墨田川梅柳新書(すみだがはばいりうしんしよ)巻之三

                                 東都 曲亭主人著

   六  盛景(もりかげ)影江(かげのえ)に胤時(たねとき)を殺(ころ)す

仁科平九郎盛景(にしなへいくらうもりかげ)が家子(うひこ)惣太(さおうだ)は。十二のとしに喜瀬川(きせがは)を逐電(ちくてん)してより。武蔵国(むさしのくに)

江戸(えど)の片(かた)ほとり忍(しのぶ)か岡(おか)まで迷(まど)ひ来(き)けるに。酒屋(さかや)何(なに)がしといふもの。情(なさけ)ある男(をとこ)にて

そのよるべなきを憐(あはれ)み。家(いへ)にとゞめて小厮(こもの)となし。両三年(りやうさんねん)養(やしな)ひおきたるに。元来(ぐわんらい)

心(こゝろ)ざまよからねば。忽地(たちまち)再生(さいせい)の恩(おん)を忘却(ぼうぎやく)し。主人(しゆじん)の銭(ぜに)居夛(あまた)盗(ぬすみ)とりて逃(にげ)さりぬ。

しかるに惣太は。成長(ひとゝなる)に及(およ)びて。身長(みのたけ)六尺あまり。膂力(ちから)人に勝(すぐ)れて習(ならは)ざる

に相撲(すまひ)柔術(やはら)をよくし。且(かつ)彦袁道(けんえんどう)が伎(わざ)にさへ闌(たけ)て。只顧(ひたすら)不義(ふぎ)の財(ざい)を貪(むさぼり)

彼此(をちこち)を徘徊(はひくわい)して。悪(あし)き友(とも)とのみ。眤(むろ)ひ相語(かたらひ)。よろづおのが随(まゝ)に挙動(ふるま)へども。その

徒(ともから)も彼(かれ)が右(みぎ)へ出(いづ)るものなくて。みな忍(しのぶ)の壮夫(ますらを)とぞ稱(となへ)ける。こは忍(しのぶ)が岡(おか)にて

成長(ひとな)れば也。かくて惣太(そうだ)は東海道(とうかいどう)を竊行(しのびありき)。〓(女+朱)(かほよ)き女子(をなご)を拐挈(かどはか)してこれを

遠(とほ)き湊(みなと)へ雋逓(うりわた)すに。その身價(みのしろ)小々(しよう/\)の事にあらず。みな婬酒(いんしゆ)の為(ため)に遣

捨(つかひすて)けり。又入間寸平太(いるまのすんへいだ)。〈○キ〉麻羽愿哲(あさはのぐわんてつ)といふ二人(ふたり)の支党(どうるい)あり。彼等(かれら)は行僧(たびそう)に打

扮(いでたち)て惣太に随(したか)ひ。もろともに悪行(あくぎやう)をなすといへども。その出没(しゆつぼつ)武蔵野(むさしの)の迯水(にげみつ)

より定(さだ)かならざれば。鎌倉(かまくら)より追捕(ついほ)せらるゝに。たえてその所在(ありか)しれず。さて

寸平太(すんへいだ)愿哲(ぐわんてつ)は。亀鞠(かめきく)親子(おやこ)が薩陀山(さつたやま)〈さつた山いにしへはつかさ山といへり〉の麓(ふもと)に宿(やど)かりし夜(よ)惣太が

親族(はからやから)なる事をしらねば。途(みち)よりつけ来(きた)りてその家(いへ)に歇(とま)り。夜深(よふけ)て亀鞠(かめきく)

を刧(おびやか)し。行李(たびにもつ)とゝもに奪(うば)ひ去(さ)りて。山ふかく逃(にげ)れ登(のぼ)りしに。忽地(たちまち)亀鞠(かめきく)が

俳優(わざをき)に謀計(たばか)られて。二人斉(ひと)しく海面(うみつら)へ輾落(まろびおち)ぬ。惣太も亦(また)木立(こたち)に月の影(かげ)

さへ暗(くら)くて。父(ちゝ)平九郎也とは思ひもかけず。しばし挑戦(いどみたゝかふ)とき。岨(そは)を踏外(ふみはづ)して前(さき)に

滾随(まろびおち)たる寸平太(すんへいだ)が上(うへ)に落(おち)かさなりし程(ほど)に。聊(いさゝか)も身(み)を傷(やぶ)らず。思ひの外(ほか)汐(しほ)

も干(ひ)て。僅(わづか)に膝(ひざ)の節(ふし)を浸(ひた)すばかりなれば。やをら身(み)を起(おこ)してみかへるに。寸平太(すんへいだ)

は落(おつ)るとき。嵒石(がんせき)に頭(かうべ)を打碎(うちくだ)きけん。脳(なう)みそ出て死(しゝ)たるが。愿哲(ぐわんてつ)は手足(てあし)を少(すこ)し

打傷(うちやぶ)れるのみにて。巌(いわほ)の間(あはひ)に挟(はさま)れて蠢(うごめ)き居(お)るを。惣太呼(よび)かけて。そは

愿哲(ぐわんてつ)にはあらぬかといへば。彼(かれ)も又惣太(そうだ)がこゝに落(おち)たるをしりて。且(かつ)驚(おどろ)き且歓(よろこび)

扶起(たすけおこ)されて跂出(はひいづ)る手元(たなもと)に。寸平太(すんへいだ)か負(お)ひつゝ落(おち)たる。行李(たびにもつ)を探當(さぐりあて)かゝる物(もの)あり。

こはいかにすべきといふに。惣太(そうだ)忙(いそがは)しくかい探(さぐ)りて。是(これ)を徒(いたづら)に流(なが)しやる きる

あらず。われもてゆかんとて。みづから取(とり)て楚(しか)と背負(せお)ひ。二人からうじて遙(はるか)に

西(にし)の濱方(はまべ)より上(あが)り。ふたゝび舊(もと)の山路(やまぢ)に登(のぼ)りてみれば。旅人(たびひと)も美女(みやびめ)も。いづ

地(ち)行(ゆき)けん影(かげ)もとゞめず。剰(あまさへ)地蔵堂(ぢさうだう)に置(おき)たりし。笈(おひ)さへなくなりにけれど命拾(いのちひら)

ひしを身(み)の幸(さひわひ)にして。山(やま)を東(ひがし)へ走(はせ)くだり。夜(よ)あけて件(くだん)の行李(こり)〈○タビニモツ〉をみればさて

やかなる牌(ふだ)を著(つけ)て仁科(にしな)平九郎と書写(かいしる)してあれば大に驚(おどろ)き。さては昨夜(ゆふべ)

愿哲等(ぐわんてつら)が奪(うば)ひ来(きた)りし少女(をとめ)は。わが妹(いもと)亀鞠(かめぎく)にて。挑(いど)み戦(たゝか)ひしは父(ちゝ)なりけりと

思ふに。さすがに浅(あさ)ましくて。縁由(ことのよし)を密語(さゝやけ)ば。愿哲(ぐわんてつ)聞(きゝ)てふかく慙愧(ざんぎ)せり。元此(もとこの)

惣太は。梟悪(きょうあく)無雙(ぶそう)の奸賊(かんぞく)なれば。親兄弟(おやはらから)の事を敢(あへて)思ひ遣(や)るにもあらねど。

又おぼつかなき所(ところ)もあれば。しのびて喜瀬川(きせがは)に到(いた)り。外(よそ)ながら愿哲(ぐわんてつ)に父(ちゝ)の事

を聞(きか)するに。平九郎は如此(しか”/\)の故(ゆゑ)ありて。いぬる日亀鞠(かめきく)を将(ゐ)て旅(たび)だちぬといふ。

こゝに於(おい)て惣太が疑念(ぎねん)。はじめて解(とけ)てから/\とうち笑(わら)ひ。われ夥(あまた)の人

と組(くみ)て一度(いちど)も後(おくれ)をとりし事なきに。いひがひなくも薩陀山(さつたやま)より滾(まろび)し

落(おと)されたるは。父(ちゝ)と挑(いど)み戦(たゝか)へばなるべし。千引(ちびき)の石(いし)は動(うごか)すとも。親(おや)には贏(かた)

れぬものかんと呟(つぶや)くにぞ。愿哲(ぐわんてつ)もうち笑(わら)ひ。やがて足柄(あしがら)越(こえ)して相模

路(さかみぢ)に赴(おもむ)きけり。さても平九郎盛景(もりかげ)は。かゝるべしとは思ひもかけず薩陀(さつた)

巓(とほげ)にて路銀(ろぎん)行嚢(にもつ)を失(うしな)ひ。加旃(しかのみならず)千尋(ちひろ)の底(そこ)へ滾(まろば)し落(おと)せし荒男(あらをとこ)は。

わが子(こ)惣太(そうだ)也と猜(すい)して。こゝろ更(さら)に楽(たのし)まず。彼(かれ)が像見(かたみ)なる笈(おひ)を用(もつ)て囘

國(くわいこく)の行者(ぎやうじや)に打扮(いでたち)。亀鞠(かめぎく)をばつぼ折姿(をりすがた)にかひ繕(つくろ)はせて。親子(おやこ)先方(さきべ)後方(あとべ)

にたち。昼(ひる)は人(ひと)の門(かど)に立在(たゞずみ)て。一椀(いつわん)の飯(いひ)を乞(こひ)。夜(よる)は月漏(つきも)る樹蔭(きかげ)に臥(ふし)て。千

種(ちくさ)の床(とこ)に露(つゆ)を拂(はら)ひ。とかくして三河國(みかはのくに)矢矧(やはぎ)の郷(さと)まで来(きた)れる折(をり)しも。

鎌倉武士(かまくらぶし)とおぼしきが。夥(あまた)の従者(ずさ)〈○トモヒト〉を将(い)て追(お)ひ来(き)たり。矢庭(やには)に平九郎(へいくらう)

を取(とり)ておさへ。〓(牛*3)々(ひし/\)と縛(いましめ)たれば。平九郎大に驚(おどろ)き。こはこゝろも得(え)ぬ。われに

干(おひ)て過(あやまち)なし。人違(ひとたがへ)なし給ひそといはせもあへず。彼(かの)武士(ぶし)声(こゑ)をふり立(たて)。汝(なんぢ)

既(すで)に天(てん)の羅(あみ)に係(かゝ)りながら。なほあらがひ脱(のが)れんとする歟(か)。近曽(ちかごろ)忍(しのぶ)の惣太(そうだ)と

いふ癖者(くせもの)。東海道(とうかいどう)を偏歴(へんれき)し。その身(み)は笠(かさ)を戴(いたゞ)き笈(おひ)を背(せなか)にして囘國(くわいこく)の行

者(ぎやうじや)に打扮(いでたち)。又二人の支黨(どうるい)を行僧(たびそう)に打扮(いでたゝ)せ。もつはら人の女児(むすめ)を拐挈(かどはか)し

非道(ひどう)の行(おこなひ)をなす事。既(すで)に鎌倉(かまくら)に聞(きこ)え。執権(しつけん)義時(よしとき)朝臣(あそん)の命(おふせ)によつて。

平九郎盛景(へいくらうもりかげ)

は惣太(そうだ)が形見(かたみ)

の笈(おひ)をもつて

囘國(くわいこく)の行者(ぎやうじや)

に打扮(いでたち)亀鞠(かめぎく)

を将(い)て洛(みやこ)へ

上(のぼ)る途中(とちう)矢

矧(やはぎ)の東(ひがし)松原(まつばら)

にて伊庭(いばの)十郎胤時(たねとき)

      を惣太(そうだ)也と思ひ

あやまりて搦捕(からめと)る

普(あまね)く探索(さぐりもとむ)るところに。今(いま)汝(なんぢ)が模様(もやう)をみれば。年齢(よはひ)こそすこし長(たけ)けれ。惣太(そうだ)が

骨相書(にんさうがき)にこれ一般(おなじ)。かくいふは鎌倉殿(かまくらどの)恩顧(おんこ)の侍(さふらひ)。伊庭(いばの)十郎胤時(たねとき)也。いかに

わが眼(まなこ)は違(たが)はじ。とく首伏(はくでう)して後(のち)の苔(しもと)を脱(まぬか)れよ。といきまきあらく責問(せめとへ)ば。

平九郎ふたゝび驚(おどろ)き。忍(しのぶ)の惣太(そうだ)といふは。わが子(こ)惣太(そうだ)が事なるべし。さては

はじめ亀鞠(かめぎく)を奪(うば)ひ去(さり)し両賊(りやうぞく)も。彼(かれ)が支黨(どうるい)にてありけるかと思ふに。縁故(ことのもと)

さへ告(つげ)かねて。ます/\呆(あきれ)まどへるのみ。且(しばら)くしていへるけるは。それがしはさる

怪(あやし)きものにあらず。年来(としごろ)駿河(するが)なる喜瀬川(きせがは)に住居(すまゐ)いたせしに。打(うち)つゞきて身(み)の

幸(さち)なく。妻(つま)を喪(うしな)ひ子(こ)を先(さき)だて。世(よ)を捨(すて)つ世(よ)に捨(すて)られ。諸國(しよこく)の霊場(れいぢやう)を巡拝(じゆんはい)

せんとて近曽(ちかころ)故郷(こきやう)を出(いで)たる也。元(もと)より腰(こし)に一銭(いつせん)を携(たづさへ)ず。又身(み)に刀劍(たちつるぎ)をも

帯(おび)ず。これにてその人あらざるを察(さつ)し給へかしといふ。胤時(たねとき)聞(きゝ)て冷笑(あざわら)ひ。

汝(なんぢ)言語(ことば)を巧(たくみ)にして陳(ちん)ずるとも。これを實言(まこと)とすべき。所詮(しよせん)論(ろん)は無益(むやく)

なり。とく笈(おひ)を展検(あらためみ)よと下知(げぢ)すれば。みなうけ給はりぬと應(いらへ)しつ。笈(おひ)の扉(とびら)を

押(おし)ひらけば。裡(うち)には木像(もくぞう)の阿弥陀(あみだ)一躯(いつく)を安置(あんち)せしのみ。是(これ)かと思ふ物(もの)もなし。

胤時(たねとき)みてその木像(もくぞう)こそあやしけれ。引出(ひきいだ)せと焦燥(いらだて)ば。一人こゝろを得(え)て。掻(かい)

とり捧(さゝげ)てもて来(く)るを胤時(たねとき)とみかうみるに。木佛(もくぶつ)の背(うしろ)に孔(あな)をあけて。金(かね)三

十両あまりを匿(かく)しおきぬ。さは疑(うたが)ふべうもあらぬ惣太なり。かゝる證据(せうこ)ありながら。

なほ偽(いつは)りぬる憎(にく)さよと罵(のゝしり)て。胤時(たねとき)腰(こし)なる鉄扇(てつせん)を抜出(ぬきいだ)し。平九郎が背(そびら)三ツ

四ツ息(いき)も絶(たゆ)るばかりに打擲(うちたゝ)き。笈(おひ)をは従者(ずさ)に背負(せおは)せつゝ引立(ひきたて)ゆくにぞ。盛景(もりかげ)

は呆(あき)れに呆(あき)れて。更(さら)にいふべきところをしらず。われは今まで木像(もくぞう)に金(かね)の

かくしあるをしらず。親子(おやこ)もろともに。いく度(たび)か飢(うへ)に臨(のぞ)みたる悔(くや)しさよ。宝(たから)の

山に入ながら。手(て)を空(むなしう)して縛(いましめ)らるゝのみならず。彼(かの)金(かね)の故(ゆゑ)をもて。賊(ぞく)ならずとも

いひうきがこし。こは何(なに)としてよかるべき。とばかり思へどせんすべなく。夢路(ゆめぢ)を  どる

心持(こゝち)せり。この時(とき)日もやゝ暮(くれ)なんとして。雨(あめ)さへしとゝ降(ふ)る程(ほど)に。亀鞠(かめきく)は父(ちゝ)より

遙(はるか)に走(はし)り過(すぎ)。矢矧(やはぎ)の橋(はし)の上(ほとり)にて待(まち)あはするに。しばしあれども来(く)ることなければ。

こゝろ怪(あやしみ)て。又舊(もと)の路(みち)へ立(たち)かへり。目今(たゞいま)父(ちゝ)が縛(いましめ)らるゝをみて。大に驚(おどろ)き。これを

救(すくは)んとて走(はし)りよらまくせしが。佶(きつ)と心(こゝろ)つきて。こは必(かならず)故(ゆゑ)あるべし。まづその縁故(ことのもと)

を聞(きゝ)てこそと尋思(しあん)しつ。並松(ならみまつ)の蔭(かげ)に躱居(かくれい)て。首尾(はじめをはり)を立聞(たちきゝ)て。いよゝ驚(おどろ)

き愁(うれ)ひ薩陀山(さつだやま)にての事を告(つぐ)るとも。その賊(ぞく)はわが兄(あに)なれば。なほ支黨(どうるい)と

せらるべし。父(ちゝ)もこれを思ふ故(ゆゑ)に明白(あからさま)には告(つげ)給はざるならん。かゝれば彼(かの)武士(ぶし)

主従(しゆうじう)を謀計(たばか)り。父(ちゝ)を救(すく)ひ出(いだ)すべしとて。既(すで)にこゝろを定(さだ)め。直(たゞ)に間道(こみち)より走(はし)り

ぬけて。胤時等(たねときら)が来(きた)るべき。道(みち)の次(ほとり)に只(たゞ)ひとり。降来(ふりく)る雨(あめ)にひたと濡(ぬれ)ながら。

潜然(さめ”/\)と泣居(なきゐ)たり。伊庭(いばの)十郎胤時(たねとき)は。仁科(にしな)平九郎盛景(もりかげ)が。鎌倉(かまくら)を追放(ついほう)

せられしころは。なほ総角(あげまき)にてありしかば。曽(かつて)認(みし)らず。只顧(ひたすら)忍(しのぶ)の惣太なりと

おもひ誤(あやま)りて。東(ひがし)の街(ちまた)へ引(ひき)たてゆけば。一里塚(いちりづか)のほとりに。いと艶麗(あてやか)なる少女(をとめ)の

身(み)は濡(ぬれ)にぬれて。涙(なみだ)の雨(あめ)さへ降(ふり)まさり。よゝと泣(なき)て立在(たゞすめ)るを。ふかく怪(あやし)みて

しば/\みかへり。みづから立(たち)よりてその故(ゆゑ)を問(とふ)に。亀鞠(かめぎく)答(こたへ)て。わらはは鎌倉(かまくら)米

町(こめまち)なる商人(あきびと)何(なに)がしが女児(むすめ)にて。人内経紀(ひとあきびと)に拐挈(かどはか)され。わりなくこの処(ところ)まで

伴(ともなは)れ侍(はべ)りぬ。殿(との)は正(まさ)しく鎌倉武士(かまくらぶし)とみえさせ給ふに。家路(いへぢ)に送(おく)り給はらば。

再生(さいせい)の鴻恩(こうおん)忘(わす)れ侍(はべ)らじ。あはれ救(すく)はせ給へかしといひもあへず。又潜然(さめ”/\)と泣(なき)に

けり。胤時(たねとき)黙頭(うなづき)て。汝(なんぢ)を拐挈(かどわかし)たるはいかなるものぞ。者奴(しやつ)にてあらぬかとて。

盛景(もりかげ)を指示(ゆびさししめせ)ば。亀鞠(かめきく)みて。宣(のたま)ふごとく彼(かの)もの也。さてははやくも殿(との)の生

拘(いけどら)せ給ひたれ嬉(うれ)しさよといふ。この時(とき)平九郎盛景(もりかげ)は。女児(むすめ)がわれを救(すく)ふかと

思ふに。その事(こと)さへ心もとなければ。いまだ言語(ことば)をかけざるに。却(かへつ)て父(ちゝ)を賊(ぞく)なりと

告(つげ)るを聞(きゝ)て。ふかく恨(うら)み憤(いきどほ)るといへども。又明白(あからさま)に親子(おやこ)がうへをいはざるを

思へば。別(べち)に謀(はかりごと)やあるなどこゝろに問(とひ)心に答(こたへ)て。終(つひ)に何事(なにごと)をもいはず。胤時(たねとき)は

亀鞠(かめきく)に欺(あざむか)るゝをしらず。義時(よしとき)の仰(おふせ)に因(よつ)て。日来(ひごろ)惣太を索(たづね)めぐり。只今(ただいま)搦

捕(からめとつ)たる顛末(もとすゑ)を説聞(とききか)せ汝(なんぢ)こゝろ安(やす)くおもへ。われかならす鎌倉(かまくら)へ将(い)てゆくべし

といへは。亀鞠(かめきく)ます/\よろこびたるおもゝちして。後方(あとべ)につきてゆく事。いまだいく

ばくならず。影(かげ)の江(え)といふ処(ところ)に到(いた)るに。日は暮(くれ)雨(あめ)も頻(しきり)に降(ふ)る程に。今〓(雨+↓月)(こよひ)はこゝ

に明(あか)さんとて。胤時(たねとき)衆人(もろびと)を領(い)て村長(むらおさ)が家(いへ)に歇(とま)りぬ。さて従者(ずさ)〈○トモビト〉は一室(ひとま)を

厳(きび)しく圍繞(かこみ)て。平九郎を守(まもり)つゝ。かはる/\外面(とのかた)へ出(いで)て。物(もの)食(くひ)などするに。みな

亀鞠(かめきく)を憐(あわれ)みて。ふし柴(しば)折焼(をりやき)てぬれたる衣(きぬ)を乾(ほ)させ。吾(わが)儕(ともがら)は年来(としころ)鎌倉(かまくら)にありながら。米町(こめまち)にかゝる美女(みやびめ)のあることをもしらざりし。もけの惣太を捕(とら)へ

ずは。御身(み)は忽地(たちまち)川竹(かはたけ)の瀬(せ)にや沈(しづ)みなん。寔(まこと)に危(あやう)き事なりしといふ。亀鞠(かめきく)

聞(きゝ)て。宣(のたま)ふごとく。不意(ゆくりなく)〈○オモハズモ〉殿(との)たちの庇(めぐみ)によりて。恙(つゝが)なく故郷(ふるさと)へ帰(かへ)り侍(はべ)る歓(よろこば)し

さは。いはずとも察(さつ)し給へ。鎌倉(かまくら)まではしか”/\の路(みち)なれば。なほ憐愍(あはれみ)を願奉(ねぎたてまつ)る

のみ。折(をり)ふし雨夜(あまよ)の徒然(つれ”/\)なるに。心ばかりの盃(さかづき)をも勧(すゝめ)て。慰(なぐさ)めまゐらす

べうは思ひながら。貯禄(たくはへ)なければそれもすべなし。疲労(つかれ)給はゞ肩癖(けんへき)を打(うた)せ

給へ。何(なに)にまれわが身(み)になすべき程(ほど)の事は。推辞(いなみ)侍(はべ)らじと應(いらへ)つゝ。はじめて莞〓(人+↓小)(につこ)

とうち咲(えめ)ば。老(おい)たるも弱(よわ)きも。魂(たましひ)不覚(すゞろ)に天外(てんぐわい)に飛(とん)で。この少女(をとめ)の為(ため)ならば。

命(いのち)をも惜(をし)まずと。思はざるもなかりける。そがなかに一人(ひとり)の男(をとこ)膝(ひざ)をすゝめて。わが

主従(しゆうじう)鎌倉(かまくら)を出(いで)し日(ひ)より。彼(かの)惣太を捕(とらへ)んとて。居夛(あまた)の國々(くに/\)を縦横(たてよこ)に偏歴(へんれき)

し。朝(あした)には星(ほし)を戴(いたゞき)てたち出(いで)。夕(ゆふべ)には月に送(おく)られて宿(やど)り。一日片時(へんし)も安(やす)き思ひ

をなさゞりしに。既(すで)にその賊(ぞく)を搦得(からめえ)たれば。些(ちと)の歓(よろこび)を尽(つく)すもよかニなん。よしや

一椀(いちわん)の村酒(ゐなかざけ)なりとも。この少女(をとめ)に酌(しやく)をとらせて。頃日(このごろ)の疲労(つかれ)を忘(わす)れんはいか

にといふに。老(おい)たるは頭(かしら)を掉(ふり)て。いな。彼(かの)惣太は尋常(よのつね)の癖者(くせもの)にあらず。

通〓(雨+↓月)(よもすがら)よく守(まも)れと。殿(との)の仰(おふせ)つるものを。何の暇(いとま)ありて。酒(さけ)もり遊(あそ)ぶべき

よて承引(うけひか)ず。彼(かの)男(おとこ)かさねて。常言(ことわざ)に。死(し)せる虎(とら)は生鼡(いけるねづみ)に及(およば)ずといふを

聞(きゝ)ずや。彼(かの)賊(ぞく)いかに猛(たけ)くとも。厳(きびし)く縛(いましめ)たれば。檻(おり)の獣(けもの)にひとし。酒(さけ)を飲(のま)じ

といふ人は。みておはせよ。又飲(のま)んと思ふものは。二人ばかりわれとともに

来(き)給へ。ゆきて酒(さけ)を買(かひ)もて来(き)つべしといへば。をいと應(いらへ)て二三人蓑笠(みのかさ)に

身(み)づくろひし。松(まつ)ふりてらして走(はし)り出(いで)しが。いく程(ほど)もなく二樽(ふたゝる)の酒(さけ)に。〓(肴+殳)(さかな)

よき程(ほど)とり添(そえ)て帰(かへ)りもて来(き)ぬ。さて件(くだん)の酒〓(肴+殳)(さけさかな)を安排(おきならべ)。おの/\團 (まとゐ)

して盃(さかづき)を右(みぎ)にめぐらし左(ひだり)を巡(めぐ)らし。潜(ひそめ)きあひて飲(のむ)ほどに。亀鞠(かめぎく)はかゝる席(むしろ)に。

物馴(ものなれ)たる白拍子(しらびやうし)の事なれば。彼(かれ)に強(しひ)これに勧(すゝ)めしかば。はじめ賢(かしこ)ぶりたり

ける老者(おとな)も堪(たへ)かねて。諸人(もろびと)を掻(かき)わけ出(いで)。引受(ひきうけ)/\飲(のみ)たれば。夜(よ)のいたく深(ふく)る

をしらず。おの/\泥(どろ)のごとく醉(えひ)て。竪(たて)に臥(ふ)し横(よこ)に輾(まろ)び。果(はて)は鼾(いびき)の声(こゑ)のみ高(たか)し。

亀鞠(かめぎく)これをみて。今(いま)は心易(こゝろやす)しと嬉(うれ)しみ。潜(ひそか)に父(ちゝ)がほとりに歩(あゆ)み寄(より)て。懐(ふところ)なる

短刀(たんとう)を抜出(ぬきいだ)し。縛(いましめ)の索(なは)ふつと切解(きりとき)て。しばし密語(さゝやき)折(をり)しもあれ。一人(いちにん)酒(さけ)を嗜(たしま)

ざるもの。なほ睡(ねぶ)らずありしかば。この景迹(ありさま)をみて大に驚(おどろ)き。声(こゑ)をふり立(たて)て

衆人(もろびと)をよび覚(さま)すを。平九郎は二声(ふたこゑ)とも叫(さけ)ばせず。走(はしり)かゝりつゝ枕方(まくらべ)なる。刀(かたな)を

奪(うばふ)て丁(ちよう)と切(き)れば。〓(石+殷)(はた)と倒(たふ)れて死(しゝ)たりける。衆人(もろひと)もこの〓(月+半)響(ものおと)にやゝ覚(さめ)て。こは

いかにと騒(さわぎ)まどへど。酒(さけ)の醉(えひ)いまだ醒(さめ)ず。起(おき)んとしては輾轉(ふしまろぶ)を。平九郎は得(え)

たりと刀(かたな)を打揮(うちふり)て。向脛肘(むかずねかひな)のきらひなく。當(あた)るを幸(さいはひ)に。一人(ひとり)を残(のこ)さず切

てまはれば。鮮血(ちしほ)あふれ出(いづ)る傷口(きずくち)より。酒(さけ)の香(か)みちるゝ屍(しかばね)は。秋(あき)の巷(ちまた)に

踏(ふみ)ちらす。醂(さはし)の (うき)に彷彿(さもに) けり。伊庭(いばの)十郎胤時(たねとき)は。すこし間(ま)を隔(へだて)て。

ひとり燈(ともしび)に對(むか)ひ。鎌倉(かまくら)へ聞(きこ)へあぐる驛継(しやくつぎ)の書呈(たてまつりぶみ)を書写(かいしたしめ)てありけるに

〓(月+半)響(ものおと)遙(はるか)に聞(きこ)えしかば。筆(ふで)をとゞめて耳(みゝ)を側(そはだ)つるに。ちかく人の足音(あしおと)するを

亀鞠(かめぎく)は

伊庭(いば)が

従者(ともびと)を

たは

かりて

酒(さけ)に醉(えひ)伏(ふ)

させ父(ちゝ)の

縛(いましめ)を

解(とけ)ば

平九(へいく)ら

悉(こと”/\)くこの徒(ともがら)を切害(せつがい)し

剰(あまさへ)伊庭(いば)を討(うつ)て

三十金(きん)を奪(うば)ひかへし

親子(おやこ)影江(かげのえ)の

旅宿(りよしゆく)を

脱(のが)れ去(さ)る

誰(た)そと問(とへ)ば。矢矧(やはぎ)より伴(ともなは)れまゐらせたる女子(をなご)なりと答(こた)ふ。胤時(たねとき)みて。今(いま)外

面(とのかた)の頻(しきり)にさわがしきは。何事ぞと問(とふ)に。亀鞠(かめぎく)その事に侍(はべ)り。殿(との)の従者(ともひと)〈○ズサ〉いたく

醉(えひ)て。物(もの)あらがひをしいだし。打(うち)あひて傷(きづ)つくものも夛(おほ)ければ。しらせ申さん為(ため)

に参(まい)りぬと欺(あざむけ)ば。胤時(たねとき)大に焦燥(いらだち)て。彼等(かれら)犯人(つみびと)を守(まもり)ながら。酒(さけ)を貪(むさぼり)て同士打(どしうち)

をいたすこそ越度(をちど)なれ。いでわれいきて鎮(しづ)めんと〓(勹+平)〓(勹+言)(のゝめき)て。刀(かたな)引提(ひさげ)つゝ小暗(こくら)

き廊下(らいか)を走(はし)り来(く)るを。平九郎は〓(木+久)戸(すきど)の蔭(かげ)に躱居(かくれゐ)て。遣(やり)すぐして丁(ちやう)

と切(き)る。憐(あはれ)むべし胤時(たねとき)は。〓(月+禺)(かたさき)より〓(月+害)(あばら)まで。乾竹割(からたけわり)に切仆(きりたふ)され。躱(むくろ)わかれて両〓(暇-日)(ふたきだ)

になりぬ。しばしもあらず亀鞠(かめきく)は。彼此(をちこち)をかい探(さぐ)りて。三十両の金(かね)をも奪(うばひ)かへし。

足(あし)を翹(つまだて)鮮血(ちしほ)を踏(ふみ)て出来(いできた)り。財布(さいふ)を打(うち)ふりて父(ちゝ)にみすれば。盛景(もりかげ)莞〓(人+↓小)(につこ)と

して。伊庭(いば)が従者(ともびと)の蓑笠(みのかさ)を取(とつ)て。亀鞠(かめぎく)にもうち被(かむ)らせ。輒(たやす)くこゝを脱(のが)れ

去(さり)て。径(こみち)より山越(やまごえ)に。洛(みやこ)を投(さし)て走(はし)りける。此夜(このよ)は。通〓(雨+↓月)(よもすがら)雨(あめ)いたく降(ふり)て。霎時(しばらく)

も小止(をやみ)なく。村長(むらをさ)が闔宅(やうち)の男女(なんによ)は。みな庖〓(水+副)(くりや)のかたに臥(ふし)たれば。たえてこの事

をしらず。天明(よあけ)て後(のち)のおかたりは。書(かい)つけんにくたくしければ。事(こと)略(そぎ)ぬ。