(二)龍宮より先へはまる近藤太が猿智恵

 蜂房仙は潔癖あり。

其兄里杏仙は。

濁水を寝席に沃ども辞せず。

兄弟好む所を殊にする事。

契情買は家艶をむさがり。

復淫仕つけたる人は。

正直な女房を分しらずとあざけり。

鉛刀を利とし。

利刀を鈍しとする物好。

なきにしもあらず。

 兵部丞藤原の秀郷は。

多むの妾を愛し。

諸方にかくまひをき。

あるひは五日六日ほどづゝも。

居ながれにたのしみ屋形にね給事は稀成ゆへ悪性者のやうに沙汰すれ共少も耳にかけず、「いにしへより名将に子の少なきは稀也。

是皆妾あしかけ腰かけ迄の有しゆへなり」と杓子定規の引事、其上白拍子も馴染多く、おいよといふにふかく通ひける。

 そも此おいよといふは柏の実の辻子に住で、背高く色白くうはがれたる声に色をふくみ、一興ある遊君成しに、秀郷心をかたふけ、ある宿屋へ出かけて、夜を日についでの逢瀬に水もらさぬ約束。

けふも例のごとくなりこみ給へば、「ソレおいよ様へ人はしらせ」と亭主がさはげば、中居料理人、まなばしの音もさへかへる初春の御客、花車が三方出せば、吸物の箸も新に包て「秀様」と書付し大事の御客と用るていを悦ばせ、かしましい程娘共が手まりつく音、ひいふうみつちやづらの食(めし)たきまでわれ声がにぎやかな調宝と成ざはつく所へ、

「おいよ様の御出」といふに花車が出向、「お約束にはおそい御出と」しかれば。

「ハテきのふは元日ゆへ早ふ出ましたれ共。

ちとけふは休み過て。

身じまひおそく。

隣のお峰さんの出がけに礼にござんして。

つゐひとつたべかゝり。

遅りましてござんす」と。

間の物とてあげられながら。

外へ一座つとめて来た事をくろめる挨拶。

大方ある格と。

花車も聞とがめず。

おいよは秀郷と春の祝儀めでたさの盃済。

秀郷火燵にねころび給へば。

「お敷あそばせ」と中居が持出て敷たる。

蒲団のもやう五色の糸にて。

湖の浪をぬい。

瀬田の長橋を金糸にて手をつくしたる細工。

「マア酒もとれ。

ちと休ふと」

の仰に。

皆/\勝手へ引ば。

おいよは秀郷がそばにそひふし。

「ちとわしはおまへに頼まねばならぬ事あり。

聞てくださんす心ならば。

咄ませふ」

といふに。

「ハテ是程までふかうあふ中にて。

念に及ばぬ事。

弓矢神の照覧かけて引まい」

との仰。

「添し」

とおいよは起あがり。

「今迄はふかくつゝみ申せしが。

百足屋権蔵といふ客。

わしがまだおちせといふて未熟なつとめの内。

のがれぬ品にてあひたるが。

とかく此客にあへば。

翌日気色あしく。

所詮がてんのゆかぬ事と思ひ。

のいて仕舞たるに。

旧冬より方%\からせき/\呼出して。

くどかるゝを。

いろ/\にのがれて。

とくと聞ば百足屋といふは。

江州三上の生れの人と聞。

いよ/\あはれぬ子細あれ共。

打あけていふたらば。

おまへもあいそかつき。

のかんせうかと思へば悲しいと歎ば。

「ハテわけもない。

かういひかはせしうへは。

蛇でも虎でも心はかはらぬ」

とのたはふれ。

「サアその蛇といはんすが猶悲しい。

まこと我身事は。

竜宮城の大王瑪理也須難陀がすゑの娘。

乙姫と申す者也。

竜宮の栄花尽る期なしと思ひしに。

此日本国近江国三上山に。

年経て住る蜈蚣ありて。

瀬田の辺より竜宮に来り。

一族を亡さんとす。

蜈蚣よく蛇を制すといふ事ありて。

龍蛇はむかでにあふて。

身の亡る道理あるゆへ。

龍宮もつての外のさはぎゆへ。

三四年此かた。

武勇の人を頼み。

三上山のむかでを亡してもらはんため。

かりに人間と現じためしみるに。

おまへ程の大丈夫なし。

何とぞ龍宮安全のため。

むかでを射とめ。

龍宮へ一たび御越下さるべし。

それにつきあの権蔵といふ客は。

かのむかでのけんぞく。

わが望をさまたげんとて。

是も人間に現じ来ると覚たり。

何となく権蔵にお出合なされて。

退治なされて下されかし」

と頼むにぞ。

秀郷うなづき。

「其方事逢そめてより。

霊異成事のみ多く。

ハテ合点のゆかぬ女と思ひしか共。

縁にてこそあらめ。

なじむにしたがひかはゆさまさる。

 中にも晋の王寿は。

霊女と契て武徳をあらはし。

漢の高祖の母后は霊蛇と会すると夢見て。

漢家四百年のもとひをおこせり、

 此女たゞならぬ所あり。

つねの人には有べからず、そのしるしは眼に三つの瞳あるは、海にそだつものゝしるしと。

先達て見きはめ置ての念比。

今更おどろくべきやうなし。

いかにも其方が望にまかせ。

権蔵とやらんを射とめ。

龍宮の難をすくふベし。

心やすかれ」

とうけがひ給へば。

「御はづかしや、みづから龍女としれては。

一日も御かたらひ成がたし。

初の程は武勇をためしみんとてなじみぬれども。

今は故郷の事もわすれ。

御いとしさのまさり草。

はずゑの露の情のかたまりやどし参らせ候へば。

たとへ龍宮へ立帰る共。

此子をうみてだに侯はゞ。

瀬田の橋ぎはまでおくり出し申べし。

なじみの中居衆。

かごの衆でもひそかにむかひに下さるべし。

はやおいとま」

と泣まとへば。

秀郷も正躰なく。

「そなたにわかれて何かはせん。

ともに龍宮へ伴へ」

と歎き給へば。

「ソレハマア誠の御心にてましますか。

去ながらかねてのお咄には。

すはや朝敵おこると聞ば。

一番にかけむかひ弓馬のほまれをあらはさんと仰られしは。

わすれ給ふか」

と。

悲しき中にいさむれば。

我五人の弟あれば。

此界に望はなし。

そなたと伴ひ龍宮に至り。

無比の楽にほこらん事こそあらまほしけれ。

はやとく/\とのたまふにぞ。

さやうに思召つめ給はゞ。

かの権蔵を早く亡し給へかし」

といふ所へ。

「おいよは是にか。

むかでやの権蔵じや。

方/\から呼出せども。

隙が入るとて断ばかり。

こよひは是にと聞て逢に来た。

あはせてくれい」

と。

座敷へ通らんとするを。

宿屋の下男八兵衛。

「是は不作法千万。

おいよ様は御客と床へ入てござるに。

おしつけたなされかた。

サア出ていにめされねば。

此八兵へがつまみ出す」

とうでまくりし。

力足ふんで。

手に唾はきかけ。

さら/\と打て立向へば。

血気さかんの権蔵。

急にあやまり。

「力も声高なもこわい事はないが。

無作法とはそつちの事。

手につばきはきかけてくるにはこまりいる」

と。

にげまわるむかでやの権蔵を。

奥の間より秀卿御覧じ。

おいよをかこひ引しぼり弦打ひとつし給へば。

あやまたず権蔵が胸板にかつきとこたへて。

いきたへたり。

是鳴弦引目の威徳とかや。

「此死骸は龍宮へつかはしかさねて。

蜈蚣の余類の見せしめに。

東門にさらすべし」

と。

秀郷肩に引かけて、「おいよいざ」と手を引給へば。

亭主中居も肝をつぶし。

「自前勤のおいよ様。

外からいひぶんはあるまいけれ共。

朝むかひに来た時。

すぐに龍宮へござつた共いはれまい。

せめてかごまはしまで。

届てゐて下さりませ」

といへ共。

秀郷聞わけず、おいよを引たて。

「いざ是より湖水に入て龍宮へおもむき。

ふたゝび此界へは帰らじ」

と。

東を指て出行たまふ。

 宿屋の家内手を打て。

古今未曾有の珍事かな。

それかこもとへ届けよとさはぐ折ふし。

縁の下よりぬつと出る。

近藤六興郷、何事も聞た/\。

兄貴の大馬鹿が。

心中風のたつて。

死神の付た女郎借銭にせたげられ。

物日の約束した客は。

どらを打てたゝずまひ成がたく。

外聞もそこね。

内証も手づまりて。

衣装の工面もぐはらりとちがふて。

いきていられぬ身の上。

ひとり死では借銭死になるゆへ。

兄貴をだまして。

龍宮へつれてゆくとて。

瀬田の橋から身を投、心中よみ売のたねとするつもりに。

死出の道づれにせふとは。

さりとはむごい女かな。

兄貴のうつそりが。

今夜中に湖へぼつたり。

女郎と念比して。

ふかい所へはまるとは。

是が始成べし。

跡は小藤次殿と身がひんまるめて。

将門殿へしたがふ分の事。

忍びのもの海道三郎が注進にて。

龍宮へおもむかるゝとは聞しか共。

その実否をたゞさんため。

忍び入て聞届し。

かわいや権蔵とやらん。

何のとがもない客を。

おいよが口ひとつで殺さしてのけおつた」

と。

小藤次方へ走行ぬ

   第三 謀反をたきける木屋町のかり座敷

      逢て咄せば何事もさらりとすみとも

      約束たがへぬ詞さへ急度平が腹痛

      に針をふくみし白拍子のうらみ

         第三 謀反をたきける木屋町のかり座敷

大隠は市にかくれ。

小隠は山野にかくる。

されば含枝仙人は。

蝋燭の陰に形をかくし。

魚川真人は。

看板の字中にのがる。

是皆隠の隠にして。

俗推の及ぶ所にあらず。

兵部大丞藤原秀郷は。

おいよといふ白拍子にそゝのかされ。

ゆくゑもしれぬ浪の底へ。

すとんとはまり給といふ説。

天下にかくれなければ。

指つぎの弟。

小藤次。

宗領の家督を取。

四人の弟に機嫌をとられ。

秀郷竜宮へ入るとて。

瀬田より身を投候上は、都におそるゝものなし。

何事にてもご遠慮なく仰下さるべしと。

将門方へ飛脚を立ければ。

将門よりの返事に。

此方にても急に旗をあげたく候へ共。

近国武蔵に六孫王経基在国ゆへ。

(牧+心なまじい)成事仕出し。

六孫王に責られては。

大事に及ぶ故。

見合せ罷有也。

幸西国伊与には。

藤原の純友とて。

某と心をあはせ。

天下を二つに分んと約せしものあり。

此頃都の様子をうかゞはんために。

ほんと町に座敷がりして。

遊興にことよせ。

帝位をかたふけんとはかりゐる段。

書状にて申来り。

毎/\書通いたす間そこもとの事くはしく文にて申つかはす也。

此書状を持て。

純友旅宿へ参られ。

相談にのり給ふべし。

西国にて三ヶ国。

東国にても四ヶ国。

合て七ヶ国の主とすべきよし。

将門自筆の返事有ければ。

小藤次は世にうれしく。

返事みるやいなや。

身ごしらえへして。

忍びの事とて供一両人めしつれて。

出んとする所ヘ。

そりさげ奴紺の代なし。

角鍔の大脇指。

小あみがさかたふけ。

手を振て来かゝり。

大道一はいにあゆむゆへ。

小藤次が若党。

はい/\といへ共。

少もよくるけしきなく。

往来は半分/\。

のいてよくばそつちからのきめされと。

ふんぞりかへつてびくともせねば。

若党草履取。

肩まくりして。

彼方小藤次宗郷公を知ぬか。

慮外者めがと。

そり打てかゝれば。

思ひの外かの奴笠かなぐり捨。

頭をさげ手をつき。

扨は小藤次様にてましますか。

申ても御兄弟六人して。

宇治近江を御領知なされ。

田原藤太様。

彼方小藤次様。

槙嶋藤三郎様。

朝日山藤四郎さま。

鹿飛近藤五様。

小倉近藤六様とては。

かくれもないお歴々と承りしに。

存もよらぬかろ/\゛敷御有様ゆへ。

無礼の段はまつひら御免と詫言すれば。

小藤次うなづき。

しらぬからの無礼はゆるす/\。

罷通れと過んとするに。

暫御待なされて下さりませ。

私義は。

伊与が家来。

急度平と申者でござります。

主人純友儀は。

将門様と心を合わせ。

ほんと町に借り座敷してゐられまするが。

今日相馬より書状参り。

京都にての相談相手には。

田原藤太の弟。

彼方小藤次と申合せらるべし。

最初より味方の人にて。

ふた心なき武士と。

くはしく仰こされしゆへ。

只今主人純友申付にて。

お迎に参る所でござりますといへば。

ハテよい所であふた。

身が方ヘも将門公より御返書来り。

純友殿ヘ御目にかゝりにゆく所。

身共事は兄秀郷が。

おもてむきつとめしゆへ大内在番のつき合せず。

それゆへどなたへもいまだ御めにかゝらぬ。

部屋住なれども。

兄秀郷の大だわけが。

白拍子の死づれにそゝのかされて。

身を投しうへは。

向後はいづれも御めにかゝらねばならぬ。

中にも別して純友殿へは。

将門公の御内意かた/\゛。

サア/\案内めされといふに。

急度平畏入候と。

ふりあふのくに顔を見合せ。

ヤアそちは此間兄秀郷が。

ひきめにて殺したる。

むかでやの権蔵ではないか。

合点のゆかぬやつと。

切刃まはしてようじんすれば。

急度平とびしさり。

脇指なげ出し。

御尤/\。

私兄は呉服物商売いたし。

惣じて白拍子舞子の衣裳をきりこみ。

四分とるれば。

二割の利にかゝると算用して。

かけのとれぬ自前の女郎には。

もし此銀済申ぬ時は。

五年切て其許の奉公人に成。

つとめ申べしと請合をたゝせ。

未熟な女郎には。

まはしの口請にて。

滞るといなや。

花代にておさへ。

手足をはたらかす事むかでのごとく。

こけこんで手前のかゝへのやうに成た女郎は。

宵から後までかけめぐつて。

あとがつまるか。

つまらぬかの心世話に。

夜中のかねがごんと鳴迄。

臓をもむゆへ。

世間からもむかでやの権蔵と異名いたしましたれ共。

本名は讃岐の七郎と申て。

純友譜代の家来。

将門様と申合謀反を企らるゝより。

京の風聞きゝ合せのため。

色里は物事聞出すによしとて。

入こみ置れし所。

おいよと申白拍子に。

大分の売がけしてとれぬから。

内証ヘこみ入て取べしと。

客にも成て見。

かけ乞にも成て見。

あせる所を。

とてもしぬるからは。

むごふかけをせつかれた意趣に。

うそ八百つきまはして。

私兄権蔵本名さぬきの七郎は。

おいよが詞一つで。

秀郷殿に殺され。

無念骨髄に入て。

口惜う存まする。

私義権蔵と御見まかへは無理ならぬ御事。

ふた子にて瓜二つにわらずの兄弟。

エゝ御まへの前では申にくい事じやが。

田原藤太秀郷殿を打たいなァ。

何をいふても竜宮迄敵打にもゆかれず。

御うたがひあらば。

主人純友に聞合して御らうじませいと。

はがみをなせば。

扨はそうか。

似たといふはおろか。

其まゝの権蔵じや。

純友殿へあへば知る事と。

急度平を先にたて。

ほんと町さしてゆく。

比は正月の末。

さへかへる雪のひら/\に。

四条の小橋にて行ちがふ女あり。

すれちがふて立戻り。

憚ながら私は。

つきまはしのおはんと申て。

かくれもない肝煎かゝでござります。

御台所迄は節々あがりますれ共。

おめ見へいたした事もござりませぬが。

内証から仰下されまして。

かこひものゝおてかけのと。

これ迄おまへ様からも。

よつほど分一取ましてござります。

此たび兄ご田原の秀様は。

竜宮とやらんへ御越あそばし。

いつお帰ともしれぬ事ゆへ。

五所六所にかこふて置なされた。

おてかけ殿の御扶持かたまかなひ。

万事が済ぬものとて。

皆/\ちり/\゛になられます筈でござります。

中にもおみのお花などゝ申は。

名代の白拍子。

あつたら物でござります。

それに付て引はらひます入用。

どこへ取てつかふ嶋もなければ。

何卒兄ご様の事でござりまする程に。

宜しう御了簡と。

皆迄聞ず。

よだれくりかけ。

いかにも其二人は聞及だ名艘。

兄貴が手いけの内は。

思ふても手の届ぬ事と。

思ひ明らめゐた。

了簡の段ではない。

四五人共引くるめて。

身が屋敷へ取込。

慰ものにせふ。

コリヤおはんと懐中より黄成物取出して。

くわつとはづみ。

秀様にあふた身なれば。

御断じやなどゝいはせてくれな。

そこがつきまはしの名題だけじや。

よいかげんにつきまはしてはたらけ/\。

礼は見事にさばかふと。

表向はかたふ作つて。

内証は色に目のない男なれば。

急にもがく所を。

きのどくはかの二人は借銭といふを。

いふな/\兄貴の一跡ひんまるめた。

仕合の折ふしなれば。

こんだ/\と無性無天にそゝりかけて頼むゆへ。

しからば私は是からすぐにまはつて。

とくしんさせ。

明日中に御屋敷へ入こませうと。

肝煎のおはんはわかれ帰りける。

急度平跡にてかぶりをふり。

兄ご秀郷殿の心をかけられし妾どもを。

御そばちかくめさるゝ事。

御用心いかゞと智恵をつくれば。

ハテ扨ちいさい/\。

おいよ一人に思ひかへて。

捨置たる妾ども。

身が屋敷へ引込情をかけてとひおとす事共あり。

それでもいはねば。

責せつてうして問おとす。

此小藤次がむねの内。

色許ではないといふに。

サツテモきつい御智略といふ内に。

急度平は俄に腹いたみ出し。

アゝせつない/\。

是は又持病がおこりました。

ちつとのま此橋の欄干に。

腰かけてやすみませう。

小藤次様は先へ御出下されませい。

ソレ若党衆。

四条上ル二町め門から上ヘ六七軒め。

表に丸の内にすみと書てある所が。

旦那のかり座敷でござる。

それへお供して下され。

追付それ追着ませうといへば。

ハテきのどくな。

草履取でも残し介抱させうかといへば。

イヤそれには及ませぬ。

持病の事ゆへ。

つゐなをりまするといふに。

いか様初て行に二人はせめてつれずしてもいかゞと。

小藤次はほんと町へおもむきけり。

急度平あと見かへり。

是はほんと町ヘ引かへて。

船頭町を下ヘさがりしは。

いか成心ともしれがたし。

かくて小藤次ほんと町にいたり。

案内させければ。

藤原の純友家老とて。

岩波堂蔵出向ひ。

是は/\御太儀千万。

追付純友御めにかゝり申さるべしと。

一間へ請じてたばこ盆も。

時代蒔絵のうぶ貝。

印籠のやうな道具づくめ。

暫く有て中仕切のからかみあくれば。

あやの小ねまき。

緋どんすのふとんにのり。

脇息によりかゝりながら。

上京以来さん/\゛風邪。

此まゝの対面御免/\。

サア/\是へ御通りなされと。

川ばたヘのぞみし障子開かせ委は将門方より申来。

外ならず存る。

ゆるりと御座ッて下されと。

くつろいだる挨拶。

早銚子かはらけ。

ハテ堅い/\。

ぬり盃持てこい。

酌には此中引ぬいた小ゆるきをよべとあれば。

打かけ姿にて。

六条三筋町ニ名高き大夫職。

指た押へたと近付初から大盃。

サア小ゆるぎ一さしと舞手の所作。

つめかけしたいこ末社。

はやし立る内。

純友小藤次ひたいを合せ。

むほんの相談まち/\也。

小藤次盃を小ゆるぎニ指ければ。

是は押へませふといふを。

純友是は尤。

ソレ供の若党も是ヘ呼で景をみせよ。

ついであいをさせふといへば。

めいわくがる若党。

小ゆるぎと見合せ。

ヤア海道三郎様かといはせも果ず。

いづれも様御免とふみかゝれば。

小藤次取てのけ。

純友殿のてうあいの此女。

何として足にかくるときめければ。

御尤ヱゝ此場でなくばとひかゆるに。

純友は見ぬふりにて。

つとめの身であふたよしみでかなあらふ。

若い者せくな。

サア酒にいたさふとあれば。

小藤次きのどくがり。

若党を次ヘたゝせ。

夜更る迄の酒宴に。

小ゆるぎはすまぬ顔してゐたりけり

 龍都俵系図

 目録

 第一

 御気(おき)に入相(いりあひ)の金取女(かねとりをんな)

が眉(まゆ)を作(つく)り筋目(すじめ)

 親出(おやで)にすれものあり里出(さとで)におぼこ娘

(むすめ)

 ありのまヽにはいわぬ妾(てかけ)の系図(けいづ)

 つつて見る小藤次が底意(そこゐ)の巧(たくみ)

 一、御気(おき)に入(いり)あひの金取(かねとる)女が

眉(まゆ)を作(つくり)筋目(すじめ)

 天陽(てんやう)の蝶花(てうくは)は。下(した)に縫箔

(ぬいはく)を襲(かさね)て。肩(かた)を脱癖(ぬぐくせ)

にくるしみ。北卿(ほくけい)の糟明暦(そうめいれき)は。

夭命(ようめい)を思はず。少(わかう)して眼鏡(めがね)

を楽(この)む病(やまひ)あり。人各(おの/\)その帰(き)

する所あり。田原兵部丞(たわらひやうぶのぜう)藤原の

秀郷(ひでさと)。さしも花麗(くわれい)につくりならべ

し別宅(べつたく)ども。一夜(や)の内(うち)に引はらひ。

五人の美(び)女こと%\く小藤次が屋敷へ招(まね)きす

へ。肝煎(きもいり)かゝのおはんが引合せにて。めみへ

の上(うへ)大切(たいせつ)の折(をり)ふしなれば。妾(て

かけ)どもの筋目(すじめ)一々改めてのうへ。親元(おや

もとへ)も人をつかはし。麁抹(そまつ)のなきやうにかゝ

へ置(をく)べし。いざ/\一人づゝ筋を申べしとありけ

れば。先(まづ)一番(ばん)に出たる。背(せい)中位(ぐら

い)にしてふとり肉(じゝ)。おかると名乗(のり)て。わた

くし父(ちゝ)は。やきもちや九郎兵へと申て。見かけよ

りは内にあんの有と名にたちし。もがりのこしおしにて。

ゆる/\と五人口(くち)。(三オ)

 祖父(ぢい)は伏見(ふしみ)の舟場(ふなば)へ茶(ちや)

を売(うり)に出られ。立身(りつしん)して竹輿(かご)一

挺(てう)買(かい)もとめ。むかふずねの八兵へと申名(な)

をかへ。それよりさきは王(わう)様のおとし子(ご)やら。

釈迦如来(しやかによらい)のひまごやら。しかと申置(を

か)れね共。わたしが七つの年(とし)。親(おや)九郎兵へ

さつさの弥兵へ。こつはの一六と申ものとあいけんにて。

さるよい衆のむすこを。ちよぼ一にてこかしこぞこなひ。

はき出(いた)すみぎりに金(かね)につまり。十年切(きつ)

て八百目。かりの枕(まくら)のかりのよに。おはづかし

いけいづの次第(しだい)と。袖(そで)打おゝひかたりけ

れば。小藤次が家の子(こ)。茶園(ちやゑん)の平八筆(ふ

で)取(とり)にて。くはしく帳(ちやう)にしるしける。次

(つぎ)に出しはほつそりすわり。柳につばめの金糸(きん

し)まじりの打かけ姿(すがた)。大名(めう)もどりの廿七

八。たとへば鉢植(はちうへ)の紅梅(こうばい)のび過(す

き)て。枝(えだ)ぶりちがひ。売(うつ)ても直(ね)になら

ぬ時。一向(いつかう)庭(には)ヘおろして見る格(かく)

にて。一間(ひとま)違(ちがひ)にて白拍子(しらびやうし)。

今一間違(ちがひ)にて七十計(ばかり)な隠居老人(いんき

よらうじん)の。なふり物にも成かねぬ所を。こたへらる

ゝたけはこたへて。地なしの小袖(こそで)に恋といふ字

(じ)を。みだれ縫(ぬい)にしたる中着(なかぎ)そへて八

十匁の質(しち)ニ(三ウ)

 置そめしより。それも置これもやつて。和州(わしう)

の殿(との)様につとめし時。拝領(はいりやう)したるで

はなふて。沈(ぢん)割(わり)てわれと仰付られし時に。

はづしておいた名香(めいかう)三種(しゆ)。かけめ五匁

あまり。殿様さへいかふ大切(せつ)になされた香(かう)

なれば。十両が物もあらふかと取(とつ)て置しを。当分

(とうぶん)住家(すむいへ)のやもりのおやぢ。日借(ひが

し)の銭(ぜに)の口入(くちいれ)と聞て。是(これ)を形(

かた)に入て。せめて十貫文かつて下されといふに。此お

やぢ文盲(もんもう)無双(ぶそう)の男にて。姓人(せいじ

ん)といふは山こかしの事と心へ。賢人といふは。大かた

人参(にんじん)沙参(しやじん)などゝ同じ薬種(やくしゆ)

の類(るい)と覚たる生質(うまれつき)なれば。伽羅(きや

ら)をたくは身躰(しんだい)をくすべたをす。おそろしい

物と聞ならひ。肝(きも)をつぶして内へも入ねば。是非

(ぜひ)なく質(しち)屋ヘやつて見たれ共。まきぞへのう

す皮のたび二足(そく)共に。三百五十文借(かし)たるさ

へ。切が来てもうけがたく。とても流(ながれ)の身に成

て仕(し)まはふかと。幾度(いくたび)か母親(はゝおや)

とも相談(さうだん)して見たれ共。くいしばつてそこの

め見へ。爰(こゝ)の見なをしに。上着(うはぎ)下着(した

ぎ)帯(おひ)は申に及ばず。指(さし)ぐし緋(ひ)ぢりめん

のふたまで。損料(そんりやう)がりに衣(ゑ)(四オ)

 挿絵第一図(四ウ)

 挿絵第二図(五オ) 紋(もん)つくろひ。有つきもせぬ事

に。白粉代(おしろいだい)さへとれぬ往来(わうらい)に。

そろ/\眉(まゆ)も似合(にあは)ぬやうに成。何とがな

せんと。思案(しあん)最中(さいちう)に。こつほりとい

れこまれし俵(たわら)の秀郷(ひでさと)様。御気(き)に

かなひしやめしかゝへ。母親(はゝおや)は申に及ず。て

ゝかたの伯父(おち)ゑびざこ売(うり)の徳兵へ迄。御扶

持(ふち)下されて。楽(らく)/\とくらせしに。此度思

ひよらぬるらうの所。めし出され有がたしと。引こむあ

とより出たるは。廿二三の白(しら)手の。ぼこ/\。二

親(おや)は果(はて)られて。大道寺一学(どうしいつがく)

といふ浪(らう)人を。兄(あに)に持(もち)たる奉公(ほう

こう)人。おりさがりは親(おや)のゆづり長刀(なぎなた)

居(ゐ)あひいひ立(たて)ても。武家がたの奥要害(おくよ

うがい)と。手をきつとひさに置しは。床(とこ)おそろし

くぞ見えにける。私(わたくし)はみのと申て。幼少(よう

せう)より大坂やと申す親(おや)かた持(もち)。ほんに心

はまつすぐな。竹屋の手(て)より出そめて。そも/\つ

とめの初(はじめ)より。秀(ひで)様にあひなれ。身(み)

請してかこはれしに。思ひがけなくこなたへつとむるは。

御兄弟(きやうたい)様の中(なか)にて。さしますとの断

(ことはり)。小藤次詞(ことば)をかけ。いやいや/\兄

弟は他(た)人のはじまり。少(すこし)もくるしからず。

そのうへに(五ウ)秀郷の大だわけは。瀬田(せた)より

水入(すいり)して。ふたゝび此界(かい)ヘは帰らぬに極

(きはま)つたれば。遠慮(ゑんりよ)はないとのいひまは

しも。別して此女に心とゞまるゆへとぞ見えける。末座

(ばつざ)にひかへし。当世顔(とうせいがほ)背高(せたか)

く。おしたてすぐれし前帯(まへおび)。盃(さかづき)の

せりふ巧者(こうしや)。相手(あいて)をもつてもりつぶ

す。くぜつに成ては甘(あま)くちならず。苦(にが)みの

あるはもつかう屋といふ。

 芝居(しばゐ)茶やの娘分(むすめぶん)。お花と聞へし

口聞(くちきゝ)。惣じてわしらが系図(けいづ)筋目(すじ

め)はよい程が皆恥(はぢ)にていひならべたらば。いかや

うにも付つそへつ。衣通姫(そとをりひめ)の姉(あね)の

筋目(すじめ)ともいはるべけれ共。いつはらぬ本(ほん)

の親(おや)は。灸代(きうたい)のかうやく売と。すいつ

くやうにのべにける。小藤次一々聞とゞけ。五人の妾(て

かけ)一夜がはりにとのゐすべし。こよひはおみの来るべ

しと。奥(おく)の一間(ひとま)に入ければ。残る四人は

部屋(へや)/\にしりぞき。おみのは思はぬこよひのそ

ひね。よそへなびくも。皆男ゆへとつとめつけたるくせ

にて。うがひ用事(ようじ)とゝのへ。屏風(びやうぶ)の

内はあび大地ごく同前と観念(くわんねん)し。御伽(とぎ)

にまいれば。(六オ)

 小藤次はや夜着(よぎ)にまとはれながら。五人めしか

ゝへた中(なか)にも。其方(そのはう)ひとりが身共が為

(ため)の花もみぢ。こよひ手折(たおる)は能々(よく/\)

の縁(ゑん)。サア爰(こゝ)へと手をとれば。アイといひ

ながら。ねもせずたばこ盆(ぼん)引よせ。きせるの湯(ゆ)

に成迄はなさねば。ハア初会(しよくわい)からふるのか。

ソリヤわれ了簡違(りやうけんちがひ)であらふがな。つ

とめしてゐた時。気に入ぬ客とねた格(かく)を。爰へ持

てきては。工合(ぐあい)はちがはふ。おれはわが主(しう)

じやぞよ。添(そひ)ねの仕(し)やうがわるふてもいけて

はをかぬ。サア心よふねる心か。但(たゞ)しふりつめる

心か。返事(へんじ)せいとはいふた物じやが。有やうは

たまらぬ。おがむ早(はや)ふねてくだされと。手を合せ

ば。ハテ情(なさけ)の道は心と心でする事なれ共。権(け

ん)をしにおどさんすならば。ふり死(しに)にてもと思ひ

しに。もつたいないお主(しう)様におがまれて。マアわ

しにばちはあたりはいたしますまいかと。夜着(よぎ)に

入ば。身が女房桜井は。生(うま)れついて嫉妬(しつと)

ふかく。身にしみ%\といやに成たれ共。今更(さら)離

別(りべつ)も成まい。十人扶持(ふち)計(ばかり)やつて。

養殺(かいごろし)にして置(をく)分。いやといはゞ追出

(おひいだ)して仕廻(しまは)ふ上(うへ)は。そなたをあ

すから。(六ウ)

 本妻になをし身(み)が奥(おく)様とよばせ。そのうへ

追付(おつつけ)大立身(りつしん)する事あれば。出るに

も輿(こし)。入にも車(くるま)と。うやまひかしづかす

るが。何とうれしうはないか。コリヤ命(いのち)取めと

よりそへば。只(たゞ)アイ/\といふより外はなきに。

こふ夫婦(ふうふ)と成うへは。たがひにつゝむべきやう

なし。そなたが是までかはゆがりやつた身が兄(あに)の

秀郷(ひでさと)。手前(てまへ)代々家(いへ)の重宝(てう

ほう)。呉仙(ごせん)の巻(まき)物といふは。呉(ご)の細

谷(さいこく)といふ所に。荘衛(さうゑい)といふ仙人あ

りて。須訶陀喜国(すかたきこく)に渡(わた)り。軍法(ぐ

んはう)の筋派(すじは)を。こと%\くつたへてしるせし

名巻にて。此巻物なければ。田原(たわら)の本家(ほんけ)

は相続(さうそく)しがたし此度(たび)それがし本家(ほん

け)をつがんと思ひ十三ケ所の土蔵(どざう)は申に及ばず。

屋敷中縁(ゑん)の下。炭部屋(すみべや)の角(すみ)迄。

さがし求(もとむ)れ共相見えず。よほどの大巻(たいくわ

ん)。三重の箱に入たれば。中/\懐中(くわいちう)は成

がたし。箱(はこ)共に見えざるうへは。秀郷(ひでさと)

遊所ヘ持参せらるべきやうもなく。殊においよといふ白

拍子(しらびやうし)と。龍宮城(りうぐうじやう)ヘ行と

て。江州(かうしう)勢田(せた)より入水(じゆすい)めさ

るゝは。ふつといひかゝつての事なれば。用意(ようい)

してゆかるべき道理(どうり)なし。さすればかねて。兄

弟の内に別心(べつしん)の者ありと思ひ。屋敷には置(お

か)ずして。外に(ほか)に(七オ)

 かくしをかれたるに紛(まぎれ)なし。妾(てかけ)多(お

ほ)き中に。其方は久しき馴染(なじみ)と聞。定て夜(よ

る)のむつごとにも。その咄(はなし)有つらん。かう夫婦

(ふうふ)に成からは。サア/\打あけて咄(はなし)てた

もれと。下から出(で)れば。おみのにつこと笑(わら)ひ。

聞た事ならばいかにも申上ませうが。たとへ二世とかは

るまいと契(ちぎ)る中(なか)でも。そのやうな大事(だい

じ)を。女にいふて聞すやうな。あさい秀(ひで)様ではご

ざんせなんだ。それはマアきのどくな事でござりますと

いふを。小藤次二言(ごん)なくむくとおきあがり。帯取

て引しめ。枕刀(まくらかたな)ぼつ込(こみ)おみのが小

がいな取てねぢあげ。なまやはらかにいふゆへぬかさぬ。

家内(かない)にないからは。五人の手かけの方にかくし

置たにちがひは有まいと思ひ。一人も外へもらさずめし

かゝへたは。此宝(たから)のせんぎのためじや。第一お

のれが気(き)に入と聞たゆへ。一番に吟味(ぎんみ)せん

ため。心をゆるさせ白状(はくじやう)させんばかりに。

女房にせふの。イヤ奥(おく)様といはさふのといへば。

つきあがりのした売婦(ばいた)めと。詞(ことば)をあら

らけ。此上(うへ)はぬかしてもぬかさす。ぬかさいでも

ぬかさすと。ふところより早縄(はやなわ)取出し。くゞ

めにかけてしばりあげ。刀(かたな)のさやにてひしぎつ

くれば。おみの(七ウ)

 せつなさやるかたなけれども。しらぬといふより外。

責殺(せめころ)さんしてもいふ事はないと。思ひ切たる

一言(こん)たいていの事ではぬかすまい。水の用意と手

をたゝけば。あいと答(こたへ)て残る四人の妾。お花を

先に立て。屏風(びやうぶ)の内につつと入。小藤次を取

巻。懐剣(くはけん)抜(ぬき)出し。一所にかゝへられな

がら。おみのひとり思ひかへらるゝ。恨(うらみ)の剣(つ

るぎ)とつきかくるを。かいくゞつて左をなぐれば。右よ

りつきかけ。前をなぐれば後(うしろ)より切かくるまゝ。

さしもの小藤次あぐみはてゝ。マアまてと飛(とび)しさ

り。はやまるな/\。おみのに縄(なわ)かけをきたるが。

眼(まなこ)にかゝらぬか。かれひとりを愛(あい)せぬし

るしといふ時。お花よつておみのが縄(なわ)切ほどけば。

是も懐剣取出し。さいぜんねてゐる時。つき殺(ころ)さ

ふとおもふたれ共。さすか女のあさましさは。見合す内

に。跡(あと)を引くるめて押領(おうりやう)せふといふ。

こなたをつき殺(ころ)し。秀郷様のもし御帰なされた時

の奉公にする。サア覚悟(かくご)めされとのがさぬ躰。

小藤次は(八オ)

 かねて用心のため。かけ置たる半鐘(はんしやう)をし

きりにうてば。とのゐ番の若党共。むら/\とかけつけ。

女五人を中に取こめ。残らず縄(なわ)をぞかけたりける。

床柱(とこばしら)に一所にくゝり。猿(さる)つなぎにし

て置。若党共一人づゝ。かはり%\に番すべし。五人な

がら水火の責(せめ)にて。巻物の有所尋んと。小藤次は

居間(ゐま)へしりぞきける

第二 敵(かたき)の智恵(ちゑ)をはかり目(め)の重(おも)い身(み)の代(し

ろ)

 小(こ)ゆるぎが心中(しんぢう)はふかい海道(かいどう)が疑(うたが)ひ

 ふんだりけたりその夜かならず

 相図(あいづ)のてうちん切落(きりおと)した闇夜(あんや)の働(はたらき)

二 敵(かたき)の智恵(ちゑ)をはかり目(め)の重(おも)い身(み)の代(しろ

)

墨(すみ)は奈良(なら)。魚(うを)は明石(あかし)。中居女は祇園町(きをんまち)

。赤前(あかまへ)だれも取てたのみませふと。屋敷の門にも遠慮(ゑんりよ)なき

は。人になれたるゆへぞかし。門番の角内が。爰をどこだと思ふ。彼方(おちか

た)小藤次様とて。田原秀郷(たわらひでさと)様の御跡目(あとめ)の御屋敷。部

屋(へや)まはりのめろうなら。かたく御法度(はっと)だ。とつとゝ出て行べいと

いへば。イヘ私はさやうの者(もの)てはござりませぬ。此御屋敷に海道三郎様と

申す。お侍がござらば。合せて下されませといふ。ムゝさては海道殿の出合女

か。待(まつ)て居(ゐ)めされと。しばらく隙(ひま)どるうち。海道三郎立出。見

なれぬ女。よび出さるゝ程の念比(ねんごろ)な。中居(なかゐ)に覚はないと(八

ウ)

いへば。コレわしじやわいなと。おぼろ月に物いふ声(こゑ)は。忘(わす)るべき

やうなき。大夫の小ゆりぎ。ヤアそちは大夫かといはんとせしが。畜生(ちくし

やう)めにちかづき持(もつ)やうな。海道三郎じやない。身も本は筋目ある侍(さ

ふらひ)なれ共。おのれが色に(いろ)にまよひ。通ひ過て主人(しゆじん)の勘当(

かんどう)うけ。今は此家にわづかの若党(わかとう)奉公。揚(あげ)屋に大分の

借金済さぬゆへ。くるわへふみこんだら。桶(おけ)ぶせにするといふて。待(ま

つ)てゐるもよし。もし手でもさいたらば。切(きつ)て/\切まくる合点(がてん

)なれ共。いさゝか望ある身ゆへ。わざとひかへてゐる内に。思ひよらず此間伊

予(いよ)守純友(すみとも)の借り座敷にて。その方にあひし時は。たがひに取か

はしたる起請文をわすれ。一言(いちごん)の付届(つけとゞけ)もなく。純友(す

みとも)に請(うけ)出されしかと。くわつとせきあげたが。まかり帰(かへつ)て

よく思案(しあん)して見るに。なましゐ事いひかゝつて。根(ね)が売物にこしら

へ。うそをつくのが商売(しよはい)にて。つとめに書(かい)た起請文(きしやう

もん)を。誠(まこと)に思はしやるから。腹も立ませふけれ共。ぶすいからおこ

る事と。明(あき)らめさんせなどゝ。そうくさつた根性(こんじやう)からは。一

本させ(九オ)

まい物でもない。高が犬(いぬ)に対(たい)して理屈(りくつ)いふは。こつちの無

調法(ふてうほう)とにへかへる腹(はら)をおさへてゐる所へ。人間(にんげん)が

ましう海道三郎殿にあはふとは。アタ外聞(くわいぶん)のわるい猿(さる)め犬(

いぬ)め。ヱヽだまされたか無念(むねん)なと。いはんとする刀(かたな)のこじ

りに取付。何も様子(やうす)も聞ずに。短気(たんき)な。マア何事でござんす

と。とめてもとまらぬ海道がぶりしやりに。こゆるぎももてあぐみけるが、門番

(もんばん)の居(ゐ)ぬ間(ま)をさいはいに。これのふ是を見さんせと。懐(ふと

ころ)より取出して見する一通(いつつう)。表書(うはがき)を見れば。海道三郎

殿まいる経基(つねもと)とは。ハテ合点(がてん)のゆかぬ尊書(そんしよ)と。う

たがはしけれ共。御名に恐れとびしさって。うづくまれば。小ゆるぎ尊書(そん

しよ)をさゝげ。扨も此たび。相馬(さうま)の将門(まさかど)謀反(むほん)を企(

くはたつ)る風聞(ふうぶん)ある所に。伊与国(いよのくに)の住人(ちうにん)。

藤原の純友(すみとも)これに同意(どうい)し。東国(とうこく)西国より都をさし

はさみ。帝位(ていゐ)をかたふけ奉らんとの義。粗(ほゝ)其前表(ぜんひゃう)を

察(さつ)し給ひ。忝も清和天皇の御孫。六孫王経基公(そんわうつねもとこう)。

かたちをやつしかりに伊与守純友と名乗。ほんと町に旅宿の躰にて渡らせ給ひ。

(九ウ)

小藤次方(かた)より将門(まさかと)かたへの飛脚(ひきやく)を。途中(とちう)に

て殺させ。将門(まさかと)が返事(へんし)とて作(つく)り状(じやう)をこしら

へ。小藤次をはかりことにのせて招(まね)きよせ。かれが逆意(きやくゐ)をこ

と%\く聞ぬかせ給ふ。又みづからを請出し給ふわけは。去(さんぬ)る正月五日

の夜(よ)。御供(とも)廻(まは)り夥敷(おひたゝしく)くるわへ来らせ給ひ。我こ

そ平(たいら)の貞盛といふもの也。其方がふかくあふ海道三郎は。身が父(ちゝ)

常陸大掾(ひたちのたいせう)。平(たいら)の国香(くにか)のめしつかはるゝ近習

(きんじゆ)の家来(けらい)成が。いさゝか子細(しさい)有て。いとまをつかはし

をかれたり。此度某(それがし)取持(とりもち)て。父(ちゝ)国香(くにか)のきげ

んをなをし。帰参(きさん)させんと思へ共。海道が行方しれず。聞ば其方とした

しくあふよし。是幸(さいはい)の便(たより)なれば。其方だに請出しをかば。色

にひかれてたよりせんは必定(ひつでう)。末(すへ)はめて度夫婦(ふうふ)にせん

との御意(ぎょゐ)忝く。早速(さつそく)おうけ申せしかば。即座(そくざ)に金子

を渡させ。身請(みうけ)して思ひもよらぬほんと町へよびとられ。かの貞盛(さ

たもり)様と仰られしお方。ありやうは源氏(げんじ)の大将経基(つねもと)とは

我事也。(十ノ廿オ)

貞盛(さだもり)が父(ちゝ)国香(くにか)は。常陸(ひたち)にまかりあれば。同じ

平氏(へいじ)の将門(まさかと)に。同意(とうゐ)すまじき物でもなし。其上家(

いへ)久しき家来(けらい)。海道三郎を。わづかの仕落(しをち)にていとまをつ

かはし。浪人(らうにん)として方(はう)%\へ廻(まは)し。今は都(みやこ)に足

(あし)をとむる事。いかにして心得がたし。其方ふかき中(なか)にて。様子(や

うす)をしるべし。有体(ありてい)に申さば。末(すゑ)の為(ため)あしくははか

らはじとと仰られしゆへ。爰計(こゝばかり)は有やうにいふても大事(だいじ)な

い場(ば)と思ひ。国香(くにか)様貞盛(さだもり)様も。てうどおなじお心で。い

かにも海道三郎殿を表(おもて)むきいとまをやり。勘当(かんどう)と号(がう)し

て。追放(おいはな)されしは。都(みやこ)の内にては俵藤太(たはらとうだ)兄弟

五人の人々。もしや将門(まさかど)に一味(いちみ)はないか。入込(いりこん)で

吟味(きんみ)をせよとの事ゆへ。わざと小藤次どのに頼(たの*)れ。兄の秀郷(

ひでさと)様を殺(ころ)しに行(ゆか)れしも。もとより思案(しあん)有ての事。

秀郷(ひでさと)様にくもりなき段/\は。見届(とゝけ)しか共。猶いか成ふかき

はかりことにてか。表向(おもてむき)を実(じつ)ものに作(つく)り給ふやしれず

と。主従(しう%\)の約束して。是成小藤次殿の家へ帰(かへり)しに。秀郷様は

(十ノ廿ウ)

龍宮(りうぐう)へ御出との事。みづからが方(かた)へ揚(あけ)代滞(とゝこほ)り

て。通路(つうろ)もたへ%\なれども。かねての咄(はなし)。右の次第(しだい)

にて。夫(おつと)海道三郎におゐて。将門(まさかど)一味(いちみ)の筋(すじ)に

てはないと申段/\。つまびらかに申上たれば。六孫王(そんわう)様打ゑませ給

ひ。しかれば貞盛(さたもり)父子(ふし)にうたがひははれたり。此上は心を一つ

にして。朝敵退治(てうてきたいぢ)の相談(さうだん)せん。此事小藤次かたへも

らすべからず。海道にあふてしめし合さん。此文(ふみ)を持参(ぢさん)して相渡

すべしとの上意(じやうい)なりと。尊書(そんしよ)を渡(わた)せば。こわ有がた

しと頂戴(てうだい)し。ひらいてよめば。小ゆるぎが口上(こうじやう)にちがひ

なし。サア案内(あんない)せよと行(ゆか)んとせしが。いや/\夜中(やちう)に

他行(たぎやう)するには。部屋頭(へやがしら)への届(とゝけ)が入る。打捨(す

て)行ては。是迄小藤次へ一味(いちみ)と見せて。はかり置し事共が無(む)にな

る。ハテどふせんやかくせんやと。案ずる内にも。いよ/\六孫王の御うたがひ

はらしに。何成共功(こう)を立て行たやと。思ふ折ふし。はい/\とよばゝつ

て。てうちん数/\あれへみゆるは。小藤次が弟(おとゝ)の近藤五。興郷(おき

さと)と見えたり。きやつも(廿一オ)

小藤次と一所にて。惣領(そうりやう)の秀郷とは心かはれり。見付られじと小ゆ

るぎ諸(もろ)とも塀(へい)の陰(かげ)に忍(しの)ぶ所へ。はや来かゝつて。近藤

五小(こ)声に成。最前(さいぜん)の飛脚(ひきやく)是へといふに。足軽(あしか

る)飛脚(ひきやく)文箱(ふばこ)を持参(ぢさん)しまかり出れば。家来(けらい)

共は先(さき)へ帰り。夜半の比(ころ)迎(むかひ)に来れと。てうちん持一人残

し。コリヤ関(せき)介われもてうちんそこに置て。帰つて休(やす)めと人を払(

はら)ひ。飛脚をこまづけ。将門殿の使(つかひ)。是へ/\とあれば。将門家来(

けらい)芋坂団次(いもざかだんじ)と申者でござります。しかれ共忍(しの)びの

つかひゆえ。足軽(あしがる)に成て参りました。委細(いさい)は此状にと指出す

を。近藤五符(ふう)をし切よんで見て。びつくりし。将門殿の御書中何共合点(

がてん)参らず。先日も此方より書状をしんじ。御返答(へんとう)の書礼拝見(は

いけん)いたしたが。藤原の純友方へ対面(たいめん)するやうに仰こされしゆ

へ。ほんと町へ参つてあい申たに。ハテ御文躰(ぶんてい)其意(ゐ)得申さぬとい

へば。使の者(し*しや)おどろき。純友(すみとも)殿は伊与(いよ)の国にゐられ

ますに。それはマア何の事でござりますと。一つも間(ま)に合(あは)ぬ挨拶(あ

いさつ)。近藤五ふしんははれず。何(廿一ウ)

分兄(あに)小藤次と三つがなわて吟味(ぎんみ)せん。サアこなたへといへば。御

尤(もつとも)と芋坂団次(いもざかだんじ)てうちん取てさきにたつを。横合(よ

こあひ)より海道三郎てうちん切おとしければ。くらさはくらし思ひがけなき近

藤五(きんとうご)。こはいかにとうろたゆるを。小ゆるぎも一腰(こし)うけ取ゐ

て。夫婦(ふうふ)ぬきつれ近藤五団次両人を中(なか)に取こめ。切たて/\なん

なく近藤五を。海道三郎切とむれば。芋坂団次は小ゆるぎと渡しあふ所を。海道

三郎割(わつ)て入何も手もなく団次をけさ切に切たをし。件(くだん)の状箱文共

に。小ゆるぎが懐(ふところ)へねぢ入。跡(あと)はこつちにまかせてをけ。身が

経基公(つねもとこう)へ目見(めみへ)の申たては。将門(まさかど)が文をうばひ

取て。御はかりことのさまたげにならぬため。此文を小藤次が見ぬやうに。はか

らひ申せしと。六孫王様へその方先(さき)だつて指上(さしあく)べし。身共は跡

(あと)をくろめて追(おひ)つかん。サア/\早(はや)ふ立のけ/\とすゝめられ

て。小ゆるぎは一さんにかけ行けり。海道は跡(あと)見まはし。飛脚(ひきやく)

団次が肩(かた)さきへ。近藤五が刀(かたな)を手に持(もた)せながら。切込(こ

み)たる躰(てい)(廿二オ)

にこしらへ。団次が刀(かたな)は近藤五に切付(きりつけ)たるやうにかまへさせ

て。門内(もんない)に入。内よりくわんぬきしめて。部屋(へや)に入ば。はや夜

半(やはん)の刻限(こくげん)に成。夜廻(よまは)りの者(もの)ども。両方より拍

子木(ひやうしぎ)打廻(うちまは)つて。七蔵かたれじや。八内ではないかと。詞

(ことば)をかはしさまに。月影(かげ)にすかして。コリヤ人が切てあると。よく

見れば相打(あいうち)にて。双方(さうはう)とも切死(きりじに)に見えたと。し

きりに拍子木たゝきつれば。大門ひらいて。家中(かちう)の面/\。高挑灯(た

かでうちん)星(ほし)のごとく。今宵(こよひ)の当番(とうばん)。茶園(ちやゑん

の)平八郎。海道三郎人数(にんじゆ)あまた引具(ひきぐ)して立出れば。用害(よ

うがい)の折ふしなれば。何事ならんと小藤次も立出るに。海道三郎死(し)がい

にちかづき。俄(にはか)成けでん顔(かほ)。南無三宝(なむさんぼう)コリヤ旦那

(だんな)の御舎弟(しやてい)。近藤五様じや。相手(あいて)は見しらぬ旅(たび)

のもの。ハテ存よらぬ仕合(しあはせ)といへば。人/\おどろき。小藤次も片腕

(かたうで)と頼(たの)みし弟(おとゝ)の。近藤五が討(うた)れしと聞て。死がい

に取つき泣(なく)所へ。近藤五が迎(むかひ)の者。追(おひ)/\にかけつけ。相

手(あいて)の顔(かほ)を見て。是は将門様よりの飛脚(ひきやく)とて。宵(よひ)

に手前の屋敷へ参りしに。門前(もんぜん)にておあひなされ。(廿二ウ)

すぐに是へ御同道(どう/\)。私(わたくし)共はお先(さき)へ帰るやうにとの事

にて。まかり帰りしに。何共その意(ゐ)得ぬ事といへば。扨は将門殿よりの使(

つかひ)成が。一味(いちみ)の此方兄弟へ対(たい)し。此使(つかひ)が打果(うち

はた)すべきやうなし。扨は近藤五めも。表向(おもてむき)は某(それがし)と一

味と見せかけ。内証(ないしやう)にては別心(べつしん)ありしゆへ。将門殿より

の使を切(きり)ころさんとせし所に。手ごわくて相打(あいうち)に成たるか。ひ

とへに仏(ほとけ)のやうな此兄(あに)に。二心(ふたごゝろ)あるを以(もつ)て。

天罰(てんばつ)といふ物じやと。思案(しあん)がめぐり過(すぎ)て。外(ほか)/

\の兄弟共。かさねて身共にそむかば此通(とをり)といふ見せしめに。近藤五め

が死がいは。野原(のばら)へ捨(すて)てさらすべしと。人/\引つれ入けるは。

海道がはかりことにのりたるゆへなり

  (二)龍官に入婿敷金の代りにつきがね

道緯が猩々嶋に渡り。釣公が鵺屋敷へ渡り。思ひの外見せ物と成身のう

へ。あさましかりし次第なれ共。龍宮の物仕どもがかゝつて。作りたて。

木戸銭十二文に定め。長介賓は一人もならぬとのきはめ。いか成事ぞと

とへば。長介客とて。無入はならぬといふ事也。近年ないめづらしき見

せ物ゆへ。龍宮中うつしての繁昌。座本の仕合せ。かはり%\の声にぎ

/\敷。上界大日本浦嶋太郎の後胤。浦嶋やぼ太郎じや。銭はもどり/

\とたゝき立る折ふし。嶋支配のひらめ某。通り合せ。あまり此見せ物

の噂たかく。大王にも御覧なさるべきよし。仰(八ウ)出されたり。明

日は龍宮城へつれて上るべしと申渡せば。芝居の者共畏りて。明れば早

天に。王城へぞいざなひける。九重の門珠ならずといふ所なく。敷石す

べて珊瑚を並べ。宝貝散て塵の如く。銀みだけて瓦に似たり。数千歩の

瑤路を経て。ひとつの玉階あり。芝居方の者共。階のもとにうづくまり

て。浦嶋やぼ太郎めしつれ参たりといへば。奥よりうぶの青貝にてすり

たてたる。冠を着したる人出て。やぼ太郎ばかり措置。皆/\罷帰るへ

し。此ものには御用あれば。御帰しなされがたし。皆の者共も見せ物に

して。銭もうけせんとたくみつらんと。きのどく成べければとて。代り

に鳥目を下さるゝとて。二千〆文出されければ。有がたしといたゞきて。

小藤次計措置。銘々家路に帰ける。やぼ太郎こなたへ来れと。金の間。

銀の間。琅〓の間。およそ百間余を通りて。海松の半蔀にいたり。しき

りに蘭麝の匂ひつよく。心もそらに成計。えならぬやうにて内に入ば。

羅綾光をつくしたる茵の上に。大王とおぼしきは美女にして。年(九オ)

のよはひ。廿弐三成が玉の冠うづだかく。天人の絵より外には。つゐに

見つけぬ姿。小藤次覚ず平伏しければ。かの女王小藤次をちかくへ招か

せ給ひ。そなたの先祖はうら嶋太郎殿とや。なつかしやしたはしや。浦

嶋殿此龍宮に来り給ひ。我先祖しやかつら王の乙姫と契り。女子をはら

みし内に。太郎殿は日本にかへり給ひぬ。乙姫のゆいごんに。我子孫上

界に向ひて。日本の風をうけば。夫なくしてもはらむべし。人界の種を

やどし。ふたゝぴ龍種をつがんくるしみは。残念の事なれば。ふたゝぴ

夫を持べからずとの事にて。代々夫を持ず。日本の風をうけて。女子計

うみ伝ふ。しかるに今浦鳴太郎殿の子孫来り給ふは。此界の繁栄。みづ

からが福幸。いそひで祝言し。此龍宮の大王とあふぎ奉らんといへば。

列座の臣下もろ共に。小藤次をおして女王の茵にならべあげ。千秋万歳

の玉手箱をば。奉るとうたひ。おめでた酒ぞたけなはなり。小藤次は存

の外成目にあひて。何でも此界の大王に成とは。うまいせんさく。その

上(九ウ)あの美女を后として。栄花にほこらん事。是はいか成まはり

時ぞと。ぞく/\する程悦び。見せもの仕にふづくられて。浦嶋が子孫

といひ出したる事を。今は本間の浦嶋に成すまして。龍女と夫婦の契浅

からず。夜るかと思へば昼に成。昼かと思へば夜るのたのしみ。附に気

のはらぬ大さはぎ。夫婦の中に男子三人女子三人出生し。中にも第一男

を。太子に立んと評定の折ふし。ざこばにて見せ物にかゝりける。髭の

海老右衛門。内証から通路して。もとは何人やらしれず。八歳の宮の法

会立に。うろついてゐ給ふを笑止に思ひたるゆへ。浦嶋の子孫とは。そ

れがしか思ひつきなるに。存の外御仕合に成て。大王とならせ給ふ。此

恩賞として。龍宮八嶋惣中の小屋がけ。市がけの地代取に仰付られ下さ

れよと。度々ねがひけれ共。取つぎの役人共さゝへけるにや。小藤次耳

へいらさるゆへ。免許なかりけるを。海老右衛門いきどをり。八龍宮の

惣がしら。難陀龍王とて。只今小藤次が住龍宮より巽にあたりて。大龍

宮有ける。一の訴状を出し。散%\にぞ(十ノ廿オ)言上しける。難陀

龍王聞届。八大龍王へ廻状を以て。海底町洲浜屋にて寄合をつけ。段々

せんぎをするに。浦嶋が子孫にあらざる事あらはれ。いかに此方よりそ

れかと尋ればとて覚もなき事をいひつのり。龍女をけがし。我まゝをは

たらく事。言語道断の次第なれば。龍宮のおきての通。俵づめにして鐘

ひしぎにして。殺すべしと。龍宮中へふれをまはし。すでに罪科ぞきは

まりける。小藤次あはてゝ。様/\にわびてもいひ分たゝず。ハテもと

の見せ物がましであつた物と。後悔も先にたゝず。罪におこなはるゝ日

に成ぬれば。龍女は今更名残おしく。いつはりとしらで。契りしより。

よしや浦嶋の筋目ならず共。いとしかわいのむつごと。いつのよにかは

忘れんとかけ出し給へば。官人侍女おしとゞめ。六人のおさなき子。父

がとらはれ行を見て。様/\歎くを。小藤次もしみ%\悲しく。涙と共

に引出され。河原表に穴を堀。小藤次を縄かけながら下にうづめ。所の

法とて上より(十ノ廿ウ)土俵をつみかけ/\。数十俵おもしにかけ。

生ながら地ごくのせめ。猶も用心のためとて古寺のつりがねをおろし。

土俵の上にかづけ置。いつれも私宅へ退きける。小藤次は死もやらず。

土中に埋められて。思ふやう。我かりにもうら嶋が子孫といつはりしは。

あたはぬ色欲のふたつに迷ひし悪念ゆへ也。悪をなせば必終り全からず。

日本に有し時も。朝廷にそむき。兄をあざむき。つゐに悪事あらはれて。

湖水にしづめられたる所に。此龍宮へ来るうへは。悪心をひるがへすべ

き事成に。猶々邪慢の心やまず。王位を望む心より。かくあさましき最

期と成。あやまれり/\。此世こそたすからずとも。今死ぎはの一念に

て。未来は仏果に至らしめ給へ。南無阿みた仏/\。別してはわが藤原

氏の大祖。春日大明神と唱ふる時。龍宮の若い者ども。大勢見物に来り。

此下にこそかたりめはうづめられたり。去ながら不便や。もはや死つら

め。ぼだいのため此鐘ついてやるべしと。しゆもくをたづさへ力に任て。

(廿一オ)つきければ。鐘のひゞき次第/\に土中に入。どこでやら鐘

をつくやうながと。現のやうに聞内。いよ/\わするゝぱかりたゝくつ

きがねに。百八ぼんのふの眠さめ。朝日寺の夜明の鐘に。小藤次夢さめ。

彼方のわが屋敷に。夜着引かづきねざめの床。ハツと思ひ目をさませば。

抑純朝にあはんとて。ほんと町へ尋ね。道にて権蔵にとらへられ。瀬田

よりしづめにかけられ。そのゝち龍宮にての次第迄。残らず夢にて有け

るか。扨/\情なやわれつねに兄秀郷の。瀬田より龍宮におちられしと

悦びし一念をもつて。まのあたり龍宮に入。あまつさへ此世あの世二度

の罪科を。夢見る事。ひとへに悪心をひるがへせと。春日大明神の御告

ならん。去ながら今更心を改たりとて。兄秀郷をはしめ。たれ。有てか

得心すべき。一念発起の証拠のため。伊与守純朝を。六孫王経基に。う

たせ申すやうの手だてをなすべし。思へば恐しの夢の有様やと。初て善

心にひるがへる所へ。近習(廾一ウ)の侍茶園平八郎まかり出。申/\

お目あかれませい。此前ほんと町でお逢なされた。純朝と申は六孫王に

て。おまへをはかりしと申儀。只今去方より承ましてござります。又海

道三郎もまはしものにて。秀郷殿の御家来に成てゐながら。此方へ入込

しものとよく存たるものが申ますとは。ちか比おそまき成注進。小藤次

いよ/\といきをつき。まさゆめとは此事かと。善にすゝむこゝろぞか

たまりける

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龍都俵系図 三之巻

目録

第一 千里の謀を万里で返す虎蔵が智略

   七人化粧の底を明ていわぬ将門が

   胸さぐり切てしてとる虎蔵が太刀

   さきしのぎにしのぐ大勢の相手

第二 名方はよくきゝ申す耳の揃ふた小判の山

   巧過て結句はまる水牛の角粉

   にしてもこなれぬ田舎そだちも

   都が色香にまよふ大事のこめかみ

第三 六孫王は将門まさりの拾六人化粧

   名将と名将こゝろをあわせ〓の

   男は秀郷の替名虎蔵と名

   のらぬさきに合点の経基

○千里の諜を万里でかへす虎蔵が智略

黄金の輝るも。

生を回すには参に加ず。

蜀錦の美なるも。

寒を防ぐには綿に超ずとかや。

生前の栄花何ぞ死後の名に加んや。

死しての極楽は生前一盃の。

蕎麦截に加ずと思ふ心を。

大にひろむる時は。

国をうばひ。

天下を乱すの域におつる事必せり

扨も下総国の平氏将門。

其身桓武天皇の裔孫なるに。

むなしく一ケ国を守る事。

口惜と思ひしより。

伊予守純友と心をあはせ。

東国西国一時に旗をあげ。

天下を二つに分て。

ともに東天子西天子とあがめられんとのたくみゆへ。

将門みづから平親王と名のらんとは思へども。

一つの奇妙なくては。

関八州のともがらは。

おもひつくまじ。

何をがなふしぎ成術を覚へたや。

関東勢をなびかす。

もとでに。

せばやと心がくる折ふし。

奥州卒土浜といふ所より。

奇代の術者来りて。

大将壱人を軍陳に立ては。

七人づゝに見ゆるやうの伝授あり。

近く人寄ては其仕やうあらはるれ共。

遠方より見ては。

壱人の大将が七人づゝにわかつて。

しかも荘厳かくやくと。

結構に見ゆる。

大秘伝の義申上度間。

御知行下しをかれたきと。

書付指出す者ありて。

兼%\大望とは爰の事。

あらたに旗を揚るものは。

扨もあの大将は神か仏かと。

いふほどの妙術なくては叶はじとおもひしに。

よき折からの願と。

早速に目見をうけ。

千五百石にめしかゝへ。

他事なく側にてめしつかひけるが。

かの術伝授有度よし所望の時。

抑此術仕て御めにかけたる時は。

ハテ何でもない事と思召程。

かるい事なれ共。

見るものにかけては。

天下道具でござりまするゆへ。

私先祖代々の一子相伝。

恐れながら御神文にて。

御習ひ下されかしと申にぞ。

いか様是は尤と。

望の通誓紙したゝめ。

血判して習けるに。

その時代は。

日本いまだ小細工のくはしからぬ時ゆへ殊外珍らしく則かの奥州男。

肩月建右衛門が所持の道具を。

すぐに所望し。

褒美やら代物やらに。

五百両つかはし。

扨近比かゝへし妾の。

都をよび出し。

めづらしき道具を求めたり。

此道具をもつて。

やがて敵軍に肝をつぶさせ。

天下のあるじとなれば。

そなたは后にそなゆる。

そひねする覚悟で。

此方へ来ながら。

今日迄帯とかぬは。

近比聞えぬ。

積もちといやるゆへにつかえの直るまでと。

待てゐる。

此将門が退屈も。

思ひわけてたもれと。

件の七人大将の奇術の道具を以て。

都を見れば。

たちまち七人にぞ見えにける。

将門ゑつぼに入て悦び。

いよ/\肩月建右衛門を愛し。

来年は謀叛のはたをあげなんと。

毎日毎夜の相談也。

此建右衛門といふは。

若き時より。

異国商をして。

日本の海参。

出所多き中にも。

奥州金花山のふもとの海より出るを。

金海鼠と名付て。

極上々とす。

此いりこ功能おびたゝしく。

唐天竺にも。

是程のいりこはなしとて。

異国にては。

日本にて朝鮮人参を重んずる程に。

高直に取なやむ事を聞つたへ。

金花山の近辺の海を仕切て。

外へ一つもうらさす。

年/\仕入して唐へ渡り。

此方にて壱斤銀八分に付物を。

金子二両よりうへにはらひ。

帰船の時分には。

嶋/\の名物。

織物画軸の類迄買入て。

交易しける内に。

一人を七人づゝに見する道具の。

仕様を習ひ。

是は日本へ帰たらば。

京へのぼし。

四条川原の涼の見せ物にして。

一儲してから上は。

宮嶋の市。

つくま祭方/\にて。

銭を取つくしたる上を。

いか成御大名方へも指上。

過分の金にせんと思ひ帰たるが。

将門より奇術の事覚たるものあらばとの御尋と聞付。

是は当座の金事にあらず。

子々孫々までの知行に成事と悦び。

此道具を細工に拵て有付ける事也。

将門此道具を以て。

天下を掌にせんと思ふ程の事なるに。

いかゞ思ひつきけん。

ある夕ぐれに。

当春より新参に有付し。

草履取の虎蔵をよび出し。

ひそかに小庭へまはして侍分に申付る役なれ共。

其方下/\ながら。

眼ざしよのつねならぬうへ見所有て。

後/\は取立て武士としても。

恥かしからぬ男と思ふゆへ。

見事人をも切かねまじきや。

心見のために。

放し打を申付る。

其子細は。

此たびめしかゝへたる。

奥州の術者。

千五百石といふ高禄にて。

心をゆるませ。

七人にばける術をならひぬきたれば。

外に此者に用なし。

それがし此術にて人をなぴけ。

思ふやうに天下を取たるならば。

後/\迄此男。

おのれが教たる術を功にきて。

むやくしき事多かるべしもし又身共があしらいあしきなどゝて。

外へはしりて此術をはなさば。

将門が鬼神に通じて。

形を七つに分るといふは。

からくり同前の表裏沙汰と。

評判せられ。

弓矢のよはりと成べし。

手打にして仕廻ふも合点なれ共。

それではかさねて。

一芸一徳あるもの。

奉公をのぞまず。

跡先をおもへば。

勘弁のいる所なれ共。

とかく生おゐては。

心がやすまらず。

今日内証にてかの建右衛門。

其外は近習二三人をめしつれ。

裏門より忍び出て。

深栖河原へ出んイザ/\用意と有ければ。

建右衛門何の心もつかず。

畏て御供申ぞあやうけれ。

将門は近習の黒熊大七。

長磐猪権次。

投海波十郎計召つれ。

草履取は虎蔵。

肩月建右衛門先に立て。

七人に見する。

異国渡りの道具を。

仲間廿人こかゝせ。

箱を開く時。

皆/\追かへして。

子細を見せず。

後刻迎に来るべしとて。

建右衛門箱を開て。

将門を向ふに立。

六七町又は二三町までにへだてゝ。

見るに誠に七人と見えて。

いづれを正体。

いづれを影ともわかざりけり。

人/\奇異の思ひをなし。

あつはれの名器かなと。

あつと感ずる計也。

将門いさみて。

此上は疑惑の念なし。

建右衛門には千石加増して。

弐千五百石たるべし。

今日はさぞくたびれつらん。

宿へ帰て休むべし。

高知の身にて。

無僕はいかゞなれ共。

虎蔵をつれて帰れと。

懇意の段/\有がたしと。

辞退に及ばず虎蔵を拝借して。

わかれて帰れば。

将門は仕すましたりと。

迎の仲間待合せてゐる顔にて。

仕損じはせぬか。

モウ今時分切むすんでゐよふがと。

虎蔵が便を待ぞ久し。

しばらくありて虎蔵息を切てはせ帰り。

血だらけに成たる脇指を抜ながら。

はるかの石原に畏り。

仰を承りて。

建右衛門殿を送り参る所に。

知行を鼻にかけて。

めつたに下さげに申さるゝゆへ。

犬も傍輩鷹も傍輩。

御ざうりをこそつかめ。

拙者も殿の御扶持をいたゞけば。

同家中といふ物。

さやうにきたなげにいはれふ筈がないと。

きつと申たれば。

知行取に御草履取が一口にいはるゝ物か。

慮外者めがといふて。

抜打にせんとせられしを。

心へたと抜合せ。

しばし切むすびしが。

所は無底淵の水ぎはにて。

建右衛門殿あやまつて石につまづき。

水底へころび落申されしまゝ。

のぞいて見ても。

御存の淵の事故。

浮上らずすぐに腹切申べきとは存ぜしか共。

様子も申上ずに相果ては。

跡/\迄御不審はれまじきと存。

是迄は罷帰りて候と申上るを。

黒熊大七取つゐで申上れば。

将門聞届。

その奴めにがすな。

打てとれとの一言に虎蔵おどろき。

とびしさつて。

あつはれ御奉公いたしたると存る私を。

打てとれとはコリヤ殿様。

何事でござりますると。

用心したる体を見て。

近習の侍三人。

そりを打て取まはし。

のがれぬ/\。

大切成七人化の御道具を見とゞけ。

其上建右衛門を殺したる段。

おのれ下%\ゆへ外にてもらすまじき物にてもなし。

はじめより打殺す了簡にて。

骨折らせられた。

とてものがれぬ命。

覚悟せよと。

一度に抜て切てかゝれば。

物の数共せず。

三人を相手に取。

かけつながしつ切あふを。

将門あせつて只一打と切付るを。

引はづしてかいくゞり。

跡をも見ずして逃去けるは。

蝶鳥のとよがごとく也。

さしもの将門も肝をつぶし。

扨/\我の折て手達者な下らうめかな。

領分の内急度ふれながしてとらゆべし。

追手をかけよといふ内に。

仲間共お迎ひに参ましたとの案内。

件の道具を箱に納め。

一まづ屋形へ帰ける

     時代物浮世草子研究会『龍都俵系図』三-二

第二 名方はよくきゝ申す耳の揃ふた小判(ごばん)の山

     巧過て結句はまる水牛の角粉

     にしてもこなれぬ田舎そだちも

     都が色香にまよふ大事のこめかみ

第二 名方はよく聞申す耳の揃た小判の山

呉の慈笙氏は。

他著を仮て名を成し蜀の孔明にまなんで。

八門陣列の家を伝ふ。

されば平の将門は。

他の伎を借って。

おのれがこれあるがごとく。

天に通じ地に応じて。

あるひは形をかくし。

あるかとすればたちまち消うせ。

又は七人に形をわけ。

まことに通力自在の妙ありといひふらし。

近郷はいふに及ばず。

近き国%\ 聞伝へに恐れをなし。

まねかざれ共来りしたがひ。

すでに三十五万余騎に成ければ。

今は旗をもあげばやと思へとも。

天下を引うけて敵とする事なれば。

いか成強力の大兵ありてか。

七人のすがたをいとはず。

七人して組かゝらん時。

もとより一人の事なれば。

ちと身の内に心もとなき所あり。

何とぞ身に近付ての妙法もがなと思ふ折ふし。

尋ればある物にて上もなき名奇楠三十斤を薪として。

釜に水一石いれ。

朝鮮人参五十斤を焼(たき)つめ。

そのうへ一角(うにかふる)七斤刻み入て。

とくとねりつめ。

これを身にぬる事七日づゝ。

かくのごとく十まはりにて。

七十日が間。

いかさま目壱匁ニ付。

三百双位の伽羅の。

高三百斤。

極上の人参五百斤。

一角七十斤。

かくのごとくしたる上にて。

飛刃経とて。

刃も矢石もあたる事あたはぬ。

神呪一巻を。

毎日唱ふる時は。

いか成大敵も。

よりつく事叶かたしといふ。

名方を覚たる異僧を求め出し。

其方悉く習ひしうへにて。

建右衛門にこりたれば。

此度は即座に殺して仕舞とて。

伝授の場にてすぐに打はなし。

扨毎日かの経を唱へ薬種を調へ。

名香を金にあかして求めんとするよし、かくれなければ。

諸方の香具や共、たしなみの伽羅の有たけ。

値売せんと持はこべ共。

わづか五匁か三匁より。

大き成木もなく。

たま/\あれば。

似たりまなばんの類にて。

役に立ず。

金の力にも及ばぬ程の斤数に。

こまりはてたるが。

将門ふと思ひ付。

妾の都にむかひ。

そなたは京そだちと聞く。

何と京に名香をたくさんに持た者はあるまいか。

聞及ぶまい物でなしととへば。

成ほど私もちいさいときから。

御所方につとめ。

大方名香の分は聞覚ましたれ共。

名香と名高い伽羅ほど。

かけめのすくない物にて。

芝舟の三分や。

初音の弐分やなどは。

私が香包みにもござりますれども。

此度おびたゝしき御用には。

立かたかるべし。

さいわゐ私の伯父に。

香肝煎の銀葉やの香平次と申人。

香商ひに下つてゐられますれ共。

表向は私が外聞を思ひ。

他人むきにて。

御領分に商売致しゐられますが。

安南の大瑪王+利香といふ名伽羅。

重さ百斤計有と承れ共。

あたひ一斤に付弐千両との事ゆへ。

取次人がないとて。

伯父貴が遙々持て下り。

口銭もとれまいかと。

苦にしてゐられますと承りしと。

弁にまかせていひければ。

我此大望を思ひ立につけて。

百姓共をしへたげ。

様/\のむりをなして。

取込置し金銀。

十五の土蔵につめ置たり。

一斤に付二千両なれば。

百斤ニ付て廿万両。

大切の金子なれども。

是を求るも。

軍の大事なれば。

いかにも求むべし。

呼よせよといふにつき。

早速人を走らせけるに。

伯父銀波やの香平次。

荷箱持せて参上し惣じて唐物は何にても取扱ふと申上るゆへ。

将門直に対面し。

何と上々の人参はないかととへば。

朝鮮人参が百五十斤ありといふ。

一角はととへは。

これは贋の多い物でござります。

殊外大切な物なれ共。

先年吉備大臣様とやらが。

唐土から持て御帰りなされたを。

梵陀山粋方寺におさめ置れしを。

当住好女上人の弟に。

七右衛門と申性悪ありて。

水蔵やといふ大福者の方へ。

質に入てながれたるを。

此度あづかりて。

売に下りし御めきゝのうへに。

御気に入たらば。

御買なされませいと。

角のまゝにて四五百本出せば。

何が下総に住で。

相馬鰯の目利より外は。

しらぬ大将なれば。

御手医者の藪中雲築院よひて。

見せらるゝに。

一生のうち犀角も見た事のない医者ゆへ。

少し削てみずへうかめて御覧なされませい。

きり/\とまふが正真にござりますといふに。

申シ御医者様。

それは熊胆の事でござります。

麁相仰られて。

大切の売物に疵つけて下されまするな。

憚ながらおまへには。

何も御存なささふに存ますると。

香平次が腹立れば。

しらぬといはれては恥と思ひ。

いかにも取ちがへ申た。

火にたいて見て。

角のにほひのするが正真といふゆへ。

ソリャたいてみよと。

火にかくるに。

何にもせよわるくさふにほふにより。

正真に究り。

何でもない水牛の角が。

一本ニ付金子千両づゝに値が成。

桔梗の根を甘茶にて煮つめたるが。

一斤百両。

此二色有たけ売上て。

あたひ五万二千両。

扨名香はととへば。

大坂道修町にては。

薬種にもうられぬ。

はね出しの白たを。

百斤用意し。

是が白菊と申名香ゆへ。

色も白ふござりますといへば。

道才しつた顔にて。

いかにもさふであらふ。

まへかど旦那かたへ。

京の公家衆より音物に参た伽羅は。

色も黒く。

いかに田舎とてあなどり過た。

油けのある物を。

はる%\おこして九重と銘をかいておこされた。

何のあれが九重であらふぞ。

慥にくろきくじやと。

此本草しりが見付て置たと。

物しり自慢にあどをうつゆへ。

是も値が成て。

百斤のあたひ廿万両。

都合廿五万五千両請取。

香売の香平次は。

大まうけしてすぐに京都へ帰ける。

是を思へば。

実をもつてをしへたる出家はころされ。

かたりをいふて。

めつたむしやうにだましたる香売は。

黄金を車に積で去ぬ。

何があてにならふやらしれぬ世の中とぞ聞えける。

将門は寝所に入て。

都にさゝやき。

二世と契るそなたゆへに。

大事を語るとて。

われ生れついて。

惣身鉄のごとく。

力を入てはる時は。

剣も鉾も通る事あたはず。

しかれ共頭の上。

こめかみといふ所計は。

力の入がたき所ゆへ。

敵にこゝを打れては心もとなし。

それゆへ僧の教しよりは。

薬種もすくなく買いたれ共。

此こめかみの事。

人にもらしがたく。

只惣身に用るやうにいひ置たり。

かの教のごとく。

毎日此こめかみ計を。

ぬりてかためんと思ふ程に。

人にしらさず夜%\ぬりてたもれと。

心をゆるして語けるゆへ。

心へましてござりますと。

それより毎夜。

水牛の角と桔梗の根を白たの沈にてたきつめて。

ぬりける程に。

水牛の加減にや。

ひよこつく様に覚へ。

七十日も立ければ。

もし此事知たるは其方と。

うたがひをおこして。

殺してしまはんもしらず。

よいのがればと思ひ。

都は屋形を忍び出。

行衛もしらず成にけり。

将門不審に思ひ。

尋さすれ共しれざる時に。

其年も漸くれて。

明れば承平二年。

壬辰将門時節到来と謀叛をおこし。

我在所相馬に内裏をたて。

百官百司こと%\くそなへて。

みづから平親王と名乗。

近辺を切したがへければ。

隣国常陸国に有ける。

平の国香是をしづめんと。

人数を催しはせむかひしに。

遙に見れば。

将門七人にわかつて。

顔も形もたがふ事なく。

ひとりがうなづけば。

残る六人もうなづき。

軍配をなす事自由なり。

国香方の軍勢どもこれを見て。

神軍といふも是にはまさらじと。

皆/\鉾をふせ。

かぶとをぬいで降参しければ。

国香やたけに思へ共。

力なく。

つゐに討死したりける。

此後は将門いよ/\威を東海の天に張て。

なひかぬ草木もなかりける。

此事追/\に都へ聞へしかば。

六孫王つねもと。

田原藤太秀郷。

平の国香の子息。

貞盛を三大将として討手に下さるべきよし。

禁庭にて仰付られ。

六孫王と貞盛は。

勅を承つて下り給へ共。

秀郷は龍宮へ参たるゆへ。

名代として五人の弟の内。

壱人仰付られ下さるべしと願ひしに。

朝廷にていかゞ御評諚有つるやらん。

二番めの小藤次には仰付られず。

三番めの弟。

藤三郎高郷を名代に仰出され。

旗をなびかせくだりける。

将門かたへは小藤次が早飛脚しきなみにて。

六孫王といふ名将下向あれば。

太躰のことにては。

勝利有べからず。

ゆだんし給ふなと申くだしけれ共。

将門少共さはがず。

七人にばけて京勢のあら肝とらんと。

切所/\に用害かまへ。

只一ひしぎと待かけたるに。

京勢既に下総に着ければ。

軍は明日と契約し。

両陣互角にひかへたり

龍都俵系図

三之巻

目録

第三、六孫王は将門まさりの拾六人化粧

名将と名将こゝろをあわせ%の

男は秀郷の替名虎蔵と名

のらぬさきに合点の経基

六孫王は将門まさりの十六人の化粧

月落鳥鳴て。東の旅陣用心きびしく。御大将六孫王経基。平の貞盛。藤原高郷と

寄合給ひ。明日の軍評諚の中にも。貞盛は父国香の敵なれば。恨み骨髄に通つ

て。生死にかへり見ざる段申さるれば。六孫王も御尤に思召ける。藤三郎高郷

すゝみ出て。此度急成勅定にての下向ゆへ。つかひ金存の外少く相見ゆる間。京

都より追下しの金子着候までは。心もとなき段申にぞ。いづれも此義は。軍中第

一の儀也。其上将門は七人に形に変ずるよし。彼是味方の兵に。見おぢ聞おぢを

せざるやうに申渡ししかるべしなどゝ。様/\御相談最中に。遠侍の者共罷出。

かぶと頭巾にて顔をかくしたる侍。長持三棹をかゝせ。女をめしつれひそかに御

大将ヘ御めにかゝり度とて。参上と申上れば。何にもせよ対(廿二オ)

面すべしとて通し給ふ内に。かの侍頭巾を取。いづれも見わすれ給ふか。俵藤太

兵部丞秀郷なりとあれば。一座不審の体なれ共。六孫王はおどろき給はず。先達

て貴殿都をのがるゝ時節。三上山権蔵を指こされしゆへ。心底の段%\とくと承

り置たり。久/\の御苦労申べきやうもなし。則権蔵儀は。自身片眼つきつぶし

て。小藤次に見しられぬやうにはからひ。手前方にさしをき。急度平と名をかへ

させ。都にのこして此ものと海道三郎を。小藤次がおこらば。責よせて討てとる

べしと。おさへのためとゞめたり。あれ成は承り及たるおいよなるかとあれば。

秀郷いかにもおいよと申はあの女にて候。扨六孫王には。委細通達いたして。御

存なれ共。貞盛殿をはじめ。一座の人/\御不審も有べきまゝ。様子をかたり申

べし。去年の春より将門むほんのていを。国香より知らされて。国香の心底は見

届ね共。それより段/\忍びを入て。とくと聞定しに。(廿二ウ)

某の弟小藤次近藤五両人。将門に組せし段明らかにしれたるゆへ。某ゆへなく都

をのきては。両人のやつばらより。将門ヘ内通せん。両人を切て仕舞なば。将門

心をつけて油断すべからず。此両様に心をつくし。是成白拍子おいよを頼み。此

事仕おふせてもあらば。一生妻と定むべしと約束して。おいよが兄三上山権蔵

を。むかでの変作に仕たて。根矢にて射れば死するゆへ。引目と名付て。矢をは

なたず。ともに龍宮へつれゆかんと。肩にかけておいよと立のき。小藤次近藤五

に入水せしとしらせ。権蔵は六孫王の御方へしんじ。則六孫王には純友と成て。

小藤次をはかり給ひ。此秀郷は当国に下向し。虎蔵と名をかへ。将門に奉公し

て。かれが軍だてを見つくし。七人に変ずるからくりの根をさがししつて。其細

工人建右衛門を殺したりといつはりて。手前にかくまひ置。此方には六孫王を十

六人に見せる。細工を拵させをき(廿三オ)

たれば。関八州の者共。将門が七人より六孫王の十六人に。肝をつぶすは必定成

べし。そのうへおいよを。将門が手かけに出し。かれが内証の事ども残なく聞ぬ

きたるに惣身は鉄の如くなれ共。こめかみのやはらか成よし相しれたり。異僧あ

りて奇代の薬をつたへたれ共。薬を求かねしと聞て。拙者が譜代の家来。湖照左

衛門をおいよが伯父。香売の香平次とつけて。あられぬ物をうりつけさせ。廿五

万両余の金子迄取得たり。それ/\左衛門金子を出せとあれば。かしこまつて長

持をひらくに。黄金三棹に充満せり。此上残念なるは。水牛の角を桔梗根にて煮

つめ。これを身にぬる時は。はだへやはらぎて麩のごとくなるといふ事ある。秘

書にて見出したるゆへ。将門が鉄身にぬらすべしと思ひしに。こめかみばかりへ

ぬるこそ。矢つぼ一所にていかゞなれども。定心の弓にて射ば。ころさすといふ

事有べ(廿三ウ)

からず。いづれも御安堵候へと。つぶさに申述らるゝにぞ。人/\はや勝たる心

と成けり。鐘鶏時うつつて。寅の一天に及べば。秀郷も用意の甲冑を着し。六孫

王をはじめ。いづれも鎧六具をかため。はや打立んとの用意也。将門方には。城

郭をかため。初手の軍より奇術をなしては。官軍さらにふしぎかるまじ。先一人

にて櫓にあがり。二度の軍に。七人に見する道具を。櫓の前にはらしなば。聞及

びたるにちがひなく。神変の事かなと。皆/\味方に来るべしと。高をくゝつて

居たりける。惣じて上代日本に硝子をふく事しらず。建右衛門異国にて習ひ来

り。硝子を七所に稜をいれて作れば。是にすかして見る物。ひとつが七つに見ゆ

る事。末代には七つ眼鏡とて。小児のもてあそびと成たれ共。むかしはめづらし

き物にて。外に知人なく。金銀にあかして是を大きにこしらへ。櫓一はいに張

て。其内に(廿四オ)

挿絵第三図(廿四ウ)

挿絵第四図(廿五オ)

将門座する時は七人と成。又下よりこれをひく時は。ひとりとなる。縁なしにこ

しらへたるを。

高き所にて取なやめば。白き物ゆへ遠目よりは少も見ヘず。是を将門求め得て。

人をなつけ。国香をも亡せしゆへ。七眼鏡を今の世迄。相馬めがね共よび来れ

り。しかるに秀郷奴の虎蔵と成て。建右衛門をつれのき。その上を工夫させ。十

六角にふかせ置たれども。将門かつて是をしらずすでに軍は。辰の上刻に始り。

敵味方入みだれ火花をちらして戦ひける。将門高きやぐらにのぼつて。下知する

所に。はるかへだてゝよせ手の大将。六孫王経基たちまちに。十六人と身を変じ

給へば。将門方には。股肱の臣下七八人より外に。此術をしらせ置たるものなけ

れば。七人に変ずるをさへ。奇妙に思ひて降参せしより。合武者共六孫王こそ将

門にはまさりたる神変と。皆/\かぶとをぬぎ。われさきにと。降参するゆへ。

将門案に(廿五ウ)

相違し。扨は六孫王も。此めかねをつかふと見えたり。アレハからくり事じや。

くふな/\といへ共。下地奇妙がらせて。したがへ置たる集り勢ゆへ。新芝居の

はやるを。下地からの芝居がねたみて。あしくいふ格に心得。とめてもとまら

ず。制しても合点せず。今更七人めがねも出されぬやうに成て。とかくアレハ拵

物じやとよばゝれ共ふしぎに思ひつけたる眼に。おどろき癖がしみこんで。残ず

くなに味方の勢。今はまばらにぞ成にける。もろこしの諸葛孔明。南蛮をせむる

時。異獣を作物にして火焔をふかせ。敵に勝たるもかくと見ゆる計也。将門はせ

つかく仕込たるはかりこと。皆敵の勝手と成て。今はたまりかね。鉄の棒おつと

りのべ。櫓より飛おり。縦横に打てまはれば。死をいたすもの員をしらず。秀郷

陣頭にすゝみ。いかに将門。汝異国より渡りし奇術を行へば。我は又龍宮より帰

りしゆへ。龍王にさづかりし弓法あり田原秀郷が矢をうけてみよと。付まはせ共

将門五枚かぶとを着たりければ。こめかみを射ん事心もとなく。何とぞ大わらは

にして射とめばやと。おひつまくりつする(廿六オ)

内に。将門は城にかけて入櫓にのぼつて。大音あげ。かぶとの眉廂ふかく。ほう

あてふかければ。面躰は見えね共。秀郷とは心得ね。龍宮へ入りしと。小藤次よ

り注進せり。此度迎ひし高郷成か。名のれ聞んといへは秀郷仏経に龍宮は仏の方

便。此世界の外に。別世界ありと思ふは愚の沙汰。我は汝につかへし虎蔵。見忘

れたるかと見上れは将門はがみして。おのれ秀郷と知たらば。とく打はなしての

けふ物を。いで物見せんと。弓矢追取。つよ弓をひかんため。かぶとをぬぐを。

秀郷ねらふ所と思ひ大のかりまたよつ引ではなせばあやまたず将門がこめかみ

の。髪の中に射こむ。なじかはたまるべき。櫓の上よりまつさかさまに落る所

を。父の敵とて貞盛よつて首をかけば。大将六孫王勝どきつくつて凱陳あり。さ

ればその比。いか成ものゝ仕わざにや。いくさの跡へ落首をたてたり

あさはかにはかりし事もびいどろで見すかされたる数は七人

将門首は。都六条河原にさらしけり。秀郷の謀誠に孫呉が肺肝成べし

三之巻終(廿六ウ)

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龍都俵系図

三之巻

目録

第三、六孫王(ろくそんわう)は将門(まさかど)まさりの拾六人化粧(じふろくに

んけしやう)

名将(めいしやう)と名将(めいしやう)こゝろをあわせ%(びん)の

男(おとこ)は秀郷(ひでさと)の替名(かへな)虎蔵(とらぞう)と名(な)

のらぬさきに合点(がつてん)の経基(つねもと)

六孫王(そんわう)は将門(まさかと)まさりの十六人の化粧(けしやう)

月落(つきをち)鳥鳴(とりない)て。東(あづま)の旅陣(りよぢん)用心(ようじん)

きびしく。御大将(たいしやう)六孫王経基(つねもと)。平(たいら)の貞盛(さだ

もり)。藤原高郷(たかさと)と寄合(よりあひ)給ひ。明日の軍(いくさ)評諚(ひや

うでう)の中にも。貞盛は父(ちゝ)国香(くにか)の敵(かたき)なれば。恨(うら)

み骨髄(こつすい)に通(とを)つて。生死(しやうじ)にかへり見ざる段申さるれ

ば。六孫王も御尤に思召ける。藤三郎高郷(たかさと)すゝみ出て。此度急(きう)

成勅定(ちよくでう)にての下向(げかう)ゆへ。つかひ金存の外少(すくな)く相見

ゆる間。京都より追下(おひくた)しの金子着(つき)候までは。心もとなき段申に

ぞ。いづれも此義は。軍中(ぐんちう)第一の儀也。其上将門は七人に形(かたち)

に変(へん)ずるよし。彼是(かれこれ)味方(みかた)の兵(つはもの)に。見おぢ聞

おぢをせざるやうに申渡ししかるべしなどゝ。様/\御相談(さうだん)最中(さ

いちう)に。遠侍(とをさふらひ)の者共罷(まかり)出。かぶと頭巾(づきん)にて

顔(かほ)をかくしたる侍(さふらひ)。長持(なかもち)三棹(さほ)をかゝせ。女を

めしつれひそかに御大将ヘ御めにかゝり度(たき)とて。参上(さんじやう)と申上

れば。何にもせよ対(たい)(廿二オ)

面(めん)すべしとて通(とを)し給ふ内に。かの侍頭巾(さふらひづきん)を取(と

り)。いづれも見わすれ給ふか。俵(たはら)藤太兵部丞秀郷(ひでさと)なりとあ

れば。一座(ざ)不審の体(てい)なれ共。六孫王はおどろき給はず。先達(さきだ

て)て貴殿(きでん)都(みやこ)をのがるゝ時節(じせつ)。三上(みかみ)山権蔵を

指(さし)こされしゆへ。心底(しんてい)の段(だん)%\とくと承り置たり。久/

\の御苦労(くらう)申べきやうもなし。則権蔵儀は。自身(じしん)片眼(かため)

つきつぶして。小藤次に見しられぬやうにはからひ。手前方(かた)にさしをき。

急度平(きつとべい)と名(な)をかへさせ。都にのこして此ものと海道三郎を。小

藤次がおこらば。責(せめ)よせて討(うつ)てとるべしと。おさへのためとゞめた

り。あれ成は承り及たるおいよなるかとあれば。秀郷いかにもおいよと申はあの

女にて候。扨六孫王には。委細(いさい)通達(つうだつ)いたして。御存なれ共。

貞盛殿をはじめ。一座(いちざ)の人/\御不審も有べきまゝ。様子(やうす)をか

たり申べし。去年(きよねん)の春より将門(まさかど)むほんのていを。国香(く

にか)より知らされて。国香の心底(しんてい)は見届(とゞけ)ね共。それより段

/\忍(しの)びを入て。とくと聞定(さだめ)しに。(廿二ウ)

某(それがし)の弟(おとゝ)小藤次近藤五(きんとうこ)両人。将門に組(くみ)せし

段明(あき)らかにしれたるゆへ。某(それがし)ゆへなく都(みやこ)をのきては。

両人のやつばらより。将門ヘ内通(ないつう)せん。両人を切(きつ)て仕舞(しま

ひ)なば。将門心をつけて油断(ゆたん)すべからず。此両様に心をつくし。是成

白拍子(しらびやうし)おいよを頼み。此事仕(し)おふせてもあらば。一生妻と定

むべしと約束(やくそく)して。おいよが兄(あに)三上山権蔵を。むかでの変作(

へんさ)に仕(し)たて。根矢(ねや)にて射(ゐ)れば死(し)するゆへ。引目(ひきめ

)と名付て。矢(や)をはなたず。ともに龍宮へつれゆかんと。肩(かた)にかけて

おいよと立のき。小藤次近藤五に入水(じゆすい)せしとしらせ。権蔵は六孫王の

御方へしんじ。則六孫王には純友(すみとも)と成て。小藤次をはかり給ひ。此秀

郷は当国に下向(けかう)し。虎蔵と名をかへ。将門に奉公(ほうこう)して。かれ

が軍(いくさ)だてを見つくし。七人に変(へん)ずるからくりの根(ね)をさがしし

つて。其細工(さいく)人建(たて)右衛門を殺(ころ)したりといつはりて。手前に

かくまひ置。此方には六孫王を十六人に見せる。細工(さいく)を拵(こしらへ)さ

せをき(廿三オ)

たれば。関八州(くわんはつしう)の者共。将門が七人より六孫王の十六人に。肝

(きも)をつぶすは必定(ひつでう)成べし。そのうへおいよを。将門が手かけに出

し。かれが内証(ないしやう)の事ども残なく聞ぬきたるに惣身(そうみ)は鉄(て

つ)の如(ごと)くなれ共。こめかみのやはらか成よし相(あい)しれたり。異僧(い

そう)ありて奇代(きたい)の薬をつたへたれ共。薬を求(もとめ)かねしと聞て。

拙者(せつしや)が譜代(ふだい)の家来(けらい)。湖照(にほてる)左衛門をおいよ

が伯父(おぢ)。香売(かううり)の香平次(かうへいじ)とつけて。あられぬ物をう

りつけさせ。廿五万両余(よ)の金子迄取得(とりえ)たり。それ/\左衛門金子を

出せとあれば。かしこまつて長持をひらくに。黄金三棹(さほ)に充満(じうまん)

せり。此上残念(ざんねん)なるは。水牛(すいぎう)の角(つの)を桔梗根(きゝや

うね)にて煮(に)つめ。これを身にぬる時は。はだへやはらぎて麩(ふ)のごとく

なるといふ事ある。秘書(ひしよ)にて見出したるゆへ。将門が鉄身(てつしん)に

ぬらすべしと思ひしに。こめかみばかりへぬるこそ。矢(や)つぼ一所にていかゞ

なれども。定心(てうしん)の弓(ゆみ)にて射(ゐ)ば。ころさすといふ事有べ(廿

三ウ)

からず。いづれも御安堵(あんど)候へと。つぶさに申述(のへ)らるゝにぞ。人/

\はや勝(かち)たる心と成けり。鐘鶏(しやうけ*)時うつつて。寅の一天に及べ

ば。秀郷も用意(ようゐ)の甲冑(かつちう)を着(ちやく)し。六孫王をはじめ。い

づれも鎧(よろひ)六具(ぐ)をかため。はや打立んとの用意(ようゐ)也。将門方(

かた)には。城郭(しやうくはく)をかため。初(しよ)手の軍(いくさ)より奇術(き

しゆつ)をなしては。官軍(くはんぐん)さらにふしぎかるまじ。先(まづ)一人に

て櫓(やくら)にあがり。二度の軍(いくさ)に。七人に見する道具を。櫓(やくら)

の前にはらしなば。聞及びたるにちがひなく。神変(じんべん)の事かなと。皆/

\味方(みかた)に来るべしと。高をくゝつて居たりける。惣(そう)じて上代日本

に硝子(びいどろ)をふく事しらず。建(たて)右衛門異国(いこく)にて習(なら)ひ

来り。硝子(びいどろ)を七所に稜(かど)をいれて作(つく)れば。是にすかして見

る物。ひとつが七つに見ゆる事。末代(まつだい)には七つ眼鏡(めがね)とて。小

児(こども)のもてあそびと成たれ共。むかしはめづらしき物にて。外に知(しる)

人なく。金銀にあかして是を大きにこしらへ。櫓(やぐら)一はいに張(はり)て。

其内に(廿四オ)

挿絵第三図(廿四ウ)

挿絵第四図(廿五オ)

将(まさ)門座(ざ)する時は七人と成。又下(した)よりこれをひく時は。ひとりと

なる。縁(ふち)なしにこしらへたるを。高(たか)き所にて取なやめば。白き物ゆ

へ遠目(とをめ)よりは少も見ヘず。是を将門求(もと)め得て。人をなつけ。国香

(くにか)をも亡(ほろぼ)せしゆへ。七眼鏡(なゝつめかね)を今の世迄。相馬(さ

うま)めがね共よび来れり。しかるに秀郷(ひでさと)奴(やつこ)の虎蔵と成て。

建(たて)右衛門をつれのき。その上を工夫(くふう)させ。十六角にふかせ置(お

き)たれども。将門かつて是をしらずすでに軍(いくさ)は。辰(たつ)の上刻(こく

)に始(はじま)り。敵味方(てきみかた)入みだれ火花をちらして戦(たゝか)ひけ

る。将門高きやぐらにのぼつて。下知(げぢ)する所に。はるかへだてゝよせ手の

大将。六孫王経基(つねもと)たちまちに。十六人と身を変(へん)じ給へば。将門

方には。股肱(ここう)の臣下(しんか)七八人より外に。此術(じゆ*)をしらせ置

たるものなければ。七人に変(へん)ずるをさへ。奇妙(きめう)に思ひて降参(か

うさん)せしより。合武者(あひむしや)共六孫王こそ将門にはまさりたる神変(じ

んべん)と。皆/\かぶとをぬぎ。われさきにと。降参(かうさん)するゆへ。将

門案(あん)に(廿五ウ)

相違(さうゐ)し。扨は六孫王も。此めかねをつかふと見えたり。アレハからくり

事じや。くふな/\といへ共。下地(したち)奇(き)妙がらせて。したがへ置たる

集(あつま)り勢(ぜい)ゆへ。新芝居(しばゐ)のはやるを。下地(したぢ)からの芝

居(しばゐ)がねたみて。あしくいふ格(かく)に心得。とめてもとまらず。制(せ

い)しても合点(がてん)せず。今更(いまさら)七人めがねも出されぬやうに成

て。とかくアレハ拵(こしらへ)物じやとよばゝれ共ふしぎに思ひつけたる眼に。

おどろき癖(くせ)がしみこんで。残ずくなに味(み)方の勢(せい)。今はまばらに

ぞ成にける。もろこしの諸葛孔明(しよかつこうめい)。南蛮(なんばん)をせむる

時。異獣(いじう)を作(つくり)物にして火焔(くはゑん)をふかせ。敵(てき)に勝

(かち)たるもかくと見ゆる計也。将門はせつかく仕込(しこん)たるはかりこと。

皆敵(みなてき)の勝手(かつて)と成て。今はたまりかね。鉄(くろかね)の棒(ぼ

う)おつとりのべ。櫓(やくら)より飛(とんで)おり。縦横(じうわう)に打てまは

れば。死(し)をいたすもの員(かず)をしらず。秀郷陣頭(ぢんとう)にすゝみ。い

かに将門。汝(なんぢ)異国(いこく)より渡りし奇術(きじゆつ)を行(おこな)へ

ば。我は又龍(りう)宮より帰りしゆへ。龍王にさづかりし弓法(きうはう)あり田

原秀郷が矢(や)をうけてみよと。付(つけ)まはせ共将門五枚(まい)かぶとを着(

き)たりければ。こめかみを射(ゐ)ん事心もとなく。何とぞ大わらはにして射と

めばやと。おひつまくりつする(廿六オ)

内に。将門(まさかど)は城にかけて入櫓(やぐら)にのぼつて。大音(をん)あげ。

かぶとの眉廂(まびさし)ふかく。ほうあてふかければ。面躰(めんてい)は見えね

共。秀郷とは心得ね。龍宮へ入りしと。小藤次より注進(ちうしん)せり。此度迎

(むか)ひし高郷(たかさと)成か。名のれ聞んといへは秀郷仏経(ふつきやう)に龍

宮は仏の方便(はうべん)。此世界(せかい)の外に。別世界(べつせかい)ありと思

ふは愚(ぐ)の沙汰(さた)。我は汝(なんぢ)につかへし虎蔵。見忘(わす)れたるか

と見上れは将門はがみして。おのれ秀郷と知(しつ)たらば。とく打はなしてのけ

ふ物を。いで物見せんと。弓矢(ゆみや)追取(おつとり)。つよ弓をひかんため。

かぶとをぬぐを。秀郷ねらふ所と思ひ大のかりまたよつ引(ひい)ではなせばあや

またず将門がこめかみの。髪(かみ)の中(うち)に射(い)こむ。なじかはたまるべ

き。櫓(やくら)の上(うへ)よりまつさかさまに落(おつ)る所を。父(ちゝ)の敵(

かたき)とて貞盛(さだもり)よつて首(くび)をかけば。大将六孫王勝どきつくつ

て凱陳(かいぢん)あり。さればその比(ころ)。いか成ものゝ仕(し)わざにや。い

くさの跡(あと)へ落首(らくしゆ)をたてたり

あさはかにはかりし事もびいどろで見すかされたる数は七人

将門首(くび)は。都(みやこ)六条河原(かはら)にさらしけり。秀郷の謀(はかり

こと)誠(まこと)ニ孫呉(そんご)が肺肝(はいかん)成べし

三之巻終(廿六ウ)

第一 龍宮(りうぐう)の見せ物は尾(お)の出(で)やすい偽(いつは)り

浦嶋(うらしま)が子孫(しそん)とは看板(かんばん)のくわせ物(もの)

侍(さふらひ)の見せ物(もの)銭(せに)はもどりにくひ

日本(にほん)の通路(つうろ)きれかはつた思(おも)ひ付(つき)(二オ)

一 龍宮(りうぐう)の見せ物は尾(お)の出(で)やすい偽(いつは)り

其根(そのね)枯(かれ)て其花ひらくべからずとは。項王(こうわう)亡(ほろ)び

て。子弟(してい)全(まつた)かるまじとの詞(ことば)也。平親王将門(へいしん

わうまさかど)亡(ほろび)て。討手(うつて)の大将達(たち)。近日(きんじつ)

帰洛(きらく)の聞へめでたく。上(かみ)一人より下(しも)万民(ばんみん)に至

(いた)るまで。万歳(ばんぜい)を唱(となふ)る中(なか)にも。彼方(おちかた

)小藤次ばかりは心すまず。そのうへ瀬田(せた)より入水(じゆすい)せしと思ひし

。兄(あに)秀郷(ひでさと)まで此世(よ)にありて。将門を射(ゐ)おとしたると

の取沙汰(とりさた)。追(おひ)/\に聞へ。都(みやこ)に住(すむ)心もなく。

せめてはほんと町に。借(か)り座敷(ざしき)してゐらるゝ。純朝(すみとも)へ見

舞(まひ)て心を合(あは)せ。大将ともが帰着(きちやく)せぬ内に。謀略(ぼうり

やく)をもめくらさはやと。ほんと町へ行て。頼ませうといひ入ければ。内より小めろ

が出て。どれから御出なされましたととふに。純朝(すみとも)殿へ小藤次御見舞申ま

する。此間ちと参上いたす筈(はづ)でござりますれ共。気(き)あつかひいたせしゆ

へ。(三オ)

にや癰腫(ようしゆ)を悩(なや)み。引込(こみ)まかりありしゆへ。おこたりまし

てござると。申てくだされといへば。小めろすきと合点(がてん)のゆかぬ顔(かほ)

つきにて。内へはいり暫(しばら)くして。久三とおぼゆる男出て。子(こ)どもの口

上(かうじやう)すきと埒(らち)が明ませぬ。どなたと申事でござりまするといふゆ

へ。最前(さいぜん)のごとくいへば。大かたそれは門(かど)ちがへでござりませふ

。只今爰もとを借(かつ)てゐられまするは。都中の町人衆。月がこひの女中の座敷で

ござりまするが。何の御用(よう)と聞てびつくりし。然らばこれを借(かつ)てゐら

れた。純朝(すみとも)と申は。いづかたへ宿(やど)を替(かへ)られましたととへ

共。左様の人は存ませぬ。家主(いへぬし)へ御問(とひ)なされませいといふゆへ。

一軒(けん)おいて北どなりへ行てとへば。純朝(すみとも)とは誰(た)が事でござ

るぞ。此筋(すじ)にそんな名(な)はござらぬ。此西がはの辻子(づし)を行抜(ぬ

け)て。木や町へ出さつしやれ。炭(すみ)やの友右衛門といふ。あら炭(ずみ)の中

買(なかがい)がござるといふを。いや/\爰もとの座敷かつてゐられた。侍(さぶら

ひ)衆の事といふに付て。ムヽ思ひ出しましてござる。又あとの月比(ごろ)迄。六孫

王様の(三ウ)

御家来(けらい)衆が借(か)つてござりましたが。三四ケ月にてあけさつしやりまし

た。といふに。肝(きも)をつぶし。とかくのみこまぬ事共と。そな/\と立帰るむか

ふより。急度平(きつとへい)大小麻上下(あさかみしも)にて。かざり立たる馬に乗

(のり)。供(とも)まはりびゝしく。いか様二三千石(こく)の出立にて。通(とを

)りかゝるに行あひ。小藤次が家来共。あれごらうじませいといふに。小藤次ふりあを

のいて。二度(ど)びつくりし。さながらいやしくもあしらはれず。それへござるは。

伊与守(いよのかみ)純朝(すみとも)の家来衆。急度平殿ではないか。純朝(すみと

も)殿にはいづかたへ座敷をお替(かへ)なされたといふを。手(た)づなひかへてお

りもせず。馬上(ばしやう)より見おろし。俵(たわら)藤太殿の舎弟(しやてい)。

彼方(おちかた)小藤次殿な。伊与守純朝といふは。朝敵の方人(かたうど)。見のが

しにはいたしにくひ。かく申をたれとか思ふ。其方の兄(あに)。秀郷殿の奥方(おく

かた)と定(さだめ)られしおいよが兄。三上山権蔵。今にては源氏の大将。六孫王経

基公(つねもとこう)の近臣(きんしん)と成。洛中(らくちう)の非常(ひじやう)

を。(四オ)

挿絵第一図(四ウ)

挿絵第二図(五オ)

いましめんため。禁中(きんちう)の看督長(かとのをさ)を御免許(めんきよ)あり

て。旦那(だんな)帰(き)京迄は。かやうにめぐる所に出あふて。悪事耳に入からは

捨置れず。火丁(くはてう)どもあれからめよと下知(げぢ)をなすゆへ。小藤次も是

非(せひ)に及はず。若党(わかとう)共とともに抜(ぬき)つれて切むすべ共。権蔵

が勢(せい)は。禁庭(きんてい)の威(ゐ)を背(せなか)に負(おふ)て。心づよ

くはたらくゆへ。若党(わかとう)残ずくなにうたれ。小藤次かなはじとにげ出すを。

権蔵馬にてぼつつけ。ひづめにかけてはたとけさすれば。おくれだちたる心より。向(

むかふ)へとかつはとたをるゝ所を。馬廻(まは)りの者ども。はせくはゝつて。高手

小手にしばりあげ。いさみすゝんで立帰る所に。小藤次が家来の。海道(かいとう)三

郎はせ来り。しばらく/\とよびとゝむるゆへ。小藤次は心うれしく。海道は勇力(ゆ

うりき)のものなれば。定て命(いのち)をたすくる心ざしにてこそあらめと思ふに。

案に相違(さうい)して。某(それがし)を是迄一味(いちみ)と思ひしはおろか/\

。秀郷(ひでさと)殿に主従(しう%\)の約(やく)をなし。其方が悪心見届(とゞ

 )けのため。入こみ居(ゐ

)たり。コレ/\権蔵殿。只今朝廷(てうてい)よりの(五ウ)

御下知(げぢ)には悪人とはいひながら。忠節(ちうせつ)第一の秀郷が弟なれば。打

首(うちくび)にも成べからず近江の国司(こくし)へ引わたし。湖水(こすい)へつ

きはめて。その上たすからば見のがしとの儀也。といへば。権蔵馬より飛おり。勅裁(

ちよくさい)はもだしがたし。さらば江州へ引渡さんと。籠(ろう)のりものを取よせ

。網(あみ)を七重(なゝへ)にかけて。火丁(くはてう)下部(しもへ)多くつけさ

せ。近江の国にぞおくりける。国司(こくし)某(それかし)出むかひて。都(みやこ

)の指図(さしづ)の通瀬田(せた)の橋(はし)へつれ行。乗(のり)物のあみ切ほ

どき。乗(のり)物共ニさかまく浪(なみ)へどうどおとし。皆/\宿(しゆく)所に

帰ければ。小藤次はのがるゝだけのがれて見んと思へども。鼻(はな)にも口(くち)

にも水こみいり。およひで渡(わた)れはうづまきとゞ め。何とかしたりけん。づぶ

/\と底(そこ)にお

ち入浪のもくづと成けるが。ふしぎや百尋(ひろ)あまり沈(しづむ)と覚て。ひとつ

の小汀(おはま)にいたり。今迄くるしかりつる浪もなくぬれたる小袖(こそで)もた

ちまちかはき。忙然(ぼうぜん)として立たりしが。こなたを見れば。ひとつの路(み

ち)あり。砂石(させき)皆(六オ)

金(こかね)にして。草木悉(こと/\)く瑠璃(るり)也。あら心得ずやとは思ひな

がら。十二三町程行ば。人だち多く殊外にぎやか成所へ出たり。貝(かい)づくしの金

襴(きんらん)の衣裳(いしやう)着(き)たる童(わらは)に行あひけるゆへ。爰は

何方(いつかた)にて候ととひければ。龍宮城(りうくうしやう)の内にても。大鰭国

(たいぎこく)と申所にて。別(べつ)して此所は。当国(とうこく)の氏神(うちか

み)八歳(さい)の龍女ながら。むかふを見れば。石の鳥井にもかきがら多くつきて。

両方には小見せ物おびたゝしく。辻芝居(つししばゐ)薬(くすり)うり。波風(なみ

かぜ)%\御存の波風板(いた)じや。御買なされて。御龍躰(ごりうたい)のすたら

ぬ物じやとうるを。立よりて見れば。日本にて見たる所の松風板也。イヤア百匁が六文

やすうりじや/\。龍宮芋(りうきういも)のむしたてとうれば。鯨(くじら)太郎兵

へといふ薬うりが。人あつめして。拙者(せつしや)は御存のくじらでござれ共かりに

人体(にんたい)をなす事。御見物(ぶつ)も同(六ウ)前でござる。サテ世上(せじ

やう)に毒(とく)けしと申て。売薬(うりぐすり)にいたすたぐひおほくこざれども

私(わたくし)のひろめまする毒(どく)けしはコレ爰で証拠(しやうこ)をおめにか

けますると。しやちほこのちいさきを手にすへ。くじらにしやちほこと申て。大どくで

ござれ共。此薬をのめば。毒(どく)にならぬと申しるし。是ごらうじませいと。しや

ちほこを口(くち)に入てはき出し。扨薬をのみて。披露(ひろう)すれば。其むかひ

には。おなじみの抜鉤散(ばつかうさん)。半包(つゝみ)が八銭。一包(つゝみ)が

十六銭(せん)。いか成釣(つり)にかゝつても。此薬を付らるれば。たちまちにつり

ばり抜(ぬけ)申すといふには。殊外買(かふ)人おほく。又名方(めいはう)つりば

りくだしとて。何年腹中(ふくちう)にとゞ こほつて有(あつ)ても。奇妙(きめう

)にくだすとのいひたて。北がはには蛸(たこ

)の狂(きやう)言はじまりじや/\。今がよい所つなわたり。八本の足さばきといふ

内に。ヤレ巾着切(きんちやくきり)よと木戸(きど)がさはぐゆへ。うかゞひゐれば

。手ながだこであらふ。おつかけよといふ。あちらの方(かた)歯薬(はぐすり)うり

。只今ぬき申。太刀魚(うを)鯉口(こひぐち)のはな(七オ)

れを御覧(らん)くだされませい。身のひねりひとつで。いか成網(あみ)のいわも切

(きつ)て/\切ぬけまする。是は重宝(てうほう)な事と。おびたゝしくはやるを。

小藤次わが身のうさもわすれ。あまりめづらしさに立見(たちみ)する所を。うしろよ

り袖(そで)をひくものあり。龍宮(りうぐう)にちかづきはもたぬがと。ふりかへり

見れば。ひげたくさんな大の男。小藤次を片脇(かたわき)へつれ行。御自分(じぶん

)にはこゝもとの人とは見えず。上界(じやうかい)の人間(にんげん)と見えたりさ

いぜんより当地(とうち)のもの共が。こなたをめづらしがつて。つゐてありけ共。こ

なたは気(き)もつかぬさふな。上界(じやうかい)ではどこの人ととふゆへ。日本と

こたふ。さらばちと相談(さうだん)がござるは。此まへ浦嶋(うらしま)太郎と申仁

(じん)が。此龍宮へ渡(わた)られ当分取つき所帯(しよたい)の間(あいだ)は。

見せ物芝居(しばゐ)へ出られ。段/\出世(しゆつせ)して。龍王の御覧にそなはり

。その時浦しま太郎に。おどりを御所望(しよもう)ありしかは。おばゝなげたがナと

ゞ いたかさといふ歌を。

うたふ(七ウ)

ておとられました。此歌その時分(じぶん)龍宮(りうぐう)にては。殊外(ことのほ

か)めづらしく。今に此里にては。浦嶋(うらしま)ぶじとて。ふるひうろこのはげた

衆は。覚てゐられます。こなたに衣裳(いしやう)を切込(きりこん)で。来(らい)

月から一芝居(ひとしばゐ)企(くはだ)て見たふござる。所は若(わか)い衆のおほ

く集(あつま)られます所を。爰許(こゝもと)でもざこばと申て。尤其辺(へん)に

はぶり組(ぐみ)のがざみ組(ぐみ)のと申てわるものもござれ共。だきこんでいたせ

ば。気(き)づかひもござらぬ。則前(まへ)の浦嶋の子孫(しそん)。此たび龍宮へ

礼に見えたを。わづか卅日やとひましてと申たて。扨かのおばゞなげだをうたふて。ち

つとづゝおどつてもらひましたらば。大銭(おほぜに)に成事。申さぬ事は聞(きこ)

へませぬ。小屋がけしゆらい雑用(ざうやう)共に此方からいたし。毎日(まいにち)

のあがりを。立(たて)まへうはがしなどの指(さし)引いたした。残りの正味(しや

うみ)を四分六分にわり。四分づゝそこもとへつかはし。其上に化粧代(けしやうだい

)として。毎日弐百文づゝ渡しませう。何(なん)と相談(さうだん)にのつて下(く

だ)されまいかといへば。小藤次は。天下をも分取(わけどり)にせんと。思ふほどの

魂(たましゐ)ある身を。いかに所がかはればとて。見せ物になれとは。余(あま)り

(八オ)

むごいあなどりやうかなと。あきれはてたれ共。瀬田(せた)よりはめられたる時は。

命もこれぎりと思ひしに。ふしぎに龍宮に来りし事なれば。取てつく嶋もなく当分(と

うぶん)の渡世(とせい)是非(ぜひ)なく。いかやう共宜(よろ)しく頼入といへば

。かのひげ男。五六人友達(ともだち)をよびあつめ。手を打(うつ)てしやん/\。

サア大夫殿ござれと。早小藤次を大夫あしらいげに替(かは)りたる世中也

第三 ぬれかゝつて悪心をはがす純朝が惑ひ

    後家仕立の大夫職にかけ

    られた詞は身のひしがきやぶれ

    やすいおとこの癖もの

第三 ぬれかゝつて悪心をはがす純朝が惑ひ

心ざしを同じうする時は。

胡越も肩をならぶる如く。

東国下総の将門。

西国伊与の

純朝と。

京都勤番のみぎり。

たがひにひえい山へのぼり。

都を直下し(みおろ)し。

共に帝位の望みを生じ。

かたく約諾をなして天下を二つに分んといひかはして。

おの/\本国にかへりぬ。

しかるに純朝在京のみぎり。

三筋町にかよひ。

初紫といふ傾城になじみ。

何が田舎のぼりの有玉大尽と見るよりも。

揚屋がのぼせば。

太鼓がはやすにのりが来て一生の女房と心にさだめ。

引ぬかふとする時。

はや先だつてふかい男ありて。

手付(づけ)を渡し読人しらずにつれて帰り。

純朝は鼻をあいて。

ひとり立腹しても。

相手のないせんさく。

人にいふほど是までよまれし鼻毛が。

いよ/\ながく見えさふで。

指ひかへて国へ帰り。

折/\は思ひ出して。

その傾城の事は忘れかねてくらしける。

すべて傾城にもせよ。

白拍子にもせよ。

客をもてあつかふ事。

たとへば重箱に弁当をくみたるがごとし。

先上の重には。

麩くわへやきどうふ。

長いもしいたけのたぐひ折入て。

うまみのない客を。

ござ/\とならべたて。

次の重にはあかゞひかまぼこ。

玉子のにぬき。

生がひ車海老。

少あぢはひの取しまりたる。

客の七八人もたくはへ。

三重めには。

しぎの灸(やき)とり。

きすごのでんがく。

鴨のぬたなど。

たつた三人の場所にて。

おれが/\と位を取て。

ほれられた心でくるしむ客あり。

此の上の二重迄は。

客も身を打所へはゆかね共。

三重めの呉魏蜀の三国と。

はりあふて見る内が汗水の段也。

然るに存の外。

下の一重には食といふ一色を入て。

外にあらそふものなくかざりも模様も。

高上も風流も捨て。

一日みねばおもひ出してわすれがたきは。

此品にていや/\といふ共。

根をおせば。

貴人もお姫様も。

大夫も惣嫁も。

是が誠の所にて。

中/\上三重のたこや木くらげが。

当せいびん(髪-友+兵)に春正が光蒔絵の印籠も。

黒はぶたへに金鍔かけてきても。

及ぶ事にあらず。

実の実といふは。

只ひとりつとめも潜上ものけて。

かはゆひいとしひといふ。

密夫(まぶ)のある事もしらず。

わがほれてかよふは尤なれ共。

あつちからも合思ひと思ふ。

わが身自慢より。

ぼか/\と身をくづし。

その内にふいと思ふかたへ。

ゆく跡のはらたちより。

外聞あしきは。

高ぶる客にゑてある事とかや。

純朝ひげ口あいてからふさがれもせぬ。

興のさましやうなれ共。

胸をさすつて居けるに。

此たび将門東国にて旗を

あげしと聞。

手あはせのため。

先都までのぼりしが。

将門は俵藤太にゐられけるといふ事相聞へ。

本意なく無念なれ共。

いや/\色目に出す所にあらず。

将門ほろびたり共。

我一人旗をあげんに。

何さはる事があらんと。

暫く都にとゞまり。

是非禁中へ押よせ。

天子とあがめられんとたくみ居ける中にもげに恋はくせ物にて。

前の色の事くり出し思ひ返してせめて。

それに似たる大夫もがなと。

さがせ共よつてつくおもかげもなければ。

あせりが来て。

諸方の茶屋風呂屋はいふに及ず。

手かけのきもいりへかけてめみへをうけて見るも。

初紫に似たる色をたづぬる時節。

純朝大望の願ひのため。

毎日/\木嶋(このしま)の明神へ日参しけるに。

ある時美/\しきのり物にて。

若党四五人つぼねらしき年寄も。

あとかごにのり。

めつたにうつくしいこしもとさへ。

五人ひつそろふた当世女房。

けかへしゆたかに。

茶弁当のおほひも。

紫檀と覚へて火の気につれて。

ほの%\にほふは。

太躰(たいてい)のれき/\にあらず。

中から出らるゝ女中がおがみたいと。

あみがさかたふけて見てゐるにも心つかず。

乗物より出らると。

顕紋紗の被衣(かつき)をこしもと。

取%\にきせ参らせて。

すらり/\と拝殿の方へあゆむとて見かへす面ざし。

以前かゝりし初紫にまがふ所なく。

純朝うつゝのやうに成て。

うろつくを。

目早くそれと見るよりも。

あなたへちと申たい事があるいなしましてくれなと。

物のいひまはし。

上手なこしもとを走らせ。

その身は神をがみてより。

乗物にものらず。

神主の座敷を借て。

粋なこしもと五人ばかりにて。

其外は門外へよけさせ。

純朝をよび入ければ。

純朝いろ/\思案して。

爰はゆかぬ筈の所と思ひ。

いやといひしが。

まどひの道は。

此一品にのみある事にて。

うか/\と座敷へ通れば。

大夫は茶せんがみにて。

後家の体也。

すみ様久しうござります。

わが身事もそなた様のいかいお世話に成ながら。

外へ身うけせられし事。

さぞおにくしみもござりませうが。

其段はまかせぬ身ゆへと。

こらへてくださんせ。

其時おまへと買あらそひて身受なされしは。

藤様と申すお客。

御本名は近東五どのとて。

秀郷殿のすゑの弟でござりしに。

人にきられて。

あの世の客にならんしてから。

かやうに後家に成てゐまするを。

あらう事か近藤五殿のさしつぎの兄御。

藤三郎殿と申が。

わしにくびだけじやとて。

御兄弟衆へ相談のうへ。

主の屋敷へ引取。

髪をのばせよ。

おもてむきよめ入のひめ入するとせがまれまするを。

有やうは前の男近藤五殿からが。

わしが気にすかぬなめ客なれ共。

金が敵にておもひもせぬ方へ引ぬかれ。

あけてもくれてもおまへの事ばかり。

片時忘るゝ隙はござんせなんだに。

いよ/\いやな藤三郎どのにくどかれ。

どふものがれかたがなさに。

死なんした近藤五どのへ立ぬといふて。

なんぼでも髪をのばしませぬも。

命あつたらば。

すみ様にめぐりあふて。

其時のばしませう物をと。

ほんにおまへはふつ/\忘れはてゝござんしよけれ共。

わしが心はかうてござんすと。

首にかけたる守袋より。

ちいさく表具したる物取出し。

是見て下さんせと指出すを見れば。

真中には南無阿みだ仏と書て。

左にすみとも命。

右に初紫命と書たるを読で。

純朝そゞろに涙をながし。

それ程迄に思ふてたもるとはしらで。

有やうはしらせもなく。

うけ出されてゆきやつたを。

心では恨みてゐた。

その心からは。

さぞ請られてくるわを出やる時は。

此純朝心がひかされて。

悲しかつたであらふと。

髭もしほる計りにおう/\と泣きければ。

こしもと共どふぞあなたを。

こつちの屋敷へ忍ばしますか。

又は後家ご様をあなたへ。

はしりこまするやうの仕やうはあるまいかと。

もくろむ詞つき。

扨は皆大夫とひとつと見れば。

気づかひなしと。

純朝いふやう。

近藤五方へ引ぬかれしとは。

今迄曽てしらなんだ。

その近藤五は。

二番目の兄小藤次と心を合せゐるよし。

前かど将門よりの書通にはしつたれ共。

いまだ近付にならざる内。

相果てしといふ事聞及ぬ。

又只今そなたを引込でをく

藤三郎は将門討手の内にくはゝり。

関東へ下りしといふ事も聞たりといへば。

サア此藤三郎殿。

やがてのぼり申さるゝなれば。

のぼらぬ内に。

どふぞよいやうに勘弁して。

おまへとそはるゝやうにして下さんせ。

是色どりめと。

しりめできつとにらまれ田舎そだちのやぼてんなれば。

首筋よりつかみ立る程うれしく。

こう思ひあふた中じやもの。

くろうに思やんな。

一蓮托生の夫婦に成。

工夫がある。

小藤次に対面すれば。

是はちとわけが有て。

のがれぬ間がらじや。

今日ぢきに見まふて。

たのんで見よふ。

そなたひとりを是からぬすみて。

此方へ引取は何よりもつてやすけれ共。

小藤次へ一とをりいはねば。

大切な事の邪魔になる。

それがし

西国にては自由をはたらけ共。

此京地ては。

小藤次を頼みにせねば。

万事がとゝのひかぬるゆへ。

大事の場じやほどに。

一両日待てしんぼうしてたも。

おれを思やるゆへか。

めつきりとやせが見ゆると。

六孫王はお留守なれども。

権蔵に仰をかれ。

純朝のぼりたりと聞ば。

まへかどよびとりをきたる近藤五が妻。

梅沢に聞ば。

むかし純朝が方から。

のび過てゐたわけ有との事なれば。

是をもつてはかりことをなし。

きやつが悪事を白状さすべしとの儀ゆへ。

こしもとゝ聞えしは。

秀郷手かけ。

おみのお花をはじめ。

五人共に梅沢につけて。

純朝が日参を聞出し。

よいかげんに付込せ。

悪事をさぐるとはゆめ/\しらず。

夢想によつて。

善心に成たる小藤次へ相談とは。

調子のあはぬ三味線を。

としよりの新まへ瞽女が。

ひくやうな物にて。

笑止に聞へる物にぞありける

   五ノ一 見分かぬるは雪共すみともが心底

 

恋からつけこんで根をおして聞

むほんのくはだてしり目の塩に

ひかれて咄すは天下わけめの工夫

  一 見わけかぬるは雪共すみともが心底

わづか一字のてにはちがひにて。

哥の心ぐはらりとちがふごとく。

きてゐるとは呑込だるに。

思ひの外つむかれてゐる客は。

十人に九人此的はつれぬ事。

何からおこるぞと思へば。

わがみを粋じやと思ふてゐるが此はまりの初冠。

春日大明神の夢の告ぞと。

小藤次は悪心をひるがへし。

何とぞ純友を打て。

是を別心なき申わけのしるしにせんと。

さま%\工夫して見るに。

将門と一味成事はしれてあれども。

しかとかれが口から白状させて。

麁相にならぬやうに打取たき物がなと思ふより。

思ひつきて。

海道三郎三上山権蔵などへ。

心底のたけをあかし。

熊野の牛王に血判して。

先祖氏の神を誓言にたてゝ。

以前の悪心後悔の段申入ければ。

権蔵も三郎も。

初の間はもし謀にてなきかと。

うたがひけれども。

段/\く真実のしるし共見えけるゆへ。

疑惑をはなれ熟談に及び。

心を一致にして。

純朝が悪事を自身の口より。

いひあらはし。

のがれぬやうに手づめをなし給はゞ。

いかにも御舎兄秀郷殿へも。

又は六孫王の御前もよきに申なし。

手前共が証人に立て。

悪心をひるがへされしうへは命は申に及ばず。

所領まで相違なきやうにいたすべしと。

毎日より合て申かはしけるより。

小藤次が思ひつきにて。

死去せし近藤五が後家梅沢は。

昔初紫といひし大夫にて。

純友が款から財のぎりく迄。

ほれぬいてゐるといふ事を聞つけ。

是幸と梅沢にいひふくめて繊靴に出あはし。

色より取込で何もかも白状さするつもりなるに。

案の如く此はかりことにのりて。

小藤次と対談のうへなどゝのみ込だる。

一段に成是迄は忍びてゐたるが。

何とか思ひけん。

われこそ伊与守藤原の純朝

と名のらぬばかりに。

行装つくろひ。

小藤次屋敷へ案内しければ。

すは此方のおとし穴へ落込だるはと。

座敷へ通し。

中小性共をよび出し吹物酒などにてもてなし。

小藤次義は。

将門様軍に打まけたまひし事を無念に存ぜられ。

何とぞ純朝様を。

天子とあがめ。

其身は関白に成やうにとの願たてにて。

陀伎尼天の法を行ひゐられます。

それゆへ耳にもろ/\の不浄をいれず。

口にもろ/\の不浄をいはず。

目にもろ/\の不浄を見ず。

いか様今六七日にて此行法もすみまするではござりませうが。

さりとは家中の者共。

きうくつなめをいたす事でござりまする。

色はなしは勿論。

死だ咄くどいたはなし。

さしてもない事も。

忌きらひがきびしく。

むつかしい事とはず語をして。

それゆへ無礼ながらおめにかゝられませぬ。

無礼とは申なから。

何とぞおまへ様を世に出したさの事でござりますれば。

御了簡あそばされて。

ゆるりと御酒めし上られて下さりまするやうにと。

小藤次申ますといへば。

近比しんせつな事かな。

身共が為にわが身をこらし。

そのやうに行をしてくれらるゝとは満足/\。

扨靱々悦ばしひと口ではいへども。

大夫が事の相談に来たのに。

耳に不浄をいれずといふ中へ。

色事

がいはれもせまい。

ハテ折のわるい行法やと。

心ばらたて共。

表向は祝着なかほつきに。

腹立飲

に盃かさなり。

ちとやすんで帰りたいといへは。

近習ども心得て。

枕ふとんを出し。

ゆる/\御休みなされて。

御帰りあそばしませい。

御用もござりませうならば。

あの鈴を御引なされませい。

遠侍の間にひかへております。

此座敷からは。

五間も程がござりますれば。

御声や御手拍子ではとゞきませぬと。

皆/\勝手へ引けるまゝ。

枕引よせ。

とろ/\やすみかゝりしに。

次の間の奥の方より。

女の声して。

是はマア桜井様と覚ませぬ。

おまへも小藤次様といふ殿ごが。

たいせつにござんしよがな 。

わしが夫近藤五は。

小藤次様のうたかひをうけて。

死がいのうへのはぢをまこされましたれ共。

わしはいとしうてわすれはせぬといふのに。

弟ごの近藤五殿の。

後家のわしを中兄の藤三郎様の引取て。

女房になれとは。

ソリャ畜生のする行儀といへば。

又女の声にて。

それほどの事を。

此桜井が合点せずにいひませうか。

兄の女房へ弟のあとめに入事は。

大名にこそなけれ。

町人百姓にはなんぼもある事でござんす。

コレ梅沢さんこゝをよふきかんせや。

此お家は。

六人兄弟。

宗領の秀郷様へたいし。

わしが夫の小藤次殿は。

かたきのやうに成てゐられます。

おまへのおつれあひ。

近藤五様も一たんは。

小藤次殿がうたがはれましたれ共。

今ではうたがひもはれて。

おしいものを。

しなしたと悔んでばかりゐられます。

秀郷様は瀬田の橋から。

竜宮へ行とて。

水うみへ御入なされたと。

聞しに存の外此世にござって。

追付関東からのぼらんす筈に成たれば。

小藤次殿身のさしづなりに成ました。

秀郷さまをだまし打にせふとは思ふてゐられますれ共。

小藤次殿さしつぎの弟ご藤三郎殿が生残られては。

殊外むつかしうござんす。

おまへに心をかけて。

藤三郎殿のくどかつしやるこそさいわゐなれ。

おまへをたのむほどに。

心にしたがふて得心させ。

ゆだんを見合て。

毒酒を以て下さんせ。

おまへのねがひ事があらば。

此桜井が命にかへてもかなへませうといへば。

そんなら真実に。

藤三郎殿の心にしたがふではなふて。

毒酒をもるためのはかりことでござんすの。

此やうに大事を打あけて。

いふてきかさんすうへは。

わしもかくさふやうがない。

近藤五殿には。

むりにうけ出されての夫婦なれ共。

いとしうて/\たまられぬといふ男は。

むかしのなじみ純朝様。

ありやうは此やうに後家に成たを幸に。

純朝様とそひたきに。

藤三郎殿をいやといふのでござんすわいのそれならばさらりとすんだ事じや。

此桜井が取持て。

純朝様とそはせませふ。

したがきのどくは。

夫小藤次此間は行法といふて引こんでゐられまするは。

まったく真実の事ではござんせぬ。

純朝様のといふて。

小声にひそまり。

アノ純朝殿むほんの棟梁なれ共。

将門殿の旗を揚ず。

見合してゐらるゝは。

いかにしてもそのゐを得ぬ事じや。

一たんは将門にうかされて。

うはきのむほんなれ共。

将門亡たるを聞ては。

もはやいらざる立身だてと。

臆病神にひかされ軍する心はあるまい。

さすればなまじゐに味方して。

かへつて害と成べき男なれば。

純朝にかまはず。

身一分にむほんをおござふか。

それ共純朝本心に。

天下をくつがへす心ならば。

いかにも心ざしを一にして。

われ将門にかはり。

純朝と天下を二つにせんと思へ共。

さりとはすみともが心根がしれぬ。

大かた思ひとまる心であらうと。

その筋を見分て。

味方する共せぬ共。

わけめの工夫のため。

人にもあはず引込でゐられます。

なんと梅沢さん。

純朝殿の心はそのやうなにぶい心もこざんすかへ。

なじみのむかしの心根をいふて聞して下さんせといへば。

あちらの座敷には。

純朝最前より聞耳して。

梅沢が返事はいかゞするやらんと。

あせるやうに思ふうちに。

さればいな純朝様は。

ちっとそこがあやぎれのせぬ所が。

ござんす程に。

此たび思ひたちの軍の事ならば。

よけて下さんせ。

わしがよふ気風をしつてゐますといへば。

桜井かけてある長刀おっ取なをし。

そのやうに性根のくさつた純朝と夫婦に成其方に。

藤三郎殿を毒害する大事を聞せては。

もはや生てはおかれぬ。

覚悟しやと切かくるを。

心得たと床に有琴おつ取うくれば。

させぬと切こむ長刀にかゝりて。

琴の一の糸と三の糸。

二筋きれて音高し。

純朝はまじろきもせず。

ふすまのすきよりのぞきゐれば。

奥のからかみさつと明て。

小藤次立出。

はやまるなと中へ分け入。

見たか梅沢兄弟六人の内。

近藤五は死して。

残る五人の内に。

一の糸は惣領。

秀郷。

三の糸は三男藤三郎。

此二筋きれたるは。

小藤次が思ふまゝに。

秀郷藤三郎も運につきて相果。

身が運をひらく瑞相。

純朝とそひたくは。

純朝弥むほんのたましゐ究りたるといふ。

証拠を見せよ。

仲人して夫婦にせん。

此琴の糸を。

天のおしへでもまだ合点がゆかぬか。

うろたへものといへども。

刃物で切たらは糸は切る道理。

二のかはりの幕ぎはのやうな事いわず共。

おまへも思ひとまって。

ねざめのやすいやうにさしやんせといへば。

扱は純朝が智恵を付てそちもその心に成たな。

其心の純朝と見たゆへ肌はゆるさぬといふ時。

あいのふすまあけて。

純朝これに有とて出けるに。

人々わざとぎやうてんしたる顔つきして。

なをためしてぞ見たりける

   二 むほんのこゝろおこってきへぬすみともが物語

伊与守純朝。

太刀をさやながら取なをし。

梅沢をさん/\にたゝけば。

小藤次はたばこ盆ひかへてあいさつなく。

桜井すがって。

是純朝様とやら。

小藤次は御出合ゆへに折/\おこしなさるれ共。

私はいまだおめにかゝらねば。

御見しりはござんすまい。

尤さきほど純朝様の御出と。

奥にて聞ましたれ共。

お帰なされたであらふと存て。

遠慮もなく一家のよりあひ咄。

爰はふすまたったひとへで。

勝手むきの納戸も同前の所でござんすに。

御断もなくおはいりなさるゝのみならず。

私が夫小藤次ためには。

おとゝよめの梅沢殿を。

コリャ何となされます。

相よめの桜井がこゝとめました。

西国一番の勇士と名に聞へた純朝様に。

力は及ぶまいけれ共。

理窟づめはまけますまい。

サァなぜふみ込ではおはいりなされたとつめかくれば。

コリャ近比あやまりました。

立聞いたしたと申せは。

千万きのどくでござれ共。

有やうはあなたの間にとろ/\とやすむ内に。

ふすまごしに爰での咄。

はなしがこうじて長刀ざんまいが耳に入しゆへねいられず。

残らず聞て出ましてござる。

尤此梅沢は。

其前初紫と申て私なじみの大夫なれ共。

一端近藤五殿にうけ出され無念に存る所。

後家に成しとの事うれしく。

一味いたす小藤次殿へうしろぐらくはよび入らるまじと。

其事の相談に参りし所に。

耳にもろ/\の不浄を入ずとの儀ゆへ。

指ひかへ酒が過て。

とろ/\の所梅沢が申分にては。

此純朝がこしぬけに成道理でござる。

何共小藤次殿へたちませぬゆへ。

是へまかり出ました。

サァ梅沢。

身と夫婦に成心からは。

小藤次殿と天下を二つわけにする心を悦んで。

ともに身をいさめすゝむる心と成て。

たもれ。

それ共さすがは傾城のさもしき根性ゆへ。

当分のやすらかなをこのみ。

大望をさまたぐるやうな詞をいふ心ならば。

そふて始終がつまらぬ。

さあればとて是程までに心のかゝったそちを。

人手に渡すが腹が立ゆへ。

爰で殺してしまはんと。

刀抜はなせば。

梅沢ずっと刀の下へより。

是純さんソリャ御了簡ちがひでござんしよ。

わしが命はおまへにまかせて置からは。

おしい事はござんせぬハテおまへの刀にかゝれば。

千部万部の経にまさりて。

成仏うたがひござんすまい。

わしがいふはおまへを大切に思ふ心があまりての事。

此草木もゆるがぬめて度御代に。

むほん人とよばれ。

つゐには尸の上の恥を受さんしよと。

それのみが悲しひ。

死する命はおしからで。

跡に残るおまへの身のうへが。

案じすごされますとわっと泣出せば純朝色にほだされて。

うろつく眼ざしを見て取。

小藤次大音あげて。

天下をくつがへす程の大事に組するものが。

女わらんべがほへしなだるればとて。

心おくれするたぐひで。

何ぞ大丈夫といはれんとあざ笑ふゆへ。

あやまった小藤次。

もと身がむほんをおこし。

将門と心を合せし事一応の事ならず。

是まではふかくつゝみたるが。

小藤次の心底ひるがへらぬ。

たしかな所を見届しゆへ。

大事を打あけて申聞すと。

ひざ立直し扇をかまへ。

元来身が事は。

藤原氏なれ共。

実は藤原氏の種にあらず。

光孝天皇の御末子に。

兼純王と申がありしに。

御兄純仁親王の御息女。

春日のまへと契り。

兼純正は病死の後。

春日の前懐妊。

はや五月ときく。

純仁親王永々の病気にて。

そばあたりへもより給はぬに。

くわいにんとは其意を得ぬとて。

御僉儀ありしに。

兼純と密通のわけしれ。

春日のまへは伊与国へ流され給ふ。

伊予の国司藤原の友蔭是を見初て。

我屋敷へ招き入。

いつともなく夫婦と成て生れし子は。

此純朝しかれば。

藤原友蔭に養はれたれども。

実は光孝天皇の御子。

兼純王の子なれば。

何とぞ世に出て。

時節よくば天位を望べしとて。

母の春日のまへ禁中におはせし時。

ひそかにぬすみ置れし。

内侍所の神鏡を是にゆづり。

おかれたる内侍所の御箱には。

瓦をかはりに入置れたれ共つねにあけざるものなれば。

心つく人もあるまじ。

しかるに将門と出合かれも。

恒武天皇の御葉末なればとて。

天下を望む相談に相済。

将門に骨おらせて。

将門勝利を得たらば。

その時将門をも打殺し。

我一人天下を掌にして。

亡母の念願を叶へんと。

今日只今迄内侍所の神鏡手前にかくし置し事を。

かりそめにも人に語らず。

おもき物なればつねに肌にもかけがたきゆへ。

さる所にかくしをく。

かくまで根のふかきむほんなれ共。

舎利が甲に成とても。

思ひかへす事ではない。

サァ小藤次関白の望あらば。

此純朝天皇にしたがつて。

本意をとげよ。

梅沢の皇后大望のさいちうに。

かんげんだては無用と。

眼ざしかはっていひければ。

小藤次も二人の女も。

扨こそとおもひけれ共。

わざと敬伏してやがて御即位めでたくすませ給へ去ながら。

六孫王又は秀郷東国より帰京せば事むつかし。

兄のこぬ間に洗濯と申すは。

只今の事でござれば。

急に大内へ責よせ給へかし。

去ながらその内侍所の神鏡。

一目おがみて。

たましゐをきはめたしといへば。

いやとようたがふではなけれ共。

小藤次がまことのしるしを見てのうへといふ時。

梅沢さては。

天子の御筋目にて渡らせ給ふかや。

左様とも存せず。

御いさめ申せしは。

みづからがあやまり。

サァ小藤次殿心底にいつはりなく。

純朝天皇の御味方といふしるしを見せ給へといふに。

小藤次うなづく御尤/\。

まづ/\天皇御后にはあれへなをらせ給へと。

上座へなをし。

かうべを畳につけて。

此小藤次がむほんのかためと申すしるしには。

恐れながら当今の帝朱雀天皇の。

第一の姫宮をぬすみ出して。

すわといふ時の人質に取置たり。

それ/\姫宮を是へいざなへといへば。

小ゆる木十二ひとへのひのはかまをきせて。

つれ出るに小ゆるぎ涙ぐみエゝ無念やな。

みづから十善天子の姫宮と生れながら。

おのれらがために。

人質に取らるゝ事。

内侍所の御罰成かと歎き給へば。

小藤次あらけなく。

命がおしくばその方案内して。

天子にちかづけ。

此純朝公にくらゐをゆづらるれば。

よし。

いやとあれば百年めじやと。

きつはをまはしていへば。

小ゆる木無念なれ共。

命にはかへられぬ。

何をいふても禁中に内侍所の鏡ましまさぬゆへ。

父帝も宸禁をなやまし給ふ折ふしなれば。

父みかどに位を辞し給へとすゝめて。

純朝を位につくべし。

去ながらみづからが申た分では。

父帝のゑいりよもはかりがたし。

直に参内して。

父帝へ申給へとあれば。

小藤次悦び。

サァ純朝天皇様一刻も早く参内なされて。

御位につかせ給ふべし。

しかしながら天位に恐れ給ひては心もとなし。

かの内侍所の鏡を首にかけて御出あらば。

神明の加護あるべしと。

すゝめられさあらば。

神鏡をもおがませ。

参内の相談せん。

いざ/\鏡をかくしたる所へ同道とて立出けり

目録

第三 十分の栄花開き過た驕

朝敵退治の弓矢の徳はあたりの

つよひ慰草狂言と共によみ本

繁昌富貴万歳のむかし咄(二オ)

三 十分の栄花家々にわかるゝ米たちの系図

 謀に与するものあれば。意外の力起ると。項籍がいひしもさる事にや。藤原の

純朝。多年つゝみたる心術を打明て。内侍所の鏡を。岡崎村にかくし置たるを取

出して。小藤次に拝ませけるに。小藤次申やう。幸近日天皇嵯峨の眺川庵へ行幸

ある筈なれば。其所へ不時におしかけて。天皇より無理むたいに位をゆづり受給

へとすゝめければ。純朝大に悦び。すでに用意おびたゝしく。早天位にのぼりた

る心地して。玉の冠牙の笏までこしらへ。登壇の修礼内弁には。小藤次と定め。

四国なまりの純朝天皇。早その日に及びければ。小藤次を召つれ。軍勢を引具し

けるを。小ゆる木が指図にて。人多くめしつれなば。警固の武官等さまたぐべし

との事ゆへ。小藤次は内侍所を捧て跡にひかへ。純朝晃弁の礼服天子)にひとし

く。大太刀を横たへて。嵯峨野にかゝれば。御遊の最中と見えて。女楽に花の袖

がへし。玉のゆらく一曲の歌。金のひゞく数声のしらべ。

純朝これに眼もとゞまらず庵室へ入らんとする所を。くだんの舞姫等。剣を抜て

さきにすゝむは。お花おみのつゞゐて五人の秀郷が妾。純朝を討んと取まはす

時。純朝跡見かへりていかに小藤次きやつらは見しらぬ女共なれども。何にもせ

よ。此純朝天皇に刃むかふは。朝敵ならずや。一々引出して首をはねよとあれ

ば。小藤次にっこと笑ひ。われ兄の心にそむき。悪心に成たる所に。夢のつげに

よつて。善心にかへり。何とぞ功を立て。兄秀郷に対面せばやと思ふに。其方が

悪心の根さす所を見きはめずとくと吟味して。うたばいか成事かその内にあらは

れて。朝廷の奉公に成まじき物にてもなしと。弟嫁の梅沢と心をあはせ。梅沢が

以前其方に買れしといふを取得にして。いろ/\とためし見る所に。案にたがは

ず。三種の神器の第一と立る。御鏡をぬすみおきたるとの白状。早速討て取べき

なれ共神鏡をつゝがなくて手にいれ。朝廷へ

挿絵第三図

挿絵第四図

奉るやうにせんと思ひ。かねて海道三郎が女房と成し小ゆるぎを。姫宮に仕立置

て。其方に心をゆるませ。今日是迄つり出したるは。此御かゞ みを受取までの

はかりことじやに。よふうま/\とくふたなあ。サア御鏡が手に入るからは。遠

慮はない用意の人/\出あふて。朝敵純朝を打てとられといへは。音楽の役人鳥

かぶとを抜すて。飛で出るをみれば。海道三郎三上山権蔵。たいこのばちに仕込

し剣を抜て。切てかゝるを。純朝事共せず。山を裂く力を出して。よし/\はか

らばはかれ。此上は天皇と直談せんと。よるものをはねつけつきのけ。眺川庵に

御座をしつらひ。玉の帷みどりのみすかゝりたる所へかけあがり。サア天皇殿。

此純朝にくらゐをゆづられふか。但しゆづられまいか。二つ一つの返答聞んと。

みすに手をかけてまきあぐれば。思ひもよらぬ六孫王つねもと。衣冠正しく座に

着て。左には藤原の秀郷。弓矢手づさへ。右に平の貞盛剣をかまへ。威儀を正し

てまじろぎせず。さしもの純朝びつくりして。覚えず跡へしり込するを。六孫王

御声けたかく。我/\三人は。将門を亡し。七八日以前都に帰る所に。小藤次な

らびに海道三郎などより飛脚をはせて。純朝が悪心を見ぬくまでは。御帰洛候共

隠密にとの事ゆへ。ひそかに都に入て。いづれも申合せ。今日忝くも天子此所へ

行幸といつはり。其方をおびきよせたり。最早のがれぬ所じや。尋常に腹きれと

のたまへば。純朝はがみをなしていかりをなし。我幼より武勇にほこり。天下を

望む程の者なれば。本望叶はすとてやみ/\と死すべき理なしと。力足どうどふ

み。もとより軽翻の術者なれば。とぶかと見えしが。高塀はねこへ。七丈あまり

の松の梢にのぼりしは。天狗の所為かと見えにける。

秀郷心得弓と矢つがひ。切て放せば。あやまたず純朝が高胸さきに。ぐつと通

り。松より落るを。貞盛かけより首を取。将門と同じ手にかゝりたるも。不思議

の一つと。どつと笑ひ。皆/\悦びいさみて。此よし禁中へ奏せしかは。獄門の

木にさらすべしとの勅諚なれは。やがて獄門にかけけるに。純朝が首十三日まで

目をふさがず。いかれる顔色をなしければ。此首に悪霊残て。いか成障碍をかな

すべきや。何とぞ跡をも弔て得させよと。勅許なれ共人ちかよれば。にらむやう

に見えけるゆへ。たれあつて首を葬弔ふべきといふものなし。ある時近藤五が後

家の梅沢。用の事有て此獄門の辺を通りかゝりけるが。恐ろしながら乗物を立さ

せ。一首の狂歌をぞよみにける。

  むほんの火おこしたてたるすみともゝ

  きへては同じ仏なりけり

かやうによみければ。純朝が首南無あみだと唱へ。から/\と笑ひて目をとぢて

亡びける。六孫王には此功をもつて。源の姓をくだされ。貞盛数个所の拝地にさ

かへ。藤原の秀郷には。山城近江両国を下され。心をつくして奉公せし白拍子の

おいよは。命婦の格に仰出され。おみのお花五人の妾一所に米倉といふ氏を給は

り。末代末世に至るまで。此五人がうみつたへし。秀郷の子孫をば。米倉氏と申

す也。又おいよがうみてつたへしをば。俵一党と名づけけるに。子々孫々大きに

はびこり。腰氏。亘理氏。西城戸。泉。太田氏。佐藤進藤。嶋田。武藤。吉沢。

田村。水谷。首藤。山内。後藤。尾藤。鎌田。波多野。河村。結城。関。大河

戸。下河辺。益田。幸嶋。長沼。小山党。其外数/\に繁昌し。氏系数流にわか

れたり。帝は秀郷が軍功を御称美のあまり。何成共願申やうにとありければ。近

藤五が悪心を改めず。死したるはぜひに及ばず。さしつぎの弟。彼方小藤次が。

夢中に龍宮へ入て。俵の景図絵の一軸を受てかへり。悪逆の魂を改めし事。親村

雄への孝おひとつを存れば。末世のために。釣がねを鋳させ。いづれの寺へも寄

附して。誠に龍宮といふ所ありて。此かねと俵をたづさへ帰りしやうに申つた

へ。欲悪ふかき輩の。眼をさまさする方便と仕り度よし。願ひければ。心のまゝ

にはからふべしと。御免許あり。

やがて鐘鋳のくはだてに。おいよお花おみのをはじめ。桜井も梅沢も。めい/\

鏡を鋳くはへさせ。はじめてひゞく鐘の音に。百八ぼんのうの夢をさまし。領分

の百姓どもかはらず。おさむる米俵はかりことゆへ。子孫の末まてかゝやかす。

系図正しき宇治俵つたふる家こそ久しけれ

tatu5-3r.txt

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目録

第三 十分(じふぶん)の栄花(ゑいぐわ)開(ひら)き過(すぎ)た驕(おご

り)

朝敵(てうてき)退治(たいぢ)の弓矢(ゆみや)の徳(とく)はあたりの

つよひ慰草(なぐさみぐさ)狂言(きやうげん)と共(とも)によみ本(ほん)

繁昌(はんじやう)富貴(ふつき)万歳(ばんぜい)のむかし咄(ばなし)(二

オ)

三 十分の栄花(ゑいぐは)家(いへ)々にわかるゝ米(よね)たちの系図(け

いづ)

(廿一オ)

 謀(はかりこと)に与(くみ)するものあれば。意外(ゐくわい)の力(ちか

ら)起

(おこ)ると。項籍(かうせき)がいひしもさる事にや。藤原の純朝。多年(た

ねん)

つゝみたる心術(しんじゆつ)を打明(あけ)て。内侍所の鏡(かゝみ)を。岡

崎村(

をかさきむら)にかくし置たるを取出して。小藤次に拝(おが)ませけるに。小

藤次申

やう。幸(さいはい)近日(きんじつ)天皇嵯峨(さが)の眺川庵(てうせんあ

ん)へ

行幸(きやうかう)ある筈なれば。其所へ不時(ふじ)におしかけて。天皇より

無理(

むり)むたいに位(くらゐ)をゆづり受(うけ)給へとすゝめければ。純朝大に

悦び。

すでに用意(ようゐ)おびたゝしく。早(はや)天位(てんゐ)にのぼりたる心

地(こ

ゝち)して。玉の冠(かんふり)牙(け)の笏(しやく)までこしらへ。登壇

(とうだ

ん)の修礼(しゆれい)内弁(ないべん)には。小藤次と定(さだ)め。四国な

まりの

純朝天皇。早その日に及びければ。小藤次を召(めし)つれ。軍勢(ぐんせい)

を引(

ひき)具(ぐ)しけるを。小ゆる木が指図(さしづ)にて。人多(おゝ)くめし

つれな

ば。警固(けいご)の武官(ぶくわん)等さまたぐべしとの事ゆへ。小藤次は内

侍所を

捧(さゝげ)て跡(あと)にひかへ。純朝晃弁(こんべん)の礼服(れいふく)

天子(

てんし)にひとしく。大太刀(たち)を横(よこ)たへて。嵯峨野(さがの)に

かゝれ

ば。御遊(ゆう)の最中(さいちう)と見えて。女楽(じよがく)に花の袖がへ

し。玉

のゆらく一曲(いつきよく)の歌。金(こがね)のひゞく数声(すせい)のしら

べ。純

朝これに眼(め)も(廿一ウ)

とゞまらず庵室(あんしつ)へ入らんとする所を。くだんの舞姫(まひひめ)

等。剣(

つるぎ)を抜(ぬい)てさきにすゝむは。お花おみのつゞゐて五人の秀郷が妾

(てかけ

)。純朝を討(うた)んと取まはす時。純朝跡(あと)見かへりていかに小藤次

きやつ

らは見しらぬ女共なれども。何にもせよ。此純朝天皇に刃むかふは。朝敵(てう

てき)

ならずや。一々引出して首をはねよとあれば。小藤次にっこと笑ひ。われ兄の心

にそむ

き。われ兄の心にそむき。悪心(あくしん)に成たる所に。夢のつげによつて。

善心(ぜんしん)にかへり。何とぞ功(こう)を立て。兄秀郷に対面(たいめ

ん)せばやと思ふに。其方が悪心(あくしん)の根(ね)さす所を見きはめずと

くと吟味(ぎんみ)して。うた

ばいか成事かその内にあらはれて。朝廷(てうてい)の奉公に成まじき物にても

なしと

。弟嫁(おとゝよめ)の梅沢と心をあはせ。梅沢が以前其方に買(かは)れしと

いふを

取得(え)にして。いろ/\とためし見る所に。案(あん)にたがはず。三種

(じゅ)

の神器(しんぎ)の第一と立る。御鏡(かゞみ)をぬすみおきたるとの白状(は

くじや

う)。早速(さつそく)討(うつ)て取べきなれ共神鏡(しんきやう)をつゝが

なくて

手にいれ。朝廷(てうてい)へ(廿二オ)

挿絵第三図(廿二ウ)

挿絵第四図(廿三オ)

奉るやうにせんと思ひ。かねて海道三郎が女房と成し小ゆるぎを。姫宮に仕立置

て。其

方に心をゆるませ。今日是迄つり出したるは。此御かゞ みを受取までのはかり

ことじ

やに

。よふうま/\とくふたなあ。サア御鏡(かゞみ)が手に入るからは。遠慮(ゑ

んりよ

)はない用意(ようい)の人/\出あふて。朝敵(てうてき)純朝を打てとられ

といへ

は。音楽(をんがく)の役人(やくにん)鳥かぶとを抜(ぬぎ)すて。飛(と

ん)で出

るをみれば。海道三郎三上山権蔵。たいこのばちに仕込し剣(つるき)を抜(ぬ

い)て

。切てかゝるを。純朝事共せず。山を裂(つんざ)く力(ちから)を出して。よ

し/\

はからばはかれ。此上は天皇と直談(ぢきだん)せんと。よるものをはねつけつ

きのけ

。眺川庵(てうせんあん)に御座(ござ)をしつらひ。玉の帷(とばり)みどり

のみす

かゝりたる所へかけあがり。サア天皇殿。此純朝にくらゐをゆづられふか。但し

ゆづら

れまいか。二つ一つの返答(へんとう)聞んと。みすに手をかけてまきあぐれ

ば。思ひ

もよらぬ六孫王つねもと。衣冠(いくわん)正(ただ)しく座(ざ)に着(つ

い)て。

左(ひだり)には藤原の秀郷。弓矢手(た)づさへ。右に平(たいら)の貞盛

(さだも

り)剣(つるぎ)をかまへ。威儀(いぎ)を(廿三ウ)

正(たゝ)してまじろぎせず。さしもの純朝びつくりして。覚えず跡へしり込

(ごみ)

するを。六孫王御声けたかく。我/\三人は。将門を亡(ほろぼ)し。七八日以

前都に

帰る所に。小藤次ならびに海道三郎などより飛脚(ひきやく)をはせて。純朝が

悪心(

あくしん)を見ぬくまでは。御帰洛(きらく)候共隠密(をんみつ)にとの事ゆ

へ。ひ

そかに都に入て。いづれも申合せ。今日忝くも天子此所へ行幸(ぎやうがう)と

いつは

り。其方をおびきよせたり。最早(もはや)のがれぬ所じや。尋常(じんじや

う)に腹

きれとのたまへば。純朝はがみをなしていかりをなし。我幼(いとけなき)より

武勇(

ぶゆう)にほこり。天下を望む程の者なれば。本望叶(かな)はすとてやみ/\

と死(

し)すべき理なしと。力足(ちからあし)どうどふみ。もとより軽翻(けいほ

ん)の術

者(じゆつしや)なれば。とぶかと見えしが。高塀(たかへい)はねこへ。七丈

あまり

の松の梢(こずゑ)にのぼりしは。天狗(てんぐ)の所為(しよゐ)かと見えに

ける。

秀郷心得弓(ゆみ)と矢(や)つがひ。切て放(はな)せば。あやまたず純朝が

高胸(

たかむな)さきに。ぐつと通(とを)り。松より落(おつ)るを。貞盛(さたも

り)か

けより首(くび)を取。将門と同じ手にかゝりたるも。不思議(しぎ)の一つ

と。どつ

と笑(わら)ひ。皆/\(廿四オ)

悦びいさみて。此よし禁中(きんちう)へ奏せしかは。獄門(ごくもん)の木に

さらす

べしとの勅諚なれは。やがて獄門(ごくもん)にかけけるに。純朝(すみとも)

が首(

くび)十三日まで目をふさがず。いかれる顔色(がんしよく)をなしければ。此

首(く

び)に悪霊(あくりやう)残て。いか成障碍(せうげ)をかなすべきや。何とぞ

跡をも

弔(とふらひ)て得(え)させよと。勅許(ちよくきよ)なれ共人ちかよれば。

にらむ

やうに見えけるゆへ。たれあつて首(くび)を葬(はうふり)弔(とふら)ふべ

きとい

ふものなし。ある時近藤五が後家(ごけ)の梅沢。用の事有て此獄門(ごくも

ん)の辺

(ほとり)を通(とを)りかゝりけるが。恐(おそ)ろしながら乗物(のりも

の)を立

させ。一首(いつしゆ)の狂歌(きやうか)をぞよみにける。

  むほんの火おこしたてたるすみともゝ

  きへては同じ仏(ほとけ)なりけり

かやうによみければ。純朝(すみとも)が首(くび)南無あみだと唱(とな)

へ。から

/\と笑(わら)ひて目をとぢて亡(ほろ)びける。六孫王には此功(こう)を

もつて

。源(みなもと)の姓(せい)をくだされ。貞盛(さだもり)数个所(すかし

よ)の拝

地(はいち)にさかへ。藤原の秀郷には。山城近江(あふみ)両国を下(くだ)

され。

心をつくして奉公(ほうこう)せし白拍子(しらびやうし)のおいよは。命婦

(みやう

ぶ)の格(かく)に仰出され。おみのお花五人の(廿四ウ)妾(てかけ)一所に

米倉(

よねぐら)といふ氏(うし)を給はり。末代末世に至るまで。此五人がうみつた

へし。

秀郷の子孫(しそん)をば。米倉(よねくら)氏と申す也。又おいよがうみてつ

たへし

をば。俵(たはら)一党(とう)と名づけけるに。子々孫々(しゝそん%\)大

きには

びこり。腰(こし)氏。亘理(わたり)氏。西城戸(にしきど)。泉(いづ

み)。太田

(おゝた)氏。佐藤(さとう)進藤(しんどう)。嶋田(しまた)。武藤(ぶと

う)。

吉沢(よしさわ)。田村(たむら)。水谷(みつたに)。首藤(すどう)。山内

(やま

のうち)。後藤(ごとう)。尾藤(おとう)。鎌田(かまだ)。波多野(はた

の)。河

村(かはむら)。結城(ゆふき)。関(せき)。大河戸(おゝかど)。下河辺

(しもか

ふべ)。益田(ますた)。幸嶋(かうしま)。長沼(ながぬま)。小山党(こや

まとう

)。其外数/\に繁昌(はんじやう)し。氏系(しけい)数流(すりう)にわか

れたり

。帝(みかど)は秀郷が軍功(ぐんこう)を御称美(せうび)のあまり。何成共

願(ね

がひ)申やうにとありければ。近藤五が悪心を改(あらた)めず。死したるはぜ

ひに及

ばず。さしつぎの弟。彼方小藤次が。夢中(むちう)に龍宮へ入て。俵(たは

ら)の景

図絵(けいづえ)の一軸(ぢく)を受(うけ)てかへり。悪逆(あくぎやく)の

魂(た

ましい)を改めし事。親(おや)村雄(むらお)への孝(かう)おひとつを存れ

ば。末

世(まつせ)のために。釣(つり)がねを鋳(ゐ)させ。いづれの寺へも寄附

(きふ)

して。誠に龍宮といふ所ありて。此かねと俵(たはら)をたづさへ帰りしやうに

申つた

へ。欲悪(よくあく)ふかき輩(ともがら)の。眼(め)をさまさする方便(ほ

うべん

)と仕り度よし。(廿五オ)

願(ねが)ひければ。心のまゝにはからふべしと。御免許(めんきよ)あり。や

がて鐘

(かね)鋳(ゐ)のくはだてに。おいよお花おみのをはじめ。桜井も梅沢も。め

い/\

鏡を鋳(ゐ)くはへさせ。はじめてひゞく鐘(かね)の音(をと)に。百八ぼん

のうの

夢をさまし。領分(りやうぶん)の百姓どもかはらず。おさむる米俵(よねだは

ら)は

かりことゆへ。子孫(しそん)の末(すへ)まてかゝやかす。系図(けいづ)正

(たゞ

)しき宇治(うぢ)俵(たはら)つたふる家(いへ)こそ久しけれ