墨田川梅柳新書 曲亭子著 北齋画

丁卯發販全六冊

こゝに著(あらは)す一書(いつしよ)は。嘗(かつて)史傳(しでん)軍記(ぐんき)にも載(の)せど。文藻(ぶんそう)歌林(かりん)にも見(み)えど。只(ただ)世人(よのひと)の口碑(くちのいしぶみ)に

傳(つたへ)たる。松稚(まつわか)梅稚(うめわか)の一期物語(いちごものがたり)とこれ彼(かれ)翻案(ほんあん)し。聊(いさゝか)栄枯(ゑいこ)得〓(とくそう)の趣(おもむき)と示(しめ)し く。婦幼(ふよう)の

ねふりを覚(さま)さんとてする也。さは善人(ぜんにん)一旦(いつたん)衰(おとろへ)るといへども。子孫(しそん)かならず栄(さかへ)。悪人(あくにん)一時(いちじ)

威(いきほひ)を得(う)るといへども。終(つひ)に天罰(てんばつ)を脱(まぬかれ)ず。善悪(ぜんあく)応報(おうほう)の理(ことわり)を明(あか)すに至(いたり)ては。吉田惟房(よしだのこれふさ)仁科盛景(にしなもりかげ)。

おの/\父子(ふし)のうへにあり。或(ある)は忠臣(ちうしん)身(み)を死(ころ)して恩(おん)に答(こたへ)義男子(ぎだんのこ)を棄(すて)て難(なん)に従(したがふ)がごときは。春雨(はるさめの)

老女(おうな)。山田三郎(やまだのさぶろう)。粟津六郎(あはづのろくらう)。赤塚軍介(あかつかぐんすけ)らがうへにあり。或(ある)は俯(ふして)惟(おもんはか)れば。古往(こわう)古来(こんらい)乱(らん)は色欲(しきよく)に醸(かも)し。治(ぢ)は

徳行(とくかう)に成(なる)。承久(じようきう)治乱(ぢらん)の一條(いちでう)は。こに錯誤(さくご)なきにしもあらねど。事(こと)みな彼(ひと)のうへにして。我(わが)誡(いましめ)

となるものあらん。これ作者(さくしや)の大意(たいゐ)なり。

書肆仙鶴堂繍梓

(印)得?

名示

文仁三丙寅

盡夏朝為

馬琴密兄巳嘱

 半間霊士(印)

墨田川梅柳新書(すみだがはばひりうしんしよ)を刊(かん)する例(れい)

吉田少将(よしだのしよう/\)の事(こと)。極(きはめ)て詳(つまびらか)ならず。但(ただ)謳秘鈔(おうひせう)といふものに。野上(のがみ)の花子(はなこ)がこと

へ 歌(うた)に きて。彼(かの)少将(しよう/\)の事(こと)を載(のせ)たり。亦(また)松稚(まつわか)梅稚(うめわか)のこと。世にはさま”/\に

いふめり。梅花(ばいくわ)無盡蔵(むじんざう)の説(せつ)は且(しばら)くおく。或(あるひ)は梅稚(うめわか)は。

人皇(にんわう)六十五代花山院(くわざんいん)の寛和(くわんわ)二年丙戌(ひのえいぬ)三月十五日に没(ぼつ)するといひ。〈寺説〉或(あるひ)は

八十四代順徳帝(じゆんとくてい)の承久(じようきう)二年庚辰(かのえたつ)三月十五日。野人(やじん)の為(ため)に横死(わうし)すといふ。

よしやその事おぼろけなりとも。白楊(はくよう)青苔(せいたつ)いく春秋(はるあき)と経(へ)て古墳(こふん)當時(たうじ)を

みるに堪(たへ)たり。夫前(それさき)に詳(つまびらか)ならざるも。後(のち)に細(くは)しくなりもてゆくは。草紙物語(さうしものがたり)の

 也。この書(しよ)も又その類(たぐひ)にて。婦(をんな)わらべの為(ため)にとてすなれば。只(ただ)善(ぜん)を勧(すゝめ)

悪(あく)を懲(こら)し。正(せい)と挙(あげ)邪(じや)を退(しりぞく)る事のみ違(たが)はず。しかはあれ。墨田(すみだ)河原(がわら)に筆(ふで)を

そゝぎて。木母寺(もくぼじ)の柳(やなぎ)のいと。ながくとゞめんとにもあらず。牛嶋(うしじま)に角(つの)組(く)む

よしあしにつきても。見(み)ぬ世(よ)の面影(おもかげ)を鏡(かゞみ)が池(いけ)にうつせるぞ。亦(また)是(これ)画師(ゑし)につゞられ

しはる。渡守(わたしもり)の烏帽子(えぼし)着(き)たるいにしへは。郷(さと)の名(な)も今には異(こと)なるべし。平井(ひらゐ)。牛嶋(うししま)

関屋(せきや)。須田村(すだむら)。柳嶋(やなぎしま)などは。ふるくも び来(きた)れるとおぼし。葛飾(かつしか)は和名鈔國郡(わみやうせうこくぐん)

の部(ぶ)下総(しもふさ)の條下(でうか)に。加斗志加(かとしか)とあり。さればこそ伊勢物語(いせものがたり)に。むさしの國(くに)としも

ふさの國(くに)との中(なか)に。いと大なる河(かは)あり。それをすみだ川といふとは書(かき)たれ。今は利根

川(とねがは)を両国(りやうごく)の封疆(さかひ)と定(さだめ)られて。葛飾(かつしか)は武蔵(むさし)に属(つく)とぞ。亦(また)夫木集(ふぼくしう)を見れば。

中(なか)ごろすみだ川(がは)に橋(はし)をかけたる事もあり。彼(かの)集(しう)に。康元(こうげん)元年〈後深艸帝年号将軍宗尊親王〉

鹿嶋(かしま)の社(やしろ)に詣(まうで)たるに。すみだ川のほとりを見れば。彼(かの)わたり今はうきはし

あればとありて。光俊(みつとし)朝臣(あそん)

   すみだ川むかしは聞(き)かす今こそは身をうきはしのある世(よ)也けり

今(いま)の橋場(はしば)といふ処(ところ)。その餘波(なごり)ならんかと。ある人いひけり。亦(また)古本更科日記(こほんさらしなにき)に。

下ふさの國(くに)とむさしのさかひにてある。あすた川とぞいふ在五中将(ざいごちうじやう)のいざを

とはんと読(よみ)けるわたり也。中将(ちうじやう)の集(しう)にはすみだ川とあり。かゞみがせ。まつさと

のわたりの  とまりて。夜(よ)ひとよかづくものなどわたす。云云(しか”/\)とあり。こはすみだ

川を東(あづま)にてはあすた川と稱(となへ)たる一證(いつせう)とすへし。今も彼(かの)渡(わたり)の村(むら)に。須田(すた)といふ処(ところ)あり。

これも元(もと)は阿須田(あすた)なるを。上略(しようりやく)して須田(すだ)とも呼(よ)び。又須田(すだ)をすんだなど訛(よこなまり)つらんを。

都人(みやこびと)はすみた川と書(かく)にやあらん。〈こは友人蛾衒齋の説にいさゝか愚按をくはえたり〉なほ考(かうがへ)おける事もあれど。名所

記(めいしよき)あけばそには漏(もら)しつ。今この草紙(さうし)は。東鑑(あつまかゝみ)。盛衰記(せいすいき)承久記(じようきうき)にも見えざる根(ね)なき

言(こと)の葉(は)さへしげらし。つまを恋(こ)ひ子(こ)を慕(した)へる。狂女(きやうぢよ)が昔(むかし)物(もの)がたりを。関屋(せきや)の里(さと)の

雉子(きじす)。受地村(うけぢむら)の雲雀(ひばり)にも思ひよせて。梅柳新書(ばいりうしんしよ)となづくるものを。梅稚(うめわか)の

事を宗(むね)として作(つく)ればなり。

  文化丙寅のとし三月十五日

                                                    著作堂識 印

墨田川梅柳新書総目録(すみだかはばいりうしんしよそうもくろく) 全本六巻(ぜんほんろくくわん)

一  卜部惟道(うらべのこれみち)嵯峨野(さがの)に孤(みなしご)を訪(と)ふ

二  吉田少将(よしだのしよう/\)野上驛(のがみのしゆく)に美(たをやめ)に遇(あ)ふ

三  光政(みつまさ)避雨(かさやどり)して赤縄(せきじやう)〈○エンノイト〉に繋(つな)がる                  

四  班女(はんによ)花(はな)に寄(よ)せて黄金(わうごん)を賜(たま)ふ

五  亀鞠(かめぎく)俳優(わざをき)して賊僧(ぞくそう)を欺(あさむ)く

六  盛景(もりかげ)影(かげ)の江(え)に胤時(たねとき)を殺(ころ)す

七  松稚丸(まつわかまる)潜(ひそみ)に白川山(しろかはやま)に猟(ろう)す

八  忍宗太(しのぶのそうだ)酔(えふ)て西洞院(にしのとい)を鬧(さわが)す

九  金鶏(きんけい)凶(きやう)を告(つげ)て惟房(これふさ)を陥(おとしい)る

十  天狗(てんぐ)石(いし)を飛(とば)して松稚(まつわか)を救(すく)ふ

十一 春雨(はるさめ)厚原野(あつはらの)に山客(やまだち)と戦(たゝか)ふ

十二 光政(みつまさ)平尾郷(ひらをのさと)に妻子(やかこ)を殺(ころ)す

十三 澤石渊(うるしがはら)の悪棍(わるもの)怒(いかり)て少年(しようねん)を鞭(むちう)つ

十四 墨田川(すみたかは)の津人(わたしもり)憐(あわれみ)て狂女(きやうぢよ)を渡(わた)す

十五 因(いん)を説(とき)果(くわ)を示(しめ)す楊柳塚(ようりうちやう)〈ヤナキノツカ〉                    

十六 奸(かん)を鋤(すき)寃(べん)〈ムジツノツミ〉を雪(きよ)む大團圓(だいだんゑん)

水くさのなかきならすすみた川ことつてやらん人もとひたす

ふるつかのうけゆく のすみた川きゝつたりともぬるゝ袖かな

墨田川梅柳新書総目録(すみだかはばいりうしんしよそうもくろく)畢(をはんぬ)  

通計(つがう)八編(はつへん)一十六條(いちじうろくでう)

野上花子(のかみのはなこ) 夏はつるあふきと妹のしら露といつれか先におきふしの床

梅稚丸(うめわかまる) 有知奈〓(田+比)久

            波流能夜

            奈宜等

            和家

            夜度

            能

            鳥

            梅能波奈等遠

            伊可爾可和家武

松井源五純則(まつゐのげんごすみのり) 山田三郎光政(やまだのさぶらうみつまさ)

松稚丸(まつわかまる) 焼刀

            之

            加等

            打

            放丈

            夫

            之

            祈

赤塚軍介(あかつかのぐんすけ) 御

                酒爾

                吾

                酔

                爾家

                里

粟津六郎勝久(あはづのろくらうかつひさ) 和我世故乎安杼可母伊波武

                     牟射志野乃

忍宗太(しのぶのそうだ) 宇家

             良我

             波奈

             乃

             登古奈

             伎母能乎

椋橋亀鞠(くらはしのかめきく) 月影はゝさしてあかしの浦なれと雲居の秋にこふほとこひし哉