〔富岡本〕

春雨物がたり

はるさめけふ幾日、しづかにておもしろ。

れいの筆研とう出たれど、思めぐらすに、いふべき事もなし。

物かたりざまのまねびはうひ事也。

されどおのが世の山がつめきたるには、何をかかたり出ん。

むかし此頃の事どもも人に欺かれしを、我又いつはりとしらで人をあざむく。

よしやよし、寓ごとかたりつゞけて、ふみとおしいたゞかする人もあればとて、物いひつゞくれば、猶春さめはふる/\。

血かたびら

天のおし國高日子の天皇、開初より五十一代の大まつり事きこしめしたまへば、五畿七道水旱無く、民腹をうちて豊としうたひ、良禽木をえらばず巣くひて、大同の佳運記傳のはかせ字をえらびて奏聞す。

登極あらせてほどもなく、太弟神野親王を春の<宮>つくらして遷させ、是は先だいの御寵愛殊なりしによりて也けり。

太弟聰明にて、君としてためしなく、和漢の典籍にわたらせたまひ、草隷もろこし人の推いたゞき乞もてかへりしとぞ。

此時、唐は憲宗の代にして、徳の隣に通ひ来たり。

新羅の哀荘王、いにしへの跡とめて、数十艘の貢物たてまつる。

天皇善柔のさがにましませれば、はやく春の宮に御くらゐゆづらまく、内々さたしたまふを、大臣参議「さる事しばし」とて、推とゞめたてまつる。

一夜、夢見たまへり。

先帝のおほん高らかに

        けさの朝け鳴なる鹿の其聲を聞ずはゆかじ夜のふけぬとに

打傾きて、御歌のこゝろおぼししりたまへりき。

又の夜、先だいの御使あり。

早良の親王の霊かし原の御墓に参りて罪を謝す。

只おのが後なき事をうたへなげくと申て、使は去ぬ。

是はみ心のたよわさにあだ夢ぞとおぼししらせたまへど、崇道天皇と尊號おくらせたまひき。

法師かんなぎ等祭壇に昇りて、加持まいらせはらへしたり。

侍臣藤原の仲成、いもうとの薬子等卜す。

夢に六のけぢめを云。

よきあしきに数定まらんやは。

御心の直きにあしき神のよりつくぞと申して、出雲の廣成におほせて、御薬てうぜさせたいまつる。

又参議の臣達はかり合せて、こゝかしこの神やしろ大てらの御使あり。

又伯岐の國に世をさけたる玄賓召て、御加持まいらす。

此法師は、僧都になし昇したまひしかど、一族弓削の道鏡が暴悪をけがらはしとて、山深くこゝかしこに住て、行ひたりけり。

七日、朝廷に立て、妖魔をやらひしとて、御いとまたまはれと申す。

み心すが/\しくならせたまひしかば、猶参れとみことのらせしかど、思ふ所やある、又も遠きにかへりぬ。

仲成外臣を遠ざけんとはかりては、薬子と心あはせ、なぐさめたいまつる。

よからぬ事も打ゑみて、是が心をもとらせ給ぬ。

夜ひ/\の御宴のうた垣、八重めぐらせ遊ばせたまふ。

御製をうたひあぐる。

其歌、

棹鹿はよるこそ来なけおく露は霜結ばねは朕わかゆ也

御かはらけとらせたまへば、薬子扇とりて立まふ。

三輪の殿の神の戸を押しひらかすもよ、いく久/\

と、袖かへしてことほぎたいまつる。

御こゝろすが/\しく、朝まつりごと怠らせ給はず。

太弟の才學長じたまふを忌て、みそかにしらし奏する人もありけり。

みかど獨ごたせ給ふ。

皇祖酋矛とりて道ひらかせ、弓箭みとらして、仇うちしたまふより、十つぎの崇神の御時までは、しるすに事なかりしにや、養老の紀に見る所無し。

儒道わたりて、さかしき教にあしきを撓むかと見れば、又枉て言を巧みにし、代々さかゆくまゝに静ならず。

朕はふみよむ事うとければ、たゞ直きをつとめんとおほす。

一日、太虚に雲なく風枝を鳴さぬに、空にとゞろく音す。

空海参りあひて、念珠おしすり、呪文たからかにぞとなふるに、即、地に堕たり。

あやし、蛮人車に乗てかける也。

捕へて櫃にこめ、難波穿江に沈めさせ、忌部の濱成、おちし所の土三尺をほらせて、神やらひ、をらび聲高らか也。

一日、皇太弟柏原のみさゝぎに参りて、密旨の奏文さゝげまつらす。

何の御心とも、誰つたふべきに非ず。

天皇も一日みはかまうでし給ふ。

百官百司、みさき追ひあとべに備ふ。

左右の大将中将、おん車のをちこちに、弓矢取しばり、御はかせきらびやかに帯たまへり。

百取の机に、幣帛うづまさにつみはえ、堅樹の枝に色こきまぜてとり掛たる。

神代の事もおもはるゝ也けり。

雅楽寮の左右の人人立なみて、三くさの笛鼓の音、面白しと心なきよぼろさへ耳傾たりけり。

怪し、うしろの山より黒き雲きり立昇りて、雨ふらねど年の夜のくらきにひとし。

いそぎ鳳輦にて、我も/\と、あまたのよぼろ等のみならず、取つぎて、左右の大中将、つらを乱してそなへたり。

還御たからかに申せば、大伴の氏人開門す。

御常にあらじとて、くす師等いそぎ参りて、御薬調じ奉るに、兼ておぼす御國譲りのさがにやとおぼしのどめて、更に御なやみ無し。

御かはらけ参る。

栗栖野の流の小〓{魚+條}に、わらびの岡の蕨とりくはへて、鱠や何やすゝめたいまつる。

みけしきよくてぞ。

夜に月出、ほとゝぎす一二聲鳴わたるを聞せたまひて、大とのごもらせたまひぬ。

空海あした参る。

問せたまへるは、三皇五帝は遠し。

其後の物がたり申せとなん。

空海申す。

いづれの國か教へに開くべき。

三隅の網一隅我に来たれと云しが私の始なり。

たゞ/\御心の直くましませば、まゝにおぼし知たまへとぞ。

日出て興、日入て臥。

飢てはくらひ、渇してのむ。

民の心にわたくしなしとぞ」。

打うなづかせ給ひて、「よし/\」とみことのらす。

太弟参りたまへり。

御物がたり久し。

のたまはくは、周は八百年漢四百年、いかにすればか長かりしとぞ。

太弟さかしくましませば、御心をはかりてこたへたまはく。

長しといへども、周は七十年にて漸衰ふ。

漢家も又、高祖の骨いまだ冷ぬに、呂氏の乱おこる。

つゝしみの怠りにもあらずと答たまふ。

さらば天の時か。

天とは日々に照しませる皇祖の御國也。

儒士等、天とは即あめを指かと聞けば、命禄也と云。

又数のかぎりにもいへり。

是は多端也。

佛氏は天帝も我に冠かたふけて聽せたまふと申す。

あな煩はしと。

太弟御こたへなくてまかん出たまへり。

あした御國ゆづりの宣旨くだる。

故さとゝなりし平城におり居させたまはんとぞ。

元明よりせん帝にいたるまで、七代の宮所なりしかば、昔は宮殿のありしさまを、咲花のにほふか如く今さかり也とよみしをおぼし出たまひ、そこにと定たまへりき。

日をえらびてけふ出させたまへり。

宇治にいたりて、鸞輿しばしとゞめさせて、河づらをながめて、おほんよませ給へる。

ものゝふよ此橋板のたひらけくかよひてつかへ萬代までに  是をうた人等七たびうたひ上る。

網代の波はけふ見ねど、千代/\と鳴鳥は河洲に群ゐるをとて、又御かはらけめす。

薬子れいに〓まいらす。

所につけてよめとおほせたうぶ。

薬子先よむ。

朝日山にほへる空はきのふにて衣手さむし宇治の川波  と申せば、河風はすゞしくこそ吹けとて、打ゑませたまふ。

左中将藤原の惟成よむ。

君がけふ朝川わたるよど瀬なく我はつかへん世をうぢならで  兵部太輔橘の三継よむ。

妹に似る花としいへばとく来ても見てまし物を岸の山振  それは橘の小嶌が崎ならずや。

飛鳥の故さとの草香部の太子の宮居ありし所よとおほせたまふ。

猶多かりしかど忘れたり。

奈良坂にて御ゆふげまゐる。

この手がし葉はいづれとゝはせ給。

それは二おもてにて、心ねぢけたる人にたとへし忌こと也。

御供つかふまつる臣達、いかで二おもならんと申。

よしとのたまひて、古宮に夜に入て入せたまひぬ。

あした、御簾かゝげさせて、見はるかさせたまへり。

東は春日・高圓・三輪山、みんなみは鷹むち山をかぎり、西は葛城やたかんまの山・生駒ふた神の峯々、青墻なせり。

むべも開初より宮居こゝと定めたまひしを、せんだいのいかさまにおぼして、北に遷らせ給しと、ひとりごたせ給ふ。

北は元明・元正・聖武の御墓立并びたまひたりと申せば、杳にふし拝みしたまへり。

大寺の甍たかく、層塔数をかぞへさせ給。

城市の家どもゝまた今の都にうつりはてねば、故さと<ゝ>もあらぬたゝずまひ也。

東大寺の毘盧舎那佛拝まんとて、先出させ給、見上させたまひて、思ふに過し御かたち也。

西の国のはてに生れて、此陸奥のこがね花に光そへさせ給ふとぞ。

いぶかしとおほせたまへば、近く参りたる法師が申す。

是は華厳と申御経にとかせし御かたち也。

如来のへん化、天にあらせれば虚空にせはだかり、又芥子の中にも所えさするよしに申たり。

肖像はこゝにも渡せし。

御足の裏に開元の年號あるが、三たびの御うつし姿にて、五尺に過させしをまこととはたのみ奉ると申。

露御こたへなくて、たゞたがはせで、物いひたまはず。

此<御>本じやうこそたふとけれ。

薬子・仲成等、あしくためんとするには、御烏帽子かたふけてのみおはすがいとほしき。

御臺まいらす。

よくきこしをして、難波の蜑がみつぐは、こゝも近きかとぞ。

くすり子申す。

かしこに都あらせし帝は、御父の弟御子を立て日嗣とは定たまひしかば、神去たまひては、兄み子打もだし宇治につかふまつり給ふを、兎遲のみ子は、我、兄に踰て登極せん事、聖の道にあらずとて、譲たまへど、否、既に日継のみ子とは、君を定たまひしぞとて、三とせまで相ゆづりて、御座むなしかりしかば、弟み子はついに刄にふして世をさらせしとぞ。

難波の蜑等貢く真魚は、をちこちさまよひて、道にくされたりしとぞ。

蜑なれや、おのが物からもていさつとなんかたりつたへたる。

兄のみ子いかにせん、御位に昇らせしを、聖王と申たてまつり[る]、御名は世々にありがたく申つたへたりき。

君わづかに四とせにており居させたまへば、臣も民も望失ひて、かなしと申とぞ。

今の帝はもろこしのふみ讀て、かしこの纂ひかはるあしきを試みさせしよと申す。

あなかまとせいし給ふ。

いな、こゝにつかふまつる臣達は、今一たび、たひらの宮を都として、御くらゐにかへらせん事をこそねぎ奉ると申。

太弟に心かよはす奈良坂の人も有て、聞ひらし、あなとぞさゝめきたりし。

仲成是につきて、君の下居はしばしの御悩み也と申て、御即位又あらせたまへ。

今上の御心にたがはゞ、我兵衛のかみ也。

奈ら山、泉川に軍だちして、稜威しめさんとぞ申。

又、市町のわらべがうたふに、花は南に先さくものを、雪の北窓心さむしも  とうたふが、北に聞えて、平城の近臣をめして、推問はせたまへば、是は薬子・仲成等がすゝめまいらす事也。

此春のむ月のついたちに、れいのみ薬まいらすに、屠蘓白散をのみすゝめて、度嶂さん奉らず。

いかにとゝはせしかば、君、峭壁をこえさせまじきに。

奈良坂たひらなれど、青垣山の外の重の山路也。

この御墻の内だに、こと/\は貢物たてまつらぬ。

悲し/\とて、涙を袖につゝみもらしたり。

此時御前に侍りて聞し外は、正しき事しらず侍る。

聖代に生れあひて、誰かは兵杖を思ふべきと申す。

さらばとて、即官兵を遣はされて、仲成をとらへて首刎させ、那羅坂に梟させ、薬子は家におろさせてこめをらす。

又御子の高丘親王は、今の帝の、上皇の御心とりて、儲の君と定たまひしを、停めさせて、僧になれと宣旨あれば、親王かしらを薙ぎ、改名して真如と申奉る。

三論を道詮に学び、真言の密旨を空海に習たまひ、猶奥あらばやとて、貞観三年唐土にわたり、行々葱嶺をこえ、羅越國にいたり、御心ゆくまで問学びて、帰朝ありしとぞ。

此皇太子の御代しらせたまはゞやと、みそかには上下申あへりきと也。

薬子おのれが罪はくやまずして、怨氣ほむらなし、ついに刄に伏て死ぬ。

此血の帳かたびらに飛走りそゝぎて、ぬれ/\と乾かず。

たけき若者は弓に射れどなびかず。

劔にうてば刃缺こぼれて、たゞおそろしさのみまさりしとなん。

上皇にはかたくしろしめさゞる事なれど、たゞあやまりつとて、御みづからおぼし立て、みぐしおろし、御齢五十二と云まで、世にはおはせしとなん、史にしるしたりける。

天津處女

嵯峨のみかどの英才、君としてた□□□□れば、御代押知らせたまひし也。

萬機をこゝろみたまふに、唐土のかしこきふみどもを取え<ら>びて行はせたまへば、御世はたゞ國つちも改りたるやうになん人申す。

皇女の御すさびにさへ、木にもあらず艸にもあらぬ竹のよの又は、毛を吹疵をなど、口つきこは/\しくて、國ぶりの歌よむ人は、おのづから口閉てぞありき。

上皇わづかに四とせにており居させたまひしを、下なげきする人も少からず[ざりき]。

今一たび取かへさまほしくおぼしおぼしぬらんと、ひたいあつめて申あへりとぞ。

嵯峨のみかどもおぼしやらせて、御弟の大伴の皇子を太子に定たまひて、上皇をなぐさめたまへるは、是ぞたふとき叡慮ぞと人申す。

やがて御位おりゐさせて、さが野といふ山陰に、茅茨剪らずのためしして、うつらせたまへりき。

是は、先帝の平城の結構を、この邦にては例無し、瑞籬ふし垣の宮居にかへさせしなるべし。

されど長岡はあまりに狭くて、王臣たち家を奈良にとゞめて、通ひてつかふまつるもあり。

民はまいてなりしかば、是はあやまりつとおぼして、今のたひらの宮を作らせてうつらせたまふ也。

土を均して百しきついたて、豊岩真戸、くし岩窓の神々にねぎことうけひて、うつらせしかど、人の心は花にのみうつり栄ゆる物なれば、いつしか王臣の家、殿堂の大いさ、奈良の古きに復させたまへば、老たる物知は、賈誼が三代のいにしへをしのびて、まつり事あらためさせよと申せしを、賢臣等いさめ奉しはまこと也けりと、漢書のそれの巻さぐり出て、今をあをぎたてまつりしとなん。

上皇おり居の宮に、わかう花やぎたまへば、たゞ参る者に、もろこしのふみよめとすゝめたうぶ。

草隷よく学得させたまひて、多く海舶の便に求えらばせし中に、空海を召て、是見よ。

王羲之がまことの筆也と、しめしたまへば、おろして見奉り、是は空海がかしこに在中に手習し跡也。

是見たまへとて、紙のうらをすこしそぎて見せ奉しに、海が筆としるし置たるに、御ことなくて、ねたくやおぼし成にけん。

空海は手よく書て、五筆和上といひしは、書體さま/\に書わかちけんかし。

後に淳和皇太弟受禅したまひて、後に淳和てんわうと申奉りしは此御代也。

元を天長と改めたまふ。

奈良の上皇はこの秋七月に雲隠させたまへば、是を平城天皇と尊號おくり奉たまへりき。

嵯峨の上皇の職度にあらたまりては、法令事しげく、儒教もはらに取用ひさせたまへり。

されど佛法は専らおとろへずして、君の上に此御佛のたゝせたまへるよとて、堂塔年なみに建ならび、博文有験の僧等つかさ人に同じく、朝には立ねど、まつり事をさへ時々奏したれば、おのづから彼をしへに引導せられたまふ事も少からずぞ有ける。

いかなれば、佛法の冥福をかうふらせたまひて、如来の大智の網にこめられたまふよと、下なげきする人もありけり。

中納言清丸の高雄山の神願寺は、妖僧道鏡きほひて、宇佐の神勅を矯さするに、清万侶あからさまに奏せしかば、怒りて一たびは因幡の員外の介におとせしかど、猶飽たらずして庶人にくだし、大隅の国に適せしむ。

忠誠の志よきに、称徳崩御の後に召かへされしかど、やゝ老にいたりて、中納言に挙られたり。

本國の備前にくだりて、水害を除き、民を安きに置れし功労もありしかどゝて、いとほしと申さぬ人もなかりし。

神徳の報恩の寺な也とて、後に神護寺と改めし事、命禄の薄きをいかにせん。

今上の皇太子正良、御くらゐ受させたまひて、淳和の帝ほどなくおりゐさせて、ためしなき上皇御二方と申事、から國にもきかぬためし也と申す。

天皇仁明と尊崇し奉りて、紀元を承和と改めたまふ。

佛道は猶さかんなる事恠しむべし。

儒教も相並びて行はるゝに似たれど、車の片輪のいさゝか缺そこなひて足遲き如し。

さて政令は唐朝のさかんなるを羨みたまひ、ついの御心は驕に伏したまひたりき。

良峯の宗貞といふ、六位の蔵人なるが、才学ある者にて、帝の御心に叶ひちかう召まつはさせ、時々文よめ歌よめと御あはれみかうふりしかば、いつとなく朝政もみそかに問きゝ給へるとぞ。

宗貞さかしくて、まつり事はかたはしばかりも御答申さず。

たゞ御遊びにつきし事どもを、しかせしためしなど、御心をとりて申す。

色このむ男にて、花々しき事をなん好みけるが、年毎の豊の明りの舞姫の数をすゝめてくはへせし。

是は、清見原の天皇のよし野に世を避たまひしが、御國しらすべきさがにて、天女五人天くだりて[し]、舞妓をなぐさめ奉しためしなれば、五人のをとめこそ古き例なれと申す。

同じく色このませしかば、ことしの冬を初めに宣旨くだりて、花さかせたまへりけり。

大臣・納言の人々の、御むすめたちつくりみがゝせて、御目うつらばやとしかまへたりき。

ながめ捨させたまふはいかにせん。

伊勢・加茂のいつきの宮のためしに、老ゆくまでこめられはてたまひき。

國ぶりの歌此み代より又さかえ出て、宗貞につぎて、ふんやの康秀・大友の黒主・喜撰などいふ上手出て、又女がたにも、伊勢・小町、いにしへならぬ姿をよみて、名を後にもつたへたりき。

帝五八の御賀に、興福寺の僧がよみて奉しを見そなはして、長歌は今僧徒にのこりしよと、おほせありしとぞ。

今見ればよくもあらぬを、そのかみは珍らしければにや。

人丸・赤人・億良・金村・家持卿の手ぶりは、しらぬ物にぞみえける。

或時、空海に問せたまへる。

欽明・推古の御時より、経典しき/\にわたりても、猶一切の御経には数たらぬとぞ。

汝が真言の咒はいかにと。

空海こたへ申さく、経典は、たとへば醫士の素難の旨を学び、運氣・六経をさとりたるに同じ。

我咒術は黄耆・人侵・附子・大黄の功有をえらびて、因より症をしたがひ[しり]て、病さぐりて病癒しむるに似たり。

車の二つ輪、相ならびて道はゆかんと申す。

禄たまひて、うなづかせたまへりき。

みかど、宗貞が色このみてあざれあるくを、あらはさんとて、後凉殿のはしの間の簾のもとに、衣かづきてしのびやかにあらすを、宗貞たばかりたまふともしらで、御袖ひかへたれば、御こたへなし。

哥よみてしのびに、山吹の花色衣ぬしや誰とへどこたへず口なしにしてと申す。

帝きぬゝぎて見あひたまへり。

おどろきまどひて迯るを、たゞ参れと召たまひて、御けしきよし。

もろこしに、桃の子くひつみしを、是めせ。

味いとよしとて奉りしを、忠誠の者に召まつはせしためしになん。

山吹を口なし色とは、此哥をぞはじめ也ける。

淳和のきさいの宮、今、太皇后にてましませり。

橘の清友のおとゞの御むすめ也。

圓提寺の僧奏問す。

橘の氏の神を我寺に祭るべしと、先帝の夢の御告ありしとぞ。

帝さる事にゆるさまくおぼすを、太后の宮聞し召て、外戚の家なり。

國家の大祭にあづからしむるは、かへりて非禮也とて、ゆるさせたまはざりし也。

葛野川のべ、今の梅の宮のまつりは是也。

かく男さびたまへば、宗貞がさがのよからぬを、ひそかににくませたまひしとぞ。

伴の健岑・橘の逸勢等、さがの上皇の諒闇の御つゝしみの時に乗て謀反ある事を、阿保親王のもれ聞て、朝廷にあらはしたまへば、官兵即いたりて搦めとる。

太后是をも、逸勢が氏のけがれをなすとて、重く刑せよと、ひとりごたせたまひ<し>とぞ。

太子は此反逆のぬしに名付られて、僧となり、名を恒寂と申たまへる也。

嗟乎、受禅廃立のあしきためしは、もろこしの文に見えて、是にならはせたまふよとて、憎む人多かりけり。

帝は嘉祥三年に崩御ありて、御陵墓を紀伊の郡深草山につきて、はふり奉るなべに、深くさの帝とは申奉也けり。

みはうぶりの夜より、宗貞行へしらず失ぬ。

是は太后・大臣の御にくみを恐れて也。

殉死といふ事今は停めさせしかど、此人生て在まじきに、人はいひあへりける。

衣だに着ず、蓑笠に身をやつして、こゝかしこ行ひありきける。

清水寺にこもりて在る夜、小町もこよひ局して念じあかすに、となりの方に経よむ聲凡ならざりし、もしや宗貞ならんかとて、哥よみてもたせてやる。

石の上に旅ねはすれば肌さむし苔の衣を我にかさなん宗貞の法師この紙のうらに、墨つぼの墨してかきてやるは、手を見れば小町なりけりとしりて也。

世をすてし苔のころもはたゞひとへかさねて薄しいざ二人ねむかく云て、そこをはやく立去ぬ。

小町さればこそとて、おかしく思ひ、五条の太后の宮に見せたてまつる。

せんだいの御かたみの者よとて、さがしもとめさする時也。

いかでとゞめざると、打うめかせたまひぬとぞ。

内つ国のこゝかしこにす行しあるけば、ついにあらはされて、内にしき/\参りたりき。

又時の帝の、才有者ぞとて、しきりになし昇し、僧正位にすゝめたまふ。

遍昭と名は改たりき。

これも修行の徳にはあらで、冥福の人なるべし。

をのこ子二人、兄の弘延はおほやけにつかへて、かしこき人なりけり。

弟は、法師の子はほうしになれとて、髪おろさせ、素性と申せしは此人也。

哥のほまれ父に次て聞たりしかど、時々よからぬ世ごゝろのありしは、心より發せし道心にあらざれば也。

僧正花山と云所に寺つくりて、おこなひよく終らせたまへりとぞ。

仏の道こそいと/\あやしけれ。

世を捨し始の心に似ずして、色よき衣から錦の袈裟まとひ、車とゞろかせ、内に参りし事、かにかくに人のよしあしは稟得たるおのがさち/\といふ人ありき。

御みづからもしか思されぬらんかし。

海賊

紀の朝臣つらゆき、土佐守にて五とせの任はてゝ、承和それの年十二月それの日、都にまうのぼらせたまふ。

國人のしたしきかぎりは、名残をしみて悲しがる。

民も昔よりかゝる守のあらせたまふを聞ずとて、父母の別れに泣子ならてしたひなげく。

出舟のほども、人々こゝかしこ追来て酒よき物さゝげきて、哥よみかはすべくする人もあり。

船は、風のしたかはずして、思の外に日を経るほどに、海賊うらみありて追くと云。

安き心こそなけれ、たゞ/\たひらかに宮古へ、朝ゆふ海の神にぬさ散して、ねぎたいまつる。

舟の中の人々こぞりてわたの底を拝みす。

いづみの國までと舟長が云に、くだりし所々はなかめ捨て、さる國の名おほえず、今はたゞ和泉のくにとのみとなふる也けり。

守夫婦は、國にて失ひしいとし子のなきをのみいひつゝ、都に心はさせれど、跡にも忘られぬ事のあるぞ悲しき。

こゝいづみの國と、船長が聞しらすにぞ、舟の人皆生出て、先、落居たり。

嬉しき事限なし。

こゝに釣ぶねかとおぼしき木葉のやうなるが散来て、我船に漕よせ、苫上て出る男、聲をかけ、前の土左守殿のみ舟に、たいめたまはるべき事ありとて追来たると、聲あらゝかに云。

何事ぞといへば、國を出させしよりおひくれど、風波の荒きにえおはずして、今日なんたいめたまはるべしと云。

すはさればこそ海ぞくの追来たるよとて、さわぎたつ。

つらゆき舟屋かたの上に出たまひて、なぞ、此男我に物いはんと云やとのたまへば、是はいたづら事也。

しかれども波の上へだてゝは、聲を風がとりてかひなし。

ゆるさせよとて、翅ある如くに吾ふねに飛乗る。

見ればいとむさ/\しき男の。

腰に廣刃の劔おびて、恐し氣なる眼つきしたり。

朝臣けしきよくて、八重の汐路をしのぎて、こゝまで来たるは何事と、ゝはせたまへば、帯たるつるぎ取棄て、おのが舟に抛入たり。

さて申すは、海ぞく也とて、仇すべき事おぼししらせたまはねば、打ゆるひて、物答へて聞せよ。

君が國に、五歳のあいだ、參らんとおもひしかど、竺紫九國、山陽道の国の守等が怠りを見聞て、其をちこちしあるきて、けふに成たる也。

海賊は心をさなき者にて、君が国能守らすのみならず、あさましく貧しき山國にて、あぶるゝにたよりなければ、余所にして怠りたるにぞ。

都の御たちへ參るべけれど、こと/\しく、且、人に見知られたれば、世狭くて、とにかくに紛れあるくなり[とぞ]。

さて問まゐらすは、延喜五年に勅を奉りて、國ぶりの歌撰びて奉りし中に、君こそ長*たれと聞。

續万葉集の題號は、昔の誰があつめしともしらぬに次れしなるべし。

是はよし。

題の心をきけば、萬は多数の義とは是もよし。

葉は後漢の劉煕が釋名に歌は柯也。

いふ意は人の声あるや、草木の柯葉有が如しとぞ。

是はいかにぞや。

人の聲には、喜怒哀楽につきて、聞によろこぶべく、悲しむべきかあり。

故に聲に長短緩急有て、うたふにしらべとゝのはぬがあり。

草木の枝葉の風に音するも、はやちならば、誰かはあはれと聞べき。

さて柯葉とのみにてはことわり足ず。

そのかみの人、わづかに釋名につきて字を解く。

人の愚なるにもあらで、かく心をあやまりしが世の姿也。

同じ代にも、許愼が説文には、歌は詠也と云しは、舜典に、歌は永言也と有を、よん所として云しはよし。

字を解くさへに道の教のさま/\なるを思へ。

ぬしが序に、やまとうたはひとつ心を種として、よろづの言の葉となれると云しは、文めきたれど明かに誤りつ。

言・語・詞・辞はこと/\ことゝよむより他無し。

言のは、ことばともいひし例なし釈名によりて題のこゝろを助くるとも、古言にたがふ罪國ぶりの歌にも文にも見ゆるすまじきを、大臣参議の人々、己が任にあづからねば、よそめつかひて有しなるべし。

又、歌に六義ありと云は、唐土にても偽妄の説ぞ。

三義三體といはゞゆるすべし。

それも数の定有べきにあらず。

喜怒哀楽の情のあまたに別れては、幾らならん。

かぞふるもいたづら事也。

濱成が和歌式に云は、十體也と云も、同じ浅はか事也。

汝は歌よくよめど、古言の心もしらぬから、帝さへもあやまらせ奉るよ。

又大寶の令に、もろこしの定めに習ひて、法を立られし後は、人の道に良媒なきは、犬猫のいどみ争ふものに、必乱るましく事立られしを、歌よしとて、教にたがへるを集め、人のめに心をよせては、しのびあひ、見とがめられたりとて出ゆく別の袖の泪川、聞にくきをまでえらびて奉りしは、政令にたがふ也。

さらば罪は同じき者ぞ。

戀の部とて五巻まで多かるは、いたづら事のつゝしみなき也。

淫奔の事、神代のむかしは、兄妹相思ひても、情のまことぞとて、其罪にあらざりし。

人の代となりて、儒教さかんに成んたりしかば、夫婦別あり、又他姓を娶らずと云は、外国のさかしきをまでえらび給しならはせ也。

さらば、清凉、後凉の造立はありし也。

かの国にても、始は同姓ならで相近よるべからぬを、國さかえて、他姓とも交り篤くして、境をひろめ、人多く産べき便の為なりしかば、是を必よき事とはしたる也。

歌さかしくよむとも、撰びし四人の筆あやまりしは、学文なくてたがへる也。

菅相公ひとりにくませおはせしかど、やがて外藩におとされたまひしかば、御咎なかりしなるべし。

延喜を聖代といふも、阿諛の言ぞ。

君も御眼くらくて、博覧の忠臣をば黜けさせ給ふ世なり。

三善の清行こそ、いさゝかもたがへずしてつかふまつるをば、参議式部卿にて停められし、選挙の道暗し。

意見封事十二条は文もよく、事共も聞べかりけるを、たゞ/\学者は古轍をふみたがへじとて、頑愚の言もある也。

第一條に、齊明天皇西征の時、吉備の國を過たまふに、人烟いとにぎはしき里在。

誰すみて、いかなる所ぞと、御問ありしかば、里の長こたへ申。

ちかき比、年に月に人多く住つきて、今は幾万人か住たる。

若軍民を召れなば、二萬の兵士は奉べしと云。

さは、此のち里の名を二万の里と申せとありしに、延喜の頃には、国の守がかぞへしかば、幾人も出すべくもあらぬ者に数へしと云を、栄枯地を易ると云を思はず、國の為に患しは愚也。

いづくに棲うつりて榮ゆらん。

是はいたづら事也。

人民は利益損益につきてうつる事、蜂の巣をくみかへるに同じ。

又學問の事は、大臣公卿のつとめにて、翰林の士才高しともすゝむべきに定まらず。

是、此国の俗習也。

学校にあつまる童形の君に讀書たてまつり、文の意を解く道ひらき申のみなるを思はずして、朝政の時々に改りて、この時学寮は坎*の府、凍餒の舎と打歎くも、心ゆかざりし也。

又播磨のいなみ野の魚住の泊は、行基が、此間遠し。

舟とまりの便よからずとて造りし也。

其後に度々風波につき崩されしは、天造にたがへる者から、ついの世に益有まじ。

惻隠の心あるも、むなしきものから、朝廷には見放ちておかせたまひしなるべし。

是等、聖教にあらぬ老婆心にてこそあれ。

かく至らぬ事どもは、塩梅の臣の任にあらず。

我は詩つくり歌よまざれど、文よむ事を好みて、人にほこりにくまれ、遂に酒のみだれに罪かうふり、追やらはれし後は、海にうかびわたらひす。

人の財を我たからとし、酒のみ肉くらひ、かくてあらば、百年の壽はたもつべし。

歌よみて道とのゝしる輩ならねば、物とへ。

猶云ん。

咽かはく。

酒ふるまへと云。

酒な物とりそへてあたふ。

飽までくらひのみ、今は興尽たり。

木偶殿よ、暇申さんとて、おのが舟に飛うつり、舷たゝいて、やんらめでたと聲たかくうたふ。

つらゆきの舟も、もうそろ/\とふな子等がうたひつるゝ。

海ぞくが舟は、はやいづに漕かくれ[る]て、跡しら波とぞ成にけエり。

都にかへりて後にも、誰ともしらぬ者の文もて来て、投入てかへりぬ。

披き見れば、菅相公の論云事、手はおに/\しくて清からねど、ことわり正しげにろうじたり。

よむに、□哉菅公、生而得人望、死而耀神威、自古惟一人已。

曽聞、君子無幸而有不幸、小人有□而有不幸。

如公則、有徳而非□。

然亦不幸貶于外藩。

其所以不冤者、蓋遇君臣刻賊之天運、而不能致仕以令其終。

又罵辱藤菅根、而結其冤、不挙三清公、人以為私。

且不納其革命之諌、抑非求之乎。

清公之言云、「明季辛酉、運當命革、二月建卯、将動干戈。

遭凶衝禍、雖未知誰是、引弩射市、當中薄命。

自翰林超昇槐位者、吉備公之外、無復與美、伏冀知其止、則足察其栄分。

」由是思之、吉公當妖僧立朝之□、持大器而不傾殆、建勃平之勲矣。

今也、公以朝之寵遇道之光〓{火+華}、与左相公有□、終所貶黜。

故雖兼幸、亦不免不幸也。

然生而得人望、死而耀神威。

有徳之餘烈、可見、赫々然于萬世矣哉。

言のこは/\しき、ほしきまゝなる、かの海賊が文としらる。

又副書あり。

前のたいめに云べき事を、言にあまりてもらしつ。

汝が名、以一貫之と云語をとりたる者とはしらる。

さらば、つらぬきとよむべけれ。

之は助音、こゝには意ある事無し。

之の字ゆきとよむ事、詩三百篇の所々にあれど、それは文の意につきて訓む也。

汝歌よめど文多くよまねば、目いたくこそあれ。

名は父のえらびて付るためしなれば、汝しらずは、歌[父]の名をおとすべし。

歌暫しやめて、窓のともし火かゝげ文よめかし。

ある博士の、以貫と付しは、つらぬきとこそよみためれ。

あたら男よと、あら/\しく憎さげに書て、杢頭どのゝ書つけたり。

此事学文の友にあひて、誰ならんと問へば、ふん屋の秋津なるべし。

文よむ事博かりしかど、放蕩乱行にして、ついに追はら?れしが、海賊となりてあぶれあるくよ。

それはた渠儂が天ろくの助くるならめ。

さてなん罪にあたらずして、今まで縦横しあるくよとかたりしとぞ。

是は、我欺かれて又人をあざむく也。

筆、人を刺す。

又人にさゝるゝれども、相共に血を不見。

目ひとつの神

阿嬬の人は夷なり。

哥いかでよまんと云よ。

相模の国小よろきの浦人の、やさしくおひたちて、よろづに志ふかく思ひわたり、いかで、都にのぼりて歌の道まなびてん。

高き御あたりによりて、習ひつたへた覧には、花のかげの山がつよと、人の云ばかりはとて、西をさす心頻り也。

鴬は田舎の谷の巣なりとも、だみたる聲は鳴ぬと聞をとて、親にいとま乞。

此頃は文明享禄の乱につきて、ゆきかひぢをきられ、たよりあしゝと云など、一度は諌つれど、しいて思ひ入たる道ぞとてしたがはず。

母の親も乱たる世の人にて、おに/\しくこそなけれ。

とくゆきて疾かへれとて、いさめもせず、別かなしくもあらずて出たゝす。

関所あまたの過書文とりて、所々のとがめなく、近江の国に入て、あすは都にと思ふ心すゝみにや、宿とりまどひて、老曽の杜の木隠れ、こよひはこゝにと、松がね枕もとめに深く入て見れば、風に折たりともなくて、大樹の朽たをれし有。

ふみこえてさすが安からぬ思ひして立煩ふ。

落葉小枝道を埋みて、浅沼わたるに似て、衣のすそぬれ/\と悲し。

神の祠立せます。

軒こぼれ御はし崩れて、昇るべくもあらず。

草たかく苔むしたり。

誰よんべやどりし跡なる、すこしかき拂ひたる處あり。

枕はこゝにも定む。

おひし物おろして、心おちゐたれば、おそろしさは勝りぬ。

高き木むらの茂くおひたるひまより、きら/\しく星の光こそみれ、月はよいの間にて、露ひやゝか也。

されど、あすのてけたのもしと獨言して、物打しき眠りにつかんとす。

あやし、こゝにくる人あり。

背たかく手に矛とりて、道分したる猿田彦の神代さへおもほゆ。

あとにつきて、修験の柿染の衣肩にむすび上て、金剛杖つき鳴したり。

其跡につきて、女房のしろき小袖に、赤き袴のすそ糊こはげに、はら/\とふみはらゝかして歩む。

桧のつまでの扇かざして、いとなつかしげなるつらを見れば、白き狐也。

其あとに、わらはめのふつゝかに見ゆる、是もきつねなり。

やしろの前に立並びて、矛とりしかん人、中臣のをらび聲高らかに、夜まだ深からねど、物のこたふるやうにてすざまし。

神殿の戸あらゝかに明放ちていづるを見れば、かしら髪面におひみだれて、目ひとつかゝやき、口は耳の根まで切たるに、鼻はありやなし。

しろき打着のにぶ色にそみたるに、藤色の無紋の袴、是は今てうじたるに似たり。

羽扇を右手に持て、ゑみたるが恐し。

かん人申す。

修験はきのふ筑石を出て山陽道へ、都に在しに、何某殿の使してこゝを過るに、一たび御目たまはらばやと申て山づとの宍むら油に煮こらしたる、又出雲の松江の鱸二尾、是はしたがひし輩にとらせて、けさ都に来たりと、あさらけきを鱠につくりてたいまつると。

修げん者申す。

みやこの何がし殿の、あづまの君に聞たち、申合さるべきにて、御つかひにまいる也。

事起りても、御あたりまでは騒かし奉らじ。

神云。

此国は無やくの湖水にせばめられて、山の物海のものも共に乏し。

たま物いそぎ、酒くまんとおほす。

わらはめ立て、御湯たいまつりし竃こぼれたるに、木の葉小枝松笠かきあつめてくゆらす。

めう/\とほの火の立昇るあかりに、物の隈なくみわたさるゝ。

恐しさに、笠打被きねたるさまして、いかに成べき命ぞと、心も空にてあるに、酒とくあたゝめよとおほす。

狙と兎が、大なる酒がめさし荷ひて、あゆみくるしげ也。

とくと申せば、肩弱くてとかしこまりぬ。

わらはめ事ども執行ふ。

大なるかはらけ七つかさねて、御前におもたげに〓{敬↓手}ぐ。

しろき狐の女房酌まいる。

わらは女は正木づらの手すき掛て、火たき物あたゝむるさままめやか也。

上の四つを除きて五つめ參らす。

たゝへさせて、うまし/\とて、重ね飲て、修験、まろう人なりとてたまへり。

さて、あの枩がね枕して空ね入したる若き男よびて、あいせよといへとぞ。

召すと、女房の呼ぶに、活たるこゝちはなくてはひ出たり。

よつめの土器とらせて、のめとおほす。

是をのまずはとて、多くは好まねど飲ほす。

宍むら膾いづれもこのむをあたへよ。

汝は都に出て物学ばんとや。

事おくれたり。

四五百年前にこそ、師といふ人はありたれ。

みだれたる世には、文よみ物知る事行はれず。

高き人もおのが封食の地はかすめ奪はれて、乏しさの餘りには、何の藝はおのが家の傳へありと譌りて職とするに、富豪の民も又ものゝ夫のあら/\しきも、是に欺かれてへい帛積はへ、習ふ事の愚なる。

すべて藝技は、よき人のいとまに玩ぶ事にて、つたへありとば云はず。

上手とわろものゝけぢめは必ありて、親さかしき子は習ひ得ず。

まいて文書歌よむ事の、己が心より思得たらんに、いかで教へのまゝならんや。

始には師とつかふる、其道のたづき也。

ひとり行には、いかで我さす枝折のほかに習ひやあらん。

あづま人は心たけく夷心して、直きは愚に、さかしげなるは佞けまがりて、たのもしからずといへども、國にかへりて、隠れたらんよき師もとめて心とせよ。

よく思ひえて社おのがわざなれ。

酒のめ、夜寒きにとぞ。

祠のうしろより法師一人出て、酒は戒破り安くとも又醒やすし。

こよひのあいだ一つのまんとて、神の左坐に、足高く結びて居たり。

面は丸くひらたく、目鼻あざやかに、大なる袋を携へたるを右に置て、かはらけいざと云。

女房とりて參らす。

扇とりて、から玉や/\とうたふ聲、めゝしくはあれど、是も又すざまし。

法師云。

己は扇かざすとも、尾ふとく長きには、誰かは袖ひかん。

わかき者よ、神の教へに従ひてとく帰れ。

山にも野にもぬす人立て、たやすくは通さず。

こゝまで来たる事、優曇花也。

修験のあづまの使にくだるに、衣のすそにとりつきてとくかへれ。

親あるからは、遠く遊ばぬと云教へは、東の人も知たるべしとて、盃さす。

おのれはさか魚物臭しとて、袋の中より大なる蕪根をほしかためしをとり出て、しがむつらつき、わらべ[ひ]顔して又懼し。

いづれの御心も同じく聞しらせたまへば、都にはあすとこゝろざしたれど上らじ。

御しるべにつきて、文よみ歌学ばん。

小ゆるぎの蜑が目ざす道は、栞得たりとて喜ぶ。

かはらけ幾回か巡らせたれば、夜や明んと申す。

かん人も酔たるにや、矛とり直して、物まうしの聲、皺ぶる人なれば、おかしと聞たる。

山ぶしいざいとま賜はらんと、金がう杖とりて、若き者に、是に取つけよといふ。

神は扇とり直して、一目連がこゝに在て、むなしからんやとて、わかき男を空にあをぎ上る。

猿とうさぎは、手打てわらふ/\。

木末にいたりて待とりて、山臥は飛立。

この男を腋にはさみて、飛かけり行。

法しは、あの男よ/\」とて笑ふ。

〓{代↓巾}とりて背におひ、ひくきあしだ履て、ゆらめき立たるさま、絵に見知たり。

かん人と僧とは人也。

人なれど、妖に交りて魅せられず。

人を魅せず、白髪づくまで齢はへたり。

明はなれて、森陰のおのがやどりにかへる。

女房、わらはゝ、かん人のこゝにとまれとて、いざなひ行。

この夜の事は、神人が百年を生延て、日なみの手習したるに、書しるしたるがありき。

墨くろく、すく/\しく、誰が見るともよく讀べき。

文字のやつしは、大かたにあやまりたり。

己はよく書たりとおもひしならめ。

樊〓

むかし今をしらず。

伯耆の國大智大権現の御山は、恐しき神のすみて、夜はもとより、昼も申の時過ては、寺僧だにくだるべきは下り、行ふべきはおこなひ明すとなん聞ゆ。

麓の里に夜毎わかきあぶれ者等集り、酒のみ博奕打て争ひ遊ぶ宿あり。

けふは雨降て、野山のかせぎゆるされ、午時よりあつまり来て、跡無きかたり言してたのしがる中に、腕だてして口とき男あり。

憎しとて、「おのれは強き事いへど、お山に夜のぼり、しるし置て帰れ。

さらず<は>力ありとも心は臆したり」とて、あまたが中に恥かしむ。

「それ何事かは。

こよひのぼりて、正しくしるしおきてかへらむ」とて、酒のみ物くひみちて、小雨なれば蓑笠かづきて、たゞ今出ゆく。

友達が中に、老て心有は、「無やくの争ひ也。

渠必神に引さき捨られん」と、肩ひそめていへど、追止むともさらにせず。

此大蔵と云は足もいとはやし。

まだ日高きに、御堂のあたりにゆきて、見巡るほどに、日やゝ傾きて、物凄しく風吹たち、桧原杉むらさや/\と鳴とよむ。

暮はてゝ人なきにほこり、「此あたり何事もなし。

山の僧の驚かすにこそあれ」とて、雨晴たれば、みの笠投やり、火切出してたばこのむ。

いと暗う成て、「さらば、上の社に」とて、木むらが中を、落葉踏分ふみはら<ゝ>かしてのぼる/\。

十八丁とぞ聞し。

こゝに来て、「何のしるしをかおかん」とて見巡るに、ぬさたいまつる箱の大きなるが有。

「是かづきて下りなん」とて、重きをかるげに打かづきてんとするに、此箱の[に]ゆらめき出て、手足おひ、大蔵を安々と引提、空にかけり上る。

こゝにて心よわり、「ゆるせよ、助けよ」とをらべど、こたへなくて、飛かけり行ほどに、波の音のおどろ/\しきを聞、いと悲しく、こゝに打はめられやするとて、今は箱をつよくとらへてたのみたり。

夜漸明ぬ。

神は箱を地に投おきてかへりたり。

眼をひらきて見れば、海べにて、こゝも神の社あり。

松杉かう/\しきが中にたゝせたまへり。

かんなぎならめ。

白髪交りたる頭に烏帽子かゞふり、浄衣なれたるに、手には今朝のにへつ物み臺にさゝげてあゆみくるが、見とがめて、「いづこより来たる。

あやしき男也」と問。

「伯耆の大山にのぼりて、神にいましめられ、遠く此ぬさの箱と倶にこゝに投弃て、神は帰らせたまふ」と云。

「いと恠し。

汝はをこ業する愚もの也。

命たまはりしこそよろこべ。

こゝは隠岐の國のたく火の権現の御やしろ也」と聞て、目口はだけて驚き、「二親ある者也。

海をこさせて里にかへらせ給へ」と云[て]、他国の者の故なくて来たれば、掟有て、國所を正しく問て後に、送りかへさるゝ也。

しばしをれ。

是奉りて後、我もとに来たれ」。

問糺して、目代に行て申すは[へし]、「けさのみにへたてまつるふとのりと言高く申手に、物のはら/\とこぼれしに[は]、御戸たてゝ帰ると夢見たり。

お<ど>ろきて、いそぎ御にへてうじて、御社に参るに、松陰に見しらぬ者のたてり。

いづこの人とゝひしかば、伯耆の国の者也。

しか/\の事して、こゝにしらず参りたりと申。

即吾家にをらせて、うたへ奉る」とぞ。

目代聞て、「そやつは神の御咎にこゝまでわたされし也。

此国の者ならねば、罪すべきやうなし」とて、其日の夕汐まつ舟に、むかひの出雲の国に送らす。

八百石と云船にて、ちいさくもあらぬを、風追ていと早し。

されど「よんべの神の翅にかけしよりは遅し」と云。

三十八里のわたりを、辰の時に出て、申の上剋と云に、向ひの出雲の国に着ぬ。

こゝに崎守のありて、事のよし問あきらめ、「さても世のいたづら者也。

にくし」とて、つらに唾吐かけて、過書文あたふ。

里の次々に、二人の男に囲まれて、七日と云午時に、ふる郷に来たる目代に引出され、罪重からねば、しもと杖五十うたせて里正召てわたさるゝ。

一さと聞つけて、「大蔵がかへりしぞ」とて、先其家に走行て告る。

母と兄嫁は、「いかにして」とて、嬉しくも悲しくも、門立して待ほどに、送の人にかこまれて来たる。

先むかへて、「物くへ」「足洗へ」と、立さうどく。

父は持仏の前に膝たかく組て、烟くゆらせ空に吹ゐたり。

兄は山に出るとて、枴鎌とりて、「生へ帰りしは不思議の事也。

とふもうるさしとて」つらをきとにらみて出行。

里の友だちあつま<り>来て、「腕こき止よかし。

神に裂れぬこそありがたけれ」とて、喜び云て皆かへる。

いつもの臥所に入て、翌のひる時までうまく寝たり。

今はたゞ親にしたがはんとて、兄につきて山かせぎす。

「出雲へわたり、隠岐の島よりかへるは、罪ある者の大赦にあひし也」とて、大蔵と云名はよばて、「大しや/\」とあざ名したり。

日数へて母に云。

「権現のたまひし命也。

心きよくして、今一たび詣ん」と云。

母あやうがりて、「身をよく清め、心あらためてあらば、如来も神も同じ事にこそ。

よく拝みて、御ゐやまひ申て、兄と連だちてお山にはのぼれ」と云てゆるさず。

父きゝて、「にくしとおぼし給はゞ命たまはらんやは。

いそぎまうでこよ」と云。

兄嫁「つきて上りたまへ」といへば、あざ笑て、「父のおほせことわり也。

一人のぼれ。

おのが心の改りたるを、神仏はよくしろしめすべし」とて、友なはず。

大蔵もとより心ぶとなれば、「一人上りて、御わび申て来たらん」とて出る。

はやくかへりて、何の事もなかりし。

「銭たまひしは、彼御前に奉りてよく拝て、さて、其夜のみの笠の木陰にありしを取かへりし」と云。

母、「猶つよき事して、又御罰かうむるな。

引さきすて給ふとて、人は云よ。

事無くてかへし給ふは」とて、物くはせてよろこぶ。

このゝちは心あらたまりて、兄がしりに立て、木こり柴荷ひかへりて、親の心をとるほどに、大力なれば兄とは刈まさり、銭多にかふるを、母と嫁とはほめごとして喜ぶ。

年も暮ぬ。

いつの年よりは大蔵がかせぎするに、銭三十貫文を積て、「此としよし」と、父も兄も心よくいふに、母とよめとは、「まことに」とて、大蔵に布子ひとへ新らしくてうじて着す。

年かへりて春のゝとかなるに、又いつもの宿に遊びて、博奕はじめ負たりしかば、銭こはれて、さすがに心おくれたれば、ひと夜ふたよはえゆかず、母にいふ。

「春の御ゐやまひに山にのぼらん。

友だちが詣づるに」といひて、銭こふ。

「はやくかへれ。

申かたぶかばおそろし」とて蔵にゆく。

あとにつきて、「いくらもたまへ」と乞。

「お山にまうづとておほくは何する。

是ばかりを」とて、櫃のふた明てつかみ出て、みだれたるが百文にあまりぬべし。

「もてゆけ」と、櫃のふたする内を見れば、からげし銭二十貫もんあり。

母に云。

「春毎の遊びして銭まけたり。

友だちがつぐのへとて、度々責るに、其銭しばしたまへ。

山かせぎして本の如く積べし。

あすよりは山に入よ」とて、こふつらにくし。

「さても/\、心あらためしかと思へば、博奕やめぬよ。

目代どのより春ごとにいましめたまふいたづら事也。

神も悪ませたまはん。

此銭か?兄が入おきたるぞ。

ゆるさねば手は触じ」とて、櫃の鑰さゝんとす。

れいの心より、母をとらへて動かせず、「聲たてな。

父が昼寝さむるぞ」とて、片手にふたひらきて、二十貫文つかみ出して、母はひつの中へ押こめて、銭肩におきてゆらめきいづ。

兄嫁見て、「其銭いづこへ持ゆきたまふよ。

男のかぞへて入置たる也。

父目さまし給へ。

又いたづら心のおこりしぞ」とて、をらび聲して云。

ちゝおどろきて、「おのれ、ぬす人め。

赦さじ」とて、枴とりて庭におり、うしろより丁とうつ。

うたれても骨かたければ、あざわらひて門に出づ。

「にくし/\」とて追しけど、足は韋駄天走りして迯ゆく。

「あれとらへてよ」と呼はり/\追ふ。

兄もかへり路にゆきあひて、「おのれ、此銭ぬすまさんや」とて、奪ひかへさんと<すれど、>手に当らずして蹴たをされたり。

父足はよわくて、兄におくれたれば、此時にやう/\追つきて、後よりしかと抱とむるを、「年よりの力だて、いたづら事ぞ」とて、片手にて前へ引廻し、横さまに投たれば、道ほそきに、溜池の氷とけぬ上に轉び落たり。

兄は「親を何とする」とて、助けあがらすほどに遠く成ぬ。

父も山賎なれば心はたけくて、ぬれし衣からげ上て又追ふ。

谷わたる所にて友だちがゆきあひ、むかひ立てつよく捕へたり。

是は力ある男なれば、おのれも腕のかぎりしてつらを打、ひるむと見て蹴たれば、谷の底へ落ころびぬ。

水いとさむき比なれば、心たけきにもえはひ上らぬを、「おのれが博奕のおひめ責るから、つぐのはんとて、親の銭なればもて出たるぞ」とて、岸にたつ石の大いなるを又蹴おとしたれば、はひ上るとするほどの上にころびかゝりて、谷のふかきに倶に落入て、此たびはえあがらず。

兄と父とは追兼て、此間にやう/\来て、銭只うばひかへさんとす。

今はあぶれにあぶれて、親も兄も谷の流にけおとして、夷它天足して、いづちしらず迯うせぬ。

ちゝ兄も淵にともにしづみてえあがらず、こゞへ/\て死たり。

一さと立さうどきて追へど、手なみは見つ。

目代へかけり行て、「しか/\の事」とうたへたり。

さても/\にくき大罪人也。

追とらへて重く行なはん。

足とき奴なれば、国の内に今はあらじ」とて、かたち絵にかきて触ながし、とらへんとぞ。

里長申す。

「山ざとには絵かく者なし。

たゞかたちを書、ことわりて云流したまへ」と申す。

しからんとて、「身の丈五尺七寸ばかり、つらつきおに/\しく肥ふとり、物もよくいふぞ」とまで、くはしく書付て、国々へいひながす。

大蔵は迯のびて、今はとて遠く筑紫にわたり、博多の津に日ごろ在て、博奕うつ中に入て、何の幸ひぞ銭多く勝たり。

こゝへも「しか/\の大罪人とらへよ。

」と触ながさるゝ。

このあぶれ者等も、大蔵なるべしとて、目くはせたるを見て、はやくこゝをのがれて、「銭は重し」とて、木のもとに投すて、黄かね五ひらあるを心だよりに、旅人にやつし、長崎の津にさまよひ来たりしが、こゝにやもめ住のわびしくてあるに身をよせて、ばくちの修行しきりにて、勝ほこり、「財のぬしぞ」とて、酒かはせ、明暮酔ごとして、ことわりなきが恐ろしさに、やもめは逃出て、丸山の揚屋がもとへ、ぬひ事にやとはるゝをたよりに、「かくしてよ」と、こゝにあり。

大曹酔さめて、「いづこにぞ」と呼べどあらず。

「さては、我ほしきまゝをにくみて迯ゆきしよ。

いつも丸山に、何がしの所へとて、ゆく物がたりしたれば、そこにこそをらめ」とて、追ゆきて、「我女をかへせ」とて、あらくいひのゝしる。

あるじも家の内の者等も、こゝにやどりしまろう人も、「いかに/\、鬼の来たるは」とてさわぎたつ。

さうじ皆蹴はなちて、こゝかしこに乱入て、「先、酔さめたれば」とて、酒づきの散じたるを取てのむ/\。

さかな物、鉢や何や引よせてくらふほどに、気力ます/\さかりに成て、我女出せよ」とておどり狂ふ。

奥の方に、もろこし人のやどりて遊ぶ所へみだれ入て、屏風も蹴たをして、もろこし人の前に膝たかくかゝげて、どうと座したり。

驚きおそれて、「樊〓排闥/\。

ゆるしたまへ。

我はたゞ何事もしらず」とてわぶる。

あるじ、此まろうどあやまたせてはとて、手すりわび、「御妻なる人のこゝに来て、又いづこへか迯行たりし。

心静たまへ。

いづちにかかくれん。

倶にさがしもとめて参らせん。

酒のみたまふよ」とて、熊掌駝蹄こそあらね、山の物海の物さゝげ出てもてなすにぞ、是に心折て飲くらふ。

「もろこし人のつけし、はんくわいと云名よし」とて、「今より後名とせん」とよろこぶ。

夜明はなれたり。

雑式いかめしき男四五人つれ来たりて、「親兄をころせし伯耆の國の大蔵出せ。

縄かけん」と聞て、いかにすべきにあらねば、心を?衛ておとり出、「我は親ころせし者にあらず」とて、わぶるさまして、前の男が持たる棒うばひとりて、誰かれなく打ちらすほどに、えとらへずして迯したり。

こゝよりいづちへともあてどなくて、野にふし山に隠れてあるくほどに、疫やみして、山陰の前にころびふしたり。

狼のをらび聲して叫べば[ども]、ゆきゝの人、「懼し」とて見とゞむる人なし。

やう/\あつきこゝちさめがたになりしかど、この比物くはねば、足たゝずして、道にはひ出、人のくるを待。

夜に入てこゝ過る人あり。

月あかりに、此大蔵がうめく聲を聞て、「何者ぞ」とゝがむ。

「おのれは旅人也。

病してこゝに日頃ありしが、やゝさむるにも物くはねば足たゝず。

もの喰せてたべ」と云。

ともし火持たるあかりにて見たれば、鬼の如くにて、おとろへ、おどろ髪ふりみだし、たゞ「物くはせよ」と乞。

人なりけりと見とゞめて、おもふ心あれば、こやつ助くべしとて、腰の餌ぶくろより、飯とうでゝあたふ。

たゞ推いたゞき「うゝ」といひつゝくらふ。

くらひつくしてさて云。

「御恩かたじけなし。

いつにてもむくひ申さん」と云。

旅びとわらひて、「おのれはおもしろき男也。

落はふれて何をかする。

盗して世をわたれ。

我下につきてかせげ」と云。

打笑ひて、「ぬす人殿、よくも出あひたる。

博奕打ほこりて、かく田舎へはさまよひ来たる也。

ばく打もぬすみも罪は同じ。

ばくちは負いろに成て、力わざもせさせず。

盗人は筋ひとすぢなるは」とてよろこぶ。

「さて、おのれは膽ふとき奴也。

伯岐の國の親兄ころして迯し男めか」と問。

「それ也。

人里に出交りては安き心なし。

御手につきて、野山に立かせがん事、よし/\」とてよろこぶ。

「こよひこゝ過るたび人あり。

馬に荷おもく負せたり。

足軽一人、老たる男つきたる外には、さはりなし。

馬士めもともに打殺して、荷の中に金ありと見たれば、よきかせぎぞ。

手初めしてみせよ」と云。

「是はいと安き事也。

猶力づけに、麓に下りて酒のませてたべ」。

「我も寒かりつれば」とて、十丁ばかりくだりて、水うまやの戸たゝき、「酒買ん」と云。

まだよひのほどなれば、「を」とこたへて戸明たり。

「よき酒さかな、何にても何にても出せ」といそぐ。

「夜あるきなれば、價先とらすぞ」とて、金一分とり出て投あたふ。

あるじ立走りて、隣の家に鮪の煮たる有」とて、酒あたゝめるあいだに求来て、鰒のつくり膾、豆麩の汁物あつくして出す。

「よし」とて二人のみあくほどに、「夜更ぬ中に」とて出行。

あるじ、「あの背高き男は大ぬす人也。

つきて来たるは、見しらずといへども、手下にぞあらめ」とて、のこりの酒さかな物くひのみて寝たり。

二人の山立は、「こゝよし」とて、木むらの陰にたゝずみしほどに、馬の鈴ゆらぎて聞ゆ。

「ぬかるな」といへば、「手むなしきは」といひて、松の木の一つえあまりなるを根ぬきにして、振たてゝ見する。

「よし/\、いさぎよし」とて笑ふ。

馬のあし音こゝに来たれば、物をもいはで、松の木ふりたてゝ、口とる男も馬も打たをしぬ。

老たる足軽の、「是は」とて、刀ぬくわざもしらぬにや、あはて迯んとす。

又追つきて、「首ほそき奴かな」とて、谷の深きと思ふ所へ投おとしたり。

「馬はついにふみころさぬ」とて、力足して腹つよくふめば、嘶き叫びて死たるべし。

「荷の縄もほどく手なし」とて、ふつ/\とちぎりて、「いざ」と云。

「よし、よくせし」とて、荷ほどきて見れば、思ふごとく黄金千両のつゝみあり。

「残りの物何せん。

さむしとて馬が泣んよ」とて、打きせたはぶれて、飛かけり山を下る。

夜はまだくらきに、海べに走くだりぬ。

「波よする岸に、「ありや」とゝへば、「あ」とこたへて、苫舟こぎよせたり。

男二人出[立]むかへて、「こよひいかに」と云。

「よき男めを召かゝへて、かせぎよくしたり。

よろこびの酒のまん」といへば、「を」といひて、「海に釣たる」とて、鯛やさわらや膾につくりて出す。

「樊〓と申也。

これより兄弟とおぼせよ」とて、盃二三つつゞけて、かしら髪かきさぐりよろこぶ。

「よき世にあひしよ」とて、のみくらふさま、盗人等も恐れて見る。

さて、「御名いまだ承らず」といへば、「村雲と云。

昔はすまひとり也。

喧嘩して、罪かろけれど、追やらはれしかば、故さとにかゞまりをらん、いとさむし。

盗みしてあぶれあるかんとて、此三とせこなたは、野山に立、海にうかびて、人の宝をうばふ事いと安ければ、あづまの方へ出ず。

この海のむかひ、山陽道、つくし九國の間、又伊与・土さ・さぬきに漕よせて、おほやけの手にあたらず。

こゝはいよの國也。

千両のたからついやすへき所にはあらねど、春になるまでは、にぎたづの湯に入て遊ばん。

酒よし。

海の物よし。

」とて、夜明たれば、漕よせぬ。

「二人の男どもは、こゝに一日ふた日あれ。

見とがめられぬために、むかひの國にて春を待て。

金あたへん。

ぬすみすな。

商人にやつして、我しかま津へいたるをまて」とて、物分ちて、舟はこぎ出さす。

はん〓に[は]百両をわかちあたへたり。

「いづこの人よ」と問へば、「大師の御跡めぐらんとて来たれど、いとさむきほどは湯あみして、後に出たつべし」と云。

あるじ聞て、「大師のへん照こん剛にも、交りがたき人も有よ」とて日ごろあらせる。

「はんくわいと云名こと/\し。

又いづちに旅ゆくとも、この事触流しにあひては、身つきぬべし。

僧にやつしてん。

あの見ゆる山の山の峯に寺あるを、行てすみたるさま見れば、老かゞまりし翁法師の、「南無大師」の聲いとさゝやかにとなふ。

あなひして、「我は都がたの者也。

母につきて四國めぐりしほどに、きのふ舟を上るとて、母がふみたがひて海に落たる。

あれよ/\といへど、舟子が云。

『こゝは底深くして、鰐と云魚のすみて人をのみくらふ。

今はのまれたるべし。

力無し』と云。

よく思へば、父は無し。

兄はかしこき人にて、しか/\の事にて母失ひしとて國にかへらば、にくみて追出すべし。

世のかせぎしらぬ子は、僧になりて大師の所々めぐりはたし、又六十六くに々行めぐりなんと思ふ也。

かしらの髪煩はし。

そりてたべ。

衣古きを一重たまへ」とて、むら雲がわかちし金百両の中を、一両とり出て、ゐや/\しくまいらせたれば、山法し、春咲花の外には、黄なる光見ねば、おしいたゞきて納め、「受戒さづけん」と云へば、「いな、たゞ大しへん照金剛の外には事煩はし」とて、手合せて高らかにとなふ。

髪剃おとされて、「心よく成ぬ」とて喜ぶ。

破たる鼠ぞめの衣をとう出て打きせたり。

かり着にはあれど、いとせばくて手通らず。

是をもかたじけなしとて、ゐやごと申て寺をくだり、湯の宿にかへりぬ。

むら雲は待わびたらんとて、いそぎて参る。

見て、「さても/\、たふとき法師ぶり也。

よき衣ひとへ買てあたへん」とて、あるじにはかり、是も鼠染のすこし廣きをたちぬはせてあたふ。

「身にかなひたらんには、かへりて人め恐しからん」と云。

「身すぼめて修行しあるけ。

笈も見あたらば買てあたへん」と云に、「いな、何を入て負あるかん。

佛こそたのみつれ。

大師遍ぜう金剛」と、高からかにとなふ。

打わらひつゝ、さていつまでかあらん」とて、むかひの播磨路に舟もとめてわたりて[らん]、「しかまの津に叔母有、こゝに先」とて門に入。

門に入より、「をば、いかにおはす」といへば、「そなたの問こぬ故に銭米乏し。

みやげの物に多くくれよ」とて、立走り酒かひに行。

こゝに又廿日ばかり在て、「東の方ついに見ねば、修行しあるかん」とて、つゝみ物一つ背におひて、笠打かぶり、せばき物衣からげまとひて、別れを告ぐ。

「都の東へこゆる坂路に、あふ坂山と云里は、軒ことに絵をかきて賣る中に、鬼の鉦たゝいて念佛申すがあり。

お僧のうつし絵也ぞ」とて笑ひて、門出す。

にぎはしくす。

酒のみくひ飽て、「大道に出なば見やとがむる。

山につきてぞゆかん」とて、行々廣き野らなる所に日暮たり。

やどりもとめんにも家なし。

ひとつ屋のやうにて、「一夜かしたまへ」と云。

おそろしき僧なれど[ば]、ぬす人にておはすとも、とられん物なければ、「あすは死たる男の日がら也。

むすこは米買に、惣の社といふ所まで行ば、入て経よみて手向したまふべし」と云。

「心得たり」とて、先はひ上りて、ゐろ<り>のあたりあたゝか也」とて、手足あぶりてをる。

「くふ物なし。

むす子がかへるをまたせよ」とて、芋のしほに煮たるをすゝむ。

是にて腹ふくらさんとて、いくらをも盛てあたふるを、「うまし/\」とてくふほどに、となりの人也とて、入来たる。

谷川のあなたの家より也。

あとにつきて商人ひとり、「むすこはいまだかへられずや。

此あき人どのは、いつも此あたりへかへ事にくる人也。

此家に黄なる金といふ物を持たりとかたりたれば、『それは珍しき物なり。

贋のかねありて、春は大坂の戎まつりに、又京の鞍馬の初寅まうでにも商ふ。

それは皆譌もの也。

よく見て参らすべし』とて、夕飯の箸をさめて、たゞに来たるは」と云。

「むすこがいづこに置つる。

入ぬ物なりとて、人にもやらじ」と云ほどに、むすこ米おひ収て来たり。

「僧をとめたり。

供養の物たきてまいらせよ。

米洗へ。

飯たかん」とて、柴たきくゆらせ、「『かの黄なる金見せよ』とて、隣へくる商人殿か待久しく居らるゝよ」。

「それはこゝに」とて、神祭る棚より取出て見する。

つゝみたる紙の破たるより、光きら/\しくまばゆき[け]は、手まさぐりせぬ故也。

されど僧が眼つきのおそろしさに、いつはりもえせず。

「是はま事の金也。

銭二貫文にかへてまいらせん。

米ならば我もたねば、社の町へいきて、三斗にかへてまいらすべし」<と>ぞ。

樊くわいにくゝ成て、「こゝにも持たる也。

國巡りすればいくらも価も聞たり。

米は一石、銭ならば七貫文には買べし」と云。

此妨に詞なくて、「商人もおのがあきなふ物の外は、よくもしらず」とて迯ていぬ。

「あの商人めはぬす人にもあらねど、我居ずはかたり取べし。

必々人に見すな。

こよひの宿りには、今一ひら増てあたふべし」とて、百両の中つかひしは、わづかなれば、光きら/\と此ひとつやの中には目ざましかりけり。

「あしたも飯たき、芋にて僧にくやう申せ。

一夜のあたひに金たまひしぞ」とて、かく里離れたる所は、義皇上の人と云に似たるべし。

樊〓、「南無大師」高らかにとなふれば、朝戸出の柴人、「この家には鬼が入たるか、おそろしき聲きこゆる」とて、立よりてみて[れ]は、「僧はかゝるぞたふとき。

親の日がら也。

よく供養申せ」とて行ぬ。

はん〓もおかしき宿りして、別を告て出れば、「又来たまへ。

明石の浦のわかめ、椎茸、氷豆麩も、惣のやしろにいきてとゝのへり」とてたのもし。

うなづく/\出て、足とければ、野こえ山にそひて、けふの日暮に難波に出たり。

日本一の大湊にて、いづこの浦舟もこゝに泊るときけば、我見知たる者もあるよとて、やどりとらず。

野寺の門にころひ寝して明す。

鳥の鳴におどろきて、又笠かづき杖つきて身をほそめ、市町を通りて見れば、いとも賑わしきが恐し。

すみよし・天王寺などもえ見ずて、河内・和泉・紀の路をこえ、大和路のこゝかしこ見巡りて、都に来たり。

難波の騒がしきには似ねど、人目多ければとて、此冬はみこし路の雪にこもりて、春は東の国々見巡らんとて、いそがぬ旅にも心せかれ、近江の海づらを右にながめわたして、こしの國へとこゝろざす。

〔文化五年本〕

   春雨物がたり

はるさめけふ幾日、しづかにておもしろ。

れいの筆研とり出たれど、思めぐらすに、いふべき事も無し。

物がたりざまのまねびは、うひ事也。

されど、おのが世の山がつめきたれば、何をかかたり出ん。

むかし此頃の事どもゝ、人に欺かれしは、我いつはりとなるを、よしやよし、寓ごとかたりつゞけて、おしいたゞかす人もありとて、物云つゞくれば、猶春さめはふる/\。

   血かたびら   第一回

天のおし国高日子の天皇、開初より五十一代の大まつり事きこしめしたまへば、五畿七道水旱なく、民腹をうちて豊年うたひ、良禽木をえらばず巣くひ、大同の佳運、記伝のはかせ字をえらびて奏聞す。

登極あらせしほどもなくて、大弟神野親王を春の宮つくらして遷させたまふ。

是は先帝の御寵愛殊なりしによりて也けり。

太弟聡明にて、和漢の典籍にわたらせたまふ。

君としていにしへより跡なし。

草隷はもろこし人の推いたゞきて、乞もて帰りしとぞ。

此時、唐は憲宗の代にして、徳の隣に通ひ来たり。

新羅は哀荘王、いにしへのあとゝめて、数十艘貢物たてまつる。

天皇善柔の御さがましませれば、春の宮にはやうみくらゐゆづらまく、内々聞しらせたまふを、大臣、参議、「さる事しばし」とて、推とゞめたいまつる。

一夜、夢見たまへり。

先だいのおほん高らかにて、

  けさの朝け鳴なる鹿の其声をきかずはゆかじ夜のふけぬとに

打かたぶきて、御歌のこゝろおぼししらせ給へりき。

又の夜、せん帝の御使あり。

早良親王の霊、かし原の御墓に参りて罪を謝す。

只おのが後なきをうたへなげきて去ぬとぞ。

是はみ心のたよわきに、あだ夢とおぼししらせたまへど、崇道天わうと尊号おくらせたまひぬ。

法師、かんなぎ等、祭壇に昇りて、加持参らせはらへ申たり。

侍臣藤原の仲成、いもうとの薬子等申す。

「夢に六のけぢめをいふ。

よきあしきに数定まらんやは。

御心の直きにあしき神のよりつくぞ」と申て、出雲の広成におほせて、み薬てうぜさせたいまつる。

又、参議の臣達はかりあはせて、こゝかしこの神社大てらの御つかひあり。

猶、伯耆の国に世を避る玄賓めされて、御加持まいらす。

此法師は、道鏡と同じ弓削氏にて、そのかみも召れしかど、道鏡が暴悪けがらはしとて、山ふかくこゝかしこに行ひたりし大徳のひじり也。

七日、朝庭に立て、妖魔を追やらひしかば、み心すが/\しくならせたまひぬ。

「猶みやこに在て、日毎まゐれ」とみことのらせしかど、思ふ所やある、又、遠きにかへりぬ。

仲成、外臣を遠ざけんとはかりては、くすり子と心合せ、なぐさめ奉る。

よからぬ事申すも、打ゑみて、是等が心をもとらせ給ぬ。

夜ひ/\の御宴、琴、ふえの哥垣、八重めぐらせ遊ばせたまふ。

御製をうたひあぐる。

そのおほん、

  棹しかはよるこそ来なけおく露は霜結ばねば朕わかゆ也

御かはらけとらせたまへば、薬子扇とりて立舞ふ。

  三輪のとのの神の戸をおし開からすもよ幾久々々

と、袖翻してことほぎたいまつる。

御こゝろすが/\しく、おひてならせたまふ。

太弟のみ子、才学長じたまふを忌て、みそか言しらし奏聞する人あり。

又、此み代にと急ぐ人もありといふ。

みかど独ごちたまふ。

「皇祖、長矛に道ひらかせ、弓箭みとらして、仇を撃たまふより、十つぎの崇神のおん時までは、しるすに事なければ、養老の紀に見る所なし。

儒道わたりて、さかしき教へに、或はあしき事を撓め、或は巧に枉りては、代々栄ゆるまゝに静ならず。

朕はふみよむ事うとければ、たゞ/\直きまゝに」[と]おぼす。

一日、大虚に雲なく、風枝を鳴さぬに、空に物ありてとゞろく音す。

空海まいりあひて、念珠おしすり、呪文となふれば、すなはち地におつ。

あやし、蛮人の車に乗てぞありける。

とらへて櫃に納め、難波ほり江に捨さす。

忌部の浜成、おちし所の土を三尺穿すてゝ、神やらひ、をらび声高らか也。

一日、皇太弟柏原のみはかに詣で、密旨の奏文申たまへり。

何の御こゝろとも、誰つたふべきにあらねば、知るべきやうなし。

天皇も一日御はかまゐりしたまふ。

百官百司、みさきおひ、あとべにそなふ。

左右の大将中将、御くるまのこなたかなたに弓箭とりしばり、劔はかせてまもりたまへり。

百取の机に幣帛うづまさにつみはへ、堅木の枝々に色こきまぜてとりかけたる、神代の事も思はるゝなりけり。

雅楽寮の人々立並て、三くさの笛鼓のおとおもしろと、心なき末のよぼろらさへ耳傾たりけり。

あやし、うしろの山より黒き雲きり立昇り、雨ふらねど年の夜の闇に等し。

いそぎ鳳輦にて、丁等あまたとりつぎ、左右の大中将もつらを乱してそなへたり。

「還御」高らかに申せば、大伴の氏人開門す。

御つねにあらじ[と]て、くす師等いそぎ参りて、御薬てうじ奉[る]に、かねておぼす御国譲りのさがにやとおぼしのどむれば、更に御なやみなし。

みかはらけ参る。

栗栖野の流の小〓に、ならびの岡の蕨とりそへ、鱠や何やすゝめまつれば、みけしきよく、うたづかさ舞うたひつゝ、そ夜に月出て、ほとゝぎすひとふた声鳴わたるをきこしめして、大とのごもらせたまひぬ。

あした空海まいる。

問せたまへるは、

「三皇五帝いや遠し。

かのゝちの物がたり聞せよ」となん。

空海申す。

「いづれの国か教へに開くべき。

三隅の網の一隅は我にと云しが私の始也。

たゞ/\御心直くましますまゝに、まつり事聴せたまへ。

日出て起、日入てふし、飢てくらひ、渇してはのむ。

民の心にわたくしあらんやは」。

打うなづかせて、「よし/\」とみことのらす。

太弟参り給へり。

御物がたり久し。

のたまはく、

「周は八百年、漢家四百年、いかにすれば長かりしや」。

太弟こたへ給はく、

「長しといへども、周は七十年にしてやゝ衰ふ。

漢も亦、高祖の骨はたいまだ冷ぬに、呂氏の乱おこる。

つゝしみの怠りにもあらねど、天の時にかあらん」。

問せたまふ。

「天とは日々に照しませる皇祖神の御国ならずや。

はかせ等、天といふ事多端也。

又、仏氏は、天帝も道にくだりて聞と云。

あな/\、天といふ物の、愚なるにはこゝろ得がたし」と。

太弟御こたへなくてまかん出たまへり。

あした御国ゆづりの宣旨くだる。

ふるさとゝなりし平城におり居させたまはんとぞ。

元明より先帝まで、なゝ代の宮どころなりし。

むかしは、宮楼、殿堂、「さく花のにほふかごとく今さかり也」とよみしを、おぼし出させてや、いそがせたまへりけん。

日をえらびていでたゝせましませる。

鸞輿を宇治にとゞめさせて、しばしながめさせたまふ。

おほん打出させたまへり。

  ものゝ夫よ此はし板のたひらけくかよひてつかへ万代までに

是をうたはせて、うた人等吹しらべ奏す。

奈良坂にて夕みげまゐる。

薬子御だいまいる。

「このてがし葉は」などゝ問せたまふ。

「それはねぢけ人にこそ。

直々しきには、いかで」と申す。

「よし」とみ言のらせて、古宮に夜に入て入らせたまひぬ。

あした、御簾かゝげさせて、見はるかせたまへば、東は、春日・高円・三輪山、みんなみに鷹むち山をかぎりたり。

西は、かつら木・たかんま・いこま、ふたかみの峰々、青墻なせり。

むべも開初より宮どころとえらび定めたまふを、先だいのいかさまにおぼしめせばかと、ひとりごたせぬ。

北に、元明・元正・聖武の御はか立ならぶと聞し召て、はるかに伏拝ませたまふ。

大寺の甍たかく、層塔数をかずろへさせぬ。

城市の家どもゝ、いまだ今の帝都にうつりはてねば、故さとゝもあらず。

東大寺の毘盧舎那仏拝まんとて、いそぎ出させたまふ。

見上させて、

「思ふに過しみかたち也。

西のはての国にうまれて、この陸奥山の黄金花に光そへさしよ」と、御戯のたまふ。

ちかくまゐりし法師の申す。

「是は華厳と申御経にとかせしみかたち也。

如来のへんぐゑ、大にあらせば虚空にせはだかり、ひぢめては芥子の中に所えさせたりと申す。

まこと肖像はこゝにもわたしたる中に、御足のうらに開元のとしを鐫らせしが、竺国にて三たびの御かたち也。

五尺にわづかに過させしよとをろがみたいまつるとや」。

露うたがひたまはぬ御ほんじやうにて、御烏帽[子]かたふけさせたまふ。

かく直くましませるを、薬子・仲成等、あしくためんとするこそ、いとほしけれ。

御臺まいる。

いとようきこしめして、

「難波とやらのちかくで、あぶり物うまし」とぞ。

薬子申。

「なにはに宮古あらせしみかどは、御ちゝ帝の、弟みこをわきていつくしませしかば、神さり給ふ後に、御おとうとの皇子に、御くら居あらせよとありしを、宇治のみこ、兄にこゆるためしやあるとて、三歳までゆづりかはしたまへば、難波の蜑が貢の真魚、いづれにと奉りまどひて、海人なれや、おのが物からもていさつと、うたになげきしが、遂に兎道のみ子、自[ら]刃にふしたまひしを、いにしへにも、もろこしにも、ためしなき聖王とかたりつたへぬる。

わづか四とせにて下居させしは、御こゝろの直きからのたわやぎ也。

ゆづらばとて、即高きに昇らせし今の帝の御こゝろまがれり。

もろこしのふみよみて、かしこの簒ひかはるあしきためしをためしとして、御くらには登らせし也。

あな恐し。

難波の帝のためしにかへさせて、今一たび、たひらの宮にたゝせ給へ。

百官百司、民の心もしかあらばやとねがふと聞。

太弟のからぶみにさかしだちて、まつりごとおに/\しく、こち%\しくて、世はこの末いかにとなげくとや。

いそぎ一たびの宣旨をあさするとなん、御つかひあらせよ。

仲成つかふまつらん」と、すゞろぎた[つ]る。

直きには、又是に枉られて、奈良の宮づかへする臣等にはかり問すれば、誰御こたへ申人もあらず。

仲成、兵衛のかみなれば、此そなへに昆明池にならひて、さほ川に戦ひならはせしかば、都に「しか%\の事」とはやも告げて、又、市町のわらべ歌に、

  花はみなみに先咲からに、雪の北窓心さむしも

いよゝおどろかせたまひて、奈良の近臣をめされ、推問せたまへば、

「是、薬子・[仲]成に事おこる。

この春正月のつい立あした、れいのみくすりまいらす。

屠蘓・びやく散たいまつりて、度嶂さんたいまつらず。

『いかなりや、ためしは』と、問せたまふ。

薬子が申。

『あやし。君、峭壁をこえさせたまふまじきに。

奈良坂たいらかにこそあれ。青垣めぐりて、わづかに此みかきの内だに、こと%\は貢もの奉らず。

悲し/\』と、

ちらしつゝ、泪を袖につゝみて立さる時、御まへに在て聞」と申す。

「さらば」とて、即官兵を遣はされ、仲成をとらへて首刎させ、くすり子は家におりさせてこめしをらす。

又、御子の高丘親王は、今の帝の、上皇の御こゝろとりて、まうけの君と定まりしをも停めて、「僧になれ」と、宣旨くだる。

親王、改名真如と申す。

三論を道詮[に]まなび、真言の密旨を空海に授かり、猶奥あらばやとて、貞観三年に唐土にわたり、行々葱嶺をこえて、羅越といふ国にいたり、御心ゆくまゝに問学ばせたまひしとぞ。

このみ子、天のしたしろしめさばと、上下の人、皆申あへりき。

くすり子はおのが罪は悔まで、怨気ほむらにもえのぼり、ついに刄にふして死ぬ。

この血、帳かたびらに飛走りて、ぬれ/\と乾かず。

たけき若ものら、弓に射れどなびかず。

刃にうてば、かへりて缺そこなはるゝとなん。

上皇にもかたくしろしめさゞれど、近臣等にみことのらす。

上皇、

「あやまりつ」とて、御ぐしおろしたまひ、御よはひ五十弐まであらせしとなん、いひつたへる。

   天津をとめ   第ニ回

嵯峨のみかどの英才、君としてためしなければ、御代押しらせたまひて、万機をもろこしのためしに学ばせたまふによりて、歌も文もからざまにのみうつして、皇女と申せども、「木にもあらず草にもあらぬ竹のよの」、又、「毛をふき疵をもとむ」など、口つきこは%\しくて、国ぶりの哥よむ人は、おのづから心まけて、おとろへ行めり。

平の上皇、わづか四とせにておりゐさせしを、内々には取かへさまほしく、一たびはおぼしなりしかど、御ぐしおろしたまひて後は、いと静に行はせ給ぬ。

嵯峨のみかどもおぼしやらせて、御弟の大伴を皇太弟となしたまひて、なぐさめたまへる。

是はたふとき御心となん人申す。

さて、御位ゆづりありて、嵯峨と云山陰に、下り居の宮、茅茨きらずのためしに、いとかろらかに、いとやすく作りはてしかば、うつらせたまふ。

是は、先だいの平城なゝ代の結構、この邦にはためしなければ、はて%\いかにとて、瑞がきの宮、ふし垣の宮にかへさせしとぞ云。

されど、長岡はあまりに狭し。

王臣等、家もとめ煩ふ。

民はまいてなり。

「是はあやまりつ」とて、今のたひらの地をひらきならして、奇岩ま戸・豊いはまどの神々に、ねぎごとうけひて遷らせしが、人の心は花にのみさかゆくものにて、いつしか王臣のねがふまゝに、又、殿堂も大かた奈良の古きにかへさせたまふを、老たる物知は、

「賈誼が三代の物がたり、賢臣どもいさめたてまつるはまこと也けり」と、漢書の其わたりよみて、みそかせりとなん。

上皇の、下居の宮にも、わかう花やぎたまへるまゝにとも申す。

草隷をよく学得たまひて、おほく海船のたよりに求め撰ばせ、大かた御心ゆくめり。

空海もよく手書を、友として、法務のほかにも、度々参らせ給ふ。

「是、近き頃得たり。羲之が真蹟なり、よく見よ」とて、

取下させしかば、見あきらめて申。

「是は海、かの土に在て手習し跡也。しるし見たまへ」とて、裏をかへして、はしの方見せたひまつる。

日本釈空海としるしおきたり。

上皇御言なくて、妬ませたまふとぞ。

海もおぼししる。

此法師は手ぶりさま様に書てありしかば、五筆和尚の名をなん世につたへたりける。

皇太弟受禅、後に淳和天皇と申奉りぬ。

元を天長と改させたまふ。

平の上皇は、此秋七月に神がくれたまへば、平城の天皇と尊崇し奉る。

さがの上皇、識度のひろきまゝに、万機を親しませしかば、このみかどに改る事なくて、法令正しく、上下打つもりて、儒教もはらなりてへど、仏法は益さかりに、君のうへの御仏と尊称すれば、堂塔としに月に建ならび、博文有験の僧等、つかさ人に同じく立ならびて、朝政をも時々たわめて、我道のために引入る。

君と申せども、冥福にみ心かたぶけば、とり用ひさする事わからずとぞ。

「是や如来の大智の網にこめられしよ」と、物しりはみそか言申す。

それが中に、中納言和気の清丸の高丘山の神願寺ばかりは、妖僧道鏡が心にたがひて、宇佐の神勅を矯ず、あからさまに奏し申せしかば、妖僧いかりて、一たびは因幡の員外の介に貶され、又、庶人にくだしはなちて、邦の果なる大隅に流しやる。

はじめ忠誠のちか言に、「御代守らせたまへ、寺作りて御徳報じ奉らん」といのりしかば、道鏡追放たれぬ。

この丸の忠誠、天のしたにしらぬ人あらず。

されど、位官はたかゝらず。

一たびは本国の備前の守に任ぜられて、国の利に水おさめし事など思へば、大事を問はからせたまふとも飽無きも、ついに五十踰て中納言にとゞまられぬ。

神の守りも仏のちかひも、身のほど/\の命ろくとか云には過まじきよ。

寺は後に神護寺と改らる。

字の祥なん真ことなりき。

今上の皇太子正良に、ほどなく御くらひ譲らせて、下居させたまふ。

此み代のためしにはなきよしにて、文史のつかさ、筆さかしく、から国にひき得たる上皇二人まであらせる事こそ、珍しきによりてなり。

このつぎの帝は、仁明天皇と後に尊号たてまつる。

紀元承和とあらためさせたまふ。

たゞ/\仏まつる事の代々に栄ゆくは、儒教をおしたとみたまふも、御ざえの花のさかえにて、まことにはあらざれば也けり。

みかど、唐帝の花/\しき事などしたにはしのばせて、表には打しづもらせしかど、良峯の宗貞と云六位のくらう人を、明くれ召まつはせて、文よませ、事どもみそかに問せたまふ。

宗貞さとくて、或はよからぬ中にも、是はさわらず、是は恐れさけくべくと、御心悩ませで、よくつかんまつれり。

したには色好む御本じやうにて、是はつゝませたまへど、宗貞よくしりて、年毎の豊のあかりの舞姫、昔、きよみ原の天皇の、吉野に世をさけたまひし時、御くらゐしらすべき吉瑞に、其瑞雲を袖にひるがへして、天つをとめら五人舞しためしをまなばせし也。

二人のまひ姫は其ためしにたがへりと申て、いろこのませるをはかりて、御目なぐさませんとす。

此事宣旨くだりて、新なめのことしより、大臣・納言・参議の人々、御むすめたち、花をさかせ、いろをまして、あはれ御めとゞまらばやとねがふに、立まふふりを、うた人めして習はせりき。

数まさりては、こと%\におぼしとゞむべくもあらず。

めされぬは、加茂・伊せのいつきのためしになずらへて、帳内にうづもらすこそ、あしかりき。

国ぶりの歌、この帝は時々打出させしかば、宗貞上手にて有ければ、めづらしき御題たまはりてよませて、み遊びせさせ給へりき。

やまと歌、一たびはから歌にけおされしかば、よむ人聞ざりしを、この御代に興りて、女がたには小町、したづかさなれどふんやの康秀等、ついでゝよみほこりき。

帝五八の御賀に、興福寺の僧がたいまつりし長歌を御覧じて、「此ふりは僧家にとゞまりしよ」と、ほめごとせさす。

其うた、ことこそ長ばへたれ、いと拙きをさへよろこばせしは、このふりよむ人絶てなかりしにこそ。

いにしへの人丸・あか人・憶良等が花ににほはせ、あるは直々しく、又、思ふ事くまなく云つらねたるをば、しらせたまはねば、宗貞に「よめ」ともおほせごとやなかりし。

或時、空海まゐれり。

さかし問せたまふは、

「欽明・推古の御ときより、経典しき/\にわたりしにも、猶とりよろはぬと聞。

汝が呪文の術をいかに」と。

海、申。

「経典は、素難、何々の医書に、ことわりきはむるに似たり。

我呪文は、黄耆・人じん・大黄・附子の功に同じくて、あてたがへずしては、病を去り、いのち長からしむ奇薬也」と奏す。

海は経典に博く、しるしも見するぞ、いにしへよりたぐひなき法師にておはしけり。

宗貞、好む心をみかどあらはしたまふに、はしの方のすだれの内に、きぬかづきて、女房のさびしげに在たゝせる姿にやつしたまへるを、ゆめさとらで、袖をひかへ、「御名いかに」とゝへど、こたへなかりしかば、

  山吹の花色ごろもぬしや誰とへどこたへず口なしにして

帝、黄なるきぬかづきて居たまへばになん。

即、衣ぬぎやらせしかば、まどひて走りにぐるさへ、ゆるさせしとぞ。

桃の実のくひさし奉りしにたぐへて、内にふかくつかんまつる人々は、うらやみたまへり。

山ぶきと梔子とは同じ色ながらことなるを、此歌にめでゝ、たゞひとつ色になんいふめりき。

又、淳和のみかどの皇后橘の嘉智子、今は太后にて在せるが、橘の氏の神まつりを、円提寺にて行なはんと申す。

此神いちはやぶりて、帝に託宣ありしと、宮人が奏す。

「我、今、天子の外家の氏祖なりとも、国家の大幣を得べくもあらず」と、帝をさとしめたまひしかど、おそる/\、「御心にあらぬ事は」とて、宮を修覆したまひ、大社のかずにつらねたまふをさへ、太后のたまはく、「神道は遠し。人道は近し」とて、是はゆるさせしかど、御心よりにあらざりき。

葛野川のべに、今の梅の宮の祭祀これ也。

すべて何事にも、太后はすく/\しくあらせしかば、心あるはたとび、いつはりものはおそる。

御父清友公を贈大政大臣にかしづきたまふ。

帝、又、ほど絶たりし遣唐使おぼしたゝせ、藤原の常嗣ぞえらびにつかんまつる。

かく事さかしくわたらせしには、千はやびたる人あるまじきに、伴の健宗・橘の逸勢等、嵯峨のみかどの諒闇の御つゝしみをよしと、反逆企しかど、阿ほ親王のいかに聞しろしめしけん、官兵におほせたまひて、忽にとらへられぬ。

太子は此事のぬしにいつはられしかば、落髪したまひて、名を恒寂と申たまへり。

あゝ、廃立受禅のよからぬためしは、唐さまの習ひの毒液也。

此みかど、嘉祥三年に崩御あらせしかば、御陵墓を紀伊の郡深草山につかせたまへりき。

よて、深草の帝と世にあがめたいまつりぬ。

みはうぶりの夜よりも、宗貞行へなく失ぬ。

是は、太后、大臣たちににくまれたてまつるおそれなるべし。

「殉死とか云事、あしきにとゞめられしかど、寵恩身にあまらばいたすべきぞ」と、人は申す。

衣一重にみの笠かぶりて、こゝかしこすぎやうしありきけり。

一夜、清水寺におこなひしに、小町もこよひとなりに旅寝してねんじあかすに、経よむ声の凡ならぬを聞て、むねさだとおしはかりて、歌をよみてもたせやる。

  石のうへにたびねをすれば肌さむし苔のころもを我にかさなん

さては小町がこゝに在るよと、おししりて、墨つぼに筆さし入、此紙のうらに書つけたる哥、

  世をすてし蘚のころもはたゞひとへかさねばうすしいざ二人ねん

さて、即に逃かくれて、跡を見せずとなん。

かくしあるきしほどに、五条の皇太后は、「みかどの御かたみのものよ」とて、さがしもとめさせたまへるに、御かきの内つ国にさまよひしかば、ついに見顕はされて、ふたゝび内まゐりす。

遍昭とあらためて、僧正位に昇る事、またく年ちかきす行の徳にはあらで、冥福の人なりけり。

をのこ子二人有。

兄の弘延はみかどつかへしてぞある。

弟は、「法しの子はほう師ぞよき」とて、髪おろさせ、素性と名をあらたむ。

心よりの入道にあらざりしかば、歌のほまれは父におとらねど、時々よからぬうき世心のありしとなん。

僧正、花山と云所に寺たてゝ、おこなひたりける。

仏の道こそ、いとも/\あやしき。

世を捨しはじめの心には似ずて、色よき衣、から錦のけさかけて、内に車よせて出入するよ。

かにかくも人のよしあしはおきて、稟得たるおのがさち/\にこそと人も申さるゝ、其かみには。

   海賊   第三回

紀の朝臣つらゆき、土佐の守の任はてゝ、十二月それの日、都にまう登りたまふ。

国人のしたしかりしかぎりは、なごりをゝしむ。

民くさは、「昔より聞しらぬ守ぞ」とて、父母の別に泣子のさましてしたひなげく。

出ふねのゝちも、こゝかしこおひ来て、酒、よきものさゞげきて、歌よみかはすべくす。

船、風にしたがはずして、思の外にこゝかしこにとまりするほどに、

「かいぞくうらみありとて、追く」といふ。

安キ心こそなけれ、たゞ/\たいらかにみやこへとぞ、朝ゆふ海の神にぬさたいまつりつゝ、わたの底を伏し拝み/\す。

「いづみの国まで」と、舟長が教へに、いかなる所なりとも、下る時はしらぬを、今は故さとゝたのみかくるぞ、わりなきことのいとほしけれ。

やう/\きの国といづみのさかひなる何の浦とか云に、うれしき事限なし。

こゝに釣ふねかとおぼしき、苫ふきあはせし舟の、

「こゝまでおい来し」と、声かけて、むさ/\しき男の、舳に立はだかりて呼ぶ。

「是は前の土佐の守どのゝ舟か。いさゝか問ごとすとて、国たゝせしより追へれど、舟ちいさゝに風波にさへられ、やゝ今日に成ぬ」と云。

「さては、かひぞくと人のおどろかせしは、あらずよ」とて、心おちゐたり。

舟指よせて、

「申たまへ。いとあやしき者がしか%\なんと申すと、申つぎたまへ」と。

つらゆき、ふなやかたに出たまひ、

「なぞ此男よ」と。

をとこ、いや/\しくて、

「問たてまたす事いたづら言也。

しかれどもへだてゝは、ありその浪の声に取らるべし。ゆるさせよ」とて、

翅あるやうに飛うつりて、御前にいとよろこ[ば]し気也。

舟の人々恐れて、立さうどく/\。

朝臣みけしきよくて、

「八重ふく汐風に追れ、こゝまで来たる志まことあり」とて、

よく/\見たまへれば、蜑ならぬは、帯し劒の広刃にいかめしきに、

「まことに海ぞくのおひきたるよ」と見たまへど、

仇有べきにおぼさねば、打ゆるびて相むかひたまふ。

「君が国に五とせおはすほどは、あやしうぬすみしありきて、つく紫・山陽の道の海べにさまよひたり。

都にいにたまへば、事/\しく参りがたく、又、世もせばければなん、心おき無く聞せたまへ。

ちか比にためしなき勅旨たまはりて、国ぶりの歌えらびて奉る四人が中に、君こそ長といふ。

続万葉集のだい号は、昔のたれが集[し]ともしらぬにつがるゝなるべし。

是はよし。

だいの心をきけば、万は多数の義、葉とは劉悲が釈名に、

「歌は柯也」。

いふ心、人の声あるや、艸木の柯葉にひとしと云て、何のこゝろぞとよめば、ことわりゆきあはず。

人の声は、喜怒哀楽につきて、聞によろこぶべし、悲しむべしと云よ。

声には緩急なるもありて、うたふにしらべあらず。

草木のえだも、はやちは、風とて袖に入んやは。

さらば、柯葉とのみいひて、歌にはたとふべからず。

世の人、わづかに釈名につきて説をなすは、人の愚にもあらず。

ふみの多くわたりこねば、拙きに隔つぞかし。

許慎が説文には、「歌は咏也」と云。

是、舜典に、「歌は永言也」といひしを、一字につゞめし。

後漢の人の同じきに、かくわかれてよきも聞ゆ。

今や、文字の業足りし世に、釈名の誤を宗として、葉を歌として、

「やまとうたは一つ心をたねとして、万のことの葉となれり」とや。

いかにかく字にくらくても、歌は上手也と名をきこえて心たるよ。

ことの葉と云語、汝に出て末の世につたへ習ふは、罪ある事ぞかし。

又、唐土の六義といふ事は、是も譌妄にて、もしありとも、三体三義なるをさへしらず。おのれいつはりて、己に欺かるゝ者ぞ。

汝がいひしは又それにも非[ず]。

そへ・たとへ・なぞらへなどと、一つこゝろを、こと%\しくいひたる、拙し。

しか云て、からの歌にもかくぞ有べきと、かしこをしらぬ気にいひたるがにくし。

さて、勅旨にえらぶ者に、大宝の令にたがひて、良媒なく、又、人のつまに心かよはせしを、歌よしとて奉りしは、いかに。

君、明主にてましまさば、重く罪かうむるべし。

其歌どもを、多きにあまりて、恋の部五巻とまでは、心のみだれかぎりなし。

淫奔の事、神代の昔しは、情のみをこゝろとして、其罪はとがめず。

人の代と成来て、儒教わたりては、

「夫婦別有、同姓をめとるな」と云に習たれば、

こゝにもあしからぬ法とて、用ひられし也。

かく、国の令法にそむきても、しのびに心かよはするわりなさは、神代ながらの人の心なるをいかにせん。

あらはしてえらびしは、罪問るゝともかへるまじきぞ。

朝廷に学師あれど、おのが任ならねば、よそ目つかひてある事、又にくし。

中にすぐれて菅相公あれば、にくみねたみて、ついに外藩に貶され、怨みの神となりて朝にいたれば、今更、神と尊崇しておそるゝ君が代を、延喜の聖代とは、あまりに過たり。

三善の清行こそ、いさゝか[も]ふみたがへずして、つかふまつるをば、三議式部卿にてすゝませず。

是が奉りし意見十二事に、斉明天皇西征の時、吉備の国にていたりて、人烟にぎはゝしきを見そなはして、

「いく里つらなりてかゝる。又、幾万の人すむ」と、

とはせしに、国人こたふ。

「一里にて侍り。

もし軍人を召ならば、二万人はたてまつらん」

と云にぞ、二万の里とよぶべき勅旨ありし所の、今はおとろへ/\て、軍役めすとも人無しとて、第一になげき奏せしは、学師の心せばき也。

栄枯地をかふる事、人の利益つとむにつきて罪なし。

さては、二万の軍人は、めさばいづこよりか奉らん。

又、学文は、君・大臣の御つとめにして、翰林の士、名高くとも、すゝむべからず。

これは、童形のかんだち女に、はじめ習はせたまはんの為にしかししを、朝廷にさかんならば、坎〓{土+稟}の府、凍餒の舎とおとろふべき者ぞ。

是亦、学師の病る論説なり。

又、播磨のいなみ野の魚住の泊は、行基が、此わたりに舟煩へりとて造りしは、僧家の願心なり。

天造にあらねば、度々崩れて舟よせがたし。

三善が願ひは、惻隠の心ばかりにて、聖道にはあらず。

かくおろかなりといへども、文に博く、事を知て問せたまはゞ、塩梅の臣とも、後には成ぬべし。

且、酒に乱て、罪かうぶり、追やられしのちは、力量あるをたのみて、海にうかび賊をなし、人の宝を我たからに、おもひのまゝに酒のみ、肉に飽て、かくてあらば、百歳のよはひ保つべし。

歌よみて、道とのゝしる友にはあらず。

問へ。猶いはん。

咽かはき苦しければ、止むべし。酒ふるまへ」とて乞に、肴物そへて出す。

あくまでくらひ、のみ、興つきて、かへらんとて、おのが舟に飛のりて、

「やんら目出たの」と、舷たゝいてうたふ。

つらゆきの舟も、

「汐かなへりしと[て]。[もう]そろ/\」と、舟子等うたひつるゝ。

彼海ぞくが舟は、はやも漕かへり、跡しら波とぞなりにけえり。

貫之、都にかへりたまひて後に、誰ともしらぬものゝ文もて来たり。

開き見たれば、菅相公の論一章、かいぞくとしるして、贈たり。

手鬼々しく清からずして、よめがたし。

懿哉菅公、生而得人望、死而耀神威、自古惟一人已。

嗟乎、君子無幸、而有不幸、小人有幸、而有不幸。

菅公独有徳、而不免不幸、貶黜于西辺。

然有故哉、自出翰林、昇槐位者、吉備公与公二人耳、

吉備者妖僧立、檀朝政能忍、昔者持大器、不傾与勃平同功也、

公者不然、為朝忌身、打菅根之面、辱於朝結其冤、又三善清行、文才忠心、

可挙用、未試則嘲而不答、是父是善之門弟子、後去属它、以此遺恨、

不薦者俗意耳、清行革命之表次諌公、

「来年革命、是以弩射市、雖不知誰、

公謹致仕、遊文学、則待天寿乎、公忠誠而不納、

其翊年正月、為讒人貶黜。是哉、美玉小瑕耳、

然生而得人望、死而耀神威。自古公一人巳

筆つきほしいまゝなり。

又、副書して云、

「さきにいふべきを、言にあかずして遣しつ。

汝が名は、以一貫之と云語をとりたるはよし。

さてはつらぬきとよむべし。

之は助音、こゝに意なし。

之の字、ゆきとよみし、三百篇にところ%\見ゆれど、この語の例にあらず。

汝歌よくよむ事、人赦したり。

暫く止て、窓下のともし火かゝげて文よめ。

名は父のあたへし者にいふ。

父不文の誹りにあはんは、不孝也」と書すゝめて、

杢頭どのと書すゝめたり。

この後に、学文の友にあひて問たれば、

「それは、ふん屋の秋津なるべし。

学問このみたれど、放恣にして、且酒にみだれ、大臣に追れしが、海賊となりて[縦]横するよ。

渠儂が天禄ならめ」と、かたりしとぞ。

我欺きをつたへて、又、人をあざむく也。

此話、一宵不寝にくるしみて、燈下に筆はしらせし盲書なり。

よむ人、心してよ。

   二世の縁   第四回

山城の高槻の樹の葉散はてゝ、山里いとさむく、いとさふ%\し。

古曽部と云所に、年を久しく住ふりたる農家あり。

山田あまたぬしづきて、年の豊凶にもなげかず、家ゆたかにて、常に文よむ事をつとめ、友をもとめず。

夜に窓のともし火かゝげて遊ぶ。

母なる人の、

「いざ寝よや。鐘はとく鳴たり。

夜中過てふみ見れば、心つかれ、ついには病する由に、我父ののたまへりしを聞知たり。

好たる事には、みずからは思したらぬぞ」と、

諫られて、いとかたじけなく、亥過ては枕によるを大事としけり。

雨ふりて、よひの間も物のおとせず。

こよひは、御いさめあやまちて、丑にや成ぬらん。

雨止て風ふかず、月出て窓あかし。

「一こともあらでや」と、

墨すり、筆とりて、こよひのあわれ、やゝ一二句思よりて、打かたぶきをるに、虫のねとのみ聞つるに、時%\かねの音、「夜毎よ」と、今やう/\思なりて、あやし。

庭におり、をちこち見めぐるに、

「こゝぞ」と思ふ所は、常に草も刈はらぬ隈の、石の下にと聞さだめたり。

あした、男ども呼て、「こゝほれ」とて掘す。

三尺ばかり過て、大なる石にあたりて、是をほれば、又、石のふたしたる棺あり。

蓋取やらせて、内を見たれば、物有て、それが手に鉦を時々打つ也と見る。

人のやうにもあらず。

から鮭と云魚のやうに、猶痩々としたり。

髪は膝まで生ひ過るを、取出さするに、

「たゞかろくてきたなげにも思はず」と、

男等云。

かくとりあつかふあいだにも、鉦打つ手ばかりは変らず。

「是は仏の教へに、禅定と云事して、後の世たふとからんと思入たる行ひなり。

吾こゝにすむ事凡十代、かれより昔にこそあらめ。

魂は願のまゝにやどりて、魄のかくてあるか。

手動きたる、いと執ねし。

とまれかうまれ、よみぢがへらせてん」とて、

内にかき入させ、

「物の隅に喰付すな」とて、

あたゝかに物打かづかせ、唇[吻]にとき%\湯水すはす。

やう/\是を吸やうなり。

こゝにいたりて、女わらべはおそろしがりて立よらず。

みづから是を大事とすれば、母刀自も水そゝぐ度に、念仏して怠らず。

五十日ばかり在て、こゝかしこうるほひ、あたゝかにさへ成たる。

「さればよ」とて、

いよゝ心とせしに、目を開きたり、されど、物さだ/\とは見えぬなるべし。

飯の湯、うすき粥などそゝぎ入れば、舌吐て味はふほどに、何の事もあらぬ人也。

肌肉とゝのひて、手足はたらき、耳に聞ゆるにや、風さむきにや、赤はだかを患ふと見る。

古き綿子打きせれ[ば]、手にていたゞく。

うれしげ也。

物にもくひつきたり。

法師なりとて、魚はくはせず。

かれはかへりてほしげにすと見て、あたへつれば、骨まで喰つくす。

さて、よみぢがへりしたれば、事問すれど、

「何事もおぼへず」と云ふ。

「此土の下に入たるばかりはおぼえつらめ。

名は何と云し法師ぞ」と問へど、

「ふつにしらず」といふ。

今はかいなげなる者なれば、庭はかせ、水まかせなどさして養ふに、是はおのがわざとして怠らず。

さても、仏のをしへはあだ/\しき事のみぞかし。

かく土の下に入て、鉦打ならす事、凡百余年なるべし。

何のしるしもなくて、骨のみ留まりしは、あさましき有様也。

母刀自は、かへりて覚悟あらためて、

「年月大事と、子の財宝をぬすみて、三施をこたらじとつとめしは、きつね、狸に道まどはされしよ」とて、子の物しりに問て、日がらの尸[はか]まうでの外は、野山のあそびして、嫁まご子に手ひかれ、よろこぶ/\。

一族の人々にもよく交り、めしつかふ者らに心つけて、物をり/\あたへつれば、

「貴しと聞し事を忘れて、心しづかに暮す事のうれしさ」と、

時々人にかたり出て、うれしげ也。

此ほり出せし男は、時々腹だゝしく、目怒らせ物いふ。

「定に入たる者ぞ」とて、

入定の定助と名呼て、五とせばかりこゝに在しが、此里の貧しきやもめ住のかたへ、聟に入て行し也。

齢はいくつとて己しらずても、かゝる交りはするにぞありける。

「さても/\仏因のまのあたりにしるし見ぬは」とて、一里又隣の里々にも、いひさやめくほどに、法師はいかりて、

「いつはり事也」といひああさみて説法すれど、

聞人やう/\少く成ぬ。

又、この里の長の母の、八十まで生て、今は重き病にて死んずるに、くす師にかたりて云。

「やう/\思知たりしかど、いつ死ぬともしれず。

御薬に今まで生しのみ也。

そこには、年月たのもしくていきかひたまひしが、猶御齢のかぎりは、ねもごろにて来たらせよ。

我子六十に近けれど、猶[稚]き心だちにて、いとおぼつかなく侍る。時々意見して、『家衰へさすな』と、示したまへ」と云。

子なる長は、

「白髪づきてかしこくこそあらね。我をさなしとて、御心に煩はせたまへる、いとかたじけなく、よく/\家のわざつとめたらん。

念仏してしづかに臨終したまはん事をこそ、ねがひ侍る」といへば、

「あれ聞たまへ。

あの如くに愚也。

仏いのりてよき所に生れたらんとも願はず。

又、畜生道とかに落て、苦しむともいかにせん。

思ふに、牛も馬もくるしきのみにはあらで、又、たのしうれしと思ふ事も、打見るにありげ也。

人とても楽地にのみはあらで、世をわたるありさま、牛馬よりもあはたゞし。

年くるゝとて、衣そめ洗ひ、年の貢大事とするに、我に納むべき者の来たりてなげき云事、いとうたてし。

又目を閉て物いはじ」とて、

臨終を告て死たりとぞ。

かの入定の定助は、竹輿かき、荷かつぎて、牛・馬におとらず立走りて、猶からき世をわたる。

あさまし。

「仏ねがひて浄土に到らん事、かたくぞ思ゆ。

命の中、よくつとめたらんは、家のわたらひなり」と、

是等を見聞し人は、かたり合て、子にもをしへ聞こゆ。

「かの入定の定助も、かくて世にとゞまるは、さだまりし二世の縁をむすびしは」とて、人云。

其妻となりし人は、

「何に此かい%\しからぬ男を又もたる。

落穂ひろひて、独すめりにて有し時恋し。

又さきの男、今一たび出かへりこよ。

米・麦、肌かくす物も乏しからじ」とて、人[み]ればうらみなきしてをるとなん。

いといぶかしき世のさまにこそあれ。

   目ひとつの神   第五回

あづま人は夷也。

うた、いかでよむべきと云よ。

相模の国大礒人の、志ふかくて、

「いでや、都にのぼり学ばゝや」とて、

西をさす。

「鴬は井中の谷の巣なれども、だみたる音はなかめとや。

まして親につきてんは」とて、

母に暇こひて出たちて、比は文明・亨録の乱につきて、

「又、かへるべくもあらじ」とて、

一たびは諫つれど、あづま人は心たけくて、別れ悲しくもあらぬさまに門送りす。

関あまたの過書、咎なく、近江の国に入て、

「あすなん都」と、故さとの心せらる。

老曽の森の木隠れ、こよひまくらもとめて、深く入て見たれば、風が折たりともなくて、大木吹たをれしを、ふみ越ては、さすがに安からぬ思ひす。

落葉・小枝、道をうづみて、泥田をわたりする如し。

神の社たゝせます。

軒こぼれ、御はしくづれて、昇るべくもあらず。

すべて、艸たかく、苔むしたり。

誰やどりし跡ならん、少かき払ひたる所あり。

枕はこゝにと定む。

おひし包袱ときおろして、心おちゐたり。

風ふかねば、物の音ふつに聞えず。

木末のひまにきらめく星の光に、あすのてけたのもし。

露ひやゝかに心すみて、いといとうさむし。

あやし、こゝにくる人あり。

背たかく手に矛とりて、道分したるさま也。

あとにつきて、修験が柿染の衣の肩むすび上て、こんがう杖つき鳴したる。

其あとより、女房のしろき小袖に、赤きはかまのすそ糊こはげに、はら/\と音してあゆむに、桧のつまに打たるあふぎかざして、くるを見れば、面は狐也。

其あとより、ふつゝかには見ゆれど、つきそひたるわらはめの、是もきつね也。

社の前に立并びたり。

矛とりしかん人が、中臣のをらび声して物申す。

殿の戸荒らかにひらきて出る神は、白髪おひたるゝ中に、目一つあり/\と見ゆ。

口は耳まで切さきたる。

鼻有やなし。

白き大うち着のにぶ色にそみたるに、藤の無紋の袴、是は今さらしたるをめされたるに似たり。

立并たるが、かんなぎ申す。

「修験は、きのふ筑紫を出て都にありしが、又、あづまに使すとて、こゝを過るたよりに、御見あげ申さんとて、道づとの物奉りてん」と申さる。

神とふ。

「又、いづこにと指て、きのふけふとあはたゞしきぞ」。

「されば、都の何某殿の、鎌倉の君に心合せて、ちかき中軍立せんとあるを告聞えてよと、仰かうぶりて、こゝ過る。

鹿の宍むら一きだ、油に煮こらし、出雲の松江の鱈の膾、鮮ければすゝめたいまつる」。

神云。

「この国には、無やくの湖水にせばめられて、川の物も広きは得がたし。

鹿の宍、つくしの何がし山にとや。

いづれもよし。

よろこぶべし。

山ゆき野ゆきて、めづらしき物獲たる、いとよし。

先、酒あたゝめよ」となり。

童めかしこまりて、正木つらたすきにとりかけ、御湯たいまつりし竃のこぼれのこりしに、手にあたる落葉・松かさ・小枝さしくゆらす。

昼より明くてぞ、

「火の明りてふ神は、かゝるにてこそあらめ」と、おそろしくかしこし。

兎と猿が、荷ひかつぎてくるは、酒瓶也。

「遅きがおもたさに」と、わぶる。

桧扇とりすてゝ、かはらけさゝげ参る。

「あい」と云。

四ツめはとり納めて、五ツめ参らす。

神取上てたゝへさせ、一つめして、

「あなうまし」。

酒なもの、是かれめで言しつゝ、山伏にとさす。

又、

「あの木の根を枕にしたる男、ねたるさまにくし。

あいいたせよ」となり。

わらはめ立来たりて、

「めすぞ。とく」といふ。

おそる/\はひ出たり。

「汝はあづまの者よ。

志[ざす]事ありて宮古にとや。

九重の内はみだれ/\て、鬼の行かよへば、高きいやしきなく心すさまじく、歌よくよまんとては、林にかくれ、野にやどる者のみぞ。

とくかへれ。

東の道々も、今日ときのふに改りて、ゆきゝをなやます也。

山伏の袖につゝまれて、とくかへるぞよき」とて、

御めぐみの物がたりたふとし。

社のうしろより、黄衣の破まよひたるを取きて、肌はあらはなり。

低きあし駄はき、〓{代↓巾}おもげに提出ていはく、

「飲酒は破れやすし、さめやすし。

こよひ三四ツ」と乞てのむ。

神の左座に、足くみたり。

鬼には角なしとみる。

是も恐し。

盃めぐらせて、

「若き者は人なれば数おとるべし」とすゝむ。

赤きはかまの狐立上りて、

「から玉や、/\」とうたふ。

僧打わらひ、扇かざゝすとよし。こよひ誰かあざむかれん。

酒はよし。しゝむら、鱠はくさし」とて、

蕪の根干たるを、かみ/\飲むが、是もおそろし。

「若き者よ。

都に物学ばんは、今より五百年のむかし也。

和歌にをしへありといつはり、鞠のみだれさへ法ありとて、つたふるに幣ゐや/\しくもとむる世なり。

己歌よまんとならば、心におもふまゝを囀りて遊べ。

文こそいにしへは伝へあれ。

手かく法をつたへたりとも、必よく書るは、今はぬす人に道きられ、となりの国のぬしが、掠めとりて、裸なゝ代のいつはり也。

是はあしきとしる/\、始は申せしを、今の君たちは、まことに大事と、秘めたるが拙し。

ものゝ夫も、君のため、親の為にはあらで、おのれにほこりて乱れあひ、つよきが勝、弱きは溝がくにうずもるゝ時也。

とくかへれ。

神のをしへたとし。

何の心もあらず。

我はすぎやうしあるくさへ、耳さわがしく、跡のけがしきに、目とぢて過るよ。

目一ツの神の、まなこひとつをてらして、海の内を見たまふに、すむ国なしとて、この森百年ばかりこなたにとゞまらせしを、時々とひ来て、物かたりしなぐさむ。

山ぶしのめぐみかうむりて、あやうからず故郷にかへり、一人の母につかへよ」といふは、

「いかで委しく」と問へば、

打笑ひて、こたへず。

酒よきほどにすゝみたり。

「いざかへんなん」とて、〓{代↓巾}打かづきいぬ。

絵に見たるさま也。

山ぶしも、「いざ」といふ。

神は扇とりて、この若き男をあをぐ/\、空に上らせたり。

山ぶしとりつたへて、袖かづかせ、空行ほどに、此あしたに母の前に落来たる。

「いなや」と問へば、

「水たまへ。

おそろしき事、物がたりして聞せ申さん」とて、ねやに入たり。

さて、かしこには、夜明るまで飲うたひたるに、若き男の空に上るを、猿とうさぎは手打ちてよろこぶ。

このあやしき中に、僧とかん人は人也。

乱たる世は、鬼も出て人に交り、人亦おにゝ交りておそれず。

よく治まりては、神も鬼もいづちにはひかくるゝ、跡なし。

ふしぎなし。

ふしぎはあるべき物ながら、世しづかなれば、しるし無し。

なき物とのみいふ博士たち、愚也。

おのが心の、西に東にと思ふまゝに行るゝも、ふしぎ也。

文にたばかられて、無しといふは、無識の学士也。

信ずべからず。

   死首の咲顔   第六回

津の国兎原の郡宇奈五の丘は、むかしより一里よく住つきて、鯖江氏の人ことに多かり。

酒つくる事をわたらひとする人多きが中に、五曾次と云家、殊ににぎはしく、秋はいな舂哥の声、この前の海にひゞきて、海の神をおどろかすべし。

一人子あり。五蔵といふ。

父に似ず、うまれつき宮こ人にて、手書、歌や文このみ習ひ、弓とりては翅を射おとし、かたちにゝぬ心たけくて、さりとも、人の為ならん事を常思ひて、交りゐや/\しく、貧しきをあはれびて、力をそふる事をつとめとするほどに、父がおに/\しきを鬼曾次とよび、子は仏蔵殿とたふとびて、人このもとに、先休らふを心よしとて、同じ家の中に、曾次が所へはよりこぬ事となるを、父はいかりて、無やうのものには茶も飲すまじき事、門に入壁におしおきて、まなこ光らせ、征しからかひけり。

又、同じ氏人に、元助と云は、久しく家おとろへ、田畑わづかにぬしづきて、手づから鋤鍬とりて、母一人、いもと一人を、やう/\養ひぬ。

母はまだいそぢにたらで、いとかい%\しく、女にわざの機おり、うみつむぎして、おのがためならず立まどふ。

妹を宗といひて、世のかたち人にて、母の手わざを手がたきなし、火たき飯かしぎて、夜はともし火のもとに、母と古き物がたりをよみ、手つなからじと習ひたりけり。

同じ氏の人なれば、五蔵常にゆきかひして、交り浅からぬに、物とひ聞て、師とたのみて学びけり。

いつしか物いひかはして、たのもし人にかたらひしを、母も兄も、よき事に見ゆるしてけり。

同じぞこの人、くすし靱負といふ老人あり。

是をさいはひの事とて、母・兄に問たゞして、酒つくる翁が所に来たり。

「鴬はかならず梅にすくひて、他にやどらず。御むす子の為に、かのむすめめとりたまへ。

貧しくてこそおはせ、兄は志たかきますらを也。いとよき事」といへば、

鬼曾二、あざ笑ひて云、

「我家には福の神の御宿申たれば、あのあさましき者のむすめ呼入れば、神の御心にかなふまじ。とくかへらせよ。そこ掃きよむべし」と云に、

おどろき馬の逃出て、かさねて誰云わたすべき打橋なし。

五蔵聞て、

「この事、父はゝゆるしたまはずとも、おもふ心あれば、必よ我よくせん」といひて、絶ずとひよると聞て、

「おのれは何神のつきて、親のきらふ者に契りやふかき。たゞ今思たえよかし。

さらずは、赤はだかにていづこへゆけ。

不孝と云事、おのれがよむ書物にはなきか」とて、声あらゝか也。

母きゝわづらひて、

「いかにもあれ、父のにくみをかうむりてたつ所やある。まづしき人の家には、ふつにゆきそ」とて、

夜は我まへに来たらし、物がたりなどよませてはなたず。

かよひ絶たりとも、兼ての心あつきをおもひて、うらみ云べくもあらずぞありける。

かりそめぶしにやまひして、物くはず、夜ひるなくこもりをり。

兄は若きまゝに心にかけず。

母、日毎にやせ/\と、色しろく、くろみつきたるを見て、

「恋に病とは、かゝるにやあらん。くすりはあたふべきにあらず。五蔵こそ来たまへ」と、云やりつれば、其ひるま過に来たりて、

「いふかい無し。

親のなげきを思はぬ罪業とかに、さきの世いかなる所にか生れて、荷かつぎ、夜は縄ないて、猶くるしき瀬にかゝりたらん。親のゆるしなきは、はじめよりしりたらずや。

我父にそむきても、一たびの言はたがへじ。山ふかき所にもはひかくれて、相むかひたらんがうれしとおぼせ。こゝの母君、せうとのゆるしたまへば、何のむくひかあらん。

我家は宝つみて、くづるまじき父の守り也。よき子養ひて、財ほうまさせたまはんには、我事忘れて、百年をたもちたまふべき。

人百年の寿たもちがたし。たま/\にあるも、五十年は夜のねぶりについえ、なほ病にふし、おほやけ事に役せられて、指くはしく折たらば、廿年ばかりやおのが物ならん。

山ふかくとも、海べにすだれためこめて、世に在人ともしられずとも、たゞおもふ世をいのちにて、一二とせにても経なゝん。

おろかといふは、親兄も、我も、罪あるものにてあらせんとや、いと/\つらし。

たゞ今より心あらためたまへ」と、ねもごろに示されて、

「さらに/\やまひすともおぼさで、おのが心にのまゝに起ふしたる。

御とがめかたじけなし。即見たまへ」とて、

小櫛かき入て、みだれをきよめ、着たる馴衣ぬぎやりて、

あたらしきにあらため、牀は見かへりもせず、おき出て、母にせうとにゑみたてまつりて、かい%\しく掃ふきす。

五曹、

「心かろらかにおはすを見てこそ、うれしけれ。あかしの浜に釣したいを、蜑がけさ漕てもてこし也。

是にて箸とるを見て帰らん」とて、

苞苴いときよらにして出す。

打ゑみて、

「よんべの夢見よかりしは、めで鯛と云魚得べきさがぞ」とて、

庖丁とり、煮、又、あぶりものにして、母と兄とすゝめ、後に五曹の右に在て立走りするを、母はいと/\よろこぶ。

兄はうそぶきてのみ。

五曹は涙かくして、

「うまし」とて、箸鳴し、常よりもすゝみてくらふ。

こよひはこゝにと、やどりぬ。

あした、とくおきて、多露行露の篇うたひてかへるを、待とりて、親立むかへ、

「この柱くさらしよ。家を忘れ、親をかろしめ、身をほろぼすがよき事か。

目代どのへせめかうじて、おや子の縁たつべし。物な云そ」とて、

おに/\しき事、いつよりおそろし。

母とりさへて、

「先、我ところにこよ。

よんべよりのたまひし事、つばらかに云きかせて後、ともかうなるべし」。

曾二いかりにらみたるも、さすがに子とおもひて、おのが所へ入る。

母、なく/\意見まめやか也。

五曹、頭を上げ、

「いかにも申すべき様ぞなき。若き身は生死のさたもすみやかにて、かなしからず。

財宝もほしからず。

父はゝにつかへずして、出ゆかんが、わりなき事とおもへば、たゞ今、心をあらためてん。

罪いかにも赦したうべよ」と云つらつき、まこと也。

母よろこびて、

「神のむすびたまふ縁ならば、ついのあふせあるべし」と、なぐさめつゝ、

父にかくと申。

「いつはり者めが言、聞入べからねど、酒の長が腹やみして、よべより臥たり。

蔵々のくまに、小ぬす人等が、米・酒とりかくす事、あまた度ぞ。

ゆきて見あらためて後に、長か腹やみをもましこりやれ。

この男なくては、一日に何ばかりのついえあらん。

今たゞいまぞ」と、追はらす。

承りて、履だにつけず、たゞ片時に見めぐりて、

「まう候」と申。

「渋ぞめの物似あひしは、福の神の御仕きせなり。

けふをはじめに、くる春のついたちまでは、物くふとも、用へと出るはしにせよ。

あらいそがしのたからの山や、ふくの神たちに追つきたいまつらん」とて、

ほかの事、云まじへずぞある。

「此ついでにいうぞ。

おのれが部屋には、書物とかいふものたかくつみ、夜は油火かゝげて、無やくのついえする。

是も福の神はきらひたまふと云。

反古買には損すべし。

もとの商人よびて価とれ。

親のしらぬ事しりて、何かする。

まことに、似ぬをおに子といふは、おのれよ」とのゝしる。

「なに事も、此後うけたまはりぬ」とて、

日来渋ぞめのすそたかくかゝげて、父の心をとるほどに、

「今こそふくの神のみ心にかなふらめ」と、よろこぶ/\。

かのむすめのかたには、おとづれ絶ぬるまゝに、やまひくおもく成て、

「けふあすよ」と、

母・兄はなげきて、五曹にみそかの使して聞ゆ。

「兼て思し事」とて、

ことみかねども、あはれにえたへずして、つかひ[の]しりに立ていそぎ来たり。

おや子にむかひて云は、

「かゝらんとおもふにたがはざりし事よ。

後の世の事は、いつはりをしらねば、たのまれず。

たゞ此あした、我いへにおくりたまへ。

千秋よろず代へとも、たゞかた時といふとも、同じ夫婦なるぞ。

ちゝ母のまへにて、入さきよからんぞ、せめてねがふなり。

せうとの御心たのもしくはからひてたべ」と申。

元すけいふ。

「何事も仰のまゝにとりおこなふべし。

御宿の事、よくして待たまへ」とて、

よろこび顔なり。

母も、

「いつの門出ぞと、待久しかりを、あすときゝて心おちゐたる哉」とて、

是もよろこびの立まひして、茶たき、酒あたゝめてまいらす。

盃とりて、むねにさす。

いとうれしげにて、三々九度ことぶき、もと輔うたふ。

そ夜の鐘きゝて、

「れいの門立こめられんよ」とて、

五蔵はいぬ。

おや子三人、こよひの月のひかりに、何事をもかたりあかす。

夜明ぬれば、母しろ小袖とう出て打きせ、髪のみだれ小櫛かき[い]れて、

「我もわかきむかしのうれしさ、露わすられずぞある。

かしこにまいりては、たゞ、父のおに/\しきをよくみ心とれ。

母君は必よ、いとほしみたまひてん」とて、

よそほひとりつくろひて、駕にのるまで、万をしへきこゆ。

元輔、麻かみしくも正しく、刀、わきざし横たへ、

「又、五日といふ日にはかへりこんを、あまりに言長し」とて、

母をせいしかねたり。

むすめ、たゞゑみさかえて、

「やがて、又参らん」とて、

駕にかきのせられ行。

元すけそひて出れば、母は門火たきてうれしげ也。

めしつかふ二人のもの等、みそかにかたりあふ。

「かくても御こし入と云にや。

われ/\もつきそひて、銭いたゞき、ざうにの餅に腹みたさんとおもふにたがふよ」とて、

けさの朝げのけぶり、しぶ/\にもゆる。

かの家には、おもひまうけざる事にて、

「何ものゝやまひしてこゝに来たる。

御むすめありとも、兼て聞ざるを」と、

あやしみて立ならびる。

元助、曾次の前に正しくむかひて、

「妹なるもの、五歳どのゝおもひ人也。

久しく病つかれてあり。

こし入、いそぎてんと、ねがふまゝにつれ来たりぬ。

日がらよし。

さかづきとらせたまへ」と云。

鬼の口あたりたけにはだけて、

「何事を云ぞ。

妹に我子が目かけしと云事きゝしかば、つよくいさめて、今は心にも出ず。

おのれ等、きつねのつきてくるふか」とて、

膝たて直し、目いからして、

「帰れ。

かへらずは、我手にも及ばず、男どもに棒とらせて、追うたんぞ」とて、

おそろしげ也。

もとすけ打わらひて、

「五蔵よびこよ。

とくむかへとらんとて、月日をわたるほどに、病してしぬるに、せめて此家の庭に入てしなんと、ねがふまゝに、つれ来たる也。

こゝにてしなせ、此家の墓にならべてはうぶれ。

れいの物をしきさがはしりたる故に、此いへの費にしはせじ。

金みひらこゝに有。

是にてかろくともとりをさめよ」といふ。

をどり上りて、

「かねは我ふくの神のたま物なれど、おのれが家にけがれたるは何せん。

もとよりよめ子にあらず。死人ならばとくつれいね。

五曹いづこにをる。此けがらはしき、きかずはいかに。

よくはからずは、おのれも追うたん。親にさかふ罪、目代どのにうたへ申て、とり行はせん」とて、

来たるをすぐに、立蹴に庭にけおとしたり。

五蔵、

「いか[に]もしたまへ。この女、我つま也。

追出されば、こゝより手とりて出んと、兼て思ふにたがはざるこのあした也。

いざ」といひて、手とりて出べくす。

兄がいふ。

「一足ひきては、たをるべし。汝がつま也。この家にてしぬべし」とて、

刀ぬきて、いもうとが首切おとす。

五蔵取上て、袖につゝみて、涙も見せず門に出んとす。

父、おどろき馬にはね上り、

「おのれ、其首もちていづこにか行。

我おや/\の墓におさめん事、ゆるさじ。

それまでもあらず。兄めは人ごろしぞ。

おほやけにて罪なはれよ」とて、

いそぎ、むら長の方へしらせに行。

長きゝて、

「いかなる物ぐるひしたる。

元輔が母はしらじ」とて、

軒遠からねば、走行て、

「かく/\なん。元すけは気ちがひなり」とて、息まくしていふ。

母はいつもの機にのぼりて、布おりゐたるが、きゝて、

「しかつかうまつりしよ。こゝろえたれば、おどろかず。

よくこそしらせたまふ」とて、おり来てゐやまひ申。

長、又これにもおどろきて、

「鬼はかねて曾次が事と思しに、此母も鬼めなり。

角よくかくして、とし月ありしよ」とて、

逃出て、目代にうたふ。

すなはち、人ゝめしとらへて、

「おのれら何事をかして、一さとをさわがすぞ。

元助は、妹ながら、人ころしたれば、こゝにとゞむべし。

五蔵も、問たゞすべき事あれば、こゝにとらへおくぞ」とて、

ともにひと屋につながれたり。

日比十日ばかりへて、人々めし出、たゞしつるに、

「曾二は罪なきに似て、罪おもし。

みす/\に、おのが心のよからぬから、かかる事仕出たり。

家にこもりをれ。やがて御つみうけたまはりて行はん。

元助は母のゆるしたる事なれば、罪あれど罪かろし。

是も家にこもりをれ。五蔵が心、いと/\あやし。

されどせめとふべきにあらず」とて、またひと屋に追入たり。

五十日ばかりありて、

「国の守のおほせうけたまはれ。此事、こと%\五曹と曾次が罪におこる。

此里にをらせじ。たゞ今たゞ追はらふぞ」とて、

この御門よりいかめしく取かこまれ、親子はとなりの領さかひまで、追うたれて行。

「元助は、母ともに、事かはりし事を仕出たれば、このさとにはをらせじ。

西のさかひまで追やらへ」とて、事すみぬ。

曾次が家のたからは、ふくの神とゝもに、おほやけにめし上られたり。

鬼曾二、足ずりし、手を上てをらびなくさま、いと見ぐるし。

「五蔵、おのれによりてかく罪なはるゝは」とて、引ふせてうつ。

うてどもさらず。

「御こゝろのまゝに」といふ。

「にくし/\」とて、こゝかしこに血はららせたり。

里人等つどひ来て、兼てにくみしものなれば、曾次はとり放ちて、五蔵をたすけたり。

「いのちたまはるべくもあらねど、わたくしには死べからず」とて、

父のまへにをりて、面もかはらず。

「おのれはいかで、貧乏神のつきしよ。

ざい宝なくしたれど、又かせぎたらば、もとの如くならん。

難波に出てあきんど[と]ならん。かんだうの子也。

我しりにつきてくな」とて、

つらふくらしつゝ立出て、いづこにか行けん。

五曹は、やがて、髪そりて法しとなり、この山の寺に入て、いみじき大とこの名とりたり。

元助は、母をたすけて、播磨のぞうの方へしりぞきて、鋤[鍬]とりて、むかしに同じ。

母も機たてゝ、たくはた千ゝ姫の神に似たり。

曾次がつまは、おやの里へかへりて、これも尼となりしとぞ。

「妹が首のゑみたるまゝにありしこそ、いとたけ%\[し]けれ」と、

人皆かたへつたへたり。

捨石丸第七回

「みちのく山にこがね花さく」と云ふ古ことは、まこと也けり。

麓の里に、小田の長者と云人あ[り]。

あづまのはてには、ならびなき富人なりけり。

父は、宝も何も、子の小伝次と云にまかせて、明け暮れに酒のみて遊ぶ。

姉の常と云は、をとこをさいだてゝ、行にゆるされて尼となり、豊苑比丘尼と改め、すぎやうまめやかなり。

母なければ、家の事つかさどりて、恵みふかゝりければ、出入る人いとかたじ[け]なく、つかふまつりけり。

捨いし丸と云は、脊六尺にあまりて、肥ふとり、世にすぐれ、酒よくのみ[く]らふ。

長者の心にかなひ、酒のむ時は必呼よせたり。

或時、長者、酔のすゝみに、

「おのれは、酒よくのめど、酔ては野山をわすれ臥故に、石捨たりと云あだ名はよばるゝ也。

よく[寝]入たらんには、[熊]・狼にくらはるべし。

此劒は、五代の祖の力量にほこりて、刄広にう[た]せたまへる也。

野山の狩を好みて、あら熊に出あひ、いかりにらまへ、歯むきて向来たるを、此劒ぬきて、腹をさし、首うちてかへられしより、熊切丸と名よばせし也。

おのれ、必、酔ふして、くらはれん。

此劒常に帯よ。守り神ならん」とて、たまへる。

推いただいき、

「くま・狼は手どりにせん、鬼や出てくらひつらん。

鬼去丸と申さん」とて、左におき、よろこびの酒とてすゝむほどに、酌にたつわらはめ、

「今は三ますにも過たらん」とて、いらふ/\」。

「此心よきに、野風をあびん」とて、たつ足しどろにたち行。

長者見て、

「得させしつるぎ失ふべし。

かへるを見とゞめん」とて、立も、足よろぼひたり。

小伝次、「父あやうし」とて、跡に付て行。

はた、流れある所に打たをれ、足はひたして、つるぎは枕のかたに捨たり。

「かくぞあらん」とて、長者とりたるに、目さめ、

「たまひしを、又うばひたまふや」とて、主わすれあらそふ。

父、力にたへねば、劒もちながら、あをむきになりて、捨石其上にまたがる。

小伝次、はるかに見て、丸を引たをし、父をたすけんとすれど、力よわくて心ゆかず。

丸、又、小伝次を右手にとらへて、

「和子よ、何をかす」と、前に引まはし、父のうへにすえたり。

されど、主といふ心やつきけん、いたはるほどに、父をたすけて、丸をつよくつきたをす。

父、おき上りて劒をとり、

「おのれはまことに日本一の力量ぞ。武蔵坊と申せしは、西塔一の法師なり」と、うたひて行。

捨いし、あとにつき、

「衣河へと急るゝ」と、拍子とりてくる。

父がつるぎに手かけて、うばはんやとするに、抜出て、おのれが腕につきたしてしかど、長者の面にそゝぎて、血にまみれたり。

小伝次、「父をあやしめしや」とて、後よりつよくとらへたり。

とらへたるを、又引まはして、面をうつ。

是もいさゝか血そゝぎかけたり。

父は、「子をあやまちしか」とて、つるぎの鞘もて、丸がつらをうつ。

抜たるにうけて、何やらんうたひつつ、又、父をとらふ。

さすがに刀はあてざれど、おのが血の流て、長者の衣にそみたり。

家の子ども一二人追来て、

「こわや、御二人を殺すよ」とて、前うしろにとりつく。

「さてはあやまりつ」と思ひて、二人の男を左右の腋にかいはさみ、

「主ごろしはせぬぞ」とて逃行。

二人のをとこら、とらはれながら、

「主ごろしよ」とて、をらび云。

「さては、父子ともに我あやまちしよ」とて、二人の男を深き流に打こみて逃ゆく。

父は、また、酒さめざれば、血にまみれながら、つるぎの身さゝげて、おどり拍子にかへる。

小伝次も、あと[に]つきてかへる。

家の内、こぞりて、「いかに/\」と立さうどく。

されど、小伝次がせいししづめて、父をふし所につれゆく。

尼のこゝろえで、「この血はいかに」とゝふ。

「捨石めが、たまへる劔に、おのが腕をつきさしたる血也。

おのれもいさゝかそみたれど、事なし」と云。

姉、落ゐてよろこぶ。

捨いしは、「主をころせしよ」と思ひて、家にもかへらず、いづちなく逃うせたり。

二人のをとこ等こそ、水底にしづみて、むなしく成ぬ。

一ト里立さうどき、「捨石、主をころして逃行しか」とて、

みな長者の家にあつまりて、小伝次せいして、

「必ずあらぬ事也。渠がかいな[に]血出て、父にそゝぎし也」と云。

「さらば」とて、「たゞ二人のをとこが屍もとめん」とて、立走り行。

いかにしけん、父はあしたになれど、起出ず。

おとゝひゆき見れば、口あき目とぢ、身はひえて死たり。

「こはいかに」とて、いそぎくす師よびて、こゝろみさす。

くすし、こゝろみて云。

「是は、頓にやみて死たまふ也。今は薬まいらすとも、かいなし」と云。

おとゝひなきまどふ。

家の内の者ども、又、立さうどき、

「まこと、主はころせし也。

御めぐみふかくて、とみのやまひとはのたまふ也。

御仁恵といふもあまり也」と云。

国の守に聞えて、目代いそぎ来たる。

かねて、長者が富をうらやみしかば、

「此ついでになくしてん」とて、屍見あらため、

「是は血そゝぎかけし也。たゞしたゝかにうたれて死たる也。

小伝二、親をころされながら、え追とらへず、病に申事いぶかし」とて、

よこさまにいふ。

薬師おりあひて、

「いさゝかもうたれし所なし」と。

目代目いからせ、「おのれ賄賂とりて、いつはるよ」とて、からめさす。

小伝二はさすがにえからめず。

「守に参れ」とて、つれ行。

参りて、始よりをつばらかに申す。

守もねたくてありしかば、

「いな、明らかならず。

くすしめはひと屋にこめよ。

小伝次は数百年こゝにすみて、民の数ながら、刀ゆるし、鑓・馬・乗輿ゆるされしは、ものゝ部の数也。

目の前に親をうたせながら、いつはる事いかに。

国の刑に行なはんものを、見ゆるすべし。

親のかたきの首提てかへらずは、領したる野山、家の財、のこりなく召上て、追やらふべし。

ゆけ、とく」とて、入ぬ。

打わびつゝかへりて、姉に申。

「病こそやまね。骨ほそく、刀こそさせ、人うつすべ知らず。

丸めは力量の者なり。あはゞ必さいなまれん」と云。

姉の尼泣々云。

「我しうと君、日高見の社司は、弓矢とりて、みちのく常陸のあら夷らをよくなごし給ふ。

行て、刀うつ業ならへ。

必いとほしびて、まめやかにをしへ給ふべし」とて、

こま%\文かきそへて出たゝす。

小伝次、是に便を得て、いそぎ日高みの社に行。

社司春永聞て、

「あはれ也。力は限あり。業はほどこすに変化自在也。

やすくうたせん」とて、年をこえ習はす。

心にいりて習へば、一とせ過て、社司、「よし」と云て、出たゝす。

「助太刀といふ事、おほやけにゆるしたまへど、ますら男ならず。

一人ゆけ。あはゞ必首うちてかへらんものぞ」とて、いさめてたゝしむ。

はじめいかにせんと思し心は、いさゝかあらで、身軽げに、先あづまの都にと心ざしゆく。

捨いしは、すゞろ神にさそはれて、夜昼なく逃て、江戸に、こゝかしこと、わたらひわざしらねば、力量にやとはれ、角力に立交りたり。

或国の守の、すまひこのみ、酒好みたまふにめされて、御伽につかふまつりぬ。

「いかなる者ぞ」と、問はせしかば、愚なるまゝに、いつはらず申上る。

「さるは、主の敵もちなり。其子弱くとも、たゞにてあらんや。

富たりといへど、人数にをして捕ふべし。

国にことしはまかれば、我よく隠すべし。とく」とて、

御のり物そひにめされてくだる。

小伝二は尋まどひて、江戸をちこちにも、三とせばかりありて、其くにの守の御恵みにて、西にゆきしと聞あらはし、其日に立行。

国は常くにの何がし殿にて、心広き御人也。

かく養なひたまふ中に、酒の毒にや、疔をやみて、ついに腰ぬけと成たり。

申上るは、

「主をこそ殺さね、其名たかきには罪大也。

若者たわやかにて、我は得うつまじく、仏の弟子にや、姉の尼ぎみと同じ衣にやつさせたまはんものぞ。

いきてうたれんと思へど、こし折たれば、四百余里いかであゆまん。

聞つるに、此御くにの何がしの山は、岩ほ赤はだかにて、今の道を廻りて、八里ばかりと聞。

ある人の大願にて、此あか石一里ばかりを道にきりとほさば、往来の旅客、夏冬のしのぎを得て、命損すべからず。

今やう/\穴をつゝきて、一丁ばかりと云。

我主の長者の御為に、是をぬきて、人のためにすべし。

足立ねど力あり。

よく/\つとむべしとて、御いとまたまはり、鉄槌の二十人してもさゝげがたきをふりたてゝて、先うつほどに、凡一日に十歩はうちぬきたり。

国の守触ながして、民に、「力そへよ」とて、

民は此石の屑をはらふ事を、いく人かしてつとむ。

一とせに過て、やがて打ぬくべき時に、小伝次たづね来たりぬ。

捨石申。

「主をころさぬ事、御子の君ぞしらせたまへる。

されど、かく事ひろごりては、申わくとも無やく也。

我首うちて往たまへ」と云。

「首とらんとて来しかど、此行路難を開きて、長き代にたよりする。

御父の手むけとぞ。いで、我も力そへん。

家はとふともいかにせん。始ある物、必よ終ある。時なるべし。

姉は仏の弟子にておはせば、よく思しとりて、心しづかに行ひたまはん。

我力をそへて後に、あねの所にいきて、す行すべし」とて、

かい%\しく石はこび、民とゝもによく交はる。

捨石、

「あなたふと。しかおぼして此事に力そへ玉ふは。

神よ、ほとけよ」とて、よろこぶ/\。

或日云、

「若ぎみ、我をうたんとて尋ね来たまへど、骨よわく力なければ、こしぬけたる我をもえ打たまはじ」と云。

小伝次こたへなく、そこにある石の二十人ばかりしてかゝぐべきを、躍たちて蹴れば、石は鞠のごとくにころびたり。

捨石おどろきて、

「いつのまにかゝる力量は得たまひけん」と、いぶかる。

小伝二、又、こしの弓つがひて、ひようと放つに、雁二つ射ぬかれて、地に堕たり。

「汝、力にほこれども、かれは限あり。

我業千変万化、汝がこしたちてむかふとも、童をせいする斗たやすし」。

丸、ふし拝みて、

「心奢りたるは愚也」とて、小伝次に、かへりて事とひ学ぶ。

かくて、月日をへ、年をわたりて、凡一里がほどの赤岩を打ぬき、道たいらかに、所々石窓をぬきて、内くらからず。

もとの道は八里に過て、水うまやだになく、夏は照ころされ、冬はこゞゆるを、此岩穴にて、ゆきゝやすく成んたり。

馬に乗て鎗たてゝ行とも、さわりなし。

太初の時、大穴むち・少名ひこの、国つくらせしと云も、かゝる奇工にはあらず。

国の守大によろこびて、みちのくの守に使遣はし、事よく執をさめたまへば、小伝次は、御ゐやまひ申てかへりぬ。

捨石はほどなく病て死たれば、捨石明神とあがめて、岩穴の口に祠たてゝ、国中の民あをぎまつる。

小伝二は東にかへりて、国の守の罪かうむらず、益家とみさかえたり。

姉のよろこび、いかばかりならん。

日高見の神社、大破にて年わたりしを、此ゐやまひに、こがね・玉をきざみて作りたりしかば、荘厳のきら/\しきによりて、となりの国までも、夜昼まうでゝちか言す。

はたうけひたまひて、此御ゐやまひに、たからやぬさやつどひみちて、あづまには二つなき大神となん、いはひまつれりける。

   宮木が塚   第八回

本州河辺郡神崎の津は、昔より古きものがたりのつたへある所也。

難波津に入し船の、又、山崎つくし津に荷を分かちて運ぶに、風あ[ら]ければ、こゝに船まちせる。

其又むかしは、猪名のみなとゝよびしはこゝなりとぞ。

この岸より北は、河辺郡とよぶ。

是は猪名の川辺と云なるべければ、猪名郡と名づ[く]べきを、いかにこゝろえたるべし。

「すべて、国・郡・里の名、よき字を二字につゞめよ」と、勅有しに、大方はよしと思へるが中に、かゝるもありけり。

この舟泊りには、日数ふるほどに、船長・商人等、[岸]に上りて、酒くむ家に入て遊ぶ。

こゝに何がしの長が許に、宮木といふ遊び女あり。

色かたちよりほかに、立まひ、哥よみて、人のこゝろを蕩かしむと云。

されど、多くは、人むかへ見る事なし。

昆陽野の里に富たる人ありて、是がながめ草にのみして、他にゆかず。

このこや野の人は、可守の長者と云て、つの国に今は並なきほまれの家也。

今のあるじを十太兵衛といふて、年いまだ廿四才とぞ。

かたちよく、立ふるまひ静に、文よむ事を専らに、詩よく作りて、都の博士たちにも行交り、ほまれある人なりけり。

この宮木が色よきに目とゞめて、しば/\行しが、今はたゞおもひ者に、ほかの人来とむらへど交らせず、めでてありしかば、宮木も又、「此君の外には、酌とらじ」とて、いとよくつかへけり。

長も、十太兵衛、

「黄がねにかへてん」とて、

よくいひ入るに、いとかたじけなく、人にはあはせざりけり。

此宮木が父は、宮古の何がし殿と云し納言の君なりしが、いさゝかの罪をかゞふりて、司解、庶人にくだされしかば、めのとのよしありて、この里には、はふれすみたまへりき。

もとよりわたらひ心なく、宝も何も、もて出たまひしは残りなくて、わび住したまひしが、病にふして、ついにむなしくならせぬ。

母も藤原なる人にて、父につかへて、おのが里にもかへらず、共にわび住して、今はやもめに成りたまへば、いかにすべきを、かたち人におはしければ、物いひよる人あれど、けがしきとて、ひたこもりに、たゞ稚子をのみいだきかしづきたまふほどに、貧しさのひとつをこそ、なげきくらしたまふに、めのとが云。

「よき人の、こゝに落はふれ来て、たよりなく、よきをとめ子を、長に養はせたまひしためしあり。

今はたゞ、おぼしすてさせ、いとし子を、人にたまへ。

むかしのをとめ子は、よき人に思はれ、黄金あまたにかへられ、親たちをさへ伴なひ、つくしの長者のめと成し事あり。

いかで思ひたまへ」と云。

「つれなくも云ものかな」とおぼせど、

「此子もともに肌さむく、うえて今は死なんよ」と打なかれて、めのとがいふに従ひ、こがねにかへて手放したまへ[り]。

かゝるほどなく、わびしさに涙の淵とかにしづみて、世をはやうせさせけり。

なみだの淵と云所、哥にはよめど、いずこぞと誰もしらざりしに、この神崎の里になん在ける。

長者、わきていとほしみて養ひたつるに、母にはまさりて、かたち人におひ立ける。

河守の色好みが、「ほかの人にあはすな」とて、

宝つみて云ほどに、長「かしこまりぬ」とて、我子の如くかしづきたりけり。

春の林の花見んとて、思めぐらすれど、都には此比出たつまじき事ありて、兎原の郡のいくたの神の森のさくら盛なりと聞て、舟の道、風なごやかなれば、宮木をつれ立て、一日遊びけり。

林の花みだれさきたるに、この面かのもに幕はりて遊ぶ人多かるが、宮木がかたちの世にならびなしとて、目を偸みて見おこすにぞ、弥つゝましくて、扇とりても立まはず。

酒づきしづかにめぐらしてあるが、十太もけふのめいぼくに、わかければ思ひほこりてなんある。

此河守があり様に心おとりせられて、

「宮木かくかたちよし。ねたし。兼て思つるよ」

とて、つれだちしくす師、何がしの院の若法師にさゝやき、酒くむこゝろさへなく成ぬ。さて何思けん。

「大事忘れたり」とて、歩よりは遅し。

みぬめの和田の天の鳥船に、舟子の数まさせて、飛かへるやうにて、いそぐ/\、只かた時ばかりにぞ漕せける。家に入より、先人走らせて、

「十太兵衛只今来たれ。おほやけの御つかひ、こゝを過させたまふに、一夜をやどらさせ玉ふ。汝がつとむべき也。いとゝく/\」と、せめ聞ゆ。

留主守翁あはたゞしく来たりて、

「あるじはけふ物に罷りて、あすならでは帰らず。ほかの御家に」と申。

「いな、汝が家きよしと申て、はや使は通られたり。やがてにも至りたまはん」と云。

「いかに承るとも、あるじあらねば、つかふまつるまじき」と云。

長にらまへて、

「おのれは老しれて、国の大事を忘たるよ。我家の母、あつき病にふしたまへば、『汝が家に』と申したり。いそげ、今たゞ即ならん」と云。

老は走りかへりても、誰にはかり合すべき者なし。たゞ長き息つきて、

「若君、翅かりても飛かへらせよ。中山寺のくわん自在ぼさつ」と、うけひ言すれど、すべなかりけり。長が方より使たち来て、

「宿すべきものゝ立むかへこぬ、むらい也。こゝにはやどらじ。夜こめて住よしの里まで」とて、高張あまた用意申付給ひしかば、松などをもにわかにくゝりつかねて奉りし也。

「『十太は今めしかへせ。罪にこもらせよ』とて、馬飛せて行過たまひぬぞ」とて、門の戸ひし/\と、竹にて釘うち、とぢめたり。

十太何心なくてありしが、「心さわぎぬ」とて、夜の亥中にかへり来て、

「しか%\の事なん侍りて、あはたゞしくとぢめたまへりき。いきてわびたまへ」と云。

たゞちに長がまへにかしこまる。

長いかりにらみて、

「此月は汝が役にさゝれたるならずや。我に告ずて、いづこにうかれ遊ぶ。今はとりかへされず。五十日はこもりをれ」とて、言呵て打入ぬ。

「桜の花はまださかりと見しを、この嵐には今はちらん。我はたゞこもりをりてん」とて、つゝしみをりき。

其あした、申つくる、

「御つかひ、明石の駅より、飛檄をつたへ来たらず。『汝が里のやどりたがへしによりて、馬の足折、今は船にてつくしに下る也。波路は御つかひ人の乗まじきおきてをたがへ、日のをしさ、罪のかしこさにしかすれど、又風波たゝばいかにせん。五百貫の価の駿馬也。此あたひ、汝が里よりつぐのへ』と、申来たりき。五百貫の銭、たゞ今たゞ、又、此銭、都の御家に贈るついえせよ。是三十貫文也」とて、取たてゝ運ばす。

「五十日は猶こもれ」とて、つゝしみをらす。

此あいだに、うまやの長惣太夫、くすし理内をつれてかん崎にゆき、

「宮木に酌とらせよ」と云。

「此ものは、御さとの河守どのゝあづけおかれし也。『他の人に見えそ』と、此頃、御つゝしみの事にてこもらせしかば、問まゐらすべき便もなし」とて、出さず。いよゝます/\ねたくて、酒のみ、耳たゝしく、

「河守めは、こたびの御とがめに首刎られつべし。よきわか者なり」など、云おどしてかへる。

宮木、こゝちまどひて、神に仏に願たて、

「いのちまたけさせたまへ」と、

おものたちて、十日ばかりはありしかど、よき風も吹つたへこず。

長示して云。

「物くはで命やある。よく養ひて、出させたまふをまて。長が酒ゑひのにくき口きゝたる、まことならず。御科の事、又、五百貫の駿馬を買てあがなひたまへりと聞。やがてめでたく門開かせんを」と言に力を得て、

経よみうつし、花つみ水むけ、焼くゆらせて、観自在ぼさちをいのる。

さて、十太はかくつゝしみをるほど、風のこゝちのなやましうて、くすしをむかふ。

「当馬と云医士は上手ぞ」と人いふに、迎へたり。

脈みて云。

「あな大事也。日過さば斃れん。よき時に見せし」とて、ほこりかに匕子とる。

女あるじなきには、誰もあきるゝのみにて、怠りぬべし。

先方へも、くすしは、此ごろ日々にゆく。

十太がかゝりと聞て、

「彼五百貫文の中、わかちて奉らん。薬あやまらせよ」とさゝやく。

医し、

「いな、大事の症也。御たのみの事は、我はえせずといへども、ついにたをるべし」と云て、陽症のあらはなるに、附子をつよく責もりしかば、ついに死ぬ。

長いとよろこびて、外のゐやまひにとりなし、百貫文をおくる。

宮木が方へかくと聞しらせしかば、

「倶に死なん」と云つゝ狂ふを、長がせいして、

「仏の祈りだにしるしなき御命也。よく吊るらひて、御めぐみむくへ」と云つゝ、せいし兼たり。

かくてあるほどに、惣太夫よくよくしたり、独ゑみほこりて、宮木がもとへしば/\来て、言よくいひこしらふれど、露したがふ色なし。

長呼出て、彼五百貫の銭をはこばせ、「是なん宮木が一月の身の代に」と云(ふ)。

慾にはだれもかたぶきて、「一月二月、尚増てたまはらば、生てあらんほどつかへしめん」と云(ふ)。

さて宮木に示す。

「是十太殿世になく成たまひては、よるべなし。かの里にては長なれば、この人につかへよ」と。

心にもあらねば、こたふべくもあらぬを、度々夫婦が立代りていふに、

「よるべとこそたのまね、先(づ)夫婦の心にたがひては」とて、惣太夫に見ゆ。

いと情しく云なぐさめて心をとり、やう/\枕ならべぬ。

一夜酔ほこりて、くすし理内がいふ。

「生田の森の桜色よくとも、我長の常磐かき葉には齢まけたりな。君もよき舟にめしかへしよ」とて、そゝる/\。

「いかにしていく田の森かたりいづらむ。とまれ宗大夫がよろづのふるまひ、男ぶりよりして、たのむべき人にあらず」となん、やう/\思ひしづもり、来れど、多くは病ありとて、出て相見ざりけり。

其比法然上人と申(す)大とこの世に出まして、「六字の御名をだに、しんじちにとなへ申さば、極楽にいたる事やすし」と示し玉へるに、高きいやしき、老もわかきも、たゞ此御前に参る。

後鳥羽院のめされし上局に、鈴むし松むしと云(ふ)二人のかたち人ありき。

上人の御をしへを深く信じて、朝夕ねぶつし、宮中をのがれ出て、法尼となり、庵むすびて行ひけるをば、帝御いかりつよくにくませしに、叡山の法師等、「仏敵」と申て、上人をうたふ。

「是よし」とて、土佐の島山国に流しやらせ玉へりき。

「けふ、上人の御舟かんざきの泊して、あすは波路はるかの=舟にめさせかふる」と聞侍りて、宮木、長に「しばしのいとまたまへ。

上人の御かたち、近く拝みたいまつらん」と云(ふ)。

物よく馴たるうばら一人、わらはめ一人そへて、小舟出さす。

上人の御舟、やをら岸をはなるゝに立むかひて、「あさましき者にて候。

御念仏さづけさせたうべよ」と、なく/\申(す)。

上人見おこせたまひて、「今は命捨べく思ひさだめたるよ。

いとかなしきしづの女也」とて、船のへに立出たまひ、御声きよく念仏高らかに、十度なんさづけさせたまひぬ。

是をつゝしみて口にこたへ申をはり、やがて水に落入たり。

上人「成仏うたがふな」と、波の底に高く示して、舟に入たまへば「汐かなへり」とて漕出たり。

うばら童等おどろきまどひて、家に走りかへり、「かくなん」と告ぐ。

長夫婦くつだに付ず、走来て見れど、屍もとむべくもなし。

やゝありて人の告ぐ。

「かんざきの橋柱に、うきてかゝれり」とぞ。

いそぎ舟子どもをたのみて、かづき上さす。

此宮木が屍の波にゆりよせられしとて、ゆり上の橋となん呼つたへたる。

屍は棺にをさめて、野づかさにはふりぬ。

宮木が塚のしるし、今に野中にたちて、むかしとどめたりける。

むかし我、此川の南の岸のかん嶋といふ里に物学びのために、三とせ庵むすびて住たりける。

此塚あるを問まどひて、やゝいたりぬ。

しるしの石ははつかに扇打ひらきたるばかりにて、と云べき跡は、ありやなし。

いとあわれにて、哥なんよみてたむけたりける。

其哥うつせみの、世わたるわざは、はかなくも、いそしくもあるか、高きいやしき、おのがどち、はかれえうものわ、ちゝのみの、父にわかれて、はゝそ葉の、母に手はなれ、世の業は、多かるものを、何しかも、心にもあらぬ、たをやめの、操くだけて、しなが鳥、猪名のみなとに、よる船の、かぢ枕して、浪のむた、かよりかくより、玉藻なす、なびきてぬれば、うれたくも、かなしくもあるか、かくてのみ、在はつべくは、いける身の、生るともなしと、朝よひに、うらびなげかひ、とし月を、息つきくらし、玉きはる、命もつらく、おもほへて、此神埼の、川くまの、夕しほまたで、よる浪を、枕となせれ、黒髪は、玉藻となびき、むなしくも、過にし妹が、おきつきを、をさめてっこゝに、かたりつぎ、言継けらし、この野べの、浅ちにまじり、露ふかき、しるしの石は、たが手向ぞもとなんよみてたむける。

今はあとさへなきと聞く。

哥(うた)よみしは三十年のむかし事也。

   歌のほまれ   第九回

山部の赤人の和哥の浦に汐みちくればかたを無をさしてたづ鳴わたる

と云父はゝのやうに、世にいひつたへたりける。

此時のみかどの聖武天皇、つくしにて広継が反逆せしかば、都に内応の者あらんかとておそれたまひ、巡幸とよばせて、伊賀・い勢・志摩・尾張・三河・美濃の国ゝに行めぐらせ給ふ時、いせの三重郡阿=の浦辺にて、よませたまひしおほん

 妹にこひあごの松原見わたせば汐干のかたに鶴なきわたる

又、此巡幸に遠く備へたまいて、舎人等あまたみさきにたゝせしに、高市の黒人が愛市郡の浦べ見めぐりてよみける歌

 桜田へづ鳴わたるあゆち潟汐干のかたにたづ鳴わたる

 これ等、同じみかどにつかふまつりて、おほんを犯すべきかは。

むかしの人は、たゞ見るまさめのまゝを打出たるものなれば、人よみたりともしらずよみになんよみしかど、正しく紀の行幸、又この巡幸に同じことうたひ出しは、とがむまじく、おほんと黒人が歌とは世にかたりつたへずして、和かの浦をのみ秀歌と後に云つたふる事のいぶかしかりけり。

 又、同じ万葉集の哥に、よみたる人はしらずとて

  難波がた汐干にたちて見わたせば淡路の嶋に鶴なきわたる

 是もまた同じながめをよんだり。

いにしへ人は心直くて、見るまさめをば人や云へぼも、問きかでよんだりける。

さらば歌よむは、おのが心のまゝ、又浦山のたゝずまひ花鳥のいろね、さかしくいひたるものにはあらず。

 是をなんまことの歌とはいふべけれ。

   樊〓   第十回

むかし今をしらず。

伯耆の國の大智大権現の御山は、恐ろしき神の住て、夜はもとより、申のときすぎとて、寺僧だにこもるべきはこもり、こもらぬは山をくだりて行ふとなん聞ゆ。

麓の里に夜毎わかき者あつまりて、酒のみ博奕してあらそひ遊ぶ宿有けり。

けふは雨ふりて、野山のかせぎゆるされ、午時よりあつまり来て、酒のみあとさきなきかたり言してたのしがる中に、腕だてして口こわき男あり。

憎しとて、「おのれはつよき事いへど、お山に夜のぼりて、しるしおきてかへれ。

さらずは力ありとも心は臆したり」とて、あまたが中にはづかしむ。

「それ何事かは。

こよひゆきて、正しくしるしおきてん。

おのれらあすまうでゝ見よ」とて、酒のみ物くひて、小雨なれば蓑笠かづき、たゞに出行。

友だちが中に、老たる心あるは、「無やくのからかひ也。

渠必神に引さき捨られんぞ」と、眉しはめていへど、追とゞむともせず。

この大蔵と云あぶれ者は、足もいとはやくて、まだ日高きに、御堂のあたりにゆきて、見巡る程に、日やゝ傾きて、物すさまじく風ふきたちて、杉むら桧原さや/\と鳴とよめく。

暮はてゝ人無にほこりて、「此わたり何事かあらん。

山の僧のいひおどろかすにぞあれ」とて、雨晴たれば、みの笠投やり、火うちたばこくゆらす。

いとくらうなりしかば、「さらば、上の社と申所に」とて、木むらが中を、落葉ふみ分てのぼる/\。

十八丁となん聞えたり。

こゝに来て、「何のしるしをかおかん」とて見巡るに、ぬさたいまつる箱のいと大きなるあり。

「是かづきおりてん」とて、重きをこゝろよげに打かづくとするに、此箱ゆらめき出て、手足おひ、大蔵をつよくとらへたり。

すはとて、力出して是をかつかんとす。

箱におひ出たる手して、大蔵をかろ%\と引さげ、空に飛かける。

こゝにて心よわり、「助けよ/\」と、をらぶ。

こたへなくて、空をかけり行。

「波のおとのおそろしき上を走行よ」とおぼえて、いと悲しく、こゝに打やはめつとて、今は是をたのまれて、箱にしがみつきたり。

夜漸明ぬ。

この神は箱を地にどうと投おきてかへりたり。

眼ひらきて見れば、海邊にて、こゝも神やしろらう/\しく、松杉が中にたゝせたまへり。

かんなぎならかめ。

白髪まじりたるに烏帽子かぶり、浄衣めしなれたるに、手には今朝のにへつ物み臺にさゝげてあゆみ来たり。

見とがめて、「何ものぞ。

無礼也。

その箱おりて、いづこよりかつき来たる。

物がたれ」とぞ。

「伯岐の國の大山に夜まうでゝ、神にいましめられ、遠くぬさ箱とゝもに、こゝに投すてられたり」と云。

「いとあやし。

汝はをこの愚もの也。

命たまはりしをよろこべ。

こは隠岐の島のたく火の権現の御前ぞ」と云。

目口はだけておどろき、「二親有者也。

海をわたして里にかへらせよ」と泣々申。

他国ものゝ故なくて来たるは、掟ありて、國ところを正して後、おくりかへさるゝ也。

しばしをれ。

是奉りて後に、我家につれかへり、よく問糺して、目代にうたへ申べし」とてみにへたいまつる。

ふとのりと言高く申、手はら/\と打。

さて御戸たてゝ家につれかへり、同じことわりなれば、目代に参りて掟承る。

いとにくき奴也。

されどここにさいなむべき罪無し」とて、其日の夕汐まつ舟にのせ、むかひの出雲の國におくりやる。

八百石と云舟にて、ちいさくもあらぬを、風に追す。

されどよんべの神が翅にかけしよりは遅し。

三十八里をあか時に乗わたりて、「しか%\の者おくり申」と申。

所の長が聞て、守のやかたにいそぎうたへたり。

やがてめされて、「隣のくにの守にいひおくるべし。

にくし」とて、つばき吐して、つらに吐かけたまへりき。

めしうどならねど二人に捕かこまれて、里のつぎに、追やらる。

七日と云日をへて、此ふるさとには来たりき。

目代つよくいましめて、しもと杖三十うち、家におくりかへさる。

里人追々に、「大蔵がかへりたり」と告ぐ。

母と兄よめは、「いかに/\」と云つゝ門立して待ほどなく来たる。

「生てはあらじと思ひつるに、大智大権現の御めぐみこそ有がたけれ。

」と、手をとり内に入る。

親は、見おこせしのみにて、「神にさかれて死たらんが。

、いとよかめり。

ついにはおほやけに捕はれ、首刎られ、みゝづくとなりて人に爪はじきせられ、おやにいみじき恥あたへつべし」。

兄あざ笑て、「腕こきてなど神にはさかれざる。

ひきやうなり。

親兄に首つなかけられん。

恐し。

立かへりてよろこぶ者はなし」と云。

母泣しづみて、父兄にわび言しつゝ、「物くへ、足あらへ」と云に、嫁心つかざりしとて、湯わかし足すまさせ、飯たきて「あたゝか也」とすゝむ。

「何事も此後、父兄にさかたちてすまじ」とて、犬つくばひしてわぶる。

日二日は、夜ひるたゞ臥にふしてありしが、三日といふあしたとく起出、鎌枴とりつかねて、山かせぎに兄よりさきに出たり。

兄は小男にて、かつきし薪柴いさゝか也。

大蔵が肩おもきまで荷ひかへりしは、銭にかへてあまたにぞなりける。

年くれて、としの貢納めても、大蔵がかせぎしに、銭三十貫はつみて、稲くらに櫃にをさめしかば、父はにが笑して、「よし」とほむ。

兄は「冥加なり。

猶よくせよ」と云。

母と嫁はさゝやきあひて、綿入たる布子一重かつけたり。

夜はかの宿にゆきて遊べど、酒にみだれず、博奕うたずして見をる。

若き友どち云、「隠岐の國よりかへりしは、罪ゆるされて大赦にあひたる者ぞ」。

大蔵と云名を「大しや」と呼かへて、むつまじかりき。

春ふけぬ。

れいの博奕宿に打しこりて、おひ目多くて友だち等、「是は大しやにせぬ」とて、いひつのるほどに、さすがのおに/\しき心にもまけられて、日をへだてゝえゆかず。

父はひる寝、兄は。

里をさ長に申事ありとていきし跡に、母を小手まねきして、「去年の後に心をあらためし事は、またく権現の御恵み也。

お山にのぼりて。

ゐやまひ申たてまつらん。

施物の銭たまへ。

知たる御寺にたてまつりて、『此行末をも守らせたまへ』と祈り申あつらへてん」と云。

母「よき事也。

『倉には入すな』と、兄がいましめたれど、是は見ゆるしてん。

こよ」とて、稲倉につれ立行。

「其櫃の中にみだれたる銭あり。

汝が手一つかみには事足べし」とゆるす。

櫃を開き見れば、三十貫文よくからめてつみおきしあり。

ほしく成て母に又云。

「まことは博奕にまけ、おひめかさなりて此里にはあられぬにぞ。

いづちへも立かくるゝ也。

此銭しばしたまへ。

我山かせぎしてつみたるなり。

又、山に入谷にくだりて、日毎に立走たらば此銭やがて入納むべし」とてつかみ出す。

母、「おのればくち打やまで、親をいつはるよ。

やらじ」とて、さゝへたるを片手にとらへて、櫃に投げこみふたかたくして、銭肩にかけてゆらめき出。

兄嫁見とがめて、「それをいづこへもて出る。

やらじ」と、是もさゝふるを、又、かた手にかろ%\と柴つみし中へ投やりたり。

父目さめて、「おのれ、盗人め。

」とて、枴とりて丁とうたるゝを、かた手にてとりはなち、つと門に出づ。

父、「やらじ/\」とて、背におひつきてぶらさがりたれど事ともせず。

父をうしろさまに蹴て行に、たをれてえおきぬを、兄遠くより見て枴鎌とり具して、「親を打し大罪人め。

ゆるさぬ」とて追つきたり。

鎌は地におとして枴にてうつ。

うたれてあざ笑ひ、かへり見もせず走行。

谷のかけはしある所にて、友達一人行あひ、「こはいかに。

兄も親も何者とかしてかくする」と、立むかふあいだに兄追つきたり。

二人に成しかば力足つよくふみて、兄をば谷川のふかきに蹴おとしたり。

友だちはきととらへて、「おのれが親兄か、我親兄也。

入ぬ骨ついやすか」とて、是も谷へ投おとす。

父又追つきて、「おのれ赦さじ」とて、鎌もて肩に打たてたり。

いさゝかの疵にても血あふれ出ぬ。

「子を殺す親もありよ」とて父に打かへす。

咽にたちて「あ」と叫びてたをるを、「兄とゝもに水に入たまへ」とて、かた手わざして父をも谷のふかきに落しつ。

淵ある所に、三人とも沈みてむなしく成ぬ。

さて、恐しく思なりて銭を懐にして、夷駄天走りして、行方しらず逃たり。

一里、となりの里つゞきと、大にさわぎて追とらへんとすれど、力つよく足はやく、ことに、たゞ今鬼になりてかけるには誰かは恐れん。

里正うたへ出しかば、国の守此頃くだりたまひて、都の事を思はなれず、繪にうつして、國々に触流さん」とぞ。

里正申。

「山ざとには絵かく人なんなき。

たゞかたちを書て、いひしらせたまへ」と申。

「背六尺に過、つらつき赤く黒くて、年は廿一にてなんある。

伯耆の國、清水の里にて、親の名九兵衛と云大蔵と云男なり。

親兄をころし、又一人の友をも殺したる大罪人也。

めしとらへて國にしらせたうべよ」と、触聞ゆ。

大蔵は、筑紫の博多の津のあぶれ者が中に立交り、博奕勝ほこり、酒くらひて、遊女を枕におきて、鼾吹螺の如し。

こゝにも此人かたの触聞へくるに、あぶれ者等是也と思へど、力量の者なれば立むかひてあやまたれんとて、「しか%\の触来たる。

汝が事なるべし。

はやく立去れ」と云におどろき馬して、ばくちの金百両をはだかにつかみ入て、酒のみて迯走りたり。

長崎の津にゆきて、やもめわびしげにて在。

金あたへこゝに足とゞむ。

やもめ、始こそあれおに/\しさに恐て、丸山の廓の内に物ぬいにやとはるゝ方に逃かくる。

大しや聞しりて、夜中過る比、かの家に行て、「しか%\の者は我め也。

あるじみそか事やする。

とく出せ」とて、とこへあぶれ入。

局ごとに客ありて、遊女らと酒くみて居るに、もろこし人の局してある所にをどり入、へだてのさうじも戸もかいやぶりて立はだかる。

もろこし人おそれて、「樊〓へ。

命たまへ」といふ。

「いとよき名つけたり。

ゆるすべし。

酒くまん」とて、座につく。

あるじおそれて、「もろこしの御客は大事の御客也。

ゆめ/\何事しらせたまへず。

酒のみて遊ばせよ。

もとめたまふ物ぬひは、きのふ尼になるとてこゝは出たり」と云。

「さがしもとめんも、酒のみて後にすべし」とて、大なるあはびの盃に、二ツ三ツつゞけ呑にのむ。

から人「さかなたてまつらん」とて、衣をぬぎてさゝぐ。

「おのれが着よごしたらめど、錦のきぬいまだ着ず」とて、肩にかけて立おどる。

「まことに樊〓にておはす」と、ふして云。

「よき名つきしあたひに」とて、かしら三ツ四ツつよく打て、又、さかづきとり上る。

から人「かくからきめをこよひかふむる事よ」とて、泪さめ%\となく。

「おのれも男なるべし。

うたれてなみだおとすか」とて、又、立蹴に蹴ちらして、夜明るまで狂ひをる。

夜明て人あり。

「かく/\の者の、こゝにやどるか」とて、おほやけの人々めしとらへんとて、棒もちなどして取まきたり。

はん〓大にいかり、さきに立男の棒うばひて、散々に打ちらす。

誰あひむかふばかりの力量なければ、ついにとりにがしたり。

こゝをのがれて、つくしのあいだ、こゝかしこにはひかくるゝ中に、えやみして、山あさき所ながら岩陰にふしたをれたり。

三日四日過るに、熱き心ちやゝさめたるやうに思ひて、又、物ほしくなり、夜はひ出て、「物くはせよ」とをらぶ聲恐し。

たび行人の中に大男のひとりかろ%\しく出たちて、ここを過。

見とどめて、「鬼の泣くのを見しよ」とて、こりにつめし飯とう出てあたふ。

「うゝ」とのみいひてくらふ。

この大男、「おのれは何者ぞ。

ぬす人にはあらじ。

いかでこゝに病ふしたる」。

「我は世のあぶれ物にて、酒のみ、ばくち打、すみ家定めず。

)しあるく者也。

こゝに病につながれて、やう/\人こゝちしたれど、七日ばかり物くはねば足たゝず。

いづちへもあぶれゆかれぬ也。

今たまへるめし、くひたれば足は立ぞ」とて、力足ふむ。

「あたら男也。

物くはせん。

里にこよ」とい、麓の水うまやに走下り、めし・酒ほしきまゝにあたへつれば、忽に面かはり、「御徳見つ。

何事も仕うまつらん」と云。

「よし、こよひまたで、この道くる者あり。

馬に金おふせたり。

是奪はんとて、こゝの足場よしとて来たる也。

人・馬いづれにてもおのれむかへ。

金分ちてあたへん」と云。

鬼よろこびて、「二、三人に馬・車ありとも、我立むかはん」とて、躍り上りて又酒のむ。

やう/\夕暮にちかづく。

もとの坂道に登り、もとの岩陰待ふしたり。

馬の鈴から/\と鳴。

口とるをとこ何やらんうたひつゝ来る。

馬のしりに、足軽二人附そひたり。

はん〓先にをどり出、しもと一もとぬきて聲をかけ馬の足をうつ。

馬は斃るゝを、足がろ二人「盗人め」とて、刀ぬきてむかふを、此しもと木にて二人を打たをす。

馬かた迯んとするを、大男飛出て是は谷に投おとす。

はん〓、足軽二人を両手に引さげ、岩に頭うちあて打殺したり。

馬のおひたる金箱二ツ解おろして、馬も谷へ投おとしたり。

「さてしすましたり。

こちこよ」とて、かね箱もたせて山を走くだり、海邊に出たれば、苫舟待遠に、「いかに」ととふ。

「よし」とて、飛乗り船出さす。

大男云。

「おのれはまことに力量ありて、膽ふとし。

あぶれあるくとも財宝何ばかりか得ん。

ぬすみせよ。

我に従がへ」と云。

打哂ひて、「ぬすみとて、さきの如きの事、何ばかりにもあらず。

御手につきていづこへもゆかん」とぞ。

舟は風よくて、あら波を安くこえ、「伊豫のくに」と云。

こゝに温泉あり。

「足休めん」とて、金をわかちくるゝ。

舟子三人には三百両、はん〓にも百両あたふ。

舟漕ぬす人等云。

「こゝより別れて、安藝の宮島にわたりて遊ばん。

御むかひはいつ比」と云。

「此月の末まで在らん。

よく遊びて来たれ」とて、はん〓と二人陸に上る。

湯ある所は賑はしくて人あまたやどりたり。

こゝに飲くらひしてをるに樊〓が云。

「我は親兄を殺して尋らるゝ者也。

かたちかへてん」とて、こゝより見やる山寺に行て老僧にむかひて云。

「母と二人巡礼しにわたりしを、おとつひの夜尿すとて、母は海に落たり。

もとめわづらひて御寺に参る。

かしらそりてたまへ。

故さとにかへりても兄にことばなし。

」とて、泣がほつくりて云。

僧「いとほしき物がたり也。

落髪ゆるしてん」とて、やがて剃刀さづけたり。

「名をほどこすべし」とて、「道念とよべ」と云。

「いかにも名付たまへ。

袈裟衣さづけたうべよ」とて、金二両つゝみて出す。

山僧の金見る事珍らしくて、古くとも破まよはねば是をとて、一重にとりそろへてあたふ。

肩にかけ、かけたれば、猿に物着せたるさま也。

「いと有がたし。

又、縁あらば参らん」とて、湯の宿にかへる。

大男見てわらふ。

「まだ都に出ねばしるまじ。

大津のあふ坂山に、はやくより汝がかたち写して商ふぞ」といふ。

「名は何」とゝへば、「長崎にてあぶれたりし時、から人が『はん〓よ』と云たり。

是を名とすべし。

さて、頭の名いかに」と問ふ。

「昔は、すまひとりて村雲と云たり。

人をあやまちて命のがれ、こゝかしこ力をたのみてかせぎあるくとぞ。

さて、こゝにも在べからねば」とて、又、海べに出たれば、さきの苫舟礒陰にあり。

乗うつりて播磨のしかまつへとて漕す。

風に煩らはされ、七日ばかり有て着たり。

むら雲が伯母こゝに在とて、岸に上りてとひよる。

伯母が門入するを待久しげに、「甥の殿よ。

米・ぜにほしさに、待事三十日ばかりぞ」と云。

心ゆくばかり出してくれたれば、「酒肴もとめん」とて、足かろげに出行。

こゝにも五日ばかり在て、樊〓云。

「さだめてゆくさき%\も心安からじ。

かたちかへたれば、一人す行者となりて迯かくれん」とて、笈をもとめ、錫杖つき啼し、桧木笠ふかくかづく。

むら雲云「おのれが背たかきは、おのれ不幸也。

海道ゆくな。

目あかし等が見とがむべし。

野山にまよひ入て、先東国にこゝろざせ。

国ひろく人の心たけくてわろ者多し。

中に入てあぶれあるけ」と教ふ。

「承りぬ」とて、笈かろげに足ばやに出たり。

「やよまて。

因幡ねずみに伯耆猫、國ことば聞とがめられな」と云。

「親兄のめぐみ、しかまであらば殺さじ。

まことの親也」といふ。

「おのれを子に持たらば、いかにからきめ見せん。

恐し/\」とわらひて別る。

播磨は故さとに行かふ道ときけば心安からず。

たゞ山によりてぞ、あゆむ/\。

一日行暮たり。

孤屋のあるに門立して、「法師也。

一夜やどらせよ」と乞。

うばら一人、夕げの烟たきほこらせたり。

「國めぐりする御僧よ。

あすはさいたちし人の忌日也。

たのうでもお宿まいらせん。

うち入せよ」とぞ。

心やりて笈おろし牀に這上れば、「ひし/\」と鳴。

「あな恐し。

簀子ふみぬきたまふな」とて、ゐろりによらす。

月出たり。

門あか/\と見はるかさる。

二人つれ立て、こゝに入て「内にはあらぬか」と一人のいふ。

「柴賣に惣のやしろへ行たり。

やがては帰らん」と云ほどに足おとして、「母よ、腹うえたり。

夕めしくはせ」とて、入立たり。

「この僧はいづくより」ととふ。

爺の日なり。

『念佛申て給はれ』とて、宿参らせたり」とて、鍋のふたとりて盛てあたふは飯ならず。

芋のかしら也。

「僧にも是まいれ。

米麦あすは煮て供養供養すべし」と云。

二人の男の一人が云。

「この家に久しく持つたへし金と云物、この人にかたりたれば、我見ていかばかりの寳と定めてんとて伴ひたり。

出して見せよ」と云。

あるじの男、神まつる棚をさぐりて金一両とり出たり。

商人見て、「是はあたら宝也。

此国にて銭三貫文のあたい也。

大阪へ持てゆかば五貫文にかふべし。

四貫文に我買ん。

又、銭ほしからずは綿あたゝかなる布子にかへてん」と云。

うばら頭打ふりて、「いな、さい立し人の『姫路にもてゆかば七貫文にはかふぞ』と申されたり。

銭も布子もほしからず」とて、もとの神棚へ取をさむ。

はん〓にくしと思ひて、「いなや、城下にてはいづこにても十貫文にかふ。

至てかろくてよき寳也。

こゝにも有」とて、数十両つかみ出して見する。

あき人あきれて、「國めぐりするお僧にも、かく財宝多くもたる人はあれ」とて、口あきて、「いざ」とてさそひ出ぬ。

あしたの御くやうに米かふてこよ」といへば、「う」とこたふまゝに立出つ。

芋かしらに茶こふ/\と飲て、夜更しにむす子米かついでかへりたり。

氷豆麩・ゆば・椎たけとゝのへて来たり。

「社にて物かふ問屋が店に、人たづぬる書つけよみて聞せたり。

『伯岐の国の何とか云里の者、親兄をころして迯さりぬ。

背六尺より高く、面ひろく黒くて。

眼つきおそろし。

年は廿二か三になる』といふ。

さても世には悪人もある者よ。

いづくに隠れん。

やがて捕へられ、逆はりつけとかに行はるゝべし。

御僧のかたちよく似たり」と云。

打わらひて、「我も西より巡り来る所々にて聞たり。

この世にてはさかはりつけ、未来はやうちんとか云地獄の底に落べし。

あないま/\し。

南無阿弥陀佛/\」と、高らかにとなふ。

其やうちんと云はいかなる苦しみをうくるぞとむすこが問。

「火打石の火よく出る金にて鍛ひし釜也。

それに幾とせも煮られて釜こげうましと鬼めがくふ。

くへどつきず。

いたきめにあふ。

ぢごく也。

こゝのむす子はよき人也。

其子にころされし親兄も鬼にてこそありつらめ」と打わらふ。

あしたの斎の飯うまくくひて、笈かろげに出たちて行。

「さてもおそろし/\」とて、山路をつたひ難波にでたり。

人多く立走りて心安からず、京に行。

「こゝは物しづかなれど、目あかしと云者等が見とがむる也。

また、年経て上りて見ん。

こしの国は雪に埋れて春まつと也。

さる所にて今年は暮ん」とて出たつ。

荒乳山の関路こえ行く。

月あかく、雪いさゝかなれど、木末にふりかゝりておもしろし。

こは行手に、岩に腰かたげたる小男ありて、『巡礼よ、路用の金有べし。

おきてゆけ」と云ふ。

うしろにも人ありて、笈をしかとゝらへ、「この坊主めは金多く持たるぞ」とてゆるさぬつらつき也。

笈ときおろして、『金あまたあり。

とらばとれ」とて、岩の左にこしかけ、火切出して烟くゆらす。

「さてもふとき奴也」と云つゝ、笈のかねかぞえて見れば八十両あり。

「分ちてとれ。

子供等に花もたせつるよ」とて、あざわらひをる。

「にくき奴かな」とて、一人が立むかへば、立蹴にけてあをむきに倒る。

一人がすさかさず手とりたるを、稚子の如くに抱きすゑ、「おのれ等ぬすみするとて、力量なくてはいかに命長からん。

我につきてかせげ。

この金ばかり常に得させん」と云。

又云「ふ」『小男めは小猿と呼ん。

おのれはこよひの夜に釜ぬかれたつき也。

月夜と名づくべし。

思ふ心ありて、この冬は雪にこもりて遊ばん。

よき所につれゆけ」といふ。

加賀の国に入れて山中と云は、湯あみしに春かけて人あつまる。

「こゝにやどりて雪見たまへ」と云。

しるべさせてやどりとる。

湯のあるじ、「此二人は盗人也」と見知しかど、法師のをさなき者呼つかうやうにするをたのまれてとゞむ。

物おどりきせさせず法師いとゞたのもし。

雪は日毎にふる。

「ことしの雪いと深し」ちて、湯あみ等かたりあふ。

山寺の僧の匏簫もて来て吹てあそぶ。

樊〓面しろく聞て、「をしへたまはんや」と云。

僧喜びて、「よき友設たり」とて、喜春楽と云教ふ。

うまれつきて拍子よく節に叶ひ咽ふとければ、笙のね高し。

僧よろこびて、「修行者は妙音天の鬼にてあらはれたまんや」。

はん〓云。

「天女のつかはしめに我ごとき鬼ありし」とて、打笑ふありさまたゞならず、『面しろき冬ごもり也。

されど寺に一たびかへりて、春の事ども設して又こん。

今一曲を」といへば、「いな一曲にて心たりぬ。

おほく覚んは煩はし」とて習わず。

「春は必ず山に来たりたまへ。

あたら妙音ぼさつなり」とて、出たつ。

月夜に「御送りつかまつれ。

一曲の御礼に」とて、判金一枚つゝみに書つけてまいらす。

いと思かけぬ宝を得て山にかへる。

湯の中にも笛もて行て、さゝげて吹く

『雪おほし」とて、人皆いぬる。

さぶしくなりて、又、「いづちにも賑はしき所やある」と問えば、「粟津と云所にも湯わく。

加賀の城市ちかければ、あるじに心ゆかせて、物あたへ立出づ。

こゝにも国のあまた来て、にぎはしさは勝りたり。

れいの喜春楽、夜昼ふきて遊ぶ。

城市の人、「さても/\妙音也。

たゞ一曲にとゞまりたまふ、又妙也。

我はよこ笛吹」とて、とり出てふき合す。

「節よく、音高く、いまだかゝるを聞ず。

我宿にも十二夜やどりてよ」とて、あした迎ひの人来たる。

ゆきて見れば、高くひろく作りて富たる人なるべし。

小猿よく見とゞけおけ。

この家も宝あづけたるぞ」とて、奥の方へいざなはれたり。

箴栗ふく友も来て、幾たびも/\吹あわせて、「法師は一向宗にやおはす。

湯本にてきらひなく物まいるを見し」とて、いろ/\すゝむ。

酔ほこり笙とり出てふく。

「一向宗の一向一心に、一曲の妙得たまへり」とて、幾たびも倦ず感じ入りたり。

む月過て、二月の三日と云より、こゝ立て、「能登の浦めぐり、いと寒しと聞く。

さし出の磯の千鳥の声、八千代と鳴きをきゝて、この中の国のみ山の地獄見ん」とて、のぼる/\。

いと高し。

雪まだ深くて、「地獄はいづこぞ」と、二人のをとこ等に問ふ。

「おそろしさに、ついに見ず」と云。

足にまかせ、谷峯こえてめぐる/\。

あやしき事なし。

「いつはりとは聞しかど」とて、岩の雪はらひてやすむあいだに、影のやうなる者、二三人我前に来て、うらめしげ也。

「餓鬼ならめ。

物くはせん」とて、腰に付きたるを皆打払てあたふ。

あつまりくらひてうれしげなる中に、笙とり出て高ねきたれば、おどろきてかきけちたり。

「立山禅定のかいあり」とて、山をくだる。

しん堂川の舟橋、雪解にもわたりあり。

珍しくて、川の中央に立て立山よりみやるに、大なる木の根こじにて、流くだるが舟はくに打ちよせたり。

「よき杖えたり」とて、やすく取上げて、橋の上つきならしこゆ。

「これより大津のうき島見ん」とて、行手に、村雲に行あひたり。

「いかに/\」と、かたみに云。

「船のすまひをさぐられて、疵つきたれど命はのがれたり。

此北越に冬ごもりして、山中に湯あみし、手足ゆるびたれば、又出たちし也」。

「おのれ等は麓に宿とりて待て」とて、むら雲と二人のぼり行く、いたれば大なる沢に水鳥鳴きあそぶ中を、うかれて島二つたゞよひたり。

又此岸よりもたゞ今と見るを、焚桧引とゞめて、「いざ乗れ。

浮て遊ばん」と云。

村雲飛のるをちからにまかせて出したり。

「いかにするぞ」といへどこたへず。

笙とり出て、喜春楽高く吹遊ぶ中、「いかに/\」といへどこたえず。

打わらひて立行。

あしたの朝戸出に、村雲行合いたり。

「おのれ、恩しらずめ。

命得させ、金百両あたへしには、『親ともたのみつる』と云しを忘れ、我を水上に離ちたる、ゆるすまじきを、今は思ふ所あれば」とて、つれ立行。

城府に出たり。

「これはなにがし殿の領したまひて、いと国豊かにて人多し。

此家は、即富たり。

『北陸道には並びなし』と云」と、月夜にかたる。

石高く積し白壁きら/\しく、門たかく見入れ杳也。

焚桧云、「我盗人と成ていまだ物とりたる事なし。

こよひ、此家に入て試みん」とて、かなたこなたよく見めぐりて、酒肆に入、「酒あたゝめよ。

四人が中に一斗買ん」と、先金とり出てあたへたり。

あるじいとおどろきつれど、価くれつれば、いふまゝにあたゝめてよはす。

「さか菜は」問へば、「山の物あり」とて、兎猪の宍むらあぶりて出す。

飽までのみくらふほどに日入ぬ。

「いざ」とて、又かの家めざして行。

昼見しよりは、月の光に高くきら/\しく、「いづちより」とてはかりあふ。

樊〓云。

「あの見るは、金納めたる蔵ならめ。

軒をはかなれしかど、廊めぐらせてかよふと見ゆ。

小猿、おのれぞ身かろし。

こゝにこよ」といひて、高塀のもとに立て、小猿を肩にのぼらせ、内より垂たる松の枝にとりつかせたり。

「枝つたひして庭に下り、此犬門ひらけ」と教ふ。

をしへのまゝに庭におりて、犬門ひらかんとすれど、「二重に戸さし、黒金の鎖したゝかにて、明がたし」と内よりいふ。

「石も人の積み、鎖も人の手しておろしたる物ぞ。

おのれ等は盗人と名のりて、落ちこぼれたる物のみ拾ふか。

月夜おのれも、松の枝よりくだりて、小猿めに力をそへよ」とて、又是も肩にのぼらせ、しづ枝によりつかせて、内に入たり。

さて二人の者の力足らで、鎖あくる事えせず。

時なかば過ぎれば、樊〓いかりて、つみたる石垣の中に大なるが、土のすこしこぼれしひまに手入れて、「えい」と一声かけてぬきたり。

「村雲、あとより入れ」と云て、こゝよりはひ入る。

かの金蔵とおぼしきは、実によくしかまへて、「いづこより、いかんせん」と思ふ。

しばしありて、「思ひめぐらせし」とて、廊の柱よりとりつきのぼりて、この屋根の軒より、鳥獣の飛如くに蔵のやねにうつりたり。

上より、「おのれ等二人も柱より上がり来たれ。

ここにはえうつらじ。

此錫杖に取り付け」とて、さしおろす。

二人もぬす人なれば、身かろくて廊のやねにのぼり、錫杖をたよりにて引上られたり。

瓦四五枚とりすてゝ、屋の元つかたに木に打たる板、紙破る如く引放ちて、「人入べからず。かへれ」とて、二人をかいつかみて投おろす。

夜更て、物の音おどろ/\しけれど、人の寝たる所には遠くて、驚きおきも来ず。

上より火切て繩につけ、又ほり入たり。

二人の者見めぐるにまことに金蔵也。

二階よりはし子くだりてみれば、金銀入たる箱、あまたつみかさねたり。

「金こそ」とて、一箱二箱肩にかけて、二階に上りたれど、「いかにせん」と云。

はん〓「そのあたりに繩などはなきや」といふ。

見れば、苧綱の太きをつかね置たり。

「是あり」と云。

「それをおのれ等が中に一人、よくおのが身によくからみつけて、月夜はし子を二かいへ引き上させ、是を壁つひたてはひのぼる。

「今すこし也」とて、心いるを、又、錫杖をさしのべて引上たり。

「此綱をたよりにくゝり上よ」とて、月夜にいふ。

「こころえし」とて、箱二つをよくからめて、「いざ」といふ。

はん〓つるべに水くむが如く、いと安げに引き上たり。

 明けて見るに、二つに二千両納めたり。

月夜も、又一つ上て、このたびは綱にからめて、蔵より釣おろす。

むら雲おりあひて取おろす。

さて、二人の者らを、また廊のやねにわたし、我は気をいりてや、蔵のやねより飛たり。

いさゝかも疵つかで金箱荷はせて、石垣の穴より四人がはひ出て云。

「はん〓の御はたらき、いく度も修し得たるに似たり」とて、この箱の金とり出て、村雲に云。

「ひや飯くはせ、金百両あたへし恩を、いかめしく『命得させし』といふよ。百両はもとより、冷飯の価ともに千両とれ。二人の者は五百両とれ。我は五百両を得ん」とて、をしげなきにむら雲はじめて伏したり。

 夜は里はなれて明たり。

はん〓云。

「四人つれたらん事、見とがめてん。おのれらは江戸に出よ。むら雲はいかに」と問ふ。「津軽の果まだ見ず。いざ」といへば、「我もしかこそ思ふ」とて、酒店に入て、別の盃めぐらす。

はん〓酔ぐるひして、「つたえ聞、から人は別に柳条を折とや。さらば」とて、この川に老たる柳の木を、「えい」と声かけてむきとりたり。

「さていかにする事ぞ。しらず」とて、大道に投すてたり。

酒屋のあるじ、恐れて物いはず。

おくまで飲きひして、二人は江戸にと志す。

村雲、千両の金とり納めん、今は恥ありとて、「半をかへさん」といへば、「多く得てせん。ぬすみはいとやすき者也。飢ばくらはん。むなしくは人の宝とらん。数多くは煩らはし」とて納めず。

共にわら苞にして、背におひて行く。

 日やう/\暮なん、やどるべき里なし。

丘の上に、いと貧しげなる寺院あり。

行てやどり乞。

わかき病僧にて、「こゝには人やどりたり。あたふべき食なし。二十丁あゆめ。よき駅あり」と云。

「くらはずともよし。寝ずもあらん。しらぬ道にまよはんよりは、一夜かせよ」とて、おし入て見れば、破たるさうじの奥にやどりたる人ありや。しは吹聞ゆ。小者一人外よりかへりたり。

「米もとめこし」とて、岱おろす。

二人が云。

「この米価たかく買ん。売れ」とて、金一ひら投出す。

「いな是は客人の米なり。このあたいもあたらず。

汝たち一人ゆきて駅に出て買こよ。

此米もこの主のとりに走らせしぞ」と云。

聞わきて牀にのぼり、へだて明やりて見たれば、五十余のよはひの武士也。

打わらひて、

「二人はいとすくやかなる人々なり。こゝに居たまへ。

夜すがら物がたりり聞ん。

あるじは我甥子也。

常に病ひして心よわし。

飯たく事は我小者がせん。わかちてくらはん。べちになもとめそ」とて、心よしの詞に落ゐて、烟くゆらせ湯のみ物かたりす。

武士云。

「お僧はいともたけ%\しく、眼つきおそろし。大男はいかなるにや。ひたいに刀疵二ところ見ゆ。米の価わづかに金一両出されたるは、富貴の人の旅ゆくにもあらず。心はやりてばくち打、又、盗みしてあぶれあるくか」と問ふ。

村雲答。

「ぬす人也。よんべ幸ひ得て、金あまたのわらつとにあり。

多きも煩はしとて、いかでつかい棄んとす」と云。

「しか見たりき。男つき僧がら、寔に悪徒とこそ見ゆれ。

命は塵灰にあぶれあるく。

乱たる世にてあらば、豪傑の名とり、国を奪ひて敵をおそれしめん。

いさまし」と云。

はん〓云。「ぬす人とても命は惜しきぞ。財宝は得やすく命はたもちがたし。百年の寿を盗む術しりたらば教へよ」とぞ。

武士わらふ/\、「財宝かすめられたらん者のうらみなからんやは。おほやけにはしかる者捕らへんとて備へたり。

人をも殺し盗あまたして、むくひの命百年と云事あるべからず。

われき[く]、『盗人は罪をしりて、良民にはえ立かへらで、わかきほどに罪正されん事を覚悟よくす』とぞ。

汝達は是に異なるか。乱世の英雄なり。

されど治世久しければ、盗賊の罪科に処せられん。

やめたりとも大罪ならばついにとらへらるべし。

あだ口いひて戯るか」と云。

はん〓にらみつけて、

「力身に余りたり。すでにもえとらへざりし事、度々ぞ。

天命長くば、罪ありとものがれん」と云。

むら雲が云。

「老たる人也。念仏申て極楽参りねがふべし。此主僧もおい子と聞けば、一子九族生天とやらのこぼれ幸ひ得んとて、こゝにもやどりて念仏せらるゝよ」とて、嘲けりわらふ。

「老たりとも武士なり。

君につかへて忠誠の外に願ひなし。

寿も天命にまかせて、長くとも短くともいかにせん。

百年の寿をねがひて、こゝかしこと逃かくれ、安き地なくば夭亡の人に同じ」とぞ。

 樊〓「物争ひして無やく也。君に忠信の人の心がけを見ん」とて、面うたんとて手ふりあぐ。

えかたで引たをされたり。

「さては腕こきぞ」とて起上りて、立蹴にけらんとす。

足をとらへて、このたびは横さまに投て、「えい」と声して、腋骨つよく当たり。

あてられてえおきず。

むら雲立代り錫杖にてうたんとす。

打はづして右手をとられ動かせず。

「おのれが面の刀疵、ニところあるは度々からきめにあひたる無術のぬす人也。

此手はなちて見よ。おほやけには我如き人あまたありて、やすくとらへらるべし」とて、是も突たをす。手しびれたるにや、又え打ず。

はん〓うめき出て、

「骨折れたり。にくき奴ぞ」とて、いかり声すれど力つきたり。

武士打笑ひて、「いで夕食出来たりとぞ。くはせん」とて、

はん〓を引おこし、背より「う」といふて蹴たれば、やう/\起なをりたり。

村雲は「手の筋たがひし」とて、つぶやきをる。

是もとらへていかにかする。

いたくおぼえし跡は常になほりたり。

小者・主僧、手に夕めしはこび出づ。

「おのれらには一椀づゝあたへん。牢獄の内を思ひしれ」とて、たかく盛たる飯、一わんづゝくれたり。

口をしければくはず。

さて、夜ふけて寝牀わかちてふす。

あした起出たれば、「是いたむ所へはれ」とて、薬あたへたり。

「是は有がたし」とて、おの/\いたゞきて張る。

武士はあさげくひて立行んに、

「此者共よ。主僧わかけれど病ひにつかれたる人也。

武士の子なれば、術あれどかくしつゝみてせずぞあらん。

いたみよくば一礼して、とくゆけ」とて、門に出づ。

主僧おくり出て、

「あの盗人等は篭の鳥に似たり。

病つかれしかど手いたくせば、又骨たがへさせんものぞ。

心安くおぼして出たまへ」と云。

眼のたゞならずと見[る]に、やう/\昼かたぶきて飯の湯のにごりあたへられ、さきに出せし金一両をやどの代に出すれば、

「盗みし金を法師の納めんやは」とて、目もおくらずして囲炉に柴くゆらせたり。

おそろしくなりて物もいはで出ぬ。

さて村雲が云。

「何となく海を上りてこのかたは心おくれたり。

本国に信濃にかへりて養なはん。

江戸はすまひのむかしに見しられたれば危し」とて、

こゝに手をわかつ。樊〓も心さびしげに、

「今はひとり奥羽のはて見んともなし。

江戸に出て遊ばん」とて、又をちぎりて行。

江戸に出しかど、れいの人あまた立つどふ所は心ゆかず。

一日、雨いさゝか打そゝぐに、浅草寺に心ざして来たれば、けふといへども静ならず。

あじろ笠深くかゞふりて、酒店に心ゆかぬほどに酔て、神鳴門に入たれば何事か人立さうどく。

「盗人よ」とて、口々にいふ。

「小猿・月夜等がこゝに危きや」といきて見れば、はた二人が手に血つきて、おのれらも刀打ふりたゝかふ也。

若きさむらひ五六人が中に取かこみて、此五六人もいさゝかづつ疵かうむ[り]たり。

市人寺院の内よりも、男ども棒とり%\に追とり巻。

「不便也。助けえさせん」とて、人おし分て、

「これはいかなる喧嘩ぞ」とて、

しらぬ顔に問へば、

「あの二人の盗人め。酒にゑひて若さむらひ達の懐をさぐりとりしを見あらはされ、屋しきへつれいきて殺さんとおしやる。

のがれんとてぬき刀して一人に疵つけたり。

皆一つれにておはせば、かく血にまみれて互に打あふ也」と云。

「さらば」とて、ちかくより、「今はたがひに無やくのたゝかひ也。あつかはん」と云。

小猿・月夜は力を得て、刀ぬきたるをかまへて樹下に立。

侍等、「いな、かく我々も疵つきしかば帰るべき道無し。

かれら首にしてかへり主の君にわびん。

あつかひ言して法師も命損すな」とて聞入べくもあらず。

「首は渠等が物也。ぬすみし物だにわきまへなば助けてとらせ。

立まひあしくて盗人に疵つけられたるはおの/\不幸の事也。聞入ずば」とて、

錫杖とりて二三人を一度に打倒す。

「すは、ぬす人のかしら来たるは」とて、

群がり逃るもあり。

「打たをせ」「打ころせ」とて、

棒はしの原よりしげし。

「おのれ等眼なきか。

我は修行者也。事聞分て人の命失なはせぬを、心なく云は共に打ちらさん」とて、

錫杖に前にたつ七八人をうつほどに

「あ」と叫んで、皆打たをる。

さむらひは今はうろたへて、逃ゆくまゝにして、

「二人の者らこよ」とて、

腋にはさみて飛かけりゆく。

人声のみさわがしくて追もこず。

広き所へつれ行て、血をふき顔手足洗はせて取つくろひ、

物だにいはせずして走りかけり行。

江戸をはなれて見れば金つゝみし苞はなし。

「おとせしにと思へど、かへりても得られまじ。

おのれ等に損見る事、得させしも有まじ」と問へば、

「博奕にまけ、遊所に酒の価に蒔つくしたれば、けふはかの侍がふところの物とりてこゝにあり。

金あるまじけれど酒代ばかりは」とて、見れば、わづかに金一分あり。

是にて、又酒かひ、ふぐと汁くひあきて、

「江戸には出がたし」とて、東をさして行く。

下野の那須野の原に日入たり。

小猿・月夜云。

「此野は道ちまたにて、くらき夜にはまよふ事、既にありき。

こゝにしばらく休みたまへ。

あなひ見てこん」とて、走りゆく。

「殺生石とて毒あり」と云石の垣のくづれたるに火切てたきほこらしをる。

僧一人来たる。

目もおとさで過るさまにくし。

「法師よ。物あらばくはせよ。

旅費あらばおきてゆけ。

むなしくは通さじ」と云。

法し立とゞまりて、「こゝに金一分あり。とらせん。くふ物はもたず」とて、

はだか金を樊〓が手にわたして、かへりもせず、行。

「行さきにて若き者等二人立べし。

『はん〓にあひて物おくりし』といふて過よ」と云。

「応」とこたへて、足しづかにあゆみたり。

片時にはまだならじと思ふに、僧立かへりて、

「はん〓おはすか。我発心のはじめよりいつはり云ざるに、

ふと物をしくて今一分のこしたる心清からず。

是をもあたふぞ」とて、取あたふ。

手にすゑしかば、只心さむくなりて、

「かく直き法師あり。我親兄をころし、多くの人を損ひ、

盗して世にある事あさまし/\」と、しきりに思ひなりて、

法師にむかひ、

「御徳に心あらたまり、今は御弟子となり、行ひの道に入ん」と云。

法師感じて、「いとよし。こよ」とて、つれだち行。

小さる・月夜出きたる。

「おのれ等いづこにも走り、いかにもなれ。

我はこの法しの弟子と成て修業せん。

襟もとの虱、身につくまじ。

又あふまじきぞ」とて、目おこせて別れゆく。

「無やくの子供等は捨よかし。

懴悔行々聞ん」とて、さきに立たり。

 この物がたりは、みちのくに古寺の大和尚八十よのよはひして、

「けふ終らん」とて、湯あみし衣あらため、倚子に坐し目を閉て仏名をさへとなへず。

侍者・客僧等すゝみて申。

「いとたふとし、遺偈一章しめしたまへ」と申。

「遺偈と云は皆いつわり也。まことの事かたりて命終らん。

我ははうきの国にうまれて、しか%\の悪徒なりし。

ふと思ひ入て今日にいたる。

釈迦・達磨も我もひとつ心にて曇りはなきぞ」とて死たりとぞ。

「心をさむれば誰も仏心也。放てば妖魔」とは、此はん〓の事なりけり。

〔天理巻子本〕

むかしに、頼朝卿こそ忠誠なりしとおもふ。

皇朝のおとろへを悲しみて、父の仇とゝもに面ある平氏を□られし事在たりかし。

この卿も多欲にて、又よく謀りて、海内の総追補使といふ名と申くだして、ついに王城を乱す事、平氏に過たり。

才智ありて、大納言右大将にとゞまりしは、西土にて曹操が、帝とさしはさみなる宰臣までおわりしとひとつ也。

其子の曹丕は愚にて一つにうばい代る。

又骨肉にも、才あるはせまりて、七歩の詩に名をとらしむは拙なり、短なり。

曹丕かくの如く愚なりしかば、司馬に又かはらる。

この代々のみだれ、心ある者はうらみもし、にくむもして、〓{禾+尤↓山}康か徒の、大虚に心を捨はじむるは、高きに似て放なり。

頼ともよくはかりてすゝまず。

其子より家は愚にして、病に死ぬる。

政子、貞節を守りて尼となり垂簾のまつり事と諸臣とはかる。

諸臣の中に色あるは、ひそかに招れて、内乱ありし也。

あまさへ、酒に酔みだれて、実子の実朝をいだく。

さね朝才ありし、是にはかり事なし。

母にいだかれて、此愛に、父よりすゝみて右大臣に昇るが、又義時は美男也。

尼子めせとも来たらず。

是は義時がふかき心あることなり。

ついに奸して、又、さねともとあしくて代んとて、若僧に仇打とおふせて鶴が岡に弑逆せしむ。

其夜はとみに病ありとて、供奉を辞して兵士十人をすぐ[はか]りてしのび成たり。

公暁に力をそへて、又公暁を罪科にす。

よし時ついにひとり尼君とよし。

尼又秩父が大男にて、実体のかたもよしとてめすとも来たらざるとしりて、「実朝の弑逆につきてはかり事あらん[にせん]」とて、夜めす。

重忠いんぎんにいたる。

其夜雪ふりたり。

「この所にては事のもれん」とて、庭中の亭に雪をふんであゆみたまへり。

重忠かしこまりてあとにつく。

亭のひろさ、わづかに八席石灰爐に炎々たり。

尼公に座してちかくとめす。

重忠膝行していたる。

うしろより女ばらとりつきて、もん烏帽子をうばふ。

是はとおどろく中に、素袍の袖爾火つき多りあわやとてけさんとす。

一女ひもとをとりて帯ども切て、ついに衣服をうばへり。

尼も又前はだかになりて重たゞに組む。

くまれていかにせんと思ふうちに、陽精のうごき出て、ついに徹夜のたのしみをなせり。

さて、後にはめせども来たらず。

故に事によせて家を亡ぼさしむ。

実朝の事は内簾の坊門の娘のしりたれど、あらわすべきにあらねば、しくみてへしに弑逆にあひしを、時と處とそぎて、終にかへり、朱ざか野の八条に庵を結びて行いすませり。

後に六孫王の廟所とたてしかば、尼寺と云名今につたへたり。

社僧真言にて、婦人たるもの以外をかぎりとす。

尼将軍の好色にふかき、俗間に色気ちがいといふは是也。

北条の代々、時泰時より等実に似てつたなく、太平なくす。

ついに、高時にいたりて亡ぶは、九代の冥福のみ。

後だいごの内謀あらわれし、冷泉卿にとのとかまくらに捕へて事問ふ。

哥よまれたり。

「おもひきや我しき島の道ならでうき世の事をとはるべしとは」高時感伏していかしたり。

この哥なにごゝろぞや。

□□は哥によりて官位と申也。

我しき島の道さらずは聞へず。

又「うき世の事」とはいかに/\。

朝臣の朝政をとはるゝをや僧人ならばしかよむべし。

高時の暗愚、天下を失ふべし。

哥は堂上の事としてたまふを、もらして北条に告やりし者有しかば、其まこと譌をしりたる人々を責問る中に、れんぜい殿を捕へてくだせしに、「あからさまに申されよ」と問れて、「おもひきや我しき島の道ならでうき世の事をとはるべしとは」と答へ給しに、ゆるして京にかへせしとぞ。

この歌の心いかにぞや。

朝庭の官位、高きも低きも世外の事にはあづからじものを、此こころをえとかめずして、ことわり也と思へりしは、家ほろぶべきものよ。

同じ時の、六波羅陥され[せ]ては、千はや責の大将こと/\く召とられて、六条河原にて、ならびて首を刎らるゝ

へにて空しく成たり」と人告たれど、一族たれも/\「にくし」とて問もゆかず。

五蔵法師は父なれば舟のたよりもとめて行。

死がらもとめて又舟にのせて庵にかへり、是も冢ならべてつきたれど、宗が墓は改葬といふ事して、すこし隔て祭りたり。

よろづに心ゆきて行ふ。

「かの親が鬼也」とて人皆いふ。

「いな、おやに似ぬは五僧法師こそ鬼子なれ」とて、鬼律師と名よびしとぞかたりつたへたりけり。

たまひぬ。

いかにしてと問へば、「よんべはしか事にて、酔ぐるひのあまりに、捨いしめとたはれたまひて、きのふ渠にくれたまひし劔のぬけ走りて、石わが高もゝにあやまちし。

其血飛ちり[はしり]て御面にまみれ、衣にもぬれ/\とつきたり」とかたる。

くすし等云。

「御供にありて、始をはりよくしりたまふ事は、たがふ事有まじ。

されどおのれ等がうかゝひたる時は、病にてこそあれ、いき絶ておはす。

国の守へしかうたへ出申さん」と申す。

ことわりなれば、「いづれもうたへたまへ。

我は本よりぞ」とて、姉に、「御かたはらにはなれ給ふな」と示してつれだちゆく。

守訴へどもを聞て、「事明らかに似て、捨いし病ならば、など、兄弟が夜すがら、夜明て」

くすしら申す。

「病は中風の一症に、卒倒して鼾を吹寝たるまゝに死ぬる者あり。顔は血洗ひて見たればいさゝかも疵なし。

たゞ病にて候」と申。

守聞入ず。

「長者が家高ければ、くす師らかよくいふ事も有べし。

目代つかはれば、肥ふとりしも、おとろへ、足たゝず。

「誰かたづねこしよとて見れば、わ子にてこそおはせ。

長者が死たまへるは病なるを、我しわざといひふるゝに、心もなくて迯はしり、御家の為あしゝと聞たり。

こゝにたづね来たまふは、仇打せんとなかへし。

生てかいなき命也。

首とりて、國の守に見せまつりたまへ。

この山の道ほり通せし功力にて今は極楽にうまれたりしよ」と、「主の御ため[館]にはいかにも成なん」と申。

小傳二云、「此山の大功力の事聞て、父が手向の供養にもやすると思ひて、仇うちもとよりすべきことわりなし。

召捕へて守に引つれ行、ありのまゝに申させて、命たすけ、我も家おこさんとて出しかど、もし愚なる者から、仇打するかと力だてせんには」とて、「習ひ得たる術見よ」とて、大なる石の岸に立たるをつとよりて蹴たれば、谷の底に毬の如くにころび落たり。

又、枯木の大なるが立たるを、刀ぬきて丁と切れば、やすく倒れぬ。

又、弓取出て、空ゆく鴈ふたつひようと引はなちたれば、つらなりて地に落たり。

鬼法師おどろきて、目口はたけ、手を「我足立たりとも、わ子には何の苦もなく首とられむ。

かくまでも習得させ給ふものか。

昔牛若殿の五條の橋の千人斬と云も、わ子にあひたらば弁慶どのよりさきにうたれたまはんよ」とて、稚きことのみいひてありがたがる。

「汝、もし力量にて我にむかはゞ、

歌のほまれ附宮木冢

山部の赤人の、「わかの浦に汐満くればかたを無み芦べをさしてたづ鳴わたる」と云歌は、人丸の「ほの/\とあかしの浦の朝霧」にならべて、哥のちゝ母のやうにいひつたへたりけり。

此時のみかどは、聖武天皇にておはしませしが、筑紫に廣継が反逆せしかば、都に内応の者あらんかとて、恐たまひ、巡幸と呼せて、伊賀・伊勢・志摩の国、尾張・三河の國々に行めぐらせたまふ時に、いせの三重郡阿虞の浦にてよませしおほん、「妹に恋ふあごの松原見わたせば汐干の潟にたづ啼わたる」又、この巡幸に遠く備へありて、舎人あまたみさきに立て、見巡る中に、高市の黒人が尾張の愛智郡の浦べに立てよみける、「桜田へたづ鳴わたるあゆちかた汐ひのかたにたづなき渡る」是等は同じ帝につかうまつりて、おほんを犯すべきに非ず。

むかしの人はたゞ打見るまゝをよみ出せしか、さきの人のしかよみしともしらでいひし者也。

赤人の哥は紀の国に行幸の御供つかふまつりてよみしなるべし。

さるは、同じ事いひしとてとがむる人もあらず。

浦山のたゝずまひ、花鳥の見るまさめによみし、其けしき絵に写し得がたしとて、めでゝはよみし也。

又、おなじ萬葉集に、よみ人しれぬ哥、「難波がた汐干にたちてみわたせば淡路の島[に]へたづ鳴わたる」是亦同じ心なり。

いにしへの人のこゝろ直くて、人のうた犯すと云事なく、思ひは述たるもの也。

歌よむはおのが心のまゝに、又、浦山のたゝずまひ、花鳥のいろねいつたがふべきに非ず。

たゞ/\あはれと思ふ事は、すなほによみたる。

是をなんまことの道とは、歌をいふべかりける。

宮木が塚本州川邊こほり、神ざきの津は、むかしより古き物がたりのつたへある所也。

難波戸に入る船の、又山崎のつくし衛に荷をわかちて運ぶに、風あらければ、こゝに船とめて日を過す。

その又昔は、猪名のみなとゝ呼し所也けり。

此岸より北は河邊郡とよぶ。

是はゐなの川邊と云べければ、猪奈郡と名付べかんめるを、「すべて国・郡・里の名、よき字二字をえらめ」めと勅有しによりて、言をつゞめ、又ことを延ては名づけたるに、大かたはよしと思へる中に、かくおろそげなるも有けり。

此泊りに日をへる船長・商人等、岸に上りて、酒うる家に入て、遊びに酌とらせ、たはれ興ぜし也。

何がしの長が許に、宮木と云遊びめは、色かたちより心ざまたかく、立まひ、哥よみて、人の心をなぐさむと云。

されど多くの人にはむかへられず、昆陽野の郷に富たる人あり。

是がながめ草にして、ほかに行事をゆるさず。

此こや野の人は、河守十太兵衛と云て、津の国の此あたりにては、並び無きほまれの家也けり。

年いまだ廿四にて、かたちよく、立ふるまひ静に、文よむ事を専に、詩作りて、都の博士たちに行交はりて、上手の名とりたる也。

此宮木が色よきに目とゞめて、しば/\かよひしほどに、今はおもひ者にして、外の人にはあはせずぞありける。

宮材も「この君の外には酌とらじ」とて、いとよくつかへたり。

十太は黄がねにかへてんとて、よく云入たるに、「いとかたじけなし。

人には見えじ」とて、長はうべなひぬ。

宮木が父は、都の何がし殿と云し納言の君也しかば、さゝかの罪かうぶりて、司解け、ついに庶人にくだされしかば、めのとのよしありて、此かん崎の里に、はふれ来たりて住たまへりけり。

世わたる事はいかにしてともしらせ給はねば、もたせしわづかのたからも何も、今は残りなく失ひて、わび泣してついに空しくならせけり。

母も藤原なる人にて、父につかへて、おのが里といふ家にはかへらで、此首細き人にしたがひ、田舎にと聞て、家よりは、「など姫君の為思はぬ。

めの子ははゝにつく者也。

手とりて帰れ」と、情なく云こさるゝに、いよゝ悲しくて、ふつにこたへはしたまはざりき。

みはうぶりの事も、もてこし小袖てう度賣払ひて、まめやかに行なひたまへりけり。

彼めのとは寡ずみして、人にやとはれ、ぬひ針とりて口はもらへど、御かた/\の為にや及ぶべからねば、あはれ貧しさのみまさりけり。

母は稚きを膝にすゑて、たゞ涙の干るまなくぞおはしけるに、めのとが云。

「かくておはさば、姫君も我も土くひ水飲てぞ、いのち活ん。

いかにおぼしめすや。

此ひめぎみ、このさとの長が、「むすめにたまはれ」と、「たのみのしるしに黄がね十ひら奉らん」と申。

彼長は此里に久しくすみふりて、家富、人あまたかゝへ、夫婦の志も、都の人恥かしきばかりになんある。

かしこに養なはせ給へ。

よき婿とりして、後はよくつかへさせんものぞ」と、すかいこしらへ云さる。

「たのもし人の心よりて、事もよくのたまふには、憂か中の喜び也。

よく申てむかへに来たまへ」といふ。

遊びと云者の、いやしき世わたりともしらで、鳥飼のしろめが、宇多の上皇の御前にめされて、「濱千鳥」とうたひしためしにのみおぼししりて、ゆるしたまへりけり。

めのと、「よくいひし」とて、長がもとへ走ゆきて、「御為よしと申たれば、「おくらんと」のたまふ也。

しるしのこがね見せ奉らん」といふ。

長即かぞへてわたすを、母君に、「是見給へ。

人の失ふ寶をかく多く積もちて、安く贈りたるぞ。

姫ぎみこよひ出し立て、おくりたまへ。

御供は我つかふまつらん」とて、あやしきわざの家の内見せじとて云。

母君、「いかにもせよ。

稚きものは、母が手離れて、一日ひと夜もほかにあらぬものから、泣わぶらん」と、悲しげにのたまふ。

ひめ君きゝて、「御ゆるしある所ならば、いづこへも行て、女はおとなに成ば、必人に送らるゝものならずや」と、おとなしくのたまふ。

「今は名残ぞ」とて、背を撫、うなゐ髪かき上て、さめ/\ない給ふ。

めのと、「さては、今いかにしたまへる。

しるしとて納めたれば、かなたの子也」と、ことわりせめられては、「ゆけ」とのみないたまへり。

手とりてつれ立行。

何の心もあらぬものから、にぎはゝしき家に入て、「よき所也」とよろこぶ。

長夫婦、「いとし子ぞ」とて、物きよくしてくはせ、小袖も新しくてうぜしを着す。

をさなき心には、たゞ「うれし」とのたまひて、此夜よりなつかしきものに馴むつれたまふ。

「母君はあす必来たまへ」と云。

めのと「しか申さん」とていぬ。

「ひめ[はゝ]君ぞ、いとよく馴々しく物などよみて遊びたまへりき。

御心落ゐたまへ」とて、「しるしの中二ひらかしたまへ。

さき/\御父のために、おぎのりわざして、今にかへさぬぞある」とて分ちとる。

周の制に什が二つと見しためしに、しかするなるべし。

いにしへ人もおのれよしに事は行ひたりけり。

はゝ君は、「この家にゆきて、よろづたのみなん」とおぼせど、「御小袖あたらしくて、日がらえらびて」と妨られて、何の故ともしらず。

「姫ぎみの顔見せよ/\」とて、朝ゆふのみならず、ないたまへりしが、ついに是も病して、むなしく成たまへりけり。

宮城十五といふ春に髪揚して、長が、「まろう人の召也。

出てよくつかへよ」とていそがする。

さかしくおはせしかば、「物がたりに見しあそび女とは我事よ。

母のゆるして養なはせしかば、うらむべき人無し」とて、心をさだめ、長夫婦が習はす事ども、うしと思つゝ、月日わたりて上手に成りたり。

「かたちよし。

この郷の遊びには、かく宮びたるは久しくあらざりし」とて、人多くかへり見しけり。

宮木と云名は、何のよしにか長が名付たる。

かくて河守の色好みにあひそめて、後には、「人には見えじ」といふを、「よし」とて、長にはかりて、「迎へとらむまでは」とて、「遊びのつらにはあらせじ、此花折べからず」と、しるし立たりけり。

春立てやよひの初め、「野山のながめよし。

いづこにも率なひて見せん」とて、兎原の郡生田の森の桜さかり也と聞、「舟の道も風なぎて」とて、宮木を連て一日あそびに行けり。

林の花みだれ咲たるに、幕張て遊ぶ人あまた也。

宮木がゝたちをけふの花ぞとて、こゝかしこより目偸みて見おこす。

玉の扇とりてもたす。

たゞつゝましうて、酒杯しづかに巡らし有る。

十太は今日のめいぼくに、若ければ思ひほこりてなんある。

河守の此在さまに、心劣りせられて、「宮木がかたちよし」、「ねたし」など云。

此さやめく中に、こや野のうまやの長藤太夫と云も、けふこゝに来たりて、つれ立しくす師、何某の院のわか法師に「耳かせ」とて、云事

(欠)

かん崎の津にて亥中也。

かへりきて、「是はいかに/\」と問ふ。

翁人腋の戸から出て、「しか/\の事なん侍りて、あはたゝしく閉めたまへりき。

いきてわびたまへ」と云。

たゞちに長が前に畏りて承る。

長怒て「此月は汝が役つとむるべきにさし置たりしに、我に告ずして、いづこにかうかれあそぶ。

今は取かへされず。

五十日は篭りをれ」とて、言荒く云のゝしりて入ぬ。

「花はまだ盛と見しを、此嵐に今は散なん。

我只こもりをらん」とて、息つぎ、つゝしみをる。

其あした長申つぐる。

「御使、赤石の駅より飛檄つたへたまへる、『汝がりにやどりしてんを、夜にまよひて馬の脚折たり。

今は、舟にて竺石にくだる也。

波路は御つかひの人の乗まじき掟をたがへたるは、日のをしき罪のかしこさに、しかすれど、又風波あらくばいかにせん。

五百貫の価の駿馬也。

このあたひなんぢが里より債へ』と申来たりき。

さと人誰かは受ん。

汝こそ五百貫の銭今たゞいま運べ。

此銭を都の御家に送る費せよ。

又卅貫文なり」とて、取たてゝはこばす。

「五十日は猶こもりをれ。

つくしの御使事はてゝ上りたまはんに[けに]、わびたらん」とて、つゝしみをらす。

此間に藤大夫、くす士理内をつれて、神崎に「酌とらせよ」と云。

「此者は御里の河守殿のあづけおかれて、『他の人には見えそ』と。此曾御つゝしみの事にてこもらせしかば、問まいらせてんたより無し」とて出さず。

いよゝます/\妬く、ほのほの如に、つら赤めて酒のみて、耳だゝしく、「河守めは此度の御咎めに首刎られつべし。よき若き者をしゝ」といひおとしてかへる。

宮木、こゝちつとふたがりて、佛に願たて、命またけん事をいのる。

お物もたちて十日ばかり篭り有しかど、よき風も吹つたへこず。

長夫婦云、「物くはで命やある。よく養ひて出させたまふをまて。長が酒酔のにくて口聞たる也。ま事ならじ。御罪の事は五佰くわんの馬買てあがなひたまへば、やがてめで度門ひらかせんを」と云に力を得て、経よみ写し、花つみ水たむけ、焼くゆらせ、「観自在ほさつ」と、中山でらのかたを拝む/\。

さて、十駝はかく慎みをるほどに、風のこゝちになやましくて、「くす師よびむかふ。

「当馬と云は上手ぞ」とてむかへたり。

診みて、「あな大事也。日過ては斃れん。よき時見せし」とて、ほこりて匕子とる。

女あるじなきには、誰もあきるゝのみにて、怠りぬべし。

長が方へも、くすし此頃日々に来て、「十太兵衛大事也」とかたる。

耳にひそかに言つけて、「かの五百貫の中わかちて奉らん。薬たがへてよ」と云。

くすし首打ふりて、「大事の御たのみ也。我は承らじ」といへども、「ついつたをるべし」と云て、隔症あらはなるに、附子つよく責てもりしかば、ついに死ぬ。

長いと喜びて、外の事のゐやまひにとりなして、百貫文をおくる。

宮木が方へかくと聞しらせしかば、「倶に死なん」といひて狂ふをせいして、「御仏のいのりたる験なき御命也。

よく弔ひて御恵み報へ」といへど、せいし兼たり。

かくて在ほどに、藤大夫よくしたりと獨ゑみす。

宮木がもとへしば来て、言よくいひこしらふれど、露したがふ色めなし。

長呼出て、彼五百貫の銭ののこりはこばせけるとなん。

「一月の身のしろよ」と云。

欲心には誰もかたぶきて、「一月二月、猶増てたばらば、生てあらんほどはつかへしめん」と云。

さて宮木に示すは、「十駝どのなく成たまひてよるべなし。

かの里にては長なれば、此人につかへよ」と。

心にもあらねばこたふべくもあらぬを、「命の限買たるからは、汝が物とな思ひそ。親なく成てたよりなきを、今迄養ひたりと思へ。まことの親より恩深し。死なんとせば過たまひし母君のみ心にたがひ、今の親の吾々にも罪かうむりて、何にする。だたゆふよるべとこそたのめ。先席に出て物いへ」とて、出したつる。

藤太も言を巧みて、さま/\に心をとる。

「十太世に在ともあらずとも、女と定まりしに非ず。我は女なし。命長くて相たのまん」など、さま/\いひこしらへて、ついに枕ならべぬ。

一夜酔ほこりて、くすし理内が云。

「生田の森のさくら色よくとも、我長のときはかきは[かり]に齢まけたりき。

君もよき舟にめしかへらせしよ」とそゝる。

「いかにしていくたの咲良かたり出けん。藤大夫が始をはりのいひ事たのもしきにあらず。男ぶりよりして、はかり事すべき人也。十太どのをい何にはかりて罪したるよ。病はかなしきもの也。生ておはしたまはんには、作りて罪せしむくひたまはんを」と、にくゝ成ては、「胸やみたり」といひて、相見ざりけり。

こゝに、其頃、法然上人と申て、大とこの世に出まし、「六字の御名だに信じとなへなば、極らくに至る事安し」とて、しめしたまへば、高き卑しき老もわかきも、たゞ此御前にありて、「南無あみだふち」ととなふる人多し。

御鳥羽のゐん上つぼねに鈴虫・松虫とて、二人のかほよ人あり。

上人の御をしへをふかく信じて、朝夕念ぶつし、ついに宮中をのがれ出て、法尼となり[る]、庵むすびて行ひけるを、帝御いかりつよくにくませしかど、いかにすべく思ひ過したまふに、叡ざんより[の]「佛敵也」と申て、上人を訴へ出づ。

「是よし」とて、土左の国へ流しやりたまふ。

「けふ上人の御舟、神ざきの泊して、翌は波路杳にと、汐船にめしかへて」ときく。

宮木長にむかひ、「しばしいとま給へ。

上人の御かたちを近く拝みたいまつりて、御陰たのみて、十太どのゝ後の世手向させたまへ」と云。

長夫婦、「是はことわり也」とて、心をとりて、物に馴たるうばら一人、わらはめ一人そへて、小舟にてこぎ出さす。

上人の御ふね、やをら岸遠はなるゝに立むかひて、「あさましき世わたりする者にて候。

御念佛さづけさせたまへよ」と、泣泣思ひ入て申。

上人見おこせたまひ、「今は命すてんと思定たる人よ。

いとかなしくあはれ也」とて、船の舳に立出たまひて、御聲きよくたふとくたからかに、念仏十ぺん授させたまひぬ。

是をばつゝしみて、口に答申終り、やがて水に落入たり。

上人、「念佛うたがふな。

成ぶつ疑がふな」と、波の底に示して舟に入たまへば、汐かなへりとて漕出たり。

うばら童、驚め、

業は多かるものを、何鹿も、心にもあらぬ、たをやめの、操くだけて、し長鳥、ゐ奈の湊による舟の、かぢ枕して、波の共、かより依是、玉藻なす、なびきてぬれば、うれたくも、かなしくも有か、かくて鑿、在はつべくは、生る身の、いけりともなしと、朝よひに、うらびなげかひ、年月を、息つぎくらせし、玉きはる、命もつらく、おもほえて、此かん崎の、川くまの、夕汐またで、よる浪を、枕になせれ、黒髪は、たま藻となびき、むなしくも、過にし妹が、おきつきを、をさめてこゝに、かたり次、いひつぎけらし、此のべの、浅茅にまじり、露ふかき、しるしの石は、た[手]が手むけぞも。

となんよみたる。

此跡今は無きとも人のいふ。

三十年の昔

拾之下

つぬがの浦のあなひ聞て、「夜よし」とて、月にあら乳の関山こゆる。

岩の上に小男の居て、「法師めはいづこへ行ぞ。

懐に物あらん。

酒代においてゆけ」と云。

「ふところの物は金也。

下てとれ」と云。

「にくき坊主」と、岩より飛ておりて前に立。

懐に手さし入れば、其手つよくとらへて、足にて横のかたへ蹴たをしたり。

うしろに人ありて、「腕だてするともゆるさじ。

金無くば破布子

〔天理冊子本〕

はるさめふる/\、けふ幾日ならん。

ふりつぎておもしおもしろ。

れいの筆研とう出たれど、何事をかいふべきことなし。

物がたりざまはまたうひ事にや。

いにしへの事ども、ふみのつかさのしるせしをおもひ出て、たれ問はずかたりて、いつはりはすべきを、我いつはりて又ひとの譌となる。

よしゑよし、世の中の事ども

〈血かたびら〉

明にして、君としてためしなく、和漢の典籍にわたらせたまひ、草隷はもろこし人も推いたゞきて乞もてかへりし也。

此時唐は憲宗の代にして、徳のとなりにかよひ来たり。

新羅は哀荘王のいにしへをしのびて八十艘の貢ぎたてまつるなり。

天皇善柔の御さがにてましませば、はやく春の宮に御くらゐをゆづらまく内々定したまへば、大臣参議参議さる事とゞめまく議りあひぬ。

一夜夢見たまへり。

せん帝の御たからかにけさの朝けなくなる[しかのねさむく鳴]しかの其聲を[聲きけば]きかずはゆかじ夜の明ぬとに打傾きておぼししりたまへり。

又御使あり。

早良親<王>かし原の御はかに罪を謝して、たゞおのが後なきをうたへなげき申さく。

是は御心のたわやぎにあだ夢とおぼししらせたまへども、法師かんやぎ等を[に]祭壇に昇りて御加持まいらせ、はらへしたまへり。

侍臣藤原の仲成・いもうとの薬子等申す「夢に六つのけじめ有は、よきあしきの数さだまらんや。

御心の直きに悪き神のつく也。

」と申て、出雲の廣成におほせて御くすり調せさせたいまつる。

又参議大臣の臣たちはかり合せて、こゝかしこの神社・大てらに御つかひ有。

又伯耆の国に世を避たる玄賓めして御加持まいらす。

此法師を僧都になし昇したまへど、一族道鏡が暴悪をけがしとて山深くこゝかしこに行ひたりき。

七日にして、「妖魔、今はやらひし」とて、御いとまたまはりぬ。

御心すが/\しとて、「尚まゐれ」とみことのらせたまへど、「思ふ所あり」とて、又伯岐の國へかへりぬ。

仲成外臣をさけんとて、くすり子にはかり合せて、さま/\なぐさめたいまつる。

よからぬ事と打ゑみて是等が心をとらせたまひぬ。

よひ/\の御宴歌垣八重めぐらせて遊ばせたまふ。

その御、棹鹿はよるこそ来なけおくつゆの[を]霜にむすばねば朕わかゆ也御かはらけとらせたまひり。

薬子扇とりて立舞ふ。

三輪の殿の、神の戸をおしひらかすもよ。

いく久/\、袖かへしてことほぎたいまつるいよゝすがしくて、朝まつり事怠らせたまはず。

太弟、才学に長じたまたふをみそかにいみて人しらし奏す。

みかど獨言したまへり。

「皇祖酋矛をとりて、道ひらきたまへりき十嗣と申崇神の御時まで、しるすに事なく、さかしき教へにあしく撓むかと見れば、又枉て言を巧にし、代々さかゆくまゝに静ならず。

朕は文よむ事疎かれど、只直きをのみつとめん」とおぼす。

一日、大虚に雲なくて、風條を鳴さぬに、あやし、空に車のとゞろく音す。

空海まゐりあひて、念珠おしすり、呪文高らかにとなふれば、即地におちて倒たり。

あやし、蛮人の空を駈る也。

櫃にをさめて、忌部の濱成行ひて、おちし所の土三尺をほりて神やらひにをらび聲高らかに。

一日、太弟柏原のみはかに参りて、密旨の奏文有。

何の故とも誰つたふべきに非ず。

天皇も一日御はか詣たまへり。

百官百司、みさき追ひ、あとべにそなふ。

左右の大臣・大将・中将、御車のをちこちに弓矢取しばり、御はかせきらびやかに帯たまへり。

百取の机しろに、幣帛うづまさにつみはえ、さか木の枝に色こき交て取かけたる、神代の事もしのばるゝ也けり。

うたづかさの左右の人々、音なみて、三くさの笛の音つゞみのおとに心なきたまへりき。

心なきよぼろさへ耳かたふけり。

あやし、うしろの山よりくろき雲霧立のぼりて、雨ふらねど年の夜のくらきにひとし。

いそぎ鳳輦にて、「我も/\」と、よぼろのみならず、取つぎて、左右の大中将、つらを乱してそなへたり。

「還御」たからかに申せば、大伴の氏人開門す。

「御つねにあらず」とて、くす師等いそぎまゐりて、御くすりたいまつる。

兼ておぼしめす御國ゆつりのさがにやとさらに御なやみなし。

栗栖のの流の小鮎に蕨の岡のわらびとりくはへて、鱠や何やすゝめたいまつる。

みけしきよくてぞ。

夜の月出、杜鵑一二聲鳴てわたれば、大とのごもらせたまひぬ。

空海あしたまゐる。

問せたまふに、「三皇五帝は杳也。

其後の物がたりせよ。

いづれの國かをしへに開ざるべき。

三隅の網の一隅、我にきたれと云[に]しが私の始也。

たゞ/\御心の直きまゝにおぼしゝらせたまへ。

日出て興、日入て臥す。

飢てはくらひ、渇しては飲む。

民の心也」と申。

打うなづかせたまひて、「よし」とのらせたまへり。

太弟まゐりたまへり。

周は八百年、漢家は四百年、いかにすれば長し」とぞ。

こたへ申さく、「周は七十年にして衰へ、漢は高祖の骨肉いまだ乾かずして呂氏の乱おこる。

つゝしみの怠りにもあらず。

」とこたへたまへり。

「さらば、天の時とは、日々に照します皇祖神の御國也。

儒士等、天とは即天を指し、又命禄といふ。

又数の限にもいふ。

是は多端也。

佛氏は『天帝も我につかふ』と云よ。

あな煩し」とうそ吹たまへば御こたへなくてまかん出たまへり。

あした御國ゆづりの宣旨くだりて、故さとゝ成し平城におり居させたまへり。

元明より昔は宮殿の有しさ刀にて、一あしあかりの宮のためしに、茅茨剪らず、甘棠うたず、せんだいのおぼしめしに、いにしへをしのびて、長丘にうつらせたまへりしかど、七代の宮のきらびやかにありしを、咲花のにほふが如く今さかり也とよみしを又思し出たまひて、そこにと定させたまひて、鸞輿きらびやかにて出させたまへり。

宇治にいたりてしばしとゞめさせて御制よませたまへり。

ものの夫よ此橋いたのたひらけくかよひてつかへまでに、是をうた人等七たびかへしてうた<ひ>上る。

「網代の波はたゝねど、けふこゝに千代ゝゝと鳴鳥は河州に群ゐるを」とて、又御かはらけめす。

薬子れいにさゝげ物まゐる。

「歌よめ」とのらせたまへり。

朝日山にほへる空はきのふにて衣手さむし宇治の川波「河風はすゞしきを」と打咲せたまへり。

左中将惟成よむ、君がけふあさ川わたるよど瀬なく吾はつかへん世をうぢならで兵部太輔橘の三陰もよんだい妹にゝる花としいへばとくきても見てましましものを岸の山振、「それは橘の小嶋がさきならずや。

飛鳥の故さとに草香部の太子の宮ならずや」とぞ。

尚多かりしかどもらしつ。

奈良坂にて御夕げまゐる。

「この手がし葉はいづれ」とゝはせたまへば、「それは侫けたる人等にて、忌言なり。

今つかふまつる臣たち、いかで二面ならんよ」とのたまひて、古宮にはそ<の>夜入せ給ふ。

あした御簾かゝげさせて見はるかせたまへば、東は春日・高円・三和山、みんなみは高むち山をかぎりて、西は葛木・たかんまの山・猪こま・二神の峰々、青墻なせり。

「うべも開初より宮居こゝと定たまひしを、せんだいのいかさまにおぼしめして北に遷らせたまひ<し>」と獨ごたせたまへり。

「北は元明・元正・聖武のみはかの立並びさせたまへり」と、杳にふし拝みたまへり。

大寺の甍たかく、層塔の数々をかぞへたまふ。

城市の家居どもゝ又今の都にうつりはてねば、故さとゝもあらぬたたずま仰ぎ見たまひて、先出させたまひ、先出たまひ、仰き見たまひて、「思ふに過し御かたち也。

にしの國に生れて、此みちのく拝まんとて、先出させたまひき。

「思ふに過し御かたち也。

西の國に生れて、このみちのく山のこがね花に光そへさせ給ふ也。

いぶかし」とおほせたまへば、参りあひたる法師が云。

「□□是は華厳経と申にしるせし也。

かたち□□如来のへん□、天に在せては、虚空にせはだかり、又ひそみては、芥子の中に取得たまへりとぞ。

大ぞらをまことの御姿とは申せど、まことの肖像と申は、御あなうらに開元の年号有が三たびの御うつしにて、五尺蜑がたてまつりものも道についえて、その有がたき昔がたり也と申。

兄のみ子にこえて我在んやと刄に伏たまへば、止むことなくて、御位にのぼらせたまひき。

御代あに並びなきひじりのみこと仰ぎたいまつりし。

善柔は損多しと申されしぞ乱世の人の心也。

かしこの纂奪は、禅位をいつはりしいたづら言也。

奈良の人も、臣達は、今一たびこの宮に御くらゐかんさせん」とねぎたいまつる。

北のみかどに心を通はす人も有けん、「よからぬ事ぞ」とのらすにぞ。

仲成是につきて、「君のおりゐはしばしの御なやみ也」と申す。

「ふたゝび御代にあらせん」としこづ。

「我兵衛の督也。

奈良山に軍だちしてみいつためさん」と。

又市町のわらはがうたふをきけば、「花は南に先さくものを、雪の北窓心寒しも」とうたふを、北に聞えて、平城の近臣を召て、問たまへば、「是はくすり子・仲成がすゝめたいまつる也。

此春の正月のついたちに、れいの御くすりたいまつるに、屠蘇白さんはすゝめて、度嶂さんを奉らず。

いかにと問せたまへば、君は山河をこえていかで在せたまはぬを、悲し/\」とて、泪を袖につゝみもらしたり。

此時御前にありて聞しより外は、正しき事は知侍らず」と申。

「さらば」とて、官兵をつかはして、即とらへて奈良坂に梟られたり。

葯子は家にこめをらせていましめさせたまへり。

又御子の高丘親王をば上皇の御心をとりて儲の君と定たまひしかど、停させたまひて、「僧になれ」とて、かしらそがせて真如と申奉るは、御才世にこえさせしかば、三論を道詮に授かりたまひ、真言の密旨を空海につたへて、「猶奥あらばや」とて、貞観三年に帰朝有し也。

「此み子の御代しらせたまはゞ」と、みそかには申敢りとぞ。

くすり子おのが罪をくやまずして、怨気ほむらとなりて、ついに刄にふして死たり。

此血の帳かたびらに飛走りて、ぬれ/\とかはかず。

若き者は弓に射れどなびかず。

劔にうてば刄缺ぬ。

たゞ/\おそろしき事となんかたりつたへ申す。

上皇はかたくしろしめさゞりし事なれど、たゞ/\黙してゐたまへり。

御齢五十二まで世にはおはしませりき。

射れど箭折れ、刄にうてば刄缺たりしとぞ。

又御子の高岳親王を春の宮に立させしかど、「僧になれ」とみことのりあれば、即髪をそぎたまひて、鑑真をめして三論を授かりたまひ、又空海に真言の呪術を習ひえさせたまひしかど、「尚奥有べし」とて、もろこしにわたりたまひて、葱嶺をこえて羅越國にいたりて、心ゆくまゝに帰朝ありし也。

「此み子の天のしたしらせたまはゞ」と、上下皆ひそかに申あへりとぞ。

嗟乎/\神のまに/\ならぬ事も有けるものを。

天津處女

嵯峨のみかどの英才、君としてためしなければ、御代おし[排]しらせたまひて万機をこゝろみさせたまふに、もろこしのかしこきふみどもを取えらびて行なひたまへり。

たゞ國つちとゝもに平らかになん。

王臣はもとより、皇女の御うたにも、木に非ずくさにもあらぬ竹のよの、又毛をふき疵をと御口つきこは/\し        男さびたまへば、國ぶりの歌よむ人々は、たゞ口とぢてぞありける。

上皇わづかに四とせにておりゐさせたまひしを下なげきして、とりかへさまほしく思ふ人もつゝしみてひたいをあつめてのみありしが、帝もおぼしやらせて、御弟の大伴のみ子を皇太弟に御くらゐゆづりまして、都ちかき嵯峨ののゝ山ざとに山里にうつらせたまへば、せん帝の平城の結構ををとゞめて、いにしへの跡、しのび申て、瑞がきふし垣の宮に改させたまひしかど、長岡のあまりにせばければ、王臣等の家は奈良にとゞめて、通ひたまへば、是はあまり也とて、今の平安城にうつらせたまふ也。

土を均して百石木つたひたて、豊石真戸くしいはま戸を神々にねぎうけひてうつらせしかど、人の心は花にのみうつりて、いつしか王臣の家も殿堂にかたどりて、老たる物識は、賈諠が三代のいにしへをしのびてすゝめたてまつりしかど、賢臣等諌め奉りて、よからぬ事とて、漢書それの巻に見えたり。

今を仰ぎ奉るぞかし。

上皇、下居の宮にわかう花やぎて、たゞ参るものに、「もろこしのふみよめ。

草隷よく学べ」とて、多くの商舟のた        りにつきて求めさせたまへる中天津乙女嵯峨のみかどの英才、君としてためしなければ、御代押しらせたまひて、萬機をもろこしの賢きに習はせたまひしかば、王臣はもとよりして、皇女の御うたにも、「木にも非ず草にもあらぬ竹のよの」、又、「毛を吹疵を」など、口つきこは/\しくて、國ぶりの歌よむ人はたゞ口とぢてぞ有ける。

上皇はつか四歳にてに、王臣はもとより、姫み子さへ、「木にあらず草にもあらぬ竹のよのはしに我身はなりぬべら也」、又、「毛をふき疵を求む」などゝ、口つきこは/\しく男さびたまへば、國ぶりの歌よむひとは、たゞ口閉てぞ有。

上皇わづかに四歳にており居させしかば、下なげきつして、とりかへさまく思ふ人もつゝしみてひたいをあつめて在しが、帝もおぼしやられて、御弟の大伴のみ子を皇太子に春の宮にうつらせて、わづかにて下ゐさせたまへば、今一たびとりかへさまほしくこそ、帝も思しやらせて、太弟に國ゆづ<り>まして、かしこき叡慮と人皆申あへりき。

やがて下ゐさせて、わかう花やぎたまへり。

もろこしのふみよみて、多くの商船のたよりに求めさせたまひて、空海をめして、「是みよ。

王羲之がまことの筆也」とて、示したまへば、「これは、かしこに在中に手習し跡也」とて、紙のうら少しそぎて見せ奉りしか        、海が筆としるしたり。

妬くこそおぼしたらめ。

五筆和上と言しは、筆のあとさま/\に書せたまひし也。

又儒道はさかりながら仏教のさかえ甚しくて、たまひ、草隷よく学び得させて、多くの海船のたよりに求めさせし中に、空海召て、「是見よ。

まことの王羲之が筆也」と示させたまへば、「是はかしこに在中に手習ひし跡也。

見たまへ」とて、紙のうらを少しそぎて見せたてまつれば、ねたくやおぼし成にけん。

空海が手よく書分ちて、五筆和上といひし也。

皇太弟受禅したまひて、後に淳和天わうと申奉りし。

元を天長と改めさせたまへり。

奈良の上皇は、此秋七月に雲がくれさせたまへりき。

平城天皇と尊号贈たまへりき。

さて、上皇の識度に改りて法令事しげく、儒教専らに取用ひさせたまへり。

されど仏法は衰へずして、君の上に御仏の立せたまへりとて、堂塔年なみに建並び、博文有識僧等つかさ人に同じく、朝にはたゝねど、祭典をさへ時々に奏聞し、おのづから彼をしへに引導せられたまへり。

「いかなれば佛法の冥福をかうむらせたまへば、如来の大智の網にこめられたまふよ」と、人は怪しみけり。

中納   言清丸の高雄山の神願寺は、妖僧道鏡に宇佐の神勅を撓させしに、清丸あからさまに奏せしかば、いかりにたへず、一たびは因幡員外介に貶せしかど、猶飽ずして、庶人となし、あなうらをたちて、大隅の國へ適せらる。

忠誠の志よきに、称徳崩御のゝちに召かへされしかど、やゝ納言に挙らる。

「本国にくだりて、水害を除き、民をやすきに置く功労有しかど」ゝて、いとほしと申さぬ人もなかりし。

神願寺後に神護寺と改しも、冥福の薄きをいかにせん。

今上の正良親王を太子に定あらせて、ためしなき上皇御二方、から國にも聞ぬためし也。

天わう仁明と後に崇尊し奉り、紀元を承和とあらためさせたまへど、儒教相並びて行なはるといへども、車のかた輪の缺そこなはれて行んや。

さて時の人のうたへる歌。

「忠信入死地答固、若矯神勅、則豈可有今日哉。

足のうらのきたな丸てふあだ波を、かけても清き名に流れけり。

さて、政令は、唐朝のさかんにのみ御心かたぶきて、古きふみをよませたまふに、六位の蔵人良峰の宗貞、才学有者にて、帝の御心に叶へりしかば、召まつはせて、「文よめ。

歌は」と、御憐み深くて、いつとなく朝政も問きかせたまへど、宗貞さかしく、政事は片はしばかりも御こたへ申さず。

たゝ/\御あそび敵と日々につかふまつりき。

「年毎の豊明の舞姫の数をくはへさせたまへ。

是は清見原のよし野に世を避たまひし時、天女あまくだりてなぐさめ奉りし。

それは五人の乙女なりし、古きためし也」と申。

色好み給ふ御さがにてましませば、今年の冬を始にて宣旨くだる。

大臣納言の人々、御むすめの中を花をさかせてつくりみがゝせたまひ、御目うつら給ばやとしかまへたまひしかど、詠めすてさせたまふは、伊勢加茂のいつきの宮のためしに、老行までも深窓の内にこもらせたまふ也。

さて、國ふりの歌は、宗貞・在五中将・ふん屋の康秀・大友の黒主・喜撰法師などゝいふ上手出、又女形にも、伊勢の子小町、いにしへならず、今ならず名を後につたへたりき。

帝の五八の御賀に興福寺の僧がよみて奉りしを見そなはして、「長歌は、僧徒に残りし」とて、御感有し也。

今見ればよくもあらず。

人丸・赤人・億良・家持卿の手ぶりにはおとりたりな。

或時、空海を召れて問せたまへる。

欽明・推古の御代に、経典しき/\にわたりて、猶一切の御経には数たらぬとや。

汝が真言の呪はいかに」と問せたまへば、こたへ申さく、の宮きこしめして、「外戚の家也。

国家の祭にあづかるべからず」とて、葛野川の邊の今の桜の宮の祭祀は是也。

かく男さびたまへば、宗貞がよからぬをひそかにゝくませたまへりき。

「伴の健宗・橘の逸勢等、さがの上皇諒闇の御つゝしみの間に謀反有て」と、阿保親王のもらしたまへば、官兵即いたりて搦めとる。

太后、是を、はやなりが氏のけがれ也。

定刑せよ」とぞ。

太子は、この反逆のぬしに名付られて、僧となりて、恒寂と申たまへりき。

「嗟呼、受禅廃立はあしきためしなるを」とて、もろこしの文学ぶ事をにくむ人多かり。

帝は嘉祥三年に崩御あらせて、御陵墓を紀伊の郡深草山についたてゝ、みはうぶり奉りし也。

よて深草のみかどゝ申奉りし也。

宗貞、みはうぶりの夜より行へしらず失ぬ。

是は、太后の御にくみを恐れて、殉死と云事、今はとゞめさせしかど、「此人、生て有まじきに」と、人は云敢し也。

衣だに着ずて、みの笠に身をやつし、こゝかしこにあるきて、初瀬寺の局

「人はわたくしもて天をあやしむ。人わたくしなく□天と同一也。よく思ひて、たゞおのが冥禄の厚薄、冥福の稟得たるにあきらむべし」

と、或物しりの示しを聞たり。

妖尼公

鎌くらの右大将は忠誠の君也。

平治の乱の世を悲しび、建暦の時を得たまひ   て、天のしたをとり修めたまへり。

総追捕使に海内を治む。

しかれども朝につかへて家に私なし。

悲しむべし、三代に後なき事を。

北條がわたくし、遂に時を得て、九代を相続したり。

天豈わたくしに組せんや。

天の長き事、釋氏の何劫も一瞬也。

天ついに神孫をたすけて明々たりといへども、明々たりといへども、神孫私す。

そのわたくしに乗て、足利十三代と云はかなたに変り、こなたに代り、骨肉噛あらそふて、猛獣にひとし。

天是をにくみて、職をうばひ後あらしめず。

大将薨じたまひて、政子の尼公、垂簾の政事に萬民治めらるゝといへども、疑心を抱きては世は乱るゝかと待が如し。

尼公閨房を守らずして、國に私す。

二代は病に夭折したまひて、三代の栄花右府を申て、天はゆるさずといへども冥福に任せらる。

尼公淫を好みて兄弟親子の分無し。

鳥獣の春気を得て相孳むに同じ。

義時の奸智、姉尼公を奸して右府をにくみ、遂に弑逆す。

妖尼公是を罪せずして益愛す。

猶慾情さかりにして近臣をめす。

蓮花六郎は愛すれども白馬寺の僧は召ず。

老臣の中に又えらびてめす。

畠山の荘司、勇壮にして忠誠もつとも私なし。

尼公此人の美を見て目をくはすれども、忠信の英士、何事とも心つかず。

尼公よくはかりて、或夜御使有。

「天下の大事あり。

ひそかに卿の指揮を聞ん」とあり。

荘司も兼て北条の奸計をにくむ。

つかひの跡につきて即まゐれり。

尼公、「老体の夜隠をあつくかたじけなくす」とて、「天も口有べし。

障壁に耳ありといふ。

あの亭に来たれ」とて、雪中の甃磚をしづかにあゆませたまへり。

局たち燭をとりて道をしるべす。

亭は陰翳として、銀色夜尚光あり。

陛に昇れば囲炉の炎気春天にひとし。

「先」とて、かはらけをすゝめて数巡にいたる。

荘司好まずといへども、勇士の腹なれば沈酒に及はず。

しかれども酔中の人也。

局たちとみに群かゝりて、烏帽子をおとし、袍を脱さんとす。

「何事をする」といかれども、退かず。

ついに劔刀をもて帯をたちて、皆逃たり。

尼公いつの間に帽をぬぎてひとへに成て、むずとくむ。

「是は/\」といふほどにさすが陽気発る。

尼公前陰をとりて恣に情をつくせり。

荘司ことばなくて、陛をくだり、装束をとゝのへて、天明を待ずしてはせかへりたり。

其後めせどいたるべきにあらねば、又是をにくみて、ついに亡ぼしたり。

和田・千葉・三浦の老臣、此奸計をきゝて、かた/\相はかりては義時を討んとして又ついに亡さる。

呂氏の奸・則天の婬、高時にいたりて九代にほろびたり。

天は神孫を相守りて私に組せずといへども、神孫又天にわたくしして、足利にせばめられたり。

足かゞの十三代、骨肉相かみて血のかはく間もなし。

私は毒薬也といへども、口に甜ければくらふて斃るゝ也。

是もある博士の翁にかたりたるをこゝに挙ぐ。

〈妖尼公別稿〉

むかし/\じや。

鎌くら殿の御時に三代の世に尼将軍と申て世に珍しき御方、垂簾の政事をとらせたまひて、天の下よく治まり、父の時政は相模の北条へ隠居して、義時の執政として密につゞけ□、又御子の実朝公と相枕の御教訓、近臣の若との原との原も皆めされての御酒機嫌老、臣の中にも畠山の重忠、色黒く、背高く、目鼻あざやかにて、男一疋と云べし。

是は中々承引すまじき人なれば、或夜雪のふかき夜、「一大事、こよひは宿せよ」とて仰下る。

「こゝにては猶人にやもれん」とて、御庭の亭に足かろげに、足駄の音はやくあゆませ給へり。

局ども御跡につきて参れり。

重忠、「大事也」とて、みそかに御跡よりあゆめり。

亭の内はうづまぬ火の気炎々たり。

燭の光かゞやきてまばゆし。

たゞさしむかひて□々と御仰をまつ。

御かはらけとらせて、先たまひて、「雪ふかし。

一つ」と仰下るにぞかたじけなくてかしこみし

目ひとつの神

「あづまの人は夷也。歌いかでよまん」

とぞ云。

相模の国小よろぎの浦人の、やさしくおひ立て、よろづに志深く思ひいたりて、「都にのぼり、歌はよまばや。

道のことわりを究めんには、        き御あたりにまゐりてこそ」とて、「『花の陰の山がつ』と人はいふばかりなりとも」とて、西を指す心しきり也。

「『鴬は田舎の谷の巣なれども、だみたる声は鳴ぬ』と聞ぞ」とて、親に「暇こひて出たゝん」と申す。

「此頃は、文明享禄の乱に、いきかひの道に関して、過書ありとも、時にあたりて通さず。

盗賊、野山に立て、肉をも切くらはんとすといふ」と、しいて諫めしかど、しいて従はず。

母の親のいふ。

「みだれたる世に深く思ひ入たる事ならば、たゞ/\、神ほとけをいのりて行け」と、別のかなしげにもあらぬは、乱たる世の人也。

所々の関所もやすくゆるされて、やゝ、近江の国に入たり。

「あすは都に」と心すゝみたちて、宿まどひ、こゝ老曽の杜の木がくれに、こよひはやどりてんとて、森深く入たちてみれば、風に折たる大樹の朽たをれし有。

ふみこえて、さすがやすからぬ心に立煩ふ。

落葉小枝は道をうづみて、浅川わたるかと露ふかし。

神のやしろあり。

軒こぼれ、みはし崩れて、のぼるべくもあらず。

草たかく、苔むしたる木のもとに、誰かやどりし跡あるを、猶かきはらひて、枕はこゝにと定む。

おひし物おろして心落居たれど、おそろしさはまさりぬ。

喬き木の茂きひまより星の光きら/        しく見ゆ。

月はよひの間にてひやゝか也。

されど、「あすのてけよし」と、獨言して、物打しき眠りにつかんとす。

あやし、こゝにくる人あり。

背高く、手に矛とりて、道分るは猿田ひこの神代思ひ出らる。

跡につきて、金剛杖つき鳴したる山伏也。

その跡につきて、女房のしろき小袖に、赤きはかまのすそ糊こはげに、はら/\とふみはらゝかしてあゆむ。

桧のつまでの扇かざして、いとなつかしげなるかつらを見れば狐也。

あとよりわらはめのふつゝかにみゆる。

これもきつね也。

皆御やしろの前に立たり。

矛とりしかん人、中臣のをらひ聲高らかに申す。

夜まだ深からねど、物のこたふるやうにてすざまし。

神殿の戸あらゝかに明はなちて出るを見れば、かしら髪面におひかゝりて、其乱たる中に、目ひとつかゝやき、口は耳まで切たるに、鼻は有やなしや。

しろき打着にび色にそみたる、是は藤色の無紋の袴、今てうじたると見えたり。

鷲の羽の扇を右手に持て、少しゑみたるがおそろし。

かんなぎ申す。

「修験は、きのふ筑紫の彦の山より出て、山陽・山陰の道々をめぐりて都に出しが、何がし殿の御つかひをうけたまはりてこゝを過るに、一たび御目たまはらばやとて、山づとの宍むらを油に煮こ        したると、又出雲の松江の鱸一尾、あさらけきを鱠に奉らん」とて、いとよかなり。

修験者申す。

「都の何がし殿の、あづまの軍の君に申合さるゝ事のよし承りて、御あつかひに参る也。

事もしおこらば、此あたりまでさわがし奉るべし。

神のりたまふ。

「此國は、無益の湖水にせばめられて、山の物・海の物も共に乏しき也。

たま物にいそぎて酒あたゝめよ」とおふす。

わらは立て、御湯たいまつりし竃のこぼれたるに、木の葉・小枝・松笠かきあつめて、めう/\とくゆらすに、物のくまなく見わたさるゝに、恐ろしさに、笠打かづきてねたるさましたれど、「いかになるべき命ぞ」と、心も空にあがりて、魂けてをり。

「酒とくあたゝめよ」と、おほせあり。

狙と兎が、大なる甕をさし荷ひて、あゆみくるしげに来たる。

「『とく』といひしに」と、かんなぎが申せば、「肩のよわくて」と、かしこみて在り。

わらは[わ]め、事ども執行ひ、大なるかはらけ七つかさねて、御まへにさゝぐ。

しろき狐の酌とりてまゐる。

わらはは、正木づらたすきにかけて、物あたゝめ、まめやかに、上のよつをのぞきて、五つめ参る。

たゝへさせて、「うまし/\」とて、かさねて飲て、「修げん、まろうど也。

打かさねてまゐれ。

あの木の根を枕にしたる若き者   よびてあひさせよ。

」「召す」と女房のよぶに、活たる心もなくてはひ出たり。

四つめのかはらけとらせて、「のめ」とおほす。

是をのまずは命とられんかとて、「多くは好み侍らず」と、やをらのみほしたり。

「宍むらなますいづれもこのむをあたへよ。

汝は都に出て物学ばんとや。

世におくれたり。

四五百年前にこそ師といふ人は有けれ。

乱たる今は文よみ物しる事おこなはれず。

高き人もおのが封食の地はかすめとられて、貧しさのあまりには、『何の道・何の藝技は我家のにつたへたり』とて、いにしへに跡なきいつはり事を設けて、大名の君・富豪の民をあつめて、其ゐや事の財帛をむさぼる世也。

是に欺かれて習ふ事とも愚也。

すべて藝技は、よき人の暇に玩ぶ事なり。

上手もわろものもけぢめは有のみ。

親さかしくて子は得ぬあり。

まいて、文かき歌よむは、おのが心に思ひ得たらん。

人に教へられば、其師の心にてこそあれ。

師につきて学ぶは道のたづき也。

独学は孤陋にあらず。

我さす栞の外に習ひなし。

あづまの人は心たけく夷心して、直きはおろかに、さかしげなるは、ほしきまゝに侫けたり。

好たるにもわろものはあれど、ついには道の奥にいたるべし。

酒のめ、夜深きに」と、のたまへり。

祠のうしろより法師出来たりて云。

「酒は戒破れやすくてさめやすし。

こよひの興にひとつのまん」とて、神の左坐に足たかく結びて居たり。

つらは丸くひらたくてわらは顔したり。

かはらけとりて三つよつほしきまゝ也。

女房たちて、「から玉や、からたまや」と、はうしとりてうたふ。

聲はめゝしけれども打からびたり。

法師いふ、「若き男よ。

修げんにつきて國へかへれ。

足つからさずして、たゞ一時にいたらん。

『親あれば遠く遊はず』と聖人は教へたり。

おのれは今ひとつのまん」とて、杯をかたむけて、宍も鱠もくさしとて、大なる〓{代↓巾}より蕪根の干たるをとり出てしがむつらつき・かたち、絵に見しりたる法師也。

山伏「いざ」といとまたまらんとて、杖とりてたつ。

「一目連こゝに在り」とて、扇とり直して空にあふぎ上る。

猿と兎は手打てわらふ。

山伏待とりて、腋にはさみ、飛かけり行。

法師は、「あの男よ/\」とて哂ふ/\。

袋とりて背におひ、ひくきあしだはきてあゆむ。

法師とかんなぎは人なり。

妖に交れど魅せられず。

かん人の齢はしら髪づきて、いまだ百歳にいたらず。

夜明はなれて森陰の庵にかへる。

「女房・わらはゝこゝにとまれ。

和上の御やどり有ぞ。

あるじして饗膳せよ」とて、いざなひ入て、「何をがな」とて、日なみとり出て見す。

墨くろ/\と数百年の事しるしたりと、たれか見し人の物がたり也とぞ。

今もつたへていづちにか蔵めたらん。

  幾世をかおいその森の下庵のふりし昔の物がたりきく

直して空にあふぎ上る。

猿と兎は手を打てわらふ。

山ぶし待とりて、腋にはさみ飛かけり行。

法師は、「あの男よ/\」とてわらふ/\。

袋とり背におひひくきあしだはきて、から/\とひかせ立て行。

法師とかんなぎは人也。妖に交れど魅せられず。

かん人のよはひはしら髪づきて、いまだ百歳にいたらず。

夜明はなれて森陰のいほりにかへる。

「女房わらはゝこゝにとまれ。

和上の御やどり有ぞ」とて、いざなひ入、日なみを出して見す。

墨くろ/\と数百年の事をしるしたりと、たれか見し人の物がたりしなり。

今もつたへていづちにか蔵めたらん。

  幾世をかおいその森のした庵のふりしむかしの物がたりきく

二世の縁

山城の高槻の樹の葉も散はてゝいとさむし。

古曾部といふ所に、年ひさしく住人あり。

家の子あまた召つかひ、年ゆたか也。

常に文よむ事を好みて、友も求めず。

夜は窓のともし火に心ゆくまて遊ぶ。

母覩自のいさめに、「いざ、寝よとの鐘の鳴也。

父のをしへたまひしに、子ひとつ過れば、文よみて眼いたむる也。

腎氣おとろふともろこし人のいひし。

庭のをしへとつとめよ」。

「承りぬ」とて閨に入。

よひのまも物のおとせずして、目はまだねむらず。

文に心すさびして、詩つくり歌よむ。

雨やみて窓の紙あかし。

物の音絶たるに、あやしく、ほそう鉦うつ音聞ゆ。

「あの音は、さき/\にもいぶかしとおもひながら思ひ捨たり。

こよひは正にこそ」とて、庭におりて、くま/\見巡れば、常には草もはらはぬ所に石一つ捨たり。

此石のしたにこそと聞定めて、あした男等よび出て、「こゝ掘て見よ」といふ。

三尺ばかりほりて、大いなる

二世の縁

山しろの高つきの木の葉も散はてゝはいとさむし。

古曾部といふ所に、年久しく

すゝむ事いとたふとかりけり。

あるじも嫁子出したてゝ喜びぬ。

さて入定の定介と名づけて庭はき男とするより外なし。

古き歌に、「我やどの木末の夏になりしよはいこまの山もみえず成にき」とはよんだり。

今は冬なり。

木の葉おちゝりてはらふにいとまなし。

定介にかはりてよむ。

「いこま山朝はれたりと見し空ははやくもかくす夕しくれかな」母もよむ。

「飛鳥川瀬となりし人の跡はあれどもとめし人のいつの代にか絶し」。

定介心もなければ蛛蜂打ころして心よしとす。

僧なりしもかくおに/\しく成たり。

五とせばかり在て、この郷のまづしきやもめ住に聟にとられ行。

よはひいくつとも己もしらねば、よく女の心をとる。

立はしりてかせげども、佛因のまづしさに家はさむ[ふ]し。

女は腹たつ事時々にて子を膝にすゑて、もとのてゝ様こひしと

海賊

前の土佐の守、紀の朝臣貫之、延長某の年十二月それの日、任はてゝ上りくるに、国人名残をしみて、こゝかしこの津々浦々に進てやう/\漕出たれど、猶海の神や我をとゞむと思ふほどに日数へたり。

又「海賊おひく」と云。

是は任中にいかなるうらみをやと、人々おそる。

「いづみの國までたひらかに」といのる。

こゝに来て船中みなやすき思ひしたり。

黒牛の灘にはて、「今日てけよし。

あすは河尻に」と、人々喜ぶ。

あやし、ちいさき舟一つこぎよすると見るに、恐ろしげなる男の舳にたちて、「前の土佐の守やおはする」と、をらび聲たかし。

「何者ぞ」と咎れば、「是はかい賊にて候。

御跡したひたれど、舟のちいさゝにおくれ候」と申たり。

守、「たいめたまはらん」とて申に、「船やぐらに立て何事をか申すぞ」と問ふ。

「いやあやしみたまふな。

恨報はんとならばいかさまにもすべき。

君達えらびて奉りし古今和歌集の所々にいぶかしき事の有を、問あきらめんとて也。

先、題号はこたへあらば承らんとてはる/\追来たりし。

」酒よき物とりそへて出さるゝを、あくまでくらひて、舷をたゝいて、「滄浪は我足すゝぐ盥也。

纓は我かうぶりし麻苧の乱なり」とて、うたひ終りて、おのが舟に飛うつり、「やんらめでた。

もうそろ」とうたひて、いづちしらずかへりし。

後、都にかへりきて、友則・躬恒・忠岑にかたりてよろこびたまへりき。

其後に又、たれが使ともしらぬ文一章投入たり。

ひらき見たれば、「菅相公論」と題して曰、

懿哉菅公、生而得人望、死而耀神威、自古惟一人耳。

古云、君子者無辜而有不幸、小人者有辜而有不幸、公也貶黜而不免其辜者也。

三清公不用革命而去于適所、又文屋惟時雖挙、清公不容者、固以御父是善公之門弟子而咄不答者私也。

又朝廷而撃藤菅根之面、結其寃、然自古起翰林生而太政官府、黄備公与公惟二人巳。

吉備者当于妖僧立

こたへあらば承らんとて、はる/\追来たりし」とて、酒よき物とりそへて出すを、あくまでくらひて、舷をたゝひて、「滄浪も我盥也。

纓は我かぶりし麻苧の乱よ」とて、うたひ終りて、又おのが舟に飛うつり、「やんらめでた、もうそろ」とうたひて、いづちしらずかへりし。

都にかへりつきて、友則・躬つね・たゞ岑にかたり言にして、よろこびたまへりき。

其後に、又誰つかひともしらぬ文一章投入たり。

開きて見たれば、「菅相公論」と題して曰、

懿哉菅公、生而得人望死而耀神威、自古惟一人耳。

古云、君子者無辜而有不幸、小人者有幸而有不幸。

公也、貶黜而不免其不幸者也。

三善公不用革命之<諌>而去于適所、又文屋惟時雖挙、清公不容者私也。

又朝廷而撃藤菅根之面結其恨者矣。

自古翰林生起而出太政官府者黄備公与公惟二人巳。

吉備者立妖僧立朝、持大器而不傾。

公也寵遇□退遂外藩者也。

然生而人望、死而耀神威者、自古公一人已。

よくろうじたりしは、実に学士の言也。

又云、「公が『以一貫之』の字をつらぬきとよまずして、つらゆきとはいかに。

之の字、こゝにては助音のみ。

之の字ゆきとよむは、『之飛』とよむ所にあり。

つとめよ/\」と書たりし。

「是は誰ならん」といふに、「ふんやの秋津、罪ありて庶人にくだりし也。

其後、行がたをしらず。

学術はあれども文章なし」とかたる人ありき。

貫之甚感働して、学友にかたりて「益とりたる」といひしとぞ。

〈捨石丸〉

財宝も何も一人子の小伝二にまかなはせて、このむ酒のみて明暮遊びけり。

姉娘の尼になりて豊苑比丘尼と名づけて後世の事おこなふなめに、母なければ家の内の事あづかりて小伝次とはかり合せたれば、立入る人あまた、是をぞたのもしき御仏と拝みたりけり。

捨いし丸といふ男、身のたけ六尺に   あまりて、肥ふとり、力人にすぐれて、酒のみても、又世にならびなしといふ。

長者の遊び敵として召れけり。

ある時、酔のすゝみに、「己はえへば野山にふす故に、石すてし如くうまく寝入たらんには、熊狼に出あひて喰はれんが不便也。

此つるぎは我父の山に入て遊びたまへる時に、大いなる熊出ていかりにらみ、歯むきて立向ひしかば、此劔にたゞ一うちに打殺したまふ故に熊切丸とは名付たまひし也。

おのれ酔ふして物に命とられん事不便なり。

是得させん」とてたまはりぬ。

「くま狼は手どりにせん。

鬼や出なん、それもたゞ一うちに討とらんには、おに切丸と呼ん」と左におき、喜びの盃数しらず。

酌にたちしわらはめが「今は三ますに過ぬべし」と哂ふ。

「野風にあたらん」とてよろぼひたつ。

長は見て、「得させし宝剣失ひつらん。

かへるを見とゞめん」とて、しりにつきて行。

はた、流ある所に足をひたしてふしたり。

小伝次、「父の御むかひ」と行て見れば、捨石は臥たり。

枕がみにつるぎ有。

長者「さてこそ」と劔とり上て行を、目さめて、「ぬす人入たり」と高らかに呼はり、奪ひかへすとて、主をもわすれてあらそふに、力おとりたれば、劔持ながらあをむきになりて、捨いしが枕のかたにたをれたり。

小伝次やう/\追つきて、丸を引のけ父をたすけんとすれど力よわし。

丸又小伝次をも捕へてはなたず。

からうじてのが父をいたはりてかへらんとす。

「劔大事の物也。

今はくれじ」とて、柄のかたをつよく握りしに、ぬけはなれたるもしらず。

長者は老の力にたへずして、鞘とりて、「己は日本一の力量ぞ。

武蔵殿と申せしは、西塔一の法師なり」とうたふ。

捨いし、跡をつけて、「衣河へといそがるゝ」。

其ひまに小伝二につるぎ取をさめさせてかへる。

あとに猶立まひて、脛のあたりを切さきたり。

父の面に飛ちりかゝるに、劔をやう/\うばひとりて、面の血ぬぐひ/\御供す。

子に助けられて家につきぬ。

姉の尼、「これは」ととへば、「石めが酔ぐるひして、剣ふりたてゝ、おのれが高もゝをあやまちしに、血はしりてつきたり」といふ。

「あやうき事なりし。

先、衣ぬぎたまへ。

洗ひてん。

休ませたまへ」と云。

父は酔ふして、「いな/\」と云。

屏風かこひておとゞひはかたはらに臥ぬ。

あした、目さめて見れば、口あきて、肌はひえたり。

驚きさわぎて、くす師誰かれ、人はしらせて追々に来て診脉し、「はや、事きれたり。

卒症のしるし見たまへ」とぞ。

たゞ/\、おとどひ、泣に泪なく、共にしなんといふばかり也。

一族、追々よりあつまりて、「今はいかにせん」と、力をつけて、くす士等尼に「薬たうべよ。

小伝二、男ならずや。

心よわし」と、さま/\いさむ。

家の子らいふ。

「はしたなくて、病にや。

又捨石めが疵つけたるにや」といひさやめくを、一郷きゝつたへて、「病ならず。

長者は日頃すくなたまへりし。

いそぎ行て、御をしへをうけよ。

その後には旅にたて」とぞ。

小伝二も「此事心もとなかりしを」と申。

捨石はとり/\の事耳に入て、「主ごろしとて御とがめかうぶるべし。

おそろしとていづちへやゆかん。

先江戸へ」とこゝろざして迯ゆきしが、力量世にすぐれたりしかば、車つかひにやとはれ、すまひ力持に交はりて、ついに劣りたる沙汰なし。

高貴の君、城市の富豪どもの、「捨石といふ、天のしたの大兵出て、相手なし」とて、こゝかしこよりめさるゝ中に、西の國の守何がし殿のいたく喜びて召かゝへらるゝ。

名をいかづちとつけて、雲井にとゞろく御名づけ也。

さて、「本國に御くだりの御供つかふまつれ」とありて御乗物ぞひにつとつきてまいる。

さて又小伝二は、香取のかんづかさのもとに在て、弓馬・鑓・太刀うち・組打までよく学びえたりしかば、「今は御暇申べし。

石はさだめて江戸へくだりたるべし。

すまひとりと成

〈宮木が塚〉

司解しのみならず、ついに庶人となりくだりしかば、かん崎の津に、めのとがよし有て、こゝにはふれ来たりたり。

女も藤原なる家にて、「父につかへよ。

おのがもとにあれ」といへど、此首ほそき人にしたがふは、めの子のいたいけさにえわかれずして迷ひ来たりけり。

もたせしいさゝかの財宝も何も失ひて、わびなきして、ついに空しく成たまひけり。

みはうぶりの事は、もてこし小袖調度賣拂ひて、まめやかにとり行なひたまひけり。

彼めのとは、やもめ住して、人にやとはれ、ぬひ針とりて口はもらへど、御かた/\の為にや及ぶ。

母君は、おさなきを膝にすゑて、たゞ泪のひるまもなくておはするに、めのとが云、「かくておはさば、ひめ君も我も土くひ水のみて命いきん。

いかにおぼしめすや。

此姫きみ、此里の何がしの長がむすめに養はせたまへ。

しるしに黄がね十ひらまゐらせんと申。

家富み、人あまた召つかへて、夫婦の志も都の人恥かしきばかりになんある。

よき聟とりて、後はよくつかへさせんものぞ」とすかいこしらふるに、うきが中のよろこびして、やう/\うけひたまひけり。

遊びと   いふは、いやしき世わたりともしらずして、鳥飼のしろめが宇多の上皇の御まへにめされて、「濱千鳥」とうたひし事のみ聞しりて、めのとによくせよと仰たまひけり。

やがて長がもとへ走ゆきて、「御ためよし」と申たれば、かのしるしおくりけり。

「母君、是見たまへ。

人の失ふ寶を多くつみもて有人也」とて、すゝろぎていふ。

「母が手はなれて一日ひと夜も外にあらぬものから、泣わぶらん」とて、悲しがりてのたまふ。

姫ぎみきゝて、「御ゆるし有所ならば、いづかたへもゆかん。

女はおとなになれば、必人にむかへらるゝとや」と、おとなしくのたまふに、「今は名残」とて、背なで、髪かき上て、さめ/\ないたまふ。

めのと云、「いかにしたまふらん。

しるし納めたまへば」とていさめたり。

かなたの子と思すには、涙とゞめて出たゝしたまへりけり。

何の心もあらぬものから、にぎはしき家に入て、「よき所也」とてよろこぶ。

長夫婦は「いとし子ぞ」とて、物きよくして着せしかば、をさなき心にはたゞ「うれし」とて、その夜より馴むつれて「うれし/\」とのたまふ。

「母きみはあす必こよ」とのたまひしかど、たゞ便のみよき所也。

「うれし/\」といひこされたり。

めのとがいふ。

「此しるしの中を二ひらたまへ。

御父の為におぎのりわざして、今にかへさぬとてせめきこゆ」とて、分ちとる/\いふ。

「我父は此郷のくす士なりしが、物よく知たる人なりし。

すべての秋物するは、周の制に、什が中を二つは得る事なりしとぞ、いにしへのかしこき代のさだめ也」とて、ことわり事いひてとり納めたり。

母ぎみはたゞ、「顔見せよ/\」とたより毎にいひやりたまへども、めのとが中空にして止ぬ。

ひめぎみも、「母の御ゆるしにてこゝにあれば、長夫婦こそ今の親なれ」とて、なほざりにのみ過したまへりき。

宮木といふ名は物しりの付みたりしに、さては御母の事をしらせしものゝありしかとて、尸は波にうかびあがりしをひつ木に納めて、此野づかさなる所にはふりをさめしと也。

宮木がかはねは波にゆられ/\て、神ざきの橋もとによせたりしかば、ゆり上の橋とも円光大師の傳記にはしるされたりし也。

翁、むかし河のみなみの神崎に物学ぶとて、草の庵をむすびて、三とせ在しほどに、一とせの夏、艸木みな枯て、河水も涸つくるよと見るに、この橋の古杙のかしら出たりしを、人やとひて一さかあまり切せて、古き事しのぶ人々に一片づゝあたへたりし也。

或は足利やうの文庫の形つくらせ、翁がこのむ茶箱にもつくらす。

今は人に乞れてとゞめずなりぬ。

歌もよみし也

うつせみの、世わたる業は、はかなくも、高きいやしき、立はしり、おのがどち/\、はからひて、有とふものを、ちゝの実の、父や捨けん、はゝそ葉の、母の手さかり、世のわざは、多かるものを、心にも、あらぬをいかに、たをやめの、操くだけて、しなが鳥、猪名のみなとに、よる船の、かぢまくらして、波のむた、かよりかくより、打なびき、ぬるをうれたみ、悲しくも、かくてしあらば、生る身の、いけりともなしと、朝よひに、うらびなげきて、年月を、息つぎくらし、玉きはる、いのちもつらく、おもほえで、此かん崎の、川くまの、夕しほ待で、よる波を、枕となせれ、黒かみは、たま藻と、むなしくも、過にし妹が、おき<つき>を、をさめてこゝに、かたりつぎ、いひ次けらく、この野べの、あさぢにまじる、露ふかき、しるしの石は、たがたむけぞも

又よめる文庫の歌

  水そこに年をふる江の橋はしらあらはれて又世々にながれん

こは正親町の三条の侍従ぎみの、うい冠のいはひ物によみて奉り也。

〈樊〓〉

けふは午時よりこゝにあつまり来る。

雨蕭々とふりて、跡なし事かたりてたのしがる。

腕こきして口こはき男を「憎し」とて、「己はつよき事いへど、お山にのぼり、しるしおきてかへれ。

帰らずは、力だて止よ」と云。

「それ何事にもあらず。

こよひしるしおきてかへらん」とて、酒<の>み物くひて腹みち、蓑かさかづきて出行。

友だちが中に、老て心有は、「無益の争ひして、渠必神に引さき捨られん」と、眉に皺よせて思ど、追とゞむべくもあらず。

大蔵は足もすぐれてはやく、まだ日たかきに、御堂のあたりにいたりて見めぐるほどに、日はやゝかたぶきて物すざましく風吹たち、桧原・杉むらさや/\と鳴とよむ。

暮はてゝ人なきに、何事もなし。

下山の僧おどろきて、「夜に入、たゞ一人はいかに。

あやし」と、咎めたり。

「大願の候て、こよひはこゝにこもり明す也。

大権現の御慈悲かうむりて、成就あらばやとこそ。

もし御いかりに触て命失なはんには、大悲の御ちかひはむなしかるべし」とて、つらつきすざましくたくまし。

いかなる願心かしらねども、たゞたのめよ/\。

」とて、山をくだらるゝ。

雨はれたれば、みの笠投やりて、火切出し、たばこのむ。

いとゞくらうなりて、「さらば上の山へ」とて、木のくれ闇の中を、落葉ふみ   はらゝかしてのぼる/\。

十八丁といふ道中、「我天狗ぞ」とひとり言して来たり。

御社の前に、「何をかしるしに」とて、見めぐるに、ぬさたてまつる箱の大いなる有。

「是を」とて、かづき上るに、此箱忽手足おひて、大蔵をかろらかに引さけ、空にかけのぼるにぞ、「ゆるせ/\」と叫けべどもこたふべくもなし。

飛かけり行ほどに、波の音の高く聞ゆるに、「今は打はめつらん」と思へどかひなし。

夜はやう/\明たりしかば、神は箱を地に投て、いづちしらずなりぬ。

見わたせばこゝも海邊にて、神の御やしろ有。

松杉かう/\しきが中にたゝせたまへり。

かんなぎならめ、白髪交りし頭に烏帽子かうむり、浄衣馴たる手に今朝のにへつ物、み臺さゝげてあゆみくるが見とがめて、「いづちよりぞこゝに来たりし。

見しらぬ人や」と問ふ。

「伯伎の大山にのぼりて、日暮て神につかまれて、遠くこゝにまゐりぬ」といふ。

「さて、こゝはいづこぞ」とたづぬれ者どもが「大蔵がかへりし」とて、老もわかきも、まして友だちの無益のあらそひせしがあつまり来て、「先物くへ、足洗へ」といふ。

母と兄嫁とは立さわぎて涙のみ也。

父はたゞにら[く]みて居たり。

兄はかまどの前にたばこのみ/\、「命生て、親たちのよろこびをわするな。

今よりはいたづら遊びなせそ」とて、うそ吹ゐたり。

大蔵もこりたる体にて、二おやの心をとりて兄にも詞をかけ、山枴かたげて朝とく出ゆく。

友たちが皆[いふ]「無益の腕こきやめよ」といふに、母がうれしがりて能々念じて心あらためよ。

人なみならぬ力量には、柴刈、木こりて、牛の荷ほどはかづけば、銭多く得たるにぞ。

「酒のめ。

物くへ」と喜ぶ事限なし。

「今は御山にのぼりて、命たまひし御ゐや申さん」といふ。

「けふはのどか也」とて、出したてやる。

「銭たまへ。

物もとめてそなへ奉らん」とて、母にさき立て行。

倉やの中の櫃の内に「たゞ二百文たまへと」いふ。

ひつの内をみれば二十貫文からげたるを、「博奕のまけかへせ/\と友だちがせめるに、此ぜにしばしかしたまへ。

やがて山かせぎして納めおくべし」。

つかみ出すを、「兄が力なるぞ。

我物と思ふか」とてゆるさず。

こたへもせずして、母をかた手にて、ひつの中へ打こみて、足はやにはしり出る。

嫁が見つけて、「其銭いづこへ」とゝどめたり。

これも又片手にて、柴つみたる上へ投上たり。

父は午睡の夢さめて、「おのれ、そのぜにいづくへかもて行」とて、後より抱とめたれど、老の力よわければ引れて行。

兄は杳に見付て枴とりて追ゆく。

谷わたる丸木橋の所にて友だち立むかひて、「おのれは/\」とて、前より組つきたり。

是を足にかけて、谷水のたぎり流るゝ所へ投入たり。

父と兄とを[も]一つかみにして、同じく打こめば、是を見る人、「あれよ/\」といへど、足はやければ取迯しぬ。

里長、目代にうたへ出たり。

「さても/\大罪人也。

関破りし時、刑して追はらふべかりしを」と息まきたり。

「かたちを國々に絵にかゝせて触よ」といふ。

山里なれば絵かく者なしとて、年とかたちをくはしく國々にいへば、「承りぬ」とてたちぬ。

大蔵は韋駄天ばしりに迯のびてつくしへ出たる。

博多の津へ行て、博奕の中に交りて、何のさいはひか銭多く勝たり。

こゝへも「しか/\の大罪人とらへよ」と触ながさる。

此あぶれ者どもゝ、「大三なるべし」とて、目くはせしかばこゝをのがれて、「銭はおもし」とて、黄かね十ひらにかへて、長崎の津へ迯行て、やもめ住のわびしきもとに身をよせたりき。

ばくちに勝ほこり、「財主ぞ」とて、酒に酔ぐるひして、打たゝき、いとつらく、おそろしさに、丸山の揚屋へぬひ事にやとはるゝをたよりに、「かくしてたべ。

我男は鬼なり」とて、わなゝき/\たのむ。

酔さめてよべどもあらず。

「さては、我をうとみて迯出しなるべし。

いつもの丸山へ行しならん」と追ゆきて、「我めをかへせ/\」と、あらくのゝしりたる聲すざましきに、あるじ家の内の者も、こゝにやどりしまれ人も、「いかに/\」と立さわぐ。

さうじ皆けはなちて、こゝかしこと乱入、酒ぶりの取ちらしたるをのみほこり、肴ものゝ鱠も何もくひちらして、気力ます/\さかんにて、又躍りくるふ。

もろこし人の遊ぶ所へ来たり。

屏障けやぶり、

楠公雨夜がたり

  楠公湊川の陣に、夜雨蕭々とさびしきに、近臣をめして、

「面しろき物がたり有。むかし/\、猿が島といふは、はるかなる西國のはてにて、いとにぎはしき所と聞ゆ。そこに

楠公雨夜かたり(猿嶋の敵討)

楠公湊川の陣に、夜の雨蕭々とふりてさぶしさに近臣をめされて、「おもしろき物がたり有。

こよひの興にかたりて聞すべし」とて、茶かきたてさせて、さてかたり給へるは、「むかし/\猿の尻はあかうその事どもよくきけ。

西の國に賑はしき所といふ。

長者の庭に柿の大樹五もとあり。

其垣ね流るゝ谷川に穴ずみする蟹の翁あり。

或時にさる丸かきの木末にのぼりて、よく照たる実を心ゆくまて取くらふを見て、翁立よりて、乞ていふ。

「うまきを一つたうべよ」といふ。

猿丸は心あしくて、「いであたへん」と、大なる石の垣ねにあるをつる/\とはひ下りて、蟹が背に礫うちして、ついに背さけて死たりしを、心よげに、おのれは家に入ぬ。

胎生なれば、疵口よりあまたの子どもはひ出て、もとの谷水に   かへりし。

後にたゞひとつ大きなるが、此子を聞しりて、仇打せんとねらふ事久し。

又垣のへだてをこえて、八十ばかりのうばらあり。

黍の粉の団子をつくりてうまげにくひたりしに、蟹のまなこきら/\しく、両螯をあげていふ。

「およな殿、何をうまげにめさる」とゝへば、「是はことしの垣ねにつくりたるとう黍のだんす也。

ほしくばあたへん」と云。

「先ひとつたまはれ」といふは、やがて取てあたへて云。

「汝が親蟹はいかにしたる。

久しう見ぬぞ」とゝふ。

「されば其事にて候。

去年の秋の事なり。

あの隣の猿丸が柿の子ひとつたうべよと乞しに、柿はあたへずして石のつぶ手打して、親はそこに死て候。

にくし/\敵うたんと思へど、かれは多くの狙どものあつまりをりて、猶我をもつぶ手打せんとするに、今に心ざしをとげざる也」となく/\かたる。

うばらいふ。

「狙は人まねしても、よき事はせず。

仇打せんとならば多くの者をかたらひてうて」。

「しかは心得候へども、水中の穴住海老は、甲を着て鬚の矛取たれど、水をはなれては、おのが輩よりよわし。

魚は海中にこそ人をもとりくらふがありといへど、そとにはいまだいたらず。

到らば又必くらはん。

誰をたのみ、たれをかかたらはん」とて、ふたつのはさみ、八つの足ずりして泣さま不便也。

「いふ所ことわり也。

我はかり事を授けん。

汝がすむ流れには、いつより水そこにしづみたりけん、鋏のさびくさりしあるを、両螯にさゝげて皆めせ」と云。

臼は心ゆくまゝにくひつくしたれば、そこらに糞汁をたれちらしたり。

鋏・金鍼・光、門に入て、猿丸が閨にうかゞひ入る。

長者はしらずしてうまいしたり。

鍼まづ入て、猿がはだへをさす。

「こは何事ぞ。

いたや/\」とて迯いづるを、はさみ、ね屋の口に在て、まめ/\しき右の手をはさみ切たり。

「あ」と叫んで、門の方へはしり出れば、ふん汁にすべりてたをるゝ所を、いし臼軒よりおちて猿が上にどうと音してはたらかせず。

蟹はひかゝりて、「おのれに親をうたれしぞ仇うちおぼえたり」とて、両螯に力を入て猿が首をはさみ剪たり。

此さわぎに群狙はこゝかしこと迯るを、物共追つめ/\てみな殺しにしたり。

猿丸は南朝の帝也。

れいの手のうらがへす叡慮には、君といへどもたのみなしとて、皆敵となる。

それをしたがへらば、黍団子の餌を多くあたへて朝敵の名をのがるゝ足利が侫才也。

されば西の國々には大禄の武士多し。

足利が後又渠が儂に奪ぼされん。

我は忠信の

翁聞つたへた昔、楠公の湊川の討死前に夜の雨のさびしさに、近臣をめされて、「面白いはなしがある。

昔/\、猿の尻はまつかいなばかりでもないぞ。

猿が嶋と云はとつと西の國で、□畠な所じやげな。

柿の木の大木があるを、旦那の猿丸が木の上のとつとさき、そより取にくふと、庭に穴住している蟹、「申/\、旦那さま、それ一つたまわれ」といふたら、「是やるは」といふて、くさつたのを蟹の目をあてに投つけたる。

ぴつしりといふて、目ばかりではない、命もしまふてのけた。

親の腹から子がはひ出て、いつのまにやら成人して、親のかたきうちに出る。

道にて、「蟹殿/\、どこへいかしやる。

おこしの物は何じや」。

「日本一の黍団子じや」。

「一つくだされ。

倶申そか」。

段々大勢になつてかたきの内へしのびこんで、雪隠やら、寝所やら、庭やらにかゞんでいて、迯る所をはさみやら小刀やらして、首はどうと切たげな。

足利の反逆も是に同じ事で、ついに天子を島へ流して弑しなつたといの。

めづらしいではないか。

汝らもようきけ。

ない命はすつぱりと死で名を上よ」といわれた。

子の正行どのも父が討じにと聞て、「お腹めさりよ」とあるを、母御が見つけて、「汝ようきけ。

たのみなき世には有とも、君の為此子といやれ。

我生のびん」。

又正行どのゝ内政が「よめつた夜から帯といた事なし。

おきに入らりませぬか」と問たら、「君のために生てゐる命、何の契約してくるしみを見せん」とありしとぞ。

此内室もついに尼になつて、後生を大事ととむらわれた。

天地の興廃はかくの通りじやぞ。

此物がたりのつい手はやくたいじやほどに。

〔春雨草紙〕

(血帷子)

此巻、病によりて筆とゞめしかど、次々仁明の御代まで、思ふ旨を作かたるべし。

□かたびら

□排國高日子尊、開初より五十一代のまつり事聞しめしたまへば、五畿七道水□なく、豊民万歳をうたひ、良禽木□えらばず巣くひて、大同の紀元佳□の奏文、史等字を織、章を彩て、聖代のためしを奉る。

御同腹神野親王を皇太弟の宣命下る。

御母藤原乙室を皇太后、御祖父良継公を太政大臣、外祖父阿倍古美奈を正一位の尊号を贈たまふ。

又勅曰、「朕民の父母とな        、民を煩はしむ事を憂ふ」とて、帝宮に終らせたまへば、拝賀をこの宮に奏したて祭りき。

皇太弟、聡明、和□の書典にわたらせ給。

筆、皇孫にためしいさめを納奉る。

御醫出雲の廣貞を□□くすりを奉る。

又議奏の臣等はかり/\て、僧玄賓をめして、御加持のいのりせさしむ。

伯耆の國に老を養ひてあれど、王命國の守に催されて、日夜なく朝庭にいたり、霊鬼を逐ひ、魅を去しめて、日ならず「たひらかにわたらせたまふ」と帳内より申出すれば、「さればこそ」とて、仲成ほこりて、外臣をいやしむ。おほん歌、よろこびにうたはせしかば、琴笛の御垣めぐりて、高く合奏す。おほんは、「さをしかはよるこそきなけおく露は霜むすばねば我わかゆ也」このませたまはねど、御かはらけ三度とらせたまへば、内侍の正扇とりて、「三輪の殿の神の戸、おしひらかすも、いくひさ/\」と、袖かへして□とほさぎたてまつる。是より御こゝろすゞしく、□朝政怠らずとはなく、「夕御膳遅し」と玉簾たれて入らせたまふとぞ。仲成皇太弟の才学に長じたまふを忌て、「文史の官は彩色のみにて質なし。皇祖の尊、矛に道を□かせ、利劔に仇を撃たま□□□□□□□□せます也。□へども        一睡にさめ、閨房深からねば、玉體そこなはず。皇子・皇女あまたならば、千歳慕の実玉かた麻に盈ぬべし」と申。是に戯れたまふともなくて、酒宴・歌舞、日毎に遊ばせたまふ事と成ぬ。

太虚雲なく、風條を鳴さず、一日怪しき者を見上させたまふ。

蛮人車に乗り、羽扇に風を吹しめて走る。

□の轟き、高楼にひゞく。

是を「いかに」と又御心なやましめたまへば、玄賓大呼して地に堕す。

空海、念珠をもて撃て見れば、人なり。

櫃にこめて浪花の海に流さす。

忌部の濱成、其堕たる所を三尺ほらしめて、神代ながらのをらび聲□てとこひやらひ、清めすゞしめたりしかば、「御心もすか/\しく」とのらせたまへりき。

されどいかにせん、善柔の御うまれつきにて、とにかくにはやく帝坐を去らばやの御心やまず。

聖人の経教はよめがたしと遠ざけたまひしが、もし□□ふかく学ばぬが□しきに、時々不登稲

参るより、先うかゞひ奉るに、更に御なやみあらずとぞ。

おほん心にもさしてと思しめせば、先かはらけとらせたまへり。

栗栖野の流にのぼる小鮎なますに、芹川の川のりくはへてすゝめまつる。

海の物・山の物けふのせぢみは停めさせて、歌まひの聲、けふ はつゝませるには、夕囀り鴬、初夜に月出て、杜宇落かへり鳴音興あり。

御心すが/\しく大とのごもらせぬ。

あした思しめす事也。

空海をめさるゝ。

玉坐ちかくゆ□させ、物とひたまふ。

「三皇五帝ときく代に教へなし。

我國にも、皇祖より十代、史にしるす事なかりしはいかに」と。

空海かしこまりて申。

「いつれの邦か教へにひらくべき。

民は日出ておき、日入てふし、飢ればくらひ、渇けば飲む。

争ふ事なければ聖人出ず。

『三隅の網、一隅を獲ん』といひしが私のはしめぞ」と申す。

「さらば汝が修する佛法は」。

こたへ申す。

「経典をよみて、理趣をあきらめんは、醫士、素問・難経を学びて、其説を究むるに、□□□□□□□□病を癒す□□おきて活手段也とも」。

叡慮解てまかんず。

「空海が言、実なる哉」とて、上下の公卿皆感ず。

皇太弟神野につかふる人は、僧も阿諛の舌ありと憎む/\。

いかなれば、太弟みそかにかし原野の御陵墓にまう出て、密奏の長文、夜明ぬあいだなれば、誰聞べきにあらず。

故に傳はらず。

今上やう/\御心さだめやしたまふ覧。

ついに御位を太弟に譲らんの勅旨ありて、平城の故京に下居の宮つくらせたまふ。

上下、民にいたるまで「□かなれば」と、眉をひそめざる者無し。

ならは   元明より桓武にいたり、七代の結宇、いにしへより壮大例あるべからぬを、御父帝いかさまおぼしめしてか、長岡の狭隘にうつらせ給ふ。

□□靡のはて/\よからじとおぼしてやと人□□問せしを、わづか十三年にて、又今の□□宮にうつらせたまひて、曠野をはらひ□□ならし、宮楼又ならに習はせたま□□深き者はみそか言していひあへり。

□□のにほふか如きを再び見る事と□□ゆる人もありけり。

奈良の舊都

春雨草紙一の巻

血かたひら

天おし國高日子のみこと、開初より五十一[二]代の大まつり事聞しめしたまひ、五畿七道水旱なく、豊としをうたひ、良禽木をえらばず巣くひて、大同の佳運を奏文す。

紀伝の文史等字を織章を彩り、聖代をことぶき奉る。

御はらから神野の親王を皇とぞ。

一夜夢見たまへりき。

先帝のおほんたからかに、「けさの朝け鳴なる鹿のその聲をきかずはゆかじ夜のふけぬとに」。

打かたぶきて御歌の心をおぼししらせたまひ、一日もはやく下り居んのかたじけなき御した心に[を]ぞおぼしなりける。

又の夜先帝の御つかひ也。

「早良親王の霊かし原のみさゝぎに参りて罪を謝すといへども、おのが裔ならぬ代をなげき給ふ」と見たまへり。

是は御心の弱きにもあだ夢とおぼしゝらせたまひけり。

猶事なく、「御くらゐさらすまでは」と、僧かんなぎに、祭壇日々に昇らせつゝ、□□□□□にぞし給ひき。

侍臣藤原の仲成・妹の薬□□□□□「夢に六つの数あるぞ、むなしき事なれ。

よきあしきに数定まらんやは。

御心のよわきにあしき神□のつくよ」とて、出雲の廣成に御薬奉らす。

又議奏の臣達はかりあはせて、こゝか[の]しこの神社、大□□御使ありけり。

猶、伯耆の國に世を避し玄賓を召され、御加持まいらす。

玄賓は道鏡とひとつ弓削氏にて、そのかみはめされしかど、道鏡が暴悪けがらはしとて、山に隠れし大徳のひじり也。

七日朝庭にたちて、妖鬼を追しかば、御心すゞしくならせたまひぬ。

「帳内に日毎まゐれ」とみことのりありし。

□□仲成、外臣□□んとはかりては、薬子心合せてなぐさめたてまつる。

又、是にもほだされたまふなりけり。

日夜の御宴、琴笛の哥垣、八重めぐらせて遊ばせたまへりける。

此うたひあぐるは御製也。

「さを鹿は[の]よるこそ来鳴けおく露は霜結はねば朕わかゆ也」。

御かはらけ三たびとらせたまへりき。

薬子扇とりて立舞ふ。

「三輪のとのの神の戸をおし開からすもよ、いくひさ/\」、袖かへしてことほぎたいまつる。

あした、御心すゞしくて、朝に出させたまへりき。

太弟のみ子才学長じたまへ[ひ]るを忌みて、みそか言するもあり。

又この御代にとあしくたばかる人もありけり。

皇祖□□□□□□□□□□□□に仇うたせ□□□□□□□□□まで、文史のしるすべき事もなくぞありける。

儒道わたりては[の]、代々に酔ごゝちしたまひてぞ、太初のゝちも、民日出ておき、日入てふし、飢てくらひ、喝してのむ。

世のありさまははるかなる事になん。

天津をとめ

嵯峨のみかどの英才、君としてためしなければ、御代一たびは推しらせたまひて、萬を唐ざまに、文も歌も学ばせたまへば、上下皆是を習ひて、□□□□□□□艸にもあらぬ竹のよの□□□□□□□□□□□□□□□そを□□□□□□□神護寺□□□□□□□□□とかり行り。

今上の皇太□□良親王にほどなく御くら居ゆづらせたまふ事、是又史官の記しつたへされば、上下皆ありがたき御代とさしあをぎ奉る。

後に仁明天皇と尊号し、歳を承和と改させたまひぬ。

嵯峨の上皇の唐ざま執行なはせて、世は西にしたがひ、福果は又の西にうつりゆく事、この國のかんなぎもしらず。

儒士もいかにとことわり尽さゞる。

是も佛のちかひの網の大なるも□□りける哉。

今上叡智にまし/\て、天のした治めましける。

たゞ唐ざまの中に、奢靡のあしきをおぼししらせども、みそかにはしか有ばやとおぼしたまひぬ。

良峯の   □□□□□□□□□明暮□□□□まつはさせて、文よませ、みそかに事はかりたまひぬるは、御さかしさよ。

玄宗のはじめかしこくて、後乱し事学びたまはんや。

たゞ御心の是に伏させたまふはいかにせん。

色を好みたまへど、御面に露あらはさせず。

したには是をおぼしわするゝ事なきを、宗貞はかりしりて、「年毎の豊のあかりの舞姫は、清見原の帝のよし野に世を避たまひし時御くらゐしらせたまふべきさがにぞ。

此たびの宮にかはらけめぐらせたまふに、天つ空よりをとめ五人くだり来て袖をかへして舞しがはじめにて、いとめでたく、ためしに見そなはすべき事」と奏す。

よくぞ聞せし。

ことしの新なめに盃有べく、触くだせたまふほどに、御むすめもたまへるは、よろぼひを尽し□まつ乙女いたりて捕ふ。

これは皇太□□□貞の御代にとくなさんの□□□ぞ身を亡ぼしけり。

奈□□□□□落髪したまひて、恒□□□□□□名改させて、世かくて□□□□□□あゝ廃立受禅の事□□□□□□はかるは、唐ざまのあしきにこそありけれ。

帝の御心は猶唐ざまによろづをおぼしぬれど、御つゝしみ深くましまして、あらはさせたまはぬこそたふとかりけれ。

嘉祥三年に神がくれましましけり。

御陵墓は紀伊の郡ふか草山に納めたいまつ□ぬ。

御はうぶりの夜に宗貞くらくしてさりぬ。

是は時の大臣の御心をおそれてぞなりける。

殉死といふ事、むかしとゞめられしかど、此人こそしかあるべけれ。

衣ひとつに、みの笠かぶりて、こゝかしこ修行しあるきけり。

一夜清水寺におこなひてありしに、小野の小町、こよひおこなひしてをるとなりのつぼねに経よむ聲のたゞならずおぼえて、もしや宗貞法師かとおししりて、哥よみておくる。

「石のうへに旅ねはすれば肌さむし苔の衣を我にかさなん」。

これが「小町がこゝに在て□□□おくりしよ」としられて、「□□捨しこけのころもはたゞひとへ墨つぼに筆しめして、おくれる紙のうらにかきてとく迯さりぬ。

かくありあるほどに、五條の皇太后、「帝のかたみの人ぞ」とて、さがしもとめさせけり。

御垣の内つ國にのみ行なひありきしかば、見あらはされて、又内参りをなんしける。

僧正位に昇りて、遍昭と申つるは此宗貞の事□なりけり。

をの子ゝ二人あり。

「兄の弘延は宮づかへせよ。

法師の子はほうしになれ」とて、弟は入道せさせけり。

素性といふは此弟子の事なりき。

哥は父にまさら[しら]ねど、□□□□□□つ心よりあらね□□□□□□□はみたりにこそあらね。

世にたかき名はあらざりけり。

僧正花山といふ所、山科の内に御てら建、修行まめやかにおこなはせけると也。

佛の道こそいと怪しき事なけれ[はあらぬ]。

是もおのが

目ひとつの神(目一つの神)

文明亨禄の代々の乱、五畿七道道なく、山ゆけば、緑の林、海ゆけばしら波立騒ぎ、いづち故さとゝか恋しのぶべき。

あづまの国の人、都に三とせあまりありて、「文よむべき心を得てん」と、師をかなたこなたに求めしかど、大かたはたわやぎたる事をよしとして、男だましひなく、たま/\物書は僧家にのみ有て□□さに始□□□□んとして、わづかに身を立る事に苦しむを見聞ては、問はず習はず、孤陋の窓にあるべきをと、今は思ひなりて、親め子なき故さとも忘れぬものに、あふ坂の過書ゆるされて、一人東をさす。

草の枕は上り来し時に馴たれど、三歳のいにしへに成ぬれば、又立かへりうさうひ/\しさを思ひつゞくるに、老曽の森の木隠れをこゝと定めて、先わけ入見れば、風に折たりともなしに大木は倒れてふみこゆるだに安からず。

落葉小枝塗をうづみて泥土をわたるが如し。

神の祠あり。

軒こぼれ階よろぼひて昇るべくもあらず。

すべて草高くおひ、苔蒸被に似たり。

誰やどりし跡ならん、すこしかき拂ひたるやうにて、枕にと根はへる松あり。

こゝとたのみて、笠の緒とき、負し包袱をおろし心おちゐぬ。

時の鐘・つゞみ打寺も遠きにや、物の音ふつに聞えず。

風吹ねど、木末のさやめくひまより見上る□□□□□□□ありか□□実にや□□□□ねむ□□はつくべくも□□く、古き詩のこゝろのこよひに似たるを□□しつゝ、露ひやかな□□心すまさるれど、時々しぐれめきて降るこそうけれ。

あやし、人のこゝに来る足音す。

とらへてんは思はねどよく見さだめて、後の物がたりにせんと、たけくこがしたり。

背たかき神なぎが手に矛とりてしるべするさま也。

修験が柿色の衣やれ/\たるをむすび、□□□□金剛杖静につき鳴しくる。

女臈のしろ小袖にあかきはかまのすそ長く引はへ音はから/\とする。

糊いかばかりと思はる。

桧のつま手に乱たる扇かざせし皃をみれば、□らき夜の木ふかきにもあきらかにて、まさに狐也。

又あとにつきしも、すこしふつゝかには見れど、内づかへする命婦にやおぼしく、是も狐也。

社の前に立ならびて、かんやぎ中臣のをらび聲物すごく奏す。

殿の戸あらゝかにひらきて出る神は、白髪長く鬚□て二尺はかりなるを、手まさぐりしてあゆみ出は髪とゝもに乱れ、目一□□□□也。

鼻□ありやなし。

口は耳の根□□□□れたると見□白き大うち着のにぶ色にそみよごれ、藤[紫]の無紋のはかま、是はちかきにあらたに調ぜしよとぞ見る。

立並たるむかひて、「修験はいづちより」と問ふ。

神なぎが申、「きのふ筑紫を立て、都の何がし殿のおほせ言かうむりて、あづまに、あすは何とか云殿のもとへ聞ゆる。

事のいそがしくもあらねば、こゝ過るに、神を見上拝みしてんとて、鹿の宍むら一股油に煮こらし、出雲の松江の鱸の鱠、よくてうじて来たられたり。

こよひの御さかな物にすゝむべしとて也」。

神云、「こゝは海にせまりたる所なれど、鯉・鮒のみにて、珍らしき名さへ聞く事なし。

そみかくだは山ゆき野行て、毛荒き物の品、常にこそあらめ。

賜しはいとよろこばし。

先酒あたゝめよ」となり。

山陰ならねば、日影はなし。

命婦、正木づらの手すきとりかけて、御湯奉りし竃のこぼれ残りたるに、手にあたる枝・葉・松笠さしくゆれば、くらかりしも昼にあらたまりてあきらか也。

火の明りの命はかゝる時にあれましけん。

兎と猿が肩たゆげに、大なる酒瓮さし荷ひて、遅きをわぶるさま也。

桧扇とり収めて、かはらけさゝげ参る。

「あい」と云よりは、[下は]下三かさねを、御臺の古びたるにゐや/\しくて奉る。

神取上て湛へさせたる香は、我枕にまでかんばし。

さかな物是かれ、うまし/\とて、「先まれ人に」と取つがす。

修験ひとつほして又参らす。

「あの松がね枕に空寐したるも、こゝに来よ」といふ。

采女が「めすぞ」と云に、心うけれど、立て御前にゐざり出づ。

「若き侍は下野の人か。

那須のゝ原にはあらね」と、女房が盃とりつたふに、「寒きに、一二つかさねよ」と也。

おしいたゞきて、好めるには二つのむ。

「三輪山にほりすゑしよ」とほめ言すれば、「是は修験がこゝにて醸せし也。

薄かるべし」とて、「猶ひとつ」といふ。

又社のうしろより出くる僧の、黄衣肥ふとりしに、み□せはからず。

蝿はらひ、ふり立て「飲酒戒は破し安くをさめやすし。

こよひのあそびには四五つほしなん」とて、神の左坐に昇りて足くみたるつらつき、鬼には角なけれど、まさにそれぞと見る。

盃の巡りいく度ならん。

侍は人なれば数おとるを「すゝめよ、/\」とて、あかきはかまにおほすれば、「こよひ君が為に」とて、扇しはしにて取やるを見たれば、三千の中に二三のかほよ人ぞと見せたる。

いと珍らし。

立あがりて、「から玉や、/\」とうたふ聲ほそくにほひふかし。

僧打わらひて、「あらはなるこそよけれ。

面あらためて何する。

誰かひとりで立まへ。

枕ならべんといふべき心なし。

酒つぎてまゐれ」とて、「さすがに宍も膾もくさし」とて、蕪根を塩におしたるを噛くらふ音さゝやかならず。

松が根枕に、「汝は都に三とせまで在しとや。

よき師ありしは今より五六百年前のむかし人に絶て、たゞ和哥の道と云事をたふとび、文かけど女ぶみにて、後につたへ心うべき事はあさらに書もつゝらず。

哥のよしあし、冠さう束の色を古きにかへてにほはせ、鞠にみだれ、遊び糸竹の内に及ばぬをなめしくして、曲のおもしろきは傳へなくなりし也。

めゝしき三十一字を神にいのり、命にもかへんと苦しげに息まきする、あさまし。

文はわづかに意を達すると云にも到らず。

打なよびだにすればとつとめたる武きものゝ為に世をせばめられ、身をひそめ、腰をりかゞめて、おのが領たる所をさへ盗人に道きられて、秋くれども納めを見ず。

さるは人に口養はるゝも、さすがに爪くはれて、おのが遊びわざをこと/\き[く]教へを立        人を誑けば、まことよと貴びて、是を聞尊ぶも、乱たる世の人心也。

天つちを動か□にあらず。

君の為、親のために、家を忘れ、血にぬれつゝして、後の名もとむるにもあらぬ人のなけき出したるを、あなとはいふらめ。

天つちも神も哥の数かぞへて、字あまりてしらべわろしなどゝは申されまじき也。

おもへ、李白が百篇の詩、花に鳥にうかるゝ者の感ずるのみ。

書を讀て、いにしへをかへり見れば、この國には、柿本の朝臣を神とたふとむ。

近江の都の荒たるをひそかに悲しみたるほかは、春の霞を望見、秋の月の前にうそ吹さしあをぎ、おほかたはいもせのかなしきをかなしび、都にゐ中に妻あまたもとめて、鴨山の岩ね枕にけふ終るとは、都のめのゆめしらじと云つゝ死たるを思へば、五十の内外に命終たるにこそといひし人さかし。

つらゆき忠岑に思たはれて、名をにごし、栗田の何がし殿のあだなる夢見のかたちを絵にとゞめて神と祭らるゝ。

□おのれ心はづかしくもあらめ。

よき歌とて世にかたりつたふるは、さきに云よ。

あやぎぬに花鳥を繍物し、桜が本にれうま□□まれ人招き、遊ぶにこそあれ。

よし野龍田もやどりなく飲くはでは、おもしろともなか居せし法師のよくよむは、其つら        はあらねど、よしのの花は必雲よ雪よと口まねしてほこりかなるうるさし。

さいつ人のはじめてそれと見しといふこそ新らしけれ。

我目一つにして世を見わたすに、詩も哥も人まねばかりのあだ言也。

天地動かんやは。

鬼神感ぜんやは。

我目口に所せかれて、鼻なきにはくさきは思はねど、目の光を曇らすがうたてし。

長ことに舌痿たり。

和尚は何にも心をとゝめずしていふ事愛なし。

山伏かたれ」と云に、「山海を飛かけりて性さわがしきには、興ある事も聞しらず。

詩文と云事に我鼻をあやかる人のつまみきらば、やわらかならん哥よむ人の心こそ驕たれ。

この鼻はかたく骨だちて、折とらば□□□□□□□□そゝぎ入べし。

□□□□□□□□□には見ゆるし過す也。

くさく思さずは、我羽扇もて百里の外にはらひ申さん。

鎌くらの愚なる大将の前にとらへられて宮中の事いかにと問れ、『我しき島の道ならで浮世の事を問はるべし』とはいかに/\。

朝庭につかふまつるは、ことの葉によりてつかさ位やすゝむ。

又世の大事をもて浮世の事とは法師のいふべきを、冠さう高きに坐したる人の心とも聞えず        同じ乱の末に皆とらへられて六条河原に首刎らるゝ時、『みな人の世に有時は数ならで憂にもれぬ吾身なりけり』と打泣たる佐介何某は、武士の数にもかぞへられずして、阿諛乱業の者どもに常には膝折かゝめたるぞよ。

歌は武士の任にあらずと定めたるは聞にく[か拙也]し。

冠服の師の義家の軍物がたりを聞て、あたらものゝふに兵学にしらぬぞ聞ぐるしと有し。

さしつかふる鼻は親のうみつけたるなれば我に似たりと人わらふとも咎なし。

ばうこ雛のやうにてあらんも、我つまみ出さば和らかながら延たらんものぞ。

東西に雲に乗、南北の風を招きて、海の内はわづか也。

東の國は人の心たけしとのみにあらず。

翅ならばかゞ啼鷲、尾あらば口大なる山犬よ。

くらへど飽ず。

飢て吼る聲、峰も谷もとゞろかす。

足がら・箱根の東は、陸奥・出羽・越後の蝦夷、或はしたがひ、帰れば背く。

教へてしらず。

問学ぶ心なかりし國々なりしを、いつの代より和せられて、都にまけじと立ふるまへど、舌だみて物云如く、ついにはあらはれて、乱たる世の人に似たり。

これは逢坂山こゆるより、むかしはしかりしかば、筑紫の島の崎        守らせて、夷國にそなへしめしは、関より西の國の人は遣はされざりし。

西は又はやくの神代より開けしかば、唐國のよわき□□坂のこの手がし葉二面のみにあらず。

たゞ今にもつよきに伏して、君を捨んねぢけ草の心をかしこしとおもひ、たくはへて、たのむ蔭のたのまれぬ宿りといふべし。

云つのらば幾日にか終るべき」と口を閉づ。

女房打ゑみて、「色に酒にたわけるはつよき弱きのわかちあらず。

吾は迷はされじとさかしがる人招けば、野原にやどり、沼に湯あみして、よしといふ也。

それが中に東の人は木すぐに、恥もわすれて、妻よばひすれば、あら/\しきに似ずいとほし。

西の國は待夜を来たらずして、こがれさせ、衣のいろあひにけはひよくして、思はする事を専らする也。

是も今は東西に関なくなりて、あづま絹はあしゝといひしも、都の機にまさりてよきを出し、色こく艶はせこまかに染くゝりて、価たふとし。

さながら既に云如くあづま語の平上去をえわかたず。

此國の人には有まじき入聲とかつまりたる言いひて聞ぐるし。

鴬もなまり、花もい中げに□□ふかきを、だみたる聲はなかめ』とよみしは同心のまた佛智にうとく        思ふ。

又さゝ波や志賀の浦へに駒とめて、比良の高嶺の花を見し□□□□□神をはじめ人々も、我空に飛かけりて見れども花さくべき嶺ならず。

さくとも打のぞみて見るべきかは。

よき眼にありとも、神の一つの光に、湖の南北を見わたしたまふばかりには、えうまれこし人にこえん。

またいはさる事をと巧める情拙しと、めゝしき心にもおもふよ」と云。

神又かたり出づ。

「同じ語おなじさまなりとも、其地にいたりていふ時は似たる事いはじとかまへて、あらぬよそ/\しきながめをもいはめ。

哥のほまれにさへ幸と不幸あり。

赤人が、『わかの浦に汐みちくればかたを無み葦べをさしてたづ鳴わたる』と云は、千古に一人の名はとりたれ。

是がつかへし帝の筑紫の廣継が反逆をおそれ、京にも内応の臣あらんかとて、平城をうかれ出、伊勢・尾張・みのゝ國々を巡狩と名づけて出させたまふ時に、いせの阿呉の浦にて礒にたゝして打のぞみよみませしおほん、『妹をこふあ□□□□□□□□□□□□□干のかたにたづ鳴□□□□□□□□□□舎人等か東國に禦ぎの心して、遠江・駿河まで前駈せし中に、高市の黒人が尾張の國にてよめる、『桜田へたづ鳴わたるあゆちがた汐干のかたにたづ鳴わたる』とは、時同じくて、またくひとつ言ながら、其地にいたりてけふのながめは、是えらびて云たらん。

しらずよみの犯せるに非ず。

又誰が哥ならん、『難江がた汐干にたちて見わたせば淡路の洲へたづ鳴わたる』共に萬葉集に出て可否は敲くべからずといへども、まづ天皇のおほんかくと聞たらば、人々かきけつべし。

えらひ出す後の人の心も阿諛にはあらねば、君臣の礼もて舎人等の哥は除くべし。

是は人心もつかず。

赤人のみを賞誉する事、幸不幸の言語にさへはづるゝ事なきを思へ。

智も才も運命、不偶、天資とかにや枉らめつらめ。

我國はいにしへより、帝都の幸ひなかりしを、天智の英主こゝに遷さ□□□□□□めぐりて、心の□□□大和は捨たまひけん。

又我そ□□□人のみ心も有けんを、いかさまにおぼしてかと人丸は云たり。

我すむこの國は上國といへど、半國に過たる大水にせまりて、人すむべき所は、山のふもと、原野、海のつらに家居して、風高に吹たち比良・日枝・伊吹、高峯/\に雪やきゆると待こゝ        のひまあらずして、おのづから人の心ゆるび動きたれば、たのもしからず。

蕩々波路も底は池水の濁りにたゞよひ、上わづかに流るゝを清しと云んのみ。

宇治に落くる瀬のいと狭ければ、千餘歳の今にとゞろきひゞきて、人の心貧□とも云べし。

我一目に見わたせば、一牀のかたはらに足すゝぐ盥をおきたりといふべし。

帝都なにとてつゞかんやは。

英主たりといへども、功にほこりて、孝徳帝をかろしめ、母帝にも親しからず。

大友の才学を愛したまひて、長□□いて□采女腹にて扶けなきをおぼしたまひ、また廿一にて摂政の坐につかしめたまへば、大友喜びて、百揆を事とり、群下をおそれしめたまふにぞ、人皆徳の君とはあをがずして、一言をかへす事なし。

今はよしとおぼして、即廿三にて皇太子の儲有しかば、いよゝます/\こゝろ驕りて、骨肉の皇子達にも相したしまず。

はやく父帝の叡慮のまゝにあらせしぞ。

この國に詩賦の祖とは此天なるを、誰か忌にくみて、大津の皇子と申はたがへりき。

叔父の天武、此虚を伺ひて、一たびは僧となり、吉野山に入たまへるは、古人の皇子の反逆の        めしとも疑ふ人なきは、上下の君臣皆この君によく撫順せられし故也。

されば、美濃に旗上たまふまでも、大和におはすとのみ心得て、東に備へとゝのはざりしかば、たゞ一挙に宮地は荒はて、国史にも皇太子と挙□たゞ/\罪□君のやうに譌りてしるせしは、文の質にまさるは史也と云しに、□□□□□□□□□□□□かへりて実をとゞめ、史官の□□□□□□□□□□書しるせる事うらめし。

帝都はこの國にては代々毎にこそあらね。

地を新たにとうつさせしはよき例也。

一足あがりの宮にこそあらね。

瑞籬柴垣百しきとて石のみかこみ立めぐらせしをおもふには、たゞ一たびの都の跡を見て、人丸・黒人等泣かなしむ事は、おのが親足の大津の浦浪に溺れ死せしをしのぶのみの心也。

『むかしの人に又も逢めや』『夕波千鳥か鳴は』ともかく故に、見しと云しをとさへ打かこちたる心あはれ/\也。

この時、吾はまだこゝに来たらざりしかば、はや風[チ]ふかせて、一たびは天武の御旗の竿吹折ざりしも、彼君の徳か福攷、幸福の分にこそあらめ。

一國湖面は鏡に似て、物の影よくうつせるは、水のう        かぬ故也。

うこかずは動かさん。

山伏どのゝ扇をからずとも、我大けき口の一嘘にはらゝかにたがへ[うつし]て、青き布となびかせ、原も丘もたゞ一時のさやめきに、人は被かづきて、れいの恐しとやいふらん。

人のわたりを吹しづめず。

稲穂をおとさず。

わづかに一嘘のたわぶれ也。

女房よと氷らねば、海をわたる石もあらず。

廣き原野はおのれが千とせふるすみかなり。

犬といふ物に追るゝとも、彼はすゝみ走るのみにて、横をれ、ひそまゝ、かへりてあざむかれたる如く狼敗するぞ。

長く我につかへて安くねぶらせんはこの國也。

大悟の和尚もすこしは物いへ」とかへり見る。

衿をひらき、腹をさすりて、「飲酒の戒破りたれど、腹はやぶれず。

この腹ぶくろはくひあき、飲あく為にもあらず。

時時打たゝきて、死物をよく活しむ。

葱白蕪根も葉をふたゝび生じて、又この腹に入来たる事幾度、日月のともし火からげて、汐なき油をさつき闇夜なく、曇天もしらず。

一瞬の千歳にたちて、人をうらやみねたみ、我に誇り、したしきを便りとすとも、あした夕べに契りたがひて、男と見しはたをやめ、君と        かへしは我やつこにくだらしめて、快をらんやは。

近江は茶のよく育□□□□小さき心は、一煎の茶に精神を爽快ならしめよ。

水よからずとも、茶味には厭ざるべし。

酒は涌あがりて狂ひ、茶は三椀にすましむ。

すむと濁るも又有べき事よ。

危きにあたりては避け、安きをえらひて坐せば、帝の牀低し。

水さむからず。

火あつからずとも、我は思はず。

さむき風に袖かづき、あつき火は五尺の外にをらんに、身こがれつともいふ人なし。

賢君も智略の臣も節うちたがひては暗愚に同じ。

君の令に人を殺し、國をうばふとも、閻王のいかるべき事かは。

多く殺すは侯伯と昇り、是をころさしむるは帝覇の君、成琴を投、筆を捨、華厳をよむとも法の局に出たらば[は]、國罪に行はるべし。

法にかこまれて是を敬し、心は法を[に]のがれ出て遊ばんに、罪問はるべきかは。

我今歳百五十、稚童の□よりは、骨ふとり肉をかざりて、起居重たしとおもひしも、今はよろづの事心に適ひて煩労をしらず。

神も客人も今夜の物がたり、人の為に煩はされて無福也。

厳石を甘しとて   くひぬく虫は尤ちいさし。

したに大けくも飛かけらずも月を掌る。

すゑてなめ、こゝろ見んものぞ。

夜更ぬ。

空は月にあかけれど、この下陰はくらきに興長からん。

興つくすぞ、つくしはてゝつかるゝものぞ。

やめかへらん、いざ」とて立。

若もの、「御僧の庵は」と問ふ。

樹下石上、一夜一日の定なし。

けふは海をこえて見おきし所にゆかん。

おのれよ、露さむくとも、風冷□□とも一銭のかり代[テ]もつかへ、のはし□□ふし馴てゆけ。

足はおのれが奴僕なり。

よくすかしてつかはゞ、一眠りのいとまなしに故さとに到らむ。

いたりて家□ひたらば、又東西に遊べ。

関藁一束をかりてふせよ。

蚤虱は夜伽してくるゝ也」といひつけ、かしこまらせて、「再ひいはず。

目ひとつに口をくはへて、はたけにはたけ、いざ明る夜の星うたへ。

狐のつらならんよりはよし」といふ。

狐又袖を打ふり、「みやまには霰ふるらし外山なる正木のかづら」とうたへば、このかづらを手すきにかけし采女、「あし原田のいなつき蟹」うたふ。

神興に乗りて袖ひるがへせしかば、こゝに大風吹おこりて、林木たをれねど、どよめきおこりしほどに、比良・日枝・伊吹も風雲につゝまれて見えず成ぬ。

この若き男は、是にあやかりて地を吹上られ、喬木の枝に手をむすひとゞめて、「我ふかしむる風には損害せず」と聞しをためみてひそまりをる。

兎と猿は手打たゝきて、「紙鳶よくのぼりたり」と指さしつゝわらふ/\。

女房・うねめは盃はとりをさむ。

修験「あす鎌倉の□と云殿の為に使ひに行を、こゝに遊たわれたれど、午の時には至らん。

又軍のおこるそなへ也。

足利の代々は我友のために生旦外末の劇場、よく舞うたひやつする面しろさに使はする也。

聖君出てよく治めたと□□乗る雲風もはやからず。

地を走りて、人とゝもに行かよひたらん。

寂しきものと今より打つるゝ也」とて、金剛杖を腋にはさみ、風に乗る事一丈あまりにして飛さる。

狐・猿・兎、打つれだちてかへる。

かんやきは人也けり。

夢路も浮橋も是よりは正しからぬ物なればとて、うつゝなき事どものついでを、紙とり出、墨つぼに筆ぬらして書しるす。

神やぎよく書たまへ。

かくばかりあやしき事は、乱たる世に□□□□ともあらじ。

まめ物がたりと題して後につたへよ。

譌妄といはん。

拙き心には、よき事もまさめの事もえ書つたへしぞ。

この筆よく走るは乱たる人の上手也。

あゆみ遅からぬ□□字といへど、結し縄、川海の鳥のあし跡よ。

是も治まりて後□法よくとゝのへたらん。

されど太平に休んぜられて、腕よわく、心いらちて、何の風をよ。

筆(墨)[人]の糟あき人にて厚きは出こじものを、あつければ法を守らず。

守るは猿まね也。

我この神につかへて凡六十歳、たゞ手習して獨あそぶ。

性遅ければ、筆も鈍し。

鈍きを悔まず、心のゆくまゝにあゆますれば、我心として人に似ず。

面の如く人々同じからずといはずや。

似せて何せん。

よめずはよむな。

文字をだにおもひえば、蚪も字也。

字は知たりとも、文のこゝろたどり行ふ人の何こゝろとせん。

草・行もよみがたしと云。

篆・隷の畫正しきに書て見せば、猶えよまじ。

夜明たりとも、いそがぬ心してまろぶな。

捨石丸

みちのく山に黄がね花さくとよみし、今に、小田の長者といふ家、東のはてには世にことなる富豪あり。

父は寶も何事も子の小伝と云につかさどらせて、明暮酒のみて遊ぶ。

姉は[の]をとこなくなりしに、尼にゆるされて、行ひのみてある。

弟の小伝、骨痩々と聲さへひくゝ、家の事行なへど、恵み深しとて、立入ものよろこびつかふ。

捨石丸と云男あり。

背五尺の上なれど、横にふとりて、力牛馬にこえ、よく荷ひ走る。

酒くらひては野山わきなくてふしたる姿、千びきの石ぞとて喜ぶ。

長者へ立入ては酒のむかたきに、夜昼なくこなたにふす。

長者「心あひたり」とて、或時、太刀一ふりとり出て、「石よ、是は我祖父の力武者が常帯たまへりし也。

山に入て荒熊に行あひ、歯をむき爪とぎて立むかへしかば、「おのれにまけんや」とて、この刀ぬきて熊の腹をつきさし、首ごと切おとして提てかへりたまひしより、くま切丸とて名だかき劔、石になりてふさば、くま狼にくはれんもしらじ。

守りにさせ」とて、たまひぬ。

推戴き「熊は手どりにもすべし。

鬼きり丸にせん」とていはひの酒のむ。

酌にたつわらはめ、「三ますを安くけふはのまれし」とて、笑ふ。

刀を肩にふりかたげよろぼひいぬる。

長者「けふの酒量、常よりもまさりたり。

危し刀やけがすらん。

見とゞめてん」とてゆく。

「石にいかにもあれ、父あやうし」とて、あとに□□□□□□□□□□□□□流るゝ滝川□□□□□刀をぬき、腕首□□□□□□□□□は切わかたず