪しみ、密かに天井に登り息を静めて居たりければ、廿人ばかりさゞめきて、堂にのぼり火をたてたり。

其中の大将と覚しくて、花やかに出立てたる者一の座上にあり。

その外の者皆おの/\坐(ざ)したり。

鍵長刀弓なんど、手毎に持たるをたて並べ、用心したる躰(てい)也。

その貌(かほ)を見れば皆猿のたぐひにして、更に人間にあらず。

又五郎これは疑ひなきばけもの也、一矢射ばやと思ひて、携(たづさへ)もちたる弓取直し、とがり矢をつがうて兵(ひやう)と放つに、誤たず上座にありける者の、臂(ひぢ)のかゝりにしたゝかにたちたり。

此者大に驚き声をあげて、あら悲し是はそも何事ぞやと、いふ程こそありけれ、灯火を打消し、あまたの者共ふためき立て、ちり%\に迯失せたり。

物音静まり跡も見えざりければ、夜の明るを待てあたりを見るに、血こぼれて引たり。

又五郎行末を見届けばやと思ひ、跡をとめて南のかた山を巡り、西をさして行けば、大なる穴のはたにしてとゞまる。

いよ/\あやしみかなたこなたせし間に、今宵すこし降たるに土すべりて踏みはづし、穴の内に落入たり。

底深く岸高うしてあがるべきたよりなし。

いとゞ暗かりければ、こゝにて死するより外はなしと、かたはらを探り見るに横に穴あり。

静かに歩みゆくに一町ばかりにして、明けらかなる所に出たれば、月日の光り常のごとし。

一つの窟(いはや)に石の門ありて、数十人其門をかためて番を勤む。

其有様は今夜(こよひ)太元堂に来りける者にたがはず。

番の者驚き問やう、何人なればこゝには来りけると。

又五郎、是は播州より此ころ都に上り、医師(くすし)を以て身のわざとす。

薬をもとめて山に分入侍りしが、道に踏迷ひ、思ひ掛けず穴に落てこゝに来れり。

都に帰るべき道を示し給へといふに、番の者ども聞て大に喜び、是はまことに天のあまたふる幸也。

我君きのふたま/\城を出て遊び給ふ所に、流矢の為に富りて疵を被り臥(ふし)給へり。

療治して給(たび)給へとて内に呼入れたり。

宮殿(くうでん)いらかを磨き、簾(みす)掛渡したる奥にいざなふに、かのあるじなる声にて、我たま/\出て遊ぶ処に、禍忽ち身に迫り運傾きて流矢に富り、毒気すでに骨にとほり痛む事いふばかりなし。

命又危し。

願はくは一つの配剤を出して、此病を治し給へ。

然らば我二たび甦りて、重ねて楽しみを受くべし。

是まことの大思也といふを見れば、毛はげて大なる猿也。

幾年経たり共知られす。

老いさらばうたるいとゞ苦しげにて吟(によび)臥(ふし)たり。

雨のかたはらに二人の美人あり。

美しさ限りなし。

又五郎立ちよりて、脉をとり疵をなでゝ、少しも苦しからず、やがていゆべし。

我に名方の薬あり。

是を服(ふく)すれば病を治するのみならず、長生不死の霊薬なれば、命を保ちよはいを若やかになし、天地と共に久しからんとて、腰につけたる火打袋より、丸薬を取出して与へ服せしむ。

一類みなこれを喜ぶ。

殊更に不老不死の薬と聞て、我等かゝる神仙の人にあふ事まれ也。

願くは我等にも給れかしといふ。

袋を傾けて分ち与ふ。

多くの猿ども争ひうばうて是をのみけり。

元より此薬は、鏃(やじり)にぬりて獣を射るに、必ず〓るといふ大毒なれば、何かはたまるべき、暫らくありて皆一同に倒れふして血を吐き、前後を知らず苦しみける所を、枕元に立てかけたる太刀を取り、片端より切殺しけり。

起上り立ちあがらんとすれども、毒にあてられてよろめきて、都合一類大小三十六疋の猿、一同に殺し尽されたり。

二人の女房も同じ化物の類(たぐひ)なるべし、諸友に打ころさんといふに、二人ながら啼ていふやう、我らは更に妖魅(み)の類にあらず。

一人は醍醐といふ所の並浦(なみうら)のなにがしが娘、今一人は伏見の里に平田のなにがしといふ者の娘にて侍べる。

思ひも寄らず恐しき者のためにばかされて、深き穴に沈み惑ふ。

逃げて帰るべき故郷の道も知らず、その〓こゝにて死なん事を求れどもかなはず、あさましき畜生のつかはれ者となり、六十日ばかりこのかた、夜(よる)となく昼となく、悲しき物思ひを致し侍べり。

君今是等を殺し給ふ。

我等二たび人間に立帰り、恋しき父母に逢まゐらせなば、是ぞ大恩の主君なるべしといふ。

又五郎すでにばけものは打殺しけれ共、人間に立帰るべき道をしらず。

いかゞすべきと案じ煩ふ所に、白き装束に烏帽子着たる翁十余人、いづくより来たるとも知らず現れ出たり。

これは此所に久しくすみ侍べりし者どもなるを、近きころより猿共に住家をうばゝれ、食物・財宝のこりなく押領(あうれう)せられ、身のたゝずみもなくなり、はるかのかたはらにすまゐして、妻子(さいし)・孫(まご)までも世のうきめをみる事、口おしとは思ひながら、かれに敵対(てきたい)すべき力なければ、時節(じせつ)を待て心をなだめし所に、君のこれらを退治(たいぢ)し給ふ。

此故に我ら二たびこの地のあるじとなり、いにしへのごとくかへり住べし。

大恩(をん)なに事かこれにまさるべきとて、手に/\黄金をつゝみて、又五郎が前にさしをく。

そのかたちも又人にはあらぬくせもの也。

  目はまろく口はとがり、ひげとまゆ毛(げ)はいたりて長(なが)し。

又五郎いふやう、なんぢら久しく此地にすみて、神通(じんづう)ありとみゆ。いかなれば猿(さる)にあざむかれて、すみかをうばゝれたる。

さてなんぢらまことは何ものぞ。

こゝをばなにといふぞとたづねしに、翁(おきな)こたへけるは、われらは、寿(いのち)五百歳をたもちて一たび変(へん)ず。

かれらは八百歳をたもちてのちに一たび変ず。

此ゆへに敵対(てきたい)する事かなはず。

そも/\われらは、これ虚星(きよせい)の精霊(せいれい)として、大黒(こく)天神の使者(ししや)也。

この所は鼠(ねづみ)の住所として、世にかくれ里と名づく。

更に、人間(にんげん)にむかひて害(がい)をなさず。

功(こう)をつみ行(ぎやう)を満(みて)て、天上にとびかけり、仙境(せんきやう)に出入して、自在神通のたのしみにほこる。

しかるを、猿どもあつまりて年をかさねて悪行をなし、人のむすめをとりてをのれが心をなぐさみ、物を害(がい)し禍(わざはひ)をなす。

その科(とが)あらはれて、一類おなじ所にほろびたり。

天道すでに君が手をかりてころしたまふものなり。天道(たう)の所為(わざ)にあらずは、君何としてほろぼし給はん。

君しばらく目をとぢ給へ。

我ら送りて人間にかへしまいらせんといふ。

  又五郎、目をふさぎければ、女二人と又五郎をうしろにかきをひ、道をすゝめば、雨風あらく、こゑさはがしくきこえて、目をひらくに、ひとつの白き大鼠、そのほか十四五ばかりのねづみ、大さ豕(ぶた)のごとし。

地を堀(ほり)あなを穿(うがち)て野ばにに出たり。

道ゆく人にこゝはいづくぞととへば、木幡(こはた)山のふもと也といふ。

二人のむすめを親のもとに送り返(かへ)せば、親大によろこびて、又五郎を両家の聟(むこ)とす。

  又五郎、それより武門の望を離れ、富裕(ふゆう)安穏(あんをん)の身となりぬ。

後に又、木幡山の野はづれを尋ぬるに、かへり出たるあなは跡もなく、松茅(かや)しげり、草むらとぢたるばかり也。

又五郎は後つゐに子もなく、その行がたをしらず。

土佐の国狗神(いぬがみ)

土佐の国畑(はた)といふ所には、其土民数代(すだい)伝はりて狗神といふ者を持たり。

狗神もちたる人もし他所に行て、他人の小袖財賓道具すべて何にても、狗神の主それを欲(ほし)く思ひ望む心あれば、狗神則ち其財賓道具の主につきてたゝりをなし、大熱懊悩せしめ胸腹を痛む事、〓にて刺(さす)が如く、刀にて切るに似たり。

此病を受ては、かの狗神の主を尋ね求めて、何にても其欲しがる物を〓れは、病いゆる也。

さもなければ久しく病ふせりて、終には死すとかや。

中此の国守(くにのかみ)此事を聞て、畑一郷(がう)のめぐりに垣結まはし、男女一人も残さず、焼ごみにして殺し給ふ。

それより狗神絶えたりしが、又この里の一族のこりて、狗神是に傅りて居間も是有りといふ。

其狗神もちたる主死する時は、家を継ぐべき者に移るを、傍(そば)にある人は見ると也。

大さ米粒程の狗也。

白黒ある班の色々あり。

死する人の身を離て、家を継ぐ人の懐に飛入といへり。

狗神もちたる人もみづから物うき事に思へ共、力なき持病なり。

異国にも〓広(みんくわう)といふ所には、〓(まし)もの咀(のろひ)おこづる事多く取扱ふといへり。

国人(くにうご)に金〓(きんさん)といふ持病もちたる人、是を他人におくり移す事あり。

黄金(ごん)と錦と〓(かんざし)のたぐひ、其外さまざま重宝の物を道の左に捨置く。

是を拾ひて家に帰れば、金〓の病移り渡るといへり。

其形は〓にして色は黄金の如し。

人にとりつきぬれば、初は二三ばかり漸々に多くなり、家の内に塞がり身をせむる。

打殺しても更に〓きず。

拾うひたる黄金錦などこと%\く〓はてて後に、病小づゝ〓(いゆ)といへり。

  易生契(しやうをかへてちぎる)

肥前の国松浦郡(まつらのこほり)松浦の里に、豊田(とよだの)孫吉といふ者あり。

未だ若くして父母におくれ、妻もなくて独り住。

其家貧しからず。

いとけなき時より耕作商売の営みをもえさせず、元よりたゞひとり子也ければ、親こと更にいとほしみて、儒学のかたはしに心を傾け、講席にもつらなるを以て所作とし侍べらしむ。

或夕暮に門に出て見ゐたれば、かたち賎しからぬ女子一人南の方より出来る。

年の程十六七と見ゆ。

色よき小袖を重ねたるにはあらねど  姿かたちは人に勝れて見ゆ。

豊田はしり出てをひかへ、とかく語らひければ、女は岩木ならぬ身の、いなとはいはじとな舟の、さすがにかゝる浪枕、ならぶる袖をかたしきつゝ、夜もすがら語らひ、わりなく契りて、明方になりければ、名残〓せず、女は起き別れて帰りぬ。

日暮ければ女又来れり。

豊田、其家はいづくぞ、親は誰人ぞと問に、更にさだかにも答へず。

強てたずぬれば、みづから常に褐色(かちいろ)の衣に、蔦(つた)の唐草染たる小袖なれば、褐子(かちこ)とも蔦子(つたこ)とも名をば呼給へかしとて打笑へば、豊田、扨はこれ由ある家に召使るゝ女の、暮(ゆふ)な暮(ゆふ)なひそかに出て来るならん。

此事もし〓れ侍べらば、ゆゝしき咎めも如何(いか)なるべしやと思ひて、更にも尋ね認(とめ)ず。

いよ/\睦しく、比翼連理(ひよくれんり)の契あさからず。

或夜豊田酒に酔て戯れていふやう、有の侭に其すみどころを語り給はざらんには、心まだとけずとぞ思はん。

我はかくこそ思ひ侍べれとて、  手枕のうへにみだるゝ朝寝髪下には人のこゝろとけずも  といひければ、女限りなく恨みたる気色にて、かくぞ返しける。

  手枕をかはすちぎりに下紐のとけずと君がむすぼゝれつゝ  居間は何をか客死侍らん。

君とみづからは古へよりよく知る事侍べり。

然らずば如何にかく情深く契り侍らむ。

まことは我は今の世の人にはあらず。

君がため更にたぶろかし参らする者にも侍べらず。

宿世の縁深き故ぞや。

昔この松浦の里に、大友左衛門佐(すけ)なにがしとて、ゆゝしき武勇の大名おはしき。

みづからは〓島郡の者にて、よく歌うたひ碁うつ事を得て、人更にみずからに勝つ者なし。

此故に十七歳のころ召されて、左衛門佐殿に仕へ参らすらせ、朝な夕な側を離れず寵愛浅からず。

其時は君まだ其家の小姓にて、近く召使はれ給ひしに、容貌(かほかたち)うるはしかりければ、自ら思ひを懸け心を通はし侍べり。

かくて自ら余りに堪へ兼つゝ、或日の暮方燈未だ取らざる闇まぎれに、  よそながら目には懸れど雨雲のへだつる中にふるなみだかな

と書て君が袂に投入れしかば、其次の日の夕暮に君また、  よそにのみ嶺の白雲きへかへりたえずこゝろにふるなみだ哉  とかきて自らが袖に投入給ひしより、年も同じ年、所も同じ所に、人目を中の関守になして、互に心ばかりを思ひ通はせ共、家の内外厳しき掟のつらさのみ恨みられて、契るべき便もなし。

後に傍輩の童に此心ざしを〓はされ、左衛門佐殿に〓せられしかば、則ち大に怒りて君と我と高手の縄をかけ、松浦川のはたに引出し、首を〓られ侍べり。

君は今巳に夜又人間に生れ給ひ、みづからはそれより此方(かた)、猶今までも冥土にあり。

思ひひそめたる心の末、百余年の後も朽ちず、空しき霊(たま)の現はれ来て、割なき契を結ぶなり。昔を思へば今も悲しき憂目見たりける事の、いとどつらさは勝るぞやとて、涙を流す事雨の如し。

豊田此事を聞に、又悲しき限りなし。

されば今是を聞くに、まことに二世の縁なれば、ます/\わり無く語らひて昔の思ひをはらさん。

誰をか忍びて暮(ゆふべ)にこし朝(あした)に帰らん。

只是に住てもろ友に夫婦とならんとて、豊田が家に留めて猶睦しきなからひ也。

幽霊とは見ながら、宿世(すくせ)の縁わりなくて、恐ろしとも思ひ侍べらず。

豊田は更に碁うつ事知らざりしに、女こと%\く其秘抄を教へしかば、此比あたりに名を得し者、豊田にむかひて碁に敵する人なし。

女つね%\は左衛門佐の事を語る。

まのあたり今見るやうに覚えたり。

左衛門佐或時女房達を召つれて、川の辺(ほとり)に遊びし所に、うるはしき男二人きらびやかに出たち、川の向ひを遥に行過る。

女房達の中に一人言云やう、男ならば是程美はしきをぞ、我思ふ人とも思はまし物をといふ。

左衛門佐聞て、此男の妻と成らまほしきかと云。

其女房打笑ひ顔赤めて物もいはず。

暫くありて新しき桶に蓋覆ひして女房達の中に出す。

是先の男の許に遣すべき祝の物見よとあり。

開きて見れば男をほめし女房の首打切て見せ侍べり。

女房達手足ふるひ目くらみて、絶入りけるも多かりし。

又或時〓焼く浦に仰せて私には〓(うら)せず、我領分の〓を皆下直(げぢき)に買取り、京方の商人に売りけるを、何者かしたりけむ、左衛門佐の門に落書しける。

  さなぎだに辛きおきめを左衛門が国の〓やきにがりはてけり  左衛門是を聞て、いかさまにも〓焼どもの所為(しわざ)なるべしとて、〓焼司三人を捕へて浜おもてに礫に懸けたり。

又年毎の春になれば銭米を出し、国中の民百姓に借(かり)渡し、身上宜しき者には殊更に多く借して、秋に至りて大分の利を掛けて、元にそへて取帰す。

もし返すべき力なき物者は、其所の有徳(うどく)人にかけて〓へさせ、或は妻子を他所に〓(うり)つかはし、資材家屋敷みな沽却せしめ、年年に虐(はた)り取りもぎとる故に、国中大に衰微に及べり。

何者か詠みたりけむ、  無理にかす利銭の米の数よりもこぼす涙はいとゞお帆とも  左衛門佐是を聞て、賎しき百姓共は、是程の事もよもつらねまじ。

有徳人ばらの所為(しわざ)にこそとて、城下に住ける有徳人十余人闕所(けつしよ)して追出し、其財実ども皆奪ひとりぬ。

或時左衛門佐、父の年忌にあたり、国中の僧を集めて〓(ごき)を行ひしに、一人の僧遅く来れり。

破れたる袈裟かけて衣甚だ古し。

諸人あなづりて奥にも請せず、門の傍に居(すゑ)て〓を食はせたれば、〓過て其鉢を膳の上に覆(うつぶけ)て、彼僧は去(えい)けり。

跡にて鉢を取上げんとするに少も動かず。

諸人奇特の事に思ひて、集りてえいや/\と引動かせ共、太山の如くに重くして上らず。左衛門佐にかくといふに、自ら行てこれを上げられしかば、軽くあがりて其下に〓2首あり。

  花ちりて梢につけるくだ物の今幾かありて落んとすらむ        我人につらき恨みをおほ友の家の風こそ吹きよわりけれ  左衛門佐これを見るに驚く心もなく、いよ/\国民をむさぼり、人を殺す事草を薙(なぐ)かとも思はず、〓に悪行を致せしかば、それより二年を待たずして〓来り、身を失ひ家を亡ぼしぬ。

何事も皆天道より定まる事と云ひながら、法に過たる科(とが)を犯せば〓必ず近く来る。

然ればみづから昔の心ざしにひかれて、今かく契をなし侍べり。

今より一年にして、迷塗(めいど)の暇すでにきはまるべしと語りしが、月日程なくくれ羽鳥、あやなく過ぐる光陰、はや一とせになりにけり。

女心地煩ひければ、〓師(くすし)を頼み薬を与ふれども飲まずして、豊田が手をとりて、昔の語らひ君と縁深く、夫婦の情(なさけ)はこゝにして〓き侍べり。

自ら幽冥(みやう)陰気の形を現はし、君に契り参らせ、いとほしみの恩を受けたり。

思へば昔一念の愛を起して、思はざる外の〓におち入りたり。

たとひなんぢは干潟(ひがた)となり岩(いわほ)は湯に沸(わく)くとも、此恨みは更に消(けし)がたし。

天傾き地崩るとも、此情は忘れじ。

今巳に宿世のよしみを続けて、後の世の縁を契る。

是より我は黄泉に帰るべし。

其かみ殺されてより百余年、此にび重ねて契る事一年、久くして又逢奉れり。思ひの雲ははれゆきたり。

更に恋悲しみ給ふなとて打ちなきけるを、豊田は涙の中より、今暫し留り給へ。

飽かぬ別れに後れて、残る身をいかにとか思ひ給はんと云へば、女なく/\、  名ごりをも惜までいそぐ心こそ別れにまさるつらさ成けれ  と詠じて壁に向うて臥けるを、いかにいかにと呼べども/\、はや事切れ果て、空しきからのみ床に残れり  豊田悶え焦れ、泣き悲しめども甲斐なし。

床に空しき衣をとりて、  移り香になにしみにけん小夜衣忘れぬつまと思ひしものを  さて棺(くわん)に納め野辺に送んとするに、棺甚だ軽(かろ)かりければ開きて見るに、只衣のみ残りて屍(かばね)はなし。

空しき棺を寺に埋、仏事いとなみ懇に跡弔ひ、二たび妻を求めず。

出家して四国九国を巡り、それより唐土の商人舟に便船して入唐(につたう)しつゝ、その終る所を知らず。

七歩{虫+也}(じや)の妖(よう)

京の東山の西の麓、岡崎より南の方、いにしえ岡崎中納言の山庄(さう)あり。

久しく荒れはてゝすむ人もなく、草のみ生茂りて茫々たる地なりけるを、浦井なにがし此地を買い求めて家を作る。

或人いふよう、此地は本より妖{虫+也}(えうじや)の怪み有て、人更に住むことかなはずといふ。

浦井是を信ぜず。

家たちをはりければ、始て移人たりければ、{虫+也}(くちなは)の三四尺ばかりなる五つ六つ出て、天井の間に這ひめぐる。

則ち下部に仰せて取捨てんとするに、此へびども鱗だち頭をそばだて、眼きらめきければ、撲共すさまじく思ひて退く。

浦井大に怪しみて杖をとり突落し、桶に入て賀茂川に流す。

次の日又{虫+也}十四五出たり。

又皆取すてければ、其次の日は三十あまり出たり。

取捨つるに随ひて益多く出て、後には二三百に及ぶ。

其大さ五七尺あまり、白き黒き、或は青(あお)き斑なる〓の耳そばたち、口は紅(くれなゐ)の如く、間(ま)又足ある{虫+也}(へび)、其形龍の如くなるもの、日毎に倍々して、取れ共捨れども更に絶ゆる事なし。

浦井不思議の事に思い、自ら香を焚き幣を立てゝ地祭をいたす。

某此地を求め、金若干(をこはく)両を出して買得えたり。

是より此地は某がすむべき所なり。

{虫+也}何によりて障をなし〓みを現すや。

凡地の神のは五帝龍王あり。

其司る所各職あり。

如何でか其地に有て{虫+也}りに地の主を苦しましむる。

龍王物知る事あらば、此{虫+也}(じや)の〓異(けい)をはやく{虫+也}(はら)ひ給へ。

然らずば神職の不敏ならん。

然らば天帝の戒めのがるゝに道あるべからずと、書て読上げたり。

其夜地の底に物の騒ぐ音して、凄まじき事限りなし。

夜あけてみれば、草むら悉く一夜の程に枯はてて、大なる石ありて砕け傾きたり。

家人等怪しみて青草の枯とまり、石の傾きたる所を掘返し、石を取退けしかば、長四五寸許の{虫+也}はしり出て行く。

其行所の青草目の前に枯焦るゝ。

家人等追詰めて打ち殺しければ、{虫+也}のたけ僅に四寸、色は紅(べに)の如く両の耳四の足あり。

鱗の間は金色(こんじき)にして小龍の形に似たり。

人に見するに、更にかゝる{虫+也}(へび)は聞及ばずといふに、南禅寺の僧来りて日、是は七歩{虫+也}(ふじや)と名ずく。

もし人更にさゝるれば其侭死す。

毒力烈しくて七足歩む。

此事は仏経に見えたりとぞ語られける。

是より後は{虫+也}(へび)再び来らず。

案ずるに多く沸出たる{虫+也}共は、是七歩{虫+也}の精なるべしといへり。

魂蛻吟(たましひもぬけてさまよふ)

河内の国弓削(ゆげ)と云所に、友勝(ともかつ)とて鍛治の侍べり。

用の事ありて、大和の郡山に行て日暮方に立帰りしに、あまりに草臥(くたびれ)侍べりしまゝ、山の傍に休み居たり。

かゝる所へ或人馬に乗て、又一の馬には、鞍置ながら追立て打過る。

友勝いふやう、是は河内の方へおわするやらん。

さもあらば御馬一疋借(か)し給へ、殊の外に道に労れ侍べり。

とても乗る人もなき馬なれば、我を乗せてたびてむやと云へば、馬の主、それこそいと易き事なれ。

川の向ひの岸にて下りて給はらんには、それ迄は乗り給へといふに、友勝大に喜び打のりてゆく。

川をのり渡して、岸に着き馬よりくだり、御なさけの程喜び奉るというて馬を返しければ、馬主鞍うち追立て、行く方なく帰ぬ。

友勝は日已に暮て後に、家に立帰りて見れば、妻の女房も子供其外兄弟一族悉く集り、膳を調へ食(しき)を設け、さま%\もてなし遊び居たり。

友勝帰りしかども人々見向きもせず。

友勝我子供の名を呼び、我弟妹の名をよべども耳にも聞いれず、物語し酒飲み笑ひ慰む事もとの如し。

友勝大きに腹立、大声を揚げどよみめぐれ共、更に知る人なし。

余りに腹を立て拳を握りて妻子を打〓すれ其、それかと思いたる色もなく、友勝内におはしたらば、いよ/\賑やかに侍らんものをなどいうて酒飲ければ、友勝思ふよう、扨は我忽ちに空くなりて、魂ばかりこゝに帰り、妻子も一族も我をば見ざるらんと、泪を流して只泣になきけれ共、いよ/\見る人もなかりければ、諸方なく家を出て、村の外に出つゝ立休らひければ、さしも気高き人、驪(くろ)の馬にめされ冠(かぶり)を戴き、紫の直衣(なほし)大紋の指貫(さしぬき)着(ちやく)し給ひ、人あまためし連れ、鞭を以て友勝をさしての給はく、あれは未だ死まじき者の魂なり。

思はざる外の事にさまよい歩く者かなちのたまふ。

こゝに赤き装束に鳥帽子着たる人来りて、弓削友勝は未だ定業来らざる者なるを、大和川の水神現れ出たるに馬を借たり。

水神戯れて魂を引出し侍べり。

只今本の身に返し納むべき為に、我これまで参りたりとて、馬の前に跪きけり。

貴人少し笑ひ給ひ、水神まことに道理もなき事に、人の命を誑(たぶら)かして、己が戯れとするこそ安からね。

明日必ず刑罰行ふべしとの給ふに、此者恐れたる気色にて、急ぎ立寄て友勝を招きていふやう、馬上の貴人は是聖徳太子也。

常に科長(しなう)の陵(みさき)より出て国中を巡り、悪神を治(しつ)め悪鬼を戒め人民を譲り給へり。

我はこれ水神の〓族としてこゝに来れり。

汝を二たび人間に返すべし。

暫く目をふさげとて、うしろに廻り推すと覚えて、大和川の西の岸に、夢の覚めたる如くにして甦り、起上りて家に帰りければ、妻子は待うけて大きに喜び、今日は一門集りて遊びし侍べり。

如何に夜更けては帰り給ふぞといふ。

友勝聞て、我はかう/\の事ありけりと語るに、皆人聞て驚き怪しみ侍べり。

魚膾(ぎよかい)の恠(かい)

大島藤五郎盛貞といふ者、応仁のころ牢浪して、能登の国珠(す)洲の御(み)崎に住居して時を待けり。

其性(しよう)常に生魚(なまうを)の膾(なます)を好み、是なき日は食進まず、人に語りけるやう、浮世にありて山海の珍味多しといえ共、膾の味に過たる物なし。

終に又腹に飽かずと云ひしが、或日若き友達五六人入来り、浜辺にいざなひ出て遊びしに、風もなく浪静かなりければ、浦人出て網を引くに、種々の魚多く漁(すなごり)得て岸に漕帰る。

大島是を見て、いざ買取りて膾つくり料理調へ、今日の思出せんとて、五篭六篭買取り、浦人の家に立寄り、料理の具かりよせ、浜おもてにむしろ敷(しき)、膾作り、大なる桶と鉢とに堆たかく入て、其外魚共種種にとゝのへ、五六人なみ居て飯食けるに、大島箸を取り膾を食ふ事一鉢ばかり、忽ちに喉(のんど)に物の障るやうに覚えしかば、喝(かつ)して吐き出して見れば、大さ豆ばかりなる骨也。

其色薄色に赤(あかく)して珠の如し。

茶碗の中に入て、皿を以て蓋とし傍(そば)に打おき、又箸をとりて膾を食せるに、未だ座中食し終らざるに、かの茶碗打倒れ、蓋も共に転(まろ)びけるを見れば、中に入おきたる骨の珠(たま)一尺ばかりになり、人の形と化(け)して動き立たり。

五六人の友達驚き怪み、

目をすまして見ゐたれば、

目の前に俄に五尺ばかりの男となり、

赤裸にして大島藤五郎に取かゝる。

大島側なる太刀を抜持て切つくれば、

いなづまの如く閃き蜻蛉(ごんほう)の如く飛めぐり、

隙間を狙ひ拳を握り、

大島が首(かしら)を礑(はた)と撲つ。

又しばし戦うては、

背(せなか)を丁ど撲つに、

血流れて砂(いさご)を染たり。

大島終に太刀を打入てはたと切付しかば、

腕首切落され、

かきけすやうに失せたり。

人々助太刀せんと〓めきけれ共、

雲(くも)霧ふさがりて見え分かず、

戦ふ音のみ聞えて、

霧巳に霽れて後、

大島は朱(あけ)になりつゝ、

人々是見給へ、

敵の腕首切落したり。

ばけものは行方なく失(うせ)侍べりと云を見れば、

大なる魚の〓を切落したる也。

大島其侭絶入(ぜつじゆ)したりけるを、

さま%\薬を興へしかば生(いき)出たりしか共、

人心地もなく夢中の如くなりしが、

疵癒(いえ)てのち漸く元の如く性念つきたり。

さて其時の事を間に、

露ばかりも覚えずといふ。

当座に語りけるにぞ子細は聞えし。

これ魚の精現はれ集りて、

此恠異ありけるにこそ。

伽婢子巻之十二

早梅花妖精(さうばいくわのえうせい)

信州伊奈群開善寺の早梅花は、名におふたぐひなき名木にて、末だ冬至の前後より咲初めて清香四方に薫ず。

近郷隣村の人、心ある輩は日毎に集り見る。

元より信州は陰気がちにして寒国也。

冬は雪深く消ぬが上に又降り積み、嵐烈しく吹すさびて、なべての草木はいとゞ遅く萌出(いづ)るに、此寺の早梅花は、げにも花の兄(このかみ)として、清寒に堪て錠び出つゞ、更に其時を違へず。

誰か誠に賞せざらん。その比村上頼平の家人埴科文次(はにしなのぶんじ)といふ者、心ざま情深く、武を学ぶ暇(いとま)には敷き島の道を慕ひ、軍陣の砌にも陣所の風景面白きところにては、一首を綴りて思ひをのべ、諸軍の興を催させけり。

斬るやさしき男子(をのこ)なりければ、人更に悪しくも思わず。

其比甲州の武田信州の村上、雨家争ひを起し陣を張り戦ひを決す。

或時出陣のついで、開善寺の梅今を盛りと聞えしかば、文次夕暮方、中間一人具して陣中をしのび出て、かの寺にうかれ行つゞ、香(か)を尋ねて花に嘯き、南枝向暖北枝寒(なんしはだんにむかひほくしはさおし)、一種春風有雨般(いつしゆのしゆんぷうりやうはんにあり)といふ古詩を吟じける。

月すでに山にのぼり、花に映じてえならず覚えければ、

  ひゞき行鐘の声さへ匂ふらむ梅さく寺の入りあひの空

と打詠じをる所に、此辺(あたり)には思ひかけず見馴もせぬ女性一人、女の童一人具して出来れり。

年のころ廿ばかりと見ゆ。

白きこうちぎに紅梅の下がさね、匂ひ世の常ならず月にえいず、花に向ひて、

  ながむればしらぬ昔のにほひまでおもかげ残る庭の梅がえ

とよみて少時休らひ居たり。

文次是を聞に、あやしみながら堪かね、近く立よりて袖を引きつゞ、今宵の月に光りを争ふは庭の梅のみか、君が姿と袖のかをりも、同じ心に覚え侍りなんど戯れば、女さしも驚きたる色なく、梅が香にいざなはれ月に嘯く此夕暮に、やさしき人に逢奉るこそ嬉しけれとて、しめやかにもてなしける気(け)はひ、此世の人とも覚えず。

文次則ち中間に仰せて酒うる家を尋ねさせ酒買求め、御(み)堂の軒に坐して数盃を傾け、酔う(えひ)に和(くわ)して語らひよりつゞ、

  袖のうへに落て匂へる梅の花枕に消ゆるゆめかとぞ思ふ

といひければ、女返し、

  しきたへの手枕の野の梅ならばねての朝けの袖ににほはむ

と詠(よみ)て、互にわりなく契りけるが、数盃を傾けし酔にふして、夜巳に明方になり、東の空横雲たなびきければ、夢驚き眠さめて起あがりしに、文次只ひとり梅の木の本に臥して、女もめの童も何地(いずち)行けむとも知らず。

明渡る空に群鴉(むらがらす)の鳴く声ばかり、月は西に落て名残りは我身にとゞまれり。

昔もろこしの崔護(さいご)と云人、或所の門の内に、桃の花盛りに咲けるを見たりしに、諸友に酒のみ歌うたひしを、又来春も爰にて逢んと契りしが、

次の年の春其所に行けるに、女更に見えざりしかば、

門の戸の扉に、

  去年今日此門中(きよねんこんにちこのもんぢう)

  人面桃花相映紅(じんめんとうかあいえいじてくれなゐなり)

  人面不知何処去(じんめんはしらずいずれのところにかさる)

  桃花仍旧笑春風(たうくははむかしによつてしゆんぷうにえむ)

と云詩を題して書付たりとかや。

  夫はもろこしのためし是は此国の事也。

又後をいかにとか契らむ。

人ならば又巡りも逢べきに、是は疑ひもなく、庭の梅花の妖精なるべしと、袂に残る移り香の、さながら梅花の薫りにたがはぬぞ奇特なる。

かくて陣屋に帰りても、猶其面影の忘れ難しく、夕暮になればそぞろに恋しく、涙の絶へるひまなし。

  梅の花にほふ袂のいかなれば夕ぐれごとに春さめのふる

物あじきなく、世にすむかひも有明のつきせぬ思ひにくずをれて、こりつむ柴の歎きせむよりはとて、其次の日打死しけり。

幽霊書を父母につかはす

江州東坂本に、正木のなにがしが娘龍子は、いとけなしくて才知あり。

親もとより有徳(うごく)なりければ、いつくしみ育て、歌双紙の道教へたるに、

いつしか容貌(かほかたち)美しく、心ざま情深し。其隣に芦崎なにがしが子に、

数馬といふ者は龍子と同じ年にて、いとけなき時は一つ所に遊びけるを、

時の人みな戯れて、此同じ年なる子は後必ず夫婦となすべしといふを、

幼なき心に互に思ひしめて、此人ならではとひそかに許しけり。

年たけゝれば出て遊ぶ事もなし。数馬は山にのぼせて児(ちご)となし、

龍子は窓のもとに隠れすみけり。数馬或時家に帰りつゝ、歌を書て遣す。

  人しれず結びかはせし若草の花は見ながら盛りすぐらむ

  しるらめや宿の梢を吹かはす風にかけつゝかよふこゝろを

龍子是を見るに、限りなく嬉しと思ふ中に、また思ひくづをれつゝ、返しとおぼしくて、

  月日のみ流れゆく/\淀川のよどみ果てたる中の逢瀬に

  今はかく絶にしまゝの浦におふるみるめをさへに波ぞたゝよふ

年十七になりしかば、親然るべき人声にせんとはからひけるを、龍子更にうけごはず、湯水をだに断(たち)泣伏たるを、ひそかに問はせたりければ、西隣の数馬に約束敷ける事あり。是にゆかずば死すべし、他所には更に行べからずといふ。親この上はとて隣になかだちを入れ、かう/\といはせしか共、正木は有徳(うとく)にて芦崎は貧しければ、数馬容(かほ)かたちうるはしく、美男にて才智ありとはいへども、いかで其縁を結ぶの相待(さうたい)ならんとて、親はじ/\辞しけむれ共、娘の思ひかけたる所也。

  又それ有徳なるを以て縁を結ばゞ、金銀財宝を聟にする也。

婚姻に財宝を論ずるは、

夷慮(いりよ)のえびすの道也といへり。我等更に財宝を声にはとらず。数馬が人がら才智利こんなるを以て、

声にせすと云事也とて、

しひて吉日を定め、

其いとなみは娘の方より整え、

其日に至りて迎へつかはしければ、

心侭に夫婦となり、

忍べき関守もなく、

嬉しさ限りなし。龍子、

  ひとり寝まどにさし入月かげを

          諸ともに見る夜半ぞうれしき

といひければ、

数馬、

  夜な/\はかこちて過ごし窓のもとに

          ともにながむるありあけの月

夫婦の契浅からざる事、

比翼の鳥の空に飛び、

連理の枝の地に結びたるも、

譬(たとへ)とするにたらず。僅に半年ばかりの後に、

織田信長江州に打出、

山門此時(このとき)にたてをつきしを、

元甕二年九月十二日、

叡山吉日山王に至まで皆焼滅ぼさる。

此故に坂本の民屋(みんかく)乱妨騒動して、

四角八方に皆ちり/\になりたり。

龍子は信長の家臣佐久間右衛門尉信盛が手にとりものとなりて、

初めは行方を知らず。

後に浅井朝倉ほろびて、

江州物静かになり、

人民おのれ/\が故郷に帰り住て、

暫く安堵したり。

数馬は妻の龍子が行衛を尋ねんとて、

父母に別れをとり、

もしめぐり逢はずば二たび家に帰るべからずと誓ひをおこし、

比叡辻に出たれば、

人のいふやう、

正木が娘龍子は、

佐久間に捕れて陣中にとて聞て、

河内の国高屋の城に赴きしかば、

交野(かたの)の城おちて江州小(を)谷に行たりといふ。

又江州に行しかば京都にありと聞ゆ。

方々その所定まらず、こゝかしこに馳向ひ、終に天正八年正月に聞けるやう、

佐久間は大坂門跡の篭城につき、天王寺の陣に屯(たむろ)し、七ケ国の軍勢を従える居たりといふ。

これより摂州大坂にくだり、天王寺の陣に赴きしかば、年月重なり諸国を尋ねめぐりしかば、

衣は破れて鶴の〓(けごろも)の如く、かたちおもがはりして色黒く痩せつかれ、野にとまり草に臥し露にやどかす袖の上、

涙は更に置争ふ。

すでに天王寺の陣に行ければ、軍兵そばだち番手きびしく、

数馬恐ろしながら立やすらひ、隙を窺ひて問はんとす。番の足軽共あやしみて、これはいかさま敵のはかりごとをもつて、

陣中のありさま見せつかはしぬらん。

其儀ならば一足も逃すな、搦捕りて首をはね、見せしめのため札をそへて阿部野にさらせやとて、

我もと走り出て、打ふせ押倒して高手小手にとましめ、

大将佐久間にこのよしいひ入たり。

佐久間聞きて、囚人(めしうご)こなたへつれて来れ。

子細を尋て後にともかうもはからふべしとて、本陣に召よせ、

信盛出向うて、汝は大坂篭城の者か。いかなる子細によりて此陣に来りうかがひける。ありの侭に白状せずば、水火の責に掛くべしといはれたり。

数馬少しも恐れたる色なく、

只今此大事に及びて陣し゛申にはあらず。ゆめ/\敵方より来りて此の陣中をうかゝふ者にはあらず。

これは江州東坂本の土民、芦崎のなにがしが子数馬といふ者也。

叡山喪乱の砌り、一族悉く八方に別れちりて行方なく、

此程漸く国中静になり、地下の土民帰住みて安堵せし所に、我妹(いもと)龍子一人帰り来らず。

人に問へば君の陣中にありといふ。

それより諸方に尋めぐり、只今爰に来り侍べり。

願くは一目逢せてたび給へかし。

然らば死すといふとも、何をか恨み侍べらんとて、涙をはら/\と流す。

さて年はいくつ許と問へば、其時は十七歳、それより九年を経たれば廿六歳になり侍りといふ。

扨はとて陣中の女房共を尋ねしかば、年も名も国も所も同じく、数馬がいふに替らぬ女あり。

歌よく詠み手書き、智恵利根なりければ、信盛これを寵愛して置きたり。

うたがふ所なくそれなりとて縄をときゆるし、〓場(ば)に呼入て龍子に逢はせしかば、龍子も我兄也といひて数馬に対面し、一目見るより、あれはそれかといひもはてず涙を流し、涙より外の事なし。

信盛曰、久しく諸方を尋ねめぐり、関を越え咎(とが)めを凌ぎ、さこそ侘しく心つかれ力衰へぬらん。

此陣中にして暫く休息せよとて、新らしき小袖一かさね出し、小屋の内に置て旅のつかれを休めらる。

次の日信盛いひけるは、汝が妹よく隻紙を読み歌をもつゞる。

汝も定て手書き物読むかと。

数馬答えて、それがしいとけなきより山門にのぼり、沸経外典(げてん)怠りなく学(がく)し、詩文のかたはしよろしからねどもつくり侍べり。

手も亦をかしげながら、なべての人には劣り侍らじといふ。

信盛大に喜び、我れいとけなき時より武芸に心をよせ、諸方の陣中に日を送り、学文手跡の事は手にも取らず。

此故に今諸方の書簡、又は一篇の詩歌を贈られても、更に和韻返歌の事に及ばず。

手の郎従の中にもこれなし。

今幸ひに汝その道を得たり。

我が陣中に居てその事の職勤めて得させよと也。

数馬嬉しくて、ともこうも仰にしたがひ奉らむとて、はや二百貫の知行につけられ、上を受け下につたへ、書簡飛札みな信盛が心の如くとゝのへたり。

軍中の諸兵いずれも、重き人に思ひかしづきて、あなづらはしき色なし。

されども数馬は是を嬉しとも思はず、妻が行平衛を尋ね求むる為にこそ、身をも省にず命をも惜まず、これまでも来りけれ。

一たび逢ひ見て後は重て見る事も叶はず。

内外(うちご)隔り互に心ばかりを思ひ通はし、忍びの涙を袖につゝみながら、月を越ゆるほどに、卯月の衣更(がへ)になれければ、垢付たる小袖をぬぎて、人を頼みて妹につかはすといはせ、歌一首書て衣裏(えり)に包み入れたり。

  色見えぬこれや忍ぶのすり衣思ひみだるゝ袖のしら露

龍子これを取て、衣裏(えり)の綻びを広げしかば歌あり。

大に悲しくて。声を忍びの泪おさへ難く、返しとおぼしくて小紙に書つけ、夏のかたびら遺すというて、衣裏もとに縫ふくめて遣りける。

  いかにして行て離れむ陸奥(みちのく)の思ひしのぶの衣へにけり

数馬此返しを見るに、胸悶え心消えて思いきしが、其つもりにや重き病に沈み、今を限りと聞えしかば、龍子は佐久間に申して兄の病重くして、今は限りと聞侍べり。

願くは此世の名ごりに、今一たび見まゐらせばやとてなきければ、許し侍べり。

急ぎ小屋の中に行たりければ、前後わきまへず吟(によひ)ふしたり。

龍子枕もとに立寄り、如何にみづからこそ只今〓に参りて侍べれといふに、数馬むくと起あがり、龍子が手をとり大息つきたるに、泪は両の目に余り、容(かほ)に流れかゝりつゝ、物をも得云はで口ばかり動くやうにて、其侭絶入て空しくなる。

佐久間あはれがりて、天王寺のうしろの山もとに送り埋み、僧を雇ひて吊はせけり。

龍子はなく/\我住(すむ)方に帰り、湯水をだに聞いれず、引かづきて臥しけるが、其夜より心地悩みて薬をも飲まず、只なきに泣つゝ、空に向ひ地に伏して大息のみつきて、次の日の暮がた佐久間にいひけるは、みづから家を離れ君にしたがひ参らせ、年を重ねて地国を巡り、親しき者とては一人もなかりしに、只兄のみ一人尋ね来て、これさへむなしくなり侍べり。

此かなしさは生を替ても忘れ難く侍べれば、今は命も極まれり。

みづから死なば兄のそばに埋みてたべ。

黄泉(よみぢ)のもとににして、せめて同じ所にめぐり逢ひ、年月の憂さつらさ語り慰む事もがなと、他国にさまよふ便りを求めむとて、その息絶えむなしく成るたり。

佐久間は世に痛はしく思ひて、其心ざし望みたるに違(たが)はず、数馬が塚の左に並べて埋みつゝ、龍子が衣装残らず寺に送りつかはし、あとよく吊ひけり。

同じき六月に大阪門跡の篭城、あつかひになりて開退(あけのき)ければ、佐久間も天王寺の陣を払ひて帰りしかば、今は少し物静になり行かと覚えしに、龍子が江州の家に久しく召使はれし下人弥五郎、商人と成て世を渡るわざとし、大阪より和泉の境にゆくとて、天王寺辺を打過ければ、東の方の山ぎはに新しく立たる家あり。

数馬と龍子と門よりつれ立出て、如何に弥五郎にてはなきか、道のたよりに立寄れかし、故郷の事もゆかしきにとて呼びかけたり。

弥五郎立もどり手をうちて、故郷には数馬殿の御父母は、とくむなしくならせ給ひ、その跡は舅にておはする権七殿こそ継がせ給へ。

龍子公(きみ)の二人の御親は恙なくて、只御人の行衛を聞かまはしく朝夕は泣しをれて神ほとけに祈り給ふに、などやとく/\帰り給はぬと語る。

龍子、さればよ、故郷のゆかしさいふばかりなければ、世につかふる身は心のならねば、それも叶はずといふ。

弥五郎は急ぐ事のありて早く帰るべきに、文一つ遣はし給へと云へば、まづ今宵はこゝにとゞまりてよとて、酒進め物食はせなどして、夜もすがら物語りしつゝ、はや明方になりければ、弥五郎は旅立空に出てかへる。

龍子文こま/\と書て渡しぬ。

坂本に帰て正木夫婦に文を参らせかう/\と語りしかば、親かぎりなく喜び、急ぎ文を開きて見れば、文の言葉文字のくさり手の書流したる、疑ふ処もなき娘の文なり。

其言葉には久しく年へて、たま/\弥五郎見え来たり、故郷の事聞につけて嬉しきが中に、恋しさやる方もなく侍べり。

朝な夕なそなたの空に棚引く雲霞も、思を起すなかだちとなり、秋来る鳫金も、便りの文は伝へぬかと侘られ、そゞろに落る涙の袖今はみな朽果(はて)て、弥五郎にまみえし嬉しさを、何に包まんとのみ思ほゆ。

わが身は父のうみて母の育てける、深き恵みは海の数ならず。

高きいつくしみは山も物かは。

夫いざなひ妻したがふは、女の身の習ひ人の世の定め也。

往日(そのかみ)は山崩れ麓傾き、日の色は煙におほはれ、みづうみの波は〓に燃ゆ。

身をき命をのがれんとて、したしきがゆき別れ、塵の如くとび〓の如くわかれて、皆ちり/\になり、互にゆくさき知り難し。

みづからは佐久間とかや恐ろしき武士にとられ、或時は交野(かたの)の陣に肝を消し、或時は中島のいくさに胸を冷やし、国の数々従ひ巡(めぐ)り、なみだにのみ浮沈みし、恨を心に隠しおそれを身にうけて、春の月朧ろに秋の風凄ましく、寝られぬ枕の上には夜の衣をかへせも、夢をだに結はず、時移り事さりて我を尋ぬる人に逢へり。

更に春を尋ぬるの遅き恨みはなしに、門の前の柳風に折られて二たび枝出つゝ、断たる〓(ことのを)かさねて繁ぎければ、又君の賜(たまのも)ありて、つかふる道に立帰るべき私を忘れ、日重り月逝くて今日になりぬ。

音づれ絶えたる不孝(ふいう)のとが、恩を忘るゝに似たる事をば、〓げてゆるし給へなど書て、奥に、  田鶴(たづ)のゐるあしべの潮(しほ)のいや〓に袖ほすひまもなく/\ぞふる  二人の親是を見て、その比別れてよりたよりのつてをだに聞かず。

今は世になき人の数にや入ぬらんと、心もとなく悲しと思暮せしに、生きてありとだに聞けば、まことに日比いのり申せし神ほとけの利生ぞやとて、嬉しなきになきけり。

父のいふやう、急ぎこゝに迎へて年比の歎きをも慰め、見えもし見もせむとて弥五郎に案内せさせ、急ぎ天王寺に赴きしに、棟門(むなかど)立たる家ありと覚えし所には、只草茫々と生ひ茂り狐はせ巡り、道のなき山の麓に塚二つ並びてあり。

こゝかしこ見めぐらせ共、それかと覚しき家はなし。

一町余りの西に寺あり。

こゝに行て僧に尋ねしかば、其塚は佐久間信盛の陣中より葬礼したる、芦垣数馬正木氏龍子兄弟の塚なり。

又そのあたりに、人のすむべき家はなきものをといふ。

父驚き娘の文を取出して見れば、文字もなく墨もつかぬ白紙にてぞ有ける。

父悲しさのあまり塚のもとに打倒れ、人目をも耻ず声をばかりに泣居たり。

我はる/\とこれまで来る事も、一目逢んと思ふぞ。

いかに此つかに埋もれて、跡を隠しけるこそ悲しけれ。

老たる父が心を知らば、姿をみゝえて此物思ひを慰めよかしとて、其夜はそこにとどまりしに、夜半ばかりに夢ともなく、数馬と龍子と現れ出て、涙をながしつつ、そのかみの事共語り、跡よくとぶらひて給へといふ。

父夢心地に、我ここに来る事は、迎へて故郷に帰らん為也。

よしさらば空しき〓(から)なりとも、つれて故郷に帰りなむと云に、いやとよ、此地に埋もるゝも地府の定あり。

又物静にしてすむによろし。

故郷にうつし帰されんには、苦み重なる事侍べり、埋みし塚をば二たび余所に移さぬものぞや、地府の定めし御とがめその亡者にあたりて、苦しみを受る也、只此まゝ置てとぶらひ給へとて、父にとりつきなきけるよとおぼえて夢はさめたり。

なく/\僧を雇ひて塚の前にして、供(く)物をそなへ経よみつゝ跡よくとぶらひ、涙ともろともに立別れて、坂本の故郷に立帰りし父が心、見る人きく人皆あはれがりて涙をながす。

坂本に帰りても思ひのつもりにや、夫婦の親いくほどなく身まかりぬ。

厚狭応報(あつさようはう)

陶(すゑ)尾張守晴賢は、

大内義隆の家老として、

不義をくはだて主君義隆を追出し、

みづから山口の城に居て分国を押領す。

其の威やうやう強くして大軍靡き従ひ、

今は世の中恐るゝに足らずとぞ思ひける。

周防長門の諸将諸侍等(しら)弓をふせかぶとをぬぎて、

従ひつく事いふばかりなし。

中に周防の国には吉城(よしき)大島、

長門の国には美禰(みね)見島の諸侍等、

はじめは従はざりけるを、

今は時世ひまかするぞよき。

忠義ありとても誰か身を安くしたる、

無用の忠義に身をせばめられむより、

只降参せよとて皆その陶に降参す。

その中に長門の国の住人厚狭弾正なひがしといふ者は、

そのかみ義隆に恩をかうぶれり。

一旦は降参すといへ共、

是は当屋形をうかがふ謀なるべしと讒する者あり。

陶げにもとおもひ厚狭をからめとりて、

鎖(くさり)をもつて柱に縛りつけ、

四方に炭火を起し火あぶりにす。

陶いでてこれを見る。

厚狭甚だ苦しみ大きに声をあげ、

我すでに降参す、

何の罪ひよつてかくからさめ見する。

死してのちも物知る事あらば、

此報(むくい)なからめやとて焼爛れて死す。

陶うちわらひ、

火責の厚狭さてこりよといふ秀句して、

その尸(かばね)を野に棄たり。

半年ばかりの後、

常に陶が座の厚狭来りて見ゆ。

陶大きににくみきらひしが、

安〓の国宮島の軍に、

毛利家の為に打破られたり。

その時厚狭申胃を帯し、

鹿毛(かげ)の馬にのりまつさきに進み、

陶を馬より突落せしと、

近き軍兵共はまのあたり見たり。

これより陶終に合戦に利なくして、

敗漬(はいせき)したりとかや。

邪淫の罪立身せず

白(しろ)石掃部正(かもんのかみ)は、

鎌倉の上杉家に仕へて足軽大将なり。

その子右衛門尉は年巳に廿三、

父にしたがひて同じく奉公を勤めんとす。

より/\言上して、

巳に目見えせん事を定めらる。

その借たる家に娘あり。

年十七八、

みめ甚だうるはしかりければ、

右衛門尉心を掛てさま〓つくろへども、

家のあるじみだりなる事をばきびしくきらひて、

夜とても物音少し聞ゆれば、

咎めあやしみて用心せしかば、

遂に逢ふ事叶はず。

右衛門尉たゞ此女にまどひて、

奉公の心ざし傍になり、

とかく透間を窺ひし何処に、

明日は上杉家の御目見えとて、

親も嬉しく取まかなふ。

其夜しも家のあるじ、

一族の中に急用ありとて出行つゝ、

夜ひとよ帰らず。

右衛門尉よきひまぞ思ひ、

ひそかに娘の部屋にしのびて心ざしを遂げ、

喜びに余りけり。

かくて我〓〓に帰り、

まどろみければ、

青き狩衣(ぎぬ)に烏帽子着たる男一人走り来りて、

一紙の折紙を捧げ、

明日必ず一千石の奉禄にあづかるべしと云所に、

赤き装束に立烏帽子着たる男一人、

跡より走り来り、

大に怒りたる気色にて彼の折紙を奮取り、

右衛門尉はまさなきよこしまの私事せし故に、

天帝大に怒り給ひ、

奉禄の符を取返し給ふなりとて、

夢は覚めたり。

次の日、

右衛門尉父子うるはしく出立、

遠侍に伺公せし所に、

管領立出たまへば、

なにとかしたりけむ、

右衛門尉、

深く眠りて前後も覚えず、

管領の出給ふをも知らず。

かゝる不覚人は物の用に立べからずと、

諸人かたぶきいひしかば、

終に召抱へられず。

父掃部は是を恨みて、

暇乞うて発心しけり。

右衛門尉は、

一期の内身上片付かで、

流浪遂電の者となりぬ。

されば人の身上かたつくべきが片付ざるは、

更に世を恨み人おかこつべからず。

只我身に省みて、

我すまじき事をすれば。

天道憎みて、

官位奉禄皆心に叶はずといふ。

盲女(まうじよ)を憐(あわれみ)て報(むくい)を得(えたり)

永禄戊辰(つちのえたつ)十二月に、

武田信玄軍兵を率して駿州に赴き、

今川氏真(うぢざね)を脅かし城下の民屋を焼たて、

氏真を追落して駿府を奪取給へり。

城下の諸民慌てふためき資財雑(ざふ)具を取運び、

我先にとにげ戸惑ふ。

其間に大軍押来り、

家々に込入り財物を掠め、

落人を打伏剥取り、

手に持たる物皆奪ひ、

切たふし追落し、

男女なき叫ぶ音閧の声に和して、

天地も崩(くづ)るゝばかり也。

かくて焼静まり城落て、

氏真は行がたなく、

信玄勝利を得て府中の掟をいたされしかば、

地下人はら家に帰る。

かゝる所に町家の焼跡なる溝の中に、

年七八歳ばかりなる女子ありてなき叫ぶ。

父よ母よ妹よ、

我を捨ていづくに行給ふぞ、

我には食も湯もたべぬか、

あな悲し、

あな怖ろし、

飢て渇(かつえ)たるぞや。

あな苦しとて、

声をばかりになき叫ぶを見れば、

目のしひたる女子也。

隣の家に住たるやもめの女房帰り来りていふやう、

あなかはゆや、

此娘は、

三歳の時疱瘡をうれへて眼に入つゝ

両目ながら盲(しひ)たり。

二人の親此娘の智恵かしこきを憐み、

常には法華経の薬草〓品、

観音普門品を教へて誦(じゆ)せしめたり。

殊更にいとほしみ育て侍べりしを、

此頃父は、

三浦右衛門に悪まるゝ事ありて、

非分の科(とが)を被り、

牢舎させられて牢屋にしす死す。

母是を恨みて、

病つきて打続き死す。

姉これを育て侍べりしに、

今度のみだれに流矢に当りて死す。

城落て後は一族散々になりて、

此娘の事知る者なし。

かゝる者を見捨侍べらば、

溝に倒れて飢死(うゑしぬ)べしとて、

涙と共にいだき起し、

元より孀(たもめ)なり、

乱に逢うてあらゆる物皆失ひ、

此盲女を養ふべき力はなけれ共、

いとかはゆく見捨て難く、

我背中に〓負ひ薦張の小屋に置つゝ、

粥少しづゝ食せ、

いかに和御前(わごぜ)が父母は、

かう/\の事にて疾(とく)死せり。

姉は此程のみだれに矢に当りて死す。

みづからかはゆく見捨がたさに、

こゝにつれて帰(かへ)り育て侍べるぞやといふに、

此盲(まう)目是を聞より悶え焦れて歎き悲しみ粥をも食はず、

夜書啼叫び終に絶入て死けり。

孀(やもめ)の女房大に憐み歎きて、

薪を拾ひ焼残りし燼を集めて火葬したりければ、

盲女子の帯に金子二両をつけてあり。

孀の女房是を取て、

僧を供養し仏事いとなみ、

黄金(ごん)の有(あり)限り皆仏道に布施したり。

斯て十日ばかりの後に、

我家の内にして黄金十両を拾ひ得たり。

此由信玄聞傅へ給ひ、

かゝる心ざしある女房は未だ世に稀也。

我身のわびしきに加へて、

盲女を養ひ、

又黄金を得て我徳分とせず、

仏道に布施する事たぐひなき廉直の女也。

奉行頭人に是あらば、

昔の青砥左衛門に替るべからず。

天道憐みて黄金十両を与へ給ふなるべし。

是を公義に召取らば冥慮(みやうりよ)も恐ろしとて、

信玄より家を建て孀の女房にとらせらる。

是故に徳付て、

ともかうも緩やかに世を渡りけると也。

夫世の人其富栄えて、

金銀豊なる時は、

礼法をも知り義理をも勤む。

正直にも見ゆるもの也。

家衰へ見貧しければ、

おのづから無礼になり、

義理を棄(すて)て徳に就き物を貪るは、

世の常の人の心ぞかし。

さればかゝる乱れに逢て、

家は焼くずれ資財は失ひ我身すがらになり、

其日だに暮し兼ね実(まこと)に侘しき中に、

かの孀の女房慈悲深く盲女を育ひ、

又死したるを棄ず、

薪を拾うて火葬し、

黄金を得て仏事を営む。

更に我身の為にせざる事、

誠の心ざし誰か感ぜざらん。

此故にこゝに記して教の端とす。

今の人若し利を見て義を忘れ、

徳によりて邪をなさば、

此孀の女房のため、

耻かしき罪人ならずやといふ。

大石相戦(あひたゝかふ)

越州春日山の城は、

長尾(ながう)謙信の居住せられし所也。

謙信巳に死去せらるべき前かど、

城の内に大石二つあり。

或日の暮方にかの二つの石、

〓り上り/\〓りに動きけるに、

人皆恠しみ見侍べり。

怱に一所にまろび寄てはたと打合、

又立のきて〓り動き、

又打合たり。

大石の事なり。

如何なる故とも知がたし。

只恠しき事に思ひければ、

人々いかにともすべき様なし。

夜半過るまで戦ひて、

其石〓損じて散飛ぶ事霰の如し。

終に二つの石、

諸友に砕て扨止みにけり。

夜あけて見れば其あたりに血流れたり。

是只事にあらずと思ひ恠しみける所に、

謙信病付給ひ終に空しくなり給へば、

兄弟跡を争ひ、

本城と二の曲輪(くるわ)と、

両陣たてわかりて軍ありける。

其しるし成べしと後に思ひ合せしとぞ。

伽婢子巻之十三

天狗塔中(てんぐたふちう)に棲(すむ)

寛正五年四月に、

都の東北糺(ただす)の川原にして、

勧進の猿能楽あり。

観世音阿弥、

同じく其子又三郎を太夫として狂言師役者多し。

此比の見物なりとて、

京中の上下足を空になし、

諸人蟻の如く集り、

星の如くつどひて是を見物す。

将軍家も三たびまで、

桟敷構へさせて御覧あり。

大名小名似合々々に、

絹小袖金銀を出し与へらる。

其積上ぐる事日毎に山の如し。

或日将軍家には出給はず、

大名がた風流を尽す。

若殿原達桟敷を並べて、

其前には家々の紋印したる幕打せ、

芝居には上下の諸人堰(せき)揉合ひて座を争ふ。

其間に楽屋の幕打ち上げ、

三番叟の面箱捧げ、

しめやかに階(はし)がゝりをねり出てたり。

諸人静まりて見居たる所に、

桟敷の東のはしより火燃出て、

折ふし風烈しく吹ければ、

百余間の桟敷一同に焼上(あが)る。

内に持運びたる屏風簾(みす)台の物、

にはかの事なれば取退くるに及ばず。

後には舞台楽屋までも同時に燃上りしかば、

見物の諸人あはてふためき、

四方厳しく結(ゆひ)まはしたる垣なれば、

鼠戸一つにてせき合ひ揉あひ、

踏倒し打転び、

女わらべは手足を踏折られ、

蹴わられ、

傍には首髪(かしらかみ)小袖に火燃えつき、

焼死する者も多かりし。

甲斐甲斐しきものありて、

四方の垣を切ほどきしにぞ、

やう/\にのがるゝ人多かりし。

かくて焼静まりしかば、

将軍家の仰せによりて、

諸大名承り、

一夜のうちに元のごとく、

舞台桟(さん)敷外垣までも作り立らる。

まことに大名のしわざははからひがたしと感じながら、

きのふに懲りて行ものなし、。

されども諸国の大名小名、

御内外(ご)様中間小者ばらまで皆行ければ、

桟敷も芝居も猶にぎやかに込合たり。

され共喧嘩口論もなく無事に仕舞せし処に、

其焼けたりし夜より、

都のうちに迷ひ子を尋ぬる事、

十四五人及べり。

或は東山北山上加茂わたりの子ども、

かの騒動に方角を失ひ逃げまどうて、

足にまかせて行迷ひたる者共なれば、

皆尋ね出して帰りしに、

上京今出川辺に、

町人の子に次郎といふもの、

年十二にして行方なし。

親悲しがりて、

人多く雇ひ諸方を尋ね、

山々を巡り求るに是なし。

廿日ばかりの後に、

東山吉田の神楽(かぐら)岡に、

忙然として立て居たるを見付て連て帰りしに、

四五日の程は物をも食はず、

只湯水ばかりを飲て、

うか/\として物をもいはず座し居たり。

其後やう/\人心地つきてかたりけるやう、

糺川原に出たれば、

五十あまりとみゆる法師の云やう、

汝猿楽の能を見たく思はゞ我袖にとりつけとて、

左の袂に取付かせ垣を飛越えたり。

汝物いふなとて、

或大名の桟敷につれてのぼられしに、

大名も御内の侍も、

更に見咎めず物もいはず。

かくて何にても食(くふ)べきかと仰られ、

酒(さけ)肴菓子まで取て給はるを打食ひけれども、

人々見もせず咎めもせざりし処に、

桟敷の並たる家々の幕打廻し、

大に奢りたる体なりければ、

此法師、

あなにくやあな見られずや。

何の事もなき奴原の鬚くひそらし、

我は顔なる風流づくし、

鼻の先うそやきたる有様かなとひとりごとして、

汝は此者共のうろたゆる躰を見たく思ふか、

いでさらば、

動き乱れてうろたふる躰見せんとて、

我をかきいだき舞台のやねにあがり、

なにやらん唱へられしかば、

東の桟敷より火燃出て、

風吹まとひ、

百余間の桟敷一同に焼あがり、

貴賎男女上を下へもて返し、

騒ぎ乱れうろたへまどうて、

あやまちをいたし疵をかうぶり、

死する者甚だおぼし。

舞台も楽屋も焼ければ、

法師我をつれて川原おもてに出つゝ、

扨見よやとて手をたゝき大に笑て、

今は心を慰みたり。

是より我住かに来よとて、

法勝寺の九重の塔の上に昇り、

内に入りたりければ何もなし。

只独古(どつこ)錫杖鈴を、

怖ろしき絵像の仏のやうなる、

羽ある者の前に置かれたるばかり也。

或日は我を塔の中に置ながら、

我ばかり出て地にくだり、

法師の姿にて人に行逢ては、

或は腰をかゞめて礼をなし、

或は頭(かしら)を打はりなどして通り、

又は人の容(かほ)に唾を吐かけ、

又は人の背(せなか)を突て打倒しなどするに、

其人共更に目にも懸けず、

咎めもせず或は両方より来る人の首髪もとゞりを掴て、

二人を一所に引寄するに、

此二人我に刀を抜て、

打合ひ切合ひ、

手を負うて朱(あけ)になるもあり。

日毎にかゝる事共いくらといふ数を知らず。

其の外江州勢田の橋に行て蛍を見、

加茂の祭松尾の祭礼、

此頃見るといふ事あれば、

つれて行つつ見せられたり。

我問やう、

出て行給ふ道に人に逢て礼をなし給ふは、

誰ぞといへば、

それは道心高く、

慈悲正直に信心あつき人也。

此人邪欲名利の思ひなし。

善神身を離れず諸天従うて守り給へれば、

恐れて礼をいたせし也。

又かしらをはりて通りしは、

或は金銀財寳多く持て貧しき人を侮(あなづ)り、

生(なま)才覚ありて愚なる者を下し見る、

少しの芸能あれば、

是に過じと自慢する奴原は、

面の悪(にく)さにかうべをはりて通る。

又脊中を突倒しけるは、

小学文ある出家の内には、

道心もなく慈悲もなく、

重(ぢう)邪欲に余り、

外には学文だてして人を侮(あなづ)り、

徒に信施を食ひ旦那を貪り、

非道濫行なるが憎さに突倒したり。

又両方を引合せて喧嘩せさせし人は、

人をある物かとも面つきの見られねば、

悪さに喧嘩させたり。

又つらおもてにかすはきを吐かけしは、

是牛を食ひ馬を食ひ、

或は家に飼置ながら、

其犬庭鳥を殺し食ふ者、

己は是を栄燿と思へ共、

余りのきたなさに唾吐かけたり。

牛を食ひ飼鳥を食ふものは、

疫神(やくじん)たよりを得て疫(えき)癘起り易しといへり。

総べて何の人といふ共、

正直慈悲にして信ある人は恐ろしきぞ。

たとひ高位高官の人も、

邪欲非道慢心あるは、

皆我等が一族となし、

便りを求めて心を奪ふなりとて、

今より後々の事まで語られしとて、

つぶさに物語りせしか共、

其外の事は世を憚りて沙汰する事なし。

かくて今は暇とらするとて、

塔の上よりつれて下り給ふと覚えて、

其後後々の有様、

物語せしに違(たが)はずといへり。

それより法勝寺の塔には、

天狗のすむといふ事をいひはやらかしけるに、

応仁の乱に焼くづれたり。

幽鬼嬰児(いうきえいじ)に乳(にう)す

伊予の国風早郡(かぜはやのこほり)の百姓、

ある時家中大小の人打つゞきて死す。

其外村中の一族残りなく死す去(うせ)て、

只兄弟二人生留(とゞ)まりぬ。

伝尸労〓(でんしらうさい)の病はまことに滅門に至るといふ、

定て是等其ためしなるべし。

兄弟愁に沈みし所に、

弟の妻又空しくなる、。

独りの明し暮すうちに、

此春生れたる子あり。

母に後れ乳(ち)に飢つつ、

よる昼なきける悲しさ、

見るにつけ聞につけて、

涙の絶る隙なし。

妻死して三十日ばかりの後に、

弟の妻其家に来りぬ。

初めは恐れしかども、

夜毎に来りしかば、

後にはいとゞ睦じくさて、

さすがに捨難く、

夜もしがら物語りする事常の如し。

兄此由を聞に誠しからず、

弟を戒めて曰、

汝が妻死して未だ中陰の日数をだに過さず、

はや何方よりか女を呼入、

夜毎に語り明かす。

是世の人のため誹をうけ、

耻を見るのみならず、

兄をだに是程の事いさめざるかと、

人のいはんも恥かし。

今より後は、

せめて妻の一周忌過るまで、

こと女を召入るゝ事あるべからずといふ。

弟涙を流して曰、

夜毎に来る者は死したる妻の幽霊にて侍る。

初め俄に門を扣(たゝ)く。

我子に乳(ち)なくしてさこそ飢ぬらん。

此事の悲しさに帰り来る也といふ。

門を開きて内に入たりしかば、

赤子を抱きあげ髪かき撫て、

乳を含め侍べり。

初の程こそ恐ろしくも覚えけれ、

後は睦じくて夜もすがら語りあかし、

夜明くれば去(いに)失(うせ)侍べる。

更に日比に違(たが)ふ事ほなしといふ。

兄聞て思ふやう、

一門悉く死絶て、

只我等兄弟二人のみ残る。

然れば此ばけ物一定我弟を誑(たぶ)ろかし殺すべし。

其時に至りては悔むとも甲斐あるまじ。

ばけ物と雖も妻と化(け)して来る上は、

弟更に思ひ切るべからず。

我是を殺さばやと思ひて、

長刀を横たへ、

弟にも知らせず忍びて門の傍に居たり。

案の如く亥の剋ばかりに、

門を開きて立入者あり。

兄走りよりて丁となぎ伏たり。

彼者声をあげ、

あな悲しやとて逃げ去ぬ。

夜明て見れば血流れて地にあり。

兄弟其血の跡を認(ごめ)て行に、

妻を埋みし墓場に至る。

弟の妻が尸(かばね)、

墓の傍に倒れて死す。

墓を掘りて見れば、

棺(くわん)の内には何もなし。

元の如く妻が尸を納め埋みしが、

赤子も死けり。

幾程なく兄弟ながら、

打続きて死失ければ、

一門跡絶たり。

{虫+也}〓(こぶ)の中より出(いづ)

河内の国錦郡(にしごり)の農民が妻、

項(うなじ)に〓でたり。

初は蓮肉の大さなるが、

漸く庭鳥のかひごの如く、

後には終に三四升ばかりの壷の大さなり。

かくて三升の後に二升を入る瓶の如し。

甚だ重くして立てゆく事かなはず。

もし立時には、

かの〓を人に抱へさせて行。

更に痛む事なし。

より/\は〓の中に、

管絃音楽の声聞えて、

是に心を慰むに似たり。

其後〓の外に、

針の先ばかりなる細く小さき孔数千あきて、

空曇り雨降らんとする時は、

穴の中より白き煙の立事糸筋の如くして、

空に昇る。

家の内の男女皆怖れて、

此まゝ家に留め置かば、

禍とならんも知らず、

只遠く野山の末にも送り捨よといふ。

此妻なく/\男に語るやう、

わが此病、

まことに誰か嫌ひ悪(にく)まざらん。

されば遠く捨られたらんには必ず死すべし。

又是を割(さき)ひらきたり共死すべし。

同じく死すべくは、

割開きて中に何かある見給へといふに、

夫げにもと思ひ、

大なる剃刀を求め、

よく磨(とぎ)て妻が項(うなじ)の〓のかしらを、

竪(たて)さまに割侍べりしが、

血は少しも出ず、

疵の色白らけて中より蹕(はね)やぶり、

飛て出たる物を見れば、

長(たけ)二尺ばかりなる{虫+也}(へび)五つまでつき出たり。

其色或は黒く或は白く、

又は青く又は黄也。

鱗立ち光り有て庭の面に這ゆきしかば、

家人皆驚き打殺さんとす。

夫更に制して許さず。

時に当りて庭の面に一つの穴出(いで)来て、

{虫+也}皆其中に入たり。

其穴深くして底を知らず。

かくて神子(みこ)を頼み、

梓にかけて此事を尋ねしかば、

神子口走りていふやう、

其かみこの妻妬み深く、

内に召使ひける女のわらはを、

夫寵愛せし事を腹立悪みつゝ、

女の童が首本に噛つきて、

喰切りければ、

血の流るゝ事滝の如し。

鉄漿(かね)黒くつけたる歯にて噛ければ、

疵深く腐り入て、

終に女の童空しくなれり。

其の恨み深くして今此{虫+也}となり、

妻が項(うなじ)に宿りて怨(あだ)を報じ侍べり。

たとひ今取出されたり共、

終には殺して怨を晴さんものといふ。

側に居たる人のいふやう、

其事は返らぬ昔になり侍べり。

心をなだめて興へよ。

其為には僧を請じて、

跡よく吊ひ侍べらんと云へば、

神子又口ばしりけるやう、

其時の恨み誠に骨に透り、

幾たび生を替(かゆ)るといふとも忘るべき事にはあらず。

され共跡吊ひて得さすべしといふが嬉しきに、

是にぞ心を慰み許し侍べらん。

とてもの事に望む処あり。

かなへて得させんやといふ。

側なる人如何なる事也共かなへて得さずべし。

とく/\いへと云に、

神子うちうなづき涙を流し、

此世に生て有し時より、

尊(たふと)き物は法花経なりと思ひ侍べりし。

今猶尊く覚ゆるに、

一日頓写の経書て、

回向して吊ひてたべや。

又其疵には胡桐涙(ことうるゐ)を塗り給へとて去にけり。

言葉の如く僧を請じて、

一日頓写の経書て深く吊ひしかば、

妻が心地も涼しくなりぬ。

さて胡桐涙を尋求めて塗ければ、

〓(こぶ)の疵終に癒(いえ)たり。

妻それよりして、

物妬みの心を止め侍べりとぞ。

伝尸〓去(でんしじやうこ)

寳徳年中の事にや、

中山中将親通(ちかみち)朝巨の娘、

尼になりて西山に住す。

只かりそめに虚損労〓の病に罹り、

潮熱咳嗽(がいそう)盗汗して漸々に痩衰へたり。

労{やまいだれ+祭}の病は腹中に虫ありて生ず。

其形或は定まらず。

総て鍼薬灸治の及びがたく、

十人にして九人は死す。

これを伝尸虫(でんしちう)と名づく。

一人此病にて死すれば、

其兄弟一族に移り渡て、

門を滅し跡を絶(たや)す。

已に伝りて三人にうつり渡れば、

其虫手足耳鼻そなはり、

よく立てゆく。

形人の姿、

鬼の形に類すといへり。

さる程にかの尼公、

頻に病重く、

今は人心地もなくなり、

已に死せんとす。

尼公の妹あり。

行て看病する処に、

尼公の身の中より、

白き蝿の如くなる物飛出て、

糸を引が如くなる白き気あり。

妹の袖の中に飛入て見えず。

立上り払ひ揮へども更になし。

尼公終に其暮方に死す。

妹其日より心地煩ひ出て、

尼公の病に少しも違(たが)はず。

姉の尼公より伝はりたる病とて、

家中下愁へ歎き、

さま%\養生するに露ばかり験しなし。

如何すべきと愁へなげき、

薬の力を以ては癒(いや)す事かなふまじ。

仏神の御計らひを頼むべしとして、

白(びやく)壇を以て長一尺二寸の薬師の尊像を作り、

又殊更に祇園の午頭(ごつ)天王に祈誓して、

此病いやしてたべと歎き祈り申されしに、

或日の夕暮に、

病人少しまどろみける夢に、

怪しき人来りて、

明日一人の沙門鈍色(にぶいろ)の衣に、

紅(かう)の袈裟かけて鉢に来るべし。

是に頼みて祈りせさせよといふと見て夢醒たり。

次の朝(あした)年の比五十ばかりの出家、

誠に戒律正しく保つと覚えて、

道行事いと静に、

中山殿の門に入来り、

錫杖打揮りて頭陀(づだ)せらる。

やがて内に請じ入て、

かう/\夢想の事侍り、

此病禳(はら)ひしてたべと云出しければ、

此僧答へけるは、

我は戒律を守り、

抖薮(とそう)行脚を縡(こと)とする身也。

更に不浄下口(げく)の食(じき)を求めず、

只清(しやう)浄頭陀を行じて活命するのみ。

かゝる神(み)子々々しき事は、

思ひよらずといはれたり。

かさねて申されしやう、

僧は大慈悲を以て人を助け、

我身を忘れて他を利益するを本(ほん)とす。

今一人の命を救うて諸人の喜ぶ処、

其功徳すくなからむや。

其上夢想の告によりてかく望み侍べりと、

再三しひて歎きしかば、

僧も理(ことわり)に折れて、

此上は力なし。

然らば白絹(しらぎぬ)一端(たん)を遣し給へ、

是を以て病を禳はんといふ。

それこそ易き事とて、

生絹(すゞし)一端を奉りければ受取、

僧はやがて出て帰る。

さて御寺はいづくと問へば、

祇園のあたり也とて定かにもいはず。

其夜姫君夢に見けるやう、

仏像一躰門の内に入来り給へば、

十二の善神随ひ来り、

一つの簡(ふだ)を以て、

十二の神代る%\、

娘の頭より手足まで残りなく撫給へば、

身の中より白き糸筋の如くなる物出て、

天をさして昇ると見て、

夢醒てのち心地涼しく、

かうべ軽く食進みて、

爽かなる事日来に替れり。

次の日彼僧来りて、

生絹に物書きたるを興へて、

跡をも見せず失せにけり。

奇特の思をなし、

封を開きて見るに、

薬師の尊像を墨絵に書たり。

枕元に掛て朝夕香を焚き、

礼拝して敬ひしが、

姫君の病程なく癒(いえ)たり。

生絹の薬師をば家の寳物とせらる。

誠に奇特の事也。

彼僧は祇園にして誰とも知らず。

是定めて午頭(ごづ)天王なるべし。

天王はこれ薬師の垂跡(すゐじやく)、

かた%\以て仏力のふしぎ、

行者の信心によりて利益空しからずとかや。

随転力量

武州小石川伝通院の所化、釈の随転(ずゐてん)は房州の人也。

幼少の時より出家して、後に小石川に来り、学文を勤るに、貧賎にして朝夕に乏しければ、甲信二州の間、野州上下に乞(こつ)食して歩(あり)く程に、勤学論義更に精ならず、力甚だ強くして談林に敵する者なし。

時の所化達皆異名を付けて明上座といふ。

もろこし神秀禅師の座下に、明上座とて大力の法師あり。

六組の恵(ゑ)能大師、大〓嶺(ゆうれい)に赴き給ひしを、明上座追かけて、傅授の袈裟を取返さんとせしに、恵能其袈裟を石の上に打置たり。

明上座是を取らんとするに、山の如く重くして揚らず。

恵能の曰、此衣は信を以て表(へう)す。

力を以て争ふべきや。

是明上座本来の面目を見よといはれしに、言下(ごんか)に得道したりといふ。

随転が力の強きばかりにて、論義学文の弱き事を笑ひて、明上座とは異名しけり。

或時信州の山中を通りしに、盗人に行逢ひたり。

足に任せて逃けれ共、頻りに追かけしかば、随転手ごろの松の木を引撓めて、尻掛けて休み居たり。

盗人追来りしかば、逃のびんとするに息きれたり。

今は平包(ひらつゝみ)の銭皆奉らむ、命は許し給へ。

まづ此木に腰掛けて、息つぎ休み給へといふに、盗人心を許し、同じく松の木に腰を掛けし所を、随転立退きたれば、松の木起きあがるに、盗人弾かれて、遥の谷底に投落され、石に当りかうべ砕けて死にけり。

かゝる大力の法師也。

越前の朝倉家の旗下(した)に、摩伽羅(まから)十郎右衛門は、北国無双の大力と聞傅へて、随転かしこに赴き力を競べたり。

随転は縁(えん)の上にたち、摩伽羅(まから)は鴨居(かもゐ)の際(きは)に立て、手を握(にぎ)り上にひきあげんとするに、随転更にうごかず。

えんのいたを踏(ふみ)ぬき、しきゐはなかばよりをれたり。

両方対(たい)々ちから、人みなきもをけして目をさます。

  あるとき、随転論議(ろんぎ)の場(には)に出て、たゞ一問答(もんだう)にて閉口(へいこう)せしかば、相手(あいて)の僧うちわらひ、この論議は学(がく)をもつてす。

ちからをもつてあらそふべきや。

これ随転明上座、本来の面目(めんもく)をうしなふたりとはぢしめたりければ、大きに赤面(せきめん)して口おしくおもふところに、そのつぎの日、町屋にいでゝ、あしたよりゆふべまで所化鉢(しよけはち)とよばゝれども、更にあたふる人なし。

はなはだいかりて、あぢきなきしゆつけしてはぢみんよりは、俗(ぞく)になりてときをえんにはしかじとて、鉢(はち)を地になげてうちわり、袈裟(けさ)ころもをひきさきて川にながし、越前(ぜん)に行て摩伽羅(まから)が手に属(しよく)し、つゐに姉(あね)川のいくさにうちじにしけり。

  還俗(げんぞく)のつみはなはだふかしといふ事をおそれて、つねは日ごとに念仏をこたらず、さいごのときにいたりて、口よりしろき雲のごとくなるものたなびき出て、西をさして空にあがりぬ。

いそがはしきかつせんの最中(さいちう)なりければ、これを見たりし人わづかに二三人、後にかたりつたへしとかや。

蝨瘤(しつりう)

日向の国諸県(もろかた)といふ所に商(あき)人あり。

背(せなか)に手の掌(ひら)ばかり熱ありて燃るが如し。

廿日ばかりの後に熱冷めて、

又痒き事いふ許りなし。

漸く腫上り盆をうつぶせたるが如し。

大に腫るゝに随ひて、

猶痛みは少もなく、

只痒き事堪難し。

此故に食事日に随ひて進まず、

痩衰ふるまゝに骨と皮とになれり。

遍く諸方の医師(くすし)に見せ、

本道外科手を尽くして、

内薬を与へ膏薬を塗れ共、

少しも験しなし。

其此南蛮の商人舟に、

名医の外科章全子(ちやくてろす)といふ者渡りて、

此病を見ていふやう、

是更に世に希なる病也。

是故に世に人多く知らず。

是蝨瘤(しつりう)と名付く。

皮肉の間に蝨(しらみ)湧出て此患へを致す。

我よく是を愈すべしとて、

腫物のめぐりに縛(しばり)をかけ、

其上に薬を塗りたり。

扨語りけるやう、

世の人或は其身に蝨(しらみ)の湧出る事、

一夜の内に或は三升五升に至り、

衣装に満ち/\血肉を吸い食ふ。

痛み痒き事いふばかりなし、

されども病人の身にのみ有て、

他人には取つき移らず。

是は又間々ある事にて療治の手だて、

世の医師(くすし)是を知たり。

今此しらみは、

肉の間に生じて皮より下にあり。

人更に知り難し。

今夕必ず験し有るべしといひける。

其夜瘤のいたゞき破れて、

蝨の湧出る事一斗ばかり、

皆よく足あり。

大さ胡麻の如く、

色赤くしてよく匍歩(はひあり)く。

是より体(たい)軽く心地よく覚えしが、

蝨の出たる痕に細き穴一つありて、

時時(よりより)其中より蝨出たり。

是も其数しり難し。

章全子(ちやくてるす)が日、

此病は世に薬なし。

百年の梳(すきぐし)を焼て灰になし、

黄龍水を以て塗べし。

是より外の療治なし、

我少是有。

惜しむに足らずとて一匕(ひ)ばかりを取出し、

痕(きず)の上に塗り侍べりしかば、

一七日の内に愈たり。

山中の鬼魅

小石伊兵衛尉は津の国の勇士也。

天正五年十月、

河内の国片岡の城に篭りしが、

城の大将松永、

日此の悪行重畳し、

寄手の大軍旗色いさみて軍気さかん也ければ、

此城更にはか%\しかるべからずと思ひ

夜に紛れて只一人城を落て、

弓削(はげ)といふ所に隠し置たる妻の女房を引つれ、

夫婦只二人夜もすがら立田越(ごえ)にかゝり、

大和の国に赴きけり。

其妻懐妊して此月産すべきに当りければ、

身重く足たゆく、

甚だ労れて峠までかかぐり着き、

道筋にては、

もし軍兵共の見咎むる事もや有べきと思ひ、

道筋より半町ばかり傍に入て、

息つぎ休(やすみ)居たりければ、

跡より女の声にてなきなき来る。

歩むともなく転ぶともなく、

やう/\峠まで登りて呼はるを、

よくよく聞けば年ごろ召使ひし女の童也。

女房につけ置しを、

落人の身なれば人多くてかなひ難く、

弓削に打捨召つれずして来るりしを、

跡より追来りたる者也。

心ざしの痛はしく可愛(かは)ゆくて、

如何に我らは未だこゝに在るぞと声を掛けしかば、

女の童は世に嬉しげにて、

君情なくも打ち捨て落給ふ。

みずからたとひ湯の底水の底までも、

離れ参らせじとこそ思ひ奉りしに、

只二人のみ落させ給へば、

みづからあるにもあられず、

跡を慕(したう)て参り侍べりといふに、

心ざしの程憐れに嬉しく覚えて、

今は又たより求めたる心地しつゝ、

三人一所に休み居たる所に、

妻俄に産の気つきて苦しみ、

終に平産したり。

夜半ばかりの事にて月は未だ出ず、

暗さは暗し、

夫の小石、

とかくすべき様をも知らざりけるを、

女の童、

かひ%\しく取扱ひしにぞ、

此者来らずは如何すべき、

よくぞ跡より慕ひ来にける。

誠の心ざし有者なれば、

今此先途をも見届くる也。

あはれ男をも女をも人を召使ふには、

かほどに主君を思ひ奉る者をこそあらまほしけれと、

夫婦共に今更感じ思ひけり。

扨妻は木の本により掛らせ、

生れたる子は女の童懐に抱きて、

三人さし向ひつゝ、

夜明けなば山中の家を尋ね、

心静に隠れて保養すべしと思ふ。

産養(うぶやしなひ)すべき事もかなはねば、

腰に付たる焼飯(やきいひ)取出し、

妻に食はせて気を助け居たり。

女房は木の本に寄かゝりながら、

女の童が方をつく%\見居たりければ、

懐に抱(いだ)きたる赤子を、

舌を出して舐(ねぶり)けり。

怪く思ひて、

猶よく目を澄まして見れば、

女の童が口大きに耳元まで裂けて、

赤子の頭(かしら)を口に含み、

ねぶるやうにて食ひける程に、

はや首をば皆食ひ尽くし、

肩を限り右の手を食ひければ、

妻いと騒がず、

夫を驚かしけり。

小石は暫し睡り侍べりしが、

目を覚まし此有様を見て、

密かに刀を抜きはたと切付けたりしかば、

女の童鞠の如くはずみて梢に飛上り、

其のまゝ凄まじき鬼となり、

又地に飛下り、

十間ばかり向ひなる岩の上に立て、

赤子の足を食ひけり。

小石詮方なく走り掛つて切けれ共、

只夢の如くにて、

太刀も当らず。

しばし追廻りければ、

鬼はや其間に赤子は皆食ひ尽して、

蝶とんぼうの如く飛上り、

行方なく失せにけり。

力なく跡に立帰り、

元の木の本に来て見れば、

又妻の女房を取られたり。

よべ共よべ共答ふる声も聞えず、

いずち取られけむ行先も知らず。

小石血の涙を流し、

知らぬ山中をあなた此方尋ねしに、

夜巳に明方になりて、

道筋より三町ばかり奥の傍なる岩角に妻が首(かうべ)を載せ置たり。

如何成者の仕業共知がたし。

小石是を見るに悲しさ限りなく、

涙と共に其処に埋みて、

大和の郡山より南の方大谷(たに)に所縁有りければ、

こゝにたどり行て暫く隠れ居たりしが、

兎に角にはかなき世を思ひしり、

後世を大事と心づきて発心しつゝ、

高野山の麓、

新別所といふ所に篭り、

沙弥戒を保ち、

尊(たふと)き行ひして年月を送りし。

後に其行方なし。

馬人語(にんご)をなす恠異

延徳元年三月

京の公方(くばう)征夷将軍従一位内大臣源義照(よしてる)公は、

佐々木判官高瀬をせめられんとて、

軍兵を率して江州に下り、

栗太郡(くりもとのこほり)、

鈎(まがり)の里に陣を据ゑられ、

爰にして御病悩重くおはしましつつ、

同じき廿六日に薨じ給ふ。

其前の夜、

十五間の馬屋に立並べたる馬の中に、

第二間の厩に繋れたる芦毛の馬、

怱ちに人の如く物いうて、

今は叶はぬぞやといふに、

又隣の河原毛の馬声を合せて、

あら悲しやとぞいひける。

其前には馬取共なみ居て、

中間小者多く居たりける。

皆是を聞に、

正しく馬共の物いひける事疑なし。

身の毛よだちて怖ろしく覚えしが、

次の日果して義照公薨じ給ひし。

誠にふしぎの事也。

恠(くわい)を話(かたれ)ば恠(くわい)至(いたる)

昔より人のいひ傅へし怖ろしき事、

恠しき事を集めて百話(ものがたり)すれば、

必ずおそろしき事、

恠しき事ありといへり。

百物語には法式あり。

月暗き夜行灯(あんごう)に火を点じ、

其行燈は青き紙にてはりたて、

百筋の灯心を点じ、

一つの物語に、

灯心一筋づゝ引きとりぬれば、

座中漸々暗くなり、

青き紙の色うつろひて、

何となく物凄くなり行也。

それに話(かたり)つゞくれば、

必ず恠しき事怖ろしき事現はるゝとかや。

下京辺の人五人集り、

いざや百話(ものがたり)せんとて法の如く火をともし、

めん/\皆青き小袖着て、

なみ居て語るに六七十に及ぶ。

其時分は〓月の初つかた、

風烈しく雪降り、

寒き事日此に替り、

髪の根しむるやうにぞゞとして覚えたり。

窓の外に火の光ちら/\として、

蛍の多く飛が如く、

幾千万ともなく終に座中に飛入て、

丸く集りて鏡の如く鞠の如く、

又別れて砕け散り、

変じて白くなり固りたる形、

わたり五尺ばかりにて天井につきて、

畳の上にどうと落たる。

其音いかずちの如くにして消え失たり。

五人ながらうつぶして死に入けるを、

家の内のともがらさま%\扶け〓しければ、

甦りて別(べち)の事もなかりしと也。

諺に曰、

白日に人を談ずる事なかれ。

人を談ずれば害を生ず。

昏夜(こんや)に鬼を話(かた)る事なかれ。

鬼を話れば恠いたるとは此事なるべしと、

物語百条に満(みた)ずして、

筆をこゝにとゞむ。

        寛文六丙午暦三月吉日

            寺町通円福寺前町

                秋田屋平左衛門板本