〔春雨草紙〕

(血帷子)

此巻、病によりて筆とゞめしかど、次々仁明の御代まで、思ふ旨を作かたるべし。

□かたびら

□排國高日子尊、開初より五十一代のまつり事聞しめしたまへば、五畿七道水□なく、豊民万歳をうたひ、良禽木□えらばず巣くひて、大同の紀元佳□の奏文、史等字を織、章を彩て、聖代のためしを奉る。

御同腹神野親王を皇太弟の宣命下る。

御母藤原乙室を皇太后、御祖父良継公を太政大臣、外祖父阿倍古美奈を正一位の尊号を贈たまふ。

又勅曰、「朕民の父母とな        、民を煩はしむ事を憂ふ」とて、帝宮に終らせたまへば、拝賀をこの宮に奏したて祭りき。

皇太弟、聡明、和□の書典にわたらせ給。

筆、皇孫にためしいさめを納奉る。

御醫出雲の廣貞を□□くすりを奉る。

又議奏の臣等はかり/\て、僧玄賓をめして、御加持のいのりせさしむ。

伯耆の國に老を養ひてあれど、王命國の守に催されて、日夜なく朝庭にいたり、霊鬼を逐ひ、魅を去しめて、日ならず「たひらかにわたらせたまふ」と帳内より申出すれば、「さればこそ」とて、仲成ほこりて、外臣をいやしむ。

おほん歌、よろこびにうたはせしかば、琴笛の御垣めぐりて、高く合奏す。

おほんは、「さをしかはよるこそきなけおく露は霜むすばねば我わかゆ也」このませたまはねど、御かはらけ三度とらせたまへば、内侍の正扇とりて、「三輪の殿の神の戸、おしひらかすも、いくひさ/\」と、袖かへして□とほさぎたてまつる。

是より御こゝろすゞしく、□朝政怠らずとはなく、「夕御膳遅し」と玉簾たれて入らせたまふとぞ。

仲成皇太弟の才学に長じたまふを忌て、「文史の官は彩色のみにて質なし。

皇祖の尊、矛に道を□かせ、利劔に仇を撃たま□□□□□□□□せます也。

□へども        一睡にさめ、閨房深からねば、玉體そこなはず。

皇子・皇女あまたならば、千歳慕の実玉かた麻に盈ぬべし」と申。

是に戯れたまふともなくて、酒宴・歌舞、日毎に遊ばせたまふ事と成ぬ。

太虚雲なく、風條を鳴さず、一日怪しき者を見上させたまふ。

蛮人車に乗り、羽扇に風を吹しめて走る。

□の轟き、高楼にひゞく。

是を「いかに」と又御心なやましめたまへば、玄賓大呼して地に堕す。

空海、念珠をもて撃て見れば、人なり。

櫃にこめて浪花の海に流さす。

忌部の濱成、其堕たる所を三尺ほらしめて、神代ながらのをらび聲□てとこひやらひ、清めすゞしめたりしかば、「御心もすか/\しく」とのらせたまへりき。

されどいかにせん、善柔の御うまれつきにて、とにかくにはやく帝坐を去らばやの御心やまず。

聖人の経教はよめがたしと遠ざけたまひしが、もし□□ふかく学ばぬが□しきに、時々不登稲参るより、先うかゞひ奉るに、更に御なやみあらずとぞ。

おほん心にもさしてと思しめせば、先かはらけとらせたまへり。

栗栖野の流にのぼる小鮎なますに、芹川の川のりくはへてすゝめまつる。

海の物・山の物けふのせぢみは停めさせて、歌まひの聲、け        はつゝませるには、夕囀り鴬、初夜に月出て、杜宇落かへり鳴音興あり。

御心すが/\しく大とのごもらせぬ。

あした思しめす事也。

空海をめさるゝ。

玉坐ちかくゆ□させ、物とひたまふ。

「三皇五帝ときく代に教へなし。

我國にも、皇祖より十代、史にしるす事なかりしはいかに」と。

空海かしこまりて申。

「いつれの邦か教へにひらくべき。

民は日出ておき、日入てふし、飢ればくらひ、渇けば飲む。

争ふ事なければ聖人出ず。

『三隅の網、一隅を獲ん』といひしが私のはしめぞ」と申す。

「さらば汝が修する佛法は」。

こたへ申す。

「経典をよみて、理趣をあきらめんは、醫士、素問・難経を学びて、其説を究むるに、□□□□□□□□病を癒す□□おきて活手段也とも」。

叡慮解てまかんず。

「空海が言、実なる哉」とて、上下の公卿皆感ず。

皇太弟神野につかふる人は、僧も阿諛の舌ありと憎む/\。

いかなれば、太弟みそかにかし原野の御陵墓にまう出て、密奏の長文、夜明ぬあいだなれば、誰聞べきにあらず。

故に傳はらず。

今上やう/\御心さだめやしたまふ覧。

ついに御位を太弟に譲らんの勅旨ありて、平城の故京に下居の宮つくらせたまふ。

上下、民にいたるまで「□かなれば」と、眉をひそめざる者無し。

ならは   元明より桓武にいたり、七代の結宇、いにしへより壮大例あるべからぬを、御父帝いかさまおぼしめしてか、長岡の狭隘にうつらせ給ふ。

□□靡のはて/\よからじとおぼしてやと人□□問せしを、わづか十三年にて、又今の□□宮にうつらせたまひて、曠野をはらひ□□ならし、宮楼又ならに習はせたま□□深き者はみそか言していひあへり。

□□のにほふか如きを再び見る事と□□ゆる人もありけり。

奈良の舊都

春雨草紙一の巻

血かたひら

天おし國高日子のみこと、開初より五十一[二]代の大まつり事聞しめしたまひ、五畿七道水旱なく、豊としをうたひ、良禽木をえらばず巣くひて、大同の佳運を奏文す。

紀伝の文史等字を織章を彩り、聖代をことぶき奉る。

御はらから神野の親王を皇とぞ。

一夜夢見たまへりき。

先帝のおほんたからかに、「けさの朝け鳴なる鹿のその聲をきかずはゆかじ夜のふけぬとに」。

打かたぶきて御歌の心をおぼししらせたまひ、一日もはやく下り居んのかたじけなき御した心に[を]ぞおぼしなりける。

又の夜先帝の御つかひ也。

「早良親王の霊かし原のみさゝぎに参りて罪を謝すといへども、おのが裔ならぬ代をなげき給ふ」と見たまへり。

是は御心の弱きにもあだ夢とおぼしゝらせたまひけり。

猶事なく、「御くらゐさらすまでは」と、僧かんなぎに、祭壇日々に昇らせつゝ、□□□□□にぞし給ひき。

侍臣藤原の仲成・妹の薬□□□□□「夢に六つの数あるぞ、むなしき事なれ。

よきあしきに数定まらんやは。

御心のよわきにあしき神□のつくよ」とて、出雲の廣成に御薬奉らす。

又議奏の臣達はかりあはせて、こゝか[の]しこの神社、大□□御使ありけり。

猶、伯耆の國に世を避し玄賓を召され、御加持まいらす。

玄賓は道鏡とひとつ弓削氏にて、そのかみはめされしかど、道鏡が暴悪けがらはしとて、山に隠れし大徳のひじり也。

七日朝庭にたちて、妖鬼を追しかば、御心すゞしくならせたまひぬ。

「帳内に日毎まゐれ」とみことのりありし。

□□仲成、外臣□□んとはかりては、薬子心合せてなぐさめたてまつる。

又、是にもほだされたまふなりけり。

日夜の御宴、琴笛の哥垣、八重めぐらせて遊ばせたまへりける。

此うたひあぐるは御製也。

「さを鹿は[の]よるこそ来鳴けおく露は霜結はねば朕わかゆ也」。

御かはらけ三たびとらせたまへりき。

薬子扇とりて立舞ふ。

「三輪のとのの神の戸をおし開からすもよ、いくひさ/\」、袖かへしてことほぎたいまつる。

あした、御心すゞしくて、朝に出させたまへりき。

太弟のみ子才学長じたまへ[ひ]るを忌みて、みそか言するもあり。

又この御代にとあしくたばかる人もありけり。

皇祖□□□□□□□□□□□□に仇うたせ□□□□□□□□□まで、文史のしるすべき事もなくぞありける。

儒道わたりては[の]、代々に酔ごゝちしたまひてぞ、太初のゝちも、民日出ておき、日入てふし、飢てくらひ、喝してのむ。

世のありさまははるかなる事になん。

天津をとめ

嵯峨のみかどの英才、君としてためしなければ、御代一たびは推しらせたまひて、萬を唐ざまに、文も歌も学ばせたまへば、上下皆是を習ひて、□□□□□□□艸にもあらぬ竹のよの□□□□□□□□□□□□□□□そを□□□□□□□神護寺□□□□□□□□□とかり行り。

今上の皇太□□良親王にほどなく御くら居ゆづらせたまふ事、是又史官の記しつたへされば、上下皆ありがたき御代とさしあをぎ奉る。

後に仁明天皇と尊号し、歳を承和と改させたまひぬ。

嵯峨の上皇の唐ざま執行なはせて、世は西にしたがひ、福果は又の西にうつりゆく事、この國のかんなぎもしらず。

儒士もいかにとことわり尽さゞる。

是も佛のちかひの網の大なるも□□りける哉。

今上叡智にまし/\て、天のした治めましける。

たゞ唐ざまの中に、奢靡のあしきをおぼししらせども、みそかにはしか有ばやとおぼしたまひぬ。

良峯の   □□□□□□□□□明暮□□□□まつはさせて、文よませ、みそかに事はかりたまひぬるは、御さかしさよ。

玄宗のはじめかしこくて、後乱し事学びたまはんや。

たゞ御心の是に伏させたまふはいかにせん。

色を好みたまへど、御面に露あらはさせず。

したには是をおぼしわするゝ事なきを、宗貞はかりしりて、「年毎の豊のあかりの舞姫は、清見原の帝のよし野に世を避たまひし時御くらゐしらせたまふべきさがにぞ。

此たびの宮にかはらけめぐらせたまふに、天つ空よりをとめ五人くだり来て袖をかへして舞しがはじめにて、いとめでたく、ためしに見そなはすべき事」と奏す。

よくぞ聞せし。

ことしの新なめに盃有べく、触くだせたまふほどに、御むすめもたまへるは、よろぼひを尽し□まつ乙女いたりて捕ふ。

これは皇太□□□貞の御代にとくなさんの□□□ぞ身を亡ぼしけり。

奈□□□□□落髪したまひて、恒□□□□□□名改させて、世かくて□□□□□□あゝ廃立受禅の事□□□□□□はかるは、唐ざまのあしきにこそありけれ。

帝の御心は猶唐ざまによろづをおぼしぬれど、御つゝしみ深くましまして、あらはさせたまはぬこそたふとかりけれ。

嘉祥三年に神がくれましましけり。

御陵墓は紀伊の郡ふか草山に納めたいまつ□ぬ。

御はうぶりの夜に宗貞くらくしてさりぬ。

是は時の大臣の御心をおそれてぞなりける。

殉死といふ事、むかしとゞめられしかど、此人こそしかあるべけれ。

衣ひとつに、みの笠かぶりて、こゝかしこ修行しあるきけり。

一夜清水寺におこなひてありしに、小野の小町、こよひおこなひしてをるとなりのつぼねに経よむ聲のたゞならずおぼえて、もしや宗貞法師かとおししりて、哥よみておくる。

「石のうへに旅ねはすれば肌さむし苔の衣を我にかさなん」。

これが「小町がこゝに在て□□□おくりしよ」としられて、「□□捨しこけのころもはたゞひとへ墨つぼに筆しめして、おくれる紙のうらにかきてとく迯さりぬ。

かくありあるほどに、五條の皇太后、「帝のかたみの人ぞ」とて、さがしもとめさせけり。

御垣の内つ國にのみ行なひありきしかば、見あらはされて、又内参りをなんしける。

僧正位に昇りて、遍昭と申つるは此宗貞の事□なりけり。

をの子ゝ二人あり。

「兄の弘延は宮づかへせよ。

法師の子はほうしになれ」とて、弟は入道せさせけり。

素性といふは此弟子の事なりき。

哥は父にまさら[しら]ねど、□□□□□□つ心よりあらね□□□□□□□はみたりにこそあらね。

世にたかき名はあらざりけり。

僧正花山といふ所、山科の内に御てら建、修行まめやかにおこなはせけると也。

佛の道こそいと怪しき事なけれ[はあらぬ]。

是もおのが

目ひとつの神(目一つの神)

文明亨禄の代々の乱、五畿七道道なく、山ゆけば、緑の林、海ゆけばしら波立騒ぎ、いづち故さとゝか恋しのぶべき。

あづまの国の人、都に三とせあまりありて、「文よむべき心を得てん」と、師をかなたこなたに求めしかど、大かたはたわやぎたる事をよしとして、男だましひなく、たま/\物書は僧家にのみ有て□□さに始□□□□んとして、わづかに身を立る事に苦しむを見聞ては、問はず習はず、孤陋の窓にあるべきをと、今は思ひなりて、親め子なき故さとも忘れぬものに、あふ坂の過書ゆるされて、一人東をさす。

草の枕は上り来し時に馴たれど、三歳のいにしへに成ぬれば、又立かへりうさうひ/\しさを思ひつゞくるに、老曽の森の木隠れをこゝと定めて、先わけ入見れば、風に折たりともなしに大木は倒れてふみこゆるだに安からず。

落葉小枝塗をうづみて泥土をわたるが如し。

神の祠あり。

軒こぼれ階よろぼひて昇るべくもあらず。

すべて草高くおひ、苔蒸被に似たり。

誰やどりし跡ならん、すこしかき拂ひたるやうにて、枕にと根はへる松あり。

こゝとたのみて、笠の緒とき、負し包袱をおろし心おちゐぬ。

時の鐘・つゞみ打寺も遠きにや、物の音ふつに聞えず。

風吹ねど、木末のさやめくひまより見上る□□□□□□□ありか□□実にや□□□□ねむ□□はつくべくも□□く、古き詩のこゝろのこよひに似たるを□□しつゝ、露ひやかな□□心すまさるれど、時々しぐれめきて降るこそうけれ。

あやし、人のこゝに来る足音す。

とらへてんは思はねどよく見さだめて、後の物がたりにせんと、たけくこがしたり。

背たかき神なぎが手に矛とりてしるべするさま也。

修験が柿色の衣やれ/\たるをむすび、□□□□金剛杖静につき鳴しくる。

女臈のしろ小袖にあかきはかまのすそ長く引はへ音はから/\とする。

糊いかばかりと思はる。

桧のつま手に乱たる扇かざせし皃をみれば、□らき夜の木ふかきにもあきらかにて、まさに狐也。

又あとにつきしも、すこしふつゝかには見れど、内づかへする命婦にやおぼしく、是も狐也。

社の前に立ならびて、かんやぎ中臣のをらび聲物すごく奏す。

殿の戸あらゝかにひらきて出る神は、白髪長く鬚□て二尺はかりなるを、手まさぐりしてあゆみ出は髪とゝもに乱れ、目一□□□□也。

鼻□ありやなし。

口は耳の根□□□□れたると見□白き大うち着のにぶ色にそみよごれ、藤[紫]の無紋のはかま、是はちかきにあらたに調ぜしよとぞ見る。

立並たるむかひて、「修験はいづちより」と問ふ。

神なぎが申、「きのふ筑紫を立て、都の何がし殿のおほせ言かうむりて、あづまに、あすは何とか云殿のもとへ聞ゆる。

事のいそがしくもあらねば、こゝ過るに、神を見上拝みしてんとて、鹿の宍むら一股油に煮こらし、出雲の松江の鱸の鱠、よくてうじて来たられたり。

こよひの御さかな物にすゝむべしとて也」。

神云、「こゝは海にせまりたる所なれど、鯉・鮒のみにて、珍らしき名さへ聞く事なし。

そみかくだは山ゆき野行て、毛荒き物の品、常にこそあらめ。

賜しはいとよろこばし。

先酒あたゝめよ」となり。

山陰ならねば、日影はなし。

命婦、正木づらの手すきとりかけて、御湯奉りし竃のこぼれ残りたるに、手にあたる枝・葉・松笠さしくゆれば、くらかりしも昼にあらたまりてあきらか也。

火の明りの命はかゝる時にあれましけん。

兎と猿が肩たゆげに、大なる酒瓮さし荷ひて、遅きをわぶるさま也。

桧扇とり収めて、かはらけさゝげ参る。

「あい」と云よりは、[下は]下三かさねを、御臺の古びたるにゐや/\しくて奉る。

神取上て湛へさせたる香は、我枕にまでかんばし。

さかな物是かれ、うまし/\とて、「先まれ人に」と取つがす。

修験ひとつほして又参らす。

「あの松がね枕に空寐したるも、こゝに来よ」といふ。

采女が「めすぞ」と云に、心うけれど、立て御前にゐざり出づ。

「若き侍は下野の人か。

那須のゝ原にはあらね」と、女房が盃とりつたふに、「寒きに、一二つかさねよ」と也。

おしいたゞきて、好めるには二つのむ。

「三輪山にほりすゑしよ」とほめ言すれば、「是は修験がこゝにて醸せし也。

薄かるべし」とて、「猶ひとつ」といふ。

又社のうしろより出くる僧の、黄衣肥ふとりしに、み□せはからず。

蝿はらひ、ふり立て「飲酒戒は破し安くをさめやすし。

こよひのあそびには四五つほしなん」とて、神の左坐に昇りて足くみたるつらつき、鬼には角なけれど、まさにそれぞと見る。

盃の巡りいく度ならん。

侍は人なれば数おとるを「すゝめよ、/\」とて、あかきはかまにおほすれば、「こよひ君が為に」とて、扇しはしにて取やるを見たれば、三千の中に二三のかほよ人ぞと見せたる。

いと珍らし。

立あがりて、「から玉や、/\」とうたふ聲ほそくにほひふかし。

僧打わらひて、「あらはなるこそよけれ。

面あらためて何する。

誰かひとりで立まへ。

枕ならべんといふべき心なし。

酒つぎてまゐれ」とて、「さすがに宍も膾もくさし」とて、蕪根を塩におしたるを噛くらふ音さゝやかならず。

松が根枕に、「汝は都に三とせまで在しとや。

よき師ありしは今より五六百年前のむかし人に絶て、たゞ和哥の道と云事をたふとび、文かけど女ぶみにて、後につたへ心うべき事はあさらに書もつゝらず。

哥のよしあし、冠さう束の色を古きにかへてにほはせ、鞠にみだれ、遊び糸竹の内に及ばぬをなめしくして、曲のおもしろきは傳へなくなりし也。

めゝしき三十一字を神にいのり、命にもかへんと苦しげに息まきする、あさまし。

文はわづかに意を達すると云にも到らず。

打なよびだにすればとつとめたる武きものゝ為に世をせばめられ、身をひそめ、腰をりかゞめて、おのが領たる所をさへ盗人に道きられて、秋くれども納めを見ず。

さるは人に口養はるゝも、さすがに爪くはれて、おのが遊びわざをこと/\き[く]教へを立        人を誑けば、まことよと貴びて、是を聞尊ぶも、乱たる世の人心也。

天つちを動か□にあらず。

君の為、親のために、家を忘れ、血にぬれつゝして、後の名もとむるにもあらぬ人のなけき出したるを、あなとはいふらめ。

天つちも神も哥の数かぞへて、字あまりてしらべわろしなどゝは申されまじき也。

おもへ、李白が百篇の詩、花に鳥にうかるゝ者の感ずるのみ。

書を讀て、いにしへをかへり見れば、この國には、柿本の朝臣を神とたふとむ。

近江の都の荒たるをひそかに悲しみたるほかは、春の霞を望見、秋の月の前にうそ吹さしあをぎ、おほかたはいもせのかなしきをかなしび、都にゐ中に妻あまたもとめて、鴨山の岩ね枕にけふ終るとは、都のめのゆめしらじと云つゝ死たるを思へば、五十の内外に命終たるにこそといひし人さかし。

つらゆき忠岑に思たはれて、名をにごし、栗田の何がし殿のあだなる夢見のかたちを絵にとゞめて神と祭らるゝ。

□おのれ心はづかしくもあらめ。

よき歌とて世にかたりつたふるは、さきに云よ。

あやぎぬに花鳥を繍物し、桜が本にれうま□□まれ人招き、遊ぶにこそあれ。

よし野龍田もやどりなく飲くはでは、おもしろともなか居せし法師のよくよむは、其つら        はあらねど、よしのの花は必雲よ雪よと口まねしてほこりかなるうるさし。

さいつ人のはじめてそれと見しといふこそ新らしけれ。

我目一つにして世を見わたすに、詩も哥も人まねばかりのあだ言也。

天地動かんやは。

鬼神感ぜんやは。

我目口に所せかれて、鼻なきにはくさきは思はねど、目の光を曇らすがうたてし。

長ことに舌痿たり。

和尚は何にも心をとゝめずしていふ事愛なし。

山伏かたれ」と云に、「山海を飛かけりて性さわがしきには、興ある事も聞しらず。

詩文と云事に我鼻をあやかる人のつまみきらば、やわらかならん哥よむ人の心こそ驕たれ。

この鼻はかたく骨だちて、折とらば□□□□□□□□そゝぎ入べし。

□□□□□□□□□には見ゆるし過す也。

くさく思さずは、我羽扇もて百里の外にはらひ申さん。

鎌くらの愚なる大将の前にとらへられて宮中の事いかにと問れ、『我しき島の道ならで浮世の事を問はるべし』とはいかに/\。

朝庭につかふまつるは、ことの葉によりてつかさ位やすゝむ。

又世の大事をもて浮世の事とは法師のいふべきを、冠さう高きに坐したる人の心とも聞えず        同じ乱の末に皆とらへられて六条河原に首刎らるゝ時、『みな人の世に有時は数ならで憂にもれぬ吾身なりけり』と打泣たる佐介何某は、武士の数にもかぞへられずして、阿諛乱業の者どもに常には膝折かゝめたるぞよ。

歌は武士の任にあらずと定めたるは聞にく[か拙也]し。

冠服の師の義家の軍物がたりを聞て、あたらものゝふに兵学にしらぬぞ聞ぐるしと有し。

さしつかふる鼻は親のうみつけたるなれば我に似たりと人わらふとも咎なし。

ばうこ雛のやうにてあらんも、我つまみ出さば和らかながら延たらんものぞ。

東西に雲に乗、南北の風を招きて、海の内はわづか也。

東の國は人の心たけしとのみにあらず。

翅ならばかゞ啼鷲、尾あらば口大なる山犬よ。

くらへど飽ず。

飢て吼る聲、峰も谷もとゞろかす。

足がら・箱根の東は、陸奥・出羽・越後の蝦夷、或はしたがひ、帰れば背く。

教へてしらず。

問学ぶ心なかりし國々なりしを、いつの代より和せられて、都にまけじと立ふるまへど、舌だみて物云如く、ついにはあらはれて、乱たる世の人に似たり。

これは逢坂山こゆるより、むかしはしかりしかば、筑紫の島の崎        守らせて、夷國にそなへしめしは、関より西の國の人は遣はされざりし。

西は又はやくの神代より開けしかば、唐國のよわき□□坂のこの手がし葉二面のみにあらず。

たゞ今にもつよきに伏して、君を捨んねぢけ草の心をかしこしとおもひ、たくはへて、たのむ蔭のたのまれぬ宿りといふべし。

云つのらば幾日にか終るべき」と口を閉づ。

女房打ゑみて、「色に酒にたわけるはつよき弱きのわかちあらず。

吾は迷はされじとさかしがる人招けば、野原にやどり、沼に湯あみして、よしといふ也。

それが中に東の人は木すぐに、恥もわすれて、妻よばひすれば、あら/\しきに似ずいとほし。

西の國は待夜を来たらずして、こがれさせ、衣のいろあひにけはひよくして、思はする事を専らする也。

是も今は東西に関なくなりて、あづま絹はあしゝといひしも、都の機にまさりてよきを出し、色こく艶はせこまかに染くゝりて、価たふとし。

さながら既に云如くあづま語の平上去をえわかたず。

此國の人には有まじき入聲とかつまりたる言いひて聞ぐるし。

鴬もなまり、花もい中げに□□ふかきを、だみたる聲はなかめ』とよみしは同心のまた佛智にうとく        思ふ。

又さゝ波や志賀の浦へに駒とめて、比良の高嶺の花を見し□□□□□神をはじめ人々も、我空に飛かけりて見れども花さくべき嶺ならず。

さくとも打のぞみて見るべきかは。

よき眼にありとも、神の一つの光に、湖の南北を見わたしたまふばかりには、えうまれこし人にこえん。

またいはさる事をと巧める情拙しと、めゝしき心にもおもふよ」と云。

神又かたり出づ。

「同じ語おなじさまなりとも、其地にいたりていふ時は似たる事いはじとかまへて、あらぬよそ/\しきながめをもいはめ。

哥のほまれにさへ幸と不幸あり。

赤人が、『わかの浦に汐みちくればかたを無み葦べをさしてたづ鳴わたる』と云は、千古に一人の名はとりたれ。

是がつかへし帝の筑紫の廣継が反逆をおそれ、京にも内応の臣あらんかとて、平城をうかれ出、伊勢・尾張・みのゝ國々を巡狩と名づけて出させたまふ時に、いせの阿呉の浦にて礒にたゝして打のぞみよみませしおほん、『妹をこふあ□□□□□□□□□□□□□干のかたにたづ鳴□□□□□□□□□□舎人等か東國に禦ぎの心して、遠江・駿河まで前駈せし中に、高市の黒人が尾張の國にてよめる、『桜田へたづ鳴わたるあゆちがた汐干のかたにたづ鳴わたる』とは、時同じくて、またくひとつ言ながら、其地にいたりてけふのながめは、是えらびて云たらん。

しらずよみの犯せるに非ず。

又誰が哥ならん、『難江がた汐干にたちて見わたせば淡路の洲へたづ鳴わたる』共に萬葉集に出て可否は敲くべからずといへども、まづ天皇のおほんかくと聞たらば、人々かきけつべし。

えらひ出す後の人の心も阿諛にはあらねば、君臣の礼もて舎人等の哥は除くべし。

是は人心もつかず。

赤人のみを賞誉する事、幸不幸の言語にさへはづるゝ事なきを思へ。

智も才も運命、不偶、天資とかにや枉らめつらめ。

我國はいにしへより、帝都の幸ひなかりしを、天智の英主こゝに遷さ□□□□□□めぐりて、心の□□□大和は捨たまひけん。

又我そ□□□人のみ心も有けんを、いかさまにおぼしてかと人丸は云たり。

我すむこの國は上國といへど、半國に過たる大水にせまりて、人すむべき所は、山のふもと、原野、海のつらに家居して、風高に吹たち比良・日枝・伊吹、高峯/\に雪やきゆると待こゝ        のひまあらずして、おのづから人の心ゆるび動きたれば、たのもしからず。

蕩々波路も底は池水の濁りにたゞよひ、上わづかに流るゝを清しと云んのみ。

宇治に落くる瀬のいと狭ければ、千餘歳の今にとゞろきひゞきて、人の心貧□とも云べし。

我一目に見わたせば、一牀のかたはらに足すゝぐ盥をおきたりといふべし。

帝都なにとてつゞかんやは。

英主たりといへども、功にほこりて、孝徳帝をかろしめ、母帝にも親しからず。

大友の才学を愛したまひて、長□□いて□采女腹にて扶けなきをおぼしたまひ、また廿一にて摂政の坐につかしめたまへば、大友喜びて、百揆を事とり、群下をおそれしめたまふにぞ、人皆徳の君とはあをがずして、一言をかへす事なし。

今はよしとおぼして、即廿三にて皇太子の儲有しかば、いよゝます/\こゝろ驕りて、骨肉の皇子達にも相したしまず。

はやく父帝の叡慮のまゝにあらせしぞ。

この國に詩賦の祖とは此天なるを、誰か忌にくみて、大津の皇子と申はたがへりき。

叔父の天武、此虚を伺ひて、一たびは僧となり、吉野山に入たまへるは、古人の皇子の反逆の        めしとも疑ふ人なきは、上下の君臣皆この君によく撫順せられし故也。

されば、美濃に旗上たまふまでも、大和におはすとのみ心得て、東に備へとゝのはざりしかば、たゞ一挙に宮地は荒はて、国史にも皇太子と挙□たゞ/\罪□君のやうに譌りてしるせしは、文の質にまさるは史也と云しに、□□□□□□□□□□□□かへりて実をとゞめ、史官の□□□□□□□□□□書しるせる事うらめし。

帝都はこの國にては代々毎にこそあらね。

地を新たにとうつさせしはよき例也。

一足あがりの宮にこそあらね。

瑞籬柴垣百しきとて石のみかこみ立めぐらせしをおもふには、たゞ一たびの都の跡を見て、人丸・黒人等泣かなしむ事は、おのが親足の大津の浦浪に溺れ死せしをしのぶのみの心也。

『むかしの人に又も逢めや』『夕波千鳥か鳴は』ともかく故に、見しと云しをとさへ打かこちたる心あはれ/\也。

この時、吾はまだこゝに来たらざりしかば、はや風[チ]ふかせて、一たびは天武の御旗の竿吹折ざりしも、彼君の徳か福攷、幸福の分にこそあらめ。

一國湖面は鏡に似て、物の影よくうつせるは、水のう        かぬ故也。

うこかずは動かさん。

山伏どのゝ扇をからずとも、我大けき口の一嘘にはらゝかにたがへ[うつし]て、青き布となびかせ、原も丘もたゞ一時のさやめきに、人は被かづきて、れいの恐しとやいふらん。

人のわたりを吹しづめず。

稲穂をおとさず。

わづかに一嘘のたわぶれ也。

女房よと氷らねば、海をわたる石もあらず。

廣き原野はおのれが千とせふるすみかなり。

犬といふ物に追るゝとも、彼はすゝみ走るのみにて、横をれ、ひそまゝ、かへりてあざむかれたる如く狼敗するぞ。

長く我につかへて安くねぶらせんはこの國也。

大悟の和尚もすこしは物いへ」とかへり見る。

衿をひらき、腹をさすりて、「飲酒の戒破りたれど、腹はやぶれず。

この腹ぶくろはくひあき、飲あく為にもあらず。

時時打たゝきて、死物をよく活しむ。

葱白蕪根も葉をふたゝび生じて、又この腹に入来たる事幾度、日月のともし火からげて、汐なき油をさつき闇夜なく、曇天もしらず。

一瞬の千歳にたちて、人をうらやみねたみ、我に誇り、したしきを便りとすとも、あした夕べに契りたがひて、男と見しはたをやめ、君と        かへしは我やつこにくだらしめて、快をらんやは。

近江は茶のよく育□□□□小さき心は、一煎の茶に精神を爽快ならしめよ。

水よからずとも、茶味には厭ざるべし。

酒は涌あがりて狂ひ、茶は三椀にすましむ。

すむと濁るも又有べき事よ。

危きにあたりては避け、安きをえらひて坐せば、帝の牀低し。

水さむからず。

火あつからずとも、我は思はず。

さむき風に袖かづき、あつき火は五尺の外にをらんに、身こがれつともいふ人なし。

賢君も智略の臣も節うちたがひては暗愚に同じ。

君の令に人を殺し、國をうばふとも、閻王のいかるべき事かは。

多く殺すは侯伯と昇り、是をころさしむるは帝覇の君、成琴を投、筆を捨、華厳をよむとも法の局に出たらば[は]、國罪に行はるべし。

法にかこまれて是を敬し、心は法を[に]のがれ出て遊ばんに、罪問はるべきかは。

我今歳百五十、稚童の□よりは、骨ふとり肉をかざりて、起居重たしとおもひしも、今はよろづの事心に適ひて煩労をしらず。

神も客人も今夜の物がたり、人の為に煩はされて無福也。

厳石を甘しとて   くひぬく虫は尤ちいさし。

したに大けくも飛かけらずも月を掌る。

すゑてなめ、こゝろ見んものぞ。

夜更ぬ。

空は月にあかけれど、この下陰はくらきに興長からん。

興つくすぞ、つくしはてゝつかるゝものぞ。

やめかへらん、いざ」とて立。

若もの、「御僧の庵は」と問ふ。

樹下石上、一夜一日の定なし。

けふは海をこえて見おきし所にゆかん。

おのれよ、露さむくとも、風冷□□とも一銭のかり代[テ]もつかへ、のはし□□ふし馴てゆけ。

足はおのれが奴僕なり。

よくすかしてつかはゞ、一眠りのいとまなしに故さとに到らむ。

いたりて家□ひたらば、又東西に遊べ。

関藁一束をかりてふせよ。

蚤虱は夜伽してくるゝ也」といひつけ、かしこまらせて、「再ひいはず。

目ひとつに口をくはへて、はたけにはたけ、いざ明る夜の星うたへ。

狐のつらならんよりはよし」といふ。

狐又袖を打ふり、「みやまには霰ふるらし外山なる正木のかづら」とうたへば、このかづらを手すきにかけし采女、「あし原田のいなつき蟹」うたふ。

神興に乗りて袖ひるがへせしかば、こゝに大風吹おこりて、林木たをれねど、どよめきおこりしほどに、比良・日枝・伊吹も風雲につゝまれて見えず成ぬ。

この若き男は、是にあやかりて地を吹上られ、喬木の枝に手をむすひとゞめて、「我ふかしむる風には損害せず」と聞しをためみてひそまりをる。

兎と猿は手打たゝきて、「紙鳶よくのぼりたり」と指さしつゝわらふ/\。

女房・うねめは盃はとりをさむ。

修験「あす鎌倉の□と云殿の為に使ひに行を、こゝに遊たわれたれど、午の時には至らん。

又軍のおこるそなへ也。

足利の代々は我友のために生旦外末の劇場、よく舞うたひやつする面しろさに使はする也。

聖君出てよく治めたと□□乗る雲風もはやからず。

地を走りて、人とゝもに行かよひたらん。

寂しきものと今より打つるゝ也」とて、金剛杖を腋にはさみ、風に乗る事一丈あまりにして飛さる。

狐・猿・兎、打つれだちてかへる。

かんやきは人也けり。

夢路も浮橋も是よりは正しからぬ物なればとて、うつゝなき事どものついでを、紙とり出、墨つぼに筆ぬらして書しるす。

神やぎよく書たまへ。

かくばかりあやしき事は、乱たる世に□□□□ともあらじ。

まめ物がたりと題して後につたへよ。

譌妄といはん。

拙き心には、よき事もまさめの事もえ書つたへしぞ。

この筆よく走るは乱たる人の上手也。

あゆみ遅からぬ□□字といへど、結し縄、川海の鳥のあし跡よ。

是も治まりて後□法よくとゝのへたらん。

されど太平に休んぜられて、腕よわく、心いらちて、何の風をよ。

筆(墨)[人]の糟あき人にて厚きは出こじものを、あつければ法を守らず。

守るは猿まね也。

我この神につかへて凡六十歳、たゞ手習して獨あそぶ。

性遅ければ、筆も鈍し。

鈍きを悔まず、心のゆくまゝにあゆますれば、我心として人に似ず。

面の如く人々同じからずといはずや。

似せて何せん。

よめずはよむな。

文字をだにおもひえば、蚪も字也。

字は知たりとも、文のこゝろたどり行ふ人の何こゝろとせん。

草・行もよみがたしと云。

篆・隷の畫正しきに書て見せば、猶えよまじ。

夜明たりとも、いそがぬ心してまろぶな。

捨石丸

みちのく山に黄がね花さくとよみし、今に、小田の長者といふ家、東のはてには世にことなる富豪あり。

父は寶も何事も子の小伝と云につかさどらせて、明暮酒のみて遊ぶ。

姉は[の]をとこなくなりしに、尼にゆるされて、行ひのみてある。

弟の小伝、骨痩々と聲さへひくゝ、家の事行なへど、恵み深しとて、立入ものよろこびつかふ。

捨石丸と云男あり。

背五尺の上なれど、横にふとりて、力牛馬にこえ、よく荷ひ走る。

酒くらひては野山わきなくてふしたる姿、千びきの石ぞとて喜ぶ。

長者へ立入ては酒のむかたきに、夜昼なくこなたにふす。

長者「心あひたり」とて、或時、太刀一ふりとり出て、「石よ、是は我祖父の力武者が常帯たまへりし也。

山に入て荒熊に行あひ、歯をむき爪とぎて立むかへしかば、「おのれにまけんや」とて、この刀ぬきて熊の腹をつきさし、首ごと切おとして提てかへりたまひしより、くま切丸とて名だかき劔、石になりてふさば、くま狼にくはれんもしらじ。

守りにさせ」とて、たまひぬ。

推戴き「熊は手どりにもすべし。

鬼きり丸にせん」とていはひの酒のむ。

酌にたつわらはめ、「三ますを安くけふはのまれし」とて、笑ふ。

刀を肩にふりかたげよろぼひいぬる。

長者「けふの酒量、常よりもまさりたり。

危し刀やけがすらん。

見とゞめてん」とてゆく。

「石にいかにもあれ、父あやうし」とて、あとに□□□□□□□□□□□□□流るゝ滝川□□□□□刀をぬき、腕首□□□□□□□□□は切わかたず