玉箒木序

僕(やつがれ)。竟日(ひねもす)文会堂(ぶんくわいだう)に座(ざ)し。

そこばくの書編(しよへん)を左右(さゆう)にし。

しば%\抜閲(ひゑつ)して。

いさゝか聖賢(せいけん)道統(だう/\)の藩籬(はんり)をうかゞはんとするに。

やゝもすれば巻(まき)を終(おへ)ずして眠(ねふり)をおもふ。

凡情(ぼんじやう)のたしむところ。

俗習(ぞくしう)いまだのぞかざるにや。

たゞ怪(あや)しく新(あら)たなる雑話(ぞうわ)小説(しやうせつ)を見およびては心によろこび筆(ふで)にしるして倦(うむ)こと」をしらず。

ひとり書編(しよへん)に求(もとむ)るのみにあらず。

凡(およそ)当時(たうじ)博識(はくしき)好事(かうず)の人〃。

此堂(だう)に過(よぎ)れるには。

先(まつ)その郷里(きやうり)を問(とひ)。

その所(ところ)に聞(きこ)へし奇事(きじ)をたづねてしるしとゞめぬ。

かく書編(しよへん)に捜(さぐ)り。

人〃に傳(つた)へて草稿(さうかう)せしを。

先年(せんねん)友人(ゆうじん)のもとめに應(おふ)じ。

繕写(せんしや)して玉櫛笥(たまくしげ)七巻()をあらはし。

釈了意(しやくのれうい)狗張子(いぬはりこ)の続集(ぞくしう)になぞらへり。

今年(ことし)猶(なを)またその遺(のこれ)るをあつめ。

いまだ聞(きゝ)しらぬ田舎人(いなかうど)の慰(なぐさ)めにもせよとすゝむるに。

例(れい)の技癢(ぎよう)にたへずしてまた/\玉箒木(たまはゝき)六巻をいだしぬ。

ある人一覧(らん)して問(とふ)。

子(し)もとより愚賎〓昧(ぐせんそまい)にして歌道(かだう)和詞(わし)に達(たつ)せず。

しかもその説(とく)ところ皆(みな)怪力乱神(くわいりよくらんしん)ににたる。

その作意(さくい)勤(つとめ)たりといふとも。

誰(たれ)か翫(もてあそ)び傳(つた)へんや。

僕(やつがれ)こたへてまことにしかなり。

しかれどもはじめより大方(たいはう)にしめさんとにはあらず。

たゞ我(われ)と」ひとしき雑話(ざうわ)を好(この)む童蒙(どうもう)にあたへ。

しばらくその啼(なき)を止(やめ)んとす。

かつ世(よ)に梁肉(れうにく)を厭(いと)ふて〓〓(ちくい)を嗜(たしな)む人もあれば。

しいてとがむることなかれ

        元禄九年冬十二月朔旦

                                                  義端謹序」

玉箒木惣目録

第一巻

  序(じよ)

  東叡山(たうゑひざん)観音(くわんおん)出現(しゆつげん)利益(りやくの)事

  山中(さんちう)妖物(ばけもの)実検(じつけん)の事

  六道辻(ろくだうのつじ)付小野(おのゝ)篁(たかむら)の事」

  河野(かうのゝ)妻(つま)離魂病(かげのわづらひ)付狐(きつね)命乞(いのちごひの)事

第()二()巻()

  蝦蟆(かへるの)妖怪(ようくわい)

  碁子(ごいしの)精霊(せいれい)付右衛門(ゑもん)桜(さくらの)事

  飯田(いひだ)孫兵衛(まごひやうへ)見(みる)地獄(ぢごくを)事

第三巻」

  詩人(しじんの)亡魂(ばうこん)月見(つきみ)の会(くわい)付清水寺(せいすいじ)詩(しの)事

  増田(ましだ)蔵人(くらんど)獨(ひとり)入(いる)敵城(てきじやうに)事

  果心(くわしん)居士(こじ)幻術(げんじゆつ)の事

第四巻

  波路(なみぢの)文匣(ふばこ)

  邪淫(ぢやいんの)苦報(くはう)付入定(にうでう奇端(きずいの)事」

第五巻

  戸田(とだ)一刀斎(たうさい)が兵法(ひやうはうの)事

  酒家(しゆか)子(こ)ゆへに滅却(めつきやくの)事

  死霊(しれう)問答(もんだう)付結城(ゆふき)戦(いくさ)物語(ものがたり)

第六巻

  大仏(だいぶつ)建立(こんりう)付善光寺(ぜんくわうじ)如来(によらい)入洛(じゆらくの)事

  禅僧(ぜんそう)舩中(せんちう)横死(わうし)付白晝(はくちうの)幽霊(ゆうれいの)事

玉はゝき巻之一

  ○観音(くわんおん)現(げんず)身(みを)

武州(ぶしう)江戸(ゑど)東叡山(とうゑいざん)は関東(くわんとう)最上(さいじやう)の霊場(れい□□□)にして諸人(しよにん)の渇仰(かつげう)他(た)に異(こと)なり。

江城(こうじよう)より艮(うしとら)にあたれば。

都の比叡(ひゑい)になぞらへ東叡山(とうゑいざん)と号(ごう)し。

寺も延暦(ゑんりやく)の例(れい)にならひ。

寛永(くわんえい)年中の草創(そう/\)なれば寛永寺と号せられ。

江城の鬼門(きもん)を守り悪魔(あくま)をしりぞけ国家(こつか)安全(あんぜん)武運(ぶうん)長久(ちやうきう)の祈念(きねん)おこたらず。

とこしなへに天台(てんだい)四明(しめい)の法燈(ほつとう)をかゝげ。

佛乗(ぶつじやう)三観(さんくわん)の覚月(かくげつ)をあふぐ名山なれば。

かず/\の神社(じん□□)佛閣(ぶつかく)年を追(おふ)て光(ひかり)を増(ま)し。

五重(ぢう)」の塔(たう)は露盤(ろばん)すでに空にそびへ。

寶鐸(ほうちやく)風(かぜ)にうごきて遠(とを)くきこゆ。

東照宮(とうしようぐう)その外代々の御魂屋(おたまや)。

水晶(すいしやう)珊瑚(さんご)のはしらをならべ。

琥珀(こはく)〓〓(ちうかん)のうつばりをかまふ。

五色の扉(とびら)は朝日(あさひ)にかゞやき。

数重(すぢう)の軒は暮雲(ぼうん)に映(ゑい)ず。

結構(けつこう)美麗(びれい)いふばかりなきありさまは。

七寶荘厳(しやうごん)の喜見城(きけんじやう)も余所(よそ)ならず。

殊更(ことさら)春は並木(なみき)の桜花皆(みな)しろたへに咲きつゞき。

吉野はつ瀬の名所にもこへたり。

山上よりみおろせば。

しのわづが池目の前にて。

さながら志賀(しが)の湖水(こすい)をうつし。

中島(なかしま)の辧才天(べんさいてん)は竹生嶋(ちくぶしま)のおもひをなせり。

近代誰人の詠ぜしにや。」

        水底のきよきを神のこゝろにてなにをかくさんしのわずが池

こゝに当山のかたはらに清水寺とて観音堂(かんおんだう)あり。

都の清水寺をうつせり。

本尊は千手観音恵心(ゑしん)僧都(そうづ)の作といふ。

むかし平家の侍(さぶらい)主馬(しゆめ)の判官(はんぐわん)盛久(もりひさ)が持佛堂の本尊なり。

霊験(れいげん)まことにあらたなり。

先年江戸金杉橋(かなすぎはし)のほとりに貧しき老人あり。

もとは都方の者なりしが。

久しく牢浪(らう/\)の身となり。

縁にまかせて此所にかくれ住けり。

不幸(ふかう)にして妻(つま)にはなれ。

男子も二人ありけれ共。

成人(せいじん)の後。

時疫(じゑき)におかされ。

打つゞ」き死うせたり。

やう/\わすれがたみに。

十一になる孫(まご)女(むすめ)のありけるを。

かなしき中に養育(よういく)しそだてけるが。

かほかたちも人にすぐれうつくしくおひ立ければ。

いかにもしてしかるべき人にめあはせ。

そののち心やすく臨終(りんじう)せばやとおもひけれども。

牢浪(らう/\)孤獨(こどく)の身にてしかもよはひかたぶきたれば。

よろづ心にかなはず。

物がなしき事のみにてたれにかこたん方もなく。

ねられぬまゝにつく%\と思ふやう。

およそ人力(りき)のおよばざる事は。

佛神にいのりてさいわいを得(う)るといふ。

いでや東叡山(とうゑいざん)清水寺の観音は。霊験(れいけん)あらたなりときく。」

孫女(まごむすめ)の行衛(ゆくゑ)をいのらんとて。

是より毎日(まいにち)東叡山にのぼり清水寺にまふで。

普門品(ふもんぼん)を読誦(どくじゆ)し信心おこたらざりしかば。

ある夜観音夢(ゆめ)に告(つげ)てのたまふやう。

汝われに帰依(きゑ)して祈念はなはだ勤(つとめ)めたり。

なんぞその誠を感應せざらん。

我汝がために此身を現じ。

まのあたり相見ゆべし。

来月十七日の朝しのわずが池のほとりに出て侍べし。

青衣(せいゑ)にして白馬(はくば)に乗(のり)。

たゞ一人きたる武士(ぶし)あらん。

是すなはち我(われ)なり。

あなかしこうたがふことなかれとのたまふとおもへば夢さめたり。

老人感涙(かんるい)袂(たもと)をうるほし。

よろこぶ事かぎりなし。

かねてより」その日限(にちげん)を侍かね。

やう/\その日になりければ。

まだほのぐらさに支度(したく)し。

東叡山の方へいそぎける。

隣家(りんか)の者此ていを見あはせ。

袖をひかへいかなる事にていづかたへ行給ふにやとあやしみたづねけれども。

はじめはさだかにもいわざりけるが。

ひたすらとひきわめければ。

小声になりてかう/\観音の告ありしと。

あらまし打かたりてはしり出ける。

聞者(きくもの)こはありがたき次第や。

此世にして正身(しやうじん)の観音を拜み奉るは。

末代(まつだい)稀有(けう)の御方便。

何事か是にしかんとて。

聞つたへにおひ/\老人の跡(あと)をさたひあつまるほどに。

百人あまり」にもなりぬ。

今や/\と待程に。

あんのごとく夜あけて後。

北の方より年ごろ二十ばかりいかめしき若侍(わかさふらひ)。

青き絹の羽織を着。

白馬にのりたゞ一人はせきたる。

すはや是こそ観音の来現(らいげん)なりといふ程こそあれ。

老人をはじめ皆々一同に手をあはせ礼拝し。

かの侍を中にとりこめ。

前後左右より圍繞(いねう)渇仰(かつがう)すること大かたならず。

かの侍はこのていをみて大におどろき肝(きも)を消(け)し。

われはさやうのおぼへなし。

たゞよのつねの凡夫(ぼんぶ)なり。

ゆるし給へといへど。

耳にも聞いれずとりつきければ。

後には此侍はらあしくいかり。

是は何さま我」をあなどりもてあそぶとこゝろへ。

腰(こし)の刀引ぬきさん%\にきりはらひ。

行方なくおちうせたり。

老人をはじめ皆々興をさましてかへりける。

此侍は此(この)邊(へん)代官の一子なりしが。

比類(ひるい)なき悪人にて。

親の命にたがひ。

此暁ひそかに家をぬけ出ける。

この所にしておもひかけず。

かく諸人にとりかこまれ。

あまつさへ正身の観音なりとうやまひければ。

その不審(しん)はれやらず。

やう/\ににげのび。

ひそかに東叡山(とうゑいざん)の内相しれる寺に入て。

事の子細(しさい)をたずねてこそ。

我身観音の告(つげ)にいさゝかもたがはざりしゆへなりとは知りぬ。

此」待つく%\おもふやう。

是しかしながら当山清水寺の観音。

大慈(じ)大悲(ひ)をもつて我ごとき極悪(ごくあく)人を。

わきすてすくひさとし給ふ善巧(ぜんけう)方便(はうべん)なるべしと。

信心肝(きも)に銘(めい)じ。

たちまち日ごろの悪念をあらため善道(ぜんだう)に帰し。

清水寺にまふで改悔(かいげ)慚愧(ざんき)し。

いとねんごろに礼拝(らいはい)して。

是より奥州(おうしう)の方に出で。

松平何某(なにがし)の太守に宮づかへ。

無二の忠義をはげましければ。

太守その誠(まこと)を賞美し。

三百石の奉禄をあたへ給ふ。

この時しばらく御いとまをこひ。

故郷江戸にかへり。

父母に対面し身のよろこびをのべ。

是皆観音の御方便なりとて。

かの老人をた」ずね出し。

いつきかしづきやしなひ。

その孫女(まごむすめ)をむかへとりて妻女とさだめ。

ふたゝび奥州(おふしう)にかえり。

行末めでたく栄(さか)へけるとぞ。

        ○妖物(ばけもの)実検(じつけん)

そのかみ伊予国(いよのくに)に片桐(かたぎり)何某(なにがし)とて武篇の侍あり。

若き時より武勇をはげまし。

腕(うで)だて力業(ちからわざ)を専として。

かつて仏神の奇特(きどく)世の妖怪(ようくわい)を信ぜず。

ある時わかき友どち五六人打よりてかたるやう。

讃州(さんしう)金毘羅(こんぴら)山は峯高く谷そびへ。

すぐれて険阻(けんそ)なる魔処(ましよ)なれば。

天狗(てんぐ)妖物(ばけもの)やうのものありて。

人さらにのぼり得ずといふ。

片桐聞きて何条(なんでう)さる事侍らん。

大かたは臆病(おくびやう)なる人のいひつ」たへにて。

実はなき事なりといへば。

座中のゝしりて。

実(じつ)か不実(ふじつ)か貴殿(きでん)直(ぢき)にかの山へのぼりみ給へとて。

はや賭(かけろく)になりければ。

片桐(かたぎり)いさみて。

我(わが)力(ちから)だめしにその魔処(ましよ)にのぼりて。

おの/\の疑をはらし侍らんとて。

その後(のち)たゞ一人金毘羅山にのぼり。

その絶頂(ぜつてう)に一宿し。

夜半(やはん)過(すぐ)るまで心をすまし。

四方を見まわすに。

たゞ松風(まつかぜ)谷水(たにみづ)のひゞきよりほかさらに音(おと)なふ物なし。

そろり/\と山を下(くだ)りかへらんとするに。

暁がたになりてたちまち人のあしおとたかくきこえて。

本堂(ほんだう)の方へあつみきたれり。

片桐(かたぎり)すはや是ぞ妖物(ばけもの)ならんと。

かたはらにかくれてうかゞふに。

何ものとはしらず息(いき)づきあらくあ」へぎ来たり。

たちまち手に持ちたる物を草原(くさはら)の中へがばとかげすていにけり。

片桐そのかへるを待て草原の中をたづねさがしければ。

何やらん丸くしておもき物を得たり。

いまだ暗(くら)ければさやかに見へず。

やをらなでさぐりみれば。

人の生首(なまくび)にてぞありける。

只いまきりはなしたるとみえて。

血しただりて腥(なまぐさ)し。

人に見とがめられじと。たぶさをとりてひつさげ。

本堂の椽(ゑん)の下に投(なげ)こみ。

夜あけはなるゝをまち。

さらぬていにて家にかべりける。

友どちいでむかへて。

いかに山上にて怪(あや)しき事をも見ずやと問ふ。

片桐(かたぎり)おもふやう。

ありのまゝ告(つげ)たりとも。

よもこと%\くは信(しん)ぜじと。

さらに別(べつ)」の事もなかりしなりとこたへて打過ぬ。

この後片桐三四十年のあいだ。

ある時は主人につきて宮づかへし。

又ある時は引しりぞひて浪人(らうにん)となり。

あなたこなたと経歴(けいれき)せしが。

終に本国伊予を立のき。

芸州(げいしう)にきたり。

福島太夫殿に奉公しけり。

ある夜同役(だうやく)朋輩(はうばい)の侍一所にあつまり。

種々(しゆ%\)奇怪(きくわい)のむかし物がたりしけるついで。

片桐(かたぎり)何心なく。

かのわかき比(ころ)金毘羅山にのぼりし次第をかたりければ。

聞もの皆々その武勇(ぶゆう)を感(かん)じける。

その座に七十ばかりの侍ありしが。

此物語を聞(きい)てしばらく物もいはず。

ことさらにあやしみたるていにて。

その山にのぼりし年月を問(と)ふ。

片桐(かたぎり)その年月(ねんげつ)をつぶさに答(こた)へければ。

此侍手を拍(うつ)て大におどろき。

其時生首(なまくび)をなげすてたるは我なり。

そのゆへはそれがしが父の敵(かたき)伊予に住ける。

年来ねらひうかゞふに。

きびしく用心して本望を遂(とぐ)るに便なし。

ある夜敵(かたき)の方(かた)に客(きやく)人をまねき酒宴しける。

夜ふけ客かへりしが。

上下さけに酔(ゑい)てそのあとの門をわすれてさしかためず。

そのすきまのあきたるより。

燈かすかに見へけるまゝ。

ひそかに敵のねやにしのび入。

難なく敵の首をきりてひつさげ。

足ばやにぬけ出で。

すぐに金毘羅にのぼり。

草むらの中になげすてゝかへる。

すでに一里ばかり山を下りてたちまちおもふやう。

此首もし人にみつ」けられてはあしかりなんと。

もとの處に引かへし。

首をとりてかくしうづめんとするに。

すべてみへず。

たゞ須臾(しゆゆ)のあいだの事なれば。

外へゆくべきやうなしと。

そこらくまなくさがせどもなかりける。

こゝはもとより人もかよはぬ魔處(ましよ)なり。

さては悪鬼(あつき)天狗やうのものにとられたるにやと。

おもひいだすごとに不審(ふしん)はれざりしが。

さては君その首をとりかくし給へるにやといへば。

片桐もあきれて。

その折しも我見あひたるこそ不思議(ふしぎ)なれ。

是につけておもふに。

およそいにしへより。

世俗(せそ゜く)のかたりつたふる妖怪(ようくわい)変化(へんげ)のたぐひは。

皆人々の臆病にしてまよへる一念より生ず」とみゆ。

なんぞあやしみとするにたらんや。

金毘羅山の怪異。

両人相うたがふてはれざる事四十年に及べり。

今夜はじめて是皆人為(じんい)にして。

さらに妖(よう)魔の怪にあらざることを知れり。

是また一つの證據とするにたへたりとかたれば。

聞人尤と感じける。

        ○小野(おのゝ)篁(たかむら)公

洛陽北山鷹峯(たかゞみね)に溝口(みぞぐち)忠助(ちうすけ)とて米穀(べいこく)を賣(うる)商人(あきびと)あり。

才智かしこく慈悲心ある者にて。

家富(とみ)栄(さかへ)ける。

しかれどもいさゝか色(いろ)を好む癖(くせ)ありけり。

京より眉目(みめ)よき妻をむかへ。

二とせあまりあさから」ずかたらひけるが。

たゞかりそめにいたはりてむなしく成ける。

忠助大にわかれをかなしみ。

あけくれわすれもやらずなげき。

忌日(きにち)には僧法師を供養(くやう)し。

ねんごろにとむらいけり。

是より世の無常を観じ。

後世をねがふ心いできつゝ。

朝暮(てうぼ)口唱(くしやう)念仏の所作(しよさ)おこたらず。

ことに諸方の寺/\説法(せつはう)談義(だんぎ)の場(には)には。

かならずまふでゝ聴聞(てうもん)しけるが。

ある時おもふやう。

およそ諸寺の説法に冥途(めいど)地獄(ぢごく)のありさま。

此世にて罪(つみ)を犯(をか)し悪(あく)を作れば。

死して猛火(みやうか)刀剣(たうけん)の中(うち)に墜(おち)て。

〓燒(ざせう・*りやき)舂磨(しやうま・うすつく)の苦患(くげん)を受(うく)るなりと教化(けうげ)し給ふ。

しかれども是皆説(とき)つたへたるばかりにて。

たれあつて死して」よみがへり。

まのあたり地獄をみたりよいふものを聞ず。

いとふしんおほき事なり。

いかに彌陀(みだ)を信じ。

後世をねがふとも。

此うたがひはれずば。

未来(みらい)順次(じゆんじ)の往生(わうじやう)はいかゞあらんと。

ひとりこゝろになげきしが。

ある時又おもふやう。

幸(さい<は>い)此(この)鷹峯(たかゝみね)の北(きた)小野(おのゝ)庄(せう)杉坂村(すいさかむら)には。

小野(おのゝ)篁(たかむら)の社(ほら)おはします。

されば此篁(たかむら)はもと破軍星(はぐんせい)の化身(けしん)にて。

測(はか)らざるの人なり。

そのかみその身は朝廷(てうてい)につかへながら。

いとまあれば地府(ちふ)冥途(めいど)にかよひて。

〓王(ゑんわう)倶生神(くしやうしん)を友とし。

つねにたましゐ遊行して天堂にいたり給ふと聞つたふ。

いでや此社にいのりて

我(わが)生(いき)世(よ)の中に一たび冥途(めいど)に行て

地獄(ぢごく)のありさま一見(けん)し。

みずからの」うたがひをはらし。

人にもかたりきかせてます/\生死(しやうじ)流轉(るてん)因果(いんぐわ)応報(おうはう)のたがわざることはりを信ぜしめんとて。

年久しく此篁(たかむら)の社に祈誓(きせい)しけり。

ある年の秋(あき)清水(きよみづ)にまいり。

かへりざまに六波羅(ろくはら)の方へとおもむくに。

日やうやくくれかゝり。

野寺(のでら)の鐘(かね)もまぢかく聞ゆるころ。

たちまちいづくともなく衣冠(いくわん)たゞしき貴人(きじん)。

黒き装束(しやうぞく)に笏(しやく)を持(もち)。

馬上にて出(いで)来(きた)り給ひ。

忠助にむかひ。

我は日比なんぢが念ずる小野(をのゝ)篁(たかむら)なり。

いざこなたへ来るべしとて。

珍皇寺(ちんくはうじ)の内にともなひ。

馬をばかたはらの桜の木につなぎて。

忠助が手をとり。

こゝは六道(ろくだう)とて冥途(めいど)にかよふ道なり。」

われにはなれずとりついて来れよ。

おくるゝことなかれとのたまひ。

庭前(ていぜん)の草むらをおしわけ給へば。

そのまゝ一の通路(つうろ)ひらけ。

あゆむともなくおつるともなく。

しばらくの内に渺茫(べうばう)たる野原(のばら)に出ける。

見わたするにいづくをかぎりともなく。

その廣(ひろ)さいふばかりなし。

そのあいだに樹木(じゆもく)禽獣(きんじう)も見えず。

はるかに北の方(かた)へ十里ばかりもあゆみゆくに。

またこととふよすがもなし。

人倫(じんりん)たへて物さびしく。

風(かぜ)蕭々(しやう/\)として水音かすかにきこへ。

いとゞ心ぼそくおもふ所に。

一つの唐門(からもん)に着(つき)たり。

打あふひでみれば。

金殿(きんでん)紫閣(しかく)甍(いらか)をならべ。

築地(ついぢ)廻廊(くわいらう)のよそほひ廣大(くわうだい)壮麗(そうれい)に」して。

人間(げん)世(せい)の大内裏(だい/\り)のごとし。

篁(たかむら)案内(あんない)こふて内へ入らんとし給ふに。

門を守る官人(くわんにん)忠助をみてとがめ呵(しか)りいれざりける。

篁しからばしばらく門外に待べし。

我内に入て冥府(みやうふ)の公役(くやく)を勤(つと)め。

かつなんぢが出入(しゆつじゆ)免許(めんきよ)の簿(ふだ)籍をとりて歸るべしとて門内に入給ふ。

忠助つゝしんで門の梱(しきゐ)にしりかけ休息(きうそく)し。

半時ばかり待けれども出給はず。

門はきびしくさしかためたれば。

こととふべきかたもなく。

いかゞせんと退屈(たいくつ)して。

四方(よも)をながめまちわびける。

かゝる處にいづくともなく蘭麝(らんじや)のかほりしきりにて。

小歌をうたふおとしけり。

あやしやと見出したれば。

えもいわずうつくしき」女房四人。

声(こえ)おもしろくうたひたはぶれ。

あしもともしどろにあゆみきたるにぞありける。

そのかほかたちたぐひなくきよらかにて。

あたりもかゞやくばかり假粧(けさう)し。

しかもその比世にはやるといふ。

御所染(ごしよぞめ)大夫もやうなどのはなやかなるこそで引まとひ。

さきに立たる女房。

忠(ちう)助をみてわらひながらさしまねき。

こなたへきたり給へ。

道づれにし奉らん。

いかにさびしくひとりおはすらんといふ。

忠助とかふのことばなく。

これはそもいかなる雲の上の上臈(らう)のまよひきたり給へるぞや。

ゑめるかほばせは太液(たいゑき)の芙蓉(ふよう)のごとく。

こぼれかゝる髪は未央(びやう)の」柳にたとへけん。

いにしへの美人楊貴妃(やうきひ)もかくやあらんと。

目もあやにながめしが。

さすがいやしき身なれば。

まねき給ふとても道づれにはいかゞとはゞかりければ。

四人ともに忠助にとりつき。

何かさまでおそれ給はん。

われ/\はうきふししげき川竹の。

ながれにしたがふ身のゆく衛。

たれかあはれとみよし野や。

高雄(たかを)。から崎。千とせ。とて。

四人ともに傾城(けいせい)にて侍るなり。

げにや一樹(じゆ)のかげのやどり。

ゆきかふ袖のふりあはせまで。

皆是他生のゑにしときく。

いざ%\こなたへきたり給へと。

ひたぶるにしたひより。

はやなれそむる恋ごろも。

そでのかほりもなつかしく。

み」にしむばかりかたらひける。

されば愛着(あいじやく)の道その根(ね)ふかく源とをし。

六塵(ろくぢん)の業欲(げうよく)は皆(みな)厭離(ゑんり)すべけれども。

たゞ此まどひのみやめがたく。

身(み)死(し)し生(しやう)を易(かへ)ても猶まぬがれざるにや。

忠助心ほれ%\となり。

たちまち篁(たかむら)の事も打わすれ。

たゞうれしとのみおぼえて。

いづこをあてともなく。

はるかに南をさしてさそわれ出ける。

さるほどに鷹峯(たかゞみね)の家には。

忠助かりそめに清水まうでとて出けるが。

その日の夜にいたれどもかへらず。

父母あやしみなげきて。

東山辺をあなたこなたたずねけれどもしれず。

あまり求(もとめ)かねて六道(ろくだう)の内へ入てみければ。

一かまへの草むらの中に。

こけたふれて死し居たり。

父母大にかなしみやう/\にたすけおこし。

物にのせてなみだとともに鷹峯(たかゞみね)にかへり。

死骸(しがい)をさぐりみるに。

いまだ胸(むね)のあたりあたゝかなれば。

まづ葬送(そう/\)の儀(ぎ)もさしをき。

いかゞはせんとなげきけるが。

父母きつとおもひいだしいふやう。

忠助多年小野篁(をのゝたかむら)の社にいのりて。

此身ながら冥途(めいど)をみばやと願(ねが)ひしが。

よしさやうのわざにてかく俄に死したるやらん。

いかさまにも篁(たかむら)の社にまいり。

ふたゝび蘇生(そせい)をいのらばやとて。

父母もろともに篁(たかむら)の社に通夜(つや)して。

忠助をふたゝび此世にかへし給へと祈」誓(きせい)しける。

此夜の夢に篁(たかむら)父母にのたまふやう。

なんぢが子忠助ひとへに我にいのりしゆへ。

冥途(めいど)へいざなひし所に。

かう/\の次第にて愛着(あいぢやく)の念にひかれ。

我いづるを待わび。

四人の傾城(けいせい)にさそはれ南をさしてゆきしなり。

今(いま)天眼通(てんがんつう)をもつてこれを観察(くわんさつ)するに。

かの傾城(けいせい)と見へしは。

あさましくも畜生(ちくしやう)道におち。

都の南鳥羽(とば)の里百姓(ひやくしやう)某の家に飼(かい)おける猫(ねこ)の胎内(たいない)にやどれり。

忠助も一念五百生繁念(けねん)無量劫(むりやうごう)の業(ごう)によりて同く猫(ねこ)となれり。

しかれども汝(な)がなげく所もだしがたし。

我神力をもつて加護(かご)すべし。

いそぎ鳥羽(とば)の百姓にたづねいたり。

その子をとりて。

忠助が死骸(しがい)の耳もとにさしあて。

光明真言(こうみやうしんごん)を七遍唱(とな)へ。

力にまかせておしつくべしと教へ給ふかと思へば夢さめたり。

父母ありがたき事いふばかりなく。

是よりすぐに鳥羽の百姓をたづね。しか%\の事やあると問(とい)ければ。

百姓出て。いかにも我家にかへる猫(ねこ)。

昨夜(さくや)子(こ)を五疋産(うみ)たりとてみせかける。

げにも夢の告にたがはず。女猫(めねこ)四疋男猫(おねこ)一疋ぞ産(うみ)けり。

父母よろこび。この男猫(おねこ)をもらはんといひけるに。

百姓たやすくくれざりける。

父母ありのまゝにかたり。

ひたすらこひとりて。

鷹峯にかへり。

夢の教のごとく耳のもとへおしつけければ。

雌猫の子つよくおしつけられ。

一こゑ泣いて死(し)にけるよとおもへば。

忠助夢のさめたるごとく。

何のなやみもなくよみがへりける。

父母よろこび。

親子三人ともに篁(たかむら)の社にもふでて。

ねんごろに礼拝(らいはい)供養(くやう)し奉り。

ます/\仏道に帰依し。

此事あまねく人にもかたりてさんげし。

ことに世の人の心まどはすは色欲にしかず。

おの/\いたくいましめとほざくべきやよをかたりけるとぞ。

        ○狐(きつね)渡(わたる)中国(ちうごくに)。

往古(わうご)には阿波(あは)讃岐(さぬき)伊与(いよ)土佐(とさ)の四国をすべて二名島(になしま)と号せり。

人王(にんわう)第(だい)八代(だい)の帝(みかど)孝元(かうげん)天皇(てんわう)の御字に。

此島の人民(にんみん)一同に逆心(ぎやくしん)をおこし。

王命を背(そむき)て国中を乱(みだ)りける。

此時天皇の御弟君(おとゝぎみ)藩屏将軍(はんぺいしやうぐん)の官に任ぜられ。

二名島に下向し。

逆民(ぎやくみん)を征伐(せいばつ)し国中を平治(へいち)し給ひ。

すなわち国守となり給ふ。

是を伊与(いよ)の王子(わうじ)といへり。

伊与(いよ)とは伊に与(あたふ)と書(かけ)り。

此王子の御子孫代々相続(そうぞく)し。

その末葉(ばつよう)後世にいたりて河野(かうの)氏となれり。

こゝに享禄(かうろく)年中に前(さきの)河野(かうの)通直(みちなを)の妻女(さいぢよ)。

ある夜厠(かはや)に行給ひしが。

かへるさにたちまちその形(かたち)変化(へんげ)して二人となれり。

面体(めんてい)声色(こはいろ)よりして衣装(いしやう)立居(たちい)にいたるまで。

露まがふところなし。

もとより此妻女はならびなき美人にて。

かほばせきよく。

山の端(は)いづる三五の月ひかりてりそふよそほひ。

丹花のくちびる遠山」の眉(まゆ)。

いふばかりなくあてやかなれば。

世にまたたぐひあるべしともおぼへぬに。

いまかく不思議(ふしぎ)に変化(へんげ)して二人となり。

わらふもかたるも立も居もすべて一様にて。

わかちがたきありさまは。

かの近衛院(このゑのいん)の御時。

源三位(げんさんみ)頼政(よりまさ)鵺(ぬへ)といふ化鳥(けてう)を射(い)たりし恩賞(おんしやう)に。

殿上にてその名もたかき官女あやめをくだされし時。

頼政が所為(しよい)をこころみんとて。

同じさまなる女房をならべ。

此うちにてえらびとりてわが妻とすべしとあり。

頼政とりあへず。

        さみだれにさわべのまこも水こへていづれあやめとひきぞわづらふ

とよみたりし。

むかしがたりも思ひあわせて。

人皆あやしみおどろきける。」

通直(みちなほ)大に立腹(りつふく)し。

いづれ一人は妖物(ばけもの)なるべしとて。

手いたく僉議(せんぎ)し給へば。

此二人口(くち)をそろへ。

われこそ正身(しやうじん)の本妻(ほんさい)よ。

かれは変化(へんげ)の者なり。

いやあれこそ妖物(ばけもの)のしわざよと。

たがひにあらそひのゝしり。

後には泣(なき)わめきてつかみあひしかども。

さらにいずれと知りがたし。

名医(めいい)来りて是は離魂病(りこんびやう)なり。

俗(ぞく)にいふ影(かげ)の煩(わづらい)とて一女(ぢよ)二女となる。

和漢(わかん)そのためしなきにあらずとて。

薬餌(やくじ)をあたへ。

又は禅僧(ぜんそう)来(きた)りみて。

是(これ)先徳(せんとく)の古則(こそく)にいはゆる倩女(せいぢよ)離魂(けこん)の話(わ)とて。

一身両身となる本則(ほんそく)なりとて。

一喝(かつ)一棒(ばう)の示(しめ)しをなし。

その外山伏の祈祷(きとう)。

真言(しんごん)の加持(かぢ)。

すべて世にある程の法術(はうじゆつ)を」つくして治すれどもかなはず。

通直今はせんかたなく。

二人の女を捕(とら)へ篭舎(らうしや)におしこめ。

番(ばん)の者をつけてそのやうをうかゞひ。

数日を送(おく)るうちに。一人の女(おんな)食をくらふことすこしかわれり。

すはやこの女こそ妖物(ばけもの)ならんとて。

つよくいましめ拷問(がうもん)せんとするに。

ことのほかにあらがひ。

われは正身の本妻なるを。

みわすれかくからきめをみするは何事ぞや。

通直(みちなを)はいずくにましますぞ。

なさけなるものゝふどもや。

われも同じ主君(しゆくん)なるを。

あやまちして後にくやむな。

こゝをはなせゆるせよや/\とおめきさけびけるを。

主命なれば番の武士共用捨(ようしや)もなく打たをし。

大ぜい立かゝりて責(せめ)ふせけ」れば。

あんのごとく此女息(いき)はずみまなこくらむと見へしが。

たちまち正体(しやうたい)をあらはし。

いくとし経(へ)たるとも知らぬ古狐(ふるきつね)となりける。

通直(みちなを)大におどろき。

さもこそあらん。

おのれいづかたよりきたり。

おほけなくもわが妻をかくまでなやめしぞ。

蓄類(ちくるい)の身としてにくきしわざ。

片時(へんじ)も生(いけ)ておくべき者にあらず。

急(きう)/\にさしころすべしと下知(げぢ)し給ひ。

すでにかうよと見えし時。

おもひもよらず大勢の声として。

訴訟(そせう)の事ありとよばゝりける。

いづ方ぞと見まはすに。

表の門前に何者とはしらず。

僧俗(そうぞく)男女(なんによ)四五千人ばかりはせあつまる。

何者なるぞととがむ」れば。

われ/\は四国中の狐どもなり。

しばらく事をしずめて聞給へ。

たゞいまころさんとし給ふ狐は。

かたじけなくも尊狐(そんこ)明神の末葉。

稲荷社(いなりやしろ)の使者(ししや)長狐(ちやうこ)と名づけて。

惣じて日本国中の狐の君王(くんわう)にて侍り。

一旦(たん)その神変(しんぺん)をこゝろみんがために。

君が本妻(ほんさい)に妖(ばけ)て人々をやめしかども。

是もと不慮(りよ)の戯(たはむれ)にて。

命をとり家(いへ)を亡(ほろぼ)すの害(がい)をなさんとにはあらず。

まげて御宥免(ゆうめん)し給へ。

もしさもなくきりころし給ひなば。

本妻をはじめ一家のこらず死亡の大災(さい)あるべし。

此長狐はわれ/\の主君にて。

しかも神変(しんぺん)奇特(きどく)の師匠(しせう)なれば。

いま」よりながく変化(へんげ)の法断(はうだん)絶(ぜつ)せんことをなげきうつたへきたれり。

ねがはくはその命(いのち)をたすけ給へとわめきける。

通直聞給ひ。

さては名誉(めいよ)の野干(やかん)にこそ。

かく大勢わびるをむげにころすも不便なり。

しからばかさねてまたかゝる障碍(しやうげ)をなさんもしらず。

いまより後は四国中に狐一疋も住まじきといふ證文(しやうもん)をいたし。

皆/\船にのりて中国にわたらば。

此長狐が命をたすけ跡よりゆるしわたすべしとのたまふ。

大勢の者皆/\よろこび。

ありがたき御慈悲なりとて。

稲荷(いなり)五社(ごしや)の神霊(れい)を書寫し。

こと%\しき誓紙(せいし)をさゝげ。

是より」後はふたゝび此地にきたるまじ。

いそぎ長狐をたすけ給へと契約(けいやく)して。

一同に数艘(すそう)の船に取乗(とりのり)。

中国の方へわたりける。

通直誓紙(せいし)をとゞめ。

長狐をゆるしやり給ふ。

これより四国には狐住(すま)ずといふ。

右(みぎ)の誓紙(せいし)河野(かはの)の子孫につたへて。

猶今にいたるまで家宝(かはう)とし給ふ。

しかれどももし此誓紙(せいし)末世(まつせ)にいたり断滅(だんめつ)せば。

またむかしのごとく住べき国なりと。

狐どもはいふなりとぞ。

玉はゝき巻之一終

玉はゝき巻之二

        ○蝦蟆(かへるの)妖怪(ようくわい)

細(ほそ)川右京(うきやうの)大夫勝元(かつもと)は。

将軍義政(よしまさ)公(こう)の管領(くわんれい)として武蔵守(むさしのかみ)に任(にん)じ。

富貴(ふうき)を極(きわ)め威権(いけん)を輝(かゝやか)し。

凡(およそ)当世公家武家(ぶけ)のともがら多(おほ)くはその下風(かふう)につきしたがひ。

その命を重(おも)んじうやまひあへり。

かゝりしかば貸財(くわざい)珍寶(ちんばう)求(もと)めざれども来りあつまり。

繁栄(はんゑい)日々にいやましにて。

よろづ心にかなはずといふ事なし。

その頃洛西(らくせい)等持(たうぢ)院の西に徳大寺公有(きんあり)卿(きやう)の別荘(べつさう)あり。

風景(ふうけい)面白き勝地(しやうち)なれば。

勝元請受(こひうけ)て菩提(ぼだい)所の寺となし。

義(ぎ)天和尚をもつて開祖(かいそ)とし給ふ。

今の龍安寺(れうあんじ)是也(なり)。」

勝元居宅(いたく)の書院を引て方丈とせり。

このゆへに造(ざう)作の体(てい)よのつねの方丈とはかはれり。

勝元元来権柄(けんぺい)天下を傾(かたふ)けければ。

私に大船を大明国(みんこく)につかはし。

書籍(しよじやく)画圖(ぐわと)器財(きざい)絹帛(けんはく)の類。

かず/\の珍物(ちんぶつ)をとりもとめて秘蔵(ひぞう)せり。

その時の船の帆柱(ほばしら)は大明(みん)の材木にてつくりしを。

此龍安寺普請(ふしん)の時引割(わり)て方丈の床板とせらる。

そのはゞ五尺ばかり。

まことに條理(でうり)堅密(けんみつ)の唐(から)木にて。

和国の及ぶ所にあらずといふ。

方丈の前に築(つき)山をかまへ樹木(じゆもく)を植(うへ)。

麓(ふもと)には大きなる池(いけ)あり。

是は勝元みずからその広狭(くはうけう)を指図(さしず)して。

景気おもしろく鑿(ほり)開(ひら)き給ふとなり。

水上には鳧雁〓鴦所得がほにむれあそび。

島嶼〓廻して松杉波にうつろふ。

古人の緑樹影〓では魚木に上ると詠じけんもこゝなれや。

色々の奇石を疊たる中に。

すぐれて大きなる石九つあり。

是また勝元政務のいとまには常に此寺にきたり。

方丈に坐して池中の景を詠め。

酒宴を催し。

ことさら夏の中暑熱の頃は。

しば%\池の邊に逍遥し。

近習の人をしりぞけ。

たゞひとりひそかに衣服を脱すてあかはだかになり。

池水に飛入てあつさをしのぎ。

しばらくあなたこなた遊泳して立あがり。

そのまゝ方丈に入て打臥し寐いり給ふ。

ある年の夏の暮に。

此邊を徘徊する山立の盗賊ども七八人。

此寺に入きたり。

ひそかに方丈の事をうかゞふに。

人一人も見えず。

いと物しずかなり。

盗賊どもおもふやう。

今日は管領もきたり給はず。

寺僧も他行せしとみゆ。

究〓一の幸ならずや。

いで%\しのび入て財寶をうばはんとて。

池の岸根をつたひ。

へだての戸どもおしやぶり。

方丈へはひあがらんとするに。

おもひもよらず座席のまん中に。

その大さばかりの〓〓うずくまり。

かしらをあげまなこを見いだす。

そのひかりとぎたてたる鏡のごとし。

盗賊ども肝を消して絶入し。

そのまゝ臥し倒る。

此〓蟆たちまち大将とおぼしき人となりて起あがり。

そばなる刀おつとり。

なんじらは何者ぞ。

ここは外人の来る所にあらずと大にいかりければ。

盗賊どもおそれおのゝき。

わな/\ふるひけるが。

まことは盗人にて侍る。

物のほしさにしのび入しなり。

御慈悲に命をたすけ給へと。

一同に手をあはせひれふしたり。

此人打わらひ。

しからばとて床の間にありし金の香合をなげいたし。

なんじら貧困に迫り盗〓するが不便さに。

これをあたふるなり。

かならずただいま見つけたる體を人にかたることなかれ。

とくとくかへるべしといへば。

盗賊ども香合をうけず其まゝもどし。

ありがたき御芳志なりといひもあえず。

跡をも見ずしてにげ出けり。

はるかに年經て後。

此盗賊の中一人。

勢州北畠家に囚れ。

此始末をかたりけるとなり。

抑此〓蟆は勝元の本身にて。

かくかたちを現じ。おもひかけず離れ入たる盗賊どもに見つけられたるにや。

しからずば又此うしろの山中には。

蛇谷〓ヶ懷などいふ木深き悪所もあれば。

かゝる妖怪の生類もありてでかけるにやといふ。

  ○碁子精霊

武州江戸牛込に清水昨庵とて隠者住けり。

生得にはなはだ碁をすきて。

ひねもすよもすがら碁をうち入ては。

いかなる大事あれども耳にも聞入ず。

寝食をわすれ神魂をなげて。

こと%\しく勝負をあらそふほどに。

大かたは狂気にやと人もあやしむほどにありける。

かく年月を積てすきこのみけれども。

元来下手なれば碁の工夫もすゝまず。

相對するごとにまけければ。

人皆かたぶけわらひて。

石馬と異名しける。

うてどもあがらずといふこゝろにや。

ある年の春の頃。

あまりに碁をうちつゞけ。

心つかれ眼もくらみければ。

しばらく鬱氣を散ぜんとて。

小僕に破篭やうの物をもたせ。

柏木村圓照寺の方へとあゆみゆく。

げにも此寺は地景物しづかにて。

世の塵労をはなれ。

心有隠士文人などは常に逍遥し。

詩つくりて歌よみて一時の興を催せり。

ことさら今は花ざかりのころなれば。

あなたこなたよりまいりつどひて。

いとわざわざしかりける。

昨庵心もはなれてこゝかしこ見まはす所に。

寺の門前にてふしぎの道づれ二人に行あひたり。

ともに我としとしき禪門にて。

一人は色白くつやゝかなり。

いま一人は色くろくくすみたる人なり。

昨庵をかへりみて。

君たゞひとり花をながめ給ふにや。

いかにさびしく興なからん。

われら二人君とはむかしより深きしたしみあり。

しかれども見わすれ給ふらん。

さもあれひとつにかたりなぐさみ。

花をも詠めんといふ。

昨庵もとより見知らざれば。

こゝろへずおもへど。

いふまゝにいざなはれ寺内を徘徊するに。

此二人凡下のものとは見へず。

いにしへ今世に〓ぶ琴碁書〓の風流なる品々をかたり。

博雅の琴は古樂にして。

そのしらべ聞しるものなければ。

後世につたはらず。

碁は空蝉の君たゞ何となくやすらかなるが。

しかもおくれをとり給はず。

かゝる高手今の代にはまれ/\見及びぬなどかたりければ。

昨庵めづらしき評論をも聞く物かなとて。

耳をかたぶけしが。

さるにても此圓照寺の名木衛門櫻のいわれを聞しめ給へといふ。

かの黒き禪門こたへて。

これあまねく人のし

る所なれど。

御たづねなるまゝかたり侍らん。

源氏物語に。

むかし柏木右衛門督とておはせしが。

源氏しなさだめの時。

月卿雲客を月日星くもかすみ萬の木草にたとへられしに。

此右衛門督をば柏木によそへらる。

いつもときわなりけるすがたをたとへていへるなるべし。

ある時源氏まりをあそばしける御つめに。

右衛門督まいられけるが。

御殿のみすの内より猫のかけ出けるが。

つなにてみすのすこしひらきけるひまに。

女三の宮をみそめ奉りてより。

たへぬ思ひの色にいで。

しのび/\にいひたよりて行通ひ給ふ。

ある時はなだの帯をわすれて源氏に見つけられ給ふ。

源氏何となくほのめかし。

右衛門督に酒をしひて。

御心よからぬ目づかひをし給ひしより。

右衛門督心の鬼にや。

うしろめたくいとゞしく物ぐるはしかりける。

かくてしばらく此村にながされ給ひしが。

程なくめしかへされ給ひしかども。

いたく心ちなやみ。

久しく打ふしうせ給ひぬ。

女三の宮は右衛門督の御子をはらみてうみ給ふ。

五十日のいわひのおり。

源氏かの若君をかきいだき。

女三の宮の御そばに立より給ひて。

  たが世にかたねをまきしと人とはゞいかゞいはねのまつはこたへん

とよみ給ひしかば。

宮はいふばかりなくはづかしと思しひれふし給びしが。

右衛門督うせしより物のけにならせ給ひ。

これも程なくかくれ給へり。

かの若君をば後に薫大将と名づく。

生れながらにして御身にたへなるかほりそなはりしゆへの名なりとかや。

右衛門督此所にながされ給ひし時。

手づから植られし桜なりといひつたふ。

花はしべながく。

にほひ四方に薫じわたり。

見にくる人の袂までそのうつりがをのこしける。

かゝるいわれあるゆへに。

花を右衛門桜といひ。

村を柏木村と名づけしなりとかたりつゞけけるに。

寺のかたはらにまだつぼみなる花あるを。

いま一人に白き禪門とりあへず詠吟していはく。

  ひらかざる花のかたちや重か半

折ふし跡先に諸人のゆきつどふをきて黒き禪門。

  我がちにつゞきて出るはなみかな

木の間に幕をうたせける人のあるをみて。

  幕串はすみかけてうて花の下              白

昨庵あとにつゐてうかゞひけるが。

ふしぎなる事を

いふ人々かな。此句作をきくに皆碁の手の詞なり。

日ごろ碁の友にて遺恨はありながら。たがひににくからぬ中なれば。

けふは打つれ出るか。かゝるいひすてまでもいどむにやと推したり。

そこにて此二人昨庵がつれたる小僕をよびて。なんじは因照寺の門内へ先へ行て。

花の陰に侍べし。能場所芝居は何人のおさゆるともをしてとれ。先をとらるなといひて。

  花によき所をとるや先手後手                                      黒

人々の入こまんに幕を打て。したをはふて出入せよといひ付て。

  遊山する地をやぶられな花の陰                                    白

昨庵此句どもを聞ごとに。おかしくもおもしろくもおぼへ。耳をすましけるに。

かたはらに幕打まはし。大勢ならびて。酒宴を催し花を詠むる中に。

年のころ十四五ばかり。いふばかりなる美少人のおもかげほのかに見へて。

うたひまふ聲しければ。

  〓や花のぞき手もがなまくの内                                    黒

  花見にはせめあひなれや順の舞                                    白

  中手こそならぬ花見のまとゐの場                                  黒

昨庵いかゞしたりけん。群集の所にて此二人を見うしなひ。たど/\敷きまどひゆくを。

二人みつけて聲をかけけれど。ゑしらず通ければ。

  手をうつをしらざるに何花の友                                    白

やがてめぐりあひければ。

  見おとしをせぬやなみ木の花盛                                    黒

あれをみん。いやこれをとあらそふをきゝて。

  四町にやかゝりがましき花の友                                    白

因照寺のはけふを盛なり。その中にかつ咲残りたるもあり。

又枯て時しらぬもまじれりけるを。

  所々だめをさゝぬや花かざり                                      黒

  いたみてやまだ目をもたぬ花の枝                                  白

〓〓といふは大かた散過たるをみて。

  あげはまとなる〓がまのさくらかな                                黒

〓に〓寺の名木垣ゆひまはし。あたりへ人をよせず。もとより色ことさらに見へければ。

  守るとてふ〓はやぶらじはなざかり                                白

寺の庭堂の〓。〓かしこに酒宴しけるをみて。

  さしかはす花見の酒やかたみ先                                    黒

  よしからぬ相手もがもな花見酒                                    白

        花に酔て皆持となるや下戸上戸          黒

酒宴する人々の中に。

あまりに呑過しなば帰るさうたてかるべし。

ひかへられよといさむる人あり。

その飲人にかはりて。

  興さむるかためはいかに花の酔          白

その内ひとりは下戸とみへて。

さかづきもとりあへぬけしきなれば。

  盃は打てがへしに花の友                黒

亭主の人と見へて。

手づから茶をたてゝさしいだしける。

その人にかはりて。

  こうたてゝ見るは花なる白茶かな        黒

白き禅門花の下に立より。

此一枝をりていゑづとにせまほしけれど。

人のみる目おとなげなし。

いかゞはせんといふ。

咋庵聞て。

これほどたくさんなる花なれば。

何かはくるしからん。

たゞ/\手折給へといへりければ。

  花の枝は助言のごとく切てとれ          白

  をる人にはねかけよかし花の露          黒

  よそを見る顔しておるや打がひ手        白

  折えたる花や梢の猿ばひ手              黒

花守のとがめたらん時にはいかゞはせんといへば。

  手をみせよをるかおらぬか花の枝        白

  花守やおるを見付て追おとし            黒

  見とれては目あり目なしよ花の色        白

  花あらば這ても見まし岩根道            黒

  打はさめちる二またの花の雪            白

  高みより飛手にちるな花の枝            黒

  木ずゑまでわたりてもがな花盛          白

家の内にてちいさき枝を見るさへうれしきに。

まして此遊山はとて。

  花少しいけてだに見し竹のふし          白

けふ此寺に打むれたる人数いくらにやといひて。

  もく算のならぬ群集や花の山            黒

  種や人まくにおよばぬはなの山          白

  夕日にはむかへど花や東じろ            黒

さいぜんより咋庵が小僕。

花の陰にむしろ打敷待わびゐたり。

はるかに三人をみつけ。

声をあげてよびける。

皆々おどろきさぞ待かねつらん。

さらば立よりやすらはんとせしに。

花咲ころのならひ。

俄に空くもり春雨ふりかゝりければ。

かずかぎりなき遊山人。

のがさま%\に立かへり。目のまへにさびしくなりぬ。

昨庵もなごろおしながら帰路におもむきけるが。

さいぜんより二人のおかしき手あひを見しかども。

こなたは何事もおもひよらず。あまり無興におぼへければ。

  斧の柄は朽ぬにもどる花見かな

と詠じ二人にしめし。さるにても君たちは。

いかなる高貴の世をのがれ給へるぞや。しかも囲碁のよき人と見ゆ。

その法を指南し給へかしといへば。二人こたへて。

我ともがらもとより凡人にあらず。二人は海邊より出。

又一人は山家よりきたり。終に昵近のまじはりをなし。

名を知玄知白といふ。穀城山黄石公が仙術をしたひ。

又その兵法をまなべり。凡日本六十餘州の名山霊窟をめぐり。

まのあたり仙人道士に親しみ友とし。ある時は又世間に出て遊興にまじはり。

みずから感ずる所あれば。狂言綺語の戯をなしてなぐさめとす。

今は是までなりと。一通の文章をさづけ。行方しらずうせにける。

昨庵奇異の思いをなし。家にかへり。つら/\事の次第を案ずるに。かの二人。

我とは深き親しみありといひし。是うたがふべくもなき碁子の精霊あらはれ。

我にことばをかはせしなり。いそぎかの文章を披きみるに。

古文字にて四言八句の銘あり。その文にいはく。

  順勝逆負。動抜静安。往来一轍。酬應多端。

  一秤秋水。無人乎側。知玄知白。是日僊客。

是より昨庵自然と囲碁の名人となり。はじめ笑ひし者もこと%\く打ちまけ。

後には江戸中にもあへて敵対する者なかりしとかや。

        ○死見地獄

周防国大内左京大夫義隆は。もろこし琳聖太子二十七代の末葉にて。

防長豊筑四ヶ国の太守なれば。家門の繁昌武勇の名誉。

当時都〓に肩をまらぶる者なかりける。

このゆへに義隆驕奢のかゝろ日々に長じ。

国の政民のなげきをかへりみず。あけくれ華車風流を事とし。

春は花のもとに遊びたわぶれ。秋は月の前に〓をすゝめて。

詩歌管絃茶の湯の曾を催し。

〓應のそなへには山海のある所珍味食をつくし。酒宴遊興にいとまなし。

此時天下一同に戦国の世となり。いづかたも安穏ならざれば。

公家門跡その外諸芸舞楽のほまれあるものまで。皆々義隆をたのみきたりてつどふほどに。

當國の風俗漸々に美く。

上下賑ひわたりければ。

宛も洛中の繁昌に異ならず。

こゝに義隆の大〓臣相良遠江守おごりをきはめ。

家傳の大老陶尾張守全姜入道隆房をそねみて。

義隆へ讒言せしによつて。

陶義隆へ恨をなし。

天文二十年九月朔日隱謀をくわだて。

義隆の居城山口高峯へ取かくる。

義隆思ひよらざれば大に驚き。

高峯を下て法仙寺といふ寺へ入せ給ひ。

種々あつかひを好み給へども。

陶承引せざれば。

石州津和野へ立越。

吉見大藏大輔正頼をたのまんとおぼしめし。

長門の内瀬戸崎といふ所へのかせ給へば。

後根壹岐守まかり出で。

大船數艘用意し。

義隆をはじめ三百餘人を打のせ。

瀬戸崎の岸をこぎ出す。

海上はるかに出たまふに。

海の面なぎわたり浪しづかなりしが。

義隆の運命やつき給ひけん。

にはかに向ふ風あらく吹て。

大浪山をかさねたるごとくなれば。

やう/\に御船をもとの瀬戸崎へかへしつくる。

此所要害の地ならねば。

敵をふせがん所にあらず。

同國深川の大寧寺しかるべきとて。

かの寺へ入せ給ふ。

其頃大寧寺に意雪和尚とて博学の名〓ましませば。

よもすがら佛法の談論ありて。

夜すでにあけんとする時。

陶が足輕大将に柿並といへる者大勢を率し〓て。

義隆をもはゞからずさび矢を射かけ。

前後左右より責ければ。

篭中の鳥のごとく。

のがるべきやうもなく。

義隆自害し給ふ。

辞世の歌に。

  討人もうたるゝ人ももろともに如露亦如電〓作如是觀

此時一所に自害せし人々は。

冷泉判官隆豊。

一〓軒。

小幡四良。

黒川刑部少輔。

岡部右衛門大夫。

〓民部少輔。

大田隱岐。

岡屋。

是等なり。

中にも冷泉隆豊は指をきり。

その血をもつて大寧寺の堂のはめに辞世の歌書き給ふ。

  みよりたつ雲もけぶりの中空にさそひし風のすゑものこらず

かやうに詠じ給ふなり。

義隆の若君七歳になり給ふをば。

なさけなくも柿並が手にかけて生害するこそあわれなれ。

さればかゝる大惡無道の逆臣なれば。

果して隆豊の辞世にたがはず。

陶も程なく毛利元就に責ほろぼされけるとなり。

こゝに飯田孫兵衛といふ者。

はじめ雲州尼子家に奉公し。

やゝ家富さかへしが。

主君の行迹を見かぎり。

奉公をひいて周防にきたり。

世のなりゆくありさまをうかゞひ居けるが。

ある時所要の事ありて竹輿にのり。

家来を二三人相具し。

深川のほとりを過けるに。

あとより急に飯田が名をよびまねくものあり。

何者ぞとちかよりみれば。

終に見しらざる飛脚の男。

白木の文箱をさしいだし。

行方しらずかへりける。

飯田あやしみながらひらきみれば。

地府冥官より召取ゆるの回状なり。

そのあて名の人数二十余人。

皆その居處姓名をつらね。

飯田が姓名その末にあり。

飯田一覧しおはりければ。

たちまち恍惚として心みたれ。

酒に酔たる者のごとし。

家にかへりて重き病となりけるが。

病中にまたさきの飛脚きたり。

いかにおそなはり給ふ。

はやとく/\とよびたつる。

飯田おそれ入て。

飛脚につれられ家を出て行に。

いづくをいさすともしらず。

その道すがらうすぐらく。

月蝕の夜に似たり。

ゆく/\一つの城郭につきたり。

棲門築地皆〓をもつて造り構へ。

四の隅には。

高櫓巍々として雲にそびへ。

大なる〓石を似て石垣とせり。

時に内より一人の冥官出で。

飯田が名をさしてよび給ふ。

かの飛脚すなはち飯田をつれて庭上にかしこまる。

冥官飯田に問給ふやう。

なんぢはいづれの年月何の時に生れたるぞやと。

飯田答へて。

某生年三十五歳。

六月二十四日辰の時に生れ侍るといふ。

冥官聞給ひ。

机上の符録と勘合し。

しばらく眉をひそめ。

かの飛脚にむかひ。

なんぢ疎忽にして人たがへをしたり。

姓名年月は是者なれども。

生れ時相違せり。

こなたより召につかはせしは。

巳の時に生れし者の事なり。

是しかしながら役儀無沙汰の至りならずやと。

大に怒り給ふ。

飛脚かうべを地につけおそれ入て。

その罪を詫言し。

たちあがりて又もとの道へはしり行ぬ。

飯田冥官にむかひ。

某平生させる善根なしといへども。

又殺生〓盗の悪事をなさず。

あわれ此旨を察して。

ふたゝび人間にかへし給へかしとなげきける。

冥官打わらひて。

まことになんぢはたゞいま此地に来る者にあらず。

使者人たがへしてなんぢが魂をうばひ来れり。

さらば人間にかへしやらんとて。

門外にともなひ出給ひしが。

なんぢ今不思議の縁にあふてこゝにきたれり。

よきついでなればみるべき事ありとのたまひ。

たゞちに東の方きわめて高く〓阻なるふたつの山あひにともなひ入給ふ。

このあいだすべて常夜のやみにして。

物のあやめもみへわかず。

はるかにてらす山の端の月もなく。

いづくをさすとも方角をしらず。

たたゞ夢路をたどる心ちにて。

やうやうあゆみゆけば鐵の門あり。

誤國之門といふ額かゝり。

此内にその深さ幾千丈ともしらぬ火の坑あり。

此底より火災のもへいづること。

あだかも泉のわきたつがごとく。

くろけぶり天にたなびき。

ほのほのたけくもへのぼる音は。

さながら百千の雷の一同におつるがごとし。

此内にあらゆる罪人焼骨焦れて。

くろくふすぼり。

焼杭のごとくなり。

ほのほのにしたがつてのぼりくだること。

ひまなく蹴あぐる〓に似たり。

その苦患にたへかね手足をもだへなきさけぶありさま。

みるに心きへ魂を喪ふばかりなり。

〓官飯田にむかひ。

此罪人等多くはなんぢが同國の者どもなれば。

相しりたることもあるべし。

是すなはち周防國大内義隆の逆臣掏尾張守入道隆房子息阿波守。

其外江良丹後。

宮川甲〓。

内藤下野。

杉柏〓。

飯田石見。

伊香賀民部。

柿並。

其等の輩一味同心して。

主君義隆を弑し奉り。

國郡を押領し。

人民を〓亂せし極悪人なれば。

永く此地獄につい〓在して。

無量億却を歴といふとも。

解説する事あるべからずといひもはてぬに。

叉一人の侍をからめとらへて。

二人の獄卒鐵杖をもつて追たてきたり。

たちまち此侍をかいつかみ。

此門内の火災の中へ投入て。

行方しらずうせにける飯田あまりにおそろしく。

是はいかなる罪人にか待るかと問ふ。

〓官あれこそさいぜんなんぢと人たがへしてとらへもらせしが。

たゞいま此地獄に墜在せしなり。

此待は陶が家臣飯田石見が〓飯田孫兵衛といふものなり。

人間に在し時。

若年の頃しばらく陶が右筆となり。

謀反の回状を書し科あり。

今月今日命數〓て。

此地に來るべき時至りぬるゆへに。

地府の使者をつかはし召とらしめし所に。

世にはよく相似たる事もあるものかな。

たゞたゞなんぢが性名ならびに生年月日までかの侍と同ふして。

たゞ生時のみたがへるこそ不思議なれ。

されば地獄鬼卒他より來らず。

自業自得の道理なり。

なんぢ人間世にかへりては。

ますます心あらため。

親には孝行の誠をあらはし。

君には忠こう功の道を専として。

あへて私慾の念を起すべからず。

かゝる悪業所感の苦報を見ても。

後車の戒とせずんば。

またまたかくのごとくとなるべしと。

かへる道すがらいと懇に教訓し給ふ。

時にやうやく空はれすこしあかく成ける。

こゝにて我は是よりかへるなり。

唯西の方へつゐてかへるべし。

是すなはちはじめきたりし道なりとて。

冥官は城中に入給ふ。

飯田心ぼそくもたゞひとり。

あしにまかせて行程に。

あんのごとくたちまち人間世に出。

はじめ竹興にのりて過りし防州深川のほとりに着にける。

さては冥途より我故郷にかへりけるよとうれしくて。

身をかへりみければ。

あかはだかにてぞありける。

是はいかゞせんとなげき思ふ所に。

たちまちさいぜんの飛脚出きたり。

はや%\故郷にかへるべし。

遅引に及びなば魂の寄りなく。

後悔すとも益なからんと大音にて叱り。

その背をはたとうちける。

飯田はつと驚くとおもへば。

夢のさめたるごとく蘇生しける。

飯田死して二日になりければ。

家人打よりすでに火葬にせんとこしらへける所に。

たちまち起出ける。

飛脚のいへる遅引せば益なからんといひしは。

此事ならんと皆人推しあへり。

玉箒木巻之三

清水寺詩

近世西の京に小野久庵とて儒生の隠者住けり、

世の名刺をはなれ鹿俗をいとひ、

ひとり心を澄し、

常に詩を咾て風雅を事とし、

さらに他の外遊をしらず、

居虎の内に酔月亭とて小高き亭あり、

亭の前には泉水清く流れ、

さゝやかなる魚たわぶれあそび、

向ふには築山面白くつくりなし、

松柳の木だち物ふり、

岩組芝生のあい/\には、

四季に応じて花咲草木を植ならべ、

詠めにあかぬ風景あり、

ある夜風しづかに月晴て最興ある頃、

表の門をたゝき案内をこふ者あり、

久庵あやしみながら出て迎ければ、

誰とはしらず異相なる老翁、

葛巾野服さび/\としたるていにて来り給ふ、

久庵恐れ入て亭に招精し奉り、

詩の奥義を議論するに、

その〓釈精微にして、

いまだかつて聞ざる事どもなり、

久庵大におどろき、

是たゞ人にあらず、

その姓名をなのり給へといへば、

我は詩仙堂石虎士なり、

君が隠挽にして詩を嗜むと聞て、

ゆかしくて来り訪ひしなりとのたまふ、

久庵ます/\驚き、

腰をおり手をつかね、

某は市中の一賎士なり、

あにはからんや処士のかくまのあたり来臨し給んとは、

冥加至極なりとてかぎりなくよろこび、

ねがはくはしばらく此所にとゞまり、

猶々詩作の秘訣を授け給へとて、

心のかぎりもてなし、

酒盃を出しければ、

処士、

我は平生酒をこのまず、

隔心ゆへにはあらずとのたまふ、

又のたまふやう、

我門人平岡子を知れりやと、

久庵かしこまりて、

それがし多年丈人の詩集を〓て、

久しく平岡子の名を聞及べりといふ、

処士しからばこよひの相客によびにやらんとて、

片簡をしたため僕をつかわし給ふ、

しばらくありて平岡子きたれり、

久庵はしり出て迎へ、

亭上に請じける、

平岡子処士に向ひ

何事のありてかゝる市〓の中へは来臨し給ふと問ふ、

処士答て、

此亭の主人閑素隠逸にして、

しかも李杜の癖あるを慕ひ、

かりそめに立よりてかく時刻うつれり、

いざとも/\にかたり給へとのたまひ、

また僕に命じて新賀良をよびきたれとの給ふ、

しばしありて年ごろ十五六ばかりの容顔美麗なる少年出きたる、

処士久庵にむかひ、

是は我むかし召つかひし〓従なり、

幼少より才智〓敏にして、

はなはだ詩賦を好めり、

まことに唐の李賀に似たる所あり、

我深く賞愛して、

名を新賀良とよび、

行末我詩賦の統を〓へんとおもひしに、

不幸にして病にかゝり、

我に先だちて死たり、

今や君とちかづきになし侍らん、

よき風雅の友ならんとて引あはせ給へば、

新賀良うや/\しく〓儀をのべて末座に伺候しけり、

処士父のたまふ、

近ごろかれを伴ひ清水寺にまふで、

寺内の僧坊に入、

終日遊宴して詩を詠ぜり、

我詩先なれりとてみせ給ふ、

その詩にいなく、

遊清水寺

秋興啓清〓、雲〓湘〓泉、〓台巌〓上、

風月〓輪前、雅宴陪長老、狂歌学少年、

嬉遊〓復爾、〓〓自留連、

その時新賀良酬和していはく、

迎客先開松下〓、〓遊日永酒如泉、

山雲〓片起岩底、池鷺一行落午前、

静〓竹欄消半日、長占蘭若送〓年、

登山何著謝公履、到処與君緑袂連、

処士宣ふ、新賀良が此詩無造作にして面白し、何と

なく佳趣あり、

結句殊に勝たれたりと賞美し給ふ、

久庵右の雨詩を拝見して、

しばらく沈吟して感にたえず、

それがしも恐れながら和〓して見侍らんとて、

即時に筆を走らしめて書〓し、

新賀良の前にいだし、

それがしが詩は元来洒落にしてこまやかならず、

世人は〓美せまじきなれど、

唯我好所に随なりと〓、

其詩に〓、

和遊清水寺詩

拗石為樽苔作筵、酔来笑掬竹間泉、

隔渓難到啼猿所、沢木倶遷飛鳥前、

人世無〓雲出岫、松風吹夢日如年、

星霜巳覚寺基久、翠樹崢〓興閣連、

処士も一覧して大に驚嘆し給ひ、

是ほどに詩を作るもの、

わが門人の中にもまれなり、

かゝる英材あれども、

閉蔵して世に名をもとめず、

まことに稀代の逸士なりと感慨を起し給ふ、

時に平岡子問ふ、

よのつねかく定式の律詩絶句のみ作り、

変体の詩を詠ずるものすくなし、

変体も時々詠ずべきにやと、

〓士答て、

杜子美なども〓〓は作りたれども、

後人常に好んでは作るべからず、

折節自然と句意がいづれば作ることもあり、

さりながら別して詩がよくなければ詮なきことなり、

皆上手のしわざと見ゆ、

下手の及ぶ体にてはなし、

我もまゝ作りてしれども、

意にかなふはまれなりとのたまふ、

平岡子又〓体の詩を問ふ、

〓士答て、

是も好んでは作らぬことなり、

たゞ是も詩の一体といふまでなり、

しかれば古人の詩にもおほくはみへず、

〓のことなり、

よく/\工夫あるべしとなり、

時に酒三〓めぐりて後に濃茶を出せり、

皆々興に入て物語のついで、

異国本朝茶の品々をとふ、

〓士かたり給ふは、

もろこしにはことの外茶の風味を重んずと見へたり、

茶の異名に龍風の〓茶といふは、

印判によりての名と見へたり、

まろきゆへに〓の字を付るならん、

〓舌寒月鷹爪などといふは、

皆芽のはへいづる時の葉によりて名づけたるとみゆ、

緑塵月花などは皆色にていふなるべし、

松風〓泉鳴〓などは、

茶を煎ずる時〓る音をいふ、

魚眼蟹眼若花乳花などは、

煎ずる時の泡なるべし、

〓じて茶の〓へも本朝とは相違せり、

茶の木ももろこしには大木ありと見へたり、

〓川〓山には二かゝへほどなる大木あり、

枝を伐てつみとるといへり、

顧渚建渓鳩坑などは茶の出る名所なり、

凡宋朝より盛になりて、

後いよ/\はやり出たり、

さて茶の水の吟味がつよきなり、

陸羽が茶経の〓、

中々こまかなる次第なり、

本朝にても豊臣太閤の時茶の水も改められて、

宇治川の水は他〓より水の量目が軽きとて、

宇治橋三間の水を〓せて、

毎日の茶の湯に用ひられしなり、

今に宇治橋にそのしるしあり、

是は利休居士と相談の上にて極め給ふと聞つたふ、

此外他〓にも水の善悪はあるべし、

世に名水といふもあれども、

さのみ賞〓せしはじめは、

桓武天皇の御宇もろこしより到来し植ひろめぬ、

これより後建仁寺の榮西もろこしへわたり、

上品の茶の種を我朝につたへ、

榮西より〓尾の明〓上人にさづけ給ふ、

明〓甚此風味をよろこびて、

此種を〓の尾に植て愛せらる、

是より宇治にうつしてます/\世上に流布せり、

鎌倉北條政務より足利の代々、

次第々々に茶を興じ、

別して盛んなりしは、

〓氏の末北山の大相國義満公の孫東山殿義政公、

さま%\の風流を事とし、

茶席四畳半敷とさだめ、

古書奇財をかざり給へり、

此道の堪能なりといふ、

是皆祖父北山殿の遺流を守りて、

ます/\潤色し給へるなり、

此時能阿、

珠光などいふ此道の達人出で、

地下において茶〓敷奇の道などいひて、

さま%\むづかしき新法を立、

物ごとに心をくばり、

賓主の作意を沙汰し、

器物の善悪を吟味して、

稽古もたやすからぬやうにたくみいだせり、

利休居士にいたりて、

猶々此道異やうになりもてゆくほどに、

すべてむかしのやすらかに清味を興じて、

精気をやしなふといふ、

関人の幽趣はしらざるに似たり、

後世にはひとり此道のみにあらず、

立花の道などもかくのごとし、

なげかはしき事にあらずやとのたまへば、

皆々尤と感じあへり、

此時夜半の鐘聞へければ、

平岡子いざかへり給ひなんやといふ、

〓士興に入まゝに、

夜のふけたるをおぼへざるなりとて、

三人相伴ふて門を出給ひしが、

〓士立かへりてひそかに久庵にのたまひ、

此〓火災の難あるべし、

二年を過すべからずとなり、

久庵今更にかたじけなきよし〓をのべて、

門外まで送りける、

三人東をさして半町ばかりあゆみ給ふと見へしが、

跡かたもなく見ふぇざりける、

久庵その夜は酒に酔て前後しらず〓入しが、

あけの日起あがり目をさまし、

つぐ%\昨夜の次第を案

ずるに、

かの三人は数年さきに死去し給ひ、

今は此世になき人なり、

不思議の参會をもしつるかな、

さるにてもかへりざまにのたまひし事こそあやしけれとて、

ひそかに近辺の者に告しらせ、

いそぎ居宅をかへて、

火災をのがれ給へとえへど、

さらに信ずる人なし、

何條さる事あらん、

久庵日ごろ異風の人なれば、

狐狸のばかしたぶらかしたるならんとてあざわらひける、

久庵は此所をのがれ出けるが、

いづち行けんその住所さだかならずといふ、

あんのごとくその年の冬近辺火災ありて、

人皆おもひあたりけるとぞ、

         ○増田入城

そのかみ細川三斎の一族に、

長岡肥後といふ者あり、

豊前の巌石の城を預けられしが、

悪逆数ヶ條あれば、

さしをき難きに因て、

謀て誅せむと思はれける處に、

肥後是を密かに聞て、

遁る處なしとや思ひけん、

城を下て我屋に帰り、

妻子を生害し身構え緊くして、

討手の来らば切死せんとの覚悟なり、

〓に三斎の足軽岡肥後恩情厚かりしが、

或時口入を以て三斎に置せたり、

此時三斎密に蔵人を喚で云渡されけるは、

長岡肥後悪意超過せり、

汝彼者が宿所に行て此箇條を見せよ、

悪逆十六ヶ條の中、

半其理を云ひらくにおいては、

今度の罪科を免ずべし、

若さなきものならば疾々切腹さすべしと、

手堅く云付けらるれば、

主命是非を云に及ばずして、

即時御請申、

足軽を引て肥後が宿所に至りてみれば、

はや歴々の士門外を圍んで雲霞のごとし、

蔵人諸士に向て云けるは、

我上意を奉て是まで来りたり、

猥に内へ入給ふべからずと下知して、

門に立よりこゝを明べし、

上意あつて増田蔵人が来たりといへば、

うちより答て、

蔵人殿にてもあれ、

入申事は堅く相成まじきといへば、

蔵人重て云けるは、

上意をうけたまわつて来り、

我一人門より内へ入んに、

入まじきとは何事ぞと、

互に問答するうちに、

増田殿御一人にてましまさば入せ給へとて、

門をひらけば、

蔵人引具したる足軽をば門外に残し置、

我獨り門より内に入ければ、

素より肥後守覚悟したる體なれば、

蔵人を見るよりはやく、

御辺は定て上意を聞て、

切腹させん其為に来り給ふと覚へたり、

趣意を聞むまでもなし、

我に於ては働死なん所存なりと高声に呼はれば、

蔵人聞て、

されば其事にて候、

三斎より御意の次第数箇条あり、

先々これを聞き給ひ、

其後は兎も角も心に任せらるべしと、

誠を以て〓ければ、

肥後守是を聞て、

実々是は尤なり、

先上意をばうけたまはるべしとて、

居たる座上へ請ずれば、

蔵人上座になをりて、

懐中より箇条一巻取出し、

是見給へや、

此箇条の中、

半分申ひらき給はゞ、

御赦免有べきとの旨なれば、

何とぞ思案廻らして、

理の品あらば言上あるべしと懇に告ければ、

肥後守是を聞て、

御内意は最なれども、

我身今更人を恨〓なし、

此箇条を見るに、

第三番目の箇条に至ては、

巖石の城に〓て夫婦〓物語の事なれば、

世に濡ぬべきとは思ひもよらざるに、

我身天罰人罰に〓たればこそ、

三斎の御耳に入たれ、

さあれば残る箇条は見るまでもなし、

はや妻子をも生害したれば、

世に思ひ置事もなし、

御辺も早く〓りて此由を申上られ候へと、

事もなげにぞ答へける、

蔵人聞て、

さては此箇条の中、

一言の申ほらきもならざるや、

口惜次第也、

さもあらば我も又こゝをばいかで立去べき、

某〓人にて居たりし時、

偏に肥後殿の御厚恩を受てこそ、

当家の〓をば〓きたれ、

あはれ今度御運も開かれ候へかしと、

願ひしことの空くなりて、

急難既に極りたり、

身不肖には候へども、

上意は争で背くべき、

討死の御覚悟に於ては、

人交もせず御相手になるべしと、

言を放て〓ければ、

肥後守是を聞て、

それこそ望む所なれ、

誠に御辺は常々長刀の自慢をしたまひ、

我は又〓の広言を〓たれば、

幸今日勝劣を〓すべし、

蔵人聞て、

尤宣しかるべしと〓、

其時肥後〓けるは、

最前妻子を殺害したれば、

殊外喉乾きて心地悪ければ、

湯漬を少し給て気をつけ勝負を決すべし、

蔵人殿も其用意宣しかるべしとて、

頓て〓付て其座へ出しける時、

肥後打笑て、

さても尋常の時ならば、

蔵人殿へは取繕て御馳走申べきものをと、

顔色よげに挨拶し、

さらば時分よし庭に出んとて、

〓おつ取て蔵人に向ひ、

御辺も長刀御所持たるべし、

取寄給へと〓ければ、

蔵人聞て、

心得たりとて門脇の塀に臨み、

長刀を得させよと〓ければ、

門外の足軽ども塀の手を乗越て、

〓に内へ入んとす、

蔵人大に怒て〓、

只今汝等来る所のあらざれば、

こゝに残て別人を〓りに入べからず、

用あらば呼べしと緊く下知を加へつゝ、

互に庭中に踊出、

獅子〓迅〓〓入の秘術を〓、

長刀の響門外に聞へける、

〓に蔵人如何思ひけるや、

暫く闘て何も勝負見へざれば、

長刀彼に拾両脇を投出し、

庭上にかしこまり、

首をのべてぞ待にける、

肥後此ありさまを見て、

蔵人殿はくたびれて休み給ふか、

さらば息をつぎて緩々と勝負を決せんといへば、

蔵人聞て、

少も疲れ侍らす、

唯今までは三斎への忠勤なり、

最早貴辺の御恩を報ずる為なれば、

早く首を〓給へと、

首をのべてぞ待にける、

肥後此ありさまをみて、

鍵を杖につき黙然として立たりけり、

こゝに肥後守が甥に岩助といふて十四歳になりけるが、

二刀を組で蔵人が首のあたりに擬へども、

蔵人流石之勇士なれば、

聊顧たるけ色なし、

肥後是をみて岩助に云様は、

覚悟は見事なれども、

さやうにすべき道理なし、

されば人たる者、

なれてのちなみは不入事と、

常々思ひしに少もたがはず、

蔵人と交り浅く侍らば、

何ぞ只今助けんや、

つら/\身を省るに、

我悪心にひかされて、

主に不忠をなしたる其責はやく来て妻子を害す、

誠に天の作る〓は猶避べし、

自なせるわざはいはのがるべき所なし、

今更忠義の士を討て官き事あらじ、

よし/\切腹いたすべしと、

鍵をかしこになげすつれば、

蔵人是をみて、

さては切腹有べきや、

我身の本望是までなり、

有難き御志言語に絶たりといへば、

肥後守岩助をよび、

急ぎ蔵人殿の両脇を進上申せといへば、

岩助右の言に念を入る時、

元興寺の塔へいづくよりかのぼりけん、

九輪の頂上に立居て、

衣服ぬぎて打ふるひ裸になり、

しばらくありてまたもとのごとく打着て帯しめ、

頂上に腰かけて四方を詠めりけり、

おりたき時はいづくともなく下ける、

又ある時猿澤の池のほとりを過けるに、

人皆見知て幻術懇望しければ、

かたはらなる篠の葉をちぎり、

何やらん〓文をとなへ皆々池水にちらしければ、

こと%\く大魚となり、

尾をふりひれをあげてはねまはりけり、

又ある夜奈良の手飼町ある家に、

客五六人招待して、

酒飯をとゝのへ座敷の興を催しけるに、

その客の内一人果心居士をよくしりて、

かの幻術の奇妙なる事どもかたり出ければ、

満座耳をかたぶけあやしみけるが、

又一人いふやう、

あはれその居士此座へ迎へ、

此人々の中にて何にても幻術をさせてみまほし、

さまでの奇特はよもあらじなど、

すこしはうたがひけり、

始の一人さおもひ給ふはことはりなり、

我は此ごろ心やすくかたらへば、

今夜よびにやりてみせ侍らんかといふ、

人々大によろこび、

いそぎよび給へといふほどに、

かの人ぢきによびに出、

しばらくして居士と同道してきたれり、

満座出むかへ、

夜中俄に請待せし所に、

早速の来臨かたじけなきよしのべたり、

居士さしもこと%\しきけしきもなく、

しづかに座敷になをり、

幸近所に居侍るまゝ来りしなり、

何にてものぞみ給へ、

慰にみせ侍らんといふ、

かのすこしうたがひたる一人出て、

それがし小智偏見にして、

終にかゝる大変奇特をみず、

あはれ何ぞ先それがしが身につゐて、

奇特をみせ給へといふ、

居士打わらひて、

わが見ざるをもつて他の奇特をうたがひ給ふなとて、

座中の楊枝をとり、

かの人の上歯をさら/\と左より右へ一遍なでければ、

たちまち上歯残らずぶら/\としてうき出、

ぬけ落なんとしける、

かの人大におどろきかなしみ、

あはれ御慈悲にもとのごとくなしてたべと、

涙をながし詫けり、

居士よく覚へ給ひたりや、

是にこり給へとて、

また右の楊枝にて、

このたびは右より左へ一遍なでければ、

ひし/\とかたまりてもとのごとくなりける、

人々おどろきあやしみ、

とてもの事に此座敷のまん中にて、

何ぞおびたゞしくすさまじき幻術をあらはしみせ給へかし、

我々末代まで子孫物語の種となし侍らんとのぞみければ、

居士それこそやすき事なれとて、

何やらん〓文を唱へ、

座敷の奥の方を扇にてさしまねきければ、

そのまゝ大洪水わき出るほどこそあれ、

これは/\とおどろくうちに、

器財雑具すべて座敷に有ほどの物、

皆々うかびながれ、

はや人々の腰なるより上まで水にひたり、

足の立ども覚へず、

十方にくれてあきれたるに、

猶々水はうずまきてわきまさり、

四方一面にみち/\、

大波しきりにうちかさなって、

いづくへにげんやいもなく、

いかに成行事やらんと、

是さへおそろしきに、

又奥の方より長十丈ばかりの大蛇、

角をふり口をあきて人々を目がけ、

波を蹴立て出きたる、

此時人々おそろしさいはんかたなく、

目くれ魂きへて、

にぐるともなくころぶともなく、

座敷のそとへかけ出むとせしかども、

さばかりの洪水におし流され、

皆々水底に打臥し、

溺れ死けると覚へける、

あくる日人に起されて座敷をみるに、

すべて常にかはる事なし、

かゝ奇変をなしけるゆへ、

いづくにてもたゞ此さたのみいひやまざりける、

その頃松永弾正久秀、

多門城に居住しけるが、

此よしをきゝつたへて居士をまねき、

いとまある時はかたりなぐさみける、

ある夜久秀居士にむかひ、

我一生いくばくの戦場にのぞみ、

刃をならべ鉾をまじゆる時にいたりても、

終におそろしと覚へたることなし、

すべて物をぢせざる天性なり、

汝こゝろみに幻術を行ふて、

我をおどして見てんやといひける、

居士こゝろへ侍る、

しからば近習の人々をしりぞけ、

刃物は小刀一本をも持たまはず、

灯もけしたまへなどいへば、

弾正その言のごとく人をしりぞけ、

大小の刀をわたし、

くらがりにたゞ一人閑坐して居れり、

居士ついと座をたち出、

広椽をあゆみ前栽の方へ行とぞ見へし、

俄に月くらく雨そぼふりて、

風さらに蕭々たり、

蓬〓の〓にして瀟湘にたゞよひ、

荻花の下にして潯陽にさまよふらんも、

かくやと思ふばかり、

物がなしくあぢきなき事いふばかりなし、

さしも強力武勇の弾正も気よはく、

心ぼそふしてたへがたく、

いかにしてかくはなりぬるやらんと、

はるかに外を見やりたれば、

広椽にたゞずむ一あり、

雲すきにたれやらんと見出しぬれば、

ほそくやせたる女の髪ながくゆりさげたるが、

よろ/\とあゆみより、

弾正にむかひて坐しけり、

何人ぞととへば此女大息つき、

くるしげなる声して、

今夜はいとさびしくやおはすらん、

御前に人さえなくてといふをきけば、

うたがふべくもあらぬ五年以前病死して、

あかぬわかれをかなしみぬる妻女なりけり、

弾正あまりすさまじくたえがたさに、

果心居士いずくにあるぞや、

もはややめよやめよとよばはるに、

件の女たちまち居士が声となり、

侍るなりといふをみれば居士なりけり、

もとより雨もふらず月もはれわたりてくもらざりけり、

いかなる魔法ありてか是ほど人の心をまどはすらんと、

さばかりの弾正もあきれけるとぞ、

玉はゝき巻之四

○波路文〓

薩摩国島津家に小野〓津守といふ人、

ひとりの娘を持けり、

名を菊子といふ、

父母のいつくしみあさからず、

深窓のうちにやしなはれ、

年すでに十六に成けり、

みめかたちうるはしく、

いとさゝやかなるよそほひは、

籬の内に咲梅のにほひ深きにことならず、

こころばへもやさしく、

よのつねのもてあそびにも、

歌草紙をすきて、

ひたすら敷島の道に思ひをよせ、

時々は和歌を詠じ、

やさしき事ども多かりける、

是を見聞人ごとに、

皆みぬ恋にこがれ、

人をたのみ便をもとめ、

千束の文をかよはし、

よび迎んなどいひわたりけるども、

父〓津守大かたは承引せず、

たゞ文武兼そなはりて、

器量すぐれたらん人にめあはすべし、

たとひ富貴権勢ありとても、

田夫野人のたぐひはねがふ所にあらずとて、

ふかくおしみ時を待けり、

こゝに肥前龍造寺が家臣瀬川采女正といふ者あり、

生年二十四歳、

器量備はりて弓馬の道に長じ、

心ざまなさけある者なり、

摂津守が娘菊子がことを聞伝へて恋したひ、

なかだちの人を頼、

かう/\といひ入ける、

摂津守かねて采女正が事をよく知て、

是わがねがふ所の幸なりとて、

一言の異議に及ばず、

娘をおくるべしと返事しけり、

そののち日限をさだめ、

婚礼の儀式はなやかにとりつくろい、

むあめの輿を入ければ、

采女正人しれずよろこび、

かず/\のことぶきに銚子かはらけとりかはし、

幾千世かけてかはらじと、

むすぶちぎりのかひありて、

後にはいとむつまじき中となり、

暫時のわかれもたがひにうらむる程に成りける、

しかる所に天正十八年の秋より、

太閤秀吉公高麗をせめんとの催しあり、

内々に諸國の大名衆へその旨を触知し、

一両年の内かならず出陣あるべし、

その用意すべしとなり、

もとより龍造寺方へも案内ありければ、

采女正もその期には供すべきにきはまりける、

菊子此よし聞て、

かねてわが夫にわかれんことをかなしみしが、

さるにてもその高麗とやらんは、

かぎりなき海山をへだてゝ、

いにしへより今にいたるまで、

人のかよひもまれ/\なりと聞なれば、

此たびの出陣もいとまことしからずと、

女の心のはかなくも、

たゞいつとなく月日をおくりける、

それより二年過て文禄元年三月、

果しておの/\出陣事きわまり、

明日は高麗へ船を出すなりと、

いづ方もことごとしうのゝしりあへりしかば、

菊子はいまさらのやうにおどろき、

しばしのわかれさへ別となればかなしきに、

これはまたはてしなき人の國へ、

しかも戦陣におもむき給ふなれば、

かさねてあひみんことはかた糸の、

よるかたしらぬわが身のはて、

あとにとどまりいのちながらふべきともおぼへずと、

たもとにすがり泣ける、

采女正もせんかたなく、

大かた夜も半ちかうふけしかば、

やう/\にすかしこしらへ、

行末のことなどかはらじとのみかたひらけるに、

はや明がたの空に成て、

別をいそぐ馬の声々うちしきりしかば、

采女のかみ一首の古歌を詠ず、

身はかくてさすらへぬとも君があたりさらぬかゞみのかげははなれれじ

わが心ばへは此歌のごとくなり、

是をかた見にまいらすると、

たゝうがみにかきつけわたしければ、

妻もしばし涙をおしとゞめ、

数遍詠吟して、

みずからもかたみにとて、

これも一首の古歌を書ておくる、

その歌に、

かぎりとてわかるるゝみちのかなしきにいかまほしきはいのちなりけり

かくて夜あけはなれければ、

采女正いまはこれまでなりとて、

たもとをふりきり出行ば、

菊子はなげきにたへかねて、

しばしば人心ちもなかりける。

かのむかしまつらさよ姫が、

夫のわかれをかなしみて、

身をもだへひれふりたるありさまも、

かくやあらんとあはれなり、

そののち采女正事ゆへなく下着し、

高麗に在陣しけるが、

久しく文のたよりさへせざりければ、

妻は露わするゝひまなくあこがれ、

いかにかくつれなくおとずれもなきやらん、

あら心もとなや、

せめて思ひの程を文にて告げやらんとて、

たよりの船をたのみ、

ことづておくりける、

その文に、

たよりの船をよろこび、

そゞろに筆をそめまいらせ候、

たゆるまもなくなつかしく思ひくるしみ候へども、

あはれととふ人もなければ、

ねやさびしくたゞひとりねをのみなくむしの、

われからこがすむねのけぶり、

はるゝまもなきなみだのあめ、

いつをかぎりの露の身の、

消えやらぬほども中々にうらめしく、

そのあらましをいさゝかしらせまいらせ候、

其ほどはおほやけのの事しげきにまぎれ、

〓ほどの事はおびし出さず、

一筆のたよりさへ、

波の音のすさまじき御心とやなりぬらんと、

おもひのたねむねの中にしげりあひぬるまゝ、

硯にむかいとりわづらふ、

筆の墨も涙の海とやなる、

行きみづにかずかくよりもはかなきはおもはぬ人をおもふものかは

とよみをく和歌のふるごとまでも、

わが身のうへにおぼへて、

むかしの人の心の内おしはかりすこしはなぐさみぬ、

思へば/\そひまゐらせぬむかしも有つるに、

こは何のむくひにておはすぞや、

あさましき我心かなとみづからおもひかへせど、

なをいやましの恋しさをいかにせん、

おもひのあまりはづかしながら、

みづから詠ぜし歌一首かきつけまいらせ候、

かくあらんゆくゑをしらでたのみつるわが心をばたれにかこたん

此程は恋しさのつもりにや、

などやらん心ちわずらはしく、

いけるかひなくくるしみ侍れ共、

いかにもして今一度見もしみえもし、

つもる事どもははらしまいらせたく候ひて、

かへりてあだなる露の玉の、

おもながかれとのみいのるばかりにて候、

何事も/\御おしはかりありて、

あはれとおぼしめし出され候はゞ、

かず/\御うれしく思ひまいらせ候、

申たき事どもかず/\おはしまし候へども、

あはたゞしき出船のいそぎにとりまぎれいかゞ申候や、

見ゆるし候べく候、

めでたくかしく、

五月九日  菊

瀬川うねめ殿

此ごろ西海の船路おびたゞしく難風吹あれて、

往來の船もくつがへり、その載たる荷物雜具あなたこなたにたゞよひ、

博多の浦へながれ來たりけるを、

浦邊の漁人その荷物を見つけひろいあげけるに、

その中に澁染やうの紙にて能つゝみたる物あり、

ひとえひらきみれば、

何やらん〓とおぼしき物なりしを、

またほどきたれば蒔繪などもけだかく、

よのつねならぬ文〓なり、

漁人おどろき、

わがごときいやしき者などの、

みだりにひらくべき物にあらずとて、

所の奉行へさしあげぬ、

奉行もまたわたくしに披見すべきにあらずとて、

尾州名古屋へ持参し、

太閤の御近習へさしあげ、

かう/\の次第なりと言上しければ、

すなはち文匣の封をもきらず、すぐに太閤へさゝげける、

太閤右筆にて侍る山中山城守をしてよましめ御一覧なさるゝに

女の文にて筆勢いふばかりなくうつくしく書つゞけたり、

前後つぶさに御覧ありて、これは瀬川〓女正が妻、

夫の別れをかなしみ、

いつはりならぬ思ひのほどを筆にあらはし、

ひそかに便りの船にことづけおくりけるが、

その船〓風にあひ、

此文あなたこなたつたはり、

いま〓に來ると見へたり、

これまた稀有のためしならずや、

此妻がなげく所ふびんの事なりとのたまひ、

すなはち龍造寺かたへ、

此瀬川〓女正をいそぎ故郷へかへしやるべしと御内書ありければ、

〓女正おもひよらぬ幸にて肥州にかへり、

ふたゝび菊子にあひて、

かう/\の次第にてありがたき御免許をかふむり、

俄にかへり來たるなりとて、

よろごぶ事かぎりなし、

菊子もうれしさのあまり涙をながし、

はかなき筆のすさみ御上覧に入し事、

よにはづかしくもまたおそれおほき事なれば、

いかなる御とがめもあるべきに、

いまかへりてかゝる御はからい、

世にためしなきめぐみぞや、

いざや此かたじけなき御礼を申あげまく思ふなり、

いかゞあらんといふ、菊子しからば君も一所にいざさせ給へとすゝめ、

夫婦同船にて名古屋へまいり、

太閤の近習なる尼幸蔵主をたのみ、

そのおもむきを言上す、

此度菊子わたくしの文匣かたじけなくも大君の御上覧に入、

離別のなげきを思し召やらせ給ひ、

不思議の御免許を蒙り、

ふたゝび夫婦相逢よろこび、

いずれの日かわすれ侍らん、まことにあさからぬ御めぐみ、

かゝる大君をや民の父母とあふぎ奉るべし、

かへす%\ありがたくぞんじ奉る趣、

とりに披露なし給へ、

またはゞかり多く侍れどもとて、

袖よりたんざくをとり出し、

一首の詠歌をたてまつる、

物ごとあはれをめぐむあまつ神の心にかはる君のたゞしさ

幸蔵主すなはち御前よろしく披露しければ、

太閤神妙なりとて夫婦ちもにめしいだし対面し給ひ、

かずの引出物をつかはされ、

御いとまたびけり、

時の人此事を聞つたへ、

皆太閤の慈愛の程を感じあへり、

0入定奇端

備前国岡山の風俗、

女子婦人ことのほか花奢風流をこのみ、

かたちをかざりにほひをつくす、

貴人高家ます/\色を重んじ美女をたづね、

一たび艶色を得るときは、

かならず人にほこりてらひて自慢せり、

春の花見又は盆中灯篭遊覧の頃、

このほかすべて寺社もふで見物の庭などには、

富家の妻女むすめなど、

ことさらにかたちづくりして、

多くの群集の中をはづるけしきもなくなまめきありくほどに、

わかきおのこどもは目もあやにながめやり、

あるひは手をとり袖をひきて、

はぢがはしき事どもあれども、

かゝるならはしにて、

誰あやしむ者もなかりける、

おのこどもおの/\家にかへり、

おのがどち打よりては、

他のうはさをせずして、

たゞ昼の間見あひたる妻女の美悪を論じ、

あるひはその衣服を着て、

かゝるけわひありしは何町の何某が妻なり、

今日の美女の随一なり、

何色の小袖着たるは誰がしのむすめ第二なりと、

声高にかたりあひつゝ、

たがひに恋したひうらやみぬ、

その頃商売人に中西九右衛門とて、

身上富裕なる

ものあり、

ちかごろ隣国より妻をむかへたり、

きわめて艶にうつくしく、

顔色風儀凡当国にならぶものなし、

この妻出てありくごとに、

人皆見かえり見おくりて、

心をかたぶけずといふ事なし、

あるひはわかき色ごのみのともがらは、

いかでかうばひとらんなどたくみける、

此九衛門元来武家の一族にて、

物ごとうづだかくかまへ、

しかもその心根かたくなにねじけたる者なり、

此ゆへに近きあたりの人ちかづきむつばざりける、

九衛門燐家に竹内〓平といふ者あり、

才知弁舌人にすぐれ、

人物よく美男なり、

しかれども行跡放〓にしてたゞしからず、

博〓を好み、常に遊女乱酒の席に夜日をあかし、

すべて渡世家業を事とせず、

この妻また美麗にて、

九衛門が妻にもおさおさおとらず、

九衛門燐家なれば、

常に〓平と念比にまじはりをなし、

たがひに心おかず、

奥の間〓の中までも行かよひける、

九衛門いつしか〓平が妻を見そめてより、

人しれず心をかけける、

ある時わが妻にむかひたわぶれいふやう、

世の人皆なんじを国中第一の美人なりといふ、

しかれども隣家〓平が妻こそ世にたぐいなき美女なれ、

いかにもしてたばかり、

さよの枕をかはしまの、露のなさけもあるならば、

死すともくやみあらじものをといひけり、

是よりひたすら〓平が方に行かよひて、

酒もりしうたひどめきあそびける、

〓平身上貧しければ、

そのあいだの費皆九衛門方より、

ひそかに折にふれ事によそへて、

金銀をおくりてまかなひけり、

〓平もまた九衛門家にきたり、

終日よもすがらあそびくらすほどに、

種類を以てあつまるならひにや、

近辺遊楽好事のわかき者どもへつらひきたり、

ます/\両人に遊興をすゝめ、

都より白拍子のたぐひをよびくだし、

酒宴の友とし、

又は琴三味線当世歌などに長じたる芸者をあつめ、

色々のたのしみをつくしけるが、

後には両人の妻も此遊興の席につらなり、

ともに酒をのみうたひたはぶれける、

九衛門かねて〓平が妻に執心しけれども、

さすが打つけにかくともいひ出がたく、

とかく隙をうかゞふまに、〓平が先だつてはやわが妻をぬすみ犯すことをしらず、

はじめ九衛門が妻〓平をみるごとに、

色白く美男にてよろづ風流なるに心みだれ、

ひそかに心をかよはせ、

わが夫よりはねんごろにもてなしける、

権平もそのかたちのうるはしく、

しかもいつはりならぬ色にめでて、

かりそめにたはぶれあひけるが、

やがてへだてぬ中となりける、

九右衛門かくあるとは露しらず、

權平が來り遊女などあつまる折からは、

妻常に饗応のまかなひ、

座敷のしつらひなどいとまめやかにはからい、

時の興を催しければ、

ひとへに我を思うゆへなり、

嫉妬の心なき賢女にこそと大によろこびける、

九右衛門元來富裕なる者なりしが、

かやうにかぎりもなくおごりければ、

その用度に事をかき、

先祖よりつたへし屋敷田畠あまた沽却しけり、

妻ひそかにその金銀すこしづゝぬすみてたくはへ、

かほよき白拍子をもとめ別屋敷にかくし置、

九右衛門をたばかりみちびきてかよはせ、

いつにても不自由なる事あれば、

かのぬすみとりし金銀をいだし、

まかなひけるほどに、

九右衛門この白拍子になづみおぼれて、

一月ばかりもわが家に歸らず、

この留主のひまに九右衛門が妻、

誰はゞかるけしきもなく權平をまねき、

昼夜酒もりし、

佳肴珍饌をとゝのへ、

心のかぎりもてなしける、

かく酒盆を引ちらしたる時、

若はからず九右衛門かへれば、

妻めしつかひの女と心をあはせ、

權平を裏門よりにがし、

さらぬていにもてなし、

今日親類某來り給ひしが、

君つねに酒をしい給へるをおそれ、

君歸り給へると聞とひとしく逃かへられしと、

げにげにしくいつはるほどに、

九右衛門さもあらんとてうたがふ心はなかりける、

たま%\閨の中にて、

妻とむつまじく酒もりなどすることあれば、

わづか三盃にもすぎざるに、

甚醉みだれて打たふれ、

前後もしらずねいりける、

そのひまに權平ひそかにしのび出、

九右衛門が衣服を着し、

心のまゝに妻とあそびたはぶれ、

夜をあかし歸れども、

九右衛門更におぼえず、

是は妻かねて惡酒をこしらえ置、

ひそかに九右衛門に飮しめて、

性念をみだしける、

そのはかりごとは皆權平がおしへいたさせける、

毎々かゝる相圖にて、

たやすくかたらひ通しける、

傍より此體をみて笑止がり告しらせけれども、

九右衛門右のはかりごとにたぶらかされ、

かつてとがめず、

かくて一月ばかり過て、

ある夜こゝちわづらはしく、

寝間に臥し居けるに、

權平其あたり出入しける、

九右衛門はやしくも見とがめければ、

妻わざとしらざる體にもてなし、

權平此ほどはきたり給はずといふ、

九右衛門眉ひそめ、

さきに見へしはよくも権平に似たる者かな、

これわが病中にて眼くらみ、

あらぬ妖怪を見たるにやといひければ、

妻げに/\敷いふやう、

君ひごろ権平が妻に心をかけ、

その恋かなはざるゆへ、

わすれもやらず思ひくらし給ふほどに、

狐狸のたぐひその性念みだれたるをうかゞひ、

かく権平にばけて見へあらはれたるなるべし、

よく/\つゝしみ給へといふ、

その次の日権平九右衛門をおどしたぶらかさんとて、

面に緑青をぬり、

髪を朱に染ふりみだし、

異形のかたちをつくり、

わざと九右衛門がみる前を、

物もいはずあらはれ出けり、

九右衛門見るとひとしく、

わつとさけびおびえわなゝき、

ふすまひきかつぎふしたをれしが、

これより悪寒発熱かはる%\おこりて、

昼夜なやみける、

一族どもよりあつまり、

これ皆妖邪のなすわざなりとて、

薬治祈祷かず/\つくしけれども、

いさゝかしるしなし、

こゝに城下を去て十八里奥の山中に、

了顕上人とて真言密宗の高僧おはします、

徳高く行積りて、

しば/\奇瑞をあらはし、

萬人の渇仰なゝめならず、

九右衛門一族おの/\山中に立越、

上人の前にひざまづき、

九右衛門が病状をのべて、

あはれ慈悲をたれ此妖邪をしりぞけ、

一命をすくひ給へとなげきける、

上人かたく辞退し給ひ、

われ此深山にかくれてより、

高家貴人の召にも応ぜず、

すべて人間世の事にあづからず、

いそぎかへるべしとのたまふ、

一族皆々心をあはせ、

上人よりほかにまた頼奉る人なからばとて護摩の壇をかざり、

燈明をかゝげ一心に祈念し、

猶また九右衛門が過去未来の因縁をしらんとて、

その夜身を浄め入定し給ふ、

そのてい死人のごとく息絶て打臥、

あくる暁がた甦り、

そのためいきついてのたまふやう、

さても昨夜入定の中に奇異の事どもありけり、

神明不測の境人間世より審なり、

我終に聞ざる不思議を聞たりと、

おの/\感歎にたへず禮拜し、

そのありし次第を聞しめ給へとこふ、

上人のたまふ、

われ入定の中終にしらざるひろき野道を歩む所に、

かたはらにちいさき堂舎あり、

その中に堅牢地神おはします、

そのまへに今の九右衛門が祖父九太夫、

ひざまづき訴訟していふやう、

それがし孫九右衛門、

隣家権平にその妻をおかされ、

あまつさへ悪酒をもり、

又は妖邪に託しておびやかし、

その命をうばはんとす、

いそぎ神力を以て権平を罰し給はるべしといふ、

地神のたまふ、

われ神位卑賎にして、

人間の賞罰心にまかせず、

いそぎ出雲の大社にまいり訴ふべし、

幸今日八幡春日明神大社に会降し給ふ、

ひたすらなげき申さば、

よきにはからひ給ひなんとおしへ給ふ、

九太夫さらばとて前を退出してわれに向ひ、

貴僧は九右衛門が一族にたのまれ、

病苦本復の祈念し給ふこそ有難けれ、

いざさせ給へ、

ともに出雲ゆむとおもへば、

そのまゝ大社の拝殿にいたりぬ、

あんのごとく八幡春日の両神とおぼしくて、

拝殿に衣冠たくましき老翁二人まします、

一人は赤き装束、

また一人は白き装束にて対座し、

弓を射給ひけり、

我二人首を地につけ拝伏して、

九右衛門が病状権平が〓悪をのべ訴へけり、

しかれどもやゝ久しく返答もし給はず、

我二人ます/\おそれ入てなげき申ければ、

そのうちに弓射おはり給ひ、

赤き装束の老翁貴喟然としてのたまふやう、

かなしいかな人間愚惑の甚しきことや、

それ神明とは他にあらず一理をいふのみ、

易に所謂積善の家には余慶あり、

積不善の家には余殃ありと、

理の必然にして信ずべきものにあらずや、

しかれば清浄正直なれば家栄へ、

邪辟〓乱なれば身を喪ふ、

みづからまねく所にして、

他の神明の加損する所にあらず、

かの世の謬妄のともがらおもへらく、

神仏陀よく人間禍を転じて福となし、

害をさけて利を得さしめ、

病を癒し寿を延給へりと、

爰において専神仏に心力を用ひ、

利益を幽冥のあいだに求む、

しかれども平生に其心正しからず、

其身終らざれば、

家斉はずして災害ならびいたる、

まして庶人下賎のたぐひ、

生産作業を怠りて事とせざれば、

衣食に乏ふして貧苦にたへず、

災禍きたり貧苦にせまりて、

俄に神仏にへつらひいのり、

或は非道にかすめたくはへたる金銀を散じて堂社を造営し、

或は百日千日の苦行を勤て神慮をよろこばしめ、

おのれが所願にかへんとす、

是しかしながら神仏と凡夫と商売交易するの道にあらずや、

それ人世の中にても、

すこしく利義の弁を知る者は、

一毫も非道の物を受ず、

いかにいはんや神明仏陀、

かゝるけがらはしき手向を納受し給はんや、

しからば妄りに祈り求むとも何の利益かあらん、

是によつてます/\神明仏陀賞罰するに

あらず、

只みづからまねく所なることをしるべし、

若世人の説のごとく、

神仏人間の祈念に応じて、

禍を転じ利を得さしむといはゞ、

万国人民の多き、

古今年数の久しき、

神明仏陀の殿舎の中に、

幾千万の奉行役人を備へ設とも、

治めつくすべからず、

そのいそがはしくまち/\なる事、

人間の公事聴場よりはさはがしかるべし、

天上微妙の宝殿豈此理あらんや、

今や訴ふる所の汝が孫九右衛門、

元来行跡〓僻にして正しからず、

自身を侮りて人侮るの道理、

必死の科にあたれり、

しかれども汝が存生の時、

親に孝行にして慈悲ふかく、

物の命を害せざる功徳あり、

是汝が孫九右衛門が命を延るに堪たり、

このたびは死すまじきぞ、

憂ることなかれ、

かの権平はたとひ人間世にて、

しばらく罪科をのがるゝとも、

かならず冥罰を陰府に受べし、

行末安穏なるべからずとなり、

時に社壇の中に妙なる音楽の声かすかにきこえしかば、

白き装束の老翁つい起きて、

おそなはりぬいざさせ給へとて簾中へ入給へば、

はじめの老翁もつゞいて入給ふと見て、

夢のさめたるごとく甦りたり、

有難奇瑞にあらずや、

かくのごとくなれば九右衛門は、

祖父の余蔭にてこのたびは本復すべし、

権平はこなたより責ずとも、

やがて亡びなんとのたまふ、

一族皆皆感涙袂をうるをし、

上人を礼拝してかへりける、

果して神明の告にたがはず、

いまだ一年も過ざるに、

権平腰骨ことのほかにうづき痛、

十日ばかりの後癰疽大に発して、

苦痛悩乱いふばかりなし、

当時の名医どもに見せけれども、

是色欲過度のゆへに腎虚し、

髄渇て薬方灸治も及ばずとて、

あへて癒さんといふ者なし、

かくて半月ばかり、

あらくるしやかなしやとよばひさけび、

狂ひ死に息絶けり、

死後にその妻その娘皆心貞固ならず、

あやしの下臈のために身をまかせ、

あさましき恥をのこしける、

九右衛門は病気本復して、

行末事故なかりけるとぞ、

玉はゝき巻之五

○兵法極位

天正年中に、

相州三浦三崎に北條美濃守氏親在城也、

其比戸田一刀齋と云兵法者、

諸國修行し三崎へ來る、

〓東無〓の手づかひと云て、

諸侍弟子に成給ひぬ、

面には五ヶ八ヶ七つ太刀十二ヶ條などとて、

さま%\の太刀ををしへ、

其上しやの位一つを專とおしゆる所に、

弟子衆いひけるは、

此上は陰の太刀極位を教給へと望む、

一刀齋聞て、

此事の外に奥義なし、

是を肝要とつかひ給へ、

奇特は工夫より〓るゝ者也、

右にをしへし樣々の太刀は皆方便、

是足代にて事一刀にきす、

其上鈍刀骨をきらず、

利劔を用ゆべし、

運命は天然なり、

進とも死せず退ともいきじ、

身を捨てこそうかぶ瀬もあれ、

祕すべしとぞ申ける、

然るに其比三官といふ唐人、

北條氏政の印判をいたゞき諸越に渡り、

天正六年戊寅七月二日、

三浦三崎の湊へ唐舟着岸す、

此舟に十官と云唐人、

から國にて兵法名人の沙汰あり、

諸侍所望する處に討太刀なし、

面白は有まじけれども、

ひとり兵法つかひてみせん、

白刃の長刀をもつて廣庭にてつかはんといふ、

則長刀のさやをはづして出す所に、

長袖のいしやうをぬぎすて、

如何にもかろく、

くゝりばかまを着し、

蛛舞などの出立也、

筋骨たくましう、

眼ざしつらだましゐ人にかはりて見えにける、

大庭に出長刀をつ取て立たる威勢、

誠の敵に出あひ勝負を決がごとく、

眼をいからかしはがみし、

大聲をあげ長刀を自由にふつて、

うしろ前弓手妻手へ二間三間飛、

廣庭にて土煙を立、

半時がほどあせ水をながし、

八方をさしからみ、

大勢のかたきを一方の角へ追入、

扨長刀をからりと捨たる有樣、

はんくわいがいかりもかくやらんと、

諸侍興さめ目をおどろかし見物せり、

皆人沙汰し給ひけるは、

十官がたゞ今の振舞、

かたき二百も三百も有中へ一人切て入、

西より東へをひまくり、

北より南へ追まはし、

たてざま横ざま十文字、

算を〓したる手づかひ祕術おほかりき、

大長刀を自由自在にふりけるは、

木刀よりもかろし、

兵法の位一刀齋にもをとるまじ、

此十官と日本人、

太刀討かなふべからずと皆人いひあへり、

一刀斎是を見比沙汰を聞、

十官に白刃の長刀を持せ、

われ扇にても勝べしと云、

皆人聞て是を見物せんと、

十官をいさめさすゝめて、

木長刀を持せ、

一刀斎は扇を持て向ふ所に、

十官小敵をあなどらず、

をそれたる気色、

老士のいさめを宗とし、

張良が秘術をつくし、

すさまじき有様、

一刀斎もかなふべしとはみへず、

一刀斎是を見、

扇を捨雨手をひろげてかゝる、

十官いよ/\おごらず、

大事に取て長刀を大きにちらさず、

きつさきを向ふにあて、

ひらめかし、

きうにかゝる時は、

一刀跡へしざり、

一刀手をひろげてすゝめば十官しりぞき、

広庭にてをつつまくつつ、

かけつかしつ、

面白さ春の園生に蝶鳥の、

散かふ花に立うかれ、

入乱てあそぶがごとし、

然に一刀斎飛入て、

長刀をふみおとしければ、

十官も見物衆も興をさましたり、

弱よく強をせいし、

柔よく剛を制すとや、

一刀斎がじゆつちはかりがたしといへり、

          ○酒家滅却

上京安居院貧しき酒家に興右衛門といふ者あり、

生得心正直にして家業に精をつくし、

家来も持ざれば、

てづから萬の器に念を入、

汚れを去新しく浄めければ、

酒の風味他家よりはすぐれてよろしかりける、

此ゆえに遠近聞つたへて、

たゞ此家の酒をもとめはやらしければ、

身上やゝ〓ひけり、

男子二人女子三人持けり、

嫡子二十あまりになりければ、

父興右衛門いづれしかるべき商買人の家より

むすめをこひうけて新婦とし、

家督を譲り、

妹むすめの十三四なるは縁まかせ

連々に離婚させ、

わが身はやがて隠居し、

家業の世話をたすかり、

せめて老後のたのしみに、

安閑に月日を送らばやとおもふ所に

嫡子興兵衛いつしか後世をねがひだし、

或浄土宗の長老の説法を聞入、

家をしのび出て出家になりける、

父母いと本意なき事におもひ、

いかりはらだち、

幼少よりあさからぬ慈愛にて養育し、

かく成人しければ世にもうれしく、

老後の杖とも頼みつるに、

親の行衛をかへりみざる不孝さよ、

親子のよしみも是までなり、

勘富せんとのゝしりけれ共、

日比家に出入尼法師ども、

皆口々に〓て

さのみはらだちいかり給ふな、

事にこそよれ出家相積は、

めでたき善根功徳ならずや、

此世はとてもかくても住はてぬ仮の〓

永き未来ぞ大事なる、

父母の身とし観喜はし給はず、

反て怒りのしり給ふは何事ぞや、

誹〓正法の科によりて、

來世は地獄へや落給非なん、

あらおそろしなどいひければ、

さすが愛憐深き父母のならひ、

しかも堕獄の罪のおそろしさに、

いとまなき渡世を身に勤め、

辛勤苦〓してもうけ得たる金銀を送、

かの出家をはごくみける、

母は猶々不便がりて、

時々父が財物を盗て施しける、

かの出家は天性愚〓にて、

何の所見もなく、

二六時中〓名のみ大事と念じけるが、

伴の母の施しを得てよろこび、

是こそまことの報謝なれ、

〓網〓には布施の功徳〓大なること何と説れ、

僧祇律には慈悲の利益深重なる義何と賛じ給へりなど、

さま〓すすむるほどに、

母はひたすら心をかたぶけ、

いよ〓父が財物を盗て、

衣をこしらへ架裟をとゝのへ、

何くれと物を送りける、

かくて二男は少病気ありて健ならず、

このゆへに家業のたすけともならず、

うかうかあそびくらせしが、

いつぞの頃よりか能〓をすきでいでて、

是に精魂をつくす程に、

やゝ人もほむる程に仕なしける、

能の師匠なる人父興右衛門にすゝめて、

ひたと稽古させける程に、

また〓是に金銀をついやされける、

されば男子の家業をも勤め用にも立べき者は、

或は出家し或は〓者となり、

却て金銀財物をうばいとられ、

又娘の内姉一人は、

近き頃ある富家へ婚〓しおくりけるに費おほく、

かれこれ金銀用却打つゞき、

父興右衛門さても〓慶なき身上ますます哀微し、

他借さへ出来ければ、

日を追て世わたり苦しく、

父母ともに〓夜心をくだきかせぎけれども、

相続せずして家亡び、

残りたる器財雑具も皆負方の物となり、

父母やう〓自らあなたこなた流浪しけるが、

年月の苦労にや、

父母ともに病におかされ、

終にむなしくなりける、

そのころからの〓子の僧は、

〓東の談林に入浄土一流の学問修行する程に、

故郷の父母の難儀流浪をもたづね問ず、

その後年〓かさなるまゝに、

所縁について江戸増上寺の末寺なにがしの院の住持となり、

永忍上人と名をあらため、

はなやかなる架裟衣身にまとひ、

多くの弟子仕丁にかしづかれ、

一生安逸に暮らしける、

たま〓むかしのゆかりの人きたり、

父母老後のあさましかりし次第を告しらする者あれば、

すこしも悔やむけしきなく、

一子出家すれば、

九族天に生ずとは佛の金言なれば、

今世こそさやうに〓難にて終給ひぬとも、

未来はかならず都率の往生遂給ひなんとぞいひける、

かくてはるかに年經て後、

此永忍上人も死去し、

後住に瑞應和尚といへる僧此院に入て住持せらる、

ある夜此瑞應方丈に座し、

燈に向ひ勤學し給ふ所に、

しきりに人の燒焦さるゝ匂し、

時々鐡の鎖やうの物のからからなる音聞へけり、

ふしぎなりと障子をひらき見給へば、

向ふの築地の下に誰とはしらず、

痩つかれたる老僧手足を鐡索にて縛られ、

頚のほどには鐡の枷を入れられたり、

此枷火炎になりて、

消てはまた燃え亜あがり起滅やむ時なし、

枷の端築地の柱にさはりければ、

柱やがて燒あがりける、

瑞應すさまじさいふばかりなく、

いかに何者なれば、

かゝるおそろしき苦患を受るぞやととがめれば、

かの老僧くるしき息の下より、

我は此院の前住永忍上人なり、

世に有時親に不孝にして、

かつてその厚恩を報ぜず、

あまつさへる財物をむさぼりとりて、

わが身の榮耀とせり、

此科によりてかゝる報ひを得たりといふ、

瑞應かさねて、

しからばいかなる方便佛事をなしてか、

此苦患をすくひ奉らんと問、

永忍こたへて、

さらに他佛事供養をねがはず、

わが弟及び妹むすめ三人、

皆乞食流浪の體となりて、

今某所に居侍、

わが在生の時身に付たる程の財物、

こと%\賣代なし、皆々あたへほどこし給はゞ、

せめてもわが罪科輕んじて、

此苦をのがれんといひおはりて、

行方なく消うせける、

瑞應急ぎその財物を代なし、

かの兄弟をたづねてわかちあたへ、

忌日にはねんごろに佛事をなして弔ひければ、

そののち永忍幽靈もみへきたらず、

さだめて成佛得脱しつらんと、

人皆たつとびあへり、

かの枷の燃つきたる築地の柱、

猶今も燒痕殘りてこれあり、

代々住持勤戒のためなりとて、

さらに作り改めず、

諸人にみせしむといふ、

○迷悟問答

そのかみ周可長老は、

知行兼備の智識にて、

悟道發明の聞へあり、

東國行脚のついで、

ある時美濃國垂井の宿を過給ひしが、

折ふし日すでに暮けり、

此宿の道場金蓮寺には、

いさゝかしれる僧ありければ、

たづね入、

その夜一宿し給ひけり、

夜半ばかりに厠に行、

何心なく歸給ひけり、

俄にぞつとさむく物すさまじく覺ゆ、

時に寺内二つの墓の前より、

年ごろ成女房色、

青ざめてやせつかれたるが、

腰より下は皆血に染り、

物がなしきていにて出向ひ、

一言も物はいわずして、

空中に文字を書つけ示しける、

その文に、

問堕地獄受苦時如何、

長老とりあへず、

出圓通、

何処有地獄と答へ給へば、

幽霊また空中に書ていはく、

莫論地獄試看此體と、

長老重て、

其體即佛性とのたまへば、

幽霊莞爾と笑て消うせけり、

長老奇異の思ひをなし、夜あけてかの知れる僧に、

昨夜かうかうの次第にて、

幽霊と問答せしなり、

是何者なるぞとたづね給ふ、

かの僧眉をひそめ、

その幽霊の女房は、

そのかみ関東左衛督持氏公若君春王殿安王殿の乳母なり、

仔細ありて京都において拷問せられ、

死して後此寺に来たり、

かゝる奇怪をなし侍り、

されば誰にても出家たる人、

夜此墓所のあたりを過る時は、

かならず此幽霊あらはれ出で、

昨夜のごとく空中に書つけ示しける、

しかれどもそれを見るとひとしく、

おびへ倒れて絶入し、

一人も問答せし僧なかりしに、

長老昨夜の答話こそありがたけれといふ、

長老聞給ひ、

是はあはれなる物語、

その仔細をくわしくかたり給へとのたまへば、

かの僧、

始終なが/\しき事なれども、

あらましかたり申さん、

そのかみ高氏将軍より三代、

左兵衛督持氏公鎌倉におはしまし、

御政道たゞしく諸国永久に治まる所に、

官領上杉安房守憲實がむほんによつて、

京の公方義教公の下知として、

関西の軍兵發下り、

箱根山の合戦に持氏公討負させ給ひ、

永亨十一年己未二月十日、

鎌倉において長男義久公卿父子滅亡し給ひぬ、

次男春王殿三男安王殿兩若君は、

鎌倉を忍び出日光山に入、

衆徒を頼隠れまします所に、

結城七郎光久此由を聞、

累代の主君にておはしませばとて御迎に參り、

結城の館に入申、

いつきかしづき奉る、

安房守憲實鎌倉山の内に有て此由を聞、

せんだんは二葉なれ共四十里のいらんをけし、

火はけしほどなるより一切の物を焼ほろぼす、

毒の蟲をば頭をひしぎてなうをとり、

かたきの末をば胸をさきて肝をとるとかや、

兩君をいかし置てはわが大敵なるべしと、

急ぎ京都へ此由うつたへ申によて、

兩若君を誅し申せとの綸旨を下し給ふ、

安房守此御綸旨を諸國へめぐらし、

関八州は申におよばず、

北國出羽奥州の軍兵、

夜を日に次で下野の國へ馳來る、

其勢十萬餘騎、

結城の城を二重三重に取まく、

軍兵じうまんする事雲霞のごとし、

縦鉄城鉄壁をもてかこふといふ共、

此勢には叶ひがたし、

然共此城は前に大河ながれ、

うしろの大堀には大船をうかべ、

鳥ならでは通ひがたし、

城に〓篭る人々、

結城七郎光久、

次男八郎光義、

尾口弾正顕憲、

千葉備後守成吉、

長井斎藤兵衛尉、

高尾〓太夫、

松井筑前守、

藤岡佐兵衛尉、

今川修理助、

小山喜太夫、

高崎四郎左衛門尉、

大田和備中守、

石橋太郎兵衛尉、

久堅主膳、

宮井左近大夫、

森〓兵衛尉をはじめ、

むねとの侍五百〓騎篭る、

敵は大軍といへ共、

名城なれば攻よるべき兵術なし、

人沙汰しけるは、

此城に篭る者共志を一同し、

命をば主君になげうつて討死せんとす、

孟子に天の時は地の利にしかず、

地の利は人の和にしかずとあれば、

地といひ人和といひ、

力攻には成がたしと、

攻あぐんでぞ見へにける、

大手に向て矢軍計にて、

〓日をむなしく送る、

七郎申けるは、

雨若君はいまだ合戦を見たまはず、

いざやいくさして御目にかけんと、

〓君を高矢倉にのぼせ申、

大手の戦場黄からねば、

二百〓騎をもよほし、

家々の旗さし物をさし、

大将軍には七郎光久、

さび月毛の八寸あまりの駒に、

なしぢにまきたる白ぶくりんの鞍をかせ、

小〓おどしのよろひ着、

半月の差物をさし打〓て、

大手の門を押ひらき、

〓扇をあげて衆をいさめ、

真先かけて切て出る、

おつつまくつつ懸つかへしつする風情、

柳の〓の風によられて〓々と入〓れ、

花を散して面白さに、

敵も味方も目をおどろかす、

左右に堀有て、

互に加勢も叶はずして、

一時ほどの戦ひに、

首を取つとられつ、

さしちがへて死するもあり、

七郎光久は敵と馬上よりくんでおち、

おさへて首をとり、

太刀の先にさしつらぬき、

高くさし上、

軍中にて〓若君の御目にかくる、

〓君是を御覧有て、

光久が戦場の振舞ゆゝしとのたまへば、

味方も敵もえびらもちだてをたゝひて、

猛大〓比類有べからずとほめたりけり、

しばしが程の戦ひに、

矢きはまり筋力もつき、

息もつぎあへねば、

互につかれのあまりにや、

相引してぞのきにける、

〓若君諸卒を御前にめされ、

今日のはたらき忠功〓からずと御感有て、

七郎をはじめ皆〓御〓を下されければ、

各涙をながし、

ころもの袖をぬらし、

武士の家に生れ、

君の御ために命を捨るは人臣の本懐、

後世の思出なるべしと、

衆口一同にぞ申ける、

其後七郎大手の矢倉にあがり、

大昔上て申けるは、

両君の厚恩に討死せんは、

当家の眉目一門の名誉たり、

りうもんげんじやうの地に骨は埋む供、

名は雲井にあげんと思へば、

命にをいて露塵ほどもおしからじ、

さりながら七郎をはじめ一門が基中に

老たる母とおさなきむすめ数多持たり

かれらが死せん事こそふびんなれ

わずか廿人の内外也

たすけ給ふべきならば

城内を出さんとよばはる

安房守此由を聞

女の儀ならば幾人も出し候へ

命をたすくべきといふ

七郎聞て

あらうれしやさらば出さんと

両若君を姫君のかたちに作り

女房二十人の内

八人おなじやうなるむすめをこしにのせ

城中を出す

安房守云けるは

此内に若両若君やおはします

よきにさがせと下知すれば

けいごの武士興の戸をひらきみるに

常に鎌倉にて見なれ申せしことなれば

いかでか見そんずべき

両君是にましますといひければ

一度にどつとときをあぐる

七郎是を聞

〓はあらわれ給ふかや

御運の末のかなしさよ

いたはしさよと涙をながし

いざや人々討死せん

たとひ此世にいき残りてあればとて

千年を送り〓万年のよはひをもつべきや

両君の御ために討死し

名を後代に残さんと門をひらき

五百余騎おめきさけんで切て出る

比は嘉吉元年辛酉六月廿四日申の刻

大軍そなふる基中へ

まつしぐらに切て入

今日をさいごの合戦なれば

父討るれ共子たすけずつばをわりしのぎをけづり

前へ進む者はあれ共

命ををしみ一足も退く者はなし

刀のつかのくだくるを限り

死を限りに戦ひ

半時が基内に

五百余騎枕をならべ討死す

むかし漢の田横が

高祖の召にしたがはず

義を重んじて自害せし時

あとにのこりし海中五百人の士卒

是を聞とひとしく皆自殺して

主従名を万代にのこせしに異ならず

まことに世にこえたる忠臣ならば

いざや此七郎光久を

関東の軍神にまつらんとぞいひあへり

合戦過れば

安房守おもいのまゝに両君を生捕奉り

急ぎ京都へ此由申所に

両君を興にのせ申

徳利文右衛門

漆桶三四郎

両人のめのと御供す

けいごの武士あたりをかこみ

鎌倉へ立よらせ給ふ

父持氏公御自害まします永安寺を

御興の内より見給ひ

御手をあはせ廻向し給ふ

御心のうちこそあはれなれ

老若男女貴賎上下皆涙をぞながしける、

是より過行ば、

さぞな鎌倉に御名残おしくおぼすらんとをしはかり、

片瀬こしごえ相模河、

大磯過て鞠子川、

波立あぐる浦づたひ、

小田原に着給ふ、

それより箱根山、

〓は持氏公御合戦場の由聞召、

御泪を流させ給へば、

見る人皆袖をぬらしけり、

諸行無常の鐘の聲、

ひゞく嵐はうつの山、

うつゝの夢を都路の、

便をいまぞ菊川や、

青野が原にかゝらせ給ふ所に、

京よりの飛脚けいごの武士に行向ひ、

兩若君の御事は、

首にて京着有べしとの宣旨のよしを申、

御兄弟は聞召、

何事ぞやととひ給ふ、

二人のめのと、

是はたゞ御よろこびの御使とぞこたへける、

春王殿、

  よろこびの世にあふみとは成もせで青野が原の露と消まし

とよみ給へば、

安王殿、

  あひ川やすそをひたして行そでにたる井の露と消やはてなん

と詠じ給ふのいたはしさよ、

御輿を比垂井金蓮寺の道場に入奉る、

上人對面有て、

われもと藤澤に候ひし時、

故鎌倉殿御芳志をかうぶりたり、

毎日佛前にて回向仕る、

其故にや兩君の御入寺、

本望哉と盃を出し、

上人ひかへ給へば、

春王殿扇を取て、

いざやまはん安王もつれ舞せよと有しかば、

安王殿もおなじく立てぞ舞たまふ、

古郷は、

跡に鳴海のうらめしや、

袖行水のあはれをば、

誰とぶらはん、

後の世をたすけ給へや上人、

と舞おさめ給へば、

上人は墨染の衣をぬらし給ひけり、

一人のめのと、

此中路次の御つかれ、

御しんならせ給へと申しければ、

しばし御しん有けるを、

御そばへ立寄、

三刀づつ害し奉る、

春王殿十三歳、

安王殿十一歳、

おなじき歳の秋あだし野の露と消させ給ふ、

御最後の御有様かたるに言も盡くすまじ、

かの乳母の女房は、

始終兩君につきまとひつかへしが、

御最後の折ふしは、

けいごの武士ども深くつゝみかくしければ夢にもしらず、

あくる日御首ばかり桶二つに入たるをみて、

あきれてきへいり物いはず、

やゝあつていきをつぎ、

御最後としるならば、

我もろともに参りつゝ、

ともにかいしやくつかまつり、

今はのきわの御ありさまをもみたてまつらば、

かほどに物は思ふまじ、

情なの次第とて、

りうていこがれかなしめば、武士共も皆道理なりとて

ともに涙をながしける

かくて御首は京都に着しかば

義〓公御實檢ありて後

御諚意としてまた垂井の宿へ返し、

此金蓮寺にて御首もむくろもけぶりとなし、

二つの墓の主となし奉りける、

乳母の女房は奉行どもうけ取、

つよくからめて、

今度の御謀反にくみする人數はたれ/\ぞ、

ありのまゝに申べし、

すこしもいつはらば拷問せん、

いかに/\と問給ふ、

乳母聞て、

女の身にて候へば、

何事もさらにしらず、

又若者とてはたゞ二人ましませしを、

かやうになさせ給ふうへは、

何の御不足ましまさんと、

たゞさめ%\と泣ゐたり、

奉行共さあらばいためて問べしとて、

錐にて膝をもみければ、

たちまち血けぶりたちて、

腰より下は皆くれないに染りける、

その外七十餘度の拷問は、

目もあてられぬ次第なり、

やゝありて乳母、

物申さん/\といふ、

しばらく拷問をとゞめければ、

むざんや乳母、

高聲に念佛十遍ばかりとなへて、

みづから舌くひきり、

かしこへこそはすてにけれ、

奉行共これを見て、

舌ありてこそ物をいふべけれ、

今は是までなりとてはなされける、

しかれども五體もつゞかずあけになりて、

命生べきやうもなし、

やう/\に東山のある寺に入、

〓を頼み硯をかり、

六字の名〓百遍ばかり書寫し、

おくに一首の辭世を書たり、

きへはつる露の命のおはりにはものいはぬ身となりにけるかな

とかやうに書とゞめ、

ついにむなしく成ける、

その亡魂猶も兩君をしたひ、

此寺にきたり、

死後までも宮づかへし奉るとみへたり、

しかれども今また長老のありがたき話則にあづかり、

たちまち本來空の道理を開悟せりとみゆ、

まことに末世稀有の善知識かなと、

感涙をながしける、

長老、

さてもあはれなる物語を聞つる物かなとて、

ます/\兩君乳母ともに、

出離生死佛果菩提の回向いとねんごろになし給ひ、

かの〓にいとまごひして、

寺を出去給ひける、

そののちその終所をしらず、

玉はゝき巻之六

          ○大佛建立

山城國木幡の里に又次郎といふ百姓ありけり、

壽命めでたき者にて百二十歳におよび、近き世までながらへけり、

いさゝか老耄のけしきもなく、目もあきらかに足健なりける、

生得心正直にして慾すくなく、

ひたすら後世をねがひて、月毎に東山知恩院へ参詣しけり、時の和尚このよしを聞給ひ、ある夜又次郎を密に方丈へめしよせ酒飯などあたへ、

よろずむかしの事たずね給ふに、性念正しく物覺へもたしかながら、さすが下臈なれば、高家貴族は聞つたへたるばかりにてさだかにはしらず、たゞ壯年のむかし、

太閤秀吉公東山大佛殿建立し給ふとき、人夫にやとはれはたらきければ、

その間の普請作事等こと%\間く、今みるやうに覺えける、

和尚最興ある事におぼし召、委細にたづね給ふ、又次郎答てかたるやう、

その比は太閤聚樂の城に居住し給ひ、京中の繁昌ならんことを願ひ、

大佛殿を草創せんとおぼし召立給ふ、そのむね前田得善院玄以、

淺野団弾正少弼、増田右衛門少尉、石田治部少輔、長束大蔵大輔、

この五棒行の衆へ仰付られ、その地形のところは、

東山佛光寺の地と定らる、住古よりの定式なればとて、

堂の高二十丈、佛像の高十六丈、今更増減なしとぞ、

この像すなはち華嚴説法方廣佛の體相なり、このゆへに寺號を方廣寺といふ、

はじめ大徳寺古渓和尚を住持とせんとす、

然ども建立成就せざるさきに遷化し給ふ、

是によつて後に聖護院道澄をして別富職となし給ふ、

佛像もむかしのごとく唐銅にて鋳立んせんとせば、

大造にして切遲引におよびなん、いかゞはせんと太閤も思慮まち/\なる折から、

豊後國に震旦の佛工居けるよし聞および、急ぎめしのぼせ間給ふに、

異朝にて大像つくるには、

木像にしてその外を漆膠にて塗立ぬれば、

百年はたもち侍るよしもうしけ申ければ、その儀にしたがひ、

佛師宗貞兄弟に仰付られ、木像につくり下地を漆膠にてぬり、

その上を彩色施すべきにきはまりける、手傳人として寺西筑後守、

早川主馬頭、片桐東市正、古田兵部少輔、加須屋内膳正、間島彦太郎を付置る、

震旦の佛工指図として、佛像出来ざる巳前に、

漆膠の用意に蝙

殻一萬俵とりよすべしとなり、

此手傅人池田備中守、

河尻肥前守、

上田主水正、

奉行境の今井宗久、

是等の人々その指図に応じて、

伊勢尾張の浦々へとりに下しけり、

されども漸々取あつめ置ざれば、

俄にはととのひかねけるとなり、

兎角して佛像大かた出来しかば、

漆膠をぬり初ぬ、

その比近江国守山のほとりに遁世の沙門あり、

堂塔造立の功徳広大なることを信じ、

高野山に入て大伽藍どもあまた建立し、

きわめて普請の道に鍛練せる聞へあり、

太閤よびよせて、

後にはこれをば大佛こんりうの願主とし給ふ、

此沙門かねてこれをば願ふ所なれば大によろこび、

すなはち大佛の境内に小庵をむすび、

平生の住所とさだめ、

よろづ手廻しよろしく下知しければ、

作事速成の功加りぬ、

殊に高野の下法師どもは、

ひごろにかやうの大伽藍の造作に馴て、

手傅の便よろしき事どもおほかりける、

堂の東のかたに大なる築山をつかせ、

棟梁のさしも重き大木ども、

縄を車にて廻し、

たやすく引あげぬ、

千人計して上なん虹梁を、

わづか百人ばかりにて引あげ、

諸事むかしより無造作に自由をいたしぬ、

されば最初太閤建立おぼし召立の時、

五奉行の衆へ仰わたさるゝは、

むかしは物ごと手のびにて、

二十年に成就しけると聞つたふ、

このたびは工夫をめぐらし智慧をもって、

五年にその功〓べし、

また毎事五奉行え一々問ひきはめんとせば、

まぎらはしくはかゆくまじ、

總奉行は徳善院一人としてつかさどるべしとなり、

各徳善院宿所に打寄て評論し、

まづ奈良の大佛師宗貞法印、

同弟宗印法眼、

その外鍛治番匠等をよびのぼせ、

遲速損益の法をも聞てこそとて、

五人の連状にて、

井上源五方へ右のあらましいひつかはしける、

すなはち諸職人ども奈良よりこと%\く上京し、

徳善院に至りしかば、

各寄合て手廻しのよろしき品々委細に尋ねきはめて曾得し、

一一物に記し付つゝ、

五奉行衆太閤の御前に出て披露し、

各所存を言上しけれども、

みな/\御気色にかなはず、

しばらくありて仰られけるは、

佛師鍛治等の事さきならんか、

材木裁判の事先にて侍らんかと問ひ給へば、

おの/\怱赤面して、

實に誤り侍りぬとて退出し、

是よりまづ材木の出べき山々を記し付て見られけるに、

土佐、九州、信州、木曾、紀州、熊野、是等よろしかるべきに極りける、

国々へつかはすべき奉行二十人番匠二十人選出し、

太閤の御目にかけしかば、

御気色宜しかりける、

さて諸国へ下知し給ふやう、四国九国の人々は、

土佐の山中へわけ入て材木をいだし、

淀鳥羽へ着船いたすべし、

伊勢尾張美濃三ヶ国の人々は、

木曾山の材木を出し河にながし入れ、

伊勢桑名に着船し、

それより太船に積、

南海を経て大坂に至り、

京都徳善院に相渡すべしとなり、

このうち棟木はすぐれたる大木をたづぬるに、

木曾山飛騨山四国九国にもなかりしかば、

富士山を見せしめ給ふに、

しかるべき大木ありといふ、

番匠の棟梁をつかはされ見せ給へば、

いかにも棟木に用べき旨注進しける、

すなはち徳川家へ仰つかはし伐とりつゝ、

熊野浦へ廻し大坂に着船しけり、

凡此木一本の費、

人数五萬人黄金千爾の入用にてありしとかや、

總奉行徳善院は、

大佛の境内に普請の庁場をわたし、

五畿内中国凡二十一ヶ国の人数を三つに割て、

大佛の地形と石垣、

築山、

この三つの普請を相勤べしと定られける、

しかれども石垣きはめて大造なるに依て、

後はいづれも一所に石垣にくわゝり、

かさねて北国勢をもくわへられける、

始は小き石にてつかせ給へども、

末世にいたり佛法おとろへなば、

石をも小きは盗とる便も易かるべしとて、

かさねて諸大名に仰せて、

きはめて大きなる石をあつめて築直し給へり、

蒲生飛騨守引し石は、

二間に四間ありける、

すべて是等の大石よのつねにては引得べからずとて、

まづ大石を金欄〓子などにてつゝみまはし、

木やり音頭取の者、

異形の装束にて風流に出立

声面白く歌をうたひ舞をどり、

そのあいだには太鼓笛のたぐいをならし、

数萬の人数をいさめ、

まことにおびたゞしき催しなれば、

洛中の老若男女、

是は希代の見物なりとて、

われさきと競ひ来り群集する程に、

道もおしわけざりける、

大石白川の奥より大佛にいたる事七日なり、

高野興山土人毎日手傅人五十人宛請取、

作事等につかひしが、

日数漸二千日に及びけり、

されば建立成就し、

鐘を鋳供養を逐給ふまでの金銀の費を考ふるに、

中々言語の及ぶ所にあらず。

是しかしながら佛法興隆の功徳莫大なりといひながら、

また国家の弊人民の憂なきにしもあらずと、

眉をひそむる輩もありけると聞し、

その後慶長元年閠七月大地震ありて、

佛像破れ壊れたり、

太閤大に怒て、

佛の神通力を以てその身の破るゝをも知ずば、

凡夫におとれり、

何ぞあがむるに足んやとて、

弓を似て佛を射給ひぬ、

かくて信州善光寺の本尊こそ、

三国傳来正身の如来と聞、

是を請じ入て大佛殿の本尊とせんとて、

信州よりむかへとり給ふ、

時に七月のころなれば、

殊暑甚だしくてりかはきける折なるに、

俄に天さむくひへわたり、

大雪ふりて、

あだかも極寒のごとくなり、

是皆如来の崇りなりとのゝしりければ、

またもとのごとく善光寺へかへし入奉りぬ、

これより十七日すぎて、

八月十八日太閤逝去し給ひけると、

なが/\しくむかしの事ども語りつゞけける、

和尚めづらしき事をも聞つる物かな、

さるにても汝ためしすくなき長生をたもち、

しかもかく物覚への正しきは、

何ぞ養生の術もあるやとたづね給ふ、

又次郎承りて打わらひ、

もとよりわれは一文不通の田夫にて、

醫術養生といふこともしらず、

しいて色慾をたち精気を補ふにもあらず、

たゞ平生人にやとはれてはその事をつとめ、

家にかへりては田を耕し、

すべて身を勞して心を勞せず、

有にしたがひ無にまかせて、

あながち物をむさぼり求るといふことなし、

〓食をくらひ水を飲、

勤て休し休してまた勤む、

たゞかくのごときのみなり、

われながら何ゆへ長生無病なるといふことをしらずといふ、

さて今宵は夜も深侍り、

又かさねてまいり、

猶伏見の城の作事及び城内殿毛の結構をかたり侍らんとて、

いとまをこふ、

和尚つら/\かれがいふ所を聞給づに、

かならずしも養生の術を求めざれども、

しかも自然と神仙の教し奔競を息、

聡明を〓、

能心を虚にし、

能腹を實にする長生の道に、

符合せし事を深く嘆美し給ひ、

ねんごろに再会を約して、

かへし給ひけるとなり、

        ○白昼幽霊

文明年中越前国に篠塚治分部左衛門といふ者あり、

其先祖は脇屋刑部卿義治の門葉にして、

代々武功の家なり、

治部左衛門智謀武勇ありて、常に兵法力業を好み、

物ごとあら/\敷きふるまひければ、

人皆おそれあへり、

始は富裕なりしが、

久しく浪人となり、

身上やゝ貧しく衰へける、

ある時京都にある親族をたのみ、

京都の官領畠山政長に奉公せんとねがひけるに、

政長喜悦し、

篠塚は名ある武士なり、

いそぎ上京すべし、

扶持せんといひおくりければ、

治部左衛門

なくよろこひ、

すでに首途をいはひ、

故郷を出て都におもむく、

旅の空さがしき山路をわけゆくに、

比しも冬の末なれば、

風さむくさへわたり、

大雪しきりにふりかさなり、

皆白雪に道をうづみ、

前後をかへりみるに鳥獣さへかよはず、

ましてゆきゝの人は跡絶て、

いとゞさびしくもこゝろぼそきに、

雪になやみて駒もすゝまざりければ、

かの韓文公の南方潮州に流され、

山中にて雪にあひ、

詠吟せし詩を思ひいだし、

雲横秦嶺家何在ととなへければ、

誰とはしらず後の方より

雪擁藍關馬不前と次の句をたか%\ととなふる人あり、

治部左衛門おどろきふりかへりみれば、

抖薮行脚の禅僧とみへて、

わづかに三衣を肩にまとひ、

平包を頚にかけ、

たゞひとり杖にすがりて来るにぞありける、

寒風はげしく、

雪のふゞき面をうち骨にしみ、

まことにたへがたき折なるにも、

僧さのみなやめるけしきもなく、

悠々として出来り、

その風儀量然として殊勝なり、

治部左衛門是よのつねの凡僧にあらずとふかく信仰し、

道すがら伴ひ給はらんやといふ、

此僧よろこび、

それがしも都にのぼるなりとて、

是より道づれとなり、

たがひに生國をかたるに、

ともに同國にて聞及べり、

此僧も治部左衛門感心にたへず、

すなはち問ていふやう、

われらごとき武士の身、

禅法修行勤りがたし、

いかゞ意得侍らんやと、

僧打うなづき、

よき不審にて侍り、

夫武勇の家に生るゝ人は、

三尺の剣を磨ぎ一張の弓を〓し、

常に心を強く用ひて、

千萬人の中におゐて、

一陣に進んだ事を思ひ給ふべし、

力量の達者武芸の上手は、

生付ところなれば力に及ばず、

一心を〓し命を軽ぜん事は誰にか劣んや、

武勇の達者には、

異國の〓〓、

我朝の朝夷奈に負べしと思ふ人は有べからず、

その故は、

只今〓〓ごときの大力の人あらんに、

その人に恥をかかされ、

ひけをあたへられば、

何人かその力量におそれて勘忍せんや、

かくのごとくなれば、

武士は常に一心堅固に、

強く用ひずしては叶はざる役人也、

少も機を抜しよは/\として居ば、

用に立べからず、

まさにしるべし唯此堅固心は、

すなはち是工夫長養也、

このほかに用心を求むべからず、

佛法といふも一心を堅固に用ひて、

外物のために煩さるゝ事なく、

かつて痛まず、

悩まず、

憂へず、

動ぜず、

変ぜず、

驚怖せずして、

大丈夫の心となるを成仏といふなり、

よく意得給へといへば、

治部左衛門ます/\信仰の心をかたぶけ、

昼夜行もとゞまるも、

肩をならべ手をたづさへて問答議論し、

心をきなくかたらふほどに、

数十年も親みある旧友のごとくにして、

さらに相逢事のおそろしかりしをうらみける、

されば旅中の飯料雑用、

こと%\く治部左衛門まかなひけり、

すでに近江地に入て同じく船に乗、

いま一二日の内には大津へあがらんとせし時、

船の中にて僧治部左衛門に向ひいふやう、

それがし此たび京にのぼるは他の事にあらず、

年来の願望として

観音の像を造んとおもふ、

台座仏具ともに我ねがひのごとくかう/\造んには、

およそいくばくの金銀や入べき、

まづその用意のために、

わづかに二百両はこゝにあるとて、

平包をときひろげ、

遠慮もなく引ちらしみせける、

まことに世智にうとく我無欲なるから、

他の利心あるを知らざりける、

治部左衛門是を見て、

たちまち欲心おこりておもふやう、

はじめ此僧貧乏なりと思ひ憐〓して、

我金銀を用ひて旅中かしづきたる所に、

かゝる大分の金子を持ながら、

今までかくしけるこそやすからね、

我今畠山の家臣にならんに、

主君諸朋輩へのさゝげ物、

家来の用度に金銀たらず、

何さまにも謀をめぐらし、

此僧の金子を盗とらばやと思ひ、

さらぬていにもてなし、

殊勝の思ひたちにこそ、

全くのぞみのごとく仕立給わんには、

いますこし金子不足ならん、

しかれども何時も我京都の宿所に来り給へ、

金子施入し、

ともに佛縁をむすび奉らんといへば、

僧は何心なくうち聞て、

日も暮ければ肱をまくらとしてねぶりける、

その夜子の刻ばかり、

風雨しきりにして船の行こと飛がごとし、

僧目をさまし起あがりて、

船ばたにとりつき溺しけり、

治部左衛門すはやよき幸なると、

闇まぎれにうしろより水中へつきおとしける、

此僧聲をあげ、

人々海へ入たれ、

すけよや/\とよばはりけれども、

船はしばしもとゞまらず、

はるかに行過ければ、

船中の人々いかんともせんかたなく、

あなあはれや、

いかにあやまちてか落給ひつらん、

宿世の業因にこそといひあひて、

かゝるたくみとはしる人さらになかりける、

治部左衛門一旦の悪念にひかれて、

かくははからひけれども、

何とやらんそらおそろしく大に後悔し、

急に船よりあがり、

水練の人をやとひ、

そのわたり上下くまなくかづかせけれども、

死骸さへしれざりける、

力およばずそれより都にのぼり、

畠山が家臣につきて、

奉公首尾よく相とゝのひ、

一家安堵しけり、

されども治部左衛門、

人しれぬ心の内に、

かの僧の最期のありさま思ひやりて、

報ひのほどおそろしく気にかゝりて、

夢うつゝにもひとりごとに、

かの僧の事をのみかたり出つゝ、

物ぐるはしかりけるが、

一年ばかり過て深き病となり、

精神消耗し眼力昏、

花ちらめきて、

かの僧のすがたあらはれ、

総身水にぬれながら打しほれ、

恨みたるていにて来ると見へける、

すさまじさいふばかりなく、

顔をふりて左に向へば左の方にあらはれ、

右に向へば右にあらはる、

せんかたなさに目をふさぎみまじとすれば、

目の中に見へける、

これのみならず酒を飲ば、

盃の中にその面影うつり、

鏡をみれば鏡の中に我影はみへずして、

かの面影見へける、

起時も居時もとかくわが身をはなれざりければ、

治部左衛門今は覚悟をきはめ、

妻子をまねきよせ懺悔し、

ありのまゝにかたるやう、

我このたびの病は癒まじきぞ、

さのみ医薬祈祷をも用ふべからず。

そのゆへはわれ一生、

ひとを欺き物を害せしあやまりなし。

たゞこのたび都にのぼる時、

かう/\欲心おこりて。

かの僧をあへなくも海におとしころせしなり。

此僧ふかくわれをうらみ、

他人の目にはみへずして、

かく昼夜あらはれきたれり、

われあに久しく存命せんや。

又ねんごろにその子に遺言していふやう、

われ多年武士のみちに心をよせ、

智謀勇力人におとらず、

このゆへにかく京都において、

官僚にみやづかへ家富栄たり、

しかれども一念の邪欲にひかれて、

死霊のためにこの身をうしなふ、

くちおしきわざならずや、

汝よく愼て正直をまもり、

幽暗の中細微の事といふとも、

不義の心を起すべからず、

一念のあやまち悔めどもかへらざるにいたる、

それ思慮の起るところ、

善悪のよって分るる初なり、

こゝにおゐて省察勘弁して妄に動べからず、

是人間第一の工夫なりと、

なみだとともに教訓しける、

その子治八郎年いまだ十六といへども、

天性孝行の誠ありて、

昼夜衣帯も解ず看病しける、

今この遺言を聞てます/\驚き欺て、

いかにもして父の命をすくはんと計けるに、

人力にてはかなふべからずとて、江州多賀の社に詣で、

此のたび父が命旦暮をはからず、

かの僧を殺せし科によりて命おはるとならば、

その代に我命をとりて僧のうらみを償ひ、

いま一たび父が命を全し、

本復なさしめ給へ、感応むなしからずば、

此所願を納受して、

霊験あらせ給へとて、

丹誠を猶心中にたゆみなく念じける、

ある日門外に旅の僧来り案内をこふて、治部左衛門に封面せんといふ、

家来の者いぶかりて、

主人ゞいま九一生の病体なり、

かなふべからずとて入ざれば、

旅の僧ねんごろにことはりをいひ、

われその病体について、

不思議の霊夢をかふむり来りたり、

ひらに主人に逢せよとわびける、

治八郎内より是を聞て、

いそぎ走り出、

奥に請じ、

いづくの御僧なるもしらねども、

わが父の病体ゆへに来り給ふと聞なれば、

何やうにもよきにはからひ、

あはれ本復なさしめ給へとて、

かの僧死霊の崇りありのまゝにかたり、

なみだをおさへたのみける、

旅僧打うなづき、

心やすくおぼせ、

我不思議の神力を以て、

かの僧の死霊を生捕つれ来れり、

この後崇りあるべからずとのたまふ、

治八郎あまりのうれしさに、

旅の僧の手をひき、

病人のそばへつれゆき引あはせければ、

父此旅の僧を一目見て、

大におどろきおそれ汗をながし、

やう/\にして治八郎に向ひ、

あの僧こそ船中より推おとせし僧よ、

この日ごろ我が目にのみ見へて、

汝等は見ざりつるが、

今日こそかく白書に形をあらはし、

われを殺しに来りたり、

今は是までなりとひれふしてなげきける、

旅の僧大に打わらひ、

是皆君が妄見なり、

真寛の幽霊ならんや、

されば其後は久しくおとずれもなかりし事よ、

いかにかくはおそれ給ふ、

我まことに先年上京の時同道の僧なりといへども、

いまに存命にして死せず、

死せざればもとより君にうらみなす死霊にてもなし、

さらにきずかひし給ふべからず、

先年船中よりおしおとされたるに時、

我幸に水練を覚へたり、

このゆへに死せず、

あなたこなた游ぎめぐり、

とかくしてきしにはひあがり、

ゆくゆく乞食して東国の方を修行せり、

君その後都にありて時めき給ふと聞つたふ、

しかれども是皆過去世の因縁なれば、

少も君にうらみをのこさず、

あはれ一たび封面せばやと思ひしかど、

山河途遥にして今に及べり、

此ごろ修行のついで、

江州多賀の社に参篭し通夜しけるに、

明神夢中にあらはれ、

我が名をよび、

篠塚すでに前非を悔て心改たり、

その子又極て孝行にして、

身命をすてゝ父が命をいのる、

汝急ぎかれが室に入て救べしとのたまふ、

我いぶかしくおぼしかど、

明神の告にまかせ、

夜を書に繼てはせきたれり、

しかるに君かく大病に及べり、

まことに明神の告にたがはず、

まこと霊験新たならずや、

いそぎ神徳をあふぎ、

我死せざる事を曾得して、

本心にかえり給へ、

君もと武門の大丈夫にあらずや、

何ぞ兒女子の泣哭にならふて、

見ぐるしくなやみ給ふやとのたまへば、

病人忽に本心になり、

僧の顔をつら/\ながめ、

なみだをながし手を合、

われ君をあやめて後、

ひたすら心にかゝり、

報ひのほどおそれて、

胸の安きひまなかりし、

今貴  佛神の加護ありて存命し給ふ、

せめても我罪科のすこしゆるまる心地してよろこび侍り、

この後は心よく臨終を遂なん、

すなはち治八郎に命じて、

先年うばいひ取し金子封のまゝ僧に渡し、

しかもその年月をかぞへ、

利足をくわへて償いけり、

僧辞退に及ばず受取、

しからば多年の宿望なれば、

すぐに佛師におくりて、

観音造立し侍らんとて、

金子を引提いとまごひして歸りけり、

是より治部左衛門正念になり、

かの僧も見へず、

病愈本復しけり、

親子ともに度々の戦陣に功名をあらはし、

ますます立身しける、

それつら/\おもふに、

財利の人の明智を昏すや、

険悪機變ぜずといふことなからしむ、

眼前の親しみもこれがために呉越の隔をなし、

その易りやすきこと〓忽として風雲のごとし、

しかれども上天の視そなわし給ふこと、

昭々としてあきらけし、

欺き罔るとも何の補かあらん、

あゝ篠塚僧を堕せし一事、

まことに利を貧て恥をしらざる者の戒とするにたへたり、

篠塚病床にして日々僧の死霊をみたり、

しかれどもかの僧いまだかつて死せず、

何ぞ崇りをなさん、

たゞ一心の所變なり、

妖魔外より来るにあらず、

所謂盃中の弓影、

是蛇にあらざることをしらず、

世の人平生に戒謹恐懼し、

末期に臨て恥を貽すことなかれといふ、