古今奇談三十種は。近路の翁延享の初に稿(かき)成(なし)たるを。頃(このころ)に至りて其梓(あつさ)を数(かず)に充(みて)なむと計(はか)るよしを聞て。むかしの春は英(はなふさ)と虚称(そらほめ)しふりぬる秋にはしげ/\と荒(すさ)ましかりて。尚其梢(すゑ)は況(まし)て如何(いか)にと予に聞へさする。指(さす)枝(ゑだ)の障(さは)りも無く。梯(かけはし)の設(まうけ)も既に備りぬと。梓(あづさ)する人の答へければ。罷々(よし/\)。栄(はゑ)なし実(み)なしと。挙(あげ)つらふべきにもあらずとてなむ随(まか)されぬ。前(さき)のためしに瑞書(はしかき)せよと托言(よせごと)す。思ひきや世の年波を渡競(くらべ)て。また此に与(あつか)ることを喜ひ。渉猟(わたりこし)たる跡を省(かへりみ)れは。古き萍実(うきくさのみ)の答へ。小蝶の夢のさとし。のみか。梵典(ほんてん)に孔雀(くしやく)の妻思ひ。歓喜丸(くはんぎぐわん)の?(あめこひ)得(え)たる?(みきは)にも。それを漣(さゞなみ)の文(あや)にみせつゝ。人の棲(すむ)瀬(せ)を窺ひ。我(わが)網(あみ)に没(いれ)て後に大海(たいかい)に放(はな)さん工夫(くふう)にや。此にも早く空言(うつろこと)の戯(たはふ)れ起(おこ)り。初に辛(から)く後に甘(あま)むずる物かたり若干(そこはか)見えたり。其類(たくひ)を為々(しゝ)凝(こら)して。元(けん)の胡(ゑひす)の作り得たるとや人の謂(い)ふなる。梁山(りやうさん)西遊(せいいう)の百段(ひやくだん)にも展(のび)たるは。大御国(おゝみくに)の鎌倉(かまくら)の時代に当るべきに。彼より三百歳の前に。日本紀のさへある物かたりあり。浮浪(いたつがはし)として道学(だうがく)の君子は眼(め)を掩(おゝ)はれるれど。其風(ほのか)に諌(いさめ)たる際々(きは%\)を認(みとめ)て。博士(はかせ)の君子は洞(ほがら)かなる由なり。されば。実(み)を種(うゑ)て培(つちかふ)にもあらぬ。枝と葉を攀(よぢ)たる偶言(ことよせこと)は。翫ふ人の眼界量(がんかいほど)にこそ余情(よじやう)は薀(こも)るべきをや。

求塚の後の巻には。三つの跡を倶(とも)に男となすを経(たて)とし。神代(かみよ)の事のしら糸に黏(のり)して緯(ぬき)をとり。蘇小狡娘(そせうかうらう)の巧令(こうれい)を潤色(そめいろ)となす。太間(たいま)の池は今摂(せつ)と河(か)に分れ。堤築(つゝみつき)の衣子縄手(きしなはて)あり。人柱(ひとはしら)の雉子畔(きしなはて)あり。岐路(わかれみち)の為に枝(ゑだ)を折る。吉野(よしの)猩々(しやう/\)は徐渭(じよい)が四声猿(しせいゑん)を襲(おそ)ひ。群(むらか)る憤(いきとほり)を南山(なんさん)の猿楽(さるがく)に漏(もら)すも。古人(こしん)の辱(はつかしめ)に筆暢(のび)さる所あり。王(きみ)住(すむ)山(やま)の遺蹟(いせき)は。むかし其地を閲(けみ)したる文(ふん)翁の親(した)しく語られたる。緒余(しよよ)を継(つく)とか聞えたり。たゞ是。浮(うか)れ言に陸沈(かくれ)つる道芝(みちしば)の。自恣(じし)に乱れたるを。心の使者(ししや)に刈(から)せむとて。花の山莠(はぐさ)の畝(うね)にも跡をとめ。歩に信(まか)せたるさへや。費(つひへ)を楮にまて移(うつ)して。空(むだ)に食(はま)しむる謂(いは)れもて。羊草とも標(しるし)せるや。本来(もとより)後に生てふ名なれば名覧。

天明癸卯の冬   十千閣叟(しうせんかくさう)題 [太平逸民]

古今奇談(ここんきだん)莠句冊(ひつじくさ)惣目録(さうもくろく)

          近路行者(きんろぎやうじや) 著(あらはす)

          千里浪子(せんりらうし)   正(たゝす)

        第一篇

八百比丘尼(はつひやくびくに)人魚(にんぎよ)を放生(はうじやう)して寿(ことぶき)を益(ま)す話(こと)

        第二篇

小野阿津磨(をのゝあづま)踊戯(をどり)に譬(たとへ)て筆法(ひつはふ)を説(かた)る話(こと)

        第三篇

求塚(もとめづか)俗説(ぞくせつ)の異同(いどう)。塚神(つかのかみ)の霊(れい)問答(もんだふ)の話(こと)

        第四篇

玉林道人(ぎよくりんたうじん)雑談(さふたん)して回頭(くわいとう)を屈(くつ)する話(こと)

        第五篇

絶間池(たえまのいけ)の演義(ゑんぎ)。強頚(つよくび)の勇(いう)衣子(ころもこ)の智(ち)ありし話(こと)

        第六篇

吉野猩々(よしのしやう/\)人間(にんげん)に遊(あそび)て歌舞(かぶ)を伝(つたふ)る話(こと)

        第七篇

大高(おほたか)何某(なにがし)義(ぎ)を励(はげま)し影(かげ)の石(いし)に賊(ぞく)を射(い)る話(こと)

        第八篇

猥瑣道人(わいさだうじん)水品(すゐひん)を弁(べん)し五官(ごくわん)の音(いん)を識(し)る話(こと)

        第九篇

白介(しらすけ)の翁(おきな)運(うん)に乗(じよう)して大(おほい)に発跡(はつせき)する話(こと)

   以上九篇

古今奇談(ここんきだん)莠句冊(ひつじぐさ) 第一巻(だいいちのまき)

 一、八百比丘尼(はつひやくびくに)人魚(にんぎよ)を放生(はうじやう)して寿(ことぶき)を益(ます)す<ママ>話(こと)

 寿福(じゆふく)は人の庶幾(こひねがふ)所。養(やしなひ)て保(たも)つべく招(まねき)て得(う)べしとも先云(せんげん)あるよし。漢土(かんど)に仙人と名あるは。家を離(はな)れ山に棲(す)み。名山(めいざん)に入て薬(くすり)を採(とり)丹(たん)を煉(ね)り。雲物(うんぶつ)を慕(した)ひ楼気(ろうき)好(この)む。早く養生(やうじやう)の人を迷惑(めいわく)し。秦(しん)の世(よ)に文成(ぶんせい)徐福(ぢよふく)の道士(だうし)。蓬莱(ほうらい)方丈(はうじやう)常世(とこよ)の国を遠く東海(とうかい)に求(もとめ)て信(しん)を深(ふか)くす。漢土(かんど)は其国山に拠(より)て。人情(ひとこゝろ)海島(かいたう)を希稀(めづらし)とするに因てなり。後に宗旨(しうし)を老子(らうし)に混(こん)じて濫(みだ)りに道家(だうか)と称(しよう)し。其道場(だうじやう)を観(くわん)と名づく。仏家(ぶつけ)の寺(てら)の如し。住持(ぢうぢ)するを真人(しんじん)と称(しよう)す。三清(さんせい)の像(ざう)を設(まう)け。老子(らうし)を奉(ほう)すること釈迦(しやか)の奉(ほう)に同し。法事(ほふじ)供養(くやう)を醸祭(せうさい)と唱(とな)へ。神将(しんしやう)を召の急急〈ママ〉(きふ/\)如律令(によりつりやう)は漢(かん)の世(よ)の官府語(くわんぷご)なり。其作業(さげふ)早く密教(みつけう)を襲(おそ)ひ取りて権実表裏(ごんじつへうり)を互違(たがひ)にするや。仏(ぶつ)に西を往(ゆく)べきの地とするは日月の没(をは)る所に従(したが)ふか。道(だう)には生発(せいはつ)を尊(たつと)ぶ故に東海(とうかい)を企望(きばう)す。倶(とも)に天道(てんたう)に因(よ)るなり。

道家(たうか)三清(さんせい)の天は三々楽界(さん/\らくかい)に準(なぞら)へ。道(だう)は有(う)と為(なし)て昇(のぼ)り。仏(ぶつ)は無(む)を示(しめ)して往(ゆ)く。其有(う)は常(つね)に無(む)をとなへ無は仮(か)りに生(しやう)を説(と)くのみ。其外に洞天(とうてん)霊地(れいち)の別所(へつしよ)を設(まう)け。進達(しんたつ)の仙質(せんしつ)階級(かいきふ・へあがる)して至る所とす。その道経(だうきやう)仙籍(せんせき)は。古代(こだい)に陰道(いんたう)陽方(やうはう)の八家(はつか)。雑子(ざつし)歩引(ほいん)の十家(じつか)あり。石室(せきしつ)洞穴(とうけつ)の秘蔵(ひさう)は。仙伝(せんでん)に其目(もく)を備(そな)へて其書(しよ)あるも多(おほ)くは擬撰(ぎせん)なり。黄帝(わうだい)の尊(たと)きより藍菜和(らんさいくわ)の乞婆(こつば)にいたりて。常(つね)に異(こと)なるものは皆仙に列(つら)ぬ。王母(わうぼ)は妖(えう・ばけもの)に似(に)つ。銕拐(てつかい)は歹(がい・こつじき)に似(に)て。仙人の楼閣(ろうかく)は画図(ゑがく)を見るも覚束(おぼつか)なく。李白(りはく)楽天(らくてん)の思ひよらぬ類(たぐひ)も仙伝(せんでん)に収(をさ)め録(ろく)したる多かり。道(だう)に倚(より)たる中に葛洪(かつこう)洞賓(とうひん)思?(しばく)は博識(はくしき)にして具眼(ぐがん)の偉人(ゐじん)なり。仙家(せんか)より強(しひ)て異跡(いせき)を?(にぎ)られ。却(かへつ)て其人を疑(うたが)はしむ。其(それ)さへ葛洪(かつこう)は八十一遠(とほ)く去(さつ)て師(し)を尋(たつぬ)ると托(たく)し。思?(しはく)は百余(よ)にして無何有(むかう)の郷(きやう)に遊ぶと告(つ)ぐ。只其終焉(しうゑん)を称(しよう)せざるが其(その)宗旨(しうし)の常例(じやうれい)なり。まして葛(かつ)の抱朴(はうはく)の言(こと)に云。知(ち)あるもの誰か長生(ちやうせい)を悪(にく)まん。周魯(しうろ)の聖人(せいじん)は已(すで)に其道(だう)を知て昇仙(しようせん)し今仍(なほ)死(し)せざるべし。世の人皆不死(ふし)の道(みち)を知(し)らば。子孫(しそん)の図(はかりこと)をなさず。忠孝(ちうかう)を思はず。必らず人倫(にんりん)を乱(みだ)らん。故(かるがゆゑ)に周魯(しうろ)密(ひそか)に自(みづから)用て秘(ひ)して人に告(つげ)ずと。是皆道(だう)を主張(しゆちやう・はりだす)するの巧云(こうげん)。今此に国津神(くにつかみ)に本地(ほんぢ)を合(あは)するが如く。其一見識(いつけんしき)にて言(いひ)及せば言べからざるにはあらず。三ツの教(をしへ)さへや。人の建立(こんりふ)したる道は大道(おほみち)小径(こみち)共に便(べん)に取る。安(やすき)を行あり。近(ちか)きに趣(おもむ)くあり。一同(いちどう)せぬ所天道(てんたう)なるべし。天道其一ツに偏(かたよ)らんとせば人事(にんじ)に妨礙(さまたげ)あること豈(あに)少々(せう/\)ならんや。謂(いひ)たる寿(ながいき)は養生(やうじやう)にかゝれども。命(めい)に得(うる)と不得(えざる)とあり。福(ふく)は功労(こうらう)によりて富(とみ)の成(なる)と不成(ならざる)とあり。二ツとも養(やしな)ひ守らば天然(てんねん)を失(うしな)はざらん。又百歳(ひやくさい)の上に久しければ失期(しつご)の妖(えう)と目(もく)するは例(れい)の名(な)をおほせる漢人(かんじん)の故態(こたい・くせ)なり。彼老子(らうし)は道家(だうか)の一流(りう)にて其言(こと)なく伝へたる人の書(しよ)あり。今の五千云(ごせんげん)にはあらじ。古(いにしへ)より青牛(せいぎう)は此大国に渡らず。神仙(しんせん)家流(かりう)は東方の福地(ふくち)を羨(うらや)み仰(あふ)ぎ。徐福(ぢよふく)熊野(くまの)に留るの由来(ゆらい)起(おこ)る。又本朝に語り伝(つた)へたる仙人あり。実(まこと)に仙ならば。蟠桃(はんたう)の会の上座なるべし。人丸篁(たかむら)都良香(とりやうきやう)も収(とり)入られて悦ふや笑ふや。法道(ほふだう)の鉢(はち)を飛すは生(なま)を衒(うる)なり。久仙(くせん)の雲頭(うんとう)を落るとは。道心(たうしん)の肩を弛(ゆるべ)るなり。是等はともに仏教(ふつけう)伝(つたへ)の不可思議流(ふかしぎりう)にて西王母の派脈(はみやく)にはあらざるべし。

思ふに飢(う)ゑず寒(さむ)からぬの本意(ほんい)は衣食(いしよく)の欲(よく)薄(うす)く世慮(せいりよ)を離(はな)るをいふ服薬(ふくやく)無けれども病なく。滋食(じしよく)せねども衰(おとろ)へざるは。是こそ地仙(ちせん)にて楞厳(りようこん)十種(しゆ)の一ツなるべし。人の言を信(まこと)として人を欺(あさむ)くは多く善人なり。冬(ふゆ)寒(さむ)く夏(なつ)暑(あつ)きには誰(たれ)か耳を側(そはだ)てん。其比は欽明(きんめい)の御宇(ぎよう)とかや。若狭(わかさ)なる小浜(をはま)の漁人(ぎよしん)。朝夕(あさゆふ)に往来(ゆきかへる)三方(みかた)の海(うみ)を。四方(よも)吹(ふく)風(かぜ)に放(はな)されて方格(はうがく)を失ひ。波(なみ)に漂(たゞよ)ひて三日許(さんにちばかり)の後(のち)一ツの嶼(しま)に飄到(へうたう)す。岸(きし)に上(あが)りていさゝかの小家(せうけ)も無く。海に臨(のぞ)んて鱗(いらか)を守る大門(たいもん)巍然(ぎぜん)たり。海を生活(よわたる)身の。放(はな)されて行べき島々(しま/\)も聞つたへたれど思ひいでず。彼竹生島(ちくぶしま)にやと思へど。海路(かいろ)異(こと)なればそれには非じと。心ならず歩(あゆ)みよれば。朱門(しゆもん)碧瓦(へきぐわ)金字(きんじ)の牌(はい)に少女宮(せうじよきう)の字(じ)あり。一人を見る結髪(からまへかみ)の上に黒(くろ)く透(すき)たる冑(かぶり)ものしたるが。漂着(へうちやく)を憐(あはれ)み引(ひい)て楼門(ろうもん)の内に至(いた)らしむ。一殿(いちでん)の結構(けつこう)磚甃(しきかはら)玉の如く。水草(みづくさ)の文(もん)を鐫(ほ)り。五采(ごさい)簷(のき)を飾(かざ)り。万像(ばんしやう)を鏤(ちりば)む。飛禽(ひきん)翼(つばさ)を張(はり)て遥(はるか)に上楹(しやうえい)に翔(かけ)り舞(ま)ひ。弋者(よくしや)の念(ねん)なく。走獣(さうじう)舌(した)を吐(はき)て高く危椽(きえん)に相遂(あひお)ひ。墜転(たてん)の慮(おもひ)なし。千門(せんもん)万戸(ばんこ)荘厳(しやうごん)一(いつ)の如にして一境(いつきやう)諠声(けんせい)聞えず。

漁人(ぎよしん)兢々(きよう/\)として階(かい)に進(すゝ)んで席(せき)を賜(たま)ふ。饗膳(きやうぜん)を拝(はい)し象箸(ざうちよ)を把(と)り玉椀(ぎよくわん)の内を見るに。肥羹(ひかう・ふくらのあつもの)こそ人肉(じんにく)に似たれば。漁人(きよじん)訝(いぶか)りて箸(はし)を下しかねたり。庖人(はうじん)と思しきが云ふ。是は人魚肉(にんぎよにく)なり。飄(ふき)放(はなた)れて心胆(しんたん)を苦(くる)しめたる人。是を喰(くら)へば気力(きりよく)常に復(かへ)る。実(じつ)に島主(たうしゆ)惻隠(そくいん)の及ふ所也と。漁人(きよじん)聞いて仍(なほ)喉(のど)に下りかね。其番(しる)をすこしく吸て梁飯(りやうはん)を食(しよく)し。肉(にく)をば包(つゝみ)て懐(ふところ)にす。風(かぜ)已(すで)に定(さだま)りて恩(おん)を謝(しや)し舟(ふね)に回(かへ)る。門者(もんしや)送(おく)り出て舟(ふね)の向ふべき方格(はうかく)を指(さ)し教(をし)ふ。漁人(きよじん)其指(ゆひ)さす方を見やりて後(うしろ)をかへり見れば。其(その)人影(ひとかげ)も島山(しまやま)もなく渺(べう)たる蒼海(さうかい)其際(きは)を知らす。夢かとぞ訝(いふか)り迷ふ。風にしたがひ浪(なみ)に托(まか)すること三日ばかり。天(あま)の河原(かはら)に行やかよへると思ふも遥(はるか)なる雲(くも)の浜(はま)に着ぬ。是こそは遠敷(をにふ)の郡(こほり)なり。ふみ初(そめ)てより迷(まよ)ふべきにもあらず。家に帰れば妻子(さいし)遅迎(まちむかへ)て悦ふ程に。飄風(へうふう)の難(なん)をかたり。懐(ふところ)の肉(にく)を出して是見よといふ。時に女子(によし)の十歳なるが珍味(ちんみ)として早く食(くら)ひ尽(つく)す。能(よく)喰(くひ)たりと興(きよう)して事過ぬ。此女子其後より漸々(ぜん/\)と健(すこやか)に病苦(びやうく)を覚えず。心意(しんい)快称(くわいしよう)改(あらたま)るが如し。是なん年(とし)長(ちやう)ずるの兆(きざし)と思へり。廿(はた)とせ過れども嫁(か)しゆくことをきらひ。漁人(ぎよじん)既(すで)に百歳(ひやくさい)の後は姨(をば)と呼(よば)れて七十(なゝそ)八十(やそ)にいたれど老(おい)を見せず。面貌(めんばう)白晢(はくせつ)に清(きよ)らなれど。艶媚(えんび)の婦態(ふたい)あることなし。日々(にち/\)にます/\清潔(せいけつ)を好(この)み俗塵(ぞくぢん)を厭(いと)ふ。里人(さとびと)目(なづけ)て白比丘(しらびく)と呼(よ)ふ。時(とき)改(あらたま)れど其身衰(おとろ)へず。爰(こゝ)にいたりてこそ幼年(えうねん)に父の与へし仙肉(せんにく)の験(しるし)にやと思ひしることもありし。

延長(えんちやう)三年醍醐帝(だいごてい)疱瘡(はうさう)の御悩(ごなう)に。高験(かうげん)の者(もの)に御祈(いの)りを命(めい)ぜらる。比丘尼(びくに)が除祓(ぢよばつ)の符(ふ)に。若狭国(わかさのくに)四百歳(さい)の女と書(かき)たる迄は過(すぐ)る年を覚えしが。其よりは星霜(せいさう)をも数(かぞ)へず後は住居(ぢうきよ)定めず。他国(たこく)に行といへども常に其国に在るが如し。其比高浜(たかはま)にて異魚(いぎよ)の六尺ばかりなるを得たり。其頭(かしら)は人面(にんめん)にて眉(まゆ)耳(みゝ)備(そな)はり。肉(にく)白く髪赤(あか)く長し。紅鰭(あかきひれ)の間に手あり。指に幕蹼(みづかき)あり。下半身(しもはんしん)は魚形(ぎよけい)なり。大魚(たいぎよ)に遂(おは)れしと見えて。磯辺(いそべ)に潜(ひそ)み浅湾(せんわん)に滞(とゞま)りて去る事を得ず。漁人水中に就(つい)て網(あみ)をせき入れて囲(かこ)み飼(か)ふ。此魚時々頭を水より出し涙(なみだ)をたれ恩(おん)を乞(こふ)に似たり。漁人等(ぎよじんら)云是正しく人魚(にんぎよ)なり。喰(くらひ)て長命を保(たも)つと聞く。肉を分ち価(あたひ)を高(たか)く売らん。人家(じんか)を募(つの)る。富有(ふいう)の家(いへ)是を買(かは)んとするに。馴(なれ)ぬ食品(しよくひん)なればためらひて。白比丘尼(しろびくに)こそ人魚服(ふく)したると人いへば。彼人に問(とひ)て真偽(しんぎ)を定めて後買んといへり。浦人比丘尼に告(つげ)て。肉を分ちて参らせん見定め給はれといふ。姨姑(いこ)は仏の戒禁(がいきん)を守るにもあらず。幼年(えうねん)に食して味もわすれぬれば。今一たび食(しよく)せんことを思ひ。

〔挿絵。見開き一丁〕

高浜(たかはま)にいたりて見るに。此魚溌躍(はねをど)り頭(かしら)をさゝげて姨姑(いこ)にむかひ涙(なみだ)を落す事珠(たま)の如し。姨姑(いこ)心に思ふやう。此魚必(かなら)ず肉を分かたれん憐(あはれ)むべきことなり。地仙(ちせん)となるものは一千三百の善事(せんじ)をなすと聞て未(いま)だ施(ほどこ)さず。我是を食ふとも究(きはめ)て年を延(のぶ)るとも知(し)るべからず。いかにしても放(はな)ち得させんと。浦人に向て云。我幼少(えうせう)の時異魚(いぎよ)の肉を食したれども。人界(にんがい)にいまだ其魚を見ず。名同しく物異(こと)なる多し。山生(さんしやう)とよぶ魚は〓{魚+帝}魚(ていぎよ)なり。其微小(びせう)なるは守宮(しゆきう・ゐもり)に混(まぎ)れやすし。海法師(うみほふし)は烏賊(いか)の醜(たぐひ)にして脚(あし)に多子(たこ)あり。亀(かめ)の入道(にふだう)は〓{魚+役}(えき)なり。今此魚其類(るゐ)にて国土(こくど)異(かは)れば是をも人魚(にんぎよ)といふ。皆真(しん)の〓{魚+人}魚(にんぎよ)にはあらず。但し〓{魚+役}(えき)に牝牡(ひんほ)あり。晨旦(しんたん)は魚のすむこと河海(かかい)を分たず。海辺(かいへん)の人牝牡(めを)を得て大池(おほいけ)に養へば。交合(かうがう)すること人の如く子を生ず。此魚を見るに牝(め)なり。凡服食(ふくしよく)は牡雄(ぼいう)の肉に非ざれは益(えき)なし。味も美(び)ならず。我は食ふべき念なし。

浦の人々必ず用心せよ。此牝魚(ひんぎよ)を殺さば牡魚(ぼぎよ)憤(いか)り猖獗(あぶれ)て。衆魚(しうぎよ)を駆(かり)やりて大に魚網(ぎよまう)の害(かい)をなし。近辺(きんへん)の浜(はま)困窮(こんきう)に及ぶべし。今此魚に托(あつら)へて此浦の漁利(ぎより)多からしめよとて放(はな)さば。却(かへつ)て一郷(いつきやう)の潤色(じんしよく)なるべしとかたる。浦人ども且(かつ)恐れ且伏(ふく)して。便(すなは)ち魚に向ひ?(なんぢ)を放(はな)ちやらば此所猟(れう)の利(り)多からしむるやといふ。大魚(たいぎよ)頭(かしら)を出して喜ひ躍(をど)るやうなり。やがて関網(せきあみ)を去てければ。早く溌刺(はつらつ)とをどりて深きに入りしが三たび浮(うき)て頭をさゝげ浦をみる。已(すで)にして其月より此地の猟業(れふげふ)大に益(まし)て。其浦の尺八(はち)魚小松原(こまつはら)の鼻折鯛(はなおれだひ)までも多かりければ。浦人いよ/\比丘尼に信(しん)をなす。姨姑(いこ)は三方(みかた)の幽所(しつかなる)に草舎(さうしや)を造(つく)りて棲(すみ)けり。其地の悪少年(あくせうねん)の暴(あぶれ)たるもの三四人密(ひそか)に計(はかり)合せ。長生(ちやうせい)の人の人道(にんだう)は如何(いか)んなる試(こころみ)よとて。比丘尼往来(ゆきかふ)の道に当(あたつ)て常に伺(うかゞ)ひ等(ま)つ。

一日(あるひ)果(はた)して取とめて左右(ひだりみぎ)より夾(はさ)み抱(いた)く。比丘尼顔(かほ)も驚(おどろ)かず。両の脇に挟(はさみ)て走ること疾風(はやち)の如く。徒党(とたう)の悪少(あくせう)追へども追及(おひおよ)ばず。比丘尼両人をからみながら海中(かいちう)に飛入り倶(とも)に沈みて見えす。実(げに)や大海(たいかい)死尸(しし)を容(いれ)ず。明朝(めうてう)悪少の両尸(りやうし)を干潟(ひかた)に打挙(うちあけ)たり。悪少の家(いへ)より守護(しゆご)に訴(うつた)へ出るに及んで。尼姑(にこ)はきのふもけふも庵(いほり)に静坐(せいざ)して夢にも是をしらずと申。隣近(りんきん)にさぐり問ふに詐(いつはり)ならねば。比丘尼に問(とひ)窮(きは)むべきにもあらず。其後も悪少等(ら)比丘尼に害心(がいしん)あればいまだ手を下(くだ)さゝるに白比丘来て挟(はさみ)て海に入る。此故に畏(おそれ)て仇(あだ)するものなし。背言(うしろこと)して謂(いふ)人あり。世に聞伝ふ。魚類(きよるゐ)も修煉(しゆれん)久しければ。尾(を)脱(だつ)し鰭鬣(ひれ)落て人身(にんしん)に化(け)すといへは。比丘尼即ち人魚の精(せい)なるやと雑談(さふだん)すれど誰か分(わか)つべき。百年は幾(いく)かへりして後醍醐帝(ごたいごてい)南朝(なんてう)の尊謚(そんいつ)を聞て。昔シ符(ふ)を奉りし時の帝謚(ていいつ)に同しと云にぞ。又四百年は経(へ)けりと人も知り。此時大に信(しん)ぜられ。長生の心得を問ふ人ありて云老君(らうくん)の言(こと)に谷神(こくしん)あり。呼(よへ)ば応(こた)へ呼(よは)ざれはこたへず。此故に尽(つき)ることなし。是谷神(こくしん)不死(ふし)とて長生の決(けつ)とせるは取るべきや。姨姑(いこ)云ふ。老君の言は学(まなば)ざれば我知らず。山谷(さんこく)は無動(むとう)の物。人身(にんしん)は活動(くわつとう)の物。人動(うご)かずんば腐(ふ)せん。谷は物を容(い)れ養(やしな)ふの所谷神(ようしん)とは神(たましひ)を養ふの意(こゝろ)にて。よみもこゑも左(さ)にはあらじ。神(しん)を養ふの外(ほか)長生の訣(けつ)なし。俗(そく)人の願ひと真人(しんじん)の願ひと表裡(へうり)すれば。長生するとも満足(まんぞく)にはあるまじきなり。我此浦に生れて網(あみ)に禁(きん)なく隙細(ひまさ)ぎりの禁(きん)は利の為にはあらず。是をもて国(くに)の豊(ゆたか)なるを知る。貧国より福地と指て。人々坐(ゐ)ながら仙人なるにより。其賎(いや)しき仙道(せんだう)はこゝにもてはやらず。但し我のみならず長生の人は性質(せいしつ)より別あらん。無慾床(むよくしやう)に臥(ふ)し節食丸(せつしよくぐわん)を服(ふく)するにも因(よる)べからずとこたへぬ。

またこゝに小浜(をばま)の土地(とち)。潺湲(せんくわん・みずながる)の処に昔(むかし)より橋(はし)なくて行人(ゆくひと)常に掲(かゝ)げて渡る。是に石を架(わた)さんと希(ねか)へども。庸易(ようい)ならぬことにて久しく黙(もだ)しぬ。姨姑(いこ)伝へ聞いて云。我相当(さうたう)の石を見定め置たり。日並(ひなみ)好き時に頭(かしら)に載(いたゝき)て架(わたす)べしと。これを聞人皆戯言(きげん)と思へり。此地を去ること四里ばかり隔(へだて)て和田といへるに。平盤(へいばん)の石ありて壁立(へきりふ)せり。姨姑(いこ)常に行て此石の下に坐(ざ)して拝(はい)し。頭を地に叩(たゝ)きて言(いふ)所あり。近きに住める人其故を問へば。云。問ずとも告(つげ)んと思へり。此石能(よく)言(ものい)ふ其言に。我此地を興旺(こうわう・はんじやう)ならしめんと思ふに功徳(くとく)の善因(ぜんいん)なし。我を〓{手+舁}(かき)去て小浜の掲(かち)渡りに架(わた)さば。そこはかの行人(かうじん)脚(あし)を湿(ぬら)さず後来(こうらい)に限りなき利益(りやく)あらん。左ある時は此処福地(ふくち)とならんときこえたり。諸人方便(はうべん)をめぐらすべしといふ。人心(にんしん)の動(うご)くこと常に把定(とりさだめ)なし。和田の土人(とじん)比丘の言(こと)を信(しん)じ。即日(そくじつ)石の下に群(むらが)り工夫(くふう)を用ひ引めくらし。遺石歌(いしやりうた)に力を合せて雨日の間に小浜に移(うつ)し。彼(かの)流(なが)れに架(わた)すに。鏤(ゑり)て適(かなへ)たるかと思はる。姨姑(いこ)悦て我数(しば/\)石を載(いただき)て遂(つひ)に此にわたしぬと戯れけるとかや。此比丘の終りを知る人なく。其棲(すむ)といふ窟窩(くつくわ)の跡(あと)今もあり。長生彼が如きはそれ久し。物久しけれは霊(れい)あるや其仙は知らず。古(ふる)くひじりと訓(よま)せたるは。泰国(しんこく)の余風(よふう)なり。

  二  小野(おの)の阿津磨(あづま)踊戯(おどり)に譬(たと)へて筆法(ひつはふ)を説(かた)る話(こと)

 草体(さうてい)の仮名(かな)国字(こくじ)となりて行(おこなは)るゝや。其便宜(びんぎ)なること国(くに)の宝(たから)なるべし。往古(わうこ)遣使(けんし)に具(ぐ)して物学びに唐土(たうと)に入りたるを。教(をし)へに行しと我勝(われがち)に言(いひ)たるあれど。此大国(たいこく)の彼土(かのと)より勝如(まさり)たる事小事(せうじ)を以て論(ろん)すべからす。弘法(こうぼう)大師(だいし)生質(せいしつ)の能書(のうじよ)にて。彼土に筆法(ひつはう)を得給へるは殊更(ことさら)なり。世に三跡(さんせき)と並(なら)べ称するは。皆絶倫(ぜつりん)の芸(けい)なるよし。別(わき)て道風(たうふう)なるものは高名(かうめい)にて能書(のうじよ)の人これをしたひ。中比(なかころ)に小野(をの)と名のる人おほし。いづれ徳(とく)ある人の氏族(しぞく)久しきは。血脈(けつみやく)のみにはあらじ。筆(ふて)の道好(この)める人の語られし事あり。

むかし繁栄(はんえい)の地(ち)に。小野静真(をのしづま)とて能書(のうじよ)あり。道風の正しき筆道(ひつだう)を悟(さと)り。草体(さうてい)に妙(たへ)に。一揮三五字(いつきさんごじ)神勢(しんせい)を失(うしな)はず。又漢土(かんと)官府(くわんふ)署寺(しよじ)の書法(しよはふ)を能(よく)覚え。是を家の法則(はふそく)とす。近(ちか)ごろ古今(ここん)の能書(のうじよ)に数(かぞ)へ入べきは。惟(ただ)此人をこそと評(へう)するも虚誉(きよよ)にはあらざるべし。それが弟子(ていし)に丘下阿津磨(をかもとあづま)とて女筆(によひつ)あり。性得(しやうとく)筆芸(ひつげい)の器(き)あり。教(をしへ)を執(まもり)て絶妙(ぜつめう)にいたる。女流(じよりう)是を師(し)として学(まな)ぶ。人柄(ひとがら)よく心聡(さと)く。其人の量(ほど)に応(おう)じて鑒本(てほん)を以て導(みちび)くゆゑに。習ふ人進(すゝ)みやすく。其門(もん)に市(いち)をなす。常に弟子(ていし)にさとして云。おのれ若(わか)き折から此道の妙(めう)をいのり。三島(さうたう<ママ>)の社(やしろ)に参篭(さんろう)す。通夜(つうや)の夢に。白日(はくじつ)と思ふが冥(くら)くなり。雲間(うんかん)に恐ろしき蜿竜(ゑんりよう)動(うご)き。屈曲(くつきよく)して宛伸(うねる)其勢ひ定形(ぢやうけい)なく。其状(かたち)眼(め)に定(さだむ)ることあたはず。已(すで)にして晴(はれ)たり。〓{髟↓兵}辺(みづら)結(ゆ)ひたる神人(しんじん)出来(いできた)りて。筆(ふで)の道得(え)たるや問ふ。夢心(ゆめごゝろ)に敬(けい)して云。只(ただ)畏(おぢ)怖(おそれ)て見定め得ずと答(こたへ)つれば。神人云左(さ)あらんことよ。其うごくや。頭のかたまがるかと見れば尾にうねり。伸(のび)る屈(かゞま)るの暫(しばし)も息(やむ)ことなく。取定(とりさだ)めがたき活物(くわつぶつ)の妙処(めうしよ)工夫(くふう)をせよと。おのれ時に思ふに。彼偶竜(ぐうりよう・てごのりよう)を弄(ろう)する者はよく会得(ゑとく)して今見たる勢ひをなせり。形容(けいよう)定らざるを体(たい)とすれば。初に法(はふ)を立て学び。後に其法に〓{糸+困}(から)められぬ時は。成就(じやうじゆ)すべきや。今其法(はふ)を得(え)せしめ給へと拝(はい)し乞(こ)ふ。時に神人(しんじん)袂(たもと)より大の鱗(うろこ)一片(いつへん)を取出して是を見よ根(ね)は平(たひら)にして頭(かしら)丸きに似て積(つめる)土(つち)の形影(けいゑい)あり。是を三稜(みつかど)なるものに心えさするが法(はふ)なり。漢(かん)の蔡邑(さいいう)楷正(かいせい)の字(じ)を工夫(くふう)して。石室(せきしつ)にて異人(いじん)に授(さづか)りたると托(たく)せしも。素幅(きぬかみ)は方正(しかく)なる物なれば。斜角(しやかく・さんかく)の物を以て筆を下すの法に立る。是等(これら)に傚(なら)ひ。後世(こうせい)に巧者(かうしや)の人擬造(ぎざう・まねつくり)して。規矩(きく)の三折(さんせつ)を借(か)り。円(まろ)き正中(まなか)に三稜(さんりよう)の規(かね)を入れて三ツに断(だん)し。内の斜角(しやかく)を楷書(かいしよ)の法(はふ)とし。外の三鈎(さんこう)の一鈎(いつかう)を取て草法(さうはふ)となす。是即ち上代(しやうだい)の仮名法(かなはふ)に落荷(らくか)とて蓮(れん)の花弁(はなびら)の散(ちり)て。其窩(くほ)み反(そり)たるさま新月(しんげつ)の如くなる。是を幾(いく)つも連(くさ)り続(つゞ)け。法として古人(こじん)の字形(じぎやう)を習ふ。本源(ほんげん)は皆同じかるへし。形似(かた)をまなぶには。本朝(ほんてう)の能書(のうじよ)に三跡(さんせき)は更(さら)なり。兼明(けんみやう)王尊(わうそん)円王(えんわう)の心ゆくまゝに書れたる筆跡(ひつせき)。山寺(やまでら)の行成(かうせい)なる物は。いきほひ殊(こと)に似(にせ)るとも及はぬ所おほかんめり。文字(もんじ)しらぬ蛮夷(ばんい)も請(こふ)べき事疑(うたが)ひなし。

かく云我は?(なんぢ)が懇(ねんごろ)なる幸魂(さきたま)の神鏡(しんきやう)に影(かげ)かりたるぞと示(しめ)されてより。現(うつゝ)に此言(こと)を忘(わす)れず。好(す)ける人こそ興(きよう)じも笑ひもし給はんと。常に鄭言(くりこと)せり。其門(もん)に業(げふ)を受る女師(によし)。多く小野姓(をのせい)を許(ゆる)され。聡(そう)と呼(よ)ひ通(つう)と字(なの)り。遊君(いうくん)の野風(やふう)は雅名(がめい)ならぬに。手などよく書ければこそ。又一流(いちりう)の教(をし)へあり。すべての字形(じけい)美(び)に偏(かたよ)れば筆勢(ひつせい)脱(ぬ)け。醜(しう)に偏(かたよ)れば観(くわん)を少(か)く。一字の内に美醜(びしう)ありといふも辺(へん)を醜(しう)にし旁(つくり)を美(び)になすにもあらず。美醜(ひしう)を互(たがひ)に争(あらそ)はせて筆法に従(したが)ひ字(し)をなす。美(び)は易(やす)くして勢(いきほひ)を失(うしな)ひやすく。醜(しう)はなしかたくしてよく気象(きしやう)を養(やしな)ふ。一字は美(び)に。一字は醜(しう)に交(まし)へ書にやと心え違(たが)ひたるもあり。色はにほへの仮名(かな)は草体(さうてい)の国字(こくじ)にて。片仮名(かたかな)に対(たい)して丸(まる)かなともいふ。草(さう)の内の草(さう)にて。草体(さうてい)を心えざれは字形(じけい)に杜撰(づざん)あり。字形(じぎやう)を得ても字勢(じせい)を得ざれば。芸(げい)といふべからず。其勢(いきほひ)の活動(うごき)は。此比都鄙(とひ)に踊(をど)りといふ戯(たはふ)れ行(おこな)はるゝ。是を草体(さうてい)の態(たい)に譬(たと)ふべし。田楽(でんがく)より起(おこ)りて舞(まひ)の略(やつし)といへど。恐(おそら)くは舞の濫觴(はじめ)なるべし。嬌(うらわか)くして常に言はも聞えぬ閨秀(けいしう)が。我を忘れて邪(や)とさけび。いまだ字も習はぬが右(みぎ)リよりい文字を踏(ふ)み。百歳(ももとせ)の家翁(かおう)手脚(てあし)覚えず参差(ちがひ)にひらき。身は三ツわくみ年は一とせたらぬも。腰(こし)を斜(なゝめ)に振(ふ)り。双脚(さうぎやく)を外に踏(ふみ)出す。此うかれたる時にも程拍子(ほどべうし)を失はさるゆゑ。野(や)なれども芸(げい)と目(もく)すべし。それも一場(ひとには)一周匝(ひとめぐり)の短句(たんく)あり。粟田(あはた)松坂(まつざか)も越(こゆ)べき長篇(ちやうへん)あり。先ツ幅紙(ふくし)の広狭(ひろせば)と書(かく)べき字(じ)の大数(だいすう)を経営(つもり)て。其一場(いちじやう)の踊りの緩急(くわんきふ)に視(み)合せ。筆を執(とり)たる間。精気(せいき)を張(はり)て弛(ゆる)べず。精気(せいき)ゆるまざる時は。間(まゝ)に一度二度衆態(しうたい)の拍子(へうし)に差(たか)ひても見脱(のが)すべし。精気(せいき)衰(おとろふ)れば見るに堪(たへ)がたし。左をさすかと思へば右を指し。右の手収(をさま)らんとしては左に出づ。一画(いつくわく)をはりて後又一画を出すやうにては。老筆(らうひつ)の態(たい)にて廉角(かど/\)しければ。此態(ふり)は手すゝめば足随(つい)てすゝみ。手退(しりぞ)けば脚(あし)随(つい)て退くは辺(へん)旁(つくり)の分ちなり。手の文(あや)なすによりて。足の強弱(きやうじやく)。人目に遑(いとま)あらず。しかも足の流れぬぞよき。其妙処(めうしよ)にいたりては。踊(をと)り見えて其人を忘(わす)る。腰(こし)に態(たい)を生するは。娼伎(しやうぎ)に流(なか)れて雅(が)を失ふ。字の腰(こし)といふべき程の事はあり。筆(ふで)の腰(こし)と人の云は書手(しよしゆ)の与(あつか)らぬ事なり。左(ひだり)を先にさし右(みぎ)を先にさすは犬大(けんたい)の類(たぐひ)なり。田舎(ゐなか)は昔より拍子(へうし)三ツとなく掌(たなごゝろ)を打を度(ど)とす。都会(とくわい)の地(ち)は態度(たいと)優(いう)に抑揚(よくやう)篭(こも)り。三ツ四ツの間に忙(せは)しき結(むすび)あり。左に巻嵐(まきおろ)し右に巻嵐すは横心(わうしん)連火(れんぐわ)の字なり。手尖(てさき)を一たび払(はら)ふが一度(いちど)なり。払はぬもまた同じ。文字は長き短(みじか)きも。疎(まばら)なる繁(しげり)たるも定めがたし。三ツ四ツと払ふ其手をとゞめても。心に其節度(せつど)を含(ふく)みて勢(いきほひ)を脱(ぬか)さず。大娘剣器(たいじやうけんき)のたとへも外ならず。筆を下すの際(あひだ)に幾画(いくくわく)といふ定りあらんや。又撃(うち)あふ人の已(すで)に一刀(ひとかたな)着(つけ)たりとも。猶鋒(ほこさき)を利かたに構(かまへ)て是までと思ふことなく。留らずんは幾(いく)たひも斬(きる)へき心にて。劔鋒(けんほう)を無心(むしん)に振(ふ)らず。茶理(ちやり)を翫(てあそ)ぶ人の。軽(かろ)き茶匕(さひ)を重きが如く見ゆるに同し。重画(ちようくわく)にして字数(じかず)多くとも。其始の右(みぎ)を指(さ)し左(ひだり)を指(さす)の所へ立もどりて。足(あし)踏(ふみ)なほす心なくしては字体(じてい)退々(たい/\)しく。草書(さうしよ)は迂闊(うくわつ)にすれば。先に書たる字形(じぎやう)に勢(いきほひ)を定(さだ)められて。立かへることなしがたきこともあり。それ方(まさ)に巻帖(くわんてふ)条幅(でうふく)。屏障(へいしやう)長文(ちやうぶん)にいたりては。自然(しぜん)に序破急(じよはきふ)の体(てい)出来りて。中程には拍子も約束(やくそく)も取はつす程の所にいたらねば。其人相応(さうおう)の墨色(すみいろ)も生(しやう)ぜず。発興(はづむ)ことなし。是しかし能書(のうしよ)の事にて。踊りもおのれ如き田舎(ゐなか)嫗(うば)のよく知べきにはあらす。又連綿(れんめん)とやら。板(いた)に鏤(ちりば)む下がきか。物がたりやうの好(よ)く写し取たる体(てい)に成ては。草体(さうてい)の甲斐(かひ)なくこそ。ほそくは書得(かきえ)まじき筆もてほそく書(かき)たるが美(いみ)じとあれば。太(ふと)くは書得まじき筆もてかきたるはなんそよか

〔挿絵見開き一丁〕

らん。そのより処ありてよく書得たるは。うはへの筆(ふで)消(きえ)て見ゆるも。今ひとたびとり並(なら)べて見れば。動(うごい)て出る所あり。筆を運(めぐら)すに帯(たい)といふものありて。本形(ほんぎやう)は離(はな)れて。筆には続(つゞ)きたる所あり。彼鵞頚(がけい)の屈伸(くつしん)にも縁(より)似たるかたちあらんと。大?(たいてい)示(しめ)すこと趣(おもむき)あり。心を用たるとこそ見るものかな。斯(かく)て久しく時めき行(おこな)はれけるが。年(とし)も積(つも)りければ。応対(おうたい)も厭(いと)はしく。今は故郷(こきやう)に帰りて心まゝに生(せい)を遂(とげ)んと。多の門弟子(もんていし)に辞別(じべつ)をなし。雑具(ざふぐ)を知る人にゆづりあたへ。餞別(せんべつ)の贈(おく)り物宅(たく)に充(みち)たる其半はを携(たづさ)へて。居住(きよちう)を辞(じ)し。婢僕(ひぼく)彼是(かれこれ)随(したが)へて発足(ほつそく)しける。近江(あふみ)なる日野の産(さん)なれば。道中にて美濃(みの)と近江へ岐(わかる)べき太郎次郎(たろじら)といふ駅(ゑき)にいたり。しばらく午睡(ごすゐ)せんとて屏風しつらひて臥(ふし)たり。殊(こと)のふ時うつりければ。使女(しじよ)呼さまさんと屏風の外より。何心なく見たるに。酣鼾(いびき)の音(おと)高くひゝきて。寝(ね)たる姿(すがた)常にかはり耳動(うこ)き口尖(とが)りて。恐ろしきまゝ皆の者を呼て是を告(つ)げ。怪(あや)しみひそめくほどに。阿津磨(あづま)目をさまし。やがて素足(すあし)にて後(うしろ)に出。其あたりの竹薮(たけやぶ)の中に入り影(かげ)も見けしたり。薮(やぶ)の内を探(さぐ)れど目に見る所なし。其日暮(くる)れども帰り来らねば。指(さし)てゆく日野とやらんへ皆赴(おもむ)きて。けふもあすも尋れど。しるべの家も由緒(ゆゐしよ)の人もなし。かゝれは其よしを何くにか訴(うつた)へ。其旅装(たびよそひ)に貯(たくはへ)の財宝(ざいはう)は。遠(とほ)く送(おく)りし従者(ずさ)の料(れう)に配分(はいぶん)して離散(りさん)しけるとなり。丘(をか)に首(まくら)するの本来(ほんらい)を失(うしな)はず。かしこくも本形(ほんぎやう)を現(げん)せずんば。従(したが)へる婢僕等(ひぼくら)人の疑(うたかひ)を蒙(かふむ)らん。其言(こと)たるや睫(まつげ)を摸(なで)て焦螟(せうめい・ちひさきこと)を容(いる)ることなかれ。其物たるや尾を露(あらはし)て不朽(ふきう)を求るならん

古今奇談(ここんきだん)莠句冊(ひつじくさ) 第一巻(たいひとつのまき)終

古今(ここん)奇談(きだん)莠句冊(ひつしくさ)第二巻(だいにのまき)

 三 求冢(もとめづか)俗説(ぞくせつ)の異同(いどう)冢(つか)の神霊(かみのれい)問答(もんたふ)の話(こと)

 摂津国(つのくに)の兎原(うはら)とも兎〓{くさかんむり+会}(うなひ)とも呼(よへ)る郷(さと)に。昔より求冢(もとめつか)とて三ツありて同(おなし)名(な)なり。住吉(すみよし)村なるを茅渟(ちぬ)づか鬼(おに)づかともよびて男(をとこ)とす。鬼(おに)は男(をん)のまがへるにや。東明(とうみやう)村なるは。只(たゝ)処女冢(をとめつか)といふ。味泥(みとろ)村なる処女冢(をとめづか)を兎原男(うはらをとこ)とす。其冢(そのつか)の状(かたち)前(まへ)の方長く出たるを俗に車づかと呼(よ)ふ。馬鬣封(はれふはう)のなだれたるが轅(ながへ)の象(かたち)あれはならん。冢の置(おけ)るさま東の住吉は西面(せいめん)し。西の味泥(みどろ)は東面(とうめん)して。中(なか)なる東明(とうみやう)の冢(つか)に左右より拱(こまぬ)くが如し。三冢(さんちよ)の間相(あひ)去こと各ひとしく十数(す)町。一冢(いつちよ)の周廻(めぐり)倶(とも)に各(おの/\)八十間の上に余(あま)りあり。上世(じやうせい)の苗?陵(ひやうりよう)の荒(あれ)たるにや。今覆(おほは)るといへども末代(まつたい)其名顕(あらは)るゝ期(とき)あらんか。古来(むかしより)文人(ぶんじん)皆俗談(そくだん)に拠(より)て藻(ことは)を作り。葦(あし)の屋のうなひをとめの奥槨(おきつき)と詠(えい)したるさへ事古(ふ)りて物語の柄(つか)となれり。一とせ丹州(たんしう)の中野何某(なかのなにがし)なるもの。友なる関(せき)の何某(なにかし)に連(つれ)て高砂(たかさご)の辺(へん)を遊賞(いうしやう)し帰るがてに。此(こゝ)の中(なか)の陵(りよう)を慇懃(いんぎん・ねんいれ)に拝(はい)して過けるが。怱(たちま)ち関氏(せきうぢ)独云(ひとりこと)常ならす。云(いふ)それ冢陵(ちよりよう)は棄戸(すたへ)の地にして。其氏族(しぞく)恩義(おんぎ)の外(ほか)は与(あつか)らず。祭(まつ)れる霊社(れいしや)は別にして日を撰(えらみ)て神を降(くだ)し祭礼(さいれい)す。帰命(きめい)の日(ひ)さへ祭らず。

是を平人(へいにん)の冢(つか)と思へるか。中野其言に対して云。是如何(いか)なる貴人(きにん)の跡(あと)そ。関云我も知らず。云しらずして何ぞ人を咎(とがむ)る。云我は此男の拝(はい)するによつて降(くだ)りたる冢(つか)の神なり。其始は稀(まれ)に此冢を拝(はい)する人あるが為に降(くだ)されて我任(わかにん)と思へり。先(さき)つかた遥(はるか)の海島(かいたう)より我を降してかしこにのそめり。彼祝詞(のつと)に云。其奥槨(おきつき)は〓{暁-日+食}速日命(にぎはやひのみこと)。其地は御子孫(こしそん)を海の伯(つかさ)として家(いへ)を占(しめ)給ふ。其跡(あと)を認(とめ)て津守(つもり)といひ住吉と名づけ。国社在(こくしやいま)す。茅渟(ちぬ)の玉出(たまで)に向ひて共に海の幸(さち)を守り給ふ。世々(よゝ)遥(はるか)に祈(いの)りて海利(かいり)を蒙(かうふ)り。今此(こゝ)に勤請(くわんじやう)し奉らんとして。其地勢(ちせい)を知らず。冢の御神を請(こひ)奉つて其地の象(かたどり)を受て。山水(さんすゐ)似たる地を撰(えら)んで経営(いとなみ)を志す者なりと告(つぐ)る。是もまた知れたかたき故に。求冢(もとめづか)といふ類(たぐひ)かと。人に拠(よ)りて其問にこたへ畢(をはん)ぬといふ。中野云ふ。さやうに遠き所より一たびも詣(まうで)来(こ)ず。祈りて加護(かご)を得ることやある。答(こたへて)云。凡そ神道(かみのこと)は遠きに応験(おうげん)あり。徳(とく)の弘(ひろ)まる所なり。御格子(みかふし)の外よりこそ信(しん)は籠(こも)るべく。内に何の見奉ることなくして霊応(れいおう)あることこそ。いと/\もたふとけれ。今の白幣(しらにきて)は供物(ぐもつ)にて明器(めいき・かたはかり)なれど。みわすゑ田なもの供(そな)へて御帳(みとばり)降(さげ)たる時。神の嘗(なめ)給ふとも。御(きよ)し給はぬとも誰(たれ)か偏(ひとへ)に定め説(とか)ん。是即ち神の籠(こも)る理(ことわ)りにて其神を安(やす)んじ祭(まつ)るの道なりとす。中野云神霊(しんれい)を顕(あらは)さずんば後(のち)は田(た)に鋤(すか)れて平地(へいち)とやならん。云(いふ)それも昭穆(せうぼく・せんそのしだい)のすゑにいたりては其家さへ祭(まつ)らず。桑田碧海(さうてんへきかい)の変(へん)土地(とち)の沿革(えんかく・かはらぬかはる)は誰をか恨むべき。冢(つか)の石(いし)に鎌(かま)を〓{励-力}(とぎ)たるをいかりしは俗談(そくだん)なれど冢の神はいかで慮好(こゝろよ)からん。おほぞらなるものは賞罰(しやうばつ)も思ひしらすなん。霊ありて降す人常に絶(たえ)ずとも。神は特々(ひとり/\)各別(かくべつ)にこそ降らめと。かたりて地に伏(ふ)す。

半時にして覚(さめ)来り独言(ひとりごと)の応答(おうたふ)を両人語(かた)りあひて。我(わが)思ひよりや出けんと奇特(きとく)の事に思ひ。里にかへりて人々にもかたりぬ

古きうたに

  たましひはをかしきこともなかりけりよろづの物はからにぞありけり

かゝることは声(おと)もなく香(か)もなく。いふもいはぬも誰か心をとめん。世の事は酒色(しゆしよく)財気(さいき)によれる事こそ。憐(あはれ)も。興(きよう)も。ありこし断(ことわり)をも思ひ知べき。其むかし中の冢ちかく宿(やと)りたる人。いかなる古跡(こせき)とも知らぬに。亭(やと)の主(あるし)が心して見せたる冊子(さふし)に。むかし津の国に住る人。一人もちたるをとめに呼(よば)ひわたるをのこ二人(ふたり)。かたち志(こころざ)しのまさるにあはんと思へど。かたちもよはいもせつなる心も。ましおとりなく。おやなるもの定めかねて。生田(いくた)川に浮(うき)たる島を射(い)あてたるにあたへんと約(やく)するに。ふたりして同し鳥の頭(かしら)と尾(を)を射たりければ女思ひわづらひて。名のみ生田(いくた)の川におちいりぬ。ふたりも同し所に沈(しづ)み。一人は足をとる一人は手をとらへて倶(とも)に死けり。男のおやども来りて。女の冢を中にして。左右に二男(になん)の冢を造りし始終(は

しめをはり)は。いつの世かたりともさだかならず。伊勢の御(ご)の歌に。

  かげとのみ水の下にてあひ見れと玉なきからはかひなかりけり

此客人(たびうと)あすの行べき道おほく昔(むかし)思ふに遑(いとま)なしと。隣不省(となりしらず)を大器(たいき)に満引(まんいん)して

  をとゝひやきのふさへ遺(や)るけふの酒むかしのをとめふらばふり袖

又古き跡とむる旅人(りよじん)。西(にし)なる味泥(みとろ)の冢にて田(た)の畔(くろ)に立る人に問へば言(こと)長々し我いほりへといさなひて。「俚談(りたん)さへ早昔となりぬ。此郡家(ぐんげ)なる庄官(しやうくわん)の女子。処女(をとめ)とはいまだ人を見ざるの名。二七ならずして閨秀(けいしう)のきこえあり。

父母秘蔵(ひさう)して深閨(しんけい)をいださずといへども。音(おと)に聞つゝ早くも思ひそめて。此家に婿(むこ)とならんかの家の?(よめ)に迎(むか)へんといふ多かれと。

或は家門(かもん)相当(あた?)らす。人品(じんひん)相識(しら)す。年月(としつき)往(ゆき)かへりて。氷(こほり)の上下(うへした)より説合(ときあは)する人の踵(きひす)を接(つぐ)はきら/\しきもとめにて。礼を越(こ)え恥(はぢ)を捨て筆に托(あつ)らへ墨によせ。忍ひて求るみだれ人の。めづらの人は見まれ見ずまれ恋(こふ)るこそ物くるはしく。世に才子(さいし)佳人(かじん)の常に近(ちか)くて逢(あふ)よしもなきは。すくせいかにとわびしからん。かいまみたるは目をうつせはうとくなるべし。牽(ひく)も挑(いどむ)も両意(りやうい)投(まか)せざるは。一日(いちにち)よりうつろひなんをや。山鳥守宮(やまどりゐもり)の故事(ふること)に競(きそは)され。得(え)ざるを愧(はぢ)とし。恋(こひ)といふ題目(たいもく)の表に立たる国風(こくふう)の。深切(しんせつ)にひたすらなるが体(すがた)ならめども。浮(うき)たる物を詞(ことば)にて究(きはむ)るなり。設(まう)けて色想観(しきさうくわん)に入つて出て目を明(あき)て見つ。心に問ひても見ば。一筋(ひとすぢ)にはあらじ。いづれ男女(なんによ)の時過たるは好(この)ましからぬことにて。茅渟(ちぬ)の住吉なる男処女(をとめ)を恋ておこたらず。許人(もとびと)にあつらえて艶書(えんしよ)を送ることしげ/\なり。空(そら)も陰(くも)りがちに衣(ころも)さむき比。菊の枯枝(かれえ)につけて住吉よりと。丸くむすびて行(ゆく)の字(し)にて封(ふう)したるをひらけば。むらさきのうすえふをかさねてつゝみたる中に。同し色のうすえふをかさねて。斜(ななめ)に百(もゝ)すぢ引たる下絵(したゑ)して。筆だてうるはしく。「〈ママ〉身をしらでながむるそらの時陰(しぐる)るは袖の涙(なみだ)の末(すゑ)の水(み)かさかとなげかしく。うき身なりともたゞよひてこそ。此世ならではいつのよにかはと思へば。よそに見し峰(みね)のしら雪。今は我身をうづむ夕ぐれ。あすは露ともけぬべきを。きえ侘(わび)たるが流れに添(そ)はゞ。磯(いそ)の藻(も)くずもあはれとは見るらんかし。」〈ママ〉処女(をとめ)も興(きよう)じてうけびく心いできければ侍女(じじよ・こしもと)あけぼの心えて返し「〈ママ〉袖のしくれの水かさとなるへきは。余所にのみ見給ひししら雲の雨ふくみたるにはあらすなん。のちのながめは物にさそはれて計かたくこそ。いそのもくすの見るめにも浮草の根なく。あすはあなたの岸(きし)に倚(よる)べきも。所からとて猶其きしに生なんかも。」〈ママ〉おのが心の下もえをあらはに。又こそ紅葉の枝につけて。同し色のうすえふに書たり。「〈ママ〉あはすのうらの見るをだにうたかはせ給ふ。のちのながめはぬれてこそしるらめ。此世ならぬ逢瀬(あふせ)は返す/\おぼつかなく候へば。あはでのうらのあわとなりてもあはんとこそ。なか/\にしづみかねたる三ッせ川。涙の水尾(みを)もたへなばたへねと書ながし参らすこそ」〈ママ〉

処女(をとめ)も重(かさな)るいどみにうごかされて。まめにいらへよと打まかせければ。あけぼの折から筆を厭(いとひ)て。いさや川とばかり返しこたへけり。かくて音信(おとづれ)たえず。父母に申て遠からずこなたにむかへて家をとゝのへんと許(ゆる)し答ふ。然るに同し莵原(うばら)に生田(いくた)を兼(かね)て司(つかさ)どる庄司何某(なにがし)。郡家(ぐんげ)に婚(こん)を求め家に娶らんと慇懃(いんぎん)をつくし告(つげ)求む。隣(とな)れる所の家勢(かせい)あるに傾(かたぶ)きて。むすめにかくとなん告る。処女(をとめ)胸(むね)さわぎて。急(いそ)ぎ密(ひそか)に茅渟(ちぬ)に告知らせければ。あらはには言(こと)絶(たえ)ぬれども。先(さき)に壻(むこ)たらんと言(いひ)よりたるを。再(ふたゝ)ひ起(おこ)して家に娶(めと)らんと使(つかひ)を以て是を求む。両方の切(せつ)なる求に。父(ちゝ)の翁(おきな)いづれへも返(かへ)し得(え)ず。家業(かげふ)すぐれたらんに許(ゆる)さめ。射芸(しやげい)を競(くらべ)て定めんと日(ひ)を約(やく)し。生田(いくた)の川にひら張(はり)して。両の男それ/\に装束(しやうぞく)し弓とり靭(ゆき)おひて。水にも火にものぞまんと立むかひ。きそひて勝負(しようぶ)を試(こころ)みける。菟原(うばら)の男の射たる浮鴨(ふあふ)左より右に射通(いとほ)して正殺(せいさつ)の矢目(やめ)も正(たゞ)しきに。茅渟(ちぬ)の男は目当(めあて)の鳥を射損(いそん)して大に恥(はぢ)て退(しりぞ)きぬ。かゝりければ。父の翁(おきな)処女(をとめ)を菟原(うばら)に許(ゆる)しぬ。処女(をとめ)は家(いへ)にありて。此勝負(しようぶ)に胸(むね)ふくれ。茅渟(ちぬ)の人こそ万に勘能(かんのう)なれば。必(かなら)ずかちなん。此暮(くれ)にこそ心をゆり。目も合ん。また思ふに競(きそ)へることは思はぬまけあればと。千(ち)に百(もゝ)に念(ねん)じわびたるに。家の子来りてくらべ弓は菟原(うはら)殿こそ勝(かち)給ひぬと申に。胸(むね)つぶれふむ力(ちから)なくうちたふれ。いかにせんと思ひわづらひ。よし/\父に請(こひ)てふたゝび競(きそ)はせんことなんてうあらんとあさくも心に頼む。父帰(かへ)りてうばらに許(ゆる)しぬ吉日(きちにち)遠からず告(つげ)んといふ。処女(をとめ)聞て我窓(まと)に入り衣(きぬ)引かづき涙そゝぐが如(ごと)く。世の事は量(はか)るべからず。今や先の願(ねがひ)の如くならず。人の心巌(いはほ)の堅(かた)きことあれば。蒲葦(なびきやすき)身も?(より)て縄(なは)と耐(つよ)かりし。愚(おろか)にも。我身(わかみ)を我(われ)と思ひ我(わが)許(ゆる)したる罪(つみ)を我おひて。菟原(うばら)にむかへられゆかば轎(こし)の中に死(しに)なんと独(ひとり)ごちなきて。青鸞(せいらん)と棲(すま)ずんば孔雀(くじやく)南(みんなみ)に飛(とば)んの悲(かな)しみ身にせまりたり。母なるもの処女(をとめ)の深(ふか)き志(こころざし)を聞に堪(たへ)かね。いかに安き心あらんや。家(いへ)こぞりてひそまりたる折から。天台(てんだい)より下山(げさん)せし荒法師(あらほふし)。言(ごん)の君(きみ)円性(ゑんじやう)。幼名(をさなゝ)阿達池丸(あだちまる)とよび。気力(きりよく)を売弄(ふけらか)し大石(たいせき)を飛(とば)し大木(たいぼく)を抜(ぬ)き。時の意興(いきよう)に違(たが)へば。師長(しちやう)の法師(ほふし)も打たゝかれければ。山衆(さんしう)一致(いつち)して遂(お)ひ出(いだ)しやる。筑紫(つくし)へ還(かへ)らんとて此所を経歴(けいれき)し一宿(いつしゆく)を求む。郡家(ぐんげ)の妻(め)はかかる思ひの身にあれば。便(すなは)ち諾(うけが)ひて迎(むか)へ入れ。湯(ゆ)を引せ。点心(てんしん)をすゝめ敬(うやま)ひもてなし。是怨敵除(おんてきよけ)の祈りにもと供養(くやう)す。此僧(このそう)内(うち)のやうのうちひそみたるを見て。いく日の前に帰寂(きじやく)の人ありやと問ふ。母氏(ぼし)つゝみかねて処女(をとめ)が身の難(なん)をかたる。僧云。茅渟(ちぬ)の男幾(いか)ばかりの才能(さいのう)ある。来書(らいしよ)を見んずるといふ。処女(をとめ)恥(はぢ)がはしからぬ文をえらみ出したり。上(うは)がきにあなこと%\しと書きたるもあり。萩(をぎ)の葉(は)ならばとかきしも見ゆ。円性(ゑんしやう)一観(ひとめ)して是恐(おそ)らくは実(じつ)に其人の自筆(じひつ)にはあらじ。艶書(えんしよ)に人を雇(やと)ひたるも。是を其人の墨色(すみいろ)と相(み)るに。其人もまめにはなくこそ。文の詞(ことば)も古(ふる)きを襲(おそ)ひて肺府(はいふ)より出るとも見えず。其求る所美色(びしよく)に非(あら)ず美産(びさん)にあり。俗情(ぞくじやう)軽薄(けいはく)誠(まこと)とすべからずと云。母氏(ぼし)心得て才幹(さいかん)ある人をえらび。茅渟(ちぬ)に遣(や)りて其人がらを窺(うかが)ひ聞せけるにさきにいひよりたる茅渟(ちぬ)男にはあらで。其家の倚人(よりびと)にて。出身(しゆつしん)明(あきら)かならず通(かよ)ふ女朝(あし)た夕べに定らず。人の家に壻(むこ)たらんと欲(ほり)すれどもいまだ其家を得ずとのあらましなり。円情(ゑんじやう)聞てさればこそ此恋色(いろ)にあらす財(さい)にありけり。閨秀(けいしう)の迷(まよ)はされたるもふびんなれば。茅渟(ちぬ)の男は我にまかせ給へ。来らは取ひしきてすてめとぞいひける。

かくて茅渟(ちぬ)の男先(せん)に超(こえ)て奪(うば)ひとらんとみづから興(こし)を〓{持-寺+舁}(かゝ)せ来り。人数(にんじゆ)を道にひかへさせ。独自一個(われのみひとり)ひそかに女の許(もと)にいたりしが。障子(しやうじ)の下(もと)にゐて。さすがうるはしくも得出ず。袖ばかり出したり。始より一目も見ぬことなれば。使女(しぢよ)あけぼのをかざり障子(しやうじ)を隔(へだて)てかたらしむ。法師(ほふし)傍(そば)にありて筆(ふで)をもて教(をし)へてこたへきかす。男云今日御身を迎(むか)へかえらずば尸(かばね)を爰(こゝ)にとゞめんと畏(をど)す。法師(はふし)大に発作(おこり)て怒(いか)るさまなれば。彼男をやあやまたんかと。家人等(かじんら)肝(きも)をひやす。法師答へていはしむ。此ころ伝(つて)に聞に。御身通(かよ)ふかた一(ひと)かたならずと。今より恐(おそ)る海陸(うみくが)の言(ことば)早くも起らんことを。男云それいさゝか思ひあたる事あり。輿(こし)だに入り給はゞ。逐去(おひさ)るにいとやすし。女云それは遂(おは)るゝ人の身にさぞなげかしからん。さりとも二心(ふたこゝろ)なき誓(ちかひ)の文(ふみ)を今ここにて一紙(いつし)かゝせ給へと。文(ふみ)かく四宝(しはう・ふでかみすみすゞり)をつらね出し。物すきより見れば。彼男俄(にはか)に赤面(せきめん)して。二度(にど)の誓約(せいやく)はせぬ物にこそと身を退(ひく)やうなり。女云是厭事(いやこと)にあらず。今こそ通(かよ)ふかた多きを探(さぐ)り知(し)りぬれば。誓(ちか)ひを給はれと強(しひ)て乞(こひ)けるに。是非(ぜひ)なく筆に信(まかせ)て紙を染(そめ)るを見れは。過つる数々(かず/\)の通(かよ)はし文には墨さへ似(に)もせず。詞(ことば)さへつゞかす。かんなも濫(みだり)なりければ。果(はた)して最初(さいしよ)の人にもあらず。仮(かり)に詐(いつはり)を以て詐(いつはり)に対(たい)し。使女(しぢよ)を代(かはり)としてあざむきやり。世にかんなのはしりがきするものは技痒(てのかゆき)にたへかねて人に忌(いま)るゝは。因果(いんぐわ)の縁(よる)ところなるべきに。人の手をかりまどひて憂(うる)せきやつかな。此家(いへ)の難(なん)は是までならんか。彼等(かれら)は風流縁業(ふうりうえんこふ)。今や殺生(せつしやう)に及(およ)べりと袖(そで)を払(はら)ひて去(さ)りをはんぬ。菟原(うばら)男は女を茅渟(ちぬ)に得られぬと聞てやすからず。郡家(ぐんげ)の親(おや)をまでうらみ。茅渟(ちぬ)男が迎(むか)へかえるを逐(お)ひ行て。御前(みまへ)の松原にて及(およ)ひつき。仇(あた)を見る眼(め)は別(へつ)にして。遺恨(ゐこん)やみがたく。やがて刃傷(にんじやう)におよび相打(あひうち)して同しく斃(たふれ)ぬ。輿(こし)の中に代(かは)りたる使女(しぢよ)は免(まぬが)れたども。兼(かね)て文(ふみ)書(かき)たるを自(みづか)ら悔(くや)みたれば。遂(つひ)に住吉川に投(なけ)て沈(しづ)みぬるを撈(かつ)きあげて。三家(さんけ)の族(やから)相はかりて。三人の志(こゝろざし)元(もと)より合(あふ)べきにあらねば。使女(しぢよ)を古(ふる)さとの東明(とうみやう)に?(うづ)み。莵原(うはら)男を味泥(みとろ)に埋(うづ)み。茅渟(ちぬ)の男を住吉の前に冢(つか)せり。

処女(をとめ)は志(こゝろざし)を失(うしな)ひ三死(さんし)皆(みな)我に起(おこ)ると髪(かみ)を切(きり)て人に適(ゆか)ず。この三冢(さんちよ)を払(はら)ひ守(まも)りて怠(おこた)らず。此故に三冢(さんちよ)共(とも)に処女冢(をとめづか)と呼(よ)ふ。そのかみは衣服(いふく)太刀(たち)やなぐひまでこめて。冢にも限(かぎ)りの竹ゆひてげれば。茅渟(ちぬ)男よせ来る時ありてもかれに負(まけ)ることなしと。倦(うま)ずかたりて。其庵(いほり)も幻(まぼろし)に失(うせ)ければ。其冢の霊(れい)ならんと。是をや万葉(まんえふ)の歌に。

  つかのうへの木(き)の枝(えだ)なびけりきくがごとちぬをとこにもよるべけらしも

東の冢(つか)は社頭(しやとう)に近(ちか)く往昔(すきしより)急雨(きふう)に籠(こめ)られて庇(ひさし)によりたる。行脚(あんぎや)の旁(そば)に来る人あり。服(ふく)は祝(はふり)めきたれど。かけたる結(ゆふ)は日かげにあらぬ織物(おりもの)なれば。山伏(やまぶし)にやと分(わか)ちかねたると尋(たづぬ)れば。今はかたよりたるは業(げふ)に害(かい)あり。元(もと)陰陽(いんやう)の道(みち)を叙(のぶ)るは我(わが)神道(しんたう)なり。亀卜(きぼく)の道は其変(へん)をさとし。修験道(しゆげんだう)は其変(へん)を祈(いの)る。陰陽(いんやう)の応(おう)は万物(はんもつ)皆これによらざる事なし。五行(こぎやう)は元(もと)実用(じつよう)なるを今専(もつは)ら理(り)に仮(か)りて。木金土(もくきんと)の応(おう)をとなふ。夫(それ)五ッの数(かず)は手の五指(いつよび)に起(おこ)りて。太古(たいこ)物を分置(ぶんち)するの数(かず)となり。西鄙(せいひ)の別国(べつこく)の古(いにし)へに。政(まつりこと)を五行(いつとほり)に分(わか)ちて司(つかさ)どらしめたる。此(こゝ)にたとへば宮基(あらかね)の土地(つち)より大八洲(おほやしま)に及び。浮渚(うきにまり)を平地(へいち)となして。田(た)を開(ひら)き頓丘(ひたを)畝丘(うねを)城塁(じやうるい)築積(ちくせき)の土功(とこう)まで。土(つち)の官(くわん)を大なりとす。金(かね)は剣(けん)鏡(きやう)鋤鍖(すきくは)広矛(ひろほこ)横刀(くさなぎ)鐘官(しようくわん・いもの)銭廠(せんしやう・せにやくしよ)是を専(もつはら)とし。火(ひ)は羽?(ふいご)鍛煉(たんれん)草焚(くさやき)柴焼(しばやき)の業(わざ)。非常(ひじやう)の災(わさはひ)を急(きふ)とし。時節(じせつ)の火(ひ)を改(あらたむ)は末(すゑ)なり。木(き)は山林(さんりん)伐木(ばつぼく)宮室(きうしつ)楼台(ろうたい)。高(たか)く太(ふと)しき柱(はしら)。広(ひろ)く厚(あつ)き板(いた)。高橋(たかはし)浮橋(うきはし)是を要(えう)とす。水(みづ)に属(ぞく)する官(くわん)。土(つち)に並(ならび)て大なり。百川(ひやくせん)の朝(てう)する所。海(うみ)の幸(さち)塩(しほ)の利(り)可怜(うまし)巨浜(おばま)の呑舟大魚(ふねをのむおほな)貝珠(かひのたま)流玉(なかれたま)までをや。況(まして)瑞穂(みつほ)の国に。今は太古(たいこ)と語(かたり)にしつゝ知るべのかぎり思ひよるに。滄海原(あをうなはら)は先(さき)に素盞鳴(すさのを)の大任(たいにん)にて。其(それ)に従(したが)へる海伯(わたづみ)の一家(いつか)あり。其先(せん)は諾尊(なきのみこと)西海に洗抜(しおき)して置(おか)せ給へる諸神(しよじん)の末裔(まつえい)にて。浪速(なみはや)の三奈太(みなだ)に拠(より)て其令(れい)遠(とほ)く行はれ。水郷(すゐきやう)を専(もつはら)とし。海伯(かいはく)に長(ちやう)たり。宮居(みやゐ)を玲瓏(うつくし)の御館(みたち)と称(しよう)す。其后宮(こうきう)住吉姫質美(かたちよく)閑雅(みやひ)たり。君(きみ)の恩愛(おんあい)水と魚との如く。外(ほか)には言(こと)を進(すゝ)めて政(まつりごと)を補(おぎな)ひ。内(うち)には嬪御(ひんぎよ)を率(ひきゐ)て和(くわ)を養(やしな)ひ。下に臨(のぞ)むに恵(めぐみ)を厚(あつ)くし。九ッの一ッをや納(をさ)めけん。属邑(したさと)其温徳(おんとく)を被(かうふ)るといへども。事物(じぶつ)の中(ちう)を持(ぢ)せざるや天道に照々(せう/\)たり。寛政(くわんせい)流(なが)れて一郷(いつきやう)の民恵(めぐみ)を常として。逸楽(いつらく)に怠(おこた)り失礼(しれ)ものも多かりければ。家(いへ)に長(ちやう)たる菊理(くゝり)の臣(しん)あり。同志(どうし)謀(はかり)て云。西土(せいと)の占卜(せんぼく)の言(こと)に。大貞(たいてい)小貞(せうてい)其徳(とく)を異(こと)にすと。君の吉(きつ)は恵(めぐみ)に偏(ひとへ)にして止(とゞま)る所なく。臣(しん)の吉(きち)は支(さゝ)へて恵(めくみ)の過分(くわぶん)ならざるを勉(つと)む。今(いま)中道(ちうたう)を行ひ仁恵(じんけい)を永(なが)くせんとするに。後宮(こうきう)の柔仁(じうじん)に相合(あひかな)はねば。二柱(ふたはしら)合体(がつてい)の遺風(ゐふう)一方を背(そむ)きがたく。臣等(しんら)が微忠(びちう)伸(のぶ)ることあたはず。今の計(はかりこと)は聊(いさゝか)其寵(ちよう)を隔(へだて)て移(うつ)る時を得て旧制(きうせい)を濫(みだ)らんはいかに。中(なか)に小竹多(さゝた)の臣は伶俐(いさゝけき)をのこにて。上国(じやうこく)に丁夫(ていふ)たりし時狭邪(けうや)の情(おもむき)を知りたれば。今は是を用て君の顧眄(こめん)を分たん。世の軽盈?娜(よくやせよくこえよくたけある)は君の左右に充(みち)て色(いろ)授(さづ)け目(め)許(ゆるす)もの乏(とぼし)しからず。其選(えらみ)を品外(ひんぐわい)に取りて目(め)秀(ひいて)頬(ほゝ)媚(こび)て容(かたち)?(さと)き質(うまれ)を求るに。菟会(うなひ)の民(たみ)の家(いへ)に手摩(てなで)で足摩(あしなで)て乳育(そだて)たる処女(をとめ)あり。是を調養(とゝのへ)させ雲鬟(うんくわん)高(たかく)束(つか)ね。淡粧(うすくよそひ)軽抹(かるくぬり)深閨(しんけい)の態格(たひかく)を去(さ)り。吹弾(すゐたん)歌舞(かぶ)琴瑟(きんしつ)人を楽ましめ。脂粉(しふん)の妍(けん)は雲を鬢(びん)に起(おこ)し。綺羅(きら)の艶(えん)は荼(つばな)の秋を摺(す)る。漸々(やうやく)養ひ成て発行(はつかう)するに及んで。高貴(たかくたとき)を物の屑(くず)とせず。招(まね)けば平田(ひらだ)川田(かはた)の疇(くろ)にも礼を失はず。稚彦(わかひこ)味嗜(あぢすき)をも情(こゝろ)に留(とゞ)めず。やがて盛(さかん)に民間(みんかん)に行(おこな)はれ。わび人はねにもなきつゝかたりつぎ言(いひ)つぎて其名宮中(きうちう)に達(たつ)す。

海伯主(わたつみのぬし)是を一たび見んとすれども。位階(ゐかい)隔(へだゝ)りて。みぬめの浦(うら)は山の名にして。恋しきをたゞ目に見けん凡下(ぼんげ)の羨(うらや)まれつるに。海民(かいみん)の年々(とし/\)に執行(とりおこな)ふ浪速(なみはや)の濯除(はらひ)は七瀬(しちらい)の一ッなれば。世に聞えて海浜(かいひん)そよめき噪(さわ)ぎ。例(れい)の俳伎(わざをぎ)を此日菟会処女(うなひをとめ)を飾(かざ)りて。劇杵(きね)を執(とり)たる手玉(たたま)もゆらに。此浦人(うらびと)の弱(わか)き等(ら)が笛鼓(ふえつゞみ)突拍子(とびやうし)合せて。御稲舂女好実実哉(みしねつくをみなのよささや)。為妹子之(いとこせの)為真妹(まいとこせ)。万代万載(よろづよのまんざいや)とはやしもてゆく。

君(きみ)微行(びかう)して一たび見給ふに。我姫(わがひめ)を独(ひと)り絶麗(うるはし)と思へり。今此女こそ遠(とほ)く勝(まさ)れり。乙織女(おとたなはた)の雲を離(はな)れて降(くだ)るかと愛(めで)給ひて。宮に還(かへり)て是を召(めさ)るれども。処女(をとめ)も女も家(いへ)を憚(はゞか)りて参らず。頻(しき)りに召るれば。我たぐひは階殿(かいでん)へ上るべき物にあらずといなみて。初(はじめ)こそさあれ頻(しき)りて召るゝに参らざれは。礼を犯(おか)し公道(こうだう)を亡(なみ)するかなとて。君の恚(いかり)に触(ふれ)ければ。下司(しもつかさ)是を押(おし)て誓殿(うけひとの)にいたる。君身(みづか)ら臨(のぞ)んで見給ふに。戯俳(ゑらき)せし仮(かり)の姿(すかた)には似もせず勝(まさ)りて。其ことばに。旧知(きうち)の送迎(おくりむかへ)先に約(やく)重(かさ)なりて暇(いとま)の日なしと申て。さらに恐(おそ)るゝ色(いろ)なし。君愈憤(いかり)て?(なんぢ)其身の国津罪(くにつつみ)をしらず。今日(こんにち)のこと生(いき)てかへらんと思ふか殺(ころ)されんと思ふか。処女(をとめ)云。世に是を愛(あい)しては其者の生(いき)んことを欲(ほつ)し。是を悪(にく)みては其死(しな)んことを欲(ほつ)す。生(いか)すと殺(ころ)すとは君(きみ)の旨(むね)にありてわらはが知らざる所とこたふ。君いやましに神蕩(たましひとろ)け。世に女はありけりと。其(その)侭(まゝ)に宮内(きうない)に留(とゞ)めんと思召けれど。官府(くわんぷ)の体様(たいやう)に非(あら)ず。且(かつ)彼をゆるして其家に送(おく)りかへし。其夜暗(ひとしれず)に水宮(すゐきう)に召(め)されて。深戸(みと)に櫛(くし)を加(くは)へ給ひ。一連(つゝきて)三日(さんにち)此(こゝ)にこもらせ給ふ。是より大に寵光(ちようくわう)を得て日(ひ)に夜(よ)に外宮(ぐわいきう)にわたらせ御座(おはしま)す。其方(そのかた)の諸臣等(しよしんら)伝(つと)ひ参りて。君の親近(しんきん)を辱(かたじけな)くし。群臣(ぐんしん)便(たよ)りを得て。遂(つひ)に政を一同(いちどう)し。日の神の教諭(けうゆ)至らぬ隈(くま)なく均等(きんとう)の令命(れいめい)を及ぼしけるに。さこそ后宮(こうきう)の旨(むね)に違(たが)へることも聞え。君の心は一日より疎(うと)くなるに心焦(こが)れ。外宮(くわいきう)に帰館(きくわん)を促(うなが)して請(こ)ひ聞(きこ)え給へど。稲脊(いなせ)が脛(はぎ)の徒(いたづら)に倦(うめ)るばかりなれば。菟会(うなひ)ひとり女にして妾(せふ)は女にあらずやなど。遂(つひ)に反目(そむけみる)に及(および)給ふ。君もさすが水宮(すゐきう)に?閣(こもりすぎ)するを憚(はゞか)りて。蜻蛉(あきつむし)の水に点(てん)ずる程に心遣(こゝろやり)なく。寵愛(ちようあい)偏(ひとへ)に菟会(うなひ)に進(すゝ)む。中冓(ねやのうち)の事は外に不出(いてず)といへども。姫の戚家(やから)陳努(ちぬ)の臣(しん)其夜夢(ゆめ)みて。内宮(ないきう)のやうを探(さぐ)り聞て君恩(くんおん)のたえ%\なるを知り。后宮(こうきう)に参りて諫(いさめ)をすゝむ。

是例(ためし)なきことにあらず。妃(きさき)此故に君公(くんこう)を恨(うら)み怨言(うらみこと)重(かさな)る時は。却(かえつ)て賊(そく)の為(ため)に梯(かけはし)するなり。今夕(このくれ)にても君公(くんこう)内に入らせ給はゝ。顔(かんばせ)を和(やはら)げ菟会(うなひ)を召(めし)て左右に侍(つかへ)せしめ。妃(きさき)は身(みつから)卑(さがり)て席(せき)を専(もは)らとせずして。君の去来(ゆきくる)にまかせ給へ。数日(すじつ)の後こそ又はかり事を奉らんと云。姫温柔(すがら)にして能(よく)其言(こと)を用ひ。菟会(うなひ)を?(ひい)て近く侍(つかへ)しめ。御同(きよどう)して君に奉(ほう)ず。うなひこゝに姫の容(かたち)を見て。是こそ美妙(まぐはし)の空虚姫(そらつひめ)かと心中に驚(おどろ)き憂(うれ)ふ。君の心大に暢(のび)て朝(あさ)かれひ物めすまで。姫と菟会(うなひ)と席(せき)を促(よせ)て眤(まぢかく)す。是より君稀(まれ)にも内に入らせ給ふ時には。姫は遜(ゆつ)り退(しぞ)きてしきりに菟会(うなひ)が好(よく)賢(かしこ)きを数(かぞ)へ給ふ。一月(いちぐわつ)の後(のち)陳努(ちぬ)の臣(しん)参りて其やうを聞て大に悦(よろこ)び。又言(こと)を進(すゝ)めて妃(きさき)今より姿(すがた)を飾(かざ)らず。艶服(えんふく)を去(さ)り。素面(すめん)平服(へいふく)し。衆(おほく)の侍婢(おもとびと)と雑(まぜ)りて君に伏侍(みやつかへ)し給へ。姫是に従(したが)ひ君入給へは雅服(がふく・つねのきもの)して其使(し)役を聞より外なし。君こゝに姫(ひめ)の自(みづか)ら卑(ひくう)するを憐(あはれ)み。菟会(うなひ)をして同しく使役(めしつかふ)を佐(たす)けしむ。姫是を受(うけ)ずひたすら菟会(うなひ)を推(おし)て左右に進(すゝ)めやるのみなり。一月の後陳努(ちぬ)の臣(しん)参りて云。時節(じぜる〈ママ〉)曲水(きよくすゐ)の御遊(みあそび)ちかし。其日にいたりて妃(きさき)旧衣(もとのそ)を去り。新(あらた)に裁(たち)たるさへくを服(ふく)して粧(よそほ)ひ脂沢(したく)を施(ほどこ)し。臣(しん)が家に顧(かへりみ)を下(くだ)し給へと啓(けい)す。姫。其節(そのせつ)にいたりて新衣(しんい)清潔(せいけつ)脂粉(しふん)芳沢(はうたく)を凝(こら)して陳努(ちぬ)にいたる。内氏(ないし)?女(くろめ)近(ちか)く侍(つか)へ。妃(ひめ)を我粧台(さうたい)に屈請(まうしこひ)て。鏡(かゝみ)を攬(とり)て姫の面上(めんしやう)の濃淡(こきうすき)を示(しめ)し。重(かさね)て鳥(とり)の子(こ)に丹粉(にのこ)浸(ひた)せるを眼隈(めのくま)頬(ほ)の際(きは)に施(うつ)し。向ひ座(ざ)して御姿(すがた)を見あげ見くだし長袖(なかそで)の制時に背(そむ)けりと。線(いと)をぬき去(さ)り辺(へり)を寛(ゆる)くし。事(こと)已(をはり)て席(せき)を下(さが)り左右(かしづき)て云。妃(ひめ)還(かへり)て君を見ば早(はや)く奥(おく)にこもりて寝(しん)につけ。君来(きた)るとも心恙(こゝろやむ)と辞(ことば)して見ることなかれ。三たび来らば一度(たひ)はこれを迎(むか)へ。君狎(なれ)て殿(との)こもらんとすとも吝(をしむ)が如くして対(むかひ)給へと深くさとせり。姫還(かへ)りて君に礼(れい)す。君眼(め)を凝(こら)して顧眄(みるめくたる)こと異(こと)なり。姫は只席間談(そのをりから)の談(ものかたる)して倦(うむ)が如くして宮に帰る。時うつらず君内に来りて請(こひ)て語らんと聞(きこ)え給ふ。姫是を謝(しや)して見す。宮婢(きうひ)をして囲(かこ)み繞(めくら)しめ君を慰(なぐさ)めてやる。次(つき)の日また内に来る姫なほ辞(じ)して迎(むか)へす。明日(めいじつ)君入て其怠(おこた)りを責(せめ)きこゆ。姫云妾(せふ)已(すて)に独眠(ひとりね)に習(なれ)て幽栖(さみしき)常となる。君の左右(おもと)は菟会女(うなひめ)侍(つか)へ奉りて興(けふ?)乏(とぼ)しからずと思ふにつきて。礼を失(うしな)ふに言葉(ことば)なしと罪(つみ)を断(ことわ)り給ふ。其夜(よ)。君内(うち)に入て坐(ざ)して出ず。姫出て款待(もてなし)纔(わづか)に笑面(せうめん)を開かる。君相狎(あひなる)ゝに及んで。新見参(にひげんざん)を調戯(とゝのふる)が如し。君出んとして云。

暮なば入て籠(こも)らん。姫仰(あふぎ)て君を熟(つら/\)視(み)て云。妾久曠(きうくわう)をわたりて只是夢(ゆめ)かとそ思ふ。狂(きやう)か喜(よろこび)か定らず。思ひきや内宮(ないきう)久しく払(はら)はず。君頻(しきり)に辱(きま)さは妾(せふ)起(おき)て洒箒(さいさう)をとり殿(との)ぎよめして。後日(あさて)こそはと啓(けへ)す。君三日を渡(わた)ること年を越(こえ)るがごと入らせ給ひて。歓笑(くわんせう)後宮(こうきう)に動(うご)く。明(あけ)の日(ひ)陳努(ちぬ)の?女(くろめ)参りて此やうを聞て賀(が)して申。妃(きさき)は天然(てんねん)の美質(よきかたち)近(ちか)つ国を圧(おす)べし。何ぞ菟会女(うなひめ)に下らん。歎(おしむ)らくは媚道(こびのみち)に疎(うと)し。貴人(きにん)の体(しわざ)にあらずといへども。君子(くんし)の憐(あはれ)みを求るには少(かく)所(ところ)ありと。二人粧閣(けはひ)にこもりて。姫に教へて目を張弛(はりゆるめ)て人を視(み)せしめて云。眥顰(まじりひそみ)に過たり。微(すこし)く笑(わら)はしめて云。靨(えくぼ)頬前(ほのまへ)にあれば好(よ)し。さもなきは右にゑむへし左に好からずと。秋(あき)の波(なみ)のなゝめに見(みつ)瓢(ひさこ)の犀(は)の微(すこし)く露(あらは)るゝまで其巧(たくみ)を悉(つく)し。其余牀第(しやうてい)の事は自(おのづか)ら人和(にんくわ)ありと申。姫其教にしたがひ朝(あさ)な夕(ゆふ)な鏡(かゞみ)を照(てら)して自(みづか)ら試(こゝろ)み習ひ。なほ荒(すさ)められたるに御懲(みこり)して。恩(おん)を迎ふるの心昔(むかし)にまさりければ。君大に姫の奉承(うけたまはり)を悦ひ。朝笑暮歓(てうせうほくわん)居(ゐる)に起(たつ)に離(はな)れず。姫はなほ莵会女(うなひめ)に深(ふか)く親(した)しみ。対宴(たいゑん)には必す並(なら)び坐(ざ)して君の席(せき)を専(もつはら)とす。君こゝに至て菟会姫(うなひめ)を見るに。醜(みにく)きこと質(うまれ)おのづから別(べつ)あり。寵幸(ちようかう)日(ひゞ)に衰(おとろ)へ只婢女(ひぢよ)の群(むれ)に視(なそら)ふのみ。小竹多(さゝだ)の臣(しん)疾(とく)早(はや)く其機(き)を知て内宮(ないきう)に人ありけりと。菟会女(うなひめ)に含(ふく)めて。漸々(ぜん/\)に事を托(たく)して君のかえり見を遠(とほ)ざかり。出て外宮(ぐわいきう)に居(ゐ)て家より請(こひ)て侍御(みやつかへ)を辞退(じたい)せしむれども。姫是を留(とゞ)めて其奉禄(やしなひ)を落(おと)さず。かくて。海伯(わだつみ)の主(ぬし)千歳(せんざい)の後(のち)。住吉姫と菟会女(うなひめ)と常に伴(ともな)ひかたり。今は昔たがひに身のために勢気(せいき)を張(はり)たるをこの百態は。画(ゑ)にかける餅(もちいひ)とやいふべしと。姫こゝに新君(いまのきみ)に諭(さと)して。陳努(ちぬ)篠田(さゝだ)内(うち)に外(ほか)に国に成功(せいこう)あるを誉(ほめ)て。其家に厚(あつ)く賜ひ。君の冢(つか)の東西に二臣(にしん)の冢(つか)を営(いとな)ましむると。妄想(まうざう)の夢(ゆめ)がたりなれど。三冢(さんちよ)共(とも)に男なりけり。左(さ)あれど馬鬣封(ばれふほう)なる物はさばかりの跡ならんか。或は其冢(つか)の大なるは上世(しやうせい)の礼制(れいせい)詳密(しやうみつ)ならざるの故(ゆゑ)にや。此(こゝ)に美(び)より媚(こひ)の人を迷はすを

  右といひ左といひて行人の迷ひに枝(し)をる道ならば道

古き典侍(てんじ)洽子(あまねひこ)の咏(えい)ありまたかなふへし

  ましおとりなくてやはてん君によりおもひくらぶの山はこゆとも

酒は飲(のま)ざれは酔(ゑふ)べからす。借(か)りの乱(みだ)れも内よりするにあらず。色(いろ)は仮如(かりそめ)也(なり)其人と時(とき)と定めがたく孟子(まうし)物(もの)がたりの色(いろ)にはあらじ。財(さい)とは此(こゝ)に宝器(ほうき)のみならず。恋(こひ)もしつ欲(ほり)もして。得たるも得んとするも皆財(さい)なり。気(き)こそわきていみじき物なれ。飢(うゑ)てもくらはず死(し)しても恨(うら)みず。寵(ちよう)を争(あらそ)ひ移(うつ)るを恥(はぢ)とし堪(たへ)るも耐(たへ)ざるも。人の直(すぐ)なるは此内にありて。駒(こま)の手綱(たづな)のひかへらるべき物かは。此(こゝ)の馬鬣封(ばれふほう)に心とむるも気(き)なるべし

 四 玉林道人(きよくりんだうじん)雑談(さふだん)して回頭(くわいとう)を屈(くつ)する話(こと)

 生土(せいと)を去て因縁(いんえん)の地(ち)に移(うつ)るは。仕官(しくわん)芸林(げいりん)商賈(しやうこ)あり。況(まし)て雲僧(うんそう)の樹下石上(じゆげせきしやう)所定(ところさだ)めざる。気概(きがい)人に背(そむけ)て悪みを受(うけ)て厭(いと)はす。倚傍(よりそひ)がたきを却(かへつ)て慕(した)ふ人も殊勝(しゆしよう)なり。又発起(ほつき)たゆみては一たび閉(とぢ)たる八重(やへ)むぐら憂厭(うたて)くなり。喬木(きやうぼく)に攀倚(すがりより)荊棘(けいきよく)を撰(えら)まぬを悪むも。鳥(とり)居(ゐ)させぬ縄張(なはばり)狭(せま)くこそ。剃髪(ていはつ)して大事を忘(わす)れずは善(よか)るべしと去(さ)る大徳(だいとこ)はいひぬ。其大事こそ一かたにはあらじ。こゝに人を容(いれ)ぬより世を避(さけ)たる其法号(ほふがう)は失記(わすれ)たり。時の人回頭和尚(くわいとうをしやう)とよぶ。常に人に対(たい)して回頭(あとみよ)と説(とく)のみ。人戯(たはふ)れて跡見(あとみ)よ娑婆訶(そはか)とあだ名す。実(げに)もよく塵情(ぢんじやう)は離(はな)れけん。仏号(ふつがう)礼参(らいさん)の業(わざ)も見えず。清早(せいさう)に室(しつ)を払(はら)ひ窓(まど)を開(ひら)きて。向(むか)へる山の欝蒼(うつさう)を炉煙(ろゑん)の中より遠望(ゑんばう)し。深夜(しんや)の枕(まくら)を側(そばた)てゝ一鼎(いつてい)の沸勃(ふつぼつ)を聞て独坐(どくさ)の況(とも)とす。宣(むべ)なるかな飲(いん)の茶(ちや)に止(とゝま)る是より易(やす)しとするはなく。室(しつ)の狭(せは)きさえ左右(さいう)するに速(すみやか)なればならん。少輔(せうふ)持春(もちはる)細川氏(ほそかはうち)。友仇(ともがき)の音問(いんもん)たえす。是こそ玉林道人(きよくりんだうじん)とて文筆(ふんびつ)兼(かね)て記臆(きおく)よく。焚香(ぼんかう)瓶花(へいくわ)宴礼(ゑんれい)。茶理(ちやり)に渉(わた)りて。優長(いうちやう)なること忙(いそが)しかりし世(よ)にも捨(すて)ず。後に大禅師(だいせんじ)に参(さん)して大抵(たいてい)を覚悟(かくご)したる人なるが。此回頭(くわいとう)の性急(せいきふ)なるを取(とる)へきとしてよく対応(たいおう)すれども。くろめてくろまぬ性質(せいしつ)にて。常(つね)に放言(はうげん)すらく東求(とうぐ)の?(まと)に倣(なら)ひ室(しつ)を丈(ぢやう)にすれば。井田(せいでん)の僧都(とりおどし)かと思ふ。炉(ろ)は尺(しやく)より狭(せま)くすべからず。我身は旧(もと)の身にして。馴(なる)れば能自在(じざい)を得るなり。不勘(ふかん)の人には教(をし)へたるもよし。心を用るは柄酌(へいしやく)を執(とる)と閣(さしおく)との際(あひだ)にあれど。手狎(てなれ)て見ゆるもよしやあし。我(わが)師(し)なる人は茶匕(さひ)を不可往(ふかわう)と題(だい)して。是程までに図(づ)は逃(はづ)すなり。是より往(ゆく)べからずの心。茶器(ちやき)を幸形(かうがた)と銘(めい)せられしは。肩(かた)広(ひろ)く平(たひら)にしてすそほそく。此山も亦(また)往(ゆく)べからず。二ツとも楞伽(りようが)に拠(よ)られしは厭(いと)はしくこそ。常に長緒(なかを)結(むす)べる手つきのこと/\しき。二ツ三ツをさへや一ツ書たる人物(しんぶつ)は香(かう)を焚(たき)て拝(はい)をやなすべき。禅床(ぜんじやう)に蛍(ほたる)の光りを借(か)りて。明窓浄器(めいそうじやうき・まとあかくうつはきよく)と楽(たの)しみ。浮世(ふせい)一日(いちじつ)の閑(かん)を得(え)ては逢着(ぶちやく)して閑談(かんだん)す。是はあやなく暗窓褻器(あんそうせつき・くらきまどなれしうつは)衆(しう)に同(おなじ)うす。自ら興(きよう)とするか。人の興とするか隠(かく)れて人に事(つかふ)るの道かと。其師(し)をさへ容(いれ)ねば。玉林山人(きよくりんさんじん)其性急(せいきふ)を笑ひて。皆道理(だうり)あり。但(たゞし)静動(せいどう)浄穢(じやうゑ)は興(きよう)に引(ひか)れて厭(いと)はず。軍中(くんちう)に百服(ふく)十服(ふく)の茶(ちや)古く記(しる)す。世の俗情(ぞくじやう)は帰徹(きてつ)なきもの。いかに幼(えう)より家(いへ)を出たる人のはかり知べき。一分(いちぶん)の見(けん)は必ず腹(はら)が背(せ)にならん。和尚(をしやう)も回頭(うしろみ)給へ。己(おのれ)も回頭(うしろみ)なんと答へらる。時に回頭(くわいとう)自身(じしん)の真像(ゑすがた)を自画(じくわ)したるに賛(さん)を乞(こ)ふ。玉林即ち書(しよ)す

  敵打(かたきうち)或(あるひは)猥事(わいじ・みだりなこと)。稀有化魑魅(けうけちみ・ばけものはなし)。自作(じさく)自己觧(じごかい)。狐画(こぐわ)不動戯(ふどうのけ)

そしるとな思(おぼ)しそといふ。回頭一吟(いちぎん)して腹(はら)を抱(かゝ)へ席上(せきしやう)に滾(ころ)び痛笑(わらひいり)て。聖人(せいじん)の邪(よこしま)なき奇(き)なるかな。謗(そし)らるゝとて何とせん。俗(そく)に混(こん)ずれば俗談(ぞくだん)もすへし。素人(しろうと)に拠(よれ)は自己(じこ)の国字解(こくじかい)添(そへ)て詩(し)も売り。天狗(てんぐ)に仏像(ぶつざう)を書(かゝ)しむる事も。表見せねは請(うけ)ぬ俗(ぞく)もあり。此賛(さん)こそ本望(ほんまう)の至りなり。此潤筆(おれい)には宝鐸(はうちやく)に申いれさせ。針(はり)の飯(はん)を進(すゝ)めんと云。其席上(せきしやう)に百尺(ひやくせき)竿頭(かんとう)に一歩(いつぽ)を進(すゝ)むといふを題(だい)にして。玉林此題(だい)就(つき)がたしと詩(し)成(な)らす。回頭書す

  竿頭濫觴(かんとうのらんしやう)浄妙坊(じやうめうはう)。屐(ほくり)回2擬宝1(ぎはうをめぐる)牛弱殿(うしわかどの)。豈(あに)啻有(たゝあるのみか)レ皮(かは)。内(うちに)有(あり)レ餡(あん)。莫(なかれ)レ作(なすこと)2放-下(はうか)一様看1(いちやうのかんを)

是を悦(よろこ)ぶ人もあり。人を摂(せつ)するには何を為(なす)べきも自己(みづから)はかられず。殊勝(しゆしよう)の大徳顔(だいとこがほ)して。真如(しんによ)の波(なみ)の起(たゝ)ぬ日もなしと唱(とな)へては。足(あし)を留(とゞ)めず。脱(ぬけ)て。あだ名(な)たつなみやれ此うらにと唱(うた)ふなり。霊山(りやうせん)の釈迦(しやか)の御前(みまへ)に契(ちぎ)りてしといへば面(おもて)を背(そむ)く。君(きみ)来(こ)ずはねやへも入らしとかこつに利益(りやく)あり。実(げに)是も傾城(けいせい)を知らねば其情(じやう)さへ覚束(おぼつか)なし。さるにても妓女(きぢよ)を拝(をが)みて。悟道(ごだう)したる僧英(そうゑい)もありしと。一幅(いつふく)の歩(あゆみ)を練(ね)る遊女(いうちよ)に。玉林の書(しよ)を求む。少輔(せうふ)即(すなは)ち一対(いつつゐ)十二字を添(そへ)らる

  有智(いうちは)?2(すて)温柔郷1(おんしうきやうを)。多情(たじやうは)挨2(はさまる)孤老闘1(こらうくわんに)

回頭云。温柔卿(おんじうけい)は趙(ちやう)飛燕(ひゑん)の故事(こし)。温柔(おんじう)の卿(なんぢ)ならずや。孤老(こらう)は顧郎(こらう)なるべし。妓女(ぎちよ)其遊壻(あそふひと)をさして云所なり。?(すてつ)と挨(はさむ)とは愚(ぐ)は知らず。云温柔卿(おんしうけい)弘(ひろ)めて郷(きやう)の字をも用ゆ。俚語(りこ)は人の多く用(もち)ふるか主となりて正す人なし。孤老(こらう)はもと錮嫁(こらう)なり。省(やつし)につきて孤老(こらう)の字好(よ)く適(かな)へば。多く用るに義(ぎ)を奪(うばは)るゝか。此?(てう)は一去(いつきよ)にてすてゝかへらざるの義(き)なり。挨(あい)は狭(せま)きにはさまれたるなり。回頭黙(もく)して。又一聯(いちれん)を発句(ほつく)して対(つゐ)を請ふ。俗中(ぞくちう)に山人(さんじん)あり愚(われ)は知らず。如何(いか)なるか是山人

  耳(みゝは)欲(ほつす)レ挙(よちんと)レ高(たかきを)。他力(たりきの)村学(そんかく)認2(みとめ)仮山人1(かさんじんを)

玉林対(つゐ)して

  心(こゝろは)要(えうす)レ掘(ほらんと)レ蔵(うもれを)。自賢(じけんの)財主(さいしゆ)買2(かふ)仮古董1(きやくうとんを)

山人とは隠(いん)に名を仮(か)る君子なり。好画(かうくわ)に賛(さん)つけて賞翫(しやうくわん)を妨(さまたげ)るは仮山人(かさんじん)なるべし。貴人は一室(いつしつ)に光(ひかり)あり。扨思へは此対(つゐ)は襲物(おそひもの)の出会(てあひ)なるかな。一日(あるひ)回頭逍遥(せうえう)して少輔(せうふ)の館(たち)に詣(いた)る。近習(きんじふ)引て書斎(しよさい)に請(こ)ふ。書童(しよとう)伏待(ふくじ・きふじ)して茶果(ちやくわ)を進(すゝ)む。此斎中(ていちう)名人(めいじん)の書画(しよぐわ)玩器(ぐわんき)皆古雅(こが)に。書?(しよとく・ほんばこ)二百許(ばかり)累(かさ)ね積(つ)む。已(すて)に主人(しゆしん)出て談(たん)を交(まし)ふ。回頭傍(かたはら)を見めぐらし云。大家(たいか)の富蔵(ふざう)是にかぎらし。但(たゞし)書籍(しよしやく)多(おほく)持(もつ)人は見ぬ物にて候。少輔(せうふ)云実(じつ)に是知言(ちげん)の如し。掛幅(けいふく)の東坡(とうば)の書(しよ)。語(ご)は西風(せいふう)昨夜(さくや)過2(すぐ)園林1(えんりんを)。吹落(ふきおとす)黄花(くわうくわ)満地金(まんちのきん)。是菊の句(く)なるべし。いで此句を題(だい)として国風(こくふう)せんとて。互(たがひ)に先(せん)を譲(ゆづ)る。回頭

  けさ見れば垣根(かきね)に敷(し)ける黄群濃(きむらご)はきのふの風に散(ちり)やそめつる

腰(こし)や離(はなれ)ぬばかりと云。少輔(せうふ)吟じて高調(かうてう)明白(めいはく)なり。但(たゝ)己(おのれ)は理窟(りくつ)なり

  霜(しも)のうちに咲(さき)て拱(こまぬ)く秋はあれど嵐(あらし)の庭(には)にちる花は無(な)し

回頭云。菊は散(ち)らぬ物か。秋菊(しうきく)の落英(らくえい)を餐(ぞん)すとは楚辞(そじ)なり。園史(ゑんし)に。花弁(くわべん)結密(けつみつ)なれば落(おち)ざる。扶疏(ふそ)なるは風に遇(あ)へは散(ちり)て地(ち)に落(おつ)としるす。花こそちらめ根さへかれめやとよまれ。散ぞしぬべきあたら其香(か)をとつゞけ給へり。少輔(せうふ)答へて。楚辞(そじ)の落英(らくえい)は花にはあらず。菊の葉は食(くら)ふべきものなり。其ちらめちりぞしぬべき。倶(とも)に逆(むか)へ計(はか)るのことば。直(たゞち)に散たるをよまず。但し開(ひら)くと落るとは花の初終(しよじう)なり。菊には直(たゞち)に散といはぬが安(やす)かるべし。此二句は楊州(やうしう)の菊花(きくくわ)こそ散て地(ち)に落る。王刑公(わうけいこう)が作を。欧陽(おうやう)が知らで難(なん)ぜしか。知りても難(なん)ぜしか。已(すで)に其説(せつ)あり。是は上人の博識(はくしき)たふれか。回頭(くわいとう)顔(かほ)解(とけ)て。げにさこそと云。少輔(せうふ)興(きやう)に乗(じやう)じて。此列(なら)へし書?(しよちう)の内。何れなりとも一冊(いつさつ)を取て開(ひら)く所の行(くだり)二三字を誦(じゆ)し給へ。己暗(そら)に其句を足(た)すべし。回頭(くわいとう)笑ながら書童(しよどう)に命(めい)じて。故意(わざ)と隅(すみ)なる塵(ちり)を積(つみ)たる三層(さんそう)の下より取らしめ。主客(しゆかく)に?題(けんたい)を俺(かくし)て言(い)はしむ。書童(しよどう)一所(いつしよ)を開(ひらき)て云。すがめなりけり。少輔(せうふ)云。其上文(じやうぶん)は。酒ならんと思ひければか。回頭云。源平(けんへい)の記(き)の五節(こせつ)の暗撃(やみうち)の段(だん)に。伊勢平氏(いせへいじ)はすが目なりとはやされたり。少輔(せうふ)云。伊勢国司(いせこくし)の記に。忠盛(たゞもり)は平氏にて此国の人なり。多度(たど)の神(かみ)に一千度(いつせんど)参詣(さんけい)して。満(みち)なん夜(よ)に一の壷を賜(た)びてけり。うれしくて。酒ならんと思ひければ。酢瓶(すがめ)なりけり。それより目(め)を患(わづら)ひつれば。けくに官階(くわんかい)心にまかせしとなん。されど孫の世に亡(ほろ)びけるとぞ。是より所の例(ため)し目出度ことぶきに酢(す)を用ひずと書れたり。回頭今一試(いつし)せんと乞(こ)ひ。書童に命(めい)じ?(ちう)を更(かへ)て一冊(いつさつ)を取らしむ。書童誦(じゆ)して云。如意君(によいくん)安楽(あんらく)否(いなや)。少輔筆を執(とつ)て書(しよ)す。窃(ぬすみて)已(すてに)啖(くらへり)レ之矣(これをい)。字数(しかず)合(あ)へりや。回頭云。愚(ぐ)思ふは。野史(やし)に則天后(そくてんこう)薛敖曹(せつがうさう)を愛(あい)して如意君(によいくん)と称す。折(をり)から人を差(つかは)して。其安(あん)を問(とは)しむる辞(ことば)か。然れとも啖(くらふ)の字意(こゝろ)属(そぐ)はず。思ひあたることなし。少輔云。是は漢末(かんまつ)拾遺(しふゐ)なり。霊帝(れいてい)の時長沙(ちやうしや)武岡山(ぶかうさん)に深き大穴(たいけつ)あり。大小二ツの野干(やかん)此(こゝ)に棲(す)む。皆よく変(へん)じて美婦人(びふじん)となり。男子(をとこ)を誘(いざな)ひ来て偶(ぐう)をなす。小(すこし)く意(い)の如(ごと)くならざれば分(わかち)て是を喰(くら)ふ。或時劉璽(りうじ)といふ男子(をとこ)をたぶらかし。穴に至(いたり)て同居(どうきよ)す。両妖(りやうえう)奉(ほう)じて如意君(によいくん)と称(しよう)ず。二妖(にえう)互(たがい)に出て食(しよく)を求るに。一妖(いちえう)は看守(まもり)して逃去(にげさる)を拒(ふせ)ぐ。後には常として其本形(ほんきやう)を露(あら)はしけれは。劉璽(りうし)心に恐れを抱(いだ)く。一日(あるひ)大妖(たいえう)出て食(しよく)を求め帰るに及んて。洞(ほら)の外より。如意君(によいくん)安楽(あんらく)なりや否(いな)やと問(と)ふ。小妖(せうえう)内より答(こた)へ窃(ぬすみ)て已(すで)に之(これ)を啖(くらへ)りと云。是により両妖(りやうえう)争(あらそ)ひ追(おひ)逐(おはれ)て満山(まんざん)を噪(さわが)す。樵人(きこるひと)しのび聴(きゝ)て其(その)詳(くはし)き事を語るとなり。世の拾遺記(しふゐき)には此文逸(のがれ)たり。是董卓(とう)曹操(さう/\)を両妖(りやうえう)にたとへ。劉璽(りうじ)は即ち漢(かん)の帝位(ていゐ)なり。野干(やかん)は狐(きつね)に似て善(よく)木に昇(のぼ)る獣(けもの)と聞く。人を食(くら)ふは此種類(しゆるゐ)なるべし。如意君(によいくん)の名を敖曹(がうそう)となして。則天(そくてん)の年号を如意(によい)と改(あらた)めし穢談(ゑだん)は高敖曹(かうがうさう)が咏(えい)に。瓠(うりは)長(ながし)棒槌児(ぼうつゐじ)の句(く)あるより。大陰(たいいん)の人の名を敖曹(がうさう)とせし野乗(やじよう・たはれざうし)なり。回頭聴(きゝ)て無益(むゑき)の事は忘(わす)れがたし。先生(せんせい)大記憶(だいきおく)なるかなと称(しよう)して興(きよう)に入り。茶果(ちやくわ)を吃(きつ)して帰り去る。幾日(いくひ)へだゝりて。少輔(せうふ)遊猟(いうれふ)の帰(かへ)るがてに。獲(とり)たる小禽(せうきん)を従者(しふしや)に提(さげ)させ。回頭の庵(あん)に入りて息(いこ)はんと眠蔵(みんざう)のかたへ来り。?(しきみ)を跨(こゆ)る時。和尚(わしやう)怒(いか)れる色見えて手鎗(てやり)の鞘(さや)を脱(はづ)し。腰(こし)にかまへて突出(つきいだ)すを。鞭(むち)にて隔(へだて)て。是今様(いまやう)の活人鎗(くわつにんさう)か。活人箭(くわつにんせん)は羽(はね)も禿(ちび)て的(まと)にとどかねは片手(かたて)の音(おと)も聞(きか)ず。百動一止(ひやくどういつし)に如(しか)ずと便(すなは)ち安座(あんざ)す。回頭も鎗(やり)を投(なげ)て。此鎗(やり)に死活(しくわつ)の轍(てつ)はなし。時々(とき/\)は発作(おこり)て腹立(はらたて)て見せねば人が欺侮(あなとる)ぞよ。猟(かり)の還(かへ)りにいかに僧家(さうか)へはと不言(いはぬ)ばかりにして。跡の文談(もんだん)が説(とき)出さるゝものなり。莫妄想(まくまうさう)の天窓(あたま)べし。三尺前(さき)を見せぬつもり。憎(にく)うもなり親(した)しくもなる。地球(せかい)は大極(うそ)の塊(かたま)りぞかし。何ぞ意(おも)はん掌上(しやうじやう)の珠(たま)化(け)して眼中(がんちう)の沙(すな)と作(な)らんとは。是定めなき所。足下(そか)と愚(く)は始より苦(にがみ)を以て交(まじは)る苦友(くいう)といふへし。故(ゆゑ)あるかな茶(ちや)を吃(きつ)して厭(あか)ず話(かた)ること。愚(ぐ)遠く移(うつ)らは足下も久しからず俗(ぞく)を離(はな)るべき機(きざし)ありと云。回頭素性(そしやう)粗暴(そばう)にして。常に才(さい)ある人を見れば呼(よび)て聖人(せいじん)といへり。少輔憂(うる)さがりて。聖(せい)の字(じ)泛(ひろ)く借りて聖言(せいげん)といひて賢言(けんげん)といはず。聖薬(せいやく)といひて賢薬(けんやく)といはす。しかれども人に用る時は重(おも)し。究(きはむ)れは古今前(さき)に一人なく後(のち)に一人なく。仮(か)りて人主(しんじゆ)の称(しやう)に用るも時(とき)の敬(けい)なり。其円珠経(ゑんじゆきやう)の一言半句(いちごんはんく)。俚談(りだん)に雑(まじ)へ説(とく)べきにあらずと示(しめ)す。言下(ごんか)に伏(ふく)して。聖(せい)は慕(したふ)所に非ずと。即日(そくじつ)自己(みつから)去聖(きよせい)と別号(べつがう)し再(ふたゝ)ひ失言(しつけん)せず。居所(きよしよ)を更(かふ)ることしば/\。世の静(しづか)ならぬに隔(へだゝ)りぬ。幾程(いくほど)なく永亨〈ママ〉(えいきやう)の比。少輔(せうふ)持春(もちはる)僧となり参禅(さんぜん)して。島下(しました)の味舌(あちふ)の西なる偏岡(かたやま)の端(はし)に。幽棲(いうせい)すとなんかたり伝ふ此所にて其秀逸(しういつ)に朝(あした)に鹿を聞て

  啼(なき)あかすおのが汨(なみだ)のしぐれにやぬれて朝だつさをしかのこゑ

古今(ここん)奇談(きだん)莠(ひつじ)句冊(くさ)第二巻(たいにのまき)終

古今(ここん)奇談(きだん)莠(ひつし)句冊(くさ)第三巻(たいさんのまき)

  五、絶間池(たえまいけ)の演義(えんぎ)強頚(つよくび)の勇(いう)衣子(ころもこ)の智(ち)ありし話(こと)

恋(こひ)侘(わび)て落る涙の積(つも)るかなあはで絶間(たえま)の池と成らん。此絶間(たえま)の池は摂(せつ)の東成(ひがしなり)に属(ぞく)し。今は池(いけ)涸(かる)れども猶一の絶間と称(しよう)す。昔は比千林(せんはやし)の地。河内茨田郡(かはちまんたこほり)に附(つけ)り。逢(あふ)ことは絶間の池の垣(かき)つばた隔(へだ)つる中と成やしぬらん。此絶間の池は一の絶間より二里ばかりへだてゝ太間(たいま)村にあり。衣子(ころもこ)の絶間といふ。太間(たいかん)は脱間(だつかん)の転(てん)ぜるなり。両(ふたつ)の絶間共に茨田(まんた)の郡なりしが。今は国を異(こと)にせり。絶間の事は国史(こくし)に顕然(げんぜん)たり。比辺り摂の北郡に及で霊場(れいじやう)処々(しよ/\)の中にも。開城皇子(かいじやうわうじ)山陰(やまかげ)の中納言といふ類(たぐひ)は実跡(じつせき)の考(かんがふ)べきなく。其外にも勅願(ちよくぐわん)の名分(めいぶん)も埋れ。大檀那(だいたんな)の面目(めんぼく)も。覆(おほ)はれぬと思はるゝ多かり。或は其人微(び)にして名とするに足(た)らず。或は罪(つみ)あるを避(さけ)て其名を変(へん)じ。上代の事は人に遠(とほ)けれは。近世に托(とり)なして人の聞を近くするもあり。物を弘(ひろ)むるの心は同じかるべし。長柄(ながら)の橋柱(はしはしら)兵庫(ひやうご)の築島(つきしま)に縁起(えんぎ)せる古跡(こせき)一処ならず。ものいはじのうたは。甲斐田(かひた)の長者(ちやうじや)の嫁(よめ)の人柱のむすめなるがよみたると。其物がたりは小児を哄(すか)し眠(ねむ)りを誘(いざな)ふの戯れとなり。西成(にしなり)の北。島(しま)の上下(かみしも)の地に埋(うも)れ木の太(ふと)しきを堀り得れば。所択(えらま)す其橋柱の遺(のこ)す所とす。其橋は嵯峨(さが)天皇の時勅(ちよく)して西生(にしなり)に造(つく)られ平安(へいあん)の京より往来して。大江の渡(わた)の辺(べ)にいたるの大路(おほぢ)に便宜(びんぎ)したる橋なるべし。豊崎(とよさき)の名柄済(なからわたり)は百五六十年の前にあり。大内村(だいだふむら)なる応神帝(おうじんてい)の大隅(おほすみ)宮は五百五十年をへだてたり。彼是帝都(ていと)の設(まう)けにはあらざるべし。古昔(こじやく)此辺は水常に淀(よど)みて汎濫(はんらん)の帰する所なく。仁徳(にんとく)の御宇(きよう)専浪華(なには)の水道を治め給ひ。二重(ふたへ)の堤(つゝみ)を築(つき)て滞水(たいすゐ)を三国川(みくにがは)にめくらし。名柄川(ながらがは)を浚(ふか)くす。しかれども此辺猶常に水淀(よど)めば。殊(こと)に河内の国は本(もと)几河内(おふしかふち)と名づけて水淫(すゐいん)の地なり。西北の巨川(おほかは)を防(ふせ)きたる堤(つゝみ)を茨田(まんた)堤といふ。霖雨洪水(りんうかうすゐ)に必す壊(くづ)れ損(そん)し。決口(かけくち)両所有て。幾(いく)たび築(つき)ても土を保(たも)たず。同し御代に欽明(きんめい)ありて。古堤の縄準(なはばり)をも改めて堅固(けんご)に造(つく)らせ。其外恩地川(おんぢかは)なども掘せらるゝの朝議(てうぎ)ありて。人はいまた普(あまね)く知る知らぬに。其水道の水際(みづきは)に穴居(けつきよ)せし陰獣(いんじう)。早くも巣(す)を林下(りんか)山渓(さんけい)にうつして。所を得かねたる狸(たぬき)の醜(たぐひ)。人家に食を窃(ぬす)み其霊妖(れいえう)を弄(つか)ひ。長人を現(げん)し小児と変(へん)し。小石を抛(なけ)うち。沙を撒(ちら)し。人を驚怖(きやうふ)し。田畔(たのくろ)を踏(ふ)み荒(あら)し。此に孩児(がいじ)を誘(いざな)ひ匿(かく)し。彼(かしこ)に農婦(のうふ)を迷はしたぶらかす。土地の人且(かつ)は悪み且は恐る。茨田(まんた)の守(もり)の庄治(しやうじ)か家に五ツの磁器(じき)あり。祖父なるもの武夫(ぶふ)にて新羅(しんら)御征罰(せいばつ)の御軍(みいくさ)に従(したが)ふ。彼国(かのくに)大に恐れ敬ひて。王の師(いくさ)を迎(むか)へ奉り。位ある人は衣馬(いば)采帛(さいはく)を具へて位ある人を請待(しやうたい)し。平人賎奴(いやつこ)は盒飯(がふはん)壷酒(こしゆ)をおくりて賎奴(いやつこ)を労問(らうもん)す。熊川(くまかは)と云処にて。酒飯(しゆはん)に具(ぐ)して贈(おく)りたる褐色盞(かつしきさん・ちやいろのちやきん)五ツ外面(ぐわいめん)の半(なかば)を銹(くすり)過(かけ)て。大国(たいこく)の素焼(すやき)よりは珍(めつ)らかに。後紀(こうき)の為に随身(すいしん)して帰り。家に伝来(てんらい)し守(もり)の五器(ごき)と人もしりて。客人(まろど)あれば是を飯器(はんき)にも用ひけるが。いかにしてか家の子ぐわん太取収(とりいれ)る時に一器(き)を失ひたり。主人の気色(けしき)もよろしからず。甚畏(おそ)れ悲(かな)しみ後園(おくその)の井に自ら投(なげ)たるを。家人兼て心得て早く撈(すく)ひあげて幸に死せざれども。以来重き病に臥(ふし)たり。破(われ)ながらにも其質(かたち)あらば。?銹(やきつぎ)の補ひもなすべきに。過ちの跡を掩(おほ)はん為に其質(もの)を匿(かく)したるやと詰(なじ)り問へとも。露しらぬよし申ていと心苦しけなり。主人熟(つら/\)思ふに物を翫(もてあそ)べば志を失ふとやらんは如レ此際(きは)をいふにや。惜き器物(きぶつ)は褻(け)にも晴(はれ)にも用ゆべきいはれなし。されど用ひざればくちをしくも思ふまして磁陶(じたう)の脆(もろ)き饗応(きやうおう)に用ゆるからに。損するを悔(くや)み怒るべきにあらず。是は原(もと)我過ちなり。?(なんち)すこしも心に挟(さしはさ)むことなく快復(くわいふく)せよと慰(なぐさ)めけれど。いかに其憂(うれへ)のみにてあらざりけらし。遂(つひ)に病て失(うせ)けり。其後いづくとも定めず。家中に人の啼(なく)声(こゑ)あり。人音(ひとおと)静(しづま)りてたしかに聞つけたるに。何か言(こと)ばあるやうなるは元太(くわんた)が声にも似(に)たるやうなり。魂のこりてけりと畏れて秡除(ばつちよ)の法とやかくす。雨くもりくらき夜は家人一所にこぞりて畏(おそ)れあふ。時を定めずまれに一声二声すれど。夜深て聞にかすかに物すごくて背(せ)のさむく覚る。心をとめて聞なせば裏のかたより。五器(ごき)はないか。五器はないかといふやうなり。心つよきもの出て聞とゞめんとする時は音(おと)せぬ折(をり)もあり。声すれば身は縮(ちゞ)めながら耳(みゝ)をそばたつるに後の井の辺りにあるやうなれば。いよ/\ぐわん太が霊魂(れいこん)なりとおそれて日暮れは屋後(おくご)に行ものなし。其比西(にし)ぐにより来りし千穂(ちほ)の岐夫(ふなんと)とて。秡除(ばつぢよ)の事を能(よく)しければ。郷民(さとびと)其土地(とち)の社(やしろ)に秡(はらひ)させける。此男其夜守(もり)の家に来りて一宿(いつしゆく)しけるに。

其夜は稀(まれ)に一声す。明朝(めいてう)後(うしろ)の園(その)にいたりて見めぐらし井の内をとくと見。退いてしばし其気色(けしき)を窺(うかゞ)ひ。

入てひそかに主人にかたる。実に井の内に怨気こもり。末代家の死霊(しりやう)となりて子孫(しそん)に害(かい)をなさん。其五器(ごき)も悪名(あくみやう)つきて賞翫(しようくわん)なるべからず。重宝を捨(すて)ざれは家の難(なん)を救(すくひ)がたし。其五器を人にあたへて。家の安堵(あんど)をはかり給へと申。主人此怪異(けい)を心に忌(いみ)てより身さへ病を得ければ。いとゞ畏(おそ)れ驚(おどろ)きて此五器を取出して岐夫(ふなんど)に托(まか)せ与(あた)ふ。岐夫(ふなんと)服(ふく)を改め白紙(しらかみ)数枚(すまい)を用て白幣(にぎて)の切りけして。ぐわん太が亡年(なきとし)を聞て幣(へい)の中心(まなか)に書記(かきしる)し。一室(いつしつ)を浄(きよ)め上坐(ざ)に此幣(へい)を刺立(さしたて)。謹(つゝしみ)て招魂(せうこん)の業(わざ)をなし。恭(うや/\)しく座(ざ)して神(身)已(すで)に降(くだ)れりと。五器(ごき)の箱(はこ)をそなへ置蓋(ふた)を去て取出し。一ツ二ツとかぞへて五ツあれば。是にてはじめ改めし人の誤(あやま)り。五ツの器(うつは)はそろひたる物をと取入れて。撲(はた)と蓋をしてける時に。立たる弊帛(へいはく)ひうと鳴り振動(ふるひうご)き霊魂あるが如く。已(すで)にして云。災(わざはひ)今こそ脱(のが)れたりと。此五器を封(ふう)して速(すみやか)に簷下(のきした)を堀(ほり)て埋めさせ。さて刺(さし)たる弊(へい)を取て。主人と共に井に臨(のぞ)み。井中へ投(なげ)入れたり。此弊帛(へいはく)井中にて猶水上に動(うご)くやうにて見る内井底(そこ)にしづみたり。

主人是を見て。眼前(がんぜん)に信(しん)を取る。即時(そくじ)に人を呼(よひ)て。此井を埋(う)めしむ。此暮(くれ)より啼(なく)聲聞えず。家内も事静(しづか)に。主人の病も快復(くわいふく)に及びたり。さるにても岐夫(ふなんど)のかぞへたる時は分明に五つありしかと思はるれど。とかく物恐ろしく。ありと見せたるは此人の手段(しゆだん)にやとてやみぬ。爰に大戸(おおど)の木莵(こづ)の宮は詣る人常に絶(たえ)ざる大社なるに。いつの比よりか其辺(ほとり)に怪物(くわいぶつ)あらはれ。白日(はくじつ)にも人を迷はすとて。未(ひつじ)さがりの後は。行通(ゆきかふ)人なし。社(みや)の後なる一壇(だん)高き所に望台(ばうたい)あり。半は屋(おく)ありて梁上(はりのうへ)に願書(ぐわんしよ)を掛(かけ)絵馬(ゑま)を挿(はさ)む。台(たい)に上り西面(せいめん)すれば。攝泉(せつせん)の青海(せいかい)眼下(がんか)に湛(たゝ)へて。百国(ひやくこく)の千帆(せんはん)望(ばう)に入て到る。四国の山幽(かすか)に眉(まゆ)の如く浮みて。甚た景致(けいち)あるに。近比は人跡(しんせき)稀(まれ)に生しげりて台(たい)の根(ね)を埋(うづ)み腰に及ふ。世の言くさと憂(うる)さくも。土地(とち)の氏族(しぞく)計(はか)りて一人の術師(じゆつし)を請(こひ)来て。怪物を除(のぞ)き遂(お)はん事を委(ゆた)ぬ。其人を卑奈(ひな)の麻人(あさど)といふ。

近き大里(おさと)巨麻(こま)の辺(へん)に人家に倚宿(いしゆく)し居(きよ)を定めず。厭禁(ましなひ)の法を以て物の怪(け)を祓(はら)ひ。薬方神咒(しんじゆ)を用て病を療(をさ)め。牛馬の疫までを救ふ。其効(しるし)著明(ちよめい)なりと人々もてはやらすが。日夜社辺(しやへん)に立めぐりて法をなすに。妖怪(えうくわい)も勢(いきほ)ひ衰(おとろ)へたれ共。いまだ全(また)く除(のぞ)かず。時としては異相(いさう)の物に逢(あひ)たりとて人驚怖(きやうふ)す。術師(じゆつし)法を換(かゆ)れば怪物もまた其姿(すがた)を変(へん)じて人意の外を欺(あざむ)く。大戸(おほど)の莊家(しやうか)に多志身(たじみ)といふ大農(たいのう)の寡婦(くわふ)。一子を乳(にう)して二十(はたち)ばかりなるが。近比奇疾(きしつ)を得て三月ばかり。日を逐(おふ)て痩(やせ)労(つか)れけるうへ。近日一症(しやう)を添(そへ)て。毎夜大熱(だいねつ)発狂(はつきやう)し戸外に走り出んと躍(をど)ること幾度(いくたび)す。家族(かぞく)あつまり夜眠(やみん)せす守る。いさゝか眠(ねぶ)らんとすれば早く狂(くる)ひ出て放出(はうで)に臥(ふ)す。看人(かんにん)終夜(よもすがら)片刻(へんこく)の安心なし。たゞ暁天(きやうてん)にいたれば安静(あんせい)にして倦(つか)れ睡(ねぶ)る。一族(いちぞく)諸類(しよるゐ)傍看(はうかん・とぎ)につかれて窘(こま)りたる時しも。麻人(あさど)を請ひ来て祓(はら)ひさせける。麻人来り見て早く我を請招(こひまね)かば此勞(つか)れにはいたらじ。我が祝法(しゆくはふ)を守(まも)らは今宵より安臥(あんぐわ)せしめんと手に取やうに申に。其教(をし)へに任(まか)せければ。祓具(はらひもの)とて神に奉る例(ためし)なり。

是世の財帛(さいはく)にあらず。其身上の物を奉る。手端(たなすゑ)の吉棄物(すてもの)とて。左右(さいう)五指(いつゆひ)の爪(つめ)をとらせ。頂巓(いたゞき)の吉棄物(すてもの)とて其いたゞきの髪(かみ)一剃(ひとそり)をおろして。共に包(つゝ)み納(をさ)め是を以て神に告(つぐ)へしと。神祝(しんじふ)を授(さづ)け枕鎭呪文(まくらしづめのじゆもん)を頌(とな)へ。病婦の耳鼻(みゝはな)に吹入れて帰り去る。其夜はいさゝかも発狂(はつきやう)せず。安睡暁(あんすゐあけ)にいたる。家人(かじん)皆喜(よろこ)びいさみて術師(じゆつし)の高験(かうけん)を奇(き)なりとす。己(すで)に七日に至(いた)れど発狂なければ。わづかに家人の夜眠(やみん)安きことを得たり。其比相模(さがみ)の国人(くにうど)に強頚(つよくび)の村主(すくり)とて大力(だいりき)の聞えありて本手(ほんて)の相撲(すまひ)なりければ。内裏(たいり)の節会(せちゑ)にも遇(あふ)べき志願(しぐわん)ありて。攝河(せつか)の間に来り寓(くう)す。妖怪の徘徊(はいくわい)するを見て。昼夜(ちうや)心を用て土人(とじん)を下知し。野猫(たぬき)の栖(すみ)処をさぐり狩(かり)出して。棒打手(ぼううちて)捕(どり)にして殺すこと数を知らず。

又茨田(まんた)の武良司衣子(むらじころもこ)とて生れ付物に聡(さと)く。百事考へ至るがゆゑ。土地(とち)の人徳者(とくしや)と称(しよう)ず。我長(をさ)をなす下の民戸(みんこ)に指揮(かけひき)して。狸(たぬき)を拒(ふせ)ぐの利害(りかい)を教(をし)へ機器(きき・はじき)を制(せい)して響(ひゞき)を以て是を畏(おど)す。是によつて家近くはあふれず。強頚(つよくび)は本郡(ほんぐん)の辺(ほとり)に妖怪猖(あふ)れるを聞て。いで捉(とら)へて騒々(さう/\)敷(しき)を鎮(しづ)めんと。乾糧(かんりやう・ひやうろう)を腰(こし)にし。木莵(こづ)の辺りにいたり。あちこち逍遥(せうえう)して宮の後の望台(ぶたい)に。臨(のぞ)みて歎(たん)じて云。如レ此勝景(しようけい)を寂莫(せきばく)の地となすは。此怪物いかばかりの業(わざ)をなす。宿(しゆく)して見とゞめんと思ふに。望台(ぶたい)のうへは四方一目(よもひとめ)なれば物蔭(ものかげ)なし。瑞籬(みづかき)の内こそと見定め置て。立去やうにて日を暮らし。夜に入りて人しらず宮に来り。瑞籬(みづかき)の蔭(かげ)に潜(ひそ)み居(ゐ)たり。二十日(はつか)ばかりの月のぼりて。物相(ものあひ)分明(ふんみやう)なる比。しと/\と足音して近く来るを見れば。髪を振(ふ)り被(かづ)き赤裸(あかはだか)にて素(す)足なる異人(いじん)。大に包(つゝ)めるを脊(せ)に負(お)ひて棒(ぼう)を杖き。かち/\と望台(ふたい)に登り。負(おひ)たる包裏(つゝみもの)をひらき褥(しとね)を敷(しき)枕を置り。扨は是もこゝに宿して。妖怪を捉(とら)へん爲異形(いぎやう)に出立たるなるべしと思ふに。此厮(やつ)南面(なんめん)正坐(せいざ)して兩の手をさま/\に結(むす)び。身を転(てん)じて月中(げつちう)を睨(にら)みとめ。兩の手に秘訣(ひけつ)を握(にぎ)り。兩脚(りやうあし)を參差(たかひ)に縱(たて)に踏(ふみ)横(よこ)に踏(ふ)み。皆法則(はふそく)あるが如し。口中咒言(じゆごん)し。念念(ねん/\)喝喝(かつ/\)す。倏忽(しくこつ)として一陣(ちん)の怪風(くわいふう)吹通りてあたゝかに。西南の方より空中(くうちう)を来る物あり。是彼(かの)怪物ならんとよるを見れば。亂れ髪(かみ)をはら/\と吹せたる婦人(ふじん)と見えて素裸(すはだか)なるが。風に乗るが如く糸もて空より吊(つり)たるやとゆら/\として台上(たいしやう)に下る。

此厮(やつ)指さして喝(かつ)と叫(となふ)れば怪風散じ此物顫(だう)と倒(たふ)るゝを。抱(いたき)て褥(しとね)の上に安置(あんち)し。枕を以て其頭に枕せしむ。其体(てい)尾籠(びろう)をなさんとするに似たれば。妖怪等が如レ此雜礼(ざれ)て人を愚弄するやと。躍(をど)り出て妖怪やるなと大音するに一驚(いつきやう)を吃(く)らひ。便ち望台(ぶたい)を下りて迯れ去るを追て宮の前まて行うちに見失ひたり。今は長追すべからず跡にも一妖(えう)のこりたりと急き望台に立還(かへ)れは此厮(やつ)我より早く望台に返(かへ)りゐて。置たる棒(ぼう)を?(ひき)て大に怒(いか)り?(なんぢ)何厮(なにやつ)ぞ。横(よこ)より來りて密会(みつくわい)を妨(さまたぐ)ると。棒を振(ふつ)て打來る。強頚も扨は知れものこそあれと。打を物ともせず。あなたこなたへ払(はら)ひよけて。遂(つひ)に棒を奪(うば)ひとりてすかさす一打するに。此厮(やつ)眉間(まゆあひ)を撃(うた)れて一棒に眩(くるめ)き倒(たう)れ其侭に起(おき)あがらず。看々(みる/\)鳴呼(ああ)神退(かんさ)りましぬ。かゝる時に宮の前より杷火(たいまつ)を掲(かゝ)げて男女四五人。望台こそ心えねといふ聲してむら/\と噪(さわ)ぎ来る。強頚早く声をかけて来るものはいかにと問ふ。人を失ひて捜(たつね)るなりと申。それは男か女か。若き女なりといふ。さらばあれに臥(ふし)たるは女にこそといふ。衆人立より見て是こそと悦ひて泣(な)く。裸(はだか)こそ心憂(う)けれと家人(けにん)が布の單(ひとへ)を脱(ぬぎ)て肌(はだ)を覆(おほ)ふ。女たゞ熟睡(しゆくすゐ)のさまなり。山口(やまくち)の滴水(したりみつ)を手に結(むす)びて顔に注(そゝ)けば。やをら夢の覚(さめ)たるが如く。是は宮の望台(ぶたい)なり。知らずいかにしてこゝには来りしぞ。夢心にもいぶせかりしとなげく。強頚其打殺したる厮(やつ)は見知たるや怪物なるべしと。一同(いちとう)にたちより裸躰(らてい)なれば見知りじるしもなし。被(さば)きたる髪をかきあげてよく/\見れば祓(はらへ)させつる術師(じゆつし)なり。思ひかけず驚(おどろ)きて其故をさとりかねたるていなり。時に強頚己(おのれ)は?(なんぢ)らも怪物かと思ふ念はれず。子細に申せ。言(こと)ば分らずは其女も返(かへ)すまじといふ。皆詞をおなしくして此婦人は我どもが家の主婦(をんなあるじ)なるが。正月末より病を得て。近比は狂乱(きやうらん)を発(はつ)し。夜々大熱焼(やく)が如く一身に一糸(いつし)も着(つけ)させず。只ひたすら戸外(とのほか)に飛出んとす。抱(かゝへ)とゞむるに力つよくして女のおよぶべきにあらねば。男女数人これを圧(おさ)へて暁(あけ)にいたれば熱(ねつ)去(さつ)て熟睡(しゆくすゐ)す。

この比は身も痩おとろへ小主人(をさなあるじ)は三歳なり。一族(いちぞく)の心を傷(いた)ましむ。其術師は春比(はるごろ)より近郷に徘徊(はいくわい)して祝法(しゆくはふ)しるしありとて。七日以前請来たり。髪と爪を剪(きら)せて寃解(つみほどき)の棄物(すてもの)とし。神呪(しんじゆ)を授(さづ)け禁薬(きんやく)を服(ふく)せしむる其夜より発狂(はつきやう)静(しづ)まり。今よひ七夜に及へば。今は物の気(け)も怠(おこた)りけんと衆人心ゆるみて眠(ねぶ)るとも覚えぬに。戸を引放(はな)ちて出る音(おと)す。灯(ともし)は消(きえ)ぬ心迷ひて門に出たれど。行かたの東西定めかね十方(じつはう)へ分れてたづね行。我々は此望台(ぶたい)の心もとなく尋(たづね)来りて。主人を迎(むか)へ帰るがうれしきに。此術師(じゆつし)はいかにして此に死したるも知らねど。思へば初より物の怪(け)をつけたるも。狂(くる)はしくなりしも。心ゆりして怠(おこた)りしも。術人(じゆつじん)の所為(しよゐ)にやと思ひ合せらると語る。強頚聞て妖怪(えうくわい)よりも人こそ怪(あや)しけれと笑ふ所に。彼家の男女数人(すにん)走り来り。母御はありし寝所(ねどこ)に依旧(もとのまま)安(やす)らかにねて在すを折節灯火(ともしび)なきに家内が取乱して皆外に出て噪(さわ)ぎのゝしり。内の守りをおこたりおつかの事かな。其隙(ひま)に化物(ばけもの)の来らざりしこそ天道(てんたう)のひかへなるべしと。いふ言(こと)のをはらぬに。此婦人忽(たちま)ち衆人(しうじん)の中を躍(をど)りこえ。毛類(けもの)とあらはれ尾(を)を曳(ひき)て跡(あと)なくかけり去る。強頚も再ひ忙(あき)れなから後の憑拠(よりところ・いひわけ)に其家を認(とめ)おくへしと一同(いちどう)に家内へ立かへる。此時内なる病婦(びやうふ)は眠(ねぶり)さめて夢にも是を知らず。熱も解(ほどけ)て心快然(くわゐぜん)たること常の如し。変化(へんげ)の拠(よる)所謂(いは)れあり。長病に家人(けにん)の労(つか)れたる間(すきま)と。術師の奸計(かんけい)をなす邪念(じやねん)の虚(きよ)に乗(じよう)して。病家は連累(れんるゐ)にこそ。術師の怠漫(たいまん)をあざむく妖怪(えうくわい)なるべきに。術師の落命(らくめい)は悪報(あくはう)人の手を仮(か)りたるなるへし。強頚かへりて是を人にかたり笑ひ柄(つか)とす。衣子(ころもこ)伝へ聞て爪髪(つめかみ)を取て婦人を勾引(かういん)するの邪術(じやじゆつ)は我神国(しんこく)にて其効(しるし)あるべからす。元より婦人の髪爪(かみつめ)を人に与へて受戒(しゆかい)などする事は雑礼(さつれい)の至りなるべし。世に我心を信(まこと)にし丹精(たんせい)を尽(つく)して神霊(しんれい)の応(おう)あるは人気(にんき)の至る所なればなり。其里巷(りか

う)の間に行(おこな)はるゝは姦術(かんじゆつ)幻術(げんしゆつ)の二ッなり。妖術(えうじゆつ)は何と妄談(まうだん)すとも。大東(たいとう)武烈(ふれつ)の国に行はるゝ事なし。漢土(かんと)に勝(まさ)るの一ッなり。元来是は悪(にくむ)べきことなるを。姦(かん・わか)人(じん)有て幻術(げんじゆつ)をかりて妖術(えうじゆつ)の姿(すがた)に取なし人を誑惑(きやうわく)し。体質(もの)あるやうにして人を呼(よ)ふ。必す同志(どうし)の人其中に混在(まぎれ)ゐて其事を翼(たす)け。其奇特(きどく)を執証(しつしやう・みたやうに)して人に弘(ひろ)む。事破れて後見れば皆〓{韜-韋+口?}(くらは)しめて誘(いさな)ひ畏(おど)されて従(つく)ものあり。幻術は前漢(せんかん)の時黎軒国(りけんこく)の眩人(けんじん)を貢(みつぎ)とし戯(たはふれ)を表にし妖(えう)には非ず。如レ此き時節(じせつ)は姦人(かんじん)所を得て混雑(こんざつ)すれば。一二を正(たゝ)すへしと。守が家の五器(こき)の事を聞て。心を添て埋(うづみ)たる簷下(のきした)を掘らせ見るに。箱の内は石の包たるを入れたり。元の所に埋ませて其節埋たる人を問ふに。其家(いへ)の農監(のまはり)なり。是に岐人(ふなんど)の居所を問ふに。其後は知らずといふ。問(とひ)究(きは)むべきにもあらずして過ぬ。しかるに岐夫の方より窃(ひそか)に人を使し農廻(のまは)りを呼(よび)出して。先比埋(うづ)めたる箱に素陶(すやき)にても其数入れ置(おく)ならば。年経(ふり)て変(へん)じたりとも詞有べけれは。此素陶(すやき)を入れおき候へと。密々(みつ/\)にもたせこしたり。遅(おそ)かりつる今は為(せん)かたなし。但帰りて主人に申候へ。約(やく)をなせし山刀(やまかたな)は未だ参らず。五器はいまた売得ざるにやと言伝(ことつた)へせり。此使(つかひ)は即ち衣子かすかし問ふ所。主人聞てやがて官府(くわんふ)に申て。岐夫(ふなんど)が在所(ざいしよ)をさぐりて窮問(きうもん)す。五器は巳(すで)に大和の富民(ふみん)にあたへて布百端(たん)に代(かへ)たり。農廻りは岐夫(ふなんと)に誑(たふらか)されて一器(いつき)をかくし。夜啼(よなき)をなし箱を取かへたるまで一味なりければ。両人重き刑(けい)に付(ふ)せらる。井の底(そこ)の幽声(いうせい)を出さんと思ふ時は。頭(かしら)を懐襟(ふところ)に深(ふか)くさし入れ。垣(かき)に添て言をなすことたゞ二三声なれど。家内の畏伏(いふく)を知り。其人気(き)を見て此術を施(な)す。究竟(つまりに)見顕されたる時は戯(たはふれ)によするとも言(こと)ばあるへしと。皆岐人(ふなんと)が教へたるとぞ。妖怪行はるゝにより此類の姦徒(かんと)其所に聚(あつま)りて。後は狸(たぬき)も傍観(をかみ)をやなしぬらん。是のみならず河(かは)をへだてたる大内(だいだふ)の古宮の辺(へん)に。前(さき)の村司三野(むらじみの)といふ庄家(しやうか)あり。三野没後(ぼつご)十六十三の両女を遺(のこ)し。祖母(そほ)老たれども是を育(いく)し。人に配(あはせ)て嗣(つが)せんと思ひはかる。両女とも紡績(ほうせき)の業(わざ)もよくし。縫女(ぬいめ)の術(じゆつ)も伝へ習ひ。はらからむつまじく。窓(まど)のもとに針線(いとはり)の外他事(たじ)なし。しかるに折々さかしけに人ちかき少年(せうねん)両人。垣の外に来りて物申さんと招(まね)く。兄弟(おとゝひ)は答(こた)へもせずしてありしが。一日(あるひ)暮(くれ)ちかきに例(れい)として来りければ。其帰るかたを見よやと。両女とも出たるまゝに日(ひ)暮(くる)れども帰らず。老母(らうぼ)心ならず小婢(せうひ)に問へども露もしらず。こゝにおいて常(つね)に招(まね)く少人のことをかたる。いで其少年の所はいづこと求るに拠(より)どころなし。古宮の垣を守(も)る末の者いふ。きのふの暮(くれ)つかた其許(そこ)の息女(そくぢよ)両人。ともに垣の壊(くづ)れより内を窺(うか)がふを。其内は狸(たぬき)なんどこそと畏(をど)せしが。其後は知らすど〈ママ〉いふ。三野のやからこれを聞て。常にも此古宮(ふるみや)は狸すむといふなるとて。隣(となり)の人おほくつどひよりて。垣守(かきもり)に許(ゆる)されて内にすゝみ入曲々(くま/\)さぐり求るに。人気(にんき)あるとも見わたらず。また凡下(ほんげ)恐れ多く進(すゝ)み入りがたき隅々(くま/\)もあり。中にも三野(みの)の庭(には)の子なる奈輿太(なよた)とて今年十八歳。生れて肝(きも)太(ふと)く。世に鬼(おに)幽霊(いうれい)などの事を何事(なにごと)もたぬき/\といひて物恐れせぬが。それがし此所に一宿して目にさへぎる物あらば手どらへにして見すべしと。其夜は被(ふすま)をいだき宵(よひ)より行て。鹿(しか)遂(お)ふ棍棒(つゑぼう)を枕として。板敷(いたじき)の端(はし)に臥(ふし)たり。

 二更(にかう)の比にいたり。屋上(やのうへ)天井(てんじやう)にて何とやら噪(さわ)がしく。程なく舒々(じよ/\)と足おと響(ひゞ)きて近よる。奈与太(なよた)おもひまうけたれど。さればこそと覚えず胸(むね)おどり身もすくみてふるふ/\も何ンてう狸の恐るべきと歯(は)を咬(かみ)て見やりたるに。灯(ともし)なけれ共くまなく明らかなり。唐人(たうじん)のさましたる徳(とく)ありげなるが人近(ぢか)くも立よらで。それは門前(もんぜん)の者か。何ことぞこゝに入りて臥(ふし)たる。其所(あたり)は大連(おほむらし)小連(こむらし)の直廬(ちよくろ)せる所ぞ。早く退(しぞ)き出よ。殊に此比は珍(めづ)らかに女客(ぢよかく)来れば外(と)の人を留(とゞ)めがたしといふまゝにかへりゆく。跡をふみて見まくも単身(ひとりみ)のいぶせさ。

是までよまかでるそ。?(なんぢ)化物伯(をぢ)も二郎(じらう)も類(るゐ)し来(き)て縄(ばく) にかけるそといふ所に。いひと嗽(いばい)て踏(ふみ)おと高く来るこそ。長き顔馬の如く班染(まだらぞめ)たる直垂(ひたたれ)着たるが。手を擺(ふつ)て早く出ね我家に新婦(よめ)を迎へたればゆるしなし。ためらはゞ大津神(おほつかみ)に喰(くら)はしめんと。其怒(いか)る面見やりかねても。知れたるたぬきなれと。まかり出るやうにて端(はし)にうつりたる時くちなしの濃(こ)き腰巻(こしまき)し面を俯(ふせ)てなまびたる女房近(ちか)くよりてかくまで断(ことわ)り聞ゆるに身しろぎなくは。からめてはみ物にせんと黒縄(こくじやう)をたぐりよせたるは烏蛇(からすへみ)の首(くび)たてたるなり。今はたまりかね走り出るを。やるなと遂(おひ)来るに。心あはてゝくつぬぎに滾(ころ)びたるまゝに物もおぼえず絶(たえ)入りぬ。隣家(りんか)の此あかつき奈与太を心もとなく見つがんとて是まて来りあひ水をそゝぎて。やう/\われかの現(うつゝ)なきにも。たゞ後ろに立つやうなりしと。懲(こり)もなく隔子(かうし)のさまより見やりたれば。彼女房はなほ其まゝに立て見おこせたる面は笹(さゝ)はら跼(くゞ)る野猫(のらねこ)に似て。鰐(わに)口の鈴(すゞ)のやうなると見るほどに。俄に宮(みや)の内真暗(まくら)になりて見る所なし。夜はいつしか明はなれ。頼にしたる枇杷(びは)の棒(ぼう)さへおきまどはして宅(たく)にかへり。大に労(つか)れて物くはでこもれり。明の夜は健(すこやか)なる誰(たれ)かれどち。えらみ合せて十人ばかり行て入り。物がたりなどしてあるに。夜すがら物も見えず。人多けれは其甲斐(かひ)なしやと。次(つぎ)の夜奈与太外に心剛(かう)なる一人をかたらひ。卵(たまご)ばかりの小石を数(かず)/\袖(そで)にして。手に/\棒(ほう)を杖(つき)て目に物を見ばたゞちに打べしと約束(やくそく)して。こよひは南殿(なんてん)の東の対(たい)の端(はし)に向ひ坐してあり。二更(にかう)過るころ。わたどのゝはし。どゞろ/\となりて来(きた)る異形(いぎやう)のさま言(こと)ばにのべがたし。皆其身より光りを発(はな)ち。中央(ちうあう)に坐(ざ)したるは。其首二ッ並(なら)ひ四臂(よつのて)ありて四足(よつのあし)。此比人のいふひんだのすくなかと見ゆるがわらひ談(かた)りて。衆兄弟(しうけいてい)おのれが変生(へんせい・か?こえ)にて配(つま)なきをあはれみ。為(ため)に両女を迎(むか)へて婚(こん)をなさんとす。如何(いかん)せん両新婦(りやうしんふ)歯(よはひ)同しからず。別(べつ)に年斉(としひと)しき女子をえらみて。我一身(しん)二体(たい)の配偶(はいぐう)とせん。左あるまでは此婚儀(こんぎ)遅延(ちゑん)すべしとそらごとのやうに笑ひかたる。奈与太其言を聞て大にいかり。いかに狸と袖(そで)なる小石を取て中央(ちうあう)の両面(りやうめん)に投(なげ)つけたり。当りしとも見えぬに。彼云。野人(やじん)近きにあり。恐らくは素質(そしつ)を損(そこな)はん。骸奴(むくと)出て逐(お)ふべしと命(めい)ず。早く躍(をど)り出る。其長(たけ)一丈ばかり。腹(はら)と思しき所に眼(め)鼻(はな)口(くち)備(そな)はり。右手(みぎて)に鉞(よき)をとり左手(ひだりて)に干(たて)を振(ふ)り。打来る石をへだてはらふのみにて我かたに逼(せま)り来(く)るにもあらず殺伐(さつばつ)の色無れば。猶予(いうよ)して。化(ばけ)の数(かず)をつくすかなと心を鎮(しつ)めて動(うご)かず。中央(ちうあう)の人今は巴(ともゑ)を召て呑せよとて匿(かく)れ入りぬ。巴とは何(いか)なると見るうちあを色のからきぬからあやのうちきして。よくふくらかなる女房の。かほばせやすらかに。眼(め)細(ほそ)く耳(みゝ)長きが振(ふり)むかひて。?(なんぢ)たち是要処(たはれどこ)ならず。必ず肝(きも)を失ひ玉ぎらん。両人しかと心を定め気をくだして化られる程をばけよと。棒(ぼう)を動(うごか)さんとする時。此女の鼻(はな)俄(にはか)に暢(のび)出ること一丈ばかり。両人の棒を鼻に巻(まき)てからみ取る。其力敵(てき)すべからず。二人は杖(つゑ)を失ひ便りなきに。天井屋上(やのむね)崩(くづ)るゝばかり頂垂(うなたれ)たる頭(かしら)は?(まるくら)のやうにまなこは車の輪(わ)をならべめぐらし。洞(ほら)のやうなる口を開(ひら)き。下なる鼻長き女より先呑んと。くれなゐの舌尖(したさき)簸(み)をあふつが如くうごきて。滴(した)たる涎沫(よだれ)泉(いづみ)のことく。毒気(どくき)霧(きり)となりて顔(かほ)を打つ。両人魂(たましひ)を飛(とば)し惶(あはて)逃(にげ)出るも毒気(どくき)に薫(くん)ぜられ。御階(みはし)のもとに倒(たふ)れ伏て正気なし。

今宵(こよひ)も幸に近き人家(しんか)の若(わか)もの数人。両人を見つがんとて来り合せ。是を扶(たす)けてかへりぬ。それより敢(あへ)て入人なし。只三野の老姑(らうこ)は孫女(そんぢよ)のことのみかなしがりて。此古宮の内にこそあるらめと泣くらすも理(ことわ)りかな。此上は大郡(おほこほり)の宮にうつたへ申て計(はか)らはんと催(もよほ)しけり。先に農(のう)の時過る比より堤築(つゝみつき)の営(いとな)み已(すで)に始り。諸郡(しよぐん)の長(ちやう)たるもの各(おの/\)人夫(にんぶ)を率(ひきゐ)て役(えき)に趣(おもむ)き。王事(わうじ)に勉(つとむ)るの土功(とこう)月を累(かさね)て成んとするに。彼両所の脱間(たえま)土沙(どしや)とまらず淵(ふち)となり。幾たびも空(むだ)に力を費(つゐや)す。此故に監使(かんし)頭人(とうにん)等申は。昔よりかゝる水功(すゐこう)の築(つき)かねたるは。生人(せいじん)を沈(しづ)めて活動(くわつどう)の暫時(さんじ)に土とまり根脚(こんきやく)となり。土沙(としや)を受るの法あるよしを奏(そう)するにつきて。諸国(しよこく)におほせて死刑(しけい)極る罪囚( ざいしう)をえらまる時に朝廷(てうてい)に衆議(しうぎ)ありて。凡(およそ)刑人(けいにん)は罪(つみ)を犯(おか)して国の妖?(えうけつ)なれば。それを国(くに)の利用する堤に用ひらるゝは吉利(きり)を求る謂(いは)れにあらず。まして水に趣(おもむ)かしむるは。其刑(けい)其罪(つみ)にあたらざるもあらん。其水底(すゐてい)に水神ありて堤防(ていばう)の成を悪み。土を拒(こば)みて脱間(たえま) をなさしむるにも似たれば。刑人(けいにん)を潔(いさぎよ)しとせず。却て怒(いか)らん。白馬(はくば)玉壁(ぎよくへき)を沈(しづ)めらるゝには劣(おと)るべしと区々(まち/\)の評議(ひやうぎ)を。主上(しゆじやう)聞達(ふんたつ)あり深く憂(うれ)ひ給ふ。一夕(あるくれ)の御夢に河伯(かはのかみ)参り告(つげ)て。我を祭(まつ)るに相模(さがみ)の国人(くにうど)強頚(つよくび)茨田(まんた)の連(むらじ)衣子(ころもこ)二人を用て築(きつ)き給はゝ決口(かけくち)合ふべしと申請(こ)ふ明の日速に二人におほせて水神の祭をなさしめらる。元より心剛(かう)なる強頚(つよくび)なれば。欽命(きんめい)を承るより随便( やがて)下の脱間(たえま)に行て国用(こくよう)を利(り)し君王(くんわう)の事におもむく一身何ぞ惜(をし)むに足らん。力量(りきりやう)あるものに非んは用に耐(たふ)べからずと。積(つみ)たる土俵(どへう)を両肩(りやうかた)と両脇(わき)に挟(さしはさ)みて。いざや築(きつ)けと人夫(にんぶ)に調(てう)しあはせ決口(けつかう)の水底(すゐてい)に躍(をど)り入る。こゝに衆人(しうじん)力をつくし声をかけあひて土俵(どへう)を投る程に。半時ならず脚(あし)をつけて夜をつぎて築(つ)きあげたり。明なんとするに此勢(せい)気(き)を脱(ぬか)すな。是より上の決口を築(つか)んとて。土功(とこう)の人夫俄(にはか)に増(ます)こと三千ばかり。即上の堤(つゝみ)に押(おし)来り。両所の人夫一隊(いつたい)となり。競(きそ)ひて衣子を取て沈(しづ)めんと。口々によひ叫(さけ)ぶ。衣子は一荘(いつしやう)の長なるものにて。常(つね)に忠(まめ)に能水を拒(ふせ)ぐゆゑ衆人善(よ)く馴(なつ)けり。時に衣子は逍遥几(せうえうき)に踞(しりか)けて顔色(がんしよく)常の如く。きのふ祭(まつ)り供(くう)じたる酒飯(しゆはん)を賜(たば)り下て。我部(わがぶ)の人夫に分ちあたへ。加勢(かせい)の夫(ぶ)に向ひて言をも出さず。目をまたゝかず見つめてあれば。加勢は酒飯(しゆはん)にも得つかず。人数せん/\消(きゆ)る如くに減少(げんせう)す。便ち指(さし)て一人を捉(とら)へしめ。清水(せいすゐ)を注(そゝ)けば怱(たちま)ち老狸(らうり)と変ず。衣子杖(つゑ)を以て撲(うち)て。?畜(けつちく)妖通(えうつう)ありて霊通(れいつう)なし。撃殺(うちころ)さんと思へど吉日なればこゝにて放(はな)ちやる。此後?(なんぢ)が類族(るゐぞく)をいましめ。此堤に穴(あな)することをゆるさず。此老狸(らうり)人の如く言やう。いかで公命(こうめい)に違(たが)ふべき。但(たゞ)し我がものどもは先年より水道(すゐだう)に穴ほらず。皆々先代より大隅(おほすみ)の宮の御園(その)に棲(す)み。今空御所(あきごしよ)となれとも。猶床(ゆか)の下に聚(あつま)りてまもりをもつとめ居りたるに。近来妖人(えうじん)ありて匿(かく)れ棲(す)み。異形(いぎやう)の神怪(しんくわい)を使役(つかひえき)して我類を駆(か)り出せり。我やから拠(より)どころを失ひ。小児等(ら)はいまだ穴にすみなれぬもかなしく。類(るゐ)どもこゝかしこ人家(じんけ)にたより。老婆(らうば)となり少人と化(け)して食をぬすみかすめ。及ばすながら人に勝(かた)んとする念(ねん)を起(おこ)せりと申。衣子(ころもこ)これを聞て老狸(らうり)をば放(はな)ちやり。今日土運(とうん)に当つて土功(とこう)成るの時いたれり。元来此堤水勢(すゐせい)を計(はか)らず。決口(かけくち)の東卑(ひき)くして常に水淀(よど)みかへるがゆゑに土留(とま)らす。水神人を取の霊(れい)あらば此二ツの瓢(ひさご)を取沈(とりしづ)めよ。此瓢を取沈ることあたはずんば何ぞ水神を霊(れい)ありとし頼むべき。我は無用の死には沈まじと。饋(かれひ)盛(もり)たる二ツの瓢(ふくべ)を決口に投(なげ)入れたるに。しばし漂(たゞよ)ひて大水にゆられ〓々(うき/\)と河かみにのぼり流る。あれ見よ淀(よど)める水の帰る勢ひ知るべし。いざ此瓢(ひさご)につきて築(きつ)けと四手(しで)を振(ふり)て下知しければ。衆人いさみて力を併(あは)せ土沙(どしや)の俵(へう)を投入れ。一時ならず脚(あし)つけたり。一同(いちどう)に喊(とよみ)を挙(あげ)て成就(じやうじゆ)を賀(が)す。先仮(か)りの土沙柵(からみ)をつけて其日は人夫(にんぶ)を労(ねぎ)らひ息(いこ)はせ。彼狸の仇(あた)をなして。堤(つゝみ)を穿(うが)たば。新(あら)たに成の時安心(あんしん)すべからずと。急ぎ宮所(みやところ)に参りて掃(かん)もりの司(つかさ)に請(こい)下し。大隅(おほすみ)の古宮を能(よく)閉(とざ)さんと官人(くわんにん)を請(しやう)じ。堤(つゝみ)築(つく)人夫をうつして不虞(ふぐ)に備(そな)へ。大内(だいだふ)へ趣(おもむ)く。彼恐れおほき御座所はその時うつされて大殿(たいでん)の辺(ほとり)のみ残れり。衣子も倶(とも)に礼服(れいふく)してひさしにすゝみ入り。声高くよびて。此宮に躱(かく)るゝ妖怪(えうくわい)あらば出きて面(めん)せよといひつゝも。何ものかこゝにとてあらはれ出ぬべき。雑人(ざふにん)召て隈々(くま%\)捜(さぐ)らせんと計るに。たゞ見る東の渡殿(わたどの)のつまなる局(つぼね)の戸内よりひらけたり。すは彼(かの)腹(はら)に目あるたぐひこそと思ふに。織物(おりもの)の褂(うちき)に鬢(びん)ふかせたる。年のほど伯(をとな)びたるが。袖(そで)に一ツの篋(はこもの)をさゝげ。はしを寛(ゆる)やかに歩み袴(はかま)をさえ/\とふみならして入り来る。正(たゞ)しく向ひゐて。襟(えり)にはさみたる扇しきて敬恭(うやうや)しく篋(はこもの)を閣(さしお)き。今は事顕(あらは)に面伏(おもてふせ)なり。わらはこそ先代(せんだい)の御晩年(おんすゑつかた) 百済(はくさい)貢女(こうぢよ)の中に。弓月(ゆつき)の秦女(はため)とて縫所(ぬひところ)の別当(べたう)なりしが。此宮に住(すみ)なれて後(のち)。今の大郡(おほごほり)に随従(ずゐじう)し奉り。職事(しきじ)煩冗(わつらはしき)にたへず跡(あと)をくらまし。窃(ひそか)に此故宮(こきう)に匿(かく)れ住(す)み。折からは出て縫女(ぬひめ)のわざを人家(じんか)の小女(せうちよ)に教(をし)へ導(みちび)き。静間(せいかん)自在(じざい)に所を得たりしと。其言(こと)ば分明(ふんみやう)なれと。是猶変化(へんげ)現(いづる)ならんと疑(うたが)はる。庭上(ていしやう)に立たる門前(もんぜん)の者。三野(みの)の類(たぐひ)。また化(ばけ)たり。からめて姐許(ひめこ)の置所(おきところ)問(とは)ん」と腕(うで)をさする。掃(かん)もりの司(つかさ)は兼(かね)て聞もしつ。さることもこそと思へりけれど。然るに妖怪(えうくわい)の聞えあるはいかにと詰(なじ)り問(と)ふ。秦女(はため)云。独身(どくしん)を護(ご)せん為(ため)。先祖(せんそ)弓月王(ゆつきわう)伝来(てんらい)の聖経(しやうぎやう)を尊敬(そんけい)して。朝拝(てうはい)夕礼(せきれい)おこたらず。旧(ふる)く棲(すみ)たる狐狸野猫(こりやめう)皆恐れて遠(とほ)く去(さ)る。人として此空宮(くうきう)へ深く入らんとすれば。必す驚怖(きやうふ)を得て走(はし)り去(さ)る。其妖怪(えうくわい)のさまはわらはも知らざる所あり。三野の二女(にぢよ)は其家(いへ)旧(ふる)く通交(ゆきかひ)すれど。近ごろこゝに在(あり)とは知られずして。行て縫(ぬひ)のわざをしへたるに。女子等紡績(によしらはうせき)のわざにおこたり。薄暮(うすぐれ)に幽僻(いうへき)の地(ち)に立もとほり。行(みち)の露(つゆ)多きを知らず。故に我此所にとゞめて教訓(けうくん)す。何ぞ久しく留(とゞ)むべきとて。便ち是を呼ふ。荒(あれ)たる女官(にようくわん)の戸(と)の口(くち)より。雨女は何と心えたることもなく。此姫の所に遊(あそ)ぶとのみ思ひて出きたる。衣子兄弟(おとゝひ)に問(と)ひ究(きは)む。云はらから縫物(ぬひもの)しけるに。垣(かき)を隔(へだて)て招(まね)く少人(せうじん)の帰(かへ)るかた見んとて出しか見失(みうしな)ひて。此古宮(ふるみや)の築垣(ついがき)の壊(くづ)れより内を見入れたるに。うつくしきからねこの草(くさ)にまとはれころぶを見て。垣をこえてすゝみ促(とら)へんとする。此猫(ねこ)の頭(かしら)三ッ四ッに数(かず)まして恐ろしかりければ。帰らんとするに壊(くづ)れたる所を失ひたり。此姫の出来りてこちこよとてふかくすゝみ行て。常(つね)に見なれぬ珍(めづ)らしき事に一日(いちにち)とも覚えず。其のあひだに縫(ぬひ)物の事など聞え給ひて今にいたるといふ。已(すで)に宮女(きうぢよ)なること分明(ふんみやう)なれば。かもり司(づかさ)も所をおき。衣子は次(つぎ)にすさり詞をひかへて慎(つゝし)めども。きはめされば事ゆくべいやうなく。わづかにすゝみ袖かいあはせて。御方(おんかた)の聖経(しやうきやう)とのたまはすは。いかなるたときにやと問(と)ふ。是は漢土(かんと)のむかし夏(か)の禹王(うわう)洪水(こうすゐ)を治(をさ)めて後(のち)水陸(すゐりく)の妖怪(えうくわい)を閲(けみ)し。其形状(なりかたち)を挙(あげ)て。内には山海経(せんがいきやう)に図(づ)し官属(くわんぞく)に視(しめ)し。外には九鼎(きうてい)に鋳(い)つ鏤(ゑり)つして。門前(もんぜん)に列(なら)べ。人民(じんみん)に彼象(かのかたち)を先に知らしめて。鬼神(きしん)の姦(かん)に勝(かつ)の術。山林(さんりん)に入て迷(まよ)はず。魑魅罔両(ちみまうりやう)我本形(ほんきやう)を人に知られては害(かい)をなすことあたはず。且(かつ)山海(さんかい)水源(すゐげん)を知(しり)て水利(すゐり)の瑞典(ずゐてん)なり。疑(うたが)ひを散(さん)ずる為なれば?(なんぢ)見さふらへと。持(もち)たる金函(きんかん)の蓋(ふた)を去て拝覧(はいらん)せしむ。衣子膝行(にじりより)て手にささげ見る。是便ち金字(きんじ)の山海経(せんがいきやう)并(ならび)に図像(づしやう)あり。頃(このころ)雑人(ざつにん)を畏(おど)さん為(ため)に出現(しゆつげん)せる異形(いぎやう)は皆此経(きやう)の図(づ)に似たり。此図に無(なき)ものは。世に野猫(やめう)のたぶらかしと思ひ合せける。其帖(でふ)の背紙(うらかみ)に水利(すゐり)の術(じゆつ)九条(くでう)を記(しる)す。衣子是を一観(いつくわん)して大に水学(すゐがく)を発明(はつめい)し。心中に感(かん)じ悦ぶ。後の世(よ)其郡(こほり)に百済(くだら)王女(わうぢよ)の経冢(きやうづか)とは。此経(きやう)をうづみて息城(そくじやう・みづしづめ)の鎮(おさへ)となせりとも伝へたり。弓月秦女(ゆつきはため)は掃(かん)もりと同しく大郡(おほこほり)の宮に帰り参り。山海経(せんがいきやう)の水利(すゐり)の功用(いさほし)あるを吹挙(すゐきよ)する人ありて。跡(あと)くらませし罪(つみ)を宥(ゆる)されぬ。

衣子は三野(みの)の両女を其家に送りかへし。彼経(かのきやう)によつて工夫(くふう)をこらし水勢(すゐせい)をさとり。続(つゞき)て決口(かけくち)に人夫(にんぶ)を聚(あつ)め。土落ぬ先にかためよとて。伏見(ふしみ)の竹をきり。葛城(かつらき)の杉(すぎ)を斬(き)らせ?(つちどめ)を柵(しがら)みし。鵜殿(うどの)の葦(あし)を移(うつ)させ。磐手(いはて)の巵子(くちなし)を撒(まき)て土〓{鼠+晏?}(どゑん)をふせぎ。棒(ぼう)たゝき千反(せんべん)して。狗尾(くび)結縷(ひぢはひ)を布(し)き。稗(ひえ)をまかせ。脱間(たえま)築(つき)おほせて準縄(なはばり)を改正(かいせい)して下知す。長き木津川(こづかは)の土をもて来る水道(すゐだう)の難儀(なんき)なるうへ。此国北西(きたにし)水に包(つゝ)まれ常(つね)に浸淫(しんいん)すれども。此河内は陽国(やうこく)なり。陽国の河は床(とこ)常に高くなり。堤は年々(とし/\)に低(ひき)くなる物ぞ。腹(はら)を厚(あつ)くつけまして土(つち)を重(かさね)るにおこたるべからず。河堤(かはつゝみ)には植物(うゑもの)せぬもよし。柳は土を瘠(やせ)させ薄(すゝき)は土を沙(すな)となすとぞ。扨(さて)水勢を折(くじ)くには水を斜(なゝめ)に受る。其所に応(おう)じて乱杭(らんぐひ)。石簍(いしわく)。竹籠(じやかご)。激石(さるを)を設(まう)けて水を撥(はね)させ。堅固(けんご)の抵当(てあて)調ひければ。笠置川(かさぎがは)より迫(せき)下す桃花(たうくわ)の水。琵琶湖(びはこ)を吹来(ふきこ)す揺落(えうらく)の風にもゆるがぬ世(よ)の宝(たから)となりぬ。

落成(らくせい)已(すで)に叡聞(えいぶん)有て。強首(つよくび)が人柱(ひとはしら)に入りたるを傷(いた)ませ給ひ。朕(われ)なんぞ生民(せいみん)を牲(いけにへ)に用(もち)ふべき。凡難事(なんじ)にあたりては力あるもの智(ち)あるものをえらむためしなれば。彼二人を用て水神(すゐじん)を水際(みぎは)に祭(まつ)らしめ。土功(とこう)を成ん為なるを。便(びん)なくも強(つよ)首が勇(ゆう)に死(し)したると惜(をし)ませ給ふ。後(のち)に思ひ合(あは)すれば。生贄(いけにへ)と披露(ひろう)して伝(つた)へ誤(あやま)りしは。狸(たぬき)などの仇(あた)を報(むく)ひたるや。強頸(つよくび)の脱間(たえま)は其水潦(たむろ)し跡池(いけ)となる。後(のち)の世の野談牧唱(やたんぼくしやう)に

  強頸(つよくび)の身はさながらの人柱衣子(きし)に習はゝ沈まじ物を

衣子の古堤(ふるつゝみ)は。今太間(たいま)の東北より池田村(いけだむら)にいたるの間わづかにのこれりとかや。其縄(なは)引(ひき)て直(すぐ)なる所を衣子縄手(きしなはて)といひたるよし。後世さだかならず。今の古堤をやいふらん

 後の人の口遊(くちずさみ)に

  衣子のまことあらては胸あはしかつける袖の広き心か

古今奇談(ここんきたん)莠句冊(ひつじくさ)第三巻(たいさんのまき)終

古今(ここん)奇談(きたん)莠(ひつじ)句冊(くさ)第(たい)四巻(しのまき)

 六、吉野(よしの)猩猩(しやう/\)人間(にんげん)に遊(あそび)て歌舞(かぶ)を伝(つたふ)る話(こと)

好(よ)き人に見せばやと賞(しやう)し。花の山となしけんと嘉(よみ)せし跡とめて。花見んとて其境(きやう)に臨(のぞ)みて。花の有りや無しやは誰(たれ)も眺望(てうばう)の忙(いそが)しきに遑(いとま)をとられ。其際(きは)を思ひ分ぬに。或(あるひ)は雲とかや多かるべきと思ふ人の。此面(このも)彼面(かのも)の花を見て無興(むきよう)なるは。見せばやの人には非(あらざ)るべし。右に左に山水の吉野一(ひと)かたならず。山の山もりに問ふべき吉野こそ。問ふ人の始しられず?(はるか)なり。花は神の代より芳(にほ)ひつらん。瓦(かはら)葺(ふけ)るものゝこゝに所(ところ)卓(しめ)たるより。異種(いしゆ)を養(やしな)ひましたるもあらんか。散(ちり)やすからぬは此山中(さんちう)の種(たね)にはあらずこそ。奥(おく)の花は一時(いちじ)ならず。咲(さけ)ばちり散(ち)れはさくらと口号(くちずさみ)あるは。近(ちか)ごろの花見なり。むかしの麓路(ふもとぢ)は。象谷(きさたに)より卑(ひく)きに添(そ)ひ曲(まが)り登(のぼ)りて今の金の鳥居(とりゐ)にもいたりし。

其間谷の片側(かたそば)をのぼりくだりてめづらかならん。南朝(なんてう)となりて輦路(れんろ・みゆきみち)漸(やうや)く開(ひら)け。軌道(きたう・ひろこうぢ)日(ひゞ)に平(たひら)に。花も数添(かずそふ)にはあらじ。水に臨(のぞ)める勝地(しようち)は宮瀧(みやたき)西河(にしがう)に卓(しめ)尽(つく)し。本源(ほんげん)は巴が淵(ふち)とや。山より出て山を環(めぐ)れる水の咽(むせ)んで流るゝ?々(ゑい/\)の音は耳(みゝ)と語るが如く。川上(かはかみ)の諸流(しよりう)皆こゝに落て遥(はるか)に紀(き)に達(たつ)す。峰中(みねなか)には急流(きふりう)の瀧(たき)瀑布(はくふ)の懸(かゝ)るもの其数(かず)多し。金(かね)の御岳(みたけ)の名は地主(ちしゆ)金峰(きんぷ)の社(やしろ)によるとこそ聞に。いつしか密厳(みつごん)成就(じやうじゆ)の地と標(しるし)して。石沙(いしすな)も?(ひろ)ふべからざること古(ふる)くかたり伝ふ。檜(ひ)の木笠(がさ)いたゝき連(つれ)て峰(みね)がちなる道を深(ふか)く分入る。其俗道(ぞくだう・ぞくせんだち)ならぬも。西より来れば六(む)ッ田(た)の淀(よど)めるほとりをよるべの水とやなすべき。

よりその石とかやいつくにか。近(ちか)くなよりそとしらせまほし。山気(さんき)に育(やしな)はるゝ怪獣(くわいじう)珍禽(ちんきん)幽谷(いうこく)にかくろひ。大首(たいしゆ)にして馬尾(ばび)あり鬣(たてがみ)は蹄(ひづめ)に踏(ふむ)べく。髪(かみ)被(かぶ)りたる間(ひま)より斜(なゝめ)なる眼光(がんくわう)きらめけるは。是なん義経(ぎけい)の乗(の)り捨たるが仙となり。時ありて岸(きし)に嘶鳴(いなゝく)とぞ。南の深きには鎧(よろ)へる虫とかや。飛動(××)幻(まぼろし)のごとく。むさゝび年(とし)経(へ)たるそれがまた世を歴(ふり)たるにもあらめとか。雲を友(とも)とし風を食(しよく)とせる【胃-田+生】(しひ)といふ怪獣(くわいじう)あり。撃(うつ)て倒(たふ)せば風を得て怱(たちま)ち甦(いきかへ)る。古昔(むかし)禽獣(きんじう)の拒(ふせぎ)に備(そなへ)を得ざる時しも。人を攫(つかみ)て木に掛(かけ)たるは大鷲(おほわし)にやありし。それが功(こう)満(みち)たるを圧(おさへ)て頂巾(ときん)戴(いたゝ)かせ篠掛(すゞかけ)披(ひら)かせて。護法(ごほふ)に役(えき)せられて後は。人を傷(そこな)はずと悟(さと)しあるも空聞(そらぎゝ)せらるれど。実(けに)もと思ふ人もあるなり。

山深きにも蟒蛇(まうじや)棲(すま)ぬは。金気(かねのき)を厭(いと)ふにや。其境(きやう)の霊(れい)なる。神仙(しんせん)の宿りも徒(たゞ)にはあらずこそ。天武(む)の袖振(そでふる)山は勝手(かつて)の上に襲(おそ)ひ。五回(いつたび)ひるがへすは天瞻(おんめ)にのみ見給ひ。日蔵(にちざう)の笙(しやう)の岩窟(いはや)は国見山(くにみやま)に列(つら)なり。此(こゝ)にこもれる身の何の涙(なみだ)の雨ぞ。在五(ざいご)。西河(にしがう)の幽豁(いうくわつ・かすかにひらけ)に仙(せん)し去(さ)り。都良(とりやう)旭日(あさひ)の邃窟(すゐくつ)に脱体(からぬけ)せりと。倶(とも)に昔より俗(ぞく)伝ふ。都籃(とらん)長生を煉(ね)り。転乗(てんしよう)法華(ほつけ)を励(はげ)まし。中院谷(ちうゐんだに)に忠信(たゝのぶ)か骨(ほね)を粉(くだ)き。掛抜塔(かけぬけのたふ)に義経(よしつね)の名(な)を?(ひ)く。円位(ゑんゐ)の高致(かうち)ある頭陀(づだ)の実(み)を苔(こけ)の滴水(しみつ)に炊(かし)き。静女(しづか)の妙妓(めうぎ)なる法楽(はふらく)の舞(まひ)を縲絏(るいせつ)の中に奏(そう)す。

岩余(いはあれ)の蹕路(ひつろ)。雄略(ゆうりやく)の行宮(あんきう)は花の為に辱(かたしけな)うせず。平城(へいぜい)七代(しちだい)の帝家(ていか)顧(かへりみ)を垂(たれ)給ふ。名区(めいく)異跡(いせき)を数(かぞ)へて探(さぐ)らんとせば。詣(まう)で来る人も倦(うみ)やしつらん。霊洞(れいどう)奇窟(きくつ)は修験(しゆげん)の九穴(けつ)と数(かぞ)ふるのみならず。暗窟(あんくつ)の難(なん)を避(さく)べき多く。漢土(かんど)の離災城(りさいじやう)は物かは。凡そ洞穴(とうけつ)の成(な)るは土の穿(うげ)たるに起(おこ)り。又金(かね)ある山は必ず壙(まぶ)あり。人智(にんち)の逸(いちはや)きいつを始と知ることなし。

高城山(たかぎやま)は護良王(もりよしわう)の拠(より)給ひ。実城(しつじやう)の行宮(あんきう)は建武(けんむ・のみかど)年(とし)を累(かさね)て拠所(よりどころ)となりし。中殿(ちうてん)の跡は当時(そのとき)の宮たちを摸(うつ)したりと聞ば。何許(いづこ)の御階(みはし)か。司(つかさ)召(めし)て加階(かかい)賜(たう)ばりし。

此(こゝ)の庭にや。陣(ぢん)を結(むす)びて政(まつりごと)を頒(わか)ちたる。山烏(やまからす)なるものは幽林(いうりん)にかつかうと鳴て寥(さみ)しさまさるを。還幸(くわんかう)と逆(むか)へ聞(きゝ)て耳(みゝ)を悦(よろこ)ばせし大宮人(おほみやびと)の感慨(かんがい)深(ふか)く。そのかみ賊(ぞく)を殲(つく)すの叡慮(えいりよ)遂(とげ)ず。此所に迫(せば)められ給へる震襟(しんきん)さこそと思ひやり奉られ。世の中はよしやとかりそめに駕(が)をとゞめらるゝやうにて。百(もゝ)の司(つかさ)も備(そな)へさせず。礼儀とゞめられて行事(きやうじ)もなく。亡賊(ばうぞく)の軍計(ぐんけい)のみなれば。諸卿(しよきやう)の家(いへ)の記(き)も数(かぞ)ふるまでにて。定固(さだか)ならぬことのみ言傅(いひつた)へたる中に。護良王(ごりやうわう)の見ぬむかしに歯(は)を咬(くひ)しばる人情(にんじやう)の憤(いきどほ)りをや泄(もら)すべき。

後村上(ごむらかみ)の御時(おんとき)初和歌(はつわか)といふ宮女(きうぢよ)あり。是は桃井(もゝのゐ)直常(なほつね)の一族(いちぞく)に右馬頭(うまのかみ)とかいふ人。石川(いしかは)の加名生(かなふ)の寺にて発心(ほつしん)しける時。一人のむすめを吉野宮中(きうちう)に宮侍(みやつかへ)させける。生得(しやうとく)聡(さと)きうへ父が膝下(ひざもと)にて教(をし)へ興(きよう)じたる。いさゝかの白拍子をもかぞへ舞(まひ)ければ。初和歌(はつわか)とは召(め)されけり。同し時に慶(けい)の局(つぼね)とて。山宮(さんきう)の始より伏侍(ふくじ)して歌舞(かぶ)に妙(たへ)に。容貌(ようはう)端正(たんせい)に音声(おんせい)麗妙(れいめう)にして。幽情(いうじやう)怨語(えんご)にいたりては聞人(きくひと)酸楚(さんそ・かなしみ)に堪(た)へず。傾城(けいせい)の色にはあらで。一たび見るもの必ず忘(わす)るゝことなき態度(たいと)あり。心さとく人心(にんしん)をむかへて知り。又酒を醸(かも)する其法を得て。水量(すゐりやう)能適(かな)へり。初和歌(はつわか)才能(さいのう)ある人に遜(へりくだ)り万の教(をしへ)を受しかば。互(たがひ)にむつまじく常に御遊(ぎよいう)のかざしともなり。彼(かの)青海(せいかい)のねり出たるには品くだりたらめども。民家(みんか)までも其戯(たわふ)れ行(おこな)はれて心ゆくまでの観(み)ものとなせり。此局(つほね)の申さるゝは幼少(えうせう)の時父(ちゝ)に具(ぐ)して出(いつ)る羽(は)の羽黒(はぐろ)の下(もと)に年(とし)経(へ)たり。近き邑(さと)に俳伎(わさをき)の伝来(てんらい)ありて里民(りみん)其技(わさ)を能(よく)す。それを習ひ染(しみ)たり。漢語(かんご)に是を劇(げき)といふは総名(そうみやう)にて。扮演(ふんゑん)は物を真似(まね)るなり。唱(うた)ひもの過て動作(だうさ)にかゝるを発科(はつくわ)と目(なづ)け。打諢(だこん)は笑(わら)ひなり。態度(たいと)のみなるを舞(まひ)と云ふ。

調曲(てうきよく)逸声(いつせい)の次(つぎ)に白(なのり)あること皆漢劇(かんけき)の体(てい)なり。身の挙動(ふるまひ)は指(さす)と収(をさむ)ると左右(さいう)のみ。是を高(たか)く卑(ひき)く重(おも)く軽(かろ)く速(はや)く緩(ゆる)くするわざをきを以て品おほく分るゝなり。御欄(こらん)の舞の左右(さいう)の肩(かた)に目を添(そへ)るは故(ゆゑ)あるべし。我つたへたる態(わざ)にもあるはいさゝか余情(よじやう)なければかくはするならん。凡出シ太鼓(たいこ)は棄てのらず。着座(ちやくざ)するは鼓吹(こすゐ)のこりてこそ。処女(しよぢよ)は言(ことば)短少(たんせう)に只面(おもて?)を伏(ふせ)て起居(たちゐ)易直(いちよく・なにとなく)なるべし。妻女(さいぢよ)は介賓(ことは)つら/\と敬(けい)ありて。動作(だうさ)軽弁(けいべん・かひ/\し)なり。妓女(ぎによ)は言(ことば)に嬌羞(けうしう・はづかしげ)なく。心ゆくまでにして常の歩(あゆみ)はねらず。貴人の挙動(ふるまひ)は老嫗(おいうば)に混(こん)じやすく。少女(せうぢよ)の態(みぶり)深(ふか)ければ児戯(にき)を出す。上に承(うけ)ると下に臨(のぞ)むと記に緊放(しめゆるめ)あり。凡場(しやう)に上(のぼり)ては形体(けいたい)を無心(むしん)にすべからす。

手の措(おき)ところに煩(わづら)ふ。俗劇(そくげき)は実情(じつじやう)より考(かんが)へ出すを且(かつ)得たりとすれども。其度(ど)を過れば本来(ほんらい)を失ふ。誰も技芸(ぎけい)いまた拙(つたな)ければ。人の笑ひ欺(あざむ)くを憤(いか)る念(ねん)はからすも生(しやう)ず。体態(ていたい)いたりて。観(み)る人魂(たましひ)をしめて息(いき)を閉(とぢ)て坐(います)を思へば。拙(つたな)くてあさみ笑はるゝも興(きよう)を奉るの一ツなるべし。角力(すまふ)の速に脆(もろ)く負(まけ)たるを笑ふ人の其力(ちから)つよきにはあらねど強(つよ)きも弱(よは)きも興(きよう)せらるゝにこそ。凡我聞しらぬ謡(うた)ひもの舞(まふ)ましと辞(し)するは。狎私(わたくし)の事なるへし。頓(とみ)に入調(ふ×つけ)せし今様(いまやう)の類(たぐ)ひ。是舞へと命(めい)あらは。只其結末(けつまつ・をはり)の頌歌(しようか)ふた言(こと)みことを先(さき)にきゝて。結(むす)べる唱(うた)より態(たい)の余(あま)らぬ心すべし。

是ら只態(わざ)を舞(まふ)と程(ほど)を舞との分(ぶん)なり。笛(ふえ)を遥(はるか)に延(のへ)て吹(ふき)出されては。舞損(まひそん)ずる事あり。二段ばかりに責(せめ)を打(うつ)は席(せき)を促(?なかす)なり。態(わざ)を専(もつは)らに出しがたくこそ。又謡曲(えうきよく)は開合(かいがふ)を失へば詞うつるものなり。彼瞽者(こしや)の唱(うた)ふ山伏(やまふし)の花見(はなみ)に。扇おつとり刀(かたな)さいてと誤(あやま)り。弱法師(よろぼふし)を妖霊星(えうれいぼし)と聞誤(きゝあやま)るにはあらで。田楽(でんがく)の家(いへ)にて早くひが言(こと)となりて常にかく謡(うた)ふなりけらし。然(しか)はあれど身の動(うご)くは見る人悦(よろこ)び愛(めで)給ふ。穿(うがち)て筆の動くは憎(にくま)るゝ種(たね)なるべし。俗劇(ぞくげき)は男女(なんによ)混用(こんよう)す。老旦(らうたん・ふけたをんながた)を武生(ぶせい)に用れど武生(ぶせい)は男優(なんいう)の事なり。

和田酒盛(わださかもり)の五郎は剛生(かうせい・あらこと)なり。小袖(こそて)の五郎は軟生(なんせい・やはらこと)なり。

又視(み)ること帯を下(くた)らず乳(ち)より上(のぼ)らすといへども。誓約(せいやく)の言と発作(はつさく・に?××たつる)の勢は対手(あひて)の面を乞(き)と見たるが宜(よ)きなり。袖(そで)を反(かへ)す事は男優(なんいう)はなすまじきに軟生(なんせい)は今もするなり。袖几張(そできちやう)してふりかへりたる瞼(かほ)の。しばし停(とゞま)れは映(てり)に過ぎ。とゝめざれは余情(よじやう)なし是も昔は水干(すゐかん)の袖を自(みつから)かづく手なるを。今は袖長くても被(かつ)かす。

又土方(くにところ)に従(つい)て一同(いちどう)ならぬあり。唐劇(たうげき)は鬼形(ききやう)に虎面(こめん)を用ふ。素面(すめん)に虎班(とらふ)かくの起(おこ)りか。男女(なんによ)の脚色(いでたち)共に雲肩(うんけん・かたあて)あり。剣(けん)を執(とり)て追ふもの只とらへて刺(さゝ)んとし逃(にぐ)るもの胸(むね)を護(ご)して顧(うしろむ?)く。東技(とうぎ)はあきれ呀(いぶか)るに頬(ほ)を(ふくら)かし。西技(さいぎ)はいかぶるに口を開(ひら)く。扨又舞者(ぶしや)の執(とり)てかざす扇をすべて翳(えい)といふよし。凡のわざをきを態(たい)といふ能(のう)の字と混(こん)じやすきよし。戯場(きじやう)末(すゑ)を結(むす)んで観技(くわんぎ)の人を催(もよほ)し出す鳴(なり)ものを舂〈原文【春-日+旧】〉牘(おくりたち)と名(な)いふ。酔(ゑひ)ものこり久しく坐(ざ)して。足の縮(すく)みて歩(あゆみ)の正しからぬを蹶(つまつ)きなく養(やしな)ひ送るの拍子(へうし)ありて。楽家(かくか)の伝(つた)へありとそ。世に歌舞(かぶ)を貯(たくは)へたる家は主人も舞妓(ふぎ)も守る所ありて堪能(かんのう)には達(たつ)すべし。声色(せいしよく)を貧(むさぼ)ると衒(うる)と。主人の枕席(しんせき)を抱(いた)くにいたりて。是を以て賓客(ひんかく)に供(きよう)するは敬(けい)にも背(たが)ひ。声(こゑ)も態(わさ)もうつりにうつりて晴(はれ)には用る所なかるべし。

静(しづか)が産家(さんか)籠(こもり)り〈ママ〉して程なく。しんむしやうの曲心も及ばぬこわ色と称せし。其記(き)は原(もと)より前後し花多し。さこそあらめのことばなるべしと是ら皆伝へある事とて折ふしにかたり聞えけり。正平(しやうへい)の始足利直義(あしかゞたゝよし)。兼て高師直(かうもろなほ)が勢体(せいたい)を畏(おそ)れ。都に在ながら密々(みつ/\)に南朝(なんてう)へ内附(ないふ)せんと志(こころざ)し。淵辺(ふちべ)が旧識(きうしき)越智成次(をちなりつぐ)にたよりて申入れられしかは。南方(なんばう)の諸大将商議(しやうぎ)区々(まち/\)。疑(うたかひ)を抱(いた)かる。左馬頭正行(さまのかみまさつら)申す。某兼(かね)て間候(きゝもの)するに。近来(きんらい)高倉(たかくら)と執事(しつし)と相和(さうわ)せず。鉾盾(むじゆん)遠からず。後日の倚所(よりところ)と思ひ今無事の時に降(かう)を請(こ)ふならめ。密事(みつじ)とあれは許(ゆる)して心底(しんてい)を試(こゝろ)み給へとあるによつて其降(かう)を受(うけ)させられ。懇意(こんい)くだりて邸宅(ていたく)の沙汰(さた)に及ばる。しかれども直義(たゞよし)かゝる時節に心打解(とく)べきにあらざれば。北朝(ほくてう)の聞えも忍(しの)ばれたく。始終(しじう)に心を配(くば)り淵辺二郎(ふちべじらう)を従(したが)へて披露(ひろう)は石堂兵部(いしだうひやうぶ)と仮名(かりな)して参りけり。

人物(ひとがら)動作(ふるまひ)実(けに)も足利の連枝(れんし)。人は平日(へいしつ)の体養(たいやう)にこそと人々(ひと/\)申あへり。爰に先朝の按察(あぜち)の典侍(てんじ)なりし南の方とて。大塔宮(おほたふのみや)御最後(ごさいご)まで介抱(かいはう)使喚(しくわん)せし人あり。石堂(いしだう?)と云は直義が降(くだ)り参りぬとさぐり聞て。便(すなは)ち内奏(ないそう)して。武士(ぶし)に命(めい)じて急き誅罰(ちうばつ)せらるべしと訴(うつた)へ求(もとめ)られければ。腹(ふく)心の文武(ぶ)を召(めし)て内儀(ないき)せらるゝに。近比(ちかごろ)は降(くだ)るも納(い)るゝも互(たかひ)に計策(けいさく)を尽(つく)し究(きは)めたる所なれば。旧恨(きうこん)を夾(はさ)むの時にあらずと申趣(おもむき)につかせ給ひて。此由(よし)聞えさするに。南の方左(さ)あらば其罪(つみ)を数(かぞ)へて恥(はづ)かしめて胸(むね)を居(ゐ)るへきと頻(しき)りに奏(そう)せらる。

元より此憤(いきどほ)りは南朝(なんてう)の一人(いちにん)より諸臣(しよしん)にいたりて。折(をり)に触(ふ)れ席(せき)に臨(のぞ)んで言葉(ことば)の根(ね)ざす一節(いつせつ)なれは。挙載(とりあぐる)に及時は大義論(たいぎろん)なり。為(ため)に叡慮(えいりよ)を凝(こら)させ給ひ。むかし漢代(かんたい)の末つかた蜀(しよく)の昭烈(せうれつ)の時に許慈(きよし)と胡潜(こせん)と中悪(あし)く。公事(こうじ)に懈怠(けだい)するを励(はげ)まさんと。内々(ない/\)倡優(しやういう)に命(めい)じて両臣(りやうしん)の行跡(かうせき)を習(なら)ひ扮(やつ)さしめ。諸臣(しよしん)大会(たいゑ)の席(せき)にて是を扮優(ふんいう)せしめたるためしもあれば。それに傚(なら)ひて慶(けい)と和歌(わか)に命下り臨時(りんじ)の御欄(ごらん)の俳伎(わさをき)を催(もよほ)さる。齣劇(ほれわさ)三場(さんじやう)の末に組(くま)れたる躑躅(つゝじ)が城(じやう)の劇(げき)に。新曲(しんきよく)を作(つく)り添(そへ)て。戯名(ぎめい)を桜宴(さくらのゑん)と賜(たま)ふ。

便ち直義(たゞよし)を脇(わき)の役(やく)直義(たゞよし)の態(たい)に用ひ。和歌(わか)に南の方を扮(やつ)さしむべきに定れば。執奏(しつそう)せし越智(をち)を以て降人(かうにん)に対談(たいだん)せしむ。越智(をち)以(もつて)の外の事なれば公道(こうたう)背(そむ)けたりと思へど。是は新参(しんざん)の心を探(さぐ)り見給ふにこそと新邸(しんてい)に行て角(かく)と演説(ゑんぜつ)す。直義(たゝよし)も是こそ大事(だいじ)なれと。何気(なにげ)なき体(てい)にて。かく一身(いつしん)を寄(よ)せ奉るうへは。包(つゝむ)とも既(すで)にきら/\しき己(おのれ)が旧悪(きうあく)の疎忽(そこつ)。畏(かしこま)るの外あらんや。只わざをぎの不勘(ふかん)なるは衆英(しうえい)の笑(わら)ひを蒙(かうふ)るべけれども。武臣(ぶしん)の事にあらねば。恥る所にあらずと御受申しける標(めあて)の脚色(きやくしき・やくしや)已(すで)に説合(いひあはせ)定りたれば。淵辺(ふちべ)に旗奴(はたもち)を扮(やつ)さしむ。

慶(けい)は村上(むらかみ)。一場(いちじやう)に両扮(りやうふん・ふたやく)庄司(しやうじ)の浄(わらひ)。並に名和長氏(なわながうぢ)を承る。和歌に舞(まひ)を学(まな)べる。宮婢(きうひ)民家(みんか)の女子等(ぢよしら)。二十五人を用て。散(ち)れば雪(ゆき)の衣着(きつけ)の垣代(かいしろ)に立しむ。舞監(ぶかん)には故篠塚(こしのづか)の女子(によし)伊賀(いが)の局(つほね)検行(けんぎやう)す。父(ちゝ)の勇力(ゆうりき)を稟(うけ)つぎて武器(ぶき)あり。預(あらかじ)め号令(がうれい?)して。戯文(ぎぶん?)に違(たが)ふことあらば鉄(てつ)の杖(つゑ)にて一百(いつひやく?)打(うた)んと。美(うつく?)しき容(かたち)すゞやかなる流眄(ながしめ)に見やりたるは。花(はな)の下に寐(いね)て電光(てんくわう)におのゝく心地すらん。褻(け)の御欄(ごらん)なれども。端殿(はしとの)に錦辺(にしきべり)の御簾(みす)を垂(さげ)て君の御桟敷(さんじき)を設(まう)け。文武(ふんぶ)班列(はんれつ)に従ツて次第(しだい)す。糸竹(しちく)金鼓(きんこ)は幕(まく)の内に調(てう)し。第一に守屋稲城軍(もりやいなきのぐん)の衣摺櫓(きすりのやぐら)。第二に西国落(さいこくおち)の静舞(しづかまひ)。両?(りやうき)已(すで)に滞(とゝこほ)りなく奏(そう)して。躅躑(つゝじ)が城(じやう)の旗与(はたわたし)はきほひある物なればと。上下(じやうげ)目(め)を拭(ぬぐひ)て待に程こそなけれ

〈以下一段下げ〉

     躑躅(つゝじの)城(じやう)旗与(はたわたし)

  あかゞり踏(ふむ)な後(あと)な子。われも目があるさきな子。悦ぶべし君は山路(やまぢ)に御つかれもなく。いやかた/\こそ。扨も我(われ)運(うん)つたなうしてつゝじが城保(たも)ちがたく是まで迯(のが)れ来(き)ぬるが。師傅(しふ)はいまだ来らざるか。ゑいやと只今追つき奉りて候。皆々御傍(そば)ちかく御参り候へ。道を指(さし)たる農家(のうか)の申候は。此前(さき)の道を芋瀬(いもせ)の庄司か塞(ふさ)ぎて落武者を碍(さゝ)ふとこそ。君も己(おのれ)も修験道(しゆげんだう)は立聞しぬれは。山伏においては不足(ふそく)なく。別義(べつき)あるまじく候へども。若(もし)くは敵が君を取こめ奉る時。某一分(いちぶん)となり。計略(けいりやく)を以て御跡(あと)につゞきて救(すく)ひ奉るべし。又君(きみ)を故(ゆゑ)なく通(とほ)し奉らば後(おく)れたりとも某をも通し申へくと存候へば。義照(よしてる)は此所にためらひ。御後(あと)より参らふずるにて候。かゝる大切(たいせつ)の際(きは)に臨(のぞ)んで御傍(そば)を離(はな)れ奉る事は。何ンばう心ゆりなく候へとも。御免(めん)を蒙(かうふ)るべく存候。然らば師傅(しふ)程なく来り。我に遅(また)しむべからず。皆々来り候へ。荒(あら)心やすや此辺(へん)の奴原(やつばら)聚(あつま)るとも何程の事の有べき。

今は我を遅(まち)給はんさらばむかひ候べし。いかにいぶかしや。錦(にしき)の御旗(おんはた)を此(こゝ)に停(とゞ)め奉るは。大凡下(だいぼんげ)の奴原(やつばら)の賎(いやし)き手に取べき物かと。云もあへず旗竿(はたざほ)に手を塔(かく)れば。旗奴(はたもち)は旗(はた)を放(はな)さじとすまふを。旗もろともに中(ちう)に堤(ひつさ)げ。傍(かたへ)に障(さわ)る大(おほ)の男をかひ抓(つかみ)て四五丈許(ばかり)抛(なげ)うちやり。御旗もぎとり肩(かた)にかけ宮の御跡追て行。怪力(くわいりよく)勇気(ゆうき)ぞめさましき。武略(ぶりやく)の程ぞめさましき。庄司は是に肝(きも)を化(け)し/\。物陰(ものかげ)より走り出て。背(うしろ)を見やりてめがれせず。あれはと口をあきたるまゝにはたと坐(ざ)して。よし/\我に損益(そんゑき)なし。彼が随意(まに/\)去(さ)らしめよ者(もの)どもは遂(お)はゞ遂(お)へ。此年(このとし)も来(く)る年(とし)も。庄司は得こそと舌(した)を吐(は)き。遂(おふ)べき義勢(ぎせい)はなかりけり

        同 桜宴(さくらのえん)

吉野といへる邑(さと)の名は/\。君来(き)ますべきかざしかや。是は過つる建武(けんむ)二年。鎌倉(かまくら)の土?(つちらう)にて直義(たゞよし)に弑(しい)せられ給へる。大塔宮(おほたふのみや)に給侍(きふじ)せし皆見(みなみ)と申女にて候。最前(さいぜん)此処につゝじが城を築(きづき)て相撲(さがみ)入道(にふだう)が大軍(たいぐん)を受(うけ)給ひしも。岩菊(いはきく)が反心(はんしん)に落されて。村上義照(よしてる)御名を賜(たま)はり。つゝじの花を懐(ふところ)にして空腹(そらはら)切(きつ)たる其辺(ほと)りの。再(ふたゝ)び龍蹕(りようひつ)のとゞまる土地(とち)となり。かなしきかな昔(むかし)は葛原(かつらはら)の難(なん)に倣(なら)ひ。徒(いたづら)に国棲(くす)の奏(もう)に与(あづか)り。今は義帝(ぎてい)の恨に同しく。早く漢楚(かんそ)の業(かふ)に移(うつ)さる。さしも世(よ?)につらかりし足利(あしかゞ)の連枝(れんし)。高階(たかしな)が為に肩(かた)を圧(お)され罪(つみ)を悔(くひ)て降(くた)り参り。けふしも官軍(くわんぐん)の大名(だいみやう)を請(しやう)じ大御酒(おほみき)進るとて。舞びめをめし候。

わらは思ふ所あれば舞妓(まひびめ)のやうにて参り候。扨いかめしの設(まう)けやな。時に時めく今参り。新(あら)たに賜(たまは)る邸(てい)の門(かど)。千筋(せんすぢ)引たる白沙(しらすな)を右左(みきひだり)に束ねたる。輿(こし)よせの板敷(いたじき)広(ひろ)く。大紋(だいもん)に風を含(ふく)めし朗等(らうどう)の。くつに並べる簷(のき)深(ふか)く一筋(ひとすぢ)引(ひ)ける幕(まく)に入る。

客人(まろうど)の数(かず)は誰々(たれ/\)ぞ。北(きた)畠に立並ふ三木(さんぼく)一草(いつさう)得能(とくのう)土居(とゐ)も穏(おだやか)に。礎(いしすゑ)堅(かた)き樟木(くすのき)も時に逢(あひ)たる花の宴。

新参(しんさん)にて歴々(れき/\)の御酒(ごしゆ)の量(りやう)も存せず候へば。御かた/\御進(すゝ)め候て席(せき)を御抱(かゝ)へ下されかしとねかひ候。山海(さんかい)の珍物(ちんふつ)を御馳走(ちさう)の事に候へば。誰々(たれ/\)も量(りやう)のかぎりたうへ候べし。誰(たれ)かある初献(しよこん)を奉れ。己(おのれ)引(ひき)物に参らんに。此白拍子は何とて遅(おそ)きぞ。左ン候只今参り候が。物の気(け)の附(つき)たる様体に見え候程に。端(はし)の屋に予(ためし)はせ置候。何条(なんでう)推て出し候へ。畏り。散れば雪たゆめは花の世に立て匂(にほ)ひも色(いろ)も何かせん。あら不興(ふきよう)や。席(せき)に臨(のそ)んで烏帽子(えぼし)も捨(すて)て。髪(かみ)さへ被(かづ)きて振(ふり)みだしたるは何の様体(やうだい)ぞ。是こそ和殿(わどの)が命(めい)じて害(かい)し奉る。大塔宮のいまはの有さまにてあんなれ。

抑(そも/\)土(つち)の?(らう)と申すは地(ち)を堀下(ほりくだ)して板(いた)ひさし。月日の光(ひかり)見えばこそ。朝夕(あさゆふ)の湿気(しつけ)にいたはり足たゝずよろばひ給ふを。思ひかけずも刺(さ)す刃(やいば)を口に啣(くはへ)て咬砕(かみくだ)き。憤怒(ふんぬ)の焔(ほのほ)を吐(はい)て薨(かう)し給ふ。猛勇(まうゆう)の御相(おんさう)恐ろしく悲(かな)しくて。身も縮(すく)み物も覚えざりし。

是朝命(てうめい)にもあらで私曲(しきよく)の悪(あく)にあらずや。直義はたゞ面(おもて)を伏(ふ)せ言(いふ)べき詞の出ばこそ。時節(じせつ)は廻(めく)る杯(さかづき)の汝に出て汝にかへる。足利殿の其始。都の討手(うつて)引ちがへ。丹波路(たんばぢ)さして横(よこ)ぎりしに方弗(はうふつ)たる挙動(ふるまひ)は。足歩(あしどり)までも?蹊(あやし)けれ。直義またも面を伏す。名和(なわ)の長氏(ながうぢ)客(きやく)の座(ざ)より。いかに白拍子。益(ゑき)なき往事(わうじ)を談(かたら)んより珍しく今様を舞候へ。殿は官軍(くわんぐん)最初(さいしよ)の忠臣(ちうしん)。舟(ふね)の上(うへ)の行宮(あんきう)に家と身を忘(わす)れたる指折(ゆひをり)の門(かど)にも。知らずや赤松一党(いつたう)の領(れう)すべきを横(よこ)に賜り朝家(てうか)を離(はな)し。我より与(あた)へて従(したが)へたる。家兄(このかみ)の計策(けいさく)は弟(おとゝ)に出て?蹊(あやし)けれ。

去ル程に兄弟将家(しやうか)の計略(けいりやく)を失(うしな)ひ。内乱(ないらん)を避(さり)て此朝(てう)へ。形体(かたち)は降(くだ)る心ばせ濫(みだ)り貌(かほ)の今参り見聞につけて?蹊(あやし)けれ。是は己(おのれ)が家事(かじ)に及び候。皆外より推量(おしはかり)の悪言(あくごん)と存候。名和(なわ)が申候。かゝる上は何を隠(かく)し給はん。とてもの事に候へば。御首(くひ)賜(たび)たる淵辺(ふちべ)を召されて。其時の御有さまを今様に責(せめ)て。かひなさしにて見申たくこそ候へ。

〈以下しばらく小文字〉此段にいたりて。直義席(せき)を離れ一部(いちぶ)の果(はて)まで勤(つとむ)べきなれども。此段はゆるさせ給へと。平常(へいじやう)の言(ことば)をのぶる時。伊賀の局鉄杖(てつぢやう)取なほし。早く打(うた)んとする眼ざし恐ろしく。やがて戯席(ぎせき)につきて〈以上小文字?〉

淵辺(ふちべ)を召まてもなく候。某聞つたへ候は。宮(みや)久しく土?(つちらう)に御座の所。御心地(こゝち)物狂はしくわたらせ給ふと承り。御髪(おんかみ)を剃らせたまはゝ御心地すこしくこそと。淵辺におほせて御髪(おんかみ)を剃(そり)奉れと此よしを啓(けい)しけるに。御心はやくもからみつかせ給ひて。御力(ちから)は強(つよ)かりけり。

せん方尽(つき)て淵辺が身を脱(のが)れん為の所為(しよゐ)なるに。御首を取奉れと聞まがひたると申こそ言語道断(ごんごだうだん)。其時速(すみやか)に領所(れうしよ)に遂(おひ)やり蟄居(ちつきよ)申つけて候へ。いや何程に詞をかざり候とも。淵辺が罪(つみ)は誰(たれ)か罪(つみ)ぞや。朝家(てうか)の頼み倚(よ)せ重き大塔宮(おほたふのみや)を空(むなしく)して。野心(やしん)を振(ふる)はん下心。

楚(そ)人の義帝(ぎてい)にもまさりし罪(つみ)を軽(かろ)しめし。怙(たの)みは誰(たれ)と?蹊(あやし)けれ。直義自ら罪(つみ)を知り候。今は宥(ゆる)させおはしませ。皆見(みなみ)も今は憤(いきとほ)りが散(さん)じてこそ候へ。たゞ歎(なげ)くべし九重(きうちよう)を御(ぎよ)して一王子(いちわうし)を覆(おほ)ひ給ふ事あたはず。是元来(もとより)宮の足利に反(そむ)けるは君の御内意(ないい)なりければ。足利よりも恨めしきは叡慮(えいりよ)かなと常(つね)に独(ひと)りこち給ひし。人間の種(たね)ならぬさへ憎(にく)む愛(め)づるの時の変(へん)。今日(けふ)の味方は明日(あす)の敵(かたき)とは知ながら。君が為法灯(はふとう)掲(かゝ)げおほせす。生(せい)を殺(ころ)し仏罪(ぶつさい)を重(かさね)ても臣等(しんら)の迹(あと)は守(まも)るべき。実(げに)是よりは今参り醜(しこ)の御盾(たて)と奉り。さす竹の大宮人は花に狩(か)りくらし。青根(あをね)が岳(たけ)は色もときはに。宇多(うだ)の富士(ふし)のね撫(なづ)とも尽(つき)ず。幾来更山(いくきさやま)の春のあけぼの。さやけき日つきの宮居(みやゐ)かな

      〈以上一段下げ〉

直義面目(めんぼく)を掩(おほひ)て舞収(まひをさむ)れば。衆人(しうじん)宿(ふる)き憤(いきどほ)り一旦(いつたん)に散(さん)じて。去(さる)にても直義のわざをぎ拙(つたな)からざりしを称美(しようび)す。理(ことわ)りかな直義降(くだ)り参る身を用心して。且(かつ)は北都(ほくと)へもれ聞く為に石堂(いしたう)と仮名(かりな)するのみならず。近臣花光(はなみつ)二郎兵衛経則(つねのり)。容貌(ようばう)似たるを初より仮(か)りの形代(かたしろ)として。その身は吉良(きら)八郎とて末の者となり。かゝることを何とも思はず。南朝(なんてう)人なしと心に笑(わら)ひ。籠(こも)りて邸(てい)を守りゐる。正行(まさつら)は降人(かうにん)の心をためし見給ふ叡慮(えいりよ)と聞しかば。彼も大度(たいと)の名将いかゞ答(こた)ふると傍観(をかめ)せしが。舞態(まひぶり)の善(よ)く馴(なれ)たるに本人にはあらざりけると。直(すぐ)に越智(をち)と共(とも)に新邸(しんてい)に行て。真(まこと)の仮名(かりな)せし石堂殿(いしだうとの)に面(めん)せんと申に。直義もつゝみかね名のり出て対面(たいめん)す。

初て見て旧識(きうしき)の如く。英雄(えいゆう)の断機(だんき)をしらぬ。をうなわらはの執念(しふね)き。かしこくも御支度(したく)ありしことかな。代(だい)の参内(さんだい)は既(すで)に経(へ)給へり。正行(まさつら)議(ぎ)すべき軍務(ぐんむ)の為に参りたりと。南朝(なんてう)の旧制(きうせい)を詳(くはし)く告(つけ)て馴々(なれ/\)しく。いざとて庭(には)に下(おり)て的(まと)を射(い)る。直義心に人数(にんじゆ)持たるは我にまさるものなしと詞をかけて云。日月(じつげつ)を貫(つらぬ)く新田(につた)殿程にはなくとも。我よく的中(てきちう)せば一たびは官軍(くわんくん)の帥(すゐ)を賜(たまは)らん。正行云。小臣(せうしん)能(よく)的中(てきちう)せば公とかはる/\六軍(りくぐん)に帥(すゐ)たらんと。対(たい)し射(い)ることしば/\にして。こゝに中(ちう)を得て退(しりぞ)く。

出るに臨(のぞみ)て公の今参りは密事(みつじ)なり滞留(たいりう)あるまじと云。直義悦びて。私の談(たん)に師直(もろなほ)が強梁(きやうりやう・はねきり)をかたりて進退(しんたい)を問ふ。

正行云。公は北方(ほつはう)にかへりて威勢(ゐせい)を包(つゝ)みて待(まち)給へ。近年(きんねん)に師直(もろなほ)必ず数国(すこく)の軍(ぐん)を率(ひきゐ)て馬を南に向ふべし。我戦(たゝか)ふて死生(しせい)を決(けつ)せんとす。貴公(きこう)の領(れう)する西播(せいばん)の地は人(ひと)勇(ゆう)に案内(あんない)もちかし。是を加勢(かせい)に出さぬ工夫(くふう)して。此朝(てう)の忠に備(そな)へ給へ。師直死せずとも軍(いくさ)に打負(うちまけ)なば勢権(せいけん)衰(おとろ)ふべし。勝(かち)なば公の家いよ/\安(やす)からず。其時心腹(しんふく)の一族(いちぞく)を尽(つく)して此朝に移(うつ)し来り。正行に代(かは)りて軍府(ぐんふ)を司(つかさど)り師直が害(がい)を避(さけ)給へ。己(おのれ)が一族(いちぞく)の遺(のこ)りたるあらば。公の忠勤(ちうきん)を視(み)て御指揮(しき)に従(したが)ふべしと。

其言(こと)の理(り)あるに服(ふく)して。此折から薙髪(ちはつ)して慧源(ゑげん)と法号(ほふがう)し。北には師直が疑(うたが)ひを散(さん)じ。時に当(あた)りて身を保(たも)つの始終(しじう)とし。南には護良王(もりよしわう)の幽魂(いうこん)を慰(ゐ)し。三年の後難(なん)を避(さく)るの張本(ちやうほん・ねざし?)とせり。斯(かく)て後に和歌(わか)のお許(もと)は和田(わだ)何某(なにがし)に嫁(か)し。篠塚(しのづか)の局(つぼね)は楠正儀(くすのきまさのり)の妻(め)となれりとぞ。時に高階(たかしな)の執事(しつし)威権(ゐけん)都鄙(とひ)に赫々(かく/\)たり。随従(ずゐじう)するもの。慶(けい)の局(つほね)の容儀(ようき)ありて妙舞(?)なるを伝(つた)へ聞て。是を取て其興(きよう?)に備(そな)へんとて。日比(ひごろ)間者(かんじや)を南朝(なんてう)に紛(まぎ)れ入らしめ。いかにしてか盗み出しけん。是を打囲(うちかこ)み〓{てへん+舁}(かき)て〓{燈?}(たう)の山路(やまぢ)の間道(かんだう)を急(いそ)くに。吉野の武士逐(おひ)来りて輿(こし)を遮(さへき)れば。京かたにも迎(むか)ひの兵卒(へいそつ)数(かず)増(まし)て。既(すで)に斯併(しへい・うちあひ)に及ばんとす。

かゝるまて一語(いちご)も出さゞる慶(けい)の局(つぼね)。輿(こし)の内より颯(さつ)と飛出る其状(かたち)紅梅(こうばい)の小袖(こそで)に赤き袴(はかま)の裙(すそ)を曳(ひき)て鳥のわたるが如く。高き岩上(がんじやう)に止(とゞ)まり。衆(しう)に向(むか)つて。我を何物とか思ふ。惺々(しやう/\)にして惺々(しやう%\)を知るべし。世(よ)の人(ひと)は得こそ我(わか)性情(しやうじやう)は知らじ。思ひあはせて知る人はしるらめ。赤髪(せきはつ)を披(ひ)らき葉服(えふふく)せる。彼(かの)猩々(しやう/\)八郎の母なるものは海島(かいたう)の野人(やじん)なり。磯(いそ)うつ波の音(おと)芦葉(あしば)そよぐ風ならては疎(うと)かるべし。我は名山(めいざん)の春秋(はるあき)に愛(めで)て幽棲(いうせい)の君主(くんしゆ)を慰(なぐさ)めんが為に比地に遊息(いうそく)す。何ぞ他人(たにん)を慰(なぐさ)めん。今日(けふ)こそ我停(とゝま)る限(かき)りとは兼て心えたり。我方(わがかた)の人々きさいの宮へも能々(よく/\)啓(けい)して年比(としごろ)値偶(ちぐう)の恩(おん)を謝(しや)し給へ。御気色(みけしき)を窺(うかゞ)ふことは蓬(よもぎ)が島(しま)の遊(あそ)び長く。御厨(みくりや)に己(おの)が醸(かも)せし御酒(みき)は。山宮(さんきう)の瘴気(しやうき)を除(のぞ)き宝算(はうさん)を増(ま)すべし。

安(やす)らに下臨(みそなは)して見しまゝの玉だれの内に。かしこくも御坐(おはしま)せと聞えて。翡翠(ひすゐ)の青髪(くろかみ)忽ち紅鶴(こうくわく)の糸(いと)を乱し。高(たか)く飛(とび)去て瞑々(めい/\)と慕(した)ふべきにあらねは。南兵(なんへい)は京家(きやうけ)の間者(かんじや)を逐払(おひはら)ひて。帰り参り此由(よし)を達(たつ)し聞えけり。是をなん吉野猩々とや云べき。彼山は秀霊(しうれい)の薮沢(すたく)なればなるへし

 七  大高(おほたか)何某義(なにがしぎ)を励(はげま)し影(かげ)の石に賊(ぞく)を射(い)る話(こと)

南朝(なんてう)は元中(けんちう)九年。北朝(ほくてう)は明徳(めいとく)三年の冬。南北和義(わぎ)調(ととのひ)て其間五十六年にて一統(いつとう)す。然れども北朝(ほくてう)の国も君臣(くんしん)治(おさま)らず。多事(たじ)なるに乗(じよう)じて。南方(なんばう)の旧家(きうか)遺恨(ゐこん)散(さん)せず。余党(よたう)時(とき)に起(おこ)る。一統(いつとう)の後五十三年。北朝の文安(ふんあん)元年にいたり。また皇胤(くわうゐん)を奉(ほう)じて蜂起(ほうき)し。西南(せいなん)の国に号令(がうれい)すること已(すで)に七年。諸方(しよはう)の武士来(きた)り従(つく)もの日(ひゞ)に加(くわゝ)りて。勢ひ前代(せんだい)にこえけれは其属国(ぞくこく)の貢物(みつぎもの)水に浮(うか)べ陸(くが?)に転(てん)じてあつまる。伊勢の磯部(いそべ)兼政(かねまさ)は多気郡(たけごほり)にて富有(ふいう)のきこえありしかば。先朝(せんてう)にめされて御蔵(くら)もりになされたる。

其子兼次(かねつぐ)参向(さんこう)し。先朝(せんてい)より倚置(よせおか)れたる米銭(べいせん)幾(いく)ばくを上納(じやうなふ)し。猶半(なか)ばのこりたるは。用(よう)に充(みち)て後(あと)より幾(いく)らも召され候へと申に。一朝(いつてう)賑(にき)はしく先例(せんれい)に依(よつ)て隼人佐(はやとのすけ)と召されける。保昌(はうしやう)五郎が家(いへ)にきたひ置(おき)し打もの。幾振(いくふり)幾腰(いくえう)を献(けん)じ来る。其余(そのよ)諸物(しよぶつ)。先代(せんだい)に捧(さゝ)げたる例(れい)にしたがひて進(まゐ)らせける程に。味方(みかた)の諸士(しよし)も心いさましくぞ覚えける。南朝柱石(ちうせき)の臣たる楠正勝(まさかつ)は。合体(かつてい)の時。父正儀(まさのり)に別立(べつりふ)し。弟正元(まさもと)は京(けい)に入り仇(あた)を刺(さゝ)んとして遂(とげ)ず忠死(ちうし)す。其後は十津川(とつがは)に入て已(すで)に四十余年(よねん)。

此時に及て老(おい)を極(きは)むといへども。余烈(よれつ)を失はず。帝居(ていきよ)に参向(さんこう)して衆(しう)と共(とも)に興復(こうふく)を計(はか)る。又大工(たいこ)の辺(はた)に住る国規(くにのり)とて。匠材(だいく)の上手(しやうず)なるが。皇宮(くわうきう)の備(そな)へを略(りやく)し粧(よそは)んとて参りければ。其事にはあらねともたゞ面(おも)かげばかりを摸(も)せられんとて。庚午(かうご)の秋。小瀬(をせ)といふ左僻(さへき)の要害(えうがい)に帝居(ていきよ)を経営(けいえい)しける。北山(きたやま)の庄(しやう)と称(しよう)すれど。其地は釈迦岳(しやかのたけ)を西に見て。東は勢(せい)の飯高(いひたか)へ僅(わづか)に近(ちか)し。

帝居(ていきよ)を造(つく)られて後は。事にふれて京家の人こそ物なれて好(よ)からんと思して。参り仕るものも少なからず。造営(ざうえい)成つて三年ばかりの後。間島(まじま)三郎兵衛中邑(なかむら)五郎次郎。両人来て智音(ちいん)の公卿(くぎやう)によつて降(かう)を請(こ)ひ奉公を望む。其詞に。是は二人が伝来(らん?)の主人(しゆじん)石見(いはみ)太郎が本意(ほんい)なり。石見は本赤松満祐(あかまつみつすけ)が家人(けにん)なり。赤松諸人(しよにん)の誹(そしり)にかゝり。北方にて出身(しゆつしん)の害(かい)をなし家(いへ)を起(おこ)すことあたはず。南朝(なんてう)の一方を承(うけたまは)り。血脈(けつみやく)を一群(いちぐん)にも住(すま)せ度。我両人を奉侍(ほうじ)せしめ。身(み)は北京(ほくけい)に在て南方(なんはう)の為に間者(かんじや)をなさんと。所存(しよそん)の趣(おもむき)を南帝(なんてい)可(か)として。そのかみ義(よし)のりたゞよしの例(ためし)もあれば。是を納(いれ)んと諸士(しよし)に仰せて正勝(まさかつ)に計(はか)る。

正勝熟思(じゆくし)して申は。たゞよしよしのりの時は我朝(わがてう)猶(なほ)勢(いきほ)ひありし。今日の衰(おとろ)へ何を頼(たのみ)て北方の被官(ひくわん)志(こゝろざし)を傾(かたぶ?)けん。父(ちゝ)正儀(まさよし)が在(あり)し時(とき?)河内に居(をり)ながら北方に降(くだ)りしも。君が世も我代もつきしと始終(ししう)を?(ふく)めるなりし。此事必ず拒(ふせ)ぎ給へと諌(いさめ)けれども。帝は偏(ひとへ)に人を得んと思しけるの時なれば。なつけて試(こゝろ)みよと其請(こひ)に準(したが)ひ給へば。不日(ぶじつ)に両人南朝にいたり。日勤(につきん)仕リ他事(たじ)なく。北方(きたがた)大小の挙止(しわざ)日夜(にちや)に告(つげ)来りて奏達(そうたつ)す。万(よろづ)才幹(さいかん)にして上の旨(むね)にもかなひ。忠(ちう)を尽(つく)すと見えける。正勝が許(もと)へも事を問(と)ひ謀(はか)り下知(げち)を受(う)け。聊(いさゝか)我意(がい)を用ることなし。

正勝も是を馴(なつ)けて常に語る。或時(あるとき)中邑(なかむら)云伝へ聞執事(しつじ)の先公(せんこう)は。張良(ちやうりやう)が伝へたる三略(さんりやく)肝要(かんえう)の処。一枚(いちまい)見給ひて武略(ぶりやく)秀(ひいで)給ふと承る。主人石見(いはみ)幼少(えうせう)の為に授(さづ)けたく。身分(みぶん)にも片端(かたはし)を承り伝(つた)へたき所存(しよぞん)。此様(このやう)の事も此朝(このてう)したはしく傾(かたぶ)き奉るうへ今国(くに)を同しくして忠勤(ちうきん)を分(わか)つ。其大略(たいりやく)を授(さづ)け給はゞ。共(とも)に朝家(てうか)の益(ゑき)にもなるべしと世にも思ひ入て申にぞ。正勝云。今同一(とういち)の味方(みかた)となりて。身に心えたること秘(ひ)すべきにあらず。しかし是等(これら)も。必竟(ひつきやう)は忠信(ちうしん)を縄墨(じようほく・すみかね?)にして事を用(もち)ひざれば。木刀(ぼくたう)にて戦ひかちても。真刀(しんたう)にて勝(かつ)ことあたはざるがごとく。魂(たましひ)定らざれば用に堪(た)へず。世に六韜(りくたふ)三略(さんりやく)は七ツの書(ふみ)に数へ入れたれど。予(あらかじ)め備(そなへ)るの軍法(ぐんはふ)は今日戦国(せんこく)の常(つね)に馴(なれ)たるに勝(まさ)る物なし。張良(ちやうりやう)が黄石公(くわうせきこう)に受(うけ)たる三略(さんりやく)といふは。上中下の三計(さんけい)にて。三たび来(こよ)とて遅速(ちそく)急(きふ)の三ツを。平坦(へいたん・たつ)鶏鳴(けいめい・とら)半夜(はんや・ねのとき)に譬(たとへ)て如レ此なるべしと説示(ときしめ)し。其時に当(あた)りたる王者(わうしや)の師(し)となるべき進退(しんたい)の急務(きふむ)を弁(べん)す。本朝(ほんてう)のむかしに入鹿(いるか)の臣(しん)を謀(はか)らんとて。鎌足公(かまたりこう)物学(ものまなび)に托(よせ)て南淵先生(みなふちせんせい)の所に。送迎(おくりむかへ)の路上(ろしやう)にて潜(ひそか)に大事を計(はか)られし。皆密事(みつじ)にして一人に談(かた)ることなり。今(いま)和殿(わどの)にも授(さづ)けたき事あり。凡そ事に臨ん(のぞ)んては。上中下(じやうちうげ)を定むべし。先(まづ)下(げ)の策(はかりこと)は。其許無二(そこむに)の忠を尽(つく)さんとすれ共。新参(しんさん)なれば重(おも)く任用(にんよう)せられず。北朝には此国(くに)今の拠(より)所山深(ふか)く攻撃(こうげき)の及(および)がたきを憂(うれ)へ。返(かへ)り忠(ちう)の者を得て此朝(てう)を傾(かたぶ)けんとする時なれば。短慮(たんりよ)に心変(こゝろがは)りして。新主(しんしゆ)を捉(とり)奉りて北に帰るの志(こゝろ)発(おこ)らば。其身の生死(いきしに)いまだ知べからず。或は是を効(かう)として。主人の家(いへ)を起(おこ)さんと欲(ほつ)すとも。元来(ぐわんらい)。赤松弑逆(しいぎやく)の罪(つみ)にて面を出しかたきに。又弑逆(しいぎやく)の所為(しわざ)を功(こう)にして。前(さき)の罪を免(ゆる)されなんことは。国(くに)に不忠(ふちう)を教(をしへ)るためしにて。後必ずそれに倣(なら)ふものあらん。其故に執達(しつだつ)の人ありとも。公(こう)是(ぜ)あらば。智臣(ちしん)あつて納(いれ)ず。却(かへつ)て罪名(さいめい)を重(かさ)ぬべし。中(ちう)の策(はかりこと)は目今(たゞいま?)。新参(しんざん)の初念(しよねん)を変(へん)せず。石見便ち赤松の嗣子(つぐこ)と共に来て此国に属(しよく)し。此朝(てう)の皇運(くわううん)に応(おう)じて。世(よ)を一統(いつとう)せは勿論(もちろん)。和儀(わぎ)調(とゝな)ふとも。愚臣(ぐしん)が輩と帝(みかど)の行宮(あんきう)する所に従(したが)はゝ。禄微(ろくび)なりといへども赤心(せきしん・まことある)の士(し)に数(かぞ)へられ。先人(せんじん)の罪名(ざいめい)却(かへつ)て王事(わうじ)に移(うつ)り。子孫(しそん)後世(こうせい)に恥(はづ)ることなかるべしと。明白(めいはく)の利害(りかい)聴居(きゝゐ)る間に肝(きも)驚(おどろ)き色変(いろかは)りて覚えず面(おもて)を低(たれ)しが。きつと心を張(はり)て何気(なにげ)もなき推〈権?〉(ふり)して。高論(かうろん)矇(もう)を開(ひらく)か如し。

今一ツの上(じやう)の策(はかりこと)は如何(いかん)と問ふ。正勝云。上の策尤(もつと)も言(いひ)かたし。中邑も止(やみ)がたく強(しひ)て聞んと希(こひねが)ふ。正勝云是恐らくは耳に入るましく存れども申なり。今紀勢(きせい)河摂(かせつ)の間に此朝(てう)へ内志(ないし)を属(ぞく)する大家(たいか)二三ならず皆(みな)模稜〈摸?〉(もりよう・かたよらぬ)の手を使(つか)ふ。和殿(わどの)両人の進退(しんたい)を忌悪(いみにく)み。北方に流言(りうげん)せしめば。主人までも禍(わさは)ひに及べし。其時罪(つみ)を免(まぬか)るゝ兼ての方便(てたて)ありや。左(さ)なくは急(きふ)に思ひ立あれかし。両人倍臣(ばいしん)と申さるれど赤松一族(いちぞく)の末(すゑ)なるべし。急に播州(ばんしう)に行て赤松満則(みつのり)に談(だん)して彼(かれ)を味方となし候へ。近日山名(やまな)発向(はつこう)して満則(みつのり)を攻(せむ)べきよし我に告聞(つけきか)せり。此時我山名に説(とき)て。攻(せめ)る体(てい)にて満則と心を合せ戟(ほこ)を返(かへ)して京師(けいし)を攻させ。己(おのれ)は河内の畠山(はたけやま)をかたらひ。宇治小栗棲(をぐるす)に出てはさみせめ。東国の里見(さとみ)原田(はらだ)に約束(やくそく)し同時(どうじ)に旗挙(はたあげ)させて。鼓角(こかく)の勢(いきほい?)を張(は)らせなば。八幡(やはた)の皇居(くわうきよ)亦致(いた)すべし。満祐(みつすけ)の血脈(けつみやく)政則(まさのり)の家を起(おこ)すは此時なるべしと。分配(ぶんはい)の速(すみやか)なること阪上(さかのへ)より丸(まるき)を走(はしら)すが如きの計策(けいさく)に。間島(まじま)即答(そくたふ)出かねたり。

正勝又云。是は日を空(むな)しく送らぬ上策なれども。播州(ばんしう)に説(とく)事難義(なんぎ)なるべし。左あらば狐(きつね)に化(ばけ)を教(をし)へるに似たれど。北方へ便りを求めて此土地(とち)の構(かま)へるさまをあら/\に図(づ)しておくり。好(よき)時節(じせつ)を得て告知らすべき表裏(へうり)にもてなして。身を全(まつた)ふする事是上策(じやうさく)なるべし。中邑鵠(ほし)を射(い)られて。後(のち)の解説(いひわけ)あらばと探(さぐ)られける言(こと)ばを。空(そら)とぼけして感伏(かんふく)の体(てい)に。明断(めいだん)の至(いた)る所。速(すみやか)に岩見にも覚悟(かくご)させ申へしと。千称(せんしよう)万謝(ばんしや)して退(しそ)き出づ。正勝心を副(そへ)て彼二人を外事(ぐわいじ)の勤役(きんやく)に配(くば)り用ひ。内事(ないじ)には用ず。二人も新参(しんさん)なれば斯(かく)あるべき事と思へり。

間島三郎兵衛。神器(しんき)の供物(くもつ)につきて。事を正勝に計(はか)り問ふ。事の序(ついで)なれば尋けるは。笠置(かさぎ)の御没落(ごぼつらく)の時より。武家(ぶけ)請取(うけとり)奉る神器(しんき)疑(うたがは)しく。是こそ何をしるしとして。誰(たれ)か下さまの正し申へきと申。正勝云。是は武家(ぶけ)の談(だん)ずべきことならず。君の御身(おんみ)に添(そ)ひ給ふ徳(とく)あれはこそ。皆身命(しんみよう)を奉る所なり。神器(しんき)の有無(うむ)より。此朝(てう)の百事(ひやくじ)足る足らぬの分量(ぶんりやう)を捜(さぐ)り知らんとする京家(きやうけ)の人にこそ秘(ひ)すべけれ。味方(みかた)も誓約(せいやく)の人に非ざれは告(つけ)ず。しかしなから国(くに)の富有(ふいう)を知れば頼(たのむ)所あるものなりと。長府(おくら)にいざなひ。一ツの箱を取出し。恐ながら是を神璽(しんし)とも申さばわらひなれども。軍家(ぐんけ)の三宝(さんばう)とする地人有(ちじんいう)の。地は此朝の拠(より)所こそ天然(てんねん)の要害(えうがい)。大都(たいと)の撰(えらみ)に非ずといへども。人の知る所。人(ひと)は伊勢(いせ)の国司(こくし)先代(せんだい)の旧家(きうか)。海(うみ)を隔(へだて)たる四国(しこく)皆旧民(きうみん)なり。斯(かく)申愚臣(ぐしん)は。河内(かはち)の土地(とち)に着(つき)たる家の子あり。皆墳墓(ふんぼ)を枕(まくら)とするの忠(ちう)あり。有(いう)は便(すなはち)此箱なりと。蔵寮(くらつかさ)に命(めい)じて鑰(わぎ)を執(とり)て開(ひら)かしめ。御蔵守(みくらもり)磯部兼政(いそべかねまさ)が一紙(いつし)千貫(せんくわん)の証文(しようもん)。一紙(いつし)千俵(せんべう)の券子(てがた)数枚(すまい)箱に充(みち)たり。此三宝(さんばう)備(そなは)らずしては良亮(りやうりやう)が才(さい)ありても戦ふことあたはず。狡兎(かうと・うさぎちゑ)常に三窟(さんくつ)の計(はかりこと)を為し。乖人(くわいじん?・はしりぢゑ)慣(なれ)て両頭船(りやうとうせん・さかろのふね)を踏(ふむ)との諺(ことわざ)あれど。両頭船を踏ことは人臣(にんしん)の好(この)む所にあらずとさとす。

間島其貯(たくはえ)の厚(あつ)きに驚き。四世(しせい)の将材(しやうさい)乏(とぼ)しからずと称歎(しようたん)す。秋往(あきゆ)き春来(はるきた)り。此所の蜂起(ほうき)も早く十六年に及べり。時に南朝(なんてう)の元中(げんちう)元年(ぐわんねん)より。六十九年正月二十九日。日輪(にちりん)東に登(のぼ)りて二形(にけい)並(なら)べり。暫時(ざんじ)にして一形(いつけい)は漸々(ぜん/\)に消失(きえうせ)て一輪(いちりん)となる。正勝(まさかつ)奇(き)なるかなと見とめて。天を仰(あふぎ)て長歎(ちやうたん)する事数声(すせい)。已(やん)ぬるかな已(やん)ぬるかなと。しばし言(こと)ばなく忙然(ばうぜん)たり。侍(さふらひ)に尾鷲(をわし)海辺(かいへん)に生立(おひたち)たるが笑て申やう。「是を我辺にては日比(ひび)と名づけ。陰雨(いんう)多(おほ)からんとしては。其前(まへ)つかた間(まゝ)見ゆることあり。何ぞ大将の憂(うれへ)給ふことあらん。正勝何気(なにげ)もなく退(しりぞ)きて。腹心(ふくしん)の一族(いちぞく)に語(かたり)けるは。凡日月(じつげつ)の徳(とく)は古今(こゝん)一ツなり。只其時の地気(ちき)のそばへによりて望(ばう)を異(こと)にす。彼(かの)海辺(かいへん)はさもあらばあれ。我此山中に是を見る時は帝土(ていと)の興廃(こうはい)にかゝるべきか。日輪(にちりん)一ツにして円(まろ)きを徳(とく)とし。願(ねが)ふ所あり。今両(ふたつ)の日(ひ)の並ひ出るや。其一(ひとつ)は映(ゑい)じて傍(そひ)たるなり。傍(そひ)たるもの遂(つひ)に消(せう)して一(いつ)に帰(き)したるは。是新都(しんと)衰(おとろ)へて旧都(きうと)さかえんか。皇運(くわううん)の歎(たん)ずべき所なりと深く憂へけれども。味方(みかた)の軍威(ぐんゐ)弥増(いやまし)ければ思ひわするるにはあらねど。軍務(ぐんむ)に紛(まぎ)れて打過ぬ。其冬の比。正勝久しく北畠殿(きたはたけどの)に疎(うと)かりければ。彼(かしこ)に行音信(おとつれ)て時の要談(えうだん)して退(まか)るついで。河端(かばた)の正盛(まさもり)か宅(たく)にいたりて。今宵(こよひ)は此に歇宿(かつしゆく)すべしと。腹巻(はらまき)ときて足を押(のば)しけるが。初昏(しよこん)に端(はし)に出て陰晴(いんせい・ひより)を窺(うかゞ)ふに。たゞ見る。狼(らう)に弓引(ゆみひ)くの矢尖(やさき)低(た)れて?(やごろ)を失ふか如し。いぶかりて是必す賊党(ぞくたう)其便(たよ)りを得(え)るか。或は大切(たいせつ)の仇(あた)を脱(のか)れ去らしむるかと。急(きふ)に正盛(まさもり)に告(つげ)て見せしむ。

正盛見るにいさゝか常(つね)にかはらず。此星(ほし)のねらひは違(たが)ふやうに見えて迯(はづ)れさるが自然(しせん)の天道(てんたう)なり。翁(おう)の目(め)こそ迷(まよ)ひたれといふ。正勝頭(つ)を擺(ふつ)て云。今御辺(ごへん)は半隠(はんいん)の身(み)。朝儀(てうぎ?)に興(あづか?)らず。南朝(なんてう)の天文(てんもん?)望(ばう?)に入べからず。我目(め)にのみ迷(?)ひ見ゆるは尚々(なほ/\)深切(しんせつ)なる所のがるべからず。早春(さうしゆん)の両光(りやうくわう)さへ心がゝりなるに。近比(ちかごろ)烏合(うがふ)の官軍(くわんくん)新参(しんさん)の輩(ともがら)多(おほ)かれば心ゆるしなし。こゝに安逸(あんいつ)して明日(あす)を待(また)ば其職(しよく)に怠(おこた)ることありと。即時(そくじ)に発足(ほつそく)し。微行(びかう)の従者(じうしや)無人(ぶにん)なれば。人数(にんじゆ)を続(つゞ)け給へと。国司(こくし)の方へ人を以て告(つげ)やり。主従(しうじう)十余(よ)人便道(ちかみち)を取て。東川(うのかは)に向(むかつ)て馬を馳(はせ)たり。爰に間島(ましま)中邑(なかむら)は。神器(じんき)を奪(うば)ひて南帝を失(うしな)はんと隙(ひま)をうかゝへども。正勝兼て心えて近侍(きんし)に内属(ないそく)しぬれば。其便宜(びんぎ)を得ず。南帝(なんてい)兼て辺(ほとり)の荘家(しやうか)に潜幸(せんかう)ありたき思召あれど。正勝に憚(はゞか)りてためらひ給ふこと久し。此時彼(かれ)が家に下(お)りたるを見て。下格子(げかふし)の後(のち)瀧口(たきぐち)すでに名のりて。返(かへ)り遊ひにうたふ比。六位(ろくゐ)蔵人等(くろどら)に駕を命(めい)せられ。戎服(じうふく・よろひ)召され女こしに御(ぎよ)して庇(ひさし)を出させ給ふ。かゝる深夜(しんや)に神宝(しんはう)在(いま)す御殿(ごてん)の方より。中邑間島出来り。御箱(みはこ)を家人(けにん)に負(おは)せやる。

南帝(なんてい)怪(あや)しみ問(とは)せ給ふ時。両人輿(こし)の下(もと)にまゐりて。明日(あす)は暁天(けうてん)に北敵(ほくてき)襲(おそ)ひ奉らん結構(けつかう)を。只今(たゞいま)ほど北(きた)より告(つげ)知らせ候により。先(まつ)神器(しんき)をかくしてこそ御坐(おまし)を?(うつ)し奉るべきと。誠(まこと)しげに奏(そう)すれども。事の体(てい)既(すて)にかくれなければ。卒(にはか)に御輿(みこし)を下(お)りさせ給ふ。両人剣(けん)をふり供奉(ぐぶ)の輿丁(よちやう)を追はらひ。南帝(なんてい)の御手を?(ひ)き。左右(さいう)より夾(はさみ)て二三里ばかり行時。南主(なんしゆ)我は囚(とらは)れとはならじ。こゝに命(めい)を停(とゞめ)よと宣(のたま)ひて。坐(ざ)して動(うご)かせ給はす。今はとて中邑勿體(もつたい)なくも弑(しい)し奉り。しるしの御衣(きよい)甲冑(かつちう)をささぐ。哀(かなし)きかな南胤(なんゐん)の南にあるや。こゝに尽させ給ふ。

北朝(ほくてう)の長禄(ちやうろく)元年此時十二月二日なり。輿丁(よちやう)が叫(さけ)びよびたるに。武士(ふし)多く出て追来り。両人をやらじと取(とり)かこむを。のがれ/\て今は身もつかれければ。影(かげ)の石(いし)を後干(うしろだて)にとりて大声(おほこえ)にいふやう。我らは北朝(ほくてう)の命(めい)ありて南帝(なんてい)を退治(たいぢ)して帰るなり。?(なんぢ)ら後日(ごにち)の罪(つみ)を知らずやと聞て。京家(きやうけ)の人のなす所。当主(たうしゆ)已(すで)に失せ給ひて明日(あす)の咎恐るべしと。衆人(しうじん)皆後(ご)日を顧(かへりみ)る。其時に大高(おほたか)助五郎なるもの。心(こゝろ)剛(かう)に義信(きしん)あり。

其日早く起(おき)て田(た)を見に行んとする所に。人殺(ひとごろ)し迯(にく)ると叫(さけ)ぶ声耳に入り。急(いそ)ぎ弓矢たばさみしたひ来る。東なる大石(たいせき)の前に両人あり。只今(たゞいま)貴人(きにん)を殺(ころ)せし体(てい)にて。龍衣(りようい)御甲(ぎよかふ)を験(しるし)に取たるは。南帝(なんてい)を打(うち)奉るに違なしと。衆(しう)を麾(さしまね)きて云。きたなし?ら。明日(あす)は明日の義あり。今日(こんにち)は今日の義(ぎ)あり。眼(ま)のあたり見るに忍んやと。引しぼりて一人を射(い)る。胸(むね)を通して一箭(いつせん)に薨(たふ)る。即(すなは)ち是中邑なり。間島勢頭(はづみ)よからざるを見て。しるしの衣甲(いかふ)も打すてゝ単身(みすがら)にしてのがれ去(さ)る。矢比(やころ)遠ざかれば鼓(こ)をならし人を集め。大高丘(をか)にのぼりて云。東萩原(はいはら)の先(さき)らに。一隊(いつたい)の来る人は我方武家(ぶけ)の標(しるし)なり。必定こそ今の一人に行逢べし。皆々此(こゝ)に屯(たむろ)して。かゝる時は往来をいましめ用心せよとて動(うこ)かず。正勝は熟路(なれみち)を倍(ばい)して狭谷(しほたに)の北(きた)にいたる時。日は早高く昇(のぼ)れり。

向ふ道より肌具足(はだぐそく)せる男一人来り。正勝が一隊(いつたい)を見て。横道(よこみち)に避(さけ)んとするを。下知(げぢ)して捉(とら)へさせけるに。思はざる間島三郎なり。果(はた)して?野心(やしん)を起(おこ)し迯(にげ)て北に帰るか。反賊(はんぞく)を停(とゞめ)て益(ゑき)なしと。鉄鞭(てつべん)を抽(ぬき)てしたゝかに其背(せ)を撲(う)つ。殺(ころ)さでかへすは間者(かんじや)の反(うら)をなすなり。間島(まじま)強(つよ)く打れて血(ち)を吐(はき)ながら。葡蔔(はふ/\)逃(のが)れて北にかへる。正勝已(すで)に狭谷(しほたに)にいたり。新主(しんしゆ)の変(へん)を見聞(みきゝ)て大に悲(かな)しみ。大高が義勇(きゆう)を称賛(しようさん)し。棄(すて)たる衣甲(いかう)は其所に留(とゞ)めて。賊(ぞく)を打の後記(こうき)となさしめ。礼を以て神野谷(かうのたに)の陵(みさゝき)に葬り。帝居(ていきよ)の跡(あと)に仏院(ぶつゐん)王住山(わうぢうさん)を移(うつ)して。香火(かうくわ・むけ?)を奉(ほう)ぜしめ。我身は再(ふたゝ)び十津川(とつがは)の奥(おく)に隠(かく)れて遂(つひ)に老(おい)を養ふ。

南北一統(いつとう)より此時に至つて六十七年。其間明減(めいけん・たちきえ)あれども。猶余勇(よゆう)説(とく)べきあり。諸葛(しよかつ)忠武侯(ちうぶかう)薨(かう)じて蜀都(しよくと)治安(ちあん)二十九年の久きにいたる。其(それ)尚(なほ)武侯(ふかう)の余徳(よとく)を知る。南方(なんはう)意気(いき)の保(たもつ)所久しいかな。石見が立功(りつこう)の機(き)を得兼(えかね)て苦計(くけい)を用たる。大高か時に臨(のぞ?)んで義(ぎ?)に進みたる。其成功(せいかう?)を論(ろん?)ずれは同し。只是遇(ぐう)と不(ふ)遇と深浅(しんせん)あり。其深きは慕(した)ふ所にあらずかし

 古今(ここん)奇談(きたん)莠(ひつじ)句冊(くさ)四巻(しのまき)   終

古今(ここん)奇談(きたん)莠(ひつじ)句冊(くさ)第五巻(だいごのまき)

 八、猥瑣道人(せいさだうじん)水品(すいひん)を弁(べん)し五管(ごくわん)の音(いん)を知(し)る話(こと)

隠逸(いんいつ)の趣(おもむき)は身(み)を我(わか)ものとして。動(うご)かんとする時は方域(はういき)を越(こ)えて花紅葉(はなもみぢ)を打ち。月の最中(もなか)も名所(めいしよ)を尋ねて咏(なが)め。便宜(びんぎ)につれては遠き山水(さんすゐ)の地に一遊(いちいう)す。幽居(いうきよ)に朝暮(てうほ)するに至ては。一歩(いつぽ)の地に蔓菁(まんせい・かぶらな)に潅(そゝ)ぎ。籬下(りか)に菊を養(やしな)ひ。須弥(しゆみ)を芥子(けし)に納(い)れ。橘中(きつちう)に碁(ご)を囲(かこ)む。小室(せうしつ)の内には。一瓶(いつへい)半朶(はんだ)の清香(せいきやう)に狼烟(らうえん・たきもの)を卑(いやし)とし。半障(はんしやう)肩幅(へんふく)の濃淡(じようたん・すみゑ)に幽襟(いうきん・むねのうち)を楽(たのし)ましむ。灑掃(れいさう)に筋力(きんりよく)を按摩(あんま)し。晩(おそく)飯(くらふ)の美食(びしよく)に養生(やうじやう)す。塵俗(ちんぞく)の雑具(さつく)なけれども。自(みづか)ら猥瑳道人(わいさだうじん)とよび。菴(あん)を自在(じざい)と題(だい)し。飲(いん)を苦茗(くめい)に親(した)しむ。

時いまた大国(たいこく)に陸盧(りくろ・ちやのわざ)の好事(かうず)専(もつはら)ならず。其趣(おもむき)を叩(たゝ)く人もなし。身(み)はかくてこそ。人に利益(りやく)なきも冥加(めうが)いかにと五音(ごいん)の人相(にんさう)を施(ほどこ)す。此道や過去(すきさる)の事は其人思ひ合せて我より合(あ)へりとす。後来(こうらい)の合ざるや其故(ゆゑ)あるべし。それを説与(ときあたふ)るもの。道義(たうぎ)に拠(よ)らざれは人の心緒(しんしよ)を乱(みだ)り。五倫(ごりん)に害(かい)あり。男は後(のち)の時を頼(たのみ)ておのれが器量(きりやう)をわすれ。女は今を仮(かり)として己(おの)が世々(よゝ)を期(ご)す。骨法(こつはふ)は上古(じやうこ)よりす。其中興(ちうこう)の陳図南(ちんとなん)は酒落(しやらく)せし高明(かうめい)にて。抑揚(よくやう・しめゆるめ)皆心を用ひたり。扨此業(げふ)こそ人情(にんじやう)に近(ちか)く。敬(けい)して相(さう)を求(もとむ)るものおほし。たゞ笑(わら)ふべきは相者(さうしや)に後(のち)の富貴(ふうき)を祈(いの)ると。疑(うたが)ふとなり。勝(すく)れたる貴相(きさう)もなく悪相(さう)もなし。あらば善悪(ぜんあく)とも桀紂(けつちう)なるべし。泉(せん)の堺(さかひ)なる富商(ふしやう)の妻(め)来りて相(さう)を求む。女は夫(おつと)の相(さう)にこそよるべし。自身(じしん)の相を問(と)ふべからずといへど。強(しひ)て請(こひ)ければ是を聴相(ていさう)するに。「其言声(げんせい)宮正(きうせい)にて。室家(しつか)に宜(よろ)しく。寿算(しゆさん)あるへしと説(と)き与ふ。又一賈人(いつこじん)を相(さう)して。足下(そくか)素性(そせい)武人(ふじん)なり。しかも平士(へいし)にあらず。今商(しやう)となれども猶財利(さいり)は得(え)ず。名利(めうり)は得(うる)べしと説与(ときあた)ふ。是等(これら)皆後(のち)に合(あひ)たる相(さう)なりし。扨此隠者(いんじや)は平(ひら)三郎兵衛とて。畠山政長(はたけやままさなが)の家人(けにん)なり。遺命(ゆゐめい)を承(うけ)て子息(しそく)尚慶(しやうけい)十三になられけるを。大和の奥郡(おくこほり)へ忍(しの)ばせ。其身(?)は出家(?)して名(?)を包(?)み紀(?)の広(?)といふ所に幽居(?)自炊(?)しけるが幼(?)より葉室納言(はむろなふごん)に伏侍(ふくじ)して。才学(さいがく)ありければ。語り来る蜷川親長(になかはちかなが)とて父大和(まと)の衛門(ゑもん)禅儒(ぜんしゆ)の学(がく)に深(ふか)かりし余風(よふう)。親長(ちかなが)も文字(もんじ)ありて詩歌(しか)工(たくみ)なり。猥瑣(わいさ)の住なせるさま心悪(こゝろにく)くちなみよる。道人(たうにん)は身のうへを探(さく)るにやと。猶更(なほさら)に素性(すじやう)を下賎(げせん)にもてなし。親長が権官(けんくわん)なるを羨(うらや)むか如く卑下(へりくた)りて云。世に貴人(きにん)大人(たいじん)は。高屋大廈(かうおくたいか)に坐(いま)して心を逸(いつ)し給へともそれさへ人に遠(とほ)けれは寂々(さう/\)しく。小斎(せうさい)学窓(がくさう)を開き。古人(こじん)の書(しよ)を読(よむ)もあり。容膝(ようしつ)の茶室(ちやしつ)に炉(ろ)を囲(かこ)みて。位(くらゐ)高(たか)きが一器(いつき)両用(りやうよう)の弁易(べんい・かつてよく)を空夫(くふう)し。水器(すゐき)の蓋(ふた)さへ置煩(おきわづ)らはせ給ふ。狭室(けふしつ)の進退(しんたい)配偶(はいぐう)の風流(ふうりう)も珍しく。山下(さんか)の草菴(さんあん)にも光輝(くわうき)を及ぼし。逍遥(せうえう)の小船(せうせん)に意興(いきよう)を新(あら)たにし。小亭(せうてい)幽館(いうくわん)は自(おのづか)ら紅袖(こうしう)の傍近(そばちか)きに憐(あはれ)み深(ふか)きまで。思し知るものならん。下民(けみん)のまどしき。己(おの)が耕(たがや)す畝(うね)の端(はし)せまく居(ゐ)て。常に桟棚(ものおき)にだに迫(せま)りたる分配(ぶんはい)は。甚得やすかるべきに。得がたきを以て浅からぬ流れとも知べきか。親長実(げに)も。迫(せま)りたる窓(まど)の内には器(うつは)の配偶(はいぐう)こそ心えあるへしと問ふ。云。存じよるに物を排列(ならべおく)は。八様(はちやう)四方(しはう)梅花様(ばいくわやう)こそ固(いやし)けれ。左(ひだり)に一物あれば右(みぎ)には無るべし。必要(ひつよう)の実器(じつき)は野(や)に便(べん)を取り。好事(かうす)の虚器(きよき)は雅(が)に観(くわん)を専らとす。雅(が)も用る人多ければ俗(ぞく)となり。俗(ぞく)も稀(まれ)に見れは雅(が)に混(こん)ず。天然(てんねん)の山水(さんすい)は眼下(がんか)に在りとも人物(じんぶつ)の掛幅(かけもの)は貴人(きにん)数添(かずそひ)たる心地すと思さずや。親長(ちかなが)云。実(げに)も山上(さんじやう)の山(やま)は見るべく。舟中(しうちう)の舟(ふね)はいかに棹(さを)さゝん。万に数奇(ことたらず)常に佗?(わび)しげなるは自然(しぜん)なればいかにせん。朝夕(あさゆふ)に左右(さいう)する調度(てうど)は取に手いたりやすく。篋(はこ)を兼(か)ね櫃(ひつ)を同(おなじ)くし。神人(しんじん)傍(そば)にありて我為に使役(しえき)するが如くなるは便室(べんしつ)の要(えう)にて自在(じざい)は誰もねがふ所なれば。和尚(をしやう)の自在庵(じざいあん)も家(いへ)を出たる名にはあらず。云是濫(みだ)りに出家と名を窃(ぬす)めば。貴賎(きせん)朝野(てうや)の問顧(たづねたまは)る人の為に設(まう)けて。塵壷(ちりつぼ)に蓋(ふた)せぬは意地(いち)に似て。窓(まど)の外には根こし〓{てへん+舁}(かゝ)かせて。袖を摺(する)へき樹(?)は自然(しぜん?)に痩(や)せ。紐〈細?〉(?)を架(?)の石は有(ある)まゝに凸(なかだか)なり。動作(どうさ)焦燥(いらち)て頂(いたゝき)を撲(うつ)へき低〓{てへん+眉}(ていび・ま?さ)あり。身心(しんしん)を降伏(かうふく)して背(せ)を跼(くゝま)るの小?(せうよう)あり。水は山後(さんご)より一流(いちりう)にて是第一義(たいいちぎ)なり。泉源(せんげん)近きは毒(どく)あり。汚潦(をれう)の流(ながれ)を受たるは潔(いさぎよ)からず。井水(ゐのみつ)の善(よく)て其地に居(をり)がたきあり。淀(よど)は酌(くむ)べし。淵(ふち)は酌べからずと。其談(たん)ずる所かりそめならす。自筆(じひつ)は書(ふみ)も画(ぐわ)も轍(てつ)を離(はな)れければ。親長(ちかなが)一幅(いつふく)を持(もた)せ来りて。書画(しよくわ)に凝(こら)ざる人は。人の書画(しよぐわ)も知らじ。和尚の鑑(かん・めきゝ)を借(か)らんと。其壁(かべ)に掛帳(けいちやう)す。日観(につくわん)の蒲桃(ぶたう)。故ありて河内遊佐殿(ゆさとの)より贈(おく)らる。托紙(たくし・うらうち)に真相(しんさう)の鑑賞(かんちやう)ありと。猥瑣(わいさ)是大(おほい)に伝来(てんらい)あり。賞翫(しやうくわん)なるべしと。進(すゝん)で見退(しりそき)て看(み)。其雅致(がち)を美称(ひしよう)す。其心底(しんてい)を遺(のこ)さず示(しめ)されよと聞て。疎忽(そこつ)の愚(く)に究(きは)めよと命(めい)あらば。幅紙(ふくし)は元朝(げんてう)にして。知帰子(ちきし)の印色(いんしき)浅明(せんめい)に麻油(まゆ)朱(しゆ)ならず見ゆる。

是は画官進呈(くわくわんしんてい・ゑこころうけたまはる)の幅(ふく)にて。素(もと)より落款(らくくわん)なかるべし。後人(のちのひと)擬名(ぎめい)を填(うめ)たるとこそ見ゆると。親長聞。僕(ぼく)が思ひも其砌(みぎは)にわたりぬ。高鑑(かうかん)歎伏(たんふく)すべし。是を以て思ふに世に伝来(でんらい)隔(へたゝ)りて鑑(かん・みきはめ)に頼(もたれ?)て古人(こじん)の筆を欲(ほつ)する程。心費(づかひ)なるはなし。古人の手跡(しゆせき)の因縁(いんえん)の家(いへ)に遺(のこ)りたるは奇偶(きぐふ)といふべし。それを募(つの)りて類(るゐ)せんとすれば。二品(ひん)三品を過れば早くも欺(あさむ)きを招(まね)く。骨(ほね)を賞(しやう)して良馬(りやうば)到(いた)るは物こそなれ。鑑識(かんしき)一尺高けれは。贋魔(がんま)一丈高し。伝来(でんらい)を拠(より)所とすれば其証(しやう)に贋作(にせ/\?)る。鑑(かん)に人を得ざれば。鑑者(かんじや)自(われ)を欺(あさむ)き人を欺(あさむ)く。鑑(かん)も亦頼むべからずと語られける。此親長は人の知たる相剣(さうけん)なりければ。此菴に詣(まう)で来る賈人(こじん・あきうど)。和尚に托(たく)して眼(め)を借(か)らんと。此日従者(じうしや)門に遅(まつ)を見て入来(しゆらい)を知り推参(すいさん)す。道人櫃(ひつ)を進(すゝ)め鑑(かん)を下(くだ)し賜(たま)はれと介(かい)せらる。親長礼譲(れいじやう)して先和尚(わしやう)一覧(いちらん)と辞(じ)する時。僧家(そうか)に不勘(ふかん)の器(うつは)なれども。粗忽(そこつ)なから五音(ごいん)にて試(こゝろ)むべしと。手馴(てなれ)ぬ体(てい)にて先(まづ)中根(なかご?)を露(あら)はしはさきを去り。鞘(さや)を半(なか)ば抜(ぬき)かけて。指(ゆび)を以て弾(はぢ)くこと幾声(いくこゑ?)。云是三百年は疾(?)過(?)たり。又一腰(?)を取て弾(?)くこと幾(?)たび云。此剣(はもの)は彼(かれ)より二百年ばかり古しと云。親長一剣(いつけん)を把(とつ)て鞘(さや)を放ちて相(み)る。鉗槌(きたひ?)柾理(まさめ)に地色(ぢいろ)白く沸星(にえ)多く。背(みね)うすく稜(かど)なく二字の銘(めい)あるは是寛弘(くわんこう)の鍛冶(かぢ)行平(ゆきひら)の打物(うちもの)。是を古作(こさく)に数(かぞ)ふべし。今一剣(いつけん)を見るに。指(さし)おもてにくりからを鏤(え)り。刃(やいば)うき/\と花ふれども古作(こさく)とは称(しよう)せず。是は豊後(ぶんご)の行平とて養和(やうわ)の鍛冶(かぢ)なり。実(じつ)に寛弘(くわんこう)を去こと二百年に近し。五音(こいん)の術(じゆつ)もまた奇(き)なるかなと感(かん)じたり。賈人(こじん)も剣相(けんそう)よりは是を妙(めう)とし。鑑定(かんてい)成りぬと悦ふ。一頃(ひところ)山背(やましろ)の宇治(うぢ)の水道(すいだう)に。土砂柵(どしやがらみ)の肝煎(きもいり)を命(めい)せられて彼にまかれば。飛錫(ひしやく)の志(こゝろざし)なきやと誘(いざな)はる。道人折しも足の気(け)を労はれば遺恨(ゐこん)云へきなし。曾(かつ)て聞山をめぐれる水は中峡(ちうけふ)を酌(くみ)て中焦(ちうせう)を治(ぢ)すと。

又順流水(じゆんりうすゐ)を用て下焦(げせう)を治(ぢ)し。急流水(きふりうすゐ)の膈(かく)を開(ひら)くの類(るゐ)は。詞工(たくみ)にして効(しるし)少し。茶(ちや)を煮(にる)には。分別(ぶんべつ)著明(ちよめい)なる事試(こゝろ)みたることなり。公は貴人(きにん)なれば。宇治に夫(ぶ)を督(とく・ひきゆ?)するこそ幸?なれ。一壷(いつこ)の渓水(けいすゐ)を取て土儀(とき・みやげ)に賜(たば)はれ。彼流(かのながれ)は鹿(しゝ)飛(とぶ)ところを上峡(しやうけふ)とし。湖水(こすゐ)を引て漸(やうや)く峡(けふ)に入ればなり。志津河(しつかは)を中峡(ちうけふ)とし。宇治橋の汲薹(きふだい)を下峡(げけふ)とす。此三峡(さんけふ)の内に世の人下峡(げけふ)を善(よし)とす。愚(く)が欲(ほり)するは是中峡(ちうけふ)なり。志津川と合(あひ)て水勢(すゐせい)盛(さかん)なるを取る。親長是程の庸易(ようい)あらんやとうけがひければ。道人喜び款待(もてなし)て恙(つゝが)なくやがてこそとて別れぬ。親長公命(こうめい)を奉(ほう)じ彼(かしこ)にいたり。夫(ふ)に舟を引せて。嶮(けはし)き所にては下(お)りて陸行(りくかう)す。あらかしめ従者(すさ)にかたり。此志津川(しつかは)の水こそ。猥瑣翁(わいさおう)のあつらへたりし所ぞと。猶川上(かはかみ)の柵所(さくしよ)まで検知(けんち)し已(すで)に舟を下(さ)げ流(なかれ)に沿(したが)ふ時。此水路(すいろ)は名にふりし文苑(ふんゑん)なれば。景物(けいぶつ)に奪(うばゝ)れて所を失へり。誰も思ふに湖水(こすゐ)は懐(ふところ)広(ひろ)くして。眼(め)の及(およば)ざる景地(けいち)多く。遠望(ゑんばう)して識(しる)のみ。此宇治の景は望(はう)を受る所せまく。一小園(いつせうゑん)に流(ながれ)を引が如く。其皇都(くわうと)に近ければ。王孫(わうそん)公子(こうし)遊賞(いうしやう)絶(た)えず。吟咏(ぎんえい)古来(こらい)多(おほ)く。麓(ふもと)に霧(きり)こめて雲(くも)ゐに見ゆる朝日山(あさひやま)は。誰(たれ)も臨(いたり)て眺望(てうばう)すべく。御位をゆづり逐(あひ)たる。宇治の弱郎子(わかいらつこ)の山陵(さんりよう)こそ尊(たふと)けれ。網代(あじろ)禁制(きんせい)の石浮図(せきふと)。巍然(きせん)と変(かは)らて砂洲(さしう)に立(た)つ。時しも山吹の花の比。平等院(べうとうゐん)の前より川辺(かはべ)に沿(そひ)て。橘(たちばな)の小島(をしま)の崎(さき)へ咲(さき)つゞけたるが。落日(らくじつ)に影(かげ)を落(おと)されて。川瀬(かはせ)の金色(きんしき)をなす。親長見て棣棠(やまぶき)の名(な)空(むな)しく伝はらずと。侍(さふらひ)に硯(すゞり)を備(そな)へしめ。酌(くん)で尽(つく)れば又盪(わか)す。遅(おそ)しおそしと。史(ふひと)三方(みかた)が不(ず)レ憚(はゞから)2流水急(りうすゐのきふを)1。唯恨(たゞうらむ)盞(さかづきの)遅(おそく)来(きたる)を吟(ぎん)して興(きよう)に入り。金風(あきかぜ)の山吹の瀬(せ)と咏(ゑい)ぜし人は。花に心はなかりしか。是こそ瓦礫(くわれき・こしをき)のよりどころかなと

    秋草(あきくさに)山吹名(やまぶきのなも)有(あらば)則有焉(あらん)黄金(こかねに)不換(かへじ)今日(けふの)此時(このとき)

此あひだに急流(きふりう)しばしもたゆたはず。速(すみやか)に橋(はし)を過てければ。舟子(ふなこ)をさけびて。今一トたひ舟を引上(ひきあ)げよと催(もよほ)せど。此急流(きふりう)いかで心にまかせん。槙(まき)の島(しま)にいたる。所詮(しよせん)督役廠(とくえきのきりかけ・ふしんかりや)にいたりて。又こそ急流(きふりう)に遊(あそ)はんと。手づから一壷(いつこ)の水を汲挙(くみあげ)て。思へば上峡(しやうけふ)の水中峡(ちうけふ)にいたり。中峡(ちうけふ)の水下峡(げけふ)に流(なが)る。いづれか三(みつ)の差別(さべつ)あらんやと。瑠璃(るり)に傾(かたぶ)け入れ。重々(ぢう/\)封(ふう)を加(くは)へ。名水(めいすゐ)調(とゝの)ひぬと。監督(かんとく)の業(けふ)落成(らくせい)し南紀(なんき)に帰りて提(たつさ)へさせて自ら是を致(いた)す。道人(たうじん)悦ひ。即座(そくざ)に鍋中(くわちう)に傾(かたぶ)け入るゝ。

其滴(したゝる)声(こゑ)を聞て呀(いぶ)かしげに。是何ぞ中峡(ちうけふ)の水ならん。また下峡(げけふ)にもあらず。炉(ろ)に上(のぼ)せ茶(ちや)を試(こゝろみ)るに及ばずと。壷(つぼ)を閣(さしおき)て申やう。彼(かの)上峡は瀧(たき)おほく水和らかに土気(どき)ありて重(おも)し。中峡は水労(らう)せずして。土(つち)澄(すみ)て軽(かる)し。下峡は物滞(とゝこほ)り砂(すな)湧(わき)てます/\重し。愚衲(ぐなふ)実(じつ)は中焦(ちうせう)の疾(やまひ)あり。試(こゝろみ)に中峡の水を得て薬(くすり)を服(ふく)せんと志(こゝろざ)す。足下(そくか)何ぞ忍んで服用(ふくよう)を濫(みだり)にす。親長大に驚き。是僕(ぼく)が上人(しやうにん)を試(こゝろみ)るなり。此水は我手づから汲(くみ)て和尚の命を奉(ほう)ず。兼て近侍(きんじ)が心えて酌(くみ)置たる是こそと。従者(じうしや)に持せし一壷(いつこ)を召(めし)よせて。試み給へといふ。道人便ち数滴(すてき)を器(うつは)にうつし。其滴声(てきせい)を察(さつ)して。是こそと大に悦て納めおく。親長其通(つう)の定りたるを感(かん)じ。友誼(いうぎ)いよ/\親(した)しかりし。其比の時。近江(あふみ)なる石丸(いしまる)の何某(なにがし)。命(めい)を奉(ほう)して美濃(みの)の斎藤(さいとう)を征(せい)す。敵(てき)に加勢(かせい)多く。却(かへつ)て散々(さん/\)に打負(うちまけ)石丸も戦死(せんし)す。畠山政光(はたけやままさみつ)大家(たいか)の御供して。大和(やまと)筒井(つゝゐ)の城(しろ)に入奉らんと道を探(さぐ)れど。往来(わうらい)塞(ふさが)りて自在(じざい)ならず。大家(たいか)其間は所定めず泉摂(せんせつ)の旧恩(きうおん)の民家(みんか)にひそみ給ふ。堺の商人(あきびと)高麗屋(こまや)何某(なにがし)。畠山の旧好(きうかう)なれば君を其家(や)に忍ばせ奉るに。旅人(りよじん)の体(てい)にて入らせ給はんと告遣(つげや)りければ。主人は遠国(をんこく)に行て留守(るす)なれども。畏(かしく?ま)り奉り。夜深(よふけ)て私口(わたくしぐち)より。妻女(さいぢよ)の客(きやく)の間(ま)に入れ奉らんと約(やく)しけるほとに。政光は先(さき)に行て御座所(ござところ)しつらひ相図(あひづ)して待奉る。其夜しも雪降(ふ)りて小止(をやみ)なし。此処に木沢(こざは)といふ商人(あきうど)夜ふけて通りあはせ。木履(ほくり)の歯(は)さまに咬(かみ)たる雪を。門(もん)の板(いた)にて叩(たゝ)き落しける。内より唯(ゐ)と答(こた)ふ。

政光能(よく)五音(ごいん)を聴(きゝ)取れば。云。此木音(ぼくいん)合(あは)て官(くらゐ)を離(はなれ)たり。是身(み)を匿(かく)すの信(しん)にあらず。似せて叩(たゝ)くは猶用心すべしと。いふ内戸口(とぐち)に待設(まちまう)けたる両人の使女(しぢよ)。戸を静(しづか)に開(ひら)き。元(もと)より火はてらさず。暗夜(あんや)に御手を?(ひき)て。はるかの奥に御案内(ごあんない)申屏風(べうぶ)立囲(こみ)たる上壇(じやうだん)に請(こひ)奉る。政光物かげより見て。難義(なんぎ)の事かな。いかにもしてあれをすかし通すべし。互(たかひ)に身の大事なりといひて。其身は御光駕(くわうか)の迎(むか)ひに後門(うらぐち)に行ぬ。女房出て見て実(けに)も忍はせ給ふとも。いかて斯(かゝ)る賎敷(いやしき)御様体(やうたい)ならんと。慇懃(いんぎん)に会釈(ゑしやく)して。面目(めんぼく)を失ひ候事かな。夫(おつと)数日(すじつ)の他国(たこく)を幸に。常に逢かたき。故(ゆゑ)ある人を。夜中(やちう)に招(まねき)入れ候所。思はずもあらぬ御方の御入り此事夫(おつと)聞候はゝ。重き罪(つみ)に遇(あ)ふべし。只希(ねか)はくは。穏便(おんびん)の恵(めぐみ)を賜(たまは)り。人に告(つけ)給ふことなかれと。金包(きんはう)銀包(ぎんはう)を出して賂(まひな)ひけるに。此男是をいさゝか受ず。猶問答(もんだふ)あるべしと立出る時。早くも床(とこ)の棚(たな)なりし一管(いちくわん)の笛(ふえ)を取て帰りけるを。其時は知らざりけり。政光は引互(ひきちがへ)て。此家(や)に君を忍(しの)ばせ奉り。通路(つうろ)見あはせて。数日(すじつ)の後筒井(つゝゐ)の城へ入奉りけるが。幾(いく)ほどもなく君を敵(てき)に取られ。進退(しんたい)を失ひ。山口(やまぐち)の御所(ごしよ)を慕(した)ひ周防(すはう)に下りぬ。却(かへつ)て説(とく)。彼(かの)一管(いちくわん)は亭主の重宝(ちようはう)なるを失(うしな)ひて。家内(かない)探(たづ)ね迷ひけるに。彼(かの)商人(あきうど)木沢(こざは)此女房の親里(おやさと)入江屋(いりえや)にいたり。其笛は我許(もと)に留(とゞ)めおくと告(つげ)けれは。女子(むすめ)の難(なん)を披(すく)ひ。此笛(ふえ)を取返(かへ)さん為に。金銀望(のぞみ)なくば一ツの望を聴(きか)んといふ。木沢(きざは)こゝにおいて申やう。我は畠山政長(まさなが)の家人なり。年来(としころ)平野(ひらの)の花井(はなのゐ)を討(うち)て。我世子(せいし)に家(いへ)を興(おこ)させん願ひあり。助力(しよりき)頼入ると申さゝるに。否(いな)みがたく諾(うけが)ひて。其費用(ひよう)をもまかなひ。徒党(とたう)の遠近(ゑんきん)こゝに聚会(じゆくわい)して手配(てくばり)を定め。杉原遊佐(すきはらゆさ)の人々と共に平野へ夜討(ようち)して。花井(はなのゐ)を難(なん)なく討てけり。遂(つひ)に主君尚慶(なほよし)を請(こ)ひ奉り。河内の高屋(たかや)の城(しろ)を築(きつ)きて。拠(より)所となし畢(おはん)ぬ。彼政光と木沢(こざは)と相会(あひくわい)せば同一味(とういちみ)なるべし。猥瑣(わいさ)水音(すゐいん)を知り。政光(まさみつ)木音(ほくいん)を知る。其伝(でん)は一流(いちりう)にて真偽(しんぎ)はよく弁(べん)したり。但(たゝ)同調(どうてう)をは得て知らざりけり。商家(しやうか)の妻女(さいぢよ)は貞正(ていせい)室家(しつか)の相(さう)ありて。一時の急難(きふなん)に無実(むじつ)の名(な)を顧(かへり)みず。木沢が名をなせしは僅(わつか)に符合(ふがふ)せり。倶(とも)に猥瑣(わいさ)が相(さう)せし人々なり。水金木(すゐこんもく)は定りたる無情(むじやう)の物。其音(いん)変(かは)る事なし。人は是活動(くわつどう)智(ち)を用る物。未来(みらい)の合(あふ)べからざることかくの如し

 九、白介(しらすけ)の翁(おきな)運(うん)に乗(じよう)じて大(おほい)に発跡(はつせき)する話(こと)

霊場(れいじやう)の緑起(えんき)に曰。信州(しんしう)更科(さらしな)の郡(こほり)に。長谷辺白介(はせべしらすけ)といふあり。先祖(せんそ)は允恭(ゐんきよう)天皇に出て。中比(なかごろ)の人罪(つみ)を朝家(てうか)に得て此地に?(うつ)され。今は世代(せたい)移(うつ)り復土(ふくと)の赦免(しやめん)は先代(せんだい)に宣下(せんげ)有ながら。復官(ふくくわん)の推挙(すいきよ)も無けれは還(かへ)り住(すむ)べき所もなし。其侭(まゝ)に一畝(いつほ)の民となり。貧窮(ひんきう)すれども。土地(とち)の人依旧(もとのまゝ)白介と呼(よ)ぶは。白(はく)は素人(たゞうど)の意(い)なり。介(すけ)は大官(たいくわん)の目(もく)なり。民(たみ)なれども大官の末なれば。無官(むくわん)の介といふの名なるへし。幼名(えうめい)を小三(こさん)と呼(よべ)り同し貧(ひん)ならば上国(しやうこく)に住(す)みなんと。隣(となり)の水内(みのち)郡司(くんし)の都に(まう)でけるに附搭(ふたふ)して行つゝ。大和の旧知(きうち)のすゑを尋求(たづねもと)めて倚宿(いしゆく・かゝりびと)するに。身は独(ひとり)なり。此処にても畔(くろ)の端(はし)を得て耕(たがやし)をなし。貧(ひん)を憂(うれ)へて泊瀬(はつせ)の観自在(くわんじざい)に祈(いの)ること年あり。此本尊の霊応(れいおう)。かぞふるに遑(いとま)あらず。遠近(ゑんきん)の士農(しのう)もらすことなく渇仰(かつごう)して其利益(りやく)を蒙(かうふ)る。伝へ聞新羅国(しらきこく)の后妃(こうひ)不義(ふぎ)を過(あやま)ちて縄(ばく)を受け。高く吊(つ)られて踏(ふむ)足(あし)の地をはなれければ。苦(くる)しさのあまり泊瀬(はつせ)の名を聞つたへ。不義(ふぎ)を改めんと誓(ちかひ)て。遠く此国の大士(だいし)へ抜苦(ばつく)の助力(しよりき)を求(もと)め給ふ時。忽(こつ)として足下(あしもと)に金床(こかねのゆか)を湧出(ゆしゆつ)し一身を安んじ給ふとかや。国(くに)遥(はるか)に隔(へだゝ)りて願志(ぐわんし)の通(つう)すべき時刻(じこく)もなきに。信心の感応(かんおう)すること打(うち)て響(ひゝき)の応(こたふ)るがごとくなるを。ましてや程なき御山(おんやま)を朝タ(あさゆふ)に祈り奉りて其験(しるし)を賜(たまは)らぬは。或はわれ冠弁(くわんべん)の子孫(しそん)にして農業(のうげふ)は福(ふく)を妨(さまたぐ)るにや。豊年(ほうねん)にも価(あたひ)の賎(いやしき)に苦むは農家(のうか)なりと。農を捨て商(しやう)となるに。猶商利(しやうり)なく。或は世家(せか)の従者(すざ)となれば我より下(した)に人なし。通信(つうしん)の脚力(きやくりき)となれば住所(すむところ)さへ定らず。野(の)を守(もる)程の茅屋(はうおく)も。前や利をふさぎ後(うし)ろや福(ふく)の籠(こも)らざると。居(きよ)を南北に避(さ)け西東に卜(ぼく)す。或は貧家(ひんか)に剰物(じようもつ)なけれども。鼎(かなへ)や古くして主(ぬし)を撰(えら)ぶか。

太刀(たち)は家伝(かでん)なれども其剣文(けんもん)身の五行に反(はん)するやと。人家(じんか)に換(かへ)かりて改(あらた)むれど。改めぬものは朝夕(てうせき)の煙(けふり)細(ほそ)ければ。実(げに)思ひ出したり。我名を小三(こさん)とよぶこと。福を迎(むか)ふるの称(しよう)にあらずと太万(ふとま)と改号(かいがう)し。又は其風土(ふうと)の人に合(がふ)不合(ふがふ)あるやと。大和(やまと)を去て近江(あふみ)にいたり。高島(たかしま)神崎(かんざき)のあたりに仮(か)り住(ずみ)し。わづかなる土産(とさん)を買(かひ)て京師(けいし)に負(おひ)ゆきて売(うる)ことをしなれけれども。是そと増(ます)ことなし。世の人の初瀬(はつせ)の利生(りしやう)をとなへることは日月(にちぐわつ)の著明(ちよめい)なるが如くなれば。扨はいかで其応(おう)なからんと思ひかへりて。淡海(あふみ)より三日の行程(かうてい)を。道の便宜(ひんぎ)にはあらで。特地(わざ/\)に月毎(つきごと)の参詣(さんけい)を思ひ立ける。是も二とせを重(かさ)ねし春の参詣(さんけい)に。已(すで)に拝(をがみ)をはりて鐘楼(しようろう)の石壇(いしだん)に踞(しりかけ)て息(いき)を納(をさむ)る。

此処に甘息(かんそく・やすむ)する人。立去(たちさ)り入来りて幾(いく)ばくの人の中に。老(おい)たる修験道(しゆげんだう)あり。他(かれ)が遠く詣(まう)で来るよしを憐(あはれ)み。其始終(しじう)を聞て甚た悦びず。足下(そこ)の素姓(すじやう)いかにもせよ。時(とき)降(くた)りて民の貧(ひん)は常なるに。いかばかりの分量(ぶんりやう)を足(た)る所として今を貧(まど)しと思へる。志(こゝろ)一途(いちづ)ならずして。神を降(くだ)し仏(ぶつ)を叩(たゝ)き。世人(よのひと)のなすに習ひて。迷ひに迷ひて身をうらみ人をうらやみ。容貌(みる?かたち)もかしけたるは傷(いた)ましきのいたりなり。俗(ぞく)に聞ずや業(げふ)あれば命(めい)ありといふを。我(わが)行道(ぎやうだう)の若(わか)もの。志学(しがく)を過れば遠境(えんきやう)に遣(や)りて業(げふ)を踏(ふま)しむるに。一冊(いつさつ)の算命書(さんめいしよ)と鵞眼(ががん)五十銅(とう)をあたへ。時服(じふく)のまゝにて逐(お)ひやるに。道すがら人をたぶらかして。関(せき)の東三野(さんや)の北までも行て。めぐり帰る時は彼所(かのところ)の土産(とさん)負(おふ)て来(かへ)る。

是子(こ)を谷に擲(なぐ)る獅子(しし)の志をこがましけれど。我生業(せいけふ)の常体(しやうてい)にて。花の浮世(うきよ)に思へば身(み)を憐(あはれ)れむべし。世運(せいうん)道理(だうり)に疾利(そくどく)。物の怪(け)も角(つの)を折(を)り。打(うち)奉ることもまれなれば。我験(しるし)を顕(あらは)すもたま/\にて。思ひおとりせらる中(なか)に。むかしより絶(た)えぬは占卜(せんぼく)のわざなり。人の迷(まよ)ひを当(あて)にするやうなれど。世に人の迷ひなくは廃(すた)れたる生業(すぎはひ)のみ多く。拙(つたな)きものはたれか挙(あげ)ん。富(とみ)の限(かき)りさへ覚束(おほつか)なく。積蓄(つみたくはへ)はすれども。我身一つに尽(つく)すことあたはず。亦馬蹄刀(ながたな)をもて瓢酌(ひしやく)の裏(うち)に切るのたとへ。切合(きりあは)せたるやうの事も約(せは)しく。過分(くわぶん)ならざれば。一人(ひとり)の奉養(やしなひ)にも弁(べん)ならぬをいかんせん。

家道(かたう)広きものは連(つれる)累(わづらひ)あり。世の閑楽(かんらく)は拙(つたな)き所に出づ。安居(あんきよ)は交(まじは)り少(すくな)きに依(よ)る。

連累(れんるい・まきぞへ)を物ともせず。安居(あんきよ)を十分の事とも思はずして。苦心(くしん)三年すれば放心(こゝろやり)一代すべし。されど方伯(はうはく・たいみやう)手を拱(こまぬ)くの富(とみ)は其域(さかひ)にあるべからずとかたる。太万(ふとま)云。富(とみ)には定る業(げふ)なし。財宝(ざいはう)に定る主(ぬし)なし。何を業(げふ)とせん掌文(てのすぢ)を相(み)て給はれと問ふ。山伏云。我今(いま)足下(そこ)の為に思ひを致す事親切(しんせつ)なれは。恐らくは占卜(せんぼく)を説(いふ)所正(たゝ)しからじ。卜者(ぼくしや)は知巳(ちき)をもらし。芸士(げいし)は生土(せいと)を離(はな)る。足下(そこ)には妻(め)ありや。云いまだし。山伏云いまだ妻(め)無ければ人家(しんか)の運(うん)定らず。養(やしな)ふそなへあらば早く納(い)るべし。容(かたち)をえらむか幇(たすけ)を求るか。云只是利(り)あらば醜(みにくき)はいとはず。山伏云。是?(なんぢ)の今日の見(けん)なり。一時(いちし)の花か子孫(しそん)の栄(えい)か各(おの/\)其願ひあり。今其悟(さと)りを窮(きは)めずんば。富(とみ)を有(たも)つとも。禍水(くわすゐ)財火(さいか)を滅(け)し。小池(せうち)の水面(すゐめん)を見て銭山(せんざん)の在処(あるところ)を忘(わす)るべし。容(かたち)は婦人(ふしん)の徳(とく)なり。略(ほゝ)えらぶべし。靡曼(よくほそき)と娉?(よくたかき)と。襪(たび)一掬(ひとにきり・りやうてのうち)に盈(たら)ざるは貴家(きか)の選(せん)なり。是も三代(さんだい)の外に和歌(わか)なし。唐詩(たうし)の外に詩(し)なしといふが如くにて。其(それ)に近きを求るにも歌(うた)も詩(し)も無(なき)にはあらず。桜(ゆすら)の唇(くちひる)柳の?(たわやか)それ/\あり。西施(せいし)にして顰(ひそみ)よく。褒?(はうし)のみよく笑ふにあらず。眼頬(けんけふ)鼻口(ひこう)挙作(とりなり)柔媚(やわらかに)。一処(ひとつ)の心に可(か)なる所を取(とり)て顧眄(めをやる)の好看(よしみ)とせんのみ。何ぞ必ず悉(こと/\)く備(そなは)ることをまたん。農家(のうか)は是大に骨太くして労(らう)に堪(たふ)へし。商家(しやうか)は記臆(ものおほえ)ありて理(すぢ)にさときを専(もはら)とす。扨生業(すぎはひ)の趣(おもむき)はいかなるや。云。人の多く為(せ)ざることこそ利多からん。黄金(こがね)花さく奥(おく)に買て京師(けいし)に売り。白鐐(しろかね)華(はな)降(ふ)る馬島(またう)に求て中土(ちうと)にうる類(たぐひ)なり。唐土(もろこし)は黄金(きがね)乏(とぼ)しく。一釐(いちり)千銭(せんせん)に当(あた)り。赤銅(あかゝね)是に次と聞ば。此国の銅(とう)を仁那(にんな)新羅(しんら)に交易(うりかへ)せば快利(くわいり)あらん。山伏云。西土(せいと)もとより赤銅(せきとう)乏しからず。彼地は水路(すゐろ)便宜(びんぎ)少く。山途(さんと)運送(うんそう)難(かた)し。

国(くに)大に南北遠く。北国の産(さん)南国の用に及ず。却(けく)我国の船路(せんろ)便宜(びんぎ)なるに買て南国の用に充(み)つ。是しかし私の売買(うりかひ)にあらず。湖水(みづうみ)を飛跨(とひこえ)の見識(けんしき)をやめてよ。足下(そこ)已(すで)に近江に買(かふ)て泉和(せんわ)に売(う)るの活業(すぎはひ)を知りぬれば。むかしがたりの茅(わら)一根(ひとすぢ)より利倍(りばい)を与(あた)へられ。柑子(かうじ)一盆(いちぼん)を宝貨(はうくわ)に代(かへ)たる程の天福(てんふく)は来るまじ。我たゞ其数を卜(ぼく)せん。我卜(わかぼく)は其法世(よ)に異(こと)なり。今日両人の談(かたる)は全(まつた)く霊場(れいしやう)の奇偶(きぐう・ひきあはせ)なり。土地(とち)に縁(よつ)て本数(ほんすう)を取べし。

観音(くわんおん)の応現(おうけん)元(もと)は三十二なり。卜(ほく)に多数(たすう)は除(のぞ)くへし。八は本朝の極数(こくすう)なり。三は時と日と刻(こく)なり。八払(はちはら)ひに三たびして。初八(しよはち)除(のぞ)く時は七ツを剰(あま)す。足下心に七色(なゝいろ)の貨物(うりもの)あるべし。太万(ふとま)心に数(かぞ)へて云。実(まこと)に七品あり。しからば其中にて歳(とし)の退乗(たいじよう・けいき)に就(つく)べし。牛に跨(の)りて奔(はし)り過さす其処にいたらんか。眷属(けんぞく)を求るは此両月幸(しあはせ)あらんのみ。太万其詞の瑣細(ささい)なるに疑(うたが)ふといへとも。是即(すなは)ち観音(くわんおん)の告きかせ給ふぞと敬(けい)して是を謝(じや)し別(わかれ)をなせり。それより其初瀬の傍辺(かたはら)森(もり)といふ所にて。知音(ちいん)の人設合(なかうど)して妻女(さいぢよ)の縁(えん)あり。由来(ゆらい)をきはめすといへども。人相(にんさう)かひ%\しく。卜者(ほくしや)の言ばもあれば。是を娶(めと)りて淡海(あふみ)に帰り。高島(たかしま)にて一人の従者(ずさ)をえらみ使(つか)ふ。雲蔵(うんざう)とよぶ。力強くして労(らう)を辞(じ)せず。嘗(かつ)て大山寺(だいさんじ)の二王(にわう)に祈(いの)りて力を得たりとぞ。

太万店(みせ)を開て七種(なゝしな)の物を居(お)く  田作(たつくり) 乾蔬(かんそ) 柑子(かんじ) 串鮑(くしあはび) 青魚子(せいぎよし) 麻布(まふ) 繭絮(??わた) 開店(みせひらく)の夜。太万が夢に妻女(さいぢよ)の後(あと)に十五人の童子従(つき)て家に来る。其中に八人辞(じ)して去る。七人は留(とゞま)ると見たり。覚(さめ)て妻にかたれば。云我も七人の子傍(かたへ)に侍ると見たりと。想(おも)ふにいづれ善(よ)き夢ならんと相かたる。此妻(め)生質(うまれつき)愛敬(あいきやう)つきて小心(せうしん・きをつける)に取まかなひける程に。家業(かげふ)の益(えき)多(おほ)く。其初に奥(おく)の調布貢(てつくりみつぎ)の余(あまり)とて買たるに。能売(う)れて利倍(りばい)あり。其冬南より柑子(かんじ・みかん)多買とりたるに。江東の品にまさりて価(あたひ)よく売りぬ。其比鶴(つる)が岡(をか)に土を築(つか)るゝとて。鎌倉殿(かまくらどの)御自身(じしん)に土をはこび給ひけれは。東八ヶ国の諸家(しよか)。人夫(にんぶ)を率(ひきゐ)て自(みつから)築(きつ)かれける。

日限(にちけん)急に促(うなか)し。佐々木殿(さゝきとの)より参る人夫(にんふ)。土をはこふ料(れう)にかたまを買はやらし。柑子(かんじ)の空(あき)たるかたま。多く積(つみ)置たるを買(かひ)聚(あつむ)る人。一ッ/\柑子(かんじ)の入たる価に買て行ぬ。是のみならず僅(わづか)に潤色(じゆんしよく)して思ひ立。妻(め)を具(ぐ)して信州に還れば。元(もと)の白介(しらすけ)と名のり父母の塚をも払(はら)ひ。旧知(きうち)の人も尋ね。此所にて土地(とち)利用の七種(しちしゆ)を貨物(うりもの)とし干魚(ひうを)・繭絮(まわた)・暴布(さらしぬの)など他国に送(おく)りやりて利益(りやく)おほく。次第に貨殖(くわしよく・たからます)す。しかれども庫蔵(こざう*)の貨(たから)は世に多き時は価(あたひ)を減(げん)し。久しく留(とゞ)むれは財(さい)を塞(ふさ)ぐ。土地(とち)を得ばやと思ふ。

比しも近里(きんり)の人雑談(さふたん)して。此家は女房に福神(ふくじん)の降(くだ)りて。夜は身より光り出て灯火(ともしひ)を設(まう)けず。米櫃(こめひつ)取用るに尽(つき)す。身は繪(かとり)を織(お)り影(かげ)は布(ぬの)をおる。量尺(さし)は丈(ぢやう)を指(さ)し。裁刀(たちもの)は矩(かた)を用ず。針(はり)躍(をど)り糸(いと)走(はし)る。臼(うす)を?(ひく)かゝひかと聴(きけ)は。さいばらそのこまも声よく。酒をたうべては袂(たもと)をひるがへすと有らぬことまて言流(いひなが)す程に。其処の領家(れうけ)曽我(そが)の館(やかた)。先祖蝦夷(かい)を撃(うち)て功あり。蝦夷部(えみへ)と号(かう)して此郡(このこほり)を賜ふ。当(たう)館鹿主(しかぬし)色と財(さい)とに耽(ふけ)りたる折(をり)から。此女房の愛(あい)あり福(ふく)ありて多芸(たげい)なるに放戯(はうげ)つきて。古代(こたい)の質朴(しつぼく)野状(やぢやう)なるや。賭(かけもの)にして是を得んとす。吉祥天(きちしやうてん)を恋(こふ)とは是をや。郡司(くんじ)に含(ふく)めて勝負(しようぶ)のわざを企(くはだて)しめ。初は財寳(ざいはう)を?物(たてもの)とし。猶暗(あん)に計(はかり)ことを以て勝(かた)んとす。近国(きんごく)に牒(てう)して。三番の角力(すまふ)を以て賭(かけ)にせんと謂(いは)しめ。先つ本土(ほんと)なれば白介と対(たい)せん。白介勝(かち)なは領地(れうち)の半分。稲弐(いねに)万束(まんそく)の地(ち)を永代与(あた)ふべし。領家(れうけ)勝(かち)なば米二万斛(ごく)を白介出すべしと式(しき)を定む。白介是を聞て妻にかたり。領家(れうけ)の濫(みだ)りなるを謗(そし)り憂(うれ)ふ。妻云是は片【鄙-口など+面】(かたいなか)にて善政(ぜんせい)も普(あまね)く行いたらず。さやうの胡乱(うろん)も行はるゝかな。勝負(しようぶ)なくとも。財宝(さいはう)まて奪はれなんも知るべからず。速(すみやか)に此処を去らばやと。雑具(ざふぐ)奴婢(ぬひ)を棄(すて)て。隣(とな)れる知音(ちいん)の水内(みのち)の郡司(ぐんじ)へ立のきける。

更級(さらしな)是を聞水内(みのち)に告て。白介は我郡(こほり)に先代(せんだい)より左?(させん)の氏族(しぞく)なり。他郡(たぐん)に?(うつ)すべからず。急き復土(ふくと)致すへしと命(めい)を請(こ)ふ。夫婦*(ふうふ)計(はか)りて所詮(しよせん)勝負(しようぶ)に及ふならば。此郡(こほり)にて対(たい)となり。事過て帰り参りたくこそと水内(みのち)に申乞ふ。此上は勝負すべし。執証(しつしやう・しやうこ)は我郡(ぐん)なりと力(ちから)をそへ。両郡司(りようぐんじ)誓約(せいやく)の文書(ふんしよ)を立。隣邑(りんいう)安曇(あつみ)の郡司(くんじ)を請(こひ)て証人(しやうにん)となし。両方おの/\角力(すまふ)を募(つの)り聚(あつ)めけるに。先(まづ)水内(みのち)による相撲(すまひ)は。韮(にら)ざきの荒藤太(あらとうだ)。くろ坂の飛早(とひはや)。岩ふねのの〈ママ〉鉄八(てつはち)なと先(まつ)集(あつま)る。更科(さらしな)は兼ての催(もよほ)しゆゑ。領家(れうけ)より近国(きんごく)にえらみて。本手(ほんて)脇手(わきて)ともしからず。あら川の藤凝浮(ふちこぶ)。ぬつたりの虎大夫(とらたいふ)。こいしやうの敵無(てきなし)を先(さき)とし。屈強(くつきやう)の骨柄(こつがら)のみなるうへ。強きを?(かく)して下手に立表裡(へうり)を以て勝(かた)んとするぞ卑怯(ひけふ)なれ。時に水内(みのち)の方へ大の男二人身(み)の長(たけ)斉(ひとし)く対(つい)したるが出来り。都にて業忠(なりたゞ)入道の門弟(もんてい)なり。善光寺(せんくわうじ)を拝(をが)みて。此勝負(しようぶ)を聞て参りたりと云。其綽号(なのりな)を問(と)へども申さず。名はえらみてよび給へといふ。下(した)つがひさせ試(こゝろみ)るに。力量(りきりやう)本手に事足(ことたり)て天晴(あつはれ)角力(かくりき)やとて。矜羯羅制多伽(こんけらせいたか)とぞ名づけける。水内方(みのちがた)是に競(きそ)ひて陣(ぢん)屋鳴りひゞく。定日(ぢやうじつ)になれば御簾代(みすしろ)引たる献壇(けんだん)の東西(とうざい)に屯(たむろ)す。桟鋪(さんじき)の中央(ちうあう)に諏訪(すは)の御神を勧請(くわんじやう)し。館(やかた)の代人(だいにん)。両郡司(りやうぐんじ)。安曇(あつみ)郡(こほり)。何れも幕(まく)を掲(かゝ)げて臨(のぞ)み見る。凡一国の貴賎(きせん)。女こそあれ来り見ざるはなし。

部署(ところ)の行司(きやうじ)するもの両人。壇(だん)に上(のほ)り八方を拝し。篠目(てうもく)を読(よみ)をはり。正面(しやうめん)に立て手を拱(こまぬ)き同音(どうゐ〈お?〉ん)に申。今年(こんねん)の相撲(すまふ)は大家(たいか)賭物(かけもの)の為に発起(ほつき)し。即御国(おくに)繁昌(はんじやう)の瑞兆(ずゐてう)なり。抑(そも/\)此業(わざ)は神代(じんだい)より習来(しふらい)し。勝んとして悪意(あくい)なく。人情(にんしやう)本然(ほんぜん)の戯れなり。朝覧(てうらん)の始は野見蹴速(のみけりはや)の後に節会(せちゑ)となる。唐土(もろこし)に其会(くわい)を錦標社(きんへうしや)と申す。それ相撲(すまふ)とは互(たがひ)に相推(あひおし)て力術(りぎじゆつ)をたくらへ。彼がまゝには我はならし。彼が勝手(かつて)にすまはせじとするのことばなり。世に人に不従(まかせぬ)をすまふとは。相僕(すまひ)の音(おん)より起(おこ)るとも承る。勝(かつ)も負(まくる)も礼(れい)を失はず。土地(とち)安静(あんせい)の御祈祷(きたう)専(もはら)なりと。謹(つゝし)み叙(のべ)て壇(たん)をくだり。やがて方(まさ)に対(つが)はしむ。西の屯(たむろ)より藤(ふぢ)こぶ。東より銭八壇にのぼる。行司名乗(なのり)を揚(あげ)んとする時。東の賭方(かけかた)の家僕(かぼく)雲蔵(うんさう)壇(だん)に上り。鉄八を引さげて我(われ)合(あは)んといふ。

痩(やせ)たる素(たゝ)の男なれば。衆人大胆者(だいたんもの)と悪(にく)むもあり。壇(だん)をおりよと叱(しか)るもあれど。雲蔵引(ひく)色(いろ)見えず。是こそ究(きは)めて身を損(そん)ずべしと。両郡司(りやうぐんじ)より白介に退(ひか)せ候へと制(せい)すれども下らず。行司見て此人の耳を見るに相撲(すまふ)せし人なり。此一対(ひとつがひ)は彼(かれ)にまかせよと。翳(ゑい)を隔(へだて)て立合せ。すはや対(つが)ひたり。藤こぶは内意ありて。わざと力をひかへて対(あひて)をこころ見る。雲蔵も所存(しよぞん)あれば力の程を見せず。たがひにかけつもどきつ。からむかほどくか。藤こぶ十分入りたりと思へば。閃(すか)されて土に葡(はら)ばふ勢ひ余りて雲蔵も同しく倒(たふれ)て満場(まんじやう)の笑ひを湧(わ)かしむ。雲蔵今(いま)一対(ひとつがひ)して勝劣(しようれつ)を定めんと乞(こ)ふ。是は一対(いつたい)三番の定(さだ)めなれはとてゆるさず。やがて西より敵無(てきなし)壇(だん)に上れば。東にこんがら上る。両方魁偉(くわいゐ)小山(こやま)の如く。見ぬ目にも獅子(しし)か虎か。あはれ脇手(わきて)やと驚き采(ほむ)る。已(すで)に対(つが)ふかと見れば。敵無(てきなし)急(きふ)に突(つ)き来る勢頭(いきほひ)奔?雷(ほんらい)の如く見えけるを。壇(だん)の端(はし)にいたりてこんがら腰を戻(ひねつ)て彼か肩(かた)を一排(いつはい)す。敵無(てきなし)右脚(みぎあし)踏〈鷺?または【足へん+先かむり+なべぶた+曰】?〉(あがり)て左脚(さぎやく)発含(はづみ)躍(をど)りて套(かこみ)を出て倒(たふ)る。其力(ちから)あること存孝(そんかう)虎(とら)を打の雄威(ゆうゐ)もかくやと見ゆ。こんがらさへかく強(つよ)ければ。せいたかはさこそと思ひやらる。已(すで)に本手の相撲にいたりて。双方(さうはう)壇(たん)に上(のぼ)る。西(にし)の虎大夫。東のせいたか。いづれも当時の撰(せん)をきはめたれは。覇王(はわう)各(おの/\)山に頼(よる)の勇(ゆう)あり。時にまた雲蔵壇(だん)に上り。虎大夫に対(たい)せんとすらむ。行司焦燥(いらち)てかゝる命(いのち)しらずやある。是尋常(よのつね)の敵手(てきしゆ)と思ふか。撮(つま)まれて砕(くだ)けぬべし。速(すみやか)に壇(だん)を下り命(めい)をつぎ候へと叱る。云是大事の勝負(しようぶ)なれば人には合せじと立去(さ)らす。賭主(かけぬし)よりも乞望(こひのぞみ)て。勝(かつ)とも負(まく)とも心足るべしといふ。さあらは合すへしと部署(とうどり)承る時。更科(さらしな)には相撲の器量(きりやう)を上下(うへした)に組違(くみちが)へたるものなれば。如何(いか)にや思ひけん。藤こぶ壇(だん)に踊(をど)りあがり。雲蔵と勝負(しようぶ)を定んとす。領家(れうけ)よりも望なれば。是を三番の勝劣(しようれつ)と約(やく)し立合(たちあひ)て。行司已(すで)に翳(ゑい)を?(ひき)て力声(ちからごゑ)を叫(さけ)び。前後左右を廻りて目を放(はな)さず。藤こぶ先に雲蔵が手格(てあひ)を知りて只取とめて倒(たふ)さんとするに。雲蔵小材(こがら)に身は只電(いなづま)の如く。右に去り左にうつる。藤こふ心えて身を固(かた)めて動かず。遂(つひ)に身の隙(ひま)を見て双手(もろて)挿(さし)て得たりとからみつく。大力にすくめられて自在(しざい)ならぬに。雲蔵這個(きやつ)が両臂(りやうひぢ)を緊(きびし)く拘住(くゝりとめ)て眠(ねむる)か如く鎮(しづま)りて敵(てき)を老(つか)らす。是柔術(じうしゆつ)の手を窃(ぬす)み用たれは。藤こぶも最(を)手に入ながら力を出すことはあたはず。餓(うゑ)たる獣(けもの)の喰(くら)ひあひたると。しばし見る内。雲蔵精気(せいき)を張て力ごゑを出し。云(うん)と一声(ひとこゑ)すれば。其長(たけ)忽ち伸(のび)ること一尺はかり。一身(いつしん)の肉(にく)憤起(むらだち)て乞答(たかひく)をなし。金剛(こんがう)の暴(あれ)たるも斯(かく)やと。紐(から)む手を払(はら)ひ去り。一ト〓{撞?}(つき)に撥(はね)られ。藤こぶ眩(めくるめ)きて踏直(ふみなほ)さんとする所を。頂平(ていへい)叩(たゝ)かれてしりゐに?(へた)り縮(すく)む。是を見て百千万人喝采(ほめるこゑ)大に動(うこ)き湧(わき)て。相撲(すまふ)は散(さん)しけり。領家(れうけ)がた憤(いか)り悶(なや)むといへども。三郡(さんくん)の誓約(せいやく)に繋(かゝ)りたれば変易(へんゑき)すること叶はず。況(まして)や領地(れうち)を?(かけもの)相論(さうろん)に及べば収公(とりあけ)の例(れい)なり。遂(つひ)に領家(れうけ)の半分(はんぶん)を水内(みのち)より検地(けんち)して請取ぬ。更科(さらしな)のたくみ思ひの外くすみたることにおよべは。二度の興行(こうぎやう)思ひもよらす。彼こんがらせいたかも領家(れうけ)の間(まはし)者にて。言(いひ)ふくめて竟(つまり)に負(まけ)さすべき手段(てだて)なりしを。是偏(ひとへ)に雲蔵が出生(しゆつしやう)を祈りたる金剛(にわう)の加護(かご)によりて勝(かち)を得たりとそ。

是より土地の人白介長者(しらすけちやうじや)とよび。今や実に是天然(てんねん)素封(そほう)の介なるべし。女房六人の男子を挙(あく)れども。雲蔵を相続(さうぞく)となし。長子(ちやうし)をそれが子に養(やしな)はせ。更科(さらしな)なる本家(ほんけ)を持せ。五子(ごし)を五所(いつところ)に分家(ぶんけ)して是を五方(いつかた)の長者と人呼(よ)ぶ。かくあれば万事足(た)るべきに。白介は此長者の虚名(きよめい)に拘(かゝは)らず。諺(ことわざ)に未(ず)レ富(とみ)して早く富(とむ)ものは富(とみ)を全(まつた)くせず。此山国(くに)に住(すま)ば必ず気(き)弛(ゆる)べて大志(たいし)を遂(とぐ)へからず。土地(とち)を得(う)れは安定(あんてい)を足(たる)として物の幾(きざし)を失ふべしと。賭(かけもの)に勝(かち)たる地を館(やかた)に返し入れ。領家(れうけ)の配介(ばいかい)によりて海辺(かいへん)の地をえらみ。越(えつ)の瀬浪(せなみ)に移(うつ)り住(す)み。更級(さらしな)と貨物(しろもの)を往来し。其上農家(のうか)商人(しやうじん)山林(さんりん)は衣食(いしよく)の原(もと)なり。是と互(たがひ)に貨(たから)を通(つう)ぜざれば万物(はんぶつ)饒(ゆたか)ならずと。五子を役(えき)して諸国に通船(つうせん)して交易(かうえき)するに。往(ゆく)ところとして利(り)あらざることなし。財蚕紙(ざ?いさんし・ちやうめん)に載(のす)へきは大(たい)利に非す。聚宝盤(しゆはうはん?・そろはん)に登(のぼ)すべきは大富(ふ)にあらす。有(う)と思へるは実(まこと)の有(う)にあらず。白介か包(つゝめ)る依(まゝ)の金銭銀銭通国(つうこく)に行わたり。家業(かけふ)月と日に盛(さか)んなること停(とゞまる)所をしらずと記(しる)し伝(つた)へたり

古今(ここん)奇談(きだん)莠(ひつじ)句(く)冊(さ)第(だい)五(ごの)巻(まき) 終(?)