序

いつのとしにかありけむ。たゞ日のながきころとはおぼえける。吾徒、〓〓堂の主人、ひとつの案をもて来て、是に序書くはへてよといふに、よみてみれば、そもむかしより物忘れたる事どもゝ多かりける。さて、かゝむとおもひて、そのまゝにわすれ置つる、またいくたの月日ぞや。ことししはす十まり三日、煤たれたる芦屋かきはらふとて、物の底より出たるに、又も忘れやせむと、とみにかいしるして彼主人にみせければ、主人みていはく、是誰がつくれる書ぞや。我名を綾足とかいふものしるす。

        仙女忘れ草が云

爰に仙女あり。名を忘れ草といふ。としは百とせにひとゝせたらで、そのなまめけること処女のごとし。都東の川の辺に住居て、世にひろく物忘るゝ事を教へけるに、是をならひ得むとて人集り。

扨是をならひにゆく人、礼物を懐にして参るといへども、其家にいたると忽忘れて、終に出さず。仙女又取事を忘れて終に受ず。さるは仙女誓ていはく、「我今伝ふる物忘れの事は、忘真先生のつたへ給へる法也。又それにみづからが工夫をくはへて教ゆ。今日は先忘真先生の教を申すなり。又是をならはむとあるには、神に誓ひする也」といひて、ひとつの巻物を出してよみて曰、「忘れたまえ/\。そも/\心は胸のうちにありとはおもへど、終にそのかたちをしらず。是につけば彼を忘れ、かれにつけばこれを忘れ、生れては母の腹なりし時を忘れ、生長ては児なりしときを忘れ、老ては若かりしむかしを忘れ、かく能忘るゝ物ゆゑに、死なばいける時の我なりしをも忘れむ。しかれば心はもとより忘るゝ物とおぼすべし。扨今汝達のぞみたまふによりて、能忘るゝ法をつたへまゐらす。汝達此法を得て、少しもつゝむ事なかれ。もしこれをつゝみて人に洩さゞらんにおいては、黄泉平坂にます忘れの神の重きつみおふせ給ひて、たちまち物忘れがたき人となし給はむ。只忘れ給へ/\と敬て申す」とよみ終り、「先神文のむねはかくのごとし。扨物忘れんとおぼさんには、目を大きく開き給へ。心を専らさわがしくしたまへ。これ教のひとつなり。扨頂をもつて第一とし、目をもつて第二とし、鼻をもつて第三とし、その次は乳房より腹に及び、左右の耳肩手脚にいたりて、しるすところ凡三十所。これをよく一ツ/\忘るゝには、まづ頂を忘れんとするには、心を脚におく。目を忘れんとするには心に膝をおもふ。凡此法に随ひ右を忘るゝには左をおもひ、左を忘るゝには右をおもふ。是をよく習はすにいたりて、漸々身を忘れ終に我真を忘るゝにいたる也。先今日はこれまでにて帰り給へ。扨あす」といひて別るゝに、その人はや業を忘れ約束を忘れ病人をわすれ、かならず其次をならはんとおもひて、あかつきとく仙女がもとにいたれば、仙女又朝食を忘れて出て教て曰、「いかにや能忘れ給ふや。」弟子こたへて曰、「奇哉/\まづ物三十ばかりはたしかに忘れ得たり」といふ。仙女曰、「よし/\今日をしへ侍るがひとつのゆるしなり」といひて、声をひそめ、腰うちかけたる下部を外に追い出し、戸をさしかためていはく、「先表の門を忘る。次に座敷を忘る。つぎに竃を忘る。棚をわする。戸を忘る。雪隠を忘る。樹を忘る。此数はかりなし。百にいたり千に乃ぶ。我家の財宝器をつくして、他の家々或はとほき国までも、あるとあるものを忘れ尽して、終には物忘れの先生とは成事也。そのうへ奥儀とするをしへのはべるが、その術いたりて後伝へむ」といひをはりぬ。扨習ふ人いとゆかしくおもひて、日を尽し月を経て、往通ひつゝならひけれど、始にかはれる事更にあらず。仙女が物忘るゝにも違はざれば、或時人居らざる間をはかり、「遺れる奥義を教へ給へ」といへば、仙女声をひそめて教て曰、「外にかはれる事もあらず。忘れ貝の肉を萓艸に交て、武蔵野の忘れ水を汲よせて、是に煮て喰ひたまへ。しからば大忘れの先生となり給はむ」となりける。

扨後その習ひ得けるひと%\、世にたふとき教なりとおもひしかば、彼神文にたがひ、かつてその法を世に洩らさゞりしに、仙女うちはらだちて、「我法すでに世にみたず。いつまで是を教へんや」と罵て、終に物忘れの術をかへけるとぞ。

  古今物忘れの記

○日本武尊夷(やまとたけのみことえびす)を平らげんとて、東の国にくだり給ふ時、伊勢(いせ)の国小津(をづ)の崎(さき)にいたりて、御食(おもの)きこしめしつつ、〓せる(はか)御太刀(みたち)をひとつ松の梢(こずゑ)にかけて、終に忘れ給ひてくだりましぬ。評曰、これ勇なり。

○泊瀬浅倉宮(はつせあさくらのみや)の天皇(すめらみこ)は、三輪川の水の物洗(あら)ふ末通女(をとめ)を叡覧(ゑいらん)したまひ、即大宮(すなわちおおみや)にめし入れずんと、のたまひちぎらせて忘れ給ふこと、八十年(やそとせ)あまり也。評日、御こゝろおほし。

○ある法師、京(みやこ)の古跡(こせき)を見巡りけるに翁出て、河原左大臣の御跡を教え、さるむかし語(かたり)りをもし又、山々の名所をもかたりて、「扨忘れたり。秋の長物がたりよしな」とぞいひける。

○記憶(きおく)といふ事のはやりけるとき、或人是おぼえんとて、心に入けるに、かたへに火桶(ひおけ)のはべりしを忘れて、手を懐(ふちころ)にして、胸(むね)をおさへ、袖を投懸(なげ゛かけ)たりしかば、終に火つきて燃(もえ)入りぬ。扨俄(にはか)に臂(ひぢ)のあつく成たるに、驚(おどろ)きさわぎて、消(けち)なんとしける間に、彼辛苦(しんく)しておぼえつる事をば忘れにけり。

○むかし女ありける。としを経て男のもとへ、猶此事とげんといひやれば、男、

  今までに忘れぬ人は世にもあらじらおのがさま%\年の経ぬれば

といひて男なほあひはなれにれり。

○他(ひと)の財宝(たから)をおほく負(おひ)たる人、健忘(けんぼう)といふ病にあたりて、くるしくしけり。それをみて、おはせたる人、漸々にくかりし心を忘れにけり。評曰、これはこゝろづかひしつるをゆるしたるならん。

○大政入道清盛は(だいぜうにうどうきよもり)は、おそろしき事を忘れ給へり。

○ある遊女(ゆうじょ)のよく物忘れするがありしかば、人みなその女が心の奥こそあらめとゆかしがりて、我しりえんとぞ往通(ゆきかよ)ひける。

○今は昔、島原の遊女(あんび)、名は例(れい)の忘れにけり、人みなよしとほれまどひけるありしに、奥州(みちのく)よりのぼりける人、彼(かの)遊女に深(ふかく)逢(あ)ひしが、別(わか)るゝ時に物つかはして、「又あひ見んまで」などいひければ、彼遊女、「これをみてぞおもひ出なん」といふに、傍(かたへ)に〓よくうたふものゝ居て、是を聞居けるが、線(いと)にしらべてかくなん、「おもひ出んとは忘るゝからよ、思ひ出さずと忘れなよ」とうたひてあてける。評曰、思ふに此遊女忘れ草が伝を得たるや。

○親(おや)の忌曰にあたりて、魚(う)喰(く)ふ。「忘れてくふが罪(っみ)深きか、覚えて食ふが罪ふかきか」と、一休和尚に問ひければ、一休答(こた)へて、「何とやらいふことなりしが忘れたり」とぞ。

○冬は夏を忘れ、夏は冬をわする。

○得ては師(し)を忘れ、〓(いえ)ては医を忘る。評曰、おほよそかくのごとし。

○播磨(はりま)の国にはそも物忘れせし人多かりき。

○「おもふ敵(かたぎ)はよく討(うち)たれど、門の前に印(しるし)つきたる鎗(やり)を打忘れおきつるは、すこし物さわがしかりし」といふ人あり。傍(かたへ)の人曰、「それは夜(よ)討(うち)のならひなり」。評曰、夜盗(よとう)あり鎗(やり)を忘れ置んや。

○わかき男、女にいひかけられて、心にもあらで住ゐける。さるを少しあきがたにみえければ、男出てゆくとて、

  思ふには我も思ひし今汝(な)が忘るとならば我も忘れん

或禅師評曰、七通八達。

○槇野伴雄(まきのともを)といあふ〓人(りゃうりにん)あり。よく鮎(ふぐ)の毒(どく)をさる事を覚居りける。ある国守きこしめして、「今夜(こよひ)客あり。鮎(ふぐ)喰(くは)む」とのたまふ。「しれるごとく調(とゝの)へよ」と仰ければ、伴雄(ともを)答へ奉りて、「今朝より心持(こゝち)あしく仕りけるが、俄に午時(ビル)の程よりしきりに物忘れつかまつりけるに、大切のたてまつり物なれば、鮎(ママ)りつくり候事は許したまへ」と申てまかんでける。評曰、よし。

○或人足袋(いみじき)はきをりける事を忘れて、そのまゝ湯に入りけるが、脚(あし)をあらふにおぼえなかりしかば、大声を

出して、「我いたくしびれ病にあたりたり。医師めせ」とぞいひける。

○天若彦といふ神は、天照大御神の御使にて、西国にくだりけるが、大汝貴の御いきほひにおそれ、下照姫の色にまよひて、終に御かへりごと申ことを忘れにけり。

○黄帝、赤水のほとりに遊びて、玄珠を忘る。扨誰かとりえて帰らんとはかり給ふに、象罔といふ大忘れ人あり。卒いきてとりかへる。或人評曰、智恵は是小物。

○遺却珊瑚鞭白馬驕不行。

或評曰、遺却かへつて路傍情。

○泊瀬並木宮の天皇武烈、民はみな御子也といふ事を、よく忘れさせ給ひける。

○物忘れする媒彼祝の席にいきて、帰るといふは忌言なれば、ひらけといへと習ひたりしを、よく忘れじとおもひ居けるが、扨祝ひすみて人々まからんとする時、此媒「我等もまかりか」といひ出したるを、傍の人心づきていたくそれが尻をつみければ、はとおもひて、「まかりつめらん」といひて立ける。

○物おもひ出さんとする人は、かならず目をふさぎて口をあくもの也。評曰、眼をふさぐは腹のうちをみるなり。口をあくはくるしきを吐くなり。

○女三の君小侍従にきこえ給ふは、「いざとよみしほどにいり給ひしかば、ふともえ置あへで、さしはさみしを忘れにけり」と。

評曰、此忘れまさに柏木の衛門をころしたまへり。

○釈迦牟尼仏の徒弟、維摩がいほりに集りし時、あるじものくはせざりしかば、舎利仏まづ餓たりしに、仏香積国より香積飯をとりよせてくはせ給へば、舎利仏たちまち食念を忘れたり。

或人評曰、是かならず蓮の飯成べし。

○物忘れたる人は、かならず門に出て、脚をこまかにかさねてあゆむもの也。

○或人山をこゆるに、道を忘れてあらぬ所に迷ひ出しかば、日も暮るゝに、大きなるうつほ木のあるに入てうづくまり居けり。しばしあるに人又我ごとく迷ひ来りぬ「誰そ」といへば、「道を忘れて爰に来しもの也」といふ。さらばとてともにひきいれて宿りをるに、又ひとりさのごとくして来れり。「なぞ」といへば、「道を忘れて爰に来つ」といふ。「さらばこなたへ」とて今は三人になりて、こぞりをりけるに、夜いたくふけたりとおぼゆるころ、大きなる蛇木のそらよりはひくだりて、その三人をのまんとする時、三人ともに、「南無三忘」といふ。これ此言のもと也。

物しり評曰、近世いはひて宝の字に書かへたり。

○秋八月ばかり、俄に夜嵐たかく吹出て、東の海あれとよしみに、船は百艘あまり浪にしづみ、人は千人あまり死うせけるとき、唯一人上総の浜におよぎつきたる舟子あり。扨後にきけば、もとのごとく船乗していきかよふとぞ。

評曰、忘るるが業なり。

○みやこ室町のあたりに、とし八十ばかりなりける老人あり。此老人井をほらせけるに、「その井にうめける筒の、いくとせばかり朽ずしてたもつべしや」と問ひければ、筒入るをとこ答へて曰、「およそ七十年余りはたもつべし」といふ。此老人聞て、「汝しかとうけあふべしや」といひける。

評曰、此老人我老を忘れたる也。

○鳶飛で天にいたるといふ。扨彼を捕へて久しく飼ひつるに、物ぐさきやつにて、喰んとするにも飛来ず。まして高くのぼる事は忘れにけり。

○筑紫にくだりて住ける人の哥に、

○あまざかる鄙に五年住居つゝみやこのてぶり忘らへけり

評曰、そも/\都の風俗といふは、帯は高くむすび低くむすび、髪は高くゆひひきくゆひ、羽織又長く短し。たとへみやこに住をるとも、おぼゆるひまは

あらじとなん。

○右近少将ときこえ給ふが、おちくぼの君のもとにいきて、帰りたまひけるに、笛なん忘れ置給へるを、とりに人つかはしたれば、是をさへ忘れ給ひければとて、おちくぼの君、

  是もなほあだにぞみるべき笛竹の手馴れしふしを忘ると思へば

或武士主人の使にいきて、しばし人の出来るを待あひだに衝立のはべりしを見をるに、楠正成が正行に別れのさまを、手をつくしてかきたるに、心をそめてつく/\゛とみとれける間に、人出来たれば、しか%\使のむねを申終りぬ。さて「御名は」と問はれて、おもひをりしまゝに、「楠多門兵衛」と答へけるを、けしからずおもひしかば、「今一度承らん」と問ひかへされて、はとおもひしかどすこしもさわがず、「楠田門兵衛」といひなほしけるに、人いりて又その返事をのべてかへしける。使、主人のもとにかへりて事を申終り、扨願書を出して、「今日より家の名までも改て、楠田門兵衛と仕りたし」といひだしたりければ、主人あやしみ給ひて、「何故」と仰出されける時、「今日なん御使のさきにて、さる事はべりし」と申上たれば、主人心ある人にて、「他事に物忘れしたるならばこそあれ。正成の図に心をうばゝれしは、いとたのもしき者かな」とありて、領所も加増物頭にすゑて給はりける。

○としの果となれば、物負せたる人は、負たる人のもとにたちかゝり、負たる人は財宝もたる人の許にいはひふして、或はなげき、あるひは怒り、或はわび、あるひはあらそふ。さるは朝烏鳴わたりて、日影いとにほやかにさしのぼれば、松吹風ものどやかにて、人々先は忘れたる顔色なり。

○物をしみする長あり。ひとりの母死けるに、従弟どもうち寄て、「かたみおくりせよ」といひければ、「いな、せまじ」といふ。「何故に」ととへば、「かたみこそ今は仇なれとよみつれば、人になげきを負はせていかにせん」といひける。評日、人豈古嫗のかたみをみて、是なくば忘るゝひまもといはんや。

或人、「忘れがたみといふ事は、いかなる心にか」ととひけるに、人答へて曰、「忘れ難みといふことなり」と。

評曰、世の人心何ぞ忘れ難からん。

○ある男、女に物いひてはべりしに、「今夜は我許に来て寝よ。門もさすまじきに」といひちぎりて、扨その夜打忘れて寝入けり。女来て門を扣くにおき出ざりければ、たばかられしとおもひて、そのまゝにかへらんもくちをしくて、躊躇たるを、ある男来かゝりたるが、みつけてそゝのかして将て行。つひに妻となして住居けり。彼忘れたるをとこ、友だちなりしかば、程経て行たりけるに、そこの妻となり居しかど、男忘れたれば何ともいはず。女も又何ともいはず。その男猶何ともいはず。評曰、罪なし。

○菁菜を食ふ虫のうごめくが、終に蝶と成りて飛めぐる。いかばかりたのしからむとおもへど、彼又うごめける時をば忘れたるなるべし。

○かぐや姫は竹取の翁のもとに、廿年あまりやしなはれ給ひしに、天より飛ぶ車をおろしてむかへ給ふとき、いたく此国のわかれを惜しみてなげき給ひしに、天のむかへ人゛「おそし/\」といさめて、天の羽衣をうちきせ奉れば、翁をいとほしとおぼしたる心さへ忘れにけりと。爰に蘇生たる人評曰、死るときは正にかゝる物也。又さとり人傍に居て、さいふことをしかりて曰、好箇外道。

○太宰大監大伴百代が哥に、

  ぬば玉のその夜の梅をた忘れて折らで来にけり思ひし物を

評曰、これあに梅ならんや。

○仏の弟子八百人の中に、未名といふ忘人あり。これは利養に貪著して、もろ/\の経を読むといへども、忘るゝ所多しとなり。評曰、すくひあげかづきあげ、

ひまなく魚を喰ふときは、罪もむくひも後の世も、忘れはてゝおもしろやとはいづれ。

唐人桐文といふもの、通辞の男に問ふていはく、「貴国にも忘年といふ事をするや」。通辞の曰、「いかにもすなり」。桐文又問ふ、「いかなる心をもて年を忘るゝといふや」。通辞答へて、「此国は忠をもて専とし、孝又これに次ぐ。君の御年のかたぶかせ給ふを常にいたみおもふ故に、せめては酒呑てそのいたみを忘れんとなり。親あるもの又その心也」といへば、桐文聞て、「我国もむかしはさる心成けらし。今は世の中のせまりたるに、うき一年を忘れはべらばやとてぞ、忘年会はすなり」といふ。

評曰、評なし。

○狐が女と化て入り来りしを、それとしりぬれば、物喰はせなどし、さらぬ顔に物語どもして、「明日の夜又来よ」といひて帰しけるに、又来たり。今夜もさのごとくしてかへしはべるに、夜毎に来て物くひける。さてみるに、後は容のみ化て顔は化ず。その後は手脚も化ず。それより後は所々すこしづゝ化て来たりける。評曰、馴ては忘るゝならひならん。或人問ふて曰、「酒を忘憂の物とは何をもていへり」といふ。人答へていはく、「酒を呑ば憂を忘るゝ故也」。又問ふ、「醒めてもしかるか」。人爰において答へなし。

或酔人評曰、なにとて又呑なりとは答へずや。

○ある人、「忙然とはいかなる事をか申なり」と問ひければ、或人いはく、「忙然としたる事をいふ也」と教へけり。問へる人いかにもと思ひて帰り、さておもひ出てみるに、うち忘れて、何とやらんおもそろく教へ給ひしがと思ひかへすに、おもひ出ざりければ、又ゆきて、「忙然の事は何とかをしへ給ひし」と問ひければ、「忙然とは忙然としたる事をいふ也」といひければ、「いかさま忙然たる事にてさむらふ」とて、帰りて又々忘れにけり。

評曰、二人ながら忙然たり。

○難波に椀久といふ男ありし。是は唯一ツの事をのみおぼえける。

茗荷といふ物を多く食へば、物忘れするといふ。或旅篭やの亭主旅人に是なん多くくはせけるに、朝とくゆくをみれば、よく我物をうち荷ひていにけり。後におもへば、宿銭は忘れていにけるなり。

評曰、此亭主も多くくひつらむにこそ。

○白き鼠を飼ひしに、よく馴てはべりしが、黒き鼠に鼻をくはれて後は、彼馴し人を忘れにけり。

○右近が人とちぎりけるに、男ちぎりを忘れたりければ、

  忘らるゝ身をば思はずちかひてし人の命の惜しくもあるかな

評曰、実深し。

○惟喬親王御櫛おろし給ひて、日吉の山の麓にこもりおはしぬるに、雪踏わけて業平朝臣参りたまひて、

  忘れつゝ夢かとぞおもふ思ひきや雪ふみわけて君を見んとは

評曰、古今集の古本に、忘れつゝとあるをみれば、てはの詞おほいにくだれり。

○物忘るゝ人二人をまねきて、物よく調へて饗応しけるに、ひとりの男鼻の水いたくたりたるに、今ひとりに、「紙一枚たまへ」といふ。その男ふところを探りて、「此方も忘れつ」といふに、あるじみかねて、紙二折を出してやりける。物くひ終り帰らず。夜にいりたるに、猶かへらず。時は三時あまり過ぬれど、夜食のまうけせざりしかば、湯漬けに〓を添て出しければ、二人の男うち腹立て、「まねき給へばこそ昼よりは参りてあれ。是はあまりに略したる御饗応かな」といひのゝしりける。

○ある樵山にゆきしに、鹿の射られたるがはしり来て、まのあたりにたふれて死ぬ。そのまゝ土をうがちて、鹿をかくし、〓をうちかけて、人見まじくしおきけ

るに、終に打忘れて家に帰りける。その夜の夢にさる事を見けり。さめておもひ出ければ、彼しおきたりし山にいきてみるに、他の人見つけてとりさりければあらず。彼樵、「さは夢なりしか」といふ。

○しばし乞食に落たりし人、親にすくはれて、世に出て後かたりぬ。「さりし間は、物のきたなげ成しといふ事は忘れをりき。今かくなりては、又その心を忘るゝなり」と。評曰、冬又かたびらをきんや。

○むかし世捨人ありしに、死の時今にも来らん事をおそれ、すこしもやすくあらんやとて、つくばひてのみ居しとぞ。むかし又人ありて曰、「人何ぞ死なんや。唯世のむつかしき事は、うち忘れよ。又我心のまゝにふるまふべし。是を不老不死の薬といふ」。評曰、はじめの世捨人はおぼえ過たる也。後の人は忘れ過たる也。

○山に篭り居る翁、たま/\世に交ふときは、唯何事も忘るゝぞよきといふ事を、をり/\くちずさみけるに、人悪がりける。或とき人のもとにやどり居て、朝陰に山へ帰るとて、いと暑きころ成りしかば、笠なん忘れ置つるとて、立帰りしを、亭主せし人、「唯何事も忘るゝぞよき」とくちずさみければ、翁とりあへず、「とはいへどあつきに笠はわすれめや」とつぎけるに、打笑ひてとり出してやりける。扨後此事を友だちに語りければ、「さはなぞ其儘にはかへしぬる。なにとて、『さらば忘れは物によりてか』といひかへさゞりし」と責ければ、是は我愚しとおもひわびてをりけるに、いと寒きころ又翁の来りて宿りけるを、「扨さいつ頃、さらば忘れは物によりてか、といひかへさざりし、いとくちをしかりつる」といふに、翁何のいらへもせで、此度は十日あまり遊びをりけるに、あるじうるさくおもひて、「山の庵は雪にや埋れうせなん」といひければ、翁、忘るゝはこれぞよろしき雪もしらでといひ出しければ、あるじ、

  居るぞにくけれ忘れがほして

といひつゝ今は追ひ出しけり。

評曰、今の隠者おほくは忘れ顔也。

○鳥狩するを見るに、餌をまけるうへに黐をば物の枝に引かけて待居れば、鳥まづ始の程は空を忘れずして飛めぐり、しばしして空を忘れて、高枝にとまり、又しばしあるに高枝を忘れて下枝にとまり、さてあるあびだに下枝を忘れて地に下り、地を忘れて黐にかゝる。

物がたき老人評曰、つゝしむべし。