文化三年卯月十七日、けふふたら山の大神のまつり、こゝにおこなはせたまへり。

又、こゝ一里ばかりなる山ざとの圓光寺といふ山でらに詣はべる。

閑室和尚と申大徳の、大神、駿河大納言と申せし昔に、近くまゐりてつかふまつられしが、かばねを乞て、此御寺をひらき住せたまひしとぞ。

木だちいとふかく茂りあひ、池の心廣く、瀧の音さゝやかながらあはれ也。

御宮居はたかき岡の上にいはひ奉るといふに、人々に扶られ、からうじて上りつき見たてまつれば、此御あとには、かゝる仮初づくりしたるもありけれと、かへりてたふとくも拝まれさせたまへり。

又、室の御内にけふ御すがた絵を懸られたり。

其左みぎに十六騎の御姿、ともに御いくさ立のかたち也。

左の方、松平甚太郎殿、榊原式部大輔殿、大久保七郎右衛門殿、鳥井彦右衛門どの、大久保次右衛門殿、高木主水佐入道殿、服部半蔵殿、蜂屋半之丞どの、右の方、酒井左衛門尉殿、井伊兵部少輔殿、本多中務太輔殿、平岩七之介どの、鳥井四郎左衛門殿、内藤四郎左衛門殿、渡邊半蔵どの、米津藤三入道殿也。

いづれの所の御軍立にや、恐あれば問ももとめず。

御おろし、寺主かはらけ取はじめたまへり。

此坐につどへる人々の中に、はやうより参たる翁あり。

渡邊源太と申、齢六十をこえたまへど、わらは顔してうるはしくおはす。

酒このみたまひて物のたまへるけはひ、いとかはらか也。

翁の事、一たびは世にひゞききこえたれど、今は四十とせ過たりし昔物がたりなれば、かくて世におはすともしる人なく、我もそのかみ此めざまし草をつたへ聞し時、「かゝるますら雄も、世にはあんなるは」と思しが、生てけふたいめするこそ、齢と云ものゝかたじけなきなれ。

あなひせし大沢は、もとよりしる人にて、此昔がたりを時々聞えられし。

此事、なまさかしき人の西山物がたりと云事作りなしたるは、かへりてよき人をあやまついたづら文也。

もろこしの演義小説、こゝのもの語ぶみ、其作れる人のさかし愚にて、世にとゞまると、やがての時あとなく亡ぶるにいちじるければ、云も更なりき。

是もはやくにほろぶべき数にぞありける。

さて、此まさし事おろそげにては書とゞむまじけれど、いつはりならぬかたり言して、後長くつたへよとぞ思ふ。

よみゝん人、くり言めきたる事をおしはかりして、又こと人にかたりつげよかし。

此翁の又さきの翁の世よりにか有けん。

この里にては門高く、人のおぼえいみじかりし家の、時を失ひて貧しくおはしけり。

はらから多きが、皆、母覩自ひとりをおしいたゞきて、「何事をも御為には露たがはじ」とつかふまつられけり。

又、同じ氏人の、是は引たがへて、山はやし田はたおほくぬしづき、もとよりふりたる家なれば、富にほこりてなんありける。

をのこ子ひとりもてり。

じちやうにて、あしきおこなひせず、家のわざ怠りなきを、父喜びて、はやくよき女あはせてんと、こゝかしこまゆごもりなるをえらぶほどに、此貧しき家とはしたしきぞうにてありければ、常にいきかひて遊ぶほどに、ますら雄の次のおと姫とみそかに物らいひかはしけり。

母の見あらはしたまひて示さるゝは、「彼家はむかし/\遠つおやの住わかたせたまひて、かたみにしたしみたすけあひて、いとたのもしく、おほくの年、あまたの世を経たりし也。

今の翁はさひはひ人にて、年々富さかゆるには、我かたの貧しきをいみじがりつゝ、事のためしどもゝ大かたに改めて、うときかたにのみもてなす。

此しわざは彼人のみにあらず。

世に栄えんずる人は、必しかひがみねぢけておに/\しく、あだし人にも、おのが心に叶へるはしたしく問かはし、ぞうの人には情しき事なく、かへりて忌にくまればやとしかまへるぞかし。

ましてこち%\に枝さしわかれつれど、根ざしひとつの家なれば、是をよき事とはせで、いみじく恥あたへつべきもの也。

佐のゝ舟橋とく取はなちて中たえよかし」と、いとこまやか也。

「御教へかしこまり侍る。

御ゆるしなき事し出たるつみゆるさせたまへ」と、泣々いひつれど、猶かたみに情しく、しのび%\にあひにけり。

今はをしへわづらひて、「しひ言せば、淵にや沈まん、木にやさがりなん。

云結ぶとも、彼人かたく赦すまじ。

たゞ是が思やりばかりに」とて、兄のますら男召て、「しか%\の事いかゞ思ふや。

大島のからきわたりして、なるとならざるを人していひよせよ」となん。

打かしこまりて、「御心の如く、必うけ引まじきに、かけ橋せんは世のつねながら、もしいかさまにいはれて恥見むより、たゞさしむかひていはんには、人ぎゝうたてからまじ」と云。

「いかさまにもはかれ、とても喜ぶばかりの事あらじには」と云。

其夜かの家にいきて、しのびやかに、「かう/\の事なんある。

もし御赦しあ覧には、母よろこぶべし。

若きものらが心もおちゐん。

貧しくそだちて、よろづうひ/\しくこそ侍れ。

御宮づかへの一つは、怠るまじく」と云。

翁打うそ吹て、「かた腹いたき事也。

氏こそ一すぢなれ、今は世を経てうと/\しきのみかは。

わらは人ひとりだにつかはせず。

菜つみ水くませ、落穂拾はせておひたゝせしものゝ、我うからやからの交りいかでせん。

筋よろしくてまづしからぬ、又市人の富栄えたる、かた%\云入来たる此頃也。

我子のさるいたづら言せしは、こゝにいさむべし」とて塵もつかず云はなつ。

「むらい也。

かくあらめとて母ののたまひしよ」とて、しひてもいはず。

立かへりて、「おぼしたまふにたがはぬ夷ごゝろ也。

をさなきものには先聞えむ。

猶こまかにをしへたまへ」と云。

「あら夷がなどうけひくべき。

彼富たりとて、おのが世よりもあらず。

吉祥天女をいつの世にか宿まゐらせし。

吾家には御姉君と申黒あん天の入せたまひしにこそ。

かうもおとろへつらめ。

あなうるさの富人や」とて、つまはじきしておはす。

さて、弟姫めして、「しかつきなくいふ也。

今はたゞ思たえよ」となん。

打なきてのみあるを、「わかき心には、世をせばく思ひなして、親のゝたまふ事をさへそむくは非道なり。

日々に疎からば物いはざりし昔にかへるべし。

おのが心をこゝろとして、親をくるしめ奉る罪重しかし。

此世後の世、猶いく世をおそろしきもの等にさいなまれん事をおもへよ」と。

是にもこたへなく涙を袖におさへて立ぬ。

かしこの翁も、我子呼出て、「親の心に叶ふまじき、常にも知つべし。

あの貧しき者らがために我門ばしらも朽たをるべし。

たゞ今たゞあらためよ」と、眼かど%\しくてさいなむ。

「御こゝろにたがひし事、いかでせん」とて、そこ立ておのが臥戸に入て、「こゝちあし」とて、物もくはず、衾打かづきてけふ暮ぬ。

翁外よりかへりて、「猶かくて在る」と聞て、戸あらゝかにやりはなち、「此しれ者よ。

あのかたなりのみ女とおもふか。

都に出て人の家につぶねせば、飯かしぎ庭門はきなどして、あかゞり足ならんものよ。

かかるまぢゝをさぐりえて、つひの世は、この里住だにえすまじき也。

刀自、我にばかり物いはせてもだしをる、いと心なし。

猶こまかに云聞せよ」と、のゝしるゝゝゝゝ。

いはらじ立かはりて、「御心の木すぐに、ため直すまじきは、兼て知たるにあらずや。

いかばかりいひかたむとも、神のむすばせ給はぬはいかにせむ。

思ひくづをれて身のいたづきとな覧、不孝のつみかろからず。

とく出て、内外の事、田はたをも見巡れよ」とて、かしらをかゝへ上て出す。

にぶ%\に立あがりて、事どもおこなふ。

又かしこの弟姫は、母のおまへににじり出て、「度々をしへさとさせたまふ。

御ことわりのほね身にしみとほりて侍るを、たゞおに/\しき心のおもひをもやさせて、死ねとをしふるにぞ、胸つぶれてうつゝなく侍る。

さらば尼に成て佛につかへ奉らんとおもへど、親兄の御心にそむきて入べき道にもあらじ。

あはれ、今までの命ぞとおぼしなして、御暇たまはらばや。

たゞうらみつべきは男の心也。

親ゆるしなくば、一たびはいづちにもにげかくれて、出交はる世をまたんといひし、猶、なぐさめかねてか。

死は安し。

ひたぶるにたのみてあれといひしはきのふの事也。

我先死なん。

いひがひなき人のおとづれはまたじ」とて、深く思さだめたるつらつき也。

母打まもりておはせしが、せうと呼出て、「この子は物のつきたるぞ。

されど、犬ねこのさまにてあらん、彼が後の世いとほし。

かの翁が心は常の事也。

右内こそいふかひなけれ。

養ふともすつるとも、いかにもせよかし。

つれゆきて、かしこにて事おこなへよ」とて、思しさだめてのたまへる。

「夜にまぎれては、物のつきたりなど人いはん。

あしたを待てとて、其夜は入臥ぬ。

山ふかゝらねど、世はなれたる所なれば、鳴虫のね、松のあらし、たかむらの風にかよひていと悲しげ也。

母は夜中過るまで、持佛の御まへにたきくゆらせて、あみだぶちみそかにねんじておはす。

弟姫、ひまなき涙の玉をやかぞへて明す覧。

いつもねざむる鐘の音を、けさはおそしと、くり屋に出て柴たきほこらす。

鳥のやどり立ゆく聲に、せうともおき出て、「うまいしてこゝろよし」とて、烟くゆらせつゝ、「母の御めさめば、又くり言もやあ覧。

とくゆかむ。

かたち取よそほへ」と云。

「かしこまりぬ」とて、しろき小袖に帯むすびたれ、かしら髪、長きをときすべらして、けはひよく打ゑみ、母のふしたまふかたを伏をがみ、して、「いざ」と云。

はゝ君、えたへずおき出て、女はよき家にめとらるゝとも、又其家のをしへをいたゞきて、おのが心なる世はなき者也。

たまゝゝ義と信との為に刃にふし、くびれなどするを、烈女とてかたりつたへたれど、思へ、それぞ、身さいはひなきものゝ、死にせまりたる男だましひにてこそ。

是にかぞへられて、いのちおとしなん。

貞操にかへて、孝忠にたがふ罪かろからず。

かく帰るべからぬ迷ひ路に入たるはいと苦しからめ。

とくゆけ」とて、涙かけず、奥にゐざり入たまふ。

せうと、「まよひ路なれど一すぢ也。

我さす枝折につきてこよ」とて、さきに立て出ゆく。

誰家もまだ朝げの煙軒をもるゝ比也。

かしこには<も>、けさみおやの祭する日なりとて、法師むかへて、ず経をはらぬ所也。

かくて入来たるを見て、家の内こぞりてあやしむ。

せうと、翁の前に居むかへば、弟姫つとそひてうしろにをる。

「何事す覧。

いみじき物狂ひとかおぼすべし。

けふ召つれしは、この比よりことわりさま%\云聞すれど、一たびたてしみさをに、玉と砕けても瓦のまたきにならふまじく、たゞ暇たまへと云。

一人木にさがり、淵にうかび出て、親兄の名をけがすべきには、彼庭をたまひて死ね。

翁ゆるさずとも、男のもと也といふに、すゞろぎたつ。

母のつきそひゆきて、見ぐるしからぬさまにとりおこなへと有を、うけたまはりて、我来たる也。

右内いづこにぞ。

親大事也とて、人の子をいぬ猫とやおもふ。

こゝに出て、いとまくるゝ由云聞せよ。

其後、ともかうもせん」と云。

翁あざわらひて、「こゝなる者は、おとつひの夕暮にまぎれて失ぬ。

必そこにかくされしとおもひて、たづねもせず。

おやの心ならぬ者、家には入じと思へば、我子も犬ねこ也。

かへりくとも養ふまじ。

此ふるまひ何事ぞ。

わざをぎとか云者らが、あやつりたくむにならひて、我をこしらふるよ。

とくいね」と聲あらく、まなこ見はりておそろしげ也。

打笑ひて、親に似ぬ木隠れのめゝしさよ。

たゞ、はなたれて、我もとに来たらば、聟にせん。

死たりとも聞えぬにはいふかひなし」。

「今はいかにする」とかへり見れば、「はた、死なんとおぼして、いづ地しらず出たまふな覧。

かた時もおくれてあらじ。

御手たまはらずはふところの物もていさぎよからん。

ねがふはこゝにたゞ今」と云。

「其為にこそ母のつきそひゆけとはのたまひしなれ。

こゝけがさん。

御ゆるしなくとも」と云。

えせじと思ひて、「いづれの所なりとも心にまかせよ」と云。

「さらば同じくは佛の御まへにこよ」とて、花つみ、たきくゆらせたるにむかはす。

手あはせて、うつくしうをり。

せうとうしろに立て、刀ぬきはなすを見て、今はおどろきまどひつゝ、是さゝへむとするに、および二つ疵つけるに、おぢて、しりへすゝみするひまに、弟姫のかうべは膝の上に落ころぶ。

家の人々、誰も「しかするや」と、こゝかしこにはひかくる。

せうとは首を取上て、佛の御まへに奉りおきて、座をあらため、「今はおほやけの御さたを待ん」とて、面の色いさゝかもかはらず。

朝げこひて、こゝろよくくひたまへりとぞ。

里をさ聞つけて、わなゝく/\、此ありさまを見とゞめて、彼家にも聞ゆべく、走まどひ、入てみれば、母は窓のもとにたな機女のわざしておはす。

「まだ露しらずこそ。

源太殿こそ物ぐるひとなりて、しか%\の事し出たまへりき。

此里のはじめより聞もしらぬ事なり。

いかゞしたまふ覧。

道理はさておきて、渡邊の家々は昔よりめいぼくあるを人たふとみて侍るを、いみじき疵もとめ出たまへり」と云つゝ、あはてまどひ、立さうどく。

母とじ機をもおりこず、「さてはしかつかふまつりつるとかいかにせん、ふびむの事よ」とて、猶うつ筬の音みだれず。

是におぢまどひて、「昔物語に、わたなべと云つはものゝ鬼をとらへしと云。

寔に此氏人は、おにゝもまさりておはすよ」とて、立去ぬ。

かくてやむべからねば、都のかしこ所へうたへ出ぬ。

やがて召たまひて、はじめ終問あきらめたまひ、「若くはやりたれど、親のしかせよと赦したる事也。

母こそたけきに過たれ。

又團次は、心つよく、見る/\殺させしは、我手してあやめしにおなじ。

刀ゆるされて、おほやけに参りまかんづる者のことわりくらし」とて、ともに人やにつながれたりける。

月日経て、二人とも罪ゆるされ、家にかへりて、今はほまれを都ゐ中に聞え上たり。

團次の翁は、是きく人ごとにゝくみあへたり。

けふこの翁の人に交りて、いとうらやかに心よげなるを見れば、そのかみのありのすさび、実にしかこそ有つらめとおもふ。

猶くはしき事はもらしつべし。

老がたど%\しき筆には、又も瑾つけやすらむ。

さるはあぢきなかるさかしらごとなりけり。

けふは又、下の御やしろの御影もり奉りて、こゝ過させたまふ日也。

くわんかうにいきあひ奉りて、道芝にぬかをつきたてゝ拝みたいまつる。

うたづかさの四位五ゐあまた、手づなひかへて乗つれたり。

あを馬にきぬ笠おひかづかせたる、是なん神の御影なりと申。

御あとべは神どもたち、四位五位、鞍あぶみきら/\しく、あつぶさは入日にかゞやきあひて、「げにもくれなゐこそ色のつかさなれ」と、いみじくおぼえ侍れ。

昔も拝みつれど、けふこの山ざとにいきあひ奉るがめづらかなり。

めのかぎりみわたされて、廣き野にみち/\て立つらなりゆく。

「神代の事も」とは、かゝるに猶まさりたらめど、今は絵そらごと也、是は。

                                  瑞龍山中隠者

                                         七十餘齋書