◆阿志乃也能記(草案)

此ごろ適暇ある日。木村のぬしがあしの屋を訪らひしに。あるじれいのまめだちて。茶くだ物なンどすゝめらる。いとも清らなりや。唐くだものはもろこし人の伝へくはしくて。手づからつくりなせし也。茶は竜井とかや。其名西湖のながめとゝもに高く聞えあげて。騒人のおもひを焦す事。陸氏が輩の編るふみらにをちこち見しりたれど。其香と味はひはけふなむ試る也けり。かつ近き比獲て蔵めたるふみら。唐のもやまとのも余多とう出てみせらる。又これは何がしの夷の国の波間にかづき得し也。それぞ此国の雲井なす高嶺に巣くひて有しなど指示さるゝをみれば。いとめづらし。磯貝と云も。こゝら見しりたるあだし物にはあらで。から国の文字に宝貝とたとみ。こゝのいにしへ人の玉拾ふともよみてめづるなむ。まことに是ばかりの光なるべく。翅といふも。あやなるいろどりのくさ%\見えて。世の常にあるべき物ともおぼえず。是らや聖(ヒジリ)の御代に出て。時の博士(ハカセ)らしから(首)打傾けては。ふるふみ(古書)あまたおもひめぐらしつゝ。ため(例)しめてたき祥瑞を奏すべき物ども也けり。是かれ問あきらむるに。=某の字にあてゝいとくはし(精細)めきたり。さて薬の事は。あるじが家わざ(業)にしもあらねど。此勤むる宗とするもの故。唐のもやまとのも。たぐひを分ち。(ニオ)にてあらぬを論じ。かつ獲がたきをえて。園にさへ栽お(生)ほせしかは。花にあか(分)ち実(ミ)にしるくて。いとかひ有ものから。おのが輩(トモ)のこゝに訪らひくるは。是が益(ヤク)みむとて也けり。けふはまろうど(賓客)のひま(間)ありて。あるじものどけくやおぼしけむ。日めもす何くれの物がたりしてなぐさむにも。=この物をあかちさだむるをのみきりことのやうにてなむ有を。いたくめでらるゝあまり。おのれもすゞろ(不意)なる(ニウ)問ごとして。いと興ある遊び也けり。主=(アルジイヘ)らく。おのれ此道に=る事。誠に釈氏の因縁なきにしもあらず。まだいときびは(幼稚)なるにも。なべ(メ)て木草の花をなつかしみて。あまた植おふ(生)し。つちかひ(培養)水そゝぎ(=)などするを。いとうれしきものにて。土城竹馬のあそびには疎くなむ有ける。親しきぞう(族)に百くさ(種)の薬商ふ翁ありて。おのれがあそびわざの世に異(こと)なるをめずるあまり。今や木くさの花(ミオ)実(ミ)のにてあらぬをわかち。類(タグヒ)のおなしきが。打見て異(コト)なるもあるを論じつゝ。なべ(メ)て薬のえらみにやく(ヤク)有しむ事を。松岡の何がしてふ人ぞくはしくし給ふ也。それはこの道のひさしく絶にしを興せし。稲の翁に学びたる人也などたからるゝを。傍に居て。をさなき心にも。いかで=があなひ聞まほしと思ひもぞつきにける。十二三さいになれる比。都に津島久成といふ人ありき。それは松岡の門(ミウ)にいとすぐれたると云。いかで/\この師に参て。かしこきことわりども聞まほしくおもふも。国隔たり。それがたづき(便宣)さへあらぬをいかにせむ。いたづらに月日歴にける。其比父にしたがひて。始てみやこに遊ぶ事有し。かゝる便にと。父にいざなはれて師の許に参る。されどまだ総角(アゲマキ)ゆへるものゝ何=まふべくもあらねば。ことゞひまゐらす事もなくなむ。十五になりける年。父は世をはやうし給いぬ。おのれもとよりなやみがちなるものにて。おもひがけず父にさへ別奉りぬれば。いよゝ病にのみかゝづろふやうにて。家わざも学ばむもはか%\しからぬを。母のいたうおぼつかながらせ給ふは。はらから(兄弟)あまたなりしも。皆父よりさきになく(没)成にて。今は妹のたはやぎ(柔弱)たると。たのみなきおのれのみにてあるを。父いたくあはれ(隣)み給ひ。母もかなしき(愛)ものに日たし(養育)たまふて。やう/\かくて世に立交はるとはすれど。万の事皆おとなだつものにうしろ見させて。おのれは心のゆくかたにのみすさ(興)ませ給ひし。今おもひかへせば。御いつくしみ(恩)のかたじけなきほど。不二のね高からず。竜(タツ)の都もふかきにあらざ也。十六歳の春。母の御供にはべりて。再び都に物見ありきける。此度の便にぞ。津島氏、の門にかずまへられて。此物さだめの道に出たてりき。師も其後はをり/\吾郷に来り給て。季氏が本艸綱目をかうぜち(講説)し給ふを。いとよろこぼひて。かしこみて教を受ぬるには。いぶかし(不審)かりつる事どもゝおろ/\心えられるゝになむ。宝暦四年。師は難波の旅寐にむなしくならせ給ふ。それより後ははらからなす(如兄弟)交して学ふ人ゝに。遠きはせいそこ(消息)して問かはし。近きは常にいきかひしつゝ。猶立たる志はたゆまざりける。其はらからなすは。吾さとの戸田斎。都なる直海竜。あづまなる田村登。この人ゝぞ此道に名を響かせける。又五六さいの比より頗絵かくわざをも好て有しが。吾郷には大岡春董ぞ時に秀たると聞え

しに。何の弁まへなきほどにも。いとなつかしみて参りけるを。翁もいたくあはれみて。筆採しるべをしたしく教へたて給ふ。翁絵に勤たる事なほ(凡)ならず。笠翁が画伝てふ図に倣ひて。明の代の人誰かれが跡を写しなし。明朝紫研てふ書を編え世におしひろめられる。おもれ是を見て。やゝから人の跡をのみ慕はるゝやうにてこゝろざせる。今おもへば何心してかくなどいとあやしうなむおぼゆる。又八九歳の比也ける。大和の郡山に柳大夫なる人おはしける。是は国の守のぞう(族)にて。つかふる人ゝの中にはいとおもておこせる人になむおはしける。比君書をよみ詩をつくるいとまには。絵かく事をしもかしこくませるを。さるよすがして是が教を需まゐらせしに。何くれのかた(図)書て。便につけつゝ手習はせ給ひける。十二さいになりける年。長崎の僧浄博と云人。杳ゝ吾郷に遊て。もろこし沈南〓{+}てふ人の法(のり)もて専画き給へる。又是にも近づき参らせて学びけらし。此僧ぞかしこの熊斐てふ人の教をうまく(熟)伝へて。吾郷に沈氏の法(のり)ある事をとなへ始めし人也き。其もはらゑがけるは。蘭に菊の香ぐはしき。梅の打薫れる。竹の緑なる。老なる。或はめなれぬ花鳥のうるはしみたるを。いとめでたう(感賞)あやなし給へり。又みやこに池野無名なる人あり。是は山のたゞすまひ(形相)水の流の見どころ有を。もろこし人の法(のり)もて。世にあやしき(奇妙)まで巧みなせり。さるわざ(技)をもこの許に参りて問学びしさへ年有。只ふみ(書)よむ事ぞすこしおくらして(後)。十一歳の比。一族の児玉氏が師に。越後の国人片山猷のぬしに参りて。おのが名を求めまゐらせしに。名を鵠とかいつけ。はやく小字をさへ千里と賜らせける。今の名はおもふ心の侍りて。いと後にみずから改しなり。十八九さいな比に成て。此師ふたゝび吾さとに笈を卸給しかば。やがてしたしく参りつかふまつりて。経史詩文の学びをもやゝちからいりてん心ざしをおこせし也。されど物をあかちさだらむる願なむはじめにかはらで。それが便せむとて。博士法師の物よく識給ふには必しるべもとめて。都なるも田舎(ヰナカ)なるも事によせつゝ交るとせしほどに。すめらぎの御垣の内つ国以山城等五国為五畿内此云美可伎乃宇知豆久迩は更也。山の道。山道、東山、北陸、山〓、山〓{+}海の道。海道、東海、西海、南海西東のかぎりの国までも。名あるは交り。物あれば物あれば求え(得)て。今や志のなかばに到れるなむいとうれしき。さてもろこし夷の国なるは。其国ゝのをさ人(訳士)にあはれまれて問あきらめ。或は物をも求て蔵る也。家まづしけれども。書ども余多積たくはて。考索に便したり。さるは金石の碑(いしぶみ)。古人の書画。或はいにしへ今の人の詩哥文集。くにがた(地図)。ふるき(古)器にいたるまで。唐のもやまとのも。且夷の国のもつどへ(集)につどへしを。人はやく(益)なき遊びになおおぼすらむかし。只をさなき(幼)よりかうあながちにすけるわざを。父母のゆるさせてぞ。物ぐるほしきまで耽る也けり。今や此道にくはしきは。都なる佐伯職博。斎藤憲純。この人ゝぞ時に秀給ひける。さるは切磋の師として。猶かうざくの思ひやむ時もあらずなむ。それがあまり詩作り文書(ふみ)などする事は。贈こたふる事のしき/\わづらはしく。且ざえ(才)のつたなきには口疾(とく)もあらぬをや。しかのみならず交にさへ疎き親しきの罪をも得るやうにて。いとうたてければ。おのづからさるわざ怠りがちなれど。もとより好まざるにはあらざなければ。をりにつけたるはかなごと(詠物)は稀ゝ打いづる事もあなり。さるからよき人のよくつゞけられしは。あながちに需ても読て遊ぶ。それさへ考索に便あらばとて也けり。世の人のなべて(め)吾をしれりといふは。猶しらえぬ人の心して時ゝ本意たがふ事のおほかるにぞ。独うちうめかるゝ(歎息)時なむ有と。あからさまにかたらるゝを聞るにも。おのれがゝねておもふ心ばへにたぐへられて。やがてこたふるは。誠に我人とあふさきるさにたがふらむを(かれやこれとゆきあはぬこと也)。さらににくむべくもあらぬことわりながら。おのが心にたがふは。あながちにいたづら人にさへいひくだすなむ。うつせみの世のさが(人性)にしも有哉。おほよそ万の道にもわざ(技)にも。只一すぢのすける心よりしてなれる(成就)にて。人のさかし愚にも依べからぬを。なべて(め)人の上にてあらましながら見聞に。彼に委しきは是にあらび(麁)。心まめやか(忠誠)なるは手ずさみにしもまけおとり(負劣)してなむみゆる。又いにしへの事にちからあるは。今をことわりなきものに貶しめ(おと)。今よりしいぇいにしへたふとめるを。あらぬ道にさまよう物に嘲める(あざ)。おのれ/\が得る(う)とえぬとのかたは(僻)心にして。いづれがかしこきにさだむべき。只かぎりある命もて。かぎりなき世の事を尽さむぞいとかたかるよしに。荘子てふ人ぞはやく論じ給へりし。たゞ/\すける一かたにのみをさ/\しくば(専)。それぞ其道の師と崇むべき。おほよそ万の事も。其始に入ぬるがはた(殆)心の主となれる由に。昔の諺には云つるなれ。あるじが物さだめのくはしかるぞ。万の事すかせ給ふ中に就てをさ/\しく見えさせ給ふを。自らもはた赦給ふらむかいし。さるを人はおのが引かたにあらぬは。かれ人数にもあらずなどたがへる心もていひさだむるはいかにぞや。又書を蔵むる事。開封の万巷堂にたぐへて。富家の子此いたつら事をなすなど評ずるもありげ也。

おなじ郷に住ても。ひとつ心にかたらはぬ人は。いともてはなれたることをいひさやめくを。まして遠き境にある人ははかり知べからぬもむべことわり也かし。あるしが万の物を集(ツドへ)給ふは。昔阿修羅(アスラ)か斧のつま木もとむとて。{〔上欄注〕あすらかつま木、うつほ俊蔭の巻}から国の深き山にわけ入。或は竜(タツ)のかしらの玉をえむとて。{〔上欄注〕竜のかしらの玉、竹取物かたり}八重の汐路にからきめ見つる輩にはあらで。百くさの薬なむるわざをしも宗として。さて万の道にもわざにも便有しめむのまめ心の外なきを。さる本意をもしらぬ人の。吾其人をしれりといふ。猶しらえぬあだし友也けりと。おのがおもふむねもて告れば。あるじ打うなづきつゝ。此あらましごとかいつけてよと聞ゆるに。はたいなむべくもあらぬ中らひなれば。やがて紙筆を乞てかいしるし侍る。よしや蘆の屋のあしかることがらもことえらびさへせで。けふの日めもすなるかたりごとゞもを。はじめ終おちなく拾ひ尽さむとするものから。いとみだりがはしく。前しりへだにわするゝやうにてなむ。安永三の年きさらぎそれの日。

                     上田秋成しるす

こは草案なるを。これをもそへてまゐらすへく聞え給ふまゝに贈れる。且傍に真名をうゑ。仮名をもそへなせしは。うつくしみたまふうなゐ君の舌ならはしにもとてなむ。こももとめ給ふまに/\かいしるしてまゐらすを。あなかしこ。かな戸の外なるまなこに見せしむることなかれと云

       ◆あしかのひのこと葉

このころ適いとまある日、木村ぬしがあしの屋を訪いきしに、あるじれいのまめだちて、茶くだ物なンとすすめらる、いともきよらなりや、唐くたものはもろこし人の委しくして、手つから造りなせしなり、茶は竜井とかや、其香と味ひは、けふなんこころむるなりけり、又ちかきころ得て蔵めたるふみども、唐のもやまとのも余多とうでで見せらる、かつ是は何かしの夷の国の波間にかづき得し也、それぞれのくにの雲井なす高嶺に巣くひてありしなンど、指しめさるるを見れは、いとめづらしな、磯貝といふも、ここら見なれたるあだし物にはあらで、から国の文字に宝貝とたふとみ、ここのいにしへ人の、玉拾ふともよみてみづるなん、まことに是ばかりのひかりなるべく、翅と云も、あやなるいろとりのくさくさ見えて、世の常にあるべきくさはひにもおぼえず、是かや聖の御代/\に出て、時の博士らかしらうちかたぶけては、ふるふみあまた思ひめぐらしつつ、ためしめでたき祥端を奏すへき物どもなりける、これかれ問あきらむるに、悉某の字をあてて、いとくはしめきたり、さて薬の事は、あるしが家わざにしもあらねど、此勤る旨とするものから、唐のもやまとのも、たぐひをあがち、似てあらぬを論じ、かつ得がたきをえて園にさへ植おふせしかば、花にわかち実にしるくて、いとかひあるものゆゑ、おのがどものここに訪らひくるは、是が益見むとてなりけり、けふはまろうどのひまありて、あるじものどけくやおぼしけん、日めもす何くれの物がたりてしてなぐさむにも、只物をあがち定むるをのみくりことのやうにてなん有を、いたくめてらるるあまり、おのれもすずろなる問ごとして、いと興ある遊びなりける、あるし謂らく、おのれ此道に耽る事、誠に釈氏の因縁なきにしもあらずなん、まだいときひはなるにも、なべて木草の花をなつかしみて、あまた植おふし、つちかひ水濯ぎなどするを、いたううれしきものにて、土城竹馬のあそびには疎くなむありける、親しきそうに百くさの薬あきなふ翁ありて、おのがあそひわざの世に異なるをめずるあまり、今や木草の花の似てあらるをわかち、其実や根やたくひ同じきが、打見て異なるあるをろうじつつ、なへての薬のえらみにやくあらむことを、松岡何がしてふ人ぞ({上欄注}松岡玄達、字成章、号怨庵、平安人、多識之学継若水 興)くはしくしたまふ也、それは此道のひとしく絶にしを起せし、稲の翁に({上欄注}稲宣義、字彰信、号若水、大坂人、首唱名物多識之学)学びたる人なりなどかたらるゝを、傍に居て、をさなき心にも、いかで是があならひ聞まほしと思ひもぞつきにける、十二三さんさいなるころ、宮古に津島久成と云人ありき、({上欄注}津島久成、字桂庵、号彭水、又如蘭軒、越中人、愛業松岡氏)それは松岡の門にいとすぐれたると云、いかで/\この師に参て、かしこきことわりども聞まほしく思ふも、国隔りこれがたづきさへあらぬをいかにせん、いたづらに月日経にける、其比父に従ひて、始て都に遊ぶ事ありし、かゝるたよりにといざなはれて、師の許に参る、されどまだ総角ゆへるものゝ何辨ふべくもあらねば、事問ひまゐらすべうもなくてなん、十五になりける年、父ははやう世をさり給ひぬ、おのれもとより悩がちになるものにて、おもひがけず父にさへ別れ奉りぬれは、いよゝづらふやうにて、家わざの事学ばぬものはか%\しからぬを、母のいたうおぼつかながらせ給ふは、はらからあまたにりしも、みな父よりさきになくなりにて、今は妹のたわやぎたると、たのみなきおのれのみにてあるを、ちゝのいたくあはれみ給ひ、母もかなしきものに日たし給ふて、やう/\かくて世に立交はるとはすれど、万の事みなおとなだつものにうしろみさせ給し、今おもひかへさば、御いつくしみのかたじけなきほど、不二の嶺高からず、竜の都もふかきにあらざり、十六さいの春、母の御ともに侍りて、再び都に物見ありきける。、此度の便にぞ、津島氏の門にかずまへられて、此物さだめの道に出たてりき、師も其後はをり/\我郷に来り給ふて、李氏が本草綱目をかうぜちしたまふを、いとよろこぼひつゝ、かしこみて教を受ぬるには、いぶかしかりつる事どもゝおろ/\心得らるゝになん、宝暦よつの年、師は難波の族寝にむなしくならせ給ふ、それより後は、はらからなす交して学ぶ人に、遠きはせうこそして問かはし、ちかきは常にいきかひしつゝ、猶立たる志ぞたゆまざりける、其はらからなす人々は、我さとの戸田斎、({上蘭注}戸田光、字千雲、一名斎、号旭山、備前人)都なる直海竜、({上蘭注}直海竜、字元周、越中人)あずまなる田村登、({上蘭注}田村登、姓坂上、名元雄、字玄台、号藍水、東都人)この人々ぞ此道には名をおどろかせける、又五六歳のころより 絵かくわざあをも好みてありしが、我さとのは、大岡春ト翁ぞ({上蘭注}大岡春ト、名愛菫、号雀叱、大阪人)時に秀たると聞えしに、何の辨へなきものにも、いとなつかしみて参けるを、翁もいたくあはれみて、筆とるしとるしるべを親しく教へたてたまふ、翁絵に勤たる事なほからず、笠翁が画伝てふかたに彷ひて明の代の人々誰かれが跡をとゞめて写し」なし、明朝紫硯と云書を編て、世におしひろめる、おのれこれを見て、やゝから人のあとをのみしたはるゝやうにてこゝろさせる、今思へば何ごゝろしてかくなどいとあやしうぞおぼゆる、又八九歳のころなりける、大和の郡山に柳太夫なる人おほしける、({上蘭注}柳沢、名里恭、字公美、号淇園、和州郡山候族)是は国(くに)の守(かみ)のぞう(族)にて、つかふる人々の中には、いと面(おもて)おこせる人になんおはしける、この君(きみ)、書(ふみ)をよみ詩を作(つく)るいとまには、絵(ゑ)かく事をしもかしこくませるを、さるよすがして是が教(おしへ)をもとめまゐらせしに、何(なに)くれのかた書(かい)て、便(たより)につけつゝ手習(てなら)はせたまひける、十二さいになきけるとし、長崎(ながさき)の僧淨博(しやうはく)といふ人、(淨博、宇恵達、号鶴亭、肥前人、画事師熊〓江、後改名淨光、宇海眼、住黄〓山紫雲院)はる/\我郷(わかさと)に遊(あそ)びて、もろこしの沈南蘋(しんなんひん)てふ人の法(のり)もて、もはらゑがたきたまへる、又これにもちかづき(九オ)まなびけらし、此僧ぞかしこの熊斐(ゆうひ)と云(いふ)が教(をしへ)をうけて、其法(のり)をうま(熟)く伝(つた)へ、我(わが)さとに沈氏(しんし)の名(な)をとなへはじめし人なりき、其もはら絵(ゑ)がけるは、蘭(らん)に菊(きく)の香(か)ぐはしき、梅(うめ)のうち薫(かを)れる、竹(たけ)の緑(みどり)なる、老(おい)なる、或(ある)は花鳥(はなとり)のうるはしみたるを、いとめで(感)たう(賞)あやなしたまへる、又其比(ころ)しもみやこに池野無名(いけのむめい)なる人あり、(池野、名載成、宇無名、号九霞、又大雅堂、称秋平、平安人)是は山(やま)のたゝずまひ、水(みづ)のながれの見どころあるを、もろこし人の法(のり)もて、世(よ)にあやしきまで巧(たくみ)なせり、さるわざ(技)をしも此許(もと)にまゐりて問(とひ)学(まな)びしさへ年あり、

只(たゞ)ふ(書)みよむ事ぞすこしおく(後)らして、十一さいの比、一ぞう(族)の児玉(こたま)氏が師(し)に、越後の国人(くにびと)片山〓のねしに参りて、(片山〓、宇考秩、号北海、越後人、受業宇野氏、俗呼中蔵)おのが名を求(もとめ)まゐらせにしに、告(こく)とかいつけ、はやく小字をさへ千里と賜(たま)はらせける、いまの名はおもふ意(こゝろ)の侍りてみづから改(あらため)しなり、十八九さいの比(ころ)になりて、此師(し)ふたゝび我郷(わがさと)に〓(おい)を卸(おろし)たまひしかば、やがてしたしく参り仕(つか)ふまつりて、経史詩文(けいししふん)の学(まな)びをやゝちからいりてむのこゝこざしをおこせし也、されど物(もの)ををかちさだむるねがひなんはじめにかはらで、それが便(たより)せんとてこそ、

博士法師(はかせはふし9のものよくしらせ給ふには、必(かならず)しるべもとめて、都(みやこ)なるも田舎(ゐなか)なるも、事によせつゝまじはるとせしほどに、すめろぎの御墻(みかき)の内津国(うちつぐに)はさらなり、山(やま)の道(みち)、海(うみ)のみち、西東のかぎりの国(くに)までも、名あるには交(まじ)り、物あるは求得(もとめえ)て、今や志(こゝろさし)のなかばにいたれるなん、いとうれしき、

さてもろろし夷(えみし)の国なるは、其国々のを(訳)さ人(士)にあはれまれてとひあきらめ、或(ある)は物をも求(もと)めて蔵(をさ)むるなり、家(いへ)は貧(まづ)しけれども、書(ふみ)どもあまた積(つみ)たくはへて、考索(かうざく)に便(たより)したり、さるは金石の碑(いしふみ)、古人の書画、或(ある)はいにしへ今の人の詩歌文集、くに(国)かた(図)ふる(古)き、器(うつはもの)にいたるまで、唐(から)のもやまとのも、且(かつ)夷(えみし)の国(くに)のもつど(集)へにつどへしを、人はやく(益)なき遊(あそ)びになんおぼすらんかし、たゞをさな(幼)きよりかうあながちにすけるわさを、父はゝのゆるさせてぞ、ものぐるほしきまて耽(ふけ)るなりけり、いまやこの道(みち)にくはしきは、宮古(みやこ)なる佐伯職博(さえきともひろ)、(佐伯職博、今称小野希博、字以文、号蘭山、受業松岡氏)斎藤憲純、この人/\ぞ時に秀(ひゝで)たまひける、さるを切磋(せつさ)の友(とも)として、猶考索(なほかうさく)のおもひやむ時もあらすなん、

それがあまり詩つくり文書(ふみかき)などする事は、贈(おく)りことふる事のしき/\煩(わづらは)わしく、且(かつ)ざえのつたなきは、口疾(くちとく)もあらぬをや、しかのみならず、交(ましはり)にさへ疎(うと)き親(した)しきの罪(つみ)をも得(う)るやうにて、いとうたてければ、おのづからさるわざ

怠(おこた)りがちなれど、もとよりこのまざるにはあらざなれは、をりにつけたるはかなことは、まれまれ打(うち)いづることもあなり。

さるからよき人のよくつづけさせたまふは、あんかちに求(もとめ)てもよみて遊(あそ)ぶ、それさへ考(かう)ざくに便(たより)あらばとて也、世の人のなへて我(われ)をしれりといふは、猶しらえぬ人のここちして、をりをり本意(ほい)たがふ事のおほかるにぞ、孤(ひとり)うちうめかるる時(とき)なんあると、あからさまにかたらるるを聞(きけ)るにも、おのれがかねておもふこころばへにたくへられて、やがてことふるは、まことに我他(われひと)とあふさきるさにたがふらんを、さらににくべうもあらぬことわりながら、おのが心にたがふは、あながちにいたずら人にさへいひすくなん、うつせみの世のさがにしもあるかな、おほよそ万(よろづ)の道(みち)にも手わざにも、ただ一すぢのすけるこころよりしてなれるにて、人さかしおろかにみ依べからぬを、なへて人のうへにて、あらましながら見聞(みきく)に、彼(かれ)に精(くは)しきは是にあらび、心まめやかなるは手ずさみにしもまけおとりしてなん見ゆる、又いにしへの事にちからあるは、今をことわりなきものにおとしめ、今よりしていにしはたふとめるを、あらぬ道ににさまよふものにあざめる、おのれ/\が得(う)るとえぬたのかたは心して、いづれかかしこきにさだむべき、ただかぎりなき世の事を尽(つく)さむぞいとかたじけなくかたかるよしに、荘子(そうし)と云(いふ)人ぞはやく論(こう)じたまへりし、ただ/\すけるひとかたにのみをさ/\しくば、されぞ其道(みち)の師とあがむべき、おほよそ万(よろず)の事も、其始(はじめ)に入りぬるがはた心にぬしたなれるよしに、むかしの諺(ことわざ)には云(いひ)つるなれ、あるしがものさためのくはしかるそ、よろずの事すかせ給ふ中につきて、をさ/\しく見えさせ給ふを、みずからもはたゆるしたまふらむかし、さるを人はおのがひくかたにあらぬぞ、かれ人数(かず)にもあらぬたどたかへる心もていひさだむるはいかにぞや、又書(ふみ)を蔵(をさ)むる事、開封(かいほう)の万巻堂(まんくわんどう)にたぐへて、富家の子此いたづらごとをなすなど評ずるもありげなり、おなじ郷(さと)に住(すみ)ても、ひとつ心にかたらはぬ人は、いともてはなれたることをいひさやめくを、まして遠(とほ)き国(くに)にある人は、はかりしるべくもあらぬも、むべことわりなりかし、あるしが万(よろずの物をつどへ給ふは、昔阿修羅(あすら)が斧(をの)のつま木もとむとて、から国(くに)の深(ふか)き山にわけ入、あるは竜(たつ)のかしらの玉たまをえむとて、八重(やへ)の汐路(しおぢ)にからきめ見つる輩(ともがら)のはあらて、ももくさの薬(くすり)なむるわざしもむねとして、よろづの道(みち)にも手わさにも、便(たより)あらしめむのまめ心のほかなきを、さるほいをもしらぬ人の、我其人(われそのひと)をしれりといふは、猶(なほ)しらえぬあだし人なりけりと、おのが旨以(むねも)て告(つぐ)れが、あるし打(うち)うなづきて此あらましごとかいひつけてよと聞(きこ)ゆるに、はたいなむべくもあらぬ中(なか)らひなれは、やがて紙筆をこいてかいしるし侍るを、あるじとへらく、此ことの長(なが)ばへつ、おのずからひと巻(まき)の物物(もの)となれるを、人とはは、巻(まき)の名何(ななに)とかいふへくと、おのれこたふ、かくことえりなく、けふのひめもすなるかたりごとゞもを、はしめ終拾(をわりひろ)ひ尽(つく)さむとするものから、いとみだりがはしく、前(まえ)しりへだにわするゝやうなるを、いかで名もとめ出む、よしや蘆(あし)の屋(や)を刈(かり)ふくあしのあしかびの、ふゝめりしむかしかたのなる心もて、あしかびのことばとよばゝよべといふ、安永三年きさらきそれの日

   ◆祭豊太閤詞

おほき一つの位豊国の大神のふとまえに、おそれみつゝしみつゝまうさく。年は二百とせをわたりつれと、御ひかりなむたゝ此暁のほのにしもさしあふかれて、うすゝまりうなねつきつゝ、をろかみ奉侍る。いでやうつせみし御いさをのめさましかりし事共は、筆にしるし、言にかたり継つゝ、あからさまに人しりて侍れは、いまさらめきたらむ、かつはをこかましく、かつはかしこけれは、打出へうも侍らす。しかのみならず、いにしへ言霊のさちとしもいふは、先大御言もて事のりわたきたまへるをはしめに、君をほきまつり、神をいはひ、臣達の真心をたゝへあけ、民草の直きをあはれむ、そがほと/\につきて、事によせ、物にもたとへなしつゝ、文にも哥にもあやなせるよ。此大神の御いさをはしも、事によせてんに、いとさくなりくたち、物にたとへなさは、なか/\にちひさけにのみ成もてゆかむものそ。おほかた人は、み虚にはね打つけて、千さとをかけりゆく大鳥、雲風に乗てん竜のいきほひとしもいひて、こゝろゆくとする也。あふきておもひふしてかゝ見るに、さはさくちいさけに、ふさはしからぬあた言にしも有けり。さてしも、翁等かにほひなくあやしけなるたゝ言もって、いかでほきたゝへたいまつるへき、たゝあからさまにこそとて、おそる/\つゝしみゐやまひて、うたへらく、

  あめのしたはらひ清めて国つちをたひらの宮につかへます君

  ひさかたのあめのます人益にくぬちにみつる君かいさをに

  朝彦のひかりはあめにみちたりてくまなくてらす富国の神

  なには人礒にかる藻の打なひきかよりかくよりしのふむかしを

                               阮秋成

                                 謹言

   ◆豊太閤を祭る

おほき一つの位富国の大神のふとまへに、恐れみ謹みつゝ申さく。年は二百とせをわたりたれど、御光なん只この暁のほのにしもさし仰がれて、うすゞまり項つきつゝ、をろがみ奉り侍る。いでや御いさをの目覚しかりし御事どもは、筆にしるし、言に語りつぎて、空蝉の如、人あからさまに知りて侍れば、今更めきたらん、かつはをこがましく、且は恐れあれば、打出づべうも侍らず。しかのみならず、いにし言霊の幸としもいふは、まづ大御言もて事のりわき給へるをはじめに、君をほぎまつり、神を祝ひ、臣達の真心をあはれむ、其が程々ひつきて、事によせ、物にも譬へなさば、たゞに小さげにのみ成りもて行かんものぞ。おほかた人は、大虚に羽ねうちつけて、日に千里ゆく鳥に譬へ、或は雲風に乗りてん竜の勢ひとしもいひて、心ゆくとするや。仰ぎて思ひ伏してかゞみるに、さはさく小さげに、ふさはしからぬあだ言にしもありけり。さればよ、翁等があやしう匂なき言もては、いかにほぎたゝへたいまつるべき、只あからさまにこそと、恐る/\謹みゐやまひて歌へらく、其歌、

 天の下払ひ清めて四つの海の外さへ照らす豊国の神

  灘波人浜に刈る藻の打靡きかよりかくより忍ぶ昔を

豊国神君以後陽成院慶長四年秋八月十八日薨逝、茲歳寛政九年当二百歳矣、友弟荷田信美家故豊国廟禰宜、神祠所廃而後、社司萩原家被召列縉紳。荷田有故所貶、参非蔵人。而信美家所蔵有後陽成院宸翰豊国大明神尊号。今度加修装以祭亨、且設饗宴。余在其席、謹以述此篇云。

                              浪華逸民阮秋成書

 附略伝

豊国神君、尾張国愛智郡中村郷民、名昌吉、俗称筑阿弥子、其母夢日入懐中而生、因小字曰日吉、後改秀吉、祖父曰吉高、吉高父曰国吉、本貫近江人、始登叡山為僧名昌盛、然不遂慧業、編管民戸、嘗祈竹生島曰、吾為仏弟子、不能度衆生、願成覇者将済四海矣、其子吉高移干尾張住中村焉、神君幼而穎悟、稍長〓儻不覊、父母欲為僧、送州之光明寺、時歳八、不従師命而還家、及歳十六、往遠江仕松下之綱、一時□□□金、令踰尾張買兵甲、行路意□□□松下家、不過為奴隷、不如掠金去、以択主事之、遂奔以陪織田君、姓改木下、織田君鷹揚、就其羽翼為侯、再姓改羽柴、及織田君捐館、進執覇王之権、詔賜豊国姓、叙従一位太政大臣、居関白職、老称太閤、慶長四年八月十八日薨、歳六十三、葬洛東阿弥陀峰、諡国泰院雲山俊竜太閤、更勅賜豊国之神号、建祠于六波羅東陵。

    ◆吉野山の詞

吉野山の桜を、人まろの目に雲と見たまひしとは、古今序中のまきれ事の、博識の翁達は申されたり。雪とは友則の虚めそ始なる。又白雲とのみも、山篭りの法師か偽ならぬは、後撰集に載てあらはなりけり。かゝる物たね植て、春の山となしけんは、千年こなたの事そなと、古ことさかしのいひ草、それともあれ、文人年 の山ふみに、長短の詠草、此峰と高きを争ふへし。俳士も杖を洩ては、花をつくねて山もなしといひたる、詩哥の糟はくならすおほゆ。是は/\の歎望は、千古の絶唱に人賞せるも、浜のまさこ路、豈尽くさむやは。猶思ふてやむへからす。花に年 の遅速有て、聞しにもあらねといひ、おもふにもまされりと云。やかてに出ぬ山住の人にあひてこそ、奥山の谷の木かくれまても、かたらせて聞へけれ。ちもと谷、六田のつくり道、雲井、布ひき、如意りんの岨つたひ、きさ山のゝほりくたり、一とせに見はてんとは、あらいそかしの花物くるひやな。ことしのなこりは、あけとしもあるそかし。去年の栞の道かえて、言葉のたねを植つけよとてこそ、めせ/\桜苗めせと、里のわらいはゝいふ也けり。

  正夢や見し夜の花のよし野やま

  朝北よさくら心を吹とつる

  みよしのや桜道しやは伊勢かけて

                [無腸]

   ◆納涼詞

下の社の下風、大井、桂の瀬々こす波いかにぞやなど、いつもの花のいつも言せしも、老いにては只心のゆきて、いづちにかは浮れ出でむ。蘆火たく屋の煤たれしに、蜘のいのひまなく篭めたるは、いと暑しな。蝉も日のさかりなるはうたてし、夕つけて鳴くはなつかし。夕顔のそこら這ひありくが、花の紐解くころほひに湯あみなどして。床打払ふとに、朝影こそ余波(なごり)なくさし入れ、西に立たせる神垣は、夏の蔭と茂りあひて、しづ枝もるゝ入日も、匂ばかりはあつからず。撫子ことしはくさ%\養ひ得て、露のこまかに置き乱りたるぞ嬉し。麦秋の木草も無得(むとく)ながら、緑はなだの濃き色して涼し。

  蚊帳火のくゆる煙も横をれて梢吹ならす夏の夕風

夕かけて月は中空なるに、垣隣のをのこらうばら、門筵に打腹這ひて語りごとするは、頼む秋より外はあらじかし。我は扇拍子(はうし)どりて、思ひかね妹がりゆけば冬の夜の、と歌ひつゝ、なほ遣水の面目(めいぼく)あらんあたりをまで思ひやれば、あやしう奢を思ふよと、もろこし人のいひけん心地するぞうつゝなき。

  ◆十六日朝雨の大文字をおもふ

書は何の為そや、事をしるして後につたへ、又遠きにかよはす、是を国つ宝とはたふとませたまへる也。此比の事よ、みやこの西の何某と云くす師か、東山に出て徒弟等めしつれ、大書をかゝれしとそ。見たる人のかたるは、徒弟は一字二三十席に過す、師は六十席なりしとそ。徒弟等、衣の袖、はかまのすそを墨にけかし、師は一点一滴をも飛せさりしとそ。奇也妙なるかな、当世の一人なるへし。しかれとも、人の目おとろかすのみにて、国つ宝のいさをしなしと、人はいふ也けり。ふみ月のけふのこよひ、如意か嶽のたかきに、里人兼て谷を深めし跡とめて、こり柴つみ入て跡をうつみ、暮るを遅しと登りつきて、是に火つくれは、四すみより始てもゆと見る/\、めう/\とさかんになるを仰ぎ観れは、字也。大は豊也、此秋の豊としならんと、御目なくさめたいまつるにやはしなめる。此字作りしは、相国寺の横川和上といひし師なりし由也。或は、無きたま送る火よといひつたへしは、いかならん。鹿苑いんとのゝ壮観に奉りしともいふ人あり。是はしからめ、奇也妙なる哉。一さをたにゝくみわつらへるをや。大かた人は弘法の筆也と云。何事にも、此師の御わさに托したてまつるよ。この師真言の密術にて、凡ならぬ事とも能行はせしは、是も托すへき者也。大師出給ふとも、此字のかたちの成とゝのひしには、目おとろかせたまふへし。四隅の火もえ/\て、字の字也、又燃すさひてかたち乱たり。其間一刻に足さるへし。都の内外の老若男女塘に上り立、川面につとひて是見る。いつも/\あかぬは筆の妙也。あれよ/\といふ中に、烟のみなひくか、あら名残をしとも云なるへし。是に倣ひて、北の山、丘のへに物のかたちなせれと、舟岡の舟のみそれと見定られて、其余りのは稚あそひのしわさそかし。是等か中に、妙法の字いかにしてと見るか中にけぬれは、誰も見さためかたくいふよ。かゝるこち/\しき字は、横川師たりとも、とゝのへかたくて思ひもつかせし、まして凡僧のしはさをや。彼さと人等、柴に火つけて、我さきにと走くたりて、こよひうら盆のをとり、手打はやし、夜すからなりと聞。餅、酒、いひなと積たゝへたるへし。餓鬼といふ者の、是かひまうかゝひて、うゝとうめきてぬすみくらふ覧、目にこそ見ゆへからね。この里の浄土院の図南和上は、いみしき物しりにておはせは、あはゝ問んとそおもふ也。けふは朝けより雨ふりて、柴打しめり、さと人等もいさみなか覧には、たふとき御かたの壮観と云よ、実なるおくり火といふならん。雨ふらは魂もかへりたまはしやはと思はぬそ、世の人大かた心なかりけり。庵の軒より、その字のかたへは見ゆれと、こよひはいかて。あまりに降て、十七日の夜に成し事も、近き年にありし。さらは、一日なとはなき亡き(ママ)たまもとゝまりておはすか。地こくと云所のたより遠からすて、かくいきかひするには、雨にこめられしとたよりしてわふるにや、おにとて恐ろしき者も、このことわりは聞入たるや。さらは、十七日も地獄のいとまあらしむるは雨也。年のよしあしに過ぎたるはうからん、足らすはさわらん者そ。

 十六日の暁より昼ままて、雨しめやかにふりたりしか、やゝ晴ぬるには、大の字のかたちはとまれ、なきたまこそ雨をたのもし人に思しらしめとて、此筆はとりし也。

                                    [花押]

   ◆初秋の夜を玩ふ

やとりの御寺の門の柳、幾世をか経にけん。虚を覆ひ土にたれて、秋たつ此頃もしらすやある。月のあかき夜、御堂のすの子に人ゝすゝみとりておき忘たる扇の上に、さゝやかなる音あるを、手まさくりして見れは、風の末の一葉のまた青やきたる也。是みたまへ、天の下に秋を告るよ。桐の葉ならはおとはしてましをとうたふ。あないふせ、はやもちりね、よひ/\月のさはりして、木ふかきは興慶坊前に夕鴉のやとりなん、この陰には似たらめと云。叉一人か、さる川浪に此一葉のうかひしを、ふとしも見て、万里の海原をさへいきかひするうき宝はつくりしとや、御国の始には浮橋とよはせしは、芦原国の水陰草の一葉にやおほしよらせ給し、それも是も、おほろけの神代かたりはおきぬへし、たゝ此老たる枝ゝに露の玉貫たれしと見給し西の大寺の面影こそなつかしけれ、思出て哥よみて聞せよとて、さすかに月の光のおほろけなるを、いでかゝけよと、筆とる人のたはるゝにいさなはれてなん。

  今はしも一葉の秋におとろかぬ老を友とてちるか柳は

     月照沙

  庭もせのきよきいさごに影落てしらゝし夜の月を見るかな

     霧降甍

  秋のよのふけゆく空に数そひていらかをくたる露の玉ゆら

     虫鳴庭

  秋はまつ草葉かもとにしられけり露ちる庭のむしの声

     松無声

  枝かはすまつに声なき秋の夜に時のつゝみの虚に音すむ

   ◆夏山里に遊ふ 探題

あし曳の山の外陰に、人すまぬはかりのいほりあり。はかせ、法師、いつれのかしこきか住つきたらむ。垣ねの卯の花月夜、心あかるくやおはす覧。さしこめし門の柳葉の、さすかにをくらくもあらねと、ひといとひさまに、南のあかりさうしすこしひらきたるは、ふみよむたよりにや。軒の木たちともの花田みとりの色 、こきにのみ成まさりゆく此ころは、庭もせの小草のおひ茂るをこそ、世のうたてき物にやおほすらむ。筧の末の垣のもとめくりて落る音、都の人は是はかりをもうらやみつへし。巣たちほとなき雀子の、すの子にはひあかり、人恐ろしともせす、物もとめ にいたいけしたり。何におとろきてか飛立て、巣有かたに枝つたひす。こり木あまたかつきもて、くるしけにも見えぬをのこの、かた手に牛の綱ひかへて坂路追くる、是には情けなきまて積おふせたれは、時 つまつくやうにてなん。鴬の声のあやはかなうころひあひ、木の間立くゝりて鳴を、あはれとは誰も聞つれと、世の人常ある物は、よきをもなつかしみます、あしきも是求んとするよ。ほとゝきすはこの比の空に初ね振たつるを、え聞ぬ事の口をしきものに、宮人達はことえりして、ほまれあらんとするを、ある物知の翁の、いともかたはなるものにいへり。深き山里には、是か千声をかしましといふとも聞けと、年にまれ/\ならは、いかてねてさらむ。声はいとふとく高々に、何事をかゝけつらん、二声三声木隠れてなく。我こそ聞つれと、山つとほかりかに、わかくはやりたる人は云つへし。むら雨降とほりて、雲間の月ほのかなるに、それと聞さためぬはかりに鳴て過らんは、物思ふひとり寐を誰もなくさむへき。是か声をあわれとおほゆるは、さてあらん人の心のこそあらめ。我はけふ此の山里にとふへきひとのありて分入りしに、おもひかけぬ一声を聞てそ、鴬のあやなる色音もおとりさまに思ゆるは、猶かたは心にやあらむ。

  卯月山しけきかもとをわけ入てほとゝき過むはつねをそきく

谷水のとゝろきおつるにもかくすて、里にゃ出る、山にゃ帰る。夕雲の雨をはらみて、山路いとをくろうなるに、とひこし人のもとを、かたりはてぬほとに〓を出て、もと来し道をくたりくる。かの心にくきものに見いれし庵のあるしは、老たるくす師にて、いとふつゝかにいひのゝしるをきけは、あなわひし、此頃は病する人のすくなくて、あすの烟いかならん、うばらよ、銭なこひそ、うすくともかゆたにすゝりをらは、命活たらんを(とて、ゑりもとより虱ひとつひねり出たるさまなとみゆるは、さきに見いれしほととは、木たち、すい垣まても、心なきさまに見なさるゝは、おのか心のつねなきにそ、よろつに心もとまらすなりぬ。苗代小田にまかする水の音さゝやかに、蛍ひとつふたつ、かいともしたる草葉かうへに、つゆけくかせもなにも、家路いそかれて、あはれなるものに、おほしたらすてなむ。)

   ◆瑞竜山下に。庵すみのとき。雪の日ひとりことに

                            上田餘斎

   花さかばつげむといひし。山ざとの使は来たり。馬に鞍おけ。

又興尽て帰らむといひし人棹とらせし僕が。はらたゝしげに。古杙にこきのせ。石にさしあてゝ。幾回か危し。いまは帰らなといへば。応といふまゝに。中流にこき出て。〓より疾くあがりしならむ。雪ふらば必も。湯あみにこむといひし。詩哥拙からねど飲むくらひに忌れたりき。おほ寺の庭のむら松ふかく。竹の声たえて偃臥たり。園の豆の葉ふりも埋まねば。青やきておかし。ひよ鳥のきゝとなくよりほかは。おとづれなけれど釜の湯。けさ汲し谷水の音河に似てさひしからず。むかし比あたりに。善補といひし。法師の手とり釜ひとつにかゆ煮。また茶点して。遊ぶと聞しめし。其かま提来て茶たてよと利休を御使にたてられしに。あな恐し。あみだが峰の瘰ほふし。いかで/\といひつゝ。釜は庭の石にあてゝ。打くたきしとぞ。其かまいま良恩寺といふ寺に。かたちとゞめたりき。茶といひ。哥よむといふもともに。いたづら遊びならすもがな源三位はまこと哥よみにておはせし。善補は。おかしのちや人にてこそありけれ。

   誰か庵にわが手をとらせよ手とりかま。まろひやすらむ足たゝずして。

   ◆雪の詞

雪の清きには比ぶるものこそなけれ。八月十日余りの空の濃き花田の色合したるに、月白くさし出て、練の薄物のやうなる雲細く棚引き、風ひやゝかに、物皆露がちなる夜は清し。梅の花のきは/\しき、水仙は少し曇り気ながら清らなり、金盞銀臺の名あるやめでたし。若竹に朝露むすびたるも清し。去年の古葉は露もあげねばなん、水晶(すゐさう)の片おもひに清水汲み湛へて、李、唐桃、何くれの果物浮べ出たるが、かゞよふ燈火に照りかはしつゝ、わざとながら涼しう清げなり。又よき人といふ人の心は、昔も今も、君に挙げられ民まつろふを、わがきたなきに思ひ知られてかしこしかし。五十鈴川、みかの原なる泉川、清滝川の岩こす浪、越前守助広が帯(はき)ものの能く鍛ひたりといふを見侍りしが、清くいみじきを譬ふるに物なしとぞ覚ゆ。このつるぎ、千世万世の後までも、汚れなくてあれかしと、惜まるゝなりけり。されど、人の為せしものは猶限ありぬべければ、今日のながめに劣りなんことはた。

   ◆雪之詞 (異文)

雪のきよきにしく物なんなき。若竹の葉末に露むすひたる清し。秋の夜のなきにも、月みれはすヽろに物かなしきと云古ことに打曇たりな。とこよの鳥のかり/\とつれてわたるほと、しはしなから白かねの鉢に水たヽへヽすもヽ、から桃打しに、 火のかヽよひたるきよし。世の をはらひ、のとかなる山住したる人の心も、時ヽ昔をかへりみやす覧。又ふかき憤りに車をかけもとひ払たらむ、濁すまさんとするほと、いくらのとし月そや。越前のかみ助広か打し の、いさヽかもくもりもりなきも、幾代かけかれにそまてあれかしと思ふ。されと、雪のきよきにしく物なんなき。

                        無腸 [花押]

   ◆哭梅〓子

む月廿四日の夜、北の風吹き荒れてあわ雪打振り、いといたうさむしとて、疾く枕によらせ給へ、是をとて、麦の粥あたゝめてすゝむ。いたはるまゝに打被きて臥しぬ。翁早くもこそ寝給ひつれと、おどろかし聞ゆ。誰ならんと見れば、難波人梅屋なり。この比おとずれきえねば、おぼつかなかりつると云ふ。打笑いみて、年月の病名残なくはたしつれば、喜ばせ奉らんとて参りぬ。ふるとし硯の水たまはせよと乞ひつるに、即御歌くはへて贈られし、いとかたじけなき。

 陰くらき神にみたらし湧き返り閉ぢては流る岸のうすら氷

思ふに御むすめの立ち走りて、下の社に衣をひたし給ふらん。都府楼の瓦に万暦の墨すり流し、心ゆく遊びしつるを見せ奉らんとて、さゝ来たるといふ。いと嬉しき事、くらき眼にはあした見ん、いかに老いたるわざも病に煩はされては、墨や水や、石なめらかなりとも、頼もし人にはあらじかし。又酒や何やに助けられ、しばしかはらかならんには、筆は心に叶ふらめ、それなんわざのおろそげなるからと、人いはゞいかに。たゞ暁あきの心澄めるに、ともし火てらせる遊びにも、おのが心と打ちすさびたらんこそ、誠の心やりならめ。君がいさぎよきさがも、酒といふ浮雲のかゝりてはいかで。それこそ年月あつしれて悩みしにもあらずや。よろずのわざもおもがものならば、高き山流るゝ水を思ひつゝ、糸の音にあらはれしよと云ふ。れいにかしらを下げ、袖打垂れて、親と頼みつる陰の筑波山よりもと、打泣きつゝ聞ゆ。こゝには酒もくろむぎもとゝのはねば、文字の数かぞへて慰めんとて、歌一つひねり出せる、

  春の野に君が摘みこしにひ草の筆によ花の咲くを見るかな

また、

  さかしげに何をましらの啼く音かも山のかひあることにしあらねば

猶語らんとするに、いづちいにけん、見えず。あすのひるま過ぐさで、友垣風早が許より、その人は廿二日といふ日はかなくなりぬと、告げ来たる。夢のかたりの猶見えつるには、悲しく打泣かれて、

  難波江の岸の一木を吹きしをるあなうめと誰も風をうらみん

                           老友秋翁

                             間斎拝書

   ◆田父辞

なに波人和田正尚に耕夫か清来山坊にいきあひて、何くれと物かたりするに、彼人云、我としころ蟇を見て喜ふ、是にも詞ありや、、文書てよとそ。有へし、されと物云はゝさま/\あやしき事のみな覧。君か是愛するは、かたちの福らかに静なるをもてか、それは春雨しめやかにふる日、庭もせの垣のまとに、おほらかなるさましてはひあるく、翁さひたるかおかしとにや。木末のしつくにまたゝきをたにせて、声はさゝやかなる笛のね時 しらへ出たるは、心ありけにこそ見ゆれ。鴬に打むかひて哥よむは、秋の蛙といへは、山川の瀬にころ/\と妻乞するにて、是とはたかふへし。鳥むしほまもりて、にらまへおとしてくらふはにくけなれど、人にはいさゝかもあやまちせぬ、いとよし。淮南子、論衡に、化して鶉となるとしるせしお見れは、田鼠とも呼るゝは是よ。煮て喰へは上味と云、それは蛙のうちにて物たかふへし。三足なる者、月の中にと、誰見てつたへけん。何をか常にもとめ顔してあれと、ほしき物にあらねは、腹綿とり出て流に洗ひきよむとか、是はかりは学ひて有たけれと、物貪りくらふ、若きものは羨みつへし。既にも云、いにしへ今に見きくあやし物かたりともは事さめて、君か愛するにたかふへけれはいはし。歌ひとつ二つよみてん、哥となおほしそ。彼か雨しつかなる中に、笛ふきてあそふよと聞たまへかし。

  春さめはあすも降とや告かほに君を仰きて比日くらしつ

  香久山にほすと聞なる濡きぬの雨にしとゝにいつちっかへるそ

  さくら散花の木陰をよきてかへるしこの翁よ目は空なから

                             瑞竜山下無腸隠者

                                 七十四齢書