玉櫛笥序

過にし元禄庚午の春釋了意師老後のすさみに。

犬はりこ数巻を著せり。

その事皆新奇怪異の説話にして、世の人あまねく翫び流へぬ。

去る癸酉の年予いやしくもその芳燭を継て、年ごろ見及び聞傳へし、近世奇怪の物語をあつめ玉櫛笥と題し、やうやく半かき三巻を著し函の底におさむ。

そのゝちことわざしげきにまぎれ。

書もつゞけずたへて忘れぬるに。

この秋ひたすらその終を遂て梓にちりばめ世に広めよとすゝむる友あり。

つよくもいなひがたくいそがわしく筆をそめ数日のうちにまた四巻をゑらび加へて全き書となしぬ。

世の人常の道をいとひてたゞ怪しき事をのみ聞まくおもふ。

予もまたこの癖あり。

ふるくそみたるならひ。

みづからやめまくおもへどこの書またすこしきおぎぬひならめやといふ

元禄乙亥の冬霜月日

                  義端謹序

玉櫛笥惣目録

第一巻

養老瀧付美濃国司孝行物語事

読経猿記

玉くしけ巻之一

          ○養老の滝

御陽成院の朝天正年中美濃国本巣の郡に草野何某もとは官禄ありし武家の末族なりしが。

四歳の時父におくれ孤となり。

家おとろへ困窮しければ。

生長の後京都にのぼり西園寺殿に奉公し居たりける。

ある時故郷老母の方よりいたはり煩ふ事あり急ぎ帰るべしと告越ければ。

主君に暇こひ故郷に趣く所に。

此時豊臣秀吉兵威大にふるひ。

諸将に命じ信孝勝家等を責させられ。

美濃尾張の間合戦闘諍止ときなし。

草野わづかに持携たる物みな盗賊に奪ひ掠られ。

やう/\危き命たすかり家に帰る。

老母よろこび近き比より胸いたみ食味快からず。

頼すくなく覚しゆへよび下せしなりといふ。

草野とくかへるべきを道中兵乱起りて往来心にまかせずおそなはりぬとて。

懐中より薬を出し母にあたへければ麁飯野菜のみにてはか/\しき厚味をすゝむるよすがなきを歎き。

母の病ひまある時は。

近郷に出て人にやとはれその賃をとりいさゝか魚肉など調へすゝめける。

かくて三年あまりいたはりて死にける。

草野大になげきかなしみ飲食口に入らず痩おとろへたゞあけくれふししづみ泣ゐたり。

程経て後或日当国の国司とおぼしき貴人。

衣服太刀はなやかに出立月毛の馬に乗。

供奉の人二十人斗引ぐし門前を通り給ひしが。

草野が泣かなしむ声を聞馬よりおり内に入草野にむかひ。

汝孝行の誠あり?親の死を悲しむこと至れり。

しかれども哀傷の心偏にしてその限りをしらざれば父母の遺体をそこなひて却て不孝にやなりなん。

いざこなたへ来るべしと教べき事ありとて。

伴ひ出給ひ。

はるなに東の方二里斗行て滝壷のかたはら奇麗なる亭に入給へば。

家臣扈従等みな/\門外に出迎ふ。

草野恐れかゞみすゝみかねけるを。

貴人推て坐上にすへ銚子土器かずの佳肴を列て供応し給ふ。

草野いとゞあやしみて貴人に向ひ。

君は此国の国司とみゆ。

某は本辺鄙の土民なり。

何ゆへかゝる高堂にのぼるらんといふ貴人こたへて汝まことに匹夫にして賎しといへども孝行の徳冥慮に通じ。

今此滝の下につれ来れり。

こゝはもとより楊柳観音の霊場にして神仙鎮護の名瀧なり。

我またよのつねの人にあらず。

いでやその由来をかたり聞すべし。

むかし人皇四十四代元正天皇の御宇に当国本巣の郡に一人の民あり。

極めて老母に孝行なり。

老母つねに酒を好めり。

民日ごとに薪を樵酒にかへて老母にすゝむ。

ある年の冬大雪降て山に入薪を樵ことあたはず。

酒を買べきよすがなし。

民うれへ歎きて此瀧の流にのぞむに酒のかほりあり。

あやしみながら飲こゝろむるにまさしく酒にてぞありける。

大によろこび汲はこび心のまゝに母にすゝめ養ひしかば。

此酒すなはち長生不死の仙薬にて母須臾の間に老を変じわかやぎ白髪たちまち黒くなりける。

終に汲とも尽ぬ酒の泉をたもちて一家富栄えぬ。

国人例なき祥瑞なりとて朝廷に奏聞せしかば。

霊亀二年丁巳勅使をくだされ此瀧の水よく老母を養しとて養老の瀧と号し。

かの民を当国の国使に任じ給ける。

さればかの民といふは我ことなり。

これしかしながら孝行の徳によつて神仙の冥助を蒙り永くこの養老の瀧の下に住て当国守護の神となり。

国中の人の善悪を鑑み賞罰を行ふ。

汝すでに親に孝行なること我むかしの孝行に近し。

此故に同聲相応じ同気相求めてかく招待をするなり。

何か苦しかるべきたゞ打とけ酒飲て精神を養ふべしとて家臣扈従に命じて舞楽を奏し今様をうたはしむ。

興に乗じ酒闌にして面白さかぎりなし。

時に山廻りの奉行このところを過り。

はるかに酒宴舞楽の声を聞かゝる人倫絶たる深山に酒宴有べきやうなし。

いかさま是は山賊共のあつまり来て遊山するなるべし。

急に討とるべしと物具かため手わけし。

先四方より鉄砲数十挺打かけ近よりてみれば何もなし。

たゞ草野一人忙然として座し居たり。

山廻共あきれて子細を問ふ。

草野かう/\の次第なりと語り。

終にこの所に留り再びかの貴人に逢ひ。

仙術成就し飛行自在の身となりけるとぞ。

                ○猿誦法花経

そのかみ雲浄法師紀州熊野山に隠れ住て専法花経を読誦しその功つもりてしば/\奇瑞を現せり。

天性閑居をこのみて猶も幽栖をもとめ。

終に東国志州に至り一つの石の洞ある所を見てよろこび。

こゝにとゞまりてすみかとさだむ。

峯高くそびへ谷遠くめぐり。

上には幾年ふるともしらぬ大木どもあまたつらなり。

日の光もみえわかず。

いはほ露なめらかにしてつねに雨の後のごとし。

もとより人里はなれたる所なれば。

踏ならせる道もなく梢をわたるましらの聲谷にひゞく水音より外。

またこととふよすがもなし。

しかるにある時山人道にふみまよふてこの所にきたり。

大にあやしみしばらくうかゞいみるに。

師ひとり洞の前なる盤石の上に座し静に法花経を読誦し給へり。

山人やう/\家にかへりあたり近き人々にかくかくと語る。

人々おどろきこれた々人にあらじとて。

四五人ともなひさきの所に至る。

折ふし諸鳥あやしき果をふくみて師の前にさゝげ。

又狐兎のたぐひいくら共なく盤石のほとりにあつまりて。

此所を守護すと見えたり。

人々ます/\驚き師の前に跪き。

我輩はこの山の麓の者共なり。

今までかゝる貴き御僧ましますことをしらず。

此のちはかならずまいりつかえんと礼拝して家に帰り。

いそぎ一郷にふれ傳へておの/\力をあわせ。

不日に一宇の伽藍を建立し法花寺と号し。

*師と仰て当寺開山祖師とす。

遠近傳へ聞て競て参りつどひ。

礼拝供養し奉る。

こゝに此山に年ごろ住む老猿あり。

師のつねにのぼりて讀経し給へる盤石のかたはらの松の枝につたひ来りひそかに讀経を聴聞すること久しくなりぬ。

ある時師寺を出て他に行給ふを見て。

やをら木を下りて彼盤石の上にはひあがり。

師の袈裟を着し経をひらき見居たり。

しばらく有て師かへり遥に此躰を見つけ給ふ。

猿大きにおどろきあわてふためき木にのぼり行がたしらずにげ失ぬ。

師しらざる躰にて寺に入り人にも告ず。

ひとり心におぼすやう此猿今既に悟道せり。

かならず奇特の事あらんと。

果してその明日早朝に表の門をたゝき案内こふ者あり。

黒き衣服に朱ざやの刀をはき。

芦毛の馬にのりさもさび/\としたる躰なり。

師にむかひ礼拝して。

某生国近州志賀の者なり。

名を袁郎といふ。

親族あまたありみな旧業をまもりて仕をもとめず。

某わかきころより学問を好みあけくれ書典に眼をさらし。

やゝ長じて武芸をならひ。

兵法軽態其妙をきはむ。

京都に出て奉公せばやとおもふに。

当時将軍昏暗にして人をしらず。

奸人邪佞の輩のみ出頭し。

賢才名鑑の人は疎ぜらる。

さるによって流浪漂泊の身となり。

心ならずこの地にきたる。

ほのかに師の道徳神変他と異なることを聞て推参す。

あはれ慈悲をもつて摂取し一句の法要を示し給へといふ。

すなはち席上にて詩を賦してたてまつるその詩にいはく

乾坤変化幾沈淪  好是千山萬水身

窮去投林何擇木  幸登覚巌問前津

師はじめより是きのふの猿の変作なりと知給へ共さらぬ躰にて君多智にしてしるも風月の才に富めり。

今また心を。

釈門によせて遠くこゝに望む殊勝の事にこそ。

しかれども君にすこし聞まほしき事あり。

いぶかし遠慮なくたづねんやいなやと。

袁郎いか成事にか承んといふ。

師のたまふ君すでに志賀の人と聞。

若君が先祖は山王の神官か。

さらずは又庚申の宮守にてはなかりしかと。

袁郎此返答にはたとつまりさしうつむひて赤面し居たりしが。

しばらくありてそれ人物形異なりといへどもおの/\性霊あり。

心浄ければ仏土浄し。

邪をさり妄をすてゝたゞちに涅槃の道に帰せましかば。

物即仏ならずや。

又あるひは一心顛倒錯乱して正理をしらず。

ひねもす六塵の境にはしり五濁の枝に遊び名利を事とし情欲に溺れて。

如説修行せずんば人にして物におとれり。

嗚呼たゞ一心の浄と不浄とを論ぜんのみ。

さのみ色相に抱るべからざるにや。

師打笑ひこれまた例の朝三暮四の説ならん。

しかしながらこれ一時のたわふれなり。

あへて心にかけ給ふ事なけれ。

幸にこゝに留りて。

僧徒に学問指南し給へかしと。

袁郎おほせにしたがひ*んとてそれより寺に入り僧徒をあつめ内典外書を講ずるに弁釈。

理こまやかにして聴者驚嘆せずといふ事なし。

しかれども天性軽躁にしておどりくるひ。

はねありきて小児のしわざに似たり。

赤地の袈裟を蒙りて檀上に座し。

御衣の打留万達磨なりとて僧徒を拝せしめ。

または白布の浴衣を着。

墓所に隠れて新死の亡魂なりとて児童をおどし。

或時は蛇をとらへ鉢の中にいれて*龍と名づけ。

ある時は猫をしばりて仏前にすへて伏虎なりといふ。

かくのごとくのたぐひかぞへがたし。

僧徒いとひにくみて師に告て追出さんとす。

師打笑ひその故あり制すべからずとてさし置給ふ。

袁郎また山水をたのしみ風景にあふごとに詩歌をつらねておもひをのぶ。

しかれどもしゐて心を用ひつくるにもあらず。

又書もとゞめずおほく散失してのこらず。

こゝにその一二覚をしるす。

山館燈(さんくはんのともしび)

外(ほか)よりはさびしとみるも山住(やますみ)の友なりけりなともし火の影

遥聞郭公(はるかにきくほとゝぎすを)

雲(くも)うつむ山ほとゝぎすほのかにも鳴(なく)やいかなるよその春辺を

百億分身随処遭(をくぶんしんしたかつてところにあふ)

堪怜少日没腰曹(たえたりあはれむにしやうじつもつようきう)

尽々刹〃如来地(ぢん/\せつ/\によらいのち)

六出円成放白〓(ろくしゆつえんじやうはなつびやくかうを)

ある時師〓郎(ときしえんらう)をまねき

汝今終焉(なんぢしゆうえん)の

期至(ごいた)る知(しる)やいなや。

〓郎某(それかし)もとくより相待(あいまち)しなりとて。

沐浴(もくよく)し衣服(いふく)をあらため。

仏前(ぶつぜん)に跪(ひさまず)き辞世(じせい)〓(げ)を

唱へ合掌(がつしやう)してねふるがごとく息絶(たえ)たり。

師僧徒(しそうと)をあつめこの亡者人間(もうじやにんげん)に

にあらずよく/\みるべしと。

僧徒立(そうとたち)より細(こまか)に

みれば一つの猿(さる)にてぞ有ける。

この時師はじめおはりを語り給い又その頂(いたゝき)をなでゝ善哉。

今より二百年の後此衣鉢(えはつ)を

汝(なんぢ)に付属(ふぞく)すとのたまふ。

聞人いかなる事ともわきまへずいぶかりあへり。

その後豊臣太閤天下(のちとよとみたいこうてんか)の政務(せいむ)の時。

同国民家(だうごくみんか)に産(さん)するものあり。

ある夜猿懐(よるふところ)にいると

夢見て男子(なんし)を誕生(たんじよう)しけり。

父母(ふほ)あやしみてあしくもそだてず。

ひとゝなるにしたがひ学智優才(がくちゆうさい)ありて

生(むま)れながら法花経(ほけきやう)をそらんじ。

つねに酒肉(しゆにく)をたちて

出家(しゆつけ)を遂(とげ)んと請(こ)ふ。

父母その志(こころさし)にそむかず。

法花寺(ほつけじ)に送(をく)り出家せしめ名を真空(しんくう)とあらたむ。

終(つい)に仏経祖録(ぶつきやうそろく)のこりなくあきらめ

学徳一山(がくとくいつさん)の師範(しはん)なりしかば諸人あがめたつとび法花寺中興開山(ちうこうかいさん)とす。

真空も先規(せんき)のごとく盤(ばん)石の上に座して読経(どくきやう)し給ふに。

ある時しろき霧のごとくなる毒気(どくき)降(ふり)下(くだ)りて山上より大きなる蠎蛇目(もうじやめ)を張口(はりくち)をあけて真空(しんくう)に向てはせくだる。

真空(しんくう)すこしもさわがず。

一心(しん)に読経(どくきやう)し居(い)たり。

蠎蛇盤石(はんせき)のもと至り頭(かうへ)をたれ尾(を)をすべ

読経(どくきやう)を聴聞(てうもん)を経(きやう)おはりければ

忽消(たてまちきへ)うせて行かたしらず成りにけり。

かゝる奇特(きどく)一かたなるず真空終(しんくうつい)に

此(この)事を感(かん)じて蠎蛇説(もうじやのせつ)一篇(へん)をあらはす。

其文絶妙(そのぶんぜつめう)にして今におひて四方(よも)に伝(つたは)れり。

されば袁郎死去(えんらうしきよ)の年より。

今真空生(しんくうむま)れしときまで果(はた)たして二百年にあたれり

雲浄法師(うんじようほうし)のさす所符節(ふせつ)を合(あわ)せたるがごとく。

今皆おもひあたりて諸人奇異(きい)の思(おも)ひをなしけるとぞ

          ○闇夜牛鬼(あんやのうしをに)

備前国周迎(びぜんのくにすけい)の城(しろ)は

浮田直家国主(うきたなをいへこくしゆ)たりし時。

星賀藤内(ほしかたうない)が領(れう)する所(ところ)なり。

南(みなみ)は大野(おほの)の広(ひろ)きを抱(かゝ)へ。

北(きた)は作州(さくしう)にさかひ。

鷲山(わしやま)の出城高(てしろたか)く聳(そび)え。

大河流(だいがなかれ)て淵(ふち)をなせり。

誠(まこと)に国中無双(こくちゆうぶそう)の勝地(しやうち)なり。

こゝに讃州黒島(さんしうくろしま)の住(ぢう)人

俵藤太秀郷数代(たはらはうだひでさとうたい)の

後胤黒島左近入道宗綱(こういんくろしまさこんのぬうだうむねつな)といふ人。

所縁(しよえん)に付(つき)て当地波多野氏何某(たうちはたのうぢなにかし)が

家(いへ)を継(つぎ)て城主(しようしゆ)にみやづかへけり。

天性発明(むまれつきはつめい)にて内外典(ないげてん)をうかゞひ兼(かね)て

医(い)の術(じゆつ)に達(たつ)せり。

又武勇(またぶゆう)を好(この)み早態(はやわざ)を得(え)たり。

はじめて鎧組(よろひぐみ)という兵法(ひやうはう)を

作(つく)りて世(よ)にひろむ。

当時(たうじ)の武士(ぶし)どもあまねく此法(このはう)をしたひ学(まな)び

戦場(せんじやう)にのぞみ勝利(しやうり)を得(え)るもの多(おほ)し。

このゆへに遠近聞(えんきんきゝ)つたへたつとび親しみける。

或夜宗綱同家中土倉掃部介方(あるよむねつなおなしかちうとくらかもんのすけかた)

に招(まね)かれ。

碁(ご)をうち心ならす夜(よ)を深(ふか)しうしみつばかりに。

耳沢理(みゝわはり)右衛門といふ中間(ちうげん)一人召(めし)つれ

我館(わがたち)に帰(かえ)る。

道(みち)すがら廿日余(はつかあま)りの月待侘(まちわび)て

目(め)さすもしらぬくらき夜(よ)なるに。

俄(にわか)に空中旭(くうちゆうはさひ)の出(いつ)るごとくくわつと

光出(ひかりいで)ける。

その光(ひかり)きはめてあきらかにて。

人の容顔衣裳(かほかたちいしやう)の紋爪(もんつま)さき手(て)の

筋(すぢ)まであざやかに見えける。

あやしや焼亡(ぜうもう)の火(ひ)にもあらず山(やま)の端(は)いづる

有明(ありあけ)か。

又早(またはや)くも東方(とうばう)のあけゐるかと打(うち)あふぎ見れば。

さはなくて五十間斗向(こじつけんばかりむかふ)に

本木(もとぎ)七郎といへる。

侍(さらふい)の門(もん)にうちに大なる桐(きり)の木(き)あり。

その梢(こずへ)に三歳(さい)ばかりなる犢牛(こというし)まなこは

鏡(かゝみ)ごとくかゝやき二つの角(つの)を振立(ふりたて)て

その光(ひか)ること甚(はなはだ)し。

東(ひがし)の方(かた)にかしらを向西(むけにし)に尾(を)なし。

最(いと)も細(ほそ)き桐(きり)の葉末(はずえ)に犬のごとく

蹲踞蝶蜻蛉(つくばいてうとんばう)よりも軽(かろ)げにとまり居(い)たり。

宗綱(むねつな)すこしも臆せずこれなん聞(き)つたへし

牛鬼(うしをに)なるべし。

かゝる奇異(きい)の化物(ばけもの)に出(い)で逢(あ)ふこそ

幸(さいはい)なれ委細(いさい)に見届(みとゝけ)ばやとおもひ。

門前(もんぜん)にすゝめば化物(ばけもの)にはや飛(とん)ており

宗綱(むねつな)にかけ向(むか)ふ。

宗綱(むねつな)聞(きこ)ゆる早態(はやわざ)なればすきまあらせず

組(くん)でさへ。

二刀(かたな)さし通(とを)すと覚えそのまゝ亡(うせ)てあともなく

光(ひかり)も消(きえ)にけり。

あやしとおもひうしろをみれば中間(ちゆうげん)は此光(このひかり)に

おそわれ絶入(ぜつしゆ)倒(たを)れ伏(ふ)す。

いろ/\と薬(くすり)などそゝぎ蘇(よみかへり)しを肩(かた)に

引(ひき)かけ我館(わがたち)にかえりぬ。

さても此牛鬼出(うしをにいで)し屋舗(やしき)の主人(しゆじん)七郎は

年頃魔法韋都那(としごろまはういづな)の術(じゆつ)を学(まな)び

行(をこな)ひしが成就(じやうしゆ)せずし半途(はんと)に打止(うちやま)ぬ。

そのゆへかつねに物怪(ものけ)たえず。

あるひは家内(けない)の灯火空中(ともしびくうちう)をあるき。

又は人のきられたる生腕座中(なまうでざちう)に落時(をちるとき)ならず

屋鳴天狗礫(やなくてんくつふて)などして

女童部(をんなわらべ)おそれまどひしが。

牛鬼(うしをに)きられし後(のち)はいつとなく

その物怪(ものけ)しづまりけるとなむ。

          ○大鱸呑人(おほすゝきのむひとを)

信州飯田(しんしういゝだ)の傍(かわはら)に民家(みんか)たちつゝき

境内広(けいだいひろ)き在郷有(ざいがうあり)ける。

むかしより住(すみ)なれ田畠(でんはた)あまた所(ところ)あり。

そのあいだには年ふりたる樹木(じゆもく)どもはへ茂(しげ)り。

茅原薮(かやはらやぶ)の中(うち)には犬吠鶏鳴(いぬほへにはとりない)て

まことに物(もの)ふりたる住居(すまい)なり。

しかるに頃年(けうねん)この在郷何(ざいごうなに)のゆへもなきに

五寸ばかり大地(ち)へおちいりける。

居民(きよみん)ども是(これ)はいかなる事(こと)にやとおどろき噪(さは)ぎ。

多(おほ)くは家(いえ)を移(うつ)し他領(たりよう)へにげ行(ゆき)ける。

又気(き)さきありて大胆(だいたん)なる者(もの)は何条事(なんでうこと)かあらん。

火(ひ)に入て死(し)し水に溺(おぼ)れて亡(ほろ)ぶ

皆宿世(みなしゆくせ)の業因(ごういん)なり。

いづくに居(い)ても死(しな)ぬ業(ごう)ならは

死(し)ぬまじなどいひて残(のこ)り居(い)ける。

一二年過(ねんすぎ)てまた二三尺(しやく)ばかりおちいりける。

この時(とき)にいたりてははじめの大胆(たん)にて

残(のこ)り居(い)たる者(もの)も大におそれ。

是(これ)たゞ事(こと)にあらず何(なに)さま

此在郷今(このざいごういま)やならくの底(そこ)に沈(しづ)むなるべし。

あらおそろしとて俄(にはか)に資財雑具(しざいざうぐ)を

東西(とうざい)へ持(もち)はこびにげまどひける。

そのさはぎひとへに風下(かざした)の焼亡(ぜうもう)に異(こと)ならず。

この後(のち)又いかゞあらんと見る所に。

その次(つぎ)の年(とし)めり/\と鳴程(なるほど)こそあれ。

またゝきの間(ま)に家(いえ)も木(き)も

一同(いちだう)に大地(だいち)の底(そこ)に沈(しつみ)ける。

又下(した)より忽大洪水湧出(たちまちだいこうずいわきいで)て

一(ひと)川の大池(いけ)となりぬ。

さしも数(す)十丈高(じやうたか)き古木(こぼく)どものこらず

沈(しづみ)入て木梢(こずへ)も見えずなりける。

むかし江州志賀(ごうしうしが)の郷(さと)はじめ平地(ひらち)の

桑原(くわばら)なりしが一夜(や)に変じてみづうみとなりし

例(ためし)もかくやあらん。

近郷(きんごう)の者(もの)とも聞伝(きゝつた)えて来(きた)りみるに。

はじめの在郷(ざいがう)はあとかたもなく。

たゞ大水(すい)のあふれみちて青波(あをなみ)だち。

あたかも江海(ごうかい)のごとく湛(たゝ)へ

藻草浮草(もくさうきぐさ)はへみだれ。

一尺二尺ばかりの魚又(うほまた)は蝦蟹(えびかに)の

たぐひいくらともなく充満せり。

みる人怪(あや)しみてかゝる新(あたら)しき池水(いけみづ)に

何(なに)ゆえ魚(うほ)は生(しやう)じぬらんといふ。

此郷(このさと)に久(ひさ)しき老人(らうじん)すゝみ出(いで)て

この池今新(いっけいまあたらし)く出来(いでき)たるにあらざるべし。

おもひめぐらするに。

この在郷(ざいごう)は天竜(てんりう)という川(かは)の水上(みなかみ)なり。

この在郷(ざいごう)の地(ぢ)の底(そこ)に往古(わうご)より

此天竜川(てんりうかは)の源(みなもと)たる大池(おほいけ)ありて

年経(としへ)たるがこのたび時節到来(じせつたうらい)して

涌(わき)がり今(いま)此池(いけ)と成(なり)たるならん。

しからば魚(うほ)もなどかなあくてあらんといひける。

かゝるふるき池(いけ)のいわれにや。

又一丈(じやう)あまりの鱸住(すゞきすみ)けり。

その様口大(さまくちおほき)に歯(は)とがりて

鱗(うろこ)の勢(いきほ)ひ竜(れう)のごとし。

此池(このいけ)のはたは往還(わうくはん)の海道(かいだう)なり。

しかるにひとり通(とを)る人か。

又は小児(しやうに)などを見ては鱸池(すゞきいけ)より飛出(とひいで)

たゞ一口(くち)に呑(のみ)けるこれより聞人(きくひと)おぢおそれて

行(ゆき)かよひもたえ/\に成にける。

又此池(このいけ)の四五町(てう)かたはらに韮畠(にらはたけ)あり。

折(おり)ふし青(せい)ゝとはへ出(いで)たり。

農人朝(のうにんあさ)とくこの畠へ来(きた)るに。

かの鱸(すゞき)この畠(はたけ)に入てはねまはり。

韮(にら)をはみくらひ居(い)ける。

農(のう)人是(これ)を見つけやがて鍬(くは)にてたゝき

伏打殺(ふせうちころ)しぬ。

腹(はら)を削(さい)てみるに一尺二三寸斗(はかり)の

小脇差(こわきざし)に韮(にら)ひしとまとひ有(あり)ける。

人々打寄評論(うちよりひやうろん)しけるやう。

是はきゝつたへし事(こと)あり。

凡鍼釘(をよそはりくぎ)その外(ほか)何にても金鉄(きんてつ)のたぐひ

誤(あやまつ)て飲入(のみい)れ又は肌肉(きにく)のあいだに

おれこみしづみ入たるに。

韮(にら)を食(しよく)すればその金鉄(きんてつ)を

巻(まき)て下(くだ)すといへり。

此鱸天然(すゞきてんねん)と此治方(このぢはう)を知(し)れり。

かゝるためしなきにあらず。

むかし旅人(たびびと)あり。

畝道(あぜみち)を行(ゆく)くに蜂飛来(はちとびきた)りて

蜘蛛(くも)を刺(さし)ければその所腫(ところはれ)あがりける。

蜘蛛(くも)すなはち畠(はたけ)の中に走(はし)り入。

芋(いも)の茎(くき)をかみてその汁(しる)をぬりつけゝれば

その腫(はれ)たち所(ところ)に〓(いえ)ける。

旅(たび)人是(これ)を見て人に伝(つた)へ蜂(はち)に刺(さゝ)れたるに

芋(いも)の茎(くき)を以(もつ)て治方(ぢはう)とせり。

かく虫類(ちうるい)すら毒(どく)にあふて治(ぢ)する方をわきまふ。

人としてすこしく医道(いだう)を知(しら)ずんばあるべからずと

かたり合(あへ)ければ聞(きく)人尤(もつとも)と感じける

王くしげ巻之一  終

王くしげ巻之二

          ○土佐坊昌俊(とさばうしやうじゆん)

丹波国穂壷(たんばのくにほすみ)の

城主赤井強左衛門(じやうしゆあかいがうさえもん)は。

極(きはめ)て力(ちから)つよく大武勇(ふよう)のほまれあり。

すでに年七八歳(さい)の比同国鷺(ころどうごくさぎ)が森(もり)に

変化(へんげ)の物(もの)ありて夜(よ)に入ては人をとると聞て。

ひとり其所に行変化の物を切とゞめけり。

夜あけてよく見れば石仏にてありけるとぞ。

ある時要用の事ありて忍びて京都にのぼり。

京極四条のわたりに住荒したる古屋舗あるを借て逗留しける。

そのあたり近き人このよしを見て笑止がり強左衛門が家来の侍に語るやう。

此屋舗にはむかしより妖物あり。

人宿ればかならず夜大きなる法師出来りてたゝりをなし。

あるひは打ちころしつかみ食ふ。

このゆへに近年はすむ人絶てかくすさまじく荒果たり。

いそぎ主人にもかたり他所へ宿り給へといふ。

侍大に肝をつぶし強左衛門にかくと告げる。

強左衛門元来物におそれぬ勇者なれば事ともせず。

何条この帝都繁昌の地にさるあやしき物あらん。

もしありとも我たゞ一太刀にたいらげん。

かならずおそるべからずとて。

日も暮ければ寝間に入前後しらず寝入ける。

侍ども気味あしくいや/\かゝるおそろしき事を聞ながらこゝに宿らんは不覚なりいざ皆〃(みな/\)外(ほか)に出(いで)てあかさんと四五人いひ合(あはせ)ひそかに抜出

(ぬけいで)四条(でう)をひがしへ祇園(ぎおん)の社(やしろ)にはしりつき通夜(つや)してぞゐたりける。

強(ごう)左衛門かくともしらず唯(ただ)壱人臥居(ふしい)たりしが夜半(やはん)ばかりに何とはしらず東(ひがし)の縁(えん)の方(かた)に人の足(あし)おとしてやうやう近(ちか)より叱〃(しつ)といひて起(おこ)すものあり。

強左衛門目をさましさては昼侍(さむらい)どもの語(かた)りたる化物(ばけもの)なるべし。

あしくよりたらば只(ただ)ひと打(うち)にせん物(もの)をと刀(かたな)の柄(ちか)に手(て)をかけ声(こえ)をはげまし。

何者(なにもの)なれば旅人(たびびと)の宿所(しゆくしよ)に来(きた)り眠(ねふり)をさまたげるぞやといふ。

其時(そのとき)あいの障子(しようじ)をさつとあけ入来(いりきた)るものをみれば。

大法師(だいほうし)色(いろ)くろく頬骨(ほうぼね)あれ眼(まなこ)にひかりあり。

はだにはよろひ腹(はら)まきし長刀(なぎなた)わきばさみ強(ごう)左衛門をねめつけ。

我は是土佐坊昌俊(これとさばうしゆうじゆん)すなはちこの屋舗(やしき)の主(ぬし)なり

汝(なんぢ)はやくこゝを出去(いでさる)べしといかる。

強(がう)左衛門さては土佐坊(どさばう)が幽霊(ゆうれい)とや。

めづらしき対面(たいめん)をする物かな。

その土佐(とさ)が何(なに)ゆへにこの地(ぢ)の主(ぬし)なるぞ。

土佐(とさ)こたへて汝(なんぢ)しらずやわれむかしは相模国(さがみのくに)二階堂(にかいだう)にして鈴(すゞ)木党(きたう)の旗(はた)かしら。

武勇知謀関八州(ふゆうちばうかんはつしう)に肩(かた)ならぶる者なく。

鎌倉殿(かまくらとの)に召出(めしいだ)され代官(だいくわん)とせらる。

今(いま)またこの地(ち)にしては誓文返神(せいもんかへしのかみ)とあがめられ世の尊敬(そんきやう)浅(あさ)からず。

強(がう)左衛門聞(きゝ)もあへずから/\と打わらひ。

汝(なんぢ)生(いけ)る時その悪行重畳(あくぎやうてう%\)し天罰踵(てんばつきびす)をめぐらさずその身(み)忽(たちまち)謀伐(ちうばつ)せられ永(なが)くこの世にゆるされず。

今(いま)神(かみ)といわれこの所(ところ)にとゞまるとは何事(なにこと)ぞ。

それ汝(なんぢ)が悪行伝記(あくぎやうでんき)にしるして万劫(まんごう)をふるとも隠(かく)すべからず。

そのかみ鎌倉殿(かまくらとの)梶原(かぢはら)が讒言(ざんげん)を信(しん)じ九郎判官(はうぐはん)を討(うた)んとし給ふ。

これ五常(こしやう)にそむき人倫(じんりん)をそこなふくわたてなれば誰(たれ)あつて討奉(うったてまつ)らんといふものなし。

汝(なんぢ)わづかの所領引出物(しよれうひきでもの)にまよひてたやすく討奉(うちたてまつ)らんとうけごふ。

それ君(きみ)に不義(ふぎ)のくわたてある時(とき)は臣(しん)たるものいくたび

も諌(いさめ)とゝむべきにさはなく。

同(をな)じ連枝(れんし)の主君(しゆくん)たる判官(はうくはん)を討(うた)ん

とす。

それ臣(しん)として君(きみ)を討(うつ)その逆罪(ぎやくざい)誰(たれ)かにく

まざらん。

判官(はうくはん)をあざむき追討使(ついとうし)にあらずといつわり。

おそろしき起請(きしやう)をかき。

その夜(よ)夜討(ようち)すといへども誓文(せいもん)の神罰(しんばつ)たち所

(ところ)にむくひて大に仕(し)そんじ敗北(はいぼく)す。

命(いのち)を惜(をし)み辱(はぢ)をすて。

みぐるしく逃(にげ)まはり終(つい)に探(さか)し出され父子(をやこ)四人家(い

ゑ)の子郎等(こらうとう)のこらず刑罰(けいばつ)せられ。

悪名(あくみよう)を千載(せんざい)のすへにのこす。

その神罰(しんばつ)に徴(こり)て諸人(しよにん)偽誓(いつわりちか)ふ者罪(つみ

)をすくはんとにや。

これ又(また)何(なに)の道理(だうり)ぞや。

天子(てんし)一人より外(ほか)誓文返(せいもんかへし)の法(ほう)なし。

世(よ)の邪欲(じやよく)ふかき商人(あきびと)物(もの)を売買(ばい%\)する

に真偽(しんぎ)をみだりその価(あたい)をいつわる。

人の信(しん)ぜざる時(とき)誓言(せいごん)を吐(はき)起請(きしやう)を書

(かき)ていつわりなきよしをつくろふといへども。

心(こゝろ)には神罰(しんばつ)あらんと恐(おそ)れ幣畠(へいはく)をさゝげ

供物(ぐもつ)をそなへてまいりつどひ。

日此(ひごろ)の誓言(せいごん)解(とけ)たりとて。

ます/\その邪欲(じやよく)を〓(たくまし)ふす。

世(よ)の諺(ことはさ)にも神(かみ)は正直しようじき)

のかうべにやとるといふに。

いつわりの人をすくふとは悪鬼邪神(あつきじやしん)なるべし。

しからば生(いけ)ておくべきものにあらずとて太刀打(たちうち)

ふつて切(きつ)てかゝる。

土佐一言(とさいちごん)の返答(へんたう)にも及(およ)ばす

逃(にげ)んとするを。

追(をい)かけしばし切(きり)むすぶ所(ところ)に。

かの宵(よひ)に抜出(抜けゐで)祇園(ぎおん)に通夜(つや)しける

侍供(さむらいども)主人(しゆじん)一人のこし置心(をきこころ)もとなしとて。

まだ夜(よ)あけざらぬに立帰(たちかへ)り寝間(ねま)に入て

強左衛門(がうさゑもん)をゆすり起(おこ)し。

いかに今夜(こよい)化物(ばけもの)にはあい給はずやと問ふ。

強左衛門(がうさゑもん)夢(ゆめ)さめ汗水(あせみづ)になりて

大息(おおいき)つぎ。

夢(ゆめ)に土佐房昌俊(とさばうしやうじゆん)きたり。

きりむすび危(あやう)かりし所へ汝(なんぢ)ら来(きた)り

起(をこ)せしなりとて夢(ゆめ)のありさまかたり。

日比化物(ひころばけもの)ありといふは此者(このもの)なるべし。

しかれども我(われ)かれが悪行(あくぎよう)をかぞへて責伏(せめふせ)たり。

今よりのちはよも来(きた)らじ。

心やすく宿(やとる)べしといひかるが。

そのことばにたがわず。

あくる夜(よ)より何(なに)の怪異(けい)もなく

今(いま)に人(ひと)住(すみ)つゞけるとぞ。

                      ○瞽者知三世(こしやさんせをしる)

天文年中(てんぶんねんちう)に津国天王寺(つのくにてんわうじ)の辺(ほとり)に

五音(ごいん)の占(うらな)ひに妙(めう)を得(え)たる瞽者(こしや)ありけり。

凡一切(おとそいつさい)の物(もの)の音(ね)を聞(きい)て

その吉凶(きつけう)をいふに露(つゆ)ばかりもたがわず。

其比(そのころ)三好筑前守(みよしちくぜんのかみ)

長慶同名宗(よしどうみやうそう)三入道に野心(やしん)をふくみ

合戦(かつせん)に及(をよ)ぶ事(こと)あり。

細川晴元(ほそかははるもと)ひとへに宗三を〓〓(ひいき)し

多勢(たせい)をもつて後詰(ごつめ)しける。

宗三(そうさん)晴元(はるもと)の近習外様(きんじうとざま)の大名(みやう)に

名を催(もよほ)し。

其勢(せい)三千余騎(せんよき)江(え)口の里にうち上(あが)り

水沢(すいたく)の陣(ちん)をぞすへける。

究竟(くつきやう)の要害(ようがい)なればたやすく寄(よる)べきやうなし。

時に長慶(よし)が舎弟(しやてい)十河一存(とがうかずます)

わづかの小勢(こぜい)にて押よせければ寄手(よせて)の負(まけ)ならんと

おもはぬ者はなかりける。

かの瞽者(こしや)一存(かずまさ)が馬の足音(あしをと)を聞て

軍(いくさ)に勝(かつ)べしと占(うらな)ひけるが。

果(はた)して宗三(そういさん)敗北(はいぼく)し

雑兵(ざうひやう)の手(て)にかゝり討(うた)れける。

又将軍(しやうくん)義晴公(よしはるこう)京都(きやうと)を

落(をち)給んとするよひの日瞽者屋形(ひこしややかた)の前(まへ)を

通(とを)りしが旗(はた)の風になびく音(をと)を聞(きゝ)て

将軍東行(しやうくんとうきやう)の兆(きさし)ありといふ聞人打(うち)わらひ

将軍(しやうくん)明日東(めうひかし)山慈照寺(じしやうじ)に入給ふは

人毎(ごと)に知(し)れるものをといふ。

或人是何様(あるひとこれなにさま)その故(ゆへ)あらんとおもひ。

ひそかに瞽(こ)者に問ふ。

されば此度(このたび)東(ひがし)の方(かた)へ行(ゆき)給ひては

二たび帰る(かへ)り給ふまずきなりと給(こたへ)ける。

げにも将軍(しやうくん)穴太(あなた)の新坊(しんばう)にて〓去(こうきよ)し

給ひける。

又常(つね)にみずからいひけるやふはわれはまさしく此(この)

生前三世(しやうさきさんせ)の事(こと)を知(し)れりといふ。

聞人(きくひと)あやしみてしからば前生(ぜんしやう)は何(なに)〃に

生(むま)れ給ひたるとやと問(と)ふ。

瞽者(こしや)こたへていふやふ。

されば最初(さいしよ)の生(しやう)は蛇(へび)にてありしなり。

つねに木陰草(こかげこさ)の中(うち)に臥(ふ)しかくれて住(すみ)けり。

しかれども夏月(かけつ)にいたるごとに暑熱(しよねつ)たへかたく。

遍体(へんてい)こと/\くいきれもだへて苦痛(くつう)いふはかりなし。

しかも飢渇(うへかつへ)てそのせつなさいかんともせんかたなし。

せめてこのまゝに死(しな)んと思(をも)へどもそれもかなわず。

ある時(とき)ははるかに車(しるま)の来(きた)るを見ては

わざと道(みち)のまん中に出(いで)て〓(きし)りころされんことをねがふ。

是さへ車(くるま)つかふ人見(み)つけて追(をい)はらへは。

またもとの草(くさ)むらにかくれぬ。

その後(のち)樵(きこり)人の薪(たきゝ)を伐(き)るを見(み)て

幸(さいわ)ひとおもひその薪(たきゝ)の中(うち)にわたかまりて

遂(つひ)に樵(きこり)人の為(ため)にきりころされて果(はて)ぬ。

又その次(つぎ)の生(しやう)には鹿(しか)となりぬ。

よく肥(こへ)ふとりて山野(や)をすみかとする所に。

狩(かり)人のためにうちころされ。

人の肉食(にくじき)となりぬ。

その肉(にく)一片(へん)づゝきりて売(うらるゝ)に一片(へん)ごとに

こと/\く魄(たましい)もまたつきしたがふて行(ゆき)。

鍋(なへ)にいれ烹爛(にたゞら)かすにいたりて滅(めつ)しおはりぬ。

第三生(じやう)には馬(むま)となりぬ。

されば馬は鞭(むち)うたるゝはさのみ苦(く)なりとせず。

たゞあやまつてもその脚(あし)みづからその前の〓(わき)を蹴(ける)ときは

苦痛(くつう)いふはかりなし。

また高(たか)き山(やま)あるひはのぼり坂(さか)を行(ゆく)ごとには

そのくるしさかなしさ心骨(しんこつ)に徹(てつ)してたへがたく覚(おほ)えしなり。

今(いま)幸(さいわい)に人間(にんげん)と生(むま)れても

猶(なを)宿世(しゆくせ)の業因(ごういん)のこりて瞽者(こしや)となれり。

しかれども前生(ぜんしやう)の苦痛(くつう)をわすれざるゆへに

馬(むま)の重荷(をもに)を負(をい)いななきあへぐを聞(きゝ)ては

ふびんにかなしきなり。

又(また)人の馬(むま)に乗(のり)て

高(たか)き所(ところ)山(やま)坂(さか)など通(とを)るを聞ては

かならずいさめなだめて馬(むま)よりおろし

歩行(ほかう)をしむるなりと語(かた)る。

世(よ)の人伝(つた)へ聞(きい)いてあやしがり

問(とひ)来(きた)る者(もの)多(おほ)かりければ。

瞽者(こしや)むつかしくや思ひけん。

或日(あるひ)いづくともなく落亡(をちうせ)てその終所(をはるところ)をしらず

親子(しんし)の奇遇(きぐう)

往昔(そのかみ)和州戒重(わしうかいぢう)の

城主(じやうしゆ)戒重甲斐守(かいぢうかいのかみ)殿晋代(とのふたい)の

家老(からう)に松田(まつだ)杉田(すぎた)とて両臣(りやうしん)ありけり。

両人(りやうにい)ともに武道(ぶどう)計略(けいりやく)に達(たつ)し

無二(むに)の忠功(ちうこう)をはげましければ。

戒重(かいぢう)の家(いえ)

数代(すだい)事故(ことゆへ)なく治(をさま)りけり。

しかるに杉田(すぎた)年(とし)すでに四十に余(あま)れとも

子(こ)のなき事(こと)をなげきて。

一人(ひとり)の妾(おもひもの)を都(みやこ)よりよびくだしてかたらひける。

その妻(つま)ほかざまはなるほどよくあしらひなさけらしくもてなしけれ

内心(ないしん)はきはめて嫉妬(しつと)しにくみけり。

妾(おもひもの)ある時(とき)懐妊(くはいにん)しける。

杉田(すぎた)は此(この)よしをきゝ心(こゝろ)の内(うち)には

ひごろのねがひみちぬとて。

人しれずよろこびけるに。

その妻(つま)はます/\ねたましくにくみいかりて。

いかにもして妾(おもひもの)が平産(へいさん)をさまたげんとたくみて

取上嫗(とりあげうば)をたのみて。

もし妾(おもひもの)が産(うめ)る子(こ)男ならば

何(なに)とぞ才覚(さいかく)して。

他人(よそ)の女子(によし)をたずねもとめて

とり替(かへ)て女子(によし)平産(へいさん)と披露(ひろう)すべし。

首尾(しゆび)よく仕(し)すましなはその恩賞(をんしやう)には

黄金(わうごん)十枚(まい)得(え)さすべしと約束(やくそく)しける。

嫗(うば)は何(なに)の思案(しあん)もなく。

かの黄金(わうごん)にめがくれて。

いかにも心(こころ)やすくおもひたまへおぼしめすまゝにはからひ侍らんと。

たしかにうけごひ帰(かえ)りける。

折(をり)しも此(この)嫗(うば)が娘(むすめ)も

その比(ころ)懐妊(くわいにん)し月(つき)ごろに成(なり)ける。

嫗(うは)よき幸(さいわ)ひなりとよろこび。

娘(むすめ)にも此事(このこと)よく/\いひきかせ。

もしむまるゝ子(こ)女(をんな)ならはかの妾(おもひもの)が子(こ)と

とりかゆべしとたくみ待(まつ)ほどに。

一日さきだつて嫗(うば)か娘(むすめ)は女(をんな)を産(うみ)。

その次(つぎ)の日かの妾(おもひもの)は男(おとこ)を産(うみ)けり。

嫗(うは)は兼(かね)てたくみし事(こと)なればかひ%\敷(しく)とりかくし。

ひそかにわが娘(むすめ)がうみたる子(こ)にかへて

女子(によし)平産(へいさん)なりと披露(ひろう)しける。

杉田(すぎた)此(この)よし聞(きゝ)ていつわり謀(はか)るとは

思(おも)ひもよらず。

大に本望(ほんもう)をうしなひ。

さりともとおもひしかひもなく。

たゞ忙然(ぼうぜん)としてたのしまず。

妻(つま)も共(とも)になげきたるさまにもてなし。

このたびこそあれかさねての時(とき)はいかさま仏神(ぶつじん)をもいのり

男子(なんし)をもとめ給へかしとて。

みづからもこと/\しく祈念(きねん)し僧(そう)神巫(かんなぎ)をやとひて

かさねてかの妾(おもひもの)に男子(なんし)平産(へいさん)あらん事(こと)を

祈祷(きとう)しける。

杉田(すぎた)もひごろは才智明弁(さいちめいべん)なる者なれども。

かくげに/\敷(しく)いつわりければ。

まことぞとおもひうたがふ心はなかりける。

去程(さるほど)にかの嫗(うば)松田(まつだ)が方(かた)へも

つねに行通(ゆきかよ)ひけるが。

あるとき嫗(うは)大に酒に酔(えい)ておもわずもかの杉田(すぎた)が子(こ)を

とりかえし事(こと)を。

松田(まつだ)が妻(つま)に語(かた)り洩(もら)しける。

もとより松田(まつだ)杉田(すぎた)とは親切(しんせつ)にかたらふあいだなれば。

おどろきさわひてまず急(いそ)き嫗(うば)をよびよせ。

つよく〓議し問(とい)きわめければ。

嫗(うは)も隠(かくさ)んとすれ叶はず。

こと%\く白状(はくじやう)しける。

松田(まつだ)大に嫗(うは)をおどしいましめていふやう。

なんぢ女(をんな)ながらおそろしきたくみをなせり。

この事(こと)もし他人(よそ)より露顕(ろけん)あらばなんぢが一家(いつけ)

のこらす誅伐(ちうばつ)せられんふびんの事(こと)なり。

しかれどももしそれがしがいふやうにしたがはゞ此事(このこと)を隠密(をんみつ)して

よきにはからひ得さすべしといへは。

嫗(うば)は大におそれおのゝ汗(あせ)をかき涙(なみだ)をながし。

たゞいかやうとも君(きみ)のはからひにしたがひたてまつらん命(いのち)を

たすけ給へと手(て)をあわせおがみけり。

松田(まつだ)しからばなんぢにたしかに申付(つく)る事(こと)あり。

そのとりかへて養(やしな)ひ置(をき)ける杉田(すぎた)が男子(なんし)を

いよ/\いつくしみそだてゝ露(いゆ)ばかりも疎略(そりやく)いたすべからず。

世間(せけん)に対(たい)してはわか継子(まゝこ)として養(やしな)ふとも。

かならす内心(ないしん)には主人(しゆじん)の子(こ)なりとうやまひつゝ

しみてあやまちなきやうにいたし。

成人(せいじん)の後(のち)を待(まつ)へし。

すこしにてもあやまちあらばなんぢが身のためあしかるべしとて。

これより松田(まつた)が方(かた)より月ごとに銭米(ぜにこめ)の

類(るい)をはこばせやりて。

ねんごろにかの子を養(やしなわ)せける。

その後(のち)五六年も過(すぎ)て

杉田(すぎた)年(とし)すでに五十に及(をよ)べとも。

そのゝち家(いへ)をつぐべき男子(なんし)もうまれず。

今は世(よ)の中心(なかこゝろ)よからずよろづ

こゝろにかなわぬ事のみ打続(うちつゝ)き。

世(よ)の名利(みやうり)にも遠(とお)さかり。

ひたすら後世(ごせ)をねがふ心(こゝろ)出来(いてき)つゝ

斗薮沙門(とそうしやもん)の身(み)ともならばやとおもひ立て。

わが妻(つま)にも内(ない)々かくとしらせければ。

妻は大(をゝき)にかなしみなげきていふやう。

およそ出家沙門(しゆつけしやもん)になりて乞食流浪(こじきるらう)の身(み)となるは。

皆(みな)その身(み)不幸(ふかう)にして世(よ)にあるかひなく。

人にすてられてるか。

またわかくて両親(りやうしん)をうしなひあるひはいとおしき妻(つま)や子(こ)に

おくれてなげきにまよひて出家(しゆつけ)するたぐひ。

そのためしすくなからず。

今(いま)君(きみ)は何(なに)のなげきうれへありてか

かゝる思(おも)ひ立(たち)し給ふらん。

男子(なんし)のなきはこれ皆(みな)前世宿業(ぜんぜしゆくごう)の

さだまれる故(ゆへ)とおもひ給へとたび/\いさめければ。

わが妻(つま)さへ今はうとましくこゝろつきなく覚えける。

ある時(とき)杉田(すぎた)松田(まつた)が館(たち)に行(ゆき)ければ

松田(まつだ)出迎(いでむか)へてまづ奥(をく)に請(しやう)じいれ

酒肴(さけさかな)とりいだしことさらにもてなしける。

酒宴(しゆえん)なかばに杉田(すぎた)すこし顔色(がんしよて)かはりて

なみだをながしける。

松田(まつだ)あやしみてこはそも何故(なにゆへ)かくはなげき給ふと問ふ。

杉田(すぎた)しばらくありて涙(なみだ)をおしとゝめ。

さればわれちかき内(うち)に出家(しゆつけ)せんと思ふ。

そのゆへは我今行年(われいまきやうねん)五十に及(をよ)へり。

つら/\人間(にんげん)五十年の盛衰苦楽(せいすいくらく)をおもふに

その喜(よろこ)ぶ事(こと)憂(うれふ)る事(こと)須臾(しゆゆ)に

夢幻(ゆめまぼろし)となりてとゞまらず。

浮世(うきよ)はすべて仮(かり)にあらずや。

われ年老(としをい)て家(いへ)をつぐべき男子(なんし)なし。

今より世(よ)にかゝづらひ名利(みやうり)を事(こと)とし

栄(さか)へをきわむとも誰(たれ)がためにかせん。

しかしはやく世をいとひ身(み)を隠(かくさ)んとおもふから。

たゞ今(いま)の酒宴(しゆえん)こそ此世(このよ)のかぎりならんと

不覚(ふかく)の涙(なみだ)をながしつと語(かた)る。

松田打笑(うちわら)ひて何事をなげき給ふらんと心もとなくおもひしに。

君(きみ)男子(なんし)のなき事をかなしみ給ふとや。

君(きみ)にはたしかに男子(なんし)持給(もちたま)へり。

今(いま)かくのたまふこそこゝろえねといふ。

杉田(すぎた)座興(ざけう)にいふとおもひ。

戯(たはむれ)も時(とき)による事(こと)なりとて。

すこし恨(うらみ)たるていなり。

松田(まつだ)いや/\戯(たはむ)れにあらず親(をや)の身(み)にして

わが子あるをばわすれ給へるが笑(をか)しきなりとて。

猶(なを)々手(て)を打(うち)て笑(わら)ひける。

杉田(すぎた)いよ/\はらたちいかにわが身(み)にあづからぬとて

人のなげきを興(けう)ずるは何事(なにごと)ぞやとて。

すでに座席(ざせき)を起(たゝ)んとす。

松田しからばしばらく待(まち)給へとて嫗(うば)が方(かた)より

かの男子(なんし)をよびとり見(み)せければ。

げにも親子(をやこ)のしるしにてその容貌(かほかたち)けはひまがふ所(ところ)なく

わが身(み)によく似(に)ければ杉田(すぎた)大におとろきその故(ゆへ)を問(と)ふ。

松田(まつだ)わざと委(くは)しくもいはず。

たゞ家(いへ)にかへりて君(きみ)が妻(つま)にたづね給へといふ。

杉田(すぎた)ます/\不審(しん)はれず。

いそぎ帰(かへ)りて妻(つま)に責(せめ)問(と)ふ。

妻今(つまいま)はかくすべき様なく。

始終(しじう)の次第(しだい)をかたり。

その時(とき)は女(おんな)のかなき嫉妬(しっと)ゆへ。

いかりのまぎれにたくみしかども年(とし)ふるにしたがひ世継(よつぎ)のなきがかなしくなり。

しかもしれゆえ君世(きみよ)をのがれんとのとまふゆへ。

いとゞなげかしきにつけて。

かのたくみのくやしさいふはかるなく此年月後悔身(このとしつきくわいみ)の置所(おきところ)なかりしに。

たゞ今聞(いまきゝ)あらはし給へるは。

いとはずかしき事(こと)ながら又かきりなきよろこびにて侍り。

只何事(ただなにごと)もるし給ひていそきその子(こ)をよび入(いれ)給へとすゝむ。

杉田はかゝる事(こと)をばしらずして。

此年(このとし)ごろ実(じつ)の子(こ)を他所(よそ)に置(おき)し遺恨(いこん)さよと泣(なき)かなしみ。

すなはち松田(まつだ)に案内(あんない)してかの子を嫗(うば)もろ共によび入れ。

杉田はあまりのうれしさにや。

かの子を見るとひとしく物もいひあへずいだきついて泣(なき)きける。

すなはち名(な)を杉田(すぎた)〓じん十郎とあらためてわが名跡(みやうせき)を継(つが)せ。

又今(いま)まで養(やしない)いおきし嫗(うは)が女子(によし)はすぐに〓じん十郎に妻(めあわ)せて夫妻(ふうふ)となしぬ。

杉田多年(たねん)の願望(ぐはんもう)たちまちひらけ。

よろづこゝろのごとくなれば。

出家(しゆつけ)の思(おも)ひ立(たち)ちもとゞまりぬ。

これひとえに松田が朋友(ほうゆう)のよしみあつく。

たのもしき心ゆへわが妻(つま)の嫉妬(しつと)のやむ時(とき)を待(まち)て。

今(いま)すぐに親子(おやこ)の対面(たいめん)をなさしめける。

その心づかひこそ浅(あさ)からぬ。

されば此妻(とのつま)のみにかぎらず。

貴(たっとき)も〓いやしきも僻(ひがめ)める女(をんな)のならひ。

物(もの)のねたみふかくうらみいかりてその夫(をつと)をせたげ。

いさかいはらだちては物(もの)を破(やぶ)り財(さい)を損(そん)じ。

果(はて)には世継(よつき)をたち家門(かもん)を滅(ほろぼ)すものおほし。

深(ふかく)くおそるべき事(こと)にあらずや。

和尚道歌(おしようのたうか)

相模国三浦荒(さがみのくにうらのあら)次郎義素(もと)は三浦大介義明(みうらのおほすけよしあきら)の後胤陸奥守道寸入道(こういんむつつのかみとうすんにうたう)の子(こ)なり。

身(み)の丈(たけ)七尺五寸八十五人が力(ちから)あり。

髭黒(きげくろ)く眼(まなこ)大にして手足(あし)の猛(たけ)く健(しこやか)なること虎豹(こひやう)の勢(いきほい)に似(に)たり。

永正年中上杉修理(ゑいしやうねんちううへすぎしゆりの)大夫朝興(ともおき)の幕下(ばつか)に属(ぞく)して北条早雲(ほうてうそううん)と合戦(かつせん)すること数度(すど)の及(およ)べり。

しかれども敵大軍(てきたいくん)なればかならず。

三浦父子(みうらふし)うちまけて相州新井(すうしうあらい)の城(しろ)に楯(たて)〓こもる。

相雲押寄(そううんをおしよせ)て年〃責戦(ねん/\せめたゝかふ)といへども城(しろ)たやすく落(おち)ちざりける。

時(とき)に永正(ゑいしやう)十五年七月十一日城中粮尽(じやうちうかてつき)二千余騎命(よきいにち)をすてゝ討(うつ)て出終日(いでゝひねもす)せめ戦(たゝか)ひこと/\く討死(うちしに)し三浦道寸(みうらとうすん)も腹(はら)かき切(きつ)て失(うせ)ぬ。

荒次郎生年(よんじゆう)一歳今はなにをか期すべきたゞ思ふさま軍して心よく討死せんと。

一丈(じやう)二尺の(かたぎ)の棒(ぼう)八角(かく)にけづりたるを打(うち)ちふつて東西(とうざい)にうつて出大勢(いでおほせい)にわたりあひあたるを幸(さいわい)にはらり/\と薙倒(なぎたを)す。

まことに大強力(こうりき)の若武者(わかむしや)こゝを最期(さいご)とはたらきければ面(おもて)を向(むく)べきやうもなし。

弓矢楯鎧(ゆみやたてよろい)のきらひなくかたはしより打ひしぎ落花微塵(らつくえあみぢん)となしけるはひとへに鬼神(きしん)のことく見(み)えける。

寄手(よせて)五百余(よ)人目(め)のしたに討殺(うちころす)す。

手(て)を負者(おふもの)は数(かず)しらず。

残(のこ)る兵四方(つわものしはう)へざつとにげ散(ち)れば荒(あら)次郎立(たち)かへり無念(むねん)やとはかみしてみずから其首(そのくび)を(かき)落(をと)としてぞ死(しに)にける。

軍(いくさ)はてゝ後(のち)その首(くび)を獄門(ごくもん)に懸(かけ)けるに色(いろ)も変(へん)ぜず眼(まなこ)を見張(みはり)り三年まで死(しな)ざりける。

又荒(あら)次郎が自害(じがい)せし戦場(せんじやう)百間四方(けんよはう)は何となく物すさまじく人馬(じんば)その地(ち)を踏(ふむ)むときは(にはか)に倒(たを)れて死(し)す。

北条早雲驚(はうでうそううんおとろ)きおそれ神子(みこ)(かんなき)を雇怨敵退散(やといをんてきたいさん)の祈念(きねん)をいたしけれども験(しるし)なし。

こゝに小田原久世寺(をたはらくのゝそうせいし)の和尚(をしやう)は悟道活機(ごだうくわつき)の知識(ちしき)なり。

早雲対面(そううんたいめん)し怨敵成仏(をんできじやうぶつ)の供養(くよう)を頼(たの)まれける。

和尚是難事(をしようこれなんじ)にあらずとてかの獄門(ごくもん)の前(まえ)に立(たち)て

うつゝとも夢ともしらぬひとねふり浮世(うきよ)のひまをあけぼのゝそら

かやうに一首の道歌を詠し給へばかの首たちまち眼を閉(とぢ)て消(きへ)うせける。

人皆和尚(ひとみなをしよう)の敷島(しきしま)の道(みち)まで達(たっ)し給へることを感(かん)じける。

さればかゝる大勇(たいゆう)強勢(かうせい)のためし異国(いこく)にては呉(ご)の伍子〓蜀(ごししよしよく)の関羽(くはんう)この二人死後(しご)にその首(くび)獄門(こくもん)に懸(かけ)たれども朽(くち)ざりける。

本朝(ほんてう)にしては相馬将門(そうまのまさかど)と此荒(このあら)次郎なるべし皆(みな)死期一念(しごいちねん)の猛気(もうき)散(さん)ぜずして此奇変(このきへん)をあらはせり。

此荒(あら)次郎一家(いっけ))滅亡(めつばう)して自害(じがい)せしは永正(えいしやう)十五年七月十一日なり。。

その怨念(をんねん)通(つう)じけるにや。。

その後(のち)北条早雲(ほうでうそううん)の滅亡(めつぼう)せしも七月十一日なりし。

このゆへに今(いま)の代(よ)までも年〃(ねん/\)七月十一日は閧声矢(ききのこへや)たけびの音聞えて怪(あや)しき事(こと)共絶(たへ)ずといふ

貴狐明神(きこみやうじん)

慶長(けいちやう)の初年(しよねん)紀州〓山浅野家(きしゆうわかやまあさのけ)の侍(さふらい)に庄田助右衛門といふ者あり。

ある時(とき)奥(おく)の欄干(らんかん)によりそひしづかに庭前(ていぜん)の草花(そうくは)を詠(なが)め居(い)ける。

時(とき)にいづくともなく狐(きつね)一疋(ひき)はしり出(いで)みるがうちに人に化袴(ばけはかま)を着(き)(ひさまづ)きて礼をなす。

庄田(しようだ)是(これ)を見(み)て汝(なんち)狐(きつね)にして眼前(がんぜん)に人(ひと)となる不思議(ふしぎ)の物なり。

今何(いまなに)ゆへにこゝに来(きた)りかく敬(うやま)ふぞと問(と)ふ。

狐(きつね)こたへて某君(それがしきみ)の慈悲(慈悲)深(ふか)き知(し)り頼(たのみ)たてまつるべき事(こと)ありて来(きた)れり。

そのゆえは君(きみ)の一家(いっけ)の中(うち)に好(このみ)て狐(きつね)をつり殺(ころ)す悪人(あくにん)あり。

我(わか)一族(ぞく)子孫(しそん)大半(たいはん)かれがために滅(ほろぼ)されて老狐(ろうこ)の歎(なぎ)きいかばかりぞや。

君(きみ)の諌言(かんげん)なくては止(やむ)まじき人(ひと)なり。

あはれ御芳志(ほうし)に向後(きやうこう)(うわな)かけざるやうに教訓(きやうくん)をくわへ給へかし。

此事(このこと)調(とゝの)はんにおいては何(なに)やうの返礼(へんれい)なりとも願(ねがひ)にまかせたてまつらんとて涙(なみだ)を流(なが)し佗(わび)ける。

庄田(しやうだ)聞(きゝ)て最(いと)やすき事(こと)なり。

制(せい)し止(とゝめ)て得(え)さゝん。

かさねて来(きた)るべしと契約(けいやく)す。

狐(きつね)大によろこび三拝(さんはい)して失(うせ)ける。

そのゝち庄田(しやうだ)かの悪人(あくにん)をまねき教訓(きやうくん)してその蹄(わな)を我(わ)が方(かた)へとり置(をき)ぬ。

狐(きつね)よろこびまた人に化(ばけ)てあらはれ出(いで)。

我輩(わがともがら)の大事(だいし)をたのみ奉(たてまつ)りしに速(すみやか)に停止(てうじ)せしめ給ふこと有難(ありがた)き御めぐみいづれの日(ひ)か忘(わす)れん。

君(きみ)何事(なにごと)にても願(ねがい)あらば力(ちから)のかぎり報(ほう)じ奉(たてまつ)らんといふ庄田(しやうだ)何(なに)かといふもわづらはし。

たゞ家蔵(かざう)にみつるばかり金銀(きんぎん)をあたへよこの外(ほか)にこのみなしといふ。

狐(きつね)聞(きゝ)て手をうちて笑(わら)ひあゝおろかなるねがひなり。

某(それがし)はもと稲荷大明神(いなりだいみやうじん)の使者(ししや)にしてすでに貴狐明神(きこみやうじん)と神位(しんい)を賜(たま)へり。

しかれども畜類(ちくるい)のかなしさは餌(え)に臨(のそみ)ては命(いのち)を失(うしな)ふことをしらず。

人は万物(ばんぶつ)の長(ちやう)にして神仏(しんぶつ)と同性(どうしやう)なり。

知恵(ちゑ)明(あきら)かに利害(りかい)をわきまふ。

いかんぞ他(た)の宝(たから)を捨(すて)てひとへに金銀(きん/\)を貪(むさぼ)り給ふや。

徳(とく)なくして俄(にわか)に富(とめ)めるは吉事(きちじ)にあらす。

つら/\世(よ)の盛衰(せいすい)を観(くはん)ずるに貨財(くはざい)多(おほ)き人寿命(じゆみやう)めでたく礼義(れいぎ)正(たゞ)しき人甚(はなはだ)稀(まれ)なり。

それ財(さい)多(おほ)ければ矯生(をごりしやう)ず。

或(あるい)は人を侮(あなど)り己(をのれ)を尤(たか)ぶり欲心(よくしん)ます/\さかんにして足(たる)ことをしらず。

非道不義(ひだうふぎ)せずといふことなくして終(つい)に不側(ふしき)の禍(わさはひ)におちいる。

是(これ)金銀(きん/\)の害(かい)を為(なす)にあらずや。

先代全盛(せんだいぜんせい)の人の末三代孫(すへさんだいまご)の世にいたりては衰微(すいび)して乞食流浪(こつじきるろう)の身となるたぐひそのためし歴然(れきぜん)たり。

たゞ武家永代(ぶけゑいたい)の宝(たから)は相応(そうおう)の所領(しよりやう)にしくはなし。

此外(このほか)の願(ねが)ひ無益(むやく)なり。

君(きみ)にすこしの所領(しよれう)を授(さづけ)奉(たてまつ)らんといひて忽(たちまち)失(うせ)けり。

その言葉(ことば)にたがはず其後(そのゝち)庄田(しやうだ)立身(りつしん)して二千五百石の所領(しよれう)を得(え)たり。

玉くしけ巻之第二終

玉くしけ巻之三

          ○畜生塚(ちくしようづか)

京師三条橋(みやこさんでうのはし)の西瑞泉寺(にしずいせんじ)の

中畜生塚(うちちくしようづか)といへるは。

そのかみ関白秀次公(かんぱくひでつぐこう)。

伯父太閤秀吉公(おじたいこうひでよしこう)に謀反(むほん)の心あり。

事(こと)あらはれて紀州高野山(きしゆうかうやさん)にて自害(じがい)し給ふ。

御首(くび)をこの三条橋(でうのはし)の下(もと)にさらしける。

秀次公(ひでつぐこう)の若君(わかぎみ)二人同(おな)しく妾女(おもひひと)

三十余(よ)人すなわち御首(くび)の前(まへ)に

してこと%\誅罰(ちようばつし)。

その死骸(しがい)と御首(くび)とひとつ

土中(どちゆう)に築(つき)こめ高(たか)き塚(つか)をつくれり。

秀吉公(ひでよしこう)の命(めい)により

畜生塚(ちくしようづか)と号(ごう)すとかや。

頃年三条橋(けうねんさんでうのはし)の東(ひがし)の詰(つめ)に

小畠何某(こばたけなにがし)とて能太夫住(のうだゆふすみ)けり。

能猿楽当時第(のうさるがくたうじだい)一の

名人(めいしん)にて家富栄(いえとみさか)へけり。

こゝに小畠(こばたけ)が甥(をい)に石井左門(いしいさもん)といふ

者(もの)是(これ)も能師(のうし)の子(こ)にて美男(びなん)なり。

物(もの)ごと風流(ふうりう)を好(この)み

音曲(をんぎよく)に長(ちやう)じければ。

小畠(こばたけ)末(すえ)たのもしくおもひ我方(わかかた)に迎(むか)へ。

屋敷(やしき)の南(みなみ)の方(かた)に

小家(しようか)をしつらひ住(すま)しめける。

左門(さもん)好事(こうず)の者(もの)にて川岸(かはきし)の上(うは)

大(おほ)きなる桜(さくら)の木(き)の陰(かげ)に

築山泉水心(つきやませんすいこゝろ)ありげにつくり。

軒(のき)には玩芳亭(くはんはうてい)といふ額(がく)をかけ。

暇(いとま)ある時(とき)は竹欄(ちくらん)によりてひとり一曲(きよく)を

うたひてたのしみける。

ある年(とし)の春桜花(はるさくらはな)さかりの頃(ころ)左門(さもん)

他所(たしよ)に出(いで)日たけて家(いへ)に帰(かえ)る所(ところ)に。

年(とし)の程(ほど)十五六斗(はかり)ゑもいわずうちくしき

女郎(によらう)の白き装束(しやうぞく)したるが。

竹欄(ちくらん)によりそひ心しづかに歌(うた)を詠(ゑい)ずその歌(うた)に

見しまゝにかはらぬ花(はな)の面影(をもかげ)や

たゞめのまえの昔(むかし)なるらん

左門(さもん)おとない近(ちか)づけどもおそれずにげんともせず。

左門(さもん)あやしみてこゝはあやしの住家(すもか)にて

かゝる貴人(きにん)のやすらひ給ふ所(ところ)なやず。

いかに門(かど)たがえにやととがめける。

女郎打笑(じよらうちわらい)ひてわが身(み)は此わたり関白公(かんぱくこう)の

御殿(ごてん)ちかく住(すむ)今子(いまこ)といふものなるが。

花(はね)にめで香(か)をたづねてそゞろにこの所(ところ)に来(きた)りたり。

はるかに人の家(いえ)を見て花あればすなはち入ると古人(こしん)も

吟(ぎん)し侍りゆるし給といふ。

左門(さもん)いかなる人とはしらねどもそのかほかたちのまたなくうるはしきに

心ときめきさま/\かたらひより。

日すでに暮(くれ)たり今夜(こよひ)はこゝに宿(やど)り給ひてんやといへば。

ともかうも仰(おほせ)に随(した)がはんといふ。

左門(さもん)かぎりなくよろこび心のかぎりもて興(けう)じ。

いつしかたがひの下紐(したひも)打(う)ちとけ是(これ)より

毎夜(まいよ)来(きた)り暁(あかつき)には帰(かえ)りける。

左門(さもん)そのこゝろさしの深(ふか)きを

感(かん)じいとゞわりなくちぎりける。

されども左門(さもん)おもふやう是(これ)たゞ人にあらず

若(もし)その関白公(かんぱくこう)とやらんのおもひ人にや。

しからば後(のち)のとがめもいかならんと

たび/\そのあかりを尋(たづ)ねけれども。

今子(いまこ)さだかにもいはずたゞ

我(われ)は遠国(えんごく)より上方(かみがた)へ

みやつかえせんために上(のほ)り此(この)わたりに住(すむ)なり。

何(なに)のさはりもなき身(み)なりとはかり答(こた)えける。

ある日余(あま)り打(うち)とけたるまゝに

すこしの事(こと)をいひつのりいさかひける。

左門(さもん)いかりのまぎれに君(きみ)と我(われ)

末(すえ)かけて妹背(いもせ)の契(ちぎ)り浅(あさ)からぬ中(なか)に。

かくまで我(われ)に心(こころ)をきて。

身の行衛(ゆくえ)をつゝみ給ふこそ

いと罪(つみ)ふかく覚(おぼ)つれとかこちける。

今子(いまこ)はづかしとや思ひけんこれより四五日見えざりける。

左門(さもん)しづこゝろなく恋(こい)こがれ。

夜(よ)ごとに待(まち)わびてたゞいつまでも

行衛(ゆくえ)を問(と)ふまじかりける物(もの)をと悔(くやみ)ける。

此念(このねん)や通しけんこの夜(よ)今子(いまこ)帰(かえ)りきたり。

君(きみ)われを慕(した)ふ誠(まこと)あるゆへにかさねてま見え侍り。

我(われ)はまことは此世(このよ)の人にあらす又(また)

狐狸物化(きつねたぬきもつけ)のたぐひにもあらず。

此事(こと)とく語(かた)らんとおもひしかども君(きみ)おどろき

おそれ給はん侘(わび)しさに今(いま)までつゝしみ侍り。

契(ちき)りも是(これ)までなりとて帰(かえ)らんとするを

左門(さもん)袖(そで)にすがり。

たとひ幽霊(ゆうれい)にもあれ何(なに)かくるしかるべきたゞとこしなへにこゝにとゞまり給へといふ。

今子(いまこ)我(われ)久(ひさ)しく人間(げん)に住(すみ)はつる者(もの)にあらず。

さほど心(こゝろ)かはらず覚(おぼ)し召(めさ)さは来年(らいねん)の春(はる)までは帰(かえ)るまじとて昼夜(ちうや)こゝにとゞまり今(いま)は何(なに)をかつゝみはつべきとて身(み)の上(うへ)の事(こと)つぶさに語(かた)るやう。

我(われ)はもと出羽(では)の国(くに)最上殿(もがみどの)の娘(むすめ)にて生れつきうるはしく父母(ちゝはゝ)のいとをしみ深(ふか)かりける。

時(とき)に関白(くわんぱく)秀次公(ひでつぐこう)〓楽(じゆらく)の城(しろ)に居住(きよぢう)し。

僑(おごり)をきわめ色(いろ)にふけりあまたの美女(びじよ)をたくわへ給ふ。

われ十五の年(とし)両国(りやうごく)第(だい)一の美人(びしん)なるよし聞(きこ)し召及(めしをよば)れたび/\にかさなりて召(めし)のぼせらる。

その命(めい)いなひがたくて国元(くにもと)を出(いで)てすでに都(みやこ)に入けれ共。

はる/\”の海山(うみやま)をこへて旅(たび)つかれになやみければ。

しばらく休息(きうそく)しいまだ見参(げんざん)もせざるうちに。

秀次公(ひでつぐこう)生害(しやうがい)の事(こと)あり。

若君(わかぎみ)並(ならび)に三十余(よ)人の女郎(じよろう)たち皆(みな)〃此の(この)三条(てう)の橋(はし)の下(もと)にてうしなはれ給ふ。

わが身はめしのばらせられたるばかりにていまだ目見(めみ)えもせざりければ。

人〃心をくだき乞請(こひうけ)給ひしか共”(まま)御免(おんゆるし)なかりける。

淀(よど)の御所(こしよ)わきてふびんにおぼしめし度〃(たび/\”)御消息(せうそく)まいらせられ最(いと)ねんごろに侘(わび)給ひしかば。

太閤(たいこう)もいなびがたくしからば命(いのち)をたすけ鎌倉(かまくら)へつかはし尼(あま)になすべしとあり。

此より早馬(はやむま)にて告来(つげきた)りけれども今(いま)一町(てう)ばかりつかざるうちにうしなはれぬ。

その時(とき)時世(じせい)の歌(うた)を詠(えい)ず。

  つみをきるみだのいるだにかゝる身(み)の何か五行のさはりあるべき

その時(とき)一所(しよ)に切(きら)れ給ひし秀次(ひでつぐ)の若君(わかぎみ)女郎達(じよらうたち)の最後(さいご)のありさまかたりもあえず袂(たもと)を顔(かほ)のおしあてける。

左門(さもん)聞(きく)さえ涙(なみだ)もとゞまらず。

あはれに悲(かな)しき事(こと)いふはかりなし。

猶(なを)又(また)秀次公(ひでつぐこう)の始終(しじう)を問(と)ふ。

今子こたへて秀次公(ひでつぐこう)は太閤(たいかう)の姉君(あねぎみ)の御子(こ)なり。

一旦(たん)太閤(たいかう)の養子(やうし)に備(そなは)り給ひ〓楽(じゆらく)の城(しろ)に入(いり)権威(けんい)日〃(ひ/\)に盛(さかん)にて摂政関白(せつしやうくはんぱく)に経(へ)あがり。

よろづ我意(がい)に任(まか)せ他(た)の諌言(かんげん)を用(もち)ひ給はず。

一生の悪逆(あくぎやく)あげてかそふべからず。

正親町(おほきまち)上皇(しやうくはう)崩御(はうぎよ)いまだ七日も過(すぎ)ぎざるにしば/\鷹狩(たかがり)鹿(しゝ)がりして飽(あく)まで生類(しやうるい)を殺(ころし)給ひければ何者(なにもの)かしたりけん

  先帝(せんてい)の手向(たむけ)のためのかりなれば

        これやせつしやうくはんばくといふ

また或時(あるとき)はあまたの美女(びじよ)をたづさへて叡山(えいざん)にのぼり酒宴淫楽(しゆえんいんらく)し。

剰(あまつさへ)山中(さんちう)にせこの者(もの)を入て。

鳥獣(とりけたもの)を殺(ころ)す事(こと)数(かす)をしらず。

満山(まんざん)大になげきて抑(そも/\)此山(このやま)は伝教大師開師(てんげうたいしかいき)よりこのかた女(によ)人魚肉(きよにく)を入たる例(れい)なしと訴(うつたへ)えければ。

秀次(ひでつぐ)我(われ)は関白(くはんぱく)なり。

平人(へいにん)と一様(やう)に制(せい)すべくやうやあるといかり給ひ。

南光房(なんくはうばう)に入て猶〃(なを/\)鹿(しゝ)猿(さる)魚(うを)鳥(とり)のたぐひ多(をほ)く割殺(さきころ)して料理(れうり)し。

僧徒(そうと)渇食(かつしき)を追出(をいいだ)して。

その厨(くりや)に入味噌(みそ)塩(しほ)の器(うつはもの)の中へ喰(くら)ひのこせし魚(うほ)鳥(とり)の骨(ほね)腸(はらわた)を投(なげ)こみさん/\”に道場(だうじやう)を穢(けが)し給ふ。

又いつとなく人を切(きる)ことをすきいで給へり。

ある時(とき)はるかに懐胎(くはいたい)せる賎(しづ)の女(め)の若菜(わかな)をつみ帰(かえ)るをみて。

その腹(はら)を割(さい)てみんとのたまふ。

その時(とき)益庵法師(ゑきあんはういん)かれがもちたるわかなを懐(ふところ)の中(なか)にとりいれ。

御前(ごぜん)に出(いで)て打(うち)わらひ懐胎(くはいたい)にては候はず若菜(わかな)の腹(はら)にふくれたるにて候と言上(ごんじやう)せられければ。

さらぱ帰(かえ)せとのたまひける。

皆(みな)法印(はういん)の慈悲(じひ)才智(さいち)の程(ほど)をかんじける。

秀次(ひでつぐ)公かく悪逆(あくぎやく)重畳(てう/\”)せしも太閤(たいかう)御実子(ごじつし)出来(いでき)給ひし後(のち)。

とても行末(ゆくすゑ)たのみなしと世(よ)を憤(いきどを)る心出来(いでき)給ひて。

よろづあら/\敷(しく)ふるまひ給ひしと聞(きこ)えし。

懸(かゝ)る折(おり)しも木村常陸守(きむらひたちのかみ)ひたすら御謀反(ごむほん)をすゝめける。

秀次(ひでつぐ)始(はじめ)は太(たい)閤(かう)の猛勢(もうせい)にくらべて中(なか)〓叶(かな)ふまじと宣(のたま)ひける。

その時(とき)木村(きむら)申やう某(それがし)

元来(くはんらい)忍(しのび)の達者(たつしや)なり。

たやすく太閤(たいかう)の城中(しやうちう)に

忍(しの)ひ入(いり)御命(をんいのち)をうばひ

奉(たてまつ)らんに何(なに)の子細(しさい)か侍(はんべ)らん。

たゞ三日のいとまを給(たまは)るべし。

大坂(さか)の御城(しろ)へしのび入(いり)何(なに)にても

御てんしゆにある道具(だうぐ)一種(いつしゆ)ぬすみとりて参(まい)るべし。

是(これ)を証拠(しやうこ)に思(おほ)し召めし)立(たち)給へとて。

その夜(よ)すぐに大坂(さか)の城(しろ)に

しのび入り事(こと)のやうをうかゞふに。

女房達(にうばうたち)の声(こえ)にて上様(うえさま)すはや

平方(ひらかた)迄(まで)着(つか)せ給むかなどいふを聞て。

木村あきれてさても御運(うん)つよき太閤(かう)かな。

今夜(こよひ)この城(しろ)にましまさば我が手にかけて

亡(うしな)ひ奉(たてまつ)らん物(もの)をと歯(は)がみしながら。

てんしゆへのぼり太閤(たいかう)御秘蔵(ひそう)の

水(みづ)さしの蓋(ふた)をぬすみとり。

急(いそ)き立帰(たちかへ)り秀次(ひでつぐ)の御前(おんまえ)にさゝぐ。

秀次(ひでつぐ)是(これ)を御覧(らん)ずるにうたがふべくもなき。

先年(せんねん)秀次(ひでつぐ)より

御進上(ごしんじやう)ありし水(みづ)さしの蓋(ふた)なりける。

此(この)水(みづ)さしはむかし堺(さかい)の

数寄者(すきしや)求出(もとめいだ)して秀次(ひでつぐ)にさゝげしに。

すなはち太閤(たいかう)へ進上(しんしやう)ありしなり。

後(のち)に聚楽(じゆらく)の城闕所(しろけつしよ)のとき

此(この)道具(たうぐ)出たるにより此事(こと)あらはれける。

木村(きむら)か様(ゑう)にさま%\はからいこしらへ申しければ。

秀次(ひでつぐ)も是(これ)より謀反(むほん)の心おこりけるとぞ。

此外(このほか)信長(のぶなが)明智(あけち)の京軍(きやういくさ)。

太閤(かう)の高麗陣(かうらいぢん)にいたるまで今みるごとく語(かた)りける。

左門(さもん)希有(けう)の事(こと)を聞(きゝ)つるものかな

とて筆(ふで)にしるして一部(いちぶ)の書(しよ)となしける。

かくて一とせ過(すぐ)るは夢(ゆめ)なれや。

そのあくる春(はる)にもなれば今(いま)子左衛門(こさもん)にいとまごひ。

かねていひ置(をき)し今日(けふ)ぞ永(なが)きわかれなり。

君(きみ)とかくちぎりをかはすことも皆(みか)

是(これ)宿世(すくせ)の因縁(いんえん)なり。

名残(なごり)はいつもつきすまじ。

来世(らいせ)はかならずめぐり逢(あ)ふべしさらばとて立(たち)いづる。

左門(さもん)最(いと)信(まこと)しからず思(おも)ひ。

跡(あと)につきて行(ゆけ)ば。

瑞泉寺(すいせんじ)の内(うち)畜生塚(ちくしやうづか)の

ほとりにて忽(たちまち)すがたを見うしなひける。

左門(さもん)はつと思ひしより心さえ/\と成(なり)。

やがておもき病(やまひ)となる。

小畠(こはたけ)おどろき急(いそ)ぎ父母のかたへおくりかへしけるが。

いく程(ほど)なくよはりはたゞしはしもはやく死(し)し。

今(いま)子(こ)にふたゝびめぐり逢(あは)んとのみ

いひて終(つい)にむなしくなりける。

○絵馬夜行(えむまのやぎやう)

越前国(ゑちぜんのくに)永平寺(ゑいへいじ)の

住僧(ぢうそう)良首座(れうしゆそ)は

学徳(がくとく)悟道(ごどう)の聞(きこ)えあり。

年(とし)久(ひさ)しく当山(たうざん)に在(あり)て

座禅観法(ざぜんくはんばう)功(こう)つもりければ。

是(これ)より諸国(しよこく)を修行(しゆぎやう)せばやとおもひ。

まづ紀州(きしう)高野山(かうやさん)を心(こゝろ)がけ。

たゞ一人寺(てら)を出(いで)江州老蘇(ごうしうをいそ)の

森(もり)の辺(ほとり)を過(すぐ)る時(とき)。

日(ひ)すでに暮(くれ)ける。

きはめて貧僧(ひんそう)にて路銭(ろせん)も

たくわへざりければ宿(やど)かるまでもなく。

道(みち)のかたはらを見めぐらすに大きなる栴檀樹(せんだんじゆ)あり。

幸(さいわい)なりとおもひ木陰(こかげ)にやすらひ

肱(ひじ)を枕(まくら)として笠(かさ)打(うち)かづきて臥(ふし)にける。

夜半(やはん)ばかりに官(くはん)人とおぼしき人馬(むま)に

乗(のり)三十人〓(はかり)海道(かいだう)をいそがしくはせ通(とほ)り。

その内(うち)一人此(この)樹(き)の下に

うちとゞまりいかに翁(おきな)は出(いて)給はざるやと呼(よば)はる。

翁(をきな)の声(こえ)して年(とし)老(をい)

力(ちから)おとろへて行歩(ぎやうぶ)かなはず。

又飼(かい)置(おけ)る馬(むま)前足(まえあし)

疵(きず)をかふむりはたらかす心ならず怠(をこたり)り侍るといふ。

かの一人道(みち)いそぎけるにや聞(きゝ)ずてにして出(いで)たりける。

良首座(れうしゆそ)あやしみ夜(よ)あけて

木陰(こかけ)をめぐりみるに古(ふる)き小祠(ほこら)あり。

軒(のき)破(やぶ)れ扉(とびら)朽(くち)たり。

その柱(はしら)に馬(むま)を絵(え)かきたる小(ちいさ)き板(いた)かゝれり。

その馬(むま)の前足(まへあし)の所(ところ)板(いた)さけはなれける。

良首座(れうしゆそ)思ふやうさては昨夜(さくや)の翁(おきな)は此(この)

小宮(ほこら)の神(かみ)にて疵(きず)つきし馬(むま)とは

此(この)絵馬(ゑむま)の事(こと)なるべしと。

すなはち紙(かみ)をひねり此(この)絵馬(ゑむま)のさけたるを

とぢあはせ綴(つづ)り補(おぎな)ひ。

猶(なを)も此(この)神(かみ)の実否(じちひ)を見とゞけむとて

次(つぎ)の夜(よ)も木陰(こかげ)にとゞまり宿(しゆく)しぬ。

夜半(やはん)ばかりにあんのごとくまた昨夜(さくや)の

官人(くはんにん)来(きた)りて呼(よべ)はる。

翁(をきな)出向(いでむか)ふて馬(むま)に乗(のり)ひとつに連(つれ)れてはせ行暁(ゆきあかつき)がたかへり来(きた)る。

良首座(れいしゆそ)に向(むか)ひ礼(れい)をなし君昨日(きみきのう)わが馬の脚(あし)を療治(れうぢ)し給ひしこそありがたき芳志(ほうし)なれ。

すなはち打乗(うちのり)て公用(こうよう)を勤(つとめ)ぬとて悦(よろこ)ぶことかぎりなし。

須〓(しゆゆ)の間に種〃の珍味(ちんみ)を調(ととの)へ膳(ぜん)を出し饗応(きやうをう)しける。

良首座奇異(うしゆそきい)の思ひをなし。

さるにても翁(おきな)はいづれの神にてましますぞや

又かの官人(かんにん)は誰人(たれびと)ぞやと問ふ。

翁こたへてかの官人は行疫神(ぎようやくじん)とて人間の疫病(やくびよう)をつかさとり五畿内(ごきない)を巡検(じゆんけん)して人を病(やま)しむしむ。

我はその末社(まつしや)の小神(しやうしん)なり。

つねに供奉(ぐぶ)して前走(まえはし)りを勤む。

しかるにこのあゐ馬なやみこの役を怠りしかば勤を〓たる科(とが)なりとて縛(しば)られむちうたれたり。

今君のめぐみにより事故(ことゆえ)なく役儀(やくぎ)をつとむ。

何のよろこびかこれにまさらん。良首座聞(れうしゆそきい)て人をば救はずして却(かへり)て病しむる神もあるにやと問ふ。

翁かさねて徳ある者を賞し罪あるものを罰す。

善をすゝめ悪をこらす政道(せいたう)。

人間にかはる所なし。

されば放逸無斬(はういつむざん)のよこしまなる室下(しつか)。

〓乱不淨(いんらんふじやう)のけがれたる門前(もんぜん)にはかならず此神便(このかみたより)を得てみだれ入その身を病しめ命(めい)を奪ふ。

又たま/\罪なき人病事(やむこと)あり。

これは宿業(しゆくごう)の感ずる所その数ありてのがれずと答ふ。

良首座(れうしゆそ)また問ふわが父母山城(ふぼやましろ)の国宇治(くにうじ)にあり。

此神(このかみ)のとがめなきやいなや。

翁聞て何やらん懐中(かいちゆう)より古文字(こもんし)にて書たる日記のごとき物をとり出し。

しはらくくり返し眉(まゆ)をひそめ。

今より四年すぎてその里に疫病(やくびよう)の難あらんといふ。

良首座おどろき何とぞ其難(そのなん)を転じ替(かえ)えてたすけ給へといふ。

翁こたへて我はもとより下品の小神(しやうじん)にて賞罰(しやうばつ)心にまかせず。

かつまたその人おのつから病にあふべき定れる宿業(しゆくごう)あり外よりさゝへかたしと。

良首座何やうの苦行(くぎやう)をも修すべし。

ひらにその難をまぬかるゝ方便(ほうべん)を示し給へといふ。

翁しばらく思(しあん)案してこゝに一つの方便あり。

陰徳を行ひ放生(はうじやう)の施(ほとこし)をなし給はゞ若やまぬかれ給はんかといふ。

かく問答(もんだう)し語るうちに時うつり夜あけしらみわたり。

海道人音(かいだうをと)しげく聞えければ今はこれまでなりとて再会を約し。

小社(ほこら)の方へ行かと見えしがかきけすやうにうせ給ふ。

良首座その跡を礼拝し。

それより故郷にかへり急ぎ父母に告てひそかに善根功徳(ぜんこんくどく)をなしける。

わが親類の衰微(すいび)せる者よりはじめ。

貧民乞〓(ひんみんこつがい)にいたるまでその程に応じて物を施しあはれみ。

或は人の急に趣(おもむ)き災難(さいなん)をすくひ。

孤独(こどく)なる者を見てはひきたてゝたすけける。

その善行皆陰徳(ぜんぎやうみないんとく)にして名のためにも利のためにもせず。

たゞひそかに人にしられざるやうに行ひける。

もとより生類(しやうるい)をはなち物の命をたすけしはあげてかぞへがたし。

里中(さとぢう)にもはじめおはりを告知(つげし)らせ陰徳放生(いんとくはうじやう)をすゝめしかども。

例の出家沙門(しゆつけさもん)の仏神(ぶつじん)の奇特(きどく)を語り聞せ。

人の信施(しんぜ)を貧(むさぼ)るなるべしなといひて。

あえて信用(しんよう)せる者はなかりけり。

すでに年月経(としつきへ)て四年(とし)めにいたり。

果して里中疫病はやりさま/\医療(いれう)をつくせどもかなはず皆死(みなしに)はてたり。

たゞ良首座父母一家(れうしゆそふぼいつっえ)のみ事故(ことゆえ)なかりける。

この躰(てい)を見て〓に。

陰徳放生(いんとくはうじやう)を行ふ者少々(やうやう)ありけれども。

神慮(しんよう)に叶(かなは)ざりけるにや皆同(みなおな)し枕(まくら)に死(しに)うせけるとそ・

観音霊験(くはいをんれいけん)

京都七条(みやこしちでう)わたりに沢井(さはい)の何某(なにかし)とて貧しき浪人(ろうにん)ありける。

生国(しやうこく)に肥後(ひご)の国菊池(くにきくち)より出て武勇(ぶゆう)の道に達し弓馬(きゆうば)の事(こと)くらからず。

世(よ)にある時(とき)はさしも富栄(とみさかえ)けれとも。

故(ゆえ)ありて浪人(らうにん)となりかすかなる住居(すまい)をなし悲(かな)しき月日(つきひ)を送(をく)る中(なか)に。

姉(あね)十一弟(をとゝ)九になる二人(ふたり)の子(こ)さへいできければいとゞ困窮(こんきう)しける。

ある時(とき)沢井故郷(さはいこきやう)へ下(くだ)り親類(しんるい)に逢(あ)ひかゝるわびしさをも語(かた)り合力(かうりよく)にあづからんとおもひ妻(つま)や子共(ことも)にもいとまごひしてその年(とし)二月の末(すへ)つかた大坂辺(おほさかへん)まで下(くた)り。

それより船(ふね)にのりける折節(をりふし)追風(をいかせ)しつかにしてげんかいが灘(など)を通(とを)り肥後(ひご)の国(くに)にぞ着にける。

諸親類(しよしんるい)の方(かた)へ行(ゆき)ければ。

みな/\久敷(ひさしく)して対面(たいめん)するをよろこびあなたこなたへ招(まね)かれ。

種〃(しゆ/\)のもてなしにあひこしかた行末(ゆくすゑ)の事(こと)身(み)の上(うへ)のなげきかたりくらす程(ほど)に一日/\と帰宅(きたく)相(あい)のび同(をなし)八月頃(ごろ)まで逗留(たうりう)しける。

猶(なを)さま/\とゞめけれどもやう/\にいひわけしいとまこひ。

銭(はなむけ)に贈(をく)りし金銀土産物(きんぎんみやげもの)なととりしたゝめ。

又舟(ふね)にのり纜(ともづな)ときて帰路(きろ)におもむく。

しかも波風(なみかぜ)おだやかにて大坂(おほさか)ちかくまで来(きた)りしに俄(にはか)に秋風(あきかぜ)吹(ふき)かへておもひもよらぬ須磨(すま)の浦(うら)へ船(ふね)をよせける。

せんかたなく陸(くが)にあがりいやしき蜑(あま)の小屋(こや)に入。

あるじに案内(あんない)をこふて都方(みやこがた)のものなるが難風(なんふう)にあひこの所(ところ)にまよひ来(きた)れり。

宿(やど)かして給はらんやと頼(たのみ)ければ。

あるじ情(なさけ)あるものにてやすき事(こと)なり。

見ぐるしきをさえいとひ給はずは是(これ)に休息(きうそく)し給へとて麦飯(むぎいひ)などとゝのへよきにいたはりければ。

沢井(さはゐ)かぎりなくよろこびあるじとともに浦辺(うらべ)を詠(なが)め。

こゝは聞(きこ)ゆる名所(めいしよ)ぞかし。

むかし源氏(げんじ)の君(きみ)この浦(うら)にながされ日をおくらせ給ひけるが。

あかしの浦(うら)へも御夢(ゆめ)のつげ有(あり)て入道(にうだう)よりも御むかひまいりて。

そうなく明石(あかし)へうつろひ給ふ。

入道(にうたう)よろこびいつきかしづき奉(たてまつ)る都(みやこ)の御すまひにもおさ/\おとるまじく。

まばゆきすじはまさりてかゝやくほどにぞありける。

後(のち)は入道(にうだう)むすめなど参らせて御子(こ)などいでき給ふ即(すなはち)明石(あかし)の中宮(ちうぐう)といひしなど。

ふるき事ども語(かた)りつゞけければ。

あるじ感(かん)にたえずわれ所(ところ)には住(すみ)ながらいやしき蜑(あま)の子(こ)なれば。

かゝるよしある事おもしらざりし。

面白(おもしろ)き物語(ものかたり)をも聞(きき)つる物(もの)かなとてよろこび。

いとゞ他事(たじ)なくもてなしける。

沢井主(さはいあるじ)の情(なさけ)にほだされておもはずこゝに二三日もとまり。

夫(それ)より陸(くが)を経て大坂(おほさか)に着明(つきあけ)ぬれば。

京(きやう)にのぼり。

しばしもはやく妻(つま)や子共(こども)に逢見(あひみ)んと足(あし)をはやめやう/\その日の暮(くれ)かたに七条(でう)につき。

我屋(わがや)をみるに門(もん)もくゞりもさして有(あ)り。

あやしく思(おも)ひ門(かど)をたゝききければ。

内よりたそとこたへていつものつかひ女出(いで)ける。

沢井(さはゐ)を見(み)て内(うち)へにげこみける。

沢井(さはい)も何心(なにこころ)なくうちへ入れければ今(いま)の女(をんな)より外(ほか)は一人もなし。

是(これ)はみないづくへ行(ゆき)けるとたづねければ。

女涙(なみだ)ぐみてかたりけるは。

二人の母上(はゝうへ)はある夕(ゆふ)ぐれににはかにふるいつき。

かりそめに煩(わづら)ひ給ひて一日二日とすぎけるが。

しだひ/\によはあり給(たま)ふ。

もとよりあたり近(ちか)き人々も笑止(しようし)がり医者(いしや)をまねきいろ/\薬(くすり)もまいらせけれども。

業病(ごうびやう)にてやありけん露(つゆ)ばかりもしるしなし。

病中(びやうちう)にもひとへに君(きみ)の御事(こと)のみおほせられ。

この春(はる)やがてかへりのぼるべしとてはる/\西国(さいこく)にくだり給ひしが。

さりとも五月六月のころは帰(かえ)らせ給ふべき事(こと)なるに。

何(なに)とておそくわたらせ給ふぞや。

あら心もとなや風波(ふうは)の難(なん)にもあひ給ふかや。

むねの思(をも)ひはたへまなく今(いま)はめいどへおもむくに。

二人の子共(こども)をいかにせんと難(なげ)き。

日ごろ念(ねん)じ給ける千手観音立像(せんじゆくはんをんりつざう)の守本尊(まもりほぞん)をとり出(いだ)し。

二人の御子(こ)にわたしかならず一心(いつしん)にこの御本尊(ほぞん)をいのりふたゝび父上(ちゝうへ)にあひ奉(たてまつ)り。

すぐに形見(かたみ)にまいらすべし。

さるにてもわが身(み)程(ほと)かなしきものはあらじ。

たのみをかけしつまはかへり給はず此(この)おさなき子共(こども)を見(み)すてゝ永(なが)きわかれをすることも。

過去(くはこ)の因縁(いんえん)とはおもひながらあゝさだめなのうき世(よ)やと。

念仏数遍(ねんぶつすへん)申させ給ひ。

そのまゝむなしくなり給ひしとかたるにぞ。

沢井夢(さはいゆめ)ともわきまへずさてその二人(ふたり)の子(こ)どもはと問(とひ)ければ。

おさな心にやさしくも父(ちゝ)には生(いき)て別(わか)れ母(はゝ)にはは死(しゝ)してはなれ。

何(なに)をたのみに此家(このいへ)に居(を)るべきぞ。

いそぎ父上(ちゝうへ)の行衛(ゆくえ)をたづねみんとのたまひ。

母上(はゝうへ)はて給ひし明(あけ)の日にいづくをあてともなく足(あし)にまかせて出(いで)給ふ。

わらはに仰(おおせ)をかれしは。

いつにても父上(ちゝうへ)のかへらせ給はゞ此次第を能(よく)〃つたへよや。

やがて帰(かえ)らんさらばとのたまひし面(おも)かげ。

いつかは忘(わす)れはつべきとて声(こえ)もおしまず泣(なき)たり。

沢井(さはい)聞(きゝ)て妻(つま)今(いま)はの時(とき)さぞや我(われ)をふかく恨(うらみ)つゝ名(な)ごりをばおしみつらん。

かゝる事(こと)とは夢(ゆめ)にもしらず。

故郷(こきやう)にとゞめられむなしく月日をおくりし。

ひとえにわが身(み)の科(とが)ぞかし。

さても子(こ)どもはいづくをさしてゆかんといひしぞや。

女聞(きい)て一先(ひとまづ)大阪(おほさか)のあたりをたづね是(これ)に父上(ちゝうへ)ましまさずは。

船(ふね)に乗(の)りいづくへなりとも行(ゆく)べきとふみもとめざるあだ心(こころ)。

まだいわけなきその思(おも)ひ。

誰(たれ)やの者(もの)がかどはかしいづくへ買取(かいとり)行(ゆか)んと心もとなく。

わらはも御供(をんとも)いたすべきことさま/\申たりけれど。

跡(あと)におくべき人はなし。

たゞ我(われ)〃がためならばのこりとゞまりくれよかしとかきくどき宣(のたま)ふゆへ。

仰(おほせ)にしたがひ此(この)留主(るす)をいたせしなり。

少(すこし)のまも御いそぎ大阪(おほさか)にてよく/\たづね給へやとすゝめ。

門(かど)までおくり出(いで)ける。

沢井(さはゐ)いそぎとりあえず大阪(おほさか)えは着(つき)けれども。

いづくをあてに尋(たつね)けるに。

不思議(ふしぎ)やいまだ親子(おやこ)の縁(えん)つきざるゆへか。

難波橋(なにははし)の上(うへ)に兄弟(けうだい)のものは旅やつれにくたびれてまだ幼(いとけな)き弟(おとゝ)は姉(あね)が膝(ひざ)を枕(まくら)とし余念(よねん)もしらずねいりたり。

沢井(さはい)は是(これ)をみるよりも兄弟(けうたい)はこゝにゐるかとてをしよせいだきける。

兄弟(けうたい)もあまりにうれしがりしばしは物(もの)もいひあへず。

やゝありて沢井(さはい)いふやう七条(でう)の宿(やと)へ行(ゆき)母(はは)が果(はて)し事(こと)も聞(きゝ)しなり。

さぞやかなしく思ふらん。

幼心(おさなこころ)にたよりなく父(ちゝ)にめぐり逢(あは)んとてこゝまで来(きた)りし哀(あはれ)さよ。

姉(あね)こたへて父母(ちゝはゝ)にはなれ何とて宿(やど)にいたるべき。

雲(くも)をわけ海(うみ)に入てなりとも。

責(せめ)て父上(ちゝうへ)にあひ奉らんと此浦(このうら)までまよひきたりしに。

はからざるに此橋(このはし)にてめくりあふ事(こと)。

是(これ)ひとへに母上(はゝうへ)の形見(かたみ)におくり給ひし観音(くはんをん)の御力(ちから)なりとて。

はじめおはり語(かた)りければ。

沢井(さみゐ)御仏(ほとけ)をいたゞきて実(げに)も此(この)守本尊(まもりほんぞん)は母(はゝ)つねに香花(かうげ)をそなへ念(ねん)ぜしなり。

その利益(りやく)むなしからず今(いま)かゝる希代(きたい)の対面(たいめん)せしなり。

是(これ)につけてもさぞな母(はゝ)がさいごの時(とき)我(われ)を待兼(まちかね)恨(うらむ)らん悲(かな)しさよといへば。

弟(おとゝ)聞仰迄(きゝおほせまで)も候はず病(やまひ)の床(ゆか)にふすことも父上(ちゝうへ)かへり給はぬ故(ゆへ)。

いとゞ胸(むね)ふさがり心ぼそく覚(おぼ)ゆるなり。

あらこひしのわが妻(つま)やふびんの兄弟(けうたい)の者共(ものども)やとて明暮泣(あけくれなき)こかれ給ひしなりと語(かた)るにぞ沢井(さはい)は悲(かな)しさかぎりなく泣(なき)しづみてしばしは人心地(ここち)もなかりしが。

やう/\気をとりなをし二人の子共(こども)うちつれ京(きやう)にのぼり我屋(わかや)に帰(かえ)りければ。

つかひ女よろこぶ事(こと)かぎりなし沢井(さわい)急(いそ)ぎ懐(ふところ)より守本尊(まもりほんぞん)取出(とりいだ)し仏壇(ぶつだん)にすへ奉り誠(まこと)に観音(くはんをん)の誓には枯(かれ)たる木(き)にも花咲(はなさく)とかや実(げに)も此(この)迷(まよ)ひ果(はて)たる親子(おやこ)の者(もの)。

ふたゝび引合(ひきあわせ)給ふこと有難(ありがた)き御めぐみ猶〃(なを/\)行末(ゆくすえ)祈(いの)らんとて皆〃(みな/\)信心(しん/\)おこたらざりしかば。

その冥加(めうが)にや此後(このゝち)によろづ心(こころ)にかなひ。

ことに姉(あね)は顔(かほ)かたちうるはしく心ざまやさしく生立(おへたち)ければ能(よき)幸(さいはい)ありて或国主(あるこくしゆ)より召(めし)むかへ程(ほど)なく本妻(ほんさい)にそなはりて沢井(さわい)もいつしか富貴(ふうき)身にあまり子孫繁昌(しそんはんしやう)しけるとなり。

          ○松永弾正堕地獄(まつながだんしようじごくにおつ)

中島武右衛門(なかしまふえもん)といふ者。

丹波国亀山(たんばのくにかめやま)の城下(じようか)より七八里かたはらの在所(ざいしよ)に住(すみ)けり。

酢酒(すさけ)など商(あきな)ひて渡世(とせい)とす。

或年(あるとし)の夏(なつ)六月にひとり城下(じようか)に出て布瀑(ぬのさらし)など買調(かいとゝのへ)て帰(かへ)るとて。

あまり暑気甚(しよきはなはだし)くたへがたければ。

野中(のなか)の道のかたはら榎木(ゑのき)のしげみに立よりしばらく涼(すゝま)んとする所に。

たちまちいづくともなく二人(にん)の男(おとこ)いできたれり。

その容貌(かほかたち)よのつねならず。

顔(かほ)あかく鬚生(ひげお)いて。

手(て)には矛刃(ほこやいば)を持怒(もちいか)れるさまにて。

汝(なんぢ)は武(ふ)右衛門かと問(と)ふ。

武右衛門(ぶゑもん)大におそれわなゝき。

いつわりにげんとすれ共叶(かな)はず。

泣〃(なく/\)いかにも左(さ)にて候とこたふ。

二人の男武右衛門(ぶゑもん)が手をとりて引立南炎洲(ひつたてなんゑんしう)の大王汝(だいわうなんぢ)を召(めす)すなり。

急(いそ)ぎまいるべしといふ。

武右衛門おどろきおそれ。

それがし平生別(へいぜいべち)に犯(おか)せる悪業(あくごう)なし。

まげて御宥免(ゆうめん)あれかしと佗(わぶ)れどもきかず。

しからば宿(やど)にかへりて妻子共(さいしども)といとま乞(ごひ)仕らんそのあいだのいとまをたべかしといへばされはともかくもとて家(いへ)にいたる。

武右衛門内(うち)にかけ入(い)らんとすれば。

かの男いかりて引たをしさん%\にうちたゝく。

武右衛門かなしさかぎりなく大に声(こへ)をあげ。

妻(つま)や子(こ)はいづくにあるぞや。

われをたすけよや/\とさけぶ音(おと)におどろき。

妻子(さいし)はしり出て見れば。

武右衛門地(ち)に仆(たを)れて息絶(いきたへ)たり。

妻子(さいし)これはいかなる事ぞやとておどろきなげゝども何故(なにゆへ)ともしらざりける。

なげきながら身(み)をさぐり見れば胸(むね)のあたりすこしあたゝかなれば。

定(さだめ)て頓死(とんし)ならんとてまづ葬礼(そうれい)をもせず親族相(しんぞくあい)あつまりて守(まも)り居(い)ける。

武右衛門(ぶへもん)はしばりからめられて。

かの二人の男(おとこ)に追立(おひたて)られいと冥(くら)き道(みち)をたどりゆく所(ところ)に。

一つの宮殿(きゆうでん)にいたる。

はるかにのぞみ見れば鉄(くろかね)の築地(ついち)をつき銀(しろかね)の楼門(ろうもん)を立たり。

其額(そのがく)を見れば南炎洲(なんゑんしう)と書(しよ)せり。

門(もん)より内(うち)に入て見れは。

奇麗(きれい)に荘厳(しやうごん)せる殿閣(てんかく)ありこゝにも明法閣(みやうほうかく)といふ額(がく)かゝれり。

大王とおぼしくて元服剣珮(くわんふくけんはい)して座(ざ)し給ふ。

その左右(さゆう)には吏隷(りれい)の司守護(つかさしゆご)の臣(しん)。

位階(いかい)に応(おう)じて座(ざ)し給へり。

大王(わう)武右衛門に向(むか)ひ汝(なんぢ)は松永弾正久秀(まつながだんしやうひさひで)が軍将海老名某(ぐんしやうゑびなそれがし)にあらずや。

昔汝(むかしなんじ)が主人松永久秀(しゆじんまつながひさひで)一生(しやう)の悪行(あくぎやう)あげてかぞふべからず。

其中殊(そのうちこと)の甚(はなはだ)しきは。

まづその主君三好氏(しゆくんみよしうぢ)に謀叛(むほん)し。

又もつたいなくも将軍義輝公(しようくんよしてるこう)を弑(しい)し奉(たてまつ)り。

又南都(なんと)大仏殿(ふつでん)を焼亡(やきほろほ)せり。

此三(みつ)の大悪逆(たいあくきやく)は前代未聞(せんだいみもん)の凶事(けうじ)にて。

凡(およ)そすこし人の情(こゝろ)あるものは此うちの一悪(あく)も堪(た)へてなすべき事にあらず。

しかるを久秀例(ひさひでため)しすくなき極悪(ごくあく)人にして此三大悪逆(あくぎやく)一人して行(おこな)へり。

それに汝始終久秀(なんじししうひさひて)のつきまとひ。

その俸録(ほうろく)を食(は)みその下知(げぢ)のしたがへり。

その罪科軽(ざいくわかろ)からずよく覚へたりやいなやと問(とひ)給ふ。

武右衛門答(こたへ)て。

それがしは元来丹波(くわんらいたんば)の田舎人(いなかうど)にして一文不通(もんふつう)なり。

その松永弾正(まつながだんじやう)とやらんは何(なに)人なることしらず。

又謀叛(むほん)といふは何事をいふやらん。

すべて左様(さやう)の事ひとつも覚(おぼ)へなしといふ。

この時はじめの二人の男(おとこ)しからばとて。

武右衛門を引立(ひきたて)それより他所の奉行職(ぶぎようしよく)の政所(まんところ)とおぼしき所へつれ行(ゆき)。

また前(まえ)のごとく前身(ぜんしん)の事を問(と)ひ給(ふ)。

武右衛門しらずと答(こた)ふ。

かやうに三所にて問(と)ひ給へ共。

三所ながらしらずと答ふ。

その時二人の男しばらく思案(しあん)して。

立かへりてある山ぎわの大きなる蓮(はす)池(いけ)の辺(ほと)りにつれゆき。

その池中(いけのうち)の泥(どろ)をすこしすくひとりて。

武右衛門か胸(むね)に塗(ぬり)つくるとおもへば。

そのまま冷(ひや)やかにてその寒気(かんき)はげしく。

腹(はら)に徹(てつ)し骨(ほね)に透(とを)りて涼(すず)しく爽(さわやか)

にして目(め)の覚(さ)めたるがごとし。

この時武右門過去(くわこ)前身を覚(おぼへ)。

かの久秀に従(したがひ)て武勇(ぶよう)を振(ふるひ)合戦し終河内片岡城(つい

にかわちかたをかのしろ)にて打死(うちじに)せしありさま。

その外一生(しやう)の所行猶昨(しよぎやうなをきのふ)のごとく覚(おぼへ)たり。

二人の男縄(おとこなわ)を解(とき)ゆるして。

ふたたびはじめの大王(わう)の庭(にわ)につれ行(ゆき)ぬ。

大王(わう)いかに前身の事は覚しやあらそふべからすとのたまふ。

武右衛門拝伏(はいふく)していかにもそれがしむかし松永久秀(ひさひで)が軍大将

(いくさだいしやう)にて侍り。

しかれどもむかし久秀が悪心(あくしん)を起(おこ)し将軍を〓(しい)せんとする

時。

それがし力(ちから)をつくし口(くち)を極(きわ)めて諌(いさめ)しかども。

久秀(ひさひで)したがひ用(もち)ひず。

こればかりはそれがしが罪(つみ)にあらず。

大王あわれを察(さつ)してゆるし給へとわびけり。

大王聞給ひいかにも武右衛門がいふ所拠(よりところ)あり。

推(お)して罪(つみ)を加(くわ)へがたしとて。

二人の男に命(めい)じよろしくはからふべしとのたまふ。

すなわちかの男につれられ門(もん)を出と覚(おぼへ)しが須〓(しゆゆ)のあいだ

に天地変(てんちへん)じ易(かわ)り。

空俄(そらにわか)にかき陰(くも)り雨(あめ)あらく電(いなびかり)しておびた

だしく鳴(なり)はためき。

はじめ有(あり)ともしらぬ鉄城高(くろかねのしろたか)く〓(そばた)ち。

鉄(くろかね)の網広(あみひろ)く張(は)り。

四方(よも)にもへあがる猛火(みやうくわ)は烈(れつ)烈としてえ天を焦(こが)

して盛(さか)んなり。

その時牛頭馬頭(ごづめづ)の悪鬼(あつき)ども一人の罪人(さいにん)を火車(く

わしや)に載(のせ)ながへを引(ひい)て虚空(こくう)よりはせ来る。

武右衛門(ぶへもん)これはいかになりぬる事にやとおそろしさかぎりなく。

魂(たましい)をうしなひ骨(ほね)も砕(くだく)るここちして。

かの二人の男にこれは何たる罪人(さいにん)にやと問ふ。

二人の男あれこそなんぢがむかしの主人松永弾正久秀(しゆしんまつながだんじやうひ

さひで)よとのたまふおづ/\立よりて見れば手械足械(てあせあしかせ)をいれてし

ばりからめ鉄(くろかね)の〓(くびかせ)をいれらる。

五体焼(ごたいや)け焦(こが)れて色(いろ)くろくふすぼりその人ともおもほへず。

二人の男悪鬼(おとこあつき)に向(むか)ひそれ/\ありければ。

悪鬼(あつき)共なさけなくもくろがねの棒(ばう)をとつてかの罪人(さいにん)を

つらぬき。

武右衛門(ぶへもん)が前(まへ)に突出(つきいた)せり。

武右衛門とかふのことばなく。

なみだをながしいかにあさましくもなりはて給ふ物かなといへば。

久秀(ひさひで)も武右衛門を見てなつかしげにそばにより物をいわんとすれども。

猛火眼(みやうくわまなこ)にさへぎり〓(くわびかせ)喉(のんど)を塞(ふさ)ぎ

けるゆへにおめき叫(さけ)べ共声(こへ)出ず。

たがひになきこがるる間(ま)に。

悪鬼共時刻(どもじこく)うつりぬはやとく帰(かへる)るべしと。

又なさけなくも罪人(ざいにん)をかいつかみ。

もへあがる火車(くわしや)の中(うち)へ投入(なげいれ)て行(ゆき)がたしらず

亡(うせ)さりけり。

そののち二人の男(おとこ)武右衛門をいざなひ。

或記録所(あるきろくしよ)とおぼしき所(ところ)へつれ行(ゆき)。

陽寿録(やうじゆろく)と題(だい)せる書を閲(けみ)して。

武右衛門にむかひ汝猶人間(なんじなをにんげん)に生(いく)べき寿命(じゆみやう)

あり。

帰(かへ)しやるべしとて。

かさねてもとの野中(のなか)の榎木(えのき)の下につれきたり。

武右衛門をうつぶさしめ推(お)しつくるとおもへば夢(ゆめ)のさめたるごとく我家

(わかいへ)の被(ふすま)の中(うち)より立あがれり。

妻子親族(さいししんぞく)おどろきよろこびてその故(ゆへ)を問(と)へば。

右(みぎ)のあらまし物語(ものがた)りしけり。

武右衛門これより心をあらため道(みち)を修(おさ)めて慈悲深(じひふか)く。

すべて物(もの)の命(いのちを)ころさず人にもおしへて深(ふか)く不忠不義(ふ

ちうふぎ)を戒(いまし)めけるとぞ

玉くしけ巻之三終

玉くしけ巻之四

              ○少年夢契(しようねんゆめのちぎり)

津(つ)の国(くに)池田(いけだ)といふ所(ところ)に禅月房(ぜんぐハつばう)とて曹洞派(さうとうの僧(そう)ありける。

里ばなれの薮陰(やぶかげ)に草庵(そうあん)をむすび。

三衣一鉢(さんえいちはつ)の生涯(しやうがい)にてさらに世味(せいミ)を好まずず。

たゞ一心(いつしん)に無常(むじやう)の迅速(じんそく)なる事(こと)をおそれ。

仏祖(ふつそ)玄意(げんい)を探(さぐ)りてすこやかに大乗(だいじやう)の直路(ぢきろ)を決(けつ)せんと欲(ほつ)す。

しかれどもしバ/\起(をこ)る妄念(もうねん)は藕糸(ぐうし)のごとく断(たて)どもつきせず。

しづかにもとむる禅心(ぜんしん)は水月(すいげつ)のごとく得(う)るによしなし。

むかし香厳和尚(きやうげんをしやう)は〓竹(〓ちく)のこゑを聞(きい)て道(ミち)をさとり。

霊雲禅師(れいうんぜんじ)は桃花(たうくわ)を見て禅(ぜん)を明(あき)らむ。

この外玄沙(ほかげんしや)は峰(ミね)を過(すぐ)るとて足(あし)を〓裂(たうれつ)して本心(ほんしん)をさとれり。

ミな是座禅工夫時(これざぜんくふうとき)見性成仏(けんしやうじやうぶつ)の機純熟す。

かゝる悟道発明(ごだうハつめい)の人書典(ひとしよてん)の戴(のす)るところ甚(はなハた)すくなからず。いかなれバ我(われ)は愚鈍無智(ぐどんむち)にして修行成就(しゆぎやうじやうじゆ)のしるしなきにや。おもふに人力(じんりき)におよバさる事ハ仏神(ふつじん)にいのりてその加被(かひ)をかふむるにしくハなしとて。

或時(あるとき)思(をも)ひ立(たち)て江州石山(ごうしういしやま)の観音(くハんをん)えまふでける。

仏前(ふつぜん)にて一通(いつつう)の願文(ぐハんもん)をよミ。

あふぎねがハくは此生(このしやう)のうちに生死(しやうじ)の一大事(たいじ)をきハめ。

大悟見性(たいごけんしやう)の人となさしめ給へと。

一心に祈誓(きせい)しその夜(よ)は通夜(つや)し。

あくる朝(あさ)かへす/\仏前(ぶつぜん)を拝(はい)して下向(げかう)し大津(おほつ)の方(かた)へ心(こころ)静(しづか)にあゆミ帰(かえ)る所(ところ)に。

むかふより大国(たいこく)の大名(だいミやう)と見えて。

あまたの供人(ともひと)を引(ひき)つれ通(とを)り給ふ。

その中(うち)に扈従衆(こしやうしゆ)を見えて。

年のほどハ二八ばかりなるがいふはかりなくあてやかにて。

下には白(しろ)きひとへぎぬに。

上(うへ)には白地(しろぢ)のりんずにうこん色(いろ)に藤(ふじ)のしなえを染にけり。

はかまかたぎぬ腰刀(こしかたな)にいたるまではなやかに出立(いでたち)て打(うち)すぎ給ふ。

禅月房(ぜんぐハつばう)そのあひなぢかくすりちがいて。

ふと目(め)を見(ミ)あハせける。

まことに電光石火(でんくハうせきくハ)のひまよりも猶(なを)あだに見そめし程(ほど)なれど是(これ)ぞながき恋路(こいぢ)となり。

たつ足(あし)もたど/\しく行(ゆく)べきかたもおほえず。

たゞ打(うち)あふひでかの大名(だいミやう)のかくるゝまでにながめやり。

又それよりも立(たち)もどり石山(いしやま)のかたえぞ急(いそ)ぎける。

道(ミち)すがらつく%\おもふやう我(われ)日夜(にちや)朝暮(てうぼ)おこたらず此(この)大乗(じやう)一大事(だいじ)に観念(くはんねん)をこらす身が。

け様(やう)に煩悩(ぼんなふ)の色欲(しきよく)にほだされ。

われから恋(こひ)の奴(やつこ)となり。

ふたゝび観音(くはんをん)へ参(まい)ること何(なに)の面目(めんぼく)ぞや。

又さしも頼(たのみ)つる観音(くはんをん)もこゝろへず。

道心堅固(だうしんけんご)とこそいのりしに。

今(いま)のまよひはいかにぞや。

こゝこそ迷悟(めいご)二つのさかへなれ引(ひき)かへさばやとおもへども。

こしに千(ち)びきの石(いし)をつけたらんようにて一あしもすゝまずうつら/\と石山(いしやま)に着(つき)にける。

彼(かの)大名(だいみやう)も石山(いしやま)へまふで少年(しやうねん9も仏前(ぶつぜん)に徘徊(はいくはい)し給ふ。

しのよそほひ聞(きき)つたへし。

ひかりかゝやく源氏(げんじ)の君(きみ)在五中将(ざいごちうじやう)のいにしへもかくやあらんと。

目(め)もあやにながめ猶(なを)も跡(あと)をしたふて出(いで)けれども。

大名(だいみやう)ははるかに東路(あづまぢ)さして行(ゆき)給ひおなじ道(みち)ならねばなく/\ひとりかへりしが

  わかれてふことをたれかははじめける

  くるしきものと知(し)らずや有(あり)けん

と詠(えい)ぜし古(ふる)き歌(うた)まで思(おも)ひつゞけ胸(むね)にたく火(ひ)は消(きえ)やらで。

ぬしは誰(たれ)ともしらま弓引(ゆみひき)もとめざるおもひかな。

人に心(こゝろ)は忍(しの)ぶの里(さと)しのぶもぢずり谷(たに)の水(みづ)。

おちて流(なが)るゝみなの川(がは)恋(こひ)ぞつもりて淵(ふち)となり。

しみづはつべきわが身(み)かとうらみかこちて池田(いけだ)に帰(かえ)り。

仏前(ぶつぜん)に向(むか)へども日此(ごろ)のやうにもあらず。

心(こゝろ)もそゞろになり日(ひ)をかさぬるにしたがひ猶(なを)もおもひは深草(ふかくさ)のもりの下露(したつゆ)いとゞしく涙にしづむ閨(ねや)のうち。

月(つき)をむかへて詠(なが)むればひかりもさすが彼(かの)人のおもかげとのみ思(おも)はれて。

床(とこ)のさむしろ敷(しき)たえに露(つゆ)のひまほどまどろみける。

懸(かゝ)る所に不思議(ふしぎ)やかの少年(しやうねん)たゞひとりとばそをたゝいて来(きた)り給ふ。

僧月房(ぜんぐはつばう)あまりのかたじけなさに物(もの)もいはれず。

急(いそ)ぎ請(しやう)じいれ奉(たてまつ)る。

少年(しやうねん)宣(のたま)ふやう貴僧(きそう)いつぞや石山(いしやま)へ行道(ゆくみち)にてわれを一目(ひとめ)見給ひて又道(みち)より引(ひき)かへしかさねて石山(いしやま)へまいり。

わが身をつく%\とまもり給ふ。

みづからおもふやう貴僧(きそう)われに心をかけ糸(いと)のすぢなき道(みち)をくり返し又もあひなんとおぼしける心(こゝろ)ざしいと浅(あさ)からぬおもひかな。

露(つゆ)のすきまも有(ある)ならばたがひに見もし見え奉(たてまつ)り。

馴(なれ)し言葉(ことば)もかはすべきに。

たのみたる主君(しゆくん)の前(まへ)。

又は傍輩(はうぱい)友(とも)たちのおもわくいかゞと忍(しの)びつゝ。

打(うち)つけならんもまばゆくむなしくその日(ひ)はかへりしが。

貴僧(きそう)よりもみつからは思ひたねのますかゞみ。

うつるかねやのともし火をこゝやかしことたづね来(き)て逢(あい)けるこそうれしけれ。

禅月房(ぜんぐはつばう)とかふのいらへなくなみだにむせびけるが。

やゝありてかゝるわびしき世(よ)すて人。

身(み)のほどをしりて死(し)ぬはかり恋(こひ)しかども。

ことにも出(いだ)さゞりけるに。

はやくも推量(をしはかり)来(きた)り給ふうれしさは身(み)にもあまる今夜(こよひ)かなとて。

たがひに枕(まくら)をかはしまのふかき契(ちき)りのたゞならで。

みすびあはする下(した)ひものとくるほどなきみつごともつきぬことばの花(はな)さきて。

にほひいやます袖(そて)のうち今宵(こよひ)名(な)におふ新枕(にゐまくら)。

むねの煙(けふり)とたきこめてきゆる間(ま)おしき折(おり)なるに。

あけんとつぐるかねのこゑおのがきぬ/\みしか夜(よ)のあかつき月も心(こゝろ)せよ。

わかれを誰(たれ)かとはざらん禅月房(せんぐはつばう)名ごりを惜(おしみ)て

  むつごともまだことたらぬみじか夜(よ)はあくるともなくあけぬるものを

かやうによみけると見て夢(ゆめ)はそのまゝさめにける。

禅月房(ぜんくはつはう)忙然(ばうぜん)としてあきれはて。

しばしは夢(ゆめ)ともわきまへず。

やゝありてきつと思ひあたり。

是皆(これみな)石山(いしやま)の観音(くはんをん)の方便(ほうべん)なるべし有難(ありがた)き御慈悲(じひ)にこそ。

たゞ今夢(いまゆめ)の中(うち)は夢(ゆめ)とも思はず真実(しんじつ)に此少年(しようねん)の事(こと)のみ思ひたのしめり。

覚(さめ)ぬれはもとの我身(わがみ)なり人世(しんせい)すべてかくのごとく。

貧富(ひんふ)苦楽事過(くらくことすぎ)ぬれば夢(ゆめ)に似(に)たり。

何(なに)をかうれへ何をかよろこばん。

このゆへに古(こ)人の語(ご)にも寐寤恒一(みごごういち)と説(とき)給ふ。

されば世法(せほう)はいふに及(をよ)ばす。

仏法(ぶつはう)すら着(ぢやく)すべからず諸年(しよねん)を教下(けうげ)し

て仏(ほとけ)いまだ出世(しゆっせ)せず。

一法(いつはう)いまだおこらず我(われ)いまだ生(うま)れざりし先(さき)。

心(しん)とも性(しやう)とも名付(なずく)べきものなかりし時(とき)の。

本来(ほんらい)の面目(めんもく)を直(ぢき)にをのれに只今(たゞいま)かえ

すべし。

たゞこの本源(ほんげん)に精彩(せいさい)をつくるを名づけて念彼観音力(ねん

びくハんをんりき)とすとかくのごとく悟道(こだう)して。

ます/\石山(いしやま)の観音(くはんをん)を信敬(しんけい)し遂(つい)に

大智見性(ちけんしやう)の徳(とく)を成就(じやうじゆ)しけるとそ。

○兵法伝授(ひやうはうでんじゆ)

信濃国松本(しなのゝくにまつもと)といふ所(ところ)に岸部何某(きしべのなに

がし)とてまづしき人(ひと)有(あり)ける。

はじめ越後長尾家(えちごながをけ)にみやづかへしが。

故(ゆへ)ありて引(ひき)しりぞき此地(このち)に来り兵法(ひやうはう)の師

(し)をし。

石甲満字玉簾乱除飛除半開半合清眼村雲(せきこうまんじきよくれんらんぢよはんかい

はんかうせいがんむらくも)などいふ太刀(たち)を練磨(れんま)し。

殊(こと)に信妙剣(しんめうけん)といふ太刀(たち)の極意(ごくい)をきはめて

指南(しなん)しければ国主(こくしゆ)の家中師匠(かちうしせう)とたのみ稽古

(けいこ)する者(もの)も少々(しやう/\)ありける。

ある時(とき)その友(とも)のもとへ行(ゆき)しばらく対談(たいだん)しける

内に。

表(おもて)に案内(あんない)こふて上方(かみがた)よりの客人あり。

岸部(きしべ)急(いそ)ぎ次(つぎ)の間(ま)へ立(たち)のきいかなる人やらん

とのぞきければ。

あたりもかゝやくばかりの美少女(びしやうじん)なりける。

見るとひとしくむねさはぎまづ/\こなたへ御通(とを)り候へとておくの間(ま)に

請(しやう)じ。

亭主(ていしゆ)をたのみまづしる人にぞ成(なり)にける。

たがひの礼儀(れいぎ)事(こと)おはり。

そのゝち様々(さま/\)四方山(よもやま)の物語(ものがたり)なといたしけるに

少(しやう)人のしなかたち者(もの)いひ。

まこと上方辺(かみがたへん)の人と見へ。

きやしや風流(ふうりふ)にていやしからず。

岸部(きしべ)いとゞ心ときめき目もあやにながめ入(いり)。

はやくもかよふ恋心(こひこゝろ)つゝみかねてぞ見えにける。

少人もそのけはいや見給ひけん。

そこはたゞならずしたしみ給ひ盃(さかづき)など給はりいつしかむつましき中(なか)

にぞ成(なり)ける。

とかくする内(うち)に日たけぬれば。

此座(このざ)は別(わか)れ帰(かえ)りける。

岸部(きしべ)是(これ)より恋(こひ)の病となりひたすら飲食(いんしよく)も

すゝまず。

あまりのたへがたさにまづさきの亭主(ていしゆ)をたのみ文(ふみ)をつかはしける。

その詞(ことは)にさきの日ははじめて見参(げんざん)に入まいらせ。

御懇意成(ここんいなる)御ことばにあづかり今に御面影(おもかげ)忘(わす)れ

かね。

ひとり思(おも)ふも胸(むね)くるしく憚(はゞか)りをかへりみず

一書(いっしよ)たてまつり候古歌(こか)に

声(こえ)はせで身(み)をのみこがすほたるこそ

いふよりまさるおもひなるらむ

我等(われら)は田舎(いなか)の者(もの)にて侍れば心はあまり候へども口(く

ち)におどろをふくみたるごとく。

何(なに)をいふべきよしもしらず右(みぎ)の古歌(こか)のこゝろにて候あわれと

おぼし召(めさ)ば一言(ひとこと)の御かへり事(こと)にあづかりさふらはゞ

ありがたく存(ぞんじ)候はんかしくと書(かい)て。

亭主(ていしゆ)にわたしければ急(いそ)ぎ少人の宿(やと)に参り案内(あんない)

こふ。

折(をり)ふし内(うち)に居(い)給ひおくのざしきに入れ給ふ。

しばし物がたりなどいたし。

折(をり)を見合(みあわせ)いつぞや我等所(われらところ)にてしる人になり給ひし

岸部(きしべ)かたより貴公(きこう)へ進(しん)じ候へとて消息(しやう

そく)まいり候とて。

ふところより取出(とりいだ)しわたしければ。

少人取(とり)て見給ひてかほ打(うち)あかめ文(ふみ)をうち散(ちら)し

置(をき)給ふ。

亭主(ていしゆ)いかゞしたる事(こと)やらんとおそれながら。

御返事(へんじ)早々(さう/\)なされ下さるべくやといひければ。

少(しやう)人さしあたりて何ともはからひかねたるけしきにて打案(うちあん)じ

給ひしが。

やゝしばしありてさすが情(なさけ)ある御方(かた)なればとりあえず御返事書(かえりことかき)給ひ渡(わたし)給ふ。

使(つかい)よろこびうけ取(とり)て急(いそ)ぎ岸部(きしべ)へわたしける三度戴(さんどいたゞき)ひらきて見れば中(なか)々言葉(ことば)はなこて

  こゝろこく言葉はうすくいろもなし

我等(われら)も貴様(きさま)とおなじ事(にて)何ごとも存(ぞん)ぜず候とかやうにばかり書(かゝ)れたり。

岸部(きしべ)うれしかぎりなく

むねせきこゝろあこがれて。

とかくは亭主(ていしゆ)をたのみ請(しやう)じ入(いる)べしと思ひ。

又それより二三日して亭主所(ところ)へ行今宵彼少人私宅(ゆきこよひかのしやうじんしたく)へ御出(いで)あるやうにはからひ給へと約束(やくそく)し。

座敷(ざしき)をはらひ灯(ともしび)かゝげ梅花(ばいくは)の薫物竜涎香(たきものりうぜんかう)人待宵(まつよひ)の松(まつ)の根(ね)か。

心のかぎりしつらひて今(いま)や/\と待(まち)ければ夜半(やはん)の時分(じぶん)に。

少人は亭主(ていしゆ)の中間(ちゆうげん)めしつれたゞ二人はじらひ給ふおもかげは。

月の御(み)かげの雲間(くもま)より出(いで)させ給ふもこれならん。

わが身(み)ひとつにしむ心地(こゝち)しける。

岸部庭(きしべには)へとんでおり急(いそ)ぎおくの間(ま)へいざなひ入れ。

さま/\なりしむつごとに君(きみ)はしらじなわきかへり。

岩(いは)もる水(みつ)のおもひかや。

いはんとすればむねをせく。

ふるきかきほのくずれとやいふ間(ま)もあらず鳥(とり)の声はや明(あけ)なんと鳴(なき)ければ。

いざや袂(たもと)をしき島(しま)のみちはねがひのいとはへて暁近(あかつきちか)くなりにけり。

千とせと思ふ松(まつ)が根(ね)のまくらもいたくわかれしに。

ふりすてがたきすゞむしのこゑにくらべて鳴(なく)ばかり。

少人宣(のたま)ふようとてもに道(みち)の程送(ほどをくり)給らんやと。

岸部聞(きしべきゝ)もあへず疾(とく)より其心得(そのこゝろへ)にて侍る御供(とも)いたし候はんとて。

両(れう)人ともにかひ/\敷刀(しくかたな)をさし少人をさきに立朝(たてあさ)まだきに出(いで)にける四五町程過(てうほどすぎ)て誰(たれ)とはしらず向(むか)ふより大男(おほおとこ)あみ笠(がさ)ふかく着(き)たるが僕(ぼく)一人召(めし)つれ出(いで)きたり。

少人を一目(め)見て。

あみ笠(がさ)をぬぎ是(これ)はいずくへ行(ゆき)給ふととがめける。

少人何とやあらん気味(きみ)あしそうにてかりそめにあいさつし打通(うちとを)り給ふ。

岸部(きしべ)はたれともしらず行(ゆき)ちがいけるにかのおとこ何とやらん心もとなき顔(かほ)にて岸部(きしべ)をつく%\と見て立(たち)もどり。

いかに少人いまだ早天(さうてん)に何の用(よう)ありてかありき給ふいとふしんなりといふ。

少(しよう)人我等親類(われらしんるい)の方(かた)にゆふべ一宿(しゆく)し只今帰(たゞいまかえ)るとちんじ給ふ。

かの男(をとこ)いや/\さやうにてはあるまじ今時分跡(いまじぶんあと)に付(つき)たる男が不審(しん)なりとのゝしりける。

岸部聞(きしべきい)て少人をせきてとがめぬるこそねたましけれ。

すいさんなる男かなといひもあえず三尺(しやく)一寸の大刀(おほかたな)ぬきはずす。

彼男(かのをとこ)もぬきあわせこゝをせんどゝきりむすぶ。

少人も打てかゝり給ふを岸部かたくおしとゞめ御手(て)を下(くだ)し給ふまでもなしと。

もとより兵法(ひやうはう)は功者(こうしや)なり八相巻切柴隠(はつさうまきぎりしばがんれ)あせつてくるをすかす手を負(をい)てまずかたはらへ引給ふ。

その時少(ときしやう)人宣(のたま)ふやう。

我(われ)ゆへかく不慮(ふりよ)の闘諍(とうじやう)おこり君(きみ)をあやぶめしこそきずかはしかりし。

さてたゞ今(いま)におとこはそれがしが親類(しんるい)にて侍り。

されども心(こゝろ)あくまでふつゝかにて行跡(かうせき)すなほならず。

先年(せんねん)より我に心をかけ。

千束(ちつか)の文をつかわせどもとても心にそまざれば一言(こと)の返事(へんじ)をもせずすて置(をき)たりしに。

かの男(をとこ)はらあしくいかりつねにわが身を付(つけ)ねらひ。

又こと人に情(なさけ)らしき事もあちやととがめ。

さま%\さわりをなし日比(ひごろ)うるさく思ひしに。

只今事故(たゞいまことゆへ)なく討(うち)給ひしこそよろこびなれ。

幸(さいわい)われは都(みやこ)の者にて両親上方(りやうしんかみがた)にあるなれば急(いそ)ぎ帰(かえ)り上(のぼ)り。

時をまちていづくの高官武家方(かうくはんぶけかた)にも仕(つか)へ身(み)安否(あんひ)をきはめんいざさせ給へと有(あり)ければ。

岸部(きしべ)なみだをながし数(かず)ならぬわが身(み)かく覚(おぼ)し召すて給はぬこと社(こそ)有(あり)がたけれ。

しからばともかうも仰(おほせ)にしたがひ候はんとて。

ひそかに信濃(しなの)を出(いで)て都(みやこ)にのぼり。

少(しやう)人の父母(ふぼ)に対面(たいめん)しありし次第(しだい)をかたりぬ。

父母(ふぼ)よろこび頼(たの)もしき人にこそとて他事(たじ)なくもてなしければ。

岸部(きしべ)今(いま)は安堵(あんど)そのゝち我兵法(わがひようほう)の秘事(ひじ)のこらず少人に授(さず)けぬ。

少人も天然(てんねん)とその器量(きりやう)ありて稽古(けいこ)おこたらずこと/\くその奥義(をうぎ)をくはめ武芸(ぶげい)のほまれ世(よ)にたかく。

遂(つい)に岸部(きしべ)少人ともに江州佐々木家(ごうしゆうさゝきけ)にみやづ

かへて行末(ゆくすえ)めでたくさかへけると聞(きこ)えし

寛永年中(くはんえいねんぢう)の事(こと)にや京室町(さやうむろまち)の末(す

へ)に内海忠蔵(うつみちうざう)といふものあり。

商〓(しやうこ)ながら風流(ふうりう)なる者(もの)にて鞠(まり)をすきこのみ

飛鳥井家(あすかいけ)の弟子(でし)となり装束(しやうぞく)などもゆるされける。

その隣(となり)に高坂友閑(かうさかゆうかん)とて大身(たいしん)なる隠者(い

んじや)あり。これも鞠(まり)をすきて常(つね-に忠蔵(ちうさう)をまねき鞠(まり)の興業(こうきやう)度々(たび/\)なり。

有時(あるとき)東山霊山(ひがしやまれいぜん)にて鞠(まり)の会(くはい)を催(もよほ)し忠蔵(ちうざう)をも誘引(ゆういん)し給ふ。

又その比(ころ)友閑同国(ゆうかんだうこく)の朋友(はうゆう)に無門(むもん)といふ喝僧(がつそう)の浪人(らうにん)あり。

是(これ)も同じく見物(けんぶつ)し給ふべしとて伴(ともな)ひける。

比(ころ)は卯月(うづき)十日あまりのこたなるに。

村雨(むらさめ)さつと降(ふり)あがり庭(には)のしめりもよき時分(じぶん)。

詰め(つめ)はかれこれ六人なり。

おもひ/\の装束(しやうぞく)にてげにゆゝしくぞ見えにける。

暮(くれ)に数(かず)ある沓(くつ)の音(をと)。

うつほ。

のべまり。

立(たち)わかれ。

をひまり。

うけさり。

えもんながし。

油断(ゆだん)もあらず詰(つめ)ひらき爰(こゝ)をせんとぞ蹴(け)たりける。

かゝる所(ところ)に年(とし)のころ十五六斗(はかり)にやありけん。

いとやんごとなき美少年下(びしようねんした)には卯(う)の花色(はないろ)のひとえきぬ。

うえには秋(あき)の野(の)そめたる小袖(こそで)五色(いろ)のいとに金銀(きんぎん)のより糸(いと)にて花(はな)の色をば縫い(ぬい)わけたり。

腰(こし)の刀(かたな)は当世(たうせい)のはやりさめしほらしきこしらへにて。

花(はな)の小太刀(こだち)のきらばおちなんと詠(えい)ぜしことも是やらん。

かほばせよりびんのはづれいふはかりなくきよらかなるが。

座敷(ざしき)の端ちかく出て見物(けんぶつ)し給へり。

忠蔵(ちうぞう)まりの詰(つめ)ひらきしける内(うち)にこのよそをひを一目(め)見て何とやらん足(あし)もたど/\敷き(しく)。

蹴(け)る鞠(まり)も身(み)にしまず

さそふる風(かぜ)のよすがもがなと思ひしに折(おり)ふしかゝりの外(そと)へ鞠(まり)のおちければ。

かの美少年(びしやうねん)そのまゝ庭(には)へおりさせ給ふ。

まりをとりかゝりの口より内(うち)へなげこみ給ふを。

忠蔵(ちうぞう)はやくもはしりより鞠(まり)をとりいたゞきけるを。

少年(しやうねん)ほれ/\と見(み)かへりにこやかにゑませ給へる目(め)のうちいと情(なさけ)らしく見(み)えければ。

忠蔵(ちうぞう)魂(たましい)うかれ今(いま)はや思ひ絶(たえ)なんとばかりを人づてならでいわまほしく。

せめてそのありかを聞かばやと思ひ鞠(まり)の過(すぐ)るを待(まち)かねとやかくと胸(むね)をうかゞひ庫裏(くり)へまはり。

さかしげなる童(わらは)にことの様子(やうす)を聞(きゝ)ぬれば。

御親父(ごしんぷ)は無門老(むもんろう)とて御浪人(ごろうにん)なり。

友閑公(ゆうかんこう)とは御朋友(ごほうゆう)の事(こと)にて此頃遠国(このごろをんごく)より上京(じやうきやう)まし/\。

今日(けふ)この座敷(ざしき)にて見物(けんぶつ)し給ひしなり。

彼少年(かのしやうねん)はいとおしみ深(ふか)き一子(いつし)にて御名(おんな)をば新之丞(しんのせう)と申侍るとかたる。

忠蔵(ちうぞう)さては京都御逗留(きようとごたうりう)の内(うち)には如何(いか)さま又(また)もや見たてまつるえにしもあらん。

まづ宿(やど)へ帰らばやと思ひぬれども身(み)は恋(こひ)のをもに荷(に)とやらんにて一あしもゆかれず。

あまりのたえがたさに道(みち)の茶店(ちやてん)に腰(こし)をかけて休(やす)らひ

  七車(なゝくるま)こひのをも荷(に)ときくからに

  めぐりあひなんことぞうれしき

とかやうに口(くち)ずさみやう/\わが屋に帰(かえ)りけれども物毎(ものごと)心にそまず。

古(いにし)へ柏木(かしはぎ)の右衛門(うえもん)まりを蹴(け)給ひし時女三(によさん)の宮(みや)を垣間見(かいまみ)し深(ふか)きおもひも我今(わがいま)のやるかたなさにくらべ。

みしま江(え)の海士(あま)のたくなはくり返(かえ)し。

夜(よる)はまたよもすがら涙(なみた)かたしき目(め)もあはず。

昼(ひる)は人目(め)を忍(しの)ふ山(やま)。

しのぶ甲斐(かい)なきわが心谷(たに)の埋木(うもれぎ)人しれず朽(くち)はつべきかと打(うち)うらみ時(とき)しもあるか郭公(ほとゝぎす)をりはへて鳴(なく)ばかり。

胸(むね)の煙(けふり)の絶(たへ)やらで

  分(わけ)て見(み)はことの葉(は)おほきゆひ柴(しば)の

  もゆるおもひをいかにしらせん

いかなる幸(さいわい)のゑにしもがなと思ふ折(をり)ふし。

日比(ひごろ)ともなひし鞠(まり)の友(とも)のとむらひ来(き)ていかにこの程(ほど)は鞠(まり)の興行(こうぎよう)にも出(いで)給はず打篭(うちこも)り給ふこそ心もとなけれといふ。

忠蔵たゞ打(うち)しほれたる躰にて何事(なにごと)もさだめなき浮世(うきよ)の中(なか)にこそ侍れ。

わが身(み)心にかなはぬ事(こと)ありて胸(むね)ふたがりわずらひ侍り。

久しくもながらへがたからんといふ。

友聞(ともきい)て何様君(なにさまきみ)がなやみこそたゞならぬ。

何かさまでつゝしみ給はんむすぼふるふしあらば心ゆかしに語(かた)りても見給へかしといふ。

忠蔵(ちゆうぞう)うれしくもとひ給ふ物(もの)かな。

はづかしながら誠(まこと)は恋(こひ)の病(やまひ)にてかう/\の次第(しだい)なりと語(かた)る。

友(とも)聞てそれこそやすき事(こと)なれ。

とくよりのたまはゞかくまでなやまし侍らじ物(もの)をといふ。

忠蔵色(ちうぞういろ)をなをししからばよきにはからひたび給へと頼(たの)みける。

友(とも)いふやう我(われ)かの新(しん)之丞(ぜう)の乳夫(めのと)なる人と知音(ちいん)なり。

この故(ゆへ)に新之丞(しんのぜう)の御方(かた)へも折(おり)々見舞(みまい)て心やすく物(もの)かたりし侍り。

急(いそ)ぎかの方へまいり君(きみ)が深(ふか)きおもひのたけをも語(かた)り。

早速引合(さつそくひきあはせ)侍らんといと頼(たの)もしくうけごひ。

そのあけの夜新之丞(よしんのぜう)の方(かた)へ参(まい)り対面(たいめん)し。

忠蔵(ちうぞう)がありさまひたすら哀(あわれ)なるやうにかたりつゞけ。

もし見(み)はなし給はゞ命(いのち)も絶(たえ)なんといひければ。

さすが岩木(いはき)ならぬ心にや折(をり)もあらばまみえんなど宣(のたま)ふ。

友(とも)よろこび此(この)よし忠蔵(ちうぞう)に語(かた)り。

そのゝち首尾(しゆび)よろしくひきあはせ互(たがひ)に心うちとけ浅(あさ)からぬ中(なか)と成(なり)ける。

忠蔵今(ちうぞういま)はうれしさかぎりなくあはれ此君(このきみ)のためならば露(つゆ)の命(いのち)も何(なに)ならずと行末(ゆくすゑ)かけて契(ちぎ)りけるに。

会者定離(ゑしやでうり)の世(よ)のならひ。

新之丞親父無門俄(しんのぜうしんぷむもんにはか)に国元(くにもと)に急用(きうよう)いでき帰(かへ)り給ふと聞(きこ)えしかば。

忠蔵(ちうぞう)つきしたがひ奉(たてまつ)らんは憚(はゝか)りあり。

いかゞはせんと血(ち)の涙(なみだ)をながしかなしみける。

新之丞(しんのぜう)も人めを忍(しの)びいとねんごろにいとまごひし給ひ帰国(きこく)の後(のち)はやがて迎(むかい)の人(ひと)を越(こし)侍らん。

かならずわが国方(くにかた)へ来(きた)り給ふべし。         

           それまではつゝがなくて待(まち)給へといとたのもしく慰(なぐさ)め給ふ。

忠蔵(ちうぞう)なく/\立出(たちいで)見えがくれに二三里(り)おくり奉(たてまつ)り人めもあれば又むなしく我家(わがや)に立(たち)かへりしが。

一月ばかりわづらひ医療(いれう)も及はず。

やせつかれて死(しに)ける。

それより二日すぎて新之丞迎(しんのぜうむかい)の人のぼり旅(たひ)の乗物供人(のりものともびと)などゆゝしく用意(やうい)し最(いと)こまやかなる消息(しやうそく)を持参(じさん)しけれども。

忠蔵今(ちうぞういま)は名(な)のみにてはかなくなりぬる跡(あと)なれば。

迎(むかい)の人もせんかたなくむなしく国元(くにもと)へ帰(かえ)りける。

聞(きく)人みな/\あはれをもよほしけるとかや

        ○雲林院(うりんいん)

後土御門院(ごつちみかどいん)の朝長禄年中(てうちやうろくねんぢう)に武州江戸(ぶしうえど)の太田道潅入道(おほただうくはんにうだう)はじめて上洛(しやうらく)の事(こと)あり。

内裏(だいり)へ参内(さんだい)せられける時。

禁中(きんちう)より道潅(だうくはん)は隅田川(すみだがは)の辺居住(ほとりきよぢう)の者(もの)なるよし。

さぞ都鳥(みやこどり)の様子(やうす)は知(し)りぬらんと勅定(ちよくでう)ありければ御返事(へんじ)に

  年(とし)ふれどまだしらざりしみやこどり

  すみだ河原(かはら)にやどはあれども

とよみければ帝(みかど)なゝめならず御感(ごかん)ありて

  武蔵野(むさしの)はかやはらの野(の)と聞(きゝ)しかど

  かゝることばのはなもあるかな

御製(ぎよせい)の歌(うた)を下(くだ)されければ。

道潅歌道(だうくはんかだう)の冥加(みやうが)なりと悦(よろこ)び三拝(さんはい)して退出(たいしゆつ)せられける。

此道潅(このだうくはん)の家(いえ)の子(こ)に村上武平次(むらかみふへいじ)といふ者(もの)あり。

主人道潅武門(しゆじんだうくはんぶもん)の名将(めいしやう)ながら歌道(かだう)に達(たつ)しかく禁裡(きんり)までほまれをほどこしける。

上(かみ)を学(まな)ぶは下(しも)たる者のならひにや。

此武平次(このふへいじ)もひたすら和歌(わか)の浦波(うらは)に心をよせ軍陣(ぐんぢん)のいとまある折(をり)からは。

道潅(だうくはん)の古今集伊勢物語(こきんしういせものがたり)など講(かう)じ給ふを聞(きゝ)。

その秘決(ひけつ)などさづかりける。

かゝるやさしき者なれば此度主人(このたびしゆじん)の供(とも)して都(みやこ)にのぼるを幸(さいわい)なりとよろこび。

しばらくいとまこひ。

人をもつれずひとり洛中洛外(らくちうらくくわい)の宮社仏閣(きうしやぶつかく)を見物(けんぶつ)し。

かつまた古歌(こか)に詠(ゑい)ぜし名所旧跡(めいしよきうせき)をもたづねんと。

都(みやこ)の北に出てあなたこなた嘯(うそぶ)きありき。

北野(きたの)の天神平野(てんじんひらの)の社今宮大徳寺紫竹(やしろいまみやたいとくじしちく)大門などながめ行。

詩(し)つくり歌(うた)を詠(ゑい)じてこゝろさしをのべけるまゝに。

覚(おぼ)えず時(とき)うつりて雲林院(うんりんいん)のほとりに休(やす)らひければ夕陽西(せきやうにし)にかたぶき。

ゆきゝの人もまれ/\にて鳥(とり)はねぐらをあらそひ。

物(もの)すごく風吹(かせふき)すさみ雨(あゆ)さへしきりに降(ふり)かゝりて宿るべき木陰(こかげ)もなくいかゞはせんと見(み)めぐらす所(ところ)に。

はるか向(むか)ふに大きなる筑地(ついぢ)見えたり。

誰人(たれびと)の住家(すみか)とはしらねども。

よしありげなる古御所(ふるこしよ)なりける。

頃(ころ)は弥生(やよい)の末(すへ)のかた盛(さかり)すぎたる一木(き)の桜(さくら)。

まがきの外(ほか)にあまり。

ちりすさみし木(こ)すゑにひとつふたつのこりゐるはなの色(いろ)もなつかしくて。

入て詠(なが)めばやと思へどもおもての門(かと)はさしかためぬ。

さらばうらへこそまはらめと筑地(ついぢ)の破(やぶ)れより行てみれば。

みなみむきなる寝殿(しんでん)あり。

庭(には)には小柴垣仕渡(こしばがきしわた)して色(いろ)々の草木茂(くさきしげ)りぬ。

さて内(うち)をみれば琵琶(びは)の音(ね)聞(きこ)えていと物(もの)さび心にくきさまなり。

おく床(ゆか)しき折(をり)ふし心(こゝろ)ある風(かぜ)吹(ふき)てつま戸(ど)も開(ひら)きぬ。

内(うち)には御簾(みす)高(たか)くまきあげ。

よはい廿四五ばかりの女房(にうばう)ちりかふ花(はな)に戯(たわふ)れて居(い)たり。

すこしさかりは過(すぎ)ぬれども散(ちり)のこる花(はな)の心ちしてうつくしくなまめかし。

又几帳(きちやう)のうちに琵琶(びは)をたんずる音(おと)して揆音(ばちおと)けたかくおもしろく聞(きこ)えしかば。

この女房(にうばう)も几帳(きちやう)のうちへまぎれいりぬ。

さやかならぬ月の山(やま)の端(は)にいる心ちして余(あまり)にせんかたなくて。

几帳(きちやう)のうちを心がけてみれば。

むらさきの衣(きぬ)に紅(くれない)のはかまのつまみゆる。

すそよりはうつくしき髪(かみ)のながくゆら/\とみゆるばかりにてぬしはさだかにみえず。

武平次(ぶへいじ)是(これ)はいかなる高家(かうけ)の上臈女房(じやうらうにうばう)にやと心うかれ目(め)もあやにみる程(ほど)に。

しばしありておとなしき女房(にうばう)来(きた)りて几帳(きちやう)のそばへ居(い)より何やらん物(もの)いへり。

おしはかるにゆふはへ御らんぜられさふらへしかも人も侍らずといふなるべし。

武平次(ぶへいじ)今(いま)こそ几帳(きちやう)の内(うち)の女出(いで)んづらんとうれしく思ふに。

としの程(ほど)十七八かとおぼゆる女(をんな)びんふかくそぎたるがいはんかたな

くあてやかにしてすがたかたちたとふべき物(もの)もなくうつくしく。

きぬばかまをば几帳(きてう)にうちかけてねりぬきに紅(くれない)のあはせひきか

けて。

さきに見えつる女房のそばによりそひ膝(ひざ)の上(うえ)にそひぶしつゝ。

こゝろしづかに物かたりして花(はな)うちながめて居(い)たまへるさま。

中々かたるに言葉(ことば)も及(およ)はれず。

みる人ありともおもひ給はず。

うちとけ給へどもなを顔(かほ)はさだかにもみえず。

おくふかきさまなり。

武平次(ぶへいじ)心せきいとゞうか/\ながめしが。

なをこの女をよくみとゞけんと思ひてうかゞひいたる折(おり)ふし。

七八十斗(ばかり)の尼(あま)の一人出来(いできた)りてこしばかきのわきにつま

戸(ど)のありけるより出(いで)きたり。

縁にはいのぼりて何やらん物(もの)いひて。

又まとのかたへかへりぬ。

武平次(ぶへいじ)いかにしてかな。

この人にいひよりてかの御かたを問(とは)んとおもひて木(き)の本(もと)に立(

たち)よりて大なる花(はな)の枝(えた)を折(をり)て持(もち)ければ。

尼見付(あまみつけ)てあらにくや。

誰人(たれびと)なればこととはず御前(おまへ)の花(はな)を折(おり)てとるら

んとしかりければ。

武平次(ぶへいじ)すはやこの尼(あま)にとりよるよすが出きぬとうれしくて。

見てのみや人にかたらんといふ古(ふる)きことのははいかに尼御前(あまごぜん)と

いひければ。

尼歯(あまは)もなきくちをゑみつゝ。

いへづとならば是(これ)をたてまつらんとて。

今(いま)すこし色(いろ)こき花(はな)を一枝(えた)おりてさしいだす。

しばしありてさきにわざとならぬ琵琶(びわ)の音(ね)きこへつるはいかなる御かた

にてわたらせ給ふやらんと尋(たづ)ねければ。

尼(あま)申やう是(これ)こそ二条(でう)の后(きさき)にて渡(わた)らせ給へ

といふ。

武平次(ぶへいじ)怪しみその二条(てう)の后(きさき)とうけ給はるはそのかみ太

政大臣長良公(たいじやうだいじんながよしこう)の御むすめとこそきけ。

今(いま)は世(よ)になき人にはおはしまさずや。

陽成院(やうぜいいん)の女后清和天皇(によごうせいわてんわう)の帝(みかど)八

さいのとき。

后(きさき)十六にて参り給ふとなり。

今(いま)は王代(わうだい)はるかにへたゝりし事なるに思ひもよらぬふしぎさよ。

それはいかにして〓(こゝ)にはおはしますぞと問(とへ)ば。

尼殿(あまとの)の外(ほか)よりいらせ給ふを任(まか)せ給ふとこたへけり。

武平次(ぶへいじ)二条(てう)の后とかやは清和天皇(せいわてんわう)の后(きさ

き)と聞ゆれば。

その帝(みかど)をまち給ふや。

尼(あま)いやその事(こと)にはあらずといふ。

さては帝崩御(みかどはうぎよ)の後(のち)あらぬ御ふるまひもやおはしきととへば

尼(あま)うちゑみていやとよ業平(なりひら)の中将(ちうしやう)のをはするを待(まち)給ふなりといひければ。

武平次実(ぶへいじげに)々思ひ出(いで)たり。

后(きさき)をかきおひて出(いて)給ふを御せうと達(たち)のとり返(かえ)し給ふと。

伊勢物(いせもの)がたりにかけり。

いせがたすけてまだ帝(みかど)にもつかうまつり給はでたゞ人にておはしける時のことなりとかける。

その折(をり)からはわかくおはしつらん十七八にも見え給ふもことはりかなと思ひめぐらして。

むさし野(の)はけふはなやきそとよみしもこの御方のことかといへば。

尼打(あまうち)うなづきてわが通(かよ)ひぢの関(せき)もりはよひ/\ごとにうちもねなゝんとよみしも。

なり平(ひら)のこの御ことをよみ給ひし也といふ。

武平次(ぶへいじ)かへす/\ふしぎにて。

それは五条(てう)の后(きさき)にてはおはしまさずや古今(こきん)にも五条(てう)あたりにすむ人とありといへば。

尼(あま)それはあしくこゝろへしらざる人のいふ事なり。

いづれもこの二条(てう)の后(きさき)の御事(こと)なり。

世継物語(よつぎものがたり)にも此ことをかき侍るをばいまだ御覧(らん)ぜぬかといふ。

武平次(ぶへいじ)さては古今伊勢物(こきんいせもの)かたりにはそらことをおほくかき侍るかと問(とは)んと思ひしが。

此年(このとし)より尼(あま)さいかくにくちはきゝたりとも。

伊勢貫之(いせつらゆき)にはまさらじと思(おも)ひて問(と)ふに及(をよ)ばす。

とかふ御講子(みかうし)なとも参(まい)る程(ほど)に尼(あま)もかへらんとする袖(そで)をひかひて。

いかにしてかの中将(ちうしやう)のまいり給ふや。

そと見(み)侍らんといへば尼(あま)うつゝなき事(こと)なれどかゝる事(こと)はくるしからぬことなればみせたてまつらんとてつれて行(ゆく)。

うれしさかぎりなくて跡(あと)につきて行程(ゆくほど)に。

かの妻戸(つまど)のおくなるしやうじの破(やぶ)れよりのぞきてみれば。

御前(おまえ)には灯(ともしび)いとあかゝりけり。

まぎるべきやうもあらずよく見へたり。

かの后(きさき)のうつくしき言(こと)の葉(は)もいひがたし。

御琵琶(びは)めしよせ灯(ともしび)をそむきておはしますに。

てんじゆのかたにびんの髪(かみ)まよふすぢなくかゝりうちかたぶきておはします。

御かほはいまださだかにもみえ給はず。

がくなともひき給はずばんしきにかきならしうちをかせ給ひて。

けうそこによりかゝりて白(しろ)く玉(たま)をのべたるやうなるかひなに御ありさまにておはしますふぜひ。

この世(よ)の人とも見え給はず。

しばしありて障子(しようじ)の内(うち)より十二三ばかりの女(おんな)あかきあこめきたるが一人いでゝ御前(おまえ)の灯(ともしび)をらうそくにうつしてつま戸(と)のあひへ出(いで)て。

御らうかの椽(えん)の石(いし)におきぬ。

花(はな)のひかりもかゝやきて月の夜(よ)よりも猶見所(なをみところ)おゝき心ちしてえんなり。

后(きさき)は御琵琶(びは)おしのけて花(はな)の散(ちる)を見いだし給ふ御さま。

いふはかりなく見え給ふ。

表(おもて)のかたはなをうしろめたくやおぼすらん。

わがのぞくかたはおはかたなれば人ありとも覚(おぼ)しめしよらぬにや。

ともし火(ひ)近(ちか)くめしよせ。

障子(しようじ)の色紙(しきし)の歌(うた)など御覧(らん)ぜらるゝ。

今ぞ御顔(かほ)はよくみたてまつりけり。

あさ夕(ゆふ)つかふ人だにもかばかり御前(まえ)ちかくは見奉らずと尼(あま)のいふにぞ。

いとうれしくてみる内(うち)にも。

わがちよろつのはては何となるべきと。

我心(わがこころ)からいぶせく又世(よ)に似たるといふ人もあらじとかなしく。

この御すがたをいつの世(よ)に忘れんと。

たましいもなき心地(こゝち)していかゞとおもひわづらい時(とき)うつりけるもおぼえずながめゐたり。

やゝ久(ひさ)しくありておもてのかたに車(くるま)のきこゆ。

すは中将(ちうしやう)とおもふところに灯(ともしび)をあふぎけちて御簾(みす)おろしければありつるらうそくの火ほの/\と見ゆるばかりにて。

車(くるま)の音(おと)も表(おもて)を過(すぐ)ければもしあらぬ人やときくに車(くるま)おしまはすおとして。

ありつる築地(ついぢ)のくずれとおぼしきところより車(くるま)をとどめて。

そこより人のいるおとしてきこゆれば。

かの尼(あま)のいひし歌(うた)もこゝぞかし。

今も築地(ついぢ)のくずれよりかよひ給ふよ。

関守(せきもり)はなきやらんとむかしわすれ給はぬことおかしく。

尼(あま)のいひしことおもひあはせてふしぎなる。

さてもいづかたよりあがり給とも覚(おぼ)えぬに。

はやつま戸(ど)のうちへ人のさし入けしき見えてければ。

これぞ在五中将(ざいごちうじやう)のおはしまし后(きさき)にしのびてちかよりたまふなりと見る所(ところ)に。

さきの十二三の女(をんな)いそがしくともしびをもちかよふとて。

いかゞしたりけん。

あやまちてそばにかゝりたる御きぬにとりおとせしかばやがてもへつき。

あはやとみる内(うち)に俄(にわか)にあらしはげしく屏風障子(びやうぶしやうじ)に吹きつけ。

おびたゝしくもえあがりほのほ四方(よも)のとびちりてけふり立(たち)おほひければ業平(なりひら)も后(きさき)もほのほの中にて消(きへ)うせ給ふ。

人々おどろきなきさけびにげまどふ。

武平次(ぶへいじ)興(けふ)さめおどろき出(いづ)るに。

方角(ほうがく)をうしなひ垣(かき)をやぶり築地(ついぢ)をこえて。

あゆむともなくころぶともなくはしりかへり。

やう/\夜(よ)のあけがたに平野(ひらの)のほとりまでにげ出(いで)たり。

こゝにて息(いき)つぎやすみみていかにやけあがりて民家(みんか)さはぐらんと。

又もとの道(みち)にもどり雲林庵(うんりんいん)の方(かた)へ行(ゆく)に。

人すこしもさはがす焼亡(じやうばう)のけしきもなし。

あやしみながらゆふべの古御所(ふるごしよ)を尋(たづぬ)るにあとかたもなし。

急(いそ)ぎ立(たち)かへり道潅(だうくはん)に逢(あふ)てかう/\の事ありしとかたる。

道潅(だうくはん)まゆをひそめ先年赤松美作守(せんねんあかまつみまさかのかみ)といふ人も

雲林院(うんりんいん)のほとりにおゐてかゝる怪異(けい)を見しと聞(きゝ)つたふ。

是(これ)業平(なりひら)二条(でう)の后(きさき)の幽霊(ゆうれい)なるべし。

業平(なりひら)后(きさき)のたゞ人にもあらす帝(みかど)にまいり給へるをひたすら

忍(しの)びかたらひ給へる邪淫(じやいん)の罪(つみ)によりて。

猶(なを)今(いま)の世(よ)までも同(おな)じ思ひのほのほにこがれ。

ともに苦患(くげん)をうけ給ふ輪廻(りんゑ)のほどこそ浅ましけれ。

さればつら/\おもふに伊勢物がたりにかける業平(なりひら)一生(いつしやう)の

所行(しよきやう)を初学(しよがく)の人あしくこゝろへ。

えんにやさしきふるまひなりとうらやみ。

好色(こうしよく)の方人(かたうど)とし陰陽(いんやう)の神(かみ)なりとあがむるは

いかばかりのあやまりぞやとて。

是(これ)よりみづからもたやすく伊勢物(いせもの)がたりのさたせられざりしとかや

○松木敵討(まつぎのかたきうち)

越前国義景(えちぜんのくによしかげ)の家臣(かしん)に松木内匠(まつぎたくみ)といふ武士(ぶし)あり。

同国浅倉(だうこくあさくら)十右衛といふ者と。

先年口論(せんねんこうろん)の事(こと)ありてたがひにうらみをのこし不和(ふわ)なりける。

ある時(とき)内匠(たくみ)十右衛にたばかれあへなく討(うた)れける。

内匠(たくみ)一子ありけれどもいまだ十歳(さい)ばかりなりければ。

その妻(つま)せんかたなく抱(いたき)かゝへて山中(さんちう)に落(をち)ゆきしばらく身(み)をかくし居(い)ける。

此子生長(このこせいちやう)して〓余歳(よさい)になり。

むまれつきさかしく武勇(ふゆう)人にすくれ。

幼少(ようしやう)の比(ころ)より母(はゝ)の物がたりを聞(きゝ)我父(わがちゝ)の討(うた)れ給へる事(こと)を無念(むねん)におもひ。

いかにしても親(をや)の敵(かたき)を討(うち)ほろぼし欝憤(うつふん)を

はらさばやと思ひ。

ある時(とき)母(はゝ)にいとまこふて出(いで)んとす。

母(はゝ)聞(きい)て敵当国(かたきたうごく)の内(うち)に居(を)るとは

きけど住所(ぢうしよ)いまださだかにもしらず。

そのうへ大身(たいしん)なる者(もの)なればさぞや数百騎(すひやくき)の人数(にんじゆ)を領(れう)しきびしく用心(やうじん)をするらん。

汝(なんぢ)たゞ一人心(こゝろ)は剛(かう)にいさむともあしくかゝらば返(かへり)て

かへりうちにやあはん。

今(いま)すこし時(とき)をまち敵(かたき)の住所(ぢうしよ)をもしり。

智謀計略(ちばうけいりやく)をめぐらしたやすく本望(ほんまう)とげんこそこのましけれと

とゞむ。

主膳(しゆぜん)尤(もつとも)さる事(こと)なれ共それがしすでに二十(はたち)に

あまれり年(とし)わかしいひがたし。

かつ親(をや)をうたせてはともに天をいたゞかずとこそうけ給はる。

老少不定(らうしやうふじやう)の世(よ)のさかひ敵病死(かたきひやうし)せんもいかるべからず。

若(もし)さもあらん後(のち)は臍(ほそ)をくふともかへるへべからず。

それがし存する子細(しさい)もあれば一まづ御いとま給はるべしといひきつて出(いで)ければ。

母(はゝ)もせんかたなく門外(もんくはい)まで送(をく)りて出(いで)。

いまだ弱年(じやくねん)なればよろづ心もとなし。

はやりて事を仕(し)そんするなよ。

敵(かたき)の住所(ちうしよ)をさへたづね出(いだ)さばまづ帰(かえ)り来(きた)るへし。

かさねて思案(しあん)をきはめともかくも汝(なんち)にまかすべしとなみだとともにいさめける。

主膳(しゆぜん)もなく/\わかれ急(いそ)ぎ国(くに)さかひに出て敵(かたき)の住所(ちうしよ)をたづねもとむるに。

案(あん)のごとく敵(かたき)は権勢(けんせい)ある者(もの)にて己(をのれ)か領地(れうち)にたくましく家(いへ)造(つくり)し。

四方(しはう)に堀(ほり)をほりまはし昼(ひる)は人の出入(いでいり)をとがめ。

夜(よる)は表(をもて)の橋(はし)を引(ひき)てきびしく番(ばん)をすへ用心(ようじん)しける。

主膳(しゆぜん)たゞ一人供(とも)さへつれぬ身(み)なれば蟷螂(たうらう)が臂(ひぢ)を

いからすたとへにて本意(ほんい)をとげんこと難(かた)けれども。

思ひこふだる一念(ねん)の矢(や)さきは石(いし)にもたちしためしあり。

とてもかくてものがさじ物(もの)をといろ/\に工夫(くふう)をめくらし。

よのつねにてかなふまじと。

俄(にはか)に乞(こつ)食(じ)に様(さま)をかへ。

敵(かたき)の門内(もんない)にいりよく〓〓家(いえ)の案内(あんない)をうか

ゞふに。

おもてむきの門戸(もんこ)はきびしくかためて忍(しの)び入べきたよりなし。

たゞ台所(だいところ)の厨(くりや)の上に煙(けふり)をいだす窓(まど)あり。

其の下は井戸(いど)にして車(くるま)に釣瓶(つるべ)をかけたり。

是こそ究竟(くつきやう)の入所(いりところ)と見(み)すましてかへりにける。

その日暮(くる)るをまち夜半(やはん)に及(をよび)てひそかに行(ゆき)てみる

に門前(もんぜん)の橋(はし)は引(ひき)たり。

主膳(しゆぜん)かひ〓〓敷堀(しくほり)にいり。

水(みづ)をおよぎ塀(へい)を越(こへ)て難(なん)なく門(もん)の内(うち)

に忍(しの)びいりぬ。

それより屋子のうえにのほり窓(まと)よりはいり車瓶(くるまつるべ)の縄(なは)

をつたひてそろり〓〓と下(くだ)らんとするに。

たちまち縄半(なはなかば)よりきれて井(い)の中(なか)へおちいりぬ。

その声家内(こへかない)にひゞきおびたゝしく聞(きこ)えしかば。

家人(けにん)共目(め)さめ驚(おどろ)きさはぎ車瓶(くるまつるべ)のおち入た

るを見出(いだ)し。

すはやたゞことならす人こそ入たれ。

鑓(やり)にてつきころせなどひしめきける。

主膳(しゆぜん)さしも思ひたくみて是(これ)まできたり。

今井(いまい)のうちへ落入る(おちいり)たるはよくも武運(ぶうん)につきはてた

るよと浅(あさ)ましくも無念(むねん)っさいふはかりなく。

ただ一おもひに自害(じがい)せばやとおもひしが。

此上(このうえ)ながらもたばかり叶(かな)はぬまでも命(いのち)を全(まつた)

ふし本望(ほんもう)をとげばやと思ひ。

井(い)の底(そこ)より声(こえ)をあげ。

人あやまつておち入たるぞ引(ひき)あげてたすけ給へとよばゝる。

なにか盗人(ぬすびと)ならんたゞつきころせとのゝしりけれど。

主人(しゆじん)聞(きい)てまづ引上(ひきあげ)てこそいかにもせめと下知(げぢ

)しければ。

さらば縄(なは)を下(くだ)すぞ取(とり)つけといふ。

主膳(しゆぜん)おそろしながら取(とり)つけば数人(すにん)立(たち)かゝり引

(ひき)あげたり。

大勢(おほぜい)の内(うち)にとりこめておのれ何者(なにもの)ぞ名のれとせむ。

主膳(しゆぜん)いつわりて昼(ひる)まいたる乞食(こつじき)なるが。

こゝの程(ほど)に食物(しよくもつ)あまた見置(みをき)てぬすみとらんとて来(

きた)りぬ命(いのち)ばかりはたすけてたべと手(て)をあはせなみだをながしわび

ける。

家(け)人どもいかゞはからひ候んといへば主人(しゆじん)いでゝつく〓〓とまもり

つらがまへ松木(まつぎ)の某(それかし)によくも似(に)たるものかな。

いかさまそのゆかりの者(もの)おほけなくもわれを討つ(うた)んとしてしのび入た

るとおぼゆ。

それつよくいましめ今夜(こよひ)の中(うち)に墓所(むしよ)へつれ行(ゆき)か

うべをはねよと下知(げぢ)しける。

主膳(しゆぜん)さま〓〓言(こと)をつくし陳(ちん)じけれどもかひなく。

あまたの家人前後(けにんぜんご)に松明(たいまつ)おほく立(たて)て打(うち)

かこみ引行時(ひきゆくとき)にこそ。

今(いま)はこの世(よ)んかぎりとしられ故郷(こきやう)の母(はゝ)のいさめし

ことも思ひあたり。

わがなき跡(あと)にていかになげき給ふらん本望(ほんもう)をとげぬのみか。

かく縄目(なはめ)の恥(はぢ)におよぶこと大かたならぬ因果(いんぐは)ぞと身(

み)をうらみ。

夢路(ゆめぢ)をたどるこゝちしていづくをさすともしららざるに。

道(みち)々里(さと)人聞(きゝ)つたへにかけ出是(いでこれ)は大事(だいじ)

の囚人(めしうと)なりとて。

松明(たいまつ)共もちつれきたりくわゝる程(ほど)に五六十人似及(をよ)びぬ。

羊(ひつじ)のあゆみ程(ほど)もなく山道(やまみち)にかゝ両方(れうはう)はふ

かき谷(たに)にて水音(もづをと)かすかにきこゆる所(ところ)にて。

主膳(しゆぜん)よこさまにふと谷(たに)に飛入(とびいり)たり。

うしろにひかへたる縄(なは)とりの男(おとこ)ともに数十丈(すじうじやう)ふか

き所(ところ)へおちいりける。

縄(なは)とりはいかに成(なり)けんしらず。

主膳(しゆぜん)は命冥加(いのちみやうが)ありて無事に下へ落つき打仰(うちあを

ぎ)てはじめの道(みち)をみれば。

星(ほし)か沢辺(さはべ)のほたるかとうたがうばかり松明(たいまつ)のひかりち

らめきて人のこゑかすかに聞(きこ)ゆ。

主膳(しゆぜん)こゝかしこの岩(いわ)かどにおしあてゝしばられたる縄(なは)を

すりきり。

泥土(どろつち)を顔(かほ)にぬりて又もとの山(やま)みちへよぢのぼり。

人のすてたる松明(たいまつ)もちて数(す)十人のうちへまぎれ入。

ともに里(さと)え帰(かへ)るにみしる人なし。

みな〓〓主(しゆ)人の庭(には)にめれ入盗(ぬす)人の谷底(たにそこ)へおち入

たることをのぶるに。

主人さだめて微塵(みちん)にぞならん明日(あす)こそ死骸(しがい)をたつねんみ

な/\くたびれつらん酒のみて休息(きうそく)すべしとて土器(かはらけ)出(いだ)しける。

主膳(しゆぜん)もさらぬていにて酒のみ隙(ひま)をうかゝひ床(ゆか)の下(した)にはい入てかくれぬ。

里人共は暇(いとま)こひてこと/\く帰(かえ)りける。

門戸(もんこ)よくかためよなどいひあいて家内(けない)しづまり。

主(しゆ)人もねやに入ていぬるを。

床(とこ)の下にてよく聞(きゝ)おほせ時節(じせつ)をまち暁(あかつき)がたそ

ろりとはひ出(いで)て〓にのぼり。

菟角して戸(と)どもおしはづし寝所(しんじよ)に入てみるに。

灯(ともしび)かゝげて主人(しゆじん)ふしぬ。

そひぶしの妾女(てかけおんな)二三人いぎたなくねいりければ主膳(しゆぜん)枕に

たてたる太刀(たち)を取(とり)て主(しゆ)人の首(くび)かきおとし提(ひっさげ)て出(いで)んとするに。

女(おんな)一人目(め)さめておどろきさはぐを太刀(たち)うちふり。

おのれこゑをたてばころさんとねめければ。

たゞ手(て)をあはせわなゝきて音(をと)もせず。

数(かず)の戸こと/\くひらきてはゞかるけしきもなくかけ出(いで)ければ。

家内(けない)俄(にわか)にさわぎたちてかまびすくのゝしりけれども。

主膳(しゆぜん)しかも足(あし)ばやの達者(たっしや)にてはるかににげのびぬ。

追手(おって)大勢(おほぜい)なる中(なか)にも。

一人は刀(かたな)をもち一(いち)人は鑓をひっさげそのあいまぢかく追(おつ)か

けけるを。

たちかえりぬきもちたる太刀(たち)にて二人共にきりふせ。

山路(やまじ)を斜(なゝめ)に落行(おちゆき)。

ふたゝび母(はゝ)に対面(たいめん)しあやうき難(なん)を逃(のが)れ本望(ほ

んもう)遂(とげ)たるよろこびをのべける。

その後(のち)親(おや)内匠(たくみ)が家督(かとく)を相続(そうぞく)し義景

(よしかげ)につかへます/\忠孝(ちうこう)の誠をあらはしけるとそ

玉くしげ巻之四終

玉くしげ巻之五

○川木黒河(かわぎくろかわ)の幽霊(ゆうれい)

加藤左馬助(かとうさまのすけ)嘉明(よしあきら)の家(いへ)に。

川木(かわき)五郎左衛門黒河(くろかわ)加兵衛とて武篇(ぶへん)の侍(さむらい

)ありけり。

常(つね)に武道(ぶとう)を心にかけ一器量(ひときりよう)ある者なれば。諸傍輩

(はうばい)いづれ專途(せんど)の用にも立べき者なりと頼(たの)もしくおもひけ

る。

此両人の内川木は年よりにて黒河は年わかし。

しかれ共たがひにこゝろざし相(あひ)かなひつねに中よくかたらひける。

されども戦場(せんしやう)にのぞみ分捕高名(ぶんどりこうみやう)する時は両人か

ならず先(さき)をあらそひ。

川木は何事にもあれ黒河(くろかわ)に一足(あし)もおくれじと思ひ。

黒河は川木に少もまけじと心がけける。

大坂(さか)冬陣(ふゆじん)の比(ころ)。

右の両人嘉明(よしあきら)の長男宮内(ちようなんくない)の少輔(しやうゆ)の供

(とも)してのぼりける。

その時俄(にわか)に宮内(くない)の少輔(しやうゆ)の手より淀川(よどがわ)を

わたし急(きう)に敵(てき)を討(う)つ事ありしに。

右両人此事を聞とひとしく真先(まっさき)にかけ出先陣(せんじん)をあらそひ淀川

(よどがわ)に馬(むま)を打(うち)ひたし両人馬のつらをならべて浮ぬしづみぬお

よがしける。

され共向ふの川岸嶮岨(かわぎしけんそ)にて足場(あしば)あしく馬のあがるべき所

ならねば。

人馬共(じんばとも)につかれて両人同じく水に溺(おほ)れ死ける。

味方(みかた)の軍兵(ぐんびやう)これを見てさてもあへなき死様(しにやう)かな

とこぶしをにぎり足ずりしけれ共いかん共せんかたなし。

此時川木が若党(わかたう)一人川木川へ馬(むま)を入るとひとしく馬の尾(お)に

取(とり)つきおよぎしが。

これもともに水におぼれ死うせける。

此若党忠孝(わかたうちうかう)武勇の者にてはじめ国本(くにもと)を出る時妻子(

さいし)にいひ置けるは。

我主君(わかしゆくん)此度戦場(せんぢやう)にのぞんでふたゝひ生て帰るべき人と

はおぼへず。

左もあらば我も主君(しゆくん)と一所に討死(うちじに)すべし。

唯今(たゝいま)が此世(このよ)のいとまごひなりといひ置しが。

はたしてその言(ことば)のごとく川木と共に死にけるこそあわれなれ。

又黒河(くろかわ)が此時(このとき)乗(のり)たる馬は日景(ひかげ)と名(な)

づけて鹿毛(かげ)の太(ふとく)〓(たくま)しき名馬(めいば)なり。

常(つね)に此馬にいひふくめけるは。

汝畜類(なんちちくるい)といへ共もの知事(しること)あらばよく聞け。

日此(ひごろ)汝をかほどまで秘蔵(ひさう)し飼(か)ひ養(やしな)ふ事は。

いつにても大切(たいせつ)なる場(ば)にて一廉(いつかど)用にも立(たつ)べき

ためなり。

もし運命(うんめい)つきて叶(かな)わざる場(ば)にいたらば。

汝(なんぢ)をころし我も一所に討死(うちしに)せんずるぞ。

其(その)時われを恨(うらむ)る事なかれといひ置しが。

其言(ことば)にたがはず水中にて馬のひらくび二刀(かたな)さしとをしたるとなり。

是は後(のち)に引(ひき)あげて見たるとぞ。

其年の末芦浦(すへあしうら)次郎左衛門といふ者あり。

川木(かわぎ)や黒河(くろかわ)と同国(だうこく)にて両人と相しりたる者なり。

所要事(ようの)ありて京都にのぼりけるが。

平方(ひらかた)橋本(はしもと)を過(すぎ)て淀堤(よどづづみ)にかかりければ

日〓(ひやうや)くかたぶきける。

左(ひだり)のかた川ばたを見れば鹿毛(かげ)の馬を水(みづ)にひたし足(あし)

を洗(あら)ふ男(おとこ)あり。

次郎左衛門を見て少(すこし)わらひて目礼(もくれい)しけり。

次郎左衛門あやしみて立とまり見れば。

むかし国本(くにもと)の朋友(はうゆう)川木五郎左衛門が若党(わかたう)にてあ

りける。

いかに久しくこそ主人は〓(つつが)なくおわすやと問(と)へば。

若党(わかたう)こたへていかにも無事(ぶじ)にて時々は君(きみ)の事をもいひ出

し給へり。

いざこなたへ来(き){まま}り給へ逢(あわ)せまいらせんと次郎左衛門をいざなひ

半里(はんり)斗(ばかり)右(みぎ)の方すこし林(はやし)のこ高(だか)き所(

二う)にいたり。

あたらしき屋敷あるにつれ行(ゆき)。

若党まづ内に入しばらくありて川木黒河出迎(いでむか)ひ。

たがひにおどろきいざこなたへ入(いり)給へと奥(おく)の座敷(ざしき)に請(し

やう)じぬ。

内に入りて見ればちかき頃の普請(ふしん)と見へて。

よろづあたらしく奇麗(きれい)にしつらひたり。

酒肴(さけさかな)とりいだし川木黒河次郎左衛門三人打向(むか)ひ故郷(こきよう

)の事共語(かた)り出(いだ)し。

時をうつすほどに夜に入りければともしひかかげよろづ物語(ものがたり)するついで

古今軍法(いにしへいまぐんほう)の評論(ひやうろん)しける。

川木すすみ出ていふやう。

それ武門(ぶもん)に生(うま)れ大丈夫(じやうふ)として身(み)をたて名をあら

わし抜群(ばつくん)の大功(こう)をなさんとおもふ者は。

常(つね)々武道(ぶたう)を心がけ稽古(けいこ)すべし。

兼(かね)て智謀勇力(ちばうゆうりき)をはげまし義(ぎ)を重(おも)んじ死を軽

(かろ)んずるの覚悟(かくご)なき者は。

肝心(かんじん)の虎口(こぐち)に臨(のぞ)んでおもひの外うろたへ行あたりて倒

惑(たうわく)し。

未練(みれん)ふかくのふるまひする者なり。

元暦(げんりやく)のいにしへ佐々木四郎高網宇治川の先陣(せんぢん)をいたし。

名(な)を万代(ばんたい)に残(のこ)しけるも。

其時にのぞんて一旦(たん)の武勇(ぶよう)のみにあらず。

高綱(つな)常々(つね)武道(ぶたう)を心(こころ)にかけ平生おもふやう。

われ一生の中かならず比類(ひるい)なき手柄(てがら)をあらはし。

名を後代(こうたい)にのこさんと。

時(とき)に平家追討(ついたう)の事(こと)起(おこ)りしかも頼朝公(よりとも

こう)の命(めい)を請(うけ)。

諸将(しよしやう)の先手(さきて)として生食(いけづき)といふ名馬(めいば)を

賜(たまわ)りぬ其時(そのとき)高綱生食(いけつき)を三度頂戴(ていだい)し。

頼朝公(よりともこう)へ申上(あぐ)るは。

此御馬拝領(はいりやう)し今度(こんど)上方(かみがた)の先陣(せんぢん)仕り

上聞(しやうふん)に達(たつ)すべし若先陣(もしせんぢん)の沙汰(さた)なきに

おいては。

高綱討死(うちしに)と思(おぼ)しめさるべしと申きつて御前を立(た)ち。

後(のち)ついにそのその本意(ほんい)を達(たつ)しぬ。

これ日此(ひころ)武道に心がけしゆへならずや。

同(おなしく)三郎盛綱藤戸(もりつなひじとの)先陣〓莫大(せんぢんをとげばくた

い)の勲功(くんこう)にあづかりしもまた/\かくのごとくなるべし。

さはいへこれらも少の〓〓(かきん)なきにあらず。

高綱が梶原(かぢはら)をたぶらかし馬(むまの)はるびしめさせ。

又盛綱藤戸(ふぢと)の案内(あんない)をしへたる浦人(うらひと)の。

われに大恩(だいおん)ある者をあへなくころし。

その口(くち)をふさぐの謀(はかりこと)なりといふ。

しかれども一人(ひとり)の〓あらざるを殺(ころ)し。

一つの不義(ふぎ)を行(おこない)て。

たとひ天下をたもち得(うる)る共せずと。

聖人(せいしん)ものたまひしとかたる。

黒河聞(くろかわきい)ていや/\それは瑕瑾(かきん)とはいひかたし。

その故(ゆへ)いかんとなれば。

それ天下平均(へいきん)なるときは文(ぶん)をもって世(よ)を治(をさ)め。

国家逆乱(こくかげきらん)のときは武(ぶ)をもつて敵(てき)を制(せい)す。

攻守(こうしゆ)の勢(いきを)ひ同(おな)じからず。

かの佐々木(さゝき)両人の心を察(さつ)するに。

川木ののたまふやうに日比大武勇(ひころだいふよう)をはげまし大功業(こうぎや

う)あらんとおもふ。

諸軍(しよぐん)の先陣(せんぢん)をつとむるにあたつてよのつねのふるまひにて

叶(かな)ふべからずと。

このゆへに智謀計略(ちばうけいりやく)をめぐらし。

或(あるひ)は浦(うら)人をかたらひ梶原(かじはら)を欺(あさむ)きたるを見

へたり。

これをや樊会(はんくわい)がいひし大行(かう)は細謹(さいきん)を顧(かへり

み)ずとやいふべからん。

さればそれについて盛衰浮沈皆運(せいすいふちんみなうん)によるとはいひながら。

われら両人が武勇智謀(ぶようちばう)かの佐々木兄弟(きやうだい)に恥(はづ)る

所あらんや。

しかれども彼(かれ)は浮(うか)み我(われ)は沈(しづ)めり。

鳴呼(あゝ)時運(じうん)斉(ひと)しからず命途(めいと)舛(たがふ)こと

多(おほ)しと。

たがひにそぞろに涙(なみた)をながし。

ためいきのみついてうれへたる色あり。

次郎左衛門あやしみておの/\唯今(たゝいま)の落涙(らくるい)こそこころへね。

過(すぎ)さりし昔語(むかしかたり)何んのかなしむ事あらんや

といへば。

両人しばらく物をもいわざりしが。

ややありて川木一首(しゆ)の詩(し)を詠ず

淀水城辺座古磯(でうすいじやうへんこきにざす)

江山猶是昔人非(こうざんなをぜにしてせきじんひなり)

生存零落皆如此(せいそんれいらくみなかくのことし)

惟恨平生素志違(たゞうらむへいせいそしのたがふことを)

黒河つづいて吟(ぎん)じていはく

兵火年々報虜塵(へいくわねん/\ろぢんをほうず)

英雄一掃戦功新(ゑいゆうひとたひはらふてせんこうあらたなり)

高名豪富今何在(かうめいがうふいまいづくにかある)

環対故人倍傷神(かへつてこしんにたいすます/\しんをいたましむ)

かくて夜いたく更(ふけ)すぎければ。

次郎左衛門にいざ寝(いね)給ひて旅(たび)のつかれをも休(やす)め給へ。

猶積(つも)る事は明日こそ語(かた)り候はめとて。

両人も己(おの)が伏床(ふしど)へ入りければ。

次郎左衛門も傍(かたはら)に入りて肘(ひぢ)を枕にしてしばしまどろみ。

夜あけ目(め)さめければ起(おき)あがり。

あたりを見るにただ草(くさ)茫々(ばう/\)たる野原(のばら)にしてかの両人

もみへず。

もとより屋敷家居(いへゐ)の跡(あと)もなし。

よく/\見めぐらすれば。

そのあたりにすこし土(つち)をかきあげてあたらしき卒都婆(そとは)立ならび。

そこら蓬草(よもぎ)むらおひしげり。

またこと問(とふ)ふ人もなきていと見ゆ。

次郎左衛門大にあやしみ。

いそぎ淀の里人にたづねきわめてこそ両人武勇をあらそひ水に溺(おぼ)れ死したる

とは知りける。

いとあわれにかなしく。

かさねて墓(はか)にまふでて念比に吊(とむら)ひ。

それよりすぐに本国(ほんごく)に帰(かへ)り。

川木黒川(くろかわ)が故郷にいたり両人の跡(あと)をたづぬるにかの両人が子二

人ありしが。

加藤宮内少輔(かたうくないのしやうゆ)既(すで)に石州吉永(せさしうよしなが)

といふ所へ逼塞(ひつそく)し給ひしかば。

二人の子牢(らう)人して流浪(るらう)しけるを。

次郎左衛門たづね逢ひかう/\の事ありしと語り。

大功(こう)ありて討(うち)死せし人の子なり。

すて置べからずとて兎角(とかく)介抱(かいほう)して。

後(のち)に二人ともに丹羽(にはの)左京殿へ奉公(ほうこう)せしめ。

その子孫猶(なを)今も残りてありといふ

○山伏(やまぶし)の再生(さいせい)

豊富秀吉公(とよとみひでよしこう)尾州名護屋(びしうなごや)にまします頃(こ

ろ)。

堀尾(ほりを)一角(かく)といふ牢人(らうにん)ありけり。

永(なが)々流浪(るらう)し身上(ししやう)おとろへきわめて貧(まづ)しかり

ける。

すこしの所縁(しよゑん)ありて。

秀吉(ひでよし)公に目見(めみへ)を遂(と)げ奉公(ほうこう)いたせり。

其(その)時節(じせつ)も衣装刀脇指(いしやうかたなわきざし)みなひそかにかり

調(とゝのへ)へて首尾(しゆび)つくろひける。

其後秀吉公(ひでよしこう)一角を召て汝(なんぢ)は伏見の城(しろ)へまいるべし

とて。

すなわち伏見留主居(るすい)の家老衆(かろうしゆ)まで書状(しよじやう)つか

わされいとまたびけり。

一角御状(じやう)頂戴(てうだい)し御前(ぜん)をたちいそぎ伏見へのぼりける。

しかれども身にたくわへたる物もなく路銭(ろせん)の用意(ようい)とぼしければ。

伏見までいかがして行(ゆき)とどかんととやかく案(あん)じもてのぼりけるが。

鈴鹿(すゝか)の山中にてかけ出の山伏(やまぶし)に逢(あ)ひけり。

いかさま此者(もの)金銀(きん%\)の用意(ようい)あらん打ころしうばひとらばやとおもひ。

かたはらの木(き)のあいだにかくれかの山伏の行過(すぐ)る所を。

あとよりはしりかかって真二(まつふた)つに切(きり)ころし。

おひをさがし銀子をとり死骸(しがい)を谷底(たにぞこ)へなげすて。

さらぬていにてゆたかに伏見(ふしみ)までのぼり付。

秀吉公(ひでよしこう)の状を家老衆(からうしゆ)へ渡しければ。

早速(さつそく)よび入れ給ひ。

家屋敷(いへやしき)の沙汰(さた)ありて。

すなわち伏見の町はづれに広(ひろ)き屋敷あるを請(うけ)とり。

朝夕(てうせき)心やすく暮(くら)しけり。

そのうち傍輩(はうばい)衆のなかだちにて。

親類(しんるい)ひろき人のむすめをもらい妻とし。

やうやく家さかへゆたかになりぬ。

一両年も過ぬれば妻(つま)懐妊(くわいにん)しけり。

しかも男子(なんし)をもうけ夫婦(ふうふ)よろこぶ事かぎりなし。

此子三十日斗(はかり)して。

父(ちゝ)一角いだきあげて見ればかの鈴鹿(すゞか)の山中(さんちう)にてきりころして捨(す)てたる山伏のかほかたちに似(に)たり。

ふしぎにおもふ内(うち)年月立(たつ)にしたがひ。

いよ/\かの山伏に似(に)たり。

父気味(きみ)あしく思ひ。

つねの人子(ひとのこ)のごとくも愛せず。

その子はずいぶんに孝(かう)行をいたしまめやかにつかへけれ共。

父心よからずひたすらそのこととなくにくみきらひて。

その子のするほどの事気(き)にいらずとてしかりののしりける。

母(はゝ)あやしみていかに親(おや)なりとてかほどまで孝行(かう/\)なる子をつらめしくあたり給ふこそこころへねとかこちけれども。

一角猶(なを)もにくみければこれゆへまた夫婦(ふうふ)いさかいやむ時なし。

その子すでに成人(せいじん)して二十(はたち)ばかりになりぬれば。

いよ/\まがふ所もなき山伏(やまふし)のすかたなり。

一角さてはかの山伏わか子に生(うま)れかわりて来(きた)れるなりとおそろしくもすさまじくも覚へて

ある時一角その子にいふやう。

その方親子(おやこ)の縁(ゑん)熟(じゆく)せざるにやわが心に叶(かな)はず。

それにつき西国(さいこく)筑前(ちくぜん)毛利家(もうりけ)には母方(はゝかた)の遠類(ゑんるい)あるなれば。

一先(ひとまつ)これが下(もと)へ行て奉公(はうこう)かせぐべしとて。

金子(きんす)弐拾両衣類(いるい)大刀(かたな)脇指(わきざし)まで調(とゝの)へこしらへてとらせけり。

その子心にはいらねども是非(ぜひ)に及(およ)ばず西国に下(くだ)り。

母方(はゝかた)の遠類(ゑんるい)をたづねて一両年も居(い)けるが。

いかがしけん又故郷(ふるさと)に帰(かへ)りける。

父(ちゝ)いとはらだちて親の心にそむきてかへりきたる安(やす)からぬ事なり。

向後(きやうこう)わが前(まへ)に出(いづ)るべからずとののしりける。

此子二三日も逗留(たうりう)し母につきていろ/\父に侘言(わびごと)しければ。

父ます/\いかりて母子(はゝこ)ともに家を追(おひ)いだし打擲(てうちやく)しける。

その子無念(むねん)におもひ。

ひそかに刀(かたな)をとぎて袖(そで)にかくし。

朝(あさ)とく父が家にしのびいりうかがふ。

父何ごころなく起出(おきいで)。

手水鉢(てうづばち)にかかりて顔を洗(あら)ふ所を。

かの子見すましうしろより引抜(ひきぬき)て父の頭(くび)をうちおとせば。

くび手水鉢(てうづばち)にころび入りてむなしくなる。

その子仕(し)すましたりとよろこひ。

高塀(たかへい)をこへにげ出(いで)んとしける。

その隣(となり)は父か傍輩(はうばい)成けるが武篇(ぶへん)の侍(さむらい)にて。

此よし聞(きゝ)つけはしり出てかの子を追(おい)かけ。

終(つい)に討殺(うちころ)しけり。

これよりその家断絶(だんぜつ)しけるとそ。

○焼火(たくひ)の奇瑞(きずい)

後柏原院(こかしはらのいん)の朝(てう)京都(きやうと)将軍(しやうくん)源義高執権(みなもとのよしたかのしつけん)細川(ほそかわ)右京大夫(うきやうのたゆふ)政元(まさもと)。

武威(ぶい)をかかやかし権勢(けんせい)をふるひければ。

畿内近国其下知(きないきんごくそのげぢ)にしたがひて京都(きようと)しばらく

静(しづか)になりぬ。

この時(時)前(さきの)将軍(しようぐん)源義村公(みなもとのよしむらこう)

は官職(くわんしよく)をやめられ勢(いきを)ひを失ひ。

ひそかに京都(きようと)を出で。

周防国(すはうのくに)に落下(おちくだ)り大内介(おほちのすけ)を頼み。

名(な)を義〓(よしたゞ)と改(あらた)め西国(さいこく)の武士(ぶし)をか

たらひ給ふに。

従(したか)ひつく者も少々ありけり。

比所に十年あまりの年月(としつき)を送(おく)り。

世(よ)の変(へん)をうかがひ給ふ。

或時(あるとき)おぼしめすやう。

誠(まこと)ある大将よき武士(ぶし)をかたらひ義兵(ぎへい)をあげんには。

一所(しよ)にのみありて国々の案内(あんない)の心ばせをもしらずしては叶ふべ

からす。

いでや此徒然(とぜん)のあいだに津(つ)〓浦浦のありさま一見(けん)せばやと

て。

わざとかたちをあらため衣服(いふく)をかへ。

よのつねの武士(ぶし)のさまとなり。

よく心しれる侍ただ二人共につれ。

小船(しやうせん)にとりのり海上(かいしやう)はる〓漕(漕ぎ)出て。

岩見潟出雲伯耆(いわみがたいずもはうき)の境(さかい)あなたこなた心にまかせ

見めぐり。

今は周防(すはう)に帰らんとし給ふ所に。

海上(かいしやう)にわかに風かわり。

逆浪(ぎやくらう)天をひるがへし。

夜にいりていよいよ風つよく吹て船を北(きた)のかたにはせやりて。

そのはやき事飛がごとし。

しかる所に夜半ばかり北の方をはるかに見わたせば。

海上に何とはしらず灯火(ともしび)ひかりかかやけり。

義〓公(よしたゞこう)これに力を得ゑ。

此火(ひ)の下(もと)にいたらんとし給ふに。

やうやくちかづきぬれば。

その火あとなくきへうせたり。

義〓公(よしたゞこう)おどろき船頭(せんだう)にこれ何事にやと問(とひ)給ふ。

船頭(せんだう)こたへてさればこのわたりはさだめて隠岐(おきのくに)の国焼火

(たくひ)の権現(ごんげん)のほとりと覚(おぼ)ゆ。

いつも権現瑞(ずい)現(けん)の火とて。

時々(より〓〓)海上(かいしやう)に見へたり惣(そう)じてむかしより風波(ふ

うは)の難(なん)にあひあやうき時。

此権現にいのり侍れば。

かならず無事安隠(ぶしあんおん)なり。

皆(みな)々祈誓(きせい)し給へといへば義〓公(よしたゞこう)奇特(きどく)

の事におぼしめし。

手をあらひ口すすぎふかく祈誓(きせい)し給ひける。

やう〓〓夜もあけがたに成けれは権現の霊験(れいげん)にや。

風をさまり波しづかに成て。

難(なん)なく向(むかふ)の岸(きし)ある所につき給ふ。

人々よろこびまづ権現(ごんげん)のかたをふしおがみ見給へは。

山にそふて林(はやし)の中(うち)に〓(あけ)の玉垣(たまがき)ほのかに見ゆ。

人々舟(ふね)よりあがり。

すぐに権現(ごんげん)に参詣(さんけい)し。

心しづかに礼拝(らいはい)し。

急難(きゆうなん)をまぬかれし神力(しんりき)のあさからぬ事を深く感歎(かん

たん)し給ひ。

そののち海辺(かいへん)に出て猶々波かぜのしづまるを待(まち)給ふ。

かかる所に年(とし)のころ七八十ばかり。

この社(やしろ)の禰宜(ねぎ)とおぼしくて。

白はり装束(しやうぞく)にゑぼしきて。

そのていはなはだ古風(こふう)に威儀(いぎ)まことにけたかく見ゆ。

義〓公(よしだゞこう)見給ひいかに老翁(らうおう)物たづねんとのたまふ。

老翁聞て君(きみ)は義〓公(よしたゞこう)にあらずやよくこそ来り給ひたれとい

ふ。

義〓(よしたゞ)公大におとろき我(われ)都(みやこ)を出てはる〓〓この所に漂

泊(ひようはく)し。

しかも様(さま)をかへ服(ふく)をあらためあらぬていにて来(きた)る所に。

わが名を知りたるはあやしと思しめし。

老翁こたへていかにも君(きみ)を知れる子細(しさい)あり。

いざこなたへ来り給へとて。

岸(きし)のかたはら成いさぎよき砂(すな)の上にむしろ打しき。

義〓公(よしたゞこう)に対(たい)し物がたりす。

義〓公(よしたゞこう)これただ人にあらずとふかくうやまひつつしみ給ふ老翁の

いふやうわれはもと此焼火権現(たくひごんげん)の神〓(かんなぎ)なり。

まづ此権現(ごんげん)の来由(やいゆう)をかたり申さん。

そも〓此隠州島崎(おんしうしまさき)。

千波里郡美田庄焼火権現(ちばりごほりみたのしやうたくひのごんげん)は。

人皇(にんわう)六十代帝(みかど)一条院(でうのいん)の御宇(ぎよう)。

海中(かいちう)よりはじめて出現(しゆつけん)し給ふ。

すなわち大山権現(おほやまごんげん)といわひ祭(まつ)りたてまつる。

されば古今(ここん)にわたりて異国本朝(いこくほんてう)。

何れの国(くに)にてもあれ。

海上風波(かいしやうふうは)の難(なん)にあひ。

大波(おほなみ)山をくづし舟(ふね)をくつがへさんとし。

又は天雲(そらくも)り霧閉(きりとぢ)て

東西(とうざい)を弁(わきま)へざらん時にも。

此権現にいのり誠(まこと)をいたしぬれば。

その霊験(れいげん)すみやかにて船上(せんしやう)ながく安穏(あんおん)なり。

さればむかし承久年中(じやうきうねんぢう)。

後鳥羽院(ごとはのいん)この国(くに)に流(なか)されさせ給ふ時も。

海上にわかに波高(なみたか)く風(かぜ)あれて。

帝(みかど)の御座船(ござぶね)すでにあやうく見へ給ふ。

帝(みかど)此権現(ごんげん)に御いのりありて御詠歌(ゑいか)あり

われこそは新島守(にいしまもり)よ沖(おき)の海(うみ)の

あらき波風(なみかせ)こゝろしてふけ

かくて夜に入忽(たちま)ち火現(ひげん)じければ

潟(かた)ならば藻塩焼(もしほやく)やとおもふべし

何をたく火(ひ)のけふりなるらん

御舟つつがなく三保(みほ)の浦(うら)に着(つき)ければ

帝叡慮穏(みかどゑいりよおだやか)にして

思ひやれ憂身(うきみ)を三保(ほ)の浦風(うらかぜ)に

なく/\しぼる袖(そで)のしづくを

其後(そののち)此権現に参篭(さんろう)し給ひ。

山を焼火山(たくひやま)とあらため。

寺(てら)を雲上寺(うんしやうじ)と号(がう)し給ふ。

さればいにしへよりしてかかる奇瑞(きずい)あげてかぞへがたし。

しかる所に此権現(ごんげん)もつはら水難(すいなん)をすくひ。

風波(ふうは)をしづめ給ふ故(ゆへ)に。

世俗(せぞく)あやまりて此権現(ごんげん)の本地(ほんぢ)は

竜神(りうじん)なるべしといふ。

これいふにもたらぬ妄説(もうせつ)なり。

それ竜神(りうじん)はもとより海底(かいてい)の一生類(しやうるい)。

小蛇魚介(せうじやきよかい)の長(ちやう)とはいふべし。

豈此神(あにこのかみ)の霊徳(れいとく)に比(ひ)したくらぶべけんや。

これ愚俗神徳(ぐぞくしんとく)をあがめかかやかすに似(に)て

反(かへ)って侮(あなど)り〓(けが)すことをしらずとかたれは。

義〓公殊勝(よしたゝこうしゆしやう)の事をも聞(きゝ)つる物かなと

感(かん)じ給ひしばらくありて問(と)ひ給ふやう。

それ今(いま)の世天下(よてんか)みだれあらそひ起(おこ)りて。

勢(いきお)ひに乗(ぜう)ずれは

匹夫(ひつふ)も国(くに)を押領(をうれう)し。

権(けん)をうしないては大樹(たいじゆ)も身(み)を置(おく)に所なし。

さればわがただいまのありさまこそあやしけれ。

この後(のち)またいかが成行らん聞まほしとのたまへば。

老翁それはきづかひし給ふべからず。

今(いま)一二年を過(すき)ばかならず世(よ)に出給ふべし。

さりながら不慮(りよ)の急難(きうなん)あるべし。

身(み)を大切(たいせつ)に慎(つゝ)しみ給へ。

今ははや日すでに夕陽(せきやう)に及べり。

またこそまいり逢(あふ)べしといとま乞(こ)ふ。

義〓公今(よしたゞこういま)しばらくとゝまりて猶(なほ)その行末(ゆくすへ)の

事かたりしらせ給へといへ共。

きゝもいれず二三町行過(ゆきすぐ)るかと思へば

跡(あと)かたなくきへうせけり。

義〓公(よしたゞこう)ます/\奇異(きい)の思ひをなし。

いそぎ順風(じゆんふう)に帆(ほ)をはせて周防(すはう)にかへり。

帰洛(きらく)の事共思ひ立(たち)給ふおりから。

京都(きやうと)兵乱まち/\にして

細川政元死去(ほそかわまさもとしきよ)すと聞(きく)。

大内介義興時分(おほちのすけよしおきしぶん)よしと

義〓公(よしたゞこう)をとり立(たて)。

筑紫中国(つくしちうこく)の軍勢(ぐんぜい)を催(もよほ)しすでに

上洛(しやうらく)し給ひ

将軍義澄細川澄元(しやうぐんよしずみほそかわすみもと)を追落(おひおと)し。

其外諸方(そのほかしよはう)の強敵(かうてき)をしたがへ。

終に文亀五年(ぶんきこねん)七月義〓公征夷(よしたゞこう)

征夷(せいい)大将軍(しやうぐん)に再任(さいにん)し給ひ。

大内介義興(おほちのすけよしおき)をもって

管領(くわんれい)に任(にん)し給ひけり。

義〓公(よしたゞこう)ふたたび世(よ)に出て

多年(たねん)の本望達(ほんもうたつ)し給ひ喜悦(きゑつ)ななめならず。

これひとへに焼火権現(たくひごんげん)の神徳(しんとく)によれり

みづから隠岐(おき)の国(くに)にくだり

宮殿造営(きうてんざうゑい)し奉幣(はうへい)をささげて

賽(かへりまふし)し給んと常(つね)〓のたまひけり。

しかれどもさすが隠岐国(おきのくに)までは海陸路(かいりくみち)はるかにして。

しかも天下いまだをゝく静謐(せいひつ)ならず

合戦政道事(かつせんせいたうこと)いそがわしきにまぎれて。

思ひながらその事ついに果(はた)し給わざりしとぞ

  ○醍醐(だいご)の白狼(はくらう)

山城(やましろ)の国醍醐(くにだいご)の山中(さんちゆう)に

狼(おほかみ)おほく出て人を

なやますことありけり。

あるとき里の柴(しば)かる童(わらんべ)

山に入て薪(たきゝ)をとる所に。

いづくともなく狼一つはせきたり。

その童(わらんべ)をかひくわへて

山ふかくはしりゆき。

ある草むらのしげりたる所におろしけり。

この童(わらんべ)かしこき者にて。

身(み)をちぢめ息(いき)をやめて

死(しゝ)たるていにもてなしける。

狼その草(くさ)むらを爪(つめ)をもつて

かきひらき大きなる穴(あな)をほり。

この童(わらんべ)をおしいれ。

土(つち)と草の葉(は)とを

まぜ/\にして上(うえ)をおほい。

よく/\したゝめさけり。

この童(わらんべ)いそぎにげ出んとはしけれとも。

また思案(しあん)して狼(おおかみ)かさねて来るべしと

はかりだまり居(い)ける。

あんのごとく狼心もとなくやおもひけんまたきたりて。

かぎまわり見めぐりてよく/\見すまして

さては別事(べつじ)なしとやおもひけん

しばらくありてさり。

この童(わらんべ)今(いま)こそ

時分(じぶん)よしと。

やをら穴(あな)より出ていち足(あし)を

いだしにげんとはしけれ共。

おくふかき山中(さんちゆう)にて

谷峰(たにみね)さがしけれは。

いづくへ出行(ゆき)なん方角(ほうがく)もしらず。

たゞ忙然(ぼうぜん)とあきられたるばかりなり。

いや/\隙(ひま)をとらば

狼またぞや来るべしと思ひ。

かたはらに大木(ぼく)のあるを

さいわいによぢのぼり。

木の枝葉(ゑたは)のしげみにかくれて

事の様(やう)をうかがひけり。

少のほどありてさきの狼又一つの色

しろくきわめて大きなる狼を

ともなひ来り。

かのはじめうづみたる穴(あな)を

ほりかへしたづねけれ共人見へず。

はじめの狼大にほへいかり

その穴のわたり四五へんを

かけまわり(十七う)けれ共。

大木のうへまではおもひよらず。

ややありて思ひきりて

耳(みゝ)をたれかうべを

伏(ふ)はぢおそれたるていにて

大なる狼のまへにうづくまる。

大なる狼しばし何ともせざりしが。

立あがりかへらんとする時。

左(ひだり)の爪(つめ)にて

かのはじめの狼(おほかみ)の

いただきをすこしなでゝいにけり。

はじめの狼身うごきもせず

うづくまり居(い)ける。

この童(わらんべ)木の上(うへ)より

このよしよく/\見すましおそろしく思ひ。

いよ/\木にいだつきついておりず。

いかゞせんとあんじわつらふ内(うち)に。

日(ひ)もくれあくる日(ひ)なりて。

杣人大勢(そまびとおほぜい)

このわたりを通(とほ)りける。

この童(わらんべ)大に声(こゑ)をあげて。

この木の下に狼(おほかみ)伏(ふ)してあり。

いそぎ打(うち)ころして

われをたすけ給へとよばはる。

杣人共おどろき皆(みな)々

斧山刀(まさかりやまがたな)など用意(ようい)し。

大勢(おほぜい)かの木(き)の下に

行(ゆき)て見るに。

まことに狼一つうづくまれり。

しかれども死(しゝ)したるなりといふ。

この時この童(わらんべ)あやしく思ひ

木の上(うへ)よりおりくだりて

かの狼のいたゞきを見るに。

骨(ほね)ことごとくゝだけ脳(なう)ただれたり。

杣人(そまひと)これはいかなる

故(ゆへ)そやと問(と)ふ。

わらんべはじめおわりの次第(しだい)を語(かた)る。

皆々おどろきけるが。

さるにてもこの童かしこくも

あやうき命たすかりし。

あさからぬ知恵(ちゑ)かなとほめあいけり。

おもふに古語(こご)に虎狼(こらう)に仁(じん)ありと。

しかれども此事をもって見れば。

君臣(くんしん)の義(ぎ)もあるに似(に)似(に)たり。

ひとり仁(じん)のみにあらじといふ。

玉しくけ巻之五終

玉くしけ巻之六

○山中の伶人

応永年中京都将軍義満公室町(おうゑいねんちうきようとしようぐんよしみつこうむろ

まち)の亭を。

その長子義持公(ちやうしよしもちこう)に譲(ゆつ゛)り天下(てんか)の政務(せ

いむ)を辞(じ)し給ひ。

都(みやこ)の北山(きたやま)において。

大小土木(どぼく)の功(こう)を起し。

山(やま)をひらき樹木(じゆもく)をきり払ふて。

広太(くわうだい)の家居(いへい)をつくり退隠(たいいん)の所(ところ)とし。

即(すなわち)みつ゛から鹿苑院(ろくをんいん)といふ額(がく)を書(かき)て掲

(かけ)給ふ。

その結構美麗心(けっこうびれいこゝろ)も詞(ことば)も及れず。

まつ゛衣笠山(きぬかさやま)の麓(ふもと)より。

北(きた)の方は丹波地(たんばち゛)に堺(さか)ひ。

東(ひがし)の方は鷹(たか)が峰(みね)につつ゛き。

凡(およ)そ六七里四方のあいだ。

山(やま)の高下渓(かうげたに)の遠近(ゑんきん)にしたがひ風景(ふうけい)お

もしろき所には。

こと%\く亭(てい)をつくり茶店(ちやてん)を置(おき)て。

眺望(ていばう)の便(たよ)りとす。

中(なか)にも三重閣(ぢうのかく)を建(たて)て特(こと)に美麗(びれい)を尽

(つく)したり。

第(だい)一重(ぢう)を法水院(ほうすいいん)と名(なづ)け。

第二を潮音洞(てうおんたう)。

第三を究〓頂(くきようてう)といふ。

その額(がく)は後小松院(ごこまつのいん)の宸翰(しんかん)なりとぞ。

此閣(かく)の内外(ないけ)こと%\く金簿(きんぱく)を塗(ぬ)りて飾(かざり)

りとす。

このゆへに世(よ)に金閣(きんかく)と称せり。

閣(かく)のまへの庭(には)に大きなる池(いけ)をほらせ泉水(せんすい)をたゝ

へ泉水(せんすい)のほとりには九山(せん)八海(かい)をうつし。

色々の名ある石(いし)をたゝみて。

その絶景(ぜっけい)いふはかりなし。

凡(およ)そ此庭(このには)に八境(きよう)とて八つの名所(めいしよ)あり。

法水院(ほうすいいん)。

潮音洞(てうおんたう)。

究〓頂(くきやうてう)。

鏡湖地(きやうこち)。

岩下水(がんかすい)。

竜門瀑(れいもんはく)。

銀河泉(ぎんがせん)。

安民沢(あんみんたく)。

是(これ)なり。

その外(ほか)台〓宮殿(たいしやきうでん)あげてかぞへがたし。

同(おなしき)十五年三月に。

この地(ち)へ後小松院(ごこまつのいん)の行幸(ぎやうごう)を催(もよほ)し給

へり。

かねてよりその用意厳重(よういげんぢう)なり。

別(べち)に宮殿(きうでん)を新らしくしつらひ。

見へわたりたる所々には名花奇石(めいくわきせき)をあつめ。

ます/\風景(けい)を粧(よそほ)ひ給へり。

その造営功(ぞうゑいこう)終(おは)りければ。

将軍(しようぐん)ひねもすみずから点検(てんけん)し給ひ。

暮(くれ)に及びて寝殿(しんでん)に帰り。

気力(きりよく)労(つか)れぬとて臥(ふ)し給ひぬ。

しかる所に誰(たれ)ともなく物(もの)申さんと起(おこ)したてまつる者(もの)

あり。

将軍おどろき夜に入りて我(われ)を起(おこ)すは誰(たれ)なるらんとて見給ふに。

人なし。

さては夢(ゆめ)にやとてまた衣打(きぬうち)かづき臥(ふ)し給ふ。

しばらくありてまたみぎのごとくによび起(おこ)しぬ。

将軍大にあやしみ給へ共。

折(おり)ふし御前(ごぜん)ぢかくに宿直(とのい)の人もなし。

たま/\小〓従(こごせう)の類(たぐ)ひ二三人も次(つぎ)の間(ま)にあり合(

あい)けれ共。

昼(ひる)の御供(おんとも)にくたびれけるにや。

前後(ぜんご)もしらず打臥(うちふ)しぬ。

将軍(しようぐん)起(おき)あがりかひ%\敷

そこらくまなくたづね給へ共。

何も見えず猶天井(なをてんじやう)の方(かた)を見給へば。

鴨居(かもい)の上(うえ)に。

老翁(らうおう)一人杖(つゑ)にすがりてたたずめり。

身(み)のたけ八九寸ばかり。

容貌(かほかたち)はなはだ皺(しは)みおとろえ。

髪(かみ)ひげ皆(みな)しろくおひさがれり。

将軍すこしも驚(おどろ)き給はず。

いかに老翁(らうおう)誰(たれ)人にやいづれの所に住(すむ)人ぞ。

われには何の用(やう)ありて再三(さいさん)よび起し給ふいふかしとのたまふ。

老翁柱(はしら)をつたひて下(くだ)り杖(つゑ)をすてゝ再拝(さいはい)し。

ものをもいわずたゞ涙(なみだ)をながし泣(なき)居(い)たり。

やゝありて立(たち)あがり打仰(うちあふ)ぎて御殿(てん)を指(ゆび)ざし。

又伏(ふ)しうつぶいて将軍の脚(あし)を指(ゆび)ざし。

その後(のち)忽然(こつぜん)として消(きへ)うせたり。

将軍(しやうぐん)ます/\あやしみこれ何者(なにもの)の所偽(しわざ)ともしれ

ず。

翌日(あくるひ)急(いそ)ぎ陰陽助定清(おんやうのすけさだきよ)を召(め)して

問(と)い給ふ。

定清しばらく勘弁(かんべん)して申やう。

かの老翁(らうおう)はこれ樹木(じゆもく)の精霊(せいれい)なり。

その名(な)を藻(さう)といへり。

夏(なつ)は幽林(ゆうりん)の中(うち)に棲(す)み。

冬(ふゆ)は巌石(がんこく)の下に隠(かく)る。

されば将軍頃年(けうねん)頻(しき)りに宮殿(きうでん)をつくり。

山をひらき樹木(じゆもく)をきり給ふゆへ。

老翁その住家(すみか)を失(うしな)ひ依(よる)る所なきによりて。

御前(ごぜん)に来りその身(み)の〓(なげ)きを申たるなり。打仰(うちあふい)で御殿(ごてん)を指(ゆび)

ざしたるは。将軍の広(ひろ)く宮殿(きうでん)を作(つく)り。

樹木(じゆもく)を〓(そこな)ひ給ふを恨(うら)みてなり。

また伏(ふ)しうつぶいて将軍の脚(あし)を指(ゆび)ざしたるは。

脚(あし)はすなわち足(あし)の字(じ)の意(こゝろ)にて。

将軍に足(たる)ることを知(し)り給へとなり。

されば人は貴賎(きせん)にかきらず。

足(たる)ることを知るをよしとす。

仏教(ぶつきやう)にも足(たる)ることを知(し)る人は。

地上(ちしやう)に臥(ふ)せども安楽(あんらく)なり。

足(たる)ることをしらざる者は天堂(てんだう)に処(お)れ共うれへ多(おほ)しと。

又老子経(らうしきやう)には。

足(たるゝ)ことを知る者は富(とめ)りといへり。

将軍(しやうぐん)ねがはくは足(たる)ことを知り給ひ。

今(いま)より宮殿造営(きうてんざうゑい)の事。

おぼしめし止(とま)り給はゞ然(しか)るべからんと。

その理分明(りふんみやう)に述(の)べたりければ。

将軍(しやうぐん)深(ふか)く信服(しんふく)し給ひ。

久しく造営(ぞうゑい)なかりける。

又諸人に禁(いま)しめて。

妄(みだ)りに山林(さんりん)に入りて竹木(ちくぼく)を伐(きる)ことなからしむ。

其後かさねて一宇(う)を造(つくり)給ふ事ありけれども。

皆倹約(けんやく)にして花麗(くわれい)ならず。

しかも常足亭(じやうそくてい)と名(な)ずけ。

これまた自(みづから)額(がく)を書(かき)て掲(かけ)給ひ。

深(ふか)くかの老翁が教(おしへ)を慎(つゝ)しみ給へり。

かくて或年(あるとし)の夏。

将軍衣笠山(きぬかさやま)の麓(ふもと)。

原(はら)の壇(だん)といふ所に出(いで)て鷹狩(たかがり)し一つの白鳥追(はくてうをお)ひつく。

心(こゝろ)ならず山ふかく入り給ふ。

こゝに向(むか)ふの山ぎわ。幽林(ゆうりん)の中に。

音楽(おんがく)の声かすかに聞ゆ。

将軍あやしみ声についてたづね入り給へば。

林(はやし)の中に推幕(いまく)をおほひ。

莚(むしろ)を敷(しき)かの老翁(らうおう)その外年わかき男女数(す)十人。

皆緑衣(みなみとりのころも)に青(あをき)き帯(おび)をし。

ゑぼしひたゝれを着(ちやく)し。

さもはなやかにやそほひて立ならべり。

しかれどもその身のたけ皆八九寸に過(すぎ)ざりける。

皆々御迎(むか)ひに出(いて)。

将軍を上座(ざ)にいざなひ奉り。うやまひかしずきけり。

老翁すゝみ出て平伏(へいふく)し。

前年(ぜんえん)御威光(いくわう)をもはゞからず推参(すいさん)し公訴(こうそ)いたせしに。

幸(さいわい)将軍天地(てんち)の厚恩(かうをん)を蒙(かふむ)り。

即時(そくじ)に斧斤(ふきん)を息(や)め樹木(じゆもく)を斬(き)ることを禁(きん)じ給ふ。

このゆへにわが輩(ともから)ながく安堵(あんど)して。

その喜(よろこ)びに堪(た)へずいまこゝに来りて迎(むか)へ奉りその礼謝(れいしや)申侍るといふ。

すなわち山海(さんかい)の珍秀8ちんしう)をととのへ。

将軍その外近習(きんじう)の衆中にいたるまでねんごろに饗応(きやうをう)し酒宴(しゆゑん)を催(もよほ)しけり。

老翁将軍に向(むか)ひそれがし年すでに8旬に及べり。

身おところへ行歩意(かうほこゝろ)のごとくならず。

奔走(ほんそう)いたすべき様(やう)もなし。

さりながら末座(まつざ)に伺公(しこう)せしわかき者どもは。

皆々それがし子供や孫(まご)にて侍り。

かれらに申付ていか様にも御慰(なぐさみ)の事仕らせ申さんといふ。

将軍聞給ひさきにほのかに聞侍りし音楽(おんがく)こそたぐひ希(まれ)なる調べにてありし聞(きか)まほしとのたまう。

老翁それこそやすき事なりとて。

山の方(かた)をすこしまねきければ。

高(たか)き小末(こずえ)のしげみよりちいさき伶人(れいじん)。

それ/\の楽器(がくき)を持次第(もちしだい)/\に下(お)りて座につらなり。

すでに管弦(くわげん)を奏(そう)しける。

その調子(てうし)こまやかにてひゞき更にさやかなり。

その中(うち)すこし長高(たけたか)き人。

音楽(おんがく)にあわせて歌(うた)一曲(きよく)をうたふ。

その歌にいはく

  天地(あめつち)の恵(めぐみ)ありて。

  至(いた)れる化(いつくしみ)を垂(た)れ。

  ふかく幽(かすか)なる霊(みたま)を〓(あわれ)む。

  こゝに樵夫(せうふ)の斧(おの)を停(とゝ)めて。

  木客(ぼくかく)の窟穏(いわやおだやか)なり。

  この幹(から)を庇(かく)して枝葉栄(ゑだはさか)へり。

  ねがはくは大樹万年(たいじゆばんねん)の春(はる)を約(ちぎ)らん。

秋の音曲(おんぎよく)古風にして調(しら)べたかく。

声(こゑ)すみわたりておもしろし。

将軍大に興(けう)じ給ひ数盃(すはい)をかたぶけ。

今日(けふ)の遊興人間(ゆうけうにんげん)の及(およ)ぶ所にあらず。

他(た)に異(こと)なるもてなし謝(しや)するに所なしとのたまへば。

老翁をはじめ皆々よろこびまことに山野(さんや)のとぼしきそなへ。

反(かへ)つて御機嫌(きげん)に入りたるこそありがたけれとて。

御盃(さかつき)を頂戴(てうだい)し。

おの/\数升(すせう)を飲(のみ)けり。

されども少も酔(ゑい)みだれたる色(いろ)なし。

日斬(ひやうや)くかたぶきければ。

老翁今(いま)は是(これ)までなり。

御いとま申さん。

さりながら何か贈(おく)り物仕らんとて。

何やらんちいさき〓(もたい)を。

くろき絹(きぬ)にてつゝみ。

将軍の御前(ごぜん)にさゝげて。

しばらく再拝(さいはい)し。

その後皆々樹木の中にかくれぬ。

将軍いそぎ御殿(ごてん)にかへり給ひ。

かの〓(もたい)をかたぶけあまねく人に示して問(と)ひ給ふに。

大かた知る人なし。

その後朝鮮国(てうせんこく)の薬師陳玄令是(くすしちんげんれいこれ)をみていふやう。

これは希有(けう)の神薬(しんやく)なり。

その名を白玉髄(はくぎよくずい)といふ。

すなわち玉(たま)の脂(やに)なり。

凡そ玉(たま)の生(しやう)ずる山に。

この脂(やに)あり。

山あいより流(なが)れ出て。

その色酒(さけ)のごとし。

すくひとりて薬に用ゆ。

無心草(むしんそう)をきざみて調和(てうわ)すれば。

須臾(しゆゆ)に水となる。

これを服(ふく)する輩(ともがら)は。

ながく不祥(ふしやう)を除(のぞ)き長生(てうせい)すべしとて。

その製法(せいはう)こま%\と教(おしへ)へたり。

将軍奇特(きどく)の事におぼしめし。

試(こゝろ)みに一剤(ざい)を調和(てうわ)し用ひ給ふに。

まことにかの医師(いし)の言(ことば)にたがはず。

甚神効(はなはたしんかう)ありければ。

深く秘蔵(ひそう)し給ひけるとぞ

            ○水精(すいしやう)の球数(すゞ)

都上京(みやこかみぎやう)に岡本文(おかもとぶん)四郎とて富裕(ふゆう)なる者あり。

年わかく美男(びなん)にて才智(さいち)なる者なれば。

あたり近き富家(ふか)よいむすめを妻(めわ)せん婿(むこ)にせんなどいひわたりけれとも。

文四郎さのみうけひくけしきもなく。

たゞあけくれ和歌の道にふけり。

いにしえの物語歌書(かしよ)などにいへるごとき。

かほかたち色ありて。

しかも心さまやさしく。

よろづ艶(ゑん)なる女もあらば。

末かけて頼(たの)むよすがともせんなどいひければ。

おのづから色(このみ)のやうに人にも思われて年ごろひとり住みけり。

或(ある)年の秋嵯峨(さが)に所要(しよやう)の事ありて行ける。

帰るさに嵐山(あらしやま)の麓(ふもと)に出。

法輪寺(ほうりんじ)にまふでけるが。

秋の日のならひにや。

日すでに暮(くれ)かゝり。

往来(ゆきゝ)の人も見へずなり。

四方(よも)の山々雲とぢて。

川音(かハおと)物さびしく。

入あひつぐる野寺(のてら)の鐘(かね)ねぐらをあらそふ鳥の声。

いづれあわれは身にしみけり。

やう/\寺を立出て大炊川(おほいかわ)を打ながめ

  つく%\とおもへば秋のかなしさも猶まさりゆく入あひのかね

しばらく俳諧(はいくわい)しけるまに。

月山端(やまのは)に出て。

いと面白かりければ。

  又も見ん岩(いわ)うつ波(なミ)も清滝(きよたき)のながれにやどる秋夜の月

所からにて月も一しほのながめなれば。

文四郎立さりがたくあなたこなた逍遥(せうよう)し。

ゆく/\臨川寺(りんせんじ)のほとりにいたりければ。

何となく香(かう)のかほりしめやかにて。

岸(きし)の松の木陰(こかげ)にて誰(たれ)やらん。

貴人(きにん)の莚(むしろ)打しき。

つきを賞(しやう)するけしきなり。

文四郎あやしみて立よりよく/\見れば。

いとやんごとなき女郎(ぢよろう)の十六七ばかり。

いかさま高位貴官(かういきくわん)の息女(そくぢよ)ならん。

すこし面(おも)やせていとゞらうたけたるが。

二人の侍女(じちよ)にむかひ。

いかに今夜(こよひ)の月こそ一きわすみまさりて面白ろけれ。

さればよろづうつりかわる世中に。

月のみむかしにかわらぬうらやましさよといひければ。

二女さにて候へども。

そもまたみつとかくると常(つね)ならず雲雨(くもあめ)のさわりさへあれば。

浮世(うきよ)の中物ごとおもふまゝのことはなきにや。

たゞ今夜のごとくまなき月こそ。

心あらん人のもてけうずべき

わざにこそ。

いざ酒(さけ)のみ歌(うた)よみてあそび給へとすゝむれば。

女郎打かたぶきて一首を詠じ給ふ

雲(くも)のみか世(よ)のうき事も川風(かわかぜ)にはらひ果(はて)たる峰(み

ね)の月影(かげ)

文四郎此よしを見て。

はやしみそむる恋風(こいかぜ)の身もふるひたましいうかれて。

やゝそばちかく立よりかの侍女の袖をひかへ。

これは道(みち)ゆく者にて候が。

たゝ今の御歌のやんごとなくおもしろきに感(かん)じ。

身のほどもわすれて立とまり侍り。

そもあれはいづれの高家(かうけ)の御方にて。

かく夜にいりてこの所にはやすらひ給ふ。

あやしさとよといへば。

女郎はやきゝつけ給ひて。

い○(不明)道ゆく人なるが只その歌(うた)きゝ給ひて御たづねとや。

かぎりなくはずかしくこそ。

そのたまふにつけて君(きみ)も歌よく物し給ふとおぼゆ。

何かくるしかるべき読(よみ)たまへるもあらば聞(きか)させ給へとあれば。

文四郎かたく辞(じ)しけれども。

再三しい給へば。

力(ちから)をよばすさきにつらねし歌二首ともに。

詠じければ。

女郎も二女もかえす〓感心(かんしん)し給ひ。

かゝるやさしき人こそなけれ。

いざこゝははしたなく人のみる事もあるに。

わがすむ宿(やど)に来り給へ。

これより程遠(ほどとを)からずといざなひ給へば。

文四郎おそれながらともなひ大炊川(おほひかわ)より五町ばかり東北(ひがしきた)

の方に行ば。

はるかに惣門(そうもん)見ゆ。

小門より入て竹の編戸(あみど)をひらく。

内のていこまかには見へねども高亭欄干奇麗(かうていらんかんきれい)にたてつゞけ

前栽(せんざい)には荻萩(おぎはぎ)すゝき。

色々の秋草露(あきくさつゆ)もたわわに咲みだる。

そのおく書院(しよいん)とおぼしくて。

調度(てうど)もさのみおほからず琴琵琶(ことびわ)ありて。

香炉(かうろ)には火(ひ)のこりてにほひことにほのかなり。

女郎文四郎を上座に請(しやう)じ。

二女におほせて。

飯(いひ)をとゝのへ酒肴(さけさかな)かず〓もち出もてなしける。

その珍味(ちんみ)きわめて美(び)にして。

いまだその名をだにしらず。

されどもいさゝかも魚鳥(うをとり)のたぐひはなかりける。

文四郎こはそもいかなる所にやふしぎの縁(えん)にもあひぬる物かなと。

われながらあやしみ。

後には大に酒(さけ)に酔(るい)て。

やゝ心ゆるまり。

今は中々しのびかね色に出つゝ

おもひきやこゝろもすめる秋の夜に月よりほかの思ひせんとは

とて女郎の手をとりふかくにたわふれければ。

女郎すこし打わらひて

とふのみを月に待見て草の戸をさそわれ出ん心ともなし

と詠しければ。

文四郎いよ〓たへかねてとかくかたらひければ。

女郎しからばこなたへ来り給へとて。

一間(ひとま)なる所はいざなひける。

文四郎入りて見れば。

こゝもなをきれいにして。

此女郎のつねに居(い)ける所と見ゆ。

床(とこ)に四季のうたあり。

手うつくしく心ばへ興(けう)ありその歌に

けふしはやおほうち山ものとかにて雲のうへより春やたつらん

もとの道ぞみるがうちにもたえ〓の夏のゝ草や末のよの中秋

むかし見しそのよかのよと秋の月おほくの人になみたおちつゝ

分くれはあるにもあらぬ冬草にふるさと人のこゝろをそみる

女郎君もこゝろみに四季を詠じ見給へかし。

歌のなかだちためしなきにあらずとたわふれければ。

文四郎しばしありて詠し出しぬ

植をきし人のことはの末かけてちらぬ心の花をこそみれ

足引の山ほとゝきす一こゑはまつのとほそのあかつきのそら

月うつるまかきの霜の夕かけに猶色ふかき白きくの花

ちりまかふ木の葉にくもる柴の戸は時雨ののちも猶しくるめり

女郎御詠数遍(すへん)して。

君はまことに古人にもはぢぬ才(さい)なりとてふかく感じ。

いとゞむつまじくちぎりて。

夜もあけがたになれば。

文四郎起出て。

長居(ながい)せば人のとがむる事あらんとて。

いそぎいとまこひしける。

女郎なごりをしげに〓(まがき)の外までおくりて出。

これはまたあふまでのかたみとも見給へとて。

水精(すいしやう)に紅(くれない)のふさつきたる数珠(ずゝ)のにほひことなるを

あたへ。

ちかきうちにかならず来り給へとて。

まだうすくらきに別れ出けり。

それより家に帰りても。

たゞ忙然(ばうぜん)として物もおほへず。

うつら〓〓とあかしくらしけるが。

後には何ともしれぬ病気(びやうき)となり。

あけくれかの女郎の事のみいひ。

夜は夢に見て。

かの女郎とたがひに歌をよみ贈答(ぞうたう)してかたりなぐさむなりとて。

その歌どもかきつらねて人にも見せける。

文四郎が父(ちゝ)大にあやしみなげきて。

ある日(ひ)文四郎をいざなひなんぢがいふ女郎の居(い)給ふ所へつれ行べし。

よきにはからひ夫婦(ふうふ)になし得(ゑ)さすべしとすかしければ。

文四郎よろこびさらば来給へとてまた嵯峨(さが)の方へたどり。

天竜寺(てんりうじ)の門内(もんない)をのぞき。

此わたりなりといふ。

父いぶかしく思ひながら。

まつつれ行てよく〓〓たつね見けるが。

大きなる草庵のかたはらにふるき〓屋(たまや)あり。

文四郎たゞ此わたりと覚へしが。

家居門(いへいかど)がまへのかわりたるなり。

これはいかなる事にやとて。

〓屋(たまや)の内をのそき見れば。

ちりほこりふかくつもりて。

柱(はしら)かたぶき壇(だん)くづれて。

さらに虫鼠(ちうそ)のすみかとなる。

かの女郎同じく二女の木像(もくぞう)あり。

むかしはさしも美麗(びれい)に荘厳(しやうごん)せしと見へしが。

かけ損(そん)じて所々彩色(ところ〓〓さいしき)はげふるびたり。

しかもかの形見(かたみ)の数珠(ずゝ)の手をはなれたる痕(あと)あり。

文四郎大におどろきおそれ。

まさしくこの木像の妖(ば)けたるにこそと。

色をうしなひ興さめて。

いそぎ父とゝもなひ。寺僧に逢ふてかう/\の妖怪(ようくわい)ありとうつたへければ。

寺僧眉(まゆ)を(十五才)ひそめて。これあるべき事にあらず。

かの魄屋(たまや)は招慶庵(せうけいあん)の内にして二階堂出羽入道道蘊

(にかいだうではのにうだうだううん)の一家(け)代々の墓(はか)所なり。

かの女郎の木像は道蘊(たううん)の孫女小菊姫(そんぢよこきくひめ)といひし

容顔美麗(ようがんびれい)なりしが。

十七の年時疫(じゑき)はやりて死し給ふ。

二人の侍女も年ごろそばちかくめしつかはれ。御病中にはことさら心をつくしいたはりけるが。

女郎かくれ給ひてより。

なげきにしづみ泣くらしける二人ともに同し時疫にあふて打つ同じゞいて死にけるを。

一所に木像をつくりかの魄屋の内にすへ置けると聞伝(きゝつた)へしが。

さてはかの二人の侍女死して後も主従(しゆじう)のよしみをわすれず付(つき)した

がひてみやづかへしける殊勝(しゆせう)の事にこそ。

時ふり代かはりて。

その墓(はか)所退転(たいてん)して荒(あ)れはて。

今(いま)かゝる妖怪ありしと見ゆ。

いで自今以後禍(わさわい)なきやうにはからんはんとて。

かの三つの木像を再(ふたゝ)び荘厳(せうごん)し魄屋(たまや)をつくり安置せしかば。

これより文四郎病気本腹(ほんぷく)して何のさはりもなかりける。

かの招慶庵(せうけいあん)も魄屋もそのゝちまた/\終(つい)に絶(たへ)亡びて

今(いま)は基所さへさだかならずとかや

              ○〓牛(とぎゆう)の応報(おうほう)

山中鹿介幸盛伯州末石(やまなかしかのすけよしもりはくしうすへいし)の城(じよう)

に楯篭(たてこもり)し頃(ころ)。

吉川治部少(きつかわぢぶのせう)輔元長(もとなか)三万余騎(よき)を引卒し推(おし)よせる時。

吉川か軍中(くんちう)に今田源右衛(いまたげんゑもん)門といふ者あり。

諸軍の跡(あと)にさがりてすゝみ。

ある山際(やまぎわ)のしげみにしばらく立やすらひ居ける。

かゝる所へ一人の牛馬(ぎうば)をき屠(ほふ)る男出来(いてきた)り。

女牛(めうし)壱疋を引きたり。

この所にて屠りころすと見ゆ。

その女牛(めうし)に添(そ)ふて〓壱疋したがひき

り〓乳をのみ居けり。

源右衛門つく/\゛見いたれば。

この男きるべき刀(刀)取いだし。

すでにきらんとせしが。

又かたはらにいりてしばし用事とゝのへけり。

そのひまにこの〓かしこくもかの刀をくわへ。

足ばやに木陰(こかげ)の泥溝(どろみぞ)の中(うち)にうづみかくし。

足にて土(つち)をほひ泥(どろ)をかけて。

さらぬていにてまた乳(ち)をのみけり。かの刀をたづねあまねくそこらさかせども見へず。

いかにしたる事にやと徘徊(はいくわい)したるを。

源右衛門はじめよりよく見居たりければ。

かの子うしのかくせる次第(次第)を語(かた)り。

刀のあり所をしめしければ。

かな男よろこびやがて牛をころし帰(かへ)りけり。

源右衛門それより立出諸軍(たちいでしよぐん)にはせつき。

ともに城をせめし所に。

城兵(じやうへい)はなはだつよくして寄手(よせて)を物ともせず。

きつさきをならべ切て出かたはしよりまくりおとしければ。

寄(よせ)手一戦(いっせん)に打まけ川を渡(わた)して逃散(にけさん)ず。

幸盛勝(よしもりかつ)いのりて追うち。

真前(まっさき)にすゝんで士卒(そつ)を下知し。

川岸(きし)まですき間もなく追詰(つめ)ける。

その勢(いきお)ひなくおひ立られ。

逃(にぐ)るに度(ど)をうしなひ川水にはせいり。

逆(さか)まく早瀬(はやせ)にるとはいひながら。

此源右衞門は生得無道(しようとくむたう)にして慈悲(じひ)心なく。

謂(いわれ)ざるわが身の損益(そんゑき)にもあづからぬ牛の刀を告げあらはし牛をころさしめたる報(むく)ひたちまちいたり。

かゝるあさましき死をいたしけるならんと皆人憎みあへり。

○三位国孝(さんみくにたか)の奇病(きびやう)

正親町院(おほきまちのいん)の朝永禄年中(てうゑいろくねんちう)に三位国孝(さんみくにたか)といふひとあり。

久しく禁中(きんちう)に宮づかへて権勢ありしが。

いつとなく病(やまひ)に染(そみ)て。

漸々(ぜん/\)相(あい)いたはりければ。

いとまを乞(こふ)て引退(ひきしりぞ)き。

家に篭(こも)り居ける。

その病体(びやうてい)さだかならず。

たゞあけくれ忙(ぼう)然として物わすれし。

そのかたちうつかりとして何ぞ奪(うば)ひとられたるがごとし。

半年ばかりの後(のち)には甚怪(はなはたあや)しき病気(ひやうき)となり。

まぼろしのごとく人ありて馬に乗(のり)くつばみ鳴(なら)してわが頭上(づしやう)をかけ走り忽(たちま)ち悩(なう)中にはせ入ると見へたる。

その出入ことのほかさわがしくひゞきあり。

また時々(より/\)そのものいふ声きこゆ。

三日に一度つゝ悩中を出。

しばらくありてそのまゝかへりける。

かくする事両月ばかりに成ける。

親族(しんぞく)あやしみをそれかゝる病人は終に聞も及ばす。

よからぬ怪異(けい)なりとて。

丹波(たんば)穴尾(あなを)の村にしるべありて。

新らしく屋敷をこしらへ。

ひそかに病人を移(うつ)し置養生(やうしやう)しければ。

その内よりかの馬に乗(のる)人ふたゝび出来らず。

その病平愈(へいゆ)しけり居(きよ)処のかわりたる故にやと皆人いひあへり

○松尾(まつのを)与一郎異僧逢(いそにあ)ふ事

洛陽(らくやう)の西松尾(まつのを)に与一郎といふ百姓(ひやくしやう)ありけり。

生得(せうとく)心すなほに律義(りちぎ)なる者なり。

梅津(うめづ)の里(さと)に親族(しんぞく)あり。

或年(あるとし)の七月の末(すへ)に盆の祝義(しうぎ)にたづね行。

大に酒(ゑけ)に酔(ゑい)日暮(ひくれ)に及びて。

その家を出て路(みち)すぢに趣(おもむ)く所に。

たちまち一人の僧にあひける。

此僧与一郎に打むかひいかに久しや。

和殿(わどの)はつゝがなしやといふを。

よく/\見ればむかし相しりたる僧なり。

河内国真言寺(かわちのくにしんごんじ)の住僧(ぢうそう)にして博識明弁(はくしきめいべん)のほまれあり。

人皆うやまひあへりしかれとも学才(がくさい)にほこり高慢(かうまん)のこゝろさかんにして。

他の智者善(ちしやぜん)人をないがしろにし。

あなづり軽(かろ)んじてはふ虫(むし)とも思はず。

しかるに去年(きよねん)の春頓死(とんし)してこの世にはなき人ときゝぬるに。

今いかにしてかくは見へ来り給ふにやと。

与一郎いろ/\におもひめぐらせどもふしんはれず。

かの僧与一郎に向ひいふやう。

われそのかみは真言秘密(しんごんひみつ)の工夫(くふう)をこたえざりしかども。

すこし子細(しさい)ありて。

その見解(けんげ)をあらため。

今(いま)は魔法韋都奈(まほういづな)の道(みち)を修錬(しゆれん)し。

その修行成就(じゆぎやうじやうしゆ)して飛行自在(ひぎやうじざい)の身となり。

つねに高尾(たかを)山に住居(ちうきよ)して。

さま/\の奇特(きどく)を現(あら)はす。

和殿今いづくに行(ゆか)んとするにや。

道づれになるべしといふ。

与一郎ます/\あやしみてこよひ久世(くぜ)の里(さと)に。

いろ/\の舞灯篭(まいたうろう)をとぼし風流(ふうりう)の踊(おどり)ありと聞(きい)て見物にまいるこゝろざしなりとこたふ。

かの僧聞て久世(くぜ)の見物はさる事なれども洛中町(らくちうまち)々の灯篭(たうろう)のおびたゝしくはなやかなるにはしかず。

いざ来給へ見物させんとて。

打つれてあゆむよとおもへば。

またゝきの間(ま)に京(きやう)の町中(まちちう)に来りぬ。

げにも町々にぎやかにてきりこ灯篭にはいろ/\の花鳥草木(くわてうそうもく)いろどり。

まことにはなやかに物の上手(じやうず)のつくれるを。

家々(いへ)の軒にかけならべ灯火(ともしび)のひかりかゝやさきながらひるのことし。

そのあいだには当世様(とうせいやう)の染(そめ)かたびら。

あるひは簿(はく)をつけ縫(ぬい)をさしたる小袖(こそで)おもひ/\の出立にて。

さもじんじやうなるわかき男女(なんによ)打まじはり。

声(こへ)よき音頭(おんだう)いざなひ

ておもしろく踊(おどる)る所あり。

町中竪横(たてよこ)大かた見廻(めぐ)りゆく/\本願寺(ほんぐわんじ)の灯篭

(たうろう)を見せ給ふ。

これまたよのつねならぬ壮観(さうくわん)なり。

その灯篭に山河雲水禽獣人物(さんかうんすいきんじうじんぶつ)こと%\く細工(

さいく)につくり。

絹をはり糸をつけ。

皆々うごきはたらくやうにからくれり。

そのほか金殿紫閣甍(きんてんしかくいらか)をならべ。

仙人(せんにん)の飛行(ひぎやう)する所。

あるひは花紅葉(はなもみぢ)につけて。

帷幕(いまく)を張(は)り。

数多(あまた)の美女(びぢよ)酒(さか)もりして花見るてい。

または富士(ふじ)の牧狩八島合戦(まさかりやしまのかせん)。

皆それ/\の人形(にんぎやう)ありて立(たち)ならべり。

かずかぎり

なき灯火(ともしび)は燦爛(さんらん)として。

空(そら)にかゝやく星(ほし)のことし。

かの僧与一郎をつれて堂内(だうない)を打めぐり/\見物するに。

たれとがむる者もなし。

今ははや立帰(たちかへ)らんとせし所に。

かの僧いふやう今夜(こよひ)伏見(ふしみ)の城(じやう)にこそ。

豊臣太閤(とよとみたいかう)の近年諸国(きんねんしよこく)にて軍陣(ぐんぢん)

に大功(こう)あつて。

気(き)を屈(くつ)し力(ちから)を労(らう)したる諸大名を慰(なぐさめ)んと

て。

大に饗応(きやうをう)し給ふと聞(き)く。

いざやとてもにこれを見せんずるぞとて。

また手を引て南(みなみ)に向(むい)て出るとおもへば。

須叟(しゆゆ)のあいたに伏見(ふしみ)の城中(じやうちう)にいたりぬ。

あんのごとく本丸(ほんまる)の御殿(ごてん)には太閤威儀(いき)をかひ

つくろふて出(いで)給ひ。

諸将をねぎらひ給ふ。

近国(きんこく)他国(たこく)の諸大名。

殿上殿下(でんしやうでんか)にみち/\て威儀(いぎ)まことに堂(たう)々たり。

大灯篭(おほたうろう)大挑灯(てうちん)所々にすきまなくかけならべ。

ひかりことにかゝやけり。

すでに酒宴(しゆゑん)はじまり。

佳肴珍膳山海(かこうちんぜんさんかい)のある所をつくしてつらねたり。

その饗応(きやうおう)の結構(けつこう)さ心もことばもおよばれず。

伎楽歌謡声(ぎがくかようこへ)おもしろくかなで上下(しやうげ)さゞめきわたり

興(けう)じけり。

かの僧と与一郎とは床(とこ)の間(ま)にて見居たりしが。

与一郎飢(うへ)たるよしいひければ。

かの僧さらは物(もの)くわせんとて座中(ざちう)に出諸(いでしよ)大名の前

(まへ)にいたり食物(くいもの)を取らんとしては。

をそれをのゝきてあとへすさり。

又其次(そのつぎ)に行(ゆき)ては立のきかくのごとく四五人の前(まへ)に

いたりて取得(とりゑ)ず。

或(ある)大名(みやう)の前にいたりて。

心やすく饅頭(まんぢう)数多(あまた)かいつかみて立かへり。

与一郎にあたへみづからも食し給ふ。

与一郎あやしみて何ゆへかくはおそれ給ふと問ふ。

かの僧こたへてされば第一座(ざ)の人は官位(くわんい)まことに尊(たつと)ふ

してその心廉直忠孝(れんちよくちうこう)なり。

第二座の人はさせる善徳(ぜんとく)はなき人なれとも一生四足(そく)の類肉食(

にくじき)せざる人なり。

そのほか慈悲心(じひしん)ありて殺生(せつしやう)このまぬ人。

又はさのみ学智文材(がくちぶんさい)はなけれども。

天性(てんせい)心すなほにして仁義(じんぎ)正(たゝ)しく朋友(はうゆう)に

信(まこと)ありて。

その行跡(かうせき)反(かへつ)て学問(がくもん)利口(りこう)の人にまされ

る人。

これらの類(たぐ)ひわれ皆(みな)たやすくちかづき侵(おか)すことかなはずと

かたる。

かくて時刻(じこく)うつりけるほどに。

忽(たちま)ち空中(くうちう)よりかの僧の名(な)をよびていかに久しくは居(

い)給ふ。

時(とき)いたりぬはや帰(かへ)り給ふべしといふ。

かの僧はなはだおそれたるていにて。

はつとこたへて立出(たちいで)ければ。

そのまゝ与一郎がすがたあらはれ皆々座中(さちう)おどろきあやしみ。

そも何者(なにもの)なればかゝる御殿(てん)へ来りぬらん。

さだめて敵(てき)がたよりのしのびの者か。

さなくは夜盗(よたう)物とりならん。

たゞ打(うち)ころせとひしめきければ。

与一郎大にかなしみ涙(なみだ)をながし。

さりとてはさやうの者にはあらず。

かう/\松尾(まつのを)の百姓(ひやくしやう)なるが。

異僧(いそう)のためこゝにつれられまいりたるなりと。

はじめおはりをかたり。

あはれ御慈悲(じひ)に松尾(まつのを)に人をつかはしたゞし給へかしと侘(わび

)ける。

太閤聞給ひかれがいふにまかせてまづせんぎを遂(とげ)てこそとて。

与一郎をからめて獄屋(ごくや)にとらへ置(おき)。

松尾に人をつかはし。

委(くわし)くたづね給ふに。

与一郎が言(ことば)に相違(そうい)なかりければ。

其後(そののち)与一郎は免(ゆるさ)れて家(いへ)に帰(かへ)りけるとぞ。

○遊魂変(ゆうこんへん)をなす

永禄(ゑいろく)の年(とし)三好修理太夫天下(みよししゆりのたゆふてんか)の政務(せいむ)を執行(とりおこな)ひ。

君(きみ)をなみし。

上(かみ)を冒(おか)して。

逆威(きやくい)をふるひけり。

或時(あるとき)役人(やくにん)におほせて六条川原にて科人(とかにん)数十人刑〓(けいりく)する事ありけり。

その科人(とがにん)の内(うち)壱人江州野洲(がうしうやす)の源兵衛といふ者あり。

すでにきらるべきにきわまり獄屋(ごくや)を出(いづ)る時。

大に泣(なき)かなしみわれはもとよりころさるべき科(とが)なし。

人の無実(むじつ)にあへり。

よくあきらめたゞして命(いのち)をたすけ給れとて。

地(ち)にひれふし足(あし)ずりしてさけびけり。

太刀(たち)とりの人もてあつかひて。

しばらくすかしてみんとおもひ。

たばかりていふやう。

いかにもなんぢがいふ所尤なり。

われその方と心をあわせ命すくふべし。

刑罰(けいばつ)する所にてなんぢひそかに逃(にげ)のくべしと約束しければ。

源兵衛もことぞとこゝろへ。

大によろこび手をあわせて礼拝(らいはい)し。

すでに川原面(かわらおもて)にいたりきらるゝ時にのぞんでも。

猶こゝろの中(うち)は命たすかりて生(いき)たるこゝちし。

ひそかに人目(め)をはかり。

足にまかせてその場(ば)をにげ出。

川原をなゝめに走り。

五条辺に出猶東の方へ六波羅堂辺(ろくはらだうのほとり)までにげのびたり。

堂(だう)のかたはらに一人の乞〓(こつがい)あり飢(うへ)かつへて。

はや息(いき)もたへ/\に死にかゝり地にたふれ伏(ふ)したりしが。

忽(たちまち)〓然(けつぜん)として起(おき)きあがり。

立居(たちい)ふるまひつねの人のごとくになり。

たゞちにあゆみ出て〓谷(しかたに)を越(こへ)大津にいたり。

海(うみ)をわたりて野洲(やす)に入て源兵衛が家の門をてゝく。

家人出て誰人(たれひと)そと問(とへ)ば。

われは源兵衛なり。

いかに見わすれたるや。

すでに刑罰(けいばつ)せられんとせしが。

太刀取(たちとり)のなさけにより。

命たすかり帰り来れりと。

その立ふるまひことばつきはなるほど源兵衛にて。

かほかたちはあさましき乞〓(こつがい)人なり。

一家妻子のともがらあきれて。

これはいかなる事にやとあやしむ所に。

京都より帰り来る人あり。

いそぎ様子(やうす)をたづぬるに。

源兵衛はまさしく刑罰(けいばつ)にあい。

頭(かうへ)をはねられたるといふ。

いよ/\いぶかしくてこの乞〓人(こつがいにん)をなじりとがむるに。

すべて一家の中昔よりありし大小事(じ)。

そのほか先祖妻子(せんぞさいし)の小名(おさなゝ)までつぶさにいひて。

いかになんぢらわれ久しく京都にありし内。

かやうに見わすれていぶかるは何事ぞや。

たゞし家のあるじたるわれをなきものにして。

追(おい)ひうしなひなんぢらわがまゝに住わたらんとや。

にくき者どもが所為(しわざ)なりとて大なる棒(ばう)を持(もち)妻子(さいし)をたゝきせめはたりければ。

一家いかんともすべきやうなく。

その妻は髪(かみ)をきりて尼(あま)になり。

その外皆々おそろしがりて。

家をにげ出ちり%\に行方しらず成にける。

さればこの科(とが)人刑罰(けいばつ)の次(つぎ)の日三好氏反逆(はんぎやく)をくわたてにわかに光源院殿(くわうげんいんどの)を〓(しい)し奉る事あり。

これ下臣逆勢(かしんぎやくせい)壮(さか)んにして。

人君尊位(じんくんそんい)をうしなふ。

群陰(ぐんいん)長盛にして。

正陽(せいよう)を消〓(せいはく)するの時なり。

かるがゆへにかゝる妖怪(ようくわい)もありて。

その前兆(てう)を示すなるべしといふ。

玉くしけ巻之六終

玉くしけ巻之七

        ○白髭(しらひげの)明神

江州滋賀(がうしうしが)の郡(こほり)。

打嵐白髭(うちおろししらひげの)大明神はすなわち猿田彦命(さるだひこのみこと)を祭(まつ)れるなり。

上古(いにしへ)の時天照大神(あまてるおゝんがみ)。

はじめて伊勢の国狭長田五十鈴川(さながたいすゞかわ)の上(ほと)りに降臨(かうりん)まします時。

此命(みこと)御契約(けいやく)の事ありて。

先(さき)だちて路開(みちひらき)し給ひ。

殊(こと)なる功業(いさをし)ありしとかや。

凡(およ)そ明神の宮居(い)のてい。

後(うしろ)は比良(ひら)の山(やま)たかくおほひ。

松〓の老樹枝(らうじゆえた)をつらね雲(くも)にそびへて緑(みとり)なり。

前は湖水満々(こすいまん/\)として廻(めぐ)り流れ。

汀(みきわ)には茅水草(ちかやみずくさ)生(は)へつゞき。

そのあいだに〓雁鴛〓(ふがんえんわう)。

かず/\の水鳥(みずとり)流(なが)れにそふて群(む)れあそふ。

こゝはもとより北国(ほっこく)や越路(こしじ)に通(かよ)ふ船路なれば。

旅(たび)人の往来(ゆきゝ)たへまなし。

皆此明神を礼拝(らいはい)して。

風波(ふうは)無事(ぶじ)のいのりをいたす。

霊験(れいげん)ことにいちじるく感応(かんおう)むなしからず。

大鳥(とり)井は海辺(うみべ)にさしいでゝ。

遠(とを)くよりまづ見へて神(かみ)さびたり。

上古(いにしへ)の鳥井(とりい)は十町ばかり海底(うみのそこ)にありて。

猶今(いま)も天晴(そらはれ)日(ひ)のどかなる時は見ゆ。

南(みなみ)をはるかに見わたせは滋賀(しが)の山辛崎(からさき)のひとつ松。

かすみがくれに見へわたる。

真野々(まのゝ)入江堅田(かたゝ)の浦(うら)。

遠近(をちこち)に見ゆる漁人(ぎよじん)の舟。

網をひき釣をたれ。

ひまもなみまにたゞよへり。

北のかた竹島浮(うき)島〓島(おきのしま)。

猶北のかたは弁才天の宮井竹生島(いちくぶしま)もかすかなり。

そのほか見へわたる絶(ぜつ)景筆(ふで)にちくしがたし。

弘治年(かうぢねん)中摂(せつ)津の国の住(ぢう)人鳴瀬内蔵助(なるせくらのすけ)といふ人あり。

武勇(ぶよう)人にすぐれ兼(かね)て学智(がくち)のほまれあり。

しかれども身上(しんしやう)きわめて貧婁(ひんろう)にして朝暮(てうぼ)の煙(けふり)を立かねたり。

奉公(ほうこう)をかせぎてあなたこなた漂泊(ひやうはく)せしが。

ある日たま/\此明神の辺(ほと)りを過(す)ぐ。

よきついでなりとて参詣(さんけい)し。

かつ此明神(みやうじん)の霊験(れいげん)あらたなる事を聞(きい)て。

ふかく恭敬(けうけい)の首(かうべ)をかたぶけ。

すなわち一通の願書(くわんしよ)を草(そう)す其文(そのもん)にいはく。

  鳴瀬(なるせ)某(それがし)恐〓頓首(けうくわうとんしゆ)して白(まふ)す。

  某(それかし)族(ぞく)卑(いや)しく才拙(さいつたなふ)て。

  窮巷(きうこう)の中(うち)に生(うま)れ蓬草(ほうそう)の下(もと)に長(ひとゝ)なれり。

  夏(なつ)一布(ふ)冬一衣(ふゆいちゑ)。

  朝哺(てうほ)の養(やしな)ひ粥(かゆ)飯を用ゆ。

  初(はじ)めよりをこり用ひ妄(みた)りに為(な)すのあやまりなし。

  しかれ共〓々(くわう/\)汲々(きう/\)として常(つね)に不足(そく)の憂(うれへ)あり。

  出(いづ)るに知己(ちき)の投(たう)ずるなく。

  処(お)るに豊積(ほうし)のたくわへなし。

  妻〓(さいど)賎(いやしん)じ棄(す)て郷党(きやうたう)交(ましわり)を絶困扼〓難(たつこんかんなん)にして告訴(がうそ)

  するに所なし。

  側聞(ほのかにきく)明神人間善悪(ぜんあく)の報(ほう)をたゞし。

  〓渉(ちゆつちよく)の権を掌(つかさど)り。

  いのるにしるしあり。

  ねがへはかならず得(う)と。

  このゆへに〓責(かせき)を避(さ)けず。

  威厳(いげん)を冒(おか)し〓(けが)す。

  伏(ふ)してこひねがわくは告(つぐ)るに。

  〓来(しようらい)の事を以(もって)して。

  あきらかに迷途(めいと)を示(しめ)し。

  はやく晦跡(くわいせき)をひらきて。

  枯魚(こきよ)をして斗水(とすい)の活(くわつ)を蒙(かうふ)り。

  困鳥一枝(こんてういちし)の安(やす)きに托(つか)しめ給(たま)へ。

  もししからば身(み)を終(おわ)るまで深恩(しんおん)を賜(たま)ふ事を拝(はい)し。

  洪造(こうそう)のあづかる事を仰(あふぎ)たてまつらん

祈念(きねん)しおわりて。

本社(ほんしや)の階(きざはし)の下(もと)にかしこまり。

すぐに此夜(よ)通夜(つや)しけり。

すでに夜にいりて。

たちまち両方(りようはう)の回廊(くわいらう)その外左右(さゆう)の末社(まつしや)の宮(みや)にいたるまで。

皆(みな)灯明(たうみやう)ひかりかゝやきてあきらかなる事昼(ひる)のごとし。

又何(なに)とはしらず人の出(いで)入さわがしく汗馬(かんば)のはせちがふ音(おと)しきりなり。

しかれ共本社(ほんしや)のかたはしづかにさびしく。

人一人も見へず灯明(とうみやう)さへかすかにて物(もの)のあやめも見へわかず。

あやしみながら息(いき)をひそめて。

事の様(やう)をうかゞふに夜半(やはん)ばかりに及(およ)んで遠(とお)くより

大勢行列(おほぜいぎやうれつ)をなして人の来るおときこゆ。

漸(やう)々近(ちか)づきて鳥井(とりい)にいたるころほひ。

さきばらいの官(くわん)人はしり来(きた)りて非常(ひしやう)を戒(いまし)

む。

こゝにおいて諸(もろ/\)の末社(まっしや)の神小〓の霊(れい)にいたるまで。

こと/\く迎(むか)ひに出て供奉(ぐぶ)し給ふ。

これすなわち白髭(しらひげ)の明(みやう)神にまし伊勢内宮(いせないくう)へ朝参(てうさん)し給ひ。

今遷(いまかへり)り入(い)り給ふにてぞ有ける。

この時本社(ほんしや)の両方(りようほう)にかけならべたる紋紗(もんしや)の灯篭

(とうろう)。

はじめてひかりかゝやきて諸神(しよじん)の行粧(ぎようそう)こと%\く見ゆ。

その威儀(いぎ)まことの厳重(げんぢう)なり。

明神は衣冠朝服(いくわんうふく)して紳(しん)をたれ笏(しやく)を正(たゞしふ)

して。

しづかに宝殿(ほうでん)にのぼり給へば。

諸神みな/\謁見(ゑつけん)事おはり。

おの/\その座に列(つち)らなり給ふ。

しばらくありて又外(ほか)よりいづく供なく数人(すにん)の神達(かみたち)。

白衣玄冠(は食ゑげんくわん)して出来(いてきた)り給ひ。

明(みやう)神に向(むか)ひ慇懃(いんぎん)に拝謁(はいゑつ)して座し給ふ。

これは当国(たうごく)郷(さと)々の氏(うぢ)神達(たち)の今夜(こよひ)こゝに参謹(さんきんし給ひたると見ゆ。

此数人の神達(かみたち)おの/\その守(まも)り給ふ郷(さと)の善(ぜん)人を福(さいわい)し悪人(あくにん)を罰(ばつ)せし。

職(しよく)事を述(の)べたまふ。

一人のいはくわが郷里江州大津(きやうりがうしうおほつ)のうち。

小林氏某家富財豊(こばやしうぢなにがしいへとみさいゆたか)なり。

凡(およ)そ米穀(べいこく)数百石(すうひやくこく)をたくわへたり。

近年兵乱(きんねんひやうらん)打つゞきて米(こめ)の価倍増(あたいばいぞう)す。

諸方(しよはう)の欲(よく)ふかき商人等(あきひとら)此時を幸(さいわい)ひとしてわれさきと米穀(べいこく)を買(かい)とりたやすく出(いだ)しうらず。

このよへに世ます/\窮(きう)して飢人餓死(きにんがし)のともがら野(や)にみちて哭泣(こくきう)の声街(こゑちまた)にきこゆ。

小林某(それがし)慈悲(じひ)ふかき者にてわがたくまし米穀(べいこく)を元(もと)の価(あたひ)にうりほどこし。

さらに厚利(かうり)を求めず。

又或(あるひ)は〓粥を烹(に)て。

貧乏(ひんほゝ)なる者にあたへ。

又弊衣(へいゑ)を買(か)ひて寒苦(かんく)なる者にほどこせり。

このゆへに飢寒(きかん)をまぬかれ命(いのち)たすかりたる者あげてかぞふべからず。

われその慈悲(じひ)を感じ

隠徳(いんとく)を賞(しやう)して。

其寿命(そのしゆみやう)を延(のへ)たる事三十年にして。

かつ一生疫病(いつしやうやまひ)のうれへなからしむ。

又一人のいはく東近江信楽城(ひかしあふみしからき)の郷貧家(さとひんか)の婦(よめ)。

姑(しうとめ)につかへて孝行(かう/\)を尽く(つく)す。

その夫商(おっとあきな)ひのために他国(たこく)にありその留守(るす)のあいだ姑(しうとめ)おもき病(やま)ひにかゝれり。

祈祷(きたう)し医療(いれう)を尽(つく)せ共赦(しるし)なし。

婦(よめ)大きにかなしみなげきて。

斎戒沐浴(さいかいもくよく)して香(かう)を焚(た)き。

われにいのりて身代(みがわり)りに立(たち)て姑(しうとめ)の命(いのち)をすくわん事をねがふ。

われその誠(まこと)をあわれんべ姑(しうとめ)の命(いのち)をたすけ。

又その婦(よめ)に貴子(きし)二人を生(うま)しめ。

皆(みな)よく父母(ふぼ)に孝行(こう/\)を尽(つく)し。

材芸優長(さいげいゆうちやう)にして大(たい)家にみやづかへ。

俸録官位次第(ほうろくくわんいしだい)に増進(ぞうしん)し。

子孫(しそん)ながく富貴(ふうき)を保(たも)たしむ。

又一人のいはく佐和山(さわやま)の或代官職(あるだいくわんしよく)の人。

その主君(しゆくん)より過分(かわぶん)の俸録(ほうろく)にあづかり。

権威(けんい)まことにさかんなり。

しかれども忠義(ちゆうぎ)のこゝろハ露(つゆ)ばかりもなく。

貧欲無道(とんよくむだう)にして。

物のあわれをしらず、さき/\に黄金(わうごん)数十枚を賂(まいない)にとりて。

理(り)を非(ひ)にまげて公事(くじ)をわかち。

又ひそかに布帛(ふはく)の類(たぐ)ひをむさぼりとして。

善人(ぜんにん)を害(がい)して悪人(あくにん)の方人(かたうど)せり。

われすみやかにおもき罪(つみ)に行(おこなわ)んとおもへ共。

かれが先祖(せんぞ)の陰徳(いんとく)あるによりて。

しばらくゆるしおきぬ。

しかれ共其罪悪深重(そのざいあくじんぢう)なれバこと%\く悪薄(あくぽ)に録(ろく)しぬ。

数年(すねん)の後(のち)ハ必(かなら)す滅族(めつぞく)の禍(わざわい)にあふべし。

又一人のいはく鏡山(かゝみやま〓ふだみやま)の麓某百姓田地(ふもとそれがしのひやくしやうでんぢ)数十頃(けう)をもてり。

家(いへ)やゝ富(とみ)て事欠(ことかく)ことなし。

しかれ共堅貧放逸(けんどんほういつ)にして欲(よく)ふかく。

すべて〓ことをしらず隣家(りんか)の田地(でんぢ)と界(さかい)たるは。

いつとなくわがかたへぬすみとめてかへしやらず無理非道(むりひだう)に人をかすむ。

或(あるひ)は近所(きんじよ)の身上(しんしやう)おとろへ便(たよ)りなき者あ

れば。

その弱(よわめ)めを見て欺(あざむ)きたぶらかしてその家財田地(かざいでんぢ)

を〓(やすく)く買(かい)とり。

しかもその価(あたい)もすなほにはやらず。

さきの者怒(いか)りを含(ふく)み憤(いきどを)りを発(おこ)し終(つい)に病

(やまひ)となりて死(しな)しむ。

われその邪悪(じやあく)をにくみてすみやかに寿命(じゆみよう)の薄(ふた)を削

(けづ)りぬ。

今(いま)の世現(よげん)に身(み)を化(け)して牛(うし)となり。

近所(きんじよ)の家(いへ)に生(うま)れて。

むかしの負物(おひもの)を償(つくな)へり。

其(その)〓苦(かんく)おもひやるべしと。

猶(なを)此外(このほか)もろ/\の神達(かみたち)皆(みな)その掌(つかさど)る所(ところ)善悪応報(ぜんあくおうほう)の裁断(さいだん)を述(の)べ給ふ。

明神(みやうじん)つく/\聞(きゝ)給ひて忽(たちまち)玉顔(ぎよくがん)に甚(はなはだ)うれへたる色(いろ)ありてのたまふ。

諸神(しよじん)おの/\其(その)職(しよく)を守(まも)り其(その)事(こと)を治(おさ)め給ひ。

賞罰(しやうばつ)甚(はなはだ)明(あから)かにして〓福(くわふく)各(おの/\)〓(よろし)きを得(う)。

まことに遺憾(いかん)なきに似(に)たり。

しかれども天地運行(てんちうんかう)の数(すう)。

生霊厄会(せいれいやくくわい)の期今(きいま)すでにいたり。

国党(こくたう)漸(やうやく)に衰(おとろ)へ兵乱(ひやうらん)大に起(おこ)らんとす。

諸神(しよじん)おの/\其(その)郷(さと)の人民(にんみん)をあわれみて。

よく加護(かご)すといふとも。

この大厄(やく)をいかゞし給ん。

諸神(しよじん)おどろきあやしみてその故(ゆへ)を問(とい)給ふ。

明神こたへてわれさきに伊勢(いせ)の内宮(ないくう)に朝(てう)して。

諸大神(しよたいじん)の将来(しやうらい)の事を鑑(かんが)み論(ろん)じ給ふを聞(き)けり。

かなしい哉(かな)わづか数年(すねん)の後(のち)。

天下(てんか)大に乱(みだ)れ兵乱闘争(ひやうらんたうじやう)止(やむ)時(とき)なく。

飢饉疫〓(ききんゑきれい)したがつて起(おき)り。

万民手足(ばんみんしゆそく)を措(お)くに処(ところ)なからんとす。

殊に近内尾州(ちかきうちびしう)の地(ち)某(そこの)郷(さと)。

人民(にんみん)五千余(ごせんよ)人一時(いちじに)殺〓(さつりく)せらるべし。

この時に当(あたつ)て善(ぜん)を積徳(つみとく)を修(おさ)めて忠孝慈悲(ちうこうじひ)の人にあらずんばその禍(わさわい)をまぬかれがたし鳴呼(あゝ)人民(にんみん)の祐(たす)け〓(すくな)き。

此極悪(ごくあく)の厄運(やくうん)にあへり。

まことに不便(ふびん)のわざにあらずやとて両眼(りようがん)に涙(なみだ)をうかべ給ふ。

諸神(しよじん)たがひに相(あい)顧(かへ)りみてしばしはものをものたまわず。

やゝありてかゝる大事(たいじ)わが輩(ともがら)のあらかじめ知(しる)る所(ところ)にあらずとて。

皆々(みな/\)眉(まゆ)をひそめ拝(はい)をなして帰(かへ)り給ひぬ。

内蔵助階(くらのすけきざはし)の下(もと)にして事の始終(しじう)を聞てをそれをのゝき。

おづ/\〓〓出(はいいで)てさきの願書(ぐわんしよ)をさゝげ。

伏(ふ)してあわれみを乞(こ)ふ。

明神(みやうじん)やゝしばらく見そなわし給ひ。

すなわち一人(ひとり)の小神(しやうしん)に命じてかの願書(ぐわんしよ)を取(と)らしめ。

かたじけなくみづから検閲(けんゑつ)し給ひ内蔵助(くらのすけ)に向(むか)ひのたまふやう。

汝(なんぢ)心(こゝろ)すなほに誠(まこと)あり。

今(いま)より後(のち)大(おほ)いに福(さいわい)ひあるべし久(ひさ)しく貧困(ひんこん)に苦(くる)しむ者(もの)にあらずと。

内蔵助(くらのすけ)恐(おそ)れながら猶委細(いさい)に聞(きか)ん事をねがふ。

明神かさねて朱筆(しゆひつ)を執(とつ)て大字(たいじ)に二句の文(もん)を簡(ふだ)にしるして賜(たまは)りぬ。

ありがたく頂戴(てうだい)し読(よん)で見れば幽鳥(ゆうてう)飛(と)んで木(き)に遷(うつ)り見(けん)竜(れう)躍(おど)つて田(てん)に在(あり)内蔵助

(くらのすけ)かぎりなくよろこび。

懐中(くわいちう)におさめかへす/\礼拝(らいはい)して神前(しんぜん)を退(まか)り。

ゆく/\鳥井のほとりにいたりぬれば。

夜はほの%\と明(あけ)ぬ。

ふたゝび懐(ふところ)の中(うち)を探(さぐ)りてかの簡(ふだ)を見るにすべてなし。

いそぎ故郷(こきやう)に帰(かへ)り。

わが妻(つま)に語(かた)り共(とも)にいさみよろこびけり。

其頃(そのころ)織田信長公(おたのぶながこう)の家臣荒木摂津守(かしんあらきせっつのかみ)は。

信長公(のぶながこう)の命(めい)をうけて近辺(きんへん)の敵(てき)を鎮(しづめんため。

摂州伊丹(せつしういたみ)の城(しろ)に居住(きよじう)せり。

内蔵助(くらのすけ)が武勇(ふよう)を聞(きい)て。

使(つかい)をつかわし招(まね)きぬ。

内蔵助(くらのすけ)目(め)見へを遂(とげ)てすなわちその幕下(ばつか)に属(しよく)して。

知行(ちぎやう)かたのごとくとりて身上(しんしやう)やゝ賑(にぎわひ)ぬ。

又其頃(そのころ)伊藤伊勢守(いたういせのかみ)といふ者(もの)あり。

ならびなき大剛(たいかう)の者なり。

京都将軍義昭公(きやうとしやうぐんよしあきこう)に属(しよく)して摂州(せつしう)に陣(ぢん)を張(は)る。

信長公(のぶながこう)数日(すじつ)攻戦(せめたゝか)ふといへ共(とも)降(くだ)らず。

或日(あるひ)攻(せめ)あぐんて軍中(ぐんちう)に触(ふ)れて伊藤(いたう)が

かうべをとらん者には恩賞(おんしやう)は請(こ)ふにまかすべしと。

内蔵助(くらのすけ)これを聞(きい)てひそかによろこび。

いかにもして伊藤(いたう)が首(くび)をとらんとおもひ。

白〓明神(しらひけみやうじん)にふかく祈念(きねん)して加護(かご)を求(もと)む。

かくて戦場(せんじやう)におもむき伊藤(いたう)が陣(ぢん)をうかゞふに。

もとより智謀武勇(ちばうふよう)のものにて。

電(いなびかり)のごとくひらめき風(かぜ)のごとくうつりて更(さら)に住所(ぢ

うしよ)を定(さため)ず。

内蔵助(くらのすけ)心(こゝろ)はたけくいさめどももとより伊藤が面体(めんてい

)は見しらず。

いかんとすべきやうもなし。

かゝる所におもいかけず山伏(やまぶし)一人忽然(こつぜん)と出来(いてきたれ)

り。

内蔵助(くらのすけ)に近(ちか)つき伊藤(いたう)が容貌(かほかたち)鎧(よろ

ひ)の毛色(けいろ)。

こま%\と教(おし)へて伊藤(いたう)がある方(かた)に引(ひい)てゆく。

内蔵助(くらのすけ)伊藤(いたう)がありさまよく/\見すまし。

急(きう)にすゝみて伊藤(いたう)と引(ひつ)くみ。

つゐにその首(くひ)をとりぬ。

信長公(のぶながこう)此山(このよし)見給ひ大におどろき。

すなわち数(かず)の勤賞(かんしよう)を賜(たまは)り。

今日(けふ)よりして直(ぢき)にわが家臣(かしん)たるべしとて召抱(めしかゝ)

へ給ひ俸禄過分(ほうろくくわぶん)に宛(あて)行(おこな)わる。

内蔵助(くらのすけ)これより武勇(ふゆう)のほまれ世(よ)にたかく家門(かもん

)の栄(さかへ)を極(きわ)めたり。

かの明神の二句(く)の文(もん)をおもふに。

荒木(あらき)織田(おた)の文字(もんじ)にたがわず。

猶又此後(このゝち)いかゞあらんとおもふ所(ところ)に永録元亀(ゑいろくげんき

)の比(ころ)ほひより天下一同(てんかいつたう)に戦国(せんごく)となり。

畿内(きない)の〓動(さうどう)なゝめならず。

まづ京都(きやうと)には将軍家(しやうぐんけ)再(ふたゝ)び信長公(のぶながこう

に謀(そむき)むきて度々(たび/\)大軍(たいぐん)を起(おこ)して合戦あり。

摂州(せつしう)には三好松永(みよしまつなが)が党類(たうるい)及(およ)び一

向宗(いつかうしう)の一〓蜂起(いつきほうき)し。

江州(がうしう)には朝倉(あさくら)浅井(あざい)並(ならび)に〓山(ゑいざん)

の衆徒(しゆと)をかたらひて謀反(むほん)す。

その外(ほか)大和(やまと)河内(かわち)美濃(みの)尾張(おわり)のあいだ。

猛将〓士(もうしやうかんし)たがひにそばだちあらそひて。

戦血(せんけつ)楯(たて)を漂(たゞよは)せり。

大軍(たいぐん)の至(いた)る所。

或(あるひ)は乱妨放火(らんばうはうくわ)。

又は辻(つぢ)ぎり強盗(がうたう)しば/\起(おこ)りて。

大(おほ)きに万民(ばんみん)のなげきとなる。

時(とき)に天正(てんしやう)二年七月信長公(のぶながこう)信忠公父子(のぶた

ゞこうふし)数万(すまん)の軍勢(ぐんぜい)を卒(そつ)して。

尾州一向宗長島(びしういつかうしうながしま)の一揆(いつき)を攻干(せめほさ)

んとし給ふ。

かな一揆共連年要害(いっきともれんねんようかい)を頼(たのみ)て信長公(のぶな

がこう)に仇(あた)をなしけるゆへなり。

ゆいに篠橋大鳥井等(しのはしおほとりいたう)の城(しろ)を攻陥(せめおと)して

二千余(よ)人の首(くび)を斬(き)る一揆(いつき)の大将戦(たいしやうたゝか

)ひまけて和睦(わほく)を乞(こ)ふ。

信長公(のぶながこう)いつわりゆるして城中(じやうちう)を開退(あけのか)しめ。

ひそかに手鉄砲(てでつはう)三千挺(てう)を松木(まつぎ)の渡(わた)りの堤(

つゝみ)に添(そふ)てかくし置(おき)。

開退(あけのく)く一揆(いつき)の者共(とも)を目(め)の下に見をろし。

鉄砲(てつはう)隙(ひま)なく打(うち)かけけるほどに大半(たいはん)うちころ

されたり。

一揆(いつき)の者共(ども)大いにいかりはらだちて此義(このぎ)ならば城中(じ

やうちう)にて打死(うちしに)すべき物を欺(あざ)むかれたりとて。

一千余(よ)人思(おも)ひきつてすはだになり。

ひた/\と舟(ふね)よりあがり。

よき敵(てき)に引組(ひつくん)んで打死(うちじに)せよやとて。

おめきさけんで信長公(のぶながこう)の本陣(ほんぢん)に目(め)をかけて一文字

(もんじ)に切(きつ)てかゝる。

この時信長公(のぶながこう)の親族(しんぞく)十余(よ)人。

其外(そのほか)名ある侍(さむらい)そくばくうたれたり。

一揆(いつき)の者共(とも)も数百(すひやく)人打死(うちじに)し。

のこる三百余(よ)人命(いのち)のかぎりにきりぬけ行方(ゆきがた)しらず落(お

ち)うせたり。

戦(たゝかひ)はてゝ後(のち)敵味方(てきみかた)の死人(しにん)をかぞふるに

五千余(ごせんよ)人に及(およ)ぶといふ。

内蔵助(くらのすけ)かの明神ののたまひし事。

皆符節(みなふせつ)を合せたるがごとく露(つゆ)ばかりもたがわず。

ます/\奇異(きい)のおもひをなし。

すなわち信長公(のぶながこう)大きに内蔵助(くらのすけ)が神慮(しんりよ)にか

なひたる事を感(かん)じ。

奉禄増加(はうろくぞうか)しつねに重(おも)んじ給ひける。

諸人伝(しよにんつた)へ聞(きい)て奇特(きどく)の事におもひ。

皆々(みな/\)内蔵助(くらのすけ)にたづねあふて将来吉凶禍福(しやうらいきつ

けうくわふく)の事を問(と)ふ。

内蔵助(くらのすけ)こたへて。

われ諸神(しよじん)の聖言(せいげん)を聞(き)くに。

凡(をよ)そ天下(てんか)の勢(いきをい)。

人間(にんげん)の事(こと)。

小(すこしき)にしては一身(いつしん)の栄枯浮沈(ゑいこふちん)。

大(おほい)にして一国(いつこく)の治乱興廃(ちらんこうはい)。

皆定(みなさだま)れる数(すう)ありて移(うつ)し易(か)ふべからず。

かの世(よ)の小人無智(しやうにんむち)のともがら。

私意詐略(しいさりやく)をもつて。

強(しい)て富貴利達(ふうきりたつ)を求(もと)め。

人に〓(へつ)らひ神(かみ)に祈(いの)る。

たゞ富貴(ふうき)を得(ゑ)ざるのみにあらず反(かへ)つて禍(わざわい)にあふ。

たゞすべからく身(み)をつゝしみ徳(とく)を修(おさ)めて。

天命(てんめい)にまかせ給ふべし。

心だに直(すなほ)ならば自冥加(おのつからみようが)ありて長久(ちようきう)成

べしといへば。

諸人皆々その理(り)に服(ふく)し信従(しんせう)する者(もの)

おほかりしとぞ

          阿蘇(あそ)の千境(せんきやう)

長谷川弐部大夫(はせかわしきぶのたゆふ)と聞(きこ)へしは。

周防(すはう)の国大内義隆(くにおほちよしたか)につかへて

旧功(きうこう)ありしが。

大内(おほち)の家(いえ)も後(のち)は家風(かふう)ことのほか

衰(おとろ)へ政道(せいたう)たゞしからず。

式部(しきぶ)しば/\諌言(かんげん)すといへども用(もち)ひず。

反(かえり)て科(とが)にあふべききざしなければ。

力(ちから)およばずひそかに本国(ほんごく)を立出所縁(たちいでしよゑ

ん)につきて肥後国飢田郡(ひごのくにあいたのこほり)に。

妻子(さいし)を引(ひき)こして下りぬ。

式部元来閑素隠逸(しきぶぐわんらいかんそいんいつ)を好(このみ)て。

再(ふたゝ)び世(よ)に出(いで)つかへず。

名(な)をうづみ跡(あと)をかくして。

たゞ風花雪月(ふうくわせつげつ)に心(こゝろ)を澄(すま)し

月日(つきひ)を送(おく)るほどに。

はや年久(としひさ)しく住(すみ)なれぬ。

あたり近(ちか)き所(ところに)に水野隼人谷甚之丞(みずのはやとたに

じんのぜう)とて風流(ふうりう)のわか者(もの)あり。

さのみ学智(かくち)の才(さい)あるにはあらねど。

歌書連歌(かしよれんか)の道(みち)をすきて式部(しきぶ)もやさしき人に

おもい内外(うちと)なくまじわり。

心友(しんゆう)のちなみあさからず。

ある時(時)両人訪(とむら)ひ来(きた)りていふやう。

おの/\幸(さいわ)ひに男子(なんし)と生(うま)れ物(物)のこゝろも

弁(わきま)へながら。

久(ひさ)しく此辺〓(このへんひ)の田舎(いなか)にのみ住(すみ)

くらし。

井(〓)の底(そこ)の蛙檻(かわづおり)の中(うち)の鳥(とり)

のごとく。

外(ほか)には大(おほき)なる事美麗(びれい)なる事あるをもしらず。

このまゝにて朽(くち)はてんは口借(くちおし)しからずや。

いざ両(りよう)三人心をあわせ京都(みやこ)にのぼり名山霊跡(めいざん

れいせき)をもたづねめくり一生(いつしやう)の思(おもい)ひでにし。

かつひごろ心がけし歌枕(うたまくら)の便(たよ)りともせんはいかゞ

あらんといふ。

式部ともかうも両人にしたがふべしと。

両人かぎりなくよろこび旅(旅)の用意(ようい)し。

三人一所(いつしよ)にまづ京都(みたこ)にのぼりぬ。

禁中(きんちう)より初(はじ)め洛中古跡宮寺(らくちうのこせき

みやてら)。

其外洛外四方(そのほからくぐわいしはう)の寺院社頭(ぢいんしやとう)

のこらず拝(おがみ)めぐり。

それより立かへり須磨明石(すまあかし)を過(すぎ)。

播州(ばんしう)にいたりぬ。

この所室(ところむろ)の津(つ)には式部(式部)しるべの者(もの)

ありければ。

これがもとにたづね行(ゆき)しばらく〓留(たうりう)しつかれを休(やす)

めける。

その比室(ころむろ)の津(つ)の傾城町(けいせいまち)に萩(はぎ)

しのぶとて二人の遊女(ゆふぢよ)ありけり。

かほかたちうつくしく。

また糸竹(いとたけ)の調(しらべ)さへすぐれて。

酒宴(しゆゑん)の興(けう)を催(もよほ)しければ。

その名(な)たかくきこへてしるもしらぬも心をかたぶけさるはなし。

隼人甚之丞(はやとじんのぜう)いづれの隙(ひま)にか見そめけん。

深(ふか)くおもひしみてしのび/\に此二人の遊女(ゆうぢよ)にかよひ

馴(な)れけり。

たびかさなるまゝにたがひのなさけかずそひて。

いやましの思(おも)ひ草葉(くさは)ずへにむすぶ露(つゆ)のまもあわで

やむべきこゝちせず。

ひたすら遊(あそ)び戯(たわむ)るゝほどに。

持(もち)たくわへる金銀(きんぎん)のこらずつかい費(ついや)しぬ。

両人ひそかに謀(はか)り合(あわ)せ式部(しきぶ)に金子弐拾両

(きんすじうりやう)づゝ借(か)りて。

なを/\かよひあそびけり。

式部はしめのほどは露(つゆ)ばかりもしらざりける。

両人よる/\内にいねざる事をあやしみたづねきわめければ。

傾城町(けいせいまち)にかよふにてぞありける。

式部大におどろき両人をまねきいかにぞや君(きみ)たち。

このあいだ傾国(けいこく)の色におぼれ心をとらかし。

そこばくの金銀(きん〓)をすて給ふと聞(き)く。

言語道断(ごんごたうだん)の事なり。

それ遊女(ゆうちよ)は色(いろ)をつくり詞(ことば)をかざりて。

打(うち)見たるはなさけらしく見ゆるども。

その心(こゝろ)富(とめ)るになつきておとろへたる時(とき)ははなる。

しかも一身(いっしん)をもって諸国(しよこく)の人につきまとひ

その気(き)をはかり心にいらんとす。

なんぞ君(きみ)たち一人にまことのなさけあらんや。

かゝるあやしのもののために本心(ほんしん)をうばわれ

財(たから)をついやす事あるべきことにあらず。

われもとより君(きみ)たち両人と心友(しんゆう)の交(ましわ)りをむすぶ。

かゝるあやまちを見て一言(ごん)諌(いさ)めでやはあるべき。

いそぎ両人をあらため身(み)をつゝしみて放埒(ほうらつ)あるべからず。

たとひ我身(わかみ)いひがひなく言(ことば)つたなくして

両人承引(しっやういん)し給ずとも。

なんぞおの/\その妻子(さいし)の行末(ゆくすへ)をばおもひ給ずやと。

にが/\敷(しく)いさめければ。

両人心(こころ)にはそまね共(ども)まづうけがひて。

まことに御いさめ尤(もっとも)もなり。

われら今(いま)よりはふつ/\おもひとまりなん。

御心安(こころやすか)れといへば。

式部(しきぶ)よろこびて酒肴(さけさかな)とり出(いだ)し両人にすゝめ。

しからばかゝる所(ところ)に長居(ながい)は無益(むやく)なり。

はや/\ともに本国(ほんごく)へ下(くだ)らんといふ。

両人いかにもこゝろへ侍(はんべ)り。

さながらすこし用事(ようじ)もあればさきへくだり給へ。

やがてあとより追付(おつつき)たてまつらん。

式部(しきぶ)しからばともかくもとてさきだちてくだりぬ。

その後(のち)両人いよ/\かの町にかよひ金銀(きんぎん)ありかぎりやりはたし。

後(のち)にはつかふべき物なければ今(いま)はよしなし本国(ほんごく)へくだり。

かさねて金銀(きんぎん)を用意(ようい)してこそあそばめとて。

両人身(み)すがら故郷(ふるさと)に帰(かへ)る。

式部(しきぶ)両人帰(かへ)ると聞(きい)て

道(みち)まで迎(むかひ)に出(いで)てみれば。

両人はじめのぼる時(とき)はさしも花やかなる出立(いでだち)にてありがしが。

それには引(ひき)かへ今(いま)はやぶれちぎれたるうすぎぬ一つ着て。

かたち〓(かし)け色(いろ)をとろへ。

むかしの人ともおもはれず。

式部(さきぶ)一目見るよりそゞろに涙(なみだ)をながし。

かねてよりかゝるべしといさめしかども用(もち)ひ給わざりしこそうたてけれ。

さりながらさのみなげき給ふなとて。

わが家(いえ)に人をはしらせ衣服酒飯(いふくさけいひ)など取よせ。

衣服(いふく)をぬぎかへさせ食物(くひもの)などあたらへてねんごろにいたわりければ。

両人なみだをながしわがともがら昏愚(こんぐ)にして君(きみ)のいさめを用ひずかゝる恥辱(ちちよく)(にあへり。

千(ち)たび百(もも)たび悔(くや)め共かひなし。

されば君のいさめにたがはず。

にくゝうらめしきはかの遊女(ゆうじよ)の心根(こころね)なり。

かれらが色にまよひなさけをまことゝおもひ。

執心(しうしん)をふかくおもひみだれ。

数(かず)の財(たから)を費(ついや)してたがひに千代(ちよ)もかわらじとちぎりしに。

いつとなく身不自由(みふじゆう)におとろへければ。

次第(しだい)に遠(とを)ざかりて。

のちはなさけらしきことばさへかわさず。

せんかたなみだにくれてなく/\本国(ほんごく)にかへらんとせしよひの日。

せめてこのあいだのなごりにとてこりずまにまたぞやかの町(まち)に。

いたりしに。

二人の遊女(ゆうじよ)そのほか一家(け)の者(もの)どもみな/\見ぬかほしてあひしらわず。

しばし立やすらひければかへつてしかりのゝしりてあらけなくおひいだしぬ。

この時(とき)両人ともにわはや打果(うちはた)してうらみを散(さん)ぜんとおもひしか共。

さすが所(ところ)あしければ無念(むねん)ながらかへりぬ。

まことに面目(めんぼく)なふこそ侍れとかたる。

式部聞(しきぶきい)て両人日比(ひごろ)かの町(まち)にかとひ馴(な)れてかゝるむごき風俗(ふうぞく)とはかねても聞及(ききおよ)び給ん。

今更(いまさら)なんのうらむる事かあらん。

たゞ人は命(いのち)ばかり大切(たいせつ)なるはなし。

かまへて/\短慮(たんりよ)なるこゝろを起(おこ)し怒(いか)りのあまりに身(み)をあやぶめ軽(かろんじ)じ給ふべからす。

ひとへに以後(いご)を慎(つつ)しみ給へ。

さてさきにおの/\に借(か)し置(おき)し金子はすぐにまいらすべし。

〓また所用(しよやう)の事あらばいひ給へ借(か)したてまつらん。

それ朋友(はうゆう)には財(たから)を通(かよは)し急(きう)を救(すく)ふの義あり。

若(もし)たゞ友(たゞ)だちかたらひとて杯酒(はいしゆ)をつらね。

みだりに嬉遊(きゆう)をなすのみにして。

貧窮(ひんきう)を〓み患難(くわんなん)をたすくるの頼(たのも)しげなくは。

人倫(じんりん)の法(はう)といふべからずと。

すなわち弐千両の証文(しやうもん)二通封(ふう)のまゝわたしければ。

両人手(て)をあわせいたゞきて。

ためしすくなき御芳志(ほうし)いつの時かわするべきと感(かん)涙(るい)袖(そで)をうるをせり。

されども世(よ)の中(なか)きわめてたちがたきものは色欲(しきよく)にしくはなし。

かの両人式部(しきぶ)の深(ふか)き恵(めぐ)みにあづかり家(いへ)にかへりしば

らくすみわたると見えしが。

両人いひあわせ衣服美麗(いふくびれい)をつくし花(はな)やかに出立(いてたち)。

また/\室(むろ)の津(つ)にいたりぬれば。

二人の遊女をはじめ一家の者ども。

その花麗(くわれい)なるを見ておどろきうやまひ。

またもとのごとく機嫌(きげん)をとりへつらひけり。

両人ひねもすよもすがら酒宴遊興(しゆゑんゆうけう)して。

うたひどよめきたのしみけるが。

そのうち水野隼人(みつのはやと)わづらひいだしいたわりければ。

すぐにこの所にとゞまり養生(やうしやう)して。

とかく医療(いれう)を尽(つく)しけれ共。

脈(みやく)症(しやう)ぜん/\頼(たのみ)すくなく二十日(はつか)ばかりいたわりて終(つい)にむなしくなりぬ。

甚之丞(じんのぜう)なげきながら葬礼(そうれい)の事共取(とり)まかなひ野辺(のべ)の送(おく)りをいとなみ。

たゞひとり遊女(ゆうぢよ)の家(いへ)に帰(かへ)りても。

今(いま)はおもしろさもたのしさもうせて。

よろづあじきなく物(もの)がなしく浮世(うきよ)の望(のぞみ)もたへはてければ。

出家斗薮(しゆっけとそう)の身(み)ともなり。

かつは隼人(はやと)が菩提(ぼだい)をもとはばやとおもひ。

今(いま)までの衣服(ふく)刀(かたな)の類(たぐ)ひのこらず遊女(ゆうちよ)の一家(け)にくたばりあたへ。

もとゞりきり夜(よ)にまぎれ室(むろ)をさり諸国(しよこく)を修行(しゆぎやう)せばやとそこともなくまよひいでぬ。

その後はるか年経(として)て。

元亀(げんき)の末(すへ)年甚之丞入道修行(としじんのぜうにうだうしゆぎやう)のついで。

肥後(ひご)に立越(こへ)さすが故郷(ふるさと)の方なつかしく。

しのび/\にむかし住(すみ)し家(いへ)を尋(たづぬ)るに。

妻子親族(さいししんぞく)はちり/\になり。

見にしもあらず荒(あれ)はて。

庭(には)には草のみはへしげり。

まこととふ人もなし。

見るにかなしく分(わけ)こしそでの露よりも猶おきまさる涙(なみだ)なり。

されど時うつらば人のとがむる事もやと。

それよりすぐに阿蘇(あそ)の深谷(みたに)に急ぐ所に忽向(たちまちむかふ)の山上(しやう)より白(しろく)つやゝかなる衣(きぬ)をきて。

頭(かしら)には青(おを)き絹笠(きぬかさ)をいたゞき。

白(しろ)き竜(れう)にのりてあまくだる人ありけり。

漸(やうや)く近(ちか)づくを見れば。

むかしの式部大夫(しきぶのたゆふ)にてぞありける。

入道これはいかにとおとろく。

式部(しきぶ)入道が手(て)をとりいかになつかいくこそ。

われこの所にきたりて君(きみ)をまつこと年久(としひさ)し。

朋友(はうゆう)のちぎりあさからず。

今(いま)あひ見るこそうれしけれといへば入道(にうたう)もよろこびむかしの事共かたり出つゝ。

まづ君(きみ)の今のありさまこそあやしくもたふとけれ。

そもいかなる事にや委(くわ)しくかたり聞(きかさ)せ給へといへば。

式部(しきぶ)こたへてさればよ。

われむかしたま/\此阿蘇(あそ)の山(やま)に遊(あそ)びて四方(よも)を眺望

(てうぼう)する所に。

いづくともなく容儀(ようき)けたかき青衣(せいゑ)の童子(だうし)あれわれ。

汝天遊無為(なんぢてんゆうむい)の楽(たのしみ)を欲(ほつ)するや。

われにしたがひ来(きた)れかしとのたまふ。

すなわちともなひ行(ゆく)。

童子(だうじ)われにとりついてあゆめとて。

さしも〓(けわし)き谷峰雲(たにみねくも)をわけ水(みづ)をわたり。

あゆむともなく走(はし)るともなくゆくほどに。

やう/\平地(ひらち)にいたりぬ。

そのわたり見わたせは日ごろ聞(きゝ)もおよばぬ所なり。

翠(みとり)りの篠原(さゝはら)十町(てう)ばかりはへしげり。

その中(うち)に路(みち)ありて末には石(いし)の橋(はし)二所(ふたところ)にかゝり橋(はし)の左右には金蓮花咲(きんれんげさき)みだれ。

岸(きし)の上(うへ)には何(なに)の花やらんさざやかに高(たか)からぬ木(き)の枝(ゑだ)にしろき花今(はないま)を盛(さか)りと見ゆるに。

時々(より/\)微風(びふう)吹(ふき)わたれば、数(かず)の花(はな)どもひ

らめきて胡蝶(こてう)の飛(とぶ)にことならず。

更(さら)に一里(り)斗(はかり)進(すす)み行(ゆけ)ば。

一(ひと)つの洞門(たうもん)にいたる。

苔(こけ)むし蔦(つた)かづらはへかゝり。

幾年(いくとし)経(へ)たる所ともしれず。

内(うち)に入(いり)て見渡(わた)せば奥(おく)のかた山(やま)の高下(かう

か)にしたがひ桂殿蘭宮瓦(けいてんらんきういらか)をならべ。

朱蘭翠幕(しゆらんすいまく)流(なが)れに臨(のぞ)んて列(つらな)れり。

音楽(おんがく)かすかに雲(くも)にひゞき。

異香(いかう)四方(よも)にみち/\たり。

庭(には)には芝蘭玉樹枝(しらんぎよくじゆゑだ)をまじへ葉(は)をたれてあるひはくれなひの花(はな)にしろき蕊(しべ)。

または緑(みど)りの茎(くき)に黄色(きいろ)のつぼみ。

いろ/\の花かず/\の草。

色香(いろか)をあらそひ咲(さき)つゞき。

孔雀鳳凰(くじやくはうをう)そのほか名もしらぬ毛色(けいろ)うつくしき鳥ども。

おもしろき音(ね)〓(さへづ)りそのあいだに翔(かけ)り舞(ま)ふ。

すべて花木山水(くわほくさんすい)のありさま。

日(ひ)のどかに風(かぜ)あたゝかにして。

常(つね)に二三月のごとし。

童子(だうじ)われに向(むか)ひ汝(なんじ)生得(しようとく)無欲(むよく)清潔(せいけつ)にして。

しかも朋友(はうゆう)に信(まこと)あり。

天帝(てんてい)その陰徳(いんとく)を照覧(せうらん)し給ひ。

われをつかわし迎(むかへ)しむ。

さだめて飢(うへ)つらんとて。

胡麻飯(ごまはん)桃花酒(たうくわしゆ)などあたへ給ふ。

その味(あぢわ)ひ甘美(かんび)にして人間(にんげん)のある所にあらず。

われこれより神(しん)さわやかに身(み)軽(かろ)ふして快楽(けらく)

はかりがたし。

終(つい)に長生不死(ちやうせいふし)の術(じゆつ)を得(ゑ)。

気(き)を吸(す)ひ風(かぜ)に乗(の)りて天地(てんち)のあいだを逍遥(せうよう)す。

其内(そのうち)これより東河内国(ひがしかわちのくに)生駒山(いこまやま)の奥(をく)にこそ殊宮仙館(しゆうせんくわん)ありて。

羽客(うかく)神人(しんじん)常(つね)に遊戯(ゆうき)し給ふ所なり。

君(きみ)われにおいて〓縁(しくゑん)あり。

いざ来(き)給へとて。

共(とも)に竜(れう)にのりて飛(とび)さりぬ。

其後(そのゝち)甚之丞入道も修練功(しゆれんこう)遂(とげ)て仙人(せんにん)

となり。

式部(しきぶ)ともろとも白竜(はくれう)に乗(の)りより/\生駒山(いこまや

ま)に行通(ゆきかよ)ふ。

そのわたり高安秋志野(たかやすあきしの)の村人(むらひと)共よく知(し)りて。

うやまひ。

村中(むらぢう)〓〓(かんばつ)のうれへある時はかならず参(まい)りいのるに。

そのしるしすみやかにて大雨(たいう)しきりに降下(ふりくだ)り。

五穀(こく)実(み)のり豊(ゆた)かなりしかば。

村(むら)人ます/\信仰(しんがう)して。

歳時(さいじ)には祭礼(さいし)執行(とりおこな)ひ。

子孫(しそん)につたへておこたらずといふ。

○鬼神(きじん)入袖中

美作国(みのゝくに)淀山城主(よどやまのじようしゆ)草〓対馬守重継(くさかりつ

しまのかみしげつぐ)が家臣(かしん)。

黒岩(くろいわ)土佐守(とさのかみ)が次男(しなん)五郎(ころう)は。

その長(たけ)八尺ばかり筋(すじ)ふとく骨(ほね)あれ。

きわめて大力(りき)にして岩を〓(つんざ)き竹(たけを)拉(ひし)ぐ。

生得暴悪無道(しやうとくぼうあくむだう)にして山野(さんや)にはせ紅海(がうか

い)に出て猟漁(かりすなどり)を事(こと)とし。

しかも馬(むま)に乗(の)りて悪所(あくしよ)岩石(がんせき)を落とし。

弓(ゆみ)を引(ひき)鉄砲(てつはう)をうつ事(こと)得(ゑ)ものにて自由(じゆう)にかけ廻(まわ)り。

毎日(まいにち)鹿猿(しゝさる)の類(たぐ)ひいくらともなく打(うち)ころし。

酒(さけ)にかへ肴(さかな)を買(かふ)ふて酒宴(しゆゑん)を催し。

酔狂(すいきやう)のあまりには人の婦女(ふじよ)をおびやかし。

又はすこしにても腕(うで)だてする者をにくみてきりころし突倒(つきたを)して笑(わら)ひ興(けふ)じけり。

又平生(へいぜい)相撲(すまう)を好(このみ)て近辺(きんへん)の仏閣社檀(ふつかくしやだん)におし入り悪党(あくたう)をかたらひ相撲(すまふ)を始(は)じめ兵法(へいはう)の仕合(しあい)をさせ。

僧神主(そうかんぬし)をよびいだし責(せめ)つかひ。

或(あるひ)は町中(まちちう)に横行(わうぎよう)いして恣(ほしい)まゝに悪行(あくぎよう)をなしけるほどに。

皆(みな)人おそれおのゝきて荒(あら)五郎と名(な)づけにげかくる。

父(ちゝ)土佐守(とさのかみ)悪逆(あくぎやく)をいかりて勘当(かんだう)し。

一族(ぞく)もみな/\義絶(ぎぜつ)しけり。

荒(あら)五郎今(いま)は身(み)の置所(おきどころ)なきまゝに深山(しんさん)の石窟(いわや)にかくれ夜(よる)は海道(かいだう)に出(いて)て追(おひ)はぎ強盗(がうだう)し。

旅人(りよじん)をはぎとりきりころし。

又は町中の富家(ふか)に推入(おしい)りて貨財(くわさい)をうばひかすむる事数(かず)しらず。

同気(どうき)相もとむるならひなれは。

諸方(しよほう)の悪党無頼(あくたうぶらい)の輩(ともがら)はせ集(あつま)り付(つき)したがふほどに。

荒(あら)五郎蛟竜(かうれう)の水(みづ)を得(ゑ)。

狐狼(ころう)の山に〓(よりかゝ)る心ちして。

ます/\威力(いりき)を振(ふる)ひ盗竊(たうせつ)狼籍(らうぜき)いふはかりなし。

或時隣里(あるときりんり)に立越古宮(たちこへふるみや)の

宝蔵(ほうぞう)を捜し内(うち)にある物皆(みな)とりつくし。

士卒(しそつ)を下知(げぢ)ししづかに引退(ひきのく)所に。

いかゞしたりけん供(とも)なふ士卒(しそつ)共さきえや帰(かへ)りけん。

たゞわれ一人になり日の暮(くれ)に

山づたひに石〓(いわや)に帰(かへ)る所に。

忽(たちまち)ち跡より長(たけ)一丈(じやう)

あまり奇形(きぎやう)の鬼神。

眼(まなこ)をいからし口(くち)を張(は)り

荒(あら)五郎逃(のが)すまじと追(おひ)ひかゝる。

荒五郎ちつとも〓(おそ)れず

大刀引抜(かたなひきぬき)て

切(きり)てかかる鬼神飛(きじんとぶ)がごとくかけ来(きた)り。

大刀(かたな)もぎとり踏(ふみ)ころばしそこなる

大木(たいぼく)をつとりてさん/\に打(うち)ふせる。

荒(あら)五郎したゝか打ふせられ息きれ手足〓(てあしなへ)て

敵対かなはず。

泪(なみだ)をながし手を合(あわ)せ。

今よりは盗(ぬすみ)をもせじ殺生(せつしよう)をもいたすまじ。

御慈悲(じひ)にたすけ給へと怠状(たいじよう)しければ。

鬼神(きじん)さらばとて立退(たちのく)と見へしがぜん/\に

ちいさくなりてすこしの間に鼠(ねずみ)ほどに成(なり)ぬ。

荒五郎打わらひさもこそあらめ。

何条狐狸(なんでうきつねたぬき)の化損(ばけそこな)へるならん

欺(あざむ)かれけるこそ安(やす)からねとて

大刀(かたな)にはしりのぼりて袖(そで)の中(うち)に入(い)りぬ

荒(あら)五郎袖(そで)打ふるひ

捜(さぐ)り見れ共見へず。

より/\出(いで)たらば打ころさん物をとののしりて

事(こと)ともせざりしが。

荒五郎これより胸(むね)いたみ腹張(はらは)りて

苦痛堪(くつうたえ)がたく五体(ごたい)きり裂(さく)がごとし

悶絶脳乱(もんぜつなうらん)して

狂人(きようじん)となりかなしやくるしやたすけ給へとて。

百日ばかりあがきもがいて狂(くる)ひ死(しひ)にぞしたりけり

玉くしけ巻之七終